【艦これ】北上「離さない」【前半】

1: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:06:14.22 ID:QBwtVvxaO

※地の文、独自設定あり



2: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:07:47.53 ID:QBwtVvxaO

「整備くーん、戻ったよー。」
「北上さん、ご無事で何よりです。戦果はどうでした?」
「敵は潰したよー、今回もM・V・P。
まー、こっちは艤装が少し喰らったぐらいかなぁ。前に出てたから。」
「お怪我がなくて良かったです。艤装はこれなら大した事ないですね、すぐ直しますから。」
「ふふー、アタシの魚雷は伊達じゃないからね。これも整備くんのおかげだよ、ありがとね。」

北上さんは、ここの古参の一人だ。
練度も撃沈数もトップ、間違いなくエースと言える存在。
そして志願組でまだ若輩な俺にとっては、数少ない話の分かる人と言えた。



3: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:09:21.16 ID:QBwtVvxaO

学生の頃に深海棲艦との戦争が始まり、俺も戦えないものかと思った。
しかしまだ17の小僧、司令官になるには時間が掛かりすぎる。
どうにかならないものかと思った時、海軍から朗報が届いたのだ。

それが艤装整備士の募集。
当時高校で機械工学を専攻していた俺は、これは呼ばれている!と、卒業後の進路をその道へと定めた。

そしていざ整備兵として配属され…艦娘達と接して最初に当たった壁は、何処か世代のズレを感じた事。

戦艦や空母勢は俺より4、5歳は違うし、駆逐艦達は俺よりずっと下だ。
俺もその頃は、社会に出たばかりの小僧。
まだ年齢差に不慣れだった故に、彼女達に対して必要以上に固く接してしまい、艤装の要望を上手く理解出来ているのか不安だった。

そんな時現れたのが、北上さんだった。



4: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:10:54.67 ID:QBwtVvxaO

「アタシは軽巡・北上、今日からここの所属だから。まーよろしく。」
「初めまして!自分は整備士の『 』と申します!北上殿、何卒よろしくお願い申し上げます!」

今思えば、我ながら何ともガチガチな挨拶だ。
俺の場合は初対面に限らず、一月を経ても誰にでもその調子だったのだから、周りと上手く打ち解けられるはずもない。

そうして悪い方にも気合が入りすぎていた俺を諭してくれたのは、他ならぬ彼女だった。

「まーまー、力抜きなよ整備さん。君いくつ?」
「自分ですか?今年19になりますが…」
「あー、てことは今18なんだ?アタシは今年でハタチだから、君の1コ上だね。
ここ軽巡少ないから、歳の近いコいなくてねぇ。仲良くしてねー。」

彼女の性格と世代の近さで雑談もしやすかったし、艤装に対しての要望も聞きやすかった。
まず彼女と打ち解けた事で、次第に他の艦娘とも打ち解けられるようになり、俺はより良い艤装を組めるようになった。



5: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:12:41.78 ID:QBwtVvxaO

気付けば配属から1年少々。ヒラの整備士に過ぎなかった俺は、その短期間で、ある程度工廠を任されるまでになれた。
今の俺がいるのは、間違いなく彼女のおかげだ。


「こないだ軍内の新聞に載ったらしいじゃん。
若き整備の星!なーんて言われちゃってさ。君も出世したねぇ。」
「まだまだですよ。異動した親方に言われたんです、お前はまだ人の倍ネジを回せ!って。
触れた数や図面を見た数だけ、血肉になりますからね。
艤装は皆を守る盾でもありますから、もっと良いものを組めるようにならないと。妖精達もやる気ですよ。」
「頑張るねぇ。ところでそんな君を見込んで頼みがあるんだけど。」
「何か壊れましたか?」
「最近ベスパが調子悪くてね、見て欲しいんだ。今度ご飯奢るから、どう?」
「お安い御用です。他の機械を触るのも勉強になりますし、持ってきてくださいよ。」



6: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:14:27.16 ID:QBwtVvxaO

北上さんの愛車は、90年代の125ccのベスパだ。
現代的な要素が増したモデルとは言え、20年前の車体はさすがにあちこちガタも見える。

なるほど、これは少し掛かるな……。


「北上さん、時間食いそうなんで、今日上がったらそのままやっちゃいます。」
「いやいやそれは悪いよー、せっかくのお仕事終わりに。ゆっくりでいいからさ。」
「良いですよ、明日非番なんで。機械弄りしてた方がまだ健全に過ごせますし。」
「そう?じゃあお願いしようかなぁ。ありがとね!」


そうそう。どうせ明日は暇なんだ。
地元を離れてる以上友達もいないし、ましてや彼女なんて…あれ、何だかオイルが目に沁みるや。

そして一度北上さんと別れて、次々やってくる艤装を倒した後。
俺はようやくベスパの修理に取り掛かり始めた。

マフラー内の掃除をしたり、電装のチェックをしたりで気付けば2時間は過ぎて、今は21時。
あー、食堂行きそびれた。売店も閉まっちまったろうし…まあ良いや、後でコンビニでも行くか。



7: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:16:10.70 ID:QBwtVvxaO

「やってるかーい。精が出るねえ。」

ノックもなく戸が開いたかと思えば、そこにいたのは北上さんだった。一体何の用だろう?

「どうしたんです?」
「いやー、食堂にいなかったからさ。そのままやっちゃってるのかなーって。
ほい、パンとエナドリ。どうせ食べてないっしょ?」
「お見通しでしたか…つい夢中になっちゃうんですよね。ありがとうございます。」

この時ばかりは、彼女が天使に見えたね。
いや、まあ頼んだのも彼女だけども。

「どんな感じ?」
「結構キテますね。フルの整備、最後にいつしました?」
「んー、確か最初の給料元手に買ったから…もう2年ぐらいはしてないね。
たまにオイルとブレーキ周り見てもらってたぐらい。」
「このクラスは車検無いからって、そりゃダメですよ。
今回は俺でもやれる範囲ですけど、これ以上ならバイク屋送りです。
メット被って道交法守ってりゃ安全って訳じゃないですよ?北上さん一人の体じゃないんですし。」
「ん?それは俺の北上サマでもあるって事かなぁ?」
「ここのメンバーとしての体でもあるって意味ですよ。」
「たはー、手厳しいなぁ。」

こんな軽口を叩き合えるぐらいには、随分と気の置けない関係になっていた。
彼女がこうやって俺をからかうのはいつもの事。さて、貰ったパンも食べたし、もうひと頑張りするか。



8: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:18:03.91 ID:QBwtVvxaO

そして1時間。

「…明日出撃じゃないんですか?」
「いや、明日は休みー。」

北上さんはと言えば、そのままにこにこと俺の修理の様子を眺めていた。
その間俺はと言えば、黙々と作業を進めるのみ。
まさに今放った言葉が、1時間振りに発した声な訳で。

「ねえねえ。整備くんってさ、何でこの仕事就いたの?」

随分唐突な質問だなぁ、と思うも、これも北上さん相手ならいつもの事。
彼女はちょっと掴み所がない所があって、たまに脈略のない事を言ってきたりする。
まあ、あんまり艦娘さんには話したくない事なのだけど…彼女なら、いいかな。



9: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:19:43.75 ID:QBwtVvxaO

「幼馴染ですかね。」
「好きな人が艦娘になったとか?」
「いや、違いますね。ガキの頃、近所に住んでた姉弟がいたんです。
その2人とは仲が良かったんですけど、ある時期を境に姉弟が引越しちゃって。
深海棲艦に、最初に襲われた街があったじゃないですか。2人の引越し先、そこだったんです。」
「……それで?」
「ニュースになった時、住民の生存は絶望的って報道されたんです。
もう顔もうまく思い出せないけど、あの2人の事を思い出して…俺も出来る事で戦わなきゃって思って。
すぐに参加したかったんですけど、この戦争は、実際に前線にいられるのは司令官クラス…目指すには、俺は若過ぎましたからね。士官学校だけで何年も過ぎちゃいますから。
で、そんな時、工業高校だったんで、進路の中に整備兵の募集があったんです。
だったら整備士として参加しようって、それで決めました。」
「そう、なんだ…。」
「だから、艤装は俺の魂なんですよ。俺の代わりに弾を撃ち、代わりに皆を守る。
弾1発、オイルの一差し。どれも手は抜けませんね。」
「うん…。」

この矜持に偽りはないけど、それを扱う人にとってはプレッシャーになる懸念があった。
だから今の話はせいぜい提督と、整備チームぐらいしか知らなかった事。
彼女に振り向かずに語りはしたけれど、何処となく、空気が冷たくなったのを背中に感じる。失敗だったかな…。




10: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:21:18.50 ID:QBwtVvxaO

「まぁ、でも気にしないでくださいね。ガンガンぶっ放してナンボですから。」
「ん。ありがと。」

背中越しに聞こえたのは、いつものトーンに戻った声だった。
でも無理をさせてるような気がして、ふと振り返ろうとした。その時の事。



「ねぇ…ふたりの時は、“ユウ”って呼んでよ。」



肩にしなだれ掛かる腕の重みと、甘い匂い。
耳許で囁かれたそれは。成人祝いに提督に飲まさせられた、高いウィスキーの様な。
クラクラと回る、甘さと危うさを孕んだ声だった。


「北上さん、それは…?」
「アタシの本名。アタシも整備くんの事、ケイちゃんって呼ぶからさ。お願い。」
「は、はい…。」


一瞬、陸奥さんにでも抱き付かれたのかと思った。
でもそれぐらいその時の彼女は、余りにいつもと違っていて、艶かしく見えて。
俺はその豹変ぶりに、興奮よりも、少しの恐怖感を覚えていた。



11: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:23:01.77 ID:QBwtVvxaO


「ふふー、ちょっとドキッとしたなー?愛いやつめー。」
「む。あんまりからかうもんじゃないですよ。」
「どーてー。いくじなしー。」
「あいにく工具が恋人なので。さて、続きやりましょう。」


自然といつものこんな掛け合いが出た時、内心ホッとしていた自分がいた。
さっきの彼女に感じた違和感を拭う様に、俺はまた、ベスパの整備に没頭していくのだった。



12: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:26:58.11 ID:QBwtVvxaO


“ん…寝てたか…。”

朝の肌寒さで目覚めると、また工廠で寝落ちていた事に気付く。
もう何度ここで寝てしまった事やら、寝起きの体感で工廠だって事ぐらいわかるのだ。

オイルの匂いに、いつもの固い床…ん?頭の下が柔らかいぞ?俺、何枕にしてたっけ……


「北上、さん…?」


霞む目をこじ開けると、ふよふよと揺れるいつもの三つ編みが顔に触れた。
丁度見上げる形で目に入るのは、座った彼女の姿……って、膝枕!?


「ふぁ…おはよ。よく寝てたねー。」


にひひと笑いながら、彼女はくしゃくしゃと俺の髪を撫でた。
北上さん、ドラム缶背にして寝てたのか…ああ、悪い事しちまったなぁ。



13: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:29:41.24 ID:QBwtVvxaO


「ケイちゃん、終わったー!って叫んでそのまま寝ちゃってたよ。さすがのアタシもびっくりしたねえ、こてんと倒れちゃってさ。
でもダメだよ?ちゃんと布団で寝なきゃ。」
「いや、いつもそんな調子なんで。でもすいません、背中固かったでしょう?」
「それはいいんだけどさー…今、北上さんって言ったでしょ?
ダメだよー、今はユウって呼んでくれなきゃ。」
「はぁ…。」


ああ、そうだった…でもそんな急に言えるかなぁ?


「ユ、ユウ、さん…おはようございます…。」
「んー!さん付け!敬語!70点!君とアタシの仲じゃないの、あたしゃ悲しいよ!
罰としてアタシとタンデムを命ずる!」


へ?そうだ!ベスパどこまでやったっけ!?
ほ……良かった、ちゃんと終わってる…。


「いやー、何とかなりましたね。徹夜した甲斐がありましたよ。
エンジン掛けてみましょうか…よし、OK!」
「んー、素晴らしいね。褒めて使わす。」
「ははー!殿!有難き幸せ!
……でも、今度からはマメにメンテして下さいねー。」
「善処しまーす。さ、行こっか?」
「へ?今からですか?」
「そ。ケイちゃんもバイク乗るでしょ?メット持ってきなよ、アタシ運転するからさー。」



14: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:31:53.81 ID:QBwtVvxaO


いや、確かに俺もバイクは乗るけども…それはさすがになぁ。
そしてジャンケンにて勝ち取った結論はと言えば。


「ひゅー!きもちーねぇ!」


流石に女の子の後ろは気が引けたので、テストがてら、北上さんを後ろに乗せて海岸を走っている。
ふむ、回転も安定してるし、排気も滞り無し。我ながらよく出来た。

この時間はまだ交通量も少ないし、秋の朝は冷たい風が心地良い。
海岸線は良い朝焼けだ、実に絶景かな。


「ケイちゃーん!見なよ!何と平和な朝焼け!」
「そりゃーあんたらが必死こいて守ってますからね!平和でなきゃおかしいってもんですよ!」
「でもさー!ケイちゃんだってー!守ってるんだよー!」
「ありがとうございまーす!」


でかい風切り音と早朝テンションの組み合わせは、何とよくわからない事か。
でも、悪くない。あー、冬になる前に、久々に愛車出そ。



15: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:33:42.31 ID:QBwtVvxaO


「ほい、コーヒー。」
「さんきゅです。」


一頻り走って、小さな海浜公園で一息。
いつもの休みは大体前日から朝までオイルに塗れて、起きても設計図ずーっと読んで……はぁ、こんな休みは何ヶ月振りだっけな?


「ねえねえ。」
「何でしょう?」
「胸当たってたのわかったかい?」
「ぶー!?」


朝日に舞うは、黒褐色の毒霧哉。
素っ頓狂な一言に面食らった俺は、せっかくのコーヒーを盛大に噴出してしまった。


「あはは、吹いてやんのー。」
「朝っぱらから何言ってんですか!?」
「ふあー、なんか眠いよー。肩貸してー。」
「ちょっとユウさん!?」


嘘だろ…ほ、本当に寝やがった…!
はあ、まあいいや…この人のフリーダムは今に始まった事じゃないし。

しかし、“ユウ”か…。




16: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:35:28.36 ID:QBwtVvxaO


ぼーっと海岸を眺めていると、波の音や鳥の声が聞こえる。
戦争が始まって3年、海も随分平和になったよな…今では表向きは何事もなかったかのように、皆普通に暮らしてる。


でもあの街はもう、地図にしか無くて…あの子も、あいつも…。


思わず空き缶を握り潰して、それは予想より大きな音を立ててしまった。
ふと北上さんを起こしてしまっていないか横を向くと、何やら肩に冷たい感触がして。


ん?冷たい感触?


「めっちゃよだれー!?」
「んあ?ああ、ごめんごめん。」




18: ◆FlW2v5zETA 2016/07/04(月) 07:44:45.06 ID:QBwtVvxaO



二人が海辺へツーリングに出た、その日の事。
出張先へと赴いていた提督は、とある艦娘と面会していた。

今回の出張は、新たに赴任してくる艦娘との面談と挨拶が一番の目的。
そして事務手続きを終え、彼女は改めて提督と面談をしていた。


「さて、これで手続きは以上だ。
うちのは君と同い年でね。まだ若いんだが、事実上のここの整備長だ。
少しでも負担を減らしてやりたい、しっかり支えてやってくれ。」
「はい。お噂はかねがねお伺いしておりますので。
開発、戦闘共に、頑張ります!」
「よろしい。では、来週より宜しく頼む。」


「はい!兵装実験軽巡・夕張!着任致します!」




24: ◆FlW2v5zETA 2016/07/05(火) 04:51:37.47 ID:CwxaGTk0O



“ケイちゃーん!おいでよー!”


小さい頃、何度も見た世界に俺はいた。
あの頃はいつも3人で秘密の場所で遊んで、沢山笑って。

確か5歳の頃の記憶。名前だって覚えてる。
でも何故か、あの2人の顔だけはうまく思い出せなくて……


『プー!プー!プー!』


「………うるせえなぁ。」


パスコードの入力にイラつきながらスマホのアラームを止めれば、勝手知ったるいつもの部屋。
しかし画面には、こんな早くに緑色の通知が一つ。
誰だよ…げ、提督か。
あの人の個人連絡、大体ロクでもないんだよなぁ。




25: ◆FlW2v5zETA 2016/07/05(火) 04:53:41.25 ID:CwxaGTk0O


「はぁ、来週から新人さんが着任ですか…。」


呼び出しを喰らって何事かと思えば、どうやら新しく艦娘さんが入るらしい。
でも何で、わざわざ俺一人を呼び出したんだろう?いつもは大体、全体で告知するのだけど。


「まずはケイに話しておこうと思ってな。来週から来るのは、兵装実験軽巡だ。
様々な兵器を数多く積める艦なんだが、当人は技術畑の出身でな。
そこで今回は、艦娘兼工廠メンバーとして着任してもらう。これでお前の負担も、少しは減るだろう。」
「つまり、人手が増えるんですね?」


これは朗報だった。
今の整備チームは、親方が異動して以降、俺と妖精達で回してきたのだ。

一応俺の代理が出来る妖精もいるのだが、もう一人人間の技術者が増えるのは、やはり心強い。
しかし艦娘兼任か…うーん、使用者当人でもある視点から、何かアイディアが取れるだろうか?



26: ◆FlW2v5zETA 2016/07/05(火) 04:56:29.06 ID:CwxaGTk0O


「どんな人なんですか?」
「名門工科短大を、艦娘適正と本人の単位取得で、1年半で特例にて卒業だ。」
「エリートじゃないですか。」
「まぁ、な…喜べ、おまけにケイと同い年だ。
……いやー!おっさんとしてはな、お前も工具が恋人なんて言わずにだ!
少しは色の一つでも知ってほしいと思うんだよねー!はっはっはっ!」
「は、はぁ…分かりました、協力してより良い工廠にして行きますので。」
「ひゅー。言うようになったじゃねえか。その意気でよろしく頼むぞ。」


その後廊下を歩きながら、俺は新体制をどう整えて行くかを考えていた。

時折、人に「セルフブラック工廠」とからかわれるぐらい、俺は仕事に入り込んでしまう事があるらしい。
しかし、この時そっちにばかり気を取られていたのを、後に心底後悔する事になるのだ。

そうだ、この時の俺は失念していたのだ。
あの提督(ダメなおっさん)がニヤニヤ笑っている時は、大体ロクな事が起きない事を…!








27: ◆FlW2v5zETA 2016/07/05(火) 04:58:17.28 ID:CwxaGTk0O





「へー、新しい子来るんだ?」
「ほぼ工廠メンバー扱いですけどね。まあ、これでもっと良くできれば最高ですけど。」
「はー…あんたねぇ…。
いいかいケイちゃん?そういう時はだねえ、“これで少しは楽出来る”って言うもんだよ?」
「そういうもんですかね?」
「そういうもんだよー、うん。」


週に何度か、俺が上がる時間になると、北上さんはお菓子片手に工廠にダベりにやってくる。
これも気付けば出来上がっていた、長い習慣だったりする。

艤装修理や開発の時は、ずっと気を張っている。
だからかいざ上がれば糸が切れてしまい、しばらく工廠の椅子に座ってぼーっとしている事が多かった。

そうして暫く休んでも、結局いるのは工廠に変わりはなく。
アイディアや研究意欲が湧いてきたりすれば、すぐに実験出来る環境にある訳で。
ましてや休んでちょっと元気になってしまえば、今度はプライベートと言う名の機械弄りの始まりだ。

結局そのまま工廠で寝落ちしてしまう事も多くて、確か床に転がってたのを彼女に見付かったのが、事の始まりだったか。
今はなるべく帰るようにしたけど、当時は風呂入る為だけに部屋戻ってたような時期だった。

いやー…あの時の北上さんの笑顔、すげえ怖かったよね。



28: ◆FlW2v5zETA 2016/07/05(火) 04:59:44.33 ID:CwxaGTk0O


「休める時は休む。これは誰にとっても基本だよ。うん。」
「ですかねぇ。あ、北上さん、これうまいですね。」
「……今は“ユウ”、だかんね?」


まさかのいつぞやのデジャヴ再来。
はは…やっぱり怖いぞ、目の奥が笑ってない笑顔って……。


「話変わるけどさ…新しい子、いくつか聞いた?」
「俺とタメみたいですね。一応軽巡らしいですよ。」
「そうなの。写真とか見た?」
「いや、見てないですね。」
「ふーん…可愛いのかな。
あ、ぼちぼち戻るね。じゃあケイちゃん、まったねー。」
「また明日。」


そしてふと思い付いたように、彼女は足早に工廠を出て行ってしまった。
あら?でもいつもより全然早いな…まぁ、見たいテレビでもあるんだろう。俺もそろそろ帰るかなぁ。

……なんか今日、機嫌悪そうだったな。




29: ◆FlW2v5zETA 2016/07/05(火) 05:01:40.12 ID:CwxaGTk0O




薄明かりがぽつりぽつりと繋がる廊下を、コツコツと歩く靴音だけが染めて行く。
照明が照らす床には、北上の三つ編みの影がゆらゆらと揺れていた。

今は大体の艦娘が、自室で思い思いに過ごす時間だ。
故にすれ違う者もおらず、誰もその姿を目にする者はいなかった。

一人歩く彼女は、その影を見つめるように歩を進めている。


“工廠の人が増えれば、ケイちゃんも少しは楽出来るもんね…。
でも今みたいには、遊びに行けなくなるかなぁ…。”


不意に工廠で彼と語らう、日常と化した光景が、彼女の頭の中で広がる。

シャッターを降ろした工廠は、彼と彼女、それ以外は誰もいない世界だ。
余計な音も無く、日々の中からも隔離されたひと時。

そしてそこで笑う北上の顔が。
彼女の脳裏で次々と黒く塗り潰され、まだ形も知らない顔の女に書き換えられて行く。


その思考を繰り返すうちに辿り着いたドアを開け、彼女は無言のまま自室へと入る。
少し動かせば、すぐに電気のスイッチへ手は届く。
しかし彼女は、窓からの月明かりに照らされた部屋でただ呆然と立ち尽くしていた。

そしてその手がぎゅっと握られている事には。
彼女自身も、未だに気付いていない。



“…そんなのつまんないなぁ…さびしいなぁ…。

ねぇ、ケイちゃん……せっかく…せっかく…!”



『ぎりぃ…ぶちっ……』



不意に汗とは違う滑りを手のひらに覚え、彼女はそっと、それを部屋の虚空へかざしてみた。

薄明かりに照らされるのは、ぽたりぽたりと伝う、彼女の赤い命。
不思議と痛みはない。
手のひらに幾つか出来た傷をそっと確かめ、そして。



「あーあ、しょっぱいねえ…。」



舐めあげたそれと、目元から口に入り込むそれは。
真逆の色をしながらも、似たような味を彼女の舌に与えていた。

そうして自らの命の味を確かめると。

彼女はひとり。

薄闇の中で、嗤った。






37: ◆FlW2v5zETA 2016/07/06(水) 06:58:45.43 ID:aBsNcwONO




「目的地 まで あと 2kmです。」


いやー、長旅だった。
一人車を走らせ数百km、ついにこの日がやってきた。

待っててねー、私の艦娘ライフ。ふふふ、ここならきっと…。







38: ◆FlW2v5zETA 2016/07/06(水) 07:02:14.15 ID:aBsNcwONO



「今日だねえ。」
「ですね。どんな人が来るのか…。」


とうとう噂の新人が着任する日がやって来た。
経歴を聞く限りだと、何だか霧島さんを軽巡にしたような人が来る気がする…殴られたくねえなぁ。
同い年か…いや、でも一応「立場はお前が上司ね」とか提督に言われてるしな。ここはシャキッとしないと。

今は北上さんと昼メシを食べている所だ。
さすがに定食程ガッツリなんて気分でも無く、今日は売店の微妙なサンドイッチ。
俺がガチガチなのを察してくれたのか、彼女もわざわざ付き合ってくれていた。
緊張を紛らわそうと、こうして駐車場のベンチで日向ぼっこなランチとしけ込んでいる。


「まーまー、気楽にしときなよ。
そんな時は人って書いて飲めばいいって、はいお茶。」


そうしてペットボトルを勧めてくる手には、かなり大きい絆創膏が貼られていた。
何でも部屋でコケた時にやっちゃったらしいけど…。


「手、まだ絆創膏取れないんですね…気を付けてくださいよ、入渠じゃ治らないんですから。」
「だいじょーぶ!ハイパー北上さまだから!」


入渠で治せる怪我は、あくまで『艤装装着時の怪我』のみだ。

根本原理はまだ妖精達しか扱えないものだが、修復剤は、艤装の核にあたる艦の魂が記憶した怪我にしか作用しない。
連携が外れている間の適合者の怪我は、効果にカウントされないのだ。

手の怪我は、実際結構始末が悪い。
危なっかしいなぁ、ベスパ乗る時も気を付けて貰わないと。

そして何をするでもなく駐車場を眺めると、当然様々な車が停められている。
艦娘や職員のマイカーに、鎮守府所有の車、後はどっかの出入り業者のトラックやら。

が、それら全部まとめても、3分の1も埋まっていない訳で。
ここみたいな片田舎にはありがちだけど、実際こんな広い駐車場要らないよなぁ…もうちょっと工廠に土地くれ。
入り口だってあんな遠くに……ん?





39: ◆FlW2v5zETA 2016/07/06(水) 07:05:30.40 ID:aBsNcwONO




「ケイちゃんどったの?」
「あれじゃないですかね、新人。」


甲高い排気音が聴こえたかと思えば、リフトアップされた何ともいかついジムニーが一台。
丁度俺たちからは顔が見えない位置に停めはしたけど、後ろ姿は確認出来た。

良かった、強そうではないな…。


「きっとかわいい子だねー、アレは。襲っちゃダメだよ?」
「俺を何だと思ってるんですか…。
でも確かに、後姿は美人っぽ……は?あ!?」
「ごめーん、手ぇ当たっちゃったー。」
「おおう…。」


耳削ぎ…耳削ぎはあかん……。





そして数時間が経過…が、ここで問題発生だ。


「何で今日に限って暇なんだよ……。」


今日はスケジュールの中に、出撃だけがすっぽり抜け落ちていた。
演習組と遠征班の帰着は、それぞれ明日と3日後。
おまけに今日は開発禁止と提督にお達しを喰らっている始末だ。

いつでも出迎えられるように待ってろって事なんだろうけど、それじゃ実験も出来ないしなぁ。
ん?通知?ああ、北上さんか。


“さっき全体挨拶終わったよー。
今提督が中案内してるから、そろそろそっち行くんじゃないかな。何あの子、ちょー可愛いじゃん。”
“いよいよおいでですか。部下とか初めてですからね、緊張しますわ。”
“ま、どーせすぐ慣れるっしょ。気張らずヤるのだ!若人よ!”
“ちょっとあんた、何でそこだけカタカナ。”


あの人、たまにオヤジ臭いよなぁ…。
まあ、そういうとこも、気取ってなくて良い所なんだけ…


「ケイー!たのもー!」


本物のおっさん来たー!?
提督…ノックはしましょうぜ…びっくりするなぁもう。






40: ◆FlW2v5zETA 2016/07/06(水) 07:10:18.31 ID:aBsNcwONO



「おーう、埴輪みたいなツラしてんじゃあないの。
ほれほれ、シャキッとしたまえよ。噂の彼女の登場だぞ。」
「初めまして!兵装実験軽巡・夕張です!
主にこちらにお世話になるかと思いますが、よろしくお願いします!」
「ああ、初めまして、整備担当の××です。
先輩として至らない点もあるかと思いますが、共に良い工廠を作っていきましょう。」
「はい!」


よーし、我ながら及第点な挨拶だ。
特にオラつくでも弱々しくでもなく、ちゃんと落ち着いた感じでやれたぞ。

まぁ、実務の参加は明日からだろう。
今日はさくっと帰ってもらって、後は仕事の中でちょっとずつ交流を深めれば新体制が……


「あ、ケイ。ごめん、俺書類残ってるから帰るわ。
じゃ、後は若い者同士でごゆっくりー。」


おっさーーーん!!!空気読んで!空気!!
ああもう、帰っちまったよあの人…やべぇよ、とりあえずお茶でも出すか?


「お茶、飲みます?」
「ありがとうございます。ところで××さん、私と同い年なんですよね?20歳だとお伺いしてまして。」
「ええ、まぁ…あと、ケイで良いですよ。下の名前、ケイタロウなんで。」


何だろう、この同い年に敬語使うむず痒さ。
まぁ、しばらくすれば慣れるか……ん?何でこの子震えて…


「……すっごーーーい!!」
「のわぁ!?」
「本当にハタチなんだ!?あなた私とタメで整備長クラスでしょ!?何作ったの!?どんな整備するの!?
短大でも有名だったのよ、海軍に凄腕の若手がいるって!一度会いたかったんだー!」
「待って!顔近い!」


耳がぶっ壊れるかと思った。
な、なんだこいつ、急にテンション上げて……。

ん?あれ、何か既視感あるぞ、この感じ。
ああ…これアレだ、変態技術を前にした俺らと同じテンションだ…。

なるほど、間違いなくこの子もこっち側の人間って事か…。






41: ◆FlW2v5zETA 2016/07/06(水) 07:13:02.73 ID:aBsNcwONO




「夕張さん、落ち着いて。とりあえずここの諸々は明日から見せるから。
大体どんな噂か知らないけど、そんな大それた奴じゃないし。普通に接してくれればいいから。」
「へ?ああ、ごめんなさい。つい…でも本当に同い年なのね?」
「ん?そうだけど…。」
「じゃあ私も呼び捨てでいいわよ。一応あなたの部下になるし。
これから長い付き合いになるし、何ならあだ名でも良いわ。」


あだ名かー、あんまり変なの付けてもなぁ。
仕事仲間だし、ここはシンプルに……。


「じゃあ、ユ……」







『ぞわ…………』







形容し難い寒気が俺を襲ったのは、その時の事だった。

なんだ…!?言い切ろうとしても、口が動かない。
嫌な汗が背中を伝い、まるでねっとりと舐められているかのような嫌な感覚が、ひたすらうなじを犯し続ける。

本能がこの先を口にするなと警鐘を鳴らし、脳はとにかくこの感覚から脱出しようと異常な速度で回転する。
そうだ、違う言葉を紡がなきゃ…!
実際は3秒にも満たなかったであろうその間は、まるで何時間もあるかのように俺には感じられた。

早く、早く違うあだ名を言わなきゃ……!



「夕張だし……そうだね、じゃあ、バリさんで。」



我ながらこんなかわいらしい子に、何と男前なあだ名を付けたものか。

だけどそんな風に振り返れたのは、寒気から解放された後だった。
最後まで言葉を紡いだ瞬間、まるで悪夢から覚めたように、その感覚が抜けたのだ。

一体何だったんだ……あ、やべぇ。ちょっと失礼だったかしら…。


「んー、まあ良いわ。じゃあ私も、ケイちゃんって呼ぶね。
明日から、同じチームの仲間としてよろしく。」
「ああ、よろしく。バリさん。」


不思議な事はあったものの、こうして新人・夕張との挨拶は終わったのだ。
さて…明日から色々大変だぞー。頑張ろう。






43: ◆FlW2v5zETA 2016/07/06(水) 07:19:01.65 ID:aBsNcwONO




遡る事数分前。

工廠の周りは植樹が多く、夜は人通りも多くはない。
夜間もぽつぽつと照明があるとは言えど、それこそ探照灯程の強い光でもなければ、人影などはわかりにくいものだった。

その闇に紛れ、ひっそりと息を殺す影が一つ。
工廠の勝手口から提督だけが出て行ったのを確認すると、その影はゆっくりと、シャッターの方へと近づいて行く。

シャッター一枚であれば、耳を澄ませば中の音がそれなりに漏れてくる。
そしてその影は、じっくりと中の会話に耳を傾け始めた。

その影の正体は、北上。
彼女がケイに取った連絡も、実は工廠のすぐそばから送られたものだった。


『……すっごーーーい!!』


先程の夕張の大声が、シャッター越しに彼女の耳に触れる。
それを感じた時、彼女の眉は一度だけピクリと動いた。


『じゃあ私も呼び捨てでいいわよ。一応あなたの部下になるし。
これから長い付き合いになるし、何ならあだ名でも良いわ。』
『じゃあ、ユ……』

無表情なまま会話に耳を傾け、その言葉が聞こえた時。




“ダメだよー?ケイちゃん…『それ』はね、アタシのなんだから……。”




北上の顔は、あの怪我をした晩と同じ笑みを形作っていた。
血走るほどに瞼を開き、見えるはずのないシャッターの隙間を、食い入るように見つめたままで。

金属に阻まれた、妄想の中の彼女の視線。
奇妙な事にその視線はちょうど、彼のうなじに突き刺さるような角度で注がれていた。

それが放たれた瞬間はまさに。
彼が得体の知れない感覚に襲われた時刻と、寸分の狂いもなく符合していたのであった。



44: ◆FlW2v5zETA 2016/07/06(水) 07:20:25.97 ID:aBsNcwONO



一通り会話を終え、勝手口から夕張が出て行くのを確かめ。
北上はずっと、姿が見えなくなるまでその背中を見つめ続けていた。

そして何事もなかったかのように、彼女はドアノブへと手を掛け…。


「ケイちゃーん、お疲れちゃん。夕張ちゃん、どだった?」
「ああ、ユウさん。まぁ悪い子じゃなさそうですよ。
しかし部下持つなんて初めてですからね、これから大変そうです。」


いつものように、工廠での団欒が始まる。
最初はユウと呼ぶ事にぎこちなかった彼も、今では二人の時は、自然と呼べるようになっていた。

そして彼が自身の本当の名を呼ぶ度に。
北上は、何度も優しく目を細めるのであった。


何度も何度も、嬉しそうに。






49: ◆FlW2v5zETA 2016/07/09(土) 04:27:30.55 ID:82K2CeMxO

「さて、今日から実際に仕事を覚えてもらう訳だけど。何をやると思う?」


今日から本格的にバリさんを招いての勤務だ。

まぁ、機械工学の基礎は心配していない。
今彼女に必要なのは、まず現場での実機に触れる事。

そこで今日に向けて、とある素材を集めておいた。
まずチームとして必要なのは、俺と彼女の兵装に対する思考の擦り合わせ。
それを実際に触りながらディスカッションして行こうと言う寸法だ。


「建造?」
「いや、違う。関係はあるけどね。
今日やってもらうのは、近代化改修だ。」
「ほんと!?」


建造工程に於ける妖精達の役割は、あくまで缶と呼ばれる、艤装の核を作るまでの工程だ。
それを軸に実機を組み上げるのが、俺たち艤装整備士の仕事の一つ。




50: ◆FlW2v5zETA 2016/07/09(土) 04:33:48.40 ID:O7w9QjEl0

そして核そのものの建造はギャンブル的な要素が強い以上、被ってしまったり、目当てでない物ができてしまう事もある。
艦の魂は、残留思念から産み出されたクローン的な側面が強いらしく、時折戦地で妖精達がそれを回収してくる事もある。
(これが同型機が複数存在する理由だそうだ。隠語でドロップと言われている。)

しかし、そうしてあぶれてしまった缶も、一度完全な艤装に組み上げる義務がある。
他の適合者にあてがう為に他所へ送られたり、緊急時の予備として置いておくためだ。

そして、そこからもあぶれてしまう艤装も。
どちらも足りていたり、缶以外がダメになった、機械としての生命を終えた物がそれだ。

基本思想は、バイクのレストアと同じもの。
要は不要な艤装から生きているパーツを外し、現役の艤装をそれを使い強化する。それが近代化改修だ。




51: ◆FlW2v5zETA 2016/07/09(土) 04:34:57.28 ID:O7w9QjEl0


「ここに実験用に組んだ、綾波型の艤装がある。
まずは一度、これをバリさんのアイディアで改装してみよう。
改装に回す艤装は専用倉庫にあるから、そこから自由に使ってくれ。」
「いいのね?よーし、やっちゃうわよー!」


横に付いていても良いのだけど、一度本人にフルに組ませた方が良い。
俺もそうして親方に育てられたっけな。

彼女のセンスや思考もだが、途中で口を出さない事で、現在のスキルと修正点がより浮き彫りになるのだ。
上からで嫌な感じだが、まずは何処までのものか見させてもらうとしよう。




52: ◆FlW2v5zETA 2016/07/09(土) 04:35:58.74 ID:O7w9QjEl0



「で、新人ほっぽって、アタシとご飯を食べている…と。」
「今いいとこだから!だそうですよ。」


バリさんもやはり、こちら側の人間なようで。
スイッチが入ると寝食を忘れてしまうあたり、技術屋の特徴らしい。
昼の誘いを断られた俺は、一人うどんをすすっていたのだが…何故か余所行きの北上さんと鉢合わせ、同じテーブルを囲んでいた。


「今日はどうしたんです?そんなめかし込んで。」
「非番だからね。午後から大井っちと買い物ー。」


大井さんとは、北上さんが前にいた鎮守府の艦娘さんだ。
艦娘になった頃からの付き合いのようで、鎮守府同士が近いのもあり、今でも時折遊んでいるようだ。

メイクも服もばっちり、こうして見ると、なかなかいつもとイメージが違う。
元がいい人だから、何着ても大体似合うんだけども。



「夕張ちゃん、かわいいっしょ?目とかくりっとしててさー。」
「確かにルックスは良い方だと思いますけど、今はそれどころじゃないですよ。
仕上がったらチェックと話し合いが待ってるんで、今から胃が痛いです。」
「へー…お土産はデスソース?それともシュネッケン?」
「殺る気満々ですか。」


今日それ喰ったら、確実にトイレの守り神になるわ…。

北上さんと別れて工廠に戻れば、相変わらず夢中で作業するバリさんの姿が。
本当楽しそうにやるなー、良い事だ。
あんな悪そうな笑顔浮かべちゃって…俺も気を付けよう、うん。





53: ◆FlW2v5zETA 2016/07/09(土) 04:37:30.94 ID:O7w9QjEl0


「ケイくん、出来たよ!」


そして終業時刻に差し掛かる頃、ようやく完成したようだ。
どれどれ、どんなもんでございま……。

…………はい?


「バリさん……何これ。」
「夕張スペシャル。どう?」


そうして出来上がったものは、まさにマッドサイエンスの天使の分け前な逸品であった。
その瞬間、俺の脳内で北斗の拳とマッドマックスが合体事故を起こしたのは言うまでもない。

明らかに厳ついタービン周りやら、謎に4発と化した主砲やら。
変更点は挙げたらキリがないのだが、例えるならこれだろう。

カブにハーレーのエンジンぶち込んだ。

……綾波型どこ行った!?


「PCに記録されてたデータ見てね。
まず装甲の数値強化と、それに耐えうるだけのタービンのパワーアップ。
それと靴の艤装も速力を上げてみたわ。他にもね……」
「あー、うん…バリさん、ちょっといい?」
「なぁに?」
「そのデータ知ってるって事は、艤装関連フォルダ見たと思うんだけど。
その中にさ、各艦娘の身体測定と体力測定のデータ入ってなかった?見てない?」
「見てないけど……どうしたの?」
「マジか……」


大本営よ……まあ、艦娘研修メインじゃこんなもんなのか?
ある意味初日で良かったかもな…。



54: ◆FlW2v5zETA 2016/07/09(土) 04:43:45.23 ID:O7w9QjEl0


「強化に対するスキルと探究心は素晴らしいが、君の場合、根本的な詰めがまだ甘い。

例えばこれを、うちの漣の艤装と仮定してみようか。
それで、これが漣の測定データ。

まぁ身長体重、骨密度、握力と100m走の記録と色々あるんだけど…原則、缶と使用者が連携してる時の強化は、実身体能力に対して大体4~6倍なんだ。
その数値も結局、使用者の素の能力や、その時々の体調と精神に対して変動する。
だから戦艦みたいな人達は、鍛えられてる人が多いんだ。

練度判定に対する基準は、判断や操舵、射撃スキル以外に、素体の身体操作も加味される。
ここまでは、さすがに習ってるよね?」
「うん…。」
「で、例えばこの主砲の重さを量ってみるけど…これを見てくれ。
元が弾薬抜きで18kgだったのに対し、今は24kgある。
ふむ、艤装は…プラス23kgか。
トータル装備の総重量を考えると、今のあいつの能力に対しては、ちょっと重すぎるね。

戦力としての強化以外に、使用者の負荷もある程度考えなきゃいけないものなんだ。
因みに研修時の君のデータも届いてるけど、これをうちの現役組と比較すると…実例としては、一番わかりやすいかな。」
「うそ…皆こんな速いんだ…。」
「夕張と言う艦種は、通常より積めるからね。大本営としてはフル装備での速力を測ろうとしたんだろう。
だけど荷重が増えれば、当然速力は落ちる。
それで靴の艤装だけを強化しても、今度は使用者の脚が持たない訳。

だから実戦上の艤装に於いて重要なのは、強化と使いやすさのバランスかな。
あくまで艤装の数値由来じゃなく、一人一人の素体データを基準に俺は艤装を組むんだ。
同じ艦の適合者でも、肉体は違う訳だからね。

そうだなぁ…これはマル秘のフォルダなんだけど、これを見てもらうとわかりやすい。」



一応ロックを掛けてあるフォルダなのだけど、この職務に就く以上、彼女にもこれは見せる必要がある。
これは俺がリサーチを重ねて組み上げた、各艦娘の艤装の使用感想と要望、そしてそれらの達成率のデータ。

率直な物を引き出すのには、なかなか骨が折れたっけな…。




55: ◆FlW2v5zETA 2016/07/09(土) 04:45:33.45 ID:O7w9QjEl0

「俺が組んできた艤装は、これらを咀嚼・解釈し、実データと擦り合わせた上で組んできたものなんだ。
それで今こういう立場も貰えてるけど…何て事はない、俺はただ、なるべく艦娘の要望に応えようとしてただけなんだよ。」
「はー……。」


基本理念としては、これで伝わったろうか?
俺も最初は闇雲に強くしようとして、大分絞られたもんだった。

こればかりは、前線にいないとなかなか手応えのある物として掴めないんだよね。
艦娘でもあるバリさんなら、すぐ理解出来るだろうけど。


「バリさんの場合艦娘でもあるから、まずは自分のをカスタマイズすれば早いんじゃないかな?
実際の使用感の変化は、それだけ如実に出る。

艦戦の体は取ってるけど、どちらかと言えば、銃撃戦の概念の方がこの戦争は近いね。
それこそ手首が逝くような反動の銃なんて、誰も使いたがらないでしょ?撃つのはあくまで、素体だからさ。」
「………ま…。」
「ま?」
「負けたーーー!!完敗だわ!ごめんケイくん、正直ちょっとナメてた!」


あら、言いよるわこの子。
まぁ実際偉そうに言っても小僧だし、しょうがないけども……はぁ。



56: ◆FlW2v5zETA 2016/07/09(土) 04:47:33.02 ID:O7w9QjEl0


「あはは…でもバリさんはすごいよ。
アイディア自体は豊富だし、この厳つさでも、組み付けはちゃんとしてる。
俺なんて組み付け叩き込むために、何回ここに泊まった事やら…。」
「私もそんな調子よ?夢中になり過ぎると、色々どうでもよくなっちゃう。
高校までは小太りで、短大で研究ばっかしてたらどんどん痩せちゃってさ。
まぁそれはラッキーだったんだけど…その、ね…提督から話聞いてない?」


ん?何の事だ?
せいぜい飛び級ならぬ飛び卒業ぐらいしか聞いてないけど…。


「本当は来年の春に艦娘になる予定だったんだけど…。
研究に夢中になりすぎて…まさに今日みたいな事やって…その…研究室、爆破、しちゃって…。」
「へ?……はぁ!?」
「で、艦娘になるのは決まってたから、学校的にはクビにも出来なくて…。
そ、卒業認定やるから出てけ!って追い出されたんだよねー!あはははは…。
で、でも大丈夫だよ!もうさすがに懲りたから。」


おいおい…もしかして今日ここが吹っ飛んでた可能性、あったのかよ…。
数時間前の俺よ、貴様は自分の命をベットしたギャンブルに勤しんでいたらしいぞ。

あのおっさん、さては全部知ってたな…今度ラーメン奢らせよう。

そうして俺は、新たな相方に眩暈を覚えつつも、より良い工廠が作れる確信を得たのだった。
もっともこの時は、後に自分の記憶力の悪さを呪う事になるとは、少しも気付かなかったのだけど。



57: ◆FlW2v5zETA 2016/07/09(土) 04:50:10.43 ID:O7w9QjEl0



「……って事があったんですよ。いやー、なかなか爆弾娘ですね、バリさん。」
「あはは、面白い子だねぇ。でもさー、これで少しは任せられそうじゃない?」


その夜の事。
街から帰ってきた北上は、真っ先に工廠を訪れていた。

いつものテーブルを挟み、まったりと会話を楽しむ。
そして北上の座る椅子は、先程は夕張が腰掛けていたものだった。

ここからは、彼の顔がよく見える。
彼女が好んでこの位置に座るのは、そんな理由からだった。


「そうですね。少しは妖精たちを安心させてやれますよ…前は度々おやびんに閉め出されましたからね、休まなすぎて。」
「おやびんって、あのヒゲ生えた妖精ー?」
「そうそう。一応、彼が妖精たちの頭領なんで。」
「それだけ、皆ケイちゃんが頑張ってるの知ってるんだよ。
ねえねえ、今度休み合ったらさー、二人でツーリング行こうよ。ケイちゃんのバイクが良いなぁ。」
「俺のですか?結構デカいですけど。」
「だいじょーぶ!南の方の峠あるじゃん?あそこに足湯出来たんだって。
日々の疲れを忘れ、足湯でまったり…んー、侘び寂びよねー。」


そうして彼女は、コタツの猫のように笑ってみせた。
それは大井の前ですら見せない顔である事を、彼は知る由も無い。

そしてその視線は、再びテーブルの向こうの彼に注がれる。
彼の定位置は、丁度椅子を回転させればすぐPCデスクに向かえるよう配置されており。
今は北上の話を横で聞きながら、なにやら資料をまとめているようだった。



58: ◆FlW2v5zETA 2016/07/09(土) 04:51:29.55 ID:O7w9QjEl0


彼の目は、今もモニターへと注がれている。
それは周囲の動作に気付かぬほどまっすぐに向けられていて、北上は音を立てぬようそっと立ち上がると、背後へと近づいて行く。



そして。



「ケイちゃん…寒いでしょ。」



ふわりとケイの肩に掛けられたのは、北上の腕だった。

今は10月も半ば、確かに冷える頃だ。
だがエアコンだって回っているし、取り立てて寒さを感じる理由はない。

耳元や首筋に吐息が掛かり、それは皮膚の泡立つ感覚を次々に与えていく。
ケイはむしろ、北上の突然の行動にこそ寒気を覚え、振り払う事など出来ずにいた。



59: ◆FlW2v5zETA 2016/07/09(土) 04:52:28.61 ID:82K2CeMxO


「ユウ…さん…?」
「ふふー…テンパってもちゃんと呼んでくれるんだー…いいねぇ♪嬉しいねえ♪」


健全な男子であれば、愛おしさ、あるいは性的興奮の類を覚える瞬間であっただろう。
しかしこの時ケイの中では、居心地の良さと、得体の知れない恐怖心が複雑に絡み合っていく。

そんな彼を敢えて無視したのか、北上はそっと彼の首筋へと顔を埋め。


『ちゅう……』


吸い付くようなキスをし、そして愛おしげにその跡を、ぺろりと舐め上げてみせた。

その強烈な感覚にケイの心身は凍り付き、動く事が出来ずにいた。
抱擁を強くする腕が、まるで蛇にでも絡みつかれているような感覚を彼に与え、北上がその顔を深く背中へと埋めた、その時。



60: ◆FlW2v5zETA 2016/07/09(土) 04:54:31.54 ID:O7w9QjEl0


「ケイくーん、そこに私の手帳………
ご、ご、ご、ごゆっくりーーーー!?」
「バリさん!?ちょ、ちょっと待って!」


忘れ物を取りに来た夕張は、その光景を目の当たりにすると、顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
その瞬間に硬直が溶けたケイも同じく、顔を真っ赤にして俯いてしまっている。

北上はその様子をみて、からからと楽しそうに笑っていた。


「あははー、見られちゃったねぇ。
ちょっとイタズラしただけなのにさー。これは大変。」
「ユウさーん…あんたさぁ、ちょっと度が過ぎるんじゃあねえっすかねぇ!?」
「へ?いや、ごめん、ごめんってば…。
あ、あたしゃー痛いのは嫌かなーって…あは、あはは…あばばばばばばばば!?」


こめかみぐりぐりの刑、発動である。
これにはさすがのケイも相当怒ったようで、北上はしばしこめかみを押さえて呻くのであった。


「全く…変な噂になったらどーすんですか!?
バリさんはそういう子じゃないとは思いますけど…これ青葉さんだったら、笑えないですよ。
あんまりイタズラするもんじゃないですよ、もう。」
「…………アタシは別に、いいけどね。」
「……?今何か言いました?」
「いや、何もー。」



夕張が部屋に入った時、北上の顔は背中に抱き付いていた事で隠れていた。
故に本人以外は、誰も知らない。

夕張を目にしたその瞬間。
北上の口元が、ぎらついた笑みを形作っていた事を。


首へのキスが意味するのは、欲望。
それを北上が知っていたのかは、もはや知る由もなかった。





61: ◆FlW2v5zETA 2016/07/09(土) 04:56:18.91 ID:O7w9QjEl0


そして同時刻。

思わず工廠から逃げ出してしまった夕張は、息を切らして寮へと辿り着いていた。

どれだけ全力で走ったのか、もはや覚えていない。
彼女は激しく切れる息に従いロビーの自販機へと向かうと、迷わずにスポーツドリンクのボタンを押した。

そうしてジュースの冷たさと染み渡る感覚が心身を冷やした時、ようやく彼女は平静を取り戻す事が出来た。
飲みかけの缶を手にフラフラと自室へ辿り着くと、すぐさまベッドへと倒れ込んでしまう。

先程は予想外の光景にパニックに陥っていたが。
今はジワリジワリと、あの光景が、鮮明に彼女の中で再生されていた。

ふう、と一息を吐くと、彼女はベッドの側にある本棚へと手を伸ばす。
取り出されたのは一冊の、A4程のハードカバー。

それはアルバムのようで、彼女は食い入るように、とあるページを見つめていた。
そこにはとある学生達の集合写真と、それぞれの写真が記載されている。

端の方には厚い眼鏡を掛けた、少し顔の丸い少女の写真。
そしてその2列隣には、とある少年の写真があった。

アルバムのタイトルは、こう記されている。

『ーー年度ーー工業高校卒業アルバム』



“長くここにいれば、そんな事もあるわよね…”


夕張は一度微笑んでそのアルバムを閉じ。


“そう、そうよね……やっと、やっとまた会えたのに……。”


そして彼女の頬からは、一筋の水滴が落ちた。






64: ◆FlW2v5zETA 2016/07/12(火) 04:49:17.27 ID:jl9oy6I4O

翌日の事。


艦娘達の雑談や休憩は、食堂ではなく談話室で行われる事が多い。

カップコーヒーの自販機やソファなどがあり、会話のみを目的とするには最適な環境である。
時には艦娘のみによる作戦の打ち合わせも行われており、多くの交流と情報が飛び交う場だ。

まだ新人の夕張は、提督からのそんな情報を頼りにここを訪れていた。
事実上の工廠所属とはいえ、やはり交流は不可欠と考えての行動だ。
先日ケイから諭された件もあるが、少し寂しさを紛らわせたいのも、彼女の本音であった。

そして今夕張の対面に座るのは、青葉。
北上以上にここの古参にあたり、情報通でもあると聞いた彼女と話していたのは、尋ねたい事があったからだ。




65: ◆FlW2v5zETA 2016/07/12(火) 04:51:27.73 ID:jl9oy6I4O


「…工廠によくいる艦娘?あー、北上さんの事ですね。」
「北上…雷巡の方ですよね。」
「そうです。北上さんはうちのエースなんですよ!彼女について何か知りたいんですか?」
「昨日私が帰った後、工廠で話し込んでたんですよ。
私も来たばかりだから、どんな仲なのかなって。
今日聞きましたけど、ケイくんは先輩だよとしか言わないし…。」
「そうですねぇ、本当は交換条件と行きたい所ですが…。
からかいを超える誤解は、私も望みません。今回はサービスです。

あの二人、実はあれでも付き合ってませんよ。
ケイくんにとっては、一番仲の良い先輩兼艦娘と言ったところでしょうか。」
「付き合ってないんですか?いや、その…忘れ物取りに行ったら、ケイくんに後ろから抱きついてて…。」
「ああ、いつもの事ですね。」


青葉は食い付く事もなく、慣れたものだと言わんばかりにそう言って見せた。
一方夕張はと言えば、昨日の光景を思い出したのに加え、その言葉に一層肩を落とす。




66: ◆FlW2v5zETA 2016/07/12(火) 04:53:03.60 ID:jl9oy6I4O


「ケイくんにその気がないって方が正しいでしょうけどね。
端から見てても仲が良すぎるんですよ。

だから逆に、お姉ちゃんみたいなものとしか思われてないんじゃないでしょうか。
弟分にじゃれて遊んでると言った具合に。」
「お姉ちゃん、ですか…。」
「まぁ、北上さんの方は分かりませんけど。

彼、艦娘の間じゃ結構人気なんですよ?うちの若手職員の中では。
あの歳で整備長クラスですから、言っちゃえば将来有望ですし。

例えばあるお昼に、彼が丁度一人でご飯を食べようとしてたみたいで。
それである艦娘が、ケイくんがフリーなのを知っててちょっかい掛けようとしたらしいんですよ。」
「何かあったんですか?」
「その時は普通に、隣に座って話してたらしいんですけどね。

それで後から来た北上さんが、いつものゆるい笑顔でご飯食べてたらしいんです。
ちょっと遠くの席にいたみたいですね。

まぁ、最初はその子も気にしなかったらしいんですよ。
でも、時折北上さんと目が合って……目の奥が、全然笑ってなかっみたいです。
段々プレッシャーに耐えられなくなって、早めに切り上げたそうですね。

北上さん、その後鎮守府内の演習で、その子を開幕魚雷でワンパン轟沈判定に……」
「ひっ…!」
「不思議な人なんですよね。
嫌われてる訳でもないけど、そんなに誰かと深入りする訳でもなく。

ただ、今言った通り…ケイくんに関してだけは、相当にご執心のようです。
まぁ、ちゃんと仕事の邪魔にならない時間に顔出してるみたいですし、特に心配は無いと思いますが。
でも、二人きりの時は、邪魔だけはしないようにした方がよろしいかと。」


青葉の話を聞く限り、なかなか手強い相手だと夕張は捉えた。

しかし自分には果たしたい事もあれば、艦娘としての夢もある。
付き合っていないのならば、まだ大丈夫だ。
そう考えた夕張は、青葉に礼を済ませ、一路工廠へと戻るのであった。




67: ◆FlW2v5zETA 2016/07/12(火) 04:55:11.49 ID:jl9oy6I4O


「ただいま戻りました!」
「おかえりー。どこで休んでたの?」

工廠へ戻ると、ケイはコーヒーを片手に外でタバコを吸っていた。
どちらかと言えば童顔な彼が重めのタバコを吸う様は、何とも不釣り合いな光景を醸し出す。

一方夕張はタバコは好まないようで、それを見て渋い顔を浮かべていた。


「談話室よ。あなたタバコ吸うのね、止めるなら早い方がいいわよ?
ただでさえ、私達はオイルや薬品使う仕事なのに…。」
「せいぜい月に一度だよ。
いやー、久々に煮詰まっちゃってね…そんな時ぐらいしか吸わない。」
「どうしたの?」
「新兵器の開発がね。なかなか良い形にならなくて、どうしたもんかと。」
「なん…だと……?」


新兵器の開発と言うワードが出た瞬間、夕張の目はすき焼きの椎茸のごとくキラキラと輝き始めた。
一方ケイはと言うと、もはや心ここに在らずと言った具合に、魂を吐き出すかの如くタバコを吐き出す様。

そしてそんな彼のタバコを奪い、夕張は思いっきりそれを吸い上げると。

「ゲッホアアアア!!??」

何とも可愛げの無い咳を吐き、涙目になりながらもニヤリと笑って見せた。


「けほっ…ケイくん!魂吐いてる場合じゃ無いわよ!
一人より二人!アイディア出し合えば良いものできるかもしれないじゃない!ほら、戻ろ?」
「お、おい!」


ケイの手を引いて工廠へと飛び込めば、そこにはパーツと設計図が置かれていた。
それを見て何を作ろうとしているのか察した夕張は、ふふん、と得意顔を浮かべている。

これはいい、ここは相方として並ぶ良い契機になるではないか。
その予感を感じた彼女は、真っ先に愛用のツールボックスへと手を伸ばすのだった。




68: ◆FlW2v5zETA 2016/07/12(火) 04:56:36.96 ID:jl9oy6I4O


「終わった、わね…」
「ああ、終わった……。」
「「よっしゃ出来たぞおおおお!!!」」


時刻は午前3時。

テーブルの上にはぴかぴかの完成品が置かれ、そして床にはオイルまみれの男女が二人転がっていた。

二人とも酷いクマを浮かべてこそいるが、実にやりきった顔をしている。
ここまで辿り着くのに、およそ10数時間。
時に激しく討論し、時に各々得意分野のコラボレーションを経て、ようやく全ての作業を終えた。


「長かった…いや、バリさんいなかったらこりゃ無理だったね。」
「何言ってるのよ、そもそもこんなの、私じゃ思い付かないわよ。」


起き上がる気力も果ててしまったが、互いの健闘を讃え合う二人。
隣を向いて笑い合うと、実に力強いシェイクハンドを交わしていた。

それはまさに、お互いこれから良い仕事が出来ると言う確信を持てた瞬間であった。
そしてどこからともなく妖精達が現れると、小さな拍手でそれを見守っている。

夕張が工廠メンバーの一員として、認められた瞬間であった。


「あー、無理…」
「私も…」


そしてどちらともなく、すうすうと寝息を立てて眠ってしまった。
妖精達は二人に毛布を掛け、寝入ったのを見守ると、彼らも各々寝床へと戻って行った。

二人の手は、先程のシェイクハンドのままで。
夢も見ないほどの深い眠りに、彼らはしばしの休息を味わうのであった。





69: ◆FlW2v5zETA 2016/07/12(火) 04:58:46.55 ID:jl9oy6I4O

「くしゅんっ…!」


一方、その数時間前。

誰もが寝静まった頃、北上は自室で横になっていた。
少し風邪気味なのか、小さなくしゃみを一つ。
彼女は直後に身震いを覚えると、より深く布団を被る。

実は今日も、彼に会いに行こうと一度は工廠へ立ち寄っていた。
しかし中から聴こえる声と音に、ドアノブへと伸びた手を止め、しばし夕張が去るのを待っていたのだ。

だが、何時間待てども、一向に作業の音は止む気配もなく。
寒さに耐えかねた北上は、諦めて自室へと戻っていた。

開かれた携帯の画面には、ケイとのトーク画面が映し出されている。
そして打ち込まれたまま、今も送信ボタンを押せないままのメッセージがそこにはあった。


『ケイちゃん、会いたいよ。』


送信ボタンをタップしようとする指は、寸前で石のように硬直してしまい。
彼女はそのまま、アプリを閉じてしまう。




70: ◆FlW2v5zETA 2016/07/12(火) 05:00:18.02 ID:jl9oy6I4O


そして開かれた画像フォルダには、今まで何枚も撮ってきた写真が収められていた。

からかっては困り笑いをする顔や、工廠の前で誇らしげに笑う顔の彼。
彼に送り付けようと撮った、私服姿で可愛く映ろうと工夫を重ねてみた写真。

そして何度となく二人で撮った、様々な場所や季節の写真。

その時々、二人は常に笑顔だった。
しかし今の北上は、それとは正反対の顔を浮かべている。


不意に不快な疼きを感じ、彼女は自身の胸へと手を伸ばす。
ちょうど肩から片方の乳房へと走るそれは、彼女にとっては、何よりも生々しく存在を示すもの。

起き上がり、Tシャツとブラジャーを脱いで鏡に向き合えば。
そこには先程の疼き通りに、痛々しく跡を残す傷が走っていた。

そして鏡の中の彼女の瞳は。
どこまでも暗く、生気のない目をして。

鏡の隣、中ぐらいのタンスの上。
視線をそこに合わせれば、その上にはとある写真。

そこに写るのは、まだあどけない少女と、誰かに似た面影を宿す少年と。
そしてもう一人、その中では最も幼い少年が写っていた。

写真の端は焦げ跡や破れが目立ち、所々、汚れもまだ残っている。


「…………………。」


疼きが収まると、無言のまま服を着替え直し、彼女は再びベッドへと潜った。

思わず手に取った猫のぬいぐるみを、その中で強く抱き締める。
しかし彼の肩を重ねるにはあまりに小さいそれは、却って彼女の孤独感を、より現実のものとして実感させるばかりだった。

震えが、止まらない。
堪らず手を伸ばしたイヤホンを耳にはめ、ポータブルプレイヤーの再生ボタンを押す。

流れてくる歌声と言葉に、気持ちを少し吐き出せたような気がして。
彼女はようやく、少しずつ眠気を手に入れる事が出来た。

音楽も止め、再び彼女の耳には空気の音だけが響く。
しかしまどろみとその音の中で思うのは、やはり彼の背中のぬくもりだった。


“ケイちゃん……明日は、話せるよね?”


一抹の寂しさと体の寒気に孤独を感じながら、彼女はようやく眠りへと落ちた。

その夜彼女が見た夢は。
決して、明るいものと呼ぶ事は出来なかった。




72: ◆FlW2v5zETA 2016/07/13(水) 15:03:50.48 ID:0U9M/46cO

街中に響く悲鳴や爆発音が、呻き声と燃える音に変わるまで。
一体、どれほどの時間しか掛からなかったのだろう。

肩も胸も、もうズタズタ。
痛みももう感じない、きっとアタシは助からないんだ。

お父さんだったもの。
お母さんだったもの。

それが壁にべったりとへばりついて、ふたりはひとつになっている。
そうだ、あいつは大丈夫?ちゃんと逃げられたのかなぁ?
部活だもん、きっと学校で、うまく逃げてるよね。

ごめんね、姉ちゃんもうダメみたい。
この化け物のご飯になる。

ほら、銃をこっちに向けて、アタシの頭は吹っ飛ぶんだ……


「待てよバケモノォ!!姉ちゃんを離せ!」


だめ…だめだよコウちゃん…こっちに来ちゃ……

ああ、ばけもののじゅうが、あたまをふっとばして

おおきなくちが、そのまま





73: ◆FlW2v5zETA 2016/07/13(水) 15:05:02.18 ID:0U9M/46cO


「いやああああああああ!!!」


北上が自身の悲鳴で目を覚ますと、そこは昨夜と違う天井だった。

真っ白な天井と、独特の匂い。
そこが医務室であると気付くと、不意に体の熱さとだるさが彼女を襲う。

そして視界の端に映る影に焦点を合わせると、そこには心配そうに彼女を見下ろす顔が一つ。


「ケイ…ちゃん……?」


彼女が昨夜待ち望んでいた人が、そこにはいた。
その存在に気付き、先程までの光景が夢であった事にようやく北上は気付いたのだ。


「随分うなされてましたね……。
点呼に来ないから様子見に行ったら、ひどい高熱だったみたいですよ?
それで、皆でここに運んだんです。」


どうやら自分は、ひどい風邪を引いてしまったらしい。
そこまで自覚出来た時、北上はやっと、自身の置かれていた状況を理解する事が出来た。


「ケイちゃん……怖かったよう…。」


そして痛む体を起こすと、彼女は縋り付くようにケイの胸へと抱き付いた。
ぽろぽろと涙が溢れ、彼の胸元が濡れようともお構いなしだ。

そうして子供のように泣きじゃくる北上の頭を、ケイは優しく撫でていた。


「落ち着きましたか?大丈夫です、怖い夢を見てたみたいですね。」
「うん……あ、今何時!?」
「ん?あー、11時半ですね。何か食べます?」
「そうじゃなくて、工廠は?ここにいて大丈夫なの?」
「いや、皆にお前が診てろ!って言われたんですよ。
今日は軽い仕事だけなんで、妖精達とバリさんで行けそうですし。」
「そう、なんだ……。」


昨夜、彼が徹夜で作業していた事を本当は知っている。

点呼は9時に始まる事が多い。
よく見れば心なしか疲労の色も見えるが、きっとそんな事はお構いなしに、報せを聞いて駆け付けてきたのだろう。
彼がそんな性格なのは、彼女が一番よく知っているのだから。

申し訳なさもあるが、北上は今日は、思い切ってそんな好意に甘える事とした。




74: ◆FlW2v5zETA 2016/07/13(水) 15:09:15.14 ID:0U9M/46cO


「ケイちゃーん、暇だねー。」
「大人しく寝ててくださいよ?さっきまで点滴打ってたんですし。
はい、うさぎさん。これ食べたら薬飲んで寝てください。」
「女子か君はー、アタシより上手く剥きやがってー。はい、ん。」
「どうしたんです?そんな硬直して。」
「いやー、まだ腕の関節痛くってさ、ちょっと落としそうで。食べさせて欲しいんだよねー。」
「あー、付かぬ事をお聞きしますがユウさん、あなた今年でお幾つになられやがりましたでしょうか?」
「21歳。大人の色気満載の北上様だよー。
まーまー、そういうプレイだと思ってさー。」
「はい、聞こえません。何も聞いておりません。
はぁ、人の親になる前に、21歳児の面倒見る事になろうとは……あーもう、わかりました。
口開けてください、ほら、あーん。」
「んぐ………んー、ほいひー。ありがとね♪」


こんな他愛もない軽口が、彼女にとって、今は何よりの薬だった。
見たくもない夢を見ていたのだ、少しでも、人の存在を感じていたくもなる。

そして熱と胸の暖かさの中で、次第に彼女の意識はぼやけ始めた。
そんな中で、彼女はちょっとしたいたずらを思い付いた。


「んー、ケイちゃん、眠くなってきた。」
「薬が効いてきたんでしょう。冷えピタ替えます?」
「お願いねー……ふぁ…すう…すう…」


眠ってしまったフリをして、彼が額に触れるのを待つ。
彼の事だ、寝ていても律儀に冷却シートを替えてくれる事だろう。

そして予想通り古いシートが剥がされ、新しいシートに替えられた時。
寝ぼけたフリをして、彼女はゆっくりとケイの手首を掴み。


「いただきまーふ…」


夢の中で何か食べているつもりで、その指を優しく咥えた。
今どんな顔をしているだろうか?
突然の事に狼狽えているだろうか?

手の震えからそんなリアクションを想像しながら、しばしその感触を楽しんでいた。その時。



75: ◆FlW2v5zETA 2016/07/13(水) 15:10:26.39 ID:0U9M/46cO


『ブー!ブー!ブー!』


小さなバイブ音が鳴り、それは彼の携帯のようだ。
がさりとポケットからそれを取り出す音が響くと、「もしもし」と応答の声が聞こえる。

そして次の瞬間、電話の相手が誰なのかを彼女は理解した。


「バリさん、どうした?」


その瞬間。北上の胸は、鉛を突っ込まれたような冷たさを覚えた。

薄く目を開けると、壁の方を見ながら通話に集中している姿が見える。
恐らくは仕事の話であろう、何やら専門用語が次々に彼の口からは飛び出していた。


“………ねー、ケイちゃん…。
今、誰が君の手を咥えてるのかなあ?そっちじゃないでしょ?

邪魔は嫌いだなー。
さっきのりんご、美味しかったなぁ…でもアタシ、メロンは嫌い……。”


不意に自身の顎に力が入っていくのを、彼女は抑えようとはせず。

そして。


「そのインパクトのビットなら、3番って振ってある引き出あーーーーーーーーっ!!!!????」
『ど、どうしたの!?』
「ワニワニパニックが起きた……。」


かり、と小さな音がしたかと思えば、北上の歯が指に食い込んでいた。
血が出るほどでは無いが、結構な痛みの咀嚼に、ケイは思わず叫び声を上げる。

そして北上はその声で起きたフリをして、じっと電話をする彼の姿を見つめていた。



76: ◆JdnxYBYeVY 2016/07/13(水) 15:11:48.80 ID:0U9M/46cO


『まだ医務室でしょ、何かあったの!?』
「い、いや、ちょっとした事故だ…とりあえずそれで大丈夫そう?」
『うん!ありがとー!』
「了解!また何かあったら連絡ちょうだい、お疲れ様ー。
……さて、ユウさん。何か言う事あるんじゃないでしょうか?」
「んぁ…アタシ?美味しいお菓子を食べる夢を見てたけど……?」
「俺の手はポッキーじゃないんですよ…見てくださいよこれ、歯型クッキリですよ。」
「アタシはトッポ派だね。」
「これが最後までぎっしりなのは骨!肉もカリカリしてないから!」
「まー病人だもん、美味しいものに飢えてたんだよー、許してちょうだい。
あーあ、本当にクッキリだねぇ、ごめんごめん。」


そう優しく手を取り、北上は微笑みながら、じっとそれを見つめていた。
付いた歯型を優しく撫で、そして微笑みながら、そっと彼の手を自身の頬へ当てる。


「ケイちゃんの手、冷たくて気持ちーねぇ。」


その手に何度となく頬擦りしながら、幸せそうに北上は笑っていた。
とても高熱を出しているとは思えない程の、幸せな顔で。



77: ◆FlW2v5zETA 2016/07/13(水) 15:12:33.18 ID:0U9M/46cO


“自分の持ち物には名前書けって習ったけどさ……これ、立派なアタシのサインだよね?
アタシのだもん。誰にもお裾分けなんてしないから……。”

「ケーイちゃん♪」
「何です?ほら、また寝ないと。」
「撫でてくれたら寝る。」
「えー…全く、熱で幼児退行しちゃいましたか?しょうがないですね…。」
「ふふー。あ、でもちゃんと後でうがい手洗いしなよ?もらっちゃダメだかんね。」
「はいはい。」


そして髪を撫でる感触に目を細めながら、北上はようやく心地よい眠りへと落ちて行った。
うつらうつらと、今度は悪い夢を見ないままに。




78: ◆FlW2v5zETA 2016/07/13(水) 15:14:02.20 ID:0U9M/46cO


そして二日後。


「ぶえっくしょーーい!!」
「ケイくん、オヤジ臭い。」


北上ほど重症ではなかったものの、彼もまた、軽い風邪を貰ってしまったようだ。

今は寝込むほどでは無いが、悪化されると業務に支障が出る。
いつもはこれは趣味だから!と無理矢理居残りする事も多い彼だが、くしゃみに悶える様を見て、夕張は無理矢理にでも帰す事にした。


「ケイくん、もう定時だよ。さあ帰ろうねー。」
「へ?あーー!それここの鍵!何で!?」
「それは君の部下たちの気遣いだよ。」


足下を見ると、一人の妖精がしたり顔で彼を見上げていた。
どうやらこっそりと鍵をスり、帰すように夕張に渡していたようだ。

さすがにここまでやられると観念したのか、ケイは項垂れて帰り支度を始める。
それを見て、夕張と妖精は小さくハイタッチを決めるのであった。




79: ◆FlW2v5zETA 2016/07/13(水) 15:15:51.50 ID:0U9M/46cO



「で、なーんでついてくるんかなぁ?」
「そりゃもう、途中で戻ったりさせない為。」


夕張はちゃんと部屋に戻るか見張る為、彼の部屋までついてきていた。
旧来の大型寮を艦娘寮としてあてがっている為、こちらの職員寮は小さいが、まだ比較的新しい。

新品の匂いが残る廊下に羨ましさを感じつつ、彼の部屋の前に辿り着く。
そして鍵を開け、「じゃ、お疲れー。」と彼が扉を開けた瞬間。


「ダーッシュ!」
「あ!待て!」


するりと中に飛び込むと、見事に特徴の無い部屋が夕張の目には広がる。
本棚とPCとベッド、後目に付くのは、せいぜいバイク用品程度。

しかし彼女の目は、それに相反してキラキラとしていた。


「面白いもんなんて何も無いよ?大体寝に帰ってるだけだし。
ほら、ちゃんと寝るから。帰った帰った。」
「ん?卒アルはっけーん!」
「人の話を聞きなさい。全く、大したもん載ってないぞ?」


夕張がパラパラとアルバムを捲ると、彼女は迷いなく彼のクラスのページを開いてみせた。
そこには今より少しだけあどけなさの残る彼の写真以外、夕張の知るものは無いはず。
すぐに飽きるだろうとタカを括り、しばらく放っておいたその時。


「懐かしいね。あの先生どうしてるかなぁ。」
「………え?」


その言葉に、彼は自身の耳を疑った。


「君のクラスにさ、ちょっと太った地味な女の子いたよね?銀髪のさ。
地味子とか陰で言われてて、まあその通りな子だったよね。
……その子って、今何してると思う?」
「待て、何で君がそれを……。」
「研究に集中してても痩せたけど…それ以外も、ダイエット頑張ったんだ。
ケイくん、全然気付かないんだもん。逆に自信付いちゃった。」


ふとかつてのクラスメイトの記憶と、目の前の少女が重なり合う。
そうだ、確かに面影がある。
そうして驚愕に打ち震える彼を尻目に、夕張はいつもの明るい笑みを作り、こう言った。


「初めましてじゃ、なかったんだ……ここにいる夕張は、そこに写ってる私だよ。

久しぶりだね…ケイタロウくん。」




88: ◆FlW2v5zETA 2016/07/18(月) 04:58:49.42 ID:7pBs7sNMO

「久しぶりだね…ケイタロウくん。」


余りにも予想外の事態に、ケイは驚愕を隠せずにいた。

そうだ、言われてみれば確かにうっすらと声は覚えがある。
だが、余りにも目の前の存在は、記憶の中のそれとは別人に思えた。

そもそも元の目付きも眼鏡に阻まれてわかりにくい物であったし、第一少し太めだった覚えがある。
目立たなかった彼女と言葉を交わしたのは、学生時代はそれこそ何度あったのか。

現実と過去が交互に入れ替わり、彼の中ではもはや何がどうなっているのかすら思考する事が出来ずにいた。


「本当に、__なのか…?」
「嘘じゃないわよ。
でも…そうね、苗字で呼ばれるのは好きじゃないの。“ミユ”で覚えておいて。それが下の名前よ。
今まで通りバリさんでもいいし。」
「あ、ああ…。」
「ふふ、驚いた?いつ気付くかなーって思ってたんだけど…あの頃は、あんまり絡み無かったもんね。
まあ、だからと言って何が変わるでもなし!今まで通りよろしくね!」
「そうだな…バリさん、改めてよろしく頼むよ。
…しかし驚いたなぁ、人って変わるもんだわ。だってあの時のバリさん、ぶっちゃけデb…」
「…ドラム缶でぶっ飛ばされたい?それともセメント風呂?ん?」
「…何も言っておりません。はい。」


意外すぎる事実に面食らいはしたものの、平静を取り戻したケイは、ようやく事実を受け入れられた。

昔は縁が薄かったとは言え、むしろこれは、より良い工廠を作るにはいい事ではないか。
同郷にして同世代だ、育ちが近い故に取れる連携もあるだろう。

そう考え、彼は特に何が変わるでも無いと捉える事とした。
一方夕張はと言えば、全く違う事を考えていたのだが。




89: ◆FlW2v5zETA 2016/07/18(月) 05:00:24.40 ID:7pBs7sNMO


“ふふー、驚いてるわね。
あーあ、言っちゃったなぁ…北上さん寝込んでるから、今しか無いよね。
火事場泥棒みたいだけど、鬼の居ぬ間になんとやら。でも、これで少しぐらい…。”


思惑はすれ違いつつ、こうして同級生にして同僚と言う新たな関係が始まった。


一方その頃、北上はと言えば。





90: ◆FlW2v5zETA 2016/07/18(月) 05:02:00.44 ID:7pBs7sNMO


“暇だねー…やっと37.3℃か。はーあ。”


医務官の指示により、最低3日は安静にとの通知を受けた彼女は、今は自室にて大人しく過ごしていた。

相当に重い風邪だったらしく、昨日やっと入浴許可が出た始末。
ほぼ完治に近いが、待機命令を喰らっている手前、こうして部屋で時間を潰すほか無い。

そんな彼女の現在の楽しみはと言えば…


“ケイちゃん、そろそろ仕事終わったかな…また居残りしてなきゃいいけど。よーし、連絡取ろー。”


携帯を手に取り、北上はいつものトーク画面を開く。

大型バイクがアイコンのそれは、ケイのアカウント。
毎日のように連絡を取っている為、いつでも履歴の一番上に表示されるそれを見ると、彼女はにんまりと笑みを浮かべる。

風邪を移したくないとの理由から見舞いは断っているが、こうして他愛もないやり取りをするのが、療養中の唯一の楽しみであった。


『お疲れ様、お仕事終わった?』


そうして10分、20分。
遂には30分と経つものの、未だ既読すら付かない。

定時はとっくに過ぎているし、居残りをしていても、いつもなら一息ついている間に返信ぐらいは返ってくるのだ。
それがふと気掛かりになり、彼女はベッド側にある小窓のブラインドを開けた。

普段このブラインドは降ろしているのだが、4階にある彼女の部屋は、実は職員寮が見下ろせる位置でもある。
よくある3階建てアパートのような作りのそれは、彼女の部屋に対して窓側を向けて作られており。
照明の点灯で、在宅の有無が確認出来るのだ。

そして現在、ケイの部屋の電気は点けられていた。




91: ◆FlW2v5zETA 2016/07/18(月) 05:04:11.91 ID:7pBs7sNMO


“あんにゃろー。さては寝ちゃったかー?”


北上が積極的にこのブラインドを開けないのには、理由がある。
開いていれば、ついつい見てしまうからだ。

しかし彼女の部屋から見えるのはカーテンの掛かった窓か、開いていても、せいぜい床の一部が見えるぐらい。
元々彼は、あまり部屋にいないのだ。
まともに家主がいない部屋ををずっと眺めていたところで、彼女にとって意味は無い。
彼自身の存在を感じられなくては、大して価値のある事では無いのだから。

相変わらず消えない遮光カーテンの隙間から漏れる光に溜息をつき、再びブラインドを閉める。
そして不貞寝でもしようと横になり、数分後の事。


『お疲れ様です。俺も風邪気味みたいで、今日は定時で叩き出されちゃいましたよ。』


ようやく届いた返信の内容に、彼女は思わず眉をひそめた。
やはり移してしまったのだろうかと思い、少しの罪悪感に駆られながらも。
それでも嬉しさの方が勝ち、微笑みながら返信を打ち込んでいく。


『大丈夫?アタシの移ってたら相当重いから、無茶しないようにね。今部屋にいるの?』
『今は部屋です。今日はもう大人しくしとこうかと。
目え離したら戻るだろ!って、バリさんに部屋までついてこられましたからね。さすがに大人しくするっての。』
『ふーん、甲斐甲斐しいじゃん。
でもケイちゃん、いつもの行動じゃ説得力無いよー。』





92: ◆FlW2v5zETA 2016/07/18(月) 05:06:18.23 ID:7pBs7sNMO


“そっか、部屋まで来ちゃったんだ…アタシでさえまだなのに。”


さすがに彼の自室を訪ねるのには、立場もあってか未だに気が引けていた。
しかし同じ部署の夕張であれば、周りも余り気にしないのだろう。

不意に布団を掴む手が強まったのを、彼女は気付かないフリをしていた。


『はは、返す言葉も無いですわ…あと、衝撃の事実判明です。』
『どったの?』
『バリさん、何と高校の同級生だったんですよ。
見た目もイメージも変わり過ぎてて、俺全然気付かなかったですよ。彼女、昔は太ってましたし。
いやー、何とも不思議なもんですわ。』
『マジで!?』


その瞬間、北上の中で全ての線が繋がった。

ふと冷静になった時、度々彼女自身もおかしいと思っていたのだ。
何故自分は、ケイにちょっかいをかけた訳でも無いたかが新人に、着任前からあそこまで嫉妬していたのかと。

寧ろ彼の負担を減らしてくれる、有り難い存在ですらあるのだ。
そうだ、確かに構ってもらえなくなる不安はあったが、それでも自分の行動は度を超えていた。

しかしそれらの物事の理由も、今なら北上には理解出来る。

それこそ着任の話を聞いた時から、今まであまり信じていなかった、女の勘と言うものが働いていたのだ。


“間違いなく、その女はケイを奪いにくる”と。





93: ◆FlW2v5zETA 2016/07/18(月) 05:08:42.65 ID:7pBs7sNMO

“へー…そっかー。夕張ちゃん、やっぱりそうなんだー……。だからアタシ、あんなに…。
ふふー…気付いちゃったなー、気付いちゃったよー。あの子はアタシと…。

…でも、あげないから。”


まるで、戦闘時の様な獰猛な笑みを浮かべている事にすら気付かず。
彼女はその思考と感情に夢中になっていた。

ケイが夕張の話をする時に感じる寂しさと、好敵手をはっきりと捉えた喜びとで。
北上の心はまだら模様を描いていく。

やがてある程度その興奮も収まった時、再び微熱の気だるさが彼女を襲った。
一度冷えた頭の中は、今は部屋の孤独の寂しさで埋め尽くされている。
そして彼女の中にはある強い感情が芽生えた。

声が聞きたい、と。

北上の指先は、ひとひらの迷いもなく彼のアイコンを押し、通話ボタンをタップしていた。

程なくしてコール音が途切れ。
もしもし?と、聞き慣れた、しかし今は何よりも欲していた声が彼女の鼓膜に触れる。

それは北上にとっては、脳髄を蕩けさせるような安堵を与える声。
それに触れている間は、先程までの忙しない心の動きを忘れる事ができる。

それらの『殆ど』、僅かに残るもの以外は。




94: ◆FlW2v5zETA 2016/07/18(月) 05:11:00.81 ID:7pBs7sNMO



『どうしました?』
「んー、ちょっと人の声聞きたくて。さすがに暇なんだよねー。
ねえねえ、ところで夕張ちゃんの話マジなの?」
『マジですよ。上がり込まれて卒アルバッチリ確認済み、免許も見せられましたよ。
同級生じゃなきゃ絶対知らない事、全部知ってましたし。』
「部屋入ったんだ?」
『もう帰らせましたけどね。
他の奴らに見られたらだるいんで、勘弁しろよって話なんですけどねー。』
「あー、あの資材科の子とか?」
『ああ、確かにあいつチャラいんで危ないかも…。』
「こないだ長門さんにシメられてたもんねー。ふふ、あの時さー…」


他愛も無い会話に、思わず北上は顔を綻ばせていた。

今は回線越しの、二人だけの世界。
他の誰にも邪魔しようの無い世界だ。

そこにあるのは笑い合う声だけ、それ以外は何も無い。


例えば今ここに、夕張が横槍を入れてくる事も。


会話に夢中になりながら、少しだけその事を考えた時。
思わず、再び自身の口角が吊り上がった事を。

北上自身も、気付かずにいたのであった。





97: ◆FlW2v5zETA 2016/07/20(水) 07:06:56.79 ID:MhS5mzTTO

「すげぇ匂いとハエだ…俺らが入れるようになってこれか…。」
「まだ見つかってない遺体が多いらしいな…いや、正確には一部が、か。」


高2の頃、深海棲艦の襲撃事件の1ヶ月後。
学校の休みを得て、俺はボランティアの一員として、瓦礫除去作業の一団に加わっていた。

深海棲艦と言う化け物が現れた。
街が一つ滅んだ。
そこに住む、殆どの人が殺された。

何もかもが現実味を帯びた言葉ではなかったが。
しかしその惨状を目の当たりにすれば、それは夢物語ではない事を思い知る。


「おい、遺体だ。こっちは軍の駐屯地の方が近かったよな?」
「ああ、すぐ連絡しよう。」
「誰か見付かったんですか!?う……!?」
「えらいな、よく吐かなかった。
触れると感染症の危険がある、ここは軍が来るのを待とう。」


ドロドロに腐って崩れていたそれは、『おそらく』人間の足であったもの。
込み上げる嫌悪感でやっと人間のものだと認識できたそれは、最早吐く事すらままならない衝撃を俺に与えた。

宅地の細い道路に飛び散った瓦礫をどかし、最低限の道を確保するのがこの一団の目的。
しかし道路に飛び散っていたのは、凡そここにあるべきものではなかった。

壁の板や、かつて使われていたはずの生活用品一式。
家々は弾丸によるものであろう穴が開き、燃えたものや崩れたものもあった。




98: ◆FlW2v5zETA 2016/07/20(水) 07:08:30.56 ID:MhS5mzTTO


「リーダー、これって…。」
「……もう見るな。見ちまえば情が移り、手が止まる。
俺たちが今やるべき事は、この道を空ける事だ。
被害者のためにこそ、今は情を捨てて集中しよう。」


落ちていたのは、血に染まったウサギのぬいぐるみ。
焦げ落ちた片耳と血のつき方を見れば、何となく何が起きたのかは理解出来た。

きっと持ち主は恐怖に震えて抱えたまま、頭を撃たれたのだろう。
焦点が変わるはずのないプラスチックの目は、ずっとその光景を焼き付けているように見えた。

手袋の合皮が、ぎゅっと軋みを上げる。
この時俺が怒りをぶつける先など、せいぜい自分の手のひらぐらいしかなかった。

後続するダンプに積めるものはそちらへ、積めないものは道の端へ。
塀に瓦礫を寄せていると、度々家々の表札が目に入る。

ここは5人家族、ここは6人…。
散らばった皿や、とっくに土へ帰った食事の残骸を目にする度、俺はその瞬間まで団欒を楽しんでいたであろう光景に思いを馳せた。

そして所々、至る所に残る血痕が。
それらの命が理不尽に踏みにじられた事を、俺に伝えてくるのだ。


「ケイ君と言ったね、君はどうして今回ボランティアに?」
「……幼馴染の引越し先が、この街だったんです。もう絶望的でしょうけど、せめて何か出来ないかって。」
「そうか……すまない、出過ぎた事を訊いた。」


ボランティアチームには、親族や友人がこの街にいる人が多かった。
じっと破壊されたアパートを見つめる人や、表札を見て涙ながらに作業をする人もいた。

ユウ姉ちゃんも、コウタも…皆、死んじまったのかな…。
わからないや、死体も見てない以上、何もわからない。

うちは両親が忙しく、3人の写真は、いつもおじさんとおばさんが撮っていた。
故に写真を持っておらず、小さかった俺はあの二人の顔を正確には思い出せないし、今どんな風に変わったのかも知らない。

それでも、大切な思い出。
いや、思い出『だった』。

せめて、せめて何か……そう思いながら作業を進めていた時。




100: ◆FlW2v5zETA 2016/07/20(水) 07:13:16.86 ID:MhS5mzTTO


「岩代……?」


忘れる筈もない名前を見付けたのは、その時の事だった。
おじさんとおばさんの名前は覚えていない。
だけどあの二人の名前だけは、忘れる筈も無い。

そこにあった表札は、二つ。

一つは、最初に見付けた塀に埋められた苗字だけのもの。
そしてもう一つは、違うスペースに貼られた家族全員の名が刻まれたもの。

気付けば俺の息は乱れ、目を逸らしたくなるのを必死で堪えながら、二つめの表札へ近付く。

『岩代トオル』…
『サヨコ』…

ああ、この並びは、夫妻の名前だ。
だけどその後も、まだ続いてる。きっと子供がいたはず。

固まりたがる首を必死に回し、次の欄へと、ガタガタと震える指を這わせた。
子供は二人……そこにあったのは。


『ユウ』
『コウタ』


それを目にした瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。
そしてふと顔を上げた時、俺の目は門から家全体を俯瞰して視界に収める。

ドアにも縁側にも大きな穴が開き、家の中は丸見え。
不意にリビングの壁が目に入り、それは最初、『純粋な赤い壁紙の様に』見えた。


違う…あれは……血の…いや、それならもっと小さい…そうだ、例えるなら人間が飛び散った…。

1人なんてもんじゃねえ……あの壁は、もっと…!


「うああああああああああっ!!!」
「ケイ君!?どうした!」


その時、俺は我を忘れ、半狂乱で叫ぶのみだった。

今もその時の表情筋の感覚は、よく覚えている。
それまでの人生の中で、最も怒りと悲しみを顔に出していた、その時の感覚は。


俺がどんな形でもこの戦争に参加すると決めたのは、その日の事だった。





101: ◆FlW2v5zETA 2016/07/20(水) 07:15:19.64 ID:MhS5mzTTO



「………ゃん……イちゃん……」
“ん……誰だ……眠いや…無理……”
「起きろーー!!!」
「わぁ!?……いって~…ユウさん、耳引っ張んないでくださいよ…。」


うたた寝していたケイを起こしたのは、北上の大声だった。

ふと腕時計を見れば、20時。
そして夕張は休みで、今日は自分一人だった事を、彼はそこでようやく思い出したのだった。


「むしろ感謝しなよー、この北上様直々に悪夢から引っ張り出してあげたんだから。
……ケイちゃん、机で寝ながら泣いてたんだよ?」
「へ?ああ…そう言えば、ちょっと嫌な夢見てましたね。」


頭が覚醒し始めると、まずやたらとTシャツが張り付く居心地の悪さが襲う。
そして寝汗のせいか体温は上がっており、秋にも関わらず、彼は軽い暑さを感じていた。


「……どんな夢だったの?」
「んー…昔の夢ですね、嫌な思い出を少し。ユウさん、俺ちょっと外行ってきますわ。」


艦娘である彼女には、この話はしたくない。

それが彼の考えであり、ケイははぐらかす様な言葉を吐くと、デスクの引き出しを開ける。
そこにはたまに吸うタバコとライターがしまってあり、それを手に外へと出る。

工廠の横にある、あまり使っていない赤い吸い殻入れ。
そこでつなぎの上を脱いでTシャツだけになり、彼はようやくタバコに火を点けた。

夜風が汗で湿ったTシャツを通り抜け、フィルター越しに吸う空気は冷たい。
その冷気が、先程までの悪夢の熱をゆっくりと覚ましていく。

数日振りの11mgのタールは、ケイの頭をくらくらと酔わせ。
それがより、強張った心を虚脱させる。

魂を吐き出すように煙を吐けば、その目には月夜。
それらの冷たさと酩酊が、やっと現実に帰ってこれた事を彼に教えていた。



102: ◆FlW2v5zETA 2016/07/20(水) 07:17:02.91 ID:MhS5mzTTO


「煮詰まった時だけじゃなかったっけー?ヤンキーだねぇ。」
「……まあ、気が沈んだ時に吸う事もありますよ。気分です。」


後から付いてきた北上は、ケイの横に座ると、いつものゆるい口調でそう話しかけた。

その声が彼に与えるのは、安心感。
いつでもそうだ。力が入りがちな時ほど、彼女はそうやって力を抜かせるように彼に接してくる。

しかしそれ以降は言葉は無く、夜空へ立ち上る煙を、二人は呆然と見つめていた。


「ケイちゃんさー、どんな夢見てたの?」
「喰いつきますね、随分。」
「手、震えてるもん。」


細かい所までは、悪夢の名残は隠せていなかったようだ。

消えかけのタバコを持つ手は、未だ少しの震えを見せていた。
それを誤魔化すかのように、ケイは2本目のタバコに火を点け、肺の底まで沈ませるようにそれを吸ってみせた。

溜息を誤魔化すように、深く、深く息を吐く。
そして白い煙を見送り、彼は座り込む北上の隣へへたり込んだ。


「……俺、実はあの街に行ったんですよ。ボランティアで。」
「……そう、なんだ…。」
「死の跡しか、無かったですね。

街もめちゃくちゃで、遺体の一部や血の跡もたくさん…何もかも冷たくて……ずっと、その時感じたものが取れないんです。

ああ、人の生活の跡も、人間だったものも、こんなに冷たくなるんだって……冷たいですよ、死んだ世界なんて。全部冷たい…。
…俺は、あいつらだけは絶対に許さないです。」
「そっか……。

ねえ、ケイちゃん。」
「どうしま……!?」



103: ◆FlW2v5zETA 2016/07/20(水) 07:18:16.69 ID:MhS5mzTTO




その時彼は、初めてくちづけの感触を知った。


そして、永遠に感じられるような数秒が過ぎた直後。
少しだけの痛みが、彼の唇を襲う。


それは優しく、しかし傷を与えるように、彼女が唇へと噛み付いた痛みだった。






104: ◆FlW2v5zETA 2016/07/20(水) 07:20:05.97 ID:MhS5mzTTO


「ユウ、さん……?」
「柔らかかった?痛かった?血の味、するでしょ?」


月明かりに照らされ、彼女は優しく微笑んでいた。

まだ残る、彼女の唇の柔らかさ。
そして痛みと、鉄の味。

先程とは別の形で心臓は早鐘を打ち、ありとあらゆる感覚がケイを襲う。

そして呆然とする彼を。
北上は、優しくその胸へと抱きしめていた。


「ふふ、ぬくいっしょー?
だいじょーぶ、ケイちゃんもアタシも、ちゃんと生きてる!ね?」
「…………。」


あの時感じた冷たさと絶望が、少しずつ溶かされて行くのをケイは感じていた。

時に殺意で自分を塗りつぶし、時に仕事に燃え、機械弄りを楽しむ事で自分を塗り潰し。
そうして彼が自分の中に封じ込めていたのは、癒える事なのない深い悲しみ。

不意に、熱を持った涙が彼の頬を伝う。


「……今アタシがした事はさ、全部忘れてもいいよ。

でも、これは忘れないでね。
アタシもケイちゃんも、こうして生きてたから出会えたんだ。

Bしかないけど、胸ならいくらでも貸したげるからさ。たまには泣いていーんだよ。ね?」
「はい…ありがとう、ございます……。」


嗚咽を堪えながら、彼はその胸で静かに泣いた。
そして北上は、微笑みながらその肩を抱きしめていた。


その微笑みが何を意図してかは、彼女以外は誰も知らないまま。





105: ◆FlW2v5zETA 2016/07/20(水) 07:22:06.01 ID:MhS5mzTTO


“そうだよー、生きてたから、『また』出会えたんだ……。

ケイちゃん…かわいいかわいい、アタシのケイちゃん。
だからアタシの味も感触も、その傷もさ。

全部、全部覚えててね…?”



秋風に吹かれ、雲が通り抜けては月を隠し。
その明かりは、明滅を繰り返す。
そしてまた雲が晴れ、月明かりがその明るさを増した時。

それが照らした北上の笑顔がどのようなものであったのかは。


ギラギラと鈍く光る、月だけが知っていた。





112: ◆FlW2v5zETA 2016/07/22(金) 03:18:26.09 ID:VIV8NJf80

「ケイくん、唇どうしたの?」


朝、いつもの如く工廠に来た夕張は、真っ先にケイの唇が目に付いた。
意外に目立つその傷は、ぶつけたというには不自然な位置にあり、彼女はそれが気になったのだ。



「んー?ああ、ちょっとね。」
「そろそろ乾燥してくるし、癖になると結構引きずるわよ?リップ塗りなさい。」
「了解。」


いつもに比べればテンションも低く、目もどこか疲れている。
しかしそれ以外は特に様子が変わる事もなく、彼は淡々と仕事をこなしていた。


夕張は、ふと昨日の事が気になった。
彼女はまだ越してきたばかりであり、昨日の非番はそれに伴う用事が多く、工廠に顔を出す事が出来なかったのだ。

不意に、彼女の脳裏には北上の顔が浮かぶ。

何かあったのか、或いは何かをされたのか。
唇に傷と言う事実を前に想像を巡らせ、そして首を横に振って、彼女はすぐにそれらをかき消した。


“北上さんがじゃれてるだけだもんね…じゃあ、あの人が何かした?
むう、彼女ヅラしちゃって~~……!”


ゴミ箱を見れば、明らかにケイ一人分ではない空いた紙パックが捨てられていた。

おまけに片方はイチゴ牛乳、普段パックの緑茶かコーヒーばかり飲んでいるケイの趣味ではない。
誰の趣味かは、もはや一目瞭然だった。

昨日は恐らく、自分がいないのをいい事に、早めに訪ねていたのであろう。前の忘れ物の時の例もある。
そう考えると、夕張の嫉妬心はパチパチと火を上げ始めるのであった。

そして夕張は、おもむろに壁に貼られたホワイトボードに視線を送る。
いつも鎮守府の出撃スケジュールが書かれているそれは、今日は夜間出撃の部分が空欄となっていた。

本日の整備部門の退勤予定、17時。

それを確認すると、夕張はにんまりと笑みを浮かべる。



113: ◆FlW2v5zETA 2016/07/22(金) 03:21:42.01 ID:VIV8NJf80



「ケイくん、今日終わったら暇?」
「まぁ、居残りしなきゃ暇だな。」
「私こっち来たばっかりでさ、まだ美味しいお店とか知らないんだよね。
良いところ知ってたら、教えて欲しいなーって。」
「外食かー…確かに最近してないな。いいよ、何食いたい?」
「そうね、最近冷えるし…お蕎麦とか。」
「美味いところ知ってる。」
「ほんと?やった!」


そして仕事が終わり、一度私服に着替えた二人は、一路駐車場へと赴く。
この辺りの地理を覚えたいと言う夕張の希望により、彼女の愛車で出発する話となり、いざ車へと乗り込もうとした。その時のこと。


「ん?キーレス動かない。電池切れたかな…まぁいいや、後で替えよ。
アレ?ロックも連動もしないわね…今開けるね。」
「でけえなこれ、よっと…」
「ふふん、夕張スペシャルよ。さーて……ん?」
「……どうした?エンジン点かないの?」
「ケイくん…私、昨日やらかしちゃったかも……。」


青ざめる夕張の目線の先には、見事にオンになったままのライトのレバーが。

しかしライト本体は、何の光も放っている様子は無く、よく見れば、ドア開閉時もルームランプが点いていない。
エンジニアである二人がこの状況が詰みである事を理解するスピードは、もはや光の速さであった事は言うまでもなく。


「大変申し上げにくいのですが…手遅れです。」
「ジムニーちゃああああん!!」


夕暮れの車内に、夕張の悲痛な叫びが響き渡るのであった。
そしてどうしたかというと……




114: ◆FlW2v5zETA 2016/07/22(金) 03:24:30.90 ID:VIV8NJf80



「うーん!気持ちいいねー!」
「あんまり動くなよー!危ねえ!」


シャフトドライブ特有の音を響かせつつ、巨大な鉄の塊が走り出す。

車での移動を諦めた二人は、ケイのバイクにて出かける事とした。
バイクの後ろ、それもアメリカンに初めて乗る夕張は、終始ご機嫌な様子だった。


「ケイくん!夕焼けやばい!」
「それがここのいい所!しっかり掴まんなさい!」
「うん!」


バイクは一路、目的地へ向け走る。

鎮守府最寄りのコンビニを目印に曲がれば、国道に入り、後はメインストリートへ向かうだけだ。
そのコンビニは、鎮守府の者も愛用する店である。
大体の者は自転車などでここへ来る為、鎮守府が1日を終えた現在、店頭には結構な数の乗り物が停められていた。


その中に、一回り大きいベスパが一台。


今日はとある雑誌の発売日。
鎮守府所属のある艦娘は、それを定期的に買っていた。

太めの三つ編みを揺らしながら、彼女は雑誌コーナーの前に立っている。
そして聞き覚えのある音に正面を見れば、右から左へ、窓の外を黒いバイクが駆け抜けて行った。

タンデムしているうちの一人は男性であろう、フルフェイスから覗く髪は見えない。
そして後ろに乗っているのは女性であろう、ヘルメットの裾からは、ミディアムロングの銀髪が見えていた。

その音が街の方へ消えて行くのを見届けると、彼女は会計を済ませて外へ出る。
楽しみにしていた雑誌を買った彼女は、非常に機嫌の良さそうな薄笑いを浮かべていた。

愛車を駆り、夕暮れに気持ち良さげな笑みを浮かべながら、先程のバイクと反対方向へと走っていく。
そんな日常の穏やかな風景の中。


彼女は、終始笑顔だった。



115: ◆FlW2v5zETA 2016/07/22(金) 03:27:30.29 ID:VIV8NJf80



「んー、おいひー。」
「ここは全職員の一押しだよ。あー、やっぱ天ぷらうめぇ…。」


鎮守府からバイクで20分、二人はとある蕎麦屋で夕食を摂っていた。

少し肌寒い今の季節、暖かい蕎麦は尚の事沁み入る。
ケイはその味に、昨日の心のめまぐるしさも、少しは癒されたように感じていた。

幾分柔らかさは取り戻しつつあるが、まだ顔に陰りがある。
夕張は彼のそんな様子を見て、むむ、とまたしても怪訝な顔を浮かべるのであった。


「今日元気ないわねー、どうしたの?」
「そう?いつも通りだけど。」
「顔疲れてるもん。昨日さ、何かあった?」
「何もないよ、どうした?」
「だってさ…目、腫れてるもん。」


しまった、とケイは思わず口を開けた。

こればかりは誤魔化しようが無い。観念した彼は、ある程度までは話す事にした。


「はぁ……高校の時さ、俺、公休ぶんどってボランティア行ったじゃん?
工廠でうたた寝してたら、その時の夢見ちまって…北上さんに慰められた。」
「あの街の時?そんな酷かったんだ…。」
「ひでぇなんてもんじゃ無かったね、アレは地獄だよ。

で、うなされてたのを叩き起こされてさ。
それで慰められて…何か、情けねえ所見せちまったなーってさ。」


彼のテンションが低かったのは、どうやら慰められた事に起因するらしい。
昔から無理をしがちなケイの事、恐らくそんな姿を北上に見せた事自体、落ち込む事なのであろう。

そして唇の傷の理由も、夕張には何となく察しが付いた。
恐らくそれは、当初の予想通りであろう事が。

しかし彼女は、それについては敢えて何も言わなかった。





116: ◆FlW2v5zETA 2016/07/22(金) 03:31:26.90 ID:VIV8NJf80



「ねえ…ケイくんにとってさ、北上さんってどういう人?」


不意に尋ねられた言葉に、ケイはすぐには言葉を返す事が出来なかった。
しばし思案し、そしてようやく返事を返す。


「んー…姉ちゃんみたいもんかなぁ…。

俺、最初は気合入りすぎて、結構空回っててさ。それを諭してくれたのが北上さんで。
あの人がいなかったら、今こんな立場じゃなかったと思う。

ずーっと仲良くしてくれてる人だよ。まあ、スキンシップ激しいのはご愛嬌だけど…。」
「お姉さんね…ふーん…。私さ、てっきり付き合ってるもんだと思ってた。」
「げほっ!!…つ、付き合ってないって!第一俺、あの人に釣り合うようなんじゃないし…。」


思わず咽せるケイを見て、夕張はにひひと笑った。

それは彼のその様を見てと、もう一つ。
付き合ってはいないと、彼の口から聞けた。その事も、彼女が安堵した要因だった。


「さーて、帰るか。」
「やっぱり大きいわねー、この子。ふふー、女の子乗せるつもりで買ったー?」
「俺の趣味ですー、これ乗る為にわざわざ大型取ったんだよ。いいでしょ?この渋いVツイン。」
「ねえねえ、この子いじっていい?」
「ダメ。こいつは俺の彼女だから。」
「人に恋をしなさいよ…ほんと機械馬鹿ねぇ。」


日はとっく落ち、すっかり肌寒さを感じる時刻。
バイクの風は冷たいが、しかし夕張の胸は、暖かさで満たされていた。


“…お姉さんかぁ。距離が近すぎてもダメなのかもね。
それならきっと、私の方が……どれだけマーキングされてても、そればかりはね。ケイくん次第だもん。

……私、負けませんから。北上さん。”


彼の腰に回す片手の暖かさに、夕張は複雑な溜息を吐いた。

でも、今はこれでいい。きっと空いたその場所に近づける。
そう自分に言い聞かせ、彼女はじっと、ハンドルを取る彼の背中を見つめていたのだった。





117: ◆FlW2v5zETA 2016/07/22(金) 03:34:57.86 ID:VIV8NJf80



Vツインの排気音と振動は、余計な情報を全てかき消して行く。
そしてケイのポケットにしまわれたものも、その存在をどれだけ主張しようとも、エンジンを止めない限り掻き消されるのだ。


『おーい。』
『ケイちゃん、お出かけー?』


帰り道の途中、彼の携帯には2件のメッセージが入った。
しかし運転中の彼は、それに気付くはずも無く。

そしてその送信された場所、北上の部屋。
テーブルの上には、夕方コンビニで買ってきたものが置かれていた。

そこには彼女が楽しみにしていた雑誌と、いつもの飲み物。

そしてもう一つ。
デザートのつもりで買っておいたのであろう、カットメロンの容器が一つ。
いつもこの時間なら来る返信を待ちわびながら、彼女はその一欠片に、深々とフォークを刺した。

口に運べば、じゅわりと滲み出る果汁の甘みが広がる。

しかし彼女の顔は、普段デザートを食べる時と違い、無表情なまま。
淡々と、そのメロンを口に運ぶのであった。


“もういい歳だし、好き嫌いどうにかしなきゃと思ったけどねぇ……何度食べても美味しくないねー、これ。

あーあ、アタシやっぱり『メロンは嫌い』…。

……本当に、大っ嫌い……!”


数分後の、彼女の部屋のゴミ箱。
そこには先ほど出たゴミも捨てられていた。

そして、空になったカットメロンの容器だけは。

白いラベルに血が滲むほど、粉々に握り潰されていたのであった。




125: ◆FlW2v5zETA 2016/07/29(金) 05:43:32.39 ID:tU08Tvud0

「ケイ、今度夕張を借りるぞ。」
「どうしたんです?」
「そろそろかと思ってな。」


とある日、執務室に呼び出されたケイは、提督からこの言葉を聞いた。
そしてそれを聞いた瞬間、彼は深く落胆の顔を浮かべる。

彼の脳内では、とある計算が次々に構築されていく。
そして解が出た瞬間、彼のげんなり具合は一層深くなるのであった。


「やるんですか、アレ…資材の飛び方やばいんですけど…。」
「資材課には話は付けてある、後はお前の承認だけだな。
ま、あいつも籍は艦娘、一度は通るべき道だ。整備に関わるなら尚の事。違うか?」
「ですねー……はぁ、わかりました。今回のメンバー誰ですか?」
「そうだな…今回は青葉、龍驤、霧島、長門……それと、北上だな。」
「了解しました、準備しておきます。」


簡素なやり取りだけで通じるほど、この行事は鎮守府での通過儀礼と化している。
そしていつもは意気揚々と仕事に臨むケイが、相当にテンションが低い。

これから夕張が体験するのは、そんなしきたりであった。



126: ◆FlW2v5zETA 2016/07/29(金) 05:45:31.55 ID:tU08Tvud0




「ケイくん、明日私初出撃だって!」
「もう知ってるよ…。」


それぞれの呼び出しを終え、工廠に出揃えば、対照的なテンションの者が一人ずつ。

片方は明日に備え急遽半休、そしてもう片割れは、明日使う艤装の整備に余念が無かった。
今彼が手を付けているのは、長門の艤装だ。
その様子をまじまじと見つめつつ、夕張は再び彼に話しかける。


「エース級のメンバーと一出撃だって!絶好のデータ取りのチャンスだわ!んー、上がるー!」
「楽しいピクニックだろうな、バリさんの中では…一応言っとくけど、遊びじゃないからね?
何が起きても受け入れる覚悟を決める事。いい?」
「う…ごめん……そんなに危ない海域なの?」
「敵ははっきり言って弱いよ。ただし…まあ、行けばわかるさ。
ここの通過儀礼って奴だよ。」
「うん…。」


失言だったかと夕張は我に返り、シュンとしてしまった。
一瞬だが、いつもの穏やかな彼とは違う目が見えたからだ。

艤装を組む時には魂を込めろ、とは彼の口癖だ。
直接では無いにしろ、ここにはここの戦いがある。
砲の一つ一つ、艦娘や人類だけでは無い。
弾丸の1発ずつが、彼の怒りも乗せて放たれるのだ。

ケイが不意に見せたギラついた目を見て、改めて襟を正さねばと彼女は思ったのであった。


「……生きて帰って来いよ、バリさん。」
「ちょ、ちょっとやめてよ…。」
「違う、メンタル的な意味でだ。俺達が何をする道具を作っているか、しっかり学んでくると良い。」
「う、うん……。」


一体何が始まるのだろうか?

彼女は不安に駆られながらも工廠を後にし。
そしてケイは明け方まで1人、いつも以上に真剣な面持ちで工具を握っていたのであった。



127: ◆FlW2v5zETA 2016/07/29(金) 05:48:24.20 ID:tU08Tvud0




「メロンちゃーん、おっそいなぁ。早よおいでー。」
「お、置いてかないでくださいよー。」


そして当日。
今回夕張の世話役を務めるのは、軽空母の龍驤だ。

見た目こそ幼く見えるが、今日のメンバーの中では最年長。
早速夕張にメロンちゃんとアダ名を付け、手慣れた様子で引率をしていた。

他の面子も、見るからに歴戦の猛者だ。
そしてその中の一人、彼女にとっては意識せざるを得ない女がいた。

雷巡・北上

夕張にとってはケイを巡るライバルであり。
そして、未だに深い絡みの無い、謎多き女である。


“さっき挨拶した時も思ったけど、本当に読めない人よね…どんな戦いをするんだろう…。”


そうしているうちに、一同は目的の場所へと辿り着く。
まず龍驤が索敵と爆撃を行い、それが開戦の合図となった。

立ち上る煙が、龍驤の爆撃の跡を知らせてくる。

もう直ぐ会敵、遂に初めての戦闘だ。
一体何が起こるのか…そう息を呑む夕張に、龍驤が声を掛けた。


「メロンちゃん、今回は援護だけな。」
「え…。」
「うちの鎮守府流の、歓迎会や…終わったら焼肉な!北上ぃ!」
「あいさー。」


北上のゆるい返事と共に、ばしゅ、と小さな音が一つ。

そしてその直後。
夕張の視界の先で、『紫の水しぶき』が上がった。


“敵…?えっ…アレ、敵よね……?”


視認できたそれは、白い腕の生えた、紫がかった液体を撒き散らす塊。
それを全員が確認すると、一斉に戦闘が始まる。

激しい爆発音と、視界の先を覆う硝煙。
一歩引くように待機させられた夕張は、その先で何が起きているのかを、まだ知らなかった。



128: ◆FlW2v5zETA 2016/07/29(金) 05:51:54.42 ID:tU08Tvud0




「おし、やったな……メロンちゃん、おいでや。今から煙晴れた後のもん、よう見とき。」


そして硝煙が引き、再び視界が晴れた時。
夕張は、思わず自身の口を覆わずにはいられなかった。

それは、肉の塊だ。
ただし一様に紫がかった体液を垂らし、所々、病的に白い肌の一部や手足の名残が見て取れる。

下顎のみを残す頭部。
逆に下半身がちぎれた敵。
敵の艤装の特徴である大きな歯はちぎれ飛び、無数に海面へと浮かんでいる。


「ユルサナイ…ミン、ナ…シズ…メ…」


上半身だけとなった敵の一人は、まだ息があった。
致命傷を負いながらも戦意は衰えず、殺気立った目でその顔は一同を睨む。


「ほんま、七代先まで祟るとはよう言うたもんや……せやけど、人を呪わば穴二つ、やで?」


そして龍驤は小型の機銃を取り出すと、躊躇いなくその頭を吹き飛ばした。
それは正しく、吹き飛ばしたという表現以外無い光景。
漫画や映画でよくあるような、額に穴が開くだけの光景では無い。

肉片がビチャビチャと音を立て海面に飛び散り、遂に夕張は耐え切れず、その場に嘔吐してしまう。
それを見て、龍驤は諭すように夕張に語り掛ける。


「メロンちゃん。敵さんブチ殺すっちゅうんは、こういう事や……キミやケイ坊の作ったもんは、この為にある。
自分らが作ったもんがどんな光景作るか、それをよう覚えとき。

これは人同士ドンパチやるんとは訳が違う、バケモンと人の、生き残り賭けた戦いやねん。
吐くっちゅう事はな、それでもまだ抵抗ある言う事や。

それを忘れてもらう為に、まずはザコしかおらんとこ探して、新人一人と強いメンバー出す。どう言う事をやるか見せる為にな。
で、後でたんまり焼肉かモツ鍋喰うまでが提督の作った新人歓迎のルールや。

この後は打ち上げや。
今日の店な、美味いホルモンやハツ、ぎょうさん置いとるで……はー、早よビール飲みたい。」


そう笑う龍驤は、夕張の目には狂気の沙汰にしか映らなかった。

思い返せば、先ほどの硝煙の中、皆一様に獰猛な笑みを浮かべて戦闘に臨んでいた。
そしてとある事実を思い出し、夕張はより一層戦慄を深める。

北上だ。

彼女だけは、何一つ表情を変えず、淡々とその虐殺に参加していた。

戦意も殺意も感じさせず、無感情に敵を殺す。
それは寧ろ、あの中では一際異様な物に夕張には感じられた。

その姿を一度思い出すと、夕張の脳裏からは、ずっとそれがへばりついて離れないままだ。
そしてちらりと北上を見れば、変わらずゆるい雰囲気で談笑している。
戦闘の興奮も勝利の喜びも無く、ただいつも通りにだ。

その姿を見た時、改めて夕張の背筋には、冷たいものが走ったのだった。



129: ◆FlW2v5zETA 2016/07/29(金) 05:54:44.05 ID:tU08Tvud0



「かんぱーい!」


一度鎮守府へと戻り、一同は打ち上げ会場に移動していた。

龍驤イチオシの焼肉屋へと連れてこられた彼女の前には、色とりどりの肉が並べられている。
これが普段なら喜ばしい光景なのだが、しかし先程の光景がまだ生々しく残る今では、拷問に等しい。

そして壺漬けで出された牛ホルモンを見た辺りで、耐え切れなくなった彼女は、一度トイレに行くと席を立った。
用を足すフリをして個室に篭り、前日ケイの言っていた言葉を思い返す。


“俺達が何をする道具を作っているか、しっかり学んでくると良い。”


昼間の光景とその言葉が、交互に彼女の脳内でフラッシュバックする。

夕張が艦娘となった経緯。
それはケイにもう一度会いたいと言う事もあったが、それ以外にも、彼女にはとある夢があるからだ。

それを果たす為には、まずこの戦争を終わらせなければならない。
そしてその為にこそ、終わるまであの光景を繰り返す必要がある。

改めて現実を目の当たりし、彼女は自身の甘さに溜息を吐く。

しかし、負ける訳にはいかない。
まずはちゃんと肉を食べよう、と気を入れ直し個室を出た、その時だ。


「メロンちゃーん、待ってたでー。」


洗面台の前に仁王立ちで待ち構えていたのは、龍驤だった。



130: ◆FlW2v5zETA 2016/07/29(金) 05:58:22.51 ID:tU08Tvud0

「龍驤さん…?あ!ごめんなさい!トイレ待ってました?」
「ちゃう、キミを待っとったんや。ほぼ初対面みたいなんもんやし、少し二人で話したいなー思うてな。」
「は、はぁ……。」


龍驤は明るい姉御肌といった風だが、見た目に反し、実年齢歳相応にどこか底が見えない印象も夕張は抱いていた。
聞けば鎮守府の艦娘でも1.2を争う年長、そう意識すると、思わず畏まってしまう。

するとそんな夕張を察してか、龍驤は優しく彼女の肩を叩いた。


「キミ、ケイ坊と同級生なんやて?提督から聞いたでー。」
「え、ええ、まぁ……。」
「カーッ、ええなぁ、青春やなぁ。で、工廠メインちゅう事は…北上の事、知っとるやろ?」


その名を聞いた時、夕張の目が物憂げな色を浮かべたのを、龍驤は見逃さなかった。
そして優しい眼差しを彼女に向けると、龍驤はある問いを投げ掛ける。


「ケイ坊ん事、好きなんやな…キミ、あいつ追って艦娘になったん?」
「それもありますね…私、高校の頃は最後まで告白できなかったので。でも、もう一つ夢があるんですよ。」
「夢?」
「世界中で、深海からの襲撃が起きたじゃないですか。

狙いすましたように、各国の街を一部ずつ滅茶苦茶にして…たくさんの人が亡くなって…。
今でこそ各国の戦いの末に、制海も日常も相当に取り戻したけど…襲われた場所は、未だに復興が進んでいない所が多いんです。

私はこの戦争を終わらせて、学んできた機械工学を、そこの復興の為に使いたいんです。
艦娘になったのは、実状を知り、それを後に活かす為で。

笑っちゃいますよね?さっきもゲーゲー吐いちゃってたのに。でも、本気なんです。」


そう語る夕張の目は、理想に燃える若者のそれだった。
龍驤はその横顔を見て優しく微笑むと、続けてこう語る。


「ええやないか、殊勝な心がけや。
うちの連中、結構無茶苦茶な理由でやっとる奴も多いさかい、キミは汚れんといてや。

しかしケイ坊かぁ…北上、手強いで?ほんまもう、ケイ坊に依存しきっとる。」
「依存、ですか…。」
「せや。付き合っとらん聞いた時、びっくりしたわ。それでも勝つ覚悟、ある?」
「……あります。」
「気に入った。まあこれも何かの縁や、仲ようしたってや。あ、ライン交換しよー。」


夕張にとっては、やっと同性の仲間を得たと思えた瞬間であった。

そうして談笑する声が響く洗面台の、その扉の向こう。
そこの壁に寄り掛かり、聞き耳を立てる影が一つ。


北上だ。


電話が来たと席を離れたフリをして、彼女は二人の会話を聞いていた。
察しと面倒見のいい龍驤の事、恐らくそう言う話も出るであろうと踏んでの行為。

そして彼女達が出てくる前に、彼女はアリバイ作りの為に入り口へと移動する。

その間、彼女はどこか楽しげだった。


“へー…夕張ちゃん、そんな夢があるんだ…。

でもアタシもさ、夢があるんだよ?
アタシは早くこの戦争を終わらせて、仇を取って……。

ああ、楽しみだなぁ。
そしたらケイちゃんと、ずっとずっと……。

その為にも、早くあいつら皆殺さなきゃ。”


その後携帯を耳に当て、彼女は5分ほど会話するフリをしていた。

それは演技とは思えないほどの自然な会話で、画面を見ない限りは、そうだとは思えない光景である。
そして架空の通話の相手。


それはやはり、ケイなのであった。



131: ◆FlW2v5zETA 2016/07/29(金) 06:01:52.72 ID:tU08Tvud0


翌日の事。


回復休業という名目で、この日夕張は強制休暇となった。

それも含め新人の通過儀礼と言う事は、何度か通った道故、ケイも理解している。
そして提督の気遣いにより、彼は代わりに後日連休との通知。

今は夕張がいる手前、休まない訳にもいかない。
どう過ごしたものかと事務作業を片付けていると、随分と元気の無いドアの音が聞こえた。


「は~いケイくん…」
「バリさん…顔、死んでるぞ?」
「一応口頭でも昨日の報告しなきゃってね…あ、すっぴんで来ちゃった…あはは…。」
「その目すっぴんかよ!?」


一瞬濃いメイクかと見紛う程の深いクマが、その目の下には刻まれていた。

話を聞くと、どうやら出撃と焼肉のダメージに加え、龍驤達にしこたま飲まされた様子。
未だ若干漂うアルコールの匂いに、ケイには昨日の地獄が手に取るように想像できた。


「龍驤さん、飲ませ方やばいんだよなぁ……隼鷹さんが呑んべえなら、あの人、強すぎて酒神様って言われてるから。」
「そのデータ、先に欲しかったわ…ウーハイ怖い……。」
「はは…俺の成人祝いの時、提督とあの人のダブルパンチだったよ…でも、見るべきものは見たんじゃない?」
「うん…殺傷効果の資料写真は見てたけど、やっぱりいざ現場に行くとね……ケイくんも?」
「ああ。俺は護衛艦で同行した形だけどね。ただ、サンプル用の回収作業はしたな…なかなかエグかった。」
「吐かなかったの?」
「復旧ボランティアの時、アレよりひどいの見たからね。」
「そう、なんだ…。」


高校時代は交流が薄かったが故、ケイがその当時何を見たのか、夕張は詳しくは知らない。
ただ、その一言。それだけで、彼が一体何を見て来たのかを想像する事しか、彼女には出来なかった。

今回の出撃で使用された弾薬や艤装は、全てケイの手が入った物だった。
それらを実際に使用し、戦闘を見た夕張が感じ取ったものは、とある感情。

強い優しさと、強い殺意。

彼女の艤装は、支給された状態の物よりもずっと扱いやすくセットアップされ。
そして弾薬は、通常よりも少し威力が上げられているのが感じられた。

特に北上の魚雷。
北上自身の腕も大きいのであろうが、通常の物よりブレも殆どなく突き進む魚雷に、夕張は彼のスキルの高さと、兵器に込める感情を強く感じたのであった。



132: ◆FlW2v5zETA 2016/07/29(金) 06:04:15.03 ID:tU08Tvud0



「ケイくんの作るもの、やっぱりすごいね…あの魚雷、あれだけブレないなんて。」
「魚雷は一番得意だしね。俺は実際に戦える訳じゃないからこそ、装備そのものの精度を上げるのに命をかけるんだ。
……でなきゃ、1体でも多く奴らを殺せないから。」
「うん……ケイくんさ…。」
「どうした?」
「この戦いが終わったら、どうしたい?」


唐突な質問に、工廠の空気は張り詰めた。


ケイの内面を知るにつれて、夕張は彼の中にとある物を感じていた。

普段の優しさに隠した、激しい憎悪と危うさ。
それは、このまま彼自らを壊してしまいかねない程のエネルギーを抱えているように、彼女の目には感じられたのだ。

彼が何度も寝ずの番をしてでも整備にかける情熱には、その感情も強く根付いている事にも。


「私はね…この戦争を終結させたら、軍を辞めて復興事業に関わろうと思ってる。前線にいる事で経験を得る為に、艦娘になったんだ。
ケイくんは、どうしたい?」
「俺か……。」


その問いに対して、彼は考え込む様子を見せた。
そして少しの沈黙の後、こう言葉を返す。



133: ◆FlW2v5zETA 2016/07/29(金) 06:07:29.37 ID:tU08Tvud0



「そうだな…この戦いの後、軍がどう体制を変えるかわからないけど…一つだけ、決めてる事がある。」
「何?」
「子供の頃、あの街に仲の良かった幼馴染が引越したんだ。

俺がボランティアに行った時、たまたま家を見付けてね。
壁中が、明らかに人間が飛び散った跡で真っ赤で…皆殺されたって、そこで理解した。

写真でしか見れなかったけど、元は静かな海沿いの、綺麗な街さ。
だからいつかと同じ海を取り戻して…その時に、花を供えたい。

それを叶えられたら、後の事はその時考えるつもりだ。」
「そっか……うん、叶えなきゃね!」


この時夕張は、精一杯の笑顔で応える事しかできなかった。

そしてその内心は、切なさと悲しみで満たされていた。
北上の露骨な好意に気付かない理由も、その言葉で理解出来たのだから。

彼の心の内は、戦いの事でしか満たされていないのだ。
バイクといった趣味にも精を出しているようなそぶりこそ見せているが、実際の所、自身の人生そのものを復讐の為に捧げようとしている。

鈍感なのではない。
そもそも恋愛をしたいだとか、人としての幸福が欲しいと言った概念が、彼の心の目には映っていない。

夕張は、自身の気持ちが届かない事以上に、そんな彼の危うさが悲しかった。
この戦争を終えた時、彼は生きる意味を見失ってしまいそうな。そんな気がして。


「じゃあ部屋戻るね、まだちょっとキツいわ……。」
「ウコン飲む?後で買っとくけど。」
「大丈夫!それじゃまた明日ね!」


工廠を出れば、丁度夕日が通り道を包む。
そしてそれに目を細めながら、彼女は黙々と寮へと歩き始めた。


「ばーか……。」


ふとこぼしたつぶやきは、カラスの声に掻き消され。
とぼとぼと歩く彼女の目には、西日が少しだけ沁みたのであった。



138: ◆FlW2v5zETA 2016/08/04(木) 16:46:15.72 ID:iV9Di2Df0

服を着替える時、いつも目に入るのは肩の傷。
もう痛みなんて無いはずだけど、たまにズキズキと疼くんだ。

痛むのは、皮膚の強張り?
いや、違う。きっとこれは……

独りの時、時折傷が疼くと、アタシはうまく息ができなくなる。
じっとうずくまって、まるで石にでもなったみたいに、床にへたり込んで。

そうして胸を押さえれば、心臓の鼓動が手に伝わる。
一個しかないリズム、ずっとずっとひとりぼっちの鼓動。


痛い。


はぁ、と深く息を吐いて、震える手をベッドの上の携帯に伸ばす。
この部屋にはいない、アタシの薬。
もしいなくなったのなら、アタシは一体どうなってしまうんだろう。


痛い。


例えば誰かに盗られたら?
例えばアタシ以外の手を取ったなら?

考えれば考える程、ズキズキズキズキズキズキと、肩の傷は強張りを増して行く。


イタイ。


ずっとずっとずっとずっと。

傷がふさがろうが、傷の疼きが実は大したものじゃないはずだろうが。
ずっとずっと、痛み続ける場所がある。

胸の奥なのか、はたまた脳みその奥なのか。
そいつはアタシのどこかで今も、パックリと開いたまま、だらだらと血を流し続けている。


イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイサビシイクルシイコワイカナシイニクイコロシタイシニタイ。

イタイ。


生きてるって事は、痛いんだ。
だから絆創膏も包帯も、薬も。必要なんだ。

気だるい雰囲気と言う包帯を巻いて、ゆるい口調と言う絆創膏を貼って。
『ユウ』と言うアタシを隠して、ハイパーな北上様になる。

でも、そこに痛み止めは無い。

震える携帯に手を伸ばして。
それが誰からの連絡なのかを確かめて。
アタシの中の痛みは、ようやくうるさい口を閉じてくれた。

その向こうに、確かに彼がいる。
その事実だけで、少しだけ、息が出来る。

今は何時だろう。
あの子は帰ったろうか。
まだ大丈夫かな。
そうだ、お菓子でも持って行こう。

早く早く、会いに行かなくちゃ。

いっそ食べてしまいたいぐらい、愛しいひと。
会えば何もかも吹っ飛んでしまう、痛み止め。

かわいいかわいい、アタシだけの……

だからこそ、本当の事はまだ言わない。言えない。



139: ◆FlW2v5zETA 2016/08/04(木) 16:50:19.27 ID:iV9Di2Df0


「連休ー!?こりゃ雹でも降るねー。」


ある日の夜、いつものようにケイと北上が工廠で話していると、随分驚く話が出た。

Mr.セルフブラックとからかわれる事さえある重度のワーカホリックなケイが、何と連休。
あまりに予想外な事態に、思わず北上も驚愕の顔を見せる。


「今はバリさんもいる手前、致し方なしですよ。
まぁ、最近大本営に睨まれてるって提督からも釘刺されましたし……しかしいざそんな話振られても、何したもんかなーって。」
「いつー?いつなのさー?」
「4日後からの3日間らしいです。
連休なんて、せいぜい帰省でしか取った事ないですよ…まぁ、1日ツーリングしてみて、後は設計書いて潰そうかなって。」
「ちょっと待ってねー……お、4日後アタシも休みだねー。
ねえねえ、前言った話覚えてる?」
「ツーリングですか?」
「そ。こないだ話した足湯ー。これは行くっきゃないっしょー。
もうすぐ冬だよ?バイク乗れなくなる前にさー。」
「そうですねぇ…まあ、どうせなら行っちゃいましょうか。走り納めに。」
「やた!ケイちゃんのバイク、初めて乗るなぁ。」


何度か頼んで愛車を見せてもらった事はあるが、実は北上が後ろに乗った事は一度も無かった。
せいぜい跨らせてもらったことがあるぐらいだ。

恐らく今まで女で後ろに乗った者は、以前彼女がたまたまタンデムしている姿を目撃した、夕張だけ。
その様に、より強い嫉妬と憧れを抱いていた。

今度こそ、そこに自分が乗れる。
しかも野暮用ではなく、ちゃんとした行楽としてだ。

そう考える程、北上の心はより一層弾んだ。


「ふふー、楽しみだなー。あ、ケイちゃん、前日居残りしちゃダメだかんね?」
「ふぐっ……!な、何の事でしょうか…?」
「はっはー、君の行動パターンなどお見通しなのだよ。」


夜更かししないよう釘を刺し、出発時刻もしっかりと決めた。
何を着て行こうか、晴れるといいな。そう考えながら、不意にあるメロディを口ずさむ。


「クツはわすれっぱーなーしーでも幸せだってー♪」
「何て曲です?」
「なぜか今日はって曲ー。今度貸したげる。」


北上は当日の事を想像しながら、上機嫌で鼻歌を歌っていた。

お気に入りの曲の歌詞を頭の中で反芻しながら、彼女はとても幸せそうだ。
快晴の秋空と紅葉、そして側にはケイがいる。

2人だけの穏やかな世界。
それは何て、幸せな事なのだろう、と。


「ケーイちゃーん♪」
「何するんすか、撫でないでくださいよー。」
「へへー、楽しみだねー。」
「…そうですねー。」


あの晩以来、ケイはどこか元気が無い様子だった。
夢に見た過去の事もあったのであろうが、それとはまた別の事も絡んでいる様子。

夕張が、何かを言ったのだろうか?

そんな事を考えつつ、少しだけ柔らかく笑った彼の顔を見て、彼女は釣られて嬉しそうに微笑むのであった。



140: ◆FlW2v5zETA 2016/08/04(木) 16:53:14.45 ID:iV9Di2Df0



そして当日。

待ち合わせより早く駐車場にバイクを出し、ケイはエンジンを暖めていた。

久しぶりに袖を通したモッズコートに、いよいよ冬の訪れを感じる。
今年の走り納めを感じつつ、彼は愛車のタンクを優しく叩いた。

秋の朝は、鎮守府のある辺りは比較的冷える。
心地よい秋晴れを見上げつつ、エンジンから上る熱で暖を取りながら、待つ事数分。


「お待たせー。」


現れた北上も、色違いのモッズコートを着ていた。
今日はツーリングという事で、同じ事を考えていたのだろうか。
しかしそこはさすがに今時の女子。ちゃんとガチガチにならないよう、他の部分で可愛らしくコーディネートされている。

私服姿は見慣れた物だとばかり思っていたが、ケイはまじまじとその姿を見つめていた。


「そんなん持ってましたっけ?」
「こないだ買ったんだー。ほら、大井っちと遊んだ時。いいっしょー、ぬくぬくだよー。」
「お、確かにファーが俺のよりふかふか…良いなぁ。」


いつも通りな他愛も無い会話を交わしつつ、ヘルメットをかぶった二人はバイクへと乗り込む。
そして北上は頭を屈めて、ぎゅーっと彼の背中へと抱き付いた。


「ふふ、これで風防はばっちり。ぬくいねー。」
「ユウさん、それじゃ危ねえです。」
「こう乗るもんじゃないの?」
「こいつだとまた違うんですよ。こう、腰の辺りを……そうそう、その辺。
そこ掴んだら、後は流れに逆らわずで。」
「ありゃりゃ、これじゃお○ぱい当たんないねー。」
「ぶっ!?あ、安全第一!ほら、出発しますよー!」


流れを遮るようにケイはギヤを入れ、アクセルを回す。遂に出発だ。
自分のベスパを駆る時とは違う感覚に、北上は思わず「おー?」と感嘆の声を上げる。

Vツインならではの重い排気音はあっという間に駐車場を抜け、いつもの道へ。
慣れ親しんだはずの道も、今日は随分キラキラして見える。

ふと視線を上げれば、秋晴れの空は爽やかさをより一層増していた。

今日は世間は平日。
駅へ向かう学生やサラリーマンの流れを見ながら、少しだけ贅沢な時間を過ごせている気がした。

そんな穏やかな休日の始まりに、彼女は思わずふふ、と幸せそうに笑ってみせたのだった。



141: ◆FlW2v5zETA 2016/08/04(木) 16:56:10.30 ID:iV9Di2Df0

そして1時間半程過ぎた頃。


「ケイちゃーん、今どの辺?」
「もうちょっとしたら例の峠入りますね。ちょっと寄り道して、一息入れましょう。」


そうしてケイは、とある所にバイクを停めた。
道の駅と呼ばれる、観光地によくあるドライブインの一種だ。

休憩も目的だが、ケイの目当ては観光案内のパンフレット。
峠の観光地では、携帯では回線が弱い事もある。
こうした所にあるパンフレットの類は、ライダー達にとっては強い味方なのだ。


「お。ユウさん、足湯までの通り道、まさに紅葉スポットみたいですよ。」
「へー、いいじゃん。楽しみだなぁ。あ、ちょっと売店見てかない?」
「そうですね、お土産でもあれば。」


二人が売店へと入ると、よくあるお土産コーナーが広がる。
地域の名産を使った様々なお菓子や保存の効くつまみ、そしてとある一角を見て、北上はケイの肩を叩いた。


「へー、ご当地キャラだって。かわいいー。」
「確かにかわいい。結構ぶさいのも多いですからね。」
「ねえねえ。」
「どうしました?」
「このストラップ2個買ってこうよ。ケイちゃんとアタシの分でさ。」


購入したストラップを、北上は早速自分のリュックに付けていた。
一方ケイはといえば、どこに付けたものかと思案中。そんな彼の顔を見て、北上はある提案をした。


「キーケースに付けたら?それならいつもカバンの中だしさ。」
「あー、その手がありますね。」


そしてキーケースからぶら下がる小さなぬいぐるみを見て、北上は満足そうに笑う。

互いが普段身に付ける道具に、お揃いのものが付いた。
それが彼女には、堪らなく嬉しかったのだ。

道の駅を出て、バイクは一路峠へと入る。
辺りが木陰に包まれるのに合わせて上を見上げれば、二人の視界には一面の紅葉が。
そして更に峠を登ると、今度は道路から、遠くに広がる海と、秋の色に染まる山々が見えた。

停車スペースにバイクを停め、二人はしばしその光景に見惚れていた。

各々普段は、硝煙とオイルに塗れる日々。
そんな騒がしい日々も、目の前の美しい光景に暫し忘れられたような。そんな気がしていた。


「はぁ、これぞツーリングの醍醐味かな。絶景ですね。」
「ねー。こんな良いところだなんて知らなかったよ。あ、そうだ。写真撮ろうよー。」


北上はケイの腕を掴むと、携帯のインカメラを立ち上げた。
ちゃんと周りの風景と二人が写るよう、彼女は体をグイッとケイに寄せる。

そして撮られた、満面の笑みで写る二人の写真。
それは彼女にとってまた新しく増えた、楽しい思い出となった。



142: ◆FlW2v5zETA 2016/08/04(木) 16:59:06.91 ID:iV9Di2Df0

バイクは再び目的地へ向け舵を取り、ようやく目当ての場所へと辿り着く。

高台に作られた、真新しい建物。
ここが今日目当てとしていた足湯と、食事処を兼ねた施設だ。


「とうちゃーく。んー、空気がうまいねー。」
「へー、あれ見てくださいよ。」
「どったの?」
「あそこの一面ガラス張りになってますね。景色見れるように作ってるかも。」


そして建物へと入れば、まさに予想通り。
足湯の壁側に寄りかかれば、峠からの景色が一望出来る作りになっていた。

そして平日という事もあってか、なんと他に客がいない。
ほぼ貸切状態の光景に、思わずほー、と二人は声を上げていた。


「いいねー。じゃ、早速。」


裾を捲って脚をつけると、先程までの冷えがじわじわと抜けて行くのがわかる。
その心地よい温度と絶景に、二人は暫し会話も忘れてまったりとしていた。

そして数分も過ぎた頃、ぽつりと北上が口を開く。


「夕張ちゃんと何かあったの?」
「…どうしたんです?」
「いや、何となく。最近テンション低かったからさー。」
「んー…何かあったと言うか、言われたんですよね。
この戦いが終わったら、どうしたい?って…。
バリさん、終わったら今度は復興に関わりたいって言ってましたよ。偉いなー、って思いましたね。ちゃんと考えてて。」
「ケイちゃんは?」
「無我夢中でしたからね。何となく、終わっても軍に残るんだろうなー、ぐらいしか考えた事無かったです。
戦争を終わらせて、前話した幼馴染の仇を討つ。それが何よりの目標ですし。」


現状として、今の戦争は数年をかけ、人類側の圧倒的優勢に持ち込まれている。
それは艦娘達や軍人達の決死の戦いの末に掴んだものであり、終結はそう遠くない未来に見え始めていた。

そして、それはいずれ、大きな環境の変化が彼らに訪れる事も示唆している。


「…花をね、供えに行きたいんですよ。」
「花?」
「ええ。幼馴染が最期に住んでた街は、海辺の綺麗な所で。それを取り戻せたら、行きたいなぁって。
この辺からは600kmぐらいありますし、ツーリングも兼ねてね。
それを果たしたら、戦争以降の事を考えたいって思ってます。」
「いいじゃん、その子達も喜ぶよ。ねえ、その旅さ……アタシもついてっていい?」
「そうですね…行きましょう!いい所ですよ。」
「やた!じゃあ約束ね!」


そうして北上は弾けるように笑い、ケイはそれを優しく見守っていた。

他愛もない話をするうちに、脚から来る暖かさに眠くなったのか。
彼女はいつの間にか、ケイの肩に頭を寄せて眠っていた。
耳元で聞こえる寝息を感じながら、彼の脳裏には様々な事が過っては消えて行く。


戦いの目的と信念。
まだ不確かな、その先の未来。

そしてもう一つ、彼の胸には去来するものがあった。

北上の寝顔を見て一度微笑むと、彼はガラス窓の景色を見て、ふぅ、と溜息をついた。
その目には少しだけ、安堵の色が増したように見えた。



143: ◆FlW2v5zETA 2016/08/04(木) 17:00:53.73 ID:iV9Di2Df0



二人を乗せたバイクは、夕暮れの峠を下る。

夕焼けの色と紅葉は、昼のそれとは一味違う表情を見せていた。
西日に目を細めながら、北上は今日と言う日の満足感に、嬉しそうな顔を浮かべていた。


「ケイちゃーん。」
「どうしました?」
「また来ようね。ここ、桜もすごいんだって。」
「そりゃ是非とも。次は花見ですね。」


また増えた約束に、彼女はきゅっとケイの腰を掴んだ。
その胸に訪れるのは、一抹の幸福と、複雑な想い。


“今日も本当の事、言えなかったなぁ…。
言えないよ。そしたらケイちゃんは、きっとアタシの事……。”



不意に疼く古傷は、一瞬彼女の息を乱した。

しかし目の前には、特効薬がいる。
その背中を見つめて。彼女はすぐに、その疼きを忘れる事が出来たのであった。



144: ◆FlW2v5zETA 2016/08/04(木) 17:02:29.90 ID:iV9Di2Df0



二人がツーリングへ出掛けた日の、昼下がりの事である。


提督とこの日の秘書艦である龍驤は、いつも通りに執務をこなしていた。
機密情報以外の雑務はPC作業にて行われており、二人の間に置かれたプリンターからは、時折各種資料やFAXが印刷されては吐き出される。

そして提督があるメールをプリントアウトし、龍驤へと手渡した。
それを見て、「あー、もうこの時期か。」と彼女も納得した様子。


「毎年2人はよこす義務とはいえなぁ…うちの18以上でまだ持ってへんの、おる?」
「こんな片田舎じゃ、車かバイク無いとキツいしな。
まぁ、希望制にしてみるか…大型の資格欲しい奴もいるかもしれないし。」


その書類には、こう書かれていた。


『秋の軍内自動車訓練合宿、受講者募集のお知らせ。』と。





148: ◆FlW2v5zETA 2016/08/09(火) 15:23:35.32 ID:8dWkI+gE0



「おはようございます。提督、今日は何でしょう?」
「うーっす、連休はエンジョイしたか?少しはすっきりした顔してんじゃねえか。何?とうとうお店で一発抜いてもら…」
「ってませんから。ツーリング行って、後は設計書き放題でしたよ。その節はありがとうございました。」
「相変わらず冷てえなぁ…まあまあ、そんなお前にホットな話題だ。」


連休も終わり、ケイは早速執務室へと呼び出されていた。

提督が彼一人を呼び出す時は、重要な用事か、無茶なお願いかである。
そしてそれを見極める手段は、至極単純。
提督が提督然とした猫を被っている時は重要案件、それ以外の素のキャラでいる時はお願いの類だ。

主に開発での無茶なリクエストや、何かしらロクでもない私用の時のモード。
よって今回の提督からの話は、お願いの方らしい。

ケイの提督に対する冷淡な態度は、二人の信頼関係と、提督の堅い雰囲気嫌いによる所である。
これまで様々な案件をこなして来た故の砕けた関係だが、主にケイが災難を被って来たのは言うまでもない。

今回はどんなワガママが来るのか。
ケイがこれから来るであろう35歳児・役職大佐の世話に、磯風の焼いたサンマのような目を浮かべ始めると、目の前にはプリントが一つ。


「秋の軍内自動車訓練合宿……ああ、ノルマ最低2人の。」
「そうなんだよぉ~、でもうち、車社会の片田舎じゃん?皆免許あるからどうすっかてさ。大本営もうるさいし。
誰か大型欲しい奴とかいない?宿代以外タダだし。3トン半駆る女はモテるよ?男も狩って積み放題だよ?」
「21股とかどんだけ肉食ですか。
うちじゃせいぜい2トンしか使わないですしねー…ああ、でも欲しがりそうなのはいるかも。」
「マジで!?じゃあお願いしよっかなー。」
「…1人ならラーメン、2人なら北口の回転寿司。」
「くっ…!北口のってかなりするとこじゃねえか…よし、飲もう!頼んだぞ。」
「了解しました。」


そしてプリントを片手に廊下を歩くケイの脳裏には、真っ先に緑のリボンが浮かんでいた。
普通免許しかない夕張であれば恐らく喰いつくであろうが、あともう1人は、誰に話しを振ったものか。

それを決めあぐねつつ、彼は3日ぶりに工廠の扉を開けるのであった。






「行く!」


駆け付け三杯ならぬ、駆け付け3秒。
ケイの思惑通り、夕張は即決で参加を決めたようだ。

いない間は少し大変になるが、そこは慣れたものだ。
さて、これであと一人。誰に声を掛けようか…と考えた辺りで、彼の携帯が震えた。


『今日お昼一緒に行こーよ。』


その通知を目に収めた時、不意に一台のバイクが彼の脳裏を走り、そう言えば免許は免許でも…と彼の中では解答が出た。




149: ◆FlW2v5zETA 2016/08/09(火) 15:27:14.58 ID:8dWkI+gE0



そして数日を経て、合宿当日。

迎えのバスは、隣の鎮守府から合同で発車する形となり。
夕張はそこに向かうべく、一人電車に揺られていた。

天気は快晴であり、実に爽やかな朝。
イヤホンからはお気に入りの音楽が流れ、彼女は大変ご機嫌な様子である。


「ねー♪そのてーをーたとーえ♪」


電車を降り、周りに人がいないと思った彼女は、調子っぱずれに歌を口ずさむ…が、不意に反対のホームにいたサラリーマンと目が合い、思い切り赤面してしまった。

これは恥ずかしい。同行者がいたら穴に入りたい程だ。
と、考えた辺りで、彼女はある事に気付く。


“そう言えば、今回他に誰かいたっけ……?”


隣の鎮守府へ現地集合と言われており、彼女は同行者の有無を確認していなかった。
上着に四つ折りして入れたのは、バス集合関連のプリントのみ。駅は出てしまったし、今からリュックとファイルを開けて資料を見直すのも手間だ。

余裕を持って到着したいと考えていた彼女は、ひとまず現地へと急ぐ事とした。




現地へ到着した夕張は手続きを済ませ、集合場所である駐車場にいた。
今回は艦娘のみの合宿のようで、見慣れない女性達がポツポツと集まり始めている。


「○○鎮守府、田中キヨミさーん。」
「はい。」


知らない名前が呼ばれたかと思えば、とある艦娘が係員に身分証を見せていた。

艦娘同士は艦名で呼び合うのが通例なのだが。
実は本名の秘匿義務は無く、一種のコードネーム兼役職名のようなものである。

立場も含め分かりやすくなるよう、一つの鎮守府内では通常、艦名で呼び合う事が推奨されている。
しかし今回は合同合宿の為、艦名が被らないよう本名で通す模様だ。

そう言えば、自分はまだあまり他の艦娘の本名を知らないな……と思っていた時、とある名前が呼ばれた。


「××鎮守府、川本ミユさーん。」
「あ、はーい!」


自分の名前が呼ばれ、夕張は首に下げた身分証を見せた。

一足先にバスに乗り込み時計を見ると、まだ出発まで30分はある。
外を見れば、また後続の人だかりが増えている様子だ。
そうして点呼の度に別の鎮守府の名が呼ばれていたのだが、10分ほど過ぎた辺りで、とある名前が呼ばれた。


「××鎮守府、岩代ユウさーん。」


聞こえてきたのは同じ鎮守府の、知らない名前だ。
誰だろうか?まあいい、これを機会に仲良くなれば良いではないか。と考えつつ入り口を眺めていると、まず一列目の座席越しに、黒髪が目に入る。


“黒髪……誰だろ?いや、まさかねぇ…え…?えーーーーーーっ!?”


そしてその影が段差を登り、フロアに現れた時。
夕張は、ぽかんと開いた口をごまかす事すら出来なかった。


「あれ、夕張ちゃんも来てたんだー?おはよ。」
「北上、さん……おはようございます…。」


彼女達にとって、それはそれは、実に濃厚な一週間が幕を開けた瞬間であった。




150: ◆FlW2v5zETA 2016/08/09(火) 15:33:26.11 ID:8dWkI+gE0

一方その頃、こちらはケイの工廠。

この日は他鎮守府との演習が組まれており、会場はケイ達の鎮守府が選ばれていた。

午前の演習を終え、ケイは使用された艤装の事後点検に勤しんでいた。
通常演習の際は、後片付けは会場の工廠で行われる。
他の工廠で組まれた艤装は、大いに参考になる。彼は自分の組んだものとの違いを確かめつつ、丹念に双方の艤装を点検していた。

そんな時、シャッターを開け放たれた工廠に入り込む影が一つ。


「ケイくん、久しぶりね。」
「ん…?ああ、お久しぶりです。どうしましたか?」
「ふふ、終わって暇してたから、久々に顔でも見ようかなって。北上さんも元気にしてるかしら?」


そこに現れたのは、かつての北上の同僚。
重雷装巡洋艦・大井。その人であった。


「お茶どうぞ。」
「ありがとう。」


隣同士な手前、度々大井の鎮守府とは演習を行っていた。
ケイ自身も北上から紹介され、彼女とは何度も話をした事がある。

しかし思い返せば、こうしてサシで会う事は初めてだった。
いざこうなると、何を話したものかとケイが困り始めた頃、大井は静かにその口を開く。


「この前南の足湯行ったみたいね、北上さんから写真が来たわ。」
「良いところでしたよ。大井さんが北上さんに教えてくれたんでしたよね?」
「そうね。あそこはうちの方が近いから、タウン誌に載ってて。因みに途中にラブホ街あったと思うんだけど、寄ってないわよね…?」
「ぶっ!?よ、寄ってませんって!!」


不意に切られたメンチと素っ頓狂な質問に、ケイは思わず茶を吹きそうになってしまう。

同性愛疑惑が出るほど北上にべったりな彼女だ。
しかし、単に友情の表現が激しいだけだと言う事は、彼も理解はしていた。

“北上のスキンシップが激しいのは、大井の悪影響では無いか?”と言う疑念も、彼の中には湧いてはくるのだが。


「ふふ、冗談よ。ケイくんがそういう人じゃないの、私も知ってるもの。…でも北上さん、様子が変とかは無かった?」
「いえ、その日は特に…。」
「その日は…?じゃあ、他は何か変わった事があったの?」
「あ。いえ……そう、ですね。心当たりはあります。」
「やっぱり…よかったらで良いのだけど、話してもらっても、いい?」


ケイはある程度は伏せつつ、最近起きた気がかりな事を大井に話した。
彼女はと言えば、何かを考えながらその話を真剣に聞いている。

そして粗方話し終えた頃。
大井は頭を整理するように湯呑みに口を付け、ようやく言葉を発する。


「ケイくん、改めてちょっといいかしら?」
「はい。」
「あなたに本名を呼ばせるようになってから、余計スキンシップが激しくなったのよね?」
「そうです。契機はそこだった気がしますね…。」
「そう…。あの子はね…本当はとても怖がりで、繊細な子なの。
そう見えないとは思うけど、それだけあなたには心を開いてるって事。本当の弟のようにね。

だからケイくん…北上さんが何を抱えていても、出来るだけ受け入れてあげて。
あなたの話をする時は、ずっと嬉しそうだもの。全く、妬いちゃうわね。
ふふ…そうね、もし北上さんを深く傷つける事があったら、海に沈めるから…なんてね。嘘よ。」
「は、はい……。」


少しプレッシャーを掛けるつもりで、大井はそんな冗談を飛ばしてみせた。

そして彼女は北上の親友であるが故に、様々な事を知っている。
例えば嬉しそうではなく、彼の話をする姿も。


“北上さん、仕方ないわね…でもケイくん、あなたはいつか本当の事を知る日が来るわ。私すら知らない、彼女をね…。その時、あなたはどうするかしら?”


心配を表に出さぬよう、大井はなるべくいつもの顔で接するよう努めていた。


彼はまだ、北上の抱える物の殆どを知らないのだ。
それこそ、彼女の肩に刻まれたものすらも。



151: ◆FlW2v5zETA 2016/08/09(火) 15:36:01.46 ID:8dWkI+gE0



「はい、こちら今回の部屋割りとなります。無くさないよう気を付けてくださいね。」


そして再び、北上と夕張のいる自動車訓練所。
初日は車両説明と学科のみで終わり、今は宿代わりの寮の説明を終えた所だ。

どのような規則性で部屋が振られているかは、特に説明はなかった。
常識で考えるならば同じ鎮守府で固める所だが、一縷の希望として、全体のあいうえお順であって欲しい。
夕張はそう考えつつプリントに目を通すが、その希望は、余りにもあっさりと打ち砕かれた。


「おー、夕張ちゃん一緒じゃん。良かった良かった。」


“どの口が言うか”と喉元まで出掛かったのを、夕張は必死に飲み込んだ。

移動までのバスの車内、北上は早々にイヤフォンを耳に入れて、自分の世界に入ってしまっていた。
勿論バスの中で会話はなく、漏れてくる音楽が絶妙に夕張の趣味に近いのが、却って気まずさを増すばかり。

余りにも妙な空気に、心がチアノーゼになりそうな気配を感じていた時、上の荷台からちゃり、と小さな音が一つ。
北上のリュックに付けられたぬいぐるみが、弾みで荷台から吊られた状態になってしまったようだ。

ん?見覚えがあるぞ、と夕張がそのぬいぐるみをよく見ると、工廠でも同じ物を見た記憶が蘇る。
そう言えば、ケイもキーケースに同じ物を付けていた。
確かこの前、ツーリングに出たと聞いたのを思い出した辺りで横を向くと…北上が夕張に視線を向けていた。

ふふん、と鼻息が聞こえてきそうなご機嫌な顔でだ。
ただし、目の奥が笑っていない。

それを目の当たりにした時、夕張の女の勘は全力でその存在を激しく主張した。
“ほぼ間違いなく、自分の気持ちは気付かれている”と。

そしておもむろにイヤフォンを外すと、北上は何事もなかったかのように夕張に話し掛ける。



152: ◆FlW2v5zETA 2016/08/09(火) 15:38:22.26 ID:8dWkI+gE0



「それ、かわいいっしょ?○○市のゆるキャラなんだってー。こないだケイちゃんの後ろ乗っけてもらってさー。」
「え、ええ、今年最後のツーリングって言ってましたし。
あのバイク大きいですよね。私も前一緒にご飯行こうとしたら車壊しちゃって、代わりに乗せてもらって……。」
「うん、知ってる。コンビニで見たもん。」


見られていたと知り、夕張は驚愕を隠せずにいた。

件のコンビニは、鎮守府の者がよく使う店だ。ましてやあの時は夕方、見られていてもおかしくはない。
その中に北上がいる可能性も、充分に高かったのだ。


「夕張ちゃん、バッテリー上げちゃったんだって?ダメだよー、ちゃんとライト切らなきゃ。ま、車の免許ないアタシが言ってもだけどさー。」
「車の方は持ってないんですか?」
「バイクの小型しか無いよー。だから今回来たんだよね。
アタシも乗せてもらってばっかじゃなくて、乗せてあげないとなーって。ケイちゃんを。」


何故そこで恍惚とした笑みを浮かべる。
どこへ連れて行く気だ。何をする気だ。ナニをするのか。
ネオン輝く峠の城か。それとも無人の駐車場か。

思わず夕張はまくし立てるように突っ込みたくなるが、しかしこちらが何かされた訳では無い。
いつか漫画で見たように素数を数えて気を落ち着かせようとすると、またちょんちょんと肩をつつかれ、今度はスマートフォンの画面を見せられる。


「これこないだのー。ケイちゃんが休めたのも、夕張ちゃんのおかげだよ。ありがとね♪」


そうして見せられたのは、先日撮られた峠でのツーショット写真だ。
紅葉を背景とした実に楽しそうなツーショットであり、北上は上手く収まろうと、ケイに密着して写っていた。
それはもう、ぴったりとだ。

普通であれば、今の感謝の言葉でこんな感情を抱くのは被害妄想だ、と夕張は考えていた。
そう、普通であればだ。

その写真を見せてきた時の北上が、清々しい程のふんす、とした顔を晒していなければ、の話。


“ふふ…もうやだ、帰りたい……爆発しろー、ちくしょー。ばかやろー。”


人間とは、こうも本音を上手く隠せるものなのか。
と、愛想笑いを浮かべる自身の表情筋にドン引きしつつ、夕張は10秒にも及ぶ溜息を心の中でついていたのであった。



153: ◆FlW2v5zETA 2016/08/09(火) 15:41:10.88 ID:8dWkI+gE0



「戻りましたー。」
「ん。おかえりー。」


そして時刻は戻り、現在。

食事を終えて宿舎に戻ると、先に北上が寛いでいた。
ベッドにごろりと横たわり、何やらゲームをしているようだ。

夕張はと言えば、その様子を気にしつつ、自分にあてがわれたベッドに腰掛け、イヤフォンを付ける。
せっかくのお気に入りの曲ではあるが、なかなかこの気まずい空気では頭に入ってこない。

そうしてアルバムも6曲目に入った辺りで、北上がちらりとこちらを見てきた。
何やら聴いているものが気になるらしく、夕張は一度プレイヤーを止めると、イヤフォンを外した。


「ごめんなさい、音大きかったですか?」
「いや、違う違う。夕張ちゃんもそのバンド好きなの?」
「北上さんもですか?」
「うん。もう切なくてさ、侘び寂びよねー。ところで夕張ちゃんさ…バッグから見えてるの、DS?」
「ええ、夜は暇になるかと思って。」
「ふふー…対戦やんない?」


そして二人は、互いのベッドに横になりつつ対戦を始める。

彼女達がプレイするのは、レースゲーム。
二人共やり慣れているらしく、CPUの車はほぼ空気と化した接戦を繰り広げていた。


「はい、赤甲羅。」
「えぐっ!?そこで仕掛けます!?」
「こういうのはギリギリがいいんだよー…のわっ!?もー、アイテム爆弾誰ー?」
「ふふー、私ですよー。はい、巻返しです。」
「やったねー……ーーー♪」


白熱した展開を繰り広げる中、不意に隣のベッドからは、小さなメロディが聞こえる。
どうやら北上はプレイしつつも、お気に入りの一曲を口ずさんでいるようだ。


「へー、その曲好きなんですね。」
「うん。言われてみたいもんじゃない?俺はどうしようもなく愛しい~♪なんてさ。」
「意外とロマンチストなんですね、北上さん。」


お互い恋敵のはずだが、いざちゃんと話してみれば、存外趣味が合う。
ケイの事が無ければ、もしかしたら普通に仲良くなれていたかもしれないな、と夕張は思っていた。

しかし先ほど北上が口ずさんだフレーズを、『誰に言われたい』のか。
それについては、お互い触れる事は無く。


「よし!お風呂行くー!」
「あ!勝ち逃げ!待って下さいよー。」


そしてと共に浴場へと向かうと、まず北上は大きな三つ編みをほどく。
こうして見ると随分長いと夕張が思う間に、次に服に手が掛かり、そうして見えたものに、彼女は強い衝撃を受けた。


“えっ…この傷……。”


丁度右肩から乳房の外側へ走る、大きな傷跡。
肩の傷は特に、ショルダーバッグでも掛けているかのように大きい。

一体何で出来た傷なのか、夕張には到底想像が付かなかった。




154: ◆FlW2v5zETA 2016/08/09(火) 15:44:12.94 ID:8dWkI+gE0


「あー、ごめんごめん、びっくりさせちゃった?昔事故っちゃってさー、その時のなんだよね。ケイちゃんには、内緒にしてくれると嬉しいな。」
「事故…ですか。は、はい、わかりました…。」


風呂から上がり部屋へ戻ると、北上は一足先に、備え付けのドライヤーで髪を乾かし始める。
そして自分の方が終わり交代するかと思いきや、彼女は夕張を、鏡台の前に座るように促した。


「夕張ちゃん、やったげるよー。おいで。」


促されるまま椅子に座ると、優しい手付きが髪を通って行く。
サラサラと風と手が水気を払い、夕張の髪は北上よりも早く乾いて行った。
そして慈しむように、すっ、すっ、と優しく仕上げの櫛が通って行く。


「綺麗な髪してんねー。目もくりっとしててさ…お人形さんみたい。アタシすっぴん薄いからねー、羨ましいもんだよ。」
「そうですか?北上さん、それだけ長くても全然傷んでないじゃないですか。」
「いや、結構大変なんだよー。爆発しちゃうから、いつも三つ編みだしさ。

ふふ…でもほんと、綺麗な髪だよねぇ…。」



それは、突然の感覚だった。



一度ぞわりと皮膚が泡立ったかと思えば、へばり付くような首元への違和感が夕張を襲う。
優しく髪を撫ぜる手が通り抜ける度、それは首筋や耳に触れ、その度形容し難い感覚が夕張を襲う。


夕張はあまりにも強烈なその感覚に、後ろを振り向く事が出来ずにいた。
そして彼女の肩には、北上の腕が優しくしなだれかかる。


「くす……ほんとかわいい…かわいいねぇ、夕張ちゃんは…。」


ふぅ、と首筋に息を吹きかけられ、遂に夕張の恐怖は臨界点に達した。
自身の肩に隠れ、鏡越しでも彼女に北上の表情を伺い知る事は出来ない。

ただ一つ、北上の口が、声を出さずに何かを語った事。
それだけは、鋭利になった首筋の感覚から理解出来た。


「さ!おしまい!明日も早いし、夕張ちゃんもそろそろ寝よー。」


そして北上がいつものテンションに戻った瞬間、夕張は、一気に悪夢の様な感覚から解放された。


当の本人はと言えば、そそくさと布団に潜り、寝の態勢に入ってしまっている。
夕張もおずおずと布団に潜りはしたが、壁を向いて布団を被り、北上の姿が目に入らないように努めていた。

少し打ち解けられた気がしたが、却って北上の得体の知れなさを覗いてしまった気がした。

『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。』

昔見た海外の諺が不意に脳裏を過ぎり。
彼女は先程の事を忘れる様に、必死に眠りに就こうとするのであった。


こうして合宿は、まず1日目が終わった。



155: ◆FlW2v5zETA 2016/08/09(火) 15:46:10.68 ID:8dWkI+gE0


夕張が寝静まった頃。

北上はふと目が覚めてしまい、部屋のトイレへと向かった。

その後ベッドに戻る時。
夕張の寝顔を見て一度くすりと笑うと、彼女はベッドのヘッドボードに置いた、自分の財布を手に取る。
よくある革の長財布には、カードや現金がそれぞれ区分けされて入っている。

そして財布の一番端、せいぜい薄いカード一枚しか入らないであろう区画。
彼女はそれを引っ張り出すと、今日一番の笑顔を浮かべる。

それはわざわざプリントアウトした、先日撮ったケイの写真だ。
写真の中の彼は愛車と共に笑顔で写っており、北上は、それに釣られるように一層笑みを深くしていた。


“ちゃんと受かれば、また一歩進む……アタシ頑張るよ。楽しみだねー、ケイちゃん…?”


丹念に味わう様に写真に唇を這わせ。

そして北上は、終始幸せそうに、再び眠りへと落ちて行った。



159: ◆FlW2v5zETA 2016/08/14(日) 00:12:44.60 ID:+mqIs3yrO


「ユウちゃん、夏休みの予定決めた?」
「アタシー?そだねー、バイトと受験勉強かなぁ。」
「お、前行ってた旅の準備?」
「そうそう、バイクの資金にね。卒業したら、行きたい所あるんだよねー。子供の頃住んでた街があってさー…。」


7月3日。

夏休みを前に、アタシは友達とそんな話をしていた。
高校最後の夏休みは、程々に楽しく、程々に目標を持って。
そんな事を考えながら。

進路の勉強もしつつ、やりたい事の準備もして、友達とも遊んで。
充実した夏を過ごしたいって、そんな風に思ってた。


「ただいまー。」
「おかえりー、今日も暑かったわねえ。」
「コウちゃんは?」
「コウタはまだ部活でしょ?夏だからねー、今が一番激しいんじゃない?」
「あいつ本当好きだねー。」


家に帰ればお母さんがいて、それからお父さんが帰って来て。
あとはお父さんよりちょっと遅く、あいつが泥んこになって帰ってくる。


「うーっす、ただいまー。」
「コウちゃんおかえりー!はっはー、今日も泥んこだねー!」
「姉ちゃんやめろっての!俺もう高校だぞ!?」


アタシには、2つ下の弟がいる。
コウタって言って、いくつになっても可愛くて可愛くてしょうがない、自慢の弟なんだ。

子供の頃はさ、____ちゃんと3人でいつも遊んでねぇ、こーんなちっちゃかったけど。
小学生に上がってからずっとサッカーをやっていて、高校になってからは余計にお熱だ。

おかげで最近は、いつも練習漬けで帰りが遅い。
中学に上がってからは、くっつくと嫌がるようになっちゃって、すっかり思春期だ。
むう、弟が冷たくて姉ちゃんは寂しいよー。

でもいくつになっても、家族みんなでご飯を食べるこの時間が、アタシは大好き。

学校に行けば友達がいて、家には家族がいて。
部屋で好きな音楽を聴いて、楽しみな予定が目の前にあって。
欲を言えば大きくなったあの子に、もう一度会ってみたいな、なんてさ。

今年も良い夏になればいいなぁ、って。
山や谷があっても、何やかんやこんな幸せが続くんだろうなって。


そう思っていた。






しちがつよっか。


みんなしんだ。








160: ◆FlW2v5zETA 2016/08/14(日) 00:16:12.70 ID:+mqIs3yrO




合宿二日目、時刻は0715。

朝食はスケジュール上一斉に行われる為、夕張と北上は、同じテーブルで食事を摂っていた。

昨夜北上に髪を乾かして貰った時に感じた、おぞましい感覚。
夕張はまだ若干それを引きずっていたが、北上はいつも通りだ。

あの時北上が、何らかの悪意を放っていた確証は、無い。
抱き着かれたのも、じゃれていただけとも捉えられる上、それこそ夕張の気のせいではないか、ともカタが付いてしまう案件である。

冷静に考えれば、確かにそうだ。
しかし夕張には、決して自分の被害妄想では無いような気がしていた。


「朝の味噌汁は生き返るねー。夕張ちゃんは別コースだっけ?」
「私は大型ですからね。でも教習車、ダンプかー…さすがにちょっと怖いですね。」
「大丈夫大丈夫、アタシなんか車初めてだよー?しかし一週間なだけあって、一日長いねー。」


今回行われる合同合宿は、艦娘向けに制定されたものだ。
退役後もある程度社会的に有利になるように、と言う配慮から始まったものだが、短期間での取得を目指す分、それなりにスケジュールは詰まっている。

夕張は大型研修、北上は小型車両を用いた基礎研修となる。
期間は個人によりおおよそ一週間~12日、それぞれ普通車と小型免許を所持する二人の学科は少なく、予定は一週間程だ。

まずはコースでの研修を経て、路上教習の開始を目指す。
配布された作業着を着た二人は、端から見れば立派に車を運転出来るように見えた。


「はっはー!遂にアタシの黄金の左足が火を噴くねー。」
「北上さん、アクセルは右足ですよ。バイクも右手でしょ。」


この人大丈夫か、と夕張は不安に駆られるが、こちらも初めて乗る大型車だ。
日頃運転には慣れているとは言え、車体は愛車の数倍。
だろうではなく、かもしれない。
教習所で習った事を改めて反芻しつつ、彼女達はいざ1限目へと向かって行くのであった。





161: ◆FlW2v5zETA 2016/08/14(日) 00:18:31.93 ID:+mqIs3yrO


同日、時刻1855。

彼女達は夕食を囲んでいたが、明らかに朝よりペースが遅かった。
二人共、垂れた頭と共に垂れ下がった前髪で、目元はすっかり影が出来上がっている。


「いやー、ハンドル切る時さー…レバーに手ェ当たって、ウォッシャー液、プシューってさー……。」
「私、乗ろうとしたら、お尻から落ちましたよ…車高高すぎて。教官にすごい笑われました…。」


朝の勢いは、一体何処へ行ったのか。
二人は完全に意気消沈といった様子である。

特に夕張は運転には自信があったらしく、なかなかにへこんでいる模様だ。
ああも変わるなんて…と、彼女の目は今も高い運転席からの景色が見えているらしい。


「夕張ちゃんの乗ってたトラック、確かあのメーカーだよね…。」
「そうですよ……まるで巨乳に弾かれて落ちた気分でしたね…。」
「五十鈴だけに。」
「私達には。」
「手の届かないあの高い丘。」
「………やめましょう。」
「……うん。やめよう。」


互いの胸を見合い、彼女達はまた違う物悲しさに襲われていた。

そして二人の脳裏には、とあるオリーブ色のツナギを着た男が浮かぶ。
そういえばあの男、自ら女の好みや下ネタを語る場面を、誰も聞いた事が無いそうな……と思い出した辺りで、より一層深い溜息を彼女達は漏らした。


“いや、でもアタシの方が勝ってるし…!”
“作業着越しでも分かる薄さ……!ふふふ…私のが3は違うわね!”


尚、実際は1cm程度しか差は無いようである。






162: ◆FlW2v5zETA 2016/08/14(日) 00:32:38.00 ID:zSRVS9Wi0


他鎮守府の艦娘が、二人共風呂場で手を合わせ力んでいる姿を目撃した入浴後。

部屋に戻った二人は、前日と同じく、それぞれのベッドでまったりと過ごしていた。
前日と変わった事と言えば、疲労によりゲームをする余力が残っていなかった程度。

北上の方はと言えば、時折携帯をいじっている様子である。
ちらりと見えた壁紙には、緑色の通知。
時刻は2005。相手が誰であるかは、それだけで理解出来た。

そして北上はちらりと夕張の方を見ると、ふふ、と勝ち誇った笑みを浮かべた。
その瞬間、どこぞのローカル番組の如く、夕張の脳内でカチッと固い音が響く。


“あんにゃろー…私がいないからって寝泊まりしてるっぽいし~~!私とも仕事以外の話をしろー!”


夕張の方にも連絡は来るには来るのだが、そちらは完全に仕事の報告のみである。
今朝来ていた通知に至っては、試作品出来ましたの一言のみ。ログに残っていた時刻は、深夜を回った頃だった。


「ケイくんですか?」
「そー、昨日大変だったみたいだねー。演習組、大井っちに相当ボコられてたって。ケイちゃん、ちゃんと帰ってるかなー?」
「帰ってないと思いますよ?昨日1時とかにライン来てましたし。」
「へ、へー……そんな時間に何してたのかなぁ?」
「あれ?知りませんでした?また何か作ってたみたいですよ。」
「昨日、9時半にはおやすみですーって来てた……。」


北上に気を遣ったのと、久々にやりたい放題できる事にテンションが上がっていたのと。
恐らく両方ではあろうが、どうやらケイは、昨日は早々に北上との連絡を切り上げてしまったらしい。

しかし完成の報告は、夕張にはちゃんと来た。
ケイが勝手にやっているとは言え、仕事の一環なので、夕張に連絡が来るのはある意味当然なのだが。

北上は、どうやらそれが相当気に入らず。
一方夕張はと言うと、ほのかに顔が綻んでいる。

そして何やら笑顔になった北上はゲーム機を取り出すと、人差し指と中指を立て、夕張に向けてクイッと2回動かした。


「夕張ちゃーん…昨日の続きやろっかー……。」
「お?やります?今夜で勝ち逃げはストップですねー。」
「アタシのクッパは全てを吹っ飛ばす…!」
「赤いヘイホーに追い付ける奴は誰もいない…!」


結果は、破竹の勢いで夕張がボコボコにされて終了したとの事。
そして夜も更け、二人が寝静まった後の事だった。



163: ◆FlW2v5zETA 2016/08/14(日) 00:35:06.01 ID:zSRVS9Wi0


“ん……今何時ー…?げ、まだ2時かぁ…。”


目を覚ましたのは、夕張だった。

昨夜は逃げるように寝てしまったが、さすがに今夜はもう少し余裕を持って眠れる。
彼女はそうタカを括ってはいたものの、いざ気持ちに余裕が出来ると、今度は慣れない寝心地に目が覚めてしまったらしい。

アプリを開くと、案の定仕事の報告以外無し。
はぁ、と溜息を吐いて毛布を被ると、何やら妙な音が耳に触れる。


「…………あ……う…」


耳を澄ませると、それは人の呻き声だ。
幽霊の様な気配は無い。となると、当然発生源は一つに絞られる。


“えーーっ!?ここでまさか…嘘でしょ…!?”


何やら不埒な想像が浮かんでしまうが、それは思い過ごしだと言う事に、夕張はすぐに気付く事となる。
苦しそうな呻き声に紛れ、とある言葉が聞き取れたからだ。


「おとうさん…おかあさん………コウ、ちゃん……。」


北上の方を向くと、苦悶の表情を浮かべる彼女の姿が映る。
そのただならぬ様に心配になった夕張は、恐る恐る北上の方に近づき、彼女の肩を優しく揺らした。

しかしなかなか起きず、2度3度と肩を揺らし時、不意に北上の瞼から溢れるものが見えた。
その様に一瞬夕張は躊躇いを覚えるが、このままではきっと良くない。

そして4度目に肩を揺らした時、北上はようやく、うっすらと瞼を開けたのであった。


「ふぁ……夕張ちゃんなにー?眠いよ~。」
「何じゃないですよ、大丈夫ですか?すごいうなされてましたけど……。」
「そうなの?全然覚えてないよー…うわ、ひどい汗。」


不機嫌そうに目を覚ましたかと思えば、北上は何事も無かったかのように、寝汗に苦笑いを浮かべている。
しかし彼女の手は右肩に置かれ、その手が微かに震えていたのに夕張は気付いている。

押さえられたTシャツの裾は乱れ、少し肩の古傷が見えている。
そんな北上の姿は、夕張には、普段よりも小さいものに見えていた。




164: ◆FlW2v5zETA 2016/08/14(日) 00:36:47.36 ID:zSRVS9Wi0




「んー…まあでも、確かに寝汗ひどいねー。また風邪引く所だったよ、ありがと。」
「何事かと思いましたよ…さて!もう一回寝ましょ!」
「ヘイホーに追われる夢でも見たかな…?」
「それをスターで粉砕しまくったのはあなたですー。今度は負けないんだから。」


そして今度こそ二人は床に就いたかと思われたが。
北上はこっそりと自分のリュックを漁り、底からある物を取り出していた。

それは、いつもは彼女の部屋にある猫のぬいぐるみ。

まだケイが新人の頃。
彼を無理矢理遊びに引っ張り出し、その時彼がゲームセンターで取ってくれた物だった。

北上はそれをぎゅっと抱き締めると、ここにはない温もりを想いながら、強引に瞼を閉じる。
少しでも温もりを求めるように、深く深く。


“ケイちゃん……もうアタシには、ケイちゃんだけなんだ…。

だから誰にも、渡さない……!”


固く閉ざされた瞼は、今度はまばたきを忘れる程、固く開かれ。
その視線は夕張を射抜く訳でもなく、ただ目の前に広がる暗闇を見つめていた。


彼女自身が抱えた闇を、じっと睨みつける様に。



165: ◆FlW2v5zETA 2016/08/14(日) 00:39:20.72 ID:zSRVS9Wi0



合宿三日目。


詰め込まれたスケジュールの中で次第に慣れ始め、各々昨日より遥かにマシな運転を出来るようになっていた。

夕張は日頃の成果か、打って変わり順調に実技をこなし。
学科免除とは言え、何とダメ元で受けた仮免実技試験の合格を果たす。

そして北上も。
昨日は車の不慣れな設備に悪戦苦闘していたが、運転自体は感覚があるため、慣れれば非常にスムーズであった。
彼女は明日、実技試験となる。


「いやー、慣れれば案外何とかなるもんだねぇ。」
「ですねー…ああ、でも運を使い果たした気分。本試験で後厄来ないといいなぁ。 」
「去年お祓い行ったの?」
「お正月に行きましたよ。あ、お正月と言えば、提督からメール来てたの見ました?正月休みのスケジュール。」


さすがに全員一斉にとは行かない手前、今年もローテーション式で正月休みを回すとの通知が届いていた。
季節はもう11月、そろそろ年の瀬も見えてくる頃だ。


「私は実家かなー、猫がいるんです。モモって言って、もうほんと可愛いんですよー。」
「いいねー、アタシも猫飼いたいや。ま、休みでも実家帰んないけど。」
「帰らないんですか?」
「親とソリ悪くてねー、今回は寝正月でもしようかなって。弟いるけど、思春期だしさ。」
「そう、ですか……あ、そういえば北上さんって、出身はどこなんですか?」
「アタシ?____県だよ。夕張ちゃんはケイちゃんと同じだもんね。」
「そうです。でも____県ですか…北上さんの所は、大丈夫だったんですか?」
「ああ、襲撃?アタシの所は全然違う地域だったからねー、でもすごい騒ぎだったよ。」


それは何とも他愛の無い会話だった。
そして二人が部屋に戻ると、各々好きなように時間を過ごしていた。

北上は音楽を聴いており、少々お疲れの様子。
一方夕張は、スマートフォンで何やらネットサーフィンをしている様子だ。

彼女が調べていたのは、とある事件に関するニュース記録。
ふと気掛かりとなり、当時リアルタイムのものとして書かれた情報を探していたのだ。


そしてある記事を見付け、夕張は食い入る様にそこに目を通す。





166: ◆FlW2v5zETA 2016/08/14(日) 00:41:27.09 ID:zSRVS9Wi0



『7月4日、____県__町にて発生した、未確認生物襲撃事件について続報が入った。

本日正午まで死者約1万8千名、行方不明者285名と発表されていたが、政府の記者会見によると、新たに3名の生存者を発見したとの発表があった。
この発表により、現在の行方不明者数は282名となった。

記者会見にて、__長官は生存者についての情報は一切開示出来ないと説明しており、生存者の容体や詳細は不明。
今後も捜索と遺体のDNA鑑定を進め、引き続き身元の確認を急ぐと表明した。

各国にて襲撃を行った未確認生物は、日本を襲撃したものも含め現在全て逃亡しており、捜索上の安全は確立された模様。
今後は各国の軍、警察、NPO法人により、捜索の拡大と生存者の救出を目指して行くとしている。

現在も尚親族等は立ち入り許可が出ておらず、引き続き捜索の進展が待たれる。』



“まさか、ね…考えすぎか…。”


ケイが整備の道に進んだ理由と過去。
北上の出身地と、肩の傷。
そして今見ている記事。

それらの情報は、ある可能性を夕張に提示しているが、それは余りに絵空事過ぎる。
「それは無いな」とすぐにその可能性を否定した夕張は、北上に声を掛け、ここ数日と同じように風呂場へと向かった。


しかし拭いきれない疑念は。
彼女の頭の片隅に、小さくこびり付いたままなのであった。





173: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:11:49.18 ID:GKWtytdi0

合宿四日目、時刻1214。


「北上さん、おめでとうございます!」
「ありがとね。はっはー、アタシにかかればちょろいねー。」


北上、仮免試験無事合格。
と言う訳で、二人は実に晴れやかな顔でパスタを食べていた。
夕張に続き、午後からはいよいよ彼女も路上へと出られる。

ただし、あと1点足りなかったら不合格だった事は、夕張には黙っていたのだが。


「さーて、路上もギッタギタにしてあげましょうかねぇ!」
「これからこそ気を付けてくださいよ?車はバイクと勝手が違うんですから。」
「う……ま、まーねぇ。」


年齢は、北上の方が一つ上である。
しかしこの数日で夕張は、完全に北上の突っ込み兼保護者と化している感もある。
そして各々車両に乗り込み、後から出る夕張は、トラックの運転席から北上の様子を見守っていた。

北上の乗るパジェロは、ゆっくりと教習所の門へと向かって行く。
軍の教習所は道路より低い土地にあり、出口は短い登り坂となる。
教習車はマニュアル。左右の安全を確認し、ウインカーもOK。
いざ行かん!と魚雷を放つようにサイドブレーキに手を掛けた瞬間。


『ぼすん!』


エンジンが止まり無音となった車は、悲しげにブレーキランプのみを点けていたのであった。




174: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:12:42.74 ID:GKWtytdi0


「路上って怖いねー…箱がでかくなるだけでああも脅威が増えるって…。
チャリとおばあさんは天敵だよ…蕎麦屋のおっちゃんは凶器だよ…。」
「はは…慣れですよ、慣れ。教官ブレーキ減らす所から始めましょうねー。」
「う……痛い所突くねぇ…。」


1日を終えて部屋に戻ると、朝とは真逆なテンションの北上がベッドに横たわっていた。
相当肝を冷やしたらしく、乾いた笑みと疲れた瞳に、夕張も思わず苦笑いを浮かべてしまう。

今回長く一緒に過ごしてみて夕張が思ったのは、北上は意外に感情表現が豊かで、少し子供っぽい所もあると言う事。
ケイが振り回されつつも長く仲良く出来ているのは、彼の面倒見と、北上の愛嬌にあるのかもしれないな、と考えていた。

そして彼が新人の頃からの付き合いだと言っていた事を思い出し、夕張はその当時の事を尋ねてみる事とした。




175: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:14:01.38 ID:GKWtytdi0


「北上さんって、いつからうちにいたんですか?」
「去年の5月ー。
今の提督が、上に雷巡になれる奴くれ!ってねだったらしいんだよね。それでアタシが隣から異動したの。
向こうは大井っちも木曾っちもいるし。」
「へー、じゃあケイくんよりちょっと後に?」
「そ。でもケイちゃんさ、その時は取り付く島もない子でねー…夕張ちゃんなら、心当たりあると思うけど。」
「…作業中、たまに本当に怖い時ありますね。」
「そー、それ。その時も愛想良くも出来る子だったけど、態度堅いし、目だけはずっとそんなんでさ。親でも殺されたみたいな感じでね。」
「今とは想像付かないですね…」
「これでも心開かせるのに苦労したんだよー?アタシ以外にもそうだったしさ。そうだねー、あの頃は……」





176: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:30:08.33 ID:GKWtytdi0


アタシが着任した時ね、まぁ各部署に挨拶回りしててさ。
それで工廠行った時にいたのがケイちゃんだったんだよね。

見るからに若そうで、春に来た新人かなーって思ってさ。
アタシも結構ナメた挨拶しちゃったんだ。


「新兵さん、今日君だけ?
アタシは軽巡・北上、今日からここの所属だから。まーよろしく。」
「初めまして!自分は整備士の笠木ケイタロウと申します!北上殿、何卒よろしくお願い申し上げます!」


何だこいつ?ってのが第一印象だったかな。
アタシも前いた所で新兵さんや新人なんかに会ったけど、ああもガチガチな挨拶する奴なんていなかったから。

で、ケイちゃんいつも帽子じゃん?
それでいざ頭上げて顔見たら、目だけはまさにさっき言った通りでねぇ。
一応愛想笑いしてるんだけど、親でも殺されたみたいな目でさ。
こっえー!って思ったよ。


「まーまー、力抜きなよ整備さん。君いくつ?」
「自分ですか?今年19になりますが…」
「あー、てことは今18なんだ?アタシは今年でハタチだから、君の1コ上だね。
ここ軽巡少ないから、歳の近いコいなくてねぇ。仲良くしてねー。
あ、ライン交換しよーよ。せっかくだしさー。」


なんかさ、ほっとけなかったんだよね。
それで無理矢理ライン交換して、その時はそのまま違う部署に行ったんだ。

で、食堂でお昼食べてたの。
アタシも新顔だったし、やっぱり色んな人が話しかけてくるっしょ?
その中にね、ある人がいたんだ。





177: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:32:08.69 ID:GKWtytdi0

「あなたが北上さんね、さっき工廠に来てたでしょ?」
「はい。あの、あなたは…。」
「さっきはちょっと手が離せなかったんだけど、ここの整備長よ。
あなた、さっきケイと話してたでしょ?連絡先まで交換して…凄いわね。」
「へ?」
「いやー、あいつには手を焼いてるのよ…才能はあるんだけど、まあガチガチで。
お願い!仲良くしてあげてもらえないかしら!?」
「は、はぁ……。」


来たばっかりでそんな頼まれ方したらさ、断れないじゃん?
アタシも気がかりだったし、それで何となく連絡してみたんだ。


『お疲れー、さっきの北上だよー。』
『お疲れ様です。何かご用ですか?』
『一応ね。ちゃんとアカ合ってるかどうかさ。』
『こちらで間違いないです。北上殿、何卒宜しくお願い申し上げます。』


もうね、ラインすらガチガチ。
手に負えないわー、って思ったよ。

そんで最初は日に2.3回やりとりしてたのを、ちょっとずつ食い付いて長くしてったんだ。
で、週に何度かお昼誘って、話しようとしてみたりさ。

でもあいつ、最初は仕事の話ばっかでさー。
その頃から居残り癖酷くて、親方から鍵預かっちゃあ、ずーっと自分のデスクで何かやってる子だったんだよね。



178: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:34:04.52 ID:GKWtytdi0

それである時、出撃があってね。
持ってった魚雷の中に、あいつの処女作も混じってたんだ。


「行っくよー…わぁっ!?」


これがもう、トンデモだったの。
反動凄いし、当たったんだけど何より威力上げすぎでさ…敵の肉片、アタシの所まで飛んできたもん。

それで一言言ってやろうと思って、工廠乗り込んだんだ。


「整備くーん、何アレー?強けりゃ良いってもんじゃな……」


それでいざ工廠開けたら、ケイちゃんがたんこぶ作って正座させられててさ。
アタシより先に、親方にこってり絞られた後だったんだよね。


「あ、北上さん。さっきはごめんねー、このバカがやらかしちゃって…。」
「は、はぁ……。」
「これに懲りたら使う人の事もしっかり考えなさい!あんたは人との関わりが足りないのよ、それじゃいくら素質があってもダメ!」
「はい…親方、すいませんでした……。」


それで親方が近付いてきてさ。
何かと思ったら、アタシに耳打ちしてきたんだ。


“北上さん、ごめんなさい。ちょっとこのバカ慰めてやってもらっても良い…?”
“えー!?アタシがですか!?”
“あなただからよ。”
「ほらケイ、北上さんも話あるみたいだし、今日は帰りなさい。今日の件はしっかり反省する事!いい?」


駐車場のベンチあるじゃん?
しょうがないからそこ連れてってさ、とりあえず座らせたんだよね。
漫画でキャラがへこんでる時さ、顔に影引いてあったりするっしょ?本当そんな感じでさ、目も当てらんない。
どうしたもんかなー、って思ったよ。



179: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:35:50.76 ID:GKWtytdi0


「はい、コーヒー。全くもー、男の子がそんなへこんじゃダメっしょー?」
「ありがとうございます…。」
「まー、アタシの話したかった事、親方が全部言ってくれたとは思うけどさ…。
正直使ったアタシも、肩がすっぽ抜けるかと思ったよ、アレ。」
「う……すいませんでした……。」
「……整備くん、こっち向いて?」
「何です…ふがっ!?」


ほっぺたつかんで、ぐいーってやったんだよね。
それでアタシ、ケイちゃんに言ってやったんだ。


「君はねー、まず笑顔が足りない。ついでに人に壁張りすぎ。
アタシ達って人間が使ってる武器は、君たち整備って人間が作ってるんだよ?人から人へ渡すもん作ってる奴がそれでどーすんの?
整備くん!君次の休みいつ?」
「3日後ですが…。」
「ふーん、ほうほう……ああ、アタシも休みー。
じゃあ整備くん、今度買い物付き合ってよ。」
「し、しかし軍人たる者、自分は休日も研究に充てると決めておりますので…。」
「ん?今何て言った?先輩の言う事聞けないってーの?」
「う……わかりました。」


それで無理矢理、連れ出す事にしたんだ。

で、いざ当日。
とりあえずゲートの所で待ち合わせしてたんだけど、どうせあんな堅物だし、だっさい格好で来ると思ってたんだよねー。



180: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:37:28.03 ID:GKWtytdi0


「北上殿、おはようございます。」
「おはよ……ん?整備くん…だよね?」
「そうですが…。」


いざケイちゃんが来たら、意外にちゃんとした格好でさ。
ああ、この子にも今時な時代があったんだ…って、あたしゃホ口リときそうだったよ。


「意外とおしゃれだねー、芋ジャーとか着てくるかと思ってた。」
「学生の頃はまだ、気にしてましたからね。バイトして服買ったり。」
「ふーん。何?モテたい願望とかあったんだ?」
「戦争が始まるまでは、ですけどね。」
「ダメダメ。危ない仕事してるからこそ、プライベートも楽しまなきゃ。さ、行こっか。」


ここから○○市、近いっしょ?
あそこは栄えてるから、電車で連れてったんだ。

それでボックスシート座ってたんだけど、ケイちゃん、窓から海見て黄昏てたんだよね。


「なーにカッコつけてんのさー、お疲れ?」
「いえ、静かだなって。表向きは本当、世の中平和ですよね。」
「…最初の一年、世界中で相当やり合ったからね。その賜物だよ。
だからさ、たまには思いっきり遊ぶ!これ大事ね!」


馴染みの服屋連れてったり、ご飯連れてったりさ。とにかく町中ぶらぶらさせたんだ。

まー、街はいつも通りの休日だよ。
ケイちゃん、こっち来てからそうやって出掛けるの一度もしてなくてさ、すごい新鮮そうな顔してた。

それでお茶してた時かな?思い切って言ったんだ。




181: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:40:57.39 ID:GKWtytdi0

「んー♪ケーキ美味しー。」
「北上殿、頬に付いてますよ。」
「あ、ごめんごめん。ところでさー…北上殿って、やめてくんない?」
「い、いえ、やはり先輩には礼儀を持って…。」
「それがダメ。相手がガチの兵士ならともかくさ、どーせアタシ達なんて年頃の女の集まりだよ?
ガチガチで来られる方がやりづらいんだよねー、うちの提督知ってるっしょ?あの仕事以外のダメっぷり。
やる事だけちゃんとやってりゃいいんだよー。」
「は、はぁ…。」
「敬語はまあしょうがないよ?でも整備くんは堅すぎ。
もうちょっと砕けても良いんじゃないかなー、ほら言ってごらん、北上さんって。」
「はい、北上さん…。」
「まぁ、今回は許す。でもさ、もっとみんなにも素を出しなよ。なんか好きな事とか無いの?」
「んー…バイクですかね。実は着任前の休みに中免取ってて、次は大型取りたいんですよ。やりたい事があって。」
「お、バイク乗るんだ?アタシも普段ベスパだよー。」
「え、ベスパですか!?今度見せて下さいよ!
………あ。いえ、今の忘れてください…。」
「ふふー、テンション上がった君、初めて見たよ。それでいいの。」


テンション上がったケイちゃん、その時やっと見たんだ。
かわいかったねー。照れ具合で、如何にそれまで素を隠してたかわかってさ。

それで次ゲーセン連れてって、そしたらケイちゃんいなくてさ。
トイレかなーっと思って探したら、違うフロアにいたんだ。




182: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:43:31.54 ID:GKWtytdi0


「どこ行ってたのさー、探したよー。」
「ああ、ちょっと違う所見てたんで。」
「そういう事するとモテないよー?」
「はは、すいません……北上さん。」
「何?……わっ!?」


いきなりぼふって何か渡されたと思ったら、猫のぬいぐるみでさ。
びっくりしたよー?結構大きいんだもん。


「整備くん、どうしたのこれ?」
「いや、そこのUFOキャッチャーで取ったんですよ。今日のお礼です。
肩の力抜けましたねー、久々に人間らしい事したんで。
俺に足んないもの、なんか分かった気がします。ありがとうございました。」
「ふふー、すっきりした顔してんじゃん。でもびっくりだよー、いきなり渡すんだもん。」
「ふふ、サプライズって奴ですよ。」


その時ケイちゃんさ、初めてアタシの前でにかって笑ったんだ。
もうね、本当かわいかったよー。
この子、ちゃんと笑えるじゃんってさ。


「整備くん、ちょっとあっち行ってみない?」
「何かあります?」
「プリ撮ろうよ!」
「えー!?俺初めて撮りますよ…。」


それで撮ったのがこれ。
ケイちゃん恥ずかしそうな顔してるっしょー?

携帯変えても、これだけはちゃんと移したもん。
あいつの弱みだねー、今見せても恥ずかしそうな顔するし。

それからかな、ケイちゃんが今みたいな感じになってったのは。




183: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:45:19.61 ID:GKWtytdi0



「はい、おしまい!」
「北上さん、私からもありがとうございます…その時のままだったら、私も多分一緒に働けてないです。
…でも、そうなっちゃうぐらい本当にショックだったんでしょうね、あの件……。」
「幼馴染の件?夕張ちゃんも聞いたんだ。」
「はい。早く、勝てるといいですね…。」
「勿論。ケイちゃんの組んだ魚雷は最強だもん。勝ちに行くよー。」



この時アタシは、夕張ちゃんに嘘をついた。
いや、嘘と言うか、隠し事か。




184: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:46:51.12 ID:GKWtytdi0


そのまま消灯の後も眠れなくて、アタシはお気に入りの音楽を聴く事にした。
イヤホンからは少し枯れた声が流れて、その度に、アタシの中ではとある時期の事が蘇る。


『他でもないあなたが笑った事 それで僕の世界は救われたんだよ 本当さ』


そんなフレーズで曲が締められると、アタシの胸はぎゅっとなる。

あの時ケイちゃんが、イタズラが上手くいった子供みたいに笑って。
救われたのは、アタシの方だった。

初めて会ったって言ったけど、本当は違うんだ。
ずっとずっと。それこそあの事件の前から、もう一度会いたいって思ってた。


“ぼくねー、おおきくなったらユウねえちゃんと……”


子供の頃の、ありがちな約束が蘇る。
まさかねー…大人になった今、そうなりたいって願うなんてさ。

あの時の笑顔で、アタシは本当にケイちゃんに恋をしてしまった。
でもそれは、余計にアタシを掻き乱す。

その時アタシが何を思ったのか。
本当の事を知らない夕張ちゃんには、言わなかったけどさ…。





185: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:47:40.97 ID:GKWtytdi0


ケイちゃんに再会した時、夢でも見てるのかと思った。

普通なら、大人になれば顔だって忘れてる歳だ。
だけどその頃の写真を大事に持ってたアタシには、すぐにケイちゃんだって分かった。

本当はすぐにでも、抱き付いてしまいたかった。
でも同時に、アタシは大きなショックを受けていたんだ。

何でこんな危ない場所にこの子が!?
どうして戦争に!?
まさかアタシ達のせいで……

様々な事が頭を巡っては消えて、アタシは必死にそれを顔に出さないようにしていた。

もしかしたら、気付いてくれるかもしれない。
そんな淡い期待もあった。

でも、それはすぐに掻き消されたんだ。




186: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:49:08.83 ID:GKWtytdi0


“初めまして!自分は整備士の笠木ケイタロウと申します!北上殿、何卒よろしくお願い申し上げます!”


ケイちゃんは、アタシの事に気付いてはくれなかった。
あの頃からの時間の経過を考えれば、それは当たり前の事。

それでも嬉しかった。
全てを失ったアタシでも、もう一度会えた。
それは復讐と希死念慮だけで戦っていたアタシにとって、唯一の希望に思えたからだ。

だけど甘くないね。
再会したケイちゃんは、少なくともその頃の彼じゃなかったんだから。

愛想笑いをしててもわかる、人を殺してしまいそうな目。
憎しみと殺意と悲しさと、虚しさと。それが全部混ざった目。

一人で鏡に向かう時のアタシと、全く同じ目。

よりによって、彼がそんな目になっていた事。アタシはそれが堪らなく悲しかった。

もしかしたら、アタシ達のせいじゃないかって……そう思う程、傷口はズキズキと疼いた。

それからは、仲良くなろうと必死だった。
少しでも、本当のかわいいケイちゃんに戻って欲しくて、とにかく必死に向き合った。

そうやって色んな事をして行く中で。
アタシは、あの頃は知らなかった感情を彼に抱いた。

だけど……それは、アタシを狂わせていく。




187: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:51:51.21 ID:GKWtytdi0


家族も親戚も友達も、みんな死んだ。
アタシは、名実共にひとりぼっちになった。

アタシの大切なものは。
ゴミみたいに踏み躙られて、挽肉みたいにズタズタにされて、あいつらに全て奪われた。

残ったものは、不細工な肩の傷だけ。

もう水着も着れないし、この先誰かとえっちな事も出来ないねー、なんて。
他人事みたいに、乾いた笑いしか出なかった。


国はアタシの個人情報は守ってくれた。
名前を変える権利も与えてくれると言った。

だけどアタシはそれを全部断って、艦娘の適性検査を受けた。

死ななきゃいけないと思っていた。
どうせならあいつら道連れにして、恨みを晴らして死んでやるって、そう思って艦娘になった。

北上の適性が出た時。
艦としてのそれの史実を勉強する中で、これは運命だと思った。

球磨型は北上以外、みんな沈んだ。
まるでアタシそのものじゃないか!

アタシは部屋で一人教科書を見ながら、げらげらと笑っていた。

そうだ、アタシはこれから北上だ。
ひとりぼっちで生き残った北上なんだ。

北上と言う包帯で、『岩代ユウ』を塗り潰すんだ!

そう思って戦った。
慈悲も要らない。憎悪はなるべく胸に秘めて。
周りからは付かず離れず、風のように緩く。

ただ殺して殺して殺して。
負けても死ねる。
勝って生き残っても、後で首を吊ればいい。

あいつらに一矢報いる事ができれば、それでいい。

『岩代ユウ』を知っている人は、もうケイちゃん以外誰もいないのだから。
再会なんて、ありえない事なのだから。

そう思っていた。




188: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:55:07.68 ID:GKWtytdi0


だけどアタシは、再び出会ってしまった。
大きくなった彼に、恋をしてしまった。

そして封じ込めたはずの『ユウ』は、アタシの中で暴れだす。

幸せになりたいって。
ひとりぼっちはさびしいって。
生きたいって。

そう願っていた『アタシ』は、彼に甘える程に、その声を大きくしていった。
誰にも渡したくないと思う程度には、彼に毒されていた。

アタシは結局、自分を殺す事が出来なかった。

…でも我ながら、面倒な女だね。
そんなんになっても、アタシは本当の事は言えないままだったから。

もし彼が戦う理由が、アタシ達が原因だったら?
本当の事を彼に言ったらどうなる?

そう思う程。
嫌われるんじゃないか、人生が狂ったって思われるんじゃないかって、アタシは怖くなるばかりで…。

たまに、都合のいい男だとか、セフレじゃないかとか。
そう周りに陰口叩かれるぐらいには、宙ぶらりなまま、長い時間が過ぎていた。





189: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:57:10.71 ID:GKWtytdi0


でも、ベスパを直してもらったあの夜。
アタシは遂に、なけなしの勇気を出して訊いたんだ。

どうしてこの仕事に就いたのか?って……


“幼馴染みですかね。”


アタシのタガが外れてしまったのは、その時の事だった。


“ねぇ…2人の時は、ユウって呼んでよ……。”


そうやって抱き付いた時、アタシは体を何一つ押さえる事が出来なかった。

もう止められなかった。
いっそこのままどこかに攫って、犯して、閉じ込めて。
アタシ以外、誰も触れられなくなればいいとさえ思った。


アタシは本当に、狂ってしまった。





190: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 04:59:17.39 ID:GKWtytdi0


それでも気付いてはもらえなかった。

当たり前だ。
彼の中では死んだ事になっている。
今でも心の奥は憎しみでいっぱいで、整備の時はやっぱりそれが出ている。

名前を教えたって、気付いてなんかもらえないんだ。

でも、もうアタシはアタシを止められない。
ケイちゃんだけなんだ……本当のアタシを覚えているのも、本当に心を開けるのも。

誰にも渡したくない。
アタシだけのもの。
戦争が終われば、今度こそ全部を打ち明けるんだ。
ごめんなさいって、謝るんだ。

怒るかな?許してくれるかな?それとも泣いて喜ぶかな?

アタシ達がケイちゃんを、不幸にしたんだ。

例えば大好きなバイクの仕事をするだとか、大学に行くだとか。
彼が幸せに、平和に生きる道はいくらでもあった。
そうであれば、アタシは何も考えずに戦って、その平和を守ればよかった。

そうすれば、きっと死ねた。
生きたいなんて、また思ったりしなかった。





191: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 05:00:30.47 ID:GKWtytdi0


ケイちゃんをこんな道に引きずり込んだのは、アタシだ。

じゃあ、責任は取らなくちゃ。
彼を幸せにしなくちゃ。

アタシ達は、幸せにならなきゃいけないんだ。
それを邪魔する奴は、絶対に許しちゃいけないんだ。

ねぇ、夕張ちゃん……あんたとはこうでなきゃ、きっと仲良くなれてたよ。

でも……だめ。
やっぱりアタシは、ケイちゃんを好きなあんたを許せない。
気持ちがわかるからこそ、許してなんかあげられない。

死ぬのはさ、苦しいのはきっと一瞬。
傷だって、痛くてもいつかは塞がる。
アタシの傷が疼くのは精神的な物だって、お医者さんからお墨付きも貰ったよ。

でもね。

ずっと、ずーーっと……ぱっくり開いたまま、治らない怪我があるって、知ってる?


それはね………


ふふ……あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!
あー、楽しい!楽しくなってきちゃったよ!



夕張ちゃん……たのしみだねー………。






192: ◆FlW2v5zETA 2016/08/20(土) 05:01:45.12 ID:GKWtytdi0



布団を深く被り、北上を声を押し殺して笑った。

瞼はぎょろりと開かれたまま、それは布団越しに夕張のベッドをじっと見つめ続けている。
そうして笑い声を上げそうになるのがやっと収まった頃、北上はゆっくりと、夕張の眠るベッドへと近付く。

髪をほどいて眠る夕張の枕には、彼女のさらりとした髪が広がっていた。
北上は起こさぬよう優しく、子供を眠らせるかの如くその頭を撫で、そして指に一つ、抜け落ちたであろう銀の髪が絡み付いた。

薄闇にそれをかざせば、その髪は間接照明によってキラキラと光を放つ。
北上は艶めいた笑みを浮かべたまま、それにじっくりとねぶるように舌を這わせていた。


これから深く傷付ける獲物の味を、確かめるように。






197: ◆FlW2v5zETA 2016/08/29(月) 02:42:03.81 ID:jm3x6+HU0



窓際とイヤフォン、それが私の指定席。


馬鹿ばっかりだって思ってた。
別に上手くやる気もないけど、波風も立てたくないし。
似た者同士がヒエラルキーからあぶれないよう集まっては、昼休みを消化して、それ以外は連絡も取らない。そんな毎日。

機械いじりと音楽だけが楽しみで、中途半端に丸い体と厚いメガネだ。
クラスの男子は、一体何人が私の本名を知っているのか。いや、女子も怪しいなぁ。

まあね、わかってる。私が周りから、どんな風に思われてるかなんて。
…悪かったわね、地味な子で。


あー……5月、来ちゃったなぁ…林間学校めんどい…。



198: ◆FlW2v5zETA 2016/08/29(月) 02:44:07.86 ID:jm3x6+HU0


合宿5日目。


着々と実技をこなし、この日も無事終了。
しかし自由時間の少ない合宿も、そろそろ疲労は困憊。代わり映えのない定食にも飽きが来ていた頃だ。
おまけに1日ずっと運転席に座りっぱなしのせいか、二人とも腰にだるさを感じていた。

それぞれ部屋ではスウェットにTシャツと言う格好なのだが。
夕張はうつ伏せで、ずれてパンツが見えるのも気にせず、いも虫のように這いながら、うー、あー、と声を上げ。
北上はスウェットの前後が逆になっているのも気にせず、『魚雷魂』と書かれたTシャツの裾に手を突っ込んでボリボリと腹を掻いていた。
因みに本日、二人共終日見事にすっぴんであった事も付け加えておく。

これでもうら若き乙女たち、片方に至ってはまだ成人式が済んでいない。
だが慣れない環境で一週間休みなしという状況では、女子力以前に、人間らしさを保つのがそろそろ限界が見え始める頃でもあった。

鎮守府ですら、疲労でいざという時ミスが無いよう、平均週2は休めと言う提督からのお達しが出ている。守ろうとしていないのは、ケイぐらいなものだ。
そして合宿所の夜間外出は、縛りが厳しい。
ここでやっているのはせいぜい昼の売店か、夜はロビーの自販機のみ。自動車訓練所である以上、酒などもちろん置いていない。

そろそろキツい。下界が恋しい。
夕張に至っては、昨夜自身が3トン半トラックになる夢を見たそうだ。

そんな末期感が溢れる部屋の中。
北上は、ぽつりとこんな言葉を漏らす。


「あー、ラーメン食いたい…ねえねえ、夕張ちゃん。ラーメン食いたくない?
こう今みたいな寒い時期にさ、あったかい醤油ラーメンをさ…。
国道の所にいいお店あるんだよー、あっさり醤油のワンタン麺で、もうワンタンぷるっぷるで、中は優しい味の肉汁がじゅわっとさ……ほら、これだよ。」



199: ◆FlW2v5zETA 2016/08/29(月) 02:46:42.44 ID:jm3x6+HU0


その瞬間、夕張は恐ろしい子を見たような顔を浮かべた。

それはその単語と写真一つで、俗世への回帰願望を想起させる禁断の存在。
どこからかラッパの音が聞こえるッ!無精髭の親父が黒猫を連れて現れるッ!
嗚呼、当り屋と書かれた旗など車の敵ッ!だけど今なら私はそこに突っ込めるッ!なんなら寸胴にレッツ・ダイヴッ!

などと夕張がイカれた一人芝居に耽る中、北上は携帯の動画サイトから流れるチャルメラのメロディに、乾いた笑みを浮かべていた。


「夕張ちゃん…そんなに飢えてたの…。」
「いやー…あははは……でも北上さん、メシテロは重罪です。
ラーメンも良いですけど、こんな時期は優しい味もいいですよねー……お蕎麦とか。」
「そ、それは!○○庵の天ぷらそば!」


したり顔で夕張が見せ付けてきた画像は、以前ケイに連れて行ってもらったそば屋のもの。
少なくとも二人の鎮守府所属の艦娘や職員は、例え車で20分掛かろうとも全員愛して止まぬ味である。

北上がごくり、と生唾を飲み込む音を、夕張は聞き逃さなかった。


「ふふふふふふ……あっさりと、しかし確かな芯のあるダシに、薫り高い風味の蕎麦…。
季節の野菜が使われた天ぷらは、かけ蕎麦と別皿にて提供され、そのサクサクとした食感を損なわずに味わえる…。
そしてここのデザートは蕎麦粉を用いた白玉…その格調高い風味と優しい甘みは、1日のストレスの全てを許せそうな気にさせる…。
さあ、あなたはうちに勤めて長いでしょう?新人の私よりも、いつでも、ずーーーっと、生々しく思い出せるんじゃありませんか?」
「ぐぬぬぬ……ならアタシは、このカードを切るよ。行け!××屋!」
「は…はーーーっ!?」
「くくくくく……効いてるみたいだねー?
ここは駅の北口商店街にある飲み屋でねぇ、オススメはホッケの干物……おろし醤油と共に口に入れれば、柔らかな身とジューシーな脂。そこはまさに天国…。
ビールで行っても最高だけど、ここの至高は実は燗酒なんだ……アタシはねぇ、ここで日本酒デビューを決めたよぉ?
そうそう、ここは週に何度かランチもやってる…もちろんホッケ定食もある。
こう、ホッケをご飯に乗せて口に含めばまるで天にも昇る心地…アタシも休みの日に、たまーに食べに行くんだー…。」
「ふぬー!なら私はですね……。」


いよいよタガが外れてしまったらしく、不毛なメシテロ合戦が繰り広げられていた。
そして粗方ネタを出し終えた頃、どちらともなくお腹すいたね…と哀しげな声を漏らし、ようやく彼女達は落ち着きを取り戻したようだ。

そしてその直後、北上の携帯が電子音を鳴らす。



200: ◆FlW2v5zETA 2016/08/29(月) 02:49:36.82 ID:jm3x6+HU0


「ケイちゃんだねー。そう言えば、あいつにも今日何食べたー?って聞いてたっけ。」
「うちの食堂、バリエーション豊富で飽きないんですよねぇ…うどんとか最高ですよね。」
「………はぁ!?」
「どうしま……!?」


そして突き付けられた画像に、夕張も思わず固まってしまった。

そこには3枚の画像。

ビビッドなオレンジに輝くサーモン。
名刀の如き輝きを放つ鰯。
何より、生きているかの如く芳醇な赤を纏ったマグロ。

彼女達もまた、写真加工アプリに馴染み深い今時な女子である。
故に背景のテーブルや湯のみを見れば、それが無加工である事に気付くのは容易い。

そして画像の後に送られたメッセージには、こう記されていた。


『今日は提督のおごりで、北口のあそこでしたー。貸しを返してもらったので。』


北上たちの鎮守府では、北口のあそこで通じるとある回転寿司屋。
そこは地元産の魚介をメインとした、少々値は張るが美味いと評判の店である。
それこそ年に一、二度、そこそこの覚悟を決めて行くような店だった。

直後、部屋にクスクスとした笑い声が二つ木霊する。


「ふふ…ケーイちゃーん……許されざるよそれはさー……。」
「ですよねー…私達は今お腹空いてるのに、これは重罪……ははは…。」


そして二人は互いを見合い、まるで天使の様な笑みを浮かべ。


「「あの野郎…!」」


そう怒りの声をハモらせると、ほぼ同時に携帯を猛烈な勢いでタップし始めた。


『ちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだい』
『食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ』


その直後、ケイのラインには、二人から同時にゲシュタルト崩壊を起こした怨念で埋まった文面が届く。
ケイはそれを見て戦慄を覚えるが、ひとまず冷静になれと言わんばかりに、ほぼ同時にとある文面と画像を送り付けた。


『そう言えば2日前、磯風が浜風にうどん作ってあげたみたいですよー。』


そして画像を開いた二人の食欲は一気に失せ。
とあるゲームのクリーチャーの如く、赤い涙を噴出しそうな気持ちに苛まれたという。
「赤いよ…赤いよ!」とは、のちの北上の弁である。



201: ◆FlW2v5zETA 2016/08/29(月) 02:51:50.73 ID:jm3x6+HU0



「はー…ケイちゃんってさ、隠れSなとこあるよね…。」


テンションの暴走も収まり、再び各々ベッドに転がる事数分。
北上は、夕張にこんな事をぼやいていた。


「いや、さっきの画像攻撃はオープンドSですよ…。」
「同級生なんだよね?昔からああいう所あった?」
「んー…実は、今ほど絡みはなかったんですよ。私高校の時は、いわゆる陰キャラってやつで…。」
「そうなの?意外だねー。」
「短大デビューってやつです、お恥ずかしながら。
小太りでしたし、音楽聴くか機械いじるしか興味もないような……まあ、冷めた小娘でしたね。裏で地味子とか言われてて。」
「それで音楽好きに?」
「ですね。元々結構拗らせてたんでしょうねー、中学2年生を。
そうだなぁ、ケイくんとあった話と言えば………」




202: ◆FlW2v5zETA 2016/08/29(月) 02:54:51.20 ID:jm3x6+HU0


あれは高2の頃ですかね。
うちの学校、2年のその時期は林間学校があったんです。

まあ、私はと言えば当然やる気なし。
宿以外は男女混合で4~5人の組で~とか言われて、そういうの大体5人じゃないですか?
別に喋んなくてもいいやー、他の4人でよろしくやってくれー、って思ってたんですよ。

それで班決めのクジ引きやって、ケイくんと同じグループになったんです。


その頃のケイくんって、本当普通の人で。

クラスの中心って程でも無いけど、可も不可も無くな感じで。
正直言うと、お互い烏合の衆ぐらいにしか見てなかったと思うんです。

で、ケイくんは元々アウトドア好きだったみたいで、やったら張り切ってたんですよ。
それこそ調理のこのセクションは誰が担当するだの、道具はどうするかだの結構考えてて。
ああ、今も仕事の時はその傾向ありますね。

その時私も話し合いにいたんですけど、内心「笠木うぜー」とか思ってました。
もう高2でしたけど、実質それが第一印象だったぐらいで。


“はー…だっるぅ…えーと、自由時間はこんなんだし、じゃあプレイリストはこれとこれと…。”


準備の日とかも、用意も適当に、ウォークマンに暇潰し用のプレイリスト入れる方に時間かけてたぐらいでした。

とにかく、さくっと行って帰りたかったんですよね。その当時は本当ダメな子だったんで。
中学の時の初恋もぐだぐだでしたし、対人関係も面倒臭くて。嫌な奴だったと思いますよ。



203: ◆FlW2v5zETA 2016/08/29(月) 02:57:52.08 ID:jm3x6+HU0



当日はバスの中も、やっぱりうるさくてですね…。
私、当時はヘッドフォン派だったんですけど、それでも男子の騒ぎとかが聞こえてきて、結構イライラしてたんですよ。


“あーもう、るっさいわね…ん?笠木何やってるのあいつ…”


ケイくん、その時ぼーっと窓の外見てたんですよ。それが意外で。
割と騒ぎに混ざってそうなイメージとか、勝手に持ってたんですよね。打ち合わせとかは結構グイグイ来てましたし。

それで現地に到着して、何となくその時の事聞いてみたんです。


「笠木くん、さっきバスで何見てたの?」
「ん?ああ、川本か。何って空だよ、空。」
「へ?空?」
「そう。天気雨っぽい雲とかねえかなーって。」
「予報は晴れだけど?」
「アテになんない。ここらの天気は変わりやすいんだよ。」


何言ってんのこいつ?って思いましたよ。
それで飯盒炊爨の準備に入ったんですけど、まさかの事態が起きましたね。


「川本、ちょっと手伝って。」
「何するのよ。」
「火をガードする。」


ケイくんが天幕張るぞ!っていきなり言い出して、頭おかしいんじゃないとか思いながら手伝ったんです。
で、いざ張ったら5分もしないうちに……


「雨だ……。」
「だから言ったでしょ?湿度が変わったからな。」
「はー…君、すごいわね…。」


調理組は水道の所でやってたんで、天幕の下は二人だけ。
でもお互い無関心な感じで、ぼーっと雨を眺めてました。


「長いわねー。」
「長いな。」


会話とか全く無いですよ、本当。
喋れないじゃなく、お互い喋る事無いみたいな。

それでしばらくしたら……


「川本、そろそろ止む。」
「あ、虹だ…。」
「すごいでしょ、こりゃ一級品だよ。 さーてそろそろもどあつぅ!?」
「大丈夫!?」


ケイくん、ジャージの裾まくって履いてたんです。それで炭が跳ねちゃって、カスがふくらはぎに直撃。
火傷自体はしてなかったんで、何やってんのよって思いましたね。


「まぁアレだ、これもアウトドアの味ってやつだ…。」
「涙目隠せてないわよ。大体、こんなの卓上コンロで良いと思うわ。」
「ロマンのわかんねえ奴ー。コンロってのはさ、一人キャンプで使うもんなんだよ。手鍋でチャルメラ啜ってさ。」
「へ?一人でやるの?」
「たまにね。近所の無料キャンプ場使って。」


変な奴って印象は、余計強くなる一方でしたよ。

その頃の私は、機械工学一辺倒。
そういうのは無駄ぐらいに思ってたんで、理解出来なかったんですよね。

その後他の3人も来て、カレー作りも始まって……そこからは、ケイくんとは全然話しませんでした。
と言うか、グループの中でも私は喋らなかったんですけど。

…今思うと、ばかだったなー、なんて。





204: ◆FlW2v5zETA 2016/08/29(月) 02:59:58.54 ID:jm3x6+HU0


それから夜も更けて、一番憂鬱な時間が来たんです。


林間学校と言えば、キャンプファイヤーじゃないですか。

まぁ、みんなで囲んで色々やるわけなんですけど、私はなるべく深入りしないようにしてたんです。
歌とか歌わさせられましたけど、口パクしてましたし。

それで許可はあったんで、各々花火始めたんですよね。
手持ちやらドラゴンやら、方々で火花が飛んで…私は、それを遠巻きに眺めてました。


「川本、やんないの?」
「パス。溶接機の火花の方がロマンチックだもの。」


そうやってぼーっとしてたら、ケイくんが声掛けて来たんです。
同じ班の面子放置してると先生に言われるし、そんな所かなーって思いました。

それで適当にあしらってたんですけど、いきなり花火渡してきたんですよ。


「はい、これ持って。」
「これ棒花火?返すわよ……って何やってるの!?」
「着火。」


それが結構激しいやつで、ぼしゅーって火を噴いてですね。

あばれん棒って名前だったかな?いきなり渡されたらびっくりするようなのですよ。
もう何するんだと思って、一言言ってやろうと思ってケイくんの方見たんです。


「笠木くん!何やらせるのよ!」
「いや、ぶすーっとしてたから。何事も楽しんでナンボかとね。
川本、何だかんだ見とれてたっしょ?今の花火。」


……何も、言い返せなかったですね。
びっくりもしましたけど、綺麗だなーってちょっと思ってたのも事実で。

やっぱりその頃は、周りに対してコンプレックスは強かったんです。
今思うと、捻くれて無理矢理自分を納得させてた節もあって。

でもケイくん、そんな私にでも、花火渡してくれたんですよね。
同じ班のよしみでしか無かったんでしょうけど…それでも、本当は嬉しかったんです。




205: ◆FlW2v5zETA 2016/08/29(月) 03:03:51.94 ID:jm3x6+HU0


「お次はドラゴン行くかー。」
「マジ?じゃあ離れないと…え!?ちょっと待って!」
「へ?おおっ!?」


ぱたんって、花火が倒れちゃったんですよね。
倒れたの自体は明後日の方向だったんですけど、びっくりして思いっきりケイくん巻き添えにしてコケちゃって。

アホな話ですよねー、普段散々溶接機で火花飛ばしてたのに。
それで二人とも地面に倒れて茫然自失な間に、あっという間に花火も終わっちゃって。

そしたら丁度、真上に星空が見えたんですよ。


「はー…今日は満天だなぁ。」
「…そうね。」
「さて…ほら川本、手え掴んで。」


そうやって、伸ばされた手を掴んだ時ですかね、初めて身内以外の男の人の手に触れたのは。
私とケイくんの学生時代にあった事と言えば、それぐらいでした。


それ以降は何も無かったのか、ですか?

後は卒業まで、またそれまで通りの感じに戻って、特に何もなく……ああ、でもその後、昨日の北上さんの話みたいな兆候はあったんですよ。

あの事件、3年前の7月だったじゃないですか?
私達のいた高校は7月後半から夏休みで、8月の暮れにはまた授業が始まるんです。

夏休み前は普段通りだったんですけど、ちょっと顔色が優れなさそうで…それで、夏休みが明けた後ですかね。
始まって最初の1週間、ケイくん学校に来なかったんですよ。担任からは、ボランティアで公休としか聞いてなくて。

戻ってきた時は普通だったんですけど…社会の授業とかで、時事問題を話題にする先生っているじゃないですか。
その時事件の話が出て、ケイくんは私の席から顔が見える席だったんですけど……


“笠木くん……だよね…?”


最初、別人かと思いました。

本気の作業中の顔、分かりますよね?
あんな感じの目で、ずーっと黒板に書かれた事件の話を見てたんです。

それで成績の方も、特に機械工学はいつの間にか学年トップになってて……多分あの事件を機に、必死に勉強したんだと思います。
授業の後とかも、金属加工の先生に自分から話聞きに行ってたりして。
クラスの中で一番に進路が決まったのも、ケイくんでした。

今思うと…やっぱり現地に行ってから、変わってしまったんだと思います。

…北上さんもケイくんに何があって、何を見たか聞いてますよね?
そうなってもしょうがなかったのかもしれないなって、今なら分かります。

だから艦娘になって最初に話した時、凄く安心したんですよ。

ああ、あの時のケイくんだなって。それが本当に嬉しくて。
私の方が変わり過ぎてて、最初は気付いてもらえませんでしたけどね。




206: ◆FlW2v5zETA 2016/08/29(月) 03:06:35.76 ID:jm3x6+HU0



「……まあ、こんな感じですかね。だから大したエピソードじゃないです。」
「いいなー、青春じゃん。しかし夕張ちゃん、話聞くと随分変わったんだねぇ。」
「色々捻くれてるのがアホらしくなったんですよ。
それで短大受かったあたりからこっそりダイエットして、入学までに13kg落としたんです。それまでとはさよならしようと思って。
ついでにメガネもやめて、髪も伸ばしたりして。
まあ、その後研究でこもってたら、胸も減りましたけど……。」
「……今度ダイエット方教えて。」
「いいですよ。ちょっと過酷ですけど…。」



北上さんには、その時私が何を感じたかまでは言えなかった。


あの時私が起こしてもらう時に見たのは。
多分、北上さんがぬいぐるみを貰った時と同じものだ。

あの頃、周りは皆バカばっかりだって思ってた。
捻くれて冷めた顔をして、そうやって、周りと上手くやれない自分をごまかしていたんだと思う。

だけど天幕の下で二人きりでいた時、私は不思議な居心地の良さを感じていた。
きっと私の意図とは別に、それこそ打ち合わせの時から気になっていたんだろう。

そして本当に恋に落ちてしまったのは。
二人でこけた時、屈託の無い笑顔で手を差し出された時だった。




207: ◆FlW2v5zETA 2016/08/29(月) 03:09:02.79 ID:jm3x6+HU0



……だけど、本当にそれっきりだった。


たまに挨拶を交わして、教室でバレないようにケイくんを目で追って。
夏休みが終わって、ケイくんが変わってからは、余計遠くに感じられていた。

そうしてあっという間に卒業だ。
実は今度こそ思い切って告白しようと、式の後にケイくんを探した。

でもそうするまで、少し迷ってたのがいけなかった。
私が探した頃には、ケイくんは友達と、とっくに学校を出た後で。

結局、私は最後まで告白する事は出来なかった。


それからは、余計に変わろうとした。


ダイエットは卒業前よりメニューを重くしたし。
ずっと短めのおかっぱにしてた髪も伸ばして、メガネだってやめた。
そうして短大が始まる頃には、少なくとも見た目だけは別人になれた。

生まれ変わりたかったんだ。
それまでの私も、告白出来なかった後悔も、全部忘れてしまいたかった。

短大は研究も遊びもバイトも一生懸命やったし、友達だって、あの頃よりたくさん出来た。
男の子に声をかけてもらえる事だってあって……でも、どうにも恋愛に関してだけは、私の心はなかなか変わらなかった。

時折、ふとケイくんの事を思い出してしまっていたんだ。
近寄ってくる人は優しげだったけど、あの時みたいな居心地の良さを覚える人はいなくて。


そんな毎日の中で、二つの出来事が私の道を決めた。




208: ◆FlW2v5zETA 2016/08/29(月) 03:12:53.24 ID:jm3x6+HU0


一つは偶然ネットで見た、世界各地の被害地域の現状。

海外のニュースサイトは国内と違って、報道規制があまりきつくはない。
そのサイトで目にした惨状は、私の想像を超える物だった。

その時ふと、夏休みが明けた時のケイくんの顔を思い出した。
私が見た情報は、1年以上経った荒れ果てた街の物。
もしかしたら彼は、まさに直後の、これよりひどい惨状を肌で感じてきたのかもしれないと。

そしてページをスクロールした時、とある物が私の目に飛び込んだ。

それはまさに絵空事、だけど誰かが夢に見ている事。
イメージ図と計画図と題されたそれは、現状の荒れ地をこう復興したい!と言う願いに溢れた、美しい未来予想図だった。


“そうだ、これを実現する為にこそ、私が学んでいる事はあるんじゃないか?”


ずっと好きで機械いじりをやっていた私は、初めてそれを誰かの役に立てたいと言う衝動に駆られた。

その為に何をするべきか。
時期は就活の始まりも近かった頃、どうその道に進むか考えていた時、二つ目の転機が訪れた。


「ミユー、季刊誌見た?」
「ああ、学校で出してるやつ?まだ見てないけど…。」
「この人ミユと同じ高校だよね?すごいねー、私達とタメで、海軍の技術コンテスト優勝だって!」
「え…ちょっと見せて!?」


その季刊誌に載っていたのは、ケイくんだった。

私が学生をやっている間にも、彼は前線で整備として戦っていた。
そうだ…復興以前に、戦争はまだ終わってない。
じゃあ、まず必要なのは…現状を知る事と、戦争を終わらせる事じゃないか。

そしてもう一つ、私の中にはとあるものが過ぎった。


“ケイくん……やっぱり、もう一度会いたいな。そしたら、今度こそ…。”


色んなものを変えて、あの頃の私は全部脱ぎ捨てたつもりでいた。
けれど、あの時の後悔だけは、ずっと私の奥で燻ったままだった。

このままじゃダメだって、私の中で声が聞こえた気がした。

そこからの行動は早かった。
ダメ元で受けた艦娘の適性試験は、何と適合ありの判定。
そして自分の名乗る物がどんな艦なのかを知る中で、私は運命を感じたんだ。

兵装実験軽巡・夕張。

当時の理想と技術の粋を集めたこれは、理想に突き進もうとする私そのものだって。

北上さん…彼がいなかったら、私は変われませんでした。
燻ってた私に、踏み出す勇気をくれたのは彼でしたから。

だから今、復讐の為に苦しむケイくんを見過ごす訳には行かないんです。
今度は私が、ケイくんを……。


北上さん。私、負けませんから。


あなたと私は、きっと良い友達になれる。
でも、これだけは…譲れません。





209: ◆FlW2v5zETA 2016/08/29(月) 03:16:03.03 ID:jm3x6+HU0



この合宿で、夕張と北上の間には、奇妙な友情が芽生えていた。

夕張はそこに、親愛と対抗心を。
北上はそこに、親愛と、そして……

北上は横になりながら、先程の夕張の話を頭の中で反芻していた。

何度も何度も何度も何度も。
舐め回し、ほじくり返し、言葉の間や、その裏の裏に隠されたものまで捲り上げるように。
何度も何度も、夕張の目の移ろいすら思い出しながら。

そうして彼女は、夕張が会話の裏に隠した殆どを理解していた。


“忘れられなかったんだねー…夕張ちゃん。そんなに頑張っちゃって、夢だって見つけてもまだ……。

チャラい男相手にしなくて良かったねぇ…あんた、男を見る目は確かだよ。
でもさー、二兎追う者は、一兎も得ないんだ。

アタシはね、ケイちゃんの為なら……ふふ、ふふふふふふふ………。”


夕張は、どこまで彼を知っているだろうか?
そんな事を考えながら、北上は込み上げる笑いを必死に抑えていた。


血液型や、誕生日。
好きな食べ物、嫌いな食べ物。

ここまでは、訊けば誰でもわかるだろう。

だが、些細な癖でわかる機嫌や、ふとした時に出る口癖。
色目を使った時のリアクションや、自分以外の女に対する距離感の取り方。

肌のぬくもりや、髪の感触。
いつか医務室で彼に縋り付いた時の、胸の厚み。

北上以外には、それこそケイ本人ですら凡そ理解し得ない彼の全て。

それを思い返しながら。
彼女は隠していた狂気めいた笑みを潜め、今度は妹を見守るような優しい瞳を、眠る夕張に向けていた。


“きっとあんたは、これからケイちゃんのかわいい所をたくさん見つけて、もっと好きになっていくんだ……アタシ達は、気が合うからさ。

だからね、アタシにはわかるんだ。
何をすれば、あんたが一番………。”


彼女が優しい瞳を向けていたのは、ごく僅かな時間だった。

続いて夕張に向けられたのは、感情の読めない漆黒。
狂気も殺意も無い、ただ輝きの失せただけの瞳だった。

溜まった疲労に飲まれ、北上もやがて眠りに落ちた。
しかしその日、夕張は得体の知れない夢を見たという。


終わらない夜道の上で、何処からともなく刺すような視線が彼女を追い続ける夢を。





213: ◆FlW2v5zETA 2016/08/31(水) 14:04:02.83 ID:eYC625WV0

北上と夕張が合宿に出掛け、5日が過ぎた頃の鎮守府。
ケイはいつもの如く、黙々と作業に励んでいた。

ここ数日は夕張もいなければ、北上が遊びに来ることも無い。
特に会話も無く日々の仕事をこなし、居残りをした所で咎める者もいない。

彼はそれはそれで、別にどうと言う事は無いつもりでいた。

そんな静かな昼下がり。
しかし工廠の内線が、その静寂を破った。


「もしもし、工廠の笠木ですが。」
『おーう、ケイか。ダンディズム溢れる司令官様だ。なぁ、今日の予定知ってるか?』
「本日は出撃なし。午前中には昨日呉に行っていた演習組は帰着し、先程艤装の点検も終了。本日の行程は、現状全て終了ですね。
これから昼食べて、調整でもやろうかと思ってた所ですが……。」
『なら話は早え。今日はもう、待機っつう名目で整備課は半休な。あ、そうそう、これ命令だから。』
「マジですか。」
『マジだ。今夕張いねえんだし、暇な日ぐれえゆっくりしろい。俺もこの後打ち合わせでいねえし。
こうでも言わねえと、お前休まねえだろ?』
「う"…了解致しました。」


提督から告げられたのは、半ば強制の半休命令。

外を見れば、爽やかな秋晴れの空だ。
何となく気怠さを感じた彼は、一先ず外の空気を吸ってこの後を考える事とした。

工廠横の赤い灰皿の側にしゃがみ、気まぐれに久々のタバコを一本。
そう言えば、最後に吸ったのはいつだったろうか?と考え、北上に慰められたあの夜だった事を彼は思い出していた。


買い置きの缶コーヒーの半端な冷たさは、ぼやけた頭にはよく沁みる。
ラッキーストライクの苦味と、コーヒーの苦味。
覚醒を促すそれらは、却って疲れた体と頭を彼に伝えていた。

“今日はもう、昼食べたら帰って寝るか。”

そんな事を思いつつ、てくてくと食堂へと向かい、ケイはよく食べるうどんを注文した。
トレイを手に馴染みの席に座ると、いつもの景色が、今日はやけにがらんどうに見える。

一人で食べる事は、別段珍しい事でもないはず。
しかし週に何度か、目の前には誰かがいた。

そう言えば、もう5日程そんな事も無いな……と彼が思い返した辺りで、それだけ誰もいない期間が続いたのは、一年以上無かったことを思い出す。


“何か調子狂うなぁ…。俺、そんな奴だったっけ?”


別に今は昔のような硬さも無いし、誰とだって打ち解けて話せる。
たまに弄られはするが、皆良き鎮守府の仲間だ。

年下の艦娘達には懐かれている方だし、年長の艦娘達は信頼してくれている。
他の課の同期もいるし、提督は振る舞いこそダメ人間だが、人情と有能さを併せ持つ人物だ。

そうしてぼーっと座っているうちに、そんな仲間達が彼に話し掛けていた。
何て事も無い世間話だが、実に楽しいひと時。

しかし、何かが足りない。

ケイは何処となく空虚さを感じたまま食堂を後にし、まだ明るい自室へと戻った。
いつものワークキャップを机に置き、そのままドサリとベッドに横になると、予想よりも一瞬で眠りに落ちてしまう。

そして目を覚ますと、日はとうに暮れていた。
時刻は1930、ずいぶん長々と眠ってしまっていたようだ。




214: ◆FlW2v5zETA 2016/08/31(水) 14:06:43.20 ID:eYC625WV0

長い昼寝の後は、独特な感覚を彼にもたらしていた。

頭はすっきりしているのに、まるで現実感の無い、冷たい水のような静寂。
その静寂は、何故かノイズが鳴るような落ち着かなさを彼に与えている。

ふと、携帯に北上に渡された音楽を入れていたなと思い出し。
イヤフォンを入れて横になると、彼の耳には固いギターと乾いた声が触れた。

プレイリストを焼いた物を何枚か渡されていたのだが。
最初に入れていたアーティストは、比較的聴き易い曲調に反して、歌詞が非常に重かった。

しかし何故か止める事が出来ず、気付けばその曲は終わる。
そして次に流れてきたのは、切なげなイントロと、しゃがれた声の印象的な楽曲。

携帯には、その楽曲のタイトルが表示されている。
そのタイトルと楽曲は、何故か最近見た光景を彼に思い出させていた。


“さよなら最終兵器、か……。”


ただ憎き敵を殺す為の兵器を作り、海の静寂を取り戻し。
そして、亡き幼馴染達に、手向けの花を供える。

直接この手を血に染められないのなら。
代わりに、魂を込めた兵器を血に染めてやる。

そう思い整備に心血を注いできた彼が。
そのタイトルに、今は何を思うのか。

思考に耽る中、不意に彼の携帯が震えた。


『ついに明日卒検だよー。』


添付されていた画像には、作業着姿でニヒルな笑みを浮かべてハンドルを握る、黒髪の少女。
ご丁寧に何処からかサングラスまで借りて、まるでアクション映画のようなポーズを決めていた。

そうだ、もうこんな時間だ。
今なら終わっているだろうか?

そう思い、彼からは殆ど押した事の無い、彼女への通話ボタンをタップしていた。




215: ◆FlW2v5zETA 2016/08/31(水) 14:09:38.93 ID:eYC625WV0




『もしもし?珍しいねー、ケイちゃんから電話なんて。』
「ああ、今日は半休喰らってたんで。たまにはいいかなって。」
『ふふー、寂しかったの?』
「擦ってないか心配だったんですよ。バリさんはどうです?」
『あー夕張ちゃん?初日にトラック乗る時、お尻から落ち…』
『北上さん!?言わないでくださいよー!』
『…まあこんな感じ。ちょっと夕張ちゃんに代わる?』
「そうですね。ちょっと今後の話もあるんで…もしもし?」
『ケイくん?久しぶりー。ここでも私のドラテクが日を噴いてるわよ!』
「なるほど、バッテリー上げたのか。」
『んが~……ま、まあ、私も北上さんも順調順調。そりゃウォッシャー液噴いた人とかいたけ…』
『夕張ちゃーん!』
「あはは、まあ色々あったみたいだな。でも二人とも順調そうで良かったよ。
ところで免許の本試験なんだけど、いつ頃行く?」
『平日だったらいつでもいいわよ。その辺は提督と相談で。そろそろ代わる?』
「了解。もしもし?ユウさん?」
『戻ったよー。ところでケイちゃん、あのお寿司について訊きたい事あるんだけどさー……』
「はは…あ、あれはですねー……」



会話に夢中になる中で、彼は昼に感じていた感覚をようやく忘れていた。

毎日のように聞いていた声。
それを耳にした時、高揚ではなく、落ち着きを感じていたからだ。

今こうして、整備以外の時間を笑って過ごせている事。
それを最初にもたらした声は、確かに電話の向こうにあった。

そうだ、もう少しで直接耳に入る。
慣れとは恐ろしいものだ。彼女達が帰って来れば、今日の違和感も薄れるだろう。

そう考えながら、ケイは暫し、笑い話に花を咲かせていたのだった。




216: ◆FlW2v5zETA 2016/08/31(水) 14:12:30.22 ID:eYC625WV0



「いやー、ケイちゃんも元気そうで良かったよ。お寿司の件はたっぷり訊いといたけどねぇ……ふふふ。」
「女子の食い物の恨みは恐ろしい、と学んでくれるといいですねー。全くもう、ズルいんだから。」


電話も終わり、二人はまったりと先程の話を振り返っていた。

今日は今までの中で最も難関だったが、ここ数日の甲斐もあって見事ハンコを貰った。
明日はいよいよ卒検。ここを越えれば、後は免許センターで手続きを踏むのみだ。


「楽しみだねー。ついにアタシも車デビューかー。」
「車も楽しいですよー。私も大型取ったら、大分仕事の幅が広がります。」
「ねえねえ、最初の車ってどんなんが良いと思う?」
「そうですねー、街乗りだけならやっぱりオートマで……」


受かったら何に乗ろうか、などと話しながら、明日に備えて彼女達は夢の中へ。

しかし北上は、いささか楽しみになりすぎてしまったらしい。
中古車サイトで気になる車にチェックを入れては画像を保存し、にこにこしながらそれらを吟味していた。


この車はたくさん積めるし。

あの車は悪路に強い。

ああ、これなんてかっこいいじゃないか。


遠足前の子供のように、彼女は近い未来のドライブに想いを馳せる。
助手席に座るのは、勿論ケイだ。
免許のある大井が安心だが、40km先に住む彼女を迎えに行くまでがまだ怖いし、やはり最初は彼が良い。

しかし明日は大事な日。
そろそろ眠らなくては、と彼女は目を閉じるが、なかなか上がったテンションは下がらない。

そうだ、こんな時はよく眠れる音を聴こう!
そう思いイヤフォンに手を伸ばし。


彼女はそれを。

『ポータブルプレイヤー』ではなく、『スマートフォン』へと差し込んだ。


イヤフォンからは、彼女が音楽以外では、何より愛する音が流れる。
それは当人の顔に対して少し低いが、まだところどころあどけなさが残る声。

優しげなその声は、北上の心の奥にじわりじわりと広がっていく。


先程の通話を全て録音した、その音声は。


やがて北上も眠りに落ち、そして朝が来た。

遂に最終日。
これが終われば、また彼に会える。


そう思いながら二人は眠い目をこすり、朝の支度へと向かっていった。




217: ◆FlW2v5zETA 2016/08/31(水) 14:14:42.08 ID:eYC625WV0



「では、こちら卒業証書となります。

××鎮守府のお二人は別で免許をお持ちですので、本試験は学科免除となります。
当日はこちらと身分証を免許センターにお持ちいただき、手続きを受けてください。

卒業、おめでとうございます。
軍属たる者、これからも人より無事故無違反でお願い致します。」
「「はい!ありがとうございました!」」


7日目正午過ぎ。

遂に卒業検定を終え、二人は晴れて合宿終了となった。

最初は冷戦状態だったが、この一週間で2人共随分打ち解けたように見える。
固いベッドもイマイチな定食も、今日でお別れだ。
そう思うと、少し感慨深いものを二人は感じていた。


「終わったねー…。」
「ですね…長い闘いでした。でも楽しかったなー。」
「…アタシもね。キツかったけど、戦闘から離れてたのも久々だったし。」


荷物を纏めて振り返ると、一週間お世話になった空っぽの部屋。
二人はそこにぺこりと一礼をし、そして意気揚々とバスへと歩を進めて行く。


「はー…いざ終わると、疲れましたねー。」
「お、提督からメールだ。え、マジ?やったよー。」
「どうしたんですか?」
「明日は午後からで良いから、二人で打ち上げでも行って来いってさ。飲み終わったら迎えに来てくれるって。
夕張ちゃーん、ここはやっぱりさー……。」
「ホッケテロ、ですね!よーし、ケイくんに送りつけちゃいましょー!」


時刻1430、バスは目的地に向けていざ出発。
待ってろホッケとポン酒!と彼女達はハイテンションで慣れ親しんだ街へと向かうのであった。




218: ◆FlW2v5zETA 2016/08/31(水) 14:17:19.63 ID:eYC625WV0



その日の夜、時刻2130。

ケイが工廠にこもっていると、今度は携帯に何やら着信がある。
表示された相手は、提督からだ。そしていざ出てみると…


『ケーイ、助けてくれ~~駐車場来て~~』


電話の向こうからは、何やら黄色い騒ぎ声も聞こえる。
一体何があったのか?呼ばれるままに駐車場に向かってみると、そこにいたのは。


「れいろくー、いくらバツイチらからって車になっちゃらめらよー。」
「そうれすよー、こんら軍服みらいにまっしろになっらっれ…らから奥さんに逃げられらうんれすよー。」


提督の白いクラウンにウザ絡みをする、黒と銀のバカが二匹。
一方本体こと提督はと言えば、運転中からバツイチの心の傷を抉られたのか、ちょっと涙目になっていた。


「いやー、車乗せるまではちょっと酔ってるだけだったんだ…でも走り出したら段々こいつら悪酔いしてさ……。
俺だって…俺だって好きでバツイチじゃねえんだよおおおおお!!嫁えええええ!カムバアアアアァッッックッ!!!」


酔っ払い二匹と、号泣する35歳児のシャウトが夜の駐車場に木霊する。
そんなエモーショナルな地獄絵図に、ケイはただ死んだ魚のような目を浮かべ。


「提督、お疲れ様です…とりあえずこいつら、一回縛りましょうか…ついでにあんたもどうです?」


そして愛用の腰袋からすちゃりとワイヤーを取り出すと。
彼の実に爽やかな笑顔が、月明かりにライトアップされるのであった。


ただし、こめかみは血走っていたが。




219: ◆FlW2v5zETA 2016/08/31(水) 14:20:14.75 ID:eYC625WV0



「やーだー!ケイちゃんの部屋行くー!」


二人がかりで一人ずつ運ぶのも考えたが、そうなるともう一人が放置になる。
残りにクラウンがボコられる!と提督に泣き付かれた為、二人は手分けして各々を部屋に送る事とした。

提督は夕張を、ケイは北上を。

そうして送ろうとはするのだが、北上はいよいよ駄々っ子の体を見せ始めていた。
因みに夕張はと言うと、魚雷をぶっ放したとだけ付け加えておく。

酔っ払いは加減を知らない。
担いで寮へと連れて行こうとするのだが、ベシベシ背中を叩かれる。
おまけに駐車場で問答しているこの状態で、寮の4階まで上がるのは至難の技と言えた。
エレベーターはあるが廊下の奥、とてもでは無いが辿り着ける気がしない。

いよいよ埒があかない。
困り果てたケイは、一先ず工廠へと連れて行き、落ち着かせる事にした。


「うー、ここ工廠ー?お水、お水ちょーだい……。」
「はいはい、自分で飲めます?」
「ちょっとキツイや…」
「じゃ、口開けて。ほら行きますよー。」


いざ水を飲ませると、多少は落ち着いたようだ。

一先ず備え付けの毛布を掛け、ケイはどうしたものかといつもの椅子に座る。
悲しきかな、酔っ払いの介抱はこの鎮守府では嫌でも慣れる。

ああそうだ、ビニール袋も出さないとと立ち上がると、彼は足首を掴まれ、思い切り倒れそうになった。


「っぶねー…ユウさん、掴まないでくださいよー。」
「えへへーケイちゃんだー…。」


ケイがしゃがみこんで北上の方を見ると、彼女はかわいらしく、毛布から顔と手だけを出していた。
しかしケイは今袋出しますからねと背中を向け、足元の棚を探っている。


そして北上はズルズルと毛布から這い出し、覆い被さるようにケイの背中へと抱き付いた。




220: ◆FlW2v5zETA 2016/08/31(水) 14:23:55.32 ID:eYC625WV0



「重いし酒臭いっす。リバースは勘弁してくださいよー、出すなら袋で。」
「つーめーたーいー。北上様の帰還だよー。喜びなよー。」
「幼児退行してなきゃ喜びましたよー。ほら、揺れると吐いちゃいますよ?降りた降りた。」
「やだ。ここあったかいもん。」
「はぁ…わかりゃーした。気分悪くなったらそこのビニール使ってくださいね。」
「んふー、わかってるねぇ。」
「しかしこうして話すのも、久々ですね。ユウさん達がいない間も色々ありましたよ。
羽生蛇そば…じゃなかった、磯風うどん事件に始まり。
そうですねー、後は駆逐の子達に腕相撲せがまれたり…それで最終的に長門さんが出てきてヘシ折れそうになって。
で、昨日廊下で由良さんとすれ違ったら、事故で髪ビンタを喰らったり…」
「へぇ……そうなんだー……。」


話を聞きながら、北上はすんすんと彼の匂いを嗅いでいた。

オイルと火薬の匂いと、ケイ自身の匂い。
その中に混じって、いつもより濃く他の女の匂いを感じる。

実際は気のせいであろう。
第一落ち着いたとはいえ、自分は今酔っている。

しかし会話の中で他の女の名前が出る度、匂いの種類が増えて行くように北上には感じられた。

自分に目的があったとは言え、一週間いなかった間に、他の女の匂いは増える。
中には自分がいないのを見計らい、そういう意図を持って接触した女もいるかも知れない。

ぎりり、と、奥歯の軋みが骨を伝う音を彼女は聞いた。

そして体を擦り付けるように、彼女はよりキュッと抱き付く力を強める。


「青葉さんがハンダ付けのコツ訊いてきたんですよねー…今度は一体何やらかす気なのか…」
「…ケイちゃん。もうわかったからいいよ。」
「大丈夫ですか?」
「うん。あのさ……」


この言葉を言ったら、どうなってしまうだろう。
少しでも意識させれば、壊れてしまうのか?

嫉妬心と葛藤。
秘めたる狂気を太らせ続けながら尚、彼女は今もその渦中にいた。

だけどやはり、悲しいものは悲しいし。寂しいものは寂しい。

久々に会えたのだ。
本当は思い切り抱き付いて、血が出るまで爪を立てて。跡を残して。

自分の匂いだけで、染めてしまいたいのだ。

今自分は、酔っている。
酔っているから、これも酔っ払いの戯言だ。

そう思い、キスをするように耳元へ顔を近付け。
秘密故にうまく言えない本音を、彼女はそっと囁いた。



「………今は、他の子の話はしないで。」



涙が滲んでいた。
後悔と嫉妬と、久々に会えた安堵で、彼女の中はもうぐちゃぐちゃ。

そこに『北上』は、いなかった。
いたのは、『岩代ユウ』と言う、ひとりぼっちの寂しがり屋だった。




221: ◆FlW2v5zETA 2016/08/31(水) 14:26:15.88 ID:eYC625WV0



「………わかりました。ところでユウさん、車買うんですか?」
「ん。どうしよっかなーって。あれば便利だけど、ベスパでも足りるっちゃ足りるんだよねー。」
「日頃の足なら、軽が良いんじゃないですか?それか軽のボディに白ナンの排気量のとかもあって……」


ケイは深く追求せず、ただ北上の頼みを優しく受け入れた。

北上はそんな彼の様子に、また涙が滲みそうになるのをぐっと堪え。
それを誤魔化すように笑い、彼との雑談に花を咲かせていたのであった。

北上は時折口近付けては、すぐにそれをすんでの所で止める動作を繰り返していた。
がぶりと肩に噛み付けば、彼の味を全身で感じ、その歯型は所有の跡になるであろう。

そうしてしまいたくなるほど、彼女はケイを離したくなかった。

いっそ酒の勢いに任せて、押し倒してしまおうか?
既成事実を作って、彼の責任感の強さに漬け込んで、自分に縛り付けてしまおうか?

黒い衝動はその首をもたげては声を上げ。
しかし彼女は、一つ一つその首をもぎ取って行く。

今はまだ、そうする訳には行かないのだ。
本当の事を打ち明けられない、今のままでは。



“ケイちゃん…どこにも、行かないでね。ずっとずっと、アタシのそばにいて。”



コートのファーを喉元に寄せて。
彼女はまだ、酷く酔っているような素振りでケイの肩に頭を寄せた。
ファーを寄せたのは、彼の背中に涙が滲まないようにする為。

嗚咽も出ず、うっすらと伝う涙はなぜ流れるのか。

その理由は、北上だけが知っている。

こうして合宿は終わり。
また彼女達の日々は始まっていくのであった。


すれ違う心が絡み合う先の、次のページへと向かって。





224: ◆FlW2v5zETA 2016/09/02(金) 05:55:46.83 ID:+QjfHfN80





ほら、おとうさん、おかあさん。なんでかべにはりついてるのさ。
だめだよ、そんなところでねてちゃ。




べちゃり。
ぐちゃり。
べちゃり。




こうちゃんもだめだよー?
そんなにこぼしちゃって、もうこうこうせいっしょー?



ほら、ちゃんとくっつけなきゃ。




あれ?こうちゃんのあれ、どこいったっけ?
まー、あとでさがそ。さきになかみをあつめなきゃ。





ぐちゃり。
ぐちゃり。
ぐちゃり。





あれ?へいたいさん?
なんでこんなところにいるのさ?



ちょっと、やめてよ。はなしてよ。
ちいさいおねえさん、なんであたしをみてないてるのさ?



なにもおかしくないよ?
そんなにぎゅっとしないで、くるしいよ。





だって、みんなねてるだけなんだから。







ぐちゃぐちゃになって。









225: ◆FlW2v5zETA 2016/09/02(金) 05:59:17.00 ID:+QjfHfN80


北上達が合宿から戻り、10日ほど。
もう12月も目前、季節は冬の気配を見せ始めていた。

鎮守府の駐車場には枯葉の絨毯が広がり、すっかり裸になった枝が、寂しげにその腕を空へと伸ばす。
コートがすっかり手放せなくなったな、と思いつつ、一人鎮守府周りを散歩していた北上は、ベンチへと腰掛けていた。

そして彼女は携帯を取り出し、駐車場にある車と画面を見比べながら、何か調べ物をしている様子。
表示されているのは、中古車の専門サイトのようだ。

ケイに直してもらって余り経っていないが、愛車であるベスパも、ガタつきが気になってきた。
そうは言っても20年ものだ、一体彼女で何代目のオーナーなのか。
そろそろ車にシフトするのも良いかもしれないな、と彼女は思案していた。


「おー、北上やないか。何してるん?」


そんな彼女に声を掛けたのは、ポニーテールに変えても分かる小さな体と、関西弁。
そこにいたのは、私服姿の龍驤だった。

見た目こそ駆逐艦と間違えられる容姿だが、これでも20代後半。
ここの艦娘達の、姉貴分と言える人物である。


「龍驤さんじゃん。お出かけ?」
「まあな。合宿お疲れやったなー、免許取れたん?」
「取れましたよー。ほら、ちゃんと普通って入ってるっしょ?」
「教習73式やろ?懐かしいなー、うちもよう転がしたわ。アレ、ダートでドリかますとおもろいねん。」
「龍驤さん、元々陸にいたんだっけ?」
「せや。艦娘適正出た時に海移ってな。その頃入れたら、もう勤続10年近くなるなー。」
「10年……龍驤さん、若さの秘訣教えてよー。
アタシが龍驤さんの歳になったら、きっと老けちゃうもん。」
「秘訣ぅ?無いわんなもん。婆さんの代からのちんちくりん家系や。
大体皆合法口リ言うけど、中身はもう完徹キツいし、ツインテだって外じゃ人目気になって出来ひんババ…って何言わせんねん!
ま、まぁそれはええわ…ところで北上、車買うん?」
「んー。まだ決めかねてるところ。龍驤さんの車どれだっけ?」
「アレやな。参考までに見てみる?」


そうして連れて行かれた区画に停められていたのは、意外に大きめの黒い車。
運転席に座らせて貰うと視界が広く、これはいいなぁ、と北上は頷いていた。




226: ◆FlW2v5zETA 2016/09/02(金) 06:03:04.41 ID:+QjfHfN80




「これいいねえ。なんて車?」
「ルノーのカングー。うちもメイン秘書艦やっとる手前、出張があるからなぁ。軽だと高速おっかないねん。ま、外車にしたんは趣味やけど。
トールワゴン言うて、もうちょい短いの日本車であるで?こいつのトランク削ったぐらいの。」
「へー。後ろとか、一人ぐらいなら横になれそうだねー。こういうの探してみよー。
……あれ?このCD、林檎の1stとミッシェル?でもAUX付いてるよね?」
「よう知っとるなぁ、キミら世代やないやろ。
基本ウォークマン繋いどるけど、たまに盤で聴きたなんねや。
…まぁ言うてもその辺、うちも後追い世代やけど。」
「ははーん、じゃあアレだ。盤で聴く時は、教えてくれた年上の元カレ思い出しながら…とか?」
「あっはっはー、はっ倒すで?」
「ごめーん。でもありがとね、参考になったよ。」
「そかそか。まあでかい買い物やし、じっくり決めえや。
あ、うちぼちぼち行くわ。人と約束してんねん。」



北上と別れ、龍驤は愛車のエンジンを掛けた。
そしていつものポータブルではなくCDを取り出し、そのアルバムをプレイヤーへと差し込む。

聴きたい曲へとスキップさせ、そしてスピーカーから流れてくるのは気怠い雰囲気の8ビート。
その楽曲は、とある夏の記憶を龍驤に思い起こさせていた。


それは3年前、まだ彼女が陸軍にいた時の事。


その時彼女が見た海は。
今聴いているアルバムのジャケットの様に暗く、荒れ果てていた記憶。



そして辿り着いた場所に広がる一面の赤と、そこにいた……



“……心までは、助けてやれへんかったなぁ…。
何企んどるか知らんけど、あないな顔して…。

…せやけど北上。いくら面影重ねた所で、死人は帰って来うへんよ。
それじゃ、皆可哀想や。ケイ坊も、キミもな。”


車内の広さを確かめていた時の、北上の顔。
それを思い出すと、彼女は何かを決めたようにキッと目を鋭くし、車を走らせていくのであった。




227: ◆FlW2v5zETA 2016/09/02(金) 06:06:30.49 ID:+QjfHfN80



「……さて、夕張ちゃん。この中には諭吉さんがいます。何に使うでしょーか?」
「はい北上先生!その内の一人で私にご飯を奢る!」
「違うよー!これからアタシの車探しに行くんでしょー?」


その日の午後。

この日休日が揃った二人は、国道沿いのカフェで何やら話している様子。
どうやら夕張の付き添いで、中古車を探しに来ているようだ。

途中銀行に寄ったのだが、北上が今まで見た事も無いおろおろした顔で出てきたのを見て、夕張は盛大にコーラを噴き出していた。
封筒の中には、35万。
今までこれだけの現金を持ち歩いた事が無い北上は、これからの買い物が如何に大きいのかを全身で感じていた。


「は、ははは…やばいねー、この封筒…艤装並みに重いねぇ…。
いつか乗り換えるだろうと貯め込んで来た血と汗と涙……諭吉さん、福沢諭吉、諭吉さん……。」
「ふっ…いくら五七五で愛を語っても、彼はあなたの元を去って行くんですよ…。
さて、私の方でもリサーチして、信用出来そうなお店をリストアップしてみました。そこを回ってみましょう。」


今回夕張の運転で出掛けているのだが、彼女は非常に運転が上手い。

無茶な事はしないが、どんな道もそつなくこなすハンドル捌きに、思わずほえー、と感嘆の声を上げる。
そして自分は同じように出来るだろうか?と、不安にもなっていた。

そんな事を考えている内に、二人は目当ての店へと到着した。

そこはこの地方では中規模程度の、個人の中古車店だ。
夕張が他の職員や艦娘にリサーチした所、アフターケア込みならここが良いとの意見が多く。
車に関しては初心者の北上でも、ここなら安心できるだろうと選んだ店だ。

つい数週間前ならば、こんな風に北上とつるむとは考えられなかったな。
と、夕張は不思議な感慨に耽っていた。

そんな中、車を降りた二人は、事務所へ向けて歩き出す。




228: ◆FlW2v5zETA 2016/09/02(金) 06:09:13.23 ID:+QjfHfN80



「どんなのにするんですか?」
「んー、トールワゴンってタイプにしよっかなって。
アタシも色々調べたんだけど、サイズもちょうど良いしさ。
まあ、ヤン車っぽいのも多いみたいだから、そゆのはパスで。」


そして店主の案内の元、北上の欲しい車種が纏められた一画へと招かれる。

該当するものは、凡そ8台。
そして今回用意した頭金と相談し、候補は5台となった。

北上は一台一台内装も確かめながら、どれが良いか考えている。
そして30分ほど後、遂に結論が出たようだ。


「んー、これ!」


彼女が選んだのは、可愛らしい名前を冠した白い車だ。

年式は少し古いが、走行距離はそこまででもなく、荷物もそれなりに積める。
ヤンキー的なパーツも無く、まさに女性好みと言った一台だった。


「おー、良いじゃないですか。そんなに傷んでもないですし。これで車デビューですねー。」
「結構物乗りそうだしねー。これなら買い物行って、やっぱ小さい!とかも無さそうだよ。」



希望に沿うものを見付け、北上はご満悦な様子だ。

この車なら街乗りにも使えるし、車高が低すぎて中が丸見えといった事も無い。
その気になれば、出先で昼寝も出来るだろう。



後部座席は膝さえ折れば、人一人ぐらいは横になれそうな車なのだから。



「良かったですねー、すんなり見つかって。」
「うん!納車楽しみだねー、来たら運転慣れないと。」


会計と手続きを終え、彼女達はそのまま街へと繰り出した。
そして北上は、数日後に来る新たな愛車に想いを馳せながら。



くすりと、静かに笑っていた。





229: ◆FlW2v5zETA 2016/09/02(金) 06:18:43.70 ID:+QjfHfN80



同日、県内のとある街。


鎮守府からはかなり離れたこの街に、数人の男女が集まっていた。
皆一様にラフな私服姿だが、特に男性陣は鍛えられているのであろう、体格に恵まれた者が多い。

彼らは時折ボーリングをしたり、スポーツ施設などで遊んだりしている仲だ。
元々は同じ仕事の仲間であり、近況報告も兼ねてこうして集まっている。

そんな中に、小柄な女が一人。
それは、龍驤その人であった。


「軍曹、最近海の方はどうですか?」
「軍曹っちゅうんやめえや、田村でええわ。大体今は艦娘な。娘、やからな?
…まあ、相変わらずボコボコにしとるわ。皆あいつらはっ倒したる思うて頑張っとる。」
「もう3年になりますね…田村さんが艦娘なるー!って言って、陸を離れたのも。」
「せやな…あんなモン見たら、直でボコりたくもなるわ。」
「あの救助の時ですよね……あの女の子、今は元気になってるでしょうか。」
「さあな……ほんま、あれはあかん光景やったわ…。」
「…錯乱して、ご家族の脳や内臓を、一生懸命遺体に収めようとしてましたもんね…。」
「ああ、弟なんか目も当てられへんかった…下顎より上は無いし、下半身も奴らに齧られとってなぁ…。
あんなん、残った方はずっと辛いわ。
せやからうちはな、あいつらはっ倒したるって…決めたんや!」


金属バットの硬い音が、バッティング場に木霊する。
回を重ねるごとに、ホームランの的にぼん、と響く鈍い音は大きくなり、それは彼女の苛立ちを表しているかのようだった。


“ケイ坊もケイ坊で、なんか後ろ暗いもん抱えとるしな……せやけど北上、それじゃあかんねん。
寄っ掛かるんじゃなく、お前が自分の足で立ち上がらんと。

ほんまは色恋なんて首突っ込むもんちゃう。
せやけどすまんな、うちはメロンちゃん応援するわ…お前があの子みたいに、まっすぐ立てんうちはな!”


最後に一発、特大のホームラン。
それを境に龍驤はその場にへたり込み、呆然とネット越しの空を見上げるばかりだった。


その空の青は。
あの日命しか助けられなかった少女を、突き放さざるを得ない現実を。
嘲笑っているかのように、彼女の目には見えていた。




239: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:19:01.79 ID:0cI4rqiK0



3年前。7月5日、時刻0730。
陸軍臨時前線基地、医療班テント。

××町を襲撃した未確認生物は撤退が確認され、作戦は救出と捜索を主としたものに切り替えられていた。

テント内は、交戦時に負傷した兵でごった返している。
そして患者に住民の姿は無く、それが絶望的な現実を医療班に告げていた。

テントの外へ呼び出しが掛かれば、それは住民発見の合図。
しかし医師達を待っているのは、発見、回収された遺体の死亡確認のみだった。

辛うじて人の頭であるとわかるもの。
逆に、胴体以外全てが吹き飛んだもの。
或いは担架に人間状に広げられた、もはや性別すら不明な肉塊。

それら一人一人の心肺停止者に、自らの検死と言う、法的な死亡確認の烙印を押す。
それがこの時彼らが住民に対して行えた、唯一の医療行為だった。

そんな最中、医療班に一つの無線が入る。


『医療班聞こえとるか!?こちら第一救出部隊、田村アカネ軍曹!生存者発見や!』
「本当か田村軍曹!容体は!?」
『被害者は10代女性!肩部から胸部に掛けて外傷あり!意識あり!でも錯乱しとる!出血酷しや!
学生証にO型って書いとる!錯乱しとるから鎮静剤も頼むわ!』
「了解した!他に生存者はいないか!家族は!?」
『他は……他は、全員心肺停止状態や!生存者の救出の後搬出するで!』
「……わかった!助けられるだけ助けるぞ!慎重に運んでくれ!」


発見された少女は輸血と応急処置を受け、すぐさま隣町の救急病院へと搬送された。
搬送時、肩からの出血とは別に、少女の衣服は大量の血液で汚れていたと言う。





240: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:20:43.84 ID:0cI4rqiK0



2日後、意識を取り戻した少女は、錯乱していた際の記憶を失っていた。
彼女が覚えていたのは、弟が自らを庇い、怪物に銃撃される場面まで。

つまり、遺体の詳細な状態は、彼女の記憶から失われているという事。

少女は真っ先に、家族の無事を主治医に尋ねた。


「夢なんでしょ!?あの化け物も全部!先生!アタシは事故っただけだよね!?」


家族は死亡したと言う医師の宣告に、激しく否定の言葉をぶつけ、そして医師の胸倉を掴んだ。
その余りに切迫した様子に、医師は残酷な現実を突き付けるか苦悩し。
遂に、少女を家族の遺体と対面させる決断を下す。

医師は少女を車椅子に乗せ、その病院の霊安室ではなく、まず車へと乗せた。
そして少女が連れて行かれたのは、警察署だった。


「君がこうして生きていて、遺品から君のご家族だとわかったから、皆ここにいる。
…誰かもわからなかった遺体は、鑑定の為に遠くに運ばれてしまったよ。炭化したものや、その場で荼毘に付されたものもある。
君の…遺族の確認が取れれば、すぐに葬儀の手配が出来る。引き取り人が現れた事になるからね。」


そんな馬鹿げた話、あるものか。
だってここは、よく遊びに来ていた隣町。
警察から10分も歩けば駅で、あとはいつもの電車で家に帰れる。アタシの街は、何も変わっていないんだ。

自分に必死にそう言い聞かせながら、医師が車椅子を押すまま、彼女はエレベーターへと乗り込む。
案内の警官が専用キーを差すと、通常は止まらない、地下1階へとエレベーターは下っていく。

そこは、警察の遺体安置室。

ステンレスの台が4台ほど置かれ、奥には金庫のような扉が横に4列並んだものが、合わせて3段あった。
警官が、その内真ん中の列の扉に書かれた札を確認する。

そして開け放たれた扉からは、白い冷気が漏れていた。





241: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:23:12.82 ID:0cI4rqiK0


入り口に専用ストレッチャーを合わせ、中にあるそれはローラーの上を、まるで物のように引っ張り出される。
最終的に彼女の前には、3つの、黒い大きな布。
それは丁度人一人入れそうな、ジッパーの付いた袋だった。

彼女が昔、映画やドラマで見た事のある袋。
それが今。家族の名前が書かれた札をぶら下げて、目の前にある。


「……僕が、開けようか?」
「いえ……アタシが開けます。」


“ユウ、綺麗な海だろー?お前の名前はさ、こんな景色から取ったんだよー。”


痛む体を引きずり、彼女はまず、父の名が書かれた袋を開けた。

袋を開けた瞬間、想像を絶する臭いが彼女を襲う。
しかし臆する事なく最後までジッパーを開け、そこにいたのは、体の半分が潰れた遺体。


「間違いありません、父です……。」


だが、間違えようもなかった。
ひしゃげても尚、穏やかに瞼を閉じる姿は、いつも見ていた父親の寝顔そのもの。


“ユウ、おいしい?良かった、お母さん嬉しいわ。あなたたちが、何よりの宝物よ。”


そして次に、彼女は母の名が書かれた袋を開ける。

父と同じく、体は半分ひしゃげていた。
だが、半分だけでも優しく眼を細めるように眠る顔と、いつも彼女たちを暖かく包んでいた、綺麗な片手。

それを間違える事など、彼女にはありえない事だった。


「………母、です…。」




242: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:24:23.84 ID:0cI4rqiK0




“姉ちゃーん、俺んとこ優勝したよー!へへっ、頑張った甲斐があったなー!
姉ちゃんの弁当のお陰かなー、ありがとな!”


最後、弟の名前が書かれた袋。

そのジッパーを開け。
そして彼女は、とうとう自らの膝を支える事が出来なくなった。


「……はは…ねえ先生、これ誰なの?
うそだよこんなの……うそだって言ってよ!!!」


弟のはずの遺体。
しかしそこに、表情は存在しなかった。
本来頭が、そして顔があるはずの場所には。だらしなく垂れ下がる舌だけがあった。

その遺体の頭部は、下顎より上が全て吹き飛んでいた。

少女は必死に、遺体の腹部をまさぐる。
弟の腹には、小さい頃に盲腸で縫った傷があるはずだ。
サッカーで鍛えた自慢の脚も、無い。
じゃあ、これは誰?大丈夫、きっと他人だ。
大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。

呪文のようにその言葉を唱え。
しかし、そのおまじないは、あっという間に打ち砕かれた。

腹部には、3cm程の小さな縫い傷がある。
それこそ何度見たかわからない、見慣れた位置にあるそれは。
間違いなく、弟である事を彼女に伝えていた。

いつも元気に笑う、愛らしい弟。
しかし安らかに眠る顔を見る事も、その笑顔の跡を見出す事も。もう、出来ないのだ。


「コウ、ちゃん…ごめんね…ごめんね……。」


頭のない遺体に、彼女は縋り付いていた。

しかし消毒され、そして冷蔵されていた遺体はとても冷たく。
頬を伝う涙ですら、それより遥かに暖かく。

その冷たさは。
肩のもの以上に深い傷を、少女の心に刻み付けたのであった。






243: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:26:58.53 ID:0cI4rqiK0




「ありがとうございましたー。」



時は現在。

車の購入から一週間、遂に納車の日がやってきた。
鎮守府の駐車場には、新たに白い車が一台。
そしてオーナーである北上は、実に感慨深げにその雄姿を見つめていた。


「ふふふ……くーー!待ってたよー!アタシのポルテちゃーん!」


彼女の購入した車は、ポルテというトールワゴン。
軽ほど小さすぎず、ワンボックスほど大きすぎずなそれは、まさに買い物や行楽にという彼女の要望にぴったりな一台だ。

早速運転席に乗り、ぎゅっとハンドルを握ってみる。
遂に念願叶ったマイカーだ。
その感触に、彼女はしばし恍惚とした様子を見せていた。

そうだ、こんな時は早速ドライブと行かねば。
時計を確認し、彼女は携帯を取り出した。


そして呼び出された人物と言えば…




「……で、何でバイクしか乗らない俺なんでしょーか。」
「夕張ちゃん仕事っしょー?でも君は今日休みっしょー?
となると、ケイちゃんしかいないじゃーん!」
「何で工廠チームだけ…あー、た、例えばバリさんの上がりまで待つとか……。」
「夕張ちゃんは夜要員。まだ夜の運転怖いもん。」
「俺はそんなユウさんの方が怖いなーって…。」
「へー、言うねー…アタシのドラテク見ておしっこちびるなよー。」
「それダメな方!バリさーん!バリさーーん!!」
「うるさいよ!ほら出発ー!」


実にのろのろとした歩みで、車はまず駐車場の枠線から出ていく。
そして駐車場の出口で一時停止し、後はウィンカーを出して曲がるだけなのだが…


「あ、ごめーん。」
「ぐえっ!?」


北上のえげつないブレーキにより、ケイの体には盛大にシートベルトが食い込んだ。
まだ出口にすら到達していない。一体何事かとケイが涙目を浮かべていると、北上はおもむろに車のポケットを漁り始めていた。


「ちょっと待っててー、舞い上がってフロントにもこれ貼るの忘れちゃったよー。危ない危ない。」
「そ、それは…!」


取り出されたのは、1枚の若葉。
何と北上は、フロントに初心者マークを貼り忘れるという大失態を犯していた。
その光景に、ケイはいよいよ真紫の顔色を見せる。


「ユウさん、今からでも遅くないです!バリさん待ちましょう!」
「てててん♪集中ドアロックー。」
「秘密道具でも何でもねえっすよ!?」


これより彼を待ち受けるは、デスドライブ。
ポルテと言うかわいらしい名前のこの車だが、彼には脳内でどう書いても『棺桶』と読む事しか出来ないのであった。




244: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:29:26.41 ID:0cI4rqiK0




「あー、快調ですね…。」
「でしょー?何年ベスパ乗ってたと思ってんのさー。」


「今の所は」と言いたいのを、ケイは必死に我慢していた。

まだせいぜい、最寄りのコンビニに差し掛かる所だ。
しかしいつもバイクで10分程度のこの距離が、今の彼には何倍もの長さに感じられていた。

目先には、見慣れたコンビニの青い看板。
ここを越えれば、遂に国道に入る。

今回北上が行こうとしているのは、枕を買い換えたいとの事で、隣町にある総合家具店だ。
ナビの表示には、残りおよそ12キロとの記載。
そしてこの片田舎の国道は、所謂輩運転の車が跳梁跋扈する、初心者にとっての鬼門である。

50キロ制限のこの道路ではあるが、警察のパトロールが無い限りは、皆60キロオーバーで走る。
おまけに所々一方通行の分岐があり、一つ分岐を間違えようものなら大変な迷子になる。
彼女もベスパの頃であれば、散々通った道。
しかし慣れない車となった現在、果たして無事に辿り着けるのか。

北上以上に、ケイの方に緊張が走っていた。


「ケイちゃん、車間距離ってあんな近いもんだっけ…。」
「後ろのダンプは気にしたら負けです、若葉マーク煽る時点でお察しですよ。安全運転で行きましょう。」


北上の車は、現在58キロで走っている。
法定速度内で走行しているものの、後続のダンプカーがぴったりくっついて煽ってきていた。
終いには、パッシングが2発。
追い越し禁止車線故に抜かれる事は無いが、ダンプは微妙に蛇行を繰り返し、尚も挑発をやめようとはしない。


「へー……いいねえ、しびれるねー…。」
「ダメですよケンカ買っちゃ。でも確かに危ないですね…ユウさん、コンビニあるんで一旦入りましょう。」


駐車場の時こそ危うい場面は多かったが、彼女が勘を取り戻すと、運転そのものはそこまで問題は無い。
しかしこのままでは良くない。ケイはコンビニに一度車を停めるよう促し、とりあえず深呼吸させる事とした。


「はい、ジャスミンティー。」
「ありがと。はー、幸先悪いねー、あんにゃろめ…。」
「バイクはある程度勝手に避けてくれますからね…まぁゆっくり行きましょう。
でもあそこの家具屋かー…ユウさん、ついでに俺も買い物して良いですか?
毛布工廠に持ち込んだままなんで、部屋の買わないと無いんですよ。」
「いいよー。毛布ぐらいなら余裕で乗るっしょー。
さて、そんじゃ気い取り直してしゅっぱ…」


その瞬間、ぶおおおん!と、虚しくエンジンは唸り声を上げた。
北上、ギヤをドライブに入れ忘れる痛恨のミスである。





245: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:31:40.36 ID:0cI4rqiK0



「はーい、おーらーいおーらーい、はいストップー。」
「はー…やっと入ったよー…。」


立体駐車場に苦戦しつつ、何とか無事到着。

彼らが訪れた家具屋は、自社ブランドによる安価さが売りの大型店だ。
店内も非常に広く、そして置いてある商品も様々。
枕一つでさえ、目移りする程の種類が置かれていた。

北上が店内を見渡すと、家族連れやカップルの姿もちらほらと見える。
それらの他の客は、皆仲睦まじく笑い合い。
彼女はそこに一抹の羨望を感じつつ、隣を歩くケイに視線を移した。

しかし彼はと言えば、北上には目もくれず、何かを探している様子。
そして壁に貼られたとある物を見付けると、一足先にそこへ歩いて行ってしまった。


「あったあった。ユウさーん、案内図これですね。」


ケイが指差しているのは、店の案内図だ。
食器コーナーや棚のコーナーと分かりやすく記されているのだが…しかし彼らの目的は、各々の枕と毛布。
結局寝具コーナーに行けばどちらも程近い場所に固められているし、天井からも、コーナーの名前ぐらいはぶら下げられている。
わざわざ北上を差し置いて、案内板を探すまでもないのだ。

続いて寝具コーナーに行くと、毛布の棚は、枕の棚の二つ隣にあった。
ケイは「じゃ、ちょっと俺は毛布探して来るんで」と北上に声を掛け、目当ての通路へ向かおうとするが。


ここでとうとう、北上の堪忍袋の尾が切れた。


「まー待ちなって…ケイちゃーん、枕探し付き合ってよー…ね"?」
「は、はい……。」


がっしりと腕を掴む北上の顔を見ると、彼女はケイが恐れる、例の目が笑っていない笑顔を向けていた。
長い付き合いの中で、彼はこの顔はかなり怒っているサインだとよく知っている。
怒りの理由は今一つ理解出来かねるが、ここは大人しく従うべきだと彼の本能は告げていた。

そうして枕コーナーへ向かうと、当然多種多様な枕が置かれている。
種類ごとにお試し用のサンプルが置かれており、北上はそれらの感触を確かめつつ、枕を選んでいた。





246: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:33:09.15 ID:0cI4rqiK0



「ふかふかだねー。んー、でもやっぱ低反発かな。よし、きーめた!」
「デカイの選びましたねまた。」
「睡眠は重要だよー。アタシも何もない休みは、とにかく寝るし。
ってなワケで、ケイちゃんの毛布見よっか!」
「じゃ、裏行ってみますか。」
「そう言えばさー、ケイちゃんの部屋ってどんなん?」
「ん?ああ、こんなですけど。」


そして見せられた写真を見ると、生活感の欠片もない部屋が北上の目には映る。
普段寝に帰っているだけとは言え、それでも余りにも無機質だ。

北上はその写真を見て、何やら渋い顔を浮かべていた。

そのまま毛布のコーナーに行くと、やはり北上は一つ一つを触り、感触と色を確かめている。
そして一つを手に取り、それをケイの前に差し出す。


「これおすすめ。値段そんな変わんないしさー。」
「へー、確かに良い触り心地…毛布って、結構違うんですね。工廠に置いたのとか、最初適当に選んでましたよ。」
「だーめ。ケイちゃんただでさえ部屋いないんだし、寝る時ぐらいちゃんとしたの使いなよー。
色も大事だよ?落ち着く色一個入れるだけでも、部屋の居心地って変わるんだからさ。」
「…うん、これにします。ありがとうございます。」
「ふふー。」


先程とは打って変わり、北上は実にご満悦と言った笑顔を見せていた。
ケイが普段使うものの中に、自分の選んだものが増えた事。彼女には、それがとても嬉しかったのだ。


「これで冬も安心かな。さて、帰りますか。」
「ねえねえケイちゃん。ちょっと寄り道していい?」
「良いですけど、どこ行くんです?」
「んー、行けばわかるかなー。」


時刻は1630。
しかし12月近くの今は、日暮れはとても早い。
結構な夕暮れ具合に後の運転が心配になるが、北上は非常に上機嫌だ。




247: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:34:36.43 ID:0cI4rqiK0


車は駅前のメインストリートを通り、商店街はクリスマスムードの装飾がちらほら見える。
もうそんな季節か、と一年の早さを感じつつ、彼は窓からその景色を眺めていた。

そして街外れに出ると、車はとある大きな公園に停まった。

日はほとんど暮れ、随分遠くの方に橙が残るのみ。
どうしたのだろう?とケイが考えていると、北上は彼のコートの袖口を、キュッと掴んだ。


「こっちだよー。お、ぼちぼちだねー……ほら!」


17時の鐘が鳴った瞬間、二人の前には鮮やかなイルミネーションが広がった。
夕闇に浮かぶ光の芸術は、日常から離れた神秘的な光景を彼らの目に焼き付ける。

その光景に、ケイは思わずこんな声を漏らす。


「……すげえや。」
「ふふー、そろそろ始まってるって聞いたからねー。せっかく近く来てるし、ついでに見よっかなーってさ。」


“ケイちゃんとね”、とは。遂に北上は口に出す事が出来なかった。

普段の自分のノリであれば、いくらスキンシップをしても、後輩をからかって遊んでいる風にしか見えないし。そうとしか見てもらえない。
例え壊れそうな程の感情を抱えていても、全部そこに隠してしまえる。

だけどこんな如何にもな時だけは、肝心な事は言えないまま。
意気地が無いな、でも幸せだな、と、彼女は複雑な胸中に揺れている。

キュッとケイの袖を掴む北上の手が、代わりにそんな彼女の気持ちを語っていた。
その真意が伝わっているのかは、定かでは無いが。

触れそうで触れない、ちぐはぐな距離感の中。
二人はしばし、目の前のイルミネーションに見惚れていた。




248: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:36:18.30 ID:0cI4rqiK0



数分後。とうとう完全に夜になり、二人は駐車場へ歩を進めていた。

平日の今日、本格的にイルミネーション目当てのカップルが集まってくるのは19時過ぎ。
中途半端な今の時間、公園の駐車場に他の車はいない。

車へと戻ると、暖房の熱がまだ残っており、それはとても眠気を誘う。
そうしてケイがあくびを噛み殺していると、何やら北上の様子がおかしい。


「あははー…やっべ……ケイちゃん、ちょっと今日時間かかってもいい?」
「どうしました?」
「眠いや……アタシ、30分ぐらい寝ていいかな…。」


北上は免許取得後、今日が最初の運転だった。
やはり緊張していたのであろう、どうやら疲労と睡魔に襲われてしまったらしい。
このままでは危険だとケイも了承し、北上は靴を脱いで膝を曲げると、コ口リと後部座席に横になる。


「毛布使います?」
「いいの?」
「紐ほどいちゃえば開封ですし、別に気にしないんで。」
「ありがと。ねえねえ、ケイちゃん。」
「どうしました?」
「んー。」


助手席の横に白い手が伸びてくると、くい、くい、と、手招くような動作をしている。

後ろに来い、という事だろうか?
車を降りて後部座席を見ると、肩から毛布を掛けた北上が、座れと手招いていた。


「どうしました?俺いたら横になれませんよ?」
「はーい、枕ゲットー。」
「いって!?」


彼が座った瞬間、北上の頭が太ももに直撃した。

足を床に投げ出し、体だけを倒して横になると、丁度ケイに膝枕をしてもらっている体勢になる。
毛布にくるまりながら、北上はその寝心地ににへらと笑った。


「ふふー、極楽じゃー。」
「なーにやってんすか…ちゃんと寝てくださいよー。」
「もちろんだよー…ふぁ…。」


肩から抱き込むように毛布に包まれば、毛布の中には、彼女自身の匂いが広がる。

それらは結局身に付けた化粧品や、衣服の洗剤の匂いでしかないが。
しばらくはこの匂いに包まれて、ケイは眠る事になる。

そう思うと。
北上は、ケイをより独り占め出来たような、そんな気持ちに駆られていた。

北上の買った車は店頭にあった時点で、後部の窓に、薄いスモークが貼られていた。
それは日中は大して意味をなすものでは無いが、夜のこの暗い駐車場であれば、誰かに見られる事も無い。




この狭い密室は、二人だけの世界。






249: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:38:07.52 ID:0cI4rqiK0


「いやー、人枕はぬくいねー。」
「俺は重いですー。目え覚めてきてません?」


頭から伝わる温もりは、確かにケイが生きている事を彼女に教えている。

冷たい枕とも、冷たい肌とも違うそれは。
彼女にとって、最も安心できる温度だった。


“あったかいねえ、ケイちゃんは……いつも寒いよ、アタシは。春も夏も秋も冬も。
ケイちゃんにくっついてないと、ずっと冷たい…。
ケイちゃんさ、死んだ世界なんて全部冷たいって言ってたよね……本当に、そうなんだよ。”



彼女をよぎる冷たさの元は、いつかの記憶。

鉄の扉の冷たさ。

部屋に置かれた器具の冷たさ。
開け放たれた扉の冷気。


そして3人の、赤黒く爛れた肌の……。


不意に、彼女の手はケイの頬へと伸びていく。









「ケイちゃん、おいでよ……。」








そう愛おしげに呼び掛ける北上と視線が合った時、ケイは何かに吸い寄せられるような感覚を覚えた。

キラキラとした、しかしどこまでも吸い込まれそうな瞳。

頭がぼやける。
何故だろう、目を逸らせない。
屈もうとする背中を、止める事ができない。

そうして少しずつ北上の唇へ近付き、彼女が頬から肩へ、絡み付くようにその手を動かした時。




『ヴィーー!ヴィーー!』




けたたましい振動音を鳴らしたのは、北上の携帯だった。





250: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:40:00.64 ID:0cI4rqiK0


彼女は若干イラつきながら携帯を手に取り、誰かもろくに見ずに電話に出た。
そのままもしもし?と無愛想に電話に出ると。

数秒後、彼女は真っ青な顔を浮かべていた。


「あー、うん、ごめん……すぐ帰るから…あはは……あ!じゃ、じゃあまた後でね!」
「誰ですか?」
「いやー、ちょ、ちょっと寮でやらかしちゃってさ。当番忘れてたんだよねー!
あ、ケイちゃん!今日は着いたらすぐ逃げ…じゃなかった、帰った方がいいよ!巻き添え食うからさ!さ、出発ー!」


眠気も一体何処へやら。
北上は運転席に戻ると、そそくさと鎮守府への帰路を急ぎ始めた。

行きの危うさも何処へやら、車はすっかり手馴れた様子で迷いなく鎮守府へと帰っていく。
40分程すると、いつもの駐車場が見えてきた。

そして車はゆっくりと、恐る恐る駐車場へと入っていく。
北上の顔色は青さを増し、とうとう乾いた笑いすら浮かべている始末。明らかに様子がおかしい。

鎮守府の駐車場は、一応個人個人への割り当てがある。
レーン後ろの植え込みに看板を立ててそれを示しており、後は北上のレーンへ向かうだけという所に差し掛かり。


そして車のヘッドライトは。
コートとマフラーをたな引かせ、仁王立ちするとある影を照らし出した。


「ん?あいつなんであんな所に?」
「あ、あはは……あははははははは……ケイちゃん、ごめん。」


それは銀のポニーテールを夜闇になびかせ、『非常に良い笑顔』を浮かべている。
一見すれば美少女だが、しかしその背後からは凄まじい怒気が放たれていた。


そこにいたのは、夕張。


静かに一歩一歩近付いてくるその足は、ずしん、ずしんと言う擬音が聞こえてきそうなド迫力を放っていた。
そして夕張がバン!とボンネットに両手を乗せると、見開かれた血走る両目が二人をロックオンする。




251: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:43:41.07 ID:0cI4rqiK0



「北上さーん……私言いましたよね?初運転は免許持ちがいないと危ないから、私が上がるまで待て、って……。
私ね、今日早めに終わるよう、一生懸命仕事片付けたんですよー…それで駐車場来たら、車ないですし…ふふふ、初ドライブはどうでした?どっかぶつけてませんよね?」
「あはは…ご、ごめん、その、舞い上がっちゃってついさ……。」
「つい魔が差した、で、人との約束すっぽかしますかねぇ?本当は素で忘れてたんじゃないですかー…舞い上がって。」
「うぅっ!?」


実に完璧な図星である。

実は購入時、北上は夕張と初ドライブに出る約束をしていた。
もちろん、北上の休みに納車日を合わせた上で、である。

しかしそれ以降は出撃や遠征が続き、夕張と顔を合わせる機会が少なく。
納車日が近付くにつれて舞い上がっていた北上は、すっかりその約束を忘れていたのだ。

一方夕張はと言えば、ルートをああしよう、夜にここならこういうケースも起こり得るだろう、と練習ルートを考え。
ケイが休日にも関わらず、なるべく早く終わるように、それは一生懸命仕事を片付けていたのである。

その結果がもぬけの殻の、北上と言う看板だけが虚しく残る駐車場。
これには流石の夕張も、遂に堪忍袋の尾が切れたようだ。


「大体ケイくんもケイくんだよー…何で止めないのかなぁ?
危ないわよー…私だって最初お母さんについてもらってたもん…ふふ…。

あんた達に二人に何かあったら大変でしょ!わかってんの!?

……あんた達、工廠へ来なさい。」
「「は、はい……。」」
「返事は一回!どもるな!」
「「はいぃ!」」


そして二人は1時間程、工廠で夕張からの熱い愛の説教を喰らったのである。
夕張を本気で怒らせるのはヤバいと、後にケイは語っていたそうだ。

そして夕張の怒りも収まった頃。
夕張と北上の胸中には、それぞれとある感情が過っていた。



“気持ちはわかるけど、全くしょうがないんだから…でも、抜け駆けはダメですよ?。”

“ちぇっ、もう少しだったのに…でも今回はアタシが悪いかー…まあいいや、今度こそ…。”



友情とライバル心が複雑に絡み合う中。
彼女達は仲直りと謝罪という事で、北上の奢りと運転でラーメン屋へと向かって行った。

因みにケイはと言うと、工廠で完全に石になっていたと言う。


そんな冬の始まりの、とある一日だった。




252: ◆FlW2v5zETA 2016/09/06(火) 01:45:15.64 ID:0cI4rqiK0




一方その頃、提督は執務室で、何やら頭を悩ませている様子だった。

PCの画面には、一部が真っ白な枠線。
そんな彼の様子を見て、秘書艦の龍驤が声を掛ける。


「何しっぶい顔してるん?ウ○コ漏らした?」
「んなわけあるか。皆の冬休みどうすっかなってシフト組んでんの。
成人式ある奴ら、なるべく行かせたいんだよねー。冬休みのローテは最後になっちまうけど。」
「はー…キミ、ほんまそゆとこマメやなぁ。」
「節目は大事、な。
しかし困ったのは工廠組だな、あいつらどっちも新成人だかんなー…ああ、じゃああの手使うか。」


そうしてとあるメールを大本営へと送ると、提督は別の執務へと手を付け始めた。

軍人達にも、年末年始は訪れる。
これからの季節、公私ともにイベント事が目白押しだ。

本格的に暖房が欠かせなくなった執務室に肩を震わせると、提督は冬の訪れを感じていたのであった。




255: ◆FlW2v5zETA 2016/09/07(水) 05:42:16.97 ID:/W5Sz0Hg0


ある冬の日、とある『北上』が沈んだ。
正確には、その艤装が、であるが。

その北上の適合者は赤毛のショートヘアの少女であり、敵の攻撃を受けた際、艤装は大破。
『その北上』本人は無事であったが、その際に、缶と呼ばれる5㎝四方のパーツの組み込まれた、背中の艤装を沈めてしまった。

缶は艤装の核にあたり、言わば心臓にあたる。
そして缶は妖精達の手により、もしもの際も海面に浮くように作られていた。

緊急時、缶だけでも回収出来るように、と言う措置としてだ。

赤毛の少女は新たな『北上』の艤装を支給される事で職務に復帰したが、沈めた古い方の缶は、現在まだ見つかっていない。

数日後、別の鎮守府の一団が出撃したその帰り。
彼女達は現場の海域を通るついでに、缶の捜索を手伝うよう指令を受けていた。

その一団の中には、件の『北上』とは対照的の。



黒く、そして長い三つ編みが印象的な、『もう一人の北上』がいた。





256: ◆FlW2v5zETA 2016/09/07(水) 05:44:10.25 ID:/W5Sz0Hg0




12月初旬、時刻1853。



この時夕張は、一人寮の廊下を歩いていた。
ガラスには霜が張り、塗り床をコツコツと歩く音は、妙に澄んで聞こえる。

そして2012と書かれたドアの前に立つと、彼女はこん、こん、と小さく2回ノックする。
「入りー」と中から高い声が聞こえ、ドアを開けると、黒いパーカーの小柄な女がそこにいた。


「メロンちゃーん、待ってたで。寒かったやろ、中おこたあるでな。」


この日彼女が訪ねたのは、龍驤の部屋だった。






「「かんぱーい。」」


彼女達は、女二人の飲み会を開いているようだ。


こたつにはつまみと缶ビール。
そして二人は最初の一口を飲むと、ふー、と小さな一息をついていた。

そして上がる話題と言えば、相場は決まっている。


「で、ケイ坊とは実際どうなん?」
「………進展、ナシですねー…。」
「ナシかー。」
「はい……ナシです…。」


そこまで言い切ると、夕張は更にもう一口、ぐいっと缶ビールを煽る。
だん!と缶を乱暴にこたつに置けば、何やら溜まった鬱憤を吐き出すように、今度ははぁー、と深く溜息を一つ。

その様子を見て、龍驤は苦笑いを浮かべていた。




257: ◆FlW2v5zETA 2016/09/07(水) 05:48:24.06 ID:/W5Sz0Hg0




「う~…龍驤さ~~ん……。」
「まーまー、そんなん北上も同じやろ。
あの整備キチ振り向かせるなんて、並大抵やないわ。」
「本当ですよね…でも北上さん、車届いたその日にケイくん掻っ攫ってったんですよ?いくらなんでも危ないと思いません?
それもあって初日は教官代わりに付くつもりだったのに…納車に相当舞い上がってて、素で約束忘れてましたしね。」
「確信犯ちゃうん?」
「それを素でやるのが北上さんですよ。
あんた達に何かあったらどうするの?ってしっかりお説教しましたけど。
はーあ、買い物行っただけって言ってたけど、本当かな…。」
「…なぁ、それどこ行ったか訊いたん?」
「隣町の家具屋ですって。お値段以上なあそこですよ。」
「あっこのそばの公園な、今イルミやっとる。」
「ああ…そういう……。」


納車が何時頃かは、購入時に聞いていた。
そして店までの距離と彼らが帰ってきた時間を照らし合わせれば、どこかへ寄り道していた事は明白。

思いきり抜け駆けされたであろう現実に、夕張はより深い溜息をついた。


「で、メロンちゃん。キミはちゃんと押しとるん?」
「う…押せてないですねー…まずあの男にリビドーはあるのかどうか……。」
「手ェ掴んでお○ぱい鷲掴みさせたらええやん?そんで股掴んで、ケイ坊のケイ棒が硬なってたら大丈夫や。」
「な、な、な、何言ってるんですか!さすがにそのー…それはちょっと度胸が…私まだ処…。」
「…まぁ、それ以上は言わんでええ。
となると、色仕掛けはあかんかー。キミにはハードル高いわ。
うーん、うちの若い頃、どんなんやったっけな…青っ白い時なんて、もう10年以上前やしなー。」
「あの、龍驤さんって実際おいくつなんですか…?」
「27やけど?春で28なる。いやー、甥っ子は2人おるし、もうババァやわー。あっはっはー。」


衝撃の事実に、あなたのようなババァがいますか!?と突っ込みたくなったのを、夕張は必死に押さえていた。

しかしこれは頼もしい、彼女の人生から何か学ぶ所は多いかもしれない。
より深く話を聞くべく、夕張はさらに一息ビールをあおる。




258: ◆FlW2v5zETA 2016/09/07(水) 05:52:07.60 ID:/W5Sz0Hg0




「龍驤さん…今までそういうチャンスって、どう作って来ましたか…!?」
「おうおう、んな目え血走らせんでもええやん。

んー、でも、んな特殊な事も無いで?
普通に遊んで、お互いええなー思たらどっちからか告って…まあ、そこに至るプロセスが大事やけど。また会いたいとか、誘いたいとか思わせんとやから。
ま、要は例えば同僚や同級生以前に、異性を意識させんと始らんっちゅーこと。

正直言うてな、キミの場合まだそこに辿り着いてへん思うわ。そこは思いっきり北上に抜かれとると思うで?」
「はは…ですね……。」
「ま、でも気に病まんでもええと思うわ。案外チャンスなんてポーンと降ってくるもんやで?キミ、年明け成人式やろ?」
「あー…すっかり忘れてた。でも正月休み、まだ出てませんよね。」
「提督な、そういうのめっちゃ大事にすんねん。そういう前提でシフト組もうとしとる。
ほんで、ケイ坊も成人式や。キミと地元一緒やろ?市町村は一緒?」
「市は一緒ですね…中学が別で。」
「そーゆーのって大体、式は市全体でやるやろな。君らも当然、同じ会場に行く。
せやから、おもくそ晴れ着姿見せたったらええやん。男はなー、女のそういうギャップ弱いでー?
ついでに言うたら、帰るまでの足は車禁止な。同じバスか電車押さえて、席は隣同士。」
「ほうほう、その心は?」
「長距離運転は疲れるし、集中せんとやからな。
でも公共の足やったら余裕あるし、雑談しつつ景色も楽しみつつで、ちょっとずつ距離も縮まる。
イチャついたりは出来ひんけど、最初の距離縮めには持ってこいや。

ほんで式のギャップで余計フラグ立てて、更に距離詰めて………帰る頃にはこう、ガブリや。」


手で獣が食らい付くジェスチャーを作りつつ、龍驤はニヤリと笑った。
伊達に年は食っていないと言わんばかりの顔に夕張は頼もしさを感じていたが……ここで、龍驤の顔は真剣さを取り戻す。




259: ◆FlW2v5zETA 2016/09/07(水) 05:55:49.93 ID:/W5Sz0Hg0




「まあ、こう偉そうに言うとるが…こう言う算段も、通じん事もあるけどな。全部は君次第や。」
「通じないこと、ですか…。」
「せや。例えばそうやなぁ……相手が元嫁引きずっとる男やったり、とかな。」


そう遠い目をする彼女を見て、夕張の脳裏には、とある軍服姿の男が浮かんだ。
いつも龍驤が秘書艦として近くにおり、そしてそんな事を口走っていた人物は…



「……!…龍驤さん、それって…。」
「…諦めきれんとズルズル行って、男なんてもう4年おらんわ。

3年もずーっと近くにおるけど、今でも逃げた嫁に勝てへんまんま。気い付いたら、漫才の相方みたくなってもうた。
あのアホ軽ーく見えて、女絡みの話全く無いやろ?そゆことや。
こうなったらあかんでー?キミは若いんやから、ちゃーんと、幸せ掴まんとな!」
「龍驤、さん……。」
「ん?どないした?」
「……私達、頑張りましょうよ!龍驤さんも諦めちゃダメです!」
「………!」


それは余りにも、真っ直ぐな目だった。

自分の願いは叶わないだろう。
ならば伝えられる事だけ伝えて、せめて後輩ぐらいには叶えてもらいたい。

気付かぬうちに自身が抱えていたそんな諦観を。
夕張の目が、まっすぐ撃ち抜いて来るのを龍驤は感じていた。


“あの世まで逃げてもうた嫁に、勝てるやろか……いや、戦場と一緒や。勝つ気でおらんとな。

若いって、ええなぁ……目え覚めたわ。
なぁ、北上、ケイ坊……お前らも……。”


「……せやな。頑張ってみよか。」
「そうれす!ほれら、かんらい!」
「ん?メロンちゃん…?」
「なんれすかー?わらしのはけがのへないっていうんれすかー?ほらいっきー!」
「ぶぅっ!?」


“酔いが、突然来るタイプ、やったんか……”





260: ◆FlW2v5zETA 2016/09/07(水) 05:57:56.69 ID:/W5Sz0Hg0




同日深夜。


寮の部屋には、小型冷蔵庫と小さなシンクが備え付けられている。

各々ジュースや酒を冷やしたり、簡単な料理をしたり。
どの艦娘も、かなりの頻度で有効活用している設備だ。


それは北上も、例外ではない。


買い置きのカットフルーツや、リンゴやミカン。
その時々の気分によって内容は違うが、彼女の冷蔵庫には何かしらの果物が入れられていた。


今日冷蔵庫に入っているのは、リンゴが二つ。


その一つを手に取ると、彼女はシンクへと向かう。
いつもリンゴを食べる時は、果物ナイフで切り分け、テーブルに置いてそれを食す。



今、彼女はシンクの上でそれを見つめている。



今日は丸かじりで食べる気分なのだろうか。
リンゴは彼女の細い指に包まれ…。


そして数分後、生ゴミ入れにはリンゴの残骸が捨てられていた。
その残骸は、リンゴの芯と。




粉々に砕けた、リンゴの身であった。







261:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/09/07(水) 10:27:45.47 ID:hn65KttMO

こわ…



【艦これ】北上「離さない」【後半】
元スレ
北上「離さない」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1467583574/
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