涙の色は赤がいいだろ?
- 2017年03月16日 09:10
- SS、神話・民話・不思議な話
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突然、高校生くらいの女の子にそう話しかけられた。
なぜ俺がこんな状況に陥っているか、説明するなら話は一週間前に遡る。
人生の夏休みと呼ばれる大学生の夏、人より早くテストが終わったので、少し早めの夏休みに入った頃、ネットを彷徨っているとその文字が目に入ってきた。
俺はありえないだろとか思いつつ、この見出しに少し興味を惹かれてクリックしたんだ。
するとそこには、
公園のベンチに座ってもらいます。
【募集条件】
十八歳から二十二歳までの健康な男性。
【その他】
詳しいことは追って説明します。
とだけ書いてあり、詳しい内容については書いてなかったが、確かにバイトの求人のようだった。
大学生っていうのは何かとお金が入用でさ、まぁ、ただ買いたいものがあるだけなんだけど、とにかくお金が必要だったんだ。
こんなのを見せられたらとびつかないわけがないだろ?
というわけで、俺は冗談半分で応募してみたんだ。
そこには採用の二文字が書いてあった。
ただ、誰にもバイトの話を口外してはいけない。それだけが条件だと聞かされた。
正直不気味だったけど、やっぱりお金が必要だったんだ。
こんなところでただ座っているだけなんて、一体俺に何をさせたいんだろうか?
まぁいいや、ここら辺で話を戻そうか。
俺は急に謎の女の子に話かけられたわけだが。一体この子はなんなんだろうか?
俺は返事ができず、沈黙が場を支配していた。
「あなたはどう思いますか?」
少女はその長く美しい黒髪をかき分けながら、二言目を発した。
この子はなんの話をしているんだろうか?
どう、ってなんのことだ。俺は意味がわからなかった。
ああ、そうか涙の話だな。涙の話? 涙の話ってなんだ? 涙は赤がいいってどういう意味だ?
俺の頭の中は疑問符でいっぱいだった。
やっとの事でひねり出した言葉は、率直な俺の疑問だった。
「ああ、すみません。そうですね私は公園の主です」
「主?」
少女の答えに、俺の疑問はまた一つ増えた。
「そうです、公園の主。この公園が好きなんですよ。だからよく来るんです。でもこの公園寂れてるじゃないですか。だからあんまり人が来なくて、それで久しぶりに人がいるなと思ったんで、話しかけちゃいました。迷惑でしたか?」
少女は少し伏し目がちに言った。
「そうですか、なら良かった。それであなたはどう思いますか?」
「どうって、涙の話か?」
「そうです。赤がいいと思いませんか?」
この子は何が言いたいんだろうか?
俺にはわからなかったので、結局また質問で返すことしかできなかった。
「どうしてそう思うんだ?」
「ああ」
「でしたら、ダーウィンの涙についての仮説知ってますか?」
「いや、進化論のダーウィンだよな? そんなのがあるのか?」
そんなのは聞いたことなかった。俺の中でダーウィンと言えば、イコール進化論くらいの知識しかない。
「でも、一人でいる時も涙を流すだろ? だったらそうはならないんじゃないか?」
つい反射的に反論していた。
「そうですね、フレイという人もそう言って、この仮説を否定しました。でもそれは間違いだと私は思います。むしろ一人だからこそ、誰かに気づいてもらうために、涙を流すんだと思うんです」
そう言う彼女の声には少し熱がこもっているように感じた。
「それに、感情が原因の涙を流すのは人間だけだと言われています。ウミガメは別に悲しくて泣いているわけじゃないんですよ。これこそがさっきの仮説が正しい証拠だと思うんです。
人間以外の動物は、鳴き声や動作で悲しみを表します。人間にもそれと対応する言葉というものがあります。ただ、言葉というのは非常に厄介で、たまに嘘をついちゃうんですよ。強がったり、誤魔化したりしちゃうんです、私は悲しくなんてないって。
だからそんな面倒くさい人間のために、悲しみの涙があるんですよ、きっと」
「確かにそうかもな」
やっと話す機会がまわってきたとき、口から出たのは肯定の言葉だった。
彼女の話を聞いていると、本当にそうではないかと思えてくる、そのくらいの説得力があった。だから俺は、半分は本心で肯定したのだろう。ただ、半分はきっと俺に自分がないからなんだろう。自分の意見がないからとりあえず肯定するんだ、俺は。
結局、この話がなんで涙の色の話になるのかがわからなかった。
「さっきの話を聞いていて涙には欠陥があると思いませんでしたか?」
「欠陥?」
「はい、欠陥です。それが色なんですよ。涙の色は弱すぎるんです、悲しみを表すには。透明じゃ駄目なんですよ、悲しいときに透明じゃ気づいてもらえないと思うんです。
さっきあなたも言ってましたよね、一人で泣く時もあると。その時、涙の色が透明だと少し床を濡らすくらいでしょう。もし後からそこに人が来たとしても、その涙の跡に気づく可能性はとても低いと思います。
でも、もしそれが赤だったら? その人はそれに気づきます。そして何事だと思い、泣いていたであろう人に話を聞きに行くでしょう。
こっちの方がいいと思いませんか?
今の色だとSOSのサインとしては不十分なんです」
そこまで話すと彼女は黙ってこっちを見ていた。俺に返答を求めているんだろう。
俺の口からはまた肯定の言葉が出ていた。
「そうでしょう?」
「ただ、それでも俺は今の色がいいと思うけどな」
珍しく俺の口から否定の言葉が出ていた。どうしてだろうか?
「どうしてですか?」
彼女が聞き返してきたが、俺自身もなんでそう思ったのかわからなかった。
口から本音が出ていた。なんで初めて会った子に、こんなことを話しているんだろうか?
「ふふっ」
少女の口元が少し緩み、微かな笑い声が耳をくすぐった。
「いや、変わった人ですね。すごく面白い人です」
「そんなこと言われたの初めてだな。どちらかというと、つまらない人間だと自覚してるつもりなんだが」
それに急に涙の色の話なんか始めた、彼女の方がよっぽど変わってる。そんな言葉が出かかったが、それは飲み込んだ。
「そんなことないですよ、すごく面白い人です」
彼女は未だに笑っていた。
「暇だったから散歩してたら、たまたま目に入って少し休憩しようと思ったんだ」
バイトのことは言えないので嘘をついた。
「そうですか、明日も来ますか?」
「ああ、最近ずっと暇だからな」
「じゃあ、明日もまたお話ししてくれますか?私も大体この公園に来てるんで」
「俺は別にいいけど…… でも俺でいいのか?」
「はい、あなたと話してると面白いですから」
「そうか、なら喜んで」
「ああ、また明日」
そんな約束をして、彼女は帰って行った。
ただ、多分彼女と話すのを楽しいと感じたんだろう。それだけはなんとなくわかった。
しかし、このバイトになんの意味があるんだろうか? どこかで俺のことを監視でもしているんだろうか?
まぁいい、何にしても金が手に入るんだ。余計なことは考えなくていいか。
そう結論付けて帰路に着いた。
家に着き夕飯を食べるときも、公園で会った少女のことが頭を離れなかった。
名前も知らない少女。しかし彼女には何か惹かれるものがあった。
もしかしたら彼女は、俺と同じバイトの依頼を受けてあそこに来ているのではないだろうか?
そうでもなければ、高校生くらいの子があんな寂れた公園には来ないのではないか?
だとしたらバイトの依頼主は何が目的なんだろう? 俺と彼女に話をさせて、何かの実験なんだろうか?
こんな風な推測が頭から溢れるくらい湧き出てきた。
とても気になるところだが、余計なことをしてあんな割のいいバイトを逃すのは嫌だったので、彼女何か聞くのはやめることに決めて、俺は眠ることにした。
「こんにちは、本当に来てくれたんですね」
「ああ。それにしても早いな」
「公園の主ですから」
彼女は得意げな顔でそう言った。
「そうか」
俺が少し笑いながらそう言うと、彼女は不思議そうな顔で、おかしいですか? と尋ねてきたので、「いや」と否定しておいた。
「お菓子とかだな、ここに来る前に買ってきたんだ。食べるか?」
「はい、ありがとうございます」
俺は彼女の隣に座り、袋の中身を差し出した。
「そうだな、何でもいいよ」
「あ、それ一番女性に言っちゃいけない言葉ですよ。この前テレビでやってました」
少し緩んだ顔で彼女はそう言った。
「ははっ、いや、ごめん。そうだな、昨日の話の続きをしようか」
「いいですね」
彼女の顔の緩みはまだ収まらないようだった。
俺が疑問に思って聞くと、
「いえ、なんか楽しいなと思いまして」
「楽しい?」
「はい、こうやってお菓子とかを食べながら、誰かとお話をする機会、あんまりなかったんで」
「そっか。俺なんかと話して楽しんでもらえてるなら嬉しいよ」
だけど、話す機会があんまりないって、この子はどんな生活を送ってきたのだろうか?
当たり前だけど、俺はこの子のことをよく知らない。何で公園に来ているのかもわからないし、どういう子でどんな人生を歩んできたかも知らないんだ。
俺はそれが少し不気味に思えてきた。
俺が考え事をしているうちに、彼女の話はもう始まっていたようだ。俺の肩を揺さぶりながらそう聞いてきた。
「ああ、涙の話だよな」
「はい、やっぱり赤がいいと思うんですよ」
「SOSのサインとして目立つからだよな」
「はい」
「でも、それなら何で赤なんだ。目立つ色なら他にいくらでもあるだろ?」
俺はその疑問を彼女にぶつけた。
彼女と話していると、素直な子供のように疑問をすぐ口にしたくなる。多分、彼女が明確な答えをくれるからだろうな。
「確か自分が見ている色と、他人が見ている色は違うかもしれないってやつだよな?」
クオリア、確かそんな話だった覚えがある。
「その通りですね。私が「赤」だと教えられてきた色、例えばイチゴ、そして私が「緑」だと教えられてきた色、スイカとかですかね、イチゴとスイカこれを私は「赤」と「緑」として教えられてきました。
そしてそれは他の誰かも同じで、イチゴを「赤」、スイカを「緑」だと認識しています。
でも、私が見ている「赤」を他の誰かは私が「緑」だと思っている色で認識しています。
しかし、その私が「緑」だと思っている色は、その人の中では「赤」と名付けられているため、表面上の色の名前としては一緒で、会話にも差し支えはありません。
でも、見えている世界の色は全然違う。そんな話ですね」
「つまりですね、意味があるのは「赤」という色ではなくて、「赤」という言葉だということです」
どういうことだ? それは同じ意味じゃないのか? 彼女の言いたいことがよくわからなかった。
「そうですね、じゃあ赤色と聞いて何を思い浮かべますか?」
「そうだな、イチゴとかトマトとかか?」
「ふふっ、あなたが食いしん坊さんだということはよくわかりました」
いたずらっぽく笑いながら彼女はそう言った。
「いや、別にそういうわけじゃ……」
食いしん坊のレッテルを貼られるのは嫌なので、とりあえず否定はしといた。
「危ないものか…… 赤信号とか、……そうか血か」
「正解です。そう、血ですね。血の色が「赤」と呼ばれていることが大切なんです」
「確かに血には危機感を覚える。だから赤がいいのか」
「そうです、別にあなたにとっての「赤」が私にとっての「緑」だとか、そんなことはどうでもいいんです。血の色が「赤」と呼ばれている。そして血が流れていると人は危ないと判断する。この二つが大切なんです。
何色に見えていようと、涙が血と同じ色なら、人はすぐにその人のSOSに気づいてくれるでしょ?」
「どうですか? これで赤がいいと思ったでしょ?」
彼女の話は筋が通っていたし、納得もした。それでもやっぱり俺の心は変わらなかった。
「筋は通ってるんだ、納得もしてる、でもやっぱりなんか違う気がするんだよな」
上手く言葉をまとめることができなさそうだったので、そのまま口にした。
また、いたずらっぽく笑ったその顔に、俺は見惚れていた。
「どうしたんですか? 聞いてますか?」
見惚れて、止まったままの俺に彼女が問いかけてきた。
「ああ、大丈夫だ。そうだな、望むところだ。納得させてみてくれ」
「はい、もちろん」
そう笑いながら言った、その笑顔に俺はまた見惚れた。
「そうですね、じゃあこんな話があります……」
話の内容は涙の色の話だけではなく、お互いのことや、他愛もない話などいろいろ、本当にたくさん。
彼女と話す時間は俺にとってだんだん大切なものになっていき、普段人と喋る機会の少ない俺は、この時間だけが人と関わる時間になっていた。
七月が終わる頃になっても、涙の色の話に決着はつかず、俺たちはまだ話し合っていた。
「そうなんだけど、でもやっぱりなんか違うんだよな」
「またそれですか…… あ、もしかして私と話していたいから、わざと納得しないでいるんですか?」
彼女はニヤニヤ笑いながらそう聞いてきた。
最近では、彼女はこんな風に俺をからかうようにまでなっていた。
いつもならすぐ否定するんだが、今日は少しだけ仕返しをしてみたくなったので、俺は真剣な顔で、「そうかもな」と言った。
その顔があまりにも可愛かったから、俺はもう少しだけからかうことにした。
「いや、その通りかもしれないと思ったんだ。一緒にいるのが楽しいから、話を続けていたいから否定してるのかなと思ってな」
「そ、そうですか…… ありがとうございます……」
なぜか少し伏し目がちに彼女はそう言った。
その顔に俺は、冗談だとも言えなくなり、しばらく沈黙が続いた。
携帯を開くと、今日のバイトの終わりを告げるメールがそこにあった。
いつも終わる時間はバラバラで、何の規則性もない。どこかで俺を見張って時間を決めているんだろうか?
そう思って周りを見渡したが、そんなことができるような場所は、どこにもなかった。
急にキョロキョロした俺を見て不思議に思ったんだろう、彼女がそう聞いてきた。
「いや、なんでもない……」
そう言おうとして、一つアイデアが浮かんだ。
もしここでこの子に、このバイトのことを相談したら、きっといい解答を導き出してくれるのではないだろうか。
今までの会話からわかったことだが、この子は頭がいい。その目はいつも真実を見透かしているように見えた。そんな彼女なら何かわかるかもしれない。
だが、まわりに監視がいるわけでもなさそうだし、ここで話してもバレることはないだろう。
それにいくら割がいいとはいえ、俺はこのバイトのことを不気味に思い始めていた。
さっき監視はいなさそうと言ったが、監視がいないなら一体何のためにこんなことをしているんだ?
いい加減はっきりさせるべきなのかもしれない。バイトを続けるにしても辞めるにしてもだ。
その足がかりにでもなるならと、俺は彼女に相談することにした。
意を決して彼女にそう聞いた。
「相談ですか…… いいですよ、私で力になれることなら何でも言ってください」
彼女は力強い目でそう言ってくれた。
「実は……」
俺が話している間、彼女は驚きながらも、黙って話を全部聞いてくれた。
「なるほど……」
話が終わると、彼女は一言そう言った。
「不思議な話ですね」
「それで、どう思う? このバイトについて」
俺は彼女に解答を求めた。
「三つ?」
「はい。一つ目は誰かがここを監視して、何か実験を行っているという可能性です」
「だがそれは――」
「はい、辺りを見渡したところ、監視できるような場所はありません。だからこの可能性は低いでしょう」
俺の言葉を遮って彼女は話した。
「だけど、お金が実際に振り込まれたんだ。イタズラの可能性は低いんじゃないか?」
イタズラのために金を振り込むとはとても思えないし、そんな奴がいたら馬鹿としか言いようがない。
「そうですね、この可能性も低いでしょう」
「俺は嘘なんかついて――」
「知ってます。あなたは嘘をつくような人じゃありません。よってこの可能性はゼロです」
また、彼女が俺の言葉を遮って、そう言った。その声には少し力がこもっているように感じた。
「はい、お手上げですね。全然わかりません、そのバイトが何のためにあるのか」
彼女は肩をすくめてそう言った。
「そうか……」
「すみません……お力になれなくて」
「いや、仕方がないさ」
そう、仕方がないんだ。
いくら彼女とはいえ、こんな少ない情報で、こんな訳の分からない謎を解けるわけがない。
「ああ」
「もし、また何か新しいことがわかったら言ってください。力になれるかはわかりませんが」
「いや、ありがとう。そうするよ、とても心強い」
実際、彼女ならそのうち、この謎を解いくれるんじゃないかという気がしていた。
「それじゃあ、さようなら……」
「ああ、また明日」
さようなら、そう言った彼女の目はなんだか少し悲しそうに見えた。
しかし、メールボックスを開いてみて気づいたが、ここ最近来たメールは全部バイト関連のことだけだ、俺の交友関係はどんだけ寂しいんだろうか。
自分に呆れながら最新のメールを開くと、そこにはバイトの終了を告げるメールがあった。
バイトの終了と言っても、いつものもう帰っていいよというメールじゃない、もうこのバイトに来なくていいよというメールだった。
まさか、彼女のバイトについて話したのがばれたのか?
だが、あそこら辺に監視できるような場所はなかった。
じゃあどうして?
そもそもなんで彼女をバイトと関係ないと思ったんだ?
あんな公園にいる女子高生、どう考えても怪しいじゃないか。
どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだ、俺は。
一度考えつくともう止まらなかった。
彼女とバイトに関する推測が、いくつも出てきた。
明日彼女に真実を聞こう。
割のいいバイトが終わって嫌だったからじゃない、俺はただこのバイトがなんだったのか気になってしょうがなかった。
もし、彼女がバイトを募集したんだとしたら、一体なんのためにそんなことをしたのか。
ここまでバイトを続けたんだ、それくらい知る権利はあるはずだ。
だかそれも明日はっきりするはずだ。
一体彼女が何者なのか。
さすがにこんな早い時間から公園にはいないだろうと思ったが、それなら待てばいい。
とにかく俺は早く真実を知りたかった。
「おはようございます、やっぱり来ちゃいましたか」
来ちゃった? どういう意味だ?
聞きたいことはたくさんあったが、俺はとりあえず彼女の隣に座った。
「随分早いんだな」
「公園の主ですから」
そう言った彼女の顔は、前のような得意げな顔ではなく、ただただ、悲しそうな顔だった。
ここまでくると、俺にはもう確信があった。彼女バイトについて何か知っているという確信が。
「……」
彼女は何も答えなかった。
俺はその沈黙をイエスと受け取り、さっき得た確信を口にした。
「君があのバイトを募集したのか?」
彼女は未だ悲しそうな顔で、とても小さな声を出してそう言った。
「どういうことだ?」
「すみませんでした、私は今まであなたを騙してたんです」
「だからどういうことなんだ? 本当のことを教えてくれないか?」
俺はもう、思ったことを全部口に出していた。
いつもならもっと考えてから話すのに、今はそれができなかった。
「正体?」
どういうことだ? 俺の正体って、俺には正体だとかそんな大層なものはない。
そもそもなんで俺の話になるんだ?
わけがわからなかった。
「そうです、正体です。あなたの正体は……」
彼女は少し話すのをためらっているように見えた。
少しして、何か決心をしたような目になって彼女は口にした。
周囲に馴染めなくて一人でずっと本を読んでいるような子供だったと思います。
家族も、父は割と大きな会社を経営していて家に帰ってくるのは夜遅く、母は私が物心つく前に死んでしまったので、私は広い家でずっと一人でいました。
学校で友達と意味もなくお喋りしたり、そのことを家族と話したり、そんな生活をしてみたいと思ってたんです。
レンタル家族とはその名の通り、家族の代わりをしてくれる人の、貸し出しサービスのことです。
お葬式とか結婚式での家族の代わりや、忙しい両親のために子供と遊ぶなど、他にもレンタルフレンドやレンタル彼氏とかもいるらしく、寂しい人の心を埋めるサービスだとのことでした。
私の心を埋めてくれるのはこれだと思ったんですよ。
そして父のいない休日にレンタル家族に来てもらうことになりました。
一緒にご飯を食べたり、お料理をしたり、それは私にとって全部初めてのことでした。
その時間は本当の家族のようで、本当に楽しかったです。
レンタル母とお裁縫したり、レンタル父とテレビを見たり、家族とすごすのはこんなに楽しいんだと思いました。
時間になるとレンタル家族は帰っちゃうんですよ、そしてその後私は、広い家にただ一人とりのこされるんです。
その時間ほど虚しいものはありませんでした。
なんでこんな虚しいことをしてるんだ? と。
私はレンタル家族の派遣をやめにしました。
もうあの寂しい生活に戻るのは嫌だったんです。
だから今度こそ上手くやろうと決めました。
だから友達にすることにしました。
そして今度は、相手に自分がレンタルフレンドだと知らずに、私と話して欲しいと思いました。
それは、普段レンタルフレンドをしてるわけではない何も知らない人を、どこかに呼び出してそこにずっといてもらうバイトとしてお金を払い、私もそこに行きそこでお話をするということでした。
そして決行の日、私は彼に話しかけました。
俺は何も言うことができなかった。
真実は俺が想像していたよりもあっけなく、それなのに悲しいものだった。
その想像に比べたらよっぽど簡単な真実のはずなのに、それなのに俺にとってこれはとても悲しいものだった。
そう言い残すと彼女は走って公園から出て行った。
なんて言ったらいいかわからなかったんだ。
最低なのは俺の方だ、こんな時かける言葉もわからず、引き止めることもできない。本当、最低だ……
彼女が公園を出て行ってからもう何時間も経ったのに、俺はまだここから動くことができなかった。
俺はいつまでここにいるんだろうか。彼女を追いかけるのか、家に帰るのか、どっちかでもすればいいのに。
俺はどっちもできないんだ。ここにいたって何にも変わらないのに。本当、俺は弱いな……
突然横から声が聞こえた。
顔を上げてみてみると、そこには二十代後半くらいの男性がいた。
「大丈夫ですか? 何かあったんですか?」
大方、ベンチに座って俯いてる俺を見て、心配になって声をかけたんだろう。
おせっかいな人もいるもんだな。
何も考えたくなかった。
だから、この人にどっかに行ってもらうためにも、頭によぎった一つの言葉をそのまま言った。
彼女の顔が頭に浮かんだ。
まぁ、いい。なんにしろ、こんなわけのわからないことを言われたら、危ないやつだと思ってどこかへいくだろう。
「なるほど、なかなか面白い考えですね。確かに、涙の色が赤だと便利かもしれません。助けを求める涙として目立ちますしね」
なんなんだこの人は、こんなヤバそうな奴にこんなわけわからないこと言われたんだぞ、普通逃げるだろ。
「へっ?」
俺の口から間抜けな声が漏れていた。
どういうことだ?
「だってそうでしょ、悲しいことがなかったら涙の色の話なんてしませんよね?」
男性の言葉に一人の少女の顔が頭をよぎった。
今度は大きな声が俺の口から出た。
「どうしましたか? 急に?」
男性は、突然叫んだ俺に驚いたようだ。だがそんなことはどうでもいい。
涙の話なんかどうでもよかったんだ。彼女は俺にSOSを出してたんだ。
助けて、と。
彼女はいつも赤い涙を流してたんだ、ずっと。
何が言葉は嘘をつく、だよ。涙だって我慢しちゃうんじゃないか。
男性が俺に話しかけていた。
「はい、貴方のおかげでわかりました。ありがとうございます」
俺は早口でそう返した。
一刻も早くここから去りたかったからだろう。
「そうですか、なんのことかわかりませんが、力になれたのならよかったです」
男性は少し戸惑いながらもそう言った。
「私は磯崎です。これは私の想像ですが、多分貴方にはこれから大変なことが待っているんでしょう。どんなことかはわかりません。でも、私も応援してます。頑張ってください」
磯崎さんはとても優しい顔でそう言った。
「ありがとうございます、磯崎さんですね。それじゃあ自分はもう行きます、本当にありがとうございました」
俺はそう言いながら、もう走っていた。
彼女のもとに行くために。
彼女のSOSに応えるために。
自分でもわからなかった。
彼女がどこにいるかなんて、見当もつかない。
もし俺が青春映画とかのかっこいい主人公だったら、ここで今までの会話から彼女の居場所を導き出してかけつけるんだろう。
だが、生憎俺の青春と呼べる時期はとっくに終わっているし、かっこいい主人公というわけでもない。
それでも俺は走り続ける。
彼女を見つけるまで走り続ける。
必ず彼女を見つけ出してみせる。
それでも走るしかないんだ、俺は。
彼女は涙で腫れた目を拭いながら、弱々しい声でそう言った。
「ここで俺はそれらしい理由を言ってかっこよくきめるべきなんだろうな、だけど残念ながら、適当に走り回ってやっと見つけたんだ。俺にかっこよくきめるなんて無理みたいだ」
言葉の通り、俺にはなんで彼女がこんな廃ビルにいるのか見当もつかない。
ただ、このビルの近くにぐしゃぐしゃになった、上から落ちてきたであろう看板があって、少し気になったから入っただけだった。
彼女を見つけられたのは看板のおかげだな。
彼女の目からは涙がこぼれていた。俺にはその涙は、血のように濁った赤色に見
彼女の目からは涙がこぼれていた。俺にはその涙は、血のように濁った赤色に見えた。
「えっ?」
彼女は驚いたような顔で俺の方を見てきた。
「最初に会った時言ってたろ、悲しくないって強がったり、誤魔化したりしちゃう言葉の代わりに涙があるって。そんなこと言ったくせに泣かなかったじゃないか、ずっと我慢してただろ? 涙を」
そう、彼女はずっと嘘をついていた。ついてた嘘はバイトのことなんかじゃない。そんなことはどうでもいい。彼女がついてたのは私は悲しくなんかないという嘘。この嘘だけは見逃すわけにはいかない。
たとえ涙の色が赤じゃなくても、いや、涙すら我慢していたとしても、俺が必ず気づいてみせる。お前が悲しんでいるなら、俺が必ず気づいてみせる。だから、悲しい時は一人で抱えるんじゃなくて、俺に一緒に抱えさせてほしい。
バイトの嘘なんてどうでもいい、でも自分の悲しいっていう気持ちに、寂しいっていう気持ちに嘘はつかないでほしいんだ。
悲しい時は俺にも一緒に悲しませてくれないか?」
ここに来るまで彼女に何を話すのかずっと考えていた。でも、結局何を話していいのかわからなかった。だから自分が思っていることを全部言うことにしたんだ。
飾らない俺の気持ち、かっこ悪くてもこれが俺の本心だ。
そう言った彼女の目から流れた涙は透明だった。
「倉敷です……倉敷彩乃です」
「そうか、俺は楠――」
「知ってますよ、あなたの履歴書見ましたから」
彼女は涙でくしゃくしゃになった顔で、少し口元を緩めて、またいたずらっぽく笑った。
俺はその顔にまた見惚れた。
「なんですか」
「やっぱり俺の勝ちだな」
「なにがですか?」
唐突に切り出した俺に、彩乃は戸惑ったような顔で聞き返した。
「涙の色だよ、赤よりそっちのほうが綺麗だ」
「ホントずるいですね……雅也さんは」
元スレ
涙の色は赤がいいだろ?
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news4viptasu/1457780404/
涙の色は赤がいいだろ?
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news4viptasu/1457780404/
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コメント一覧 (5)
-
- 2017年03月16日 09:13
- ラッドのオーダーメイドの話かと思った
-
- 2017年03月16日 12:34
- 赤い涙…赤い水…サイレ…うっ、頭が…。
-
- 2017年03月19日 19:00
- よかった!
5ページあるからちょっと読むか悩んだけど長さは全然気にならなかった!
良作!
-
- 2017年05月06日 10:10
- 良作+40点
オチが弱い-5000000000000000点
-
- 2019年10月24日 03:25
- ※4みたいに、覚えたてのように何にでも「オチが弱い」って言いたい人はもう脳内で「最後にお茶が怖い」って補完すればいいんじゃないの