男「路地裏、三日月の負け犬」

1: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/16(木) 21:34:07.12 ID:iaEzW9dR0

男「慚愧の雨と山椒魚」 の続編です。



2: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/16(木) 21:44:39.18 ID:iaEzW9dR0

ザアアァアアァアアァァ――

男(雨がざあざあ降っている。生憎傘は持っていない)

男(走って帰ろうと思ったが、どうせずぶ濡れになるんだ)

男(不毛な事は何よりも嫌いだ。俺は開き直ってゆっくりとした足取りで進む)

男(どうせ心配する人間なんて誰も居やしないさ。そうやって自分をあざ笑う)

男(心も身体も氷になったようだ。震えているのは寝不足のせいだと信じたい)

男「……」

男(俺は簡単に言うと天才だ)

男(その才能は大切な親友を殺し、俺の生きる活力すら奪った)

男(死ぬ勇気は無いくせに、与えられたものには不満ばかり)

男(そんな自分が心底不愉快で、許せないまま今日も生きる)

男(……街の看板の光は苦手だ。俺は追われる脱走者のようにそれを避けていく)

男(いや、脱走者と例えるにはいささか相応しくないか。なにせ彼らには生きる目的があるものな)

男(夜の路地裏は好きだ。暗くて良い。クソみたいな自分が闇に紛れる気がする)

男(紛れた所で、俺の罪が消える訳もないが)

男(……おや)

男「……あれは……人? 何故……」

男(妙だな……何故こんな路地裏で、傘も差さずに一人突っ立っている?)

男(女か……やけに肌が白い。白粉でも塗っているかのようだ)

男(まるで幽霊――)

男「なっ……消えた!?」

男(馬鹿な! 目を離していなかったと言うのに……)

男「……!?」

男(俺は暫くの間、何も言えず雨に打たれ続けていた)



3: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/17(金) 15:36:26.48 ID:SVHYy5tt0


男「ちっ……今日も雨か。鬱陶しい」

男(幸いにも風邪は引かなかったようだ)

男(しかし昨日の女は一体……)

男(……今日の夜も通ってみようか。どうせ時間なんざ腐るほどある)

男(傘は……ああ、骨が折れている。使えないか)

男(この前盗まれたからだな……これしか残っていない)

男(まるで俺のようである。ぽっきり折れてやる気が無い。手に取ってくれる人も居ない)

男「くっくっく」

男(そうして俺は自虐的に笑う。一体何年そうしてきた事か)

男(きっとこれからも俺は何も生み出さず、ただ呼吸を繋げていくだけなんだろう)

男(ああ、惨めだ)



4: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/17(金) 16:01:23.65 ID:SVHYy5tt0

男(結局、俺は傘を差さず、ずぶ濡れのまま街を彷徨う)

男(風邪がどうした。引いたところで特に今と変わらん)

男(時々すれ違う人々の目など、全く気にならない)

男(ほんの一度だけ出会う人間に好意的に見られた所で、それが一体何の役に立つ)

男(誰に聞かれている訳でも無いのに、そうやってまた言い訳を立てる)

男(幸せそうなカップルを肩で避け、俺は例の路地裏へ向かう)


ザアアアァアアアァアァ……

男(真っ暗な路地裏に、無愛想な雨音だけが響く)

男(そこは俺の為に用意されていた留置所のように感じた)

男「!」

男(昨日の女……)

女「今晩は。来ると思っていたよ」

男(女はそう言うと儚げに笑った。俺にはそれが随分嘘っぽく見える)

男「……あんたは……? 昨日消えたよな……」

女「やはり見ていたか、まあいいさ」

男「おい、答えになって……な……」

男(女に手を伸ばしたその瞬間に、俺の意識は暗転した)



6: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/17(金) 22:04:20.20 ID:SVHYy5tt0

男「! これは……」

山椒魚『この雨は……儂の涙なのだよ』

男(これは俺……あの時の山椒魚……? 時が戻っているのか……!?)

女「へえ、君は随分と珍しい経験をしたんだね」

男「おい、どうなってやがる!」

女「別に、ただの興味本位さ」

男「おい待て……」グラッ



7: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/17(金) 22:11:02.76 ID:SVHYy5tt0

男(ふと気が付くと、あの路地裏に立っていた。雨が容赦なく俺を濡れ鼠にする)

男「おい、説明しろ!!」

男(いつ振りだろう、大声を上げたのは)

男(何年も他者とまともに話していなかったせいで、喉が随分と弱い……思わず咳き込んでしまう)

女「僕は人の命を刈る者さ。ああ、別に君の命が欲しい訳じゃないよ?」

女「これはただの暇つぶしさ。まさか土地神と接触していたとは思ってなかったけれど」

男(嘘だろ……だが、あの山椒魚の存在からして、死神が居てもおかしくないか……!?)

女「迷惑をかけたね。それじゃ」

男「! 待っ……」

女「ふふっ」ニヤ

男(俺の静止を聞かず、女は陽炎のように消えてしまい)

ザアアァアアァァァ――

男(雨音が支配する闇の中に、独り取り残されてしまった)

男(俺の小さな心臓が、ばくばくと脈動してクズの血の循環を速める)

男(この気持ちは……何だ……?)


男「何を期待してやがる……クソ野郎」



8: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/17(金) 22:13:34.00 ID:SVHYy5tt0

男(あの女の事が頭から離れない)

男(別に恋をしたとか、そんなのじゃない。俺にそんな資格なんて無い)

男(だが、相手は人間とは違う。俺の想像のつかない力を持っている)

男(もし……過去に戻れるのならば)

男(……本当に戻れるのだとしたら……!)



9: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/17(金) 22:28:07.53 ID:SVHYy5tt0

男(翌日、俺は同じ時刻にあの路地裏に向かっていた)

男(今宵はのっぺりとした雲は一切姿を見せず、明るい月がよく見える)

男(俺はさながら白熱灯に導かれる羽虫のように、闇の隙間に足を踏み入れた)

女「……おや、どうしたんだい?」

男(月明かりが女を照らしている。黒い衣とすらりとした白い脚が対照的に生える)

男(女は何処か余裕そうだ。俺が此方を訪れるのを確信していたのだろう)

男(不愉快だが、確かに俺に選択肢は無い)

男「頼む! 俺を過去に連れて行ってくれ!」

女「おいおい、僕は時を司っているんじゃないんだぜ? そんな事出来る訳ないだろう」

男「っそれでも……俺の過去の記憶を覗く事は出来るだろう!」

女「随分と過去に縋り付くねぇ。そんな事してやる義理はないな」

男「俺の命をやる!」

女「いらない」

男「……!」

女「そうだね、他の人の命でもくれるのなら考えようかな」

男「は!?」

女「無理強いはしないよ。明日……此処を抜けた交差点でやってもらおうかな」スッ

男「お、おい……」

男(消えた)

男(……俺は……)



10: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/17(金) 22:37:37.48 ID:SVHYy5tt0

男(……俺は、友に会いたい)

男(たとえ過去の出来事だとしても……)

男(戻りたい……あの頃の……きらきら光っていた、何よりも幸せだった時代へ……!!)



13: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/18(土) 22:33:40.15 ID:7101tiau0

女「……くすくす」

男(もうすっかり暗い。俺は交差点の上の歩道橋で立ち呆けている)

男(寒空の夜と言う事もあり、人通りも今はほとんど無い)

男(! 前から子供が歩いてきた。塾帰りか……?)

ドクン

男(……隙だらけだ。あの歳の子供なら……ナイフで確実に……いける……!)

ドクン

男(チャンスは一回だけ……しくじれば終わり……)フー

ドクン

子供「……?」キョトン

男(友……!!)

ドクン!!

――



14: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/21(火) 21:48:22.89 ID:n8hviNMg0

女「……さて、話を聞かせてもらおうか?」

男「……」

女「君は幸せな記憶に向かう唯一の機会を逃したんだぜ? それこそ自分の命を売ってもいいくらいの」

男「……山椒魚の事を思い出したんだ」

男「……大切な人が居なくなった奴の事を……考えちまったんだ……」

男「結局……俺は何も出来ない根性無しだったよ……」

女「ふーん」

男「……もう良いか。さっさと酒を呑んで潰れちまいたい気分なんだが」

女「まあ分かってたけどね……思った通りだ。相応しい」ボソ

男「あ?」

女「己を赦す事が出来ず、呪い続ける者……君みたいな人間が継ぐべきだ」

男(女はそう言うと、紫色に揺らめく気を纏った)

男(その気は複数の奔流となり、女の身体を走り……右手に集まっていく……)

男(そうして巨大な禍々しい鎌へと姿を変えた。なんだよ、結局殺されるのか)

男(ああ、でもやっと死ねるんだな)

女「まあ、最期に良い思いくらいはさせてあげようか」

男「……!」



15: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/21(火) 21:56:04.76 ID:n8hviNMg0

男(……戻っていく……戻っていく……!!)

女「おや……これはこれは」

男(……友の……葬式……)

女「おいおい、何項垂れているんだよ。君が望んだ事なんだぜ?」

男「分かってる……」

男(……ああ……この部屋だ……)

男(友と二人で笑いあった部屋……俺がその夢をぶち壊した部屋……!)

男『……うーん、この鳥は白の方が映えるんじゃね?』スッ

男「――馬鹿!! やめろ!!」

女「うるさいな、どうせ聞こえやしないさ」

男「……」

男(俺のほんのちょっとした気まぐれが……友を……)

友『男、たまには散歩でもしようよ。身体が鈍くなるよ』

男『おー、そうだなぁ』

友『ねえ、レポートってもう終わった?』

男『当然。飯食いに行こうぜ』

友『あはははは』

男『はははっ!』

男「……もう十分だ」

男(これ以上は……見れない……!!)

女「自分から言ったくせに……それじゃあ戻るよ」

男(友……)



16: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/21(火) 22:03:33.41 ID:n8hviNMg0

男「……」

女「……さて、覚悟は良いかな?」

男「いいや」

女(ん? 目つきが変わった?)

男「俺は友の分まで生きる。これからも自分の罪を背負いながら」

女「おいおい、それは君が決める事じゃないだろ」

男「……」

――男の金魚の糞のくせに。なんか目障りだよな。

――良いよなぁ天才は、人生さぞかし楽しいだろうよ。

男「ッ!」ギリッ

男「そんなもん知った事か!! 俺達は……もう他人に左右されない!!」

男「俺達は自由なんだよ!! もう誰にも縛られてたまるか!!」

男(我ながら言っている事が滅茶苦茶だ。それでも)

男(友の分まで……俺は死ぬ気で頑張らなければ)

男(そうだ、絵を……絵を描き続けよう。あいつが好きだった絵を。あいつを殺した絵を)

男(惨めに苦しんで生き続けよう……それがあいつへの贖罪だ)

女「ふぅん」ヒュン

男「がっ……!」

男(しかし、俺の抵抗空しく、死神の鎌が俺の胸に突き刺さる)

男(目に見える速度では無かった……次元が違う)

男(……痛みすら感じない。気だるげな眠さが視界をじわじわと侵食していく)

男(畜生……畜生……! 友……!!)

男(重くのしかかる瞼の隙間から、奴が血の滴る左腕をこちらへ伸ばしているのが見えた)



17: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/21(火) 22:14:59.57 ID:n8hviNMg0

男(……!)パッ

男(これは……どうなってる? 死んだ……のか?)

女「どうだい、身体の調子は」

男「てめっ……え……?」

男(黒い衣……? 服が先ほどとは違う。では俺は一体?)

男(ふと自分の手を触ると、こつこつとした無機質な肌触りが――いや)

男「骸骨……!?」

女「お憑かれさま。今日からは君が死神だよ」

男「は、はぁっ!? どういう事だよ!?」

女「今言ったじゃないか……君は一度死んで、死神になりました」

男「……!?」

女「時間が無いからさっさと伝えるよ、黙って聞いてね」

女「死神の力を君は使う事が出来る」

女「元に戻るには百人の魂を刈る事が必要」

女「百人目を殺し、その遺体に「自らの血」と「その者を含めた百人分の魂」を心臓に注ぐんだ」

女「そうすると、百人目が新たな死神となり、君は本当の意味で死ぬ」

女「以上だよ。継承しないと何をやっても死ねないからね。君が望んだ‘生き続けられる’とも取れるが」

男「……俺に人を殺せと?」

女「さあ、別に期限は無いから何をしていても構わないよ。どうせ人の死なんてすぐに慣れる」

女「数が違ってて失敗すると、またそこから百人やり直しだから……」

男(! 女が消えていく……)

女「ああ……魔力が馴染んで来たら……姿はすぐに擬態出来るようになるよ……それと……」

女「……「死者に会える湖」へ……行ってみると良い……」

女「すぐにやり方が分かるよ……」

女「君も……謝れるといいね……」

男「おい、待てよ!!」

女「ああ……やっと、死ねる……僕もようやく一緒になれるんだね……」

男「おい!!」

男(俺が肩に触れた瞬間、女の身体はふわりと煙のように消えて無くなってしまった)

男(言葉を無くす俺の前には、女の物であろうピアスだけが残った)



18: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/21(火) 22:28:59.21 ID:n8hviNMg0

男「俺は、どうすればいいんだろう」

男(取り残された俺は、ピアスを拾って情けなく独り呟く)

男(魂を刈る……この鎌で? 俺が……?)フッ

男「うお、鎌が消えた」

男(ついさっき、子供一人すら殺せなかったのに……?)

男(俺は……)

男「……「死者に会える湖」があるとか言ってたな……」

男(そこに行けば……友に……会えるのだろうか……?)

男(とにかく、顔を何とかしないと……)ズズ

男「……! 出来た……ようだな。妙な感覚だ」

男(ぺたぺたと自分の頬を触る。柔らかい。うん、大丈夫みたいだ)

男(これが魔力を使う感覚なのだろうか? 今まで体験した事の無い感じだ……)

男「……!」

そう、血の流れを指先に集中させる感じだ。すっと心を研ぎ澄ませるんだ。

男(何だこれは、あの女の残留思念のようなものか……?)

さて、「繋ぐ」のを覚えないとね。まずは強力な魔力球を作って、その中心にさらに魔力を注いでくるくる回すんだ。渦を作るようにね。

男(その言葉に従うと、壁に黒く渦巻く水面のようなものが出来上がった)

ゴボボ……!

男(覗き込むと、深淵が広がっている)

男「繋がって……いるのか?」

男(しかし、初めて作ったものだぞ……もし失敗していたら……)

おいおい、怖がってちゃ何も掴めないぜ。まさしく君の人生のようにね。

男(うるさい、知ったような口を叩くな)

……もう僕の声も消えてしまう。後は君次第だよ。

男(……うだうだしていられない。どうせ俺に失うものなんてもう無いんだ)

男「……行くしかない!」

男(俺は知らずの内に震えていた出来立ての脚を叩くと、意を決してその渦に飛び込んだのである)



20: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/23(木) 12:47:23.56 ID:vHJlMSv10

ホー……ホー……

男(激流に身を任せて投げ出された場所は、静かな夜の森だった)

男(……何だか、妙な雰囲気の森だな……梟の声がやけに遠く感じる)

男(世界の喧騒から隔離されたような……そんな感じだ。静かにしないといけない、ような……そんな空気が漂っている)

男(だが、強制されていると言うか……自然とそうしたくなるような……不思議だ)

男(これは……繋げたのだろうか? 一体何処なんだろう。俺の居た世界では無い事は確かだが)

男「おい、此処で大丈夫なのか?」

男(……駄目だ。もう聞こえない)

男(進んでみよう。進むしかない)ザッ



21: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/23(木) 12:58:17.09 ID:vHJlMSv10

男(二十分ほど歩いた。体力が無かった生前と違い、いくら歩いても疲れない)

男(この世界にも月はあるのか。本当にあれが月かどうかは分からないが……満月の光が道を照らしてくれている)

男「……」ギュンッ

男(自分の身体能力が、想像以上に強化されている。人間とは思えない速度で走る事が出来る!)

男(いや、もう俺は人間じゃないんだ。そんな比喩はやめよう)

男(しかし、人間の頃はこんな風に走れなかったな……それこそ、学生の時くらいか……)

男(……死神となった今の方が、あのクソみたいな人生よりもよっぽど生き生きしてる気がするぜ)

男(皮肉なものだ)



22: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/23(木) 13:17:55.09 ID:vHJlMSv10

男(進んでも進んでも同じ景色だ。さすがに心細くなってくる)ザッザッ

男(俺の立てる足音だけが、暗闇の中でぽつりと浮き彫りになる)

男(本当に前に進めているのだろうか? 何だか同じ場所をぐるぐる回っているような気分だ)

男(何だろう、昔こんな気持ちになったような……)

男(ああ、これは小さな頃、知らない場所に一人で行った時の感覚だ)

男(帰り道が分からなくて、自分が夜に追いつかれてしまいそうに感じていた)

男「……ゴミクズ。今更何を怖がってやがる」

男(俺は拳を胸に打ち付けると、歩く速度を速める)

男(おや)

男「……何だあれは……?」

男(緑……と言うよりは翡翠色の……何だ? オーロラのようなものが漂っている)

男(……近くに行ってよく見ると、木々に茸のようなものが生えていて、それが放っているらしい。胞子なのだろうか)

男(この先に、何やら開けた所があるみたいだ。……)

男(自分の胸が高鳴っているのが分かる。俺の一番求めていたものが、この先にある)

男(俺は砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、無我夢中で駆け出していた)



23: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/23(木) 23:16:14.89 ID:vHJlMSv10


男(辿り着いたのは、小さな湖だった)

男(辺り一面に漂う翡翠色のオーロラと満月の光が、何とも言えぬ神秘さを感じさせる)

男(湖の中央では、白い孔雀が水面に立っている)

男「……静かだ」

男(湖の上では、無数の火が星海のように浮遊している)

男(俺がそれに見とれていると、孔雀がこちらへ歩いてきた)

男「あんたは……一体……?」

あなたが新しい死神ですね。彼女から話は聞いていますよ。

男(! 直接声が頭に)

私はこの湖で、未練を残したまま死んでしまった魂を呼び寄せています。

彼らの心残りが晴れるその時まで、この夜の森に居場所を与えています。

男「……」

そして、貴方も大切な方を探しに来たのでしょう?

男「!」

男(白孔雀が見上げたその先から、紫色の火がこちらへ向かってきている)

男(あ、あれは……)

男(火は俺の目の前までやって来ると、激しく燃え盛り始めた)

男(形が変わって……い、いや、これは……まさか!?)

友「……」

男「……あ……」



24: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/23(木) 23:21:11.01 ID:vHJlMSv10

男(……間違いない、友だ……)

男(言葉が……出てこない……)

男(俺は怯えながら彼の顔色を伺うが、友は何も言わない)

男(作り物の心臓が、一気に激しく鼓動する)

男(……友……友……!)

男(そこからは、思考が上手く纏まらず、心の思いだけが飛び出していた)

男「――すまなかった!! 許してもらえるとは思っていない!!」バッ

男「俺はお前の大切なものを壊してしまった!! ずっとずっと謝りたかった!!」

男「ずっと傍に居たのに、お前の苦しみを分かってやれなくて……すまない……!!」

友「……男」

友「謝るのは僕のほうだよ。君に悪意があったわけでもないのに」

友「心のどこかでずっと君の才能を僻んでいた。あの時、それが爆発してしまったんだ」

友「僕のせいで、随分と苦労をかけたみたいだね……御免よ」

男「……あ……」

友「もう良いんだ、どうか……自分を赦してやってくれないか?」

男「……う……あっ……!」

男(今までずっと、そんな言葉を夢見ていた)

男(そうして都合良く考えてしまう自分を呪い続けていた)

男(それでも俺は、俺は……謝りたかった!)

男「……あああ、ああっ……!!」

男(友が俺の肩を優しく抱き寄せる)

男(その瞬間、俺はついに目から溢れるものを抑えきれなくなった)



25: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/23(木) 23:23:30.61 ID:vHJlMSv10

男(友が消えてからは、ずっと心が荒んでいた)

男(涙を流したのは何年ぶりだろうか。慣れていないので目がずきずきと痛む)

男(今までの空白の人生の分の涙を流し切り、俺はようやく深呼吸をする)

友「それで、これからはどうするつもりなんだい?」

男「……俺は、死神になっちまったんだ……もう普通に生きる事は出来ないさ」

友「どうしてそう思うんだ?」

男「どうして、って……」

友「死神が普通に生きちゃ駄目だなんて誰が決めたんだよ」

友「誰が何と言おうと、君は君だろ?」

男「……!」

友「顔だって普通だし、きっと大丈夫だよ」

友「死んだ僕が言うのも何だけど、世界は僕らが思ってたよりも広いんだよ」

友「きっと生きてて良かったって思う日が来るよ。僕の分まで生きてくれないか?」

男「友……」

男「……分かったよ、俺は生きてみる。何せ親友に頼まれちまったからな」

男「俺、絵を描いてみようと思うんだ。お前が描けなかった分まで」

友「! そうか……うん、それは良い事だよ。是非とも沢山綺麗な絵を描いてくれ!」

男「ああっ!!」ニッ

友「良い顔だ、もう安心して……逝けるよ」フワッ

男「! ……友……お前にも苦労をかけたな……」

友「あはは、どうって事ないさ。親友だろ?」

男「……そうだな」

友「じゃあね、男」

男「じゃあな……友」

男(友は穏やかな笑みを浮かべると、満足そうに消えていった)


男(……ん、もう一つ火が近づいてくるぞ)



26: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/23(木) 23:25:07.56 ID:vHJlMSv10

女「やあ、どうだった?」

男「この声は……お前か」

女「謝った所で何も変わらないが、ごめんね。怒ってるだろ?」

男「当たり前だろ……でも、お前のおかげで親友に謝れた」

男「それに、元々俺を救うつもりで死神にしたんだろ?」

女「僕はそんな優しい人じゃないさ」

男「……よく言うぜ。まぁ……ありがとな」

女「ふふっ、まるで人が変わったようだね」

男「ああ、そうかもな」

男(そう言えば、最後に人に感謝した時はいつだろう)

男(女の魂の傍には、黄色い火が……あの魂はきっと)

男「……お前も、大切な人と一緒になれたんだな」

女「……うん。君のおかげでね」

男「ちっ、全く……幸せにな」

女「ありがとう、どうか君も……幸せにね」

男「……ああ。感謝してる」

男(女ともう一つの魂は、ゆっくりと上へ昇って行き……消えた)



27: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/23(木) 23:26:33.01 ID:vHJlMSv10

男「さて」

行くのですか。

男「ああ、あんたは……ずっと此処に居るんだな」

それが私の役目ですから。随分と格好良い顔立ちになりましたね。

男「あんたにも感謝しないとな。友人に会わせてくれてありがとう」

ふふふ。そう言って頂けるのが一番嬉しいです。

男「此処は良い所だな……そろそろ行くよ」

はい。死神の力の使い方もまだ分からないでしょうし、また暇な時にでも遊びに来てくださいね。

男「気軽に遊びに来るような所じゃないと思うが……また来るよ」ゴボボッ



28: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/23(木) 23:28:19.97 ID:vHJlMSv10

男「おお、無事に戻れた」

男(夢じゃないんだよな……本当に……まさかこんな日が来るとは)

男(寒かった風が、今はとても心地良い)

男(死神になれて良かった)

男「なぁ山椒魚。俺はやっと……生きる事が出来そうだよ」

男(ずっと胸に突き刺さっていた杭がすっぽりと抜けた気分だ)

男(そうだな、まずは明日スケッチブックを買いに行こうか)


男「ああ、今なら何でも出来そうだ」



29: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/23(木) 23:36:10.85 ID:vHJlMSv10

男は黒い衣を深くかぶり直し、しっかりとした足取りで夜の街を歩き始める。

後ろから吹いてきた冷たい夜風が、ひゅるりと彼を包み込む。

しかし、以前とは違い、その風に嫌悪感を抱くことは無い。むしろ彼には、夜が自分を歓迎しているように感じる。

これからの彼の生活は、心配しなくても大丈夫だろう。もう彼には生きる理由があるのだから。

死神となった負け犬が、一人闇の中へと消えていく。その表情は何処か柔らかい。

彼の見上げた先では、巨大な鎌のような三日月が、静かに光っているのであった。



30: ◆XkFHc6ejAk 2017/02/23(木) 23:40:18.24 ID:vHJlMSv10

終わりです。ありがとうございました。

過去作

男「夏の通り雨、神社にて」

少年「鯨の歌が響く夜」

少年「アメジストの世界、鯨と踊る」

男「慚愧の雨と山椒魚」

男「とある休日、昼下がり」

男「とある平日、春の夜に」

男「とある街の小さな店」

「奇奇怪怪、全てを呑み込むこの街で」

「喧々囂々、全てを呑み込むこの街で」

「死屍累々、全てを呑み込むこの街で」

旅人「死者に会える湖」

少年「魚が揺れるは灰の町」

男「浮き彫り」

男「リビングデッド・ジェントルマン」






元スレ
男「路地裏、三日月の負け犬」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1487248446/
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         コメント一覧 (3)

          • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2017年02月24日 07:48
          • この人のすき
          • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2017年02月24日 10:18
          • 俺は※1の方が好き
          • 3. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2017年02月24日 11:19
          • 三日月神殿PKです

        はじめに

        コメント、はてブなどなど
        ありがとうございます(`・ω・´)

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