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【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】【第25話~第30話】

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【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】【第25話~第30話】






742: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:29:23.94ID:da5wJlLm0

航海二十五日目:エデンの少女と楽園の果実



743: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:31:04.29ID:da5wJlLm0

ボルカノ「ん? どうした 二人とも。」

眩しい朝日を浴びながら宿を後にした時、急に別行動を取ると言い始めた少年と少女に船長が問いかける。

アルス「ちょっとね。」

マリベル「お墓参りに 行ってきますわ。」

ボルカノ「墓参り? この村に 墓地なんて あったか?」

そう言って船長は顎髭を擦る。

アルス「ここを出て 南にある 森の中だよ。」

マリベル「魔法のじゅうたんで ひとっとびだから ボルカノおじさまたちは 先に 船に行ってて。」

*「おれたちゃ 構いませんが……。」

*「あんまり 遅くなんねえでくれよ?」

アルス「わかってます。」

マリベル「それじゃ また 後で会いましょっ。」

そう言って少女は少年と村の入口を出ると絨毯を広げて飛び去って行ってしまった。



*「しかし この島で 墓参りする人って どんな人だろうな。」



小さくなっていく絨毯を見つめながら漁師が言う。

コック長「あの二人のことだ。長い旅の間で 失くした友人の 一人や二人いても おかしくはないだろう。」

そう言って料理長は遠い目で空を見上げる。

ボルカノ「…まあ なんにせよ 大事な人なんだろうよ。」

*「……そっすね。」

ボルカノ「よし。それじゃ オレたちは 先に 船に戻ってるとしようか。」

*「「「ウスっ。」」」

*「おいで トパーズ。」

トパーズ「な~…。」

足元で毛づくろいをしていた三毛猫を拾い上げて飯番の男も漁師たちに混じって歩き出す。

照り付ける朝日を背中に受けながら今日も漁船アミット号の一日が始まるのだった。



744: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:33:35.13ID:da5wJlLm0

アルス「えーっと 過去はここに 道があったんだけどな……。」



少年と少女は仲間と別れて程なくして、
かつて二人がもう一人の親友と初めて過去の世界で訪れた不思議な森“のあった場所”へとやってきていた。

マリベル「もう 森っていうよりかは ただの林ね。」

そう、長い年月を経たことでいろんな思い出の詰まった筈のその地は形を変え、
もはやあの時の面影はほとんど残されてはいなかった。

アルス「うーん せめて 目印になる物でも 残ってればなあ。」

少年は辺りを見渡してため息をつく。



マリベル「……いいわ。」



アルス「えっ……?」

不意に少女が悪戯でも思いついたかのように笑う。

マリベル「この辺り 一帯 ぜーんぶ お花で埋め尽くしてやるのよ!」

アルス「ええっ!?」

突飛な言葉に少年は素っ頓狂な声をあげる。

マリベル「花の種なら 持って来れば いっぱい あるんだもん。別にいいじゃない?」

アルス「でも 時間かかるよ?」

マリベル「それは! あたしと あんたで やればいいのよ! だって……。」
マリベル「あたしたちには これから たっぷり 時間があるんですもの!」

そう言って少女は微笑む。

アルス「……そうだね。」

そんな少女の笑顔を見せられた少年には、もう反対する理由など何もなかった。

アルス「きっと マチルダさんも 喜んでくれるよ。」

マリベル「……そうね。」

少年の言葉に少女はもう一度、少しだけ哀しそうに笑った。



745: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:34:28.54ID:da5wJlLm0

マリベル「……さっ グズグズしてると 置いてかれちゃうわ。」
マリベル「今日は この辺に 植えてきましょ。」

そう言って少女は草の生えていない地面を見つけるとそこにしゃがみこむ。

アルス「うん わかった。」

そうして二人は両手を泥んこにしながら丁寧に一粒一粒種を植えていった。

まるでその下に眠る遠い昔の友人を弔うように。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」
アルス「うんしょっと……。」

マリベル「ふぅ… 今日の所は これで いいかしらね。」

作業が終わり、二人はその場に立ち上がると腰に手を当てて体を伸ばす。

アルス「……うん。それじゃ 行こっか。」



マリベル「あっ 待って。」



近くに広げて置いた絨毯に向かう少年を少女が引き止める。

アルス「急がないと……。」

マリベル「うん でも……。」

そう言って少女は手を胸の前で組み、祈るように瞳を閉じる。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

マリベル「うん これで よしっと。」
マリベル「お待たせっ。」

アルス「……うん。」

少女の祈りを黙って見届けると少年はまだ泥の付いたままの手で少女の手を握る。
細い指は少年に絡めとられ、その温もりを確かめるように隙間を埋めていった。



マリベル「帰りましょう。あたしたちの 船へ。」



746: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:35:31.72ID:da5wJlLm0

それからしばらくして少年と少女は仲間の待つ船へとやってきた。

*「おっ 戻ってきたな!」

甲板で二人の帰りを待っていた漁師がその姿に気付き絨毯に駆け寄る。

*「もうちょっとで 出発しちまうところだったぜ。」

アルス「お待たせしました!」

絨毯から降りて少年が叫ぶ。

ボルカノ「もう いいのか?」

マリベル「ええ。もう ここに用はないわ。」

アルス「行きましょう!」

ボルカノ「よーし 出航だ! 錨を上げろー!」

*「ウスッ!」

ボルカノ「目指すは 南東の方角! 取舵いっぱーい!」

*「おっしゃー! 行くぜ!」

そうして船長の号令を受けた漁船はまだ太陽が東にあるうちに船着き場を後にした。

森に覆われた島が遠ざかっていく様を甲板で見つめる少年と少女は、いったい何を感じていたのだろうか。

言葉には出さない二人ではあったが、その手に残された柔らかい土の感触がどこか名残惜しさを呼び起こし、
島が霞みに消えるまでいつまでも眺めていたのであった。



747: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:39:40.75ID:da5wJlLm0

*「おお 見えてきた 見えてきた。」

それから時は流れ、太陽がちょうど船の真上を跨ごうとしていた頃だった。

*「城が 見えてきたぞー!」

甲板で見張りをしていた漁師が大声で叫ぶ。

*「おー どれどれ。」

その声に気付いた漁師たちが続々と甲板に集まってきた。

アルス「……うっすら 見えてきましたね。」

少年が目を凝らして言う。

*「いやー 久しぶりに見たな。」

*「もう あれから 一月近く立つもんな。」

*「まーた カミさんの 顔が 見たくなってきちまったぜ。」

ボルカノ「もう 世界を 一周したことになるのか。」

フィッシュベルからエスタード島を出発し南に抜けた後、
東まで進んでメザレから一気にマーディラスまで北上、それから再び東へと航海を続けルーメンまで戻り、
そのまま南へと突き進みエスタード近海に戻ってきた。

船長の言う通り漁船アミット号はざっくりとではあるが世界中を旅してきたことになる。

アルス「案外 早かったね。」

風の力だけで動く帆船にしてはある意味驚異的な速さで駆け抜けてきた二十五日間、
否、途中滞在していた時間を考えると実際はもっと早く世界一周を成し遂げたことになるのかもしれない。
その間漁はあまりしてこなかったが、行く先行く先で漁場の情報を得ていたためか漁獲については申し分ない程だった。
それこそ店を構える程には。

ボルカノ「あと もう少しだな。」

アルス「今回の旅だけでも 学ぶことが いっぱい あったなあ。」

少年が腕を組みしみじみと言う。

ボルカノ「そうだろうよ。だがな アルスよ。お前に仕込むことは まだまだ たくさんある。」
ボルカノ「まあ この漁が終ったら しばらく 海には出ねえから まずは 覚えたこと じっくり 復習しとくんだな。」

アルス「その間も いろいろ 教えてもらえますか?」

そう言って少年は目を輝かせる。

ボルカノ「お前が 望むなら な。」
ボルカノ「ただ 休める時には しっかり 休んでおくのも 漁師としては 大事なことだ。それに 道具や港の手入れもある。」
ボルカノ「まっ 焦らず 一つ一つ やってきゃ いいさ。」
ボルカノ「なんせ 時間は いっぱい あるんだしな! がっはっは!」

アルス「……はい!」

豪快に笑う父親に少年は握り拳を作り力強く返事をする。

これから自分が歩んでいく道を一歩一歩踏みしめんと言わんばかりに。



マリベル「みんな お昼よーっ! 順番に 降りてきてちょうだーい!」



その時、下の方から少女の昼時を告げる声が響いてきた。



*「「「ウースッ!!」」」



まるで船長の号令に応えるかのように漁師たちは一斉に返事をすると
男たちは舵取りを残していそいそと食堂へと向かっていくのだった。



748: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:41:07.46ID:da5wJlLm0

マリベル「あら ホントだわ。お城が しっかり見えるわね。」

昼食を済ませた少年と少女は甲板で休憩を取っていた。

アルス「そろそろ うちが 恋しくなってきたんじゃない?」

少しだけ意地悪そうに少年が笑う。

マリベル「……そうねえ。」

しかし一方の少女はそれを否定もせずに素直に答える。

アルス「あれ? …意外だな……。」

マリベル「どうかしたかしら?」

アルス「いや 前だったら……。」



アルス「そんな こと このマリベルさまが 言うと 思ったかしら?」



アルス「……とか 言ってたのに。」

マリベル「……あんた それ マネしてるつもり?」

アルス「いちおう。」

少年なりに精一杯真似をしたつもりらしかったが、やはり彼には無理があったらしい。

マリベル「……まあ いいわ。」
マリベル「あたしもね やっぱり たまには パパとママに会いたいわよ。」
マリベル「あんたは 毎日 お父さんと 顔合わせてるし 本当のご両親とも 会ってるから あんまり わかんないかもしれないけどさ。」
マリベル「……あたしだって やっぱり 寂しくなるわ。」

ジトっとした目で少年を見ていた少女だったが、大きなため息を一つつくと少女なりの心境を語るのだった。

アルス「……そっか。…そうだよね。」
アルス「…………………。」

不味いことを聞いてしまったかと少しばかり反省し、少年は俯き加減に海を見つめる。



マリベル「…お城と言えば……。」



そんなしんみりとした雰囲気を打破しようと少女が話題を変える。

マリベル「この前 城下町に行った時 よろず屋さんでね……。」


…………………



749: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:43:14.27ID:da5wJlLm0

*「いらっしゃい ここは よろず屋だよ。」



マリベル「ごきげんよう おじさま。」

*「…ってなんだ マリベルちゃん 久しぶりだな。」
*「……しかも 今日は リーサ姫にアイラ様まで ご一緒とは!」

アイラ「こんにちは。」

リーサ姫「ごきげんいかがですか?」

*「い いやあ おかげさまで……。」
*「でっ 今日はどういった ご用件で?」

マリベル「実は おたくで買った お気に入りのドレスが ビリビリに破かれちゃったの。」
マリベル「それで 代わりになる ドレスが ないかしらと思いまして。」

アイラ「わたしたちは その付き添い。」

*「あ ああ それなら この前 同じのを 入荷したばかりですよ!」

マリベル「本当! よかったあ!」

*「しかし すごい 顔ぶれだ!」
*「世界を救った英雄に われらが国の 王女様が 二人も うちに来てくれるなんて……。」



*「どうしんだい 騒がしいな。」



*「おお オルカ! 見ろよ すごい お客さんだぞ。」

オルカ「へっ? わぁ~!」
オルカ「リーサ姫にアイラさま それに ま マリベルまで!」

マリベル「あら オルカさん ごきげんうるわしゅう。」
マリベル「石版探しは もう よろしいんですこと? ほほほ。」

オルカ「うぅっ ま まあ そんなとこさ。」

マリベル「今さら もう 遅いのよ。」
マリベル「あんた 女の子の気を引こうと ヤッキになるのは いいけど いい加減 遊んでばっかりいないで お父さんの 役に立つこととか 考えたら どうなのかしら。」
マリベル「そんなんじゃ 一生 うちのアルスには 敵わないわよ?」

オルカ「ぐ ぐぐぐ……。」

アイラ「…ふーん。ご主人も 苦労してるのねえ……。」

マリベル「今のうちに 息子さんには 厳しく しておくことね。」

*「へ へえ……。」

マリベル「それで 例のドレスは まだかしら?」

*「は はい すぐに……。」

リーサ姫「マリベル いいの? あんなこと言っちゃって。」

マリベル「いいんですよ リーサ姫。ああいう ダメ男には あれぐらい 言っておかないと 薬にならないんだから!」

オルカ「ダメ男って……。」

マリベル「……ふふっ まあ せいぜい シリガル女たちと 仲良くすることね。オ・ル・カ・さ・ん?」

オルカ「く くそ~~~!」



…………………



750: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:44:44.20ID:da5wJlLm0

アルス「あっはっはっはっ!」



マリベル「おーほっほっほっ!」



話を終えた少年と少女は腹がよじれる程大声で笑う。

アルス「しっかし これでもう あのお店には 顔 出せないね。」

マリベル「いいのよ もう。このドレスさえ 手に入れば。」

そう言って少女は着ているドレスをパンパンと手で払う。

アルス「それも ダメになっちゃったら?」

マリベル「その時は もう あきらめるもん。」
マリベル「今や 仕立屋さんは 世界中にあるんだから。有効に 活用しないとね!」

“フフン”と鼻を鳴らして少女は背を反る。

アルス「それもそうだね。」

マリベル「あ それから その後 酒場にも行ったわよ。」

アルス「三人で?」

マリベル「リーサ姫の 社会科見学も かねて ね。」
マリベル「それで その時……。」



…………………



751: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:46:04.75ID:da5wJlLm0

*「いらっしゃいませ。」
*「おや これはこれは 皆さん このような 汚い所へようこそ。」

マリベル「どーも。」

アイラ「今日は リーサ姫に いろいろと 見せてるのよ。」

リーサ姫「こんにちは。」

*「ごぎげんいかがですか リーサ姫さま。」

*「こんなところで良かったら ゆっくりしていってくださいね。」

リーサ姫「ありがとう……。」

マリベル「マスター 甘くて スッキリ飲めるのちょうだい。」

*「かしこまりました。」

アイラ「じゃあ 同じのを 全部で三つ もらおうかしら。」

*「リーサ姫は お酒は よろしいのでしょうか?」

リーサ姫「ええ……たしなむ程度には。」

*「わかりました。しばし お待ちを。」

マリベル「…………………。」

アイラ「…………………。」

リーサ姫「…………………。」

マリベル「そういえば マスター。ホンダラさんは ちゃんと 働いてるのかしら?」

*「ああ それなら……。」



*「いらっしゃいっ!。」



アイラ「……あら?」

マリベル「…服装だけで 人って ずいぶん 違って見えるのね。」

ホンダラ「そりゃ ねえだろうよ マリベルさん。」

マリベル「相変わらず 元気そうね ホンダラさん。」

ホンダラ「へへっ まあ 見てのとおりでっさ。」

マリベル「……ふーん。意外とマジメに 働いてるのね。」

*「まあ 仕事中 けっこう 飲んでるけど ちゃんと やってはくれてますよ。」

ホンダラ「きっと これが オレの天職に違いねえ! ヒック……。」
ホンダラ「ところで マリベルさんよ。もし アルスとケッコンするなら ひとつ このオレも ラクして暮らせるように……。」

マリベル「…………………。」

ホンダラ「ひ ヒィっ… そんなに 睨まないでくれよ!」 

マリベル「ふんっ。」

アイラ「……先が 思いやられそうね。」

*「お待たせしました。」

リーサ姫「い…いただきます。」

マリベル「…ん けっこう いけるじゃないの これ。」

*「蜂蜜酒に オレンジとレモンの果汁を。」

アイラ「確かに これなら スッキリ 飲めるわね……。」
アイラ「ん? リーサ……?」



…………………



752: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:47:51.72ID:da5wJlLm0

アルス「へえ リーサ姫 けっこう いける口だったんだ。」



再びそこまで話を聞き終えた少年が感想を口にする。

マリベル「ビックリしちゃったわよ! こっちは ちょっと ひっかけてく くらいのつもりだったのに。」
マリベル「気付いたら 三杯 キレイになくなってるんだもん。」

少女は普段おしとやかでおっとりした姫のケロっとした顔を思い出して言う。

アルス「……おしのびで 通わなければ いいんだけど。」

マリベル「そんなこと されたら あそこを教えた こっちが 危ないわ。」

“きっと国王は黙ってはいないだろう”

そんなことを少女が考えていると話題は少年の叔父に移る。

アルス「で… そうか あの人も マジメに働いてるのか……。」

難しい顔をして少年は唸る。

マリベル「調子の良さは 変わらなかったけどね。」

アルス「それで あの人が マリベルになんて言ったって?」

マリベル「い いや 別に……。」

なんとなく少女は会話の内容を省いて説明していたのだった。

アルス「え? なんか マリベルが怒るようなこと 言ったんでしょ?」

マリベル「……そうだけど。」

アルス「お父さんのこと?」

マリベル「パパのことじゃないわ。」

アルス「じゃあ きみのこと?」

マリベル「もうっ… なんでもいいじゃない!」

アルス「いや 今度 ぼくから 言っておくからさ……。」

マリベル「……何でもない。た たいしたことじゃないわ。」

自分を納得させるように少女は頷く。



アルス「……ひょっとして ぼくのこと?」



マリベル「っ! ……。」

アルス「……気になるな。」

わかりやすくを目を逸らす少女の顔を少年が覗き込む。

マリベル「た ただ あんたのおじさんが 無神経なこと 言ったりするからよ。」

身体を逸らして少年の追求から逃れようと少女は試みる。

アルス「…………………。」
アルス「まあ いいや。何にせよ きみを怒らせることを言うようなら ぼくが 許さないから。」

そう言って少年は身を引いてため息をつく。

マリベル「……ったく あんたのおじさんってば どうして あたしと アルスのこと 知ってるのかしら。」
マリベル「それとも ただの あてずっぽう?」

アルス「…………………。」
アルス「あっ そ そういうこと?」



マリベル「…あ……。」



753: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:50:43.75ID:da5wJlLm0

どうやら口が勝手に動いていたらしい。少女は慌てて口を両手で隠すとそのまま固まる。

アルス「さては ぼくとの よしみで オレにラクさせてくれ~ とか 言ってきたんでしょ?」

マリベル「……そのとおりよ。」

少女は観念したように目を閉じて腕を組む。

アルス「うーん でも まだこのことは あの二人しか 知らないはずなんだけど……。」

マリベル「どうしてかしらね?」

*「「うーん。」」



*「どうしたんだ? 二人とも そんなとこで 難しそうな顔して。」



アルス「父さん。」

二人で唸っているとそこへ少年の父親がやってきた。

アルス「ねえ 父さん。おじさんに ぼくとマリベルのことが 知られてたんだって。」

マリベル「ちょ ちょっと アルス!」



ボルカノ「ん? そりゃ お前 みんな いずれ そうなるだろうって 思ってたから 知ってるも何も……。」



マリベル「えっ…!?」



何の躊躇もなく話し出す少年に抗議する少女だったが少年の父親の一言でその動きはぴたりと止まる。

ボルカノ「まあ あんだけ 二人でいつも 行動してれば 誰だって そう思うだろう。」
ボルカノ「みんな 知らんぷりは してるがな。」

アルス「は ははは……。」

マリベル「…………………。」

どこか気恥ずかしさを紛らわすためにから笑いをする少年だったが、
ふと隣の少女が顔を青くして黙っているのに気づき名前を呼ぶ。

アルス「マリベル……?」



マリベル「あたしもう 帰れないわ……。」



アルス「ええっ!?」



マリベル「みんな そんな目で あたしたちを見てたなんて……。」

そんな恥じらいから少女は今度は顔を真赤にして俯く。

マリベル「あ アルス! どうしてくれるのよ!」

かと思えば思い切り少年に食ってかかる。

アルス「そ そんなこと 言われても!」

マリベル「は 恥ずかしいったら ありゃしないじゃないの!」
マリベル「それもこれも ぜーんぶ あんたが悪いんだからね!」

そう言って少女は真っ赤な顔のままで少年の鼻っ面を指さす。

アルス「そんな むちゃくちゃな……。」

あまりの勢いに少年は掌を胸元で見せて降参の意思表示をする。



754: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:52:01.20ID:da5wJlLm0

ボルカノ「わっはっは! いちいち説明する 手間が 省けると思えば いいじゃないか。」
ボルカノ「それに きっとみんな ヤキモキしてたから 祝ってくれると思うぞ。」

少年の父親はそんなやり取りを微笑ましく思い快活に笑う。

マリベル「ぼ ボルカノおじさま まで……。」

ボルカノ「…おっと。オレとしたことが ちと 口出ししすぎたみてえだな。」
ボルカノ「すまん 今のは 忘れてくれ。」

マリベル「……いえ いいんです。あたしも 取り乱しちゃって ごめんなさい。」

まだ少し紅い頬で少女は俯く。



アルス「マリベル。」



マリベル「ん……?」

すっかりしおらしくなってしまった少女の手を少年が取る。

アルス「ぼくは うれしいな。」

マリベル「えっ?」

アルス「だって みんなが ぼくたちのこと 認めてくれてるみたいでさ。」
アルス「……もちろん ぼくときみのことだから 誰かに 口出しなんて させやしないけど。」

マリベル「アルス……。」

アルス「胸を張って帰ろうよ。恥ずかしがってたら 余計に 茶化されちゃうしね!」

マリベル「…………………。」
マリベル「…ふふっ それもそうね。」

どうしてこの少年はいつもこっちが恥ずかしくなるような台詞をあっさりと言ってのけてしまうのだろう。
そんなことを思いながらも、目の前で屈託なく笑う少年につられ、少女も自然と笑みが零れるのだった。

ボルカノ「っとと おジャマだったみてえだな。」
ボルカノ「アルス。もう少ししたら 漁の準備を 始めるからな。」

アルス「あ はい!」

そう言って少年の父親は甲板を降りて行った。

マリベル「…………………。」
マリベル「さっ あんたも いつまでも 油売ってないで さっさと 行きなさい!」

少年の父親を見送ると少女はまるで急かすように少年の背中を押す。

アルス「え……うん。」

マリベル「あんたには がんばってもらわなくちゃ いけないんだからね。」
マリベル「しっかり 働きなさい!」

アルス「はーい。」

そう言って少年はどこか名残惜しそうに甲板を去っていった。

マリベル「…………………。」
マリベル「じゃないと パパに 認めてもらえないんだからね。」



少年のいなくなった甲板で、少女は誰にも聞こえないように独り言つのだった。



755: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:55:06.41ID:da5wJlLm0

それから時間は過ぎ、今は夜。

漁を終えた漁船アミット号はただひたすらに次の目的地を目指して航行を続けていた。

マリベル「…………………。」

そんな船の誰もいない調理場の一角で一人、少女は日課である自分の航海日誌を書きしたためていた。

マリベル「うーん……。」

今日一日あったことを自分の言葉で書き連ねていく。
ふと思い立って持ち込んだこの日誌にはこれまであった事柄が彼女の視点で事細かに記されており、
航海も二十五日を迎えた今日、残る頁も少なくなってきていた。

マリベル「周りからは しっかり 見られてたのね……。」

昼間少年の父親に言われたことを思いだす。

自分はなるべくそういったことを悟られまいとしてきたつもりだったが、
どうやら周りの目にはしっかり少年への好意だとか、仲の良さが見えていたらしい。
実際、自分は彼を好いていたし、仲が悪かったかと言われればそれは嘘であるとわかっていた。
そうでなければどんなことであれ話しかけたりしないし、ましてや一緒に行動するなど以ての外だ。

マリベル「あいつは どう思ってたのかしら。」

この航海が始まるまで少年はそういったことはほとんど口にしなかった。
周りがどう思ってるかだとか、自分に対してどんな感情を持っているのかとか。
今でこそ言葉なり体への接触なりでいろいろと示してくれているが、旅の途中、彼の真意を垣間見ることはほとんどなかった。

マリベル「ガマン…してたのかな……。」

ひょっとすると少年はもっとずっと早くからこうしていたかったのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
自分がどこかで認めたくなかった感情を少年はさっさと認めていたのかもしれない。
そうだとすれば自分は随分彼にきつく当たってしまっていたのではないだろうか。

マリベル「はあ……。」

今さらになって自分の言動を少しだけ後悔する。
結果的に彼は自分のことを受け入れてくれたが、やはり心のどこかでは傷ついていたのではないか。
そんな不安が胸に重りを乗せたような気怠さを引き起こしていく、



マリベル「……ダメね。」



考えれば考える程鈍っていく思考を閉ざし、少女は鞄の中から一つのリンゴを取り出す。



756: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 19:57:00.18ID:da5wJlLm0

…………………



アルス「あれ?」



それは今朝、少年たちが森を後にしようと魔法のじゅうたんに乗ろうとした時だった。

アルス「こんなところに どうして リンゴが……。」

それは赤い赤い林檎だった。

マリベル「どうしたの?」

アルス「いや じゅうたんの上に リンゴがあったんだ。」

マリベル「リンゴ? この辺に リンゴの木なんて ないと思ったけど……。」

アルス「うーん……。」

マリベル「もしかして これかしら?」

そう言って少女は朽ちて今にも倒れそうな樹木を指さす。

少しだけ残った葉が寂しそうに風に揺れている。

アルス「……ついてないね。」

少年はてっぺんまで見上げて言う。

マリベル「きっと 最後の 一個だったのね。」

少女が目を細めて見つめる。

アルス「どうする これ。」

マリベル「……いい香りね。」

少年の手からそれを受け取ると少女は鼻を近づけて息を吸い込む。

アルス「一応 食べられそうだね。」

マリベル「これ もらってもいいかしら。」

アルス「いいけど 船に残ってないの?」

少年はいつか飯番の男が大量に購入して箱一杯に詰め込まれていたリンゴの山を思い出す。

マリベル「もう さすがに 空っぽよ。」

アルス「そっか。じゃあ いいんじゃないかな。」
アルス「きっと これは この森からの きみへの おくり物だよ。」

マリベル「うふふっ。そうかしらね。」



…………………



757: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 20:01:05.69ID:da5wJlLm0

少女は真っ赤なリンゴを片手にそれをしばらく見つめていた。

マリベル「…………………。」

気分を変えようと、皮も剥かずにそのままかじりつく。

“シャリ”という食感と共に爽やかな酸味と甘みが口いっぱいに広がる。
密のぎっしり詰まったそれはエスタード島で採れるものと同じぐらい強い誘惑の香りがした。

マリベル「……おいし。」

少女はリンゴをかじるのが好きだった。

小さい頃からよく食べて育ったということもあるが、
何より生でかじった時にしか味わえない皮と実の絶妙な渋みと甘みがたまらなく好きで、
町や村によった時は必ず買って一人食べていたものだった。

かつての移住者が楽園と呼んだ島に実る禁断の果実は、少女を虜にしたのだ。



“シャリ…”



少女はリンゴをかじる。

その甘美なうるおいは少女の心のわだかまりを優しくほどいていく。
そして同時にその一口一口が旅で起こった出来事を、手に入れたものを、そして失くしてきたものを少女に思い起こさせていく。

マリベル「思えば あの時もそうだっけ……。」

初めてあの神殿から過去の世界に旅立つ前にもこんな赤いリンゴをかじっていた気がする。



楽園から飛び出した少年たちについて行き、旅を共にしてきた少女は今、再び禁断の果実をかじる。



しかしそれは誰かの思惑のためにするのではない。誰かにそそのかされたわけでもない。



彼女は自分の意思でリンゴをかじる。



決して知恵を授けてはくれない贖罪の実をかじり、少女は今、何を手にするのだろうか。

マリベル「…今からでも 遅くないよね……。」

その場にはいない誰かに呟く。

マリベル「…しっかり しなくちゃ!」

これは贖罪の旅ではないのだ。

マリベル「あたしが支えるって 決めたじゃない!」

頬を両手で一度だけ叩いて気付けすると、少女は日誌を閉じる。

マリベル「まだ 起きてるかな……。」

そう言って立ち上がると、少女は厨房の扉を開けてもう一人のエデンの戦士を探しに出かけるのだった。





そして……



758: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 20:01:34.63ID:da5wJlLm0

そして 夜が 明けた……。



760: ◆N7KRije7Xs:2017/01/16(月) 20:08:34.35ID:da5wJlLm0

第25話の主な登場人物



アルス
漁師として一人前になることはもちろん、
マリベルに似合いの男になれるように日々奮闘中。

マリベル
マチルダのためにウッドパルナ周辺を花畑にする計画を立てる。
リンゴが好きでよくかじっている。

ボルカノ
時には早く一人前の漁師になろうと逸る息子をなだめることも。
息子やマリベルの噂については前から知っていた模様。

アイラ
マリベルの回想にて登場。
マリベル、リーサ姫と共に城下町へ繰り出す。

リーサ姫
マリベルの回想にて登場。
意外とお酒には強いらしい。

よろず屋の店主(*)
マリベルの回想にて登場。
グランエスタードの城下町で唯一服を扱っている雑貨屋のオヤジ。
息子のオルカには頭を抱えている。

オルカ
マリベルの回想にて登場。
よろず屋の一人息子。
女ったらしでお調子者。
アルスの真似をして石版を探そうと出かけるも挫折。

酒場のマスター(*)
マリベルの回想にて登場。
グランエスタード城下町で酒場を営む男性。
ホンダラを従業員として雇うというお人好しっぷり。

ホンダラ
ボルカノの弟にしてアルスの困った叔父。
遊び惚けて家賃滞納、酒代滞納だったが、
魔王が討伐された後は改心したのか城下町の酒場で働くことに。
調子の良さはあいかわらず。



762: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 22:41:22.28ID:Gbhcinl20

航海二十六日目:好奇心は猫を殺す



763: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 22:42:24.78ID:Gbhcinl20

*「ぶう ぶう!」



*「わわわん わん!」



*「にゃん にゃ~にゃ。」



*「ブルルルー……。」



*「コケーッコココ! コケーッコケーッ!」



*「ひひひーん! ……!? んっんももうー!



*「なっ……。」

*「どうなってんだ この町は!?」

*「町中 動物だらけじぇねえか!」

ボルカノ「…………………。」

トパーズ「ハーッ! フゥーッ!!」

コック長「見ろ! あの猫のバカでかさ! ありゃ 普通じゃないぞ!」

*「ニワトリもです! あんなデカイの ボクは 見たことありません!」

マリベル「ぶっ… あははは…… ふふふ……。」

仲間たちの初心な反応を見て少女が思わず吹き出す。

アルス「……今年もやってるね。」

それは遡ること二刻程前のこと。



…………………



764: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 22:43:49.31ID:Gbhcinl20

真夜中に岸につけた漁船アミット号はその場で一泊した。

それから朝を迎え、食事を終えてから一行は会議室で本日の予定を話し合っていた。

*「で その オルフィーってのは どんな 町なんですかい?」

一通り話が付いたところで漁師の一人がこれから向かう町について尋ねる。

マリベル「……のどかなところよ。」

アルス「町の人は みんな あったかみのある人たちですよ。」

マリベル「今でこそ平和だけど 過去の世界では 動物と人の姿が 入れ替えられたりしちゃったのよ?」

*「人と動物が……?」

アルス「近くにある山に 封印されていた魔物が 悪さをしたんです。」

マリベル「まっ あたしたちが ちょちょいと やっつけたら エラく反省してたけどね。」

*「へへっ さすがは マリベルおじょうさんだ。」

アルス「……それから オルフィーには 白いオオカミの伝説が あるんです。」

*「へえ。」

アルス「人々を魔物から 救ったっていう オオカミの一族がいたんですけど……。」
アルス「封印されていた魔物に破れ 幼い子オオカミ 一匹だけになってしまったんです。」

マリベル「それが いまの ガボってわけ。」

*「ええっ あいつって オオカミだったのかよ!」

*「こいつぁ 驚いた。それじゃ 何だ? あいつは オオカミ少年ってわけですかい!」

マリベル「……なんか ゴヘイあるけど そういうことね。」

*「ほええ… 言われてみりゃ 確かに そんな気がするな。」

マリベル「ま それで ガボと一緒に 町を救って以来 あの町は 日頃からの動物への感謝をささげる祭りを……。」



*「おーい 準備できたぞー!」



ボルカノ「むっ そろそろ 行くか。」

*「「「ウスッ!」」」

*「マリベルおじょうさん また 後で 話をきかせてくだせえ!」

マリベル「えっ……。」

アルス「行こう マリベル。」

マリベル「む むか~っ! 人が 話してる最中に 何よお!」

アルス「まあまあ……。」



…………………



765: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 22:44:27.63ID:Gbhcinl20

それから見張りを残してそのまま町へとたどり着いた一行は現在に至る。

マリベル「ぷぷぷ…… いいこと アルス? しばらく 黙ってるのよ!」

少女はこみ上げる笑いを必死にこらえて小声で少年に話しかける。

アルス「……いいの? 本当のこと 教えなくて。」

マリベル「人の話を 最後まで 聞かなかった 罰よ バツ。」

少女は意地の悪そうな笑顔を浮かべる。

アルス「うーん。」

マリベル「あっ そうだわ! あたしたちも 紛れ込んじゃいましょ!」

アルス「ええっ!?」

マリベル「こっそり 抜け出すのよ! ほほほ。」

アルス「いいのかなあ……。」

マリベル「さ 行くわよっ!」

トパーズ「…………………。」

そう言って少女は三毛猫を抱えた少年を“しのびあし”で引きずりだすのだった。



766: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 22:47:06.56ID:Gbhcinl20

*「ミミちゃ~ん! もう いいかな~。」
*「早くしないと 祭りが 終わっちゃうな~!」

ミミ「うふふ。長老さまったら。ホントせっかちなんだから~ン。」
ミミ「いま ストッキングを はいてる と・こ・ろ……。」

*「うほほ。ミミちゃ~ん! まだ ちょっと早かったかな~?」



マリベル「…………………。」



アルス「…………………。」



*「あわわ……。」
*「ゴホッゴホッゴホッ!! こ これは お客さまとは!?」

*「なんと あの時の お二人では ありませんか!」

町の長老の邸宅へとやってきた二人を出迎えたのは例の如く助平な長老とお色気むんむんな給仕人の見たくもないやりとりだった。

アルス「……こんにちは。」

マリベル「あいかわらずの すけべじいさんね……。」

*「いやいや またもや おはずかしいところを お見せしましたな。まあまあ こちらへ。」

そう言って長老は恥ずかしそうに手招きする。

マリベル「…………………。」

アルス「はい……。」

トパーズ「なーお。」

なんとなく気乗りはしなかったが自分たちの目的を果たすため、三毛猫を降ろしてしぶしぶ椅子に腰かける。



767: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 22:47:35.24ID:Gbhcinl20

*「コ コホン……。ようこそ また いらっしゃいましたな。」
*「見てのとおり いまこの町は 動物たちへの 感謝祭の真っ最中。」
*「もしかして また 参加していって くれるのですかな?」

マリベル「ええ その通りよ。」

*「それなら この前 お貸しした ブタさんのぬいぐるみを……。」

マリベル「いやよ! こんな美少女に ブタのかっこうなんてさせて どうするつもり?」

タンスを指さす長老に少女は机を叩いて猛抗議する。
流石に年頃の娘には耐えかねるものがあったようだ。
否、たいていの人は嫌がるものだが。

*「い いや それもまた オツなもので……。」

マリベル「……いい度胸してるじゃない?」

情けなく鼻の下を伸ばしている長老に少女が不気味な笑みを浮かべて脅す。

*「…い いやいや なんでもございませんぞ??」
*「ミミちゃ~ん! このお二人に 余ってる ぬいぐるみを 見せて 差し上げてくれ。」

凄まじい殺気を感じ取り長老は慌てて背を向けるとわざとらしく大きな声で使用人を呼ぶ。

マリベル「……っふん。最初から そうしてれば いいのよ!」

アルス「は ははは……。」



“マリベル おそろしい子……!”



などと少年が思ってることなどつゆ知らず、少女は使用人に促されてこの前とは別のタンスの中を漁り始める。

マリベル「うーん…… あっ!」

しばらく物色を続け少女が取り出したのは真っ黒な犬とな真っ白な猫の着ぐるみだった。

アルス「それでいいの?」

マリベル「うんうん これあたしたちに ピッタリじゃない!」

アルス「ぼくは どっち?」

マリベル「はあ? 何言ってんのよ あんた。アルスが 犬に決まってるじゃない。」
マリベル「そして あたしは かわゆい ネコちゃんになるのよ~。」

そんなことを言いながら少女はぬいぐるみを掲げてくるっと一回転する。

ミミ「あらあら ウフフ……。」

アルス「……なにそれ。」

マリベル「いいから 早く着るのよ! みんなが 来ちゃうじゃないっ。」

どうして少女が自分に犬を選んだのか分からず首を捻る少年だったが、
少女がグイグイとそれを押し付けてくるので仕方なく着替えることにしたのだった。



768: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 22:49:00.05ID:Gbhcinl20

トパーズ「…………………。」



着替えを終えた少年と少女のぬいぐるみの顔を覗き込みながら三毛猫は不思議そうな顔をしている。

マリベル「あたしよ トパーズ。」

そう言って少女は被り物を外して少しだけ顔を出す。

アルス「ワンワン。……なんちゃって。」

来てみたら案外乗り気になったのか、少年は四つん這いで犬の鳴き真似をしている。

ミミ「あら~ かわいい ワンちゃんで・す・こ・と。」
ミミ「お姉さんが よしよし してあげましょ~か?」

着替えを終えた二人を見て長老の使用人がなまめかしい声で手を伸ばしてくる。

アルス「えっ いや……。」



マリベル「フゥ~~ッ!」



アルス「キャインっ!」



少女に背中からのしかかられ、たじろいでいた黒犬はその場に崩れ落ちる。

マリベル「バカやってないで さっさと 行くわよ!」

*「うほほ。これまた かわいい ネコちゃんじゃのう! ワシにも なでなで させてくれんかの~。」

マリベル「フギャアアアッ!!」

*「ぎええっ!」

隙を見てお尻の辺りを擦ってきた長老に白猫は渾身の猫パンチをお見舞いするのだった。

アルス「…………………。」

マリベル「…ったく 油断もすきも あったもんじゃないわ!」

*「ぐふっ しつれいしまひた……。」

ミミ「だいじょうぶ~? 長老さまったら~ん。」

壁際で体をけいれんさせている長老の脚をバニーガールがつつく。

マリベル「……あとで事情を知らない うちのツレが 来ると思うから よろしくね。」

そう言って少女は背中をさすっている黒犬の首を引っ張って歩き出す。

マリベル「あっ あたしたちが みんなに紛れ込んでること 言っちゃだめだからね!」
マリベル「トパーズ しばらく お留守番 よろしくね。」

トパーズ「なう~………。」

部屋の中を嗅ぎまわっている三毛猫に語り掛けると少女は扉を勢いよく閉め、表へと出ていってしまった。

*「は はひ~……。」

ミミ「もうっ 長老さまったら あたしが いるのに。この節操なしさんっ。」

トパーズ「…………………。」

二人のいなくなった部屋の中で尚も腑抜けた返事をしている長老を眺めながら三毛猫は再び部屋の探索を始めるのだった。



769: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 22:49:57.30ID:Gbhcinl20

*「おっ かっこいいワンコだな!」

アルス「ど どうも……。」

*「うほっ そこの おねえちゃん オレと にゃんにゃん しねえか? ブッヒヒ。」

マリベル「フシャーッ!」

*「ピチャ ピチャ!」

[ おいしそうに 水を飲んでいる。 ]

アルス「…………………。」

長老の家を後にした少年と少女は町の中でいろんな動物のぬいぐるみたちと話をしながら時間をつぶしていた。

マリベル「…ったく どうして この上からでも 中身が わかるのかしら?」

アルス「それより 見てよ あの人 また 犬みたいに……!」

そう言って少年は慌てた様子で池のほとりにいる白い犬を指さす。もちろん四つん這いのまま。

マリベル「ばっかねー よく見なさいよ。あれは 本当の ワンちゃんよ。」

そういう少女ももちろん四つん這いなのだが。

アルス「あっ……。」

マリベル「あんたも やってくれば?」

アルス「エンリョしときます。」

*「おや あんたらは 旅人さんかい?」
*「もう少ししたら お祭りのイベントが 始まるんだけど よかったら 参加していかないか?」

そんな二人の所へ馬の着ぐるみをした男がやってきて言う。

マリベル「そうね。せっかくだから 今回は あたしたちも 当てられる側に 参加しましょうよ!」

アルス「女の人を当てる アレに?」

*「おっ そいつは 面白いね!」
*「町の連中も 知らない人の特徴は なかなか 見切れないもんだろうから いい刺激になるんじゃないか?」

“ブヒヒン”と鼻を鳴らす真似をして男が愉快そうに言う。

マリベル「だってさ! ほら 行きましょうよ!」

アルス「はいはい……。」

そう言って少年は渋々と猫のように足取り軽く歩く少女について行くのだった。



770: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 22:52:38.87ID:Gbhcinl20

*「ったく 感謝祭ってのは 悪いことじゃねえけどよ。」



*「知らなきゃ ホントに わけがわからねえな。」



少年と少女が町の広場で他の動物たちに紛れ込んだ頃、
長老の家を出てきた別の動物の群れは、否、動物の着ぐるみの群れはそんな愚痴をこぼしていた。

コック長「それにしても あの二人は いったい どこに行ってしまったんじゃ?」

ぽってりとした豚の着ぐるみが辺りを見回す。

ボルカノ「おおかた どっかに 紛れてんだろうよ。」

立ち上がった大きな熊がお腹を掻きながらのしのしと歩く。

*「にゃっ! おっきいクマさんだにゃ!」

長老の家の近くをうろついていた女性と思わしき猫が熊の姿に気付き、驚いた様子で近づいてくる。

ボルカノ「むっ? なあ おじょうさん どっかで 若いカップルを 見かけなかったかい?」

熊の方もなるべく脅かさないように言うと猫は安心した様子で語った。

*「……にゃんにゃん。それは わからないけど そろそろ 広場に いそいで いそいで!」
*「早く行かないと お祭りのイベントが 終わっちゃうのにゃ~ん!」

*「イベントですかモー?」

そこへこれまた脂の乗ってそうな牛姿の飯番が尋ねる。

*「わはは! おまえ すっかり ハマってるな!」

近くで見ていた馬がヒヒンと笑う。

*「とにかく 行ってみれば わかるのにゃん!」
*「司会がいるから 細かいことは そっちで聞くといいのにゃん。」

愛想のよい猫は少しだけ慌てた様子で男たちをせかす。

ボルカノ「ありがとよ。」

*「ボルカノさん 行くんですかい?」

ボルカノ「まあ 用事はすんだし 別にいいだろ。」

*「へへっ そうこなくっちゃな!」

大熊の言うとおり既に長老の家で王からの締約書を渡し、
後は返事の親書をもらうだけとなったため男たちの務めは待つだけとなっていた。
つまり、今は暇の一言に尽きるのである。
おまけに町中がこうなっていてはろくな観光はできない。
よって彼らのすることは最初からこうすること以外になかったのである。

加えて今はいなくなった少年と少女を探す必要もあった。
実際はこちらから探さなくとも時が立てば勝手に帰ってくるのだろうが
事態を飲み込めないうちに放り出されたことへのせめてもの報復にこちらから探し出してやろうという思いが漁師たちにはあった。



ボルカノ「それじゃ コック長 後 頼んだぜ。」



こうして男たちは揃って町の中心へと歩き出すのだった。



771: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 22:54:19.77ID:Gbhcinl20

*「さあさ いらっしゃい! どなたさんも 楽しく遊んでいってちょうだいよ!」
*「おおっと。こいつは おどろき モモの木 旅のお方だって おにいさん!?」
*「そんなら このイベントは 旅の記念に ぴったしだ。一発チャレンジして いってよ!」
*「なにしろ 参加するのはタダで 当たればステキな賞品まで もらえちゃうって すぐれものだ!」
*「ホント やらなきゃソンだよ。さあ どうだ! チャレンジするだろ なっ?」

漁師たちが広場に着くなり催しの司会と思わしき男が有無も言わさぬ勢いで話を進めてきた。

*「……まだ なんも 言ってないんすけど。」

漁師の一人が答える。

*「そもそも どうして オレたちが 旅のもんだって わかったんでい?」

*「そんなの おにいさんたちの ウブな反応を見れば 一目リョーゼンさ!」

司会の男は人差し指を突き立てては左右に振り、得意げな表情を見せる。

ボルカノ「イベントは ともかく オレたちは ツレを探してるんだが。」

*「んっんー? そのお連れさんも もしかすると この中に まぎれてるかもしれないよ?」

そう言って男はたくさんの動物の着ぐるみたちの方を向いて両腕をいっぱいに広げる。

*「…どうします? 船長。」

*「アルスたちは ともかく タダで 景品もらえるなら やって損は ないですぜ。」

ボルカノ「まあ そうだな。」

口々に言う漁師たちの言葉に大熊は顎を擦りながら言う。

*「よーしっ 決まりだ。じゃあ 始めるぞー!」
*「……でっ だれが 挑戦するのかな?」



*「おれ! おれが やるぜ!」



そう言って羊の恰好をした漁師が名乗りを上げる。

*「よ~し いいかい 羊のおにいさん。動物のかっこうした 6人のうち 半分の3人が 男の人なんだ。」
*「だけど 男なんか当てたって 色気も花も ありゃしないやね。なっ おにいさん。」
*「というわけで この中から3人の キレイな女性を 当ててちょうだい。ねっ おにいさん。」
*「ルールは それだけ。簡単すぎて いやになっちゃ イヤ~ンッ なんちゃって!」
*「じゃあ 始めちゃおう! 女性だと思う人の ところに行って 話しかけて ちょうだいね!」
*「あっ 言い忘れてたけど ハズしちゃったら やり直し! 動物たちも 控えと シャッフルされちゃうよ! それじゃ……。」





*「レッツら スタート~!!



772: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 22:56:07.16ID:Gbhcinl20

マリベル「ふっふっふ。ついに 来たわね!」

広場の中心がイベントで盛り上がってる頃、
少し外れた動物達の控えの場所で少年と少女はひそひそと話し込んでいた。

アルス「でも マリベル うまく ごまかせるの?」

マリベル「何がよ?」

アルス「だって ルールは 女性を 当てることなんでしょ?」
アルス「あんまり 高い声 出したら すぐにバレるんじゃない?」

普段からイベントをやっている町民にはなんでもないことかもしれないが、
他所から来た人間であれば普通は動物の鳴き真似なぞ上手くできるはずもない。
万が一少女がいつもの声色で鳴いてしまえば女性であることはおろか、
日頃から声を聞いている漁師たちにはすぐに誰か見当がついてしまうだろう。

マリベル「ぬぬぅ 言われてみればそうね……。」

アルス「ちょっと 鳴きマネしてみてよ。」

少年がそう言うと少女は自分の喉を整えるようにいくつかの鳴き声を試してみる。

マリベル「……にゃ~ん。」
マリベル「にゃお~ん。」
マリベル「にゃんにゃん。」

アルス「…………………。」

マリベル「……アルス?」



[ アルスは マリベルの あまりのかわいさに もだえている! ]



アルス「だ ダメだ… ぼくには ちょっと 耐えられない……っ!」

そう言って少年は思わず少女に抱き着く。

マリベル「ふみゃっ!? ふ フゥーッ!」

咄嗟のことに少女もつい猫のままで対応してしまう。

アルス「そ それだ!」

マリベル「えっ……?」

何かを閃いたように黒犬は白猫の顔を見る。

アルス「その いかくの声なら きっと 女性だって 気付かれないんじゃないかな!」

マリベル「シャーッ!」

アルス「キャインッ!」

不意に浴びせられた猫パンチをもろに受け黒犬は悲鳴を上げるのだった。

マリベル「うふふ。あんたこそ それなら 女に まちがわれるかもねっ。」

アルス「むむむ……。」

*「おい 次 あんたたちの番だぜ。」

そこへ役を終えた動物たちがやってきて黒犬と白猫の出番を知らせる。

アルス「あっ はい。」

マリベル「さあ アルス。グズグズしてないで 行くわよ!」

アルス「わかった! わかったから……。」

黒犬は尻尾を引っ張る白猫の手を振り払い、トボトボとその後ろをついていくのだった。



773: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 22:58:04.98ID:Gbhcinl20

*「あいたーっ 残念! 見事に はずしちゃったねー。ベリーバッドだね こりゃ。」



その頃、催しの会場ではまた一人、漁師が挑戦に失敗していた。

*「ちくしょー いけると 思ったんだけどよお……。」

*「なんだ お前も ダメだったのか。」

*「おいおーい みんなして ダメダメじゃないか! え?」
*「だれか 我こそはという ビッグなひとは いないのかい?」

どこか呆れた様子で司会の男は観衆に発破をかける。

*「おい どうするよ?」

*「まだ あの二人も 見つけてねえしよ……。」

*「もう ボルカノさんしか 残ってねえじゃねえか!」

ボルカノ「……しかたない。せっかくだから オレもやっていくか。」

他の漁師たちの視線を浴びて椅子に座っていた船長はその重い腰を上げる。

*「おっ そう こなくっちゃな ビッグマン!」
*「じゃあ 始めちゃおう! 女性だと思う人の ところに行って 話しかけて ちょうだいね!」
*「レッツら スタート~!!

*「ぶひひひ ひーん!」

*「くーん……。」

*「んっんももうー!」

*「にゃあごろん。」

*「ふごふごー。」

*「フゥーッ!」

司会の掛け声と共に再び順列を変えた六匹の動物たちが熊の前に並びたつ。

ボルカノ「…………………。」

並んだ動物たちは左から順に馬、黒犬、牛、茶虎猫、豚、白猫。

*「おいおい 今度は ネコが2匹かよー!」

*「あの牛 良い目をしてるな……。」

*「あの腹… 間違いねえな。」

観客たちは動物たちの面子を見てあれこれと予想している。

*「…………………。」

“まさか 挑戦者が 父さんだなんて……。”

*「…………………。」

“うまく ごまかすのよ アルス! もっと クネクネしなさいっ!”

ボルカノ「…………………。」



ボルカノ「まずは これだ。」



774: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 22:59:50.44ID:Gbhcinl20

しばらくじっと見つめていた熊だったが、やがて一匹の動物の前に立つと司会の方に向き直る。

*「おっ 一人目は そのお馬さんで いいのかい?」

ボルカノ「ああ。」

そう言って熊は列の一番左にいた馬を指さす。

*「お~け~! それじゃ 答え合わせだ! お馬さんっ ぬいぐるみを 脱いじゃって!」

*「ぶひひひ ひーん!」
*「あら~ 当てられちゃった!」

司会がそう告げると馬は一鳴きし、中から若い女性が飛び出してきた。

*「…………………。」

“うわっ 隣の人にいったか。” 

*「やったっ やったね。すごいカンだね。こりゃ超能力ってやつだね!」
*「その調子で どんどん 当てちゃって ちょうだいよ!」
*「レッツら ゴーゴーッ!」

ボルカノ「うーむ。」

司会に促され、熊は再び女性を当てるべく並びなおした動物の列を見定める。

今度は左から牛、白猫、豚、黒犬、茶虎猫。

しばらく悩んでいた熊だったがある動物の前まで来ると一言。



ボルカノ「……このブタは 男だな。」



*「フゴッ!?」



*「…………………!」

“ええっ どうして わかったんだ!?”

*「…………………!」

“や やるわね ボルカノおじさま……。”

二人の真ん中にいた豚の正体をピタリと当てられ、これで残る動物は四匹、確率は再び二分の一になってしまった。



ボルカノ「むっ!」



そして熊は少女の手前まで来ると司会の方を振り向いた。

*「…………………!」

“うそでしょぉっ!? あたしだって わかっちゃったと言うの!?”

*「おーっと? ビッグマン 今度はそのネコちゃんで いいのかい?」

*「…………………。」

“まずいっ まずいわ……!”

*「…………………。」

“ま マリベル……っ!”





ボルカノ「いや こっちの 牛だ。」



775: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:01:27.23ID:Gbhcinl20

そう言って大熊は太くごわつく指で白猫の隣にいた牛を指さした。

*「…………………!」

“えっ!?”

*「な~んだ そっちか! それじゃ 牛さん 答えをどーぞっ!」

*「んっんももうー!」
*「もーっ どうして わかっちゃったの?」

またしても女性が当てられ、辺りは騒然となる。

*「ま また 正解だ!」

*「おおっと! やるもんだね 大将! 二人わかれば あと一人。って あたりまえか!」
*「さあさ バシバシ行くよ! 次はずれたら くやしいよ。それ!」

*「こりゃ いけるんじゃねえか あの熊さん!」

*「ボルカノ船長 頼んますぜー!」

沸き立つ観衆とは正反対に動物陣営は静まり返っている。

*「…………………。」

“た 助かったわ……。”

危うく命拾いした白猫は心の中で叫ぶ。

“でも これで 残るは あたしだけ。おまけに ネコは 一匹じゃないのよ!”

“黒犬の正体も バレてないし まだ 勝機はあるわ!”

ボルカノ「…………………。」

最後に残った三匹の動物を眺め、熊は腕を組んで黙り込む。

*「…………………。」

“まずいな…… さっきから 父さんは ぼくのことを じっと見てる。”

“もしかして バレちゃったかな? 怪しい動きは してないと 思うんだけど……。”



ボルカノ「…違うな……。」



そう呟くと熊は真ん中に固まっている二匹の猫をじっくりと見定め始める。

*「…………………。」

*「…………………。」

“ふ…ふふふ たとえ ネコを選んでも 確率は半分! さあ どーするかしら?”

ボルカノ「ネコで 思い出したんだが……。」
ボルカノ「あの二人は どこに行ったんだったか。」

*「…………………。」

“えっ…… 急に どうしたのかしら ボルカノおじさま。”

ボルカノ「マリベルちゃんに 伝えておかねば ならない 大事な ことがあったんだがなあ……。」

*「…………………。」



ボルカノ「なんでも トパーズが 行方不明だとか なんとか。」



*「っ……!?」



ボルカノ「むっ!」



776: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:02:46.83ID:Gbhcinl20

白猫が動揺したのを熊は見逃さなかった。

*「ひゃっ…… ふ フゥ~ッ!」

すぐに白猫の首の皮をむんずと掴んでそのまま持ち上げると司会に向き直る。

*「おおっ そのネコちゃんで いいんだね? だんな!」

*「…………………。」

ボルカノ「ああ。まちがいねえ。」

*「それじゃあ 最後の 答え合わせだっ! 白猫ちゃん 出てきておーくれっ!」



マリベル「プハッ!」
マリベル「ぼ ボルカノおじさま ひきょうよーっ!」



ボルカノ「……やっぱりな。」

ぬいぐるみを脱いで抗議する少女を他所に熊はあまり浮かない声を出す。

*「パンパカパーンッ! やっちゃったよ 当てちゃったよ。こりゃ すごいねどうも!
*「3人正解。お見事でしたー!
*「それでは ここで長老さまより すてきな賞品を わたして いただいちゃいましょう!

ボルカノ「実はな マリベルちゃん……。」

そんな司会の言葉など聞かず、少年の父親は少女に耳打ちをする。

マリベル「えっ……?」



*「はあ はあ……。おおっ 今回の優勝者が 決まりましたな!」



呼び声を聞きつけいつかの様に慌てて長老がバニーガールを連れてやってくる。

*「はい。長老さま! この 旅のおじさんたちが みごと優勝でございます!

*「うむっ。それでは今回の優勝者に わたしから ごうか賞品を プレゼントしよう!」
*「ささっ 早く私のところに……。」

そう言って村長が熊を手招きした時だった。





マリベル「ちょーっと まったあ!」





少女の大声が広場に響き渡った。



777: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:04:07.76ID:Gbhcinl20

*「「「???」」」



マリベル「長老さん! あたしが 預けた トパーズが 行方不明って どういうことよ!」

突然のことに混乱する観衆を置き去りに少女は長老のもとへ歩きながら大声で問い詰める。

*「そっ それは そのう……。ちょっと 目を 離したすきに……。」

マリベル「なーんですって~っ!?」
マリベル「どーして そんな 大事なこと 早く言わなかったのよ!!」

そう怒鳴りながら少女は長老の襟元を掴んで揺さぶる。

*「いや その……。」

物凄い剣幕に押され長老は冷や汗をかいてたじたじとなる。

ミミ「いや~ん 長老さま 死んじゃうから 落ち着いて~!」

そう言って使用人の娘が少女を止めようと必死に押さえつける。

マリベル「むう~~っ!」

ボルカノ「実は そのことで 二人を探してたんだが 一向に見当たらなくてな。」

*「それで 仕方ないから このイベントに参加してたって わけですよ。」

マリベル「あっ そ そうだったの……。」

見かねた船長と漁師にことの顛末を聞かされ、少女はようやくおとなしくなった。

マリベル「そ それで 心当たりはっ?」

*「それが まったく わからんのです。」

村長は申し訳なさそうに項垂れて言う。

マリベル「…まいったわね……。」

ボルカノ「先に コック長には 探してもらっちゃいるがな。」

マリベル「それなら まずは コック長と 合流しなきゃね!」
マリベル「アルス!」

そう言って少女はまだ動物たちの間に紛れている黒犬を呼ぶ。



*「ワン!」



マリベル「もうっ いつまで やってるのよ! ほらっ さっさと 行くわよ!」

アルス「え? あ うん……。」

ボルカノ「…………………。」

“果たしてこの男…息子は本当に世界を救った英雄だというのだろうか?”

二人のやり取りを見つめる父親の心のうちにはそんな不安が去来する。

そして同時に息子の将来をどこかで憐れんでいる自分に思わず溜息するのだった。



778: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:05:29.35ID:Gbhcinl20

コック長「それで あちこち 町中を探しまわったのですが……。」



マリベル「結局 見つからなかったのね……。」



程なくして合流した料理長は冴えない顔で目を閉じる。

コック長「お役に立てずに 申し訳ありませんな。」

マリベル「しかたないわ。きっと あの子も 移動しているだろうし……。」
マリベル「……遠くに 行ってないといいんだけど。」

少女もまた不安そうに彼方を見つめる。

アルス「町の外へ 出てみる?」

マリベル「警戒心が強くはないとはいっても あの子も ネコよ。」
マリベル「知らない土地で 下手なことは しないはずだわよ。」

少年の提案に少女は首を横に振る。

マリベル「とにかく 手分けして もう一回 町の中を 探してみましょうよ。」

アルス「……わかった。」

マリベル「それじゃあね みんな あたしたち 行ってくるわ。」

*「…………………。」
*「何言ってんです マリベルおじょうさん。」

去ろうとする少女を漁師の一人が呼び止める。

マリベル「えっ?」

*「あいつも オレたちにとっちゃ 大切な 船員なんです。」

*「そうですよ! おれたちも いっしょに 探しますよ!」

*「一人より 二人。二人より 三人。三人より 全員だ!」

*「こう見えても おれ 狭いところまで 入っていけるんですぜ。」

*「こうなったら あいつの好きな 美味しい エサで おびきよせて あげますよ!」

マリベル「みんな……。」

ボルカノ「……決まりだな。」

アルス「……父さん!」

ボルカノ「よーし お前ら これから 三毛猫探しを 始める!」

*「「「ウスッ!」」」

ボルカノ「万が一 進展がなくても 日が沈むまでには 宿に 集合するように! いいな!」

*「「「ウスッ!!」」」

マリベル「みんな ありがとう!」
マリベル「…よーし それじゃ 行くわよー!」
マリベル「待ってなさい トパーズ! 必ず 連れ帰ってみせるからね!」

蜘蛛の子を散らしたように走り出した漁船アミット号一行は町の隅から隅まで怪しい所を探し始めた。



雲一つない青空の下、握り拳と共に響き渡った鬨(とき)の声は果たして迷子の三毛猫に届いたのか。



779: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:06:26.54ID:Gbhcinl20

*「ややっ そんなところで 何をしてるんだい?」



*「オスの三毛猫を 探してるんだ! 見つけたら 教えてくれよな!」



*「にゃあごろん。」



*「なあ きみ 三毛猫を見てないかい。」



*「にゃんにゃん! あっ もう お祭りは 終わったんだったわ。」



*「か かわいいなあ…。っとと いけねえ。おねえちゃん それよりもさ……。」



*「なんざますか そんなところ のぞいたりして!」



*「うわあああっ ブタが しゃべったあああ!」



*「うわっ 人がせっかく いいムードになってるのに 邪魔しないでくれよ!」



*「おっと こいつは 失礼!」



*「おじちゃん タルなんてのぞいて なにしてんの?」



*「おじょうちゃん 三毛猫を 見たら 教えてくれよ。」



*「ん? オラの家に なんか 用だか?」



*「実はな……。」



*「コケーッコココ! コケーッコケーッ!」



*「お前に聞いてもなあ……。」



780: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:08:18.26ID:Gbhcinl20

マリベル「ダメね… 全然それらしい 情報も 手に入らないわ。」



日がちょうど水平線へと付きそうな頃、少女と少年は町の隅で腕を組んで溜息を漏らしていた。

マリベル「これだけ みんなで 探しても なんの手がかりも ないだなんて……。」

アルス「うーん。トパーズも 誰かを見つけたら よってきて おかしくないと思うんだけど……。」

マリベル「……ねえ アルス。いやな予感がするわ。」

アルス「外に 行ってみるかい?」

そう言って少年は近くにある町の北口を指さす。

マリベル「…ええ……。」

少女が頷き二人で歩き出した時だった。





*「だ 誰かー!!」





突如、町の外の方から男の叫び声が聞こえてきた。

アルス「…っ!」

マリベル「今のはっ……!?」

アルス「…行こう!」

マリベル「ええ!!」

二人は互いの顔を見合わせ一回だけ頷くと、叫び声の聞こえてきた方へ向かって全力で走り始めたのだった。



781: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:09:48.75ID:Gbhcinl20

*「だ 誰かー!」



町の入口までやってきた少年と少女は外から走ってきた青年と出くわした。

マリベル「ちょっと あんた!」

*「た 助けてくれーー!」

少女の声に気付いた青年が足をもつれさせながら駆け寄ってくる。

アルス「落ち着いてください。いったい 何が あったんですか!」

*「ま まものが! 魔物が 現れたんだ!」

マリベル「なんですって!?」

アルス「その魔物は どこに?」

*「ここから すぐの 森の方だ!」
*「町へ 買い出しに来たんだけど 急に 変な音が聞こえたから 行ってみたら 魔物が暴れてたんだ!」

尚も慌てふためく男は顔を真っ青にしてわめく。

アルス「お怪我は ありませんか?」

*「お オレは大丈夫だ! それより もう一人が……!」
*「おっさんが 魔物に 立ち向かっていくのが 見えたんだ!」

マリベル「聞いた アルス? これは グズグズしてる暇はないわ! すぐに 行きましょう!」

アルス「わかった! じゅうたんで行こう!」
アルス「さあ 乗って!」

そう言って少年は袋からすばやく魔法のじゅうたんを取り出しそれを広げる。

マリベル「ええっ!」
マリベル「あんたは このことを 漁師のかっこうした人たちに 伝えてちょうだい! それじゃあね!!」

絨毯に座った少女はそれだけ言うと少年と共にふわりと浮かんで西へ向かって飛んで行ってしまった。

*「な なんだあ 今のは!?」

ただでさえ狼狽していた青年は目の前で繰り広げられた光景に肝を抜かれてその場にへたり込んでしまうのだった。



782: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:12:01.53ID:Gbhcinl20

*「くううっ こんなところで 魔物にあってしまうとは……!」



その頃、町の西にある森の中では一人の男が巨大な角を持つ大柄な魔物と対峙していた。

*「ブモ~~!! ブモッ! フンッ!!」

*「昔だったら こんなやつ ちょちょいのちょい だったのに……!」

そう言う男の体は既にボロボロで、体中に切り傷と打撲傷ができていた。

*「だが 負けないぞっ! くらえ!」



[ ????は かまいたちを はなった! ]



[ グレイトホーンには きかなかった! ]



男が放った渾身の一撃はむなしくも魔物の獲物によってあっさりと絡めとられ、
巻き起こされた風の刃はたちまち消え失せてしまった。

*「な なにぃ!?」
*「まずい このままじゃ……!」

そう呟くと男は少し後ろで毛を逆立てている獣に向かって叫ぶ。

*「ネコちゃん はやくどこかへ 逃げるんだ!」

*「フゥ~~ッ!」

*「どうして 逃げない! もっと ネコらしく さっさと 安全なところへ 行ったら どうなんだ!?」

男の後ろには三毛猫がいた。
本来猫同士でするケンカ程度にしか戦闘を知らないはずのその獣は、
巨大な魔物を前にしているにも関わらずまったく引けを取ろうとしない。
それどころかその目は闘志に満ちていた。

*「ナウナウ~~ッ!」

*「ブモッフフ!」

対する巨躯は余裕の笑みを浮かべている。どうやら自分の勝利を確信しているようだ。

*「私も…… そうは もちませんよ!」
*「でも……!」

*「ブモッ!?」

*「このまま ここを 通すわけには いかない!」」



[ ????は おおきな かいぶつに すがたを かえたっ!! ]



783: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:14:14.88ID:Gbhcinl20

*「ぐおおおっ!」



紫色の体表をもった恐ろしい怪物は相手の魔物に向かって思い切り突進していく。

*「フンッ!」

*「ガアアッ!?」

しかし捨て身で繰り出した攻撃はなんなく避けられ、代わりに棘(トゲ)の付いた獲物による手痛い反撃を受けてしまった。

*「ぐるる……。」

流れ出す大量の血がそう長くは立って至られないことを物語っていた。

そして次の瞬間。



*「ブモ~~~ッ!!」



[ グレイトホーンは ライデインを となえた! ]



普通の魔物であれば使用してくるはずもない雷の呪文が発動し、薄暗い森の中、木々の隙間を駆け抜けて落雷が男を襲った。

*「ギャッ!! ギギギ……!」

“ドシン”という低く重たい地鳴りを起こして怪物は自らの血の海の中へ崩れ落ちた。

周りは赤黒く焼け焦げ、死を連想させる嫌な臭いが辺りに充満する。

*「なう~!!」

後で身構えていた猫がその毛をさらに逆立てて魔物を睨む。

*「ブホホホッ。」

よだれを垂らし勝利の笑みを浮かべると、魔物は目の前にいるか弱い命を踏みつぶそうと一歩一歩地を慣らすように歩き出す。

*「フゥ~~~ッ!」

それでも猫は勇ましく駆け出し、相手の脚に飛びつき思い切り牙を立てる。

*「ブモモッ!? ブモ~~~ッ!!」

*「ミギャッ……!」

思いもよらぬ反撃に一瞬だけたじろいだ魔物だったが、力任せに脚を蹴り上げ、そのまま物凄い勢いで猫を吹き飛ばした。

*「…ふ… フゥゥ……。」

その衝撃でもろに木の幹に叩きつけられた猫は、それが致命傷となったのかそのままぐったりと体を横たえてしまった。

*「ブモオオオ!!」

それでも頭に血を登らせた魔物は鬱憤を晴らそうとそれに近寄り、とどめを刺さんと獲物を振り上げる。

しかしその時。





*「させるかーーっ!」



784: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:15:17.04ID:Gbhcinl20

風よりも早く駆け抜けてきた何者かが魔物目がけて思い切り獲物を突き立てた。

*「ブモオッ!?」

たまらず魔物は獲物を手放し傷を抑える。

*「トパーズ!」

そう叫んで猫を拾い上げたのは先ほど魔物に一撃を加えた少年と共にやってきた少女だった。

マリベル「もう 大丈夫よ! ベホマ!」

少女は魔力を集中させ、三毛猫の傷を治していく。

トパーズ「な-お!」

たちまち雄猫は元気を取り戻し、少女の顔を覗き込む。

アルス「どけっ!」

*「ブモッ! ブモオオッ!」

一方の少年は地団太を踏んで怒りを顕にする巨大な獣を相手どっていた。

アルス「お前が 暴れてたっていう 魔物だな?」

*「ブモ~~~!」

少年の問いかけに魔物は荒い息を吐き出し少年を睨みつける。

アルス「…話は 通じないか……。」

*「ブモオッ」

魔物は少年に思い切り突進を仕掛け、その巨大な角で少年を突き飛ばそうと試みる。

アルス「ハッ!」

少年はその下に身を滑り込ませるとそのまま魔物の鼻っ面を思い切り蹴り上げる。

*「ブッ……オオオ!?」

強烈な蹴りをまともに喰らい、魔物はその巨体を仰け反らせるとそのまま足元を滑らせて背中から地面に倒れ込む。

マリベル「トパーズ! 下がってなさい!」

トパーズ「ナッ……!」

少女がそう叫ぶと三毛猫は何を言われたのかを察したように大木の後ろへと回り込み、そのまま魔物と少年を迂回するように走り出す。

マリベル「よくも あたしの かわいいトパーズを 傷つけてくれたわね!」

*「ブモッ……!?」

マリベル「これでも くらいなさい!!」

アルス「うわっ マリベル ちょっと待った!」



“ピイイイイイイッ!”



少年の制止も聞かず、少女は指をくわえて思い切り笛を吹いた。

*「ブモモッ!?」

“ドドドド……”

するとその直後、どこからともなく何かの押し寄せるような地響きが聞こえてきた。

アルス「うわわわっ!」

マリベル「いけえええええええっ!!」

[ マリベルは どとうのひつじを はなった! ]

*「ブモ~~~~~~ッ!?」

どこからともなくやってきた凄まじい数の羊たちが、魔物を襲った。



785: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:16:55.52ID:Gbhcinl20

マリベル「ありがとね~! ひつじさんたちっ!!」



放牧中だった羊たちを見送り少女が手を振る。

アルス「あいたたた……。」

想像を絶する羊の群れを寸でのところで回避した少年が、転んで擦りむいた傷をさする。

*「…………………。」

アルス「うわあ… 派手にやったね……。」

砂煙の消えた跡には、無惨にも踏みつけられて絶命した魔物がボロ雑巾の様に転がっていた。

マリベル「ふんっ 魔物なんて こんなもんよ。」

羊をけしかけた当の本人は両手を腰に当てて不機嫌そうに吐き捨てる。

アルス「は ははは……。」
アルス「…それより トパーズは?」

少年は冷や汗を拭うとあたりを見渡す。

マリベル「安全なところに いったと思うんだけど……。」



マリベル「あっ……!」



同じく辺りを見回していた少女は何かを見つけるとそちらの方へと走っていってしまった。

アルス「あ 待ってよ!」

慌てて後を追う少年だったが、すぐに何かを見つけ、その足を止める。

マリベル「…………………。」

アルス「これは……?」

マリベル「……わかんないわ。」



786: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:17:53.96ID:Gbhcinl20

少年が立ち止まった先に見えたのは既に虫の息となっていた一体の怪物だった。

*「ぐ ぐるる……。」

苦しそうに呼吸をしながら力なく横たえるそれは少年たちを見つけるとどこか悲しそうな目で二人を見つめた。

マリベル「……あたしたちに 何か 言いたいことでも あるのかしら?」

*「…………………。」

するとその怪物は目だけを動かして自分の足元でじっとしている三毛猫を二人に報せる。

アルス「…ん? と トパーズ!」

マリベル「あんた こんなところに いたのね!」

トパーズ「な~お!」

二人の呼びかけに応えるように一鳴きするとその猫は怪物の顔まで回り込んでその口元をなめる。

トパーズ「なうー。」

マリベル「この魔物が どうしたっていうのよ?」

交互に自分と怪物の顔を見てくる三毛猫に少女は首を捻る。

アルス「見て マリベル。この魔物 見覚えがないかい?」

マリベル「えっ…?」

少年に言われ少女は自分の記憶の引出を片っ端から開け始める。

マリベル「…………………。」
マリベル「あっ! 思い出したわ!! これってば 変身で あたしたちが化けた怪物 そっくりよ!」

少女はいつだか不細工で恰好が悪い上に理性が飛ぶという理由で二度と使うまいと決めていた“へんしん”を思い出していた。

アルス「そうか! つまりこれは… この人は……。」
アルス「ベホマ!」

少女の言葉に少年もピンと来たのかすぐに回復呪文を唱え、怪物の手当を行った。

*「ぐ…ううう……。」

すると怪物は身体を起こして伸びをするように大きく震わせると、やがてその体を元の姿に戻し始めた。

アルス「あっ……!」

マリベル「あんたは……!」





*「た…ははは…… どうも お久しぶりです おふたりとも。」



787: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:20:18.99ID:Gbhcinl20

なんと怪物の正体は以前魔封じの山で戦い、力を失って人間になってしまったあの魔物だった。



*「いやあ 助かりました! ありがとうございます!」



マリベル「デス・アミーゴ!?」
マリベル「どうして あんたが ここに?」

*「もう その名前は やめてくださいよお!」
*「今は 私も ただの人間なんですから。」

少女にかつての名を呼ばれ、男は恥ずかしそうに頭を掻く。

アルス「魔封じの山に いたんじゃないんですか?」

*「いや それが… すっかり魔物たちも いなくなったんで キレイな服でも 買いに行こうかなーと 町に行ったんですけど あいにく 感謝祭の真っ最中で……。」
*「出直そうと思って 町を出たら 途中で大きな音がしたんで ここまで 見にきたら このザマですよ。」

マリベル「……それで どうして トパーズが いっしょなわけ?」

少女が三毛猫を抱えたまま訝しげに男を睨む。

*「あ…ああ。町を 出ようとした時に このネコちゃんと 会いましてね。」
*「なんだかついてきちゃうもんですから そのまま ほっといたんですけど 気付いたら 魔物に襲われちゃって。」
*「この子だけ 逃がそうとしたんですけど なかなか 逃げてくれなかったんですよ。それどころか 立ち向かおうとして……。」

アルス「それで 大けがしたって わけですね。」

*「はい そうなんです……。」

マリベル「本当でしょうね……?」

*「ほ 本当ですって! 神にちかって 本当です!」

マリベル「ねえ トパーズ こいつの言ってること 本当?」



トパーズ「……なー。」



マリベル「ほら トパーズも 嘘だって 言ってるじゃない。」

*「そんな テキトーな こと言わないでくださいよお!」
*「な なんだったら このネコちゃんに しゃべってもらって……。」

そう言って男は三毛猫に両手をかざして魔法をかけようとする。

マリベル「あーっ! いいっ! いいからそんなことしなくって!」
マリベル「わかったわよ 信じてあげるわ。」

少女は三毛猫を男から遠ざけると仕方ないといった表情で溜息をつく。

*「よ よかったあ……。」

マリベル「確かに この子の言うことも 気にはなるけど ガボみたいに ベラベラしゃべられちゃ たまんないわ。」
マリベル「トパーズは トパーズのままで いいのよ。ねー。」

そう言って少女は三毛猫の顔と自分の顔を近づける。

トパーズ「…………………。」

三毛猫はどこか居づらそうに首をキョロキョロと動かしている。

アルス「それにしても もとから 人懐っこいネコだとは 思ってたけど まさか 知らない人に ついてっちゃうなんてね。」

三毛猫の喉を撫でながら少年が言う。

マリベル「そうよ。心配したんだからね?」

トパーズ「なーう。」

*「きっと 好奇心が強かっただけですよ。」

男が困ったような顔で笑う。



788: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:21:29.61ID:Gbhcinl20

マリベル「…………………。」



“好奇心は 猫を殺す か……。”



少女の中でいつか少年が言っていた台詞が思い出される。

マリベル「はあ…… まあいいわ。こうして 間に合ったんだしね。」
マリベル「みんな 心配してるでしょうし そろそろ 帰りましょ。」

溜息を一つつくと少女は誰に言うまでもなく呟く。

アルス「そうだね。」
アルス「あなたは どうするんですか?」

そう言って少年は元魔物の男に訊ねる。

*「え いや わたしは……。」

男はどこか気恥ずかしそうに指を組む。

マリベル「まだ あの町に 負い目感じてるの?」

*「ええ まあ そりゃあ……。」

マリベル「あんたのやったことは 許されることじゃないけど もう過ぎたことなんだから いつまでも うじうじしてないで 遊びに行きゃ いいじゃないの。」
マリベル「なんだったら 罪滅ぼしに あの町の役に立つようなことでも やったらどうかしら?」
マリベル「それに 一度は 行ったんじゃない。だったら どうして 二度目は ダメなわけ?」

尻込みする男に少女が矢継ぎ早に言い聞かす。

アルス「そうですよ。みんな いい人たちですから きっと あなたのことを 受け入れてくれますよ?」
アルス「それに 今日はもう 遅いから 泊まっていったら どうですか?」

*「あ はははは… そ それも そうですね…… じゃあ お言葉に甘えて……。」

少々引き気味だった男は少年に救いの手を差し伸べられ、少しだけ明るさを取り戻す。

マリベル「ちょっと 誰が あんたのお金出してあげる って言ったのよ。」

アルス「まあまあ マリベル。」

再び眉を吊り上げる少女を少年がなだめすかす。

マリベル「アルス! あんた また 甘やかしてっ。」

アルス「あはは…… いいじゃない たいした お金じゃないんだから。」

*「あ ありがとうございますーっ! このご恩は いつか……。」

すっかり調子を取り戻した男がペコペコと頭を下げながら少年の手を握る。

そして三人と一匹は魔法のじゅうたんを使うことも忘れ一列に揃って仲間の待つ町へと歩き出すのであった。

マリベル「まったく あんたは 人が良すぎるのよ! この前だって……。」

そんな風に悪態をつく少女も今ではしっかりと少年の腕に自分のそれを絡ませている。



いつの間にか日は沈み、軽やかに歩む少年たちを寝坊助の月がぼんやりと眺めていたのだった。



789: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:23:24.37ID:Gbhcinl20

マリベル「あーあ さすがに疲れちゃったわよ。」



宿に着いてからというもの少年たちは漁師たちに囲まれてしまった。
加えて身なりの悪い見知らぬ男を連れているものだからあれこれと質問攻めにあい、
各々の苦労話を聞かされたりと、食事を終えるまでの間二人に気の休まる時間はなかったのだった。

それから更に時間は経ち、二人は三毛猫と共に広場の椅子に腰をかけ、静かに時を過ごしていた。

アルス「……でも それだけ みんな トパーズのこと 心配してくれてたんだね。」

マリベル「ふふっ そうね。」
マリベル「あんたは 幸せ者だわね~。」

そう言って少女は膝に座る三毛猫に笑いかける。

トパーズ「…………………。」

三毛猫はなんのことかとでも言うように目を閉じたまま尻尾を振っている。

マリベル「それにしても あのおっさんが 町のために 体張るなんてねえ。」

少女が猫を撫でながら言う。

アルス「それだけ 反省してるって ことじゃないかな。」

件の男は、既に宿の中で眠りについていた。

マリベル「…世の中 分からないわね。」
マリベル「あたしたちに のされた 魔物が いつの間にか 人間になって 一度は滅ぼそうとした町のために 自分を犠牲にしようとするなんて。」

アルス「……そうだね。」

マリベル「でも これから あいつ どうすんのかしら?」

アルス「さあ。普段も 何してるか わからない人だし。」

マリベル「そんなやつに ポンッて 手を貸しちゃうんだもん あんたってば ほんとーに どうしようもない お人良しよねえ。」

アルス「……いやあ なんとなく ほってなくてさ。」

そう言って少年はバツが悪そうに頬を掻く。

マリベル「時々 そのお人よしのせいで こっちが 不利益こうむってんだからね? しっかりしてよね。」

アルス「んー…… ごめん。」

マリベル「もうっ 頼りないわねえ! そんなんじゃ いつか ろくな目に会わないわよ?」

アルス「…………………。」

少年は反論こそしないものの、どこか拗ねたように目線だけでそっぽを向いている。

マリベル「…………………。」



790: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:25:37.66ID:Gbhcinl20

マリベル「……まっ そうならないようにするために あたしが いるんだけどね。」



少女はどこか自嘲気味に微笑む。

アルス「えっ?」

マリベル「感謝しなさいよね? こんな 美少女が あんたを 見守っててあげてんだからさ。」

なんだかんだと言っても少女はそんな少年の人柄を好いていたし、
もしもそれが災いしようものなら自分が彼を助けようと最初から考えていた。
それもこれもひっくるめて少女は少年についていくと誓ったのだ。

アルス「……うん。」

たったの短い返事。だが少年も少女が心底自分を許してくれているということを痛いほど感じていた。
普段はトゲのある言葉に隠れて見落としがちな少女の優しさ、労わり、不器用な愛を、少年は決して見逃してはいなかった。
長い間隣で歩いてきたからこそ分かる、少女なりのサインに。

だからこそ少年は面と向かって少女に告げる。
互いの気持ちを打ち明けられずにいたあの頃とは違う、今だからこそ心から言える言葉。



アルス「ありがとう マリベル。」



マリベル「っ……。」

予想以上に直球な感謝の言葉に、少女は少しだけ面食らったように少年の顔を見つめる。

アルス「きみが そばにいてくれるから ぼくは ぼくの言いたいことが言えるし やりたいことができる。」
アルス「だから… ありがとう。」

マリベル「……ふん。いいわよね あんたは そうやって 人の気も知らずに。」

素直な想いをぶつけてくる少年の目を直視できず、少女は膝の猫へと視線を落とす。

アルス「……そうかもね。」

マリベル「ばーか。」

アルス「うん。」

マリベル「お人好し。」

アルス「うん。」

マリベル「褒めてないからね?」

アルス「うん。」

マリベル「なによなによ バカにして。てきとうに 答えないでよね! もうクチきいてやんな……。」



マリベル「っ……!?」



791: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:27:25.99ID:Gbhcinl20

アルス「マリベル。」



マリベル「…………なによ。」

いつの間にか立ち上がり回り込んだ少年に後ろから抱かれ、少女は言葉を失くす。
もう何度こうされたか分からないのに、こうなってしまっては少女はたちどころに膝の上の猫のようにおとなしくなってしまう。

アルス「…たしかに ぼくは ニブいって よく言われるけど……。」
アルス「きみのことなら なんとなくだけど 誰よりも わかってるつもり。」

マリベル「えっ……?」

アルス「だから さ。」
アルス「だからこそ きみに 迷惑かけてるってことも よくわかってるし きっと これからも 迷惑をかけちゃうんだと思う。」

マリベル「…………………。」

アルス「でも きみが 本当にイヤって言うなら ぼくは 絶対にそんなことは しない。」
アルス「……どんな時でも きみに笑っててほしいから。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……うふふっ ばかね。」

アルス「……?」

マリベル「どんな時でも 笑顔だったら 感覚が マヒしちゃうわ。」
マリベル「…時に 辛いことがあって ちょっと 苦しいからこそ 嬉しかったり 楽しかったりした時に 全力で 笑えるの。」
マリベル「だから……。」

アルス「だから……?」



マリベル「だから どんな時でも あたしは あなたについていくのよ。」



マリベル「……全部 あなたと分かち合いたいから。」



アルス「…マリベル……っ!」

マリベル「え ちょっと…… ん……。」

感極まったようにその名を呼び、少年は身を乗り出して少女の唇を奪う。

マリベル「あふっ………ん…う…。」

やがて少女もそれを受け入れ、体を少年の方へと向き直る。

トパーズ「なう~……。」

少年と少女の体に挟まれるような形になってしまった三毛猫が、苦しそうに身をもがき少女の膝からスルリと抜け出る。



792: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:28:12.86ID:Gbhcinl20

アルス「ぷはっ!」



マリベル「はっ……はあ……。」
マリベル「…もう……アルスったら……。」

しばらくしてようやく少年から解放され、苦しそうに息を整えると少女はか弱げに悪態をついた。

アルス「はは……ごめんごめん。」
アルス「つい 嬉しくってさ。」

それすらも愛おしげに少年は少女の体を優しく抱きしめる。

マリベル「ふふっ あんたってば ここのところ 積極的よね。」

そんな少年を満足げに、そしてどこか小ばかにしたように少女が鼻息を漏らす。

アルス「だって マリベルがかわいいから いけないんだ。」

マリベル「んー! もうっ!」

またしても恥ずかしい台詞を悪びれもなく言ってのける少年に、
少女はこの町で何度も耳にしてきた牛の鳴き真似の如く可愛らしい抗議の声を漏らすのだった。



いつしか月は天まで昇り、二人の影は小さく重なり合って一つとなっていた。

そんな二人の小さな影の中で三毛猫が、香箱座りで退屈そうに尾をなびかせながら二人の顔を交互に見上げる。



“たまにはオレにも感謝しろよ”と。





そして……



793: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:28:39.19ID:Gbhcinl20

そして 夜が 明けた……。



795: ◆N7KRije7Xs:2017/01/17(火) 23:31:16.14ID:Gbhcinl20

第26話の主な登場人物



アルス
黒い犬のぬいぐるみを着てオルフィーの感謝祭に参加。
ひょんなことからかつて魔物だった男と再会。

マリベル
アルスと共に感謝祭に参加。ぬいぐるみは白い猫。
行方不明になったトパーズを探してひた走る。

ボルカノ
町民に紛れ込んだアルスとマリベルを探すべく感謝祭に参加。
見事イベントで優勝してみせる。ちなみにぬいぐるみは熊。

コック長
アルスとマリベルのことは漁師たちに任せ、
行方不明になったトパーズを先に探していた。
着ぐるみはブタさん。

めし番(*)
漁師たちと共に感謝祭に参加。
着ていたのは牛。

アミット号の漁師たち(*)
自分たちをほったらかしにして行ったアルスとマリベルを探すべく感謝祭に参加。
その後は行方不明の三毛猫を探して町をうろつく。

トパーズ
オスの三毛猫。
長老の家に預けられていたが、屋外に出た際町へやってきていた男についていってしまう。
勝ち目のないような相手にも果敢にとびかかっていく。

オルフィーの長老(*)
町長といっても良いような立ち位置にいるが
どうにも助平なおじいさん。

ミミ
長老の家で働くお色気たっぷりのメイドさん。
長老の趣味でバニーガールの恰好をさせられているが本人もノリノリ。

イベントの司会(*)
感謝祭で司会を務める男。
饒舌で独特の言い回しをする。
妙にテンションが高く、とにかくうるさい。

船着き場の使用人(*)
ブルジオの船着き場で働いている使用人の男。
オルフィーの町まで買い出しへやってくる途中、魔物と遭遇。
急いで町へ逃げてきたところで出会ったアルスたちにことの顛末を聞かせる。

元デス・アミーゴの男(*)
かつて魔封じの洞くつに封印されていた元魔物の男。
長い年月を経て人間の姿となり、ほとんどチカラを失っていたが
突如現れた魔物を相手に奮闘する。



796: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:13:24.69ID:NwVM2m3w0

航海二十七日目:時を渡る英雄 / 涙の真珠を君に



797: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:14:16.29ID:NwVM2m3w0

*「コーケコッコー!!」



鶏たちのけたたましい鳴き声が静かな町に響き渡り、朝の訪れを告げる。



*「コケー! コココ!」



*「コッケー! コケッコ!!」



*「コココ… コケコッコー!」










マリベル「うるさーーーーい!!」










*「「「うおおっ!?」」」



少女の絶叫が静かな宿屋に響き渡り、少年達にも朝の訪れを告げた。



798: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:15:09.52ID:NwVM2m3w0

マリベル「まったく… 人の安眠をさまたげるとは いい度胸してるわね!」



アルス「そんなこと ニワトリに言ってもなあ……。」



すぐに始まった朝食をぱくつきながら少女が眉間にしわを寄せて言う。

*「おれたちの 安眠は……。」



マリベル「な・に・か?」



*「ヒィッ なんでもありませんっ!」

恨めしそうな顔をする漁師も少女の人にらみですっかりすごんでしまうのだった。



*「それにしても ここの朝は すごいですねー!」



早朝からやかましいくらい元気な元魔物の男が笑う。

*「こんなに たくさんのニワトリが鳴くなんて! ここの人たちは きっと 規則正しい生活が 保障されてますね!」

などと、的を射ているのかいないのかわからないような冗談を飛ばす。

マリベル「ふんっ おかげで こっちは 寝不足だわよ!」

アルス「まあまあ どっちにしろ そろそろ 起きなきゃ いけない時間だったんだし……。」

マリベル「……ふん。」

アルス「ふう……。」

“どうやら今朝は彼女のご機嫌取りが最初の仕事になりそうだ。”

そんなことを考えながら少年は残りの食事を平らげるのだった。



799: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:15:50.18ID:NwVM2m3w0

*「もう 行ってしまうんですね……。」



食事を終えた一行に一晩寝食を共にした男が別れを惜しんで語り掛ける。

ボルカノ「オレたちも 長いこと 航海してるからな。早く 役目を終わらして 故郷に帰りたいんだ。」
ボルカノ「悪く 思わないでくれよな。」

*「ええ……。」

昨晩、元魔物と少年たちの話を興味深そうに聞いていた船長は少しだけ困った顔で笑う。

アルス「たまには 遊びに来るので また その時にでも。」

マリベル「ええ? あたしは あの山まで 行きたくないわよ?」

少年の言葉に少女は怪訝な顔。

*「あ っははは… わたしも 時々は 町にきて 人助けでもしようと 思ってるので 運がよければ!」

元魔物の男はそう言って頭を掻く。



マリベル「……そう あんたは見つけたのね。」



*「えっ……?」

マリベル「なんでもないわ。さっ 行きましょ。」

アルス「…うん。」

ボルカノ「よーし! いくぞ お前たち! 海で仲間が待ってる!」

*「「「ウスッ!」」」

こうして一行は感謝祭を終え静まり返った町を後にし、次なる目的を目指して元来た道を歩き出すのであった。



800: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:17:58.39ID:NwVM2m3w0

青い空がどこまでも続いている。

今にも消えてしまいそうな雲だけがわずかばかりに浮かんでいるだけの空。

そしてその空をそのまま映したように真っ青な海の上、漁船アミット号は緩やかな東からの風を受けて航行していた。

マリベル「…………………。」

そんな中、少女は一人、船尾に立って先ほどまで滞在していた町の方角を眺めていた。

マリベル「あんなのでも もう 自分のやることを 見つけてるのね……。」

少女は先ほど男が言っていた言葉を思い出して独り言つ。

“私も 時々は 町にきて 人助けでもしようと 思ってるので”

かつて町を壊滅へ追い込んだ魔物は封印され、時を経ることで人の姿となりその心を改め、
今ではすっかり罪滅ぼしをせんと意気込むまでに至っていた。

少女が“軟弱”とこけおろしたあの男が。

マリベル「…………………。」

少女にはそれが羨ましく感じられた。
いつまでもこれからすべきことの見つからない自分とは違い、
彼はしっかりと自分の道を見つけ、それに向かおうとしている。

マリベル「なんか 腹立つ。」

そんなことを考えているうちに自分への怒りなのか、
彼への嫉妬なのか、それとも今朝の鶏への恨みなのか分からぬ苛立ちが少女を襲ってきた。



アルス「あ マリベル そんなとこに いたんだ。」



そんなことも知らずにのこのことやって来た少年が少女の背中に呼びかける。

マリベル「……いいところに 来たわね アルス。」

アルス「ん?」

羊を目の前にした狼は今まさに跳びかからんと低い唸り声を上げている。

マリベル「このイライラを なんとか なさい。」

アルス「ええっ? 何の話?」

マリベル「いいから なんか スカッとする 話しなさいよ。」

いきなりのことに狼狽する少年に少女は詰め寄りにらみつける。

アルス「そんな 無茶な……。」

マリベル「……この 役立たず。もう いいわよ。」

そう言って少女は身体を仰け反らせて抗議する少年に背を向け、だんまりを決め込んでしまった。

マリベル「……はあ………。」

アルス「…………………。」



801: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:19:56.44ID:NwVM2m3w0

いつもより小さく見える少女の背中を見つめ、少年は何を思ったか呟くように声をかける。

アルス「…次で 最後だね。」

マリベル「……そうねー。」

面倒くさそうに少女が答える。

アルス「一か月。長いようで 短いような……。」
アルス「もう 終わるんだね。」

マリベル「……そうね。」

小さく返す少女の背中は、どこか寂しそうにも見えた。

アルス「いろいろあったね。」

そう言って少年は少女の隣に並ぶ。

マリベル「…旅の時よりも ヒヤヒヤしたわよ。」

アルス「コスタールから始まって 途中 いろんな国や町によって いろんな人に会ったり 事件があったり。」

マリベル「あたしも あんたも ボロボロになるし。ロクなことが なかったわ。」

アルス「でも 宴があったり みんなで真剣に 漁をしたり。」
アルス「……ぼくは 楽しかったな。」

少年は懐かしむように目を細めて小さく微笑む。

マリベル「……あんたって ホント 気楽よね。あたしなんて……。」



アルス「やっぱり ついてきて 後悔した?」



マリベル「…………………。」

少年の問いかけに少女は目を伏せたまま何も答えない。

アルス「ぼくは きみがいてくれて 良かったって 思ってんだけどな。」

マリベル「…………………。」

アルス「……そっか ごめん。」

そう言って少年は踵を返してその場を立ち去ろうとする。

マリベル「………い…。」

アルス「えっ?」





マリベル「そんなわけ ないじゃない!」





アルス「…………………。」



802: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:21:02.33ID:NwVM2m3w0

マリベル「あたしだってそうよ… 辛いことも いっぱいあったけど 何一つ 後悔なんてしてないわ!」
マリベル「あんたが… アルスが いっしょだったから。」

そう言って少女は力強い目で少年を見つめる。

アルス「マリベル。」

マリベル「んっ……。」

アルス「ありがとう。」

マリベル「……ふん。言ったじゃないの。あんたについて行くって。」
マリベル「あんたと いっしょなら あたしは どこにだって行くし どんなことだって 耐えてみせるわ。」
マリベル「…それに あたしだって 楽しかったわよ。」

抱きしめられたまま少女は少年の顔を見上げる。

マリベル「自分たちが 取り戻した 平和な世界を こうやって 堂々と 歩けるんですもの。これが 愉快以外の なんだっていうのかしら?」

アルス「……ふふっ。その通りだね。」

少女の微笑みに少年も笑って答える。

マリベル「ねえ アルス。」

アルス「なんだい?」

マリベル「いつか あなたが この船を仕切れるようになったらさ。」
マリベル「年に 一回でもいいの。」
マリベル「……また わたしを 漁に 連れていってよ。」

少女はどこか照れくさそうに視線を少年の目から逸らす。

アルス「……わかった。約束する。」

マリベル「ほんとう?」

期待に膨らんだ眼差しで少女はまた少年の目を見つめる。

アルス「……もちろん。」

優しく受け止めるその瞳に曇りはなく、どこまでも澄んだ黒で少女を見つめ返した。

マリベル「うふふ。ありがとっ。」

アルス「でも その時は 日帰りかもよ?」

マリベル「なんでもいいのよ。」
マリベル「あなたと 一緒に 海に出られるなら…。」



アルス「……っ!」



803: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:22:37.26ID:NwVM2m3w0

“この人はどうしてこんなに可愛いことを言ってのけるのか”

まるで少年の理性をドロドロに溶かしてしまいそうな台詞を吐きながら、少女は赤みがかった頬で体を捩っている。

マリベル「アルス……?」



アルス「マリベルっ!」



マリベル「んっ!? …んん……。」



あどけなく名前を呼ぶ少女に、この旅の中で何度交わしてきたかもわからぬ口づけを施す。

まるで彼女のすべてを覆いつくさんばかりに激しく、甘い口づけを。

マリベル「はあっ…… もう アルスったら。見られてるわよ?」

そう言って少女は帆の方を見やる。

アルス「……いいんだ もう。」

マリベル「ふふっ。ん~!」

アルス「…む……!」

言葉とは対照的にどこか恥じらいを見せる少年に今度は少女から攻撃をしかける。

アルス「ぷはっ… ま マリベル?」

マリベル「…なーんちゃって ホントは 見られてませんでした~。」

そう言って少女はどこか小馬鹿にしたように笑う。

アルス「あっ やったな!」

マリベル「おほほほ。アルスってば かわいい~。」

赤面して怒る少年を少女は尚も挑発する。

アルス「それなら こうだ!」

マリベル「ひゃっ……!?」

そんな少女に対抗すべく少年は首筋をぺろりとひとなめ。

少女の体はビクンと跳ねる。

アルス「まさか 魔物 以外に このワザを使う時が くるとは……。」

マリベル「あ あふっ……。」

脱力する少女の体をしっかりと支えながら少年が勝ち誇った笑みで言う。

マリベル「ひ ひきょうものぉ……。」

アルス「あははっ …ごちそうさま。」

そう言って少年はようやく少女を解放すると今度こそ歩き出す。



マリベル「あっ……。」



不意に離れていった体温の名残を惜しむかのように少女は少年の背に手を伸ばす。
しかしその手は少年には決して届かず、ただ虚しく宙を触るだけ。

マリベル「…………………。」

むすっとした表情でどこか不満足そうに少女は腕を組むと、彼の後を追うようにして甲板を降りていくのだった。



“必ず仕返ししてやる”と誓いを立てて。



804: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:24:10.97ID:NwVM2m3w0

*「なあ… まだ 着かねえのか?」

アルス「もうすぐですよ。」

日も暮れ始めた頃、次の大陸へと上陸した漁船アミット号一行は
料理長と漁師を船に残し、日のあまり射さない薄暗い森の中を行進していた。

*「しかし こんな 森の中 歩いてて 本当に 大丈夫なのか?」

マリベル「なによ 弱気ねえ。もう あんまり 時間ないんだし 急がないと。」

そう言って不安そうに辺りを囲う背の高い木々を見上げる漁師たちを少女が急かす。



ボルカノ「ん? 出口か?」



するとそれまで何も言わずに少年と少女についてきていた船長が急に口を開く。

*「おおっ 視界が ひらけた!」

*「見ろよっ! 村だ!」

船長の言葉に、前へ出てきた漁師たちが嬉しそうにはしゃぐ。

アルス「あれが プロビナの村です。」

そう言って少年が指差す先、そこには山々に囲まれた小さな村があった。

*「おっ こっちにも 道があるじゃねえか!」

*「じゃあ どっちも 正しい道って わけなんだな。」

マリベル「だーから 言ったでしょ? こっちの方が 近道だって。」

*「いやあ すいません ついつい……。」

得意げに言う少女に飯番の男がバツが悪そうに頭を掻く。

アルス「さあ 急ぎましょう。早くしないと 山の上まで 着けません。」

*「ええっ おれたちも 登るのか!?」

少年の言葉に漁師の一人が顔を青くして身動ぎする。

マリベル「べっつにー? 嫌なら 宿で 待っててもいいんだけど。」

ボルカノ「まあ お前たちは 先に休んでて かまわんぞ。」

アルス「王さまの手紙は ぼくたちが わたしておきますから。」

*「さ さっすが ボルカノさんに アルス! 話が わかりますなあ!」

そう言って男は胸を撫でおろす。

マリベル「…わーるかったわねえ。話の分からない人で。」

*「うっ… いや マリベルおじょうさん ち 違うんですよ これは……。」

いかにも不機嫌そうに言う少女に男は慌てて弁解につとめようとする。

マリベル「ふーん? 何が ちがうって言うのかしらん?」

アルス「まあまあ マリベル。」

マリベル「なによ アルス。」

アルス「ほらっ 急ごう?」

そう言って少年は少女を呼び止めるとその手を握り催促する。

マリベル「……ふんっ わかってるわよ。」

少女はまだ不機嫌そうな表情でそれを受け入れると、男を残してさっさと歩き出してしまうのだった。

*「…………………。」
*「た たすかった」

そして一人残された漁師は額の汗を拭うとこっそりと、心の中で少年に感謝しながら列の中へ戻って行くのだった。



805: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:25:21.33ID:NwVM2m3w0

*「おや こんなところに 旅人とは めずらしい。しかも 団体と来たもんだ。」



村へと到着した一行を出迎えたのは入口の近くにいた酪農家の婦人だった。

アルス「魔王が倒れてからも 人は あまり来てないんですか?」

先頭に立っていた少年が尋ねる。

*「そりゃあ こんなへんぴな所にある 村だからねえ。普段から 旅人なんて めったなことじゃ 来ないんだよ。」

婦人はつまらなさそうに言った。

アルス「そうですか……。」



マリベル「それより 神父さまたちは 元気にしてるかしら?」



二人の会話が途切れたのを見計らうように少女が婦人に問う。

*「おや おじょうさん お祈りかい? エライねえ 若いのに……。」
*「神父さまたちなら 前よりも 生き生きとした ご様子だよ。なんでも 神の気配を 感じ取ったとかなんとか。」

マリベル「ふーん…。やっぱり わかる人には わかるのね……。」

少女は人差し指に顎を乗せて思案する。

*「どうしたんだい? そんなに考え込んじゃって。」

マリベル「えっ あ いや なんでもないわ。それじゃ あたしたちは 教会に行きましょう。」

はぐらかすように話を変えると少女は少年に向き直る。

アルス「うん。」

ボルカノ「よし 今日はこれで 解散だ。オレたちの宿も 取っておいてくれよ。」

*「「「ウスッ!!」」」

そうして山の向こうに日が沈みゆく中、一行は別々の方向へと歩き出すのだった。



806: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:27:07.73ID:NwVM2m3w0

漁師たちと別れた三人は教会を目指すべく村の中を歩いていた。

*「おにいちゃん まだー?」

*「んー もうちょっとで……。」

*「んもももーっ!」

*「おーい お前たち もう 家の中に 入りなさい。」

*「えーっ!? ちょっとまっててよー!」

マリベル「あら 見て アルス。あの子たち またやってるわ。」

通りの南の方にある家の庭では遅い時間だというのにも関わらず子どもたちが牛の乳を搾ろうと躍起になっているのが見えた。

アルス「ホントだね。」



ボルカノ「…なあ あれって 牡牛だよな?」



そんな光景に少年の父親は顎を擦って首をかしげる。

マリベル「ええ。でも あの子たち 乳牛とかんちがいして いっつも ああやってるの。」

なんてことはないと言わんばかりに少女が歩きながら説明する。

ボルカノ「……平和な村だな。」

アルス「あくびが 出るくらいね。」

思わず漏れた感想に少年が付け加える。

マリベル「平和と言えば……。」

そう切り出し、思い出したように少女が何かを言おうとした時だった。





*「お気をつけて お帰りくださいねー!」





今度は村の北の方から若い女性の声が聞こえてきた。



807: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:28:23.63ID:NwVM2m3w0

*「ありがとう ベルルちゃん また 明日ね。」

ベルル「はい! また 明日。」

声のする方へ向かう三人は連なって歩いてくる老人たちとすれ違う。

ボルカノ「……あれは?」

そのさらに奥、老人たちへ手を振って見送る女性を見て父親が尋ねる。

マリベル「ベルルさんっていって あそこにある 村の老人の憩いの家で 働いているの。」



ベルル「あら? あなたたちは たしか 以前にも……。」



少年の父親に少女が説明しているところへこちらに気が付いた女性が歩いてきて語り掛ける。

アルス「お久しぶりです。」

マリベル「あいかわらず たいへんそうね ベルルさん。」

そんな娘に二人は笑顔で挨拶を交わす。

ベルル「ふふっ それだけ やりがいがあるってものですよ。」
ベルル「世界が平和になって お年寄りのみなさんも ますます 元気になって なんだか こっちも 明るくなっちゃうわ!」

そう言って娘は屈託なく笑う。

マリベル「……でも それだけじゃ 疲れちゃうんじゃない? たまには 若い人と 過ごすなりして 気を抜かなきゃ ダメよ。」

ベルル「うふふっ。ありがとう。」
ベルル「でも こんな時間に どうしましたの?」

ボルカノ「実は 山の上の 神父さんに 用がありましてな。」

そこへ二人の後ろで見ていた少年の父親が答える。

ベルル「そうなんですか……。」

アルス「…何か あったんですか?」

急に曇ってしまった娘の顔を見て少年が尋ねる。

ベルル「この前 おじいさんの神父さまが ひどく せきこんで 歩いていらしたものですから 何か あったんじゃないかと思って……。」

ボルカノ「具合が 悪いんだろうか。」

そう言って少年の父親は腕を組んで唸る。

マリベル「ねえ それなら 早く 行って たしかめましょうよ。」

アルス「そうだね。」
アルス「ベルルさん すいませんが ぼくらは これで失礼します。」

少女に頷くと少年は娘に挨拶をして山を目指して歩き出す。

ベルル「足元暗いですから お気をつけて……。」

マリベル「ありがとう!」

ボルカノ「そちらも 気を付けて。」

そう言って少女と父親も少年の後を追って速足に歩き出す。

目の前にそびえ立つ山はすっかり闇に覆われ、日の差さない足元はおぼつかなくなっていたが、
幾多の暗闇を渡り歩いてきた彼らにとってはほんの些細なことにすぎない。
少年と少女は小さな火の玉を掌の上に作り出すとそれを灯りに山のふもとにぽっかりと空いた洞窟の中へ進んでいくのだった。



808: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:30:26.76ID:NwVM2m3w0

マリベル「うー………。」



登れども登れどもなかなか山頂の見えてこない洞窟は、
今でこそ魔物はいなくなったが過去の世界ではちょっとした迷宮で、少年たちの体力を根こそぎ奪っていったものだった。

そして現在……。



マリベル「つかれたー。アルス あたしの手も 引っぱってよ。」



アルス「やれやれ……。」



ボルカノ「はあ… ふう……。」



再び少年たちの体力を奪っていた。

普段であればゆっくりと進んでいたところを、
時間がないことを理由に駆け足で登っていたため、三人はあと少しという所で息を切らしてしまったのだった。

マリベル「ここは 何度来ても こたえるわね……。」

少年に手を引かれながら少女が力なく言う。

アルス「しゃべる元気があるなら 自分で 歩いてよ……。」

マリベル「やだ。」

アルス「はあああ………。」

無情な返事に少年は恨みがましそうにため息をつく。

ボルカノ「まだまだ 若いと思ってたが これは ちと 自信を無くすな……。」

そう言う少年の父親もげんなりとした表情で重たい足を持ち上げる。

マリベル「…ひぃ……ふぅ……。」



アルス「……あっ!」



そんなこんな階段を上りきったところで少年が声を上げる。

マリベル「なによ アルス なんか あったの?」

アルス「違うよ! もう 着いたんだよ!」

マリベル「えぇ……?」

あまりに急いでいたため、道順こそ覚えてはいたが自分たちが今何階にいるのか忘れていたらしい。
少女は少年の言葉を一瞬理解しかねたように間抜けな返事をしてから前を見つめる。

マリベル「つ 着いたの?」

ボルカノ「ふう ようやくか。」

アルス「さっ もうひとがんばりだ。急ごう。」

マリベル「はー……。」

そう言って再び歩き始めた少年の背を追いながら少女は盛大な溜息をつくのであった。



809: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:33:52.61ID:NwVM2m3w0

*「まあっ こんな 暗い中 うちにいらっしゃるなんて!」
*「あなたたち ただ者じゃないわね……。」

なんとか教会へとたどり着いた三人を出迎えたのはこの教会に住まう息子の方の神父の妻だった。

アルス「こ こんばんは……。」

マリベル「神父様に 用があって 来たんですけど。」

息を整えながら二人が用件を伝える。

*「そ そうなの…。でも あなたたち 汗びっしょりじゃない。」
*「よっぽど 急いでいらしたのね。」
*「良かったら 裏の 泉で 体をお清めに なっていらしたら?」

そんな三人の様子を見て女性が水浴びを勧める。

ボルカノ「それは ありがたいんだが それよりも先に 用を片付けないとな。」

マリベル「そ そうね……。」

*「そう… それなら ちょっと待っててくださいね。」
*「あなたー! お客様よーっ!」

女性が教会の一階部分、つまり居住用の部屋へ呼びかけると奥から中年の男性が現れた。

*「これはこれは こんな夜分に どうなさいましたかな?」
*「おやっ あなた方は 以前 お会いしたような……。」

アルス「こんばんは 神父さん。遅くにすいません。実はぼくたち……。」

[ アルスは 事情を説明した。 ]

*「そうでしたか… それでは 父と話し合いますので どうぞ こちらに。」

そう言って神父は三人を部屋の中へと招き入れた。

マリベル「失礼します……。」



ボルカノ「む?」



しかし通された部屋には件の老神父はおらずもぬけの殻だった。

アルス「あれ? お父さんの方は……。」

*「ああ こちらです。」
*「父さん お客さんだよ。」

少年の疑問に答えるように隣の部屋を指すと、若神父は中へ一言呼びかけ扉を開ける。



*「あれっ お客さん?」



*「ん?」



810: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:36:34.47ID:NwVM2m3w0

そこにいたのは若神父の息子と、かつて少年たちが山の途中で出くわしここまで引っ張ってきた老神父だった。

アルス「こんばんは。お久しぶりです 神父さま。」

マリベル「ボクも 元気してたかしら?」

*「うん おねえちゃん!」

*「ややっ あなたがたは あの時の!」
*「これはこれは よく お訪ねになってくださいましたな。」

そう言って老神父は少年と少女の顔を交互に見やって微笑む。
しかしその顔は以前よりも少しやせて見えた。

マリベル「……神父さま もしかして どこか 具合が悪いんじゃないの?」

*「いや お恥ずかしながら ちと 病を患ってしまった様でしてな。」
*「なあに しばらく 養生すれば すぐに 良くなりますって!」

アルス「そうですか……。」

”こう言われてしまえば返す言葉もない”

そう思い少年は黙って頷くことにした。

*「おおそうだ それで 今日は どういった ご用件で?」

ボルカノ「……実は われわれは グランエスタードの使いで 来たんです。」

*「おお ここから 東にあるという あのエスタード島から!」
*「……ということは 何か 重要な お話なのでしょうか。」

少年の父親の言葉に老神父は三人を見回して神妙な顔つきになる。

ボルカノ「これを 読んでいただきたい。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を 神父に 手わたした! ]

*「ふむふむ… うーむ… なるほど……。」

*「ふむ そうですか……。」

二人の神父は異国の王からの手紙を真剣な表情で眺め、やがて一通り読み終えたのかその顔を上げた。

*「だいたいの 内容は 把握いたしましたぞ。」

ボルカノ「まだ この村とは 交易も 締約も 結んでいませんからな。」
ボルカノ「加えて こちらの村が 漁業を どれぐらいなさっているのかも われわれには わからない。」
ボルカノ「とにかく 今回は これから どうしていくかを 考えていただく機会にと バーンズ王は おっしゃっていました。」

そう言って少年の父親は二人に王からの伝言を伝える。

*「そうでしたか。たしかに この村は 他の地との 交易は ほとんどありませんからな。」
*「こうして お話をいただけるだけでも 十分ありがたいことです。」

*「この村は 基本的に 農業で 成り立っているところが ありますので あまり漁業はしないのですが これを機に 船着き場を整備するのも いいかもしれませんね。」
*「では……。」

そう言って若神父は机に座ると羊皮紙を取り出してペンを濡らし始める。

*「お返事を したためますので 少々 お時間を いただけますか。」

ボルカノ「え ええ 構いません。」

*「おねえちゃん 汗かいてんなら うらの泉でみずあびしてきたら?」

マリベル「あら いいのかしら?」

*「おお そうですな。急いで いらしたんでしょう。よければ どうぞ。」
*「外の池もきれいにしてありますから そちらも 使えますよ。」

アルス「……それでは お言葉に甘えて。」

男の子と老神父に勧められ、少年たちは若神父を待つ間に体を清めることにするのだった。



811: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:38:16.98ID:NwVM2m3w0

アルス「マリベルは 泉にいきなよ。」

教会で浴巾を借り、表へ出てきたところで少年が気を利かせて言う。

マリベル「あら どうも。でも 最初から そのつもりよ?」

アルス「は ははは… ごめんごめん。」

彼女にとっては、もとい誰がどう見てもそうなることは明らかだったのだが。

ボルカノ「もう 急がなくていいから ゆっくり 入ってきな。」

マリベル「はーい。ありがとう ボルカノおじさま。」

アルス「むむむ……。」

あいかわらず父親には愛想の良い少女に少しだけ抗議の目線を送るも
当の少女はまったく意にも介している様子はなく、さっさと奥の祠へと入って行ってしまった。

アルス「……さてと 入ろっか 父さん。」

ボルカノ「おう。」

少女がいなくなったのを見計らい、二人は着替えて湧き水の中へと入っていった。

アルス「うー……。」

ボルカノ「けっこう 冷たいな。」

汗ばんだ身体は既に冷え始め、水の冷たさにはもはやありがたみなど感じられなかった。

アルス「さっさと 体をふいて 出よ……。」

ボルカノ「だな。」

山の上に吹き付ける風が、ただでさえ低い気温の中、二人の体温を奪っていく。

アルス「ほこらの中は 温かいんだろうなあ。」

ボルカノ「だろうな。」

そう言って少年は少女の入って行った祠を恨めしそうに見つめる。

アルス「…………………。」

ボルカノ「…………………。」

アルス「…さて そろそろ 出ようかな。」

身体を洗い終え、着替えを手に取ろうとした時だった。



ボルカノ「アルス お前のアザ 光ってないか?」



アルス「えっ?」

父親に言われふと目をやると確かに腕の痣がどこか淡い光を帯びているように見えた。

ボルカノ「……まだ 何か お前には 大切な役目が 残っているのか?」

アルス「……わからない。なんでだろうね。」
アルス「あっ……。」

そんな会話をしていると次第にその光は弱まり、元の真っ黒な紋章へと姿を戻してしまった。

アルス「……なんだったんだろう?」



アルス「…くしゅんッ!」



不思議そうに腕を眺めていた少年だったが、寒気から大きなくしゃみを一つ。

ボルカノ「さて カゼひかねえうちに 上がるか。」

アルス「ズビ……うん。」



812: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:39:09.95ID:NwVM2m3w0

着替えを済ませ、教会の礼拝堂に戻ってきた二人は少女の帰りを待っていた。

ボルカノ「……戻ってこないな。」

しかし件の少女はしばらく待っても戻ってくる気配はない。

アルス「そうだね。」

ボルカノ「おい アルス ちょっと 様子を見てこい。」

アルス「ええ? 大丈夫でしょ。」

ボルカノ「……万が一 何かあったら たいへんだからな。」

そういう父親の顔は真剣そのものだった。

アルス「うーん……。」
アルス「わかった ちょっと 行ってくるね。」

少し悩む素振りを見せた少年だったが、一つ頷くと再び外へ出ていくのだった。



813: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:40:58.53ID:NwVM2m3w0

アルス「うっ 寒い……。」

池のほとりを歩く少年は吹き付ける北風に思わず身を縮める。

アルス「マリベルったら いつまで 入ってんだろう……。」

“乙女の 入浴は 長いのよ!”

なんていう言葉がすぐに返ってきそうだと思いながら少年は歩みを進める。

その時だった。



アルス「ん……?」



少年はふと胸のあたりに不思議な温かさを感じ服の下を覗き込む。

アルス「あれ…… ペンダントが……。」

熱の正体は人魚の母から受け取った涙の真珠の垂れ飾りだった。
そしてよく見るとそれは僅かながら淡い光を発しているように見えた。

アルス「んっ!?」

そして気付けば腰に下げた袋の中からも青白い光が漏れているのが見え、少年は急いで袋の中に手を突っ込み中をまさぐる。

アルス「これは…… 人魚の月?」

そう言って少年が取りだしたのは蒼白の三日月の中に真珠のような純白の玉取り付けられた海底に眠る月。
それはかつて少年が過去のコスタールで手に入れた伝説の宝石だった。
その人魚の月が胸の垂れ飾りと同じように淡い光を放っている。

アルス「うっ…!」

そして妙な感覚を腕に覚え袖をまくれば再び精霊の紋章が浮き上がりぼうっと輝きだした。

まるで二つの宝石に呼応するかのように。

アルス「これは… いったい……。」

少年はその幻想的な光にしばらく魅入っていたが、やがて腕の紋章が光を失うとつられるようにして二つの宝石も発光を終えた。

しかし少年にはその輝きが先ほどよりも増したように感じられた。

アルス「…………………。」
アルス「あれ?」

少年はそれらが光を失くしても尚まじまじとそれを眺めていたが、ふと足元を見た時、そこに何かが転がっていることに気が付いた。

アルス「これは……?」

それは一枚の紙のようだったが、ひどく古ぼけていて一見何が書かれているのかはわからなかった。

アルス「…………………。」

拾い上げて裏返すとそれは絵画だった。

そこには女神が泉の水で傷を癒す姿が描かれている。

アルス「いつの間に 落としたんだろう……。」

どうやら先ほど慌てて袋の中から人魚の月を取り出すときに引っかかって落ちてしまったのだろう。
少年はしばらくそれをじっくりと眺めていたがあることを思いだして駆けだす。



アルス「いけないっ マリベルのこと 忘れてた!」



814: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:43:12.34ID:NwVM2m3w0

アルス「ふう……。」

祠の前までやってきた少年は一息つくと中を覗かないように入口に背をつけて中に呼びかける。

アルス「マリベルー?」

*「…………………。」

しかし返事はかえってこず、風で揺れる木々の音しか聞こえてこない。

アルス「マリベルーっ?」

今度はもう少し大きめの声で呼びかける。

*「…………………。」

だが返ってきたのはやはり静寂。



アルス「ま まさか……。」



少年は嫌な予感を覚える。

“彼女に何かあったのではなかろうか”

アルス「……よし。」

少年は迷った挙句意を決するとゆっくりと中を覗き込んだ。



マリベル「…………………。」



そこには確かに少女がいた。
入口に背を向けるように泉に半身を浸し、水をすくっては身体にかけている様子が見て取れた。

アルス「っ……!」

思わず目を逸らす少年だったがやがてあることに気付く。

“この絵と そっくりだ……。”

もう一度少年は視線を奥にやる。

アルス「…………………。」

確かに少女の姿は手に持った絵画とそっくりだった。
否、そこにいるのが知らない人であったならば確実に本人と勘違いしてしまいそうな、そんな美しさを少女は湛えていた。

アルス「ごくっ……。」

少年は思わず息を飲む。

“彼女はひょっとして女神の生まれ変わりか何かではなかろうか”

そんな気すら覚えていた。

気付けば視線は釘付けになっていた。

否、釘付けにされていたというべきか。



マリベル「アルス……。」



アルス「……!!」



815: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:45:43.67ID:NwVM2m3w0

少女の声に我に返ると少年は慌てて身を隠す。

アルス「ご ゴホンッ!」

わざとらしく咳ばらいをすると少年は中までしっかり聞こえるようにもう一度声をかける。

アルス「マリベル。」

マリベル「ひゃっ…… あ アルス!?」

どうやら今度こそ少年の声が届いたらしい。少女は慌てて振り返ると祠の外に向かって呼びかける。

アルス「お 遅いから 呼びに来たんだけど どうしたの?」

なるべく悟られないように平静を装いながら少年は訊ねる。

マリベル「い… いつから そこにいたのよっ!!」

少女は少年の問いには答えず、質問で返す。

アルス「い いや 今来た ばかりだけど……。」

“本当のことを言ったら何をされるか分かったものではない”

少年はなんとか誤魔化そうと嘘をつく。



マリベル「……ウソでしょ。」



少女は身体を拭きながら、さも当然のように嘘を見破る。

アルス「ほ ホントだって!」

それでも少年は譲らない。

”何せ命がかかっているから”

マリベル「フーン? あたしに 嘘ついたら どうなるか わかってんでしょうね?」

アルス「…………………。」
アルス「……見てました。」



マリベル「…………………。」



アルス「…………………。」



痛いほどの静寂。



“シュル……”



布のすれる音だけが祠の中に木霊している。

そして。





マリベル「……もういいわよ?」





祠の中から少女の呼ぶ声が聞こえた。



816: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:47:45.78ID:NwVM2m3w0

アルス「……はい。」

少年は青い顔で祠の中へと足を踏み入れる。

マリベル「…………………。」

着替えを終え、濡れた髪を拭きながら少女は少年の顔をじっと見据えている。

その表情からは何も読み取れない。

アルス「い いや… その… ごめんなさい。」

マリベル「…………………。」

少女は無言でじろりと少年を見つめると口を半開きにして固まる。



“あっ 死んだな。”



次に放たれるであろう言葉に少年は死を覚悟し、目をぎゅっと閉じて歯を食いしばる。



マリベル「ねえ。」



しかしかけられたのは意外な言葉だった。



マリベル「それ なに?」



アルス「えっ……?」

思いもよらない言葉に少年は目を開ける。

少女は少年の右手を指さしていた。

マリベル「何もってんの?」

アルス「えっ? あ これ……?」

そう言って少年は少女に持っていた女神の絵を渡す。

マリベル「なんで こんなもの 持ってるわけ?」

アルス「い いや さっき 袋から出てきてさ…… なんか 今の君に そっくりだなって……。」

しどろもどろになりながら少年はなんとか言葉を紡ぐ。

マリベル「……どういう意味?」

アルス「だ だから きみが この絵の 女神さま みたいだなって……。」

そう言う少年の顔は先ほどとは打って変わり真っ赤に染まっている。

マリベル「…………………。」

少女は女神の絵を見つめ、何を思ったのか少年の目の前に手をかざす。

アルス「……っ!」





マリベル「フバーハ。」



817: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:48:52.26ID:NwVM2m3w0

小さな呟きの後、二人の体は優しい光の衣に包まれた。

アルス「えっ…?」

マリベル「おほほほ! まっ このあたしを 女神さまと 間違えちゃうのも 無理はないわね!」
マリベル「……だから これは 女神さまの ご加護。」

そう言って少女は微笑み、少年の胸に顔を埋める。

アルス「…怒ってないの?」

マリベル「だって もう 二人で 温泉入ってるじゃない。」
マリベル「…背中見られた ぐらい もう いいわよ。」

そう言って少女は少年の顔を見上げてにやりと笑う。

アルス「良かった……。」

マリベル「……じゃあ 髪かわかすの てつだってよ。」

アルス「…うん。」

少年は安堵の表情で頷くと、ゆっくり少女の髪を布で包み込んでいく。

アルス「こう…?」

マリベル「…うん… そんなかんじ……。」

アルス「人の髪って 意外と難しいな。」

マリベル「痛くしたら 承知しないわよ?」

アルス「…がんばります……。」

マリベル「ん…… ふ………。」

アルス「…………………。」

“まるで ネコみたいだ。”

おとなしく身を預ける少女を見つめながら少年は心の内で呟く。

マリベル「……ん これくらいでいいかしらね。」
マリベル「…どうしたの?」

自分の髪を散らしていた少女だったが、ふと少年の目が自分を見つめていることに気が付くと不思議そうに首をかしげる。

アルス「……いや かわいいなーって。」

マリベル「……ばか。」

自分では豪語するものの、実際に言われては何度も聞いても慣れない言葉に、悪態をつきながらもその頬は少しだけ赤く染まる。

アルス「はははっ。」

マリベル「……ったく そろそろ 行くわよ?」

愛おしそうに笑う少年を置いて少女は歩き出す。



アルス「はいはい 女神さま。」



その後をついていく少年の顔は尚も綻び、幸福の顔そのものだった。



818: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:50:35.37ID:NwVM2m3w0

ボルカノ「おお 戻ったか 二人とも。」



教会の講堂では少年の父親が階段の手前で二人を待っていた。

マリベル「お待たせしました。」

アルス「ごめんごめん ちょっと いろいろあって。」

ボルカノ「…まあ いいんだけどよ。」
ボルカノ「こっちも ちょうど 返事の手紙を もらったところだしな。」

そう言って少年の父親は質素な封筒に包まれた手紙を二人に見せる。

マリベル「じゃあ わたしたちも ごあいさつしていきましょ。」

アルス「そうだね。」

二人は顔を見合わせると神父の家族が暮らしている部屋の扉を軽く叩く。

*「はーい。」

返事と共に若神父の妻が扉を開ける。

マリベル「あの タオル ありがとうございました。」

アルス「帰る前に 神父さまに ごあいさつをと 思いまして。」

*「あらあら ごていねいに ありがとうございます。」
*「どうぞ。」

女性は浴巾を受け取ると二人を奥の部屋へと通す。

*「おや もう よろしいんですかな?」

二人が部屋に入るとベッドで横になっていた老神父が身を起こして尋ねてくる。

マリベル「ええ 身も心も 清められた 気分ですわ。」

少女は一礼するとベッドの隣に立つ。

アルス「帰る前に ごあいさつをと。」

*「わはは! これは これは さすがは 神の遣わした 英雄どのというだけは ありますな。」

マリベル「神父さま…… やっぱり 気付いていらしたのね。」

*「これでも 聖職者ですからな。神が再び この世に お出ましになったことくらいは わかりますよ。」
*「……ありがたいことです。」
*「魔王は滅ぼされ 再び 平穏を取り戻した。それもこれも 神がわれわれを 見捨てておられなかった おかげです。」
*「老い先短い わたしも これで安心して 息子に 後を任せられるというものです。」

そう言って老神父は椅子に座っていた若神父を見やる。

*「よしてくれよ 父さん。まだまだ 長生きしてもらなくちゃ。」

*「そうだよ おじいちゃん! そんなこと 言わないでよ……。」

ベッドに腰かけていた男の子が泣きそうな顔で老神父の手を握る。

*「わはは。こりゃ まいった。孫にまで 言われては そう簡単にくたばるわけには いきませんな。」
*「まずは この病を しっかり 治さないと… ゲホッ ゲホッ!」

口ではそう言うが、青い顔で苦しそうに咳き込む姿からはそれが簡単なことではないことがうかがえた。

マリベル「神父さまっ……。」
マリベル「ねえ アルスっ。」

アルス「……うん。」



819: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:52:31.24ID:NwVM2m3w0

二人は顔を見合わせると床を挟んで老神父に向かい合うようにして立つ。

*「お お二人とも なにを?」

マリベル「ちょっと 待っててくださいね。」

アルス「それじゃ いくよ。」

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

二人は目を閉じると深い祈りをささげるように両手を合わせる。

*「う むむ……?」

すると老神父の体を優しい緑の光が包み込み、その体に吸い込まれるようにして消えていった。

*「おお なんと……。」

そばで見ていた若神父が思わず声を上げる。

マリベル「ふう……。」

アルス「どうですか? 神父さま。」

二人は息をつくと老神父の顔を覗き込む。

*「ど どうしたことでしょう 体が 急に楽になりました!」

驚いたように言う老神父の顔には赤みが差し、幾分か元気を取り戻していることが見て取れた。

マリベル「ちょっとした おまじないですわ。」

アルス「後は これを。」

そう言って少年は袋の中から数枚の大きな葉を取り出してそれを若神父に差し出す。

*「これは……。」

アルス「世界樹の葉です。これを すりつぶして 服用すれば 少しは 元気になれると思うのですが……。」

マリベル「気休めかもしれないけど どうか 受け取ってくださいな。」

*「あ ありがとうございます!」

世界樹の葉を受け取ると若神父は深々と礼をする。

*「え えーっと おにいちゃんと おねえちゃんが 祈ったら おじいちゃんが 元気になって その葉っぱが ええと……。」
*「ああっ だめだ! あたまが こんらんして よく わからないや!」

そう言って男の子は頭を抱えて唸る。

マリベル「あははっ! ボクってば やっぱり ラズエルさん そっくりね。」

少女は男の子を見つめて楽しそうに笑う。

アルス「さあ 行こうか マリベル。」

マリベル「ええっ。」

少年に促され、少女が部屋を後にしようとした時だった。





*「お待ちください!」



820: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:53:29.72ID:NwVM2m3w0

マリベル「……?」

少女は突然老神父に呼び止められた。

*「ラズエルというのは わたしの 遠い 先祖の名前……。」
*「どうして あなたが それを……?」

マリベル「…………………。」
マリベル「答えはきっと あなたの一族の 本の中に 書かれているわ。」
マリベル「それじゃあね 神父さま。お大事に。」

そう残して少女は少年とその父親のもとへかけていくのだった。

*「…………………。」
*「あの二人は……。」

二人のいなくなった部屋の中で老神父が神妙な顔で呟く。



*「アルスとマリベル……。」



*「むっ?」

不意に若神父が思い出したように二人の名を口にする。

*「たしか ラズエルの時代に 起こった事件を かの神父様と共に救ったという 伝説の旅人の名だよ。」

*「まっ まさか あの二人が……!?」
*「おおっ 神よ これも あなたの思し召しなのか…。」

寒気によるものではない心躍るような震えを覚えた老神父は、
先ほどまで彼らがそうしていたように両手を合わせると、
この世界のどこかに存在するであろう神へと祈りを捧げるのだった。

それは、不思議な世の巡り合わせ。まさに奇跡のなせる業だったのかもしれない。

それは、プロビナの村に新しい伝説が刻まれた瞬間だったのかもしれない。



時を渡る少年アルスと少女マリベルの伝説の。



821: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:54:39.78ID:NwVM2m3w0

*「あっ! お兄ちゃんたちもしかして 漁師さんたちと いっしょの人?」



村まで降りてきた三人は宿屋の前で一人の幼い娘に声をかけられた。

アルス「そうだよ。ぼくたちの ベッド空いてるかな?」

*「うん フカフカのベッドだよ!」

女の子はにっこりと微笑む。

ボルカノ「よし それじゃ さっさと 飯をもらって 寝るとするかな。」
ボルカノ「明日は 早朝出発だからな。」

アルス「うん。」

マリベル「あー お腹すいた。」

*「はーいっ お客さま ごあんなーい!」

少女は勢いよく扉を開けると三人を招き入れる。

それから三人は仲間と合流し、すぐに食事を取ると先ほど別れた後のことや明日一日の段取りについて話し合うのだった。





そして その 夜ふけ……。



822: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:56:06.88ID:NwVM2m3w0

アルス「…………………。」

少年は宿屋のすぐ東に流れている川のそばに立ち、先ほど突然輝きだした二つの宝石と自分の腕を交互に眺めていた。

アルス「結局 あれから なにも 起こらない か……。」

先ほどの現象がもう一度起こらないかと試してみてはみたものの、それらしき予兆は一切見られない。

アルス「…ダメか……。」



*「何してんの? こんなところで。」



急に後ろから呼びかけられ少年は一瞬身を強張らせる。

アルス「っ! …マリベル?」

振り返るとそこには眠っていたはずの少女が立っていた。

マリベル「どっか行ったなー って思ったら こんなとこにいたのね。」

アルス「マリベルこそ 起きてたのか。」

マリベル「みんなのいびきが うるさくて とてもじゃないけど 眠れやしないわ。」
マリベル「まったく… せめて 個室がほしいところだわね。」

そう言って少女は盛大な溜息をつく。

アルス「それか 耳栓?」

マリベル「どっちもね。」

アルス「あははは!」

マリベル「ところで どうしたのそれ?」

アルス「へっ? ああ これ?」
アルス「実は さっき 紋章と この二つが 光りだしてね。」

マリベル「光ったあ?」

少年の端的な説明に少女は信じられないといった声で聞き返す。

アルス「うん。なんだか よく わからないんだけど。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ウデの紋章は ともかく アニエスさんの真珠に 人魚の月もねえ……。」

アルス「それで もう一回 起こらないか 試してたんだけど ぜんぜんでさ。」

マリベル「ふーん……。」

アルス「…ぼくには まだ やらなくちゃいけないことが あるのかなあ。」

そう言って少年は険しい顔で自分のアザを見つめる。

マリベル「…………………。」

アルス「また 何か たいへんなことが……。」



マリベル「ねえねえ。」



アルス「…ん?」

すっかり思考の世界にはまってしまった少年を少女が引き戻す。

マリベル「人魚の月は わからないけど 少なくとも その真珠は もっと 別のことで 光ったんじゃないかしら。」

考える素振りのまま少女は少年の胸の真珠を見つめる。



823: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:57:38.44ID:NwVM2m3w0

アルス「どういうこと?」

マリベル「だって それは シャークアイさんと アニエスさんが あんたに お守りにって 渡したんだから。」
マリベル「少なくとも また あんたに 新しい 使命がどうとか そういうのじゃ ないと思うんだけど。」

アルス「そうかなあ。」

マリベル「もしかしたら お守りとしてのチカラが 水の精霊から 与えられた とか。」

アルス「…………………。」
アルス「ふふっ。」

マリベル「あ なによ 人が せっかく 一生懸命 考えてあげてるってのに。」

急に笑われて少女は拗ねたように口を尖らせる。

アルス「ううん ちがうんだ。」
アルス「……なんか そう思ったら 気が楽になったというか…。」
アルス「そっちの方が しっくりくるかも。」

そう言って少年は微笑む。

マリベル「ふふっ きっと そうよっ。」

アルス「…うん そうだね。」

マリベル「……それにしても あんたが うらやましいわ。」

少女は澄み切った星空を見上げる。

アルス「えっ?」

マリベル「あたしも いつか もらえるのかしらね。」
マリベル「いつでも その人を 思い出せるようなもの……。」

そう言って少女はゆっくりと瞳を閉じる。

アルス「…………………。」



824: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 19:59:12.06ID:NwVM2m3w0

アルス「マリベル。」

しばしその様子を眺めていた少年だったが、ふと思い立ったのように自分の垂れ飾りを外すと少女の名前を呼んだ。

マリベル「なーに?」



アルス「はい。」



マリベル「えっ……?」

アルス「これは きみが持っていて。」

そういうと少年は少女の首に腕を回し、自分の持っていた両親からの贈り物を少女につけた。

マリベル「だ だってこれは あんたの……。」

アルス「ぼくなら 大丈夫。もし きみの言う通りなら この紋章と 人魚の月が ぼくを 守ってくれる。」
アルス「それに……。」

マリベル「…………………。」

アルス「きみが持ってれば 離れてても ぼくたちは つながっていられるから。」

少年は少女を優しく抱きしめ、その耳元にささやく。

マリベル「アルス……。」

アルス「ぼくにとっては 母さんの 形見だけど…。」
アルス「よかったら それで ぼくのことを 思い出して。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……ばかね。」

少女はクスッと笑うと少年の左胸をゆっくりと押す。

マリベル「あたしは いつでも ここにいるわ。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「ねえ アルス。」

アルス「なんだい?」

マリベル「フィッシュベルに帰ったらさ……。」





マリベル「パパとママに 会ってよ。」



825: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 20:00:26.17ID:NwVM2m3w0

アルス「…………………。」

少年にはそれが何をさしているのかすぐに分かった。

“両親に会う”

その意味の重たさを。

アルス「マリベル……でも まだ ぼくは……。」

“きみを 養える身ではない。”

“きみを 幸せにできない。”

そう続けようとした時だった。





マリベル「それでもいいのっ!!」





アルス「っ……!」

マリベル「わたしが あなたを 支えるから……。」
マリベル「だから…… だからっ……!」















マリベル「…だから いっしょに 幸せになろうよ。」



826: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 20:02:53.95ID:NwVM2m3w0

“マリベル ぼく がんばるよ。”

“きみのために 早く 一人前の漁師になって 父さんを追い越して きみを幸せにして見せる。”



アルス「マリベル……!!」



それは船出の日に少年が立てた誓いへの少女が出した答えだった。

マリベル「アルス…… ん……。」

アルス「……愛してる。」

少女の唇からゆっくりと離れると少年はもう一度少女の体を強く抱きしめる。

マリベル「アルス……。」

アルス「もし 許されなくても ぼくは あきらめない。」
アルス「どんなに 反対されても お父さんを 必ず 説得してみせる。」
アルス「そして いつか 絶対に 世界一の漁師になってみせる。」
アルス「だから……。」





アルス「だから ぼくに ついてきてくれますか?」



827: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 20:03:42.59ID:NwVM2m3w0

マリベル「…………………。」
マリベル「……ひっ ……ひっ……。」

アルス「あっ ま マリベル!?」

マリベル「ひっく… ひっく……。」
マリベル「ぐすっ…… そんなの…… 最初から きまってるじゃない!!」
マリベル「ふ… つつか者ですが…… よろしく おねがいします……。」

アルス「…………………。」
アルス「は ははは……。」
アルス「マリベル それ ぼくのセリフじゃない?」

マリベル「んなっ なによ…… あるすのくせに なまいきよ……。」

聞きなれた憎まれ口には、いつもの凄みなど微塵もなかった。

アルス「ごめんごめん。」

少年は微笑み少女の涙をぬぐうとそのまま少女の背中と膝に腕を回して持ち上げる。



アルス「よっと。」



マリベル「わっ…… あ アルスっ!?」

アルス「今日は いっしょの ベッドで 寝よっか。」

マリベル「えっ で でも みんなに見られちゃうわっ。」

アルス「……かまうものか。」

マリベル「あ うう… もう……。」

アルス「さ 行こうか。悪いけど ドアだけ 開けてくれないな。」

マリベル「わかったわよう……。」

そうして二人は灯りの消えた宿屋の中へと入っていくのだった。

空には船出の日と同じようなまん丸の月がちょうど夜空のてっぺんで優しい光を放っている。
満月に始まったこの航海も、一月の時を経て満月の夜に終わりを迎えようとしていた。
そして満月の夜に確かめ合った男女の愛は再び満月の夜に実り、この夜空の下、二人は晴れて結ばれたのだ。



だが二人は知らない。



少年の腕に宿った紋章が光輝いた本当の理由を。





そして……



828: ◆N7KRije7Xs:2017/01/18(水) 20:04:14.78ID:NwVM2m3w0

そして 夜が 明けた……。



832: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:27:41.75ID:lJAdciEW0

航海二十八日目:なつかしき友の記憶 / 嵐と共に



833: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:29:14.20ID:lJAdciEW0

どうしてなのかしら。



今、あたしは幸せなはずなのに。



あなたが隣にいてくれているのに。



どうしてなのかしら。



妙な胸騒ぎが止まらないの。



これはいったい……。



“……べ…………。”



マリベル「うう……。」



誰かしら。



“ま……る………。”



あたしを呼んでいるの。



“マリベル………。”



この声は。










*「マリベルっ…!」



834: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:30:35.42ID:lJAdciEW0

マリベル「…うう……。」



*「気が付いたかい?」



マリベル「…アルス……?」

アルス「ずいぶん うなされてた みたいだけど 大丈夫?」

マリベル「う ううん……。」
マリベル「あれ? みんなは……。」

少年に起こされた少女は辺り見回す。どうやらこの部屋には少年と自分しかいないようだった。

アルス「エントランスで 待ってるよ。」

マリベル「そう……。」

少女はため息をつくと額の汗を拭う。

アルス「いやな 夢でも みたの?」

マリベル「……わからない。」

アルス「動けそうかい?」

マリベル「……ええ 大丈夫よ。」

心配そうに顔を覗き込む少年にそう告げると少女は立ち上がり伸びをする。

アルス「はい タオル。」

マリベル「ありがと。」
マリベル「着替えるから 先に行っててちょうだい。」

アルス「わかった。」

マリベル「…………………。」

扉が閉じられたのを確認すると少女はいつものドレスに袖を通しながら先ほどまで見ていた夢のことを思いだそうと試みる。

マリベル「…うーん………。」

しかしどれだけ首を捻ってもその内容は浮かんでは来ない。
自分はいったい何に怯えていたというのか。考えても答えは出てこない。

そもそも本当に自分は夢を見ていたのか。それすらもわからずにいる。

“ぎゅるる……”

マリベル「…だめね……。」

空腹の音に我に返る。

マリベル「…スン…… 良い匂い。」

扉の向こうからバターの甘い匂いが漂ってくる。

どうやら宿屋が気を利かしてトーストを焼いているらしい。

マリベル「…………………。」
マリベル「まいっか。」

そう呟くと少女は元気よく扉を開けて仲間たちの待つもとへ歩き出すのであった。



マリベル「おはようっ。」



835: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:31:45.47ID:lJAdciEW0

*「では いってらっしゃいませ。」



宿屋の主人からサービスのトーストを受け取った一行はまだ日の登らない薄暗い朝もやの中、山間の村を出発した。

*「へへっ 長かった この漁も 今日で 終わりか。」

*「どうせ 着くのは 明日だろ?」

*「ま いいじゃねえか どっちでも。」

*「おうよ はやく 帰ろうぜ!」

森の中を歩きながら漁師たちは望郷の思いを口にしている。

ボルカノ「ま 最後に 一回だけ 漁をしていくがな。」

*「コック長 まだ 寝てるかあな。」

マリベル「ふわあ……。」

そんな話を聞き流しながら、否、最初から聞いてなどいないのか、少女は大きな欠伸をしている。

アルス「大丈夫?」

マリベル「んー。」

流石に睡眠不足だったのか、返ってきた生返事はハッキリと大丈夫ではないと言っていた。

アルス「キアリク。」

マリベル「……ッ!?」

アルス「目 さめた?」

マリベル「うん……。」

覗き込む少年に冴えない顔で返事をすると少女は少年の腕にしがみつく。

アルス「どうしたの?」

マリベル「……なんでもいいじゃない。」

そういう少女にいつもの覇気はなく、周りの目を気にしている様子もない。



アルス「…………………。」



少年は何を思ったか子気味良い音頭を取って口ずさみ始めた。



836: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:32:51.15ID:lJAdciEW0

“ゆられ ゆられ また ゆられ
われらは きょうも うみをいく
こきょうのためよと ほをはれば
おおうなばらが ふねはこぶ“

*「おっ?」

*「どうした アルス めずらしいな。一曲 歌ってくれんのか?」

マリベル「…………………。」

隣で聞いていた少女は突然の少年の行動に口をポカンと開いている。

アルス「ふふっ……。」

“はじめに きたるは コスタール
カジノで ひとやまあてたなら
うたえや おどれや のみあかせ
さけのつなみを のりこえて“

*「あんなに 酒を カッくらったのは はじめてかもな……。」

*「おまえ 完全に 酒に のまれてたじゃねえか。」

*「マリベルおじょうさんの 強運には まいったよな!」

“てちがい みちがい くびちがい
まものといわれりゃ フォロッド城
わるけんぺいを たたきだし
めでたや めでたや はれぶたい“

*「あんときは ホント ひやひや したぜ。」

*「まあ その後の 料理は うまかったけどな。」

“にせのえいゆう たちあがり
おしてまいるは メザレ村
まもの たおして みをとせば
しんの えいゆう みなかこむ“

*「まさか 町の中まで 魔物が 入ってくるとはなあ。」

“おどる かいぎに さそわれて
やってきました ハーメリア
わかき がくしゃに たすけられ
われらも おどるよ よをあかし“

*「なんだかんだ おれたち あっちこっちで パーティーしてたよな。」

*「あそーれ!」

“しあわせ はこべや あおいとり
みずの みやこに みちびかれ
たいじゅの したに きたならば
いのちの みずで のどかわく“

*「ちゃんと みやげに 買ってきたぜ へっへっへ。」

*「あの ねえちゃん かわいかったよな!」

“ひとをしんずる こともせず
レブレサックに こどもなく
さばくのひかりが さしこめば
かわいた のどが またかわく“

*「あの スパイス効いた料理 また 喰いてえなあ!」

“はなやか おとさく マーディラス
いろめく ひとに さそわれて
あしが ちょいと うごきだしゃ
かめんのよるに はながさく“

*「実は おれも 踊ってたんだぜ。」

*「う うそだろぉ?」



837: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:34:15.55ID:lJAdciEW0

“さがせ さがせよ まいごのこ
ルーメンのその ひたはしる
くれて こまれば きみがたち
かかえた まいごが わらってる“

*「モンスターパークだっけ?」

*「ありゃ きっと すげえ 観光スポットになるぜ。」

“にえよ もえよ エンゴウよ
ふろのけむりに かくされて
のぞけば てんごく みはうだる
のぼせりゃ じごくだ みをこがす“

*「デヘヘヘ… また 行こうぜ あそこ。」

*「団体さんが きてたら 勝ちだな!」

“ちからに かしこさ かっこよさ
リートルードに なをきざめ
ゆめは めざせよ せかいいち
フィッシュベルの なをきざめ“

マリベル「ふふっ……。」

*「おれらの 船長が 世界一だ!」

*「こいつぁ きっと 語り草に なるぜ。」

ボルカノ「むっ そうか?」

“もりと もりに かこまれて
やってきたは いいけれど
だれに わたせよ このてがみ
ウッドパルナは もりのうみ“

*「ホント 森しかなかったよな あそこ。」

*「空気は うまかったけどな。」

“みれど みれども ひとはおず
ここはどこだ オルフィーよ
どうぶつたちに まじっては
ぶうぶう わんわん だれおまえ“

*「コック長の ブタすがた 似合ってたよなあ!」

*「バカ おまえ それ 絶対 本人に言うなよ?」

*「きいちゃった きいちゃった!」

マリベル「あはははっ!」

“のこすは たかい やまのうえ
きょうかいまでは あとすこし
ばてれば さかを まっさかさま
いのちからがら プロビナざか“

*「「「あそーれ」」」

“さあさあ かえるぞ わがこきょう
あいする かぞくの まつもとへ
それゆけ まえゆけ アミット号
めざすは われらが フィッシュベル“





[ アルスは コミックソングを うたった! ]



838: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:35:56.04ID:lJAdciEW0

アルス「ふー……。」



*「ブラボー!」

漁師の一人が手を叩いて少年を労う。

*「おまえが 歌えるなんて 知らなかったぜ。」

*「なあなあ 今の いつ考えたんだ?」

アルス「えっ いや 即興です……。」

*「やるな アルス。おまえ 吟遊詩人でも やってけるんじゃないのか?」

アルス「冗談よしてくださいよ……。」

ボルカノ「がっはっは! しかし なかなか おもしれえ 歌だったな。」

*「こうして 聞いてみると 今までの 道のりが 思い出されるぜ。」

男は懐かしむように目を閉じる。

*「いろいろ あったよなあ。」

*「ぼくなんだか 泣けてきちゃいました……。」

そう言う料理人の目はすっかり潤んでいた。

*「おいおい。……まあ わからんでも ないがな。」

アルス「あ アレ……?」

どうにも面白さに徹しきれない部分があったのか、それともただ彼らが涙もろいからなのかはわからない。
しかし少年の歌はこっけいな歌というよりかは旅を懐古する気持ちを呼び覚ましてしまったらしい。

アルス「うーん……。」

マリベル「ふふ……。」

アルス「……マリベル?」

見れば少女の頬にも涙の痕が残っていた。

アルス「わわっ ごめん 別に 悲しませるつもりは……!」

マリベル「あ ごめんなさい。ちょっと さびしくなっちゃって。」

アルス「えっ?」

マリベル「……帰りたいけど 帰りたくないような。」

そう言う少女は俯きながらも微笑んでいるように見えた。



839: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:37:31.39ID:lJAdciEW0

アルス「……マリベル。」



マリベル「アルス ボルカノおじさま みんな。」



すると突然一行の名前を呼び、少女は前に飛び出して言った。

マリベル「つれてきてくれて ありがとう。」
マリベル「本当に 楽しかったわ。」

*「マリベルおじょうさん……。」

*「そ そんな よしてくだせえ……。」

漁師たちはどこか面食らった様子ながらも少女に微笑み返している。

*「そうですよ! ボクたちこそ マリベルおじょうさんが いてくれて 本当に 楽しかったですんですから!」

そんな漁師たちの想いを代弁するかのように料理人が力説してみせる。

マリベル「ほ ほんとう?」



ボルカノ「マリベルおじょうさん。」



マリベル「は はい ボルカノ船長……!」

不意に名を呼ばれ、いつになく緊張した面持ちで少女は船長に向き直る。



ボルカノ「また いつか 漁にいきましょう。」



しかし返ってきたのは思わぬ言葉。

マリベル「あっ……!」

少女は言葉を失い立ち尽くす。

マリベル「で でも 今回だけって……。」



“きみはもう 立派な 船の一員なんだ。”



アルス「マリベル。」

マリベル「アルス……。」

アルス「かならず つれていくよ。」

マリベル「……はい!」

*「おじょうさんが いると 船が 華やかになるっていうかなあ。」

*「そうそう。野郎ばっかりじゃ やっぱり 息がつまらぃ。」

*「おじょうさんの料理も 今日で 食べ納めか……。」

漁師たちはしみじみといった様子で顎を擦っている。

マリベル「………うふふ。」
マリベル「まかして! 今日も 腕によりをかけて 作ったげるから!」

*「へへっ そうこなくっちゃな!」

マリベル「よーし! それじゃ あらためて フィッシュベルに向けて 出発よ!」

*「「「ウスっ!!」」」

そう言って少女は男たちを従えてズンズンと森の中を歩いていくのだった。



840: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:39:12.65ID:lJAdciEW0

アルス「…………………。」

ボルカノ「すっかり 元気になったみたいだな。」

船長は少女の背中を見つめている少年の横に立ち、その肩に手を置く。

アルス「うん。まあ 結果オーライかな。」

ボルカノ「お前も 苦労するな。」

アルス「あははっ なんのこれしき。」

ボルカノ「…今度は オレが 船乗りの歌を 教えてやるかな。」

アルス「あっ 前に 誰かが 口ずさんでた アレ?」

ボルカノ「おうよ。まっ そのうちな。」



マリベル「二人とも 何やってんのーっ! はやくしないと 置いてっちゃうわよー!」



いつまで経っても追いついてこない二人に気付いた少女が遠くから叫んでいる。

アルス「はーい!」

ボルカノ「行くか。」

アルス「うん。帰ろう!」

少女に返事をすると二人はその後を追って歩き出す。
そんな二人の背中を、森に差し込んだ朝日が眩しく照らすのだった。



841: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:40:55.40ID:lJAdciEW0

日が東の空に登り始めた頃、漁船アミット号は最後の目的地を目指して海原へと繰り出していった。
空は多少の雲はあれど概ね良好で、風も緩やかに東へ吹いている。絶好の航海日和だった。

ボルカノ「よし お前ら 帰る前に まず 漁だ! 気合入れていけよ!」

*「「「ウスっ!」」」

船長の号令を受け漁師たちは一斉に自分の仕事にかかりだす。

マリベル「ボルカノおじさま 今日は 何をやるの?」

後で見ていた少女が船長のもとへやってきて尋ねる。

ボルカノ「この辺りの海域は 比較的 浅いからね。底曳き網をやるよ。」

マリベル「わかりましたわ。」

アルス「この辺りは 何が 獲れるんだろうね。」

ボルカノ「前は ウニやエビが わんさか かかったもんだったが 今は どうかな。」
ボルカノ「それも 踏まえて 今日は 調査だ。」

アルス「わかりました。」

返事をすると少年も与えられた仕事を全うすべく走り出す。

マリベル「あたしも 手伝おっと!」

そう言うと少女は自分にできる仕事を探しにどこかへと歩いていった。



トパーズ「ゥなーお。」



ボルカノ「ん? どうした トパーズよ。」

自分も作業に取り掛かろうしたところで船長は自分の足元で唸る三毛猫に気付く。

トパーズ「あおー! ナォナウ~。」

三毛猫はどうにも落ち着かない様子で辺りを見回している。

ボルカノ「なんだ お前も 漁に 参加したいのか。」

トパーズ「…………………。」

しかし猫は船長の言葉など聞いていないという風にしばらく固まると、速足で船内へとかけていくのだった。

ボルカノ「…………………。」

船長は不可解な猫の動きに首を捻りながらも今はそれどころではないと気持ちを切り替え、
この旅最後の漁に向けて準備を始めるのだった。



842: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:43:10.52ID:lJAdciEW0

それからしばらく放たれた網を引きずりながら漁船アミット号は航海を続けた。

日はすっかり昇り辺りの気温はだんだんと上がり始めている。



ボルカノ「よーし アミをあげるぞおーっ!」



*「「「ウスっ!!」」」

頃合いを見計らっていた漁師頭の号令の元、一つ目の網が引き揚げられていく。

*「おおっ まずまずの 当たりだな。」

船上に揚げられた網の中から底魚や甲殻類がゴロゴロと転がっていく。

マリベル「やだっ このエビおいしそー!」

アルス「食べごたえありそうだね。」

そう言って二人は一匹の巨大なエビに視線を落とす。

*「ダメダメ! それは 売り物にする エビだぜ!」

それを見た漁師が困ったような笑顔で注意する。

マリベル「えーっ こんなに 美味しそうなのに!」

アルス「そう うまい話はないかあ……。」

ボルカノ「わっはっは! まあ そう落ち込むな。値はつかなくても ウマい エビはいっぱいあるからな!」

ガックリと肩を落とす二人を漁師頭が笑い飛ばす。

マリベル「むむっ これは 次のアミに期待ね!」

ボルカノ「それっ もう一つも 揚げるぞ!」

*「「「ウースっ!!」」」

アルス「よーしっ!」

マリベル「待ってなさいよ おいしい 食材ちゃん!」

船長の号令に気合を入れなおすと二人は漁師に混じってもう一つの網を引き揚げていく。



843: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:45:16.45ID:lJAdciEW0

*「そーれいっ!」

*「どっこらせ!」

*「よいしょー!」

*「ぐっ お 重てえ!」

引き始めて間もなく、一行の引っ張る綱が急に重さを増した様に感じられた。

*「なんだなんだ 何が かかってんだ?」

マリベル「魔物でも かかったかしらっ!?」

アルス「縁起でもないっ……!」

そんなことを言っている間にも網はどんどん船体に近づいていく。

ボルカノ「もう少しだ!」

コック長「どれどれ 珍しいものでも かかっているかな?」

*「おいしいやつだと いいですね!」

下処理で甲板に出てきていた料理人たちも正体不明の重たさに期待を寄せて固唾を飲んでいる。

アルス「……見えてきた!」

その時、目を凝らしていた少年が水面下にまで上がってきた網を見つけた。

*「ん? なんだ? さっきと たいして 変わらねえぞ?」

それに続くように網を捉えた漁師が疑問の声をあげる。

*「そんな重たいやつ いたっけか?」

マリベル「と とにかく 開けてみましょうよ!」

少女の言葉に促されるように網はすぐに船上に上げられ、その中身を確認することになった。

*「「「せーのっ!」」」

漁師たちの掛け声と共に網が逆さにされ、中身が甲板に落ちていく。

そこには赤、青、銀、大小色とりどりの魚にくわえてヒトデが少々混じっていた。

そして。










“ドンッ!”



844: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:46:21.22ID:lJAdciEW0

ボルカノ「ん? なんだ? この石の板みてえなもんは?」
ボルカノ「おい アルス これって お前たちが 集めていた…… とは ちがうみたいだな。」
ボルカノ「地図じゃなくて 文字が 彫られているぞ。なになに…… 親愛なる アルスへ……。」

そう言って少年の父親は石版を拾い上げるとそこに書かれていた内容を読み上げた。



“親愛なる アルスへ”

“オレは 今 ユバールの民
ライラたちと 旅をしている。“

“お前たちと別れて いったい
どれくらいたっただろうか…。
あの日以来 ジャンも姿を
消したままだ。“

“オレは ユバールの守り手として
ライラと結婚した。“

“もし これを お前が
見つけることがあったなら
親父たちに 伝えてほしい。
キーファは 元気にやっていると。“

“そして アルス。
どんなに はなれていても
オレたちは 友だちだよな!”

“キーファより”



845: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:47:20.77ID:lJAdciEW0

アルス「…………………。」



マリベル「…………………。」



*「き キーファ……?」

*「キーファって あの キーファ王子か!?」

*「こいつぁ 驚いた! まさか あの キーファ王子の メッセージたぁな!」

長く続いた静寂を破ったのは驚愕した漁師の声だった。

アルス「…そうか……。」

マリベル「キーファ……。」

ボルカノ「どうするんだ アルスよ。」

アルス「……持って帰るよ。」

そう言うと少年は父親の手からその石版を受け取り、甲板を降りていった。

ボルカノ「……そうか。」

マリベル「あっ……。」

その背中を追いかけようと少女は手を伸ばす。

マリベル「…………………。」

しかしその手が届くことはなかった。

ボルカノ「よーし 撤収だ!」

*「「「ウスッ!!」」」

船長の号令で漁師たちが動き出しても尚、少女は甲板の入口を見つめたまま腕を抱えて立ち尽くしていた。

否、足が動かなかったのだ。

マリベル「アルス……。」

しばらくしてから少年は作業のために戻ってきたが、誰しもが彼を気遣ってか石版の話題については触れなかった。



少女の目に入ったその表情からは、何も読み取ることができなかった。



846: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:50:57.03ID:lJAdciEW0

それから更に時は経ち、昼食を終えた船内は見張りと舵を残して休憩に入っていた。

アルス「…………………。」

少年は自分のハンモックに寝転び先ほど海底から拾い上げられた石版を眺めていた。

アルス「…ふっ。」

少年は小さく溜息を漏らす。

偶然拾った石版の世界で別れた直後の王子に再会し、声は届かぬもののなんとか王のメッセージを届け、彼の試練を見守った。

彼の姿を見たのは、それが最後だった。

そして今、この石版からは詳細こそわからないが彼がその後元気に過ごしているということが見て取れた。

正確に言えば“元気に過ごしていた”、というべきか。

それが、彼が少年たちに残した最後のメッセージだった。

アルス「運よく拾ったからいいもの……。」

“もし 拾われなかったら どうするつもりだったんだ。”

アルス「……ったく。」

吐き捨てるように言うと少年は天井を見上げる。少し黒ずんだ木目が少年を嘲笑うかのように見下ろしていた。

アルス「キーファ……。」

“あの時どうして無理矢理にでも連れて帰らなかったのか”

今でも時々自問自答を繰り返す。

息子が二度と帰らないと聞かされた時の国王の悲しみ、兄が忽然と姿を消してしまったことへの王女の絶望、国民の落胆。

“彼が残らねばあの大陸は復活しなかったのだ”

そう結論付けて飲み込むしかなかった。

ユバールの踊り子との出会いも彼があの地に残らねば実現しなかった。

それどころか偽の神の復活も魔王の君臨も、その討伐もなかったのかもしれない。

結果的に彼の行動がなければ現在はなかったのだ。

少年にとっては親友との別れという残酷な運命も、
本来あるべき世界を取り戻すためには必要不可欠で、
それが少年の助けとなったこともまた事実なのだ。

だからこそ少年は今もこうして自らの好奇心に、下した決断に、運命に苛まれている。

アルス「っ……。」

“ギリリッ”という音を立てて少年は歯を食いしばる。





*「フー……。」





そんな時だった。



847: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:52:23.49ID:lJAdciEW0

“ギィ”という音と共に厨房から少女が現れた。どうやら昼食の後片付けが終ったらしい。

マリベル「…………………。」

少女は少年を見つけると彼に身体を向けて椅子に座る。

マリベル「アルス……あんまり……。」



アルス「これは ぼくの罪の証だ。」



マリベル「っ……。」

アルス「バカな好奇心のために 親友を失って……。」
アルス「みんなから 大切な人を 奪ってしまった ぼくの……。」

マリベル「…………………。」

少年は石版を見つめたまま自嘲する。

アルス「…笑ってくれよ マリベル。」
アルス「ぼくは 結局 なにも 成長しちゃいない。」
アルス「……優柔不断で 弱っちい アルスのままだ。」



マリベル「あたしは そうは 思わないな。」



アルス「えっ……?」

振り向いた先にいた少女は目を伏せてはいたが、どこか微笑んでいるようにも見えた。

マリベル「元はと 言えば 世界中のひとが 救われたのは あんたや キーファのおかげじゃない。」
マリベル「それに 王さまや リーサ姫だけじゃない。グランエスタードのみんなが あいつのことを 誇りに思ってるわ。」

少女の言う通り王や王女は彼の決めた道を信じ、みなが彼のことを応援していたのだ。

アルス「でもっ……!」

起き上がった少年は少女に向き直るとその先の言葉を言いよどむ。

少年にも少女の言うことはよくわかっていたのだ。

しかし、それでも少年は思うのだった。

アルス「……それで本当に あの二人は 幸せなんだろうか。」

マリベル「さあ どうかしら。」

アルス「ときどき 思うんだ。」
アルス「人の幸せを 奪っておいて 自分は 幸せになっていいものかって……。」
アルス「ぼくの どこに そんな権利が あるのかってさ……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「人の幸せを 奪ったですって?」
マリベル「……バカ言ってんじゃないわよ。」

少女は眉を吊り上げたまま少年が抱える石版を指して言う。



マリベル「あいつなら 幸せにやってるじゃない。」



848: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:54:22.89ID:lJAdciEW0

アルス「っ……!」

呆気に取られたように少年は石版を見つめて瞬きする。

マリベル「……それにね。」

少女は立ち上がり少年の目の前にやってくると、柔らかく微笑んだ。

マリベル「家族が 幸せに暮らしてるのに それを 幸せに思わないような 二人じゃないわ。」
マリベル「きっと… 喜んでくれるわよ。」

アルス「………そうだね。」

少女につられるようにして少年も少しだけ笑った。

マリベル「それに。」



アルス「……イテッ…!」



突然指を討ちつけられ少年は額を抑える。

アルス「な 何すんだよ……。」

マリベル「ふんっ。」
マリベル「あたしを幸せにするのが あんたの幸せでしょーが。」
マリベル「それとも なに? イヤだって言うのかしら?」

そう言って少女は腕を組んで挑発的に見下ろしてくる。

アルス「は ハハっ……!」
アルス「……やっぱり 敵わないな マリベルには。」

少年は俯いたままクスクスと笑う。

マリベル「おーほほほ! あったりまえじゃないの!」
マリベル「アルスは おとなしく あたしの 言う通りにしておけばいいのよっ。」

そう言って少女は高らかに笑う。

アルス「むむっ。そう言われると なんか 負かしてやりたくなるな。」

マリベル「あーら あんたに 何ができるっていうのかし……んー!?」





アルス「……隙あり。」



849: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:55:52.50ID:lJAdciEW0

マリベル「ぐ ぐぬぬっ……!」

不意打ちの口づけを喰らい少女は顔を真赤にして抗議しようとするも、
手足をがっちり絡め捕られ身動きが取れずにただ唸るだけ。

アルス「ぼくの勝ち。」

マリベル「あ あいかわらず ヒキョウね……。」

勝ち誇った顔に憎まれ口を叩くもまったく迫力はない。

アルス「なんとでも。」

そんな様子を愉しむ様に少年は笑う。



マリベル「……ふーん。ペロっ。」



アルス「ぃいいっ!?」

思わぬ反撃を首筋に受け、少年は素っ頓狂な声を出す。

マリベル「ふっふーん 昨日の お返しよ!」

アルス「こ こりゃ 一本取られたな…。」

その時だった。



“ガチャ”



*「「っ!!」」



その時、扉の開く音が響き二人はサッと体を離す。

*「あ あの……。」

どこか照れたような、それでいて申し訳なさそうな表情で料理人が呟く。

マリベル「な なにっ…?」

少女は必死に何事もなかったかのように振舞うのだった。

が。



*「会話 ダダもれなんですけど……。」



マリベル「あ… あああ……!」

アルス「は ははは……。」





マリベル「アルスのばかーーっっ!!」





[ マリベルは ザキを となえた! ]



アルス「グフッ。」



[ アルスは しんでしまった! ]



850: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 19:58:19.76ID:lJAdciEW0

コック長「まったく 一時は どうなることかと……。」

マリベル「あっ ははは……。」

アルス「神さまが 浮輪もって ビーチで 遊んでました。」

騒ぎを聞きつけた料理長や他の漁師たちに囲まれ一時はみな強張った表情をしていたが、
少女が復活の呪文を唱えると少年はすぐに息を吹き返し、今は元の平静を取り戻して船はそれまで通り航行を続けていた。

*「いやあ ビックリしたなあ もう。」

そう言って料理人は苦笑いする。

マリベル「ビックリしたのは こっちよっ!」

一方の少女は腕を組んでご立腹の様子。

コック長「そりゃ わしらは 隣の部屋にいるんですから 最初から わかってやってるもんだと……。」

そんな少女に料理長が痛い所を突く。

マリベル「だ だって アルスが……。」

アルス「はいはい ぼくが 悪かったですから……。」

マリベル「……もう一回 クソじじいに 会ってくる?」

アルス「エンリョしときます。」

ドス黒い何かを漂わせる少女に少年は即答するとそそくさと食堂を後にするのだった。

マリベル「はあ……。」

*「ああ こんな 光景も あとわずかか……。」

コック長「早いもんじゃな。」
コック長「マリベルおじょうさんが コソコソと 隠れていた頃が なつかしいわい。」

マリベル「ふーん わるかったですねー。」

コック長「……それが 今や みんなの信頼を 集めていらっしゃる。」
コック長「感慨深いもんですなあ……。」

そう言って料理長はしみじみと唸る。

マリベル「ちょっと やめてよ コック長……。」

*「また いっしょに 料理を作れる日が 楽しみですね……。」

マリベル「あ あんたまで……。」
マリベル「……ふふっ。あたしも ずいぶん いろいろと 教えてもらっちゃったしな。」
マリベル「二人にも 感謝してる。」
マリベル「……ありがとねっ。」

コック長「ま マリベルおじょうさん……!」
コック長「うっ うっ… まさか あの じゃじゃ馬娘が こんなに 立派になって……ぐすっ……。」

マリベル「んー………。」

思わず泣き出した料理長に少女も困ってしまいもう一人の料理人に助けを求めようと目配せをするものの、
当の飯番は空笑いするだけで何も気の利いたことはしてくれない。

“役立たず!”と心の中で思いながらも少女はなんとか機転を利かして場を盛り上げようとする。



マリベル「そ そうだわ。そろそろ 夕飯の支度を 始めなくちゃね!」



*「そ そうですねっ!」

男も少女の意図を察したのか話を合わせて立ち上がる。

マリベル「見てなさいよっ 今日は 張り切っちゃうんだからね!」

そう言って少女は料理長の大きな背中を強く叩くとわざとらしく大きな声を出して厨房に入っていくのだった。

コック長「ぐすっ…… ふむ。こうしては おられませんなっ!」

そんな少女の気遣いを嬉しく思いながら料理長は袖で涙を拭きとると、一つ大きな鼻息をついて厨房へと向かっていくのだった。



851: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:01:05.16ID:lJAdciEW0

*「はー うまかった!」

*「ううっ 次回から また 野郎だけで ここを囲むのか……。」

*「気持ちはわかるが な。」

*「今度 うちの妻に 料理を 教えてやってほしいもんだ。」

夕日が地平線の彼方に沈んだ頃、漁船アミット号の食堂ではこのアミット漁最後の夕食が振舞われていた。

先の中継地で仕入れた新鮮な野菜に肉、漁で獲れた魚介を惜しみなく使った料理は長旅で疲れた漁師たちの心を満たしていく。
そしてその一口一口に漁師たちの顔はほころび、それがまた料理人たちの心を満たしていく。

船の中は笑顔で包まれていた。

料理が美味ければ話にも華が咲くもので、それぞれが自分たちの土産話をどう聞かせたものかと沸き立ち、食卓は大いに盛り上がった。

それから更に時は経ち、今は先の喧騒などなかったかのように辺りには波の音が木霊している。

そして再び二人だけとなった食堂には少年と少女の話声だけが響いていた。

アルス「おいしかったなあ……。」

先ほどの味が忘れられないのか、少年がポツリと呟く。

マリベル「そりゃ よかったわ。」

そんな間の抜けた横顔を少女が笑う。

アルス「帰ったら また 作ってよ。」

マリベル「えー? もう それ 何度目よ?」

アルス「だって ぜんぶ おいしんだもん。」

面倒くさそうに言う少女に少年は殺し文句で切り返す。

マリベル「なら 今度は あんたも 手伝うことね。」

アルス「うっ… はーい。」

どうやら少女の方が一枚上手だったらしい。



852: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:02:02.14ID:lJAdciEW0

マリベル「ねえねえ それよりさ。」

そう言うと少女は少年の腕を掴んで楽しそうに目を輝かせる。

マリベル「帰ったら 何しよっか?」

アルス「えっ? うーん……。」
アルス「ま まずは みんなに 挨拶……。」

マリベル「もちろん うちにも ね?」

アルス「う うん……。」

気恥ずかしそうに少年は鼻の下を人差し指の背で擦る。

マリベル「それから?」

アルス「グリンフレークに 行こっか。」

マリベル「うふふっ。」

アルス「それとも 先に 温泉に行く?」

マリベル「どっちもよ!」

アルス「ははは……。」
アルス「あとは そうだな……。」

マリベル「あ そうだ ちょっと メルビンのこと 気にならない?」

アルス「……たしかに。」

マリベル「あれから ぜんっぜん 会ってないし あの人も 若くないからねー。」

アルス「ちょっと 心配かも。」

山の上の教会の老神父と話している時、どこかで二人はかの伝説の英雄のことを思い出していた。
あの屈強な戦士がそう簡単に病に臥せるとは思えないが、老齢であることを思えば定期的に会いに行くのが吉なのではないか。

そんな風に考えていたのだ。

マリベル「それに あの神殿の人たちが これから どうするのかも 気になるしね。」

アルス「そうだね。」

少女の言う通り、復活した神が移民の町にいる以上、天井の神殿にいつまでも住まなければならない理由はないのだ。

彼らもまた、一つの節目を迎えようとしている。

マリベル「それからねえ……。」

アルス「……母さんに 話をしなきゃな。」

マリベル「…アルス……。」

ポツリとこぼす少年の瞳はしっかりと前を見据えていた。

マリベル「…ふふっ そうよね。」
マリベル「だって マーレおばさまも あなたの 本当のお母さんだもんね。」

そう言って少女は少年に微笑みかける。

アルス「……うん。」



853: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:04:18.58ID:lJAdciEW0

マリベル「で まだまだ やりたいことあったんだけどなー。」

アルス「…たまには 買い物にでも 行こうか?」

マリベル「ほんとっ!? ねえ ほんとに?」

アルス「うん。きみのドレスとか たまには ぼくも 自分の服とか 買わないとね……。」

マリベル「ねねっ! 約束よ!」

子供みたいに身を乗り出してせがむ少女の姿に少しだけ頬を緩ませて少年は力強く宣言する。

アルス「……約束する!」

マリベル「うふふっ。」

アルス「みんなにも お土産話 しないとなあ。」

マリベル「きっと 質問攻めだわね!」
マリベル「なんせ 船で 世界一周したんですもの!」

そう言って少女は破顔する。

アルス「あはははっ! そうだね。」
アルス「……もうすぐだ。」

マリベル「待ち遠しいわ~!」

その時再び“ガチャリ”と音を立てて扉が開かれた。



*「あっ マリベルおじょうさん。そういえば トパーズのエサが まだでしたよね?」



マリベル「……あっ!!」

現れた飯番の言葉に少女は雷を討たれたように固まる。

マリベル「いっけない! 忘れてたわっ!!」

そう言って少女は急いで炊事場へとかけていき急いで三毛猫の夕飯を作り始めた。

アルス「ははは… まだ あげてなかったんだ。」
アルス「トパーズ?」

*「…………………。」

いつもであれば食堂の辺りで誰かのハンモックを陣取っている三毛猫だったが今はここにはいないようだ。

アルス「いないのかな?」



マリベル「トパーズ?」



そこへ簡単なエサをこしらえた少女が戻ってきて呼びかけるも、やはり反応がない。

マリベル「おかしいわね。呼んだら すぐに 来るのに。」

アルス「探そうか。」

マリベル「ええ。」

二人は見合わせると三毛猫が隠れていそうな場所を探し始めるのだった。



854: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:05:39.50ID:lJAdciEW0

アルス「見つけた!」



件の三毛猫はすぐに見つかった。
地下二階の船首側の部屋の一角、普段は資材を置いている樽の山の奥で潜む様に身を丸めていた。

アルス「おいで トパーズ。」

トパーズ「ウウウ……。」

アルス「おかしいな……。」

名前を呼んでもただ低く唸るだけの三毛猫に少年は妙な違和感を感じて首を捻る。

マリベル「どうしたの アルス。」

少年の声を聞いてやってきた少女が問う。

アルス「なんだか 様子が 変なんだ。」

そう言って少年が指す先には相変わらず隅っこで小さくなってる三毛猫がいた。

マリベル「トパーズ ご飯よ。」

トパーズ「フゥウウ……。」

マリベル「遅くなって ごめんなさい。機嫌 直してちょうだいよ。」

トパーズ「ウウゥ……。」

マリベル「…………………。」

エサをちらつかせても態度の変わらない猫に少女は違和感を感じてじっと観察する。

アルス「どうも 変だね。」

マリベル「ええ。」
マリベル「なんだか おびえてるみたい……。」

三毛猫は耳をピッタリと伏せ、目を見開いて縮こまっていた。まるで何者かに狙われていることを察知しているかの如く。

その時だった。





“ドンッ!!”



855: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:07:34.43ID:lJAdciEW0

*「「……っ!!」」

突如船体が大きく揺れた。

アルス「い 今のは!?」



*「魔物だー!!」



甲板の方から絶叫が響き渡る。

アルス「行こう!」

マリベル「ええ!」

すぐさま二人は武器を携えて甲板へと駆け上がる。

*「なんだなんだ!?」

*「また 襲撃か!」

会議室で待機していた漁師たちも慌てて武器を構える。

ボルカノ「落ちつけ お前ら!」

奇襲に驚く船員たちに喝を入れる船長の声が響き渡った。

アルス「みなさんは 避難していてください!」

マリベル「あたしたちで 撃退するわ!」

少年達が船内を駆け抜けながら漁師たちに叫ぶ。

*「おお アルス! それに マリベルおじょうさんも!!」

二人が甲板に飛び出すと見張りをしていた漁師がそれに気づいた。

アルス「状況は!」

*「いきなり わんさか 魔物が!」
*「うわわわっ!?」

アルス「あぶない!」

海面から跳び上がってきたヒトデの怪物が漁師目がけて攻撃をしかける。

マリベル「はあっ!」

しかし寸でのところで少女の鞭に絡めとられ、魔物はそのまま甲板に叩きつけられた。

*「ま まほっ……。」

アルス「はっ…!」

そこへ少年がすかさず剣を振り下ろす。

*「マッ………。」

お化けヒトデは真っ二つに分かれ、そのまま沈黙した。

マリベル「甘いわよ アルス!」

すると今度は少女が再びそれを鞭で器用に絡めとり、宙に放り投げると大きな火球で消し炭にしてしまった。

マリベル「あいつらは 再生するのよ!」

アルス「ごめんごめん!」

*「ふいー……。」

*「まだだ! まだ いっぱい いるぞ!」

ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、海面ではおびただしい数の魔物がこちらを見つめていた。

アルス「むっ……!」

マリベル「どっからでも かかってきなさい!」

こうして少年と少女の、決死の戦いが幕を開けた。



856: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:09:33.06ID:lJAdciEW0

[ アルスのこうげき! ]

[ シードラゴンズAを たおした! ]

[ マリベルのこうげき! ]

[ シードラゴンズBを たおした! ]
[ シードラゴンズたちを やっつけた! ]



[ マリベルは れんごくかえんを 吐いた! ]

[ ボーンフィッシュAを たおした! ]
[ ボーンフィッシュBを たおした! ]
[ ボーンフィッシュCを たおした! ]
[ ボーンフィッシュDを たおした! ]
[ ボーンフィッシュたちを やっつけた! ]



[ アルスは ぜんしんを ふるわせ つめたく かがやく 息をはいた! ]

[ エレフローパーAを たおした! ]
[ エレフローパーBを たおした! ]
[ エレフローパーたちを やっつけた! ]



[ アルスは バギクロスを となえた! ]

[ マリベルは イオナズンを となえた! ]

[ 岩とびあくまAを たおした! ]
[ 岩とびあくまBを たおした! ]
[ 岩とびあくまCを たおした! ]
[ 岩とびあくまたちを やっつけた! ]



[ マリベルは すいめんげりを はなった! ]

[ ギャオースAは すっころんだ! ]

[ アルスは こしを ふかく おとし まっすぐに あいてを 突いた! ]

[ ギャオースAを たおした! ]

[ ギャオースBは こごえる ふぶきを はいた! ]

[ マリベルは フバーハを となえた! ]

[ アルスは マリベルを かばっている! ]

[ マリベルは バイキルトを となえた! ]

[ アルスは ばくれつけんを はなった! ]

[ギャオースBを たおした! ]
[ギャオースたちを やっつけた! ]


…………………
……………
………




857: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:13:30.84ID:lJAdciEW0

倒せども倒せども海の底からは湧き出るかのように魔物が現れた。

いつしか空は真っ黒な分厚い雲に覆われ、大粒の雨の中、辺りは強い風に包まれていた。

巨大な魔物たちの絶叫の如く、近くの空から雷鳴がとどろく。

アルス「っ……きりがない!」

*「ギョッ……!!」

また一匹、魔物を切り捨てて少年が叫ぶ。

マリベル「…おかしいと思わないっ!?」

船を取り囲む魔物たちを見回しながら少女が言う。

マリベル「どうして こんなに 魔物たちがいるのよ!?」

アルス「しかも どれもこれも 明らかに 統率された動きだ。」

少年の言う通り、襲い掛かってくる魔物はどれも隊列を組んでやってきているようだった。

マリベル「だとしたら 誰の 差し金よ!」
マリベル「魔王以外に こんなに 魔物を従えられるやつなんて いるの!?」

アルス「……わからない!」

そう言って少年が海の魔物たちに向かって呪文を放とうとした時だった。





*「ぶひゃひゃひゃひゃ!」





アルス「……!」

*「よおおお? マヌケな 人間ども!」

声のする方へ振り向くとそこには水色の鱗に身を包んだ半魚人のような魔物が浮かんでいた。

それも十はくだらない数。

マリベル「グレイトマーマン!?」

*「ぶひょひょ! お前たちが アルスに マリベルだな?」

アルス「だったら どうした!」

*「探したぜえ! お前たちが コスタールを後にしてから ズゥ~っとなぁ!」

その言葉に二人の脳裏に航海を始めてまもなくあった魔物たちの襲撃のことが浮かぶ。

マリベル「じゃあ あの時の 襲撃も あんたたちの 仕業ってわけねっ!」

アルス「なぜ ぼくたちを 付け狙う!!」

*「ぶっひゃひゃひゃひゃ!」

*「よくぞ 聞いてくれた!」

*「お前たちが 魔王オルゴ・デミーラを 倒してくれたおかげで 俺たち 海の魔物は 自由になったのだ!」

*「そして 魔王亡き今っ! われわれ 一族が 世界を 支配する番となったのだ!」

*「そのためにも 貴様らに いてもらっては 困るのでなあ!!」
*「ぶひゃひゃひゃっ。」

マリベル「じょうだんじゃないわよ!!」

下品に笑う魔物たちの群れに向かって少女は怒鳴りつける。

マリベル「あたしたちに 歯向かって 無事で済むと 思わないことね 三流ども!」

*「なぁんだとう~?」

*「おいっ!! 貴様ら かかれ! あの 小娘を やっちまえ!」



858: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:15:48.56ID:lJAdciEW0

少女の馬頭に業を煮やした半魚人が残っている魔物たちに向かって号令をかける。

*「「「ぐおおおおおお!!」」」

すると海面下に潜んでいた魔物たちが一斉に浮上し、アミット号を目がけて一直線に襲い掛かってきた。

マリベル「……マストに 当たらないでよね!!」

そう呟くと少女は魔力を集中させ、天ではなく足元に手を付けて念じる。



マリベル「落ちなさいっ! ジゴスパーク!!」



[ マリベルは じごくから いかずちを よびよせた! ]

[ まもののむれに 268 から 290 のダメージ! ]

少女の放った黒く光る雷は誘導されたかのように漁船の周りを取り囲んでいた魔物たちを突き刺し、あっという間に沈めてしまった。

*「うおっ!!」

あまりの恐ろしい光景に帆を操っていた漁師が慌てて身をかがめる。

*「な なんだと~~っ?!」

一瞬で海の藻屑と化した配下の魔物たちを目の当たりにし、半魚人たちは愕然とした様子で甲板に立つ少女を見つめる。

アルス「最初から みんな かかって来てくれたら 楽だったのにね。」

マリベル「ええ まったくよ。」

“パンパン”と手を払って少女が面倒くさそうに返す。

*「お おのれら~~~!」

*「ま まさか ここまでとは……!」

*「魔王殺しの名は ダテじゃねえってわけかよ……!」

見下すような視線を受けて魔物たちは憎々し気に二人を睨む。

*「だが! お前たちの 命運も ここで尽きる!!」

*「そうだっ! あのお方に かかれば 貴様らなど 一ひねりだ!」

マリベル「あのお方って だれよ!」

含みを持たせた言いかたをする魔物たちに少女が問う。

*「ぶひょひょひょ!」
*「オレたち一族の 救世主にして 最強の男よ!」

*「海の魔神 グラコスを名乗る 新しい 魔族の王よ!」

アルス「なんだってっ!?」

聞き覚えのある名前に少年が食いつく。

*「しか~し! あのお方の目を わずらわすまでもない!」

*「そうだともよ! オレたちが ここで 貴様らを 船ごと 沈めてくれよう!」

*「ぶひゃっひゃっひゃっひゃ!」
*「フロッグキング! 出番だ!」





*「うむ。」



859: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:17:50.68ID:lJAdciEW0

半魚人の中の一匹が後へ向かって叫ぶと、どこからともなく布を纏った蛙の化け物が姿を現し、天に向かって杖を振りかざした。

*「いでよ 大渦。かの船を 海の底へ 沈めたまえ!」



[ フロッグキングは メイルストロムを となえた! ]



蛙の魔物が叫ぶと同時に辺りの海面は大きく波打ち、次第にそれは大きな渦となって周囲を飲み込み始める。

アルス「あっ!!」

*「まずい! 船が ウズに 巻きこまれる!」

*「ほっほっほ! 気付いても もう 遅いわい!」

そう言って魔物はニタニタと哂う。

マリベル「マール・デ・ドラゴーンみたいに 大きければ あんなの へでもないのに!」

ボルカノ「どうした! この動きは……っ!?」

その時、階下で漁師たちに指示を出していた船長が甲板へ飛び出してきた。

アルス「父さん! 危ないから 下がっていて!」

ボルカノ「……っ そういうことか!」
ボルカノ「舵を代われ!」

*「はっ はい!」

そう言って船長は舵取りの男を船室に戻すと引き寄せられる動きに合わせて船を滑らせ始める。

ボルカノ「アルス! 船の心配はいらねえ! さっさと あいつらを 倒してきちまえ!」

アルス「父さん……!」

マリベル「行くわよ アルス!」

アルス「うんっ!」

父親と少女に促され、少年は敵を見据えて再び剣を構える。

*「こしゃくな! これでも くらえい!」



[ グレイトマーマンAは マヒャドを となえた! ]



魔物は巨大な氷塊を作り出し、それを漁船に向かって降り注がせていく。

アルス「あぶないっ!!」

マリベル「キャッ!!」





“バキッ”





ボルカノ「なにっ!」



860: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:20:07.66ID:lJAdciEW0

それぞれが身を翻してかわしたのも束の間、そのうちの一本の氷刃は船の前側ついている帆に直撃し、
太い帆柱は大きな音を立てて真っ二つに折れてしまった。

*「ぶひゃーっひゃっひゃ! ざまあみろってんだ!」

痛手を与えることに成功した魔物は不細工な顔をさらに醜く歪めて笑う。

*「溺死体になって この下で待つ あのお方に 喰われるがいい!」

*「骨くらいは 拾ってやるぜ! げひゃひゃひゃ!」

マリベル「ど どうしよう アルスっ!!」

ボルカノ「万事休す なのか……!?」

アルス「くっ……!」

船を捨て、仲間を抱えて転移呪文で逃げるという選択肢もある。
しかしそれはここにいる魔物たちをのさばらせておくことに他ならない。
そうなれば次に襲われるのは自分たちだけではないだろう。

”ならばこの状況をどう切り抜ける”

そう、少年が策に窮した時だった。



アルス「あっ……!」



にわかに少年の腕が、腕の紋章が強い光を放ち始めた。



マリベル「見てっ!」



ボルカノ「あれは!?」

少女の声に二人が近くの海面を見ると、そこにはいつか見た青白い光の渦が立ち上っていた。

*「な なんだ あれは!?」

*「おい カエル野郎! アレも お前の ワザか!?」

*「わしゃ あんなの 知らん。」

*「だにぃ!?」

突然の現象に驚いた魔物たちは何事かと喚き散らしている。

アルス「これは まさか……!」

自分たちの船を追うように動き続ける光の渦に少年は何か閃くものがあったらしい。

マリベル「親玉の ところに 導いてるのかしら?」

少女もすぐに察しがついたのか、少年の考えていたことをそのまま声に出してみせる。

ボルカノ「だとしたら こいつに 飛びこみゃ そいつを 叩きに行けるって ワケか!?」

マリベル「そ それなら すぐに 行きましょう アルス!」



アルス「ダメだ!!」



861: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:21:51.95ID:lJAdciEW0

走り出そうとする少女を少年は大声で制止する。

マリベル「えっ……!?」

アルス「ぼく一人で行く。」

マリベル「そんな 無茶よ! 相手は 魔王の座を 狙うようなやつなのよ!?」

一人で縁まで歩き出した少年の腕を少女が引き止める。

マリベル「いくら あんたでも そんなの……。」



アルス「じゃあ この船は いったい 誰が守るんだ!!」



マリベル「……っ!!」

見たこともないような鋭い眼光に少女の足がすくむ。

アルス「まだ 魔物は 残ってるんだ。二人とも 行ってしまったら あっという間に この船は 沈められてしまうだろう。」

すると少年は父親に向き直る。

アルス「……父さん!」

ボルカノ「……なんだ 息子よ。」

アルス「この船を 頼みます。」

ボルカノ「……任せておけ!」

アルス「ありがとうございます。」

そう言って少年は上着を脱ぎ捨て剣と袋を付けなおし、海に飛び込もうと身構える。



862: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:23:14.10ID:lJAdciEW0

マリベル「アルス 待って! 待ってよ……。」



アルス「……マリベル。」
アルス「大丈夫 ぼくは必ず きみのところへ 帰ってくるから。」

マリベル「でも……。」

アルス「マリベル。」

マリベル「っ……。」

泣きそうな顔で訴える少女に口づけをすると少年は今度こそ海面を見据えて身構える。



アルス「みんなを… 父さんを 頼む。」



マリベル「…………………。」
マリベル「……わかったわ!」

アルス「魔物ども 今いくぞ!!」

少女の力強い返事を背に少年は雄たけびを上げ、勢いよく飛び出し光の渦の中へと消えていった。



*「今度こそ 沈めてくれる! くらえい マヒャド!!」



少年が消えたのを勝機と見た魔物たちが一斉に呪文を繰り出してくる。



マリベル「同じ手は くわないわ!」



[ マリベルは マホカンタを となえた! ]



*「なんだとぉ!?」

*「ぐおおッ!?」

まさかの反撃に魔物たちは呪文をなんとか鱗で耐えしのぎ、憎々し気に少女を睨みつける。

マリベル「あたしは 負けないわ!」
マリベル「みんなには 指一本 触れさせない!!」
マリベル「あんたたちは この場で 全員 海のもくずに してやるんだから!」

少女は仁王立ちすると怯んでいる魔物たちへ高らかに宣言する。

*「こんのぉお!!」

*「言わせておけば いけしゃあしゃあと!!」

*「かかれ! あいつらを 生きて帰すな!」



こうして荒れ狂う海の上、生死を駆けた少女の戦いの火蓋が切って降ろされた。



863: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:25:08.22ID:lJAdciEW0

アルス「ここは……!!」



光の渦に飛び込んだ少年は、かつて訪れたサンゴの洞くつのような場所にたどり着いていた。

アルス「ここにも こんな場所が あっただなんて……。」





*「グハハハ! よくぞ ここまで 生きて たどり着いたな。」





周囲を見回していた少年の耳に聞き覚えのある声が響いてくる。

アルス「だれだ!」

*「ぐっふっふ……。」

声の主は岩場の影からゆっくりと姿を現すと、少年の姿をじっくりと眺めた。

アルス「お前は……!」

*「思い出したか われのことを。」

少年はいつか手に入れた不思議な石版の世界で対峙したグラコスの名を持つ凶悪な怪物のこと思い出していた。

アルス「グラコス……!」

その魔人は以前よりも深い緑色の鱗に身を包んではいたが、確かに少年たちが過去の世界で打ち倒したそれそのものだった。

アルス「どうして お前が ここに!」

あまりに突然の再会に少年は声を荒げる。

アルス「お前は 確かに ぼくたちが 倒したはずだ!」

グラコス「ぐふふ。確かに われは一度は 死んだ。」
グラコス「だが その後 われは 魔王によって 再び 生を与えられたのだ。」

アルス「なんだと……!」

グラコス「お前たちの 力によって 魔王は 倒れた。」
グラコス「そして 今度は 更なる力をつけた われこそが 再び 世を席巻する時がきたのだ。」
グラコス「かつて 国をそのまま 海底に沈めた時のようになあ。ぐはーはっはっは!!」

アルス「そんなこと させるものか!」

グラコス「ぐふふ… 貴様ひとりに 何ができる!」

アルス「強くなったのは お前だけじゃない!」

グラコス「ぬかせいっ!」
グラコス「今度こそ お前を ひねりつぶし この世を 海で覆い尽くしてくれるわ!」





グラコス「…この 海の魔神 グラコスエビル がなあ!!」



864: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:27:34.06ID:lJAdciEW0

*「グハアッ!!」



マリベル「つぎよっ!」

その頃海上では少女が魔物の群れとの格闘を続けていた。

*「おのれ~~……!」

マリベル「あんたたちが 束になってかかって来ても おんなじよ!」
マリベル「ビッグバン!」

*「がああっ!!」

*「ぎょっ……!」

[ グレイトマーマンCを 倒した! ]
[ グレイトマーマンDを 倒した! ]

*「ぶひゃひゃ! いくら おれたちを 倒したって 無駄だぜ!!」

[ グレイトマーマンEは こおりつく 息を はいた! ]

魔物は海面を凍らせるとその上から跳び上がり船上に転がり込む。

ボルカノ「ちっ…!」



マリベル「伏せてっ!」



*「ぐおっ!?」

少女はすぐにそれを鞭で縛り付けるとそのまま鞭に電撃を這わせる。

マリベル「ハッ!」

[ マリベルは いなずま斬りを はなった! ]

*「ギギギギ!!」

強烈な電撃に体のしびれた魔物は動きを止め、体の力を緩める。

マリベル「そこっ!」

それを少女は見逃さず、全身を使って自分の何倍の重たさもある魔物を甲板の外へ放り投げる。

マリベル「かまいたち!」

するとそのまま宙に放り出された魔物に向かって少女は鋭い風の刃を巻き起こした。

*「ギッ…!?」

体勢を崩したままもろにそれを受けてしまった魔物は成す術もなく体を真っ二つに切り裂かれ、海の中へと落ちていった。



865: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:28:15.92ID:lJAdciEW0

*「ちくしょう! フロッグキング! もっと渦を強くしやがれっ!」

*「ふん 言われるまでも ないわい。」

仲間からの野次に蛙の化け物は面倒くさそうに答えると海面を杖でかき回し始める。

ボルカノ「むおっ!?」

すると先ほどまで拮抗していた船の推進力をそぐようにして高波までもが押し寄せ始めた。

マリベル「きゃっ。」

激しい揺れに二人は体制を崩し床に手を付ける。

ボルカノ「マリベルちゃん! あのカエル野郎を なんとか できねえか!!」

マリベル「あたしの 呪文でも あそこまでは 届かないわ!」

尻もちをついたまま少女が叫んで答える。

ボルカノ「…このままじゃ 渦の中心に飲み込まれちまう!」

数々の困難を乗り越えてきたとは言え、この状況に少しばかり焦りが出て来たらしい。
船長は甲板を殴りつけ憎々し気に歯を鳴らした。

マリベル「どうすれば……。」
マリベル「…っ!」
マリベル「渦の中心…… あそこまで行けば……!」

そう呟く少女の目には巨大な渦の中心でにやついている魔物の群れが映っていた。



866: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:31:50.88ID:lJAdciEW0

グラコス「くらえいッ!!」



アルス「ぐっ……!」

その頃、海底の空間では少年と海の魔神が熾烈な争いを繰り広げていた。

グラコス「どうした! 魔王を倒した 男の実力は その程度か!!」



[ グラコスエビルは げはげは 笑いながら アルスを なぎはらった! ]



アルス「っ……!」

少年はすんでのところでそれをかわすと片足で相手の顔目がけて回し蹴りを放つ。

グラコス「むっ!?」

鼻先をかすった足はそのままの勢いで手に持った武器を弾き飛ばした。

グラコス「ふん 油断していた ようだな。」
グラコス「ならば…!」

[ グラコスエビルは ベギラゴンを となえた! ]
[ グラコスエビルは マヒャドを となえた! ]

そう言うと魔神は立て続けに呪文を唱え、少年を追い込んでいく。

アルス「ぐあああっ!!」

灼熱の炎をかわすあまり退路を断たれ、少年は巨大な氷塊に吹き飛ばされて地面に転がる。

グラコス「ぐははは! 終わりだ! 串刺しになれい!」

アルス「ぐっ!」

少年は咄嗟に守りの体制を取ると間一髪それを獲物で受け止めた。

グラコス「なにぃ? …なかなか やるな。」
グラコス「だが!」

すると魔神は一気に距離を詰め、太い腕を少年の身体に叩きつける。

アルス「ぐうっ……! べ ベホマ!!」

吹き飛ばされた少年はなんとか呪文を唱えて傷を癒し、立ち上がると補助呪文で相手の攻撃に備えた。

[ アルスは マジックバリアを となえた! ]

アルス「グラコス… ぼくは あきらめないぞ。」

グラコス「ふんっ 傷を 塞いだか。」

魔神は二又の槍を拾い上げ、唾を吐き捨てる。

グラコス「だが そんなものは 無意味よ……!」
グラコス「スウウ… ブハアアアア!」

[ グラコスエビルは もうどくの きりを はきだした! ]

アルス「……!」

少年はさっとそれを避けると相手に向かって真っすぐに走り出し思い切り獲物を振り下ろした。

グラコス「ふん ムダだ!」
グラコス「むっ…ぐああっ!?」

少年の獲物を自分の槍で受け止めた魔神だったが、オチェアーノの剣から放たれた第二の斬撃を体に受け、一瞬の隙が生まれる。

アルス「そこだ!!」



[ アルスは はやぶさ斬りを した! ]



867: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:33:24.72ID:lJAdciEW0

一瞬の怯みを見逃さず少年は獲物を素早く動かし攻撃を加える。

グラコス「ぐっ!」

目にも止まらぬ斬撃に鱗を切り裂かれ、魔人は小さく呻いて後ずさった。

アルス「まだだ!」

“ならば”と少年は手に雷の刃を作り出し全身を使って振り抜いた。



[ アルスは ギガスラッシュを はなった! ]



グラコス「ぐおおおっ!?」

距離を取れば攻撃を回避できると考えていた魔神はそのあまりにも巨大な刃に飲み込まれ、後方に大きく吹き飛ばされた。

グラコス「い 今のは 効いたぞ…。」

立ち上がりながら口元を拭う。

紫色をした体液が海底の岩にしたたり落ちていった。

アルス「さすがに これだけじゃ ダメか……。」

グラコス「グハハハッ! われを 舐めてもらっては 困る!」

アルス「だけど ぼくも 負けるわけにはいかない!」
アルス「ようやく 手に入れた 平和を お前なんかに 渡してたまるものか!」

グラコス「ぬかせい!!」

再び身構える少年に魔神は武器を構えて一直線に突きを放つ。

アルス「はっ!」

少年は最小限の動きでそれをかわすと相手の槍の柄を掴んで相手の巨体ごと力任せに投げ飛ばした。

グラコス「なにっ!?」



アルス「来い! ジゴスパーク!」



少年が手を地に付け叫ぶと何もないはずの海底から禍々しい雷の球が浮かび上がり、魔人の体に当たって炸裂した。

グラコス「がああああああっ!」

アルス「ぼくは お前なんかに 負けない!」



グラコス「ぬ… ぬかせえええええ!」



すると魔神は電撃の中から目にも止まらぬ速さで少年に接近し、剣を弾き飛ばして少年を薙ぎ払った。

アルス「ぐあっ!」



グラコス「たかが 人間ごときがっ! 図に乗るなああああ!」



[ グラコスは マヒャドをとなえた! ]
[ グラコスは マヒャドをとなえた! ]

アルス「……っ!!」

怒り狂う魔神の呪文は少年目がけて巨大な氷塊を次から次へと降り注がせ、暴走した魔力の刃は辺りを埋め尽くしていく。



グラコス「消えろ 青二才! 世界は わがものなのだ!!」



868: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:35:45.32ID:lJAdciEW0

ボルカノ「本気か マリベルちゃん!」



豪雨と強風の吹き荒れる中、荒れ狂う海上では巨大な渦と漁船アミット号が壮絶な争いを繰り広げていた。

マリベル「いいから ボルカノおじさま! あの渦の中心に 向かって行って!」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「……なにか 考えが あるんだな!?」

頑なに言い張る少女に船長は何かを察し、少女をじっと見つめる。

マリベル「船長! あたしを 信じてください!」

ボルカノ「……わかった!!」

力強い少女の瞳に確信を得た船長は大きく頷いてみせた。

ボルカノ「オレたちの命 きみに 預けるぞおっ!」

マリベル「……はいっ!!」



*「ぶっはっはっは! これで お前らも おしまいだ!」



そこへ再び接近してきた魔物の一匹が船に向かって跳びかかる。

マリベル「…うるさいのよっ! メラゾーマ!」

*「ぎゃああああ!!」

マリベル「さあ ボルカノおじさま!」

少女はそれを空中で焼き払うと船長を促す。

ボルカノ「任された!」

少女の催促に船長は一言だけ返すと残された帆を操り、船を渦の中心へ向かうように走らせ始めた。

*「おおっ? なんだ 奴ら こっちに向かってくるぞ?」

*「おおかた あきらめて 自決しちまおうってのさ! ぶひゃひゃ!」

*「げっへっへ! なら 一思いに 叩き潰してやろうぜ!」



マリベル「そうはさせるもんですか!!」



[ マリベルは コーラルレインを となえた! ]



*「な なに!?」

少女の叫び声と共に渦の中から光る物体が現れ始め、瞬く間に魔物たちの皮膚を切り裂いていった。

*「いででで! なんだこりゃあ!」

*「さ サンゴだ! サンゴの欠片が!」

*「ぎゃああ!」

マリベル「ふんっ これで しばらくは 動けないわね。」
マリベル「ボルカノおじさま! もっと 中心へ!」

突然の事態に慌てる魔物たちを尻目に少女は鼻を鳴らすと後方の船長に向かって呼びかける。

ボルカノ「がってんだ!」

威勢の良い返事と共に船長は帆を傾け、さらに船を渦の真ん中へと巧みに滑らしていく。



869: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:38:30.69ID:lJAdciEW0

マリベル「待ってなさい! すぐに そっちに 行ってあげるわ!!」

*「ぐっ こ 小娘! きさま 何をするつもりだああ!!」

マリベル「あんたたち まとめて 吹き飛ばしてやるのよ!」

そう言うと少女は鞄の中から青みを帯びた小さな茶器を取り出すと、そのフタを外して小さく呟く。

マリベル「チカラを 借りるわよ 妖精さん……!」



[ マリベルは エルフののみぐすりを つかった! ]



*「なにを 企んでるんだか 知らんが お前たちに 未来はねえ!」

*「やっちまおうぜ おまえら!  総攻撃で 船を 叩き潰してやれ!」

*「「「おおおおっ!!」」」

妙な動きをする少女を警戒してか、魔物たちは一気に船を沈めようと船へ向かって進軍し始める。

ボルカノ「どうするんだ マリベルちゃん!!」
ボルカノ「……マリベルちゃん!?」

マリベル「…………………。」

魔物たちの動きに船長は焦りの色を顔に浮かべて少女に叫ぶも、当の少女は目を閉じたまま微動だにしない。

*「ぶひゃひゃひゃひゃ! 見ろ! あいつ ついに 観念したぞ!」

*「一思いに 一撃で 殺してやる!」

ボルカノ「……このままでは!」



マリベル「…………!」



その時、少女が船長に向かってなにかを叫んだ。

ボルカノ「……っ!」

雷鳴と共にその言葉はかき消されたが、船長の目は確かに少女の言っていることを捕らえていた。





[ し・ん・じ・て ]





ボルカノ「……むっ!」

船長は再び気を引き締めなおすと船をさらに渦の中心へ、魔物たちの来る方向へとさらに船を進める。

*「ぶひゃひゃひゃひゃ!」

*「これで 終わりだ! いくぞ おまえら!!」

[ グレイトマーマンたちは マヒャドを となえた! ]

無数の魔物たちの大合唱が嵐の轟音をかき消し、
恐ろしく強大な氷の刃が漁船アミット号へと向かって一列の剣山を作る様に海面へと突き刺さっていく。

*「しねええ! 人間どもぉっ!!」





マリベル「甘いわ。」



870: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:41:15.21ID:lJAdciEW0

その時だった。



ボルカノ「ぬおっ!?」



[ アミット号の 船体が やさしい ひかりに つつまれた! ]



それまで巨大な渦の中でまともに操舵することすら叶わなかった船体が、まるで波一つ立たぬ海を進むかのように軽やかに進みだした。

そう、それはまさに宙に浮いたかの如く。

*「なんだとおお!?」

*「な なんだあ ありゃあ!」

*「船が 飛んだ だとう!?」

否、船はまさしく飛んでいた。

そう、それはまさにおとぎ話に出てきたあの伝説の箱舟の如く。



[ マリベルは ノアのはこぶねを となえた! ]



[ アミット号は ひかりに つつまれ うきあがっている! ]



マリベル「残念だったわね。」

魔物たちの放った氷の刃は虚しく宙を掻き、ただ海面に向かって落下していくだけだった。

*「く くそっ!」

*「もう一度 やるぞ! 今度は もっと 上を 狙え!」

*「「「おおおっ!!」」」

一匹の言葉に雄たけびが上がり、再び巨大な氷塊の雨が漁船を目がけて降り注いだ。



マリベル「だから ムダって 言ってるのよ。」



[ アミット号の 船体は ひかりにつつまれ なにものも うけつけない! ]



*「ばかな!」

*「なんなんだ あの光は…!」

マリベル「……あたしは 負けない!」
マリベル「こんなところで くたばるわけには いかないのよ!」

少女が魔物たちの群れを見下ろし魔力を集中させる。

すると脚のつま先から頭のてっぺんまで、赤紫の光が少女の体から吹き出し全身を駆け巡っていった。



871: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:43:40.28ID:lJAdciEW0

マリベル「見ていて アルス!」





マリベル「はあああああっ!!」




















[ マリベルは すべての まりょくを ときはなった! ]




















刹那。


少女の解放した魔力は渦の中心から端までを塞ぐ大爆発を巻き起こし、その場のすべてを飲み込んでいった。



*「な な…!」



*「こんなばかなあああ!!」



*「グラコスさまああああ!」



*「ぐおおおおおおっ!!」




…………………



872: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:46:51.42ID:lJAdciEW0

*「……。」



グラコス「ぜえ ぜえ……。」

魔力を爆発させ、一気に消耗した魔神は肩で息をしながら辺りを窺う。

*「……。」

氷刃で埋め尽くされた海底には、ただ静寂が広がっていた。

グラコス「ふ ふん… 他愛ない。所詮は 人間一匹 このわれに 勝とうなどというのが 夢幻に すぎないのだ。」
グラコス「ぐ グハハ……! これで 心置きなく 地上を 制圧できるぞ!」
グラコス「まずは 上のゴミ共を 沈めてやるとしようぞ……。」

そう独り言ちながら魔神が海面を目指そうと振り返った時だった。





*「待てよ。」





グラコス「っ……!?」

不意に響いた低い声に魔神は息を飲んで振り返る。



“バキッ”



まるで何かが割れるような高い音が海底に木霊した。

グラコス「ま まさか…!!」



*「そのまさかだ!」



歯ぎしりする魔神をよそに巨大な氷柱はいともたやすく崩れ落ち、その奥から声の主が姿を現した。

グラコス「き きさま あれだけの 攻撃を受けて 何故倒れぬ!」

どこも負傷した様子のない少年に魔神は焦りの顔を浮かべて怒鳴り散らす。

アルス「……お前には わからないだろうね。」

[ アルスは バイキルトを となえた! ]

グラコス「なんだとお!?」

アルス「来い グラコス。お前なんかに もう 剣は 必要ない!」



グラコス「だまれえええい!」



挑発を受け、魔人は怒りに任せて武器を振り回す。

アルス「どうして お前たちが ぼくらに 勝てないか 教えてやろうか!」

それをなんなくかわしながら少年は普段の温厚そうな顔からは想像もできないような鋭い目つきで魔神を睨みつける。

グラコス「だまれ だまれ だまれぃいい!!」



アルス「それは!」



873: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:48:43.15ID:lJAdciEW0

グラコス「ぐうっ…!?」

少年は魔神の振り回す獲物の柄を捕らえ、両手でがっちりと握り締める。

アルス「お前たちには ないものを 持っているからだ!」

そしてそのまま力を込め、いとも簡単に握りつぶしてしまった。

グラコス「わ わが 槍が……!」

アルス「ぼくたちは 一人で 戦ってるんじゃない!」

グラコス「なぜだ! われらとて 徒党を組んでいる!」

間合いを取りながら魔神が叫ぶ。

アルス「分からないだろう! ただ 支配することを望む お前なんかには!」

グラコス「ぐうう こしゃくなあああ!」

武器を失った魔神は遂に己の腕で少年に殴りかかる。

アルス「お前たちになくて ぼくたちにあるもの!」
アルス「それは!」

グラコス「死ねええええ!」



アルス「……それは 絆だ!!」



874: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:50:57.03ID:lJAdciEW0

アルス「おおおおおっ!」



[ アルスは ばくれつけんを はなった! ]



グラコス「ぐっ がっ……!!」



アルス「…ぼくは 負けない!」



グラコス「こ この……!」



アルス「ぼくの 愛する世界のために!」



[ アルスは せいけんづきを はなった! ]



グラコス「げぼおっ…!?」



アルス「ぼくの 愛する人たちのために!!」



グラコス「…き きさまあああああ!」



アルス「……チカラを 貸してくれ!」



[ アルスの せいれいの紋章が かがやきだす! ]



アルス「終わりだ 魔神グラコス!!」



グラコス「ばかな… ばかな…!!」














[ アルスは アルテマソードを はなった! ]



875: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:52:28.72ID:lJAdciEW0

マリベル「はっ… はっ……。」



死闘の末、疲弊した少女は甲板にぺたりと座り込んでしまった。

ボルカノ「ぐうぅ…… ど どうなったんだ!?」

凄まじい光と衝撃に身を屈めていた船長が起き上がり、辺りの様子を窺う。

ボルカノ「っ……!」

しかし彼は絶句した。



*「…。」



そこにはただ荒れ狂う波以外、何も残されてはいなかったのだ。

たった一隻の漁船だけを残して。

ボルカノ「あいつらは……?」

マリベル「やった… やったわ アルス……。」

ボルカノ「マリベルちゃん!」

大きく揺れる甲板を駆け抜け船長は少女のもとへ駆け寄る。

マリベル「あっ… ボルカノおじさま……。」

ボルカノ「大丈夫か!?」

マリベル「あたしは 大丈夫です……。」

そう言うと少女は自分の鞄の中をまさぐり、青い液体の入った一本の瓶を取り出すと、中身を全て飲み干した。

マリベル「ふう……。」

ボルカノ「立てるかい?」

マリベル「ええっ。」

ボルカノ「渦まで 消えちまった……。」
ボルカノ「オレたちは 助かったのか?」

マリベル「……そうみたいね。」
マリベル「いや まだだわ。」

ボルカノ「そうだ アルスは! アルスは どうなったんだ!?」

マリベル「アルス……。」

二人は甲板から辺りの海面を見回す。

*「…。」

しかしどこにも少年の姿は見当たらない。
この荒波の中、視界の悪さゆえに見つからないのか、それともまだ海底で闘っているのか、或いは……。

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「ちと 見張りを 呼んでくる。」

マリベル「ええ……。」

そう残して船長は甲板を降りていった。

マリベル「…………………。」
マリベル「アルス……。」

嵐は少しも止む気配を見せない。それどころか更に風は強くなり、今にも海面から竜巻が巻き起こりそうな様子である。
少女も自力では立っていられなくなり、船の縁に掴まって必死に体を支える。

マリベル「お願い アルス 戻ってきて……!」

すがるような思いで少女は彼から託された真珠を握りしめる。



876: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:54:08.56ID:lJAdciEW0

マリベル「えっ…?」





それは突然の出来事だった。

少女の握っていた人魚の涙が突如強い光を放ち始めたのだ。

そしてそれと同時に船から少し離れた海面上に小さな光の渦が立ち上り始めた。

マリベル「あれは……!!」

ボルカノ「どうした マリベルちゃん!」
ボルカノ「むっ……!?」

その時、甲板から漁師たちを連れて戻ってきた船長が異変に気が付き目を凝らす。

マリベル「ボルカノおじさま! あっちへ!!」

ボルカノ「わかった!」
ボルカノ「全速力で 船を 向かわせる! いいな!」

少女の言葉に返事をすると船長は腹の底から声を張り上げ漁師たちに指示を出した。

*「「「ウスっ!!」」」

持ち場についた漁師たちは激しい揺れをものともせず高波の間を縫いながら船を光の渦へと近づけていく。

マリベル「…………………。」

霞む視界の中、少女は意識を集中させ渦の付近に何かないかと目を凝らす。

[ マリベルのまなざしは うみどり目となって 大空をかけぬけた! ]

しかし探せども探せども少年の姿はおろか、身に着けていた物や道具すら見当たらない。

*「何も 見当たらないっすね……。」

*「下は どうなったんだ!?」

*「アルス~ 生きててくれよ!」

ボルカノ「…………………。」

渦の近くまできても一向に姿を見せない少年に、漁師たちが焦りの色を浮かべて叫ぶ。

マリベル「…………………。」

父親と少女はただ黙って光の中を見つめていた。
しかし二人の表情はどこか確信を得たかの如く、そこに悲観の色はまったく見受けられなかった。

二人は信じていたのだ。

少年は必ず帰ってくると。





そして……


そして何度目かの高波をやり過ごしたときだった。



877: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:55:47.59ID:lJAdciEW0

*「プハアッ!!!」





何者かが海面から飛び出し、再び海中に沈んでいった。

マリベル「……!!」

ボルカノ「今のは!!」

*「……こ ここは!?」

“ザバッ”という音と共にゆっくりと浮上したそれは、状況を確認するように辺りを見渡すと船に気付いてその手を振るう。

光の届かぬ深海の様に黒い髪、傷痕だらけの引きしまった体、光輝く腕の痣、そして何よりも人懐っこそうな笑顔。



マリベル「アルスっ!!」



*「「「うおおおっ!!」」」



それはまさに皆が待ちわびた少年その人だった。

時々迫りくる荒波を呪文でなんとか凌ぎ、体勢を崩しながらもこちらに向かって大手を振っている。

ボルカノ「アルス! いま 助けるからな!」

アルス「……!」

少年は身振り手振りでそれに応えると再び波の回避に意識を注ぎ始める。

*「これを!」

ボルカノ「おう!」

ある程度近づいたところで銛番の男が船長に長い網縄を手渡す。

ボルカノ「それ!!」

アルス「っ!」

マリベル「アルスー! それに つかまって~~!」

少年は投げ込まれた網の端をなんとか掴むと渾身の力で身を手繰り寄せていく。

ボルカノ「それっ 引っ張るんだ!」

*「「「ウスッ!!」」」

漁師たちの力によって少しずつ縄は引き寄せられていき、遂に少年は漁船の側面下までたどり着いた。



878: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:57:06.98ID:lJAdciEW0

アルス「父さん! マリベル! みんな!!」

マリベル「アルスー!!」

ボルカノ「よく 無事で戻った!!」

アルス「敵は倒しました! すぐに 安全な場所へ!」

*「ガッテンだ! いま 引き上げるから 待ってろよ!」

アルス「はいっ!」

ようやく仲間と愛する家族の顔を間近で見られたことの喜びからか、
少年は安堵の表情を浮かべ、すっかり気が緩んでいる様子だった。

マリベル「アルス!」

少女が少年に手を差し伸べる。

“終わったのだ。”

“これで ようやく 我が家に 帰れる。”

そう誰もが確信した時だった。





アルス「かっ…………。」





マリベル「えっ………?」





アルス「ぐ… あっ…… ま まりべ る……。」

マリベル「あ アルス……?」



急に網が軽くなったかと思えば、少年は力なく海へと落ちていった。



879: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 20:58:46.77ID:lJAdciEW0

ボルカノ「アルス!!」



少年の落ちた海面は真っ赤に染まり、いったい何が起きたのか、
そしてその赤が誰のものなのか、その場の全員がすぐに理解した。

*「なっ!!」

*「アルス! おい!!」

マリベル「う うそっ……!」

顔を真っ青にした少女が必死に目を凝らすも、暗く、赤く染まった海面には何も見出すことができない。



マリベル「なにが……。」



そして降りしきる豪雨の中、船から少し離れた海面から、恐ろしい姿をした怪物が、
体に大きな傷を負った新緑の鱗の化け物が、少年を抱えて姿を現したのだった。

グラコス「ぐふ… ぐふふふ……。」

アルス「あ き… さま……。」

少年は背中に突き刺さったままの折れた槍に手をかけながら血まみれの体をばたつかせる。

グラコス「き さまらも みちず れ に……!」

アルス「や………。」

苦しそうに体を動かすも流れ出る血液に意識が遠のいてきたのか、少年の動きは徐々に鈍っていく。

グラコス「と もに し ずもう ぞ。」

アルス「……。」

そしてぐったりとした少年をその腕に抱いたまま、海の魔神は塔すらも呑み込むような高波を巻き起こした。

ボルカノ「あぶねえ!」

*「面舵いっぱい!」

マリベル「そんな!!」

*「おじょうさん 伏せて!」

*「のみ込まれる!!」





マリベル「っああああああ!!」





少女の絶叫と共に再び船は光に包まれた。

その上を、想像を絶する波が覆い尽くしていく。

船も、魔神も、そして少年も。

ボルカノ「ぐうっ……!!」

*「船に つかまれ!」

*「うおおおおっ……!」

すべてを押し流す高波は光の鎧に守られた船すらも揺るがし、その衝撃に漁船アミット号は成すがままに流され続けるのだった。



880: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 21:00:41.61ID:lJAdciEW0

永遠に続くかと思われた高波は遂にその猛威を緩め、船は再び元の荒波の中を進みだした。

*「げほっ… げほっ……!」

長いこともみくちゃにされた漁師たちが、身体を支えきれずに腹ばいになったまま辺りの様子を探る。

*「お 収まったのか……!」

*「こ ここは… いや それより!」



ボルカノ「…………………。」



マリベル「…………………。」



船長と少女はおぼつかない足取りで甲板を歩き回り、あちらこちらで立ち止まっては海を眺めていた。

探しているのだ。

ボルカノ「アルス……。」

マリベル「…………………。」

だが、それらしき影はどこにも見当たらない。

*「そんな 嘘だろ……?」

*「おい そんな… こんなことって……。」

*「ボルカノさん!」

ボルカノ「…………………。」



ボルカノ「……羅針盤は無事か!!」



*「っ…… はい!」

漁師の呼びかけに船長は振り向きもせずに言った。

ボルカノ「急いで ここを 離れるんだ!! すぐに 持ち場にもどれ!!」

*「し しかし……!!」





ボルカノ「…このまま ここで 全員 死ぬつもりか!!」





*「っ……!」

ボルカノ「必ず 生きて 帰るんだ! いいな!!」

*「「「ウスッ……!」」」

船長の有無を言わさぬ言葉に男たちはやりきれない思いを抱えながら黙って持ち場に戻って行く。



881: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 21:02:22.63ID:lJAdciEW0

マリベル「……うそよ。」



ボルカノ「マリベルちゃん……。」

マリベル「待ってて アルス。」

少女は生気の無い顔で呟くとふらふらと船縁へ向かって歩き出す。

ボルカノ「っ……!」

マリベル「…いま そっちに 行くから……。」

ボルカノ「待つんだ!」

少年の父親はすぐに駆けより少女の体を抑え込む。

マリベル「は 離して ボルカノおじさま!」
マリベル「アルスが… アルスが……!」

面を張り付けたような無表情が見る見る絶望に染まっていく。

ボルカノ「きみまで 死んでどうする気だ!」

マリベル「約束したのっ! 死ぬときは 一緒だって!!」
マリベル「あいつ 一人で さよならなんて 認めない!! 絶対に 認めないんだから!!」

そう言って少女は腕を伸ばす。

ボルカノ「きみまで 死んだら 残されたものは どうするんだ!!」

マリベル「知らない… そんなのもう どうだって いい!!」
マリベル「あたしの邪魔をするなら いくら ボルカノおじさまでも!!」

ボルカノ「マリベルちゃん!」

とても華奢な少女の体とは思えないほどの力に大男は身体を引きずられていく。

マリベル「離して! あたしは あいつとの 約束を 果たしに行くのよ!!」



ボルカノ「……あいつなら なんて言うと思う。」



マリベル「えっ……?」

ボルカノ「あいつは いつも きみの幸せだけを 願っていた。」
ボルカノ「きみが 自分の後を 追って 死んでしまったと知ったら あいつは どんな顔をすると思う!!」
ボルカノ「きみを この船に残したのも きみにすべてを 託していたからじゃないのか!」

マリベル「…………………。」

ボルカノ「あいつのことを 思ってくれるなら きみは 生きなければ いけない。」
ボルカノ「生きて 幸せを 勝ち取ることこそが あいつの 願いだ!」
ボルカノ「……違うかい?」

マリベル「…………………。」
マリベル「…アルス……。」
マリベル「うっ… うぐっ……。」



882: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 21:03:10.09ID:lJAdciEW0

少女はその場に座り込むとそのまま泣き崩れてしまった。

激しい雷雨の中、少女の泣き声は風の中にかき消され、ただただ深い絶望が船を支配していった。

海は尚も荒れ狂い、世界の命運をかけた大激戦があったことなどすべて押し流さんばかりに海面を上塗りしていく。

まるで魔神と共に消えた少年をその下に埋めていくように。



こうして深い嘆きを乗せた方舟は帰るべき港を目指し、傷だらけの体を引きずる様にして航行を再開したのだった。



少年という希望を海に残して。





そして……



883: ◆N7KRije7Xs:2017/01/19(木) 21:03:43.61ID:lJAdciEW0

そして 次の朝……。



884: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:02:35.82ID:K4Y9JjXm0

航海二十九日目:



885: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:03:32.34ID:K4Y9JjXm0

どうして。



どうしてなのよ。



あたしたちが何したって言うのよ。



どうして。



神さまは。



あのクソじじいは何をやってたのよ。



ちがう。



あの時あたしはどうして助けられなかったの。



どうして。



どうしてあんたは一人でいなくなっちゃうのよ。



どうしてあたしを置いていってしまったの。



どうしてなのよ。



あたしを一人にしないでよ。



あたしも連れていってよ。










アルス。



886: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:04:44.20ID:K4Y9JjXm0

*「たいへんだーっ!」



*「おおっ どうしたんだ ぼうず。」

ここはエスタード島ののどかな港町フィッシュベル。

まだ日の登りきらない早朝、この閑静な町、
というよりかは村と言った方が正しいだろうか、その港から一人の小さな少年が駆けてくる。

*「あっ よろず屋のおじちゃん! たいへんだよっ!!」

*「わかったから 落ち着け。いったい 何が たいへんなんだ?」

男の子の慌てように訝しげに顔をしかめる万屋の男だったが、次の言葉を聞いた瞬間、みるみるとその血相を変えた。

*「船が……。」
*「船が 帰ってきたんだよ!! しかも ボロボロで!!」

*「な……。」





*「なんだってええええええ!」





眠っていた村の中に男の絶叫が響き渡った。



887: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:07:56.91ID:K4Y9JjXm0

*「なんだなんだ?」

*「船が 帰ってきたって 本当かい!?」

*「おい あれを見ろ!」

*「おおっ ありゃ 間違いなく アミットさんの船じゃねえか!」

*「ま マストが 折れてやがる!」

*「船体も ボロボロだぞ!」

*「こりゃ 大変だ! アミットさんを 呼んでこなくちゃ!」

*「みんな 船を 迎える準備をするんだ!」

*「漁師たちは 無事なのか?」

*「ウチの人は……。」

*「見ろ! みんな 手を振ってるぞ!」

*「ああ 良かった……。」

*「船は ボロボロだけど これなら 魚は 期待できそうだな!」

*「おいっ 板を持ってこい!」

*「やった~! 今日のご飯は お魚だ。」

*「にゃ~ん!」

港はあっという間に噂を聞きつけた村人たちで埋め尽くされていった。
最初こそその船の佇まいに不安がってはいた者の、次第に近づいてくる船に乗組員を見つけると一斉に沸き立ち、
やがて降りてくる者たちをもてなしてやろうと皆が意気込んでいた。



*「おい そこを 通してくれっ。」



そこへ一人の男が端整な顔立ちの妻を連れて港に現れた。



888: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:08:43.45ID:K4Y9JjXm0

*「あ アミットさん! ほら この通り船が!」

“アミット”と呼ばれた男は港の先までやってくると自らの船の有様に目を白黒させる。

アミット「おおっ これは いったい どうしたことだ!?」

*「マリベルは 無事かしら……。」

後ろに立つ妻が心配そうに船を見つめる。

そうこうしているうちに漁船はゆっくりと速度を落とし、遂に船着き場へと滑り込んだ。
投げ込まれた綱を係船柱に結び、陸から板が駆けられ、乗組員たちが降りてくる。

小さく歓声が上がる中、一人の大男が網元の前に歩み寄った。

ボルカノ「アミットさん すまねえ。」
ボルカノ「船が こんなになっちまって……。」

漁師頭は申し訳なさそうに俯く。

アミット「いやいや ボルカノどの それに みんな よく無事で……。」
アミット「そういえば マリベルの姿が 見えんようだが……。」

ボルカノ「それなら……。」

網本の言葉に船長がさっと身を避けると、そこにはひどく憔悴した様子の少女が立っていた。

アミット「おおっ マリベルや!」
アミット「よくぞ 無事に 戻って来てくれたな。」
アミット「マリベル……?」



マリベル「…………………。」



アミット「っ……。」
アミット「疲れただろう。先に 家で 休んでおいで。」

最初こそ娘との再会を喜んだ父親だったが、少女の顔に並々ならぬ事情を感じ取ると、その肩を抱いて妻へと託す。

マリベル「パパ……ママ……。」

*「さっ マリベル。」

マリベル「…………………。」

そうしてふらつく足取りのまま、少女は母に抱えられるようにして自宅へと帰っていってしまった。

アミット「いったい 何が 起こったんじゃ?」

ボルカノ「それは……。」

網本の問いに男が窮した時だった。



*「ちょっと いいかいっ……!」



一人の婦人が人込みを掻き分けて現れた。



889: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:09:30.09ID:K4Y9JjXm0

アミット「おお マーレさんじゃないか。」

マーレ「おはようございます アミットさん。」

ボルカノ「母さん……。」

やって来たのは船長の妻だった。妻は夫と抱き合うと辺りを見回してある異変に気付く。

マーレ「父さん アルスは どうしたんだい?」

ボルカノ「…………………。」

マーレ「父さん……?」

ボルカノ「ちょっと 待ってくれ。」

そう言うと船長は船員たちに向き直る。

ボルカノ「オレはこれから 事情を 説明してくる。」
ボルカノ「みんなは 悪いが 積荷を 降ろしておいてくれないか。」

*「うすっ! 任しといてください。」

*「オレたちも こっちが 済んだら すぐに 行きます!」

コック長「では 始めるとしようか。」

*「「「おうっ!」」」

そう言って男たちは作業に取り掛かり始める。

ボルカノ「すまん みんな……!」

船員たちの気遣いに感謝し、船長は集まった村人たちを見渡して言う。

ボルカノ「…場所を 変えましょう。ここでは 作業の 邪魔になります。」

アミット「うむ。そうしようか。」

マーレ「…………………。」

辺りは妙な緊張感に包まれ静まり返っていた。
これから船長の話すことがいったい何なのか、誰にも想像はついていなかったが、
船の状態からして何かしらの出来事があったことだけは見て取れたようだ。

それでもこの後船長の口から飛び出した言葉に、その場の誰もが絶句することになるのだった。

網元も、村人も、そして少年の母親も。



港には、漁師たちの作業する音だけが、ただ虚しく響いていった。



890: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:10:55.16ID:K4Y9JjXm0

ここはどこかしら。



“マリベル……。”



アルス!?



“マリベル 苦しいよ……。”



待ってて今すぐ助けるわ!



“嘘つき。”



えっ?



“ぼくを 見殺しに したくせに。”



あの時は身体が動かなかったのよ。



“ふんっ もういいよ。”



待って。



“さようなら マリベル。”



待って。



いかないでよ。



あたしを一人にしないでよ。



マリベル「アルスっ……!!」





*「マリベルっ!?」



891: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:12:06.75ID:K4Y9JjXm0

マリベル「はあ… はあ…… あれ…?」



そこには薄桃色の天井があった。

否、正確に言えばそれはベッドの天蓋のようだった。

*「マリベル 大丈夫?」

マリベル「ま ママ……。」

そして自分に声をかける見慣れた顔の存在に、少女はようやく自分が帰って来ていたことに気付く。

マリベル「…………………。」

開いた窓から流れてくる風が、少女のぼんやりとした頭を覚ましていく。

*「……パパから 話は 聞きましたよ。」

マリベル「っ……。」

その言葉に少女は再び現実に引き戻される。

先ほどまでの夢は、決して夢ではなかったのだ。

そう悟った時、いつの間にか涙が勝手に溢れ出し頬を濡らしていった。

*「…………………。」

少女の涙に気付いた母親はその頬を優しく拭って微笑む。

*「……私は 下にいるから いつでも 呼んでちょうだい。」

そうして席を立とうとした時だった。



*「っ………。」



不意に服の袖を掴まれその動きは止められた。

マリベル「…………………。」

少女は黙ったまま顔を見ようとはしない。

*「マリベル。」

そんな少女を胸に抱き、母親は少女の頭をゆっくりと撫でる。

*「悲しかったわね……。」

マリベル「ママ………。」

*「ほんとうに 辛かったでしょう。」

マリベル「…うん……。」

*「辛いときは 泣いてスッキリ しなさいな。」

マリベル「……く……ぅう……。」

*「おかえりなさい マリベル。」

少女はあふれ出る感情を爆発させわんわんと泣き始めた。
その悲鳴のような泣き声が、開け放たれた窓を飛び出して静まり返った町へと響いていく。

そしてそれは、漁師たちの話が嘘ではなかったことを、人々へと報せたのだった。



“もう、少年は帰らないのだ”と。



892: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:15:37.29ID:K4Y9JjXm0

少年が海に消えたという知らせは瞬く間に島中に広まった。
かつて世界の平和に湧いたことなどすっかり忘れてしまったかのように人々は沈み、町は死んでしまったかのように静まり返っていた。

ある者は静かに涙し、ある者は憤りに足を踏み鳴らし、ある者は嘆き顔を覆った。

そして今、この国に最近王女として迎え入れられたばかりの娘は、噂を聞きつけ、少年の自宅まで文字通り“すっ飛んで”きていた。

すべてはことの真相を両親に直接確かめるため。

ボルカノ「…………………。」

アイラ「そう ですか……。」

それ以上の言葉は出てこなかった。

にわかには信じ難い話だった。

神と、そして精霊の加護を受けるあの少年が、あの魔王をも打ち倒してしまうほどの少年が、こうもあっさりと消えてしまうものかと。

だが彼の両親の表情を見た瞬間、王女はすべてを察してしまったのだ。



“この二人の言っていることは嘘ではない”と。



ボルカノ「わざわざ すみません アイラさん……。」

すっかり言葉を失ってしまった王女へ気を利かすように少年の父親が紅茶を勧める。

アイラ「……ありがとう ございます…。」

その時王女は気付いてしまった。

気丈に振舞っているように見えるこの男の手が、小さく震えているのに。

アイラ「……っ。」

そしてそれを受け取り膝に抱える自分の手も、また、震えていることに。

アイラ「……いただきます。」

そうして王女が気を落ち着けようと紅茶を一口飲み込んだ、その時だった。



893: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:16:38.19ID:K4Y9JjXm0

*「アルスの父ちゃん 母ちゃん!」



一人の小柄な少年が家の中に転がり込んできた。

アイラ「ガボっ!?」

ガボ「う 嘘だよな……?」

“ガボ”と呼ばれた元狼の少年は三人の顔を見合わせると震える声で尋ねた。

ガボ「アルスが 死んじまったなんて 嘘に決まってるよなあっ!?」

アイラ「ガボ……。」

ガボ「なあ こたえてくれよ…… き きっと どっかに 隠れてるんだろ!? なあ!!」

狼の少年は床に手をついて命を乞うかのように少年の両親を交互に見つめる。

ボルカノ「ガボくん… アルスは……。」

マーレ「…ううっ………。」

ガボ「…そんな……。」

言葉に詰まる父親と堪え切れずに涙をこぼす母親。

それがどういう意味を持っているかなど、今の彼には十分に理解できたらしい。

否、理解できてしまったのだ。

狼の少年はその場に力なく座り込むと、まなじりを涙でいっぱいにしながら言った。

ガボ「ウソだ…… そんなの嘘だ……っ!」
ガボ「オイラは 信じない! アルスが 死んじまったなんて 信じてやるもんか!!」

アイラ「ガボっ……!」

一粒、また一粒涙をこぼしていく少年を胸に抱き、王女は瞳を閉じる。

アイラ「泣いちゃダメよ ガボ。」

ガボ「…わ わかってらいっ!!」

優しく頭を撫でる王女にぶっきらぼうに返しながら狼の少年は目元を拭う。

部屋には狼少年の鼻をすする音と、船長の妻のむせぶ声だけが木霊していた。



894: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:18:45.74ID:K4Y9JjXm0

アイラ「…席を 外しましょう。」

王女はそう言って少年を促すと出口へと向かって歩き出す。

ボルカノ「……よかったら マリベルちゃんに 顔を見せてあげてください。」

その時、船長が二人へ向かって声をかけた。

アイラ「ええっ もちろん そのつもりです……。」

ガボ「マリベル 元気ないのか……?」

ボルカノ「ああ……。」

ガボ「…そっか。じゃあ オラたちが 元気づけて やらないとな。」

ボルカノ「よろしくお願いします。」

アイラ「はい 失礼しました。」

一つ頷くと今度こそ王女は狼の少年を連れて家を出ていった。

ボルカノ「…………………。」

マーレ「ああっ アルス……!」

二人がいなくなったのを境に少年の母親は声を出して泣き始めてしまった。

ボルカノ「母さん……。」

夫はそんな妻の肩を抱き、黙ってその背中を擦る。

悲しみに暮れる彼女にしてやれることは、今はこれしか思いつかなかったのだ。

だが男は泣かなかった。

“泣いてしまえばどんなに楽になれるだろうか”

“しかし今自分が泣いてしまえば、いったい誰が妻の涙を拭ってやれるのか”

そんな思いが男の眼を乾かしていくのだった。

ボルカノ「母さん すまない。」

そう言うのが精一杯だった。

マーレ「…父さんの せいじゃ ありませんよ。」
マーレ「それに…… あの子は みんなを 助けようと 自分から 飛び込んでいったんだろう?」
マーレ「……あたしゃ あの子のこと 誇りに思うよ。」

ボルカノ「母さん……。」

マーレ「あんた…… よく 帰って来てくれたね……。」

ボルカノ「マーレ……。」

男は強く妻の体を抱きしめる。

こうして愛する妻に再会できたのも、すべて息子が身を賭して自分たちを守ってくれたからだったのだと、男は酷く実感する。

それと同時に張り裂けそうな胸を上ってくるかのように喉の奥が熱くなり、口の中はカラカラに乾いていく。



未だ衝撃に揺れるこの小さな漁村の中へ、声にならない叫びが響いていった。



895: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:19:25.69ID:K4Y9JjXm0

“ゴンゴンゴン”



金属と木材を打ち合う重たい音が鳴り響く。

アイラ「ごめんください。」

少年の家を後にした二人は少女の家の前へとやってきていた。

*「…………………。」

しかし呼び掛けても返ってきたのは静寂。

ガボ「…………………。」

アイラ「……日を 改めましょうか?」

そう言って王女が狼の少年の手を引いた時だった。



*「……は~い。」



重たい扉が“ギギギ”と音を立て、中から若い娘が顔を見せた。

アイラ「あ こんにちは。」

*「まあっ アイラさまに ガボさんじゃないですか。」

屋敷の使用人は突然の来客に驚いた様子で言った。

ガボ「ですだよの ネエちゃん マリベルいるか?」

*「おじょうさまなら お二階に いらっしゃいますだよ。」

アイラ「わたしたち マリベルさんの お見舞いに来たんです。」

*「まあ! それなら どうぞ おあがりくださいだよ。」

使用人の娘はそう言うと扉を開けて二人を中へと通すのだった。



896: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:20:35.66ID:K4Y9JjXm0

*「だんなさま アイラさまと ガボさんが お見えですだよ。」

使用人の娘は入って左の部屋を開けると、そこにいる屋敷の主人に来客を告げる。

*「……はいっ。」
*「こちらですだよ。」



アミット「おおっ アイラさまに ガボくん よくぞ お訪ねくださいました。」



しばらくして一人の男が使用人に連れられ二人の前に現れた。

アイラ「ご無沙汰しております。」

アミット「お二人が こちらに いらしたということは もう既に 話が伝わっているのでしょう。」

アイラ「ええ。それで マリベルさんの お見舞いをと思って……。」

アミット「ありがとうございます。」
アミット「娘は 二階にいますから どうぞ 顔を見せてやってください。」
アミット「ただ……。」

そう言って少女の父親は顔を伏せる。

アイラ「ただ……?」

アミット「会ってくれるかどうか……。」

ガボ「マリベル そんなに 具合悪いのか?」

狼の少年が心配そうに顔を曇らせる。

アミット「なにせ アルスとは 小さい頃からの 仲でしたからな。」
アミット「それに 彼は 娘の目の前で 魔物に……。」

父親は俯いたまま首を振る。

アイラ「……そうですか。」

ガボ「……行こうぜ。アイラ。」

アイラ「ええ……。」

少年は険しい顔のまま王女の腕を引っ張り、二階を目指して階段を上っていく。

アミット「…………………。」
アミット「マリベル……。」

少女の名を呼ぶ声が広間の中へ消えていく。

二人を見送った父親は何もしてやれない自分を歯がゆく思いながら居間へと戻っていくのだった。



897: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:21:37.36ID:K4Y9JjXm0

“コンコンコン”



少女の部屋の前までやってきた二人は装飾の施された品の良い扉を軽く叩いた。

*「…………………。」

しかし返ってきたのはやはり静寂。

アイラ「眠ってるのかしら。」

ガボ「…………………。」

少年は黙ったままじっと扉を見つめている。

アイラ「……今日は やめておいた方が いいかしらね。」

そう言って王女が踵を返した時だった。



*「はい……。」



静かに扉が開かれ、中から若々しい婦人が顔をのぞかせる。

アイラ「あっ……。」

*「まあっ アイラさまに ガボさん!」

婦人は二人の姿を見ると驚いたように口元を抑える。

アイラ「こんにちは。マリベルさんは いらっしゃいますか?」

*「ええ いるには いるのですが……。」

ガボ「オイラたち マリベルの オミマイにきたんだ。」

*「そうでしたの…… でも 今は ちょっと 会わせられるような 状態じゃ ありませんわ……。」

少年の顔を見つめ、網元夫人は申し訳なさそうに言う。

アイラ「そう ですか……。」

*「ごめんなさい。また こちらから 顔を出させますから 今日の所は お引き取り くださいませんか。」

アイラ「わかりました。」

*「王様やリーサ姫にも どうぞ よろしくお伝えください。」

アイラ「ええっ もちろんです。」
アイラ「さっ ガボ 行きましょ。」

そう言って王女は狼の少年の肩に手を置く。

ガボ「…………………。」

アイラ「……ガボ?」



898: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:22:21.58ID:K4Y9JjXm0

ガボ「マリベルー! オイラだ! ガボだよ!」



何を思ったのか、それまで微動だにしなかった少年が突然扉を強く叩き、
中にいるであろう少女に向かって大声で呼びかけたのだった。

アイラ「ちょっと ガボっ!!」

思いもよらぬ行動に王女は慌てて少年を制止しようとする。

ガボ「マリベルっ! 本当のこと おしえてくれよ!」

*「ガボさん おやめになって……。」

渋る少年に少女の母親が困ったように言う。

ガボ「マリベルの母ちゃん……。」

*「今 あの子は ぐっすり眠っているの。」
*「だから 起こさないであげて…。」

ガボ「……わかった。」

少女の母親の哀しそうな顔を見て少年も観念したらしい。俯いてそのまま階段を降りようと歩き出した。

その時だった。



*「ママ。」



扉の奥から声が響く。

*「マリベル? あなた 起きて 大丈夫なの!?」

その声の主に母親は驚いて呼びかける。

*「あたしは 平気よ。それよりも 二人を 通して。」

*「でも あなた まだ……。」

*「いいから。」

*「…………………。」

有無を言わさぬ物言いに母親は少しだけためらう様子を見せたが、少し考える素振りをしてから扉の前を開けた。

*「……どうぞ。」

アイラ「……失礼します。」

少女の母親に促され、二人はゆっくりと扉を開いた。



899: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:24:59.69ID:K4Y9JjXm0

マリベル「…………………。」



少女は自分のベッドに上半身だけを起こして座っていた。
その顔は天蓋から垂れた幕で隠され見えないが、開け放たれた窓の向こうを眺めているのはわかった。

アイラ「マリベル……。」

マリベル「…………………。」

アイラ「……マリベル わたし なんて言ったら いいか……。」

マリベル「いいのよ アイラ。」

ガボ「マリベル!」

狼の少年は少女の姿を見つけるなりその横まで詰め寄り問うた。

ガボ「なあ マリベルなら 本当のこと 知ってるんだろ!?」

マリベル「…………………。」

ガボ「アルスが 死んだなんて ウソだよなぁ? なあ!」
ガボ「教えてくれよ! アルスは どこにいんだ!!」

アイラ「ガボ……っ!」

最後の希望にすがりつくように、少年は少女のベッドに両手をついて少女の顔を窺う。

マリベル「……嘘なんかじゃないわ。」

しかしその希望は脆くも崩れる。





マリベル「アルスは… あいつは もういないのよ!!」



900: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:26:11.55ID:K4Y9JjXm0

ガボ「っ……!!」

声を荒げて振り返った少女の顔を見て少年は言葉を失う。
生気のない白い顔、頬に残った涙筋、目の周りにできた真っ黒な隈。

マリベル「…………………。」

それは以前の少女を知る二人からすればとてもではないが直視できるような状態ではなかった。

アイラ「っ……。」

マリベル「助けられなかった…… あたしの目の前で あいつは……。」

アイラ「マリベル あんまり 自分を責めちゃ……。」

マリベル「どうしてなの?」

虚ろな瞳はもはやどこを見ているのかもわからなかった。

アイラ「…………………。」

マリベル「約束したのに。」
マリベル「ハーブ園に行って 温泉に行って お買い物して。」
マリベル「……パパとママに会って話すって 約束したのに……。」
マリベル「一緒に 幸せになろうって 約束したのに……。」
マリベル「愛してるって… そう 言ってくれたのに……。」

アイラ「マリベル……。」

マリベル「…どうして あたしを 置いていっちゃったのよ……。」

抑揚のない声で少女は独り言のように呟き続ける。

ガボ「…………………。」

その異様な姿に少年は底知れぬ恐ろしさを感じ、ただ固まってその様子を見つめることしかできなかった。

マリベル「…またいつか 漁に連れてってくれるって 約束したじゃない。」
マリベル「あたし 一人で… どうやって 幸せになれって言うのよ……。」
マリベル「アルス……。」

不意に少女はベッドから降りると、おぼつかない足取りで窓際へと向かっていく。

アイラ「っ……!!」

マリベル「ねえ……。」
マリベル「あたしも 連れてってよ……。」

そう言って少女が窓枠に手をかけ、身を乗り出そうとした時だった。



アイラ「マリベルっ!!」



マリベル「っ……!?」





乾いた音が響き渡った。



901: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:27:11.89ID:K4Y9JjXm0

マリベル「な…… 何するのよっ!!」

赤くはれた頬を抑えて少女が怒鳴り散らす。

アイラ「あなたが そんなんで どうするのよ!」

王女はそんな少女の肩を両手で掴む。

マリベル「……!」

アイラ「今のあなたを 見たら アルスは なんて思うかしら?」

マリベル「そ それは……。」

すっかり生きる気力を失い抜け殻の様になってしまった自分を見て彼は何と言うか。
脳裏をよぎった少年の悲しそうな顔に少女は返す言葉を失くして立ち尽くす。

アイラ「…愛する人を思うなら その人の分まで 生きてみせなさいよ!」
アイラ「アルスの分まで 幸せになってみせなさいよ!」

マリベル「…………………。」
マリベル「アイラ… あたし……。」

そう言って俯く少女の肩は、小さく震えていた。

アイラ「…ごめんなさい。少し 強く言い過ぎたかしらね。」

バツが悪そうに視線を逸らすと王女は扉に向かって歩き出す。

アイラ「また 来るわ。今度は おいしい 果物でも 持ってくるからね。」

それだけ残して部屋を出ていってしまった。

マリベル「あっ……。」

引き止めようとした背中は既になく、部屋には狼の少年と少女だけが残された。

ガボ「…………………。」

少年は王女の剣幕に圧倒されしばらく黙り込んでいたが、難しい顔をして腕を組むと独り言のようにつぶやいた。

ガボ「オラは 信じないぞ。」
ガボ「あの アルスが そう簡単に くたばるはずがないんだ……!」

そう言うと、王女の後を追うように部屋を後にした。

マリベル「…………………。」

たった一人になった部屋の中で少女は俯いたまま黙り込んでいたが、
やがて脇に置かれた化粧台へと座るとそこに置かれた真珠の垂れ飾りを手に取り、それをゆっくりと握り締めた。



マリベル「……形見だなんて 言わないわよね。」



902: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:28:03.40ID:K4Y9JjXm0

*「キャプテン・シャークアイ!」



シャーク「何か 進展はあったか?」

*「いえ それが……。」

シャーク「そうか……。」

その頃、エスタード島のはるか南西では巨大な双胴船が、あるものを探して嵐の去った海原の上を彷徨っていた。

カデル「…本当に どこに 行ってしまわれたのでしょう。」

副官が腕を組んで唸る。

シャーク「……わからん。」

ボロンゴ「あの アニエスさまが 誰にも 何も告げずに いなくなってしまうなんて……。」

すっかり気落ちしてしまった部下の男が肩を落とす。

シャーク「もう 丸一日になるか……。」
シャーク「……だが 妻は 必ず帰ってくるだろう。」

そう言って総領は力強い眼差しで遠くの海を見つめる。

カデル「そうでしょうとも。アニエスさまが あなたを 置いて 消えるはずが ありませんからな。」

シャーク「はっはっは! そう言われると 少し 気恥ずかしいがな。」

副官の言葉に高らかに笑うと、総領は報告に来た男に向き直り指令を出す。

シャーク「……さて すまないが もう少し この辺りを 探してくれないか。」
シャーク「もし 危険な目にあっていたら 取り返しが つかないからな。」

*「はっ。」

シャーク「アニエス… いったい どうしたというんだ。」

カデル「昨晩の 嵐も 気になりますね。」

シャーク「うむ。」
シャーク「……まさかとは 思うがな。」



903: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:29:19.48ID:K4Y9JjXm0

一方、少女の家を後にした王女と狼の少年は当てもなく村の海岸を歩いていた。

アイラ「マリベル 早まったことしないと いいんだけど……。」

王女が曇り顔で足元を見つめる。

ガボ「オラ マリベルの あんな顔 初めて見たぞ……。」

すっかり元気を失くしてしまった少年が項垂れてぼやく。

アイラ「無理もないわ。」
アイラ「せっかく 結ばれたと 思った矢先に これだもの。」
アイラ「……ふだんは 強がってみせてるけど あの子も やっぱり 女の子なのよ。」

王女は少女の家の開け放たれた窓を振り返り大きなため息をつく。

ガボ「でも よお。」
ガボ「……みんなは ああ言ってるけど オイラには アルスが 死んじまったなんて やっぱり 信じられないぞ。」

そう言って少年は鼻息を荒くして王女の顔を見上げる。

アイラ「……わたしもよ。あの アルスが 魔物ぐらいに やられるわけがないわ。」
アイラ「それに 彼には 水の精霊の加護が あるじゃない。」

ガボ「……そうだよなっ!」

水平線の彼方を見つめる王女の言葉に後押しされ、その顔は徐々に明るさを取り戻していく。

アイラ「……ねえ ガボ。あなた この後 暇かしら?」

ガボ「ん? おう 暇だぞっ!」

動物たちと戯れるのが仕事の彼にとってはいつだって忙しいと言えば忙しく、暇と言えば暇なのであった。

アイラ「それなら メルビンのところへ 行ってくれないかしら?」

ガボ「メルビン?」

アイラ「わたしは バーンズ王や リーサに 事情を 説明してこなくちゃ いけないから 動けないのよ。」
アイラ「だから ね 代わりに 行ってくれないかしら。」

ガボ「そっか。メルビンは まだ このこと 知らないんだもんな……。」

アイラ「お願いできる?」

ガボ「おうっ 任しとけ!」

しばらく腕を組んで難しそうな顔をしていた狼の少年だったが、王女の事情を察してか、
それとも単純にあの好々爺に会いたくなっただけなのか、一つ大きく頷いて応えてみせるのだった。

アイラ「それじゃ 頼んだわよっ!」

それだけ残すと王女は光の軌跡を描いて城の方へと飛んでいってしまった。

ガボ「さてっと。えーと 天上の神殿は……。」
ガボ「……よしっ!」

そして少年も王女の後を追うようにして転移呪文を唱えると、
空に浮かぶ摩訶不思議な神殿を目指して天高く舞い上がっていったのだった。



904: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:31:12.06ID:K4Y9JjXm0

アミット「おお マリベル もう 起きて 大丈夫なのか?」



日も沈み始めた頃、少女は両親のいる居間へと降りてきていた。

マリベル「ええ……。」

*「マリベル。少し 顔色が 良くなったかしら?」

母親が少女の顔を覗き込みながら心配そうに言う。

アミット「まあ マリベル こっちに 座りなさい。」

そう言って父親は席を引くとそこへかけるように促す。

マリベル「…………………。」

少女は黙ったままそこへ腰かけ、二人の顔を交互に見る。

アミット「マリベル。何はともあれ よく 戻ってきてくれた。」
アミット「さぞかし たいへんだったことだろう。」

少し間を置いてから父親が少女に労いの言葉をかける。

マリベル「うん……。」

アミット「……アルスのことは 聞いたよ。」

マリベル「…………………。」

アミット「……今は 辛いだろうが いつか きっと お前のことを 理解してくれる 良い人が 現れるはずだ。」
アミット「だから どうか 元気を 出しておくれ……。」

父親は自分の言葉が少女にとって何の慰めにもならないことなどわかっていたが、それでも言葉をかけられずにはいられなかったのだった。

マリベル「…………………。」
マリベル「あたしは 大丈夫よ パパ。」
マリベル「それにね……。」

アミット「…………………。」

マリベル「どんなに 離れていても…… アルスは いつも ここにいるわ。」

そう言って少女は胸に光る真珠の垂れ飾りを握りしめ、祈る様に目を閉じる。

*「マリベル……。」

その顔には先ほどまでの悲壮感は見当たらず、まるで静かに幸福を称えているかのようであった。



マリベル「そういえば……。」



するとふと思い出したように眼を見開き、少女は二人を見つめる。

マリベル「船の中に 三毛猫が いなかったかしら?」

アミット「ん? ああ それなら さっき その辺りに いた気がするが……。」

マリベル「ねえ その子 うちで 飼ってもいいかしら?」

アミット「あ ああ…… いいよ。」

“そんなことで娘の気が晴れるなら”

そんな親心から父親は二つ返事でそれを了承する。

マリベル「うふふっ ありがと パパ!」

そう言うと少女は席をたち、外へ向かって飛び出していってしまった。



905: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:33:18.89ID:K4Y9JjXm0

*「マリベル……。」

アミット「…まさか あの子が あれほどまでに アルスのことを 想っておったとはな……。」

少女の出ていった部屋の中で両親が重たい口を開く。

*「あなた…。」

アミット「ああ。あの子の 傷が 癒えるまで 縁談は すべて 断ろう。」

*「いいんですね?」

アミット「うむ。きっと それが あの子のためだ。」
アミット「自分の未来は 自分で決める……。あの子は 必ず 自分で 幸せをつかみ取っていくだろう。」

*「……そうですわね。」

その時だった。



マリベル「パパ ママ この子よっ。」



少女がそう言って腕に何かを抱え戻ってきた。

*「まあっ!」

アミット「これは 珍しい。三毛猫な上に オスなのか……!」

二人は少女の腕の中でおとなしくしているそれの下腹部を見て驚く。

マリベル「トパーズって 言うのよ。」

トパーズ「ナ~オ。」

少女の紹介を受けてか、まるで挨拶をするように三毛猫は二人へ一鳴きした。

マリベル「この子はね あたしたちの 船の お守りだったの。」

アミット「それは それは 娘が世話になったな。ええっと……。」

*「トパーズちゃんね。ウチにも 一匹 ネコちゃんが いるのよ~。」

咄嗟に名前の出てこない夫に代わって少女の母親が三毛猫の鼻先を撫でて微笑む。

アミット「おお そうそう トパーズだったな。ようこそ わが家へ。」

トパーズ「なう~。」

*「…この子も きっと いろんなものを 見てきたんでしょうね。」

マリベル「あら 聞きたいかしら? 今回の旅の話。」

母親の言葉に少女は“待ってました”と言わんばかりに目を細める。

アミット「おおっ そうだったな。」

マリベル「さて 何から 話したもんやら……。」

アミット「……時間は たっぷり あるんだ。」
アミット「聞かせておくれ。お前の見てきたものを。」

忌まわしい記憶を思い出させるようなことはしたくないという思いから聞くのをためらっていた父親だったが、
少しでも娘と気持ちを分かちやってやりたいという気持ちから、ゆっくりと息をつき、少女の声に耳を傾けるのだった。

マリベル「ふふっ そうね~……。」



*「あ~っ マリベルおじょうさま! わたしにも お土産話 聞かせてほしいですだよっ!」



906: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:34:48.61ID:K4Y9JjXm0

その時偶然料理を運んできた使用人の娘が慌てて部屋へと駆けこんで来る。

マリベル「もう しょうがないわね~ 早く こっち 座んなさい。」

*「あっ 少しお待ちを! すぐに お料理 持ってきますから!」

マリベル「うふふっ 急いでらっしゃい。」

*「ありがとうございますだよっ!」

そう言うと娘はどこかで出会った金属の魔物よろしく目にも止まらぬ速さで夕食の仕度を整え、あっという間に席へと着いたのだった。

*「お待たせしました!」

マリベル「それじゃ 最初から 話そうかしら。」
マリベル「……あれは 最初に寄った コスタールの町だったわ。あの時 偶然……。」



その日、網元の家には一か月ぶりに可憐な花が咲いた。

それは小さくて可憐な、今にも枯れてしまいそうな儚いものだったが、たしかにそこには笑顔が咲いていた。

少年との思い出を一つ一つ言葉にするたびに少女の心はちくりと痛む。

それでも少女は笑ってみせた。



“幸せになる”



それが命を賭して少女を、世界を守った、愛する者の願いだったから。



907: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:37:36.56ID:K4Y9JjXm0

そうして夜は更け、どよめきに揺れた町も静寂を取り戻していった。

家々から漏れるろうそくの光が一つ、また一つ消え、悲しみに暮れる人々を優しく包み込むように闇が町を染めていく。

いつしか町が眠りについた頃、波の音がやけにうるさく聞こえる海岸で、野良猫たちが満天の星空にぽっかりと浮かぶ月を静かに見上げていた。

船出の日と同じ丸い月が、ゆっくりと西の海へと落ちていく。



まるで水面に映った自分に吸い寄せられるように。





[ 航海二十九日目:(無題) ]



908: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:39:14.82ID:K4Y9JjXm0

最終話



909: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:41:59.44ID:K4Y9JjXm0

“お月さまは とても うぬぼれや。
ある日 海にうつった 自分の顔に
みとれて タメイキ ついたとさ。”

“ああ!こんな美しい人に
会ったのは 初めてだ!
ぜひ もっと お近づきになりたい!”

“そう言うと お月さまは
どんどん どんどん 海のほうへと
どんどん どんどん 降りていった。”

“そうして はっと 気がつけば
お月さまは 海の底。
もう お空には 帰れない。”

“あわてた 天の 神さまは
もひとつ 月を お作りに。
新しいお月さま 空の上でピカリ。”

“海の底の お月さま
今じゃ 人魚に かこまれて
かなしく ピカリと 光ってる。”



910: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:43:34.00ID:K4Y9JjXm0

ねえアルス。



元気してるかしら。

あたしは元気にしてるわよ。

あんたが行方不明になったって報せはすぐに島中に広がったわ。

ううん。それどころじゃない。

2、3日もたたないうちにあっという間に世界中に広まったみたい。

おかげさまでこっちは大変よ。

毎日のようにウチにはあたしとお見合いしようって連中が押しかけてくるんだからいやんなっちゃうわ。

幸いパパとママが門前払いしてくれてるからなんとかなってるけど、
そのうち力に任せて押し入ってくる奴が現れるんじゃないかって、ちょっと不安だわよ。

まっ、そんなやつがいたらこのあたしがコテンパンにしてやるんだけどね。



そんなあたしは毎日浜に出て海の様子を見てるわ。

あんたが打ち上げられてクラゲみたいに干からびてないかってね。

感謝しなさいよね。



それからあたしはずっと考えてたの。

あなたのためにできることは何かってね。

それでさ、これまでの旅のことを思い出してたんだ。

たぶん、そうね。

あたしはあんたが漁に出ている間、きっと暇を持て余すだろうから、あっちこっちに行って世界の様子を見ることにしたの。

もしかしたらまたどこかで魔物に苦しんでる人たちがいるんじゃないかって思ってね。

だって、もしまた魔王みたいなやつが現れたら、せっかく取り返した平和がおじゃんじゃないのよ。

そんなことさせないわ。

あんたと手に入れた世界は、あたしが守ってみせる。



だから、だから早く帰ってきなさいよ。

アルス。

今どこにいるの。



会いたいよ……。



911: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:45:10.18ID:K4Y9JjXm0

息が苦しい。



*「…………………。」

どうやらこいつは完全に死んでしまったらしい。

だがこの腕から逃れようにも体はまったく動かない。

ぼくはこのまま死んでしまうのか?

“マリベル”

彼女のためにも必ず生きて帰らねば。

*「ゴボッ……。」

意識が遠のく。

なにかがぬけていくようだ。



ダメだ、いしきを失っては。

ぼくは かえるんだ



だめ……



ま りべ



912: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:46:16.19ID:K4Y9JjXm0

*「……あなた!」



*「ほ 本当か!」

*「ええっ 私たちの子ですよっ!」

*「そうか…! ついに……!」

*「ちょっと あなたったら くるしいわ……。」

*「はっはっは! いいじゃないか!」

*「もう……。」

*「まったく 今日ほど 神に感謝した日は ないだろう!」

*「うふふっ おおげさなんだから。」

*「いや これを神からの授かりものと 言わずして 何と言うんだ。」

*「そうね… きっと 私たちの 愛の結晶ね。」

*「むっ……。」

*「いやだわ あなたったら そんなに 赤くなって。」

*「……時々 お前には 敵わないと 実感させられるよ。」

*「ふふっ。それよりも この子が 産まれたら なんて 名前を 付けましょうか?」

*「そうだな……。」
*「きっと この子は 神に愛された子だ。」
*「ならば かの伝説の名に ちなんで……。」

*「あらあら あなたったら あいかわらず ロマンチストね。」

*「なっ…… べ 別のにしたほうがいいか?」

*「いいえ。素敵だと 思うわ。」
*「……この子は きっと みんなから 慕われるわ。」
*「そして いつか 本当のおとぎ話の英雄みたいに この世界を 救って 私たち一族を 導いていくかもしれないわね。」

*「……そうだな。」
*「よし 決まりだ。もしも 男の子なら この子の名は……。」


…………………



913: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:47:08.59ID:K4Y9JjXm0

*「……っ!」



*「……あんたっ!」

*「生まれたのか!!」

*「そうだよ あんた。」
*「ほらっ この通り よく眠ってるよ。」

*「お おお……!!」

*「ほら 起きて ぼうや。父さんが 帰ってきたよ。」

*「…………………。」

*「おほっ! はじめまして 父さんだぞ~。」

*「……ぅ おぎゃあああああ!」

*「うおっ!?」

*「あらあら あなたの顔をみて 泣き出しちゃったわね。」

*「う ううむ……。」

*「おお よしよし 怖くないよ~。」

*「ちと ショックだな……。」

*「ほらほら あんたも そんなに 落ち込まないで。すぐに 慣れますよ。」

*「……でも よかった。」

*「うん? どうしたんだい?」

*「こんなに 早く 生まれてきたってのに 元気そうじゃねえか。」

*「あたしも ビックリだよ。まさか 6か月で 生まれてくるなんてねえ。」
*「でも ほら この通りさ。」

*「だぁ……。」

*「きっと あたしたちが 早く 会いたいって 思ったからじゃないかい?」

*「そのわりに オレの顔見て 泣き出したじゃねえか……。」

*「まあまあ。」

*「……ん?」

*「どうしたんだい?」

*「ウデのこれは アザか?」

*「そうなんだよ。お腹の中で ぶつけちゃったのかねえ。」

*「ううむ…… しかし 不思議な形を しているな。」

*「……きっと 神さまが おまじないでも かけてくれたんですよ。」

*「……そうかもな。」

*「そうそう まだ 名前を考えてなかったね……。」

*「むっ あんまり 早いもんだからな。」

*「……そうだねえ。きっと この子は あんたを 超える 立派な 漁師になるはずだよ。」

*「まあ オレの跡を 継ぐか どうかは わからないが きっと この子は 何か大きなことをしそうな 気がする。」
*「……海の生き物を 導いていく 潮の流れみたいに な。」

*「流れ ねえ。そうだね それが いいかもしれないね。」

*「ああ この子の名前は……。」



…………………



914: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:49:43.11ID:K4Y9JjXm0

*「ぐ うう……。」
*「今のは… 夢……?」

少年が目を覚ますとそこには不思議な景色が広がっていた。
一面を覆い尽くす白い霧のような絨毯、見上げれば何もない青、そしてポツンと佇む小さな屋敷。
そこはまるで以前に謎の石版に導かれてやってきたあの世界のようだった。



*「なんと また 来てしまったのか アルスよ。」



混乱する頭を抱えてしばらくその景色に見入っていた少年だったが、不意に後ろから声をかけられ慌てて振り向く。

アルス「か 神さま!? では ここは……。」

神「うむ。まあ お前さんたちの 言う あの世ってところじゃのう。」

神と呼ばれた感じの良さそうな老人は髭を擦りながら言った。

アルス「つまり… ぼくは……。」

神「ご苦労じゃったな アルスよ。」

少年の言葉を遮って老人は労いの言葉をかける。

アルス「…………………。」

神「そなたの 決死の覚悟によって 世界は再び 救われたのじゃ。」

アルス「……見ていらしたんですか。」

少年は俯いたまま尋ねる。

神「左様。グラコスは 二度と 復活せんよ。」

アルス「そうですか……。」

神「どうじゃ アルスよ。このまま ここで ワシと共に 世界を見守っていかんか?」

アルス「……ぼくは…。」

神「ふむ。まあ そう 焦らんでもよい。」
神「時間は たっぷり あるんじゃからのう。」

そう言って神は柔らかく微笑む。

アルス「そ そうだ…! マリベルは! 父さんたちは 無事なんですか!?」

神「……もちろんじゃよ。あの娘は そなたとの約束を果たし 見事に 仲間たちを 守ってみせたぞい。」

アルス「そうですか……!」

神の言葉に少年は握り拳をほどき、そっと胸を撫でおろす。



915: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:50:25.91ID:K4Y9JjXm0

神「じゃがのう……。」

しかし神の顔は浮かない。

アルス「……?」

神「かわいそうな子じゃ マリベルは……。」
神「そなたが いなくなってしまったことに 深く傷ついておる。」

アルス「ぐっ……。」

最後に見た彼女の顔が鮮明に浮かぶ。

あの絶望に染まった顔が。

神「家族や仲間の前では 立ち直って 元気なフリを しておるがのう。」
神「……吹っ切れるかどうかは ちと わからん。」

アルス「マリベル……。」

神「残念じゃが ワシが 彼女に してやれることは 何もない。」

神は首を振って項垂れる。

アルス「そんな……。」

神「彼女を 信じて待ってやるんじゃ。」

アルス「マリベル…!!」



“成す術もない”



その残酷さに打ちひしがれ、少年は膝をついて雄たけびをあげる。



神「…………………。」



916: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:51:49.40ID:K4Y9JjXm0

だが次に飛び出したのは意外な言葉だった。



神「会いたいかの?」



アルス「っ……!!」

神「生きて あの子を 幸せにしてやりたいかの?」

アルス「ぼくは……っ!!」

少年は立ち上がり、強い眼差しで神を見つめた。

神「……されば 願うのじゃ。」
神「お主は まだ 完全に死んでなど おらん。」

アルス「っ!?」

その言葉にわけがわからなくなり、思わず体が跳ねる。

神「ほっほっほ。意地悪言って 悪かったのう。」
神「少し そなたを 試させてもらったぞい。」

そう言って老人は満足気に笑う。

アルス「神さま い いったい……。」

神「……腕を よく 見てみい。」

アルス「こ これは……!」

言われた通り下を見やると、少年の腕は、正確に言えば腕の紋章が淡い光を放っていた。

神「耳を澄ましてみるのじゃ。ほれっ 聞こえてくるじゃろう。お主を 呼ぶ声が。」

アルス「えっ……?」
アルス「…………………。」





*「アルス……。」





瞳を閉じて神経を集中させると、少年を呼ぶ透き通った声が聞こえてきた。

アルス「こ この声は……。」
アルス「っ!!」

ふと目を開けると目の前にはいつか見た光の渦が立ち上っていた。

[ ゆくのじゃ アルスよ。 ]
[ 行って すべてを取り戻すんじゃ。 ]

そこには既に神の姿はなく、どこからともなく声が響いてくるだけだった。

アルス「……はい!」

そう言って少年はその渦の中へと飛び込んでいく。



[ また 会おう 人間の勇者よ。 ]



[ あの町で 待っておるからのう。 ]



それを最後に、少年の意識は再び途絶えるのだった。



917: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:53:26.64ID:K4Y9JjXm0

*「……ス……。」



誰?



*「アルス……。」



ぼくを呼ぶのは……。



*「しっかりして アルス。」



頭が痛い。体が鉛のようだ。

*「海底王さま 息子が 目覚めないんです。」

海底王?

*「ううむ。もう 命の危険は ないはずなんじゃがのう。」

ぼくは生きているのか?

*「むっ 人魚の月が 光を失っていく。」

人魚の月? そうかぼくはあの時……。

*「まあ しばらく 安静にしておれば そのうち 目が 覚めるだろう。」

瞼が重たい。

*「そうですか……。」

*「しかし 驚いたぞ。お前さんが 血相を変えて 飛び込んでくるもんだから 何ごとかと 思ったわい。」

ここはどこなんだ?

*「ごめんなさい 海底王さま。あの時は 気が気じゃなかったものですから。」

*「まあのう。あのグラコスとやらの執念が あそこまでとは わしも うかつじゃったわい。」

*「私も 水の精霊さまのお告げを 受けなければ 二度も 息子を 失ってしまうとろこでした。」
*「夫たちには 何も 言わずに 飛んできてしまったのですけど……。」

この声は……。

*「まあ あやつのことじゃ お主を 信じて 待ってくれているじゃろう。」

*「……そうですわね。」

*「さて わしはちと 疲れたから ひと眠りさせてもらうとしようぞ。」

*「はい。おやすみなさい。」

ダメだ。頭が痛い。

気が遠ざかる。

*「アルス。今は ゆっくり おやすみ。」
*「……元気になって 立派な 漁師に なるんでしょう?」



そうだ。



ぼくは……。



…………………



918: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:54:44.68ID:K4Y9JjXm0

*「ううむ。神は いったい どうなさったというのでござろうか。」

*「メルビンにも わかんねえのか。」

*「ガボ 動物たちは 何か 言ってたかしら?」

*「ダメだ アイラ。みーんな 知らねえってよ……。」

少年が失踪してから早一週間が立とうとしていた。

最初こそ世界中でもちきりだったその話題も今は少しずつ収まりを見せていた。

一方で少年と共に戦った英雄たちは毎日のように少年の消息を掴もうと躍起になって情報収集にあたっていた。

アイラ「それにしても 神さまが どこにも 姿を見せないなんて 少し 変じゃないかしら。」

色気の漂う元ユバールの踊り子が焦りを隠せない様子で呟く。

メルビン「わしら 神の使いも 毎日のように お伺いを立てているだが いっこうに 返事が 帰ってこないのでござるよ。」

老齢の戦士が顎を擦りながらすっかり意気消沈して言う。

ガボ「神さま まで どこに 行っちまったんだろうなあ。」

まだ幼い狼の少年が腕を組んで眉間にしわを寄せる。

アイラ「このままじゃ マリベルが あまりにも フビンでならないわ。」
アイラ「ここのところ 毎日 海岸に出ては お祈りしてるって ご両親が 言っていたわ。」

踊り子の王女は足しげく少女の家に通っては少女の様子を見ていたのだった。

ガボ「なんだか 変な やつらが 家の前にいたけど あれは なんだ?」

同じく港町まで様子を見に行っていた少年が不思議そうに尋ねる。

アイラ「アルスが いなくなったって聞いて 世界中の男たちが マリベルを 狙ってるのよ。」

メルビン「もともと 資産家の令嬢な上に マリベルどのは 容姿が抜群でござるからな。」
メルビン「世の男どもが 放っておくわけがないでござるよ。」
メルビン「……そういう アイラどのの ところにも 連日 面会の申し込みが 殺到してると 聞いてるでござるが。」

そう言って老紳士は横目でにやりと笑う。

アイラ「メルビン あんた どうでもいい情報 仕入れてんじゃないわよ!」

そんな現状をうっとおしく思っていたのか、王女は眉を吊り上げて抗議する。

メルビン「むおっ これは失言だったでござる!!」

“ゴホンゴホン”とわざとらしい咳ばらいをして老戦士は額の汗を拭う。

アイラ「……ったく。」

ガボ「なあ これから どうすんだ?」

メルビン「無論 アルスどのの 捜索を 続行するでござるよ。」
メルビン「わしらが 諦めるわけには いかんでござる!」

アイラ「そうよ! 必ず 見つけ出すのよ!」

ガボ「…そうだな! アルスは 絶対に 生きてる! オイラには わかるんだっ!」

メルビン「よし! そうと決まれば また 情報が集まり次第 ここに集合でござる!」

*「「おおっ!」」

三人は奮起すると、心当たりのありそうな場所へ向かって散り散りに飛んでいった。

確かな情報などどこにもない。だが誰もやめようとは言わなかった。



彼らは信じていたのだ。



少年は必ず生きて帰ってくると。



919: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:55:18.74ID:K4Y9JjXm0

“○月×日。”



“今日は 朝から レブレサックに行ってみたわ。”

“あれ以来 あの村が ちゃんと 反省してるか確かめにね。”

“そしたらビックリ。”

“砂漠に ルーメン クレージュからも 旅人が来てたわ。まるで それまでの排外主義が ウソみたいに 他所の人たちに友好的になっててさ。”

“ちょっと 拍子抜けしちゃったわよ。”

“そうそう リフや サザムたちも すっかり 大人たちと 仲直りしてうまくやってたわよ。”

“どうやら あの村は もう大丈夫みたいね。”

“まっ 長い目で見ないと わからないけどさ。”



920: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:55:50.19ID:K4Y9JjXm0

“○月△日。”



“今日は リートルードに行ってきたの。”

“そしたらね。ちょうど その日は アイクさん主催の 学会が 開かれてたみたいで 町がにぎわってたわ。”

“それで 何気なしに 覗きにいったら なんと 演壇に ベックさんがいたのよ!”

“あの ベックさんも 偉くなったもんだわ……。”

“それでもって あたしたちのことを 発表しちゃうもんだから あたしは もう 逃げだしちゃったわ。”

“また 質問攻めにあっても 困るからね。”

“あっ そうそう バロックさんの像だけどね 結局 あれから 変化はないみたいよ。”

“まあ そう 物質が 生き物に変わるわけないんだから 当然といえば 当然なんだけど。”

“今日は このくらいかしらね。”



921: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:56:18.27ID:K4Y9JjXm0

“○月□日。”



“今朝は 聖風の谷に行ってきたわ。”

“セファーナさんに会ったら なんだか すっごく 心配されちゃって そりゃ もう 大変だったんだから。”

“あの人って 意外と おせっかい焼きなのね。”

“まあ あの歳で 村を任されてるくらいだから 面倒見は いいのかもしれないけど。”

“それ以外には とくに 何もなかったかしら。”

“もともと あそこは トラブルとは 無縁そうな ところだからね。”

“あっ でも 上のリファ族の長が 来てたわ。”

“なんでも 近いうちに 下と 親交を持とうと してるんだとか。”

“でも そうなっちゃったら 知らない人からすれば 大事件よね。”

“……その時は あたしが なんとかしようと 思うわ。”

“だから 応援しててよね。”



922: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:56:51.67ID:K4Y9JjXm0

“○月☆日”



“今日は お城に 呼ばれたの。”

“なんでも 世界中の 王様たちが 一堂に会して 話し合うんだってさ。”

“でっ あたしは 全員と 面識があるから 仲介役にってね。”

“まったく ひとを 便利に使わないでほしいわ!”

“まあ 久しぶりに メルビンたちにも 会えたから よしとするか。”

“そうそう みんな ずいぶん 暗そうな顔してたわ。”

“そりゃそうよね。世界の英雄が 行方不明なんだもの。”

“議題そっちのけで アルス アルス ってうるさいから 言ってやったのよ。”

“今は いないやつより いる人のために 話し合いなさいよ! ってね。”

“みんな しばらく 固まってたけど それで 目が覚めたみたい。”

“その後は 滞りなく 話が進んでいったわ。”

“まったく 国のトップなんだから しっかりしてほしいもんだわよ。”

“あんたも そう思うでしょ?”



923: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:57:21.06ID:K4Y9JjXm0

“〇月〇日。”



“今日は なんだか 体の調子が 悪いの。”

“おかしいわね。熱は ないのに どうにも 体が 重たいわ。”

“パパは しばらく 休んでなさいって 言うけど あたしにも やらなくちゃ いけないことが あるのよ。”

“まだまだ 見て回らないといけない ところは たくさんあるんだから。”

“それで 今日は メザレに行ってきたわ。”

“あれから 村は どうなってるのか 気になってたしね。”

“で 行ったら あの ラグレイが 結婚式を あげるんですって。”

“今度 予定が決まるから 是非 来てくださいってさ。”

“ニコラも 例のメイドさんと よろしくやってるみたいだし なんだか 村全体が 楽しそうだったの。”

“結婚式か…… あんたは どんな 結婚式が したい?”

“あたしはね……。”

“やっぱり 書くのやめとこ。”



924: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:58:48.72ID:K4Y9JjXm0

“○月◇日。”



“今日は ほとんど 表へは 出られなかったわ。”

“あたしは 大丈夫だと 思うんだけど パパとママが 聞かないのよ。”

“仕方ないから 村の中を 散歩してたわ。”

“そうね 最近のことと言えば…… フィッシュベルや 城下町も ようやく 落ち着きを取り戻して 少しずつ 元に戻りつつあるわ。”

“様子を見に 町へ行けば みんな あたしに優しくしてくれてさ。”

“複雑だったけど ちょっとだけ嬉しかったわ。”

“それに みんなを見てれば よくわかったけど あんたってば 本当に みんなから好かれてたのね。”

“まあ それもそうよね。なんせ あたしが 認めた男なんだもの。”

“あたしも 鼻が高いわ。”

“あたしじゃなくて あんたが注目されるのは ムカつくけど。”

“……話は変わるけど ウチの村は あれから 漁をやってないわ。”

“そりゃそうよね。船が ダメになっちゃったんだから。”

“その代わりに ボルカノおじさまは マーレおばさまに つきっきりでいられるから 今はこれでいいのよ。”

“あんたがいなくて 一番つらいのは あの二人なんだから。”

“特に ボルカノおじさまは たしか 親友を……。”

“いや なんでもないわ。”

“ダメね。あたしが 弱気になってちゃ。”

“あんたは 必ず 帰ってくるって。”

“あたしが 信じなきゃ 誰が 信じるもんですか。”

“だから。”

“……待ってるから。”

“今度は あなたが わたしを みつけて。”

“アルス。”



925: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 19:59:52.66ID:K4Y9JjXm0

*「お~い!」



少年が海へ消えてから二週間が経とうとしていた。
彼の仲間の必死の捜索も虚しく時間は過ぎ去り、世の中もだんだんと彼の死を受け入れ始めていた。
喪に服していた人々も嘆くのをやめ、世界は徐々に平穏を取り戻しつつあった。



*「マリベル! マリベルや~!」



そんなとある日の朝、閑静な港町に男の叫び声が響き渡った。

*「ど どうしたんですか アミットさん!」

船着場で沖を眺めていた漁師が驚いて駆け寄る。

アミット「娘が いないんだ!」

*「な なんだって!?」

少女の失踪という事態に漁師の男は衝撃を受ける。

アミット「あれだけ 横になっているように 言っておったのに……。」
アミット「今朝 起きて 部屋を 開けてみたら もぬけの殻じゃないか!」

顔を真っ青に染めて少女の父親がわめき散らす。普段の威厳ある網元の顔は、そこにはなかった。

*「あ あんな体で どこへ!?」

アミット「あの子のことだ。もしかすると また 呪文で 遠くへ 行ってしまったのやもしれん!!」

*「と とにかく 手分けして 探しましょう!」
*「他の連中にも 声を かけてきます!」

アミット「あ ああ 頼んだぞ!!」

駆けだす男の背中に叫んで父親は辺りを探し出す。



*「あなた!」



そこへ家から飛び出してきた少女の母親が心配そうにかけよる。

*「あの子は 見つからないの!?」

アミット「うむ。いま 村のみんなに 探すのを手伝ってもらうように お願いしてるところだ。」

*「そう…… もう 立っているのが やっとだっていうのに あの子は……。」

化粧も乱れた髪もそのままに少女の母親はオロオロと辺りを見渡す。

アミット「わしらも こうしちゃ いられん! 家は あの子に 任せて 探しに行くぞ!」

*「ええっ もちろんだわ!」

アミット「マリベル 無事でいてくれよ……!!」



926: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:00:28.27ID:K4Y9JjXm0

*「た たいへんだー!!」



網本の伝令を受けた漁師の男が村中に少女の失踪を伝えて回る。

*「た たいへんだ ボルカノさん!!」

そして男が次に向かったのは漁師たちの指導者ともいえる漁船の船長の家だった。

ボルカノ「どうした! 何が あった?」

いきなり扉を開けて転がり込んできた漁師に少年の父親が歩み寄る。

*「ま マリベルおじょうさんが 行方不明なんだ!」

ボルカノ「なんだとっ!?」

マーレ「ま マリベルさんがかい!?」

朝食の支度をしていた少年の母親もその言葉に思わず皮をむいていた芋を落とす。

*「さっき アミットさんが 血相変えて 探してたんだ!」

ボルカノ「あんな 状態で いったい どこに 行っちまったんだ!?」

みるみる表情を険しくして船長は歯を食いしばる。

*「わからねえ! と とにかく 探すのを 手伝ってくれねえか!」

ボルカノ「わかった すぐに行く。」
ボルカノ「母さん!」

マーレ「あいよっ 待ってな!」

そう言うと船長の妻は急いで弁当をこしらえ、夫に手渡した。

マーレ「頼んだよ あんたっ!」
マーレ「あの子は あたしたちの 最後の希望なんだ!」

ボルカノ「わかってる!」
ボルカノ「よし いくぞ!」

*「おうっ!!」

そうして妻の希望を託された船長は、漁師の男と共に薄暗い朝もやの中へ飛び出していったのだった。



927: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:01:11.71ID:K4Y9JjXm0

“今度はマリベルがいなくなった”



その知らせは昼を跨ぐ前には城下町に広がり、それを聞いたかつての仲間たちはすぐに港町へと集結した。

ガボ「マリベルが いなくなったって ホントか!?」

アイラ「恐れていたことが 起きてしまったわね……。」

メルビン「こうしては いられないでござる! わしらも すぐに 探しにいくでござるよ!!」

アミット「頼みます みなさん! あの子の 命がかかってるんです!!」

集まった三人に少女の父親はすがる思いで助けを乞う。

メルビン「こうなったら 三人で 手分けして マリベルどのの行きそうなところを 探すでござるよ!」

アイラ「わかったわ!」
アイラ「一つの場所を 見終わったら ここに来て 何か 印を 残してちょうだい!」

ガボ「それを たよりに 別の所に行くって わけだな!」

メルビン「さえてるでござるよ 二人とも! それでは 行くでござる!!」

そう言って三人は握り拳を天高く挙げると、瞬く間に彗星の如く飛び去って行ってしまった。

アミット「……わしも 行けるところまで 探しにいかねば!!」

それを見送った少女の父親は、遠出の準備をするために家の中へと戻っていく。

分厚い雲がかかった空には、少女の名を呼ぶ村人の声と、餌を求めて飛び交うカモメたちの声が響いていた。



928: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:01:42.91ID:K4Y9JjXm0

*「えっ? マリベルさんが!?」



メルビン「そうなんでござる!
メルビン「アズモフどの! 心当たりは ないでござるか!?」

アズモフ「いえ… この町に いらっしゃっていれば すぐに 噂が広がるはずなのですが……。」
アズモフ「ねえ ベックくん。」

ベック「ええ。彼女ほどの 有名人であれば どこへ 行っても 人だかりが できているはずなのです……。」

メルビン「そうでござるか……。」

アズモフ「もし 何か わかったら のろしをあげます。」

メルビン「かたじけないでござる!」



929: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:02:08.09ID:K4Y9JjXm0

*「マリベルが 消えただと!?」



アイラ「そうなのよ サイード。」
アイラ「あなたは 何か 知ってないかしら?」

サイード「むう…… 残念だが ここに来てから それらしき 人影は見ていないな。」

アイラ「彼女 ここで アルスとデートするって 言ってたんだけど……。」

サイード「ふむ。もし それが本当なら この後ここに来る可能性も 捨てきれんな。」
サイード「わかった。おれも しばらく ここで 探すとしよう。」

アイラ「ごめんなさいね。お願いするわ。」

サイード「任せておけ。あいつには 返しきれないほどの 借りが あるからな。」



930: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:02:38.24ID:K4Y9JjXm0

ガボ「なっ どうなんだ パミラのばっちゃん!」



パミラ「むう…… なんだい この光は?」

ガボ「ひかり?」

パミラ「これは…… 虹かねえ?」
パミラ「とにかく 何か 特別なチカラが わしの 占いを阻んでいるようだよ。」

ガボ「そんなあ!」

パミラ「じゃが どうやら まだ 彼女は死んではおらん!」
パミラ「わしから 言えるのは それだけじゃ。」

ガボ「……そっか。」

パミラ「すまんのう ガボ。こんな時に チカラになれんとは……。」

ガボ「いいんだ パミラのばっちゃん!」
ガボ「オイラには わかんねえけど もしかしたら メルビンとアイラなら わかるかもしんねえ!」

パミラ「いい結果を 待ってるよ!」



931: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:04:53.11ID:K4Y9JjXm0

いつの間にか時間は流れ、雲に覆われ暗かった空はいよいよ闇に染まり始めていた。



アイラ「どうだった!?」



網本の家の前に集合した三人の英雄は顔を見合わせて項垂れる。

メルビン「ダメでござる。どこにも 見つからないでござるよ……。」

ガボ「あっちこっち行ったけど 全然だめだァ!」

アイラ「……いったい どこに いっちゃったのかしら?」

三人はこれ以上になく動揺していた。

真っ暗な闇の下で冷えていく少女の姿が頭をよぎり、最悪の事態になるのではないかと焦燥感が心を支配していく。

もはや一刻の猶予もなかった。

メルビン「せめて 手がかりさえあれば……。」

その言葉に狼の少年はあることを思い出し、はっと顔を上げる。

ガボ「……そう言えば さっき パミラのばっちゃんが ヘンなこと言ってたんだ!」

アイラ「変なこと?」

ガボ「たしか ニジが なんとかって……。」

メルビン「ニジ… 虹でござるか?」

アイラ「確かに 今日は天気が 悪かったけど 雨は降らなかったわよね?」

三人は自分の記憶を頼りに今日一日で回った地点の空を思い出す。

ガボ「うーん。場所によっては ぽつぽつ 振ってたけどよお……。」

メルビン「虹は 雨が少ないときは 見えないでござるよ。」

アイラ「それに 降った後 太陽の光が 必要よ。」

ガボ「そんな所 あったっけなあ……。」

アイラ「…………………。」



932: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:05:36.32ID:K4Y9JjXm0

占い師の出した不可解な言葉に三人は再び首を捻る。

メルビン「と とにかく このままでは らちが明かないでござる!」
メルビン「もう一度 それをヒントに 考えてみるで ござるよ!!」

アイラ「そうね。今は その情報を 頼るしか なさそうね。」

ガボ「虹… ニジ… にじ……。」
ガボ「……いけねえ!」

突如、狼の少年は何かを思い出した様に目を見開く。

アイラ「何か 思い出したの!?」

ガボ「は……。」

アイラ「は?」





ガボ「は 腹減ってきた!!」





メルビン「…………………。」

アイラ「がぼ~~~!」

思わず拍子抜けしてしまい王女は天を仰いで唇を噛む。

メルビン「むう だが 言われてみれば 昼から 何も 食べてないでござるよ。」

そう言って老戦士は腹を抱えて顔をしかめる。

ガボ「オイラちょっと マリベルんち 行ってくる!」

アイラ「あっ こら ガボ!」

駆けだした少年の背中に王女が怒鳴り声を上げる。

メルビン「アイラどの。わしらも いったん 軽く食事を もらうでござるよ。」

アイラ「で でも……。」

少年の背中を見つめて言う老紳士に王女はためらいの声をもらす。

メルビン「こういう 切羽詰まった状況だからこそ 頭を冷やして 気持ちを 切り替える必要が あるでござる。」
メルビン「アミットどのや 奥方に 話を聞けば また 活路が 見出せるやもしれんでござるよ。」

アイラ「……わかったわ。」

老紳士の説得を受け、王女はため息をつくととぼとぼと少女の家に向かって歩き出すのであった。



933: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:07:41.82ID:K4Y9JjXm0

*「ここからなら あなたでも 泳いでいけるかしら?」



*「ええ これでも漁師ですから。」

*「それにしても 良かったわ。もう 身体は 万全のようね。」

*「でも 動けるようになるまで 随分 かかってしまいました。」

*「ふふっ きっと あの子が待っているわ。」

*「そうだといいんですけど……。」

*「手遅れにならないうちに さあ お行きなさい。」

*「ありがとうございます お母さん。」

*「私は お父さんの所へ 戻っていますからね。」
*「また 会いに来てちょうだい。」

*「はいっ それでは!」



934: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:10:44.06ID:K4Y9JjXm0

ここはどこかしら?



どうしてあたしはこんなところにいるんだっけ。

朝、起きてから今までの記憶がぼんやりとしてて思い出せない。

寒い。

ここは……入り江?

どこかからカモメの声が聞こえてくる。



……ああ、そうだ。



ここはあいつらの思い出の場所。

そうだった。

あんたが呼んだんだっけ。

ここに来てくれって。



……。



あたしね。

疲れちゃったのかな。

ここのところどうにも体が動かないの。

どこも悪い所なんて無いはずなのに。



……ねえアルス。



あんたはどうしてここにあたしを呼んだのかしら。

ねえ。

あたし、もうそっちに行ってもいいかなあ。

やっぱり無理だわよ……。



……。



カモメか……。

もしもカモメになったら、あなたのところへ行けるのかな。

会いたいよ。

アルス。



……。



待ってて。



…………………



935: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:12:10.99ID:K4Y9JjXm0

アミット「そうですか……。」



メルビン「何か心当たりは ありませぬか?」

*「虹と 言われましても……。」

アイラ「今日 フィッシュベルに 虹は 出ませんでしたか?」

マーレ「いいや 今日はずっと 曇ったままだよ。」

ガボ「なんでもいいんだ! なんか 思い出さねえか?」

*「おじょうさまと虹… 何の関係があるのか わたしには さっぱりですだよ……。」

*「虹ねえ。もしかすると あの聖水が あった……。」

ボルカノ「おい ホンダラ! 何か 知ってるのか!?」

ホンダラ「うっ… く 苦しいぜ 兄貴っ……!」

ボルカノ「なんでもいい! 心当たりはねえのか!?」

ホンダラ「じ 実は 以前 アルスたちに 七色に光る聖水を くれてやったんだが その聖水があった場所がよぉ……。」

メルビン「……そ それでござる!!」

アイラ「どうして 今まで 気付かなかったのかしら!?」

ガボ「オラも わかったぞ! あそこだな!?」



*「「「七色の入り江!!」」」



メルビン「こうしてる場合では ないでござる! すぐに行くでござるよ!!」

アイラ「みなさん わたしたちに ついてきてください!」

ガボ「マリベルが 待ってる!!」



936: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:14:09.57ID:K4Y9JjXm0

*「ねえ。」



夢を見ていた。

*「えっ?」

いや、これはあたしの記憶。

*「幸せって なんだろうね。」

漁を始める前の夜。

*「幸せ?」

城下町でのパーティーが終った後。

*「そう 幸せ。」

二人だけで来た七色の入り江。

めずらしくあいつが誘うもんだから付き合ってあげたのよね。

誰もいない入り江は静かで、今夜みたいにカモメの鳴き声だけが聞こえてたっけ。

*「旅を始める前の世界は ぼくたちの島以外 何もなかったけど 幸せだったよね。」

*「…そうね 争いもなければ 飢えも 危険もない。たしかに 幸せだったかもね。」

*「時々 思うんだ。あのまま 平和に暮らしていれば これ以上 誰かが 不幸になることも なかったんじゃないかって。」

*「不幸? 誰が?」

*「……わからない。でも きっと どこかで 苦しくて 辛くて 泣いている人が いるんじゃないかって。」

*「……そうかもしれないわね。」

*「ぼくたちは 本当に 正しかったのかな。」

*「なに 言ってるのよ。」
*「あたしたちが やらなかったら 無念のうちに 死んでいった 大勢の人たちは そのままだったのよ?」

*「……うん。」

*「それに たしかに 以前の世界は 幸せだったかもしれないわ。」
*「でも それは 何も知らない 幸せ。」
*「そこには 本当の幸せなんてないわ。」
*「それなら あたしは いっそのこと 不幸でもいい。」
*「どん底の不幸だったしても あたしは 決められた運命に抗って 自分で 幸せを勝ち取るの。」

*「…………………。」



937: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:15:28.70ID:K4Y9JjXm0

*「ねえ あなたは 今 幸せ?」

*「そういうきみは?」

*「あたしは 幸せよ。なにせ 自分で 運命を切り開いたんですもの。」

*「っふふ。」

*「で? あなたは どうなの?」

*「ぼくは そうだなあ……。」
*「たぶん これから 幸せになる。」

*「なにそれ?」

*「今は まだ わかんないや。」
*「でも もしかしたら だけど……。」
*「次に ここに来るときは 幸せになってるかも。」

*「どういうこと?」

*「ふふっ 教えない。」

*「ちょっと 人に言わせておいて それはないわよ!」

*「あっはっは! じゃあ そうだなあ……。」
*「また ここに 二人でこようよ。」

*「えっ?」

*「その時になったら 教えてあげる。だからさ……。」



*「だから 待ってて。」



*「待ってて って…… ここで?」

*「うん。必ず 迎えに行くよ。」
*「だから……その時まで。」



938: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:16:41.79ID:K4Y9JjXm0

ねえ、アルス。

あたしは幸せだったわ。

気弱で優柔不断で、ときどき何考えてるか分からないけど、優しく、温かくて、あたしのことを包み込んでくれる。

あなたがいつも隣にいてくれたんですもの。



ねえ、アルス。

あなたは幸せになれたのかしら。

漁師になる夢を叶えて、二つの両親とめぐり会えて、その身を世界のために賭して。



ねえ、アルス。

あたしはあなたを幸せにしてあげられたかしら。

わがままで、高飛車で、口うるさいこんなあたしだったけど、あなたのことを少しでも幸せにしてあげられたかしら。



ねえ、アルス。

もう一度、その腕であたしを抱きしめて。



いま、いくから。



939: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:19:03.10ID:K4Y9JjXm0

*「マリベル。」



940: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:20:16.61ID:K4Y9JjXm0

えっ?





*「マリベル。」

だれ? 

あたしの名前を呼ぶのは。

*「マリベル。」

この声……。

あたしは知ってる。

*「しっかりして マリベル!」

あたしを包み込んでくれる大好きな声。

*「マリベル! 死ぬんじゃない!!」

あなたは……。

マリベル「っ……。」



*「マリベルっ!!」



マリベル「げほっ げほっ……!」



941: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:21:48.70ID:K4Y9JjXm0

*「っ……!」

マリベル「…………………。」
マリベル「……あ…。」

*「マリベル!!」

マリベル「……おそいの よ。」

*「ごめん……。」

マリベル「あ あたし…が どれだけ待ったと… 思ってるの……。」 

*「うん…… うん……!」

マリベル「もうちょっとで… 死んじゃ う とこ だったじゃない……。」 

*「もう 大丈夫。」

マリベル「ねえ… 夢じゃないよね?」

*「うん。夢なんかじゃない!」

マリベル「本当に あなたなのね?」

*「…………………。」















*「ただいま マリベル。」



942: ◆N7KRije7Xs:2017/01/20(金) 20:24:33.68ID:K4Y9JjXm0

神さまってのはやっぱり意地悪なクソじじいね。

最初っから助けてくれればいいのに、何かと理由をつけては自分が手を下すことを嫌がる。

そのくせしっかりとあたしたちを見てるんだもの。

そんでもってヒトがこんなにボロボロになるまで放っておいて最後にポンッて、何事もなかったかのように奇跡を起こすんだもの。

でも……今日ばっかりは本当に感謝しなくちゃいけないわね。

何故ならあたしの目の前にあいつがいるんだもの。

幻でも見てるんじゃないかってちょっと疑っちゃったわ。

“ああ ついに あたしも 壊れちゃったか”

ってね。

でも、その後駆けつけてきたみんなの反応を見たらそれが嘘じゃないってわかったわ。

だから。

だから、今度こそあたしは言ってやるの。










マリベル「おかえりなさい。」










マリベル「アルス。」










The end.



元スレ
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1482503750/
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         コメント一覧 (8)

          • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2017年01月22日 03:05
          • SS書いてくれてありがとう。つまらなかったわ、じゃあね。
          • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2017年01月22日 06:48
          • ここで終わってるけどもう少しだけ続きあるな
          • 3. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2017年01月22日 20:48
          • 嫌いじゃなかったけど、主人公のイメージがだいぶ違う
          • 4. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2017年01月23日 09:49
          • 今北産業
          • 5. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2017年01月23日 17:50
          • ベッタベタだけど面白かった。
            アルスの言動が違和感あったけど、漫画小説版を読んでないからだと思うことにします。
            まぁ、「主人公が喋る」ってことが一番違和感あるから、多少はね?
          • 6. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2017年01月23日 18:02
          • 5 是非エピローグ迄読むことをおすすめする
          • 7. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2017年10月04日 20:44
          • ドラクエ7が一番好きなんだよ

            ありがとう楽しかったよ
          • 8. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年11月09日 10:06
          • 5 別サイトでエピローグまで読みました
            この作者はDQ7をよく分かってる人だ

            素晴らしい物を読ませて頂き、DQ7ファンとして感謝しますm(._.)m

        はじめに

        コメント、はてブなどなど
        ありがとうございます(`・ω・´)

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