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【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】【第16話~第24話】

関連記事:【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】【第10話~第15話】





【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】【第16話~第24話】






492: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 12:49:19.87ID:W5dqu19v0

航海十六日目:銀色の雨



493: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 12:51:07.63ID:W5dqu19v0

サイード「短い間ですが 世話になりました。」

舞踏会を終えた次の日の朝、マーディラスの港では砂漠の民の青年が漁師たちと別れの挨拶を交わしていた。

ボルカノ「なーに いいってことよ。オレたちも いろんな話が聞けて 楽しかったぜ。」

*「たぶん あんちゃんは 将来大物になるぜ? おれは そんな予感がする。」

*「もし フィッシュベルに 立ち寄るようなことがあったら 是非 訪ねてきてください! 歓迎しますよ!」

サイード「それは 楽しみです。」

コック長「砂漠の伝統料理は なかなかだったな。また レシピでも 教えてくれ。」

*「あ ずるいですよコック長! いつの間に そんなことを!」

サイード「ははは… それも またいつか。」

*「ネコちゃんも 元気でな。」

*「にゃん。」

トパーズ「なうー。」

二匹の猫はお互いの匂いを嗅ぎ合っている。どうやら別れが近いことを察しているのだろうか。

マリベル「せっかく二匹とも 仲良くなったのにねー。」

そんな猫たちの様子をまじまじと見つめながら少女が呟く。

サイード「さすがに 一人旅は 寂しいからな。相棒を置いて 行くわけにはいかん。」

マリベル「わかってるわよっ ふふ。」

アルス「サイードも 元気でね。」

サイード「結婚式には もちろん 呼んでくれるだろうな?」

アルス「えっ……!?」

マリベル「そっちこそ 女王さまを 泣かすんじゃないわよ~?」

言葉に詰まる少年を他所に少女は余裕の表情で言う。

サイード「き きさま 聞いていたのか!?」

マリベル「ええ 聞いてましたとも。最初から 最後まで ばーっちりね。」
マリベル「大事なネックレスを預けて 予約しちゃうなんて あんたも きざったらしいのね~。」

サイード「だから 女王さまとは 何ともないと…。」

マリベル「はいはい 悪かったですよ~だ。」

アルス「そ それじゃあ もう 行くね?」

サイード「ふん! さっさと こいつを 連れて行ってくれ。」

マリベル「じゃあね~。」

サイード「くっ……。」

苦々しい表情の青年を尻目に少女は船長の元へ歩み寄る。

マリベル「ボルカノおじさま 行きましょ!」

ボルカノ「もう いいんだな?」

マリベル「ええ!」

ボルカノ「よーし 錨をあげろー! 出航だあー!」

*「「「ウスッ!」」」

こうして漁船アミット号は二日間の滞在を終え、次なる大地を目指して海原へと繰り出すのであった。

サイード「……達者でな。」

仲間の船出を見届けた後、青年はこの地で見分を広めるべく再び城下町へと歩き出した。

*「…にゃう~………。」

その隣でお腹いっぱいにエサをもらって少し肥えた相棒が、物珍しそうな顔で新しい土地の地面を踏み歩く。

一人と一匹の旅は、まだまだ始まったばかりなのだ。



494: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 12:51:39.80ID:W5dqu19v0

マリベル「ずいぶん 慌ただしく駆け抜けたわね。 この二日間 いや 三日かしら。」

船の甲板の上、遠ざかる港を見つめながら少女が呟く。

アルス「ご ご迷惑をおかけしました……。」

マリベル「まっ あんたのせいじゃ ないから あんまり気にしないことね。」

アルス「う うん。」

マリベル「それにしても これから 楽しみね!」
マリベル「腕が鳴るわ~。」

アルス「…そうだね!」



時は遡ること一刻ほど前、まだ港に漁師たちが集まる前の頃のことだった。



495: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 12:52:42.84ID:W5dqu19v0

マリベル「え… 一本釣り?」



ボルカノ「ああ どうも 昨日 酒場で聞いたんだが この辺りの海域には 大型の回遊魚が 回ってきているみたいでな。」

マリベル「そ それじゃあ この間みたいな マグロとか釣れちゃったりするわけ!?」

ボルカノ「むっ? ああ そうだよ。」

マリベル「…も……。」

アルス「も?」

マリベル「燃えてきたわ! アルス! あんたには負けないからね!」

アルス「えっ!?」

マリベル「漁の腕でも この マリベルさまには かなわないってことを 記憶に刻み込んでやるわ!」

アルス「ええー!?」

ボルカノ「はっはっは! こりゃ オレたちも 負けてらんないな!」

アルス「でも 一本釣り漁って かなり 体力がいるんでしょ?」

マリベル「あーら あたしには 体力はなくても 魔力があるわ! ちょちょいと 応用すれば 男にだって負けないんだからね!」

アルス「うぐぐぐ……。」

ボルカノ「わっはっは! 今から 楽しみだな。」
ボルカノ「後で コツを教えてやるから 今日は みんなで 競争だな。」

マリベル「おっほほほ! 待ってなさいよ 巨大魚! この マリベルさまが いくらでも 釣り上げて見せるわ!」

アルス「ぼ ぼくだって……!」



496: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 12:53:45.09ID:W5dqu19v0

ボルカノ「それ! 網をひけ!」



*「「「ウースっ!」」」

港からほど近い岸辺にやってきた漁船アミット号の上では一本釣りのためのある仕込みを行っていた。

マリベル「うわー! これ 全部イワシなの!?」

一行が獲りに来ていたのは一本釣りのエサに使うためのイワシだった。
大型の回遊魚はこういった小魚の群れを追ってやってくる習性があるため、
今回の漁では時間の都合上、沿岸にいて比較的手に入りやすいイワシをエサとすることとなったのだった。

アルス「一瞬で 確保できちゃったね。」

大きな生け簀の中に入れられた大量のイワシは脆い鱗をまき散らしながら泳いでいる。
日の光に当てられてキラキラと光輝く鱗の渦は見ていて飽きないものがあった。

*「うまそうだなあ そのまま 食いたくなっちまうぜ。」

*「大事なエサなんだ。がまんしろよ。」

漁師たちにとっては見慣れた魚だがやはり鮮度のいいものには食欲をそそられるのか、中には涎を垂らしている者すらいる。

ボルカノ「よーし これだけ あれば足りるだろう。」
ボルカノ「出航だ! 急いで 漁場に向かうぞ!」

*「「「ウスッ!」」」

こうして無事準備を整えた一行はそこから南下した場所にある大陸と島の間、
ちょうど円形になった海域に向かい船を走らせるのだった。



497: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 12:54:36.59ID:W5dqu19v0

ボルカノ「見つけたぞ。」

日はだいぶ高度を上げ、少しずつ昼間の暑さが顔をのぞかせようとしていた。

船長は望遠鏡を覗くのをやめ、船員たちに指示を送る。

ボルカノ「あっちだ! 海鳥の群れを見つけたぞ!」

*「ウス!」

*「ガッテン!」

漁師たちは船長の指し示す方に向かって船を進める。

マリベル「ボルカノおじさま どうして 海鳥の群れを探してたの?」

ボルカノ「マリベルちゃん どうして あの海鳥たちは 群がっていると思う?」

マリベル「……エサをとるため かしら?」

ボルカノ「その通り。そして あの海鳥たちが 狙ってるのは イワシだ。」

マリベル「つまり 同じように そのイワシを狙って やってくる奴らを 釣り上げるって言うのね!」

ボルカノ「さすがは マリベルちゃんだ。察しがいい。」

マリベル「うふふ。これでも網元の娘ですから……。」

どうも少女は少年の父親に褒められるのが苦手な様で、簡単な誉め言葉でもすぐに顔がほころんでしまうのだった。

アルス「…………………。」

そんな少女を複雑な顔で見つめる少年はいったい何を思っていたのか。

それは彼の父親ですらわからない。



498: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 12:56:49.17ID:W5dqu19v0

ボルカノ「ここらへんで いいだろう。錨を下ろすんだ!」

*「ウス!」

ほどなくして海鳥の群れの近くに船を泊め、船長は錨を下ろすように指示すると少年たちに話しかける。

ボルカノ「どの漁でも 同じだが 大切なのは カラダ全体を使うことだ。じゃねえと すぐに 腕がしびれちまうぞ。」

マリベル「はーい。」

アルス「わかりました。」

*「おっと アルス! おまえには まず エサ撒きをやってもらうぜ?」。

一本釣り漁はスピードが命であるため、釣る者と餌を配る者、そして餌を撒く者などの役割が定められていた。
基本的に釣る役を担えるのは経験を積んだ熟練の漁師だけとされている。
そうでない若手の漁師はまず餌配りや餌撒きをして釣る者の手助けをするのが習わしだった。

*「この船にのったやつは 必ず 通る道だ。頼んだぜ?」

アルス「……はい!」

ボルカノ「わっはっは! 息子よ まあ 悪く思うな。何事も こうやって 少しずつ 経験していくもんだ。」

アルス「わかってます 船長。」

少年は竿を握れないことを少しだけ残念に思う反面、
船長の息子だからと特別扱いされないことに少しだけ喜びを覚え、与えられた仕事を全うしようと意気込むのだった。

マリベル「…………………。」

少女の心は複雑だった。

少年は漁師の一員として、たいへんな上に地味ながら大事な仕事を任されている。

それは少年の成長を見守る少女にとっても喜ばしいことであった。

だがそれに比べて今の自分は網元の娘として、半分は客として扱われている。
普通に考えてみれば初めて漁に出たものが竿を握れるはずもなく、
地道な下積みを経て初めて魚と対峙できるのだろうが、これから自分はその過程を飛ばして甲板に立つ。
そんな二人の立場の違い、否、男女の違いといった方がいいのだろうか、それを再確認させられているような気がしてならなかった。

なんとなく、自分がどうして今まで漁に連れて行ってもらえなかったのかがわかってしまったような気がした。

アルス「…マリベル?」

マリベル「……えっ?」

アルス「どうしたの? 浮かない顔しちゃってさ。」
アルス「ぼくのことなら 気にしないでよ。きみが 大物釣れるように 頑張るからさ!」

自信に満ちた表情で少年が言う。

マリベル「…………………!」

それはなんでもないような気づかいだった。

しかしどこかで少女の胸は高鳴ってしまっていた。

マリベル「ふふっ。」

“今はこのことで悩むのはやめよう”

“彼が自分のために頑張ると言ってくれたのだ”

“ならば自分はそれに全力で応えるべきだ”

そう思えたのだった。

マリベル「まっかせときなさい! あたしが あんたの分まで いっぱい釣り上げて見せるわよ!」

威勢よく声を張り上げると少女は手に持った竿を力強く握りしめる。

マリベル「さあ 行くわよ!」

群れが去るまでの短期決戦。



船長の合図で投げ込まれた撒き餌と共に、一本釣り漁は幕を上げた。



499: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 12:59:38.27ID:W5dqu19v0

ボルカノ「…きたな!」



釣り糸が絡まぬよう船の片弦だけに立って行われる一本釣り漁はそれぞれの立ち位置もたいへん重要であった。
船首と船尾に釣る者が立ち、中央には餌撒きと餌配りが立ってそれぞれの役割を全うする。

最初に引きがあったのはやはり船尾に立っていた船長だった。
重たい引きを腕に感じ力強く竿を引っ張り上げれば一瞬で魚が宙を舞い、その勢いで針が外れて甲板へと落ちる。

黒光りする背に側面にかけて銀の虎模様の入ったソレは、脂が乗って丸々と太っていた。

*「良い型のマルサバカツオですね!」

そう言って別の漁師が餌を渡すと漁師頭は素早くイワシを針にかけてそれ投げ込む。

片手で竿を小刻みに動かし、もう片方の手で長い柄杓のような物を使って海面をたたけばたちまち次の魚が食いつく。

まさに入れ食い状態となっていた。

マリベル「ボルカノおじさま それはなんですの?」

少女が長い棒を指して問う。

ボルカノ「これは カイベラといってね。これで 海面を叩いてやれば イワシが逃げているって 魚に勘違いさせられるのさ。」

船長が餌を付け替えながら言う。

マリベル「ふんふん なるほど そういうことなのね。」

そういうと少女は身体に呪文をかけ、左手で餌の付いた竿を海面に垂らしながら右手のカイベラで海面を叩く。



マリベル「…………………。」



辛抱強く海面を見つめてその時を待つ。

その横では船長がまたしても次の獲物を釣り上げていく。

船首の方でも漁師の一人が次々とカツオを甲板に放り込む。

マリベル「むむぅ。なかなか 来ないわね。」

そう言って少女は釣れない原因を探り始める。

マリベル「…………………。」

隣に立つ船長に注目してその動きを観察する。

自分に足りないものは……。

マリベル「あっ そうか!」

何かに気付いた少女はすぐさまその動きを自分にも取り入れる。



マリベル「…………………。」


マリベル「……っ!」



にわかに竿が重たくなり、何かに引っ張られる感覚を全身で感じる。

ボルカノ「マリベルちゃん 思いっきり 竿を立てるんだ!」

マリベル「はいっ!」

その様子に瞬時に気が付いた船長の助言通り、少女は身体をしならせて竿を思い切り持ち上げる。



500: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 13:00:15.23ID:W5dqu19v0

マリベル「……!」

針にひっかかったままの丸々と太ったカツオが甲板に転がり込む。

ボルカノ「…お見事!」

マリベル「…………………。」

少女は竿とカイベラを置いて自分の釣り上げた獲物をまじまじと見つめている。

マリベル「…やった!」
マリベル「アルスー! やったわよ!」

アルス「おめでとう マリベル!」

少女が獲物を釣り上げたことに少年も素直に喜んでくれているようだった。

マリベル「この調子で ドンドン釣っちゃうわよ!」

アルス「こっちも がんばるよ。」
アルス「……よし!」

少年も気合を入れなおすと今度は餌配りの仕事に取り掛かり始める。

コック長「血抜きは わしらが やっておきますから マリベルおじょうさんは 釣りに集中してください。」

マリベル「ありがとう コック長!」
マリベル「見てなさい! あいつが 腰ぬかすくらい 釣ってやるんだからね!」

そう自分に言い聞かして少女も再び釣り針を垂れる。



カツオとの勝負はまだこれからだった。



501: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 13:02:01.21ID:W5dqu19v0

ボルカノ「こんなところか……。」

まだ日が天頂を通る前、漁を始めてから二刻ほどした時だった。
海鳥の群れもいなくなり、辺りからはイワシもカツオの群れもほとんど見受けられなくなった。

ボルカノ「撤収だ! 錨を上げろ!」

*「「「ウスッ!」」」

漁師頭の号令と共に漁師たちは一斉に竿を引き、船を発進させる。
船の操縦を数名に任せ、その他の船員たちは釣れた獲物の処理や使い終えた道具の片づけを行うことになった。

マリベル「うーん 思ったより 釣れなかったわね……。」

二刻で少女が釣り上げたカツオは30匹ほどだった。それでも初めての一本釣り漁にしては本当によく釣ったと言える。

ボルカノ「いやいや マリベルちゃん ひょっとすると アルスより センスがあったりしてな。わっはっは!」

アルス「すごいや マリベル! こんなに釣っちゃうなんて!」

少年やその父親は素直に少女のがんばりを褒める。
長い間彼女のこらえ性の無さに苦労した少年にとっては、
少女が大変な重労働を辛抱強くやり続けたことはもはや奇跡と言っても良かった。
それほどに少女も今回の漁には思い入れをもって挑んだということだったのだろう。

マリベル「ふふっ ありがとっ。」
マリベル「でも ボルカノおじさまみたいに ポンポン 針から外れたら もっと たくさん 釣れたかもしれないのに…… やっぱり 難しいのね。」

照れながらも少女は悔しそうに言う。

*「ああ 跳ね釣りですか。あれは少なくとも 三年は修行しないと うまくいかないんですぜ。」

船長と同じように大量にカツオを吊り上げた銛番の男がやってきて言う。

マリベル「そりゃ そうよね~。いい勉強になったわ。」

ボルカノ「おう コック長 血抜きはもう 済んだのか?」

コック長「ええ 一匹残らず やってきおきましたよ。」

この日の漁獲は指の先から肘ほどの長さの物が全部で三百匹ほどだった。

比較的よく釣れて味も良いこのカツオは鮮度が落ちるのも早いのだが、
それ以上に早めに血抜きをしなければ食あたりを起こす物質が体内で生成されてしまうため、
釣ったらその場で血抜きをしておかなければならなかったのだ。

*「早くしないと 売り物にならなくなっちゃいますからね!」

ボルカノ「よし それじゃ あとは保存だが……。」

マリベル「お任せあれ! ほら アルスもやるのよっ!」

アルス「え? あれ ぼくもやるの!?」

マリベル「あら レディだけに あんな姿 晒せって言うの?」

アルス「う… わかったよ……。」
アルス「それじゃ ぼくはこっちから行くね。」

マリベル「じゃあ あたしはこっちの列ね。」

そうして二人は真っ白に輝く冷たい息を吐きながら満遍なくカツオの列を凍らせていく。

ボルカノ「便利なもんだな。あれ。」

コック長「いつか 食材の保存方法が 変わるかも しれませんな。」

*「え? みんな あんなの 吐くようになるのか?」

コック長「バカモン。冷凍保存する技術が 出てくるようになるってことだよ。」

*「きっとこりゃ 高く売れますよ~! ボク 帰ったら 久しぶりに城下町で 遊んじゃおうかな~!」

そう言って飯番は小躍りしながらにやつく。

*「気が早えな おまえ。まだまだ 航海はこれからだぜ?」

*「ははは… わかってますって!」

そんなやり取りをしながら男たちは二人の作業が終わるのを見つめる。
真剣ながらもどこか楽しそうに見える二人の姿は見ていて飽きないものがあり、
屈強でこわもてなはずの漁師たちの表情もいつの間にか子を見守る親のようなそれになっていた。

雲一つない空の下、温かい日差しを浴びながら漁船アミット号は次なる目的地へと向けて再び舵を切るのだった。



502: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 13:04:02.72ID:W5dqu19v0

ボルカノ「お 城が見えてきたな。」


その後北上しながら漁場をいくつか見つけては少しだけ漁をし、
漁船はマーディラスの大陸とグリンフレークのある大陸との境、つまり海峡を越えようとしていた。

マリベル「あら 本当だわ。…見て見て アルス!」

アルス「うん?」

マリベル「だれか 橋の上にいるわよ?」

アルス「えっ!」

少女の呼び声にマーディラスの方を見やると確かに橋の辺りに人影が見える。

マリベル「だれだろうね。」

アルス「…………………。」

少年は意識を集中させ、遠い海の向こうの崖に佇む誰かの姿を見据える。

アルス「……!」

黙ったままの少年だったが、突然手を上げたかと思えばゆっくりと大きく左右に振った。

まるで誰かに合図を送っているかのように。

マリベル「どうしたの?」

アルス「……ううん。何となくね。」

果たして少年の見つめるその先の人物に少年の姿が見えたかどうかはわからない。
だがどういうわけか少年はそうせずにはいられなかった。

マリベル「…………………。」
マリベル「…まっ 誰でもいいわ。」
マリベル「それより ボルカノおじさま。今日はどこまで 行くんですの?」

ボルカノ「ああ それなんだが……。このまま 夜通しで突っ走るか どこかで休憩するか 迷ってるんだよ。」

マリベル「夜通しだと どうなりますの?」

ボルカノ「次の目的地までは 明日の 真夜中ごろには つくだろうな。」

マリベル「どこかで 休憩すると?」

ボルカノ「明後日の昼頃 だな。」

マリベル「うーん。記憶が正しければ この辺りに 一軒だけ 宿があったはずなんだけど……。」

アルス「いいんじゃないかな 昨日は みんな じゅうぶん 休んだんだろうし。」

少女が頬に手を添えて考え込んでいると、それまで西の方を見つめていた少年が向き直って言う。

ボルカノ「……まあな。」

実際、漁師たちはマーディラスに滞在している間、少年や少女のように慌ただしい時間を過ごしていたわけでなく、
城下町で二日間を過ごしてしっかりと羽休めを終えていたところだった。
それにこれまで何十日もの間陸に上がらず漁に出ていた漁師たちにとっては
一日ベッドに横にならなかったからといってどうこうという話ではなかったのだ。

ボルカノ「二人とも 体は大丈夫なのか?」

マリベル「うふふ。これぐらいで 音を上げるようじゃ 英雄なんて 務まっていませんですことよ!」

アルス「……父さんの子ですから!」

ボルカノ「……決まりだな!」

二人の言葉に頷くと船長は号令をかける。

ボルカノ「おまえたち! 今日は このまま 船を走らせる! 到着は明日の夜中だ! いいな!」

*「「「ウスッ!!」」」

こうして日も傾きかけた頃、漁船アミット号はあの忌まわしき事件以来の夜通しでの航海を決め、
一同は交代で見張りと操舵を行うこととなったのだった。

トパーズ「くぁ~……。」

甲板で日光浴に耽る三毛猫は、どこまでも退屈そうに欠伸をするだけだった。



503: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 13:05:54.70ID:W5dqu19v0

マリベル「気持ちいい風ねー。」

アルス「……そうだね。」

西から吹く涼しい風を受けながら、帆船は夜の海をゆっくり確実に東へとその船体を滑らせていた。

マリベル「ねえ あそこにあった 洞窟のこと 覚えてる?」

アルス「……覚えてるよ。」

甲板で見張りをする少年に付き合っていた少女が不意に話しかける。

アルス「たしか お宝探しだとか言って みんなで 張り切って 乗り込んだんだっけ。」

マリベル「あの時の キーファとガボの はしゃぎようったらね。見ていておかしかったわ。」

アルス「洞窟の中も 不気味だったけど あそこにいた 魔物もかなり 厄介だったよね。」
アルス「えーっと なんだっけ? コスモファントムみたいなやつ。」

マリベル「洞窟の魔人で いいんじゃないの? にしても 趣味悪いやつよね~。」
マリベル「どこの誰が 流した噂だか知らないけど やってきた人間を 片っ端から殺していたなんてね。」

アルス「好奇心は 猫を殺す か……。」

トパーズ「なおー。」

そう言って少年は足元で八の字を描いていた三毛猫を抱きかかえる。

マリベル「ちょっと 縁起でもないこと 言わないでよ。」

アルス「ごめんごめん。」

マリベル「それにしても どうして 洞窟がなくなって あんな宿が立ったのかしらね。」
マリベル「毒沼の真ん中に 宿屋を立てるなんて あたまが どうかしてるわ。」

二人で三毛猫を撫であっていると、思い出したかのように少女が呟く。

アルス「洞窟って 数百年で 消えちゃうものなのかな?」

マリベル「バカねえ。そんなこと言ったら 他の洞くつだって とっくになくなってるわよ。」

アルス「…………………。」
アルス「えーっと レブレサックにあった 魔物の洞くつは……。」

マリベル「……お店になったわね。」

アルス「ダーマの洞くつは……。」

マリベル「山賊のアジト……。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「って なに言ってんのよ! 今でも そのままの洞くつなら いっぱいあるじゃないの!」

アルス「あ ばれちゃった?」

マリベル「キーッ! アルスのくせに このあたしを 陥れようとするなんて 生意気よ!」



トパーズ「フギャアアアッ!」



504: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 13:08:32.54ID:W5dqu19v0

しっぽを触っていた少女の手に力が入ったのか、思わぬとばっちりを受け三毛猫は絶叫を上げる。

マリベル「あっ ごめんなさいね。」

トパーズ「ぅう~。」

鼻頭をなめて低く呻く猫に謝りながら少女は優しく患部を撫でる。猫は少女を恨めしそうに見た後、少年の腕の中で少しだけもがき、さっさと降りて船室の方へ行ってしまった。

アルス「あははは!」

マリベル「…ったく。要するに 脆いところは崩れて 後から来た人が 埋め立てて 造っただけの話よね。」

アルス「だとすると いまも 地下には 魔物たちが 潜んでいるのかもね。」

マリベル「……よしなさいよ。」

二人の間を風が抜けていく。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」



マリベル「今日は おつかれさま。」



アルス「えっ?」

突然の労いの言葉に少年は戸惑う。

マリベル「たいへんだったでしょ?」

アルス「……まあね。」

少女は先の漁で汗を流して働いていた少年の姿を思い浮かべていた。

マリベル「悪いわね あたしだけ はしゃいじゃってさ。」

釣り手が楽な仕事ではないことはお互いわかっていた。

だが少女はなんとなくそう言わずにはいられなかったのだった。

アルス「マリベルだって あんなに がんばってたじゃないか。」
アルス「どれも 大切な役割に 変わりないし ぼくは そのうちの一人として 仕事ができるだけでも 満足さ。」
アルス「それに ぼくも これから少しずつ みんなや 父さんに 仕込んでもらうからさ。」

思いのほか少年はなんでもない風に言う。

マリベル「……そうよね。あんたは これから いっぱい修行して 立派な漁師になって……。」
マリベル「あたしは……。」
マリベル「この漁が終わったら… やっぱり あたしはもう 連れてってもらえないんだもんね……。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「本当は ずっと……。」
マリベル「…………………。」
マリベル「なんでもないわ。…今のは 忘れてちょうだい。」

アルス「…………………。」



アルス「マリベル。」



505: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 13:12:20.56ID:W5dqu19v0

マリベル「ん? …っ!」
マリベル「……なによ。」

呼ばれたと思ったら不意に抱きしめられ、少女は困惑しているような怒っているような、
そして少しだけ恥ずかしそうな顔を横に逸らす。

アルス「ごめん 本当は ぼくも ずっと一緒にいたいけど……。」

マリベル「…わかってるわ。ワガママだって。」

アルス「…だからさ 一緒にいられる時間は 他の人より 少ないかもしれないけど その時間を 大切にしよう?」

マリベル「…………………。」
マリベル「なによ… アルスのくせに かっこつけちゃってさ。」

少年の肩に頭を乗せると、少女は照れ隠しの悪態をつく。

マリベル「あたしを 満足させられなかったら メラゾーマ百発よ?」

上目使いに少年を見上げて少女はさらっと恐ろしいことを言ってのける。

アルス「せめて メラじゃ……。」

マリベル「あら そんなに ザキがいいですって?」

アルス「メラゾーマでいいです。」

マリベル「…バカね。しないわよ そんなこと。」

ジトっと少年を睨んでいた少女だったが、あまりの少年の即答ぶりに思わずクスッと笑う。

アルス「前科があるからなあ。」

マリベル「だーかーらー。悪かったって 言ってるじゃないの!」

そう言って眉を吊り上げると、今度は腕を伸ばして少年の頬を引っ張る。

アルス「わ わハっハ わハヒまヒハ!」

身振り手振りで降参の意思を示し少年は必死に懇願する。

マリベル「ふんっ。」

アルス「あいたた……。」

マリベル「もとはと言えば あんたが 悪いんだからね? わかってるの?」

アルス「ハイ ワカッテマス。」

マリベル「…………………。」



マリベル「ね アルス。」



訝しげに少年の顔を睨んでいた少女だったが、
少しだけ頬を染めて少年の名前を呼ぶと何かを訴えるように上目がちに少年の目を見つめる。

アルス「…………………。」

マリベル「……もうっ やっぱり にぶちんね。」

黙ったまま見つめ返す少年に痺れを切らして少女は後を向いてしまう。

マリベル「は~あ。どうして こんなの 好きになっちゃったのかしらね~。」



アルス「マリベル。」



マリベル「なによ…っ!?」
マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」



マリベル「あっ……。」



506: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 13:15:02.35ID:W5dqu19v0

振り向きざまを狙った不意打ちの接吻。

少女は一瞬何をされたか分からずにいたが、
唇の離れる瞬間にそれがなんだったのかに気付き、名残惜しげに短い声を漏らす。

アルス「…もう一回?」

マリベル「…………………。」
マリベル「……うん。」

どこか意地悪そうに見つめる少年に少しだけ心臓の高鳴りを覚えて見とれる少女だったが、
真っ赤になったまま少しだけ目を逸らすと絞り出すように懇願の言葉を呟いた。

アルス「大好きだよ マリベル。」

そんな少女が愛おしくてたまらなくなり、少年は促されるまでもなく素の言葉を少女に浴びせる。
そして少女の首に腕を回して正面を向けさせると、そのまま吸い込まれるように唇を重ね合わせた。

マリベル「ん…ん…… ふ……。」

荒くなる少女の息を聴きながら、ゆっくりとその柔い感触を確かめるように口を動かし少女の唇に自分のそれを這わせていく。
心臓と心臓の鼓動が重なり、いつしか二人は一体となってしまったような錯覚を覚えていった。



アルス「……苦しかった?」



長く短い時の中で愛を確かめ合った後、
どちらともなく離された口元からは刹那の橋がかけられ、風に流されて水面へと消えていった。

マリベル「はあ… ちょ…ちょっとね。」

少しだけ乱れた息を整えながら少女が答える。
その頬は林檎のように染まり、瞳はとろんと溶け、少年の理性を根こそぎ奪い去るかのような際どさを感じさせた。

アルス「ゴク……。」

マリベル「アルス……。」





“あっ まずいかも”





少年がそう思った時だった。



507: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 13:16:56.50ID:W5dqu19v0

*「それでよ うちのカミさんが言うんだ。いつまで 待たせるんだってな。」



階下から近づいてくる声に気付いて少年がさっと少女から腕を離す。

*「そりゃ おめえ そんなの おまえが その気になりゃあよ……。」

*「おっ アルスに マリベルおじょうさん。見張りごくろうさん。」

*「なーんだ 二人で イチャイチャしてたのかい?」

*「ついでに こいつの のろけ話でも 聞いてくれよー!」

アルス「は ハハハ……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……んもうっ。」

少女の悪態を横に聞きながら少年は乾いた笑いを上げることしかできなかった。
ただ、あのまま放っておいたら何をしてしまうのか、否、何をされるかわかったものではなかった。
そうなってしまえば取り返しのつかないことになる。

言い方は悪いが少年はこの二人の漁師に救われたのだ。



*「それでさ カミさんったらよぉ……。」



頭に入ってこないのろけ話を聞きながら少年はそっと胸を撫でおろし、
この後またどうやって少女のご機嫌をとろうかと考え始めるのだった。

そんな少年を眺め、星空に浮かんだ月が楽しそうに笑っていた。





そして……



508: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 13:17:29.45ID:W5dqu19v0

そして 夜が 明けた……。



510: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 13:20:38.86ID:W5dqu19v0

第16話の主な登場人物

アルス
アミット号の新人漁師。
船長の息子にして世界の英雄という立場であるが、
新入りに変わりはないため漁においては特別扱いされない。
本人もそれでよいと思っている。

マリベル
自分が網本の娘であることを再認識する。
悲しくはあるが、アルスのことを後ろから応援したいと思っている。

ボルカノ
アミット号を仕切る国一番の漁師。
一本釣り漁では誰もが見とれる腕で獲物を吊り上げる。

コック長
場合によっては甲板に出て漁の手伝いをすることもある。
サイードに砂漠の料理を教えてもらっていた。

めし番(*)
コック長と一緒に甲板へ出て獲物の処理をする。

モリ番(*)
今回の漁ではボルカノと同じように釣り役に徹する。

アミット号の漁師たち(*)
新人アルスの成長を見守る先輩漁師たち。
漁が滞りなく進むよう、流れるような動作で作業に勤しむ。

トパーズ
アミット号のお守り猫。
暇な時は寝ているか、アルスやマリベルのもとへ行くことが多い。



511: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 22:38:16.91ID:W5dqu19v0

航海十七日目:ある少女の一日 / 少年の独白



512: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 22:42:08.12ID:W5dqu19v0

“漁船アミット号の朝は早い”



と、言いたいところだけど、漁をしながら長期間航海を続ける漁師たちに朝も何もないわ。

もっとも、今回の航海は特別なものだからいつもとは勝手が違うんだけど。

基本的に夜通しで船を走らせている間、交代で見張りと舵取りをしなきゃいけないから、

漁師たちは寝たり、寝なかったり、その日の予定で一日の動きが変わってくるわけよ。

あたしと言えば、今日は朝から三毛猫のトパーズに扉を叩かれてコック長たちが起こしに来る前に起きちゃったわ。

まったく、人の苦労も知らないでネコちゃんってのはいい気なもんよね。

隣で寝ているんだからあいつが止めてくれればいいのに、ホント気が利かないやつ。



仕方ないから起きて着替えて、あたしがいつも作ってる猫用のごはんをあげる。

流石に人と同じようなのを与えるわけにはいかないからね。

もっとずっと健康志向な献立で体調を保ってあげるの。あたしってばなんて優しい人なのかしら。



それが終わって二度寝しようと思ったら今度はコック長たちが来ちゃうんだもの。

せっかくの睡眠時間はあっさり朝ごはんの準備時間に早変わりよ。



今日の献立は芋のサラダとトマトのスープ、それから厚切りのベーコンとトースト。

朝だけどみんな本当によく食べるから作る量もかなりのものだわ。

芋の皮むき一つとってもその数は軽く二十弱。

面倒な作業だけど隣から起きてきた奴にテキトーに任せてあたしはひたすらベーコンを焼いたわ。

燻されたいい香りが寝不足ですっかりしぼんだお腹を少しずつ元に戻して、すっかりあたしもお腹ペコペコよ。



それから日が完全に昇りきる前にそれまで寝ていた漁師たちも少しずつ起きてきて、今日の朝ごはんが始まったわ。

やっぱり海の男たちね。あれだけ用意した料理がみるみるなくなっていくんだもの。作り甲斐があるってもんだわ。



食べ終わったら交代で来た漁師の人が皿を洗い、その横でコック長とあたしが鍋を洗う。

飯番といえばもうお昼ご飯の下ごしらえを始めようとしているわ。

それから自分の仕事を済ませたら、悪いんだけどあいつのハンモックで寝かせてもらうことにしたの。

流石に調理場はうるさいし、寝てたら気を使わせちゃうからね。

それにどうせあいつはしばらく表の見張りでいないし、昨日は遅くまで付き合ってあげたんだからこれぐらい良いわよね。



ハンモックに横になろうとしたらそこには先客がいたわ。三毛猫のトパーズよ。

まったくこの子ったらあたしの睡眠の邪魔をするのが生きがいなのかしらっていうくらいね。

仕方ないから渋るトパーズを無理やり持ち上げて自分の寝場所を確保することにしたわ。

もちろん嫌そうに鳴いてたけどそんなことは知ったことじゃないわ。あたしの眠りを妨げた罪は大きいのよ。



それからしばらく仮眠をとってお昼ご飯の準備が本格的に始まる前に体を休めておくことにしたわ。

この船の上での料理は戦場なのよ。



513: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 22:45:13.08ID:W5dqu19v0

日もだいぶ昇った頃に目を覚ましたあたしはとりあえず濡らした布で体を拭いてお風呂に入れなかった体をきれいにしていくの。

もちろん簡単なカーテンをかけて誰にも見られないようにね。

そもそも男だらけのこの船の中であたしってば紅一点だから普通に考えてみればかなり危ないのよね。

まあこの船に一人を除いてそんなことをする人はいないし心配はないんだけどね。



身体を洗い終わったらすぐに昼食の手伝いが始まるわ。

お昼の献立は鶏を二匹つかった香草蒸しにニンニクときのこの唐辛子パスタ、それから鶏からとれた出汁の玉ねぎスープ。

いくら途中の町や港で買い足せるからと言って船の上では食材は何一つ無駄にはできない。

過酷な旅に野営を重ねてきたあたしにとっては当たり前の感覚だけど、
いろいろと考えながら食材を使わなきゃいけないのはやっぱり難しいのよね。

そこの辺りは流石はコック長といったところかしらね。

パパや漁師のみんなが信頼を置くだけあるってものね。



なんでも今日の夕方からまた漁を始めるらしくて、男どもは競うように鶏肉に手を伸ばしては腹の中へ放り込んでいたわ。

体力付けなきゃいけないのはわかるけどもう少し味わってほしいもんだわよ。

そうこう言ってるうちに出遅れたやつが渋い顔でこっちを見てくるもんだから、
かわいそうになって皿洗いの時に差し入れしてあげる羽目になっちゃったわよ。

ホントとろいんだから、余計な世話を焼かなきゃいけなくなるこっちにの身にもなりなさいってんだわ。



昼すぎ、風に当たりに甲板に出たらボルカノおじさまが船の先端で海面を鋭い目で見ていたわ。

どうやら潮の流れを見てこの先魚がどのあたりに来るかを見ているんですって。

その横では普段は間抜け面のあいつが真剣そうな顔してその話を聞いていたわ。

あたしが後ろの方からその様子を見てるのなんてまったく気づいてないみたい。

せっかくこーんな美少女が見守ってあげてるんだから挨拶くらいしたらどうなのかしら。失礼しちゃうわ。



でも、いつもは何考えてるか分からないあいつが時々見せるあの顔はちょっとかっこいいなって思うわ。

ちょっと前まではカボチャの方が素敵だと思ってたのに、今なら素直にそう思えるんだから人って変わるものね。



いつかあいつもボルカノおじさまを追い越してエスタード一の漁師って呼ばれる日が来るのかしらね。

そしたらあたしは世界一の美少女、いやその頃には美女の方が正しいのかしら、まあいいわ。

あたしは世界一の美女にしてエスタード一の漁師の、漁師の……。

まっ、なんでもいいかしらね。

とにかくあいつには誰にも恥じない男になってもらわなくちゃ困るわ。

そうでないとつり合いがとれないものね。誰ととは言わないけど。



そんなこと考えてたらあいつがこっちに気付いて笑って呼ぶもんだから咄嗟で変な声が出ちゃったじゃない。

まったくレディに恥をかかせるなんてあいつもなってないわね。

後で仕返ししてやろうっと。



514: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 22:47:46.80ID:W5dqu19v0

そうして時間を過ごしているうちにすっかり日は傾いて夕方。

甲板が慌ただしくなって漁師たちがボルカノおじさまの指示を待たずとも自主的にどんどん仕事をこなしていく。

やっぱりお互い信頼して何をすべきなのか分かってるのね。

少し緊張してるけどあいつも状況を見て自分のすべきことを見つけてなんとかやってるみたい。

昔だったらおろおろするだけで何もできなかっただろうに、あいつも随分成長したんだなって感心したわ。

もちろんあたしの進歩には敵わないけどね。



今日は海面付近で群れを作る魚たちを網で獲るらしいわ。

今まで比較的深い所の、しかも大きな魚ばかり狙って漁をしていたから返って今回の漁は新鮮味があって面白かったわ。

なんてったってあたしも投網の技術に関しては自信があったからね。

漁師たちに混じって投げるのを手伝ったりしたわ。

結局それが運よくなのかわからないけどちょうど魚の群れに当たって、正に一網打尽よ。

重たすぎて引き揚げるのが辛いくらいだったからバイキルト使っちゃったわよ。

こんなところでもそつなく対応してしまう自分が怖いわ。



投げられた網を回収して、それだけで甲板には魚の山が積みあがっていたわ。

でも問題はここからよ。

すぐにみんなお腹を出して、食材にできるものは別にしてあとは全部冷凍保存。

この作業が大変なのなんの。

なんせ何百匹という魚を一匹一匹捌いていかなきゃならないんだからそりゃ骨も折れるってものよね。

網の手入れはひとまず置いといて船の全員で片っ端から選別しては捌いて、
ある程度まとまったらあたしとあいつでひたすら凍らせる作業の繰り返し。

もう口が凍傷になっちゃうかと思ったわよ。

鮮度を保つためには仕方ないとはいえこっちの身にもなって欲しいもんだわ。



もちろん獲った魚は全部冷凍じゃなくてこれまで通り塩漬け、酢漬け、干物、コック長が小さな窯を使って燻製を作ったりしてね。

全部が全部生で出されても調理の仕方がわからないなんて人も内陸の町にはいたりするから、これも大事な保存方法なのよね。

それに、やっぱり加工するにしてもコック長みたいな料理人が作った方が美味しく仕上がるってものよね。

こっちだってこれで食べていかなくちゃいかないわけだもの、常により高く取引できるように努力を惜しまないのよ。

あたしも網元の娘としてそういうセンスを磨かないとダメね。

これまでの旅で十分身に着けたつもりだったけど、この手のことについては果てが見えそうにないわ。

まっ、それだけやりがいがあるってもんだわよね。



515: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 22:49:53.44ID:W5dqu19v0

魚を処理し終わって一息つけるかと思いきやすぐさま夕飯の準備よ。

今日は昨日釣り上げたカツオとさっき獲れた魚をふんだんに使ったフルコースね。

たたきに、燻製、意外といける炒め物まで、手分けして存分に腕を振るってあげたわ。

結果は大反響。まったく、あたしってばフィッシュベルでお店が経営できるんじゃないかしらね。

コック長も飯番もそんな手もあったのかとか言って雷にでも打たれたみたいだったわ。

まあそうしたらこの船で誰が料理作るのよって話だけど。



夕飯が終わった後も漁師たちは網の手入れが終わってなかったみたいだからあたしも混じって手伝ったわ。

みんなは休んでていいって言ってくれたけど、やっぱりあたしだけが特別扱いなのも嫌だし、
何より自分だけ手持無沙汰っていうのがなんとなく許せなかったのよね。

疲れた体に鞭打って手入れを終えて、気づけば辺りは真っ暗。

もともと夜だったのはわかってたけど今日は新月だったみたいで、見上げれば月のない夜空が延々と広がっていたわ。

それで辺りを見回してみたら空をぼーっと眺めているあいつを見つけて、昼間の仕返しに後から首に息を吹き付けてあげたの。

そしたら驚いたあいつの素っ頓狂な声。

おかしかったらありゃしなかったわ。これでお相子ってところかしらね。



それからしばらく二人でどうでもいい会話をしながら過ごしてたんだけど、
気づいた時にはもう瞼がほとんど塞がってて、また目を開けた時にはハンモックに横になってたのよね。

いったいあの後どうしちゃったのかしら。

あたしのことだから死に物狂いで歩いて降りたのかしらね。

まあそういうことにしておきましょ。

でもおかしいわね。いつもバッグに隠してあるあたしだけの航海日誌を抱えたまま寝てたなんて。

いつの間にこんなもの持って寝てたのかしら。

やーねえあたしってば。



たぶん、真夜中を過ぎたぐらいだったかしら。

いつの間にか船の揺れが小さくなってどうやら港に到着したみたいね。

でも周りの物音がしないのをみると今日はこのままここで一泊するみたいね。

ま、このまま疲れた体で宿まで行く気力もなかったし、ありがたいと言えばありがたいことね。





さて、あしたはどんなことがあたしたちを待ってるのかしらね。




…………………



516: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 22:52:47.26ID:W5dqu19v0

どうやら彼女はもう限界らしかった。



無理もない。

昨日は遅くまで付き合わせちゃって、今朝はいつもより早く起こされ、料理に片付け、
漁の手伝いに魚の後処理、休む間もなく夕飯の支度に網の手入れ。

途中で仮眠はとったとはいえ、彼女にとっては少々酷な一日だったかもしれない。

もっとも、過酷な旅をしていた頃はこれ以上にひどい有様だったこともあったのだが。



なんにせよ今の彼女はぼくの言葉にも虚ろで、もう半分は夢を見ているようだった。

次第に頭が下がり始め、時々はっとしては頭を振っている。



もう寝かせよう。



そう思いぼくは彼女の体を抱きとめるとそのまま脇の下から背中にかけ、
もう片方は膝の下を抱えて持ち上げ、ゆっくりと起こさないように彼女を船室の一番奥へと運んでいく。

途中で見つかった時はどうなるかと思ったけどどうやら見て見ぬふりをしてくれているようだった。

彼らには後でお礼を言っておかなければ。



調理場にあるハンモックに彼女を横たえると少しだけ彼女は目を覚まし、
かけてあった鞄の中から何かを取り出しては広げて顔に被せる。

どうやら航海日誌のようだった。

だがそれはぼくたち漁師がつける簡素で分厚いものではなく、
織り込まれた羊皮紙を何十枚か束ね、可愛らしい装飾を施した本のようだった。



まじまじとそれを眺めていると不意に彼女が寝返りを打ち、例の日誌が床に転げ落ちる。

ぼくがそれを拾おうと手を伸ばしたとき薄闇の中である一文だけが目に映った。

そこに書かれていた内容はこうだった。





“あたしはこれからあいつのために何をするべきなのか”



517: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 22:53:51.50ID:W5dqu19v0

一瞬でそれは見えなくなってしまったが、
その文になんとなく彼女がここのところ見せていたどこか思い悩むような表情はこれが原因だったのだろうかと思いを巡らせた。



ぼくは彼女が一緒にいてくれるというだけでそれ以上はもう何も望まない。

だが、どうやら彼女はそうじゃないのかもしれない。

ぼくは何を彼女に無理強いするつもりもなく、ただ彼女のやりたいように楽しく生きていてくれればそれでいいと思っていたのだが。



漁についてきてくれとは言わない。

ではぼくは彼女になんと言ってやれば良いのだろうか。

こればっかりはぼくがどうこう言って解決できる問題ではないのかもしれない。



そこまで考えて日誌を拾い上げると、彼女の腕の中にそれを滑り込ませ、ぼくは厨房を後にした。



518: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 22:55:26.18ID:W5dqu19v0

自分の寝床のある食堂の椅子に座って今日一日を振り返る。



朝から食事は大満足だった。



旅をしていた頃だって、乏しい食材でも彼女がよく料理をしてくれたから、
量は少なかったけど楽しくて、満足していたことには変わりない。

だけど今や彼女は豊富な食材や料理人に囲まれて思う存分にその腕を振るってくれている。

すべてにおいて文句のつけようもない。



ただ昼はみんなの食べる速さのあまりにちっとも鶏肉が食べられずじまいだった。

それでも見かねた彼女が、皿洗いをしている時に昨日の残りをこっそりくれたのが嬉しくてたまらなかったな。



それから今日は父さんに魚の群れと潮の流れのことを教わった。

この世界には膨大な種類の魚がいて、場当たりではなく一つ一つを追いかけて漁をしなければならない以上、
この勉強は漁師にとってはなくてはならない知識だ。

知識だけじゃない。体の感覚をすべて使ってその時の状況を読み、的確に動いていかなければ漁は成功しない。

少しずつ経験を積んで、ぼくもいつかは父さんを超える漁師になるために精進しなければならない。

そのためにもこうやって吸収できることはなんでも吸収していかなければ。



520: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 22:57:36.19ID:W5dqu19v0

日が暮れてきた頃、漁師のみんなと一緒に今日は魚群を狙って海面付近で曳網をした。

移動しながらの漁となると漁法も限られてくるしチャンスも少ない、そこで頼りになるのがやはり父さんの目だ。

号令と共に放った網はすぐに魚群を飲み込んでずっしりと重たくなった。

引き揚げるとそこにはやはり大量の魚たちが掛かっていた。

網の目は大きめにしたあったから売り物にならないような小さな魚はかからなかったけど、それ以上に収穫は多かった。

片っ端から腹を出しては選別し、ぼくと彼女で加工しないものを冷凍していく。



それが終わった後はすぐに網の手入れだ。

複雑に入り組んでいる網はところどころ絡まったり変なものがくっついたりしている。

でもこういうものを放っておいては次に使う時にちゃんと広がらなかったり、魚が傷ついてしまったりする。

だから地道な作業だけどこの手入れだけは絶対に欠かせない大事な作業なんだ。



しばらくして夕飯に呼ばれて食堂に降りれば今日も豪勢な料理がテーブルの上に所狭しと並んでいた。

目移りしそうになりながら一つ一つ丁寧感想を言いながらに食べていく。

獲った魚が美味しい料理になって出てくるのはもちろん嬉しいし、
そうやって美味しそうに食べるぼくたちを見て料理をした3人も嬉しそうだった。



夕飯を食べ終わったらさっき終わらなかった網の手入れの続きだ。

丁寧にゴミを取り除きながら甲板に並べて乾かしていく。

切れやほつれがないか確かめながら作業を進めていたら夕飯の後片付けを終えた彼女がやってきて手伝ってくれた。

ぼくに加えて操舵や見張りをしていた人も休んでいるように言ったんだけど彼女は引かなかった。

どうやらただ乗っているだけの時間というのがなんとなく嫌ならしい。

もうこの船の誰もが彼女を網元の娘としてではなく一人の船員として見ているというのに。

いや、もしかすると漁師たち以上に彼女はこの船の上では働き者なのかもしれない。

漁師たちだけでは乗り越えられなかった困難も彼女がいてくれたおかげで突破することができた。

ぼくも彼女にどれほど助けられたことかわからない。

それくらいみんなが彼女に感謝していたし慕っていた。あの父さんですらね。



どちらかというとぼくは彼女が辛くないのか心配だった。

誰がどう見たってこの2週間はいろいろありすぎたと思う。

行く先々で事件が起こり、ひと悶着あり、魔物たちと戦う。

まるであの旅の続きをしているかのように。

それもほぼ毎日それの繰り返しで、流石に彼女も疲労が溜まっているのではないだろうかってね。



ぼくの予感は当たっていた。

作業が終わって星を見ていたら彼女がやってきて、その後、今に至る。

確かに宿に泊まったりしてるから肉体的な疲労はそこまでないかもしれないが、蓄積というものがあったに違いない。

彼女にはしばらくゆっくりしてもらいたいものだ。



521: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 23:00:03.99ID:W5dqu19v0

そこまで考えてぼくはふと隣の厨房で眠る彼女の顔を思い浮かべた。

この航海中、彼女は今まで以上に色んな表情を見せてくれた。

怒ったり笑ったりした顔はしょっちゅう見てるけど、あんな泣き顔を見せることなんて一度もなかった。

そう、気丈な彼女はどんな辛いことがあってもあの旅の中で涙を見せることはなかった。

プライドのせいで弱い自分を見せられなかったのはあるかもしれない。

でも、よく考えてみたら彼女の涙のほとんどの原因はぼくにあるのだろう。



最初の夜も、フォロッド城でも、クレージュでも、砂漠でも。

それに最近だって大神殿で泣かれてしまった。

ああなってしまったら不器用なぼくにはどうすればいいか分からないし、ただ抱きしめて謝ることしかできない。



理由は様々だけど、ぼくにはあの彼女が涙を見せるということ自体が衝撃的なことだった。

明らかに以前の彼女とは違うのだ。

いや、もしかしたら彼女はぼくたちに隠れてこっそり泣いていたのかもしれない。

でも今は恥ずかしがることもなく涙を流している。

きっと強がらずに素の自分を曝け出すことに対して彼女の中で何か思うところでもあったのだろう。



ぼくにとってはそれが嬉しかった。

彼女とはどんな気持ちも共有していたい。

これまでどうしてあげることもできなかった心の傷に気付いてあげることができる。

抱きしめて慰めてあげることができる。

一緒に笑って泣いて、時には怒ったりして。

これから起こるどんなことでも彼女と一緒なら乗り越えていける。

そんな確信がぼくにはある。





さて、そろそろぼくも寝よう。明日は彼女とどんなことを話そうかな。



522: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 23:01:12.03ID:W5dqu19v0

…………………



小さな船着き場へとたどり着いた船の中で、漁師たちが一人、また一人と眠りについていく。

少年は全員が寝静まったことを確認すると、食堂の卓を照らしていた小さな蝋燭を吹き消した。

真っ暗になった船内で、少年は自分の寝床で丸くなっている三毛猫を抱え、
三人分の大きないびきの木霊する中、小さな寝息を立てて眠り始めるのだった。

明日からの未来に、淡い希望を抱きながら。





そして……



523: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 23:01:43.77ID:W5dqu19v0

そして 夜が 明けた……。



525: ◆N7KRije7Xs:2017/01/08(日) 23:03:37.36ID:W5dqu19v0

第17話の主な登場人物

アルス
漁についてきたマリベルの体を案じているが、
一方で一緒にいられる時間を大事にしようとも思っている。
少女の変化には敏感で、いろいろと思うところがある様子。

マリベル
網本の娘としてではなく、一人の船員としてアミット号に乗り込む。
日々成長するアルスのことを見守っている。
実は隠れて自分だけの航海日誌を付けているらしい。



526: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 20:57:41.51ID:3FxrOVId0

航海十八日目:少女、城へ行く / 迷子を探せ



527: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 20:59:23.05ID:3FxrOVId0

マリベル「あふぁ~… 良く寝た……。」



朝日が半分ほど登った頃、波に揺られる船の中で少女は眠りから覚めた。

マリベル「あら?」

いつの間にか腕に日誌を抱えたまま寝ていたことを思い出し、そっとそれを鞄に戻すと濡れた布で身体を拭きながら呟く。

マリベル「だれにも 見られてないわよね……。」

それが日誌の内容なのか、自分の体のことなのかは彼女にしかわからない。



“カシ…カシ……”



そんな中、隣の部屋から餌を催促する猫が扉を叩く音が小さく聞こえてきた。

マリベル「はいはい 待ってなさいよ。」

手短に体を清め終えると少女は猫のエサを作りながら扉の向こうに呼びかける。
漁船は昨日の真夜中のうちに港に到着し乗組員全員が眠っていたらしく、どうやらまだ誰も起きてはいないようだった。

トパーズ「なお~。」

一匹を覗いては。

マリベル「シーッ! 静かにしてよね。みんなが 起きちゃうじゃない。」

トパーズ「…………………。」

扉を開けて餌入れと共に少女が現れると途端に三毛猫が膝に飛びついて餌をねだる。

マリベル「はい どうぞ。」

それからその部屋、つまり食堂の中を見やる。

コック長「グ… ゴゴゴ……。」

飯番「…ふしゅるるる……。」

アルス「スゥ……スゥ……。」

料理人たちの間に混じって少年もまだ眠っていた。昨晩も少女と話した後、遅くまで仕事をしていたのだろうか。

マリベル「…………………。」

少女はその様子を眺めていたがしばらくして少年の毛布がずり落ちていることに気付き、そっとそれを掛けなおしてやる。

マリベル「ふふっ……。」

それから少年の頬をぷにぷにと指で押して遊び、やがて飽きると猫を抱えて忍び足で船の上へと歩き出した。



528: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:02:37.45ID:3FxrOVId0

マリベル「まぶし……。」

甲板へやってきた少女は朝日の眩しさに思わず顔を隠す。
腕に抱いた三毛猫も眩しそうに眼をつむっている。

空にはそれなりに雲はあったが本日も概ね晴れのようだった。

マリベル「平和な朝ね~。」

トパーズ「ナー。」

辺りを見回しても人は見当たらず、閑散とした港にはカモメの鳴き声が木霊しているだけだった。

マリベル「散歩でも しようっか?」

トパーズ「なおー……。」

そう言って三毛猫を降ろし、港と呼ぶには少々小さい船着き場へと降りて辺りを散策する。

マリベル「…………………。」

トパーズ「…………………。」

“何か変わったものはないだろうか。”

そんな期待を胸に少女も三毛猫も無言で歩く。
しかし船が二隻泊まれる程度のこの船着き場にそんな興味深いものなどあるはずもなく、少女はつまらなそうに近くの係船柱に腰かける。

マリベル「なにも ないわね~。」

トパーズ「…………………。」

ため息をつく少女を他所に三毛猫は入念に辺りの匂いを嗅いでいる。
知らない土地にくれば大抵こうなるのだからおかしな話ではないのだが、それが一層少女にはつれなく見えてしまう。

マリベル「はぁ……。」





*「どうしたの?」



529: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:04:53.80ID:3FxrOVId0

マリベル「きゃっ!」



しばらく猫の動きを目で追っていた彼女だったが、不意に後ろから呼びかけられて体が跳ねる。

アルス「あっ ゴメン 驚かせちゃった?」

マリベル「び びっくりするじゃないの!」

アルス「おはよう マリベル。」

マリベル「お… おはよう……。」

アルス「一人で散歩? あ トパーズもいたんだっけ。」

トパーズ「な~う~。」

そう言って少年は三毛猫を拾い上げる。

マリベル「ま~ね。」

アルス「今朝は よく眠れた?」

マリベル「うん。」

返事の通りもう少女の顔には疲労の様子は残っていなかった。それを見て少年は少しだけ安堵する。



マリベル「ねえ アルス。」



アルス「ん?」

マリベル「昨日 あたし あんたと話してた辺りから 記憶があいまいなんだけど どうしちゃったのかしら?」

アルス「え……と……。」

曖昧ながらも鋭い質問に少年はどう答えたものか考えあぐねる。

マリベル「……?」

アルス「そ そう! 自分で ちゃんと 部屋に戻ってったよ!」

マリベル「本当に?」
マリベル「なにか いやらしいこと してないでしょうね~。」

アルス「ち 誓ってしてません。」

マリベル「神さまに誓って 言える?」

アルス「も もちろん。」

マリベル「…あんな クソじじいに 誓って言えるようじゃ やっぱり あんた……。」

少年はまんまとはめられたようである。



530: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:06:15.60ID:3FxrOVId0

アルス「誤解だよ! ひきょうだよ!」

マリベル「うふふ。冗談よ。」

アルス「ほっ。」

マリベル「でも 変なのよね~。いつも 鞄にしまってある に……っ!」

アルス「えっ?」

マリベル「なんでもないわっ。」



アルス「もしかして 航海日誌のこと?」



マリベル「な なんで あんたが それを 知ってるのよ!」
マリベル「あっ さては あんた あれ 読んじゃったわけっ!?」

口に出すまいと思っていた物をピタリと当てられ、少女は困惑と同時に少年にさらなる疑惑の目を向ける。

アルス「い いやいや 決して読んでないから! 本当だから!」

“一文を除いては”とは死んでも言えなかった。

マリベル「嘘おっしゃい! じゃあ 何で あれの中身が 航海日誌だなんて わかるのよ!」

アルス「い いや なんとなく……。」

実際事細かに内容を見たわけではないので厳密にはあれが航海日誌だったのかはわからない。
ただ、それらしき何かと思って口に出しただけだったのだが。

マリベル「う 嘘よね…!?」
マリベル「ま まさか よりにもよって あんたに 見られるなんて……!」

そう言って少女は頭を抱えてしまう。

アルス「ま マリベル落ち着いて!」



マリベル「ふ ふふ…… ビッグバンと ジゴスパークと マダンテ どれがいいかしら……?」



トパーズ「……!」

必死に少年がなだめるも少女は世にも恐ろしい選択肢をずらずらと並べていく。
そんな少女からあふれ出る不吉な雰囲気に思わず猫が飛び退く。

アルス「……本当に 読んでないって。」

またかと思い少年は半分自棄になって言う。

マリベル「…………………。」

アルス「いいよ もう どれでも 好きにすればいいじゃないか。」



マリベル「……信じてあげる。」



しかし少女から返ってきたのは意外な言葉だった。

アルス「え……。」

マリベル「その代わり 本当にあの後 どうしたのか 詳しく話してちょうだい。」

アルス「…………………。」
アルス「わかった。」

本当のことを話すべきか少しだけ迷った少年だったが、
真実を知りたいという少女の意を汲んで昨晩あったことを話し始めたのだった。



531: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:07:09.25ID:3FxrOVId0

マリベル「は 恥ずかしぃ……。 そんな シュウタイ さらしていたなんて……。」
マリベル「今なら いくらでも れんごく火炎が 吹けそうだわよ……。」

少年からことの顛末を聞いた少女は両手を膝に置き、顔を真赤に染めては俯いて言う。

アルス「…でも かわいかった。」

マリベル「ふ ふんっ……。」



*「お いたいた 二人とも!」



少年の一言に少女は赤い顔のままそっぽを向いていたが、再び声のする方へと振り返る。

アルス「あ おはようございます。」

マリベル「おはよう。」

*「マリベルおじょうさん もう 朝ごはんの支度を 始めますよ!」

そこにいたのは飯番を任されている男だった。どうやら料理長から少女を呼びに寄越されたらしい。

マリベル「あら そう。わかったわ。」

アルス「ぼくも 手伝います。」

*「お 嬉しいですね! それじゃ 行きましょうか!」

トパーズ「なお~。」



それからいつものように朝食の準備を済ませ、漁船アミット号は新しい一日を迎えたのであった。



532: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:08:00.94ID:3FxrOVId0

ボルカノ「この町が どういうところかは 大体わかった。」



朝食を終えた後、乗組員たちは今日一日の予定を会議室で話し合っていた。

ボルカノ「それで ここじゃ 誰に 締約書を渡せばいいんだ?」

だがここに来てある問題が発覚することとなったのだ。

アルス「うーん……。」

マリベル「この町も 町長って 呼べる人はいないのよね。世界一の 資産家の奥さんは 住んでるけど。」

アルス「町長がいない以上 住民会議を 開いてもらうしかないかと思います。」

マリベル「…てことは 下手をすると しばらく 滞在してなきゃ いけないのかしらね。」

*「ええっ! まだまだ 行くとこは いっぱいあるってのに 足止めか!?」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「とりあえず 行ってみるしかないか。」
ボルカノ「準備ができたら 出発するぞ。今日は 荷物が たくさんあるからな!」

*「「「ウスッ!」」」

ここで話していても埒が明かない。

そう判断した船長の号令で一同は動き出し、魚の詰まった木箱を抱えてすぐ北に見える町へと歩き出したのだった。



533: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:09:36.67ID:3FxrOVId0

*「ようこそ ルーメンの町へ。こんな片田舎に 旅のお方とは めずらしい。」



男性が片田舎と呼んだこの町こそ、
今回の一行の目的地にしてかつて再三滅びの運命を少年たちに救われた町、ルーメンだった。

*「おや? それは…… なんと! あなたたちは 漁師ですか?」

ボルカノ「おう! この町の広場で 市を 開きたいんだが どうかね。」

*「そりゃあ みんな 大歓迎ですよ!!」
*「みんなには ぼくたちから 伝えておきますから どうぞ 始めちゃってください。」

ボルカノ「わるいな。」

そう言って男性は町の中へと消えていった。

*「しかし…… 本当に ド田舎だな。」

漁師の一人が呟く。

ボルカノ「あの調子じゃ 漁師をやってる人間も ほとんどいなそうだし ここの町とは 特に 締約を結ばなくても いいんじゃないか?」

バーンズ王からの書状には港への停泊権、国の間での漁獲量の取り決め、
近海での漁業権及び安全保障など様々な項目が並んでいたが、
そもそもここまでやってくること自体が少なく、許可を取らなければならない相手がいない以上、
反って余計な取り決めはしない方がお互いのためになるのではないかと船長は考えていた。

マリベル「あたしも そんな気が してきたわ……。」

アルス「まあまあ とりあえず よろしくお願いしますってことで……。」

ボルカノ「……あいさつだけで 良さそうだな。」
ボルカノ「よし お前ら 商品を広げるぞ! 市の 準備だ!」

*「「「ウスッ!!」」」



534: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:10:34.82ID:3FxrOVId0

*「いらっしゃい いらっしゃい!」

*「とれたてピチピチの魚を さらに 冷凍して 鮮度そのまま!」

*「うちでなきゃ 味わえない 素材そのままのうまさだよ!」

*「うわっ 全然 におわねえ! あんちゃんこれ どうなってんの?」

*「カチコチだ! いったい どうやったんだこりゃ…?」

*「へっへっへ! すごい 技術があんだよ!」

*「おひとつ おくれ!」

*「あ あたしも!」

*「でっかい 魚…!」

*「おお これうまそうだな!」



535: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:11:45.13ID:3FxrOVId0

アルス「ひぃ ひぃ……。」

マリベル「ふぅ ふぅ……。」
マリベル「なんてことなの! あれだけ あった 魚が 飛ぶように売れたわ…!」

少女の言葉通り、町の中心に並べられた大量の魚は噂を聞きつけた住人たちによってあれよあれよという間になくなり、
今ではカツオの切り身ぐらいしか残っていない。

アルス「すごい 盛況だったね!」

ボルカノ「まさか ここまで 売れるとはな……。」

船長や漁師たちもあまりの客の殺到具合に少し引き気味。

マリベル「しっかし 魔王が現れたとかいって みんな 家の中に ひきこもってたっていうのに いなくなったとたん こんなに活気づくなんてね……。」

少女が辺りを見回して言う。

確かに町の中は依然とは比べられないほどに活気づいていた。
町の中を歩く人々の顔も明るく、どこか楽しそうに見える。

アルス「それだけ 抑圧されていたってことだろうね。」

マリベル「ま おかげさまで きれいに売れたし あたしたちから言わせれば 文句はないんだけどね。」

少女の言うようにいつの間にか木箱の中はゴールドでいっぱいになっていた。
普段のアミット漁でもこれほどの利益をあげることはなかなかできないためか、漁師たちもホクホク顔で頷いている。

ボルカノ「それで これから どうするかだ。」
ボルカノ「思ってたよりも 要件が 早く片付いちまったし 午後は 解散しようと思うんだが。」

マリベル「ああ それなら あたしは ちょっと 王さまに会ってこようかしら。」

ボルカノ「ん? どうしてだい?」

少女の突然の言葉に船長は思わず首をひねる。

マリベル「この町のこととか 王さまに 先に報告しておいた方が 安心して 航海が続けられると思いまして。」

アルス「ぼくも 行こうか?」

マリベル「ダメよ。あんたは ここで みんなに 漁のことを 教えてもらってなさい!」

アルス「わ わかったって……。」

ボルカノ「助かるぜ マリベルちゃん。」

マリベル「うふふっ お任せくださいな。」

アルス「…………………。」

本当は少しでも一緒にいたいという気持ちを抑えて少年は黙り込む。

マリベル「…ふっ……。」

そんな少年の気持ちに気付きながらも、少女は少年の漁師としての向上のために心を鬼にするのだった。



536: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:13:04.89ID:3FxrOVId0

*「これはこれは マリベルどの!」



*「おや? アミット漁は もう 終わったのですか?」



昼頃になり一行が市場をたたんだ後、少女は一人故郷の島にある城へとやってきていた。

マリベル「いいえ。実は うちの船が立ち寄っている町のことで 王さまに お話があるのよ。」

*「そうでありましたか! 王さまは 謁見の間におわします。どうぞ お進みください。」

マリベル「ありがとう。」

番兵たちに通され、三階にある謁見の間を目指して少女が階段を上っていると何やら婦人の話し声が聞こえてきた。



*「大丈夫だって! きっと お父さまなら あなたのこと わかってくれるはずだわ!」



*「うう… そ そうでしょうか……。」



マリベル「……?」

*「あ マリベル!」

なにやら込み入った話をしていた二人だったが、
こちらの姿に気付くと片方の可愛らしい少女が来訪者の名前を呼んで掛けてくる。

マリベル「リーサ姫?」

リーサ「どうしたの? あ もしかして アミット漁が終わったのね?」

マリベル「いいえ。実は ある町のことで 王さまに お話がありまして。」

リーサ「まあ そうだったの? それより 聞いてよ この人がね……。」

*「お お待ちくださいまし! やっぱりわたくしは……。」

リーサ「いいじゃない! この際だから マリベルにも 話してあげて?」

*「…は はい……。」



537: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:16:00.23ID:3FxrOVId0

マリベル「それで 王さまに 想いを伝えたい…と。」



少女は婦人のバーンズ王に対する熱い思いを聞き、一言でそれをまとめる。

リーサ姫「そうなの。」

*「何度も何度も 打ち明けようと 思ったのですが 結局 今の今まで できずに……。」

婦人は瞳を閉じてため息をつく。

マリベル「…………………。」
マリベル「まあ 話してみないと 何も 先に 進まないんじゃないのかしら?」

*「それは そうなのですが……。」

マリベル「リーサ姫は どう思って いらっしゃるんですか?」

いくらこの婦人と王が上手くいったとして、
亡き王妃との間の娘である姫が首を縦に振らなければその後王家が揺るぐ可能性も出てくるだろう。

そう考えて少女は本人に確かめることにした。

リーサ姫「私は いいんじゃないかなーと 思ってるの。」
リーサ姫「お父さまは お母さまが亡くなってから もう ずっと 一人で 私やお兄さまのことを 育ててくれたんだもの。」
リーサ姫「アイラが来てくれたとはいっても やっぱり どこかで寂しいと 思ってるに違いないわ。」
リーサ姫「それに 家族が 増えたら 私も 嬉しいなって……。」

それが彼女の本心なのかはわからない。ただ、自分の父親やこの婦人のことを思って言っているということは伺えた。

マリベル「そう… そうですか……。」
マリベル「アイラは?」

リーサ姫「アイラも 応援してるって 言ってたわ。」

どうやらもう一人の王女もそれについては否定していないようだった。

*「でも… もし ダメだったら……。」



マリベル「…………………。」



マリベル「一つ いいですか?」



*「……なんでしょう。」

マリベル「わたしは これから わたしたちの国の 王妃になる人が そんな風に いつまでも うじうじしている人だったら 耐えられないわ。」
マリベル「そのことを はっきりと 覚えておいてくださいね。」

煮え切らない婦人に対して少女は釘をさす。

リーサ姫「マリベル……。」

マリベル「わたしから 言いたいことは それだけです。」
マリベル「それでは わたしも 王さまに お話があるので これで失礼しますわ。」

それだけ言うと少女は踵を返して三階へ続く階段をつかつかと上って行ってしまった。

*「あっ……。」
*「…………………。」



538: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:17:35.86ID:3FxrOVId0

大臣「おお マリベルではないか!」



階段を登り切ったところで国王を補佐する大臣が少女を見つけ歩み寄ってきた。

マリベル「こんにちは 大臣。締約書のことで 王さまに お話があるの。」

大臣「そうであったか。ささ では こちらへ。」

そう言って大臣は少女を玉座の前まで案内する。

バーンズ王「よく来てくれた マリベルよ。また 何か 起こったのか?」

マリベル「こんにちは 王さま。さすが お察しが よろしくって。」

少女は微笑んで挨拶をする。

バーンズ王「まあ そうでもなければ わざわざ アミット漁の途中で ここまで きたりせんじゃろう。」

マリベル「そうなんです。実は……。」

[ マリベルは 事情を説明した。 ]

バーンズ王「ふうむ。そうか……。」

マリベル「ですから ルーメンは あいさつだけで 済ませようかと 思うんです。」
マリベル「漁にしたって あそこまで 行くことは ほとんど ないでしょうし……。」

バーンズ王「うむ わかった。では その ルーメンについては また しかるべき時がきたら 使いをよこすとしよう。」

マリベル「わかりました。それから こちらが これまで 預かってきた 各国や町からの書状です。」

[ マリベルは 預かった書状を バーンズ王に 手わたした! ]

バーンズ王「ご苦労だったな。それに 領海内での 安全保障の項については わしも 盲点じゃった。」
バーンズ王「ありがとう マリベルよ。」

マリベル「もったいない お言葉ですわ 王さま。」

バーンズ王「これからも アルスや ボルカノを 頼んだぞ!」

マリベル「は はい!」

バーンズ王「では 引き続き 気を付けてな。」



539: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:19:52.90ID:3FxrOVId0

マリベル「あら?」

王との謁見を終え、階段を降りてきた少女の目の前には先ほどとは別の人物が立っていた。

アイラ「あら マリベルじゃない!」

それは先ほど少女が名前を口にしたばかりの、元ユバールの踊り子にしてこの国のもう一人の王女だった。

マリベル「アイラ! 元気してた?」

お互いの顔を見ると二人は駆け寄り軽く抱き合う。

アイラ「あたりまえよ! マリベルこそ 慣れない 漁船での生活で 苦労してるんじゃない?」

マリベル「ううん けっこう たのしくやってるわよ。」

アイラ「そう それなら いいんだけど。」
アイラ「それよりも 聞いたわよ~ アルスとのことっ!」

マリベル「えっ…!!」

まさか王女がそのことを知ってるとは思わず少女は“アストロン”をかけられたかのように固まって動かなくなる。

アイラ「マリベルも 隅に置けないわねー あんなに 素直じゃなかったのに!」

マリベル「ちょ ちょっと アイラ…!」

王女は意地悪そうな笑みを浮かべる。

アイラ「あら ちょっと からかいすぎたかしら。ウフフっ。」

マリベル「もうっ!」

なんとも楽しげに笑う王女に少女がかわいらしく抗議する。

アイラ「で ちゃんと 彼とは うまくやってるの?」

マリベル「っ…… うん……。」

あの夜以来いくつもの困難を乗り越えながら二人は順調に互いの距離を詰めている。

そんな気が少女もしていたため、なんとか王女の問いかけにも答えることができた。



アイラ「あーあ うらやましいな マリベルは。」



マリベル「えっ?」

唐突な言葉に思わず少女は下がっていた目線を上げる。

アイラ「あんなに 素敵な人 滅多にいないもの。そんな人と結ばれた マリベルは 幸せ者よ。」

王女はどこか寂しそうな、なんとも言えない表情をしていた。

マリベル「アイラ……。」

アイラ「でも 安心しちゃダメよ? きっと 世界中の美女が 彼を狙っているに違いないから。」

マリベル「っ… も もちろん 誰にも 渡さないわ! あいつのことを 全部受け止めてやれるのは 世界で あたしだけなんだから!」
マリベル「あっ ボルカノさんやマーレさんには 敵わないかもしれないけど……。」

そう言って少女は再び意気を失くして俯く。

アイラ「ふ ふふふ……。あっはははは!」

そんな少女を他所に王女は高らかに笑いだす。

マリベル「アイラ……?」

アイラ「やーっぱり あなたには 敵わないわね マリベル。」
アイラ「これなら どんな人が 彼に言い寄ったって 大丈夫そうね。 安心したわ。」

そう言って王女はまなじりに溜まった涙を拭いて微笑む。



540: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:21:02.59ID:3FxrOVId0

マリベル「アイラ……。」

アイラ「そうそう そういえば さっきここにいた おばさまだけどね。」
アイラ「マリベルに ありがとうと伝えておいてください ってさ。なんだか 晴れ晴れとした 感じだったわよ。」

マリベル「……そう。」

先ほどの婦人はきっと本当に決意したのだろう。

国王の答えがどうかはさておき、結果を聞ける日がそのうち来るのだろう。

そう思い少女は瞳を閉じて微笑む。

マリベル「あっ そうだ アイラ お昼ってもう 食べちゃった?」

アイラ「まあね。城のお昼は 基本的に 同じ時間だから……。」

マリベル「そっか……。」

アイラ「いいわよ。食後のデザートでも 食べようかと 思ってたから!」

そう言って王女は片目を閉じてウィンクする。

マリベル「ホント!?」

アイラ「たまには 二人だけで 城下町を 歩きましょうよ! あ リーサも連れていく?」

マリベル「賛成っ! リーサ姫の 恋愛事情とか 聞きたいもの!」

アイラ「うふふっ あんまり 期待できないと 思うけどね。」

こうして少女たちは姫を連れて楽しそうに昼下がりの城下町へと繰り出すのであった。

王女二人に英雄の美少女という取り合わせに城下町は大いに盛り上がったとかなんとか。



541: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:21:53.45ID:3FxrOVId0

アルス「どうして こうなったんだろ……。」



そんな少女たちが会話に華を咲かせている頃、少年はとある“困ったこと”に苦心していた。

*「いやー まさか こんなことになるとはな。」

漁師の一人が苦笑して呟く。

元はと言えば“モンスターおじさんの運営するモンスターパークがある”と
町人に聞いた漁師の一人がそこへ行こうと提案したことから始まった。

食材の調達も済み、次の目的地までそう離れていないことから今日はいとまにするということもあって、
誰も反対することなく見物へとやってきたのだったが、どうやら間が悪かったようだ。

ボルカノ「メタルスライムっていうと この前 会った 体がブヨブヨしてる 金属の魔物のちっこいのだろ?」

アルス「うん……。」



遡ること数刻前。



…………………



542: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:22:38.97ID:3FxrOVId0

*「おお お前さんか!」
*「モンスターたちから 話は聞いておるぞ! 魔王を 倒してくれたそうじゃないか!」
*「モンスターたちを代表して わしからも 礼を言わせてもらうよ。」

アルス「いえいえ とんでもない。」

*「むむ どうやら お仲間さんがいっぱいのようじゃな。」

アルス「今日は みんなで 遊びに来たんです。」

*「そうか。きっと モンスターたちも 喜ぶじゃろう……。」
*「…………………。」

アルス「どうか したんですか?」

*「うーむ 実はのう……。」



…………………



543: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:23:44.72ID:3FxrOVId0

アルス「行方不明の メタルスライムを 探せ…か。」



そう、モンスターじいさんの言う“困ったこと”とは
つい先日まで山地にいたはずのメタルスライムが姿を見せなくなったということだった。

コック長「そんなに すばしっこいというやつを わしらが 見つけられるんじゃろうか。」

アルス「みんなで 手分けすれば もしかしたら 見つかるかもしれません。見物がてら みなさんも 探してみてください。」

ボルカノ「それじゃ 夕日が沈む前にここに 集合だ。いいな。」

*「「「ウスッ!」」」

アルス「ここの魔物たちは みんな 人間に対して 友好的です。」
アルス「あんまり 怖がると 向こうが 悲しむかもしれませんので みんな 楽しんできてください。」

*「おうよ!」

こうして一行はそれぞれ好きな場所へと移動しながら行方知れずのメタルスライムを探すことになったのだった。



544: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:25:05.08ID:3FxrOVId0

ダークパンサー「ガウッ ガウッ!」



オニムカデ「プギー! プギー!」



*「お おう…。」

*「ホントに 魔物が いっぱいいるんだな……。」

草原地帯へとやってきた漁師たちが早速魔物と対面して面食らっている。



スライム「ピキー!」



*「お こいつって アルスの言ってた メタルスライムじゃ ねえのか?」

*「よく見ろ 色が 青じゃねえか。たぶん 普通のスライムだろ。」

スライム「おじさんたち だあれ? ぼく スライムだよ!」

*「うおっ!」

*「驚いたな おまえさん しゃべれるのか!」

スライム「ぼくだけじゃないよ! ここには 人と話せる魔物が いっぱいいるんだよ!」

*「こりゃ 思ったより 楽しめそうだな。」

*「だな。いろんなやつと 話してみようぜ。」

*「見ろよ! このワンコ 首が二つあるぜ!」

バスカービル「くううーん……。」

もはや迷子探しをそっちのけで漁師たちはモンスターパークを満喫し始めてしまうのだった。



545: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:25:46.34ID:3FxrOVId0

アルス「そっか ありがとう。」

エイプバット「いいってことよ またなんかあったら 飛んでいくぜ。」

アルス「よろしくね。」

メタルスライムと聞いて真っ先に少年がやってきたのは山地のエリアだった。
最後に来た時にもあの怖がりなメタルスライムはそこにある洞くつで見かけたからである。
しかしどの魔物に尋ねても見かけていないという話だった。

ボルカノ「そうか じゃあ ここには もういないかもしれないのか。」

少年についてきた父親が腕を組んで言う。

アルス「そうみたい。他を探そうか。」

ボルカノ「その メタルスライムってやつに 仲間はいねえのか?」

アルス「心当たりは いくつか あるんだけど……。」

ボルカノ「じゃあ しらみつぶしに 回っていくとしようぜ。」

アルス「うん。」

こうして少年とその父親は観光に耽る漁師たちを放って律儀に一か所一か所回っていくことにしたのだった。



546: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:27:55.64ID:3FxrOVId0

スライム「あっ アルスさんだ! こんにちは!」


アルス「やあ 迷子のメタルスライムを 探してるんだけど 知らないかい?」

スライム「プルプル… ぼく わかんないや。」

アルス「そっか。」


*「ホイミ!」

[ アルスの キズが 回復した! ]


アルス「……ありがとう。」


*「…………………。」
*「……知りませんね。」


*「知らんなあ わしの 部下じゃないからのー。」


*「やっぱり メタルはゴールドには 勝てないさ!」


*「…………………。」

[ スライムタワーは グラグラしている! ]



*「ぴ? ぴるる?」


*「それより ボクを みがいてかない?」


*「そんなコ いたんベスか?」


*「ピキー!」


*「はぐれメタル ナラ ワカルケド……。」


*「ピュキー!」


*「ピキュキュ?」


*「プルプル…… フルフル……。」


*「ギギ…… ワタシハ ハンター…… メタルハンター……。」


アルス「まさか もう やっちゃった?」

メタルハンター「ヤッテナイ……。」



メタルキング「ブヨヨ…。」



アルス「う~ん。」

ボルカノ「何言ってるか さっぱりわからんな。」



メタルライダー「なに? メタルスライムが 消えただと?」
メタルライダー「それは 由々しき事態だが 残念ながら わたしも 見てはいないな。」
メタルライダー「なあ 相棒よ。」

*「…………………。」



547: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:30:01.85ID:3FxrOVId0

ボルカノ「結局 どこにもいなかったな。」



アルス「はぁ……。」



日がちょうど地平線に足を付けた頃になっても件のメタルスライムが見つかることはなかった。
途方に暮れた少年と父親は諦めてパークの入口へと戻り、漁師たちの帰りを待つばかりだった。

*「探すには 探しましたけど 見つかりませんでしたぜ。」

*「びっくらこいたぜ。あんな でっかい 魔物がいたなんてよ!」

*「そっちも ダメだったのか。」

戻ってきた漁師たちも手掛かりは掴めなかったようだ。

コック長「マリベルおじょうさんも 心配してるだろうし そろそろ 町に 帰らないか。」

*「そうですねー。」

パークの経営者には結局見つからなかったと報告して帰るしかない。

そう誰しもが思った時だった。





*「あら みんな ここにいたの。」



548: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:31:34.00ID:3FxrOVId0

アルス「えっ!」



後からした声に少年が振り向くとそこには昼間別れたはずの少女が立っていた。

その胸には銀の光沢のあるスライムを抱えている。

マリベル「まったく 情けないわね~。みんなして どこ探してたわけ?」

アルス「マリベル どうしてここに……?」
アルス「それに その子は……。」

少年が震える指先でそれを指す。

マリベル「ああ さっき 城下町から戻ってきたんだけど みんな船だけ残して どこにも いないんだもん。どうせ ここだろうと 思ってね。」
マリベル「それで モンスターじいさんに 話を聞いたら この子が 行方不明だって聞いてね。砂漠で 見つけてきたわけよ。」

メタルスライム「ピキー!」

少女の言葉にそのスライムは元気よく鳴き声を上げる。

アルス「え でも 確かに 砂漠は 探したはずなんだけど……。」



マリベル「メタルブラザーズは 見たのかしら?」



首を捻る少年に少女は問いかける。

アルス「も もちろん! でも それしか いなかったから……。」

マリベル「は~ あっきれた。もう よく見なさいよ! メタルブラザーズは3匹でしょ!」
マリベル「むしろ 4匹のやつがいたら 是非 教えてほしいもんだわよ。」

アルス「あっ!」

少年の脳裏には普段は絶対に崩れない形がいつになくグラグラしているメタルブラザーズの姿が浮かんでいた。

マリベル「へんだと思って 話してみたら すっかり仲良くなっちゃって 遊んでただけですって。」
マリベル「ねー。」

メタルスライム「…ナカヨシ!」

*「な なんて 人騒がせな……。」

*「ほえ~。」

アルス「…………………。」

感想をあげる漁師たちを他所に少年は口を半開きにして呆然と立ち尽くしている。

マリベル「さ はやく おいき。」

メタルスライム「ピキー! マリベル モ スキー!」

マリベル「もう一人の 友達が 山で待ってるわよ?」

メタルスライム「ピ ピキー! ボク モウ イクネ!」

マリベル「今度 遊びに行くときは 誰かに 言っておくのよ!」

メタルスライム「ワカッタ! アリガト! アリガト!」



549: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:32:17.47ID:3FxrOVId0

マリベル「さ あたしたちも 帰りましょ!」

無事案内人にメタルスライムを預け、少女は一行に町への帰還を促す。

ボルカノ「そうだな。」

*「けっこう 楽しかったなー!」

*「腹減ったぜ……。」

*「はやく 宿に 行きましょうよ!」

コック長「どれどれ この地方の味を もっと 確かめるとしようか。」

アルス「…………………。」

マリベル「なーにやってるのよ アルス。」

一行が動き出しても固まったままの少年を少女が呼ぶ。

アルス「…えっ……?」

マリベル「いつまで 固まってんのよ! 早くしないと 置いてっちゃうわよ?」

アルス「…ぼくの 半日は いったい……。」

それでも尚、少年は青い顔で呪詛でも唱えるかのようにぶつぶつと呟いている。

マリベル「もうっ わかったから! ほらっ。」

アルス「あっ……。」

いつまでも視線の定まらない少年に痺れを切らして少女が手を引く。

マリベル「うじうじしてると かわいい 女の子が いなくなっちゃうわよ~。」

アルス「は ハハハ……。」

そんなことあってはたまらないと言わんばかりにから笑いすると、少年は諦めて少女に歩調を合わせて進みだす。

マリベル「で 久しぶりのパークは どうだった?」

アルス「うん それがね……。」

そんな他愛もない会話をしながら二人は少し前を行く漁師たちの背を追いかけていくのだった。



550: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:33:10.41ID:3FxrOVId0

マリベル「ふう… やっぱり 自分で作る料理より 誰かに作ってもらった方が 楽でいいわよね~。」

宿で食事を済ませた一行は思い思いの時間を過ごしていた。
早々に横になる者、散歩に行く者、さらに食事をする者、酒を交わして仲間との会話に盛り上がる者。

そんな中に少年と少女も混じっていた。

アルス「やっぱり たいへん?」

マリベル「あたりまえよ。一人二人の量とは わけが 違うんだからね!」

少女がカウンターに頬杖をついて愚痴をこぼす。

マリベル「アルス あんた たまには あたしの代わりに 料理作ってよ。」

アルス「う うーん あんまり 自信ないな……。」

その隣で少年が頬を掻く。

マリベル「そんなこと言ってたら いつまでたっても 上達しないわよ?」

アルス「ちょっとは 練習してるんだけど……。」

マリベル「うふふっ 偉いわ アルス。ちゃんと 言いつけを 守ってたのね!」

アルス「とは言っても うちじゃ 母さんが 作ってくれるから なかなか 機会がないんだけどね。」

マリベル「じゅうぶんよ。それに マーレおばさまの横で 見てるだけでも 勉強になるんじゃないかしら。」

アルス「まあね。でも 母さん 手際が良すぎて 何やってるのか あんまりわからないんだけどさ。」

マリベル「……その分じゃ あたしが 料理を作らなくてもいい日は 遠そうね……。」

ぼそっと本音が漏れる。

アルス「えっ?」

マリベル「なーんでもないのよっ! それより グラスが空っぽよ。」

そう言ってはぐらかすと少女は少年が飲み干したグラスを指さして言う。

マリベル「お姉さん オススメちょうだい。」

*「はいはーい。」



551: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:35:05.86ID:3FxrOVId0

*「それじゃ あの二人は どこまで いってるんだ?」



カウンターで飲んでいる少年と少女の背中を横目に漁師たちはひっそりと俗な話で盛り上がっていた。

*「あんまり 現場は見てねえから わからんが コック長たちの話じゃ 同じベッドで 寝てたとか なんとか……。」

広間を照らすロウソクの灯りが会話に妖しい雰囲気を漂わせていく。

*「おい それって もう……。」

*「さあな。だけどよ ここのところの 仲の良さを見てると あながち 間違いじゃないかもしれねえな。」

確かに漁師たちの目から見ても“お嬢様と付き人”くらいの関係にしか見えなかった二人が、
いつの間にか“かかあ天下”のような関係に昇格したような印象を受けていた。
正確に言えばもともと仲は良かったのだろうが、今ではずっとお互いの距離が近くなりどこからどう見ても恋人に見えるのである。
それに加えて“そんな噂”を聞けば“そんな発想”になるのも無理はないことだった。

*「うぇっへっへ! しかし アルスも 隅に 置けないやつだな。」

*「まさか アミットさんの娘を めとるなんてよ! ぐへへへ……。」





*「ちょっと~?」





*「「ひぃ!」」

思わずかけられた言葉に二人の背筋が凍る。

マリベル「あたしが アルスと なんですって~?」

少女の目は座っていた。



*「お おたすけー!」



今日出くわしたどんな魔物よりも恐ろしいモンスターがそこにはいたのだった。



マリベル「おほほほほ~ 待ちなさ~い?」



こうして酒を酌み交わしながら、漁船アミット号一行は久しぶりに全員そろって宿で楽しく一晩を過ごしたのだった。





そして……



552: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:36:08.13ID:3FxrOVId0

そして 夜が 明けた……。



554: ◆N7KRije7Xs:2017/01/09(月) 21:39:59.67ID:3FxrOVId0

第18話の主な登場人物

アルス
せっかくの暇な時間を有効に使おうと思った矢先、
モンスターパークでの事件に巻き込まれる。今回はいいとこなし。

マリベル
町で市を終えた後、一人でグランエスタード城へ。
懐かしい仲間や知り合いとの再会を終えルーメンへ戻る。
漁師たちが手をこまねいていた事件をあっさりと解決してみせる。

ボルカノ
息子のアルスについてモンスターパークを見て回る。
結果はほとんど徒労に終わってしまったが、本人もそれなりに楽しんでいた模様。

アミット号の乗組員たち
アルスに連れられモンスターパークへとやってくるも、
見物に忙しくて迷子探しどころではなくなる。

バーンズ王
グランエスタードを統治する王。
アルスたちに課した任務の成功はもちろん、
アミット漁の成功を祈っている。

アイラ
元ユバールの踊り子にしてグランエスタードの王女。
道中連れ添ったマリベルとは非常に仲が良い。

リーサ姫
自分のことよりも妻と息子を両方とも失ってしまった父親のことを心配している。
煮え切らない様子の婦人の背中をそっと押す。

婦人(*)
バーンズ王に想いを寄せる婦人。
募る想いをなかなか打ち明けられずに悶々としていたが、
リーサやマリベルの後押しで遂に決心をする。

モンスターおじさん(*)
ルーメンの北にあるモンスターパークを運営する心優しき男性。
行方不明になったメタルスライムのことを気にかけ、何日も探していた。

メタルスライム
モンスターパークで暮らす魔物。かなり臆病な性格。
偶然知り合ったメタルブラザーズと仲良くなり、
遊んでいるうちに行方不明扱いに。



555: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:14:33.48ID:qDyAt+CI0

航海十九日目:つかまえた



556: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:16:10.33ID:qDyAt+CI0

マリベル「へえ あの奥さん いなくなったんだ。」



明くる日、一行は朝日が昇るとすぐに朝食を済ませ、早々にルーメンの船着き場を出発していた。

現在はしばらく航行し、目の前には二つの大陸が見えている。

アルス「うん ブルジオさんと 仲直りするっていって それっきりなんだって。」

少年と少女は船尾に立ち、離れ行くルーメンのある島を眺めながら話をしていた。

マリベル「あの人 後悔してたもんね。いつまでも 意地はるんじゃなかったってさ。」

アルス「うまくいくと いいね。」

マリベル「どうかしら。あの ブルジオさんだもん。」
マリベル「それに きっと 息子なんて 見たら ひっくり返っちゃうわよ。」

アルス「あまりの 臭さに?」

マリベル「あまりの 汚さもね。」

*「「あっははは!」」

二人は顔を見合わせると愉快そうに腹を抱えて笑い出す。

マリベル「それにしても あの お屋敷って あの時から あのままなのかしらね。」

アルス「うーん チビィのお墓も いつの間にか 立派になってたし 一階もきれいになってたから 一度は 建て直したんじゃないのかな。」

マリベル「…かもね。」
マリベル「そうだ アルス チビィのかたみって 持ってる?」

アルス「うん。」

そう言って少年は袋の中から虫のような形をした琥珀色の塊を取り出す。

マリベル「…………………。」

少女はそれを見つめ、やがて目を伏せた。

アルス「どうしたの?」

マリベル「…………………。」
マリベル「……大切な人のために 命を張ろうとするのって 人だけじゃないのよね。」

アルス「…………………。」

思ってもみなかった言葉に少年は目をぱちくりさせる。

マリベル「今だったら チビィやロッキーの気持ちも 痛いほどわかるわ。」
マリベル「あたしもね きっと いつか そういう時が 来るのかもなって。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「それがパパなのか ママなのか ……あんたなのかもしれない。」
マリベル「それでも きっと あたしは その時 満足して 死んでいけるんだろうなって。」
マリベル「前は 誰かのために 死ぬなんて 真っ平ごめんって思ってたわ。」
マリベル「でも 今は 違う。」
マリベル「どこかで みじめに野垂れ死するでもなく 欲望の限りをつくした後でもなく 大切な人のために 死んでいけるなら それも悪くないかなってさ。」
マリベル「…………………。」
マリベル「ごめん。いまのは 忘れてちょうだ……っ!」





アルス「…………………。」



557: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:17:28.84ID:qDyAt+CI0

言葉を遮って少年が少女の体を優しく抱きしめる。

マリベル「あ アルス……?」

アルス「させないよ そんなこと。」

マリベル「えっ?」

アルス「死ぬときは一緒って 言ったのは きみじゃないか。」
アルス「きみは どんなことがあっても 生き延びて 幸せに生きるんだ。いいね?」

マリベル「…………………。」
マリベル「ふふっ 一本取られたわね……。」

ささやく少年の言葉に心地よさと嬉しさ、そして少しだけの哀しさを覚え、少女はそっと瞳を閉じる。

“自分がいなければ何もできない”

そんな風に思っていた少年がいつの間にかこんなに強く、大きくなったのに対して
自分はこの少年なしでは生きていけなくなってしまった。

そんな風にすら思えたのだ。



*「あのー……。」



*「「ギャッ!!」」



いつの間にか二人の前に立っていた男に声をかけられ二人は毛を逆立てて飛び退く。

*「お楽しみのところ 悪いんですけど マリベルおじょうさん そろそろ お昼の準備をしますよ。」

マリベル「あ え… ええ わかったわ……!」

アルス「そ そっか それじゃ また 後でね!」

マリベル「うん……。」

空気を読まない飯番の男に促され、少女は甲板を降りて行った。

アルス「び ビックリした……。」

*「アルスさん アルスさん。」

アルス「は はい?」

*「今夜にでも マリベルおじょうさんとの アツイ話 聞かせてくださいよっ。」

アルス「え………………。」

*「楽しみにしてますからね!」

それだけ残して固まる少年を尻目に料理人はそそくさと調理場へと向かっていってしまった。

アルス「…ま まいったな……。」

そうして少年はふらつく足取りで見張りへと戻るのだった。



558: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:19:01.35ID:qDyAt+CI0

ボルカノ「しかし 助かったぜ。もしかしたら この先も そういう町や村が あるかもしれないからな。」

今は昼時、一行は交代で食事をとりながら少女が交わした国王とのやりとりついて話していた。

マリベル「お役に立てて 嬉しいですわ。」

配膳が終わり自分の食事に手を付けたばかりの少女が微笑む。

アルス「この先の目的地で 同じようなところは あったかな?」

マリベル「どうかしら…… ううん。一応は 大丈夫なんじゃないかしら。」

ボルカノ「それなら 安心だ。ただ あの ルーメンの町が ちょっと 特殊だったってわけだな。」

*「たしかに 町長もいない 町なんて 珍しいっすよね。」

*「でも ハーメリアも そうだったじゃないか。」

*「あそこは 一応 アズモフっていう博士がいただろ?」

*「まあ そうだけどよ……。」

ボルカノ「とにかくだ 次は 村長がいるみてえだし とくに心配はなさそうだな。」

マリベル「温泉! 今度こそ 温泉入りたーい!」

少女が興奮気味に言う。

*「その温泉ってのは どんなとこなんです?」



アルス「……混浴の大浴場です。」





*「「「うおおおっ!」」」





*「本当か アルス!」

*「むほっ!」

*「船長! 急いでいきましょうぜ!」

ボルカノ「……お前ら 目的 忘れてないか?」

雄たけびを上げる漁師たちに思わず船長も苦笑する。

マリベル「もう やーねえ みんなして!」
マリベル「いっとくけど あたしは みんなとは 入らないからね!」

あからさまな助平心に少女も眉を吊り上げて宣言する。

*「そんな殺生な!」

*「なんてこった……。」

*「千載一遇のチャンスが……。」

漁師たちはこの世の終わりかのような顔を浮かべて嘆く。

マリベル「……ったく。」

アルス「…………………。」



559: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:20:14.03ID:qDyAt+CI0

マリベル「まったく 男って どうして すぐそうなるのかしら。」

食事の後片付けを終えた少女は食堂で休む少年のハンモックを奪ってぶつぶつと文句を言っている。

アルス「まあまあ。みんな たぶん 冗談で 言ってるんだと思うよ。」

寝床を盗られた少年は椅子に腰かけ卓に寄りかかったまま答える。

マリベル「ホントに そうかしら?」

あの時の漁師たちの落ち込み様をみた少女には少年の言葉はにわかには信じがたかったし、
実際に少女の抱いた疑念はほぼほぼ正しいというのが現実だった。

アルス「それにしても エンゴウか…… あの時の ほむら祭は 楽しかったよね。」

少年は魔王を倒した後の凱旋で立ち寄った際のことを思い出して言う。

アルス「過去のほむら祭は ろくに 楽しんでいられなかったもんなあ。」

マリベル「まあ…そうね。お祭りって言うと うちのアミット漁ぐらいしか なかったし たまには ああいうのも 悪くないけど……。」 

アルス「グランエスタードも 恒例のお祭りとか やればいいのにね。」

マリベル「……あの 何もない島で お祭りやるっていう方が 難しいんだわよ。」

アルス「そんなことないよ。水の精霊は あの島に 眠っていたんだから やろうと思えば できるんじゃないかなあ。」

マリベル「そうはいっても 水の精霊のこと みんな わかってるのかしら。」

アルス「うーん……。」
アルス「…もし 知らなくても ぼくたちが 広めていけばいいんじゃないかな。」

マリベル「…………………。」
マリベル「…面倒くさい。」
マリベル「いっそのこと 魔王討伐を記念して あたしたちを 祭り上げればいいだわよ!」

アルス「ええっ? なんか 恥ずかしいよ……。」

マリベル「いいじゃないの あたしたちは それくらいのことを したんだから。」

アルス「きっと そのうち 面倒になると思うよ?」

マリベル「どうしてよ。」

アルス「毎年毎年 お祭りのときに 主賓にされて 挨拶させられて みんなに囲まれて……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「やっぱり なしね。」

そう言うと少女は壁側に寝返りを打ってつまらなそうに大きなため息をつく。



560: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:22:17.16ID:qDyAt+CI0

マリベル「…あ そうだ!」



かと思えば突然跳ね起きて炊事場から何かを持ってきた。

マリベル「じゃーん。」

アルス「あ それって…!」

マリベル「あたしの お気に入りのドレスよ!」

その手にぶら下がっていたのはかつてフォロッド城での事件で破かれてしまった少女の一張羅だった。

アルス「どうしたの?」

マリベル「ほら 昨日 城下町に行ってきたでしょ? その時に 偶然 同じのが 一着だけあったから 買ってきたのよ。」
マリベル「このドレスも 大人っぽくて 好きだけど やっぱり これも惜しくってさ。」
マリベル「うふふ。高かったんだからね~。」

そう言って少女は買ったばかりのドレスを両手に掲げて鼻歌を鳴らす。

アルス「たしかに それの方が マリベルって感じだしね。」

マリベル「それって 褒めてるの?」

アルス「も もちろんだよ……。」
アルス「…そ そういえば 頭巾も買ってきたの?」

マリベル「え? ええ そうだけど それが どうかしたかしら?」

アルス「いや せっかく きれいな 髪なのに また 隠しちゃうのかなって。」

マリベル「なっ……。」

少女はいつの間にか立ち上がった少年に髪を撫でられていた。

マリベル「…………………。」

心地よい感触と少年の真っすぐな殺し文句に思わず顔が熱を帯び、少女はしばらく黙り込んで思案する。

マリベル「……そうね そこまで 言われちゃ 仕方がないわ。」
マリベル「…頭巾をするのは 甲板に出た時と お料理中 だけに しておこうかしらね。」

いつもは潮風で髪が痛むのを防ぐためと周りには言い聞かしているが、
本当のところはところどころ跳ね返る癖っ毛が恥ずかしく、
隠しておきたいというのが彼女なりの本音だった。
しかしフォロッドの王太后のみならず少年にまでこう言われてしまった以上、
必要以上に髪を隠すことも、気にすることもないのではないかと、少しだけだがそんな風に思えたのだった。



マリベル「…で いつまで 触ってるのよ?」



アルス「…飽きるまで。」



気付けば少年は少女の跳ね返った巻き毛を指に巻き付かせて遊んでいた。

マリベル「…………………。」

”いったい何が楽しいのだろうか”

少年の考えることはさっぱりわからなかったが、なんだか振り払うのも惜しいような気がして、
言葉通り少年が飽きるまで少女はそうして身を預けているのだった。



561: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:24:27.14ID:qDyAt+CI0

ボルカノ「いいか アルス 今日の漁は まさに 魚のゴキゲン次第だ。」



夕刻になってあたりが暗くなり始めた頃、漁船アミット号はまだ大陸間の細長い海域を航行し続けていた。

既に地図上ではもう少し行けばこの海域を抜け西側が開けてくるという位置に差し掛かっている。

ボルカノ「流し網っていうのは こっちから 働きかけない以上 うまいこと 魚の群れに 当たることを 祈るしかねえ。」
ボルカノ「だからこそ 時期や 潮目 天候が 大事になってくる。」
ボルカノ「少しずつでいいから しっかり 覚えていけよ。」

アルス「わかりました。」

本日行う“流し網”という漁法は“刺し網漁”に分類されるものの一つで、
一般的な刺し網漁法が帯状の網をオモリで海底に固定して通りかかる魚を捕えるのに対して、
流し網の場合は軽いオモリを使い、浮標の付いた身網を漁船が曳回して流れてきた魚を捕える漁法である。

航行を続けながら漁を行うアミット号にとっては都合の良い漁法の一つだった。

アルス「でも ここで サケが 獲れるとなると それこそ エンゴウの人たちに 配慮しなくちゃ いけなくなるね。」

そして今回の狙いはサケ。

エスタード島では馴染みのない魚ではあったが、他の大陸ではところどころで振舞われており、
ルーメンで仕入れた情報を元にこの海域で漁をすることになったのだった。

ボルカノ「まあな。ただ 他の漁場で ちゃんと育った サケが獲れるなら どこが一番の漁場か 見極めなくちゃならねえ。」
ボルカノ「今は とりあえず 確認も兼ねて しっかり やらせてもらうとしようぜ。」

アルス「はい。」



562: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:26:50.96ID:qDyAt+CI0

*「ボルカノさん! そろそろ いいですか!」

ボルカノ「おう! そろそろ 引き揚げるぞ!」

*「「「ウスッ!」」」

船長の号令で漁師たちが少しずつ網を引っ張っていく。

*「おっ! かかってるぜ……!」

先頭で浮網を引いていた漁師が薄闇の中で魚影を確認する。

*「よっしゃ どうやら アタリみてえだ!」

*「ったく これだけ 重くっても どれだけ かかってんのか さっぱりだぜ。」

ボルカノ「気張っていけよ お前たち!」

*「「「ウース!」」」

船長の言う通り、本当の勝負はここからだった。
刺し網漁というのは、比較的水深の浅い沿岸部で海底にいる甲殻類や底魚を対象とする場合、その長さは短い。
しかし遠洋で行われる流し網漁の場合、対象は回遊魚となりその長さは数百反に及ぶこともあるという。
アミット号は漁船としてかなり大きい方だが、乗組員の人数はさして多いというわけではないため、労働力を考えてある程度規模は抑えられていた。

アルス「ふう… ふう…。」

*「ぐっ ぬぬぬ……。」

*「ふんっ ふんっ!」

しかしそれでもかなりの重労働であることに変わりなく、長期戦を強いられる漁師たちの顔には疲労の色が見え始めていた。



マリベル「お待たせ! あたしも 手伝うわよ!」



そこへ夕飯の準備を終えた少女が作業着に着替えて甲板へ飛び出してきた。

アルス「マリベル……!」

マリベル「ふふっ みんなして お疲れのようね。でも このあたしが いれば……!」
マリベル「ふんっ……!」

そう意気込んで少女は漁師たちの間に滑り込んで力強く浮網を引き始める。

*「ぬおっ……!」

アルス「は ハハハ……!」

マリベル「今日は… コック長の…特製シチューよ! 会心のでき…だからっ みんな がんばるのよっ!!」

*「こりゃ へばってらんねえな!」

ボルカノ「それ もう一息だ!」

*「「「ウスッ!」」」



563: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:28:53.64ID:qDyAt+CI0

少女の鼓舞に気を引き締めなおした漁師たちは力を振り絞り一つ一つ確実に浮標を回収していった。

*「よしよし いい感じだ……!」

ところどころ絡んだ型の良いサケが次々と甲板へ並べられ、漁師たちに笑みがこぼれる。



*「これで 最後だ!」



そして最後の浮標が引き上げられた。

*「ぶはぁっ!」

*「うおお 終わったぜ!」

*「ちと 力みすぎたかな……。」

アルス「はっ… はっ… はあ……。」

ボルカノ「ふう……。」

長い長い揚網(ようもう)作業を終え、漁師たちは座り込んで息を整えている。

マリベル「みんな お疲れさま。」
マリベル「さっさと 処理して ひとまず 夕飯にしましょ。」

額の汗を拭いながら少女が労う。

ボルカノ「む そうだな……。」

そう言うと漁師たちはさっと起き上がり獲れたてのマスを捌き始めた。



564: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:29:48.06ID:qDyAt+CI0

*「おお 筋子もってるぜ。」

漁師の一人が呟く。

マリベル「えっ! ホントに!」

少女が興奮気味に反応する。

アルス「マリベル ハラ子好きだったっけ?」

マリベル「何言ってんのよ。好きっていうか 美味しいじゃない!」

アルス「ま まあ そうだね……。」

ボルカノ「そうか もうすぐ そういう時期なのか……。」

すると何か思い当たる節があるのか少年の父親が顎に手を添えまじまじと見つめる。

マリベル「どうしたの ボルカノおじさま。」

ボルカノ「いや そろそろ サケも 川に帰る頃だったんだと 思ってな。」

マリベル「…この辺に 川なんて あったかしら?」

アルス「……ナイラ?」

マリベル「ええっ あんな バカでかい川に 帰るって言うの!?」

ボルカノ「いや もしかすると ここから もっと 西にある川かもしれん。」

アルス「そんな所に 川なんて あったかなあ。」

マリベル「……ははあ あそこかしらね。」

顎に手を置いて疑問符を浮かべる少年とは違い少女はそれがどこかわかったらしく、一人でうんうんと頷いている。

アルス「えっ?」

マリベル「ほら リードルートの 北から西にかけて 大きな川があったじゃない。」

アルス「…………………。」

マリベル「思い出せないの? ダメね~ まったく。」

アルス「うっ 悪かったですね……。」

*「おおい みんな 休んでいないで 手伝ってくれよ!」

ボルカノ「むっ おお すまんすまん。」
ボルカノ「ほら 二人とも 早く終わらせて 飯にするんじゃねえのか。」

マリベル「あら いやだ あたしったら。」

アルス「そうだった もう 腹ペコだよ……。」

そうして漁師の催促に我に返った三人は雑談をやめ、すきっ腹を抱えて作業に戻っていった。



空には既に月が昇り、辺りはとばりで埋め尽くされていた。



565: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:32:24.39ID:qDyAt+CI0

マリベル「さすがに この長さは しんどいわね……。」

それから夕食を済ませた後、現在は数名で網の点検をしているのだが、
如何せん網の長さが尋常ではないのでその作業になかなか終わりが見えない。

マリベル「あんた なんか 面白い話ないの?」

アルス「えっ 急に そんなこと 言われても……。」

マリベル「…そーよねー……。」

最初から期待はしていなかったのだろうが、その顔にはハッキリ“つまらない”と書いてあった。

アルス「それを言うなら こっちの セリフだよ。」
アルス「城に行った時 なんか なかったの?」

マリベル「…そうねえ……。」
マリベル「あっ。」

少年に返され、何かを思い出したかのように少女は声を発する。

マリベル「そういえば 前から お城に 王さまがうんぬんって 言ってた おばさんがいたでしょ?」

アルス「いたいた。王さまに 片思いしてる 人だよね。」

マリベル「その人がね リーサ姫に 背中を押されてたわよ。」

アルス「えっ リーサ姫が!?」

姫がこれから自分の義理の母になるかもしれない人物を応援するなど、傍から見ればにわかには信じがたい話だった。

マリベル「そう そうなのよ。」
マリベル「それでも うじうじしてたから あたしが ビシっと言ってあげたんだけどね。」

アルス「なんて?」

マリベル「王妃になる人が そんなんでどうするって それだけよ。」
マリベル「ずいぶん 神妙な 面持ちしてたけど 後で アイラ伝いで お礼を言われたわ。」

アルス「そっか。じゃあ いよいよ 覚悟を決めたんだね。」

マリベル「まっ どうせ あの人のことだから また やっぱりダメなんです~ とか 言いそうだけどね。」

アルス「あはははっ! でも もし 王さまが真剣に考えたら 王室が また 変わるかもね。」

マリベル「は~あ もしかして あたし 面倒ごとに 加担しちゃったのかしら。」

これから先起こるだろうことを想像して少女はため息をつく。

アルス「そんなことないよ。マリベルの意見は もっともだって きっと みんな 言うと思うよ。」

マリベル「…アルスは どう思う? 新しい 王妃さまが 誕生して もし 子供が できて それが 男の子だったら。」

アルス「…きっと その子が 次の王さまに なるんだろうね。」

マリベル「そうなのよねえ。そうしたら リーサ姫や アイラの立場は どうなっちゃうのかしら。」

アルス「…わからない。でも リーサ姫も アイラも 決して 悪いようにはならないと思うけどな。」

マリベル「どうしてよ。」

アルス「もし 王子が誕生したら リーサ姫も アイラも 結婚のことで 悩まなくて済むだろうし 王さまも あの二人を 愛してるはずだから きっと 大事にしてくれると思うんだ。」
アルス「それに もし 王子が生まれなくても それはそれ。 今まで通り リーサ姫か アイラがお婿さんを もらって それで おしまいさ。」
アルス「考えようによっては エスタードの未来の 選択肢が 増えたってことになるんじゃないかな。」

マリベル「…………………。」
マリベル「いっつも あったますっからかんの ふりして けっこう 考えてるのね。」

アルス「ひどいなあ。」

マリベル「冗談よ ジョーダン。」



マリベル「…あ これで 最後ね!」



566: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:33:57.88ID:qDyAt+CI0

話し込んでいるうちに最後の一反まで点検が終わり、少女は感嘆の声を上げポキポキという音を鳴らしながら首を回す。

マリベル「ん あーあ……。」

*「終わった……!」

*「ふいー これで 今日の仕事は終わりだな。」

漁師たちも欠伸をしながら作業を終えた達成感を味わっている。



*「見ろよ 港が 見えてきたぜ!」



アルス「本当だ……。」

漁師の言葉に北を見ればそこには灯りの付いた小さな船着き場のようなものがあった。

マリベル「ようやく 着いたわね。」

*「でも 今日は もう 遅いから 宿も 閉まってるだろうな……。」

*「ちぇー 温泉入ろうと思ったのにな。」

*「まあ いいじゃねえか お楽しみは また 明日だ。」

*「へっへっへ!」



マリベル「…………………。」



*「ご ゴホン! オレは 船長に 点検が終わったことを 伝えてきますぜ。」

*「お おれもっ!」

少女のしかめっ面を尻目に漁師たちはそそくさと甲板を降りて行ってしまった。

マリベル「まったく あれじゃ 明日は 油断できないわね……。」

舵取りを残していなくなった漁師たちの後を見つめながら少女は腕を組んで呟くのだった。



567: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:36:01.69ID:qDyAt+CI0

それからほどなくして漁船アミット号は船着き場に到着し、朝まで休眠をとることになった。

マリベル「あーあ それにしても あたしってば 罪な女ね……。」

二人だけとなった甲板で足元に絡みつく三毛猫を見つめながら少女が呟く。

アルス「えっ?」

マリベル「なんせ 王子になれた人を 奪っちゃったんだもの。」

屈託のない笑顔で少女が笑う。

アルス「…ぼくは 王さまになんて なるつもりはないよ。」
アルス「だって ぼくは 漁師になるって ずっと前から 決めてたし それに……。」

マリベル「それに?」

アルス「王さまになったら きみと 一緒に いられないじゃないか。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ホント あんたって ばっかねー。」

アルス「むっ なんだよ……。」

少しだけ口角を上げて言う少女に少年は拗ねたように抗議する。

マリベル「あんたは 王様になんて なれっこないわよ。」
マリベル「なんたって このあたしが そんなこと 許すわけないじゃない。」
マリベル「あんたは これまでも これからも あたしのものよ。誰にも 渡してやるもんですか。」

アルス「それ 普通 ぼくの セリフじゃないの?」

あっけらかんと言ってのける少女に少年がツッコミを入れる。

マリベル「はあ? なーに 調子に乗ってんのよ。あたしは あたしのものよ。」
マリベル「ふふっ それとも なあに? あんたのものにしたいって言うの?」

勝ち誇ったように、それでいて挑発するように少女が言う。

アルス「…………………。」

押し黙る少年に尚も少女は続ける。

マリベル「それなら… 捕まえてごらんなさいな。」
マリベル「このあたしが ぐうの音も 出ないほど 良い男になって あたしをあんたのものにしてみせてよ。」

アルス「…………………。」

マリベル「……ちょっと なんか 言ったらどうなっ……!」





アルス「つかまえた。」



568: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:37:32.91ID:qDyAt+CI0

少女はいきなり腰をがっちりと抱かれ、気づけば目の前に少年の顔があった。



マリベル「あ いや そういう意味じゃ……んっ……!」



いきなりのことに戸惑っているうちに唇を奪われ、少女は成す術なく身を預ける。

アルス「…………………。」

マリベル「…ふ……ん…… はあっ……。」

やがて唇を離すと少年は少しだけ赤い顔で少女を見つめそっと呟く。

アルス「……努力するよ。」

マリベル「……ばか。」

真っ赤に染まった少女の口からはもはやそれしか出てこなかった。

トパーズ「なーお。」

そうして言葉を失くした二人の代わりをするかのように
三毛猫が足元でつまらなそうに月を見上げて鳴くのだった。





そして……



569: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:38:13.32ID:qDyAt+CI0

そして 夜が 明けた……。



571: ◆N7KRije7Xs:2017/01/10(火) 19:40:53.79ID:qDyAt+CI0

第19話の主な登場人物

アルス
航海中暇な時はマリベルと話していることが多い。
自分の未来だけでなく、故郷の未来のこともよく考えている。

マリベル
人や魔物たちとの出会いと別れを繰り返し、
自分の生き方を考えることが多くなった。
城下町へ行った際にいつものドレスを入手。

ボルカノ
アミット号の船長として息子のアルスに様々な知識を教え込む。
馴染み無い魚でも果敢に漁に挑戦する。

めし番(*)
アミット号の料理人。
雰囲気をぶち壊すのに定評がある。

アミット号の船員たち
人数こそ少ないが、技量と腕っぷしでそれを補う。
パワフルな精鋭たち。



576: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:13:29.64ID:LLGD6zi70

航海二十日目:ハダカのこころ



577: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:14:05.31ID:LLGD6zi70

マリベル「なんか 船が 増えてない?」

朝、少女が甲板から辺りを見渡すとそこには昨晩まではなかったはずの船が数隻泊まっていた。

アルス「いつの間に 来てたんだろうね。」

隣に立つ少年も他の漁師たちも覚えがないという。

マリベル「ま まさか……。」

アルス「どうしたの マリベル 置いてくよ?」

顔色悪そうに突っ立っている少女に木箱を抱えて前を行く少年が呼び掛ける。

マリベル「えっ あ 待ちなさいよ!」

少女の中にはある懸念があったのだったが今はそれを確かめる術もなく、
少年に呼ばれて少女は我に返り慌てて駆け寄っていくのだった。



578: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:14:56.41ID:LLGD6zi70

ボルカノ「おお こりゃ すごい 人だな。」

村までやってきた一行の目に飛び込んできたのは人込みだった。

*「……ってえと さっきの船は ぜんぶ 旅客船だったってわけか。」

*「これなら もっと 魚を持ってきてもよかったかな?」

*「いやいや フィッシュベルに持って帰る分が 減っちまうぜ。」

ボルカノ「とにかく オレたちは 村長の所に 行ってくるから おまえたち 適当に 店を広げておいてくれ。」

*「「「ウスッ!」」」

そうして漁師たちは早速持ってきた魚を並べ、店を構え始める。

ボルカノ「それじゃ オレたちも 行くぞ。」

アルス「うん。」

マリベル「…ええ……。」

アルス「どうしたの マリベル?」

どこか覇気のない返事をする少女に少年が尋ねる。

マリベル「この分じゃ 温泉も いっぱいよね……。」

アルス「…やっぱり 見られたくない?」

マリベル「あったりまえじゃないの! …はーあ 諦めるしかないのかしらねえ。」

盛大なため息をつきながら少女はがっくりと項垂れる。

ボルカノ「がっははは! また 来れば いいじゃないか。」

マリベル「……ええ……。」

生返事をしながら少女はとぼとぼと村長の屋敷を目指して歩き出す。

アルス「あ はは…は。」

ボルカノ「…………………。」

少年とその父親は苦笑いしながらそれに続くしかなかったのだった。



579: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:15:45.62ID:LLGD6zi70

マリベル「ええっ 村長に 会えないですって!?」



せっかくの温泉への望みが絶たれ、腹いせにさっさと用を済ませて適当に休んでいこうと思っていた少女だったが、
屋敷で使用人に聞かされたのは意外な言葉だった。

*「ええ そうなんです。今は 観光客の方々との お話で 忙しいようで……。」

マリベル「こっちは ただの観光で 来てるんじゃないのよ!?」
マリベル「王さまから 預かった 大事な大事な 書状を 持ってきてるんだから!」

*「そ そうは 言われましても わたくしでは……。」

ボルカノ「まあまあ マリベルちゃん。」

詰め寄る少女をなだめすかして漁師頭が給仕人に問う。

ボルカノ「村長さんに あとどれぐらいで 話が 終わるのかだけでも 聞いてきてくれませんか?」

*「わ わかりました 少々 お待ちを……。」

そう言って使用人はすごすごと奥の階段を上っていった。

マリベル「いったい あの連中は どこのやつらなのよ……!」

少女が両手を腰に当てて眉間にしわを寄せる。

アルス「……さっきの人たち なんか いい匂いしてなかった?」

ボルカノ「んっ?」

マリベル「そういえば… どっかで 見たことあるような……。」



*「お待たせしました。」



少年の言葉に少女が何かを思い出そうとしていると先ほどの使用人が降りてきた。

*「どうぞ こちらに。」

そう言って使用人は少年たちを案内する。

マリベル「……?」



580: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:17:19.95ID:LLGD6zi70

村長「これはこれは アルスさん マリベルさん わざわざ お越しくださったのに お待たせして 申し訳ありません。」



階段を昇ると、炎の村の長が少年たちを出迎え慌てて謝罪してきた。

アルス「いえ ほむら祭の時は お世話になりました 村長さん。」

マリベル「…………………。」
マリベル「待たせたっていうわりには その 先客が いないじゃないの。」

気にせず挨拶をする少年を横目に訝しげな表情を浮かべて少女が問う。

村長「…それが……。」





*「いや~ん❤」





*「「「…っ!」」」



表から聞こえてきた嬌声ともとれそうな甘ったるい悲鳴に、三人は一斉に窓の外を見る。





*「ふんがー!」





そして目をぱちくりさせる船長を他所に少年と少女は盛大なため息をつくのだった。



“アイツか……”



581: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:18:02.22ID:LLGD6zi70

村長「メモリアリーフからの お客さんなんですが どうも あの頭首は 変な 趣味をお持ちのようで……。」

マリベル「ここまでやってきて あんなことするなんて ヘンタイもここまでキたのね。」
マリベル「……うっわ やだやだ。アルス はやく 用を終わらして さっさと 逃げましょうよ!」
マリベル「いつまでも ここにいたら ヘンタイがうつるわ!」

村長「なんでも そこが 終わったら今度は 温泉で やるんだとか。」

マリベル「……サイアク。」

アルス「…………………。」

村長「と ところで そちらのお方は……。」

なんとかこの場の空気を打破しようと村長が二人の後ろに立つ大男について問う。

ボルカノ「アルスの父の ボルカノです。この度は グランエスタード王の命で 参りました。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を 村長に 手わたした! ]

村長「なんと アルスさんの お父上でしたか。」

そう言って書状を受け取ると村長はそれに目を通す。

村長「むっ どれどれ…… ははあ…… なるほど。」
村長「だいたいのことは わかりました。では お返事を書きますので しばらく お時間を いただけますかな。」

ボルカノ「ありがとうございます。」
ボルカノ「それと これから 広場で 魚を売らせてほしいんですが いいですかね。」

村長「お おおっ それでしたら 大歓迎ですよ。どうぞ お好きなだけ。」

ボルカノ「ありがとうございます。」

思惑はさておき、村長の快諾を受け船長は深々と礼をする。

マリベル「…ほらっ 二人とも 早く行きましょ!」

アルス「うわ 引っ張らないでよ! うわわわ……!」

ボルカノ「ぬおっ……!」

そうして一先ず用が済んだと分かった途端、少女はものすごい勢いで二人を引っ張り階段を降りていくのだった。



582: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:19:57.60ID:LLGD6zi70

*「なんだなんだ?」

*「見ろよ なかなか 面白えじゃねえか!」

案の定、屋敷の外には見物客が集まってきていた。

荒くれの姿をした男が嬉しそうな給仕人の娘を延々と追いかけるという
村長宅のテラスで行われている奇妙な光景を目の当たりにし、周囲は大きな騒めきに包まれていた。

*「いいぞー!」

*「ねえちゃん こっち 向いてくれー!」

*「やだよ なんだい あれ。」

*「オレにもやらせろー!」

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

ボルカノ「…………………。」

そんな様子を三人は呆然と見つめる。

マリベル「…サイテー。あんなののために 温泉に 入れないなんて。」

アルス「…ぼくも 今日は 普通に宿屋で お風呂入ろうかな。」

ボルカノ「宿に 泊まれたらな。」

少年の父親は人だかりを見て今晩泊まる宿はないだろうと最初から気付いていたようだ。

アルス「……そうだね。」

少年も諦めたように肩を落とし両手を軽く上げる。

マリベル「ああ チカラが抜けてゆく……。」

アルス「おっと。」

マリベル「ボルカノおじさま は 早く 行きましょ……。」

少年に支えられて少女が絞り出すように言う。

ボルカノ「そうしたいのは やまやま なんだが……。」

そう言って少年の父親の指す先には村人に混じって歓声を上げる船員たちの姿があったのだった。



583: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:21:46.47ID:LLGD6zi70

その後、興奮する漁師たちをなんとか落ち着かせ、
メモリアリーフの主人の奇行を横に見ながらアミット号一行は少しだけ店を開いた。
購買者は村人が多かったが、お土産にするのだといって観光客たちもそこそこに買い付けていった。

マリベル「は~あ……。」

現在は店もたたみ、今晩をどう過ごすのかを宿屋兼食事処である“温泉亭”で話しながら遅めの昼食を摂っている。

マリベル「まったく あんなのの 何がいいって 言うのかしら。」

先ほどまで繰り広げられていた光景を思い出し、少女は肺の中の空気を全て吐き出す。

*「いやいや マリベルおじょうさん あんな光景 滅多にみられるもんじゃ ないですよ。」

*「まあ もう 見飽きたけどな。」

ボルカノ「あの 頭首は いつも あんなんなのか?」

アルス「……うん。」

ボルカノ「…それで よく ハーブ園が 回っているな……。」

少年の父親がもっともな疑問を口にする。

マリベル「きっと 使用人たちが しっかりしてるからだわよ。…メイド以外は。」

少女は食べ物を口に運ぶ代わりにこれでもかと毒を吐き続ける。

*「それで 今晩は どうするんです?」

ボルカノ「空きがないいじょう 船で 寝るしかねえな。」

アルス「ぼくは 構わないけど……。」

*「せめて おじょうさんだけでも 泊まれないんすかね。」

年頃の女性に気を利かせて銛番が尋ねる。

マリベル「あら おきづかいは けっこうよ。」
マリベル「あいつらと 同じ宿で 泊まるなんて まっぴらだもんね!」
マリベル「きっと あたしまで ヘンタイになっちゃうわ。」



アルス「……ごくっ。」



584: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:22:19.66ID:LLGD6zi70

*「おっ いま アルス ちょっと 期待してただろ。」



食べ物を飲み込んだからなのか、はたまた別の何かなのか。
喉を鳴らした少年を漁師の一人が茶化す。

アルス「えっ そ そんなこと ありませんよっ!」

マリベル「……スケベ。」

アルス「ご 誤解だよ!」

ボルカノ「わっはっは!」

*「がっはっは!」

コック長「まあ 宿は取れないが 温泉は しっかり 入らせてもらおうかね。」

*「そうですよ! ここまで来たのに もったいないですって!」

*「あとで 行こうぜ。」

*「メモリアリーフの人たちも いるかもな。」

*「バカ それが 狙いよ ぐっへっへ。」

顔を赤くする少年と少女を差し置いて他の乗組員たちは非常に楽しそうにこのあとの話をしている。

マリベル「……あんたも 行ってくれば?」

アルス「えっ?」

マリベル「あたしは 我慢するけど あんたは 平気なんでしょ?」
マリベル「遠慮しないで 行ってきなさいよ。」

アルス「…うーん……。」

決して少年の目を見て話そうとしない少女を見ながら少年は迷っていた。
確かに彼女の言う通り自分が気にすることはないので漁師たちについて行っても何ら問題はないのだが、
少女残して自分だけ楽しんでしまうのも何かが違う気がしていた。

アルス「まあ 考えとくよ。」

結局少年はそれだけ言ってお茶を濁すしかなかった。

マリベル「………はあ……。」

アルス「…………………。」

喧噪の中に紛れて吐き出されたため息を少年は聞き洩らさなかった。



585: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:23:02.60ID:LLGD6zi70

マリベル「あーあ つまんないのー。」



漁師たちが温泉につかりに行ってしまい、一人取り残され少女は当てもなく村の中を歩いていた。

今は喧騒もなくなり、村の中は普段通りの静けさを擁している。

マリベル「男は いいわよねー 気楽でさ。」

誰に言うでもなく、自分に語り掛ける。

マリベル「あいつも 行っちゃったのかな……。」

なんとも難しい表情をしていた少年の顔を思い出す。

マリベル「…………………。」
マリベル「まいっか。…あいつの 自由よね。」

“考えとく”という言葉だけではどうするかは推測できない。

押しに弱い彼ならば誘われたら行ってしまいそうな気もするが。



マリベル「…あ……。」



そうこう考えているうちに少女は一見の店の前で立ち止まる。



“ラルドン商店へ ようこそ! うらないも できます。”



そう書かれた看板が目の前に立っていた。

マリベル「パミラさんと イルマさん 元気にしてるかな……。」

助手の方はもちろん元気であることだろう、しかし老いた占い師のことはなんとなく気になってしまう。

マリベル「…せっかくだから 顔だけでも 見ていこうかしらね。」

最後に会ってからさして時が流れたわけでもないが、ここまで来たのであれば挨拶をしておいてもいいだろう。

そんな風に思い少女は店の中へと入っていったのだった。



586: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:24:51.17ID:LLGD6zi70

*「いらっしゃいませー! あらっ? あなたは……!」



マリベル「こんにちは イルマさん。」

少女が店の扉を開くと元気の良い声と共に一人の女性が現れた。

イルマ「マリベルさん いらっしゃってたの! もっと 早く 声をかけてくれれば 良かったのに。」

そう言って若き占い師は微笑む。

マリベル「ごめんなさいね さっきまで お店やってたから。」
マリベル「元気にしてたかしら?」

イルマ「そりゃ もちろんですよ。あれから ますます 占いの腕も 磨いたんですよ!」

マリベル「そう やっぱり 将来のパミラさんは あなたみたいね。」

イルマ「そ そんな お世辞を……。」

少しだけ照れた様子で若き占い師ははにかむ。

マリベル「あ そうだ パミラさんはどう?」

イルマ「パミラさまなら 奥にいらっしゃいますよ。ここのところ 事件もなくて 張り合いがないんだとか。」

マリベル「そう じゃあ 挨拶していこうかしら。」

イルマ「ちょっと お待ちください。」
イルマ「パミラさまー マリベルさんが お見えですよー。」

娘の呼びかけにややあってから老婆が声を返す。



*「おお マリベルか 入っておいで。」



イルマ「さ どうぞ。」

マリベル「ありがとう。」

若き占い師に促され、少女は暗い部屋へと足を踏み入れる。



*「よく きたね マリベル。また キレイになったんじゃないかい?」



すると薄暗い部屋の奥に水晶を置いて佇む人の良さそうな老婆が少女に声をかけてきた。

マリベル「パミラさんも お元気そうでなによりだわ。」

パミラ「まだまだ このとおりじゃわい。」
パミラ「それにしても 今日はどうしたのじゃ? また何か 困ったことでも あったのかい?」

マリベル「あ いや そういうわけじゃ ないんだけど……。」

パミラ「そういう割には 何か 憂いた顔をしておるのう。どうせ 悩みでも あるじゃろう。」

マリベル「えっ…?」

パミラ「隠さないで 話してごらん? それとも 占ってみせようかね?」

マリベル「あたしが 悩んでること……。」

パミラ「うむ あいかわらず 心の奥底で わだかまってることが いろいろ あるようじゃのう。」
パミラ「どれ お代は いいから 少し 見てあげるとしようかね。」

そこまで言うと占い師の老婆は助手に声をかける。

パミラ「イルマ! 少しの間 誰も とおさんでおくれ。」

イルマ「はーい。」

返事と共に入口には幕が敷かれ、部屋の中はさらに暗くなる。



587: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:28:20.77ID:LLGD6zi70

パミラ「さて それじゃ 始めるとしようじゃないか。」

マリベル「ま 待って! あたし そんな つもりじゃ……。」

パミラ「いいんだよ。おまえさんたちには 恩があるからね これくらいの ことはさせておくれよ。」
パミラ「それじゃ カオを見せてごらん……。」

そう言って老婆は水晶を挟んで少女の顔を覗き込む。

マリベル「…………………。」

パミラ「ううむ これは…… いろんな景色が見える。それに お前さんの顔も。」
パミラ「……何やら神妙な… むっ? 満足そうな表情に 変わったようじゃ。」
パミラ「……お前さんを 囲む たくさんの人々。みんな 幸せそうじゃのう。」
パミラ「場面が 変わったようじゃ……。これは 巨大な船かのう。」
パミラ「また 変わったぞ…… こっちは荒れ狂う海 それに……。」
パミラ「…………………。」

マリベル「……どうしたの?」

パミラ「うむ…… どうやら この先 お前さんたちに いろんな運命が 降りかかる様に見える。」
パミラ「最初に見たものは どうやら その後のようじゃ。」
パミラ「じゃが そのことが お前さんの悩みと どうつながっていくのかは わしにもちとわからんのう。」

マリベル「そう……。」

パミラ「ふうむ どうやら お前さんは 数奇な運命のもとにいるように感じる。」
パミラ「あの少年もそうじゃが いったい お前さんは 何者なんじゃろうかのう?」

マリベル「……?」

パミラ「まあよい また 何か 見て欲しいことが あれば 立ち寄るがよいぞ。」
パミラ「わしは いつでも お前さんたちの 味方じゃからな!」

マリベル「……え ええ ありがとう。」

なんとも腑に落ちないものを抱えたまま少女は部屋を後にする。



イルマ「お疲れさまでしたー! どうでしたか?」



部屋の外で待機していた助手の娘が声をかける。

マリベル「…よく わからないわ。」

イルマ「そうですか… あ でも あたしは ひとつ わかったことがありますよ!」

なんとも言えない答えを返す少女に若き占い師は人差し指を立てて自信ありげに言う。

マリベル「えっ……?」

イルマ「今晩 月が てっぺんまで昇った頃 温泉にいけば いいことが あるみたいですよ!」

マリベル「真夜中に 温泉に 行くの?」

イルマ「これでも 会心の占いだと 思うんですけど……。」

頬に手を当てて娘は呟く。

マリベル「…そう ありがとう。考えとくわ。」
マリベル「ああ それから これ。」

そう言うと少女は微笑んで占い師の娘に何かを手渡す。

イルマ「えっ これは……?」

マリベル「お礼よ。また よろしくね。」

イルマ「こ こんなに…!」

マリベル「じゃあね!」

そう言って少女は店を飛び出して行ってしまった。



イルマ「こんな 大金 どっから 出てくるのよ……!?」



掌に置かれた多額の貨幣をまじまじと見つめ娘は固まるのだった。



588: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:29:26.71ID:LLGD6zi70

マリベル「数奇な運命…か……。」

店を出た少女は先ほど老婆から言われた言葉を思い出していた。

マリベル「いろんな光景に人々…… 神妙で……満足そうなあたし……。」
マリベル「……ダメね さっぱりわからないわ。」

どんなに考えても思い当たるようなことは浮かんでこなかった。

マリベル「あーあ 温泉でも入って ゆっくり考えたいところだけど……。」

肝心の温泉は多くの人で溢れたまま。
女性だけならまだしもどうせ男性ばかりで女性が入ってくるのを今か今かと待ち構えているに違いない。

そんな風に考えたら恐ろしくてとてもではないが入る気にはなれなかった。

マリベル「ここも 有名になったら ずっと こんな感じになっちゃうのかしら……。」

そう考えると先ほど若い占い師に言われた深夜の温泉というのは少し気になるところだった。
もしかすれば深夜であれば誰にも遭遇せずに入浴することができるかもしれない。

マリベル「かけてみるか……。」

そう呟いて少女は再び当てもなく村の中を彷徨い始める。

静かになった村には件の温泉のある井戸の中から漏れた男女の楽しそうな声が響いていた。



589: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:30:40.08ID:LLGD6zi70

*「いやあ 良かった良かった!」



*「メイドさんたちが あんなに いるとはよお!」



*「あのご主人 さまさま だったな!」



*「こんなの カミさんに 話せねえよ……。」



日も落ちた頃、温泉亭ではいろんな意味で入浴を十分楽しんだ漁師たちが口々に感想を述べていた。

*「来てよかった……。」

コック長「おまえ まだ 顔赤いぞ。」

もはや温泉の感想などではなく、混浴という事実のもたらした効能についての話題しか上がっていなかった。

マリベル「…………………。」

そんな様を少女だけが不機嫌そうに眺め、何もしゃべることなく食事に徹していた。

*「おい 食べ終わったら もう一回 行こうぜ!」

*「いいね どうせなら 温泉の効能を 存分に 楽しもうぜ!」

*「とか 何とか いって どうせ 女が目当てなんだろ?」

*「おまえだって 鼻の下 伸ばしてたくせに 何言ってんだ。」

*「へっ バレてたか。」

漁師たちは昼間の入浴に飽き足らず夜の入浴もしっかり堪能するつもりでいるらしい。

果たして裸になるのは身体なのかそれとも邪な感情なのか。

マリベル「……ごちそうさま!」

いい加減ここにいてはいつ自分まで引っ張り込まれるか分かったものではない。

そんな風に感じて少女は早々に席を立ち足早に外へ出て行ってしまった。

*「ああ マリベルおじょうさん 行っちまったぜ!」

*「くそっ なんとかして 誘おうと 思ったのによ……!」

ボルカノ「よく 考えてみろ お前たち。もし そんなことが アミットさんに 知れたら どうなったことか わからんぞ?」

そこまで来てようやく漁師頭が口を開く。
彼にとっては正直混浴などどうでもよかったが、
万が一仲間が下手なことをしては網元に申し訳が立たないと思いここは場を鎮めることにしたのだ。

*「うっ…!」

*「い いやあ おっしゃる とおりでさあ。」

*「あぶねえ あぶねえ 危うく 首が 跳んじまうところだったぜ。」

アルス「…………………。」

そんなやり取りを少年は複雑な顔で見つめるのだった。



590: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:32:16.67ID:LLGD6zi70

マリベル「あーあ もう やんなっちゃうわ。」

一人宿を出た少女は行く当てもなく村の中をぶらついていた。

マリベル「この分だと 酒場も 混んでるわよねえ。」

そうは言ってもこのまま船に帰るのも少々癪に感じ、少女は不機嫌そうに腕を組みながら酒場へと入っていくのだった。

*「いらっしゃい! おや これは これは マリベルさんじゃないか!」

マリベル「こんばんは マスター。」
マリベル「…………………。」

適当に挨拶を交わすと少女は辺りを見渡す。

*「そんでよ ご主人ったらさ……。」

*「まったく あの人には 驚かされてばかりだぜ……。」

*「ダンスダンス ダダダン ダンスッ!」

*「ステキ……。」

店のカウンターには例のハーブ園からやってきた従業員と思わしき男たちが、
その反対側では相変わらず情熱的な踊りを見せている踊り子とそれに見入る女性が何人かいるだけだった。

マリベル「おもったより 空いてたわね……。」

*「マリベルさん 今日は 何にします?」

マリベル「何か オススメでもある?」

*「はい それでしたら 買ったばかりの ハーブで 作ったのが。」

マリベル「せっかくだから それ もらおうかしら。」

*「かしこまりました。」

そう言って店主は少女の目の前にトウキビ酒に大量のハーブを散らした薄緑色に輝くハーブ酒を差し出す。

マリベル「……いい香り。」

鼻を近づける前から鼻腔をすっきりとした爽やかな香りが突き抜けていく。
まるでバロックの橋で飲んだハーブティーを思わせるようなそれは
食後の苦しさを取り去ってくれるかのような清涼さを漂わせていた。

*「どうです? 食後には ぴったりのお酒でしょう?」

マリベル「……いいわね これ。」

“今度あのハーブ園に寄ったときはハーブを大量買いして家で作り置こうか”

そんな風に少女はぼんやりと考えていた。





*「いらっしゃいませ!」





また一人新しい客が入ってくるまでは。



591: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:33:32.09ID:LLGD6zi70

*「あ やっぱり いらしてましたか アルスさん。」

マリベル「……アルス。」

アルス「こんばんは。」
アルス「…やあ ここだったんだね。」

少年は軽く手を上げて挨拶を交わす。

マリベル「なによ あんたも みんなと一緒に 混浴に行ったんじゃなかったの?」

アルス「……きみだけ残して 入るのも なんだかね。」

マリベル「ふん 調子いいこと 言っちゃって。」

少女は相変わらず不機嫌そうに言う。

アルス「……マスター 彼女と同じのを。」

*「かしこまりました。」

そう言って先ほどと同じように店主は手早く少年にハーブ酒を差し出す。

マリベル「どうせ あんたも 女の人の裸 見たいくせに このすけべ。」

少女は少年の顔を見ようとせず頬杖をついたまま。

アルス「…………………。」

少年はちびちびと出された酒を飲みながら視線を天井にやり考え込む。

アルス「そういえばさ。」

マリベル「…………………。」

アルス「あの人たち 明日は 早いから 深夜は 入らないんだってさ。」

マリベル「……あっそ。」

そっぽを向いたままそれだけ返すと少女は杯を傾ける。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

二人は無言で酒を煽る。

“カラン”という氷の音が狭い店の中へ消えていった。

アルス「…本当はさ。」

しばらく押し黙ったままだった少年がポツリとつぶやく。



アルス「一緒に 入りたかったなって。」



マリベル「…………………。」
マリベル「…えっ? はっ……?」



592: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:34:40.14ID:LLGD6zi70

少年から飛び出した突然の言葉に少女は一瞬理解が遅れ、ややあってから驚いた表情で少年の方を振り向いた。

かくいう少年は杯の中を見詰めながら少し照れた顔をしている。

アルス「いや なんでもない。忘れて。」

マリベル「ばっ ばっかじゃないの!?」
マリベル「な なんで あたしが あんたと お風呂に……。」

真赤になって少女は小さく叫ぶと再びそっぽを向いて黙り込んでしまった。

アルス「ごめん。」

短く謝ると少年は杯の中の残りを一気に飲み干す。

アルス「マスター ごちそうさまでした。また いつか。」

そう言って少年は多めのお金を置いて席を立つ。

*「ありがとうございました。」

アルス「おやすみ マリベル。」

マリベル「…………………。」

それだけ残して少年は静かに扉を開け、表へと出て行ってしまった。

マリベル「…………………。」

“バタン”という重たい音が店内に木霊し、一人の客が帰って行ったことを報せる。

マリベル「…ばかアルス。」

独りいなくなった少年に呟くと、少女は自分の中にわだかまる複雑な思いを洗い流すように残りのハーズ酒を飲み干した。

マリベル「マスター もう一杯。」

*「かしこまりました。」

店の主人は何も言わずに黙々と酒を作り始める。

そうして再び店内には男たちの楽しそうな声とステージを踏み鳴らす踊り子の靴音、
そして氷がグラスを叩く音だけが静かに響いていったのであった。



593: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:37:34.89ID:LLGD6zi70

マリベル「…………………。」

夜も更けた頃、満天の星空の下で少女は一人、
酒で火照った身体を覚まそうと村の隅に置かれた角材に腰かけて煌々と揺らめく灯を眺めていた。

マリベル「…バカみたい……。」

少女には少年の行動がわかりかねていた。
前ならば男たちだけで温泉に浸かっていたはずの彼が今日ばかりは誰ともつるもうとせず、
それどころか少女だけが入らないからというだけで自分まで入らないと言い出す始末。
あまつさえその彼は自分と入りたいと言ってのけたのだ。

“本当はさ 一緒に 入りたかったなって。”

今まで決して彼が自分の願望をそんな形で口にすることはなかった。
それが他の男たちがむき出しにする邪な欲望だったのかはわからない。
しかしあの時少年が見せた顔はそれとは違って、どこか自分の羞恥の気持ちを隠しているように見えた。
それがますます少女を混乱させていた。

“ばっかじゃないの!? なんで あたしが あんたと……。”

思えば先ほどは驚愕と恥じらいから咄嗟であんな風に言ってしまったが、少々あれは言いすぎだったかもしれない。
自分と彼は既に恋人なのであって友達でもただの幼馴染でもない。
であれば入浴を共にするというのはさほど不自然なことではないのかもしれない。
しかしどういうわけか未だに自分の中で自らのすべてを晒してしまうことへの不安が先を行ってしまい、それを許そうとしないのだった。
たとえ相手が自分の好いた幼馴染であったとして。

マリベル「…はあ……。」

少女は基本的に相手がどう思おうが自分の思ったことはすべて言ってきたし、自分の気持ちに嘘はつかないようにしてきた。
時にはそれが人に自分を以て“わがまま”と言わしめる要因でもあったのだが、本人はそれをあまり気にしては来なかった。
今でこそ場面をわきまえられるようになったが、基本的に彼女の姿勢は変わらない。

しかしそんな彼女もあの少年と何かをしたり何かをしてもらうようなことに関しては正直に口に出せないこともあった。
様々な出来事を通してこれまでの旅も、そしてこの旅の中でも彼との距離を詰めていっていたはずだったが、
どうにも越えられない一線というものがあったらしい。

マリベル「やっぱり 恥ずかしいわよ……。」

そう言って少女は誰に見られているわけでもないのに両手で紅潮した頬を隠す。
彼にも散々正直にいろいろなことを言ってきたはずだったがこればっかりは言えない部類だったようだ。

マリベル「……ぶるっ………。」

あれこれ悩んでいるうちに気付けば体はすっかり冷え、
心地よく吹いていたはずの風はいつの間にか北風に変わり寒さを運んできていた。

マリベル「…さむい……。」

火に当たり寒さを紛らわそうとするも体の芯が冷えるような感覚に思わず身がすくむ。

マリベル「あっ……。」

なんとか暖をとれないものかと辺りを見渡した時、ふと煙の立ち上がる井戸が目に入った。

マリベル「温泉かあ……。」



“あの人たち 明日は 早いから 深夜は 入らないんだってさ。”



先ほど少年が言っていた言葉を思い出す。

マリベル「…………………。」

井戸までやって来た少女は耳を近づけて音で中の様子を探る。

マリベル「……誰も いないみたいね。」



“行くなら今しかない。”



そう思い立ち少女は急いで井戸の中へと降りて行くのだった。



594: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:39:00.51ID:LLGD6zi70

井戸の中は温泉の湧き出る音だけが木霊し、他には何も聞こえなかった。

マリベル「…………………。」

少女は目を凝らして辺りを確認する。

マリベル「……やった!」

奥の隅々までつぶさに観察したが確かにそこには誰もおらず、少女は思わず握り拳を作る。

マリベル「今のうち 今のうち……!」

そう言って少女はドレスを脱ぎ、近くにあった籠にまとめると浴巾(よっきん)を体に巻きつけて湯へと近づいた。

その時だった。



*「…いやあ 外は冷えるなおい。」



*「ホントだよな! もういっぺん 入っていっちまうか!」



マリベル「…っ!」



“しまった!”



どうやら二人組の男が井戸の手前までやってきているらしい。
自分の後に誰かが来る可能性などすっかり頭から抜け落ちていた少女は慌てて踵を返す。
このままでは湯に浸かれないどころか布越しとはいえ自分の裸体を見られてしまう。
そんな焦りから思うように濡れた床の上を走れず、少女は泣きたい気持ちになった。

そしてまたその時だった。



*「待ってください!」



男たちとは別の声が聞こえてきた。

*「あん?」

*「なんだ あんちゃん あんたも 風呂かい?」

*「いま 女の子が 一人で 入っているんです。」

*「なら 尚更 入らなくっちゃよ! なんせ ここは 混浴なんだぜ。」

*「そうだぜ へっへっへ……!」

男たちはいやらしい笑い声を上げる。

*「頼みます! 誰かに見られたくないからって 何度も あきらめていたのが ようやく 一人で ゆっくり 入れる時が来たんです。」
*「せめて 彼女が 出てくるまで 待ってください!」

*「……どうするよ?」

*「うーん……。」

*「お願いします! 宿代でも なんでも お支払いしますから!」

*「え ほ ホントか?」

*「そこまで 言われちゃ 仕方ねえ。まあ 風呂なら 宿にも あるからいいけどよ。」

*「ありがとうございます!」

*「……おう 確かに 受け取ったぜ。」

*「そのじょうちゃんに ヨロシクな! がっははは!」

その言葉を最後に男たちの声は聞こえなくなった。どうやら行ってしまったようだ。



595: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:40:14.61ID:LLGD6zi70

マリベル「…………………。」

“助かった”

少女はドレスにかけたその手をいったん止める。

マリベル「…アルス?」

少しだけ大きな声で井戸の上にいる人物を呼ぶ。

アルス「ぼくは いいから ゆっくり 浸かっていきなよ!」

声の主はそう言って少女を気遣う。

マリベル「…………………。」

少女はしばらく俯いて考えていたが、やがて決心するともう一度上にいる少年に呼びかける。



マリベル「アルス! 降りてきなさいよ!」



アルス「えっ?」

少女の真意が分からず少年は聞き返す。

マリベル「……い… いっしょに はいりましょ!」

ややあって返ってきた声は、少しだけ上擦っていた。

アルス「……うん!」

何かの呪文を唱える音が響いたあと、少年は降りてきた。

アルス「や やあ……。」

下まで降りてくると少年は少女の方を見ずにそのまま背中越しに言う。

マリベル「……こっち 見なさいよ。」

アルス「で でもっ……。」

マリベル「いいからっ!」

躊躇する少年に少女が語気を荒げる。

アルス「…………………。」



596: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:42:01.96ID:LLGD6zi70

振り返った少年は少女の体を見て黙ったまま固まった。
すらっと伸びた手足、絹のように白くやわらかな肌。
そしてまるで人形のように整った顔立ちは誰が見ても文句のつけようなどなかった。

マリベル「…なんか いったら どうなの?」

少女が恥ずかしそうに体を捩る。

アルス「…よかった……。」

マリベル「えっ?」

アルス「……タオルしてなかったら どうしようかと思った……。」

少年は冷や汗を流しながら言う。
体は大きな浴巾によって隠されてはっきりと見えはしないが、
それでも小さすぎず大きすぎない胸にくびれた腰から尻、
そして膝上までにかけての曲線美は少年の目のやり場を困らせるには十分すぎた。

マリベル「…………………。」
マリベル「はー……。」

少年の拍子抜けする感想に盛大なため息をついて少女が言う。

マリベル「まさか あたしが 素っ裸で 立ってるとでも 思ったの?」
マリベル「もっと 他に ないわけ? こう キレイだとか なんとか。」

アルス「いや 肌がきれいなのは 知ってたし……。」

マリベル「……もうっ!」

少しぐれた様子で少女は浴槽に向かうと、体を流してさっさと湯に入っていった。

アルス「…ご ごめん……。」

マリベル「いつまで そうしてるのよ はやく あんたも 入ったら?」

アルス「え あっ うん!」

少女の催促に少年は素早く服を脱ぎ、浴巾を腰に巻いて湯をかけてから少女の隣に腰を落とす。



597: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:43:35.86ID:LLGD6zi70

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

浴槽に背をもたれ、二人はお互いを見ないように目線を下にしたまま黙り込む。

マリベル「あ あのさ……。」

なんとなく気まずい空気を打開するかのように少女が話し出す。

アルス「…うん?」

視線だけ少女の膝に移しながら少年が相槌を打つように問う。

マリベル「ありがと。あいつら 追っ払ってくれてさ。」

アルス「……うん。」

マリベル「…それに さっきは ごめんなさい。」

アルス「えっ?」

思いがけない言葉に少年は少女の顔を見つめる。

マリベル「あんな 言い方しちゃってさ。」

少女は尚も俯いたまま答える。

アルス「…いいんだ。謝るのは ぼくの方さ。」
アルス「だれだって あんなこと 言われたら そうなるよ。」

自分の膝に視線を落とし少年は後悔するように呟く。

マリベル「……恥ずかしかったの。あんたに あたしの体 見られちゃうのがさ。」
マリベル「あたしたち もう ただの幼馴染じゃないっていうのにね。」

アルス「ぼくも ちょっと 急すぎたと思う。ごめん。」
アルス「…でも やっと 叶ったんだな……。」

そう言って少年は目を閉じる。



598: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:44:38.06ID:LLGD6zi70

マリベル「えっ……。」

その言葉の意味が分からず今度は少女が少年を見つめる。

目に映った少年の身体は細身ながらかなりの筋肉質で、
その肌には相変わらず癒えない傷痕がいくつも刻み込まれており、
これまで彼がいかに身を挺して仲間を守ってきていたかが窺えた。

まるで誰かの傷を肩代わりするかのように。

マリベル「…………………。」

少女も滅多なことでは見ない少年の裸体は、非常に痛々しくもあり、
それでいて猛々しく、不思議な魅力を醸し出していた。
だがその傷の多くが彼女を守るためにつけられたものであることもわかっていた。

アルス「……マリベル?」

マリベル「…………………。」

少女は少年の言葉も聞こえぬほど食い入るように少年の身体を見つめていた。
いったいどれほどの血がこの体から流れたというのだろうか。
いつも何食わぬ顔して少女をかばい続けるその体は、どれほどの痛みを抱えてきたというのだろうか。

改めて目の前にして見ているうちに少女の中で感情が沸き上がってくる。

マリベル「アルス……。」

アルス「ん?」

呼び掛けに応じるその瞳は優しく、そんなものなど最初からなかったかのように少女の翡翠色の瞳を写していた。

マリベル「ごめんなさい。」

アルス「えっ?」

マリベル「ありがとう。」

そう言って少女は少年の身体を、その傷痕を労わる様に、何度も、何度も優しく撫でる。

アルス「…………………。」
アルス「それは ぼくのセリフだって いつも 言ってるじゃないか。」

そうして少年は少女の手を取り、そのまま優しく少女の肩を抱く。

マリベル「…ばかアルス……。」

そう言って少女は少年の肩に首をもたれる。

密着する二人の体がいつもより熱く感じられたのは、温泉のせいだったのだろうか。



599: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:47:44.81ID:LLGD6zi70

アルス「…嬉しいな。」

しばらくして少年が呟く。

アルス「夢だったんだ。こうして 誰にも邪魔されずに 二人で 温泉に入るのがさ。」

マリベル「うふふっ。あんたってば 意外と ロマンチストなのね。」

アルス「意外で 悪かったね……。」

不服そうに少年が言う。

マリベル「スねないの! これでも 褒めてんだからね?」

アルス「はいはい。」

そう言って少年は微笑む。

マリベル「…ふふ……。」

アルス「…………………。」

マリベル「……また 来ましょうよ。」

アルス「二人っきりで?」

マリベル「あったりまえじゃないの! やっぱり見られたくないし それに……。」
マリベル「誰にも 邪魔されたくないからね!」

片手を腰につけて少女は悪戯な笑みを浮かべる。

アルス「あっははは! また 夜中にこっそり 来ないとね。」

楽しそうに少年が笑う。

マリベル「…そういえば さっきは 何の呪文を かけたの?」

先ほど上から聞こえた呪文の発動音を思い出し少女が尋ねる。

アルス「えっ? ああ あれ見てよ。」

マリベル「……!」

少年に促されて視線を移したその先には入口から滴る水滴があった。

マリベル「もしかして 入口を ヒャドで 塞いだの?」

アルス「アタリ。だから 一応 時間制限が あるんだけどね。」

マリベル「そうねえ のぼせないくらいには 早めに 上がらないと いけないものね。」

アルス「ずっと 独占するわけにも いかないからね。」

マリベル「…そっ。でも……。」



“今晩 月が てっぺんまで昇った頃 温泉にいけば いいことが あるみたいですよ!”



アルス「……!」



マリベル「もう少し こうしてたいな。」



そう言って少年にもたれかかる少女の白魚のような体が少しだけ桜色に染まって見えたのは
湯にあてられたせいなのか、それとも彼女なりの恥じらいの色だったのか。

同じように頬を染められた少年が知る術はなかったのだった。





そして……



600: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:48:24.32ID:LLGD6zi70

そして 夜が 明けた……。



602: ◆N7KRije7Xs:2017/01/11(水) 19:54:47.83ID:LLGD6zi70

第20話の主な登場人物

アルス
混浴で入るのをためらう少女に遠慮して自分も温泉には入らずにいた。
吹っ切れたマリベルと共に深夜の貸切温泉へ。

マリベル
裸を見られるのが恥ずかしく温泉に入るのを拒否していたが、
イルマの占いやアルスの手助けでなんとか入ることに成功。

ボルカノ
混浴は別にどうでもよく、温泉自体をしっかり堪能。
メモリアリーフの当主に唖然とする。

コック長
アミット号で一番の年長者。
もともとお風呂が好きなので温泉は楽しみだった模様。

アミット号の乗組員たち(*)
魚を売りさばいた後は温泉で混浴を楽しむ(愉しむ?)
日頃の疲れを存分に癒してほくほく顔に。

パミラ
エンゴウで代々占い師を務めている。「パミラ」は襲名制。
占いの腕は確かで、知識も豊富。

イルマ
パミラの助手を務める若い女性。
一見ただの元気な娘だが、占いの腕をちゃくちゃくと上げている。

村長
エンゴウの長。
村を発展させようとするあまり炎の精霊をないがしろにしていたが、
魔王復活から討伐までの一連の事件を経て改心する(?)

メモリアリーフの当主(*)
荒くれ男に扮してメイドを追いかけるという奇行が有名。
それでもハーブ園は上手くいっているというのだから世の中わからない。



605: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:13:45.37ID:/ZAUKCR40

航海二十一日目:冷めないハーブティー / 同じ月を見てる



606: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:15:07.02ID:/ZAUKCR40

コック長「ん?」

日が昇り始めた頃、アミット号の料理長はいつものように網元の令嬢を起こして朝食の準備に取り掛かるために調理場へと続く扉を開けた。



マリベル「あら おはよう コック長。」



少女は既に起きて着替え終えていた。

コック長「珍しく 今日は 早いですな マリベルおじょうさん。」

マリベル「うん まあね。」

そう言って少女は微笑む。

コック長「……なにか いいことでも ありましたかな?」

マリベル「へっ? あ いや そんなことないわよっ?」

コック長「…わしに 隠し事しても ムダですぞ。」

上擦った声で少女は誤魔化そうとする少女に料理長は片眉を上げて釘をさす。

マリベル「べ 別に いいじゃないの。」

コック長「なにやら 肌のつやが いつもより 良くなっているような……。」
コック長「さては 昨晩でも 温泉に入りましたかな?」

ずずいと寄って少女の顔をまじまじと見つめると料理長はズバリと少女の隠し事を当てて見せる。

マリベル「っ……。」

コック長「良かったですな ちゃんと 誰にも見られず 入れたんですか?」

絶句する少女に対して料理長は特に顔色を変えずに質問を続ける。

マリベウ「え ええ まあね……。」

コック長「……ふうむ。ははあ そういうことですか。」

歯切れの悪い少女を見てコック長はある仮説を立てる。

マリベル「な なにっ?」

コック長「いやいや なんでも ありませんぞ。」

マリベル「ちょっと コック長 何か 勘違いしてないでしょうね!」

コック長「何がですかな?」

マリベル「うっ……。」

その“何が”が言えず少女は押し黙る。

コック長「いいんです 言わなくても。わしは わかっておりますし 誰にも 言いませんからな。」

マリベル「えっ ち ちが……。」

コック長「さて それでは あいつを起こしますから ちょっと 待っててください。」

そう言って料理長は少女の言葉を最後まで聞かずに隣の部屋へ出て行ってしまう。



コック長「……おい 起きろ。朝だぞ。」



*「……うーん…。」



マリベル「…………………。」
マリベル「どうして あんなに 勘がいいのよ!」

一人になった部屋で少女は誰にも聞こえないように小さく叫ぶのだった。



607: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:16:10.98ID:/ZAUKCR40

アルス「えっ バレた!?」



マリベル「シーっ!」
マリベル「大きな声で 言わないでよっ! 余計に あやしまれちゃうじゃないっ!」

そういって少女は少年の口を塞ぐ。

*「……?」

近くにいた漁師が不思議そうにあたりをキョロキョロと見渡す。

アルス「モガモガ…… ぷはぁ!」
アルス「ど どうして わかったんだろ……。」

物陰に隠れたところでようやく口を解放された少年が呟く。

マリベル「肌の加減で あたしが 温泉に入ったことは わかったらしいんだけど……。」

アルス「それにしたって ぼくまで いたって どうしてわかるんだろう……。」

マリベル「侮れないわ コック長……。」
マリベル「とにかくっ! これ以上 他の人に 知られたりでもしたら 面倒どころか あたしがここ いられなくなっちゃうわ!」
マリベル「アルス! あんたは 何もなかったふりするのよ! いいわねっ。」

そうまくしたてて少女は指先を少年の顔に突きつける。

アルス「わ わかったよ……。」

やや引き気味にそれを承諾すると少年は見張りに戻って行くのだった。

マリベル「まったく 油断ならないわね。」

一人呟く少女は自身の恥ずかしさよりもとあることを気にしていた。



“なにっ アルスが うちのマリベルと 風呂に!? け けしからんっ!!”



マリベル「…こんなこと パパに知れたら なんて言うか わかったもんじゃないわ。」

万が一そんなことがあっては娘を溺愛しているあの父親のことだ、
たとい相手が信頼を置いているあの少年だったとしても何をするか。

マリベル「もう一回 コック長に 釘をさしておくかしらね。」

ほとぼりが冷めるまで少女の中の最高機密の一つとして刻み込まれたのであった。



608: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:16:52.64ID:/ZAUKCR40

東の空から昇った太陽が真上に差し掛かろうかという頃、
漁船アミット号は次の目的地を目指して西の方角へと航海を続けていた。

*「んん? なんだ ありゃ?」

そんな折、甲板で操舵をしていた漁師の一人が何かに気が付いた。

*「なんだい ありゃあ。」

*「さあ おれにも わからん。」

それを皮切りに次々と漁師たちが遠くに見える何かに視線を注ぐ。



*「みんな 飯だぞー!」



その時、休憩していた別の漁師が甲板へやってきて昼時を告げる。

*「よう あれ 知ってるか?」

その男にも同じ質問を投げかける。

*「えっ あれって……。」
*「……よくわからんが アルスたちなら 知ってるんじゃないか?」

*「アルスは?」

*「昼当番だから 下にいるぜ。」

*「おうよ じゃあ 後 頼んだぜ。」

*「任せとけ。」

そんなやり取りを交わし、漁師たちは一人を残して下に降りて行った。



609: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:17:59.80ID:/ZAUKCR40

漁師たちが食堂までやってくると、既に食事を終えた船長と新しい皿の配膳と片づけをしている少年たちがいた。

*「お いたいた。」

*「よう アルス。なんか いま 北の方に 変な塔が見えたんだけどよ。」

アルス「北ですか? 南じゃなくて。」

“塔と言えば南にはかつて魔王が居城としていた巨大な塔があったはずなのだが”

そう思い少年は聞き返す。

*「おう なんか 良く分からねえが 派手な色した 塔だったぜ。」



マリベル「それって バロックタワーじゃない?」



話を聞いていた少女が思い出したように呟く。

*「……?」

アルス「ああ 天才建築家 バロックが 生涯の最後に造った作品です。」
アルス「ぼくたちも 登ったことがありますよ。」

マリベル「あの中は そりゃあもう 侵入者をはばむ 罠ばっかりでねえ。」

アルス「でも 塔の最深部には 彼が残した お宝が あったんです。」

*「へえ それでそれで。」

アルス「……お宝とは なんてことない 石盤が二枚だけでしたとさ。」

続きを聞きたがる漁師に少し考えてから少年は答える。

*「なんでえ つまんねえな。」

マリベル「…………………。」

ボルカノ「その石版ってのは お前たちが 探していた アレか?」

アルス「うん。」

マリベル「…結果的には バロックさんに 助けられたってことですわ。」

*「ふーん じゃあ あの塔の中には もう 何も残ってないのか?」

アルス「ええ そうです。」

マリベル「それでも ないはずの お宝を求めて やってくる人は 後を絶たないんだけどね。」

*「まあ お宝っていう 響きだけで なんか ワクワクするもんな。」

コック長「おいおい 料理が冷めちまうから はやく 食べてくれ。」

*「お 悪いな コック長。」

そうして料理長に促され、漁師たちは話をやめて食事に手を伸ばし始めるのだった。



610: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:20:48.00ID:/ZAUKCR40

マリベル「アルス。」



昼下がり、食堂にある自分のハンモックで休憩をとっていた少年は少女に呼ばれる。

マリベル「お茶にしない?」

アルス「えっ うん……。」

ゴロリと寝返りを打って少年は声の方に振り返る。

何やら爽やかないい匂いが漂ってきた。

アルス「よっこらせ。」

マリベル「はい コレ。」

そう言って席に着いた少年に少女は揺れに強い大きめのコップを手渡すと、ポットの中の液体を半分ほど注いでいく。

アルス「あれっ これって……。」

マリベル「昨日のうちに コック長たちが 買ってきたんですって。」

アルス「スウー……はー……。いい香りだね。」

コップの中からは眠気を吹き飛ばすような透き通った香りが立ち上っている。

マリベル「ふー…ふー……。」
マリベル「…っ! あちち……。」

揺れる船内で熱いものをすするのはなかなか以て難しいものがある。
少女は運悪く口の中に予定より多めの量が入ってきてしまったらしく目をぎゅっとつぶった。

アルス「…ふふ ははは……。」

その様子がどうにもおかしく少年は思わず笑いをこぼす。

マリベル「な なによ……。」

アルス「いや かわいくて つい。」

マリベル「むっ また 調子いいこと 言って。」

アルス「…ふふふ。」

そうやってムキになる姿が余計愛おしくなり、少年の目はだらしなく垂れさがる。

マリベル「…なんて顔してるのよ……?」

そんな様子に少女も怒る気が失せ、ため息をつきながら次の一口をすする。



マリベル「……あっ。」



611: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:22:04.04ID:/ZAUKCR40

何かを思い出したらしく、少女は急いで調理場へと走っていくと、しばらくしてその“何か”を抱えて戻ってきた。

マリベル「じゃーん。マリベル特製クッキーよ!」

アルス「……やった!」

少女の手の上にはたくさんのクッキーが乗ったお皿があった。

マリベル「やっぱり ハーブティーだけじゃ 寂しいからね。」

アルス「いつ作ったの?」

マリベル「朝一番でね。いい匂い してたでしょ?」

“美味しいお茶菓子と共にハーブティーをたしなむ”

今朝少女がわざわざ早起きしていたのはこのためだった。

アルス「……うーん 覚えてない。」

マリベル「…あっそ まあいいわ。たくさんあるから 遠慮なく 食べてちょうだい。」

アルス「うん。」

そう言って少年は早速一つ摘み取ってかじりつく。

アルス「…サク…サク……ごくん。」

マリベル「……どう?」

アルス「おいしい。」

マリベル「…うふふ。あったりまえよね~ このマリベルさまに 失敗なんてないんだから。」

アルス「…………………。」

”先ほど小さな失敗をしていたではないか”と言わずに微笑むのは少年の優しさか。

マリベル「まっ ホントは 明日食べる予定だったんだけどね。」

アルス「…………………。」

心の中で小さくツッコミを入れながら少年は少し冷めて飲みやすくなったハーブティーを一口すする。



612: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:23:21.41ID:/ZAUKCR40

マリベル「ハーブかあ……。」



不意に少女が呟く。

アルス「ん?」

マリベル「ううん ちょっと グリンフレークのことを思い出しただけよ。」

アルス「リンダとペペのこと?」

マリベル「うん。」
マリベル「…………………。」

アルス「どうしたの?」

マリベル「もしも… もしもよ?」
マリベル「どうしてもあたしが 他の男と 結婚しなくちゃいけなくなったら……。」
マリベル「アルス。あなたは どうする?」

口調こそ平然としているがどこか少女は不安そうに俯いて上目遣いに見る。

アルス「…………………。」

突拍子も無いながら非常に繊細な質問に少年は真剣に考える。

アルス「……そうだなあ。」

やがて答えがまとまったのか少年は顔を上げた。

アルス「本当のところ ぼくは 君さえ幸せでいてくれたら それでいいと 思ってたけど。」

マリベル「…………………。」

アルス「やっぱり 嫌だな。他の誰かと 君が 一緒にいるなんて。」
アルス「自分の気持ちに嘘ついて 結局 後で 後悔するくらいなら……。」

一呼吸を置いて気持ちを吐き出すように少年は少女の顔を真っすぐに見据えて言う。

アルス「ぼくは 君をさらってでも 連れていく。誰にも 見つからないような 遠い所へね。」



マリベル「…………………。」



マリベル「ブフっ…… ぷぷぷ……。」



613: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:25:08.26ID:/ZAUKCR40

いつの間にか少女は口元を抑えて必死に笑いを堪えていた。

アルス「な なんだよ……。」

マリベル「あっははは! だって あんた…… あんな 恥ずかしいセリフを……。」

アルス「…うっ……。」

言われてみれば確かに今の発言は顔から火が飛び出るくらいこっぱずかしい台詞に他ならなかった。

だが少年は同時にあることに気付く。

アルス「言わせたのは どこの 誰だよ。」

マリベル「ハッ…… う うん まあ そうだけど……。」

アルス「せっかく 真剣に考えたのに 損した気分だよ。」

そう言って恥ずかしそうに体ごとそっぽを向くと足を組んでハーブティーを一気に飲み干す。

マリベル「…もうっ 言ったでしょ? もしものことって。」

困ったような顔で少女は微笑む。

アルス「…そうだけど。やっぱり ペペさんみたいに 家族も リンダさんも救えないくらいなら ぼくは……。」

マリベル「……ばかねえ。まず その状況をなんとかしようって 思わないの?」
マリベル「二人で逃げなくても いいように その時は あなたが なんとかしてよ。」
マリベル「…駆け落ちなんて それからでも じゅうぶんだわ。」

アルス「……わかってる。」

マリベル「まっ 間違っても そんなことにはならないと思うから 心配するだけ無駄だったかしらね。」

アルス「…………………。」

少年は気を紛らわそうとハーブティーを注ぎなおし、また一つクッキーを頬張る。



614: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:25:56.07ID:/ZAUKCR40

マリベル「……今度 さ。」



不意に少女がポツリと語る。

アルス「ん?」

マリベル「あそこのハーブ園に 行こうよ。」

アルス「ふハりで?」

マリベル「当り前じゃない。それとも あたしと 二人っきりじゃ 不満かしら?」

昨晩二人でまた湯に浸かろうと話したばかりとは思えない言葉を発しながら少女は目を細める。

アルス「…ゴクン…… めっそうもない。」

マリベル「……そしたらそこで たっくさん ハーブを買って うちでも 育てるの。」
マリベル「あっ もちろん 水をやったり その他 もろもろの世話は アルスの役目だからね。」

少女はにやりと笑う。

アルス「それ 前も 聞いたような……。」

マリベル「そうかしら?」

アルス「でも ぼくが いない間どうするの?」

マリベル「そんなに 長い漁やるの?」

少しだけ顔を曇らせて少女が尋ねる。

アルス「……わからない。前と比べて 漁場が近くなったから すぐに帰ってこられると思うけど。」

マリベル「じゃあ すぐに帰ってきて あんたが やれば いいのよ。」

アルス「はは…… マリベルには 敵わないなあ。」

マリベル「当然じゃない。あんたが あたしに勝てることが あって?」

アルス「……うーん。」

首を捻って考える少年を見て少女は勝ち誇った様な笑みを浮かべて目を閉じる。

マリベル「ほーら 見なさい! あんたは 素直に あたしの言うことを聞いてれば……っ!?」





アルス「こうしちゃえば ぼくの勝ち。」



615: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:27:42.62ID:/ZAUKCR40

“またやられた”



いつの間にか席を立った少年に後ろから抱きしめられながら、少女は飛び跳ねそうな心臓を抑えて言う。

マリベル「……ずるい。」

彼にこうされてしまうと少女はまったく抵抗する気にならなくなってしまう。
それは他のどんなことでも優勢を保つ彼女にとってたった一つにして最大の弱点だった。

それを知ってか知らずか、少年は優しく、力強く彼女を包み込んでいく。

アルス「ずるくていいんだ。」

だがそんな少年も、包み込まれているのは“彼女”なのか“自分の心”なのかわからないでいた。
少女を抱きしめている時、少年の心は温かく包み込まれているような安心感と満足感が満ちていた。

だからこそ少年は悲しくなったり、嬉しくなったり、寂しくなったり、そして愛しくなった時、
少女の体を思いっきり抱きしめるのだった。

マリベル「ね 約束よ?」

アルス「うん 行こう。ふたりで。」



波に揺られながら心行くまで時間を過ごし、互いの心が冷めぬように温めあう。

そんな二人に忘れられたハーブティーだけが、寂しそうに冷えていくのだった。



616: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:28:30.00ID:/ZAUKCR40

ボルカノ「錨を降ろせ!」



それから漁船は何の問題もなく航行を続け、夜も更けた現在、
一行は小さな港を見つけて新しい大陸に降り立っていた。

マリベル「着いたのね! リートルードへ!」

少女が大きく体を伸ばして言う。

ボルカノ「今日は遅いから 明日にするか?」

アルス「いや たしか あそこには 大きな宿が あったはずだよ。」

マリベル「きっと あたしたちが 行っても 余裕で泊まれるわよね!」

ボルカノ「…どうするよ?」

コック長「今回は 店も開きませんし このまま 行っても いいんじゃないですかな。」

ボルカノ「よし! じゃあ このまま リートルードへ 出発するぞ!」

*「「「ウスッ!」」」

そうして船長の号令と共に一行は町へと向かって歩き出す。

マリベル「あっ 先に行ってて!」

そう言って少女は船に戻ると三毛猫を抱えて戻ってきた。

トパーズ「なうー。」

追いついてきた少女に少年が問う。

アルス「トパーズも 連れていくの?」

マリベル「一日 ほったらかしにしてたら かわいそうじゃない。」

アルス「それもそうだね。」

少年は三毛猫の顎を撫でながら頷く。

マリベル「さ いきましょ。」

アルス「うん。」

そうして二人は先を歩く漁師たちのもとへ小走りに向かっていった。

一行の向かう先に見える芸術の町はまだ明かりが灯っており、どこか幻想的な光景を醸し出していた。



617: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:31:53.92ID:/ZAUKCR40

*「うひゃあ こりゃまた 変な建物が いっぱいだな!」



町に着いた漁師が開口一番に率直な感想を述べる。
もともと芸術的な感覚など二の次な漁師たちにとってこの町の前衛的な芸術の様式にはとてもついていけない隔たりがあったのだ。

マリベル「あら 奇遇ね あたしも これには どうかと思うわ。」

うんざりといった様子で少女が言う。

ボルカノ「マリベルちゃんが 言うなら たぶん 間違いねえんだろうな。」

アルス「感性が合う人には 合うのかもしれないけど 合わない人には とことん わからないのが 芸術だからね。」

マリベル「それを ここの人たちは これが当たり前のように 言うもんだから まいっちゃうのよね。」

*「まあ いいから さっさと 宿に行きましょうぜ。もう 眠くってしゃあねえ。」

*「だな。」

アルス「ほら あそこが この町の宿ですよ!」

少年が指差す先には二階建ての大きな宿屋が立っていた。

*「おお すげえ!」

コック長「さすがは 観光業で もうけているだけ あるな。」

マリベル「おまけに 宿代も格安! いいことづくめってわけ!」

*「よっしゃ! そいつは ラッキーだ!」

*「ぼく エンゴウで 結構 飲み食いしちゃって ちょっと ピンチだったんですよ!」

そんな会話をしながら一行は宿の中へと入っていく。



*「いらっしゃいませ。お泊りになりますか?」



宿の受付ではすっかり回復した女将が温かい笑顔で一行を迎え入れた。

ボルカノ「部屋は空いてるかい?」

*「ええ まだ だいぶ 余裕がありますよ。」

ボルカノ「よし それじゃ ここで 解散だ。明日は 適当に 観光でもしていてくれ。」

*「「「ウスッ。」」」

そうして一行は部屋の登録を済ませてそれぞれ散っていくのだった。



アルス「おやすみ。」



マリベル「うん。」



一人部屋がまだまだ空いていたため少年と少女も今日は久しぶりに別々の部屋を取り、
就寝の挨拶を済ませてそれぞれの部屋に入っていった。



618: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:33:36.64ID:/ZAUKCR40

アルス「ふー……。」

軽く風呂を済ませた後、少年はベッドに転がり一人窓から差し込む月明かりを見つめていた。
昨晩は宿にこそ泊まれなかったとはいえ、温泉に浸かりじっくりと体を労わったためか、
今晩はあまり疲労も溜まっておらず、このまま眠ってしまうのもなんだか惜しいような気がしていた。

アルス「下に行くか……。」

そう言って少年は扉を開けると階下にある酒場へと降りて行った。



*「いらっしゃいませ。」



ボルカノ「おう なんだ アルス お前も来たのか。」

アルス「父さん。」

コック長「まあ お前も こっちきて 飲もうじゃないか。」

アルス「はい。」

二人に促され少年は適当な飲み物を注文して男たちの中に座る。

コック長「それで どうなんじゃ?」

アルス「…いろいろと 覚えることが多くて たいへんですけど 今は漁に出られる 嬉しさの方が 上ですね。」

コック長「…そりゃ よかった 嫌になって 投げだされでもしたら どうしようかと 思ったよ。」

ボルカノ「漁のことは 今はいい。お前なら すぐに 上達するだろう。」

コック長「それよりも じゃ。」

アルス「……なんですか?」

コック長「何ですか じゃないわい。マリベルおじょうさんとのことだ。」

アルス「えっ……。」

*「お待たせいたしました。」

どうしたものかと少年が固まっていると酒場の主人が注文した酒を席に置く。

ボルカノ「ちゃんと うまく やってんのか?」

アルス「……うん。」

少年は出された酒を一口飲み、杯を置いてポツリと言う。

コック長「ここのところ やけに おじょうさんの機嫌が よくてな。」

アルス「そ そうですか……。」

ボルカノ「まあ あんまり 無粋なことは聞かねえけどよ 女の子ってのは 繊細だ。」
ボルカノ「オレが若いころも けっこう たいへんだったもんだ。」

父親は懐かしむような遠い目をして言う。

コック長「わっはっは! マーレも乙女じゃったからのう!」

ボルカノ「……ゴホン。とにかく 大事にしてやるんだな。ちょっとしたことでも 傷つきやすいもんだからよ。」

コック長「みんなに 迷惑がかからない程度に な!」

アルス「は はい。」
アルス「…そういえば……。」



619: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:35:37.94ID:/ZAUKCR40

ふと少年は何かを思い出す。

ボルカノ「ん?」

アルス「最近 悩んでることが あるみたいなんだ。」

コック長「あの マリベルおじょうさんが 悩むことってったら そりゃ 家族のことか お前さんのことくらいだろうよ。」

察しの良い料理長がすぐにその原因を言い当てる。

コック長「心当たりは ないのか?」

アルス「うーん。なんていうか これから先 何をするか みたいなことだと思うんですけど……。」

少年が腕を組んで答える。

コック長「これから先 か。網元の娘としてではなく 彼女自身が 何をするかってことか?」

アルス「なんとか 気の利いたことでも 言えればいいんですけどね……。」

コック長「そればっかりは 彼女自身が 決めることじゃからな。」

やはり料理長も少年と同じことを考えていたようだ。

アルス「なんだか 歯がゆいんです。何もしてあげられなくて……。」

コック長「ふーむ。」

ボルカノ「……見守ってやれ。」

アルス「えっ?」

するとしばらく黙って話を聞いていた少年の父親がゆっくりと口を開く。

ボルカノ「何もできなくても 黙って傍で 見守ってやることだけはできる。」
ボルカノ「もし 彼女が 立ち止まったら 背中を押してやればいい。」
ボルカノ「ふさぎ込むようなことがあったら その時は お前が そっと 手を取ってやるんだ。」
ボルカノ「それに なにより……。」



ボルカノ「信じてやるんだな 彼女のことを。」



アルス「…父さん……。」
アルス「……うん。」

どんな時でも互いを信じてここまで生きてきた自分の両親のことを少年はよくわかっていたからこそ、
父親の言葉には素直にうなずけたし、不思議な安心感があった。

コック長「…さ そういう話はそこまでにして 今日も遅いから 適当に 切り上げるとしますかな。」

そう言って料理長は自分の杯を傾ける。

ボルカノ「……だな。」

少年の父親もそれに続いて杯を一気に乾かす。



アルス「…………………。」



少年はそんな二人の間で再び窓の向こうを見上げる。

丑三つ時の月は相変わらず空高く、美しい光を放っていた。



620: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:40:27.25ID:/ZAUKCR40

マリベル「うーん……。」

少年たちが酒場で語らっていた頃、少女もまた入浴を済ませてベッドに横になっていた。

マリベル「なんだか ベッドが 懐かしいわー。」

とは言ってもせいぜい二日ぶりにすぎないのだが、
エンゴウで宿に泊まれなかったという悔しさから少女は全身でベッドの柔らかさを味わうのだった。

マリベル「…………………。」

うつ伏せに寝転がり枕を胸に抱きながら少女はなんとなく昼間少年と交わした会話を思い出す。



“そんなに 長い漁やるの?”



“……わからない。前と比べて 漁場が近くなったから すぐに帰ってこられると思うけど。”



“じゃあ すぐに帰ってきて あんたが やれば いいのよ。”



マリベル「すぐに帰ってくる か……。」

少年はああ言っていたが、実際漁は魚が獲れるまで帰ってこないこともある。
さすがに積荷が尽きれば帰らざるを得ないのだろうが、こればっかりはその時の漁獲次第。
いくら目当ての魚が近くでとれるようになったからと言って毎日が日帰りというわけではない。
時には一週間以上航海することもあるのだろう。

マリベル「どうしよう あたし……。」

少年の帰りを待つ間、家でじっとしていろべきなのか。
現にフィッシュベルの漁師の妻の多くはそうして夫の帰りを待っている。例えばあの少年の母親もその一人。



621: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:42:49.19ID:/ZAUKCR40

マリベル「…………………。」



“パパとママはなんていうかしら。”



そんな想像をしてみる。

最終的には少年達と冒険を再開することを許してくれた両親だったが、
使命を受けた旅が終わった今、網元の娘としてどう生きていくべきかについては話が別なのかもしれない。

マリベル「んー……。」

そもそも自分はまだこれからどう過ごしていくのか何も決めていない。
ただ漠然とあの少年の顔が浮かんでくるだけで具体的に何をするべきなのかはわからない。

やはり他の女性たちと同じように村で時間を過ごし、きれいな服を着て、嗜みや習い事に精を出す。
そしていつかは世界の王宮や名家と交流し華やかな舞台で生きていく。
網元の娘として生きるというのは今の世界ではそういうことなのだろう。
きっと自分の母もそうしたはずだ。ましてや世界を救った英雄とあらばどこからも引っ張りだこになるだろう。

マリベル「でも……。」

それが必ずしも自分のやりたいこととは限らない。
確かに、讃えられて令嬢として華やかな世界で生きるというのは決して悪い選択肢ではない。
普通の人より優遇されて生きることができるのはまず間違いないだろう。
しかしそれが自分の幸せなのかと聞かれたら頷く自信はない。
自分が世界を救ってまで得たかったものは名誉や富のためではなかったのだ。

“あたしが そうしたかったから そうしただけ。”

少女は寝返りを打って天井に掲げた自分の掌を見つめる。

好奇心のうちに危険な旅に出たりして、出会いと別れを繰り返し、力を得ては脅威を打ち払い、
少年と共に成長し、いつしか惹かれるようになり、最終的には世界のために奮い立ってみせた。
ただの好奇心はいつしか勇気となって少女を突き動かし続けた。
数々の因縁をもつ仲間たちの中で唯一何の変哲もない人生を歩んでいたはずの少女は、
自ら運命を切り開いて新しい世界を勝ち取ったのだ。

マリベル「…………………。」

それもこれもどうしても見たかった未来があったからに他ならない。

世界中の人々や家族と仲間の笑顔に囲まれ、自分がいて、あの少年がいる。

そんな“未来”を少女は“現在”にして見せた。

だがこれが終着点ではない。

マリベル「……アルス。」

あの少年は漁師となり、いつか必ず自分を幸せにしてみせると言ってくれた。
だが自分は彼に何がしてあげられるだろう。きっと彼は何も望まないと言うだろう。
船出を見送り、漁の帰りを待ち、港で出迎える。それだけで良いと言うだろう。
もしかするとそれすら遠慮するかもしれない。
彼は少女が幸せであればそれでいいと、ただ彼女がしたいことをしていて欲しいと言うかもしれない。

マリベル「ホントはいつでも 一緒にいたいくせに。」

しかしそれは叶わないことだと分かっている。
だからこそ少年はせめていられる時はその時間を大切にしようと言ったのだろう。
それ以外の時間、つまり彼が漁に出ている間は彼女がどんなことをしていようが構わないと、そういうつもりだったのだろう。

マリベル「…そうね………。」

そうであるならば少女のやりたいことは決まっている。

しかし。

“彼と自分のためにできることとはいったいなんだろうか”

マリベル「あーもう! わかんないわよっ!」

トパーズ「っう~。」

結局結論は出ずに堂々巡りなのだった。



622: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:44:14.57ID:/ZAUKCR40

マリベル「……ねえ おまえは どう思う?」



そう言って少女は足元でうずくまる三毛猫に語り掛ける。

トパーズ「…………………。」



“自分で考えな”



無言で鼻先を見つめてくる三毛猫はなんとなくそう言っているように見えた。

マリベル「…………………。」
マリベル「そうよね。」

そう言うと少女はベッドから体を起こし窓の向こうを見上げる。

月は二カっと笑ったまま何も答えてはくれない。

マリベル「……ふふっ。」

今はそんなことで悩めることすら愛おしくて、少女は一人微笑む。

奇しくも同じ月を見上げる二人は同じ想いを抱えながらもその内を打ち明けることはなく、
いつしか襲ってきた眠気につられ、ぼんやりと深い夜の中に落ちていくのだった。





そして…



623: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:46:35.59ID:/ZAUKCR40

そして 次の朝。



625: ◆N7KRije7Xs:2017/01/12(木) 19:50:11.58ID:/ZAUKCR40

第21話の主な登場人物

アルス
思い悩むマリベルのことを心配している。
マリベルのこととなると普段の様子からは想像もできないセリフを吐いたりする。

マリベル
これから先、自分がどうやって生きていくのか考え中。
メモリアリーフのハーブが気に入った様子。

ボルカノ
アルスとマリベルの姿にかつての自分とマーレを思い出し、
懐かしさを感じるとともに的確な助言を与える。

コック長
非常に堪が良く、人の些細な変化でも見逃さない。
アルスとマリベルのことを案じ、時には相談に乗ることも。

アミット号の漁師たち(*)
知らない土地へ行くことがちょっとした楽しみになりつつある。
面白そうなことにはすぐに飛びつく。

トパーズ
今回はマリベルと共にリードルートへ上陸。
時々人の言葉を解するかのように振舞うことがある。



628: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:25:21.97ID:ZKa88jEr0

航海二十二日目:時計塔と隻腕の像



629: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:27:26.05ID:ZKa88jEr0

“コンコンコン”



アルス「マリベルー?」

*「…………………。」

翌朝、少年は父親とランキング協会を訪れるために少女を起こしに来たのだったが、扉をノックしても帰ってくるのは静寂だけだった。

アルス「マリベル 寝てるのー?」



“ガチャリ”



その時、不意に鍵の外れる音がした。

アルス「……?」

しかし扉は一向に開く気配はなく、扉の向こうからは誰も現れない。

アルス「マリベル 入るよ?」

仕方なく少年は扉の取手に手を掛け、ゆっくりと回す。

次の瞬間。





トパーズ「なうー!」





アルス「うわっ!」



630: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:29:38.23ID:ZKa88jEr0

わずかに開けた扉の隙間から三毛猫が飛び出してきた。

アルス「…びっくりした……。」

そうして今度は猫を抱え上げ、少年は再び部屋の中を覗き見る。

トパーズ「なうなうなう~。」

アルス「ん?」

いつになくよくしゃべる三毛猫を撫でながら少年はベッドの膨らみを見つける。

アルス「……マリベル?」

マリベル「…………………。」

アルス「……?」

どうやら寝ているわけではなさそうだが、呼び掛けても返事のないのを不思議に思い
少年は少女の肩の部分と思わしきところを少しだけ揺さぶる。



マリベル「…う……。」



アルス「ま マリベルっ!?」

突然漏れた苦しそうな声に少年は慌てて布団を剥し少女を呼ぶ。

マリベル「あ アルス…… ごめん ちょっと待ってて……。」

少女は痛みを堪えるように片目をつぶったまま弱弱しい声で言う。

アルス「えっ ど どこか 悪いの!?」

マリベル「…………………。」

少年の問いかけに少女は無言で下腹部を擦る。

アルス「っ…… わかった。」
アルス「今日は 父さんと 二人で 行ってくるから マリベルは休んでて。」

少年は少女の言わんとしていることを察して布団をかけなおす。

マリベル「だ 大丈夫よ そんなに 辛くないから……。」

口では強がっているがその顔は冴えない。

アルス「いいんだ。それより 無理しないで。」

マリベル「……ごめん。たぶん すぐに 良くなるから また後でね。」

アルス「うん わかった。じゃあ……。」

そう言うと少年は少女の額に口づけを落とし、“ベホマ。”と小さく呟いて部屋を後にする。

マリベル「…………………。」

少女は少しだけ赤い顔で閉められた扉を目だけで見る。
どうやら先ほどの呪文は少年なりの“おまじない”だったのだろう。
呪文では痛みを取り除くことはできないが、冷えた体の内側が温まるような不思議な感覚に包まれた。

マリベル「…ふう……。」

“まさか彼にこんなことまで気を遣われてしまうとは”

そんな不甲斐なく思う気持ちもあったが、どこか嬉しい気持ちが勝り、いつの間にか痛みが引いて行くような感覚を覚える。

マリベル「…フフフっ……。」

なんとか今日一日も頑張れそうな気がしてきたのだった。



631: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:31:04.80ID:ZKa88jEr0

ボルカノ「おお アルス。」
ボルカノ「ん? マリベルちゃんは どうしたんだ?」

宿の一階で待機していた少年の父親が少年に尋ねる。

アルス「…今日は 無理させない方が いいみたい。」

ボルカノ「……そうか。なら 仕方ねえ 二人で行くとするか。」

アルス「うん。」

少年の神妙そうな顔に何があったのかを察すると、
父親はひとまず朝食を済ませるために少年を連れて酒場兼食堂へと入っていくのだった。



…………………



ボルカノ「そんで その ランキング協会ってところにいきゃ いいんだな?」

朝食を終えた親子はこの後のことについて話をしていた。

アルス「うん。偽の神との 謁見の時にも そこの三人組が 代表として来ていたからね。」

ボルカノ「そうか なら いいんだけどよ。」

アルス「まあ ここも たいして 漁をしているわけじゃないから あんまり 関心なさそうだけどね。」

ボルカノ「……海がすぐそばにあるっていうのに もったいない こったぜ。」

それは漁師を務める彼にしてみればもっともな疑問であり、実際この町は行商人や買い出しで生活が成り立っている節があった。

アルス「ははは… 言われてみれば そうかもね。」

ボルカノ「ま オレは 別に 芸術を 否定するわけじゃねえけどよ。」

アルス「父さん 意外と 繊細な作業 得意だもんね。」

ボルカノ「ん そうか?」
ボルカノ「まあ いい そろそろ 行くとするか。」

アルス「うん!」

そう言って二人は席を立ち、宿を後にするとすぐ近くに見える派手な建物を目指して歩き出すのだった。



632: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:33:05.26ID:ZKa88jEr0

*「ようこそ。こちらは 世界を 評価する 世界ランキング協会の本部です。」
*「ややっ あなたは アルスさん!」
*「本日は どのような ごようけんでしょうか?」

ド派手な建物の扉をくぐると受付の男が少年に話しかけてきた。

アルス「こんにちは。先生たちに 大事なお話があってきたんです。」

*「そうでしたか。では 奥へどうぞ。」

少年が簡単に用件を伝えると受付は二つ返事で二人を通す。

アルス「失礼します。」

*「おや。」

*「これはこれは。」

*「アルスくん じゃないか!」

少年が扉を開けると奥の部屋から三人の審査員がそれぞれ声を上げた。

アルス「先生方 ご無沙汰しております。」

アイク「アルスさん いったい どうしたんですか?」

頭の切れそうな初老の男性が少年に問う。

モディーナ「もしかして また ランキングに登録しにいらっしゃったんで?」

若々しい婦人が続けて尋ねる。

マッシュ「おっ 後ろの 旦那は かなり チカラもちそうだな!」

筋骨隆々の覆面男が少年の後ろに立つ大男を見て興奮気味に言う。

ボルカノ「ん? オレか?」

アルス「あ 今日は 別のことで みなさんに お願いがありまして。」

本題から逸れて長くなりそうなので少年は話を遮り単刀直入に用件を伝える。

アイク「ほう。」

モディーナ「なんで ございましょ?」

マッシュ「…ていうと?」

ボルカノ「実は オレたちは グランエスタードの使いとして 来たんです。」

アルス「こっちは ぼくの父の ボルカノです。」

マッシュ「おお アルスくんの お父さんだったか!」

モディーナ「なかなか ダンディーなお方ですわ!」

アイク「して そのお願いというのは……。」

ボルカノ「まずは この書状に 目を通していただきたい。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を アイクに 手わたした! ]

アイク「ふむふむ なるほど。」

モディーナ「なんですって?」

マッシュ「…………………。」

アイク「大体の内容はわかりました。話合ってから お返事を書きますので また後で お越しいただければと 思います。」

アルス「ありがとうございます。それでは また。」

流石はかしこさランキングの審査員というべきか、
いの一番に内容を理解した初老の男はそう伝えると残りの二人に内容をかみ砕いて説明し始める。

ボルカノ「どうやら 話が 早そうだな。」

アルス「うん。もう 用は済んだみたいなもんだね。」

ボルカノ「それじゃ いったん おいとまするか。」

そう言って二人が部屋を出ようとした時だった。



633: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:34:18.19ID:ZKa88jEr0

マッシュ「ちょ ちょっと 待った!」





チカラじまんランキングの審査員が叫ぶ。

マッシュ「ボルカノさん …つったっけか。」
マッシュ「アンタ 良かったら チカラじまんランキングに 登録してってくれよ!」

ボルカノ「ん オレか?」

マッシュ「あんたなら いい 順位に組み込めるはずだぜ!」

ボルカノ「うーむ オレは あんまり そういうのは 興味ないんだがな……。」

大男は顎を擦って困った顔をする。

マッシュ「そ そういわずにさ!」

アルス「せっかく来たんだし 記念にやっていってみたら?」

ボルカノ「むっ そうか?」

息子に後押しされ、そこまで言われてはと父親は受付へと向かう。

*「では ボルカノさんを チカラじまんランキングに 登録いたしますね。」

ボルカノ「おう 頼むぜ。」

*「審査に 少しかかりますので 少々お待ちください。」

ボルカノ「……だそうだ。アルス お前はどうする?」

*「アルスさんも 久しぶりに 一位を総なめにしてみては いかがですか?」

アルス「……ぼくはしばらく 町を散策してくるよ。また お昼に宿で。」

ボルカノ「おう。」

そう言って少年は一足先に扉を出て協会を後にした。



ボルカノ「…で 一位を総なめって どういうことだい?」



父親は受付の男の言葉を思い出して尋ねる。

*「あ ご存じありませんでしたか? 彼とお仲間の伝説。」

受付の男は愉快そうに笑いながら言う。

ボルカノ「詳しく 聞かせてもらおうじゃねえか。」



634: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:36:05.93ID:ZKa88jEr0

アルス「…目が チカチカする……。」

父親と別れた少年は久しぶりに訪れた芸術の町の中を当てもなくさまよっていた。

アルス「…宿に戻ろうかな……。」

この町にはたいして知り合いがいるわけでもない。
強いて言えば過去の町になら何人かいるのだが、現在はあの協会を除いて特に話し相手もいない。

アルス「……あれ?」

*「うーん……。」

ふと少年の目には見覚えのある人影が広場にあるランキング表の前で佇んでいるのが見えた。



アルス「こんにちは。」



*「ひゃっ! あ アルスさん!?」



急に後ろから声をかけられその人物は驚いて振り向く。

アルス「まさか こんなところで お会いするとは 思いませんでしたよ。」

*「もう ビックリさせないで ください……。」

アルス「セファーナさんは 何をしてたんですか?」

“セファーナ”と呼ばれたリファ族の若き長は少し照れくさそうな顔で答える。

セファーナ「じ 実は ランキング表のことで……。」

アルス「また かしこさランキングの登録に来たんですか?」

セファーナ「あ いや そうではなくて……。」
セファーナ「って どうして アルスさんが そのことを!?」

リファ族の長は驚きを隠せない様子で少年に問う。

アルス「いや だって そこのランキングに セファーナさんの名前が あったもんですから。」

そう言って少年は娘の後ろに立っている表を指す。

セファーナ「あっ… こ これは……。」

普段は冷静で物静かな族長も少年に知られてしまったことがよっぽど恥ずかしかったのか、恥ずかしそうに両手を握って体を捩っている。

セファーナ「前に 遊びに来て 登録したはいいんですけど やっぱり 恥ずかしくて……。」
セファーナ「も もう 登録を消しちゃおうと 思いまして……。」

アルス「ええっ もったいないですよ?」

セファーナ「いえ いいんです。別に 名声や副賞が欲しくて やったわけではないので……。」

彼女にとってはそういうふうに自分の名前が知られてしまうことや、
自分のかしこさを誇示してしまうようなことはしたくなかったのだろう。
さしずめ村の者たちと来た時に勧められて仕方なく登録したのだろうと少年は推測した。

アルス「…そうですか。なら 止めはしないんですけど……。」
アルス「…………………。」

セファーナ「……な なんでしょう?」

この娘さんならばきっとカッコよさランキングでも上位に食い込むことだろうと少年は睨むのだったが、
既に村の中で引く手数多であろうその人にわざわざ勧めることもないだろうと思いとどまり、黙っておくことにした。

アルス「いえ なんでもないんです。」

セファーナ「それより アルスさん 今日は おひとりなんですか?」

アルス「あ いえ 実は……。」



[ アルスは これまでの いきさつを 話した。 ]



635: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:38:18.56ID:ZKa88jEr0

セファーナ「そうでしたか… 世界を救っても アルスさんには やることが たくさんあるのですね。」

そう言って娘は目を閉じて頷く。

アルス「今回の訪問先に 聖風の谷は 入ってなかったんですけど そちらでは漁はされるんですか?」

少年もこの航海に先立って気になっていたことをぶつける。
自分の説明によって王は最終的に聖風の谷を訪問先から外したのだが、
果たしてその判断が正しかったのかを知りたかったのであった。

セファーナ「いえ 川での漁はするんですが 海までは 滅多なことでは 行きませんね。」

若き族長の答えは少年の予想した通りだった。

アルス「そうですか……。」

少年はそっと胸を撫でおろす。

セファーナ「ただ 他の大陸や島からのお客さんを お迎えするための港は 整備していた方が 良いかもしれませんね。」
セファーナ「アルスさん。もしよろしければ エスタード島の王様に このことを 伝えてはいただけませんか?」

アルス「はい もちろんです。」



*「おう アルス ここにいたか。」



アルス「父さん。」

一通り話が終わったところで少年の父親がランキング登録を済ませて広場へとやってきた。

セファーナ「お父様……ですか?」

娘は何やら不思議そうな目で二人を交互に見比べている。

ボルカノ「ん? ああ オレが アルスの父親ですが こっちのおじょうさんは?」

父親は息子に尋ねる。

アルス「ああ この人は 聖風の谷の族長 セファーナさん。」

セファーナ「お初に お目にかかります。ええと……。」

ボルカノ「ボルカノです。息子が 世話になってます。」

そう言って大男は軽く自己紹介する。

セファーナ「ボルカノさん… いいえ お世話になりっぱなしなのは わたしたちの方です。」
セファーナ「アルスさんには 語りつくせないほどの恩を受けました。」
セファーナ「今や わたしたちにとって アルスさんと そのお仲間のみなさんは わたしたちリファ族の 英雄なのです。」

リファ族の長は柔らかな目で語った。

アルス「そ そんな ぼくたちは……。」

あまりの褒められように少年は照れくさくなり頭を掻く。

ボルカノ「わっはっは! オレも鼻が高いぞ アルス。」
ボルカノ「こんな 美人さんから そこまで 言われるなんて お前も 隅に置けないやつだな。」

そう言って父親は少年の背中をバンバン叩く。

アルス「と 父さん!」

セファーナ「そ そんな わたしは……。」

さらっと容姿を褒められ娘は少しだけ赤面して控えめに首を左右に振る。



636: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:40:04.21ID:ZKa88jEr0

ボルカノ「…おっと オレも 登録が終わったんだった。」

そう言うと父親は一番左に置いてあるチカラじまんランキングの掲示板を覗き込む。

ボルカノ「…………………。」

アルス「…どうだった?」

ボルカノ「うーむ…… おっ。」

セファーナ「…ありましたか……?」

二人とも男の横から覗き込む。

アルス「えっ。」

セファーナ「うそ……。」

掲示板の一番上の欄にはしっかりと“1. ボルカノ”の文字が刻み込まれていた。

ボルカノ「なんだ 一番か。がっはっは!」

アルス「す すごい……!」

セファーナ「さ さすがは アルスさんの お父様……只者では ありませんね……。」

豪放に笑う本人の脇で少年と族長は思わず固まる。

ボルカノ「よし じゃあ 宿に戻るとするか。」

セファーナ「えっ!」

アルス「待って 父さん! 一回 ランキング協会にもどろう!」

そう言って宿の方に歩き出そうとした父親の行く手を二人が阻む。

ボルカノ「あん どうした?」

アルス「表彰状と 副賞を もらわなきゃ!」

セファーナ「そ そうですよ! せっかく 一位の座に 輝いたんですもの!」

ボルカノ「む…… いや いらん。」

少し考える素振りをした後、少年の父親はあっけらかんと受け取らない意思を示す。

アルス「ど どうして!?」

驚いて少年が大声で言う。

ボルカノ「…オレは 別に そういのが欲しくて やったわけじゃねえからなあ。」

アルス「そ そうだけど……。」

ボルカノ「そこまで言うなら アルス お前が 代わりにとってきてくれて いいんだぜ。」

アルス「ダメだよ 本人が行かなきゃ。」

ボルカノ「…行ったら 表彰式とか やるんだろ? そんな しち面倒臭せえのは お断りだぜ。」

そう言う彼の顔は本当に面倒臭そうであった。

セファーナ「そうですか……。」

アルス「父さんが そこまで言うなら……。」

少年も一度決めたらなかなか考えを変えない父親の頑固さをよくわかっていたため、それ以上説得しようとはしなかった。

ボルカノ「まあ 母さんへの 土産話くらいには なるだろうよ! がっははは!」
ボルカノ「それより セファーナさんでしたな。良かったら 飯でも どうですか。」

セファーナ「えっ! えっと……。」

アルス「行きましょうよ セファーナさん。マリベルもきっと 会いたがってますよ!」

セファーナ「そ そうですか。それでは……。」

突然のお誘いに娘は決めかねている様子だったが、少年に後押しされ素直に誘いを受けることにしたらしい。

ボルカノ「…決まりだな。」

そうして少年と父親は族長を連れて今度こそ宿へと歩き出すのだった。



637: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:42:06.94ID:ZKa88jEr0

“コンコンコン”



*「……はい。」

アルス「ぼくだよ。」

“ガチャリ”

マリベル「アルス……。」

アルス「大丈夫かい?」

マリベル「うん… もう 大丈夫。」

少年が部屋を訪ねると少女は既に支度を終えていた。
彼女の言う通りその顔に痛みの表情はなく、完全とは言えないが多少は回復したようだった。

アルス「お客さんが 来てるんだけど 一緒に 食べない?」

マリベル「お客さん?」

アルス「うん。いま 下で待ってる。」

マリベル「…そう じゃあ 行こうかしらね。」

アルス「わかった。」

短く返事をすると少年は少女の腰を支える。

マリベル「あっ じ 自分で歩けるわよ……?」

少しだけ上ずった声で少女が言う。

アルス「いいから。」

マリベル「……うん。」

触れ合った部分から伝わる温もりがなんとなく嬉しく、少女は照れながらも少年に体を預けて歩き出す。

マリベル「…………………。」

隣に立つ少年は少女の歩幅にぴったりと合わせて歩いている。

“いったいいつの間にこんな気遣いができるようになっていたのだろう”

そんな風に思いながら少女は少しずつ、ゆっくりと足を進めていく。

アルス「…………………。」

少年は黙ったままだったが、少女が目線を合わせると見つめ返して微笑んだ。

マリベル「っ……。」

どういうわけか今日の少年はいつにも増して力強く、優しく感じてしまう。

柔らかい微笑みを受けて少女の頬に少しだけ赤みがさす。

アルス「マリベル 顔赤いけど 大丈夫?」

マリベル「……もうっ!」

“やっぱり にぶちんね”

心の中で小さく憎まれ口をたたくも、少女はそのまま少年に身を任せ続けるのだった。



638: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:44:19.43ID:ZKa88jEr0

食堂では既に少年の父親とリファ族の娘が席について二人を待っていた。

ボルカノ「…お きたな。」

息子にエスコートされてやってきた少女の顔を見て父親は少しだけ安堵の表情を浮かべる。

マリベル「遅くなって ごめんなさい。」

ボルカノ「いいってことよ それより もう 体はいいのかい?」

マリベル「ええ おかげさまで。」

確かに少女の顔に苦痛の色はなく、それどころかいつもより血行が良さそうに見えた。

セファーナ「マリベルさん 大丈夫ですか?」

マリベル「あら お客さんって あなたのことだったのね。」
マリベル「見ての通り もう 大丈夫よ。」

そう言って少女は族長に微笑む。

アルス「でも しばらく 無理は させられないね。」

少女を席に座らせて少年が言う。

アルス「コック長には ぼくから言っておくから しばらく安静にしてないと ダメだよ?」

マリベル「わ わかってるわよ……。」
マリベル「は~あ まさか あんたに ここまで 心配されちゃうとはね……。」

そう言って肘をついてわざとらしくため息をつきながらも、その表情はどこか嬉しそうにも見える。

セファーナ「……フフフ。」

そんな様子を目の当たりにして娘は微笑む。

ボルカノ「……?」

セファーナ「いえ 前にお会いした時も 仲がいいなとは 思ってましたけど いつの間に こんなに お熱くなっていらしたなんて……。」

マリベル「なっ……。」

ボルカノ「わっはっは! こっちが 目のやり場に 困るくらいです。」

そう言って少年の父親は楽しそうに笑う。

アルス「…………………。」

少年は恥ずかしそうに後頭部を掻くだけで何も言わない。

マリベル「ちょっと アルス なんか 言いなさいよ!」

恥ずかしさからかなんとなく大きな声が出てしまう。



639: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:45:44.80ID:ZKa88jEr0

アルス「えっ …と そうだ! そういえば さっき父さんがね。」

必死に頭を回転させ、少年は先ほどあった事件について触れる。

セファーナ「そうなんですよ。ボルカノさんったら チカラじまんランキングで 一位をお取りになったんです。」

マリベル「ええっ!? 本当? ボルカノおじさま。」

ボルカノ「む? ああ まあね。」

マリベル「す すごい… さすがは ボルカノおじさまね。そんじょそこらの あらくれどもとは わけが違うわ!」

アルス「魔物と 渡り合えるくらいだからね。」

マリベル「魔王討伐も あんたより ボルカノおじさまに ついてきてもらった方が 良かったかしらね?」

セファーナ「まあっ!」

アルス「そんな ひどい……。」

ボルカノ「わっはっは! そりゃ いくらなんでも 無理があるってもんだろうよ!」

マリベル「それで もう 表彰式はやってきちゃったのかしら?」

アルス「それが……。」

セファーナ「ボルカノさんは かたくなに 受け取りに 行こうとしないんです。」

マリベル「ええっ!?」

ボルカノ「……そんなもの もらったところでなあ。」

マリベル「ダメよ ボルカノおじさま! ちゃんともらって マーレおばさまに 見せてあげないと!」



ボルカノ「っ…!」



640: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:46:14.94ID:ZKa88jEr0

マリベル「…! ふふふ……。」

それまでと明らかに違う反応に少女は何かを思いついたらしい。

マリベル「あたしだったら~ 自分の夫が 世界一のチカラもちだなんて知ったら ご近所でも 鼻が高いんだけどなあ。」
マリベル「でも みんなに 言いたくても 証拠がなくちゃ 話せないものねえ……。」

そんなことを言いながら体をくねくねさせている。

アルス「…! そうだよ 父さん 母さんのためにも 持って帰ろうよ!」

セファーナ「そ そうですよ! きっと 奥さんも お喜びになりますよ!」

少女の目配せに気付いた少年と族長もそれに続いて再び説得を試みる。

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「……まあ 母さんのためなら 仕方ないな。」

流石にこれには少年の父親も参った様子で頷くのだった。

マリベル「さすがは ボルカノおじさまですわ! じゃあ 食べ終わったら 早速 行きましょ!」

少女はすっかり元気になって三人を催促する。

アルス「ええっ! マリベルも行くの?」

そんな彼女の体を案じて少年が目を見開く。

マリベル「あったりまえじゃないの! それとも あたしがいちゃ 不満かしら?」

そう言って少女は両手を腰に当てて少年をひと睨みする。

アルス「そうじゃなくて!」

マリベル「……心配しすぎよ。あたしは 大丈夫だから。」

ため息交じりに少女は眉を落とす。

マリベル「ま それに なんかあったら アルス あんたが なんとかしてくれるんでしょ?」

アルス「……わかったよ。」

少年は渋々それを了承するのだった。

自分の体のことではないので何をどうしろというのかはわからなかったのだが。

マリベル「ふふっ ありがと。」

セファーナ「それじゃ 注文をしてしまいましょうか。」

それから一行は手短に注文を済ませ、やってきた大皿の料理を四人で分けながら楽しく昼時を過ごしたのだった。



641: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:47:45.13ID:ZKa88jEr0

マリベル「ふー 食べた 食べた。」



朝から何も食べていないという少女は身体の不調などもはや感じさせないほどの食欲を見せ、
あっという間に料理を平らげてしまった。

アルス「それだけ 食べられれば もう 本当に 大丈夫みたいだね。」

少年が紅茶をすすりながら言う。

マリベル「だから 言ったでしょ?」

ボルカノ「オレも 安心したぜ。」

セファーナ「それでは そろそろ 行きましょうか?」

アルス「そうですね。」

そうして席を立とうとした時だった。



*「おい 聞いたか あの像の話。」



別の卓から男たちの話が聞こえてくる。

*「ええ 聞きましたよ。なんでも 真夜中に どこかへ 消えたりしたとか。」

*「それだけじゃねえぜ あれが動いたって 言うやつもいるんだ。」

*「そんなわけ ないじゃないですか。普通に考えたら ありえませんよね。」

*「ま ウワサは あくまで ウワサだ。」



アルス「…………………。」



マリベル「…………………。」



セファーナ「どうしたんですか 二人とも。」

急に動きを止めて黙り込んだ二人を見て不思議に思った娘が尋ねる。

アルス「えっ? いえ……。」

マリベル「…なんでもないわ。」

セファーナ「…そうですか。なら いいのですが……。」

ボルカノ「…………………。」

マリベル「さて 行きましょ。」

そうして声のする方を背に少女は歩き出す。

セファーナ「あ 待ってください。」

他の三人もそれに続き、少女を加えた一行は再びランキング協会へと歩き出すのだった。



642: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:49:01.79ID:ZKa88jEr0

*「おお あなたは。」
*「ようこそ ボルカノさん。チカラじまんランキング 初トップおめでとうございます。」
*「つきましては 当協会より トップかくとくの記念品を おくらせていただきます。」
*「かんたんな セレモニーも おこないますので ボルカノさんは 左の階段を 上ってください。」

ボルカノ「お おう……。」

ランキング協会までやってくると受付の男はすぐにボルカノの姿に気付き、表彰の会場へと誘導する。

マリベル「さあさ ボルカノおじさま はやくはやく!」

そう言って少女は少年の父親をせかす。

ボルカノ「マリベルちゃん そんなに 押さないでくれ……。」

アルス「ははは……。」

セファーナ「わたし ここの表彰式って初めてだから ちょっと どきどきします……。」

聖風の谷の長は二階までやってくると少しだけ興奮気味に会場をきょろきょろと見渡している。

マリベル「見ててっ すぐに 人が集まるから!」

アルス「ほらっ 早速 話を聞きつけてた人が 来たみたいだよ。」

少年の視線の先には階段を上ってくる人が既に何人かいた。

ボルカノ「…ちょっと 緊張してきたな。」

柄にもなく大男が言う。

アルス「でも すぐに 終わるよ。何か 話すわけでもないし。」

ボルカノ「そうか? なら いいんだけどよ。」

少年の言葉に少し安心した様子で男は小さく鼻息を漏らす。

そうしている間にも人々はどんどん会場を埋め尽くしていく。

どうやら開式は近いようだ。



643: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:50:32.18ID:ZKa88jEr0

ボルカノ「案外 あっけなかったな。」



アルス「でしょ?」

式を終えた一行は協会のロビーでしばし休みを取っていた。

マリベル「きっと マーレおばさま 喜びますわ!」

少年の父親の持つ賞状と副賞の腕輪を見ながら少女は興奮冷めやらぬ様子で言う。

セファーナ「あんなにたくさんの人が 見に来るなんて……。」

族長もどこか興奮気味に感想を述べている。

アルス「さて そろそろ 行こうか。」

そう言って少年が出口に向かって歩き出した時だった。



セファーナ「あ 待ってください!」



急に族長が少年を呼び止めると小走りに受付に向かっていく。

*「おや あなたは。」
*「セファーナさん 今日は どんなご用件で?」

セファーナ「わたしのランキング登録を 消していただきたくて……。」

*「なんと! それはそれは もったいない! あなたほどもあろう人が かしこさランキングから 名を消してしまうだなんて……。」

セファーナ「いえ いいんです。もともと 自分の意思で 登録したわけではありませんから。」

*「そうですか…… 少々お待ちください。」

そう言って男は書類に目を通し、後ろに向かって何やら話しかけた。

すると奥の部屋から審査員の初老の男性が出てきて娘に語り掛ける。

アイク「これは セファーナさん この度は ランキング登録を 抹消してしまう ということですが いったい どうしてですか?」

セファーナ「ランキングという形で 自分のことを 誇示してしまうようで なんだか 恥ずかしくて……。」

アイク「そうですか 確かに ランキングに名を連ねることは それだけで 人に 一目置かれてしまうこと かもしれませんね。」
アイク「それならば 仕方のないことです。」
アイク「……ですが あくなき探求心は 決して 忘れないでいてくださいね。」
アイク「かしこさランキングは いつでも あなたのような賢人を お待ちしておりますよ。」

セファーナ「……はい。」

アイク「では あとは お願いします。」

*「はい わかりました。」

受付の男は審査員に促されると書類を引っ張り出して作業に取り掛かる。

セファーナ「…お待たせしました。それでは 行きましょうか。」

少年たちの方を向き直って族長が言う。

アルス「いいんですね?」

セファーナ「ええ。もう 心残りはありません。」

マリベル「もったいないわねえ… セファーナさんなら カッコよさランキングでも 上位に入りそうなのに。」

ボルカノ「なんとなく その気持ちはわかるけどな。」

こうして無事それぞれの目的を終えた一行は協会を後にした。

セファーナ「…これで いいんです。」

重厚な木の扉がリファの娘によりゆっくりと閉じられる。

その扉はまるで来賓の帰りを惜しむように大きな軋みをあげながら、
いつか再び娘に開かれるに時を心待ちにしているようだった。



644: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:52:09.82ID:ZKa88jEr0

マリベル「ねえ アルス あたしたちの順位 どうなってた?」

表通りを歩きながら少女が問う。

アルス「え… あ ごめん 見てなかった。」

マリベル「ちょっと あんた 何見てたのよいったい。」

アルス「あ…ははは… 父さんの名前しか 見てなかった。」

マリベル「ふん いいわ。今から 見に行くわよ!」

アルス「ええっ!?」

マリベル「…なにか?」

アルス「なんでもありません。」

マリベル「よろしい。」

セファーナ「…………………。」
セファーナ「すっかり 尻に敷かれてますね。」

そんな二人のやり取りを後ろで見ながら娘は苦笑する。

ボルカノ「気持ちいいぐらいにですな。」

セファーナ「…………………。」

それでも二人はぴったりとくっついて離れないのを娘は気付いていた。
互いを許していなければトゲのある物言いをしながらああはできないだろう。

そんな信頼関係を目の当たりにして娘はふと考え込む。

ボルカノ「…どうしたんですか?」

セファーナ「い いえ なんでもありません。」

マリベル「どれどれ あたしたちの名前は ちゃんと 載ってるでしょうね?」

そうこうしているうちに一行は掲示板の前までやって来ていた。

アルス「どれから見る?」

マリベル「そんなの カッコよさランキングに 決まってるじゃないの。」

アルス「そうなの?」

マリベル「そうなの!」
マリベル「えーっと……。」
マリベル「…………………。」

アルス「あった。」

ランキング表の上位にはこうあった。

1. マーシャ
2. リージュ
3. アイラ
4. ビゼー
5. マリベル
6. ロマリオ
7. アルス

マリベル「…………………。」

アルス「少し落ちちゃったけど ちゃんと あるね。」

少年は順位こそ落としていたが自分たちの名前がしっかり上位に組み込んでいることに安心して少女に語り掛けるのだった。



が。





マリベル「……戻るわよ。」



645: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:53:59.16ID:ZKa88jEr0

アルス「えっ……?」



少女の口から飛び出してきたのはやはりというべきか、少年からすれば思わぬ言葉だった。

マリベル「今すぐ ランキング協会に戻るわよ!」

アルス「ど どうして!?」

狼狽して少年が問う。

マリベル「取り戻すのよ! 一位を!」

アルス「そんなむちゃな……!」

どうやら少女は自分たちが首位から落ちたことにお冠のようであった。

マリベル「行くったら 行くのよ! ついてらっしゃいっ!!」
マリベル「あの時から ずいぶん経ったんだから 今やれば 首位独占 間違いなしだわ!」

アルス「あ はあ……。」

そう言って少女が少年の腕を引っ張って歩き出した時だった。





*「うわああ!」





*「なんだこりゃ!」



646: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 19:55:31.93ID:ZKa88jEr0

*「「「……っ!」」」



突然響き渡った悲鳴に一行は一斉に振り返る。

*「…………………。」

町人たちが逃げてくる方向からは何やら派手な配色をした片腕の無い像が、足の無い体でのそのそと動き回っていた。

ボルカノ「なんだありゃ?」

セファーナ「魔物!?」

アルス「……嫌な予感は してたんだ。」

先ほど食堂で聞いた噂話を思い出しながら少年が言う。

マリベル「まさか あれが バロックトーテムとして 動き出すとはね……。」

*「…………………。」

“バッロクトーテム”と呼ばれた無機質な魔物は不気味に身体をくねらせて妙な踊りをしている。

アルス「三人は避難してて! ぼくが やっつける!」

少年が一行の前に立ち袋の中から剣と盾を取り出して言う。

マリベル「あたしも行くわ!」

アルス「ダメだ! 君は カラダが万全じゃない!」

すかさず少女も少年の隣に立ったが、少年に押し戻される

マリベル「で でも……!」

アルス「父さん もしもの時は マリベルとセファーナさんを 頼みます!」

渋る少女を父親に託し、少年は背を向ける。

ボルカノ「……無理は するなよ?」

アルス「…はい!」

背中越しに返事をすると少年は不可思議な像のもとへと駆け出していった。

マリベル「アルス……!」

少女はその後を追おうとするが少年の父親にがっちりと肩を掴まれ身動きが取れなくなる。

マリベル「は 離して ボルカノおじさまっ!」

セファーナ「マリベルさん……。」

ボルカノ「ダメだ。今のキミは 安静にしてなくちゃな。」

マリベル「でも あいつ 一人じゃ……。」

ボルカノ「まあ ここは アルスを信じて 待とうとしようじゃねえか。」
ボルカノ「あいつのチカラは 君が 一番よくわかってるんだろ?」

マリベル「…………………。」
マリベル「……はい。」



少年の父親に説得され広場を後にする少女が不安そうに振り返った時、少年はまさに魔物と対峙しようとしていた。



647: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:00:27.00ID:ZKa88jEr0

*「…………………。」



アルス「バロックさん… 悪いですけど 壊させてもらいますよ!」

*「……!」

少年が剣を構えると敵意を察したその像はくるっと背中を向けて一目散に逃げだしてしまった。

アルス「あっ 待て!」

少年はすぐにそれを追いかけようと走り出す。

しかし次の瞬間。

*「……!」

*「……!」

*「……!」

アルス「なっ……!」

どこからやってきたのか同じ姿をした両腕を持つ魔物が三体も現れ、少年の行く手を塞いだ。

*「…………………。」

その間にも隻腕の像は広場を走り、時計塔の方へと消えてしまった。

アルス「くっ……。」

両腕の付いた像はくねくねと動きながらギョロリと動く無機質な二つの瞳で少年の動きを注視している。

アルス「そこをどくんだ!」

そう言って少年が像の間を縫って駆けだそうとした時だった。





[ バロックトーテムBは イオナズンを となえた! ]





アルス「しまっ……!」





呪文の発動音が響き、少年の身体は巨大な爆発と共に宙に放り出される。

アルス「ぐうっ!」

なんとか空中で体勢を整ると、下にいる魔物の一体に向かって急降下する。

*「……!?」

アルス「これで……どうだ!」

少年はその首根っこを足で絞めるとそのまま顔に向かって猛烈な殴打の嵐をお見舞いする。

*「…………………。」

強烈な攻撃をもろに受けたその像はそのまま横倒しになり動かなくなった。

*「……!」

その様子を窺っていた別の一体が少年目がけて両腕を力任せに振り下ろす。

アルス「ふん……ぬ…!」

寸でのところでそれを盾で受け止めると少年は真空波を飛ばして相手を吹き飛ばす。



648: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:01:56.84ID:ZKa88jEr0

*「…………………。」

開けた視界には風圧で押し倒された魔物と妙な動きをしているもう一匹が見えた。

アルス「はっ…!」

動けなくなっている今が好機と見た少年はそのまま駆け出して高く飛び跳ねると、転んだままの魔物に剣を突き刺す。

*「…! …………。」

一度だけ大きく体を波打たせ、それきりその魔物も沈黙した。

アルス「残るは……!」

そう呟いて少年が振り向いた瞬間だった。





[ バロックトーテムBは イオナズンを となえた! ]





“迂闊だった!”

少年はその瞬間、先ほど最後の一体がしていた動きが“マホトラおどり”であったことに気が付く。
少年の身体からは知らず知らずのうちに魔力が吸い取られ、相手の呪文の糧にされていたのだった。

アルス「ぐっ……!」



*「マホターン!」



*「……!?」



衝撃に備えて盾を構えた瞬間、どこかから放たれた呪文に爆発は跳ね返され、跡には少年だけが残されていた。

否、正確に言えば少年と色のついた石塊が転がっているだけだった。

アルス「い 今のは……。」





*「ほーんと… あんたってば あたしが…いなきゃ ダメなんだから。」



649: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:02:55.40ID:ZKa88jEr0

少年が何事かと煙の向こうに目を凝らす。

そこには肩で息をしている少女が階段の上に立っていた。



アルス「マリベル!」



少年はすぐに少女のもとへ駆け寄りその体を支える。

マリベル「はあ… はあ…… ふふっ。助かったでしょ?」

アルス「ど どうしてここに?」

マリベル「二人には 止められたんだけどね。」
マリベル「バロックトーテムが どんなやつか 思い出してたら あんた一人じゃ 危なっかしいと思ってさ。」
マリベル「…隙を見て 走ってきたのよ。」

少女は息を整えながらウィンクする。

アルス「そうだったんだ… おかげで助かったよ。」

マリベル「ふふん。まだまだ 手がかかるわね。」

少女はそれでもどこか得意げで、それでいて嬉しそうに言う。

アルス「ははは。マリベルには 敵わないなあ。」

そんな様子に少年も困ったような顔で笑う。

マリベル「……それで 一件落着なわけ?」

アルス「いや まだ 最初に逃げ出した 片腕のやつが 残ってる。」

マリベル「で そいつは どこにいるのかしら?」

アルス「たぶん あそこ。」

そう言って少年は両の針が東の方向を指し示している時計塔を指さす。

マリベル「きな臭いわね。また なんか 起きなきゃいいけど。」

少女は腕を組んでじっと時計塔を睨みつける。

アルス「でも マリベルは もう 戻っていた方がいい。」

しかしそれでも少年は少女の体を案じて先に帰そうとする。

マリベル「……本当に あんた一人で 大丈夫?」

少女は疑わし気に少年を横目に見る。

アルス「もう あんなヘマはしないよ。」

それに対して少年は鋭い目つきで時計塔を見つめたまま動かない。

マリベル「…………………。」
マリベル「…まあいいわ。」
マリベル「その代わり さっさと終わらせて 帰ってくること。いいわね?」

アルス「うん わかってる。」

力強く頷くと少年は時計塔へ向かって駆けだした。

マリベル「…………………。」
マリベル「マジックバリア。」

遠のく背中にそっと防御の呪文をかけて少女は残してきた二人のもとへと歩き出すのであった。



650: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:05:02.77ID:ZKa88jEr0

アルス「…………………。」



時計塔へと飛びこんだ少年は先ほどここに逃げ込んだであろう騒動の元凶を探して辺りを見回していた。

アルス「……静かすぎる。」

どうやら一階部分の広間にはその気配はないようだった。

アルス「上かな……。」

少年の脳裏に過去の町で起きた時間の止まった世界のことが浮かぶ。

“あんなことがまた起きるのではなかろうか”

そんな不安がじわりと少年の胸に去来する。

“ギィ……”

階段を上り扉を開けた先にも誰もいない。

残すところは最深部となる歯車の部屋のみとなった。

アルス「…………………。」

少年は音を立てないように“しのびあし”で慎重に階段を上っていく。

そして三階部分へやってくると階段から頭が出ないように辺りを見渡した。



アルス「……っ!」



*「…………………。」



そこに、それはいた。



魔物は少年のいる階段の方へ背を向け、大きな歯車を見つめてじっとしていた。

アルス「……?」

少年が少しだけ頭をずらして奥を見やった時、先ほど感じた違和感の正体に気付いた。

“止まっている?”

ここに来るまで確かに表の時計の針は動いていた。
しかしこの時計台の中に入ってからというものの、
いつもは大きな音を立てて回っているはずの歯車の音が一切聞こえなかった。

妙な静寂の原因はこれだったのだ。



651: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:06:31.19ID:ZKa88jEr0

*「……!」



アルス「くっ…!」

その時少年の気配を察した像が振り返り、一気に床を滑ると少年に向かって体を思い切り振り回した。

アルス「あぶなっ!」

少年は間一髪でそれをかわして飛び引く。

“ブオン”という野太い風切り音と共にそれは首をもたげると表情一つ変えずに少年を睨みつける。

アルス「お前は… いったい 何がしたいんだ!」

*「…………………。」

像は何も語らない。

アルス「だれが お前を 操っているんだ!」

*「…………………。」

語りもしなければ攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、ただじっと少年を見つめている。

アルス「どうして 人を 襲ったりしたんだ!」





*「襲ってなんていない。」





アルス「えっ?」



652: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:09:02.68ID:ZKa88jEr0

突如放たれた言葉に耳が追い付かず、少年は目を丸くして身じろぎする。

*「オレは 人を 襲ってなんていない。」

あれほど固く動かないと思われた顔はいつの間にか険しく寄り、飾りのようだった口は流暢に動いている。

アルス「そ それじゃ あの人たちは お前におびえて 逃げてきただけだと 言うのか?」

*「そうだ。」

アルス「なら どうして 逃げたりしたんだ。」

*「お前の目は 敵意に満ちていた。だから 逃げただけだ。」

アルス「……ここに 逃げたのは なぜだ?」

*「見ろ。」

そう言って隻腕の像は後ろにある止まったままの歯車の方を向く。

アルス「その歯車は どうして 止まっているんだ。」

少年は“稼働”の方に倒れているレバーを見ながら言う。



*「この時計塔と オレは 不思議な魔力で つながっている。」



アルス「…………………。」

*「どうやら この時計塔の近くにいると オレの身体は動くようだ。」

アルス「じゃあ 離れたら……。」

*「動けん。だが オレは バロックの作品だ。」
*「長い時を 人々と共に 過ごしてきた。オレは この町が好きだ。」
*「しかし こうして 体が動いてしまっては 人々は オレを恐れるだろう。」

アルス「…………………。」

*「人間よ オレはどうすればいい。」
*「オレはこの町にいたい。だが この町にいては 人がいなくなってしまう。」

名もない作品は問う。

アルス「きみは 自分が 動けなくなっても 構わないのかい?」
アルス「せっかく 自らの意思で 動けるチカラを 手に入れたのに。」

*「…構わん。もともと オレは あそこで 立っているのが 好きなのだ。」
*「一心不乱に オレの体を観察する芸術家。楽しそうに オレの周りで遊ぶ子供たち。」
*「話し相手になってくれる 小鳥たち。愛の素晴らしさを教えてくれる 恋人たち。誰に頼まれるでもなく 体を洗ってくれる老人。」
*「……これ以上 望むものはない。」

アルス「…………………。」

少年にはこの像が前に石版世界で戦った者たちのように、ただ彷徨い、生ある者に害するような魔物には見えなかった。

アルス「わかった。ぼくも できるだけのことはしてみよう。」
アルス「ついてきて。」

そして決心すると少年は“彼”の望みを叶えてやるため、彼を連れたって時計塔を後にしたのだった。



653: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:12:51.71ID:ZKa88jEr0

*「ここで 何をするんだ?」



人がいなくなり静まり返った広場の隅、つまりもともと彼が立っていた場所までやってくると、
少年は袋の中から何やら丸い鏡と液体の詰まった小瓶、それから砂の入った小さな透明の袋を取り出した。

*「それで どうする気だ?」

アルス「成功するかは わからない。でも かけてみてくれないかな。」

*「…………………。」

彼は無言で頷くと元立っていた位置で固まる。

アルス「最初にこれだ。」

そう言うと少年は近くにあった椅子を持ってきてその背もたれに鏡を立てかける。

アルス「何が見える?」

*「オレだ。どういうわけだ? 鏡の中のオレは 動いていないぞ。」

アルス「…わかった。」

少年はそれだけ言うと、今度は彼の元までやってきて語り掛ける。

アルス「上に乗ってもいいかい?」

*「……かまわんが。」

アルス「ありがとう。」

そう言うと少年は小瓶と袋を持ったまま彼の体を昇り、頭の上に立ち上がる。

アルス「重たくないかい?」

*「大丈夫だ。」

アルス「……それじゃ いくよ。」

*「…………………。」

少年が振り落とされないように腕だけで返事をすると、それっきり彼は黙り込む。



アルス「天使の涙よ 彼を元の姿にしてくれ!」



そう言うと少年は小瓶の蓋を開けて数滴、彼の頭にそれを振りかける。



*「むお……。」



アルス「そして 時の砂よ 彼の時間を 巻き戻してくれ!」



そう叫んで袋の中の砂を思い切り彼に向かって振りまいた。



*「おおおおおお……!!」



彼と少年の周りの空間だけが歪み始め、辺りは不思議な空間に包まれていく。

アルス「うっ……!!」

撒きあがる時の砂とぐらつく景色に少年は思わず彼の頭を降りて目を閉じる。



654: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:16:50.75ID:ZKa88jEr0

*「…………………。」

アルス「…………………。」

やがて視界が開け、少年の前に彼が姿を現した。



アルス「ど どうなっ……。」



*「うわああ!」



*「な なんだ 今の……!」



突然背後から聞こえた叫び声に少年は振り返る。

アルス「えっ?」

*「あ あんちゃん 今どっから 現れたんだ!」

そこには先ほど広場から逃げていったはずの二人組の男が立っていた。

アルス「えっ……?」

*「そ それに さっき その像 動いてたよな?」

アルス「そ そうだ どうなったんだ……!?」

男の言葉に我に返ると、少年はもう一度彼がどうなったのか確かめるべく振り向いた。



*「…………………。」



アルス「…………………。」

彼はそこにいなかった。

否、そこにあったのはただ真っすぐに遠くを見つめている隻腕の像だった。

アルス「ねえ……。」

*「…………………。」

先ほどまで言葉を発していた口は閉ざされたまま動かなかった。

それどころかその腕は元のように上を向いたまま動かず、体はピクリとも動かない。

アルス「……もとに 戻ったんだね。」

*「…………………。」

少年がどれだけ言葉をかけても、彼はしゃべらない。

*「あーれー? おかしいなあ。」

*「確かに さっき 動いてたような 気がすんだけどよお。」

男たちは不思議そうに首をかしげている。

*「…にしても あんちゃん どっから 現れたんだ?」

アルス「えっ ああ ちょっと 呪文で……。」

*「なんだ あんちゃん 魔法使いか なんかか。じゃあ いきなり出てきても 納得だわな。」 

アルス「は はは……。」

少年はなんとか誤魔化すとから笑いしてその場をやり過ごす。

*「ちぇ 驚いて損したよ。もう 行こうぜ。」

*「おう。」

そうして男たちは広場の方に去って行ってしまった。



655: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:18:20.56ID:ZKa88jEr0

アルス「…………………。」



*「…………………。」



アルス「これで 良かったのかな。」



*「…………………。」



アルス「……ん?」

少年が像を眺めていると何か光る物が落ちていくのが見えた。

アルス「…これは……。」

アルス「……!」

“どこから落ちてきたのだろう”

そう思って少年が見上げると、そこには流れるはずもない雫のようなものが彼の目から伝って顔を濡らしていた。

アルス「……泣いて いるのかい。」

*「…………………。」

彼は何も答えなかった。

だがその顔が以前のような仏頂面ではなく、ほんのり微笑んでいるように見えたのは少年の見間違いだったのだろうか。

アルス「……またね。」

大きく深呼吸すると少年は自分を待っている人たちのもとへ歩き出す。

きっと急に自分の姿が見えなくなって三人とも驚いているだろう。

そんなことを考えながら。



656: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:20:15.04ID:ZKa88jEr0

マリベル「まったく 急にいなくなるから ビックリしちゃったわよ。」



それからランキング協会で無事首位を取り戻した少女と少年はその日の夜、少年の父親とリファ族の長を交えて食堂で夕飯を摂っていた。

アルス「だから ごめんってば。」

ボルカノ「あの時の マリベルちゃんの 慌てようったら そりゃ お前……。」

マリベル「ボルカノおじさまっ!」

ボルカノ「おっと こりゃ 余計な一言だったか。」

そう言って少年の父親は頭を掻く。

セファーナ「フフフ。」

マリベル「…でも 本当に 何にもなかったのかしら?」

少女は腕を組んで考え込む。

アルス「うん?」

マリベル「だって 悲鳴が聞こえたのよ?」
マリベル「それなのに 何にも 起こらなかったなんて やっぱり 変だわよ。」

アルス「きっと 誰かが 何かを 見間違えたんだよ。」

少年は少しだけ微笑んで言う。

マリベル「…………………。」
マリベル「まあ いいわ。」
マリベル「ごちそうさま。今日はさっさと 寝ちゃおうかしらね。」

そう言って少女は立ち上がる。

アルス「うん それがいいよ。」

それに続いて少年も立ち上がると再び少女の腰を支える。

マリベル「い いいってば アルス……。」

その手を少女は振り払おうとするが。

アルス「いいから。」

そう言って少年は聞かなかった。

マリベル「…もう…… わかったわよ。」

アルス「それじゃ 先に上に行ってます。おやすみなさい。」

少女が抵抗をやめたところで少年は残る二人にそう告げて歩き出す。

セファーナ「……いいですね。」

するとリファ族の娘が不意に言葉を漏らす。

マリベル「えっ?」

セファーナ「なんだか お二人を見てると わたしも そろそろ 結婚を考えようかなって 気になってしまいます。」

そう言って娘は少しだけ赤く染まった頬を隠すように手を当てている。

アルス「……!」

マリベル「ちょ ちょっと セファーナさん!?」

セファーナ「あ ごめんなさい。体を冷やすといけませんから 早く お風呂に入った方が いいですよ。」

たじろぐ二人を置いてけぼりにして、娘は二人の背中をそっと押す。

アルス「……行こうか。」

マリベル「……ふんっ。」

そうして少年に促されて歩き出した少女は、そっぽを向きながらも少年の手を剥さないのだった。



657: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:23:51.21ID:ZKa88jEr0

アルス「…………………。」



少女を部屋へと送り届けた後、入浴を終えた少年は一人部屋の中で隻腕の像のことを思い出していた。

アルス「芸術に宿った命か……。」

思えば彼は謎だらけだった。

無機物に命が宿り魔物となった例は少なくない。

宝箱に機械、石や金属、数えればきりがないだろう。

アルス「時計塔は どうして 止まったんだ?」

その魔物があの時計塔とどういう繋がりがあって動き出したのか、少年にはいまいち納得がいかなかった。
同じ作者によって作られたからという共通点を除いてはあの二つに関連性はないはずだった。
しかしそれがああして結びつき、実際に動き出したからには何か因縁があったに違いない。
例えば過去のリートルードであの時計塔が時間を操るカギだったかのように。

アルス「……わからないなあ。」

そうして少年が枕に顔を埋めていた時だった。



“コンコンコン”



アルス「……開いてます。」

扉を叩く音に起き上がり声をかける。

“キィ…”

開かれた扉の向こうには寝間着姿の少女が立っていた。

アルス「やあ どうしたんだい?」。

マリベル「…………………。」

少女は何も答えず少年のベッドにめがけて真っすぐ歩いてくると少年の横たえた足元に膝をついて身を乗り出す。



マリベル「ねえ やっぱり なんか 隠してるでしょ。」



アルス「……なんのことかな。」

少年は視線を外して答える。

マリベル「相変わらず 嘘をつくのが へたくそね。」
マリベル「……時の砂でも 使ったのかしら?」

アルス「えっ…!」

少年の隠し事をズバリと当てられ、開くまいとしていた口があっさり開く。

マリベル「だから言ったでしょ? あんたのことなんて すべて お見通しよ。」

少女は勝ち誇った笑みを浮かべて少年の鼻を指さす。

アルス「フー……。」
アルス「実はね。」

少年は観念すると大きなため息をついてポツリポツリとことの顛末を語りだした。



658: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:25:38.61ID:ZKa88jEr0

マリベル「そう… そんなことが あったのね。」



アルス「うん。だから もう 大丈夫なんだ。」

一通り話し終えると少年は大きく伸びをする。

マリベル「つまり 長い時間を 経たことで あの時計塔に なんらかの 魔力が宿ったって ことなのかしらね。」
マリベル「それが たまたま 近くにあった バロックトーテムに 作用した…と。」
マリベル「そんなとこかしら。」
マリベル「…あ もしかして その逆かなあ。」

アルス「う~ん 両方……とか?」

マリベル「お互いが お互いを 動かしたってこと?」

アルス「うん。よくわからないんだけどね。」

人知を超えた現象に二人は首を捻るばかり。

マリベル「……これから先 また 動きだしたり しないのかしら?」

少女は少年のベッドに座り腕を組んで言う。

アルス「……それもわからない。もしかしたら あれが 根本的な解決とは 言えないのかもしれない。」

マリベル「なによ 頼りないわねえ。それじゃ また同じようなことが 起きちゃうわよ?」

アルス「その時はまた……。」

マリベル「必ずしも あんたがいるときに 起こるとは限らないわ。」
マリベル「その時には もう 手遅れかもしれないのよ?」

少女は少年に首だけ向けると強めの口調で言う。

アルス「うーん……。」

マリベル「まっ 安心なさい。その時は あたしが 代わりにやってあげても よくってよ。」

アルス「…………………。」

マリベル「あんたは 漁に集中してれば それでいいの。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「…………………。」



659: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:28:06.62ID:ZKa88jEr0

マリベル「それとさ。」

少女は再び少年に背を向けると小さく呟く。

マリベル「……今日は ありがとね。」

アルス「えっ?」

マリベル「まさか あんたが こんなに気遣ってくれるなんて 思ってなかったから ちょっと 意外だったわ。」
マリベル「……いつの間に そんなこと 覚えたのってくらいね。」

アルス「…だって マリベル 旅の時も たまに 辛そうにしてたでしょ?」

マリベル「……バレてたか。」
マリベル「でも 普段は なんともないんだけどね。」

アルス「きっと 慣れない旅で いろいろ たまってたんでしょ?」

少年は口には出さないでいるがこの旅が少女に負担をかけていることはわかっていた。
しかし本人がそれで良いと思っている以上、自分が口出しするのもどうかと考え、ずっと黙っていたのだった。

マリベル「……そうなのかしらね。」

アルス「君がいつも言う通りだよ。無理しちゃ ダメだって。」

マリベル「ふ ふふふ…… まいったわ。」
マリベル「それじゃ ついでで もう一つ 甘えさせてもらおうかしらね。」

アルス「……なあに?」



マリベル「よっこいしょ。」



そう言って少女は少年の隣に横たわる。

アルス「……マリベル ここは ぼくのベッドだよ?」

マリベル「…わかってるくせに。イジワルね。」

アルス「ははは… はい どうぞ。」

そう言って少年は背を向ける少女にスペースを少しだけ開ける。



マリベル「ねえ アルス。」



アルス「なんだい?」

扉の鍵を閉めてベッドに戻った少年は布団をかけながら問う。

マリベル「…………………。」

少年の問いかけには答えず少女は黙って背中を少年に押し付けてくる。

アルス「……はいはい。」

そう言うと少年は少女の背中側から腕を回してそっと少女を抱きしめる。

マリベル「うふふっ ありがと。」

アルス「ふふ。」

そうして少年は少女の髪に自分の顔を埋もれさせながら小さく少女の耳に名前を呼びかける。

安心した様子で眠る少女の髪をゆっくりと撫でながら少年もまた、静かなる夜の闇の中へ溶けていくのであった。





そして……



660: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:28:41.24ID:ZKa88jEr0

そして 夜が 明けた……。



662: ◆N7KRije7Xs:2017/01/13(金) 20:33:33.70ID:ZKa88jEr0

第22話の主な登場人物

アルス
謎の石像の出現を知り一人で奮闘。事件を解決する。
ランキング協会での仕事を終えたところでセファーナと再会。

マリベル
体調不良により一日休養を取る。
万全ではない状態とあってもアルスのピンチは見過ごせない。

ボルカノ
マッシュの誘いで登録したチカラじまんランキングでなんと一位に。
アルスやマリベル、セファーナに押され、妻のために賞状・副賞を受け取る。

セファーナ
聖風の谷に住まうリファ族の若き長。賢人。
自分の名前をかしこさランキングから抹消しようと思い来たところ偶然アルスと再会。
そろそろ結婚を考えるお年頃。

アイク
世界ランキング協会でかしこさ部門の審査員を務める初老の男性。
物静かで非常に聡明。

モディーナ
世界ランキング協会でカッコよさ部門の審査員を務める婦人。
一瞬の美を重んじ、カッコよさは人類の宝とも考えている。

マッシュ
世界ランキング協会でチカラじまん部門の審査員を務める筋骨隆々の男。
男女共にチカラもちであるべきと考えている。

バロックトーテム(*)
突如として動き出した片腕の像。
長年リートルードの街並みを見てきて本人なりに愛着があったらしい。
アルスの協力により無事に元の姿に戻る。



666: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:04:16.68ID:I8BPs1sh0

航海二十三日目:本当の親子



667: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:05:03.20ID:I8BPs1sh0

セファーナ「短い間ですが ご一緒できて 楽しかったです。」

明くる日の朝、少年たちはリファ族の長と別れの挨拶をしていた。

アルス「セファーナさんも お元気で。」

マリベル「たまには 遊びに いくからね。」

ボルカノ「まあ なんだ いろいろと がんばってな。」

セファーナ「ええ 皆さんも お元気で。では!」

そう言うと族長は天にキメラの翼を掲げ、あっという間に空高く舞飛んでいってしまった。

マリベル「行っちゃったわね。」

鮮やかな建物群に溶け込んでいく黄色と青の美しい軌跡を眺めながら少女が言う。

ボルカノ「そうだな。」

アルス「…………………。」

朝日が眩しく照らす中、かつて天才建築家の住んだ邸宅はその光を反射して石畳を色とりどりに染めている。
その幻想的な光景に三人はしばらく会話も忘れて魅入っていた。

ボルカノ「オレたちも そろそろ 行かねえとな。」

アルス「うん。」

マリベル「みんな 待ってるもんね。」

トパーズ「なおー。」

そうして三人は振り返ると、仲間たちが待つ町の外へと歩き出したのだった。



668: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:07:59.66ID:I8BPs1sh0

*「もう いいんですかい?」

ボルカノ「おう 出発するぞ!」

*「「「ウスっ!」」」

町の外で漁師たちと合流した三人と一匹はそのまま船着き場へと向かい自分たちの船へと乗り込んだ。

まだ東からは眩しく太陽が照り付け、水面に反射してキラキラと光っていた。



…………………



マリベル「今日 一日で 着くのかしらね?」



それから昼すぎになり食事を終えた少女が甲板掃除をしていた少年に話しかける。

アルス「わからない。もし 着いたとしても 真夜中に なるかもね。」

マリベル「また 真夜中かあ。たまには 昼間とか 夕方に 着いてほしいもんだわよね。」
マリベル「アルス あんたが おいかぜ 吹かせ続けたら 少しは 早く着くんじゃないかしら?」

アルス「そんな無茶な……。」

そう言って少年は試しに少しだけ追い風を起こしてみる。
いくらか船の速度は上がったように思われたがそれもいつまでも続くわけではない。
しばらく集中して風を吹かせていた少年だったが次第に集中力が切れたのか大きな欠伸をする。

結局風は途絶えてしまった。

マリベル「……やっぱり 無理ね。」

アルス「当り前じゃないか!」

マリベル「おほほ。いつまでも サボってないで 早く 掃除しなさい~。」

アルス「ぐぬぬ……。」

そうやって少女が少年で遊んでいるうちに空には少しずつ雲が現れ始め、視界を阻んでいた太陽を隠し始める。

アルス「雲が出てきたね……。」

マリベル「そうねー。」

上機嫌な少女は呑気に答える。



669: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:08:37.54ID:I8BPs1sh0

マリベル「……そういえばさ。」

アルス「んー?」

マリベル「あれから あそこって どうなったのかしらね。」

アルス「飛空石で 飛んでた時 見なかったっけ?」

マリベル「うーん ずいぶん 遠くを飛んでたから 見てないような気もするのよね。」

少女は頬に指を当てて曖昧に答える。

アルス「……たぶん オルゴ・デミーラを倒したときに 地下部分は 崩れたと思ったんだけど。」

そう言う少年もモップの先端に顎を乗せて当時のことを思い出す。

マリベル「あのままだったら あたしたち ぺっちゃんこ だったかもしれないのね。」

アルス「うわあ……。」

マリベル「うー やだやだ。あれだけは あのクソじじいに 感謝しないといけないわね。」
マリベル「……でも 待って。上の 城の部分は まだ残ってたのよね?」

アルス「…………………。」

マリベル「ちょっと 何か 言ってよ。」

アルス「いや うん そうなんじゃないかな。」
アルス「ブルジオさんも言ってたし……。」

少年は冷や汗なのか労働の汗なのかわからない謎の水を垂らしている。

その時だった。

*「おーい 何か見えてきたぞ!」

舵取りをしていた漁師が叫ぶ。

マリベル「アルス……。」

アルス「…どうだろうね?」

名を呼ぶ少女の顔を見つめ返して少年が呟く。

漁船アミット号の向かう先には小さな島とそこに聳え立つ巨大な塔が見えた。



まるで一行の行く手を阻むように。



670: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:09:54.15ID:I8BPs1sh0

ボルカノ「この前も 見えてたが ありゃ なんなんだ?」

報せを受けて甲板にやってきた船長が呟く。

アルス「ダークパレス。」

ボルカノ「ん?」

船長の疑問に答えるように少年と少女が語りだす。

アルス「魔王オルゴ・デミーラが 世界中の大工たちを集めて 作らせた 偽りの神の城。」

マリベル「地上のキレイな所は 見せかけで 本当は 地下のまがまがしい所が 本拠地だったんだけど。」

アルス「……秘密を知ってしまった 大工たちは たぶん 口封じに 殺されたんだと思う。」
アルス「もちろん 上の部分で 神官として集められた人たちもね。」
アルス「おかしいと思ったんだ。どうして あんなところで 凶悪な魔物を オリに入れてるのかってさ。」

マリベル「最初から あそこに仕えた人たちを 生かして帰すつもりは なかったってことね。」

ボルカノ「……胸くそ悪い 話だな。」

船長が険しい顔で吐き捨てるように言う。

アルス「ぼくたちが 魔王を倒したときに 地下は崩れたんだけど 地上の部分は まだ残ってたんだろうね。」

マリベル「ま それだけ 大工さんたちの腕が 良かったってことでしょ。」

アルス「……そうかもね。」

ボルカノ「この分だと 夕方には 着くかもな。」

アルス「上陸するの?」

ボルカノ「いや 魔王がいたとこってなると まだ 魔物がうろついてんじゃねえのか?」
ボルカノ「だとしたら 危ねえから 近寄らない方が かしこいだろうよ。」

アルス「……そうだね。」

マリベル「あんた まさか 中がどうなってるか 気になってんじゃないでしょうね。」

神妙な顔をする少年の顔を覗き込んで少女が言う。

アルス「ええっ!?」

マリベル「やっぱりね~ そんなことだろうと 思ったわよ。」
マリベル「でも 今は 次の目的地を目指すのが 先なんじゃなくって?」

アルス「……うん。」

マリベル「あら? もっと 渋るかと思ったけど。」

いつになく素直に少女の助言に従う少年に少女は首をかしげる。

アルス「いいんだ。」

マリベル「…………………。」

いつもなら“それでも ぼくが いかなくちゃ”などと言って調査に乗り出そうとするかと思っていた少年が
自分を抑え込むかのように口を閉ざしているのを見て、少女は何か引っかかるものを感じた。

マリベル「どうしちゃったのかしら?」

ボルカノ「むっ?」

アルス「どうしたの 父さん。」

ボルカノ「あそこに うっすらと見えてる でかいのは 船か?」

そう言って船長は島の南側を指差す。

アルス「えっ?」

マリベル「船? うちより 大きな船って言ったら……。」

アルス「まさか……。」

少年と少女は船長の見やる遥か先を見つめる。

そこにはもう一つの島と見紛うほどの巨大双胴船が漂っていたのだった。



671: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:10:47.70ID:I8BPs1sh0

*「ボルカノさん どうするんですかい?」



それからしばらくした後、今晩の予定について話合うために会議室に操舵と見張りを除いた乗組員が集められていた。

ボルカノ「あの船が いるってことは 周りの海は 特に危険はねえってことだろう。」

いくらあの要塞のような船とて魔物が大量に現れるような場所に留まっていたりはしないだろうというのが船長の読みだった。

*「じゃあ おれたちも あそこに 行くんですか?」

ボルカノ「どうせ このまま 走らせたって 真夜中過ぎちまうんだ。どうせなら 船を泊めて 全員 休んだ方がいいだろう。」
ボルカノ「それに この前 助けてもらった礼も まだしてねえしな。」

*「わかりやした。上の奴らに 伝えてきます。」

そう残して漁師の一人が上へと昇っていく。



アルス「…………………。」



ボルカノ「どうした アルス さっきから 無口だな。」

甲板で船を見つけて以来黙ったままの少年を見て父親が問う。

アルス「えっ いや… なんでもありません。ぼくは 掃除に戻ります。」

そう言って少年は漁師の後を追って甲板へと昇って行った。

ボルカノ「……?」

マリベル「…………………。」

いつもとは違う少年の様子に首をかしげる父親を他所に、少女はさらに少年の後を追って階段を上っていった。



672: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:12:39.06ID:I8BPs1sh0

アルス「…………………。」



少年は船縁に両肘をついて物思いに耽っていた。もしこのままあの船と出会ってしまったら、
自分の本当の父親と育ての親が出会ってしまったら、自分はその時なんと言えばいいのだろうか。

そんなことを考えていたためか少年はいつになく無口になってしまっていた。

“このままでは父に余計に怪しまれる”

そんな思いで少年は逃げるように甲板へとやってきたのであった。

アルス「ぼくは どうすれば いいんだ……。」



マリベル「どうしたのよ。」



アルス「っ…! マリベル……!」

急に後ろから話しかけられ少年はまるで敵を目の前にしたかのように目を見開き振り返る。

マリベル「な 何よ……。」

そんな少年の形相に押され少女はほんの少しだけ後ずさる。

アルス「……ごめん なんでもないんだ。」

すぐに警戒の色を解くと少年は謝り、また船縁に肘をついてまだ遠くに見える双胴船を眺めてため息をつく。

マリベル「どーしちゃったの? マール・デ・ドラゴーンが どうかしたわけ?」

アルス「なんでもないよ。」

少年は振り向きもせずに答える。

マリベル「嘘ね。それなら そんなふうに 過剰反応したりしないわ。」

アルス「…………………。」

少女の指摘に少年は押し黙る。

それすら少女の言葉を肯定していることはわかってはいたが、返す言葉が何も浮かんでこなかったのだ。

マリベル「ねえ あの船で 何かあったの?」

アルス「なにも……ないよ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「あっそ。あたしにも 話せないなんて よっぽどのことなのね。」

少女はこれ以上問いただしても答えはしないだろうと踏んで追及をやめる。

マリベル「でもね あんたの悩みは 今や あんただけのものじゃないってことを 忘れないでちょうだい。」

そう言って少女は船室へと降りて行ってしまった。



673: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:13:29.25ID:I8BPs1sh0

アルス「…………………。」

少年は黙ったまま動かなかった。

否、動けなかったのだ。

いくら彼女だとしても自分の複雑な出自を伝えるのはどこか気が進まなかったのだ。

旅の最中も隠し通した自分の運命を。

“土足で踏み込んで欲しくない最後の領域”

そんな言葉が少年の胸をよぎっていった。

そう、これは少年とあの夫婦だけが知る秘密として墓場まで持っていくつもりのことだった。

しかし少年はどこかでこのままでいいのかという気もしていた。
愛情を注いで育ててくれた両親に、自分の隣で共に歩んでくれる彼女に、
そして共に戦ってきた仲間たちに永遠に自分の正体を隠したまま生きていくことが果たして正しいことなのか。



“あんたの悩みは 今や あんただけのものじゃない”



先ほど少女が残した言葉が少年の頭の中で繰り返される。

そう、彼女とて興味本位で少年を問いただしたわけではないのだ。
少年が思い悩み、苦しんでいるのがわかっていたからこそこうして自分を追いかけ、訊ねてきてくれたのだった。

その悩みを自分と共有できるように。

アルス「まいったな……。」

考えれば考えるほど少年は迷っていく。

秘密を持つという罪悪感と打ち明けた時の衝撃との間に挟まれ、抜け出せない葛藤の中へとはまっていくのだった。



674: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:14:13.38ID:I8BPs1sh0

*「……キャプテンはまだ 戻らないか。」



*「ああ なんせ 奴の居城だ そう簡単に 終わらないだろうよ。」



*「それより 御身の無事が 気になる……。」



*「バカ言え! あのお方が くたばったりするもんかよ。」



*「でもよ もしものことが あったりしたら……。」



*「信じて 精鋭たちの帰りを待て! オレたちにできるのは それだけだ。」



*「…………………。」



*「…ああっ!」



*「どうした?」



*「船が… 船がやってきます!」



*「なんだと? 見せてみろ……。」
*「……こいつは たいへんだ! すぐに あの方を お呼びするんだ。」



*「あっ はっ はい!」 



*「うむ… キャプテンがいない今 どう もてなしたものか……。」



675: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:15:19.75ID:I8BPs1sh0

*「「「おーい!」」」

マリベル「おーーい!」

それから漁船は航行を続け、日も傾きかけた頃には巨大双胴船の元までやってきていた。

*「よっと。」

遥か上の甲板から降ろされた縄を船体に括り付けて固定すると、別の縄を掴んで漁師は上に合図を送る。

*「引き揚げてくれるみたいだぜ。」

*「よっしゃ 行こうぜ。」

ボルカノ「一人ひとり 行くんだぞ。」

*「ウッス。」

漁師の一人が縄をクイっと引くと、そのまま漁師は上の方へ引き上げられていった。

*「よし 次は おれだ!」

そうして再び垂らされた縄に一人ひとり釣り上げられていく。

マリベル「アルス あんた 先に行きなさいよ。」

アルス「…ぼくは 最後に行くよ。マリベルも もう 行きな。」

マリベル「……あっそ。」

それだけ言って少女も猫を抱えて上に登っていった。

ボルカノ「じゃあ オレも 先に行くからな。」

アルス「うん。」

他に誰もいなくなったのを確認して船長も上の甲板へと引き上げられていく。

後に残された少年は縄を掴むべきか悩んでいたが、
双胴船の住民たちが上から催促してきたため、仕方なくそれに応じるのだった。



676: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:16:15.27ID:I8BPs1sh0

*「みなさん ようこそ マール・デ・ドラゴーンへ。」

*「ボルカノさん 元気してましたか。」

*「ほお なかなか 屈強な男ぞろいだな……。」

甲板へ引き上げられたアミット号一行は双胴船の乗組員たちから口々に声をかけられていた。

*「マリベルさん あいかわらず おきれいだね。」

マリベル「あら ありがとう。」

*「あれ アルスさまは?」

少女がいてあの少年がいないはずがないと言わんばかりに船員の一人が訊ねてくる。

マリベル「ああ あいつなら……。」



アルス「お待たせしました。」



少女が答えようとした矢先、最後に引き上げられた少年が甲板へ姿を現した。

*「おお!」

*「アルスさまだ! アルスさまが おいでになったぞ!」

*「アルスどの よく お訪ねになってくださいましたな。」

少年の登場に辺りが一斉に騒ぎ始める。

アルス「みなさん お久しぶりです。」

ボロンゴ「アルスさま 是非 お会いしていただきたい方が いらっしゃいます。」

アルス「ぼく ですか?」

ボロンゴ「はい どうぞ こちらへ。」

そう言ってかつて少年の世話役を司った船員は少年を連れて歩き出す。

マリベル「ちょっと アルス どこ行くのよ!」

その様子を見ていた少女が少年の背中に叫ぶ。

ボロンゴ「あっ!」
ボロンゴ「み みなさんも アルスさまの後で 会っていただきたいので ご一緒に  来ていただけませんか。」

慌てて船員は戻ってくると一行についてくるように言う。

ボルカノ「オレたちもか?」

*「だれっすかね?」

コック長「さあな。」

マリベル「もしかして シャークアイさん?」

この船で少年に会いたがっている人物と言えばそれぐらいしか思い当たる節がなかったのだが、返ってきたのは意外な答えだった。

ボロンゴ「いえ 総領は今 ダークパレスの調査に 向かっておりますので……。」

マリベル「え……?」

トパーズ「なおー。」

ボロンゴ「と とにかく 行きましょう!」

三毛猫の声に我に返った船乗りはそう言って急ぎ足で少年の前まで戻ってくると、
中央にある船室へと向かって再び歩き出すのだった。



677: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:16:56.26ID:I8BPs1sh0

*「ご苦労だったな ボロンゴ もう 下がっていいぞ。」



船長室の手前の階段では無骨な青服に身を包んだいかつい男が待ち構えていた。

ボロンゴ「は はい! カデルさま!」

カデル「む そうだ この後 総領と共に 皆さんを お迎えする 宴を開くからな。」
カデル「準備に取り掛かるよう 伝令を頼むぞ。」

ボロンゴ「わかりました! 早速!」

そう言って副長から指令を受けると部下の船員は足早にその場を去って行った。

マリベル「ボロンゴさんってば あいかわらず そそっかしいのねー。」

そんな様子を見て少女がクスクスと笑う。

カデル「アルスさま マリベルさま それに ボルカノどの お久しぶりです。」

するとこの双胴船の副長である髭面の男が丁重な挨拶で一行を出迎えた。

マリベル「もしかして 会いたがってたのって カデルさんのこと?」

まさかと疑問に思ったことを少女が正直に訊ねてみる。

カデル「いいえ。そのお方は 船長室におられます。」
カデル「申し訳ないのですが あんまり そのお姿に 驚かないで いただけませんかな?」

ボルカノ「……どういうことです?」

カデル「実際に お会いすれば わかります。」
カデル「では アルスさまから 先に 行きましょうか。」

アルス「…………………。」
アルス「はい。」

少年はしばらく考え込んでいたがやがて瞼を開くと小さく返事をし、ゆっくりと階段を上っていくのであった。



678: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:18:09.74ID:I8BPs1sh0

カデル「失礼いたします。アルスさまを お連れしました。」



階段の上までやってくると副長は跪き、部屋の中の人物に少年の来訪を告げる。

*「ありがとう カデルさん。少しだけ 二人にさせて いただけませんか?」

透き通るような声の主は副長をねぎらうと、後ろにいる少年を少しだけ見てそう答える。

カデル「では 失礼します。」

そう言って副長は階段を降りていった。



アルス「…………………。」



二人だけとなった部屋の中で少年は少しだけ歩みをすすめ、小さな池の縁に腰かけている人物の顔を見つめる。



*「アルスさん ……いいえ アルス。こっちへ来て お顔を見せて。」



アルス「アニエスさん いや……。」















アルス「お母さん。」



679: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:18:52.40ID:I8BPs1sh0

マリベル「…………………。」



ボルカノ「どうしたんだ マリベルちゃん。」

その頃階段の下では、上でどんな会話が行われているのかを聞こうと少女が耳を凝らしていた。

マリベル「……ダメね。よく 聞こえないわ。」

カデル「きっと 二人だけの話もありましょう もう しばらく ご辛抱くだされ。」

そんな少女を諫めて副長が言う。

マリベル「わかってるわよぉ……。」

*「どんな人なんですか?」

痺れを切らした飯番の男が問う。

カデル「それも これも ご本人の口から 聞いたほうが 良いでしょうな。」

*「むむむ……。」

カデル「しかし 我々にとっては 総領とも等しいお方と 言っておきましょうか。」

マリベル「……まさかとは 思うけど…。」

そこまできて少女にはいつか海底王の神殿で聞いた話のことを思い出していた。

マリベル「…………………。」

しかし少女の仮説が正しいという保証もない。

ボルカノ「ん? どうしたんだ?」

マリベル「いいえ なんでもないわ ボルカノおじさま。」

“答えは直にわかる”

そう思い少女は口をつぐんだ。



680: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:21:15.17ID:I8BPs1sh0

アルス「みんな 上がってきて。」



しばらくしてから少年が現れ、階下にいる一行に向かって呼びかける。

カデル「もう よろしいのですかな?」

アルス「ええ。」

カデル「では みなさん おあがりください。」

マリベル「そうさせてもらうわ。」

アルス「マリベル… みなさん 驚かないでくださいね。」

マリベル「くどいわ。あたしは もう ちょっとやそっとじゃ 驚いたりしないわよ。」

アルス「ありがとう。」

少女の答えを聞くと少年は振り返り部屋の中にいる人物に語り掛ける。

アルス「アニエスさん ぼくの父さんと 仲間たちです。」



*「「「…………………。」」」



そうして通された一行は思わず絶句する。

その人物は部屋の奥にある玉座に座るでもなく、部屋の左右に置かれた小さな二つの池、その一つの縁に腰を掛けていた。

*「に 人魚……?」

漁師の一人が呟く。

魚のような鱗とひれ、明らかに人の物ではない下半身を持ったその人物は
すべてを映すかのような深い青色の瞳で一行を眺めていた。





*「ボルカノさんに お仲間のみなさん ようこそ おいでくださいました。」



681: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:23:15.91ID:I8BPs1sh0

その女性はさざ波のように淡く優しい声で出迎えた。

マリベル「あなたが アニエスさんね。」

少女は自分の仮説を証明しようと臆せずに問いかける。

アニエス「いかにも 私はシャークアイの妻の アニエスです。」
アニエス「こんな姿を お見せしてしまい さぞ 驚かれていることでしょう。」

マリベル「いいえ。アルスや海底王から 話は聞いていたわ。」

アニエス「……あなたは マリベルさんですね?」

マリベル「どうして あたしの名前を?」

アニエス「夫や アルスさんから お話をうかがってます。」
アニエス「よくぞ アルスさんを支え 魔王を打ち倒してくれましたね。」
アニエス「本当に ありがとう。」

マリベル「い いや 別にあたしは そんな……。」

素直な感謝の言葉に珍しく少女は狼狽え、少年の袖を少しだけ引っ張る。

“なんとか言ってよ。”

とでも言いたいのだろうか。

アルス「アニエスさんは はるか昔に この船が 魔王に封印された時 夫のシャークアイさんへの想いから こうして 人魚に姿を変えて 生きてきたんです。」

少年は漁師たちに彼女が現在の姿に至るまでの過程を噛み砕いて説明する。

マリベル「で それをやったのが 海底王っていう へんな おじいさんってわけ。」

少年の助け舟に乗っかって少女も付け加える。

アルス「へんな は余計だよ マリベル。」

”借りにも目の前にその人にお世話になった人がいるのにそんなこと言って大丈夫だろうか”

そんなことを考えながら少年は慌てて釘をさす。

マリベル「あんなところで 寝てるだけのじいさんの どこが 変じゃないっていうのかしら?」

アルス「そりゃ そうだけど……。」



ボルカノ「……にわかには 信じがたい 話だな。」



その時、話を聞いていた漁船の船長が重たい口を開く。

アニエス「無理もありません。最初は私も わらにもすがる思いで 海底王さまに お願いしたのですが…。」
アニエス「こうして人魚となってからも しばらく 実感がわきませんでしたから。」

ボルカノ「…………………。」

漁師頭は難しそうな顔で腕を組んでいる。

マリベル「…ははあ。海底王が シャークアイさんに 用があるってのは アニエスさんと 会わせるためだったのね。」

すると少女が魔王討伐の凱旋の時にシャークアイが言っていた言葉を思い出して言う。

アニエス「ええ。魔王の封印が溶け こうして また 夫に会える日が来るなんて 夢のようでした。」
アニエス「たとえ この体が 一年に一日しか 歳を取らないとしても 私は最後まで 夫の傍にいるつもりです。」

*「そりゃ また 難儀な……。」

漁師の一人が気まずそうな顔で言う。

アニエス「いいえ いいんです。」
アニエス「こうして 夫と 再び 同じ時を生きることができる。それだけでもう 私に 望むものは ありません。」

そんな漁師たちに気遣ったのか人魚は気丈に微笑んでみせる。



682: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:24:01.60ID:I8BPs1sh0

ボルカノ「…それで その シャークアイさんは まだ 戻らないんですか? この前の お礼を 言いたかったんですが。」

重たい空気を変えようと船長は今はここにいない海賊たちの総領について尋ねる。

アニエス「ええ そろそろ戻って来ても いいころだと 思ったのですが……。」



アルス「…………………!」



その時、少年が階段へと走り出した。

マリベル「ちょっと! アルス どこ行くのよ!」

アルス「様子を見てきます!」

そう言って少年は物凄い勢いで階段を下りどこかへと走っていってしまった。

マリベル「あのバカっ!」

それに続いて少女も後を追おうとした時だった。

アニエス「待って!」

マリベル「っ…!?」

人魚に呼び止められ少女は慌てて振り返る。

アニエス「彼 一人で 行かせてあげてください。」

マリベル「で でも……!」

アニエス「信じて… 夫とアルスを 信じてあげてください。」

マリベル「…………………。」

強い信念の宿る瞳に心を揺さ振られ、少女は少年を追うのをあきらめて踏みとどまる。

アニエス「…あなただけに お話しておきたいことがあります。」

マリベル「えっ あ あたしに……?」

アニエス「みなさん 少しの間 二人だけにして いただけませんでしょうか。」

そう言うと人魚は漁師たちを一瞬見回した後、階段の下の方に向かって叫ぶ。

アニエス「カデルさん!」

カデル「はい なんでしょう アニエスさま。」

すぐにやってきた副長が指示を仰ぐ。

アニエス「みなさんに 休めるところを。それから 何かお出しいただけませんか。」

カデル「ハッ かしこまりました。」
カデル「では こちらに。」

人魚の言葉を聞いて一礼した後、すぐに副長は漁師たちを伴って船長室を後にした。

マリベル「…………………。」

アニエス「…………………。」

漁師たちのいなくなって部屋にどこか重たい沈黙が訪れる。

アニエス「マリベルさん どうぞ 立ってないで こちらに来て 座ってください。」

マリベル「え ええ……。」

人魚に促され、少女はその隣に腰掛ける。

アニエス「これから話すことは どうか 他の人には 黙っていて欲しいの。」

マリベル「…なんの お話ですか?」

アニエス「…………………。」
アニエス「あの子… アルスのことです。」

少女に語りだすそれは何物でもない母の顔をしていた。



683: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:25:34.95ID:I8BPs1sh0

アルス「…………………。」



甲板まで出た少年はすぐに魔法のじゅうたんを広げ、自分の本当の父親がいるであろう魔の巨塔を目指して飛んでいた。
魔王が倒れたとはいえ、あの中が安全であるという保証はどこにもなかった。
万が一あの強力な魔物たちが未だに巣食っていたとすればそれは調査に向かった海賊たちの命にかかわりかねない。
それが例え百戦錬磨の戦士たちであろうと危険なことに変わりはない。

アルス「無事でいてくれ……。」

偶然にも再開を果たした本当の父親の背中が脳裏に浮かぶ。
跡を継ぐことさえ断ったものの、彼とて少年の大事な人であることに変わりはないのだった。

アルス「っ!」

入口が見える。

地上部分に設けられた大きな扉はまだ開かれたままだった。

少年はさっと絨毯を飛び降りると、それをしまうのも忘れて一直線に走り出す。

周囲の状況など目に入ってこなかった。

アルス「シャークアイ!!」

扉をくぐると少年は力いっぱいに叫び己の存在を知らしめる。

アルス「どこですか! キャプテン・シャークアイ!」

少年の叫び声が、がらんどうの広間の中に木霊する。

アルス「…………………。」



“ドンッ!”



アルス「…っ!」

突如響いた地響きのような音に少年は天井を見上げる。
パラパラと落ちてくる砂埃を払いながら少年は音のする方を目指して階段を上っていく。

[ アルスは トラマナを となえた! ]

毒の沼を超え、長い長い梯子を登っていく。

時々起こる振動は徐々に大きさを増し、何者かがそこで暴れていることが窺えた。

アルス「間に合ってくれ!」

梯子を昇りきり、息が上がるのも忘れてさらに階段を駆け上がる。

*「ぐあああっ!」

誰かの悲鳴が聞こえる。

アルス「くっ……!」

*「ケェェェェ!!」

甲高い鳴き声が聞こえる。

*「おい しっかりしろ!」

聞き覚えのある男の声。





アルス「シャークアイさん 伏せて!」





階段を上りきった少年はその背中目がけて思い切り叫ぶのだった。



684: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:26:55.46ID:I8BPs1sh0

マリベル「…………………。」



アニエス「…………………。」



少年が魔城の中を駆け抜けている頃、双胴船の船長室は重たい沈黙に包まれていた。

マリベル「あいつが ボルカノさんと マーレさんの 本当の息子じゃなかったなんて……。」

思えばおかしな点はいくつもあった。彼の腕に浮かび上がった謎のアザ。
それは不思議な渦を呼び起こし、いつの間にか水の精霊の紋章と同じ形に変わり、道標を作り出した。
そしてなにより彼が母親の体の中に6か月しかいなかったということ。

アニエス「…………………。」

マリベル「…どうして……。」
マリベル「どうして 黙ってたのよ ばかアルス……。」

自分の身体をぎゅっと抱きしめ、少女は今はここにいない少年に向かって吐き捨てる。

アニエス「あの子は… 悩んでいました。」
アニエス「あなたや 彼の育ての親が そのことを 知ってしまったら どう思うだろうかって……。」

マリベル「っ……。」

少女にもそれは容易に想像がついた。
自分の子だと思って大切に育ててきた息子が
本当は遠い過去から水の精霊によって運ばれてきた誰かの子だと知ったとしたら、あの二人はどう思うだろうか。

マリベル「でも どうして あたしにそれを……?」

少年の母親がどうしてそのことを自分だけに伝えたのか。

少女にはわからなかった。

アニエス「きっと あの子は あなたにだけは 伝えるつもりだったのでしょう。」
アニエス「さっき 二人きりの時に ……いつか 自分で伝えると 言ってました。でも……」
アニエス「今は何より あの子の孤独を わかってあげられる人が 傍にいて欲しいの。」
アニエス「あなたは きっと あの子の 大切な人なんでしょう?」

マリベル「あっ い いや そんな……。」

アニエス「っふふ。恥ずかしがらなくても いいんですよ。」
アニエス「あなたのことを 話している時の あの子の顔を見たら すぐにわかりました。」

マリベル「…………………。」

すっかり見通されてしまい少女は両手を握ってもじもじとさせる。

アニエス「だから あの子が いつか このことを打ち明けた時 あの子のことを 何も言わずに 受け入れてあげて欲しいんです。」

マリベル「…………………。」

少女は黙ったまま一回だけ頷く。



685: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:27:26.35ID:I8BPs1sh0

アニエス「……でも 良かった。」

マリベル「えっ…?」

アニエス「あの子は いつの間にか いろんな人に 助けられて 大きくなってたのね……。」

マリベル「アニエスさん……。」

人魚の瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。
そして零れ落ちた滴は水面を波打ち、いつしかそれは宝石のように固まり輝きだした。

アニエス「あら いけない 私ったら… ちょっと 湿っぽくなっちゃったかしらね。」

まなじりを指で払いながら人魚は微笑む。

マリベル「…いいんです。だって 何百年ぶりにやっと 会えたんですから……。」

アニエス「うふふ。マリベルさんは 優しい人ね。これなら 安心して あの子のことを 任せられそうだわ。」

マリベル「あ アニエスさんっ! き 気が早いですよ……。」

突然の言葉に少女はまたも顔を赤くして言葉に詰まる。

アニエス「あらあら。うふふっ。」
アニエス「それじゃ あの子たちが帰ってくるまで お休みになっていらしてください。」
アニエス「カラダが 本調子ではないのでしょう?」

マリベル「えっ…!」

“どうしてわかったんだろう”

アニエス「さっきから 無意識に お腹を擦っていたでしょう。」

マリベル「…………………。」

“どうやらこの人には敵わないだろう”

一瞬で少女はそう悟ると、人魚の言うことを素直に聞き入れその場を後にするのだった。



686: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:29:14.96ID:I8BPs1sh0

アルス「シャークアイさん 伏せて!」





*「うおっ!?」

少年が叫んだ次の瞬間、黒髪の男の頭上を稲妻の刃が通り過ぎていく。



*「グギャアアア!」



遅れて耳をつんざくような醜い悲鳴が響き渡る。

*「今のは……!」



アルス「みなさん 無事ですか!」



シャーク「あ アルスどの! どうして ここに!?」



アルス「話は 後です!」

そう言って少年は辺りを見渡す。
海賊たちはざっと十人ほどいたようだったがそのうちの殆どが虫の息となり残すは総領ともう一人だけとなっていた。

アルス「…………………。」

剣を構えじりじりとにじり寄ってくる魔物たちを睨みつける。
相手の数は五体ほどだが、辺りにはおびただしい数の死体が転がっていた。
どうやら少年が駆け付ける前に倒されたらしい。



*「おおおー!」



その時、近くにいた盾を持つ鬼が少年たちめがけて突進してくる。

アルス「むううん!」

少年は片足を踏み出し重心を低く構えると、そのまま突進してくる鬼に向かって思い切り正拳突きを繰り出した。

*「がああっ……!」

鬼の持っていた盾は見事に貫かれ、その拳の勢いで鬼の体は宙へと放り出される。

アルス「はっ!」

少年はそのまま高く飛び上がると獲物で鬼の体を頭から真っ二つに切り裂いた。

アルス「次……。」

*「クァァァ!!」

アルス「っ!」

振り返った瞬間放たれた爪撃を寸の距離でかわすと少年は七色の魔鳥の首を掴んで投げ飛ばす。

*「グゲッ!?」

アルス「はあああああっ!」

少年は両手に獲物を握りしめるとそのまま魔鳥にとびかかり両手から何度も斬撃を繰り出し、その体を切り裂いていく。

*「グゲエ……。」

魔鳥が沈黙したのを確認すると少年は再び走り出す。



687: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:30:06.71ID:I8BPs1sh0

アルス「シャークアイさん これを!」

シャーク「むっ! これは 水竜の剣!」

アルス「くらえっ!」

別の魔物と対峙していた海賊の総領に獲物を投げ渡すと、少年は走り込み魔物目がけて飛び膝蹴りを放った。

*「キシャ!?」

体勢を崩した紫の鱗を持つ首長竜目がけて好機と見た総領が声を上げる。

シャーク「ゆくぞっ!」

アルス「はい!」

総領の合図で踏み込み頭部と腹部に分かれて一斉に切り刻んでいく。

*「キシャアアアッ……!」

身体を寸断され、金切り声のような断末魔を上げて竜の魔物は息絶える。

*「これでも 喰らえい!」

[ ヘルバトラーは イオナズンを となえた! ]

アルス「そうはさせない!」

[ アルスの からだから あやしいきりが ふきだし あたりをつつんだ! ]
[ すべてのものたちに かかっている じゅもんの ききめが なくなった! ]

*「な なぜだ! なぜ呪文が 発動せん!」

シャーク「遅い!」

呪文がかき消され狼狽する魔獣にすかさず総領が重い一撃を繰り出す。

*「ぐぬおお!」

アルス「おおおっ!!」

そしてそのまま少年が大きく振りかぶり、魔人の如くその頭目がけて獲物を振り下ろす。

*「…………………!」

何かが砕ける音と共に魔獣は力なく、血の海の中へ沈んでいった。

*「おのれ 貴様ら よくも ここまで……!」

遂に最後の一体となった鋼鉄の鎧が恨めしそうに軋み、呪詛のような言葉を吐き散らしている。

シャーク「いいたいことは それだけか。」

アルス「いくぞ!」

歯の浮くような金属音をかき消すように二人は鎧に向かって走り出す。

シャーク「ふんっ…!」

懐まで潜り込んだ総領がその足に刃をかけて思いっきり引っ張る。

*「ぬおおっ!?」

脚を取られて鎧はたまらず仰向けに寝転がる。

シャーク「っ…!」

アルス「これで… 終わりだああっ!」

少年は腕にまばゆい光の剣を作り出すとそれを握りしめ、鎧に向かって究極の一撃を振り下ろした。





[ アルスは アルテマソードを はなった! ]



688: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:31:21.67ID:I8BPs1sh0

マリベル「…………………。」



魔城跡で激しい戦いが繰り広げられている頃、
部屋で一人休んでいた少女は先ほど少年の本当の母親から聞かされた話を思い出していた。

…………………

“あの子は… アルスは 本当は 私と シャークアイの子供だったのです。”

“それが コスタールが魔王に 封印されて程なくして 私のお腹の中から消え
水の精霊さまの加護によって 未来のエスタード島に託されたと 海底王さまは おっしゃっていました。”

“私たち 水の精霊のチカラを受け継ぐ 一族の長は 代々 体に 精霊の紋章を 身体に宿すと言われておりますが……。”

“あなたも 見たのでしょう。あの子の 腕にアザがあるのを。”

“夫の話では あの子が 水竜の剣を掲げた時 夫に宿っていた 半分の紋章が あの子に宿り 完全な形になったと言います。”

“それは紛れもなく あの子が 私たち一族の血を引いている証……。”

“そして あの子の顔を見た時に持った 不思議な感覚……。”

“私のは直感でしたが 夫は確信したようです。”

“……あの子こそが 私たち夫婦の 失われた 光だったと。”

“でも このことは あの子と 私たち夫婦の秘密……。”

“あの子には 大切に育ててくれた 両親がいます。”

“私たちが できなかったことを 代わりにしてくれた……。”

“…あの子は 夫の跡ではなく ボルカノさんの跡を継ぐことを 選びました。”

“残念と言えば 残念ですが それはあの子が決めること。何も してあげられなかった 私たちが 決めることではありません。”

“……私たちは あの子の決めた道を 陰ながら 見守ることにしました。”

“それが 私たちにできる 唯一の親としての務め。”

“きっと あの子なら どんな世界でも 立派に生きていける。私たちは そう 確信しています。”

…………………



689: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:32:13.25ID:I8BPs1sh0

マリベル「…………………。」

頭では理解できていたが、心の底ではまだ整理が付けられずにいた。
ただの幼馴染と思っていた彼がそれほどの重たい宿命の下に生まれていたとは夢にも思わなかった。
彼は最初から運命づけられた人生を生きてきたのだ。時代を超え、多くの人々と大切な家族の願いを一身に受けて。

あの気弱でおとなしく、引っ込み思案だった少年が。

マリベル「アルス……。」

魔王を倒す旅の途中で時折見せた彼の物思いに耽った顔の裏にそんな事情が隠されていたことなど、
ずっと隣で歩いてきた少女も、コスタールでの出来事を知っている仲間たちでさえも知らなかったのだ。

“どうせくだらないことでうじうじと悩んでいるのだろう”

そんな風に思ってしまった自分を恨めしく思う。

いつも何も考えていないような顔しておきながら彼は心の底でずっと家族のことで思い悩んでいたのだろう。

マリベル「どうか……。」

本当の父親を助けに行った彼は今、何を思い、どんな顔をしているのだろうか。

マリベル「どうか 無事に帰ってきて……。」

少女は少年の帰還をただ祈るのだった。



690: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:33:04.34ID:I8BPs1sh0

シャーク「すまない アルスどの。」



戦いを終えた少年と本当の父親は海賊たちの手当を終え、ようやく落ち着いて会話を始める。

アルス「いえ 間に合って 本当に良かったです。」

シャーク「あのままでは 確実に 全滅していただろう。情けないことだ……。」

アルス「…むしろ これほどの数を相手に 生き残れた方が 不思議なくらいです。」

シャーク「うむ。我が一族の中でも 選りすぐりの戦士たちを 集めたのだったが……。」
シャーク「また アルスどのに 助けられてしまったな。」

アルス「いいんです。ぼくにできることは これぐらいしかありませんし……。」

シャーク「はっはっは! 何を言うか! 命を助けられてこれ以上 何をしてもらえと 言うんだ。」
シャーク「心から 礼を言わせてもらうよ。」

総領は高らかに笑うと少年の肩を叩く。

アルス「は ははは……。」

少年は照れ隠しをするように笑って頭を掻く。

シャーク「さて どうやら 魔物はすべて片づけたようだし そろそろ 帰るとするか。」

アルス「地下は やっぱり 崩れて 埋まってたみたいですね。」

シャーク「どうも それが 幸いしたようだ。」
シャーク「もし 地下の魔物まで 襲ってきていたら 今頃 我々は 髪の毛一本残っていなかっただろう。」

総領は腕を組んで何度も頷く。

アルス「この上は どうなっているんでしょう。」

シャーク「どうやら 上にはもう 何もいないようだ。」
シャーク「仲間が何人か 調査に行ったのだが 何の気配も 感じられなかったそうだ。」

アルス「そうですか……。」

シャーク「では 行くとしようか。みなも 待っているだろうしな。」

*「「「おおっ!」」」

総領は海賊の戦士たちに合図を送ると、辺りを警戒しながらゆっくりと地上へ降りていく。



遂に誰もいなくなった城内からは、ただ血と死臭の混じった戦場の匂いだけが立ち込めていたのだった。



691: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:34:03.65ID:I8BPs1sh0

*「……帰ってこねえな。」

*「まさかとは 思うがよお……。」

地平線に夕日が完全に沈みかけた頃、双胴船の客室に通されたアミット号一行は少年や海賊たちの帰りを待ちわびていた。

*「あの アルスさんが そう簡単に やられるわけないじゃないですか!」

最悪の結末を想像する漁師たちに飯番の男が叱咤する。

コック長「そうだともよ。魔王を倒しちまうようなやつが そんじょそこらの魔物相手に くたばったりしないだろうよ。」
コック長「そうでしょう ボルカノ船長。」

ボルカノ「…………………。」

呼ばれた船長はただ黙って窓の向こうに見える巨塔の入口を眺めていた。
彼は何も語らなかったがその背中はどこか確信を得たように堂々たるもので、彼がいかに少年を信頼しているかを物語っていた。



ボルカノ「……来たか。」



不意に船長が口を開く。

*「えっ!」

*「ほ ホントですか!!」

その言葉に漁師たちは一斉に窓に群がる。

*「ああっ 見えた! あそこだ!」

*「アルスさんだけじゃない!」

*「海賊たちも 一緒だぞ!」

少年たちの姿を見つけた漁師たちは一斉に声を上げる。

ボルカノ「…迎えに行くか。」

船長はにやりと笑うと男たちにそう告げる。

*「「「おおっ!!」」」

それを聞いた漁師たちは部屋を飛び出し、甲板へと続く階段を目指して走り出す。
見れば船の乗組員たちも精鋭達の帰還を聞きつけ脇目も振らずに甲板へと向かっている。

漁船アミット号の男たちはそれに負けじと階段を駆け上っていったのだった。



692: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:34:49.48ID:I8BPs1sh0

シャーク「ここまで来れば 大丈夫だろう。」

魔塔の入口まで戻ってきた総領が呟く。

アルス「どうやら 本当に 魔物はいなくなったみたいですね。」

*「くぅ~! 生きて帰ってこられて 良かったぜ!」

*「カミさんに 早く 会いてえなー!」

*「これで 魔王との因縁も 遂に 切れたってわけですな!」

シャーク「……そうだな。」

仲間たちの嬉しそうな声を聞きながら総領は穏やかな声で応える。



*「おーい!!」



その時、海の方からこちらに向かって叫ぶ声が聞こえてきた。

アルス「ん……?」

*「あれは……。」

シャーク「…どうやら 迎えが 来たようだな。」

そう言って一行が見やる先には大手を振ってこちらにやってくる大勢の海賊たちの姿があった。

*「キャプテン! キャプテン・シャークアイ!!」

*「みんなー! 無事かー!」

*「あなたー!」

駆け寄ってくる船員たちを迎えて精鋭たちは再開を喜ぶ。

*「おおっ……!」

*「みんな 来てくれたのか!」

*「へへっ 待たしたな。」

続々とやってくる海賊たちの後ろの方に見えた人影に、少年も思わず声を上げる。

アルス「あっ……!」

*「おーい!」

*「アルスさーん!」

*「アルスー!」

アルス「みんな……!」

シャーク「……行ってやれ。」

顔を上げて目を見開く少年に総領は優しく声をかける。

アルス「……はいっ!」

元気よく返事をすると少年は仲間たちのもとへ、大切なもう一人の親の元へと駆け寄って行くのだった。



693: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:35:53.47ID:I8BPs1sh0

*「シャークアイさま!」

*「おかえりなさい キャプテン!」

*「みんな よく 戻って来てくれた!」

*「良かった! ホントに良かったよ~!!」

一行が双胴船に戻ってからというものの甲板は精鋭たちの帰りを待ちわびていた乗組員たちで埋め尽くされていた。

シャーク「みな 心配をかけたな。」

総領は微笑みながら力強く片腕を挙げてそれに応える

*「シャークアイさまー!」

*「ばんざーい!」

*「さあ お部屋へ! アニエスさまが お待ちですぞ!」

シャーク「ああ。」

船員の言葉に小さく頷くと総領は後ろにいる仲間たちへと声をかける。

シャーク「集まってくれた 戦士たちよ! よくぞ われらが船に生きて戻った!」
シャーク「ここで 調査隊を解散とする! 後は 自由に 体を休めていてくれ。」



*「「「おおっ!!」」」



総領の号令と共に戦士たちは帰りを待っていた仲間のもとへとそれぞれ歩み寄っていくのだった。



694: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:36:31.57ID:I8BPs1sh0

シャーク「アルスどの。」



それを見届けた総領は戦士たちの後ろの方に立っていた漁師たちに近づき少年に声をかける。

シャーク「この度は 危ないところを助けていただき 誠に感謝する。」
シャーク「おかげで こうして 家族たちと 再会することができた。」

そう言って総領は少年にゆっくりと敬礼する。

アルス「いやあ よしてください……。」

少年は首を横に振って顔を上げるように促す。

シャーク「…さて この後 戦士たち全員の 無事の帰還を祝って 宴をするのだが もちろん あなたがたも 参加してくれますな?」

総領は一行を見渡すとどこか確信を得たような表情で微笑む。

アルス「父さん。」

隣に立つ父親を少年が見上げる。

ボルカノ「…まあ どうせ 今日は ここで 一泊する予定だったからな。」
ボルカノ「せっかくだし ご厄介になるとしようじゃねえか!」

*「ひゃっほーい!」

*「酒だ 酒だー!」

コック長「こりゃ この船の料理を味わえる チャンスだな。」

*「ちょっと 厨房 のぞかせてもらいましょうよ!」

船長の言葉を聞いた漁師たちは沸き立ち、早くもお祭り騒ぎとなっている。

アルス「…………………。」

少年は微笑みながら黙ってそれを見つめていたが、やがてそこにいるべきはずの人物が一人いないことに気付く。

アルス「あの マリベルは?」

*「んっ? マリベルおじょうさんなら どっかにいると思うが……。」

少年は漁師の言葉を聞くと少しだけ目を伏せる。

アルス「そうですか……。」

そんな少年のところへ総領がやってきて語り掛ける。

シャーク「……アルスどの 少し 付き合ってもらえないか。」

アルス「え ええ……。」

シャーク「ボルカノどの しばしの間 アルスどのを お借りします。」

ボルカノ「ええ。」

シャーク「では 行こうか。」

総領は漁師頭にそう告げると、少年を連れて船長室の方へと歩みだした。

ボルカノ「…………………。」

そんな二人の背中を漁師頭はただじっと見つめているのだった。



695: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:38:05.63ID:I8BPs1sh0

宴の準備で慌ただしく動き回る船員たちの合間を縫いながら船長室の手前までたどり着くと、総領は階段の上に語り掛けた。

シャーク「アニエス! いま 戻ったぞ!」

そして隣に立つ少年に目線だけやって言った。

シャーク「……行こうか。」

アルス「…はい。」

少年は小さく返事をすると総領の後に続いて階段を上っていった。



アニエス「お帰りなさい あなた。そして アルス。」



階段を上りきった二人に人魚が呼びかける。

シャーク「ただいま アニエス。」

そう言って総領は妻の隣に腰掛ける。

アニエス「アルス あなたも こっちに来て?」

シャーク「紹介しよう。わが妻の アニエスだ。」

アルス「あ あの……。」

目を輝かせている総領に少年は気まずそうに声をあげる。

シャーク「ん?」

アニエス「ふふっ あなた。」

不思議そうにしている夫に人魚はおかしそうに笑う。

アエニス「もう 私たちは 三度も 会ってるんですよ。」

シャーク「なっ… そ それは 本当か!」

アルス「は ははは……。」

滅多に見せない総領の焦り様に少年も少しだけ気まずそうに笑う。

シャーク「ご ゴホン! ……ま そういうわけだ。」

アニエス「うふふ……。」
アニエス「なんだか……夢のようだわ。」

そう言って人魚は静かに瞳を閉じる。

シャーク「むっ?」

アニエス「こうして 時を超えて あなたと再会して そして 今度は 失くしたと思っていた わが子に会えるだなんて。」
アニエス「それも こんなに 立派になって……。」

シャーク「……そうだな。」



696: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:38:54.45ID:I8BPs1sh0

総領は妻の手を握り優しく微笑むと、少年の顔を見つめてその名を呼ぶ。

シャーク「アルスどの…… いや アルス。」

アルス「……はい。」

シャーク「海底王や 水の精霊の話を 聞いて すでに わかっていたかもしれないが……。」
シャーク「お前こそ 水の精霊により 未来に託された オレたち夫婦の子なのだよ。」

アルス「……はい お父さん。」

少年は少しだけ複雑な表情でそれに応える。

シャーク「大きくなったな。……いや 会った時には すでに 大きかったか。」

アニエス「あなたっ。」

シャーク「おお そうだったな。」

妻に咎められた総領は思い出したように呟くと、自分の想いを少年に告げる。

シャーク「アルス こうして 名乗り出たからと言って 跡を継げと 言うつもりはない。」
シャーク「オレたち一族の役目は 終わったのだ。」
シャーク「これから どうするかは まだ決まっていないが オレたちは また 世界を航海しながら お前たちが勝ち取った平和を 見守って行こうと思う。」

アニエス「だから あなたは 自分の選んだ道を しっかりと 歩んでいってくださいね。」

アルス「……ありがとうございます お父さん お母さん。」

本当の両親の想いに触れ、少年は照れくさそうに眼を伏せて頭を掻いていたが、
やがて二人の顔を見つめ、はっきりと返事をするのだった。

アニエス「ああ アルス! もう一度 抱きしめさせてちょうだい……!」

アルス「お母さん……。」

両手を広げる人魚の母親に少年はそっと身体を寄せ、優しくその体を抱きしめる。

アニエス「うっ… うっ……。」

シャーク「お前は オレたちの 誇りであり 宝だ。」

妻の涙を拭いながら夫は少年に語り掛ける。

その顔は、紛れもない父親の顔だった。



697: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:39:59.19ID:I8BPs1sh0

シャーク「そういえば アルス このことを ボルカノどのは もう ご存じなのか?」

ひとしきり再開を喜んだ後、総領は気になっていたことを口にする。

アルス「……いえ まだ 言っていません。」

どこか思いつめた様な表情で少年は答える。

シャーク「そうか……。いや それは お前が決めることだ。」

アルス「……はい。」

シャーク「お前が 望むなら オレたちは秘密として 黙っておこう。」

アニエス「もし その時が来れば 私たちにも 教えてくださいね。」

アルス「……はい。」



アニエス「ああっ いけない!」



ハッとしたかのように人魚が口元を隠す。

アルス「どうしたんですか?」

アニエス「あなたの帰りを 待っていたのは 私たちだけじゃ なかったんだったわ!」

シャーク「……?」

事情を知らない父親は何のことかわからず首を捻っている。

アルス「そ そうだ マリベルを見てませんか?」

言われて思い出したのか少年も慌てて少女の行方を尋ねる。

アニエス「きっとまだ 客室で お休みになっているはずだわ。」

シャーク「…なるほど それなら 早く 行ってあげるといい。」

意を得た父親が少年を促す。

アルス「で でも……。」

シャーク「見つけたんだろう? おまえの 相棒。」

アルス「お父さん……。」

微笑む父親に少しだけ困ったような顔で少年は呟く。

アニエス「もう あなたっ それを言うなら 伴侶ですよ。」

そんな夫の言葉を正して母親が目を細める。

アルス「お お母さん……!」

アニエス「女の子を待たせては いけませんことよ? アルス。」

アルス「……失礼します!」

母親の一言に後押しされ少年は転びそうになりながら階段を駆け下りていった。

シャーク「……まだまだ 若いな。」

そんな様を見届け父親が呟く。

アニエス「あら それをいうなら あなただって。この前の 夜なんて……。」

そう言って妻は顔を両手で隠して赤らむ。

シャーク「あ あの時は 喜びのあまり その…… いろいろと な。」

再開した日のことを思い出す妻に夫は鼻を掻いてボソボソと言う。

アニエス「もうっ これから 時間はたっぷり あるじゃないですか。」

シャーク「……そうだな。」

そうして再び手を重ねる妻の顔を見ながら総領は赤い顔で微笑むのだった。



698: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:42:08.30ID:I8BPs1sh0

アルス「ここは……っ!」



*「おや アルスさま どうしたんですか こんなところへ。」



アルス「ご ごめんなさい 間違えました……!」

その頃船長室を飛び出した少年は彼を待ち詫びているであろう少女の元を目指してあっちへこっちへと走り回っていた。

アルス「こ ここは…!」



*「んっ?」



アルス「違う!」

アルス「今度こそ!」



*「あら アルスさまったら 乙女の部屋に ノックもせずに 大胆なんだから……!」



アルス「うわっ ごめんなさーい!」

何度か足を運んでいたはずだったがその巨大さゆえに少年はお目当ての部屋を探し当てることができずにいた。

アルス「ここは……!」



*「あ アルスさまだ! ねえねえ アルスさま 握手して!」



アルス「えっ あ うん……。」
アルス「ねえ ボク。お客さんの部屋って どっちだっけ?」

*「あっち!」

アルス「ありがとう!」

アルス「こ 今度こそ……。」
アルス「マリベルっ!」



*「あん? おじょうさんは 向こうの部屋だぞ。」



アルス「す すいません……。」

もう何度いったかわからない謝罪の言葉を口にしてから少年は指示された扉の前で息を整える。



“コンコンコン”





*「……どうぞ。」



699: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:43:13.84ID:I8BPs1sh0

扉の向こうから返ってきた声を聞いて少年は思い切って扉を開ける。

アルス「……見つけた!」

少女は部屋の隅に置かれたベッドに腰掛け、一人物思いに耽る様に窓の向こうを見つめていた。

マリベル「…アルス……。」

少女の姿を見つけて安心したように表情の明るくする少年とは対称的に、振り向いた少女の顔はとても暗かった。

アルス「……マリベル?」

少年が少女の手を取りその名前を呼ぶも当の本人の表情は尚も晴れない。

マリベル「……おかえりなさい。」

アルス「どうしたの?」

不審に感じた少年は少女の隣に座ると心配そうにその顔を覗き込む。

マリベル「……ううん。なんでもないの。」

そう言って少女は自分の体を抱きしめるように腕を組み瞳を閉じる。

アルス「も もしかして まだ 辛いの?」

昨日に引き続き今日も体の調子が良くないのだろうかと少年はその身を案じて訊ねる。

マリベル「ちがう… 違うのよ……。」

それすら否定する少女の声は今にも消えてしまいそうで、まるで触れたら壊れてしまいそうな儚さを湛えていた。

アルス「……なにか あったんだね。」

マリベル「…………………。」

少女は何も答えず、ただ少年の目をじっと見つめていた。

だがそれは少年の問いに対する何よりもの答えだった。

アルス「……そう。」

少年はそれ以上何も聞かず、少女の体を壊してしまわないようにそっと抱きしめる。



アルス「きみに 言わなくちゃいけないことがあるんだ。」



マリベル「えっ……?」



少年は少女の耳元でそっと囁く。

これまで自分が誰にも打ち明けずに黙っていたことを、少女に話す決心を付けたのだ。





アルス「ぼくが 本当は何者なのか。」



700: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:44:19.15ID:I8BPs1sh0

マリベル「っ…!!」

その言葉を聞いた瞬間、少年に抱かれていた少女の体がぎゅっと強張る。

アルス「ぼくは 本当は……。」



マリベル「待って!!」



アルス「っ……!?」

突然耳元で叫ばれ、少年は驚き目を見開く。

マリベル「言わないで……。」

少年を止める声は、少しだけ震えていた。

アルス「マリベル……?」

マリベル「……あなたの お母さんから 聞いたわ。」

アルス「……アニエスさんから?」

マリベル「…んっ……。」

少女は無言で頷く。

アルス「じゃあ シャークアイさんが ぼくの 本当の父さんだってことも?」

マリベル「うん……。」

アルス「そっか……。」
アルス「本当は ぼくの口から 言おうと思ってたんだけど……。」

そう言って少年は目を伏せる。

マリベル「……あなたのお母さんが 謝ってたわ。」
マリベル「でも あたしには 先に 知っておくべきだって……。」

アルス「そう… だったんだ。」

マリベル「あ あたしね……?」

少女は少年の身体を押して少しだけ間を開ける。

アルス「うん?」

マリベル「あなたの親が誰で どんな運命の元に生まれたかなんて 関係ないわ。」

そして少年の目を見つめると力強く言い放つ。

マリベル「あなたは あなたよ。アルス。あたしの大好きな。」

アルス「…マリベル……。」


マリベル「だから… だから 独りで背負わないで。」


アルス「…………………。」

マリベル「んっ……。」

少年は目を閉じるとそのまま少女の唇を塞ぐ。

アルス「……ありがとう マリベル。」

マリベル「いいのよ アルス。」

そして少女は少年の頭を抱き、そのまま自分の胸に押し付ける。

マリベル「…ふふっ 少しはスッキリしたかしら?」

アルス「……うん。」

マリベル「…………………。」

“すっきりしたのは あたしの方だったかしら?”

目を閉じる少女はどこかでそんなことを思いながら体を揺らすのだった。



701: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:45:51.02ID:I8BPs1sh0

マリベル「……ねえ アルス。」



アルス「ん?」

しばらくそうして少女の鼓動を感じていた少年だったが、不意に少女に呼ばれて顔を上げる。

マリベル「これから どうするの?」

アルス「これから……?」

マリベル「ボルカノおじさまには このこと まだ 言ってないんでしょう?」

アルス「うん……。」

マリベル「いいの?」

アルス「…………………。」
アルス「……怖いんだ。」

マリベル「なんて言われるかが?」

アルス「きっと 父さんは ぼくが 自分と血のつながりのない子どもだって知ったら 傷つくだろう。」
アルス「父さんだけじゃない 母さんもだ。たいへんな思いをして 産んで育てた子供が 赤の他人の子だった なんて 知ったら……。」
アルス「その時 ぼくは なんて言ったらいいか わからないんだ。」

マリベル「…………………。」

絞り出すようにして吐き出された言葉が部屋の空気の中に溶けていく。

アルス「…………………。」

マリベル「…あたしは さ。」
マリベル「あの二人なら きっと あなたのこと わかってくれると思うな。」

アルス「えっ……?」

マリベル「だって あなたは 本当の両親が誰かを 知っても ボルカノおじさまの元で生きるって 決めたじゃない。」
マリベル「あなたは それでも あの二人のことを 本当の両親だって 思ってたからこそ 海賊じゃなくて 漁師になるって 決めたんじゃないの?」
マリベル「……だから 夢を叶えたんじゃないの?」

アルス「そう… そうだけど……。」

マリベル「……それに。」

そう言って少女は少年の頬に両手を添え愛おしげに微笑む。

マリベル「もしも あなたが 勘定されちゃったとしても あたしは あなたについてってあげるから。」

アルス「ま マリベル……!?」

マリベル「だから 勇気を出して アルス。」

アルス「…………………。」
アルス「…………………!」

少年はしばらく呆気に取られたように少女を見つめていたが、
やがてその目に色が戻ると拳を堅く握り、力強く頷いてみせた。



マリベル「さあ いつまでも ここにいちゃ 宴に遅れちゃうわ!」



アルス「うん 行こう! みんなが待ってる。」



そう言うと少年は少女の手を取って甲板へと歩き出すのだった。



702: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:47:55.76ID:I8BPs1sh0

*「おっ きたきた!」

*「探しましたよ アルスさま!」

甲板へとやってきた少年と少女は大勢の海賊たちに迎え入れられた。
皆が二人を見て歓声を上げているのが聞こえてくる。

*「きゃ~っ!」

*「おやおや こりゃまた なんと お似合いな お二人なことだよっ!」

*「キャプテンと アニエスさまも きっと お喜びでしょう!」

少女の細い腰を抱いてリードする少年を見て女性たちが黄色い声を上げている。

マリベル「ううっ なんか 恥ずかしいわ。」

アルス「そ そうだね……。」

そうやって気まずそうに言いながらも二人は離れようとしない。
少年はますます少女を自分に引き寄せ、少女は少年の服の裾を引っ張る。

*「よお 来たか! 二人とも!」

*「待ってたぜ アルス マリベルおじょうさん!」

甲板の一角でたむろしていた漁船アミット号の一行の元へ近づくと、少年たちに気付いた漁師が大声で呼ぶ。

*「やっぱり 二人がいねえと 始まんねえな。」

コック長「二人とも あんなに 立派になって……。」

*「コック長 泣くのはまだ 早いですよっ。」

こちらへやってくる二人を見て早くも感極まりまなじりに涙をためている料理長を、もう一人の料理人がなだめる。

ボルカノ「戻ってこねえから なんかあったのかと 心配したぜ。」

そして男たちの中央でどっしりと構えていた漁師頭がにやりと笑ってみせる。

アルス「ごめんごめん 父さん。」

マリベル「うふふっ ちょっとね。」

そんな父親の姿を見て安心した少年は少しだけおどけてみせる。



ボロンゴ「み みなさん 準備が整いましたので どうぞ まんなかへ!」



そこへ中央の船室から出てきた海賊が開会のため一行を案内しにやってきた。

ボルカノ「おし! おまえら 行こうぜ。」

*「「「ウスッ!!」」」

漁師頭の号令で一行は男に続いて歩き出す。

ボロンゴ「しょ 少々 お待ちを!」

中央までやってくると男は再び船室の中へと入っていく。

マリベル「アルス。」

アルス「ん?」

マリベル「……どうするの?」

アルス「落ち着いたら あの二人を交えて 話そうと思う。」

マリベル「わかったわ。……あたしも 一緒だからね。」

アルス「ありがとう。」



*「みな 待たせたな!」



703: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:48:50.65ID:I8BPs1sh0

その時、二階の船室の扉が青服の男に開けられ、中から黒い長髪の男が人魚を抱えて人々の前に姿を現した。

*「おおっ! シャークアイさま!」

*「アニエスさま!」

カデル「みな 静粛に!」

一斉に歓声を上げる乗組員たちに副長が叫ぶ。

シャーク「大丈夫か?」

アニエス「ええ。」

海賊の総領は人魚を椅子に座らせると観衆の方へと向き直る。

シャーク「みな! よく 集まってくれた!」
シャーク「長きにわたる 調査と 戦いの末 われわれはこうして 帰ってきた。」

*「「「おおおおっ!」」」

*「「「シャークアイさまー!」」」

カデル「静粛に!」

シャーク「……精鋭ぞろいとはいえ 調査は 苦しいものだった。」
シャーク「しかし もう少しで 全滅せんという時 幸い 駆けつけてくれた若者に われわれは救われたのだ!」
シャーク「アルスどの こちらへ。」

アルス「は はい!」

マリベル「ほらっ いったいった!」

緊張した面持ちの少年の背中を少女がそっと押す。

アルス「うん……!」

そうして少年が階段を上がり総領の隣まで来ると、総領はその名を叫ぶ。

シャーク「ここにいる 若者こそ われらが一族の救世主にして 世界の英雄 アルス!」

*「「「うおおおっ!!」」」

*「アルスさまー!」

*「アルスどのー!」

カデル「静粛にっ!!」

シャーク「ここに 今日という良き日を祝って 祝杯をあげる!」
シャーク「みな 杯は持ったか!」

そう言って総領は仲間たちから自分の盃を受け取ると辺りをゆっくりと眺める。

そしてその盃を高らかに掲げ、力強い声で言い放った。



シャーク「乾杯!」



*「「「かんぱーい!!」」」



704: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:51:23.64ID:I8BPs1sh0

音頭の後はもう収拾も付かないどんちゃん騒ぎとなった。
普段は石像のように表情を崩さない強面の戦士も、酒の大好きな船乗りも、
いつでも笑顔の踊り子も、おしとやかで通しているはずの婦人まで、
老若男女入り混じり皆楽しそうに踊り、歌い、山のようなご馳走を囲み、酒を酌み交わした。

*「ひゃっほーう! 今夜は死ぬまで飲むぜー!」

*「ちょっと うちの息子見なかったかい?」

*「アルスさま 素敵……。」

*「おおい 料理を運ぶの 手伝ってくれー!」

*「マール・デ・ドラゴーンは永遠に不滅だー!」

*「ららら~ われらが 水の精霊よ~ わ~れら~を みちび~き~た~まえ~。」

甲板のいたるところで思い思いの会話に華を咲かせ、その表情は幸福の色で満ち溢れていた。

コック長「むむっ この味付けは なかなか……!」

*「なあなあ この船じゃ どんな漁をしてんだ?」

*「うわっ おいしいっ! これ どうやって 作ったんだ!?」

多くの海賊たちの中に混じって漁船アミット号一行もなかなか味わえない船上での宴に浮かれ、少しずつその中に溶け込んでいった。

アルス「す 少し 食べすぎたかも……。」

マリベル「あんたねえ。後で お腹壊しても 知らないわよ?」

そんな中、少年と少女もひとしきり挨拶を終え、今は総領やその妻、そして顔見知りの海賊たちを交えて輪を作っていた。

シャーク「はっはっは! これほど大きな宴を開いたのは 実に 何年ぶりだろうか。」
シャーク「…いや 正確には 何百年ぶり だったかな?」

総領が愉快そうに笑う。

アニエス「あなた あんまり はしゃぎすぎると お体に 触りますよ?」

シャーク「はっはっは! そう言うな。こんなにめでたい日に 騒がずして いつ騒げというのだ。」
シャーク「少しくらい 浮かれても 罰は当たらないだろう。」

カデル「そうですとも アニエスさま。ささっ アニエスさまも グラスが空っぽですぞ!」

そう言って副長は瓶を持ち出すと人魚の杯に赤く輝く液体を注いでいく。

マリベル「あれ カデルさん それって……。」

カデル「おや マリベルさん これを ご存知ですかな?」

瓶を指さす少女に副長が尋ねる。

マリベル「ねえ アルス これって もしかして……。」

アルス「……ビバ=グレイプだ!」

少年は少女と顔を合わせるとその液体の正体をピタリと当てて見せる。

カデル「さすが 世界を旅してきただけあって 博学ですな!」

ボロンゴ「先日 ユバールの方々を 船に乗せた時に 渡し賃として 置いていってくれたんです。」

大樽を叩きながら下っ端の男が笑う。

マリベル「まあ! ユバールの民が!?」

アルス「あちゃー 会いたかったな……。」

“ユバール”と聞いて二人は神の復活の儀式を最後に行方の分からなくなった放浪の民のことを、
そして過去に残った親友とすごした晩のことを思い出していた。

カデル「お二人も お召しになりますか?」

マリベル「……もちろん!」

アルス「いただきます。」



705: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:52:20.36ID:I8BPs1sh0

そう言って二人は副長からぶどう酒を受け取ると、その透き通るような濃い赤色に鼻を近づける。
杯の中から香るどこか懐かしい香りはあの時の情景を思い出させるように二人の鼻をくすぐる。
揺らめく炎、美しく儚く、もの悲しいトゥーラの調べ、情熱的な娘たちの踊り、すべてがあの時のままのように二人の記憶を呼び覚ましていく。

マリベル「なんだか なつかしいわね。」

アルス「……うん。」

二人は瞳を閉じ、記憶の糸を手繰り寄せるように一口、また一口、甘みと渋み、そして酸味を共に思い出の味を飲み干していく。

マリベル「……おいしいね。」

アルス「…………………。」

マリベル「……アルス?」

少女は空っぽになった杯をじっと見つめる少年の名を呼ぶ。

アルス「マリベル。」

マリベル「なあに?」

アルス「これ 父さんにも あげたいんだ。」

少年は少女の顔を見てそう告げる。

マリベル「……行くのね。」

アルス「うん。」

少年の顔に、もはや迷いの色はなかった。

アルス「父さんを 連れてくるよ。」

そうして少年が歩き出そうとした時だった。

マリベル「待って。」

アルス「っ……?」

マリベル「……あたしが行くわ。」

少年の肩に一瞬だけ手を添えると少女はそのまま雑踏の中に消えて行ってしまった。

アルス「…………………。」
アルス「カデルさん ボロンゴさん。」

しばらく少女の消えた跡を眺めていた少年だったが、振り返ると二人の海賊に声をかける。

ボロンゴ「なんでしょうか アルスさま。」

アルス「人払いを お願いできませんか。ぼくたちと シャークアイさん アニエスさんだけで お話がしたいんです。」

カデル「かしこまりました。」

少年がそう伝えると二人はすぐに辺りの人々を辺りから遠ざけ、少し離れたところで邪魔が入らないように見張りを始める。

アルス「お父さん お母さん。」

シャーク「なんだい アルス。」

アニエス「……ボルカノさんに お話しするのですね?」

人魚の母親は少年の意図がわかっていたらしく、少しだけ目を細めて少年を見上げる。

アルス「……はい。」

シャーク「そうか…… わかった。」
シャーク「この先何が 起ころうと オレたちは お前の味方だ。」
シャーク「臆することなく 思いの丈を ぶつけるといい。」

そう言って総領の父親は少年の肩を叩く。

アルス「ありがとうございます お父さん。」

アニエス「……いらしたみたいね。」

アルス「…………………。」

人魚の見据える先にはさきほどまでいた少女と、少年のもう一人の父である大男が立っていた。



706: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:54:27.08ID:I8BPs1sh0

ボルカノ「おう アルス ここにいたのか。」
ボルカノ「……と なんだ シャークアイさんに アニエスさん…だったよな?」

少女に連れられやってきた漁師頭は少年たちを見つけると
相変わらずちっとも酒酔いしていなさそうな顔でいつものように呼び掛ける。

アニエス「ボルカノさん 楽しんでおられますか?」

人魚がにっこりと微笑む。

ボルカノ「ええ おかげさまで 上手い料理に酒までご馳走になっちまって…… 助けてもらった時といい みなさんには 頭が下がるばっかりだぜ。」

そう言って男は申し訳なさそうに頭を下げる。

アルス「父さん はい これ。」

そんな父親に少年が杯を手渡す。

ボルカノ「ん? こりゃあ なんだ?」

男はそれを受け取ると盃の中をまじまじと覗き込む。

アルス「ビバ=グレイプっていう ブドウのお酒なんだ。」
アルス「父さんにも 飲んでほしくってさ。」

明るい声とは裏腹に少年はどこか伏し目がちに言う。

ボルカノ「ははは そりゃ 悪いな。どれ ひとつ いただくとしようか。」

そう言って男は少しだけ香りを楽しんだ後、杯を傾けて半分ほど中身を飲み干す。

ボルカノ「おお… こいつはうめえな。オレにはもったいないくらい 上品で芳醇な味わいだ。」

杯から口を離すと男は正直な感想を述べる。

アルス「気に入ってもらえたみたいで 何よりだよ。」

そんな様子を見て少年は一瞬だけ笑顔を取り戻すが、やはりその表情はどこか堅く、真剣な面持ちでいる。



ボルカノ「ところで アルス。お前 何か オレに言いてえことが あったんじゃないのか?」



アルス「えっ……!」

ボルカノ「ここまで わざわざ マリベルちゃんに呼びにこさせたんだ 何か言いづれえことがあるんだろう?」

生まれた時からずっと接してきたからなのか、親としての直感なのかはわからない。
だがどうやら少年のことは彼にもまた、お見通しのようだった。

ボルカノ「思えば オレが 家に帰ってから ずっとそうだったな。」
ボルカノ「なんだか 妙に よそよそしい時があったりよ… いったい どうしたってんだ? アルスよ。」

そう言って男は浮かない少年の顔をじっと見つめる。

アルス「父さん… ぼくは……。」

その時だった。





マリベル「待って!」



707: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:55:50.93ID:I8BPs1sh0

言いだそうとした少年を遮って少女が叫んだ。

アルス「っ…!?」

ボルカノ「どうしたんだ マリベルちゃん。」

突然のことに二人は驚き、少女を見つめる。
それは傍で見ていた本当の両親も同じだったようで、二人とも同時に少女の方へ振り向く。

マリベル「ボルカノおじさま。これから アルスが言うことが どんなことでも 決して アルスのことを 悪く思わないでください!」

少女は目をぎゅっとつむり、全身の力を籠めるように腹から思い切り声を出す。

アルス「マリベルっ……!」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「マリベルちゃん オレは こいつの父親だ。」
ボルカノ「たとえ こいつがどんなことを言っても オレは正面から 受け止める。…それが 親の務めってもんだ。」
ボルカノ「だから アルス。お前が オレの息子なら 言いてえこと ドーンと言っちまえ。言って 楽になっちまえ。」

少女の言葉にしばらく呆気に取られていた男だったが、やがて歯を見せて二カッと笑うと力強く語り掛ける。

アルス「あ…ぐっ…… 父さん……!」

そんな育ての親の言葉に思わず少年は涙ぐみ、からからに乾いてしまった喉を必死に動かして声を絞り出す。





アルス「ぼくは…… ぼくは……!」

























アルス「本当は 父さんと 母さんの子じゃないんだっ……!」



708: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:58:13.67ID:I8BPs1sh0

“言ってしまった。”



アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

シャーク「…………………。」

アニエス「…………………。」

少年が最後の言葉を吐き出した後、辺りは痛々しいほどの沈黙に包まれていた。
それは異様な様子を察した辺りの人々が思わず振り返ってしまうほどの静寂だった。

真実を告げてしまうということの恐ろしさを、少年はその身にひしひしと感じていた。

次に父親から放たれるのは、果たしてどんな言葉なのだろう。

次に父親が見せるのは、どんな表情なのだろう。

次の瞬間、自分はもうあの船にいられなくなるのではないだろうか。

もう、自分は大好きな母親の待つ家には帰れないのだろうか。

故郷で待つ大切な人たちとお別れしなければならないのだろうか。

まるで走馬灯のように少年の頭の中をぐちゃぐちゃになった思考の断片が駆け巡っていく。

ボルカノ「…………………。」










ボルカノ「……なんだ そんなことか。」



709: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 18:59:53.61ID:I8BPs1sh0

しかし意外にも、否、最初から彼はわかっていたのかもしれないが、
男の口からこぼれた言葉は少年の予想を裏切るものだった。

アルス「えっ……?」

マリベル「っ……!?」

重い沈黙を破った予想外な感想に少年と少女は思わず言葉を失くす。

ボルカノ「うすうす 気づいてたさ。」
ボルカノ「お前が 母さんのお腹から6か月で 生まれてきた時も その腕にできた痣を見た時も おまえがいつの間にか 魔王を倒すほど 強くなったって 聞いた時も。」
ボルカノ「何より シャークアイさんと アニエスさんの顔を見た時によ ……わかっちまったんだ。お前が本当は この二人の子なんだってよ。」
ボルカノ「いったい どういういきさつで そうなったのかは わからねえけどな。」

アルス「父さん ぼくは……。」

ボルカノ「もう何も言うな。」
ボルカノ「たとえ お前とオレたち 血のつながりがなくてもよ… これまで 一緒に過ごしてきた時間は 本物だ。」
ボルカノ「だれが何と言おうと お前は オレと母さんの息子だ。……これまでも これからもな。」
ボルカノ「それにお前は オレの跡を継いで 漁師になることを 選んでくれたじゃねえか。」
ボルカノ「それが オレたち親子の 何よりの絆だ。そうだろう?」

アルス「…父さん……!」 

それ以上の言葉は出てこなかった。

少年は父親にしがみつくとそのまま静かに嗚咽を漏らす。

父親はそんな少年を力強く抱きしめる。

悩み傷ついた少年の心を包み込むように。

アルス「…………………。」

ボルカノ「…………………。」

シャーク「ボルカノどの……。」

アニエス「ボルカノさん……。」

ボルカノ「……なんでしょう。」

本当の両親に声をかけられ、父親は顔を上げる。

アニエス「確かに この子は 私たちの子です。」

シャーク「ですが この子は 立派に育ち こうしてわれわれの前に 姿を現してくれた。われわれが 望むものは もうありません。」
シャーク「どうか この子のことを よろしくお願いします。」

ボルカノ「……言われるまでもないことさ。」
ボルカノ「任してください。アルスは きっと 世界一の漁師に してみせます。」

深々と頭を下げる二人に父親は力強く応えてみせる。



710: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 19:01:21.07ID:I8BPs1sh0

シャーク「マリベルどの。」

マリベル「は はいっ…!」

シャーク「これからも アルスを 支えてあげてはくれないか。」

アニエス「私に似て 少し 気の弱いところは あるけれど とっても 優しい子だから……。」
アニエス「時には あなたに迷惑を かけることも あるでしょうけど そんな時は そっと 背中を押してあげてくださいね。」

マリベル「……はい!」

本当の両親の想いを受け、少女は力強く返事をしてみせる。



マリベル「アルス!」



アルス「……マリベル。」

泣き腫らした瞳で少年が振り返る。

マリベル「いつまで 泣いてるの! せっかく 本当のことを 打ち明けられたんだから 後は 楽しく 飲みましょうよっ!」

そんな少年に少女はわざといつものように強気に叱ってみせる。

アルス「…………………。」
アルス「ふっ… は はは……!」

そんな少女の優しさが愛おしく、つい少年は笑ってしまう。

マリベル「ほら 涙も拭いて。もう 泣かないの。」

そういって少女は少年の顔をハンカチでそっと拭いていく。

アルス「……ありがとう マリベル。」

マリベル「いいってことよ。それより 喉乾いてない?」

アルス「……のもっか。」

少しだけ悪戯な少女の微笑みにつられるようにして遂に少年は笑顔を取り戻すのだった。

ボルカノ「そうと決まれば 湿っぽい話は終わりだ! せっかく うまい酒が あるんだ! もっと いただくとしようぜ。」

それを見て父親も豪放に笑いだす。

マリベル「さーんせいっ! さすがは ボルカノおじさまだわ!」

シャーク「ビバ=グレイプなら まだ たんまりある。遠慮しないで 飲んでくれ!」

少年と少女のやり取りを微笑ましく見つめていた総領だったが、
もう一人の父親の言葉を聞くとそれを後押しするかのように瓶を叩いてみせた。

アニエス「もうっ 二日酔いになっても 知りませんよ?」

シャーク「その時は お前に介抱してもらうから いいさ。」

アニエス「まあっ あなたったら。うふふっ。」

夫の言葉に少しだけ顔を赤らめると、人魚はそっとその手を絡める。



夜は更け、上弦の月が西の空に傾きかけた今でも尚、人々は宴を楽しみ、熱狂ともいえる夜は明け方まで続いた。

そうして空が白み始めた頃、明日からの旅路への希望を抱いて、人々はようやく眠りにつくのだった。





そして……



711: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 19:01:49.53ID:I8BPs1sh0

そして 夜が 明けた……。



713: ◆N7KRije7Xs:2017/01/14(土) 19:08:28.85ID:I8BPs1sh0

第23話の主な登場人物

アルス
偶然再会したマール・デ・ドラゴーンで
自らの出生の秘密をボルカノに打ち明ける。

マリベル
アニエスの口からアルスの秘密を聞かされ、
ボルカノに打ち明けようとするアルスの背中をそっと押す。

ボルカノ
いつも船員の体力には配慮している。
アルスが自らの実子ではないと知っても尚、
彼のことを実の息子として再び受け入れた。

コック長
いつでもアルスやマリベルのことを気にかけている。
実はマール・デ・ドラゴーンの厨房で見学をしていた。

めし番(*)
いつもは頼りない雰囲気だが、
アルスたちのことを心から信頼している。

アミット号の漁師たち(*)
同じ海に生きる者として
マール・デ・ドラゴーンの船員たちとは気が合う様子。

キャプテン・シャークアイ
水の精霊のチカラを受け継ぐ一族の長にして
若くして海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領を務める。アルスの実の父親。
父親として息子の選んだ生き方を尊重し、応援している。

アニエス
シャークアイの妻にしてアルスの実の母親。
失くしたと思っていた息子との再会を喜ぶ。
息子にまつわる秘密をマリベルにだけ先に打ち明ける。

カデル
双胴船マール・デ・ドラゴーンの副長。
総領が不在の間も冷静な判断と指揮で船を守る。

ボロンゴ
かつてアルスの世話役を任されていた船員。
少々おっちょこちょいな部分があるが、気さく。

マール・デ・ドラゴーンの住人達(*)
巨大双胴船に住む海の一族。
平和になった世界で海の見回りをしながら暮らしている。



719: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:23:11.99ID:8S3LzPGC0

航海二十四日目:人魚の涙 / 花畑で待ってる



720: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:24:31.79ID:8S3LzPGC0

アルス「うーん……。」



全てを打ち明けた次の日、少年はとある客室の一角で目を覚ました。

アルス「よく 寝た……。」

それは明け方まで飲み明かしたというわりにはスッキリとした目覚めだった。
肩の荷が降りたということもあったのだが理由はまた別。

アルス「ここは…… あっ あれ?」

大きく伸びをした後、部屋の中を見回すと他にもアミット号の仲間が数名寝ていたが、少女はもちろん、父親もそこにはいなかった。



ボロンゴ「あ アルスさま お目覚めですか?」



部屋の外で待機していたであろう世話役の海賊が少年の起床に気付き、部屋に入ってきて小さな声で呼びかけてくる。

アルス「おはようございます ボロンゴさん。」

ボロンゴ「よく お休みでしたね。」

アルス「……いま どれぐらいですか?」

ボロンゴ「もうすぐ お昼になりますよ。」

アルス「えっ……。」

“しまった!”

少年は昼という言葉を聞いて焦った。
予定では本日中には次の目的地に到着していなければならないのだが、この分だと間に合うかどうかも怪しい。

アルス「ちょっと 待ってください! みんなと 起こしますから!」

ボロンゴ「ああ それなら じぶんがやっておきますから アルスさまは お顔を洗ってきては いかがですか?」

男に引き止められ、少年はいびきをかいている仲間のもとへ向かうのをやめる。

アルス「あっ そ それじゃ お言葉に甘えて……。」

ボロンゴ「いってらっしゃいませ。」



721: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:25:32.17ID:8S3LzPGC0

アルス「さっぱりした……。」
アルス「あっ……。」

顔を洗い、甲板へとやってきた少年はそこでようやく少女と父親を見つけた。

アルス「おはよう。」

マリベル「あら アルス おはよう。」

ボルカノ「おうっ ようやく 起きたか。」

船縁から塔を見つめていた二人が少年に挨拶を返す。

アルス「ははっ ごめんごめん。」

ボルカノ「他のやつらは どうした?」

アルス「ボロンゴさんが 起こしてくれてると 思うんだけど……。」

そう言って少年は辺りをきょろきょろと見渡す。

マリベル「遅くても お昼ご飯にはくるでしょ~。」

少女がどうでもよさそうに欠伸をしながら言う。

アルス「……それも そうだね。」
アルス「そうだ 父さん 今日中に ウッドパルナに行くんだよね?」

そんな少女の間延びした言葉を聞き流し、少年は先ほどから懸念していたことを父親に訊ねる。

ボルカノ「ん? ああ そうだが。」

アルス「間に合うかな?」

ボルカノ「ここからなら すぐだろうよ。焦るこたあねえ。」

父親の言う通り、この魔塔のある島から次の目的地まではこれまでの距離と比べれば目と鼻の先にあるも同然だった。

マリベル「そうよ せっかくなんだから のんびりしていきましょ。」
マリベル「それに…… つぎ いつ会えるか わからないでしょ?」

そう言って少女はどこか心配するような目で少年を見つめる。

アルス「……うん そうだね。」

そんな少女に少年は困ったような顔で少しだけ微笑むのだった。



722: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:29:04.15ID:8S3LzPGC0

シャーク「そうか…… もう 行ってしまうのだな。」



それぞれが食堂で昼食を終えた後、漁船アミット号一行は海賊船に別れを告げるべく甲板に集まっていた。

ボルカノ「すまねえな シャークアイさん。」
ボルカノ「本当はもっと 話したかったけど オレたちにも まっとうしなきゃならねえ 使命がありましてな。」

シャーク「ええ… そうでしたな!」

ボルカノ「また 飲みましょうや。」

同じ海に生きる男としてやはり通じるものがあったらしく、少年の父親たちは名残惜し気に握手を交わす。

アニエス「アルス たまには 顔を見せにきてくださいね。」

アルス「こっちから 探すのは たいへんですから みなさんも 是非 フィッシュベルに遊びに来てください。」

シャーク「わかっているさ。」

アニエス「ふふっ 漁ももちろん大事だけど マリベルさんとも 仲良くするんですよ?」

アルス「……は はいっ。」

シャーク「もしかすると 次に行った時には 孫ができているかもな。」

アニエス「まあ あなたったら!」

マリベル「なっ なななっ……!」

アルス「気が早いですよ……。」

アニエス「あらあら うふふふ。」

夫の冗談に真っ赤な顔をして口をパクパクさせている少女とどこかまんざらでもない少年を交互に見て人魚が笑う。

アニエス「……ああ そうだったわ!」
アニエス「アルス。これを……。」

ふと思い出したかのように呟くと人魚は服の下から何かを取り出して少年に手渡した。

[ アルスは 人魚の涙を うけとった! ]

アルス「これは……。」

アニエス「あなたに渡したくてね 今朝 作ってもらったのよ。」

シャーク「アニエスは 涙が 真珠になるんだ。お守りに もっていってくれ。」

差し出された真珠の垂れ飾りをまじまじと見つめる少年に夫婦が言う。

アルス「ありがとうございます!」

マリベル「よかったね アルス。」

アルス「……うん。」

少年の顔を覗き込んで微笑む少女に、少年は少しだけ照れくさそうにはにかんでみせた。



723: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:30:04.05ID:8S3LzPGC0

アルス「それじゃあ また。」

シャーク「お前なら きっと 世界一の漁師になれる。オレたちは 応援しているぞ。」

アニエス「エスタードにいる お母さんを 大事にしてくださいね。」

アルス「はい!」

最後に力強く返事をすると、少年はもう一人の父親に向き直る。

ボルカノ「……もう いいんだな?」

アルス「うん 行こう!」

マリベル「うふふっ。」

ボルカノ「よーし そうと決まれば 出航だ! 船に乗り込むぞ お前たち!」

*「「「ウスッ!!」」」

トパーズ「なおー!」

かくして少年は親子の絆を確認し、再び漁船アミット号に乗って大海原へと繰り出していったのだった。



カデル「いま再び われらが一族の英雄と その仲間たちの 新しい船出を祝い ここに祝砲を上げる!」



副長の雄叫びと共に轟音が鳴り響く。

*「さよーならー!」

*「また いつかー!」

*「みんな 元気でなー!

見送る者と見送られる者、そのすべてが別れの寂しさを感じてはいなかった。
むしろ、これから先に起こるだろう新しい日々、そしてまたの再開の時を楽しみに、再び訪れた日常の中へと戻っていくのであった。



724: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:31:35.42ID:8S3LzPGC0

アルス「…………………。」

まだ遠くに見えている海賊船を眺めながら少年は船尾で休憩をとっていた。



*「アールス。」



そんな少年を見つけた少女が呼びかける。

アルス「……マリベル。」

マリベル「何 考えてんの?」

そう言って少女は少年の隣に立って縁に肘を立てる。

アルス「いや いろいろあったな って思ってね。」

少年は真っすぐ海賊船を見つめたまま答える。

マリベル「でも これで 良かったのよ。」

アルス「……そうだね。」

少年はゆっくりとそう答えると瞳を閉じる。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

少しだけ涼しくなった潮風が少年と少女の間をすり抜けていった。

マリベル「…それにしても あんたには この2年間 驚かされてばっかりね。」

アルス「そう?」

マリベル「そうよ。どこ行っても人には好かれるし 腕のアザもそうだし 過去の魔王は勝手に倒してきちゃうし それにご両親のことも……。」
マリベル「数えれば キリがないわ。」

アルス「狙ってやってるんじゃ ないんだけどなあ。」

ため息交じりに少年が言う。

マリベル「わかってるわよ! ……でも なんだか 不思議ね。」

アルス「……?」

マリベル「こうして あたしと あんたが 数百年の時を経て めぐり会って ついに 現在と過去の 両方のご両親と 一晩過ごしただなんて。」

アルス「本当だね。」

マリベル「……運命 ってやつなのかなあ。」

アルス「素敵な偶然 でいいんじゃない?」

マリベル「ふふっ……そうかもね。」

“ヒトの台詞を!”と思ったのは内緒である。



725: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:33:26.54ID:8S3LzPGC0

アルス「これから みんなは どうするんだろう。」

マリベル「そうねえ… 魔王が滅んだ 今となっては もう 海賊を続ける必要は ないんじゃないかと 思うけど。」

アルス「そういえば ユバールの一族も そうだったね。」

神の復活を目的とする放浪の一族は神の復活の儀を終えると同時に何処へと消えた。
ならば海の魔物を倒し航海してきた水の一族もまた、近いうちにその役目を終える時が来るのかもしれない。

少年は自分が総領となるわけでもないが、やはり自分の原点がある一族の行く末が気になってしまうのであった。

マリベル「きっと みんな どこかへ そろって 移住するんじゃないのかしら。」

アルス「だから あの船に乗ったのかな。」

マリベル「きっと そんなところでしょ。」
マリベル「あーあ ビバ=グレイプ もっと 飲んでおけば 良かったわ。」

アルス「…マリベル あんなに飲んで 大丈夫なの?」

マリベル「あれから カラダは ほとんど 平気よ。」
マリベル「あの日が ちょっと 異常だっただけ。」

アルス「そう… ならいいんだけどさ。」

マリベル「あんたも あいかわらず 過保護ねえ。」

アルス「じ 自分の恋人の心配して 何が悪いんだよ!」

マリベル「うっ あ あんた そういうことは もうちょっと 声 控えていってよね!」

少女が顔を赤らめて抗議する。

アルス「えっ?」



*「なんだ アルス また のろけてんのか?」



アルス「わっ……!!」



マリベル「キャッ…!?」



726: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:34:57.26ID:8S3LzPGC0

どうやら操舵をしていた漁師に今の台詞が筒抜けだったらしい。
少年は驚いて猫のように飛び上がり、その拍子で体勢を崩して少女に覆いかぶさるようにして倒れてしまった。

アルス「ご ごめん マリベル!」

少年はすぐに体を起こし四つん這いの状態で少女に声をかける。

*「うおっ 見せつけてくれるな アルス!」

アルス「あっ ち 違うんです これは!」

必死に首を振って弁解をはかる。

マリベル「…………………。」

*「がっははは! ちょっと 目を離したすきに これだもんよお!」

アルス「うわわわっ 待ってください!」
アルス「ま マリベルも なんか 言ってよ!」

茶化す漁師に抗議すべく少年は少女に助けを求める。

マリベル「…………………。」

しかし少女は少年の顔を見つめたまま固まっている。

アルス「マリベル……?」

マリベル「……えっ? あ アレ?」

抱き起されて名前を呼ばれると少女は我に返ったのか裏返った声で状況を整理しようとしている。

アルス「大丈夫? どっかぶつけた?」

マリベル「……う うん 大丈夫 なんでもないわ。」
マリベル 「ちょ… ちょっと 冷えたみたいだから 着くまで 休んでるわね……。」

心配そうに見つめる少年を他所に少女はどこかぎこちない歩きで甲板を降りて行った。

*「あちゃー こりゃ マリベルおじょうさん お熱かもな。」

アルス「ええっ 熱ですか!? な なんとかしなくちゃ……。」

そうやって慌てて後を追おうとする少年を漁師が制する。

*「待て アルス! お前が行ったら 余計に 熱があがっちまうだろ!」

アルス「ど どういう意味ですか!」

*「……お前 やっぱり 鈍感だな。」

いまいちピンときていない少年に呆れて漁師はため息をつく。

アルス「あ! ね 熱って そっちの…… いや まさか……。」

*「はあ~ これじゃ おじょうさんが 苦労するわけだぜ。」
*「島一番の漁師の息子にして 伝説の海賊の息子も 女心は まだまだだな。」

アルス「うぐっ……。」
アルス「しょ 精進します……。」

痛い所を突かれてしまい少年はすっかり項垂れる。
船室へと戻っていった少女に次にどんな顔をして会えばよいのだろうか。

少年の受難は、尚も続く。



そうして太陽が西に傾きかけた頃、漁師たちの向かう先には既に緑が生い茂る小さな島が迫っていたのだった。



727: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:35:54.02ID:8S3LzPGC0

ボルカノ「ここが アルスたちの最初に 復活させた島か。」



島へとたどり着いた漁船アミット号は村にほど近い西の船着き場に船を泊め、辺りの様子をうかがっていた。

ボルカノ「よく 漁の時に見ちゃいたけどよ こうやって 上陸するのは これがはじめてかもな。」

アルス「ぼくも 久しぶりに来た 気がするなあ。」

*「なんでえ 辺りは 森ばっかりだな。」

アルス「なんせ ウッドパルナ ですからね。」

少年たちの上陸した場所を境に南北はうっそうとした森に覆われていた。
木々の間の闇にはいかにも魔物が潜んでいそうではあるが、
城での話によると魔王が倒れてから現在のところ、魔物の出没情報は出ていないらしかった。

*「まっ さっさと 村に入りましょうや。」

ボルカノ「そうだな。 よし いくぞ お前たち!」

*「「「ウースッ!」」」

そんな会話をしながら一行はところどころ踏み固められた道を進み、
これまた森に囲まれたのどかな村へとたどり着いたのだった。



728: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:37:10.29ID:8S3LzPGC0

*「ようこそ 旅の方。」
*「ここは 森の中の村 ウッドパルナ。どうぞ ゆっくりしていってね。」



村の南口に立っていた女性は一行を見つけるとパタパタとかけてきて話しかける。

ボルカノ「すいません。この村の 代表者さんを 探してるんですが。」

“これは好機”と見た船長がその女性に気になっていたことを尋ねる。

*「代表者 ですか?」
*「うーん この村に 代表と 呼べるような人は……。」

ボルカノ「まいったな……。」

アルス「ぼくたち グランエスタードからの使いなんですが この村と 漁業のことで お話がしたくて……。」

困った顔で首を捻る女性につられて困った顔になる船長の脇から少年が前に出て話しかける。

*「ああっ そうでしたの! それなら ちょうどいい人が いるわよっ。」

アルス「本当ですか!」

*「ええ すぐに 呼んでくるわね。」

そういってまたパタパタと駆け出し女性はどこかに消えた。

*「ちょうどいい人って どんな人だ?」

女性の消えた先を見つめながら漁師が呟く。

*「そんな 権力をもったやつが ここにもいるのかな?」

*「地主とか?」

*「それなら 代表者って 言われても おかしかねえだろ。」

*「うーん。」

*「仙人みたいな じいさんだったりしてな。」」

*「長老ってか? まあ それなら 納得だけどよ。」

アルス「確かに この村には 老夫婦が 住んでましたけど 特別 慕われているわけでも ありませんでしたよ。」

*「なんだ ますます わからねえな。」

ボルカノ「まあ すぐに わかるだろ。」

コック長「ボルカノ船長の 言う通りだ。」



*「あっ 戻ってきたみたいですよ。」



そう言って飯番が指さす方には女性がガタイのいい男を連れて戻ってくるのが見えた。



729: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:38:38.91ID:8S3LzPGC0

*「お待たせしましたー! つれてきたわよっ!」

女性は一行の元までやってくると男を前に出す。

*「おいおい どうしたってんだ? オレに用だなんてよ。」

わけのわからないまま連れてこられたのだろう。
男は急なことに困惑した様子で自分を指さしている。

ボルカノ「この人は……。」

*「この村で 唯一の 漁師さんよ。」

*「は はあ どうも……。」

アルス「急に お呼びしてすいません。ぼくたち エスタード島から来た 漁師なのですが……。」

ボルカノ「王の使いで この村と 漁業のことで 取り決めがしたくてですな。」

*「はあ なるほどな……。それで オレが 呼ばれたわけか。」
*「確かに この村には 村長なんて いないからな。」

アルス「それで いろいろと お話をしたいのですが……。」

*「……わかった。ここじゃなんだから 場所を移そう。」

ボルカノ「よし お前ら 今日はここで 解散だ。明朝 村の西口に集合だ いいな!」

*「「「ウスッ!!」」」

ボルカノ「宿を 人数分 頼むぜ。」

*「わかりました。」

ボルカノ「アルス それに マリベルちゃん。あとは オレが話すから 二人とも 休んでていいぜ。」

号令をかけ終えると漁師頭は少年と少女にも自由を言い渡すのだったが。

アルス「いえ ぼくも 行きます。」

少年はそれを断った。

マリベル「…………………。」

ボルカノ「どうした? 別に 一人でも 問題ないぞ?」

アルス「これから先 大事なことですから 聞くだけでもいいから ぼくも ご一緒させてほしいんです。」

ボルカノ「……わかった。」

力強い目で訴える少年の意思を汲み父親もそれを承諾する。

ボルカノ「それじゃ 案内してくれ。」

*「あいよ。」

短く返事をすると男は自分の家の方へと歩き出す。

アルス「マリベル また後でね。」

マリベル「えっ ええ……。」

そう言って少年と父親は男の後を付いていった。

マリベル「…………………。」

二人を見送る少女はどこか心ここにあらずといった感じでしばらく立っていたが、
やがて我に返るとどこか宿とは違う方へと歩き出すのだった。



730: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:41:21.53ID:8S3LzPGC0

アルス「王さま どうやって ここと 交易するつもりなんだろう。」



月が頂を目指してちょうど半分まで空を登った頃、少年とその父親は漁師の家を出て宿へと向かっていた。

ボルカノ「さあな。まあ 外部からの働きかけがありゃ ここも なにかしらの 決めごとをする体制が できるだろ。」

代表者のいない以上、村民が集まって集会を開くなりなんなりするのだろうが、今はそれすら収集する人間がいない。
しかし今回のように他国や他の大陸の町と交流せざるを得ない状況となっては
いずれ大事な取り決めをするための機関なり人間が現れるようになるだろう。

少年の父親が言いたいのはそういうことであった。

アルス「だと いいんだけどね。この村の人たち のほほんとしてるから。」

ボルカノ「……アルス それ お前が 言えたことか?」

アルス「むっ 失礼な! これでも ぼくは 父さんと母さんの息子なんだよ?」

ボルカノ「わっはっは! ……そういやよ。」

楽しそうに笑ったかと思えば父親は急に神妙な顔になる。

ボルカノ「オレが思ってるこたあ 昨日 言ったとおりだけどよ。お前は どう思ってんだ?」

アルス「…………………。」

“自分には二つの両親がいるということを”

父親の言わんとしていることはそういうことだろうと少年にはすぐに理解できた。
そして立ち止まり、この旅が始まる前から思っていたことを正直に語りだすのであった。

アルス「確かに 血のつながりは ないのかもしれない。」
アルス「でも ぼくを産んで ここまで 大きく育ててくれたのは 紛れもなく 父さんと母さんだ。」
アルス「ぼくにとっては 二人とも 本当の両親に変わりない。」
アルス「……だからさ ちょっと 嬉しんだ。」

ボルカノ「ん?」

アルス「ぼくを 息子として 愛してくれる人が この世に 4人もいるんだなって。」
アルス「普通の人なら どうやっても 2人なのにね。」
アルス「こんなこと言うのも 恥ずかしいけどさ…… いま ぼくは 幸せだな。」

ボルカノ「……そうか。」
ボルカノ「帰ったら 母さんに話すのか?」

父親の言葉を受け少年の脳裏に家で待つ母の笑顔が浮かぶ。
恰幅の良い体と海原のように広い心でいつも少年を包み込んでくれた母の顔が。

アルス「……うん。本当のこと話して スッキリしたい。」
アルス「それでさ 言ってあげるんだ。」



アルス「ぼくは 母さんの 本当の息子だってさ!」



ボルカノ「……そうか!」

父親はニカっと笑うと黙って歩き出す。
どうやら聞きたかったことは全て聞き終えたらしい。

少年にはその表情は見えなかったが大きなその背中はどこか満足げに見えたのだった。



ボルカノ「なにしてんだ 早く いくぞ。」



アルス「あ うん!」

いつまでたってもついて来ない少年に痺れを切らした父親に催促され、少年は駆け足でその背中を追う。

親と子の時間は、再び動き出したのだ。



731: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:42:18.09ID:8S3LzPGC0

アルス「まだ 戻ってないんですか?」



*「おうよ いつまで待っても 来ないもんだから これから 探しに行こうかと 思ってたんだ。」

宿屋に戻った少年と父親だったが、先に宿に入っていた漁師たちからある問題を聞かされる。

コック長「やれやれ。まあ 村から 出てはいないと 思うがな。」

*「何かあったら たいへんだからよ アルス お前見てこいよ。」

アルス「えっ は はい。……みなさんは?」

何故か一人で行くように言われ少年は疑問をそのまま口にする。

*「いいや アルス お前ひとりで行くんだ。」

アルス「で でも……。」

ボルカノ「……アルス。」

尚も食い下がる少年に父親が声をかける。

アルス「はい。」

ボルカノ「行ってやれ。」

アルス「……うん。」

少しだけ納得しかねた様子だったが少年は頷くとそのまま外へ向かって走り出すのだった。

ボルカノ「…さて オレたちは 先に夕飯を いただくとするか。」

閉められた扉を前に父親は誰にともなく呟く。

*「さんせーい。」

*「さっすがは ボルカノさん わかってるなあ。」

*「待てど暮らせど 来ないから もう 腹ペコですよ!」

トパーズ「ナオーっ!!」

待ってましたと言わんばかりに漁師たちは沸き立つと、早速宿の女将に料理を注文し始めるのだった。



732: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:45:29.00ID:8S3LzPGC0

マリベル「…………………。」

少女は一人、村の北にある花畑を眺めていた。

マリベル「どうしちゃったのかしら あたし……。」

昼間に少年ともつれて転んだ時からどうにも心臓の高鳴りが止まないことに少女は困惑していた。

マリベル「今さら あんなことで……。」

少年とはこの旅の最中幾度も体を抱き合い、何度も口づけをかわしてきた。

それなのに、この体の火照りはいったい何なのだろうか。

マリベル「はあ……。」

こうして花畑へ導かれるようにしてやってきたのもどこかで自分の心を落ち着けるためだったのだが、あれからどれほどの時間が経ったのだろう。
辺りはすっかり暗くなり夜のとばりが支配している。
月明かりに照らされた花はどこか寂し気で、風で揺れるたびに物悲しく懐かしい香りを少女の鼻へと運んでくる。





マリベル「アルス……。」





*「なんだい?」





マリベル「ヒャッ! キャ~~~!!」





*「うわっ!」

不意に耳元で話しかけられ、今度は少女が猫のように飛び跳ねる。

マリベル「アルス! あ…あんた いつの間に!?」

慌てて振り返り、少女は上擦ったまま声の主に叫ぶ。

アルス「いや いま来たばっかりだけど……。」

マリベル「もうちょっと わかりやすく 来なさいよ!」

アルス「そんなこと言ったって……。」

“気付かない方が悪い”とは口が裂けても言えないのだった。



733: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:46:47.66ID:8S3LzPGC0

マリベル「……何しに来たのよ。」

少女はにらみつけるように少年を見る。

アルス「何って… きみを 探しに来たんだ。」

マリベル「ふんっ 余計な お世話だわ。」

そう言って少女はそっぽを向く。

アルス「みんな 心配してるよ。」

マリベル「どーだか。厄介払いが できたとか 思ってんじゃないの?」

アルス「…………………。」
アルス「……こんなこと言うのも なんだけど きみは 自分がどれほど 愛されてるか わかってないね。」

マリベル「はあ? どういう意味よ それ。あたしは 今や 世界中の愛を受けているのよ?」

両手を腰に当てて言い放つその背中が、少年にはどこか虚勢を張っているように見えた。

アルス「…うん そうだね。」
アルス「でも 英雄だからとか そんな理由じゃなくて 純粋に君のことを 愛してくれている人たちが 近くにいるってこと もうちょっと 考えたらどう?」

諭すような落ち着いた声色で少年はゆっくりと話す。

マリベル「何よ……それ。どうせ あたしは みんなにとっては 漁の邪魔でしか ないんでしょ?」

アルス「……本当にそう 思ってる?」

少年は少女の目の前まで回り込んで問いただす。

マリベル「…………………。」

目を合わせようとしない少女を刺激しないように少年は優しく語り掛ける。

アルス「今や この旅は きみがいなければ 成立しない。」
アルス「ぼくだけじゃない。みんなが… 父さんも そう思ってる。」
アルス「それは きみが 色んな事ができて 役に立つからじゃない。」
アルス「……きみはもう 立派な 船の一員なんだ。」

マリベル「…………………。」

どうしてこんな言葉が自分の口から飛び出してくるのか、少女にすらわからなかった。

マリベル「……ごめん。」

少女はぎゅっと目を瞑る。

アルス「ううん わかってくれれば それでいいんだ。」

マリベル「……でも 今は 一人にして。」

そう言って少女は再び背を向けてしゃがみ込む。

今はどうしてかわからないが少年の顔を直視できなかったのだ。



734: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:48:30.79ID:8S3LzPGC0

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「なにを見てたの?」

マリベル「…見れば わかるでしょ。花を見てただけよ。」

少女は振り向きもせず答える。

アルス「きみが 持ってきた花だね。」

マリベル「あたしのじゃないわ。」

そう言われて少年は彼女が言っていた悪夢のことを思い出す。

アルス「……マチルダさんの?」

マリベル「ん……。」

アルス「お墓…… なくなっちゃったもんね。」

マリベル「…本当はね。もう一度 あそこに お花を植えてあげたいんだけど。」

そう言う少女の顔は晴れない。

アルス「どこかも わからなくなっちゃったからね。」

マリベル「…………………。」

アルス「…明日さ。」

押し黙ってしまった少女に少年はある提案をする。

アルス「出発する前に 植えていこうよ。」

マリベル「えっ?」

アルス「お墓の場所は わからないけど きっと マチルダさんは 気付いてくれるよ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……うん。」

少年の言葉に少女は小さく、小さく頷く。

アルス「…………………。」

“これ以上話しかけても彼女は動かないだろう”

アルス「……それじゃ 先に戻ってるね。」

そう思い少年が踵を返した時だった。





マリベル「…待って!」





アルス「……!」



735: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:51:48.95ID:8S3LzPGC0

アルス「……。」

不意に呼び止められ、少年は少女に振り返る。

マリベル「…………………。」

少女は震える体を抱いて立ち尽くしていた。
まるでどうして呼び止めてしまったのかわからないとでもいうように。

アルス「…………………。」

そんな少女を見て少年はすぐに袋の中をまさぐり、毛皮のマントを取り出すと固まったままの少女に被せ……



マリベル「あ……。」



そしてそのまま抱きしめた。

アルス「こんなに冷えちゃって……。」
アルス「気づけなくて ごめん。」

耳元でそうささやかれ、少女は心臓の高鳴りと共に抱かれた体が再び熱を取り戻していくのを感じた。

マリベル「…………………。」

アルス「さあ もう 戻ろう。」

マリベル「アルス……。」

アルス「なあに?」

マリベル「もう少し このままで いさせて……。」

身体がぬくもりを取り戻すと同時に少女は自分の中で固まっていた不機嫌さや不安が溶けていくのを感じていた。
そして昼からどうにも落ち着かなかった感情の波が、いつしか凪のように穏やかになっていくのも。

マリベル「おねがい。」

少年の背中に手を回して体を密着させる。

アルス「…………………。」

少年は何も言わずにそれを受け入れた。

マリベル「…そうだった……。」

アルス「ん?」

ずっと感じていた心の違和感の正体。

マリベル「アルス……。」

“あなたと 触れ合っていたかった だけなのね。”

アルス「…………………。」

名を呼ばれた少年は何も答えなかったが、見つめてくる少女の瞳を柔らかい微笑みで受け止める。



少女の体は、もう震えてなどいなかった。



736: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:53:52.10ID:8S3LzPGC0

トパーズ「なー…。」



マリベル「トパーズ!」

宿屋に戻った少女をまず出迎えたのは三毛猫だった。
少女の足元で八の字を描くようにクルクルと歩いては少女の顔を見上げてくる。

*「おお マリベルおじょうさん!!」

マリベル「ただいま みんな。」

続いて扉の音に気付いて部屋から駆けてきた漁師たちが叫ぶ。

*「よかったー!」

*「戻ってこないから 心配したんですよ!」

コック長「まったく あんまり ヒヤヒヤさせないでくださいよ。」

*「まあまあ こうして 無事 戻って来てくれたんだから。」

*「危うく 見捨てられちまったかと 思ったぜ。」

マリベル「…うふふっ ごめんなさーい。」

皆のあまりの心配ようにどこか自分の父のことを思いだし、少女は少しだけ微笑んで謝る。

ボルカノ「体は 冷えてないかい?」

マリベル「ええっ なんとか。」

アルス「はー…… お腹減ったなー。」

*「おお アルス お前の分も 食っといてやったからな。」

アルス「ええっ なんですか それ!」

*「いつまでも 帰ってこない お前が 悪いんだぞ?」

*「せっかくの料理が 冷めちまうからなあ がっはっは!」

コック長「ほれ 今から さっさと 注文するんだな。」

ボルカノ「早くしないと おかみさん 寝ちまうぞ。」

アルス「う うわっ すいませーん!」

マリベル「あははは! あたしの分も おねがーい!」



慌てて女将を呼ぶ少年の後ろで少女が楽しそうに笑う。

そんな少女の笑顔につられて漁師たちもにんまりと笑う。

最初はどうなるかと思ったこの旅も、こうして少年と少女を中心にたくさんの笑顔が生まれ、困難こそあれどそのすべてを乗り越えてきた。



残る旅路は短い。

しかしそれでも漁船アミット号は最後まで誰も欠けることなく大海原を突き進んでいくのだろう。

すべては帰りを待つ愛する家族と、故郷で待つたくさんの人々のために。





そして……



737: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 18:54:26.07ID:8S3LzPGC0

そして 夜が 明けた……。



739: ◆N7KRije7Xs:2017/01/15(日) 19:02:56.26ID:8S3LzPGC0

第24話の主な登場人物



アルス
エスタード島一の漁師の息子にして
海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領の息子でもある。
今は駆け出しの漁師として日々奮闘中。

マリベル
網元の娘にして世界の英雄でもある。
日々心も体も大人になりつつあるが、
アルスのこととなると時々自分の心境の変化についていけなくなることも。

ボルカノ
グランエスタードが誇る漁師。
とある一件からアルスとの絆を確かめ合う。

コック長
アルスやマリベルを保護者のように見守る。
寄港先ではその地の料理を研究している。

アミット号の漁師たち(*)
義理と人情に熱い海の男たち。
網本の娘であるマリベルには頭が上がらないが、
それ以上に彼女のことを信頼している。

キャプテン・シャークアイ
海賊船マール・デ・ドラゴーンの総領。
息子のアルスの成長を願い、遠くから見守っている。

アニエス
アルスのもう一人の母。
息子の安全を願い、自らの涙の結晶である真珠の垂れ飾りを渡す。
アルスのおっとりしたところは母親似か。

カデル
海賊船の副長。髭の強面オヤジ。
総領に変わって船員に指示を与えることも多い。

ボロンゴ
普段はただの下っ端だが、
ひとたびアルスが船に乗り込めばその世話役に変身。
ちょっと気が弱い。

ウッドパルナの漁師(*)
村で唯一漁師として生計を立てている男。
エスタードの使いとしてやってきたアルスとボルカノに応対する。


【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】【第25話~第30話】



元スレ
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1482503750/
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