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【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】【第10話~第15話】

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【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】【第10話~第15話】






254: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 12:53:49.64ID:kyvdl/RT0

航海十日目:小さな勇者と世界樹の悪魔



255: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 12:54:20.44ID:kyvdl/RT0

ボルカノ「みんな 揃ったな。」

朝、食事を済ませた一行は水の都に向かうべく早速準備を整えていた。

*「お気をつけて いってらっしゃい!」

*「ここは 俺たちが 命に代えても守りますぜ!」

クレージュのある島には港や船着き場がなく、必然的に誰かが居残って船を見張る必要があったのだ。

ボルカノ「おいおい あぶなくなったら 逃げるんだぞ!」

*「へっへっへ。わかってますよ船長!」

どこか心配そうな船長に銛番の男が鼻の下を掻いて笑ってみせる。

ボルカノ「それじゃ 頼んだぜ。」

コック長「それじゃあな ワシ抜きでも 頑張るんだぞ。」

*「お任せください! みんなの腹は ぼくが守りますよ!」

そう言って飯番は突き出たお腹を“ボンッ”と叩く。

アルス「ぼくたちも ひとまず町を通って それから 世界樹の下まで行ってみるよ。」

ボルカノ「そうか なら悪いが 道中用心棒を頼むぜ。」

マリベル「まかせて ボルカノおじさま! どんな奴が出てきても あたしの手にかかれば イチコロよ!」

ボルカノ「わっはっはっ! 頼もしいぜ。」
ボルカノ「それじゃ クレージュに出発だ!」

*「「「おーっ!」」」

こうして船に漁師たちを残し、少年たちはクレージュの町へと歩き出したのだった。



256: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 12:55:50.13ID:kyvdl/RT0

“ガサ…”

風の無いひんやりとした朝の草原に、町を目指す五人の足音だけが響き渡る。

アルス「……涼しいね。」

マリベル「いいけど ちょっと じめっとしてるわね。」

少年に返しながら少女は足元に張り付く背の高い草を振り払う。

コック長「ふう……。」

恰幅の良い料理長は早くも息が上がり始めている。

ボルカノ「コック長 大丈夫か?」

コック長「なんの。これくらいなら まだまだ。」

心配する船長に老紳士は爽やかな笑顔で汗を拭う。

そんな時、なにやら前方の草むらが揺れ動いた。





*「ピキーっ!」



257: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 12:56:26.59ID:kyvdl/RT0

マリベル「あら スライムじゃないの。」

茂みから飛び出してきたのは少年と少女が過去の世界で初めて遭遇した魔物だった。

*「ピ…ピキ……!」

[ しかし スライムは おどろき とまどっている! ]

マリベル「ほーらほら 痛いことなんて しないからこっちおいで。」

アルス「うーん やっぱり 少なくなってるけど 魔物は出るみたいだね。」

マリベル「そうねえ でも ここらへんの魔物は スライム系ばっかりだから 脅威とは言いづらいわねえ。」

半ば強引に捕まえたスライムをぐにぐにと弄りながら少女が目を細める。

*「ピキー……。」

マリベル「よしよし。昔はこんなのに 腰ぬかしてただなんて 信じらんないわ~。」

アルス「あはははっ! かわいそうだから もう逃がしてあげなよ。」

マリベル「失礼ね~ こんなに可憐な乙女に 抱っこしてもらってるのに 嫌なわけないじゃないの! ねー。」

*「…………………。」

見ればそのゼリー状の奇妙な生き物は頬を赤らめて大人しくしている。

[ どうやら なついてしまったようだ。 ]

マリベル「こうして おとなしくしてれば スライムだって 愛嬌あるんだからね。」
マリベル「うふふっ。かわいいスライムちゃん あたしを守ってね。」

*「ピキー!」

アルス「もー どうするのそれ。」

マリベル「一時的に あたしのペット。」

アルス「はあ…。」

ボルカノ「わっはっはっ! こりゃたまげた。」
ボルカノ「マリベルちゃん 魔物の心が わかるのかい?」

マリベル「前にちょっとね~。」

そう言って隣の少年に目くばせする。

アルス「そ そうだねー あははは…。」

話しを振られた少年も何と言っていいかわからない様子。

マリベル「言えない… 言えないわよ…… みんなで “スライムやってた”なんて……。」 

アルス「ここは 魔物ハンターやってたってことで。」

少年と少女は常人には理解できないダーマ神殿のモンスター職システムについてどう説明したものかと小声であれこれと話し合っている。

それもそのはず、自分の子どもたちが魔物をあしらった衣装を着て世界を闊歩していたなどと知っては
普通の親ならば卒倒するであろうと、少年達には容易に想像がついた。

ただ、基本的に何事にも動じないこの屈強な父親であれば話は別かもしれないのだが。

神木の妖精「……?」

マリベル「そ その…… モンスターの心を理解する 職業ってのがあってね…。」

アルス「そ そう! それで僕らも 火が吐けるようになったり したんだよ!」

ボルカノ「ん? そうなのか?」

コック長「世の中には 面白い職業があるもんですな。」

あまりうまい説明になっているとは言い難いが、
幸い初めて耳にする概念だったためか少年の父親も他の二人もそれ以上突っ込んでこようとはしなかった。



258: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 12:57:28.97ID:kyvdl/RT0

そうしてしばらく沈黙が続いた時。





*「ボヨヨヨヨ~ン。」

液体とも金属とも言えない巨体が一行の目の前に飛び出してきた。



マリベル「キャー メタルよ メタル!」
マリベル「……と思ったけど 今さら 倒す必要もないかしらね。」

*「ブギー!」

アルス「いや そうも 言ってられないみたいだ! 珍しく あっちが やる気だよ!」

少年の言葉通り、冠を被った大きな魔物は姿勢を低くして今にも飛びかからん様子だった。

マリベル「……三人とも下がって!」

ボルカノ「おう!」

こうして久しぶりの“メタル狩り”が幕を開けたのであった。

*「ブウ~!」

あっという間に間合いを詰めてはその巨体で押しつぶそうとしてくる。

流石はメタルスライムの王様というだけあってか、その動きは英雄の二人といえど手間取るものがあった。

マリベル「この! しっつこいわね!」

*「ブヨヨ……ッ!?」

またも電光石火で突進をしかける巨体だったが、何かにつまづいてゴロゴロと転がりだす。

アルス「ここだっ!」

その隙を少年が見逃すはずもなく、獲物にありったけ力を籠め、魔人がごとき一振りを放つ。

*「ブモモモ…。」

鈍器で殴ったかのような重たい一撃を受け、堪らず走る金剛は沈黙する。



259: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 12:57:58.13ID:kyvdl/RT0

アルス「ふー。」

マリベル「やったじゃない アルス!」

アルス「でも 経験を積んだ 実感はわかないなあ。」

マリベル「それだけ あたしたちが 強くなったってだけのことよ。……あら?」

アルス「どうしたの?」

マリベル「……いない! あたしの スライムちゃんがいない!」

アルス「え… まさか。」

少年は先ほどメタルキングの転んだ地点を見やる。

アルス「いた。」

マリベル「ああ! あたしの スライムちゃん!」

*「ぴ…ぴぴ……。」

マリベル「よかった まだ 生きてる…… ホイミ!」

少女は息絶えそうにしているスライムに初級の回復呪文をかける。

*「ピキー! アリガトッ!」

マリベル「えっ!? いま あんた しゃべった……?」

*「ボクッ ツヨクナッタ! アタマモ ヨクナッタ! シャベレル!」

突然流暢に話し出した不思議な生き物に後ろで隠れて見ていた三人も興味津々で近づいてくる。

コック長「ほお しゃべる魔物もいるんですな。こりゃ すごい!」

ボルカノ「わっはっはっ! こいつは いいや! 賑やかになるな!」

神木の妖精「こんにちは スライムくん。」

*「ピキー! ヨロシク! ヨロシクネ!」

マリベル「そうね……“スライム”じゃそのまんまだから…… “スラッグ” っていうのはどうかしら?」

ボルカノ「ほお 金属を転ばす 鉱石の残りカスってか!」

スラッグ「ピキ。スラッグ! ボク スラッグ!」

少女の命名が気に入ったのか、スライムはしきりに自分の名前を口にしている。

アルス「よく そんなの思いつくね……。」

マリベル「なーんとなくね。」

コック長「名付けるのは マリベルおじょうさんに決まりだな アルスよ。」

そう言って料理長は少年の肩に手を置く。

アルス「は…ハハハ……ナンノコトヤラ。」



[ スラッグが 仲間にくわわった! ]



260: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 12:58:23.83ID:kyvdl/RT0

新たな仲間を加えた一行はその後順調に歩を進め、水の都クレージュの町までたどり着いていた。

ボルカノ「よし ここからは 別行動だ!」
ボルカノ「オレは町長のところへ コック長は食材の買出しへ行く。」
ボルカノ「それから オレたちは 今晩この町の宿に泊まるから お前たちも 事件を解決したら 早めに 来るんだぞ。」

アルス「うん わかったよ。」

マリベル「それじゃ またね 二人とも!」

コック長「気をつけなされよ。」

神木の妖精「すみませんが 二人をお借りします。危険なことはなるべく避けますので…。」

ボルカノ「おお ねえちゃんも 頑張ってな。」

神木の妖精「……はい!」

申し訳なさそうに頭を下げる妖精の娘に少年の父親は何を言うまでもなく激励を送る。
そんな気遣いに救われ、妖精も自らを奮い立たせるかのように気丈に返事をするのだった。



261: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 12:58:57.91ID:kyvdl/RT0

*「おい あんたら こんな時にどこへ行くだ!」

少年たちが町の北口まで来た時、門のところにいた木こりの男が突然呼びかけてきた。

マリベル「え?」

*「この先の 世界樹んところへは 今は 行かねえほうがいい!」

アルス「どうしてですか?」

*「どうしてって そりゃ おまえさん 魔物どもが道を塞いで うろちょろしてるからに決まってるじゃねえか!」

神木の妖精「な なんですって!」

*「ん? おじょうちゃん 見慣れない恰好してるな。」
*「まあいい! とにかく 今 あそこに近づくのは やめとくんだ! さもねえと 命がいくつあっても 足りねえぞ!」

マリベル「ご忠告 ありがとう おじさん。でも あいにく あたしたちは そいつらを ぶっ飛ばしにきたのよ。」

*「なーに言ってるんだ! おまえさんみてえな おじょうちゃんなんて すぐに やつらの餌食になっちまう!」
*「悪いこた言わねえから やめときな!」

マリベル「ご心配なく~。」

必死に止める木こりを振り払い少女は悠々と世界樹の方へと進んでいく。
それに続いて少年達も駆け足に北の方を目指して駆けていくのであった。



*「どうなっても 知らねえからなー!」



そう叫ぶ声が後ろの方から聞こえてきたが一行は意にも返さず、大手を振りながら進んでいくのであった。



262: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 13:00:43.61ID:kyvdl/RT0

神木の妖精「こ…これは!」

三人と一匹が世界樹のある森の手前までやってきた時、妖精の娘は思わず絶句した。

本来世界樹を取り囲んでいた美しい池は毒々しい紫に侵され、
見ればそこに生息していたであろう魚たちの死骸が無惨に浮かびあがっていた。

マリベル「ひどい……。」

スラッグ「ピキ……。」

アルス「いったい 誰がこんなことを!」



*「げははは! そんなのおれたちに 決まってるじゃねえか!」



どこからともなく声が聞こえてくる。

アルス「だれだ!」

何か視覚に影響する呪文でもかけているのだろうか、声の主は近いようだが姿は見せない。

マリベル「めんどくさいわね! 隠れてないで 出てきなさい!」

痺れを切らした少女は声の主たちに向かって一言怒鳴りつけ、指先に魔力を籠める。

マリベル「そこよ!」

[ マリベルの ゆびから いてつく はどうが ほとばしる! ]

[ まもものむれに かかっている じゅもんの ききめが なくなった! ]

*「ウゲエエッ!」

*「なんだこいつ なにを しやがった!?」

*「グゴーッ!! しまった!」

マリベル「出たわね…。」

放たれた波動に幻惑の衣を剥され、少女たちの前に現れたのは三匹の赤い悪魔だった。

アルス「レッサーデーモンか!」

神木の妖精「あなたたち いったい ご神木に 何をしたんですか!」

*「グゲゲゲッ! おれたちゃ 世界樹には近づけねえからな。こうして 周りの水を 毒で染めてやってるだけさ。」

*「もっとも 苦労したけどよォ! なんせ まいてく そばから 浄化しちまうんだからよォ!」

*「だがこのとおり もう ここの水は 魚一匹 住めやしねえぜ。ゲッヘッヘヘ!」

アルス「なんて 卑劣なマネを!」

マリベル「悪いけど さっさと あんたたちを倒して 世界樹をもとに戻さなくちゃ いけないの。」

*「なにぃっ?」

*「たかが 人間のくせして 調子乗りやがって! やっちまえ おまえら!」

*「オォーフッ!」

*「ガゴォーフ!」

少女の挑発に業を煮やした一匹の合図により、前にいた二匹の悪魔が少女に向かって飛びかかる。

スラッグ「アブナイッ!」

アルス「はああっ!」

しかし飛び上がったのもつかの間、少年の掛け声と共に凄まじい雷光の一閃が空を切り裂いた。

[ アルスは ギガスラッシュを はなった! ]

*「ゲ……!」

*「ゴ……!」

断末魔を発する暇さえなく、二匹の悪魔“だったもの”は体のごく一部のみを残して跡形もなく消し飛んでしまった。



263: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 13:01:34.11ID:kyvdl/RT0

*「な…なんだとォ!」

あまりの衝撃的な出来事に仲間を失った悪魔が普段は決して見せない腹を見せてひっくり返る。

マリベル「…………………。」

*「ひっ!」

そこへ腰に手を当てた少女が歩み寄り、悪魔見下すようにして立ちはだかった。

マリベル「ったく ホント 面倒なこと してくれるわよね あんたたち魔物ってさ。」

そう言って少女は最後の一匹を始末すべく悪魔の顔に掌を向ける。

*「ま 待て! おれを殺しても いいのかなァっ!?」

追い詰められた悪党のお決まりの台詞で悪魔は命乞いをする。

マリベル「何よ。あんたを 生かしておいて 何か いいことでも あるっていうわけ?」

怪訝そうな顔で少女が尋ねる。

*「あ ああ そうだとも!」

アルス「じゃあ 何か 知っていることを教えるんだ。」

少年の一言に“助かった”と思ったのか、悪魔は饒舌に語りだす。

*「お おれたちだけじゃねえ! こんな水なんて どうせ すぐに 世界樹が自力で治しちまう!」
*「だがよ! 地下ではもっと すげえことが 行われてるんだ! それこそ 世界樹が枯れちまうようなよォ!」

神木の妖精「やっぱり……!」

マリベル「ふーん。じゃあ 原因はそっちに あるっていうのね。」

*「そうさ! どうやら この二日くらい そこに ネズミが紛れ込んでいるようだがよォ。」

マリベル「…ネズミねえ……。」

*「だから な! せっかく 秘密をしゃべってやったんだ! 見逃してくれてもいいだろォっ!?」

マリベル「…………………。」










マリベル「そ ありがとね。じゃ。」



264: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 13:02:02.78ID:kyvdl/RT0

*「ま 話がちが……!」

[ マリベルは メラゾーマを となえた! ]

魔物が何か言い終わる前に少女の手から業火が放たれ、跡には地面の焼け焦げた跡しか残っていなかった。

マリベル「だーれが あんたみたいな 悪党 生かしておくもんですか。百害あって 一利なしよ!」

アルス「…この下か。」

神木の妖精「やはり わたしの思ったとおりでしたか……。」
神木の妖精「アルスさん マリベルさん 急ぎましょう!」

マリベル「ええ。」

アルス「待って。その前に……。」

[ アルスは せかいじゅのしずくを つかった! ]

町の方へと戻ろうとする二人を引き止めると、
少年は袋からこの世界樹からとれた朝露を取り出し、上空まで飛び上がり辺り一帯へばらまいた。

神木の妖精「あ… 池が!」

するとそれまで瘴気の立ち込めていた毒沼が見る見るうちに澄みわたり、再び元の輝きを取り戻していくのだった。

スラッグ「ぴきー!」

マリベル「大事に取っておいて 正解だったわね。」

アルス「残り一本になっちゃったけどね。」

神木の妖精「すいません… あなたたちにとっては 貴重な朝露だというのに…。」

マリベル「いいのいいの。もともと この世界樹から 採れたものなんだから 本体のために使ってあげるのは 当然のことよ。」

神木の妖精「……ありがとうございます!」

申し訳なさそうな表情で謝る妖精だったが、少女が微笑んで答えると少しだけ元気を取り戻したようだった。

アルス「さあ それじゃ そろそろ 行こうか。」

マリベル「いざ! 世界樹の根っこへ!」



265: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 13:02:32.42ID:kyvdl/RT0

世界樹を後にした少年たちは再び町の入口に戻って来ていた。

*「なんと!」

すると先ほど少年たちを引き止めた木こりが驚いた様子で話しかけてきた。

*「おまえさんたち よく 生きて帰ってこれたな! オレはてっきり……。」

マリベル「はあ? だから 言ったでしょ おじさん。あたしたちなら 平気ってね。」

少女が両手を腰に当てて胸を張りながら言う。

*「だけど あの魔物どもはどうしたんだ?」

アルス「魔物なら ぼくたちがやっつけました。」

神木の妖精「この二人は ご神木の 命の恩人なのです。」

*「ははあ おまえさんたち こう見えても ビックリするくらい 強いんだなあ!」

マリベル「こう見えて は余計よ!」

傍からすれば至極当然の感想であったが、どうにも気にくわない少女はぷりぷりと怒って抗議する。

*「わははは! こりゃすまねえ。おじょうちゃんみたいな娘が 魔物とやりあえるなんて 世の中 分からねえもんだなあ!」

マリベル「…ったく。」

アルス「それで この町で 一番古い井戸を探しているんですが。」

*「それならいつも ばあさんが 立っているところが それだ。」

アルス「ありがとうございます。」

*「おまえさんたち 今度は なにをする気だ?」

マリベル「決まってるじゃない。今度も 世界樹を 救うのよ。」

*「…どういうこった? 世界樹なら 周りこそ魔物にやられたが 本体はピンピンしてるんじゃ……。」

神木の妖精「一見 そういう風に見えますが 地下で何者かが 悪事を働いているようなのです。」

*「…事情はわからんが 頑張ってな。」

マリベル「どーも。それじゃ 行くわよ。」



266: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 13:02:58.07ID:kyvdl/RT0

木こりとの会話を済ませた少年たちは町の中心にある古ぼけた井戸へとやってきていた。

アルス「ここか……。」

*「おや お兄さん どうしたんだい 井戸の中なんて覗いて。」

井戸の底を覗き込む少年に横に立っていた老婆が話しかける。

マリベル「おばあさん この町で 一番古い井戸って たしか ここだったわよね。」

*「うん? そうだけど それが どうかしたのかい?」

マリベル「ううん ありがとっ。」
マリベル「それじゃ 先に行くわね!」

老婆に簡単に礼を述べると少女はひらりと体を翻し井戸の底へと消えてしまった。

*「ひゃああ おじょうさんが 井戸に!」

アルス「ぼくたちも 行こう!」

神木の妖精「ええ!」

突然の少女の行動に仰天する老婆を尻目に少年達も後に続いて飛び込んでいくのだった。



267: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 13:03:28.71ID:kyvdl/RT0

*「おおい 大丈夫かえ~!」

上の方から老婆の心配そうな声が響く。

マリベル「あたしたちなら 大丈夫だから 心配しないでー!」

その声に応えて少女も上に向かって叫ぶ。

マリベル「さて と。暗くてあんまり見えないけど 昔と違って 周りは壁しかないわね。」
マリベル「ホントに ここから地下水脈に 行けるのかしら。」

神木の妖精「長い年月のうちに 埋まってしまったのでしょうか…。」

アルス「……見て 二人とも!」

少女たちが壁に手を当てながら考え込んでいると、何かを見つけたのか少年が呼びかける。

マリベル「なになに?」

アルス「これ……。」

少年の指さしていたのは少女たちの乗っている足元の石板だった。

アルス「ひょっとすると これは…。」
アルス「二人とも 下がって。」

少女たちが石板の上から降りると少年は力いっぱいにその板を持ち上げ、横にひっくり返した。

マリベル「これは!」

そこには地下へと続く古い石の階段があった。

神木の妖精「ここからなら ご神木の地下まで 行けるかもしれませんね。」

マリベル「……行きましょ。」

アルス「あ その前に。」
アルス「もう 出てきていいよ スラッグ。」

スラッグ「ピキー! クルシカッタ!」

少年がそう告げるとふくろの中からしゃべるスライムが勢いよく飛び出してきた。

マリベル「ごめんね~ スラッグ。町の人に見つかると 厄介だから。」

スラッグ「……ボク キニシナイ。」

少女に抱きかかえられ、不思議なソレはどこか満足気に口角を上げる。

マリベル「それじゃ 気を取り直して しゅっぱ~つ!」

こうして一行は世界樹を脅かす原因を取り除くべく、暗い地の底へと降りていったのだった。



268: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 13:04:24.48ID:kyvdl/RT0

地下のトンネルは滑りやすく、湿気を帯びてどこまでも続いていた。

マリベル「はあ…… すっかり忘れてたけど ここってめっちゃくちゃに 入り組んでんだったわね……。」

少女は早くもうんざり顔でため息を漏らす。

アルス「前に来た時よりも さらに 複雑になってる気がするね。」

神木の妖精「それだけ 年月を経て 大きく成長した ということだと思うのですが…。」

スラッグ「…ズズ……。」

それぞれが感想を口にする中、少女の腕に抱かれたスライムにいたってはすっかり居眠りをしている始末。

マリベル「どう? 今のところ なにか 感じる?」

神木の妖精「ええ 全体的に 弱っているような感じはしますが……。」

アルス「直接の原因となっているものは まだ 遠い か。」

神木の妖精「はい……。」

辺りを見やれば以前遭遇したことのある魔物がちらほらと見受けられたが、
どれも殺気立った様子もなく大人しくしているか、興味津々にこちらを覗いてくるばかりである。

*「…………………。」

*「…………………。」

マリベル「ああして おとなしくしてれば 魔物だって そこらの 動物たちと変わらないのにね。」

アルス「魔王がいなくなって 凶暴性も 弱くなったのかな?」

少年にエサを渡され、魔物たちは嬉しそうにそれを食べている。

マリベル「まったく この だだっ広い 地下空間のどこに 元凶がいるのやら。」





*「止まれ!」



269: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 13:05:50.85ID:kyvdl/RT0

マリベル「……っ!」

それは突然のことだった。

目の前の暗闇の中から刃物の切っ先がのぞき、何者かが少年たちの動きを制してきたのだ。

神木の妖精「え……!」

アルス「そこにいるのは 誰だ!」

*「むっ その声は まさか……!」

剣が引っ込み、少年の持つ松明の灯りに照らされて足元から少しずつその正体が明らかになっていく。

アルス「…き きみは!」

*「こんなところで 会うことになるとは 案外 世界は狭いもんだな。」

やわらかい砂の上を歩くために交差した皮だけで包まれた履物、軽装の下に忍ばされた鉄の装甲、
動きやすくゆったりとした白地のパンツ、真っ赤な腰巻に、不思議な模様の入った真っ青な羽織物、
腕に巻かれたベルトと包帯、首から背中に下げられた灰色のマント、そして何よりも砂漠の民の証である褐色の肌に美しい黒髪。

そこにいたのは紛れもない砂漠の村の青年その人だった。

マリベル「サイード!」

サイード「しばらくぶりだな。アルス マリベル。」

マリベル「あんた こんなところで 何やってんのよ!」

サイード「実は 旅に出てから すぐにこの町にたどり着いてな。
サイード「そこで この町の長に 話を聞いていたら この世界樹に何やら 異変が 起こっていると知らされてな。」
サイード「それで ここに潜り込んで しばらく 調べていたんだ…が なかなか 原因がつかめなくてな。」

そう言って砂漠の民の青年は腕を組んで考える素振りを見せる。

マリベル「ふーん。それにしても あの 頼りなさそうな町長が そんなことを察知していたなんて ちょっと オドロキだわ。」

あの自分の祖先の自慢話をやたらとしたがる髪の薄い、否、髪の無い町長の顔を思い出しながら少女は怪訝な顔で顎に指を添える。

サイード「あの町長にしてみても 世界樹のことは いつも気にかけているんだろう。そういうことにしておいてやれ。」

アルス「あの時 レッサーデーモンが言っていた ネズミ っていうのは 君のことだったのか。」

サイード「…ところで アルス。知らぬ顔がいるようだが……。」

そこまで話していて青年は少年たちの後ろにいる妖精に気付いたようであった。

神木の妖精「はじめまして。わたしは この ご神木を見守ってきた者です。」

サイード「そうだったか。おれは 砂漠の民 サイード。よろしくたのむ。」

マリベル「それで サイード。二日間も潜ってたんだから なんか情報が あるんじゃないの?」

挨拶を済ませたところで少女が青年に語り掛ける。

サイード「さっきも 言ったが 直接の原因はわかっていない。」
サイード「だが ここよりも さらに先に 嫌な気配を感じるんだ。」

青年はトンネルのさらに奥、深淵を指さして眉をひそめる。

マリベル「…なら 話は早いわね。そこまで 案内してちょうだいよ。」

サイード「いいだろう。おまえらとなら 何が出てきても 大丈夫だろうしな。」

アルス「また よろしくね。」



[ サイードが 仲間にくわわった! ]



サイード「ところで マリベル。その スライムはなんだ?」

スラッグ「ボク スラッグ!」

サイード「な……! 人語を話す スライムとは…… やはり 世界は広いな。」

マリベル「理解が早くて 助かるわ。」



270: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 13:06:17.63ID:kyvdl/RT0

砂漠の民の青年を加えた一行はさらに世界樹の根の迷宮の奥へと歩みを進めていた。

マリベル「どうかしら 妖精さん。」

神木の妖精「はい… 何か 邪悪な気配を感じます。」

アルス「元凶が 近いってことかな。」

サイード「……! おい これを見てみろ!」

マリベル「何かしら これ……。」

それは横壁となっている大きな根についた窪みのようだった。

アルス「何かを打ち付けたような 感じだね。」

少年がその痕を指でなぞる。

サイード「それも 何度も 何度もだ。」

スラッグ「パ パンチ…!」

神木の妖精「そんな ひどい……。」

マリベル「もしかして この跡をつけた奴が元凶なのかしらね。」

アルス「可能性は高いね。」

サイード「なんにせよ ここから先は 用心して 進まなければならないようだ。」

そう言って青年は懐に差した獲物を構えて進みだす。

アルス「二人は 真ん中に。ぼくが 後ろを 見張るから。」

神木の妖精「はい……。」

マリベル「はいはい よろしくね。」

一行は再び隊列を組みなおし、再び暗がりの中を歩みだす。

*「…………………。」

張り詰められた沈黙が、地下のひんやりとした空気をまとって体にのしかかっていった。



271: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 13:07:04.00ID:kyvdl/RT0

サイード「どうやら ここが 最深部らしいな。」

長いトンネルを抜けた後、梯子を昇ってたどり着いた先には巨大な空間が広がっていた。

天井からはやや眩しく感じるほどに光が差し込んでいる。

真っすぐ見つめるとそこには巨大な幹のような主根がさらに地下へと伸びていた。

過去に来た時ですら圧巻だった光景は途方もないほどに膨れ、まるで地下に巨大な塔が立っているような錯覚を少年達に与えていく。

スラッグ「ピキー!」

アルス「すごい……!」

マリベル「あの時ですら ありえないほど 大きかったのに こうなっちゃ もう わけがわからないわね。」

神木の妖精「でも…。」

そっと呟きながらエルフの娘は自分の立っている根に耳を当てる。

神木の妖精「苦しそう… ああ なんてこと……!」

サイード「よく見るんだ 二人とも。」

アルス「え?」

マリベル「どういう…な なによ あれっ!」

神木の妖精「あれは!?」

青年の視線の先にあったのは、自分たちのいる大きな根管のさらに下の方、まるで地底湖のように水が溜まっている場所だった。
水自体は上で見たような毒に侵されているわけでなく澄んでいるように見える。

しかし問題はその上にかかる謎のモヤだった。

モヤは水面だけではなくそこを通って伸びている根の周りを赤黒く染めており、その中に混じって何かがうごめいているのが見えた。

マリベル「どうしよう アルス!」

アルス「きっと あの もやの中の魔物が この異変の元凶だ! だからあいつをたたけば……!」

マリベル「でも どうやって あそこまで行くのよ!」

サイード「人体が触れて 平気な保証はないからな。」

アルス「……こうだ!」

[ アルスは トラマナを となえた! ]

少年が呪文を詠唱すると四人の周りを淡い光が包み込んだ。

アルス「行くよっ!」

そう言い残して少年はさっさと飛び降りていってしまった。

マリベル「ちょ ちょっとアルスっ!? もう 仕方ないわね! スラッグ! 妖精さんを頼むわよ!」

少女もそれに続いていく。

サイード「あんたは ここに 残れ。」

神木の妖精「いえ! わたしも 行きます!」

サイード「…戦えるのか?」

神木の妖精「わたしの 力が通用するかは わかりませんが わたしは このご神木と一心同体。」
神木の妖精「黙ってみているわけには いかないんです!」

サイード「…危なくなったら 逃げるんだぞ。」

神木の妖精「はい!」

力強い返事をすると、妖精は青年と共に水溜まりに向かって勢いよく飛び降りていった。

スラッグ「ピ ピキー…。」

そうして二人がいなくなった幹の上、残されたスライムの鳴き声が虚しく響いていたのだった。

スラッグ「…ピ……!」



272: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 13:07:55.69ID:kyvdl/RT0

アルス「みんな 来たね。」

幹の下では少年が仲間たちを待ち構えていた。

マリベル「もう! ドレスが びちょびちょじゃないの!」

少女がスカートの両端を掴んで抗議する。

アルス「あははは! ごめんごめん。宿に行ったら 洗って持っていこ?」

マリベル「むー。」

少年になだめられるも、少女は不満そうにそっぽを向く。



サイード「どうだ アルスっ 何がいた!」



アルス「向こうに 動きはないね。殺気は 伝わってくるけど。」

遅れてやってきた青年に返し、少年はゆっくりと辺りを見回す。

マリベル「あれ 妖精さん スラッグは?」

神木の妖精「あっ…… すいません 置いてきてしまったようです。」

少女の問いに気付いたのか、妖精は申し訳なさそうに幹を見上げる。

アルス「まあ ここより 上の方が 安全じゃないのかな。」

マリベル「しょうがないわねー 後で 回収しましょ。」

サイード「それより 今は……。」



*「グゴォーフ!」

*「ガゴォーフ!」



サイード「こいつらを 片付ける方が 先だ!」

靄の中から現れたのは血のように真っ赤な悪魔たちだった。

アルス「ざっと 10… いや 20は下らない数だね。」

マリベル「同じ顔が みごとに 並んだわね。こんなにいると むさくるしいわ!」

そう言って少女は腰に下げた鞭を構えて別の意味での毒を吐く。

サイード「…来るぞ!」

こうしてそれぞれがそれぞれの武器や防具を手に、おびただしい数の悪魔たちとの戦いが始まった。



273: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 13:09:41.85ID:kyvdl/RT0

マリベル「そこっ!」

まず先陣を切ったのは少女だった。
少女は固まって歩いているグループを見つけると鞭をしならせ轟音と共に空気もろとも悪魔たちを切り裂いていく。

*「グヒィッ……!」

マリベル「よわっちい くせに この マリベルさまと 戦おうなど 千年早いわね! ほほほ!」
マリベル「はっ!」

ものの数秒でケリがついてしまう戦いにはもう飽き飽きしているのだろうか、
少女はふんぞり返りながらも敵から注意を逸らさないという器用な芸当をやってのけている。

アルス「よしっ 来い!」

*「ゲッ……!」

一方の少年も水の抵抗を物ともせず、敵の攻撃をかわしながら一体一体無駄のない動きで切り裂いていく。

サイード「…負けてられないな。」

青年も負けじと湾曲した剣を片手に素早い動きで敵陣の中へと切り込んでいく。

神木の妖精「……消えなさい!」

そうして青年の散らした残党をエルフの娘が手から発する光で無に還していく。

別段連携を心がけているわけでもないが、自然とお互いの動きが噛み合っていく。
そんな不思議な感覚を覚えながら少年たちは少しずつ、確実にまもののむれを減らしていった。

アルス「残るは…!」

見ればあちこちに魔物の死骸が転がり、水に浄化されては消え、
這い歩く虫の如く蠢いていた悪魔たちも残すはあと数匹というところまできた時だった。

マリベル「あいつよ あいつ! あそこの デカイやつが こいつらのボスに違いないわ!」

少女が離れた位置からこちらを睨む悪魔を指さす。

その大きさは他にいる同じ者たちの優に三倍は越すであろう巨大な体躯であった。

*「ゴオォーフ!! よくも よくも やったな貴様らァ…!」

少年たちが周りを取り囲むとその巨大な悪魔は呻くような声で呪詛のような言葉を吐く。

*「オレ様が なん百年の月日を経て 復讐する機会を 待っていたとも知らずに……。」 

神木の妖精「復讐ですって!?」

*「そうだともォ! 俺は 仲間を消されて 貴様ら人間に敗走した あの時の恨みを忘れやしないのさァ!」

マリベル「なん百年~? あんた ねちっこい性格なのねえ。」

*「むん? その声… その姿……。」

お決まりの悪口をぶつける少女の顔をじっと見つめ、悪魔はピタリと動きを止める。

サイード「なんだ 様子がおかしいぞ!」

*「貴様ら… 貴様らまさか あの時の 人間ども……ッ!」
*「許さん… ゆるさんぞォ!」

悪魔は体を震わせいきり立ち、荒い息を吐きながら血走った目で少年たちを睨みつける。

*「貴様らを 皆殺しにし 今度こそ この忌々しい木を腐らせてくれよう!」





アルス「構えてみんな! くるっ!」



274: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 13:11:25.75ID:kyvdl/RT0

*「グゴオオオオオフ!」

少年の合図に全員が飛び退くと既にそこまで来ていた悪魔の前足が空を振った。

マリベル「あっぶな! お返しよ!」

少女は適当な根の端に鞭を巻き付けるとぶら下がり、
そのまま勢いを付けて空中から悪魔の顔目がけて強烈なとび膝蹴りを繰り出す。

*「グゲェッ!」

もろに衝撃受けた悪魔は慌てて反撃を繰り出すも、踊るような足さばきをする少女になんなくその攻撃をかわされ、
それどころか時折繰り出される拳や脚に太い腕を打たれていく。

*「ぐっ ぬ……!」

アルス「ここだ!」

そうこうしているうちに少年が懐目がけて疾風の如く潜り込み、片足を軸に水平に脚を回して真横に巨体を吹き飛ばす。

*「こ こしゃくなァ!」

再び頭に血が上った悪魔は体を起こして思い切り突進してくる。

神木の妖精「スカラ!」

サイード「むん…!」

しかしその一撃も防御魔法を受けた青年の剣に阻まれ、両者は拮抗状態に陥る。

アルス「くらえ!」

そこへ後から少年が飛び出し、悪魔の頭についている二つの角のようなものを切り落とす。

*「ギャアアアアッ!! このォ!」

痛みに悶えながらも悪魔は渾身の力で少年と青年を弾き飛ばす。

サイード「チッ!」

アルス「けっこう タフだね…!」

マリベル「根がなかったら もっと 派手にやれるってのにね!」

神木の妖精「すみませんが なるべく 傷つけないように お願いします!」

マリベル「わかってるわ 妖精さん!」

*「ナ…ニ……?」

その時、頭を押さえて呻いていた悪魔が急に静かになり、少女の後ろに立つ妖精を凝視する。

*「おまえが…… そうか おまえが この木の守護者かッ!」

そう言うや否や悪魔は目から眩しい光を発し、それまでとは比べ物にならないほどの速さで宙を駆け、
瞬く間に少年たちの後ろに回り込むとエルフの娘を鷲掴みにして飛び退いた。

神木の妖精「キャっ!!」

サイード「なっ!」

マリベル「妖精さんっ!」

*「こうなったら せめて… 貴様だけでもォ!」

恨めしそうな、そして恍惚な笑みを浮かべて悪魔は妖精を握りつぶそうと腕に力を籠める。

神木の妖精「ああああっ!!」

骨の砕ける音と共にその口から鮮血が吐き出されていく。

アルス「このっ……!?」





*「ピギイイイイッ!」



275: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:39:47.38ID:kyvdl/RT0

*「ぬおっ!」



少年が悪魔を阻止しようと走り出した瞬間、何者かが悪魔の体目がけて猛烈な勢いで飛び込みその体を仰け反らせた。

神木の妖精「か… はぁっ… げほっ げほっ!」

悪魔の手が緩んだことでエルフの娘は地に落ち、激しく咳き込んで荒い息を漏らす。

*「き きさま スライムごときが よくも やってくれたなァ!」
*「貴様なんぞ こうしてくれるッ!!」

スラッグ「ピキーーーっ!」

すぐに体勢を立て直して硬直するスライムを手に掴むと、悪魔は力に任せてその体を握りつぶしてしまった。

マリベル「スラッグ!!」

*「げ…へへ お 俺さまの 邪魔をするから こうな……っ!?」

アルス「っ!!」

ただのゼリー状の塊のかけらとなって飛び散ってしまったスライムを見下ろし、勝ち誇ったかのようだった悪魔の顔は、
突如後ろから放たれた殺気を認知した時には既に驚愕の色で染め上げられ、ただ天井を向いていたのだった。

*「ぐごぁあッ!?」

神木の妖精「……!?」

何故ならば眼にも止まらぬ速さで飛び込んだ少年が、姿勢を低くし片足を軸に水平に悪魔を蹴り転ばしていたからだ。

アルス「この野郎……!」

*「…おおっとォ!」

少年が獲物を突き立てようとした瞬間に我に返った悪魔は、わずかにそれを交わし、すぐに体を翻して後ずさる。

*「まだだァ! まだ 死ぬわけにはいかん! この木に 破滅を与えるまではなァ!」

そう言って再び攻撃の体制を取ると少年との距離をジリジリと詰めていった。



276: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:40:13.60ID:kyvdl/RT0

マリベル「スラッグ! しっかりするのよ!」

[ マリベルは ザオリクを となえた! ]

*「…………………。」

少年が悪魔と対峙する一方、少女はゼリー状の残骸が転がった辺りに向かって復活の呪文を唱えていた。

*「…………………。」

しかし物言わぬその塊たちはいつまでも沈黙を貫いたままだった。

マリベル「どうして… どうして 生き返らないのよっ!!」

少女がいらだちと焦りを顔に浮かべてわめき散らす。

マリベル「ザオリク! ザオリクザオリク! ……ざおりくぅ…!!」

まるで壊れてしまったかのように、すがるように何度も何度も同じ言葉を繰り返す。

サイード「マリベル……。」

マリベル「スラッグ! 返事をしなさいよ! へんじを……!」

神木の妖精「マリベルさん!」

マリベル「……!」

妖精が少女の言葉を遮るように名前を呼ぶ。

神木の妖精「残念ですが スラッグさんはもう……。ごめんなさい わたしのせいで……!」

マリベル「まだよ… スラッグは 死なせはしないわ! さっきまで あんなに 元気にしてたのに…!」

尚も諦めようとしない少女に妖精は足元に落ちている欠片を両手ですくいながら言う。

神木の妖精「復活の呪文は 完全に失われてしまった命を 生き返らせることはできないのです……。」
神木の妖精「あなただって それは 分かっているはずです。」

マリベル「…………………。」

妖精の言葉に黙ったままそれを見つめていた少女だったが、やがて立ち上がると振り向きもせずに語り掛けた。

マリベル「二人とも。」

神木の妖精「はい。」

マリベル「……スラッグを守って。これ以上 傷つかせたくないの。」

サイード「…わかった。」

マリベル「ありがとう。」

礼を伝えると少女は黙って悪魔と対峙する少年のもとへと歩き出した。



277: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:40:40.06ID:kyvdl/RT0

アルス「次は 外さないぞ!」

*「グゴヒャヒャヒャ!! 俺は死なん! おまえらごときに これ以上の 邪魔はさせんぞォ!」 

アルス「なら これでも 受け…!」

マリベル「アルス!」

アルス「…っ! マリベル!?」

マリベル「そこを どいてちょうだい。」

アルス「でも!」

マリベル「どきなさい。」

アルス「…………………。」

少女の有無も言わさぬ言葉に少年は自身の体を横にわずかにずらす。

マリベル「ありがと。」

抑揚のない礼を言い残してその横を通り抜けると、少女は根の壁に背を張り付けるようにして立ちはだかる悪魔の目の前へと歩み寄った。

*「あんだぁ? アマァ 恐れをなして おとなしく 俺に殺されにでも来たってのかァ?」



マリベル「半分正解ね。」



*「あぁ? どういうこ… げごふぅッ!!」

訝し気に少女に詰め寄る悪魔だったが次の瞬間、体が浮き上がり背後の壁にめり込んだ。

マリベル「半分の正解は “恐れをなして”と “おとなしく殺される”ってところよ。」

*「グ… ごはぁッ!!」

今度は顎を蹴り上げられ、激しく仰け反り頭から地面に強烈に叩きつけられる。

マリベル「半分のハズレは それが “アマ”じゃなくて “あんた”だってところよ!」

*「ガ……きさまっ! ごああっ!?」

仰向けに倒れた体を起こそうとする悪魔だったが、首を鞭に締め上げられ、その上から馬乗りになった少女にそれを阻まれる。

マリベル「これは あんたに しめ上げられた 妖精さんの分!」

そのまま少女は体に紫色のどす黒い空気を纏わせると悪魔の顔に向かって猛毒の霧を吹き付ける。

*「グエフッ! ごへァッ…! い いキ が……!」

マリベル「これは 猛毒や 汚いモヤに苦しめられた 世界樹の分!」

そして少女は魔力で練り上げた巨大な手を作り出し、喘ぎ苦しむ悪魔の頭をそれで掴むと、自身の拳を握り、巨大な手にその動きを再現させていく。

マリベル「そしてこれは! あんたに 握り殺された仲間の!」

*「ヤ やメ…!」

マリベル「あたしの大事な スラッグの分よ!!」 

*「ガアアアアアッ…!」

そして少女はその拳を力いっぱい握り締め、悪魔の頭をギリギリと圧していく。

マリベル「消えろッ!!」

断末魔をかき消すかのように少女が叫ぶと悪魔の頭は赤黒い体液をまき散らしながら、内側から爆発するように四散してしまった。

*「…………………。」

マリベル「…感謝しなさい。あんたたち 悪魔の大好きな 地獄の雷で送ってあげるわ。」

そう言って頭を失くした悪魔の体に手を当て、少女が目を見開いた時だった。





アルス「やめて マリベル。」



278: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:41:14.40ID:kyvdl/RT0

少年が少女を背中から抱き、その腕を両手にからめとる。

マリベル「……っ!!」

少女の腕を走る黒い雷光が、少年の腕を真っ黒に焼いていく。

マリベル「止まないで アルス! これはあたしの 復讐なのよ!」

少女は少年の静止を聞かず、尚も腕の雷を大きくさせていく。

アルス「ぐ……! もう そいつは死んだんだ! それ以上する必要はない!」

マリベル「ダメよ! こいつは 世界樹だけじゃなくて スラッグにまで 手をかけたのよ。」
マリベル「地獄の炎よりも苦しい 罰を 与えるべきなんだわ!」

少女の腕はもはや真っ黒に染め上げられ、少年の指先は炭のようにボロボロと崩れ落ちていった。

アルス「それでもダメだ! きみは……君は そいつと同じになりたいとでも 言うのか!」

マリベル「……っ!」

少年の言葉に少女は少しだけ腕の雷を弱める。

アルス「今の君をみて 彼が 喜ぶとでも 思うのか!?」
アルス「復讐のために 死神のように 敵をいたぶる君をみて スラッグが 喜ぶとでも 思ったのかっ!!」

マリベル「…スラッグ……。」

アルス「ぼくは嫌だ。そんな風に 復讐に身を焦がすような 君なんて見たくない!」
アルス「どうしてもというのなら ぼくが 君の代わりに こいつを消してやる。」
アルス「だから 目を覚ますんだ! マリベルっ!」

マリベル「……アルス。」

少女の呼び起こした雷が、ゆっくりと収束していく。

マリベル「…………………!」

その時初めて少女は自らの呼び起こした雷が少年の手を焼き焦がしていることに気が付いた。

マリベル「アルスっ! て 手が……。」

アルス「……いいんだ。」

少女は自分の行動の愚かさを悔いていた。

理由こそ違えど復讐のために無意味な破壊や必要以上の暴力を行うのは、先ほどまで醜く笑っていた悪魔たちと何が違うのだろうかと。

そして冷静さを欠き、見境を失くしたがために自らの愛する人にした仕打ち。

マリベル「…ごめんなさい……。」

あふれ出る後悔が、そのまま涙となって少女のまなじりからあふれ出す。

アルス「……いいんだ。」

ボロボロになった腕で少女の体を力強く抱く少年の瞳には、足元で揺れる水面に滴る雫が小さく映し出されていた。



279: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:41:40.45ID:kyvdl/RT0

サイード「どうやら 終わったようだな。」

悪魔の断末魔が響き渡った後、辺りを覆っていた黒いモヤも次第に薄れ、地下は透き通った水面と澄んだ空気に包まれていった。

神木の妖精「あ アルスさん マリベルさん!」

アルス「やあ。」

戻ってきた二人に気付き妖精が呼びかけると少年もそれに呼応してみせる。

神木の妖精「レッサーデーモンは……!」

アルス「倒しましたよ。体も 世界樹に浄化されて 結局 消えました。」

神木の妖精「そうですか… 良かった……!」

妖精は安堵のため息を漏らす。

マリベル「…スラッグは?」

神木の妖精「はい… 私たちで かけらを 拾い集めて……。」

サイード「彼なら ここだ。」

少女の言葉にそう言って答えると、青年は自分のマントに包んだ亡き仲間のかけらを少女に見せる。

神木の妖精「わたしも 何度も 試みたのですが……。」

サイード「…やはり 戻って来てはくれなかった。」

マリベル「そう……。」

少女は青年の持つマントの上をじっと見つめる。

マリベル「…………………。」
マリベル「ねえ サイード。」

サイード「なんだ。」

マリベル「それ… 少しの間借りてもいいかしら。」

サイード「ああ しかし… いや わかった。」

一瞬真意を測りかねた様子の青年も、まっすぐな少女の瞳に何か察しがついたらしい。

マリベル「ありがとう。」
マリベル「みんな 戻りましょ。 ……リレミト。」

そう言って少女が青年の手からマントを受け取り、皆を集めて脱出の呪文を唱えると、
一同を光が包み込み、あっという間に辺りは静寂に包まれたのだった。



280: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:42:08.44ID:kyvdl/RT0

少女たちが井戸の前に戻ってきた時には既に日は暮れ、物悲しく町の景色を朱に染めていた。

今は昼に会った老婆もいない。

マリベル「サイードは 先に 町長のところへ 報告に行ってあげて。」

サイード「…ああ わかった。」

神木の妖精「マリベルさんは どうするのですか?」

マリベル「世界樹のところへ 行くわ。」

アルス「…………………。」

サイード「それじゃ また 後でな。」

マリベル「ええ。」



281: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:42:36.73ID:kyvdl/RT0

そうして町長の家の前で青年と別れた少女たちは再び世界樹のもとへとやってきた。

少女の手にはまだ包まれたマントが乗ったまま。

神木の妖精「マリベルさん いったい 何をするのですか…?」

マリベル「この子をね。」

そう言って少女は片手でマントの上をそっと撫でる。

マリベル「手厚く 葬って あげたいのよ。」
マリベル「それが こんな形で この子の命を奪ってしまった私からの せめてもの 償いになればね。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「……手伝ってくれる?」

アルス「…………………。」
アルス「もちろんだよ。」



282: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:43:31.46ID:kyvdl/RT0

少年と少女は妖精の見守る中、世界樹の根元に小さな墓をこしらえ始めた。
墓とは言っても墓石のようなものはなく、ただ穴を掘って十字に縛った枝を刺しただけの粗末なものだったが、
一つ一つ丁寧に、労わる様に作っていった。

そしてぽっかりと空いた穴の中にマントの中で眠っていた仲間をゆっくりと注ぎ込むと、
上から布団をかぶせるように優しく土を盛り少女は下に眠るそれに小さく語り掛ける。

マリベル「……ごめんなさい スラッグ。あたしが あんなところまで 連れて行ったばかりに こんな目に 合わせてしまって。」
マリベル「でも あなたの おかげで 妖精さんと 世界樹を助けることができたわ。」
マリベル「自分よりも強い相手に みんなを助けるために 立ち向かった あなたの おかげで。」
マリベル「……あなたの 勇気が このご神木を救ったの。」

神木の妖精「マリベルさん……。」

マリベル「ううん。いいのよ 妖精さん。」
マリベル「…アルス! ……わがまま 言っていいかしら。」

悔しそうな顔で俯く妖精に気にしないように伝えると、少女は少年を呼んだ。

アルス「なんだい?」

マリベル「せかいじゅの葉と 最後のしずく …あたしにちょうだい。」

アルス「…………………。」
アルス「わかった。」

マリベル「ありがとっ。」

そう言って少年から手渡された二つの貴重品を受け取ると、少女は盛り上がった土の上に葉を置き、しずくで濡らしていった。

そして墓の前にかがんでゆっくりと目を閉じ、静かに祈りをささげると再び少年たちのもとへ歩き出す。

マリベル「さ! これでいいわ。行きましょう アルス。」

アルス「もう いいのかい?」

マリベル「うん。ちゃんと お別れできたわ。」

神木の妖精「お二人とも 本当に ありがとうございました。このご恩は 決して 忘れません。」

マリベル「いいのよ。それに あたしたちじゃなくて お礼は スラッグに言ってあげて?」

神木の妖精「……はい!」

アルス「それじゃ ぼくたちはこれで。妖精さんもお元気で。」

神木の妖精「また いつでも遊びに来てくださいね。わたしも …そして 彼も きっと 歓迎いたします。」

マリベル「わかってるわ。じゃあね!」

そう言って少女は後ろを振り返り、誰にも聞こえない声でそっと呟いた。





マリベル「さようなら スラッグ。]







マリベル「小さな勇者さん…。」



283: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:51:51.30ID:kyvdl/RT0

サイード「戻ったか アルス マリベル。お父上が 首を長くして待っていたぞ。」

町へと戻ってきた少年と少女に砂漠の民の青年が駆け寄る。

アルス「かなり 遅くなっちゃったから 父さん 心配してるかな。」

マリベル「ごめんなさい 待たせちゃったわね。」

サイード「いや 気にするな。おまえたちのことだ 彼のことを 葬ってやったんだろう?」

アルス「…まあね。」

マリベル「はい これ あんたのマント。シミになっちゃったけど……。」

少女は借りていた布を青年に手渡すと大きなシミを見て俯く。

サイード「いや このままでかまわん。これからの旅に 彼がついていれば 心強いだろう。」
サイード「それに 彼の勇気を いつでも 思い出せるからな。」

青年はその優しくシミを撫でるとすぐに自分の首に巻き付けた。

アルス「優しいんだね サイードも。」

サイード「ふん。どうだかな……。」
サイード「最初はただ 魔物だからという理由だけで 彼のことは あまり 信用していなかったのも事実だ。」
サイード「結果的に 彼がいなければ どうなってたかも 分からないというのにな。」

マリベル「…仕方ないことよ。誰だって 魔物と見れば 最初はそう思うわ。」
マリベル「でも 覚えていてちょうだい。どんな見た目の魔物だって 必ず 心を通わせることできる子も いるんだってことをね。」

サイード「……ああ 肝に銘じておくよ。」

少女の言葉に青年は力強く頷いてみせる。

アルス「…そうだ サイード せっかくここで会えたんだから 今日は 一緒に夕飯でもどう?」

マリベル「いいわね! あんたにはいろいろと 聞きたいこともあったし。うふふ…。」

サイード「むっ そうだな。おまえたちの 旅の話を もっと聞きたかったしな。」
サイード「この サイード ご一緒させて いただくとしよう。」

マリベル「そうと決まれば はやく 宿にいきましょ! ボルカノおじさまも コック長も きっと 喜ぶわ!」

そう言って少女は二人の腕を引っ張り町の南に向かって歩き出す。

アルス「わわっ マリベル待ってよ!」

サイード「ちゃ… ちゃんと 歩くから そんなに 引っ張らないでくれ!」

少女に引きずられるように歩き出した二人もどこか楽しげで、今晩の話に期待を膨らませながら仲間の待つもとへと急ぐのだった。



284: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:52:29.61ID:kyvdl/RT0

サイード「そうか… 噂には聞いていたが おまえたちの旅は なにかと想像を絶するものだったんだな。」

夜も更け町が静かになった頃、それとは反比例するかのように宿のラウンジは盛り上がりを見せていた。

マリベル「ったく 苦労したんだから。どこ行っても 無理難題の連続ってもんね!」

食事を済ませた少年少女と青年は三人で卓を囲んで酒盛りをしていた。

サイード「しかし それのおかげで おれたちは こうして平和に暮らしていけてるんだ。」
サイード「本当に 感謝している。」

少しだけ顔を赤く染めた青年がかしこまったように二人に頭を下げる。

アルス「いやぁ……。」

マリベル「ホント あんたみたいに みんな感謝してくれるんだったら もうちょっと 士気も上がってたかもねえ。」

そう言って少女は盛大な溜息をつく。

アルス「まあ ぼくらも 途中まで 自分たちの好奇心でやってたからね。」

マリベル「まあね 別に 人から 感謝されるために やってたわけじゃないからねえ。」

サイード「いや 英雄というのは みな 不遇なものだな。」

マリベル「あら あたしは まんざらでもないわよ?」

にやりと笑って少女は隣に座る少年の肩に手を乗せて言う。

マリベル「こうして また平和な世界を 満喫しながら 歩けるんだから あたしたちだって ちゃんと 報われてるわよ。」

アルス「…そうだね。」

肩に乗せられた少女の手を自らの手で覆いながら少年がそれに応える。

サイード「…ふっ 敵わないな おまえたちには。」

マリベル「あーら あんただって ホントは 隅に置けないやつ なんじゃなくって?」

苦笑する青年に少女が悪戯な笑みを浮かべて言う。

サイード「な なんの話だ?」

マリベル「とぼけちゃってー 本当は 女王さまと 何かあるんじゃないのー?」

小さなグラスに注がれた深い琥珀色の液体を一口に飲み干して少女が言う。

サイード「いや 女王様は おれたちにとっては 大地の精霊様や 神に近しい存在だ。」
サイード「そんな お方となど……。」

マリベル「なら その赤い顔はなんなのよ~ うふふふ……。」

サイード「酒のせいだろう。」

アルス「マリベル 今日は いつになく 上機嫌だね。」

マリベル「あら そうかしら? それにしても これ きついけど…… いい香りで 癖になるわね…。」

そう言って少女は自分の盃に再び芳醇に香る液体を注ぎ込んでは鼻を近づける。



285: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:53:09.51ID:kyvdl/RT0

サイード「あれだけあった 生命の水が ほとんど 空だな…。」

生命の水と呼ばれるその液体は水の綺麗なこの地方ならではの名産として古くから伝えられている麦を使用した飲み物だった。
生成される過程で蒸留を繰り返すことで非常に“きつく”なるのだが、水を加えることで香りや味わいが花開き、複雑で繊細な顔を見せる。
それはまるで生命が生まれ、老い、そして無に還る無限の営みの一瞬を切り取ったかのような美しさを持ち、
一度口にすれば体を目覚めさせ、精神を漲らせ、やがて眠りへと導いていく。少女はそんなこの生命の水に心酔していたようだった。

マリベル「ふふっ これ お土産に もう一本もらってこうかしらね。」

アルス「きっと ご両親 ひっくり返るかもね。」

マリベル「うちの親は 別に 弱いわけじゃ ないわよ?」

サイード「まあ おまえを見ていたら それも 納得できるが。」

マリベル「とーにーかーくっ! あんたはきっと 何か 隠しているわね?」

“ズビシッ”

再び少女の指先が青年の顔に向かう。

サイード「むっ まだ その話を引っ張るか!」

アルス「あははは…… マリベル もうそろそろ 寝ようか。」

マリベル「なによう! もうちょっとくらい からかったっていいじゃない!」

サイード「おれを からかっていたのか!」

マリベル「あんたみたいな カタブツは ちょっとからかわれて 赤くなってる方が 可愛げがあるのよ!」
マリベル「きっと 照れた あんたを見たら あの真面目な 女王さまだって…… ふふふ。」

サイード「あ アルス! はやく そいつを連れて 部屋に戻ってくれ!」

マリベル「あ! あんた 分が悪いからって 逃げるきねえ?」

アルス「はいはい マリベル そのくらいにして もう行こう? ね?」

マリベル「ぬぬう……。」
マリベル「わかったわよ…… しょうがないわね!」

そっぽを向き、頬を膨らませて腕組しながら少女は歩き出す。

少年に肩を抱かれて。

サイード「ふう…… ようやく 解放されたか。」
サイード「マリベルのやつ 調子に乗って こんなに飲むとは……。」

そう言って青年は卓の下に置かれた 空瓶の束を見てため息をつく。

サイード「……女王様…か。」

誰にも聴き取れぬような声でそっと呟くと、青年は普段はマントに隠れている首に下げられた物に手を当て、
物思いにふけるように少量だけ満たされている自分のグラスを見つめるのだった。



286: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:53:41.56ID:kyvdl/RT0

マリベル「つまんないのー もうちょっとで あいつの 秘密を暴けると思ったのにー。」

アルス「マリベルも 意地悪だなあ。」

マリベル「なによ アルスまでぇ! ふんっ。」

アルス「あははは… ごめんごめん。」

マリベル「しーらなーい! アルスなんて だいっきらいよーだ。」

アルス「よわったなあ。」

マリベル「ふーんだ。」

アルス「…………………。」

マリベル「……はあー。」

少女が盛大なため息をつき少年に背を向けてベッドに座り込む。

アルス「マリベル。」

マリベル「なによっ ばかアル……ス?」

アルス「…………………。」

マリベル「あるす……?」

気付けばいつの間にか後ろにやって来た少年に背中を抱きしめられていた。

アルス「ごめん。ぼくも 意地悪言うつもりは なかったんだ。」

マリベル「……いじわる。」

アルス「うん。」

マリベル「ばかアルス。」

アルス「うん。」

マリベル「もうっ 顔が見えないじゃないの!」
マリベル「えい!」

アルス「えっ?」

次の瞬間少年は宙を舞い、ベッドに横倒しにされていた。

マリベル「うふふふ! ばーかばーか。」

少女はいつの間にか笑っていた。それも心底楽しそうな顔で。

アルス「…は ははは!」

マリベル「あはははっ!」

釣られて少年が笑い出し、少女もそれに負けじと腹を抱えて笑う。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

そしていつしか視線が合うと、どちらからともなく二人は唇を重ねるのだった。

しばらくお互いの感触を確かめ合っていた二人だったが、やがて少しだけ間を開けると、少女ははにかんだ笑顔で俯き、少年の胸に顔を埋めて呟く。

マリベル「やっぱり好き。」

少年は少女の背中に腕を回すと、花に似た香りのする美しい髪に顔を落とし、鼻で思い切り深呼吸する。

アルス「おやすみ マリベル。」

マリベル「おやすみなさい アルス…。」

そして二人はお互いの存在を離すまいと疲れた体を寄り添わせ、そのまま夢の中へと落ちていくのだった。

真夜中にもかかわらずどこからともなく聞こえてきた小さな鳴き声に青い鳥の姿を思い浮かべながら。





そして……



287: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:54:09.18ID:kyvdl/RT0

そして 夜が 明けた……。



289: ◆N7KRije7Xs:2017/01/02(月) 14:55:17.17ID:kyvdl/RT0

第10話の主な登場人物

アルス
世界樹を救うためにクレージュの地下へ。
無用な殺生はしないがマリベルの手を汚すくらいなら自分がやる。
色んな意味で暴走するマリベルを止める鎮静剤。火に油を注ぐこともあるが。

マリベル
スラッグを目の前で殺され激怒。
自分もアルスも焼き尽くさんばかりの力で魔物を葬り去る。
旅を通して魔物に対する見方も大分変わってきている。
実は酒豪。

ボルカノ
今回は一人で町長の元へ締約書を届けに行く。
たとえ英雄という大使がいなくとも任務はしっかりこなす。
魔物が現れようと動じない。

コック長
物の見方は非常に柔軟。
不測の事態でも冷静に動く。

神木の妖精
世界樹を見守る森の妖精。
アルスたちと共に世界樹に仇なす魔物たちを退治するべく戦いに身を投じる。

サイード
砂漠の民の青年。世界を旅する真っ最中。
偶然立ち寄ったクレージュで事件を知り、
原因の解明のために地下へと潜ったところアルスたちと再会。共闘する。

スラッグ
クレージュ周辺に住んでいた何の変哲もないスライムだったがマリベルに拾われ、
メタルキングとの戦いを経て飛躍的に成長。人語を解するように。
神木の妖精のピンチを救うべく身を呈し、命を落としてしまう。



294: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:15:53.56ID:XE7nrcf00

航海十一日目:名もなき小鳥 / 砂漠の夜



295: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:16:34.83ID:XE7nrcf00

ボルカノ「おう 待たせたな お前たち!」

*「船長!! みんな おかえりなさい!」

翌朝、朝食後すぐに宿を後にした一行は仲間の待つ船まで戻って来ていた。

*「首尾はどうでした?」

ボルカノ「締約については ほとんど 問題なかった。じきに ここにも 船着き場を 作ってくれるとよ。」
ボルカノ「もともと 争いとは無縁な町だから やっぱり 他所の船を守るチカラはないって 話だったけどな。」

*「そうですか。」

*「……あの 妖精のネエちゃんは どうしたんです?」

銛番の男が少年たちを見回して尋ねる。

アルス「無事 問題を解決したので 世界樹のところへ 帰りました。」

*「そうか アルスたちも ご苦労さんだったな!」

*「ところで そっちの あんちゃんは……。」

漁師の一人が少年たちの後ろに立つ青年に気付いて声をかける。

サイード「砂漠の民の サイード と申します。」
サイード「世界を旅している途中ですが 訳あって この町で アルスたちと再会しました。」
サイード「この度は ボルカノ船長のご厚意で 次の地まで ご一緒させていただくことに なりました。」
サイード「みなさん どうぞ よろしくお願いします。」

漁師の疑問に答えるように青年は乗組員たちに挨拶をする。

*「こりゃまた 礼儀正しそうな あんちゃんだ! おれたちは この船で漁師をやってるもんだ。一つ ヨロシクな!」

*「ぼくは この船で コック長と共に みんなのご飯を作ってる飯番です。どうぞよろしく!」

サイード「よろしくお願いします。」

それぞれが自己紹介を終えたところで船長が号令を出す。

ボルカノ「よし! あいさつはそれまでにして そろそろ出発するぞ!」

*「「「ウスッ!!」」」

*「全員乗ったか! 錨を上げるぞ!」

*「おう!」

船員たちの掛け声と共に海中から錨が引き上げられ、
新たな仲間を加えた漁船アミット号はゆるやかな東の風を受けて再び大陸間の海域を滑り始めたのだった。



296: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:17:23.98ID:XE7nrcf00

マリベル「これでしばらく こことも お別れね……。」

船が走り出し、遠ざかる岸辺を見ながら少女が誰にともなく語り掛ける。

アルス「…そうだね。」

サイード「世界樹の回復を 見届けなくて良かったのか?」

マリベル「いいのよ。元凶はやっつけたし この目で モヤが消えるのを見たんだもの。」

青年の問に少女はあっけらかんと答える。

サイード「心残りは もう ないんだな?」

マリベル「スラッグのこと? そうね……。」

少女はしばし静かに揺れる海面を見つめていたが、やがて遠い岸辺の方を見やると自分の胸の内を語りだした。

マリベル「アルスにはさ たしか 言ったことが あったっけ。」

アルス「…………………。」

マリベル「死が かならずしも その人の価値を なくしちゃうとは かぎらない… ってね。」

サイード「…………………。」

マリベル「それが 人でも 動物でも… 魔物でもおんなじよ。」
マリベル「スラッグは確かに 死んじゃったわ。けど……。」
マリベル「あたしは あの子のこと 絶対に忘れないわ。あの子のことも あの子の勇気も。」
マリベル「たったの半日だけだったけど… あの子と過ごした時間も。」

そこまで言って少女は大きなため息をついた。

サイード「…そうか。」

そう返して青年は、昨晩宿に預けたままにしていた自分の相棒の頭をそっと撫でる。

*「にゃーう。」

少女が嬉しそうに喉を鳴らす茶虎猫を見つめていると、急に少年が声を上げる。

アルス「あっ あれ!」

マリベル「どうしたのよ? 大きな声だし… あっ!」

サイード「む? あれは……。」



297: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:18:20.16ID:XE7nrcf00

少年が見つめる先には二匹の鳥がいた。
片方は二日前この船に迷い込んできた美しい青色の鳥。
もう片方はこれまた天をそのまま映したかの如く澄んだ水色をした鳥だった。

アルス「やあ 妖精さん! また 鳥の姿に戻ったんだね。」

呼びかけられた青い鳥は少年のもとへ降り、その手に小さな茶器のような物を落とす。

アルス「これは……?」

マリベル「ねえ それって エルフののみぐすり じゃない?」

少女の言葉を肯定するように青い鳥は少年の腕に止まり、“チチッ”と鳴いてみせる。
どうやら少年たちに礼を言いに来たかのようであった。

サイード「そっちの 水色の鳥は?」

青年が疑問を口にするとその鳥は少女の腕に止まり、口にくわえていた葉を少女に向ける。

マリベル「えっ これをあたしに?」

少女の問いかけに、水色の鳥は少女が差し出した掌にそれを落としてみせた。

*「チチチッ!」

短く一回だけ鳴くとその鳥はもう一羽と共に水の都の方面へと飛んで行ってしまった。

アルス「行っちゃったね。」

空の色に紛れて見えなくなった二羽の鳥を見送り、少年が呟く。

マリベル「……うん。」
マリベル「あっ……。」

同じようにその後を眺めていた少女だったが、ふと手に置かれた葉を見ると驚いた様子で固まってしまった。

アルス「どうしたの? マリベル。」

マリベル「……ううん。なんでもないのよ。」

サイード「その葉は… 世界樹の葉か?」

マリベル「そうみたいね。」

アルス「でも さっきの見慣れない鳥は いったい……。」

マリベル「…ふふっ さーてね。」

首をひねる少年を横目に少女は少し寂しそうに、それでいて嬉しそうな複雑な表情をしていた。
そうして消えてしまった鳥たちの後ろ姿にポツリと呟いたのだった。





マリベル「ありがとう。名もなき鳥さん。」





少女が胸に抱いた世界樹の葉にはくちばしで開けたような小さな穴が連なっていた。

小さく、形が崩れて少し見辛かったものの、よく見るとそれは文字になっていた。

たった一言の短い言の葉。

だが、そこには確かにこう書いてあった。



[ あ・り・が・と・う・ま・り・べ・る ]



鳥たちを見送る少女の瞳はいつもよりきらめいて見えたが、それに気づいたのは少女の横顔をじっと見つめていた少年だけだった。



298: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:19:09.26ID:XE7nrcf00

*「船長 確かに ここの海底は 浅いようですぜ。」

ボルカノ「そろそろ 始めるか…。」

ボルカノ「お前ら アミの準備だ!」

*「「「ウスッ!」」」

出航から早数刻、日も徐々に昇り温かくなり始めていた頃、漁船アミット号の上ではあわただしく男たちが漁の準備に取り掛かり始めていた。

アルス「この辺では どんな魚がかかるのかな。」

ボルカノ「今回は 底曳き漁だからな。いつもと違った連中が かかるだろうな。」

漁師の親子が今日の獲物の予想を付けていると、後ろから砂漠の民の青年が声をかけてきた。

サイード「ボルカノ殿!」

ボルカノ「ん? どうした サイードくん。」

サイード「おれにも 手伝わせてくれませんか!」

アルス「えっ?」

ボルカノ「ん まあ 別にダメとは言わないが どうしてまた?」

サイード「はい 乗せていただいた 恩義もありますが 何より おれはもっと 世の中のいろんなことを知りたいんです。」
サイード「どうやって 海の食材が自分たちのもとに 届いているのか そして それに携わる人々の 苦労 努力 喜び。…少しでも 知りたいんです。」

アルス「サイード……。」

ボルカノ「わっはっは! こりゃ 見習わなければ いけないのは 俺の方かもしれんな。」
ボルカノ「そのあくなき探求心 熱い心 旅の者にしておくには もったいないくらいだ!」

サイード「では…。」

ボルカノ「おう! 是非とも 漁の厳しさを 見ていってくれ。きみのこれからの 糧になれば オレたちも 本望だしよ。」

サイード「感謝いたします!」

ボルカノ「よーし おまえら 網を投げるぞ!」

*「「「ウスッ!!」」」

こうして青年を加えて男たちは大きな網を比較的浅い海へと投げ込み始めた。

マリベル「ふふっ。おいしいのが 獲れるかしらね!」

これまでとは違う環境での漁に少女も期待を寄せて笑みを浮かべている。

砂漠の大陸と水の都の大陸に挟まれたこの海域ではいったい何が姿を現すのだろうかと。



299: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:19:50.20ID:XE7nrcf00

ボルカノ「む こんなところか。」

漁を始めてまだそれほど時間が経っていないにも関わらず、漁師頭は網の引き時を感じているようだった。

アルス「え? もう引き揚げるの?」

それに驚いた息子が父親に尋ねる。

ボルカノ「ああ そうだ。」
ボルカノ「底曳き漁ってのはな あんまり長い時間 やっちまうと 海の底にあるもの 根こそぎ獲っちまうだろ?
そうなると その辺りの生態系に悪影響が出てな 次以降の収穫が 悪くなっちまうかもしれないんだ。」

マリベル「なるほど ちょっとずつ 資源を分けてもらう って感じなのね。」

ボルカノ「さすがは マリベルちゃん 理解が早いな。」

マリベル「うふふ。ボルカノおじさまったら お上手なんだから。」

そう言って少女は少し照れたように体をよじらせる。

サイード「漁も節度をもってやらねば いつかは 自分たちの首を 絞めることになるのか……。勉強になるな。」

ボルカノ「そいつは なによりだ。」

納得したように頷く青年に船長は満足げに微笑む。

ボルカノ「よし おまえら アミをあげるぞ!」

*「「「ウースッ!」」」

そして船長の掛け声で再び甲板が動き出し、乗組員たちが一斉に網を引き揚げる。

アルス「……っ!」

サイード「ぬう…!」

*「おまえら 息を合わせていけよーっ!?」

*「そーれぃ!」

マリベル「そーれ!」

ボルカノ「それ! そんなに 時間はかからねえ! 一気に引き上げるぞ!」

*「「「ウース!」」」

漁師たちは力いっぱい綱を手繰り寄せ、ほどなくして沢山の獲物を捕らえて膨らんだ網が姿を現した。



300: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:20:40.38ID:XE7nrcf00

アルス「す すごい…!」

網から飛び出してきた海の幸の山に少年は思わず感嘆の声を漏らす。
普段獲れる魚たちとは全く異なる姿をした甲殻類、貝類、
果てには生き物なのかもよくわからないような鈍い動きで這いまわる謎の物体。
港町フィッシュベルの少年でさえ滅多にみることない宝の山がそこには広がっていた。

マリベル「あんな 短時間でこんなに……! お おほ おほほほっ!」

同じく少女も信じられないとばかりに引きつった口から乾いた笑いがこぼれる。
どうやら金属のスライム達と対峙した時のような興奮と高揚感を覚えているらしい。

サイード「どうりで 重たいわけだ……。」

どうやら青年は慣れない作業に少し堪えたようで、軽く肩で息をしながら目の前の光景をぼんやりと見つめている。

ボルカノ「わっはっはっ! 初めてだから ちょっと 厳しかったか?」

サイード「な なんの! まだまだ おれは動けます。」

ボルカノ「それじゃ 引き続き 後片付けも 手伝ってもらうとしよう。」

サイード「はいっ!」

船長の言葉に元気よく返事をすると、青年は色々なものが引っかかったままの網の方へと向かって歩き出す。



301: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:21:18.78ID:XE7nrcf00

コック長「いやいや こりゃまた ずいぶんたくさん獲れましたな。」

マリベル「もう ビックリしちゃったわ! 底曳き漁って すごいのね!」

先ほど獲りすぎはいけないと聞いたばかりの少女だったが、今は大漁の興奮が冷めないのか楽しそうに料理人たちに話しかけている。

マリベル「ねえ コック長! これどうやって 食べるの!」

コック長「まあ マリベルおじょうさん そんなに 慌てなさんな。」
コック長「貝や蟹は 塩ゆでが 一番でしょうな。ただ これだけ ありますし 色々と工夫してみましょう。」

*「ただ 調理に手間のかかるものが 多いですからね 鮮度の落ちないうちに さっさと 作業に取り掛かりましょう!」

マリベル「ふふふ もう お腹ぺこぺこよ!」

調理場から聞こえてくる楽しそうな声を聴きながら二匹の猫が扉の前でじっとおこぼれを待つ。

そんな光景は、もはやなるべくしてなったと言えよう。



302: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:23:02.95ID:XE7nrcf00

サイード「これは……すごいな。」

網の手入れが一段落し、今は昼時。

太陽がちょうど天長を過ぎた頃になってその日の昼食は始まった。
食堂に降りてきた青年は感嘆の声を漏らし、海の幸を嫌というほど見てきた漁師たちも次々と息をのむ。

アルス「わ こんなにたくさん!」

マリベル「うふふ。すごいでしょ! あたしも 流石に疲れたわよ。」

コック長「それにしても マリベルおじょうさんの 手際の良さが 光りましたな。」

マリベル「これでも 料理には そこそこ 自信があるんですからねっ!」

サイード「いや しかし これほどまでとは……。」

マリベル「どう? 見直したかしらん?」

サイード「ああ。すごいな おまえは。」

マリベル「わかれば いいのよ! おほほ。」

ボルカノ「うし それじゃ 順番に飯にするとしようか。」

*「「「ウス!」」」

船長の合図で何人かの漁師は見張りと操舵に戻り、残った者たちは先に昼食にありつくこととなった。

ボルカノ「しかし 見事な盛り付けだな。」

コック長「料理は視覚でも 味わうものですからな。わしも それなりに 見た目についてはうるさい方ですが……。」

丁寧に皿に盛りつけられた貝や底魚の刺身に、
サラダを覆うようにして円状に並べられた茹で蟹のむき身、二枚貝の殻をそのまま皿として使った一品。
どれも美しく華やかに彩られたもので、とてもここが漁船の中とは思えない光景だった。
そんな船長の感想に料理長は思わず少女の顔を横目に見る。

マリベル「な なによ そんなに ジロジロ見ないでちょうだい?」

コック長「いや 失敬。」

何も普通の昼食にここまで趣向を凝らす必要などなかったのであろうが、先ほどの漁がよっぽど楽しかったのか、
少女がいつになく気合を出して調理に臨んでいたことが料理人たちにはよく分かっていた。
どうせ漁師たちは遠慮なしに食べてしまうのだが少女にとってはそんなことはどうでもよかったようである。

マリベル「どうかしら?」

アルス「うん おいひいよ!」

マリベル「うふふっ。」

どんな形であれ少女の努力は少年のこの一言で報われてしまうのだから、
その場の誰もがどんな反応を見せようがそれは些細なことなのかもしれない。

サイード「お熱いもんだな……。」

呟かれた青年の言葉は漁師たちの楽し気な会話の中に埋もれどこへやら。
彼らにしてももはや見慣れた光景であったし、
目のやり場に困るほどのことはしていないためこれといって非難する者もおらず、温かい目でそっと見守るだけだった。

サイード「…………………。」

そしてご馳走を平らげた漁師たちが次々と席を後にし、入れ替わりで甲板から戻ってきた者たちが再び席についてまた会話に華を咲かせる。
この漁船にあふれている和気あいあいとした陽気で楽し気な雰囲気は、
短い時間ながらもそれまであまり集団で行動することのなかった孤独な青年にとって何か思うところがあったようだった。

*「……ふにゃあ。」

サイード「…ふっ……。」

足元でおこぼれを預かる茶虎猫を撫でながら青年は柔らかく微笑むのだった。



303: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:24:59.15ID:XE7nrcf00

昼下がり、西に船が進むにつれて気温は下がるどころか返って暑さすら感じる。

やがてやってくる夕暮れ時には急激に気温は下がっているのだろうか。

そんなことを考えていた少年が残りの網の手入れをしていた時のことだった。

アルス「ん? あれ?」

網の端に何かが引っかかっているようだった。

紅く、網の色と相まって見落としてしまいそうなそれは固く、しかし不思議な光沢をもつ角のようであった。

マリベル「なにそれ …サンゴかしら?」

アルス「そうみたい。」

近くで見張りをしていた少女が横からしゃがんで覗き込んでくる。

マリベル「……キレイね。」

アルス「そうだね。」

マリベル「…どうしたの?」

少女は思案顔の少年を見つめて問う。

アルス「…………………。」
アルス「マリベルはさ サンゴの洞くつ…… そこの 過去の世界にいた 二人の幽霊のこと覚えてる?」

マリベル「……覚えてるわよ。」

アルス「いやさ 結局あの二人は どこの国の王子さまと召使で あの時代は 結局いつだったのかとかさ。」
アルス「考えたら 止まんなくて。」

マリベル「さーねえ。あたしたちの行った 過去の世界 以外にも いろんな時代があるんだから そのうちのどこか かもしれないしね。」
マリベル「でも 言われてみれば変よね。だって あたしたちは 過去と現代の間で 完全に滅亡した村は知ってるけど 国はなかったはずよね。」

アルス「亡ばなくとも 魔物に攻め込まれたりした国が あったってことなのかな。」
アルス「少なくとも あれは決戦の辺りの時代だと 思うんだけど。」

マリベル「…わかんないわね あの人 あんまり 多くを語ってはくれなかったし。」
マリベル「でも……。」

アルス「でも?」

マリベル「あたしたちは 魔王を倒して あの人たちは 安らかに成仏した。それでいいじゃないの。」

アルス「…………………。」
アルス「うん そうだね!」

マリベル「あの人たちも きっと今頃 天国で楽しくやってるわよ。」

そこまで言って少女は再び少年の手に持つサンゴの欠片を見つめる。

マリベル「…そうだ これ 貰ってもいいかしら。」

アルス「いいけど どうするの?」

マリベル「冒険の時は それどころじゃなかったけど ちょっと 欲しいかなーって思ってたのよ!」

アルス「あはははっ! それなら もちろんだよ! はい。」

マリベル「うふふっ ありがと!」
マリベル「あ でも 壊しちゃったら嫌だから やっぱり アルスの ふくろの中に 入れておいてよ。」

アルス「あ うん 分かった。」

そう言って少年は再び少女の手からサンゴの欠片を受け取ると自らの腰にぶら下げている謎のふくろの中へとしまい込む。

マリベル「邪魔してごめんね。さ 残りも 頑張んなさい。」

アルス「はーい。」

そうして二人は自分の仕事へと戻っていく。

だがその表情には暑さからくる疲労の様子が消え、どこか満ち足りたような力強さを湛えていたのだった。



304: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:26:23.64ID:XE7nrcf00

*「砂漠が 見えてきたぞ!」

日も暮れ、地平線の彼方に半円が描かれた頃、漁船アミット号は次なる目的地のある大陸の近くまでたどり着いていた。

ボルカノ「よし 停泊の準備にかかるぞ!」

*「「「ウスッ!」」」

アルス「みなさん 砂漠の夜は冷えます! 厚着を用意してください!」

*「おうっ!」

*「そうなのか? あいよっ!」

少年の忠告に漁師たちは各々寒冷地用の厚着を着込み始める。

マリベル「サイード あんたは どうするの?」

サイード「む おれは旅に出て まだ 間もないからな。船で待つとするさ。」

マリベル「本当に? 本当にそれで いいの?」

サイード「いや おれにかまわんでくれ。船は おれが守っているから おまえたちは 早く用を済ませてくるといい。」

マリベル「…ったく わかったわよ! その代わり 三バカたちが 女王様に 言い寄ってても 知らないわよ?」

サイード「おれは 族長になることを捨てた男だ。族長でもないような 人間が どうして 女王さまとの仲を 気にする必要が あるんだ?」
サイード「きっと 兄上たちなら うまくやってくれるさ。」

マリベル「…あっそ。じゃあ もう何も言わないわ。」

そう言って少女は船首へと歩いていく。

マリベル「……あの いくじなし。」

アルス「えっ?」

マリベル「あ アルスに言ったんじゃないからね? …それとも 言ったほうが 良かったかしら。」

アルス「…………………。」

突然のことに気が障ったのか、少年は眉をひそめて黙り込んでしまう。

マリベル「ちょ ちょっと なんで黙っちゃうのよ!」
マリベル「ち 違うんだって……。」

アルス「……ふふっ。」

焦る少女の反応を楽しんだのか、少しだけ意地悪そうに少年が笑う。

マリベル「……もうっ!」
マリベル「このっ このっ!」

自分がからかわれたことに納得のいかない少女は少年のわき腹を小突いて抗議する。

アルス「あっははは! ごめんごめん!」

少年は噴き出して謝ると少女の頭を一撫でしてそそくさと自分の作業に戻っていく。

マリベル「……ふーんだ。」

口をすぼめてむくれたまま少女は階段を降り、自らの旅支度を整え始めるのだった。



305: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:27:07.27ID:XE7nrcf00

サイード「えらい変わったな あいつ。」

帆を調整している少年に向かって青年が独り言のように語り掛ける。

アルス「え? うーん そうかな。」

サイード「最初に会った時とは 歴然の差だと 思うのだが。」

アルス「…そうかもね。たぶん 少しずつ 素直になってきてるんだと思う。」

サイード「素直に?」

アルス「うん。自分の気持ちに 正直になったって感じなのかな。」

サイード「自分の気持ちに…か。」

アルス「きっと サイードも 旅を重ねていくうちに 自分にとって 大切なものが何なのか 見えてくるかもね。」

サイード「…………………。」

アルス「さて そろそろかな。」

少年は後ろにいる漁師に合図を送ると、帆を少しずつ緩め始める。

砂漠の大陸はもう目の前に迫っていた。



306: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:27:59.26ID:XE7nrcf00

ボルカノ「しかし 足元が砂だと 体力の消耗が早いな……。」

日が沈み切った頃、一行は袋を被せた木箱をいくつか持って砂漠の中を歩いていた。
砂漠を歩くことなど今までなかった漁師たちにとっては重たい荷物を抱えての行進は流石に堪えるものがあったのか、
砂漠の村まであと半分もある距離で既に息が上がっていた。

アルス「みなさん 頑張って! これから先は 立ち止まると すぐに 体温を奪われます。」

マリベル「そうよ! 凍死したくなかったら さっさと抜けるしかないのよ!」

既に何回と砂漠を往来している少年と少女にとっては慣れたもので、沈みこまない様に脚を持ち上げ軽々と歩いていく。

アルス「ぼくたちだけなら ルーラで 飛んでいけるけど……。」

マリベル「そうも いかないわよねえ。」
マリベル「傷を治す呪文は あっても 体力を回復させる呪文は 無いからなあ。」

アルス「こればっかりは みんなに がんばってもらうしかないね。」

マリベル「ほらほら みんな いくわよー!」



307: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:28:51.24ID:XE7nrcf00

ボルカノ「わっはっはっ! まさか こんなにバテるとはな。オレも まだまだかもしれん。」

なんとか漁師たちを奮い立たせ、夜も更けた頃にようやく一行は砂漠の村の入口にたどり着いた。

アルス「いや みんな 初めてなのに よくここまで短時間で 来られたと思うよ。さすがは 海の男やってるだけちがうね。」

*「ぜえ…… あったぼうよ!」

*「ひぃ ひぃ…… も もう 動けない。」

なんとか立ち上がる漁師たちとは対称的に料理人はすっかりその場にへたり込んでしまった。

マリベル「情けないわねえ。ほら しっかりしなさいよ!」

*「す すいません~。」

気休め程度に回復呪文をかけてやると多少は元気が出たのか、ようやっと立ち上がりふらふらと宿の方へと歩き出す。

ボルカノ「この分じゃ こいつらを売るのは 明日になりそうだな。」

漁師頭が袋にくるまった木箱を叩いて言う。

遅いこともあって辺りはすっかり静まり返っていた。

アルス「この気温なら 昼までに売れば 鮮度も落ちないと思うよ。」

ボルカノ「そうだな。それじゃ オレたちも さっさと宿に行くとするか。」

アルス「うん。」

マリベル「はーい。」

父親に続いて宿に向かおうとした少年だったが、ふと何かを思いついたように足を止める。

アルス「あ 二人とも 先に宿に行ってて。」

ボルカノ「どうしたんだ? あいつ。」

マリベル「さあ…。それよりも ボルカノおじさま! 早く 行きましょ!」

ボルカノ「ん? んん……。」

少年が比較的大きな建物に入っていくのを見届けると父親も少女に連れられて宿の中へと入っていくのだった。



308: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:29:59.53ID:XE7nrcf00

アルス「ごめんくださーい……。」



*「まあ 救い主さま!」



少年はこの砂漠の族長の屋敷やとやって来ていた。

*「少々 お待ちくださいませ。すぐに族長さまを お呼びしますわ。」

突然の来客にもかかわらず、使用人はすぐに奥へと取り次いでいった。



族長「これは これは 救い主さま ようこそ再びこの砂漠においでくださいました。」



しばらくして二階から立派な髭を蓄えた老人が現れた。

アルス「こんばんは 族長さん。こんな 遅くに申し訳ありません。」

族長「何を おっしゃいますか。われわれ 砂漠の民 心よりお待ちしておりましたぞ。」

アルス「ははは…… ありがとうございます。ところで 今日は お願いがあってまいりました。」

族長「ええ ええ 救い主様の お願いとあれば なんなりと。」

そう言って老人は立派な白髭をさする。

アルス「実は 今回 一塊の漁師として この村に来たのですが 今日の昼頃に獲れた 海の幸を 明日の朝から 村で売りたいと思っているのですが……。」
アルス「許可をいただけないでしょうか。」

族長「それはなんと ありがたいお話でしょう! 是非とも お願いします。村の者も きっと 喜ぶでしょう。」

アルス「ありがとうございます! それから これはもう一つの お話なのですが…。」

族長「はい なんでしょう?」

アルス「今回の旅の目的は 漁以外にもありまして…。ぼくの島の王の書状を 預かっているんです。」
アルス「明日また 改めてお伺いしますが その書状に 目を通していただきたいと 思いまして……。」

族長「ふうむ… そうでいらっしゃいましたか。それならば もしかすると 私などよりも 女王陛下の方が お渡しするには よろしいかと。」

アルス「あっ そうでしたね…! すいません。」

族長「いいえ 滅相もございません。」

バツが悪そうに頭を掻く少年に老人は朗らかに笑ってみせる。

アルス「あ それと…… 厚かましいようですが わがままを一つ 言ってもよろしいでしょうか?」

族長「どうぞ 遠慮なさらず おっしゃってください。私にできることであれば なんでも お力添えいたしますぞ。」

アルス「…その……。」



309: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:30:35.78ID:XE7nrcf00

マリベル「ええええええっ!」

族長のもとへ向かった少年を他所に宿屋へやって来た少女たちだったが、そこではある問題が待ち構えていた。

マリベル「寝床が 足りないですって~!?」

*「はい なんでも 旅人が少ないもんで 4人分しか 寝床がとれないらしいんです。」

飯番が焦った様子で説明する。

*「救い主さま お疲れのところ たいへん申し訳ありません……。」

少女の顔を見た店主が気まずそうに頭を下げる。

ボルカノ「オレたちは 6人だからな。あと二人が どこに泊まればいいのか…。」

マリベル「じょ 冗談じゃないわよ! まさか ここまできて 野宿するっていうの…?」

突きつけられた現実に少女は青い顔してしゃがみ込む。

マリベル「ううう… まいったわね~~!」

*「おれたちは 気にしませんから マリベルおじょうさん こっちで寝てくださいよ。」

マリベル「ダメよ! 疲れてるのは みんな 同じなんだから。」

*「しかし それでは……。」

少女の制止に男たちは立ち往生する。

しかししばらくして少女は立ち上がると、漁師たちに向けて明るく言いのける。

マリベル「おほほっ 良いこと思いついちゃった!」
マリベル「みんな しっかり休むのよ!」

そう言って少女は踵を返して出口へと駆けだす。

ボルカノ「マリベルちゃん いったい どこへ行くってんだ! それに アルスもまだ 戻ってきていないのに。」

マリベル「うふふ ボルカノおじさま ご心配なく! ちゃんと アテが あったのよ!」

殆ど閉じられた扉から顔だけを出して少女が笑う。

ボルカノ「……?」

マリベル「それじゃ おやすみなさ~い!」

“バタンッ”

*「どうしたんでしょう マリベルおじょうさん。」

閉じられた扉を見つめ、飯番の男が首を捻る。

ボルカノ「まあ アテがあると言うのなら 大丈夫だろう。」

*「はあ……。」

ボルカノ「ご主人 夕食のサービスを 頼むよ。」

*「はい お待ちを。」

どうにも腑に落ちない料理人を他所に漁師頭はそそくさと店主に夕食の注文をつけるのだった。



310: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:31:19.04ID:XE7nrcf00

アルス「ありがとうございます。」

一方、宿で行われているやり取りを知ってから知らずか、屋敷では族長と少年が話を続けていた。

アルス「では 今日は サイードさんの部屋を 使わせていただきます。」

族長「はい。息子が 旅に出てからも 掃除だけはさせておいてますので なんとか お休みになれるかと 思います。」

アルス「はい では お言葉に甘えて。」

そう言って少年が入口の扉に手をかけた時だった。

マリベル「キャっ!」

アルス「おっとっと!」

急に開いた扉の勢いで倒れこんできた少女を少年はなんとか腕で受け止める。

マリベル「あ アルス……。」

アルス「やあ マリベル もう用はすんだよ?」

マリベル「えっ?」

少年の言葉の意味が分からず少女は首をかしげる。

族長「おお そこにいらっしゃるのは マリベルさまではないですか。」
族長「今日はもう 遅いですから どうぞ よくお休みになってください。」
族長「ああ 沐浴は どうぞ うちの者に言っておきますから ご遠慮なく。」

アルス「だってさ。そうだ ひとまず ご飯食べようか。」

マリベル「えっ えっ……?」

族長「それでしたら 簡単なものよろしければ すぐに作らせますので 少々お待ちください。」

アルス「あれもこれも すいません…… ご迷惑をおかけします。」



311: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:32:21.80ID:XE7nrcf00

マリベル「忙しかった。」



困惑する少女を置き去りに話はどんどん進んでいき、
あれよあれよという間に席に着かされ、族長にあれこれ労われ、食事と沐浴を手短に済ませ、
二人は今、族長の一番下の息子の部屋で座って話をしている。

アルス「いや ここの宿屋は 4人しか泊まれないって 覚えてたからね。」
アルス「先に 族長さんに 相談することにしたんだ。」

マリベル「そうだったのね。どうりで ことが とんとん拍子で進んでいくわけだわ。」

アルス「ごめんごめん 説明するのが 遅かったね。」

マリベル「もう。」

アルス「どうせ 宿屋に 泊まりきれなくて 君がこっちにくると思ったからさ。」

マリベル「お見通しだったってわけね。」
マリベル「…めずらしく して やられたって気分だわ。」

アルス「ははは……。」

本当は昼間にも少年には“してやられている”のだが、少年は黙っておくことにした。

マリベル「それにしても……。」

*「ミー ミー。」

*「にー にー。」

マリベル「この子たち どうするの?」

アルス「どうするも こうするも…… 放っておくとしか?」

マリベル「そんなの 分かってるけど……。」

*「みー!」

*「…………………。」

人懐こくすり寄ってくるまだ若い雄猫と、少し離れたところから様子を見ているこれまた若い雌猫。
どちらもこの部屋の主の飼い猫だった。

マリベル「サイードのやつ そういえば あの子だけじゃなくて 三匹飼ってたんだったわね……。」

アルス「よしよし おいで。」

少女を尻目に少年はあまり近寄ろうとしない雌猫に呼びかけている。

*「にー……。」

次第に慣れてきたのか、雌猫は少しずつ距離を詰め少年から差し出された指の匂いをすんすんと嗅いでいる。

マリベル「はあ… どこ行っても ネコちゃんとは 縁があるのね。」

ため息をつきながらも少女は雄猫をじゃらして遊んでいる。

アルス「…………………。」



312: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:33:51.26ID:XE7nrcf00

しばらく猫と戯れていた二人だったが、少年は立ち上がり、部屋に置かれた二つの本棚を物色し始める。

マリベル「どうしたのよ?」

アルス「いや 地図や旅行記が いっぱいあるなーってね。」

マリベル「あいつ ホントに 旅がしたかったのね。」

アルス「うん 夢だったんだろうね。」

マリベル「あたしたちが言っちゃあ なんだけど 旅は残された人が 寂しがるからね~。」
マリベル「あいつも 大切な人が どんな思いをしてるか 考えるべきだわよ。」

“それが家族かはたまた別の人かはさておき”と少女は心の中で付け足す。

アルス「そういえばさ。」

少年がワラブトンに寝転がりながら言う。

アルス「さっき 族長から 聞いたんだけど どうも あの三兄弟が レブレサックに派遣されたらしいんだ。」

マリベル「あの 3バカが?」

アルス「うん それっきり 戻ってきていないみたいなんだ。」

マリベル「ふーん。まあ いいんじゃないの?」
マリベル「たまには あいつらも 表に出て たいへんな思いを してくるべきなのよ。」

アルス「はははっ! そうかもね。」

少年は楽しそうにけらけらと笑う。

マリベル「……うう… ぶるぶるっ……。」

そんな少年を他所に、少女が体を抱いて小刻みに震え始める。

どうやら沐浴ですっかり体が冷えてしまったらしい。

アルス「寒い? やっぱり 族長の家の方にしておけば 良かったかな。」

マリベル「た たいして変わらないでしょ… どっちにしろ ここの寝床は 掛け布団もないんだから…。」

アルス「待ってて。」

そう言うと少年は袋の中から何やら取り出し広げる。

アルス「ほら とりあえず これをかけて…。」

少年が広げたのは赤く金色の刺繍があつらえられた布、魔法のじゅうたんだった。

アルス「こうすれば……。」

マリベル「あっ…!」

二人の体をすっぽりと覆う大きな布の下で少年は少女の体を抱き寄せていた。

アルス「ね 寒くないでしょ。」

マリベル「う …うん……。」

アルス「……?」

マリベル「あ あるすのくせに なまいきよ……。」

何食わぬ顔をする少年の胸に抱かれながら少女はもごもごと反撃の言葉を口にするも、
し赤く染まった自分の顔を見られまいと額を押し付けている。

そしてとうとう観念したのか、自分の腕を少年の腰に回しその体温を確かめるように頬を擦り付けるのだった。

マリベル「ん………。」

少年に優しく髪を撫ぜられ、気持ちよさそうに眠るその姿は絨毯の温かさにあやかろうと潜り込んだ猫たちのそれそのものだった。

いつしか少年の手の動きも止まり、あたりは小さな寝息だけが木霊する静寂の闇につつまれた。
幸せそうな二人と二匹を優しく包み込みながら夜は美しい星空と共に一日の終わりを告げていった。





そして……



313: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:34:25.65ID:XE7nrcf00

そして 夜が 明けた……。



315: ◆N7KRije7Xs:2017/01/03(火) 12:52:03.32ID:XE7nrcf00

第11話の主な登場人物

アルス
駆け出し漁師。
慎重な性格に思われがちだが、時々大胆になる。

マリベル
漁に料理に戦闘に、この旅の中ではある意味一番忙しい人物。
何かとアルスを振り回すことが多かった彼女も、
この旅が始まって以来ペースを握られることが多い。

ボルカノ
漁船アミット号の船長。
漁を行う際は漁獲量にも気を使っている。

コック長
料理に関しては口うるさい方だが、
マリベルの調理の腕を認めている。

めし番(*)
アミット号の料理人その2。
運動不足の体にムチを打ってアルスたちと共に砂漠を渡る。

アミット号の漁師たち(*)
今回は船に残る組と砂漠へ渡る組に分かれて行動。

サイード
旅の途中だったが、次の目的地を目指すべくアミット号に同乗する。
今回は船で留守番すると言うが……。

族長
砂漠の村の族長。
夜中にもかかわらずやってきたアルスたちを快くもてなす。



320: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:07:19.37ID:NuDoDGza0

航海十二日目:信じる



321: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:09:20.27ID:NuDoDGza0

マリベル「ふああ……。」

翌朝、少女は目を覚ますと違和感に気付く。

マリベル「あるすぅ……?」

昨晩共に寝たはずの少年がおらず、代わりに猫が二匹固まって少女の腹辺りで暖をとって寝ているだけだった。

マリベル「う うん……?」

起き上がり辺りを見回してもやはり少年の姿はない。仕方なく少女は着替えると族長の屋敷へと歩き出す。



マリベル「おはようございます……。」



アルス「やあ マリベル 目が覚めたんだね?」

マリベル「やあ じゃないわよ… あふぅ……。」

屋敷の扉を開くと少年とその父親が族長と卓を囲んでなにやら話している様子だった。

ボルカノ「アルスから 聞いてるかもしれないが ちと 問題を抱えているらしくてな。」

マリベル「3ば……三兄弟のこと?」

アルス「そうなんだ。」

族長「いやいや お気を使われなくとも結構です。実際 バカ息子ども なのですから。」

族長の話では夜明けと共に城の方から報せが舞い込んできたらしい。
なんでも例の三兄弟がレブレサックに行ったきり帰ってこないどころか、レブレサックから妙な書簡が届けられたとのことだった。



322: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:10:38.94ID:NuDoDGza0

マリベル「それで その妙な書簡ってのには なんて書いてあったんですって?」

族長「おまえらの 手先は捕らえた。これ以上 こちらに 脅威を及ぼすならば 全面的に争うことも いとわない と……。」

マリベル「はあ? いったい 何を言ってるのかしらね? レブレサックの連中は。」

族長から教えられた書簡の内容に少女はあきれた様子で眉をひそめる。

族長「それが われわれにも 分からないのです。 いくら あの馬鹿どもでも よその町に迷惑をかけることは しないと思うのですが……。」

マリベル「わからないわよ? 弟に 不利な条件突きつけて 族長にならないように約束させるような連中だもの。」

相手が相手なだけあって少女はどこか懐疑的に言う。

族長「なんと! それは本当ですか! あの馬鹿ども……。」

どうやら話を聞かされていなかったようで砂漠の村の族長は怒りとも驚愕ともいえない表情で嘆く。

アルス「待ってください。」
アルス「もしかすると レブレサックの人々は まだ魔王が 猛威を振るっていて砂漠の民が その手先に成り代わっていると 勘違いしているのかもしれません。」

族長「そ そのようなことが あろうはずが……。」

アルス「ええ 分かってます。しかし……。」

マリベル「あり得るわね。あいつら よそ者を 異常なまでに 警戒してるからね。」

少年の指摘に少女も納得したように賛同する。

ボルカノ「そりゃ また 厄介なやつらだな。」

マリベル「過去に起きた事件を あたしたちのせいにして 村の歴史を美化してるような 連中だもの。きっと 今回も そんなことでしょうね。」

ボルカノ「……それで これからどうするんだ?」

アルス「本来なら このまま城に行って 締約書を渡すつもり だったんだけど……。」

マリベル「砂漠の城は 対応に追われて それどころじゃないってことね?」

族長「どうやら そのようです…。」

なんともやりきれない気持ちを押さえつけるように老人は俯く。

マリベル「まーーったく 仕方ないわね ホントーに。」
マリベル「アルス 行きましょ。」

アルス「あそこには あんまり 行きたくないと 思ってたんだけどなあ。」

少年も思わず苦笑い。

マリベル「泣き言 言わないの! あたしたちが 解決しなきゃ 話が先に進まないじゃないの!」

族長「おお なんということでしょう。再び 救い主さまのお手を 煩わすことになるとは……。」

マリベル「いい? 族長さん。あたしたちは 決して 3バカのために やるんじゃ ないんだからね?」

少女は両手を腰につけ、わざわざ“3バカ”を強調する。

アルス「はいはい マリベル もう行こう?」

マリベル「あ ちょっと アルス!」

アルス「父さん 市のことは お願いします。」

ボルカノ「おう まかせておけ!」
ボルカノ「さばき終わったら おれたちは 案内を付けてもらって城の方に 行ってるからな。」

アルス「わかった。」

マリベル「まったく……。」

いまいち納得しかねる少女の手を引っ張りながら少年は屋敷を後にしたのだった。



323: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:11:28.15ID:NuDoDGza0

*「フギャーッ!」



アルス「よしよし いいこだから 放しておくれ。」

しがみつく猫からなんとか絨毯を回収し、二人は村の外まで出てきていた。

アルス「よし それじゃ いくよ? ルー……。」

そうして少年が呪文を唱え、あの忌まわしき記憶の残る村へと飛び立とうとした時だった。



マリベル「待ちなさい アルス。」



少女が少年の服の袖を掴んでその動きを制止する。

アルス「どうしたの?」

マリベル「せっかくだから サイードも連れて行かない?」

アルス「サイードを?」

マリベル「そうよ。あいつも 今のうちに 隣村の汚いところを 見ておくべきなんだわよ。」
マリベル「それに 場合が 場合だから 言ったら きっと 来ると思うわよ。」

アルス「うーん。」

少女の提案にしばらく思案していた少年だったが、独り言のようにぼそっと呟くとその案を受け入れるのであった。

アルス「まいっか。」
アルス「じゃ これで。」

そう言うと少年は先ほどしまったばかりの絨毯を取り出して再び広げる。

マリベル「それじゃ アミット号まで 出発~!」

こうして二人を乗せた絨毯はもう一人の仲間がいる船の元へ、来た道を戻っていったのであった。



324: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:12:28.14ID:NuDoDGza0

マリベル「快適ね~ 強いて言えば 砂が 目に入るくらいかしら。」

少年にしがみついたまま少女が目をこすって愚痴をこぼす。

アルス「歩くよりかは よっぽどマシなんだから 我慢 がまん。」

マリベル「わかってるわよぉ…… あ!」

少年が少女をなだめすかしていると件の船の影が見えてきた。

マリベル「着いたついた…! おーい!」

*「ん?」

アルス「おーい!」

*「おお あれは アルスと マリベルおじょうさんじゃねえか!」

サイード「何ですって?」

漁師の言葉に青年が驚いてその方向を見やると確かにこちらに向かって少年と少女が物凄い速さで飛んでくる。

マリベル「サイード! たいへんだわよ!」

アルス「お兄さんたちが!」

サイード「なんだってー!」

叫びながら近づいてくる二人に青年も負けじと叫ぶ。

マリベル「もう! ホントに あの3バカは いっつも あたしたちの 足を引っ張るんだから!」

程なくして到着した絨毯から飛び降りた少女がぷりぷりと怒りながら愚痴を吐き出す。

サイード「いったい 何が あったんだ?」

アルス「それが……。」

[ アルスは 事情を説明した。 ]

サイード「何だとッ!」



325: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:12:57.92ID:NuDoDGza0

少年から告げられた事実に青年は驚きと怒りを隠せない様子で短く叫ぶ。

マリベル「で あんた あたしたちと 一緒にくる?」

サイード「…………………。」

アルス「無理にとは 言わないけど……。」

サイード「いや 連れてってくれ。兄上たちが 心配だ。」

マリベル「やっぱりね あんたなら そういうと 思ったわよ。」

アルス「わかった。すぐに飛ぶけど 準備はいい?」

サイード「待ってくれ。」

そう言って青年は近くにいた漁師のもとへ近づくと自分の相棒の茶虎猫の面倒を頼んだ。

サイード「申し訳ないのですが こいつを よろしくお願いします。」

*「にゃん にゃん!」

*「おお 別に構わんよ! 猫が一匹だろうが 二匹だろうが たいした差はねえ。」

トパーズ「なーぉ。」

猫たちの頭を撫でながら漁師の男は快諾した。

サイード「ありがとうございます。」
サイード「…さあ 行こうか。」

マリベル「しっかり掴まるのよ!」

[ マリベルは ルーラを となえた! ]

少女が転移呪文を唱えると三人は瞬く間に天高く飛び上がり、ここから北にある排斥の村の方へと消えていった。



*「にゃー!」

*「まったく あの二人は いつも規格外だな。」

トパーズ「なおー……。」

残された漁師の呟きに答えるように猫たちは各々の声をあげるのだった。



326: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:14:36.76ID:NuDoDGza0

マリベル「はい とうちゃく~。」

ものの数秒で目的地へとやってきた三人だったが、見れば青年の様子が優れないようだった。

サイード「うっ… 足が……。」

よろよろとその場にしゃがみ込む。

アルス「大丈夫?」

サイード「あいかわらず すごい 呪文だな ルーラというのは。」

マリベル「なによ なっさけないわね~。これくらいで フラついてるようじゃ この先 やってけないわよ?」

サイード「……善処する。」

アルス「今度 教えてあげるから それで 慣れればいいよ。」
アルス「さて……。」

気を取り直した一行は村の入口から中の様子を探る。

マリベル「…………………。」

サイード「何か 聞こえるか?」

アルス「……妙に 静かだね。」

マリベル「それも 怖いくらいに…ね。」

村の中はどうにも不気味な静寂に包まれていた。
魔王が倒れ、世界中の町や国で人々が喜び、祝っているこの中で、
この村だけは時間の中に閉じ込められているかのような険悪な雰囲気と殺気に満ち溢れていたのだ。

それもそのはず、このレブレサックという村は過去に村人のために尽くした神父を誤ってなぶり殺しにしようとした歴史を、
後の世の村長が魔物に化けた旅人の仕業とし、魔王が復活したと聞いたそばから他所から来たものを排斥してきたのだ。

そして現在、少年たちの前に広がる静寂は魔王が倒されたという情報が伝わっていないという何よりの証拠だった。

アルス「……行こう。」

マリベル「待ちなさいよ。なにか 罠が 仕掛けられているかもしれないわよ?」

村の中へと入っていこうとする少年を少女が引っ張り戻す。

サイード「この村に 知り合いはいないのか?」

アルス「いるには いるけど……。」

マリベル「ちびっこたちと 木こりのおじさん だけだもんねえ。」

サイード「ほかは ダメなのか?」

アルス「…………………。」

少年たちは最初から大人には期待してなどいなかった。基本的によそ者を毛嫌いする上に村長など以ての外だったからだ。

アルス「でも まずは 誰かに 話を聞かないと 始まらないね。」

サイード「むっ 誰か来るぞ…っ。」

マリベル「隠れるのよ!」



327: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:15:20.36ID:NuDoDGza0

誰かの接近に気付き、三人はひとまず石垣の裏へ隠れた。

*「よーし! 今日も村の中に まものは 入って来ていないみたいだな!」

マリベル「サザム!」

サザム「ん? そこにいるのは誰だっ!」

“サザム”と呼ばれた幼い少年はこちらの声の主が分からず一瞬警戒したが、
少年と少女が姿を見せると安心したのか持っていたひのきの棒を下ろして歩いてきた。

サザム「なーんだ アルスにマリベルじゃないか! よう! おれの子分たちよ! 元気にしてたかっ?」

マリベル「なーにが 子分よ! いつまで あんたたちのオユウギに 付き合ってなきゃいけないのよ!」

アルス「まあまあ。ねえ サザムくん 今 この村は どうなってるんだい?」

ついつい食って掛かる少女をなだめ少年が膝を折る。

サザム「あいかわらず ひどい ありさまだよ。」
サザム「大人たちは みーんな 家に閉じこもったっきり。」
サザム「おまけに 砂漠から来たっていう 三人組を しばりあげて ここ数日 ユーヘイしてるみたいだしよ。」

サイード「なんだって!?」

青年が思わず身を乗り出す。

サザム「わっ なんだよ おじちゃん。急に でかい声 出すなって!」

サイード「お おじ……?」

マリベル「ぷっ… お おじちゃん!? ぷぷぷっ……く 苦しい。」

言葉に詰まる青年を他所に少女は腹を抱えてこみ上げる笑いをなんとか堪えている。

サイード「き きさま 笑うな! ……そ それよりも その三人組と言うのは 三つ子の男か?」

サザム「ああ そうだよ?」

アルス「その三人は いま どこに 捕まっているの?」

サザム「農家のおじさんの 家の裏にある あんちゃんのうちに 閉じ込められてるよ。」
サザム「なんでも あの あんちゃんや 行商のおっちゃんまで 捕まってるらしい。」

マリベル「た たいへん じゃないの!?」

サザム「みんな まおうの手先だとか言って 話を聞こうともしないんだ。」
サザム「このままじゃ 殺されちゃうのも 時間の問題かもね。」

アルス「…………………。」

サイード「どこへ 行くんだ?」

少年は急に立ち上がり、村の中へと足を進めようとしていた。

アルス「ぼくらが 行って なんとか説得しないと。」

マリベル「あの 村長のところに 行くって言うの? やめときなさいよ どうせ 取り合ってさえくれないわよ。」

アルス「それでも このまま 放っておくわけには いかない。」

マリベル「あ ちょっと 待ちなさい!」

そういって仕方なく少女も後に続いていく。

そんな二人を他所に青年は村の子供たちのリーダーに向き合う。

サイード「…サザムとか 言ったな。」

サザム「そうだけど? おじちゃん。」

サイード「……おれは おじちゃんと言われるほど 歳をとってはいない。」
サイード「ともかく その三人組のところへ 案内してくれないか?」

サザム「いいけど どうするんだ?」

サイード「まずは 様子だけでも 見ようと思ってな。できれば 話も聞きたいのだが。」

サザム「…………………。」
サザム「いいよ。ついてきな!」

サイード「感謝する!」

そうして青年は男の子に連れられて自分の兄たちが囚われているであろう家屋へと向かうのだった。



328: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:17:08.88ID:NuDoDGza0

アルス「ごめんください。」



誰にも会うこともなく村長の家へとたどり着いた少年と少女は、扉を叩いて中へと呼びかけた。
しかし返ってきたのは以前にもかけられたあまりにも冷たい言葉だった。

*「……このような時に 旅人とは。わが村に 何の用ですかな?」
*「もうしわけありませんが 今は よそ者を泊めることは できません。お引きとりを。」

マリベル「このような時じゃ ないでしょ! もうとっくに 魔王はほろんだのよ?」
マリベル「いつまで そうやって 家の中に ひきこもってるつもりなのよ! この恩知らず!」

アルス「ぼくたちは 砂漠の国から 遣わされた 三人の男を 引き取りに来たんです。」

*「なんだとう? いったい 何の話だ? 魔王がほろんだとか 砂漠の国とか。」
*「わけのわからないことを 言うんじゃない!」

マリベル「わけがわからないのは あんたたちでしょ!」
マリベル「もう 世界中とっくに平和になったっていうのに この村だけよ! そんな ハイガイ主義 貫いてるのは!」
マリベル「いいから 人質を解放して さっさと 謝りなさいってのよ!」

まくしたてる少女に尚も扉越しの声は引こうとしない。

*「な なにを デタラメを! おまえたち いいか 聞くんじゃない! これは 魔王の陰謀だっ!」

マリベル「ったく なんて 強情な連中なの?」
マリベル「アルス どうする?」

アルス「…………………。」

諦めた様子でため息をつく少女だったが、少年は静かに扉の向こうを見据えたままだった。

アルス「あなたたちは これから あの三人を どうするつもりなんですか?」

*「く 口を割らなければ 処刑するまでだ!」

アルス「その昔 あなた方の ご先祖が 神父さまにしたみたいに ですか?」

*「な なんの話だ! ええい デタラメを抜かすなと 言っただろう!」

アルス「仮に あの人たちを処刑したとすれば 砂漠の国は この村に 報復をしかけるでしょう。」
アルス「あなたたちは 何百という 人々を相手に 戦うというのですか?」

*「…………………。」

アルス「彼らには 大地の精霊がついています。その気になれば この村なんて 一瞬で岩の下敷きに できるでしょう。」
アルス「それでも あの男たちを殺すというのですか? 言い分すら 聞いていないというのに。」
アルス「……彼らの父親に聞きました。」
アルス「彼らは 砂漠とこの村の友好を深めるために 大事な任をつかさどって この村へ 派遣されてきた そうですね。」
アルス「大使といっても 間違いではない 人たちを 拘束しているだけでも 砂漠の国とは 大きな溝を作ることになるでしょう。」
アルス「あの三人は確かに 欲深で 強情で いじっぱりで おまけに 弱虫の意気地なしかもしれません。」
アルス「それでも 大役を預かって 勇気を振り絞り 三人だけで砂漠を超えて この村まできたんです。」
アルス「祖国と 隣村の 発展のために。」
アルス「…………………。」

そこまで区切って一瞬間をつくり、少年はもう一度ゆっくりと語り掛ける。

アルス「扉を開けてください 村長さん。そして 彼らを 解放してあげてください。」

マリベル「アルス……。」





“言い切った。”





そう少年が思い、これでだめならどうするかと息をのんで次の言葉を待つ。



329: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:19:26.96ID:NuDoDGza0

*「…………………。」
*「うるさい……。」

しかし無情にも返ってきたのは村中に響き渡るような怒号だった。



*「うるさい うるさい うるさああああいっ! だーまれえいいっ!」



そして部屋の奥にいる者に向かってわめき散らす。

*「おまえら 今の話は すべてうそだ! まやかしだ!」
*「やつらは わしらを騙すために あんなことを 言っているんだ!」

すると再び声はこちらに戻り少年たちに脅しかけるような低い声で言った。

*「おまえら見ておれ… わしは決して認めん! そんなことを認めては 村の威信にかかるのだ……!」
*「おまえらさえいなくなれば 村は わしの思いのままなのだ…!」
*「あいつら共々 皆の前で 汚名を着せて 殺してやるからな……!」

マリベル「なんですって!?」

信じがたいことを口にしたかと思えば今度は屋敷の窓が開け放たれ、ついに声の主が姿を現した。

村長「みな! 魔物だ! 魔王の手先が現れた! たすけてくれええええ!」

しかし次の瞬間、その男は村人全員に聞かせるように大声で叫んでいた。

*「なにぃ!」

*「待ってろ! いまいく!」

村長の叫びに呼応した村人たちが屋敷に向かってどんどんと押し寄せてくる。

*「な なに? 何があったの?」

マリベル「リフ!」

その時、叫び声に驚いた村の子供たちがガラクタ置き場から出てきた。

リフ「あ おねえちゃんたち!」

“リフ”と呼ばれた男の子はこの村で唯一正しい村の歴史を伝える家系の末裔の少年だった。
彼とその仲間の子供たちは少年と少女を見つけると、二人のもとへ駆け寄ろうとした。

*「子供が 魔物のそばにいるぞ!」

*「すぐに 引き離すんだ!」

リフ「うわっ! なにすんだよ! はなしてよおっ!」

しかし村の大人がそれを見つけるとすぐに子供たちを捕らえてしまった。

*「おとなしくするんだ! あいつらは 危ない奴らなんだぞ!」

リフ「違うよ! おねえちゃんたちは 魔物なんかじゃないよ!」

*「かわいそうに この子ったら 騙されてるのね……。」

*「おまえら! ただじゃおかねえからな!」

マリベル「キーッ! どうして そうなるのよー!!」

理不尽な状況に少女は真っ赤になって怒っている。

アルス「……マリベル。」

マリベル「なによ アルス! いま おしゃべりしてる場合じゃ……!」





アルス「頼みがあるんだ。」





マリベル「えっ?」



330: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:20:47.08ID:NuDoDGza0

村長「そいつらを ひっ捕らえて 縛り上げるんだ! 殺しても かまわん!」

*「おうよ!」

*「覚悟しなさい!」

鍬、斧、のこぎり、金槌、フライパンに鍋。

少年が少女に話しかけている間にも村人たちはその手に武器になりそうなものを携えて集まってくる。

アルス「……あの方を 呼んできてくれ。」

マリベル「…っ! そんな ことしてたら アルスが……!」

アルス「大丈夫 ここなら すぐに戻ってこられるはずだ。それに ぼくはそんなに簡単につかまったりもしないし くたばったりもしない。」

村長「何を ごちゃごちゃと ぬかしておる!」

マリベル「でも…… あんたを 置いてなんて……。」

アルス「ぼくが 注意を引き付けていれば 人質は ひとまず無事のはずだ。」

マリベル「…でも……っ!?」





アルス「信じて。」





少女を抱きしめ、耳元でささやく。

マリベル「アルス……。」
マリベル「…………………。」

村長「何をしている! ええい はやく捕まえんか!」

アルス「さあ 行くんだ! マリベルっ!!」

マリベル「……死んだら 承知しないからね!」

*「かかれえええ!」



マリベル「ルーラ!」



331: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:21:55.59ID:NuDoDGza0

*「ぬおっ!」

*「なんだ 今のはぁ!」

驚く村人を置き去りに、青と黄色の軌跡を残して少女は遥か彼方へと飛んで行ってしまった。

村長「…ち 逃がしたか! まあいい!」
村長「そいつだけでも やるんだ! いけ! いけ~!」

アルス「くっ!」

少年はなんとか場を切り抜けるべく村の広場へと駆け抜ける。

*「あっ あっちへ行ったぞ!」

*「追えっ! 追うんだ!」

*「野郎! 捕虜を 放つつもりじゃねえだろうな!」

*「かまわねえ! 出てきたら まとめて殺せばいいだけの話だ!」

アルス「まいったな……!」

サイード「アルス!」

広場まで戻ってきた少年の前に人質を連れた青年が現れる。

サイード「無事だったか! やつら 本気で俺たちをやる気みたいだな。」

*「ひゃぁぁ! まだ 死にたくないよお!」

*「ひぃぃぃ! おれたちが 何したっていうんだよお!」

*「ひぇぇぇ! 頼むから 助けてくれよお!」

青年の後ろでは三兄弟がそれぞれ泣きわめきながら助けを乞いている。

アルス「サイード! ……皆を乗せて 城まで行ってくれ!」

そう言うと少年は袋から魔法のじゅうたんを取り出して広げる。

サイード「おまえを 一人にしていけるか!」

アルス「ぼくなら 平気だ。マリベルが 応援を 呼んできてくれている。」

サイード「しかし……。」

アルス「彼らを 頼めるのは きみだけだ! 行け!!」

見たこともない剣幕で命令する少年に圧倒され、一瞬たじろいだ青年だったが、
意を決したように頷くと人質たちを絨毯に乗せて宙へと浮き上がった。

*「逃がすな! 捕まえるんだ!」

*「なんだ ありゃあ!」

*「そ 空飛ぶ じゅうたんだ!」

絨毯を下ろそうと躍起になって走ってくる村人たちの前に立ちはだかり少年が叫ぶ。



アルス「ゆけ! 魔法のじゅうたんよ! みんなを 砂漠の城まで 連れて行くんだ!」



332: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:23:20.39ID:NuDoDGza0

少年の意思に従うかのように動き出すと、定員以上を乗せた絨毯は少し重たそうにしながら南の方へと飛んで行った。

アルス「よし……!」

*「この野郎! 捕虜まで 逃がしやがって!」

*「もう 生かしちゃ おけん! 覚悟するんだな!」

捕虜を奪われた怒りからか村人たちは武器を振り回して少年ににじり寄る。

アルス「待ってください! みなさんは あの村長に 利用されているだけなんです!」

*「なにを わけわかんねえこと 言ってんだ! このっ!」

アルス「ぐっ…!」

少年の説得も虚しく、村人は手に持った鍬を少年の頭目がけて振り下ろす。少年はなんなくその攻撃をかわすも、
こちらから手を出すわけにはいかない以上、長期戦を強いられることを覚悟せねばならなかった。

アルス「落ち着いてください! ぼくは みなさんと 争いに来たんじゃないんだ!」

*「そんなことが 信じられるとでも 思ったか!」
*「おまえら 一気に かかれ!」

*「「「おおおお!」」」

アルス「……!」

総方向から迫りくる殺意を丁寧にかわしながら誰もケガをさせないようにと必死に少年は体を動かす。

サザム「やめろみんな! やめるんだ! そいつは ぼくの子分だぞ!」

*「子どもは 黙ってろ!」

子供たちのリーダーも必死になって説得するが誰も聞く耳を持たない。

その時だった。



アルス「あっ!」



*「ははは! これで動けまい!」

気付けば少年の脚には縄がかけられていた。

*「それ 引け!」

アルス「ぐぅ…!」

*「今だ やれ!」

アルス「スカラ!」

仰向けに倒れた少年に容赦なく武器が振り下ろされるその寸前に、少年は守備呪文を唱えて殺傷能力を軽減する。

アルス「うっ……! メラ!」

なんとか足を縛る縄を焼き切り、攻撃の雨を避けて立ち上がると再び村人たちとの距離を取る。

*「ち! 逃げられたか!」

*「問題ねえ! もう一度 取り囲むんだ!」

*「へへへ… おとなしく殺されるんだな……!」

どういうわけか村人たちは笑っていた。それは狂気の笑いだった。

自分たちのしていることが正義であり、目の前の悪を討つ。

今、自分たちは村の伝承に登場した勇敢な村人たちなのである。

そんな幻想がこの場の一人ひとりを虜にし、狂気の笑顔を浮かべさせていた。

アルス「…………………。」



見わたす少年の目には、彼らがいつの間にか恐ろしい魔物に見えていた。



333: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:23:57.50ID:NuDoDGza0

サイード「兄上たち しっかり掴まっててください!」

少年が村人たちと対峙している頃、青年たちを乗せた絨毯は砂漠の城近くを飛んでいた。

*「サイードぉ 今まで つらく当たって 悪かったよぉ!」

*「サイードぉ この前の約束なんて もういいから 許してくれぇ!」

*「サイードぉ おれたち おまえに ついていくよぉ!」

三兄弟が口々に言う。

サイード「今は そんなことは どうでもいいはずです。」
サイード「城に着いたら 女王と アルスの父親のボルカノという男に このことを 伝えてください!」

*「あ あなたは どうするんです?」

捕らえられていた行商人が尋ねる。

サイード「みなさんを 降ろしたら すぐにあそこへ戻ります。」
サイード「アルスを 放ってはおけません。」

*「き 危険だよ! もし戻ったら 今度こそ 殺されちゃうよ!」

同じく捕らえられていた青年が顔を青くして叫ぶ。

サイード「友のために 死ねるなら それもまた 本望。だが おれは 簡単には死んだりしません。」
サイード「じゅうたんよ! スピードを 上げてくれ!」

青年の要望に応えるように魔法のじゅうたんは重たそうな体に力を入れて加速していく。

砂漠の城は、もう目の前だった。



334: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:24:37.94ID:NuDoDGza0

マリベル「どうして こんな 大事な時に いつまでも 寝てるのよ!」

*「そんなこと 言われてものう。ほっほっほ!」

マリベル「笑ってる 場合じゃないわよ!」
マリベル「早くしないと アルスが 死んじゃうの!」

*「あの少年がか? そんなの にわかには 信じられん 話じゃがのう。」

マリベル「どうせ 見えてるんだから 分かるんでしょっ!?」
マリベル「と とにかく 助けて欲しいのよ!」

*「ふうむ あの少年なら 一人で なんとか できてしまいそうだがのう?」

マリベル「あいつは お人よしだから どうせ 村人の攻撃 ぜーんぶ 受け止めてすぐに くたばっちゃうに 決まってるよ!」

*「あんまり 信用してないように 聞こえるのう?」

マリベル「…………………!」

*「……図星かの?」

マリベル「いったい あんたに 何がわかるってのよ……!」
マリベル「あたしは… あたしは……!」
マリベル「傷ついて 倒れる あいつの姿なんて もう二度と 見たくないのよ!」

*「…………………。」

マリベル「何度だって 何度だって ムリにあたしのこと かばったりして……。」
マリベル「半分は冗談だったのに 約束だからって 馬鹿正直に……。」
マリベル「いつだって! いつだって そうよ! あいつばっかり 傷ついて……。」
マリベル「あたしは 自分が 情けなくなるのよ! あいつの お荷物になりたくないのよ……。」

*「ふうむ。」

マリベル「今まで あいつに支えてもらった分 今度は あたしが あいつを支える番なの!」
マリベル「だから だから お願いします! わたしたちに 力を 貸してください!」





マリベル「神さま!」





神「…………………。」

マリベル「…………………。」

神「あい わかった。そなたの 気持ち しかと 確かめさせてもらったぞよ。」

マリベル「…じゃあ……!」

神「わしに 捕まりなさい。あ ほれ もうちょっと 体を押し付けてもいいんじゃぞ?」

マリベル「…………………。」

神さま「うっ そんなに 睨まんでおくれ。」
神さま「…ではっ!」



335: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:26:32.57ID:NuDoDGza0

アルス「はぁ はぁ… ぐっ!」



いったい何回の攻撃を受け続けただろうか。
回復呪文も体を鋼鉄に変える呪文も身の守りを上げる呪文も何十、何百回とつかった。
既に衣服もボロボロになり、休まることのない攻撃や罵声の嵐は何より少年の精神をすり減らしていった。

*「は… ははは! ついに黙り込みやがった!」

*「いよいよ 魔物の本性 発揮ってか…!」

村長「みな あやつも 相当消耗しておるはずだ!」
村長「ここは 一気に叩いて動けなくしてやれ!」

*「「「おおっ!」」」

村長の指示に村人たちは再び少年ににじり寄り、どこからか持ってきた鎖を振り回す。

村長「いまだ!」

アルス「ぐあっ!?」

遂に少年は鉄の鎖によって捕らえられ、縛り上げられて地面に転がされてしまった。

*「やった! やったぞ! 遂に 俺たち 魔物を捕まえたんだ!」

*「ば ばんざーい!」

*「は はやく そいつを 始末しておくれ! 怖いったらありゃしないよ!」

*「神よ… われわれは 試練を乗り越えました。」

村長「うむ ではこれより 処刑を 始める。」

アルス「ま… て ください もうすぐ 神が 神さまが きます……。」

村長「神とな? ふ はははは! 魔物が 神を語るとはなあ!」










村長「やれ。」










*「はい 村長。」

そうして男が斧を振り上げた時だった。








*「たいへんだああああ!」



336: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:28:01.49ID:NuDoDGza0

*「な なんだ?」

一人の農夫が慌てた様子で走り転げてきた。

村長「何事だ!」

*「そ それが…!」

*「ケケケケ!」

男の後ろにはいつの間にか群青色の馬に跨り貴族風の衣装に身を包んだ骸骨が佇んでいた。

*「ま まものだあああ!」

*「新手か!」

村長「ええい 怯むな! やってしまえ!」

悲鳴を上げる者、武器を握りしめる者、逃げ惑う者と反応は様々だったが、
村長の一括で再び村人たちは勇み、“あらたな魔物”へと立ち向かおうとした。

[ 死神きぞくは ヒャダルコを となえた! ]

しかしそんな勇気も虚しく、死神の生み出した氷の刃に村人たちはあっという間に倒れていく。

*「ぐあああっ!」

*「ぎゃああああ!」

*「うっ がは……!」

村長「な なんということだ……!」

*「ああ 神よ 私たちを お救い下さい… 神よ……。」

並大抵の人間では相手になるはずもない魔物を前に村人たちはあれよあれよという間に戦意を喪失し、
どうにかして助かろうと物陰に隠れる者、逃げ惑う者、泣き叫ぶ者、そこはまさに阿鼻叫喚の地獄だった。

*「あっ あああ……!」

*「あ あれはオラの娘!」

先ほど走ってきた農夫が叫んだその先には女の子が地べたにへたり込んでいた。
それを死神が見逃すはずもなく、その手に抱える槍を思い切り突き刺さんと腕を引く。

*「グハハハ! シネ ニンゲ…!」




















*「ニフラアアアアアムっ!」



337: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:28:55.66ID:NuDoDGza0

*「っ…!?」

その時だった。

突然叫び声が聞こえたかと思えば死神は淡い光の中に包まれ、足元から跡形もなく消えてしまったのだ。

*「え…っ?」

後には涙を浮かべたまま放心する女の子が座っているだけだった。

*「だ 大丈夫か!!」

*「…うっ うん……。」

父親が女の子に駆け寄り安否を確かめる。

女の子にけがはないようだった。

*「よがった… ホントによがった……。」

娘の無事に父親はすすり泣き、その体を抱きしめる。

*「今のは!」

一部始終を見ていた村の神父と修道女が何やら騒ぎ立てる。

*「まさか そんなはずは……!」

そう言ってシスターは鎖に縛られて寝転がっている少年の顔を見る。

*「今のはあなたが?」

アルス「…に ニフラム です …か。」

*「やっぱり そうなのですねっ!?」

村長「なんだ どういうことだ!」

詰め寄る村長を無視して修道女は周りの村人たちに向かって叫ぶ。

*「今 このお方が放った呪文 ニフラムは 人間の聖職者でなければ 使うことのできない 聖なる呪文なのです!」
*「つまり この方が 魔物ではありえないということの 何よりの 証明なのです!」
*「…ああ 神よ 罪深き われわれを お許しください……。」

そう言って修道女は祈る仕草で座り込む。

アルス「…………………。」

*「な なんだって……!」

*「っじゃあ なにか? おれたちは なんでもない 人間をいたぶってたっていうのか…?」

*「そんな …信じられん……。」

修道女の言葉に衝撃を受け、村人たちは手に持った武器を力なく落とし少年を凝視する。

村長「お おまえたち! そんなの デタラメに決まっておろう! きっと なにかの勘違いだ!」

*「いいえ 確かに このお方は ニフラムを 唱えました。」
*「その証拠に 死神の魔物は 光の中へ 跡形もなく 消えてしまったでしょう。」

それでも認めようとしない村長に神父が反論する。

村長「お おまえが 唱えたんじゃないのかっ!?」

*「いいえ。わたしどもは 何もしておりません。お恥ずかしながら ただ見ているだけが 精一杯でした。」

村長「ぐっ ぐぬぬ…!」





*「そこまでよ!」



338: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:30:55.12ID:NuDoDGza0

その時だった。

曇っていた空が急に明るくなり、その神々しい光の中から何かが舞い降りてきたのだった。

*「な なんだあれはっ!?」

*「ま まさか あの神々しい光 神聖なる纏い気 あれは… あれは……!」

村人たちはその舞い降りてきた存在に無意識のうちにひれ伏していた。

神「待たせたのう アルスよ。」

光の中から現れた大きな老人の肩から一人の少女が飛び降りる。

マリベル「アルスっ!!」

アルス「まり…べる……?」

マリベル「アルス! あたしが わかる? ねえ! ねえっ!?」

少女は少年の元まで駆け寄ると縛られたままのその体を揺らす。

アルス「う…ん……。」

マリベル「っ… 待ってて 今 ほどくわ!」

アルス「…………………。」

少年は少女の言葉に瞼を閉ざすと意識を集中し、瞑想を始めた。

マリベル「…また こんなに ボロボロになっちゃって……。」

アルス「…………………。」

マリベル「ごめんね… 遅くなって……。」

アルス「…いいんだ……。」

目を開けた少年の身体からは傷が消え、衣服の傷み以外はもうどこも問題ないようだった。

神「…ふむ。人間の子らよ。」

辺りにひれ伏す村人たちを見渡し、神はゆっくりと口を開く。

*「…………………。」

神「どうやら お主たちは 自らのうちの欲望や 恐怖におぼれ 人としてしてはならないことを してしまったようじゃのう?」

*「神よ…… わたしたちは 悔いても 悔やみきれませぬ。」

語りかける神に教会の神父が答える。

*「わたしたちは 奢っていたのかもしれません。村の伝説を称えるあまり ことの本質から 目を逸らしていたのやもしれません。」

マリベル「……以前さ こどもたちが 村の歴史は嘘だって 言って回ったことが あったでしょ?」

*「はい 確かに。あの時は 戯言と 叱りましたが… それが……。」

マリベル「真実を言っていたのは こどもたちの方よ。神さま お願い。」

神「お主の頼みとあらば 仕方がないのう。…ほれっ。」

そう言うと神は杖を振りかざし、いつしか村長が粉々に砕いてしまった例の石碑の一部をどこからともなく出現させ、村人たちの目の前で復元してみせた。

神「そこに 書かれている内容を 皆に 読んで聞かせてやるのじゃ。」

*「はっ……。」


そこには こう書いてあった……。

“その身を 魔物の姿にかえて 村を守った 神父さまを われわれは 殺そうとした。”

“神父さまを 魔物の手先と うたがい 村中の みなで 殺そうとしたのだ。”

“神父さまこそが われわれを 守ってくれていたというのに。”

“われわれの あやまちは 旅人たちのおかげで ふせがれたが 罪は 消えることはない。”

“われらは いつまでも このあやまちを 忘れてはならない。”

“そして 旅人と神父さまへの 感謝の心も……。”



339: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:32:17.09ID:NuDoDGza0

*「……なんということでしょう。」

石碑を読み終えた神父は固く目を瞑り、首を振る。

マリベル「その石碑の一部はね 何代か前の村長が ガラクタ置き場に隠しててね。」
マリベル「あたしたちが サザムやリフたちと 見つけたはいいんだけど あそこにいる大バカが 粉々に壊しちゃったのよ。」
マリベル「…村のためと 言っておきながら 実際は 自分の保身のためにね。」

アルス「……ぼくたちは あの村長に 口封じのために 殺されそうになったんです。」

マリベル「あたしたちに 魔王の手下っていう 汚名を着せてね。」

神「どうも それだけでは ないそうじゃのう?」

少年と少女に続いて神が村長に問いかける。

村長「め 滅相もない! わ わたしが そんな 罰当たりなことをするはずが……!」

神「……嘆かわしいことじゃ。せっかくこの世は 人に任せておいても 大丈夫じゃと 思ったのに。」
神「このような 嘘つきがおったとはのう。」

マリベル「神さまに 嘘が通用するとでも 思って?」

村長「ひぃっ!」

少女に詰め寄られ、村長は思わず悲鳴をあげる。

マリベル「よくも 魔王を倒した英雄を 殺そうとしてくたわね。」

村長「え 英雄?」

アルス「それに 砂漠からの使者を拘束し 砂漠の国との仲を 裂こうとした。」
アルス「すべては 自らの威信と名誉のために。」

そう言って少年は険しい顔で村長を指さす。

*「おい 村長さんよ これは どういうことなんだ?」

話を聞いていた村人たちが村長を取り囲む。

*「あんたを信用した おれたちが バカだったって言うのかい?」

*「あんたのせいで あたしたちは こんな目に……。」

アルス「いけない! けが人がいるんだった……!」

マリベル「アルスは 休んでて。」
マリベル「ベホマズン!」

少女がそう叫ぶと先ほど魔物にやられ苦しそうに地面を転がっていた人々も見る見るうちに回復し、辺りは優しい緑の光で満たされていった。

*「おお…… 傷が塞がっていく。」

*「い 痛みが 消えた……?」

*「今のは 最上級回復呪文……!」

*「あ あなたたちは いったい……!」

奇跡の正体に気付いた神父や修道女が問う。

マリベル「ふふん。だから 何度も言ってるでしょ?」
マリベル「魔王を倒した 世界の救世主 マリベルさまと! その付き添いの アルスよ!」



340: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:33:17.44ID:NuDoDGza0

アルス「付き添いって……。」

神「ほっほっほ! まこと マリベルは 愉快な女子じゃのう。」

少女の宣言に唖然と見つめる村人を他所に少年と神は勝手な感想を言う。

村長「み みとめん… 認めんぞ!」
村長「わしは 今まで なんのために 苦心してきたと 思っとるんだ!」
村長「それが ポッと出て沸いた 旅人なんぞに……!」

マリベル「あたしたちからすれば あんたの方が よっぽど ポッと出 なんだけど?」

村長「ど どういう意味だ!」

神「ふうむ 往生際が悪いのう。その娘と少年は お主たちの伝説に出てきた 旅人 その人なのじゃよ。」
神「言うなれば 時の旅人 アルスとマリベル ってところかのう。」

マリベル「ふふっ 驚いたかしら?」

アルス「ははは……。」

*「おい ホントかよ……!」

*「もう なんだか わけがわからないわよ……!」

リフ「お兄さんとおねえちゃんが……!」

サザム「げえ! おれは そんな人たちを 子分だなんて…。」

マリベル「そーよ? サザム。あたしたちってば とっても 偉いんだからね? うふふっ。」

アルス「まあまあ マリベル。その辺にしとこうよ。」

マリベル「……それで この落とし前 どうつけてくれるのかしらね?」

神「わしは自ら 人間に手を下したりはせんからの。 おまえたちの 自由にするがええじゃろ。」

マリベル「ええ もちろん そうさせてもらうわ。」

面倒くさそうに言う神には目もくれず、少女はおごれる権力者を睨む。

マリベル「さあて 何がいいかしら? あたしたちを おとしめようとした 罪は重いわよ?」
マリベル「魔物のエサ? 海の藻屑に 生き埋め それとも神父さまみたいに はりつけからの火あぶりがいいかしら?

村長「ひ ひぃぃ! お助けぇ!」





*「どこへ 行くんだ?」



341: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:33:55.39ID:NuDoDGza0

村長が少女から逃れようと後ずさりした時だった。

何者かが後ろから村長の首根っこを掴んで持ち上げる。

村長「な……!」

アルス「サイード!」

サイード「遅くなって すまなかったな。」

そこには砂漠の城へと戻ったはずの青年が立っていた。

マリベル「今まで どこ行ってたのよ。」

サイード「人質達は 無事 城まで 送り届けた。」

少女の問への答えも兼ねて青年は少年に告げる。

アルス「ありがとう。」

サイード「礼を言うのは おれの方だ。」
サイード「さて 砂漠の民から たっぷり 礼をさせてもらうとしようか。」

村長「お お許しを… お許しくださいぃ!」

サイード「ダメだな。それこそ おまえのような奴は 生かしておけん。」
サイード「今のうちに 神さまに 祈るんだな。」

神「わしに 祈られても どうすることも できんがのう。」

神は困ったような顔で立派な髭を擦るだけ。

村長「そ そんなぁ!」

マリベル「ざーんねん だったわね。意外と 神さまってのは 放任主義なのよ。」

村長「ぐ… す 好きにしてくれ……。」

遂に観念したのか、村長は項垂れる。

サイード「…………………。」

村長「ぐあっ……?」

それを見た青年は掴んでいた手を放し、男を解放する。

サイード「これで 己の命を絶つがよい。」

そういって青年は自らの懐に差した獲物を村長の目の前に放り投げた。

村長「…………………!」
村長「ぐっ……!」

おずおずとその剣を拾い上げ、目をつむったまま喉元に思い切り突き立てようとした、その時だった。





*「待って! お待ちください!」



342: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:34:54.64ID:NuDoDGza0

村長「っ!?」



突然広場の奥の方から声が響き渡りその場の誰もがその方向を振り返る。

そこには村長夫人と思われる女性が震えながら立っていた。

*「その人は 確かに 保身のあまり 村の外の人を 悪者にしました。」
*「でも 元はといえば それは 村の人々を 脅威から 守ろうとしたからなんですわ!」

サイード「それで 人殺しや 拘束が許されるとでも?」

*「…いいえ。ですが わたしたちはそのおかげで 今日まで 己の精神を 保ってこられたのも事実なのです!」
*「もし そうでも しなければ とっくに村は荒れ 身内で殺し合いを 始めていたかもしれませんわ。」
*「悪いのは 夫だけではないのです わたしたち村人が 知らず知らず そうさせてしまっただけなのです!」
*「ですから お願いです! 夫を殺さないでください! どうしても というのなら わたしも 一緒に……。」

そう言って夫人は夫のもとへ歩み、その隣に座り頭(こうべ)を差し出す。

サイード「…………………。」
サイード「今回の件は おれだけでは 決められん。」

それだけ言うと青年は村長から刀を奪い、再び自分の腰に下げた。

マリベル「……いいのね?」

サイード「おれの役目は 終わった。あとは 任せるぞ。」

そう言って青年は少女に拾い上げた魔法のじゅうたんを渡す。

マリベル「そっ。じゃあ もう 帰ろうかしらね。」

アルス「……そうだね。」

*「あ ありがとうございます……!」

村長夫人は震えた声で礼を言う。

マリベル「あたしは あんたたちを 許したりしないわ。」
マリベル「いい? 自分たちの都合が悪けりゃ みんな よその者のせいにする その腐った根性 叩きなおしておくのよ。」
マリベル「それから ちびっこたちに 謝りなさいよね。」

少女は辺りの人々に向かって睨みを利かす。

リフ「おねえちゃんたち もう 行っちゃうの?」

木こりの息子が少女に歩み寄る。

マリベル「ごめんね リフ。あたしたちは 本当は 砂漠の城に用があって ここまで 来たのよ。」
マリベル「人を待たしてるから。それじゃあね。」

そう言って少女は男の子の頭を優しく撫でる。

マリベル「サザムも 元気で やるのよ!」

サザム「……うん。」

神「さすれば 砂漠の城に そなたら はこんでやろう。」

マリベル「ありがとうございました 神さまっ。」

神「礼には及ばんよ。ええものを 見せてもらったしのう! ほっほっほ!」
神「マリベルよ。アルスを想う そなたの気持ち 決して 忘れんようにな。」

そう言って神が念じると少年と少女、そして青年の身体が浮き上がり一瞬のうちに消えてしまった。

神「…………………。」

それを見届けた神は村人たちを見やる。

神「人間の子らよ。もう一度 自分の心に 語り掛けてみるのじゃな。」
神「醜い欲望を持ち 信じる心を忘れた時 人間は人ではなく 魔物となるのじゃからな。」
神「…ゆめゆめ 忘れることなかれよ。」

*「「「は ははー!」」」

神「では さらばじゃ!」

そして神もまたまばゆい光に包まれて消えてしまったのだった。



343: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:35:54.67ID:NuDoDGza0

マリベル「はあ~ なんとか 終わったわね。」



神の力により三人は砂漠の城の入口までやって来ていた。あれだけの出来事があったにも関わらず、日はまだ高い。

サイード「とりあえず ことのてんまつを 報告しに行くとしようか。」

歩きながら青年が二人に語り掛ける。

マリベル「それも 大事だけど あたし お腹すいちゃったわよ!」
マリベル「ねっ あんたもそうでしょ?」

アルス「…………………。」

少女が話しかけるも少年はどこか上の空。

マリベル「……アルス?」

アルス「…えっ? あ うん そうだね。」
アルス「でも 女王様たち きっと 待ってるんじゃないかな?」

マリベル「もうっ わかったわよ……。」

サイード「悪いが 報告は 二人で行ってくれないか? おれは 兄上たちの様子を 見てくるよ。」

マリベル「あくまで 女王様には 会わないって言うのね……。」
マリベル「まあ いいわ。いきましょ アルス。」

アルス「うん。」

そう言って少年と少女は女王の間のある城の地下へと降りて行った。



サイード「…すまんな。」



344: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:36:26.90ID:NuDoDGza0

ボルカノ「おう アルス! 無事に戻ってきたな。」



城の地下に降りるとそこでは漁師たちが少年と少女を待ちわびていた。

アルス「なんとかね。」

*「おかえりなさい マリベルおじょうさん!」

二人の姿を見つけた漁師たちが駆け寄ってくる。

マリベル「もう たいへんだったんだから!」
マリベル「危うく 村人たちに 殺されちゃうところだったの!」

ボルカノ「話は サイードくんから 聞いてるぜ。ご苦労だったな。」
ボルカノ「……そうだ。アルス この後 すぐに 女王に会いに行くんだろ?」

アルス「うん。」

ボルカノ「なら これも 一緒に持って行ってくれ。お前からの方が 話も 早いだろう。」

アルス「わかった。」

[ アルスは バーンズ王の手紙・改を うけとった! ]

ボルカノ「頼んだぜ。」



345: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:37:47.29ID:NuDoDGza0

*「まあ 救い主さま!」



謁見の間にやってきた少年たちを侍女が出迎える。

アルス「ただいま レブレサックより戻りました。」

*「ご無事で なによりですわ。」

*「今 女王さまに お取次ぎいたします。」

そう言って侍女は奥の方に見える女王のもとへ行き何かを話していたが、やがて戻ってくると二人へこう言った。

*「アルスさま マリベルさま。 女王さまが じかに お話されたいと おっしゃって おいでです。 どうぞこちらへ。」

アルス「はい。」

侍女に促され、少年と少女は女王の元へと歩み寄る。

女王「救い主さま……。この度はまたしても 砂漠の民を救っていただき 感謝してもしつくせぬほどです。」

アルス「いいえ とんでもありません。ぼくたちも 半分は自分たちのために やったわけですし……。」

マリベル「あの 3バカのためっていうのは ちょっと 気にくわなかったけどね。」

女王「彼らも 元はと言えば 砂漠の民のために遣わされた身。」
女王「その彼らを 助けていただいたということは すべての砂漠の民を お救いいただいたことと 同義です。」

マリベル「……じゃあ ついでと言っちゃ なんだけど…。」
マリベル「アルス?」

アルス「うん。」

少女に促され、少年は女王に懐にしまっていた書簡を取り出して言う。

アルス「実は ぼくらは 今回 グランエスタードの王より 砂漠の国との 締約のために 遣わされていたんです。」

女王「まあ! それは 本当ですか!」

アルス「はい。それで よろしければ こちらの書簡に 目を通していただきたいと 思いまして……。」

[ アルスは バーンズ王の手紙・改を てわたした! ]

女王「…………………。」
女王「大体の内容は 把握いたしました。わたくしどもも 喜んで 提案を受け入れますわ。」
女王「ただ エスタード島と この大地との行き来は 地形上 少々 難しいと存じます。」
女王「交友上 その辺りの課題を これから 議論していかなければ なりませんね。」
女王「近く わたくしどものところから 遣いを送ります。追い追い 話を 詰めていこうと 思いますわ。」

アルス「そうですか。ありがとうございます!」

女王「いいえ 重ね重ね お礼を申し上げるのは わたくしどもの方です。」
女王「きっと 両国はこれから 良い関係を築いて行けるでしょう。」

そう言って女王はにっこりと微笑む。

マリベル「……レブレサックとは どうするのですか?」

少女が尋ねると女王は難しそうな顔をして言う。

女王「レブレサックの村の人々は わたくしたちを 信用していないのでしょうか……。」

アルス「どうやら そのようでした。この国に限らず よその者はみな。」

マリベル「でも 今回 わたしたちが みっちり お説教してきましたので 多少は 反省して 友好的になるかと 思いますわ。」

女王「本当ですか! それでは こちらも 諦めずに根気よく 接していこうと 思います。」

アルス「それが いいでしょう。あの村には 正しい心をもった子供たちが たくさんいます。」
アルス「彼らの 未来のためにも そうしてあげてください。」

女王「はい 是非とも。」

少年の言葉に再び砂漠の女王は笑顔で答える。



346: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:38:23.24ID:NuDoDGza0

女王「……ところで 救い主さま。」
女王「救い主さま方が よろしければ 今夜 ささやかながら 宴を 催したいと 思うのですが いかがでしょうか?」

アルス「マリベル。」

マリベル「うん。」

少年と顔を合わせると少女は微笑んで答えた。

マリベル「よろこんで!」

そうして二人が漁師たちに事情を説明するべく女王の間を後にしようとした時だった。

女王「お待ちください!」

アルス「どうなさいました?」

女王「砂漠の村の族長の 末の息子さんの…… サイードは ご一緒ではないのですか?」

女王は目を見開き慌てた様子で言う。

マリベル「サイードなら 3バカの様子を 見にいきましたわよ。呼んできましょうか?」

少女がバレない程度に口元をにやつかせて言う。

女王「あ いえ…… それなら いいのです。では また 宴の席で……。」

少々声色が落ちたような気がしたのは少女だけだったのか、少年は首をひねったまま何も言わない。
仕方なく少女は一礼し、少年を引っ張ってその場を後にするのだった。



347: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:39:19.42ID:NuDoDGza0

マリベル「あれは ひょっとすると ひょっとするわね。」

漁師たちのもとへ向かいながら少女が言う。

アルス「何が?」

マリベル「ん? なんでもないわよ。」
マリベル「それにしても 何気なしに 言っちゃったけど 女王さまにも 3バカで通用するのね あいつら。」

アルス「ははは… 悪名高いって いつだか 城の人が言ってたもんね。」

マリベル「これじゃ あの3人が どれだけ頑張っても 女王様と結婚する可能性は 皆無ね。」

アルス「族長にだって 周りの反対で 絶対なれないだろうね。」

マリベル「あったりまえよ! あんなのが族長になっちゃったら あの村は終わりね。」

アルス「ははは… あ 父さん!」

そんなことを言っているうちに地上階までたどり着いた少年は父親に声をかける。

ボルカノ「よう アルス。首尾はどうだったよ?」

アルス「うん 肯定的な答えをもらえたよ。あとの話は 向こうから 人を派遣して進めるってさ。」

ボルカノ「そうか じゃあ オレたちの 役目はおしまいだな。」

アルス「うん それで 今夜はご馳走してくれるって。」

マリベル「ここの料理って 独特のスパイスが効いてて 美味しいのよね~。」

*「おお! 本当ですか そりゃ!」

*「残してきた奴らに 悪いなあ。」

マリベル「しょうがないじゃない。帰ったら 土産話だけでも してあげましょ?」

*「それも そうですね!」



マリベル「ああああっ!」



まるで飯番の男の顔を見て思い出したかのように少女が声を上げる。

*「えっ どうかしました?」

マリベル「忘れてたっ! お昼ご飯 まだ食べてないんだった!」

アルス「そうだったね。」

マリベル「アルス! 食堂に行くわよ! もたもたしないでよねっ!」

アルス「食堂は逃げないよ……。」

太陽の照り付ける昼下がり、遅めの昼食をとるべく二人は再び元来た道を戻り地下へと降りていくのだった。





それから時間は流れ…。



348: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:40:22.59ID:NuDoDGza0

*「それでは これより 再びわれら砂漠の民をお救いくださった 救い主さまに 感謝をささげ ここに乾杯の 音頭を あげます。」

*「かんぱい!」

*「「「かんぱーいっ!」」」

*「「「救い主さま ばんざーい!」」」
*「「「サイードさま ばんざーい!」」」

大気を、大地を、建物すべてを焼け焦がしていた太陽が地平線へと沈んだ頃、
砂漠の城の祭壇前ではささやかながらも規模としては十分な宴が執り行われていた。
三度も砂漠を救った少年と少女はさらに熱狂的に崇められ、砂漠の村の族長の末息子は一族の英雄として大いに祭り上げられた。

サイード「まさか たまたま立ち寄った故郷で こんなことになるとはな。」

たけなわも過ぎ、青年が気恥ずかしそうに少年たちに話しかける。

アルス「いや サイードは もっと自分を誇るべきだよ。」

マリベル「主役が そんなんじゃ みんな 盛り上がれないわよ?」

サイード「おれは たいしたことは してないさ。」

マリベル「そう思ってるのは 自分だけよ。慕ってくれる人たちの前では しゃんとしてなさいよね。次の族長さん。」

サイード「なっ……!」

アルス「きっと みんなは きみのことをそう見てるはずだよ。」

マリベル「旅に出たいのは よーくわかるけどね。あんたが いなくなれば やっぱりみんな 不安なのよ。」
マリベル「たまに そのことも 思い出してあげることね。」

サイード「しかし 兄上たちが……。」

マリベル「だめよ あんな ポンコツども。村のみんなが かわいそうだわ。」

サイード「むぅ……。」

少女に言いくるめられ青年は押し黙り、辺りを見回す。

集まった民衆は口々にサイードを称えているようだった。
族長の息子としてだけではない、彼自身がもつ人徳が、人々の笑顔にありありと映し出されていたのだ。

サイード「…………………。」

*「サイードさま。」

サイード「むっ…。」

青年が何か感傷にふけっていると不意に後ろから侍女に呼びかけられる。

*「女王さまが お呼びです。」

サイード「おれを か?」

*「はい。こちらへ。」

マリベル「うふっ うふふふっ! やっぱりね!」

アルス「マリベル?」

マリベル「どうせ こんなことだろうと 思ったのよ!」
マリベル「あたし ちょっと 盗み聞きしちゃおうかしらっ。」

そういうと少女はそそくさと席を立ち、どこかへと行ってしまった。

アルス「…まさか……。」
アルス「…………………。」
アルス「ま いいや。マリベルも 好きだなあ。」

そう独り言ちていると、少女がいなくなったのをいいことに若い娘たちがたちまち少年の周りに集まってくる。

*「救い主さま 今度 わたしと ナイラに沐浴に行きませんこと?」

*「いいえ 救い主さま わたしと 明けるまで 星を見てくださらない?」

*「ちょっと 抜け駆けする気?」

*「そういう あんただって!」

アルス「お 落ち着いてください みなさんっ!」

最強のお目付け役を失った少年は冷や汗を垂らしながらこの状況をどう乗り切ればよいのか思案する羽目になったのだった。



349: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:41:11.72ID:NuDoDGza0

*「女王さま サイードさまを お連れいたしました。」



女王「ありがとう。少し 下がっていてください。」

*「わかりました。では 終わりましたら お呼びください。」

そう言って侍女は玉座の周りから人払いをし、自らもそこを後にする。

サイード「お呼びでしょうか 女王さま。」

女王「そう 堅くならないでください。」
女王「…この度は 本当に ご苦労様でした。」
女王「あなたの働きのおかげで 人質となっていた使いも 村にいた移民も 無事帰ったと聞いております。」

サイード「いえ わたしは アルスの指示に 従ったまでです。これといって 称えられるような ことは しておりません。」
サイード「そればかりか このように お褒めの言葉を みなからも そして あなたからも いただいてしまい 恐れ入るしだいです。」

女王「よしてください。たとえそれが 救い主さまの指示だとして 最終的に決断したのは あなた自身のはずです。」
女王「わたしたちは あなたの 勇気ある決断に 救われたのです。」
女王「それを 自分は何もしていないだなんて…… そんなこと 言わないでください。」

サイード「……!」
サイード「申し訳ございません 女王様…っ!」

女王の言葉に自分が恥ずかしくなり、青年はただ頭を垂れ謝るしかできなかった。

女王「…………………。」
女王「顔を 上げてください。みなの前で そんな姿を 晒してはいけません。」

女王はそれを制止し、近くに来るように手招くと青年の目を見据えて言う。

女王「サイード あなたは 次の族長にはならないのですか?」

サイード「…わたしは もっと 広い世界を旅し まだ知らない土地を歩き 人々と出会い 別れてみたいのです。」
サイード「それに 族長は 兄たちの役目。わたしは 元からなるつもりは ありません。」

女王「それが みなの 望まないことであってもですか?」

サイード「…………………。」
サイード「今の兄たちであれば 大丈夫でしょう。」
サイード「…女王様 ありがとうございました。 それでは。」

女王「待って!」

背を向け、その場を立ち去ろうとする青年の腕を女王が掴み引き止める。

その様子に気付いているものは誰もいないようだった。

女王「待って サイード。本当に 行ってしまうのですか……?」

サイード「…………………。」
サイード「いつか……。」
サイード「わたしが 旅を終え 人として成長して 帰ってきた時……。」
サイード「その時までに 族長のなり手が 見つからないようであれば わたしが 引き受けましょう。」

女王「…………………。」

そこまで言ってようやく青年は振り返ると、自分の首元に隠されていた控えめな首飾りを外して女王の手に掛ける。

サイード「祖父の形見です。わたしが 戻るまでの 担保として お持ちください。」
サイード「捨てていただいても かまいません。父や 兄に 渡していただいても かまいません。」
サイード「しかし! この 砂漠の民 サイード いつの日か 必ずや 故郷であるこの地に 再び 帰ってきましょう!」

女王「それでは……!」

サイード「また お会いしましょう。われらが 砂漠の女王 ネフティス。わが 君主よ。」

一度だけ微笑みかけ、青年は二度と振り返らなかった。

女王「…必ず お待ちしております!」

青年の大きな背中に投げかけた女王の宣言は寂しげでもあったが、どこか確信を持った力強さもあったのだった。



350: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:41:52.57ID:NuDoDGza0

マリベル「は~ まったく 見てるこっちが ヤキモキしちゃうわ!」





そんなやり取りを屋根の上から見ていた少女は盛大なため息をつきながら愚痴をこぼす。

マリベル「ん。まあ これで 砂漠の未来は 多少明るくなったかな。」
マリベル「サイードのわりには がんばった方かな……。」
マリベル「ま いーや。アルスのとこ 戻ろっと。」

片方の眉と口角を少しだけ上げて少女はそっと独り言ち、少年がいる宴席の方へと再び歩き出すのだった。



351: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:42:40.31ID:NuDoDGza0

アルス「ええと ですから ぼくには……。」

*「ええ~ つれないですわねえ 救い主さま。アタシと 楽しいコト しませんこと?」

相変わらず少年は一人で娘たちと不毛な格闘していた。

“このままだと 喰われる”という、本能が察知した危険に抗うため、少年はなんとか断ろうと必死に頭を回転させる。

*「うふふっ 少しいいかしら? 救い主さま~~~?」

“また 新手が来た!”

そう思って振り返った瞬間、少年の顔は引きつった笑顔のまま凍り付く。

アルス「ま マリベルさん……?」

マリベル「ちょっと どういうことか 説明して いただけないかしらね~?」

アルス「えっと こ これは その……。」

マリベル「え? 何ですって? 聞こえませんでしたわ~?」

たじろぐ少年に対して少女は仮面のような笑顔を張り付けている。

アルス「マリベル 怖いよ……。」

マリベル「なんですって? おほほほ。」

もはや目は笑っていなかった。


マリベル「ばかアルスううう!」


甲高い音と共に少年が吹き飛び、盛大に床に崩れ落ちる。

サイード「何をやってんだ? おまえたち。」

アルス「ご ごかいなんだ……。」

力なく横たえる少年に対して青年が問いかける。

マリベル「ふーんだ。」

サイード「……?」

*「キャー! 救い主さまがふっとんだわ!」

*「誰か 救い主さまをお運びして! 

マリベル「必要ないわよ ったく!」

少女が叫ぶ娘たちをあしらって少年に小突く。

アルス「いててて……。」

マリベル「ほら 起きなさいよ アルス。弁解してごらんなさい。」

アルス「…………………。」
アルス「もういいよ。」

マリベル「……えっ?」

アルス「疲れたから 先に 宿に戻ってる。…父さんたちにも 伝えといて。」

そう言って少年は起き上がるとそそくさと村の方へと向かっていってしまった。

マリベル「あ アルス……!」
マリベル「もう! あとで 泣きついても 知らないからね!」

少女は遠ざかる背中に怒鳴りつけるが、その背中は規則的な動きをしたまま振り返ろうとはしない。

サイード「何があったかは知らんが おれも 今日は 自分の部屋で 泊まるからな。 先に帰ってるぞ。」

マリベル「……勝手にすれば?」

サイード「じゃあな。」

そう言って青年も少年の背中を追って消えて行ってしまった。

マリベル「……ふんっ。」

いまいち腹の虫が収まらない少女は再び漁師たちのいる宴の席に戻り、自棄のように料理や飲み物に手を伸ばすのだった。



352: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:43:29.11ID:NuDoDGza0

アルス「サイード さっきは 何を話していたの?」



城を後にした少年たちは村の近くまで戻って来ていた。

サイード「む? 女王さまとか?」

アルス「うん なんだか ピリピリしているようにも 見えたけど……。」

サイード「いや 別に たいしたことじゃないさ。少しだけ これからの話をしただけだ。」

アルス「次の族長にどうか とか?」

サイード「……おまえには 隠し事は できないな。」
サイード「ああ。とりあえずは 断っておいた。」

アルス「……やっぱりか。」

サイード「今のところは な。」

アルス「じゃあ!」

サイード「まあ 落ち着け。おれはしばらく ここには戻らない。」
サイード「だが いつか 旅を終えて 戻ってきた時には わからないというだけさ。」

アルス「ぼくは きっと きみが族長になると 思うな。」
アルス「なんたって きみはハディートそっくりだしね。」

サイード「…かつて おまえたちと 共に戦った あの ハディート王にか?」

アルス「うん。性格は きみのほうが やわらかいと 思うけどね。」

サイード「は…はは 彼は よっぽどの堅物だったんだな!」

そんな冗談に青年は思わず吹き出す。

アルス「あ 今日の宿 どうしようかな。」

サイード「昨日は どうしたんだ?」

アルス「きみの 部屋を借りたんだ。」

サイード「おれは 別にかまわんが。」

アルス「そうだね… でも……。」
アルス「今日は 宿屋に泊まろうかな。」

サイード「そうか それもよかろう。後から来る者のために 家の者には 屋敷に泊まれるよう 言っておくから 安心しろ。」

アルス「うん ありがとう。今日は きみに 助けられっぱなしだね。」

サイード「なんの おれこそ おまえたちが いなければ 今頃どうしていたか わからないんだ。礼を言うのは こちらのほうだ。」

アルス「いやあ……。」

サイード「さて では おれはこれで 失礼する。二週間ぶりに子猫たちにも 会いたいしな。」

アルス「うん。 それじゃ また 明日。」

そうして二人は別れ、少年は宿屋へ、青年は自室へと入っていったのだった。



353: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:44:50.32ID:NuDoDGza0

ボルカノ「マリベルちゃん どうしたんだ?」



一方、砂漠の城ではまだ宴は続いていた。とはいっても今はだいぶ静かになり、人の数もまばらとなってきていた。

その中で少女はしかめっ面をしたまま深い色の飲み物を煽っている。

マリベル「なんでもないのよ ボルカノおじさま。なんでもっ。」

ボルカノ「しかし さっきから 飲みすぎじゃないのかい?」

マリベル「いいじゃないの こういう時も あるんですからね!」

ボルカノ「…………………。」

マリベル「…………………。」

ボルカノ「そういえば あいつ 見ないな。マリベルちゃん 聞いてるか?」

マリベル「疲れたから 先に宿に帰っているですって。サイードもね。」

ボルカノ「そうか。それにしても さっきのあいつは たいへんそうだったな。」

マリベル「…どういうことですか?」

ボルカノ「いや マリベルちゃんがいなくなった後 娘さんたちが 押しかけてきてな。」
ボルカノ「押し合いへし合いして あいつに言い寄るんだけどよ 申し訳なさそうな顔しながら 謝ってたっけな。」

マリベル「なんて 言ってたんですか?」

ボルカノ「どうだったかな。自分には 心にきめている人が います みたいなこと 言ってたっけか。」

マリベル「…………………。」

少年の父親の言葉を聞いて少女の動きがぴたりと止まる。

ボルカノ「おれには あいつの 考えていることは 時々よくわからなくなるんだけどよ。あの言葉は たぶん 真剣だったんだろうと思うぜ。」
ボルカノ「……でも あいつをして 心に決めた人と 言わしめるぐらいなんだから よっぽど その人のことを 愛してるんだろうよ。」
ボルカノ「きっと 信じてるんだろうな その人なら 自分のことを わかってくれるって。」
ボルカノ「だから マリベルちゃん きみに もし そういう人が いるんなら そいつのこと 信じてやってくれよな。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ボルカノおじさま…… あたし もう 行きます。」

ボルカノ「ん? そうか 気を付けてな。」

マリベル「ありがとうございます!」

それだけ言うと少女は村の方角へと走り去っていってしまった。

ボルカノ「……若いってのはいいねえ。」
ボルカノ「おれも 昔は 母さんと あんな 情熱的な恋を…ん?」

*「ボルカノさん 主賓がみんな 帰っちゃいましたね。」

一人感傷に耽る船長の肩を飯番の男がつついて言う。

ボルカノ「……適当に はぐらかして おれたちも 帰るとしようか。急がないと夜が明けちまう。」

*「「「ウスッ。」」」



354: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:46:44.41ID:NuDoDGza0

マリベル「あたしの ばか…!」
マリベル「あいつも ばかだけど あたしだって ばか丸出しじゃない!」
マリベル「アルス……!」

少女は砂に足がとられるのも、ドレスに砂がつくのも気にせず無我夢中で真夜中の砂漠を走った。
上昇する体温に冷めていく気温。闇夜を照らす月光の下で少女の脳裏に映っているのは少年の顔だけだった。
あの人の良さそうな顔がいつの間にか冷たく変わり、自分に向けられたのはいったいいつ以来だっただろうか。
普段は敵や理不尽にしか向けない漆黒に凍てつく瞳に映った自分はどんな顔をしていたのだろう。

彼はいったい自分を見て何を思っていたのだろうか。


マリベル「いやよ……!」


彼は今、暗い部屋の中で一人横たわっているのだろうか。この冷え切った砂漠の夜にたった一人。


マリベル「いやよ!」


否。冷え切った砂漠に一人取り残されていたのは自分の方なのかもしれない。


マリベル「いや!」


村が目の前に見える。


マリベル「待ってよ……!」



宿屋はすぐそこに。



マリベル「行かないでよ……!」



扉の向こうに。



*「す 救い主さま! もう 宴はよろしいのですかっ!?」

マリベル「アルスは……!?」

*「アルスさまなら 部屋に……。」

マリベル「一人追加で!」

*「かしこまりました。」




扉の向こうに。






マリベル「アルス!」






いた。



361: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 21:25:55.36ID:NuDoDGza0

…………………




アルス「…………………?」
アルス「やあ マリベル。どうしたんだい? そんなに 慌てて。」

窓辺に立ち、月を見上げていた少年は少女に振り返り言う。

マリベル「はっ… はっ…… えっ……?」

アルス「そんなに 砂まみれになって…… 走ってきたんだね。」

マリベル「んっ……。」

アルス「髪もこんなに バサバサになっちゃって……。」

そう言って少女の髪や服を優しくはたいていく。

アルス「せっかく おめかししたのに これじゃ もったいないよ。」

マリベル「あっ……。」

アルス「ん? どうしたの? どこか怪我でもした?」

マリベル「…………でよ……。」

アルス「ま マリベルっ!?」

マリベル「一人にしないでよっ!!」

気付けば少女は少年の胸を掴み、小さく震えながら嗚咽を漏らしていた。

マリベル「うっ…ふ…うう…。」

アルス「…………………。」
アルス「ごめんよ。」

そう言って少年は少しだけきつく少女を抱きしめる。その顔にはもはや先ほど見せた険はなく、柔らかくすべてを包み込むかのような微笑みを浮かべていた。

アルス「ぼくは どんなに 言い寄られたって きみを裏切ったりなんかしない。 本当さ。」

マリベル「わ わかってる… わかってるわよ……。」

アルス「もっときつく 言って 近寄らせなければ 良かったかな…… ごめんね。不安だったんでしょ?」

マリベル「…うん……。」

アルス「ごめん。」

マリベル「……うん。」




…………………



355: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:47:22.28ID:NuDoDGza0

マリベル「は~ さっぱりしたわ。」

しばらくして落ち着きを取り戻し、沐浴を終えた少女が戻ってきて言う。

マリベル「まったく なんで あんなに 感情的になっちゃったのかしら。」

アルス「お酒のせいとか?」

マリベル「さあね……。今日は いろんなことが あったからかしらね。」

アルス「うん …そうだね。」

マリベル「…………………。」
マリベル「あそこの村は どうなるかしらね。」

アルス「さあ それもこれも 大人たち次第かな。」

マリベル「…違いないわね。」

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「もう 寝るかい?」

マリベル「そ そうね……。」

アルス「うん おやすみ。」

マリベル「おやすみ……。」

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ねえ。」

アルス「…ん……?」

マリベル「そ そっち 行っても いいかな……。」

アルス「後で みんなに 見つかっちゃうよ?」

マリベル「…………………。」
マリベル「だめ……?」

アルス「うっ……。」
アルス「…わかった。 おいで マリベル。」

マリベル「うふふっ!」
マリベル「…………………。」
マリベル「ねえ もう一度言ってよ。」

アルス「ん?」

マリベル「もう 鈍感ね!」
マリベル「その…… 好きって。」

アルス「…はははっ!」

マリベル「なによう! なんで笑うのよ!」

アルス「ごめんごめん。つい可愛くって。」

マリベル「んもう!」

アルス「好きだよ。マリベル。」



356: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:47:53.78ID:NuDoDGza0

マリベル「…………………。」
マリベル「もう一回。」

アルス「ええっ?」

マリベル「……お願い。」

アルス「…好きだよ。」

マリベル「どれぐらい?」

アルス「これぐらい。」

マリベル「わかんないわよぉ!」

アルス「…………………。」

マリベル「えっ なあに?」
マリベル「……!」

アルス「……これくらい。」

マリベル「もうっ……!」

そんなやり取りをしばらく続けているうちに瞼が重たくなり、どちらともなく眠ってしまうのだった。





そして……



357: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:48:21.42ID:NuDoDGza0

そして 夜が 明けた……。



359: ◆N7KRije7Xs:2017/01/04(水) 19:50:31.39ID:NuDoDGza0

第12話の主な登場人物

アルス
たとえ自分が傷つこうと基本的に暴力で解決することを嫌う。
決して饒舌ではないが言うべきことはきちんと言う。

マリベル
アルスのピンチを救うべく一人移民の町まで神を呼びに。
自分の代わりに進んで危険な役を買うアルスを心配している。

ボルカノ
砂漠の城にて少年たちの帰りを待っていた。
二人の仲に陰りが見えればそっと助言を施す。

サイード
砂漠の民の青年。
3バカこと兄たちを救うべくアルスたちとレブレサックへ。
情には熱い方。

族長
砂漠の村の族長。
上の三つ子の兄弟が悩みの種。

3バカ(*)
砂漠の村の族長の三つ子の息子。サイードの兄たち。
顔も性格もまったく同じ。瓜二つならぬ

女王
砂漠を統べる女王ネフティス。6代目(?)
隣村のレブレサックに交易のための使いを送るも拿捕され、頭を抱えていた。
サイードとは面識があった模様。

サザム
レブレサックに住む少年。
村の子供たちのリーダーで、正義感が熱い。

リフ
レブレサックに住む少年。
村で唯一正しい歴史を教える木こりの家系の末裔。
とある出来事からサザムや他の子どもたちと和解。

村長
レブレサックを統治する中年男性。
自分の保身に走るあまりその手を汚そうとした。


この世界を創造した主。マリベル曰く「クソじじい」。
およそ厳かとはかけ離れた外見にユーモアあふれる好々爺。
今は移民の町で気ままな生活を送っている。



365: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:23:57.96ID:jh5nLVyG0

航海十三日目:狙うはあいつだ / 幽霊船の眠り



366: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:25:07.23ID:jh5nLVyG0

*「……て …きて……。」



マリベル「ん…んん……?」



*「ル…… おきて……。」



マリベル「ア…ルス……?」





*「マリベルおじょうさん 起きてくださいよ!」





マリベル「え キャーっ!」



*「ぶほぉっ!」



マリベル「あっ……。」



367: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:27:25.05ID:jh5nLVyG0

マリベル「ごめんってば。」

*「どうせ アルスさんじゃ ありませんでしたよーだ。」

マリベル「もう……。」

少女は自分を起こしに来た人物が少年じゃないことに驚き、起こしに来てくれた飯番の男を勢い余って突き飛ばしてしまったのだった。

マリベル「…………………。」

隣に寝ていたはずの少年はいない。

マリベル「あのさ……。」

*「ん アルスさんでしたら 顔を洗ってますよ?」

アルス「どうしたの マリベルっ! ……?」

その時悲鳴を聞いた少年が血相を変えて飛びこんでくるも、事態をうまく呑み込めていないのか首をひねっている。

*「おはようございます アルスさん。」

マリベル「…おはよう アルス。」

はきはきとしている飯番に対して少女は少しだけむすっとした顔であいさつする。

アルス「お おはよう ございます……。」



368: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:28:11.29ID:jh5nLVyG0

アルス「いやあ 悪かったって。あんまり 気持ちよさそうに 眠っているからさ。」



マリベル「は~ そうですか~。」

アルス「弱ったなあ。」

その後飯番からことの顛末を聞かされ少女がむくれている理由を知り、現在少年は少女のご機嫌取りに必死になっていた。

ボルカノ「また なんかあったのか?」

*「いやあ 実はさっき……。」

ボルカノ「…ほほう。くっくっく……。」

同じようにことの詳細を聞かされた少年の父親はおかしくて仕方がないようで、必死に笑いを堪えている。

アルス「笑わないでよ 父さん! こっちは 必死なんだからさ……。」

ボルカノ「ガッハハハっ! まったく お前たちときたら……。」

少年の抗議に堪え切れず父親は盛大に吹き出し腹を抱えて苦しそうにしている。

アルス「はっ ははは……。」

マリベル「な-によ あんたまで。」

アルス「いや これは その……。」

“ジトーっ”とした視線を受け少年は両手をばたつかせる。

ボルカノ「まあ いい。朝食を食べたら すぐに出発だ! いいな お前たち!」

*「「「はいっ!」」」

なんとか父親の号令でその場を切り抜けた少年は、
この後どうして少女の気を引いたものかと再び頭を振り絞って考えることになるのだった。



369: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:28:40.49ID:jh5nLVyG0

サイード「…で もう 出発するんですね?」

朝食を終えた一行は村の出入り口まで来ていた。

ボルカノ「おう 早めに出ないと 次の目的地に 到着できねえからな!」

今朝は早いうちから船に戻り午前中のうちには出航しなければならなかったのだ。

サイード「わかりました。船までは おれが 先頭で 案内しましょう。」

ボルカノ「ああ 頼んだぜ。」

族長「サイードよ ボルカノどのたちに ご迷惑のないようにな。」

サイード「わかっております 父上。」

*「おまえが いない間 おれが 村を守ってやるぜ。」

*「いやいや おれが 村を発展させるんだ。」

*「気を付けろよ またな。」

サイード「兄者たちも お元気で。」
サイード「行きましょう みなさん。」

ボルカノ「おう それじゃ 出発だ!」

砂漠の村に別れを告げ、今度こそ一行はアミット号を目指して砂漠へと繰り出すのだった。



370: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:30:01.80ID:jh5nLVyG0

マリベル「なんて 暑さなの……。」

青年の案内で一行は船の元まで歩いていた。徐々に高度をあげる太陽は猛烈な日差しを容赦なく浴びせてくる。文句が出るのも無理はない状況だった。

マリベル「アルス 疲れた。おぶりなさいよ。」

アルス「ええっ!? こんな暑さの中で?」

最後尾を歩く少年に少女がとんでもないことを言ってのける。

マリベル「なによ なんか 文句でもあるの?」

アルス「め 滅相も ございません……。」

ごねる少女に仕方なく背を貸す少年だったがどうにも落ち着かない様子でいる。

アルス「…………………。」

マリベル「……落ち着かないわね。どうしたのよ。」

少女がめんどくさそうに尋ねる。

アルス「あの その……。」

マリベル「なによ はっきりなさいよ。」

アルス「…や…ら………のが…。」

マリベル「え? なに?」

少女が乗り出して耳を少年の顔に向ける。



アルス「や やわらかいのが 当たってて……。」



マリベル「…………………。」



371: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:30:54.03ID:jh5nLVyG0

照り付ける日差しの中、汗で張り付いた服越しに感じる“その感触”は少年には少しだけ刺激が強かったようで、
額は青冷め頬は赤く染まるという器用な顔で笑っている。

一方少女は体を固まらせたまま微動だにしない。

アルス「は …ははは……。」

マリベル「…たい……。」

アルス「えっ?」

マリベル「アルスのへんたい……!」

アルス「ぐぐ……苦し…い。」

真赤な顔をしたまま少女が少年の首を締め上げる。

マリベル「変態 ヘンタイ へんたい!」

アルス「ご ごめ ごめんなさ……っ。」

マリベル「えっち! スケベ!」

アルス「ぎ…ぎぶ……。」

マリベル「…………………。」

アルス「…ぷはぁっ!!」

ようやく解放され、少年は盛大に咳き込みながら息を整えようとする。

一方の少女は黙ったまま動こうとも降りようともしない。

アルス「はぁ… はぁ ……マリベル?」

マリベル「…………………。」
マリベル「は はやく 進みなさいよ。」

アルス「で でも……。」

マリベル「置いて行かれるわよ?」

アルス「あっ いけない!」

よそ見をしている間に集団からかなり遅れてしまっていた。

前方の彼らも暑さのせいで後続の動向に気が回っていないようであった。

マリベル「さっさと 進んでよね。暑くってたまらないわ。」

アルス「でも くっついてたら 余計に あつ……ぐぐっ……。」

マリベル「いいから。はやく。」

アルス「はいぃ……。」

抗議しようとする少年を再び制して少女は急ぐようにと指示を出す。
どんな顔をしているのかと少年が覗き込もうとするがその顔は少年の肩に埋もれ見えない。
加えて少女は余計に体を密着させてくる始末。

アルス「…………………。」

結局悶々とした気持ちを抱えたまま少年は足早に仲間の元へと急ぐしかなかったのだった。





マリベル「……アルスのへんたい。」



372: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:31:27.16ID:jh5nLVyG0

サイード「どうして そんなに バテてるんだ?」



船までたどり着いて間もなく、青年は少年の疲れ様に違和感を覚えて尋ねる。

アルス「じつは……むぐっ!」

これまでの経緯を話そうとする少年の口を少女が塞ぐ。

マリベル「なーんでも ありませんでしてよ~ うふふふ~。」

サイード「目が引きつってるぞ。」

マリベル「もう なんでもないって 言ってるでしょ!」

サイード「わかった わかった! そんなに睨むな。」

ボルカノ「なんだ ばてちまったのか アルス。そんなんじゃ 今日の漁で 大物は獲れんぞ。」

アルス「わ わかってるよ 父さん。でも マリベルが…!」

マリベル「あたしが なんですって?」

アルス「ナンデモアリマセン。」

ボルカノ「……まあいい。さっさと 出航するぞ!」

アルス「はい!」

マリベル「はーい。」

いつものように船長の掛け声で一行は船に乗り込み仲間たちと対面すると、砂漠での土産話に盛り上がるのだった。

サイード「…………………。」
サイード「またな わが故郷よ。」

遠ざかる砂の大陸を見つめながら青年は一人別れを告げ、相棒の顔を見るため足早に船室へと戻って行くのであった。



373: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:33:42.91ID:jh5nLVyG0

マリベル「ハエナワ?」

船室で本日行われる漁について話合いが行われる中、聞き慣れない言葉に少女が首をかしげる。

ボルカノ「延縄っていうのは 漁のやり方の一つでな。数十本から 数百本の 針縄の付いた一本の長い綱を 垂らして 狙った魚を獲るんだ。」

*「ただ 鳥や亀なんかが 引っかかっちまわないように 注意が 必要なんですけどよ。」

*「そんでもって 人手が多くないと できないっていう 欠点がありましてな。乗組員がたくさんいないと なかなか できねえんです。」

マリベル「じゃあ うちの船みたいに 大きな漁船じゃないと できないってわけね。」

アルス「さすがは マリベル 理解が早いね。」

マリベル「ふふん。もっと 褒めなさい。」

この日、アミット号では比較的頻度の高い延縄漁を行うことになっていた。
狙った魚を釣りやすいこの漁は漁師たちの間では有名な漁法だったが、
フィッシュベルのように漁師が多く、漁船自体も大きいものを保有していない地ではほとんど行われていない方法だった。

アルス「そういえば 他の町では あんまり 漁師がいなかった気がするね。」

マリベル「ハーメリアと コスタールくらいかしらね。」

ボルカノ「まあ 海に近くない場所では 漁に出る者も 少ないだろうからな。ほとんどは 個人でやっているような もんなんだろうよ。」

*「基本的には 一人じゃ あんまりたくさんの魚は獲れないし 規模も小さくなっちまう。」
*「だから おれたち フィッシュベルの漁師は 力を合わせて この船で共に漁をするってわけよ。」

ボルカノ「ベンギ的には オレが 指揮を執っているがな 実際は 上下関係なんて あったもんじゃねえ。」

マリベル「ボルカノおじさまは 漁の腕も 人徳もあるからね~。」

*「そういうわけです マリベルおじょうさん。」

少女の一言に漁師が同調する。

サイード「…そういえば どうして 皆は マリベルに対して 敬語を使うのですか?」

するとそれまで壁にもたれて話を聞いていた青年が疑問に思っていたことを尋ねる。

*「さすがに 船の持ち主である アミットさんがいなくちゃ オレたちは漁にも出られないからな。」
*「船を貸してくれる アミットさんには みんな 感謝しているんだ。」

マリベル「あたしも 鼻が高いわね。こんな 立派な漁師たちから 慕われてるんだもの。」

少女が満面の笑みで言う。

ボルカノ「その一人娘である マリベルちゃんには みんな 頭があがらないってわけだ。わっはっは!」

*「なんてったって 将来の アミット婦人だからな!」

漁師たちは楽しそうに笑う。

マリベル「もうっ よしてよね そんな言い方……。」

対する少女は珍しく男たちの前でしおらしく体を捩っている。

サイード「そういうことでしたか。疑問が 解消しました。」

*「まあ 次の網元に変わっても おれたちは 安心して漁ができそうだけどな!」

*「ちげえねえ! がははははっ!」

そう言って今度は少年の顔を見て笑う。

アルス「へっ!?」

突然やり玉に挙げられ、少年は素っ頓狂な声を出す。

マリベル「ちょ ちょっと みんな……!」

サイード「なるほど とっくに 公認だったか。」

“我意を得たり”と言わんばかりに青年が目を見開いて頷く。

アルス「さ サイードまで!」

ボルカノ「おまえたち それくらいに しておけ。」

*「う ウスッ! ……くく。」

漁師頭の一言に返事こそするものの、漁師たちは相変わらずからかうように、生暖かい目で少女とその隣にいる少年を交互に見やっている。



374: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:35:28.16ID:jh5nLVyG0

マリベル「ちょ…… っと なんとかしなさいよ この状況!」

少女が少年のわき腹を小突く。

アルス「そうは言われても……。」

ボルカノ「よーし そろそろ 準備にかかるぞ!」

*「「「ウスッ!!」」」

気を聞かした船長の号令で船員たちが一斉に動き出す。



アルス「…………………。」



マリベル「…………………。」



取り残された少年と少女はなんとなく気まずい空気のまま沈黙していた。

アルス「……マリベル。」

マリベル「…何よ……。」

俯いたまま、呼び掛けに振り向きもせず少女は答える。

アルス「…ぼ ぼく もう準備にかかるね!」

マリベル「さ さっさと 行きなさいよ……!」

アルス「う うん また後で!」

そう言って少年も甲板の方へと走っていった。



マリベル「…………………。」



一人きりになった少女はしばらくそのまま立っていたが、
やがて足元に二匹の猫がやってくるとその顔を交互に見てはため息をつく。

マリベル「はあ~……。もう あいつの顔 まともに 見れないじゃないの……。」

トパーズ「なう~。」

*「にゃ~。」

漁師たちのせいで自分の未来のことを再び思い返し今さらになって恥ずかしくなってきたらしい。
少女はしばらく猫を触りながらぼーっとしていたが、
慌ただしく準備する漁師たちに自分が置かれた状況を思い出させられ、自らも足早に手伝いに取り掛かるのだった。



375: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:36:51.94ID:jh5nLVyG0

ボルカノ「イカは ちゃんと 用意してあるか!」

太陽の照り付ける昼時、甲板では幹縄と枝縄の準備を終えた漁師たちが待機していた。

*「ウスっ!」

アルス「えっ いつの間に!?」

*「実はな クレージュで 漁場がここらにあるって聞いてたからよ。おまえたちが 砂漠にいる間に 釣り上げておいたってわけさ。」

驚く少年に漁師の一人が得意顔で答える。

アルス「そうだったんだ……。」

ボルカノ「きつい 仕事になるが 気合入れていけよ!」

アルス「はい!」

サイード「どれぐらい かかるんですか?」

ボルカノ「そうだな… 延縄漁業は エサ入れから回収まで 恐ろしく時間のかかる漁業だ。」
ボルカノ「場合にもよるが 大陸が復活する以前は 遠洋に出て 何か月も行うこともあったぜ。」
ボルカノ「だが 今となっては 近くに漁場が移ってきたからよ。短い期間で 釣ることができるようになったんだ。」
ボルカノ「今回は 時間もかけられないから 一日で終わるけどよ。
交代でやって エサ付けに二刻 エサ入れに二刻 しばらく滞在して二刻 回収に二刻 釣り上げた獲物の処理に数刻 とまあ こんな感じだな。」

サイード「かなり たいへんそうですね。」

ボルカノ「そうだな。今からだと 早くても 夜には なっちまうかもしれん。」
ボルカノ「お前さんにも 頑張ってもらわねえとな!」

船長が青年の肩に手を置いて奮い立たせる。

サイード「微力ながら 精一杯 やらせていただきます。」

ボルカノ「頼もしいぜ サイードくん。」
ボルカノ「アルスも 負けるんじゃねえぞ。」

アルス「わかってます 船長!」

負けじと少年も力強い返事で応える。

ボルカノ「それじゃ まず エサ付けなんだが お前たちは 今回は目でよく見て 覚えろ。」

アルス「手伝わなくても いいのですか?」

決意を新たにしたところへ拍子抜けする指示が入り思わず少年は目を丸くして尋ねる。

ボルカノ「エサ付けってのは 微妙なもんでよ。どれだけ イキの良いエサに見せられるかで 釣果が全然違うのよ。」
ボルカノ「…だから そう簡単に 任せるわけにはいかねえ。」
ボルカノ「何度も何度も 見て 頭に叩き込むんだ。」

アルス「わかりました。」

納得いったように少年は頷く。

ボルカノ「おーし お前ら エサ付け 始めるぞ!」

*「「「ウスッ!!」」」



376: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:38:13.12ID:jh5nLVyG0

*「よし これで最後だ!」



エサ付けと投げを終えた漁師たちは最後にエサを投げ入れた地点に目印を浮かべ、その場で船を泊めて休憩することになった。

*「ふい~ ようやく終わったぜ。」

アルス「お疲れさまでした。」

*「よお 悪いな お先に 昼飯 食ってきちまったぜ。」

交代で先に昼食をとった銛番の男が甲板に上がってきて言う。

*「かまわねえよ どうせ 何人いたって 変わらねんだからな。」

*「おまえらも 早く 食ってこいよ! コック長たちが お待ちだぜ。」

サイード「はい。」

アルス「すいません 行ってきます。」

*「まったく アルスは 羨ましいぜ。」

アルス「え?」

不意に漁師の一人に呼び止められ、少年は不思議そうに振り返る。

*「おれなんて もう カミさんに会いたくて 仕方がないっていうのに……。」

アルス「は はあ……。」

サイード「何してるんだ アルス 早く 昼食をもらいに行くぞ。」

アルス「あ うん!」

思わぬ愚痴に困惑する少年だったが、青年の呼び声にその場を切り抜けそそくさと船室へと降りていってしまった。

*「くう~ いいよなあ アルスは。毎日 マリベルおじょうさんの顔を 見られるんだからよ……。」

*「まあまあ そう言うなって。どうせ アイツも おまえと 同じようなこと 言うようになるんだから。」
*「それに 愛っていうのは 何も 毎日顔を合わせてるから いいってもんじゃあ ねえんだ。」
*「…おまえなら そんなの 言わなくてもわかるだろ?」

いなくなった少年に愚痴る漁師を諫めて銛番の男が言う。

*「そうだな…… 帰ったら しばらく カミさん おれに べったりだしなあ。」

*「少しくらい お互い 距離があるほうが 心の距離は 近づくってもんだ。へっへっへ!」

そう言って銛番は鼻の下を指の背でこすりながら笑うのだった。



377: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:38:50.40ID:jh5nLVyG0

コック長「おお ようやく 来たか。」

一方の食堂では待ちわびたと言わんばかりに料理長が少年たちに声をかける。

*「どうやら これで 最後みたいですね。」

隣に立つ飯番の男もこれで洗い物ができると言いたげな表情をしている。

アルス「あれ マリベルは……。」

コック長「ん? マリベルおじょうさんなら ハンモックで お休みになっているぞ。」

アルス「そうですか。」

そう言って少年は閉じられた炊事場へ続く扉を見やる。

いつもであれば少年が食事をする時は必ず同席していた少女が、今日に限ってはいない。

アルス「…………………。」

先ほどの気まずい空気が原因なのかと少年は一人考え込む。

*「さあ はやく 食べちゃってくださいね。」

*「おう 悪ぃな。」

サイード「では 早速 いただくとしましょう。」

アルス「あ… いただきます!」

“考えていても仕方がない”

複雑な想いを抱えながらも、飯番に促され腹ペコの少年は漁師たちに混じって我先にと目の前の料理へ手を伸ばすのだった。



378: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:40:11.11ID:jh5nLVyG0

ボルカノ「そろそろだな……。」

日も傾き外気も涼しくなり始めた頃、しばらく海上で停泊していたアミット号は再び動き出した。

縄を引っ張り始める時間となったのだ。

ボルカノ「舵は任せたぞ。」

*「ウスっ!」

船のかじ取りを一人に任せ、漁師たちは船を緩やかに前進させながら少しずつ縄を手繰り寄せていく。
海に投げ入れたすべてを自らの腕で引いていかなければならないため、漁師たちにとっては大変な重労働だった。

*「それ引け!」

“ギシッ……”

木と縄の擦れる鈍い音が甲板に響く。

アルス「あれ? この感触……!」

サイード「100本はあるんだ。どれかにかかっていても おかしくはないはずだ!」

ボルカノ「気を抜くなよ! こいつは 時間との勝負だ!」

次の目的地のことを考えればそう長い時間漁を行っているわけにもいかない。

男たちは懸命に縄を引き、少しずつ重さの主を船へと寄せていった。



379: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:41:26.73ID:jh5nLVyG0

マリベル「あ! あれ!」

いつの間にか加わってきた少女が指さす場所にはキラキラと輝く魚影が見え始めていた。

*「こいつは でかそうだぞっ!」

*「オレの出番だな。」

そう言うと銛番の男は鋭くとがった銛を構え、魚影を視線の先に捉え目を凝らす。

ボルカノ「よく 狙えよ。」

*「任せてくだせえ。」

少しずつ魚影は浮上していき、遂にその姿を水面に表す。

*「ここだっ!」

銛番は物凄い力でえらの部分に銛を突き立てると、柄から伸びた縄を引っ張り獲物が暴れないように力を籠める。

ボルカノ「よおし 引き揚げるんだ!」

*「うおおっ!」

サイード「なんて 巨体だ!」

アルス「ぐっ!」

優にひと一人分はあろうかというその巨体を男三人がかりで引き揚げていく。

ボルカノ「いいぞ! なかなかのサイズだ!」

マリベル「これは……! マグロね!」

ボルカノ「それも 一番高く売れる ノコギリマグロだ。」
ボルカノ「残りも どんどん 引き揚げろ!」
ボルカノ「マリベルちゃん さばくのを手伝ってくれるか?」

マリベル「え ええ!」

*「では いきますぜ。」

そう言って漁師の一人が言うと、太いナイフを使ってマグロの頭を貫く。

*「まず こうやって 完全に動きを止めるんです。」

ちょうど脊椎のある部分を切り裂くとマグロは大きく一度跳ねたきり動かなくなった。

*「それから 内臓を出していきます。普通の魚の何倍も堅いんで しっかり チカラを入れてやらなきゃ いけませんぜ。」

そう言って今度はえらの下からナイフを入れてこじ開け、中の臓物を一気に引っ張り出す。

*「普段は 市場に こっちしか出さないんですが 内臓も ちゃんと洗って 血抜きすれば うまいんですよ。」

マリベル「へえ……。でも なんだか 見た目が……。」

*「そのうち慣れますよ。」

マリベル「そ そうね……。」

いくら魔物たちを葬ってきた少女も目の前でこうして大きな生き物をばらしていくのはあまり気分がよくないのか、眉をひそめて口を閉ざす。

*「これも みんなが 食っていくためなんです。我慢してくだせえ。」

マリベル「…大丈夫よ。なれっこだから。」



380: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:43:25.74ID:jh5nLVyG0

アルス「ふう… ふう……。」

サイード「これで 最後か……。」

*「はっはっは! お疲れさん 二人とも!」

ボルカノ「思った以上の 収穫だったな!」

トパーズ「…………………。」

いつの間にか甲板へやってきた三毛猫がばたつくマグロの匂いを嗅いでは引っ込み、嗅いでは引っ込みを繰り返している。

*「しかし 船長 これだけのもの 鮮度がもちますかね。」

*「次まではまだ かなり距離がありますぜ。」

甲板に並んだ獲物たちを見つめ漁師たちは腕を組んで唸る。

ボルカノ「それなんだよな。塩漬けにしちまうのは ちと 惜しいからな。」

マリベル「あら それなら 問題ないわよ。」

*「どういうことです? マリベルおじょうさん。」

マリベル「こうすれば いいのよ。」

[ マリベルは ヒャドを となえた! ]

*「おおっ!?」

少女が呪文を唱えると身の丈ほどもあろうかという氷の塊が目の前に現れ、漁師が思わず飛び退く。

マリベル「生モノは よく冷やせってね。これを割って砕いて 一緒にしておけば 明日までなら もつんじゃないかしら。」

ボルカノ「こ 氷……!」

マリベル「あ 違うわね。これ自体を 凍らしちゃえば いいのかしらね。」
マリベル「じゃあ 傷まないようにしたいものだけ あたしのところに 持ってきてちょうだい。」
マリベル「別に アルスでも できるけど。」

*「マリベルおじょうさんを 乗せた 恩恵が こんなところまで 出るとは……。」

ボルカノ「いや これはちと オレも 予想外だったかもしれん。」

漁師たちは目をまん丸にして口々に言う。

対する少女は得意な顔で尚も続ける。

マリベル「ああ でもそれなら なるべく 溶けないように 凍らせて さらに 氷で囲めばいいのかしらね。」
マリベル「あーあ どうして もっと早く 思いつかなかったのかしら。」

サイード「あいかわらず 規格外だな おまえたちは。」

ひっきりなしに顔を洗う猫たちをよそ目に青年が思ったままのことを言う。

アルス「なかなか 刺さる言葉だなあ。」

青年の呟きに対して目の前に置かれた数体のマグロを見つめながら少年はしみじみと言う。

ボルカノ「よーし 目的地までは まだまだある。船の速度を上げるぞ!」

*「「「ウスッ!!」」」

船長の号令により漁師たちはそれまでゆっくりと航行していた船を再び風に乗らせて走らせる。



日は既に地平線に沈み、東の空にはほのかな光を放つ月が浮かび始めていた。



381: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:46:48.83ID:jh5nLVyG0

*「むっ 霧が出てきたな……。」



それは真夜中過ぎのことだった。

昼間の温かさとは打って変わり急に辺りの空気が冷え込み、あれよあれよという間に漁船は霧の海に囲まれてしまったのだ。

*「ボルカノさん どうしやす!」

ボルカノ「少し速度を 落とすぞ。羅針盤を頼りに 進むんだ。」

*「ウスッ!」

アルス「…………………。」

ボルカノ「どうした アルス。浮かない顔だな。」

アルス「…ううん 何でもないんだ。」

ボルカノ「霧が不安なのか?」

アルス「そうじゃないんだ。ただ……。」

ボルカノ「……?」

アルス「この前みたいなことが 起きなければ いいんだけどね。」

少年の脳裏にはクレージュに到着する前に出くわした霧と謎の船の影が浮かんでいた。

“あの霧はいったいなんだったのか”

“あれはいったい何者だったのか”

考えたところで答えはでず、確かに父親の言うように募る不安はあった。
だがそれは進路が見通せないことからではなく、何者かがこの船を付け狙っているという危機感からくるものだったのだ。

ボルカノ「アルス お前 そろそろ 休憩の時間だぞ。いいのか?」

アルス「いいんだ 父さん。この霧が止むまで ぼくも ここにいるよ。徹夜は慣れてるから 心配しないで。」

ボルカノ「それなら いいんだが 体を壊すなよ?」

アルス「わかってる。」

父親に短く返すと少年は神経を張り詰めさせて辺りの様子をうかがうことに徹した。
まるで失われた世界での野営を思い出させるかのような感覚に、
少年の心にどこか高揚とも落胆とも言えない妙な感情が渦巻いていった。

ぎらつく眼差し、研ぎ澄まされた神経、冷えていく身体は氷のように固まり意識のある物質のように動かなくなる。

いつしかその腕は獲物の鞘に掛けられ、今にでも臨戦できる体勢となっていた。

ボルカノ「…………………。」

”ぼんやりとした眼差しに柔らかい表情”

そんな今まで家族の前で見せてきた顔からは想像もできない少年の姿に、
父親は“英雄”としての面影を見た気がしていた。



382: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:48:51.85ID:jh5nLVyG0

ボルカ「むう……。」

いったいどれほどの時が流れたのだろうか。
空は霧に月の光を遮断され、今がいったい何時なのか、どれほどの距離を進んでいるのか、
岸との距離はどれほどなのか、徐々に船乗りたちの感覚を奪いつつあった。

*「船長!」

その時一人の漁師が叫び声をあげる。

ボルカノ「どうした!」

*「羅針盤が また……!」

アルス「っ…!」

漁師の言葉に少年の背に何かが走る。

アルス「まずい……!」

ボルカノ「船を泊めろ! 錨を下ろすんだ!」

*「アイアイ!」

すぐにその場で錨は降ろされ、霧の中漁船アミット号は再びその動きを止める。

ボルカノ「まいったな… 霧が晴れるまで 待つしかないか……。」
ボルカノ「オレの感覚じゃ まだ 大陸間は出てないはずだ。」
ボルカノ「霧が晴れれば どっちかの大陸が見えてくる! 焦るんじゃないぞ お前たち!」

*「「「ウスッ!」」」

船長の言葉に漁師たちは己の心を落ち着け、再び持ち場に戻ろうとした。

その時だった。





*「なんだ ありゃあ!」





突然一人の漁師が叫び声をあげる。

ボルカノ「どうした!」

漁師の指さす方向を、甲板にいた全員が目を凝らし見つめる。










その先に、それはいた。



383: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:50:34.98ID:jh5nLVyG0

ボルカノ「……!」

アルス「…来たか……。」

漁師たちが唖然とそれを見つめる中、少年だけは微動だにせずそちらの方を目だけで見やる。

*「あれは… 船なのか!?」

*「でかいぞ……!」

ボルカノ「なんなんだ あれは!」

*「このままだと こっちに来ますぜ!」

アルス「全速前進! ぼくが 風を起こして巻きます! 錨を上げて 帆を張ってください!」

ボルカノ「しかし アルス!」

アルス「急いで! 奴らは この船を狙っている!」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「わかった。お前たち! 今は アルスの指示に従え!」

*「「「ウスっ!」」」

漁師たちは返事をすると一斉に持ち場につき、少年の言ったとおりに船を動かし始める。



384: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:51:50.86ID:jh5nLVyG0

ボルカノ「それにしても あれは いったい何なんだ?」

アルス「幽霊船……。」

ボルカノ「なっ…!」

アルス「ハーメリアで 確かに ぼくは そう聞きました。」
アルス「そして この前の 不可解な霧と羅針盤の故障… その時も ぼくは あの船を見ました。」
アルス「……あれからは 途方もない 殺気が 漂ってきます。」
アルス「もし 追いつかれたら この船は ただじゃいられないでしょう。」

ボルカノ「しかし これ以上 船を進めると 進路がわからなくなるかもしれんぞ。」

アルス「父さんなら みんなの 命を優先させるはずです。それに ぼくには うみどりの目がある。大陸や 国の場所なら すぐにわかりますよ。」

ボルカノ「……信じていいんだな?」

アルス「ぼくを 誰だと思ってるんですか?」
アルス「エスタード一の漁師 ボルカノの一人息子 アルスですよ?」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「頼んだぞ! 息子よ!」

アルス「…はい!」

言葉を交わし終えると少年は船尾まで走り、力を籠めて強烈な追い風を起こし始める。

アルス「まだだ!」

[ アルスは バギクロスを となえた! ]

自らの船の周りに複数の竜巻を起こし、辺りの霧を一気に吹き飛ばす。

*「ぬおっ!」

*「うわわわ!」

突如として吹き荒れる強風の嵐に漁師たちは身をかがめて堪える。
だが少年の巻き起こした風の影響で辺りの視界は少しだけ晴れ、追ってくる船の全容がなんとか一望できるようになった。

ボルカノ「なんて でかさだ……!」

*「マール・デ・ドラゴーンよりかは 小さいけどよ…… ありゃ 間違いなく戦艦だぜ!」

漁師たちはその大きさに肝を抜かし、みるみる顔を青くしていく。

アルス「みなさん これから ぼくは あの船を迎え撃ちます。」
アルス「万が一のことが ありますので 手の空いている人は 船室に 避難していてください!

そんな中少年は船員たちに再び指示を与え、自らの出陣を宣言する。

ボルカノ「マリベルちゃんは どうする。」

アルス「彼女には この船に残って ここを守ってもらいます。」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「何か 伝えておくことは あるか?」



アルス「…………………。」
アルス「きみを信じると そう 伝えておいてください。」



父親の言葉に少年は一言、力強い目で言伝を預ける。

ボルカノ「…わかった。」

アルス「行ってきます!」

少年は袋の中から例の絨毯を取り出して広げると、あっという間にそれに乗って戦艦の方へと飛んで行ってしまった。

ボルカノ「頼んだぞ 息子よ!」

遠ざかる背に向かって父親が思い切り叫ぶ。

少年は振り返らず片腕を上げてそれに応えて見せた。



霧の中で一瞬だけ見えた空は、灰色の雲に覆われていた。



385: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:53:17.95ID:jh5nLVyG0

アルス「これが… 幽霊船か……。」

少年の目の前に姿を現したのはやはりハーメリアで噂に聞いた幽霊船だった。

否、詳細については聞いてはいなかったが実際にこうして目の前にした時、少年にはそれが他の何者以外でもないと確信できたのだ。

ボロボロに朽ちた船体。折れたマスト。ところどころ穴の開いた帆。割れた大砲に無造作に転がる玉や武器。

それは見紛う事なき幽霊船だった。

アルス「ひどいな……。」

しばらく甲板の上を回っていた少年だったが、やがてあることに気が付く。

アルス「人の気配がない…。少なくとも 甲板には 誰もいないな……。」

そう、船は進んでいるのに甲板には誰一人として作業に当たる“乗組員”がいないのだった。

一度船内に戻ったのだろうか。

否、普通の船であれば必ず甲板に見張りや作業員を残すはずであった。


“何かがおかしい”


アルス「罠…か。」

それでも少年はこの正体不明の船の正体を突き止めるべく、その船上へと降り立ったのであった。

アルス「何も起こらない……。」

人どころか生き物の気配すら感じない。

それだのに漂ってくる不快な雰囲気。刺すような視線。浴びせられるような殺気。

常人であれば気付かないであろうそれを少年はひしひしと感じていた。

アルス「誰もいないのに 動いているのか?」

独りでに回り続ける舵輪。ゆらゆらと頼りなく揺れる帆。どこからともなく聞こえる金属を引きずる音。

不気味にもまるで人がひっきりなしに働いているような状況に少年は思わずゾッとする。


その時だった。



“キィ……”



アルス「っ…!」

木材の軋みと共に何かが開かれるような音がした。

アルス「なんだ……?」

音の正体は扉だった。

甲板から船室へと続く扉が勝手に開いていたのだ。

*「…………………。」

やはり人の気配はない。

アルス「降りてこい というのか。」

ポツリと少年は呟く。

その扉は少年を誘うように辺りの空気を吸い込み、室内へと吹き込ませていた。

アルス「…いいだろう。」

そう残して少年はゆっくりと階段を降りていく。





少年が階下へと降りたのを確認したかのように、扉は音もたてずに閉じられたのだった。



386: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:57:00.47ID:jh5nLVyG0

マリベル「ボルカノおじさま! 表はどうなってるの?」

一方漁船アミット号の船内では船長によって乗組員に対して状況説明が行われていた。

ボルカノ「落ち着いて聞いてくれ みんな。今 オレたちは 謎の巨大船に 付け狙われている。」

*「あんな 不気味な船は 今まで 見たことがねえ!」

*「ありゃ 本当に 幽霊船に ちげえねえぜ!」

マリベル「上は大丈夫なの?」

漁師たちの間を縫って少女が問う。

ボルカノ「とりあえず 追い風を使って 全速で 逃げている。」
ボルカノ「船員たちに 被害はないぜ。」

マリベル「そう……。」

ボルカノ「ただ アルスが……。」

マリベル「…あいつに 何かあったのっ!?」

ボルカノ「落ちつけ マリベルちゃん。」
ボルカノ「あいつは 一人で あの船に乗り込んでいった。」

マリベル「何ですって……!」

ボルカノ「マリベルちゃんには ここに残って 万が一の事態に備えて欲しいと 言っていた。」

マリベル「あ あたしも 行くわ!」

ボルカノ「マリベルちゃん! ……あいつからの 伝言だ。」

マリベル「え な 何ですか?」

ボルカノ「……きみを信じる だとよ。」
ボルカノ「さて 報告は以上だ。あぶねえから 各員 甲板には出ないようにな!」

コック長「わしらが 出て行ったところで 足手まといになるだけですからな。」

*「ぶるぶるぶる……。」

*「ボルカノさん! 上の奴らが疲れたら すぐに交代しますぜ!」

サイード「いざとなれば おれも戦います。」

ボルカノ「助かるぜ。それまで カラダを休めておいてくれ。」
ボルカノ「それじゃ また後でな!」

*「「「ウスッ!」」」

そうして船長は再び甲板へと戻っていった。

後に残された料理人や乗組員たちは不測の事態に備えるために思い思いの準備に取り掛かる。

サイード「こんなところで くたばるわけにはいかん。全力で迎え撃ってやる。」

青年は体を伸ばして戦闘に備えている。

コック長「いつ 衝撃が来てもいいように 食材をまた固定しておくぞ。」

*「はいっ!」

料理人たちは自分たちの持ち場を守ろうと動き出す。

*「今日は また 銛が活躍するかもな……。」

銛番の男は立てかけてある銛を手に取りその刃を磨き始める。



マリベル「…………………。」



少女は。



マリベル「どうしろってのよ……。」



387: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 19:58:45.00ID:jh5nLVyG0

少女は葛藤していた。

マリベル「万が一の事態ですって? それって この船に 敵が乗り込んできた時よね……?」

相手が賊であればそうなることは想像がついた。
海戦など魔物相手にしかやったことはないが、少女にも自分がどう立ち回るべきかはわかっていた。

マリベル「でも その船って 幽霊船なのよね……。」

問題は相手が幽霊船であるということだった。

相手の出方がまったく想像つかない。

大砲を使ってくるのか、本当に幽霊が飛んでくるのか、未知の相手なだけに嫌な想像ばかりが膨らんでいく。

マリベル「…………………。」
マリベル「自分の目で 確かめるしか なさそうね。」

そう思い立つと少女は人目をはばかり作業着に着替え、自らも甲板を目指して走り出した。

サイード「待て どこへ行く!」

少女の姿を見つけた青年がその腕を掴む。

マリベル「決まってるじゃない あたしも見に行くの!」

サイード「おまえは ここを守るんじゃなかったのか?」

マリベル「なんにせよ 自分の目で見ないと 良い作戦も 思いつかないわよ!」
マリベル「それじゃ ネコちゃんたちを 頼んだわよ!」

サイード「あ コラ!」

青年を振り切り少女は上がっていってしまった。

サイード「まったく。」

*「ううう……!」

トパーズ「あう~……!」

サイード「おまえたち どこかに隠れていろ。おれが なんとかしてやる。」

猫たちの頭をふわりと撫で、青年もまた甲板へと走り出すのだった。



388: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:00:21.62ID:jh5nLVyG0

マリベル「ボルカノおじさま! 船はっ!?」

甲板へ飛び出した少女は指揮を執る船長に向かって叫ぶ。

ボルカノ「マリベルちゃん! あそこだ!」

船長の指さす方には薄気味悪く軋む音を鳴らしながらこちらへ接近してくる戦艦の姿があった。

マリベル「なんて 大きさなの…!」

ボルカノ「今のところ こっちに被害はないが 追い風をもらっても 少しだけ 向こうの方が早いと来た!」
ボルカノ「このままじゃ いつまで もつか分からんぞ!」

マリベル「わかったわ!」
マリベル「ほら そこどいて!」

*「マリベルおじょうさん 何をするんです?」

マリベル「決まってるじゃない! 足止めよ!」
マリベル「すううう…… はああああっ!」

少女はいつか魔物の群れを足止めしようとしたように、全身に凍気を纏い全身を震わせると、冷たく輝く息を吐きだした。

*「見ろ! 海面が凍っていくぞ!」

マリベル「海面どころじゃないわよ! ひと 二人分は 下まで凍ったんじゃないかしら?」
マリベル「どれだけ もつか分からないけど やらないよりは マシだわよ!」

ボルカノ「なんて 凄まじい冷気だ……!」

マリベル「ボルカノおじさま! アルスが 乗り込んでから どれくらい 経ったの!?」

ボルカノ「……わからない。」

マリベル「…………………。」
マリベル「なにやってるのよ アルス……!」

少女が見つめる後方の船は相も変わらずなんの動きもなく、中で何が起きているのか窺うことはできない。

“彼は無事なのか”

そんな不安が徐々に少女の心を染め上げていく。



389: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:03:25.60ID:jh5nLVyG0

アルス「誰もいない…か。」

少年は船内を歩き続けていた。
落ちていた木材を使って松明をあしらえ灯りのない船内をどうにか散策するも、怪しい影はおろか音すら響かない。

見えるのは長い年月のうちに朽ち果てた道具や蜘蛛の巣だけ。

聞こえるのは自らの息遣いと朽ち木を踏み鳴らす足音だけ。

アルス「この船はいったい……。」

*「…け………。」

アルス「誰だ!」

突如聞こえてきた声に振り返るもそこには誰もいない。

*「…い…け……。」

アルス「…………………。」

再び聞こえた声は心なしか先ほどよりも大きく聞こえた。

*「い…… おい…け……。」

アルス「……っ。」

次第に輪郭を帯びる声に少年は次に浴びせられるであろう言葉を察して獲物を構える。



*「おいてけ。」



*「いのち おいてけ。」



アルス「うわっ!」



咄嗟に少年は飛び退く。

真後ろを振り返ればそこには湾曲した剣が突き刺さっていた。

アルス「何者だ!」

*「おいてけ……。」

*「いのち おいてけ……。」

*「おれ…ち の …のち お…てけ……。」

声の数はあっという間に増えていく。

アルス「……!」



390: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:05:44.45ID:jh5nLVyG0

いつしか少年の周りはドクロで埋め尽くされていた。

今まで見えなかったはずのそれらは一瞬の間に少年を取り囲み、表情のない顔でニタニタと笑っていた。

あるいは泣いているのかもしれない。

少年にはどちらとも見えていた。

*「カエセ。」

*「おれたちの いのち。」

*「おまえの いのち。」

*「カエセ。」

壊れた人形のようにそれらは同じような言葉を繰り返している。

アルス「おまえたちは いったい 何者だ!」

*「おまえの いのち。」

*「カエセ。」

*「オウジ……。」

*「かえせ。」

*「まもの。」

*「おれたちの……。」

アルス「話にならないか……。」





*「ガ …カタタタタ……。」



391: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:07:47.82ID:jh5nLVyG0

そう少年が呟いた時、一体が突然体を震わせ始める。

*「カタタ… カタカタカタ……。」

*「カタ… ガタガタ… カタ……。」

死霊たちの嘆きの声だったのだろうか。

それらはまるで骨を楽器のように震わせ何かの合図を送り合っているようでもあった。

アルス「なんだ……!」
アルス「…っ!」

骸骨たちが骨を震わせている間にもどこからともなく次々と不規則な斬撃が振り下ろされていく。

それを必死にかわしながら少年は暗闇の中で目を凝らす。



アルス「これは…!」



ただの骸骨だと思っていたそれらは様々な身なりをしていた。
兵士の姿をした者。何の変哲もない町人の姿をした者。貴族のような恰好をした者。使用人の姿をした者。

その光景に少年は思わず喉を鳴らす。

アルス「あなたたちは……。」

少年には彼らがただの魔物には見えなかった。

*「カエシテ。」

*「ヨルナ。」

*「ころす。」

*「いのち おいてけ。」

アルス「…………………。」

口々に言う言葉を一つずつ丁寧に拾っていく。



アルス「あなたたちは まさか…っ!?」



そして少年の中にある仮説が生まれた。



*「ガアア!」



少年が再び問いかけようとした矢先に再び兵士の恰好をした骸骨が少年に刃を振り下ろす。

先ほどとは違いどことなく洗練された動きはそれがかつて本物の兵士であったかのような感覚を少年に与えていく。

*「カエセ。」

*「イノチ かえせ。」

アルス「やめてくれ! あなたたちとは 戦いたくない!」

少年はどこか確信した様子で骸骨たちに語り掛けるも、その声は虚ろな言葉にかき消されていく。



アルス「まずいな……。」



止まることのない斬撃と鳴りやまぬ呪詛に少年は静かに、確実に焦りを覚えていた。



392: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:18:21.83ID:jh5nLVyG0

*「船長! やつら 氷を砕いてきやがりますぜ!」

一方、海上では尚も静かな争いが繰り広げられていた。

ボルカノ「やはり ダメか……。」

少女が張り巡らせた氷の結界は幽霊船の衝角によって少しずつ、確実に砕かれていっていた。

マリベル「大丈夫よ ボルカノおじさま。また 近場から凍らせていってやるんだから!」

焦る船員に対して少女は気丈に振舞う。
少年のいない今、この船の命運は彼女にかかっているといっても差し支えなかったからだ。

マリベル「いざとなったら 船に直接攻撃するわ。だから 安心してちょうだい!」

*「う ウス!」

甲板いっぱいに少女が叫ぶと、それに呼応して漁師たちもなんとか士気を取り戻し再び持ち場へと戻っていく。

自分よりいくつも年下の少女が恐れをなさずに脅威へと立ち向かおうとしているのに
海の男を自負する己たちが弱気になっているわけにはいかない。

そんな自分への戒めが船員たちを奮い立たせていく。

サイード「……見ろっ!」

そうした中、険しい顔の青年が相手の船の辺りを指して叫ぶ。

ボルカノ「……!」

船員たちが再び顔を向けると、そこにはにわかに信じがたい光景が広がっていた。



*「ウケケケ!」



*「うひょひょ……!」



*「ギャホ~ウ!」



それまで何も乗っていないと思われた幽霊船の甲板へ向かって、何かが海面から飛び出し這い上がっていく。

*「ななな なんだ ありゃ!」

*「人間なのか!?」

体には横じまの入った服、頭には赤い布。

それらは一見ヒトのようでもあった。

しかし、漁師の見当は外れていた。

およそ人とはかけ離れた黄色い体色に頬まで裂けた大きな口。

そして何よりも殺意の結晶である湾曲した剣。

マリベル「……デスパイレーツ。」

ボルカノ「知ってるのか マリベルちゃん!」

マリベル「海賊の魔物よ。いったい 今まで どこにいたって言うのよ……!」

サイード「船室へ入っていくぞ!」

ボルカノ「あの 中には アルスがいるんじゃねえのかっ!?」

*「どんどん 増えていきやすぜ!」

*「こ こっちにも 向かってきます!」

見れば海賊の姿をした魔物は瞬く間に数を増やし、
優に二十を超える数が船の前進と共に氷の上を真っすぐアミット号目がけて疾走してきたのだった。

サイード「来るか……!」

青年は来るべき時に備えて獲物を構える。



393: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:20:11.08ID:jh5nLVyG0

マリベル「サイード。ここを任していいかしら。」



それまでじっと船の方を見ていた少女が不意に青年に語り掛ける。

サイード「おい! どこに行く気だ!」

船尾の淵から身を乗り出そうとする少女に青年が叫ぶ。

マリベル「あたしは アルスのところに行くわ。」
マリベル「乗り合わせのあんたに こんなこと頼むのも おこがましいとは 思うけどさ。」
マリベル「どっちも あたしの 大切な 人たちなの。守ってくれないかしら。」

ボルカノ「マリベルちゃん 行くんだな?」

マリベル「ええ ボルカノおじさま。必ず 生きて帰ってきますわ。」

ボルカノ「…わかった。オレたちのことは 心配しなくていい。頼もしい 用心棒がいるからな。」

そう言って船長は隣に立つ青年を横目に言う。

サイード「ふっ……。」
サイード「乗り掛かった舟だ。この サイード 責任もって お守り通そう。」
サイード「だから おまえは 存分に暴れてくるといい。」

諦めたようにため息をつくと、青年は苦笑いして少女を後押しする。

マリベル「ありがとっ! やっぱり あんた いいやつね。」

サイード「調子のいいやつだ。さっさと行け。」

青年の憎まれ口を聞き流し少女は氷の道へと体を下ろす。
ひたすら真っすぐに幽霊船へといざなうその道は透明に輝き荒れる波をものともせず、
まるでここが海の上であるということを忘れさせるかのようであった。

マリベル「さーて 渡れるものなら 渡ってごらんなさい。」

そう言うと少女は腰に下げた唯一無比の鞭を取り出し自分の後方を叩きつける。

サイード「な……!」

少女は漁船へと続く氷の道を粉々に砕いてしまったのだ。

自らの退路を断つことで魔物もそれ以上簡単に船へは近づけないようにと。

マリベル「さ これでいいわ。」
マリベル「どっからでもかかってきなさい! …とは言っても あんたたちの 相手をしている暇は ないんだけどね!」

そう言って少女は氷の道を、立ちふさがる魔物たちをなぎ倒しながら全速力で進んでいく。



少年のいる幽霊船まではあと数百歩の距離だった。



394: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:21:41.56ID:jh5nLVyG0

アルス「くっ……!」

少女がこちらに向かってくる最中も幽霊船の中では激闘が繰り広げられていた。

*「うきょきょきょ!」

*「ウケケケ!」

*「ヒャッホホホ!」

骸骨たちの合唱が止まったと思った矢先に今度は甲板の方から次々と魔物がなだれ込んでくる。

切り捨てても切り捨てても湧いて出るそれらに少年も少しずつ疲労を覚えていた。

アルス「いったい 何体 いるっていうんだ!」

少年を狙うのは魔物だけではなかった。

鋭い剣技を放つ骸骨の兵士。
どこからともなく飛んでくるしゃれこうべを貫いた不気味な刃物の嵐。
鳴りやまぬ呪詛の言葉の雨。

どれもこれもが少年を追い詰めようと執拗に畳みかけてきた。

アルス「はあっ!」

さしもの少年も自分の劣勢を感じずにはいられなかった。

*「カエセ……。」

*「オレタチノ イノチ……。」

*「ころせ。」

*「コロセ。」

アルス「き 切りがない!」

なんとか状況を打開しようと少年が甲板へと戻ろうとした時だった。





アルス「うわあっ!」





マリベル「あ アルス!」



395: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:23:05.61ID:jh5nLVyG0

突然現れた少女に思わず少年が固まる。

アルス「あ ま マリベル…?」

マリベル「アルス 後ろ!」

アルス「…っ!」

少女の声に我に返り身を翻すと、少年は振り下ろされた斬撃に己の獲物で応えてみせる。

アルス「マリベルっ… どうしてここに!」

マリベル「デスパイレーツが わんさか 現れたから 助太刀に来たのよ!」

刃を返して相手を切り裂く少年の背中に少女が答える。

アルス「船は… みんなは どうしたんだっ!?」

マリベル「あれぐらいなら サイード一人で十分よ。それより さっさと こいつらの親玉を 叩く方が 先よ!」

アルス「……親玉?」
アルス「…………………。」

マリベル「どうしたのよ?」

少年は少女の言葉に何か思い当たる節があったようで、目の前の敵を見据えたまま少しの間を黙りこくる。

アルス「マリベル きっとこの奥に この人たちを 操っている元凶が いるはずなんだ。」

マリベル「この人たち……?」
マリベル「……っ!」



396: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:24:47.79ID:jh5nLVyG0

少年の言葉に戸惑う少女だったが、少年の背中越しに見える様々なドクロの姿にそれが何なのかを悟り思わず絶句する。

マリベル「これって……。」

アルス「うん。この人たちは 死んでもなお 魔物に操られている 人間たちなんだ!」

マリベル「まさか グラコスみたいな 奴がいるってこと?」

アルス「わからない。でも あの グラコス5世が こんなことをするとは 思えない。」
アルス「きっと 別の何かが この船に潜んでいるに違いないんだ。」

マリベル「じゃあ そいつを 叩けば……!」

アルス「おそらく……!」
アルス「くッ!」

再び振り下ろされた斬撃を少年が受け止める。

アルス「とにかくっ! このままじゃジリ貧だ! なんとかして こいつらを突破しないと!」

マリベル「はッ!」

少年とつばぜり合いをする魔物を少女が鞭で吹き飛ばす。

マリベル「…………………。」

そしてそのまま少年の前に立つと背中越しに少年に語り掛ける。

マリベル「ここはあたしが 喰いとめておくから あんたは 親玉を倒してきちゃいなさいよ。」

アルス「そんなっ! きみを一人 残していけ……!」

マリベル「きみを信じるって。……そう言ったのは 誰だったかしら?」

アルス「…っ!」

言葉を失う少年を尻目に少女は敵を退けながら言う。

マリベル「あたしを 誰だと思ってるのよ?」
マリベル「世界一の 美少女にして 世界最強の英雄……。」
マリベル「そしてあんたの パートナー! マリベルさまよ!」

アルス「…………………。」
アルス「一つ 約束してくれ。」

マリベル「なによ。」

アルス「必ず 二人で 生きて帰るって!」

マリベル「…………………。」
マリベル「その言葉 あんたに そっくりそのまま 返すわ!」

アルス「…はっ ハハハ……!」

マリベル「うふふっ! あははは……!」

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「…行ってくる。」

マリベル「いってらっしゃい アルス。」

アルス「うん!」

最後に短い挨拶をかわし、少年は蠢く骸骨の山を掻き分け船室の奥へと走り出した。



マリベル「負けないで。」



少年の背を見送り、少女は唸り声を上げる魔物と骸骨の群れを相手に再び己の獲物を握り直すのだった。



397: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:26:32.05ID:jh5nLVyG0

ボルカノ「今のところ こっちに魔物は来てないみたいだな。」

アミット号の上では船員たちが静まり返る幽霊船を見つめていた。

サイード「きっと 二人が 注意を引き付けてくれているからでしょう。」

*「船長! こっちに 異常はありません!」

ボルカノ「わかった! 引き続き 全速で進むぞ!」

*「わかりやした!」

船員の報告に答えると、船長は再びかなたに見える正体不明の船を見据える。

ボルカノ「いったい 中は どうなっているんだろうな。」

サイード「あの 魔物どもの恰好を見るに あれは 海賊船か 何かなんでしょうか。」

ボルカノ「…あれは戦艦だが どうも 帆に描かれた印は そういう 賊っぽい感じには見えねえんだ。」

サイード「確かに 不吉な感じは 見受けられませんね。だとすると あれはいったい……。」

ボルカノ「わからん。だが 二人とも 甲板に出てこないところを見ると 一筋縄ではいかない 連中のようだ。」

サイード「…アルス マリベル 無事でいろよ……!」

“いったいあそこでは何が起こっているのか”

青年は大事な仲間の、船長は二人の子どもの無事を願い、吹き荒れる風の向こうをじっと見つめるのだった。



398: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:28:21.82ID:jh5nLVyG0

アルス「ここは……。」

少女と別れた少年は船の奥の奥、最後の扉を開けて中の様子をうかがう。

アルス「…………………。」

暗闇に目を凝らし辺りを探るとそこはかなり広い部屋のようだった。

中央に置かれた横長の机。端に備えられた巨大なベッド。横たわった大きな化粧台。床を転がる酒瓶に上等な絨毯。

どうやらここは高貴な身分の者が使っていた部屋のようだった。

*「…ふ……。」

アルス「…っ!」

*「ぐふふふ……。」

アルス「誰だ!」

*「まさか この船に乗り込んでくるどころか あれを 突破してくるとはな。」

アルス「おまえは……。」

暗闇の中、部屋の一番奥から聞こえる低く呻くような醜い声、赤黒く光る二つの点が、少しずつ少年の方へと近づいてくる。

*「おどろいたぞ ニンゲンよ。」

少年の持つ松明に照らされその全容が少しずつ明らかになっていく。

*「イきた ニンゲンと チョクセツあうのは ナンびゃくねんぶりだろうか。」

上にいた者たちと同じような骸骨の身体。それも人間の比ではないような強靭な骨格。
体にまとう横じまの服、血のこびりついた鋭い獲物。

アルス「おまえは… デッドセーラーか!」

唯一普通のそれと違う点を挙げるとすれば、
それは頭につけているのが船乗りによく見る赤いバンダナではなく
海賊の長のようなキャプテンハットであることだった。

*「でっどせ~ら~?」
*「ショセン そんなものは マオウや ニンゲンが カッテにつけたナよ。」

気にくわないとでも言いたげに船乗りの恰好をした魔物は少年に返す。

*「オレサマに ナマエなんてない。 あるのは コロしとリャクダツのヨクだけだ。」
*「グフフフ……! メイレイをむししてた おかげで マオウには くらいウミのソコに フウインされちまったがな。」
*「…どういうワケか しらんが フウインが とけた。」
*「グフフフ… グフ グフフ……。」

楽し気にドクロが嗤う。

アルス「上にいた人たちは 何なんだ!」

*「ぐふふ… やつらは オレサマが フウインされるマエに コロシテやった クニのニンゲンよ……。ナンニンかには ニゲラレちまったがな。」

アルス「やはりか……。」

少年の頭にあった仮説はあっさりと証明されてしまった。

アルス「どうして ぼくらを 付け狙う!」

*「トある カタに イライ されてナ……。」
*「…クック…… オマエたちも アイツラのナカマいりだ……。」

アルス「そんなことは させない……!」

少年は覚悟を決め自らの獲物を構える。

アルス「ハッ!」




*「ギャー!」




魔物とは不釣り合いな甲高い叫び声が上がった。



399: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:29:56.90ID:jh5nLVyG0

アルス「…っ!」

素早く走り込み魔物の腕を切りつけようとする少年の行く手を、いつの間にか現れた婦人姿の骸骨が阻む。

*「ヤメテ…。」

*「ドウシタ テがトマッテいるぞ。グフフフ……。」

アルス「卑怯者め……!」

*「コロサナイデ…。」

*「やめてくれ。」

*「コロセ コロセ。」

骸骨たちは次々と現れ、少年の方へ向かってじりじりとにじり寄ってくる。

アルス「来るな! ぼくは あなたたちを 助けに来たんだ!」

*「グフフフ…… ムダナことよ。」
*「ソイツらに イシはない。ショセン オレサマのあやつりにんぎょうだ。」

魔物は呪いの力を使い、上の部屋にいたはずの骸骨たちを自らの盾として呼び寄せたのだった。

アルス「ぐ……。」

“打開策はないものか”

少年が、そう模索していた時だった。



マリベル「アルス!」



アルス「マリベル!」

少女が少年の後を追いかけてきた。

マリベル「どうなってるの? 急に骸骨たちがいな……なななっ!」



アルス「危ない!」



マリベル「……っ!?」



400: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:31:55.94ID:jh5nLVyG0

目の前に広がる光景に一瞬反応が遅れた少女を抱えて少年が飛び引く。
その跡にはまたも鋭利な刃物が突き刺さっていた。

アルス「ケガはっ?」

マリベル「…大丈夫よ。それにしても これは いったい……。」

アルス「あいつだ。」

そう言って少年は部屋の奥で椅子に腰かけて笑う一際大きな骸骨の化け物を指差す。

アルス「あいつが この人たちを殺し ここに縛り付けているんだ。」

マリベル「じゃあ あいつを ぶちのめせば 解決ってわけね!」

アルス「うん。でも……。」

*「アア……。」

*「カエセ。」

*「かえして。」

*「イタイヨ……。」

マリベル「…この人たちを なんとか しなければと?」

アルス「……うん。」

マリベル「甘いわよ アルス! 下手をすると こっちが やられちゃうわ!」

アルス「でも!」

マリベル「この人たちは とっくに死んでるのよ! だったら さっさと あいつを倒して ここから解放してあげるのが先よ!」

*「イけ オマエたち。」

*「アアア!」

*「オオオゥ!」

アルス「ぐっ……!」

振り下ろされる斬撃を避けながら少年は葛藤する。

マリベル「やるのよ アルス! あたしたちが やらなくて 誰がやるの!」

*「コロセ。」

*「ウウウ…。」

マリベル「アルスっ!!」



アルス「…っおおおおおお!」



少年はとびかかる骸骨を蹴飛ばし、目の前に向かって風の刃を放つ。

*「ギャアア!」

*「たすけて……。」

*「イタイ… イタイヨ…!」

アルス「許せ!」

*「ほお ここまでクルか。」



マリベル「よそ見してんじゃないわよ。」



*「グオ…!?」



401: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:33:03.77ID:jh5nLVyG0

声の方に振り向く間もなく胴体が締め上げられ、魔物は床に叩きつけられる。

*「コシャクな!」

水兵の魔物は持っていた斧を思い切り少女に向かって投げつける。

マリベル「キャっ!」
マリベル「あぶないわね!」

間一髪でそれをかわし、鞭を拾い上げながら相手の懐を目がけて思い切り膝を蹴り上げる。

*「グう……!」
*「ふんっ!」

蹴り上げた足をそのまま腕で掴まれ、少女は空中に放り出される。

マリベル「えっ きゃ~!」

*「クラエ!」

[ デッドセーラーは こごえる ふぶきを はいた! ]

マリベル「ああっ! …ぐううう……!」

空中で体勢を整えられぬまま、少女は相手の息吹をもろに受けて床に転げる。

アルス「マリベル!」
アルス「…これでも 受けてみろ!!」

[ アルスは ばくれつけんを はなった! ]

少年は魔物の背に回り込むとその身を目がけて目にも止まらぬ速さで連打を与えていく。

*「グオオオ!」

あまりの威力にたまらず化け物は前によろけて手足を床に付ける。

マリベル「これで 終わりよ!」

*「ガッ! っ……!」

そこへすかさず立ち上がった少女がグリンガムの鞭を振るい、無防備となった骸骨の頭を弾き飛ばす。



そのまま魔物の身体は崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。



402: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:33:51.09ID:jh5nLVyG0

マリベル「…やった!」

アルス「マリベル! 体は……!」

歓声をあげる少女に少年が駆け寄りその身を案じる。

マリベル「これくらい 平気よ!」
マリベル「ベホイミ!」

さっと体を一撫ですると冷え切った少女の身体は熱を取り戻し、擦りむいた傷もすっかり塞がってしまった。

マリベル「骸骨たちは…… 動かないわね。」

*「…………………。」

少女の言う通り、少年の起こした真空波により床に転がった骸骨たちはそれっきり沈黙したままだった。

アルス「…終わったのかな?」

マリベル「さあね。それより外の様子が心配だわ。こんなところ さっさと出……。」










アルス「あぶないっ!!」



403: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:35:26.94ID:jh5nLVyG0

サイード「むっ?」



魔物の襲撃に備え身を構えていた青年が何かを察知し顔を上げる。

サイード「見てください! 船が!」

*「沈んでいく……。」

*「ふ ふたりとも どうしちまったんだッ!?」

*「まさか やられたり してないだろうな……!」

ボルカノ「…………………。」

船員が口々に言う中、船長だけは黙ったままじっと沈みゆく幽霊船を見つめていた。

*「このままじゃ 二人とも 海の藻屑になっちまう!」

サイード「仕方がない ここはおれが……!」

ボルカノ「待つんだっ!

サイード「っ……!」

海へ飛びこもうとする青年を少年の父親が制する。

ボルカノ「帰ってくる!」
ボルカノ「…信じるんだ。あの二人を。」

父親は振り返りもせず、乗組員に言葉を投げかける。
有無を言わさぬが、自身に満ち溢れた父親の力強い言葉に思わずその場の誰もが動きを止め、再び船を見つめる。

だが、遂に船は船首を残してすべて沈んでしまった。

ボルカノ「アルス… マリベルちゃん……。」

父親の顔が険しくなり、誰しもがあきらめを覚え始めていた。

その時だった。



サイード「あれは!」





*「……ーーい!」



404: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:38:51.75ID:jh5nLVyG0

青年の見つめる先には空飛ぶ絨毯に乗った人影があった。

*「まさか!」

*「間違いねえ!」



マリベル「おーーい!」



ボルカノ「マリベルちゃん!」

それは間違いなく誰もが待ち望んだ瞬間だった。

マリベル「おーい! おーーい!」

絨毯に乗った少女がこちらに大手を振って叫んでいる。

彼らは無事に脱出できたのだ。

マリベル「ふー…… た ただいま……。」

*「うおおおお!」

*「帰ってきた! ちゃんと帰ってきたぞ!」

*「ばんざーい!」

アミット号の上まで戻ってきた少女を見て漁師たちは一斉に歓声を上げる。

ボルカノ「アルスは……! アルスはどうした!」

しかし少年の父親は違った。

その目で確かめるまで素直に喜ぶことができなかったのだ。



マリベル「ボルカノおじさま…… アルスが… アルスが……!」



安堵の表情を浮かべていた少女は一転して泣き出しそうな顔に変わってしまった。

その理由は少女が絨毯を甲板に下ろしたときに明らかとなった。



アルス「…………………。」



少年は少女に抱きかかえられていた。



ボルカノ「アルスは どうしちまったんだ!」

マリベル「それが… 目を覚まさないの……!」










それは、一瞬のできごとだった。



405: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:41:27.06ID:jh5nLVyG0

アルス「あぶないっ!!」





マリベル「へっ!?」

少女はいつの間にか少年に思い切り突き飛ばされ横になっていた。

マリベル「あたた……。」
マリベル「な 何が…。」
マリベル「……!?」

*「グフフフ…… ツカマえたぞ。」

*「オオオ……。」

*「イノチ……。」

*「いのちだ。」

*「カエセ……。」

アルス「ぐあああ!」

少女が振り返ると少年は先ほど倒したはずの魔物に首を掴まれ宙に浮いていた。

少年の腹部には深々と斧が突き刺さりおびただしい量の血が滴り、
その周りを取り囲むように、少年の身体をむさぼるかのように骸骨たちが群がっている。



マリベル「アルス!」



アルス「クるなあああっ……!!」



マリベル「……っ!」

少年の絶叫により少女は動きを止める。

*「もう オソイ。」

アルス「がっ……。」

魔物が手を放すと少年は力なく床に横たえ、その体は骸骨たちに阻まれ見えなくなってしまった。

マリベル「う うそ…… あ……。」





マリベル「アルスうううううっ!!」





*「ザンネン だったな。」
*「ツギは オマエだ。」





マリベル「…こ………け…。」

*「グフフフ… カンネンしたか。」

マリベル「そこを……。」

*「グ……?」



406: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:43:25.49ID:jh5nLVyG0

「 そ こ を ど け え え え え え ! ! 」



407: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:45:20.93ID:jh5nLVyG0

[ マリベルは れんごくかえんを はいた! ]



*「ガアア……!」

*「アアア!」

*「ニゲロ…。」

*「アツイ…。」

少女が吐いた地獄の炎は亡者の群れを飲み込み、あっという間に辺りは火の海と化す。

*「マダ そんなチカラが…!」

マリベル「今度こそ 終わりよ! 消えなさいっ!」
マリベル「うぅううう…! はああああああ!」

*「ナ…!」

[ マリベルは ギガスラッシュを はなった! ]

*「オオオオォ……!」

身体を一回しすると、稲光を放つ少女の腕から巨大な雷の刃が解き放たれ、
火の海もろとも水兵の化け物をバラバラに砕いていく。

マリベル「はぁ… はぁ…! んっ……。」

荒く肩で呼吸し、少女は息を飲む。

マリベル「…………………。」



*「オノレ… オノレ…… コムスメごときが……。」



頭だけとなってしまった魔物が、呪詛のように呟く。

*「だが オトコは もう たすからん。」

マリベル「…………………。」

*「トワのノロイを…… グフ… グフフ……。」
*「グフフフ…グっ!?」










マリベル「うるさいのよ あんた。しつこい 男はきらいなの。」



408: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:46:59.81ID:jh5nLVyG0

最後の笑い声をあげるしゃれこうべを粉々に踏みつぶしながら少女が吐き捨てる。



*「…………………。」



もはや魔物は何も語らなかった。

ただそこにはおびただしい数の骨が散らばり、辺りは静寂に包まれていた。

だが、その静寂からは先ほどまでの不気味さは消え、どこか寂しさを湛えているように感じられた。

マリベル「……っ!」

少女が少年のもとへ駆け寄る。

マリベル「アルス!」

血の海の中に少年はいた。

腹部からは鮮血が垂れ、その肌は血の気を失い青白く変色していた。

マリベル「アルス! 死んじゃいやよ!!」
マリベル「…………………。」

少年の口元に手をかざす。

*「…………………。」

息は既に止まっていた。

マリベル「…………………。」

少女は焦らずに胸に耳を当てる。



“トク……”



マリベル「…生きてる……。」

微かに聞こえる心臓の音、微かに感じる生命の鼓動。





少年は完全には死んでいなかった。



409: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:48:32.65ID:jh5nLVyG0

マリベル「待ってて! 今 助けるわ。」

少女はそう呼びかけると少年の腹部に刺さる斧に手をかける。

マリベル「ごめんね。少しだけ… 我慢してちょうだいっ!」

そう言うと少女は思い切りそれを引き抜く。

音もなく斧が少年の身体から抜け落ちると、再びその身体から真っ赤な血があふれ出る。

マリベル「ザオリク!」

斧を投げ捨て、すかさず少年の身体に完全復活の呪文を唱える。

すると光に包まれ少年の傷はみるみる内に塞がり、血の気も多少は良くなった様子だった。

マリベル「アルス… 起きてっ アルス。」

アルス「…………………。」

少女が少年の身体を揺さぶり声をかけるも当の本人は相変わらず目を伏せたままで、
体は動かず、ただ規則的に小さな息が聞こえてくるだけだった。

マリベル「アルス… アルスってば!」

尚も少女は少年の名前を呼び続ける。

アルス「…………………。」

それでも少年は目を覚まさず、力なくその体を横たえるばかり。

マリベル「どうして 目を覚まさないの……。」
マリベル「キアリク!」

いつまで経っても目を覚まさないことに疑問を抱き、少女は仕方なく目覚めの呪文を唱える。

アルス「…………………。」

マリベル「ねえ アルス! 起きてるんでしょ! 返事を… 返事をしなさいよ……!」

アルス「…………………。」

マリベル「そんな… どうして… どうしてなの……?」

少年の手を取る少女の顔から血の気が引いていく。





*「ああ…… なんてことだ……。」





マリベル「……っ!」



410: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:49:53.94ID:jh5nLVyG0

マリベル「だれっ!?」

*「待って! そんなに 構えないでください。」

*「わたしたちは 先ほどまで そこに転がっていた 骸骨です。」

突如響いた声の正体は先ほど少女が焼き払った骸骨、否、今は半透明の姿をした普通の人々のものだった。

マリベル「あんたたちは いったい……。」

*「……もう 何百年も前のことに なるのでしょうか。」

*「わたしたちは ある国の王族だったのです。」

高貴な身なりをした初老の男女が交互に言う。

*「それが ある日 魔王の差し金により 大量の魔物が 国を攻めてきまして……。」

*「大勢の民を連れ この戦艦で海へ逃げたまでは 良かったのです。」

*「しかし そんな我らを 付け狙い 再び大量の魔物が 姿を現しました。」

*「それが あの海賊帽子の魔物たちだったんです。」

マリベル「それで 殺されちゃったのね。」

*「ええ 我らの兵士だけでは 到底 太刀打ちできませんでした。」

*「辛うじて メイドの娘に任せ 王子を逃がすことには 成功したと思ったのですが……。」

*「海の中にも 魔物がいて……。」

マリベル「そう… そうだったの……。あの子のご両親だったのね。」

*「なんと! 息子を知っているのですか!?」

マリベル「以前に 海底で 会ったことがあってね。」
マリベル「成仏できないで 泣いていたんだけど こいつが魔王を倒したら あたしたちの目の前で ちゃんと逝ったわよ。」

そう言って少女は自分の膝に眠る少年を撫でる。

*「そうでしたか…… なんと お礼を言えばよいのやら……。」

*「息子の恩人に 対して こんな仕打ちをしておいて……。」

*「しかも その青年…… どうやら 呪いをかけられてしまったようですね?」

マリベル「呪い…?」

*「最後にあやつが 何か言っていたでしょう。やつは 私たちをここに縛り付けたように 彼にも 同じような 呪いをかけたのです。」

マリベル「そんな! それじゃ アルスは……!」

*「わかりません。ただ 私たちと違って 彼は 生きています。」

*「もしかすれば 何か 呪いを解く方法が あるかもしれません。」



411: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:50:27.50ID:jh5nLVyG0

マリベル「…………………。」

*「さあ この船は 直に沈んでしまいます。」

*「その青年を連れて すぐに逃げてください!」

マリベル「あ あんたたちは?」

*「わたしたちは 依り代となっていた 骨を 失いましたからな。」

*「もうすぐ 息子の待つもとへ ゆけることでしょう。」

*「さあ お行きなさい われらが 恩人よ。」

マリベル「……わかったわ。」
マリベル「アルス……。」
マリベル「リレミト。」

少女は少年の袋を探ると魔法のじゅうたんを取り出し、小さく呪文を唱える。

マリベル「さようなら 名前も知らない国の王さま。」

*「ありがとう。」

*「ありがとう。」

*「さようなら。」

いつしか部屋の中は人々の姿であふれていた。

その表情は安らかで、どこか名残惜しげに見えた。



マリベル「行くわよ。アルス。」



何も語らない少年を抱えるようにして少女は立ち上がると、光の中へと消えていった。



412: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:51:54.21ID:jh5nLVyG0

マリベル「うっ… っ……。」

ことの顛末を離し終えた少女は声を押し殺して俯いた。

ボルカノ「と とにかく船室へ運ぶぞ! お前たち! 羅針盤の調子を 確認して 航行を続けてくれ!」

*「「「ウスッ!」」」

そう言って船長は漁師たちに指示を与えると少年を背負い船室へと降りていく。

そんな船長の姿を見送り、漁師たちは戸惑いながらも穏やかになった風の中、再び自分たちの持ち場に戻っていったのだった。



413: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:53:47.68ID:jh5nLVyG0

ボルカノ「それで アルスは……。」

マリベル「あたしも 色々試してみたんだけど… 全然 目を覚ましてくれなくて……。」

サイード「呪い……。」

*「にゃ~。」

トパーズ「なー。」

猫たちが不思議そうにハンモックに横たわる少年を見上げている。

ボルカノ「それは どんな 呪いなんだ?」

マリベル「わからないの。でも あいつは 永久の眠り だって……。」

サイード「永久の眠りだとっ!? それでは アルスは もう 目を覚まさないのか!?」

マリベル「…あたしのせいよ…… あたしが 油断してなきゃ こんなことには……。」

少女の目に大粒の涙が浮かぶ。

ボルカノ「この先の町で なんとか ならんだろうか……。」

サイード「神父なら 呪いを解けるんじゃないのか?」

マリベル「たぶん 神父さんじゃ 道具の呪いを 解くのが せきのやまよ……。」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「アルス……。」

マリベル「ボルカノおじさま ごめんなさい……。」
マリベル「あたしが ついていながら……。」

ボルカノ「自分を責めるんじゃねえ マリベルちゃん。きみがいなければ こいつは とっくに 死んでたかもしれねえんだ。」
ボルカノ「こうして 戻って来てくれただけでも オレは十分だ。」

父親が少年の頬を撫でて言う。

マリベル「ボルカノおじさま… あたし……!」

ボルカノ「いいんだ。もう 何も言わなくていい。」

マリベル「あたし……!」
マリベル「ひっ… ひっく… ひっく……。」
マリベル「アルス… あるす……。」

すすり泣く少女がどんなに名前を呼んでも少年はぴくりとも動かなかった。

いつしか霧は晴れ、曇で覆われた空が再び現れた。

それと同時にそれまで狂ったように動いていた羅針盤も正常に方位を示すようになった。

海を脅かしていた幽霊船は海の底で再び永久の眠りについたのだ。

そうして気付けば、何もかもが霧の起きる前に戻っていた。



目覚めぬ少年だけを残して。





そして……



414: ◆N7KRije7Xs:2017/01/05(木) 20:54:15.56ID:jh5nLVyG0

そして 次の朝。



417: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:04:27.23ID:QSmDR/W/0

航海十四日目:おはよう おやすみ



418: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:06:02.02ID:QSmDR/W/0

*「…………………。」


*「…り……お………さ…!」


*「マリベルおじょうさん!」


マリベル「…………………。」


*「マリベルおじょうさん……?」


マリベル「……あ あら どうしたの?」

*「もうすぐ 港に 到着しますぜ。」

マリベル「そう… わかったわ。」

少女は一晩中どうするべきか考えていた。

少年がどうすれば目を覚ますのか。

どうすれば呪いを解くことができるのか。

マリベル「気にくわないけど やっぱり あのクソじじいを 頼るしかないのかしらね。」

いつになく冴えない頭を振り絞り考え出したのは先日助けてもらったばかりの神に再び助けを乞うことだった。
流石の神であれば呪いの一つや二つ解くことも容易いことだろうと、そう思い及んだからだった。

トパーズ「アゥ~。」

膝に乗った猫がそんな彼女の言葉を肯定するかのように一鳴きする。

マリベル「港に着いたら 行くしかないわね。」
マリベル「待っててアルス。必ずあんたを 元に戻してみせるわ。」
マリベル「…これ 借りるわね。」

少女は少年の手を強く握り、袋を腰に下げると少女は甲板へ歩き出した。



419: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:07:28.65ID:QSmDR/W/0

マリベル「眩しい……。」



船上へ出ると少女は泣き腫らした瞳をこすり呟く。

その目の下には青いクマがくっきりと浮かんでいた。

ボルカノ「マリベルちゃん 何か思いついたのかい?」

甲板では少年の父親が待ち構えていた。

マリベル「ええ ボルカノおじさま。 行ってきますわ。」

ボルカノ「そうか。…息子を 頼んだよ。」

マリベル「はい。」

船長を含めた漁師たちは自分たちの商いや役目を果たすために少女とは別行動をとることになっていた。
務めだから仕方がないとはいえ皆その顔は暗く気が気でない様子で、
それだけ少年がこの船において大きな存在になっていたことがうかがい知れた。

*「マリベルおじょうさん 良い報せを 待ってますぜ!」

サイード「おれも 一緒に行ってやりたいところだがな。どうせ 足手まといになるだけだ。」
サイード「健闘を 祈る。」

マリベル「みんな ありがとう。」
マリベル「それじゃ 行ってくるわ。」
マリベル「ルーラ!」

船員たちに挨拶を済ませると少女は短く詠唱し、はるか遠い町へと飛び去っていった。

*「大丈夫ですかね おじょうさん。」

*「さあな… 一晩中 泣いてたからな……。」

ボルカノ「いや… 少し すっきりしたのかもしれん。」

漁師たちが心配の声を上げる中、船長だけは少女から何か別のものを感じ取っていたようだった。

ボルカノ「あの目には 強い信念が宿っていた。きっと やってくれるさ。」

コック長「信頼してるんですな。彼女のこと。」

料理長がそっと語り掛ける。

ボルカノ「わっはっは! それはみんな 同じだろうよ!」

*「この船に あの二人を 信じていない人なんて いませんもんね!」

豪快に笑う船長に同調して料理人が言う。

コック長「違いありませんな。はっはっは!」

ボルカノ「さて オレたちは オレたちの 務めを果たすとしようぜ!」

*「「「ウスッ!!」」」

こうして船長の号令の元、漁師たちは港の舟守たちに自分たちの船を託し、キンキンに冷えた獲物を抱えて町へと繰り出すのだった。



420: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:08:58.92ID:QSmDR/W/0

*「え? あのヒゲの ジイさんかい?」

*「あの人なら ばかんすにいくんじゃよ~ とかいって どっか飛んでっちまったぞ?」

マリベル「な なんですって~~~!?」

漁師たちが町へと向かっている頃、少女は神が住まう移民たちの町へとやってきていた。
しかしお目当ての神はといえば、昨日より“ぴちぴちぎゃるを見に行く”などとぬかし何処へと行ってしまったらしい。

マリベル「…………………。」
マリベル「あんの クソじじい~~~!」

当然少女の怒りは爆発する。

マリベル「きい~っっ! どうして こんな 大事な時に限って あのクソじじいは いつもいないのよ~!」

“神頼みが必ずしも良い方向に転ぶとは限らない”

そう言いたげに東の太陽が笑っていた。

マリベル「それで! あのじじいは どこに行ったのっ!?」

*「うわ あわわわ~!」

少女に両肩を揺さぶられ、移民の男はたまらず悲鳴を上げる。

*「し しらねえ! おれはなんも聞いてねえよ!」

マリベル「あんたは!?」

*「お おれも 聞いてねえって!」

マリベル「ほ~んとう でしょうね~? 嘘ついてたら 海まで ぶっとばすわよ?」

少女が男の胸元に指を突き立ててさらに問い詰める。

*「あわわ お助け……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ごめんなさい。ちょっと 熱くなりすぎちゃったわ。」
マリベル「他を当たるわ。じゃあね。」

怯える男に少女は嘘はないと見抜き、素直に謝ってその場を後にした。



421: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:10:07.87ID:QSmDR/W/0

マリベル「だれか 神さまの行先を 知ってるやつは いないのかしら……。」

いったい何人に聞いて回っただろうか。

誰からも帰ってくる答えは“知らぬ”、“存ぜぬ”だけでこれといって有益な情報を得ることもなく時は過ぎていった。

マリベル「まいったわね……。」

神を見つけ出せなければ少年を助けることができない。

そんな焦燥感が少しずつ少女の心を蝕んでいく。



マリベル「あつい……。」



この町に来てどれぐらいの時間が経ったのだろうか。

太陽はいつの間にか少女の真上まで昇り、焦る少女の姿を嘲笑うかのように強烈な日差しを降り注がせている。

マリベル「何か 別の方法を考えなきゃ ダメかしら……。」

仕方なく近くにあった酒場に立ち寄り、少女は冷たいものを飲んで少しの間休むことにした。

*「いらっしゃいませ。」

マリベル「マスター。ジュースちょうだい。キンキンに冷えたやつ。」

*「かしこまりました。」

程なくして出された果汁を飲みながら気持ちを落ち着かせ、少女は周りから聞こえてくる会話に耳を傾ける。

*「やーねえ あのじいさん またやったの?」

*「まんまと してやられたって 感じだわ。まさか このあたしが おしりを触られちゃうなんてね。」

カウンター席では遊び人風の女性たちが助平な年寄りの愚痴を言っている。

*「そろそろ オラ みんなの前で 披露しようかと 思うんだな~。」

*「それなら オイラも がんばって踊るっち!」

店の奥の方からは農夫の恰好をした男とあらくれ風の男が今後の活動の話をしている。

*「あいつめ また 抜け出したらしい。」

*「脱走の手口も どんどん 巧妙になってきやがる。まいったもんだな。」

すぐ後ろの卓からは元囚人にして脱獄犯の男の噂をしている。

マリベル「……ダメか。しっかし どいつもこいつも いいわよね~ 真昼間から 呑気に お酒なんか飲んじゃってさ。」

マリベル「ごちそうさま マスター。また くるわ。」

*「ありがとうございました。」

料金を払って店を後にしようと扉に手をかけた時だった。

*「…んでよ その人に頼んだら 一発で 治っちまったんだとよ!」

*「ホントかよ? おらぁ 聖職者ってのは どうも 好かんから 信用できねえがよ。」

テーブル席では二人の男が何やら話し込んでいるようだった。

*「いやいや それが おれっちの 姪っ子も その人の祈祷のおかげで 魔物の呪いが解けたんだとよ!」

マリベル「っ……!」

*「おまえが そこまで 言うなら 信じなくもないけ…。」

マリベル「ちょっと!」

*「ん? おお マリベルさんじゃねえか! どうしたんだい 今日は。」

*「今日は アルスさんと 一緒じゃねえのかぁ?」



マリベル「その話 詳しく聞かせてもらおうかしら。」



422: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:10:50.20ID:QSmDR/W/0

*「へい らっしゃい!」

*「特別加工で 新鮮なままの マグロだよ!」

*「簡単には手に入らない 究極の魚だ! 安くしとくよっ!」

その頃、漁師たちは町で商売に精を出していた。

*「る~らら~ おにいさん それは いくらだい~?」

*「一切れ 40ゴールドってところだい!」

*「ららら~ おひとつ お~くれ~。」

*「へい~ ま~いど~!」

優雅に歌いながら品定めする青年に釣られ、漁師も思わず旋律に乗せて接客をこなす。

*「この国の連中は どうしてみんな 歌ってばかりなんだ?」

*「そりゃ 音楽の都なら 仕方ねえだろ。」
*「いらっしゃ~い~!」

仲間の漁師の疑問に銛番の男が投げやりに答える。

*「マリベルおじょうさんは あれから どうしたんだろうな。」

コック長「さあな……。まあ その内 戻ってくるだろう。」

料理長もどこか落ち着かない様子で答える。

*「だと 良いんですけどねえ。」

ボルカノ「信じて待つんだ。オレたちにできることは それだけだ。」

サイード「彼女には いろんな 知り合いがいます。きっと アテがあるのでしょう。」

ボルカノ「ああ あの子なら やってくれる。」
ボルカノ「とにかく さばき終えたら いったん船に戻るぞ。」

*「「「ウスッ」」」

船長の言葉に一同は頷くと再び自慢の品を売りさばくために商へと戻るのだった。



423: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:11:54.66ID:QSmDR/W/0

マリベル「盲点だったわ……!」



移民の町を後にし、音楽の都の入口へと転移した少女は自分の船へと急ぎ空飛ぶ絨毯を走らせていた。

マリベル「まさか あの人が そんな力をもっていたとわね……。」

少女は移民の町の酒場で聞いた言葉を思い出す。

“マーディラスっていう国の 南にある大神殿には 高位の神官がいましてな。”

“その人に頼めば 強力な呪いも たちまち 治っちまうんですってよ。”

マリベル「あの大神官のいたところなら それくらいできる人がいても 当然ってもんよね……!」

少女は絨毯の速度を上げて船の中で眠る少年へ呟く。

マリベル「待ってなさいよ アルス。すぐに 連れてってあげるんだから……!」

既にその目に昨晩の憂いはなく、いつもの自信と活力にあふれる輝く瞳が力強く目の前の港を見据えていた。



424: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:13:05.81ID:QSmDR/W/0

ボルカノ「アルス……。」

商いを終えた漁師たちは漁船へと戻って来ていた。

*「やっぱり 目え 覚ましませんね……。」

父親の声にも反応はせず、少年は静かに呼吸を繰り返している。

*「マリベルおじょうさんは まだ 戻って来てないんですかね……。」

ボルカノ「…どうやら そのようだな。」

少年の状態を見ても動かされた様子はなく、件の少女もまだここへは戻ってきてはいないようだった。



トパーズ「なうなう~。」



少年の身体で暖をとっていた三毛猫がハンモックから飛び降り、扉の向こうへ歩いていく。

*「ん?」





“ギッ……”



425: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:15:13.44ID:QSmDR/W/0

その時、甲板から響く足音に一人の漁師が首をもたげ、何事かと上へと続く階段を見つめる。



マリベル「あれ…っ!? ボルカノおじさまっ! みんなっ!」



やって来たのは少女だった。

その腕には先ほど出て行った猫が抱きかかえられている。

トパーズ「なぉー。」

*「マリベルおじょうさん!」

*「……てことは。」

ボルカノ「マリベルちゃん! どうだった?」

マリベル「…………………。」
マリベル「残念だけど アテは外れたわ。」

*「そんな……!」

*「それじゃ アルスさんは……。」

ボルカノ「…………………。」

マリベル「まだよ! まだ 望みは ついえちゃいないわ!」
マリベル「ここから南にある 大神殿には 高位の神官がいて……。」
マリベル「その人なら 強い呪いも 解けるかもしれないの!」

*「そ それじゃあ……!」

ボルカノ「これから そこに行くんだな?」

マリベル「ええ! アルスと一緒にね!」

コック長「でも アルスは……。」

料理長がハンモックに横たわる少年の顔を見やる。

マリベル「忘れたの? コック長 あたしたちには 魔法のじゅうたんが あるのよ!」

そう言って少女は腰に下げた少年の袋から赤い布の端を覗かせる。

マリベル「あたしは すぐに 神官長のもとへ行くわ。」
マリベル「みんなは 疲れているでしょうから ここで休んでて!」

言うや否や少女は少年をハンモックから降ろし、なんとか肩を担ぐと甲板へ向かって歩み始める。

マリベル「ふ…んぬぬ……!」

普段とはまったく逆の状態。

少女は少年の全体重を支えながら懸命に上を目指す。

マリベル「あ……んた… 思ったより 重…たいのね……!」

コック長「マリベルおじょうさん……!」

“今まで何度ともなく負ぶらせた少女が、この少年のためにここまでするとは”

料理長だけではない。
その場の誰もが少女の健気な姿に目を見開き、その背中を見つめているしかできなかった。

引きしまった筋肉を持つ少年の身体は見た目以上に重く、少女は少しずつ前進しながらもその足元はふらついていた。

マリベル「フゥー…。はあ… はあ… …えっ?」

息を上げながら階段を上っていると急に体が軽くなり、少女は目の前を見上げる。



サイード「手を貸すぞ。」



そこには少年の身体を支える青年の姿があった。






426: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:19:11.33ID:QSmDR/W/0

マリベル「た 助かるわ……。」

サイード「むっ… たしかに 見た目に反して けっこう重たいな。」
サイード「それだけ からだを よく鍛えている ということか……。」

感心する青年に対して少女はどこか悲しげに言う。

マリベル「いっつも あたしのこと かばったり 体張って 無理しちゃってさ……。」
マリベル「…守れ とは言っても もうこれ以上 傷ついてほしくないのよ。」

サイード「…………………。」
サイード「そういうことは アルスが起きたら 直接 言ってやるんだな。」
サイード「こいつのことだ。きっと 言われても おまえのためなら ムチャし続けるだろうが。」

マリベル「…そうね。」
マリベル「この人ったら 変なところで ガンコなんだから。ね~ アルス。」

そう言って少女は片手で少年の頬をつつく。

サイード「……甲板までで 大丈夫なのか?」

マリベル「ええ 表なら 絨毯を広げられるわ。」

サイード「おれも お供しようか?」

マリベル「絨毯にはまだ 座れると思うけど……。」

サイード「おまえたちには 借りっぱなしだからな。少しでも 恩を返したい。」
サイード「それに その大神殿とやらも この目で 見てみたいしな。」

マリベル「アルスもだけど あんたのお人よしも 大概ねえ。」
マリベル「ふふん。まあ 好きにしてちょうだい。」

サイード「わかった。」

少年を甲板に運び終えた青年は漁師たちに自分の旨を伝えると、少女と共に少年を抱えて絨毯で南へと飛んでいった。



*「頼んだぞ~~!」



三人の後ろからは無事を祈る漁師の声援が大きく響き渡っていた。



427: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:20:14.81ID:QSmDR/W/0

サイード「あれが 大神殿か……。」



昼下がり、三人は件の大神殿に到着していた。

サイード「なんとも 荘厳な 佇まいだな… 神を祀るとはいっても これほどの規模とは……。」

地面に降り立った青年は巨大な大神殿を見上げて感嘆の息を漏らす。

マリベル「正直 あんなのには もったいないくらいよ。」

腕組をしながら少女が溜息をつく。

サイード「あんなの…?」

マリベル「ああ そっか。あんた まだ 神さまの イイトコしか 見てないんだっけ。」

サイード「どういうことだ?」

マリベル「あの じじいの 体たらくと言ったら……。」

サイード「…………………。」

“神に対してなんて罰当たりな。”とは思う青年だったが、
少女の態度に何かを察したのか、それ以上何も言う気にはならなかったらしい。

マリベル「さ 行きましょ。」

そう言うと絨毯を袋にしまい、今度は少年を青年に任せて大神殿の中を目指して歩き出す。



428: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:22:08.02ID:QSmDR/W/0

マリベル「…………………。」

しばらく歩みを進めて少女は違和感を感じる。

サイード「どうした マリベル。」

マリベル「…いつもは シスターが 立っているはずなんだけど。」

サイード「…何か 用でもあるんじゃないのか?」

マリベル「…………………。」
マリベル「待って。」

その時少女が唐突に足を止め、青年を制する。

サイード「…………………。」

マリベル「誰か来るわ。」

二人の見据えるその先、大神殿の入口の扉からは真っ黒なローブを身に纏った呪術師を思わせる身なりの者が出てきた。



*「そこの おまえたち。お引き取り願おうか。」



それも一人ではなく複数。

マリベル「なによ あんたたち。こっちは ここの神官長に 大事な用があるのよ。」

*「神官長どのは 今 忙しいんだ。われわれの 用が済まない限り 誰にも邪魔させるわけにはいかんなあ。」

マリベル「ずいぶん 自分勝手なこと 言ってくれるじゃないの。」
マリベル「あんたたちこそ その用ってのは なんなのよ?」

物怖じもせず少女は訊ねる。

*「おまえのような小娘には 関係のない話だ。」

*「話してやっても いいだろう どうせ 一般人にはどうにもできん話だ。」

*「ふん。まあいい。」
*「われわれは 魔法の研究をしている。」
*「去る昔 ここは 魔法大国として栄え 今も その資料が 残っているというじゃないか。」
*「……究極の魔法の資料が。」

マリベル「あんたたち どこから その話を聞きつけてきたのよ。」

*「君たちと違い われわれのような 高位の呪術師にとっては 常識なのだよ。」

*「魔王亡き今 われわれが その魔法を使って 世界を牛耳ることも できるやもしれん。」

*「しかし われわれは そんなことには興味はない。われらの目的は ただ未知なる 呪術を追い求めるのみ。」

*「そのためにも ここの神官長には 知っていることをすべて 話してもらわねばならん!」
*「……たとえ 何年かかろうとな。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ふーん あっそ。」



429: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:23:52.96ID:QSmDR/W/0

マリベル「サイード 行きましょ。」

サイード「ん? ああ。」

そうして二人は黒づくめの集団の方へと歩き出す。

*「貴様 今の話を聞いていたのか!」

すかさず呪術師の一人が叫び、二人の動きを止める。

マリベル「うるさいわねえ。あんたたちの 目的はわかったから さっさとそこを 通しなさいよ。」
マリベル「もう一度言うわ。あたしたちは 大事な用があるのよ。」

*「この……!」

*「まあいいだろう その代わり……。」



[ 呪術師Aは メラを となえた! ]



サイード「っ……!」

呪術師は少女を指さすとそこから小さな火球を放つ。

*「われわれを 倒せたならな。」

マリベル「…………………。」

*「むっ?」

それを片手で弾き飛ばし、少女は再び前進する。

マリベル「なによ。そんな ちんけな呪文で あたしを ビビらせるつもりだったの?」

*「こいつ ただの小娘では ないようだな……。」

マリベル「わかったから そこを どきなさい。邪魔なのよ。」

*「ぐっ… 皆の者!」

呪術師の一人が叫ぶとさらにその後ろから何人かが出てきて少女を取り囲む。

マリベル「……やり合おうって言うの?」

*「ふんっ 女をいたぶるほど 落ちぶれちゃいない!」

*「もし おまえが われわれよりも 優れた魔法使いであれば ここを 通してやろう。」

マリベル「ふーん? で あたしは どうすれば いいわけ?」

*「ルールは簡単だ。われわれの中から その道の スペシャリストを出す。」
*「おまえが その者たちよりも 優れた力を 示せたらば 勝ちだ。」

*「かわいそうだから だれか 一人にでも 勝てたら 特別に通してやってもいいぞ。」

マリベル「あら? ずいぶん お優しいじゃないの。」

*「ふっふっふ。それだけ おまえとの 差は 歴然ということだ。」

マリベル「はいはい。それじゃ 外までいくわよ。」
マリベル「ここじゃ 床が ボコボコになっちゃうわ。」

そう言うと少女は踵を返し、青年と少年を残して歩いて行ってしまう。

*「…………………。」
*「生意気な 娘だ……!」

*「言わせておけ。どうせ われらの勝ちは目に見えている。」

*「そ…そうだな……。」



マリベル「いつまで グズグズしてんのよ? レディを 待たせる気?」



少女は呆れた顔で冷たく吐き捨てるように言った。



430: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:25:12.90ID:QSmDR/W/0

マリベル「さっさとしてよね。こっちは 病人がいるのよ。」

神殿の敷地から外にやってくると、少女は腰に手をあてて呪術師の集団を睨む。

*「きさまらの 都合は知らん。本気で 邪魔をするつもりなら 暴力もいとわんぞ。」

マリベル「脅しはいいから 始めるわよ。まずは どいつかしら?」

*「減らず口を…… おい!」

*「…………………。」

無口な呪術師が前に立ち、少女と対峙する。

*「そいつは ギラ系の 専門家だ。まずは お手本を 見せてやろう。」

リーダーと思わしき人物が余裕をにじませた声で言う。

*「…………………。」

[ 呪術師Bは ベギラゴンを となえた! ]

無口な呪術師が呪文を唱えると目の前の足元から二本の火柱が現れ、前方で交差した。

するとその地点から真横一列に巨大な火柱が飛び出し、辺りの地面を焼いていった。

*「…………………。」

*「今のは ギラ系の 上級呪文 ベギ……。」

マリベル「ベギラゴン。」

*「…………………!」

*「なにぃっ!?」

リーダーの呪術師が説明を終える前に少女は同じ呪文を簡単にやってのける。

マリベル「……はあ。」

それもため息をするかのように。

*「くっ 今のはほんの序の口よ! 次だ!」

*「ハッ。」

リーダーに促され、背の高い男が前に出る。

*「そいつは バギの使い手だ! 驚いて 腰を抜かすなよ?」

“まだまだ勝機はある”と言いたげにリーダーは言う。

*「はああっ! バギクロスっ!!」

大きな掛け声と共に四本の巨大な竜巻が現れ、少女の前までやってくる。

マリベル「あぶないじゃないの!」

[ マリベルは バギクロスを となえた! ]

*「なんだって!」

少女は咄嗟に同じ呪文をぶつけて竜巻をかき消してしまった。その様子を見て思わず男は声を荒げる。

*「くっ… これも 引き分けか……!」
*「次だ!」



*「はい。」



431: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:27:33.95ID:QSmDR/W/0

いらだつ男の後ろから背の低い女性と思われる呪術師が前に出てくる。

*「いきます。」

[ 呪術師Dは マヒャドを となえた!  ]

今度は呪術師の上から無数の巨大な氷の刃が現れ、少女の目の前に次々と突き刺さる。

*「ふん! これで 身動きもとれまい。」

氷の向こうに消えた少女を見据え、司令塔が鼻を鳴らす。

マリベル「ちょうど 暑かったのよ。助かるわ。」

*「えっ…。」

突然氷の壁が割れたかと思えばその向こうから少女が現れ、涼しい顔をして言う。

マリベル「マヒャド。」

そのまま少女は呟くと呪術師たちを取り囲むように氷の刃を突き刺す

マリベル「でも 邪魔よね?」
マリベル「すううう… はあああ!」

すると今度はその壁の向こうから隙間目がけて煉獄の火炎を吹き付ける。

*「ぬおっ!」

*「あ あつい!」

呪術師たちの手前までやってきた火炎はあっという間に地面を焦がし、ぶすぶすと音を立てる。

両者の目の前にあった巨大な氷塊は、跡形もなくなっていた。

*「……ちぃ! ゆけ!」

*「おうよ。」

焦りを隠せないリーダーの前に立ちふさがるようにして大男が前へ飛び出す。

*「これならどうだ!」

[ 呪術師Eは メラゾーマを となえた! ]

詠唱を終えると男の真上に巨大な火球が形成され、少女と呪術師たちの間に着弾すると猛烈な火柱をあげて爆発した。

*「ふ ふふふ… どうだ! 先ほどの 子供だましとは 比べ物にもなるまい!」

マリベル「そうね。欠伸が出るわ。」

[ マリベルは メラゾーマを となえた! ]

男の放った火球の後を追うようにして巨大な火の玉が撃ち込まれる。

*「なんだとぉ!?」

大男が信じられないといった様子で叫ぶ。



マリベル「ふあ~ まだやるの?」



432: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:29:07.89ID:QSmDR/W/0

*「な 舐めおってぇぇ!」
*「刮目せいっ!!」

その時、遂に痺れを切らしたリーダーの呪術師が叫び声とともに呪文を唱える。



[ 呪術師Aは イオナズンを となえた! ]



マリベル「……っ!」

その直後、想像を絶する大爆発が巻き起こり辺りを黒煙に包み込んだ。

*「ふ… ははは! ふははははっ! 見たか! 流石のおまえも これには……っ!?」

*「あ あれは!」

*「か 固まってる……!」

黒煙が晴れる中、呪術師たちが見たのは体を鋼鉄に変えた少女の姿だった。

マリベル「…………………。」
マリベル「ん……ふう……。」

次第に体の色が戻り動けるようになると少女は相変わらず冷たい眼差しで言う。

マリベル「ったく ホント サイテーね。あれだけ 言っておきながら しっかり 当てに来てるじゃないの。」
マリベル「都合が悪くなったら 消せば なんとかなる とでも思って?」

*「だ 黙れ 黙れぃ!」
*「貴様の番が まだ 終わってないぞ!」

マリベル「ったく 往生際が 悪いわね。」
マリベル「イオナ…! ……モゴモゴ……モゴゴっ!?」

[ しかし じゅもんは ふうじこめられている! ]

マリベル「…っ!」

いつものように指を突き出し呪文の詠唱をするも、魔力は少女の体の中に留まったままだった。

*「どうした? 今のはハッタリか? フフフフ……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「やってくれたわね……!」

不敵に笑う呪術師に少女は自分が何をされたのかを悟り、怒りの眼差しで呪術師たちを睨む。

*「何のことだ? われわれは 常にフェアだぞ?」

マリベル「よくも そんなセリフが言えたものね。人に マホトーンなんて かけておいて。」

*「困るなあ。いくら 呪文が使えないからと言って われわれのせいにされては。」

マリベル「……あっそ。わかったわ。今は イオナズンはおろか 呪文は一切使えないみたいだしね。」

*「ほう? 素直に 負けを認めるか。さすがは 物わかりの良い お嬢さんだ。」


マリベル「だれが 負けを認めるなんて 言ったかしら?」


*「…何だと……?」

マリベル「あんな しょぼい爆発で 勝った気になってるんじゃないわよ。」

*「このアマ……!」

マリベル「あんたたちなんて 呪文を使うまでも ないわ。」

*「もういい! 皆の者 やってしまえ! そいつを 黙らせるんだ!」

遂に堪忍袋の緒が切れたのか、呪術師たちは一斉に呪文を唱え少女を倒そうと仕掛けてくる。

マリベル「はいはい。結局はこうなるのよね。」



マリベル「……ビッグバン。」



433: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:31:33.61ID:QSmDR/W/0

そう呟くと少女は両腕を前に突き出し、全てを破壊する大爆発に魔力を変えて呪文もろとも呪術師たちを吹き飛ばす。

*「ぐあああっ!」

*「ぎゃあああ!」

*「あああぐううっ!」

*「…………………。」



“パンッ…”



マリベル「安心しなさい 手加減しておいたわ。」



転がる呪術師たちを見渡して少女は掌を払う。

*「うう……。」

*「あ…ぐ……。」

*「こ… んな… こんな ばかな……!」

マリベル「これでいいわよね?」

“イオナズンに対する答えがこれだ”と言わんばかりに、
少女はボロボロになったリーダーの呪術師を見下して問いかける。

*「ぐ… 一つ… 聞かせてくれ……。」

マリベル「なによ。まだ なんかあるの?」

*「きさまは いったい……。」

マリベル「あーら そんなことも知らずに 勝負を吹っかけてきてたの?」

少女は心底あきれた様にため息をつき、再び目を見開くと呪術師たちに宣言する。





マリベル「世界一の美少女にして 世界の救世主 マリベルさまとは このあたしのことよっ!!」





*「…………………。」
*「マリベル… そうか おまえのような 娘がそうだったとはな……。」

マリベル「人は見かけにはよらないってこと よーく覚えておくのね。呪術師さま?」

*「…………………。」

マリベル「ふんっ。」



434: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:32:21.88ID:QSmDR/W/0

力なく横たえる呪術師たちを背に少女は歩き出す。










マリベル「遊んでくれて ありがと。」










マリベル「つまらなかったわ。じゃあね。」



435: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:34:46.91ID:QSmDR/W/0

サイード「……来たか。」



大神殿へと続く広場で戦いを見届けていた青年が、今まさにこちらに向かってくる少女に歩み寄る。

サイード「派手な 爆発だったな。」

マリベル「いまごろ みんな 仲良く昼寝してるわよ。」

サイード「じゃあ もう いいんだな?」

マリベル「まったく 失礼しちゃうわ。あたしを 誰だと思ってたのかしら。」

不機嫌そうに少女が言う。

サイード「……口のうるさい 小娘ぐらいだろう。」

マリベル「口のうるさい は余計よ!」

サイード「……そうだったな。」

”言うまでもなかった”とは言うまでもなかった。

マリベル「はやく 行きましょ! 神官長に会わなくっちゃ。」

サイード「どれ……。」

そうして青年は再び少年を背負うと、少女を追って大神殿の中へ歩いていくのだった。



436: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:36:17.78ID:QSmDR/W/0

*「あ あなた方は!」



神殿の中へ入った二人におびえた様子の修道女が呼びかける。

マリベル「お久しぶりね シスター。」

*「マリベルさん あの呪術師たちは……。」

マリベル「表で ノびてるわよ。」

*「ああ 良かった……。すぐに 神官長に お知らせしなくては。」

サイード「おれたちは その神官長に用があって ここまで来たんだ。」

*「まあ! その背中の人は……。」

マリベル「強力な呪いを かけられちゃってね… 神官長に 解いてもらおうと 思ってきたの。」

*「それでしたら どうぞ こちらへ!」

そう言って階段の上まで昇ると修道女は長い赤色の絨毯の上を駆け、奥の方で男性と話し込んでいるようだった。

しばらくして戻ってくると少女たちをベッドの置かれた部屋へと通す。

*「すぐに 施術しますので 少々お待ち下さい。」

マリベル「ええ。」

そして急いで部屋を後にすると別の部屋の方へと走っていった。



437: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:39:35.43ID:QSmDR/W/0

サイード「よっ…と。」

砂漠の青年は少年をベッドに横たえると近くの椅子を引っ張り出して少女を座らせる。

マリベル「ありがと…。ふあ……。」

ほとんど無尽蔵の魔力を持つとはいえ、
不眠の上に上級呪文を唱え続けさしもの少女もかなりの疲労を覚え、目をこすり大きな欠伸をする。

*「お休みになりますか?」

炊事場に立っていた修道女が少女に語り掛ける。

マリベル「いいえ。アルスが 目覚めるのを 見るまでは 眠れないわ。」

*「そうですか……。」

修道女が心配そうに見つめる中、少女は気休め程度にと自分に目覚めの呪文をかけて気を取り直す。

サイード「便利なものだな。」

マリベル「まあね。使い方次第では どんな 呪文だって 化けるわよ。」
マリベル「でも やっぱり 万能じゃないの。」

サイード「完全に 失われた命は 戻らない……か。」

青年はつい先日別れたばかりの妖精やスライムのことを思い出していた。

マリベル「そ。それに さっきみたいな連中は 力に溺れてばっかりで 呪文の本質を 見極めようとなんて してないように 見えたわ。」
マリベル「呪文ってのは ただ 自己満足のために あるんじゃなくて 誰かのために 役に立って はじめて その真価を 発揮するってのにね。」

サイード「…………………。」

マリベル「でも… でも それでも 万能じゃないの。」
マリベル「大切な人を 眠りから 覚ましてあげることもできない。」

少女の独白は続く。

マリベル「いろんな 呪文を覚えて どんなことだって できる気に なってたけど……。」
マリベル「やっぱり駄目ね。あたしは 所詮 ただの 網元の娘なのよ。」
マリベル「メザレであんたに あれだけ 説教したっていうのに……。」

少年の手を握るその手は震えていた。

マリベル「あたしも おんなじよ。どこまで いっても 人は人でしかない。」
マリベル「神さまに なんか なれないのよ……。」

そう言って少女は静かに瞳を閉じる。



マリベル「…………………。」



祈りをささげるその姿は言葉にならない美しさと慈しみを湛えていた。

*「……っ!」

見れば見るほど不思議な神々しさすら覚え、修道女はいつの間にか胸の前で手を合わせている自分の姿に驚く。

サイード「…………………。」

青年もどこか不思議な心地がしていた。普段は絶対に見せることのない少女の姿は、
この世に天使というものがいるならこういう者のこと言うのだろうかとすら感じさせるものがあった。



そして。





*「お待たせしました。」



438: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:41:43.53ID:QSmDR/W/0

永遠に感じられた静寂を破り、緑の法衣に身を包んだ男が姿を現す。

この大神殿で代々受け継がれてきた神官長の名を持つ、まさにその人だった。

マリベル「…………………。」

*「アルスどのの ご容態は……。」

サイード「マリベル。マリベル!」

マリベル「…………………。」

いくら揺さぶっても少女は目を閉じたまま動かない。
少年の手を握り、祈りに集中していて周りの音も、感覚も、すべてが失われているかのように硬直していた。

*「…祈りに 集中しているようです。」

サイード「では おれが 説明しましょう。」

[ サイードは これまでの いきさつを 話した。 ]

*「そうでありましたか……。」
*「わたしが おチカラになれるかは わかりませんが 全力を尽くしましょう。」

サイード「お願いします。……彼女のためにも 彼の家族のためにも。」

青年は神官長に深々と頭を下げると少年のベッドから少し後ろへ下がる。

*「シスター よろしいかな?」

*「はい。彼女は どうしますか?」

*「大丈夫だ。このまま 施術する。」

*「わかりました。さあ あなたも。」

*「はい。」

神官長と二人の修道女は少年の身体に両手をかざし、どこの教会でも行われている祈りの言葉をささげていく。



*「おお われらが神よ! その身を賭して世界を救いたもうたアルスを 魔物にかけられし いまわしき呪いより 解きはなちたまえ!」



*「そして その意識を 再び ここに呼び戻し 迷える子羊を 救いたまえ!」



*「彼の者に祝福を!」



三人がそれぞれ言葉を言い終えると、不思議なことにどこからか朗らかな老人の声が聞こえてくる。





[ ほっほっほ。また ずいぶん ひどく やられたものじゃのう。 ]
[ 心配せんでよい。その子は もうすぐ 目を覚ますじゃろう。 ]



*「あ あなたは……っ!」



[ わしは いつも そなたらと 共にあるぞ。……では さらばじゃ。 ]





その言葉を最後に声は聞こえなくなった。



439: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:43:58.35ID:QSmDR/W/0

*「神官長!」

*「い 今のは……。」

*「うーむ まさかとは 思ったが ひょっとすると……。」



マリベル「…………………。」
マリベル「あの クソじじい…… どこ行ってたのよ…。」



気付けば俯いていた少女が目を薄く開いていた。

サイード「気が付いたか マリベル。」

マリベル「えっ……何のこと?」

サイード「…………………。」

少女は自分が祈りに集中して意識が途切れていたことには気づいていないようだった。

マリベル「そ それより アルスは……。」

*「さきほどの 言葉が 真であれば じきに目覚めると……。」

マリベル「お願いよ アルス! 目を覚まして……!」

アルス「…………………。」

マリベル「……もう…!」
マリベル「いつまで 寝てるのよ! ばかアルス!」

そう言うや否や少女はベッドに横たわる少年の上に跨ると頭を揺さぶり始める。





*「うっ!!」





突如響き渡った声に少女は思わず周りを見る。

マリベル「…………………。」
マリベル「いま 誰か 何か言った……?」

*「いいえ。」

*「わたしたちは何も…。」

*「むう?」



サイード「見ろ! アルスが!」



マリベル「えっ……。」



440: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:44:47.09ID:QSmDR/W/0

*「ねえ あそぼ?」



*「…うん。」

夢を見ていた。

*「きょうも なーんもないね。」

*「そうだね。」

まだ幼いころ、二人だけで歩いた夕日の海岸。

*「あっちに いってみよ!」

*「あ まって。」

何かないかと立ち寄った桟橋。

*「あれ なにかな。」

*「きれいだね。」

*「そうだね。」

*「まっかだね。」

海底に見えた真っ赤なサンゴ礁の欠片。

*「…………………。」

*「…………………。」

*「ねえ とってきて あげるよ。」

*「ほんとっ!?」

*「うん まってて。」

きみにあげたくってぼくは海に飛び込んだ。

*「ねえ ほんとに だいじょうぶ?」

*「すぐ もどるから。」

*「うん まってる。」

*「…………………。」

*「…………………。」

*「…………………。」

*「ねえ… ねえ……。」

*「…………………。」

*「ねえってば……。」

*「…………………。」





*「ねえっ!」



441: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:46:06.69ID:QSmDR/W/0

*「うぐっ… ひっ… ひっく……。」

*「それでは 命に別状はないんですね?」

*「ええ もう 大丈夫でしょう。」

結局ぼくはそのまま溺れてしまった。

*「ほら もう泣かないで。」

*「ぐすっ… でも あたしのせいで……。」

*「おまえのせいじゃないよ。」

*「勝手に 飛びこんだ この子が いけないんだから。」

騒ぎを聞きつけた大人たちによってぼくは助けられた。

*「しばらく 寝かせておきましょう。」

*「でも どうして この子は……。」

*「どうしたんだろうな。普段は引っ込み思案で おとなしい子なのに。」

*「ねえ ねえ……。」



彼女が呼んでいる。



*「おきてよ… おきてよぉ……。」



彼女が泣いている。





*「おねがいよ アルス! めをさまして……!」





目を覚まさなければ。



442: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:47:52.97ID:QSmDR/W/0

サイード「見ろ! アルスが!」



マリベル「えっ……。」

アルス「く くるし……。」

青年の声に恐る恐る正面を向くと少年が苦しそうな顔をしながらうめき声を上げていた。

マリベル「あ ああ……。」
マリベル「アルス!」

アルス「うわっ!」
アルス「ま マリベル……?」

マリベル「アルス……。」

アルス「…………………。」

気付けば少年の目の前には少女の顔があり、いつの間にか頭を抱きしめられ唇を奪われていた。

頬を伝う雫は自らのものではなかったが、ちっとも拭う気になれなかった。

マリベル「…おはよう アルス。」

アルス「お おはよう マリベル……。」

唇が離れ少しだけ照れくさそうに少年は挨拶を交わす。
今はとっくに日も暮れてきているというのに、妙にしっくりくるこの言葉は
二人の間の時がようやく一日の始まりを迎えたような、そんな安堵の気持ちを表しているようだった。



サイード「ふっ……。」



それを見ていた青年はようやく自分の務めが終わったと言わんばかりに部屋を後にする。

*「どうやら わたしたちの お役目は終わったようですね。」

*「そのようだ。では これで失礼。」

*「しっかり 休んでくださいね。」

そう言い残して聖職者たちも青年の後を追って部屋を出る。

マリベル「ありがとうございました。」

最後の修道女に礼を述べるとその女性はにっこりと笑いそのまま静かに扉を閉めた。



443: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:48:47.47ID:QSmDR/W/0

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

残された二人は身体を起こしてしばらく無言のまま扉を見つめていたが、やがて向き直ると再びお互いの体を抱きしめ合う。

マリベル「良かった… ホントに 良かった……。」

アルス「ごめん… 心配かけたね。」

マリベル「まったくだわよ。あたしが どれだけ 苦労したと思ってるのよ……。」

アルス「ごめん。」
アルス「ありがとう。マリベル。」

マリベル「うん……。」

アルス「ありがとう。」

マリベル「…ん……。」

アルス「マリベル。」

マリベル「…………………。」

アルス「…マリベル……?」



マリベル「…スゥー…… スゥー……。」



アルス「…………………。」
アルス「そっか。眠らずに 見ていてくれたんだね。」

少年は自分に身を任せたまま眠る少女の髪を優しく撫で、そのままベッドを捲って少女を寝かしつける。

マリベル「…んん… あるす……。」

アルス「……おやすみ。マリベル。」



そうして少年と入れ替わるように少女は深い眠りに落ちていったのだった。



444: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:51:20.80ID:QSmDR/W/0

サイード「もう 動けるのか?」

少女を寝かしつけ、しばらくしてから少年は部屋を出た。

月明かりの下、青年が池のほとりに座っているのを見つけて歩み寄ると、それに気づいた青年が話しかけてくる。

アルス「うん。おかげさまでね。」

サイード「あいつは どうした?」

アルス「今は ぐっすり 眠ってるよ。」

サイード「そうか。ようやく か。」

アルス「一睡も してなかったんでしょ?」

サイード「そのようだな。」

アルス「…………………。」
アルス「ここに来るまでに 何があったの?」

サイード「話せば 長くなるな。」

アルス「…聞かせて くれないかな。」

少年は真剣な表情で頼み込む。

サイード「ふむ。おまえが幽霊船の中で 倒れたと マリベルから聞いてな。」
サイード「魔物の呪いを受けたと。あの時の あいつの取り乱しようは その……。」

あまり思い出したくないのか、青年は少し顔を逸らして言いよどむ。

サイード「とにかく おまえを横にした後は ああでもない こうでもないと いろいろ船のみんなで 話し合ったんだが 結局 何もいい案はないまま このマーディラスに たどり着いてな。」
サイード「それから あいつは 神に会いに行ったようだが あいにく 不在だったらしい。」
サイード「だがその時 ここに 呪いを解くことができる者がいると 突き止めたらしくてな。それから 一悶着あって 今に至るわけだ。」

アルス「そっか。それが さっきの 神官長だったわけか……。」

サイード「感謝するんだな。あいつはおまえのことを ずっと 気に病んでいたからな。」

アルス「ぼくが ああなったのは 自分のせいだと?」

サイード「そうだ。自分がついていながら 申し訳ないと 親父さんに謝ってたぞ。」
サイード「それに 自分の無力さを 嘆いていた。おれからすれば あれだけの 力をもっていて 何を恥じることがあるのかと 疑問に思ったものだがな。」

アルス「そっか… また ぼくのせいで 彼女を傷つけてしまったのか……!」
アルス「…………………。」

少年の握り拳から血がしたたり落ちる。

サイード「あまり 自分を責めすぎないことだ。それが 彼女のためだと おれは 思うが。」

青年は振り返りもせず言う。

サイード「おまえも 沐浴していくといい。シスターたちには 言ってあるから 覗きに来るものもいないだろう。」

アルス「……ありがとう。」

サイード「礼なら マリベルに …だ。」

アルス「でも きみにも 世話になった。」

サイード「気にするな。こうして 少しずつでも 借りを返していかないと 一生かかっても 返せないだろうからな。」
サイード「じゃあ おれはこれから 船に戻る。おまえたちの 無事を 報告しなければな。」

アルス「それなら ぼくが……。」

サイード「おまえは ダメだ。いまは あいつの 傍にいてやれ。」

アルス「…………………。」
アルス「わかった。それなら これを 使って。」

そう言うと少年は袋の中から魔法のじゅうたんを取り出し青年に手渡す。

サイード「助かる。それじゃ また 明日。」

青年を見届けた後、少年も袋から着替えを取り出し水浴びを始めた。
体の疲労は消えたはずなのに心はどこか重たく、とても自分の回復を喜ぶ気にはなれなかった。

そうしてしばらく体を浸し、少年は天を仰ぎながら少しずつ沸き上がる感情を洗い流していくのだった。



445: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:53:51.85ID:QSmDR/W/0

アルス「ふー……。」

水浴びを終え、再び少年は少女が眠る部屋へと足を運ぶ。

アルス「…………………。」

食欲がないので眠れるかはさておき今日はもう横になろうと決め、少女の隣に開いたベッドへと歩いていく。

マリベル「スゥー… スゥー……。」

先ほどまで自分が寝ていたベッドでは少女が小さな寝息を立てて眠っている。

だがその顔はどこか寂し気で、眉間に少しだけしわを寄せているのがぼんやりと見えた。

アルス「…………………。」

しばらく少女の寝顔を眺めながら眠気がやってくるのを待っていた少年だったが、少しだけ少女の寝息に変化が現れた気がした。

アルス「……?」

注意深く少女の口元を見ていると何か言っているようにも見える。

少しだけ興味が沸いた少年はベッドから降りて少女の顔に耳を近づける。

マリベル「……す……。」

アルス「…………………。」

マリベル「あ……。」

アルス「…………………。」



“名前を呼ばれている”



そんな気がして少年はしばらく思案した後、そっとベッドをまくり少女の隣へと滑り込むと、その体を後ろから抱きしめる。

アルス「ぼくは ここにいるよ。」

少女の温もりを全身で感じつつ少年はそっと少女にささやく。
そして小さく、赤子をあやすように低く甘い声でゆりかごの歌を口ずさみながら少女の頭を優しく叩く。

後から少女の顔は見えなかったが寝息はまた規則的に繰り返され始め、安心してくれていることを感じさせた。



アルス「おやすみ マリベル。」



三日月が優しい光を放ちながら夜空を昇っていく。

少年に抱かれて眠る少女の夢には、いったいどんな景色が映っていたのだろうか。

それは少年にも、これから目覚める本人でさえも、わからない。





そして……



446: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:54:21.33ID:QSmDR/W/0

そして 夜が 明けた……。



448: ◆N7KRije7Xs:2017/01/06(金) 20:58:25.19ID:QSmDR/W/0

第14話の主な登場人物

アルス
魔物の呪いを受け昏睡状態にあったが、
マリベルの必死の奔走により意識を取り戻す。

マリベル
眠りから覚めないアルスのためにあちこちへ飛ぶ。
祈るその姿は聖職者たちすら息を飲むほど美しい。

ボルカノ
息子の身を案じながらも漁師頭としての仕事をせねばならない自分に葛藤する。
マリベルにすべてを託し、船でアルスの帰りを待つ。

コック長
アミット号の料理長。
日々、アルスとマリベルの成長を目の当たりにし驚くと共に喜びを感じている。

アミット号の漁師たち(*)
一番のひよっこのアルスのことは可愛くて仕方がない。
それだけにアルスの容態を案じている。

サイード
漁師たちと共に商いに挑戦したり、
見た目のわりに重たいアルスを担いだりと忙しい一日を過ごす。
元々ひとが良いため困っている者は放っておけない性質。

神官長(*)
マーディラス大神殿にいる聖職者。
神父たちよりも強いチカラを持つが、呪術師たちに軟禁されていた。

謎の呪術師たち(*)
突如として大神殿を占拠した魔法使いの集団。
魔術を極めんと志すあまり、人としての振る舞いには少々難がある。
マリベルとの勝負に敗れ撤退する。



451: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:44:26.07ID:KtF5zPtg0

航海十五日目: 仮面の踊る夜



452: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:45:19.33ID:KtF5zPtg0

アルス「…ん…んん~……。」

気持ちのいい朝日が少年のいる部屋に差し込んでくる。

どうやら今日も空模様は好調のようだった。

アルス「あれ……?」

昨晩抱きかかえたままだった少女がいない。

アルス「マリベル……?」

辺りを見回しても少女の姿はなく、魔法研究をしている男たちが眠っているだけだった。

アルス「よいしょっと……。」

体を起こしてベッドから出ると少年は自分の持ち物を探るが、例のふくろが見当たらなかった。

どうやら少女が持ち出したらしい。

*「おはようございます アルスさん。」

部屋を出ると朝の早い修道女が少年に挨拶をしてくる。

アルス「おはようございます シスター。昨日は ありがとうございました。」

*「いいえ。お礼なら マリベルさんに。」

アルス「そうだ マリベルは……。」

*「マリベルさんなら 下に降りますが……。」

アルス「そうですか わかりました。」

そう言って少年は少女のもとを目指して階段を降りていく。

*「ああ! お待ちください 彼女は今……!」

少年が修道女の呼び声に気付いたのは階段を降り切ってからだった。

*「き きゃーっっ!」

アルス「…マリベル!」 

突如響き渡る叫び声に少年は少女の危機を感じて走り寄る。

アルス「マリベ……へっ?」

少年の目に映ったのは体を池の中に隠し、腕を胸元で交差させて口をパクパクさせている少女の姿だった。

マリベル「…………………。」

少女の危機の原因は自分自身だと気づいたのはそれからもう間もなく、少年の視界が急に霧で包まれた時だった。

アルス「ま マヌーサ……!」





マリベル「アルスのばかああああ!」





神殿中に響き渡る大絶叫が、その日の朝の目覚ましだったとか。



453: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:46:22.94ID:KtF5zPtg0

アルス「ごご ごめんよ マリベル! そんなつもりじゃ……。」

マリベル「へんたいへんたいへんたいへんたいへんたいっ!」
マリベル「アルスのえっち! やっぱり あんたは ムッツリすけべなのね!」

アルス「そんな 誤解だってば!」

マリベル「よりにもよって レディの水浴びを覗くなんて サイテー!」
マリベル「旅の間でさえ 見られなかったてのに どうして 今日に限って 油断しちゃったのかしらね!!」

アルス「だから これは たまたま……。」

マリベル「シスターの言うこと 聞いてなかったの? あたしが 入ってるって!」

アルス「それに 気付いた時には もう 遅かったんだって……。」

マリベル「どっちにしろ 見たんでしょ! 見たのよね~っ!?」

アルス「み 見てない! 決して 裸は見てない!」

マリベル「う~そつ~いた~ら どくばり千本の~ま……。」

アルス「大事なところは 見てないよ……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ザ……。」

アルス「本当です 信じてください マリベルさま!」



マリベル「キ。」



アルス「ぐふ……。」



[ アルスは しんでしまった! ]



死の間際、意識の遠のく中で少年はこんなにあっさりと死んでしまうにもかかわらず、不思議と心地よいと感じていたのだった。
それは最後に見た少女の顔が羞恥と怒りと驚愕が入り混じったようななんとも言えない悩ましさを湛えていたからかもしれない。










The end.



454: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:48:02.05ID:KtF5zPtg0

アルス「ここはどこだろうか。」










神「おお アルスよ しんでしまうとは なさけない…。」



神「そなたに もういちど きかいを あた……。」





アルス「えっ なんですって?」





神「…た…び… の……な……… …い…う……。」





アルス「うわっ うわあああ!」



455: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:49:19.53ID:KtF5zPtg0

*「ザオリク。」

アルス「う ううん……。」

少年がわけのわからない夢を見ているとどこからか少女の声が聞こえ、意識は再びこの世に引き戻されていた。

アルス「いたた……。」

*「気が付いたかしら?」

アルス「…っ!」

真上から降ってきた声に少年は一瞬戦慄を覚える。
もちろんその声の主は先ほど自分を正体不明の世界に追いやった魔王のそれだったからだ。

アルス「ひぃ おたすけ……!」

再び少年は目を瞑る。

”まさかこのまま死と生を無限に繰り返されるのではなかろうか”

そんな恐怖がこみ上げてきたからだ。

アルス「…………………。」

しかしいつまで経っても恐怖の言葉は降ってこない。

アルス「……?」

恐る恐る目を開けるとそこには少女の顔があった。

アルス「マリベル……さま…?」

そもそもここはどこなのだろうか。少女の名前を呼ぶが返事は返ってこない。

アルス「ぼくは いったい……。」

マリベル「アルスのえっち。」

アルス「だ だから……。」



マリベル「どうだった?」



アルス「えっ!」



456: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:50:06.63ID:KtF5zPtg0

少年にはわけがわからなかった。

少女の頭ごしに見える景色は吹き抜けの天井。
頭の感触に気付けばそこは少女の膝の上。
顔を真赤にして問う少女。

必死に頭を回転させて少女の言わんとしていることを探り当てようと試みるも、いまいち確信はもてない。

アルス「それは つまり どういう……。」

マリベル「だ だから あたしの裸 みたんでしょ…?」

アルス「い いや だから……。」

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

マリベル「ママにすら 見せなかったのに…… ぐすん。」

アルス「わっ わっ マリベル 待って!」

マリベル「ぐす……なによ。」

アルス「その ……きれいだったよ。」

マリベル「…………………。」

アルス「大事なところは やっぱり見てないけど。」

マリベル「……ほんと?」

アルス「うん。ぼくの目に 狂いはない。」

マリベル「…アルス……。」

アルス「…マリベル……。」





マリベル「……ザキ。」





アルス「ぐはっ。」



それが少女の照れ隠しだったのか本当の怒りだったのかはわからない。しかし少年は薄れゆく意識の中こう思うのだった。





“ちゃんと 見ておけば 良かった。”





[ アルスは しんでしまった! ]



457: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:50:46.65ID:KtF5zPtg0

マリベル「仮面舞踏会?」



*「ええ グレーテ姫の思い付きで 今日 ここで 開催されるんです。」

アルス「…………………。」

あれから再びこの世に舞い戻った少年と二度の殺人を犯した少女は、
神殿に住まう修道女から本日ここで開催されるという国の催事について情報を得ていた。

マリベル「ふうん。面白そうじゃない ね アルス!」

アルス「……そうだね。」

興味津々の少女に対して明らかに不機嫌そうな少年が答える。

マリベル「で それって いつ頃 始まるのかしら?」

*「夕方から 真夜中までと 聞いています。よろしければ ご参加していってみては?」

マリベル「おほほほ! ついに このあたしも 社交界デビューってわけね!

アルス「…そう 楽しんできてね。」

マリベル「……えっ?」

“きっと自分が行くと言えばとりあえず自分も行くと少年は言うだろう”

そんな流れを予想していた少女は豆鉄砲を喰らったかのように目を見開いている。

アルス「ぼくは ちょっと 体調が悪いから 今日は大人しくしてるよ……。」

マリベル「ちょちょ ちょっと アルス! あんたってば あたしを一人で 行かせる気っ!?」

想定外の事態に少女は狼狽する。

アルス「ごめん マリベル。でも きっと きみなら 大活躍 間違いなしだよ。」

少年は淡々と答える。

マリベル「…………………。」
マリベル「おーほほほ! そうよね。あんたがいなくても あたし一人で 会場を沸かせるには 十分よね~… ほほほ……。」

いまいち開き直れず少女は中途半端に威張って言う。

アルス「ぼくも 応援してるよ マリベル。」

少年はまっすぐ少女を見据えて言う。その瞳にいつもの輝きはなく、言われてみれば体調が悪そうとも見えなくはない。

*「……?」

二人の微妙な変化に気付かぬ修道女は疑問符を頭上に浮かべて首をかしげるしかなかった。



458: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:51:47.02ID:KtF5zPtg0

*「…え……。」

*「ね…………す…。」

アルス「…………………。」



*「ねえったら!」



アルス「…ん……?」

マリベル「ん~? じゃないわよ!」

神殿からの帰り道、うわの空で絨毯を飛ばしていた少年は少女の声に気付かずにいたようで、
痺れを切らした少女が少年の肩を揺すりながら呼ぶ。

マリベル「ねえ もしかして 怒ってるの?」

アルス「…怒る? ぼくが?」

マリベル「そうよ……。」

アルス「どうして?」

マリベル「そりゃあ あんた……。」

アルス「船が 見えてきたよ。」

マリベル「えっ。」

自分の思考を遮る少年の言葉に視線を前へ移すとそこには確かに港に停泊する漁船アミット号の姿があった。

アルス「みんなにも 迷惑かけちゃったな。」

明らかに落胆した様子で少年が言う。

マリベル「そ そうよ! あんたのために みんな 苦労したんだからね!」

アルス「うん。」

少年を叱咤する。

そうでもしなければ少女は平常心を保っていられないような気がしていた。

マリベル「みんなに ちゃんと お礼言っとくのよ? とくに ボルカノおじさまと サイードは あんたのこと……。」

アルス「わかってる!!」

マリベル「っ……!」

アルス「っ…! ご ごめん……。」

無意識だったのだろうか、普通に言ったつもりが大声になってしまい少年は自分でも驚き、すぐに少女に謝罪する。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

“いったい彼女は今どんな顔をしているのだろうか”

後に座るその人の表情を想像しただけで少年は心に凍てつく刃が突き刺さるような感覚を覚えた。

アルス「ごめん……。」

しかし少年には振り返る勇気がなかった。
どんな脅威にも立ち向かっていくいつものあふれ出る勇気は微塵も出なかった。

マリベル「…ん……。」

少女も小さく返すだけでそれ以上の言葉はでなかった。
次に出てくる言葉はきっと少年だけではなく、自分すら傷つけてしまうのではないか。
そんな恐怖が背筋を走り、とてもではないが何かを話す気にはなれなかった。



459: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:52:40.96ID:KtF5zPtg0

ボルカノ「アルス! マリベルちゃん やったな!」



船に到着してからは物凄い歓迎ぶりだった。船員たちが全員甲板に集まって少年と少女を迎え、その無事を喜んだ。

*「おかえり アルス!」

*「おまえが いないと どうにも 落ち着かなくてよ~。」

*「一時は どうなるかと 思いましたよ……!」

アルス「父さん みなさん 心配をおかけして すみませんでした。」

詰め寄る漁師たちに少年が俯く。

ボルカノ「気にするな。」
ボルカノ「おまえが 無事 戻ってくれた。それだけで もう 言うことはねえ。」

そんな息子の肩に手を置き船長が微笑む。

コック長「マリベルおじょうさんも よく がんばりましたな!」

マリベル「……うん。」

なんとも言えない表情で少女が料理長の労いに頷く。

*「聞いた話によると 今日は 仮面舞踏会ってのが あるそうじゃ ないか。」

そんな折、銛番の男が城下町で耳にかじった話を持ち掛ける。

ボルカノ「今日は この国で 一泊するから ふたりで 行って来たら どうだ?」

アルス「せっかくの ところ 悪いんだけど ぼくはちょっと 体調が……。」

気を利かす父親に返す少年の表情は、どうにも浮かないものだった。

マリベル「…………………。」

ボルカノ「むっ? まだ 呪いの影響が残ってるのか?」
ボルカノ「なら まあ 無理はするな。」
ボルカノ「これから ここのお姫さまんところに 行くんだが お前は 船か宿で 休んでいたほうがいいだろう。

アルス「はい ごめんなさい。」

ボルカノ「いいってことよ。」
ボルカノ「マリベルちゃん 悪いんだが 一緒に 城に行ってくれるか?」

マリベル「も…もちろんですわ。」

一瞬狼狽した様子を見せるも、なるべく悟られないように平静を装って少女は答える。

サイード「ボルカノどの おれもお供していいですか?」
サイード「この国でしばらく 厄介になる以上 君主に挨拶ぐらいしておかねばと 思いまして。」

ボルカノ「おう! かまわねえぜ。」

サイード「ありがとうございます。」

こうして少年を船に残して漁師たちは城下町へ、
船長と少女、それから砂漠の民の青年は城へと向かってそれぞれ歩き出すのであった。



460: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:53:14.58ID:KtF5zPtg0

ボルカノ「へえ この国のお姫さまってのは そんなに すごい人物なのか。」

マリベル「そりゃ すごいなんて もんじゃないわ。…もう いろんな 意味で。」

サイード「ほう そいつは 楽しみだな。」

城下町を抜けた橋の上、漁師たちと別れた三人はこれから謁見する国の主のことについて話していた。

マリベル「なんせ あの年で こんな大国を仕切ってるんだから 仕事のできは たしかよ。」
マリベル「ただ……。」

ボルカノ「ただ?」

マリベル「…………………。」

言葉の続きは出てこず、代わりに少女は沈黙する。

サイード「……?」

マリベル「二人とも お願いがあるんだけど……。」

ややあって口を開いたかと思えば少女は立ち止まり、神妙な面持ちで二人を交互に見やる。

ボルカノ「なんだい?」

マリベル「その… お姫さまには アルスが来てること 黙っててほしいの。」

サイード「なにか あったのか?」

マリベル「…………………。」

青年の問いにも、少女は俯いて何も話そうとしない。

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「わかった。アルスは家にいることにしよう。」

サイード「まあ いいだろう。」

見かねた少年の父親が気を利かして承諾すると青年もそれに続く。

マリベル「ごめんなさいね。」

申し訳なさそうに言う少女の目には若干の安堵の色が浮かぶ。

件の姫が住まう城は、もう目の前に見えていた。



461: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:55:14.80ID:KtF5zPtg0

アルス「ふー……。」

一人船に残された少年は船縁に腕を置いて海の彼方を見つめていた。

アルス「久しぶりだな……。」

“こうして一人で静かな時をのんびり過ごすのはいったいいつ以来だっただろうか”

“過去の世界で魔王を倒してつかの間の休息を得た、あの時が最後だっただろうか”

アルス「…………………。」

少年は潮風を受けながらこれまでの旅のことを思い出していた。
幼馴染二人と好奇心から旅を始めて紛れ込んだ過去の世界。
初めて見た魔物への恐怖や高揚感。救われない人々と救われた人々。
新しい仲間との出会いと親友との別れ。少女の離脱。
魔王との邂逅。偽りの神の降臨。封印された故郷と伝説の海賊たち。
世界の復活と魔王の出現。そして全員で挑んだ魔王との最終決戦。

アルス「ふふっ。」

わずか二年のうちに起きたあっという間の出来事。
しかしそのどれもこれもが昨日のことのように思い出される。
それほど凝縮されて濃い時間だった。
そしてそれは少年にとってかけがえのない思い出であり、そのすべてが今の少年を形作っていた。

あの出来事がなければいまだに自分は臆病な漁師の息子としてある意味幸せに過ごしていただろう。
だが今は別の意味で幸せに過ごしていると言えた。
何も知らない幸せと、運命を切り開き、すべてを受け入れ充実のうちにいる幸せとでは天と地ほどの差があったのだ。

こうして今の自分がいること、それそのものが少年の幸せだった。

そしていつも隣には少女がいる。旅の始まる前のあの日と同じように。

そこまで思いを巡らせて少年は少女の顔を思い出す。

アルス「マリベル……。」

幼馴染の少女はどんなに文句を言っても結局は最後まで自分と共に旅を続けてくれた。

少年にはわかりかねていた。

少女を突き動かしていたのは彼女の好奇心なのか、彼女なりの使命感だったのか。

答えはどちらも正しかった。だがそれだけではなかった。

今回の船旅の初日に少女はもう一つの答えを教えてくれたのだ。

“あんたと 一緒に いたかっただけ”

少年は嬉しかった。小さい頃から一緒に育った少女はこんな自分のことを好いてくれていたのだ。

ワガママで、高飛車で、見栄っ張りで、強情で、人を見れば毒を吐く表向きの姿。

今思えばそのどれもが少年に対する寂しさで、自信のなさと素直じゃない優しさの裏返しだったのかもしれない。

だが、少女は勇気を振り絞って思いの丈をぶつけてくれた。

少年は思った。“二度とこの笑顔を曇らせまい”と。

しかし実際はその顔を濡らしてばかりだった。
旅の最中どんなに辛いことがあっても涙を見せなかったあの少女が、この船旅ではか弱い女の子のようにその目を泣き腫らしている。

魔王すら打ち倒したあの英雄の少女が。

アルス「…どうして………。」

その原因を作るのはいつも少年だった。

“いつも泣かせるのは自分だ”

“どうしてこんなにも彼女を悲しませているのか”

“何が彼女を弱くしてしまったのか”

思えば今朝だってそうだった。必死になって自分を眠りから覚まさせてくれた少女。
その顔を再び自分が曇らせてしまうことになろうとは思いもしなかった。
自分に非があるとはいえ、あの仕打ちにはすっかり堪えてしまい一刻も早く少女と離れたくなり、いつにも増して口数が減ってしまった。

そして今に至る。

思えばそれすら彼女を傷つけていたのかもしれない。



462: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:55:54.08ID:KtF5zPtg0

アルス「くそ……!」

少年は自分の不甲斐なさを恨んだ。

“どうしていつもこうなるのだろう”

良かれと思ってすることは結局彼女を悲しませてしまい、最後は自分で彼女を慰めることになってしまう。

“どうすれば彼女は笑ってくれるのか”

“どうすれば彼女は喜んでくれるのか”

アルス「わからない……。」

*「にゃん。」

トパーズ「な~。」

気付けば足元で二匹の猫が少年の顔を見上げていた。

トパーズ「な~うなうなう~。」

お腹でもすいたのだろうか、少年の脚に前足をかけて伸びあがり何かを催促しているように見える。

アルス「ごはん?」

トパーズ「…………………。」

アルス「はは… わかったよ。」

“少し頭を冷やそう”

“彼女のことはそれからゆっくり考えればいい”

そう思って少年は猫を連れて船室へと下っていく。



太陽はちょうど少年の真上まで差し掛かっていた。



463: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:57:09.53ID:KtF5zPtg0

グレーテ「よくぞ まいった 旅の者たちよ。」

少年が一人甲板で海を見つめていた頃、三人はマーディラス城の謁見の間にやってきていた。

ボルカノ「お目にかかれて 光栄です 姫さま。」

先陣を切って船長が挨拶をする。

グレーテ「うむ くるしゅうないぞ。」

ボルカノ「本日は わが グランエスタード王より 親書を お届けにまいりました。」

[ ボルカノは グレーテに バーンズ王の手紙・改を 手わたした! ]

グレーテ「なんと! エスタードとな?」
グレーテ「むっ そなたは!」

姫はそこで男二人の背に紛れていた少女に気付く。

マリベル「ごきげんうるわしゅう。お姫さま。」

二人が間を開けるとその場で少女はドレスの両端をつまんで挨拶する。

グレーテ「マリベルではないか! ということは……。」

マリベル「お生憎 アルスはいませんわ。ね ボルカノおじさま。」

そう言って少女は少年の父親の顔を見て目配せをする。

ボルカノ「ん? ああ そうだな。」

グレーテ「…そのほうは アルスとは どういう関係なのじゃ?」

二人の会話を聞いて疑問に思った姫が少年の父親に尋ねる。

ボルカノ「申し遅れました。わたしは アルスの父親で ボルカノという者です。」

グレーテ「なんと! アルスのお父上であったか! これは これは 失礼いたした。」
グレーテ「わらわは グレーテ。このマーディラスの あるじじゃ。」

少年の父と聞いた途端、姫は佇まいを直し改めて名乗る。

ボルカノ「ははっ。」

グレーテ「して なにゆえ そちたちが まいって アルスが 来ておらんのじゃ?」

マリベル「そ そのアルスは……。」

ボルカノ「アルスは 漁師としての修行をするべく 一人で漁にでております。」

少女の言葉を遮るように少年の父親が語る。

グレーテ「むう… やはり アルスは 漁師になると申すか… ううむ……。」

ボルカノ「…なにか?」

グレーテ「いいや なんでもないぞえ?」

マリベル「…………………。」

グレーテ「もし アルスが その気になってくれれば わらわの夫にと 思っていたのじゃがのう……。まこと 残念じゃ。」
グレーテ「…………………。」

姫は俯いて悲しそうに眼を伏せていたが、しばらくすると顔を上げて言う。

グレーテ「しかし アルスが 目指す道とあらば わらわも 全力で 応援するまでじゃ。」
グレーテ「ボルカノどの マリベル。アルスを頼んだぞえ?」

マリベル「えっ……!」

グレーテ「わらわの目は 誤魔化せんぞ? ……そちの気持ちもな。」

マリベル「そ そんな あ あたしは……。」

グレーテ「よいよい。無理に申さんでも。同じ男に 惚れてしまった オトメの気持ち わらわにはよくわかるぞ?」

言いよどむ少女に姫は微笑みかける。

マリベル「姫さま……。」

グレーテ「…わらわも 新しい恋を 探さねばならんようじゃの。」

名残惜し気な溜息が、静寂を押し流していく。



464: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:57:54.12ID:KtF5zPtg0

グレーテ「……さて この話はこのへんにしておいて と。」
グレーテ「ボルカノどの そなたらの王には 良きに計らう旨 伝えておいてくれぬか。」

ボルカノ「ありがとうございます。」

グレーテ「うむ。」
グレーテ「それで…… そのほうは?」

忘れていたと言わんばかりに姫は青年に声をかける。

サイード「砂漠の民 サイード と申します。旅の道すがら しばしの間 貴国でご厄介になりますので ご挨拶にと。」

少し後ろから三人のやり取りを眺めていた青年は前に出ると深々と頭を下げて挨拶する。

グレーテ「ほっほっほ! そうであったか。」
グレーテ「見れば そちも 若くて なかなかの ハンサム顔じゃのう。」

サイード「め 滅相もございません。」

グレーテ「つれないのう。」
グレーテ「…まあよい。しばらく ゆっくりしていくがよいぞ。」

サイード「ははっ。」

グレーテ「そうじゃ せっかく 今日 ここにいるのじゃからな。みな 仮面舞踏会に 参加するがええぞえ。」
グレーテ「顔も分からぬ誰かと 手をとって踊るとは なんと トキメキであろう……。」
グレーテ「ま わらわほどの 美貌をもってすれば 仮面の上からでも バレバレじゃろうがの。ほっほっほ!」

そう言って姫は口元を押さえて上品に笑うのだった。



465: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 17:59:15.99ID:KtF5zPtg0

ボルカノ「しっかし 驚いたな。」



無事謁見を済ませた三人は再び城下町へと戻ってきていた。

ボルカノ「アルスに あんな キレイなお姫さまの知り合いが いたとはよ。」

サイード「しかも アルスに惚れていたと……。」
サイード「まったく どこまでも すごい奴だよ。」

青年と船長は先ほど会ったばかりの姫について感想を述べあっていた。

マリベル「…………………。」

ボルカノ「どうしたんだい マリベルちゃん。」

サイード「浮かないを顔してるな。」

目の前で恋敵が降参したというのに少女はどこか落ち着かない様子で手を擦っている。

しばらくそのままでいたが、少女は意を決したのか手を下ろして少年の父親に話しかける。

マリベル「ねえ ボルカノおじさま。」

ボルカノ「なんだい?」

マリベル「もし アルスが漁師にならないで 王さまになるって言ったら ボルカノおじさまは どうしました?」



ボルカノ「…………………。」



ボルカノ「あいつの 好きにさせただろうな。」



マリベル「えっ……。」

ボルカノ「オレは もともと どんな道であっても あいつの好きにさせてやるつもりだったんだ。」
ボルカノ「だが あいつは 漁師になって オレのあとを継ぐことを選んだ。」
ボルカノ「どんな 理由があったかは 知らねえが オレはそれだけで じゅうぶんだよ。」

マリベル「…………………。」



466: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:00:01.20ID:KtF5zPtg0

やはり少年の父親は誰よりも少年のことを信頼していたのだ。
息子がたとえどんな道を選ぼうと、それが息子の決めた道ならば大手を振って見守ろうと。

思えば今はいないもう一人の幼馴染の父、グランエスタードの王もそうだった。
一度は落胆したものの、彼もまた息子の進んだ道に誇りをもちその背中を全力で押してやったのだ。

“親というのはそういうものなのだろうか”

そんな風に少女が考えていた時だった。



ボルカノ「きっと マリベルちゃんも そうだったんじゃねえのか?」



マリベル「っ……。」

どうやら少年の父親にはお見通しのようだった。

船出の日に確かめ合った互いの気持ち。それは偽りのない本心からの言葉だった。
愛する者の進む道ならばどんな形であれそれを応援してあげたいと。

ボルカノ「あいつは幸せもんだな。こんなにも いろんな人から 愛されてよ。」
ボルカノ「父親として 鼻が高いぜ。」

マリベル「…………………。」

ボルカノ「ところで マリベルちゃん 今日は舞踏会に行くんだろ?」
ボルカノ「衣装は 大丈夫なのかい?」

マリベル「へっ!?」

ボルカノ「たぶん それなりにみんな めかしこんで来るだろうし マリベルちゃんも 今のうちに パーティー用の ドレスをさがしておいた方が いいんじゃないのか?」

マリベル「あ いけない… すっかり 忘れてた……。」

父親の言葉に少女は口を押えて俯く。

サイード「じゃあ ここからは 別行動だな。」
サイード「おれは まだ 参加するか決めてないが まあ いざとなれば 適当に見繕って 行くとするさ。」
サイード「いまは ひとまず 城下町を散策してくるかな。」

そう言って青年はあいさつを交わして雑踏の中に消えていった。

ボルカノ「オレも野郎どもと合流して 今日は 羽休めといくか。」
ボルカノ「それじゃあな マリベルちゃん。」

マリベル「あ…はい……。」

そうして漁師頭も宿屋の方を目指して去って行った。

マリベル「…………………。」

一人きりになった少女はしばらくその背中を見つめていたが、やがて服飾店を見つけると吸い込まれるようにその中へと消えていった。



今は昼時。



舞踏会の始まりまでは、まだ時間がたっぷりあった。



467: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:01:11.91ID:KtF5zPtg0

マリベル「うーん。」



少女はまるで魔王と対峙するかのような真剣な目つきでドレスの品定めに興じていた。

*「舞踏会に ご参加するのですか?」

見かねた店主の女性が尋ねる。

マリベル「ええ。」

*「それでしたら こちらのドレスはいかがですか?」

そう言って店主は少女に桃色の可愛らしいふっくらとしたプリンセスタイプのドレスを見せる。

マリベル「かわいいわね。」

*「これなら お客様にもぴったりですよ。」

少女の体にドレスを当てて店主が微笑む。

マリベル「…………………。」

しばらく少女は鏡に映った自分の姿を見つめる。
もう十八になる少女だったが世の中の女性からすれば決して背のある方ではない。
旅を始める前よりかはプロポーションも抜群になったと自負はしていたが、
それでも豊満な体を武器にする踊り子たちにはかなわないとはわかっていた。
しかし端整な少女がこの何重にもフリルをあしらったふわふわのドレスを着れば、
それこそ世界中の男たちを虜にする“マリベル姫”が誕生することだろう。

マリベル「そうかもしれないわね。でも……。」

*「はい なんでしょう。」

マリベル「あっちのでいいわ。」

そう言って少女が指さしたのは、今着ている普段着の青いワンピースよりも控えめな紺色でストラップレスタイプのロングドレスだった。

*「たしかに お似合いだとは思いますが… 舞踏会には 少々 地味じゃないですか?」

店主の言う通り、そのドレスはスパンコールのような派手さもなく、フリルのような可愛さもない。
クリノリンでスカートを広げもしない。
腰から少しだけロングスカートを浮かせただけの何の飾り気もない素朴なドレスだった。

マリベル「いいのよ。これくらいが あたしには おあつらえ向きだわ。」

しかし少女は譲らなかった。

*「でも 良い生地を使ってるんですよ これは。きっと お客様の肌で 実感していただけますわ。」

マリベル「そう それは 楽しみね。」

店主もそれ以上は何も言わなかった。素直にそれを勧めてくれ、少女は購入を決めると軽く会計を済ませる。

*「ありがとうございました! また お越しくださいませ。」

決して安い買い物ではなかったが少女の財布は旅を終えた今や無尽蔵と言ってもよかった。

“彼もこれくらいなら笑って許してくれるだろう”

そう思いながら少女は店を後にするのだった。



468: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:01:54.52ID:KtF5zPtg0

マリベル「お腹すいた……。」

服飾店を後にした少女は昼食をとりに再び町へと繰り出す。

マリベル「相変わらず 賑やかなところね。」

久しぶりに見て回るマーディラスの都は活気にあふれていた。
歌いながら踊りの練習をする男女、楽器の練習に余念のない楽師、しゃがれた声で歌う二人組の屈強な男。

”ここの空気を吸っていれば自分もこんな風になってしまうのだろうか”

そんなことを少女が考えていた時だった。



*「あれ~ そこにいるのは マリベルじゃないのかい?」



不意に後ろから呼び止められ振り返るとそこには赤髪のハンサム顔の男が立っていた。

マリベル「ヨハン!」

ヨハン「いつもと 恰好が違うから 一瞬 誰だか わからなかったな。」
ヨハン「にしても 魔王討伐のがいせん 以来じゃないか! 元気してたかい ベイビー!」

マリベル「だ~れが ベイビーよ。あいかわらず 調子いいのね。」

ヨハン「これから お昼かい? なら 一緒にどう?」

青年はいつもの調子でナンパするかのように少女を誘う。

マリベル「…………………。」
マリベル「まあ いいわ。どっか 良い店でも 紹介しなさいよ。」

ヨハン「ありゃ てっきり 誰があんたと! とか言われるかと 思ったんだけど。」

拍子抜けといった感じで青年は冗談を飛ばす。

マリベル「ぶっとばすわよ?」

対する少女はむっとした様子でにらみつける。

ヨハン「こわいなー! よしてくれよ。」

マリベル「行くの? 行かないの? あたしは別に 一人でも かまわないんですけど。」

ヨハン「わ~かった わーかった! 案内するから ついてきなよ ベイビー。」

そうして不機嫌な少女を連れて青年は陽気に歩き出すのだった。



469: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:03:28.05ID:KtF5zPtg0

*「いらっしゃい。おや ヨハン 新しいガールフレンドかい?」



ヨハン「ははっ まあ そんなところさ。」

マリベル「な~に うそ 吹き込んでるのよ。」
マリベル「マスター こいつが 女の子連れてたら どいつもこいつも シリガル女だと 思わない方がいいわよ。」

*「はははは! こいつはまた 気の強そうなコだ。」
*「それで ご注文は? おじょうさん。」

マリベル「豆のスープでも 貰おうかしら。」

ヨハン「オイラ がっつり肉が 欲しいぜ。」

*「あいよ。」

注文を聞き終えると店の主人は背を向けて調理に勤しむ。

ヨハン「そういや アルスは 一緒じゃないのかい?」

青年は先ほどから疑問に思っていたことを口にする。
少女は基本的にあの少年とセットで現れるものだとばかり思っていたからだ。

マリベル「ああ アルスなら 体調が悪いって言って 休んでるわよ。」

少女はなるべく悟られまいとあっけらかんと答える。

ヨハン「へえ 珍しいこともあるもんだな。あの ビンビンのアルスが 調子悪いだなんてよ!」

マリベル「そうね……。」

ヨハン「なんだよ 元気ねえなあ ベイビー。もしかして そのことで アルスと何かあったのかい?」

マリベル「ばっ バカ言わないでよね!」

ヨハン「ははぁ~ん そうかそうか!」

青年は経験豊富なだけあってこの手のことには非常に勘が良いらしく、
少女が何かを隠していることはすぐにわかってしまったようだ。

マリベル「ちょっと ヨハン~?」

ヨハン「うっ。まあ なんだ。どんなことがあっても あいつなら 大丈夫さ! うん。」

マリベル「…………………。」

青年の適当な言葉を聞き流しつつ少女は先ほどの姫の言葉を思い出していた。
彼の生き方や行く道がどんなものであれ応援したいという気持ちは、どうやら彼の姫とて同じようだった。
だが彼女は立場上、自分がここから離れるわけには行かないという使命感から少年のことを諦めたのだった。

マリベル「は~……。」

どこかで安堵する自分がいたが、一方で彼女に対して申し訳ないような気がしてならなかった。
嘘をついて少年の居場所を隠したことも、自分が少年を独り占めしてしまったことも。
好いてしまったものを諦めるということはどれほど辛いことなのか、
何度と歯がゆい思いをしてきた少女にはそれが痛いほどわかっていた。

*「どうぞ。」

マリベル「ありがと。」

どうしても拭えない後ろめたさのせいか、出された食事もほとんど味を感じられなかった。



470: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:04:18.59ID:KtF5zPtg0

マリベル「つき合わせて悪かったわね ヨハン。」

酒場を後にして宿屋の前までやってきていた二人はそこで別れることにした。

ヨハン「いいってことよ。かわいい女の子と 過ごせるなら オイラは本望さ。」

少しも気にしていない様子で青年は軽口を飛ばす。

マリベル「ったく 少しはうちのアルスを みなら……。」
マリベル「…………………。」



“口が滑った!”と言わんばかりに少女は両手で口を押える。



ヨハン「…………………。」
ヨハン「ぶふっ!」

マリベル「なっ!」

ヨハン「悪い悪い! うん! わかってるから! な~んも言わなくていいって。」

マリベル「なによ バカにして……!」

ヨハン「う~ん。何か悩んでるなら 直接その人と 腹割って話した方が 早いこともあるってもんだぜ? ベイビー。」

マリベル「えっ?」

ヨハン「それが アルスだか お姫さんだか 知らないけどよ。」

マリベル「…………………。」

まさかこの青年にそんなことを言われるとは思ってもみなかった少女は、ぽかんと口を開けて瞬きをするだけだった。

ヨハン「まっ オイラは 師匠と 舞踏会で演奏する曲の 確認があるから もう行くけどな しっかりやれよ? マリベル。」

そう言って青年は背を向けて町の北へと歩き出す。



マリベル「ヨハン!」



ヨハン「……なんだい?」

青年は振り返り尋ねる。

マリベル「ありがとう。たまには あんたも 良いこと言うじゃない。」

ヨハン「惚れちゃったかい ベイビー?」

マリベル「バーカ。あんたこそ 早く 本命を決めなさいよ!」

ヨハン「ははっ 言われちまったぜ。じゃ!」

そう言って今度こそ青年は自分の家へと帰っていった。

マリベル「さーてと。あたしも 少し休んでいこうかしら。」

一人呟き、少女も宿の中へと消えたのだった。



471: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:05:20.26ID:KtF5zPtg0

大臣「姫さま そろそろ よろしいかと。」



大神殿の彼方、眩しい夕日が地平線へと沈み、辺りは暗がりに包まれていた。

グレーテ「うむ! では みなのもの これより 仮面舞踏会を はじめる!」

若き為政者の号令が響き渡るとロウソクが灯され、集まった数百もの人々がざわめく。

大臣「静かに!」

グレーテ「それでは ヨハンたちよ 良い曲を頼むぞえ。」

ヨハン「まっかせなって!」

*「うぉっほん。」

ヨハン「ま まじめにやるよ 師匠……。」

そんなやり取りの後、大神殿の広場には軽快なメロディーが流れ始める。

*「こんばんは マダム。」

*「よろしくてよ?」

*「どう?」

*「あら 素敵……。」

*「踊りましょうよ。」

*「ぼくと いかがですか?」

集まった人々は皆派手な衣装に身を包み、顔には上半分だけを覆うアイマスクを着用している。
よく見ればそれが誰だかはわかってしまいそうではあったが、
月光とロウソクの灯りだけでは誰かを特定するのは少々心もとないものだった。

それでも彼らは意中の異性を見つけては思い思いのステップを踏んで楽しんでいる。

マリベル「…………………。」

広場の隅、休むために設けられた卓に少女はいた。
昼間に購入した控えめのドレスに真っ白なマスクはこの場においては少々場違いなほどに地味に見える。
周りの女性たちはというと、赤やピンク、黄色や薄緑、花嫁のように純白のドレスに身を包んだ者もいる。
どうやら彼女たちは暗がりでも目立つ明るい色を好み、闇に紛れる暗い色を選んだ者は少女以外に誰もいなかった。

マリベル「……そろそろね。」

そう呟くと少女は広場に躍り出るのではなく、そっと席を外してある場所に向かっていった。



472: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:05:49.49ID:KtF5zPtg0

グレーテ「うむうむ みな 楽しそうにしておるのう。」

踊りに興じる民を見回して若き女王は言う。

大臣「姫さまも そろそろ 踊りに行かれてはいかがですか?」

グレーテ「そうじゃの… いや 大臣こそ 先に行ってまいれ。」

大臣「……?」

グレーテ「わらわに 客が来ておるでな。」
グレーテ「……のう マリベル?」

マリベル「グレーテ姫……。」

そこには仮面を外した少女が立っていた。



473: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:07:20.14ID:KtF5zPtg0

グレーテ「いったい どうしたというのじゃ?」

大臣と別れ、人払いを済ませた姫と少女は広場にある壇の下にやってきていた。

マリベル「…………………。」
マリベル「あたし あなたに 謝らないといけないことがあるの。」

グレーテ「はて わらわは 身に覚えがないのじゃが?」

不思議そうに首をかしげる姫を横に少女は俯いたままポツリポツリと語りだす。

マリベル「……ホントはね アルス 来てるんだ。」

グレーテ「……ふむ。」

マリベル「今は 体調崩して 港にいるはずなんだけど…。」
マリベル「来てるって言ったら 絶対 会いに行くと思って……。」

グレーテ「そうじゃのう アルスの身に なにか あったら わらわも 気が気でないわい。」

マリベル「もし そうしたら なんだか あいつを 取られちゃうような気がして。」
マリベル「あたしが 独り占めしたいからって 嘘ついてたの……。」

グレーテ「…………………。」

マリベル「でも あなたは あいつが英雄だからとか 外見がいいとか そんなんじゃなくて 本当にあいつのことを 好きだったんだって わかって……。」
マリベル「自分が 恥ずかしくなったわ。」
マリベル「あいつが どんな道を選んでも それを応援したいって気持ちは あたしも おんなじはずだったのに。いざ ここに来たら なんだか怖くなって……。」
マリベル「ごめんなさい。グレーテ姫。あなたのほうが よっぽど あいつにふさわしい人よ。」





グレーテ「…………………。」





グレーテ「まっこと そなたは 優しい奴じゃのう。」



474: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:08:40.21ID:KtF5zPtg0

マリベル「えっ……?」



グレーテ「恋敵に ここまで 本音を打ち明けるおなごが どこにいると いうのじゃ?」

マリベル「…………………。」

グレーテ「わらわはの 最初からこうなることは わかっておったのじゃ。」
グレーテ「そなたらを見れば 一目でわかる。わらわが 割って入れる間柄ではないとな。」
グレーテ「じゃがの わらわは ほれ この通り ろくに恋などしたことがない。」
グレーテ「……まあ なんじゃ。アルスには ヒトメボレしてしまったのじゃよ。」
グレーテ「それで アルスには 二人きりで 言い寄ってはみたりはしたがの。…最初から アルスの心は 決まっておったんじゃろうて。」
グレーテ「…………………。」
グレーテ「かなわぬ恋と知りながら わらわは 夢を見たかったんじゃ。」
グレーテ「謝らねば ならんのは わらわの方じゃのう。わがままな わらわを 許しておくれ マリベル。」

マリベル「そんな! …よしてよ。」

グレーテ「じゃがのう! わらわは決めたのじゃ!」

マリベル「えっ!?」

グレーテ「きっと そちに 負けぬような 燃ゆる恋を してやるのじゃとのう!」

マリベル「…………………。」

グレーテ「今日とて そのために 若い男を たんまり集めたんじゃからのう! ほっほっほ!」



マリベル「ふ… フフフ!」
マリベル「ねえ グレーテ姫さま。」

グレーテ「堅苦しいのう マリベルとわらわの仲じゃ グレーテでよい。」

マリベル「…グレーテ。」

グレーテ「なんじゃ?」

マリベル「一緒に踊りましょ?」

グレーテ「そなたとか? ほっほっほ! いいじゃろう。」
グレーテ「じゃが わらわは 踊りにはちと うるさいぞえ?」

マリベル「望むところよ! こう見えて あたしも おどりこを マスターしてるんですから!」

グレーテ「ほほっ 楽しみじゃ。」



そうして二人は持っていた仮面を付けなおすと、再び踊りと音楽の中へ戻っていったのであった。



475: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:11:39.70ID:KtF5zPtg0

マリベル「ふー……。」

姫との踊りを終えた少女のもとには多くの男性が詰めかけ、
その一人一人の相手を終えて少女は席につき優雅に酒をたしなんでいた。
一方の姫と言えばまだ楽しそうに若い男の相手をしている。

マリベル「あー しんど…。」

“ちやほやされるのは嫌いじゃない。”

そう思っていた少女だったがいざ沢山の男に囲まれてみれば
“肩は凝る”、“疲れる”、おまけに“面倒くさい”と散々な感想を抱いていた。

社交界というものはこんなものなのだろうかとどこか辟易とし、
つくづく自分は田舎娘にすぎないのだと、心の底でどこか否定したかった部分を完全に裏付けてしまう羽目になったのだった。

マリベル「あれは サイードかしら……。」

見れば広場の反対側の席では褐色の肌をした男がどぎまぎしながら若い娘に引っ張られていく。
慣れない舞踏会な上に不器用な青年にしてみればここはまさに異世界にして試練ともいえる状況だっただろう。

マリベル「ぷぷぷ… どうして あいつ来ちゃったのかしらね。」

不慣れな足取りで辛うじてステップを踏む青年の姿は見ていて飽きなかった。
対する娘はそんなぎこちない青年の動きをリードして遊んでいるように見える。

マリベル「まっ これも 経験ってやつよね~。」

”今度ダーマ神殿に行くことを本気で勧めるべきか”

そんなことを考えていた時だった。



*「なにかしら あの人……。」



*「やあねえ 変な人が 紛れ込んだのかしら。」



*「あれじゃ 顔どころか 髪まで わからんな。」



近くの席に座っていた参加者が新しくやって来た誰かを見て口々に言い始める。



グレーテ「マリベル。」



マリベル「グレーテ! どうしたの?」

その時、不意に名前を呼ばれて振り返るとそこには先ほどまで踊っていた姫が立っていた。

グレーテ「なにやら 奇妙な者が現れたと聞いての。」

マリベル「きみょうなもの?」

グレーテ「ほれ あれを 見てみい。」

マリベル「…………………。」

姫の目配せする方の先には一人の男と思わしき人物が立っていた。
体にはあまり見かけないおしゃれなスーツを着込んでいるのだが、問題はその上だった。

マリベル「顔が見えないわね。」

顔全体を隠す仮面にシルクハットという出で立ち。
一見仮面舞踏会にはありがちかと思われる姿だったが、
まったく自分の正体がわからなくなるような恰好をする者はこの場に誰もいなかった。

グレーテ「髪型すら 見せぬとはのう。」



大臣「おお 姫さま こちらに おいででしたか!」



476: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:13:56.13ID:KtF5zPtg0

その時いなくなった姫を探していた大臣がやってきた。

グレーテ「大臣よ あそこにおるのは いったい 何者じゃ?」

大臣「むっ? ああ あの者でしたら 先ほど ここに来て 参加したいと申しましてな。」

グレーテ「なにゆえ そのほうは あんなにも 顔や頭を隠しておるのじゃ?」

大臣「はあ なんでも 自分の顔から頭にかけて 大きな傷があるそうで。」
大臣「皆の お目汚しに なりたくないと申しましてな。おまけに 口もきけぬと。」

マリベル「思いっきり 怪しんだけどね。」

そんな会話をしている間にもその仮面の男は誰かを捜すように広場をうろうろとしている。
そんな姿に女性たちはどこか気味の悪いものを感じて少しずつ身を引いていき、
気付けば広場の中心にはぽっかりと穴ができ、そこに例の男が一人で佇んでいた。

ヨハン「なんだ? あいつ。」

いつの間にか楽団も演奏をやめてその男の一挙手一投足を眺めている。

*「…………………。」

完全に沈黙してしまった広場の中で尚も仮面の男は周囲を見渡し、人探しをやめる気配はない。



グレーテ「これ そのほう。いったい この場に 何用じゃ?」



痺れを切らした姫が男に歩み寄り問いかける。

*「…………………。」

男は何も語らず、代わりに姫に頭を下げて紳士的な挨拶をする。

グレーテ「ふむ。口をきけぬらしいが 誰か 探し人でもおるのかえ?」

姫も敵意はないとみて男に語り掛ける。

*「…………………。」

言葉の代わりに男は小さく頷く。

グレーテ「悪いがのう そなたが おると 皆が 不審がっていかん。」
グレーテ「ここは わらわの顔に免じて お引き取り 願おうかのう?」

*「…………………。」

男は黙って姫を見つめる。否、見つめていたのは姫の肩越しに見えた濃紺のドレスを着た女性だった。

グレーテ「こ これ どこへ行くのじゃ!」

*「…………………。」

男は姫に一礼してその横を通り過ぎると、夜の帳に紛れて目立たない女性のもとへと歩み寄る。

*「…………………。」

マリベル「えっ あ あたし?」

”まさかこんなわけのわからない男に自分が指名されるとは”

そんな思いを胸に少女はしばらく男の仮面をじっと見ていたが、
男は少女に動きがないことを確認するとなにやら妙なステップを踏み始める。

*「…………………。」

マリベル「え う うそ……!」

気付けば少女は立ち上がり足が勝手にステップを踏み始めていた。





“さそうおどりだ!”



477: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:15:15.99ID:KtF5zPtg0

少女がそう気づいた時にはもう遅かった。

マリベル「…っ!」

いつの間にかその手は男に握られ、相手のペースに合わせて足を動かしていく。

マリベル「……どういうこと?」

強制的に引っ張り出した割には相手の動きは非常に紳士的で、まるで少女の動きを完全に理解しているようであった。

*「…………………。」

男は何も語らない。否、語れないのだろう。
しかしその動きからにじみ出る気品ややさしさ、そして力強さは警戒していた少女の心境を少しずつ変えていく。

マリベル「ふ ふふ……。」

さすがは“おどりこ”や“スーパースター”を極めているだけあって少女も負けじと上品かつ力強い動きで応える。

*「お おお……。」

*「すごいじゃない あの人!」

*「いや 女の方も なかなか……!」

それまで黙って二人の動きを見ていた参加者たちも徐々にその見事な動きに惹かれていく。

ヨハン「……いいね! 乗ってきたじゃないか!」

そう呟いて赤髪の青年はトゥーラをかき鳴らし、情熱的な調べを奏で始める。

唯一無二の演奏を受けて二人の踊りはさらに加速していく。

しなやかに伸びる腕。複雑に絡み合う脚。柔らかく曲線を描く体。そしてほとばしる熱。

その場にいた誰もが見とれ、思わず息を飲んだ。

愛と哀の調べに乗って二人はどこまでも美しく、力強く踊り続ける。

グレーテ「……見事じゃ!」

そしてトゥーラの調べが最高潮に達した時だった。










*「……っ!」



478: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:16:01.95ID:KtF5zPtg0

突然男が足をつまずかせて前に倒れ、そのはずみで固定してあったシルクハットが地面に転がり落ちる。



マリベル「えっ…!?」



*「…………………!」

すると男は起き上がりわき目もふらず大神殿の外へと走り出した。

まるでこの場から逃げるかのように。

マリベル「…………………。」

しばらくその後姿を呆然と眺めていた少女だったが、
男の忘れていったシルクハットを見つけるとそれを拾い上げ、まじまじとそれを見つめる。

ヨハン「なーんだよ! せっかく いいところだったのに!」

演奏をしていた青年が名残惜しそうに叫ぶ。

*「あんなすごい やつが この国にいたのか!?」

*「惚れ惚れしちゃったー!」

*「まさか あそこで 転ぶとは……。」

グレーテ「むむう…… しかし まっこと 見事な動きじゃった。あれは いったい……。」

参加者たちがいなくなった男についてあれこれと感想を述べ、辺りは騒然となる。

マリベル「…………………。」

そんな中、踊っていた当事者はあることに気が付く。





マリベル「頭に傷なんて なかったじゃない……。」



479: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:17:12.55ID:KtF5zPtg0

グレーテ「マリベルよ また 暇なときにでも 会いに来てくれんかの。」
グレーテ「なんといっても わらわとそなたは マブダチじゃからの! ほっほっほ!」

マリベル「ええ 必ずよ!」

月が真上に差し掛かった頃、少女は姫と固く抱き合い別れを告げ、今は一人港を目指して一人歩いていた。
砂漠の民の青年は宿に泊まると言って途中で別れた。
トゥーラ弾きの青年は師匠や姫と何やら話し込んでいるようだったのでそのまま放っておくことにした。

マリベル「…………………。」

少女は胸に抱えたシルクハットを見つめ、考えにふけっていた。

あの男はいったい何者だったのだろうか。口のきけぬ、顔と頭に大きな傷のある男。
しかし実際は頭に大きな傷などなかった。それどころかその髪は美しい漆黒で肩まであったのだ。

マリベル「どうも 怪しいのよね……。」

思えば口がきけぬという点も顔に傷があるという点も疑おうとすれば疑えぬことはなかった。
ただ大臣からそう聞かされていたからそう思わなかっただけのことだったのだ。

マリベル「…………………。」

そして何より納得いかなかったのは男がどうしてあんな場面で転んだのかだった。
少女からしてみればそれは決して難しいステップではなかったのだ。

“あれほどまでの踊りを見せた男があの程度の動きでもつれるはずがない”

マリベル「……っ!」

そんな風に考えていた時、少女の頭にある記憶がよぎった。



480: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:18:02.89ID:KtF5zPtg0

…………………

*「あっ!」

マリベル「ばっかね~ また 転んだの?

*「イテテ……。」

それはまだ少女が少年たちと旅をしていた時のこと。

マリベル「そんなんじゃ いつまで経っても マスターできないわよ?」

少年たち一行は過去のダーマ神殿を救った後、しらみつぶしに初級職を総なめしてしまおうと躍起になっていた。

アルス「は… ははは…… あつっ!」

マリベル「…ったくもう しょうがないわね~ ホイミ。」

アルス「…ありがとう マリベル。」

マリベル「いいから さっさと 続けなさいよ。あんた いっつも おんなじところで 転ぶわよね~。」

アルス「どうも この動きが 苦手みたいでさ……。」

ガボ「オイラなんて もう なんでも踊れそうだぞ! へっへ~ん。」

マリベル「ほら さっさと やる!」

アルス「…うん。」



481: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:18:46.80ID:KtF5zPtg0

…………………

アルス「イテッ!」

マリベル「あ~もう! なんて センスがないのかしら!」
マリベル「もう 見てらんないわ! ほら 手~貸しなさい!」

アルス「う うん……。」

マリベル「こう! こうして! こうよ! わかった!?」

アルス「…………………。」
アルス「こうして… こうして… こう?」

マリベル「……なんだ できるんじゃないの。」

アルス「えっ?」

マリベル「あ~あ つきあって損したわ~。ほら さっさと終わらして 次の職業やるわよ?」

アルス「…………………。」



482: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:20:45.99ID:KtF5zPtg0

マリベル「あの時の動き……。」



少女はそこまで思い出して先ほどの仮面の男の動きと照らし合わせる。

マリベル「…………………。」
マリベル「まさかねえ?」

そう、少年は今、体調不良で漁船アミット号で休んでいるはずだった。
いくら共通点があったとしても少年が動けない以上あの男は別の誰かに違いない。

少女はそう結論付けることにした。

マリベル「あっ……。」

船までたどり着いた時、少女は甲板に誰かがいることに気が付いた。
緑色の上着に少し血で染まった白いシャツ。
肩まで伸びた後髪を一本に束ねている少年、彼女のよく知る幼馴染にして恋人その人だった。



マリベル「アルス。」



アルス「マリベル? もう 舞踏会は終わったの?」

少女に呼ばれた少年はどうしてここに少女がいるのか分からないといった様子で問いかける。

マリベル「ええ……。」

アルス「あれ どうしたのそれ?」

そう言って少年は少女が胸に抱えたシルクハットを指さす。

マリベル「えっ… ああ いや なんでもないのよ。」

少女はそれを背に隠す。

アルス「……?」

首をかしげる少年に少女は思い切って今日のことを告げる。

マリベル「…………………。」
マリベル「あのね アルス。実は グレーテ姫と 話してきたんだけど。」

アルス「…………………。」

マリベル「グレーテに あんたのこと話したら ちょっと 残念そうにしてたけど それでも あんたの選んだ道を 応援するって言ってたわ。」

アルス「……そっか…。」

マリベル「……会いに行かなくていいの? あの人 本当に あんたのことが……。」

アルス「今は…… 今は 会わない方がいいと思う。」

マリベル「…………………。」

アルス「きっと いま 行ったら 彼女を泣かせちゃいそうな気がする。」

マリベル「…………………。」

アルス「でも 近いうちに 必ず 会いに行く。会って 自分の口から話すよ。ぼくのことも きみとのことも。」
アルス「ぼくが どれだけ 彼女に感謝しているかも。」

マリベル「…そう……。」

少年が今どんな表情をしているのか、少女にはわからなかった。
しかし少女は少年の言葉を信じることにした。

”きっと彼は一度やると言ったことは絶対にやるだろう”

長い間少年のことを見てきた少女にはそれが彼の本心であることがすぐにわかったのだった。



483: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:22:10.91ID:KtF5zPtg0

アルス「…………………。」

マリベル「ねえ アルス。」

黙ったままの少年の背中に少女は語り掛ける。

マリベル「少し 踊らない?」

アルス「えっ? まだ 踊り足りないの?」

突然の提案に少年は振り返り、意外そうな顔で問い返す。

マリベル「なんでもいいじゃないの!」

アルス「うーん……。」

マリベル「ふっ……。」

渋る少年を見て少女は少しだけ悪戯に笑うと、一人でに靴を鳴らして踊りだす。

アルス「あ しまっ…!」

マリベル「もう 遅いわよっ!」



“やられた!”



自分たちのいる場所を思い出してみればここは船上。そして少女の少し荒っぽいステップ。

彼女は少年に“船上ダンス”を仕掛けてきたのだった。

マリベル「うふふ……。」

アルス「ごく…っ。」

少年はいつの間にか同じようにステップを踏んでいた。まんまと彼女の罠にかかってしまったのである。

マリベル「…最後まで つきあってよね。」

アルス「…………………。」

意を決した少年は少女の手を取るとゆっくりと足を動かし始める。

マリベル「…………………。」

波の音を背景に少女は月空の下で先ほどの情熱的な瞬間を思い出すかのように体を動かす。
あの時感じたのはまさに心が躍るということだったのかもしれない。

アルス「…………………。」

対する少年も何度も練習した記憶を頼りに少女に合わせて華麗なステップを踏み、巧みに少女の体を支える。

マリベル「…………………。」

何度も何度も少年の練習に付き合って覚えたアクロバティックな動き。

アルス「…………………。」

少女は奇妙な感覚だった。
顔も、名も、そして動きのくせすら知る由もない二人の男女が、
どうして初めて聞く旋律に合わせてあそこまで息を合わせられたのか。
形式的な社交ダンスとは異なる本気の踊りを。魅せるための激しく情熱的な踊りを。



マリベル「ねえ。」



アルス「うわっ…!」



マリベル「きゃっ……!」



484: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:23:44.96ID:KtF5zPtg0

少女が真相を確かめようとした時、少年は突如体勢を崩して前のめりに倒れこんだ。

アルス「いてて……。」

それはかつて少年が練習に明け暮れていた時によく転んでいたあのステップ。

マリベル「…ふ…ふふふ……!」

少女は確信を得てこみ上げる笑いを堪え切れずに口元を隠す。

アルス「えっ?」

マリベル「あっははは! どうして もっと 早く気づかなかったのかしら!」

そういうと少女は先ほど床に放ったシルクハットを抱えて少年のもとへ戻る。

アルス「ま マリベル……?」

マリベル「はい お忘れ物ですわよ? 仮面の男さん。」

アルス「…………………。」

少年は立ち上がり無言でそれを受け取ると船縁に寄りかかり暗い海を見つめる。

アルス「……どうして わかったの?」

マリベル「ばかね~ あたしが あんたのくせを 見抜けないとでも 思ったのかしら?」
マリベル「アルスってば 何度も 同じところで 転ぶんだもの。わからないわけがないわ。」

アルス「変装は完璧だと 思ったんだけどなあ。」

背中越しに指さされ、少年はぼんやりと呟く。

マリベル「まったく なんて 怪しい恰好で くるのよ。」

少女は両手を腰に当てて軽く眉を吊り上げている。

マリベル「もうちょっと ましな 恰好なかったの? もっともらしい 理由まで つけちゃって。」
マリベル「おまけに あんなのに ウロウロされちゃ 誰だって 怪しむに決まってるじゃないの。」

アルス「うーん……。」

少年は尚も首をひねっている。

アルス「正体がバレたら 騒ぎになるかと 思ってさ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……はあ…。」

実際はそれが裏目に出たのだと声を大にして言いたい少女だったが、
幸い自分以外に気付いているものはいない様子だったのでそれ以上は追及しないでおくことにした。

アルス「ごめん マリベル。」

その時ようやく少年は振り返り、少女に謝罪の言葉を述べる。

マリベル「別にいいわよ。あんたが あんな 突拍子もないこと するなんて 意外だったけど… 悪くなかったわ。」

少年の真っすぐな瞳から目を逸らして少女は言う。

アルス「ううん。そうじゃないんだ。」

マリベル「えっ?」



485: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:24:44.02ID:KtF5zPtg0

思わぬ言葉に少女は少年に視線を戻す。

アルス「体調が悪いなんて 嘘だったのさ。」
アルス「でも なんだか あれ以上 話してたら きみを 傷つけちゃいそうな気がしてさ……。」

マリベル「……気づいてたわよ。」

結い上げていた髪を下ろし、伏し目がちに少女は言う。

アルス「えっ!」

マリベル「いくらなんでも あんなことしたんだもの 気を悪くするのも当然だわ。」

アルス「い いや あれは ぼくが いけなかったからで……!」

慌てて少年が身振り手振りしながら言う。

マリベル「ううん。あたしも あそこまで するつもりはなかったんだけど……。」
マリベル「……やっぱり は 恥ずかし…くて…。」

指をもじもじさせながら少女は赤面する。

アルス「…………………。」
アルス「今度からは 気を付けます。」

マリベル「う… うん。」

アルス「…………………。」

マリベル「さっ! てと。」
マリベル「もう一回踊りましょ!」

少女は吹っ切れた様に背を向けると体を捻って微笑んで言う。

アルス「ええっ! まだやるの!?」

マリベル「あたしが やるって言ったら やるのよ! ほら!」

不満そうに言う少年の腕を引っ張り踊りの体勢を作る。

アルス「は はは……。」

マリベル「…今度は ゆっくりね。」

アルス「……こう?」

少年は少女の手を引きゆっくりと動き出す。

マリベル「……もっと 近くで…。」

アルス「……うん。」



そうしてお互いの体を抱き合うように密着させ、さざ波の音を聞きながら二人は心ゆくまで踊り明かしたのだった。



真夜中過ぎにもかかわらず城下町の方から聞こえてきた優しい調べは、いったい誰のものだったのか。

二人が知る由もない。





そして……



486: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:25:11.64ID:KtF5zPtg0

そして 夜が 明けた……。



488: ◆N7KRije7Xs:2017/01/07(土) 18:26:55.77ID:KtF5zPtg0

第15話の主な登場人物

アルス
とある出来事から生死の境をさまよう。
体調不良を装って船で休んでいたが、
その後変装して大神殿に。

マリベル
仮面舞踏会に参加し、グレーテと和解。
突如現れた仮面の男と情熱的な踊りを繰り広げる。

ボルカノ
病み上がりのアルス船をに置いて、グレーテのもとに親書を届けに行く。
その後は宿で休憩。

アミット号の船員たち(*)
本日は仕事がないので城下町で一日を過ごす。
思い思いの羽休めを満喫。

サイード
不慣れながらも舞踏会に参加。
若い女性たちにリードされながらなんとか踊る。
しばらくはマーディラスに滞在することに。

グレーテ
マーディラスを治める若き姫君。容姿は美しいが癇癪もち。
失恋するも漁師になることを選んだアルスのことを応援している。
大神殿で仮面舞踏会を開催する。

ヨハン
国一番の楽師にして伝説のトゥーラの引き手。
ユバールの血を受け継いでいるがどうにも軽い性格で女たらし。
だが一方で義理深い一面をもつ。
仮面舞踏会では師や他の楽師と共に演奏を担当。


【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】【第16話~第24話】



元スレ
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1482503750/
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