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【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】【第1話~第9話】

1: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:35:50.33ID:YeaCfPgp0







*「シーッ!」









2: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:36:34.66ID:YeaCfPgp0

*「大きな声で 話しかけないでよっ。あたしが ここにいること バレちゃうじゃないっ!」

*「あれ? そこにだれか いるのか?」
*「ややっ マリベルおじょうさん! また そんなところに かくれたりして……。」

*「もう……。 いいじゃないの あたしが漁に ついて行ったって!」
*「ね 見逃してよ コック長! あなたの作るシチューって最高よ! ウフフ…。」

*「…わしに おせじをいっても ムダですぞ。」
*「さあ お父上にしかられないうちに 船を おりなされ。」

*「いったい どうした? さわがしいようだが なにか あったのか?」

*「あっ ボルカノ船長 じつは マリベルおじょうさんが…。」

*「…………………。」
*「わかりました。マリベルおじょうさん。ただし 今回かぎりですぜ。」

*「やったあーーっっ!!

*「さてと そうと決まったら いよいよ出航だ! アルス グズグズするなよっ!」

*「そうよ アルス。グズグズするんじゃないわよっ。」



3: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:38:14.06ID:YeaCfPgp0

※注意書き

1. このお話はプレイステーション専用ソフト『ドラゴンクエストⅦ』及び
そのリメイク版であるニンテンドー3DS専用ソフトを原作とし、
これをもとにスマホ版をクリアした記念で書き起こした後日談です。

いたスト?ヒーローズ?……設定がややこしくなるのでなかったことにしてください。


2. 内容は主人公アルスとマリベルを中心とした航海の旅です。
→最初っから最後までべったべたです。
→成人指定はありません。(少年誌くらいのレベルなら)


3. 基本一話完結型の全30話を予定しています。


4. 形式はご覧の通りセリフをメインに地の文を挟んだものになっています。
地の分も難読漢字などはなるべく平仮名や片仮名で表記しております。
また、セリフなどに関してはなるべく原作に近い形で書いていきます。


5. 基本的に原作で登場した人物、組織、地名、その他諸々の概念や設定に則ってお話は構成されています。
作者オリジナルのキャラクター及び独自設定は、ほんの一部を除きなるべく排除してあります。
あくまで原作との整合性を保ってお話を進めますので世界観を壊さずに読んでいただけるかと思います。

設定はps版がメインですが、お話の都合上3ds版で登場したモンスターなども絡んできます。


6. お話を作るにあたってはよそ様のSSなどの影響をもろに受けている部分があります。「もしかするとこのお話はあれが元ネタか」という部分がしばしば見受けられる可能性がありますのであしからず。


人生で初めてSSなんて書いたので拙いところだらけですが、
お付き合いいただける方はどうぞスクロールで読み進めください。



4: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:39:39.14ID:YeaCfPgp0

航海一日目:船出



5: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:40:41.64ID:YeaCfPgp0

世界を震撼させた大魔王オルゴ・デミーラが倒れ平和がもたらされて早数日、漁村フィッシュベルでは一隻の漁船が船出を迎えようとしていた。

ボルカノ「よーし 出航だあー!!」

アルス「…………………!」

数々の困難を乗り越え、魔王を打ち破った英雄たち。

その中の一人、少年アルスは父親の後を継ぎ、漁師として再出発しようとしていた。

マリベル「ついに ついに このマリベル様が この船に乗る日がきたのね!」

そしてもう一人、世界を救った少女マリベルもまた、ある想いを胸にこの船に乗り込んでいた。

マリベル「うん。うんうん。ウフフっ!」
マリベル「さあ アルス! フィッシュベルのみんなが度肝抜くぐらいの 大物をとるんだからね! 気合入れていきなさいよっ!」

アルス「マリベル まだ 最初の漁場までは 数日かかるよ。」

マリベル「そんなこと わかってるわよ!」

そんな二人のやりとりを微笑ましく思いながら、少年の父であり村一番の漁師にしてこの漁船アミット号の船長でもあるボルカノは少女をなだめる。

ボルカノ「わっはっはっ! マリベルおじょうさん まあ 気長に 船の旅をお楽しみくだせえ。」



6: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:42:06.12ID:YeaCfPgp0

フィッシュベルからしばらく船を走らせた先で船員の一人が望遠鏡を片手に叫ぶ。

「船長っ! 後方に マール・デ・ドラゴーンを確認!」

ボルカノ「しばらく 並走するぞ。」

アミット号に近づいてきたのは、水の精霊の加護を受けた伝説の一族を乗せ、かつてエスタード島が魔王により封印された際に英雄たちの足となって活躍した海賊船だった。彼らは一族の血を引く少年を乗せたアミット号の船出を見届けるべく、海原を走らせやってきたのであった。

*「「「おーい!!」」」

アルス「おーい!」

マリベル「おーい!」

*「みなさまの漁の成功を いのっておりますぞー!」 

*「アルス様 ばんざーい!!」

*「ボルカノ殿 ばんざーい!!」

ボルカノ「そっちも 達者でなーっ!」

海賊たちを乗せた巨大な船は祝砲を上げ、少年たちの姿を見届けた後、ゆっくりと進路を大海へ、当てもない旅へと舵を切っていった。その甲板の上では、一族の長が妻と共に息子の成長を誇りに思いながら、名残惜し気に地平線に消えゆく船の姿を見つめていた。そうしてその姿が見えなくなると、その場の指揮を副官に任せ、妻と二人、船室の中へと消えていくのだった。



7: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:44:19.45ID:YeaCfPgp0

漁場へと船を進めるアミット号の甲板では少女と、長年船で腕を振るう料理長が何やら話し込んでいた。

コック長「まったく マリベルおじょうさんには まいりましたぞ。」
コック長「万が一 お怪我でも なされたら ご両親に 何と説明したものか……。」

マリベル「ふーんだ。 別に あたしの心配なんて 無用よ。」
マリベル「ちょっとやそっとのことで どうにかなっちゃうほど やわじゃないわ。」

コック「やれやれ……。」

“この娘には何を言っても無駄だろう”

料理長は盛大な溜息をついて首を振る。

マリベル「…それにしても コック長 あれだけ反対してたのに よくあきらめてくれたわね。」

コック長「それはまあ 船長の許可が でたんですから わたしが 反対する必要なんてありませんからな。」
コック長「ただ さっきのとおり 今回限りですぞ。お父上のお気持ちを考えれば わしらも むやみやたらと おじょうさんを 連れまわすわけにはいきませんからなあ。」

マリベル「わかってるわよ。 パパも ある程度 子離れできたとは思うけど この前みたいに倒れられちゃ あたしだっていやだもの。」

コック長「まあ アルスが 付いているとあれば お父上も ご安心なさるかもしれませんがね。」

マリベル「ちょっと~ コック長!」

コック長「はっはっは! ところでマリベルおじょうさま。 船に乗ったからには乗組員の一員として はたらいてもらいますぞ!」

マリベル「むむぅ… 仕方ないわね。 わたしも ちゃんとそのつもりで 乗り込んだんだから。」

コック長「それは たのもしいかぎりですな。 さっそく お昼の献立ですが…。」



8: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:45:30.68ID:YeaCfPgp0

二人がそんな話をしている横で漁師の親子は。

ボルカノ「そういや アルス。 おまえ 母さんの サンドウィッチは もってきただろうな!」

アルス「あ そうだった。 はい 父さん。」

[ アルスは アンチョビサンドを ボルカノに 手わたした! ]

ボルカノ「おほっ! これこれ! これを食わなきゃ 漁に出るって感じが しねえんだ。」
ボルカノ「……モグモグ……。 ぐ ごほん。」
ボルカノ「…なにしてんだ アルス。 ぼーっと 見てねえで お前も食ったらどうだ?」

アルス「あ うん。」
アルス「…………………。」
アルス「マリベル!」

何を思ったのか少年は唐突に料理長と話し込んでいた少女の名を呼ぶ。

マリベル「…なによ? あたし いま忙しいんだけど。」

アルス「あ ゴメン。 でも マリベル 今日 朝ごはん食べてないんでしょ?」

そういって少年は持っていたアンチョビサンドを半分にして少女に手渡す。

マリベル「…これ マーレおばさまが あんたのために 作ったんでしょ?」
マリベル「あたしが 食べるわけにはいかないわ。 それにあんたは 体力つけなきゃならないんだから。」

その時。





*「……グ~………。」





波音に負けない大きな音が甲板に鳴り響いた。

マリベル「…………………。」
マリベル「……な なによっ!」

少女はお腹を両手で抑え、真っ赤になって叫ぶ。

アルス「ぼくなら 大丈夫。 さっき 港で アミットまんじゅうもらったし なんたって 今回は マリベルも 料理をつくってくれるんでしょ?」
アルス「だったら そっちも たくさん食べたいからなあ。」
アルス「……それに さ。」
アルス「母さんの サンドウィッチは すっごくおいしいんだよ。……でも 漁の時しか作らないし せっかくだから マリベルにも 食べてほしいんだ。」

マリベル「……! アルス あんた さらっと…。」

アルス「…………………。」

マリベル「ああ もうっ! もらうわよ! 後で やっぱりお腹すいた とか言っても 知らないからね!」

アルス「うん。 その時は マリベルの 料理を たらふく食べるから別にいいよ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「ふ……ふんっ!」

そういって少女は船室へ靴を鳴らしながら入っていくのであった。

コック長「……アルスも なかなか 言うようになったな。」

ボルカノ「わっはっはっ! こっちが 恥ずかしくなるような セリフを よく言ってのけるよ お前は。ま オレと母さん くらいになれば 言葉を交わさずともだがな! わっはっはっ!」

アルス「…………………。」

高らかに笑う父親と苦笑いする料理長を他所に少年は何とも言えぬ表情を浮かべるのだった。



9: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:46:30.17ID:YeaCfPgp0

マリベル「…ったく。」

船室では少女が一人サンドウィッチを片手に顔を赤く染めていた。

マリベル「何よ…… アルスのくせにナマイキよ!」 

悪態をつきながら放ったセリフは、もう何度口にしたかもわからない。

マリベル「…………………。」
マリベル「……モグモグ……ごくん。」

しばらくじっとサンドウィッチを見つめていた少女だったが、やはり空腹には敵わず一口かぶりつく。

マリベル「…おいしい……。」

少年とその父親がいつも食べている母の自慢の一品は、簡素ながらも素材の味を存分に生かした完成された味だった。

マリベル「…………………。」
マリベル「あたしも 作れるようにならなきゃなあ…… 漁の時は これを作ってあげたいし……。」
マリベル「……今度 マーレおばさまに レシピを 教えてもらおっと。」

一口で虜にされてしまった少女は、ふと少年の顔を思い浮かべてそっと独り言つと残りの欠片も残さず平らげてしまうのだった。



10: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:47:23.93ID:YeaCfPgp0

出航時は東の空で眠気眼をこすっていた太陽も今ではすっかり目を覚まし、アミット号の調理場では慌ただしく料理人たちが昼食の準備に取り掛かっていた。

*「材料は これで 全部か?」

*「ええっ とりあえず 下処理をするんで……。」

*「かーっ! また 皮むきかよ!」

そんな喧騒の中、黙々と調理にいそしむ少女の姿があった。

コック長「ふむ… マリベルおじょうさんも かなり 腕を上げたようですな。」

マリベル「……あたりまえよ。 旅の途中じゃ みんなも 手伝ってくれたけど 基本的には あたしが みんなの 食べるものを つくってたんですもの。」

手に持った包丁を眺めながら少女は言う。

コック長「ほう それは それは。」
コック長「しかし アルスも 料理を手伝うとは 少し意外でしたな。」

マリベル「いつだったか あたしが “料理のできる 男の人って 女にとって 理想よねー。” なんていったせいかしら。ちょくちょく 手伝ったり 自分で するようになったわ。」

コック長「そうですか。 ……アルスも大変だな。」

たくわえた髭を擦りながら料理長はボソっと呟く。

マリベル「なに 言ってるのよ コック長。」
マリベル「あたしだけが 作るなんて フコーヘイだわよ。」
マリベル「それに うまい下手は 関係ないのよ。」

コック長「ほう。」

マリベル「ようは 気持ちの 問題よ。 誰かのために 作ろうって気持ちが 大事なのよ。」
マリベル「さすがに 黒焦げや この世のものとは思えない 味のするもの 出されたりしたら 許さないけどね。」

そう言って少女は目蓋を降ろして人差し指で宙にクルクルと円を描く。

コック長「…………………。」
コック長「成長されましたな マリベルおじょうさん。」

マリベル「なによ~。あたしだって いつまでも ワガママな お子様じゃないんだからね。」

コック長「わがままだって 自覚があったんですか?」

マリベル「うっ…。まあ 多少はね。」
マリベル「そりゃあ今回だって わがまま言って 乗せてもらったんだから 文句は言えないけどさ。」

痛い所を突かれ、少女はバツが悪そうに視線を逸らす。

コック長「わがままと わかっていても ついて行きたい 理由があるんですかな?」

マリベル「……うん。まっ 今回は 特別ね。」

*「お二人とも こっちは終わりました。」

そんな二人のやりとりはもう一人の料理人や手伝いの船乗りの催促で中断されたのだった。
少女の言う理由とやらが気になる料理長だったが、少し考える素振りをした後、クスっと笑い調理に戻るのだった。



11: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:47:55.76ID:YeaCfPgp0

“ゴンゴン”

*「昼飯が できたぞ~!!」

鈍い金属音と共に船全体にお昼時を報せる伝令がやってきた。

ボルカノ「おっ! もう 昼飯の時間か。」
ボルカノ「アルス オレはさきに 食ってくるから 見張りをたのんだぞ。」

*「食い終わったら すぐ 戻ってくるからよ。しっかりな。」

アルス「あっ はい!」

そう言って船長を含めた何人かの船員は少年と舵取りを残して先に船室へと戻っていった。



12: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:48:33.33ID:YeaCfPgp0

*「…………………。」
*「腹減ったなあ。」

アルス「……そうですね。」

少年は甲板に残った船員と共に見張りをしたり海鳥の鳴き声に耳を傾けたりしながら時間をつぶしていたが、しばらくすると食事を終えた者たちが戻ってきた。

*「いや~ うまかった!」
*「……おう アルス。早く 下にいってやんな。」

アルス「えっ? ……はい。」

*「かわいい 料理人が おまえを 待ってるぜっ。」

アルス「…………………!」

ぱっと顔を赤らめると少年は駆け足で船室へと降りていくのだった。



13: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:49:07.48ID:YeaCfPgp0

少年が食堂へとやってくるとそこには既に席について満足気な表情を浮かべる料理人たちと、エプロンをつけた少女が仁王立ちをしていた。

マリベル「来たわね アルス。」

アルス「…………………。」

マリベル「な… なに ジロジロ みてるのよ。」

アルス「いや… ごめん なんでもない。ただ エプロン 似合ってるなと思ってさ。」

マリベル「……そ そうかしら?」

思わぬ賛辞に少女は戸惑いを隠すように少年を席へと促す。

マリベル「……さあ さめないうちに はやく 食べましょっ。」

アルス「待っててくれたの?」

マリベル「先に 食べてても よかったけどね。あんたが 一人で 寂しく 食べてる姿を 思い浮かべたら かわいそうに なっちゃってね。」
マリベル「ほーんと あたしってば やさしいんだから。感謝しなさいよね!」

アルス「う……うん ありがとう。」

そうして少年は少女と共に席に着き、彼女が見守る中、初漁において最初の料理に手を付けたのだった。

マリベル「……どう?」

アルス「…おいしい…!」

少し緊張した面持ちだった顔がほぐれ、少女は満足気に頷く。その笑みにつられて少年も、そして料理人たちも微笑みを浮かべながらささやかなご馳走を平らげるのだった。



14: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:49:56.29ID:YeaCfPgp0

涼しい風が帆を柔らかく押していく。船は遥か南の地へ向け、夕日を追いかけてゆっくりと航行を続けていた。

マリベル「綺麗ね…。夕日を じっくり見つめるなんて いつぶりかしら。」

沈みゆく夕日を見つめ少女が呟く。

アルス「魔王を 倒してから かなり バタバタ してたからね。」

ボルカノ「世界が 平穏を取り戻したってことを 実感させられるな。」

マリベル「……ねえ ボルカノおじさま これからどういう 道のりに なるのかしら?」

ボルカノ「今回の船旅は 漁だけじゃなくて 各港町にあいさつする 目的もありますんでな。」
ボルカノ「普段の漁じゃ めったに 行かないところにも 寄るつもりですぜ。」
ボルカノ「まずは コスタールに。それから……。」



15: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:51:10.59ID:YeaCfPgp0

マリベル「……そう。それじゃあ ほぼ 世界一周って感じなわけね。」

アルス「せっかくだから あの時 凱旋で会えなかった 人たちにも 顔を出したいね。」

マリベル「そうね。また あっちこっちから 引っ張りだこに なるのは ごめんだけどね。」

少女はそう言って両手をヒラヒラと振るう。

アルス「そうなの? あの時は マリベル かなりうれしそうだったけど。」

マリベル「そりゃあ あたしだって あの時は うれしかったわよ。それこそ そういう風に 迎え入れられて 当然だと 思っていたわ。」
マリベル「でも 毎回毎回 そんなふうに 扱われちゃ こっちだって 肩がこっちゃうわよ。」

アルス「ははは… それもそうだね。」

ボルカノ「こっちとしては 英雄が 二人もいるとなれば 心強いってもんだがな。わっはっは!」
ボルカノ「ところで マリベルおじょうさん。おじょうさんは これから先 どうするおつもりなんです?」

マリベル「どうするって…。」

ボルカノ「あいや うちのせがれは このとおり これから 漁師の道を 進んでいくわけですが マリベルおじょうさんは 何か やりたいことでも?」

マリベル「それは……。」
唐突な質問に少女はどう答えたものかと言いよどむ。

マリベル「…………………。」
マリベル「…ボルカノおじさま あたしは…。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「あたしは…!」

その時だった。





*「ボルカノ船長!!」





一人の漁師が階段の下から姿を現す。

ボルカノ「ん どうした?」

*「交代の時間ですぜ!」

ボルカノ「おう!」

船長は短く返すと少女に向き直るとその目を見据える。

ボルカノ「マリベルおじょうさん。おじょうさんには きっと 引く手数多なんでしょう。」
ボルカノ「でも おじょうさんの 人生は おじょうさんのもの。網元の娘という 立場もありましょうが 自分の心に 素直になって 好きなことをしてほしいと思いますぜ。」

マリベル「ボルカノおじさま……。」

アルス「…………………。」

*「マリベルおじょうさん! コック長が 呼んでますよ。」

マリベル「すぐに行くわ!」

階下から現れたもう一人の料理人に首だけ動かして返事すると、少女は俯いて黙り込む。

マリベル「…………………。」
マリベル「……少し 考えさせてください……。」

それだけ吐き出し、少女はゆっくりと船室へと降りて行った。



16: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:53:45.71ID:YeaCfPgp0

ボルカノ「アルス お前 本当は どう思ってるんだ?」

少女のいなくなった甲板で、父は隣に立つ息子に問いかける。

アルス「…………………。」

ボルカノ「一緒に 旅をしてきた お前なら マリベルおじょうさんのこと よくわかっている はずだろう?」

アルス「……どうだろう。」

ボルカノ「なんだ なんだ そんなことで あの娘を幸せに できるのか?」

いまいち煮え切らない返事をする息子に父はあきれた様子で片眉を上げる。

アルス「っ……!?」

ボルカノ「……神が復活したと聞いて 開かれた祭りの時 あのコは お前のいない間に ずいぶん お前のことを 話してくれたよ。」
ボルカノ「その時 あのコが どれだけ お前のことを 大切に思っているか オレには…。」

アルス「父さん!」

ボルカノ「…………………。」

アルス「…………………。」

ボルカノ「…なんにせよ あの娘を 泣かせるようなことを するんじゃあないぞ。」

俯いたまま拳を作る少年の肩をもち、父は力強い声で思いをぶつける。

ボルカノ「アルス! 我が息子よ。」
ボルカノ「一人前の 漁師である前に まず 誠実な男であれ。」
ボルカノ「……オレから 言えるのは それだけだ。」

アルス「父さん……。」
アルス「うん。わかったよ。」

ボルカノ「……なんだか 説教くさくなっちまったが ま がんばれよ。わっはっは!」

そう言って少年の父親は自分の休憩を取るために船室へと戻っていったのだった。

アルス「……ありがとう 父さん。」



17: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:56:04.22ID:YeaCfPgp0

すっかり辺りは暗くなり、漁船アミット号の調理場は夕食の仕度で再び熱を帯びていた。

マリベル「はあ……。」

そんな中、鍋の中見を掻きまわしながら少女が大きな溜息をつく。

マリベル「…………………。」

コック長「お悩みごと …ですかな?」

思いつめた様子の少女に見かねた料理長が気を利かして優しい声で訊ねる。

マリベル「……ねえ コック長。コック長は 自分の将来を どうやって決めたの?」

コック長「わしですか? わしは 自分のやりたいことを やっているうちに こうなっただけですぞ。」
コック長「そのことで いろいろと 苦労はしましたが 後悔したことは 一度もありませんな。」
コック長「こうして 職場にも仲間にも 恵まれておりますしな。結局 自分の気持ちに 素直になれば それだけまっすぐな 気持ちでいられる ということですから 自然と 仕事にも力が入りますし なにより 幸せな気持ちで いられるわけです。」

そう言って料理長は体を逸らし自慢げに微笑む。

マリベル「ふーん……。」
マリベル「自分の気持ちに素直に…か。」
マリベル「…………………。」

少女は口を閉ざすと自分の胸に手を当て、ゆっくりと瞳を閉じる。

コック長「……マリベルおじょうさん?」

マリベル「ありがとうコック長。あたし 少しだけ 前向きになれそう。うふふ…。」

コック長「……そいつは 何よりです。」
コック長「さて それでは さっさと 準備を 終わらせましょうか。」

マリベル「ええ!」



18: ◆N7KRije7Xs:2016/12/23(金) 23:58:28.84ID:YeaCfPgp0

眠っていた月が夜を謳歌し始めた頃、夕食を終えたアミット号の中ではこれからの漁の成功を祈って少しばかりの酒が振舞われた。
そんな中、少年は自分が甲板に残るといって早々に退席してしまい、
少女のほうは後片付けやら明日の朝の仕込みやらで炊事場にて料理人たちと動いていたのだが、
それをよそに船乗りたちは一人、また一人と吊り下げられたハンモックに横になっていくのだった。

そうして皆が寝静まったころ、明日の準備を終えた少女は揺れるロウソクの灯りを頼りに船内を見渡す。

マリベル「…………………。」



“いない”



木材を波打つ鈍い音に紛れ、少女は誰も起こさないようにゆっくりと船の上を目指していった。



19: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 00:00:27.50ID:8lPBK+pa0

アルス「…………………。」

少年はまだ船首で見張りをしていた。

まだ遠くに見える南の大灯台の灯りを見つめ、少年は伸びてきた黒髪を後ろで束ねて潮風になびかせている。

ゆらゆらと揺れる灯台の光は、少年の中に様々な想いを沸き上がらせていく。これまでの旅のこと、父親に認められたこと、自分のなすべきこと、この漁にかける思い、そして先ほど見せた少女の曇り顔のこと。

“そんなことで あの娘を幸せに できるのか?”

父親の言葉が今になって頭の中に響く。

自分には決心がなかったのだ。確かに自分は世界を救った。だがそれは仲間の力があってこそのことだと少年はわかっていた。いくら英雄ともてはやされようが今の自分は漁師としてはひよっこに過ぎないのだ。そんな自分が少女の幸せを約束してやれる保証はない。それに父親はああいうが、実際のところ少女が自分をどう思っているのか直接聞いたことなど一度もない。どこにも確証はないのだ。

そんな思いが少年の心を、思いをぶつけることを、踏みとどまらせていた。

アルス「ふう……。」

そして詰まった思考を一度洗い流そうと、少年が溜息をついた時だった。





“ギィ”





アルス「……マリベル?」

木の軋む音に振り替えるとそこには少女が立っていた。

マリベル「まだ 起きてたのね。」

少女が歩みながら話しかける。

アルス「うん。 交代まで まだ 時間があるからね。」

マリベル「そう……。」

そう言って少女は少年の隣に立つ。

アルス「…………………。」
アルス「どう? 初めて 漁に きてみて。」

マリベル「どうって まだ 何にもしてないじゃない。 それに はじめては あなたも でしょ。」
マリベル「でも… そうね。こうして 乗せてもらえたのも もう あたしたち こどもじゃないからなんだって そういう気分になるわ。」

船縁に肘をかけ、少女は彼方を見つめる。

アルス「もう こどもじゃない か…。」
アルス「ねえ マリベル。 今回の漁についてきたのは 何か わけがあるんじゃないの?」

少年は顔だけを彼女の方に向けて尋ねる。

マリベル「…べつに。」
マリベル「今まで さんざん ボロ船や マール・デ・ドラゴンみたいな 大きな船には 乗ってきたけど やっぱり 網元の娘として 自分ちの船くらい 乗っておかないとね。」
マリベル「…………………。」
マリベル「それだけのことよ。」

遠方の灯りを見つめたまま少女は言った。

すると少年は上半身だけ動かし、少し思案するように彼女の横顔を見据えた。

アルス「…………………。」



20: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 00:03:20.49ID:8lPBK+pa0

アルス「嘘だね。」

マリベル「!」

ピクっと肩を揺らし、少女は驚いた様子で少年の方に向き直る。

少年は構わずに問い詰める。

アルス「コック長に見つかって 父さんが降りてきたとき いつもなら ブーブーいう だけだったのに あの時は 真剣な目をしてた。」
アルス「譲れない理由が あったんじゃないの?」

マリベル「…………………。」

少女はしばらくの間少年の目を見つめていたが、やがて視線を逸らし、くせっ毛を押さえつけている頭巾をほどいて諦めたように呟いた。

マリベル「…なによ アルスのくせに。いつもは 鈍感にぶちんのくせに こういうと時だけは やけに 鋭いんだから。」

アルス「…………………。」

マリベル「…………たの…。」
マリベル「……あんたの 初めての漁を ……見届けたかっただけよ!」

アルス「マリベル……。」

マリベル「ずっと 夢だったんでしょ? ボルカノおじさまの 後を継いで 一人前の漁師に なるんだって。」
マリベル「世界を救って あんたは 本当は なんにでもなれたのに。」
マリベル「シャークアイさんの 後を継いで 海賊の総領にだって… リーサ姫や グレーテ姫と 結婚して 王さまにだってなれたかもしれないのに。」
マリベル「生まれたころから 一緒だったのに なんだか いつの間にか あんたが 遠いところに行っちゃうような気がしてた。」
マリベル「…それなのに アルスは フィッシュベルで 漁師になることを選んだ。」

ポツリ、ポツリと呟くにように言葉を紡ぎだし少女は俯く。

マリベル「…………………。」
マリベル「うれしかったのよ。網元の娘っていう立場上 あたしは ここを離れるわけにはいかない。けど アルスは違う。でも……。」
マリベル「でも……。」

アルス「マリベル。」

マリベル「…………………。」

アルス「さっき 父さんが きみに 自分の心に素直になれって言ってたけど…。」
アルス「ぼくも 父さんと同じだ。」
アルス「世界を旅してきたからこそ マリベルなら 自分のやりたいことが 見つけられたんじゃないかと思う。」
アルス「マリベルが どこかへ行っちゃったらさみしいけど ぼくは どんなことだって マリベルのことを 応援したい。」
アルス「……ねえ 聞かせてくれないかな マリベルの 本当の気持ち。」
アルス「きみは 本当は どうしたいの?」

そういって今度は少年が少女の方に向き直る。

少女は船べりにかけた白魚のような手を見つめたまま微動だにしない。

マリベル「…………………。」
マリベル「アルス どうしてあたしが あんたやキーファに 付きまとって パパとママの反対を押し切って 旅に出たり したと思う?」
マリベル「旅を重ねて どんなに危険な目にあっても…。」
マリベル「どれほど つらい現実を突きつけられても…。」
マリベル「…なんど…こころが…おれかかっても…ずっと……。」
マリベル「…………………。」
マリベル「最初は ただの好奇心だって… のけ者にされたくないからだって… そういう風に言い聞かしてた。」
マリベル「でも違ったのっ! あたしは ただ…、」

声の震えも忘れて少年を真っすぐに見つめる。







マリベル「…ずっと あんたと いっしょに いたかったからよっ!!」



21: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 00:06:23.53ID:8lPBK+pa0

少女の翡翠色のまなこから一筋の涙が伝った。その透き通る瞳から溢れた水は天からこぼれた雨水のように彼女の足元を濡らしていく。

マリベル「あたしは…」

これまでずっと誤魔化し続けた感情が、とめどなく溢れる雫となってボロボロと流れ出す。

マリベル「…あたしは…… アルスと 一緒にいたい。」
マリベル「あんたが……漁師でも……海賊でも 関係ないっ!」
マリベル「あたしは… あんたが いなくちゃ ダメな……っ!?」

突然視界が真っ暗になり、体が窮屈さを覚える。
一瞬何が起こったのか少女は理解できなかったが、やがて体を包む温もりに自分が少年に抱きしめられていると気づいた。

マリベル「あっ… アルス?」

アルス「…………………。」
アルス「……ごめん。」

”ごめん”

という言葉の真意をわかりかね、少女は自分の頭からサッと血の気が引くような感覚を覚え、途端に体が小さく震えだす。
その様子を体越しに感じて少年は何を思ったか、抱き留めていた体を少しだけ離し、彼女の顔を見て絞り出すようにゆっくりと語りだした。

アルス「ぼくが……。」
アルス「ぼくが どうして あんなに 過酷な旅を 続けてこられたと思う?」

マリベル「えっ…?」

アルス「どんなに 危険な目にあっても どれほど つらい現実を突きつけられても 何度 心が折れかかっても…。」
アルス「何度だって立ち上がれたのは どうしてだと思う?」

マリベル「…………………。」

少女は上向き、溢れる涙で霞んだ目で、静かに、ゆっくりと、
いつの間にか頭一つ分追い越されてしまった少年の顔を、すべてを包み込む闇夜のような目を見つめる。

アルス「マリベルが そばに いてくれたからだ。」

マリベル「アルス……。」

アルス「どんな時でも きみが いてくれたから 頑張れた。」
アルス「だって ぼくは……。」

そう言い出したとき、少年はこれまでの少女との思い出が走馬灯のように頭に浮かんだ。
そこに映るどんな表情の彼女も、今、少年にとっては宝物のように感じられた。

そして、温かくこみ上げる衝動にたまらず少年は白状する。

アルス「だって ぼくは きみが 好きだから。」

マリベル「っ………。」

刹那、少女はその瞳に意識を吸い込まれるような感覚を覚える。
否、吸い込まれていったのは少年の方なのかもしれない。



気づけば少女は瞳を閉じ、少年にすべてを預けていた。



22: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 00:09:12.79ID:8lPBK+pa0

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

いったいどれほどの間そうしていただろうか。
数秒だったのか数分だったのか。
永遠とも思えるような長い時間の末、互いに息苦しさを感じて離した口元からは名残惜し気につうっと糸が引いた。

息を整えようと努める二人だったが、少女は小さな嗚咽を漏らしながら再び涙を流し始めてしまった。

どうしていいかわからず少年はただ、優しく彼女を抱きしめる。

マリベル「ヒッ……ヒック…… あるすの ばか……。」

アルス「言うのが遅くなって ごめん。」
アルス「旅が終わったら 言おうと思ってたんだけど なかなか 決心がつかなくて。」

マリベル「遅いのよ… ばかアルスっ…!!」

そうやって自分の胸元で悪態をつく姿も愛おしくて少年は風で美しくなびく少女の髪を、頭を、そっとなでつける。

やがて少女も落ち着きを取り戻し、いつしか二人は近づきつつある大灯台の灯りをぼんやりと見つめていた。
一部始終を誰かに見られているとはつゆ知らず、抱き合う二人の表情は恍惚とも安堵とも言えぬ満ち足りたそれそのものであった。

アルス「マリベル ぼく がんばるよ。」
アルス「きみのために 早く 一人前の漁師になって 父さんを追い越して きみを幸せにしてみせる。」

マリベル「……あら あたしなら 今のままでも じゅうぶん幸せよ?」
マリベル「あせらなくたって いいじゃない。少しずつ できることから やっていけば。」
マリベル「だって……。」

アルス「……?」

マリベル「だって これまでの旅だって そうだったじゃない!」
マリベル「それにあんた 今回はいいけど 漁に出ている間 あたしがいなくて 泣きべそかいたって 知らないからね!」

本当は気が気でないのは少女自身であるということは本人が一番わかっていた。
だが実際のところ彼女は少年なら大丈夫だと確信しているし、水の精霊の加護を受けるこの幼馴染を心底信用していた。
それでも、航海の間待っていなければならない寂しさを彼に悟られまいと、精一杯の強がりを見せるのであった。

アルス「…………………。」

少々面食らったように瞬きしていた少年だったが、ゆっくりと、噛みしめるようにそっと少女にささやく。

アルス「大丈夫。どんなに 離れていても マリベルのことを 思い出すから。」

マリベル「…………………。」

この幼馴染、否、今は恋人と表現すべきなのだろうか。
彼はどうしてそんな聞くだけでもこそばゆい台詞をいとも簡単に、それでいてまっすぐ言ってのけるのか。
普段は利発な思考回路が焼き切れそうになりながら、少女は顔を赤らめては伏せ、“ぬぬぅ”と唸ることしかできないのであった。

マリベル「……アルスのくせに ナマイキよ…。」

アルス「…ふふ……。」

暗闇を進む一隻の船の上、二人の行く先を照らすように、闇に浮かぶ丸い月が恋人を祝福するように夜空で瞬く。





旅は、まだ始まったばかりだ。



23: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 00:12:17.88ID:8lPBK+pa0

ボルカノ「なんだ 完全に 出ていくタイミングを 見失っちまったな。」
ボルカノ「これじゃあ 交代の奴を 起こしにいけねえじゃねえか。」
ボルカノ「……しかし アルスのやつ オレがいること 忘れてんじゃないだろうな?」

船の後ろの方では行き場を失った船長が盛大なため息をついていた。

ボルカノ「…………………。」

しばらく二人の様子をまじまじと見つめていた船長だったが、幸せそうに佇む二人の背中にそっと祝福の言葉をささやく。

ボルカノ「おめでとう アルス。」
ボルカノ「……なんだか 無性に 母さんの顔が 見たくなってきちまったぜ。」

そうして船長がなんとか忍び足で甲板を抜け出した後、
起こされた別の船員たちの足音でようやく二人は互いの体を離し揃って船室へと戻っていくのであった。

それぞれの寝床につく間際、もう一度軽く口づけを交わし、長い長い一日がようやく終わりを迎えた。






そして……



24: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 00:13:08.68ID:8lPBK+pa0

そして 夜が 明けた……。



25: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 00:19:10.69ID:8lPBK+pa0

主な登場人物

アルス
言わずと知れた主人公。世界を取り戻す旅を終え、身も心も大きく成長した。
数々の選択肢の中から、育ての父親の後を継ぎ漁師になることを決意する。
幼馴染のマリベルには頭が上がらない。
地の文では「少年」「漁師の息子」と表記。
一人称は「ぼく」。

マリベル
本作のヒロイン。
旅を通してわがままな部分も少しだけ身を潜め、大人の女性へとなりつつある。
お互いの気持ちをぶつけあい、初々しいながらも晴れてアルスの恋人に。
地の文では「少女」「網元の娘」と表記。
一人称は「あたし」「わたし」。

ボルカノ
アルスの父親にして国一番の漁師。
漁船アミット号の船長を務める。
豪胆な性格だが周りの者からは慕われている。
不器用ながら世界を救った息子を誇りに思い、自分の後を継いだことを嬉しく思っている。
地の文では「少年の父親」「漁師頭」「船長」と表記。
一人称は「オレ」「わたし」など。

コック長
漁船アミット号で長年料理長を務める老人。
アルスやマリベルのことを小さい頃から見てきており、
とくにマリベルのことを気にかけている様子。
地の文では「料理長」と表記。
一人称は「わし」。

乗組員

めし番(*)
コック長と共にアミット号で腕を振るう新人料理人。
見た目からして中年~初老。
性格は明るく茶目っ気があるが、少々お調子者。
地の文では「料理人」「飯番の男」と表記。
一人称は「ボク」。

モリ番(*)
アミット号で銛の管理をする男。
腕っぷしには自信がある。
地の文では「銛番」「銛番の男」「漁師」と表記。
一人称は「オレ」。

その他漁師たち(*)
ボルカノと共にアミット号で漁をする男たち。
無名。
エンディングでは上記のモリ番に加え三人が同乗している。
地の文では「漁師」「漁師の男」などと表記。
一人称は「おれ」「オレ」。



32: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:23:09.49ID:8lPBK+pa0

航海二日目:欲望の街の酒宴



33: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:26:40.34ID:8lPBK+pa0

*「おい アルス 起きろ。とっくに 到着してるぜ。」



アルス「…あ…… はい…。」

夜も明ける前にアミット号はコスタールの港に到着していた。
初日の緊張感からよほど疲れが溜まっていたのか、少年はあれから一度も起きることなく朝を迎えた。
大きな欠伸と共に体を伸ばして一息つくと、昨晩の少女の温もりが思い出される。
そして照れくさい感覚と共にこれからのことに思いを馳せ、胸の内からふつふつと力が沸き上がるような感覚を覚えたのだった。

ハンモックから起き上がり辺りの様子をうかがうと隣の炊事場からはトントントンという子気味良いリズムを刻む音が聞こえてくる。
どうやら料理人たちは朝食の準備をとっくに始めているようだ。

アルス「…………………。」

再び注意を凝らして耳をそばだてると一つ上の階から何やら話し声が聞こえてくる。



“しまった!”



慌てて着替えを済ませて梯子を昇ると、案の定そこでは本日の動きについて話し合う父親と漁師たちの姿があった。

ボルカノ「遅いぞ アルス。もう とっくに 話は すんじまったぜ。」

駆けてきた少年を船長が仁王立ちで迎える。

アルス「ああっ! ご ごめんなさい……。」
アルス「……それで ぼくは どうすれば いいんですか?」

ボルカノ「おう。お前は いわば 大使みたいなもんだ。」
ボルカノ「オレと 一緒に コスタール王の ところに 来てもらうぞ。」

アルス「あそこまでは ここからでも けっこうな距離があるけど 大丈夫ですか?」

ボルカノ「場合によっちゃ みんなには 何日か ここで 待っててもらわなくちゃ ならんかもな。」

船長の言う通り、ここコスタールの港から国王の住む城へ行くには大陸の端から端まで行くようなもので、
実際に徒歩で歩いて行った場合かなりの時間を要することは明らかだった。

アルス「歩いて 行くんですか?」

ボルカノ「……? 他に 何が あるっていうんでえ? 馬車でも 手配するのか?」

アルス「……いい方法が あるんです。」

確かに徒歩に比べて馬車ならば多少早く到着するだろう。
加えて王の使いという名目上、申請すれば馬車代くらいは国の経費で落ちる可能性は高い。
しかし少年には費用が掛からず馬車よりも早い移動手段があるのだった。

アルス「ぼくに 任せてもらえませんか?」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「お前が そこまで いうなら 何か 考えがあるんだろう。」
ボルカノ「まあいい。残るやつらには 次の港までに 必要な 物資を調達してもらう。」
ボルカノ「お前ら 俺たちが戻るまで 暇なら カジノにいってても 構わないからな。ただしあんまり のめりこみすぎるんじゃないぜ。」

*「「「うす!!」」」

ボルカノ「それじゃ 朝食が済んだら 解散だ!!」

号令と共に漁師たちは一斉に階下の食堂へと降りていく。
少年も続いて降りていくと既にそこにはいくつもの皿が並べられ、食欲をそそるバターの焼ける匂いがほんのり漂っていた。

少年が梯子の隣で立ち尽くしていると料理の盛り付けられた皿を運ぶ少女が炊事場から出てきた。
少女は少年の存在に気付くと少しだけ頬を紅潮させ微笑む。そんな彼女に釣られては顔を赤らめ、少年は恥じらうように後頭部を掻いて目を伏せる。

そんな二人の一瞬のやり取りに気付いたのは、
やはり昨晩のやり取りを否が応でも見せつけられてしまった船長と、小さいころから少女を見ている料理長だけだった。

ボルカノ「…………………。」

コック長「…………………。」

やがて諦めたように一息つくと、少年の父親は自分の定席に腰を下ろし、料理長も残りの皿を取りに調理場へと戻っていった。

そうして朝食の間、黙々と料理を平らげる漁師たちに加えて、お互いの顔を、視線を、どうしても気にしてしまう二人の沈黙が、
決して大きくはない食堂をさらにこじんまりと感じさせるのだった。



34: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:28:12.80ID:8lPBK+pa0

食事を終えた一同はその場で解散し、それぞれの行動に移るための準備を始めていた。

マリベル「アルス。」

そんな中、まだ後片付けの住んでいない炊事場から少女がやってきて少年の名を呼ぶ。

アルス「んー?」

少年は自らの支度を整えるため持ってきた不思議な巾着袋を覗きこんでいた。

マリベル「…今日は どうするの?」

いつもならお構いなしに聞いてくる少女も、今朝はどこか控えめに訪ねてくる。

アルス「うん まずは 父さんと コスタール王のところに あいさつに 行ってくるよ。」

マリベル「そう……。」

そう言う少女の声は少し悲しげで、その視線は寂しげに少年の足元へと注がれていた。

そうしてしばらく口をつぐんでいたが、ハッと何かを閃いたかのように目を見開くと駆け足で炊事場へと戻っていった。

アルス「…………………。」

“いったいどうしたのだろうか”。

そんな疑問を胸に少年は食堂と炊事場を隔てる扉を見つめる。

だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

少年は再び袋の中に手を入れ、丸められた大きな布のようなものを引っ張り出すと、父が待っているであろう甲板を目指すのだった。



35: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:30:06.41ID:8lPBK+pa0

ボルカノ「…来たか。」

少年の予想通り船長は甲板で一人、長旅に備え体を伸ばしながら息子を待っていた。

アルス「遅くなって ごめん 父さん。」

ボルカノ「いいってことよ。それよりも アルス。その布は いったい なんだ? コスタール王への 献上品か?」

アルス「ああ これ? ちょっと待ってて。」

そう言うと少年は肩に担いでいた布を広げ、その上に座って手招きをする。

ボルカノ「なんだ アルス。絨毯の上に 乗って どうするんだ?」

父はいまいち少年の真意を理解できずにいたが、やがて少年と向き合うにように絨毯に腰を下ろす。

父があぐらをかいたのを見て少年は少しだけ口角を上げる。

アルス「じっと していてね。」

そう呟くと少年は意識を集中するかのように足元を見つめる。

ボルカノ「……!」

刹那、少年の父親は周りの景色が沈んでいくかのような錯覚を覚える。
何事かと辺りを見やれば景色が沈んだのではなく、自らが浮上したいることに気付いた。

ボルカノ「こいつは たまげた! 絨毯が 浮いているじゃねえか!」

アルス「魔法のじゅうたん。これで ひとっとびさ!」

そう言って少年がホビット族の暮らす洞窟へと絨毯を旋回させようとした、まさにその時だった。




*「待って!!」




不意に呼び止められて少年が振り向くと、そこにはいつものように髪を頭巾で覆った少女が小さなつづらを持って立っていた。

アルス「マリベル!」

マリベル「あたしも 行くわっ!」

そう宣言すると少女は自分の足元に小さなつむじ風を起こし、漁師の親子が座る絨毯へと飛び乗った。

マリベル「あんただけじゃ ボルカノおじさまが 心配だから あたしが ついて行ってあげるわ。」

アルス「でも…。」

少年は困った顔で父親を見る。当の本人は息子と少女を交互に見つめる。少年の顔とは対照的に少女の表情は真剣そのものだった。

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「わっはっはっ! それもそうですな。では ご一緒して もらうと しましょうか!」

マリベル「ボルカノおじさま!」

アルス「父さん!」

ボルカノ「それともなんだ お前は 男二人の方が いいか? それはそれで 別に 文句は 言わないけどよ。」

マリベル「アルス……。」

そう呟くと少女は少年の顔を見上げ、服の裾を掴む。
その手はどこかすがるような、哀願するようなそれで、幾多の困難をその手で切り開いてきたとは思えないほど弱弱しく感じられた。

アルス「…………………。」

父親の手前抵抗はあったが、彼にしてみれば彼女を拒む理由などどこにもなかった。
むしろ彼女と過ごせる時間が増えることへの喜びが増し、無意識のうちに少女の手を上から包み込むように握っていた。

アルス「わかった。一緒に 行こう。」

マリベル「……うん。」

ボルカノ「…決まりだな。」

そうしてアミット号の船長は目の前で繰り広げられている光景にあっけに取られている漁師に呼びかけ、“コック長によろしく”と伝えて少年に向き直る。

アルス「それじゃ そろそろ 行こうか。しっかりつかまって!」

そう言うと少年は今度こそ空飛ぶ不思議な絨毯をコスタール王の住まう“城”へと向けてゆっくりと加速しながら走らせるのだった。



36: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:32:54.97ID:8lPBK+pa0

ボルカノ「こりゃ すごいな!」

快適な速度で風を切る絨毯の上で乗客が感嘆の声を上げる。

アルス「これなら お昼前には 入口まで つくと思うよ!」

ボルカノ「そうか そうか。それなら 夕方までには 帰ってこれそうだな。」
ボルカノ「どれだけ 向こうに いるかにも よるけどな。」

マリベル「ところで ボルカノおじさま 今回の訪問は あいさつだけが 目的じゃないんでしょう?」

ボルカノ「ええ。漁の時 こっちの港で 停泊する許可や 漁獲量の取り決めなどを。」
ボルカノ「こうして 世界中に 国や町 村が復活した以上 いつまでも こっちの好き勝手に 漁をするわけには いきませんからな。」

マリベル「そう… ですよね。」

アルス「…………………。」

船長の言葉に二人はどこか思いつめたように俯いて黙り込む。

ボルカノ「いえいえ これで 本来あるべき形に 戻っただけですから 二人が 責任を感じる必要は ありませんよ。」
ボルカノ「それに オレや漁師たち だけじゃない 村や国のみんな 二人が 世界を救ったことを 誇りに 思っているんですからな。」

アルス「父さん…。」

マリベル「ボルカノおじさま…。」

ボルカノ「二人には どこへ行っても 胸を張っていて ほしいんです。」

そう言って、かつて世界にたった一つだった島の、国一番の漁師はニカっと笑った。

アルス「…………………。」
アルス「うん。」

マリベル「まかしてください ボルカノおじさま! 網元の娘の 名にかけて きっと 悪くない 交渉をしてみせますわ!」

ボルカノ「わっはっはっ! 頼りに してますよ “マリベルさん”!」

マリベル「ぼ、ボルカノおじさ…。」




*「ぐぅ~。」




不意に聞こえた大きな音に少女が振り向くと少年がお腹を抱えて目を見開いていた。

ボルカノ「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「あ アハハハ…。」

二人の視線に気づき、少年は恥ずかしげに自分の腹を見つめて空笑いする。

考えてみれば朝食をとったのは早朝。しかし今、気づけば太陽も地平線からずいぶん離れ、頂との中間辺りに浮かんでいる。
言うなれば丁度“小腹(こばら)がすく”時間だった。

マリベル「……そんなことだろうと 思ったわよ。」

すると少女は待ってましたと言わんばかりに折りたたんだ膝の横に置かれたつづらを開ける。

マリベル「はい これ。」

そう言って少年に手渡したのは一つのサンドウィッチだった。

アルス「えっ!?」

マリベル「急いでたから アンチョビじゃなくて 悪いけど… 今はそれで 我慢してちょうだい。」

アルス「ううんっ すごくうれしいよ! ありがとう。」

そう言うや否や少年は小ぶりなサンドウィッチにかぶりついた。

アルス「……モグモグ……ごくっ。」
アルス「…おいしい。」

マリベル「あったりまえよ! このマリベル様が 作ったんだから当然よ トーゼンっ!」

そんな自信に満ちた態度とは打って変わり、目の前に座る少年の父親に渡すその手はどこかおずおずとしていて緊張した面持ちだったが、
同じように称賛の言葉が返ってくると少女は安堵した様子で小さくため息をつくのだった。



37: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:34:38.18ID:8lPBK+pa0

太陽が頂へと差し掛かろうとする頃、
“魔法のじゅうたん”を丸めて再びなんでも飲み込む不思議な袋に押し込み、一行は目の前にぽっかりと開いた洞窟へと入っていった。

日の光も届かぬ暗闇に青白く光る通路は得も言われぬ神秘さを湛え、まさにおとぎ話の世界を歩いているような感覚を呼び起こす。

そんな光景に包まれながら少年の父親は思ったままの疑問を口にする。

ボルカノ「こりゃまた どうして ここの洞窟は こんなに 明るいんだ?」

アルス「光ゴケ だよ。」

そう言って少年は腰に下げた袋から小さな焼き物の壺を取り出すと、蓋を開けて父親にその光の主の正体を明かす。

なんの変哲もないように見えるそれは、薄闇に反応してボウっと光を放ち始めた。

ボルカノ「ほう……。」

少年は“城”に向かう最中父親に、かつて自分たちが訪れた過去の世界よりもさらに過去のホビット族の王女の話を聞かせた。
光ゴケが繁茂するようになるまでの彼女の苦労、コスタール王との結婚、そして魔王の侵略により命を落としたこと。

ボルカノ「ずいぶん 苦労の歴史が あるんだな。」

アルス「まあね。」
アルス「そう言えば ここの王様だけど……。」

そこまで話して少年はこれから対面するであろう現在のコスタール王のことを思い出していた。

アルス「かなり 変わった人だけど 驚かないでね。」 

ボルカノ「……?」

少年の忠告にいまひとつ返事をできずにいたが、後ろで苦笑する少女の様子からどうやらその言葉に嘘はないことは見て取れた。



38: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:35:36.49ID:8lPBK+pa0

*「やっほ~ 旅のお客人!」



ボルカノ「…………………。」

入口に立っていたホビットの案内人に通されて向かった玉座にその人は鎮座していた。
少年にはもはや聞きなれた挨拶の言葉にも屈強な漁師の男は口を半開きにして固まる。

コスタール王「元気に してた? あれ? 今日は 見慣れない人と一緒だね。」

アルス「先日は どうも 陛下。こちらは ぼくの 父です。」

ボルカノ「……お初に お目にかかります。フィッシュベル村の 漁師 ボルカノと申します。」

息子の紹介を受け、あっけに取られていた父親も我に返って挨拶する。

コスタール王「やあ やあ 初めまして! わしがここの 王様だよ。こっちが わしの妻。」

*「ようこそ 遠路はるばる おいで くださいました。」

王の目配せを受けた小柄な女性は上品、というよりかは可愛らしい微笑みで三人に語り掛ける。

コスタール王「それで 今日は わざわざ どうしたのかな?」

ボルカノ「はい 実は これからの 交易のことで…。まずは こちらに 目をお通しいただけますか。」

[ ボルカノは コスタール王に バーンズ王の手紙を 手わたした。 ]

上質な羊皮紙を受け取り、王はじっくりとその文面に目を通す。

コスタール王「…………………。」
コスタール王「なるほどねー だいたいの 内容は わかったよ。」
コスタール王「ところで お客人 昼食は まだかな?」

ボルカノ「はい… 港からまっすぐ きたものですから。」

コスタール王「こまかい話は 食べながら 話そうじゃないか!」



39: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:36:37.43ID:8lPBK+pa0

昼食の用意を待つ間、来賓用の控室にて少女はグランエスタードの王がしたためた書簡の中身について漁師頭に尋ねていた。

マリベル「ボルカノおじさま 王様はなんて?」

ボルカノ「うん? だいたいの内容は さっき 移動中に 話した通りです。」
ボルカノ「港での停泊権 領海近くでの漁業許可 および 漁獲量の取り決め……。」
ボルカノ「そんなところですな。」

それはコスタールに一方的に押し付けるものではなく双方が納得できるように条件が付されたものだった。
フィッシュベルにも来航する船のための船着き場の拡張が要求されたし、同じようにエスタード島近海での漁業を認可する旨が盛り込まれていた。

マリベル「……そうですの。」

相槌を打つと少女は何か思案するように口元に手を添えた。

ボルカノ「はたして 飲んでくれるか…。」

アルス「大丈夫だよ。」

ボルカノ「…やけに 自信が あるじゃねえか?」

アルス「なんとなく わかるんだ。あの王様は 信用できるって。」

ボルカノ「……そうか。」

少年の見せた確信の表情から父親もなんとなく彼の人の人となりを垣間見たような気がし、
隣で目をぱちくりさせている少女と顔を合わせ、再び少年に向き直ると小さく頷いた。



40: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:38:29.67ID:8lPBK+pa0

玉座の間の隣にある質素な卓の上には、港を擁するだけあってか海の幸が華やかに盛り付けられた皿が並んでいた。
3人の来賓の反対側には迎賓側の王、王妃、王女、王子が座り傍には付き添いで大臣が立っていた。

この手の席に関して三人は心得たものだった。
片や国一番の名士として城に招かれ、王と共に食事をとる機会の多い漁師頭、片や世界中でこれまた王族や領主たちに囲まれて食事をしてきた少年と少女。
片や豪快に、片や遠慮がちにも慣れた作法で馳走を口へと運んでいく。

最初に感嘆の声を漏らしたのは少年の父親だった。

ボルカノ「…うまい。素材の良さを生かした 繊細な味わいで とても 美味ですな。」

世辞を述べる媚はなく、心から舌鼓を打った。

アルス「こちらは…… なんでしょうか?」

少年が見慣れない姿の食材を覗き込んで尋ねる。

*「この辺りでしか 見られない 深海魚です。脂が乗っていて 煮つけに ピッタリなのです。」

と、傍で見ていた大臣が簡単に説明してみせる。

マリベル「これは お酒ですか?」

少女が続けて尋ねる。

コスタール王「うん それは麦芽を醸造したお酒でね。わしらは エール酒と呼んでいるよ。」
コスタール王「見たかんじ お客人たちも もう 大人みたいだし いいかなー と思ってね。」

人懐こい笑顔で王は自慢げに紹介する。
少女は意外にも苦みの中に芳じゅんな香りの広がるこの黄金に魅了され、後で港の酒場で飲めはしないかと早くも考えてはじめるのだった。

コスタール王「それで 今回の締約について なんだけどねー。」

王は笑顔を崩さずに切り出す。

コスタール王「うん こちらとしても これから どんどん 他国と親交を 深めたいし お宅の国とは 縁もあるしね。」
コスタール王「締結しましょう。」

アルス「本当ですか!」

コスタール王「もちろんだよー それに お客人たちの お誘いと あっちゃあねえ! わっはっはっ!」






マリベル「待ってください!!」



41: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:41:26.16ID:8lPBK+pa0

突然声を上げた少女にその場の全員の視線が集まる。

アルス「マリベル?」

少女は隣に座る少年を一瞬見やり、再び視線を王に戻すと物怖じもせずに言う。

マリベル「提案書には 書かれていませんでしたが 万が一 お互いの領海内で 魔物に襲われた場合の対処も 考えるべきかと 思います。」 

ボルカノ「む…っ。」

アルス「あっ……。」

突然の少女の行動に肝を冷やした漁師頭もその息子も、その口から放たれた至極真っ当な提案に思わず声を漏らす。



コスタール王「…………………。」



対する王はしばらく瞬きを繰り返していたが、やがて一息つくと少し間をおいてから急に真面目な表情を作り顎に手をやる仕草をして言った。

コスタール王「それもそうだな。お嬢さんの 言うとおりだ。」
コスタール王「数がめっきり減って ほとんど 見かけなくなった というが 魔物はまだ 確実に おるわけであるしな。」
コスタール王「双方 海上の警備を するに 越したことは ないだろう。」
コスタール王「……ただ 書面に 書かれていない ということは そちらの王は 今の提案を 把握していないんじゃあないかね?」

マリベル「……ごもっともですわ。」
マリベル「……出過ぎたまねを お許しください。」

少女とてこちら側だけ守ってもらおうなどという虫のいい話をするつもりは毛頭なかったが、
残念ながら今から戻って王に伝えに行くには時間が掛かりすぎる。
そこまで考えていたからこそコスタール王の言葉は当然のこととして受け止めていたし、
これ以上勝手に話を進めようとも思わず、素直に謝罪の言葉を口にした。



コスタール王「やだなあ! そんな 悲しそうな顔 しないでよ!」
コスタール王「また後日 こっちから グランエスタードに 遣いを出すから ありがたく その提案は 受け入れるよ!」

マリベル「えっ…?」

コスタール王「ささっ 堅い話は ここまでにして お客人たちの 旅の話を 聞かせてよ! うちの子たちが 楽しみに してたんだ。」

マリベル「陛下……。」

そう言ってすっかり元の笑顔に戻った王は、隣に座る王子の頭を優しく撫でた。

そんな様子を向かい側で眺める漁師頭と網元の娘は、どうして少年がここの王をそこまで買うのかわかったような気がして、自然と頬を緩ませるのであった。



42: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:42:44.45ID:8lPBK+pa0

昼過ぎ。

食事を終えて茶を飲み終えた頃、たっぷりと王の百面相を堪能した三人は港に戻ろうとしていた。

その帰りがけ、王が少年を呼び止めて小声で言う。

コスタール王「最初に 会った時から 見込みのあるコと 思っていたけど 予想以上に 大物だね あのおじょうさんは。」

アルス「……そうですね。まさか あの場で あんな風に言うとは 思いもしませんでした。」

コスタール王「そういうところにも 惹かれてるんでしょ? アルスくん。」

アルス「…!」

コスタール王「気づかれないとでも 思ったかい? なめてもらっちゃあ 困るな。わっはっはっ!」

そんなやり取りの後、王は帰ろうとする少年をまたも引き止め、カジノの特別会員証と何やら同じような材質でできた濃いピンク色の紙を手渡した。

そこには王の直筆でこう書いてあった。


“超とくべつ会員証”


アルス「…………………。」
アルス「陛下 これは……。」


コスタール王「いやあ 平和っていいよね!」


王はそれだけ言うと高らかな笑い声と共に踵を返して玉座の間の方へと歩いて行ってしまった。

何か言いたげな表情のまま固まっていた少年だったが、
出口へと続く階段の上から少女がひょっこり顔を出して呼んできたため仕方なく足早に退出するのだった。



43: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:44:57.28ID:8lPBK+pa0

少年たちが港町に戻る頃には既に日も暮れ始め、夕日に染められた町の市場はまるで絵画のように美しく映えていた。

コスタール王によってしたためられた新しい締約書を保管すべく船へと戻った船長と別れ、
少年と少女は一足先に城の面影だけが残る大きな建物へと向かっていた。
道中どこからともなく熱い視線をちらほらと感じたが、大事になるのを避け散策もそこそこにまっすぐに通りを歩いていた。

*「おや マリベルおじょうさん それに アルスも。」

マリベル「あら コック長じゃないの。」

丁度市場を抜けようとした時、かけられた声に振り向くとそこには大量の食材が詰まった木箱を担いだアミット号の料理長が立っていた。

コック長「今 お戻りですかな。」

マリベル「ええ。これから 少しだけ カジノに 行ってくるわ。」

コック長「そうですか。あまり 入れ込みすぎないように お願いしますよ。」
コック長「さっき覗いてみたら 何人かが 大負け してましたからな。」

マリベル「まったく ばかねー。賭け事は じょうずにやらなきゃ すぐに すっちゃうってのに。」

アルス「ついでに みんなの 様子も 見てきます。」

コック長「お二人とも お気をつけて。」
コック長「……ああ! 今日は 積み荷の整理で 夕飯が 遅くなりそうですから どうぞ ごゆっくり。」



44: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:47:27.94ID:8lPBK+pa0

カジノの中は以前の喧騒を取り戻していた。
とはいえ、魔王の君臨に際しても相変わらず博打に打ち込む客は少なくなかったため大した変化はないのだが、
客の顔は現実から逃げるような悲壮なそれではなく純粋に楽しんでいるように見える。
むしろ真剣な表情で勝負に臨む老若男女の姿にはどこか圧倒されるものがあった。

そんな賭博場の活況をまじまじと眺めている少年と少女のもとへ、その姿を見つけた誰かが走ってきた。

*「ま マリベルおじょうさん! それに アルスも!」

マリベル「どうしたのよ そんなに あわてて。」

駆け寄ってきたのはアミット号のモリ番だった。見ればその顔は屈強な体躯に似つかわず青ざめている。

“何かあった”、というのは一目瞭然だった。

*「そ それが……。」

コック長の言っていた通り、彼を筆頭とする漁師たちは意気揚々とカジノに来たはいいものの、
案の定大負けし、自分たちではとても取り返せない金額になってしまったという。

マリベル「…………………。」
マリベル「あっきれた。まったくいい歳した 男たちが 束になって これじゃあね。」
マリベル「パパに なんて言ったらいいか あたしが 困っちゃうわよ。」

*「そ そこをなんとかっ! 助けてくださいよ~ お二人共!」
*「海の男 一生の お願いです! このままじゃ 俺たち ここで ただ働きしなくちゃ ならないんです!!」

アルス「ええっ!?」

マリベル「…………………。」
マリベル「アルス あたしたちの 持ち金って どれぐらい 残っていたかしら?」

アルス「20000コイン くらいかな。」

マリベル「……で? あんたたちの 赤字は?」

*「…全員合わせて 30000コイン ぐらいです。」

マリベル「ハァ~~~~~。」

長い溜息の後、少女は少年の腕をひっぱり受付へと向かって歩き出した。

*「…………………。」

少女がいったい何をするのかわからず、“不安”の二文字を顔に浮かべたまま漁師たちはぞろぞろとその後を付いて行く。

*「あら いらっしゃいませ。お名前をどうぞ。」

マリベル「アルス。」

くいっと袖を引っ張られ、少年は促されるままに署名する。

*「あら 英雄様 じゃないですか! どうぞ ごゆっくり。」
*「それで アルスさんは 現在 コインを 21504枚 お持ちです。」
*「何枚 お引き出しいたしますか?」

マリベル「全部出してください。」

*「コインの 大きさは どうなさいますか?」

マリベル「端数 以外は 100で。」

*「かしこまりました。少々 お待ちください。」

そう言って受付嬢が奥の金庫へ引っ込むと、未だ少女の真意を掴みかねている漁師の一人がたまらず尋ねた。

*「マリベルおじょうさん いったい どうする おつもりで…?」

男の問いに振り向くと少女は少しだけ口角を上げ、あっけらかんと答えた。





マリベル「足りないなら 増やせば いいんだわよ。」



45: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:48:38.96ID:8lPBK+pa0

*「はい これで お預かりしていた コインは 全部ですよ。」

金庫から戻ってきた受付嬢は「100」と彫り込まれたコインの入った小さめのバケツを抱えて戻ってきた。

マリベル「ありがと。」

*「で でもマリベルおじょうさん いったい そんな大金 どうやって 増やすんでえ?」

マリベル「まあ 見てなさいな。」
マリベル「そのかわり もし うまくいかなくても あたしを 恨まないでよねー。」

*「と とんでもねえっ!」

そうして少女はガタイの良い男をぞろぞろと従えて階段を上っていく。
その様子はもともと可憐な容姿も相まって正真正銘のお嬢様というか、
騎士たちを連れる一国の姫のような雰囲気を漂わせ、嫌でも周りの目線を引くのであった。

一方、少年は上階を目指す手前、近くにいたうさぎ耳の係員に先ほど王から受け取った代物について尋ねる。

アルス「すいません コレ なんですけど…。」

*「…………………。」
*「お客様 コレを どちらで?」

アルス「えっ お 王様から いただきました。」

*「……そうですか。では こちらへ。」

係員はそう言って手招きすると少女たちの行った後に続き階段を昇っていった。



46: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:49:59.37ID:8lPBK+pa0

二階では、さらに上へと続く階段の下で少女が待っていた。

マリベル「あら? どうしたのよ アルス。」

係員に連れられてバルコニーに出ようする少年に遠くから声をかける。

アルス「ま マリベル 先にやっててーっ!」

マリベル「……?」

また子供だましのラッパの音でも聞きに行くのだろうかと不審に思ったものの、少女は言われた通りに3階へと向かって行った。

*「どうぞ ごゆっくり。ウフフフ…。」

そして少年も背中を押され、そのままバルコニーへと消えていくのだった。



47: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:50:44.33ID:8lPBK+pa0

カジノの最上階へとやってくると少女はまっすぐにある場所へと向かった。


*「100ドルスロット…。」


まさに少女の狙いはこれだった。同じスロットでも額が飛びぬけているこの台であればさして時間もかからずに勝敗の決着がつく。
かつて旅の最中も最強の装備品を人数分揃えるために躍起になって通ったものだった。

*「まさかこれで 稼ぐつもり ですかい!?」

マリベル「そうよ。それ以外に 何があるっていうんですの?」

*「し しかし これじゃ 二万枚も あっという間に…。」

銛番の男は青い顔で腕を震わせる。

マリベル「いいじゃないの。どうせ あたしとアルスの コインなんだから。」

そう言うと少女は慣れた手つきでコインを九枚投入し、右側面についているレバーをガチャリと引き始めた。



48: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:52:32.99ID:8lPBK+pa0

始めてから五分、無機質なスロットマシーンとの格闘は一進一退だった。
手元のコインが100枚を切ろうとすればすぐに元の額まで取り戻し、300枚にまで増えたかと思いきや続けざまにハズレていく。
しかし取引される額が大きいせいもあってか無駄に演出が長く、小さな当たりの度に手を止められて少女は早くも辟易とし始めていた。
見守る船乗りたちも始めこそ一喜一憂していたが、やがて反応も薄くなり口数も減っていた。

そうして再び雲行き怪しくなり始めたころ、ふらふらとした足取りで誰かが階段を上ってきた。

*「よお アルス やっときたか。」

気づいた漁師の一人がこちらへ向かってくる少年に声をかける。

アルス「…………………。」

しかし少年は何かを捜す様子で目線を泳がせていたが、やがて台の前で頬杖をついている少女を見つけるとそのふらついた足で近づいていった。

マリベル「……あら アルス ずいぶん 時間かかってたわね。ラッパの調子でも 悪かったのかしら?」

アルス「…………………。」
アルス「………ふ………。」



マリベル「え……?」















アルス「ぱふぱふ。」















マリベル「き…きゃ~~~~~っ!!」



49: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:56:25.16ID:8lPBK+pa0

少年は振り向いた少女の腰から背中に腕を回し、自分の頭を少女の体に近づけるとそのまま心臓をめがけて顔を埋没させた。
突然の少年の行動に何をされているのか分からず少女はしばし少年の黒髪を見つめていたが、
やがて彼が感触を確かめるように顔を左右に振り始めると稲妻よりも早く腕を突き出した。

甲高い悲鳴とともに少年が突き飛ばされて仰向けに寝転び、ゴンっという鈍い音と共に少年が頭を抱えて痙攣する。

“いったい何が起こったのか”と辺りにいた者が一斉に振り向けば、
そこにはぴくぴくと体を震わせる少年と腕を突き出したまま肩で息をする真っ赤な少女がいるだけだった。

アルス「…………………。」

リーチを告げるスロットの音と誰の物とも分からぬ心臓の音だけがやけにうるさい。

マリベル「…………………!」
マリベル「……アルス?」

アルス「…………………。」

少女の呼びかけにも答えず、遂に少年はピクリとも動かなくなった。

マリベル「アルス!」

気づけば少女は先ほど感じた羞恥の感触すら忘れて少年を抱き起していた。

マリベル「ちょっと アルス しっかりしなさいよ!」

肩を揺らされ少年は意識を取り戻す。

アルス「んん…。」
アルス「マリベル… ぼくは いったい…。」

マリベル「…………………。」

頬を染めたまま額を青ざめさせるという器用な芸当をやってのける少女の姿がそこにはあった。

マリベル「アルス…。」
マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」
アルス「っ……!!」

名前を呼んだきりなにも言わない少女と、黙ったまま二人を見つめる観衆を交互に見やり、
少年はぼんやりとさきまで自分の身に起こっていたことを思い出し、声にならない声を一人上げる。

*「あら~ たいへん! 英雄様には まだ 刺激が 強すぎたかしらね~。」

騒ぎを聞きつけて階下からやってきた踊り子と係員が申し訳なさそうな、
それでいて面白おかしそうな顔をしながら、目をぱちくりさせる二人に謝る。

*「ごめんなさいね~ お客様方。あら? そっちのスロット…」

マリベル「…えっ?」

係員に指差された方を皆が振り向くとそこにはすっかり勝負を始める前の状態にもどったスロットマシーンがあった。

当たりを報せる照明を点灯させている点を除いて。

マリベル「うそっ…!?」

そこには確かに『 7 7 7 7 7 』のパネルが一直線に並んでいた。

*「おい 嘘だろっ!?」

*「お お……。」









*「おおあたり~~~~!」






係員が叫ぶと、どこから取り出したのか、踊り子がラッパの軽快な音色でカジノ全体に奇跡の訪れを報せるのだった。



50: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:58:26.84ID:8lPBK+pa0

*「こ… こちらで… 全てになります…。」

受付では100ドルコイン詰め込まれた木箱を抱えた受付嬢が息を切らしながら言った。

*「し… 信じられん…。」

*「こんな ことが…。」

*「夢でも 見てるんじゃあ ねえだろうな…。」

*「いつつ! 引っ張るんじゃねえ!」

アルス「今まで 10ドルスロットでも 出したことなかったのに…!」

マリベル「お おほほ… おほほほほほほっ!!」
マリベル「…………………。」

アルス「…差し引き いくら?」

*「はい 皆さんの 損得合計で… 3006054枚です!」

マリベル「さ… さんびゃくまん……。」
マリベル「ど どうしようっ アルス!!」

思わず横に立つ少年の肩と手首を掴んで揺さぶる。

アルス「ぼ ぼくたち もう 欲しい景品もないしねえ……。」

落ち着きなく狼狽えているとどこからともなく異様な雰囲気を嗅ぎつけてカジノ中から客がやって来た。
恨めしそうな目でコインの束を見つめてい者もあれば、羨望の眼差しで見る者、すがるような眼を向ける者と三者三様だったが、
あれよあれよという内に一行の周りは人だかりで完全に埋め尽くされてしまった。

“まもののむれよりも質の悪い連中につかまった”と、万が一の事態に備えて少年は自分の背に少女を隠す。

しかしそんな中、少女が少年にそっと耳打ちをすると、しばらく考える素振りの後、少年もそれに同意して頷く。
それと同時に少女は冷や汗を浮かべる受付嬢に、否、周りの雑踏にも聞こえるようにわざとらしい大声で語り掛ける。

マリベル「もし。ここにあるコインを 皆さんが抱える 赤字にすべて 当てて差し上げて よろしいかしらん?」
マリベル「それから これをチップに 今夜 ここで パーティーを 開いて いただけませんこと?」

思いがけないというより普通であればありえない提案に、受付嬢も、漁師たちも、見物客たちもが文字通り“絶句”した。

どこからともなく聞こえてきた“ごくり”という音は幻聴の類では決してないだろう。

しばらく蝋人形のように固まっていた受付嬢が走って執務室へと向かい戻ってくるまでの間、痛いほどの静寂が辺りを包み込んだ。

そして…。



*「お待たせしました。」



やがて受付嬢と共にやってきたのはこのカジノを任されているであろう人の良さそうな初老の男性だった。

*「そのご提案であれば よろこんで お引き受けいたします。では 早速。」
*「こちらにありますは 当カジノで 記録されている 負債者リストです。」
*「どうぞ これを。」

[ マリベルは 負債者リストを うけとった! ]

マリベル「ありがとっ。」

[ マリベルは メラを となえた! ]

小さな発動音と共に少女の手元にあった紙の束は一瞬で燃えカスとなった。

その瞬間、一斉に歓声と拍手が沸き起こり、一行をかき分けてなだれ込んだ群衆の手により少女は宙を舞った。

*「うおおおっ!」

*「女神だ! 女神さまが 舞い降りられたぞ!」

*「女神様 ばんざーい!!」

マリベル「きゃっ! ちょっとぉ! うわっ! あははっ!」

二回、三回、四回、五回。

いつの間にか少年も漁師たちも加わり、女神と称された少女は何度も天を舞うのだった。



51: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 11:59:45.35ID:8lPBK+pa0

*「ふぁ~~ えらい目に あったわ。」

*「そう? けっこう 楽しそうだったじゃない?」

散々揉みくちゃにされた後、やっとのことで喧騒から抜け出した少年と少女は、
今は二人、建物の西側にあるテラスで宴の準備が整うまでの間時間をつぶしていた。

マリベル「そうだけどさあ 危うく スカートの中 見られるところだったわよ。」

アルス「あはは… そういえば さっきは ごめん。」
アルス「ぼく 変なこと 言ってなかった?」

マリベル「変なことなら しっかり 言ってたわよ。しかし あんた バルコニーで なにやってたのよ?」

アルス「うっ…。ラッパよりも 効果絶大な 幸運の儀式とか 言ってさ。」
アルス「二人に 挟まれて……。」

少年は先ほど自分が見た天国と地獄を思い出し思わず身を屈める。

マリベル「…………………。」
マリベル「アルスの えっち。」
マリベル「それで あんなこと したのね…。」

アルス「ご… ごめん。」

マリベル「……ふんっ。」

“これはいよいよ嫌われてしまったか”

昨晩の熱い抱擁と口づけの後がだけに少年はがっくりと項垂れる。

マリベル「…た……ん…ね。」

アルス「えっ?」

マリベル「ううん。いいわよ。特別に ゆるしたげるわ。」
マリベル「効果は 本物だった みたいだしね。」

果たしてツキをもたらしたのはバルコニーにいた女性たちなのか、それとも彼自身なのか。

今となってはどうでもいいことだった。



52: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 12:00:55.30ID:8lPBK+pa0

日も完全に沈んだころ、カジノを擁する港町は昼に見た市の活況とはまた違った喧騒に包まれていた。誰もが浮足立ち、妖しく光るランタンが建物の輪郭をくっきりと浮かばせる。

夜の街。

そんな言葉がぴったりと当てはまる。

そしてより多くの人の息遣いが、市場を抜けた先の一際大きな建物から聞こえてくる。

*「それでは 今宵 世界を救った英雄と 同じく女神様の ご厚意を賜りまして 祝杯を あげましょうぞ。」
*「乾杯!!」



*「「「「かんぱーいっ!!」」」」



賭博場の一階では普段使われない卓や椅子を持ち出して席が並べられた。
それらに囲まれた支配人が号令を挙げると一斉に杯を打ち合う甲高い音が響きあった。

コスタールでは日常的に飲まれているエール酒が、蔵からこれでもかと運びこまれ存分に振舞われた。
チップをはずまれホクホク顔の料理人や給仕者がせわしなく行きかい、山ようなの料理を次々と運んでくる。

ボルカノ「しっかし マリベルおじょうさんには 本当に 頭があがりませんな。あのままじゃ 明日からの漁に 支障がでるところでしたよ。」

コック長「いやはや おかげ様で 調理の手間も省け 一回分の食費も 浮きました。」

マリベル「コック長が 調理を始める前で よかったわ。作ってもらって 食べられないんじゃ 申し訳が立たないもの。」

*「おれ おじょうさんに 一生 ついて行きます!」

マリベル「もう おおげさねえ。」

*「オレ このまま ここに取り残されちまったら どうしようって 思ってたんです。」
*「そんなことになったら オレは… おれぁ…。」

船員の一人は早くも泣き出す始末。

最初こそ近くにいた者たちと料理を頬張っていた参加者たちも、
ある程度腹が満たされたのか次第に席を立ち始め、少女の周りはすっかり人だかりとなっていた。

*「女神様 ささっ ぐいっと いってくだせえ! うぇっへっへ。」

*「ああん 女神様 こっちで 一緒に 飲みましょうよ!」

*「み 水…。」

*「おーい 酒だ! 酒 もってこい!」

*「おい 誰だ 足 踏んだやつ!」

マリベル「えっ ちょっと まだ 空いてないってば!」

*「おお~ 欲望の街に 舞い降りた 女神~ その名は マリベル~。」 

もうめちゃくちゃである。

*「あら~ 英雄の お兄さん ハンサムじゃない。」

*「お姉さんたちと ご一緒に いかが~?」

*「わはははっ! あんちゃん ほれほれ もう一杯!」

アルス「えっ あれっ…!?」

慣れない歓迎ぶりに戸惑い助けを求めようにもどこに誰がいるのかさえわからない。

敢え無く二人ともされるがままに時が過ぎていくのだった。



53: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 12:03:22.92ID:8lPBK+pa0

アルス「し しんどい…。」

もはや英雄どころかただの玩具になっていた少年は、やっとのことで人込みを抜け出し、今は風に当たるために灯台の階段を上っていた。

アルス「こ ここまでくれば 大丈夫だろう。」
アルス「…マリベルは 無事かな……。」

結局あれから一度も顔を見ていない幼馴染の身を案じながらも、今は捜しに行くだけの余裕もなくただひたすら足を進める。

そうして屋上への階段を上りきった時。

*「…………………。」

少女が手すりにもたれて立っていた。

アルス「よかった ここに いたんだ。」

マリベル「……アルス。」

少女の方は別段酩酊している様子もないが、ほんのり赤みを差した頬に緩慢な動作はどことなく色気を発していた。

アルス「いつからここに?」

マリベル「少し前よ。火照った 体を覚ますには ちょうどいいわ。」

アルス「そっか。」

そう言って少年は少女の隣に立ち手すりに寄りかかる。

マリベル「まさか あそこまで 揉みくちゃに されるとは 思わなかったわよ。」

アルス「まったくだよ。さすがに まいったね。」

マリベル「……でも これで よかったのよね。」

アルス「うん。どうせ あんなに 持っていても 仕方ないしね。」
アルス「ちょっと 驚いたけど いい選択だったと思う。」

マリベル「…ふふっ ありがと。」
マリベル「念願の エール酒も たらふく 飲めたし 言うことないわね。」

アルス「あれ? そういうこと?」

マリベル「じょーだんよ ジョーダン。」

アルス「それにしても マリベル 変なことされなかった?」

マリベル「変なこと? ええ まあ ぐいぐい来る おじさんは いたけど 手酌してあげてたら すぐに ひっくり返ったわよ。」

アルス「うわあ。」

マリベル「そういう 英雄サマこそ 女の人に 囲まれて デレデレ してたんじゃないでしょうね!」

アルス「そ そんなことないよ…。」

マリベル「ふーん? ……ぱふぱふ。」

そう言って少女は悪戯な笑みを浮かべて少年の胸板の間に人差し指を這わせくるくると撫でまわしてくる。

アルス「それはっ……!」



54: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 12:05:30.66ID:8lPBK+pa0

マリベル「ふふっ。いいわ 信じてあげる。」

アルス「…………………。」

マリベル「何よ。なんとか 言ったらどうなの?」

アルス「あっ ゴメン。すごく 優しくなったなー と思って。」

マリベル「……あたしが?」

アルス「うん。」

マリベル「ばっ ばかねー。あたしってば もともと こんなに優しいのに。」

アルス「えっ いや それは そうなんだけど……。」

マリベル「…もう! どっちなのよ!」

アルス「あはは ごめんごめん。」

マリベル「むう……。」

アルス「…………………。」

そう言ってわざとらしくむくれる少女の顔を見つめながら少年は彼女の変化について思い起こす。

これまで何度となく浴びせられた理不尽な非難の数々、棘のある言葉、他人との露骨な比較。
それらが今ではすっかりとなりを潜めてしまっている。
思い返せば旅の終盤、魔王が復活してからその兆しはあったのだが、いったい何が彼女をここまで変えてしまったのだろうか。
少年にとっては喜ばしいことなれどその原因がいまいち分からず、というよりは急激な変化についていけず、
自分がどこかぎこちなく接してしまっている気がしてならなかった。

マリベル「ねえ… どうしたのよ 人の顔 ジロジロ見て。」

アルス「え? あっ ああ なんでもない。」

マリベル「…変な アルス。はあ~~ 話してたら 喉乾いてきちゃった。」
マリベル「さて! もう一度 飲みに行きましょっ。主役が いつまでも 席空けてちゃ みんな 不安だろうし。」

アルス「まだ飲むの!?」

マリベル「あら? まさか か弱いレディを 一人置いて行くつもり?」
マリベル「どうなっても 知らないわよ~。明日になったら どこにもいなくて みんなで 探すことになっても。」

アルス「…行きましょうか。おじょうさま。」

マリベル「よろしい! うふふっ。」

そうして再び主賓を迎えた宴会場は再び熱狂に包まれ、華やかな宴は真夜中を過ぎても続いたのだった。







そして……



55: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 12:06:13.74ID:8lPBK+pa0

そして 夜が 明けた……。



57: ◆N7KRije7Xs:2016/12/24(土) 12:09:01.99ID:8lPBK+pa0

第2話の主な登場人物

アルス
漁師としての修行と同時にグランエスタードの大使として各地へ旅することに。
コスタール王に渡された超とくべつ会員証により災難(?)に見舞われる。

マリベル
アルスと共にエスタード島からの大使としての役割を担う。
持ち前の発想力でアルスとボルカノを助ける。
思わぬ展開からアルスにより「ぱふぱふ」をさせられるがその心境やいかに。

ボルカノ
バーンズ王より命を受けてアミット漁の間各地へ文書を届ける任を請け負う。
少年と少女の仲を微笑ましく見守る。

コック長
寄港した町や村で買い出しのリーダーを務める。
ギャンブルなどにはあまり興味がない。

漁師たち
アルス、マリベル、ボルカノがいない間暇を持て余しカジノに興じる。
しかし勝負強さを自負する海の男たちも初めてのカジノには少々てこずった様子。
マリベルの強運により難を逃れる。

コスタール王
フランクな言葉遣いが特徴だが実は非常に聡明な一国の主。
ホビット族の妃とは一男一女をもうけている。
真面目な話や緊急事態には本来の厳格な王としての姿が顔をのぞかせる。
その後の騒動を作ったもともとの原因(?)



60: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:25:28.79ID:egR44K5f0

航海三日目:忍び寄る影



61: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:26:15.30ID:egR44K5f0

アルス「あたま いたい……。」

朝日と共に少年が目覚めるとそこは宿屋の一室だった。

昨晩少女に付き合って散々飲んだ後、少年はふらつく足を引きずって予め予約していた宿まで戻ってきた。

しかしその後の記憶はぷっつりと消えている。

寝巻を着ている限りちゃんと着替えてから床に就いたようではあるが。

アルス「どうして マリベルが ここに……?」

柔い感触に布団を捲るとまさにこの頭痛の原因となった少女が少年の胸にすっぽりと頭を埋めていた。その体にはいつぞや神が半ば強引に押し付けてきた桃色の寝間着を纏っている。

アルス「これは…… ぼくは いったい…。」

ただでさえ鈍った頭に加えてのこの状況に少年の思考は完全に追いついてこない。

そうして重たい頭を回転させてなんとか記憶を整理しようとしていた時だった。

マリベル「う… ん……。」
マリベル「…おはよう アルス。」

少女が目を覚まし、頬を赤らめトンデモナイことを口にするのだった。





マリベル「もう… アルスってば だいたん なんだから……。」



62: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:27:47.77ID:egR44K5f0

*「おはよう ございます。ゆうべは おたのしみでしたね。」



アルス「ご主人まで!」

マリベル「うふふっ。」

少年は少女にすっかり騙されたのだ。
ベッドから起き上がると少女は盛大に吹き出しながら「嘘よウソ」と言い、着替えるからと自分の部屋に戻って行ってしまった。
少女の出て行った部屋で少年は顔を真っ赤にしたまましばらく動けずにいたのは言うまでもない。



63: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:28:17.72ID:egR44K5f0

マリベル「だ~か~ら~ ごめんってば!」

宿屋を出てからというものの少年は青い顔のまますっかり黙り込んでしまい、
何度呼び掛けても“ああ”だの“んん”だのといった生返事しか返ってこず、痺れを切らした少女が遂に折れた。

マリベル「酒に付き合わせて 仕舞いに 勝手に 潜り込んじゃったのは 悪かったけどさ…。いい加減 しゃんと しなさいよ!」

アルス「うん…。」

後者も少年にとっては由々しき事態であったが、今は酔いを醒ます手段を捜すほうに軍配が上がっていた。

アルス「み… みず…。」

朝食にもろくに手が付かなかったのはお約束である。



64: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:29:11.59ID:egR44K5f0

ボルカノ「よーし 出航だあー!!」

準備を終えたアミット号は次なる中継地を目指して海原へと乗り出した。

ボルカノ「おう アルス もう 動けるのか?」

アルス「これでも ザル二人の子だからね…。」

ボルカノ「しかし 聞いたぞ アルス。なんでも マリベルおじょうさんに 手ェ出したらしいじゃねえか。」
ボルカノ「おまえも 隅に置けない奴だな。わっはっはっ!」

アルス「と 父さんまで!」

マリベル「まあ お義父さま ったら…。」 

アルス「もうっ!!」

ボルカノ「冗談だ 冗談。」

マリベル「うふふふ…。」

アルス「みんなして ひどいや…。」

ボルカノ「わっはっは! それにしても 今日はいい風だ。」
ボルカノ「この分だと 今日はかなり 距離を稼げそうだな。もしかしたら 今日のうちに 着けるかもしれん。」

マリベル「あれから どうなってるのかしら。」

アルス「…フォロッド城か……。」

漁船アミット号の次なる目的地は魔王によって一時は住民全てが消されたという城、フォロッドだった。

魔王と対峙する前に噂を聞きつけやってきた時には既にもぬけの殻となっていたこの地方にも人々が戻ってきているらしいが、果たして現在彼らはどうしているのだろうか。

魔王討伐後に寄らなかったため実際のことは何もわかっていない。しかし国がある以上はそこの主君と何らかの締約を取り付けなければならない。今度の訪問は視察も兼ねて非常に重要なものだった。



65: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:30:06.84ID:egR44K5f0

昼過ぎ、船長の言う通り予定よりも早くコスタール地方の南端を通過し、漁船アミット号は東へと進路を変えた。
するとそれまで体を休めていた漁師たちが慌ただしく動き始める。



今回の船旅で最初の漁が始まろうとしていた。



アルス「…いよいよだ!」

少年も今は普段着ではなく作業用の軽装に身を包んでいる。

狙うは昨日コスタール城で振舞われた深海魚。
今回は長旅ということもあって捕ったものはその場で裁いて塩漬けにし、干物として持ち帰ることにしていた。

*「それっ 網を投げろー!!」

号令と共に一斉に網が深い青色の海へと投げ込まれる。

マリベル「そーれっ!!」

わざわざ持参した作業着に身を包み少女も屈強な男たちに混じって大きな網の一端を持って海へと投げ込む。
どうやらこの辺りの海域はかなり水深があるらしく、あっという間に網は深淵へと沈んでき長い長い縄が限界まで伸びきった。



66: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:32:07.95ID:egR44K5f0

マリベル「さーて 何が かかってるかしらね~。」

網を投げ込んでからかれこれ二刻は経っただろうか。緩やかな追い風を受けてアミット号は北東に見える次なる大陸を目指し前進していた。

ボルカノ「よーし そろそろいいだろう。網を引くぞ!!」

*「「「おおー!!」」」

船長の号令と共に男たちが一斉に甲板に集まり、いよいよ収穫を確かめようとしたその時だった。

*「…………………!」

艫(とも)で見張っていた船員が“何か”の接近に気付いた。

不自然な泡を立たせ、船を追いかけてくるその異様な気配の正体は。




*「まものだーっ!!」




アルス「…っ!」

見れば黒い影が三つ、四つ、猛烈な速さで追い上げてくる。

*「このままだと 追いつかれるぞーっ!」

ボルカノ「なんだと!」

マリベル「……アルス!」

アルス「うん!」

二人は顔を見合わせ、少年は船首へ、少女は船尾へそれぞれ走りだした。



67: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:32:44.85ID:egR44K5f0

アルス「追い風よ……来いっ!」

少年が念じるとそれまでゆったりと流れていた風が船の真後ろから強く吹き付け、帆を力強く押し始めた。

マリベル「くらいなさいっ! イオナズン!」

少女が詠唱するとまだ少し離れた位置にいる黒い影のやや手前で想像を絶する大爆発が起こり、一帯に真っ黒な煙が立ち込める。

ボルカノ「や… やったのか?」

マリベル「…まだよ!!」

黒煙の中からは再び影が追ってきていた。その数は爆発の前よりも増えているように見える。

*「このままだと 追いつかれますぜ!」

マリベル「あんまり 派手にやると ロープが切れちゃうわよね…。 何か いい手は…。」
マリベル「…………………。」
マリベル「人の見てる手前 使いたくは なかったけど… なりふり かまってられないわね!」

そう言うや否や、少女は全身に青白い光を纏わせる。

マリベル「スゥーーーーっ はああああああ!!」

[ マリベルは ぜんしんを ふるわせ つめたく かがやく いきをはいた! ]

吐き出された息は船の後ろをみるみる凍らせ、海上に大きな氷の壁を作り出した。

*「ひえええ!」

目の前で人間離れした技をやってのける少女に恐怖すら覚え、急激に温度の下がった船上では漁師が思わず悲鳴を上げる。

マリベル「アルス! もっと早く 進めないの!?」

そんなこともお構いなしに少女は船首で風を操る少年に向かって叫ぶ。

アルス「これ以上は無理だ!!」

一方の少年も精神を集中させて追い風を起こし続けるが網にかかった獲物の重みのせいか思うように船の速度は上がらない。そうこうしている内に再び黒い影が現れ、あっという間に開いた距離を詰めてくる。

マリベル「やるしかないわね… アルス! 迎え撃つわよ!」

アルス「わかった!」

もしもの時のために用意してきたグリンガムの鞭とオチェアーノの剣を握りしめ、船員を非難させて身構える。

*「…………………。」

船の横まで付けてきた影が消え、一瞬の静寂が訪れる。

アルス「……来る!」

こうして魔物の群れを追い払うべく、“最後の戦い”以来“最初の戦い”が幕を開けた。



68: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:34:54.52ID:egR44K5f0

まず甲板に飛び込んできたのは先ほどの黒い影の正体だった。

*「ぐうおーん!!」

マリベル「キルゲータ……!」

堅い甲羅に鋭い牙を持つこの海亀の化け物は陸上でも素早く移動してくる厄介な相手ではあったが、経験を積んだ二人にとってはもはや敵ではなかった。
少女が鞭で数体を縛り上げるとすかさず少年が拳で何度も殴りつけ、いとも容易く甲羅を砕いていく。
ものの数秒でけりが付き、魔物たちはあっという間に沈黙して甲板に転がった。

マリベル「次が 来るわよっ!」

再び海面を見やると体を大きく膨らませた八本足の怪物が少年たちを押しつぶそうと飛び込んできた。

アルス「ダゴンか…!」

*「うぞぞぞ……!」

寸でのところで少年は獲物を抜きその体を受け止めると、剣先に灼熱の炎を纏わせる。
相手がたまらず力を緩め仰け反る瞬間を見逃さず少年は大きく切り払い数本の足を吹き飛ばす。

*「ほ ほふうっ…!」

強烈な一撃に体勢を崩しよろける軟体の化け物だったが、紫色の体を大きく膨れ上がらせると、落とされた筈の足がみるみる生えてきた。

マリベル「しつこいのよっ! このタコスケ!」

そんな光景をみすみす見逃すはずもなく、少女は再生中のそれの足を鞭で絡めとり引き倒すと、
宙へと大きく飛び上がりその反動で怪物を船外へと投げ飛ばす。

マリベル「きりさけーっ!!」

そのままバタバタ足を動かしながら宙を舞うそれに幾重もの空気の刃を飛ばし、あっという間に切り身にして海へと還してしまった。

マリベル「ふんっ 他愛ないわね。」

アルス「まだ だっ!」

少年が叫ぶと同時に船体が大きく揺れ、二人は思わずバランスを崩す。

マリベル「わわっ なに!?」

*「あんぎゃーす!」

けたたましい咆哮を浴びて振り向くとそこには青い鱗に身を包んだ巨大な水竜が首をもたげていた。

アルス「ギャオース…!」

マリベル「こいつっ…!」

強力な息吹に加え、その巨体で何度も突進されては船が危ない。
一刻も早く船体から引き離さなければあっという間に漁船は沈められてしまうだろう。

アルス「マリベル どいてっ!」

マリベル「!」

少女が身を翻し距離を取ると、少年は今にも息吹を吐き出そうとしているそれに向かって一直線に駆け寄ると、その顎下に狙いを定めた。

[ アルスは こしを ふかく おとし まっすぐ あいてを ついた! ]

*「あぎゃあっ!!」

渾身の正拳をもろに喰らい、その巨体は嘘のように吹き飛んだ。

アルス「…………………。」

少年は巨体が沈んだ先をじっと見つめ、敵の気配を探る。

すると少し離れた地点から巨大な水柱が上がり、再び姿を現した海竜が船側に向かって突進してきた。

*「ぎゃおおおおおす!」

マリベル「無駄に タフな やつね…!」
マリベル「でも これで終わりよ! 喰らいなさいっ!」

[ マリベルは メラゾーマを となえた! ]

少女がそう叫ぶと空中に巨大な火の玉が出来上がり、しぶきを上げながら接近する頭めがけて落下した。 

*「あぎゃああああっ!!」

身もよだつような断末魔を上げ、焼け焦げた体をひっくり返したまま、その脅威は遂にピクリとも動かなくなるのだった。



69: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:35:54.73ID:egR44K5f0

マリベル「…………………。」


神経を研ぎ澄まして辺りの様子を探る。

海面はどこまでも澄み切り、波は元の静けさを取り戻していた。

アルス「どうやら 今ので 最後のようだね。」

そう少年が呟いた時。



*「「「うおおおっ!!」」」




それまで階段の下で息を潜めていた漁師たちが一斉に歓声を上げた。

*「すげぇ! 見たかよ 今の!」

*「わはははっ! こりゃあ 今回の旅は 銛の手入れが 少なくて 済みそうだな!」

ボルカノ「やるじゃないか 二人とも。さすがは 世界を救った 英雄なだけあるな!」
ボルカノ「あんなにいた 魔物の群れが あっという間に 片付いちまった。」

アルス「いやぁ…。」

父親の褒め言葉に少年は頭を掻いて俯く。

マリベル「当然よ トーゼンっ! あたしとアルスが いれば あんなの へでもないんだから!」

対照的に少女は腰に手を当て得意気な表情で漁師たちの輪の中で称賛を浴びている。

ボルカノ「一時は どうなるかと 思ったが これなら どこへ行っても 大丈夫そうだな。」

マリベル「任しておいて ボルカノおじさま! このあたしの手にかかれば どんな奴が 来ても スライム同然だわよ!」

ボルカノ「わっはっはっ! 頼りにしてますぜ。」
ボルカノ「……ところで スライムって なんですかい?」



70: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:38:07.09ID:egR44K5f0

落ち着きを取り戻した船の上では甲板に散らばった魔物たちの残骸が処理され、今度こそ網を引く時がやってきた。

ボルカノ「よし 網をひけー!」

*「「「せーのっ!」」」

漁師の掛け声とともにリズム良く網が引き上げられていく。

アルス「ふんぬっ!」

マリベル「そーれっ!」

少年と少女は作業着を汗で濡らしながら一心に網を引いてゆく。
いくら巨大な魔物を吹き飛ばす力があるとはいっても、二人にとってそれが重労働であることには変わりなかった。

*「お 網が見えてきたぞ!」

アルス「くぅ… お 重いぃい!」

ボルカノ「しっかりしろ アルス。そんなんじゃ 獲物は 引き上げられないぞ!」

アルス「は はい!」

父親の檄を受け、少年の全身に力が入る。
なんとか網全体を引っ張り上げると、そこには見たこともないような奇怪な魚たちがかかっていた。

ボルカノ「ふむ まあまあ だな。」

*「お目当ての奴も それなりに 入っているし ひとまずは 成功ってとこですかね。」

マリベル「しかし ずいぶん 薄気味悪いのが 入っているのね。」
マリベル「これなんて ぶにぶにしてて 気持ち悪い……。」

ボルカノ「わっはっはっ。深海の魚ってのは 変わったやつが 多いんです。」

曰く、以前少年たちが旅をしていた際にも何度かこの海域で漁をしたことがあったそうだが、
その時の収穫を島に持ち帰っても皆気味悪がって誰も買い付けなかったのだとか。

しかしコスタールで味わったように、見た目は少々難ありでもコクのある味わいが楽しめるとあれば
今まで食わず嫌いしていた人たちも食べるようになるであろう。

そんな思惑から漁師たちは獲れた魚たちをすべて処理することにしたのだった。



71: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:39:42.78ID:egR44K5f0

比較的小さな個体を何匹か持って少女が調理場へと向かっていった後、
漁師たちは魚を捌いて天日干しにし、現在は網に絡まった海藻やらゴミやらを取り除く作業に取り掛かっていた。

ボルカノ「しっかし まだ この辺の海には かなり強力な 魔物が 生息しているみたいだな。」

先ほどの魔物による襲撃を思い出し漁師頭が浮かない顔で言う。

アルス「そうだね……。魔王がいなくなって 少しずつ 減ってきてはいると思うんだけど。」

少年の言う通り魔王の影響がなくなった今、凶暴な魔物たちはその数を減らしつつあるという報告が入ってきており、
漁を行うという決定もそんな報せを聞いた網元が下したものであった。

しかし実際に相対してみるとその脅威は予想を遥かに超えるものがあった。
ある程度は漁師たちも自分の身を守る術を会得しているとはいえ、少年と少女がいなければ今頃どうなっていたか分からない。

ボルカノ「コスタール王に 安全保障を 取り付けたのは 正しい判断だったかもな。」
ボルカノ「まったく マリベルおじょうさんには 頭が 下がりっぱなしだぜ。」

アルス「本当にね。」

ボルカノ「おまえも 良い嫁さんを 貰ったもんだ。あ いや 婿に行くんだったか?」

アルス「えっ!?」

突然父親の口から飛び出してきた言葉に少年は思わず飛び退く。

ボルカノ「知らないとでも 思ったか?」

アルス「……もしかして あの晩 見てた?」

ボルカノ「見てた? じゃねえ。見せつけてくれたのは どこの 誰だ?」

アルス「うぐっ…。」

ボルカノ「わっはっはっ。孫は 最低でも 二人はほしいもんだ。」

意地の悪そうな笑顔で父親は高らかに笑う。

アルス「と 父さんっ!」

ボルカノ「それはさておき アルス。」

少年の講義をかわすように父親は真面目な顔に戻ると、息子にとあることを提案する。

ボルカノ「今後のことを 考えると 一回 王様のところに 行ったほうが いいと思うんだが おまえは どう思う?」

アルス「……うん。フォロッド城に着いたら 一度 グランエスタードに 飛んだほうがいいかもしれないね。」

ボルカノ「また じゅうたんを 使うのか?」

アルス「いや 今度は もっと 早い方法があるよ。ただ……。」

ボルカノ「ただ なんだ?」

アルス「人によっては ちょっと 気分が 悪くなるかも。」

ボルカノ「へえ なんだか知らんが とんでもない 方法みたいだな。」

アルス「慣れれば 便利なんだけどね。」

ボルカノ「楽しみに しておくか。」



72: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:41:44.80ID:egR44K5f0

そうして日も暮れた頃、昼間捕れた深海魚が煮つけや刺身、塩焼きとなって食卓に並び、
それぞれの味や触感についてあれこれ感想を述べあった後、明日の予定について会議が開かれていた。

ボルカノ「まず フォロッド城の 南方に位置する港についたらアルスとオレで 
一度グランエスタードに戻って 今回の魔物の襲撃や コスタール王との締約について バーンズ王と話してくる。」

アルス「移動は 一瞬で済むので みなさんは 先に 城へ行ってください。ぼくたちも 話が終わり次第 直接 城に行きます。」

ボルカノ「着いたら 城をブラブラ しててもいいが できるなら そっちの王に謁見を 申し込んでおいてくれ。」 

*「ウス!」

アルス「マリベルは どうする? ぼくたちと 来る?」

マリベル「そうねえ 言い出しっぺは あたしだから あたしが 直接 王様に報告するのが 筋ってもんよねえ……。」

ボルカノ「でもそうすると フォロッド王の 顔見知りが誰も いなくなりませんかね。」

マリベル「それも そうですね…。」

アルス「…………………。」
アルス「大丈夫だよ マリベル。王様には僕から 言っておくから。」

マリベル「あら そう? じゃあ あたしは 先に 行くとしようかしらね。」

ボルカノ「他に 何かある奴はいるか?」

*「…………………。」

ボルカノ「…決まりだな。 よし 会議は終わりだ。各自 持ち場に戻ってくれ。」

*「「「ウス!」」」



73: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:43:38.37ID:egR44K5f0

やがて夜も深まり、月が煌々と海面を照らす中、少年と少女は食堂の卓を囲んで何やら話し合っていた。

アルス「…どう 思う?」

響き渡る料理人たちのいびきの間を縫うようにして少年が小さく呟く。

マリベル「どうって 魔物のこと? そうね… あれから 日も浅いし まだまだ 出てきても おかしくはないと 思うけど?」

アルス「そう。そうなんだけどさ。」
アルス「本当に 魔王が 倒れただけで 魔物たちが いなくなるのかなって。」

マリベル「…ははん なるほどね。」
マリベル「言われてみれば そうよね。魔王も神も いないと思われていた時だって しっかり魔物は 存在していたし 襲ってきてたものね。」

アルス「うん。」

マリベル「でも まあ 少なくとも 凶暴な連中は 魔王が復活してから でてきたわけだし
 その魔王が いなくなった今 そいつらがいなくなるのは 時間の問題なんじゃないの?」
マリベル「今いる奴らが どう いなくなるのかは 分からないけどね。これ以上増えないっていうことは 確かなんじゃないかしら。」

アルス「もし 全然 減らなかったら?」

マリベル「もう ネガティブねえっ。その時は また あたしたちで ぶっ飛ばしてやれば いいじゃないの!」

そう言って少女は握り拳を少年の鼻面に突き出す。

アルス「…………………。」
アルス「は…はははっ!」

マリベル「…何よ なんか 文句でもあるの?」

アルス「ううん 違うんだ。やっぱり マリベルは マリベルだなって。」

怪訝そうな顔で睨む少女に少年は涙を拭きながら笑ってみせる。

マリベル「なによそれ~。バカにしてるの?」

アルス「褒めてるんだよ。やっぱり マリベルはこうで なくっちゃね。」

マリベル「…………………。」

アルス「……ありがとう 安心したよ。」
アルス「うんっ。その時は また ぼくたちで がんばろう。」

マリベル「……わかれば よろしい。」

そんな少年の頷きに少女は満足げに口角を上げる。

マリベル「さてっ あんた 交代まで 時間あるんでしょ? 何かあったら 起こしてあげるから もう 寝たら?」

そう言って少女は少年のハンモックを指して目配せする。

アルス「マリベルは まだ 寝ないの?」

マリベル「お生憎サマ あんたと 違って 体力が 有り余ってるのー。」
マリベル「ほらっ わかったら さっさと 寝なさいな。」

アルス「う うん…。おやすみ マリベル。」

半ば強引に背中を押される形で、少年は戸惑いながらも少女の指示に従い横になるのだった。



74: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:44:41.84ID:egR44K5f0

*「あれ マリベルおじょうさん そんなところで 何やってるんです?」

少年が眠ってからしばらく経った頃、一人の漁師が自分の役割を終えて食堂へと戻ってきた。

マリベル「…ん? あ ええ……。ちょっとね。」

*「……アルスが どうか したんですかい?」

漁師は眠っている少年の顔を見て不思議そうに尋ねる。

マリベル「ううん べつに。ただ 間抜け面だなー と思ってね。」

*「はあ… それより そろそろ そいつを 起こさなきゃ ならないんですが。」

マリベル「あら もう 交代の時間?」

*「へえ。」

マリベル「あっそう。邪魔したわね。」

そう言って少女は少年の元を立ち去ろうと足を踏み出す。

*「おじょうさんも お休みに なりますか?」

マリベル「ええ さすがに 今日は 疲れたわ。万が一のことがあったら と思って 起きてたんだけど もう 大丈夫そうね。」

*「さすがは マリベルおじょうさん。 おれたち 頭が 下がりっぱなしでさぁ。」
*「ゆっくり おやすみになってくだせえ。」

マリベル「ありがとっ ふあぁ… おやすみ~。」

そう言って少女は眠気眼をこすりながら自分の寝床のある調理場へとゆっくり歩いていくのだった。



75: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:46:39.34ID:egR44K5f0

*「おい アルス 起きろ。交代の時間だぞ。」

アルス「……んん…はい…。」
アルス「あれ マリベルは?」

少年は辺りを見回し先ほどまでここにいた少女の姿を探す。

*「おじょさんなら ついさっきまで おまえの 寝顔 見てたみたいだけど おれが来て すぐに おやすみになったよ。」

アルス「そうですか……。」

*「じゃあ おれはもう寝るから あと 頼んだぜ。」

アルス「はい お疲れ様です。」

漁師が上階に消えてまもなく船内に響くいびきが一人分大きくなった。
少年は身支度を済ませると調理場と食堂を隔てる扉をゆっくりと開き、簡素な間切りの奥で小さな寝息を立てている少女のもとへとやって来た。

アルス「…ずっと 起きててくれたんだね。」
アルス「疲れてただろうに。ありがとう… マリベル。」

そう呟くと眠る少女の頬にそっと口付けを落とし、少年は自分の持ち場へと戻っていった。



マリベル「…ん…… あるす……。」



少年の去った部屋の中、幸せそうに眠る少女をそっと波の子守歌が包み込んでいくのだった。






そして……



76: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 11:47:12.22ID:egR44K5f0

そして 夜が 明けた……。



78: ◆N7KRije7Xs:2016/12/25(日) 12:02:57.95ID:egR44K5f0

第3話の主な登場人物

アルス
ダーマ神殿でつける職業はすべてマスター済みだが、
基本的には近接攻撃を中心に戦う。

マリベル
同じく職業はすべて極めている。
基本的にはムチや呪文など、中~遠距離攻撃を中心に戦う。

ボルカノ
漁の指示を出すのはボルカノの役割。
戦闘に関して経験はないものの、魔物に囲まれようが立ち向かう姿勢を見せる。

漁師たち
抜群のチームワークで手際よく漁を行う。
鍛え抜かれた肉体は、ちっとやそっとでは疲れを知らない。
戦闘に関しては素人だが、いざとなれば戦う覚悟がある。



83: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:08:44.38ID:PzmFtaYD0

航海四日目:人の心



84: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:10:27.75ID:PzmFtaYD0

ボルカノ「よし 昨晩言ったとおり 今日はしばらく 別行動だ。」
ボルカノ「お前ら 道中 魔物に襲われても マリベルおじょうさんに 頼ってばかり いるんじゃねえぞ!」

*「「「ウース!」」」

あくる朝、ゆるやかな北西の風が吹き続けたおかげでアミット号は無事にフォロッド城の南に到着していた。
簡易的な船着き場と番兵が二人いるだけの小さなそれだったが、要件を伝えると快く見張りを引き受けてくれた。
曰く、彼らは意識を取り戻したときには既にここにおりあまり事態を呑み込めていないようだった。
しかし魔王が倒れたことを伝えると安堵の表情を浮かべ、英雄との出会いを素直に喜んでくれたのだった。

アルス「それじゃ 行ってくるね。マリベル 身の危険を感じたら ルーラで すぐに飛んできてね!」

マリベル「わかってるわよ。アルスこそ 王さまの前で 失礼のないようにするのよ。」

アルス「うん。それじゃ 父さん ぼくに つかまって。」

ボルカノ「こうか?」

アルス「行くよ!」

[ アルスは ルーラを となえた! ]

マリベル「アイラに よろしくねー!!」

少年は頷くとするとふわりと体を浮かせ、父親を連れて遥か彼方へと飛んで行ってしまった。

その後には黄色く光る羽の美しい軌跡だけが残されていた。

マリベル「さて あたしたちも 行くとしましょうか。まずは そこの丘を 右から 迂回するわよ。」

*「「「おおーっ!!」」」

そして少女たちも堅牢な壁に囲まれた若き王のいる城へと歩き出すのであった。



85: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:13:09.14ID:PzmFtaYD0

ボルカノ「わっはっはっ! 今のが ルーラってのか なかなか 楽しいじゃねえか。」

アルス「父さんは すごいや。普通の人だったら 間違いなく 酔ってるはずなのに。」

ボルカノ「海の男を なめちゃ いけねえぜ アルス。これぐらい 朝飯前よ。」

そうやってしばしの間久しぶりに親子水入らずで城下町を歩いていく。

アルス「……久しぶりだね こうやって 二人だけで 歩くのって。」

ボルカノ「そういえば そうかもなあ。お前も オレも すいぶん バタバタ してたからな。」

少年はかつて揺れていた。
自分はマール・デ・ドラゴーンの総領の血を引いており、本当はこの漁師の父とは血のつながりがないことを知った時、
自分という存在が分からなくなり酷く悩んだのだった。

表ではなんでもないふりをしていて、実際は誰にも分かち合えない苦しみを一人で背負い込み、人知れず嘆いていた。

だが、魔王と戦うと決めた夜、それを打ち明けた時のことが彼を吹っ切れさせた。
この血のつながらない両親はこれまでどれほど自分を愛し、大切に育ててくれたか。
旅立つ息子の背中を押し、どれほど支えてくれていたか。
そしてこうして世界が闇に包まれる中、魔王を倒すと決意した自分をどれだけ誇りに思ってくれたか。

血のつながりなぞもはやどうでもよかった。
確かにかの総領と人魚姫は自分の本当の両親だった。
彼らが大切な存在であることにはなんの異論もない。
だが、同じように本当の息子として育ててくれた豪胆な父も、すべてを包み込んでくれる恰幅の良い母も、
少年にとっては本当の両親に変わりなかった。

彼は心底自分が幸せ者だと思った。自分のことを案じ、誇りに思ってくれる存在が四人もいたのだ。


“自分は誰よりも恵まれている”


それが彼にとっての誇りだった。こうした巡り合わせをもたらした水の精霊に、
そして今、こうして父と二人で歩けることに、少年は深く感謝するのだった。

アルス「父さん…。」

ボルカノ「ん? どうした?」

アルス「ありがとう。ぼくを…。」
アルス「ぼくを……。」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「っは! 礼なら オレを超える 漁師になってから 言いやがれってんだ!」

そういう父の顔は晴れ晴れとしていたが、その声は本人にしかわからないくらいほんの少しだけ、ほんの少しだけ震えていた。



86: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:18:09.52ID:PzmFtaYD0

*「ややっ! これはボルカノどのに アルスどの。アミット漁に 行っていたのでは?」

城下町の端までたどり着いた時、警備をしている兵士が二人に気付き駆け寄ってきた。

ボルカノ「そのことで 大事な 話が あるんだ。王様に 取り次いでくれ。」

*「はっ!」

要件を伝えると兵士は一目散に城へと走り出し、二人が息をつく間に戻って来た。

*「ふぅ… 話は通しておきましたので どうぞ えっけんの間まで お進みください。」

ボルカノ「悪ぃな。」



87: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:18:57.30ID:PzmFtaYD0

こうして漁師の親子は彼らに任を与えた本人であるグランエスタード王のもとへとやってきた。
そこにはかつて永遠の時を隔たった親友の子孫として王族に迎え入れられたユバールの踊り子と、国を取り仕切る王が待っていた。

アイラ「アルスじゃない! それに ボルカノさんまで!」

アルス「こんにちは 王さま アイラ。」

バーンズ王「よく来たな ボルカノ それに アルスよ。漁の途中にもかかわらず 大事な用とは いったい どうしたというのじゃ。」

ボルカノ「はい それが…。」

[ アルスとボルカノは これまでの いきさつを 話した。 ]

バーンズ王「そうか… 確かに マリベルの 言うとおりだな。」

アイラ「それじゃあ まだ 海では 凶暴な魔物が 暴れているのね…。」

アルス「そうなんです。」
アルス「コスタールからは じきに 使者が やってくるかと思います。」

ボルカノ「これから まだ 多くの国や町に 回る予定ですからな。
王様が お書きになった書状にも 安全保障の件を 追記されたほうが あとあと 面倒ごとにならずに 済むかと思います。」

するとしばらく考える素振りを見せた後、王は納得したように頷いてみせた。

バーンズ王「うむ わかった。そういう状況とあらば いたしかたない。」
バーンズ王「では 書状を。」

ボルカノ「はっ。」

[ ボルカノは 残りの締約書を 手わたした! ]

バーンズ王「書き終わるまで しばらく かかる。それまで 暇でもつぶしていてくれ。」

アルス「はい。」



88: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:21:25.92ID:PzmFtaYD0

父は城にいる友人と話してくると言いどこかへ行ってしまったため、
少年は戦友と共にこの城に住まうもう一人の王女のところへやってきていた。

リーサ姫「…アルス!? アミット漁はどうしたの?」

少年を見た姫は驚いた様子でパタパタと駆けよってくる。

アルス「こんにちは リーサ姫。実は……。」

[ アルスは 事情を説明した。 ]

リーサ姫「そう… そんなことが あったのね。」

アイラ「やっと 平和な世界を 取り戻したと 思ったのに まだ そんな脅威が 残っていたなんて……。」

王女は視線を落とし浮かない顔で言う。

アルス「うん。まだ 魔物とは 一度しか 遭遇してないけど これから先 まだまだ 戦わなくちゃ いけないかもね。」

リーサ姫「アルスとマリベルに 何かあったら 大変なんだから 十分 気を付けてね。」

アルス「はい ありがとうございます。」

アイラ「……ところで アルス。その後 マリベルとの仲は どうなの? うふふ。」

王女は悪戯な笑みを浮かべて後ろから少年の肩を掴む。

アルス「えっ そ それは……。」

リーサ姫「あ わたしも 気になる! どうなの アルス! どこまで いったの!?」

口ごもる少年にもう一人の王女も興味津々といった様子で詰め寄る。

その目はらんらんと輝いていた。

アルス「う… 話さなくちゃ ダメですか……?」

リーサ姫「王女の 命令は…。」

アイラ「絶対 なのよ。うふふ。」

アルス「…………………。」
アルス「…実は……。」

楽しそうに笑う二人の王女に挟まれ、少年は観念してこれまでのことを白状するのだった。



89: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:23:55.21ID:PzmFtaYD0

アイラ「ええーーーーっ!」





リーサ姫「キャーー! ちゅーして 抱き合った ですって!!」






アルス「二人とも 声 大きいですよ……。」






*「リーサさま アイラさま どうなさいましたかっ!」






突然の大声に扉の前で控えていた衛兵が血相を変えて飛びこんてくる。

アイラ「ああ ごめんなさい なんでもないのよ!」

*「はあ……。」

いまいち納得できていないのか、衛兵は気の抜けた返事をして再び扉の向こう側へ戻っていった。

リーサ姫「いけない いけない。フフッ!」

アルス「二人とも 驚きすぎですってば。」

アイラ「だって あんなに 進まなかった 二人の仲が この数日で こんなに進展してるんですもの。そりゃあ 驚くに 決まっているじゃない。」

元踊り子の王女はクスクスと笑う。

アルス「そんなこと 言われてもなあ……。」

リーサ姫「でも 素敵ね~。」
リーサ姫「あーあ いいな 二人とも。あたしも 焦がれるような 恋がしてみたい……。」

そう言って姫は両手を握りしめ天を仰ぐ。

アイラ「そうねえ 王族ってだけで 色目使われたりするのは 嫌だものねえ。」

アルス「二人とも いい人は まだ いないんですか?」

アイラ「うーん 強いて言えば アルスくらい だったけど…。 そうねえ……。」

事実か冗談かはさておき、王女は思案するように顎に指を当てて黙り込む。

アルス「……?」

リーサ姫「わたしは まだ かなあ。外に出ていけば 出会いが あるのかもしれないけれど。」

王女の言葉に城下町に住む若者を思い浮かべる少年だったが、女ったらしのよろず屋の青年や広場にいる弱虫の青年の顔にこの国の将来を思いやるのだった。

アルス「リーサ姫。一度 諸外国へ 遊びに行かれたほうが いいかもしれません。」

リーサ姫「あら お城の外 じゃなくって?」

アイラ「……そうかもね。」

少年の言わんとしていることが分かってしまい、もう一人の王女は渋い頷で頷くのだった。

リーサ姫「……?」



90: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:27:11.53ID:PzmFtaYD0

アイラ「ところで マリベルは どうしてるのかしら?」

この話はこれ以上していてもどうしようもないと考えた王女が今はここにいないもう一人の少女に話題を移す。

アルス「マリベルは 先に フォロッド城に 行ってるよ。」

アイラ「あら 大丈夫なの? 彼女一人で。」

アルス「ああ それなら 他の漁師の人たちが ついているから 大丈夫だよ。」

アイラ「うーん わかってないわねえ アルスったら。そういう意味じゃ ないのよ。」

アルス「えっ……?」

アイラ「はあ…… これじゃ もし 彼女に何かあっても 知らないわよ?」

アルス「それって どういう……。」


”コンコンコン”


その時、短い打ち付け音と共に扉の向こう側から衛兵が少年に呼びかけてきた。

*「アルスどの 準備が 整ったようです。王様のもとへ お急ぎください。」

アルス「あ…… はい!」
アルス「それじゃ 二人とも ぼくは これで!」

そう言い残し少年は扉を開けて階段を駆けあがっていった。

アイラ「……まったく。あの調子で これから 大丈夫なのかしら。」

リーサ姫「アルスのことだもん きっと うまく やるわよ。」

アイラ「ふふっ そうね。本当 マリベルが うらやましいわ。」



91: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:28:20.78ID:PzmFtaYD0

*「っくしゅん……!」

遠い故郷では自分のことで話が盛り上がっているなどつゆ知らず、
少女は体の不調からくるものではない不自然な悪寒を覚え、たまらずくしゃみをする。

*「大丈夫ですか マリベルおじょうさん。潮風が お体に 障りましたか?」

マリベル「ううん 大丈夫よ。それより ほら 城が見えてきたわよ。」

そう言って少女が指さす先には堀に囲まれた高い城壁がそびえ立っていた。

*「あれが フォロッド城… なんだか 砦みたいっすね。」

マリベル「はたから見たら そう思うかもねえ。」

*「……やけに 静かですね。」

マリベル「……………変ね。」

漁師の言葉に耳を澄ましてみると確かにそこには不自然な静寂が漂っていた。

マリベル「…急ぐわよ!」

胸騒ぎを感じた少女は漁師たちを促し速足で城へと近づいた。

その時だった。



*「止まれ!」

*「そこを動くな!」



マリベル「えっ…!?」

突然の大声に振り向くと詰所の脇から重装備の番兵が現れ少女たちの行く手を阻んだ。

マリベル「な 何よ あんたたち。あたしたちは ここの王さまに 用があるのよ!」

*「うるさいっ! 貴様ら 魔王の手先だろう! こんな中 外から やってくる奴が 無事なわけあるか!」

マリベル「はぁっ? ちょっと 待ちなさいよ!」

*「黙れいっ おまえら こいつらを 取り押さえろ! 抵抗するなら 殺しても 構わん!」

尚も番兵は聞く耳を持たず、辺りは武器を構えた兵士たちに取り囲まれてしまった。

マリベル「何よ やる気なのっ!? それなら こっちだって…。」

*「マリベルおじょうさん こりゃ なんかの 勘違いですぜ。」
*「ここは大人しくしておいて 後で 誤解を解いたほうが得策なんじゃ…!」

負けじと臨戦態勢を取る少女の耳に銛番の男が小声で言う。

マリベル「むぅ… それもそうね。」
マリベル「わかったわ。抵抗なんてしないから さっさと 連れて行きなさいよ!」

そういって少女は手を上げて降伏の意思を示す。

*「よし しばって 牢にぶちこんでおけ!」

マリベル「ちょっと どうして そうなるのよっ!」

*「早く歩け! 命が惜しけりゃ 大人しくしてるんだな。
*「後で みっちり 拷問してやる。」 

*「ひいいっ!」

マリベル「…っ!!」
マリベル「まずい ことになったわね…。」

*「じょ じょうだんじゃねえぜ……!」

*「こんなところで 死にたくねえよぉ!」

マリベル「…………………。」
マリベル「アルス……。」

少女はただ、遠くの空を見上げ少年の名を呼ぶ。

ここにはいない少年の名を。



92: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:30:03.80ID:PzmFtaYD0

その頃、グランエスタード城の謁見の間では王が書き直した書状を受け取るため、漁師の親子が再び集まっていた。

アルス「………っ!?」

ボルカノ「どうした アルス?」

アルス「…いや なんでもない。」

バーンズ王「ふむ。待たせたのう 二人とも。流石に 数が多くて 手間取ってしもうたわい。」

ボルカノ「とんでもありません。」

バーンズ王「では これを。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を うけとった! ]

バーンズ王「では 頼んだぞ。」
バーンズ王「道中 気をつけてな。マリベルにも 礼を言っておいてくれ。」

アルス「はい 確かに!」

会合を済ませると少年は父親を急き立て城のテラスへ出ると、人目もはばからずに転移呪文を唱えた。

ボルカノ「おい どうしたんだ アルス。もうちょっと ゆっくりしていっても 罰は当たらないんじゃねえのか?」

アルス「そうかも しれないけど 何か 胸騒ぎがするんだ!」
アルス「もしかしたら マリベルの身に 何か…。」

ボルカノ「……よしっ 急ぐか。」

アルス「父さん……。」
アルス「うん! 行こう!」

そうして親子は再び黄色の軌跡を描いて南東の方向へと飛び去っていく。

後にはぽかんと空を見つめる人々だけが取り残されていたのだった。



93: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:32:53.79ID:PzmFtaYD0

*「おい そこの お前たちっ!」

少年たちが城門の手前に着陸すると同時に再び重装兵が槍の切っ先を向けて威嚇してきた。

*「貴様らも 魔王の手先か!?」

アルス「ぼくたちは グランエスタードからの使いです。」

*「なにぃ? 証拠を見せろ 証拠を!」

ボルカノ「こちらに。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を 手わたした! ]

*「…………………。」
*「むむっ これは 確かに。いやいや 失礼しました。」

アルス「ふう……。」

*「我が国も 魔王の襲撃を 受けたばかりでしてな。こうして 厳戒態勢を 敷いているのです。」
*「どうぞ ご無礼を お許しください。」

ボルカノ「わかってくれりゃ それで いいんだ。」

*「ささっ では こちらへ。」

そう言って番兵は近衛兵を呼ぶと少年たちを任せて城門へと戻っていった。



94: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:34:47.77ID:PzmFtaYD0

アルス「…………………。」
アルス「……静かすぎる。」

城の中は異様な静けさに包まれていた。

父親の方もそれを察知してかどこか落ち着かない様子で辺りを見回している。

*「こちらにございます。」

謁見の間までたどり着いたところで近衛兵は二人を止めると、奥に座る人物に来客を告げる。

*「王様 グランエスタードより 使者がお見えです。」

*「うむ 通してくれ。」

*「ははっ!」

王の承諾を得た近衛兵は再び二人のもとへやってくると、一言だけ挨拶を述べて階下へと戻っていった。

*「では 私はこれで。」

アルス「どうも。」



95: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:36:12.49ID:PzmFtaYD0

*「おお そなたは アルスでないか!」





声の方へ振り向くとそこにはカラクリの開発に熱を上げていた若き王が立っていた。

アルス「王さま ご無沙汰しております。ご無事で なによりです。」

フォロッド王「はっはっは! まさか エスタード島からの 使者が そなたであったとはな。驚いたよ。」
フォロッド王「……して そちらは?」

若き王は少年の隣に立つ大柄の男に尋ねる。

ボルカノ「ボルカノと 申します。 アルスの父で エスタード島の漁師をしております。今回は バーンズ王の命により まいりました。」

フォロッド王「なんと アルスのお父君で あったか。これは これは。」
フォロッド王「わたしは 若造ながらここの王をしている者だ。どうぞ よろしく。」

ボルカノ「ははっ。」

フォロッド王「ろくな 歓迎もできず 申し訳ない。」
フォロッド王「なにせ つい先日まで我々は 魔王によって どことも 分からぬ 空間に 閉じ込められていたのでな。」
フォロッド王「城の者も ピリピリしているのだよ。」

アルス「……そのことなのですが 魔王は滅びました。」

フォロッド王「何! それは まことかっ!」

少年の言葉に若き王は身を乗り出して驚きを顕にする。

ボルカノ「ええ こいつが 奴に 神サマとやらに代わって 鉄槌を下してくれたんです。」

フォロッド王「そうか… そうであったのか。」
フォロッド王「我々が 解放されたのは 魔王がいなくなったからであったか。もしや とは 思ったが…。」

二人の言葉に合点がいったのか、王は腰を深く落とし目を伏せる。

アルス「ぼくたちは 平和になった今 こうして 漁をしながら 世界中を 回っているんです。」

ボルカノ「それで 私たちの 王から 書状を 預かっております。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を 手わたした! ]

フォロッド王「…………………。」

手渡された締約書に目を通しながら王は険しい表情で呟く。

フォロッド王「なるほど 海には 未だ 魔物が 出るか。確かに 交易を 行う以上 野放しには しておけぬな。」

アルス「…………………。」

フォロッド王「あい わかった。それでは 後日 グランエスタードに使いをよこそう。」

ボルカノ「ありがとうございます。」

フォロッド王「いやいや 礼を言わねば ならんのは こちらの方だ。こうして 生きていられるのは アルスや その仲間の おかげなのだからな。」

深々と礼をする少年の父親に王は年相応の爽やかな笑顔で応えてみせる。

アルス「……そういえば ぼくらの 仲間が 先に こちらに 到着しているはず なのですが…。」

少年は辺りを見回し、少女たちの姿がないことに気付く。

フォロッド王「む? そうなのか? 報告では 魔王の手先が現れたとしか 聞いておらぬがな。」

アルス「魔王の手先?」



96: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:38:19.28ID:PzmFtaYD0

*「おい 大人しく 白状したら どうなんだ!」



マリベル「だから あたしたちは 魔王の手先 なんかじゃないって 言ってるでしょうが!」

少年たちが王と会談しているころ、城の地下室では少女が壁に縛り付けられ番兵に囲まれていた。

*「まだ そんな戯言をぬかすか!」

*「証拠を見せい 証拠を!」

マリベル「だから 証拠なら アルスたちが すぐに 持ってくるって……。」

*「なんなんだ さっきから アルス アルスって。」

*「ふん はぐらかそうったって そうは いかねえぞ。」

*「これ以上 白を切る つもりなら こっちにも考えがあるぜ。」
*「おい。」

そう促すと番兵たちは廊下から縛られた漁師たちを連れてきた。

*「うぐぅ… ま マリベルおじょうさん…!」

マリベル「みんなっ!」

*「こいつら 一人ひとり これから 拷問にかけてやる。」

*「おじょうさん! おれたちの ことは 構わねえ! 早く アルスのところへ!」

*「黙れい! 余計なこと言うと こうだぞ!」

*「ぐあああっ!」

番兵の一人が手に持った鞭で容赦なく漁師の体を叩きつける。

*「お前から 絞ってやろうか? うん?」

マリベル「やめて!! みんなには 手を出さないで!!」

*「ほう では お前からで かまわないと 言うのか?」

醜悪な笑顔を浮かべて男が詰め寄る。

マリベル「……その変わり みんなをここから 解放しなさい。」

*「…いいだろう。おい そいつらを 連れてけ。」
*「くれぐれも 王様や 兵士長の お目汚しには ならないようにな。」

*「はっ。」

コック長「マリベルおじょうさんっ!!」

*「おう コラ 離せ! おじょうさんに 手ぇ出したら タダじゃ おかねえぞ!」

番兵たちのリーダーと思わしき男が指示すると、漁師たちは立たされ再び廊下の向こう側へと連れていかれた。



97: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:40:30.53ID:PzmFtaYD0

*「ふん。どうせ あいつらは たいした情報は もっていないんだろう?」

マリベル「たいしたも 何もないわよ! 本当に 手を出さないんでしょうね。」

*「お前さえ 大人しく 吐けばな。」

マリベル「だから あたしたちは……。」

*「…この期に及んで まだ 言うか。」
*「ならば 体に聞くと しようじゃないか。」

マリベル「……暴力で 吐かせるつもり?」

*「別に 痛めつけても 構わんが 幸い おまえは 上玉だからな。」
*「もっと 違う方法で 聞くとしよう。」
*「……おい。」

男が目くばせをするとそれまで少女の体をがっちりと掴んでいた腕が離れる。

マリベル「…ひゃうっ!!」

突然の感触に首を動かすと先ほどまで足首を掴んでいた番兵が少女の脚をまさぐっていた。

マリベル「ちょ ちょっと あんた 何するのよ!」

脚に加えて今度は別の男が腰のあたりをいやらしい手つきで撫でまわす。

マリベル「ど どこ触って…! きゃあ!」

脚を触っていた番兵の手が少女のドレスの裾をまくり始める。

マリベル「い…いい加減しなさい!」

そう叫んで少女が呪文を詠唱しようとした瞬間。



マリベル「…がっ… かはっ…!」



男が少女の腹を思い切り殴りつける。

*「おっと 呪文なんて 使われた日には こっちが 危ないんでな。」
*「ほれっ これでも 浴びるんだな!」

マリベル「ど 毒蛾… ぐっ… ううう…。」

思考が鈍り、腹に受けた衝撃で少女の目の前が霞んでいく。

“ああ…自分はこんなところで穢されてしまうのか”

そんな嘆きを他所に目の前の男たちはにたにたと嗤う。



マリベル「ア…ルス… 助け…て……!」



98: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:43:47.56ID:PzmFtaYD0

*「脱走だっ! えいへーい!」




城の中に番兵たちの叫び声が響き渡る。

フォロッド王「な 何事だっ!?」

突然の事態に王が立ち上がり扉の先を見据えた時だった。



*「アルス!! ボルカノ船長も!!」



勢いよく扉が開かれ、アミット号の漁師たちが謁見の間になだれ込んできた。

*「マリベルおじょうさんが あぶない!」

アルス「っ!!」

ボルカノ「お おい アルスっ!」

*「うわっ!!」

父の静止も聞かずに少年は衛兵たちの間をかき分け、漁師たちの来た方へ疾風の如く飛び出していった。

ボルカノ「お前たち いったい 何が あったんだ!」

*「それが ここに来て すぐに 捕まっちまって。弁解しても ちっとも聞いてもらえねえで……。」

*「あいつら オレたちが 魔王の手下だとか言って 拷問に かけようとしたんでさぁ!」

*「おれたちを 逃がそうとして マリベルおじょうさんは……!」

フォロッド王「なに マリベルだと!? これは 大変なことになった!」

ボルカノ「おい おじょうさんのところへ 案内してくれ!」

*「「「ウス!」」」

こうして船長と王は漁師たちに連れられ、少年の後を追って駆けだしたのだった。



99: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:46:52.65ID:PzmFtaYD0

マリベル「…っ………ぐっ…。」



力の入らない体をなんとか弄ばれまいと少女は必死に抵抗した。
だがその度に容赦ない暴行を受け、遂にぐったりと項垂れ、大粒の涙が床を濡らしていった。

*「ほれほれ どうした。もうギブアップか。」
*「さっさと吐けば これ以上 痛いことはしないぜ。」

*「もしかしたら はじめてで 痛むかもしれないけどなあ がっはっは!」

マリベル「だれ…が… あんた…たち なんか…に……。」

朦朧とする意識の中、少女は独り言のように小さく呟く。

*「ああ? なんだって?」

*「アニキ もう やっちゃいましょうよ。どうせ 吐きやしないんですから。」

*「むっ それもそうだな。」
*「どうせ あの連中も 今頃 さらし首に なっている頃だろうしよ。」

マリベル「なっ……!?」

*「これで 魔王の手下をやったと言えば 手柄は 間違いないぜ。」

マリベル「あん…た たち… さいしょ…から…っ!」

自分が身代わりとなって助けたと思った漁師たちが結局は殺されていた。

そんな残酷な結末に打ちひしがれ、少女の体が、心が、絶望に染まっていく。

マリベル「いや… いや…。」



100: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:49:30.64ID:PzmFtaYD0

アルス「…どうして……っ!!」

城を駆け抜けながら少年は酷く後悔していた。

”どうしてもっと早く気づけなかった”

”どうしてあの時船で待ってるように言わなかった”

”どうしてあの時自分と来るように言わなかった”

アルス「マリベル… 無事で いてくれ!」
















*「いやあああああああああっ!!」















アルス「…! そっちか!」

地下から響く悲鳴のもとへ、少年は稲妻の速さで階段を、そして長い廊下を走り抜ける。



101: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:50:15.92ID:PzmFtaYD0

ボルカノ「…今の悲鳴は!?」

フォロッド王「地下牢だ!」

*「いそげ!」



102: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:53:27.63ID:PzmFtaYD0

アルス「マリベルーーーーっ!」



少年が固く閉ざされた扉を蹴破ると、そこには少女を取り囲むようにして立ちはだかる男たちの姿があった。
その中心にいる少女の服は既にボロボロで、体には殴打の痕や真っ赤なみみずばれが見受けられた。

マリベル「…あ……。」

少女はその虚ろな瞳で少年を見つけるとそのまま意識を閉ざしてしまった。

*「なんだ 貴様は!」

*「扉には 厳重な施錠が されていたはず!」

アルス「…………………。」

*「……あ?」

アルス「ま……る……を…た。」

*「…なんだってぇ~??」





















「マ リ ベ ル に 何 を し た あ あ あ あ あ あ あ !!」



103: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:56:08.18ID:PzmFtaYD0

少年が叫ぶと同時に凄まじい風が吹き込み、部屋全体を大きな揺れが襲う。

アルス「言え… そのコに何をしたんだ……!!」

真っ青な光を漂わせ、蒼白に染まったその瞳で男たちを睨みつける。

*「ひ ひぃ……!」

*「なんだこいつはっ 化け物か!」

あり得ない光景を目の前に番兵の一人がたまらず逃げ出そうとするも、少年にがっちりと首を掴まれ地面に叩きつけられる。

*「がはっ…!」

アルス「答えを 聞いてないぞ。マリベルに 何をしたかと 聞いてるんだ。」

*「何にも… 何もしてない! ただ…。」

アルス「ただ… なんだ? 抵抗する彼女を なぶり もてあそんでおいて?」

*「ひいい… お助けをっ!!」

アルス「誰が 許すと思うか こんなことを…!」

少年が軽く腕に力を入れると、ミシっという鈍い音が響き番兵は白目を剥いて泡を吹きだした。

*「うわわわ……!?」

また一人に手を伸ばし、片手で宙へ引っ張り上げる。

*「ま… 待て! 話せばわかる!」

アルス「ならば どうして 彼女の話を聞かなかった?」

そう言うと少年はそのまま壁に向かって番兵を思い切り投げつけた。

*「げうっ…!」

体全体でもろに衝撃を受けた男は意識を失い力なく体を横たえる。



104: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:57:25.38ID:PzmFtaYD0

*「ち…違うんだ! おれじゃない! アニキに 命令されて 逆らえなかったんだ……!」

アルス「へえ…。」

往生際悪く言い訳を始めた最後の男を少年は無表情に見つめる。

*「な この通りだ! なんでも言うこと聞くから 見逃してくれよお!!」

なんとか命乞いをする男の言葉に少年はわざとらしく反応する。

アルス「そう なんでも 言う通りにしてくれるのかい。」

*「は はぃい…! 約束します!」

アルス「じゃあ 自分たちが 何を したか 言ってごらん。」

貼り付けたような笑顔で少年は問う。

*「は… そ そこの女性を 脅して 無理な質問をして 黙らせました……。」

アルス「…それから?」

*「そ それから… 体を触ろうとしたら 抵抗されたので… 少々…。」

アルス「少々…?」

*「そ その 少しだけ 手をあげました…。」

アルス「そっか。じゃあ どうして あんなに 服がボロボロなんだい?」

*「それは… そこの 鞭で……。」

アルス「どうして あんなに 痣だらけなんだい?」

*「それは… アニキが 殴って……。」

アルス「……どうして こんなに 床が 濡れているんだい?」

*「そりゃあ… そいつが 泣いたからで……。」

アルス「…………………。」
アルス「それで 全部かな?」

*「はは はいっ… もうそれ以上は 何もしてませんっ 本当なんです!!」

アルス「そっか。」

*「ね ねえ もういいでしょう 旦那! 言われた通り あっしは 洗いざらい 話しましたぜっ…!!」

アルス「そうだね。ありがとう。」

*「じゃ じゃあ‼」




















「  ダ メ だ ね  」



105: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 19:59:09.62ID:PzmFtaYD0

無機質な仮面のように表情を凍り付かせ、少年は宣告する。

*「そ そんな 話がちがへあっ!!」

男は気が付くと宙を舞っていた。
意識の途切れる寸前、男が最後に見たのは凍て付くような冷たい眼差しで男を見下ろす少年の顔だった。

*「う ぐっ うう………。」

部屋に醜い男たちのうめき声が木霊する。

アルス「…………………。」

最後の男が動かなくなるのを見届け、少年はそっと呟いた。





アルス「お前たちは マリベルを 泣かせた。……ぼくが許せないのは それだけさ。」



106: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 20:03:06.33ID:PzmFtaYD0

ボルカノ「……! こりゃ いったい…!」

地下牢に到着した漁師たちが見たのは異様な光景だった。

ひしゃげた扉、恐怖を顔に張り付けたまま床に転がり呻く番兵たち、
ぐったりとしている少女を腕に抱き、傷に手を当て何かを念じる少年。

壁や床には何かを打ち付けたようにひびが入り、置かれていたであろう樽や椅子、卓はひっくり返ってあちこちに散乱していた。
そんな部屋の中に消えた松明の煙がもやのように充満し、その光景をより一層不気味に仕立てている。

フォロッド王「なんということだ! この者たちは うちの 番兵だ!」

*「アルス! マリベルおじょうさんは…!」

アルス「…………………。」

ボルカノ「アルス……。」

アルス「ぼくの せいだ……。」

少年は呼び掛けには応じず、緑色の優しい光を手から発しながら自分に言い聞かせるように呟き続ける。

アルス「あの時 どうして 一緒に来るように 言わなかったんだ。」
アルス「もっと… もっとぼくが 早く気づいていれば… マリベルは こんな目に あわずに 済んだんだ。」
アルス「ぼくが ついていれば…。絶対に 守るって 約束したのに……!」

フォロッド王「アルス… すまない。こんなことに なっているとは 知らずに……。」

アルス「……王様の せいでは ありません。」

ボルカノ「…………………。」

アルス「マリベル ごめん。ごめんよ……。」

少女の頭を胸に抱き少年は何度も何度も名前を呼ぶ。

*「…ア…ルス。」

アルス「……っ!」

すると呼びかけに応じるかのように少女は薄眼を開き、少年の顔を見つめながらゆっくりと口を開く。

マリベル「やっぱり 助けに… 来てくれたのね……。」

アルス「マリベル!!」

マリベル「遅いよ… ばか……。」

アルス「ごめん… ごめんよ… きみを守るって 言ったのに。」

マリベル「あたしは… 大丈夫よ。これくらいで くたばったりしないわ……。」

アルス「でも…!」

マリベル「…………………。」
マリベル「やっぱり あんたは あたしの ヒーローだったのね……。」
マリベル「…ありがとう。」

ゆっくりと息を吐くと、安心した様子で今度こそ少女は気を失った。

まなじりから水晶のような涙が一筋滑り落ち、少年の掌を濡らす。

アルス「マリベル……。」

少年は両手に眠った少女を抱きかかえると地下室の出口へと歩き始めた。
この場の後処理は王や漁師たちに任せて、今は何よりも少女を安全な場所に移すことが最優先だった。

そんな少年の意図を知ってか知らずか少年の父親は黙ってその背中を見届けると、
二人の出て行った暗い部屋の中、今後のことを王と話し始めるのだった。



107: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 20:04:28.21ID:PzmFtaYD0

夕日が地平線へと沈み始めた頃、少女は王の自室の向かいにある部屋、普段は勉強家の王が書庫として使っている部屋で目を覚ました。

マリベル「ここは……。」

“ギシッ”という乾いた音が響く。

どうやら少女は簡易的なベッドの上に寝かされていたらしい。

アルス「…気が付いた?」

マリベル「あ……っ。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「アルス… あるすぅ…!」

少年の顔を見た途端、少女は布団を跳ね除けベッドの隣に座る少年の腕を引っ張り、その胸に顔を埋めてわんわんと泣き出した。

マリベル「あふっ…う… う…っ。」

アルス「……怖かったね。」

マリベル「…うん……。」

アルス「……つらかったでしょう。」

マリベル「うん……。」

アルス「もう 大丈夫。」

マリベル「うんっ……!」

そっと少女の肩を抱き、柔らかい髪を撫でる。



少年は、涙を流さずに泣いていた。



108: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 20:08:12.69ID:PzmFtaYD0

“コンコンコン”

しばらくして少女が落ち着きを取り戻すのを見計らったように扉が叩かれる。

*「二人とも いいかな?」

顔を覗かせたのは若き国王だった。

フォロッド王「……まずは 謝らせてほしい。」
フォロッド王「この度は城の者が 取り返しようもないことをしでかし
そなたらを 深く 傷つけてしまったこと 大変 申し訳なく思う。……すまなかった。」

そう言って王は二人に頭を下げる。

アルス「…………………。」

マリベル「ぐす…っ。ふふっ 危うく お嫁に 行けなくなるところだったわ。」

赤く腫れぼったい目で少女は気丈に微笑む。

アルス「それで 彼らは…。」

フォロッド王「うむ 厳重に 処罰することにした。彼の者たちのしたことは 人間として してはならない 卑劣極まりないものだ。」
フォロッド王「あんな者たちが この城で 警備をしていたのかと思うと ゾッとするものがあるな。」
フォロッド王「……カラクリ以上に 彼らの心は 空っぽなのかもしれない。」

マリベル「いいえ… あいつらには しっかりと 心があったわ。とっても 醜い心が。」
マリベル「あたしを いたぶってた時の あいつらの たのしそうな顔…!」

自分に降りかかった災難に怒りがこみ上げてくる。

マリベル「きーっ! なんであたしが こんな目に あわなきゃ ならないのよっ!」

アルス「マリベル まだ 安静にしてなきゃ…!」

マリベル「これが 安静に~ なんて してられますかってのよ!」
マリベル「王さま! あたしは あなたや この城の人たちには 何の恨みも ないけど
あいつらには 一回ずつ メラゾーマ ぶつけてやらなきゃ 気が済まないわよ!」
マリベル「今 あいつら どうしてるのっ!?」

フォロッド王「むっ 彼らは 今 治療中だ。」

マリベル「えっ……?」

フォロッド王「われわれが 到着した時には 既に ボロ雑巾のように 地面に転がっていたぞ。」

“見てはいけないものを見てしまった”

そんなことを言いたげに王の顔は引きつっていた。

マリベル「……アルス?」

アルス「……ちょっと やりすぎたかな?」

そう言う少年はバツが悪そうな顔で明後日の方を見やる。

大切な人を傷付けられたためとは言え、極まった怒りの感情は少年をびっくりするほど冷徹に変えてしまったのだ。

少年はどこかで自分に恐怖していた。

フォロッド王「いや あれぐらいで 良かったのだろう。」
フォロッド王「……息があったのは 奇跡だったと思うがね。」

アルス「ええ。あんなの とはいえ 自分たちの助けた人々を この手に かけたくは ありませんからね。」
アルス「死なない程度に おしおき したつもりです。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……そう ならいいわ。わざわざ このマリベルさまが 直接 手を下すまでも なかったってことね。」



109: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 20:10:52.09ID:PzmFtaYD0

フォロッド王「…………………。」
フォロッド王「ところで マリベル。体の調子は どうだ?」

王の質問に思い出したかのように少女は自分の体をぺたぺたと触る。

マリベル「……なんともないみたい。」

フォロッド王「そうか。……アルスが つきっきりで 回復呪文を 唱えていた おかげだろう。」

マリベル「……アルス?」

王に暴露にされ少年はそっぽを向く。

アルス「ん… いや 別に……。」

マリベル「……ふふっ。 ありがと。」

アルス「……うん。」

素直な感謝の言葉に少年は照れくさそうにたじろぎ、ポツリと返事するのが精一杯だった。

フォロッド王「さて アルス マリベル。」
フォロッド王「二人が良ければ 今夜 魔王の滅亡と平和の訪れを祝って ささやかな 宴を 開こうと 思うのだが 出席してくれるかな?」

アルス「……どうする?」

マリベル「あたしは かまわないわよ。ただ……。」

フォロッド王「…ただ?」

マリベル「新しいドレスを くれたらね! もうっ 大事な いっちょうらだったのに こんなに ボロボロに してくれちゃって!」

そう言って少女はあちこち敗れて白い肌が露出してしまっているドレスの袖を引っ張る。

アルス「マリベル! 見えっ…!」

マリベル「何見てんのよ! アルスの えっち! ヘンタイっ! どうせ あたしが 寝ている間も あっちこっち ジロジロ 見てたんでしょ バカぁ!」

アルス「わかった わかった! 出ていくから そんなに 叩かないで! ザキは やめて!」

フォロッド王「はっはっはっ! それでは メイドをよこすから 用意が 整ったら 声をかけてくれたまえ!」

そう言い残して少年と若き王は脱兎のごとく走り出し扉から出ていった。

マリベル「ったく! 男ってのは どうして どいつもこいつも ヘンタイばっかりなのよ。」
マリベル「…………………。」



マリベル「…見られた? アルスに……?」



冷静になって言葉に出した瞬間、“ぼんっ”という音を立てて怒りが羞恥心へと代わる。

マリベル「いや~ん! もう お嫁に 行けないわ~!!」

枕に顔を押し付け首を左右に大きく振りながら悶える姿は年頃の女子のそれそのものである。
今まで何度も際どい装備や服装をしてきたとはいえ、状況が状況だったためか余計な想像が働いてより一層恥じらいが生まれるのだった。

実際のところこんな状況で下心を働かせられるほど少年は不埒ではないし度胸もなかったであろうが。

マリベル「……まあ いっか。どうせ あいつが うちに 来るんだし。」

自分に言い聞かせるように誰にも聞こえない声で少女はそっと独り言つのだった。



110: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 20:13:02.91ID:PzmFtaYD0

夕日が完全に沈んだ頃、城の外では宴の準備もほとんど終わり、残すは主賓の登場を待つだけとなっていた。

主賓が普段着では示しがつかないと言われ、
少年は急遽ふくろの中を探り“それっぽい”という理由だけで“かいぞくの服”を引っ張り出して袖を通す。

フォロッド王「おお なかなか 似合っているではないか! 海の男 という 感じが 漂ってくるな。」

アルス「ははは… そうですか?」

ファッションに関してはあまり頓着がない方なのであまり自信はなかったが、
少なくとも自分よりは目が肥えているであろう王の称賛を受け今夜はひとまずこれを着ていることにした。

ボルカノ「おお 来たか アルス。」
ボルカノ「……? おまえ いつから そんな服 もってたんだ?」

二階のテラスで暇をつぶしていた少年の父親が少年に気付き声をかける。

アルス「え? 旅の途中で 偶然……。」

ボルカノ「そうか。いや やけに 板についてるような 気がしてな。」
ボルカノ「まあ いい。マリベルおじょうさんは もう 平気なのか?」

アルス「うん。傷も全部治したし 着替えたら 来ると思うよ。」

ボルカノ「そうか。あんなことに なったってのに まったく たいした娘だぜ。」

フォロッド王「そんな ところにも 惚れているんだろう?」

あまりに突然の茶化しに少年はよろけながら抗議する。

アルス「王様までっ……!」

フォロッド王「あれだけ 心労を 割いておいて その言い草はないだろう。」
フォロッド王「誰が見たって 嫌というほど 伝わってくるぞ。そなたの 思い入れ様は。」

アルス「……そんなに わかりやすいですか?」

フォロッド王「残念ながら。」

ボルカノ「こっちの身にも なって欲しいもんだな。」

アルス「はっ ははは…。」

フォロッド王「はっはっはっ!」
フォロッド王「……おや。お姫様の お出ましのようだぞ。」



111: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 20:15:32.23ID:PzmFtaYD0

王の見やる先には、まさに“お姫様”が立っていた。
レースで彩られた鮮やかな紅のドレスは花弁を吊り下げたように腰から足首までふわりと覆い、
肩から腕はさらに深い紅のシフォン生地で包まれてラインの美しさを主張している。

さながらその姿は深紅の薔薇と見紛うほどであった。

マリベル「…………………。」

*「あらまあ! 私の お古だけど ピッタリだったわね。」

そう言って少女の後ろから出てきたのは若き王の母君、つまり王太后だった。

フォロッド王「母上 いつの間に!」

*「せっかく こんなに可愛らしい娘さんが いらしているのですもの。せめてのお礼にと 思いましてね。」

ボルカノ「おお これは また お美しい。」

マリベル「ど どうかな……?」

入浴の後だからなのか、少女はほんのりと頬を染めている。
普段はあまりしない化粧もいつの間にか施されており、大人の女性の雰囲気を漂わせていた。
旅を始める前と今では体つきも随分女性らしくなり、
胸元や腰つきが強調された上半身に時々見え隠れする足首も強い色気を引き出していた。

アルス「…………………。」

半開きの口のまま、その姿を瞳に焼き付けるように少年は目を見開く。

マリベル「や やっぱり 似合わないよね… あたしなんかじゃ……。」

少年が何も口にしないのを見て不安な気持ちが沸き上がり、たまらず少女は目を伏せる。

その仕草一つ一つが少年を誘惑しているとも知らずに。

アルス「…………だ…。」

マリベル「…え?」

アルス「きれいだ……。」

マリベル「……ほんとに?」

アルス「うん… きれいだよ マリベル…!」

マリベル「…………………。」
マリベル「と 当然じゃないの…! とーぜんっ……。」

直球すぎる賛辞にうまく返せず、いつもの覇気もどこへやら。

*「この娘ったら いつも こんなに綺麗な髪を頭巾で 隠してしまっているなんて もったいありませんわよねえ。」

マリベル「こ 王太后さま…!」

*「あらあら。ウフフフ…。」



112: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 20:18:35.71ID:PzmFtaYD0

フォロッド王「……さて それでは 役者も揃ったことだし 宴を始めると しようじゃないか。」

そう言って若き王は前に出ていくと民に向かって語り掛ける。

フォロッド王「皆! 今日は 素晴らしい日だ。魔王の脅威に おびえる日々は 終わったのだ!」
フォロッド王「そして 今 ここに 憎き魔王を打ち倒した英雄が 二人も 皆に会いに来てくれた。」
フォロッド「……アルス マリベル。」

アルス「はい。」

王は振り返り、二人を前へと促す。

アルス「みなさん これから 平和な 日々がやってくることでしょう。」

*「「「おおおおっ!!」」」

*「英雄様 ばんざい!」

*「キャー! こっち 見てー!!」

フォロッド王「皆 せいしゅくに!」

少年の言葉に沸き上がる観衆を王が片手でなだめる。

アルス「……でも 忘れないでください。」
アルス「魔王や 魔物たちが いなくなった今 手を取り合うことを忘れた人々が 戦争を 始めるかもしれません。」

少年の言葉を継ぐように少女が前へ出て語り掛ける。

マリベル「忘れないで。人の心の闇は いつしか 魔王を 作り出すことを。」
マリベル「忘れないで。驕りと欲望は あなたを 魔王にすることを。」

アルス「本当に怖いのは 魔王だけじゃない。魔王の心を持った 人間もなんです。」

*「…………………。」

フォロッド王「皆! しかと 聞いたか。」
フォロッド王「我々はこれからも 尊い命が 愚かな戦や争いのために 失われることのないよう
人間としての誇りを胸に 生きていこうではないか。」

*「「「おおおおっ!!」」」

フォロッド王「では フォロッド7世の名のもとに ここに 誓いを立てる。」



「 乾 杯 ! 」



*「「「かんぱーいっ!」」」

王の号令の下、人々は高々と杯を掲げて誓いを立てる。

それは無機質な城壁が、息吹を吹き込まれたように温かみを湛えた瞬間だった。



113: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 20:19:26.88ID:PzmFtaYD0

宴の席もある程度落ち着き、主賓たちも用意された席でゆっくりと食事と酒に舌鼓を打ち始めていた。

ボルカノ「しかし アルス。アドリブにしちゃ やけに 説得力のある話だったじゃねえか。」

少年の父親が感心した様子で息子を見つめる。

アルス「……なんでだろうね。練習したわけじゃないのに。」

少年自身もどうしてあんなにすらすらと言葉が出てきたのかわからなかった。

ボルカノ「……そうだな 一つ 覚えておけ。人を納得させる力も いつか リーダーを 務めるうえで 大切なことだからな。」
ボルカノ「そういう話が できるやつの言葉ってのはな 信念が こもってるんだよ。」

アルス「信念……。」

ボルカノ「そうだ。本心でもないことを 言うやつの 言葉には 中身が なんにもねえ。」
ボルカノ「そいつの魂が 乗っかって 初めて 言葉ってのは 人の心を 揺さぶるんだ。」

アルス「魂を乗せる…か。うん。」

ボルカノ「……とと また 説教しちまったな。どうも 最近 歳を食っちまったみてえで いけねえ。」

そう言って少年の父親は片方の眉を上げて頭を掻く。

アルス「父さんは まだまだ 若いよ。」

ボルカノ「わっはっはっ! あたぼうよ まだまだ おまえには 負けねえぜ。」

アルス「あはははっ!」



114: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 20:20:31.01ID:PzmFtaYD0

マリベル「王太后様 本当に ありがとうございました。」

漁師の親子が語らう卓から少し離れたところでは少女と若き王の母君が二人で話していた。

*「いやですわ これぐらい わたくしどもが 受けた 恩に比べれば 些細なことでしてよ。」
*「しかし お似合いですわ あなたたち。」

マリベル「えっ?」

*「……アルスさん でしたよね。あのお方は きっと素晴らしい ご主人になりますわ!」

マリベル「…どこか 抜けてて 見ていて 危なっかしい時が あるんですけどね……。」

*「でも それもひっくるめて 彼の良さなんでしょう?」

マリベル「……はい。」

短く、しかしはっきりと少女は返事をする。

その目は、いつの間にかたくましくなった少年の背中を優しく見つめていた。

*「それにしても うちの息子にも 早く よい お相手が 見つかると いいのですけども……。」

悩ましく上品なため息をついて王太后は愚痴る。

マリベル「彼なら きっと見つかりますよ。きっと。」

*「そうかしら? あの子 どこか堅いし 熱くるしいところが ありますからねえ……。」

マリベル「でも 彼は 優しい人です。今は お忙しいのでしょうけど その気になれば すぐに 素敵な人を 見つけてくるはずですわ。」

*「ふふふっ。」



115: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 20:22:19.03ID:PzmFtaYD0

それから更に時は流れ、ある程度腹を満たした宴の席は再び飲み物を片手に思い思いの談笑に浸り始めた。

フォロッド王「ほう… そうか 一度は 行ってみたいものだな。」

そんな中、少年と若き王はフォーリッシュの町からやってきた元兵士長と共にこれからのことについて話し合っていた。

アルス「何もないけど 平和で 静かな国ですよ。」

フォロッド王「使いを出すつもりだったが わたし自ら赴くのも 悪くないな。」

アルマン「ほう それは いい考えですな。王も 様々なところへ行って 色んな人に会い 学んでくるのが よいでしょう。」
アルマン「きっと 気晴らしにも なるでしょうしな。」

アルス「うちの 王様も お喜びになると 思いますよ。」

フォロッド王「うむ。今から 楽しみだな。」
フォロッド王「……そういえば カラクリ人間の ことなのだが。」

そう切り出して若き王は腕を組む。

フォロッド王「……やはり 今の 技術レベルでは 到底 不可能だと 改めて痛感したよ。」
フォロッド王「まずは もっと初歩的な 研究から 始めなければ ならないようだ。
フォロッド王「いやはや アルマンの先祖の ゼボット殿には 感服する ばかりだ。」

そう言って王は大きな溜息をつくと、ふと思い出したように独り言を呟く。

フォロッド王「……ゼボット殿と言えば エリーは 今頃 どうしているだろうか。」

アルマン「…………………。」

アルス「エリーは… きっともう 天国で ゼボットさんと 幸せに 暮らしていますよ。」

フォロッド王「……そうかもな。」

少年は動かなくなってしまったカラクリ兵のことを伝えるべきか悩んだが、
咄嗟に出てきた言葉は嘘でもなんでもなく、本当に思ったことだった。

あの二人は、否、もしかすると亡くなった王女本人を含めて三人かもしれないが、きっと彼らは今一緒にいることだろう。

そんな風に少年は思えたのだった。

アルマン「……ええ きっと そうでしょうとも。」



そんな少年の言葉に頷く男の顔は、とても安らかだった。



116: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 20:24:33.86ID:PzmFtaYD0

国を挙げての宴はその後明け方まで続くのだったが、明日以降の旅のことを考えて少年たちは早々に床につくことにした。


英雄たちが眠った後も尚、熱の冷めやらぬ人々の楽しそうな話し声がいつまでも絶え間なく聞こえてきたのだった。








そして……



117: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 20:25:12.02ID:PzmFtaYD0

そして 夜が 明けた……。



119: ◆N7KRije7Xs:2016/12/26(月) 20:38:31.35ID:PzmFtaYD0

第4話の主な登場人物

アルス
不在の間にマリベルを傷つけられ激怒。
鬼神のごとき力で番兵たちを圧倒する。
立ち寄ったグランエスタード城では王女たちの質問攻めに合いたじたじに。

マリベル
仲間想いなところを利用され、アルスとボルカノの不在の間
フォロッド城の悪番兵たちに監禁、拷問にかけられるも
駆けこんできたアルスによって救出される。

ボルカノ
息子と久しぶりに親子水入らずでグランエスタードへ。
バーンズ王からの信頼が厚く、何かと相談を受けることが多い。
初心者が気分を悪くしがちなルーラも難なく受け入れてみせた。

アミット号の船員たち
マリベルと共にフォロッド城に向かうも番兵たちに捕らえられる。
既に用済みとして危うくさらし首にされそうなところを脱走。
やってきたアルスたちにマリベルの危機を報せる。

バーンズ王
グランエスタードの主にしてキーファやリーサの父親。
思慮深く、民から愛されている名君だが時々若い頃のやんちゃな性格が顔をのぞかせることも。
アミット号一行に各国との締約を結ぶための使いを任せる。

アイラ
アルスたちと魔王を倒した英雄の一人。
放浪の民ユバールの踊り子だったが、役目を終えて先祖の故郷であるグランエスタード王家に迎え入れられた。
今ではリーサ姫の良きお姉さん的存在。

リーサ姫
グランエスタードの王女にしてキーファの妹。
お兄ちゃん子だったこともあり兄との永遠の別れに酷くふさぎ込んでいたが、時間を経てなんとか乗り越えた模様。
年頃の女子らしく誰かの恋愛が気になるようだが、自分のこととなるとまだなんとも言えない様子。

フォロッド王
現在のフォロッド城当主。フォロッド7世。
若くして王位についているが民からの信頼は厚い。
カラクリ人間の開発に熱をあげているが、地道にいこうと考え始めている。

フォロッド王太后(*)
フォロッド7世の母。息子想いの思いやりある女性。
マリベルのことを気に入り自分のお古のドレスを与える。
メイド曰くまるで着せ替え人形だったとか。

フォロッド城の悪番兵たち(*)×3
マリベルや漁師たちを魔王の手先に仕立て上げ、
拷問を行ったうえで自分たちの手柄にしようと画策していた。
アルスの制裁によって虫の息に。



122: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:01:28.08ID:WJPu1BOR0

航海五日目:思い出のアップルパイ / 犯人は誰だ



123: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:05:29.46ID:WJPu1BOR0

フォロッド王「では アルスよ また会おう。」
フォロッド王「その時は ここではなく エスタードでかもしれないがな。はっはっはっ!」

一晩中続いた宴が終わり人々がようやく寝静まった頃、
少年たちアミット号の船員は次の目的地へと向かうため、フォロッド城を後にした。

アルス「ええ! また 必ず。」

そう言って堅く握手を交わし一行は港へと歩き出す。
散々な事件があったとはいえ、人々の温かい心に触れた少年と少女の表情は晴れ晴れとしていた。

マリベル「ブコツな造りで つまらない ところだと 思ってたけど みんな 良い人ばかり だったわね。」

アルス「……うん。」

軽やかな足取りで前を行く少女の細い背を見つめ、少年は新たに決意を固める。

マリベル「ん? どうしたのよ。 むずかしい顔 しちゃって。」

アルス「えっ? い いや なんでもないよ! ははは…。」  

もう二度とその瞳を濡らすまいと。

マリベル「ふーん どうせまた 変な 想像してたんじゃないの?」

悪戯な表情を浮かべて少女は翻る。

アルス「い… いや その服って……。」

少女は黒いインナーに青を基調とするゆったりした動きやすいロングのワンピースを身にまとっていた。
普段は緑と赤を基調としている活発なイメージの彼女も、
こうして髪をなびかせ、おとなしい色に彩られればぐっと大人っぽさが増してみえた。

マリベル「え? ああ さすがに パーティー用のドレスで 生活するわけには いかないでしょ? だから今朝 王太后さまに お古をもらったのよ。」

アルス「そっか。……うん 似合ってるよ。」

マリベル「ふふん。このあたしに 似合わない 服があったかしら?」

アルス「それもそうだね。」

マリベル「…ちょっと いま テキトーに 言ったでしょ。」
マリベル「ふん いいわよ もう……。」

アルス「あっ……。」

そう言ってはむくれてそっぽを向く姿すら愛おしく思え、少年はつい黙って見とれてしまう。

だが、まずはこの令嬢の機嫌を取ることが少年に与えられた使命であった。



124: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:07:06.32ID:WJPu1BOR0

アルス「……ね マリベル。」

マリベル「…なによ。……あっ。」

気が付けば手が触れていた。否、少年がもの寂しそうに揺れる少女の手を絡めとり、その甲を指で優しくなぞっていたのだ。

マリベル「……アルス?」

アルス「手 つなごっか。」

マリベル「…………………。」

一瞬強張った手の力が抜けたの確かめ、少年は少女の指と指の間に自分のそれを差し込み優しく掌を合わせる。
少しだけ身を捩りくすぐったそうにしていた少女もとうとう観念したのか少年の手をゆっくりと握り返す。

そしてこっちを向かせようとしたのに少女の顔は再びそっぽを向いてだんまりを決め込んでしまうのだった。

うっすらと頬を紅潮させているという違いを除いては。

*「おい ありゃあ 完全に…。」

そんな二人を後ろから眺めて漁師の一人が口を開く。

*「声が でかいぞ。」

*「きみも 鈍感だなあ。あんなに わかりやすいのに。」

*「なんだか この 数日で 急接近しているような 気がするけどな。」

*「なんだみんな 水くせえな。教えてくれりゃ 黙ってたのに。」

ボルカノ「…………………。」

“あの跳ねっ返り娘がなあ”

少年と共に少し離れて前を行く少女の後ろ姿を見つめて漁師頭は思う。
以前であれば気にくわないことにはすぐに口を出し、少年を振り回していたあの少女
_今は大人の女性と表現しても差し支えないだろう_が嘘のように少年の隣でされるがままにしている。

ボルカノ「変わるもんだなあ。」

*「あん? どうしたんです ボルカノ船長。」

ボルカノ「いや なんでもねえ。次の 目的地は そう遠くねえんだ のんびりいこうぜ。」

*「へえ…。」

二人の時間を邪魔するのが野暮に思えてしまい、船長と呼ばれた男は足取りを遅らせ遠くに見える小さな港を、
恋人たちの間にできた小さな窓から覗くのだった。



125: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:08:04.13ID:WJPu1BOR0

*「お勤め ご苦労様です。」

ボルカノ「うちの 船が 世話になったな。」

*「ぜひ 我が国に また お立ち寄りください。」

*「一同 首を長くして お待ちしておりますぞ。」

アルス「ええ さようなら。」

船着き場で番兵たちと固く握手を交わし、別れを告げる。

ボルカノ「よーし 錨を上げろ!」

マリベル「目指すは 南東の地 メザレよっ!」

*「「「おおーっ!!」」」

掛け声とともに錨が巻き上げられ、漁船アミット号は緩やかな西風を受けて再び大海原へと繰り出していった。



126: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:10:14.97ID:WJPu1BOR0

マリベル「さすがに あっちこっちで 宴会やってると 胃が疲れるわね。」

日もだいぶ昇ってきた頃、調理場では少女が連日の宴でもたれたお腹を擦りながら大きな溜息をついていた。

コック長「では リンゴをすりおろして ジュースにでも しましょうか。」

マリベル「そうね。」

コック長「たしか リンゴは そっちに置いておくように 言っといたんですが。」

マリベル「どれどれ…。」
マリベル「…………………。」

コック長「…どうか なさいましたかな?」



マリベル「これは いくらなんでも ちょっと 買いすぎじゃないかしら?」



少女が引っ張り出した箱の中には溢れんばかりのリンゴが詰められていた。

その有様は一緒に入っていた他の果物を魚よりも先に腐らせんばかり。

コック長「…………………。」
コック長「あいつ…。」

料理長は隣の部屋で眠っているもう一人の料理人の顔を思い出し大きな溜息をつくのだった。



127: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:11:23.13ID:WJPu1BOR0

*「いやあ すいません。安かったもんですから つい 調子に乗って…。」




叩き起こされた料理人は悪気無く笑って頭を掻く。

マリベル「つい じゃないわよ。どうするの こんなにたくさんっ!」

コック長「さすがに 毎日 リンゴを かじっていては みな 飽きるでしょうしな。」

*「…………………。」
*「そ それなら アップルパイでも 作りましょうよ!」

コック長「……なるほど まあ 連日の外食で バターも小麦粉も 余っておるし 悪くはないな。」

*「じゃあ おやつにでも しましょうか。」

マリベル「…………………。」



128: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:13:05.79ID:WJPu1BOR0

ボルカノ「今日は 暑いな……。」

アルス「うん……。」

甲板では親子が実に他愛のない会話をしていた。

先日のことから魔物の襲撃に備え武器や見張りを強化してはいるというものの、いつにも増して強烈な日差しに漁師たちも滝のような汗を流している。

今は昼すぎ、時間にしては一日で最も気温の高い時間帯というだけあってか、日よけの無い甲板の上はさながら海上の砂漠と化していた。

*「これじゃ メザレに着く前に 干からびちまいそうだな……。」

今の漁師たちにとっては魔物なんかよりも頭上から灼熱を吐き続ける太陽の方がよっぽど恐ろしい存在に思えてならなかった。

アルス「ちょっと 水 もらってきます……。」

*「おう。」

そう言って少年が船室へと入った時だった。

アルス「……ん?」

階段を下りてすぐに見える扉の左側に、“ある違和感”を覚えて立ち止まる。

アルス「…こんなところに傷なんて あったかな?」
アルス「…………………。」
アルス「ま いっか。」

暑さで鈍った頭を使う気にならず、少年は深く考えずに水を求めてさらに船の奥を目指していくのだった。



129: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:15:01.64ID:WJPu1BOR0

マリベル「みんな おつかれー。アップルパイ焼いてきたわよ。」



*「「「おおっ!」」」

日も傾きかけた頃、甲板へとやって来た少女に男たちは群がる。

その手には大きなアップルパイを乗せた皿が抱えられていた。

マリベル「はいはい 押さないの。ちゃんと 人数分あるからっ。」

大の男たちをなだめすかし、少女は一人一人に切り分けたパイを手渡していく。

*「うほっ うめえ!」

*「やっぱり 女の子がいて良かった…。」

*「うぐっ… ゴホッ ゴホッ! つ つかえた…。」

猛暑で参っている漁師たちのことを考えて少しだけ冷まされたアップルパイは、桂皮と林檎の爽やかな香りがほんのりと立ち込めていた。

ボルカノ「アップルパイなんて 何年ぶり だろうな…。」

アルス「うちじゃ めったに 食べないからね。」

マリベル「…………………。」

少女は漁師たちが美味しそうに平らげるのを満足気に見届けていたが、やがて人気の付かない端の方へと去っていってしまった。

アルス「……?」

そんな後ろ姿を不思議に思い、少年はそっとその後を追うのだった。



130: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:17:47.20ID:WJPu1BOR0

マリベル「…………………。」

少女は一人船縁に肘をかけ、最後の一切れを持ったままじっとそれを見つめていた。

アルス「…どうしたの マリベル?」

マリベル「…ああ アルス。いや ね 昔のことを 思い出しちゃっただけよ。」

少女は振り向きもせずに答える。

アルス「昔のこと?」

マリベル「ええ。いつだか 言ったかもしれないけど あたし おじいちゃん子だったのよ。」

アルス「それが アップルパイと……。」

マリベル「好きだったのよ。」

アルス「え?」

マリベル「死んだ おじいちゃんがね。 ……アップルパイを。」
マリベル「まだ おじいちゃんが 生きていた頃 おじいちゃんが ママに言うもんだから ママは よく アップルパイを 作ってたの。」

アルス「どうして?」

マリベル「さあね。でも 今思えば おばあちゃんとの 思い出の品だったのかなって。」
マリベル「おばあちゃんのことは 顔も 知らないけど おじいちゃんが アップルパイを食べる時の顔は なんだか 懐かしむような 感じだったもの。」

アルス「マリベルの おばあさんのことを 思い出していたのかな。」

マリベル「そうかもね。あたしも おじいちゃんと 食べる アップルパイが 大好きだったわ。」
マリベル「でも おじいちゃんが 死んじゃってからかな。アップルパイが 嫌いになっちゃったのは。」
マリベル「見たくも なかったのに。飯番が リンゴばっかり 買ってくるから。」

アルス「…………………。」

マリベル「何年たっても 忘れられないものね。おじいちゃんが 喜んでくれるからなんて言って ママに 教えてもらって 何度も 練習したっけ。」
マリベル「…………………。」
マリベル「笑っちゃうわよね。あれだけ 嫌だったのに いざやってみれば 自分でもびっくりするくらい うまく作れちゃうんだもの。」
マリベル「……二度と作らないって 思ってたのに…。」

アルス「…………………。」



アルス「きっと おじいさん 泣いてるよ。」



マリベル「え?」

アルス「マリベルが そんなこと言ってるって知ったら きっと 天国の おじいさんは 悲しむと思うよ。」
アルス「……おじいさんとの 思い出のアップルパイなんでしょ?」

マリベル「…そうだけど……っ!」

アルス「ぼくは いやだな。自分の大好きな人が 自分との思い出を 嫌だなんて言って 忘れようとしていたら。」 
アルス「大好きな人には ずっと 覚えていてほしいもん。ぼくのことも ぼくとの思い出も。」

マリベル「…………………。」
マリベル「おじいちゃん…。」

素直な感想、否、願いだったのだろうか。少年の言葉に大好きだった祖父と過ごした日々を思い出し、少女はそっと思い出の味にかじりつく。

マリベル「……おいしい。」

一度口にしだしたら止まらなかった。最後の一口まで噛みしめると少女はゆっくりと赤みを帯び始めた空を見上げる。
柔らかい微笑みを浮かべるその瞳からは名残を惜しむように滴が一筋、海の底へと消えていった。

アルス「…………………。」

空っぽになってしまった皿を見つめながら少年は少しだけ後悔していた。
今朝がた心に決めたばかりの誓いは、自らの手によってあっという間に、いとも簡単に破られてしまったと。

しかし彼の心はどこか温かい気持ちで満たされていた。

アルス「この旅が 終わったらさ……。」
アルス「また 食べたいな。マリベルの アップルパイ。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……うん。」

少女はもはや泣いてなどいなかった。少年の願いに小さく頷くと再び空を見上げ、優しく頬を撫でる風に身を任せ、静かに目を閉じたのだった。



131: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:19:36.71ID:WJPu1BOR0

日が海の彼方へ沈みかけた頃、元気を取り戻した少女は再び調理場で作業に取り掛かっていた。



マリベル「さーて 干物は どうなってるかしらねー。」

そう言うと先日作った深海魚の干物の状態を確認するべく、少女は層状の金網を覆った布を勢いよく捲り上げる。

マリベル「うん……うん?」

色もよくしぼみ過ぎず嫌な臭いも全くせず、干物の状態はどこからどう見ても良好だった。

マリベル「なんで……。」

ただ。







マリベル「なんで こんなに 少なくなってるのよ…!?」



明らかに数が足りない、という点を除いては。



132: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:22:02.20ID:WJPu1BOR0

ボルカノ「……それで 干物が いつの間にか なくなっていたと?」

それからすぐに船員が会議室に集められ、状況を確かめるべく船長による聞き取り調査が行われた。

コック長「ええ そうなんです。さっき 状態を調べようと マリベルおじょうさんが 確認した時には 既に いくつか なくなっていたんです。」

マリベル「まったく どうなってるのかしら。今朝 船に戻ってきた時には 確かに 全部 あったのに。」

ボルカノ「うーむ こいつは いったい……。」

不可解な状況に船長は腕を組み首を捻る。

*「…はっ! もしかして 誰かが 盗み食いしたんじゃ……。」

ボルカノ「信じたくはねえが その線も あり得るかもな。」

*「だとすれば 甲板にいた おれたちは みんな 潔白ですぜ。」

*「そうだよな。途中で 水飲みに 行ったりしたけど それ以外は 船室に入ってないからな。」

*「だとすれば 可能性が 残っているのは……。」

*「コック長 それから飯番のお前に マリベルおじょうさん だけだな…。」

コック長「わたしは ずっと 窯に向かっていましたからな。」

*「ぼ ぼくも コック長の隣で 火焚きや 下ごしらえを してました……っ。」



*「ということは……。」



男たちが一斉に少女の方へ振り向く。

マリベル「……な なによ! あたしが やったっていうのっ!?」

*「でも おじょうさん以外は みんな アリバイが ありますぜ!」

*「まさか おじょうさんが つまみ食いだなんて…。確かに 脂が乗ってて 美味しそうだったけど…。」

マリベル「じょ… 冗談じゃないわよ! なんで あたしって 決めつけられきゃ ならないのよ!」
マリベル「コック長だって あたしのこと 見てたでしょっ!?」

コック長「残念ながら わしは シチューの煮込みに 集中していたもので……。」

マリベル「そんな…!」

ボルカノ「……だれか おじょうさんの無実を 証明できる奴は?」



*「…………………。」



マリベル「…た たしかに 最後に干物の確認をしたのは あたしだし 調理場もいたけど……。」
マリベル「盗み食いだなんて やってないわ! ねえ 本当よ……。」

*「しかし 誰も 見ていないし 証言できない以上……。」

マリベル「…………………。」

重苦しい空気と浴びせられる疑いの眼差しに、とうとう少女は黙って俯いてしまった。



133: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:24:03.88ID:WJPu1BOR0

アルス「……でも 干物って言っても 普通は あぶったりして 食べるものでしょう?」

沈黙を破ったのは少年の声だった。

アルス「いくらなんでも そのまま 食べたら お腹を壊すはずです。」
アルス「だとしたら 必ず 火を使うはずでしょう。
もし マリベルが 干物を焼いて 食べたというのなら 同じ調理場にいた二人が 気付いたんじゃないですか?」

*「そっか…。」

*「でも マリベルおじょうさんは 火の呪文を 使えるんじゃなかったか? このフロアでなら 誰にも 気付かれずに できるんじゃ…。」

少年に集まっていた視線が再び少女に向けられる・

マリベル「…たしかに 使えるわ。呪文じゃなくても 特別な力で 火も吹けるわよ……。」

アルス「でも 干物を焼く時の 匂いを 完全に飛ばすことは できません。」
アルス「もし 実際に あぶったりしていたら きっと 誰かが 気付いたはずでしょう。」

少年の言うことはもっともだった。だがそれだけに謎はさらに深まり、再び辺りは痛いほどの静寂に包まれる。

マリベル「もういいわ アルス……。誰にも 証明できない以上 あたしが 疑われるのは 当然のことだわよ…。」

アルス「マリベル!」

マリベル「ううん 何も言わないで。……気持ちだけは ありがたく 受け取るわ。」
マリベル「さあ ボルカノ船長! なんなりと あたしを罰してください。」

漁師頭に体を向け、少女は諦めたように目を閉じて制裁の言葉を待つ。

ボルカノ「…………………。」

いくら網元の娘とはいえ漁師にとって船の上での規律は絶対。男はこの船を任された船長として苦渋の決断を下すより他なかった。

ボルカノ「マリベルおじょうさん こんなことは 言いにくいんですが…。」
ボルカノ「規律を 守れない以上 この漁からは……。」

“離脱してもらいます”

そう告げようとした時だった。




アルス「待って! 待って父さん!」




父親の言葉を遮り少年が叫ぶ。

ボルカノ「アルス……。」

アルス「マリベルは 犯人なんかじゃない!」
アルス「ぼくが 真犯人を 突き止めるまで 少しだけ 時間をください!」

少年は本気だった。

犯行を裏付ける決定的な証拠もなければ少女がそんな自分勝手なことをする動機もない。

だが少年は彼女のことを信じていた。

ボルカノ「…………………。」

息子の揺るぎない目を見つめ、父親はやがて大きく頷く。

ボルカノ「わかった。メザレに到着するまで 待とう。」
ボルカノ「ただし マリベルおじょうさん。それまでに 疑いを 晴らせなければ その時は……。」

マリベル「ええ。大人しく 船を 降りますわ。」

少女が力強く、はっきりと答える。

ボルカノ「わかりました。」
ボルカノ「おまえら 持ち場に戻れ! 通常運転で 行くぞ。」
ボルカノ「ただし アルスには 協力してやってくれ。」
ボルカノ「……オレからの お願いだ。」

それだけ言うと船長は甲板へと昇っていった。



134: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:25:53.15ID:WJPu1BOR0

マリベル「ごめんなさい アルス。こんなことになっちゃって…。」

すっかりしおらしくなってしまった少女に少年は笑いかける。

アルス「大丈夫。ぼくが必ず きみの疑いを 晴らしてみせるよ。」

マリベル「…うん!」

少年の力強い言葉に少女は少しだけ元気を取り戻す。

アルス「しかし 困ったな。やったという 証拠はないけど やっていないという 証拠が見つからないんだ。」

壁に背をもたれ腕を組みながら少年が言う。

マリベル「本当に 誰がやったのかしら?」
マリベル「この船には あたしたち以外 誰も 乗ってないはずよね…。」

アルス「うーん…。」

そう、確かに漁船アミット号には少年たち以外には誰も乗っていなかった。

誰も。

アルス「うんっ!?」

少年は思い出したように目を見開き走り出すと、甲板へと続く階段の手前で立ち止まった。

アルス「この傷は…!」

少年が凝視する先には昼過ぎに見つけた縦長の傷痕があった。
扉の横の間仕切りにつけられたそれは、何度も何度も引っ掻いたようにいくつもの線が刻み込まれていた。

マリベル「なになにっ? どうしたのよアルス。」

遅れてやってきた少女が不思議そうに少年の顔を見つめる。

アルス「マリベル! 犯人がわかったかもしれない!」

マリベル「……どういうこと?」

アルス「ぼくたちは たいへんな 勘違いを していたんだっ!」
アルス「この傷を見て!」

マリベル「なに…これ… まさかっ!」

アルス「その まさかだっ!」

そう言って目を合わせると二人は一目散に船の奥へと走り出した。



135: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:28:00.19ID:WJPu1BOR0

*「なんだ なんか 下が騒がしいぞ?」

*「どうせ アルスが 慌てて 走り回ってんだろう。」

*「あいつも たいへんだよ。おじょうさんの 尻拭いとはいえ こんなことに なるなんてな。」 

*「おい おじょうさんが 犯人なんて まだ決まってないんだ。そんな言い方は よせよ。」

*「おまえだって 本当は 疑ってるくせに 何言ってるんだ。」

*「なんだとっ!」

*「なんだ やるってのか?」

ボルカノ「やめろ おまえたち! 船から 放り出されたいか!?」

*「うっ…。」

*「すいません 船長。ついカッと なっちまって…。」

ボルカノ「あの マリベルおじょうさんが 盗み食いなんて するわきゃねえ。」
ボルカノ「今は アルスが 真実を突き止めてくれることを 信じて 待つんだ。」

*「船長…!」

敢然として海を見つめる船長に漁師が何か言いたげに声をかけた。

その時だった。



136: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:28:44.63ID:WJPu1BOR0

*「待てーーーーっ!」






突然階下から少年の怒鳴り声が響き渡り船内は緊張に包まれた。

*「なんだっ!? 何が起こってるんだ?」

*「アルスだっ! アルスが 真犯人を 見つけたに違いねえ!」

ボルカノ「っ……!」

甲板で漁師たちが狼狽えていると突然小さな影が階段から飛び出してきた。

アルス「誰かっ そいつを 捕まえて!」

後から階段を駆け上がってきた少年が目いっぱいに叫ぶ。

*「フギャーーーーッ!」

*「な なんだあっ!?」

小さな黒い影は甲板を駆け抜けると再び階段の方へ向かって飛び跳ねた。

次の瞬間。





*「ギャッ……!」





マリベル「つっかまーえたっ!!」





遅れてやってきた少女の腕にソレはがっちりと掴まれた。

*「フゥーーッ! フゥウウウッ!」

マリベル「おーよしよし。何もしないから 大人しくしてちょうだい?」

*「フゥ………。ゥゥゥ…。」

しばらく手足をバタバタさせて少女を引っ掻こうとしていたが、少女が優しく首元を掻いてやると落ち着きを取り戻し、観念したのか遂に大人しくなった。

アルス「ふう…!」

隣で見ていた少年が額の汗をぬぐいながら大きくため息をつく。

*「マリベルおじょうさんっ! そいつは……。」

マリベル「うふふっ!」

アルス「見つけましたよ。真犯人。」



137: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:30:17.43ID:WJPu1BOR0

ボルカノ「つまり その猫が 船に紛れ込んで 干物を 食い荒らしていたと?」

アルス「うん。あそこにある ひっかき傷を見て 閃いたんだ。」
アルス「二回も停泊しているのに どうして この船には ネズミ一匹 出やしないんだろうってね。」

マリベル「それも そのはず。このネコちゃんが 紛れ込んでいて 食べてたからよね~。」

*「ナ~…。」

そういう少女の腕には白、茶色、黒の三色毛を持つ猫がしっかりと抱かれおり、今はされるがまま大人しくしている。

アルス「“犯人は現場に戻る”ってね。 いつだか読んだ物語の中に 書いてあったんだ。」
アルス「それで もう一度 干物棚の後ろを 調べたら こいつが 出てきてね。」

マリベル「追っかけまわしてたら 甲板まで 行っちゃったのっ。ね~?」

*「ニャ…。」

少女に語り掛けられた猫は問いに答えるように小さく鳴く。
追いかけられたにもかからず少女に心を許したのかその手の愛撫を受けて三毛猫は気持ちよさそうに喉を鳴らしている。

*「まったく なんて 人騒がせな猫なんだ。」

*「どうりで ネズミを見かけないと思ったら そういうことだったのか。」

ボルカノ「他に 被害は ないのか?」

コック長「ええ もしやと思い 調べましたが 食べられてたのは 干物だけでしたぞ。」

ボルカノ「そうか。」
ボルカノ「マリベルおじょうさん 本当に 申し訳ねえ。おじょうさんのことを 犯人扱い しちまうだなんて… このとおりだ。」

そう謝罪して船長は深々と頭を下げる。
自分に非があればそれを認め誰であろうと必ず謝る、国一番の漁師頭が慕われる理由はただ漁の腕が良く豪放なだけではない人格者である点にもあったのだ。

マリベル「…ううん ボルカノおじさま。 そんなに 謝らないで。」
マリベル「疑いが 晴れたなら もう それで いいのよ。」

ボルカノ「おじょうさん……。」

マリベル「その代わり 一つ お願いがあるんだけど……。」 

ボルカノ「なんでしょう?」



マリベル「このネコのことは あたしに 任せてもらえないかしら。」



138: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:32:20.45ID:WJPu1BOR0

*「こ ここで 飼うんですかい?」

マリベル「ええ。ちゃんと しつければ もう 悪いことは しないはずよ。」
マリベル「ね? 猫ちゃん。約束できるかしらね。」

*「なーぅ…。」

コック長「マリベルおじょうさんが そこまで 言うのなら わしは 反対はしません。」
コック長「ただし 調理場には入れない と約束していただければ ですがな。」

マリベル「わかってるわ。」

ボルカノ「…決まりだな。新しい 乗組員の誕生だ!」

*「「「ウスッ!」」」



アルス「あれ? おまえ 三毛猫なのに オスなのかい?」

*「……ゥナーオ。」

マリベル「あら ホントだ。 体は小さいけど… つ ついてるわね……。」
マリベル「…………………。」

少年の指摘に三毛猫の両脇を抱えて股を見るとそこにはしっかりとフグリがついていた。

ほんの少しだけ少女は顔を赤らめて黙り込む。

ボルカノ「縁起がいいな。 滅多に お目にかかれるもんじゃないぜ。」

昔から漁師の間では三毛猫の雄は航海の守りとして言い伝えられてきたが、その出現は何十年に一度とも言われている。
フィッシュベルにも多数の猫が放し飼いにされているが三毛猫はおろか、その雄なぞこの場の誰も見たことはなかった。

マリベル「そうね… 名前は何がいいかしら……。」

少女が呟くと男たちはこれしかないと言わんばかりにと声を上げる。

*「タマ!」

マリベル「ありきたりね。」

*「トム!」

マリベル「まんまじゃないの。」

*「ねこまどう!」

マリベル「魔物じゃないの。」

*「ジャガーメイジ!」

マリベル「魔物から 離れなさいよ!」

*「メイジキメラ!」

マリベル「もはや 猫ですらないっ!」

もはや大喜利である。

マリベル「ていうか なんで あんたたちが そんな魔物を 知ってるのよ!」

アルス「……キーファ。」

ボルカノ「幸運に ちなんで ラッキーとかは どうです?」

マリベル「やっぱり ボルカノおじさまが 一番 まともな センスしているわね。」
マリベル「でも… そうねえ。」

すっかり困ってしまった少女は左の眉を吊り上げてじっと猫の顔を覗き込む。
どうやら少年が何やら呟いたことにはまったく気づいていないようだった。

マリベル「あら? あんた 綺麗な 目をしているのね。」

*「…………………。」

少女に見つめられ、猫は少しだけ身動ぎをする。



139: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:33:58.96ID:WJPu1BOR0

マリベル「…トパーズ……。」



アルス「え?」

マリベル「そう おまえの 名前は トパーズよ!」

ボルカノ「ほう そりゃまた …む なるほど。」

アルス「どういうこと?」

マリベル「あんたは 宝石なんて 興味なさそうだもんね~。」

アルス「……?」

ボルカノ「トパーズってのは 宝石の名前でな。ちょうど このネコのような 目の色をしているんだ。」

マリベル「ビビッ ときたわね。トパーズ。」

トパーズ「ナ~~。」

マリベル「…おまえは 賢い子ね。ちょっと 待ってなさい お腹すいてるんでしょ?」

トパーズ「……にゃぁ。」

本当に理解しているのかはされおき、少女の呼びかけに律儀に反応する猫は見ていて庇護欲を誘うものがあり、
もはやこの場にいる誰もがこの猫のことを追い出したりしようなどとは思っていなかった。

アルス「よろしくね トパーズ。」

トパーズ「っ! ……ナゥナゥ~。」

少年の腕に抱かれ少し動揺を見せるもやがてその手に敵意がないと分かったのか、猫は大人しく撫ぜられていることに決めたようだった。

ボルカノ「それじゃ 到着まで もう少しかかるからな。交代で 飯を食って 持ち場に 戻るように。」

*「「「ウスッ!」」」

こうして漁船アミット号は新たな仲間を“一匹”加え、すぐそこまで迫る目的の地を目指して再び通常運転へと戻っていくのだった。



140: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:34:42.78ID:WJPu1BOR0

夜も深まり月が天を跨ぐ頃、一行はメザレにほど近い小さな船着き場へとやってきていた。

*「まさか こんな 夜更けに 船がやってくるとは 思いませんでしたよ。」

船の番をしていた漁師が突然の来客を出迎える。

ボルカノ「悪いな。ずいぶん ゆっくりしてたら こんな 夜中になっちまった。」

*「いえいえ とんでもない。遠い地からの お客とあれば ニコラもラグレイどのも きっと お喜びになる はずです。」

マリベル「ニコラに ラグレイ… そういえば そうだったわね……。」

アルス「元気にしてるかな 二人とも。」

*「ややっ あなた方は! 世界を救った 英雄さま じゃないですか!」

マリベル「ふふん。もっと 褒めても いいわよっ。」

アルス「ははは… どうも。」

*「みなさん さぞかし お疲れでしょう。今日のところは ひとまず お休みになって また明日 ご挨拶にいかれてはどうですか?」

ボルカノ「おう。そうさせて もらうぜ。」
ボルカノ「それまで 悪いんだが オレたちの 船を頼めるか?」

*「お任せください。命に 代えても 守ってみせますよ!」

そう言って男は胸を叩いてみせる。

ボルカノ「わっはっはっ! そりゃ 頼もしい。 それじゃ よろしくな。」

舟守の漁師に別れを告げて一行はかつて神の兵と呼ばれた一族の住まう村へと足を踏み入れた。



141: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:36:21.05ID:WJPu1BOR0

*「ようこそ 旅の宿に。」
*「失礼ですが 団体さんですか? それでしたら すみませんが 部屋が 一つしか なくて…。」

ボルカノ「……だそうだ。どうする?」

疲れを癒すべくすぐに宿へと向かった一行であったが、何もない小さな村ということもあって宿泊できる人数には限りがあった。

*「このまま 船に戻っても かまいやせんけど…。」

*「ひとまずは 横になれれば……。」

ボルカノ「うーむ…。ご主人 この村に 他に 泊まれるところは ないのか?」

*「はあ なんせ 小さな村なもんですから……。」
*「あっ! 少々 お待ちください!」

何かを思いついたように言い残して宿屋の主人は表へと走って行ってしまった。

マリベル「最初から 期待は していなかったけど……。」

アルス「マリベルは ここの宿に 泊まるといいよ。ぼくは みんなと 船に戻るからさ。」

マリベル「そうは言ってもねえ… あたしも お風呂だけ 借りられれば あとは どこでもいいわよ。」
マリベル「慣れっこだしね。」

そうこうしているうちに宿屋の主人が誰かを連れて戻って来た。

*「ここの教会の シスターに 事情を説明しましたら 快く講堂で 寝床を提供してくださるそうです。」

主人がそう言うと後ろから初老の女性が一同の前に現れる。

*「たいした もてなしも できませんが うちでよろしければ 簡易ベッドを ご用意させて いただきます。」

アルス「本当ですか!」

*「ええ 是非 体を休めていってください。」

ボルカノ「そりゃあ 助かります。では お言葉に 甘えて。」

*「おお こいつは ラッキーだ!」

コック長「神は わしらを 見捨てなかったのですな。」

思わぬ助け舟に乗組員たちは口々に喜び合う。



142: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:37:35.22ID:WJPu1BOR0

ボルカノ「さて 肝心の 宿だが 何人泊まれるんだい?」

*「うちは4人です。ただ 女性の方も 同じ部屋に なってしまいますが いかがなさいますか?」

アルス「どうする? マリベル。」

マリベル「あたしは 別に かまわないわよ。この船の人たちは あんたと違って あたしを 襲ったりなんて しないでしょうからね。」

アルス「ええっ!?」

突然の言葉に思わず少年はたじろぐ。

*「アルス お前……。」

アルス「ご 誤解ですってば!」

*「とんだ 野郎だぜ コイツぅ!」

アルス「か 勘弁してください~!」

マリベル「っぷ… あはははっ!」

アルス「……もう!」

マリベル「ごめん ごめん …ぷぷぷっ くっ苦しい。」

少女は笑いを堪えながら苦しそうにお腹を抱えている。
人の寝てるベッドに潜り込んできたのはいったいどこの誰なのかと問い詰めてやろうかと迷うものの、
また気を落とされるのも忍びないと思い、少年はなんとか堪えることにした。

ボルカノ「わっはっはっ! それじゃあ こっちに4人 残りは教会だ。 それでいいか おまえら?」

*「ウスっ!」

ボルカノ「よし それじゃ アルス おまえは コック長 飯番 マリベルおじょうさんと ここに泊まれ。おれたちは 教会で厄介になるからな。」

アルス「わ わかりました。」

ボルカノ「それじゃ 明日の朝 ここで 落ち合うぞ。解散!」

こうして漁師たちはぞろぞろと教会へと歩いて行った。

父親と別れた後、少年たちも交代で風呂を済ませ早々に床に就いたのだった。



143: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:38:52.10ID:WJPu1BOR0

アルス「…………………。」

ふと少年が喉の渇きに眼を覚ました時、まだ月は天頂付近で夜を謳歌していた。

隣のベッドでは少女が猫のように体を縮めて寝ているのが見て取れる。
そのベッドの下では少女が連れ込んできた猫が同じように丸まって眠っていたが、
少年が床から起き上がり扉に手をかけた時、いつの間にか目を覚まして少年の足元に纏わりついていた。

アルス「外に 出たいのかい?」

トパーズ「……にゃあ。」

アルス「…おいで。トパーズ。」

少年は猫を脇の下から救い上げるとその腕に抱えて宿の受付へと顔を出した。

*「おや アルスさん 寝付けないんですかい?」

そこには既に営業を終え、寝る準備に取り掛かる宿屋の主人がいた。

アルス「いえ 水差しが 空になってしまったので 少しお水を もらおうと……。」

*「そうでしたか。少々 お待ちください。」

そう言って宿屋の主人は奥から硝子の水差しを持って戻って来た。

*「はい どうぞ。」
*「他になにか ご用意しましょうか?」

アルス「いえ 大丈夫です。」
アルス「……あれから どうですか?」

*「村は 平和そのものですが どうも最近 妙な噂が 広まってましてね。」

アルス「妙なうわさ?」

*「はい。なんでも あの ラグレイどのが 実は なんでもない人で 英雄をかたって 村人を 騙していたんじゃないかって 話です。」

アルス「な なんですって?」

*「一緒に 魔王を打ち倒した あなた方なら その話が 嘘だって みんなに教えて あげられるんじゃないですか?」

アルス「…………………。」
アルス「そうですか……。わかりました ありがとうございます。」

*「いえいえ。もう遅いですし 明日にでも 村を回ってみてください。」

アルス「はい おやすみなさい。」



*「よい 夢を。」



144: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:39:53.42ID:WJPu1BOR0

アルス「ラグレイが 偽物の英雄か…。」

宿屋を出た少年は風に当たりながら誰に語り掛けるでもなく呟く。

アルス「本当のところ そうなんだけど このままだと 彼は 村を 追い出されて 永遠に 悪者扱いだよなあ。」
アルス「……ねえ。ぼくは どうしたらいいかな…?」

少年は溜息をつくようにポツリと腕に抱えた猫に語り掛ける。

トパーズ「……な~。」

アルス「ごめんよ。きみに わかるわけないよな。」

そう言って少しだけ強く抱きしめると猫は身動ぎして少年の腕からスルリと抜け落ちる。

アルス「あっ……。」

トパーズ「…………………。」

猫は少年の顔を見上げると歩き出し、しばらく辺りを散策した後、宿屋の上の階段でうずくまった。

“今日はここで寝るよ”

揺らめく長い尾がそんな風に語っているようだった。

アルス「…そっか。うん おやすみ。」

そう答えてから少年は宿に戻り、胸に小さな不安を抱いたままベッドへと潜り込む。そうして隣で眠る少女の寝息や料理人たちのいびきを聞きながら、どうにも寝付けない夜を過ごしたのだった。





そして……



145: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:40:32.95ID:WJPu1BOR0

そして 次の朝。



147: ◆N7KRije7Xs:2016/12/27(火) 19:52:40.71ID:WJPu1BOR0

*第5話の主な登場人物

アルス
ひよっこ漁師。
機転を利かしとある痕跡からマリベルにかけられた嫌疑を晴らす。

マリベル
一張羅が破かれたので新しい衣装に衣替え。
たまたま焼いたアップルパイに祖父過ごした記憶を思い起こす。
干物泥棒の疑いをかけられるがアルスの協力により汚名返上。

ボルカノ
船長。その立場上、苦しい判断を迫られるが、船員のことを誰よりも信頼している。
無粋なことはしない主義。

コック長
料理の際は熱中するためあまり周りを気にしない。
色々な意味でよくやらかす飯番の監督者。

飯番(*)
同じく調理中は集中しているためあまり周りをみない。
それでも料理の腕は確かな様子。

アミット号の漁師たち(*)
喧嘩っ早いのがたまにキズ。
ノリツッコミはお手の物。どちらかというとボケ役?

トパーズ
アミット号に紛れ込んできた珍しい雄の三毛猫。
飢えをしのぐために干物をこっそりと盗み食いするが、
爪とぎの痕からアルスとマリベルに発見される。
航海のお守りにと船員の仲間入り。



150: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:34:22.04ID:HiFRyoCx0

航海六日目:真の英雄



151: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:35:04.35ID:HiFRyoCx0

*「…ルス……ア………て…」




アルス「…うう…ん…?」




マリベル「アルス 起きてっ! 起きなさいったら!」




中途半端な睡眠を繰り返していた少年は少女の声で目を覚ました。

アルス「マリベル…? どうしたの そんなに 慌てて……。」

マリベル「なんだか 村の中の様子が 変なのよ。」

アルス「へん……?」
アルス「まさか…っ!」

少年は急いで身支度すると用意されていたトーストを齧りながら表に飛び出した。



152: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:35:54.50ID:HiFRyoCx0

*「おい ねえちゃん どうなんだ!」

*「そうよ いつまで 待たせる気なの!」

*「本当のことを 話してよ!」

村の一角には人だかりができていた。

*「で ですから もう少しだけ お待ちください…!」

どうやらとある邸宅の前で若い女性を囲んで何やら抗議しているらしい。

マリベル「みんな どうしちゃったのかしら…。」

アルス「…やっぱり!」

そう呟くと少年はその人だかりに向かって走り出す。

マリベル「あ ちょっと アルスっ!?」

アルス「すいません 通してください!」

*「あ アルスさんだっ!」

飛び込んできた少年の姿に気付き村人たちが道を開ける。

*「おおっ アルスさん!」

*「なにっ!?」

*「マリベルさんも 一緒だぞ!」

マリベル「ちょっと アルスってば!」

慌てて後を追いかけてきた少女の目の前には見覚えのある女性が困り顔で立っていた。

*「あ アルスさんに マリベルさん! いいところに 来てくれました!」
*「この人たちを なんとか してくださいよ~!」

そう言って二人に話しかけてきたのは、この村でかつて魔法のじゅうたんを譲ってくれた青年に仕える若いメイドだった。

マリベル「この騒ぎは いったい……。」

*「詳しいことは ひとまず ニコラさまと ラグレイさんに聞いてください!」
*「さあ どうぞ 中へ!」

アルス「……はい!」

少年が短く返事をすると給仕人の娘は少しだけ扉を開き、二人を屋敷の中に押し込んだ。



153: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:36:31.72ID:HiFRyoCx0

*「ニコラさま ラグレイさん アルスさんたちが お見えです!」

そう言うや否や、扉と壁にできた狭い隙間から二人の英雄が屋内へと押し込まれてきた。

マリベル「いったたた…! もうっ なんなのよ!」

アルス「こ こんにちは 二人とも。」

ニコラ「アルスさん! それに マリベルさんじゃ ないですか!」

ラグレイ「ああっ! あなた方は!」

そう叫んで桃色の装甲に身を包んだ男は突然やって来た客の腕を引っ張り奥の部屋へと連れ込んだ。

ニコラ「…………………。」

もう三度目のことになるため、もはやお約束の光景なのだと一人残された青年は納得するしかなかったのだった。



154: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:37:28.23ID:HiFRyoCx0

ラグレイ「アルスどの マリベルどの!」
ラグレイ「男ラグレイ 本当の本当に 正真正銘 最後の お願いでありまする。」

マリベル「いいえ。」

ラグレイ「まだ 何も 言っておりません!」

マリベル「いいえ。」

ラグレイ「話だけでも! 話だけでも聞いてくださいっ!」

マリベル「いいえ。」

ラグレイ「…………………。」

[ マリベルは ラグレイに うらみがましい目で にらまれてしまった! ]

マリベル「何よ。今回も どうせ あたしたちに 口裏合わせろとか 言うんでしょ?」
マリベル「そんなの お断りに 決まってるわよ!」

ラグレイ「そこを なんとか!」

マリベル「いいえ。」

ラグレイ「後生ですから! この通り!」

マリベル「 イイエ。」

ラグレイ「じゃあ 諦めます。」

マリベル「いい……はい。」

ラグレイ「ひっかかりませんか。」

マリベル「バカじゃないの?」

ラグレイ「ううう……。」

まるで漫才のようなやりとりをしばらく続ける男と少女だったが、しばらくその様子を見ていた少年が遂に口を開く。

アルス「ラグレイさん。表にいる人たちは 何を 求めているんですか?」

ラグレイ「それが……。」

[ ラグレイは アルスに 事情を説明した。  ]

アルス「やっぱり 宿屋の主人が 言っていた 噂は本当だったのか。」

ラグレイ「頼みますよ~ アルスどの! その海よりも 広い心で この哀れな男を お救い下さい!」

アルス「最近 海は 大陸の出現で 狭くなりました。」

ラグレイ「アルスどのまで~~っ!」

そんなこんなで長いこと無駄に話していたせいか、表で住人たちを食い止めていた給仕人の娘が部屋に飛び込んできた。

*「みなさん もう 無理です! 限界です! はやく 表へ出て 事情を 説明してください!」
*「きゃあああっ!」

そう叫ぶメイドの後ろから勝手に入って来た住民が一挙になだれ込み、英雄“たち”はあっという間に取り囲まれてしまった。

*「おい ラグレイさんよお! 噂は聞いてんだろ?」

*「いい加減 白状したら どうなんだい!」

*「そうだ そうだ! 本当のことを 教えろよ!」

ラグレイ「あわわわ……。」

まるで魔獣の様に牙を剥く住人たちに“百戦錬磨の戦士”もたじたじとするばかり。

*「え? アルスさん マリベルさん あんたたち 知ってるんだろっ!?」

*「答えてください! 本当に ラグレイどのは 皆さんと 一緒に魔王と 戦ったんですか?」

アルス「えっ えっと…。」

仕舞いには住人たちの矛先が少年と少女に向けられる。

マリベル「え え~ そうよ! みんなが 思ってる通り ラグレイは…」

痺れを切らした少女が本当のことを告げようとしたその時だった。



155: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:38:17.41ID:HiFRyoCx0

*「たいへんだーーーっ!」





少女の言葉は駆け込んできた一人の男に遮られた。

*「まものが… 魔物が 村に 向かってきているぞ!」

その男は昨晩船を任せた舟守の漁師だった。曰く海を見ていたら村の方に魔物の群れが向かっていくのを見つけ、慌てて先回りをしてきたという。

*「なんということだ!」

*「どうしよう もう 魔物なんて いなくなったと 思ってたのに……!」

*「もうだめだ… おしまいだ……!」

もともと戦いとは無縁な平和な村というだけあって、住人たちの中に魔物と戦える者など誰もいなかった。

ボルカノ「おい! アルス いったい どうしたってんだ!」

アルス「父さん! 魔物が 村に 向かってきているんだ!」

ボルカノ「なんだと!」

騒ぎを聞きつけてやってきた父親に少年が手短に説明する。

*「ボルカノさん! 魔物が! 村の東に 魔物がっ!」

遅れてやってきた修道女が血相を変えて叫ぶ。

アルス「マリベル!」

マリベル「うん!」

少年と少女は目を合わせ、住人に避難するよう指示を出そうとした。

その時だった。

ラグレイ「みなさん!」

*「……!」

ラグレイ「みなさんは この家の 南にある階段から 地下へ 避難してください!」
ラグレイ「わたしは ここにいる アルスどのたちと 魔物を 迎え撃ちます!」

アルス「ラグレイさん…!」

*「で でもそれじゃ あんたたちは…!」

ラグレイ「心配ご無用! みなさんのことは 男ラグレイ 命に代えても お守り通します!」

ニコラ「ラグレイどの…!」

*「みなさん こちらです! わたしに ついてきてください!」

給仕人の娘が大声で叫び住人を誘導する。

アルス「父さんは みんなが 避難し終わったら 入口をふさいで!」
アルス「ぼくが 合図するまで 決して開けないで。」

ボルカノ「しかし アルス!」

アルス「父さん…… ぼくたちを信じて。」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「死ぬなよ 息子よ。」

アルス「……わかってる!」

拳を打ち付け合うと少年は一目散に走り出した。



156: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:39:27.70ID:HiFRyoCx0

その後を追いかけて少女と男が駆け出す。

マリベル「あんた ちゃんと 戦えるんでしょうね。」

ラグレイ「なめてもらっちゃ 困りますな。これでも 一人で 魔王の城から 生きて帰ったんですから。」

マリベル「ふん。足手まといには ならないで頂戴ね!」

そう言って少年の隣で立ち止まる。その視線の先では魔物たちがゆっくりと進軍してきていた。遠くからはさらに大きな足音が近づいてきているのがわかる。

*「ビギャギャオース!!」

少年たちめがけて真っ先に突撃してきたのは紫の鱗を持つ翼竜だった。どこを見ているともわからない白目が体躯の威圧感に加えて不気味さを醸し出している。

アルス「アンドレアルか!」

少年が叫びながら真上に跳ぶ。少女と男も真横にステップし難なく攻撃をかわす。素早さでは叶わないと踏んだのか、踵を返した翼竜は振り向きざまに燃え盛る火炎を吐きつけた。

マリベル「フバーハ!」

炎が吹き付けると同時に三人の周りを優しい光が纏い、業火はそれを避けるように散っていった。

アルス「ありがとう!」

マリベル「ふふん。 もっと褒めなさい!
マリベル「お返しよ!」

少女が不敵に笑うと体に青白い光を纏わせ、口から白く輝く猛烈な冷気を吐き出した。

*「ビギッ!!」

凍てつく息を吹き付けられ、たまらずドラゴンは背中を見せる。

アルス「そこだ!」

少年が飛び上がりその背中に叩きつけるように剣を振り下ろす。

*「ビギャギャギャ……!!」

背中からはまるで魂が天に昇るように竜を象った炎が立ち上り、あっという間に翼竜は沈黙してしまった。

ラグレイ「なんと! こうも一瞬で!」



157: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:40:08.45ID:HiFRyoCx0

マリベル「あたしたちを なめない方が いいわよ!」
マリベル「……っ!」

そう言ったのもつかの間、三人の周りにはどこから現れたのか無数の海月のような魔物が漂っていた。

ラグレイ「しびれスライム!! それも こんなにたくさん!」

マリベル「あら あんたでも 知ってたの? それなら マヒに 気を付けるのよ!」
マリベル「…ベギラゴン!」

少女が呪文を唱えると共に地面を這う巨大な火柱が走り抜け、低空で浮かぶそれらを飲み込み焼いていく。

*「ビビビっ!?」

たまらず散り散りに逃げ出そうとするところを鎧の男と少年が獲物を手に疾走する。

アルス「せい!!」

ラグレイ「だああっっ!」

少年の剣先は流れるように空間を縫い五月雨のごとく斬撃の雨を降らし、鎧の男のそれは先の読めないめちゃくちゃな動きで相手の不意をつく。

一見乱れているようでいて完璧な連携だった。

*「ピピピピ……。」

うんざりするほどいたゼラチン質の化け物はあっという間に切り刻まれ、焦げたたんぱく質の臭いを漂わせながら地面に散乱した。

マリベル「別の呪文で やるべきだったかしら。臭くて かなわないわ…。」

アルス「あとで掃除が たいへんだね。」

マリベル「しかし へんてこ斬りとは 考えたわね。」

ラグレイ「へ? あ いや 別にそんな…。」

“狙ってやったわけではない”

なんてことを言いたげな顔の男だったがこの場はとりあえず黙っておくことにした。良い方に誤解されるというのはある意味この男の才能なのかもしれない。

マリベル「さて 次は……。」

アルス「南だ! 坂の下から 異様な気配がする!」

長旅で得た感覚を頼りに、少年は再び風の如く走り出した。



158: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:40:49.16ID:HiFRyoCx0

ラグレイ「こ これは……!」

*「ズズズ…ずるずる…。」

それはまさに身の毛のよだつような光景だった。村で唯一の井戸を取り囲んでうごめくそれらは周りの木々を赤く染めながらその“全身”を使ってゆっくりと歩いていた。

*「にんげん…人間だ…。」

*「握手しよう… あくしゅしよう…。」

*「おれみたいに どろどろに…。」

やってきた少年たちに気付いたそれらは、どこから発しているのか分からない低く呻くような声で恐ろしい言葉を繰り返している。

アルス「ブラッドハンド…!」

ラグレイ「まずいっ! あの井戸の下には みんなが!」

マリベル「落ち着いて 二人とも! あいつらは 水のある所には 行けないはずよ!」

焦る二人を落ち着かせてから少女は再び詠唱を始める。

マリベル「これでも喰らいなさい!」

[ マリベルは マヒャドを となえた! ]

次の瞬間、這い歩く血の上に巨大な氷の刃が次々と突き刺さる。

*「あああああ……。」

*「かたまる からだが かたま る……。」

*「ううう お かえし だ。」

[ ブラッドハンドFは ヒャドを となえた! ]

一匹のそれが呪いのように呟くと空から小さな氷柱が降り注いだが、男が少年と少女の前で仁王立ちすると氷の塊は桃色の鎧に当たって砕け散ってしまった。

ラグレイ「大丈夫ですか。お二人とも。」

アルス「ありがとうございます。」

マリベル「なーによ かっこつけちゃって。あんなの 片手で はじいて終わりよ!」

ラグレイ「わははは……。」
ラグレイ「さて。では ケリを つけましょう!」

真剣な表情に戻ると男は獲物を携えて動きの鈍った血の海へと切り込んでいった。

ラグレイ「ぬおおっ!」

さきほどまでの不可思議な動きとは打って変わり、今度は一体一体地に還すように重たい一撃を繰り出していく。

*「おおお…… こ… い……。」

そうして最後の赤い手も大きく反り返った後、ゆっくりと前に項垂れて地面に吸い込まれてしまうのだった。

ラグレイ「よし……。」

“残すは地響きの主だけだ”

そう男が思った時であった。






アルス「ラグレイさん 跳ぶんだ!」



159: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:41:52.59ID:HiFRyoCx0

ラグレイ「ぬっ!?」

少年の忠告に男が飛び退いた場所には長く柔らかい“ヒダ”が、見失った獲物を捜すように辺りを探っていた。

ヒダは少年たちの囲む井戸の中から伸びている。

アルス「ま まさか!」

想定していなかった最悪の事態を予感し少年に悪寒が走る。

マリベル「メラゾーマ!」

固まる少年を尻目に少女が炎の上位呪文を唱え、潜んでいるであろう“舌”の主に攻撃を加える。

*「ゲッヘヘエエエエ!!」

しゃがれた叫びと共に飛び出してきたのはいつの間にか井戸に取りついた緑色の悪魔だった。

*「…………………。」

巨大な火球で焼かれた体から黒い煙が立ち上らせ、悪魔はギョロリとした両の眼で少年たちを睨む。

マリベル「やっぱり ホールファントムだったのね。」

アルス「ブラッドハンドの 切り札か…!」

再び獲物を構え、次の攻撃に備えようとしたその時だった。





*「グ エ エ エ エ エ エ エ!!」





井戸の亡霊はけたたましい雄叫びを上げて三人の耳をつんざいた。



160: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:43:01.68ID:HiFRyoCx0

ラグレイ「ぐああっ!」

もろに衝撃を受けてしまった男は堪え切れずに耳を塞いで硬直する。その隙を見逃すはずもなく醜い怪人は涎を垂らしながら舌を伸ばし男を襲う。

マリベル「あ バカっ!」

魔物が動く前に気付いた少女は耳鳴りに耐えながら疾風のごとく駆け出し、その勢いに任せて男を弾き飛ばす。

ラグレイ「ぬおっ!?」

吹き飛ばされた男は訳が分からず地面に転がったが、やがて振り向くと自分の身代わりになって締め上げられる少女の姿が目に入った。

ラグレイ「マリベルどのっ!」

マリベル「っ! ぐうう…!」

強い圧力に軋む体に力を籠め、少女は必死に折られまいと抵抗していた。歯を食いしばり、か弱い腕に魔力を籠めて拘束を緩めようともがく。
しかし獲物を捕らえた本人は狡猾に眼をぐにゃりと歪ませさらに力を籠める。

ラグレイ「いまっ 今助け…!」

マリベル「く…うううう… がはっ…!」

転げた体を起こし立ち上がろうとする男を待ち、尚も力を緩めずに堪えていた少女だったが、遂に力の拮抗が崩れたのか、血を吐き出し苦しそうに悶え始めた。

ラグレイ「ぬ…ぬおおっ ……!?」

なんとか立ち上がり、男は剣を構えて走り出そうとする。

しかし。

*「エヒャアアアア!」

次の瞬間、振り向いた男の目に飛び込んできたのは、舌を切断され情けない悲鳴を上げてもだえる井戸の亡霊だった。

アルス「ベホマ。」

再び少女の方に視線を向けると男の前には少年が立っていた。咳き込み座る少女に向けて回復呪文をかけると少年はゆっくりと立ち上がる。
その全身に返り血を浴び、真っ赤に顔を濡らして魔物を見据える姿は正に“鬼神”のそれだった。

アルス「…………………。」

ラグレイ「あ アルスどの……。」

アルス「…ラグレイさん マリベルを頼みます。」

ラグレイ「は はひっ!」

少年の気迫に押され、男は思わず鼻水を垂らして気の抜けた返事をしてしまう。

*「ゲ… へェひゃひゃひゃ…。」

深手を負って尚も器用に笑い声を上げながら、“それ”は少年に向かって辺りに転がっていた石を投げつける。

アルス「…………………。」

その石がいくつぶつかろうとも少年はびくともせず、真っすぐ、ただひたすら真っすぐに井戸の中心に向かって歩んでいく。

*「げ…ひ…ひぃ…!」

その異様なまでの威圧に、恐れを知らないはずの亡霊もたまらず首を引っ込め逃げ出そうとする。

しかしその体はちっとも奥に降りて行かない。

何事かと上を見上げた時には既に体は浮き上がり、少年の眼とびったりと合ってしまっていた。

*「へ…へっ…へっ…。」

先ほどまでの愉悦そうな表情はどこへ行ってしまったのか、その白黒の瞳を文字通り白黒させて恐怖の感情を体現していた。

アルス「やあ。あのコの体は 柔らかかったかい?」
アルス「どんな 気分だったかな。動けない 女の子を 締め上げて もてあそんでさ。」

*「ひゅ…ヒュー ヒュー…。」

アルス「…………………。」





アルス「さようなら だ。」



161: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:43:52.87ID:HiFRyoCx0

首を締め上げていた少年の腕に青白い光が走り、辺りをまばゆい光が包む。

瞬くその間に緑色の化け物は真っ黒に染め上げられ、風に吹かれて跡形もなく消し飛んでしまった。

マリベル「あ… アルス……?」

固まったまま微動だにしない背中に少女が声をかける。

アルス「っ……!!」

遅れて雷に打たれたかのようにビクッと体が揺れ、少年は悪戯を叱られた子供のようにバツが悪そうな顔で振り返った。

アルス「た ははは…… また やりすぎちゃったかも…。」

マリベル「まったく あたしは あれぐらいじゃ くたばらないって いっつも言ってるでしょうが!」

アルス「ご ごめん つい…。」

マリベル「もうっ 大袈裟なんだから。」

生きるか死ぬかの攻防の後にも関わらず、少年と少女はさも当たり前のようにちょっとした反省会を開いている。

ラグレイ「な… なんてことだ…。」

男は恐怖していた。

“レベルが違いすぎる”という共闘してみて感じた実力の差だけではない。

少年から感じた得体も知れない力に。

その純粋な怒りに秘められた底知れぬ力に。

ラグレイ「わたしは… こんな人たちと 共に 戦ったことに していたのか…!!」

男は酷く後悔していた。自分はこれまで幾多の戦いを経て、戦士としての実力を身に着け、大抵の脅威には立ち向かえる自信があった。
それこそ魔王の出現を聞き、背中を押されて止む無く城に忍び込んだ時でさえ、傷を負いながらもなんとか生き延びて帰る程には。

だが目の前にいる少年たちに、そんな自分のちっぽけな驕りは粉々に砕かれてしまったのだ。

アルス「ラグレイさん! 父さんたちを 見てきます!」

そう言って少年は井戸の中へと飛び込んでいった。

マリベル「あ ちょっと 待ちなさい! スクルトっ!」

続いて少女も飛び込んでいく。

ラグレイ「…………………。」

男は自分が恥ずかしかった。

大見栄を切って飛び出してきたくせに自分より二回りも若い女性に危機を助けられ、
青年に圧倒的な力の差を見せつけられ、今こうして情けない姿を晒している自分がたまらなく恥ずかしかった。

それと同時に怒りがこみ上げてきた。

守るべき存在に守られてしまう自分の不甲斐なさに。

下らぬ嘘や見栄の鎧で身を守る自分の弱さに。

ラグレイ「ちくしょう…っ!」

男は井戸を少しだけ覗きみる。

ラグレイ「今度は わたしが 助ける番だ……!!」

再び全身に力を入れると、少しずつ近づいてきている地鳴りのする方へ一人走り出す。



その瞳には、炎が宿っていた。



162: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:44:31.93ID:HiFRyoCx0

アルス「……どこだ!」

井戸の底では少年が辺りを見回していた。

しかし人々の姿は暗闇に視界を阻まれ見えてこない。

*「……どいてえええええっ!」

アルス「へっ……?」

[ なんと! マリベルが アルスの 立っている場所 目がけて 降ってきた! ]

アルス「わわっ! っぐ…!」

マリベル「キャっ!」

寸でのところで軸をずらし両腕でがっちりと受け止める。

アルス「はあ…。」

マリベル「ふー… ってアルス。あんた 上 見ちゃった?」

アルス「え? それって どういうこ……。」

マリベル「…………………。」

アルス「…いやいや 見てない 見てないってば!」

マリベル「……ふーん?」

アルス「…………………。」

マリベル「赤? 白?」

アルス「ぴ …ピンげふうっ!!」



見事なとび膝蹴りが炸裂した。



163: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:45:24.97ID:HiFRyoCx0

アルス「あたた……。」



*「アルスさん?」



アルス「へっ?」

少年の名を呼ぶ声と共に松明の灯りが近づいてくる。

アルス「に ニコラさん……?」

ニコラ「アルスさんじゃ ないですか!」
ニコラ「どうしたんですか そんな 苦しそうに …って 血だらけ じゃないですか!」

アルス「いや これは ぼくのじゃなくて。」

少年が転がり込んだ先には先ほど別れた青年が立っていた。

どうやらケガはしていないようだった。

マリベル「ったく どうしたってのよ…。あら ニコラじゃない 無事だったのね。」

ニコラ「おかげさまで なんとか。」

アルス「こっちに 魔物が出ませんでしたか?」

ニコラ「ええ 上の方で 不気味な笑い声がしてましたが どうやら こちらには 気付いていないようでした。」

アルス「そうですか! ご無事で なによりです。」

マリベル「……他の 人たちは?」

ニコラ「あっちです! ボクの家の 宝物庫へと続く 扉の先で 避難しています。」

青年の照らす先には鉄格子の扉が見えた。

その向こう側は闇に包まれ見えはしないものの、人の気配を感じ取ることができる。

マリベル「そう それなら いいんだけど。」

村人や仲間の安否を確認し、二人はそっと胸を撫でおろす。

しかし。



*「………………!!」



マリベル「…今のは!」

どこからか響いてきた地鳴りに近づきつつある存在を思い出させられる。

ニコラ「……ところで お二人とも ラグレイどのは?」

アルス「いけない! 慌てて飛びこんだから すっかり 忘れてた!」

地上に置いてきてしまった戦士はそれきり姿を見せもしなければ声をかけても来ない。

嫌な予感を胸に少年たちは再び地上を目指してロープを上りだした。

ニコラ「あの! ボクたちはっ!?」

アルス「まだ 隠れていてください! 残りの奴も すぐに 倒して戻ります!」

マリベル「ちょっと ニコラ! スカートの中 覗くんじゃないわよ!?」

そう言って少女は下に向かって小さな火球を投げつけ、真下に来ようとする青年を牽制する。

ニコラ「うわっ! あぶないな!」

マリベル「いいことっ? おとなしく してるのよ!」

それだけ残し、今度こそ二人は地上へと消えて行ってしまった。

ニコラ「がんばってくださーい!」

一人残された青年の声援が山彦のように地下に木霊していく。



164: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:45:57.62ID:HiFRyoCx0

*「おい ニコラ どうしたんだ!」

その声を聞いてやってきたのか、佇む青年の後ろから荒くれ男が声をかける。

ニコラ「いや アルスさんと マリベルさんが 様子を見に来ていたんだよ。」

*「そうか ラグレイさんは 一緒じゃなかったのか?」

ニコラ「うん 一人で 魔物と戦っているんじゃないかな?」

*「なにっ!」

*「それは 本当かいっ!」

いつの間にか青年の目の前には村人が集まってきていた。

ニコラ「みんな どうしたんだ! 危ないから 隠れているように 言われたじゃないか!」

*「そうだけどよ 黙ってるわけにゃ いかねえぜ。」

*「そうよ 英雄たちが いるんだもの!」

*「英雄たちの戦う 雄姿を 見届けるんだ!」

ニコラ「あ 待って! ちょっと!」

ボルカノ「ニコラさん!」

ニコラ「ああ ボルカノさんっ! 村のみんなが…。」

ボルカノ「済まねえ 数が多すぎて 止められなかった。」

ニコラ「……こうなったら ボクたちも 行きましょう!」

*「うすっ!」

ボルカノ「やばくなったら すぐに 逃げるんですぜ。」

ニコラ「わかってます!」

こうして地下にいた全員が地上を目指して走り出し、再び地下はもぬけの殻となってしまった。

そんな空間に響く水の打ち付ける音は、いつしか大きな地鳴りによってかき消されていく。



脅威は、すぐそこまで迫っていた。



165: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:47:09.24ID:HiFRyoCx0

アルス「…いない!」

地上へと戻った少年達が井戸の周りを見渡すもそこには誰の気配もなく、鈍く重たい音だが最後の一体の接近を知らせるだけだった。

マリベル「まさかとは 思うけど 一人だけで 行っちゃったのかしら?」

アルス「っ……!」

マリベル「考えても 仕方ないわ。行くわよっ アルス!」

アルス「うん!」

そうして二人は震源地に向かって全速力で坂を駆け上がり、すぐにぶつかった通りを北に向かって走り抜けた時だった。

アルス「あっ! あれは!」

そこには立ちはだかる巨大な竜と、傷んだ兜を脱ぎ捨て満身創痍で立ち向かう男の姿があった。見れば鈍竜もあちこちに傷を受けており、かなり息が上がっているようであった。

マリベル「あの色は ドラグナーね!」

その竜は先ほどの翼竜よりもさらに毒々しい紫の鱗に包まれ、嫌悪感を誘う浅葱色の体表には血管の浮き出ており、何のために存在するのかもわからない貧弱な翼が醜く太った身体を強調していた。

*「ゲッ ヒャッヒャ!!」

不細工な顔から発せられる間抜けな笑い声と共にその口から燃え盛る火炎が噴き出される。

アルス「ラグレイさんが 危ない!」

しかし男は吐き出された炎にひるむことなく剣を構えると、意を決したようにその炎の中へと飛び込んでいった。

アルス「フバーハ!」

マリベル「バイキルト!」

すかさず二人は補助呪文を唱え、沸き上がる陽炎の向こうで繰り広げられているであろう一騎打ちの行方を固唾を飲んで見守る。




*「ゲヒャアアアアア!!」




直後、おぞましい断末魔に空気が揺れた。

マリベル「ど どうなっちゃったの……?」

アルス「……あれはっ!」

陽炎の消えたその向こうには、巨大な塊が地面に横たわっていた。

マリベル「あっ……!」




ラグレイ「…また 助けられてしまいましたな。」



166: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:47:42.67ID:HiFRyoCx0

塊の横から男が現れ、少年たちに歩みよりながら照れくさそうに頭を掻く。

アルス「ラグレイさん!」

マリベル「やったじゃない! 一人で ドラグナーを 倒せたのね!」

ラグレイ「一人でなんてとんでもない! 二人の援護がなかったら 今頃 わたしは 焼肉になって…!」

*「うおおおっーーー!」

*「キャー! 今の見たっ!?」

ラグレイ「っ…!?」

二人の賛辞に男が謙遜して答えようとするも、いつの間にか地下から抜け出てきた村人たちの歓声によってそれは阻まれた。

*「ワシはしかと ラグレイどのの雄姿を 見届けたぞ! 」

*「ありゃあ 間違いねえ! 英雄ってのは 本当だったんだ!」

*「ラグレイさん かっこいいー!」

あれよあれよという間に人だかりが出来上がり英雄たちは取り囲まれてしまった。

ラグレイ「なっ…!」

アルス「み みなさんっ!」

マリベル「避難してたんじゃ なかったのっ!?」

驚愕する三人の元に少年の父親がやってきて申し訳なさそうに言った。

ボルカノ「すまねえ 二人とも! みんなが どうしても 三人の戦いが見たいって 抑えがきかなくなってな。」

アルス「そうだったんだ…。」

ボルカノ「……しかし 恐ろしい バケモンが まだ こんなに 残ってたとはな。」

そう言って漁師頭は辺りに散乱した魔物の残骸を見つめながら険しい顔を作る。

マリベル「どれもこれも 魔王と一緒に 出てきた奴らね。」

アルス「数も 前に比べて さして 変わりなかったね……。」

こうなってはこれから先の旅にも何か支障が出る可能性がある。
さらに言えばこれから向かう先々では既に何かが起きている可能性も否めない。

想定していなかった事態に遭遇し、少年たちは唸って黙り込んでしまうのだった。



167: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:48:17.38ID:HiFRyoCx0

*「さっすがは ラグレイどのだ!」

*「偽物だなんて 疑ったりして 悪かったね。」

ラグレイ「いや あの わたしは…!」

考え込む少年たちを横目に偽りの英雄は冷や汗をかく。
村人たちにはやし立てられ、真実を言うべきタイミングをまたしても失ってしまったからだ。

*「これで これから先も この村は 安泰だあ。」

*「そうだな なんせ こっちには 英雄ラグレイが ついてるんだもんな!」

村人の称賛は尚も止まらない。

ラグレイ「ち 違うんです! わたしは 本当に…。」

その時だった。





*「ゲヒャア!」





絶命した思っていた怪物がいつの間にか目を覚まし、最後の抵抗を試みようと巨大な足で思い切り地面を踏み鳴らした。

*「うわあああっ!!」

凄まじい揺れに辺りにいた人々は成す術もなく転倒していく。

アルス「わわっ!」

マリベル「キャーっ!」

少年達とて例外ではなく、寸でのところで堪えるも大きく体勢を崩してしまった。

*「ゲッ ヒャヒャヒャ!」

勝ち誇った様な笑みを浮かべてソレはのそのそと歩き出し、一番近くにいた女性に向かって巨大な爪を振り下ろした。






*「いやあああ!」



168: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:49:15.58ID:HiFRyoCx0

“ズブ……”






女性が頭を抱えてうずくまると同時に肉を突き刺す音が走る。

飛び散る鮮血に誰もが目を塞いだ。

少年たちでさえ。






*「………えっ……?」

しかし当の女性は生きていた。

それどころか掠り傷一つ負っていなかったのだ。

*「…うそでしょ……。」

目を開いて女性は言葉を失う。

ラグレイ「…………………。」

女性の上には覆いかぶさるようにして男が固まっていた。

その背中には深々と怪物の爪が突き刺さっている。

ラグレイ「お おじょう さん 無事 でした か。」




アルス「はあっ!」

マリベル「やっ!」




男が崩れ落ちるよりも早く少年が紫の塊を蹴り飛ばし、少年の肩を踏み台に飛び上がった少女が身体から眩しい閃光を放つ。

*「ゲウッ!」

体勢を崩し視界を奪われた鈍い体はたちまち地面に倒れてばたばたともがきだす。

アルス「これでっ!」

マリベル「おわりよ!」

目線で合図を送り合うと二人は目の前で腕を交差させて一気に振り下ろす。

*「「グランドクロス!」」

[ せいなる しんくうの やいばが ドラグナーを おそう! ]

*「ゲ ヒャアアアア!!」

光の爆発に巻き込まれ、恐ろしい形相のまま怪物は四散して消えてしまった。

アルス「…………………。」

魔物が完全に消え去ったことを確認し二人は村人たちの中心に駆け寄っていった。



169: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:49:59.63ID:HiFRyoCx0

男は地面に横たえられていた。傷口からは今も命が流れ出し赤い水溜まりを作っている。
その手は女性に握られ浮いてはいたものの力が入っている様子はなく、ずっしりとした重みだけが女性に伝わってきていた。

*「どうして… どうしてよ ラグレイ!」
*「あたしは あんたのこと ずっと 疑ってたっていうのに…。
*「噂を流して 皆をけしかけたのも あたしだっていうのに…。」
*「知ってたくせに……。」

ラグレイ「おじょうさん い いいんです よ。…あ あなたの推理は 正しい。」
ラグレイ「ごめんな さい みなさ… たしかに わた…は うそを ついていました。」
ラグレイ「わ たしは 伝説の 英雄 なんかでは あ…ま せん。」
ラグレイ「つい 出来心で 嘘 を ついて みなさんを だ だまして…。」

アルス「ラグレイさん! いま 回復します!」

そういって差し出しされた少年の腕をもう片方の手で力強く掴み、その動きを制す。

アルス「な……!」

ラグレイ「いいん です アルス さん。」
ラグレイ「これは 罰 な んです。人を か たったわたしへの。」

マリベル「どうして あんな 無茶したの! 下手したら そっちの お姉さんだって ただじゃ すまなかったのに!」

ラグレイ「あ ルスさん あなたが たは いつも …たしを たす…て くださった。」
ラグレイ「こん…は わたしが… だ だいすきな みなを たすける ばん…。」

ニコラ「もう いい! ラグレイどの! それ以上しゃべらないで!」

男の独白を黙って聞いていた村人たちが、すすり泣き男の名を呼ぶ。

ラグレイ「ふ ふふ わたしは おろ かもので す。でも いまは し しあわせです。」
ラグレイ「…………………。」

少年の腕は解放されていた。





*「あ……。」



170: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:51:01.47ID:HiFRyoCx0

マリベル「ザオリク。」





皆が固唾を飲んでその最期を見届けんとした時、静寂を破るようにして少女が呟いた。

次の瞬間、男から流れ出ていた血が止まり、痛々しかった傷はみるみる塞がり、
真っ白になっていた男の顔に少しだけ赤みがさしたように見えた。



マリベル「……ばかねえ。」
マリベル「あやまんなら 最初から 嘘つくんじゃないわよ。」
マリベル「……それにね あんたが いなくなったら 誰が この村を守るっていうの?」

ラグレイ「…………………。」

沈黙したままの男に少女は尚も投げかける。

マリベル「英雄サマなら ちゃんと最後まで セキニンもちなさいよね!」
マリベル「あんたがそんなんじゃ メルビンが泣いちゃうわよっ!」

アルス「マリベル…。」

マリベル「少しでも 反省してるなら 簡単に死を選ぶんじゃなくて! 生きて その身でしっかり 償いなさいよ!」

アルス「マリベルっ!」

マリベル「なによ。」

アルス「…そのくらいに してあげて。」

マリベル「……ふんっ。」

言いたいことだけ言った少女は村人の間を掻き分け宿屋へと歩き出す。





*「いや まったく その通りですな。」





マリベル「……!」

しかし声の主に気付いて少女ははたと立ち止まる。



ラグレイ「わたしは 自分の命が もはや 自分だけのものではないことを 忘れておりました。」
ラグレイ「これからは 嘘の鎧を脱いで ありのままの自分で 生きていこうと 思います。」
ラグレイ「ありがとう マリベルさん。おかげで 目が 覚めました。」

少しだけ震えが混じっていた礼の言葉を背中に受け、少女は振り向きもせずに言った。

マリベル「わかればいいのよ。わかればっ。」

そうして今度は上機嫌で歩き出し、今度こそ少女は宿の中へと姿を消したのだった。




どこからか現れた一匹の三毛猫を連れて。



171: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:51:59.55ID:HiFRyoCx0

*「ラグレイさん もう 動けるんですか?」

少女が去った後、男は村人たちの手により青年の家に運ばれていた。
ベッドを取り囲むように村人たちは居間に集まり、男の容態を心配そうに見つめている。

ラグレイ「ええ おかげさまで この通りですっ!」

そう言って男は得意げにチカラこぶを作ってみせる。

ニコラ「いやあ 一時は どうなるかと 思いましたよ。」

家主の青年が安堵の表情を浮かべて言う。

ラグレイ「ニコラどの それに アルスさん。本当に 申し訳ない。」
ラグレイ「村の 皆さんにも たいへん ご迷惑を おかけしました。」

そう言うと男はベッドの上で深々と頭を下げた。

アルス「……これから どうするんですか?」

少年の問いかけに男がゆっくりと頭を上げて答える。

ラグレイ「伝説の英雄を語った わたしの 罪は 大きい。」
ラグレイ「わたしの処遇は 村のみなさんに 決めてもらおうと 思います。」

そう言って男は辺りを見回す。

*「なーに 言ってんだ ラグレイさんよ。」

近くにいた荒くれ男が語り掛ける。

*「確かに あんたは 伝説の英雄でも なんでもないかもしれねえけどよ。」
*「俺たちは あんたの おかげで 命を 拾ったんだ。」

*「あなたは こんな わたしのために 命をかけて 助けてくれじゃない。」
*「ごめんなさい ラグレイ。あなたは 確かに 英雄だったわ。」

顔を紅潮させた女性がまなじりの涙をすくいながら言う。

*「そうだよ! あんたを 英雄と呼ばないで なんていうんだい!」

*「そうだ! 俺たちの村には 英雄が ちゃんといたんだ!」

*「あんたは ニセモン なんかじゃ 決してねえぜ!」

ラグレイ「みなさん……。」

次々と賛辞を飛ばす村人たちの中で、少年がそっと声をかける。

アルス「ラグレイさん。ぼくたちは確かに 魔王を倒して 世界を救いました。」
アルス「でも ぼくらには 助けたくても 助けられなかった命が いくつもあります。」
アルス「だけど あなたは 自分の意思で… その力で 多くの人の命を 守り通したんです。」
アルス「……ぼくには とても できないことだ。」
アルス「伝説の英雄でも 偽りの英雄でもない。あなたこそ 真の英雄です。」

ラグレイ「あ アルスどのっ…! わたしは… わたしは……!」

そこまで零して男は遂に泣き崩れてしまった。皆が見ているにもかかわらず、流れる涙を惜しみもせず、声を押し殺して静かに泣いていた。



172: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:52:34.76ID:HiFRyoCx0

*「……さーてっ 忙しくなりますよ ニコラさま!」

少しだけ上ずった声で給仕人の娘が叫ぶ。

*「すぐに お片付けして 宴の準備を しなくては なりませんからねっ!」

ニコラ「…………………。」
ニコラ「ああっ!」

一瞬呆気に取られていた青年だったが、遅れて彼女の意図を解し、力強く頷く。

*「おう いっちょやるか!」

*「よおし それなら 早速 準備しなくちゃな!」

*「あたしも 料理 手伝うよ!」

*「それなら いったん解散して すぐに 広場に集合だ!」

村人たちも賛同し、フィッシュベルの漁師たちと屋敷の者を残してさっさと出て行ってしまった。

アルス「…………………。」

“自分も一度宿にもどろう”

村人たちの後に続いて少年が扉に手をかけた時だった。

ラグレイ「アルスさん。」
ラグレイ「…ありがとうございました。」

男の声に振り返りもせず、少年は困ったように微笑みながらつぶやく。

アルス「……お礼なら マリベルに。」

少年が退出するとそれに続いて漁師たちも出ていき、部屋には男一人となった。

ラグレイ「…………………。」
ラグレイ「真の英雄 か…。」

誰もいない部屋の中でポツリと呟くと、男は何かを決心したように体に力を入れるのだった。



173: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:53:30.65ID:HiFRyoCx0

マリベル「そう そんなことが あったの。」

アルス「うん…。」

宿屋のベッドの上で寝転んでいた少女がごろりと寝返りを打って少年の方を見る。
対する少年は新しい服に着替え、ベッドに腰掛けて三毛猫の寝顔を観察している。

マリベル「ふーん。ま 今回のことで ラグレイも ビクビクしながら 生活しなくて 済むんじゃない?」

アルス「そうかもね。」
アルス「あ そうだ。ラグレイが マリベルに お礼言ってたよ。」

マリベル「あっそ。まあ 当然のことよね~。」
マリベル「美人のあたしに ザオリクなんて かけてもらえたんですものね~。」

脚をバタつかせながら少女は猫にちょっかいを出して言う。

トパーズ「ナ~ゥ ナゥナゥ~…。」

当の猫は面倒くさそうに少女の手を前足で受け止めている。

アルス「ニコラたちが この後 パーティーを 開くんだってさ。」

マリベル「あら そうなの? 今回の漁 行く先々で パーティー三昧ね。」

“あたしらも偉くなったもんだわ~”とこぼす少女に少年は思わずカラカラと笑う。

マリベル「なによ。なんか 変なこと 言ったかしら?」

アルス「ごめん ごめん。でも 言われてみれば そうだよね。」
アルス「旅の最中 こんな風に もてなしてくれたのなんて うちの王様か 砂漠の国くらいだもんね。」

マリベル「そうよ。本当だったら あっちこっちで 歓迎される はずだったのに あったま来ちゃうわっ!」

そう言ってぷりぷりと怒る少女の表情の変わりようがおかしくなり、少年は再び笑い出す。

マリベル「……いつまで 笑ってんのよ! このっ!」

アルス「うわわっ!」

少女は急に起き上がると少年の身体を押し倒し、仰向けになった少年の腹にドッカリと座ると悪戯な微笑みを浮かべる。





マリベル「そんなに 笑いたきゃ…!」





アルス「ま マリベル待って それはっ!」





マリベル「笑わして あげるわよっ!」



174: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:54:37.61ID:HiFRyoCx0

少年の必死の静止を払いのけ、ワキワキとその指を動かす。

[ マリベルは くすぐりのけいを おこなった! ]

アルス「うわっ うわはっ うわはははっ!」

マリベル「こちょこちょこちょ~っ!」

アルス「やめっ やめて! あ…あはははっ!」

マリベル「そ~れそれそれっ!」

アルス「うはひゃひゃひゃっ! し しんじゃう…ひひひひっ!」

マリベル「死んだら 生き返らせてあげるわよ~? うふふふ~。」

アルス「ご ごめっ ごめんってば!」

マリベル「あ~ 聞こえないわね~ なんですって~??」

片方の口角を上げてわざとらしく言うと少女は目を細めて悪党の顔を作る。

アルス「ひっひっひ… ご ごめんなさ…っ!」

マリベル「だ~れにものを 言ってるのかしら~ アルスく~ん??」

アルス「ぐ…ぐぐぐ …ま マリベル お嬢様 ごめんな…さひっ! ひひひ…!」

マリベル「もう 笑わないって 約束できるかしら~?」

アルス「も … もうわらいませふ…んっ! ふ ふ ふう…っ!」

笑いすぎて体を硬直させながら真っ赤な顔をした少年が懇願すると、ようやく満足したのか女王はピタっと手の動きを止める。

アルス「はーっ! はーっ! は… はあ…。 ゴホッ ゴホッ。」

ようやくくすぐり地獄から解放され、少年は苦しそうに咳き込みながら酸素を取り込んでいる。

マリベル「……で なんで笑ったのかしら?」

アルス「ごほっ そ それは……。」

マリベル「それは……?」

少女が舌なめずりをして再び手を動かそうとすると、観念した少年が小さく呟く。

アルス「うっ…それは ま…。」

マリベル「ま?」



アルス「ま… マリベルの顔が かわいくて……。」



ベッドの脇を見ながらさらに顔を赤くして少年が口をすぼませ言う。

マリベル「な… な…っ。」









*「おーい 二人とも パーティーの準備ができたっ て……。」



175: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:55:40.69ID:HiFRyoCx0

扉が開かれ、同じ部屋に泊まっていたアミット号の飯番が二人を呼びにやって来た。

よりにもよって最悪のタイミングで。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

トパーズ「…くぁ~… にゃむにゃむ。」

*「…………………。」
*「ご… ごゆっくり。」

“かちゃり”

扉が閉じられ、辺りに再び静寂が訪れる。

*「…………………。」

馬なりに跨った真っ赤な顔の少女とこれまた馬なりに跨れている顔の真っ赤な少年。

はたかれ見れば完全に男女の営みの前ぶれだった。

マリベル「…………………。」

アルス「…………………。」

マリベル「ば… ば…っ。」












*「ばかあああああああ!」











甲高い音と共に少年の短い断末魔が村中に響き渡った。



176: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:56:51.03ID:HiFRyoCx0

古いレンガ造りの家々を夕日が朱に染め、閑静な孤島の村は素朴な温かさを醸し出す。

村の中央では円卓の上に色とりどりの料理が並べられ、それを囲んで村人たちが談笑していた。

*「イタイ……。」

*「ガルルルっ!」

そんな広場のとある一角に漁師たちの集まる卓はあった。

アルス「ひどいや いきなり 叩くなんて……。」

マリベル「あんたが 悪いのよ あんたがっ!」

アルス「ええっ!?」

頬を擦りながら少年が抗議するも少女はすっかり頭に血が上っており聞く耳をもたない。

*「いやいや 噂には 聞いていましたが まさか あそこまで……。」

マリベル「ちょっとぉ! あんたも 勘違いするんじゃないわよっ!」
マリベル「あれは ちょっとした おしおきで…!」

*「ほほっ そういうのが お好みですか……。」

マリベル「ちっが~~う! キ~ッ! なんて ついてない日なの!」

顔を沸騰させながら少女は飯番の男に怒鳴りつける。

アルス「マリベル 落ち着いて…!」

マリベル「アルスも アルスよ! さっきのが 誤解だって 説明しなさいよ!」

ボルカノ「どうしたんだ そんなに 騒いで。」
ボルカノ「マリベルおじょうさん 何か あったんですかい?」

そこへ井戸の前の民家から出てきた漁師頭がやってきて少女に尋ねる。

マリベル「ぼ ボルカノおじさま べ べつに なんでも……。」

*「いやあ 船長 聞いてくださいよ。マリベルおじょうさんと アルスがっ…!?」

マリベル「あたしと アルスが な に か し ら?」

*「ひっ … な なんでも ありませんです はいっ!」

ボルカノ「……?」
ボルカノ「…ははあ なるほど。」

飯番の反応と少女の焦り様に漁師頭は何があったのかをなんとなく察する。

“この手の話題には触れない方が賢明だ”

隣に立つ少年の頬にできたテガタがそれを物語っていた。

そこで男は先ほどまで自分が行っていたやり取りについて二人に説明することにした。

ボルカノ「ところで 二人とも さっき 王様からの書状を この村の長に 渡してきたんだが。」

アルス「えっ 本当に?」

マリベル「どど …どうだったんですか?」

少女がわかりやすく動揺していたが少年の父親は気づかぬ振りを貫くことにした。

ボルカノ「ええ。軍や 自警団が いるわけでもないから 周辺の警備はさすがに 無理だけど 漁に関しちゃ 全面的に 協力してくれるって話です。」

*「「よかったあ……。」」

わざわざ奮闘しただけあって交渉は概ねうまくいったらしい。そんな安堵から二人は揃って胸を撫でおろす。

気付けば先ほどまでピリピリしていた雰囲気もほぐれ、少女も落ち着きを取り戻していた。

ボルカノ「…………………。」

本当に胸を撫でおろしたのは少年の父親の方だったのかもしれない。



177: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 19:58:22.26ID:HiFRyoCx0

*「お集りの皆さん 今日は 実に 良き日です。」

ややあってから宴の始まりを告げるべく、青年が皆の前に躍り出る。

ニコラ「魔物の脅威を 打ち払い 村は 再び 平和を 取り戻しました。」

*「いいぞ ニコラ!」

ニコラ「それだけでは ありません。我々は 真の英雄を ここに迎え入れたのです!」

*「ラグレイーーー!」

*「ラグレイさーん!」

声高々に呼ばれ、どこか表情は気恥ずかしそうながらも堂々とした足取りで、桃色の鎧を脱ぎ捨てた戦士が人々の前に現れた。

ラグレイ「あー… みなさん 初めまして。」
ラグレイ「わたしの 名前は ラグレイと 申します。」
ラグレイ「今日から 再び この村で ただの戦士として やり直すことに なりました。」
ラグレイ「今は ただの男ですが いつか 一人でも心配かけないくらい 強くなって みなさんのことを 必ず お守りします。だから……。」
ラグレイ「だから もう一度 大好きな みなさんと 一緒に いさせてください!」

*「…………………。」

ラグレイ「…やっぱり ダメで……。」

その時だった。若い女性がたった一人、ゆっくりと手を打ち鳴らし始めた。
やがてその音は他の者を巻き込み、いつしか辺りは拍手の嵐に包まれていった。

ラグレイ「み みんな……。」

*「ねえ ラグレイ。良かったら あたしの 家で暮らさない?」

拍手を始めた女性が戦士の前に出てその手を取る。

ラグレイ「し しかし……!」

*「いつまでも ニコラの家で 厄介になるつもり?」

ラグレイ「いや その しかし…それでは 結局 あなたの ご迷惑に……。」

*「いくらだって かけなさいよ。」
*「……だって あたしは もう 一生分 あなたに 厄介になっちゃったんだもん…。」

それは突然のプロポーズだった。
しばらく呆気に取られたように女性の目を見つめていた男だったが、やがて目に力がみなぎり、女性の両手を優しく握り返して言った。



ラグレイ「その… ご ご厄介に なります…。」



*「「「おおおおおおっ!」」」

二人のやり取りを固唾を飲んで見守っていた村人たちだったが、男の返事に再び盛大な拍手と歓声上げる。

*「いいぞー!」

*「あついね~! にくいね~! よっ 幸せもん!」

ニコラ「ラグレイどの おめでとうございます!」

ラグレイ「ニコラどの… ありがとうございます!」

ニコラ「…むぅ…… ボクもそろそろ 結婚を考えるべきかなあ。」

*「あら ニコラさま それなら 丁度いい お相手がいましてよ。」

青年の隣にいた給仕人の娘がそっとニコラの手を握る。

ニコラ「あ……。」

ラグレイ「おや ようやくですか。」

男は青年に優しく微笑んだ。



178: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 20:00:12.71ID:HiFRyoCx0

いつの間にか公開プロポーズの場となってしまった宴は、規模こそささやかなれど飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎとなった。
青年は終始笑い続け、男は途中から泣きっぱなし。
漁師の男たちも元が陽気な連中の集まりということだけあって、
王宮や城下町で行われる華やかな宴よりも性に合うのだと言って楽しそうに村人たちと交流していた。
少年と少女も村を救った英雄として、魔王討伐の時よりも熱烈に歓迎されたのだった。



アルス「…もう ここも 大丈夫みたいだね。」

マリベル「そうね。本来あるべき 形に ようやく 戻ったって感じかしらね。」



そして今、夜も更けひとしきり宴が静まった頃、少年と少女は宿屋の中で静かに杯を揺らしていた。

程よい甘さで昂った心を落ち着けてくれる蜂蜜酒はまさに琥珀を溶かしたかのような美しい輝きを放っていた。
蝋燭の揺らめく灯りにひとたび傾ければ、めでたい宴の最後を名残惜し気に飾るような甘美な香りが鼻をくすぐった。

マリベル「ふふ。おいしい……。」

アルス「こっちで 飲まれているやつよりも 花の香りがすごいね。」

マリベル「あら アルスにも そういうの わかるの?」

アルス「んー…最近 なんとなく ね。」

マリベル「ふーん。そっか。」

一見他愛のない会話を二人はこれでもかと楽しんでいた。
緊張感を常に漂わせながら皆で旅した頃とはまた違う、ゆったりとした時間。
一つ一つの相槌すら心の底から愛おしむ時間にひたすら二人は耽溺していた。

こんな“どうでもいいこと”で何時間でも、何日でも楽しく過ごせるような気すらしていたのだ。



179: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 20:01:10.81ID:HiFRyoCx0

マリベル「そういえば さ。」

不意に少女がつぶやく。

マリベル「さっき ラグレイから 聞いたんだけど。」

アルス「うん?」

マリベル「いや ね。あんたが ラグレイにしたっていう話。」

アルス「…………………。」

マリベル「あたしたちが 助けられなかった人たちがいるって?」

少年は昼間に自分が男に話したことを思い出していた。

少女は尚も続ける。

マリベル「確かにそうね。目の前で魔物に連れ去られたり 石のまんま治せなかったり。」
マリベル「知らない間に殺された人たちだって たくさんいたわ。砂漠の城も ダークパレスを作った大工さんたちもね。」
マリベル「ううん 人だけじゃないわ。チビィだって もしかしたら 命を落とさずに 済んだかもしれない。」
マリベル「……マチルダさんなんて 今にも 夢に見る始末よ。」

アルス「…………………。」

マリベル「でもね。そんなの ほとんど あたしたちの せいじゃないのよ。」

アルス「…仕方なかった。」

マリベル「そうよ。仕方なかった。」
マリベル「みんなみんな 救ってあげることなんて 神さまでもなければ できないことよ。」
マリベル「いーえ。あの クソじじいですら みんなは 救えなかったじゃない。」
マリベル「アルス。あなたは 神さまを 超えた存在にでも なりたいっていうの?」

アルス「……そんなんじゃないよ。」

マリベル「だったら いちいち 気に病むのも ほどほどにしなさい。」
マリベル「いくら 精霊の加護がついてるからって 人の子である あんたが できることなんて 些細なことよ。違くって?」

アルス「違わないさ。ぼくは ただ……。」
アルス「ぼくは ただ 悔しいだけなんだ。」

少年は押し殺していた気持ちを吐き出すようにぽつりぽつりと語りだす。

アルス「あの時 ああしていれば 救えた命が いくつあった? …ってね。」
アルス「仕方ないことだなんて わかってるさ。ぼくは ただの 漁師の息子なんだ。」
アルス「でも……こわいんだ。」
アルス「いくら 強くなったつもりでも 知らないところで 大切な人が傷ついているのに 助けることができない。」
アルス「今 この瞬間だって どこかで 誰かが 傷ついているかもしれない。 ぼくの 大切な 人が……。」

マリベル「…………………。」

アルス「これから ぼくが 漁に出ている間だって いったいいつ 何が起きるか わからない。」
アルス「だから 本当は きみを 連れていきたい。」
アルス「……マリベル。きみを 失ったりしたら ぼくは…っ!?」



180: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 20:02:31.06ID:HiFRyoCx0

気付けば少年の視界は暗闇に支配されていた。



マリベル「ばかね……。」

否、少女の胸に抱きかかえられていたのだ。

マリベル「いっつも いっつも そうやって 一人でくよくよ 悩んじゃってさ。」
マリベル「ほんとに あんたは いっつも 一人でしょい込みすぎなのよ。」
マリベル「なんの ために あたしが あんたのそばに ついてるんだか。まったく… こっちが 自信なくしちゃうわ。」

少年の頭に回していた腕の力を少しだけ緩め、少女は少年の目を見つめる。

マリベル「ずるいわよ。あんた ばっかり。」
マリベル「アルスの悩み あたしにも 教えてよ。あんたの 背負ってるもの あたしにも 背負わせてよ。」
マリベル「…あたしは あんたの なんなのよ……?」

アルス「マリベル…。マリベルは その……。」

マリベル「なあに?」

アルス「ぼくの… いちばん大切な人。」
アルス「きみが いたから どんなことだって 頑張れたし これからも ずっと 一緒に いて欲しい。」
アルス「どんな時でも 君が笑ってくれるなら ぼくは なんでもできる。」
アルス「だからこそ 君を失うわけには いかない。…命を投げ捨てても 守り通すよ。」

マリベル「……ダメよ それじゃ。」
マリベル「死ぬときは 一緒だって 決まってんだから。それにね……。」

少女は再び少年の頭を抱きしめる。

マリベル「あたしは どんなことがあっても あんたの前から 突然 消えたりしないわ。」
マリベル「……あたしを 誰だと 思っているのよ。うふふっ。」
マリベル「世界一の 天才美少女 マリベルさまよ? あんたを残して そう簡単に 死んだりしないんだからね。」 

アルス「マリベ る…。」

マリベル「さあっ! 今だけは あたしの胸を貸してあげるから。」
マリベル「……悲しい気持ち 悔しい気持ち ぜーんぶ 出しちゃいなさい。」

アルス「うっ……くっ……。」

マリベル「…ほーら よしよし。思いっきり泣きなさいな。」

そういって優しく少年の頭を撫でる少女の目からは月の滴が一粒だけ零れだし、琥珀と紅の輝きを写して静かに流れ落ちていく。



喉の奥に残った蜂蜜酒の甘さが、どこか切なく、しょっぱく感じた。



181: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 20:03:31.04ID:HiFRyoCx0

コック長「どうしたものか。」

*「ええっ!? どうするも こうするも 寝床はここなんですよっ…?」

コック長「…………………。」
コック長「仕方ない 今日は シスターに無理言って 協会で寝かしてもらうとしよう。」

*「そんなあ…。」

コック長「……お前も 嫁さんを貰えば わかるさ。」
コック長「さ つべこべ言わずに ついてこい。」

そう言って扉に耳を当てていた料理人たちは気を利かして宿屋を後にするのだった。



マリベル「悪いことしちゃったかしらね……。」

部屋の中ではそんなやりとりに気付いていた少女が一人呟く。

マリベル「ま いいわよね。どうせ アルスのせいなんだし。」

そう言って少女は腫れた目を閉じてすやすやと眠る少年の髪を優しく撫でる。

マリベル「うふふっ。かわいい顔しちゃって。」
マリベル「やっと ハンサムになってきたのに 寝顔は子供のままね。」

少年の前髪を掻き分けその額に口づけを落とし、少女もまた瞳を閉じる。

マリベル「おやすみ アルス。」

どこからともなく聞こえてくる静寂が、激動の一日の終わりを告げる。

明日からの希望を夢見て、天高く月の舞う夜空の下、神の兵の村はひっそりと眠りにつくのだった。







そして……



182: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 20:04:12.72ID:HiFRyoCx0

そして 夜が 明けた……。



184: ◆N7KRije7Xs:2016/12/28(水) 20:11:51.86ID:HiFRyoCx0

第6話の主な登場人物

アルス
世界を取り戻す旅の中で追った心の傷や不安を抱えている。
自分一人で背負いがちだったが、マリベルと共有することで少しずつ肩の荷を下ろしていく。

マリベル
同じく旅を経たことで様々な思いはあるが、かなり割り切って考えている。
優しすぎて心の傷を表に出さないアルスを優しく包み込む。

ボルカノ
性格は豪胆だが人や雰囲気の些細な変化には非常に敏感。
つまり人を良く見ている。
不器用ながら、的確な対応で場を丸く抑えてくれる頼れるおやじ。

コック長
料理人としての腕だけではなく、年長者らしい大人な対応で気遣ってくれる紳士。

飯番
ゴシップネタ大好き。
雰囲気をぶち壊すのに定評がある。

アミット号の漁師たち(*)
メザレ村の住人たちを避難させるのに一役買う。
煌びやかで華やかな王宮のパーティーより村や町の素朴な祭りの方が性に合う。

ラグレイ
メザレで厄介になっている戦士の男。
ウソを言って英雄扱いされていたが、今回の騒動で心を入れ替え、
ただの男として再出発する。

ニコラ
メザレに住む神の英雄の末裔。メルビンの盟友ニコルの遠い子孫。
容姿端麗な吟遊詩人。
「いくじなし」のレッテルをマリベルに張られるも、一族の使命には熱い。

ニコラのメイド(*)
ガボ曰く、「マリベルなんかより よっぽど きれい」だそうな。
父の言いつけを破れないニコラを陰で支える幼馴染。
居候のラグレイを苦々しく思っている。



188: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:08:35.52ID:TT/hGofC0

航海七日目:三毛猫が顔を洗う時



189: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:10:19.60ID:TT/hGofC0

*「う…うん……。」

窓から差し込む眩しい光に少年は目を覚ました。

アルス「……ん?」

少年が重たい瞼を上げると布団の白ではなくかわいらしい桃色の布が視界いっぱいに広がる。
目線を下に移してもそこには桃の生地が見えるばかり。

アルス「…あれ……。」

身動ぎしようにも何かががっちりと頭を押さえつけておりわずかしか動かすことができない。
代わりに前には容易く動け、視界が黒に染まる頃には柔らかい触感が少年の顔を覆っていた。

アルス「ま まさか……。」

少年を押さえつけていたものの正体は少女だった。
少女の腕は胸元に押し付けるように少年の頭を抑え込み少しも離そうとしない。

アルス「これって…。」

先日混乱した自分が少女に突撃した時のことを思い出す。

アルス「…………………。」

真っ赤な顔を少しだけ擦り付ける。

“パフパフっ!”

そんな擬音と共に少年の視界も心も桃色で満たされていくようであった





*「おはよう アルス。よく眠れたかしら?」





アルス「っ……!?」

突然頭上から降って来た声に少年が顔を上げると、少しだけ顔を赤らめた少女が少年の顔を凝視していた。

マリベル「お楽しみのところ 悪いんだけど。」

アルス「お おはよう マリベル …おじょうさま……。」

マリベル「もう一度 寝たいかしら?」

アルス「あ い いえ… 滅相もございませ……。」

マリベル「あ~る~す~?」

アルス「ご ごめんなさい! ごめんなさい! つい 気持ちよくてっ!」

マリベル「…………………。」

アルス「……?」

マリベル「……っそ。まあ いいわ。」
マリベル「さっさと 起きましょ。あ お風呂入って 着替えるから 先に 出てってよね。」

そう言って少女は何事もなかったかのように伸びをすると
さっさと着替えを持って部屋を出て行ってしまった。

アルス「……??」

てっきりまた平手打ちが飛んでくるかと思っていた少年はしばらく動けずに瞬きをしていたが、
どこからか湯を流す音と共に聞こえた猫の断末魔に我に返り、手短に用意を済ませて部屋を後にするのだった。



190: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:10:54.63ID:TT/hGofC0

ニコラ「もう 行ってしまうんですね。」

仕度を終えた少年たちを見送ろうとやってきた青年が名残惜し気に言う。

アルス「今日は 漁もありますし 次の目的地までは 距離があるので あんまり ゆっくりしていられないんです……。」

ニコラ「そうですか それは 残念です。みなさんの お話を もっと 聞きたかったんですが…。」

ボルカノ「悪ぃな あんちゃん。そのうち 新婚旅行にでも フィッシュベルに 来てくれ。」

ニコラ「ええ。その時は 是非。」

船長の言葉に青年は少しだけ照れた様子で返す。

*「ニコラさま。その前に やらなくちゃ いけないことが たっくさん あるんですからね!」
*「これからは わたしのワガママも 聞いてもらいますよっ。」

そんな青年の腕を掴んで普段着に身を包んだ彼の幼馴染が嬉しそうにはしゃぐ。

*「おお あっちも こっちも お熱いこった。なあ アルス。」

アルス「あ あははは……。」

銛番の男に妙な視線を送られ、少年はとぼけた様に笑うしかないのだった。

ラグレイ「アルスどの マリベルどの そして みなさん! この度は 本当に 世話になりました。」
ラグレイ「いつか わたしにも 必ず 恩返しを させてください。」

村の英雄となった男が威勢のいい声で胸を叩く。

その顔は、とても晴れやかだった。

マリベル「ふふっ 殊勝な 心がけね。お姉さんと 元気にしてるのよ。」

ラグレイ「ええ。みなさん 道中 お気をつけて。」

アルス「ありがとうございます。また 会いましょう!」

少年は男と固く握手すると、村の北に停泊している漁船へと向かって歩き始めたのだった。



191: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:12:45.34ID:TT/hGofC0

*「いやあ 昨日は 色々あったけど 楽しかったですよ。」 

村の漁師が朗らかな笑顔で漁船の船長に語り掛ける。

ボルカノ「まあな。」
ボルカノ「ところで 大将。こっから 北の海は どんな様子なんだ?」

大陸が復活してからというものの、エスタードを中心とする海域には漁にきてはいたが、
大陸を挟んだ向こう側の海洋については漁師たちにとってほぼ未開の地と言っても差し支えなかった。

*「そうですね。水深はかなりあります。魚の種類も豊富ですが……。」
*「時々 嵐が 起こるんですよ。十分お気をつけなされ。」

ボルカノ「そうか。あんたにも 世話になったな!」

*「とんでもない。わたしたちが 受けた恩に比べれば 安いもんです。」 
*「みなさんの 大漁と 安全を 願っておりますぞ。」

ボルカノ「そっちもな!」

そう言って少年の父親は村の舟守とがっちりと肩を抱き合うと、船に乗り込み出航の合図を送るのだった。

アルス「さようならー!!」

*「みなさん ご達者でーっ!!」

大手を振って見守る舟守へ別れの挨拶を送り、漁船アミット号は気持ちの良い風を受けて遥か北の地を目指し進んでいくのだった。



192: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:14:07.95ID:TT/hGofC0

マリベル「あそこも これで 一件落着ね。」

今はもうほとんど見えなくなってしまったメザレのある島を見つめながら、すまし顔で少女が言う。

アルス「うん。もう 心配ないね。」

“きっとこれからはあの戦士が村を守っていくことだろう”

最後に見せた男の雄姿に、二人は確かな自信を感じていたのだ。

マリベル「…………………。」

しかし少年にとっては、今はそれよりも心配しなければならないことがあった。

アルス「あ あのさ マリベル。」

マリベル「なに?」

アルス「お 怒ってないの?」

マリベル「何をよ。」

アルス「その 今朝の…。」

マリベル「ん? …ああ あれ?」
マリベル「いいわよ。ベツに 怒ってなんてないわ。」

アルス「本当に……?」

マリベル「なーに? それとも 怒ってほしいの?」

アルス「いやいやいやっ!」

マリベル「…ふん……。」

船縁に肘を置きながら頬杖をする少女は少年の顔を横に見ながらほんのり赤い顔で小さく溜息をつく。

どうやら少年は事なきを得たらしい。



193: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:14:55.48ID:TT/hGofC0

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

アルス「お似合いだったね あの二人。」

少年が昨晩の求婚を思い出して言う。

マリベル「二人って どっちよ?」

アルス「どっちも。」
アルス「突然だから まさかと思ったけどさ。」

マリベル「あたしから 言わせてみれば どっちも意外すぎたわ。」 

少年とは対称的に少女は“うんざり”といった顔をする。

マリベル「ニコラは 思い込みは激しいわ 甘やかしたら どっぷりで 何もしないわ の ダメ男だったし。」
マリベル「ラグレイは 見栄っ張りで 極度の 寂しがり屋。」
マリベル「メイドも あの女の人も よく 求婚する気に なったもんだわよ。」
マリベル「どっちも御免だわね あたしなら。」

完全にこき下ろしていた。

マリベル「ま あの意気地なしどもも これからは しゃんとするかもしれないけどね。」

アルス「あ はは……。」

久しぶりに聞いた少女の毒舌に少年はたじろぎ、明日は我が身かと戦々恐々とする。

アルス「手厳しいなあ。」

マリベル「あんたが 寛容すぎるだけよ。」

アルス「そうかな?」

マリベル「そうよ。間違っても あんたは あいつらみたいな 男になるんじゃないわよ。」

アルス「えっ はは……。」

マリベル「返事は?」

[ はい ]

マリベル「うふふっ。ならば よろしい!」
マリベル「さて そろそろ お昼ご飯の 準備してこなくちゃ。」

そう言うと少女は音もたてずに階段を下りていく。

アルス「はあ…… 飼い猫なのは どっちなんだろうなあ トパーズ。」

トパーズ「…………………。」

少年は足元でグルーミングをしていた三毛猫にそっと呟く。

トパーズ「……なー。」

なんとも言えない表情で少年の顔を見つめて猫は少年の足周りをくるくると歩き始める。

アルス「おまえも 甘えん坊だなあ。」

足元のそれを抱き上げて少年は茶化したように言う。

アルス「……ぼくも 大差ないのかな。」

トパーズ「な~う。ぅぅぅ…。」

顔を近づけたら軽いパンチが飛んできた。



194: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:16:29.94ID:TT/hGofC0

ボルカノ「そろそろ 始めるか!」

*「「「ウスっ!」」」

西の地平線にはうっすらとフォーリッシュの町がある大陸の影が見えている。

本日はこの辺りの海域で漁をすることになった。

ボルカノ「よし アミを投げるぞおっ!」

*「「「ウース!」」」

男たちの掛け声と共に深い海原へ大きな網が投下されていく。

しばらくして縄が緊張し、網が張られたことを報せる。



その時、船長が息子を呼んで船の前方の海面を指さして言う。

ボルカノ「見ろ アルス あれが 潮目だ。」

アルス「すごい! 一本の線が できてる!」

少年の言う通りそこにはまるで一本の線のように波がしぶきをあげていた。

ボルカノ「この辺りは 寒流と暖流が 交わるみてえだな。」

マリベル「さっきの おじさんが 言ってたのって…。」

“魚の種類が豊富”という舟守の言葉がふと少女の頭によぎる。

ボルカノ「ええ。潮目ができるから なんでしょうな。」

それから小一時間、船長は巧みに帆を操り海原にできた道へゆっくりと船を走らせた。
その様子を食い入るように見つめる少年が思わず感嘆の声を漏らす。

アルス「父さんは すごいや! こんなに正確に 進めるなんて。」

ボルカノ「わっはっは! あたぼうよ 何年 漁師やってると 思ってやがる。」
ボルカノ「よく 見て置けよ アルス。そのうち おまえが 舵取りをするかもないんだからな。」

アルス「はい!」



195: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:18:17.48ID:TT/hGofC0

幸い魔物の襲撃を受けることもなく船はいたって順調に北上していき、潮目も遂に終わりを迎えようとしていた。

*「いくぞー!」

漁師たちが一斉に網を引く。

マリベル「まーた 変な奴が いっぱい かかってるのかしらねー。」

アルス「くう… お 重い!」

ボルカノ「…ほお。みんな 気合 入れていくぞっ!!」

*「合点!」

*「…腕がなるぜぃ!」

船長の檄に漁師たちは体に力を入れなおし、少しずつだが確実に縄を手繰り寄せていった。

マリベル「ふんぬぬぬ……!」

少女も負けじと男たちに加わり縄を引っ張る。

*「見えてきたぞ!」

ボルカノ「それ もう一息だ!」

“ミシ……”

船縁取り付けた木の滑車が悲鳴を上げる。

*「おおっ!」

*「こいつは すげえ!」

漁師たちが思わず感嘆の声を上げる。

甲板に持ち上げられた網は獲物でパンパンに膨れ上がり、今にもはち切れんばかりだった。

マリベル「ちょっと ちょっと アルス! 大漁じゃないの!」

アルス「す すごい… こんなに いっぱい!」

ボルカノ「よーし それじゃあ 開けるぞ。」

船長は満足げな表情を浮かべると、他の漁師たちと共に大きな網をひっくり返した。

マリベル「うわあっ 大きいのが いっぱい 混じってるわね。」
マリベル「……あっ こら トパーズ!」

少女が魚を吟味していると、小さな魚をくわえて三毛猫が船尾に走り抜けていった。

ボルカノ「まあ あれぐらいは おこぼれですぜ。」

アルス「父さん これは?」

少年が一際大きい体を打ち付けている魚を指さして尋ねる。

ボルカノ「む。そいつは サメの仲間だな。」
ボルカノ「ものにも よるが 俺たちは いつも 切り身にしたり 卵を塩漬けにして 持ち帰ってんだ。」

アルス「そうだったんだ。……マリベル!」

少女の名を呼ぶその目はらんらんと輝いていた。

マリベル「そんな 期待した目で 見られてもねえ。あたしだって そんなに 大きいのは さばいたことないわよ。」
マリベル「ま コック長と 相談するから 後で 下まで運んでちょうだい。」

アルス「わかった!」

“今日の食事も豪華になりそうだ”

そんな期待を膨らませ、少年は元気よく返事をすると漁師たちに混じって獲物の選別に取り掛かり始めたのだった。



196: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:19:36.44ID:TT/hGofC0

“ゴトン”

*「ふい~ 大漁 大漁!」

魚の詰まった大きな木箱を積み上げ、漁師の男が白い歯を見せて笑う。

*「これじゃあ さばいて開く方が たいへんだぜ。」 

*「これなら 次の港で ちょっとした 市が 開けるな。」

ボルカノ「そうだな。干物もそこそこにして 明日は こいつらを 市に出してみるか。」

そんな話で漁師たちが盛り上がっている中を猫がつまみ食いをするわけでもなく忙しなく走り回る。

トパーズ「にゃああああ!」

*「どうした にゃん公。落ち着きがねえな。」

*「おおかた 魚に 興奮してるんじゃねえか?」

トパーズ「…………………。」

漁師たちの声には耳も貸さず、三毛猫は走り回っては立ち止まりしきりに顔を洗っている。

*「……?」

ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「おい 早めに 片付けるぞ。」

*「どうしたんすか 船長。」

静寂を破った船長の顔を銛番の男が不思議そうに見つめる。

ボルカノ「……少し 荒れるかもしれん。」

そう言って漁師頭が見つめるその先、遠くの空には灰色の雲がうっすらとかかり始めていた。



197: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:22:04.44ID:TT/hGofC0

マリベル「しっかし 異様に ブサイクね。」

調理場では少女が先ほど獲った“鮫と思わしき何か”とにらめっこをしていた。

コック長「わしたちは いつも ブタザメって 呼んでますよ。」

まじまじとそれを見つめる少女に料理長がその名を教える。

マリベル「なるほど なっとくの ネーミングね。」

漁師たちがブタザメと呼ぶ魚は鮫と呼ばれる割には随分とつぶれた鼻をしており、今にも“フゴッ”と鳴きだしそうだった。

コック長「さばくには かなり コツがいるんです。まず 湯をかけますぞ。」

マリベル「え?」

*「まあ 見ていてくださいよ!」

料理人は大きな薬缶を持ち上げると、流し一杯に横たわるそれに向かって熱湯を注ぎ始める。

マリベル「えええっ!?」

粗熱が冷めたのを確認すると、料理長はそのおろし金のような皮をそのまま指先で抓んでぺりぺりと剥し始めた。

マリベル「どうなっちゃってんのっ!?」

コック長「昔からの 知恵でしてな。サメの皮は こうすると 簡単に はがせるのです。」

マリベル「…面白いもんね~。」

得意げな顔の料理人たちに思わず少女も感心した様子で丸裸になったそれを見つめる。

*「そして 酢の入ったお湯で 茹でるんですよ。」

マリベル「普通に 茹でちゃ ダメなの?」

コック長「まあ とりあえず 匂いを 嗅いでみてください。」

言われるがままに少女は皮の剥かれた鮫の身に鼻を近づける。

マリベル「…なんか クサいわね。すえた においっていうか。」

コック長「そのまま茹でても 臭くて あまり 美味しくないんです。」

マリベル「ふーん。それで どういうわけか 酢の 出番ってわけね。」

*「こんなことも あろうかと 酢は いつも 船に 積まれているんですよね。」

飯番は厨房の隅にある酒棚を指さしてその所在を知らせる。

コック長「さあ 急いで 下ごしらえしましょう。まだまだ やることは たくさん ありますからな。」

その言葉を合図に三人はてきぱきと手を動かし始める。

中央に置かれた卓に出来上がった料理が並ぶまではそう時間もかからなかった。



198: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:23:56.26ID:TT/hGofC0

ボルカノ「今日は すごいな。」

*「そりゃ あれだけ 獲れましたもんねえ。」

コック長「わしらも 腕に よりをかけましたからな。」

その日の夕食は非常に豪勢だった。
数時間前に獲れたばかりの新鮮な食材をふんだんに使った海の幸のフルコースに、思わずその場の誰もが舌を巻く。

アルス「あ これって…!」

マリベル「そうよ さっきの ブタザメちゃんね。」

アルス「ん…。ずいぶん あっさりしてるんだね!」

ボルカノ「身の方はな。だが 卵巣や ヒレは 高値で 取引される 高級品でな。」
ボルカノ「卵巣は 濃厚な 味わいで 酒にはもってこいだ。」
ボルカノ「ヒレの方は 食感が良いとか言って ツウが 好んで わざわざ 買いに来るくらいだ。」

*「おれたちは タダだけどなっ!」

ご馳走を堪能しながら自然と会話に花が咲き船内は穏やかな雰囲気に包まれていた。





*「ボルカノさん!」





夕食を終えるまでは。

ボルカノ「どうした? もう交代か?」

*「ち 違うんです! どうも 波が 荒くなり始めてるような気がしてっ……!」

慌てた様子で駆け込んできた漁師はどうやら小さな異変に気付いたらしい。

ボルカノ「……やっぱりそうか。」
ボルカノ「見張りは もういいから お前も はやく食って 備えろ!」

*「はいっ!」

漁師は返事をするとすぐに空いた席に座って料理に手を付け始めた。

ボルカノ「コック長 この後は 火を 使わんほうが いいだろう。」

コック長「その様ですな。」

アルス「まさか……。」

マリベル「嵐でも きたのかしら?」

コック長「簡単に 言ってのけますが それなりに 覚悟した方が いいですよ。」

マリベル「わ わかってるわよ。あたしたちも 何度か えらい目に あってるしね。」

アルス「よく 沈まなかったよね ホント。」

修理した廃船で航海していた時のことを思い出し少年たちはうんざり顔で溜息をつく。

*「…今日は 眠れなさそうだな。」

漁師の一人が小さく呟く。




その言葉が、やけに大きく聞こえた。



199: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:24:54.15ID:TT/hGofC0

甲板から報告があって半刻と経たぬうちにそれはやってきた。

*「うひゃー ひっでえ 雨だ!」

降りしきる雨の中、体を揺さぶるような強風が北東から容赦なく吹き付ける。

ボルカノ「おまえら 振り落とされるんじゃないぞ! 帆を右に回せ!!」

叫びながらも船長は船員に的確な指示を与えていく。

ボルカノ「よーし いいぞ! そのまま 前進だ!」

長年漁に従事してきた男たちにとって多少の嵐などそよ風に等しかった。
冷静な判断と迅速な対応が一つ一つ積み重なり、荒波に揉まれながらも漁船はなんなく海を駆けていく。



200: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:26:35.88ID:TT/hGofC0

*「うわわわっ!」

しかし嵐との闘争は甲板の上だけではなかった。

風雨に晒されて揺れる船内では大量の積荷や道具が崩れないよう、
ありったけのロープや網でそれらを固定する作業に追われていた。

マリベル「ちょっと! レディに 体当たりするとは 良い度胸ね!」

体勢を崩してぶつかってくる飯番の男に少女が怒鳴りつける。

*「す すいませんっ! おわっ!」

マリベル「だああ! こっち くるんじゃないわよ! キャー! キャー!」

コック長「二人とも 落ち着きなさい!」

よろけふためく二人をなだめようと料理長が声を張り上げる。

*「は はひぃ……!」

マリベル「……今よ!」

揺れの弱まったタイミングを見逃さず、少女は再び縄を手に木箱を柱に括り付けていく。

マリベル「ふう…!」
マリベル「まさか こんな たいへんだなんてね…。あの ボロ船なら ほとんど空っぽだから こんなに 忙しくなかったのに!」

コック長「愚痴を言ってる 場合じゃ ありませんぞ!」

マリベル「ええ いそぎましょう!」


こうして漁船アミット号は今回の漁で初めての嵐に見舞われながれも懸命に耐え、
羅針盤だけを頼りに荒れ狂う闇の中を進んでいくのだった。







そして……



201: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:27:22.60ID:TT/hGofC0

そして 次の朝。



203: ◆N7KRije7Xs:2016/12/29(木) 19:29:50.24ID:TT/hGofC0

第7話の主な登場人物

アルス
新米漁師。
父ボルカノの仕事を目の当たりにし、少しずつ漁師としての技術を身に着けていく。

マリベル
網本の娘。
アルスにぱふぱふをするのはまんざらでもない様子。

ボルカノ
漁船アミット号の船長。
操舵も漁もウデはピカイチ。

コック長
長年の知恵で食材を的確に調理する。
アミット号のキッチンマスター。

飯番(*)
漁船アミット号で働く料理人。
腕は確かだが不測の事態には弱い。言うなれば肝が据わっていない。

アミット号の漁師たち(*)
嵐の一つや二つではへこたれない海の男たち。
どんなに激しい海でも経験と技術で乗り越える。

トパーズ
オスの三毛猫。
船上の生活をきままに過ごす。
湿気には敏感で、それが漁師たちにとっての一つの指標になったりならなかったり。



205: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:45:01.80ID:KJrfrKrx0

航海八日目:会議は踊る



206: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:45:37.48ID:KJrfrKrx0

一晩中猛威を振るった嵐は明け方になってようやく静まった。

雲の間から差し込む光が、すがすがしい朝の訪れを告げる。

幸い船は大した被害もなく、疲労こそあれど皆脅威を乗り切った達成感に浸っていた。

ボルカノ「……終わったか。」

アルス「もう 大丈夫みたいだね。」

親子が髪から滴る水滴を拭いながら辺りを見回す。

*「みんな!」

船内へと続く扉が開かれ、心配そうな顔をした少女が飛び出してくる。

マリベル「みんな 大丈夫っ!?」

少女は辺りを見回し、船員一人一人の顔を確かめる。

皆その表情は疲れを浮かべながらも晴れやかで、日の出の光を浴びて輝いているように見えた。

マリベル「よかった……。」

アルス「やあ マリベル。そっちも 無事だったんだね?」

マリベル「うん。コック長も あいつも ピンピンしているどころか もう うたた寝してるわよ。まったく どんな 神経してんだかっ。」

アルス「あははは! ずるいなあ 二人とも。」

目の前でケラケラ笑う少年の顔をじっと見つめ少女は上目遣いで言う。

マリベル「…心配したんだから。」

そう言って少年の胸に両手を置いて身を寄せる。

アルス「ま マリベルっ! みんな 見てるよ……!」

マリベル「いいじゃない。ホントに 心配したんだから。」

濡れた服が張り付くのも構わずに少女はそっと少年の腰に手を回し肩に額を乗せる。

アルス「…………………。」
アルス「ありがとう。」

周りの目を気にしてたじろぐ少年だったが、漁師たちの温かい目線を受けてそっと少女の背中に腕を回す。





*「はやく 帰って 嫁さんに 会いたいなあ…。」

そんな愚痴がどこからともなく聞こえてきたのだった。



207: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:46:15.80ID:KJrfrKrx0

*「いやー 腹減ったぜ!」

今は朝食時。東の空ではそれまでの鬱憤を晴らすかのように太陽が眩しく輝いている。

*「なんせ 一晩中 動いてたからな。そりゃ 腹も 減るわな。」

漁師たちは鳴りやまぬ腹を擦って笑う。

コック長「たいした ものが 出せなくて 申し訳ない。」

*「なんせ あっちこっち 元に戻すので 手いっぱいでして……。」

料理人たちはそう言いながら重たそうな瞼をこする。

マリベル「あーら 二人が 居眠りしなきゃ もっと 豪華にできましてよ~?」

コック長「むむ……面目ない。」

*「返す言葉も ありません……。」

少女の手痛い指摘に二人は思わず咳払い。

ボルカノ「わっはっはっ! まあまあ マリベルおじょうさん こうして 生きて朝日を拝めるだけでも 贅沢なんだ。
この際 食事の 豪華さなんて 気にしませんよ!」

マリベル「もう ボルカノおじさまったら 甘いんですから。」

そんなやり取りに漁師たちは楽しそうに笑う。
今は何よりも嵐を乗り越えた安堵が些細なことすら最高に楽しく思えたのだった。

アルス「あと どれぐらいかな?」

ボルカノ「ん? もう そう遠くはないし 昼前には 着くんじゃないか?」

マリベル「ハーメリアねえ……。」

これといった期待を込めず、少女は久しぶりに口にするその町の名を呟く。

トパーズ「……くぁ~。」

その椅子の下で大きく欠伸する猫は、もはや顔を洗おうとはしなかった。



208: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:46:47.31ID:KJrfrKrx0

*「つ 着いた!」

それからというものの漁船アミット号は交代で休憩しながら順調に北へと進み、町の南に位置する海岸付近に停泊させた。

*「ふぃ~ 重かった!」

その後上陸した一行は、昨日捕れた獲物の一部を担いで町の入口へとやって来ていた。

ボルカノ「さすがに この量となると 運びがいがあるな。」

漁師たちは木箱を降ろし額の汗を拭っている。

*「ぜぇ ぜぇ……。」

飯番の男に至っては既に腰を下ろして天を仰いでいる。

さすがに重労働には慣れていないようだ。

アルス「腰に来るね……。」

マリベル「情けないわね~ あんた 細身だけど チカラは かなり あるほうでしょ?」
マリベル「それぐらい どうってこと ないんじゃないの?」

腰を押さえる少年の背中に少女がバンバンと手の甲を打ち付ける。

アルス「戦いで使う筋肉と 労働は 別なの!」

マリベル「ふ~ん?」

一息ついたところで船長が少年に問う。

ボルカノ「アルス 町の責任者か 代表者に 商売してもいいか 聞きたいんだが 誰だか 知らないか?」

アルス「ハーメリアの 代表者って誰だっけ?」

マリベル「アズモフ博士は 別に 町長って わけじゃないと 思うけど……。」

少女の言う通りこの町には町長と呼ばれる人物はおらず、件の博士も有名というだけで何か権力を持っているというわけでもなかった。

アルス「あっ でも 偽の神さまとの 謁見の時には アズモフ博士が来ていたんだよ。」

少年は各地から集まった顔ぶれの中に例の博士がいたことを思い出す。

マリベル「じゃあ 代表者ってことに なるのかしら。」

何にせよ、当てはそれしかないのだった。

アルス「父さん ぼくたち 行ってきます。」

ボルカノ「おう 頼んだぞ。今さら これ持って 戻るのも嫌だしな。」

そう言って父親は地面に積まれた木箱を指さして苦笑い。

アルス「わかってるよ。」

こうして漁師頭のおつかいを受けた少年と少女は昼の町の中へ入っていくのだった。



209: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:47:16.79ID:KJrfrKrx0

海岸から吹き込む潮風が草原を渡り、町へと流れ込む。
心地よい日差しとそよ風の中、二人は近くにいた女性に声をかけられた。

*「いらっしゃい 旅の方。」
*「ここは ハーメリアの町。大洪水と老楽師の伝説が 語られる町です。」

アルス「こんにちは。アズモフ博士は いらっしゃいますか?」

*「ええ。たぶん ご自宅にいるかと 思うわよ。」

アルス「ありがとうございます。」

少年は礼を述べると少女と共に件の博士の家へと歩き出す。

マリベル「なんも変わりないわね ここ。」

アルス「それが 一番だよ。…っとと。」

扉の前までやってくると軽くノックし、中に呼びかける。

アルス「ごめんください! アルスです。アズモフ博士は いらっしゃいますか?」

しばらくすると扉が開き初老の男性が姿を現す。

アズモフ「やあやあ アルスさん いらっしゃい。」
アズモフ「話は 聞いてますよ! あの 魔王を 倒してくれたんですって?」
アズモフ「あれだけ止めたのに 本当に 倒してしまうなんて……。感謝してもしきれないほどですよ。」

アルス「いやあ そんな……。」

男の賛辞に少年はくすぐったそうにする。

アズモフ「それで 今日はどうしたんです?」

アルス「…じつは……。」

[ アルスは 事情を説明した。 ]

アズモフ「そういうことなら 大歓迎です。」
アズモフ「別に 私に 権利があるわけでも ありませんが きっと 町の皆も 喜ぶでしょう。」

アルス「ありがとうございます。それじゃ 早速 準備してきます!」

礼を述べると少年は一足先に元来た道を戻り始めた。

マリベル「……そういえば ベックさんは?」

気配のない部屋の中を覗き込みながら少女が尋ねる。

アズモフ「ベックくんは いま 一人で 山奥の塔に 調査に行っていますよ。」
アズモフ「なんでも 老楽師と共に 怪物と戦った 三人の旅人の話を調べるんだとか。」

マリベル「あら そう……。」



210: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:47:46.24ID:KJrfrKrx0

博士の家を後にし、少年たちは町の入口で待つ父親たちのもとへと戻ってきていた。

マリベル「たしか ここには来てなかったけど 話は伝わってきているみたいね。」

少女は先ほど博士が魔王討伐の話をもちだしたことを思い出していた。

アルス「うん。あんまり 他との町と接点がないから どうして知られたのかは わからないけどね。」

マリベル「おおかた 博士が どっかに行った時にでも 聞いてきたんでしょ。」
マリベル「…あっ ボルカノおじさま!」

その時少女が町の入口の塀にもたれかかっている漁師たちを見つけて駆け寄る。

ボルカノ「おう 二人とも どうだって?」

アルス「大丈夫みたいだよ。噴水広場で 市を開こう。」

ボルカノ「そうか。よし 行くぞ お前ら!」

*「「「ウース!」」」

威勢の良い返事と共に漁師たちは再び魚のたっぷり詰まった木箱を抱え、町の中へと行進していったのだった。



211: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:49:39.71ID:KJrfrKrx0

*「寄ってらっしゃい 見てらっしゃい!」

*「新鮮な魚が いっぱいあるよ! 買わなきゃ損だよ!」

*「あんちゃん それ おひとついくら?」

*「こいつは 30ゴールドだよ!」

*「そっちは?」

*「こっちは 40ゴールドだ。」

*「じゃあ 両方とも おくれ。」

*「5ゴールド まけて おくよ!」

*「ありがとよっ!」

一行が商品を広げ始めた頃から辺りには次々と人が集まり、噴水のある広場は瞬く間に盛況で包まれた。

マリベル「はいはい お釣り5ゴールドね。」

*「マリベルちゃん これ ちょうだいな!」

*「ねえちゃん こっちも 頼むぜ。」

マリベル「はいはーい お待ちっ。」
マリベル「……い いそがしい! いそがしいわっ!」

お近づきにでもなろうとしているのか、男衆は競うように少女に注文して振り向かせようとする。

*「お兄さん これは?」

アルス「えっと 一匹15ゴールドです。」

*「うふふ。3匹下さいな。」

アルス「それなら 40ゴールドでいいですよ。」

*「ありがとうっ! あら お兄さん は……ハンサム……!」

若い娘や婦人たちも少年の端正な顔立ちに思わず見とれ、ついつい商品を尋ねて買ってしまう。

*「むっ これは……。」

ボルカノ「お客さん お目が高いね。そいつは サメの卵巣の塩漬けだ。」
ボルカノ「塩を抜いて天日干しにすれば なんとも言えない濃厚な 味になるんだ。」

*「実は うちのカミさんの 大好物でしてな。」

ボルカノ「そいつは 良かった。ただ ちょっと 値は張るぜ。」

*「いくらだい?」

ボルカノ「大まけして 一腹200ゴールドでどうだい?」

*「もう一声!」

ボルカノ「じゃあ 180ゴールドならどうだ。」

*「…………………。」

ボルカノ「なら 仕方ない。こいつは そんな安く 売れないぜ。」

*「ま 待ってくれ! 170ゴールドでどうだ!」

ボルカノ「もってけ 泥棒!」

*「ありがたい!」

漁師頭も流石は慣れているだけあって、客の心理をうまく汲み取り結構な値段で取引を成立させていった。
エスタードの漁師は漁の腕だけではなく、商いの腕も磨いていかなければならないのだ。



212: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:50:52.63ID:KJrfrKrx0

アルス「はい ありがとうございました。……いらっしゃい!」

こうしてゆく先々で商売をするのも少年にとっては一人前の漁師としての貴重な経験であった。

アルス「店を相手に 魔物の素材を売るのとは わけが違うね……。」

マリベル「でも これが 本来の商売の姿なのよねー。」

アルス「うん……。」

それは戦いに明け暮れていた二人にとっては嬉しいことであり、
かつては存在しなかった異国の地で平和を噛みしめながら今日を生きていることへの実感が沸き上がるようだった。

*「二人とも 話してないで こっち 手伝ってくれよ!」

*「「はーい。」」

遠洋でとれた魚がなかなか手に入らないためなのか、ただ異国からの客が珍しいだけなのか、町の人々の気持ちはそれぞれだったであろう。
だが確かなことは、いくつもの木箱に山積みだった魚たちがものの数刻のうちに完売してしまったということだ。

*「すげえ! あっという間に 売れちまった!」

*「けっこうな値段の奴も あっただろ? あれもか?」

*「おうよ。ばあちゃんが 目ェ光らせて 買っていったぜ。」

*「ハァ~ とんでもねえ ばあちゃんだな! おい。」

隅に重ねられた空っぽの箱を見ながら漁師たちは興奮冷めやらぬ様子で口々に感想を述べあっている。

ボルカノ「わっはっはっ! 商いのし甲斐があったってもんだ!」
ボルカノ「どうだった 二人とも? 自分たちの手で獲った魚を 売りさばくのは。」

アルス「…お客さんの顔見てたら なんだか 嬉しくなったかな。」

マリベル「そうねー ちょっと 忙しすぎたけど 悪くなかったかも……。」

ボルカノ「マリベルおじょうさんは もしかしてこっちのが 向いてるかも しれませんな。わっはっはっ!」

マリベル「そうですか? でも なーんか お客の目が いやらしかったような 気がするのよねえ。あんまり 一人一人の顔 よく見てなかったけど。」

*「そりゃ マリベルおじょうさんの 魅力が強すぎたからでしょう!」

*「違ぇ無え。」

銛番の男の言葉に他の漁師たちも楽しそうに頷く。

マリベル「お おほほ! それなら 仕方ないわね! このマリベルさまに かかれば 世の男どもなんてイチコ……!」

アルス「父さん お昼はどうする?」

しかしそんな少女の言葉なぞ耳に入ってもいないかのように少年は父親に話しかける。

ボルカノ「少し遅いが あそこの 酒場で なんか 食えないのか?」

そんな息子の言葉に船長は広場の西にある大きな酒場を指さす。

アルス「わかった。それじゃ……。」

マリベル「キーっ! アルスのくせに あたしを 無視するなん……!」

アルス「行こっ マリベル。」

マリベル「て……あ……。」

少女が抗議を終える前に少年はさっさと彼女の手を引いて歩き出してしまう。
少女は咄嗟のことについていけずにいたが、少しだけしてからひねり出すように一言だけ。

マリベル「……アルスのくせに ナマイキよ……。」

そう漏らして少年に引かれるがままに酒場へと入って行ってしまった。

コック長「アルスも だいぶ おじょうさんの扱いが うまくなったな。」

そんな二人の背中を見つめ料理長が感慨深そうに呟く。

*「へえ そっすかね。」

ボルカノ「まだまだ 尻に敷かれっぱなし だがな。」

*「違ぇ無え。」

二人の背中が消えた後、一行は生暖かい笑みを浮かべたままゆっくりと酒場の方へ歩き出すのであった。



213: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:52:00.32ID:KJrfrKrx0

*「うちは 簡単なものしかないけど いいのかい?」

漁師たちよりも先に店に入った少年と少女は酒場の店主にこの店で食事ができるかを尋ねていた。
もちろん酒場なのだから多少の料理はおいているが、一品一品の量はあまり多くなく、献立自体も少ない。

アルス「ええ 構いません。ぼくはサンドウィッチとチップスを。」

マリベル「あたし トマトのパスタ。」

*「まいど。」

手短に注文を済ませ、円形の卓に着き今後のことを話し合う。

アルス「それにしても 王様からの書状も 誰に渡せばいいんだろうね。」

マリベル「そうねえ……あ ねえマスター。」

*「はい なんでしょ。」

マリベル「この町の 代表者って アズモフ博士でいいのかしら。」

*「たしかに 博士は 町の顔として 他所に行ったりするけど 別に 代表者ってわけじゃないよ。」

マリベル「そうなの?」

*「まあ 人徳があるんで 自然とみんな 決めごとは博士のところへ 相談に行くんだけどね。」

マリベル「…そ。それなら 話が早いわね。ありがと。」


“ギィ……”


*「いいえ。…あ いらっしゃい!」

別の客が入って来たらしく、店主は元気よく呼びかける。

*「食事だけしたいんだが。」

*「はい あまり メニューはありませんが。」

*「構わねえよ。」

そう言って新たな客は少年たちの隣に腰掛ける。

アルス「父さん……あれ 他のみんなは?」

見ればやってきたのは少年の父親と銛番だけのようだった。

ボルカノ「宿屋の方でも 食えるらしいからな。今そこで 別れてきた。」

*「あんまり ぞろぞろ 押しかけるのも 悪いからな。」

アルス「あ……ははは。そうでしたね。」

ボルカノ「マスター ビーフシチューと バケットを頼む。」

銛番「オレは 生ハムサラダと トーストな。」

*「はい しばらく お待ちを。」

店内はまだ昼すぎということもあってかほとんど客はおらず、隅っこでお年寄りが紅茶をすすっているくらいだった。
四人で一気に食事を注文しても回せるほどの余裕があったことは店側にとっても幸運だったかもしれない。
そんなことを少年がぼんやり考えていると父親が肝心なことを尋ねてくる。

ボルカノ「それで 結局 オレたちは 誰に書状を渡しゃいいんだ?」

マリベル「さっき 相談に行った アズモフっていう 博士のところでいいみたいですわ。」

ボルカノ「博士? この町は 学者さんが 治めてるってんですかい?」

アルス「ううん。困ったことはとりあえず相談 っていう立ち位置の人なんだ。」

ボルカノ「ほお。そいつは たいへんそうだな。」

*「なんにせよ オレたちは 町でぶらぶらしてるから なんかあったら 呼んでくれよな。」

アルス「はい。」

*「お待たせしました。お先に サンドウィッチとチップスのお客さま。」

ちょうど話が済んだところで店主が出来上がった料理を一つ一つ運んでくる。少年たちはしばらく談笑しながら食事の時間をゆっくりと楽しむのであった。



214: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:52:52.34ID:KJrfrKrx0

アルス「アズモフ博士 いらっしゃいますか?」

*「……はーい!」

食事を終えた一行は店で銛番の男と別れて再び学者の家へとやってきていた。ノックの後、しばらくして返事があり、扉が開かれる。

アズモフ「やあ アルスさん 今度はどうしましたか?」

アルス「何度も すみません。実は ぼくたち グランエスタード王の書状を 預かってきているんです。」

アズモフ「そうですか。ああ 立ち話もなんですから どうぞ みなさん お入りください。」

アルス「おじゃまします。」

そうして三人は町の相談役の家へと足を踏み入れる。本から発せられる独特の匂いが、この家の主が列記とした学者であるということを改めて感じさせた。

アズモフ「いやはや 散らかっていて申し訳ない。どうぞ おかけに なってください。」

木製の折りたたみ椅子を引っ張り出してきて博士は客を促す。

アズモフ「ところで そちらの お方は……。」

三人が椅子に座ったことを確認した博士が少年の隣にいる大柄な男を見て尋ねる。

ボルカノ「ボルカノと申します。この度は 王よりの命で 息子のアルスたちと共に この町と締約を結ぶために グランエスタードより やってきました。」

アズモフ「ああ アルスさんの お父様でしたか!」
アズモフ「私は この町で 学者をやっているアズモフというものです。以後 お見知りおきを。」

ボルカノ「よろしくお願いします 博士。」

互いに自己紹介をして二人は丁寧に挨拶を交わす。

アズモフ「ところで その締約というのは……。」

ボルカノ「まずは この書状に 目を通してください。」

[ ボルカノは バーンズ王の手紙・改を てわたした! ]

アズモフ「ふむ……。」

男の渡した書状をじっくりと眺め、博士は何か悩むような素振りで呟く。

アズモフ「だいたいの 趣旨はわかりました。」
アズモフ「ですが……。」

マリベル「ですが?」

アズモフ「これは 流石に 私だけで 決めるわけには いきませんね。」

アルス「というと?」

アズモフ「町民会議を開いて 皆の意見を 聞かなければなりません。」

ボルカノ「町民会議……ですか?」

三人は椅子から身を乗り出して食い気味に訊ねる。

アズモフ「ええ あまり大きな町ではありませんからね。夕方迄には 招集できるでしょう。」
アズモフ「みなさん お時間はありますか?」

ボルカノ「ええ 出発は 明日の朝の予定ですが。」

アズモフ「でしたら なんとか 今日中に結論を出しましょう。」
アズモフ「少々お待ちください。」

そう言うと博士は机に向かい、羊皮紙と筆を用意してなにやら書き込み始める。

アズモフ「…よし。これを町の広場にいる伝言係の男に渡してください。」
アズモフ「夜は いつも 酒場にいますが この時間ならまだ広場にいるはずです。」

アルス「わかりました。」

[ アルスは アズモフの伝言書を うけとった! ]

アズモフ「それでは よろしくお願いします。」



215: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:54:09.09ID:KJrfrKrx0

学者の家を後にした三人は広場のベンチに腰掛けてテーブルに突っ伏している男を発見した。

マリベル「あれじゃない? いっつも 酒場にいるおじさんって。」

アルス「本当だ。」

*「…………………。」

[ どうやら 眠りこけているようだ。気持ちよさそうに寝息をたてている。 ]

[ そっとして おきますか? ]

→[ いいえ ]

[ では おこしますか? ]

→[ はい ]

アルス「すいません。」

[ アルスは 男を おこそうとした。 ]

*「ぐがぁ……ムニャ。」

[ とても 目がさめそうにない。そっとして おきますか? ]

→[ いいえ ]

ボルカノ「完全に寝てるな。」

アルス「すいません!」

[ アルスは 男の 肩を揺すり 大きな声で 呼びかけた! ]

*「ごおぉ……ギギギ……。」

アルス「ダメだ まったく 起きる気配がない……。」

[ では たたきおこしますか? ]

→[ はい ]

マリベル「おきろぉおおおおっ!!」

[ マリベルは 男を たたきおこしたっ! ]



216: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:54:56.21ID:KJrfrKrx0

少女が男の背中に思いっきり平手打ちをする。

*「うおっ!!」

強い衝撃を受けてたまらず男は目を覚まし、辺りをきょろきょろと見回す。

*「な なんだ いまのはっ!?」

マリベル「なんだ じゃないわよ! こんな昼間っから こんなところで 眠っちゃって!」 

*「むっ 別にそんなの おれの勝手だろうに!」
*「なんなんだい あんたらは!」

突然の出来事に頭が混乱しているのか寝覚めが悪いのか、男は不機嫌そうにわめく。

アルス「ぼくたちは アズモフ博士のおつかいで あなたに用があるんです。」

*「ん? アズモフ博士があんたらに? …ってことは。」

アルス「これです。」

[ アルスは アズモフの伝言書を 男に 手わたした。 ]

*「ふむ……おお! こりゃあ 確かに アズモフ博士の伝言だ。」
*「仕方ねえ 仕事は仕事だ。」

そう言うと男は軽く足を延ばし、喉の調子を整えるように発声練習をした。

そして。








*「伝 令 だ -!!」








*「本日 日の沈む前に 広場に集まれ! 会議だ! か い ぎ !」








*「繰り返す! ほ ん じ つ 日 の 沈 む 前 に 広 場 に 集 合 !!」








それは突然の轟音だった。先ほどまで机に突っ伏していたとは思えないほどの声量に思わず三人は耳を塞ぐ。

アルス「うわっ!!」

ひとしきり叫び終わり男は三人に向き直ると“家を回る”と言ってさっさと走って行ってしまった。

アルス「び ビックリした……!」

マリベル「な なんて 大きな声なの!」

ボルカノ「わ……わははは。こりゃたまげた。」

残された三人はその後をぼんやりと見つめながらそれぞれに思ったことをそのまま口から零すのだった。



217: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:56:54.65ID:KJrfrKrx0

夕刻、男の伝令のおかげもあってか町の広場には多くの人だかりができていた。
その中に混じって漁師の一行もいたのだが、周りの異様な雰囲気に唖然とする。



*「な……なんでみんな踊ってんだ?」



マリベル「あんの男っ! ……どうせ なんか変なこと言って 回ってたんじゃないの!?」

少女が男の“仕事ぶり”に腹を立て地団太を踏む。

アルス「まあまあ マリベル 一応こうして 人は 集まってくれたわけだし……。」

マリベル「でもっ! これじゃ 話が進まないどころか 始めることすら できないじゃないのよ!」 
マリベル「キーッ! あの男 今度見つけたら とっちめてやるわ!」

少年がなんとかなだめようとするが当の本人は握り拳を作って正拳突きの構えを取っている。
そこへ会議の招集を依頼した男がやって来て少年に訊ねる。

アズモフ「アルスさん! これは いったい どうしたことでしょう!?」

アルス「は……ははは。ぼくたちが 聞きたいくらいです。」

マリベル「ちょっと 博士! あの伝言係の男 ちっとも仕事できてないじゃないの!」
マリベル「会議のための集会だってのに みんな 舞踏会かなんかとでも 思ってるのかしら!」

アズモフ「おかしいですね……確かにあの紙には会議のためにと書いたはずなのに。」

学者の男が顎に手を添えて考え込んでいると、そこへ先ほどの伝言係の男が血相を変えてやってきて言った。

*「アズモフ博士! 面目ない! どういうわけか 途中から 口伝いで 違う話とすり替わっちまったみたいなんだ!」

マリベル「なんですって!? あんた そんなこと言って 責任逃れするつもりじゃないでしょうね!」

博士の代わりに少女がその間に割り込んで男の胸倉に指を突き立てる。

*「いやいや おれは これでも 自分の仕事には 誇りをもってやってんだ! 嘘は言ってねえ!」

少女の剣幕に圧倒されつつも男は両手を振って全力で否定する。

マリベル「……ふんっ まあいいわ。まずは この状況をなんとかしないと 話が始まらないんだからさ。」
マリベル「あんたの バカでかい声で なんとかならないの?」

*「さすがに これだけの喧噪じゃ おれの声も通るかどうか…。」

ボルカノ「ものは 試しだ。 やってみてくれ。」

*「……わかった。」



218: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:57:32.04ID:KJrfrKrx0

男は意を決したように表情を険しくすると息をいっぱいに吸い込み雄たけびに似たような声で叫ぶ。





「み ん な 聞 い て く れ え え !!」





しかし反応は芳しくなく、手前にいたグループが眉をひそめて目障りそうに男を見つめるだけだった。

*「だ ダメだ……とてもじゃないけど 聞いてくれやしねえ……。」

すっかり気落ちしてしまったのか男はがっくりと項垂れる。

アルス「まいったなあ……。 時間ばっかり 過ぎていくよ……。」

苦々しい表情で少年が群衆を見つめる。

アズモフ「何か 皆を注目させられるようなものがあれば……。」

マリベル「空中に 爆発でも起こしましょうか?」

アルス「それじゃ みんな 悲鳴をあげて 逃げ出しちゃうよ。」

アズモフ「ただでさえ 魔王の脅威が 皆の心に 沁みついているでしょうからね。」
アズモフ「驚かすのは 得策とは 言えないでしょう。」

マリベル「ぬぬぅ……。」

あれだけ恐ろしいことがあった後となってはちょっとした事件でも暴動まがいのことになりかねない。



万事休すか。



一行が諦めかけたその時だった。



219: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:58:14.49ID:KJrfrKrx0

*「…………………!」

*「…………………!」

広場の入口の方にあった人だかりが割れ、誰かがこちらに向かってやってくる様子がうかがえる。

アルス「あれ……?」

*「あいつだ! あいつが帰ってきたぞ!」

*「道を開けてやれ!」

*「お帰り!」

*「くたばっちまったかと 思ったぜ!」

徐々に人の道は広場の奥まで伸び、やがて一人の青年が一行の目の前までやってきた。

*「アズモフはかせ ただいま戻りました!」

アズモフ「ベックくん……!」

ベックと呼ばれたその青年は博士の前で深々とお辞儀をすると人懐っこい笑顔で自らの帰還を告げた。



*「「「おおおおっ!!」」」



*「ベックだ! ベックが帰ってきた!」

それまで思い思いの会話や踊りにふけっていた住民たちが、嘘のようにたった一人の青年の帰還を称えたのは夕闇と雰囲気のせいだろうか。

アルス「お久しぶりです ベックさん。」

ベック「あ アルスさん……! そうだ はかせ! たいへんなことが分かったんです!」

アズモフ「どうしたんですか ベックくん そんなに興奮して。」

ベック「それは今から 発表します!」

そう言うと青年は住民たちの方を向いて叫んだ。

ベック「みなさん! 聞いてください!」
ベック「ボクたちの町の歴史を 裏付ける 大事な発見をしたんです!」

*「な なんだ……?」

*「…………………。」



220: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 18:59:42.94ID:KJrfrKrx0

青年の声に辺りのざわめきが消え、その場の誰もが次に発せられる言葉を待っていた。
それを察した青年も少し声の速度とトーンを落として続ける。

ベック「ボクたちの町が 過去に 大洪水に飲み込まれた話と それを救った老楽師の話は みなさんも ご存じのはずです。」
ベック「ボクは 今回の調査で それに次ぐ新しい発見をしました。」
ベック「それは 大陸を海で飲み込んだ 海の覇者グラコスを倒すため 立ちあがった三人の旅人が いたということです!」
ベック「そして その旅人たちの名前はっ……!」

*「…………………。」

どこからともなく喉を鳴らす音が聞こえてくる。

ベック「アルス! マリベル! そしてガボ!」
ベック「ここに今いる アルスさん マリベルさんと同じ名前なんです!」
ベック「そして かの魔王めを 打ち倒した5人の英雄も彼らだ!」
ベック「これは 偶然なんかじゃない! 塔に彫られていた文字には 旅人アルスの容姿を 細かく伝えるものもあった!」
ベック「それは 今ここにいる 英雄アルスと まったく 同じ姿をしていた!」
ベック「アルスさん! あなたたちは いったい 何者なんですか!」

*「…………………。」

マリベル「アルス……。」

少女が少年の袖を掴む。

アルス「ぼくは……ぼくたちは……。」

少年は少女の手を強く握ると、これまでの経緯を話し始めた。

アルス「ぼくらの住む エスタード島には 過去の……魔王に封印されていた 過去の世界に行くことができる 神殿があるんです。」
アルス「ぼくたちは そこを通じて 封印されていた世界を行き来し 何もなかったこの世界に 少しずつ 大陸を取り戻していきました。」
アルス「ハーメリアにやってきたのは その旅の途中でした。」
アルス「かつて その世界には ここだけではなく アボンとフズという村が ありました。」
アルス「老楽師は……ジャンという男は特別な力を持っていて グラコスという魔物の脅威を予知し 村々の人々を 山奥の塔へと避難させました。」
アルス「……ほどなくして この大陸は 大洪水で飲み込まれました。」
アルス「ぼくらは いかだを使って 海底に沈む不思議な神殿へと たどり着き そこで ジャンと共に グラコスを打ち倒したんです。」

アズモフ「そんな……そんなことが……。」

少年は尚も続ける。

アルス「元の世界に返ってきたぼくらは 再び この地へとやってきました。」
アルス「しかし 長い時の流れの中で 村は消滅し 人々の記憶は失われ ぼくらの名を知る人は 誰もいなくなってしまったようです。」

そこまで少年が言った時、不意に少女が語り始める。

マリベル「冷たいもんでね どこの大陸を 救っても あたしたちの 名前を憶えていてくれる 人たちなんて ほとんど いなかったのよ。」
マリベル「だから あたしたちも 慣れていたし 今さら 文句を言うつもりも なかったわ。」
マリベル「ま こうなっちゃった以上 白状するけどね。信じたくなければ 信じなくたって 別にいいわ。」
マリベル「あたしたちは 別の 大事な話があって ここにみんなを呼んだんだから。」

ベック「そうなんですか? だから 皆が集まってたのか……。」

アズモフ「そ そうだ!」

それまで興味深そうに話を聞いていた学者が我に返ったように声を上げる。

アズモフ「今日ここに お集まりいただいたのは 舞踏会のためでは ありません!」
アズモフ「実は エスタード島の王から 締約書を 預かっているんです。」
アブモフ「そこで これについて 皆さんで 話し合うために お呼び申し上げたのです!」



221: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 19:00:12.50ID:KJrfrKrx0

*「…………………。」

観衆たちは呆気に取られたように学者と少年たちを交互に見つめていた。

しかし目の前で話を聞いていた吟遊詩人の青年が手をたたき始めると、
堤防が決壊したように静寂が破られ、辺りは拍手の音で包まれていった。

*「それなら 話は早い! さっさと決めて 俺たちの英雄を 称えようぜ!」

*「いいねえ! こんなすごい話を聞いた後に まともに議論できるか わからないけど…。」

*「なあ もっと 話を聞かせてくれよ!」

次々と住民たちが声を上げる。

アルス「あ……あはは……!」

マリベル「なんか すごいことに なっちゃったわね……!」

アズモフ「……これで 良かったんです。」
アズモフ「それでは 早速 ハーメリア町民会議を 始めます!」
アズモフ「ベックくん 司会は私が務めますので 君は 進行を。」

ベック「……はいっ!」

アズモフ「それでは まず 最初の項目からです。」
アズモフ「グランエスタードの漁船が 近くの海岸 及び 岸に停泊する権利についてですが……。」



222: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 19:00:45.60ID:KJrfrKrx0

その後、博士と青年の活躍により会議は滞りなく進められていった。

そして最後の項目まで決議が済んだ頃には完全に日も沈み、昨晩は見られなかった明るい月が顔を出していた。

アズモフ「以上をもちまして ハーメリア町民会議を 終了といたします!」

終了の宣言が告げられ、辺りは拍手と歓声で包まれる。

*「さあ 飲むぞ おまえら!」

*「たまには こういうのも ありかもね!」

*「あたし うちから つまめる物 持ってこよーっと。」

思い思いの感想を口にしながら人々が散っていく。

ベック「いやあ それにしても 本当にすごい話でした!」
ベック「ボク ますます ソンケーしちゃうなあ。」

人が掃けた広場の隅で青年が興奮した様子で言う。

アズモフ「ベックくんもすごいですよ! あれだけのことを 一人で調べ切ってしまうんですから。」
アズモフ「君は もう 学者の卵なんかじゃない。立派な学者の一人ですよ。」

ベック「は はかせ……ボクなんて まだまだです……。」

博士のねぎらいに照れを隠せず、青年ははにかんで俯く。

アズモフ「しかし 驚きました。アルスさんたちが そんなに 過酷な旅をしてこられたなんて。」

ボルカノ「オレもだ アルス。」
ボルカノ「お前の旅が 大事なことだってことは 知っていたが 本当のところ かなり 危険なもんだったんだな。」
ボルカノ「…………………。」
ボルカノ「息子よ。よくぞ 生きていてくれた。」

アルス「父さん……!」

そう言って漁師の親子はどちらからともなく抱き合う。

マリベル「…………………。」

そんな親子の絆を、少女はどこか羨ましそうに見つめるのだった。

ボルカノ「……マリベルおじょうさんもです。よくぞ 無事で いてくださいました。」

それに気づいた少年の父親は少女の顔を見て、一見強面なその顔で柔らかく微笑む。

マリベル「もう ボルカノおじさまったら……あたしには 堅いこと言わないでよ。」

そう言って少女も少年の隣に駆け寄り大男に抱き着く。

ボルカノ「わっはっはっ! もう 家族みたいなもんだもんな!」

朗らかに笑い、少年の父親は少女を優しく抱き留める。

マリベル「……うれしい。もう一人 パパが できたみたい…。」

そんなやり取りを少し後ろで見ていた青年の肩を、学者の男が優しく叩く。

アズモフ「ベックくん。たまには 実家に帰ってみてはどうかな。」

ベック「……はい。」

そんな青年の瞳からは小さな涙が零れ落ち、長い年月を経て海水を無くした地面をしょっぱくしていくのだった。



223: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 19:01:57.47ID:KJrfrKrx0

それからというものの、お堅い会議を終えた町民たちはいつにも増して陽気に英雄の凱旋を祝うのだった。

少年たちといえばあっちこっちから引っ張りだこにされ、体も頭も休まる時がなかったという。

そして時は流れ夜も更けた頃、少年と少女は宿屋の一室にいた。

マリベル「ついに 自分たちから 話すことになっちゃったわね。」

少女がベッドに寝転がりながら言う。

アルス「うん。仕方がなかったとはいえ あんな 大勢の前で 話すことになるとはね。」

少年も隣のベッドに腰掛け、どこか諦めたように溜息をつく。

マリベル「でも すこ~しだけ スッキリしたかな。」

アルス「……今まで 仲間内では 愚痴ったりしたけど こういう風に みんなに 旅の記憶を 共有してもらうって言うのも 悪くないかもね。」

マリベル「旅の記憶……か。」
マリベル「ねえ アルス。あたしたちの 旅も いつか 忘れ去られる時が来ちゃうのかな。」

アルス「……そうかもしれないね。」

マリベル「なんか 悲しいよね。前なら あんなに 苦労したのにって 怒ってたけど 今になってみれば 寂しいというか なんていうかな……。」

アルス「でもさ。ぼくは きっと忘れないよ。」
アルス「……キーファのことも。」

マリベル「キーファ……か。」

不意に飛び出した名前に少女は過去のユバールの休息地で別れたもう一人の仲間の顔を思い出す。

マリベル「どうしてるかしらね。」

アルス「いまはライラさんと 結婚して 幸せにやってるかもね。」

マリベル「……まったく アイラっていう 遺産は残してくれたけど ホンっと 無責任なんだから。」

そう言って少女は両足をばたつかせる。



224: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 19:02:33.67ID:KJrfrKrx0

アルス「…………………。」
アルス「……さっきの話だけどさ。」

マリベル「え?」

アルス「みんなが忘れちゃうんだったらさ ぼくたちが 伝えていこうよ。」

マリベル「あたしたちの 話を?」

アルス「うん。僕たちのことを 信じてくれる人たちにだけでもいいんだ。」

マリベル「…………………。」

アルス「それに もし 誰もが 忘れてしまっても。」
アルス「ぼくは……ぼくだけは忘れない。」
アルス「楽しかった時も 辛かった時も 出会ったみんなのことも。」
アルス「そして きみのことも。」

マリベル「……忘れさせないわよ。」

アルス「え?」

マリベル「あんたにだけは あたしのこと ぜーったいに 忘れさせてあげないんだから。」

少女はいつの間にか起き上がり、どこか自信ありげに少年の目を見据えていた。

窓から差した月明かりに照らされたその瞳は、まるで夜空を映した様に煌めいていた。

アルス「マリベル……。」

マリベル「…………………。」
マリベル「……ごめん。ちょっと しんみりしちゃったか…っ…!?」

少女には一瞬何が起こっているのか分からなかった。

ただ少年の顔が目の前にあった。

遅れてやってきた感覚に自分は唇を奪われていることに気付き、少女は静かに瞼を閉じた。



長い長い静寂の中でただ、隣の部屋から聞こえる仲間のいびきとベッドの下の猫の欠伸だけが木霊していったのだった。






そして……



225: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 19:03:11.06ID:KJrfrKrx0

そして 夜が 明けた……。



227: ◆N7KRije7Xs:2016/12/30(金) 19:05:25.74ID:KJrfrKrx0

第8話の主な登場人物

アルス
成り行きで自らの冒険を語ることに。
顔が広いので町へ出れば人目に付くことも。

マリベル
魔王討伐により名が知られ、一目見ようと男たちが群がる。
商売の才能がある。アミット号の看板娘。

ボルカノ
陸に上がれば商売の腕を存分に振るう。
マリベルのことを実の娘同然に思っている。

コック長
アミット号お抱え料理人。
歳のせいもあってか流石に徹夜をする体力はない。

めし番(*)
歳のわりに徹夜をする体力がない。
おまけに肉体労働も不得手。

アミット号の漁師たち
威勢のいい声を張り上げ、市を盛り上げる。
三人が大使の役目を果たしている間は暇。

アズモフ
ハーメリアが抱える頭脳。世界的に有名な学者。
アルスたちには何かと助けられているため、恩義がある。

ベック
アズモフの助手を務める青年。学者の卵。
少々熱くなりやすい性質だが、研究への思いは一人前。
山奥の塔での調査を終え、ハーメリアに帰還する。

伝言係の男(*)
オリジナルモブキャラクター。バカでかい声でニュースを届ける。
普段は酒場に入り浸っているが仕事はきっちりとこなす。



231: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:20:49.56ID:OqFe7abd0

航海九日目:霧の中の幻 / 不幸せな青い鳥



232: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:21:35.49ID:OqFe7abd0

*「アルスさん! マリベルさん!」

アルス「アズモフ博士に ベックさん!」

翌朝、宿を出た少年たちが町の入口まで来ると、再び航海の旅に出る一行を見送りに学者の青年と博士がやってきていた。

ベック「……そうですか。もう 行ってしまいますか…。」

アズモフ「寂しくなりますね。」

ベック「本当はもっと アルスさんたちの 話を聞きたかったんだけどなあ。」

アルス「すいません。次の予定もありますので……。」

マリベル「うふふっ。旅の話なら 暇になった時にでも 遊びに来るから その時にね。」

名残惜し気な青年に少女が微笑む。

アズモフ「いや しかし ベックくん。ここは僕らが エスタード島に行くのも いいかもしれませんね。」

ベック「どういうことですか はかせ。」

アズモフ「アルスさんたちの お話にある そのエスタード島の 神殿というものが 非常に 興味深いと思いませんか?」

ベック「なるほど! 調査も兼ねて 遊びに行くんですね。」

博士の提案に青年は目を輝かせる。

アズモフ「そういうことです。それなら 私たちも ゆっくり話を聞くことができるでしょう。」

マリベル「……決まりのようね。その時を 楽しみにしておきなさい!」

アルス「宿もない村ですけどね。ぼくたちの家でよければ いつでも 歓迎します。」

ボルカノ「わっはっはっ! 遠い地からの 客とあれば うちの母さんも 張り切って 腕を振るうだろうな。」

コック長「わしらも 村にいる時であれば 名産の海の幸を 存分に振舞いますぞ。」

ベック「わあ! それは 楽しみだなあ。」

学術調査のためとはいえ、これほどまでに歓迎してくれるとあってははやる気持ちを抑えられないのか、青年は今からもう待ちきれない様子で握り拳をつくる。

ベック「あ でもその前に 今回の調査の内容を まとめなきゃ。」

アズモフ「きっと いい論文が できますよ。」

マリベル「期待してるわよ。なんせ このマリベルさまと その仲間たちの 活躍のおかげなんですからねー! おほほほっ!」

おどけた様で少女は高らかに笑う。

ボルカノ「よし それじゃ そろそろ 行くか!」

ベック「お気をつけて!」

アルス「はい! それじゃ お元気で……。」



233: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:22:02.63ID:OqFe7abd0

眩しい日の光を横に浴びながら、涼しい風を受けて草原が波打つ。

それはまるで体がふわりと浮いてしまいそうなとても爽やかな朝だった。

マリベル「はーっ… なんか 気分いいわねー。」

学者の二人と別れた一行は町を後にし、空になった木箱を抱えて船を泊めてある岸の近くまでやってきていた。

アルス「帰ったら ガボにも 話してあげないとね。」

マリベル「きっと 悔しがるわよ~? どうして オイラも 連れてってくれなかったんだい! ってね。」

アルス「あはははっ! そうかもね。」

マリベル「…そういえば ガボってば これから どうするのかしらね。」

アルス「これから?」

マリベル「そっ。木こりのおじさんと 暮らすのは 構わないけど いったい将来 何をしていくのかなって。」

アルス「ガボのやりたいことか……。」

マリベル「まあ まだまだ ガボはお子様だから これからじっくり 考えていけば いいんだろうけどね。」

アルス「きっと 見つかるよ。」

マリベル「どうする? オイラも 漁師になるんだー! とか 言い出したら。」

アルス「えっ……うーん。まあ その時は その時かな。」
アルス「でも その場合 獲ったそばから 生でかじりついちゃいそうだけどね。」

マリベル「……ぷぷぷっ。そりゃ ケッサクねっ!」

アルス「あははは……あれ?」

二人がそんな他愛ない会話をしていると、泊めてある船の傍で何人かの男たちが話し込んでいるのが見えた。

ボルカノ「おう あんたら オレたちの船になんか用か?」

先陣を切って船の長が男たちに話しかける。

*「あ あんたたちか。」

こちらに気付いた男たちが海岸を指さす。

*「ほら 昨日の取り決めで この海岸に 船着き場を作ることになっただろ。」

*「今までは 沿岸用の 小さな漁船しか 使わなかったから なかったんだけどな。」
*「こうして お客さんを乗せた 大きな船が来ても 泊まれるように ここも整備することになったんだ。」

*「そこで 俺たち大工の出番ってわけよ。」
*「今は こうして だいたいの位置の 見積もりをしてるのさ。」

そう言って男は簡素な地図や図形が描かれた大きな羊皮紙を見せる。

アルス「そうだったんだ。」

ボルカノ「そりゃ すまねえな。朝っぱらから 頭が下がるぜ。」

*「なんの。おれたちの救世主のためとありゃ 手間暇は 惜しまないぜ。」

大工の男は頼もしそうに分厚い胸板を叩いて得意顔をする。

*「もう 出航すんのかい?」

ボルカノ「ああ。次が 控えてるんでな。」

*「そうか。こっから北の海は そんなに荒れないから 心配はいらねえよ。」

*「ただ 時々 霧が出るから 羅針盤は ちゃんと整備しておいた方がいいぜ。」

ボルカノ「それなら 問題ねえな。道具一式は いつも 手入れをかかしてないからよ。」
ボルカノ「じゃあ 行くぞ お前ら!」

*「「「ウスッ!」」」



234: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:23:38.33ID:OqFe7abd0

ハーメリアの大陸を離れてからというものの、多少の向かい風はあれど漁船アミット号の道のりは順調そのものだった。

*「ぐごおおおおおっ…。ふしゅるるるる……。」

*「スー スー オマエ…… あいたいよお…… むにゃむにゃ。」

航海中多忙だった船員たちも見張りを減らして思い思いの時間を過ごしている。

マリベル「ふあー……あふぅ。」

そんな中この船に乗る唯一の女性である少女は眠気眼をこすり大きな欠伸をしていた。

コック長「寝不足ですかな?」

上品に紅茶をすすりながら料理長が問う。

マリベル「そりゃそうよ。」
マリベル「海じゃ アクシデント続き。ゆく先々では 遅くまで宴会。」
マリベル「これで 寝不足にならない方が どうかしてるわよ。」

*「あっはっは! それもそうですね。」

“いつでも元気いっぱい”を体現するかのように飯番が快活に笑う。

コック長「でも 原因はそれだけじゃ ないのではありませんかな?」

マリベル「な なによ。」

*「夜な夜な 熱い夜を お過ごしなんじゃないんですか?」

マリベル「ばば……バカ言ってんじゃないわよ!」
マリベル「あいつとは そ そんなんじゃ ないわっ!」

そう言って少女は腕を組みそっぽを向く。

コック長「おやおや。」

*「あらあら。」

マリベル「あ ぜんっぜん 信じてないわね!」

コック長「そうは言われましてもなあ。」

*「いくらなんでも あんな熱い抱擁を見……むぐっ!」

男がメザレでの夜を思い出してそう言いかけた時、不意に隣の料理長に口を押えられる。






“しまった!”



235: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:24:08.73ID:OqFe7abd0

しかし気づいた時にはもう遅かった。

マリベル「なな……やっぱり 見てたのね~!」

*「だって ボクたちの部屋でも あったんですよ!」
*「それを せっかく気を利かして 教会で寝たというのに……。」

マリベル「そ それは悪かったわよ……。」
マリベル「でも あれは あいつが いけないんだからね! 一人でしょいこんで うじうじしてたから あたしが ちょっと 慰めてあげただけよ!」

赤い顔で少女は必死に言い訳をする。実際その通りなのではあるが、こうして改めて口に出していて恥ずかしくなってきたのだった。

マリベル「それだけ……それだけなんだからっ。」

そうして再びそっぽを向いてしまう。

コック長「まあまあ 今は わしらでなんとかしますから マリベルおじょうさんも 少し お休みになってはどうですかな?」
コック長「寝不足は お肌に たたりますぞ。」

そこへきて見かねたコック長が助け舟をだす。

このあたりの年頃の娘の扱いにはそれなりに長けているあたり、流石は年配者というべきか。

マリベル「……そうね。そうさせてもらうわ。」

少女もすんなりとその提案を受け入れ、さっさと炊事場を後にする。

コック長「ふう。やれやれ お前さんときたら。」

*「へ……へへへ すいません つい からかいたくなって。」

コック長「そのうち ばったり倒れても わしゃ知らんぞ。」

*「……どういう意味ですか?」

コック長「さあなあ そのままの意味じゃ。」

*「……ぶるっ………。」

言わんとしていることを察したのか、料理人は身震いして作業に戻っていくのだった。

“あの少女をからかうのはやめよう”

などという、どうせすぐに破られそうな誓いを立てながら。



236: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:24:59.39ID:OqFe7abd0

炊事場を出ると少女は目の前の卓に少年が突っ伏して寝ているのを見つけた。
そんな少年の顔を三毛猫が不思議そうにのぞき込んでいる。

マリベル「あら あんた そんなとこで 寝てたの。」

アルス「…………………。」

少女が話しかけても返事は帰ってこず、小さな寝息が聞こえてくるだけ。

マリベル「まったく 呑気なもんよねえ。あたしが 自分のせいで 恥かいてるっていうのに。」

トパーズ「なー……。」

マリベル「あんたも そう思うわよね~。」

そう言って少女は少年の向かいの席について優しく猫の顔を撫でる。
猫はくすぐったそうに体を振り、少女の懐に飛び込んでくる。

トパーズ「…………………。」

マリベル「うふふっ あんたも アルスに負けじと 甘えん坊ね。」

少女は顔をじっと見つめてくる猫の体をしばらく撫でてやっていたが、
やがて自らの瞼も重たくなり、少年と対になるようにして机に突っ伏して眠ってしまった。




“ギィ……”




しばらくして料理長が二人を見つけるも何も言わずにそっと扉を閉め、
覗きたがるもう一人の料理人を諫めて再び昼食の準備に打ち込むのだった。



237: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:26:32.35ID:OqFe7abd0

アルス「よいしょ……ふんっ!」

雲の切れ間から柔らかい日差しが差し込む穏やかな昼下がり。

少年は日課である甲板の掃除をしていた。

アルス「ふぅ~。さすがに 嵐の後は一回だけじゃ キレイにならなかったか~。」

先日の嵐を受けて手分けしてしっかり掃除したつもりだったが、やはりところどころに磨き残して潮のこびりついた痕が残っていた。

アルス「…はあ……。」

ふと手を止めて額の汗を拭う。

心地よい風が頬をくすぐり床磨きで火照った身体を少しずつ冷やしていく。

アルス「……ん?」

目を凝らしていると遠くの空に向かって不思議な光が昇っていくのが見えた。

アルス「あっちの方角は たしか……。」

マリベル「どうしたの?」

なにかを思い出そうとする少年に後ろから少女が話しかける。

アルス「ああ マリベル あっちの方で 光が昇っていったんだ。」

マリベル「あっち? あっちって 確か 飛空石でしか行けない場所じゃなかった?」

アルス「そうだ! 大賢者のいたところだ。」

マリベル「ふうん。あの賢者が なんかしたのかしらね?」

アルス「……なんだろうね。邪悪な感じは しなかったけど。」

マリベル「あの賢者って 結局 何者だったのかしら? 神が死んだ時代から ずっと あそこで 暮らしていたかしらね。」

アルス「ほこらの隣に たくさんのお墓があったよね。」
アルス「もしかしたら 一族でずっと 代々 あそこに暮らしていて ぼくらが来るのを 待ってたのかもね。」

マリベル「だとしたら ユバールにしろ その賢者にしろ 本当に難儀な人たちよね。
いつ来るかもわからない 人たちを待って 永遠と 使命のために 自分たちの生活を犠牲にしなくちゃ ならないなんて。」
マリベル「あたしなら まっぴらだわよ。」

アルス「でも そういう人たちがいたからこそ ぼくたちの旅は 成就したんだけどね。」

マリベル「わかってる。ちゃんと 感謝はしてるわ。」



238: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:27:19.97ID:OqFe7abd0

アルス「使命……か。」

マリベル「ん?」

少年が唐突に少女の言葉を反芻するように呟く。

アルス「ぼくたちの旅も ひょっとして 誰かに与えられた 使命だったのかなってね。」

マリベル「…………………。」

アルス「初めて 神殿に潜り込んだ時も 大陸が復活した時も 腕の痣が光った時も。」
アルス「いろんな人たちに 想いを託されて ぼくたちは 魔王を討ち取った。」
アルス「あの 神さまは 特に言ってなかったけど 水の精霊から 話を聞いた時は 
ああ やっぱり これは偶然なんかじゃなかったんだってね。そう 思ったよ。」

マリベル「アルス……。」

アルス「魔王を倒す っていう使命が終わって ぼくたちはこれから 本当に 好きなように 生きていけるんだろうか。」
アルス「もし そうじゃないとしたら ちょっと やだなあ ってね。」

マリベル「これから……か。」
マリベル「確かに あんたの言うとおり あの旅は 偶然だけじゃない 大きな力が働いていたのかもしれない。」
マリベル「でも やることなすこと 決めてきたのは あたしで。あなたよ。違くって?」

アルス「……うん。」

マリベル「別に いいわよ。使命だろうと 運命だろうと。結果的には 悪くなかったと思ってるし いまだって満足よ。」
マリベル「どんな サダメがあっても あたしは あたしの好きなように生きるわ。」
マリベル「ふふん。どうよ。」

アルス「……かなわないなあ マリベルには。」

マリベル「なーに言ってんのよ! あんたが それじゃ あたしの計画はおじゃんだわよ。」
マリベル「もっと 堂々としてなさいってば。じゃなきゃ 人生損するわよ!」

アルス「あははは…。……ふんっ!」

少年は目いっぱい息を吸い込み、胸を膨らませて仁王立ちをする。

マリベル「あっははは! そうそう その調子よ。」
マリベル「あ……。」

少女が西の空に目をやると再び不思議な光が天へと昇り、美しい光の軌跡を残しながらやがて消えていった。

マリベル「……。」
マリベル「素敵な使命だって きっと あるわよね。」

“クスっ”と笑って少女は誰にともなく呟く。

アルス「えっ?」

マリベル「ううん。なんでもないのっ。」
マリベル「さ! サボってないで さっさと掃除しなさい!」

きょとんとする少年の背中を掌で打ち、少女はそのまま船内へと降りて行ってしまった。

アルス「…………………。」
アルス「まいっか。掃除そうじ。」

少年は少女の去ったあとをしばらく見つめていたが、
やがて甲板掃除という“今の使命”を思い出すと素早い手つきで再びデッキをこすり始めるのだった。



239: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:27:48.71ID:OqFe7abd0

*「うひょお これじゃ 前が全然見えねえな。」

ボルカノ「よく 目を凝らせよ。何か見つけたら すぐに 報告するんだ!」

*「「「ウスッ!」」」

夕方頃から急に雲行きが怪しくなり始めた。
一雨来るかと思ったがいつまでたっても雨粒は落ちてこず、代わりに辺りには深い霧が立ち込めていた。

*「地図上じゃ この辺りは まだ 周りにはなんもねえ筈だ!」

ボルカノ「岩礁に乗り上げる 心配だけは なさそうだな。」
ボルカノ「羅針盤は 正常か!?」

*「へいっ いまのところ なんの問題もありません!」

ボルカノ「よおし あくまで 慎重に進むぞ。」
ボルカノ「帆を緩めるんだ! 速度を落とせ!」

アルス「わかりました!」

*「はい!」

例え目の前が白闇に染まっていようとも漁船アミット号はゆっくり確実に海上を進んでいく。
長年の経験は海の男たちに冷静さと度胸を与え、こんな状況においても怯む者は誰一人としていなかった。



240: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:28:39.20ID:OqFe7abd0

*「なかなか 晴れねえなあ。」

日が完全に沈み、辺りは怖いほどの静寂に包まれていた。
相も変わらず深い霧は船の視界を奪い、惑わすかのように渦を巻いている。

*「もしかして 今日はこのまま 濃霧の中を 走り続ける羽目になるってか? 面倒くせえったら ありゃしないぜ。」

行けども行けども同じ光景が続く。

手ごたえの無い状況に見張りの漁師も辟易とし始めていた。

ボルカノ「なに それでも 方角がはっきりしてりゃ 怖いもんはねえ。焦らずに 行けよ。」

*「「「ウスッ!」」」

再び気合を入れなおし漁師たちが持ち場に戻ろうとしたその時だった。

*「ぼ ボルカノ船長っ!」

ボルカノ「あん どしたぁ! お化けでも出たか?」

*「ら 羅針盤が!」

ボルカノ「なにっ!」

船員の一人が慌てふためき漁師頭のもとへ転がり込んできた。

*「羅針盤が めちゃくちゃなんです!」

ボルカノ「なにっ!」
ボルカノ「……な なんだこりゃあ!?」

男たちは驚愕した。
先ほどまであれほど正確に方角を指し示していた羅針盤の針が不可思議に、まるで誰かが指で動かしているかのように回転しているのだった。

*「こ こいつはいったい……!」

ボルカノ「アルス! 帆をたため! 一度停まるぞ!」

アルス「はい!」

父親の指示で少年が緩く張られていた帆をたたもうとした、その時だった。

アルス「……っ!!」

少年が何かの気配を察して東と思わしき方角を振り向く。

そこには霧の向こうに不自然な視界が広がり、その中心には大きな古ぼけた船らしきものが佇んでいのだった。

その時、今朝がた町を出る時に交わした学者との会話が少年の頭をよぎった。



241: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:29:30.76ID:OqFe7abd0

アルス「それじゃ お元気で。」

アズモフ「ああ 待ってください アルスさん。」

アルス「なんでしょう?」

アズモフ「実は 最近 漁師の者から 妙な話を聞いていましてね。」

アルス「妙な話……ですか?」

アズモフ「ええ。なんでも この北の海域で 幽霊船を 見たんだとか。」

アルス「幽霊船……。」

アズモフ「私は 学者である以上 幽霊の類は あまり 信じてはいませんが 
漁師の怯え様からするに 何か 恐ろしいものが その辺りに 出ることに間違いは ないようです。」

アルス「そうですか……。」

アズモフ「不確定な話である以上 あまり 皆さんを 怖がらせてはと思い 黙っていたのですが……。」
アズモフ「アルスさんになら 言っておいても 大丈夫でしょう。」
アズモフ「なんにせよ 注意して 行かれたほうが良いと思います。」

アルス「わかりました。ありがとうございます。」

アズモフ「…っとと。引き止めてすいません。それではまた。」

アルス「ええ。博士も お体には お気をつけて。」



242: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:30:00.99ID:OqFe7abd0

アルス「…………………。」

少年の目の前に広がる不気味な光景には誰も気が付いていないのか、他の漁師たちは羅針盤や前ばかり見ている。

アルス「……まずいっ!」

そう呟き、剣に手を伸ばした時だった。

ボルカノ「ぬおっ!」

突然北と思しき方向から突風が吹き、アミット号の船体を大きく揺さぶった。

*「うわわわ!」

ボルカノ「アルス! 帆をたため!」

アルス「……っはい!!」

鞘にかけていた手を離し、急いで縄を引き帆をたたんでいく。
帆が完全にたたまれると同時に風はさらに強くなり、白い霧を舞い上げ吹き飛ばしていく。

アルス「ぐうううっ!」

吹きすさぶ風の中、なんとか目をこじ開け先ほど船が見えた方向に目線をやるも、そこには霧が舞うだけで何も見えなかった。

アルス「どこに……どこに行ったんだ!」

少年が息も絶え絶えに叫んだ瞬間、急に視界が開け、あれだけ吹き付けていた風がぴたりとやんでしまったのだった。

ボルカノ「……止んだか。」

それまで床に伏せていた漁師たちが起き上がり、辺りの様子を確認する。

*「船長! こいつを見てくだせえ!」 

ボルカノ「どうしたっ ……なっ!」

*「も もとに戻ってる……。」

呼ばれて漁師たちが集まってみると、なんとあれだけ狂ったように回転していた羅針盤の針がそれまで通りにピタリと南北を指し示していた。

ボルカノ「いったい どうなってやがる……。」

羅針盤の故障に突然の突風、そして晴れた霧と羅針盤の復旧。不可思議な出来事の連続で漁師たちは少々混乱しているようだった。

アルス「…………………。」

その中でただ一人少年だけが一点をじっと見つめて黙っている。

アルス「いない……!」

それは先ほど船の見えたあたりだった。

しかしそこにはただただ暗い海原が広がるばかりで、船はおろか鳥の一羽すらも飛んでいない。

ボルカノ「どうした アルス。なにか見つけたのか?」

アルス「いや……なんでもない。」

ボルカノ「…………………。」

“自分の見たものは幻だったのか”

“いや、あの時感じた恐ろしい気配は決して幻覚ではない”

しかし自分がそのことを説明すればいたずらに船員の恐怖心を煽るだけだろう。

そう判断した少年は父親や他の誰にもこの話はしまいと決めたのだった。



243: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:30:30.88ID:OqFe7abd0

マリベル「アルス! いったい 外はどうなってるのっ!?」

アルス「マリベル! 外はもう 大丈夫だよ! それよりも 中は……!」

マリベル「それが……。」

少女が指さす先にはひっくり返ってしまった木箱の山に横倒しの机、椅子。

ハンモックをかける竿が折れなかったのは不幸中の幸いか。

アルス「……ケガはない?」

辺りを見渡し終え、少年は少女を心配そうに見つめる。

マリベル「なんとかね。それにしても ホント なにがあったってのよ?」

アルス「霧の中を進んでいたら 急に 突風が吹きつけたんだ。」
アルス「それも 一回きりじゃない。何度も 何度も。それこそ 霧が全部吹き飛ぶくらいね。」

マリベル「で? ぴたっと止まって言うの? なんだか 不自然じゃない?」

アルス「うん。羅針盤も 一時は 故障するし いったい 何がなんやら……。」

コック長「おいたたた…… おお アルス! 皆は無事だったか!」

少年が腕組をしながら考えていると奥の方から料理人たちがやってきて少年に尋ねる。

アルス「ええ なんとか 持ちこたえたようです。そっちは大丈夫でしたか?」

*「包丁が落ちてきた時は さすがに もうダメかと思いましたよ。」

マリベル「あたしがいなきゃ いっぺん 死んでたかもね。」

*「ははは おかげで 命拾いしました。」

アルス「よかった……。」





*「ま 魔物だーっ!!」 





アルス「……っ!」

階上から響いた漁師の声に一同は一斉に上を見上げる。

マリベル「今度は魔物? 忙しいわね~。」
マリベル「二人とも 後片付け よろしく! 行くわよ アルスっ!」

コック長「お気をつけてー!!」

料理長たちの声援を背に少年たちは再び異変に苛まれる甲板へと向かって階段を駆け上る。



244: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:31:21.01ID:OqFe7abd0

アルス「魔物はっ!?」

*「あっちだ!」

望遠鏡を片手に漁師の一人が叫ぶ。

アルス「…………………。」

マリベル「…………………。」

少年たちは瞼を閉ざし感覚を研ぎ澄ますと、魔力で視界を上空まで飛ばして前方を俯かんする。

アルス「魔物が一体に あれは……?」

マリベル「鳥……かしら? 追われているわ!」

アルス「あれは……まさかっ!」

なにかに気付いた少年が瞳を見開くと、指を天に高く掲げ呪文を詠唱する。

アルス「当たれええええっ!」

[ アルスは ギガデインを となえた! ]

次の瞬間、鳥を追っていた巨大な魔物を目がけてはげしい雷が降り注ぎ、あっという間に墜落して黒焦げの藻屑と化してしまった。

マリベル「あら あたしが 出るまでもなかったかしら。」

アルス「見て!」

追手が消えたことを悟ったのか、その鳥は最後の力を振り絞るように甲板の上まで来ると、こと切れたかのように少年たちの足元に落ちてきた。

*「こりゃ 普通の鳥なのか?」

マリベル「ひどいケガね……ベホマ。」

少女が落ちた鳥に優しく光を放つと、血のにじんだ傷口がみるみる塞がっていった。

*「…………………。」

小さな鼓動がなんとか一命をとりとめたことを示している。

アルス「ねえ マリベル。この青い鳥はまさか……。」

それはサファイア色の美しい羽毛を生やした鳥だった。

マリベル「とにかく ハンモックにでも寝かしましょ。」

少女に頷くと少年は階下にある自分のハンモックにその青い鳥をそっと横たえるのだった。



245: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:35:59.81ID:OqFe7abd0

事態がようやく収拾したのは夜中になってからだった。

荒れていた船内も落ち着きを取り戻し漁師たちもようやく休憩を取り始めた頃、少年たちは先ほど救出した青い鳥を囲んで話し合っていた。

アルス「やっぱり あの人 だよね。」

マリベル「まだ 確定したわけじゃないけどね。ただの 他人の空似 かもしれないし。」

トパーズ「…………………。」

二人が座って覗き込んでいると横から三毛猫がやってきて鳥の匂いを嗅ぎ始める。

マリベル「あ こら トパーズ ダメよ 食べちゃ。」

“めっ”と鼻に人差し指を当てて動きを静止させるも、
当の本人(猫)はどこか納得していないかのように、そして何かを訴えるかのように少女に向かって鳴いた。

トパーズ「な~うなうなう~……。」

マリベル「どうしたのよ 落ち着かないわね。」

トパーズ「な~お。」

マリベル「にゃん?」

トパーズ「…………………。」

マリベル「な~う?」

アルス「…………………。」

思わず猫の鳴き真似をする少女だったが、すぐに違和感に気付く。

少年が肩を震わせながらにやついていたのだ。

マリベル「……なによ。」

アルス「いや…… かわいいなーと思って……。」

マリベル「フゥーーーッ!」

渾身のポーズで威嚇をする少女だったがそれすらも逆効果だったのは言うまでもない。

アルス「おーよしよし……。」

マリベル「に……あ……。」

パンチやひっかきの一撃でも喰らわせてやろうと思った時には既に遅く、
少女は頭をがっちりと少年の胸に抱かれて髪を撫でられていたのだった。

マリベル「あ……あふ……やめなさいよ……。」

アルス「やめない。」

マリベル「やめてにゃん。」

アルス「絶対やめない。」

マリベル「ザ……。」

アルス「ごめんなさい。」

“危うく尊い命がこんなくだらないやり取りで消えてしまうところだった”と、少年は名残惜し気に少女を開放しながら思うのだった。

マリベル「まったく すぐ 調子のるんだから。」

少女が目を細めて抗議するもその顔はかすかに赤く、名残惜しげなのは少年だけではないことが窺えた。



246: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:36:30.07ID:OqFe7abd0

トパーズ「…………………。」

そんな二人の茶番劇を横目に三毛猫はある変化に気づいたらしく、青い鳥の傍に再び近寄る。

トパーズ「…………………!」

すると突如鳥の体が光り始め……

*「…………………。」

あれよあれよという間に人の姿になってしまった。

マリベル「えっ?」

アルス「あ!」

人の姿とは言っても人間離れした白い肌、先の尖った耳、露出は多いがどこか控えめな印象を与える不思議な衣服。

それは正に少年たちが過去のクレージュで出会った神木の妖精その人だったのだ。

アルス「や やっぱりそうだったんだ!」

マリベル「まさかとは 思ったけど ホントに 本人だったとはね……。」

*「う……うん……。」

二人が驚いていると、なんと眠っていた娘が目を覚ました。

*「ここは……。」

アルス「ここは 漁船アミット号の中ですよ。」

*「あなたは… あなたたちは まさか……!」

マリベル「お久しぶりね。妖精さん。」

神木の妖精「ああっ なんということでしょう! こうしてまた お二人と お話ができるだなんて!」

まるで信じられないものを見るかのように妖精は二人を交互に凝視する。

アルス「小鳥だった時は 世界樹の葉を ありがとうございました。」

神木の妖精「いいえ そんなの わたしが受けた恩に比べれば……。」
神木の妖精「そ そうでした! ご神木が……世界樹が危険なんです!」

マリベル「落ち着いて。話は聞くから その前に 何かお腹に入れたほうがいいわ。」
マリベル「ちょっと 待ってなさい。」

アルス「人と同じものは 食べられますか?」

神木の妖精「え……ええ。ですが 何せ 最後に食べたのは何世も前のことなので……。」
神木の妖精「少し…… 自信はありませんが……。」

アルス「なら 先にこれをどうぞ。」

[ アルスは せかいじゅのしずくを てわたした! ]

神木の妖精「これは……!」

妖精は少年から差し出された神秘の滴をまじまじと見つめていたが、やがておずおずと口に近づけるとまるで噛みしめるかのように残らずそれを飲み干した。

神木の妖精「ああ……身体に チカラがみなぎるようです。」

暗かった顔が明るさを取り戻し、妖精は少しだけ微笑んでみせる。

するとそこへ少女が手に皿を抱えて戻ってきた。

マリベル「作り置きの シチューで悪いんだけど…… 良かったら 食べて?」

そう言って差し出された皿からは温かい湯気が立ち上り、バターとミルクの香りが妖精の食欲をそそった。

神木の妖精「い いただきます……。」

皿とスプーンを受け取り、思い出すようにゆっくりと口元まで近づけ、何度か息を吹きかけてから口へ運ぶ。

マリベル「どーお?」

神木の妖精「優しくて あったかくて ……おいしいです。」

そう微笑む娘の瞳からは色のない宝石のような涙が一筋零れたのだった。



247: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:37:12.53ID:OqFe7abd0

それから船員を招いて軽く自己紹介した後、妖精の娘はこの一週間ほどで起こった出来事を語りだした。

神木の妖精「あれは 魔王が倒れてからでした。いや ひょっとすると それ以前から だったのかもしれません。」
神木の妖精「ここのところ どうにも ご神木の元気がないようだったんですが……。」
神木の妖精「魔王が倒され 魔物もいなくなると 思っていましたが それは 違ったようです。」
神木の妖精「彼らは どうやら 地下深く ご神木の力の源である大地に 何か悪さをしているようなんです。」
神木の妖精「…ご神木は 日に日に 衰弱しているようでした。」
神木の妖精「そこで なんとかしなければと思い 町の古い井戸から 地下へ行き 原因を探ろうと考えたのですが……。」

マリベル「その前に 魔物に見つかっちゃったと。」

神木の妖精「はい……。」

妖精は頷くというよりがっくりと項垂れて目を伏せる。

*「しかしどうする アルスよ。オレたちの目的とは別になっちまうが。」

漁師の一人が思案顔で少年に問う。

アルス「別行動は ダメでしょうか。」

ボルカノ「オレは構わんぞ。ただ あんまり 遅くなっちまうのは困るけどな。」

アルス「出発までに 必ず戻ります!」

ボルカノ「マリベルちゃんは どうする。」

アルス「マリベル……。」

マリベル「どーせ あんた一人じゃ 妖精さんも 心細いでしょうからね。もちろん あたしも付いて行くわ!」

船長やその息子の視線を受け、少女はさも当然かの様に答えてみせる。

ボルカノ「…決まりだな。」
ボルカノ「まあ 今日はもう 遅い。どうせ到着は 明日の朝だからな。三人とも それまで ゆっくりするんだ。」

アルス「あ でも この後 交代ぼくの番ですから。」

ボルカノ「寝不足で 戦えるってのか?」

アルス「父さん……。」

ボルカノ「こういう時は 素直に甘えておけ。」

*「そうだぞ アルス。町一つの命運が お前に かかってんだからな。」

その言葉に漁師や料理人たちは微笑みながら頷く。

最初から反対する者などいなかったのだ。

アルス「みんな…… ありがとうございます!」

ボルカノ「よし それじゃ 解散だ! 明朝 クレージュ南に到着次第 行動を開始する!」

*「「「ウスッ!!」」」

こうして明日のそれぞれの使命のために一行は交代で体を休め、その時を待つのだった。







そして……



248: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:37:46.79ID:OqFe7abd0

そして 次の朝。



250: ◆N7KRije7Xs:2016/12/31(土) 15:40:40.06ID:OqFe7abd0

第9話の主な登場人物

アルス
自分に課せられた使命の行方に不安を感じていたが、マリベルの檄に感化され前向きに。
霧の中で船のような物を見つける。

マリベル
何物にも縛られることなく生きたいと思っている。
時折お茶目な行動をする。がう~っ。

ボルカノ
どんな時でも冷静な頼れる船長。
息子のアルスには王からの任務や漁師としての仕事も勿論だが、
彼にだけしかできないことがあると認め、事件解決に向かう彼の背中をそっと押す。

コック長
収集のつかない事態を丸く収める役割。
マリベルの良き理解者。

めし番(*)
何かとマリベルを茶化す料理人。
言わなくても良いのに口が滑ることもしばしば。

アミット号の漁師たち(*)
義理と人情にあふれる海の男たち。
人助けとあらば協力は惜しまない性質。

トパーズ
アミット号のお守り猫。
初めて見るものには興味津々。
不思議な存在にはすぐに気付く模様。

神木の妖精
世界樹の森から生まれた妖精の少女。
現在は青い鳥となって世界樹を見守っていたが、とある事情から人間の姿に戻る。
魔物に追われていたところをアルスたちアミット号一行に助けられる。


【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】【第10話~第15話】



元スレ
【DQ7】マリベル「アミット漁についていくわ。」【後日談】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1482503750/
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