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【艦これ】深海の呼び声【前半】

1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/19(土) 11:19:05.25ID:hez1iRKyo

注1:艦娘がひどい目にあうかもしれません
注2:某神話クロスではないです



2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/19(土) 11:23:16.53ID:hez1iRKyo

1. 着任


この世界には2種類の人外がいる。
ひとつは、工学技能に特化し高度な知性を持つ、古来より人類と共存を果たしてきた「妖精」。
そしてもうひとつは、近年になって人類を脅かしている侵略者たる「深海棲艦」である。
この深海棲艦に対抗するために登場したのが、長年の友人である妖精の協力を得て開発された「艦娘」システムだ。

これは、適合した少女が艦艇の魂を宿した艤装により戦闘その他を行うというものだ。
我々日本国海軍は太平洋に面した国土を守るため、この艦娘システムでもって深海棲艦との激しい戦争状態にある。

…はずなのだが。



―――――
―――
――

「えー、本日付でこの鎮守府に着任した提督だ。よろしく頼む」

集会室に集まった艦娘らおよそ10名に向けて彼はひょいと制帽を上げた。
何も話すことがないな、と思い、昨日のうちに挨拶を済ませた事務からもらったリストに目を落とす。
戦艦、巡洋艦、駆逐艦…。

「あーそうだな、それじゃ自己紹介でもしてもらおうか」

艦娘らが首を傾げたり顔を見合わせたりとそれぞれ反応した。
居心地の悪さを感じて提督は少しため息をついた。

「…いや、いい。今日は解散とする。このなかで最古参は誰だ?」

再びざわめく艦娘ら。まもなく「はい」と一人が手を上げた。
もう一人の手を引いて前に出てくる。

「ここが一番長いのはわたしたちだと思います」

「よろしい。二人は少し残ってくれ。では解散」
 



3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/19(土) 11:26:54.21ID:hez1iRKyo

どたばたと艦娘らが部屋を出て行く。
彼が以前勤めていた鎮守府では聞くことのなかったにぎやかさだ。
慣れないそのにぎやかさが潮を引いていくと、集会室にはぽつんと二人の艦娘が残された。
彼は壁にもたれかかった。

「君ら、名前は? ああ、艦名を頼む」

艦娘らはもともと普通の女の子なので当然本来の名前がある。
提督が求めたのはそれではなく艤装を含めた彼女らの"役職"ともいえる艦艇の名前だ。

「特型駆逐艦、綾波と申します」

「あたしの名は敷波。以後よろしく」

「二人に二、三聞きたいことがある。この鎮守府はどうだ?」

「どうって?」

敷波がつまらなさそうに問い返す。
慌てて綾波が執り成した。

「すいません! この子ちょっとぶっきらぼうで…」

それに対して敷波は「なんだよう」と呟き、提督はあごを掻いて、

「かまわないさ。うん、じゃあ戦力だな。君らはどう見る?」

綾波は困ったような顔をした。

「ううん、そうですね…」



4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/19(土) 11:30:58.28ID:hez1iRKyo

「弱いよ」

「ほう」「ちょっと敷波…」

「だってそうじゃんか。10隻ちょっとしかいないし、その半分は駆逐艦だし、空母はいないし…」

目をそらしたまま敷波は言い募る。
それを聞いて綾波は提督に向き直った。

「でもみんなの練度は高いです! 駆逐艦は経験豊富な子も多いです」

「それは他が出られないからでしょ」

「どういうことだ?」

「その…資材が」

綾波は言いよどんだが、言いたいことは簡単にわかった。
つまり、この鎮守府には資材が少なく、そのため戦艦が出撃できないのだ。
すると今度は深海棲艦に侵略された占領地を奪取することが出来ず、結果が出せなければ資材配給は滞る。

「なるほど。悪循環だな」

うんうん、と提督が頷く。
 



5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/19(土) 11:33:17.86ID:hez1iRKyo

「それで、二人はここに配属されてから一番長いんだよな?」

「そうです」

「他はどういう順で配属されたんだ?」

「ええっと、長門さんと入れ替わりで山城さんが来て…」

「山城? さっき居た戦艦は比叡だけではなかったか」

「山城さんはずっとドックで入渠してるんだよ」

敷波の言葉に提督は、ああ、と合点がいった。
資材不足は戦艦を出撃だけでなく修復もできないようにしているのだ。

「わかった。続けてくれ」

「はい。それから羽黒さん、潮ちゃん、大井さんと北上さん…」

「北上さんはもういないけどね」

「あっ……そう、そうです。他にももういない人はいます」

提督はあえて詳細を尋ねなかった。
 



6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/19(土) 11:42:23.44ID:hez1iRKyo

「それで、曙ちゃん、比叡さん、夕立ちゃん、霞ちゃん、それから天龍さんと龍田さんが一番最近です」

「ふうん。確かに駆逐艦に偏ってるな」

「ここは"ゴミ箱"なんだよ」

「敷波!」

「言ったのはあたしじゃないし。4人くらい前の司令官だし」

「あー、わかったわかった」

提督は右手をひらひらと振って二人を執り成した。

二人を帰してから彼は事務へと足を運び、所属艦娘の配属事由などを調べることにした。
山のように書類と資料を積んだ執務机のある提督室の照明は夜が更けても消えることはなかった。
 



7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/19(土) 11:48:22.03ID:hez1iRKyo

2.

翌日、昼前に提督がふらふらと外を散歩していると、霞と潮を見つけた。

「おー」

紙煙草をくわえたまま提督が眠たそうな声を上げると、二人が気付いて振り返った。

「あっ……提督…こ、こんにちは」

「うん。何やってるんだ?」

「えっと、そのう…」

「訓練よ。なに、文句でもあるわけ?」

口ごもる潮に代わって、霞が強気に答える。
提督は煙を吐いた。

「いや、いいんじゃないか。二人だけでやってるのか?」

「そうよ。悪い?」

「さ、最初はみんなでやってたんです。
 でも、出撃もないし、ちょっとずつ減っていっちゃって…」

「で、今は二人しか残ってないって訳か」

「みんなたるんでるったらないわ。艦娘たるものいつでも出撃できるようにしておくべきよ」

気炎を吹き上げる霞に対して提督は煙を吐いて答えなかった。

「ん。もう昼食の時間か。じゃあな」

「は、はい」



8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/19(土) 11:53:48.00ID:hez1iRKyo

3.

広い食堂に艦娘らがまばらに座って食事を摂っていると、

「おーい、ちょっと聞いてくれ。あ、いやそのままでいい」

カレーの皿を持った提督がやってきた。

「司令官。どうしたんですか?」

「ここは艦娘用の食堂だよ」

近くで向かいあって食べていた綾波と敷波が話しかけてくる。
提督はそれには「わかってるって」と答え、

「あー、なんか事務から秘書艦を指名するよう言われたので、――羽黒!」

「ひゃいっ!?」

すみのほうでかしゃんと音を立てて黒髪の少女が立ち上がった。

「貴官を秘書艦に任命する。悪いが昼食が終わり次第、提督室まで来てくれ。以上」

ざわめきだす食堂を後にして、提督は廊下を歩きながらカレーを食べるのだった。



9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/19(土) 11:57:00.37ID:hez1iRKyo

4.

提督室のドアが控えめにノックされ、提督は広げていた地図と資料を無造作に片付けた。

「入ってくれ」

「はい…」

おずおずと顔をのぞかせたのは羽黒。
しかし彼女だけではなく大きくドアを開いて、

「提督さん! 夕立を秘書艦にしたほうがいいっぽい!」

駆逐艦・夕立と、

「いいや! 秘書艦になるべきなのはオレだ!」

軽巡洋艦・天龍、そして龍田も入室してきた。

「なんだ、呼んだのは羽黒だけだぞ」

「す、すいません…!」

「いや羽黒を責めてるわけじゃないんだ。で? 君ら秘書艦になりたいのか?」

「秘書艦になれば出撃して前線に出られるんだろ?」

「それはそうだが…ええと、君は軽巡だよな?」

「オレの名は天龍! フフフ、怖いか?」

「え? あー、そのだな…」

「オレの装備が気になるか? 世界水準軽く超えてるからなァ!」

ちろりと天龍の艤装に目をやった提督は彼女のセリフに苦笑した。
お世辞にも世界水準とはいえない、ボロボロの12.7cm連装砲である。
 



10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/19(土) 12:17:42.97ID:hez1iRKyo

「夕立も秘書艦になってパーティしたいっぽい!」

「君は駆逐艦か。あぁ夕立か。…パーティ?」

「そう! 敵艦を沈める楽しいパーティ!」

「あぁ戦闘ってことね…。君は?」

「はじめまして、龍田だよ。天龍ちゃんがご迷惑かけてないかなぁ~?」

「うん。まぁ大丈夫だが…。秘書艦になりたいというわけではないのか」

「私は天龍ちゃんの付き添いだよ~」

「そうか。じゃあ天龍と夕立。それから羽黒。なぜ秘書艦が羽黒なのか説明するぞ」

提督はぴろりと所属艦娘リストを示した。

「この鎮守府には駆逐艦が多く、空母はゼロだ。資材は少なく、戦艦を多用することは現実的でない。
 資材を得るためには遠征に出ざるを得ず、軽巡にはその旗艦を務めてもらう。
 となると駆逐艦を指揮するには重巡が最適で、ここには重巡が羽黒しかいない。
 以上から、羽黒が第一艦隊旗艦つまり秘書艦ということになる」

これを聞いて天龍と夕立がなにか言おうとしたので、

「君ら二人が前線に出たがっていることはわかった。検討しておく」

と先回りして、そして龍田を含めた三人を帰した。
 



11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/19(土) 12:30:48.50ID:hez1iRKyo

「さて、と」

残った羽黒はびくりとした。

「楽にしてくれ。ああ座ってくれていい」

申し訳なさそうにソファに腰を下ろす羽黒。
提督は紙煙草に火をつけた。

「君を秘書艦にした理由はさっき説明したとおりだ。
 それで、早速なんだが一週間後、第一艦隊には出撃してもらいたい」

「し、出撃ですか?」

「ああ。資材不足を解消するには長期的には出撃して戦果を出すのが最良の手だ。
 同時に遠征によって短期的に資材を確保し、出撃を可能にさせる」

言いながら提督はポケットからくしゃくしゃの紙を取り出した。

「第一艦隊はこんなふうに編成してみたんだがどうだろう」

走り書きのメモを見て、羽黒はあたふたした。

「ん? あァすまない字が汚すぎたな」

「い、いえ、その、…ごめんなさい」
 



12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/19(土) 12:39:38.94ID:hez1iRKyo

「旗艦に羽黒、それから軽巡が天龍、大井、駆逐艦が――」

「大井さん、ですか…」

「? ああ。重雷装巡洋艦の火力は抜群だからな」

「司令官さん、大井さんには会われましたか?」

「…昨日、入渠中の山城以外の全員とは顔を合わせたはずだが」

「あの時、大井さんはいなかったと思います…」

「そうなのか? どこにいたんだ」

羽黒はしばらく答えなかった。
提督も黙って煙をふかして、彼女が口を開くのを待った。
非常にいいにくそうにしながら、羽黒はぽつりと答えた。

「……営倉、です」
 



22:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/27(日) 14:46:21.41ID:VnALXFido

5.

「あら。羽黒さん。北上さん知りません?」

営倉へ赴いた提督と羽黒に、大井は前置きなく尋ねた。

「あ、あの、大井さん。こちら、新しく着任された司令官さんです」

「こんにちはー。軽巡洋艦、大井です。どうぞ、よろしくお願い致しますね」

「ああ、よろしく頼む」

檻の向こうにいることを除けば、にこりと挨拶する彼女には何の異常も見られない。

「それで、北上さんがどこに行ったか知りませんか?」

しかし。

「お…大井さん。あの…、北上さんは…、もう、いないんです」

「――あ?」

大井の表情から感情が抜け落ちる。
 



23:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/27(日) 15:00:33.48ID:VnALXFido

「北上さんは――轟沈したんです…!」

羽黒がそう言うと、大井は態度を豹変させた。
ガァンと檻に掴みかかる。

「そんなわけないだろうがッ! 北上さんが沈むわけない! 私がいる限り!」

目を見開き、髪を振り乱して大井は叫んだ。

「お前らが北上さんを奪った! お前らが! 奪ったんだッ!」

口角泡を飛ばして詰る大井に羽黒は「ひィ!」と悲鳴を洩らして後じさった。
提督も息を呑んでいる。

「北上さんを返せ! 返せ! 返せェーッ!」

さきほどまでのにこやかな仮面をかなぐり捨てて、血走った目をした大井は絶叫した。

「いつも…こうなのか」

「は、はい。北上さんが轟沈してしまってから…。営倉に入れるしかなかったんです」

「そうか…」
 



24:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/27(日) 15:10:14.69ID:VnALXFido

ぼろぼろになった指で檻を掴み、めちゃくちゃなことを喚いていた大井は前触れなくおとなしくなって、

「うふふ…北上さん、今日も綺麗な足ね…」

ぶつぶつ呟きながら営倉内の汚い壁を撫でだした。
その両目は、提督と羽黒には見えないものを見ていた。確かに見ていた。

「ええ、そう…そうね。うふふ…もう、北上さんったら…」

虚空と会話する大井を置いて、二人は逃げるように階段を登ったのだった。
 



25:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/27(日) 15:21:58.55ID:VnALXFido

6.

「あれは…大井の扱いはどうなってるんだ。傷病者は除隊させられるんじゃないのか」

提督室の窓から青空を見上げながら、提督は煙草の煙を吐いた。
羽黒はソファに座り込んで脱力している。

「北上さんが轟沈してしまって、当時の司令官さんは異動になりました。解任になったのかもしれません。
 大井さんの様子がおかしくなったのは、その後でした」

駆逐艦の少女らがたわむれている声が聞こえてくる。

「次の司令官さんは見て見ぬふりをされました。その次の司令官さんは拘置観察として営倉入りを命じられました。
 それから、どの司令官さんも大井さんを放置したんです」

しばらく、どちらも口を開かなかった。

「………。だから、大井を艦隊に入れられない、というわけか」

「そう、です…」

なるほどな、と深く頷いて提督はまた考え込んだ。
 



26:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/27(日) 15:28:06.56 ID:zGIjKchDO

oh…



27:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/27(日) 15:33:35.53ID:VnALXFido

そのとき、提督室の電信管が警報を鳴らした。

『敵艦隊の接近を感知! 敵艦隊の接近を感知!』

びくりと弾かれたように立ち上がる羽黒と対照的に提督は姿勢を変えずに苦った。

「まだ編成も済んでねぇってのに…!」

「あ、あの、それは…」

「?」

「編成は、必要ないと思います…」

「どういう――」

どういう意味か、と提督が尋ねようとすると、窓から聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「駆逐艦夕立、出撃よ!」

「うっしゃぁっ! 出撃するぜ!」

提督が窓から身を乗り出して見たのは、統率されずに海上を進む艦娘らであった。
 



28:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/27(日) 15:39:36.02ID:VnALXFido

「夕立と天龍…龍田もか」

「あとは霞ちゃん、綾波ちゃん、潮ちゃんですね…」

「あいつら、命令もなしに出撃しやがって!」

「ご、ごめんなさいっ!」

「あ、いや、羽黒が悪いんじゃない」

「すみません、ここは司令官さんが指揮を取らないことのほうが多いんです。
 そのため艦娘は各自で出撃・戦闘します」

「なんだそれは。そんなことが許されるのか?」

「この鎮守府に着任された司令官さんはほとんど出撃させません。ですから戦闘は今みたいにはぐれ艦隊を迎撃するくらいです。
 そのくらいの相手なら、簡単に倒せますから…」
 



29:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/27(日) 16:21:30.77ID:VnALXFido

7.

「っぽい!」

イ級Aに突っ込んでいく夕立。
身を低くして海面を滑りながら夕立は12cm単装砲で砲撃する。
その砲撃を面舵で回避しながら反撃しようとした深海棲艦を、

「おらァッ!」

肉薄した天龍の刀がすれ違いざまに両断した。
爆発するイ級Aの残骸の向こうで霞がイ級Bと、綾波がイ級Cと撃ち合っている。

「霞ちゃんっ!」

潮の声にはっとした霞はしかし背を向けていた綾波に勢い余ってぶつかってしまった。

「きゃあっ!」

弾かれあって体勢を崩す二人を狙ってイ級B、Cが照準を定める。
 



30:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/27(日) 16:40:20.65ID:VnALXFido

「だめぇっ!」

潮の放った砲弾が何とかイ級Bを沈める。
しかしCの砲撃には間に合わなかった。
撃ち出された砲弾は放物線を描いて綾波へ飛来。

「っ!」

着弾。
ばしゃんと音を立てて綾波が海面に転がる。

「綾波! しっかりしやがれ!」

天龍が駆け寄ると、しかし綾波は艤装を損傷しているものの本人にはほとんどダメージはなかった。

「あ…か、霞は、」

綾波は着弾の寸前、霞に押されて直撃を免れたのだ。
しかしそのために霞は右手を大きく火傷してしまっていた。

「平気よ、こんなの…どうってことないわ」
 



31:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/27(日) 16:49:03.20ID:VnALXFido

一方、イ級Cには夕立が喰らいついていた。
先制射撃で小破させた深海棲艦の口腔に12cm単装砲を突っ込む。

【ギァッ!】

「これでど~お?」

夕立の砲撃がイ級の口腔内に充填されたエネルギーを誘爆させた。

「あははっ!」

本当に楽しそうに笑って夕立が離脱。
口から煙を吐きながら大破したイ級が逃げていこうとする。

しかしその眼前には悠然と龍田が立っていて、

「うふ♪」

イ級の天頂からまっすぐ刃を貫き入れて絶命させた。
 



32:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/07/27(日) 16:54:42.39ID:VnALXFido

8.

戦闘が終わり、三々五々帰投してくる艦娘らを提督と羽黒は迎えた。

「ご苦労だった」

提督はざっと被害状況を見て、

「霞。すぐに入渠すること」

「あたしィ? 綾波が先でしょうが!」

「命令だ。早くしろ」

苛立ちを隠そうともせずに霞は舌打ちした。

「タイミングおかしいったら!」

吐き捨てて霞がドックへと去っていく。
慌てたように、ぺこりと一礼して潮がそれを追った。

「あー、綾波は霞の次に入渠するように。他は? 夕立は平気か」

「だいじょぶっぽい!」

「そうか。なら良い。解散してくれ」

提督は踵を返した。

羽黒はなんともいえない居心地の悪さを感じた。
それは、これまで整然とした指揮系統下にいた提督と、奔放に動き回るこの鎮守府の艦娘らとのギャップのせいに違いなかった。
 



37:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/03(日) 15:21:59.28ID:nvzdcEB/o

9.

夕食ののち、提督が提督室にこもって資料をざらざらと読んでいると、ひとり敷波がやってきた。

「どうした」

いつもぶすっとしているような彼女ではあるが、今はその表情の下に別の熱のような感情が渦巻いているように見えた。
敷波は黙っているが、それはなんといっていいか言葉を探しているらしかった。

「まあ座るといい。なにか飲むか?」

「あのさ」

提督が立ち上がってヤカンを火にかけると、敷波はようやく口を開いた。

「うん」

「なんで綾波を後回しにしたのさ」

「………」
 



38:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/03(日) 15:26:23.19ID:nvzdcEB/o

紅茶の葉をティーポットに入れ、カップをお湯であたためて、ポットにもお湯を注ぐ。
その間、提督は答えなかった。

「綾波のほうがひどいケガだったでしょ!」

「そうだ」

日本国海軍で採用されているpVdc(汎艦娘損害判定基準)でいうと、霞は小破、綾波は中破であった。

「だから霞を先に入渠させたんだ」

「どういう……」

「この鎮守府には艦娘が少ないからだよ」

紅茶を二つのカップに注いでテーブルに置き、提督はソファに腰掛けた。

「綾波も霞も万全じゃないわけで、次の戦闘には出しがたい。
 しかしこの鎮守府には艦娘が少なく、出撃できない者が多くなると戦闘そのものに差し支えることになる」

敷波も提督の対面にすとんと座った。
 



39:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/03(日) 15:32:24.79ID:nvzdcEB/o

「それって、戦える子を減らしたくない、ってこと?」

「正確には出撃できる人員が減っている状態の時間を出来る限り少なくしたい、だが」

「だから…、修復にかかる時間が短い霞を優先した」

「そうだ」

「ふうん…」

理屈はわかっても気持ちは簡単に割り切れない。そんな顔をしていた。

「納得しろとは言わない。俺ができるのは判断の理由を示すだけだ。
 霞を優先したのはただ戦略的な点からだけであって、それ以外じゃない」

提督はそう言って、紅茶を飲み干した。

「……提督は冷たいね」

「…そうか」
 



40:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/03(日) 15:39:43.46ID:nvzdcEB/o

「うん……、わかった」

紅茶をかき混ぜる敷波。
ふ、と息を吐いて提督は立ち上がった。

「それはよかった。じゃあそれを飲んだらもう寝なさい」

「はーい」

提督は執務机に戻り、ばさばさと資料を取り上げてまた目を通しだした。
その様子を横目で見ていた敷波は、

「ねえ、司令官」

と、ぽつりと呟いた。目だけを少女に向ける提督。
敷波は紅茶の水面を見つめている。

「綾波はすごいんだよ。戦闘にも怖がらないで出るし、出たらちゃんと敵を沈めるし…。
 今日は失敗しちゃったけど、ほんとにすごいんだよ」

「………」

「あたしとは違う…あたしは……」
 



41:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/03(日) 15:54:34.97ID:nvzdcEB/o

10.

「羽黒ー」

艦娘が朝食を摂っている食堂の入口で提督が秘書艦を呼んだ。

「おはようございます、司令官」

「また来たの?」

綾波と敷波にひらひらと手を振る提督のもとに慌てて羽黒が駆けつける。

「おっおはようございます!」

「うん、おはよう。朝から悪いが、一○○○に艦娘を集めてくれるか? メンバーと場所はこっちにメモしてある」

「は、はい。出撃ですか?」

「いや、出撃は6日後だ。出撃のための訓練だよ」

「訓練…」

「ああ。内容はそのときに話す。じゃあ頼むな」

「はい!」

トーストをかじりながら提督が去っていくと、羽黒の周りに艦娘らがわいわいと寄り集まった。

「なになに? 出撃の指示っぽい?」「えぇっ、出撃ですか…!?」
「やっと出撃な訳?」「ついにオレの出番が来たか!」

「あ、あの…ちが……ご、ごめんなさいぃぃ!」

メモをのぞきこんで勝手に騒ぎ出す同僚らに対して何も言い出せず、羽黒は泣きたくなるのであった。
 



42:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/03(日) 16:05:49.17ID:nvzdcEB/o

11.

一○○○。演習場。
ここは湾の内部であるが、ほとんど整備されていない。
提督が以前勤めていた鎮守府では広大なプールを建設して演習場にしていたが、ここのそれは自然そのものだ。

「はー、良い天気だ」

紙煙草をふかしながら提督が演習場の波止場に歩いてくると、

「敷波も早くおいでよー」

「どうせまた上がらないといけないでしょ」

水面に立つ綾波と堤防に腰掛けて足をぷらぷらさせる敷波、

「水上では当然バランスが大事になるわ」

「う、うん」

少し離れた水上でしっかりと立つ霞とふらふらしている潮、

「オレの装備が火を噴くぜぇ!」

「天龍ちゃん、カッコイイわよ~」

陸で砲塔を振り回す天龍とそのそばで微笑む龍田、

「早く戦いたいっぽい~!」

「ちょっと夕立! 水しぶきかけないでよ!」

水上を走り回る夕立ときゃんきゃん怒る曙が見えてきて、

「あ…司令官さん、その、ご、ごめんなさい!」

そして羽黒が頭を下げた。
 



43:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/03(日) 16:17:17.63ID:nvzdcEB/o

「ん? なにか問題があったか」

「いえ、その…みんな出撃だと思っちゃったみたいで…」

「ふうん? まあいいよ。あれ? 比叡は?」

「え? あっ、どうして?」

「いないな。呼び出すからちょっとみんなを集めておいてくれるか」

ばたばたと羽黒がみんなを集めて整列させていると、

「金剛型戦艦・比叡! ただ今参上しました!」

比叡が全力疾走してきてその列に並んだ。

「比叡…寝てただろ」

提督が呆れたように指摘すると、

「えっ!? 寝てません! 寝てませんってばぁーっ!」

「寝癖ついてんのよこの昼行灯」

「ひえぇーっ!」
 



44:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/03(日) 16:25:50.12ID:nvzdcEB/o

「さて、じゃあ説明するぞ」

二列に並んだ艦娘らに向けて、提督は話し始める。

「まず、今日は出撃じゃないからな」

一部の艦娘らのブーイングを無視する提督。

「ただし、出撃のための訓練ではある。
 えー、羽黒。それから天龍、夕立、霞、綾波」

「はい!」「おう!」「ぽい!」

それぞれ返事しながら呼ばれた艦娘が前に出る。

「君らを第一艦隊とする。
 今日は残る者が敵艦隊の役割をとって、第一艦隊の戦闘教義の確認と機動の練習を行う。
 比叡、敵艦隊を指揮してくれ」

「わかりました!」

「手加減はしなくていいからな。さぁ位置についてくれ。
 第一艦隊はこっちへ」

「「「はい!」」」

比叡率いる艦隊が水面に降り立ち、沖合いへと滑り出す。
それを確認してから提督は振り返り、

「さて。君らの作戦はこうだ―――」

イタズラを考える子供のように笑った。
 



52:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/06(水) 22:51:23.78ID:qofB5wkyo

12.

海上。単横陣。

「一○三○。定刻です」

右端につめる綾波が時刻を報告。
それに応じて羽黒が右手を挙げる。

「演習を開始します! 敵は戦艦1隻、軽巡1隻、駆逐艦3隻!
 戦艦の長距離砲撃に注意してください!」

「了解!」

「微速前進、はじめ!」

羽黒の号令で艦隊が水面を滑り出す。

「わくわくしてきたっぽい!」

「夕立! 前に出すぎよ」

それぞれの距離は150メートル。
艦娘の戦闘では、一度にまとめて攻撃を受けないよう散開して作戦行動をとるのが常識である。
 



53:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/06(水) 22:57:20.46ID:qofB5wkyo

「いつでもかかってこい!」

羽黒の横で天龍が吼えた。

左端で羽黒は不安を感じていた。
提督には"作戦"を授けられてはいたが、しかし相手には戦艦がいるのだ。
軽巡と駆逐艦の構成は同じ。
つまり彼我の違いは重巡と戦艦、すなわち羽黒と比叡なのだ。

相手に勝つには羽黒が比叡に勝たねばならないということになる。
しかし提督の作戦は羽黒が比叡に勝つための方策ではない。
果たして本当に勝てるのか――

「! 来たっぽい!」

「敵艦隊を発見! 目視でも確認しました、単縦陣です!」

夕立と綾波の報告にびくりとする。
心拍数が上昇していく。
 



54:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/06(水) 23:07:52.49ID:qofB5wkyo

『B艦隊、単縦陣でA艦隊に接近。A艦隊の左端を進路にとっています』

一方、陸で観測班の報告を聞いた提督は煙草をくわえたままにやりと笑った。

「予想通りだな」

『そうなのですか?』

「うん、そりゃそうだ。単縦陣は海戦陣形の基本だからな。
 反航戦でも、戦艦の威力なら重巡だって一撃で倒せる見込みはある。
 比較的強度の高い重軽巡を先に撃破して、残りの駆逐艦を片付ける算段だろう。
 単横陣なんて時代遅れな陣形で、戦艦も空母もいない艦隊なら余裕で勝てると思ってるんだろ」

『違うのですか』

「あいつらがやってるのは艦艇が戦う海戦じゃない。どちらかというと戦車が走り回る陸上戦だよ。
 ということは海戦の常識は艦娘戦闘には通用しない」

『艦娘戦闘は陸軍の戦術のほうが向いているということですか?』

「さあね。それをこれから模索していかなくちゃならんのさ」

『なるほど―――A艦隊、B艦隊射程まで60秒!』
 



55:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/06(水) 23:15:57.38ID:qofB5wkyo

「先頭は戦艦! 敵射程まで残り60秒!」

「作戦に変更ありません! 指示通りの行動をお願いします」

「うぅぅ~ガマンできないっぽい~っ!」

戦場の空気に興奮した夕立がぎゅうっと拳を握る。
べろりと舌なめずりする夕立を綾波がたしなめた。

「だめだよ夕立。作戦を守らなきゃ」

「あのクズの言うとおりにしたくない気持ちはわかるわ」

「ちょ、ちょっと霞ってば」

「でも作戦にはきちんと根拠があったわ。あれはマケドニアのファランクスよ」

「Mk.15?」

会話する霞と綾波の間にいた夕立がばッと顔を上げる。
羽黒が悲鳴のように報告。

「敵戦艦、初弾発射!」
 



56:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/06(水) 23:22:23.59ID:qofB5wkyo

「来やがったな!」

刀を提げて天龍が一気に速度を上げる。同時に夕立も飛び出す。
二人に続いて羽黒、霞、綾波も単横陣を維持したまま加速した。
比叡の放った初弾は当然、羽黒らの後方に着弾。

「敵戦艦、次弾射撃用意!」

即座に羽黒らの加速に対応した比叡がその砲塔位置を修正、発射した。
今度は初弾と比べて発射から着弾までの時間が格段に短くなる。

「ッ!」

比叡の代用弾が天龍に命中、ペイントがぶちまけられる。
さすが戦艦というべきか、一撃で大破判定である。

「くそがァッ!」

こちらの射程にも入り、

「砲撃、開始してくださぁーいっ!」

全員が羽黒の号令に従った。
敵艦隊からも砲撃が始まり、特に羽黒と天龍にダメージが集中する。

一方こちらの狙いはすべて戦艦。
しかし戦艦の装甲は硬く、損害判定は小破に留まっている。
 



57:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/06(水) 23:32:25.27ID:qofB5wkyo



『両艦隊、交差します!』

「【機動】、【奇襲】、【集中】――戦いの原則だぞ。やっちまえ」

ぼそりと提督が呟いた。



 



58:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/06(水) 23:38:21.44ID:qofB5wkyo

ついにすぐそこにまで迫った敵艦隊が羽黒の左横を通ろうと進路を微修正する。

「逃がすかよ!」

それに対して天龍と羽黒が比叡に突っ込んだ。

「な、なに!?」

驚いた比叡がそれでも砲塔を二人に向ける。
しかし天龍が下段からすりあげた刀の峰が砲塔を押し上げて照準をずらす。
羽黒も自分の砲塔で比叡のそれを逸らせ、

「撃ちます!」

至近距離での砲撃。

「ひえぇ~っ!」

続いて天龍も攻撃し、比叡を中破に至らしめる。
 



59:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/06(水) 23:43:29.99ID:qofB5wkyo

一方、行き足の止まった龍田と駆逐艦に霞、夕立、綾波が襲い掛かる。

「ちょっ、何さ!?」

困惑の声を上げたのは敷波だけではない。
対応できない敵艦隊は次々と戦闘不能判定を与えられていった。
戦闘不能判定の出た艦娘は戦闘領域から離脱しなければならない。

「みんな!」

後ろを食い破られればそれは比叡にとって挟撃されることを意味する。
天龍を戦闘不能判定にした彼女は、そのため龍田らの援護に回ろうとした。
その隙を見逃す羽黒ではない。
羽黒の砲撃がクリティカルになり、比叡を戦闘不能判定にさせた。

「うっしゃあ!」

「や、やりました!」

同時に霞らが敵駆逐艦を全滅させた。

「ちぇーっ!」「はうぅ~」「くっそー」
 



60:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/06(水) 23:56:39.18ID:qofB5wkyo

『A艦隊、天龍が離脱! 他は健在です』

「うっし。ひとまず、ある程度の効果は上がったか……」

提督が安堵したように煙を吐いた。
しかし。

『――B艦隊・龍田! 健在です!』

観測班の報告に、提督は目を剥いた。
借りた双眼鏡で見たのは、羽黒ら4人に囲まれてなお失われない温度の低い笑顔であった。
 



64:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/11(月) 01:46:56.31ID:t4R87UoAo

「うふふ~。まだ終わりじゃないわよ~?」

龍田が水平に薙刀を構えてうっそりと笑っていた。

「あははッ!」

殺意に中てられて夕立が龍田の背後から飛びかかる。
龍田はひゅんと薙刀を回して柄を夕立に叩き込もうとする。

「っぽい!」

夕立の12cm単装砲がそれを受け止めるが、そのまま吹き飛ばされる。
体の開いた隙を狙った羽黒の砲撃を後退して避けながら、突進してくる霞と綾波に応戦する龍田。

「行きます!」

砲撃しながら肉薄する綾波。

「す、すごい…綾波ちゃん。龍田さんが防戦一方だよ」

「さすが綾波だね」

と敷波。
 



65:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/11(月) 01:51:59.88ID:t4R87UoAo

「そう? 龍田は紙一重で綾波の攻撃を避けてるよ」

曙の言うとおりだった。
綾波が攻めており、龍田はそれを受けるだけで精一杯なように見える。
しかし綾波の攻撃は龍田に一発も当たっていない。
龍田は綾波の隙をうかがっているのだ。

霞は龍田の左右後方から高速で接近して攻撃を仕掛けている。
二人が接近戦を挑んでいるため遠距離砲撃の出来ない羽黒は龍田の進行方向に回り込み続けることでその動きを制限していた。

「やああっ!」

海上を滑りながら綾波が至近距離で砲撃。
綾波と向き合ったまま後退する龍田は砲弾が射出される直前に砲塔の向きから弾道を計算し、わずかな体重変化で回避する。
綾波の装備したもう一方の12cm単装砲も同様に躱されてしまう。

「当たらないわよ~?」

装備の弾薬には限りがあり、このままでは綾波は攻撃不能になる。
そうなれば龍田は攻め放題ということだ。
そう思って焦れば焦るほどますます攻撃は命中しなくなっていくのだ。
 



66:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/11(月) 01:55:10.79ID:t4R87UoAo

「はッ!」

綾波が装填している隙を埋めるのが霞だ。
タイミングを合わせて龍田に突進し攻撃を仕掛けるが、龍田もそれはわかっているのでひらりと避ける。
先ほどからこの繰り返しであった。

しかし、焦った綾波が少し間合いを詰めすぎたときだ。
龍田の薙刀がくるりと綾波の12cm単装砲に絡みついた。

「あっ!?」

綾波は一挙に体勢を崩されてしまう。

「うふふ~♪」

バランスを失ってざぶりと海面に手をつく綾波に、龍田が12.7cm連装砲を照準した。

「くッ!」

霞がなんとか綾波を助けようと駆け寄るが、しかし間に合わない。
 



67:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/11(月) 02:02:41.57ID:t4R87UoAo

どォん…という音が海上を渡っていく。

代用弾の命中した綾波がぽかんとしている。
中途半端な状態で停止した霞も、綾波を戦闘不能判定にした龍田も同様である。
なぜなら龍田もペイントまみれになっていたからだ。

「やったぁ! 命中したっぽい!」

無邪気な声を上げたのは夕立。
彼女が、綾波を狙うために動きを止めた龍田へ放った魚雷が命中したのだ。
呆然としていた羽黒ははっと我に返って、

「演習を終了します! 総員帰投してください!」

指示を出し、みなそれに従った。
 



68:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/11(月) 02:07:55.62ID:t4R87UoAo

「お疲れさん。おー派手にやりあったな」

整列した艦娘らを見て、紙煙草をくわえたまま提督はかっかと笑った。

「とりあえずペイントを落として、それから集会室に集まるように。
 ああそうだ。夕立、君がMVPだ。以上」

そう言って提督はさっさと歩いていってしまうのだった。


-----


「いやーやられました!」

「あっ、比叡さん」

ペイント一色になった比叡がけらけら笑う。
一方羽黒は、ペイントはついているものの、小破判定程度である。

「正直、負けることはないと思っていたんですが、戦術の見事な勝利でしたね!」

「す、すいません」

「なにを謝ることがありますか! これでガンガン深海棲艦に勝てますよ!」

「は、はい、がんばります!」
 



69:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/11(月) 02:24:37.93ID:t4R87UoAo

「提督さ~ん!」

提督にとてとてと夕立が追いついてきた。

「ああ夕立か」

提督の前に回りこんで後ろ歩きしながら顔を覗き込む。

「ねっ、夕立MVPなんでしょ? よくがんばったっぽい?」

「うん。よくやったぞ」

提督がくしゃりとその頭を撫でると、夕立は、

「えへへへ~♪」

すこぶる嬉しそうに笑った。
 



70:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/11(月) 02:47:58.28ID:t4R87UoAo

とてててと先行した夕立がぴょこりと振り返る。

「ねっ提督さん! 夕立、も~っとがんばるから! いっぱい誉めてね!」

当然戦果への評価は厳正に行うつもりだ、
と事務的な答えを返そうとした提督だったが、夕立の笑顔を眩しそうに見つめて、

「……もちろんだ。期待している」

とだけ答えた。
それを聞いて夕立はくすぐったそうに跳びはねて、

「ぽいぽーい!」

駆けていってしまった。

「………」

提督は黙ったまま、紙煙草に火をつけるのだった。
 



71:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/11(月) 03:03:39.89ID:t4R87UoAo

「天龍ちゃん、ステキな格好になったわね~」

「あァ? お前も相当じゃねーか!」

龍田と天龍、それから、

「うーん龍田さん強かったなぁ」

「綾波もがんばったってば」

綾波と敷波が歩いていく後ろで、霞が唇を噛み締めていた。

「あ…か、霞ちゃん、お疲れ様…」

潮が彼女に話しかけるが、応答はない。

「す、すごかったね! 私、びっくりしちゃった」

「潮。もうほっときなって」

「曙ちゃん……」

「ほら、行くよ」

「う、うん…」

曙に手を引かれる潮。
何度も振り返るが、うつむいた霞の顔は見えなかった。
 



74:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/15(金) 02:08:52.87ID:8BkyP2ito

13.

「演習ご苦労。座ってくれ」

ペイントを落とし、集会室に集まった艦娘らがめいめい返事する。
先日の顔合わせの時には片付けられていた長机と椅子が矩形に置かれている。

がたがたと音を立てて艦娘らが着席するのを待って提督はスライドを映写した。
映されているのは模擬戦闘直前の上空写真である。

「今回試したのは別に俺が編み出した戦術でもなんでもない。
 誰かわかるやつはいるか?」

提督が見渡す。

「霞、わかるか?」

「………マケドニアのファランクスでしょ」

「そう。さすがだな。霞の言うとおり、これは紀元前のマケドニア国王フィリッポス2世の創設した戦闘教義だ」
 



75:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/15(金) 02:14:12.25ID:8BkyP2ito

「なんだ、古ーいやつなんだ」

と敷波。

「まあそういうな。これは鉄床戦術と分類される戦術で、1990年の湾岸戦争で多国籍軍が用いた戦術なんかもこれに類する。
 簡単にいうと、重装兵で敵を受け止め、軽装兵が機動して敵を叩くという形になっている」

羽黒が「あ」と小さく声を上げて、すぐにそれを恥じるように頬を染めた。

「今回重装兵の役割を羽黒と天龍、軽装兵を駆逐艦に担ってもらった。
 だから羽黒と天龍は敵の動きを止めるのが仕事だった。よくやってくれた」

「当ったり前だ! この天龍様にかかればヨユーだぜ!」

「あら~? 天龍ちゃん、ペイントまみれになってたじゃない~」

「あァ!?」
 



76:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/15(金) 02:32:21.06ID:8BkyP2ito

提督がスライドを切り替える。

「あ。綾波だ」

敷波の言うとおり、映っているのは近接戦闘する龍田と綾波である。
しかし激しい戦闘中であったためかなりぶれてしまっている。

「鉄床戦術はある程度上手くいったが、それをひっくり返しかけたのが龍田だ。
 もともとファランクスは9000人あるいはそれを4倍にした36000人規模で行う戦術で、
 艦娘戦闘に当てはめるのは無理があったが、龍田のことはそれとは関係ない」

うふふ~、と龍田がぽやぽやと笑った。

「要するに個人の技量の差が大きく出るのが艦娘戦闘の特徴というわけだな。
 今後は鉄床戦術の訓練と、砲雷武術の鍛錬とを並行して行うこととする」

提督が口にした砲雷武術とは、Vmactすなわち艦娘砲雷撃武術の略称である。
艦娘の装備などは艤装を神籬とした艦艇が基になっているわけだが、艦娘自体のサイズは少女そのものであるし、機動も非常に高速だ。
それらを踏まえて実戦的に編み出されたのが砲雷武術である。
 



77:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/15(金) 02:37:42.08ID:8BkyP2ito

「出撃は第一艦隊、遠征は第二艦隊に任せるが、訓練は併合して行うように。
 スケジュールや訓練内容などはまた追って連絡する」

スライドが消され、部屋が明るくなる。

「何か質問は」

あのー、と比叡が手を挙げた。

「私はどうすればいいんでしょうか?」

「うん、比叡はとりあえず訓練の際は手伝ってやってくれ。
 資材がある程度揃えば出撃できるようになるはずだから、訓練を怠らないように」

「はい!」

「じゃあ昼にはちょっと早いが解散とする。腹減ったしな。羽黒は食後、提督室に来てくれ。では以上、解散」
 



78:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/15(金) 02:40:30.47ID:8BkyP2ito

14.

「羽黒です。失礼します」

羽黒が食事を終えてから提督室に入ると、提督はじぃっと卓上の端末を凝視していた。
箸を持ったままである。

「提督さん? なにを……?」

端末ではさきほどの演習の記録映像が再生されている。
相手を足止めする羽黒と天龍、機動する駆逐艦ら、そして龍田の戦闘。

羽黒は演習のことをぼうんやりと思い返した。
勝てるかどうか自信がなかった――だが何はともあれ勝利した。
しかしそれが自分の自信に繋がったかというとそうでもない。
なぜなら、あの勝利は自分の力で得たものではないからだ。
ここにいる提督、その指揮のおかげである。

提督がいきなり羽黒のほうを見た。

「何だ。君、びっくりさせないでくれ」

本当に驚いている。
彼の掴んでいる箸からぽろりと肉団子が皿に落ちた。

「ご、ごめんなさい…。そ、その…、食後、来るように言われたものですから…」
 



79:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/15(金) 02:45:31.33ID:8BkyP2ito

「あ、そうか。すまん。俺が悪かった」

「いえ……あ、あの、演習の動画を見ていたのですか?」

羽黒は気まずくなって話を変えた。
うん、と提督は頷いてまた端末へ顔を戻す。

「どうすれば龍田に勝てたんだろうな、と思ってさ」

羽黒はそれを自分の失敗を責められていると思った。

「す、すいませんっ! わ、私の失敗です……」

「え? いや、待て待て。羽黒は失敗なんてしてないぞ」

「申し訳あり――え?」

「羽黒は失敗してないって。さっきも言っただろ、戦術どおりによくやった、って。
 悪かったとすれば俺の戦術なんだよ」

「そ…そうなんですか…で、でも」

「戦術どおりに動いただけだって? うん。それで十分だ」

「は……え」
 



80:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/15(金) 02:55:39.18ID:8BkyP2ito

「だからさ、戦術どおりに動けるってことが重要なんだ。
 誰だって戦場では恐怖に支配されやすい。パニックを起こして逃げ出すまで行かなくても、極度の緊張や興奮でうまく戦えなくなることなんてしょっちゅうだ」

「それは…そうですね…」

「だからこそ戦場では目標を見失わない冷静さが必要だ。特に指揮する立場にあるものには」

提督は箸で羽黒を指した。

「君は強いプレッシャーのもとでも冷静さを失わずに戦術のとおりに動き、効果を発揮した。十分すぎる働きだよ」

それだけ言うと、彼は再びもぐもぐと昼食に戻った。
羽黒は、まだ自信が持てたわけではなかったが、それでもなんだか前向きになれた気がした。
認められた――あれでよかったのだ。

「恐縮、です…」

「あ、そうだ。うん、用事なんだけどさ、明日の一○○○に遠征に出てもらおうと思う。メンバーはこれ」

山積みの資料の中から引っ張り出されたメモを見る羽黒。

「ちょっと気をつけて書いたから読めると思うけど……」

「あ、は、はい、だいじょうぶです。内容は…長距離練習航海、ですね」

「そうだ。とりあえず様子見だな。あー、訓練に関してはもうちょっと待ってくれ。今日の夕食までには考えるから」

「わかりました。じゃあ、えと、遠征お願いしてきますね」

「ああ頼む」
 



81:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/15(金) 03:06:41.91ID:8BkyP2ito

15.

白色に統一された病室。
そこにあるベッドの一つだけが使われている。
山城である。

「ねえ山城。あたしったらまたやっちゃったの」

そのベッドの脇の小さな丸イスに一人の少女が座っていた。

「今日ね、午前中に演習があったんだ。昨日来た提督がね、戦術訓練のためにさ」

山城は何も言わない。彼女は眠り続けているのだ。

「その後、霞が落ち込んでたんだけど、あたしは何も言えなかったんだ。
 ちょっとでも慰めてあげればよかったのに」

風がゆるりと白のカーテンを揺らす。
鎮守府のはずれに位置するここはとても静かである。

「………」

少女の結ばれた長い髪も風にふわりと揺らめいた。
山城は長らく目を覚ましていない。
資材がなければ彼女と話すことすらできないのだ。
 



82:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/15(金) 03:08:33.34ID:8BkyP2ito

少女が小さくため息をつき、

「どうしたら素直になれるんだろ…」

と、こぼしたとき、病室の扉がノックされ、

「失礼する。おや? 曙じゃないか」

「ちょっ…いきなり入ってこないでよクソ提督!」

ガタッとイスを鳴らして曙が立ち上がった。
提督は入室して丁寧に扉を閉める。

「ノックしただろう。曙も見舞いか? 初めて来たから迷ってしまった」

提督は脱帽して、昏睡する山城を見下ろした。

「挨拶が遅くなってすまない、山城」

返事はない。

「資材を集めて、かならず君の目を覚ましてみせる。もうしばらく、待っていてくれ」

宣誓するような提督を、曙は黙って見つめていた。
制帽を被り直しながら提督は腰を下ろした。曙も座り直す。

「ここ、煙草吸っちゃだめだよな」

「ダメに決まってるでしょこのクソ提督!」

「だよな。しかし曙も少し静かにしたほうがいいんじゃないか?」

「わ、わかってるわよ」
 



83:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/15(金) 03:14:10.09ID:8BkyP2ito

「記録を読んだよ。山城が大破したのはかなり前で、最初こそ修復のための資材が投入されていたが、
 提督が変更されるとそれも打ち切られ、放置されていたらしいな」

「ひどい話よ」

「そうだな。傷つき犠牲になるのはいつだって兵士だ」

煙草のない提督は代わりに深くため息をついた。

「俺はそれが厭なんだ。
 しかし対深海棲艦に艦娘以外の有効手段は現在見つかっていない。だから君たち艦娘を、幼い女の子を戦場に送らねばならない」

「なに? 懺悔なら教会に行きなさいよクソ提督」

「まったくだな。でも、俺はそれが厭なせいでこの鎮守府に異動になったのさ」

「え……」

「艦娘の安否より戦果を優先する上層部に反抗したんだよ」

提督はカーテンの向こうの窓から静かな景色を見つめた。

「……じゃあ、」

と曙が山城の顔を見つめたまま口を開いた。

「――あたしと一緒ね」

「そう、だな」

曙の異動事由は、命令無視、独断専行および反抗的態度。そう記録には記載されていた。
 



84:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/15(金) 03:17:55.14ID:8BkyP2ito

「ここが"ゴミ箱"って呼ばれてるの、知ってるでしょ」

「ああ。敷波も言っていたし、……中央でも耳にした」

「言うことを聞かない艦娘を追いやる"ゴミ箱"で、クソみたいな提督の"おしおき部屋"なの。
 だからまともな奴なんか来ないし、資材補給も少ないし、提督はコロコロ変わる」

「……ああ。わかっている」

「あんたもどうせすぐにいなくなっちゃうんでしょ」

「どうかな。異動命令が出れば従うほかないが」

「あんたはただのクソ提督じゃないみたいだけど、」

「どうだろうか」

「ふん。期待なんてしてないから、せいぜいキリキリ働きなさいよね! このクソ提督!」

吐き捨てて、曙は病室を出て行った。
提督はあごを掻いて、

「……今のは、曙なりの激励だと思っていいのかな。なあ山城。どう思う」

小さく息を吐いた。

「俺のしていることは正しいんだろうか。けっきょく俺も、同じじゃないのか――」

見上げた天井は真っ白で、どこにも答えなどなかった。
 



89:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/24(日) 12:20:00.32ID:Hhmch+I9o

16.

「………」

霞がひとりいつもの場所に向かうと、先客がいた。

「あ、霞ちゃんっ」

いつもの訓練の相手・潮と、

「わあ~ほんとにまだやってたんだ~」

龍田であった。

「……なに? ばかにしに来たの?」

不機嫌さをあらわにする霞。

「艦娘たるもの訓練をおろそかにしちゃいけないなんて言ってたやつが、勝てなかったから笑いに来たんでしょ!?」

「か、霞ちゃん、ち、ちが――」

「あはっ♪ ほんとに子供ね~。拗ねちゃったかしら~」

「ッ!」

鉄を切り裂けそうな目つきで霞が龍田を睨む。
しかし彼女はどこ吹く風でぽやぽやと笑った。
 



90:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/24(日) 12:24:59.04ID:Hhmch+I9o

「うふふ~♪ なんならリベンジ、してみる~?」

「この……ナメんじゃないわよッ!」

霞が怒りのままに飛びかかる。
それをひらりと躱す龍田。
振り返って再び伸ばされた霞の手を取ってふわりと動き、

「な――ぁっ!?」

龍田が霞を倒して片腕を背中に回して押さえつけた。

「ほらね~? 逆上した相手って、動きも読みやすいし対処がラクでしょ~?」

「くっ! 退きなさい!」

「あ…あの、か、霞ちゃんが苦しそうで…」

潮が泣き出しそうにすると龍田はぱっと立ち上がった。

「ごほっ、けほ」

霞も立ち上がって服の土を払う。
 



91:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/24(日) 12:38:39.62ID:Hhmch+I9o

「霞ちゃん、だ、だいじょうぶ?」

「……へいきよ」

「ごめんね~? 潮ちゃんに、戦い方を教えようと思って~」

「な、んですって?」

「あ、あの、ごめんね、霞ちゃん、その、…」

潮が語ったところによると、演習での龍田の活躍を鑑みて、彼女に訓練を見てもらうのが良いのではないかと潮は考えたらしいのだ。
それで昼食後、頼んでみた、という。

「……そう、いいんじゃない」

話を聞いて、霞はそっけなくそう言った。
そしてそのまま踵を返してしまう。
 



92:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/24(日) 12:41:31.04ID:Hhmch+I9o

「あ――か、かすみちゃ…」

「よォ待たせたなァー! お? なんだ、帰んのか」

歩いてきた天龍が肩を掴もうとしたその手をはたいて、霞は去っていってしまった。

「なんだァあいつ。さっきは良い動きしてたッて誉めてやろうと思ったってのに」

「ご、ごめんなさい、私、霞ちゃんに謝ってきます」

霞を追おうとする潮の手を龍田が掴んだ。

「今はちょっと、やめたほうがいいかも~」

「え? あ、あの」

「まッ、いいじゃねえか! オレも暴れ足りないし、ちょっと付き合ってやるよ!」

「ええぇ~!?」
 



93:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/24(日) 12:50:03.45ID:Hhmch+I9o

17.

「ぽいぽいぽ~い♪」

夕立が鼻唄を歌いながら廊下を歩いていると、霞が向こうから歩いてきた。
うつむいて、早足である。

「霞っぽい? どこいくの?」

声をかけると、ちらりとこちらを見たが、何も言わずにそのまますれ違った。

「?」

怪訝に思いながら夕立が階段を下りていくと提督が登ってきた。

「あ、提督さん!」

「ああ夕立。あのさ、比叡見てないか? 探してるんだが」

「ううん、わかんないっぽい? それより、さっき霞の様子がおかしかったんだけど、なにか知ってる?」

「霞? そうか、どっちに行ったかわかるか?」

夕立は軽く説明した。

「うん、ありがとうな。夕立」

提督が階段を登りながら夕立の頭を撫でると、彼女は無邪気に笑った。

「お任せっぽい! 比叡も探しておくねっ!」

「ああ頼む」
 



94:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/24(日) 12:53:39.01ID:Hhmch+I9o

18.

霞は最悪な気分であった。

悔しくて、妬ましくて、情けなくて、
無視して、怒りに我を忘れて、八つ当たりして、

「ほんと…みじめよね……」

そうして逃げ出してきて、部屋にも戻れず、艦娘寮のすみっこでこうして膝を抱えているのである。
すると、

「どうした。元気ないな」

ひょいっと提督が顔を見せ、近づいてきた。

「なッ、ど、どうしてアンタが…っ」

急に立ち上がろうとして足がもつれる霞。
提督は窓を開けて紙煙草に火をつけた。

「…ふー。ここ、なかなかいい場所だな。霞はよく来るのか?」

「はァ!? ンなわけないでしょ!」

なんとか立ち上がった霞が立ち去ろうとする。
 



95:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/24(日) 13:00:36.27ID:Hhmch+I9o

「霞」

「な――なによ」

「ちょっと話がある」

窓から外を眺める提督。
霞は腰に片手をあてて眉尻を吊り上げた。

「用があるなら目を見て言いなさいな!」

「断る」

「な……!」

「女の泣き顔を見るのはシュミじゃないんだ」

「泣いてないわよッ!」

「それならいい。それで、話だがな。霞に作戦参謀を頼みたい」
 



96:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/24(日) 13:05:00.89ID:Hhmch+I9o

「参謀……ですって?」

「ああ。いやなに、たいしたことじゃない。戦略戦術なにからなにまでひとりで考えるのはしんどいからな。
 相談相手が欲しくてさ。霞が適任だと思ったんだ。ファランクスも知っていたし。
 頼めるか?」

「………」

「ああそうだ、もちろん手当てをつけるぞ」

「そんなこと気にしてるんじゃないわよ…」

「そうなのか?」

はぁ、とため息をつき、勢いよく隣の窓を開けた。

「わかった、やるわ。その代わり、ガンガン行くわよ!」

すっきりしたような表情の霞。
提督も煙草をくゆらせながら笑うのだった。
 



101:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/03(水) 01:38:31.02ID:ii113QLHo

19.

「……アンタ、それ本気で言ってるの?」

提督室のソファに霞と羽黒、比叡がわかれて座っている。
霞の問いかけに、執務机のイスを動かして三人と水平方向に座す提督は、

「いたって真面目なつもりだが」

「はぁ…比叡は戦艦よ? あんたの提案は…ねえ比叡」

霞が水を向けるが、比叡は握り拳を作って笑った。

「はい! 比叡、気合! 入れて! やります!」

がくっと姿勢を崩す霞。
羽黒は苦笑した。
 



102:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/03(水) 01:40:07.81ID:ii113QLHo

「ほら、比叡はやる気だぞ」

「こいつがやる気になる訳無いでしょ…」

「で、私はなにをすればいいんですか? 司令」

「ほら見なさい! こいつまるでわかってないじゃない!」

「あ、あの、霞ちゃん…」

「なによ!?」

「司令官さん、もう一度説明されるつもりみたいだから…」

「うん。ちょっと試してみたいんだがな、比叡にやってもらいたいことは――」
 



103:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/03(水) 02:24:51.68ID:ii113QLHo

20.

会議を終えて提督は火のついていない煙草をくわえたまま鎮守府のなかを歩いていた。

「………」

夕焼けが窓から見えていたが、階段を降りるとその窓も無くなる。
地下である。

「あら。提督、こんにちは」

「ああ、大井」

営倉の檻の向こうから軽巡・大井がにこやかに挨拶した。
提督は壁際の椅子に腰を下ろして対面する。

「提督、北上さん知りませんか?」

「……悪い。俺はまだ着任したばかりでな」

「そうですかー。それは仕方ないですね」
 



104:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/03(水) 02:26:49.52ID:ii113QLHo

営倉のなかはあまり清潔ではない。
本来、営倉というのは長期拘留するためのものではないのだ。
大井の髪は乱れ服は汚れている。

「大井。その、風呂には入れているのか?」

「ええ。二日か、三日に一度。といっても一日の時間感覚は内蔵端末でしか確認できないのですけど」

「そう、か」

提督が辺りを見回す。
時計も窓もなく、照明はぼんやりとしていて薄暗い。

「現在大井の処遇を再検討中だ。この状況も改善したいと思っている。とりあえずの希望があれば、聞いておくが」

提督は努めて事務的な態度であるよう心がけた。
 



105:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/03(水) 02:28:48.10ID:ii113QLHo

大井はうふふ、と笑った。読めない。

「それじゃあ、鏡と櫛を頂けると嬉しいです」

「ああ、わかった」

提督が手帳に書き留めた。
その手帳に視線を落としたまま、提督はぽつりと聞いた。

「――戦いたいか」

「ええ」

大井は即答する。

「北上さんは深海棲艦に拉致されたんです。あいつらを嬲り殺しにして、うふふ、ばらばらにして海に沈めてやりたい…!」

大井の瞳孔が開いていく。なにを見ているのか。
腹の底が冷えるのを感じながら提督は頷いた。
 



106:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/03(水) 02:31:21.82ID:ii113QLHo

「助けなきゃ、北上さん、北上さんを、ふふ、ねえ、北上さん、すぐに助けますから、あいつらを殺して、殺し、殺して、うふふふ、殺してやる、殺す……」

ぐしゃりと自分の髪をわしづかみにする大井。
その口は半月状に裂けている。
痙攣するように笑いが漏れていた。

提督はぞっとした。
それでも気丈に振る舞おうとして、手帳を見たまま質問を続けた。

「拉致されたというのは本当か?」

「ええもちろん。この目で見ましたから。ああ可哀想な北上さん、無能さえいなければすぐに助けてあげられたのに」

「そうか。どんなふうに拉致されたんだ?」

「北上さんが、あの無能どもに足をひっぱられて、深海棲艦が、あいつらゴミなんです、ゴミですゴミ。でもしかたないんですゴミだから捨ててしまわないと。燃やしてしまうんです。そうしろって決まってるんです」
 



107:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/03(水) 02:35:59.39ID:ii113QLHo

「拉致されたのはどこで?」

「明かり取り窓が必要じゃないですか? 緑色の海がきれいなんです。そうです。いつも後ろから誰かがぼそぼそって話しかけてくることってよくありますよね。顔に花が咲くときれいですよ。雪の下にあるのが時計らしいですが、私は見たことがありませんね」

「決まっているというのは、誰が決めたんだ?」

「………」

「大井?」

「北上さん知りません?」

「いや……」

その後、しばらく問答を続けたが、こちらの問いにまともに答えることはなく、提督は営倉を出た。
提督室に戻ってソファにどさっと座り込むと、

「あー…キツい」

すっかり煙草を吸うことも忘れていたことに気付いて、ゆっくりと煙で肺を満たしたのだった。
 



114:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/05(金) 00:05:08.72ID:F8ShGg5jo

21.

提督は艦娘用の食堂にまた赴いて羽黒に訓練のメニューメモを渡し、部屋に戻って食事を終えていた。
資料室から借りてきた数冊の本をめくりながら時折がりがりと書き付けている。
そんなとき、

「こんばんは~。龍田だよ~?」

軽巡・龍田がノックしてドアを開けた。
提督は天龍が一緒ではないかと思ったが、ひとりのようだった。

「今日は演習ご苦労。どうした?」

「あのね~、羽黒ちゃんから遠征について聞いたんだけど~」

龍田は遠征担当の第二艦隊旗艦である。

「ああ。明日は頼む」

「え~と、私、行かなくちゃだめかなぁ?」
 



115:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/05(金) 00:09:28.05ID:F8ShGg5jo

「どういう意味だ? 第二艦隊は龍田、曙、潮、敷波で、駆逐艦はともかく、軽巡は他にいないからな」

「う~ん、そのね~? 天龍ちゃんを一人残していくのが心配かな~って…」

「なんだ。天龍はだいじょうぶだろ」

苦笑しながら手元の本に目を戻す。
龍田はそれでも頬に片手をあてて眉根を下げるだけで退室しようとはしない。

「? 第一艦隊の出撃はまだ先だし、遠征はそんなにかからないだろう。そんなに心配することはない」

「そうだといいんだけど~…」

歯切れの悪い龍田。
提督は仕方なく本を畳んで、紅茶を淹れることにした。
本の書名は『心の病入門』。

「まあ座りたまえ。紅茶しかないが」

ティーカップをテーブルに置いて提督がソファに座ると龍田も向かい合って座った。

「天龍のなにが心配なんだ? 出撃しなければ危険もあるまい」



116:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/05(金) 00:12:17.09ID:F8ShGg5jo

「……提督は、天龍ちゃんを見てて安心だと思う~?」

「血の気の多いやつだと思うが。そういう点では危なかっしいかな」

「それだけだったら、いいんだけど~」

「天龍になにか問題が?」

「う~ん……。私の杞憂かもしれないし~。提督が問題にしていないなら、いいのかな~?」

「いや、なんのことかよくわからない。すまん。教えてくれるか」

龍田はしかしするりと立ち上がった。

「ううん、いいの~。私がしっかりしていればいい話だし~」

「いいのか?」

「うん。ごちそうさま~提督、明日の遠征がんばるね~」

ドアを開いて龍田が頭を下げる。

「ああ頼んだ。おやすみ、龍田」

一人になった提督はしばし考え込んでいたが、ぐいっと紅茶を飲み干し、

「明日までにはある程度まとめておかないと……」

再び書物に没頭したのだった。



117:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/05(金) 00:15:28.80ID:F8ShGg5jo

22.

艦娘寮。
消灯前に、霞の部屋を潮が訪れていた。

「何の用?」

二人ともパジャマ姿で、潮は自分のまくらを抱いてもじもじしている。
本来、艦娘寮は二人部屋なのだが、この鎮守府は人数が少ないため、ひとりで一室を使っている。

「あ、あのね、か、霞ちゃん」

「何よ」

椅子に着席したままの霞は、優しく声をかけられない自分に腹が立った。
潮には謝らないといけないと思っているのに、そうできない自分が情けなかった。

「き、今日は、一緒に寝たいなー、な、なんて…」

彼女らしからぬ潮の物言いに霞は思わず噴き出してしまった。
自分が悩んでいたのが莫迦らしくなる。

「霞ちゃあん! わ、笑わないでよぉ…」

「う、うるさいわね……わかった、わかったわ」

それから歯磨きなどを済ませて二人はひとつのふとんにもぐりこんだ。



118:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/05(金) 00:17:58.40ID:F8ShGg5jo

消灯。

「えへへ、狭いね」

「当然でしょ」

「こっち、もうちょっと余裕あるよ?」

「そう」

もぞもぞと位置を調整するふたり。
顔を見合わせると、目が慣れてきて、意外に近くに見えたので、霞はすぐに上を向いた。
二段ベッド上段の底面がうっすらと見える。
潮はくすくすと笑った。

「なによ、もう」

「ううん、なんだか嬉しいなって」

「………」


二人はしばらく口を開かなかった。
どういうふうに切り出して謝ればいいのか、霞にはわからなかった。
自分の気持ちを整理して説明すればいいのか、しかしそれはなにか言い訳めいていないか。

ではただ一言「ごめん」と言えば良いのか。
それはずいぶんと勇気がいるような、踏ん切りをつけるハードルが高いように感じた。



119:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/05(金) 00:24:25.96ID:F8ShGg5jo

「霞ちゃん」

「ん」

「ごめんね」

「は――あ、んたが、謝ることなんて、ないでしょ」

「ううん。霞ちゃんのキモチ、もっと考えなきゃだった」

そうじゃない。
潮は悪くない。
悪かったのは――

「潮」

「えっ?」

「あたしが悪かったわ」
 



120:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/05(金) 00:27:21.08ID:F8ShGg5jo

「霞ちゃん…」

「悪いのはあたしよ。ちょっと上手くいかなかったからって落ち込んで、ひきずって、八つ当たりした。ごめんなさい。潮」

なんて――簡単に言葉が出てくるんだろう。
あんなに怖くて、あんなに難しかったことが、こんなに容易い、こんなに嬉しい。

「ごめんね、潮。許してくれる?」

隣の潮を向くと、彼女はぼろぼろと涙を零していた。

「ばか、なんであんたが泣いてんのよ」

「ぐすっ、だ、だってぇ…わ、私、か、霞ちゃんに、ひっく、き、嫌われちゃったと思って……!」

「――! 嫌わないわ。嫌うわけない。あたしたち、友達でしょ」

「うええええん霞ちゃあああああん! ふわあああああん!」

潮がこんな大きな声を聞いたのは初めてだった。
こんなに嬉しい気持ちになるのも初めてだった。

微笑む霞の目尻から、涙が一筋、流れた。
鎮守府の夜は、更けていく。
 



121:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/05(金) 00:35:24.25ID:F8ShGg5jo

23.

翌朝、遠征に出発した第二艦隊を見送った提督は、

「あ。遠征に出したら演習できないな…」

間が抜けたことを呟いた。
すぐに羽黒を探して、

「すまん、昨日みたいな演習はできない。比叡も借りていくし」

と言うと、羽黒は目を丸くして、

「あ…はい、いえ、あの、当然わかっておられたのかと…」

と言われて提督は情けなさをごまかすために眉間を掻いた。
咳払いする。

「それじゃあ、今日の訓練はゲームにしよう!」

むやみに明るい声を出してみたが、羽黒は困ったように微笑むだけでどう返事したらいいかもわからないようだった。

「……すまない。
 あー…、そのだな、羽黒・天龍の重装兵組が、すり抜けようとする夕立・霞・綾波の軽装兵組を食い止めようとするんだ。
 それで、制限時間以内にすり抜けられたら軽装兵組の勝ち。抑え切ったら重装兵組の勝ち」
 



122:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/05(金) 00:38:24.19ID:F8ShGg5jo

「鉄床戦術の練習、ですね?」

「そうそう! 制限時間は最初10分とかにして、徐々に増やしていく。5分単位がいいかな。最大で30分。どうだ?」

羽黒は少し楽しみに感じたようで、

「はい! ではすぐに皆を集めてやってみます!」

「うん。昼になったら終わりでいいよ。俺らも帰ってくるし」

「司令官さんは比叡さんとどこへ?」

「ふっふっふ、秘密だ」

「え……あの、秘書艦として提督の居場所を知らないというのは、あっ、ご、ごめんなさいっ!」

「え? あ、いや、羽黒を信用してないとかじゃないから! 違うぞ!」

「い、いえ、あの、気にしてませんから…っ」

「向こうの断崖だっ! 昨日話した比叡の試験的運用だ!」

「は、はい! わかりました!」

「よし! 比叡、いくぞ! 比叡? 比叡はどこだ!?」

比叡は二度寝していた。
 



129:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/16(火) 11:53:50.69ID:ucMUHpRfo



24.

「アタシを沈めてよ」

真っ白な世界で、彼女はそう言った。
その砲塔はこちらに向けられている。魚雷も、撃たれれば回避するまもなく撃沈される。

「ど、…どうして……」

自分の声が震えている。
手も、足も、がくがくと震えていた。

「早くしなって」

「どうして!? 北上さん!」

精一杯声を張り上げる。
そうしないと、彼女には声が届かないかのように。

だって話が通じていないみたいだ。
北上は自分を撃てと言っているのだ。
味方であるはずの自分を。

いやだ。
どうして。
どうしてこんなことに。
 



130:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/16(火) 11:55:49.82ID:ucMUHpRfo

「その単装砲でさっさとやっちゃってよ~」

震える掌を見やる。
嘘みたいな真っ赤な血で汚れている。

撃たなければいけないのか。
仲間を。味方を。沈めなければいけないのか。
そんなことを、自分ができるのか。

「で、できない……っ!」

「早くしないと撃っちゃうよー? 殺されたくないなら殺さないと」

殺される?
自分も撃たれる?
死ぬ?

――い。や。だ。

ガチガチ震える歯を食いしばって、単装砲を構える。

いやだ
いやだ
いやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ

北上は微笑んでいた。

「ああああああああああああああああああああッッッ!」

砲声。
 



133:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/18(木) 23:42:53.86ID:MRXmKl0Qo


25. 戦果

昼食後、事務から届け物の手紙を受け取った提督は紙煙草を吹かしながら、

「さて、どうなったか……」

提督室に戻って読んだ。

手紙は前に勤務していた鎮守府での同僚で、もともと医者を志していたとかいう、へらへらした提督からの返信である。
その態度に似合わず、兵士の負荷や心身状態に気を配り、兵站などを重視する堅実な男であった。

「『お久しチャ~ン!』……こいつ相変わらずだな」

内容は、こちらの疑問に対する返答である。
まず、この鎮守府へ配属される艦娘について。
特にその配属事由の真偽を問うたので、2・3の艦娘について調べてくれていた。

それによると、やはり"ゴミ箱"という評判の通り、「艦娘として尋常ならざる問題あり」とされた艦娘が配属されるという。

しかし、その判断は一方的なものらしかった。

たとえば曙の配属事由は「命令無視、独断専行および反抗的態度」だが、
僚艦を守ろうとした曙を咎めた当時の提督へ反対したからというのが実際のところであるらしい。

どちらにせよ、疎まれた艦娘が追いやられているというのは間違いないようだ。
もし妖精との間に締結された艦娘保護約定がなければ有無を言わさず解体させられているだろう。
艦娘は主に、人権を保障した憲法と、この保護約定によって守られている。
 



134:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/18(木) 23:46:41.37ID:MRXmKl0Qo

次に大井の状態について。
面会の結果を相談してみると、症状としては統合失調症に似ている部分があるという。
そのように診断されれば除隊させることができるが、恢復の可能性があれば軍は戦力として数えるだろうということだった。

なんにせよ艦娘に関する医療の知識は、制作者たる妖精に一任されている部分があって物理面・精神面ともに未知なことが多い。
現状では大井に対してできることは少ないだろう、というのが彼の見解であった。

「そうか……」

そのほか、北上をロストした戦闘などについては調査が難しい、諜報部の知り合いに依頼してはみるが期待はするな、という返答。

「ってことは結局、こっちでなんとかするしかないな……」

戦闘記録や入渠記録などによると北上をロストした戦闘、山城が大破した戦闘は同じものである。
その戦闘に出撃していたのは、旗艦・山城以下、北上、大井、羽黒、綾波、敷波。
戦闘記録によれば出撃中に天候が悪化し、霧中での戦闘になったという。
結果は、山城が大破、大井および羽黒、綾波が中破、敷波が小破、そして北上が轟沈で敗北であった。

「北上は轟沈という記録。拉致されたという大井の証言とは矛盾する…」

それに深海棲艦が艦娘を拉致するというのも聞いたことがない。
北上はどうなったのか。
確かめねばなるまい。

「じゃあまずは…羽黒からかな」
 



135:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/18(木) 23:49:00.68ID:MRXmKl0Qo

26.

「ふうー…」

煙を吐き出す提督。
目の前の執務机には先ほどまで聞いていた羽黒の話のメモ。

羽黒は事務室よこの作業室で遠征に関する書類を記入していたが、休憩がてら聞き取りを行なった。

「概要はわかったかな…霧で視界が悪く、分断されて乱戦になっていた、か…」

しかし、あるいはだからこそ羽黒は北上の顛末については知らなかった。
羽黒は山城と合流しており、霧にまぎれた深海棲艦に奇襲を受けてなんとか撃退したのだそうだ。
山城は既に中破していて、その奇襲で大破、羽黒も中破に至らしめられた。

その後、綾波、敷波、大井とともに帰投したという。

「……北上といたのは誰だ…?」

メモを整理して、提督は再び部屋を後にした。
 



136:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/18(木) 23:50:44.06ID:MRXmKl0Qo

27.

「あっ司令官、こんにちは」

花壇に水をやっていた綾波が提督に気付いて頭を下げた。
麦藁帽子を被っている。

「うん。綾波が水遣りしていたのか」

「はい、そうなんです」

「ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「はい! 少しお待ちください、すぐ終わらせてしまいますから」

提督は日陰の段差に腰を下ろした。
今日は快晴である。
風もあまりなく、これなら遠征も問題ないだろう。

「お待たせしました」

「すまないな。そういえば綾波と敷波が一緒でないのを見るのは初めてだな」

「そうですか? たしかに少し珍しいかもしれませんね」

綾波はくすくすと笑った。
 



137:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/18(木) 23:52:45.56ID:MRXmKl0Qo

「君らは古参だし、仲いいよな」

「私と敷波は実は幼馴染なんですよ。艦娘になる前から一緒なんです」

「なるほど、それは仲がいいわけだ」

「艦娘になったときの敷波ったら可笑しいですよ、『どうしてあたしが妹なんだよう』って」

懐かしそうに微笑んだ綾波は、

「あ、すみません、司令官の用事がまだなのに」

「いや、いいんだ。俺が聞きたいのは、山城が大破した戦闘についてなんだが、」

提督がそう切り出すと、綾波は顔を曇らせた。

「あの時、綾波は中破だったな? 戦果報告では駆逐艦4隻と戦艦1隻を撃沈したとのことだが」

「ええ……、そう、そうでした。霧のなかで孤立してしまって。無我夢中でした」

思い出しながら綾波が当時の状況を語った。
霧の中でひとり会敵した綾波はまず敵駆逐艦を壊滅させる。その際、綾波も小破。
さらに戦艦へ砲雷撃を浴びせるが、戦艦からの一撃で中破に至り、なんとか1隻を行動不能にしてから濃霧を利用して離脱した。

その後、大井、敷波、そして山城と羽黒に合流して帰投。
 



138:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/18(木) 23:54:21.95ID:MRXmKl0Qo

「北上がどうなったかは、知らないのか」

「北上さんですか……。私は、……わからないです。あの霧でしたし…」

「そうか。では轟沈したのを見てはいないんだな?」

「はい? ええ、私はずっと一人だったので」

「………。わかった、ありがとう」

「司令官? もういいんですか?」

提督は立ち上がった。
綾波が見上げる。

「ああ」

「……あの、司令官」

「どうした?」

「その、敷波にも、同じ事を訊かれるのですか」

「……そのつもりだが」

「どうしてですか?」
 



139:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/18(木) 23:55:19.82ID:MRXmKl0Qo

「どうして、って…、北上の轟沈について、真相を確かめるためだ」

「それが……、そんなに大切なことでしょうか」

「何?」

「敷波にとって、あの戦いは……、………」

綾波はうつむいてしまった。

「あ、司令官さん! こんなとこにおられたんですか」

と、そこに羽黒が昇降口から顔を出した。
彼を探していたようだ。

「ああ、何か用があったか?」

「ええ、その、お話し中でしたか」

「いや、いい」

提督は綾波のほうへ顔を向けて、

「とにかく、敷波にも確認してみなければならない。もうそろそろ帰ってくるだろう」

「はい……」

「時間を取って悪かった。では失礼する」

綾波はこくりと頷くだけである。

「羽黒。悪い、行こう」

「あ、はっ、はい!」

立ち去っていく提督についていきながら羽黒は綾波を振り返った。
その様子に、羽黒は胸の奥がざわついて仕方なかった。
やはり、この鎮守府で提督と艦娘が上手く行くことなんて、ないのだろうかと思いながら。
 



142:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/30(火) 17:16:03.17ID:0MBKLeSao

28.

「提督、来たよー」

夕食後、呼び出されていた敷波が提督室にやってきた。
羽黒と近海図を見ながら話していた提督が手を挙げて、

「ああ、今日は遠征ご苦労だった」

「ホントだよ。ま、いいけどさ」

ぽすんとソファに座る敷波。
羽黒が紅茶を入れる。

「お疲れ様でした。どうでしたか?」

「ありがと、羽黒さん。潮風で髪がばりばりになったよー。そういえば高速修復材、どうすんのさ?」

敷波は山城のことを気にしているようだ。

「バケツは上層部からの指令で中央へ送らなければならない。山城は地道に修復するしかないな」

「ちぇっ。せっかく遠征いってきたのにな」
 



143:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/30(火) 17:16:54.96ID:0MBKLeSao

「その山城のことだがな、」

言いながら提督が敷波の対面に腰を下ろす。
羽黒は少し緊張した。

「山城が大破した戦闘、覚えているか?」

敷波が一瞬停止した。
それから何事もなかったかのように紅茶を一口飲む。

「まあ、覚えてるよ。なに?」

「あの時、敷波はどういう行動をしていた?」

「な、なにさ。なんで今更あんな前のこと…。あ、あたしは、霧のなかではぐれて、なんとかみんなと合流して帰ったよ」

「北上とは一緒にいなかったか」

「っ」

敷波がカップを取り落とした。
紅茶がテーブルに広がり、羽黒が慌てて拭き取る。
 



144:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/30(火) 17:20:58.41ID:0MBKLeSao

「敷波?」

「あ、あたしは、……き、北上さん……あ、あああ…」

文章にならないことを呟く敷波の両手が震えている。
血の気の失せた顔を俯かせた。

「敷波、聞かせてくれ。あの時、何があったんだ。北上はどうなった。教えてくれ」

「し、知らない! わかんない! あたしは、な、なにも……!」

がば、と立ち上がった敷波が突如駆け出し、ドアへ向かった。

「敷波! 待て!」

「い、いやだ! 赦して!」

涙声で叫んで敷波が提督室から逃げ出した。
追いかけようとした羽黒が振り返る。

「司令官さん!? 追いかけないんですか!?」

彼はソファに座ったまま右手を顔に当てて動かない。

「司令官さん!」

「羽黒。敷波の表情を見たか?」

「え? いえ…泣いていたんですか?」

「違う。あいつは、敷波は…」

半開きのドアを見つめて提督は顔をしかめた。

「―――嗤っていたんだ」
 



150:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/14(火) 23:45:05.70ID:d5hnhRauo

29.

「羽黒。今日は終わりにしよう」

「え…はい。……あの、敷波ちゃんは、」

「うん。あの様子では、今日は話を聞くことは無理だろう」

「ええ…そうですよね」

「だから、明日また聞き取りを試してみるよ」

「えっと…そ、そうですか」

「訓練には変更なし。昨日と同じように頼む。出撃の日もそろそろだからな」

「は、はい。あの、比叡さんは…」

「ああ。比叡の実験は午後からやるから。それじゃあご苦労様」

「あっ……はい…おやすみなさい、司令官さん」

「うん、おやすみ」

ドアが閉じられた。
静かな廊下で羽黒はひとり、深いため息をついたのだった。
 



151:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/14(火) 23:49:30.68ID:d5hnhRauo

30.

翌日の訓練に、敷波は参加しなかった。
羽黒からの呼び出しにも応答せず、その報告を受けた提督は彼女の部屋へと赴いた。

「敷波。いるか」

ノックする。

「あけないで」

掠れた返答。

「わかった。ではこのまま話をさせてもらう。体調が悪いのか?」

「べつに」

「では何故訓練に出なかった?」

しばらくの沈黙。

「―――いんだ」

「何?」

「…こわいんだよ。たたかうのがさ」

敷波の声は震えていた。
 



152:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/14(火) 23:51:22.85ID:d5hnhRauo

「だめなんだ、あたしは。"不良品"なんだ」

「そんなことはない。誰だって戦うのは怖い。敷波だけではない」

「はは……」

弱弱しい笑い声がもれた。

「ちがう。ちがうんだよ。あたしは。あのとき、あのたたかいで……き、きたかみさんを……」

「北上を? 敷波、北上の最期を知っているんだな? 敷波!」

提督が語気を強めると、室内からガツンと激しい音がした。

「――あたしじゃないッ! そんなひとしらないよッ!」

彼女らしくない激しい言葉に提督は驚いた。

「悪かった。敷波、君には休息が必要だ。落ち着いたらまた話をさせてくれ」

返答はない。ぼそりぼそりとなにか聞こえてくる。

「ああ、きたかみさん……あたし、あたしが……」

提督が踵を返しても、ノイズのような敷波の呟きは止まることがなかった。
 



153:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/14(火) 23:55:58.26ID:d5hnhRauo

31.

「綾波」

昼食を片付けた綾波に霞が声をかけた。
霞には潮がくっついている。

「どうしたの。霞」

「敷波はどうしたの」

単刀直入に尋ねる霞に綾波は眉根を寄せた。

「体調が悪いみたい」

「体調不良ね。まったく自己管理もできないなんて情けないわ」

「か、霞ちゃん」

「とにかく、そういうことらしいわ、潮」

「う、うん。ありがとう、綾波ちゃん」

てててと潮が立ち去る。
 



154:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/14(火) 23:59:33.84ID:d5hnhRauo

残った霞の表情は厳しい。

「まだ何かあるの」

「……ちょっと付き合ってもらうわよ」

霞と綾波は鎮守府の屋上に移動した。
風が強い。

「こんなところで、何の話?」

珍しく綾波は不機嫌なように見える。
しかし霞は構わない。

「敷波に決まってるじゃない。アンタ、なにか知ってるでしょ」

「……霞。敷波のことはほうっておいて」

「そういうわけにいかないわ」

「どうして? 司令官に命令されてるの?」

「はァ!? あのクズの命令なんて知らないわよ」

霞は右手を腰に当てて片眉を吊り上げた。

「あのねぇ、私たちは仲間でしょうが!」

「!」

「だから敷波のことが心配なの。潮も同じよ。そんなこともわからない? 綾波、アンタまでどうかしちゃってるわよ」

「………」

「敷波の様子がおかしいとは聞いているわ。単なる体調不良じゃない。綾波。なにか心当たりがあるわね?」

「……敷波は―――」
 



155:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/15(水) 00:08:03.84ID:RpRa5ayFo

32.

「敷波ちゃんが、北上さんを……?」

提督室で羽黒が両手で口を覆う。
霞は頷いた。

「綾波はそう聞いたらしいわ。北上は敷波によって撃沈された。これが件の戦闘の真実よ」

窓に向かって煙を吐く提督。

「……濃霧、奇襲、混乱。誤射の状況には十分すぎるな」

「そうね。綾波曰く、半年くらい敷波は夢に見ていたそうよ。ショック、だったでしょうね」

「ああ。それを俺が思い出させてしまった、ということか」

「そのとおりね。このクズ!」

睨みつける霞を提督はまっすぐに見返す。

「敷波には謝る。ちなみに、綾波はどうして敷波をほうっておけと言ったんだ?」

霞はフンと鼻を鳴らした。

「自分が姉だから、ひとりでなんとかしようとでも思ってたんでしょ。ほんと、バカばっかり!」

「なるほど」
 



156:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/15(水) 00:17:01.19ID:RpRa5ayFo

「あの……」

ずっと黙っていた羽黒がおずおずと手を挙げた。

「どうした? 羽黒」

「えっと……あのとき、確かに霧は濃かったですが、だとすれば敷波ちゃんに非はないのではないでしょうか…」

「うん。まあ、そうだな。仕方ないと言える部分もあるだろう」

「それでも長々と引きずっちゃってるんでしょ」

「そ、それと…、私が山城さんと合流したとき、『北上さんがやられた』って聞いたと思っていたのですけど、それって、もしかして……」

「まさか、『北上にやられた』の聞き間違いだったかもしれないなんて言わないわよね」

「ち、違います、かね……」

「誤射の多発、か? 有り得なくはないが」

提督が紙煙草を灰皿に押し付けて消した。

「山城を修復して確認するほかないな。遠征と出撃が順調ならば、一ヶ月もかからないはずだ」

「は、はい!」
 



157:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/15(水) 00:22:22.88ID:RpRa5ayFo

「そういえばアンタ、比叡の実験はどうなってんのよ」

「うん。順調だ。出撃には間に合うだろう」

「そう。頼りにしてるわ」

霞は肩をすくめた。

「羽黒。大井への支給品は届いたか?」

「あ、はい。今晩には渡せると思います」

「ありがとう。さて、そろそろ夕飯にするか」

「はい!」

三人は提督室を後にした。



 



162:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/24(金) 00:51:51.64ID:JMyF5uDPo

33.

夜。
月が冴え冴えと輝いている。

「………」

演習場の岸に腰掛けて、夕立が足をぷらぷらさせていた。

「そこにいるのは誰だ?」

懐中電灯を提げて提督が歩いてくる。

「夕立よ。提督さん、こんばんは」

「ああ君か。何をしているんだ?」

「月を見てるっぽい」

「ほう」

夕立の傍らまで来て提督も電灯を消して月を見上げた。

「ずいぶんと丸い月だな。否、まだ満月ではないか」

「そうっぽい」
 



163:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/24(金) 00:55:59.77ID:JMyF5uDPo

「夕立は月が好きなのか?」

提督は紙煙草に火をつける。

「? よくわかんない。でも、月を見てるとね、なんか元気になれるっぽい」

「そうなのか」

ふと、提督は軍艦としての夕立の逸話を思い出した。
第三次ソロモン海戦における獅子奮迅の戦いを成し遂げたあの夜も、月が彼女を照らしていたのだろうか。
そう聞いてみると、

「ううん? あの夜はとっても暗かったっぽい」

との返事。

「満月とかではないのか…」

すう、
と。
月が翳った。
 



164:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/24(金) 01:01:01.13ID:JMyF5uDPo

「!」

提督はぞくりとした。
闇の中で夕立の瞳が赤く光っている。

――月はひとを狂気に至らしめる――

その狂気こそがこの少女の力なのか。
もし月が彼女に力を与えるとすれば、満月の際の彼女は如何ほどの戦力足りうるのか――

「てーとくさん?」

夕立に呼びかけられて提督ははっと我に返った。
月はまた夜空から地上を照らしている。

「……なんでもない。もうすぐ出撃の日だが、調子はどうだ?」

ぴょんと夕立が一息で立ち上がる。

「絶好調っぽい! 早くパーティしたいっぽい!」

にこにこと無邪気に笑っている。
 



165:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/24(金) 01:03:37.79ID:JMyF5uDPo

提督はぽんぽんと少女の頭を撫でた。
彼女の笑顔を見ていると、ついそうしてしまうのだ。

「えへへ~♪」

「鉄床戦術ではタイミングまで待たねばならないから君は大変かもしれないが、よろしく頼む」

「うん! あのね、夕立、提督さんのためにがんばるからね、だからね!」

「ああ。待っている」

提督は制帽を被り直しながら後ろを向いた。

「そろそろ寝たほうがいい」

「はーい! 提督さん、おやすみなさ~い!」

「ああ、おやすみ」

提督室に戻ってから、提督は自分の左手を見た。
ぎりぎりと握られている。

「少女の素直さを利用して……俺は、最低だ…」

自己嫌悪に固められた拳をゆっくりとほどく。
煙草を灰皿に押し潰した。
夕立の無邪気な笑顔が別の艦娘と重なる。
それはもういない、艦娘である。

「……それでも俺は、もう二度と彼女らを喪うわけにはいかない。喪ってはいけないんだ……」

提督の独白は冷たい悔恨を含んで、執務机に水滴を垂らした。
窓の外では、月が冴え冴えと輝いていた。
 



166:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/24(金) 01:05:41.26ID:JMyF5uDPo

34.

「はあ……」

羽黒は自室でため息をついた。
さきほど夕食の際に第二艦隊に明日の遠征の予定を伝えた。
食堂にも来なかった敷波には部屋まで赴いて連絡してきたのだ。

「敷波ちゃん、だいじょうぶかな……」

返事らしい返事はなかったが、とりあえず反応はあった。
そして自分の部屋に戻ってきたところである。

「……敷波ちゃんが、北上さんを……本当なのかな…」

いやだな――
味方を間違えて撃って沈めてしまうなんて、――厭だ。

ずきり、と。

「痛……」

左側頭部を押さえる。
頭痛だ。
 



167:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/24(金) 01:07:22.70ID:JMyF5uDPo

あの霧の戦闘を思い出す。
ばらばらになってしまった後、北上は敷波に沈められたのか。
合流した山城は中破していた。
――『北上さんにやられた』?

ずきずき。

敷波。山城。北上。
何があったのだろう。
敷波が北上を誤射したというのではしっくり来ない。
そしてあの北上が山城を誤射するというのも妙だ。
羽黒の知っている北上は戦場を知り抜いたベテランだった。

ずきずき。

戦い慣れた北上が霧と奇襲くらいで動揺するだろうか。
それに、もし北上による誤射であればなぜ山城は『北上さんにやられた』と言えた?
なぜ自分を攻撃したのが誰かわかっている?
それとも山城もまともな状態ではなかったというのか。

「……もう寝よう」

考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。
鏡の中の自分は、ずいぶんとひどい顔をしていた。
 



171:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/30(木) 23:18:06.06ID:18sSh9XKo

35.

「アタシを沈めてよ」

「ど、…どうして……」

敷波は夢を見ている。
悪夢だ。

対峙する北上はいつものへらへらとした表情である。
何を考えているのかわからない。
だから敷波は彼女が少し苦手であった。

「その単装砲でさっさとやっちゃってよ~」

日常のような気軽さでそんなことをいうのだ。
異常な状況とのギャップで敷波は吐きそうだった。

「で、できない……っ!」

「早くしないと撃っちゃうよー? 殺されたくないなら殺さないと」

震えながら敷波が単装砲を北上に向ける。
自分が殺されないために相手を殺す。
深海棲艦相手では意識しなかった"命を奪う"という行為に改めて気がついた。
 



172:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/30(木) 23:22:55.88ID:18sSh9XKo

ああ――あたしは殺すんだ

一緒にご飯を食べた仲間を。
一緒に訓練した仲間を。
一緒に戦った仲間を。
自分のために、殺すんだ。

敷波の頬を涙が伝う。

「ああああああああああああああああああああッッッ!」

射撃。
反動がずしりと腕に、身体にかかる。
砲煙の向こうで北上に砲弾が命中し、その肉と骨を引き千切るのが見えた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

ばしゃりと海面に膝をつく敷波。
北上は右半身を吹き飛ばされて仰向けに倒れている。
ぺっと血を吐いて、

「お見事~命中だよ」

やっぱりへらへらと笑った。
 



173:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/30(木) 23:25:30.47ID:18sSh9XKo

その様子を見て敷波はかっと腹の底が熱くなるのを感じた。
胃の内容物が食道を駆け上がる。

「ぉげぇっ…! う、おえぇっ!」

「なに吐いてんのさ~。これだから駆逐艦は」

「うぇ…ごほっ、げえぇぇ、けほっ」

「――敷波」

名前を呼ばれて顔を上げる。
涙ににじんだ視界のなかで、空を見上げながら北上が沈んでいく。

「……ありがとね」

沈んでしまう。

「北上さん、」

沈んでしまった。

「北上さァァァーんッ!」

そのとき、敷波のなかで何かが変わってしまった。
それから、敷波は変わってしまったのだ。
 



174:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/30(木) 23:33:52.57ID:18sSh9XKo

36.

「やあ、おはよう」

明朝。
港に集まっている艦娘らに提督は挨拶した。
相変わらずばらばらに反応する彼女らに少し苦笑する。

「今日も遠征よろしく頼む」

「あの~、提督~?」

龍田が小さく手を挙げた。

「どうした?」

「敷波ちゃんがまだ来てなくて~」

「……そうだな」

ここにいるのは旗艦・龍田、曙、潮、そして秘書艦の羽黒だけである。

「敷波ちゃん、体調良くならなかったのかなぁ」

「何? 敷波、体調悪いの」

「う、うん。そうなんだって。心配だよね…」

「はぁ…しっかりしてほしいわね」

潮と曙の会話を聞きながら敷波へ通信。
 



175:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/30(木) 23:38:21.14ID:18sSh9XKo

しかし反応はない。

「出ないな。羽黒、昨日連絡してくれたんだよな?」

「は、はいっ!」

提督は制帽を取って頭をがりがりと掻いた。

「本日の予定は延期とする。明日、敷波が参加できれば実施だ」

「は~い」

「羽黒。ついてきてくれ。敷波の部屋へ向かう」

「は、はい」

「潮、さっさと霞らに合流するわよ!」

「あ、曙ちゃあん!」

歩いていく提督と羽黒を追い越して曙と潮が走っていった。



176:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/30(木) 23:41:01.20ID:18sSh9XKo

37.

「あ、あの、司令官さん」

「なんだ?」

鎮守府内を歩く二人。

「し、敷波ちゃんが遠征できなかったら…」

「遠征による資材供給がなければ出撃もままならなくなる。手詰まりだな」

「敷波ちゃんの代わりに第一艦隊から誰か配置させるとか、どうですか?」

「そうなれば鉄床戦術が可能かどうか微妙になるな。ちょっと霞に考えてもらうか…」

提督がちらりと羽黒を振り返る。

「しかしまずは敷波だ。できる限り、敷波にはがんばってもらわないと」

「そうですね…」

敷波の部屋に近づくと、声が聞こえてきた。

「――でしょ。出撃じゃないし……」

綾波である。
敷波の部屋の扉に話しかけている。
 



177:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/30(木) 23:46:50.78ID:18sSh9XKo

「ね、まだ間に合うよ。遠征いこうよ、敷波」

しかし。

「――もうやめてよッ!」

室内からの叫びにびくりと綾波が口をつぐんだ。

「あたしのことなんか放っておいて! 綾波はあたしとは違うッ!」

「な……。し、敷波……」

「あたしは戦えない。綾波みたいに戦えない。あたしは、あたしは……ッ!」

提督と羽黒が到着した。

「綾波」

「し。司令官、さん。あ、綾波は、」

「羽黒。綾波を頼む」

「はい!」

羽黒が綾波を下がらせる。
 



178:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/10/30(木) 23:49:11.03ID:18sSh9XKo

提督は扉の前に立った。

「敷波。俺だ」

「な、なにさ…あたしも営倉入り? や、やればいいでしょッ!」

「落ち着け。敷波、すまなかった。一昨日の晩から、君が嫌がっていたのに、ムリに話を聞こうとして」

「………」

「もうあの話はしない。だから、頼む、出てきてくれないか」

「……もう、遅いよ。司令官。あたしは、戦えない」

「敷波。遠征は明日に延期した。頼む」

頭を下げる提督に慌てて羽黒も並ぶ。

「敷波ちゃん、私からもお願いします!」

「……帰って」

「敷波!」

「帰ってよ! あたしなんてそんな価値ないんだからッ!」

「……敷波…すまなかった」

扉は固く閉ざされていて、提督は苦渋の表情で立ち去るほかなかった。
彼にはその扉を開く術がない。
その背中を、綾波はなにかを決心した瞳で見ていたのだった。

 



183:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/11/27(木) 22:55:12.94ID:a/TxOkyWo

38.

「で、話ってなによ」

曙がつっけんどんに尋ねた。
あまり広くない部屋に大井と山城を除く艦娘らが集まっていた。
集めたのは、綾波である。
彼女の表情はいつもの柔和なそれではない。

「話は……敷波のことなんです」

霞が眉根を寄せる。
その隣で潮が心配そうな顔をした。

「し、敷波ちゃん、体調悪いんだよね?」

「そうなんですか! それはいけませんね!」

こくりと頷く綾波。

「でも、単なる風邪とかじゃないんです。敷波は、――恐れているんです」

「あァ? 戦いをか?」

怪訝そうな天龍。
それはそうだろう。
艦娘は兵士だ。戦いを恐れてなどいられない。それが当然だ。
 



184:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/11/27(木) 22:58:37.16ID:a/TxOkyWo

「たぶん、敷波は味方が傷つくことを、恐れているんだと思います」

「それは誰だって嬉しくないことだと思うけど~」

龍田は小首をかしげた。

「綾波が思うに、敷波は、誰よりも、誰にも、轟沈してほしくないんです」

「綾波はどうしてそう思うの?」

机に尻を乗せた夕立が尋ねる。
綾波は逡巡するような様子を見せた。しかし答える。

「敷波が、北上さんを、撃沈したからです」

どよめく艦娘ら。

「綾波ちゃん」

「いいんです、羽黒さん。これは、本来、知っておいてもらわなければならない話でした」

「……でも」

「綾波が、間違っていたんです。隠すことが敷波のためになると思っていました。でも、そうじゃない。そうじゃないんです」

「ち、ちょっと待ちなさいよ。何の話よ? 敷波が? 北上を?」

曙が困惑を口にした。

「ええ……山城さんが大破した原因の戦闘、その中でそれは起こりました――」
 



185:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/11/27(木) 23:03:19.17ID:a/TxOkyWo

綾波は昨日霞にしたものと同じ話をした。

「濃霧…誤射、ですか」

「なによ、それ……」

「オレなら有り得ねぇが……そうか……」

皆一様に沈んだ表情である。

「し、敷波、ちゃん…そんな、辛すぎるよ……!」

ぽろぽろと涙をこぼすのは潮。
心優しい彼女の肩を抱いて霞は鋭いまなざしを綾波に向けた。

「あんた、この話をしたってことは、ただ知ってもらうってだけじゃあないんでしょうね」

綾波が頷く。

「自分の手で味方を沈めてしまった――だからこそ敷波はもう誰の轟沈も見たくないんです。
 綾波にはわかります。敷波とは幼馴染ですから」

右手を胸に当てる。

「正直に言います。この鎮守府はばらばらです。このままじゃだめなんです。
 だから、皆の力を合わせて、大丈夫だって、誰も沈んだりしないって、敷波に伝えれば……!」

ばらばらな鎮守府。
思い当たる節があるのかそれぞれが表情の温度を下げた。
 



186:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/11/27(木) 23:09:39.58ID:a/TxOkyWo

そんななか、

「わかったっぽい! 夕立は沈む気なんて無いし、大丈夫だから!」

夕立がぴょいと机から飛び降りた。

「おお、そうだな! オレも沈んでやる気なんざさらさら無え! なんてったってオレは最強の天龍サマだぜ!」

「わ、私も…自信なんて、ない…けど! 敷波ちゃんのためなら、なんでもするよ…!」

「いいですよ! 私たちは仲間じゃないですか! ね!」

「ふん! しかたないわ。遠征メンバーが欠けるのは困るからね」

続いた艦娘らに綾波は涙ぐむ。

「みんな…! ありがとうございます!」

「決まりね~。で、綾波ちゃん? 具体的には、どうするつもりなの?」

「どうすればいいか…、決められなくて。みんなの意見を聞かせてもらえれば……」

話し合いが始まった後ろで霞が羽黒に近づいた。

「いいの? 勝手に動くみたいだけど」

羽黒は沈痛な面持ちのままだ。

「どう動くのであれ、司令官さんには報告します。それは、綾波ちゃんもわかっているはず。私は……、」

側頭部に手を当てる羽黒。
 



187:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/11/27(木) 23:12:43.64ID:a/TxOkyWo

「どうしたの。頭痛?」

「……へいき、です。私は、私にはなにか、ひっかかるんです。綾波ちゃんのいうことに…」

「甘っちょろいって意味なら同意するけど」

「そうじゃないんです。あのときの敷波ちゃんは、……違うんです」

要領を得ない羽黒の述懐。
しかし霞はそれをとがめなかった。

(入渠している山城。営倉の中の大井。轟沈した北上。ひきこもった敷波。
 件の戦闘に出撃した艦娘は綾波を除けばこの羽黒だけ…)

霞は考えている。
自分のいない頃の鎮守府のことを。

(綾波は敷波の幼馴染。より客観的に物事を見れているのは羽黒……? だとすると――)

「――羽黒さん」

いつの間にか綾波が羽黒の前に立っていた。

「は、はい」

「司令官にお願いがあります」

「はい。……え?」
 



188:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/11/27(木) 23:17:42.03ID:a/TxOkyWo

39.

戦友だった。

自信家で、可愛らしく、ユーモラスで、妹思いにして意外に優秀な、そんな少女だった。
ひたむきで、いじらしくて、純粋で、そのくせ妙に達観したようなところがあった。
いやがるとわかっていてもつい頭を撫でてしまったものだ。

ぼろぼろになっても戦ってくれた。
上層部から提督を守るために。
最期まで。

――最期。
悔しげに、しかし気高く、それでいて優しく、少女は提督の腕の中で息絶えた。
小さな約束をして、少女は満足げに笑っていた。
そして彼は大きな決意をしたのだ。



ノック。
 



189:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/11/27(木) 23:19:32.70ID:a/TxOkyWo

「! 入ってくれ」

咳払いをする。
同時に思い出を振り払った。

「失礼します」

羽黒と霞が入室する。

「……司令官さん? だいじょうぶですか?」

「え?」

「目が真っ赤よ、アンタ」

「何」

慌てて鏡で確認すると、たしかにひどく充血していた。

「…気にしないでくれ。何か用か」

「あの、そのですね、」

羽黒はわたわたとした。
腰に手を当てて霞が嘆息する。

「敷波のことよ」

そうして、ふたりは綾波の案について説明した。
 



190:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/11/27(木) 23:22:05.30ID:a/TxOkyWo

「……演習の動画を、敷波に見せる…?」

「そ、そうです」

「さっさと却下しなさいよ、このグズ! そんなことで敷波が復帰するわけないわ」

「いや、できることがあるならなんでもやってみよう。羽黒は皆と内容について打ち合わせてくれ。
 俺は事務に連絡してくる。霞は敷波抜きで遠征と出撃をクリアする方法を考えておいてくれるか」

「わ、わかりました!」

「はぁ!? アンタ、演習でみんながちゃんと戦えるって様子を見せれば敷波の不安も晴れるなんて、そんな夢物語を信じるわけ?」

「信じてもいいんじゃないか。どっちにしろ演習はするんだ」

「とんだご都合主義者ね!」

そう言いながら霞がドアを開ける。

「霞。どこへ行く」

「うるっさいわね、資料室よ!」

そう言い捨てて音高くドアは閉められた。

「あ、あの…司令官さん、霞ちゃんは、その、」

「わかっているさ。霞は優秀な戦術参謀だよ」

提督は頷いて、紙煙草に火を点けるのだった。
 



199:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/11(木) 00:53:08.83ID:7UMVI2Ogo

40.

昼食を摂りながら提督は考えていた。
敷波が北上を誤射して沈めたというのならば、大井の発言はどうなるのか。

――お前らが北上さんを奪った! お前らが! 奪ったんだッ!

――北上さんは深海棲艦に拉致されたんです。あいつらを嬲り殺しにして、うふふ、ばらばらにして海に沈めてやりたい…!

――北上さんが、あの無能どもに足をひっぱられて、深海棲艦が、あいつらゴミなんです、ゴミですゴミ。でもしかたないんですゴミだから捨ててしまわないと。燃やしてしまうんです。そうしろって決まってるんです

大井がもし統合失調症のような病であるのならば、単なる妄想に過ぎないのかもしれない。
それでも、提督は大井をそうやって切り捨てたくはなかった。
だが、彼女の様子は明らかに常軌を逸している。それは確かだ。

「……もし、……大井が」

他の艦娘に対して敵意を向けているとするならば――、
それでも何もできないはずだ。
そのはずだ。
営倉の中では艤装もないし、武器になるものも、

――それじゃあ、鏡と櫛を頂けると嬉しいです

鏡?
まさか。
 



200:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/11(木) 00:56:32.59ID:7UMVI2Ogo

提督の脳裏に最悪のシーンが去来する。
鏡の破片を握った大井が、油断して近づいた艦娘の胸にそれを突き立てる――

「羽黒! 大井の食事は、今誰が運んでいる!」

急な通信に食堂で食事中のはずの羽黒がむせた。

『ふぇっ提督!? え、えーと、潮ちゃん、ですか?』

それだけ聞いて提督は受話器をがちゃんと捨てて走り出した。
廊下を駆け抜け、階段を飛び降りるような勢いで下る。

想像は悪い方向へばかり転がってしまう。
胸元と口から血を零して、潮が冷たい床に倒れている。
その目は信じられないものを見たかのように見開かれたまま固まっている。
そして、それを檻の向こうから見下ろす大井が、静かに、うっそりと、微笑んでいる――

「クソッ!」

罵ってなんとかそのイメージを振り払おうとする。
辺りが暗くなった。
地下だ。

「潮!」

息を切らせて営倉へ飛び込む提督。

「ひゃああっ!」

潮の声。
いやな予感はなぜこうも的中してしまうのか。提督は奥歯を噛み締めた。
果たしてそこには、

「あら、提督じゃないですか。こんにちは」

人当たりの良い笑顔の大井がいた。
潮が檻を挟んでその足元に倒れている。
 



201:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/11(木) 00:58:26.24ID:7UMVI2Ogo

「――う、しお」

提督の口から少女の名がこぼれると、

「は、はいぃ…」

ばたばたと潮がもがいた。
もたもたと立ち上がり、恥ずかしそうに服を払う。

「潮……? なんともないのか」

「え? あ、はい。驚いて転んじゃいました」

えへへ、と少女は照れ笑いを浮かべた。

ふたりとも、特におかしいところは無い。
そして、檻の中の机上には鏡が置かれていた。割れてなどいない。

「……はぁっ、…いや、すまない、なんでもない」

大きく安堵の息を吐いて提督は壁際の椅子に座り込んだ。
よかった、と素直に思った。
潮が無事だったからだけではない。
彼にとって、大井も守りたい対象なのだ。

「提督…? だ、大丈夫ですか…?」

「うん。驚かせて悪かった」

「い、いいえ」

提督と潮が話している後ろで、大井が小さく「残念」と呟いた。
ポケットの中で、歯を折って持ち手を石で尖らせた櫛をもてあそびながら。
凶器を握りながら。
 



206:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/18(木) 13:17:38.40ID:Y4nmJh4co

41.

敷波は部屋の中で動かない。
ベッドに座り込んだまま、うつむいて、黙っている。
なにも考えたくない。

なにも考えたくないのに、頭は勝手にあの時のことをなぞりだしてしまう。
仲間を、この手で、殺した。
殺した。

敷波はゆっくりと両掌を広げた。
ぶるぶると震えている。
あの時の感覚を覚えている。
ずっと忘れてなどいなかった。

「……っ」

ぎゅうっと自らを掻き抱き、肩を痛いほどに握り締める。

「もう――いやだ……」

そんなとき、敷波の端末が受信を告げた。
 



207:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/18(木) 13:20:10.05ID:Y4nmJh4co

42.

午後から綾波らは演習に取り組んだ。
そしてその様子を録画し、動画を適度に編集して、提督は敷波に送信した。

「……ふー」

提督室の椅子に深く座って、天井に向かって煙を吐く。

「疲れましたか? 司令官さん」

演習の報告書類をまとめる羽黒の気遣いに提督は苦笑した。

「演習もこなして事務作業もしてくれる羽黒に、疲れてるなんていえないな」

「そ、そんな……私は……最近、寝不足ですし…」

「それはよくないな。今日は早く切り上げよう」

「い、いえっ! へいき、ですから」

「そうか。しかし今日の演習ではみんな砲雷武術が上達していたな」

「霞ちゃんのおかげです。みんなを誘って特訓したんですよ」

ほう、と提督は少し目を見開いた。
今朝の曙と潮はそのために急いでいたのかと心中で納得する。
 



208:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/18(木) 13:21:31.89ID:Y4nmJh4co

「まだまだだって霞ちゃんは言ってましたけど、どういうふうに戦うのか、みんなで共有できたのは良かった、と私は思ってます」

「うん。そうだな。俺もそう思うよ。敷波がこれで、……」

提督は目を伏せて煙草の火を消した。

「………。明日、遠征に行けるといいな」

「きっと行けますよ」

そのとき、霞が入室してきた。
何冊かの本を抱えている。

「なにへらへらしてんのよこのクズ!」

「か、霞ちゃん」

「とっととお茶でも入れなさいよ!」

柳眉を逆立てる霞に提督は肩をすくめた。

「俺のお茶を所望するなら淹れるにやぶさかではないが」

「黙ってできないの? アンタは」

苛立たしげに本をどさりとテーブルに置いて霞はソファに腰をおろす。
 



209:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/18(木) 13:24:19.75ID:Y4nmJh4co

「霞。特訓の成果、出てよかったな」

「はぁ!? バッカじゃないの!」

先ほどからの霞の物言いに羽黒はおろおろしている。

「……今日の演習でだいたいに共通する弱点が出たと思うわ。アンタもわかってるとは思うけど」

開いた本に目を落としたまま話す霞に提督も頷いた。

「うん。視野の狭さだな」

「そうよ。悔しいけど、周りを見ることができているのはやっぱり龍田と、あとは比叡くらいね」

戦闘時、目の前の敵だけでなく、周囲の敵やあるいは味方にまで気を配る必要がある。
そのような視野の広さが特に指揮官には求められるが、いかんせん眼前の敵と戦うだけでも容易くはないため非常にハードルが高い。

「ご、ごめんなさいっ!」

「気にするな。羽黒」

提督は紅茶の入ったカップをテーブルに並べた。

「ちょっといいか。状況を整理しよう」

そのまま彼もイスに座った。
羽黒が手を止め、霞は横目でそちらを見る。
 



210:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/18(木) 13:25:37.53ID:Y4nmJh4co

「この鎮守府には資材が足りない。その短期的な解決のために遠征を、長期的な解決のために出撃を行なう。
 空母がおらず戦艦も資材面から運用が難しいため、鉄床戦術で勝利を狙う。ここまではいいな?」

二人が頷く。

「出撃予定は明後日だ。そのためにもう一度、遠征を実施する必要がある。だが敷波は遠征を拒否している。
 第一艦隊から遠征させてもいいが、その場合、その艦に負荷がかかるか戦力が落ちることになる。よって敷波には遠征してもらいたい」

「三隻以下でも成功可能と思われる遠征に出してもいいわよ」

「そういえばそうですね」

「冗談よ。効率が落ちて明後日には間に合わないわ」

「もちろん明後日は予定であるから、それを厳守しなければならないわけではない。
 以上を踏まえて、明朝、敷波が遠征に行くことができなければ、……」

「司令官さん?」

「なあ、これは提案なんだが、大井を遠征メンバーに入れることはできないか? あるいは第一艦隊に――」

「――アンタ、アレがまともだとまさか思ってるわけじゃないわよね」

霞が静かに本を置いた。
先ほどまでの語気を荒げただけとは異なる、本当の怒りをにじませている。

「……そうじゃないが、」

「アンタは知らないでしょうけどね、アレのせいで私たちがどれだけ苦労したか…!」

吐き捨てるようにそう言った霞は「いやな事を思い出した」とばかりに舌打ちした。
提督は両手を軽く掲げて、

「悪かった。取り下げるよ」
 



211:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/18(木) 13:30:26.97ID:Y4nmJh4co

気まずくなった羽黒はなんとか話題を変えようと努めて明るい声を出した。

「そっそういえば司令官さん、比叡さんの調子はどうですか?」

「ん、うん。だいぶ精度が上がってきて、実戦に使えるレベルにまで来てると思う。出撃には間に合うよ」

「そ、そうなんですか、よかったですね」

「うん。比叡のやる気を出させるのが毎回苦労の種だけどな」

「はは…」

静かになってしまって、沈黙に刺されるように羽黒はもじもじした。
同時にじわりと側頭部に痛みが滲みだす。
彼女が頭に左手を当てたとき、

「はぁ。ちょっと、おかわり淹れなさい」

霞が提督を呼んだ。
呼ばれた彼は、無造作に立ち上がってティーポットから霞のカップに紅茶を注いだ。

「お待たせしました。どうぞ、お嬢様」

「ふん」

おどけた調子の提督とまんざらでもなさそうな霞を見ているうちに羽黒は頭痛が治まっていることに気付いた。
案外、良いコンビなのかもしれない。
羽黒はそう思って小さく笑った。

怪訝な表情でこちらを見るふたりに言えば、特に霞は強く否定するだろうなと想像しながら。
なんだか嬉しくなってしまう羽黒なのであった。
 



217:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/25(木) 01:07:16.42ID:PouH/Cnbo

43.

食堂。

「敷波ちゃん、もう観たかなぁ」

もぐもぐとハンバーグを食べながら潮が呟く。

「観てもらわないと困るわね」

向かいで苦々しげにトマトを見つめるのは曙。

「きっと…、明日は遠征、来てくれるよね」

「……来るわよ。来なきゃぶっ飛ばすわ。引きずってでも連れて行く」

「そ、それはよくないよう」

「遠征に出ないと出撃できないのよ。そうなれば、山城は…」

顔をうつむかせる曙に、夕立が話しかけた。

「ねえねえ曙、今のほんとっぽい?」

「え? 何がよ」
 



218:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/25(木) 01:10:41.79ID:PouH/Cnbo

「敷波が遠征に行かないと出撃できないっぽい?」

「ああ。本当よ。そうなったら山城が修復できなくて――」

「えーっそんなのないっぽい!」

むくれる夕立。

「出撃してパーティしたいっぽい!」

「もうっ、二人とも、敷波ちゃんの心配してあげて!」

珍しく潮が大きな声を出して、

「わ、悪かったわよ潮」

「ゴメンね、敷波も心配よ?」

二人が慌てて謝るのを、少し遠くの席から綾波がなにも言わずに見ていたのだった。
 



219:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/25(木) 01:15:43.29ID:PouH/Cnbo

44.

敷波は虚ろな瞳で動画を眺めている。

『しっ敷波ちゃん! 私、が、がんばるから…私、敷波ちゃんと遠征、行きたい…っ』

演習の様子に挟み込まれるのは各艦娘からのメッセージ。

『あたしは沈む気で戦ったことなんてないわ。いつでも帰ってくる気で戦う。もちろん、敷波、アンタもよ』

『敷波! 夕立と一緒に、楽しいパーティしましょ!』

『敷波ちゃん、私は、旗艦としてはまだまだかもしれません…けど、みんなで協力していきたいと思っています』

『誰も傷つけたりさせません! 私の活躍、期待していてください!』

『天龍ちゃんの邪魔する船はみ~んな沈めちゃうわ~♪』

『最強のオレに任せな! ぜーんぶ受け止めてやるぜ!』

『あたしはあんたを信じてるわ。あんたもあたしを……なんでもないわよッ』

「………」
 



220:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2014/12/25(木) 01:16:25.14ID:PouH/Cnbo

顔を赤くした曙が姿を消すと、最後に綾波が現れた。

『敷波。敷波。みんな敷波の本当のことを知っても、信じてくれる、仲間でいてくれてるの。
 みんなで団結すれば、簡単に負けたりしない。だから安心して。敷波。
 綾波はもちろん、みんなも敷波のことを受け入れてくれるから。だから…』

ぱっと全員が勢ぞろいした場面へ転換。

『一緒に行こう! 敷波!』『敷波ちゃん!』『行きましょう!』

一斉にそう呼びかけた。
そうして動画は終了した。

「………」

そのまま、敷波はなにも映っていない画面をじっと見ていた。
ゆっくりと、視線を自分の手に移す。
震える両手を握る。

「……いっしょに……いこう……」

ぎゅっと目を瞑る。

「あたし……あたし、は……」

夜が音もなく、その帳を下ろしていく。
 



224:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/13(火) 01:37:42.18ID:rQ9oYyzeo

45.

夜更け。
提督室で提督と羽黒、霞が話し合いを行なっていた。

「では、万一の際は敷波の代わりに霞が遠征に出る。それでいいんだな」

「ええ」

「霞ちゃん、その、だいじょうぶなんですか? 出撃も遠征もなんて」

「平気よ。いい感じの戦術が見つかりそうだから、それが使えるようになるまでの間だけ」

「ムリをするなよ。スケジュールには余裕を見てあるが」

「わかってるってば」

「戦果を挙げて資材がたまれば建造してメンツを増やすこともできるしな。……羽黒?」

「……? はい」

「いや…、今、寝てなかったか?」

「え? いえ……たぶん…」

羽黒は首をかしげた。
 



225:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/13(火) 01:41:54.66ID:rQ9oYyzeo

「でも、眠たいですね。もう夜ですからね」

苦笑する彼女に提督は頷いて、

「よし。結論も出たし解散にしよう」

「片付けはやっておくわ。先に休みなさい、羽黒」

「すいません。お疲れ様でした。おやすみなさい、司令官さん。霞ちゃん」

羽黒が退室する。
提督は紙煙草をくわえてマッチを探した。

「羽黒、ひとの心配してる場合じゃないわね」

「うん。あいつにもかなり負荷がかかっている。早く状況を安定させないとな」

火をつけて、煙で肺を満たす提督。

「そうね」
 



226:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/13(火) 01:44:30.33ID:rQ9oYyzeo

資料をまとめて棚に仕舞いながら、なんでもないように霞は尋ねた。

「ねえ、どうしてアンタは大井に肩入れすんのよ」

「ごっほ! ぶはぁ!」

提督は盛大に煙を吐いた。
その様子をじっとりとした目で霞は見る。

「なにやってんの」

「はぁ……肩入れか…そう見えるのか…」

「アンタだってアレと話したんでしょ? あれはもうダメよ」

吸って、ゆっくり吐く。

「約束なんだよ。妹たちを守るって約束したんだ」

「………。そう」

それだけで、霞はだいたいの事情を察した。

だから、北上の行方も気になるのね。
霞はそう思った。

「ほら、霞もさっさと寝たほうがいい。俺ももう眠る。明日は寝坊できないしな」

「いつでも寝坊すんじゃないわよこのクズ!」

霞も退室して、そうして提督は静かに昔を思い出した。
 



227:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/13(火) 01:47:08.92ID:rQ9oYyzeo

46.

―――
――


雨が降っている。

「……ここは……」

「気が付いたか」

彼女を抱きかかえる提督が顔を覗き込む。
少女は弱弱しく笑った。

「てーとく…風邪、ひいちゃう、クマー」

軽巡・球磨のセリフに提督は泣き笑いのような表情に顔を歪めた。
彼を心配する少女のほうが、もはや修復不可能なほどぼろぼろだったからだ。

「あいつらは……」

「敵主力艦隊は壊滅、俺たちの勝ちだ。球磨、君のおかげだよ」

「ふふ…意外に、ゆうしゅうな、クマちゃんって、よく、言われるクマ」
 



228:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/13(火) 01:51:31.33ID:rQ9oYyzeo

がしゃん、と音を立てて球磨の艤装が地面に落ちる。
連結が維持できなくなったのだ。
同時にぼたぼたと血がしとど零れた。

「さすがだ。球磨…君は最高の艦娘だよ」

球磨は得意げに、しかし力無く喜んだ。
ざあざあと降る雨が血を流していく。


整備された波止場にほかに人影は無い。
帰投した艦隊は彼の指示で入渠および休息している。

球磨はもう、入渠も間に合わない。
それでも艦隊のメンバーが、雨と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら連れて帰ってきてくれたのだ。
しかしあまりの損傷に、ここから動かすこともできなかった。

「提督…」

少女がか細い声で彼を呼んだ。
提督は球磨の口元に耳を寄せる。

「……ていとく…、なでなで、してほしい、クマー…」

「いつも、いやがってたじゃないか」

左腕で少女を支えながら右手で彼女の栗色の髪を撫でる。
球磨は嬉しそうに目を閉じた。
 



229:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/13(火) 01:54:31.00ID:rQ9oYyzeo

「きょうは、さいごだから、トクベツだクマ…」

提督は涙が溢れて何度も瞬きした。

「最期なんて、言うなよ。球磨の活躍、もっと見せてくれ」

ぽたぽたと落ちる水滴が少女の顔を汚す血に筋を作る。

「まったく、ていとくはきびしいクマ…ちょっと休みがほしいクマ」

「わかった。休暇を出そう。特別手当も付けるぞ」

「そいつは、ごうせいだ、クマ…ていとくも、たまには、ゆっくりやすむと、いいクマ…」

「うん。そうだな。一緒に休もう。どうだ?」

「めいあんだ、クマ…やく、そく、クマ」

「うん。うん。約束だ。球磨」

しばし、雨音だけがふたりを包んだ。
 



230:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/13(火) 01:58:01.94ID:rQ9oYyzeo

「球磨?」

動かない少女を小さく揺らすと、彼女はうっすらと目を開けた。

「もうひとつ…やくそく、してほしいクマ…」

「なんだ? なんでもいいぞ」

「いもうとたちが、しんぱい、クマ…みんなを…まもってあげて、ほしいクマ」

「ああ。もちろんだ。任せろ。だから、球磨、君は、」

少女は満足そうに笑った。
その目はもうなにも見えていない。

「ああ……球磨の、ちからをもってしても、ここまでか、クマ……」

命の火が消えつつある少女を掻き抱きながら、提督の脳裏を懐かしい思い出がよぎる。
初めて会ったときのこと。
共に海域を攻略したときのこと。
力不足に悩む少女を慰めたこと。
一緒にハイキングしたときのこと。
ふたりでこの戦争を終わらせようと、誓ったときのこと。

「待ってくれ。球磨。俺は、まだ君に、」
 



231:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/13(火) 02:02:09.59ID:rQ9oYyzeo

「てー、とく…」

残ったかすかな力で球磨は首を動かし、提督の手に頬ずりした。

「たのしかったクマ……かんしゃ、するクマ…」

「やめてくれ、そんな、球磨、なあ球磨、嘘だろ、こんなの…」



「さらばだクマ」



少女は再び目を閉じた。
そして、二度と開くことは、無かった。
 



237:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/24(土) 17:30:09.38ID:kHeRJngDo

47.

翌朝。
あくびをしながら提督は紙煙草を取り出す。

「このクズ。緊張感とかないのかしら」

隣を歩く霞が吐き捨てた。
煙草をくわえながら提督は笑う。

「上官の緊張や動揺は隊に決して良い影響を与えない」

「強がってんじゃないわよ」

「俺には霞がついてるからな。安心だよ」

「はァっ? 上官だって言うなら働きなさい」

「ちゃんと起きたじゃないか」

「だから何よ?」

提督は煙草に火をつけて、ゆっくりと煙を吐き出した。

「ごまかしてるんじゃないわよ!」
 



238:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/24(土) 17:34:55.86ID:kHeRJngDo

「司令官さん、霞ちゃん。おはようございます」

羽黒以下、艦娘らがいつもどおりばらばらと挨拶する。
提督も軽く帽子を上げた。

「おはよう。羽黒、今日の天気予報は?」

「はい。今日は曇りのち晴れ。南西の微風。気温は平年どおりです」

「うん。龍田、艦隊の調子は?」

「敷波ちゃんの代わりは、本当に霞ちゃんでいいの~?」

「問題ないわ」

装備した艤装を見遣る霞。

「必要ない、と思います」

これは綾波。

「敷波は来ます。綾波はそう信じています」

「私もそう思いますよ!」

「最強のオレが来いって言ったんだ、来るに決まってらぁ!」

霞が軽くため息をつく。

「もちろん、私はあくまで予備。敷波が来れば、それが一番よ」

「うん、そうだ。出発の時間まではまだしばらくある。それまで待つよ」

「…はい」
 



239:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/24(土) 17:39:53.81ID:kHeRJngDo

「司令官さん、……時間です」

端末の時計を見て、羽黒が報告する。
提督はふいーっと煙を吐き出した。
腰をおろしていた係留柱から立ち上がって、

「第二艦隊、出発準備」

告げた。
龍田以下、曙、潮、霞が整列し、各自装備を点検する。

「し、司令官――」

綾波が提督に駆け寄る。
その様子に霞が聞こえないように舌打ちした。

「敷波は、必ず来ます! ですから、もうちょっと、もうちょっとだけ…!」

「あのねぇ――」

「――いいかげんにしなさいよ!」

しかし綾波を怒鳴りつけたのは霞ではない。
曙だ。

「綾波! 心配してるのはあんただけじゃないの! でもあたしたちは軍人でしょ!」

はっとしたような綾波。提督にすがりつこうとしていた両手がぶるぶると震えながら握られて下ろされる。
提督は綾波の肩に手を置いた。

「綾波。今日はとりあえずあきらめよう」

「………っ」
 



240:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/24(土) 17:45:34.00ID:kHeRJngDo

「第二艦隊、出発準備整いました~」

四人が海上に降り立って、あとは提督の号令を待つのみである。

「うん。それじゃあ――」

「!」

ぱっと夕立が建屋のほうを振り返る。
提督は言葉を止めた。
なぜなら、



「敷波!」



走ってきたのは彼女だったから。
 



241:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/24(土) 18:02:50.48ID:kHeRJngDo

すぐに身を翻して綾波が駆け寄る。
羽黒ら、そして海上に下りていた四人も上がって敷波を囲んだ。

「ごめん、みんな…」

誰とも顔を合わせられずに、それでも敷波は謝った。
なんと声をかければいいか、と一瞬空白が生まれる。
しかし、

「気にしないでいいっぽい!」

「よく来たァ! なんも気にすんなッ!」

夕立、それに続いて天龍たちが声をかけていく。

「みんな……ありがとう…」

「――敷波…」

涙ぐみながら彼女の姉が近づく。

「綾、波。ごめん。その、あたしは、」

「敷波っ!」

綾波は飛びつくように敷波を抱きしめた。
驚いた敷波も、すぐに目を潤めて抱きしめ返すのだった。
 



242:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/24(土) 18:07:09.48ID:kHeRJngDo

敷波は皆の見守る中、提督へと歩み寄った。

「敷波――」

「司令、官。あたし、あたしは……」

うつむいて、なにか言わなければとする敷波に、提督は咳払いして、

「第二艦隊、敷波! ただちに遠征出発準備せよ!」

「っ! は――はい! 敷波、抜錨!」

敷波とともに第二艦隊が海上に整列する。

「ひっく…ぐすっ…」

「もう、泣き止みなさいよ潮…」

「提督~、いつでも出発できます~」

「よし! 遠征頼んだ」

「は~い」

そうして、一日遅れで、遠征は実施された。



「北上さん……あたしは、もう迷いません」
 



250:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/04(水) 01:50:20.09ID:6tG9ddZRo

48.

「ふー…」

執務机のイスに背を預けて、提督は天井に煙を吐き出した。

「よかったですね、司令官さん」

「うん」

にこにことした羽黒に、彼も相好を崩す。

「明日は出撃よ。実戦でも必ず成功させるわよ」

「はい!」

霞も心なしか安堵しているように見えた。

「そういえば霞ちゃん。霞ちゃんが抜けたときの第一艦隊の戦術ってどういうものを考えていたんですか?」

「ああ。あれはね、嘘よ」

「え?」

「そんな都合のいいもの、見つからなかったの。だから、嘘よ」

「やっぱりか」

「ええっ! そ、それじゃあ…」

霞は肩をすくめた。

「仕方ないわ。鎮守府のためだもの」

「か、霞ちゃん…! 司令官さんは気付いていたならどうして止めなかったんですか!?」

「霞は止まらんだろ」

そう言って提督はくっくと笑った。
 



251:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/04(水) 01:52:58.14ID:6tG9ddZRo

「さて、昼飯前に比叡の最終調整してくるか」

「第一艦隊はどうしましょう?」

「明日は出撃本番だ。問題ないとは思うが念のため今日一日は休みにしよう」

「それがいいわね。あたしもちょっと休憩したいわ」

「わかりました。そのように伝えておきますね」

紙煙草を灰皿に捨てて、提督は部屋から出て行った。
ぱたぱたと端末に連絡事項を打ち込む羽黒の対面に霞は腰をおろした。

「ねえ。アンタ、前に件の戦闘後の敷波についてなにか言っていたわよね」

羽黒はディスプレイから顔を上げて小首をかしげた。
 



252:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/04(水) 01:54:43.80ID:6tG9ddZRo

「…なんでしたっけ。敷波ちゃん……」

考え込んでいるうちに、羽黒は瞑目して停止した。

「羽黒? ……ちょっと!」

霞が鋭く呼びかけると、ぱちりと羽黒が目を開けた。

「…か、すみ、ちゃん?」

「え?」

ぐうっと羽黒は伸びをしてすっきりしたように笑った。

「さあ、作業は終わらせて一休みしましょう!」

「は…? アンタ、いま……」

「どうしたんですか?」

霞は右手を腰に当てて嘆息した。

「……アンタ、ほんとに休んだほうがいいわよ」

「えっ? あ、はい。ありがとう、霞ちゃん」

羽黒はよくわからないままに微笑み、霞はまたひとつため息をついたのだった。
 



253:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/04(水) 01:58:29.93ID:6tG9ddZRo

49.

山道を夕立が駆け抜けていく。
一気に走り降りて階段を無視して大きくジャンプ。

「っぽい!」

枝を一瞬掴んで制動、着地して斜面を滑り、小川を跳び越えて今度は駆け上がる。
落ち葉を蹴散らして樹木を蹴って崖を登り、休むことなく森の中を走っていく。

「はぁっ! はぁっ!」

開けた場所に出た夕立はようやく足を止めて大きく呼吸した。
そこは鎮守府の裏である。

「あ? 夕立じゃねーか。なにやってんだ?」

声をかけてきたのは天龍。
夕立は息を整えてから返事した。

「明日が出撃だと思うと、もううずうずしちゃってたまらないっぽい!」

「だから山んなか走り回ってたってーのか?」

「うん!」

「なんだそりゃ…。ま、明日が楽しみなのはオレも一緒だけどな!」

天龍は呆れていたが獰猛な笑顔で提げていた木刀を振り回した。
 



254:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/04(水) 02:05:23.67ID:6tG9ddZRo

轟!

突如、遠雷のような音が鳴り響いた。
夕立が反射的に音のしたほうを向く。

「なっなんだ今の音!?」

慌てる天龍。しかし夕立は肩をすくめるのみ。

「比叡の射撃音でしょ? 前もやってたっぽい?」

「は!? 知らねえぞ、んなこと…」

「ねぇ天龍、そんなことより…」

べろりと夕立が舌なめずりする。

「ちょっとだけ、夕立とパーティしない?」

「……フフフ、いいねぇ! 龍田がいなくて退屈だったんだ」

天龍がもう一本の木刀を夕立に投げて寄越す。

「ふふっ、うずうずしすぎて手加減できないっぽい…っ!」

「いいぜェ最強のオレに手加減なんかいらねえ! かかってこい!」

二人は笑いながら激突した。
 



255:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/04(水) 02:15:12.43ID:6tG9ddZRo

50.

自室で頬杖をついて文庫本を読んでいた霞のもとに、綾波が訪れていた。
綾波は扉を開けたまま敷居をまたがずにもじもじしている。

「何。第一艦隊なら、連絡があったと思うけれど、今日は休養よ」

本にしおりを挟んで霞が水を向けると、綾波は顔を上げた。

「違うの。綾波、霞に謝ろうと思って…。あの、敷波のことで、いろいろ迷惑をかけた、というか…その、ごめんなさい」

「ああ。…まあ、気にしなくていいわよ。結果的に敷波は無事遠征にいったんだし。
 ま、アンタも気持ちを切り替えて、明日の出撃に備えなさいな」

「怒って、ないの?」

霞は綾波に入室を促した。
少し躊躇ってから、綾波はおずおずと扉を閉めた。

「怒ってないわ。今はね」

ふたりはロウテーブルを挟んで座った。
 



256:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/04(水) 02:29:50.41ID:6tG9ddZRo

「敷波のことも、……言い出せなかったのよね」

「……でも、霞の言うとおり、綾波はどうかしていたのかもしれません。
 敷波を守ることが目的だったのに、いつのまにか秘密を守ることが目的になってしまっていて…」

あるわね、そういうこと。
霞は静かに頷いた。

「敷波に拒絶されて、すごくショックで…それで、綾波が悪いんじゃない、きっと鎮守府が悪いんだ、って。
 そう思い込もうとしたというか、あの時はそうとしか考えられなかった」

綾波は弱弱しく自嘲した。

「綾波たちは幼馴染で、ケンカなら何度もしたんだけど、あんなふうに拒絶されたのは初めてで。
 そんなことを考えると、頭がぐるぐるしてきて…。とにかく、ごめんなさい」

「いいってば。あたしもなんだか苛苛していたのよ。なんにせよ、結果オーライでいいでしょ」

調子が狂って、霞は早口でそう切り上げた。
椅子に戻る。

「さっさと休んで、また敷波を迎えに行ってあげなさい」
 



258:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/04(水) 02:37:39.24ID:6tG9ddZRo

笑顔を取り戻した綾波も立ち上がる。

「ありがとう。霞は優しいね」

「はァ!? なに言ってんの!」

「ふふ、じゃあ明日はよろしく、がんばろうね」

「アンタねぇ…」

綾波は足取り軽く退室した。
まったく…、と霞は零して、それから頬を掻いた。

本を開き、ふと窓の外を見る。
空が、青く、広がっていた。





 



265:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 01:08:07.07ID:Ux3jjCbpo

51.

訓練の帰り、車中で提督はぐっすり眠ってしまっていた。

「提督はお疲れのようですね」

運転手を務める無線班は苦笑気味にそう言った。

「司令は着任以来まだ休みなしで勤務していますからね!」

後部座席で比叡が頷いた。艤装は横に乗せている。

「提督室は毎日遅くまで照明が点いています。きっとあまり寝ておられないのでしょう」

「確かに司令は毎朝とっても眠たそうです!」

「実に仕事熱心な方です。やはり中央では活躍しておられたのでしょうね」

「中央、ですか?」

「ええ、はい。中央にはやはり実力のある方が集められますから。この方も中央から派遣されてきたと聞き及んでおります」

「そうなんですか」

「ですからきっと、この鎮守府を改善するために尽力されているのだと、みな期待しているのです」

「確かに司令は他の方とは違います。私は、みんなのために働くことができて嬉しいです!」

「我々も、同じ気持ちなんです。この鎮守府が変わっていく、そんな実感があります。それが、本当に嬉しいのです」

「はい!」

比叡は満面の笑みを浮かべた。
 



266:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 01:10:02.66ID:Ux3jjCbpo

52.

「首いてえ…」

提督は執務机で首に手を当てて呻いた。

「何。軟弱ね」

詰め碁で遊びながら霞が一刀両断。

「車の中で寝るもんじゃないな。ケツも痛いし」

「知らないわよ、このクズ。羽黒といいアンタといい睡眠の管理を疎かにしすぎよ」

「ああ、羽黒もなんか眠たそうだよな。昨日の夜もあれ絶対寝てたぞ」

「今朝もおかしかったわ。まったく、情けないわね」

ノック。
羽黒と龍田が入室する。

「うわさをすれば影だな」

「?」
 



267:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 01:12:37.01ID:Ux3jjCbpo

提督が二人を迎える。霞も立ち上がった。

「なんでもない。龍田、遠征ご苦労」

「任務完了よ~。高速修復材は前回と同じところに置いてあります~」

「うん。助かるよ。問題はなかったか?」

「ええ、予定通りに終わったよ~?」

「敷波の様子はどうだった」

龍田は頬に手を当てて微笑んだ。

「敷波ちゃんが心配なの~? うふふ~」

「いいからさっさと報告しなさい」

「わぁ~霞ちゃんこわぁい♪ 敷波ちゃんも特に問題は無かったわよ~」

「そうか。それはよかった」

ほっとして紙煙草に火をつける提督。
 



268:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 01:13:41.52ID:Ux3jjCbpo

「あの動画を撮ったのが、良かったのでしょうか」

「さあ~。そうだとしたらムダにならなくてよかったけど~」

「あんなのでなんとかなるわけないでしょ。きっと別の要因よ」

「まぁいいだろ。これで無事、出撃できるんだ」

提督が煙を吐いた。

「そうですね…き、緊張してきました」

「早いわよ! しっかりなさいな!」

「気をつけてね~」

「す、すいません…」

「羽黒は第一艦隊のメンバーに改めて通達よろしく。霞も明日は頼む」

「は、はいっ」

「任せなさい」
 



269:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 01:25:23.23ID:Ux3jjCbpo

「よし。じゃあ解散だ。夕飯にしよう。龍田、改めてご苦労だった。羽黒、霞はまた明日な」

三人を見送って、提督は執務机に戻った。
灰皿に灰を落とす。

「……ようやく出撃か。いろいろあったせいで短くも感じるが…」

机上に散らばった資料や書籍を見渡す。

「北上の件は結局わからずじまいだ。大井の処遇も…これは妖精との折衝が必要だな」

妖精。
彼らは人間とは友好関係を築いているが、やはり彼らは彼らで人間とはまったく異なる存在だ。
まともな接触をするためには、それなりの手続きを踏む必要がある。

「またアイツに頼むしかないな」

へらへらした同僚を思い浮かべて、提督はふっと笑う。
そして煙草の火を消して、真面目な表情になった。
その視線の先にあるのは、机に置かれたお守りである。
中には鉄片がひとつ入っている。

「まだまだ、始まったばかりだ。やるしかないな」

提督は球磨の遺品を見つめて、そう呟くのだった。


 



274:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/16(月) 02:31:16.24ID:K+E4003do

53.クリープ

「あ…。あ、曙ちゃん」

「ん。どうしたの」

食堂でトレイを持った潮は奥へと顔を向けた。
曙もそちらを見る。

「………」

「………」

向かいあって食事をしている綾波と敷波だ。
はあ、と曙はため息ひとつ。

「潮。行くわよ」

「う、うんっ」

曙は二人の隣にトレイを置いた。

「隣、座るわよ」

「お、お邪魔します…」

潮も同様に。
綾波がぱっと表情を明るくする。

「あっどうぞ!」
 



275:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/16(月) 02:33:50.21ID:K+E4003do

敷波もゆっくりと顔を上げて二人を見た。

「敷波、今日はお疲れ」

「お疲れ様です…っ」

「あぁ……うん、二人とも、お疲れ」

ぼんやりとしていた敷波はゆるゆると頷いた。

「あーっなになに? 夕立も一緒に食べるっぽい!」

がしゃがしゃと食器を鳴らしながら夕立が近づいてきた。

「ほら、霞もーっ! こっちこっち!」

「なによ、やかましいわね」

夕立に呼ばれて霞も眉根を寄せながら潮のとなりに着席する。
 



276:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/16(月) 02:35:58.71ID:K+E4003do

「ごっはん、ごっはん~♪」

「夕立、アンタ肉ばっかじゃなくて野菜も食べなさいよ」

「お肉好きっぽーい」

「お野菜おいしいよね」

「霞もひとのこと言えないでしょ」

「何。あたしに好き嫌いなんて無いわ」

「え~? この前気付いたんだけど、あんた鶏肉避けてるでしょ」

「そ、そうなの? 霞ちゃん」

「はァ!? 鶏肉じゃ体力維持できないからよ! 別にキライな訳じゃないわ」

「霞、隠さなくてもいいっぽい!」

「大丈夫だよ霞ちゃん、私も、食べれないものあるから…」

「隠してないし食べれるわよ! なんなの!」
 



277:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/16(月) 02:37:23.49ID:K+E4003do

「え、潮ってなに嫌いなの」

「ホルモンとか…ああいうのはちょっと…」

「あーわかる。いつまでも口の中に残ってウザいのよね」

「夕立はワタもいけるっぽい!」

「あたしを無視して話を進めないで!」

柳眉を吊り上げる霞に夕立らがけらけら笑う。
綾波もくすくすと。
それに釣られるように敷波も小さく吹き出した。

「敷波は? なにか好き嫌いあるっぽい?」

「え、あー、あたしは、苦いのは好きじゃないな。コーヒーとか」

「はん、子供ね」

「曙ちゃんはコーヒー飲めるもんね、お砂糖3杯入れたら」

「ちちちちょっと潮ぉっ!」

「えええぇっ!?」

「曙もまだまだ子供っぽーい」

「誰もあんたには言われたくないわよね」
 



278:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/16(月) 02:39:19.95ID:K+E4003do

駆逐艦らが楽しそうに食事しているのを眺めて羽黒も微笑んだ。

「嬉しそうですね!」

「ふぇっ! あ、ひ、比叡さん」

「いやーいいですね! 食堂に笑い声があるのはすごく久しぶりな気がしますよ!」

「あ、そ、そうですね。敷波ちゃんも元気になってよかったです」

「まったくもってそのとおりです!」

「あの、比叡さん。明日は、その、よろしくお願いします」

「ええ! もちろん、任せてください!」

にこーっと笑う比叡。
羽黒は出撃への緊張はまだあるものの、どこか安心感のようなものを覚えていた。
この鎮守府が正常に回り始めている。
そんな感覚だった。
 



279:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/16(月) 02:41:53.49ID:K+E4003do

54.

夜。提督室。
小さく、控えめにノックが二回。

応答は無い。
そっと、ドアが開く。

「司令官……?」

綾波である。
執務机のほうを見遣ると、提督は机に突っ伏したまま眠りこけているようだった。
するりと入室して静かにドアを閉める。

「司令官。寝ちゃってるんですか?」

提督の背中はゆっくりと上下している。
机の上、提督の下には様々な資料が散らばっている。

「司令官、調べ物の途中で寝ちゃったのかな…?」

ちらっと見てみると、資料は妖精についてのものや近現代の歴史、精神医学書など関連性の良くわからないものばかりである。
綾波は小首を傾げたが、すぐにくるっと提督に背を向けて、

「寝ていてくださってよかったかもしれません。綾波、今日は謝りに来たんです」

呟いた。
 



280:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/16(月) 02:45:45.47ID:K+E4003do

「でも、謝って、許されたら綾波はまた間違えてしまうかもしれない。でも、そのままにもしておけない。
 だから綾波の自己満足なんです。だから、司令官が寝ていて、ちょっとほっとしてるんです。
 やっぱり綾波は悪い子ですよね」

掛けられていた提督の上着を彼にかける。

「司令官。ごめんなさい。綾波、司令官を困らせました。みんなを巻き込みました。敷波のことで、わがままを言いました。
 本当にごめんなさい。もう、綾波は間違えません。もし、また綾波が間違えたら……」

てくてくと歩いて、ドアのノブに手をかける。

「司令官。そのときは綾波を解体してくださいね」

哀しい笑顔で綾波は退室した。

提督は眠っている。
彼は知らない。少女の涙を。

 



285:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/25(水) 00:20:19.76ID:+16t0z/uo

55.

「あー、こちら司令室。第一艦隊旗艦・羽黒、応答せよ」

『はい、こちら第一艦隊旗艦・羽黒。感度良好』

よし、と頷いて提督は周波数を切り替えて、

「こちら司令室。比叡、聞こえるか」

『はい! 比叡です! 聞こえてますか!』

「うるさいな……」

『司令! 聞こえませんか!? 無線班さん、大丈夫ですか!』

「聞こえている! そんなに大声出す必要は無い」

『ああ! よかったです!』

『こちら観測班。第一艦隊の12時方向に艦影アリ。敵偵察艦と思われます』

「了解。比叡、準備はいいか?」

『はい! 気合! 入れて! 行きます!』
 



286:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/25(水) 00:21:01.82ID:+16t0z/uo

「12時方向に敵艦発見!」

複縦陣で索敵行軍していた第一艦隊でも綾波が報告した。

「了解。進路および速度このまま」

「はい。えっ?」

羽黒の指示に綾波がすっとんきょうな声を上げる。

「いいじゃねえか! 轢き潰してやるぜ!」

天龍が笑うと同時に深海棲艦・ハ級が爆発した。

「――ぬあぁっなんだァっ!? ま、まさかオレの秘められた力が…!?」

「違うわよバカ」

一拍遅れて砲撃音が海の上を渡っていく。
霞が親指で後ろを指差した。

「今のは比叡の砲撃よ」
 



287:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/25(水) 00:21:35.84ID:+16t0z/uo

『命中。敵艦撃破を確認』

「うっし」

観測班からの報告で提督はぱちんと指を鳴らした。

「比叡。見事だ」

『ありがとうございます!』

「その調子で頼む」

『はい!』

「観測班は引き続き索敵を続行してくれ」

『了解しました』
 



288:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/25(水) 00:22:50.42ID:+16t0z/uo

「はぁ!? 比叡を要塞砲台代わりに使う!?」

炎上しながら沈んでいくハ級を見ながら天龍が呆れた。
霞もため息をついた。

「突飛すぎるわよね。あたしもそう言ったけれど、あのクズも比叡も聞く耳持ちゃしない」

「へ~え! でもなんかすごいっぽい! 獲物とられちゃったけど…」

「比叡さんの訓練って定点からの砲撃練習だったんですね」

「はい。どこから、どの角度で撃てばどこに落ちるか。それを試行錯誤して精度を高めていたようです」

羽黒は説明しながらハ級の残骸を軽く迂回する。

「なるほど、それなら燃料も弾薬も節約しつつ戦闘を楽にできるってぇ訳か」

「だけど、そんなのふつう厭でしょうが。あたし達は艦娘で、しかも比叡は戦艦よ?」

そう言う霞に、羽黒は水平線を見つめたまま、

「私には、少しわかる気がします」

と洩らした。

「は? どういうことよ」

「い、いえ…あの……待っているだけ、というのは、少し、辛いものなんです…」

「ああ。少しでも、戦いに参加できるように、ということですか」

「ふうん…。ま、それなら比叡がえらく張り切ってることも説明がつくわね」

「オレも戦ってなくちゃ楽しくねぇなッ!」

「夕立も夕立も~っ!」

「はいはい、アンタらはいつもどおりね」
 



289:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/25(水) 00:24:04.27ID:+16t0z/uo

「命中ですかっ?」

「うん。さすが比叡だな」

「ふん。あたしだってあれくらい…」

司令室に曙と潮が訪れていた。

「船は揺れるからな」

提督は煙草の煙をゆっくりと吐き出した。

「そ、そうですね…」

「射線に対して平行な波は前後に、直角な波は左右に狙いをずらす。洋上では常にこの揺れとの勝負だ」

おろおろする潮。
曙は腕を組んで黙っている。

「艦娘はそのしなやかさで揺れを抑えることが可能だが、それでも完全じゃないし、高速で移動する1m×1mの相手に着弾させるのはやっぱり困難だからな」

「知ってるわよそんなことは。だから艦娘の戦闘は接近してからの砲雷武術が定石になったんでしょ」

曙のセリフに頷く提督。灰を落とす。

「そうだ。洋上で戦う高さ約1.5mの艦娘だからこそ波を克服し利用して、射線を奪い合い白兵戦にまで持ち込む砲雷武術が生まれ、進化したんだ。
 逆に言えば、波の影響を受けない陸からならほとんど一方的に攻撃できる、はずだ」

「そ、それでも、風とか光の屈折とか、狙撃は簡単じゃないんじゃ…」

「もちろん。潮、よく知ってるな。だからこそここ連日、比叡には射撃訓練に従事してもらっていた。
 複数の狙撃ポイントから、時間や風位風力などの条件を観測しながらな」
 



290:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/25(水) 00:25:02.85ID:+16t0z/uo

「そんなに陸からの砲撃がいいのなら、みんなそうすればいいじゃない」

「艦娘が開発された当初はそうやって戦っていたんだそうだ。まだ力場による浮上航行が発明されていなかったんだな。
 みな岸壁や船から砲撃していたらしいぞ」

「なんだか間抜けね」

「それなら、ええと、各地に防衛要塞を築けば深海棲艦をやっつけられるんじゃないですか…?」

「おいおい潮。君、あいつら相手に通常の物理的攻撃が通用しないことを忘れたのか?
 そうでなければ君たちのような女の子に戦わせたりしないさ」

「ほんっとめんどーなやつらよね!」

「艦艇の神霊の神籬たる艤装でなければ深海棲艦に有効打を与えることはできないからな。詳細な原理は不明だが。
 ちなみに中央では陸上護衛の艦娘部隊が沿岸に配置されているぞ。行政機能やなんかを防衛しなければならないからな。
 俺も見たことはないが、熟練の艦娘が配備されているらしい」

「へえ、そんなのがいるんだ」

「熟練…すごいなぁ…」

『――こちら観測班。第一艦隊の11時方向に艦影アリ』

「了解」

応えて提督は紙煙草を灰皿に押し潰した。

「こちら司令室。比叡、もっぺん行くぞ」

『いつでも準備、できています!』





第一艦隊はこの出撃で快進撃を続け、誰一人大破を出すことなく帰投した。
 



300:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 00:13:13.65ID:7I/TU5pRo

56.

提督が着任し、出撃してから一ヶ月が経過しようとしていた。

「司令官さん。第一艦隊、出撃よりただ今帰投しました」

「うん、ご苦労」

「戦果についてはまた報告をまとめます。入渠は中破の天龍さんからでよろしいでしょうか」

「それで頼む」

提督室に羽黒が報告に来ていた。
今回の出撃も大過なく勝利したのだ。深海棲艦に占領されていた領海もじょじょに開放することができていた。

「羽黒。夕食を終えたら霞と一緒にまた来てくれないか」

「了解しました。……あの、どういう用件かお聞きしても……?」

「うん。ちょっとめんどさいことになりそうでな」

「はい…、……?」


 



301:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 00:14:07.72ID:7I/TU5pRo

そうして夜、羽黒と霞が提督室のソファに座っていた。
提督がいつものように紅茶を淹れる。
羽黒も最初は遠慮していたり代わろうとしたりしていたのだが、提督に固辞されて今では落ち着かずに眺めているだけになっている。

「で? 何の用よ」

カーディガンのポケットに手を突っ込んだままの霞。
提督は執務机からぴらりと一枚の紙をつまんだ。便箋である。

「中央の同僚から悪い知らせが来た。あさって、ある中将がこの鎮守府を視察に来る」

「そんな連絡が、なぜ同僚の方から回ってくるのですか?」

「正式な連絡じゃない。おそらく諜報部のツテから入手した情報をリークしてくれたんだろう。暗号で書かれていた」

「その中将がここに来るのが、どうして悪い知らせなのよ」

「うん。そのだな、」

提督は紅茶で舌を湿した。

 



302:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 00:15:19.14ID:7I/TU5pRo

「その中将は厳格で有名なんだ。この鎮守府の艦娘たちを十中八九良く思わないだろう」

「そ、それは、どうしてでしょう?」

「あたしたちが他の鎮守府とは比べ物にならないくらい緩みきってるからでしょ」

「え、で、でも……最近はちゃんと出撃したり演習したりしてますよ」

「笑わせないでよ。そんなの当然でしょ。普段の態度とか規律のことを言ってるんじゃないの」

「そうだな。最悪なのが、中将が自ら処罰を下す可能性があることだ」

「そ、そんな、いきなりですか…!?」

「そういうひとなんだ」

霞が大きく舌打ちした。

「回りくどいわね。視察の時だけ、普通の軍隊らしくしろって言いなさいな」

「まあ、そういうことだな。急な話だし難しいかもしれないが……頼めるか」

「わ、わかりました…!」

「明日は出撃も遠征も取りやめで視察の準備に専念してほしい。
 羽黒はこのことを各艦に伝達、あと会議室を借りておいてくれ。霞はなにか参考になる書籍を探して指導してやってくれ」

二人は了解した。


 



303:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 00:16:42.44ID:7I/TU5pRo

57.

「中将閣下に敬礼!」

リーク通り翌日には中央から視察の正式な通達があり、その次の日、つまり今日、中将と部下数名が鎮守府に到着していた。
艦娘らが左右に整列し、一斉に右手を掲げた。

「ようこそおいで下さいました、閣下」

提督が敬礼の後、歓迎の言葉を述べる。

「うむ。今日は急な視察になったが、よろしく頼むぞ」

「はっ! ではまず、こちらへどうぞ」

傲然とした態度で髭をねぶる中将を提督は案内し始めた。
一行が建物のなかに消えてから、ようやく艦娘らは敬礼を解いた。

「すっごい偉そうな奴ね。いけ好かないったら」

「だ、だめだよ曙ちゃん…!」

声に出さず艦間通信する曙と潮。
羽黒は急いで給湯室へ向かった。

「一一〇〇より演習を行う。各自準備して集合」

霞が残ったメンバーに告げ、各員は小走りで移動を開始した。
 



304:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 00:18:01.30ID:7I/TU5pRo

58.

応接室で提督は中将の相手をしていた。

「なにぶん人員が足りず、見苦しい点も多い鎮守府かと思われますが…」

「良い。しかしお前はその鎮守府でずいぶんと活躍しているようだな」

事務から届けられた戦果報告書などをめくりながら中将。

「恐縮です。皆の働きあってこそのものです」

そこで羽黒がお茶を汲んできた。

「し、失礼します! どうぞ」

「うむ」

「紹介します。こちらが本鎮守府第一艦隊旗艦・重巡洋艦羽黒です」

「おおこれが旗艦か。重巡が旗艦とは、ふむ……」

じろじろと眺められて羽黒は顔を赤くしてもじもじした。

「重巡ながら艦隊を率いてよくやってくれています」

「ここには戦艦が二隻所属しているだろう。それはどうした」

「扶桑型の山城は長期入渠中です。一方、金剛型の比叡も艦隊には配属しておりません。
 誠に不甲斐ないですが資材が足りず、次善の策で凌いでいる現状です」

「そうか。資材不足はどこでも深刻だ。緊急度の高い鎮守府には優先して供給せねばならん。
 それでもどこの鎮守府でもなんとかやってくれている。ここも同様だ」

「は。失礼しました」

「しかしこの鎮守府の躍進ぶりは中央にも届いている。どんな魔法を使った?
 いやお前のことだ、艦娘を信じて一所懸命やった、などとしか言わぬだろう」

「いえ……」
 



305:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 00:18:47.60ID:7I/TU5pRo

「だがお前のやり方では、いつかの二の舞になるのは火を見るより明らかだ。
 この重巡が、あの軽巡と同じ結末にならぬよう、気をつけることだな」

「――っ」

中将の言葉に提督の顔色が変わる。
彼の脳裏にあるのは、あの日腕のなかで息絶えた戦友・球磨だ。
羽黒は話が読めずにおどおどしている。

「……羽黒。下がっていい。君も演習の準備をしてくれ」

「は、はい、わかり、ました」

気遣うような羽黒の視線を遮るように提督は軽く手を払って指示する。
羽黒が退室する。



「そろそろ一人前の提督になれ。そうすれば中央に戻してやれる」

「……どういう、ことですか」

「わかっているのだろう。艦娘に情をかけるのを辞めろ。あれは兵器だ。合理的になれ」

「……ですが、私は、」

「一人前になって上に来い。お前なら出来る。そうすれば、言っている意味が分かるようになるだろう」

「………」

中将はがぶりとお茶を飲み干した。
膝を掴む提督の手は力の入れすぎでぶるぶると震えている。

「……それが、……今回の、視察の目的ですか……」

「さてな。お前の知るところでは無かろう。さて、そろそろ演習場へ向かおうか」

中将はかつんと湯呑みをテーブルに置いて立ち上がった。

 



306:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 00:20:22.97ID:7I/TU5pRo

59.

水面を蹴立てて第一艦隊が鉄床戦術を仕掛ける。
すかさず比叡が距離を取り、それを追いかけた天龍と羽黒に龍田らと比叡が十字砲火を浴びせる。
霞らに対してひとり曙が立ちふさがり、援護を遅滞させている。

「ちぃっ!」

数の多い龍田と駆逐艦の砲撃、一撃の重い比叡の砲撃をかいくぐるのに必死になる天龍と羽黒。
なんとか離脱したふたりだが、第一艦隊は二分されてしまった。

「第一艦隊! 用意!」

ひと月にわたって鉄床戦術を受けてきた比叡以下はようやくそれに一矢報いることができたと、
そう思った矢先、羽黒の号令に戸惑った。
第一艦隊のメンバーが砲塔を構える。

「てーっ!」

海が爆発した。

「ひえええっ!?」「な、なんだようっ!」「わひゃああああっ?」

比叡以下四人を取り囲むように水柱が上がる。上がり続ける。
周りが見渡せなくなる。
第一艦隊が水面に向けて砲撃しているのだ。
びしょ濡れになりながら辺りを見回す比叡。即座に砲撃の薄いところを発見する。

「みなさん! こっちです!」

「比叡さん!」「はいっ!」

周囲の見えない状況を脱しようと、曙らが比叡に続いた。

「! 待って―――」

龍田がはっとしてそれを留めようとするが、水煙を切り裂いて天龍が肉薄。

「おらァっ!」

「っ!」

刀と矛が激突した。
 



307:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 00:20:58.00ID:7I/TU5pRo

「あはははっ!」

比叡に続いた駆逐艦らに夕立が飛びかかった。

「きゃあああっ」

体勢の整わないまま潮、続いて曙が戦闘不能判定に。

「ふたりとも! まさか罠ですか!?」

振り返った比叡が状況を把握する。
第一艦隊は羽黒、霞、綾波が協調して水面を撃って敵陣形を乱し、天龍が追い出して、夕立が迎え撃つという包囲戦を仕掛けたのだ。

「くぅっ」

「ぜんぜん遅いっぽい!」

迫る夕立に照準を合わせようと単装砲を向ける敷波だが、軽快な機動を見せる夕立へ発砲できない。
翻弄される敷波へ一撃、二撃。夕立が叩き込み、戦闘不能判定にさせる。

「やったぁ!」

無邪気に喜ぶ夕立へと、砲弾が放たれた。
 



308:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 00:22:11.65ID:7I/TU5pRo

60.

『B艦隊、潮・曙・敷波が離脱。A艦隊、夕立が離脱』

「さすがは比叡だな……」

司令室で提督は中将とともに演習の報告を聞いていた。
双眼鏡で様子を見ていた中将はそれを下ろして、

「うむ。納得の練度だ。もういいぞ」

「は。それでは演習を終了します。総員へ告げる。演習は終了。帰投せよ」

後半は無線で各艦へ連絡する提督。
二人は波止場へと移動した。
ペイントまみれの艦娘らが整列して帰投してくる。

「あれはお前の指示か」

「は。隊が分断された場合は鉄床戦術から包囲戦へと移行するようにと」

「砲撃に薄いところを作ったのも?」

「そうです。動きが予測できれば待ち伏せが容易です」

「ふん。陸のやつらの戦術か。海戦とはまるで違う」

「……だからこそ、艦娘の戦闘にあてはまるのかもしれません」
 



309:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 00:23:29.96ID:7I/TU5pRo

「それがお前の魔法か」

「決して、魔法などとは。懸ける命は彼女たちのものですから」

「いいか。艦娘は、――」

中将が、波止場へと揚がってきたのを見て言葉を止める。

「演習終了、帰投しました!」

羽黒が、続いて総員が敬礼した。



演習が終わって帰っていこうとする艦娘ら。

「そういえば、お前の指示に従わなかった艦娘がいるそうだな?」

「!」

「この中にいるのか?」

「……はい」
 



310:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 00:24:19.68ID:7I/TU5pRo

「なんと、驚いた。まだ使っているのか。どれだ。処分してやろう」

髭をねじっていた手で、中将がすらりと軍刀を抜いた。

「どうした。どの船だ。さっさと言え」

「……っ」

「言えんのか。また艦娘をかばうのか、お前は。先にお前を抗命罪で処罰してもいいんだぞ」

「……私は、……」

提督のこぶしは強く握られ、奥歯は噛み締められている。
息を呑んで見守る艦娘ら。

「………。謹んで、お受けします……!」

「愚か者が! 背筋伸ばせェッ!」

青筋を立てた中将の怒号。
制帽を取った提督が両手を腰に回して胸を張った。
 



311:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 00:24:55.09ID:7I/TU5pRo

「……っ」

羽黒が言葉を探す。霞が下唇を強く噛む。潮が涙をためる。




「――あたしだよ」



そして、敷波がひとり、前へ進み出た。

 



318:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 00:33:39.26ID:6n2XGojao

61.

「なに?」

敷波を睨みつける中将。

「だから、あたしだよ。司令官の命令に従わなかったのは」

「ほう。間違いないのか」

中将が提督を一瞥する。
彼は歯を食いしばっていたが、偽証することもできず、

「…はい。間違い、ありません……っ」

絞りだすように答えるほかなかった。
艦娘らの中から小さく息を呑む音が聞こえた。潮か、綾波か。

「よし。下がっていろ」

中将は頬を歪めて敷波に向き直った。
なんでもないふうを装っているが、少女の膝は小さく震えている。

「お待ちください! ――がッ!」

顔面を殴られて提督が倒れる。
声を上げた提督を見ることもなく中将が拳を振るったのだ。

「ッ!」

霞が雷に撃たれたように身震いした。
閃いた怒りを咄嗟に自制したのだ。
しかし見開かれた瞳は憤怒に染まり、ぶるぶる震える右手を左手が押さえている。
 



319:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 00:34:32.71ID:6n2XGojao

「司令官さん!」

一方羽黒は飛び出して彼に駆け寄った。助け起こす。

「下がっていろと言ったろう。二度言わすな」

吐き捨てた中将が無造作に軍刀を構える。

「敷波っ!」

呼んだのは綾波。銃把を握る少女に、霞が反転して掴みかかった。

「霞ちゃん!?」

「どいてよ! 霞!」

「感謝するわ、綾波……!」

綾波にだけ聞こえるように霞が唸る。

「アンタが動かなかったらあたしがあのクズを殺るところだった……!」

「ちょっと、あんたたちっ……!」「やめろって!」

曙と天龍が二人を引きはがし押さえつける。

 



320:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 00:36:37.53ID:6n2XGojao

起き上がった提督が敷波の前で手を広げた。かばった。

「どけ」

「できません。申し訳ございません」

「司令官、」

「黙ってろ敷波」

提督はその場で膝をついた。正座する。

「申し訳ございません! ご容赦のほど願い申し上げます! どうか!」

「ならばお前が責任を取るというのかァ!」

「二度とこのようなことが無いよう責任持って管理いたします!」

「………」

提督は頭を地面にこすり付けた。

「どうか御慈悲を! 中将閣下! お願いします!」

「………。今の言葉、肝に銘じておけ」

中将が軍刀を鞘に納めた。

「ありがとうございます! 感謝いたします」

「抗命の動機と対策について報告書を提出しろ。いいな?」

「はッ!」

「では立て。帰るぞ」

後半はいつの間にか控えていた中将の部下に対して。
 



321:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 00:37:52.91ID:6n2XGojao

見送る段になって、艦娘らは再び整列していた。

「中将閣下に、敬礼!」

「期待しているぞ、お前には」

「恐縮です。励みます」

提督と中将も敬礼を交わす。
中将が一歩近づいた。

「そうだ。そのためにも、営倉に入れているという重雷装巡洋艦を艦隊に戻せ」

「は……、それは、」

「いいな?」

「……了解、しました」

「うむ。ではな」

そうして中将一行は去っていった。
 



322:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 00:40:18.21ID:6n2XGojao

しばらく敬礼を続けていたが、

「ふう。もういいぞ」

提督に続いて全員が体から力を抜いた。

「はぁっ…!」

すとんと、敷波がその場に座り込む。

「しき、痛て…、敷波、すまなかったな」

「いや別に…。あたしが悪いしさ」

敷波に、名を呼びながら綾波、潮が抱きついた。

「よかった、よかったよう」

「あー、君ら、とりあえずペイント落として、それから今日はゆっくり休むように」

「はい!」

反射的に厳格な軍のように返事した艦娘らはお互いの顔を見合わせてくすくすと笑いあうのだった。
 



323:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 00:42:11.90ID:6n2XGojao

62.

浴場。

「かーっ良ーい気持ちだぜ!」

「うふふ~天龍ちゃん、おっさん臭いわよ~?」

「うるせえ!」

軽巡二人が湯に浸かっている。
駆逐艦らは壁際に並んで蛇口の前に座っていた。

「あのクソヒゲ…いきなり処分とか頭おかしいんじゃないの」

「まったくもってクズね。死ねばいいわ」

「ふ、ふたりともそんなこといったらダメだよ~…ふひゃあ泡が目にッ!」

髪を洗う曙、霞、潮。

「でも提督さん、カッコよかったっぽい!」

「そうだね、お姫様を守るナイトみたいだった。ね、敷波?」

「べ、別に…あたしは、どうだっていいし…」

身体を洗う夕立、綾波、敷波。
 



324:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 00:44:14.30ID:6n2XGojao

「うっしゃあ! 上がるぞ!」

ざばっと勢いよく立ち上がる天龍。龍田も続く。
脱衣所では比叡が下着姿で牛乳を飲んでいた。

「ぷはーっ! いやーやっぱりお風呂上りは牛乳ですね!」

「風邪ひくぜ比叡サンよ」

「風邪なんかに負けません!」

「あれ~? 羽黒さん、先に上がったと思うけど~」

「さっきなんだか急いで出て行かれましたよ!」

「あんたはとりあえず服を着てくれ!」

「貴女だってハダカじゃないですか!」

「オレはまだ上がったばっかだろ!」

「私はもう着たわよ~?」

「早くねえか!?」
 



325:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 00:46:44.64ID:6n2XGojao

一方、駆逐艦の六人は湯船へと移っていた。

「見て見て敷波!」

ぱっしゃぱっしゃと両手で水を掬い上げて遊ぶ夕立。
なんともいえない表情の敷波の隣で、霞が綾波に話しかけた。

「……綾波。さっきは悪かったわね」

「ううん。むしろ、止めてくれてありがとう。霞」

「まあ、あたしも自分を抑えてられなかったし。ほら、今でも手の震えが止まらない」

「霞は司令官をとても大切に思ってるんだね」

「はァ!? いきなり何言ってんの!?」

微笑む綾波の言葉に霞はばしゃりと動揺した。

「だって司令官が殴られたから怒ったんでしょ?」

「な……、違、あたしはあんまり横暴だったから!」

「霞、どうしたの? なんか顔赤いっぽい?」

「~~~っ!」

夕立に顔を覗き込まれて、霞は急に立ち上がった。

「先に上がるわ!」

「ぽい?」

小首をかしげる夕立と、吹き出す綾波。
霞が浴室から出て行く。

「どうしたのさ?」

「ふふ。なんでもない」
 



326:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 00:48:14.95ID:6n2XGojao

「あっ忘れてた! 霞に聞こうと思ってたことがあったっぽい!」

ばしゃばしゃと夕立が湯船を飛び出す。

「あたしらも上がろっか」

「うん。二人は?」

「忙しないわねぇ。あたしはもうちょっと浸かっていくわ」

「曙ちゃんがいるなら私も」

「じゃあお先に」

「おさき~」

敷波と綾波も上がり、湯船には曙と潮が残った。

「……今日は、いろいろ大変だったね」

「……そうね」

「私、すごく怖かった。提督や、敷波ちゃんが怒られてて……。でも、私、なにもできなかった。見ているだけしかできなかった」

「……あたしもよ。頭がぐちゃぐちゃになって、体もぜんぜん動かなくて……」

「誰かが傷つくのなんていやだって、そう思ってるけど、私、守ることもできなくて…、……悔しかった」

「ねえ潮。あたしは、次こそ絶対に、躊躇わずに動いてみせるわ」

「うん。一緒にがんばろう。曙ちゃん」

二人は静かに頷きあうのだった。
 



332:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/09(木) 00:38:24.72ID:1UXCRC7ho

63.

「痛てて」

「す、すいません…っ」

「いやすまん、羽黒のせいじゃない」

提督は羽黒に手当てを受けていた。
殴られた頬に湿布を貼ってもらう。

「無茶しすぎです…、司令官さん」

「すまなかった」

「心配しました。司令官さん。あんなこと…、もう、やめてください」

涙目で提督を見据える羽黒。
いたたまれなくなって提督はあごを掻いた。

「悪かった。でも、敷波を守るためだったんだ。俺たちは命のかかった戦闘を君たちにさせて陸地でのうのうと待っている。
 だからこそ、君たち艦娘を守るためなら俺はなんだってする。そうでなければ、提督として失格だ」

提督は紙煙草を一本取り出した。

「あるいは、人として失格だ。君に心労を掛けて申し訳ないが、わかってくれ」

羽黒はじっと彼を見つめていたが、やがて眉尻を下げた。

「……ずるいです。そんなふうに言われて、反対できません」

「うん。大人はずるいんだ」

提督は笑って、煙草に火をつけた。
煙を吸い、大きく吐き出す。

「あー。うまい」

嬉しそうな提督に、羽黒も優しく微笑んだ。
 



333:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/09(木) 00:39:50.04ID:1UXCRC7ho

がちゃりと、ドアを開いて霞が入室した。

「煙草臭いのよこのクズ!」

「開口一番だなぁ、霞。今日はご苦労だった」

「なにがご苦労よ。そんな情けない面して! アンタが一番……っ!」

提督の胸倉を掴んだ霞は潤んだ目を隠そうとして額を押し当てた。

「霞……」

「自分の命を、無下にするやつは、最低よ…っ」

「すまなかった」

頭を撫でようとした提督の手をばしりと払い、下から睨む霞。

「次あんなことしたら、張っ倒すだけじゃ済まないから! いいわね!」

「厳しいなぁ霞は。善処するよ」

「今度はあたしが絶対にあんたを守る――」

「霞、」

「なっ、何よ」

霞の言葉をさえぎって、提督がその右手を掴んだ。

「俺を守るなんて、言わないでくれ。頼むから」
 



334:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/09(木) 00:42:28.47ID:1UXCRC7ho

「な、あ、あたしは、……」

「だめだ。だめなんだ。俺を守ったりしなくていい。俺は、もう、誰も喪いたくない」

「………」

提督の沈んだ声に、霞もクールダウンする。
あの、と羽黒が遠慮がちに声を掛けた。

「それは、"あの軽巡"のお話ですか?」

――この重巡が、あの軽巡と同じ結末にならぬよう、気をつけることだな。
羽黒は中将の台詞を思い出していた。

「何の話よ」

「………」

提督は霞から手を離してソファに力なく座り込んだ。
ため息をひとつ。

「楽しい話じゃない」

「……軽巡? もしかして、球磨型の?」

――約束なんだよ。妹たちを守るって約束したんだ。
霞の頭にあるのは大井についての問いに対する彼の返答だ。

「そうか。霞には少し話したか。……しかたないな」

提督は長く伸びた灰を捨ててもう一息煙を喫む。

「昔の、話だ。俺は中央で艦隊を指揮していた――」

そうして、彼は話し始めた。
 



335:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/09(木) 00:45:18.82ID:1UXCRC7ho

「……じゃあ、何よ」

提督が話し終えて、霞は呟いた。

「アンタはあのクズ中将のせいで球磨を喪ってここに左遷されたってこと…?」

羽黒も沈痛な表情である。
提督はというと数本目の煙草に火をつけている。

「中将のせいじゃない。俺のせいだ。俺の力が無いが故に球磨を死なせ、俺の力が無い故に上に認められなかった」

煙を吐く提督。

「――それだけだよ」

「司令官さん。司令官さんのやり方では私がその球磨さんのようになる、というのは……?」

「………。球磨はもういない。今いる艦娘を大事にしろ、ということだよ」

「………」

「……そう、ですか」

しばらく、三人は黙り込んだ。
 



336:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/09(木) 00:48:16.33ID:1UXCRC7ho

「……そうだ。ひとつ、厄介なことを思い出した」

「何。まだなんかあるの」

「うん。大井を艦隊に戻すよう中将に命令された」

「なっ……!」

「大井さんを、営倉から出すということですよね」

「そうだ。すまん、断れなかった」

「チッ。仕方ないわよ、あの後じゃ反対なんてできないわ」

「そうですね…。艦隊に所属しているようにごまかしたりはできないでしょうか?」

「難しいだろうな。出撃や戦闘、演習でもなんでも記録がある。それをぜんぶ改竄や捏造をするとなると……」

「現実的じゃないわね」

「ううん…」

「そこで、霞に大井の監督を頼みたい。もし大井が艦隊行動に支障を来たすような言動をすれば、再び大井を営倉に戻す決定権を持ってもらう」

「……まあ、それが妥当ね。とにかく一旦はあのクズの命令通りにして、問題があればまたブチこめばいい訳だし」

「羽黒は敷波の件について報告書を作成してくれないか。これも中将に提出しなければならない」

「はっはい! わかりました」

「二人とも、苦労を掛けて申し訳ないけど、頼む」

「了解です!」「了解よ」
 



342:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/14(火) 01:07:47.57ID:1oC/57/Qo

64.

「そういえば、夕立に訊かれたんだけど、明日は出撃? それとも遠征?」

「ああ。明日は大井を混ぜて演習にしよう。一○○○から演習、一六○○からは遠征で周知を頼む」

霞と羽黒にそう伝えた提督は、夕食のあと営倉を訪ねていた。
相変わらず、薄暗い。

「大井。起きているか」

「……ええ……はい。起きています」

営倉の床にぺたりと座り込んでいる。
提督はいつものイスに腰掛けた。

「こんばんは、大井」

「こんばんは、提督。ああ、今は夜なんですね」

「そうだ。調子はどうだ?」

「調子? ――私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「それは重畳」
 



343:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/14(火) 01:08:45.63ID:1oC/57/Qo

「私はどこもおかしくなんてないです。でも誰もが私を監視していますから」

「監視?」

「そうです。そうすると私がどう考えているか、わかってしまうんです」

「諜報されているということか」

「違います。私の考えが伝わって、私が何を考えているか知られてしまうということです」

「……それは、艦娘に?」

「わかりません。でも確かにそうなんです。もしかして母の生まれ変わりだろうか、と思うと、実はそうだという顔をしましたから」

「誰が?」

「ご飯を運んできた子です。私はばらばらになって、ここにいるのはその欠片の中のひとつなんです。だから私は本当はここにいないんです」

「本当の大井はどこにいる?」

「暗いところです。そこから、オチオチした感じになって、海の上をうろうろしていました」

「どこの海?」

提督の問いかけに大井は答えず、宙をじっと凝視した。

「………あいつが悪いのよ……――…沈まないで……――……どうして………」

ぶつぶつと呟いている。
何を見ているのか。
 



344:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/14(火) 01:12:42.42ID:1oC/57/Qo

「大井?」

呼びかけると、はっと我に返ったような様子で、

「…すいません。なんと言ったらいいのか…、私を通して誰かが話してるんです。誰かの考えが伝わってきて…、」

「それはいつもなのか」

「いつもじゃないです。そんなわけありません。時々…、たまにです」

「戦闘や艦隊行動に支障があると思うか?」

「戦闘? 沈められるんですか? あのクソゴミを…私の大切な……ぐちゃぐちゃに引き裂いて、魚雷でばらばらにしてやる……」

「明日から君を第一艦隊に配属する。旗艦・羽黒と、監督役である霞の指示に従うこと。それが出来ない場合は、」

「またここ、ということですね?」

大井の瞳には確かに理性の光が見える。
彼女は狂ってなどいない。
それでもなお、あるいはだからこそ、提督はぶよぶよとした不安を覚えずにはいられなかった。

「まずは明日、演習で第一艦隊の戦術に慣れてもらう。あさってには出撃だが…いけるか?」

「私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「………。明日、○七三○には霞が迎えに来る」
 



345:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/14(火) 01:14:45.98ID:1oC/57/Qo

「演習の前にシャワーを浴びてもよろしいですか?」

「もちろんだ。他に何かあるか?」

「私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「質問はないか」

「私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「ないなら今日は連絡だけだ。遅くに悪かったな」

「ああ、今は夜なんですね。――私、調子はずっといいですよ。ええ、絶好調です」

「大井」

「監視されています。ずっと、見られているんです。どうして? わかりません。でも確かにそうなんです」

「おやすみ、大井」

「見張られています。私がすべてのひとつです。内臓の無いピンク色の魚が泳いでいる。雪がゆらゆら。卵。べちゃべちゃした気持ちの悪いもの。定期的な観察。チェックリスト。数値化。丸い光。明るい光。茹でた鼠。こそこそと話を聞いています。頭の中まで見張られているんです」

提督が去った後も、大井は独り言を続けた。

「その袋の中に何が詰まっているんですか? 殺してやる……殺される前に……。ゆっくりと階段を下りたほうがいいですよ。それは食べられません。体が半分無いんです。その人が部屋の隅から歩いてきます。私が何人いるのかわかりません。飴が転がっています。空は晴れています。蛆虫。菖蒲。花が咲いているのは眼です。北上さん…北上さん……どうして……――…わかりません。うふふ。いいじゃないですか。きれいな骨ですね。ああ」
 



352:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/20(月) 01:40:05.99ID:A/TxhuJjo

65.

ずるり。

からん。

ずるり。

からん。

何の音だろう。
濡れたような音に、やけに乾いた音が続く。

ずるり。

からん。

ずるり。

からん。

すぐ下を見下ろす。
胸元にぽっかりと大きな穴が空いていて、血にまみれた手がそこから骨を引きずり出す。

「あ……?」

放り捨てられた骨が足元に積みあがる骨とぶつかって、からん、と音を立てた。

「う…あ、あああ、いやあああああああああっ!」
 



353:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/20(月) 01:42:05.59ID:A/TxhuJjo

「――あああっ!」

がばあっと、羽黒が半身を起こす。

「はぁっ、はぁっ、はぁ、はぁ……っ」

暗闇に包まれた自室で胸を掻き毟る。
もちろんそこに穴などない。

「ゆ、夢……はぁぁ……」

全身が汗びっしょりなのに気づき、羽黒はベッドを下りた。
浴場は夜間でも使用できるので着替えを持って向かう。
到着する頃には夢の内容も忘れてしまい、気持ちの悪い残滓だけがこびりついていた。

「………」

最近、悪夢を見て飛び起きることが多い。
ただでさえ寝つきが悪くなっており、羽黒は満足な睡眠生活を送れていなかった。
そのせいか、日中でも強烈な眠気に襲われることもあり、まったく参ってしまっているのだ。

シャワーを浴びる。
熱湯が体にまとわりついた汗を流していく。



――からん。




 



354:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/20(月) 01:44:45.19ID:A/TxhuJjo

「……え……」

後ろで、

乾いた音が。

振り返れない。


「………っ」

誰かいるのか。
何かあるのか。

ざあざあと水が排水溝に流れていく。

「…はぁ……はぁ…っ」

鼓動が聞こえる。


ゆっくりと、


後ろを、


振り向いた。
 



355:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/20(月) 01:46:01.91ID:A/TxhuJjo

「……なにも…」

何も無い。誰もいない。
羽黒は急いでシャワーを止めて、脱衣場へと移動した。

自室へと帰る廊下を急ぎ足で通る。
補助灯しか点いていない廊下は暗く、不気味ですらあった。

早く部屋に戻ろう。
そう思っている羽黒が、しかしぴたりと足を止める。

「………」

聞こえた。
確かに聞こえた。

からん、という音が。

「う……」

叫びだしそうになるのを必死にこらえる。
歩いてきたほう、闇の向こうからゆっくりと音が近づいてくる。




ずるり。



からん。
 



356:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/20(月) 01:46:45.32ID:A/TxhuJjo

ずるり。


からん。


すぐ下を見下ろす。
胸元にぽっかりと大きな穴が空いていて、血にまみれた手がそこから骨を引きずり出す。

「っ! きゃああああああっ!」




羽黒はそこで目を覚ました。
 



363:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/30(木) 00:59:28.80ID:Qhom7kgRo

66.

朝。
曙と潮が食堂に来ると、大井が霞と朝食を摂っていた。

「げ…」

「大井さん、あ…」

顔を上げた大井はにこやかに挨拶した。

「ふたりとも、おはよう。今日はいい天気ね」

「お、おはようございます」

「……ふん」

朝食を受け取りにいく二人へ手を振る大井に、霞がため息をついた。

「…話を続けるわよ。基本の鉄床戦術はわかったわね」

「魚雷って、冷たくて素敵ですよねぇ。あぁ、早く撃ちたい」

「重雷装巡洋艦のアンタは、当然、甲標的を用いた先制雷撃で敵陣形を乱し、可能ならば損害を与えて機先を制すことがその任になるわ」

「あのゴミどもを…内臓を引きずり出して…壊してやる……一匹残らず…」
 



364:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/30(木) 01:09:24.30ID:Qhom7kgRo

「……あのね。ちょっとは話を聞きなさいよ」

「あら。すいません、続けて?」

「………。敵の陣形が乱れたら突っ込んで砲雷撃。ハイリスクだけど空母も戦艦もなしじゃ相手に近づかずに撃滅ってわけにはいかないから」

「ええ、順当ですね。さすがです」

食堂中央に座る霞と大井を避けるように、曙と潮が席に着く。
今日何度目かのため息をつきそうになった霞。彼女を呼ぶ声がする。

「かーすみっ! おはよー」

夕立である。
霞の隣に腰をおろして、そこで夕立は目を丸くした。

「あれー? 大井さんがいるっぽい!」

「夕立ちゃん、おはよう」

「アンタ昨夜の連絡見てないの?」

「えっ? あ~夕立きのうはすぐに寝ちゃったっぽい」
 



365:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/30(木) 01:13:33.49ID:Qhom7kgRo

「アンタねぇ…」

呆れる霞。しかたなく口頭で大井が第一艦隊に配属されたことを伝える。

「そうなんだ! 大井さん、一緒に素敵なパーティしましょ!」

「うふふ。よろしくね、夕立ちゃん」

敷波と綾波がそそくさと食堂を出て行く。
入れ違いに焦った様子の羽黒が入ってきた。
霞らに気付くと、髪を撫で付けながら近寄ってくる。

「おっおはようごじゃ、ございます。霞ちゃん、朝早くからお疲れ様です」

「疲れたわ」

「ええっと…」

「羽黒さん、とりあえず朝ご飯取ってきたほうがいいっぽい~」

「あっ、そ、そうですね!」

羽黒はそうした。
 



366:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/30(木) 01:15:16.50ID:Qhom7kgRo

「霞ちゃん、戦術の説明はもう…?」

「だいたいね。まあ後は演習やればだいたいわかるでしょ」

「赤色の卵の中身は緑色なんでしょうか?」

「えっ」

「夕立、アンタ一○○○から演習よ。今度からはちゃんとチェックしなさい」

「あ、うん、わかったっぽい…」

困惑している夕立。羽黒は黙々と朝食を摂っている。
霞が立ち上がった。

「じゃあお先。さ、行くわよ大井」

「ええ、わかりました」

トレイを片付けて、二人が食堂を出る。
それを見送ってから、夕立が羽黒を見た。

「羽黒さん。あの、大井さんって、……」

「……夕立ちゃんは、戦闘に集中してくれればいいと思います…。ごめんなさい」

「………」

ずきずきと、羽黒の頭が痛む。
しかし少女らの不安とは裏腹に、演習は何事もなく終了した。あっけないほどに。
 



372:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/08(金) 23:00:54.90ID:C7MudhzMo

67.

翌日、第一艦隊は鎮守府を出発し、洋上に出ていた。
天候は晴れ。西からの風が強い。

二列縦隊になって進む第一艦隊。
前から霞・大井、天龍・羽黒、綾波・夕立である。
本来であれば旗艦の羽黒が先頭を行くべきなのだが、霞が大井と二人で前に出ることを主張したための配置である。
霞は、大井が背後から突然味方を攻撃することを危惧していた。

(十二分にあり得るわよ……そんなの最悪だわ)

既に深海棲艦とは一戦交え、比叡の支援砲撃もあって完全勝利を収めていた一行。

『こちら司令室。そろそろ比叡の射程から外れる』

「こちら羽黒、了解」

『気象班からの報告では波が高いようだが、大丈夫か?』

「航行には問題ありません」

『無理をするなよ。羽黒の判断で引き返せ』

「了解」

 



373:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/08(金) 23:02:50.96ID:C7MudhzMo

「なんか最近気付いたんだけど、羽黒さんって出撃すると雰囲気変わるっぽい~」

「え…そ、そうですか?」

「っぽい~」

「ちょっと分かる気がします。かっこいいというか、頼もしいみたいな…」

「ぁぅ……嬉しい、です」

「いつもそうありなさいな!」

「そういう霞は変わらなさすぎだろォがッ!」

艦娘の二列縦隊行軍では、先頭の二人が正面を、中央の二人が左右を、殿の二人が後方を警戒しながら進む。
だから、最初に気付いたのは天龍だった。
高い波にまぎれて、洋上を進む影。

「4時の方向に艦影! 深海棲艦だッ!」

その報告に第一艦隊が一瞬で引き締まる。
 



374:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/08(金) 23:04:28.91ID:C7MudhzMo

「陣形変更、単縦陣!」

羽黒の指示。
敵艦隊は右方から垂直に突っ込んでくる。
お互いがこのまま進めばT字の有利を得ることが出来るのだ。
だがもちろん相手もそれを避けようと方向転換する。

「敵、取舵! 反航戦狙いかッ!」

「羽黒、どうするの」

霞の問いに羽黒が頷く。

「陣形変更、敵艦隊に対して単横陣」

「了解!」

夕立、綾波、霞が先行して取舵ののち即座に面舵で敵に正対する。
羽黒と天龍もゆるやかに向きを変えた。

「………」

大井は、

「大井! 指示に従いなさい!」

霞の叱咤も聞こえないかのように、ぶつぶつと呟いていた。
敵を凝視しながら。

「…沈めろ……殺せ…深海棲艦……殺せ……」


 



375:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/08(金) 23:07:59.96ID:C7MudhzMo


――声が。


聞こえる――


まただ。
頭の中で喋りだす。
うるさくて、うるさくて、何も考えられなくなる。

命令される。
殺せ。殺せ。壊せ。壊せ。
なんでもいい。あらゆるものを。
殺せ。壊せ。滅ぼせ!

「うるさいうるさいうるさい! っあああああああああああ!」

「大井!」

頭を抱えながら絶叫する大井。
血走った目で接近した深海棲艦を睨みつける。

「……ろせ……ころせ、殺せ、殺せえっ!」

頭の中の声のままに、安全装置を解除して一挙動で魚雷を放った。
 



376:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/08(金) 23:10:18.97ID:C7MudhzMo

「大井、アンタっ!」

「霞ちゃん。今は敵を倒すことを考えてください」

大井を抑えにいこうとする霞を止めたのは羽黒。
その目は油断なく敵に向けられている。

転舵中だった深海棲艦隊は肉薄する魚雷を感知して急いで再び直線に並んだ。
雷撃は回避したが、慌てたためか陣形が乱れている。

「霞ちゃん、夕立ちゃん、綾波ちゃん。突撃」

「待ってたっぽい!」「了解です」「仕方ないわね!」

弾かれたように夕立が急加速。
射線を分散させるために霞と綾波がその左右から追う。

「天龍さん」

「おう!」

天龍が刀を提げてするすると離れていく。
羽黒は大井を見遣った。
中空を見つめたままぶつぶつと呟いている。
 



377:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/08(金) 23:12:16.03ID:C7MudhzMo

「あはははっ! こっちこっち~!」

舞踏のように自由自在に水上を踊って砲撃を躱しながら夕立が深海棲艦へと吶喊。
主機が唸りを上げ、ふわりとその身を宙へと舞わせる夕立。
予想だにしない機動に敵も呆気に取られる。

着水。
夕立は獰猛に笑った。

「選り取り見取りっぽい?」

炸裂する砲雷撃。
見事、軽巡と駆逐艦を撃沈せしめる。

「左舷! 砲雷撃戦、用意!」「みじめよね!」

さらに綾波と霞の攻撃が旗艦の軽巡を大破炎上させた。

【ギャアアアアアアアアアッ!】

炎に包まれながらそれでも双肩の砲塔を二人に照準する。
――ぞぶりと、
その胸元から切先が突き出る。

「どけどけェッ!」

逃げようとしていた駆逐艦を斬り捨てた天龍が返す刀で燃える旗艦を刺し貫いたのだ。
 



378:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/08(金) 23:13:48.85ID:C7MudhzMo

「爆ぜろオラァ!」

天龍のふたつの砲門が至近距離から火を噴く。
深海棲艦がその身を粉砕されて沈んでいった。

一方、夕立も中破になりながらも最後の一隻である駆逐艦を撃破していた。

「ふふっ、おーしまい、っぽい♪」

戦況を見ていた羽黒が、

「敵艦隊を全滅させ、勝利しました。司令官さん」

『うん。よくやった』

「夕立ちゃんが中破ですが、まだ進軍は可能です。もう少――」

提督と通信しているときであった。



「――北上さんっ!」


大井が叫んだ。
 



383:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/29(金) 01:38:15.46ID:vYxrSEzco

69.

「アタシは軽巡、北上。まーよろしく」

とぼけたような表情で、北上が名乗りをあげた。
鎮守府提督室で、報告を受けて待っていた提督が挨拶を返す。

「うん。よろしく、北上。ひとつ聞きたいんだが、君はこの鎮守府にいたことがあるか?」

「いや? さっきもなんか聞かれたけど、ここは初めてだよー」

「そうか」




―――
――



先刻。
救助された北上はしばらくして目を開いた。

「北上さん!」

「んー。んあ? 大井っち?」

「北上さん、よかった! ああ、無事だったんですね!」

「あー、ええっと、うん。ありがとね」
 



384:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/29(金) 01:40:27.89ID:vYxrSEzco

「き、北上さん!? 沈んだはずじゃ……!?」

驚愕しているのは綾波。羽黒も驚いている。
霞が北上の腕を掴む。

「アンタ……本当に北上なの」

「えー? な、なにさー怖い顔して」

霞はぱっと手を離した。
ただならぬ殺気を感じたからだ。北上の向こうで大井が睨んでいた。

『羽黒。どうした。敵か』

「あっい、いえ、司令官さん、その、北上さんを発見しました」

『何?』

「ていうか勝手にひとを沈めないでよ。あたしぴんぴんしてるんだけどー」

「え……」

「あれー? 北上さんって、沈んじゃったって聞いたっぽい」

「はあ?」

「北上さんは沈んでなんていないわ。そうですよね! 北上さん!」
 



385:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/29(金) 01:42:35.07ID:vYxrSEzco

「うんうん、大井っちの言うとおりだよー」

「わかった? 北上さんは深海棲艦に拉致されてたんです」

「え? ち、ちょっと大井っちってばジョーダンきついよー」

「? いえ? 北上さんは深海棲艦に拉致されてたんです」

「アンタの妄想はどうでもいいのよ。北上、霧の戦闘を覚えてるわね。山城・羽黒・大井・綾波・敷波と出撃した」

「なにいってんの? あたしら初対面でしょ。これだから駆逐艦は」

「はァ? アンタまさか、記憶を……」

「記憶喪失っぽい!?」

「まさか深海棲艦になにかされたんですか!?」

「えぇー?」

「アンタ、うちの鎮守府にいたんでしょ!」

「だーからなんのことさー」

「あの…北上さんは、霧の戦闘を覚えていないようです」

『うん。わかった。とりあえず帰投してくれ』

「了解しました」
 



386:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/29(金) 01:46:18.95ID:vYxrSEzco


――
―――

提督は煙草の煙を窓の外へと吹いた。

「ねー提督。あたしが記憶喪失ってさ、まじ?」

1mgも深刻さを含まずに北上が問う。
その軽さに羽黒が戸惑っている。

「目下調査中……だな」

「はっきりしないなー。まーいいや。あたしの部屋どこ?」

「あ、わ、私が案内します」

「よろしくー。じゃあね提督」

「羽黒、頼んだ」

提督室を出て廊下を歩きながら、羽黒は北上に話しかける。

「あの…私のこと、お、覚えて…ませんか?」

「いやーごめんね。羽黒ちゃんのことは知ってるけど、一緒にいた覚えはさっぱり」

「そ、そうですよね。ごめんなさい…」
 



387:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/29(金) 01:49:00.40ID:vYxrSEzco

「あのさー。前のあたしって、どんなだったの?」

「え。え、っと」

――ま、大井っちと組めば最強だよね~。

――ギッタギタにしてあげましょうかね!

――うわぁ! 駆逐艦集まってくんなぁ~!

「北上さんは……強くて、飄々としていて、みんなから親しまれていて……」

「あははー。それ、絶対あたしじゃないよー」

「いえ……北上さんは、本当に、」

「ごめんね、羽黒ちゃん。許してよ」

ぽろぽろと涙を零す羽黒の肩を抱いて、北上はそれ以外に言う言葉を持たなかった。

 



388:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/29(金) 01:51:35.05ID:vYxrSEzco

提督は執務机の椅子に乱暴に腰をおろした。
煙草をもみ消す。
背もたれに体を預けて、天井を睨む。

「どうして北上が……まさか、大井の話が真実だったというのか。北上は拉致されて記憶を喪失している? そんな莫迦な……」

がさがさと机上の資料を探り、同僚からの手紙を取り出す。

「『艦娘が深海棲艦に拉致されたという例は聞いたことがない』……やはりあれはただのドロップ艦だと考えるべきか……」

入渠報告書を取り上げ、

「山城の修復を急がせるか……幸い出撃にも遠征にも問題はない。資材を少し消費してでも、今は山城の証言が必要不可欠だな」

眉根を揉みほぐし、提督は深いため息をついた。
そっとお守りの紐をつまみ、眼前に吊るす。

「球磨。約束は守るよ」

丁寧にまたそれを元に戻して、

「………。だが…、本当にこれで正しいのか……?」

まとわりついて離れない疑念を口にした。

たとえ彼の心が晴れなくとも、世界は回り続ける。
ぎしぎしと、軋みながら。
 



395:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/17(水) 00:52:46.04ID:WV0+ROKto

70.

消灯した自室で、ふとんに寝転がって綾波は考えていた。

北上が生きていた。
これは朗報であった。
なぜなら、敷波は彼女を沈めてなどいなかったということなのだから。
彼女は見間違えるか早とちりしていたのだろう。

しかし問題は北上が記憶を喪っているということだ。
これでは敷波の無罪は証明されない。

「北上さんの記憶を、元に戻さなきゃ……」



一方、隣室で敷波は机に向かって両手で顔を覆っていた。
がたがたと両足をゆすっている。

「き、北上さんが……あああ、どうしよう……」

差し込む月明かりだけが室内をぼうんやりと照らしている。

「どうしよう。だめ、だめだよ…。う、うぅぅ」

苦悩する声とは対照的に、手の下では少女は頬をゆがめていた。
愉しそうに。
 



396:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/17(水) 00:55:53.38ID:WV0+ROKto

71.

ざあざあと雨が降り続いている。
提督室の窓もがたがたとやかましく震えていた。

「何。この部屋、煙臭いんだけど」

「この雷雨で窓開けられないんだよ。ガマンしてくれ」

「じゃあ煙草吸わなければいいでしょうが」

「食後の一服くらい許してくれよ」

紅茶を淹れる提督と霞が軽口を叩いていると、

「すすすすいませんっ遅くなりましたっ!」

勢いよく羽黒が入ってきた。
髪も服も乱れている。

「いや大丈夫だが」

「なんでアンタそんなぼさぼさなのよ」

「ごっごめんなさい寝過ごしてしまって……」

霞に指摘されて慌てて羽黒は髪を手櫛で整え、

「きゃぁっ、どっどうしてぇっ?」

自分が妙高型に共通する白タイツを履き忘れていることに気付いてスカートを引っ張り下げ、提督を紅潮した顔で見上げた。

「そんな目で見られても困る。紅茶淹れておくから」

「別にいいでしょそんなの。それとも長話なの」

「霞、そう言うな。うん、そうだな、長くなるからちゃんと着替えてきなさい」

「も、申し訳ありません……っ」
 



397:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/17(水) 00:59:14.14ID:WV0+ROKto

羽黒が戻ってきて、ようやく三人は着席した。

「さて。わかっているとは思うが、話というのは――」

「北上のことでしょ。あれが記憶喪失なんて笑わせるわ」

「羽黒から見てどうだ? あの北上は」

「昨日話しただけですけど、見た目も性格もほとんど同じかと……あの雰囲気、あの話し方、あの歩き方、覚えているそのままです」

「……じゃあ、何よ。あれが以前にもここにいた北上で、記憶喪失で、深海棲艦に拉致されてたって? 大井がいうように!?」

霞の剣幕に羽黒はたじろぐ。

「落ち着け。らしくないぞ霞」

「う、るっさいわね、アンタやっぱりあいつらに肩入れしてるんじゃないの!」

「どうしてそうなるんだ。同じ艦なんだから似ていることくらいあるだろう」

「はァ!? アンタ何言ってんのよ!」

「ち、ちょっと待ってくださいっ、し、司令官さん。同じ艦って、どういうことですか?」

「え? いや、だから、軽巡・北上っていう同じ艦の艦娘同士は似てくるんじゃないか、やっぱり。身体的にも、精神的にも」

提督の発言に、羽黒と霞が押し黙る。
二人とも、羽黒は控えめに、霞はあからさまに、常識を知らない子どもを見るように彼を見た。

「あの、司令官さん。艦娘は、ひとつの艦艇に、ひとりだけです」

「そんなことも知らないの? このクズ!」
 



398:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/17(水) 01:02:02.19ID:WV0+ROKto

提督は困惑した。

「君ら、何言ってるんだ?」

「あんたこそ何言ってんの」

「あっ? 君らもしかして同名艦を見たことないのか? 他の"羽黒"や"霞"を?」

「あるわけないでしょそんなのいないんだから」

「司令官さんはあるんですか? 同じ艦艇の艦娘が、何人もいるんですか」

そうか…と頷きながら提督は紅茶をすすり、

「うん。見たことがある。書類上でも、実際でも。
 でも、君らが見たことがないのも不思議じゃない。この鎮守府では他の鎮守府と演習を行なったりしないんだろう?」

「そう、ですね。遠征も演習も、私の知る限りでは実施したことがないです」

「だからだよ。ひとつの鎮守府に同名艦はいないから、他の鎮守府との演習などの交流がなければ見ることはない」

もっともそれでも同名艦同士の接触はあまり好まれていないが。
付け加えた提督のセリフに羽黒と霞が詳細を尋ねる。

「君ら艦娘は艦艇の御魂を、艤装を神籬として憑依させている。同名艦は勧請した分社と同様に同一の御魂を憑依させているわけだ。
 分霊された御魂が近接するとひとつに戻ってしまう危険性がある。だから同名艦同士はあまり近づかないように注意する。
 ひとつの鎮守府に同名艦が配属されない理由も一緒だ」

「………。にわかには信じがたいわね」

「そうですね…」

「でも、理屈は通ってるわ」

「で、同名艦は憑依させてる御魂が同じなんだから、艦娘自体へのフィードバックも共通しているとすればお互いに似ているのはおかしくないだろ?」

「確かに、私たちは艦娘になるときに髪とか瞳の色が変わったり、多少の影響は受けているけれど…」
 



399:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/17(水) 01:12:30.25ID:WV0+ROKto

「では、あの北上さんが以前の北上さんではないという可能性もある訳ですね……」

「もちろんそうだ。や、今日相談したかったのは、ひとまず今の北上をどこに配属するかなんだが」

「それならそうとさっさと言いなさいな! 北上の練度次第でしょうね」

「以前の北上さんであれば、迷うことなく第一艦隊なんですが」

「わかった。では明日、北上の練度を確認するための演習を行なおう」

がたがた鳴る窓の外を見遣る霞。

「明日も大雨の予報よ」

「悪天候下での戦闘という演習も兼ねられていいじゃないか」

「ずいぶん気軽に言ってくれるじゃない。そりゃアンタは外に出ないからいいでしょうけど!」

「あったまる紅茶を用意しておくよ。じゃあ羽黒、連絡を頼む」

「はい。大井さんはどうしますか?」

「アレは危険すぎるわ。指示も聞かないし、どうしてまだ営倉にぶち戻さないのか疑問ね」

「……大井はナシだ。一○○○にいつもの場所に集合してくれ」

「わかりました」

そうして、二人が退室してから提督は紙煙草に火をつけた。
閃光。
少し遅れて雷鳴が轟いた。

「………。明日、だな」

煙草をくゆらせる提督が見ているのは入渠修復の進捗報告書。
明日、山城の意識が快復する。


 



405:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/27(土) 00:35:26.90ID:ksIJf7yso

72.

あの時も、雨が降っていた。



前を行く艦の影しか見えない土砂降り。
遅々とした行軍。

曙は雨外套のフードを被り直して、後ろを振り返る。
悪天候のためにいつもより距離を詰めた二列縦隊。先頭から山城・羽黒、曙・潮、綾波・敷波の順だ。
後ろにいるはずの綾波はやはり影しか見えない。

「……うざいわね」

雨に対して愚痴を零しても、自分の耳にも聞こえやしない。
降り続ける雨音に耳が麻痺してしまっているのだ。

「潮。前後は確認できてる?」

艦間通信で話しかけると潮はすぐに応答した。しかしこの雨天のせいかノイズ混じりだ。

「うん、大丈夫だよ、曙ちゃん」

「ったく、やってらんないわねこのクソ雨」

「そうだね。索敵どころか、岩礁や海流も読みにくいもんね」

そうこうしているうちに旗艦の山城が全艦へ通達した。

「一旦停止。海図を確認します」

「了解」
 



406:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/27(土) 00:37:04.92ID:ksIJf7yso

「了解」

周りを見回しても視界は雨に塗り潰されている。
これじゃ、深海棲艦だってこっちが見えないでしょうね。
曙はそう思う。
艦載機だって飛ばせやしないのだ。

でも。

もし潜水艦なら?

海中からこちらを捕捉できるだろうか。
この大雨も、潜水艦には関係ないのではないか。


かっ!
閃光が闇を引き裂く。稲妻だ。
辺りが一瞬照らし出される。

「……ぁ」

あれはなんだ。
岩? 流木? 違う。

「9時方向! 敵潜水艦!」

曙が答えを出すと同時に綾波も叫んでいた。
もう見えない。
しかし相手はこちらを捕捉しているだろう。
 



407:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/27(土) 00:41:54.40ID:ksIJf7yso

「全艦、第一戦速! 面舵一杯、離脱します!」

即座に下される山城の判断。
主機をガルンと唸らせて、艦隊は走り出した。
だが、

「きゃあああぁぁぁっ!」

爆発音――そして悲鳴。

「潮ッ!?」

思わず隊列を乱して潮へと駆け寄る。
潮は全身傷だらけになってぐったりと海面に倒れていた。

「潮! しっかりしなさい潮!」

「まさか、もう一隻!?」

曙についてきた綾波が左舷を睨みながら正確な推測を放つ。
艦隊の動きは完全に停止してしまっていた。
見通しのきかない豪雨のなかでの孤立。

「曙ちゃん! 私が潮ちゃんを曳航しますっ」

戻ってきた羽黒が潮の手をとる。

稲光。

曙は右舷にもう一隻の潜水艦を見つけた。
友達を傷つけた、敵を見つけた。
深海棲艦を見つけた。
 



408:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/27(土) 00:43:21.15ID:ksIJf7yso

「このォッ!」

曙が我を忘れて飛び出そうとする。
その、
足元に忍び寄る魚雷――

「っ!」

腹に響く轟音を聞きながら曙が水面を転がる。
すぐさま起き上がり、自身を点検。被害はない。

「山城さんッ!」

綾波の声に弾かれるように顔を上げる。
山城が、大破して意識を失っていた。
曙をかばったのだ。

「やま、しろ」

あたしの。せいだ。

「ど、どうするのさ!」「敷波、落ち着いて!」「え、えぇっと、こ、こういうときは、どうすれば……」

微速で山城に近づく。
その周りで三人が何か言っているが、よくわからない。
雨が降っているはずなのに、それもよくわからない。


「あ――あ、ああああああっっ!」


それからのことは、よく覚えていない。
艦隊はぼろぼろになって逃げ帰り、そして山城はそれから目を覚ますことなく、ずっと入渠している。
 



409:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/27(土) 00:44:57.08ID:ksIJf7yso

「山城……」

ふとんにくるまる曙。

「…あんたが目覚めたら、最初に言うことがあるわね……」

曙は目を瞑り、そのときのことを思い浮かべた。
彼女が感謝を告げても山城のことだから何か理由を探して不幸だと嘆くだろう。
その光景がはっきりと想像できて曙はふふっと笑った。

羽音がする。
曙は気がついた。羽虫がいる。
鬱陶しいことだ。どこからか入り込んだものか。しばらく待ってみたが羽音はやまない。
舌打ちして曙は起き上がり照明をつけた。

「………」

どこにも虫はいなかった。


 



414:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:49:25.54ID:CFObbUCmo

73.

私は海の底にいる。
真っ白な砂が敷き詰められた海底をしずしずと歩いていく。
左右にはなにか黒い、棒状のものがたくさん突き立っている。


――嗚呼。


それがなにかを理解して、私はため息をついた。
海底に並んでいるのは、どれもすべて艦の大砲である。


これは墓標なのだ――



青白い光が、小さな光が、雪のように降ってくる。
ルシフェリンの光だ。


私にはわかっている。
これは夢なのだと。
なんて陰鬱で、忌々しいくらいに美麗な光景の夢なのだろう。

 



415:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:54:43.44ID:CFObbUCmo

足元の砂がさらさらと流れていく。
私は砂を追うように、艦の墓場を歩く。
墓場は、唐突に終わっていた。

断崖。

海の底の、さらに底。
海底に空いた巨大なクレヴァス。
光も届かない深淵。

砂はまるで身投げをするように、深き海の底へと吸い込まれている。
私はそれを見届けている。
看取っている。

見上げると、海面がわずかに光っているのが見える。
だが目の前に広がっているのは、その光も差さぬ闇の世界だ。
その中にあるのは何だ。

 



416:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:56:00.84ID:CFObbUCmo

うふふ。

うふふ、と。

闇の中から笑い声が聞こえた。
青い雪が降っている。
抗いがたい誘惑を感じる。

闇の底へと沈殿するのはあらゆる感情の源泉。すなわち狂気だ。
我々の理性は狂気という湖に張った薄氷。
いつかは融けて狂気に呑まれるほかない。

この闇に飛び込んで、すべてを狂気に委ねてしまいたい、という誘惑。
これは、回帰への欲求なのだろうか。
我々は、狂気から生まれ、そして狂気へと還るものなのだ。



私は狂気へと自殺し続ける砂を看取りながら、またため息をついた。

「はぁ……不幸だわ」


 



420:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/30(木) 09:19:12.01ID:/0Ixia25o

74.

山城は静かに、病室で目を開けた。

白い。

「………ぃ、ぁ」

眩しい、と言おうと思ったが、声が出なかった。
天井しか見えない。
起き上がろうとしても、体が動かせないのである。

「山城?」

聞き覚えのある声。
目だけをそちらに動かす。

「山城! 気がついたの!?」

曙である。
彼女は慌ててどこかへ連絡したあと、山城の枕元へと戻ってきた。

「もしかして、体動かないの? 喋れる? 痛みはない?」

あの曙がこんなに心配してくれているのに反応できないなんて、不幸だわ。
かすれた声で、だいじょうぶ、と言うと、曙はとさっと丸イスに尻を落とした。

「よかった……」

そう呟いて、それからぽつぽつと話し出した。
 



421:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/30(木) 09:20:06.86ID:/0Ixia25o

曙が操作してベッドの半分を起こしてくれたので山城はようやく病室を視界に収めることができた。

「あんたにとっては、さっきのことかもしれないけどさ。もうずいぶん前の話なんだよ。あのときの戦闘はさ」

曙のぶつ切れの話から少しずつ山城は現状を理解していった。
目覚めてから時間が経つと、徐々に発音もしっかりできるようになった。

「それで、その、あのときは、ばかなことして…ごめん。かばってくれて、あ、ありがと……」

「………。あの曙が素直に謝るなんて……、いやな予感がするわ…」

「ったく! ほんとにあんたってやつは!」

ガタンと音を立てて曙は立ち上がり、ぷりぷりと怒ってみせた。



「失礼する」

がらりと提督が入室してきた。
続いて羽黒と霞。

「何にやにやしてんのアンタ」

「は、はァーッ!? べっつに! にやにやなんてしてないし!」

耳まで真っ赤にしながら、曙は病室を出て行った。
 



422:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/30(木) 09:21:39.22ID:/0Ixia25o

「……貴方は、……」

「山城。私は一ヶ月ほど前からこの鎮守府を指揮している提督だ。君の知っている提督とは違うが、よろしく頼む」

提督が挨拶すると山城はため息をついて窓の外を見た。
それから、彼を見上げた。

「このような状態で失礼します、提督。扶桑型戦艦二番艦・山城です」

「資材の関係で身体はまだ不自由だと思うが、じょじょに恢復するはずだ。そうすればまた活躍してもらうことになる」

「や、山城さん、お久しぶりです…意識が戻って、なによりです」

「ええ、羽黒。この前の……ではないんだったかしら……戦闘では大変だったわね」

「羽黒には今、秘書艦を務めてもらっている」

「霞よ。話すのははじめてね、山城」

「どうも」

挨拶するときにも組んでいる腕を解こうとしない少女に、ずいぶんと偉そうな態度だと山城は思った。

「霞には作戦参謀を頼んでいる。さて、今日はひとまず顔見せだったが、明日から少し時間をもらうぞ」

「なにかしら。なんにせよ、艦隊にいるほうが珍しいような艦ですから、時間はたっぷりありますけど……はぁ…不幸だわ」

「では失礼する。なにかあれば提督室か、あるいは羽黒に連絡してくれ」

「わかりました」

そうして三人が退室した。
 



423:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/30(木) 09:23:11.65ID:/0Ixia25o

75.絶縁破壊

猛烈な雨のなかでの演習を終え、艦娘らが次々と海面から上がる。
それから建屋へと駆け込んだ。

「演習ご苦労。ほら、紅茶だ」

雨外套を脱ぎ捨ててタオルを被り、艦娘らは提督の淹れた紅茶で温まった。

「司令官、いただきます」「はー、さむいさむい」
「ど、どうも、ありがとうございます」「あったまるっぽーい!」「お礼は言わないけど…悪くないけど」

駆逐艦らがカップを回して紅茶に口をつける。

「おう! サンキューな!」「わぁ~、ありがたいわねぇ~」「おー気が利くねぇ提督」

軽巡三人は三者三様の濡れ具合――天龍がびしょ濡れで龍田はほとんど濡れておらず、北上は中間くらい――だ。

「この香りはダージリンですね! いただきます!」

一際大きな雨外套を壁に掛けてから戦艦・比叡が受け取りに来た。

「あ! 羽黒さん、すいませんやります!」

綾波が気付いて、みんなが脱いだ雨外套を掛けていた羽黒と霞と代わる。潮らも続いた。

「い、いえ、すいません、ありがとうございます」「これくらいちゃんとしなさいな!」
 



424:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/30(木) 09:24:26.55ID:/0Ixia25o

「ほら、ちゃんと用意しといたぞ」

「い、いただきます」

「なに偉そうにしてんのよ。当然でしょ」

「おーい羽黒ちゃーん」

「あっはっはい!」

カップを受け取ってすぐ、羽黒は北上に呼ばれてそちらへ向かった。
霞が一口飲んで、ほうと熱い息を吐いた。

「霞。君、調子悪いのか?」

「はァ? なによ」

じっとりと提督を睨む霞。

「いや、気のせいならいいんだ。でももし――」


かしゃん。


軽い音がした。
提督が自分の分を注ごうとしていた手を止める。

「あ――」

全員が彼のほうを振り返った。
正確には、彼の前にいる霞の足元を。
 



425:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/30(木) 09:25:06.71ID:/0Ixia25o

「だ――だいじょうぶっ? 霞ちゃん!」

霞が持っていたカップが割れて中身を撒き散らしていた。

「へ、へいきよ。問題ないわ」

慌てて駆け寄ってきた潮に上の空の様子で応える霞。

「かじかんでたか? ちょっと待ってろ、すぐ片付けるから」

「熱くて、びっくりしちゃっただけよ。へいき」

霞はその右手を左手でかばう。
それから彼女は足早に駆けていってしまった。

「あっ霞? おい……」

「霞、どうかしちゃったっぽい?」

とてとてと近づいてきた夕立に提督は首をかしげた。
夕立も同じようにした。

「わからん。しかし、さっきの演習での霞は少し変じゃなかったか?」

「え? そうなの? よくわかんないっぽい」

「確かにちょっといつものキレがなかったかも~」

「そう、ですね…なんというか、砲撃に迷いがあるような感じでした」

「そういえば霞に攻撃を喰らった僚艦はいませんね!」

「……霞…」

霞が走り去ったほうを見つめて、提督は紅茶を飲み干した。
 



429:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/10(月) 00:43:28.74ID:ZfwIyKeJo

76.

ガチャリ、
とトイレ個室の鍵を閉める。

「はぁ……っ」

霞は大きく息を吐いた。
しまったな、と思う。
これでは「動揺しています」と言っているようなものだ。

「……なによ、これ」

見下ろすのは自らの右手。
小刻みに痙攣している。
紅茶のカップを把握していることすらできなかった。
砲撃など言わずもがなだ。

「止まりなさい」

ぐぅっと、右手を握りこむ。
意思に反するように右手はそれに抗した。
 



430:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/10(月) 00:44:48.48ID:ZfwIyKeJo

「止まりなさいな!」

右腕の筋肉が悲鳴をあげる。
ぼたぼたと霞のおとがいから汗が滴り落ちた。
右手を大きく振り上げる。

「止まれ、止まれ、止まれ、止まれ止まれ止まれ止まれ止まれっ!」

そのままガンガンとタイル壁へ叩きつける。叩いて、叩いて、叩いた。
皮膚が破れて血が出る。
それでも鈍い痛みしか感じない。分厚い手袋をつけているような、感覚の鈍化。これは本当に私の右手なのか。

「はぁっ、はぁっ、はぁ…」

肩で息をしながら、腕を止める。
しかし右手の痙攣は止まっていない。

「……なんなのよ、これ。畜生……っ!」

ぱたぱたという足音。
誰か来た。

「霞ちゃん……? いるの?」

潮である。
 



431:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/10(月) 00:47:08.98ID:ZfwIyKeJo

霞は一瞬、躊躇したが、しかし返事をした。

「何。どうしたの」

「あ…よかった……。えっと、あのね、」

扉一枚を挟んで、潮はもごもごした。
ここを開ければ、すぐそこに潮がいる。
右手がびくりと反応した。

「提督、心配してたよ。羽黒さんも…」

手を伸ばせば少女の細い首を掴んで、ぎりぎりと絞めることができる。
少女の柔らかい肉、その奥の頚椎の感触はどんなものだろうか。
頚動脈と気道を塞げば少女は瞳孔を開かせて肢体を痙攣させるに違いない。

「も、もちろん私もそうだけど…。でね、あの、霞ちゃん、なにか…悩み事とかあるなら、話してほしいなって、」

潮がなにか言っているが、よくわからない。
首を絞めた少女の表情は驚愕と苦悶に彩られるだろう。
それはなんと美しいのだろう。

「わ、私なんかじゃ力になれないかもしれないけど……でも」


嗚呼。


――見たい。




 



432:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/10(月) 00:51:09.10ID:ZfwIyKeJo

右手が勝手に動いて鍵を開けた。

「!」

そこで霞は我に返って、体ごと扉にぶつかって右手をむりやり止めた。
バンッという大きな音に潮がひゃあと声を上げる。

「…ごめん。潮。今は放っておいて」

「う、うん……ごめん、ね、霞ちゃん…」

足音が遠ざかっていく。
霞はそのままずるずるとしゃがみこんだ。


言えるわけない。

右手が、アンタを殺そうとしてる――だなんて。

【艦これ】深海の呼び声【後半】  



元スレ
【艦これ】深海の呼び声
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1405736335/
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