はじめての世界のおわりに
男「M29」
女「種類でなくて」
男「男のロマンだよ、気にしないで」
女「まあ私も「荒野の七人」とか好きだったけどさ」
男「あんまり見なかったなあ、ガンアクションは」
女「知ってるのは」
男「BTF3」
男「食べ物もある程度出回り始めたしな」
女「水道がしっかり機能してたのにはさすが日本だと思ったね、海外じゃ飲料水の奪い合いらしい」
男「全身がスケスケになって死ぬよりましじゃない?」
女「言い方」
男「実際あれなんなの、水晶?ダイヤ?」
女「さぁ。そんな研究なんてほとんど進まないうちに皆綺麗な結晶なっちゃったし」
男「どうせなら塩がよかった」
女「有川浩好きだよねぇ君」
女「?」
男「君がコンビーフを常に箱単位で常備してる奇特なひとでよかったよ」
女「そんな女に惚れられた君が言うかね」
男「そんな女に惚れた男だからね、そりゃ確かに僕も奇特か」
女「・・・それに、常備してるわけじゃない」
男「あー、懸賞で当たったとか?」
女「主食だよ」
男「それで体壊さない君の生態を研究したら、人類はこの危機から救われる気がするよ」
女「君以外に体を許す気はないよ」
男「どうした」
女「生理」
男「そういうダイレクトなのやめてくんないかな」
女「いいじゃないか、君の子を産む準備だと思えば」
男「この世界で今産んでもってところはあると思うんだ」
女「まあ確かに。今の生存者は?」
男「日本で確認とれてるのは8万人弱だってさ。ラジオによれば」
女「・・・実感が湧かないなぁ。家族が死んでたりすれば違ったんだろうが」
男「お互い天涯孤独だからね」
女「「だった」に訂正しないと私の鉄拳が飛ぶよ」
男「死ぬまで幸せです」
女「許した」
男「ちょろい」
女「・・・なにかあったのかな?」
男「・・・よくわかったね」
女「昔から君が重い煙草を吸うのは、嫌な気分に浸りたい時だというデータがとれてるんだ」
男「ちょっと歩いたところにさ、お父さんと二人で住んでる娘いたじゃん」
女「いたねぇ、たまに配給所で顔を合わせてた。品のいい家族だったね」
男「・・・さっき水を分けに行ったら、鍵が壊されてて。玄関で、お父さんが殺されてた」
女「・・・娘さんは」
男「・・・殺される前か、後かはわからないけど」
女「・・・そうか。それ以上はもういいよ。一本もらう」
男「ん」
女「火、寄せて」
男「・・・ん」
女「・・・ふー」
男「・・・ふぅ」
女「・・・まぁ、あれだね」
男「?」
女「まだまだ物騒だから、君の買い物は正しかったかもしれない」
男「・・・そうだね」
女「ロマンも糞もあったもんじゃないね、まったく」
女「なれない煙草なんて吸うから」
男「いいじゃん、平和が缶に詰まってるって。夢があって」
女「私は黒い悪魔が恋しいよ」
男「洋モクはなあ・・・在庫を大事に」
女「とりあえず、ほらあの、君が吸ってるかっるいあっまい紅茶の頂戴」
男「買い置きしといてよかった」
男「人っ子一人いないな。やっぱりみんな配給の時以外は引きこもってんのか」
女「そもそもそれで防疫になるのかどうか。そもそもあれは病気なのかな?」
男「知らん。仮に伝染性だったとして、人間はまだしも「人工物」まで水晶(暫定)になるのはおかしいだろう」
女「いつかのさ、ビルが一棟綺麗に水晶になって、自然に崩れた時は凄かった」
男「あったなぁ、あれは綺麗だった」
女「・・・今私たちが踏んでる白い砂利さ、これはビルだったのかな、それとも人だったのかな」
男「知らん。今はただのかけらだよ」
女「・・・君のその妙にドライなとこ、私は好きだよ」
男「みんなこんなもんじゃない?僕の知らないとこで、知らない人がどうなっても、今は気にかけてる余裕はないさ」
女「「今は」なんだね」
男「・・・」
女「やっぱり君は、甘い方がしっくりくる。私は煙草と男の好みが似てるんだろうね」
女「・・・見たくはなかった、かな」
男「そうだね。もう右腕と顔の半分くらいしか肌色が残ってない、人、だったものの涙なんて」
『・・・ヵィ』
男「・・・なんだって?」
女「意識ははっきりしてるみたいだね。残酷極まる」
『タカイ・・・バショニ・・・ツレ・・・サィ・・・』
男「・・・だってさ」
女「私は、どうもしないよ。どうもしないし、なにもしない。君が何かをするのも止めない」
男「・・・近所に天文台のある高台があったよな。負ぶっていこう」
女「負ぶるのはいいが、抱え込むのは止した方がいいよ。また重い煙草を吸う羽目になる」
男「それはもう決定事項だから。ここまで来たら、善人ぶって煙を吐くよ」
女「・・・やっぱり君は甘いよ、まったく。でもそんな君に甘い私がいるんだものなぁ」
「着いたぞ」
「彼」ーーー水晶に食われつつある男は、その一言で意識を取り戻した。結晶化が脳にまで及んでいる今、意識を保つだけですら苦痛の連続なのだろう。
それでも、彼は、
ありがとう、と言って、辛うじて動く右手で這って、
落ちて、砕けた。
男は、彼が最期に「きれいだ、ありがとう」と言ったのを聴こえない振りをした。
女はただ、黒い煙草に火をつけてから、彼だったもの、そしてそれと混ざり合ったものに一本落としてやった。
男「帰ろうか」
女「そうだね、今日は疲れた」
女「案の定呑み過ぎだ」
男「畜生げさきぃもん見しよって、しかも自分だけ満足しちょんまんま死によって」
女「方言」
男「・・・今日は抱く」
女「今日も、だろう」
※げさきぃ=ひどい、きたない、えげつない、下品な、とりあえずいやなもの全般
男「・・・なにが」
女「「自分の知らないとこなら、誰がどうなろうといい」。彼はただ、最後にああしたかっただけなんだ。ただ、見知らぬ莫迦親切な君をそれに利用したというだけで。加担した君がその結果何を見てどう思おうが、知ったこっちゃなかったんだろう」
男「成程なぁ。・・・成程・・・成程・・・。・・・一つ言っていい?」
女「?」
男「彼氏より男前なピロートークやめてくんない?」
男「パンイチで部屋うろつくんじゃありません、みっともない」
女「なにを今更・・・ぬるい」
男「電力をほとんどアパートのソーラーと非常電力で賄ってるからな。いたしかたないよ」
女「というかなんでバドワイザー?」
男「廃墟になったドンキ〇ホーテからあるだけもらってきた」
女「どろぼう」
男「貨幣経済が復活したら返すよ」
男「・・・立原道造」
女「ゲーテ」
男「海外古典はサッパリでね」
女「スミレが惚れた女に気づかれないまま踏まれて死ぬ詩なんだけどね。どうせなら私は手折られて、その腕の中で逝きたいよ」
男「善処するよ・・・『まあ、最後にこんな美しい光景を独り占めできたんだからよしとするか』」
女「三秋縋」
男「流石」
女「私は多分、救われないけど報われるような物語が好きなんだろうね・・・『痴漢は死ね』」
男「伊坂幸太郎」
女「あれの実写、伊東四朗がはまり役だったなぁ」
女「雪だねぇ」
男「道理で寒いわけだ・・・こたつは、まだ無理だろうな」
女「こたつ布団だけでも出して、せめて風情は味わおう」
男「雪だるまつくーろー♪」
女「寒いからヤダ」
女「・・・!君!」
男「大丈夫大丈夫、ちょっと手のひらザックリいっただけだから。でかい破片が雪に紛れてたらしい」
女「雪は案外雑菌が多いよ、消毒をしないと・・・ん」
男「わひゃい」
女「・・・君の血はなんとなく甘い気がする」
男「僕の恋人が怖い」
男「本当にな。衛星機器は全滅だから、体感で合わせた時計しかないけど」
女「まあ・・・しかたがな」
パン
男「・・・銃、声?」
女「いや、これは・・・ふ、くふ、ふふふふふふ」
男「ど、どうしたの」
女「ふは、ふはははは!君もこっちに来て窓をごらんよ!どこの誰かは知らないが、粋な生存者もいたものだ!」
男「・・・花火、か」
それは文明が息づいていたころのような、腹の腑にまで響く音ではなかったけれど。
花火が闇に咲くたびに、地平のかけらがその光を受けて輝いていた。
ーーー彼らも、喜んでいるのだろうか。
女「君は風情を分かってないねぇ。夏に食べる激辛ラーメンは」
男「最強」
女「冬に食べるアイスは」
男「至高」
女「そういうことだよ」
男「成程なあ・・・成程」
男「?」
女「君と出逢ってから、どれくらい一緒にいるんだっけ」
男「施設で15年、高校で3年、大学4年は別だったけどほぼ一緒に住んでるようなもんだったし・・・あれ、こうなったのが3年前だから」
女「25、6か。ほぼ生涯を添い遂げてるな」
男「・・・僕らの世界って狭いな」
女「狭かったけど、充実しているよ」
男「そう言ってくれると有難い」
女「・・・こんなご時世だ。あと何年一緒にいられるのやら」
男「死ぬまでは一緒にいるよ」
女「・・・こんな・・・馬鹿なことがあってなるものか!私は、私は認めない!こんな結末はあってはならない・・・!」
男「よくも・・・よくも・・・」
女「私たちのドンキを!」
男「あーあ、完璧に崩れちゃってる。確かに結晶化の兆候はあったしなぁ・・・こりゃ中の商品も全滅か」
女「私のよく分からない外国の変な味のお菓子が・・・私が着た時のチープ具合に笑いながらもちょっと興奮しちゃう彼の顔を見るのに必要なぺらぺらのエ口コスプレが・・・」
男「あーあ、完璧に壊れちゃってる。前々から狂人の兆候はあったしなぁ・・・」
女「タイムリープマシンを開発して・・・ドンキが壊れなかった世界線への到達を・・・収束・・・運命石・・・」
男「そこまでやるなら世界が崩壊しなかった世界線を探してくれよ」
女「んぅ・・・どうしたんだいこんな時間に・・・ほんとにどうしたの?なんで喘ぎながら長座体前屈してんの?」
男「ちが・・・これッ・・・!ふくらはぎ・・・ッ!ヒッ・・・ヒッ・・・」
女「どら・・・あーあ、変な伸び方したろう、変形してる。こむら返りさ、マッサージですぐよくなる」
男「がっ・・・ひぃ、ひぃ・・・あぁびっくりした、まじで筋肉が一本飛び出たかと」
女「足のぎっくり腰みたいなもんだからね・・・ふむ」
男「ふー・・・目が覚めちゃった。どうしたの」
女「君の喘ぎ声を聴いたら、ね?火照ってきちゃって」
男「・・・ちょっと待って・・・もっかいよく揉んで、ゆっくり伸ばして・・・ふぅ。 おいで」
男「・・・あぁ、そういうこと」
女「私は可愛げのない女だけれどさ、君には甘いんだ。いつかそういう時が来るだろうとは思っていても、つい君は結晶になる危険から度外視して考えてしまうみたいだ」
男「・・・ごめんよ」
女「なあに、甘えさせてくれたから許すさ」
男「背の高い建物から、結晶化した自重で崩れていったからな。地平線がよく見える」
女「地平線・・・夕日・・・やがてそーのーパレードはー♪」
男「君背中から刺されたいの?」
女「胡散臭いのは自負してるけどね・・・地平線がキラキラ光ってる」
男「かけらの反射はいつ見ても綺麗だ、原材料を考えなければ」
女「まぁ、善人も悪人もあれだけ綺麗になれるんなら、それは優しい終末なのかもね」
男「いいこと言った・・・ふぅ。一本?」
女「いただこう・・・ん」
女「また唐突な、それなら私は「玲瓏」を推すよ」
男「うわぁそれ強いな・・・ラ行と母音だけで完成されてるし、王が並んでる字面もいい。最強かよ」
女「君のその、よくわからん小学生男子みたいな思考がたまに出てくるスイッチはどこにあるんだろうね」
男「多分眠いんだ」
女「おやすみ」
男「ん」
男「?」
女「例の銃ってどこに手に入れたんだい?まさか配給してるわけでもないだろう」
男「なんか怪しい外国人から、水ペットボトル6本と交換した」
女「とんだわらしべ長者もあったもんだ、日本は法治国家だったはずなのになぁ」
男「男子は三日会わなきゃ刮目しなきゃなんだし、国だって三年も経てば変わるだろうさ」
女「綺麗だね、親子揃って綺麗に結晶になってる」
男「死んだあとでもなっちまうもんなのか・・・ますますよく分からんな」
女「まぁいいさ、庭に立てて置いてあげよう。立派な墓標だ」
男「勇気がなくて、埋葬がおくれちゃってすみません。・・・安らかに」
女「おやすみ」
女「?」
男「この前の配給の時さ、宗教の人に声かけられて怖かった話したっけ」
女「初耳だね」
男「曰く、結晶になった人らは救済された善人で、残された僕らは赦しを請うべき罪人なんだって」
女「・・・それを生き残ってる奴らが広めてるのかい、よく分からないな」
男「確かに。・・・ただ、まぁ、そう考えれば少し嬉しくもある」
女「善人がこんなにいたんだって安心する?」
男「悪人もそこそこいたんだって安心する」
女「いるんじゃない?じゃなきゃこんなにあっさり、綺麗に世界が終わらないだろう」
男「・・・それならそれも、ちょっと嬉しいんだ」
女「死んでも消えないかもって思えるしね」
男「それに、神様も案外悪趣味なんだなって」
女「成程ねぇ・・・それにそこそこ生き残りもいるし、案外カミサマは人間くさいのかも」
男「手抜き工事?」
女「そうだね。それか君と私の、安っぽいメロドラマでも見たかったのかも」
男「俗な神様もいたもんだ」
女「まったく」
女「ふー・・・どうした?湿気ってたかい」
男「いや、なんか途中で火が消えて・・・あー」
女「・・・煙草の葉も結晶になる条件を満たしてたのかな」
男「判定がよく分からんなぁ・・・秋の空ぐらい分からん」
女「女心は分かるのかい?」
男「君の心だけ分かればいいや」
女「・・・ずるいよなぁ、君」
男「よく言われる」
女「なにか癪だな・・・じゃあそこまで言うなら、次に私が何をするか当ててみたまえ」
男「僕に煙草を一本くれる」
女「正解・・・ん」
男「火」
女「ん」
男「今日なんだけど」
女「冗談だよ、ハッピーバースデイ」
男「おぉ!ケーキ!・・・っぽいかたちをしたコンビーフの塊ハンバーグだこれ!」
女「味気ないが、味は旨いよ」
男「愛情は?」
女「あふれんばかりに」
女「・・・明日なんだが」
男「冗談だよ、ほらこれを進呈しよう」
女「・・・ぎゃー!『われに五月を』じゃないか!しかも初版本!」
男「君寺山修司好きだもんね」
女「・・・ありがとう」
男「こちらこそ」
男「しんでーゆーくよるのー・・・これバースデイソングなのかなあ」
男「?」
女「世界の詳しい総人口数が出たらしい」
男「へー、臨時政府も食糧配給回すので手一杯だろうに・・・あぁ、だから逆に出しときゃなきゃまずいのか」
女「世界全体で8百万程度らしい」
男「・・・減ったもんだなぁ」
女「復興は・・・どうだろう。人類もっかい再熱するかなぁ」
男「そんなバンドのブームが終わったみたいに・・・賭けようか」
女「人類が復興するか、滅亡するか?その選択肢じゃ賭けにならない、という方に賭けるね」
男「地球はずいぶん軽くなっただろうね」
女「どうだろう、重さ自体は変わらないんじゃ?むしろ結晶になったぶんで嵩は増えてるかも」
男「今宇宙から地球を見てみたい」
女「私たちの知ってるそれより白くて、ギザギザが増えてるのかなぁ・・・それはそれで綺麗そうだ」
女「オー=ヘンリー?君が海外古典に食指を伸ばすとは珍しい」
男「君に触発されてね・・・どうせなら結晶になった彼らも、余すことなく見てもらいたいもんだ」
女「カミサマに?」
男「神様に」
女「・・・どうしたんだい、起き抜けに」
男「そろそろ珈琲が切れそうだ」
女「死のう」
男「僕が悲しいからやめてくれ」
女「私の27%はカフェイン、58%は君への愛、10%が煙草なんだよ」
男「残り5%は」
女「こしあんとか、そんなん」
女「ドンキ・・・惜しい店を亡くした・・・」
男「あんまり遠出する時はあれを持っていこう」
女「君は人相が悪いから、強盗と間違えられそうだ」
男「僕ほど人畜無害な男もそういないよ」
女「まぁ隣に私みたいな美女がいるから緩和されるか」
男「尊敬する人は」
女「カラミティ・ジェーン」
男「・・・ん?」
女「君は体温だけは冷たい」
男「末端冷え性なんだ、僕」
女「コトの最中はあんなに熱かったのに」
男「君は僕の養命酒なんだ」
女「・・・あれは不味いよ」
男「良薬は口に苦いし、僕は独特で好きだけどなぁ」
女「苦い薬であるより、甘い毒でありたいね」
男「じゃあ間をとって酒だな」
女「ほう、そのこころは」
男「呑み過ぎると、呑まれる。・・・おやすみ」
女「おやすみ」
そういえば、そうだった。
「確かにおかしなことでは、ないよな」
この世界は、もう、あらゆるものに優しくはないのだから。
男「・・・僕が先かな、彼女が黙って居るのでなければ」
ある朝、彼の右足の爪先は、
妙に硬く、冷たくーーー透けていた。
男「・・・ふぅ」
彼は重い煙草を吸いながら、隣で眠る彼女の髪を撫ぜる。
男「まぁ、いいか」
その決断にはまだ早い。時期も、症状も、覚悟をするにも。
彼の視線は、「あれ」が無造作に置かれた本棚の上に注がれていたーーー。
男「養命酒では、治んないよなぁ」
男「?」
女「この前近所でさ、タンデムのバイクを見つけたんだ」
男「丁度いい、物資探しの旅に出ようか」
女「なるべく近場に、穴場があるといいんだが・・・というか君、パクることにはなにも言わないんだね」
男「こんなご時世だ、盗んだバイクで走り出したってお咎めはないさ」
女「十五の夜じゃないけどね」
男「どうでもいいけど、昔は十五の夜を「十五歳の夜」じゃなくて「十五日間の夜」だと思ってた」
女「・・・私が言うセリフだろうそれは。運転手は私なんだから」
男「僕バイクの免許持ってないからさ、適当に走らせてくれよ」
女「りょーかい、とりあえず倒壊したドンキとは逆方向に遠征しようか。しっかり掴まって」
男「ん」
女「・・・そこは胸だ」
男「掴みやすいんだ」
女「捕まってしまえ」
男「塩、砂糖は次の支給までは保つから・・・特にないかな。今回のメインは探索と嗜好品の補充になると思う」
女「つまるところは酒、菓子、煙草だね・・・そういや君、缶ピースがそろそろ切れるんじゃ?」
男「・・・最近吸い過ぎたかなあ」
女「まぁ、こんなご時世だからね」
男「・・・」
男「いたんじゃないかな、僕らの足元を飾っちゃう前には。それかどっかにキャンプでも作ってるのかも」
女「後者であることを祈るよ」
男「・・・もしさ、そういうキャンプがあったら、君は行きたいと思う?」
女「・・・んー、いや、そうでもないかな。そこまで切羽詰まってもいないし。それに」
男「それに?」
女「今は君と二人でいるのが楽しいんだ、こんな世界になっちゃってもさ」
男「・・・君も大概、僕に甘いよなぁ」
男「そうだね、何往復かして家まで運んじゃおう」
女「あいよ、じゃあまたバイクに2ケツだ」
男「懐かしいなぁ、高校のころを思い出すね」
女「夏休みにあてもなく走って、海に行ったりしたっけね」
男「海もかなり減っちゃったらしい。結晶が氷みたいに水面を覆うんだってさ」
女「いよいよ世界の終わり、って感じがするねぇ」
女「?」
男「帰り着いたはいいが、こうしてみると・・・うん、我が家は散らかり過ぎだ」
女「出た、君の時々妙に几帳面になるやつ・・・いいよこのままで。どうせ私たちしかいないんだしさ」
男「いやそれにしたってこれは・・・だってフライパンの上に僕の眼鏡と綿棒があるのは訳が分からないし、君のCDが食器棚にまで浸食してるのはもはやなにかのオブジェみたいだ」
女「そういうアートなんだ、だからのんびりだらけていようよ」
男「・・・まぁ、運転もしてくれたしね、今日はやめとこう。ドライバーさん、何か呑む?」
女「ブラインドアーチャー、ロックで」
男「僕は・・・珈琲でいいや」
女「おや珍しい、今日は酔って私を襲わないのかい?」
男「素面で見る酔っぱらった君は、何だろう、凄く目の保養になるんだ」
男「左右に揺れてる、かわいい」
女「んふんふ」
男「なめこかな?」
女「きみぃ、なんか面白い話をしてくれよー」
男「無茶ぶりしないで・・・わぷっ」
女「ん・・・はぁ」
男「むしゃぶりつくのもだめですー」
男「酔った君はやばい。多分素面の君が酔った君を見ても普通に襲うと思う」
男「?」
女「ひまだからクイズでもしようか」
男「なにがそういえばなんだろう」
女「仕方ない、書く側の都合だから」
男「それいじょういけない」
男「どっちかって言うと、クイズというより大喜利みたいだ・・・うーん」
女「私はね・・・うん、一人の女の子の涙がこの結晶になって、世界が終わるんならいいなぁって思ってるよ」
男「寺山修司ほんと好きだね君」
女「『きみ、知ってるかい? 海の起源は、たった一しずくの女の子のなみだだったんだ。』」
女「おや、お気に召さないかな」
男「いや、確かにロマンはあるんだけど・・・何だろう、負けた感じがするんだよね」
女「ふむ?」
男「いやさ、僕らって自立してから、何でも自分たちで決めてきたじゃない」
女「だから、終わりも自分たちで決めさせろ、と?」
男「多分、そういうこと」
女「・・・ふふ、また君の小学生スイッチがはいったのかな」
男「うるへーやい」
男「んー・・・いつかも話したけどさ、神様からのお情けなんじゃないかな、やっぱり」
女「ほう」
男「ちょっと煙草ーーーふう。昔に比べて星も見えづらくなった。海は汚れる。ヒトもキカイも煙を吐く」
女「君みたいに?」
男「僕みたいにーーーふう。だからせめて終わりくらいは、綺麗に終わらせてやろうって」
女「成程ねぇ・・・君もロマンティシストだよね、しかもかなりの」
男「ペシミストなだけかもしれないぜ」
男「ん」
女「あとどれくらい一緒にいられる、かな」
男「君が望む限り。ーーーふう。それか、僕の指がうごかせなくなったら、かな」
女「・・・そうか。そうか」
男「やっぱりばれるよなぁ、君だもの」
女「そりゃばれるさ、君のことだもの・・・煙草、一本もらうよ」
男「ん」
女「ん・・・---ふー、ぐ。・・・ああくそ、目に染みるなぁこれは。くそ、くそう・・・涙が、でるんだ」
男「そうだね、海ができるよ」
女「煙いなぁ・・・くそう」
男「?」
女「私は昨日呑んで、記憶がないから、そこんとこよろしく」
男「・・・そうだね。いつも通り。世はなべてこともなし」
女「世は全てなにも無し」
女「こんなになっても気候は変わるもんなんだね」
男「夏はその辺の結晶がひんやりしてて気持ちいいんだ」
女「冬は暖をとれないけどね・・・むしろ見た目が冷たそうで体感温度が下がる」
男「その時はほら、互いの熱で、ね」
女「ふむ、よかろう」
男「上からだねぇ」
女「おや、風邪かい?」
男「最近煙草吸い過ぎたからなぁ・・・のど痛めたか」
女「気をつけてくれよ、医者なんてとうに廃業してるようなもん・・・へ、へ、」
男「へ?」
女「ヘドバチキッショウィ!!!」
男「なんて?」
女「あーーー・・・君のがうつったかな」
男「色々言いたいことはあるんだけどさ、最後に「畜生」っていうのは女性としてやめない?」
男「?」
女「今日が「始まりの日」からちょうど3年目らしいよ、ラジオによればね」
男「へーーー・・・・・・気に入らないなぁ、やっぱり」
女「またスイッチが」
男「そもそもさぁ、3年も終末長引かせてんじゃないよってね。こう、パキッとみんな一瞬で結晶になっちゃえばよかったのに」
女「・・・私はこれまで、君といられてうれしかったけどなぁ」
男「神様猶予をありがとう」
女「ちょろい」
女「?」
男「なんか海外でパンデミックが起きて、人口が一気に減ったらしい」
女「そりゃお気の毒に。何人だって?」
男「・・・今は全世界で、たった17万人だって」
女「・・・つまりどういうことか、わかるかい?」
男「配給が増えてウハウハになる」
女「流石私の惚れた男」
男「そうだね、行ってくるよ。杖をーーーいや」
女「?」
男「デートしよう」
女「・・・のった」
「左目、どうしたの」
女「・・・先週くらいかな。起きたら視界が狭くなってて。今はもうほぼ効いてない・・・多分、そういうことなんだろう」
男「・・・そうか。そうかぁ」
女「まぁ、確かに一番結晶化しやすそうではあるよね・・・結晶体なんていうくらいだし」
男「ーーーふぅ」
女「重い煙草、そろそろ切れるね」
男「一本?」
女「ん・・・---ふー。まぁ、なんだ」
男「?」
女「君とおそろいで嬉しくもあるんだ」
男「・・・泣きそうだからやめてくれ」
女「うれしくて?悲しくて?」
男「・・・両方」
結晶体じゃねーや、水晶体
男「?」
女「私は最近、ちょっと大きな買い物をしたんだ」
男「へぇ、このご時世に」
女「あぁーーー水ペットボトル6本と交換でね」
私が私であるうちに。>>
女「そりゃ奇遇だ」
男「まったく・・・うん。そうだね。僕らの終わりは、僕らで」
僕が僕であるうちに。>>
男「ふむ?」
女「世界は終わったけれど、私たちはそれを尻目に一足先に完結するんだーーーそれも、互い同士でね。どうだい?お気に召すかな?」
男「・・・いいな、それ。凄くいい。とっても素敵で、綺麗なエンドだ」
はじめての世界のおわりに、
恋人たちは拳銃を買った。
女「・・・ちょっと待って・・・ん。よし、できた」
男「よし、じゃあ交換だ・・・君、ピースメーカー買ったの?」
女「懐古趣味万歳、だ」
男「君らしいけどさ・・・じゃあ、7歩離れて」
女「1、2、3・・・今何時だい?」
男「時そばじゃないんだから」
男「・・・あぁ」
3
・・・恋人たちは呆けたままで、互いの顔を見つめていた。
女「・・・く、くふ」
男「は、あははははは!ははははははは!」
女「くふ、ふ、ふふふふふふふふふふ」
男・女「「考えることは一緒か!」」
男「はは、まぁ・・・最期に、君に一杯食わせたかったんだよ。君に撃たれて、君の驚き顔を見て死ぬのもオツかなって」
女「まさかここまで思考も嗜好もかぶるとはねぇ・・・まったく」
君には生きていてほしかったなんて、もう、互いに言えなかった。
男「・・・じゃ、こうだ」
ひとしきり笑い合ったあと、彼は彼女を抱きしめた。
女「ん」
彼女も彼を抱きしめた。
互いの胸には、しっかりと弾が込められた拳銃がそれぞれ突き付けられていた。
女「これなら、外さない。・・・ふふ」
男「?」
女「うれしいなぁ。私は君の足元じゃなくて、胸の中で死ねるんだから」
女「?」
男「僕は君が、大好きだったんだ」
女「知ってる、私もなんだから」
ーーーぱん、ぱん。
結晶になって、
いつしか砕けて、混ざり合って、
一つになった。
FIN
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はじめての世界のおわりに
はじめての世界のおわりに
コメント一覧 (12)
-
- 2016年12月16日 01:13
- こんなにも儚くて、残酷で、美しい滅び行く世界の中でさえ
野獣先輩はクッソ汚い茶色の粉末になって散るんだろうと思った
-
- 2016年12月16日 01:17
- 〜〜に似てるってのはあまり使うべきではないんだけど、げんふうけいさんっぽい作風だなぁ
とても好き
-
- 2016年12月16日 01:22
- 訂正
粉末←× 糞末←○
失礼しました
-
- 2016年12月16日 03:06
- そのげんふうけいが作中に出てる三秋縋ってペンネームで本出版してるのだぜ。
フォロワーか、はたまた久々に野に出たくなったのか...
-
- 2016年12月16日 12:53
- 何故水晶化するのか気になります
-
- 2016年12月16日 14:47
- 面白かったよ
-
- 2016年12月16日 16:59
- 寺山修司の詩いいよね
-
- 2016年12月16日 17:06
- 俺はこういう物語が好きなんだが
他におすすめがあれば教えてほしい。
【世界が終わる前に考えた、いくつかのこと】これは良かった
-
- 2016年12月16日 22:06
- 面白かったけどちょっとしっくり来ない気もする
-
- 2016年12月17日 19:40
-
感傷的になりやがって
いや、とても好きだけどね
九十年代の芸大にはこういう感覚を持った人が結構いたが
ロマン主義の抑制としての古典主義へ行けなかったやつは
たいてい堅気になってしまった、ということを思い出したので
-
- 2016年12月29日 20:01
- 良いSsを見つけられてよかった..(KONAMI)
あと810先輩はう*こなので水晶じゃなくて土にかえるんじゃない?(激寒)
この独特な空気がたまらなく好きです