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「死屍累々、全てを呑み込むこの街で」

1: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/02(水) 21:18:46.48 ID:dXFzxhXQ0

「奇奇怪怪、全てを呑み込むこの街で」

「喧々囂々、全てを呑み込むこの街で」

の続編です。彼らの最後のお話となります。



2: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/02(水) 21:26:55.11 ID:dXFzxhXQ0

月が無いな、と誰かが呟きました。

見上げた夜空は、まるで墨で塗りつぶしてしまったかのように、黒々としています。

「イサクラ」の街が形成されて以来、月が無い夜など見た事がありませんでした。

いつもの薄暗い路地が、深さを増した闇を蓄えて人々を待ち構えます。

街全体に、言いようのない不気味な空気が漂っています。

それに対抗するかのように、ネオンサインのぎらぎらした光が中央街を照らしています。

どうも人々は無意識の内に闇を恐れ、光を集めているようです。

何だか妙な気分だ、と再び路地裏で誰かが呟きました。



3: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/02(水) 21:33:06.64 ID:dXFzxhXQ0

「ほぉら、本物はこっちでしたぁ~」

「ッチィ……」

いつもの路地裏で、男と老人は博打をしていました。

どうやら、二つの宝石の内、どちらが本物かを賭けていたようです。

「早く酒を渡さぬか、トカゲちゃん……ひひっ!」

「あァ……クソ……痛ぇな」

「それ、ついっとな」

「いぎっ!! ……ぶっ殺すぞジジイ!!」

「ひひっ!」

男は脇腹周りの痛みに苦しんでいました。時間が経てば経つほど、その痛みが強くなっているのです。老人はそれをにたにたと笑いながら、指でつつきます。

あの事件以来、腰に刻まれた模様が疼いて仕方がないようです。男は「中で百足が肉を食い荒らしているようだ」と表現しました。

老人は相変わらずの笑みを保っていますが、自分の回復魔法でも消せない事が妙だと感じています。

「やっぱり単純な呪いじゃねえか、こいつは」

「そのようじゃのぉ。ワシの回復魔法が通じないとなると」

「チッ……仕方ねえ、治す方法を探すしかねえか。着いてこい、ジジイ」

「はいな。酒は三本でいいぞぉ」

「ほざけ……」

いつもの掛け合いも何処か上の空です。二人は夜の街を歩き始めました。



6: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/03(木) 20:40:04.88 ID:LfWmyaZi0

男と老人は小さな店の前にたどり着きました。

店はかなり古く、灰色の朽ちた看板の文字は読むことが出来ません。

男が雑にドアを開けると、中は夥しいほどの本で埋め尽くされていました。

奥にはやはり本が積まれた小さな机があり、何者かがそこで頬杖をついています。

「なんや、ジャバ助やないか。後ろの兄ちゃんは?」

「あのジジイだよ」

「えっ蠅王サン!? めっちゃ若返っとるやんけ! ……まあええわ。何を探しとんや」

「おう、呪いについての情報が必要でな。ほら金」

「あいあい、ちょっと待ってな」

そう言うと、声の主は身軽な動きで飛び出しました。

細い尾がしゅるりと伸び、緑色の本を抜き取ります。

その尾の持ち主の姿は小さな猿でした。無論ただの猿では御座いません。

猿は指をぺろりと舐めると、本を開きました。中には何も書かれておらず、白紙のページが広がっています

「呪い……これやね」

猿はそう言うと、右手を開きました。手のひらに謎の黒い模様が広がっていきます。

いえ、あれはただの模様ではありませんね……そう、文字で御座います。

猿がぺたりと手のひらをページに付けると、敵から逃げる蟻の群れのように、大量の文字がすうっとページ中に散らばっていきます。

この猿は文字を盗む能力を持っているのです。自身が調べた情報を書き記し、その本の内容を自分で管理しています。

これによって本が盗まれる事もなく、店を燃やされようが情報は消えません。

彼が旅をしていた時に自分で調べた情報のため、此処の本の信憑性は非常に高いです。

そのようにして経営している「情報屋 猿の浅知恵」は、多くの大物が贔屓にしています。

ちなみに、この夥しい数の本は、すでに文字を抜いているのでほとんど必要ありません。

わざわざ揃えている理由は、「それっぽい雰囲気になるから」だそうです。

「……」

「なんやジャバ助、えらい顔しとんで?」

「いや……少し特殊な呪いを掛けられてな」

「どんなん? 見せてみ……うわぁ、えげつないな自分! 何でその身体で普通に歩いてんの!?」

「ひっひっひ……さすがはジャバウォック様じゃあ~」

「……チッ」

男は老人の皮肉を背中に浴びながら、ページをさらにめくります。

しかし、あまり役立ちそうな情報は無かったようです。何しろかなり強い呪いのようですからね。

やはり駄目か、と男が声を漏らしそうになった時です。一つの項目が目に留まりました。

「呪いを喰う種族……?」



7: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/03(木) 20:46:54.92 ID:LfWmyaZi0

「あー、そういやそいつらがおったか。せやねん。呪い喰う奴おんねん」

「この街にも居るのか?」

「せやけど、そういう治癒系の種族って……ほら、アレやん。簡単にはいかんで?」

猿は口を濁します。治癒系の種族は、いつの時代でも人の欲に汚される運命です。

それらのほとんどが他人嫌いな性格で、そう簡単に事が運ぶとは思えませんね。

「まぁ良い。場所を教えてくれ」

「追加料金」

「……ッチ。ほらよ」

「おおきに。ほな複製するからちょっと待って」

猿はそう言うと、一枚の紙に地図を‘写し’ました。

軽快な鼻歌を歌いながら、もう一枚の紙にその地図をペンで複製します。

「西の地区に集落があんねんか。そこや。なんや妙なステルス結界張っとんで。二度目の時は入られへんかった」

「ひっひっひ」

「結界の解き方は?」

「いや、なんかわしが行った時はたまたま無かった。まぁ蠅王サンおるならいけるやろ」

「……念のためお前も来い」

「ウキッ!? なんでや面倒臭い! もうわしは動かずにだらだら生きるって決めとんねん!」

猿は飛び上がり、首をぶんぶんと振り続けます。

男は苦々しい顔で、金貨をジャラジャラと机に落としました。

これには猿も驚きのあまり、目を見開きます。

「こいつでどうだ?」

「……ホホッ!! ええね! 宵越しの金持たん奴は好きや! わしがきっちり案内したるわ!」

「ひっひっひ、そいつは楽しみじゃのぉ~」

強烈な手のひら返し。猿はうきうきな様子でドンと胸を叩きました。

「よし、行くぞ」

「今から!? 準備するから待ちーな!」



8: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/03(木) 21:26:19.03 ID:LfWmyaZi0

――

此処は廃遊園地。フードを被った子供達が集まって話し込んでいる。

中央には一人の男。年齢は四十代と言った所で、顔には大きな切り傷の痕が斜めに付いている。

「いいか、後少しだ。もうじき俺達の復讐が始まる」

「なあミゼル。結局「あれ」って何体出来たんだ?」

一人がミゼルと呼ばれる男に質問をした。男は無精ひげが生えた顎をさすると、火傷のように変色した指で確かめていく。

「十一、十二……十四体って所か。」

「でも、この前の奴ほどの性能じゃないんだろ? 大丈夫かな?」

「確かに前のよりも呪いが弱いか。まぁキメラも二十体出来てる。とりあえず最低限の数は確保出来た」

具合はどうだ、と聞く男に対し、前髪で目が隠れた少女が問題ないと返す。

ただしキメラの方のオリジナルは、まだ不安定。少女はそう付け加えた。

「まぁ戦えるなら何とかなる。何せ俺達は‘勝つ必要は無い’からな」

さて、配置する地区だが――男が話を進めようとしたその時だった。

大地が轟音を立てながら、凄まじい揺れを見せたのである。

「……何だ……う、うおおおぉおぉおっ!」

観覧車はがくがくと勢いよく揺れ、鉄製のごみ箱が音を立てて倒れる。

振動に耐えきれず、誰もがバランスを崩す。視界がブレて何も見えないようだ。

その場の全員がただ黙って耐える、永遠にも思える地獄の時間は、突然ぴたりと止まった。

「……今のは……」

――



9: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/03(木) 21:28:45.44 ID:LfWmyaZi0

今の揺れで本棚は倒れ、中の様子はひどいものとなっていました。

まぁ原因はワタクシの本体によるものですがね。フフッ。

何処かで発生した強い「悪意」に、少し血が疼いてしまったようです。一瞬起きてしまった脈動の衝撃が、地盤を揺らしてしまいました。

「いやぁ~……さすがにキン玉落ちるかと思ったわぁ」

「今のは……地震か? とんでもねぇ揺れだったな……」

「――近いのぉ」

ぼそりと呟いた老人の言葉を、男が目ざとく拾います。

「おいジジイ、何か知ってんのか?」

「……さて、のぉ~……ひっひっひ!」

「あのさ、どうでもええから助けてくれへん?」

男は本に埋まっている猿の尾を掴み、雑に引っ張り上げました。猿はすんまへんと礼を言い、身軽に着地します。

「さて、行くか」



12: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/06(日) 21:07:12.67 ID:8pj/VA940

訪れた地は、寂れた物悲しげな土地でした。

物はほとんどなく、数本の枯れた木が寂しげに立っています。

猿はここや、と様子で指を指します。

「入り口に着いたで……多分ここや」

「ふむふむ……確かに隠れとるのぉ~」

老人は目を見開くと、ぴんと伸ばした指先に特殊な魔力を込めます。

そのままそっと指を付きだすと、見えない空間の壁が開き、隠されていた集落が姿を現しました。

「おぉ、こうなってんのか」

畑が所狭しと並んでいます。この欲望の街の中とは思えないほど静かな、平和な風景が広がっています。

……と言っても、先ほどの地震でいささかのダメージが広がっているようですが。失礼しました。

異変に気付いた数人の住民が、血相を変えて飛び出してきました。

服は灰色の衣を纏っただけと、シンプルかつ質素なものです。

「侵入者だ!!」

しかし、あのステルス結界は、指定された「鍵穴」と呼ばれる場所に、それに対応した特殊な魔力を流さなければ解除できないのですが。

さすがは老人です。繊細な魔力感知だけで鍵穴を突き止めました。並大抵の技術では御座いません。

警戒心を露わにした目を向ける住民に対し、男はごきりと肩を鳴らせます。おやおや、無理矢理従わせるつもりですか? 乱暴ですねぇ。

そんな男を押しのけ、猿がひょこりと顔を覗かせます。

「まーまー、ちょい待って!」

「! 貴方は……以前助けていただいた、お猿様!」

「ええてええて、エテ公とでも言ってくれたらええよ」

「いえ、そのような事は……一体何のご用で?」

「いやー、それがな。後ろの兄ちゃんの呪いを喰ってもらわれへんかなーって思ってね」

「分かりました、案内します」

話について行けない男は、ただぽかんと口を開けるのみでした。



13: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/06(日) 21:27:36.58 ID:8pj/VA940

男達は村の奥にある大きなテントに招かれました。

「なぁ、聞いてた話と違うんだが。歓迎してんじゃねえかよ?」

「わしのコミュ力なめたらあかんで。それと前来た時に色々役に立たせてもらってな」

「ひっひっひ、恩は売っておいて損はないのぉ~?」

「……こっち見んなクソジジイ」

おやおや、村の住民が集まってきました。何人かは野菜で作った料理を持っています。猿へのもてなしでしょうか。

猿と老人は上機嫌でそれを平らげます。猿はこの村で作られるジャガイモのスープが大好きなのです。

以前猿が此処にやって来た時は、厄介な魔物が侵入している所でした。そこに猿が颯爽と現れて倒した所、英雄として讃えられたので御座います。

住民の一人が男の呪いを見て、顔をしかめます。

「これは……普通の呪いでは無いな。僕一人じゃ無理だ。十人くらいで喰えば何とか……」

「そうかい。なら頼むわ」

「それじゃ、擬態を解かせてもらうよ」

村人はそう言うと、擬態を解きました。「呪いを喰う種族」は、ねじれた角が二本生えた、白いラクダのような姿をしています。

村人が口を大きく開けると、男に刻まれた呪いの模様が宙に浮かび上がりました。

もしゅ、もしゅ。じっくりと時間をかけてそれを咀嚼していきます。

男は最初、黙ってそれを見ていましたが、だんだんと苛立ってきたようです。

「……あのさ、もうちょっと早く出来ねえのかな」

「おやおや、その呪いの複雑さも分からぬポンコツかの? そう簡単に外せるものではなかろうに……ひっひっひ」

「まあええでー。待たれへんのやったら帰っても。帰るか?」

猿は鼻糞を男にぴんと飛ばし、あっけらかんとそう告げます。老人はにやにやと身動きの取れない男を眺めています。

男は大きな舌打ちをしましたが、苛立ってもどうにもならない事はちゃんと理解しています。

ただ、短気な性質なもので、やり場のない苛立ちが男を縛り付けます。

フフフ、男の眉間の皺がどんどん深くなっていきます。見ていて面白いですねぇ……

「ところでさ、蠅王サン」

そんな男を放っておいて、猿は老人にこっそりと耳打ちしました。

「――「あの事」は、ジャバ助にも教えてへんの?」

「……まぁの、ひっひっひ」

「……まぁええか。知らぬが仏、やね」

おっと、あまり話してはいけない事を言っているようですね。哀れな男は、その内容を知らぬまま、今も治療を受け続けています。

(クソ……ああああ、むず痒い!)



14: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/06(日) 21:37:21.65 ID:8pj/VA940

男が苛立つのをやめ――と言うより、思考を停止させて――二時間ほど経ち、ようやく男の身体から、呪いが消え去りました。

「……ふぅ、まさか三十人でようやく喰えるほどの呪いとは……」

「あァ……やっと身体が軽くなった!!」

男はようやく活力を取り戻したようです。目に力が宿りました。

そういえば、とちらりと目をやると、老人と猿はすでにぐっすりと寝ています。

「こいつら……」

男はウィルオウィスプを浴びせてやろうかと思いましたが、そもそも自分に付き合ってもらっている立場です。

彼一人だけでは、かなり難航していたでしょう。そもそも、「呪いを喰う種族」は、決して弱い種族では御座いません。

なにしろ喰った呪いを自分の武器に出来るのですから。触れられれば即アウトの強力な能力です。

彼らがこうして結界を貼っているのは、争いを好まない優しい性格だからです。

……まあ、こいつらのおかげ、か……

男はそう思い直してどかりと座りました。

「俺も少し寝る」

「え……おお、もう寝ている。何とも豪快な方だ」

ようやく苦痛の無い安らかな眠りにつく事が出来ます。

男は横になると、大きないびきを立てて眠り始めました。



16: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/07(月) 19:13:05.47 ID:EozJ1WBt0

誰もが寝静まった夜、虫の透明な声が響き渡る中、闇に一匹と一人の声が広がります。

「……蠅王サン、起きとるやろ?」

「ん?」

「わしはもう、この街を出ようと思う。地震も起きたしなぁ……」

「……そうかぇ」

「えらいおっかない街やけど、割と居心地はええ所やったな。……なんや、もう来ぉへんかと思ったら、なんか変な気分やわ」

「やっぱ定住したらあかんね。旅してる時は平気やったのに、何でこない寂しい感じになるんやろうなぁ」

「……」

「ま、ええわ。わしはまた次の場所で商い始めるさかい。蠅王サンには世話になったなぁ」

「……ほな、またな」

「ああ、達者でのぉ~」




後日男が「猿の浅知恵」を訪れると、中は空き家になっていました。



17: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/07(月) 19:25:10.98 ID:EozJ1WBt0

――

さて、しばらくの間、随分と男と老人を眺めすぎていたようですね。

このままでは話が進みませんし、隠すのは止めに致しましょう。

そろそろ怪しい彼らにピントを合わせましょうか。どれどれ……

「まずはどうするの、ミゼル」

「中央街に「イビルイーター」を三体放つ」

ミゼルと呼ばれる男はそう言い放ちました。黒フードの一人が頷きます。

「中央街は大物が多い。一体だと前の蠅王のようになるかもしれない。キメラのオリジナルも放つか」

「……同時に放つなんて、大丈夫かな? 共食いとかしない?」

「……さぁ、下手すりゃとんでもない事になるが」

それは元々俺たちの望んでいる事だろ? ミゼルと呼ばれる男は不敵な笑みを浮かべます。

まずは彼らが何者なのか、説明を致しましょうか。



18: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/07(月) 19:40:48.12 ID:EozJ1WBt0

彼らは全てが人間。亜人に溢れたこの街では、場違いなほどにか弱い生物で御座います。

メンバー全員の子供達が親に捨てられ、居場所を失っています。

ミゼルと呼ばれる男は恋人に裏切られ、全てを無くしてこの街に残されました。

しばらくはゴミ捨て場を彷徨い続ける日々が続きました。彼はそこでとある書を見つけたのです。

臓器を掛けた賭博で一発逆転をした彼は、ある目的を果たすため徹底的に呪術を調べ上げました。

そうして呪いの全てを学習した時、この街に潜む負の気に気付いたので御座います。

――毎日凄まじい数の人が死に、それらの残した怨念が燻っている。

それは呪術における無尽蔵のエネルギー源。彼がそれを利用するのに、そう時間は掛かりませんでした。

アジトとなる廃遊園地ですが、なんと彼が呪術によって造り上げたものなのです。

人はすぐに寄り付かなくなりました。いくら破壊しても、翌日には元に戻っているのですからね。

後は生贄となる人を調達するだけです。勧誘はすんなりと上手くいきました。

何しろ彼らは同じ弱者なのですから。

「……うっ……!」

「! 大丈夫?」

ミゼルと呼ばれる男の身体は、度重なる呪いの気に当てられ、すでに限界寸前になっています。

特に右手は、変色しきって常に激痛が伴っている状態です。それでも彼は止める訳にはいきません。

これは彼らの復讐なのですから。

――



21: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/09(水) 15:33:31.25 ID:WBahAE5V0

すっかり回復した男は、ピンク色の看板が立ち並ぶ大通りで老人を待っていました。

冷たい風がぴゅうと男の首元を通り抜けます。男は身震いしました。寒さはあまり得意ではありません。

ったく、いつまで待たせるつもりだ。男は眉間に皺を寄せて悪態を付きます。

もう三時間は待っています。右手の指先が、左手の甲を忙しなくトントンと叩きます。

ふと目をやると、二人の男性が店に入って行きました。

女の何が良いんだか。男はつまらなさそうに彼らを一瞥します。

(しかし、こんな所にもこの草は生えてんのか。不気味なくらいの繁殖力だな)

男は「イサクラ」全域に大量に生息する、ギザギザとした葉を持つ草を眺めます。

この草には弱い毒があり、口にする者はめったにいません。

ワタクシは大好きなのですが……フフフ。

おや、ようやく老人が出てきたようですよ?

「遅ぇんだよ! 一時間って言っただろうが!」

「いやぁ~、なかなかええ店じゃったぞぉ~……ああキモチ良かったぁ~……ひひっ!」

老人はにたぁっと厭らしい笑みを浮かべます。随分と機嫌が良い様子です。

「この身体は精力があってええのぉ……お主も行ってみると良い。癖になるぞおぉ?」

「あーはいはいそうですか、っと」

男の鼻が、老人から溢れる○液臭さと女の香りを嗅ぎ取ります。

だからこの大通りを歩くのは嫌なんだ。男は顔をしかめて、老人と共にピンク色の夜の道を歩きます。

どこかで鼠がちゅうと鳴きましたが、心なしか厭らしい声色でした。



22: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/09(水) 15:46:57.88 ID:WBahAE5V0

「おいジジイ、今日は俺の方へ行くぞ」

「ひっひっひ……何処に行くんじゃぁ?」

男は黙ってチケットを渡します。老人はわざとらしくため息をつき、ずんずんと進む男の後ろを歩いていきました。


辿り着いた場所は地下闘技場でした。観客席には所狭しと、人がぎゅうぎゅう詰めになっています。

今回の対戦相手は誰でしょうか? 始まる直前まで明かされる事はありません。

「今回はどんな奴だろうな」

「知らんよ……んん」

男の声は聞こえないと言った感じで、老人の頭が船を漕いでいます。

この野郎、全く興味無しか。男は大きな舌打ちをしました。

それから少しして、闘技場に対戦相手が入場しました。

片方は大きな陸亀の姿をしています。背中の甲羅には青々とした草が生えています。

対するもう一方は、鎧を纏った人の姿をしています。

カウントダウンが始まります。観客は大きな声で数字を叫びます。

「ゼロ!!」

ゴングが鳴りました。鎧の男がずっしりとした両手剣――グラディウスを振り上げて飛び出します。

対する亀が背中に力を込めると、甲羅から樹木の枝が伸びて鎧の男に襲いかかりました。

鎧の男はそれを叩き斬りますが、ぐんぐんと伸びてくる枝を前に、一度距離を取ります。

亀は深追いはしない様子で、じりじりと近づいて鎧の男の出方を伺っています。

「おーい! ビビってんのかぁ!?」

大きなヤジが飛び交います。彼らはインファイトでの攻防を楽しみにしているのです。

距離を取った安全な遅いバトルなど、金を払う価値はありません。

(うるせぇ奴らだ……しかし、鎧の方は魔法を使えないのか? そうなるとかなり分が悪そうだが)

男は左手で顔の目から下を掴むようにして考えます。自分だったらどうするか、と。

どうせ効果が薄いのなら、鎧を脱いでしまえばもう少し戦えそうですが……?

退路を塞がれた鎧の男は、先ほどよりも素早い動きで特攻しました。

案の定、無数の枝が飛び掛かります。それを打ち払っていましたが、ついに両手を縛り付けられてしまいました。

歓声と共に枝が鎧の男の全身をぐるぐる巻きにしてしまいます。勝負ありでしょうか。

「すまないな、ハンデは終わりだ」

鎧の男がそう告げた瞬間、爆発が発生しました。



23: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/09(水) 15:48:59.14 ID:WBahAE5V0

「!?」

煙が晴れると、そこには巨大な恐竜型のモンスターが立っていました。

二足歩行で立つ赤い体躯とその牙は、全身で自分の強さの証明をしています。

素晴らしいサプライズに、観客のテンションはマックスになります。男は強そうだと笑みを浮かべました。

焦った亀が一本の巨大な大樹を伸ばします。おそらく大技でしょうね。

恐竜は力強い跳躍をすると、ぎゅるんと前に一回転しました。

――ドォン!!

「……おおおおおおぉおぉおぉ!!」

遠心力が加わった鋼鉄のような太い尾が、大樹ごと亀を叩き潰してしまいました。勝負ありです。

圧倒的な格の差を見せつけた恐竜は、勝利の咆哮を挙げました。

わざと不利な状況からの圧勝によって、ファイトマネーをより貰おうとしたのでしょう。

彼の思惑通り、観客は大盛り上がりです。中々稼げたようですね。

「……あんな奴も居るのか。いつ誰に足元を掬われるか分からんな」

男は無防備に涎を垂らしながら眠る老人を見て、一人そう呟きました。



24: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/09(水) 15:51:16.99 ID:WBahAE5V0

ある夜、男は酒場で酒を飲んでいました。今日は老人は居ないようです。

酒は度数の高い蜂蜜酒(ミード)、肴はりんごと角切りベーコンをソテーしたものです。

一人で静かに飲んでいる中、どこかで聞いた事のある声が通りました。

「おーい! 仕事だ! 内容は「人探し」! 盗まれたものを取り返してほしい!」

声の主は、やはりでっぷりと太った、サングラスをつけた男でした。

彼の報酬金はなかなか悪くありません。男はむくりと立ち上がり、話を付けに行きました。

「お! ジャックさんじゃないか!」

「……だから、ジャックは死んだあいつだろうが」

「ジャバウォックって言い難いんだよぉー」

内容を聞いた男は、3日以内に見つけてくると言い残し、酒場を出ていきました。



25: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/09(水) 15:54:39.82 ID:WBahAE5V0

「散れ、ウィルオウィスプ」

男がぱちんと指を鳴らすと、青白い炎が分散して散り散りに飛んでいきます。

今回の標的は、赤髪の女だそうです。十字架の形をした魔道具を盗んだようですね。

男は燻製にした鶏肉を口に入れながら、ウィルオウィスプ達の報告を待っています。

おや、ウィルオウィスプの一体が飛んできました。どうやら見つけたようです。

「よし、行くか」

男はゆっくりと歩き続けます。どこまで逃げようが、すでにウィルオウィスプの監視が張られているからです。

ここか、と男が辿り着いたのは、古い屋敷でした。人は住んでいない様です。住み着いているのでしょうか。

見張っておけ、と複数のウィルオウィスプを設置した男は、強化魔法で乱暴に壁をぶち破りました。



26: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/09(水) 16:00:21.57 ID:WBahAE5V0

老朽化した壁はビスケットのように崩れ、大きな穴が出来てしまいました。

男は埃を軽く払うと、すんすんと中の臭いを嗅ぎ取ります。

(二人居るな)

男はまるで猪のごとく、脆い壁を破壊しながら臭いの方向に向かって一直線に進んでいきます。

と、その時です。小さな少年が男の前に立ちはだかりました。

「あ? 何だお前……」

「く、来るな!! 俺がお母さんを守るんだ!!」

おお、母親思いの素敵な子供です。しかし、それが男の感情を強く逆撫でしました。

「……一度しか言わねぇぞ」

「どけや」

おやおや、少年は涙を流し始めました。それでも、震える脚をどんどんと叩き、男の前から移動しようとしません。

小さな勇気を振り絞ったのか、男に向かって体当たりを仕掛けました。

「忠告はしたぞ」

男は容赦なく、少年の首をがしりと握り絞めました。少年の身体が宙に浮かびます。

「こっ……がふっ……!!」

「……結局、守るにも何をするにも力が必要なんだよ」

男は少年にそう言うと、めきりと頸椎をへし折ってしまいました。

少年の身体が、力無くだらんと垂れます。男はそれを床に投げると、屋敷の外の方へ進んでいきました。

「あァ……胸糞悪い」

その弱弱しい姿をかつての自分と重ねているのでしょうか? それとも、家族の暖かさを知らないからでしょうか?

外に出ると、ウィルオウィスプ達が炎から霊体の腕状に変化し、女を捕縛していました。

なにやらキーキーと喚いていますが、男は顔面を殴って黙らせます。

「お、これか」

ウィルオウィスプの腕が、男に銀で出来た十字架の魔道具を手渡します。中央にはアメジストがはめ込まれているようです。

「ああああ!! 全然時間稼いでないじゃない!! 役立たず……役立たず!!」

男は用済みだとばかりに、右手をすっと女に向けます。

「どうして私だけが――」

「黙って死ね」

その言葉を遮るように放たれた炎の龍が、女を焼き尽くしました。



27: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/09(水) 16:04:28.53 ID:WBahAE5V0

「エ~クセレエェェエェン!! まさかもう取り返してくるとは! イェア!」

大げさなくらいに拍手をするサングラスの男は、男のごつごつとした手をがっしりと握ります。

「持ってけ泥棒! って言っても、君が泥棒を捕まえたんだっけな! ハハハ!」

(相変わらず暑苦しい奴だな)

酒場は賑わっていますが、何故か男は心に陰りを感じています。

手渡された報酬を確認すると、男は手早く酒場を出て歩き始めました。


月が出ていないので、辺りは真っ暗で御座います。男は目を閉じて、一人夜の闇を泳ぎます。

風が吹かない静かな夜です。虫の声と、どこかで梟の声が聞こえます。

男は先ほどの少年の事を思い出していました。

(嫌なもんだ……弱いくせに、あんな目をしやがって……)

(……ああ、イライラする)



30:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/12(土) 22:00:39.46 ID:ArlH4pI70

――

「よし、準備は整ったな」

棺が並ぶ薄暗い場所で、ミゼルと呼ばれる男はそう言いました。

彼が目を向けた複数の棺の中には、イビルイーターと呼ばれる怪物が眠っています。

隣に並んだ壺には、彼らが造り上げたキメラが封じ込められています。

十四体のイビルイーターとニ十体のキメラ。これが彼らの兵力で御座います。

「ああ、ドッペルゲンガーが後一人居たらなぁ」

そう、このイビルイーターは、時計台の下にあった少年の死体を元に作られているのです。

彼らは、偶然ワタクシ本体から溢れる瘴気によって生まれたドッペルゲンガーを――近くの男と老人を警戒しながら――狙っていました。

彼の死体を生贄に死霊術を重ねる事によって、あのジャバウォックですら捕食してしまうイビルイーター、通称「霧の怪物」が誕生したので御座います。

何人もの生贄が必要でしたが、それを補ってあまりある強さです。

「もうすぐだ、もうすぐ全てが終わる……何人もの同胞が、呪術の生贄となってくれた」

「だが、俺は後悔はしていない」

「彼らのためにも、絶対に成し遂げてやる」

男は静かに燃える目を見開きました。彼らの間にはしっかりとした弱者の結束がありました。

――



31: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/12(土) 22:04:15.07 ID:ArlH4pI70

男は錆びた太いパイプ管が絡み合う塔で煙草を吸っていました。

辺りは機械油臭く、むわっとした不快な臭いが男の鼻に広がります。

空は相も変わらず真っ黒です。わざわざこんな場所に来る物好きは、そうそう居ないでしょう。

男の右肩には、明かり代わりの青いウィルオウィスプがふわふわと浮いています。

男は考え事をしたい時、とにかく高い所に向かいます。

遠くに光るネオンの光をぼんやりと眺め、男は煙を吐きました。



32: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/12(土) 22:07:06.65 ID:ArlH4pI70

(思えば……あのジジイに会ったのは、いつからだ?)

(確か……氷の竜と戦って、負けた時だったか)


『ひひっ、どうした若造よ。気が向いたから助けてやろう』


(あの時に助けられてから、か……思えばそれなりに長い付き合いだ)

(この前の「霧の怪物」でも助けられちまった……ムカつくぜ)

男は借りを作るのが大嫌いです。男が老人に対して棘がある態度を取るのは、半分はそれが理由です。

もう半分は、素直に恩義を感じる事が出来ない不器用さからでしょうか。

(いつか超えてやろうと思って……でも、挑めば挑むほど差を感じて)

(……いつからだ? 俺がジジイに挑まなくなったのは)

男の表情が、どんどん物憂げなものになっていきます。

ぎゅっと目を瞑ると、煙草を握りつぶしてしまいました。ぼうと火が灯り、煙草が消し炭になります。

――いつから俺はこんな腰抜けになった?

違う、俺はまだあいつに負けちゃいねえ――

「……俺は! 最強無敵の‘カルヴァル・ジャバウォック’様だろ!!」

その名を口にしたのは、いつ以来でしょうか。この街で暮らすうちに、男は自分の名前を忘れてしまっていました。

随分長い間、時が止まっていたように感じました。男はぎらりと赤い目を開きます。

野望を再確認し、めらめらと闘志が炎のように燃え盛り始めました。

(そうだ、忘れちゃいねぇ筈だ……俺はこの街で)

「最強になるんだよ」

男はウィルオウィスプを消すと、闇の海に沈みこんでいきました。



35: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/14(月) 22:21:49.25 ID:VrYoP4K20

同時刻、老人はとある宿無しの神父の元へ訪れていました。

この街にも、神を信じる聖職者が居るものですね。一体誰を信じているのでしょうか。

老人に気が付いた神父は、ゆっくりと横になっていた身体を起こします。錆びた十字架がかちゃりと音を立てました。

「ああ……どうも、お久しぶりですなぁ」

「うむ。それで、結果は変わったかの?」

「いえ、明日、確実にこの街は地獄になります」

「地獄か……大歓迎じゃ。ひひっ」

「……う、ううっ!! 死にたくない……っ!」

この神父は、自らの危険に関する事のみ、未来予知が出来るのです。随分前から、この街に何かが起こると確信していたようですね。

老人は神父に乾いた林檎を与えます。これは早い話が麻薬のようなものでして、とんでもない快感が身体を駆け抜ける果実です。

神父は震える手でそれをそっと口に運ぶと、恍惚の表情を浮かべます。……おやおや、小便が漏れていますよ。

この麻薬中毒の神父は、何もする事が無く、こうして老人の与える薬にすがっています。

未来が見えるのなら逃げれば良いのですが、生憎彼は一人では何もやる気が起きないのです。

この林檎はとびきり効き目が強く、並の精神力ではその快楽に耐える事が出来ません。

こうしてみると、まるで親鳥が世話の焼ける雛に餌をあげているようで御座います。

薬の快楽にすがり、まともな時は神にすがり。何とも哀れな生き物ですねぇ。

いえ、ヒトは誰でも何かにすがって生きていく生き物でしたね。失礼。

その場から去った老人は空を見上げました。

(死にたくない? 随分と傲慢な考えじゃ)

「生きている者はいずれ死ぬわい。阿呆が」



36: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/16(水) 14:59:47.95 ID:AFd/Hqam0

中央街は相も変わらず人まみれです。まるで人の巣のようで御座います。

此処では毎日スリが起きるのですが、どういう訳か今日は一度も発生していません。

街全体に広がる、妙な緊迫感のせいでしょうか。最近物騒ですからね……

今宵は特に冷え込んでいます。人々は闇の冷たさから逃れるように、酒場へと足を運びます。

酒場はいつもとは打って変わって、誰もが無言で酒を飲んでいます。まるで葬式の様で御座います。

「なんか……不気味だよな」

誰かがぽつりと零した一言が、静かな酒場に響き渡ります。

人々は皆、胸の中にしまっていた事を話し始めました。酒場が急に五月蠅くなります。

……何か嫌な予感がする。誰もがそう思っていました。



37: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/16(水) 15:21:55.24 ID:AFd/Hqam0

その次の夜、老人は酒場で酒を飲んでいました。

一人ちびちびと飲んでいた所、突如乱暴にドアが開かれました。そこには男が立っています。

「ジジイ、表に出ろ」

「ほぇ?」

「――いいから表に出ろや」

「……ヒヒッ!!」

男の只ならぬ様子を見て、老人は思わず感情が高ぶりました。


案内されたのは広い平地です。此処なら暴れても問題なさそうです。

「どうしたんじゃあ? 随分ぷりぷりしておるのぉ」

「俺は、あんたを超えてやる」

「おぉ? また博打でボロ負けしたのか?」

「行くぜ!!」

老人の言葉を遮り、男は最初からジャバウォックの姿に戻ると、炎を纏って大砲のような体当たりをしかけました。

しかし、老人は顔色一つ変えずに魔力の大玉でそれを弾き返します。

「ガァ!!」

吹っ飛ばされている最中、地面に右手をついて体制を直した男は、空に向かって深紅の火球を打ち上げました。

なんじゃ、と見上げる隙だらけの老人に対し、さらに距離を詰めて右腕を振るいました。爆風を纏った鉤爪が老人に襲いかかります。

(爆風で物理攻撃の範囲を広げるか。ふむ、悪くないの)

老人はにまりと笑うと、結界でそれを防ぎました。ばちっと右腕に電撃が走ります。

(クソが!)

苛立った男は、さらに威力を上げた左腕でそれを破壊します。しかし、その爪が老人を捉える事はありませんでした。

ゆらゆらと、まるで宙を舞う揚羽蝶のように滑らかな動きで、男が振り回す腕をすり抜けていきます。

(まだ人間体のくせに……的が小さい分当て辛いか)

「だったら――」

男は大きく息を吸うと、火属性の魔力を変化させてマグマのブレスを放ちました。

どうやら新技のようですね。粘性のあるどろりとしたマグマが辺りに飛び散ります。相手の足場を手っ取り早く奪おうという考えでしょうか。

回避した老人は宙に浮かぶと、指先から魔力の球を放ちます。凄まじい速度で男の身体に激突し、ポポポポポッと小さな連鎖爆発を起こしました。

「うむ、足場を奪うだけでも飛べない相手は苦しくなる」

「それに、マグマなら結界にしつこく絡みつく……考えたの、おぉ怖い」

(――よく言うぜ!!)

衝撃で身体がふらつきます。それでも男の目は全く死んでいません。

まだあんたのための必殺技を使ってねえんだぞ、と男は巨大な咆哮を挙げました。



38: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/16(水) 15:37:38.50 ID:AFd/Hqam0

「!」

辺りが眩く光ります。星の数ほどのウィルオウィスプ達が、一瞬で辺りの空間を覆い尽くしてしまいました。

そう言えば、彼はジャバウォックの姿でウィルオウィスプを使った事がありませんでしたね。

どうやら溢れる魔力に影響されているようで、それらの一つ一つが、通常の倍ほどの大きさです。勢いよくバチバチと爆ぜながら、高速回転を始めました。

風と共に無数の炎が荒れ狂います。その様はまるで炎の嵐。

これには老人も驚いたようで、強力なドーム状の結界を張ります。

しかし、その勢いに削りきられてしまいました。老人が炎に包まれます。

(どうせこの程度じゃ有効打にはならねぇだろ)

男が考えていた通り、老人は少し火傷を負った程度で、ぴんぴんしていました。辺りは焼け焦げた荒野となっています。

しかし、今度は無数の霊体の手が老人に絡みつきます。老人は何でもなさそうにそれを掻き消しました。

「だが、こいつはどうだ?」

老人が空を見上げると、夜空に星が浮かんでいます。

いえ、あれは男が最初に打ち上げた火球ですね。その正体は、マグマに高密度の魔力を練り込んだものです。

さらに、その中央には多数のウィルオウィスプを仕込んでいます。

それは打ち上げ花火のように飛び散り、天からの雷のごとく降り注いできました。

(ほう、これら全てが時間稼ぎだったのか。少し考えて戦うようになったな)

一つ一つに宿るウィルオウィスプが、老人に向けて落下の方向を調整しています。追尾流星群、と言った所でしょうか。

(その姿じゃ吸い込めねぇだろ、だが……変身の隙は与えねえぜ!)

ここぞとばかりに男はマグマのブレスを放ちます。老人は再び結界を張りますが、マグマに包まれてしまいました。

その結界の上に、全ての流星群が急降下して襲いかかります。

(その姿で戦えるほど、俺は弱くねぇんだよ!!)

「喰らいやがれ!! ジジイ!!」

――ビュオッ。

その突風のような音が鳴った瞬間、流星群が、マグマが、辺りの火が、全てが吸い込まれていきました。

「なっ……」

老人は「蠅の王」ベルゼブブの姿になっていました。満足そうにげっぷをします。

何故? あの状況でどうやって変貌した? 男は言葉を無くします。

「ヒッヒッヒ……惜しかったのぉ~、結界を張りながら擬態を解くくらい、朝飯前なんじゃぁ~」

「それに、擬態を解く時が最も大きな隙になると教えたじゃろお? ワシなら一瞬じゃぁ……ヒヒッ!」

嬉しそうな老人は、皮だけになった人間体をぶらぶらと振って笑います。

「……クソッ……!」

「だが、まぁ悪くなかったぞ? ワシに能力を使わせたんじゃからな」

「……それじゃ、足りねえんだよ!! 俺は!!」

「! 待て、……街から妙な」

老人はそう呟くと、猛スピードで飛んでいきました。

「あ? なんだってんだ……いや、あれは煙?」

男が街の方に目をやると、複数の箇所から煙が上がっていました。



40: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/17(木) 14:41:24.41 ID:CbSsyhlG0

「おいおい、何だこりゃ」

街はまさしく地獄絵図でした。大量の人の死体が辺りに倒れこんでいて、血生臭い空気が漂っています。

所々が小規模の霧に包まれ、どうなっているのかよく見えません。まぁ……予想はつきますが。

男は街に着地すると、臭いを探り始めました。

「こりゃ、まるであの時の……」

「ひ、ひいっ……来るなあ! 来るっ……ぁ」

男が声の方にたどり着くと、若い男が見覚えのあるモンスターに叩き潰されていました。

特徴的な三つの首。以前男が戦ったキメラです。すでに何段階か進化を済ませているらしく、以前相手した個体よりも強そうな雰囲気を纏っています。

「あのガキ共の仕業か……?」

男は舌打ちをしました。鋭い牙が並んだ口元からオレンジ色の炎が溢れます。キメラは目が合えば敵だと言わんばかりに、男に飛びかかりました。

「悪いけどよ、今」

「機嫌が悪いんだわ」

――シュボッ!

がくりと黒焦げの獣の死体が地面に倒れ込みます。太陽のような豪炎が一瞬にして焼き尽くしてしまったのです。

(たかだかキメラ一体に、どれだけやられてんだよ……この街も脆いもんだ)

やはりジャバウォックの時と人間体の時では、瞬間火力が段違いです。男は朝食を済ませたかのように、死体には目もくれず飛び上がりました。


廃遊園地に勢いよく着地した男は、ウィルオウィスプを探索に向かわせました。

ですが、その必要はありませんでした。すでに黒フードの集団がやってきたからです。

「ミゼル」

「ああ、もう終わるんだ。何も考えなくていい」

黒フードの集団は頷くと、小さく何かを呟いて散って行きました。

今の口の動きは……「ありがとう」でしょうか?

「お前らは一体何がしてぇんだ!? この街を無駄に引っ掻き回しやがって!」

男は右足を地面に叩き付けて凄みます。びりびりと空気が揺れ、足を叩き付けた地面にヒビが入りました。

「その通り。俺達の目的は、この街を引っ掻き回す事だよ。無駄なんかじゃないさ」

ミゼルと呼ばれる男はそう言うと、ベンチに座り込みました。

「まぁ座れよ、どうせ皆死ぬんだ。穏やかに過ごそうじゃないか」

「嫌だね。それじゃあな」

ミゼルと呼ばれる男の話を聞くまでもなく、男は甲殻で覆われたしなやかな尾をぶんと振りぬきます。

「――本当は君も気付いてるだろ?」

その言葉に、尾がぴたりと止まります。風圧で枯れ葉が宙を舞いました。

「この街の最深部を見た者は、必ず死んでしまう……誰もが、この下に何かがいる事に薄々気付いているんだ」

「……」

「俺は呪術を習得しているうちに、この街に漂う負の気に気が付いた」

「だが、それは湧くたびに減っていっているんだよ。ゆっくりと下に吸われてるのさ」

「は?」

「考えてもみろ、そんな「何か」は、いつまでも眠り続けているだけだと思うか?」



41: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/17(木) 14:50:06.42 ID:CbSsyhlG0

男はいつのまにか、ミゼルと呼ばれる男のペースに乗せられてしまいました。

さっさと殺して街に向かうつもりでしたが、このミゼルと呼ばれる男の言葉は、人を惹きつける何かがあるので御座います。

「俺は、ごみ捨て場を彷徨っているある日、「この街の真実」とやらを見つけてな」

「それは誰かの遺書のようなものだが……妙に信憑性を感じてね。それにはこう書いてあった」

「この街に潜む「それ」は、人の負の気をエネルギー源としている」

「そして、それを常に吸収し続けるために、自らを大地として闇の街を造り上げた」

――あの時計台に触れると殺されるのも、そうして恐怖を吸収するためだったのか。男は小さく舌打ちをします。

「……仮にそれが本当だとしても、お前らの目的が見えてこねぇ」

ミゼルと呼ばれた男はくすりと笑うと、脚を組み直してこう言いました。

「この街を引っ掻き回すだろう、そうすると人々は恐怖や憎しみが溢れだす」

「何せ今回はこの街を埋め尽くすような規模だ。とんでもない負の気が発生する」

「そうやって、その何かに刺激を与えてみようと思ったんだ」

男は絶句しました。そんな事をすれば……

「そう、もう気付いたよな。悪い奴らはみーんな死んでジ・エンドさ。あははははは」

「お前……」

狂気に囚われてやがる。男は目の前のミゼルと呼ばれる男に、得体のしれない闇を感じました。

よく見ると、左目の瞳も真っ黒に濁っています。視力を失っているのでしょうか?

それで、どうするんだ? ミゼルと呼ばれる男は笑って告げます。

「俺を殺すか? もう手遅れだけどな。君は最期に会いたい人は居ないのかい?」

「……」

「どうせ何もかもが終わるんだ。君も好きに生きると良いさ」

その言葉を聞いた瞬間、男は街の方に飛び立って行きました。



42: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/17(木) 22:26:40.12 ID:CbSsyhlG0

「ヒッヒッヒ!」

老人は高速飛行しながら、イビルイーターを手当たり次第に殺していました。

途中で何人かの人や巨大な恐竜が居た気がしますが、そんなものはどうでもいいと言わんばかりに衝撃波を放ちます。

今回のイビルイーターは、纏っている呪いがかなり弱いようです。以前の個体の劣化量産型、と言った所でしょうか?

老人も血が高ぶっているようで御座います。鎌のような脚でキメラの首を一瞬で切り落とした彼は、その首を掴んで生き血を啜りました。

……ぢゅるるるるっ! 街に不快な音が響きます。

「アァアァアァ~!! イイのぉ~!」

老人は狂気を帯びた笑みを浮かべながら、街の上空に飛び上がります。

街の至る所が破壊されています。人々の恐怖が、憎しみが、争いの声が湧き出ています。

こんなに刺激的な夜が来るとは! 老人は楽しそうにキメラの目玉を咀嚼しました。

「ヒィーッヒッヒッヒ!!」

老人は一際破壊の音が聞こえる中央街に飛び立ちました。



43: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/17(木) 22:42:36.35 ID:CbSsyhlG0

中央街は壊滅状態でした。何しろ、イビルイーターが三体、さらにもう一体の化け物が殺し合いをしているのですから。

その争いに巻き込まれ、辺りは死屍累々となっております。運良く助かった一人は、膝を抱えて何やらぶつぶつと言っています。

その場に居ると、いずれ巻き込まれてしまいますよ? 夢ならばどれほど良いでしょうか。フフッ。

「何じゃ、ありゃ……どうなっておる?」

霧が邪魔でよく見えません。老人は上空から辺りの霧を全て吹き飛ばしてしまいました。

うめき声を上げる三体のイビルイーター達が、触手をぶんぶんと鞭のように振り回して暴れています。辺りはひどいものです。

イビルイーター達の触手を回避しているのは、キメラの「オリジナル」のようです。通常の三倍ほどのサイズで、獅子、ヤギ、ドラゴン、さらに狼の首を携えています。

やはり彼らはオリジナルを元に、呪術でその魂を複製しているようですね。男が倒したキメラも劣化個体だったと言う訳ですか。

それにしても、凄まじい成長スピードです。イビルイーター達もお互いを攻撃してはいますが、それでもあの触手が飛び交う空間を対処しているのは驚くべき事です。

身体を動かせば動かすほど、どんどん次の一歩が速くなっていきます。……おや、首元がメギメギと音を立てていますよ?

次の瞬間、新たな大蛇の首が形成され、一瞬で左の方に居たイビルイーターまで飛び出し、胴体の一部を齧りとってしまいました。

怯んだ隙を見逃さず、距離を詰めて残り四つの首が胴体を齧り取ります。

イビルイーターはびたんびたんと跳ね上がって抵抗しますが、筋肉で膨れ上がった右腕の一撃を受けておとなしくなりました。

(ありゃ……キメラが「霧の怪物」を……喰っとるのか?)

あいつらは同じ手駒では無いのか、と老人は興味深くその光景を眺めます。

キメラはがつがつとその肉を喰らっていましたが、突如風を切るようにその場から飛び上がりました。

もこりと地面が盛り上がり、複数の触手がビュッと飛び出してきます。地面の異変を感じ取ったようですね。

低い前傾姿勢を取ったキメラの全身が、筋肉でぶくぶくと膨れ上がります。

ギチッと音がしたかと思うと、次の瞬間、目にもとまらぬ速度でもう一体のイビルイーターに激突していました。とんでもない膂力です。

仰向けになったイビルイーターに、容赦ない連撃が加えられます。男を苦しませた「霧の怪物」は、呆気なく叩きのめされました。

しかし、残る最後の一体は、すでに魔力を溜め終えたようです。口元が妖しく光り、極太のエネルギーがその直線状を消し飛ばしました。

キメラは右の後ろ脚をやられてしまいました。これはまずいと思ったのでしょうか、大きく跳躍して距離を取り、イビルイーターを睨みつけます。

……ほう、これは驚きです。後ろ脚が再生しました!

生物としては破格のスペックですね。多少の傷なら再生可能とは。

距離を詰めるキメラに対して、イビルイーターは触手を出鱈目に振り回しますが、全てが爪で切断され、飛び上がった野獣の右腕が振り下ろされました。

地面に巨大な亀裂が入り、イビルイーターはぴくりとも動かなくなりました。キメラは動かなくなった獲物を確認し、先ほど倒した方を喰らいはじめます。

すでに戦う前とは比べ物にならない強さになっています。三体のイビルイーターをも倒す、規格外の化け物が生まれてしまいました。

キメラに呪いがじわじわと広がっていきますが、そんなものは知らぬとばかりに肉を貪ります。

……おや、呪いが消えました。呪いの耐性までつけたようですね。

(ヒッヒッヒ……かなり弱体化してるとはいえ、アレを倒すかい。楽しめそうじゃのぉ)

老人はにたりと笑うと、イビルイーターを喰らい終わった獣の前に降り立ちました。



44: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/17(木) 23:00:12.63 ID:CbSsyhlG0

「おお、随分と強そうじゃのぉ……ヒヒヒヒ」

しげしげと観察する老人に対し、キメラは低い声で唸り、筋肉を膨らませます。

ほんの一瞬の気の乱れが、大きな隙を生む――すでに見えない攻防が繰り広げられているのです。

均衡を破ったのは勿論キメラの方です。壁に両脚を向けたかと思うと、それを踏み台にして飛び掛かりました。

風圧を纏ったその突進は、まるで嵐の化身。しかし、老人はそれを紙一重で回避します。

(思っていたよりも速いか……)

「ヒヒッ!」

老人の纏う気配が変わりました。紫色に光る大量の蠅が辺りを飛び交います。

蠅を警戒したキメラは三歩下がると、水と雷、さらに炎のブレスを放ちました。しかし、それは一瞬で老人の口に入ります。

こいつもブレスを吸収する、と学習したキメラは、ヤギの口を開きました。

「メエエェエエェエェ~ッ!!」

粘っこい、思わず耳を塞ぎたくなる不愉快な声が響き渡ります。それに対し――

「――キイィイィイヤアアアアアァアァアァ!!」

老人の断末魔のような咆哮が轟き、その声を上から塗りつぶします。びりびりびりっと空気が激しく揺れます。

近くの建物に亀裂が入り、ついにはガラガラと崩れ落ちてしまいました。

その奇声に怯んだキメラに、老人の口から、男のそれと比べて三倍ほどもある超巨大な火球が放たれます。

避ける時間、避ける空間などあるはずもなく、一瞬でキメラが包まれてしまいました。

――しかし。

「! その首は……」

「ヴオォオォオォ……」

ほほう! 驚きました! 今度はイビルイーターの首を生やしましたよ!

今度はキメラの方が老人の放った豪炎を吸い込んでしまいました。面白い生物です。

さらにもう一呼吸すると、老人の周りを覆い尽くしていた魔力の蠅が吸い込まれてしまいました。

男が考えていた通り、やはり魔力で出来たものしか吸い込めないようです。

「お前さん、どれだけ生やせば気が済むんじゃ……ヒヒッ!」

過ぎた事ですが、最初に上空から魔法で攻撃していれば、こんな事にはなっていないのです。

あらゆる生物の中でも指折りの制空能力を持つというのに……遊んだせいで、キメラはさらに強くなってしまいました。

彼が敗れると、他に誰が倒せるでしょうか? 老人ほど強い者は、この街には居ませんからねぇ。

ワタクシとしては、もう少し抵抗してほしいのですが……観察していて楽しいですし。

おや、キメラが震えだしましたよ? 今度は何が起こるのでしょうか?

「……!!」

おお、今度はオリジナルのイビルイーターが纏っていた瘴気を出しました! 全ての首の目が血のように赤く光り始めます。

先ほどの三体と違い、禍々しい呪いの気が溢れ出ています。いえ……これはオリジナルよりも強い呪いですね。

老人はどうするのでしょうか。また羽ばたきによる攻撃で仕留めるのでしょうか?

そろそろ遊ぶ余裕も無くなりそうですが……果たして彼の行動やいかに。

「ヒッヒッヒ……分かるぞぉ、進化を重ねれば重ねるほど、お主の寿命がぐんぐん減っておる」

その通りです。進化とは、そもそも生命が新たな命を紡いでゆっくりと積み上げていくものです。

それをこんな短期間……それもかなり強引なやり方で重ねているものですから、身体への負担は想像を遥かに超えるものでしょう。

「今楽にしてやろう」

そう言った老人の全身から、紫色の粒子が放たれました。



45: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/17(木) 23:01:45.11 ID:CbSsyhlG0

……!? キメラの動きが止まった、いや、これは……

目に見えないほどの細かい「厄病の蠅」が飛散し、キメラを侵した?

いえ、複雑な状態異常に加え、さらに自分の周囲の物体を、強力な魔力で無理矢理縛り付けています。

よく見ると、宙を舞った新聞の切れ端ですらその場に留まっています。

オリジナルの束縛魔法でしょうか? いやはや、恐ろしいですね……まだ本気を出しているようにも見えません。

「最後は派手にいこうか」

老人はゆっくりとキメラに近づくと、紫色の魔力の球を作りました。男が道連れのつもりで作ったものよりも小さく、なおかつ密度が高いようです。

「じゃあの、犬っころ」

老人がそっと魔力弾をキメラに撃ちこむと、辺りが巨大な爆発に包まれました。



48: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/18(金) 20:43:12.44 ID:ATlKM0yd0

一方、時計台がある公園に、ミゼルと呼ばれる男がやってきました。

合流したのでしょうか、黒フードの彼らも揃っています。

彼が一人にあれを出せ、と言うと、何処かで見たような刃が現れました。

これは以前男が焼き殺した勇者が持っていた剣の刃です。彼らはそれを回収し、ずっと呪いを込めつつ研ぎあげていたのでした。

幾重にも呪いを込めたその刃は、例え鉄の塊でも豆腐のように貫くでしょう。

彼はその錆びついた剣を、そっと手を添えて優しく掴みます。

「ミゼル……」

「……これで終わりだ。ありがとうな、お前ら」

彼はその切っ先を躊躇なく自分の腹に突き刺しました。

それは音も無く腹を貫き、血がゆっくりと滲み出してきます。

あまりにも鋭すぎるせいで、身体の認識が遅れているようです。

三秒ほど経過し、彼に熱した鉄棒で腹をかき回されているような激痛が走りました。おまけに呪いがその痛みを増長させています。

黒フードの子供達は、心配そうな声を上げます。

「アア……ッ!!」

ミゼルは血走った目を刃に向けると、ぶつぶつと呪文を唱え始めます。

勇者の刃に禍々しい気が発生しました。おそらく、彼が自分を生贄に最後の呪術を掛けているのでしょう。

彼は震える腕で切っ先を地面に向けると、手を放しました。



49: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/18(金) 20:45:15.95 ID:ATlKM0yd0

その刃はすうっと地面を貫き――地盤を貫き――瘴気の壁を貫き――

――「イサクラ」の元へ辿り着きました。


どくん。


……フフフフフ!! やってくれましたね!

すでに地上で満ち溢れた負の気を吸収し終え、後は時間が経てば目覚めていたのですが!

確実にワタクシを起こそうとしたのでしょう!

彼が送り込んできた強力な負の気、そして、刃にほんの少し宿っていた聖なる気に反応し!

――今! ワタクシ本体が! 目を覚まします!!



50: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/18(金) 20:56:58.18 ID:ATlKM0yd0

以前の脈動とは違い、「イサクラ」がゆっくりと目を開き始めました。

ああ、本体の目で世界を見るのは、いつ以来でしょうか。感無量で御座います。

地上に複数の超巨大な亀裂が入り始めます。

その様子を眺める老人の所に、男が辿り着きました。高速で往復したせいで、少し息切れしています。

「おい! どうなってんだジジイ!!」

「ヒッヒッヒ……そうじゃのぉ、そろそろ教えてやろうか。猿にも教えた事だしの」

「ワシの配下に「アガリアレプト」と言う悪魔が居ての、昔そいつにこの街に潜むものを探らせたんじゃよ」

アガリアレプト、とは全ての真実を暴く能力を持つ悪魔です。

この街には何があるのか、老人はすでに探らせていたようです。抜け目ないですねぇ。

男はぴくりと耳を尖らせました。やはり、あいつが言っていた事は……

「それはこの街を築き、人の闇を吸って力を蓄えておる」

「どうやら、あの餓鬼共は、この街を荒らして負の気を大量に発生させ、それを起こそうとしていたんじゃろうなぁ」

うんうんと頷く老人を見て、男は焦りを隠しきれなくなります。

「おい! どうすんだよ!」

「ワシを誰だと思うておる? この‘カニバリィ・ベルゼブブ’にぬかりなどあると思うかぇ?」

老人は小さな魔方陣を作り、翡翠色のリングを召喚しました。

とてつもなく大きな地鳴りが鳴り始め、男はついに地面に立っていられなくなりました。

ゆっくりと地盤が傾いていきます。老人は高笑いしながら街を見下ろします。

「いやぁ、空から見下ろすと、本当に人々のマイナスの気が見えるようじゃのぉ」

「ほれ、こっちでは誰かが自殺しておるぞ? あっちでは殺し合いが起きとる」

「おお、キメラがやられておる。なかなか骨のあるやつも残っておるようじゃ」

「うむ……確かに、なかなか良い所じゃったの、此処は」

不意に男の全身から力が抜け、がくりと膝をついてしまいました。本体が地上の魔力を吸い始めたので御座います。

老人の持つリングが光りはじめます。これはあらかじめ設定した特定の位置にワープさせる腕輪です。

おそらく、別の世界に飛ぶつもりでしょうね。いつ崩壊が起きても大丈夫なようにしていたのでしょう。準備周到な事で。

ああ、しかし老人ともこれでお別れですか。寂しくなりますねぇ。……本当ですよ? フフッ。

「待てよ!! ジジィ!! まだ決着はついてねえだろーが!?」

「まぁ~だそんな事を言っておるのか……」


「お主は最初から、ワシと戦いすら出来ておらんよ」


「ッ……!」

「じゃあの、カルヴァルよ」

「いち、ぬ~けた!」

――そうして老人は光に包まれ、消えてしまいました。



51: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/18(金) 21:04:12.47 ID:ATlKM0yd0

男は力無く項垂れ、揺れる地面に倒れ込みます。全ての気力が失せてしまったのでしょうか。

「なんでだよ、ジジイ」

「俺はまだあんたに勝ってねぇし……」

「あんたに……感謝も伝えてねえだろうが……」

「こうなったのも、俺が弱いからなのかよ……!」

「……くそ! くそっくそおぉぉおおぉぉぉ!!」

おお、最後に男から強力な負の気が飛び出しました。

街を喰らうのにあとほんの少し時間が掛かりそうでしたが……どうやら充分です。

がくん、と街の岩盤が時計台のある公園へと傾きます。男は中央に広がる真っ黒な穴に落ちて行きます。

それにしても、観察していて中々楽しめました。最後に敬意を示す事にしましょう。

さようなら、気高き化け物――カルヴァル・ジャバウォックよ。

誰かの野望も。

誰かの狂気も。

誰かの悲鳴も。

誰かの祈りも。

崩れゆくこの街の全てが、口を開いた理不尽の胃の腑へと呑み込まれていきました。



52: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/18(金) 21:07:55.68 ID:ATlKM0yd0

そろそろ街に宿っていたワタクシの意識も、本体に取り込まれる頃ですね。

皆様ともこれにて御別れで御座います……およよ。

……あ、そうそう。この街に生え狂うあの奇妙な草ですが。

花言葉は「悪意」で御座います。

さて、話はこれにて御仕舞。

皆様、どうも有難う御座いました。

くれぐれも足元にはお気をつけて。

それでは、またいつかお会いしましょう。



53: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/18(金) 21:08:53.26 ID:ATlKM0yd0

【欲望の街「イサクラ」 終わり】



54: ◆XkFHc6ejAk 2016/11/18(金) 21:11:20.49 ID:ATlKM0yd0

ありがとうございました。「イサクラ」のモデルは提灯アンコウです。


前作

男「夏の通り雨、神社にて」

少年「鯨の歌が響く夜」

少年「アメジストの世界、鯨と踊る」

男「慚愧の雨と山椒魚」

男「とある休日、昼下がり」

男「とある平日、春の夜に」

男「とある街の小さな店」

「奇奇怪怪、全てを呑み込むこの街で」

旅人「死者に会える湖」

少年「魚が揺れるは灰の町」

男「浮き彫り」

男「リビングデッド・ジェントルマン」

「喧々囂々、全てを呑み込むこの街で」



元スレ
「死屍累々、全てを呑み込むこの街で」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1478089126/
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          • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2016年11月20日 14:49
          • 老人と男のコンビが好きだっただけに残念
            町が語り手ってのは面白いな

        はじめに

        コメント、はてブなどなど
        ありがとうございます(`・ω・´)

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