鷺沢文香「へいらっしゃい」渋谷凛「待って」
文香「へいらっしゃい」
がちゃり、とドアノブがゆっくりと回り
凛さんが私のいる部屋、第三会議室へと入ってきたため、笑顔でそう挨拶をします。
凛「待って」
文香「何握りやしょう」
右手の人差し指と中指とを左の掌にぽんぽんと打ちつけ、シャリを握る手振りを以て注文を促します。
凛「ちょっと、待ってって」
文香「ここは寿司屋でい。寿司食わねぇなら帰ってくれ」
凛「ほんとに待って」
文香「どう、でしたでしょうか」
依然として困惑中の凛さんに、そう尋ねます。
凛「どう、って?」
文香「私は、お寿司屋さんに見えたでしょうか」
凛「……えっと、質問の意図が」
どうやら説明不足が過ぎたようで、私は凛さんに事の経緯を説明することになりました。
文香「凛さんは役作りをどのようになさってますか?」
凛「役作り? それはドラマとか、演劇とか、そういう?」
文香「はい」
凛「んー、どうだろ。私は役によるかな。自分に近い役なら、さらに自分を近付けるだけだし」
文香「なるほど」
凛「逆に、文香はどう考えてるの? 役作り」
文香「そう、ですね。私にとって役作りは読書のようなもの、でしょうか。
その役に耽溺し、思考を模倣し、果てには自らのものとなるまで自分の中に落とし込む必要があるからです。
そうすることによって感情表現に現実感を乗せることができるように思います。あくまで、私の場合はですが」
凛「へぇー、で文香の次のお仕事は?」
文香「お寿司屋さんです」
凛「…………今、全部察した」
文香「ありがとうございます。それで、先ほどの私はどうでしたか?」
凛「いや、ギャップが凄すぎて、何も言えないよ」
文香「そうですか……」
凛「役作り、難航中なの?」
文香「はい。恥ずかしながら」
凛「じゃあ、一緒に考えようか。私はもう上がりだから、今日は付き合うよ」
文香「いいのですか? せっかくの早上がりの日をこのようなことに使って……」
凛「ふふっ、文香って変なとこ遠慮するよね。さっき急に呼び出した癖に」
文香「その節は、どうもすみません……」
凛「いいよ。それで、次のお仕事の設定は? お寿司さんが舞台なの?」
文香「いえ、私の立ち位置としては、主人公たちがよく訪れるお店……といったところかと」
凛「ってことは脇役ではあるけど、出演回数多めなんだね」
文香「はい。まだ全ての台本が上がってきていないのですが、
それでも台詞もなかなか多くて。それに1話、私のお寿司屋さんに焦点が当たる回があるので……」
凛「そっか、それは手は抜けないね」
文香「はい」
凛「で、役作り。どこまでできてるの?」
文香「オーディションの2週間前より、役作りを始め、様々なことに取り組んできましたが
最初に行ったのはお寿司屋さんとはどのような職業であるかを調べて回りました」
凛「へぇーオーディション前からって、すごいね。それは業務内容を調べたり、実際にお寿司屋さんに行ったり?」
文香「えっ、と。それも行ったんですが、私はお客さん側からの視点ではなくお店側の視点に立たなければ、と思いまして」
凛「うん」
文香「酢飯を作りました」
凛「酢飯を」
文香「ご飯を炊き、寿司酢を加え、逐一うちわで扇ぎながら混ぜ合わせます」
凛「混ぜ合わせる」
文香「そして、ちょうど数時間前に作り、御櫃に入れておいたものがこちらです」
凛「当然のように会議室の机から御櫃が出てきた」
文香「これが、シャリです」
凛「シャリ」
文香「ええ」
文香「まずはシャリだけで、どうぞお召し上がりください」
凛「……ありがと。ちょうどお昼まだだったから助かるよ」
文香「いかかですか?」
凛「うん、おいしいよ」
文香「実は、そのシャリに使っている寿司酢はオリジナルなんです」
凛「そっか。オリジナル……ってオリジナル?」
文香「はい、白砂糖や塩などの分量を調整、試作を重ねた末の、シャリです」
凛「文香って元々料理できたっけ」
文香「人並み程度には。ですが、色々と調べるようになったのはここ最近です」
凛「………」
凛「文香が本気なのは分かったよ。それで、オーディションの2週間前からやってたって言うけど具体的にはいつなの?」
文香「今から2か月前ですね」
凛「合格発表があったのは?」
文香「昨日です」
凛「………もうそろそろ慣れてきた気がする」
文香「そうですか」
凛「ほんと、文香って気になったらとことん、って感じだよね」
文香「そうなのでしょうか。自分にはよく分からなくて」
凛「自覚ないんだ……」
文香「さて、シャリだけではまだお寿司とは呼べませんよね」
凛「そう、だね」
文香「では、食堂の厨房の使用許可を取ってあるのでそちらに移動しましょう」
凛「嫌な予感がするんだけど」
文香「というわけでやって参りました。CGプロダクションが誇る無駄に豪華な社員食堂の厨房です」
凛「……来ちゃったね」
文香「では、さっそくお寿司を作っていきましょう」
凛「そっか」
文香「凛さんは先程、お昼はまだだとおっしゃってましたよね」
凛「うん」
文香「一通りネタは揃えてあるので、どうぞ何なりと」
凛「じゃあ、アナゴ、なんてないよね」
文香「ご注文、承りました」
凛「あるんだ……」
凛「今日のために買ってきたの?」
文香「はい、実践してみたくて。競りに」
凛「競りに」
文香「競りは、上げ競りといって値段が釣り上がっていくものや、下げ競りといって値段が下がっていくものなど様々で、
その入札方式も公開式であったり非公開式であったりと、本当に良い経験となりました」
凛「ごめん。ちょっと文香が分からなくなってきたよ」
文香「それで、ですね。凛さんには申し訳ないのですが……」
凛「あー、やっぱりアナゴはなかったとか?」
文香「いえ、捌くため、少し時間がかかるのですが……」
凛「そっか……」
文香「まずは目打ちをします」
凛「当然のように出てくる謎の道具」
文香「アナゴは通常の出刃包丁でも問題なく捌けますが、今回はせっかくなので」
凛「またも当然のように出てくる専用の包丁」
文香「鰻裂き包丁という鰻用のものを使いたいと思います」
凛「それは買ったの」
文香「はい。自費で」
凛「自費で」
文香「胸ヒレの辺りから包丁を入れて開きます」
凛「うん」
文香「内臓と中骨を取り除きます」
凛「うん」
文香「ヒレも臭みの原因となるため取り除きます」
凛「流れるような作業工程」
文香「水洗いした後に、熱湯でぬめりを取り、酒塩で味付けをして、火を入れます」
凛「香ばしい」
文香「アナゴの白焼き、お待たせしました」
凛「……食べていいの?」
文香「ええ、どうぞ」
凛「いただきます」
文香「いかかでしょうか」
凛「こんなおいしいの食べたことない」
文香「ふふ。ありがとうございます」
凛「おいしかったよ、ありがとう」
文香「さて、次はどうなさいますか?」
凛「次、って?」
文香「私の役のセリフをお借りすれば……何握りましょう」
凛「あー、せっかくだし本気でやってみる?」
文香「本気、とは?」
凛「私お客さん役やるからさ」
文香「本当ですか?」
凛「うん、食べさせてもらうばっかじゃ悪いし」
文香「では、厨房の入り口をお寿司屋さんの入り口に見立てて……」
凛「そっからやるんだ……」
凛「女将さん、やってる?」
文香「あら、凛さんいらっしゃい」
凛「もう秋だって言うのに、暑いね」
文香「そうねぇ、上がりは冷たいお茶にしとこうか」
凛「助かるよ」
文香「はい、冷たいお茶。それじゃ、何握りましょ」
凛「じゃあ、トロもらおうかな」
文香「あいよ」
凛「……シャリ握るの、手慣れてるね……」
文香「小さい頃から修行だって、板前に立たされてたからねぇ」
凛「あっ、ごめん。つい。そういう役だもんね」
文香「トロ、お待ち」
凛「ありがと。……なにこれおいしい」
文香「そりゃどうも。ささ、じゃんじゃん頼んで頂戴な」
凛「ふふ、じゃあタコ」
文香「はい、タコね」
凛「こりこりしてておいしい……」
* * *
凛「ふー、おいしかったよ。ごちそうさま」
文香「お粗末様でした」
凛「ねぇ、あのさ」
文香「はい、どうかなさいましたか?」
凛「役作り、完璧じゃない?」
文香「ばれてしまいましたか」
凛「板前さん顔負けの腕だと思うよ」
文香「私なんて、まだまだです」
凛「そういえば、最初に私が食べたあのトロも自分で捌いたの?」
文香「いえ、まだマグロは技術も包丁も整っていなくて……」
凛「文香はどこに向かってるのか分かんないんだけど」
文香「人間至る所に青山あり、です」
凛「……?」
文香「どのような場所であっても、自分の居場所足り得るという意味です」
凛「その、ことわざ?とお寿司がどう関係あるの?」
文香「お寿司屋さんであっても、アイドルであっても、私は私です」
凛「うん」
文香「ですからきっと、このお仕事はアイドルの私の糧にもなると思うのです」
凛「なんか無理矢理いい話風にまとめてるけどさ」
文香「ええ」
凛「お寿司の腕前を見せつけたかっただけ、ってことでいいのかな」
文香「ばれてしまいましたか」
おわり
鷺沢文香主演での寿司屋を舞台にしたスピンオフ作品の制作が決定したのはまた別のお話。
元スレ
鷺沢文香「へいらっしゃい」渋谷凛「待って」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1475424423/
鷺沢文香「へいらっしゃい」渋谷凛「待って」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1475424423/
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コメント一覧 (60)
-
- 2016年10月03日 04:56
- 腋じゃないのか…
-
- 2016年10月03日 05:11
- 待って、ちょっと、待ってって、ほんとに待ってでもう草生える
-
- 2016年10月03日 05:16
- ふみふみが!素手で!!寿司を!!!
-
- 2016年10月03日 05:26
- 海賊役とか…
-
- 2016年10月03日 05:32
- そりゃスピンオフにもなるわな
-
- 2016年10月03日 05:37
- スピンオフで寿司屋を開店・・・フォカヌポゥ
-
- 2016年10月03日 06:17
- 文香にトレーススキルってのもいいもんだな。
-
- 2016年10月03日 06:28
- そのうち教本読んだだけでその技術を習得する属性とかつきそうだな
-
- 2016年10月03日 06:57
- オチがかわいい
-
- 2016年10月03日 07:08
- どこのアホが寿司屋の役に女性アイドルを採用したのだろうかw
-
- 2016年10月03日 07:10
- なお体力が追いつかないパターンな模様
-
- 2016年10月03日 07:21
- ふみふみは蜂の子寿司とか出してきそう
-
- 2016年10月03日 08:25
- 凛文もっと増えて良いんやで〜
-
- 2016年10月03日 08:39
- こんな美人が競りに参加してたなんてニュースになるわ
-
- 2016年10月03日 08:59
- 文香が握ったSUSHI食べたい
-
- 2016年10月03日 09:02
- どっちもかわいい
凛は聞き上手か
-
- 2016年10月03日 09:25
- ライバル店の板さん役は木場さんで
-
- 2016年10月03日 09:43
- 文香は実際不器用そうだけど、この文香なら孤島で一カ月サバイバル生活でも本さえあればいけそう
-
- 2016年10月03日 09:50
- 強気なふみふみたそ〜
-
- 2016年10月03日 10:00
- ふみふみ寿司、言い値で買おう!
オプションとして脇握りや寿司にキスをして出す握りはありますか?
-
- 2016年10月03日 10:41
- 文香「往くぞ蒼の姫、腹の貯蔵は空けてきたな? ネタバレルフルオープン! アンリミテッドオスシワークス!!」
ナターリア「そのオスシ、貰い受ける!」
-
- 2016年10月03日 10:45
- ただの中の人じゃないかいい加減にしろ
…M•A•Oさんはもう声優一本で俳優はやらんのかな
-
- 2016年10月03日 10:48
- 撮影中に俳優が何の気なしに食べて「うまっ…」って言ってNGになっちゃうやつ。
文香、料理するなら取り敢えず髪切りなさい
-
- 2016年10月03日 11:38
- ???「あ、あまえび……」
-
- 2016年10月03日 12:02
- ふみふみにお寿司にぎにぎして欲しい
静かにとても情熱的なのいいよね
-
- 2016年10月03日 12:20
- ふみふみがふみふみしたブドウで作ったワインを…
ふふっ···
-
- 2016年10月03日 12:52
- りんの相槌すき
-
- 2016年10月03日 12:58
- 寿司食べたい
-
- 2016年10月03日 13:28
- でもふみふみが頭巾というか割烹着身につけて
なにか調理してるのは妙に合う
-
- 2016年10月03日 13:59
- ※25
木場さん特製おにぎりみたいなあまえび寿司
-
- 2016年10月03日 14:49
- 私のお稲荷さんを握って欲しい。
-
- 2016年10月03日 15:08
- ふみふみはチタタプだろう
-
- 2016年10月03日 15:15
- ただでさえ女神なふみふみがさらに優良物件になってゆく…
結婚したい
-
- 2016年10月03日 15:21
- ※34
俺の妻は可愛いでしょ?自慢の嫁さんなんですよぉ
-
- 2016年10月03日 15:32
- 途中まで文香として読めたけど、「あいよ」から完全にルカが喋ってるようにしか思えなくなったw
-
- 2016年10月03日 15:36
- なんでオーディション通ったのか非常に気になる
-
- 2016年10月03日 16:15
- そりゃあ役作りのために実費で道具一式そろえて、寿司酢自作して、競りにも行ったアイドルだからな…
-
- 2016年10月03日 17:10
- ※23
ついこのあいだジュウオウでルカやったばっかじゃん
-
- 2016年10月03日 17:12
- 文香「競りに」凜「競りに」
凜のボケあしらいも板について来てるな。
ボケの相手は未央かみくだと思っていたが。
-
- 2016年10月03日 17:35
- 文香が寿司握って、楓さんと美優さんが寿司食う番組2時間位みたい
-
- 2016年10月03日 18:05
- おう前川ぁ、文香が飯作って食わせてくれるってよ。
-
- 2016年10月03日 18:17
- 干瓢巻きと卵とハンバーグ乗っけた軍艦巻きなら 食べるにゃ。
-
- 2016年10月03日 18:23
- 是非ともシリーズ化を。
ふみふみがやらなそうな職業に挑戦するのは良いものだ。
-
- 2016年10月03日 19:10
- 橘「…」ドヤァ(なぜか誇らしげな橘)
-
- 2016年10月03日 19:12
- 寿司屋の仲居役から店主に成長するふみふみ
それはそれとして、水龍敬ランドって本がオススメ何だが読まないかい?
-
- 2016年10月03日 19:22
- 自称15年間拉致監禁されていたと言う中年男性(実父)が活き蛸を注文するかもね!(オールドボーイ並感)
-
- 2016年10月03日 19:25
- あまちゃんにおけるピエール瀧みたいな存在感でドラマに出演する文香
-
- 2016年10月03日 20:20
- 魚屋さんが穿いている、ズボンみたいな長靴を穿きこなすふみふみを見てみたい
-
- 2016年10月03日 20:23
- 池袋の寿司屋で似た声の人を見た気がするからいけそう
-
- 2016年10月03日 21:11
- 千早前・・・間違えた、板前が中々千早に・・・間違えた、板に付いてきたじゃないか
-
- 2016年10月04日 00:44
- お前なんて、握ってやる!!
-
- 2016年10月04日 02:02
- かわいい
-
- 2016年10月04日 02:35
- 文香ちゃん・・・
細かいけど、冷めたら味が付かなくなるからうちわで扇ぐのは「酢を混ぜた後」なんやで
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- 2016年10月04日 02:48
- ふみふみ暇人説
-
- 2016年10月04日 02:54
- 中の人はノリノリでやりそう
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- 2016年10月04日 07:52
- ええじゃないか
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- 2016年10月04日 14:44
- ばれてしまいましたか という言葉を見てLを思い出したのは自分だけでいい
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- 2016年10月04日 22:51
- 穴子を捌くときは背中からだろうが!!!
-
- 2016年10月06日 21:21
- ふみふみに握って欲しい(薫に握擊されながら)
あなたは買えますか