高垣楓「告白の味」
前作を読むこと推奨
↓
高垣楓「好き、嫌い、大好き」
よく聞く言葉だが、そこまで的を得ているわけでもない。
ついこの間、俺は恋をした。
正しく言うと、自分の恋に気づいた。
常に恋に夢中かと言われたら、それは違う。
朝は眠気を感じるし、家に帰るときには何を食べるかを考える。
恋をしていても、四六時中相手のことを考えているわけではない。
送っているのは、いつもと変わらない日常だ。
だけど。
自分の気持ちを改めて自覚して、相手のことで頭の中が一杯になる。
そんな時、「ああ、これが恋なんだな」と実感する自分がいる。
周囲の喧騒が、空間に溶けていく。
周りの人が喋っているのは分かるけど、内容までは分からない。
ここに、二人だけでいるような気分がした。
楓さんが、目の前にいる。
今日は焼酎の気分らしい。
グラスの中の、角張った氷が透き通っている。
軽く口を付けると、楓さんが話しかけてきた。
「プロデューサーさんは」
「誰にも言えないようなことって、ありますか?」
先程までしていた話と全く脈の無い質問に、少し驚く。
「そうですね......」と言って間を取った。
それから、誤魔化すために当たり障りのない回答をする。
「職業柄、基本的に秘密は作らないようにしてますね」
「そうですか」
俺の答えを聞いて、楓さんはにっこり笑った。
この笑顔をもう少しだけ見ていたくて、俺は続ける。
大人になって暫くして、今更実感したことだ。
「伝えたいことは、伝えられた方が良いですから」
「じゃあ、プロデューサーさんはそれが出来ていますか?」
そう言われて、微妙な苦笑いが顔に出てしまった。
この気持ちを、はっきりと伝えられたら。
そんなことを考えて、こう返した。
「まだ、できていないと思います」
季節が変わり、少し涼しくなってきた頃。
外回りから帰ってくると、ちひろさんがFAX用紙を何枚か渡してきた。
衛星放送、全国系列の旅番組のオファーだった。
かなり離れた所で、泊まりがけのロケになるようだ。
出演は一人だけ。指定は高校生以上であれば特に無し。
アイドル達の予定を確認すると、空きがあるのは楓さんしか居ない。
俺がそう言うと、それを知っていたかのようにちひろさんがからかってきた。
「良かったですね」
好きな人と一緒に旅行(ロケ)に行けて、嬉しいでしょう?
そんな感じのニュアンスが、この一言に含まれているような気がした。
この人は俺の気持ちを弄んでいるのだろうか。
「何が良いんですか?」
「楓さんと、二人っきりじゃないですか」
「二人だけでは無いです。それに......」
成人組のロケなら俺が付いていく必要はない。
その旨ををちひろさんに言ったら、
「何言ってるんですか?」
と、有無を言わせない笑顔で見つめてきた。
前より嬉しさ多め、そんな感じの苦笑いをした。
......................................................
今回のロケ場所は、地方の温泉街だ。
温泉の他にも、酒造りが盛んな所らしい。
楓さんは、今回のロケの話を聞いて
「楽しそうですね」
と言っていた。
仕事の疲れを打ち消す、最高の笑顔だった。
楓さんが楽しく仕事ができるならそれでいい。
そう思っている自分が、少しだけ滑稽に思える。
だけど、楓さんにこの気持ちを伝えようとは思わない。
アイドルとプロデューサーの恋愛以前に、失敗することが怖い。
楓さんと俺が作ってきた関係を、壊すのが嫌だった。
そう考えたら、ふと「恋は盲目」と言う言葉の続きを思い出した。
「恋は盲目であり、恋人たちは自分たちが犯す愚行に気付かない」
俺は今、恋をしている。
分かりきったことだ。
だけど、愚行は犯していない。
愚行を犯す程の、勇気がない。
移動する新幹線の中。
窓際には楓さんが座っていて、その隣に俺がいる。
顔を伏せて黙っていると、自分の心臓の音が聞こえきた。
楓さんに聞こえていたりしないかな?
そんなわけないのに、どうでもいいことばかり考えてしまう。
俺は乙女か。
頭の中で、自分に喝をを入れた。
トンネルを抜けて、視界が明けた時。
楓さんが急に話しかけてきた。
俺は少し驚いて、楓さんの方を向いた。
「前の話の続きですけど......」
「はい」
恐らく、前に飲みに行った時の話の続きだろう。
楓さんは、窓の外を見つめながら続ける。
「私は、あります。誰にも言ってないこと」
次の停車駅を知らせるコールが鳴った。
今、撮影で老舗の酒造会社に来ている。
古い木造建築特有の、ひんやりとした空気が体を包んだ。
外は未だに残暑が厳しい中、撮影場所は涼しかった。
狭い店舗の中で、撮影スタッフがひしめき合っている。
なるべく音をたてないようにして、楓さんが見える場所に移動した。
隙間から顔を覗かせると、楓さんが商品紹介をしているのが見えた。
ここでは、「喜び」とか「悲しみ」といった感情を味で表したお酒を販売しているらしい。
楓さんに魅入っていると、後ろから声をかけられた。
「......すみません。これ新商品ですので、どうぞ召し上がってください。」
振り返ると、酒造会社の人が紙コップに入っているお酒をくれた。
「これはどんな味ですか?」
と質問しようとしたが、その人はカメラに緊張しているらしい。
俺に紙コップを渡すと、すぐにどこかへ行ってしまった。
お酒を口の中に運ぶと、少しだけ強い甘さが広がった。
この味に合う名前を頭の中で探したら、真っ先に「恋」が出てきた。
「少し違うな......」
それに少し違和感を覚えてから、もう一口飲んだ。
普段はアルコールを摂らない時間帯だから、いつもより酔いが回りやすい。
体が上擦るような感覚がして、まだ話をしている楓さんを遠目で見た。
「告白」をする前のような気持ちになった。
「恋」だと思った時よりも、それは少しだけ甘い。
......................................................
次に待ち構えていた温泉でのロケを済ませ、俺は旅館の湯船に浸かっていた。
勿論、男湯。
体を浸している湯が熱くて、意識が朦朧としてくる。
それを誤魔化すために、斜め上を向いた。
風の音、虫の鳴く声が聞こえてくる。
竹柵越しから、弱い水音がした。
向こう側の人が何かを飲んでいるようだ。
その人は、楓さんだった。
温泉に入っても酒を飲んでいるようだ。
俺が居るとは限らない男湯に声をかけるのもおかしかったし、
このまま答えるのも恥ずかしかったから、黙り込んでしまった。
楓さんが、駄洒落で揺さぶりを掛けてきた。
急に黙っていられなくなって、口を開いた。
「浴場で飲んでも大丈夫なんですか?」
「旅館の人が、大丈夫だって言ってました」
楓さんが言い終わったのと同時に、秋らしい強い風が吹いた。
「プロデューサーさん」
「この後、一緒に行きませんか?」
......................................................
この旅館自体もかなり大きい建物だったから、特に驚きは無かった。
俺は今、楓さんと旅館の中庭にいる。
吹き抜けの構造になっていて、盆栽や池がある大きな庭だ。
隅々に申し訳程度の照明がある。
不意に。
俺の前を歩いていた楓さんが、くるりと回った。
照明よりも強い月の光に、その姿が照らされている。
「プロデューサーの秘密、聞かせてください」
しつこい。
そう思いながら、
今までに、何回も。胸が痛くて、恋の感覚がした。
「そうですね......」
......................................................
自分の秘密。
思い慕いとか、好き嫌いとかの類ではなく、幼少期のちょっとした経験。
それを俺が話した後、二人は無言の時間が続いた。
月が、夜空に滲み始めて。
楓さんは、俺の話を聞いた後から少し寂しそうな顔をしている。
その表情を、変えたくて。
それくらいに、好きで。
それでも伝えられなくて。
だけど、このまま秘密にはしたくない。
矛盾の中で、誰にも聞こえないように呟いた。
今日で、二回目。再び、告白の味がする。
月明かりが眩しくてよく見えなかったが、
その顔は少しだけ笑っていたような気がする。
終わり。
はい、今回も駄洒落エンドでした。
自分の恋心を認めても伝えられないPと、Pの本音を聞きたい楓さんの話です。
文中のPが楓さんが求めている「告白」と、違う「告白」を言って誤魔化している所でそれを表しています。
お読みいただきありがとうございました。
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元スレ
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