みも「なんかμ'sのみんなが忍者になってた件……」(最終章)
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空蜘「────……ぁ……ぅう……ん……、あれ……?」
あの闘争から丸一日が経過した頃。
空蜘は目を覚ました。
……何故、自分は生きているのか。
記憶を辿った先、最後の記憶は吐き気がするくらいに最悪なものだった。
正直、その記憶も曖昧なもので。
途切れ途切れの記憶。
それでも確かなことは、涼狐を殺そうとしたが先に自分の方が力尽きてしまった、という。
その後、涼狐はどうなったのだろうか。
空蜘「…………っ、アイツっ、ぐっ、ぁぎゃ…!? 痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
……起き上がろうとした空蜘だったが。
容赦なく身体中を激痛が襲う。
と、そこに。
牌流「…あっ、空蜘起きた!」
空蜘「ぁ…うぅ……っ、牌ちゃん……?」
痛みに悶える空蜘を覗き込むように、牌流。
空蜘は、なにがなんだかわからないといった様子で。
自分が生きているのはともかく、この牌流はあの時確実に自分が殺した筈、だが。
……これは、一体。
空蜘「……??」
鹿「おーおー、あんなグロい状態からホントに生き返るとは……気持ち悪っ!」
紅寸「鹿ちゃんもだいぶグロかったけどね」
鹿も紅寸も、そこにはいた。
……それと。
空蜘は敢えて触れようとしないが、隅の方にただでさえ小さい体を更に小さくしている頭領の姿も。
蛇龍乃「…………」
と、いうかそもそもここは。
石の壁、石の床、石の天井。
そして、鉄格子。
……そう、牢屋のようであった。
いや、どう考えても牢獄だ。
空蜘「……なに、どういうこと……? これ……」
紅寸「なんかね、ヱ密の術で私ら生き返ったみたいだよ」
空蜘「…………は、はい?」
牌流「私も詳しくはまだよく聞いてないんだけど。なんかね、ヱ密の術っていうのが──」
“甦生”。
ヱ密の術を種として鈴が与えられ、それを空が展開して今に至る。
その結果、自分たちはこうして再び生を与えられた、と。
ざっくりと牌流は話した。
空蜘「……なにそれ、……ていうかそれ……死ぬほど苦しめられて、死んだらまた生き返らされて、また痛ぶる……拷問の途中?」
牌流「えっ、そうなの!?」
紅寸「マジか」
鹿「私ら完全敗北のお知らせ……」
紅寸「もうだめだぁ…」
鹿「空蜘が死んじゃうから…」
空蜘「えー、鹿ちゃんも殺されてたじゃん」
鹿「あれは立派な策だし。私の担当だったヤツはちゃんと倒したっしょ? ふふんっ!」
紅寸「いや、めっちゃドヤってるけど倒したの鹿ちゃんじゃないらしいじゃん!」
牌流「そういう紅寸だって、結局あれを倒したの立飛なんでしょ?」
紅寸「あれは策なのだ」
牌流「へー」
鹿「……牌ちゃんと組むのは死ぬほど大変だったなぁ……まぁ死んだんだけど」
牌流「そ、それはっ……私は身を犠牲にして……って、私があそこまでしたのに仕留めきれない空蜘が悪い!」
空蜘「結局私かよっ! …って、あれ……?」
空蜘「ヱ密と立飛は……?」
この牢の中にいるのは、空蜘を含めた忍びの五人だけで。
ヱ密と立飛の姿はどこにも見当たらない。
牌流「ちょっと前に二人ともどっか連れてかれてたよ」
紅寸「比較的軽傷だった組だから」
鹿「まぁ死んだんだけどね」
空蜘「死んだのに軽傷って……」
鹿「……ていうか」
牢の隅に目をやりながら、鹿は。
ボソリと、言う。
鹿「まさかじゃりゅのんもやられちゃうとはねー」
蛇龍乃「……っ、……ぅう……ぁぁ……」
ピクリと、耳を反応させ。
……更に縮こまる蛇龍乃。
紅寸「あー、ここにいるってことは殺されちゃったってことだよね?」
牌流「無敵だと思ってた蛇龍乃さんが死ぬとか」
空蜘「…誰に殺られたの? やっぱあの涼狐?」
紅寸「空丸じゃないの? なんか二人ですごいことやってたし」
鹿「じゃりゅのーん?」
蛇龍乃「……ま、まぁ……そ、そそそそんな感じ、かな……あ、あんな化け物二人にリンチされたら、さ、ささ、さすがの、私でもすこーし無理があった、かな……う、うん」
鹿「……なんか怪しいなコイツ」
と、そこに。
ヱ密「ただいまー」
立飛「あ、空蜘も無事生き返ってる」
格子の向こうに、ヱ密と空蜘。
……と。
御殺「さぁさぁ入って入ってー、妙な動きみせたら駄目だよ?」
ヱ密「はいはい、わかってますとも」
立飛「…ははっ、私に殺されたくせに」
御殺「……」
ヱ密「こーら、立飛。挑発しないの」
立飛「はーい」
……ギギィーッ。
御殺が持っていた鍵で、開かれた鉄格子。
抵抗の素振りなどみせず、言われるがままにその中に自ら入っていくヱ密と立飛。
空蜘「…………」
牌流「おかえり、二人とも。ん、それ何持ってるの?」
紅寸「くんくん……美味しそうな匂いがする」
立飛「ご飯だよ、ご飯」
ヱ密「ここの城主さんがみんなでどうぞー、って」
鹿「え、城主ってまさかアイツ……ん?」
空蜘「……て、なにこれ…」
紅寸「こ、これは……」
牌流「おー……」
二人が持ってきたもの。
それは、箱いっぱいに詰め込まれた。
……餃子だった。
空蜘「……これだけ?」
紅寸「ご飯は無いのー?」
牌流「栄養バランスが心配」
鹿「そういえば最初に会った時も餃子食べてたような……なにこれ、イジメ?」
空蜘「もう軽く拷問始まってんじゃん」
牌流「ど、毒とか入ってないよね……?」
御殺「……これは一生、牢の中かも」
ヱ密「もう、せっかく善意で頂いたんだから文句言わないのっ」
立飛「そうだよそうだよ。さっき味見したけど美味しかったよ。皆もお腹空いてるでしょー?」
鹿「あの女が、私らに善意……?」
紅寸「まぁでも、お腹空いたし、いただきまーす! もぐもぐ…」
紅寸が餃子を口にして、何事も無いのを確認すると。
やはり相当空腹だったのか。
牌流や空蜘、鹿も一斉に箸を伸ばした。
空蜘「……ん、おいしい」
牌流「ねー、あとでレシピ教えてもらおうかしら」
鹿「…まぁ美味しいんだけどさ、さすがにこればっかひたすら食べ続けるのは」
立飛「お米欲しいねぇ」
ヱ密「…あ、蛇龍乃さん、食べないの?」
蛇龍乃「…………私は、いい」
ヱ密「……?」
立飛「なんか元気無いね。どうしちゃったんだろ」
空蜘「殺されたのがショックだったんじゃない? あんだけ偉そうにして、結局やられちゃったんだし」
紅寸「空丸と、あの鈴ちゃんそっくりな探偵が相手なら仕方ないじゃん」
牌流「うん、そこまで気にすることないと思うけど」
ヱ密「…ん?」
紅寸「あれ? ヱ密、知らない? なんかね、二人掛かりにボコられちゃったらしいよ」
ヱ密「……?」
鹿「ヱ密?」
ヱ密「あれ、おかしいなぁ……さっき空丸と話してたのと相違が」
蛇龍乃「え、ちょ……え、ヱ密っ」
ヱ密「蛇龍乃さんを殺したのって、鈴ちゃ」
蛇龍乃「うあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
……突如、発狂し始める蛇龍乃。
蛇龍乃「な、なにバラしてくれてんだっ、ヱ密ーっ!! 秘密厳守は忍びの基本だろぉぉぉぉっ!!」
「「「「……………………」」」」
ポカンと口を開けたまま。
まるで可哀想なものを見るような目を、蛇龍乃に向ける一同。
鹿「……え、嘘、でしょ……鈴に殺されたって」
牌流「は、はは……じょ、冗談だよね……」
空蜘「えぇ……どこの忍びの世界に、鈴なんかに殺される頭領がいるの……」
紅寸「皆、待ってよ! きっと探偵二人にめっためたにされて虫の息だったところを鈴ちゃんにとどめさされたってだけでしょ!?」
ヱ密「ううん、最初から一対一だったって」
蛇龍乃「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!!! もうやめてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
「「「「……………………」」」」
紅寸「え……マジなの……」
鹿「よ、弱すぎにも程があるだろ……」
牌流「これにはさすがの牌ちゃんもドン引き」
立飛「私もそれ聞いた時ビックリしすぎちゃって、自然と涙出てきたもん」
ヱ密「あー、泣いてたね、立飛」
蛇龍乃「それなんの涙なのっ!? 立飛!! いや待て、言うなっ、頼むから言わないで……っ」
鹿「うっわぁ……恥ずかしすぎる……」
空蜘「私だったらとっくに自殺してる。そんな辱しめ受けて、もう生きていけないでしょ……」
鹿「万死に値する恥辱」
紅寸「さ、さすがにそれは、くすんもキツいものがあるかなぁ…」
牌流「あ、でも死んでも生き返っちゃうんだっけ? これこそ拷問だよね……」
ヱ密「ちょ……皆、それくらいに」
蛇龍乃「……ぐすっ……もうやだ、じゃりゅのさんおうちかえる」
……牢の隅。
すすり泣きながら。
ガシガシと、頭を壁に擦り付ける蛇龍乃。
蛇龍乃「……うぅっ……なぁに、この壁、固いよぉ……頭痛いぃ……」
紅寸「か、壁のすり抜け……会得したの?」
ヱ密「い、いや……そんなことは出来なかった筈……」
蛇龍乃「くぅぅ……っ、うぅ……帰る帰るっ、絶対帰ってやるもんっ…!!」
壁のすり抜けを諦めた蛇龍乃は、唐突に。
反対側、鉄格子の方へ走り出し。
……そして。
ガンッ──!!
蛇龍乃「ぐほぁっ…!?」
……盛大に顔面を打ち付けた。
「「「「……………………」」」」
蛇龍乃「ゅ……あぅ……痛いよぉ……なんでこんなとこに鉄格子があるんだよぉ……ひぐっ、うぇぇん……っ」
鹿「……よ、弱いうえに、唯一マシだった頭ですらおかしなことになってるぞ、コイツ……」
立飛「かわいそう」
空蜘「なんでこの人、頭領やってんの……」
牌流「介護が必要な気がしてきた……」
紅寸「鹿ちゃんよろしく」
鹿「やだ、無理」
蛇龍乃「……お、お前ら……好き放題言ってくれやがって……っ」
ヱ密「だ、大丈夫だよっ、蛇龍乃さん。私がちゃんと介護するから」
立飛「ヱ密一人じゃ大変だろうから私も手伝うよ」
蛇龍乃「私が怒ってんのはそこじゃねぇぇぇぇーーーーっ!!!!」
──……。
御殺「ふふ、賑やかだねぇ」
ヱ密と立飛を再び、牢の中へと戻し。
その場所から離れていく御殺。
御殺「……あれ?」
と、少し離れた所。
壁にもたれ掛かり、浮かない表情でいる者の姿を見付ける。
御殺「こんな所で何してるの? 鈴ちゃん」
鈴「……あ、みころん」
御殺「あの人たちと話したいなら行ってきていいよ? 依咒さんも何も言わないと思うし」
鈴「ううん、いいの。たまたま通り掛かっただけだし」
御殺「たまたまって…」
ここは城の地下。
牢に捕らえられている者への面会以外で、訪れることのない場所ではあるが。
この城に連れてこられるまでは、共に過ごしていた仲間たち。
やはり、様子が気になるのだろう。
それに事情が事情なだけに、顔を合わしづらいといったこともあるのかもしれない。
鈴「…………」
御殺「元気だったよ、全員」
鈴「……ん、声聞こえてた」
御殺「そっか……まぁ話したくなったら話せばいいよ」
鈴「うん、ありがと」
……でも、私は。
あの中にいてはいけない。
こればかりは、私がどんなに望んだとしても。
御殺「…あ、そうだ。鈴ちゃん」
鈴「なに?」
御殺「涼狐、見なかった?」
鈴「あたしは見てないけど……いないの?」
御殺「んー? さっきチラッと部屋見た時、いなかったから」
鈴「目見えないのにどこほっつき歩いてるんだか……また転んでないといいけど」
鈴「あたし、探してみるよ」
御殺「ごめん、よろしく。私、この後ちょっと依咒さんに呼ばれてるから。涼狐見付けたら連れてきてもらえる?」
鈴「うん、わかった」
────…………。
空の展開した“甦生”の術により、再び命を宿された忍びの七人と依咒と御殺。
それと、戦いが始まる前に忍びに虐殺されていた町民も。
が、さすがに半壊された城までも元通りとはいかず。
城兵によって修繕が行われている真っ只中といった現状である。
奇跡的に綺麗な状態のままであった、天守閣の真下。
城主である依咒が、座を構える一室。
そこに、地下から上がってきた御殺が姿をみせる。
御殺「やっぱ地下にもいなかったよ、涼狐。今、一応鈴ちゃんにも探してもらってるけど」
空「……そう」
依咒「私のすーちゃんが行方不明……捜索隊を編成して、こっから半径500kmくらいをしらみ潰しに」
御殺「子供じゃないんだから、そのうち戻ってくるでしょ」
御殺が訪れた時には、そこには空の姿もあった。
依咒「つーかさぁ、空がすーちゃんいじめるからー、どっか行っちゃったじゃーん!」
空「……涼が私に相談も無しに、いきなりあんなことするのが悪いんだよ」
と、不貞腐れたような表情を浮かべる空。
“あんなこと”とは、涼狐がスマホを破壊したことを指しており。
そのせいで、“Xenotopia計画”は実行されることは未来永劫消えて無くなってしまった。
空にとって、この世界を救う為。
というかそもそもそんな壮大な理由以前に、涼狐や御殺や依咒を守りたかった。
たったそれだけなのに。
計画を破綻に追いやったのは、守りたかった相手だった。
……しかも、その理由が。
依咒「空を失いたくなかった」
空「……っ、ホント信じられないっ……私がどんな想いでこれを進めてきたか、涼はわかってくれてると思ってたのに」
御殺「空さんがそこまで怒るのも珍しいね」
空「そりゃ怒るよ。こんな風に台無しにされたら……私だって、人間なんだし」
依咒「……そう、人間なんだよ。空も」
御殺「おや…?」
依咒「私や御殺やすーちゃんと何も変わらないただの人間」
依咒「だからさ、空が一人でなんでもかんでも背負い込むことないんだよ」
空「依咒さん……」
御殺「そうだね」
依咒「ねぇねぇ、今超良いこと言ったよね? 私!」
空「えー……」
御殺「うん、言った。ていうか私もこれで本当に良いのかなーって思ってたし」
依咒「まぁねー、空がいない世界なんて存在価値の無いクソみたいな世界だろうし!」
空「……調子良いこと言って」
御殺「まぁ実は……空さんの想いも汲んであげなきゃって私も思ってて、それはどっちを選んでも何かを失うものだから……正解は一つじゃない。人生ってそういうものでしょ」
依咒「すーちゃんは私たちよりほんのちょっぴり自分の気持ちに正直になっただけ」
自分じゃ決められなかった、選べなかった超難問。
そんな涼狐の背中を押してくれたのは、鈴だった。
同一人物であって同一人物ではない、不思議な関係性の二人だったからこそ。
言えたことであったし、言ってほしいことでもあったのだろう。
依咒「すーちゃん戻ってきたら、ちゃんと仲直りすること。いい?」
空「……」
依咒「そーらぁー?」
空「は、はいはいっ、わかったよ……」
依咒「こんな言い方あれだけど、もうスマホはぶっ壊れたわけでしょ? 今更どうしようもないじゃん。まぁすぐに何もかも受け入れるのは難しいと思うけど」
依咒「ここで空がいつまでも意地張ってたら、すーちゃんにとってこの選択は完全に間違いだったことになる。今ですら多分、罪の意識を感じてるからどっか逃げちゃったんだろうし…」
空「……うん」
御殺「空さんは、涼狐のこと嫌いになっちゃった?」
空「…そんなわけ、ないじゃん……でも」
空「あのアホがスマホ壊したせいで、涼の眼は……もう、二度と」
御殺「空さんもわかってるくせに。涼狐は自分が見る世界よりも、空さんと一緒に生きていくこの世界を選んだんだよ」
依咒「真っ暗な闇のなかで、きっとすごく心細いと思う。だからこそ、私たちがあの子を支えてあげなきゃ」
依咒「私はすーちゃんが選んだこの世界を間違いだったって思ってほしくない……貴女が選んだこの世界は、こんなにも美しい世界なんだよ、って」
依咒「示してあげることが、私たちがこれから辿る運命でもあるわけじゃない? 私と御殺、空、それにすーちゃんがいれば、世界に問うことなく……私たちがいるこの世界こそが理想郷、でしょ?」
依咒「まためちゃくちゃ良いことを言ってしまった」
空「…ははは、うん……そうだね。ごめんね、私、自分のことばかりで」
御殺「空さんも私たちのことを想ってくれてたわけでしょ、誰も悪くない」
空「うん。まぁでも、結果としてあの忍びの皆を巻き込んじゃって酷いことしちゃったよね…」
依咒「そう? それとこれとはまったく話は別じゃない? 私たちは探偵でアイツらは忍者なんだし、この件を抜きにしてもあの忍者たちは散々悪行を働いてきたわけじゃん」
御殺「ま、まぁ、間違ってはないよね……」
依咒「自業自得。ちょうど一網打尽に捕らえてるわけだし、処刑しよっか」
空「え、ちょっと、依咒さん!?」
依咒「なんてね、うそうそ。私としては別に殺しちゃってもいいと思うんだけど」
空「…で、これからどうする? 涼を捜しにいく?」
御殺「うーん……眼もあれだし、怪我も治ってないし、心配ではあるよねぇ」
依咒「放っておく」
空「あれ?」
御殺「さっき捜索隊を、とか言ってなかった?」
依咒「ん、まぁ……いくらすーちゃんに激甘な私でも、城主としてリーダーとしてなんのお咎めも無しっていうわけにはいかないよねぇ」
御殺「え、依咒さんってリーダーだったの?」
空「それは私も知らなかった」
依咒「え……だからすーちゃんには自分から帰ってきてもらわないと。それまで待ってよっか。喩えそれが何年も何十年先になろうと」
依咒「私たちがいる、この場所を目印に」
……依咒だけでなく。
御殺も空も、涼狐はすぐには戻ってこないのではないか、と。
なんとなく、そんな気がしていた。
凄腕の探偵である三人だ。
本気で捜せば、数日とかからず簡単に見付け出せる自信はあったが。
敢えて、そんなことはしない。
依咒の言葉に、頷く御殺と空だった。
御殺「涼狐はそれでいいとして。ねぇ、鈴ちゃんはどうするの?」
空「あー、鈴かぁ……」
依咒「計画もスマホも無くなった今、ここに私たちといる意味なんて何も無いでしょ?」
空「うわぁ、めちゃくちゃ冷たい人…」
御殺「依咒さん、鈴ちゃんのこと可愛がってあげてたのは本心じゃなかったんだね。嘘だったんだね…」
依咒「え、いや、ちょっ……そんな風に聞こえた? 違う違うっ、私が言いたいのは半ば無理矢理連れてきちゃったんだから、鈴ちゃんの好きなように決めればいいってこと!」
御殺「ああ、そういうこと」
空「……ここに私たちと一緒に残るのも、忍びの皆と行くのも、鈴の自由」
空「……でも、それは」
────…………。
数日後。
城の大広間に集められた、忍びの七人と涼狐を除く探偵の三人。
……と、鈴。
向かい合うように、忍びの七人が横一列になり腰を下ろし。
その正面に並ぶ三人の探偵。
鈴の姿は、探偵の隣にあった。
「「「「……………………」」」」
なんともいえない張り詰めた空気。
それも無理はない。
数日前には殺し合いをしていた双方だ。
互いに負った傷はまだ癒えていないが。
いつまた一触即発し、戦闘に発展するかわからないといったこの場の状況である。
依咒「……自由にしてあげたからって、妙な動きはしないようにね」
蛇龍乃「それはそっちの出方次第だな。まぁ話し合いなら一先ずこっちも応じてやるとしよう」
空蜘「無理。全員ぶっ殺す」
蛇龍乃「空蜘ウルサイ、ダマレ」
ヱ密「あのー、涼狐の姿が無いみたいだけど…」
空「あ、うん……涼は」
依咒「ちゃんといるよ。隠れてるだけ。だからそっちが手出してきたら殺しに現れるかもねー」
ヱ密「……」
気配は感じられないようだが、本当に潜んでいるのか。
そもそもこうして敵味方が一同に顔を合わせる場に、涼狐がいないのは少し妙だと。
ヱ密は首を傾げる。
空蜘「んじゃちょっと暴れて、アイツにリベンジを」
蛇龍乃「もうお前黙ってろ」
ヱ密「……涼狐、何かあったの?」
空「こっちの話だから。ヱ密には関係無いよ。気にしないで」
ヱ密「…空丸、冷たい」
依咒「ていうかそろそろ本題に入っていいー?」
紅寸「ん、本題って?」
鹿「そもそもさぁ、なんの為に集められたわけ? 解放してくれるの?」
牌流「ほんと? やっと里に帰れるの?」
紅寸「やった! やっぱ慣れない場所だと息苦しくて発狂しちゃいそうだったよー」
空蜘「ホントホント、あんな埃っぽい牢屋に何日も閉じ込められてさぁ…」
鹿「退屈でつまんないし、唯一の楽しみのご飯も餃子しか出てこないし」
立飛「そうそう、まぁ最初の一日くらいは美味しく食べてたけど、毎回だと辛いものがあったよね…」
紅寸「くすん、早く牌ちゃんのご飯が食べたい」
鹿「そう言われると急に恋しくなってきた、牌ちゃんの料理」
空蜘「拷問のように餃子ばっかり食べさせられてたから、ものすごく美味しく感じそう」
牌流「えへへ、なんか嬉しいなぁ。よーし、張り切って作っちゃうぞー」
依咒「コ、コイツら……っ」
御殺「まぁまぁ、依咒さん。落ち着いて」
依咒「もう限界。地下行き決定」
蛇龍乃「…というか、いきなり真面目な話をして悪いけど」
御殺「あ、どうぞどうぞ。真面目な話なら大歓迎」
蛇龍乃「私がヱ密に聞いた大体の事情によると──」
探偵側はまず先の戦いの最中に、ずっと求めていたヱ密の種を入手。
その術で、戦いで死んだ者と町民を甦生。
だが、涼狐がスマホを破壊したことにより、探偵側の計画は消え去った。
よって、探偵側としては忍びと争う理由は無くなった。
……しかし。
蛇龍乃「こうして平和的に話し合いに応じてやってはいるが……私たちからしてみれば、お前らを殺す理由はまだ残ってるんだよ」
蛇龍乃「そもそも、そのなんとか計画を潰すこと自体が本来の目的じゃないしね」
この蛇龍乃の言葉により、他の忍びの表情も先程までと一変させる。
……そう、何も解決はしていないのだ。
忍び側の本来の目的、それは。
城を潰すこと──。
何の為に。
この先も、生きていく為。
即ち、例の手配書。
これが存在している以上、今もこの瞬間だって国中から注目の対象となっている賞金首であることには何一つ変わりはない。
だからこそ、蛇龍乃はこの城を潰そうとした。
こうして依咒たち探偵が目の前にいるのだから、任務半ばの状態であるのだ。
蛇龍乃「……そこんとこ、どうなの?」
……睨みをきかせた蛇龍乃の問いに、答えたのは空だった。
空「城は潰させないし、私たちも殺されるわけにはいかない」
別に今となって、この城に特別拘りがあるわけではないが。
涼狐が帰ってくる目印、受け入れてあげる居場所として、無くすわけにはいかない、と。
空蜘「…ふーん、じゃあ力付くでってわけだね。望むところ」
ヱ密「待って、空蜘」
空蜘「やだ」
ヱ密「ねぇ、空丸」
空蜘「無視かよっ」
蛇龍乃「なるほど。空蜘がうるさい時は放っておけばいいのかー……さすがヱ密」
空「……なに? ヱ密」
ヱ密「こうして私たち全員を呼びつけたんだから、なにもここでまた殺し合いを繰り広げようってわけじゃないんでしょ?」
空「…うん、そうだよ。まぁさっきも言ったけど、殺されるのは勘弁だしねぇ」
ここで再び、抗争に発展して自分たちが討たれることも、この城を潰されることも。
かといって、このまま忍びの七人を野放しにしても、探偵を狙ってくるだろうし。
報奨金目当ての賊や民が返り討ちに遇うことも、容易に想像がつく。
……と、すれば。
依咒「手っ取り早いのは、やっぱあんたらが全員死ぬことでしょ。死者を狩ろうと考える人間は存在しないしねー」
蛇龍乃「……」
空蜘「は?」
鹿「ってそれ、また殺し合うってことじゃん!」
途端に目の色が変わる忍び一同。
そして。
即座に戦闘の構えを取り、先陣を切ったのは。
紅寸「先手必勝っ!!」
紅寸だった。
飛び掛かるように、真向かいの探偵の元へ。
蛇龍乃「…あ、待て待て。紅寸」
紅寸「ぐほぁっ…!?」
……ガンッ、と。
突如として眼前に出現した黒壁に顔面を激しく打ち付け。
跳ね返される紅寸。
紅寸「うぅっ……ぁあ……痛いよ痛いよぉ……っ!」
牌流「……ものすごい勢いでぶつかったけど、大丈夫……? 紅寸」
紅寸「ぁう……だ、だいじょぶ、じゃ……ない……って、もーっ! なにすんのー!?」
蛇龍乃「他人の話は最後まで聞こうねー」
御殺「ほっ、よかった……もう、依咒さんが誤解されるような言い方するから」
依咒「あれー? そんな言い方になっちゃってたー?」
空「めちゃめちゃ悪意だらけだった」
紅寸「ん……ん? あれ……違うの?」
鹿「どゆこと?」
空「手配書にも載った七人の忍者はこの城を強襲しようとしたが、探偵によって阻まれ、返り討ちにされた。この場所で命を落とした」
空「死んだんだよ。もうこの世界には存在しない。そういう事実を残す」
ヱ密「…ああ、そういうこと」
蛇龍乃「私たちを死んだ扱いにするってわけね」
空蜘「はぁ…? それじゃ私たちが探偵に負けたことになるじゃん」
立飛「どっちでもよくない? 空蜘は忍びのくせに名声が欲しいの?」
御殺「死んだとされる人間をわざわざ捜す手間なんかに誰も時間を費やさないし。これでなんとか納得してもらえたらなぁ、って」
紅寸「んー仕方ないなー、ほんとに仕方ないが、まぁいいだろう」
牌流「なんでそんな偉そうなの、紅寸……これで戦うことなくなったわけでしょ? なんも悪いことなくない?」
鹿「だね。正直、またやりあうのは勘弁だしね…」
ヱ密「私たちは蛇龍乃さんに従うだけだから。どう? 蛇龍乃さん」
蛇龍乃「あー……まぁいいんじゃない? それで」
空蜘「えー! なんか甘くない? ぶっ殺しちゃえばいいじゃん」
ヱ密「空蜘が一番重傷なのに、どっからその自信涌いてきてるのか不思議……また殺られちゃうよ?」
空蜘「むぅ…」
空「まぁ、とにかくこれで一件落着」
依咒「よくない」
空「…え?」
御殺「依咒さん?」
依咒「納得できない」
御殺「い、いやぁ……私は忍者さんたちに訊いたわけで、依咒さんには」
空「困った人だよ、ホントに…」
依咒「このまま帰すとか私の気が済まないから」
今回の手打ち。
忍びを死んだことにして、解放するという。
これを考えたのは、涼狐だった。
依咒としては捕らえたついでに処刑しても構わないと考えていたが。
涼狐に頭を下げて頼まれたわけだから、無下にするにもいかず。
その頼みを了承した後、涼狐は皆の前から姿を消した。
……が、それも今となっては後悔。
とはいえ、涼狐がこの場にいないのにその約束を破るわけにもいかない。
依咒が最も引っ掛かっている点。
それについて涼狐自身は何も言わなかったが、これだけはどうにも納得がいかず。
このままおいそれと逃がすわけにはいかない、と。
……そこで、依咒は。
依咒「立飛とかいうそこの小娘」
立飛「…ん」
……やはりそうきたか、と。
立飛は小さく溜め息を落とす。
この部屋で顔を合わせてからというもの、憎悪をたっぷりと含んだ視線を注がれ続けてきていたのだ。
無視しようと忍んでいたが、そういうわけにもいかないようだ、と。
依咒「すーちゃんの眼を奪ったお前を、私は許さない」
……静かに、そう告げる依咒に。
立飛も怯むことなく、返す。
立飛「別に私は忍びとして間違ったことをしたとはまったく思ってないけど? ……許さないんだったらどうするの? 私の眼も潰してみる?」
依咒「ならそうしてやろうか」
立飛「…へぇ、まぁそういうことなら私だって殺しにいくけどね。あんたには鹿ちゃんをグロい骸にされた恨みもあるし」
鹿「…………私、そんなにグロかったの?」
紅寸「内臓飛び出しちゃってた、らしいよ…」
鹿「なんてこった……全部、牌ちゃんのせいだ」
牌流「もう許してください、お願いします……」
依咒「……お前みたいな小娘に私が負けるとでも?」
立飛「誰が相手だろうが易々とやられるつもりはないよ。おばさん」
依咒「…あ?」
立飛「……なに?」
立ち上がり、戦意剥き出しで睨み合う二人。
一層緊迫した空気を纏ったこの場で。
……それを面白がっている者が一人。
蛇龍乃「くくっ……はははっ……」
ヱ密「蛇龍乃さん…」
空蜘「ん? これは戦ってもいいってことかな?」
蛇龍乃「だーめ。せっかく敵さんが丸くおさめてくれようとしてんだからさぁ、そんな物騒な」
紅寸「物騒なことしようとしてるのは向こうも一緒じゃない?」
蛇龍乃「ん、いやぁ、まさか本気で仕掛けてくるわけでもないっしょ。でもこのままじゃ納得してくれないのも事実」
蛇龍乃「……んで、どうするつもり?」
蛇龍乃「殺すつもりはないにしても、私の可愛い可愛い立飛の眼を潰されるのはちょっと見過ごせないなぁ…?」
依咒「……」
空「依咒さん」
御殺「あんま変なことしない、よね?」
依咒「…………」
……と、しばらく黙った後。
依咒は。
依咒「……すーちゃんとの約束だしねぇ。殺しはしないし、眼も潰しはしないけど」
依咒「一発だけぶん殴らせて」
蛇龍乃「…ん、まぁそんくらいならいいんじゃね?」
立飛「え…」
空蜘「なーんだ、つまんないのー…」
蛇龍乃「我慢してやれば? 立飛」
ヱ密「勿論、反撃しちゃ駄目だからね」
立飛「…………うん、わかったよ……」
蛇龍乃「よーしよし、えらいぞー立飛」
立飛「その代わり、一発だけだからね。それ以上やったら……私も手を出す」
依咒「はいはい、約束は守るよ。んじゃ…」
依咒「御殺、一発ぶん殴ってやって──」
立飛「……は?」
御殺「…え? 私?」
立飛「ちょ、えっ、えぇーーっ!?」
依咒「なに? どしたの? 今いいって言ったじゃん」
立飛「い、いやいやいやいやっ…!! あんなの喰らったら死ぬわっ!! あんたじゃないのっ!?」
依咒「誰も私がやるとは言ってないしー。まぁ本気だと死んじゃいそうだから。御殺、98%くらいの力にしてあげたらー?」
立飛「ほ、ほぼ全力なんですけど、それは…」
……結局。
ドゴッ──!!
立飛「ぁぐっ…!!」
依咒「…まぁいっか、これで」
依咒自ら、立飛の顔面に殴撃を与えた。
立飛「……っ、やっぱわかってたけど、ムカつくわぁ……」
空蜘「……!」
空蜘「ねぇねぇ、私が手貸してあげてもいいよ、立飛。この人ら腰抜けだからさぁ、二人でやっちゃおうよ」
立飛「…それもいいかなぁ、なんてちょっと思っちゃった」
蛇龍乃「こらこら、立飛を不良の道に誘うんじゃない」
鹿「空蜘のアホがうつっちゃったら大変だからね…」
ヱ密「空蜘、自重して」
牌流「立飛、こっちおいでー」
紅寸「くすんが頬っぺたナデナデしてあげる」
立飛「ん…」
空蜘「……まーた私だけ悪者扱い。まぁいいや……慣れたし。……でも、あんな顔して立飛が一番恐ろしい子ってこと、わかってないのかな…」
蛇龍乃「……で、これで完全に手打ちってことでいいの?」
空「あ、それは勿論。依咒さんもいいよね?」
依咒「駄目」
御殺「大丈夫らしいです」
蛇龍乃「私たちが死んだことにする……くれぐれもその約束、違えるなよ。まぁ、聡明な空なら忍びを憚れるとは思ってないだろうけど」
空「ははは、もう二度と蛇龍乃さんを敵に回したくないですしね」
蛇龍乃「まったく……お前を殺せなくて残念だよ。それと……いや、これはいいや」
蛇龍乃「もう話は終わった? 帰っていいの?」
空「どうぞどうぞー」
御殺「忍者にこういうこと言うのは愚問かもしれないけど、姿見られないようにね? 特に町の人たちには」
依咒「そうそう、さっきの戦いでお前らは死んだ扱いになってるから。そんな姿誰かに見られたら、私たちが嘘つきになっちゃうし」
ヱ密「ん、気を付ける」
立飛「幸いにも夜だしね。闇に紛れるならお手の物」
紅寸「なるほど、だからわざわざ夜にこうして集まってたのかー」
依咒「それもあるけど。どっちかっていうと、お前らが暴れた時に空に一撃で葬ってもらえるように」
鹿「あー、そーですかー…」
牌流「だって? 空蜘。暴れなくてよかったねぇ」
空蜘「そう? 私なら余裕だよ、余裕ー」
依咒「……あ、それと」
依咒「ここでは見逃してあげるけど。私たちは探偵で、お前たちは忍者であることは変わらない。だから、今度会った時は容赦しないからそのつもりでいてね」
蛇龍乃「ははは、当然そんくらい心得てるよ」
依咒「…立飛、いつでも歓迎してあげるから気が向いたら遊びにきなさい?」
立飛「どうだろうねぇ。私は忍びだから、ご期待に添えるかどうか。気が付いた頃には、あんた死んでたりして」
依咒「ふふっ、私相手に通じると本気で思ってるなら、おめでたい頭してる。……あ、ついでにお前も遊びにきてもいいよ?」
鹿「はぁ? 絶対行ってやるもんかっ! ばーかっ!」
紅寸「次までにはあんたより絶対強くなってやるからっ! 首洗って待ってるんだな!」
御殺「それは楽しみ。それまでにうっかり死なないようにね。危なっかしいから…」
ヱ密「……本当にいないみたいだね、涼狐」
空「…うん」
空蜘「チッ……いたら今度こそぶっ殺してやろうと思ってたのに。……あー、そういえば目見えないのかぁ」
空蜘「……なら、別にいいや、もう……そんな弱いアイツ殺しても、意味無いし」
少しだけ、ほんの少しだけ。
寂しそうな表情を浮かべる空蜘だった。
ヱ密「……空丸、涼狐に伝えておいてくれる?」
空「いいよ。なんて?」
ヱ密「……うん」
ヱ密「あの勝負は私の勝ちだ、って」
空「……はは、あはははっ。うん、わかった」
空蜘「え? なに、ヱ密、アイツに勝ったの!? 聞いてないんだけどっ!!」
ヱ密「涼狐に勝ったよー? 私」
空蜘「はぁ? 嘘でしょ? だってヱ密も死んでたらしいじゃん! どゆこと?」
蛇龍乃「さーて、そろそろ行くぞー。お前ら」
空蜘「ねぇ、絶対嘘でしょ? アイツがいないからってそんな適当なこと」
ヱ密「いやホントに」
空蜘「えー! 嘘だ嘘だー! ていうかあの後どうなったの!?」
蛇龍乃「空蜘うるせー! さっさとしろ!」
空「はーい、七名様お帰りでーす。お気をつけてー」
忍びの七人が、場を後にしようとした。
……その時。
鈴「……待って」
集まってからというもの、何一つ口を開くことのなかった鈴。
話し合いの最中でも、ただ一人俯いたままで。
忍びの七名も、誰一人として鈴の存在に触れることもしなかったし、視線を向けることさえも。
……ただの一度もなかった。
まるで、そこにいない者同然に扱っていたわけで。
……だから。
こうして声を掛けられたことに、一瞬にして表情を曇らせる忍び。
一旦は足を止めたものの。
すぐに何事も無かったかのように、再び足を進め始めた。
鈴「あたしも……あたしも一緒に、里に戻る」
……と。
誰もが聞こえぬふりをしてみせた、そんな声の元へと。
反応をみせ、振り向いた者が、たった一人。
蛇龍乃「…………鈴」
鈴「じゃりゅにょ、さん……」
蛇龍乃「いいよ、ついてこい」
鈴「……うん」
そして、鈴は。
場に残る探偵三人の方へと向き直り。
鈴「きっちゃん、みころん、そら……ありがとう」
鈴「ばいばい……さよなら──」
────…………。
……さよなら、と。
笑顔で、別れを告げた。
城を離れ、里へと向かう山中。
その道中。
先頭には、蛇龍乃を抱えて、跳ねるように走る鹿の姿。
蛇龍乃「いやぁー楽チンだわ、この乗り物。ちょっと寝るからあんま揺らすなよー」
鹿「このまま放り捨ててやろうか。狼にでも喰われてしまえ」
蛇龍乃「生憎、動物を殺す趣味はないよ」
鹿「ったく……ねぇ、じゃりゅのん」
蛇龍乃「……」
鹿「どうして……やっぱり、あんた」
蛇龍乃「うるさい。寝るっつったろ……邪魔するな。おやすみ」
鹿「……おやすみ」
蛇龍乃「すやぁ……」
二人の後に続き、山道を移動する忍びたち。
その一番後方には。
鈴「はぁ……はぁっ……はぁっ……」
以前に鍛練は積んでいたものの、やはり皆と比べるとその身体能力の差は歴然で。
ついていくだけで精一杯。
皆、自分よりも負傷の度合いは大きい筈なのに。
よくもまぁ、そんなに動けるものだ。
対して、自分は。
……足が上手く回らない。
徐々に離されていく。
皆の背中が遠ざかっていく。
誰も、自分のことを見向きもしない。
蛇龍乃に許可を貰って、こうして行動を共にしているが。
……言葉も、視線さえも。
……与えられることはなく。
優しい言葉を掛けてもらいたかったわけではない。
自分がこうすることを選んだのだ。
皆に罪は無い、罪があるのは自分だけ。
こうすることで、この世界に降り立った自分と。
向き合って、受け入れて。
これまでの行動の果てに。
望むもの、その意味を。
……でも、それも、もう。
皆が遠すぎて、見失ってしまいそう。
鈴「…っ、はぁっ、はぁっ……あっ…!」
疲れからか足が縺れ、転びそうになった。
その時。
……ガシッ、と。
不意に、強引に腕を引かれ。
鈴「……え?」
空蜘「このノロマ。ホントにどんくさいんだから」
鈴「う、うっちー…」
空蜘「あの人を殺したって聞いて、どんだけ成長したのかと思ったら……なーんも変わってないじゃん。弱い鈴は弱いままだね」
……名前を呼ばれて、嬉しかった。
空蜘は、鈴をその腕のなかに抱え、走る。
ふと、懐かしい気持ちになる鈴。
そういえば、ずっと前にもこんなことあったなぁ、と。
鈴「…あ、ありがと……でも、うっちーだって怪我してるんでしょ…? 相当酷い傷だって…」
空蜘「ばーか。鈴なんかに心配されるほど落ちぶれてないよ。今ここで捨てられるのとどっちがいい? 私は別に捨ててもいいんだけどー」
鈴「こ、このままでお願いします…」
空蜘「…うん」
そんな二人の先を走るのは。
ヱ密たち四人。
ヱ密「…………空蜘」
紅寸「へぇ、なんか意外」
牌流「そう? こういうことするのは空蜘しかいないと思ってたけど。……でも、これで」
紅寸「……なんか、複雑」
ヱ密「……そう、だね」
立飛「……っ、…………余計なことを」
牌流「背中しか見えないけど立飛、めちゃくちゃ機嫌悪そう…」
紅寸「立飛だもん。それに、私たちだって…」
ヱ密「空蜘が悪いわけじゃないし……きっと空蜘だってわかってる。次は私たちの番」
ヱ密「……大人にならなきゃね」
……そして、ヱ密は。
少し前を行く立飛の隣に並び。
ヱ密「大人にならなきゃね?」
立飛「…さっきの聞こえてるからっ、わざわざ言い直さなくていいよ! ……それに私は、別になんとも」
ヱ密「それならいいけど。立飛はここにいる誰よりも人間らしくて優しいからね……そこがちょっと心配」
立飛「……」
ヱ密「一人で抱え込まずに、私でも他の皆でもいいから言って。皆、立飛の味方だから」
立飛「……わかってるよ、ヱ密はお節介なんだから……私だってもうそんな子供じゃないし」
ヱ密「そっか。じゃあ……そんな顔、ここで見せるべきじゃないってことくらい、わかるよね?」
立飛「……っ、…………先に行ってる」
ヱ密「蛇龍乃さん寝ちゃって鹿ちゃんが退屈してるだろうから、話し相手になってあげて」
鈴「……うっちーは優しいね」
空蜘「……ん」
鈴「いつもキツいこと言ってきたり、意地悪ばっかしてくるけど。なんだかんだあたしのこと助けてくれてるしね」
空蜘「……捨てるよ?」
鈴「ありがと」
空蜘「……やっぱ調子狂うなぁ……鈴といると」
空蜘「正直言うとね。私、鈴のこと嫌いだった」
鈴「え……あー、第一印象はあれだったけど、一緒にいるうちに好きになっちゃってたー、っていうよくある美談?」
空蜘「調子乗んなっ!」
ペシッ
鈴「いだっ…!」
空蜘「……まぁ正確にいえば、別に最初のうちも嫌いだったわけじゃないよ。……人の話をまったく聞かないのにはイラッとしたけど」
鈴「えー、そんなことあったっけー? ちゃんと聞いてたよー」
空蜘「…あ、またイラッとしたかも。崖から放り投げられるのと、沼に沈められるのどっちがいいか選ばせてあげる」
鈴「わーっ、ごめんごめんっ! その節はどうもすみませんでしたぁっ!」
空蜘「……嫌いだったんじゃなくて、嫌いになりたかったんだよ」
鈴「へ…?」
空蜘「能天気で、楽観的で、バカでアホで……忍びだった私が今まで見たことなかったそんな純な瞳を向けられたら」
空蜘「こう、胸の真ん中が温かく…」
鈴「……」
空蜘「……生ぬるくなって」
鈴「なんで言い直したの…」
空蜘「これまで自分が歩んできた生き方を振り返ってみた時……汚なく、とても酷く思えた。忍びとしての覚悟が揺らいじゃうのが怖くて、鈴のこと嫌いになりたかったけど」
鈴「……ごめん」
空蜘「……もし鈴がいなかったら、あの人たちとこうして馴れ合うこともなく、今頃一人で気楽だったんだろうねぇ」
空蜘「勝手に行動した挙げ句、敵に捕まっちゃうマヌケなんて破門確実。今更帰れないしー」
鈴「……ああ、うっちーは元々別の里の忍びなんだっけ……忘れてた」
空蜘「そうなんだよねぇ、なんかもうすっかりここの一員みたいに数えられてるし」
空蜘「……まぁ、なんだかんだあったけど」
空蜘「楽しいよ。鈴と一緒にいるのも楽しかった。こうして笑ってられるのも、鈴のおかげかな」
鈴「……」
空蜘「…なに、そのいつもより磨きがかかったアホ面」
鈴「うっちーが綺麗なうっちーになってる……別人かと思った。あ、別人だったり? もしかして、ぱいちゃん?」
空蜘「……私を煽ってくるなんて、ホント命知らずだよねー鈴は。言ったよね? 捨てるって」
鈴「ごめんごめん、つい」
空蜘「もう遅い。ていっ!」
鈴「えっ、ちょっ…」
冗談でも、脅しでもなく。
その言葉通りに、空蜘は。
……鈴を放り投げた。
鈴「ぎゃ、ぎゃぁぁぁーーーーっ!!!!」
結構な勢いで、宙に投げ出された鈴。
容赦無しかよっ、と。
嘆く余裕も無く、目の前の世界が回る。
とりあえず、受け身をとる体勢を整えて。
いや、もし本当に崖や沼だったらどうしようも。
……なんて考えていると。
ヱ密「…っと」
鈴「……ひゃぅっ! ……へ?」
空蜘「ナイスキャッチ、ヱ密」
腕の中に、すっぽりと。
放り投げられた丁度先にいたヱ密に、無事受け止められた。
ヱ密「まーた鈴ちゃんをいじめて。乱暴なんだから、空蜘は」
空蜘「あははっ、だってうるさいんだもん。というわけで、あとは任せた。気に入らなかったら捨てていいよ、それ」
鈴「えみつんはうっちーと違ってそんなことしないよーだっ!」
ヱ密「……さぁ、どうだろうねぇ?」
鈴「え……」
空蜘「あー、立飛は?」
ヱ密「先に行ったよ。多分、鹿ちゃんと一緒」
空蜘「そっか」
ヱ密「あーあ、怒られるよー?」
空蜘「ふふっ、知ってる。里で寛いでる時にギャーギャー言われたくないから、今のうちにね」
ヱ密「ん、喧嘩しないようにね」
空蜘「それはわかんないなー。じゃあ、ちょっと行ってくる」
そう言って空蜘は、ヱ密たちから離れ。
速度を上げ、前方へとその姿を消した。
空蜘「……私としたことが、ちょっと喋りすぎちゃったかな…」
鈴「んー……やっぱり、えみつんの傍にいると安心しちゃうなぁ」
ヱ密「鈴ちゃんさぁ、私のこと信用しすぎじゃない? 最初に会った時から思ってたけど…」
ヱ密「鈴ちゃんの世界の私ってそんなに良い人だったの?」
鈴「それはもう、今あたしの目の前にいるえみつんと同じくらいにね」
ヱ密「てことは、極悪人じゃん」
鈴「あはは、そうだけどそうじゃないよ。照れてるの?」
ヱ密「どうかなぁー」
鈴「……それにね。えみつんも、忍びのみんなも。探偵のみんなも」
鈴「仲間だったから。向こうの世界でも……こっちの世界でも」
ヱ密「……仲間、か」
鈴「仲間だよ。ほら、今もこうして一緒にいる」
ヱ密「……」
腕のなかにいる、鈴の瞳を覗くと。
ギュッと、まるで心臓を鷲掴みにされたみたいで。
ヱ密は、思う。
……ああ、この子はなんて強い子なのか。
……初めて会った時とは、大違い。
……本当に、強くなった。
ヱ密「そうだね、うん。大切な、仲間」
鈴「えみつん、あたしね……自分が望むもの、今なら言えるよ」
真に望むもの、手に入れたいものは。
犠牲を無くしては、決して得られない。
ヱ密「…………」
前言撤回。
強くなったと思ったが、まだまだ甘い。
自分が傍にいることによる安心感で、気が緩んだか。
腕のなかの少女からは、弱さが顔を覗かせる。
まぁそれも、悪い気はしない。
……しかし。
ちゃんと、付き合ってあげなきゃね──。
ヱ密「言ったら消えるよ? 鈴ちゃんもわかってるでしょ……ここまで来たんだから、自分から手放さないで」
ヱ密「今のは聞かなかったことにしてあげる」
鈴「…………」
鈴「……うん、ありがと……えみつん……っ、ダメダメだなぁ、あたし……嬉しくて、幸せで……っ」
鈴「なんかもう、ほんとに……あたしっ……」
ヱ密「……一分あげるから、泣き止んで。一分経ってまだぐずぐずしてたら捨てるよ?」
鈴「もう……うっちーの、真似……? 全然似てないし、似合ってないよ……? えみつんの、ばか……っ」
……そう言って、鈴は。
ヱ密の胸に、頭を擦り当て。
声を押し殺し、泣いた。
ヱ密「…偉い偉い」
ぽんぽん、と。
鈴の頭に手をやるヱ密。
紅寸「どしたの? 鈴ちゃん」
牌流「さっきから二人でなにイチャイチャしちゃってんのー」
ヱ密「なんかねー、鈴ちゃんって私のことが大好きで仕方ないみたいでさー」
鈴「…ん、そうなの。えみつん大好き」
ヱ密「い、いや、そこは否定してくれないと……こっちが恥ずかしいじゃんっ!」
紅寸「あはは、鈴ちゃんは天然さんだから」
牌流「ヱ密も意外と天然だよね」
紅寸「あ、言われてみればそうかも!」
ヱ密「えぇ……アホ代表の二人に言われるとへこむ…」
鈴「あはははっ」
紅寸「いやいや、笑ってるけどさー、今じゃアホ代表は鈴ちゃんだからね?」
牌流「そうだそうだー! ていうか紅寸はともかくとして、私は全然アホじゃないもん」
鈴「えー? そうかなぁー? だってさぁ、あたしが里に来た最初の頃。サイコーさんの村に三人で向かってる時に」
牌流「あー! 鈴ちゃん待って待って!」
紅寸「それは言っちゃダメー!」
ヱ密「え、なになに? 教えて、鈴ちゃん」
鈴「あのね、実は──」
ヱ密「い、猪捕獲用の罠に引っ掛かった……? 忍びなのに?」
牌流「それ鈴ちゃんが真っ先に引っ掛かってたやつじゃん!」
紅寸「言わない約束だったのに、この裏切り者ー!」
鈴「だってあの時は、あたしまだ忍びじゃなかったしー」
ヱ密「……紅寸、牌ちゃん。周りに敵がいなかったから良いとして、そんな初歩的な罠に」
紅寸「い、いやぁ、あと時は気が緩んでて…」
牌流「鈴ちゃんが余計なこと言うから、ヱ密と真面目スイッチが発動しちゃったじゃんーっ!」
鈴「人のことをアホ扱いするからだよーだ」
ヱ密「はぁ……まったく。あ、そうだ、鈴ちゃん」
鈴「ん?」
ヱ密「今のとは比べ物にならないくらいの二人のアホエピソードがあるんだけど、聞く?」
紅寸「ちょっ、ヱ密っ…」
鈴「聞きたい聞きたい! 教えて!」
牌流「だ、だめだめーっ! 先輩としての威厳が」
ヱ密「え? 何言ってんの? 威厳なんて最初から無いじゃん。あのね、鈴ちゃん」
鈴「うんうん」
紅寸「わー! わー!」
牌流「やめてやめてっ、恥ずかしいからっ!」
紅寸と牌流の秘密を聞いて。
お返しにと、二人からヱ密の恥ずかしい話も聞いて。
他の皆の話も。
馬鹿話や、他愛も無い話。
もう、何もかもが。
……楽しかった。
……嬉しかった。
……涙が出るくらい。
……幸せだった。
……見たことのない景色が続く。
太陽の光で水面がキラキラと輝く、湖があった。
多くの人が参列していた、教会があった。
西洋からそのまま運び込まれたような、大きな宮殿があった。
他にも、色々と私の見たことない、知らない光景が広がる。
それと同時に、自分がこれまで見てきた関わってきたこの世界の顔が思い起こされる。
朝も、昼も、夜も。
楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも、苦しいことも、痛いことも。
そのすべてを映した世界の美しさに。
目を焼かれた──。
気付けばこんなにも遠い所に来ていたんだなぁ、と。
改めて感じる。
里で気を失ったまま連れてこられたこの目に見える距離は勿論。
世界と世界──。
獄海に浸かった最底にあると謂われたこの世界でも。
こんなにも美しいと感じられたのは。
きっと。
違う世界を見てきた私だけの特権。
────…………。
里に着くまでの数日間。
忍びの足でも、それは長い距離で。
とはいうものの、ほぼ誰かしらに抱えられての移動であった身の鈴。
しかし、鈴にとってあっという間だった。
……いつぞやの様に、手刀で強制的に寝させられていたというわけではなく。
皆と共に過ごすこの時間。
なんて幸せなのだろう、と。
ヱ密も、紅寸も、牌流も。
隣で笑ってくれていた。
空蜘や、鹿だって。
ちょっかいをかけてからかってきたり、意地悪をしてきたり。
……そう、まるで。
……里で過ごしたあの頃と同じ様に。
ただ、立飛と蛇龍乃だけは。
立飛「…………」
蛇龍乃「……立飛はいいの?」
立飛「……何が?」
蛇龍乃「……褒めてあげないよ?」
立飛「そもそも褒められるようなことしてないし…」
蛇龍乃「……そうだな」
蛇龍乃「買い被り過ぎだったか。お前は全然優秀じゃない……最近は私の命令に背いてばかりだったし、忍びとしては落第だよ」
蛇龍乃「……でも、立飛はとびきり良い子だね」
蛇龍乃「だから、せめて私だけは褒めてあげよう」
立飛「…………」
二人は、常に鈴と距離を取るように。
道中、一言足りとも言葉を交わすことはなかった。
────…………。
夕刻。
妙州の里。
忍びたちが住まう屋敷。
鈴「…………っ」
陽が沈みかけた茜空に重なり。
鈴の目の前に、懐かしい景色が映り込む。
見慣れた山道に入ってからは、自分の足でその地を踏み締め、この場所まで戻ってきた。
屋敷の前には、鈴を出迎えるようにいくつもの人影。
ヱ密「おかえり、鈴ちゃん」
……ヱ密。
紅寸「おかえり。遅いよ、鈴ちゃん」
牌流「おかえりー。疲れたでしょ?」
鹿「鈴、おかえり」
……紅寸、牌流、鹿。
空蜘「……おかえり」
屋敷の屋根の上には、空蜘の姿。
……そして。
蛇龍乃「……鈴」
鈴「じゃりゅにょさん」
皆の奥。
屋敷の入り口辺りに立つ、蛇龍乃。
蛇龍乃「おかえり」
鈴「ただいま、じゃりゅにょさん」
鈴「ただいま、みんな──」
この世界に来てから過ごしてきた、最初の場所。
たくさんの思い出が詰まった、暖かい場所。
鈴にとって、最も大切な場所。
鈴「…………」
空蜘「なにボケーっとしてんの? さっさと入れば?」
鈴「…あ、うん……なんていうか、そのままだなぁって思って」
鹿「ん? そのまま?」
鈴「あー、もっと酷い有り様になってるのかと」
鈴が最後に見たこの場所は。
あの襲撃時のものであったせいで。
自分がここを離れてから戦場となり、屋敷にもその被害が及んだのではないか、と。
冷静に考えてみれば。
あの子のことをよく知った今だから思えることではあるが。
彼女は、そんな意味の無い破壊を好んだりはしないのだろう。
鹿「ほーら、さっさと中入ろう?」
鈴「……」
鹿「…ねぇー、聞いてるー?」
鈴「聞いてる、けど……なんか不思議だなぁ。ほら、鹿ちゃんってあたしが最初にここ来た時、めちゃくちゃ嫌そうな顔してたじゃん」
鹿「あー、そうだったねぇ。だってすんごい怪しかったんだもん、鈴」
鈴「あはは、まぁそりゃそうだよねぇ」
牌流「もう、そんな所でいつまでも立ち話してないで入って入って。もうすぐ御飯できるから」
紅寸「やった! 御飯! 献立はなにー?」
牌流「餃子」
紅寸、鹿、空蜘「「「えっ……」」」
牌流「うそうそ。ちゃんとしたやつだから、安心してて」
鈴「あたしも手伝うよ」
牌流「平気平気。鈴ちゃんは帰ってきたばかりなんだからゆっくりしてて」
蛇龍乃「そうそう、せっかく里に戻ってきて久しぶりの飯なのに、鈴の味気無い料理食わされてもねぇ…」
鈴「ひどっ…!」
……そして、屋敷内。
鈴「あー、この古臭い匂い久しぶりだー」
蛇龍乃「古臭くて悪かったな…。趣があると言え」
蛇龍乃「んじゃ、私は部屋でゴロゴロしてるから御飯出来たら持ってき……呼びに来て。鹿」
鹿「はいはい」
ヱ密「鈴ちゃんも部屋で着替えてきたら? そのままにしてあるから」
鈴「あ、うん」
ヱ密「……さて、と。鹿ちゃん、立飛は?」
鹿「戻ってから部屋に閉じ籠ってる」
ヱ密「……そっか。じゃあちょっと私」
空蜘「いいよ、ヱ密。私が行く」
ヱ密「え? いや、でも…」
ヱ密「……うん、わかった。よろしくね」
立飛の部屋の前に立つ、空蜘。
……スッと、戸を引くと。
空蜘「……」
立飛「……」
布団に潜っていた立飛は、ひょこんと顔を出し。
言う。
立飛「……他人の部屋入るのにノックくらいするでしょ、普通」
空蜘「気配消さずに来てあげたんだからそれで充分じゃない?」
立飛「そういう問題じゃなくて……もういいや」
立飛「で、なんか用…?」
空蜘「あはは、わかってるくせに」
立飛「……私のこと心配してるの? それとも、あの馬鹿のこと? ……どっちにしたってそんな空蜘は、嫌い」
空蜘「ガキ」
立飛「…うるさいっ。ほっといて」
空蜘「……ほんと甘ったれてるなぁ、このクソガキは」
空蜘「調子の良い時は、私や鈴にナメた口叩いてんのに。ちょっと自分の思い通りにいかなくなるとこれだよ」
空蜘「一番年下だからって甘えてんなよ」
立飛「…っ、私はそんなんじゃないっ!!」
空蜘「そんなんだよ。まぁ、立飛はこの中じゃ強い方だし、なんか意地みたいなもの持ってるし。周りを頼ったりしない、自分は大丈夫だ、って」
空蜘「でもさぁ、お前はいつだって皆に味方になってもらおうとしてんじゃん。一人じゃ決められない、周りを自分に同調させないと不安で不安で仕方がない」
空蜘「わかってんでしょ? 今だってそうやってさぁ、可哀想な自分を見て見て、って。私に優しくしてー、味方してー」
立飛「…………っ」
空蜘「残念だったね。ここに来たのがヱ密や鹿ちゃんじゃなくて、私で」
空蜘「……まぁ尤も、私以外の誰が来てても今回ばかりは立飛に味方してなかったと思うけど」
空蜘「別に立飛はぶっ壊れた人間じゃないし、まともな思考を持ってる。だから、自分でも気付いてる筈だけど?」
空蜘「皆の気持ちも理解してる……誰よりも。でも、自分の気持ちも確かにそこにある。それが間違ってるわけじゃないし、皆も間違ってるわけじゃない」
空蜘「本当に納得がいかないなら、自分一人でどうにかすればいい……喩えここにいる全員を敵に回しても。自分が正しいと心の底から思っていれば、やれない立飛じゃないでしょ? だったら、抗ってみせろよ」
立飛「…………」
空蜘「……それが出来ないのは。誰も間違ってないにしても、自分の方が正しくないって心では理解してるからでしょ」
空蜘「気持ちを押し殺すのが正解じゃない、無理に周りと同調するのが正解じゃない」
空蜘「……けど、自分自身に嘘をついたままにしておくのは間違い。あとで絶対後悔することになる。そんなの大嫌いだから、私は今まで自分のやりたいように生きてきた」
空蜘「どうしようもないことかもしれないけど……見苦しくても滑稽でも、自分の気持ちを吐き出して、盛大に間違ってみせてやったら……その時は、誰かが優しくしてくれるんじゃない?」
立飛「…………皆は、これに納得してるんだよね……」
空蜘「さぁ? そんなの私が知るわけないじゃん。忍びなんだから表面上なんか偽ろうとすればいくらでも偽れるだろうしね」
空蜘「言ったでしょ? 私も、立飛も、皆も。誰も間違ってはない。ただ…」
空蜘「皆と比べて、立飛がほんの少し幼かったってだけ」
立飛「…………うん」
立飛「……なんだ、優しいじゃん……なんなの……ホントなんなの……」
立飛「……ずるい、ウザい、嫌い、気持ち悪い」
空蜘「あははっ、……ぶっ殺すよ?」
立飛「……でも、ありがと。ちょっとだけ、楽になったかも」
空蜘「ガキならガキらしく、構ってもらいたかったらびーびー泣いてればいいんだよ」
空蜘「もうすぐ御飯みたいだけど、一人で来れる? 連れていってほしい?」
立飛「ウザい」
空蜘「じゃあまた後で」
立飛「…うん」
部屋を後にする空蜘。
……そこに。
ヱ密「良いとこあるじゃん。見直した」
空蜘「盗み聞きとか……ヱ密が気配消すのはガチだから卑怯」
ヱ密「いやぁ、気になるじゃん? ま、それほど心配はしてなかったけどね」
空蜘「……どこから聞いてたの」
ヱ密「途中から少しだけだよ? 甘ったれてるなぁ、のとこくらい」
空蜘「それほとんど全部じゃんっ! ぶっ殺すよ!?」
ヱ密「まぁまぁ、お約束ってことで」
空蜘「チッ……てかヱ密だったら、なんて言ってた…?」
ヱ密「んー……なんだかんだで甘やかしちゃってたかも。いやぁ、空蜘大先生にはとても敵いませんよー」
空蜘「ウザい」
──……。
……そして。
この屋敷で暮らす八人全員が集っての。
夕食の場。
そこでも、いつもと変わらず。
賑やかで。
楽しくて。
笑いの絶えない、そんな時間。
……まるで、何も無かったかのように。
襲撃なんか無かった。
探偵との殺し合いなんか無かった。
幸せな日々が奪われたことなんか無かった。
……だから、誰一人として。
そんなことを口にする者はいなかった。
それは不自然なくらいに、自然な。
あの頃の続きのようで──。
止まってしまった、見失ってしまっていた。
千切れてしまった糸を。
運命を辿ってきた糸を。
再び。
繋ぎ、結び直す。
それが、鈴が望んでいたこと。
正確にいえば、その結び目こそが。
今生きる鈴がせいいっぱい望んだ、望み──。
……だから。
空白期間のことを皆が口にしなかったのと同様に。
未来についても。
誰も、言葉にはしなかった。
──……。
夕食が終わり、代わる代わる風呂へと。
当然、最も立場の下な鈴は一番最後で。
夜空には満月が浮かび。
優しい光を照らす。
静かな、夜。
鈴「ふぅ……よし、綺麗になった」
掃除を済ませ、出ると。
待ち構えていたように。
そこには。
蛇龍乃「ご苦労さん、鈴」
鈴「じゃりゅにょさん。こんばんわ」
蛇龍乃「こんばんわ」
鈴「……」
蛇龍乃「……」
鈴「あの…」
蛇龍乃「真面目だねぇ、鈴は。こんなにピカピカにしてくれて」
蛇龍乃「馬鹿正直で、ズルが出来なくて、一生懸命で。だから皆、お前のことが大好きなんだろうね」
蛇龍乃「……ついてきて、鈴」
鈴「うん」
そう言って、蛇龍乃と鈴が向かった先。
……そこは。
『こうしようか。三日間はここに置いてあげる。その間にみんなを納得させること』
『そして三日後、一人でも反対する者がいたらそこの、えーと……鈴ちゃん?は処刑ってことでよろしく』
『これが……空丸、紅寸、鹿、空蜘、ヱ密、立飛、牌流、そして私の答えだ』
『鈴、ようこそ──妙州の里へ』
大広間──。
鈴が里に来てから三日後の、あの時とまったく同じように。
その場には。
ヱ密。
紅寸。
牌流。
鹿。
立飛。
空蜘。
……六人の忍びの姿があった。
そして、鈴を六人の前に立たせ。
蛇龍乃は静かに口を開く。
蛇龍乃「……さて、楽しかった時間はおしまいだ。鈴」
蛇龍乃「私はお前を、殺さなくてはいけない」
……非情にも。
それは確定された死刑宣告であった。
前回とはまったく状況が異なり、決して覆らないもの。
殺される為に、鈴はこの場所に立っている。
殺される為に、里に戻ってきた。
殺される為に、皆を救った。
……よって、こうなることを鈴は知っていた。
だから。
曇りの無いスッキリとした表情で。
鈴「はい」
と、答えてみせた。
……皆も知っていた。
鈴の選んだ道。
望み。
自らのこの命を犠牲にして、鈴は忍びの皆と共にいられる僅かな時間を望んだ。
心の底から望んだ鈴に、皆も心の底から付き合ってみせた。
このような結末が待っていることを知りつつも。
それが期限付きの笑顔だったとしても。
その時間を偽りでなく、本物にするために。
鈴を大好きと想うそれぞれの気持ちそのままに。
応えてみせた──。
鈴「みんな、ありがとう。本当に楽しかった。とっても嬉しかった。幸せな時間を、どうもありがとう」
……もうすぐ死ぬとわかっていて。
……いや、死ぬとわかっているからこそ。
ここまで満たされた笑顔でいられた。
向かい合う皆も、各々思うところはあるだろうが。
その瞳を真っ直ぐ、鈴へと向け。
想いに応える。
……ただ一人を除いて。
俯いたまま、唇を噛み締め。
涙声が入り雑じった、震えた声を。
……溢す。
立飛「……っ、……なん、で……」
立飛「なんでっ……戻ってきたのっ……殺されるの知ってて……あんたは、どんだけ馬鹿なのっ…!?」
紅寸「立飛っ、駄目」
空蜘「いいから」
紅寸「え?」
空蜘「……言いたいことは言わせとけばいいよ」
鈴「りっぴー…」
立飛「ぅっ……っ……ふざけ、んな……っ!! 蛇龍乃さんは、あの時、鈴のこと見逃そうとしてくれてたじゃんっ…!!」
立飛「…それなのにっ、のこのこついてきたりしてっ……なんなの、ホントに……馬鹿っ、自分の命を、なんだと思ってんのっ……!!」
仲間となってから、常に厳しく接してきたのも。
誰よりも大切に想うという優しさたる所以。
立飛にとって、仲間というものは。
狂ったように、特別な存在にあった。
忍びとして、仲間として、許されないことをした鈴。
仲間だからといって。
いや、仲間だからこそ。
その罪を決して帳消しには出来ない。
そんな忍びの世界に自分が生きていることも理解している。
だからこそ──。
『私は、鈴を殺したいと思ったんだけど』
……あの言葉。
多分あれは、自分に言い聞かせるように。
空蜘が言っていた、周りに同調してもらわないと不安で仕方無いという。
それは。
弱い自分を後押ししてもらいたい。
そんな意が込められていて。
二律背反にも似た、幼さ。
他の皆がそれを完全に受け入れ、己の中で納得しているのかといったら、まったくそうではないだろう。
鈴「……ありがとね、りっぴー」
立飛「…っ、そんな言葉、いらない……っ」
鈴「りっぴーがそう想ってくれて、あたしはすごく幸せ」
鈴「だから、これでよかったんだよ。大好きなみんなと最後にこうして最高の時間を過ごせた。本当にありがとう」
鈴「りっぴー、えみつん、くっすん、ぱいちゃん、しかちゃん、うっちー、じゃりゅにょさん……今までお世話になりました」
鈴「これでお別れだけど、あたしのこと忘れないで、覚えててくれて……たまにでいいから、思い出してくれると嬉しいな」
立飛「……そんなこと、言わないでよ……っ、ねぇ、鈴、嫌だよ……私……っ、そんな勝手な……じゃあ、残された私たちは、私たちの気持ちは、どうなるのっ……」
鈴「ごめんね……本当に、ごめん」
立飛「…っ、そんな、ごめんねも、ありがとうも、聞きたくないっ……私だって……皆だって、鈴と一緒にいたい……これから先も、ずっと、ずっとずっとっ……!!」
立飛「お願い、します……っ」
両手両膝を付き。
額を床に擦り付け。
懇願する──。
立飛「…っ、蛇龍乃さん……っ、鈴を、許してあげてください……殺さないで……私、なんだってするからっ……だから」
鹿「……っ、やめろっ!!」
……鹿は、強引に立飛の頭と床を引き剥がす。
立飛「ぅう……っ、ぅ……ぁ……っ」
鹿「……そんなことしたって、何も変わらない。変えちゃいけない」
空蜘「……うん」
……そう、皆わかっている。
……立飛だって、わかっている。
何をしたって、蛇龍乃は取り下げたりはしないと。
牌流「……蛇龍乃さんだって、辛い筈だよ。でも、頭領として……忍びの世界に生きる私たちだから」
紅寸「立飛と同じように私たちだって、鈴ちゃんのこと大好きだよ。だから一緒にいたい……けど、だからといって混合しちゃ駄目なのはわかるでしょ……?」
立飛「…ぅ……っ、ぁ……っ……」
ヱ密「残酷なようだけど、それで蛇龍乃さんに頼むのも恨むのも筋違い。さっき立飛も言ったように、蛇龍乃さんは一度鈴ちゃんのことを見逃そうとしてくれてた」
ヱ密「それがギリギリの譲歩。そのことを鈴ちゃんだってよく理解していた……理解したうえでこの道を選んだ。命を捧げてまで私たちのことを大好きって、一緒にいたいって想ってくれた」
ヱ密「殺されるのがわかってて、もう二度と一緒にいられないってわかってて、どんな気持ちであの笑顔を向けてくれたと思う?」
ヱ密「文句を言うのはいい、自分の気持ちを吐き出すのもいい……でも、ここで情けを促すような言動は間違ってるよ、立飛」
ヱ密「それは、鈴ちゃんの覚悟も、望みも、想いも、すべて無駄にすることになる」
蛇龍乃「…………」
立飛「…っ、でもっ……わたし、わたしは……っ」
ヱ密「…辛いのはわかるよ。それでも」
……と、ヱ密が言いかけたそこに。
蛇龍乃「私は全然辛くないよ。頭領だからね、その仕事を遂行するのみ」
蛇龍乃「そうだね……うん。だからどんなに頼まれようと、鈴が今更になって許してほしいと喚こうと、聞き入れるつもりはない」
立飛「……っ」
ヱ密「蛇龍乃さん……」
蛇龍乃「それでも私のやり方に納得できないなら、私を力で平伏してみろよ……立飛。なんでもするんだろ? なら、殺しにきたら?」
蛇龍乃「立飛だけじゃない、お前らも。いいよ? その力で鈴を守ってみせてやれば?」
立飛「……あんたが相手でも、殺すつもりでいくよ……っ」
蛇龍乃「ふふ……かかってこい」
ヱ密「…………」
……ある違和感。
今まで、蛇龍乃は無茶苦茶なことを言ってきたが。
今回のはそれとはまったく違っているような。
ヱ密だけではなく、皆も同様に感じていた。
……ああ、そうか。
その答えはすぐにわかった。
だったら、ここでどうすべきなのか。
空蜘「……ヱ密」
ヱ密「…うん」
鹿「手貸してあげるよ、立飛」
紅寸「…だね」
牌流「うん、私たちも」
蛇龍乃と向き合い、構える五人。
そして、立飛は。
既に、術を発動させていた。
……徐々に、その瞳が緋色に染まっていく。
……が。
染まりきる前に、その色は失われた。
封術──。
立飛だけではない。
同時に、ヱ密たち五人も各々の術を封じられ。
更に、六人を囲うように黒壁が展開され。
……瞬く間に、行動を奪われてしまう。
立飛「…っ、ぁ……うぁ……りん……鈴っ、やだ、嫌だぁぁぁぁっ──!!!!」
内側から黒晶を壊そうとするも。
無情にも、傷一つ付くことはなく。
蛇龍乃「……無力だねぇ。お前たちが束になっても、私には敵わないどころか指一本すら触れられない」
蛇龍乃「何をどうやったって、お前たちは鈴を守れないんだよ」
……そう、守れない。
“守ろうとした”が、“守れなかった”。
その事実だけを目の前に与え。
言い放った。
鈴「……じゃりゅにょさんは優しいね。自分一人が悪者になって」
蛇龍乃「…何を言ってるのかさっぱり。私が悪者なのは今も昔も、これからも変わらない。言ったろ? 頭領としてやるべきことをするって」
蛇龍乃「アイツらが邪魔だったから、大人しくしてもらった。それだけ」
鈴「……うん」
蛇龍乃「まぁ、あんな状態でも声くらいは聞こえるだろ。最後に何かアイツらに言っておきたいことある?」
鈴「うん」
鈴「……くっすん、しかちゃん、じゃりゅにょさん、りっぴー、ぱいちゃん、うっちー、えみつん」
鈴「ここにいるみんなが、私のよく知ってるみんなのままでよかった。……この世界でも、あたしは最高の仲間に出会えた」
鈴「あたしは、幸せでした」
鈴「ありがとう──ばいばい」
蛇龍乃「……さて、行くか」
鈴「……へ? どこに?」
蛇龍乃「なんでこの場所をお前の血で汚さなきゃならないんだ……鈴が掃除してくれるなら別にいいけど」
鈴「あはは、それはちょっと無理かなぁ」
蛇龍乃「でしょ? ほら、さっさとついてこい」
──……。
……ガラララ、と。
重そうな扉が引かれ。
蛇龍乃「……ここならいくら汚しても問題無いしね」
鈴「あー…」
最初に里に来て以来、入ることのなかった場所。
存在すらも忘れかけていた。
そう、ここは空蜘が捕らえられていた簡易牢獄のような蔵。
鈴「ここってそういう場所だったの?」
蛇龍乃「……さぁ?」
鈴「さぁって……」
蛇龍乃「……鈴、最後に一つだけ訊かせて」
鈴「え? あ、うん」
蛇龍乃「どうしてあの時、私まで甦生させたの? 私がいなくなった理由を適当にでっち上げれば、お前を殺そうとする者なんかいなかっただろうに」
蛇龍乃「……まぁ、それが出来ないのが鈴なんだけど」
蛇龍乃「私さえいなければ、お前が望むアイツらとの生活ももっと長い時間得られたのに、馬鹿だねー」
鈴「へ? そんなことないよ? だってそれだとじゃりゅにょさんいないじゃん」
蛇龍乃「……」
鈴「あれ? あたしなんか変なこと言った?」
蛇龍乃「……お前、私のこと恨んでないの? これから殺されようとしてんだよ?」
鈴「当たり前じゃん。じゃりゅにょさんのこと大好きだし。忍びとしても尊敬してるし。あ、もうあたし忍びじゃないんだっけ」
蛇龍乃「鈴ってやっぱ変なヤツだねぇ」
蛇龍乃「右も左も分からずいきなりこの世界に落とされて、ここに連れてこられて。三日後には殺すーなんて言われてさぁ……」
大変な思いをさせられて。
強制的に忍びにさせられて。
あんなに拒んでいた人殺しまで強要させられて。
辛い鍛練を押し付けられて。
探偵とのいざこざに巻き込まれて。
蛇龍乃「駄目な頭領だよ、ホントに……私がもっとしっかりしてればお前も皆もあんな目に遇わせなくて済んだかもしれないのに」
蛇龍乃「今だって、もうちょっと上手いやり方があっただろうに……こんな結末しか考え付かなくてさ」
蛇龍乃「あーあ……駄目駄目だぁ……」
鈴「ちょ、ちょっと、じゃりゅにょさん……」
蛇龍乃「いやぁ、最後まで駄目駄目だからさぁ……今からお前を殺さなきゃいけないってのに、刀の一本の用意も怠ってしまうくらい」
鈴「……え?」
蛇龍乃「ちょっと取ってくるから待っててくれる? ……あー、そういやアイツらもあのままにはしておけないし……戻ってくるの遅くなっちゃうかもしれないけど」
蛇龍乃「……逃げたりしたら駄目だからね」
鈴「じゃりゅにょ、さん……」
そう言って蛇龍乃は、鈴に背を向け。
蔵を後にした。
その際に、微かに聴こえた声は。
……ポツリと、独り言のように。
蛇龍乃「…………達者でな、鈴」
鈴「……本当に、嘘つきだ…………ありがとう」
施錠されていない扉。
その先には、何処までも広がる夜の闇。
もう皆と一緒にはいられない。
まだまだ知らないことだらけのこの世界に、一人投げ出され。
罪を背負ったまま、生きていけと。
それこそが、自分に与えられた罰。
幸せな時間を与えられて。
大好きな皆に囲まれて。
命が捨てられたら、と考えていた自分は。
全然、甘かったみたいで──。
────…………。
過ごしてきた時間以上に、思い出が詰まりすぎた妙州の里。
忍びの屋敷。
何もわからなかった当初。
歓迎されていないどころか、いきなり殺される寸前からのスタート。
『どんなに機嫌取ろうと絶対に殺してやるからねー! 絶対っ、ぜーったいっ!』
受け入れられるまで、大変で。
受け入れられてからは、更に大変で。
でもその分、楽しいことも嬉しいこともたくさんあって。
皆と過ごせる日々がなにより温かく、幸せに感じられて。
大好きだった──。
だから。
最後に、この場所に戻ってこられて。
本当によかった。
「──ありがとうございました」
屋敷の正面に立ち、深々と頭を下げ。
別れを告げ。
もう二度と戻ってくることのない、この場所を後にした──。
……少し歩いた先の、森。
『なんかねー、変な子なんだよねー』
『あー、うん、すごいね。あ、もしかして、スパイなんじゃないの?』
ここで、空と紅寸に出会った。
“鈴”という名も、その時与えられた。
二人に見付けてもらえなかったら、とっくに死んでいたかもしれない。
……が、今考えてみれば空は。
私がここにいることを初めから知っていたのかもしれない。
もし訊いていたら教えてくれたのかな。
まぁ、なんだっていいか。
水が流れる音が、段々と大きく聴こえてくる。
……よく鍛練をしていた、滝。
『鈴は何もしなくていいって言ったじゃん。最初だから絶対に当たらないように投げるし』
『何が起きても精神を乱さないようにする鍛練。段階を踏んでいくと、これを自分で避けなきゃいけなくなるのだ』
立飛と紅寸に付き合ってもらった過酷な鍛練を思い出す。
辛く、苦しい毎日だったけど。
そのおかげで、少しは体も心も成長できた気がする。
あと、鹿にも。
『かうんたー』
『ひゅぇ…? ぁ、ぐほぉぁああっ…!!』
『よっしゃ、勝ったー!』
……酷い目に遇った。
……山奥の洞窟。
ちょうど今くらいの時間帯だったか。
あの時も。
人質として空蜘に連れ去られて、それを追ってきた立飛と鹿。
初めて、殺し合いの場を目にした。
怖くて恐ろしくて、たまらなかった。
『はぁっ……はぁっ……だって、殺そうと、してたから……あたし……、あた、し……』
『ふっ、ざけん、なっ……なんのために、立飛がっ……げほっ、げほっ…! はぁ、はぁ……ぁ……──』
空蜘も、立飛も、鹿も。
今こうして笑っていられるんだから。
あの時の自分の選択は間違ってなかった、と救われた気持ちになる。
『──死んでほしくないのなら、泣く前にやることがあるんじゃない?』
そういえば、ヱ密に初めて会ったのも、この場所だったっけ。
……紅寸と牌流と共に進んだ山道を、今は一人で歩く。
いっぱい笑った。
馬鹿なことをして怒られた。
立飛を救うための秘薬を求めて訪れた小さな村を、遠くから眺める。
今度は迷わないように、と。
妙州を離れ、山を越える。
その道中の廃れた寺。
以前に、ヱ密と空蜘と共に寝泊まりした。
ヱ密は優しかったけど、厳しかった。
空蜘は厳しかったけど、優しかった。
二人から貰った言葉の重さを、今でも覚えている。
そして。
長い距離を進んで見えてきたのは。
一つの町。
……私が生まれて初めて、人を殺した町だ。
命を奪う感触、一瞬たりとも忘れたことはなかった。
思い出すと、震える。
……ごめんなさい。
でも、後悔はしていない。
私は、短い期間ではあったが、忍びであった自分を。
誇りに思う──。
『誰かのために強さを得るんじゃなくて、まずは自分を生かすために強くなる。そうやって手に入れた強さなら、きっと誰かを守れるから』
本当なら、何度も失っていた筈のこの命。
強くなったなんて自分からは、口が裂けても言えない。
消えかけた命に、輝きを再び灯すため。
誰か一人でも、守れるように。
……強くなれたらいいな。
更に、気が遠くなるほどの距離を進んでいった先。
町。
その奥には、大きく聳え立つ城。
町の大通りを歩く三人の姿があった。
……よかった。
……元気そうだ。
町の人と楽しそうに会話をしているそんな三人を。
遠くから眺めていた。
すると、不思議にも。
気付かれる近さではないのに、不意に視線が合い。
穏やかに、こちらに微笑んでくれた。
私も笑みを返し、その町を後にした。
行く宛ても無いまま、旅を続ける──。
たった一人で。
いつも誰かに守られていたこんな自分が。
寂しくない、不安は無いといったら大嘘になるが。
明日のことすら、わからない。
自分で選んだ道の果て。
運命に導かれ。
宿命に委ねられ。
辿るべき地図に、御丁寧に印など記されてはいない。
真っ白な状態。
……とある町を訪れた。
屋台などが立ち並び、活気に満ちた賑やかな町だった。
小腹でも空いたし、何か食べようかと通りを歩いていると。
……チャリン、と。
小銭の落ちる音。
拾うのに手間取っている落とし主の様子を見兼ねて。
代わりに拾い上げ、少女へと渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう……って、なんだあんたか」
「…え? あっ」
顔を上げると。
その少女の瞼は、閉じられたままで。
……そんな私と少女を見て、屋台の主人は少し驚いた表情で言う。
「あんたらなんとなく似てるねぇ……声までそっくりだ」
……少し可笑しくて、私は悪戯気に答える。
「この子、あたしの妹なんですよー。あ、すみません。あたしにもこの子と同じものください」
「まさかこんな所で会うなんてねぇ……で、何してんの?」
「それはこっちの台詞。てか、これってなに?」
「いや、あんたと同じのだけど」
「それは知ってる。何かわかんないから訊いてるの」
「……なんで何かわかんないもの買ったの?」
「良い匂いしてたから」
「ふーん……まぁあんたも絶対気に入ると思うよ。間違いない」
木陰に並んで腰を下ろし。
屋台で買ったものを口に入れる。
……と。
「……っ、お、美味しい……!」
「でしょー?」
「こんな美味しいものがこの世界にあったなんて……私はこれまでの人生、どんだけ損してきたの……」
「いや、大袈裟すぎでしょ…」
「……ていうか、もしかしてあれからずっと一人でふらふらしてたの?」
「そうだけど?」
「アホでしょ……よくもまぁそんな目でこんな遠い所まで来れたよね…」
「……別に、もう慣れたし」
「さっき落とした小銭も拾えてなかったのにー? あ……もしかしてだけど、ふらふら出ていったきり帰りたくても帰れなくなったってわけじゃないよね……?」
「…………」
「ばいやー……ふふっ、もう……可愛いとこあるじゃん。さすがあたしだねぇ。しょうがないなー、この頼りになるお姉ちゃんが城の近くまで連れていってあげるよ」
「た、頼りになる……? ていうか近くまで? それならあんたも一緒に来ればいいじゃん。あ、なんか用事あってここに来たの? 誰かと一緒?」
「……ううん、一人だよ。それにあたし、もう忍びじゃないし」
「だったら」
「戻れないよ……あたしは戻るわけにはいかない。これまでにいろんなものを捨てて、与えてもらって、笑って、泣いて、そんなのを繰り返してきて」
「その末に、こうしてここにいることが……あたしがこの世界で生きてきた証だから」
「……偉そうに。あんたも言えるようになってきたねぇ。じゃああたしもちょっとだけ、あんたの不器用な生き方に付き合ってあげるよ」
「いや、いいよ……あんたは帰る場所があるんだから。あたしに付き合う理由なんか」
「あっそ。ふーん……なら、さよなら。ばいばーい」
「え……一人で大丈夫? 近くまで送るって」
「結構。私はまだ戻るつもりないから。ここでお別れだね。あーもし、目が見えない私が崖から転落でもして死んじゃったらあんたが殺したことになるよねー」
「まぁ別に構わないかぁ、あんたは。じゃあねー、この薄情者」
「…………」
きっと、彼女は自分からは口にはしたくないだろうが。
あの眼では、もう探偵はとても務まらないと思う。
……元探偵と、元忍者。
……共に罪を犯した者同士。
隣にいて、微笑んでくれる存在がいるというのは。
やっぱり、私が欲するもので。
……うん、そうだね。
……じゃあまずは。
この子を守れる強さから始めてみようか──。
「あーもうっ、待って! 待ってってばー! 一緒に行こ?」
「…ふふっ、しょーがないなー」
「……あんた、実はあたしのこと大好きでしょ」
そして、いつの日か──。
彼女と共に。
美しい世界を見られるように──。
最終章『my Serment』
━━Fin━━
元スレ
みも「なんかμ'sのみんなが忍者になってた件……」(最終章)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1469549889/
みも「なんかμ'sのみんなが忍者になってた件……」(最終章)
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1469549889/
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コメント一覧 (13)
-
- 2016年08月05日 14:33
- 長編過ぎぃ
-
- 2016年08月05日 15:21
- 黒乳首つまんね
-
- 2016年08月05日 16:07
- いたずら黒うさぎの人も闇深いが、μ's解散後のライバーも闇深いなオイ
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- 2016年08月05日 16:24
- くろちく●びぃ
-
- 2016年08月05日 18:58
- 長い話を書いたのではなく、話を手短にまとめられないだけだな
-
- 2016年08月05日 21:29
- アィェエエ、ニンジャ!?ニンジャナンデ!?
-
- 2016年08月06日 01:01
- 実際ニンジャは存在しない、いいね?
-
- 2016年08月06日 04:22
- 長すぎてなにをしたいのかよく分からない。
メンバーも殺情緒不安定というか頭がおかしい。
そしてこのSSはμ’sじゃなくてもいい。元の人達と全くの別人。キャラが違うとかそういう次元じゃない。
そして単純に面白くなかった。
しかし、最後まで見てしまった。
-
- 2016年08月06日 19:00
- 朝起きて読み終わったの夕方だよどうしてくれる
お話はとても面白かったです
-
- 2016年08月07日 00:58
- 気持ち悪かったです
-
- 2016年08月07日 22:53
- 今まで読んできたSSの中で一二を争うぐらい面白かった(((o(*゚▽゚*)o)))
完結してしまったのがというか読み終わってしまったのがとても残念(´・ω・`)
-
- 2016年08月08日 09:28
- 長い
が面白いからよし
-
- 2016年08月09日 00:43
- 全員の特徴が少しずつあり、
ちゃんとこのメンバーの意味があって
(長かったけど)面白かった(*´∀`)