提督「加賀が俺の心の隙間を埋めるお話」
赤城「なんですって!? それは一大事です!」
翔鶴「出てくるよう私たちでお願いしたのですが、全く聞き入れてもらえず。それで同じ一航戦の赤城さんにも説得をお願いしたいのです!」
赤城「分かりました! 現場に急ぎましょう!」
<号外! 号外ですよ! なんと一航戦の加賀さんが提督の心に入り込んでしまいました!
<ちょっとどういうことか説明するネ!<まあまあ落ち着いてください<おい暴れだしたぞ!誰か取り押さえろ!
翔鶴「野次馬が多いですね。通してください! お願いします!」
提督「ああ。俺は大丈夫だ。しかし、今は大丈夫だからといっても予断は許されない」
翔鶴「赤城さん。加賀さんが引きこもっている現場はここです!」
赤城「何ということっ! 提督の心にフォンタナの彫刻作品のような裂け目があります!」
翔鶴「加賀さんは恐らくこの隙間から侵入したのだと思われます」
提督「俺も驚いたよ。今朝起きると何かおかしな感じがしたので、見に来ると亀裂があるのだからなあ」
ルーチョ・フォンタナ『空間概念』
提督「それはダメだ!」
赤城「なぜですか! 真っ暗で何も見えないじゃありませんか!」
翔鶴「赤城さん! ここは通常の空間とは違う提督の心です! 強い光で内面を照らすのはプライバシーの問題もありますし、それに何より提督にどんな影響がでるかわかりません。もし、それで加賀さんを引っ張り出せたとしても、後遺症が残るかもしれないのです」
赤城「でしたら、どのようにしてこの中に加賀さんがいると分かったのですか!」
翔鶴「あれを見てください!」
<ほら! 加賀さん、そんな所に引きこもってないで早く出てきなさいよ! 提督さんの心の中なんてカビてて健康に悪いわよ! おーい
翔鶴「ご存知の通り、うちの瑞鶴と加賀さんは非常に親しく竹馬の友と呼び合える間柄です!」
<……ふふふ、加賀さん、早く出てきてー、早く出てきてー。ほら、焼き鳥持ってきたから機嫌直してー
翔鶴「そんな彼女たちだからこそ、心を通じてでもその存在を分かり合えるのです。そんな瑞鶴が提督の心の中に加賀さんを見出しているのです! これ以上信頼に足る指標はありましょうか!?」
赤城「提督の心であっても加賀さんと通じ合える瑞鶴チェッカーですか。しかし」
赤城「その彼女が今にも提督の心を破壊しそうなのですが、大丈夫なのですか?」
翔鶴「瑞鶴うううううううっ!?」
§
翔鶴「なんとか瑞鶴はここから遠ざけました。部屋に鎖で繋いできたのでもう安心です」
赤城「この事件が終わったら、ちゃんと忘れずに解いてあげてくださいね」
提督「うごご、心が痛い、痛い」
提督「いや爆撃を受けたから痛いのであって……というか、あいつら親友なの? 殺意があったぞ」
翔鶴「いえ、いつもはちゃんと仲良しなのですが……まあ瑞鶴は素直になれない性格なので、あのような爆撃も本心からではなく、愛情の裏返しと思えば」
提督「その結果俺は瑞鶴に心を壊されそうになったのか」
翔鶴「それも提督への愛情が裏返ったものです」
提督「そっかー」
翔鶴「……反応ありませんね」
提督「心が重い」
翔鶴「加賀さんって重いですものね」
加賀「随分な物言いね」
翔鶴「加賀さん!? 裂け目から顔だけ覗かすのやめてください! びっくりしました!」
翔鶴「いえ、あの発言は、別に加賀さんの体重が重いっていうわけではなく、そうですね、そう! 女として重いみたいなニュアンスだったわけです!
加賀「そう」
翔鶴「ごめんなさい」
赤城「体重を気にするなんて加賀さんって意外に乙女なのですね」
加賀「赤城さん……いえ、別に体重を気にして出てきたわけでは」
赤城「でも、加賀さんに反応があってよかった。早く提督の心から出てきてください」
翔鶴「どうしてですか!」
加賀「出られないのよ」
赤城「どういうことですか?」
加賀「最初私が亀裂を見たときは今よりも大きく、ぎりぎり私が入れるほどだった。しかし、今は縮んでいて、出られない。どんな気持ちか? 井伏鱒二の山椒魚の気分よ」
翔鶴「加賀さんが隙間を結果的に埋めたことにより、提督の心の傷が少し癒えたということなのでしょうか?」
赤城「そもそも、どうして亀裂があったからそこに入り込もうという発想に至ったのですか」
翔鶴「赤城さん、赤城さん、それは少し加賀さんには答えるのが難しい問ですよ」ひそひそ
赤城「翔鶴さん、えらく訳知り顔ですね」
翔鶴「加賀さんは提督に惚れ込んでいるんです! ほの字なのです!」ひそひそ
赤城「加賀さんが? そんな素振りは全く……」ひそひそ
翔鶴「だから、赤城さんはいつまでたっても赤城さんなのです! あの加賀さんが素直に好意を表に出すはずないじゃないですか!」ひそひそ
赤城「……とてもストレートに表明していますよ?」
翔鶴「あら?……きっとあれです、加賀さんは提督に心入ったのですね。心に入っただけに」
赤城「そんなダジャレ解説が通るわけ……しかし、確かに加賀さんの提督への好意は強化されていますね」
翔鶴「しかし、これはまずいですね。もしかしたら、加賀さん今の状況にかこつけて出てくる気がないのかもしれません」
赤城「隙間を広げようにも心の外壁は硬い。無理に広げると陶器の如く真っ二つです」
赤城「え!? どうしました!? 提督!」
提督「加賀! 加賀あああ!」だだだ
加賀「ああ! 提督! 提督ううう!」
赤城「一体何が起きているというの!?」
翔鶴「今、提督の心の中では恋愛対象としての加賀さんが大きく場を占めています! その想いが爆発したのです!」
赤城「なんですって!?」
翔鶴「だから赤城さんは赤城さんなのです! 恋愛においては心の内にある想い人の像も大切ですが、やはり心の外にある想い人にも実際出会って触れ合いたいという欲求もごく自然のものなのです! ただし今の加賀さんの場合、本来外の像が心の内部に入り込んでしまっているので、提督の心にだけ存在する妄想となっていますが」
赤城「加賀さんが妄想のわけありません!」
翔鶴「はい、確かに加賀さんは実在します。けれども、加賀さんに私たちから触れることは出来ませんし、また加賀さんも私たちに触れることはできません。相互に干渉できないようなものはもはや存在しないのと同義ではありませんか?」
赤城「よくわかりません。しかし、今の状況は間違いなく悪いのはわかります」
翔鶴「それにしても今の提督と加賀さんが互いに名を呼び合う様はまるでロミオとジュリエットですね! ただ彼らを隔てているのは社会関係ではなく、提督の心ですけれど。愛の発端は加賀さんが心に閉じ込められること、そしてその成就は提督の心を壊さなければならないというジレンマ! 非常に悲劇的です!」
翔鶴「えー? 赤城さんは提督の心の行方が気にならないのですか?」
赤城「……仕方ありません。工廠には確か自白剤か催眠剤があったはずですね。それを提督に飲まして心を柔らかくすれば、亀裂の大きさも少しは融通が利くはずです」
金剛「ふふふ、提督の心を燃やすのはこの私デース……バーニング・ラーヴ……」
赤城「金剛さん!? ちょっとどうして提督の心の下で火を焚いているのですか! 熱っ! なぜこんなに提督の心は熱されているのですか!?」
翔鶴「今の提督の心は非常に熱しやすいのです! 一の炎で十燃え上がる!」
金剛「うー! 離すネー!」ばたばた
翔鶴「残念ながらその努力も水泡に帰すようですよ」
バンっ!
赤城「爆発!? 加賀さんが吹っ飛び出てくる!」
翔鶴「加賀さんの兵装が熱に耐えられずに爆発してしまったようですね。爆発する前に兵器を体で抱え込むようにして提督への被害を最小限にしているあたり流石加賀さんです!」
その時、赤城は奇妙な笛の音を聞いた。それは再び空洞となった提督の心から、その大きく開いた裂け目から響いてきていた。
つい今しがたあれだけ熱を持っていたものからとは思えないようなゾッとする冷たい隙間風に撫でられた瞬間、赤城は何かほとんど魔術じみた罠に嵌ったのだと直感した。
赤城はこの事件を通して余りに提督の心を気にかけすぎていた。いや、赤城だけではない。大々的な報道や噂によって、この鎮守府の艦娘全員が提督の心を気にかけていた。
鎮守府中から艦娘たちがここに集う気配がする。「提督の心を気にかける」という形式において全ての艦娘は図らずも「提督に好意を持っている」ということであった。
そして、提督に好意を持つ艦娘が心の亀裂に対する行為とは……。
ハーメルンの笛吹きによって誘惑されたが如く艦娘たちは次々と純粋無垢に裂け目へ入っていく。赤城もそのパレードに伍する。
「赤城さん……」と裾に引き留める力を感じたが、もはや赤城にはそれが何か分からなかった。
瑞鶴「ねえねえ、加賀さんこんなところで何をしてるの?」
加賀「仕事よ。あなたと違って私は忙しいの」
瑞鶴「えー? 私より大けがしていて最近復帰したばかりなのによく言うわ」
加賀「……その、首はもう大丈夫なのかしら」
瑞鶴「うん! もう完全に完治したわ!」
加賀「じゃあ、どうしてまだそのマフラーを巻いているの」
加賀「……好きにしなさい」
瑞鶴「それにしても、どうして私、鎖で固定された首輪なんてしてたんだろうね?」
加賀「……隠れた趣味だったとか」
瑞鶴「そんなのないわよ! ばか!」
加賀「ねえ」
瑞鶴「なに」
瑞鶴「もちろん!」
加賀「! 思い出したの!?」
瑞鶴「赤城さんや翔鶴さんってあれでしょ? 提督さんの妄想。……思い出したって最初から覚えているわよ。これで加賀さんからこの質問受けるの何回目よ……」
加賀「そう、そうよね……」
瑞鶴「じゃあこれから私出撃だから、加賀さんも提督さんに用があるならちゃちゃっと終わらして。ご飯また一緒に食べようねー!」たったった
加賀「……ええ」
提督の仕事ぶりは悪くない。むしろかなり優秀な実績を誇っていた。また同僚たちにも恵まれていて、優秀者に伴う嫉みなどにも出会わず良好な生活を送っている。それでも時折、提督は不可思議な喪失感を訴えた。
「俺は確かに今恵まれている。含んだ言い方? いや、不満があるのではない。物質的にも精神的にも非常に充実している。なんなら心から俺は幸せ者だと言っても良い。
でも、ときどき妙な感じになるんだ。何かこの幸福の代償に失ったものがあるのではないか。
多世界? そうじゃない。例えばもし俺が大統領になっていたらなどの別世界の幸福に思い馳せるような機会費用的なものじゃなく、もっと根本的な……」
加賀は椅子に座る提督を後ろから抱きしめる。提督はそれに対して驚きも嫌がりもしなかった。己の違和感の正体を探るべくもう一度記憶の再試行をしているようだった。
静かな時が流れる。加賀は知っている。加賀が提督の心に入り込む余地がないということを知っている。提督の心は過剰に観念で充実しているのに、それに対する現実は余りに実在が不足していた。加賀だけは提督の喪失感が観念と実在の不均衡に基づくと知っていた。
己の実在感がその「妄想」に消費され、提督がそれで慰められるのなら、加賀はそれで良いと考えていた。きっと加賀が提督の心に映ることはもうないだろう、それで良い。
だからだろうか、加賀は気づくのに遅れた。提督が僅かばかり握り返したきたその手がまさに加賀自身を包んでいたことに。
おわり
前スレ
空母物理シュールスレ
提督「赤城が俺の目を盗んでボーキサイトを狙うお話」
提督「翔鶴の処女が奪われた」
その他シュールスレ
提督「なに? RICKだと?」
提督「笑顔の君が好き」
提督「サービス終了の夜」
提督「ハイライト売りの少女」
提督「すれ違い」
提督「空母水鬼のいる街角」
元スレ
提督「加賀が俺の心の隙間を埋めるお話」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463340896/
提督「加賀が俺の心の隙間を埋めるお話」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463340896/
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- 凛「千早さんって可愛いよね」楓「ええ、とっても」
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コメント一覧 (36)
-
- 2016年05月16日 11:21
- 悲恋とは
-
- 2016年05月16日 11:27
- 提督は自分をいつでもほうり出して実態はぼんやりしているいう感じで、いわば大きな袋のようであった。
置きっぱなしの袋は形も定まらず、また袋自身の思考などはなく、ただ容量があるだけだったが、指揮官になる場合、賢者よりはるかにまさっているのではあるまいか。
賢者は自分の優れた思考力がそのまま限界になるが、袋ならばその賢者を中にほうりこんで用いることができる。
-
- 2016年05月16日 11:39
- 司馬さん!?
-
- 2016年05月16日 11:42
- …あれ?ドーン!ってやる加賀さんは出なかったぞ?てっきりそういう系の話かと…
-
- 2016年05月16日 12:09
- この感じ見覚えあると思ったら目を盗む(物理)の人だったか
-
- 2016年05月16日 12:22
- どんな脳みそしてたらこんな話が書けるんだ……
-
- 2016年05月16日 12:58
-
心
か
-
- 2016年05月16日 13:17
- 心ってなんかよくわからなくてとりあえず自分と同じように胸に穴開けるウルキオラさんちーっす
-
- 2016年05月16日 13:25
- マジキチ
-
- 2016年05月16日 13:40
- んまあその、よく分かんなかったです
-
- 2016年05月16日 13:57
- 心とは一体......ウゴゴゴ
-
- 2016年05月16日 14:07
- こんな文書けるなんてすげえな
よっぽど学がないとできないわ
-
- 2016年05月16日 14:29
- 最近の艦これssは迷作しかない
-
- 2016年05月16日 14:48
- んにゃぴ…
-
- 2016年05月16日 14:55
- 心(精神)の世界の専門家の方をお連れしました。これで大丈夫です。
電「?あの、どちら様なのです?」
レ○オン「良い、実に良い。エキサイティング!」
-
- 2016年05月16日 14:59
- 取り合えずプリキュアかキーブレード使いを連れて来なさい。
-
- 2016年05月16日 15:27
- 土佐よんでこれれば或いは・・・。ただ、絵画の隙間が横から見た加賀さんに見えるなぁ・・・穴・・・腰あたりの不自然な出っ張り・・・つまりこの加賀さんはふたなり・・・?
-
- 2016年05月16日 16:20
- ボルガ博士、お許しください!
-
- 2016年05月16日 16:35
- よさげなスレタイだな→どうしてこうなった
-
- 2016年05月16日 17:30
- まことにちいさな睦月が、開花期を迎えようとしている。
-
- 2016年05月16日 18:46
- てっきりオーッホッホッホッホでドーン!な話なのかとばかり。
-
- 2016年05月16日 18:53
- 作者の思う映像と読み手の思う映像が一致しない系のヤツや…
モヤモヤするヤツや~
-
- 2016年05月16日 19:04
- 崩壊間際に無敵貫通の大爆発で最大HPの約95%の大ダメージを与えてくる心
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- 2016年05月16日 19:10
- 加賀が寄り添って提督を精神的に支える話かと思ったらとんでもない展開でした
-
- 2016年05月16日 19:33
- 伊藤潤二や安部公房っぽい
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- 2016年05月16日 19:42
- ※23
なおテレポートで躱せる模様
-
- 2016年05月16日 19:42
- レベルE的なお話?
何話目だっけな、野球部員の精神世界に入り込んじゃうやつみたいな
違うかな?
-
- 2016年05月16日 19:44
- よくわかんないけど すごくよかったです 手を握り返すくだり
-
- 2016年05月16日 22:05
- 心の隙間って…提督の裂け目から心の隙間に入って出れなくなって顔だけ裂け目から出すって、ワケわからん。加賀さん物理的に提督の中に入ったのか?
-
- 2016年05月16日 23:28
- 加賀「…どーんっ」
てえとく「?」
加賀「………ど、どーん…」
てえとく「…?耳かきしたげよっか?」
加賀「はい」
みたいなね
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- 2016年05月17日 01:35
- 俺には分からないという事だけ分かった……
-
- 2016年05月17日 03:33
- ひさしぶりに乙一読み返すかなとか思える話だった
-
- 2016年05月17日 23:47
- 結局のところ爆発オチだったんです?
-
- 2016年05月21日 10:36
- 純文学やね
-
- 2016年05月21日 10:48
- 提督の心に隙間が生じると心が実体化する時点で提督も人間じゃないよね
マインドクラッシュ(物理)
-
- 2016年05月25日 10:00
- 面白い文章やな
久々にいいラノベに触れることができた