強くてニューゲーム-成瀬順の場合-
昨日一日で自分の身に起きたこと、全てに現実感が無く、今ここに自分がいる事でさえまるで夢みたいに感じる。
寝起きの体は固まってしまった泥のように重たいけど、心は朝からスキップをかましてしまいたくなるくらいに軽い。
全てが変わったとは思わない。
人生はそんなに単純じゃないのは知っている。
積もり積もった10年弱、私が言葉を失っていた空白の時間をそう簡単に取り戻せるとは思わないけど。
それでもこれからの毎日が今までより少しだけ、太陽の光みたくあったかい期待に満ちた日々になりそうだという事は簡単に予想が出来た。
部屋のどこを見渡しても制服の冬服がないことに気づいたのはすぐ後の事だった。
おかしい、確かに昨日の時点でいつも通りの場所に用意してそれから眠りについた筈だ。
いくらなんでも今日遅刻するのはまずい。ただでさえ昨日の舞台に遅刻したばかりじゃないか。
………あまりに色々な事が起き過ぎて、そんな簡単な事も忘れるくらい疲れていたのだろうか。
ふれ交があったのは土曜日、つまり今日は日曜だと言うことに気づいたのはそれから10分後。
部屋中探し回った挙句、少しだけ空いたクローゼットの隙間に見える目的のものを見つけ、引っ張り出したその時だった。
階下から母の呼ぶ声がする。
まさかしっかり者の母も私と同じように勘違いをしているのだろうか。
そう思うと自然に頬が上がる。
あれから家に帰った私は今まで玉子の呪いに奪われていた時間を奪い返すかの様に長いあいだ話続けた。
急に流暢に話始める娘を前に母は少し戸惑っていたようだったけれど、夜が更ける頃には少し眉を下げ、それでも笑顔を浮かべてまた明日話しましょう、とそう言ってくれたのだ。
母と私の間に生まれた鋭く深い溝は、まだまだ底が見えない位だけど、それでもこれから埋めていこう。
そう思う私に、母からかけられた言葉はある意味冬の気候以上に刺すような冷たさ、そんな感情を伴った物だった
「なんで冬服なんて…!はぁ、この子ったら…」
苛立ちと呆れの感情が篭った冷たい声は私を酷く責め立て、言い訳をする時間を与えてはくれなかった。
言われるがままに冬服を脱ぎ捨てると追い立てられる様に家を出る。
覚悟していた程の寒さは感じられず、確かに今日は冬日和と言えるのかもしれない。
ふと見ると通学路には幾人かの生徒が気だるそうな顔をして歩いているのが見えた。
流されるまま通学路を進む。
訳が分からないまま少しだけ不安の混じった気持ちで歩いているとほどなく見慣れた顔を見つけた。
私はほっとした気持ちでその人物、田崎大樹に声をかける。
「た、田崎君、おはようございます。あのね、昨日の話なんですけど…」
「あん?」
まだ、多少のぎこちなさを持って声をかけた私に対して、田崎君から返ってきたのは困惑の感情と、威圧するような鋭い眼光だけだった。
「ちょ、ちょっと大ちゃん、成瀬と仲良かったの!?」
「は?知らねぇよ、こんな奴」
田崎君の傍にいたらしいクラスメイトの三嶋君が言葉を投げかける。
内緒話をしようとしたのであろう声量を少し落としたその会話は、しかしながら耳を澄ませる必要もない程の音量を保って私の元へ届いてしまった。
「うぅ、坂上君、坂上君…!」
何が起きてるのか全く分からない。
携帯を開き半ベソをかきながらもつい彼の名前を探してしまった私は昨日フラれたばかりだという事を思い出す。
そうだ、もう何かあったからって坂上君を頼りには出来ないんだ…
そう考えると少しだけ胸の奥が痛んだが、その痛みでさえ無駄な物であると私に気づかせてくれたのはアドレス帳に彼の名前がないという、ただそれだけの事実だった。
プツリ、と張り詰めた糸を切った時のような嫌な音が頭の中から聞こえた気がした。
一度気付いてしまえば、全ての出来事がその事実を裏付けている様に感じ、私はまるでSF小説じみたこの状況から目を逸らすのはむしろ不自然なように思えた。
不思議な気持ちだ。
こんな奇怪な現象に巻き込まれたというのに私の心はもう坂上君の事しか考えられなくなっている。
ふれ交に向けて皆で共に頑張ったあの時間、皆との絆が消えてしまったのは残念だけど、おかげで現状彼と私の関係はフラットそのものだ。
仁藤さんみたく、明るくて女の子らしくて、"玉子の呪い"とかイタい事なんて絶対言わない可愛らしい女の子に。
坂上君が好きなタイプの可愛らしい女の子に。
坂上君の為だったら私はなんでも出来る。
坂上君は長い髪の方が好きかな。
化粧も濃いのは嫌いだろうな。
あ、そうだ!音楽もいっぱい聞いて勉強しなきゃ。
(ねぇ坂上君、私をちゃんと見てよ。
あなたにとって私は守ってあげなきゃいけない、もしかしたら妹みたいな存在の女の子だったのかもしれないけれど。
私にとってはそうじゃない。
私にとってあなたはやっと現れた王子様で、
例え坂上君のお姫様が仁藤さんだったと知っても諦める事なんか出来そうに無いくらいには。私は)
なおも話し続ける目の前の少女を見ると、きっと自分はからかわれてるのだという思いがよぎる。
もし、からかってるのでなければ彼女はきっと今朝見た夢の話でもしているのだ。
朝、強烈な悪夢を見て目を覚ました少女は、しかしながらいつも通りの日常が目の前にある事に安堵する。
淹れたてのコーヒーの香りに包まれて彼女の日常は穏やかに過ぎていく。
今日は何をしよう、前から気になっていた映画でも観にいこうか。
そうだ、それがいい。嫌な悪夢なんかは誰かに話してさっさと忘れてしまうのが一番だ。
それでもその目に不安の色を宿しながらただただ縋るようにして声を絞り出す少女、成瀬順はとうとう坂上拓実が現実から目を背ける事を許してはくれなかった。
強くてニューゲームー坂上拓実の場合ー
「はい、坂上君」
「ん、ありがと」
まるで人形みたいだ。
薄く笑って拓実の分の弁当を差し出す成瀬を見て拓実は少しだけそう思った。
料理する時に切ったであろう人差し指に貼られた絆創膏は、それだって人形が人間のふりをする為にワザとしているんじゃないかってくらいだ。
そんな印象を受けてしまうくらい、目の前の成瀬という少女は年不相応に欠点らしい欠点のない女の子だった。
加えて小柄な身体も相まって目の前の少女は年相応な可愛さを持っていて、触れれば壊れる繊細さを持っていて、成瀬順は例えるなら西洋のビスクドールに似ていた。
その時間は、冬の訪れを予感させる冷たい風に煽られつつもゆっくりと進んでいく。
「はい、坂上君」
そう言って口元に綺麗な曲線を作って成瀬は笑うと、拓実の分の弁当を差し出してくる。
成瀬は決して歯を見せて笑ったり、大声を上げて怒りをあらわにする様な、強く感情を表に出す事をしない女の子だった。
加えて言えば弁当を作ってきてもらう様になったのなんて、なおさら最近の事だ。
きっかけはなんだったろう。確か昼食にパンばかり食べてたのを心配されて、お弁当作ってあげようか?なんて言って…
そしてその通りに毎日律儀に作ってきてくれるんだから、まぁ相当な世話好きなんだと思う。たぶん良い意味で。
どうやら手書きらしい歌詞カードを取り出すとおずおずと差し出してくる。
ミュージカルをやりたい、と言い出したのは成瀬の方だ。
「ああ、いいと思うよ。」
「本当?」
「うん、声を失った少女の悲しみがあの曲によく合ってると思う」
そう言うと成瀬は僅かに目を潤ませて、少しだけ顔を赤らめる。
この赤ら顔が見たいのだ、と感じる。
成瀬のこうした感情の機微を見抜ける様になって以来、
彼女の事を目で追う事、
彼女の事を考える時間が増えた。
彼女の少し閉じた感情の隙間、時折見せるこうした一瞬が見たくて、自分はミュージカルなんて面倒な事にも進んで関わる事が出来るんだ。
屋上で2人、少し内気な女の子が自分にだけ見せる表情で、駄弁って、笑いあって、
そんな時間がたまらなく幸せで、特別な事だったのだ。
そう、特別だったのだ。
拓実にとっての終わりの時間は12月4日。ふれ交前日の事だった。
リハーサルを終え、クラスメイトは皆、体育館で明日の準備をしている。
明日の本番が終わればまたいつもの日常に戻る。
そんな少しの寂しさと興奮交じりの熱気が同居する空間が心地よかった。
その空間から少し離れて、今、拓実は同じクラスの仁藤菜月と教室に2人きりだった。
「私、坂上君の事が好き。」
少し暗くなった、誰もいない教室に仁藤の声が響く。
彼女は中学からの同級生で、学級委員長で、自分の元彼女で。
ふと見ると彼女の肩が僅かに震えているのが見て取れる。
「優しい所が好き」
「ピアノを弾いてる姿が好き。」
「中学の時、付き合ってた事…私、別れたつもりないからっ。」
一つ言葉を紡ぐごとに彼女の目が伏せられていく。
そうして話終える頃にはすっかり下を向いて、彼女の瞳は自分の事を映してはいなかった。
「…なんてね」
ふいに顔を上げた彼女が口元を少し歪ませて笑顔を作る。
分かっているのだ、自分が成瀬の事を好いていると分かっていて、それでも告白してくれたのだ。
ワザとらしく舌を出して、震えながら必死におどけて見せる彼女に、何も言うことができない。
このまま何も言わないでいれば、それだけでいつもの明日が待っている。
それでも振り絞って声を発する。
ガタンという音と少しの振動が扉の外から聞こえる。ふと見てみると成瀬が走り去っていくのが見える。
「なんとなく…坂上君はそんな風な事を言うと思ってたよ。」
泣き笑いの様な表情で仁藤が言う。
「いいから、私の事はいいから、成瀬さんの所へ行ってあげなよ。」
そう言う彼女の目からは今にも涙が溢れそうで、今の自分にはその涙が零れ落ちる姿を見る資格はない気がした。
「…ありがとう」
「仁藤さんはどうしたの!?」
子供の様に泣き?る成瀬が、叫ぶ様に問いかけてくる。
どうして成瀬が泣くのだ。
まるで彼女が振られたみたいだ。
「断ったよ。だって俺は…俺は成瀬の事が好きだからっ」
違うでしょ!と遮られる。
何が。何が違うというのか。
この数ヶ月、自分達はほぼ常に一緒だったと言って差し支えない。
学校でも、放課後も、時には休日まで。
ふれ交に向けて共に歩んできたのだ。
互いに憎からず思う程度の仲にはなったと感じていたのだ。
呟くように成瀬が言う。
ここにきて成瀬の思考回路がまったく理解出来ない。
いや、理解する事に意味がないのだ。
まるでピースの欠けたパズルを完成させようとしている様な、そんな徒労感を感じる。
「なあ成瀬、俺には全く分からないよ。なんで俺が成瀬を好きじゃダメなんだ?実行委員が2人じゃダメなんだ?」
返事はない。
沈黙のおかげか幾分落ち着いた様に見える成瀬は、何か迷っているのだろうか。
目線は拓実の顔から少しもずらさず、口元だけが時折パクパクと、空気を求める様に震えていた。
ある日目が覚めたら1年生の秋だった。と彼女は言う。
「ワクワクしてた。もしかしたら、上手くやれるかも、私さえ上手くやれば色んな事が変わるかもって。」
彼女の少し長い髪が風に靡き、スカートが風にはためくと白い肌が露わになる。
そんな彼女の姿を見ると、何故だか山の上のお城の事が思い浮かぶ。
去年、廃墟になったホテル。
ステンドグラスから差し込む光を浴びた先、暗がりの部屋で2人きり。
なんだってこんな時に…
そんな昏くて都合の良い妄想が不思議な現実感を持って拓実へと降ってくる。
こんな妄想を抱えたままじゃあ、どうしたって真剣さを欠いてしまう気がして慌てて目の前の成瀬へと意識を戻す。
私を外に出したがらなかったお母さんは
昔みたいに笑って卵焼きを作ってくれる様になった。でも…」
「私の事を好きと言ってくれた人は、私の事を忘れていた。告白したという事実さえ無くなってた。」
「友達だった筈の人は好きな人に振られて泣いていた。両想いだった筈なのに。」
きっと成瀬は壊れたフリをしていたのだろう。
壊れて、全てを受け入れたフリをして
そうしてこの世界で生きてきたのだ。
まともな心で受け入れるには、
この世界はあまりに元いた所と似過ぎていたから。
そう言って成瀬は目を伏せて、拓実の胸に身を預けた。
縋りつく様に絞り出したその声は、"坂上拓実"こそが成瀬順の唯一の支えである事を容易に確信させる。
それならばそれでいいと感じる。
献身的な恋というのも悪くはない。
拓実の今感じている感情に、目の前の可愛らしい少女に対する劣情が混ざっている事は否定出来ない。
「成瀬…」
未だ自分の胸に身を委ねる成瀬を抱きしめる。
想像してた通りの柔らかさと、ふとした瞬間どこかへ去ってしまいそうな華奢さがある。
トクン、と懐で刻まれる鼓動が離れてしまうのが怖くて、拓実は彼女を強く抱きしめる。
むしろ傍で耳をそばだてれば、どろり、と音が聞こえてきそうな仄暗い恋だけれど。
そんな退廃的で、2人で堕ちていくような恋だけれど、
それでも成瀬が自分を共に堕ちる相手として望んでくれるのであれば、
それでこの不幸面した少女が少しでも笑ってくれるなら、とそう思うのだ。
結局完結までで40レスのショートショートストーリーでした。
ピクシブやブログで趣味で書いてる程度のやつの文章なので、
何か気になる点があればよろしくお願いします。
元スレ
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http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1449842419/
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- タイトルが一瞬「成瀬川」に見えてラブひなssとか珍しいなーかと思ったら違った
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- 2015年12月21日 05:59
- ここさけ好きで開いたが結局1レスも読まずに
もうね、つかみが面白くない
強くてニューゲームって面白いスレタイ書いてるんだから
改めてどう強くなったかの説明なんて要らないの
いきなり本題(チート行動)に入ってろよと、その本題見て読み手がどう強くなったか把握するからさ
-
- 2015年12月21日 21:39
- *5
はじめまして、このssの作者です。
確かに長々と、蛇足の多い文で読み返して恥ずかしくなりました。
以後改善します。
-
- 2015年12月21日 22:46
- 渡良瀬準ならよかった
-
- 2015年12月22日 02:45
- ここさけSSは速報系のサイトで書く人が少ないせいかなかなかまとめに載らない。これから増えて欲しい。