食人鬼「お前を太らせて食べたいだけだ」 少女「そう」

1:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 12:38:19 ID:739

「いいか、よく聞くんだ」

…うん

「二度とここに、一人で来るんじゃない」

…どうして?

「…危ないからだ」

でも、

「お前には言っていなかったが、ここには悪い魔物が住んでるんだ」

…まもの?

「そうだ。この森に住み、人間を攫ってしまうんだ」

さらって、どうするの?

「…」

「…食べるんだ」



「お父さんは、猟師だ。銃を持っているし、魔物をどう防ぐかも熟知している」

「けどな、お前は違う。森に入ってはいけない。いいのは、お父さんといるときだけだ」

…うん

「奴はお前みたいな小さな女の子でも、平気で食べるんだ。…人とは違う。化け物なんだ」

…お父さん、怖い…

「もう心配ないさ。お父さんの仕事が終わるまで一緒にいよう。絶対、守ってやる」

…ごめんなさい、お父さん…

「いいんだ。お前が無事だったから…。お弁当届けてくれて、ありがとうな」

…うん!

「いい子だ。行こう。お昼を食べたら、一緒に遊ぼうな」

「さ、」

「おいで」



2:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 12:49:45 ID:739

いつからだったか

私が物心がついた時 自由に外に出て遊びまわっていた時

どうしようもなく手のかかるお転婆な私を

お父さんは大いに心配していたに違いない


私を女らしく育てる役目を担う母親は、私の記憶がない時に他界した

だから私の家族はお父さんだけだった

彼が私にとっての親であり、男であり、友人であり、教師であり、 

世界の全てだった


そしてあの日

お父さんが森に入った私を厳しい表情でしかりつけたあの日

私は魔物の恐怖と初めてみた激高する父親に涙しながらも


途方もないほど、父の愛を感じたのだ


だからあの森に住む魔物は私にとって

父親の愛を確かめる、一つの証なのだ



3:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 12:55:50 ID:739

「…こりゃあ、ひでえな…」

「駄目だよ子どもに見せては。現場から離して」

「畜生、あの鬼…」


保安官「…少女ちゃん、その…気を確かに持ってくれ」

少女「…」

保安官「…この銃と帽子は、お父さんのかな?」

少女「…」

少女「はい。…間違いありません」

保安官「…なんて、こった…」

「おい、やっぱり…」

「いや、まだ。…望みはあるかもしれないだろうが」

少女「…」

保安官「…鬼だ」

保安官「猟師…君のお父さんは、鬼にやられた」

少女「…現場を」

少女「見せてください…」

保安官「駄目だ。女の子が見るものじゃない」

少女「大丈夫です。…見せてください」

保安官「少女ちゃんっ」

少女「退いて」

保安官「おいっ、…やめてくれ!お願いだ!」

少女「…」



6:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 13:04:18 ID:739

少女「…」

保安官「はぁ、はぁ…。少女ちゃん、どうして…」

少女「…遺体は?」

保安官「無いんだ。…だから、俺らもまだ彼が死んでるとは思っていない」

少女「…」

保安官「少女ちゃん、もうよそう。体に毒だ」

少女「嫌です。…ちゃんと教えてください。私は娘なんですよ」

保安官「…しかし」

少女「お願いします。…この通りですから」

保安官「…いいのかい?」

少女「はい」

保安官「…分かった。説明する」

少女「…」コクン

保安官「まず、君のお父さんはこの泉の付近で休憩をしていたんだと思う。お弁当のバスケットが転がっていた」

少女「それも、父のものです」

保安官「そうか。…そしてここで、何者かに襲われた」

少女「…」

保安官「かなりの出血だ。けど、致死量というわけではない」

少女「はい」

保安官「血の跡は森の奥まで続いていた。…けど、急に途絶えた」

少女「…」

保安官「多分、鬼が彼を抱えて飛び去ったのかもしれない」

保安官「…大丈夫だ、少女ちゃん。望みはある。だから、信じて帰りを待ってくれ」

少女「…はい」ギュ



7:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 13:10:26 ID:739

少女「…あの、…父は魔物と戦ったんでしょうか」

保安官「いや。それはない。銃の薬きょうは落ちていないし…」

少女「じゃあ、無抵抗なところをやられたんですね」ギュ

保安官「…少女ちゃん」

少女「…すみません、…ちょっと」

保安官「いや、いいんだ。卑劣なことだよな、許せないよな」

少女「…っ。…ぅ」

保安官「大丈夫だ。俺らが必ず見つけ出して、仇をとる。気をしっかり持つんだ」ギュ

少女「はい…。…お願い、…します」

保安官「もう帰ろう。な?少し休んだ方がいい」ポン

少女「…」コク



保安官「…くそっ…」

医者「…何が生きている可能性がある、じゃ」

医者「現場には猟師の頭蓋の骨と脳が飛び散っていたろう。…何故教えなかった」

保安官「教えられる訳、ないでしょう…」

保安官「…彼女はまだ、16歳なんですよ。こんなこと…」

医者「…鬼め」

保安官「…必ず見つけ出す。今まで犠牲になった人たちのためにも。…必ず」



9:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 13:14:42 ID:739

「本当に?大丈夫なの?」

少女「はい。…一人で、大丈夫です」

「けど」

少女「おばさん。…本当に、大丈夫ですから」

「…」

「変な気を起こしては駄目よ。あの猟師さんだもの。きっと生きているわ」

少女「はい。信じています。父は強いもの」

「…そうね。帰ってくるわ、すぐに」

少女「ええ。…ご心配、ありがとうございます」

少女「さようなら」ペコ

バタン

「…」

「強いのは、あなただわ…」



10:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 13:19:46 ID:739

少女「…」

少女「…」ボフ

…いいか、少女

お父さんが、絶対に守ってやるからな

少女「…」

…また犠牲者だ。小さい子どもが、一人…

俺は… 俺は森にいたのに、何を…

何をやっていたんだろうな…

どうして救えなかったんだろうな…

少女「…」

いってきます、少女

ん? ああ、大丈夫だよ

森の奥には行かない。絶対だ。 

お弁当ありがとう。…戸締りしっかりな

…ん。 …うん。俺もだ。愛してる

少女「…」

少女「…嘘つき」ギュ

少女「戻るって、言ったのに。…約束したのに」



12:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 13:23:23 ID:739

少女「…」ゴシ

少女(…家事、…しなきゃ)

少女(でも、体が動かない)

少女(…)

少女(何も、したくない)

少女(…ひどく、疲れてる)

少女(…ねむい)

少女「…」

少女「…」ズル

少女(おとう、さん)

少女(もどってきてよ…)

……




16:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 13:34:24 ID:739

××××年 年末

村のはずれにある家に住む少女が行方不明に

年の明けた3日後、森の入り口で遺体が見つかる

死因は頚動脈を切られたことによる失血死

死亡してから両足を切断されていた


×××●年 5月

都市から帰省していた大学生の女性が行方不明に

同日夕方、森の奥の崖下で見つかる

前回の事件同様、失血死

肝臓と頬が切り取られていた


×××●年 11月

村に住む双子の姉妹が行方不明に

4日後、森の泉で浮いている二人が見つかる

死因は失血死 遺体の損傷が激しい

内臓はほぼ抜かれていた 姉は左手を、妹は尻を切り取られる


×××▲年 2月

……




18:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 13:43:05 ID:739

コン

少女「…」

コン コン

少女「…ん」

「少女ー 開けてくれ」

少女「…」モゾ

「俺だよ、少女」

少女「…!」ガバッ

「少女」

少女「…おとう、さん?」

「開けてくれ」

少女「……嘘」

少女「…っ」ダッ


少女「……おとうさんっっっ!!」

ガチャ


少女「…あ、…」

青年「おう、…寝てたのか」

少女「…せい、ねん」



19:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 13:47:02 ID:739

青年「晩飯持ってきた。…入っていいか?」

少女「…」コク

青年「こんな時に、モノなんか食えるかって思うだろうけど」

少女「…たべたくない」

青年「顔色悪いぞ。…なんでもいいから、食えよ。俺の母ちゃんも心配してた」

少女「…おばさんが?」

青年「ああ。っていうか、村の奴ら全員。ほら、座って」

少女「…」ギシ

青年「ご飯が重いんなら、菓子でも食うか?母ちゃんがお前に、ゼリー作ってくれたんだ」

少女「おばさんのゼリー、か。…レモンのやつ?」

青年「おう」

少女「…」

少女「ちょっと、食べる。…ありがとう」

青年「そっか。じゃあ、準備してやるよ」

少女「…」コク



21:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 13:52:06 ID:739

少女「…」

青年「どうだ?」

少女「…おいしい」

青年「じゃあ、ほら。もっと食えよ。パイもあるぞ」

少女「…」フルフル

青年「…そうか。いや、いいんだ。自分の食べれる量でいいから、腹に入れろ」

少女「うん」

青年「…少女」

少女「なに」

青年「おじさんは絶対帰ってくるよ。絶対だ」

少女「…」カチャ

青年「だってさ、あんな強くて…優しくて、いい人が。鬼なんかに食われるわけないだろ」

少女「私も。…そう思ってるよ」

青年「ああ、そうだよな」

少女「…」

少女「…っ」

青年「おい、少女?」

少女「…」バッ

青年「お、おい!大丈夫か!?」

少女「ぐっ、…ぅ、…ごほっ…」

青年「少女!…おい!」

少女「う、っ…ぉ、…えっ…」



23:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 13:58:53 ID:739

青年「大丈夫か?」

少女「ごめ、…ん。服、汚しちゃった…」

青年「いいんだよそんなの!もう、治まったのか?」

少女「…うん」

青年「後片付けしとくから、お前は顔洗って来いよ」

少女「ごめん…」

青年「いいっていいって。ほら、早くしな」ポン

少女「ありがと、青年…」

青年「…いいんだ。俺は、…」



少女「…おばさんに、ごめんなさいって言っておいて」

青年「謝らなくていいよ。いきなり食えって言った俺も悪いし」

少女「…」

青年「それとな、…お前、今日一人で家にいるだろ」

少女「うん」

青年「万が一ってこともあるから、俺がついてろって頼まれたんだ。いいか?」

少女「…」

青年「お、俺だって若干不本意ではあるけど。女はもう暗くなってから外にも出れないし」

少女「私、なんにもしないよ?」

青年「馬鹿、単純に危ないからだ。お前がヤケになるなんて、誰も思ってない」

少女「そう。…うーん、じゃあ毛布用意する」

青年「いや、いい。俺は起きとくから」

少女「…見張りってこと?」

青年「おう」



26:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 14:03:00 ID:739

青年「お前は気にせず、寝ていいから」カチャ

少女「…!」ビク

青年「ん。…あ、…ごめん、怖いか?」

少女「…ううん。ちょっとびっくりしただけ。それ、銃だよね」

青年「ああ。けど、ちゃんと置いておくぞ。何かあったときだけ使う」

少女「…」

青年「はは、懐かしいな。これの使い方教えてくれたのも、猟師さんだったけ」

少女「そうだね」

青年「…ほら、じゃあ。…ゆっくり休めよ」

少女「分かった。青年に甘える」

青年「おう。甘えろ甘えろ」

少女「おやすみなさい」キィ

青年「おやすみ、少女」

バタン

青年「…」

青年「大丈夫だ、少女。皆お前のこと、大事に思ってるんだからな」

青年「…」



29:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 14:09:40 ID:739

バタン

少女「…」

少女「…」キィ

少女「…」ガサ

「…村人へのお知らせ」

「今朝、行方不明になっていた●●ちゃんの遺体を発見

 被害者が5名となりました

 村長は都市の警備隊に捜査の救助を要請しました」


「昨日深夜、行方不明となっていた●●さんの遺体を発見

 被害者は10名となりました

 女性は夜間だけでなく、昼間も必ず武器を携行した男性と外出してください」


少女「…」ガサ

少女「…お父さんで、14人目、か」

少女「…」



30:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 14:13:20 ID:739

少女「…よ、っと」モゾ

少女「ぷは」

少女「…」

少女(このケープじゃ、ちょっと暑いかな)

少女(…ううん、でも外は寒いもんね)

少女(…ブーツも、うん。これだとちゃんと長く歩ける)カツ

少女「…」ゴソゴソ

少女「…」

少女「…お父さん、…これ、借りていくね」

少女「…」カチャ

……




32:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 14:17:18 ID:739

=翌朝

青年「…」ゴシ

青年「…ふ、ぁ」

青年(…大分明るくなったな。…6時、か。もういいだろ)

青年「…おい、少女おー。朝だぞー」トントン

青年「起きて支度しろー…。村長さん家行くぞ」

青年「…」

青年「このねぼすけが…。俺と交代しろよー…おーい…」トントン

青年「…おいってば」

青年「…開けるぞ?」

ギィ

青年「起きろ、って」

青年「…」



青年「…え」

青年「少女…?」

青年「……」

青年「嘘、だろ」



33:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 14:25:22 ID:739

保安官「どういうことだ、おいっ!」

青年「だからっ、いないんだ!あいつ!家中探し回っても!」

保安官「お前が見張っていたんだろうが!どうしていなくなる!」

青年「分かんねえよ!怪しい奴は来てないし、大きな物音もしなかった!」

村長「…む。本当か?」

青年「ああ!ずっとおきてたんだ、俺は!」

保安官「…部屋見せてもらうぞ」グイ

保安官「確かに、ここに入って寝たんだな?」

青年「ああ。多分10時くらいには。…物音もしてない」

保安官「…待て。外出用の靴と上着がないぞ」

村長「どういうことだ」

保安官「窓の鍵も開いてる。…」

青年「…まさか自分から外に、出たってのかよ…?」

保安官「ああ。多分な」

青年「どうしてだよ、こんな危ないのに!」

村長「…いや。だから、身を守るために持っていったのだろう」

保安官「…はい?どういうことです?」

村長「…もう一つ無いものがあるんだ。隣の猟師の部屋から」



村長「…銃が一丁、無くなっている」



34:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 14:33:38 ID:739

「…ねえ」



「ねえ…だれか、いるん、でしょ」



「……わたし、…どうなってる…?」



「めが、…みえない。 からだの、かんかくが、…ない」



「さむい… すごく、…さむい」



「わたし、…… どうなってる?」



「…わたし、…たすか、る?」



「ね、え」

…いいや。もう、死ぬ

「…」

…助けることは、できない

「…そ、う」



「…おかあさんに、…あいたい」



「…」

「…しにたく…ない」





35:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 14:38:35 ID:739

告白しよう

腹はいつでも空いていた

ここで永遠に一人で暮らすことになってから、ずっと

動物を食べた

獣と変わらず、生のままむさぼり食った

血は喉を潤した 肉は胃に溜まった

けれど腹は減ったままだった

果実やきのこを食べようとも思った

けれど、血の通ったものを食べても満足しないというのに

…意味がない



味がするだけだった



腹はいつでも空いていた



36:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 14:44:42 ID:739

告白しよう

僕はやはり、ヒトでないと駄目なようだ

住処を出て森で過ごすと

村からの匂い、ヒトの匂いをたまらなく感じる

何度も何度も、うなる腹を殴った

やがて外に出なければいいのだと気づいた

僕は外に出るのをやめた

うずくまって、ただ目を閉じて

死ぬのを待った



信じて欲しい

死のうとは何回も思った 

思うだけじゃない 行動もした 気が遠くなるほどした

しかし無駄だった


死ねない

飢えて死ぬことすらできない

誰か 

…僕を助けて



37:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 14:50:59 ID:739

ガサッ

少女「…」ビク



少女「…」

少女「はぁ」

少女(森に一人で入るのが、こんなに怖いことだったなんて)

少女(…お父さんって、すごいな)

少女「…ふぅ」

少女(…ここだ)

少女「…」

少女「…」チャキ

少女「お父さん」

少女「ごめんなさい…こんな娘で」

少女「けど」

少女「こうするしか、もう、方法がない気がする」カチ

少女「……ごめん、なさい」






パンッ



38:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 14:59:29 ID:739

「…」

「あ、っ…」

告白しよう

「なに、を」

その時

「…!」

あの子が自分に銃口を向けたとき


パンッ


「…!!」

乾いた音がして、血が高い木々の間に舞い上がった時

「…」

彼女がゆっくりと落ち葉の中に倒れた時

「…ぁ」

僕は

「…あ、ぁ…」




何が何でも彼女を食べたいと思った



39:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 15:05:04 ID:739

少女「…ぐ、…っ」

ドサ

少女「はぁ、…はぁ…」

少女「…っ、ぐ、ぁっ…」ギュ

少女(いた、い…。体が、動かない。…いたい…!!)

少女(…っ、気が…)クラ

少女「いるん、でしょう…」

少女「…出て、きなさいよ」

ガサ

少女「……食べなさい」

少女「…っ、早く!!」

「……」

少女「早くしろっ!…殺して!殺してよっ!!」

「…ぁ、…」

少女「…っ、はぁっ、ぐ、っ…」

「でき、ない」

少女「…早く…」

「できない。…できない!!」

少女(…あ、れ)

少女(変だな。…なにも、きこえない。…あれ?)

少女(…あ、れ…?)



40:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 15:12:20 ID:739

……


保安官「…確かに、このあたりか?」

村人「あ、ああ。けどよ」

保安官「…手分けして探そう。気をつけてくれ」

青年「分かった」

村人「お、おい。本当に少女ちゃんなのか?猟師とかじゃあ」

保安官「少女の父親がいなくなってから、猟は禁止された。誰もここで銃は使わない」

青年「…」

村人「じゃあ、じゃあ…いなくなった少女ちゃんが、ここで…?」

保安官「可能性は、…高い」

青年「…違う!少女は、自殺なんか」

保安官「否定はできない。とにかくここに少女はいた。探すのが先だ」

青年「…っ」

保安官「…一体、どういうことなのか…俺にも分からん」

青年「…俺だって」

村人「…お、おい!」

保安官「!どうしたっ」

村人「あ、あそこ!あそこに何か引っかかってるんだ!」

保安官「今行く!危ないから下がっていろ!」ダッ

青年「…っ、おい、あれ」

保安官「見覚えがあるのか?」

青年「…少女の、ケープだ」



41:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 15:16:02 ID:739

保安官「…ここで待て。俺がとりに行く」

青年「…」コク

保安官「…」ガサ

保安官「…っ」

保安官「…くそ…」

青年「おい、…なんだよ!どうかしたのか!?」

保安官「…急いで村長に連絡してくれ」

保安官「…少女は、…もう」

青年「…!」

保安官「ここに、血が広がっている。…けど、まただ。消えている。猟師と同じだ」

青年「じゃあ、じゃああいつは」

保安官「…」

保安官「もう、駄目だ」

青年「……!」



42:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 15:21:51 ID:739



「少女」



「少女。なあ、開けてくれ」

…いや

「何日も出てきてないじゃないか。…体を壊すぞ。顔を見せてくれ」

…いやだ。もう、…誰にも会いたくない

「…少女」

……なんで、あの子が

「辛いだろうよ。友達だったんだもんな。…悲しいだろうよ」

…っ

「けどな、少女。お前までふさぎ込んだままじゃ、あの子も報われない」

報われる、って。何よ

「お前が体を壊すと、余計あの子は悲しむだろう。あの子の親もだ」



「泣きたいなら、泣けばいい。一杯に悲しめばいい」

「けど、自暴自棄にならないでくれ。お願いだ。泣くんなら、俺の腕の中で泣いてくれ」

…お父さん

「開けてくれ少女。俺も一緒に泣く。だから、背負わないでくれ…」




ギィ



43:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 15:26:25 ID:739

……


少女「…」

チャプ

少女「…」

ゴシ ゴシ

少女「……」モゾ

「…っ」

少女「…ん」

少女「…おとう、…さん?」

「…」

少女「……」

少女「…!」バッ

「ひ、っ!」

ガシャン!

少女(…痛…ぁ)

少女「な、に。…だれ」

「……」

少女「…あなた。…誰?」

「…っ」



46:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 15:31:22 ID:739

少女「…村の、人?私を助けたの?」

「…」

少女「出てきてよ。…誰なの?」

「…お、おまえこそ」

少女「…は?」

「お前こそ、誰だ…。この、…イカレ野郎」

少女「…はぁ?」

「い、いきなり自分の足を撃ったじゃないか!」

少女「…」

少女「…そうだった」

「ぼ、僕がここまで運んでこなかったら死んでたんだ!」

少女「…」

少女「誰なの」

「…っ」

少女「あなたの声、聞いたことない。…村の人じゃ、ないわ」

「……」

少女「顔を見せてくれないんなら、私がそっちに行く」ズリ

「やめろ!…あ、っ。…傷口が、まだ完全に塞がってない…!」

少女「いいわ別に」ギシ



48:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 15:40:16 ID:739

「寝てろ!馬鹿!来るんじゃない!」

少女「…っ」ギシ

ズキ

少女「!ひ、っ…」

ドサッ

「あぁ…!」

少女「ぐ…っ、っ…」

「な、何してるんだ!だから言ったのに…!」

少女「…っ、はぁ、…はぁっ…」ジワ

「…!血が、血がまた…」

少女「…っ」ズリ ズリ

「…な、何で…動くんだ!やめろ!」

少女「顔を…見せてよ」ズリ

「…っ」

「分かった、分かったから!…動くな!」

ギシ

「…っ」

少女「…ん」

「大人しくしとけよ、暴れたら……ええと…酷くしてやる」グイ

少女「…なんで紙袋被ってるのよ」

「う、うるさい!」

少女「顔を見せてってば」

「うるさいっ!触るな!」ボフ

少女「いたっ」ゴロ



49:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 15:45:54 ID:739

「!あっ…」

少女「何すんのよ…。痛い…」

「し、知らん!お前が暴れるからだ!」

少女「…」

「じっとしとけよ!…傷が治ったら、帰してやるから…」

少女「…」

「わ、分かったか!今度動いたら鎖でもつけてやるからな!」

少女(…ああ)

少女(…この声だ)

「な、なんだ。お前、何笑って」

少女「あなたが魔物なのね」

「…」

少女「私、猟師の娘なの。鼻も耳も鍛えられてる」

少女「私が自分を撃ったとき。…いいえ、森に入ったときから私の近くにいたわね」

少女「…私が気絶したときも、あなたの声が聞こえた」

「…」

少女「そうでしょ」


「な…」


食人鬼「…なん、で」



50:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 15:52:55 ID:739

少女「…」

食人鬼「…いや。…違う」

少女「変な匂いがする。…人の匂いじゃない」

食人鬼「…」

少女「どうして私を食べなかったの」

食人鬼「…」

少女「言ったでしょう。早く食べてって」

食人鬼「…」

少女「どうして看病なんかしてるの?…今でいい。早く殺して」

食人鬼「…僕は、…食人鬼なんかじゃない」

少女「…じゃあ顔を見せて」

食人鬼「…」

少女「古い言い伝えでは、食人鬼は人間の成りをしてるけど、顔が風変わりなんですって」

少女「目と髪が、この地方にはない風変わりな色で。…それに、異常に大きな犬歯があって」

少女「爪も見せて。食人鬼は固くて尖った爪を持ってるそうよ」

食人鬼「…嫌だ」

少女「どうして?」

食人鬼「お前になんで…見せなきゃいけないんだ」



51:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 15:59:26 ID:739

少女「…」

食人鬼「僕は、…人間だ。変なこと言うな」

少女「そう」

食人鬼「ああ」

少女「…っ。…足が。…痛い」

少女「お願い、包帯を替えて。痛痒くなってきたの」

食人鬼「え、っ…」

少女「…血が、止まってないみたい…」

食人鬼「くそっ、あれだけ動くからだろ!」バッ

少女「…」グイ

食人鬼「あっ!やめっ、触るな!」

バサッ

少女「…!」

食人鬼「あ、っ…!?」



52:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 16:04:10 ID:739

少女「…」

少女(…赤い目だ。…それに、長い犬歯)

少女(…髪が、真っ白で、長い…)

少女(……女の、子…?)

食人鬼「お、お前っ」

少女「やっぱり魔物だわ」

食人鬼「……っ」

少女「ほら、手も。長い爪だし」

食人鬼「う、っ」バッ

少女「…食人鬼なのね。あなたが」

食人鬼「…」

食人鬼「…だったら、…何だ」

少女「…」

食人鬼「ああ、そうだ。僕がお前らの村に伝わる食人鬼だ」

少女「知ってた」

食人鬼「…っ。お前だって、食べれるんだぞ」

少女「ええ」

食人鬼「…なんでそんな冷静なんだよ。…なんなんだ、お前っ」

少女「だって、都合がいいから」



53:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 16:07:57 ID:739

食人鬼「は、あ?」

少女「私を食べてよ」

食人鬼「なっ」

少女「そのために森に入ったの。血の匂いがすれば、出てくると思って」

食人鬼「…」

少女「本気だよ」

少女「ほら、早く。簡単でしょ。その爪で首を切って、殺して」グイ

食人鬼「や、めろっ!」バッ

少女「…」

食人鬼「お前なんか、お前なんか…食べたくない」

少女「どうして?」

食人鬼「…食指が、動かないんだ」

少女「あなたは若い女が好きなんでしょう?散々食べたんじゃない」

食人鬼「…!」

食人鬼「…食べない」フイ

少女「…」



54:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 16:11:08 ID:739

食人鬼「…」

少女「おかしいじゃない」

少女「あの子たちを殺して食べたくせに。私は食べないの」

食人鬼「…」

少女「早く」

食人鬼「嫌だって、言ってるだろ」

少女「…」ギリ

食人鬼「…っ」ギイ

少女「待って、どこ行くのっ」

食人鬼「うるさい。お前には関係ないっ」

少女「待っ」

バタン

少女「…」

少女「…くそっ…」ダン



55:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 16:14:30 ID:739

バタン

食人鬼「…」

食人鬼「はぁ…はぁ…」

食人鬼「なんなんだ、あの女…頭おかしいんじゃないのか…」

食人鬼「…」

「おかしいじゃない」

「あの子たちを殺して食べたくせに、私は食べないの」

食人鬼「…」

食人鬼「…」ギュ

食人鬼(…うるさい。…うるさいっ…)

食人鬼(お前に、…何が分かる…)

食人鬼(…なんで)

食人鬼(助けたんだ…)

食人鬼(放っておけば、…あのまま死んでたのに)

食人鬼(…)



56:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 16:21:27 ID:739

……


食人鬼「…」スー

食人鬼「…」ハー

食人鬼「…」

コンコン

食人鬼「…おい。…入るぞ」

ギィ

少女「ん、…あっ」

食人鬼「な、なにやってんだお前!!」

少女「何って。傷口を」

食人鬼「また血が出てる!馬鹿なのか!?」

少女「…」

食人鬼「ただでさえ血が少なくなってるんだぞ!」

少女「やめてよ、触らないで。放っておいて」

食人鬼「止血しなきゃ死ぬだろ!」

少女「いいじゃない別に。死んだらあなたの食料にもなるし」

食人鬼「だから、お前の肉なんか食べたくないんだ!」グイ

少女「やめてってば!触んないでよ!」

食人鬼「うるさい!」ギュ

少女「もう…!何なの、本当に!」

食人鬼「お前こそ何考えてるんだ!気持ち悪いぞ!」

少女「…っ。つぅ…」

食人鬼「!…薬を、塗るから。じっとしろ」

少女「…」ジロ



57:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 16:26:16 ID:739

食人鬼(…顔色が悪いし、足も冷たい。…危険だ)

少女「いっ、…たい…」

食人鬼「が、我慢しろ」

少女「っ…。殺してよ…」

食人鬼「…ぼ、僕の手を汚したくないんだ」

少女「じゃあどうして自殺を止めるのよ。勝手に死ぬから、放っておいて」

食人鬼「!…ぼ、僕の家で死ぬと、…寝覚めが悪いだろ!」

少女「意味わかんない。魔物のくせに」

食人鬼「…」ギュ

食人鬼「…めし」

少女「は?」

食人鬼「だから、飯!食え」ズイ

少女「嫌よ」

食人鬼「なっ…」

少女「何入ってるか分からないし、いや」

食人鬼「…っ、死ぬぞ!」

少女「だからいいんだって」



59:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 16:30:04 ID:739

食人鬼(くそ、何だこの女。本当に変なんじゃ)

少女「…」フイ

食人鬼(そもそも、僕と普通に話してる時点でおかしい)

食人鬼(…何なんだ、本当に…)

少女「…」

食人鬼「…食えってば」

少女「嫌」

食人鬼「…っ。ここに置いておく」カチャ

少女「食べないわ。下げて」

食人鬼「黙れ!指図するな」

バタン

食人鬼(…流石に、腹が減れば、食べるだろ)

食人鬼(…食欲には、勝てないんだ)



60:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 16:34:40 ID:739

食人鬼「…はぁ」フラ

ドサ

食人鬼(疲れた…)

食人鬼(拾わなければよかった。村人を呼べば)

食人鬼(…無理か。僕が捕まって終わりだ)

食人鬼(…明日の朝にでも、どこかの家の前に置いていこうか)

食人鬼「…」チラ

食人鬼(…いや。…人の気配が多い。あの女を捜してるんだ)

食人鬼(ここから出たら、僕は…殺されるんだろうな)

食人鬼(…はぁ)

食人鬼(面倒だ)

食人鬼(…)

食人鬼(そういえば、人とまともに喋ったのって、何時ぶりだったけ)



61:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 16:39:13 ID:739

……


食人鬼「…」

食人鬼「入る、ぞ」

ガチャ

少女「…」

食人鬼「…嘘だろ」

少女「…」

食人鬼「何で食べない!?」

少女「お腹空いてないの」

食人鬼「嘘つけ!そんなわけないだろ!」

少女「…」

食人鬼(昨日より全然元気がない。…どうしたら)

少女「…出てってよ」

食人鬼「無理矢理食べさせるぞ」

少女「ふうん。勝手にしたら」

食人鬼「…っ」

ボフ

食人鬼「ほ、本気だぞ」

少女「…」

食人鬼「こ、のっ」グイ

少女「っ…」

食人鬼「口を開けろってば!開けろ!」

少女「…」ギリ

食人鬼「いいかげんに…」グイ



62:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 16:43:03 ID:739

少女「!」ビク

食人鬼「し…」

メキ

少女「っ、痛…」

食人鬼「!」バッ

少女「…」

食人鬼(あ、…あぶな、い。力の加減が、わかんなかった…)ドキドキ

少女「…っ」

食人鬼「ち、違…。お前が、口をあけないから」

食人鬼「痛がらせたかったわけじゃ、…ない…」

少女「…」

食人鬼「…ぅ」

少女「…あっちに行ってよ」

食人鬼「で、も」

少女「何があっても食べないわ。力ずくで死ねるならそれでもいいしね」

食人鬼「…っ」

少女「…」フイ



63:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 16:49:31 ID:739

食人鬼(…どうしたら)

食人鬼(…あ)

「食指が動かないんだ」

食人鬼「…お、おいっ」

少女「…」チラ

食人鬼「お前、なにか勘違いしてないか」

少女「勘違い?」

食人鬼「お前のことを看病してるわけじゃないんだ」

食人鬼「…お前はやせすぎなんだ!全然美味しくなさそうだし」

少女「…」

食人鬼「お前を太らせて食べたいだけだ」

少女「…」

少女「そう」

食人鬼「あ、ああ」

少女「私があなたの理想の体型になったら、食べるの?」

食人鬼「そうだ。けど、今は駄目だ。怪我して血も少ないし、不味そうだ」

少女「…」

食人鬼「でもまあ、そこまで頑なに拒否するんなら」

少女「待って。…食べる。ちょうだい」

食人鬼「…!」



64:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 16:53:33 ID:739

食人鬼「分かった。自分で食べれるか?」

少女「うん。…もっといっぱい、欲しい」

食人鬼「持ってくるから…。食え。いいか、太れよ」

少女「うん」カチャ

食人鬼(…なんだ。単純な女。あはは、簡単だったな)クス

少女「…これ、なに」

食人鬼「水鳥の肉。ローストしたやつだ」

少女「…あなたが作ったの?」

食人鬼「ん。…そうだ」

少女「ふうん…。おいしそう」

食人鬼「!」

少女「…」カチャ

食人鬼「…ど、どうだ」

少女「…普通」

食人鬼「む。そ、そうか。…まあ、味は関係ないんだ。食えばいいんだからな」

少女「…水」

食人鬼「分かった」カタ



66:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 16:57:44 ID:739

食人鬼「…」タタタ

食人鬼(あ、水も…ただの水じゃなくて牛乳か果汁でも飲ませよう)

食人鬼(とにかく栄養をとらせないと)

ガシャン!

食人鬼「!」ビク

「…っ、ぅ、っ…」

食人鬼「な、なんだ!どうかしたのか!」

少女「…なんでも、…ないわよ…」

食人鬼「…吐いたのか?」

少女「…また、食べればいいんでしょ」

食人鬼「昨日のだから古くなってたんだろ!どうして早く言わないんだ!舌まで馬鹿なのか!?」

少女「…」

食人鬼「別のものを持ってくるから、…ほら、水分をとっておけ!」

少女「…」

食人鬼「ったく…」ブツブツ

少女(…変な魔物)ゴク



67:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 17:03:09 ID:739

食人鬼「…ほら、新しいのだ」

少女「…肉は嫌」

食人鬼「はあ?」

少女「嫌いなの。…野菜がいい」

食人鬼「チッ…。わがまま言うな。食え」

少女「…」モソ

食人鬼「それは、ええと。…鹿だ」

少女「…そう」

食人鬼「…」

少女「…っ」グッ

少女「……」ゴク、ン

少女「…はぁ」

食人鬼「…食べづらい、のか?」

少女「違う。ちゃんと食べてるでしょ」

食人鬼「衰弱してたから、喉を通らないんだろう。固形はやめるか?」

少女「放っといて。食べれるから」

少女「…っ」バッ

食人鬼「あっ、…おい!大丈夫か!」

少女「げほ、っ…がはっ…」

食人鬼「ああ、もういい!粥を作るから、無理するな!」



68:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 17:08:07 ID:739

少女「…」ゴク

食人鬼(水は飲めるんだな。…流動のものにするか)

少女「…ねえ」

食人鬼「な、なんだ」

少女「どうして扉を開けたままにしてるの」

食人鬼「お前を監視するためだ」

少女「逃げないわ。逃げれないし」

食人鬼「違う。…ええと、また自殺未遂でもしそうだからだ」

少女「…しないわ。私を食べてくれるんでしょ?」

食人鬼「…あ、ああ」

少女「…」

少女「意外だわ」

食人鬼「は?」

少女「こんな人間と変わらない家に住んでるのね。すこし古いけど」

食人鬼「…」

少女「言葉も話せるし、料理もするし…本棚もある。本も読むの?人間みたい」

食人鬼「うるさい」

少女「もっと獣じみた魔物だと思ってた。ほら、狼男みたいな」

食人鬼「…。似たようなものだろ。満月を見ても平気なだけだ」

少女「ふうん」

食人鬼「…あまり喋るな。貧血になるぞ」



74:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 18:33:36 ID:739

少女「…」キョロキョロ

食人鬼「…あんまりじろじろ見るな」

少女「いいじゃない」

食人鬼「…」ムス

少女「料理、上手なのね」

食人鬼「そ、…うか?」

少女「私より上手だわ。包丁の扱い方が本物の料理人みたいだもの」

食人鬼「…お、お世辞はいい」

少女「…」

少女「女の子はやっぱり、焼いたほうが美味しいの?それとも生で食べるの?」

食人鬼「…」

ガシャン

少女「…あ」

食人鬼「…やめろ」

少女「指切ってる。血が出てるよ」

食人鬼「…っ」

少女「ねえ、人間ってどんな味がするの?」

食人鬼「黙れ!」ダン

少女「…」

食人鬼「静かに、…してろ。変なことを言うな」



75:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 18:37:24 ID:739

少女「…」

食人鬼「ほら。…リゾットだ。食えるか?」

少女「うん。いただきます」

食人鬼「…」

少女「…」モグ

食人鬼「…食える、か?」

少女「うん」ゴク

食人鬼「そうか」

少女「…」カチャ

食人鬼「…その」

食人鬼「僕は…やることがあるから、あっちに行ってる」

食人鬼「いいか、変なことするなよ。何かあったら、呼べ」

少女「うん」カチャ

食人鬼「…ドアは開けておくからな」

少女「…」

食人鬼(…急に、静かになった。…怖がらせたのか)

食人鬼(…いや、今まで逆に怖がらなかったほうがおかしいけど)

食人鬼「…はぁ」



76:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 18:40:04 ID:739

少女「…」カチャ

少女「…う」

少女「……」ギュ

少女「ん、…ぐ」ゴク

少女「…はぁ、…はぁ」

少女(…やっぱり、戻しそうになる)

少女(味も、…わかんないや。どうしてだろう。熱さしか感じない)

少女「…」

少女(お父さんと、食べたら)

少女(きっと…もっと…)

少女「…」

少女「…」ポロ

少女「!」ゴシ

少女(…泣いたら、だめだ。もう。泣かないって…決めたんだから)



77:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 18:43:35 ID:739

食人鬼「…」チラ

少女「…」

食人鬼「…」

食人鬼「お、おい」

少女「…何」

食人鬼「ずっと…窓の外ばっかり見てても、退屈じゃないか」

少女「そうでもない」

食人鬼「…本、読めるか」

少女「好きよ」

食人鬼「そうか。…何冊か、貸そうか」

少女「…」

少女「…」コク

食人鬼「!…何がいい?」

少女「何でもいい」

食人鬼「そうか。じゃあ、…適当に持っていく」

少女「…」

食人鬼「ほら。これでいいか?」

少女「…案外最近の本なのね」

少女「この詩集、都市で今人気のやつでしょう?」



79:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 18:48:07 ID:739

食人鬼「知ってるのか?」

少女「一節くらいなら、知ってるわ。でも全部は知らない」

食人鬼「そうか。この作家はな…」

少女「…」

食人鬼「あ。…いや、なんでもない。さっさと読め」ズイ

少女「うん」ペラ

食人鬼「…読み終わったら、言え」

少女「待って」

食人鬼「何だ」

少女「…あなた、どうやってこれを?」

食人鬼「…」

食人鬼「人から奪ったとでも言いたいのか?」

少女「まあ、妥当な入手経路だとは思うわ」

食人鬼「…何とでも言え」

少女「そう」

食人鬼「黙って読め。気が散る」

少女「分かったわ」ペラ



80:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 18:51:29 ID:739

少女(…謎ね)

少女(殺した相手から奪ったのかな)

少女(でも、それにしては新しすぎるし。この村の人がこんな新書持ってるわけないし)

少女(…)

少女(私、…悪趣味なことばかり考えるようになってしまったのかな)

少女(…嫌だ)

少女(心が乾いてるみたいだ。…薄情になったみたい)

少女「…」ペラ

食人鬼「…」ジッ

少女「ん」

食人鬼「!」バッ

少女「……」

少女(…思ったのと違うわ。全然)

少女「…困ったな」ボソ



81:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 18:56:43 ID:739

少女「…」パタン

食人鬼「…終わったのか」

少女「あ、うん。…面白かったわ。良い感性を持った作家さんね」

食人鬼「!そうだよな、うん。…良い書き手なんだ」

少女「…お気に入りなの?」

食人鬼「ち、違うっ。…人間の読み物なんて。手慰みにすぎないしなっ」

少女「ふーん」

食人鬼「も、もっと読むか?」

少女「いらないわ。…その手に持ってるものはなに?」

食人鬼「夕飯だ」

少女「…」

食人鬼(一瞬、嫌そうな顔をする。…そんなに食事が苦痛なのか?)

少女「リゾット?」

食人鬼「いや。ポトフだ。少し噛んだほうがいい。胃も元通りになる」

少女「…食べる」

食人鬼「その、…無理はするなよ。また吐かれてもこっちが困るんだからな!」

少女「分かってる。ちゃんと飲み込む」カチャ

食人鬼「…」

少女「…」グッ

少女「…っ。はぁ」

食人鬼「…ふ、ふん。…太るのはまだまだ無理そうだな」



82:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 19:02:27 ID:739

少女「すぐにでも太るわ」

食人鬼「どうだか。赤ん坊程度の食事しかできてないのに」

少女「女性なんてこんなものなの」

食人鬼「ふうん…そうなのか?」

少女「うん」

食人鬼「…いや、嘘だ。ちゃんと食え。お前はただでだえひょろひょろなんだから」

少女「…はぁ。…うるさい…」

食人鬼「なっ、なんだと!」

少女「食事に集中したいの。静かにしてよ」

食人鬼「っ…。生意気な女だ。僕を、なんだと…」

少女「暫くの我慢ね。私にストレスを与えると余計やせるから」

食人鬼「……」ムス

少女「…っ。ぐ、…」ゴク

食人鬼(…辛いのか。なら、少し味付けを変えるか。さっぱりしたものに…)

少女「…」カチャ

食人鬼「おい、残ってるぞ」

少女「……無理。やっぱり。気分が悪い」

食人鬼「…そ、うか」

少女「下げてくれない?…吐かないようにするのに必死なの。匂いでも、きつい」

食人鬼「ああ…。その、無理はするな」カチャ



83:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 19:06:37 ID:739

食人鬼「…残りは僕が処理するけど、いいか」

少女「…」コクン

食人鬼「せめて牛乳だけは飲めよ」モグ

少女「…食べるんだ」

食人鬼「は?」

少女「普通の食べ物」

食人鬼「…ああ。食べる。いや、別に食べれないわけじゃないんだ」

少女「ふーん…」

食人鬼「…な、なんだ」

少女「それで満足はできないの?美味しい普通の料理じゃ」

食人鬼「…」ゴク

少女「できないのね」

食人鬼「…横になってろ。体力が減る」

少女「…」

少女「お風呂」

食人鬼「はあ?」

少女「気持ち悪い。汗でべたべたするの」

食人鬼「ふ、風呂…?いや、無理だ。傷が開く」



84:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 19:14:12 ID:739

少女「じゃあ体を拭きたい」

食人鬼「ん、それなら。…別に、いい。待ってろ、用意する」

少女「…」

食人鬼(あれ、お湯って人間は何度くらいが適温なんだ…?)

食人鬼(…沸騰はだめだよな。うん…?)ポリポリ

食人鬼(まあ、いいか。熱かったら冷ませばいいし)

食人鬼「おい、持ってきたぞ」

少女「ん」

食人鬼「…こ、ここに置いておくから。終わったら言え」

少女「え、私が全部するの?」

食人鬼「当たり前だろ!甘えるな馬鹿女!」

少女「無理よ。手もまだ力が入らないのに」

食人鬼「し、知るか!適当にやれ!」

少女「手伝ってよ」

食人鬼「ぼ、僕が!?何でそうなる!?い、いやだね。断る!」

少女「何…そんなに大事じゃないでしょ」プチ

少女「いま上を脱ぐから。背中をお願いして良い?」

食人鬼「や、やめろ!!脱ぐな!!ばかっ!!」バッ



85:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 19:21:06 ID:739

少女「…うるさいなぁ」プチ

食人鬼「お、おいこら!聞いてるのか!脱ぐな!!」

少女「もう、女同士なんだから別にいいじゃない!」グイ

食人鬼「へ!?な、に…」

少女「村じゃよくあることだから、気にしないわ。手伝って」

食人鬼「待て!違う!そうじゃない!」

少女「だから、何をそんなに」

食人鬼「お、おと、おとっ!」

少女「はあ?音?なに?」

食人鬼「男だってば!!」

少女「…」

食人鬼「な、なんで…女じゃない!見たら分かるだろ阿呆!」

少女「…え、でも、…髪も長いし、顔も」

食人鬼「髪が長いだけでなんで女になる!?お、男だっ!殺すぞ!」

少女「…」

少女「は、離れてよ!!」バシッ

食人鬼「はぁあああ!?」

少女「何で早く言わないの!?信じられない!」

食人鬼「し、知るか!声とかで分かるだろ!」

少女「声が低めの女の子なんて大勢いるでしょ!?」

食人鬼「知るかぁあ!!」



86:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 19:26:10 ID:739

少女「…」バッ

食人鬼「僕は悪くないぞ!大体、女が僕って言うかよ!?」

少女「そういう特殊な人なのかと思ったのよ」

食人鬼「なっ…。失礼すぎるぞ!」

少女「ああ、どうりで…。全然胸がないと思った…」

食人鬼「!ひ、品のないことをっ…」

少女「紛らわしいのよ!何で髪を伸ばすの?」

食人鬼「すぐ伸びてくるんだから、切っても意味ないだろ!」

少女「意味わかんない!…出てってよ!」

食人鬼「は、はあ!?」

少女「自分でやる!触んないで、見ないで!ドア閉めて!」

食人鬼「く、…っ。死ね!!」

バタン

食人鬼「なんて女だ…!最低だ」

「聞こえてるわよ!最低なのは性別詐欺してたそっちでしょう!」

食人鬼「こんの…」ギリギリ



87:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 19:29:31 ID:739

少女「…終わったわ」

食人鬼「あっそ」ムス

少女「…足は無理だったけど」

食人鬼「…」

食人鬼「や、やろうか」

少女「…は?」

食人鬼「綺麗にしておかないと、化膿するかもしれないだろ」

食人鬼「別に…僕だって進んでやりたいわけじゃない!」

少女「…」

少女「膝から上は絶対触らないで」

食人鬼「だ、誰が触るか!」

少女「包帯も替えてくれるの?」

食人鬼「ああ。また少し滲んでる。動きすぎだ」

少女「そうかな…」

食人鬼「…ふ、拭くぞ」

少女「…ん」

食人鬼「……」ゴシ



88:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 19:34:35 ID:739

少女「…」

食人鬼「包帯、取るぞ」

少女「うん」

食人鬼「その、足。…あげろ。少しでいいから」

少女「…うー」

食人鬼「そのままにしとけよ」シュル

少女「早く…。痛い」

食人鬼「…薬も塗るから。我慢しろ」

少女「……」ギュ

食人鬼「…何で、撃ったんだよ。馬鹿か」

少女「本当は…太ももを撃とうと思ったんだけどね」

食人鬼「…どうしてだ」

少女「太い血管があるから。血も一杯でると思って」

少女「でも、…無理だった。怖くて、足首をかすっただけだった」

食人鬼「それでもたくさん出血はした。お前は馬鹿だ」

少女「…目的があるなら、何でもするわ」

食人鬼「…」シュル



89:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 19:58:22 ID:739

食人鬼「終わりだ。降ろしていいぞ」

少女「…」ポフ

食人鬼「じゃあ、…もう遅いし寝ろ」

少女「うん」

食人鬼「…電気、消すぞ」

少女「ああ、待って」

食人鬼「ん?」

少女「…ええと、こんなことを言うのが適当かどうかは分からないけど」

少女「…ありがとう。色々、良くしてくれて」

食人鬼「!」

少女「それと、おやすみなさい。また明日」

食人鬼「……」ポカン

少女「なに?」

食人鬼「い、や。…いや…」

少女「…ありがとうって言われたら、どういたしまして」

少女「おやすみって言われたら、おやすみって返せばいいのよ」

食人鬼「…」

食人鬼「どう、いたしまして。…おやすみ」

少女「うん」

食人鬼「……っ」

バタン

少女「…あはは」

少女「変なの」クス



90:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 20:04:51 ID:739

ねえ、お父さん

「ん?何だ、少女」

…それ、食べるの?

「ああ、そうだ。そのために撃ったんだ」

…可哀相

「あのな、少女」



「俺たちは、この鳥さんを食べて生きていく。鳥さんは、俺たちの命になる」

うん

「食べたら、それは命を繋ぐ大事な行為だ」

「けど、…食べなければ、それはただの殺しなんだよ」

ころし、

「そうだ。ただこの鳥を、撃って、殺した」

…そんなの、だめだよ

「そうだな。この鳥だって、魚を捕まえる。けど、殺しじゃない。食べるから、殺しではないんだ」

食べたら、鳥さんは可哀相じゃないの?

「…」

「ああ。罪ではない」

「だから、しっかりいただきますって言うんだ。鳥さんの命を、ちゃんと食べてあげるんだ」

うん、分かった。…食べる

「そうか。良い子だな、少女。賢い子だ」

わたし、残さないよ

「お父さんもちゃんと食べるぞ!嫌いな野菜もちゃあんとな」

「さ、帰ろう。今日はシチューにしてやる」

やった!シチュー、シチュー!



92:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 20:13:48 ID:739

父は村でも腕利きの猟師だった

銃の扱い、勘、経験、…村では、…ううん。きっと何処を探したって、彼以上の猟師はいないだろう

お父さんは、ただ狩るだけではなかった

獲物にいつだって敬意と感謝の心を持っていた

仕留めた獲物は食べるところは全て食べ、使えるところは使った

無駄にしたら、ただの殺し。

いつも私に言い含めていた。


だから私は、どんな食べ物残さなかった。

全てを咀嚼し、嚥下し、自分の体に取り込んだ。

一欠けらも無駄にしないように、丁寧に皿を綺麗にしていった。


そして食事が終わった後は、お父さんと小さなテーブルにむかいあって

ごちそうさま、と 二人して真面目に祈ったのだ


…命をごちそうさま、と 謝罪と感謝を一生懸命に、幼い祈りにこめたのだ



93:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 20:21:55 ID:739

コンコン

少女「…」モゾ

少女「…う。…痛」

コンコン

少女「…ん」

少女(…どこだ、ここ)

「…おーい、起きてるか」

少女「あ」

「入るぞ」

少女「…そ、っか」ボソ

食人鬼「…足の調子は、どうだ」

少女「わかんない。じんじんする」

食人鬼「感覚がないよりはマシだ」

少女「…そうかなぁ…」

食人鬼「…朝飯」

少女「う。…ん、食べる」

食人鬼「持ってくる。布団は脇に退けとけよ」

少女「…あ、そうだ。おはよう」

食人鬼「…」ピタ

食人鬼「あ、ああ。…おはよう」



94:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 20:26:29 ID:739

少女「…」モソ

食人鬼「…相変わらずだな。お婆ちゃんみたいな食べ方だ」

少女「はあ…。きつい」

食人鬼「…これ、飲め」

少女「…これ、ホットチョコレート?」

食人鬼「ん」

少女「わ…チョコレートなんて、何時振りだろう。良い匂い」

食人鬼「熱いからな、冷まして飲めよ」

少女「…」ズズ

少女「うー…。すっごく、美味しい。芳醇」

食人鬼「そうか。…好きか、チョコレート」

少女「大好き。でも村じゃなかなか手に入らないわ。高級品だもの」

食人鬼「へー…」

少女「美味しい…。これなら、ずっと飲んでいられるかも」

食人鬼「それじゃ駄目だ。他のものもバランスよく食え」

少女「はいはい」ズズ

食人鬼「ったく…どんな育てかたしたらこんな女になるんだ」

少女「…」



95:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 20:31:23 ID:739

少女「…ごちそうさま」

食人鬼「…結局飲み物だけか!」

少女「あんまり動かないしお腹もすかないわ」

食人鬼「…作り甲斐がない」ムス

少女「申し訳ないわ。けど、戻すのも失礼だし」

食人鬼「あー、いい。何も口に入れないより、ましだから」

少女「そう」

食人鬼「いつか食べたくなる日が来るだろ」モグ

少女「その時がきっと私の寿命ね」

食人鬼「ん、ぐ」

少女「あら。何?」

食人鬼「…何でもない」ゴクン

食人鬼「えっと、安静にしとけよ。分かったな」

少女「うん」



96:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 20:39:53 ID:739

少女「…」

パン パン 

食人鬼「…何見てるんだ」

少女「いや、魔物が洗濯物してるって思って」

食人鬼「わ、悪いか。僕だって服は着る」

少女「変なの。…本当に人間くさいわ」

食人鬼「ふん。…お前の着ていた服だって洗ってやってるのに」

少女「ああ、昨日は着替えを貸してくれてありがとう」

少女「けど、…あなたのシャツとズボンじゃぶかぶかね。動いたら脱げそう」

食人鬼「はん、お前はえらくチビだからな」

少女「そのようね。好き嫌いはしない子だったんだけど」

食人鬼「どうだか。今みたいに屁理屈こねて残しそうだがな」

少女「…遺伝なのよ。多分」

食人鬼「遺伝、か」

食人鬼「…」

少女「良い天気ね」

食人鬼「おい、お前」

少女「何?」

食人鬼「お前ってやっぱり、変だよなあ。本当に人間なのか?」

少女「足を銃弾がかすっただけで瀕死になる、か弱い人間だわ」

食人鬼「…自虐的な」



97:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 20:44:52 ID:739

食人鬼「僕を見ろよ」

少女「うん」

食人鬼「村では忌み嫌われる魔物だぞ。…食人鬼だぞ?」

少女「そうね」

食人鬼「怖くないのか?それか、憎いとか」

少女「…怖くはないわ。全く」

食人鬼「な、なんで」

少女「だって私が少しでも痛がる素振りをみせたらオドオドするし、なんだか小心者なんだもの」

少女「確かに力はあるんでしょうけど。けど、怖くないわ。普通の男の子ってかんじだわ」

食人鬼「…!」

少女「まあ、つまり私はあなたを舐めきってるってことね」

食人鬼「なんだよそれ!」

少女「…」クス

食人鬼「!あ、…。くそ、生意気なガキだ!」

少女「ガキじゃないわ。あなたと同じくらいじゃない」

食人鬼「僕はお前よりずっと長く生きてるんだぞ!馬鹿にするな!」

少女「へえ、そうなんだ。やっと魔物らしくなった」

食人鬼「わ、笑うな!!」



98:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 20:50:30 ID:739

食人鬼(…異常だ)

食人鬼(初めて見たときから、ずっと思っていたけど)

食人鬼(どうして?…なんで僕を怖がらない?)

少女「…あ、そうだ」

食人鬼「な、なんだよ」

少女「あなたの名前をまだ聞いてなかったわ。教えて」

食人鬼「…」

少女「何ていうの?」

食人鬼(…危険、なのか?何か、目的があるのか?)

少女「…ねえ?」

食人鬼「…名前なんてない。好きに呼べ。呼ばなくても構わないけど」

少女「そう。…じゃあストレートに食人鬼と呼ぶわ」

食人鬼「…ああ、そうかよ」

少女「私は少女って言うの」

食人鬼「!…そ、そうか。ふうん、変な名前」

少女「好きに呼んでくれてかまわないから」

食人鬼「…め、面倒だ。別に…名前なんて知らなくくていい」フイ

少女「そうね。エサを名前で呼ぶなんてどうかしてるわ」

食人鬼「…」

少女「…ね」

食人鬼「…ん。…ああ」



99:名無しさん@おーぷん:2015/07/25(土) 20:57:59 ID:739

少女「…もう。いいわ」カチャ

食人鬼(…やっぱり、全然食べないな)

食人鬼(これじゃ、いつまで経っても回復しない)

食人鬼(なんでもいいから、栄養のあるものを…)

食人鬼「…あ」

少女「ん?」

食人鬼「お前、…チョコレート好きだって言ってたろ」

少女「うん」

食人鬼「…甘いものも?」

少女「大好き」

食人鬼「…」

食人鬼「少し、家を出る。…留守番できるか」

少女「え?」

食人鬼「いいか、逃げようなんて考えるなよ。死ぬだけだからな」

食人鬼「すぐ戻ってくるから、これでも読んで大人しくしておけよ、分かったな!」ドサ

少女「え、ええ。まあ、いいけど」

食人鬼「いいか、絶対に逃げるなよ!」ダッ

少女「…いや、歩けないし」ボソ



106:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 00:16:41 ID:fOG

少女「…」ペラ

少女「ふぅ」パタン

少女「…まだかな」

少女(…一体何しに行ったのかな。…っていうか、外でて見つからないの?)

少女「…次の本は、と」

少女「……“コミュニケーション論 排他的集団と上手く付き合うには”?…」

少女「…なんでこんな本が」

少女「少なくとも今の私には必要ないわ」ポフ

少女「…はぁ」

グゥ

少女「…」

少女(…最近、残してばっかりだ)

少女(初めは肉だった。でも、今じゃ…)

少女「…食べなければ、ただの殺しだ」ボソ



108:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 00:24:47 ID:fOG

バタン

食人鬼「…ふぅ」

少女「あら、おかえり」

食人鬼「ただい……。…お、お前。少しは寝たんだろうな?」

少女「ずっと本読んでたわ。このコミュニケーション論、面白いわね。的を得てる」

食人鬼「…少しは寝て血を作れよ、馬鹿」

少女「で、どこに行ってたの?」

食人鬼「街だ」

少女「…」ポカン

食人鬼「な、何だよっ」

少女「街?街って、ええと、北の繁華街?」

食人鬼「そうだ」

少女「無理だわ。馬を使っても2日はかかる道のりだし。…こんな早くに」

食人鬼「僕は行けるんだ。普通の奴らとは違う」

少女「はぁ…。魔物らしいところもあるのね」

食人鬼「う、うるさいっ!」

少女「…何、その袋。随分たくさんあるけど」

食人鬼「う…。…あ、開けてみろ」

少女「…私に?」

食人鬼「あ、ああ。そうだ」ズイ



110:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 00:31:43 ID:fOG

少女「この箱、見たことある。有名なお菓子屋さんのものじゃ」

食人鬼「…」

少女「…チョコレート?」チラ

食人鬼「…」コクン

少女「それに、ケーキとムースも。…どうして?」

食人鬼「お前が…甘い物が好きって言ったから。食うかと思って」

少女「…」

少女「そうね。確かに、食べやすいかもしれない。…命をあまり意識しないでいいし」

食人鬼「どういうことだ?」

少女「ううん、別に。一つ食べていい?」

食人鬼「あ、ああ。好きにしろ」

少女「…ん。美味しい!食べたことない味がする!」

食人鬼「!…た、たくさん食えそうか?」

少女「食べれるわ。うわぁ、こんなに美味しいのねあのお店」モグ

食人鬼「そうか。…よかった」ボソ

少女「わざわざこれを買いに行ってくれたの?」

食人鬼「は、はあ!?いや、違う!たまたま用があって、そのついでに」

少女「そうなんだ。でも、ありがとう。嬉しいわ」

食人鬼「あ、…いや。僕は、…別に」



111:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 00:37:40 ID:fOG

食人鬼「…」

少女「コーヒーみたいな香りがするのね。やっぱり高いのは違うわ」

食人鬼「…ほら、これも」ガサ

少女「…何、これ?」

食人鬼「見たら分かるだろ、着替えだ」

少女「そんなものまで用意してくれたの」パサ

少女(…あはは。なんか、少女趣味な服ね。白いワンピースだ)

食人鬼「…女が着る服なんて、良くわかんないから適当だ」ムス

少女「気に入ったわ」

食人鬼「そ、そうか。なら、いい」

少女「下着も買ってきてくれたらよかったんだけど…」

食人鬼「!お、お前はすぐに増長する!」

少女「だって大事なことだもの」

食人鬼「わ、分かった。何とか用意する。…不衛生だしな」

少女「サイズ教えようか?」

食人鬼「聞きたくない。…適当だ、適当」

少女「えぇ…」

食人鬼「ほ、ほら。これもやる」

少女「はぐらかしたわね。…あ、松葉杖?」

食人鬼「足が良くなったらさっさと歩く練習をしろ。骨がもろくなる」



112:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 00:42:10 ID:fOG

少女「リハビリって何時からしたほうがいいのかしら」

食人鬼「まあ、…傷の程度から見て明日からでも大丈夫だ」

少女「そう。案外早いのね」

食人鬼「足は動くんだろ?」

少女「どうかしらね。激痛が走るからなんとも言えないわ」

食人鬼「…痛み止めも用意してあるから、飲め」

少女「分かったわ。至れりつくせりね」

食人鬼「…だ、だからついでだ」

少女「素朴な疑問なんだけど」

食人鬼「何だ」

少女「…お金、どうしたの?」

食人鬼「…」

少女「…」

食人鬼「秘密だ」

少女「うわあ、気になる。すごく気になる」ボフ

食人鬼「も、もう食べないのか!?だったら冷やしておくから箱をよこせよ!」

少女「はぐらかしてばっかりだわ」ムス

食人鬼「お前が言うな!」



113:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 00:48:12 ID:fOG

少女「…ごちそうさまでした」

食人鬼「ん。まあ、多くはないが食べれたな」

少女「舌が肥えそうだわ。もう普通のお菓子食べれないかも」

食人鬼「…人間の食うものはよく分からん」

少女「あなたの食べるもののほうが理解不能だわ」

食人鬼「…」

食人鬼「薬を飲めよ」

少女「分かってる。…うえ。…苦そう」

食人鬼(…フルーツや菓子だったら何とかまともな量を食べれるんだな)

食人鬼(少しづつつまませて、食欲が回復してきたときに元の食事に戻そう)

少女「ぷは。…はい、飲んだ」

食人鬼「じゃあ、寝ろ」

少女「はーい」

食人鬼「明かり消すぞ」

少女「あ、待って」

少女「あのね、明日は…新聞が読みたいの。できる?」

食人鬼「新聞?…村のものか?街か?」

少女「村の方。出来る?」

食人鬼「できないことはない。取ってくる」



114:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 00:52:42 ID:fOG

少女「できれば昨日の夕刊と明日の朝刊が欲しいんだけど」

食人鬼「またワガママな…。わーかった、わかった」

少女「ありがとう。お願いね」

食人鬼「…ん。じゃあ、消すぞ」

少女「…ねえ」

食人鬼「何だ」

少女「…他の、女の子にもこういうことした?」

食人鬼「…」

少女「こうやって優しくしてから、食べたの?」

食人鬼「…人間だって」

少女「…」

食人鬼「家畜や植物に愛情を与えた後、食べるだろ」

少女「私はそれを残酷だと思ったりしないわ。彼らは自然競争をしないで安全に一生を終えられるもの」

少女「食べられるのはその代償じゃないかしらね。…質問に答えて?」

食人鬼「おやすみ」

パチン

少女「…」

バタン

少女「…答えられないわよね。…そうよね」



115:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 01:00:18 ID:fOG



夢を見た。

小さい頃の夢だ。

私は買ってもらったばかりの靴を履いて、お父さんの後を付いて行ってる。

お父さんが振り向く。

優しい、切れ長の瞳。 顔を覆うひげ。 柔らかく笑った口元。

「おいで、少女」

私はお父さんの腕に、だきつく。


場面が暗転する。

私は机に向かって勉強している。

扉が開いて、お父さんが入ってくる。

顔面蒼白で、唇が震えている。

「…少女」

なあに、お父さん

「…村のはずれにいる、女の子が殺された」

…え?

鉛筆の落ちる音がどこかで聞こえた。



116:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 01:04:57 ID:fOG

場面が暗転する。

私は、縄が張られた森の入り口に立っている。

保安官さんと、村の医者が何かを覗き込んでいる。

「…××!! ××!!」

若い母親が、絶叫している。 彼女はあの子をたった一人で育てていたのだ。

私は、目を見開いている。 涙は、出ない。

保安官さんの体が動いて、その下に投げ出された青白い足が見えた。

すでに生きた人の色をしていない。

片方の足が、無い。

「…少女!」

お父さん、ねえ。どうして

「見ちゃ、だめだ。…だめだ」

どうして…あんな、酷いことが

涙が出ない。



117:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 01:11:42 ID:fOG



夢を見た。

小さい頃の夢だ。

僕は母親に手を引かれて、この家に入る。

「ここが今日からあなたの家よ」

僕は目を丸くする。 今まで生活してきた空間とは、全く違う。

温かい色、広い部屋、清潔な空気。 人が人らしく暮らせる家だ。

「気に入った?」

…うん!

僕ははしゃいで家の中を走り回る。 母親は微笑みながら、それを見ている。


場面が暗転する。

僕は丘の上から村の祭りの様子を見つめている。

ねえ、お母さん

「なあに?」

僕も遊びたい。あそこに行きたい。

母親は僕の頭を、困ったように数回撫でた。

「そうね。…いつか、きっと行けるわよ」

いつかって?

「私達が、受け入れられたときよ」

僕はその言葉の意味が、今でも理解できない。



118:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 01:16:26 ID:fOG

場面が暗転する。

僕は森で立ち尽くしている。

遠く先には、猟銃を構えた若い男性が二人。

ダン、 ダン

激しい二発の音が、鼓膜をゆさぶった。

鹿の首から、血しぶきがあがった。

「おい、大物だ」

「これでやっと帰れるな」

二人はにこやかに言い合いながら、死んだ鹿に近寄る。


僕は、思わず身を乗り出した。

木の枝を踏む音が響き、男性の一人がすばやく振り向く。


ああ

逃げなきゃ



119:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 01:22:25 ID:fOG

食人鬼「ほら、新聞」ポイ

少女「ありがと」

食人鬼「…朝食の最中に読むなんて、行儀が悪いぞ」

少女「効率的じゃない?」パラ

少女「…」

食人鬼「何を見てる」

少女「占いのコーナーじゃないことは確かね」

食人鬼「僕にも見せろ」グイ

少女「ああ、もう。破ける!読みたいんなら横に並んでよ」

食人鬼「なっ…。僕が取ってきたものなのに」

少女「集中できないわ。黙って」

食人鬼「…」ムス

少女「…」ペラ

「猟師の娘、行方不明。 家出か」

少女「…」ペラ

「猟師の娘のものと思われるケープが発見された。現場には血痕があり、これも魔物の仕業だと考えられる」

「犠牲者はこれで15人となった」

「未だに両名の安否は不明」

少女「…なるほど」



120:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 01:28:08 ID:fOG

食人鬼「…これ、お前のことか」

少女「そうね」

食人鬼「家出したのか?」

少女「まあ、…そうね」

食人鬼「…父親は、どうした?」

少女「…」

少女「魔物にやられたわ」

食人鬼「…」

少女「皆は生きてるって言うけど、私は思わない。彼はもう死んでる」

食人鬼「……僕は、…」

少女「新聞、もういいわ。大体分かった。ありがと」

食人鬼「待ってくれ。…僕は」

少女「何も言わないで。ご飯ももういいわ」

食人鬼「…どうしてだ」

食人鬼「どうしてそんなに普通なんだ」

少女「…ん?」

食人鬼「お前は僕が村の殺人事件の犯人だって、分かってるんだろ。父親も被害にあったんだろ。なら、どうして」

少女「…」

少女「さあ。どうしてだろう」

食人鬼「…憎いだろう、僕が」

少女「…」

少女「いいえ?」

食人鬼「…!」

少女「着替えたいから、少し出てくれない?」

食人鬼「…わ、わか、った…」



121:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 01:34:07 ID:fOG

少女「…よい、しょ」カツ

食人鬼「…」

少女「やっほー」

食人鬼「!」ビクッ

少女「うん、歩けないことはないわ。使いやすい」

食人鬼「な、なにやってんだ!まだ…」

少女「足の痛みも昨日ほどひどくないの。薬のおかげね。大丈夫よ」

食人鬼「けど、まだ危ないんだぞ!体力だって」

少女「まあ、転んだ時には助けてね」ヒョコヒョコ

食人鬼「ああ、…そっちは段差だ!気をつけろ馬鹿!!」

少女「大丈夫大丈夫」

食人鬼「くそっ、大人しく寝ときゃいいのにっ…」タタタ

少女「ねえ、ドア開けて。外の空気が吸いたい」

食人鬼「…逃げないだろうな」

少女「街に半日で行ける体力の持ち主から逃げれるわけないわ」

食人鬼「…いや、あれは。…まあいい。いいか、庭から先に出るなよ」

ガチャ

少女「うわ。…すごい」

食人鬼「…」

少女「森にこんなところがあったのね。見たことない」

食人鬼「人間が立ち入らない場所なんだ」

少女「え、そうなの?…ああ、猟師でさえ入らない場所があったわね。崖の近くか」



122:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 01:39:10 ID:fOG

少女「でも、変ね」

食人鬼「何が」

少女「あなたを殺そうと捜索隊が入ったはずだけど」

食人鬼「…ああ、来た」

少女「なんでこんな目立つ家が見つからなかったのかしらね」

食人鬼「結界があるんだ」

少女「けっか、い?」

食人鬼「ああ。ずっと張ってる。…外からじゃ絶対見えない」

少女「…なにそれ。ファンタジーなの?」

食人鬼「ほ、本当だぞ!抜け道用の結界だってあるんだ」

少女「信じがたいわね。…なんだか、魔法使いみたい」

食人鬼「魔力を持ってれば、人間だってできる。…いや、相当力が要るけど」

少女「へえ、いいなあ。便利なんだ」

食人鬼「結構大変なんだぞ」

少女「ふーん。…おっと」ズル

食人鬼「おいっ!…前をちゃんと見ろよ!段差があるだろ!」グイ

少女「ごめんごめん」カツ

食人鬼「ったく…車椅子とかにすればよかった…」

少女「飽きた。帰るわ」

食人鬼「…くぅ…」



128:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 11:21:56 ID:fOG

カツ カツ

食人鬼「…」

カツン

食人鬼「あのなあ」

少女「ん?」コツ

食人鬼「あんまりカツカツ言わせるな!気が散るだろ」

少女「暇なんですもの」コツ

食人鬼「うろちょろするなって言ってるんだ!転んだらどうすんだよっ」

少女「運動神経はいいほうだから」コツ

食人鬼「こらっ、どこ行く!そっちは駄目だ!」

少女「なんで?」

食人鬼「地下室なんだ。危ないだろ」グイ

少女「ちょっと、自分で戻れるから触らないでよ」

食人鬼「もう没収だ。座ってるか寝てるかどっちかにしろっ」

少女「横暴!」

食人鬼「座れ!」

少女「あー…つまんないの…」ポフ



129:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 11:27:59 ID:fOG

少女「…」

食人鬼「少しは静かにできないのか」

少女「魔物の住処なんて珍しいし。できるだけ見ておきたいじゃない」

食人鬼「…はぁ…」

少女「ねえ、ずっとここに住んでるの?」

食人鬼「そうだ」

少女「一人で?」

食人鬼「…前は、同居人がいた」

少女「へぇ。それって、誰?家族?」

食人鬼「そんなとこだ」

少女「何で今はいないの?」

食人鬼「…死んだから」

少女「そう」

食人鬼「…」

少女「お母さんかしら?」

食人鬼「!」

少女「家の趣味から見て、女性かなあって」

食人鬼「…そうだけど」

少女「じゃあ、あなた孤児なのね。かわいそうに」

食人鬼「ど、同情なんていらない!別に悲しくもないし、辛くもない」

少女「同情なんてしてないわ。けど、気持ちは分かる。私もお母さんいないもの」

食人鬼「…そうなのか」



130:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 11:32:25 ID:fOG

少女「でも顔すら覚えてないんだ。私が二歳くらいのころ、事故で亡くなったらしいの」

食人鬼「ふうん、じゃあいてもいなくても気にすることはないな」

少女「そうね。私にはお父さんがいるから」

少女「…」

少女「いや、いた…から」

食人鬼「…」ギュ

食人鬼(…こいつも、一人ぼっちなのか)

少女「あぁ、何だか家が気になってきた」

食人鬼「…」

少女「今きっと無人なのよね。それか保安官さんに荒らされてるのかしら」

食人鬼「…帰りたければ、帰ればいい」

少女「嫌よ。村には戻らないわ」ギシ

少女「私はここで死ぬんでしょう?戻る必要はないわ」

食人鬼「…」



131:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 11:36:11 ID:fOG

少女「…」ペラ

食人鬼「少し、外に出てくる」

少女「何処行くの?」

食人鬼「庭だ」

少女「私も行く!」

食人鬼「はあ?何でお前が…」

少女「日の光を浴びたいのよ。お願い、杖貸して」

食人鬼「邪魔すんなよ。少しでもうるさくしたら帰すからな」

少女「うん」コツ


少女「…へえ、畑があるの!」

食人鬼「できるだけ野菜はここで育ててる。…いや、僕じゃなくて母さんが、だったけど」

少女「お母さんの畑を受け継いだわけね。偉いじゃない」

食人鬼「…そ、そうか?」

少女「土も良いし、植物がつやつやしてる。大切にしてるんだ」

食人鬼「そ…そうでもない。普通だ」プイ



132:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 11:42:24 ID:fOG

少女「あ、トマトだ」

食人鬼「少しなら?いで食べてもいい」

少女「ううん、見てるだけでいいわ」

食人鬼「…あっそう」

少女「何か収穫するの?」

食人鬼「いや、水遣りするだけだ。お前は結局食べないだろ」

少女「手伝おうか?」

食人鬼「ふん、お前なんか足を引っ張るだけだ。しなくていい」

少女「む…。できるわよ、水遣りくらい。如雨露貸して」

食人鬼「あ、こらっ」

少女「う、わ。…ひゃ!」グラ

食人鬼「あ、危ないっ!」バッ

ドサ

少女「きゃ…」

食人鬼(…あ)

少女「び、びっくり、した…」

食人鬼(…甘い匂い、する)

少女「ご、ごめんなさい。あんなに重いとは思わなくて」

食人鬼「…」

少女「食人鬼…?」

食人鬼(腕、柔らかい。…おいしそ)

少女「ねえってば」

食人鬼「!!」バッ



134:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 11:46:03 ID:fOG

食人鬼「お、お前!だから言っただろ!馬鹿!!」

少女「うん、だから謝ってるじゃない。腕、離してくれる?」

食人鬼「…あ。…う、ん…」パッ

少女「頭打つところだった。あー、どきどきした」

食人鬼(…)ギュ

食人鬼(なんだ、今の。…くらくらした。あの時と、一緒だ)

食人鬼(あいつが血を出して倒れた時と、…一緒だ)

少女「ねえ、どうかした?目がなんか怖い」

食人鬼「な、…んでもない!驚いただけだ!」

食人鬼「お、お前は…。もう帰れよ…。危なっかしい」

少女「そうね。本当に邪魔みたいだし」

食人鬼「…」

少女「よいしょ」カツ

食人鬼(早く、行け。…行っちまえ…)



135:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 12:01:27 ID:fOG

少女「…ごちそうさま」

食人鬼「ん。…全部食ったな」

少女「少しづつ胃が働いてきたみたいね」ポンポン

食人鬼「ま、この調子で順調に太れ」カチャ

少女「うーん、少し肉はついてきたと思うんだけど」

食人鬼「いきなり変化があるわけないだろ、馬鹿め」

少女「あら、女の子なんてすぐよ。すぐぷにぷにになる」フニ

食人鬼「…知らん。薬飲んどけよ」

少女「あ、ちょい待って」

食人鬼「何だ」

少女「何か日記でも書ける冊子とペンが欲しいんだけど」

食人鬼「…何するんだ、そんなもの?」

少女「食人鬼との交流日記を書くのよ」

食人鬼「却下だ」

少女「嘘よ!暇だから絵とか詩とか書いてみたいの!」

食人鬼「本当か?」ジト

少女「この目を見なさいよ!嘘つくような目に見える?」

食人鬼「…よ、よく分からない。けど、まあいい」プイ

少女「やった」

食人鬼「適当なのを探してくるから、待ってろ」

少女「はーい」



136:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 12:06:05 ID:fOG

食人鬼「ほら」ポン

少女「ありがとう。…万年筆?初めて使うわ」

食人鬼「あまり力を入れて書くなよ。つぶれるんだから」

少女「分かった」カリ

食人鬼「強い強い!」

少女「うわ、インクが手についたっ」

食人鬼「不器用なのか!」フキフキ

少女「うーん、普通の鉛筆がいいんだけど」

食人鬼「生憎これしかない。我慢するんだな」

少女「ちぇー…」カキ

食人鬼「…」ジッ

少女「ちょっと、なに見てるの?」

食人鬼「あ、え?そ、そうか。見られたくないか」

少女「別に大したことは書かないけど、いい気分はしないわ」

食人鬼「分かった。その、すまん」ポリ

食人鬼「…ええと、僕はあっちの部屋にいるから。眠たくなったら言え」

少女「分かった」カリ

食人鬼(…松葉杖は持っていくか。歩き回られたら困るし)カチャ



137:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 12:09:45 ID:fOG

少女「…」カリ

少女(…ペンのほうが都合が良かったかもしれないわ)

少女(鉛筆だと消されるかもしれないし)

少女「…」カリカリ

少女(伝えたいことだけを最小限に書くって難しいのね)

少女(書き物って苦手だわ。…もう箇条書きのほうがいいかな)

少女(…)チラ

食人鬼「ふんー…ふんふーん…」カチャカチャ

少女(律儀に皿洗いしてるし)カリカリ

少女(…気が引けない、と言えばうそになる)

少女(けど、…これは必要なことなんだと思う)

少女(…誰にとって?)

少女(…よそう、もう。考えるのは)カリカリ



138:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 12:14:32 ID:fOG

×月×日

少し落ち着いたので、私の身におこった出来事を整理したい。

私が死んでしまう前に、知りうるかぎりのことを書き留めるつもりだ。


彼は確かに存在する。

髪の色は白で、女性のように長い。

目は赤色。 容姿は細身の少年。背が少し高い。

言葉が通じる。文明感覚があるようだ。会話もした。


私はまだ生きている。 けど、彼がこの後どういう行動に出るかは分からない。

家に帰りたい。 


お父さんに会いたい。



139:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 12:17:55 ID:fOG

食人鬼「よし、っと」

食人鬼(…あれ。やけに静かだな)

食人鬼「…おい?」ソロ

少女「…」

食人鬼「どうかしたか?」

少女「…すぅ、…すぅ…」

食人鬼「ね、寝てる?」

少女「…」

食人鬼「はぁ…。布団もかけてないし…」

コロ

食人鬼(…あ。あいつにやった、ノート…)

食人鬼(…何書いたんだ、一体)ヒョイ

少女「…」モゾ

食人鬼「…」

食人鬼(いや、別段…興味もないしな。いいや)

食人鬼「…」パチ

食人鬼「…お」

食人鬼「おやすみ」ボソ



140:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 12:24:14 ID:fOG

食人鬼「…」モゾ

あの女を拾ってから、今のソファで眠るようになった。

食人鬼「…」ゴロ

今奴が使っているのは元々僕のベッドなんだけど。足が悪いので仕方ない。

食人鬼(…なんか)

ふと、思う。

食人鬼(…らしくもないな)

ずっと昔に諦めたはずなのに、まだこういう気持ちが残ってるなんて

食人鬼(人間と関わったって、ろくなことないのに)

そうだ。ろくなことがない。

食人鬼(あんな…酷い奴らのことなんか)

しかし、彼らの目からすれば僕こそ悪なんだろう。

食人鬼(…僕は鬼だ)

鬼だ。口に出すのも憚られる悪行を重ねる魔物だ。

食人鬼(なのに何で、あいつの世話をしたりするんだろう)

分からない。 けど、多分それはあの女のせいだ。

あんまりにも僕に対して自然だから。

それが狂気にも似た純粋さだということを、僕は理解している。

食人鬼(あの女はいかれてる)

僕もだ。



141:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 12:30:41 ID:fOG

食人鬼「…」ムク

食人鬼「…」チラ

あいつを拾ってから増えた日課が一つある。

少女「すぅ…、…」

食人鬼「…」ジッ

夜、寝ている女の部屋を静かに覗く

少女「ん、…」

奴が繰り返す深い呼吸を、少しの間確認する。

食人鬼「…」フー

生きているかどうかを確認する。

食人鬼「…」ボフ

そうすると少しだけ、安心する。

僕は命を奪ったりしていない。

少女「…」

一人では何もできないあの女の命を、懸命に守っている。

食人鬼「…」

そう考えると、一瞬



全ての罪が許されて、自分が人間になれた気がするのだ。



143:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 16:05:50 ID:fOG

ザアア…

少女「…雨ね」

食人鬼「雨だな」

少女「今朝からなんかじめじめすると思った。最悪だわ」

食人鬼「お前は外に出ないんだからどの道関係ないだろうが」

少女「まあ、たしかに」

少女「けど、本当に暇だわ。飽きてきた…。早く太りたい」

食人鬼「ま、まだまだ全然だめだな。ひねた豚みたいだし」

少女「ほーう、もしかして私を怒らせようとしてる?やめたほうがいいわよ」

食人鬼「素直な感想を述べたまでだぞ」

少女「前々から思ってたんだけど、あなた言い回しにセンスがないのよ。だいたいねぇ…」

食人鬼「…」ピタ

少女「ん。…どうかした?」

食人鬼「…静かにしろ」

少女「ああ、負けそうになったからってそんな」

食人鬼「違う。足音が聞こえるんだ」

少女「え?…雨の音じゃなくて?」

食人鬼「…」フルフル

食人鬼「明かりを消す。お前はとにかく喋るな」

少女「気のせいだと思うけど…」

食人鬼「しーっ!」

少女「…」



144:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 16:10:05 ID:fOG

食人鬼「…」カツカツ

少女「くらーい」

食人鬼「喋るなってば!お前の声は通るんだから」

少女「自分の方が大声出してるくせに」

食人鬼「む。…と、とにかく口を閉じろ。次喋ったら縫い付けてやる」

少女(こわーい)パクパク

食人鬼「…」シャッ

食人鬼(…たくさんの足音だ。…多分全員男。足音が重い)

食人鬼「…おい」

少女「…?」

食人鬼「僕は外に出てくるけど、お前はそこから動くなよ」

少女「…」コクコク

食人鬼「…」カチャ


食人鬼「…!」

「おい、どうだ?」

「いや。こっちには何も」

「崖の方まで行ってみるか?」

食人鬼(…村の男たち、か?)



145:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 16:13:45 ID:fOG

食人鬼(…大丈夫だ。結界が破られることは、絶対にない)

食人鬼(けど、…音や強い光までは防げない場合もある)

食人鬼(静かにしてれば、普通の地形にしか見えない)

青年「…」ザッザッ

「…あ、青年」

食人鬼「!」バッ

少女「それに保安官さんも。皆こんな寒い雨の中で」

食人鬼「な、なんで出てくるんだよっ」

少女「だって気になるんだもの」ヒョコ

食人鬼「あああああっ、もう!!」イライラ

少女「…」ジッ

青年「くそっ…もう2日ですよ。いつになったらあいつは…」

保安官「…せめて、体だけでも見つけてあげたいな」

青年「…」ギュ

少女「私を探してる」

食人鬼「…ああ」



146:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 16:17:50 ID:fOG

保安官「おい、大丈夫か?顔色が悪い」

青年「平気です。それより早く捜索を」

保安官「いや、お前がへばってもしょうがない。ここらで休もう」

青年「…はい」

保安官「…お前も、ずっと寝てないもんな」

青年「俺なんて…何も、できなかった」

少女「…」

食人鬼「…」

少女「青年、…本当に顔が青い。死にそう」

食人鬼「…し、知り合いなのか?」

少女「恋人よ」

食人鬼「えっ…」

少女「嘘。ただの幼馴染」

食人鬼「し、しょうもない嘘をつくな!びっくりしたろ!」

少女「なんで?」

食人鬼「…」

食人鬼「し、静かにしてろ。感づかれる」



147:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 16:21:40 ID:fOG

青年「俺…悔しいです」

保安官「ああ。俺もだ」

青年「一番近くにいたのに…守ってやれなかった」

保安官「自分をせめても何も始まらないんだよ、青年」

青年「…ですよね」ゴシ

青年「だから俺、少女と猟師さんの仇を絶対に取るって決めたんです」ギュ

少女「…あ」

青年「…見つけたら、絶対殺してやる」ジャキ

食人鬼「…!ひ、っ」ビク

少女「あーあー、銃身を雨にぬらしちゃ駄目だよ、青年」

食人鬼「……」

少女「どうしたの?…顔が青いよ?」

食人鬼「あ、…っ。何でも、ない」

少女「銃が怖いの?」

食人鬼「ちっ、…違うっ!!」

少女「しー、しー。落ち着いて」



149:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 16:25:15 ID:fOG

保安官「行こうか、青年」

青年「はい」

ザッ ザッ

食人鬼「…っ。はあ…」

少女「なんだ、本当にビビりなのねー」クスクス

食人鬼「う、うるさいっ!女にそんなこと言われたくない!」

少女「あなた、銃で撃たれたら死ぬの?だから怖いの?」

食人鬼「…ぼ、僕は死なない。痛みはあっても、死ぬことはない」

少女「へえ、すごいじゃない」

食人鬼「…でも、…銃は苦手だ。確かに」

少女「…何か嫌なことでもあったの?」

食人鬼「…ない」プイ

少女「ふうん、そう」

食人鬼「…入るぞ」

少女「うん」コツ



150:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 16:31:21 ID:fOG

少女「びっくりしちゃった。結界って本当なのね」コツ

食人鬼「なんだ、疑ってたのか?」

少女「だって信じられないじゃない。けど、今ので納得いった」

少女「皆ここ素通りだものねー。全然気づかないの」

食人鬼「強力な結界だからな」

少女「あなたが張ってるの?」

食人鬼「…」

少女「えっ、違うの?」

食人鬼「は、母親が遺していったものだ」

少女「へえー。そうなんだ。てっきりあなたがやってるものだと」

食人鬼「僕は…。僕は、この家を覆うほどの力はない」

少女「何で?」

食人鬼「…何で何でうるさい!お前は二歳児か!」

少女「だって、あなたのこと色々気になるんだもの」

食人鬼「!」

食人鬼「き、…気になる、って。僕が?どうして」

少女「変わってるから」

食人鬼「お前に言われたくないっ!」

少女「私はいたって普通よ」

食人鬼「自分の足を撃ちぬく女が普通な訳あるか!」



151:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 16:35:08 ID:fOG

少女「あ、撃ち抜くで思い出した。私の銃どこ?」

食人鬼「…」ズリ

少女「何処って聞いてるだけじゃない。帰してもらえるなんて期待してないわ」

食人鬼「も、勿論隠してある。危険だからな」

少女「あれお父さんの形見なのよ」

食人鬼「物騒な形見だな」

少女「結構思い出あるの。13歳くらいのころ、護身のために基礎射撃は教えられたから」

食人鬼「…女に武器の扱いを教えるなんてどうかしてるな」

少女「だって危ない殺人鬼がいるし」

食人鬼「…僕のことか?」

少女「他に誰がいるのよ」クス

食人鬼「……」

少女「あら、機嫌を悪くした?」

食人鬼「別に。…僕はやることがあるから、もう話しかけるな」ガタ

少女「…怒ってるじゃない」ボソ



152:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 16:41:25 ID:fOG

食人鬼「…」

少女「…」ゴロ

少女「…なにやってるの?」

食人鬼「教える義務はない」

少女「冷たいなー…。つまんないしお話しましょう。マンネリだわ」

食人鬼「お、おい。危ないからテーブル揺らすなっ」

少女「よいしょ」ヒョコ

食人鬼「あっ、…くそ。しくじったじゃないか…」

少女「…なにこれ?ビーズ?」

食人鬼「安い審美眼だな!これはれっきとした宝石だ!」

少女「ええ!本物!?…は、初めてみたかも」

食人鬼「村の経済状況ってどんななんだ…」

少女「コットンから作った真珠のまがい物くらいしか見たことないわ。ね、もっと見せて」

食人鬼「…傷つけるなよ」ジャラ

少女「すごーい。あ、でもこれって原石よね?」

食人鬼「まあな」カリ

少女「削って加工してるの?」

食人鬼「そうだ」

少女「へえ…。すごい。綺麗な色」

食人鬼「…これは石榴石って言うんだ。都で流行ってる」

少女「きれーい!あなたの目の色に似てるわね」ピト

食人鬼「な、気安く触るな!」ブン



153:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 16:46:57 ID:fOG

少女「ね、こっちの黄色いのは?」

食人鬼「そっちは琥珀。樹脂が固まった物だ」

少女「へえぇ…。こんな美しいものになるのね」

食人鬼「…僕が好きな色なんだ」

少女「そうなの?蜂蜜みたいで、ちょっとおいしそう」

食人鬼「感想が低俗すぎるぞ」カリ

少女「ちまちま何かしてたのって、これだったんだ」

食人鬼「まあな」

少女「…」ジー

食人鬼(…や、やりづらい)

少女「何を作ってるの?もしかして、アクセサリー?」

食人鬼「そうだ。ペンダントトップとか…指輪に加工する」

少女「ああ、それを売ってお金にしてるんだ?」

食人鬼「そんなところだ」

少女「…こんな複雑にカットするのねー」

食人鬼「お前もこういうの、つけたりするのか?」

少女「つけたことないし、興味もなかったわ。でも今ちょっと欲しくなった」

食人鬼「…田舎娘に着けたってなあ」

少女「まあ、そうね」クス



154:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 16:51:59 ID:fOG

少女「さしずめ内職ってところかしら」

食人鬼「ただの手慰みだ。僕だって退屈だし」

少女「確かに。ずっとここで一人なんだものね」

食人鬼「…」カリ

少女「ね、私もやりたい」

食人鬼「駄目」

少女「なんでよ!」

食人鬼「案外力が要るし、傷つけたら取り返しがつかないからだ」

少女「ちょっとだけ!くず宝石でいいから!商品になりそうなやつには何もしないわ」

食人鬼「だーめーだ」

少女「けち!自分だけ暇つぶししてずるい!」

食人鬼「だー、もう、うるさいっ!分かった!」ジャラ

食人鬼「この傷がついた奴だけだぞ!どうせ難しくてすぐ投げ出すんだから」

少女「やったー」

食人鬼「ったく…集中できやしないよ…」ブツブツ

少女「なんか、職人さんになった気分」

食人鬼「怪我すんなよ。手当てが面倒くさい」

少女「任せて。手先は器用なの」



155:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 16:56:10 ID:fOG

食人鬼「ここを、こうやって削るんだ」カリ

少女「ん、こう?」ガリ

少女「あ」ボロ

食人鬼「何してんだ、ヘタクソ」

少女「む、難しい…」ガリ

食人鬼「…」イライラ

少女「あ、おっと」ボロ

食人鬼「だから、こうだって!」ガシ

少女「う、わ」

食人鬼「この縁をなぞるみたいに削るんだ。なんでこんな簡単なこともできない?」

少女「…」

食人鬼「おい?どうした?」

少女「いや、…別に」

食人鬼「なんだよ、熱でもあんのか?」

少女「…手よ」

食人鬼「…」

食人鬼「あ、っ!…こ、これは違っ」バッ

少女「…」

食人鬼「い、いや。お前があんまり不器用だったから!」



156:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 17:04:17 ID:fOG

少女「だ、だから。コツを掴めば簡単なんだってば…」カリ

食人鬼「おい、その持ち方はやめ…」

少女「痛っ」

食人鬼「あぁ…!」

少女「…っ、つぅ…」

食人鬼「刃を置け!ほら、傷を洗うぞ!」

少女「触らないで、血が…付いちゃうから」

食人鬼「洗えばいいだろ!あーあ、何でこんなざっくり切るんだよ」ガシ

少女「…」

少女(痛い。…切った、…切った)ゾワ

食人鬼「ほら、脇支えてやるから流し台に…」

少女「触らないで」

食人鬼「滴ってるだろ!早く止血…」

少女「さわら、ないで。おねがい」

食人鬼「…おい?」

少女「はぁ、…はぁ」

少女「嫌。…来ないで!私に触るな!!」バッ

食人鬼「う、わ!?」

ビシャ

少女「はあ、…はぁっ…」ブルッ



157:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 17:11:10 ID:fOG

被害者の女性は首を鋭利なもので

少女「ひ、…っ」

中には首が千切れかけていた遺体まで

食人鬼「おい、…どうしたんだ?なあ?」

少女「来ないで、…嫌。…痛い、の…」フラ

ガタン

食人鬼「お、おいっ!危ない!」

血が大量に流れて

少女「…っ、ぁあああああああああああ!!!」

食人鬼「少女、…!僕は何もしない!落ち着け!」

少女「お父さん!お父さん、助けてっ!」

食人鬼「…少女っ」バッ

少女「嫌だぁあ!…たくない!お父さんっ…!!」

食人鬼「く、そっ。暴れるな…」ギュ

少女「!う、…む…」

食人鬼「大丈夫だ、大丈夫だから…」ギュウ

少女「お願い、お願い…。お父さん、守って。お願い…」

食人鬼「…」

少女「怖いよぉ…。お父さん、お願い…」

食人鬼「…守る、から。大丈夫だ。傷つけたりしない」

少女「…っ」



158:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 17:16:32 ID:fOG

少女、大丈夫だ。

お父さんが守る。

何があっても、守ってみせる。

だから怯えなくていい。泣かなくていい。

少女「…おとう、さん…」

「…落ち着け。…大丈夫だから」

大丈夫だから、少女。

お前を傷つけたり、しない。 俺はお前の味方だ。

少女「…本当に?こわく、ない?」

「ああ。…大丈夫だ。な?」ポンポン

少女「…うん」


お父さん、ありがとう。 抱きしめてくれて、撫でてくれて、ありがとう。



お父さんって、こんなに細い腕をしていたっけ。



「大丈夫だ」

少女「…うん。ありがとう、お父さん」

お父さん


大好き



159:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 17:21:07 ID:fOG

食人鬼「…と」キュッ

少女「…」

食人鬼「はぁ…びっくりした…」

食人鬼(いきなり泣き出したと思ったら気絶、だもんなあ)

食人鬼(指切っただけで、そんなに怖かったのか?気が小さい奴)

食人鬼(いや待て、こいつもっとすごい負傷してたのに)

食人鬼(…まあ、いいや。血も止まったし)ギシ

食人鬼「後片付け…しないとなー」

食人鬼「ったく、そこらじゅうに血つけやがって」

ゴシ

食人鬼「…」

食人鬼(…いいにおい、する)

食人鬼「…っ」バシン

食人鬼(何考えてんだ、…馬鹿か。…駄目だ、落ち着け)

食人鬼(…約束は、…守るんだ。何があっても)

ゴシ ゴシ

少女「…」

食人鬼(なにが、あっても)



162:名無しさん@おーぷん:2015/07/26(日) 18:35:21 ID:fOG

少女「…ん」

ザアア…

少女「…」ムク

食人鬼「…」ウト ウト

少女(…指、包帯巻いてある)

少女(あれ?…私、何してたんだろう)

食人鬼「ん、…起きたか」

少女「あ。…ごめん、ちょっと。よく覚えてないけど、大変だったみたいね」

食人鬼「覚えてないのか?」

少女「指切ったことまでは…なんとか」

食人鬼「…えーと」

食人鬼「いや、お前パニックになって頭打ったんだよ。気絶したみたいだな」

少女「そ、そうなの?…別に頭に痛みはないけど」

食人鬼「ま、まあいいだろ。ったく、こんなに眠りこけやがって」

食人鬼(…起きないかと思った。よかった)

少女「ああ、もう夜なのね。本当、ごめんなさい」

食人鬼「…別に、いい。眠ってる分静かだったしな」

食人鬼「丁度良かった、晩飯の時間だから、食え」

少女「…」ギシ

食人鬼「どうした?」

少女「いらないわ。なんか、気分悪い」

食人鬼「はあー?」

少女「…見たくない。ごめん」フイ

食人鬼「…じゃあ、水分だけでも」

少女「……」フルフル



165:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 20:49:58 ID:wRw

少女「…すぅ、…」

食人鬼(…そうだ)ガタ

食人鬼(医学書は…これだな。ええと…)パラパラ

食人鬼(摂食障害、か)ペラ

食人鬼(…拒食症…、摂食の後嘔吐などの症状が見られる)

食人鬼(これか…)

少女「……」

食人鬼(原因は、何なんだ?やっぱり体のどこかが悪いってことなんじゃ)

食人鬼(…ストレス?)ペラ

食人鬼(ああ、そうか。精神苦痛でなる場合があるのか…)

…お父さんはもう、帰ってこない


食人鬼「…」

食人鬼(どうすれば、治る?…治せるのか?)

食人鬼(いや、でも。…僕がやったって)ペラ

食人鬼(…できるだけ前向きな気持ちにさせる。外出、外部とのコミュニケーションも有効…)

食人鬼「…」パタン

少女「ん、…」ゴロ

食人鬼「…苦しい、よな」ボソ



166:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 20:55:32 ID:wRw

少女「お、なんか調子いいかも」

食人鬼「足、見せてみろ」

少女「はい」シュル

食人鬼「…熱もなくなってる。傷口も塞がってるな」

食人鬼「痛みは?まだあるのか?」

少女「うん、まあ歩きづらいくらい程度には」

食人鬼「そうか…」

少女「あ、それ朝ごはん?…ええと、ジュースだけ飲みたい」

食人鬼「…」ポリ

食人鬼「あの、さ」

少女「ん?」チュー

食人鬼「お前ももう、4日もまともに外に出てないだろ。…逆に健康に悪いと思うんだが」

少女「確かに。お日様あんまり浴びてないかもしれない」

食人鬼「…」

食人鬼「少し、出てみるか?」

少女「え?…いや、いいわ。まだちゃんと歩けるかわかんないし…」

食人鬼「杖があるだろ。それに僕が着いてるから危険はない」

少女「出たい、けど…」

食人鬼「じゃあ決まりだ。準備しろ」スタスタ

少女「え、えっ。でも」

食人鬼「いいから!早くしないともう二度と出さないぞ!」

少女「わ、分かった」



167:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 21:01:07 ID:wRw

少女「ん、しょ」カタ

食人鬼「平気か?」

少女「うん。杖がしっかりしてるし、歩けるわ」

食人鬼「そうか」

少女「怪我してても着易いように、スカートにしてくれたのね」

食人鬼「…ぐ、偶然だ。女といったらスカートだろ」

少女「最近の女優なんかはズボンも履いてるわ。ちょっとあこがれる」

食人鬼「…ふーん」

少女「ねえ、それ、何詰めてるの?」

食人鬼「内緒」

少女「えー!けち!」

食人鬼「うるさい!…行くぞ、ほら!」

少女「はーい」カツ

食人鬼「雨、昨日のうちに上がってるしな。地面もぬかるんでない」

少女「本当だ。綺麗な空ね」

食人鬼「ゆっくりでいいからついて来いよ」

少女「…ふと、疑問に思ったのだけれど」カツ

食人鬼「なんだ?」

少女「出たら見つかるんじゃない?大丈夫?」

食人鬼「大丈夫だ。村人の気配はないし、皆村にいる。森に入ってない」

少女「ものすごい五感ね…。猟師がうらやましがるわ」



168:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 21:08:38 ID:wRw

少女「…いい天気ねー。涼しいし、気持ちがいいわ」

食人鬼「ん。雲ひとつないな」

少女「で、何処行くの?」

食人鬼「だから内緒だ」

少女「…ヒントくらいくれてもいいじゃないの」カツ

食人鬼「ぶつぶつ言うな。帰すぞ」

少女「はーい」

食人鬼(…変なかんじだ)

食人鬼(少し先に行っては、あいつがちゃんと2歩後ろにいるか確認して)

食人鬼(苦しそうじゃないことを確認してから、また歩く)

食人鬼(…森をこんなにゆっくり歩いたのって、初めてかもしれない)

少女「ねえ、まだなの?」

食人鬼「まだだ」

少女「ちょっと疲れてきたー」

食人鬼「甘えるな。これはリハビリなんだぞ」



169:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 21:15:44 ID:wRw

ザク ザク

少女「…ふぅ、ふう」

食人鬼「大丈夫か?もう少しだ」

少女「うん。…大丈夫」カツ

食人鬼「…ほら、この斜面は危ないから手を貸してやる」

少女「あら、ありがと」

食人鬼「よ、っと」ヒョイ

少女「うわ!…び、びっくりした。軽々持ち上げるのね」

食人鬼「お前は軽すぎるんだよ」

少女「そうかしら…?あなたが怪力なだけじゃ」カツ

食人鬼「あ、待て。目を閉じろ、動くな」

少女「え?なんで?」

食人鬼「い、いいから!早くしろっ」

少女「…こう?」

食人鬼「僕が手を引くから、来い」

少女「分かった」カツ

食人鬼「…いいか、まだだぞ」

食人鬼「…よし、いいぞ。開けろ」

少女「…」パチ


少女「わ、…すごい…」

サワ

少女「…こんな綺麗な湖、この森にあったんだ…」

食人鬼「深いほうにはあるんだ。ほら、こっち」

少女「底が見える!すっごく透明!」

食人鬼「はしゃぐな、転ぶぞ!」



170:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 21:19:18 ID:wRw

少女「…」パシャ

少女「冷たいっ!あはは!」ケラケラ

食人鬼「綺麗だろ。魚もいるんだ」

少女「あ、本当だ!光って見えた!」

食人鬼「ま、好きに見るなり遊ぶなりしろよ」

少女「いいの?」ウズウズ

食人鬼「傷口はちゃんと覆ってあるし、あんまり濡らさないならいいぞ」

少女「やっほー!」パシャッ

少女「冷たい!きもちいー!」ピョン

食人鬼(…急に元気になったな。やっぱ田舎娘だなー)

少女「食人鬼-!」

食人鬼「ん?何d」

バシャッ

食人鬼「…」

少女「あははは!ひっかかったー!」

食人鬼「…こんの野郎!」バッ

少女「きゃー!」クスクス



171:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 21:23:31 ID:wRw

少女「こわーい!」バシャ

食人鬼「ぶは、やめろっ!濡れるだろ!」

少女「どうせ着替え持ってきてるんでしょ!濡れなさいよ!」バシャ

食人鬼「くそ、この…」バシャ

少女「ぎゃー!やめて!」

食人鬼「お前が先に売った喧嘩だろうが!」バシャバシャ

少女「冷たい!ちょっと!やめなさいよ!!」

少女「あ、痛っ」ドサ

食人鬼「…ふふっ。あははっ」

少女「…」ピタ

食人鬼「あはは、必死な顔。おかしいの」クスクス

少女「…笑った」

食人鬼「え?」

少女「なんだ、あなたそんな顔して笑うのね」

食人鬼「…」

食人鬼「…っ」カァ

少女「ずーっとむっつりしてるから、表情筋が死んでるのかと思ってた」

食人鬼「わ、…笑ってなんか、ない」

少女「今思いっきり笑ってたわ。あははーって」



172:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 21:28:52 ID:wRw

食人鬼「ち、違う。今のはお前があんまり滑稽だったから」

少女「ふーん」

食人鬼「な、なんだ」

少女「隙あり」バシャッ

食人鬼「うわぁあ!?なな、何するんだお前!」

少女「あーあ、全身ずぶ濡れになっちゃった。バケツって便利ね」

食人鬼「沈めてやろうか!?」


……


少女「はー、面白かった」ノビー

食人鬼「…最悪だ。寒い…」グショ

少女「馬鹿ね、手加減して反撃しないからよ」

食人鬼「し、してない!僕は本気でお前を湖の藻屑にしてやろうと」

少女「…うー」

少女「…お腹空いたかも」グルル

食人鬼「!そ、そうか!」

少女「何か食べたい。…ある?」

食人鬼「ある。じゃあ配膳手伝えよ」

少女「うん!」

食人鬼「テーブルクロスを広げて、この上に座って食べよう」

少女「おー、ピクニックってかんじ」パサ



173:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 21:33:29 ID:wRw

食人鬼「サンドイッチ、…固形だし、菓子でもないけど。食べれるか?」

少女「具は何?」

食人鬼「卵と、ベーコンと、ポテトサラダと…あとカスタードで和えたフルーツ」

少女「全部食べたい!」

食人鬼「はいはい」

少女「いただきます!」

食人鬼「い、…いただきます」

少女「…」モグ

食人鬼「…どうだ?」

少女「…ん、ぐ」ゴク

少女「すっごく、美味しい!」ニコ

食人鬼「吐き気は、ないのか?」

少女「ううん、全然!胃にすって落ちてく」

食人鬼「そうか…。まあ、運動したからな」

少女「なんか久しぶりにまともなご飯食べたわ。感動する」モグ

食人鬼「ゆっくり食えよ」

少女「分かってるって」モグモグ

食人鬼(…良かった。やっぱり、外に出すべきだったんだな)



174:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 21:37:35 ID:wRw

少女「ごちそうさまでした」ペコ

食人鬼「結構食べたな」

少女「そうね。お腹が重たい」

食人鬼(…それでも全然、子どものような量だけど。進歩ではあるな)

少女「はー…。なんか、生きてるってかんじがする」ボフ

食人鬼「食べた後にすぐ横になるな。…豚になるぞ」

少女「牛じゃない?」

食人鬼「どっちでもいいだろ」

少女「いいじゃない。あなたも寝れば?一緒にお昼寝しよう」

食人鬼「いや、…ぼ、僕はいい。座ってる」

少女「そう。…あー、きもちいい」ノビ

食人鬼「…風邪が心地いいな」

サワ

少女「…」

少女「…懐かしいな」

食人鬼「ん?」

少女「お父さんとも、よくこうやって外でご飯を食べて、一緒にお昼寝したの」

食人鬼「…そうか」



175:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 21:43:16 ID:wRw

少女「あなたは?お母さんとピクニックした?」

食人鬼「いや、したことない」

少女「どうして?」

食人鬼「母親は…病気がちだったから。外に出れなかった」

少女「あなたのお母さんって、やっぱりあなたと同じなの?」

食人鬼「…」

少女「あ、答えたくなければいいんだけど…」

食人鬼「母親も、そうだ。…人を食べる種族の生まれだ」

少女「そうなんだ」

食人鬼「…」

少女「魔物にも病気ってあるのね。大変ね」

食人鬼「それでも十分生きてた。…いや、苦しかっただけなのかな」

少女「そんなことないわ。子どもと長く生きれるって、いいことじゃない」

食人鬼「そういうものか」

少女「そういうものよ。親って、無条件に子どもを愛してくれるの」

食人鬼「…」

少女「あなたのお母さんの話、もっと聞きたいわ。明るい話がいい」ゴロ

食人鬼「僕の話なんか、つまんないだろ」

少女「ううん。聞かせて」

食人鬼「…」

少女「お母さん、美人だった?」

食人鬼「人間の観点はよく分からないから、何ともいえない」

少女「あなたから見ると?」

食人鬼「…ま、まあ。整ってたとは思う」

少女「へえー」



177:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 21:49:25 ID:wRw

少女「じゃあ、あなたはきっとお母さん譲りの顔なのね」

食人鬼「どういうことだ」

少女「だってあなた、綺麗な顔してるもの」

食人鬼「!?」

少女「はじめてみた時、すっごく美人な女の人だと思ったくらい」

食人鬼「な、な、何を言ってる!せ、世辞のつもりか」

少女「いやいや、本当だってば。あんまり見ない、切れ長の目してるし。色だって白いし」

食人鬼「は、母親の話をしてるんだろ!」

少女「あ、そうそう。そうだった」

食人鬼「…何を話せばいいのか、分からない」

少女「そうねー、ええとじゃあ、楽しかった思い出を聞かせて」

食人鬼「楽しかった?…そうだな」

食人鬼「…」

少女「数え切れない?」

食人鬼「…言葉にするのは、難しい」

少女「そうよね、確かに」

食人鬼「…本を」

少女「お、うんうん」

食人鬼「本を、読んでもらった。…僕は母親の膝の上に乗ってた」

食人鬼「母親の声は…よく、覚えてないけど。それでも、この世界で一番綺麗な音だったって記憶してる」

少女「へえ、いいわね」

食人鬼「…は、恥ずかしいんだけど」

少女「いいじゃない、いいじゃない!羨ましいわ」クス



179:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 21:58:28 ID:wRw

少女「お母さんなんて顔も知らないから、実感湧かないわ」

少女「あ、そうだ。あなたお父さんは?」

食人鬼「…父親は」

食人鬼「…」ギュ

食人鬼「父親の話は、したくない」

少女「そう」

食人鬼「ああ」

サワ

少女「ふ、…あ」

食人鬼「眠いのか?」

少女「うん。…ちょっとだけ、眠りたい」

食人鬼「ああ、僕は起きておくから。眠ればいい」

少女「ありがと。…おやすみー」ゴロ

食人鬼「ん。…」

少女「…すぅ、…すぅ」

食人鬼(…寝付くの早いな)

少女「…」

食人鬼「…」ソッ

サラ

食人鬼(…綺麗な、髪)

食人鬼(…母親の髪を、思い出す)

食人鬼「…」

少女「…ふふ」

食人鬼「!!!?」バッ



180:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 22:09:00 ID:wRw

少女「なに、髪の毛が気になるの?」

食人鬼「ち、違う!その、ごみがついてて」

少女「触りたければ触ればいいじゃない。どうぞ?」サラ

食人鬼「べ、別にそういうわけじゃ…」

少女「私、髪の毛触られるの嫌いじゃないわ。なんだか気分がいいし」

食人鬼「…」

食人鬼「じゃあ、…少しだけ、このまま…触ってもいいか?」

少女「どうぞー」

食人鬼「…」サラ

少女「あなたの髪も綺麗な色してて、いいわよね」

食人鬼「そ、そうかな」

少女「…ますます眠い。撫でられてる猫のきもちが分かる」

食人鬼「…」

少女「これでお礼になるといいけど」

食人鬼「え?お礼?」

少女「うん。わざわざここに連れて来てくれたのは、私にご飯を食べさせるためでしょ?」

食人鬼「!…違う。ただ」

少女「嘘よ。…私のために全部してくれてるんだわ」

食人鬼「だ、だから違うって!たまたまだ!」

少女「優しいのね」

食人鬼「…っ」

少女「私、あなたのこと、…好きだわ。今まで接してきた人の中でも、ひときわ優しいもの」

食人鬼「す、…す!?」

少女「友人として、好きよ。うん」

食人鬼「………」



181:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 22:13:31 ID:wRw

食人鬼「ゆ、友人って」

少女「あら、もう立派な友達じゃない?私達」

食人鬼「ぼ、僕とお前が?なんで」

少女「普通に話すし、遊ぶし。あなたは私の事、嫌いじゃないんでしょ?」

食人鬼「…け、…嫌悪してるわけじゃ、ない。けど」

少女「なら友達だわ」

食人鬼「…」

食人鬼「こんな、…男でもか?僕は、君の村を」

少女「そうね」

ザワ

少女「それでも何だか、あなたを昔からの友人のように感じるわ」

食人鬼「…」

ザワ

食人鬼「なあ、…聞いてくれ」

少女「…」

食人鬼「…。僕は、…僕は」

少女「ん、…ふ、あ…」

食人鬼「…」

少女「すぅ…」



182:名無しさん@おーぷん:2015/07/27(月) 22:23:57 ID:wRw

食人鬼「…」サラ

正直に言うと、人生で一番戸惑っている。

少女「ん…」

化け物であり、敵である自分のことを「友人」と呼ぶ少女と

その体の一部に触れたいと思う自分

食人鬼「……」

僕の頭の中に浮かんだ感情が、何か

知るのが怖い

少女「…」

食人鬼「…少女」

近づくのは、怖い

あってはならない 認めるわけにはいかない

少女「…」

僕はこの小さな、静かに息をする人間のことを

食人鬼「…少女」サラ


ザワ



189:名無しさん@おーぷん:2015/07/30(木) 00:18:21 ID:kVE

「少女」

ごめんなさい、お父さん

「だめだ、少女」

できないの。どうしても

「どうしてだ。一発目は撃てたじゃないか」

でも、…でも

「ほら、見ろ。即死してない。苦しんでるんだ」

…でも

「近づいて、トドメをさしてあげるんだ」



「このままだとこの猪は、苦しい思いをして死ぬ」

分かってる。…分かってるよ

「決めたんだろ、少女。こいつを食べるんだろ」



「楽にしてやりなさい。残酷だ」

…っ


ダン 

「…少女。そうだ。いい子だ」

ご、…ごめん、なさい

「謝ることなんてない。彼も感謝しているし、俺たちが美味しく食べればいい話だろ」

…うん

「さ、小屋へ行って捌こう。辛い思いをさせたけど、これが」

…これが生きること、なのね?

「ああ。…そうだよ少女」

…分かってる



190:名無しさん@おーぷん:2015/07/30(木) 00:22:35 ID:kVE

教えてお父さん

他の物の命を奪ってまで生きる意味が

私にあるのかしら


私、今でも分からないの

生まれてきてから、今まで ずっと


…彼もそうだったのかしら

何度も何度も少女に手をかけて、食いながらも

祈りと謝罪を惜しむことなく死体に捧げて

自分の生を呪ったのかしら


だとしたら、その行為は許されるの?

分からないわ

教えて、お父さん

恨んではいけないの?


それとも一層、恨むべきなの?



191:名無しさん@おーぷん:2015/07/30(木) 00:27:10 ID:kVE

少女「…」

少女「あ、…れ」パチ

食人鬼「ふんふーん。…ふーん」

少女「…家?」

食人鬼「あ、起きたな」

少女「何時の間に帰ってきたの。私、結構寝てたのね」

食人鬼「ああ、そうだよ!夕方になってもぐうすか寝てたから、担いで降りてきてやったんだ」

少女「まあ。…ごめんなさい」

食人鬼「謝るくらいなら自分で起きろよな…。…っ」

食人鬼「くしゅんっ」

少女「ん」

食人鬼「は、くしゅっ」

少女「…どうしたの?」

食人鬼「別に、なんでも…くしゅっ!」

少女「まさか、風邪?」

食人鬼「…ち、違う。少し鼻がむずむずしただけだ」

少女「私、あなたに結構水かけたわよね。そのせいかな」

食人鬼「だから風邪じゃないって……っきしゅっ!」

少女「あらら…」

食人鬼「ずずっ…。た、しかに。少しくらくらする、かも…」ゴホ



192:名無しさん@おーぷん:2015/07/30(木) 00:32:54 ID:kVE

少女「大丈夫?顔が青いわ」

食人鬼「別に、平気だ…くしゅっ」

少女「いや、…全然そうは見えない」カタ

食人鬼「お前こそ、寝てろよな。…すぐ飯にするから」

少女「ちょっと待ってよ。あなたはもう休んだ方がいいわ」

食人鬼「でも」

少女「第一、あなたがご飯作ったら風邪菌入るじゃない。移さないでよ」

食人鬼「なっ…。じゃ、じゃあどうするんだよっ」

少女「今日は私が作るわ。ほら、どいて」

食人鬼「お、お前が?…くしゅん!」

少女「ええ。慣れてるから、平気よ」

食人鬼「…まだ手元が危ないんじゃ」

少女「大丈夫!だからさっさと横になってよ」ドン

食人鬼「うわ!…くそ、乱暴だぞ…。…ごほっ」

少女「あなた具合悪そうだし、お粥にでもするわ」

食人鬼「うう、…何か、落ち着かない」

少女「立場が逆転したかんじね」

食人鬼「…」クタ

少女「薬はあるの?」

食人鬼「ない。…けど、いい。寝たら治る」

少女「そうでもないわよ。風邪を甘く見たらだめよ」



193:名無しさん@おーぷん:2015/07/30(木) 00:38:55 ID:kVE

食人鬼「…いい匂い」ボソ

少女「何か言った?」

食人鬼「あ、う。何でもない…」

少女「はい、お粥とスープね。食べれそうなら、こっちの卵サラダも食べて」テキパキ

食人鬼「あ、ああ」

少女「私も今日からテーブルで食べるわ。足も大分良くなったし」カタ

食人鬼「じゃあ、…いただきます」

少女「いただきまーす」

食人鬼「…」ズズ

食人鬼「!」

少女「どう?」

食人鬼「…お、美味しい」

少女「本当?うれしいわ」

食人鬼「ま、まあ。素人レベルではある、けどな」

少女「一言余計なのよ、もう」

食人鬼「…」ズズ

少女「無理しなくていいからね」

食人鬼「ん」モグ

少女「…ごちそうさまでした。ふう」

食人鬼「僕も、…ごちそうさま」

少女「律儀に完食しなくても良かったのに」

食人鬼「し、食欲はあるんだ。…悪いか」プイ

少女「いいえ。いいことよ。皿洗うから、あなたは寝てて」



194:名無しさん@おーぷん:2015/07/30(木) 00:44:14 ID:kVE

カチャカチャ

少女「ふんふーん…」

食人鬼「…」ジッ

少女「よし、っと」

少女「ねえ、食人鬼」クル

食人鬼「…っ」パッ

少女「他に何かやることはある?私がやるから、言って」カツ

食人鬼「いや、別に。…済ましてある」

少女「そう…」

食人鬼「あ、今日収穫した野菜、どこにある」

少女「玄関に置きっぱなしだったと思うわ」

食人鬼「悪くなるといけないから、あそこの部屋に移動していてくれないか?」

少女「あそこ?いいわよ」カタ

少女「よい、しょっと」

食人鬼「…」

少女「うわ、ここの部屋涼しい」

食人鬼「生ものを保存しておく部屋なんだ」

少女「じゃあここの棚においておくわ。明日の朝使うわね」

食人鬼「ん…」ボフ

食人鬼「…はぁ。…くしゅんっ」

少女(…大分辛そうね)

食人鬼「…ちょっと、寝る。お前もほどほどにして寝ろよ…」

少女「はーい」

食人鬼「…」ゴロ



195:名無しさん@おーぷん:2015/07/30(木) 00:48:52 ID:kVE

少女(…居間の明かりを消そう)フッ

食人鬼「…」

少女「…」

食人鬼「…」

少女(呼吸が深くなった。…寝たわね)

カツ

少女(…)カツン

少女(予定より、少し遅いけど)

少女(やっと時間が作れた…)カツ

少女「…」ビリ

少女(問題はこれをどこに仕舞うか、よね)コツ

少女(…あ、そうだ)

少女(地下室がいい。まだ入った事はないけど、あそこが自然かも)コツ

少女「…」

少女「ん、…あれ?」

少女(…くそ、鍵が。そういえば、やんわりと入るなって言われてたような)

少女「…ああ、もう…」

ギシ

食人鬼「…なに、してる?」

少女「!」バッ



196:名無しさん@おーぷん:2015/07/30(木) 00:53:50 ID:kVE

少女「…起きたの?」

食人鬼「水が欲しくて」

少女「私が用意するわ。だから、寝てて…」

食人鬼「…ここで何してたんだ?」

少女「…」

食人鬼「明かりが消えてたから、お前も寝てると思ったのに」

少女「私も、起きたのよ。…お手洗いに行きたくて」

食人鬼「あ、…そ、そう」タジ

少女「水、用意するわね」カツ

食人鬼「ん。…ああ」

少女「…」

食人鬼「…おい」

少女「ん?」

食人鬼「地下室はだめだ。…入るなよ」

少女「…」

食人鬼「分かったか?」

少女「…」

少女「この家に地下室なんてあったの?初めて知ったわ」

食人鬼「…ま、今回はそういうことにしておく」ボフ

少女「…」

少女(…手ごわい、わね)ギュ



202:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 14:49:05 ID:MU8

少女「…」

食人鬼「ふ、…あくしょっ!!!」

少女「風邪ね」

食人鬼「…」ズビ

少女「あーあ…。何か拍子抜けね。魔物でも病には弱いの?」

食人鬼「うるさい…。僕だって風邪くらい、ひく…」

少女「熱も、ほら」ピト

食人鬼「ひ、…さ、触るなよっ」

少女「あっつ!!良く生きてるわねあなた」

食人鬼「…ふらふらする。…くそ…。お前のせいだ…」

少女「…責任は感じてるわ」

食人鬼「は、きっしゅ!くしゅんっ!」

少女「薬を飲んで寝てれば一日で良くなるわよ。冷えからくる風邪だし」

食人鬼「薬は、…ないんだよ」

少女「えー?」

食人鬼「昨日も言ったろ…くしゅっ。それに、あんまり効かない…」

少女「そんな。自然に治すったって時間かかるわよ」

食人鬼「寝てれば良くなる」ボフ

少女「また…人にはうるさいくらい看病するのに」



203:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 14:52:38 ID:MU8

少女「何か食べる?」

食人鬼「…いらん。水…」

少女「はい。…どうしよう。おでこでも冷やそうか?」

食人鬼「…いい。寝て汗かけば、治る」ゴロン

少女「風邪を甘く見たら駄目よ!死ぬわよ」

食人鬼「だから、…死なないんだよ」

少女「え?」

食人鬼「…僕はこんなことじゃ死なない。…ごほっ、…苦しいけど、時間がたてば治るんだって」

少女「…でも、お母さんは病気で亡くなったんじゃ?」

食人鬼「…」

食人鬼「寝る」ゴロン

少女「え、…もう。後で冷やす物持ってくるからね!」

食人鬼「…」

少女「ったく…。無用心にもほどがあるわ」



204:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 14:56:53 ID:MU8

ガサガサ

少女「…えーと、…包帯に傷薬…」

少女「うわ、本当に無い。信じられない」

少女「…どうしよう…」

食人鬼「ごほっ、…ごほ、ごほっ!」

少女「…」

食人鬼「はぁ、…はぁ…」

少女(また熱、上がってる…)

食人鬼「…水、…」

少女「ほとんど重病じゃない…。菌に弱すぎるわ」

食人鬼「…うる、さい…」ケホ

少女「…ねえ、食人鬼」

食人鬼「…なに」

少女「私、薬をとってくるわ」

食人鬼「!?」バッ

少女「ちょ、ちょっと!寝なさい!」グイ

食人鬼「なに、言ってんだよ!…いい、いらない!」

少女「だってあなた、死にそうじゃない!怖いわ!」

食人鬼「だい、じょうぶ…だから!」ゴホ



205:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 15:00:23 ID:MU8

少女「興奮しないで。また熱あがるわよ」

食人鬼「…っ」グラ

食人鬼「はぁ、…くそ…」ボフ

少女「ね、私が取ってくるから。あなたは寝てて」

食人鬼「でも、そんな…足で」

少女「ああ、足ならもう大丈夫よ。なんとか歩けるもの」

食人鬼「…取るったって、どこに薬が」

少女「森の中にある植物を煎じて飲めば一発よ。ありふれた草だからすぐ見つかるわ」

食人鬼「…」

食人鬼「だめ」

少女「何でよ!」

食人鬼「駄目だ。…ごほっ、…動物なんかに襲われたら、どうすんだ…」

少女「猟師の娘を舐めないでよ。森のことは詳しいし、心配ないわ」

食人鬼「…でも」



207:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 15:05:59 ID:MU8

少女「お願い、行かせて。苦しむあなたを見たくはないし…」

食人鬼「う、…」

少女「ね?夕方には帰ってくるから」

食人鬼「…」

少女「食人鬼?」

食人鬼(…ああ、…そうか。そろそろ体も良くなってたもんな)

食人鬼(村に帰れるくらいの体力も…)

食人鬼「…じゃあ、行け」

少女「お、ようやく納得したわね」

食人鬼「…ん」

少女「あなたもちゃんと横になってるのよ。悪化させないようにね」カツ

食人鬼「…」モゾ

少女「じゃあ、行ってきます」

食人鬼「…ん」

バタン

食人鬼「…」

食人鬼「気をつけて」


食人鬼「…帰れよ」ボソ



208:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 15:12:25 ID:MU8

少女「ん、しょっと」カツ

少女「…」トス

少女(杖なしでもなんとか歩けるわね。走るのは…流石にまだ怖いけど)

ザク ザク

少女(えーっと、赤い花の根元だったわよね。泉の周りに生えてたはず)

少女「…」サク

少女(あー…なんか、森を一人で歩くのなんて久々のような気がする)

少女(6歳、くらいだっけ。食人鬼の被害が出始めて)

少女(それで、お父さんが私を自由に遊ばせなくなって)

少女(最初はすごく不満だったなあ。けど、村はずれの歳が近い子が死んだって聞いてから)

少女(大人しくお父さんについていくようになったんだっけな)サク

少女(猟の手伝いとか、いろいろしたなあ)

少女(釣りは楽しかった。…小屋で捌いて、焼いて食べたんだっけ。美味しかった)

少女(お父さん、…いっぱい食べてた)

少女「…お父さん」ボソ

ザワ

少女「…」ビク

少女「…」クル



少女「…あ、はは。もう…いい加減にしないとね」



209:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 15:15:38 ID:MU8

少女(お父さんは、もう、いない)

少女(…)

少女(それでも時々思う)

少女「お父さん?」ボソ

少女「…そこで、見てるの?」

ザワ…


食人鬼(風が、出てきたな…)

食人鬼「…」クン

食人鬼(黒い雲が近づいてる。…雨が降るかな)

食人鬼(あいつ、…どこまで行ったかな。あの足だと、まだかかるか)

食人鬼「…」

食人鬼(すごく、静かだ)

食人鬼(…あいつが、いなくなっただけなのに)

食人鬼「…これで」

食人鬼「これでいいん、だよな」



211:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 15:19:25 ID:MU8

少女「…ふう、ふう」ザク

少女「おっしゃー…到着ー…」

少女「結構時間、かかったな…はぁ…。もう昼だ…」ゼェゼェ

少女「さて、…さっさと採って帰るか…」

少女「…」

少女「あった。よっと」ザクザク

少女「少女は赤い花の根を手に入れた!なんてね」

少女「もう少し採っておこうかな…。馬鹿の風邪は長引くって言うし」

少女「…」

少女「あれ?言わないか。まあいいや」ザクザク



少女「…ふう、こんなもんか」ゴシ

少女「…」

少女(時間、まだ大丈夫だよね。…よし)スク

少女(あそこ、行こう…)カツ



212:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 15:24:55 ID:MU8

ギィィイ…

少女「…」サッ

少女(誰もいない、か)

少女(…)ガチャ

少女(やっぱり、誰かが入った形跡がある。…調べるか、普通)

少女「…」カツ カツ

少女「…」

少女(持ち出された物は、…ないわね。お父さんの失踪と関連付けられてはないみたい)

少女(そうよね。この小屋の鍵持ってるの、私と父さんだけだし)

少女(…良かった。まだ、きっと…。気づかれてない)

少女(…けど、…油断はできない。ゆっくりなんか、してられない)

少女(村の人はきっと私も探してる。…時間の問題だ)

少女「…」

ガラッ

少女「…」キン

少女(お父さん、…借りてくね)

バタン



213:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 15:31:22 ID:MU8

少女「…案外重たい」

少女「さて、帰るか」



少女「…」ピク

少女「…っ」サッ

「…だから、あの部屋からは何も出てないと」

「分かっています。けど何か見落としていることがあるかもしれない」

「しかしですねえ…」

少女(…保安官、さん。…それに、誰だ?あの人…)

保安官「こんな所を捜索するより、まずは彼らの身元を捜すべきではありませんか?」

「それは部下にやらせている。心配するな」

保安官「…しかし…」

「君はここの保安官なんだろう。少しは私達に協力してくれ」

保安官「…。申し訳ありません、長官どの」

少女(…長、官?)

少女(…くそ、やっぱり。あの制服…。都の自警団だ。やっぱり来たか)

少女(…あいつだけじゃない。きっと大勢部下を連れてるはず)



214:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 15:39:07 ID:MU8

長官「さ、ドアを開けて」

保安官「はい」

ギィイ…

長官「ふむ。…やはり物々しいものだな」

保安官「猟師が獲物を解体する小屋なんですから、まあ…。雰囲気がいいことはありませんね」

長官「さあ、では我々でもう一度捜索しよう。何かヒントが見つかるかもしれない」

保安官「はい」

ギシ ギシ

少女「…」ソロ

少女(…隣の部屋に入った、わね。…じっとしてなきゃ)ズリ

保安官「何度も言いますが、この小屋はすでに村の者で調べまして」

保安官「目新しいものは特には…」

長官「私は都で何万もの事件をあつかってきた。君ら素人とは観点が違うんだよ」

保安官「はあ…」

長官「確かに。綺麗に整頓された部屋だな。掃除跡もある…」

長官「…しかし、何か引っかかる」

少女「…」

長官「床が綺麗すぎやしないか?」

保安官「え?」

長官「普通森からきた泥や草なんかが入っているだろう。しかしここは、それがない」

長官「君達が手を加えたっていうことは…ないだろうね?」

保安官「ええ。現場保存に努めましたし、ここも捜索以外は手をつけていません」



215:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 15:48:47 ID:MU8

長官「…掃除したのだな」

保安官「猟師が、でしょうか?」

長官「こういった小屋は、頻繁に掃除するものなのか?」

保安官「…そうですね…。徹底して掃除することは年末くらいでしょう」

保安官「それにどうしても猟師ってのはズボラですからね。頻繁にはしないはずです」

長官「ふむ。なるほど」カツ

保安官「あ、そっちは…」

長官「ん?…なんだ、開かないのか?」

ガチャガチャ

少女「…」

保安官「ええ。そっちは恐らく鍵が必要です」

長官「誰が持っている?」

保安官「残念ながら、把握してる範囲内では、猟師しか…」

長官「なるほど…。しかし入り口は開いていたのだろう?」

保安官「ええ、殺害跡もこの付近の泉で見つかりました。ですから」

長官「ここで休んで、何らかの用があって小屋を出て、泉に向かう…」

長官「鍵は開けっ放しだ。すぐ戻ってくるつもりだったんだろう」

長官「そしてその後、泉で襲われた。…魔物に」

保安官「…ええ」

少女「…」ギュ

長官「ここの部屋がどうしても気になるな」コン

保安官「そこは多分、空き部屋だったと思いますよ」

長官「何故知っている?」

保安官「猟師は一応狩り仲間ですし…。ここも利用したことがあります」

保安官「言っても、私は完全な趣味ですがね」



216:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 15:59:59 ID:MU8

長官「食人鬼、か。この地方には元々伝わっていた伝説だと聞くが」

保安官「そうです。…私もこんな事件がおきるまで、絵空事だと思っていました」

長官「確か、最初の事件は…」

保安官「11年前です」

長官「…化け物が眠りから覚めたということか」

保安官「卑劣極まりない。…それなのに、相手が人じゃない分やっかいだ」

長官「しかし君達はその化け物を何の疑いも無く信じ込んでいるが。…何故だ?たかだか伝説を」

保安官「いいえ、食人鬼はいます」

長官「ほう」

保安官「…会ったことがあるんです、私も」

少女「…」

長官「…なんだって?」

保安官「伝説のとおりでした。…白髪で、異様な目の色をしていた」

長官「見間違いではないのかね?」

保安官「いいえ。…今回の被害者である猟師も一緒に見ました。狩りの途中だったんです」

保安官「…私が見たのは、目と髪の一部でした。しかし」

長官「…なんだね?」

保安官「奴が抱えていた女性の遺体ははっきり見えた」

保安官「私達と目が会った後、奴は消えた。…恐ろしい速さでした」

長官「そうか。…それは何時ごろの話だ」

保安官「…最初の被害者が発見される、3日前です」

長官「ふむ…」

保安官「しかし、最初の被害者は少女だった。あいつが抱えた女性じゃない」

保安官「村での失踪例にも当てはまらない。…きっと、別の所に住む女性を」

長官「由々しき事態だな。…今まで都が調査に乗り出さなかったのが不思議なくらいだ」



217:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 16:06:43 ID:MU8

保安官「…そろそろ、移動しませんか」

長官「そうだな。継続してここの鍵も探してくれ」

保安官「ええ。次は、どこの捜索を?」

長官「被害者宅にしよう。失踪した少女の動機もまだ分かっていないからな」

少女「…」

長官「…ん>おい、待て」

保安官「どうしました?」

長官「テーブルの下になにか、ある」

保安官「え?…本当だ。貼り付けてある」

長官「はがしてみてくれないか。破らないようにな」

保安官「はい。…封筒、ですね」

少女(ああ)

少女(…まだ早いのに。鼻が利くのね)

長官「ここを最後に調べたのはいつだ?何故気づかなかった」

保安官「事件現場が見つかった初日に調べましたが、こんなものは…」

長官「何と書いてある」

保安官「…少女、少女の字だ」

長官「何っ…。被害者の娘か!?」

保安官「…あの夜ここにきて、これを貼ったんだ」

長官「光を!ここでは暗すぎる、外で読もう」

ギィ

バタン



218:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 16:10:05 ID:MU8

少女「…」

少女(行った?)

少女(ふう、…息が止まるかと思った)コキ

少女(それにしても、自警団長官まで来てるなんて。都の事件は放ったらかしなのかしら)ギシ

少女(…床のことなんて、気づく?普通…)

少女(…)

少女「急がなきゃ、…早く終わらせなきゃ」ボソ

ギィ

バタン

少女「…」カチャ

少女(…あ)

ポツ

少女(外、…雨か…)

少女(早く帰らなきゃな)



219:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 16:14:19 ID:MU8

ザアア…

少女「はあ、はあ」バシャ

少女(あーあ…雨合羽でも着てくればよかった。晴れてたから油断した)

少女「…はあ…」

少女(これじゃ私まで風邪引くわよ…)

少女「…そうだっ」

少女「よ、いしょ…っと」カツ

少女「うわっ!」ゴロン

少女「…あぶな…」

少女(うん。…大丈夫。この川沿いを行けば近道だし)

少女(まだ増水もしてないし、安全なはず)バシャ

少女「ふう、…あーあ、早く帰ってお風呂入りたいな…」


ザアア…



220:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 16:17:55 ID:MU8



どう?お母さん!

「ありがとう、……。 とっても美味しい」

本当?

「ええ。これならきっと、いくらでも食べれるわ」

えっ、じゃあもっと食べて!

「うん。おかわり!」

やったあ!お母さん、元気になっ…

「…っ、ごほっ、ごほっ!!」

だ、大丈夫?!

「大、丈夫よ…。心配しないで」

…お母さん、苦しい?

「ううん。……の料理を食べるから、すぐ良くなる。平気よ」

本当に?僕のご飯食べたら、元気になる?

「うん。だから、おかわりもっとくれる?」

…分かった!

「…ありがとう。……」



221:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 16:23:40 ID:MU8

ねえお母さん

「なあに?」

どうして僕たちはさー、前いた村に帰れないの?

「…」

僕、また友達と遊びたいなあ。お父さんにも会いたいし、おじいちゃんにも…

「…」

ね、ちょっとだけでいいから帰ろうよ

「…ごめんね」

え?

「もう、…帰れないのよ。…ごめんね」

お母さん…?

「私の、せいで。…ごめんね、……」

泣かないで。…ごめんなさい!

僕、やっぱり帰らなくても平気!だから、泣かないで!

「あなたは何も悪くないんだもの…。私が、いけないの…」

お母さんだって何も悪くないよ!お父さんがあんなに怒るから駄目なんだよね!

「…ごめんね…」

「辛い、わよね。…近くの村にだって遊びに行くことができないんだもの」

ううん、平気!僕、ここから出なくても平気だよ!


だって、お母さんがいるもん!



223:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 16:27:45 ID:MU8

おかあ、さん?

「…」

お母さん?朝だよ?

「…」

どうしたの?ねえ、朝ごはん作ったんだ、起きて食べよう?

「…。あ、…」

辛いの?…お薬飲む?

「…、……」

なあに?

「…地下室、に。…いい、地下室に…」

お母さん、…喋らないで

「ごめんね、……。 あなた、…ひとりに…」

お母さん

「…ごめん、…」

お母さん

「…」

…お母さん!

「…」

…嘘だ

「…」

嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ…!!!



224:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 16:33:54 ID:MU8

…ひっ、…ぐす…

「…」

…っ、ひっ…

ザク ザク

「…」

…ぐすっ、…っ…

ザク

「…」

お母さん。…さようなら

「…」

ここじゃ、…暗くて寂しいよね

「…」

ここに来る途中、…ヒトを見たね

「…」

お母さん、…ヒト、苦手だったものね

「…」

絶対に見つからないように、ここに埋めるね

「…」

ここなら花がいっぱい見えるから

「…」

…ばいばい

「…」

っ、…っぐ、う、ぅ…

「…」

おかあ、さん…!



225:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 16:37:49 ID:MU8

食人鬼「…」バッ

食人鬼「…っ。…は、あ…」

食人鬼(あつ、い…。嫌な夢、見た…)ゴシ

食人鬼「…」

ザアア…

食人鬼「…雨」

食人鬼(…あいつ、…帰り着いたのかな)

食人鬼「…」

「……、……」

食人鬼「!」ビクッ

「ご本読んであげる、おいで」

食人鬼「……か、あ…さん?」

「……、お料理上手になったわねえ」

食人鬼「…」

食人鬼(そんな、わけ、ない。…幻覚だ。幻聴だ…)

「泣かないの。男の子は強くなくちゃ」

食人鬼「…おかあ、さん…?」

食人鬼(…ああ)

食人鬼(いやだ)

「……。ごめんね、…ちょっと、具合が悪くて」

食人鬼(嫌だ、…嫌だ)



226:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 16:42:00 ID:MU8

食人鬼(失いたくない)

「…あなたは、…ここで一人で生きていける?」

食人鬼(嫌だ)

「私が、…いなくなっても」

食人鬼(お母さん、僕、嫌だよ)

「……。ごめんね。…私が、化け物だから」

食人鬼(…一人は)

「…ごめん、」

食人鬼(……)

「…」

食人鬼「一人は、…嫌、だ…」フラ

無理だ。

お前は一生

一人で生きて

食人鬼「…嫌だ」

一人で死ぬんだ


一人で




食人鬼「…っ、ああああああああああああああああ…!」



227:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 16:46:36 ID:MU8

ザアア…

少女「うーん…」

少女「…困ったな」

少女(…まさかこんなことになるとは)

少女「…うかつだった」

少女(なんで滑りやすい川沿いを歩いちゃったかなぁ…)

少女(…やっぱ、コケますよねー…。病み上がりだもんねー…)

少女(怪我した足庇ったばっかりに、逆の方捻っちゃうし…)

少女(…これじゃ両方大して使い物にならない…)

少女「…寒」ブル

少女(雨上がるまでこの洞穴の中で待とうと思ったけど)

少女(一向に上がらないし、暗くなる一方なんですが…)

少女「…うう」モゾ

少女「ああー…!どうしよう…」

ピカッ

少女「うわあああああああああ!?」ビク

少女(か、雷まで…!?)



228:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 16:50:59 ID:MU8

少女(ど、どうしよ。マジでやばいかも)

少女(今何時?夜行性動物が歩く時間だったら本当詰んでるわよ)

少女「…」

ザク

少女「…っ」ビク

少女「……え…」

ザク ザク

少女(だ、れ…?なに、この足音)

少女(まさか、…本当に動物が)

「…じょ」

少女「…ん?」

「しょう、…じょ」

ザク

少女(…え、まさか)

少女(嘘。…でも、この声って)

少女「…」ソォ

ザアア…


食人鬼「…少女。……ど、こ」フラ

少女「…し、食人鬼…!?」



229:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 16:55:54 ID:MU8

食人鬼「…」

食人鬼「…少女?」フラ

少女「な、なにやってんの!?こんな雨の中!」

食人鬼「…あ」

少女「馬鹿なの!?死にたいの!?目が虚ろじゃない!」

食人鬼「…あれ…?本、当に?」

少女「見たら分かるでしょ!あんただから何やってんのよっ!!」

食人鬼「…」ゴシ

少女「まさか、私を探…」

食人鬼「…少女っ!」

タタタ

少女「え、な」

食人鬼「……っ!」

ギュッ

少女「…!!!?」ビクッ

食人鬼「よか、った。…っ…よかったっ…」

少女「ちょ、な、何!どうしちゃったの!?」

食人鬼「僕、…っ。嫌だ、…いなく、ならないで…」

少女「…え」

食人鬼「一緒にいて。…お願い。一人に、しないで…」

少女「…食人鬼?」

食人鬼「っ、ひっ……ぅう…」ギュウ

少女「何で。…泣いてるの?」



230:名無しさん@おーぷん:2015/07/31(金) 17:01:23 ID:MU8

食人鬼「ほんっ、とはっ」

少女「う、うん」

食人鬼「君が…っ、村に帰るんじゃ、ないか、って」

少女「…うん」

食人鬼「でも、それでもっ、…いい、って、思ってた…」

少女「うん」ナデ

食人鬼「けどっ、…嫌だ、……嫌だよ…!」ギュ

少女「…帰ってくるって言ったじゃない」

食人鬼「嘘かと、…っ、思っ、た…!!」

少女「信用ないのね。…ほら、私ここにいるわ」

食人鬼「うん…。いる…!」

少女「薬、ちゃんと取ってきたのよ。帰りに足くじいて立ち往生してたの」

食人鬼「……馬鹿…」

少女「うるさいわね。熱あるくせに土砂降りの中歩く男に言われたくないわ」

食人鬼「…少、女」

少女「ん?」

食人鬼「帰、ろう…?」

少女「…」

少女「うん。帰ろう」

少女「ほら、雨、引いてきたし。今なら歩けるよ」ニコ

食人鬼「……あり、がと…」ゴシ

少女「…行こっか」



235:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 09:13:43 ID:uj4

ガチャ

少女「はぁ、はぁ…」ズズ

食人鬼「…」フラ

少女「し、…死ぬかと、思った…」

食人鬼「…寝る…」

少女「待ちなさい。…着替えて、薬飲んでから…だよ…」ヨロ

食人鬼「今なら永遠に寝れそうな気がする」

少女「死ぬ!!」

食人鬼「うう…。寒い…」

少女「待ってて、すぐお湯沸かすから。薬飲んで、温かくして寝よう」タタ

食人鬼「…」ドサ

少女「はいタオル」ボフ

食人鬼「…体が動かない」

少女「無理するからだよ…。本当に危なかった」

食人鬼「…」ノソ

少女「ああ、もう、…手伝うから」

食人鬼「ごめん」

少女「はいはい」ワシャワシャワシャ

食人鬼「…犬みたいだ」

少女「似たようなものじゃない」



237:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 09:18:30 ID:uj4

少女「着替えた?」

食人鬼「…なんとか」

少女「はい、じゃあこれ飲んで。苦いけど我慢ね」

食人鬼「…」

少女「子どもか!そんな顔しても駄目よ。飲みなさい」

食人鬼「…う」グビ

食人鬼「うあ…」

少女「苦いわよね、これ…。消し炭みたいな味するのよ」

食人鬼「……」ゴクゴクゴク

少女「全部飲んだ?」

食人鬼「うん」

少女「よし、じゃあすぐ良くなるわ。ちゃんと布団かぶって寝なさいよ」

食人鬼「…ん」ボフ

少女「じゃ、おやすみ」

食人鬼「…少女」

少女「何?」

食人鬼「…もう少し、ここにいて」

少女「…いい、けど」

食人鬼「僕が寝るまで、…何処にも行かないで」

少女「うん。…分かった」カタン

食人鬼「…」

食人鬼「君がいると、…安心する」

少女「そう」

食人鬼「…ありがと、少女」

少女「どういたしまして」



238:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 09:23:25 ID:uj4

少女「…ねえ、食人鬼」

食人鬼「…ん…?」

少女「あのね、…ずっと気になってたんだけど」

食人鬼「うん…」

少女「…あなた、私を食べる気なんてないでしょ?」

食人鬼「…」

少女「そうでしょ?」

食人鬼「…うん」

少女「…そうよね。逃がそうとするくらいだものね」

食人鬼「だって、…君は」

少女「何?」

食人鬼「…君は、…僕の友達なんだろ」

少女「…」

食人鬼「僕の、…ここでの初めての友達なんだ」

少女「そう」

食人鬼「だから、食べない。…食べたくなんか、ないよ」

少女「そうね。…そうよね」

食人鬼「…」

少女「さ、もう寝たら」

食人鬼「うん」

少女「…」

食人鬼「…ん」

少女「……はぁ…」

食人鬼「すぅ、…すぅ…」

少女「…やっぱり、そっか…」



239:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 09:28:59 ID:uj4

少女「…」ガチャ

バタン

少女(この答えを、…予想はしてた)

少女(いや、初めからなんとなくわかっていたのかもしれない)

少女(彼に助けられた時から、…確定してたのかもしれない)

少女「…」ゴソ

少女(私の考えがいかにお粗末だったか、今身に染みて分かるわ)

少女(…都の自警団も来たんだし、時間がない)

ゴト

少女「…ん、しょ」

少女(…最善の手を選んでる場合じゃないんだわ)

少女(…決めたことじゃない)

少女「…箪笥、でいいか」ギィ

少女(ここなら見つからない。…人の使う箪笥を漁るような人じゃないし)

バタン

少女「…」

少女(終わりが、…近い)

少女(でもこれは、全て私の責任だ。…いつまでもだらだらしてた、私の)

少女「…」



240:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 09:33:59 ID:uj4

保安官さん、それから村の皆さんへ

この手紙を読んでるということは、私はもうすでにいなくなった後なのでしょう。

青年、心配かけてごめんなさい。

けど、私はお父さんがいなくなった時から、なんとなくこうしようと決めていました。

だから、あんまり自分を責めないでください。 皆も、青年に辛く当たらないで。

私が決めたことなんだもの。…誰も悪くないんだから。


私は森に行きます。

そして、彼に会ってきます。

お父さんがいつか言ってたの。

森の奥で、人じゃないものを見た、って。

食人鬼は本当にいる。深い森の奥に、きっといる。

だから私は、彼に会います。


そして、



あとは皆、分かると思います。



242:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 09:44:30 ID:uj4

お父さんの部屋から銃が一丁なくなっていたと思います。

あれ、私が取りました。ごめんなさい。

どうしても必用な物だったので、持って行きました。

これで全てを終わらせようと思います。


お父さんの遺体は見つかりましたか?

…多分、無理だと思います。

同じように、きっと私の遺体も見つからない。

きっとあいつに食われてしまうだろうから。


もし、私が無事で帰ってきたとしたら、もう食人鬼の恐怖に怯える心配はないでしょう。

けど、帰ってこなかったら

…ごめんなさい。本当に。


皆に謝りたいです。こんな馬鹿なことをしてしまって。

けど、私は絶対にあいつを許せない。

私の友人や、たった一人の家族を簡単に奪ったあいつを、絶対に許せない。


だからどうか、恨まずに行かせてください。

悲しまないでください。

私は自分から望んで、死ぬんだから。



243:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 09:50:13 ID:uj4

青年「…」

保安官「青年、大丈夫か」

青年「自分を、…責めるな、だってよ」

保安官「…ああ。皆お前を悪く思ってない、お前だけなんだ。自分を罰してるのは」

青年「…」

保安官「止めたって少女は行っただろうよ」

保安官「そういう子だ…。やると言ったら必ずやる」

青年「少女は、…もう」

保安官「…いつまでも望みは持っていたかった。けど、もう諦めよう」

青年「…」

保安官「俺たちが今すべきことは何だ?」

青年「…食人鬼を捕まえる」

保安官「そうだ。それだけだ」

青年「自警団の人たちも、頑張ってくれてる。…必ず捕まえる」

保安官「ああ」

青年「…とどめは、…俺の手で刺したい」

保安官「そうか」

青年「明日も捜索なんだ。…俺、頑張るよ」

保安官「ああ。…俺も長官と現場の洗い直しを進める」

保安官「思いつめるなよ、青年。誰だって辛いんだ」

青年「分かってる。…ありがとう」

保安官「じゃあ、俺は呼ばれているから行くな。しっかり休めよ」

青年「…」



244:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 09:57:00 ID:uj4

長官「…」パラ

コンコン

長官「…ああ、どうぞ」

保安官「お呼びでしょうか」

長官「ああ。2,3質問したいことがあってね」パラ

保安官「はあ。…それは、事件の資料ですか?」

長官「そうだ。まあまず、これを見てくれ。私が被害者の特徴をまとめた資料だ」

保安官「…」パラ

長官「まず、被害者は猟師を除く全てが女性。…9歳から25歳までの幅だ」

保安官「ええ」

長官「女性、若い。…獲物にするのはもってこいだな。それに」

長官「…肉も美味いだろうしな」

保安官「…」グッ

長官「ああ、すまん。不謹慎だったかな?」

保安官「いえ。…事実でしょう」

長官「次に、ほとんどが遺体で発見されている。手足や臓器が失われた形でな」

保安官「これも猟師、少女以外でですね」

長官「ああ。遺体の身元も判別しやすかった。顔に傷がほとんどないからだ」

保安官「…確かに。身元の特定は簡単でした」



245:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 10:03:38 ID:uj4

長官「3つ目。遺体の発見はわりとすぐで、発見場所の全てが森だ」

保安官「ええ…」

長官「4つ目。遺体が見つかった被害者の死因は、首を切られたことによる失血死だ」

長官「殺してから食った。…それに傷は深く、すぐ死に至っただろう」

保安官「…」

長官「以上が被害者たちの特徴だ。…なにか気づくかね?」

保安官「…猟師と少女の失踪の異質さです」

長官「ふむ」

保安官「食人鬼は遺体を必ずどこかに遺棄していた。…今回はすでに1週間は経っているのに、発見されていない」

長官「そうだな。何故だ?」

保安官「…」

保安官「食人鬼の…食指に合っていたのでは?」

長官「どういうことだ?」

保安官「…全て食べつくした、ということです。美味しかったから」

長官「なるほど。いい点に気づく」

保安官「…」

長官「私の考えを話してもいいかな?少し長くなるが」

保安官「はい、是非」



246:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 10:26:41 ID:uj4

長官「まず私がこの事件の資料を都で読んだとき、こう思った」

長官「…“ずいぶん美食家な魔物だ”、とな」

保安官「美食家…?」

長官「奴は10名を越える人間を食っている。しかし、食い方がどこか妙だ」

長官「足、手、肝臓、…。一人の被害者から、どこかを抜き取る。これが奴の特徴だ」

保安官「それは、我々も思っていました。偏食気味なんです」

長官「理由を考えてみると、一つ有力なものがあげられる」

長官「…奴は選んでるんだ。被害者のどの部位が美味しいか、見極め、選定する」

保安官「…」

長官「およそ魔物とは思えない品性と知能だ。私がイメージしていたものと全く違う」

保安官「品性、ですって?あいつは…」

長官「そう、品性だ。…抑制といってもいいかな」

長官「奴の殺しの手順を整理しよう。まず奴は美味そうな女性に狙いをつける」

長官「そして彼女らが一人になった隙かなにかに、襲う。いいか、こうだ」ペシ

保安官「…首、ですね」

長官「そう、首だ。…それも一撃が深く、即死に値する」

長官「何故即死させる?奴は魔物だ。生きたままむさぼっても良いのではないか?」

保安官「…なるほど」

長官「そのほうが新鮮で、いいのではないだろうか。そんな魔物聞いたことがない」

長官「私が考えるに奴は、獲物に情をかけている」


長官「死なせてるんだ。…苦痛がないように」



247:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 10:35:47 ID:uj4

保安官「そんな、まさか。…ありえません」

長官「さあ、どうだろうな。まだ仮定の話だ」

保安官「奴に情なんて…」

長官「待て、まだある。猟師はどうだ?殺害現場の特徴は」

保安官「悲惨極まりない。…彼の骨や、…脳まで」

長官「首はどうした?」

保安官「…!」

長官「脳だぞ?恐らく攻撃は首でなく、頭になされた。骨が砕け、肉が飛び散った」トン

長官「娘はどうだ?」

保安官「…現場には、血が」

長官「少ない。首を切ってあの程度は少なすぎる」

長官「それにあそこからは空薬莢が見つかったな。娘は発砲している」

保安官「それは、魔物に対して撃ったのでは?」

長官「私はそうは思わない。…弾は地面にめりこんでいたと聞く。魔物が目の前にいて、地面を撃つか?」

保安官「…どういうことです」

長官「娘は自分で自分を撃ったんだ」

保安官「…はあ!?」

長官「しかし致命傷ではない。恐らくは、…足か。確証はないが。そこを撃った」

長官「つまり、あの場で少女は死んではいない」

保安官「では、…では、なぜ少女は自分で」

長官「…おびき寄せるためではないか?魔物を」



249:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 10:50:52 ID:uj4

保安官「…復讐のため、ですか」

長官「ああ。つまりこの2件の事件だけ、他と異質なんだ。君の行ったとおりな」

保安官「…つまり、どういうことでしょうか」

長官「…」ペラ

長官「食人鬼に、…何か変化があった」

長官「…いや、…何かしっくり来ない。何だ」

保安官「奴の殺しの手法が変わったということでしょうか」

長官「…そもそも、根本的に違うのだ」

長官「何故男を殺したのか。何故死体がないのか。…ここが核心なのではないだろうか」

保安官「何か、お考えは?」

長官「ない。…魔物の気持ちなど分からん」

保安官「そうでしょうとも。…しかし、あなたの推察は的を得ています」

長官「まだ我々は何かを見落としているんだろうよ」ギシ

長官「どうにも、しっくり来ないんだ。型にはまる考えが浮かばない」

保安官「…」

長官「君も考えてはみてくれないか?資料を渡そう」

保安官「はい。…できるだけ知恵を絞ります」

長官「ああ。何か新しい発見があることを祈っている」

保安官「…」

保安官(美食家、…獲物に情をかける魔物…、か)



250:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 10:56:22 ID:uj4

食人鬼「…」モゾ

食人鬼(あ、れ。いいにおい、する…)

食人鬼「…」ムク

少女「あ、おはよー」

食人鬼「…お、おはよう」

少女「具合は?どう?」

食人鬼「大分良い。普通と変わらない」

少女「嘘!?そんなに早く効き目あるかしら?」

食人鬼「普通とあんまり変わらないんだけど…。この草すごいな」

少女「いや、…あなたがおかしいわよ」

食人鬼「そうか?…それ、朝ごはん?」

少女「ええ。食べれる?」

食人鬼「うん。お腹すいた」カタ

少女「じゃあ、どうぞ。スープよそうわ」

食人鬼「ん。…ありがと」

少女「…」

食人鬼「いただきます。おいしそうだ」

少女「な、なんか。…気味が悪いわ」

食人鬼「」ブホ

食人鬼「なっ、何がだよっ!?」

少女「そう、それ。それがいつものあなたじゃない」



251:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 11:01:19 ID:uj4

食人鬼「い、いつもの僕?何言ってんだよ」

少女「いや、昨日土砂降りの中あなたを見つけたときから思ってたけど」

少女「…性格変わってない?」

食人鬼「か、…変わってるわけないだろ、僕は僕だ」

少女「嘘よ!なんか雰囲気が丸くなってるわ!」

食人鬼「そんなことないってば!」

少女「今までだったら私に暴言吐きまくりだったくせに。何の心境の変化?」

食人鬼「…」ズズ

食人鬼「べ、別に…いいだろ」

少女「うーん、まあいいけど。優しいほうがいいもの」

食人鬼「…」モグ

少女「あ、薬はちゃんと飲んでね。3日分は余計に飲まなきゃ」

食人鬼「分かった」

少女「ほら、なんか妙に素直だし」

食人鬼「だっ、だから…!うるさいなあ、もう!」

少女「変なのー」クスクス

食人鬼「…うう…。何なんだよ」



252:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 11:06:14 ID:uj4

食人鬼「…」

少女「あー、やっぱり天気ぐずついてるなあ。洗濯物干したいのに」

食人鬼「な、なあ」

少女「んー?」

食人鬼「少女はさ、昨日…。私を食べないのって僕に聞いたろ」

少女「そうね」

食人鬼「で、僕は食べないって答えたよな」

少女「裏切り者」

食人鬼「な、…。そ、それを聞いてどう思った?」

少女「裏切り者」

食人鬼「…本気で言ってるのか?」

少女「ええ、まあ。だって嘘ついてたのね。太らせるためとか言ってご飯あの手この手で食べさせて」

食人鬼「…」

少女「全く、がっかりだわ」

食人鬼「じゃあ、…出て行く、か?」

少女「…」

食人鬼「僕にもう用はないのか?」

少女「ううん、行かない」

食人鬼「!」

少女「だってあなた、私がどこか行ったら泣くでしょ」

食人鬼「な、泣かない!んなわけあるか!」

少女「昨日泣いてたじゃない!しょうじょー、しょうじょーって」

食人鬼「嘘つけ!!」



253:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 11:09:23 ID:uj4

食人鬼「村に戻らなくて、いいのか?」

少女「必要ないわ」

食人鬼「…どうして?」

少女「…秘密」

食人鬼「じゃあ、…ずっと、」

少女「ん?」

食人鬼「…」

食人鬼「……」カァ

少女「な、何。何なの」

食人鬼「な、なんでもない…」

少女「やっぱりあなた、変よ」

食人鬼「確かに、…そうかも」

少女「顔が赤いわ。どうかしたの?」

食人鬼「…分かんない。知らない」フイ

少女「はあ…。本当、変なのー」

食人鬼「…」



254:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 11:14:50 ID:uj4

ザアア…

少女「本降りね」

食人鬼「…」

食人鬼「なあ、ちょっといいか」

少女「ん?何よ」

食人鬼「これ」チャリ

少女「ん。…何これ?」

食人鬼「地下室の鍵だ」

少女「…なんでまた?」

食人鬼「君、入りたがってたろ?だから、見せてあげようかと思って」

少女「ええ、いいの?」

食人鬼「うん。まあ、…ここで暮らしてるんだし、部屋のことは知っていたほうがいいだろ」

少女「やった。確かにずっと気になっていたの」

食人鬼「別に積極的に隠すつもりはなかったんだけど…」

少女「嘘ー。正に立ち入り禁止って感じでガードしてたじゃない」

食人鬼「ん、まあ。…前は見られたくないものとか、あったから」

少女「え、何それ。ちょっと怖い」

食人鬼「いかがわしい物じゃない!…ただ、今はいいかなって」

少女「そう。…嬉しい!」ニコ

食人鬼「…」ポリ



255:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 11:19:14 ID:uj4

ギィイ…

少女「わくわくするわね。冒険みたい」

食人鬼「気をつけろよ、階段あるから」

少女「うんっ」

食人鬼「…顔がきらきらしてる」

少女「早く行こうよ!ねっ」

食人鬼「お、押すなよ。落ち着け」

カツ カツ

少女「あ、結構寒いのね」

食人鬼「…平気か?その、上着貸そうか」

少女「ううん、大丈夫よ。病み上がりが着てなさい」

食人鬼「…僕こそ平気なのに」ムス

カツ

食人鬼「ランプつけるぞ。いいか、ええと…。あんまり期待されても困るけど」

少女「早く早くっ」ワクワク

食人鬼「じゃあ、いくぞ」

パッ

少女「…え」



256:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 11:32:49 ID:uj4

食人鬼「…」

少女「何、ここ」

少女「……」

食人鬼「…」

少女「…絵?」

食人鬼「そう」

少女「一面絵とか彫刻だらけじゃない。ええー!思ってたのと違った」

食人鬼「何を想像してたんだよ」

少女「なんかこう、ミイラとか血がついた武器とかあるのかと」

食人鬼「そんなわけあるか!!」

少女「何なのこの絵?まさか違法贋作?」

食人鬼「犯罪に結びつけるなよ!怒るぞ!」

少女「冗談よ。あ、これ凄い。綺麗な油絵」カタ

食人鬼「…僕の母が描いたものだ」

少女「へえ、すごいわ。プロみたいよ。都で個展が出せそうだわ」

食人鬼「そうだろ、母さんはすごいんだ」クス

少女「これなんか、目の中まで描きこまれててすごく綺麗。引き込まれるわ」

食人鬼「あ、それ僕も好きなやつなんだ」

少女「お母さん、才能ある方だったのね。すごいわ」

食人鬼「…」

少女「ニヤニヤしてる。嬉しいんだー」

食人鬼「し、してない!」



257:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 11:41:46 ID:uj4

少女「こんな部屋に置いてあるの、勿体無いわよ。どうして一階に飾らないの?」

食人鬼「…辛くなるんだ」

少女「…そっか」

食人鬼「母さんの遺言がここにあったんだ。死んでから気づいた」

少女「そう」

食人鬼「遺書には、絵とかは全部燃やせって書いてあった。けど、無理だった」

少女「そうよね。私でもそうするわ」

食人鬼「…なあ、僕…」

食人鬼「君になら、自分のこと全部話してもいいって思ってる。だからここも見せた」

少女「…」

食人鬼「今、話すことだってできる」

少女「…うん」

食人鬼「僕は君に隠してることが、山ほどある」

少女「そうね。…知ってる」

食人鬼「でも」

食人鬼「…少女も、そうなんだろ?」

少女「…」カツ

食人鬼「君は僕に隠し事をしてる。…嘘をついてるって言ってもいい」

少女「…」

食人鬼「僕は、君のこと…知りたい」

食人鬼「僕はもう、隠さない。全て話す準備は出来てる。だから、少女も」

少女「…」ギュ

食人鬼「…駄目か?」

少女「…食人鬼」



258:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 11:47:06 ID:uj4

食人鬼「君は僕に会ったとき、摂食障害を患っていたよね」

少女「…」

食人鬼「ストレスからくる嘔吐性の障害だ。…本で調べた」

食人鬼「僕は最初、お父さんが亡くなったこととかが原因かと考えてた」

少女「…」

食人鬼「でも、君は言ったよね」

食人鬼「僕を恨んでない、って。何でもない顔して、言ってた」

少女「…ええ」

食人鬼「村の殺人事件の犯人である僕に、平然とそう言ってのける」

食人鬼「…君のストレスの根本は、別にあるんだろ」

少女「…」

食人鬼「全部、…聞かせて欲しい。力になりたいし、それに」

食人鬼「ぼ、…僕は」

少女「…」

食人鬼「き、君のこと。…少女のこと、その、…」

少女「私のこと、何?」

食人鬼「…」


食人鬼「守り、…たいんだ」

少女「…」



261:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 11:52:02 ID:uj4

食人鬼「僕は、母さんが死んでからずっと一人だった」

食人鬼「ずっと、寂しくて、狂いそうで、…でも」

食人鬼「君が来てから、…毎日がすごく楽しい」

少女「…」

食人鬼「君を、守りたい。ずっとここにいて欲しい」

食人鬼「僕は、…多分君が」

少女「できない」

食人鬼「…え?」

少女「…。まだ、…できないわ」

少女「ごめん、食人鬼。あなたの思いは十分伝わった。けど、今は駄目」

食人鬼「…でも、今はだろ?」

少女「うん」

食人鬼「もっと時間が経ったら、できるのか?」

少女「うん、きっと」

食人鬼「…じゃあ、それまで待つよ。君のタイミングでいい」

少女「ありがとう、…ごめんね」

食人鬼「いいんだ。僕、君が答えてくれただけで嬉しい」ニコ



262:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 11:54:59 ID:uj4

食人鬼「…それで、その」

少女「…」

食人鬼「さっき言いたかったのは、つまり…」

少女「あ!!!」

食人鬼「な、何っ!?」ビク

少女「私、お湯沸かしっぱなしだった気がする!大変!」

食人鬼「え、ちょ」

少女「火止めてくる!」ダダダ

食人鬼「あ、…う、うん」

食人鬼「…」

食人鬼(あー、…当分勇気でないだろうな…)


コツ

少女「…」スゥ

少女「…はぁ…」

少女(…ああ)

少女(揺らいでは、駄目)



263:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 12:57:37 ID:uj4

保安官「…」

保安官(思い出せ)

保安官(あの時俺が見た化け物)

保安官(あれがきっと、食人鬼だ)

保安官(あいつの姿をはっきり思い出せたら、きっと…)

保安官(何か解決の糸口が掴める)

保安官(…)

あの日俺はすこし浮かれていた

「…なあ、いいだろ?」

「早く家に帰りたいんだが…。俺には娘がいるんだぞ」

俺は新しい猟銃を手に入れたばかりだった

「起きないって。大丈夫だ、少しだけでいいから」

「…ほどほどにしろよ」

俺は猟師に頼み込んで、猟に同行してもらうことにした



264:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 13:05:34 ID:uj4

保安官「どうだ、いそうか?」

猟師「どうかな。…あまり気配がない」

保安官「くそっ、こんな時に限って」

猟師「干し肉の備蓄ならあるんだろ。今やらなくてもいいんじゃないか」

保安官「いや、…おい、そっち!」

猟師「!」サッ

保安官「鹿だ!」

猟師「静かに。…雌か」

保安官「待て、逃げるぞ!」

猟師「深追いはするな!」

保安官「平気だって!心配しすぎなんだよ」ダッ

猟師「ああ、…馬鹿が!」

保安官「はあ、はあ」

ザザザ

保安官「追いついた。…隠れるぞ」

猟師「お前な…大分深くまで来たじゃないか」

保安官「すぐ終わらせる。見てろよ」チャ



265:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 13:15:49 ID:uj4

ダン ダン

…ドサ

保安官「命中、っと」

保安官「おい、大物だ」

猟師「これでやっと帰れるな」

その時だ

後ろから、何かとてつもなく嫌な気配がした

保安官「…ん」

猟師「…」バッ

最初に振り返ったのは、猟師だった


「…ひ、!」

奴は、暗がりの中に立っていた。

白い髪 赤い目が闇の中に気味悪く浮かんで

猟師「なん、だ…あれは」

鋭い爪が生えた手が、掴んでいたものは

保安官「…しょ、く…」

ザザザッ!

猟師「おいっ、待て!!」

保安官「よせ!し、死ぬぞ!」ガシ

猟師「けど、けどあいつ女を持ってたぞ!」

保安官「もう死んでた!助けられはしない!追うな!」



266:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 13:22:32 ID:uj4

保安官「くそっ、嘘だろ…」

猟師「こんなことが。…本当に、いたのか」

保安官「見間違いじゃない!ありゃ、本物の…」

猟師「…あの女は誰だ?」

保安官「…分かんねえよ。ちらっとしか見えてないし…」

猟師「まさか、村の」

保安官「…!」

保安官「お、おい。急いで帰ろう!」

猟師「…」

保安官「なあ、どうした?早く来いよ!」

猟師「…食人鬼、が」

保安官「なあって!」

猟師「…」

猟師「ああ、…今行く」


そしてあの忌まわしい出来事が始まったのだ


保安官「…」

保安官「…白い髪、赤い目、腕に抱いた女」

保安官「……」

保安官「…つ、め…?」

鋭く光る爪。 5本の爪。

保安官「……ちょっと、待てよ…」



267:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 13:27:19 ID:uj4

……


少女「…」

食人鬼「…」

少女「…」キィ

食人鬼(…昨日地下室を見せてから、…なんか元気ないな)

食人鬼(ああやって窓の外見てはぼうっとしてるだけで…)

少女「…」キィ

食人鬼(そういえばご飯もまた残してた。どうして…)

食人鬼(…僕のせい、なのか?秘密を話せ何て言うから…)

食人鬼「…」

食人鬼「なあ、少女」

少女「あ。…なに?」クル

食人鬼「僕、少し外出するんだけど。…着いてくるか?」

少女「外、か」

食人鬼「ああ。足ももう杖が要らないくらい回復してるだろ」

少女「…」キィ

食人鬼「嫌か?」

少女「ううん、行く」カタ



268:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 13:31:01 ID:uj4

ザク ザク

少女「…」

食人鬼「…」

少女「ね、何処行くの?」

食人鬼「墓参り」

少女「…誰の?」

食人鬼「僕の母さんのだ。気に入らないか?」

少女「ううん。一回くらい挨拶しておきたいって思ってた」

食人鬼「そっか。…なら良かった」

少女「…」

食人鬼「…少し遠いけど、平気か」

少女「大丈夫よ」

食人鬼(…僕の目を見ようとしない)

食人鬼(なんか、…寂しいな。いつも賑やかな分)

少女「…」

ザク ザク



269:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 13:35:56 ID:uj4

食人鬼「ほら、手」

少女「ん。ありがと」

サワ

少女「…わあ。綺麗なところね。こんなに花が咲いてる」

食人鬼「母さんが好きな花だったんだ。名前も知らないけど」

少女「良い匂いがするわ。いいなあ。私もこういう所に埋められたい」

食人鬼「…なんだそりゃ」

少女「お墓は?」

食人鬼「ここ」

少女「ちゃんと十字架、立ててあるのね」

食人鬼「うん。これも遺言なんだ」

少女「辛かったわよね。…一人で埋めたの?」

食人鬼「うん」

少女「そう。…お祈りしていきましょうか」

食人鬼「ありがとう」

少女「…」

食人鬼「…」

食人鬼「…母さん、多分喜んでるよ。僕がいつも一人で来てたから…」

少女「あら。何だこの女はって思わないかしらね」クス

食人鬼「そんなことないって」



270:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 13:40:27 ID:uj4

少女「…お母さん、きっとあなたみたいな優しい息子がいて幸せだったでしょうね」

食人鬼「僕は、…あんまり聞き分けない奴だったぞ」

少女「いいえ。そういうことじゃないのよ」

少女「…ああ」

食人鬼「ん、どうした?」

少女「…私」

少女「お父さんのお墓も、…建ててないんだ」ポロ

食人鬼「!」

少女「最低な、…娘よね。こんな親不孝ないわよね…」ゴシ

食人鬼「な、泣くな。そんなこと、親父さん思ってないさ」

少女「…私、…お父さんに酷いことしたわ」

食人鬼「泣くなってば…」

少女「っ…。会いたい。…会いたいよ…」

食人鬼「…あ」

食人鬼(手を伸ばせば、…触れる)

少女「っ、ひ、っく。…おとう、…さん」

食人鬼(…抱きしめられる)

食人鬼「しょう、じょ」ソッ

少女「…」

ギュ



271:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 13:47:34 ID:uj4

少女「…死にたい」

食人鬼「そんなこと、…親父さんが悲しむよ」

少女「一緒に死ぬべきだった」

食人鬼「ううん」

少女「私、…私、お父さんしかいなかったのよ」

食人鬼「…」ギュ

少女「それなのに、…」

食人鬼「僕も、そうだよ。死にたいと思った」ナデ

少女「…どうやって、ここまで生きてこれたの?」

食人鬼「…」

食人鬼「何が何でも生きろ、って母さんに言われたから」

少女「…」

食人鬼「母さんにそう言われたんなら、守るしかないかなって」ナデ

少女「家のお父さんも言ってた。俺より先に死ぬなって」

食人鬼「…親は、みんなそう思うんだよ」

少女「…私」

食人鬼「泣けよ。ずっと我慢してたんだから」

少女「…」

少女「うん」ギュ

食人鬼(…どんなに繕っても)

食人鬼(どんなに平気な顔をしても)

少女「っ、く…」

食人鬼(…これが本当の彼女なんだな)



272:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 13:53:32 ID:uj4

少女「…あー」

食人鬼「落ち着いたか?」

少女「…頭痛い」ゴロ

食人鬼「僕は胸が寒い。少女の涙と涎で濡れたし」

少女「涎なんか垂らしてないわよ」

食人鬼「…そうだっけ」

少女「そうよ」

食人鬼「…まあそういうことにしておく」

少女「馬鹿」ベシ

食人鬼「いたっ。…乱暴者」

少女「はぁ…。なんか、泣いたらすっきりした」

食人鬼「そっか」

少女「なんか、吹っ切れたってかんじ」

食人鬼「良かったな」

少女「…空、青いわね。綺麗」ゴロ

食人鬼「うん」ゴロ

少女「…」ソッ

食人鬼「!」ビク

少女「手、あったかいわね」クス

食人鬼「あ、う。そりゃ、そうだろ」カァ



273:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 13:58:33 ID:uj4

少女「…あなたには世話になってばかりだわ」

食人鬼「本当だな」

少女「…謙遜という心がないのかしら」

食人鬼「だって、ほん…」

少女「あーもう、黙って」ギュ

食人鬼「ん、…」

少女「…あ、そうだ」

食人鬼「どうした?」

少女「あなたに色々案内してもらったし、今度は私が連れてってあげる」ガバ

食人鬼「え?何処に」

少女「それは内緒。お楽しみだよ」

食人鬼「へえ。…いいけど。何時がいい?」

少女「今日の夜!」

食人鬼「早くないか…?」

少女「いいじゃない、善は急げって言うじゃない」

食人鬼「でも、夜は危ないぞ」

少女「いいのよ。雨が上がったあとの夜空って綺麗よ。一緒に見ようよ」ギュ

食人鬼「…う、うん。そこまで言うんなら」

少女「やった。じゃあ、急いで帰って準備しよ」ピョン

食人鬼「…ああ」クス



274:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 14:08:20 ID:uj4

保安官「…長官、お話が!」

長官「ん。何だね?」

保安官「食人鬼のことについてです。ささいな事ですが、気づいたことがあります!」

長官「本当か。話してくれ」

保安官「資料を…。見てください、この被害者たちの外傷についてです」

長官「ああ。致命傷の傷のことか」

保安官「はい。全員鋭く抉られています」

保安官「長官は、この傷を与えたものは何だとお考えですか?」

長官「…爪ではないか?村人たちも言っていた」

保安官「私もさっきまでそう思っていました。しかし、奴の姿を思い出して考えが変わりました」

保安官「魔物は、…5本の指を持っていた。人の形です」

長官「…本当か」

保安官「間違いありません。小さい手でした」

長官「とすると、…この傷の切り口とはつじつまが合わないな」

保安官「そうなんです。あの小さな5本の爪で首を切った場合、こう…」ギギ

保安官「複数の傷がつくはずなんです。どれだけ強い力にせよ」

長官「ああ、そうだ。被害者の首の傷はほぼ滑らかで、一発だ」

保安官「つまり使ったのは爪じゃない。…別の鋭利なものです」

長官「…」

保安官「…いえ、すみません。まだ確証もないし、小さなことですが」

長官「いや、…ありがとう。君のお陰で、自分の仮説に確証が持てた」

保安官「え?」

長官「…隊員を集めてくれ。緊急集会を行う」



275:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 14:14:02 ID:uj4

少女「よし、と」

食人鬼「そんな大荷物で行くのか?」

少女「いいじゃない。あ、大丈夫よ。自分でちゃんと持つ」

食人鬼「何が入ってるんだ、それ」

少女「だから、秘密ー」ニマ

食人鬼「…まあいいや。行こう。忘れ物ないな?」

少女「勿論」

バタン

少女「ふふ、なんかどきどきする」

食人鬼「それは楽しいのか、不安なのか?」

少女「楽しいからに決まってるじゃない!なにが怖いの?」

食人鬼「あのなあ…。一応こっちは追われてる身だし、第一森の夜はまずいだろ」

少女「大丈夫よ。匂い、しないんでしょ?」

食人鬼「まあ、そうだけどさー」

少女「万が一何かに出くわしても大丈夫よ」

食人鬼「何で?」

少女「あなたを盾にして私は逃げるわ」

食人鬼「おい!?」



276:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 14:18:14 ID:uj4

少女「月が出て明るいから、ランプ必用ないくらいね」

食人鬼「そうだな。…ああ、満月なのか」

少女「あー、見ないで!空見ちゃ駄目」バッ

食人鬼「うぶっ。な、何すんだよいきなり!びっくりした!」

少女「いいから、黙々と前だけを見て歩くの」

食人鬼「…はいはい」スタスタ

少女「はいは一回」

食人鬼「…はい」


少女「よっと、ここよ!」

食人鬼「…あれ、ここ」

少女「まあ若干あなたの紹介してくれた場所と被ってるけど」


少女「私の思い出の泉!どう?」ニコ

食人鬼「へえ。…静かでいいところだと思う」

少女「でしょ!」



277:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 14:22:04 ID:uj4

食人鬼「あれ、あそこに小屋があるな」

少女「そうそう。お父さんが使ってた小屋なの」

食人鬼「え、そうなのか?」

少女「だから思い出の場所。ほぼ毎日ここに来てたのよ」

食人鬼「ふうん…」

少女「でね、…あ、目を瞑って!」

食人鬼「ん、こうか?」

少女「そ。で、私が手を引くから着いてきて」

食人鬼「…なんか、不安なんだけど」

少女「何よ、信頼しなさいよ!」

食人鬼「泉に投げ捨てるってのは勘弁してくれよ。風邪がぶり返す」

少女「あ、その手もあるか」

食人鬼「ちょ」

少女「開けないで!嘘よ、嘘っ」

食人鬼「…ったく…」

少女「いい、まだよ。…」

少女「はい、開けて!」

食人鬼「…」パチ



食人鬼「うわ…す、ご…」



278:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 14:27:24 ID:uj4

少女「えへへ、綺麗でしょ?」

食人鬼「泉が、…光ってる?月が映ってるのか」

少女「そうなの。ここだけ木々が無くて、丸い土地でしょ?」

少女「月や星がそのまま泉に映って、鏡みたいになるの!」

食人鬼「へえ…こんなはっきり映るんだな」

少女「水が澄んでるからね。他じゃ見られないわ」

食人鬼「月が掬えるんじゃないか?」

少女「…わお、詩的な表現」

食人鬼「な、べ、べつに恰好つけたわけじゃ」

少女「いいわね、それ。やってみよう」ジャブ

食人鬼「あ、待てって。…深くないのか?」

少女「大丈夫大丈夫。そんなに冷たくないし、おいでよ」

食人鬼「…本当だ。丁度いい」チャプ

少女「はい、あなたは左手でお皿つくって」

食人鬼「こうか?」

少女「そう。いくよ、せーのっ」

チャプ

少女「…ふふ」

食人鬼「…掬えた、な」クス

少女「月を捕まえたのね。あはは、なんかすごい」

食人鬼「…綺麗だな」



279:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 14:32:51 ID:uj4

食人鬼「…」ジッ

少女「…」ニヤ

少女「あ、手が滑った」

食人鬼「その手には乗らない」ガシ

少女「あー!やめ、冷たい!!?」

食人鬼「馬鹿め、そんなことだろうと思ってた」

少女「あーあ…もう、顔にかかった!引っかかりなさいよ!」

食人鬼「君の考えることなんて手に取るように分かる」

少女「この…」ゴシ

食人鬼「ま、こんな静かで綺麗な場所で水遊びはよそう」チャプ

少女「…そうね」

少女「足つけて座ろう。見上げると本物の月が見えるよ」ドサ

食人鬼「…本当だ。大きいな」

少女「…ねー」

食人鬼「…」

食人鬼「…」ゴク

少女「星がよく見える。雨雲が無くてよかった」

食人鬼「あ、あのさ」

少女「ん?」

食人鬼「ち、ちょっと手、出して」



280:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 14:37:30 ID:uj4

少女「…ん?」

食人鬼「…」

チャリ

少女「わ。…何、これ」

食人鬼「…ネックレス」

少女「凄い。…可愛い!くれるの?」

食人鬼「…」コク

少女「あ、このトップの石…どこかで見たことある」

食人鬼「柘榴石。…僕が石を削って作ったんだ」

少女「えっ、あなたが?」

食人鬼「あ、ああ。…どう、かな」

少女「すっごく、すっごく可愛い。それにお洒落」

食人鬼「そっか。…よかった」

少女「つけてみるね。…あれ」

食人鬼「あ、手伝ってやる。あっち向いて」

少女「こう?」

食人鬼「ん。…よし、できた」

少女「…あはは、似合う?」

食人鬼「…うん。えっと。…その」

食人鬼「か、…可愛い」ボソ

少女「へ?」

食人鬼「だ、だから。似合ってる!可愛い!」カァ



281:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 14:43:24 ID:uj4

少女「…」

食人鬼「き、君は…。色が白いから、赤が似合うって思って」

食人鬼「間違ってなかった。…可愛い。綺麗だ」

少女「な」

食人鬼「…」フイ

少女「な、なにそれ。…何言ってるの」カァア

食人鬼「じ、事実を述べたまでだ」

少女「お、お世辞なんていいから!ネックレスが可愛いのよね?そうよね?」

食人鬼「…少女が可愛い」ボソ

少女「な、な」

バシャ

少女「あ、あはは。変なの。何言ってるの、ばっかじゃない…」

食人鬼「…」

少女「…」

食人鬼「…なんか、…ごめん」

少女「お、お互い恥ずかしいわね…」

食人鬼「口が滑ったというか。…でも、…言いたくなった」

少女「あ、…っそう…」ギュ

食人鬼「それ、大事にしてくれるか?」

少女「勿論よ。気に入ったわ」

食人鬼「…また、何か作ってやる。イヤリングとか、小物とか…。指輪、とか」

少女「…う、うん。…嬉しい」

食人鬼「…」



282:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 14:47:22 ID:uj4

食人鬼「あのな、少女」

少女「…」

食人鬼「…僕は」

少女「はっきしゅっ」

食人鬼「うわ!?」

少女「あー、やっぱり足冷やしてると寒いわ。小屋に入ろうよ」ザバ

食人鬼「…」

食人鬼「はぁ…」

少女「何やってるの?早くー」

食人鬼「分かった、もう…」

食人鬼「わざとやってんのかなぁ…」ボソ

少女「ん、何か言ったー?」

食人鬼「何でもない!!」

ガチャ


バタン



283:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 14:53:21 ID:uj4

長官「…以上が私の立てた仮説だ」

保安官「…」

青年「…」

長官「仮説、か。いや。もうこれは確証に近い。事件はすぐにでも解決するだろう」

青年「…待ってくださいよ」

長官「信じがたい気持ちはあるだろうがね、これが事実だ」

保安官「青年。…座れ」

青年「ふざけんなよ!そんな、そんなことがあるわけないだろ!?」

長官「私も信じがたい。しかし」

青年「都から来たあんたに何が分かる!?この村のこと、人のこと、何も知らないくせに!」

保安官「青年っ」

青年「保安官さんも何か言えよ!こんなこと信じない!村への侮辱だ!」

保安官「…っ」

保安官「私も、…あなたの意見に真っ向から賛成はできません」

長官「…」

保安官「しかし、…しかし、あなたはベテランだ。可能性は、高いでしょう」

長官「ああ」

保安官「その説が正しければ、…今後、何が起きるのですか」

長官「…簡単だ」





長官「あいつが全てを終わらせる」



284:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 15:01:20 ID:uj4

少女「よっと」ガタ

食人鬼「へえ、意外と何もないんだな」

少女「ええ。お父さん、物置くの嫌いだったし。テーブルと椅子くらい」

食人鬼「…それ、何だ?」

少女「じゃーん。ポット持ってきた」

食人鬼「大荷物はそれか…」

少女「お菓子もあるの。お茶でも飲もう」

食人鬼「歩きつかれてるし、丁度いいな」

少女「はい、どうぞ」

食人鬼「ん。…いただきます」

少女「っと、その前にこれを飲んで」

食人鬼「…げ」

少女「食後渡すの忘れてたわ。今飲んじゃって」

食人鬼「もう体は良くなったし、飲まなくても…」

少女「絶っっ対駄目。ぶり返すことになるわよ」

食人鬼「…はぁ。分かったよ」サラ

少女「…」

食人鬼「ぐ。…水」

少女「はい」

食人鬼「…ん。なんか、あんまり苦くないな」

少女「え、なんで?」

食人鬼「分かんない。…なんだ?」

少女「苦味に慣れてきたんじゃない?よかったわね」

食人鬼「ああ…」

少女「じゃ、口直しに食べよう」ガサ



285:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 15:06:29 ID:uj4

食人鬼「今度さ」

少女「ん?」

食人鬼「一緒に街に行こう。お菓子屋さんいっぱいあるぞ」

少女「えー!行きたい、いいね」

食人鬼「街に泊まってもいいし。観光とか、してみたい」

少女「…そうだね。楽しそう」

食人鬼「君と色々、今まで行ったことないところに行きたいな」

食人鬼「一人じゃ、寂しくてできなかったことも、…したいし」

少女「…」

食人鬼「どうした、食べないのか?」

少女「…ごめんね」

食人鬼「ん、なにが」

少女「この間さ、…私のこと、話したくないって言ったじゃない」

食人鬼「…気にしなくていい。半分押し付けだったし」

少女「…」

少女「今…話す気になったわ」

食人鬼「そ、う…か」

少女「ここで話したかったの。だから、連れて来た」

食人鬼「ああ」

少女「…でもまず、あなたからよ」ビシ

食人鬼「は?」

少女「言いだしっぺの法則!先に言い出した方が語るの」

食人鬼「なんだそりゃ。…まあいいけど」

少女「話せる?」

食人鬼「ああ。…勿論」



286:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 15:13:54 ID:uj4

食人鬼「…ええと、改まるとなんか緊張するな」

少女「秘密の打ち明けっこだよ。そりゃそうよね」

食人鬼「…はあ。えっと、少し長くなる」

少女「ちゃんと聞くわ。口挟まない」

食人鬼「…僕の、昔の話だ」

少女「…」コク

食人鬼「僕は、ここから遠く離れた土地の集落で生まれた」

食人鬼「…食人習慣のある集落だ。周りの社会とは隔絶されている」

少女「…うん」

食人鬼「父はそこの長の息子。母は、ごく普通の…っていうのも変か。住人だった」

少女「…」

食人鬼「そもそも、僕の集落の人間は、魔物ってわけじゃなかった」

少女「え」

食人鬼「混血、とでも言おうかな。…用は中間に立つ種族だ。確かに人とは言えない」

少女「…そうなんだ」

食人鬼「…何故、人間を食べるか」

食人鬼「…簡単だ。風土病があった」

少女「ふうど、…びょう?」

食人鬼「ああ。人間という特別な栄養を摂取しなければ、死ぬ病だ」

少女「…」



287:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 15:24:06 ID:uj4

食人鬼「村人は定期的に近くに住む人や旅人を調達して、食べた」

食人鬼「…ただ、母さんだけは違った」

少女「…」

食人鬼「母さんは小さい頃、食用に捕らえられた人間の子供と口を聞いたことがあって」

食人鬼「そこで、他の村人と違った考えが生まれたんだ」

少女「…そうなんだ」

食人鬼「食い初めっていって、12歳になって初めて人間を口にする儀式を、母はうまくはぐらかした」

食人鬼「それからは、徹底的に人肉を避けた。目に見えた体調の変化はなかった」

食人鬼「母は多分、人間を食べるくらいなら死んでもいいと思ってたんだと思う」

食人鬼「…病の兆候は、18になっても現れなかった。結婚し、僕を妊娠した後のことだ」

食人鬼「…母の髪は急に白くなって、目が赤くなった」

少女「…!」

食人鬼「典型的な欠乏症だった。村人はすぐに人を口にしていないのだと分かった」

食人鬼「死ぬぞと言われても、流産してもいいのか、と言われても、母は絶対に食べなかった」

食人鬼「…それでも必死で、僕を産んだ」

少女「…」

食人鬼「僕の髪や目は、生まれつきだ。僕は生まれつき、病気なんだ」

少女「…そうだったのね」

食人鬼「生まれてきた僕を見て、村人たちは恐れた」

食人鬼「異質な母に、異質な息子だった。なにより自分達の風習が廃れることを嫌った」

食人鬼「…父は母に、風習を受け入れることを強要した。赤ん坊の僕にもだ」

食人鬼「…母は、拒んだ。…そして、集落から追放された」



288:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 15:36:43 ID:uj4

少女「…」

食人鬼「母は病でぼろぼろになりながらも、僕を真っ当に育てようと考えた」

食人鬼「村から離れ、行き着いたのがここだ」

食人鬼「母はここで、僕を人に育てようとしていた」

食人鬼「…」

食人鬼「けど、…駄目だった。僕らは人間と混じりえない」

少女「…それって、何時の事」

食人鬼「4,50年前だ。…その当時から魔物の伝説はあったよ」

少女「ってことは、つまり」

食人鬼「伝えられていたのは、ただの寓話。けど僕たちが移住したことで現実になった」

少女「…そんな裏が」

食人鬼「母は、村にも時々行こうとしてた。けどやっぱり、欲の暴走を恐れてた」

食人鬼「…母は、日に日に弱っていった」

食人鬼「度々吐血した。風土病の苦しみはすさまじいものだった」

食人鬼「僕にもこの苦しみを味あわせるのが、嫌だったんだろう」

食人鬼「…でも、それ以上に僕を畜生の道に落としたくなかったんだと思う」

食人鬼「僕の一族は人より長く生きる。生命力も高い」

食人鬼「その分、母は苦しんだ。苦しんで、…亡くなった。一度も人を食べなかった」

少女「…立派だわ」



289:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 15:42:20 ID:uj4

食人鬼「…僕も」

食人鬼「母がいなくなってから、どうしようもない欲が襲ってくることがあった」

食人鬼「何を食べても満たされない、苦しいんだ」

食人鬼「…自分を保つのに必死だった」

食人鬼「時々森で人間を見ると…自分が獣の感情を持ってることに気づいた」

少女「…あなた、病気は」

食人鬼「…長く土地を離れてる僕が同じ病を発症するかは、分からない」

食人鬼「まだ兆候はない。けど、年々病気には弱くなってる」

食人鬼「…たまにああやって、発熱する。死にはしないけど」

少女「…」

食人鬼「ぐだぐだ話してごめん。ただ、…僕が言いたいことは一つなんだ」

少女「うん」

食人鬼「僕の過去とか、そんなのはどうでもいい。過ぎたことだ」

食人鬼「…君に知っててほしいのは」



食人鬼「…っ」ガッ

少女「どうしたの?」

食人鬼「…っ、…頭が。…痛い」

少女「…」

食人鬼「急に、…めまいが」



290:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 15:45:44 ID:uj4

少女「大丈夫?」

食人鬼「…だい、…じょうぶじゃ…ない、かも」

少女「…」

食人鬼「あ、…ぐっ」ガタン

食人鬼(な、んだ、これ。…座って、られな)

少女「…」スッ

食人鬼「…は、っ……っ」

少女「肩を貸すわ。立って」

食人鬼「ごめ、…少女…」

少女「どうしたのかな。風邪がぶり返したとか?」

食人鬼「わかん、な…い。けど、…はぁっ…」

少女「…」カツ

食人鬼「どこ、…行くんだ」

少女「…」

食人鬼「しょう、…じょ」

少女「大丈夫。横になる場所があるの」カツ



291:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 15:51:22 ID:uj4

長官「全員、装備はいいか!」

「はっ!」

長官「今回の任務は少数で行う。くれぐれも気配を悟られないよう注意しろ」

長官「到達地までの案内は、この二人だ。従うように」

保安官「…」

青年「…」ギュ

長官「万が一敵を発見し次第、捕獲せよ。殺傷は認めない」

長官「奴は武器を携行している可能性もある。気をつけろ」

「はっ!」

長官「では、全隊出発!」

青年「…保安官さん」

保安官「何だ」

青年「…本当に、あいつの言っていることが…」

保安官「…」

保安官「…現実を見るしか、道はない」

青年「…」



293:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 15:55:29 ID:uj4

「君達は根本的に敵の姿を見失っているのではないか?」

…え?

「食人鬼、と呼ばれる魔物は」

…ええ

「確かに存在するのかもしれない」

はい、断言できます

「しかし、今まで何も事件を起こさなかった奴が、ここ10数年で爆発的に被害者を出している」



「これは何故だ?」

…魔物としての本能が、覚醒したのでは

「…」

「君は優秀だ」



「しかし事件に私情を挟んではならない」

…なにを

「この村のことが大事だろう。人が好きだろう」

「しかし、受け止めてくれ」

…長官

「…いいか、この事件の真相は」

…もう

「しっかり聞け!!お前には村を守る義務がある!!!」

…っ



294:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 15:57:46 ID:uj4

食人鬼「…しょう、じょ」ズル

少女「…」カチャ

食人鬼「…っ、は、あ…」

少女「食人鬼」

ギィ

食人鬼「な、に…」

少女「あなたの話、聞けてよかった」

食人鬼「…ん…」

少女「でも」


敵を見失っている


少女「この先は」


魔物の正体を教えてやろう


食人鬼「…しょう、じょ?」


奴は



少女「…いらない」




ドガッ



298:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 16:04:04 ID:uj4

食人鬼「…っ」

一瞬、何が起こったのか分からなかった

食人鬼「あ、…ぐっ…」

少女がどこかの部屋の扉を開けて

…そして

食人鬼「しょ、…う…じょ…」

少女「…」カツ

ギィイ

バタン

食人鬼「な、…んで」

少女「殴れば血が出るのね。発見だわ」コツ


何で彼女は斧を持っている?


食人鬼「……ぁ」


何故彼女は僕を殴った?


少女「…」カチャリ

少女「…食人鬼。…ここ、どこか分かる?」

食人鬼「…な、…」ズリ



300:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 16:09:39 ID:uj4

少女「13回」

食人鬼「…」

少女「私がここで女性を解体した回数」

食人鬼「……!!」

少女「あはは、…びっくりした?ずっと不思議だったのよね?」

少女「村では食人鬼の噂が流れてる。自分が疑われてる」コツ

少女「けど、身に覚えがない…」

食人鬼「…はっ、…は、ぁ」

少女「そうよね」

少女「だってあなた、人間を食べたことないもの」

食人鬼「……!」

少女「全て私がやったことよ」コツ

食人鬼「な、…ん、で」

少女「…」

少女「何でって」

少女「…美味しいって気づいちゃったのよ」

食人鬼「…!」

少女「病み付きになったわ。…ねえ、ヒトがどんな味するか知ってる?」

少女「今まで食べた肉の中で一番美味しいの!柔らかくて、すっごく、美味しいのよ」

少女「私、他のものじゃ駄目になっちゃった。受け付けないの」

食人鬼「……」ズリ

少女「…逃げないでよ、ねえ」コツ



301:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 16:16:03 ID:uj4

少女「私、酷いわよね」

食人鬼「…っ」

少女「あなたの噂をいいことに犯人像をあなたにむけて」

食人鬼「…」

少女「…で、罪をなすりつけようとしてる」

食人鬼「…そん、…な」

少女「それと、ごめん。あの薬は勿論痺れ薬。動物に使うもの」

少女「…ねえ、あなたって斧で斬ったら死ぬ?」

食人鬼「は、…っ」

少女「何回くらいで死ぬ?苦しませたくないんだけど、どうしよう」ガラ

少女「そうだ、首かたむけてよ。いっつもそうしてきたの」

少女「首の後ろを、一回思いっきり切るとね、すぐ死ぬのよ」

食人鬼「……はっ、…はぁ、っ」

少女「…本当はこんなことしたくないのよ」

少女「でも、チャンスがなくってこうなっちゃった」

少女「最初、銃であなたを撃っておけばよかった。そしたらすぐだったのに」

食人鬼「…っ」

少女「…ね、死ぬのは怖いでしょう?」

食人鬼「……」

少女「…」

少女「選ばせてあげようか」



302:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 16:20:42 ID:uj4

食人鬼「…な、」

少女「私があなたを殺すか、あなたが私を殺すか」

食人鬼「…!」

少女「正直どっちでもいいわ」

少女「だから最初しくじったときに、私を殺してって言った」

食人鬼「…どっち、も。…嫌、だ」

少女「…」

少女「…っ」シュッ

ポタ

食人鬼「…!!」

少女「ほら、見て。血。…美味しそう?」

食人鬼「や、…め」

少女「お腹空いてこない?食べたいでしょ、ねえ」

食人鬼「しょう、…じょ!」

少女「もう疲れたの。お父さんが死んだときから、全てどうでもいい」ギュ

ボタ ボタ

少女「どうせあなたを殺した後は私も死ぬわ。…だからこっちのほうが被害は少ない」

食人鬼「やめ、ろ!…血、止めろ」

少女「食べなさいよ、食人鬼。欲望には逆らえないでしょ」

少女「…ほら、口開けて」グイ

食人鬼「ふ、…あ、…!?」

少女「噛んで。できるでしょ、その歯なら」

食人鬼「あ、っ…。む、」



303:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 16:26:03 ID:uj4

食人鬼「はな、…せ」

少女「ほら、…噛め!」グッ

食人鬼「ぐ、…。や、…だ」

少女「じゃあ私があんたを殺す。それでいいのね!?」

食人鬼「…」

少女「何とか言いなさいよ!死にたいの!?」

ガシャン!

少女「はぁ、はぁ…」

食人鬼「…しょう、じょ」

少女「呼ぶな。…呼ぶな!お前なんかに呼ばれたくない!!!」

食人鬼「…」

少女「…っ、本当にやるわよ」

食人鬼「…ねえ」

少女「…っ、そう。じゃあ、いいわ。…」フラ

少女「さよなら、食人鬼。…あんたとの友達ごっこ、まあまあ楽しかったわ」ガラ

食人鬼「…」

少女「…っ」

少女「ば、…い、ばい」




食人鬼「…嘘だよ」



少女「…え、…?」



304:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 16:31:03 ID:uj4

ああ、…君はまた誤った考えをしている


少女「な、…にが。嘘、って」

食人鬼「…う、…てて…」ズリ

少女「う、動かないで。本当に、殺…」

食人鬼「ろれつ、…まわんない。…効くね」

少女「なんで、なんで動けるのよ。…なんでっ!!」


少女が犯人か


食人鬼「…君じゃないよね」

少女「…!」


何故そう思う?違う、甘い。…まったく違う。


少女「何、言って。私が、私が」

食人鬼「そんなはず、ない。…最初の事件は、11年前、だろ」

少女「だから、…私が」

食人鬼「君は、6歳。……無理が、あるよね」


彼女の本質は


少女「ち、が…」



隠蔽者、といったところか



305:名無しさん@おーぷん:2015/08/01(土) 16:35:07 ID:uj4

少女「はぁ、はぁ」フラ

ガラン

食人鬼「…そうなんだろ、少女」

少女「はっ、…は、あっ」ドサ

食人鬼「君が、誰かの罪を被ってるんだ」

少女「わ、わたし、…違う。わたしが」

食人鬼「…少女」

少女「い、いや。…嫌だ。…私なの。お願い、信じて」

食人鬼「君が話す番だよ」

少女「…っ」

食人鬼「君が庇ってる人は」

少女「やめ、て!!やめて!!お願い!!言わないでっ!!」



そうだ


少女「なん、で!違うの、違うのに!!何で言うの!?」


彼だ


食人鬼「…お父さん、なんだろ」


少女「…っ」



少女「あああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」



321:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 02:51:57 ID:ZyQ

お父さん

私の お父さん

…優しくて強くて面白くて

たった一人の、私の家族

「少女」

お父さんは、私の全てだった

「少女、…どうしてここに」

世界の全てだった

「…少女。…これは」

少女「おと、う…さん?」


それは今でも変わってない


少女「なに、それ…?」



彼の隣に横たわる白い死体を見たあとでも



322:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 02:58:15 ID:ZyQ

猟師「…」

少女「ねえ、お父さん」

猟師「んー?…何だー?」

少女「そろそろまた狩りに行く?村のお肉もなくなってきたし」

猟師「そうだな。明日にでも行くつもりだ」

少女「そっか。…気をつけてね」

猟師「なんだ、心配なのか」

少女「そりゃ、…そうでしょ。だって村で夜も出歩くのお父さんくらいだもん」

猟師「大丈夫さ。奴は男に手を出したりしない」

少女「…分かんないじゃない、そんなの」ムス

猟師「心配なのは分かる。けどな、俺が行かなきゃ村が飢えるんだ」ポフ

少女「分かってる。…分かってるけど」

猟師「寧ろお前が十分気をつけろよ。俺は気が気でないんだ」

少女「外出もちゃんと二人以上でしてるし、…言われたとおり、これも」

猟師「お。…ちゃんと整備してるか?」

少女「うん。いつでも撃てるよ」

猟師「いいか、それは緊急事態用だからな。オモチャじゃないんだぞ」

少女「分かってるよ、散々訓練したし」



324:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 03:03:45 ID:ZyQ

少女「何時ごろ出発する?」

猟師「そうだな。…まだ暗い朝のうちに」

少女「ええ…。なんだ、じゃあ朝ごはん作れない」

猟師「まあ適当になにか摂っていくさ」

少女「じゃあ、お昼は私が届けてあげるね」

猟師「ん、…まあ嬉しいが、大丈夫か」

少女「いつもどおりちゃんと舗装された道を通るわ。友達と一緒に」

猟師「そうか。じゃあ昼時になったら森の入り口で待ってる」

少女「うん!お昼、なにがいい?」

猟師「そうだな…。最近寒くなってきたし、温かい麺料理がいいかな」

少女「最近してなかったもんね。いいよ、分かった」

猟師「いつもありがとうな、少女」

少女「ううん。お父さんこそ、お仕事頑張ってくれてありがとう」

私は

幸せだった



325:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 03:09:54 ID:ZyQ

少女「ごめんね、付き添わせちゃって」

友人「全然大丈夫よ。私もそろそろ家の中じゃ退屈してたくらいだし」

少女「確かに。そっちの家、厳しいもんね」

友人「そう!夜は勿論昼も外出るの禁止だもん」

友人「息がつまるっていうか…。あー、病気になりそう」

少女「あはは、…でも、笑い事じゃないか」

少女「…だんだん魔物の被害が村の中心にまで迫ってきてるし」

友人「うん。…そうだね。怖いね」

少女「怖いよ。なんであんな酷いこと、するんだろ」

友人「…食べられたくないなあ」

少女「私も…」

友人「でもさ、あんたはお父さんがいるから大丈夫なんじゃない?」

少女「え?」

友人「いくら魔物でも、でっかい猟銃抱えたおじさん見たら、逃げ出すわよ」

少女「そうかなー?」

友人「うん。私だってたまに怖いもん」

少女「私は全然平気。だって銃持ってようがお父さんは優しいもの」

友人「…相変わらずラブラブね」

少女「らぶらぶ?なにそれ」

友人「都で流行ってる言葉よ。意味は教えてあげない」

少女「…どうせ、しょうもない意味なんでしょ」



326:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 03:14:44 ID:ZyQ

少女「…あ」

少女「…お父さん!」タタタ

猟師「お、来たか」

少女「うん!」ニコ

友人「おじさん、お疲れ様です」

猟師「ああ、友人ちゃんも。すまんね、何もなかったか?」

少女「大丈夫だよ!人通り多い所通ったし、ね?」

友人「うん。何もなかったです」

猟師「そうか。…お、持ってきてくれたか」

少女「うん。今日はね、スープパスタにしてみた」

猟師「パスタか。いいな、おいしそうだ」

少女「ね、何か獲れた?」

猟師「はは、それがまだ」

友人「珍しいですね」

猟師「今日はさっぱりだ。良い獲物が見当たらない」

少女「えー…じゃあ、長引く?」

猟師「…」

猟師「いや、大丈夫だ」チラ

友人「…」


猟師「なんとか目星はつけれそうだからな」



327:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 03:20:38 ID:ZyQ

少女「そっか、じゃあ早く帰ってきてね」

猟師「ああ、分かって」

ビュウ

友人「きゃ!?」

少女「わ、…」

猟師「おっと、大丈夫か二人とも」ガシ

少女「びっくりした。…いきなり強い風吹いたね」

友人「ありがとうございます、おじさん。…転ぶところだった」

少女「もう、髪ぼさぼさだよ…て、あれ」

友人「なに?」

少女「友人、…髪飾りは?」

友人「…」バッ

猟師「あ、さっきまであったのにな」

友人「無い。嘘。さっきの風で?」

少女「うわ、…あれ、大事な奴だよね?」

友人「うん。…気に入ってたのに」

猟師「ここら辺にないか?」

少女「…無い。どこか飛ばされちゃったみたい」

友人「…そんなぁ」

猟師「俺が探しておこう。見つかるか保証はできないが」

友人「でも、いいんですか」

猟師「ああ。だからそろそろ二人は帰ったほうが良い」

猟師「…魔物が匂いを嗅ぎつける前に」

少女「ね、お父さんに任せて帰ろう」

友人「…うん」



328:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 03:27:11 ID:ZyQ

少女「…」ペラ

少女(遅い、な)

少女(もう夕飯時だっていうのに。…どうしてかな)

少女「…何か、あったのかな」

ギィ

少女「!」バッ

猟師「ふう。…ただいま」

少女「お帰りなさい、お父さんっ」

猟師「ああ。…なんだ、ご飯食べずに待ってたのか」

少女「うん。一緒に食べたくて」

猟師「ごめんな。少し手間取った」

少女「あ、どうだった?なにか獲れた?」

猟師「ああ。猪が二頭だな。明日加工する」

少女「…一人じゃ大変じゃない?手伝おうか」

猟師「いいや、大丈夫。それより早く夕飯にしよう」

少女「分かった。今準備す…」

ダンダン!

少女「…!」ビクッ

「猟師!開けてくれ、俺だ!」

少女「なんだ、保安官さん。…びっくりしたぁ」

猟師「どうかしたか?」ギィ

保安官「はぁ、はぁ…。おい、養鶏場のとこの娘を見なかったか?」

少女「…友人のこと?どうかしたの?」

保安官「…いなく、なった」

少女「…!」



329:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 03:31:14 ID:ZyQ

猟師「何時からだ」

保安官「夕方から姿が見えないそうだ。母親が料理している隙に…」

少女「嘘、…嘘」

猟師「少女、落ち着け。まだ決まった訳じゃない」

少女「なん、で。…なんで、友人」

保安官「とにかく、村で緊急集会がある!お前も来い!」

猟師「分かった。準備しよう」

少女「……」

猟師「少女、お前も来なさい。一人にはさせられない」

少女「…お父さん、でも」

猟師「大丈夫だ。希望を捨てちゃいけない。お前の親友なんだろ」

少女「…うん」

猟師「コートを取ってきなさい。急いで行くぞ」

少女「…分かった!」


青年「…少女」

少女「あ、…青年」

青年「集会、まだ終わらないな」

少女「…うん」

青年「友人が、…まさか。何かの間違いだといいけど」

少女「…」



330:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 03:36:55 ID:ZyQ

ギィ

少女「…あっ」

猟師「少女、…待たせたな」

少女「お父さん、…どうだったの?」

猟師「ああ。まだ見つかってない。…捜索隊が組まれた」

少女「そんな…」

猟師「残念ながら俺は外されたが…。今は大事な狩猟期だから」

少女「…友人、どうして」

猟師「靴がなくなってた。自分から外に出たようだ」

少女「どうして!そんな、自分からなんて」

猟師「分からない」

少女「…あ」

少女「髪、飾り…?」

猟師「…!一人で探しに行った、ということか」

少女「まさか。そんな…」

猟師「俺は探したが見つからなかった。それに、あそこで人は見ていない」

少女「…」

猟師「とにかく、…気をしっかりもて。どんな報告があっても乱さないように」

少女「…そん、な」

猟師「大丈夫だ。…お前は、俺が守る」ギュ

少女「…友人…。どう、して…」



331:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 03:41:41 ID:ZyQ

少女「…」

少女(友人、…無事でいて)

ギィ

猟師「…ただいま」

少女「あ、…お父さん。お帰り」

猟師「…今日はずっと家にいたのか」

少女「…」コク

猟師「何か知らせは?」

少女「無い。…お父さんは、大丈夫?」

猟師「ああ。解体もし終わったしな」

少女「そう…」

猟師「…」

猟師「顔色が悪いぞ。…悲しいのは分かるが、ふさぎこむんじゃない」ポン

少女「でも、…」

猟師「夕飯を一緒に作ろう。新鮮な肉があるんだ」

少女「…食べたくないよ」

猟師「駄目だ。しっかり食べないと、体が持たないぞ」

少女「…うん」

猟師「さ、台所へ行こう」

少女「…」コク

猟師「猪、好きだろ。柔らかい腹の肉をとってきたんだ。猟師の特権でな」

少女「うん。…美味しそう。煮込み料理がいいかな」



332:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 03:45:14 ID:ZyQ

猟師「固まり肉だから、切ってくれるか?俺は湯を沸かしておく」

少女「うん」

ドサ

少女「…」

少女(あれ?)

何故だかそのとき

猟師「…ん、おい?」

少女「…」

目の前に置かれた肉が

少女「…あ、」

どうしても触れなかった

猟師「どうしたんだ、…少女?」

少女「お父さん。…ねえ、お父さんが切ってくれない?私、…ちょっと」

猟師「そうか。…肉を食べるのは辛いか?」

少女「…」

猟師「こんな事件が起こっている最中だもんな。…無理もないさ」

ザク

少女「…」

猟師「いいぞ、俺がやる。少女は鍋を見てくれ」

ザク

少女「…うん。分かった」



333:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 03:48:45 ID:ZyQ

少女「…」

お父さんは何のためらいもなく肉に刃をつきたて

猟師「…」

淡々と切り裂いていった


ドンドン!

少女「…あ。誰かな」

猟師「開けてくれ少女。手が離せない」

少女「分かった」タタ

猟師「…」ザク

ガチャ

保安官「ああ。少女、ちゃんか。…いいか、よく聞いてくれ」

少女「…」

保安官「…遺体が発見された」

ザク

少女「…」

猟師「…少女」クル

少女「…」フラ

猟師「少女っ!!」

ドサ



334:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 03:51:45 ID:ZyQ



「少女」



「少女。なあ、開けてくれ」

…いや

「何日も出てきてないじゃないか。…体を壊すぞ。顔を見せてくれ」

…いやだ。もう、…誰にも会いたくない

「…少女」

……なんで、あの子が

「辛いだろうよ。友達だったんだもんな。…悲しいだろうよ」

…っ

「けどな、少女。お前までふさぎ込んだままじゃ、あの子も報われない」

報われる、って。何よ

「お前が体を壊すと、余計あの子は悲しむだろう。あの子の親もだ」



「泣きたいなら、泣けばいい。一杯に悲しめばいい」

「けど、自暴自棄にならないでくれ。お願いだ。泣くんなら、俺の腕の中で泣いてくれ」

…お父さん

「開けてくれ少女。俺も一緒に泣く。だから、背負わないでくれ…」





335:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 03:56:36 ID:ZyQ

遺体は川岸で発見された

腿の肉と、肺が切り取られていた

少女「…」

私は彼女の葬式に参加できなかった

家に一日中引きこもっては、泣いてばかりいた

猟師「…じゃあ、行ってくるな」

少女「…うん」

バタン

どうして

あの日、私が彼女を誘わなかったら

少女「…っ」ポタ

何かが変わっていただろうか

少女「…っ、ひくっ、っ…」

彼女が死ぬこともなかっただろうか

少女「ごめん、なさい…」

私は何度も何度も自分を責めた

少女「…っ…」

そんな中でも、現実は無情に動くのだ




親友が死んで4日後、新たな行方不明者が出た



336:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 04:00:24 ID:ZyQ

少女「…」

少女「…ん」パチ

少女「…」ムク

少女(あ、…。こんな時間まで、寝てたんだ)

少女「…お父さん?」



少女「…あ」ピラ

「少女へ。 仕事に行ってくる。きちんとカーテンを開けて日の光を浴びるように。

 夕方には帰ってくる。ご飯をちゃんと食べろよ」

少女「…行っちゃったんだ」

少女「…あ」

少女「…お弁当、…渡してない」

どうかしていたのかもしれない

少女「…」ガチャ

あの時どうして一人で家を飛び出したか

少女「はぁ、はぁ」


いや、無意識のうちに分かっていたのかもしれない

私は死なない


だって、



337:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 04:04:31 ID:ZyQ

少女(…お父さん、どこかな)

少女(冷静に考えれば、まだ仕事だったのかもしれない)

少女(…あー、お弁当だけ小屋に置いて帰ろうかな)ザク

少女「…ん」

泉の前に、見慣れた背中が見えた

少女「あ」

広くて優しげな、お父さんの背中

少女「…っ」

だから、なんだか嬉しくなって

少女「…」タタ

駆け寄ってしまったのだ

少女「おとうさ、…」

「…」

振り向いたお父さんの顔は

少女「…え」




真っ赤だった


大きな体の下に見えたのは、脱力した白い細い、足



「しょう、じょ…?」



338:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 04:09:13 ID:ZyQ

ドサ

少女(…え、…え…?)

猟師「何故だ。どうして、ここに」

少女(なんで、お父さんの顔、血がついて)

少女(なんで、…その子、…行方不明になってる…)

猟師「…少女」スッ

少女「おと、う…さん?」

少女(ああ、そっか)

猟師「…」

少女「そのこ、…死んでる?遺体、見つけたの?」

私の希望は簡単に打ち砕かれる

猟師「……」

お父さんの持っていた、血の着いた斧で

少女「……え」

猟師「何故、来た」

少女「お父さん、…なに、それ」

猟師「少女。…何故、来た」

彼の瞳は今まで見たことがない位、静かで、…何の感情も浮かんでいなかった

少女「はぁ、は、あ」

私は理解できない

少女「なん、でって。だって、お弁当」

理解できない 頭が拒む

少女「…お父さん、それ」


少女「お父さん、が。…やったの…?」ポロ

猟師「…ああ」



339:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 04:16:01 ID:ZyQ

少女「嘘、嘘、だよね」ズリ

猟師「今血抜きをしていた」

「…」

少女「ひ、っ!!」

猟師「…少女。いつかお前には打ち明けようと思っていた」

少女(な、に。言ってるの?)

猟師「村で起こっている全ての事件は、俺がした」

少女(…あはは。冗談だ。そうに決まってる)

猟師「けど、安心しろ。お前には何もしない」ナデ

少女(だって、魔物だよ?魔物がしたんだよ?お父さんがこんなこと)

猟師「大丈夫か、少女」

少女「あ、…っ。…っ…」

猟師「…震えているな。無理もない。すまなかったな」

少女「お父さん、お父さん。…ねえ、…これ、夢?」

猟師「いいや、違う」

少女「だって、おかしいよ。なんで、お父さんが、人殺しなんて」

猟師「…俺なんだよ、少女」

少女「…」

猟師「今からこの子の肉を取ろうと思っていた。顔色がいい子だから、肝臓がいいはずだ」

少女「な、…にが?」

猟師「…」

少女「魔物、じゃ、ないの」

…いや

少女「お父さんが、…食人鬼、…なの?」

猟師「ああ」



340:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 04:20:56 ID:ZyQ

少女「…」

ひとをたべる

猟師「驚くよな。…もう少し、分別のある時期になってから打ち明けようと思ったんだが」

ひとをたべる、げどう

猟師「小屋へ移動しないか?お前は少し休んだ方がいい」

まもの。 けがらわしい

猟師「すぐ終わらせるから、その間に休んでいなさい。昼を食べたら一緒に帰ろう」

わたしの、おとうさん

少女「…友人、は」

猟師「ああ、あの子か」

猟師「俺も辛かった。…少し後悔はしている」

少女「……」

猟師「けど、あの子の脚は今まで食べた中で一番の味だったぞ」

少女「……!!」


気づいたら、喉になにかがこみあげてきて


少女「ぅ、えっ…。ぐ、おえっ……!!」

ビシャ

猟師「少女っ!」

少女「は、っ。う、ぐっ……」

猟師「大丈夫か、少女!」ナデ

少女「う、…っ!」

ビシャ



341:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 04:25:40 ID:ZyQ

猟師「すまない。少女、すまない」

少女「……う、ぅ…」

猟師「けど、話せば分かる。きっと分かる。俺の娘だもんな」

お父さんは何を言っている?

猟師「そのために今まで色々教えてきたんだ」

猟師「銃の扱い、刃物の扱い、獲物の解体…」

少女「…、…」

彼は何を言っている?

猟師「お前はもう立派な猟師だよ。俺の手伝いだってできる」

猟師「そうだ、今手始めにこの子を解体するところを見てみるか?」

猟師「いつも言っているだろう、目で盗めって」

少女「…あ、」

猟師「体調が悪いか?とにかく小屋に」

この男は、何を言っている?

猟師「少女?」

少女「さわ、」




少女「さわ、るな……。ばけもの……っ!!」



342:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 04:30:51 ID:ZyQ

少女「は、っ。はぁ、はぁ」

猟師「…少女」

少女「やめて!!!来ないで!!」

猟師「…そうだな。俺は、…」

少女「い、や。……やめろ!!」

猟師「けどな、少女」

少女「は、っ。はっ、…っ…」ズリ

猟師「…お前だって、その化け物の血が入った娘なんだよ」

おまえだってそのばけもののちがはいったむすめなんだよ

少女「…ぁ」

猟師「分かり合えるさ」

わかりあえるさ

猟師「さ、行こう。早くしないと肉が悪くなる」グイ

はやくしないとにくがわるくなる

少女「…」

ああ

少女「…っ」バッ

こいつを

猟師「しょ、」

少女「…っ」ガラン


ころそう


少女「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」



グシャッ



343:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 04:37:17 ID:ZyQ

思いっきり振った、斧の下で

猟師「…が」

まず、木の実の殻を割るような手ごたえと

少女「はぁ、っ。はっ、…はっ」

猟師「…」

腐った果実のような不愉快なほど柔らかい手ごたえが、あった

ドサ

猟師「…」

お父さんは2,3回痙攣した

少女「…」

猟師「…し」

少女「……」

目を開けて、こちらを見つめながら

猟師「…」

死んだ

少女「……」

少女「…っ」バッ

私は、また吐いた

少女「ぐ、…っ!あ、…う…っ!」

脳が飛び散ったお父さんの遺体の横で、吐いた


思い出したように、涙が

あとからあとから溢れては

少女「ぐ、…っ!」

お父さんの血と混ざって、まだらになった

私は、お父さんを殺した



349:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 10:41:15 ID:ZyQ

食人鬼「少女」

少女「…」

食人鬼「そうなんだろ?」

少女「…」

少女「…13件の女性の殺人は、…お父さん」

食人鬼「…」

少女「けど、けど…」

少女「私も、変わらない」

少女「…お父さんを、…殺したのは、私」

食人鬼「…そう」

少女「殺した後、…ここで、バラバラにした」

食人鬼「…」

少女「ここは、元々お父さんの使ってた解体場所だったの。…お父さんの遺体を処理したあとは」

少女「…埋めた。だから、遺体は無い」

食人鬼「…」

少女「被害者の女の子は見つかりやすい位置に置いて」

少女「泉のほとりにあった血は水で洗い流した」

少女「…ぞっとした。私ね、ずっと冷静だったのよ」

少女「全てのことを、まるで狩りの後処理みたいに終わらせたの」

食人鬼「…」



350:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 10:46:05 ID:ZyQ

少女「その後はまっすぐ家に帰って」

少女「…寝た。何も考えられなかった」

少女「女の子の遺体は翌朝には見つかった」

少女「私は村の人に、お父さんが帰ってきてないと知らせた」

少女「…」

少女「そのときから、考え出したの」

少女「…全てあなたのせいにして、事実を隠そうって」

食人鬼「…どうして?」

少女「…」

少女「お父さんは人殺しだった」

少女「けど、」

少女「…私の、…私の全てだった…」ポロ

少女「お父さんの罪が、全て知られてしまうのが、…怖かった」

食人鬼「…」



352:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 10:54:11 ID:ZyQ

少女「最初は、自分であなたを殺そうと思ったわ」

少女「私が復讐をしてこの事件は終了、それでいいって」

少女「でも、…失敗だった」

少女「だったらせめて死のうと思った」

少女「今度はあなたに私を食べさせようと思ったわ」

少女「魔物の一回の犯行で、村人はきっと全ての犯人だって誤解してくれるはずだから」

少女「…けど、あなたは私を」

食人鬼「…」

少女「…最後は、これ」

少女「この事件は私が全て起こした。食人鬼という少年を利用して、罪をかぶせようとして」

食人鬼「少女」

少女「私が狂ってた。私が、全て悪いのよ。ごめんなさい…あなたを巻き込んで」

食人鬼「君は、…間違いをたくさんしてるけど、全て悪い訳じゃない」

少女「いいえ、私は」

食人鬼「…真実は変わらないよ。きっといつか誰かが暴く」

少女「…」



353:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 10:58:32 ID:ZyQ

少女「私、…」

少女「馬鹿よね。なにしてたんだろ」

少女「でも今も、…思うのよ。お父さんのしたことがバレるくらいなら」

少女「いっそ、…私が全て被ろうって」

食人鬼「…」

少女「ねえ、あなたの大事な人がさ」

少女「どんなに非人道的なことをしようとも、…助けたいって思う?」

食人鬼「…思うよ」

少女「そうでしょ。だから、私」

食人鬼「でも、君のやってることは救いじゃないと思う」

少女「…」

食人鬼「…多分、自己満足だ」

少女「…はは」

食人鬼「もう、やめよう。少女」

少女「…」

食人鬼「君は戻れる。全て村の人に話すんだ」

少女「話して、どうするのよ」

少女「もう私には何もない。…どうでもいい」

食人鬼「…どうでもよくなんか、ない」

少女「…」

食人鬼「僕が、…君を支える。いつか自分を許せるって思う日が来るまで、僕が一緒にいてあげる」

少女「…」



354:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 11:03:27 ID:ZyQ

食人鬼「君は僕を救ってくれた」

少女「…」

食人鬼「だから、今度は僕が助ける番なんだ」

少女「…やめて」

食人鬼「少女、お願い。逃げないで。どんなに辛くても、君は生きなきゃいけないだろ」

少女「…」

食人鬼「そう、約束したんだろ」

少女「…お」

少女「おとう、…さん」

食人鬼「少女」

少女「…私、…」

食人鬼「ねえ、案外君を裁くのって他人じゃない。君自身なんだよ」

食人鬼「君のやったことは、…罪だと僕は思わない」

食人鬼「護身、っていってもいい。だから、僕は君のやったことなんて気にも留めない」

食人鬼「むしろ、可哀相だって思う。…君のお父さんがすごく憎い」

少女「…」

食人鬼「村の人だって話せば分かってくれる。時間がかかっても、きっと」

食人鬼「…君を罰してるのは、君だけなんだよ」

少女「…」ポロ

少女「わ、…」

少女「わた、し…」


…ドンッ!!!



355:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 11:10:16 ID:ZyQ

「全員、突入!!!」

ドドドッ

少女「な、…に。まさか」

食人鬼「村の人たち?」

少女「…都の自警団だ。もう、…来たの」

ガン!

食人鬼「…っ」

少女「嫌。…嫌だ」

食人鬼「少女、もうお終いだ。全て話そう」

少女「…っ、でも、…」

食人鬼「少女。…僕がついてる」ギュ

少女「…」

食人鬼「ね?」

少女「どうして、…あなたは…そんなに」

食人鬼「…」

ガンッ!

「もっと強く突け!開けろ!」

食人鬼「…君のことが、好きだからだと思うよ」

少女「…」

少女「あ、…」

ガンッ

食人鬼「…ごめん、思うじゃなくて。ええと」

少女「…っ。あり、…がと」ギュ

「突破しろ!!!」


バンッ!



356:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 11:15:11 ID:ZyQ

その日見た光景を、俺は一生忘れないだろう。

保安官「…」

長官から事件の真相を聞かされたとき以上の衝撃だった

「いたぞ!!」

「構えろ!!」

薄暗い地下室。血が散り、斧が転がっている部屋。

保安官「…」

青年「しょう、じょ…」

その中心に、彼女はいた

…いや、彼女たちはいた

食人鬼「…」

この事件の一番の被害者だろう小さな少女を

保安官「…お前、は」

異形の少年が強く腕に抱きしめ、こちらを睨みつけていた

赤い目だった

あのときの、目だ

長官「…動くなっ!」

食人鬼「…」

少女「…、しょく、」

食人鬼「大丈夫だよ、少女。大丈夫」


少女に向けられた目は、限りなく優しかった



357:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 11:19:27 ID:ZyQ

「なんだ、…こいつは」

「人質をとって…」

青年「…っ、この野郎…っ」

保安官「待て!…全員、お願いだ。何もしないでくれっ」

長官「…少女をこちらにやれ」

食人鬼「…彼女を傷つけないか」

保安官「勿論だ、信じてくれ。俺たちはもう全て知ってる」

食人鬼「…」

少女「保安官さん、…私が、お父さんをやったのよ」

保安官「ああ」

少女「…女性は、…」

長官「我々はもう真相にたどり着いた。君一人が背負うな」

保安官「…おいで、少女。辛かったろ、疲れたろ」

保安官「もう、いいんだよ。…おいで」

少女「…」

食人鬼「行って」

少女「…うん」

名残惜しそうに、二つの白い手が離れて

長官「…保護しろ!」

「こっちへ!」

少女「…」

食人鬼「…」



358:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 11:23:43 ID:ZyQ

青年「少女っ」

少女「……」

長官「消耗している。救護班のところへ連れて行ってくれ」

少女「待って、お願い。…彼を」

保安官「大丈夫だから、…少女」

少女「あ、…」

バタン

長官「…さて」コツ

食人鬼「…」

長官「森に住む魔物とは、君かね」

魔物が立ち上がった

食人鬼「…」

美しい、少女のようにも見える少年だった

食人鬼「ああ」

声だけが、低く掠れていた

長官「君もこっちに来たまえ。聞きたいことがある」

食人鬼「…」

保安官「そちらが変な気を起こさなければ、何もしない」

青年「…」

食人鬼「分かった。…行く」



360:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 11:27:32 ID:ZyQ

長官「怪我をしているのか?」

食人鬼「問題ない」

「…」

ジャキ

食人鬼「…」

長官「何か武器を携行しているか?あるなら出せ」

食人鬼「ない」

長官「両手を上に上げて、ゆっくり出てきてくれ」

食人鬼「…」コツ

何十もの銃口を向けられた少年の顔は、白かった

手が震えていた

長官「…確保だ」

「はっ」

食人鬼「…っ」

長官「君の素性はまだ分からない。安全のためにも拘束はさせてもらう」

食人鬼「…構わない」

ギシ

保安官「…」

こうして、全てが終わった

青年「…」

はずだった


青年「…お前が」



361:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 11:32:09 ID:ZyQ

青年「お前が、少女を惑わしたんだろ」

保安官「青年、」

食人鬼「違う」

青年「魔物の言うことなんか、…信用できるか!」

食人鬼「違う」

保安官「青年、やめろ」

青年「あんたら、こいつを信じてどうする!?」

青年「相手は魔物だぞ!?嘘をついて当たり前だろ!?」

青年「いなくなってる間に少女がどんな目にあったか、…想像くらいできるだろ!?」

保安官「…!」

長官「青年、下がれ」

青年「…」

少女を慕う青年だ

青年「お前が」

一度蔓延った恐ろしいほど汚れた妄想を、消せない

食人鬼「僕は、…彼女に何もしてない」

青年「…」

一瞬だった

ギシ

青年の背中が大きく揺れて

食人鬼「……!」

魔物の目が大きく見開かれた



362:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 11:39:34 ID:ZyQ

青年「は、っ。…は…」

食人鬼「…」グラ

保安官「青年っ!!!」ガッ

長官「くそ、何をっ」

青年「だって、殺さなきゃ。魔物だぞ!?今回の事件の犯人じゃなくても、きっと」

保安官「離れろっ!」

青年「…っ」

ズッ

血管の浮き出た両手が、血に濡れた刃をつかんでいた

食人鬼「…っ、は、…」

保安官「腹をやられてる!」

食人鬼「…」

青年「…まだ、生きて…」

食人鬼「僕は、…なにも、…して、ない」

保安官「喋るな」

食人鬼「ただ、…生きてた、だけ、だ」

保安官「…!」

「外に運べ!救護班の所へ!」

バンッ

少女「…」クル

保安官「急いで止血を!すげぇ血だ!」

少女「…え、…?」



363:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 11:55:53 ID:ZyQ

少女「食人鬼、食人鬼!何、どうしてっ」

食人鬼「…しょう、じょ。…大丈夫だから」

少女「なんで、安全だって言ったじゃない!」

保安官「すまない、けど…!」

少女「食人鬼っ、しっかりしてっ」

食人鬼「…うるさい、なあ。…大丈夫だから」

少女「ごめん、…ごめんね…」ギュ

「治療をします、離れて!」

少女「…っ」

食人鬼「僕、こんなことじゃ。…大丈夫だから。ね?」

少女「…」コク

保安官「さ、離れて」

少女「…」

保安官「俺たちは一足先に村に帰ろう。集会で全部話さなきゃ」

保安官「…落ち着いて事実を話せば分かってくれる」

少女「…」

食人鬼「少女」

少女「…あ」

食人鬼「大丈夫だからね」

少女「…うん。…うん」



364:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 12:02:12 ID:ZyQ

少女「食人鬼は、…どうなるの?」

保安官「彼にも事件のことを聞く」

少女「彼は何もしてない。本当よ」

保安官「それはこれから確かめるんだ」

ザク ザク

少女「…私、…もう村にいられない」

保安官「…辛いか」

少女「うん。…皆に合わせる顔がない」

保安官「お前がそう思うなら、…どこか移住するのも手かもしれないな」

少女「…」

保安官「俺が着いていこうか?」

少女「え…?」

保安官「猟師のことはきっと無罪になる。だから、都にでも移住してお前は学校に通えばいい」

少女「でも、…でも」

保安官「俺はきっとここの任を解かれるだろうからな。行く所がない」

保安官「忘れることはできない。けど、新しくやり直すことだってできるだろ」

少女「…」

保安官「ま、ゆっくり考え」

ザッ

男「…」

少女「…?」

男「お前か」

保安官「どうした?男はもう村の集会場に集まってるはずじゃ」

男「お前が娘をおびき寄せたんだろ」

少女「…!」ビク



365:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 12:07:59 ID:ZyQ

男「お前がおとりになって、俺の娘を」

保安官「下がれ、少女」

少女「…」

ザッ

男「お前は共犯だ。化け物、化け物の子どもなんだ」

少女「…」

保安官「少女!!俺のところへ来い!!」

男「…殺してやる」

少女「……」ヘタ

保安官「少女っ!!!」

少女「あ、…」

男「…っ、うわああああああああああああ!!!」

保安官「止まれぇぇぇえっ!!!」

俺は銃を抜くのが遅すぎた

俺の前で二つの影が重なる瞬間

保安官「……!」

聞いたこともないような、悲痛な、少女の悲鳴が


森にこだました


保安官「…しょ、…」



366:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 12:15:12 ID:ZyQ

目の端が一瞬揺らいだ

少女「は、っ、…は、…」

血が

男「…あ、…?」

少女の

少女「な、…」

いや  彼女じゃない

保安官「…こんな、…ことが」

食人鬼「……っ」

苦痛に歪んだ顔の、化け物の背中から、血が

少女「な、…んで。…」

男「ひ、っ…ひぃいいっ!」ズザッ

食人鬼「…少女」

少女「なん、で。なんで」

食人鬼「人間って、…馬鹿だね」ギュ

少女「そ、うだよ。馬鹿だよ。皆、馬鹿だよ」ギュ

保安官「……」

食人鬼「…」

少年が、少女の耳元で何か囁いた

少女「…」

少女が小さく頷いた

保安官「あ、…」


魔物が、咆哮をあげた


保安官「……っ!」



367:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 12:20:42 ID:ZyQ

俺は構えた

食人鬼「…」

しかし、撃てなかった

食人鬼「…彼女は」

撃つ必要がなかった

食人鬼「…彼女は、僕が引き受けます」

食人鬼「村の人たちには、あなたが説明してください」

何故なら魔物は

少女「…」ギュ

保安官「…分かった」

人間よりもずっと、深く優しい目をしていたから

食人鬼「…少女」

少女「保安官さん、…ごめんなさい」

保安官「…」

少女「私、…やり直しても、いいんだよね」

保安官「ああ」

保安官「…行け」

食人鬼「…」ペコ

強い風が吹いた

保安官「…!」

目を開けるとそこから

保安官「…」

全てが跡形も無く消えていた

保安官「…ああ」


保安官「生きろ。…もう、…縛られるなよ」



369:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 12:57:35 ID:ZyQ

報告

●●●●年 ×月×日 深夜

全ての事件解決

13件の連続女性殺害事件の犯人は、村に住む猟師

小屋の近くから彼のものと思われる遺体が埋められているのを隊員が発見

死亡したものと断定した


重要参考人である猟師の娘が殺害したものと考えられる

しかし自己防衛の観点から見て、刑に問うことはない



371:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 13:01:24 ID:ZyQ

もう一人の重要参考人は、ある少年

彼はこの地方で魔物と呼ばれ、隠れ住んでいた

隊は少女保護時に彼を確保

しかし村人により負傷

治療最中に隊員一人に軽症を負わせた後、逃亡


同時刻、保安官とに村へ戻っていた少女も失踪

目撃によれば、上記の少年とどこかへ姿をくらました模様


しかしこの二名は保護、および捕縛の必要はないものとする



373:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 13:04:37 ID:ZyQ

少年の家は3日後に隊が発見

大規模な家宅捜索の上、彼が何かしらの事件をおこした可能性は薄いと判断

よって彼も刑事責任は不問とする


村でのこれ以上の事件は起こっていない


村の保安官は任を進んで辞退

全隊、事後処理を済ませた後都に帰還


事件を解決したものとする



376:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 13:08:47 ID:ZyQ

少女「…で」

食人鬼「…んー」

少女「これからどうするの」

食人鬼「…んー…」

少女「とりあえず、医者に行かない?止血はしたけど心配だし」

食人鬼「えー、歩いて?」

少女「必要なら負ぶってあげるけど。最初に殴ったり毒もったのは私だし」

食人鬼「いや、いい。…大丈夫」

少女「なんでそんな元気なの?」

食人鬼「ああ、家の結界を解いたから、余計な力が戻ってきたのかも」

少女「…よくわかんないけど、死なないってこと?」

食人鬼「まあ多分」

少女「そっか、安心した」

食人鬼「…もう、家には戻れないな」

少女「ごめん」

食人鬼「いい。…僕はどこでも生きていける」

少女「…」

食人鬼「君と一緒なら。…きっと」



378:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 13:13:07 ID:ZyQ

少女「あなた、傷だらけね」

食人鬼「跡になるかな」

少女「…」

食人鬼「でも、なんか清清しい気分だ」

少女「…なんで」

食人鬼「だって、大事な物を守って付いた傷だから」

少女「…」

食人鬼「最寄の医者って、どこかな」

少女「隣村かなー。…でもそこまで行くくらいなら、大規模な街の医者にしたほうがいいわ」

食人鬼「なるほど」

少女「…医者に行って、治療してもらった後は」

少女「どうしよっか」

食人鬼「どうするって、なに?」

少女「…だから、今後のことよ。いつまでもこうじゃ…」

食人鬼「え?…そのままでいいんじゃないか?」

少女「…は?」

食人鬼「場所を変わるだけだよ。僕が石を削って売って、君は何か他にする」

食人鬼「二人で暮らす。…それだけだよ?」

少女「…いいの?」

食人鬼「うん」

少女「本当に?」

食人鬼「当たり前だろ」



380:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 13:19:27 ID:ZyQ

少女「…」

食人鬼「君料理上手いし、どこか料理店で働けば」

少女「そうね」

食人鬼「家を探さなきゃね。なんか、…本当に人間になったみたい」

少女「あなたは人間だよ」

食人鬼「…」

少女「誰よりも、人間らしい」

食人鬼「…そんなこと言われるなんて思わなかった」

少女「…」

食人鬼「…どうかした?」

少女「あのさ」

食人鬼「うん」

少女「よくよく考えてみたのだけれど」

食人鬼「うん」

少女「…これって、プロポーズなの?」

食人鬼「!」ズルッ

少女「いやだって、男女が一緒に暮らすってそういうことじゃない」

食人鬼「そ、そこまで深くは考えてない、けど」

食人鬼「…ゆ、…ゆくゆくは?」ボソ

少女「ああでも違うか。あなた結婚の概念とか分かってなさそうだし」

食人鬼「…」

少女「とにかく、早く行こう。なんだろう、今とても気分がいい」

食人鬼「…ああ」



381:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 13:23:07 ID:ZyQ

お父さん

私は、元気です

お父さん

たくさんたくさん、あなたに謝って日々を過ごしています

あなたは罪人です

最近、それが身に染みて分かります

あなたがしたこと、忘れません

一生恨みます 一生悲しみます

けど、あなたのしたことの十字架は

娘である私がしっかりと背負います


私があなたの生を絶ったあのとき

あなたは抵抗しませんでしたね


それはきっと、自分に残った最後の人間性と

私を愛する本物の気持ちの表れだったのでしょう


そう、思っています



382:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 13:26:41 ID:ZyQ

お父さん

私、一人ぼっちじゃないよ

心配しないで

とても優しい、男の子と一緒です


村にはいられなくなったけど、彼と都で暮らしています

私、パン屋さんで働いてるんだ


ご飯も少しづつ食べれるようになりました

もっといいことは、銃やナイフの扱い方を忘れてきたことです

私はもう、人を傷つけるものに触らないと誓いました

あれは命を奪うものじゃない 守るものだと気づいたのです


お父さん

私は、元気です

だから、あなたも

…自分のしたことを悔いる気持ちを忘れず、償いを続けて

眠ってください



384:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 13:31:45 ID:ZyQ

……


少年「お母さん、はやくー!」

母「こら、走っちゃだめよ!」

少年「だってお母さん遅いんだもん」

父「こら、少年!お母さんは今大事な体なんだぞ。優しくしてあげなさい」

少年「あ、いけね。そうだった」

母「あら、別に大丈夫よ。これくらい」

少年「お母さん、ゆっくりでいいからねっ」

母「…ありがと」クス

少年「ねえ、これから何処行くの?」

父「お墓参り。少年のおばあちゃんとおじいちゃんのお墓に行くんだ」

少年「そっかー」

少年「ねえねえ、おじいちゃんとおばあちゃんって、どんな人だったの?」

母「…そうね」

父「どちらも立派な人だったよ」

母「…」チラ

少年「そうなんだ!」

父「ああ。だから少年も、彼らに恥じないように良い大人になるんだぞ」

少年「うん!」



385:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 13:35:27 ID:ZyQ

少年「あ、僕先に行ってお墓に供えるお花探してくる!」タッ

母「気をつけて。転んじゃだめよ」

少年「うん!」

父「…」

母「…元気ね」

父「そうだな」

母「…良かったのかしら。あんなこと言って」

父「いいんだよ」

母「…」

父「きっと、これでいいんだ」

サワ

父「ただ、僕たちは忘れてはいけないんだ」

母「…そうね」

父「行こうか」

母「ええ」

少年「…らんらーん」

母「どう?あった?」

少年「うん!ピンクのお花いっぱいあった」



386:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 13:38:36 ID:ZyQ

少年「もっと取ってくるね!」タッ

ドン

少年「あ、…ごめんなさい」

男性「…いやいや」

少年「お怪我、ないですか?僕、うっかりしちゃった」

男性「いいんだよ。…君は…」

父「少年?」

男性「…」

父「…あ…」

男性「そうか」

母「何?どうかしたの?」

男性「…」ニコ

母「……」

男性「お墓に供える花を摘んでいたのか。良い子だ」

男性「私の花束も、一緒に供えてくれないか?」

少年「え、…いいの?」

男性「ああ」



390:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 13:44:24 ID:ZyQ

男性「…君の名前は?」

少年「…僕、少年!おじさんは?」

男性「…秘密だ」

少年「なにそれー」クスクス

男性「…黒髪に、赤い目、か」

少年「うん!変わってるでしょ」

父「…」

男性「…そうか。君達は」

母「あ、の…」

男性「幸せか?」

父「ええ」

男性「…」

男性「そうか。…それなら、いいんだ」

母「…」

男性「いいか、少年」ナデ

少年「なあに?」

男性「お父さんとお母さんを大事にな。道を間違えるなよ」

少年「うん!僕、二人とも大好きだよ」

男性「…」コク

男性「では、これで」

母「…」ペコ

父「…」



392:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 13:49:24 ID:ZyQ

男性「…」カツ

男性(結構、結構)

あれから月日が経った

男性(彼らはもう大丈夫なようだ)

私は銃を捨て、田舎で別な職について

今では家庭を持つようになった

男性(…そうだ)

そう、彼らと同じように

男性(…もう心配はいらない)

親友が起こした暗い事件、その娘が庇い負った深い罪と心痛

その陰は、消えない

しかし

少年「おじちゃん、お花ありがとう!またねー!」ブンブン

それはもう、隠されてしかるべきことなのだ

男性「…」ニコ


彼らは罪を背負いながらも

それでも、希望を見つけたのだから

母「…」ソッ

父「…」ギュ

新しい、命と共に  



393:名無しさん@おーぷん:2015/08/02(日) 13:49:32 ID:ZyQ

おしまい



転載元
食人鬼「お前を太らせて食べたいだけだ」 少女「そう」
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1437795499/
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         コメント一覧 (31)

          • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 18:19
          • 太らせても脂身ばっかで美味しくないとおもうな
          • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 18:44
          • 2 長かった。無駄な会話けずってこの半分くらいにまとまってればもっといい話かもしれないのに
          • 3. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 18:56
          • 3 クライモリに見せかけて実はソニービーンズファミリーってやつかまあ嫌いじゃないけどできれば後味はもうちょい悪い方がいいかな
            あと内面描写にもうちょい工夫が欲しいせっかくウミガメのスープネタとかあるのでこれを最後まで温存してもっと露骨に食人鬼に疑いが行くような第3者視点があっても良かった
            これだと内面描写で叙述トリックを期待したら無駄に長い独白だったはちと肩透かしなので

            題材のセンスは悪くないし俺好みなんで次回に期待かな
          • 4. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 19:09
          • 5 俺的にはすごく好きな話だった
          • 5. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 19:16
          • ※3
            コメ欄で笑わせにくるのはNG

            結界うんぬんは少年が張ってたものでよかったやん
            力を取り戻す話があるんなら
          • 6. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 20:09
          • ※1
            霜降り牛「せやな」
          • 7. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 21:29
          • 5
            こういう話本当に好き
            面白かった。ありがとう
          • 8. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 21:34
          • サンキュー保安官
            サンキュー長官
          • 9. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 21:36
          • 久しぶりに面白かった。楽しませてもらいました

          • 10. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 22:05
          • コメ欄に的は射るもの厨がいなくて良かった......
            いい加減ネットで人が言ってたことを鵜呑みにせず一回言葉の意味を自分で調べて欲しいな
          • 11. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 22:37
          • ふたりがしななくてよかったとおもいました(こなみかん)

          • 12. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 22:39
          • 最後がちょっと、うん。後は、かなり面白かった
          • 13. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 22:51
          • 二人が悪いことしてなくて本当に良かったあ。すごく面白かった。どんどん次が気になって一気に最後まで読めた。
          • 14. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 22:56
          • 4
            こういうの好きだわ
            ただ設定の矛盾というか、疑問点は残るかな
          • 15. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 22:59
          • ※3
            味付けの好みは人それぞれ。それと、第一章・二章~と章ごとに主人公が変わるでもなく
            不用意に【主人公視点⇔第三者視点】を切りかえると読者が読み辛い事になる。

            てっきり、BADEND待ったナシだが途中まで『真犯人が頃す→死肉の匂いに耐えられず―――』
            って言う事で捜査がかく乱されてたのかと思ってた。全部真犯人がやってたとは・・・
          • 16. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月02日 23:40
          • 5 少し長めだけどこれくらいなら許容範囲
            面白かった 次回作にも期待


          • 17. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月03日 00:27
          • 5 SSらしいSS、かな?小説ってこんなだと思う。
          • 18. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月03日 02:16
          • えがった
          • 19. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月03日 03:46
          • 米欄に変なの沸いてて草すら生えないわ
          • 20. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月03日 13:44
          • 最後の少年のくだりがどんな場面なのか分からん
          • 21. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月03日 15:48
          • ルースボーイ好きそう。
            展開が雑だし先読めたけど、こういうトリックとてもすこ。

          • 22. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月03日 21:57
          • 長官も保安官も有能で良かった
          • 23. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月03日 22:26
          • すっと読めたし、面白かった。
            読後感もすっきり
          • 24. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月03日 23:24
          • 5 面白くて一気読みした。
          • 25. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月04日 00:06
          • 長官有能
            ドルべ無能
          • 26. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月04日 01:38
          • 良い読了感を※3のうすら気持ち悪さで台無しにされたでござる
          • 27. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月05日 01:02
          • 面白かった
            少女の喋り方が中二臭いのが気になったけど精神が老成してることの表現なんだろうな
          • 28. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月06日 01:23
          • 5 さいこう。ありがとう
          • 29. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年08月09日 01:37
          • 5 絶対に最後BADエンド迎えると思ってからあんな幸せそうなエンドで本当に良かった…
          • 30. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年10月29日 23:05
          • これはバッドエンド確定だわと思ったがハッピーエンドで良かった
          • 31. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年05月27日 21:22
          • 5 名作

        はじめに

        コメント、はてブなどなど
        ありがとうございます(`・ω・´)

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