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神峰翔太が幻想入り【前半】

2: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:05:37.36 ID:IZelMK+BO

学園祭で賑わう校舎の廊下を、独りで歩く少年、神峰翔太。
彼は普通の人間とは違い"心が見える"能力を持ち、その事にコンプレックスを抱いていた。
そんな神峰はいつからか、他者と関わる事を拒絶してしまっていた

神峰(誰か……俺の目を潰してくれ!)

両手で顔を覆い、まるで助けを乞うように己の"眼"を否定する

神峰(逃げなきゃ……心なんて無い場所へ……。屋上なら……いねェかな……)

わずかな希望すら見えないという表情で、屋上への階段を昇るための一歩を出した瞬間───
神峰が踏む筈であった階段に亀裂──その両端はリボンが着けられていた──が生まれ、その亀裂が広がり、神峰を飲み込んだ。

神峰「!?」

神峰「なっ!?」

ガクンとバランスを崩し、慌てて足元を確認しようとして異変に気付く

神峰(お……落ちてる!?地面は……真横!?)

神峰(っていうか俺の周り何も無……!!?)

神峰「こっ……これは穴!?なのか!?」

神峰は両足が地面に着いていない事と、自由落下によるふわりとした感覚、何より景色が明らかに違っている事により、今正に地面に空いた大穴のど真ん中へと突入しようとしている事を、かろうじて理解出来た。



3: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:06:36.56 ID:IZelMK+BO

──私の名前は水橋パルスィ。嫉妬の妖怪であり、橋姫である。

パルスィ「来る……」

そんな私だが、今上空から向かって来ている人間には心底、同情をしている
何せ、空を飛ぶ術を持たず、幻想郷に現れた場所が地底へ繋がる穴の上なのだから
だから、助けてあげようなんて気まぐれを起こしてしまった───



4: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:07:46.17 ID:IZelMK+BO

ヤマメ「やあお兄さん!そんなに急いで、地底の観光なら気をつけなよ?この先のヤツらは物騒なのが多いからねぇ!」

落下している神峰の上方から、神峰に追いつき、明るい声で少女が話しかけてきた

神峰「観光じゃねェス!!っていうかどこから出て来たんスか!?なんで飛んでるんスか!?とにかく助けて下さい!!」

ヤマメ「いやいや残念ながら、自力で助かる方法を持たない人間はこのまま死んで、妖怪の餌になるか、炉の中に放り込まれるかしか無いんだよ」

神峰「!?」

他にも質問したい気持ちを抑えて必死に助けを求める神峰だが、しかし少女は顔色一つ変えずに、明るい声であっけらかんと拒否する言葉を言い放った

神峰(この人……マジで言ってるのか……!? 妖怪ってなんだよ!? でも冗談で言ってるワケじゃねェ!!)

神峰「そこを何とか! 助けて下さいお願いします!!」



5: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:09:01.32 ID:IZelMK+BO

訳の分からない状況で、さらに訳の分からない単語が出てきて、もはや神峰の頭の中も訳が分からない。それでも必死に助けを乞う。
しかしそんな努力も報われずに終末の時が近づいていた

神峰(マズイ!!底が見えて来た──!!)

ヤマメ「これが自然の厳しさって事で、受け入れてくれない?」

神峰「そんな事出来るワケ無───!」

パルスィ「キャッチ」

神峰「はっ……!?」

いきなり速度を殺され、慣性によりガクンと身体に下方への力が加わる。
新たな少女による思いがけない所からの助けにより、神峰は思考停止寸前まで混乱する。

パルスィ「このまま底まで運んであげるわ」

神峰「……?あ、あざス……」

神峰(何なんだ?この人も飛んでる──)

ヤマメ「あらら、まさかアンタが人間を助けるなんてねぇ!」

パルスィ「気まぐれよ。この人間には……何の嫉妬も湧かない。ただひたすら同情してしまったわ……だから」

神峰(助けてもらったのはありがたいけど……この人の心! マジでヤバイ!!)

神峰(こんなにジメジメした心なのに! あちこちで火が燃えてる! 正直、降ろしてもらったらすぐにでも逃げてェ……)

碌に働かない頭脳と、神峰が視た少女──神峰を助けた金髪緑眼の少女──の心のインパクトで、されるがままであったが、彼は後に思う

どうして地上へ運んでくれなかったのだろう、と。



6: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:10:30.43 ID:IZelMK+BO

ヤマメ「良かったわねお兄さん! ひとまずは助かったね!」

神峰「……はぁ」

会った時と同じ様に明るい声で少女が話しかけて来る。恐らく彼女は何時もこの調子なのだろう。
穴の底へ着いて、命が助かった安心感を感じる事で、神峰の思考能力も回復して来た。

神峰「あの……さっき言ってた事で気になったんスけど……妖怪なんているんスか?」

ヤマメ「何言ってるのさ!目の前に二人居るじゃないか」

神峰「は?」

神峰の質問に対してまたも意味不明なセリフが返ってくる。ひょっとして変な電波を受信しているのか?
などと思っていたら、自己紹介をしてくれた。

ヤマメ「アタシは土蜘蛛のヤマメっていうんだ、よろしくね!こっちは橋姫の水橋パルスィ!」

神峰(マジで言ってるのか……?とてもそうには見えない……でも蜘蛛だっていうなら、糸を伝って落下してる俺に話しかける事は出来るよな……問題は……)

未だまともな思考は出来ていない。今はとりあえず彼女達が妖怪であるという体で話を聞き、パルスィと紹介された金髪緑眼の少女の方を向き、疑問を投げ掛ける



7: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:11:42.88 ID:IZelMK+BO

神峰「あの……アンタ、さっき飛んでなかったか……?」

パルスィ「幻想郷に居る妖怪ならみんな飛ぶくらいは出来るわよ?」

神峰「!?」

あっさり返された。
ここにきて、自分の持つ常識は全て通用しないのかもしれないという考えが生まれる。と、同時に意味が分からずまたも混乱しそうになる。
そんな神峰に追い打ちが迫る。

パルスィ「それよりアナタも可哀想ね。皆に忘れられて幻想郷に来たのにまさか穴の上に出るなんて」

神峰「忘れられた……!? 幻想郷!? もっと解りやすく教えてくれないか!?」


追い打ちと同時に、まず何を訊くべきなのかを、思考能力を取り戻す。
正直いっぱいいっぱいだったが、ヤマメとパルスィにゆっくりと疑問を解消してもらった。ここはどこなのか、自分が置かれている状況、自分の事(常識が通用しないならばと、思い切って自分の能力についても話してみた)など



8: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:12:45.36 ID:IZelMK+BO

ヤマメ「これはこれは、面白い人間が地底まで落ちてきたモンだよ!」

神峰「ワスレラレタ」ズーン...

パルスィ「どうするのよコイツ……」

ヤマメ「アンタが助けたんだ、アンタが責任持ちなよ」

パルスィ「……同類に預ければ大丈夫かしら?」

ヤマメ「おっ、まさか同じ事を考えるなんてね」

パルスィ「そりゃ考えるわよ。……ペットも多いし、一匹くらい面倒みてくれるでしょ」

パルスィ「ほら、行くわよ」

神峰「……?」

パルスィ「アンタの面倒をみてくれそうな人が居る所よ。本当は近寄りたくもないんだけど……」

神峰がショックを受けている間に話が纏まり、その場でヤマメと別れて言われるがまま移動を始めた──



9: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:14:26.57 ID:IZelMK+BO

【地霊殿】

神峰(道中……スゲェ怖かった……この人がいなかったら無事にここまで来れる自信ねェ……)ガタガタ

パル「ほら、着いたわよ。一緒に挨拶してあげるから後は頑張りなさい」

もはや言うまでもあるまい。魑魅魍魎の跋扈する、嫌われ者達の町を歩いて来たのだ。
そんな神峰にお構い無しに、目的地である地霊殿の門を開くパルスィ

神峰「あ……どうも……。いろいろ助けて貰って、ありがとうございます……」

建物に入ってまず目に飛び込んできたのが、ステンドグラス。外からの光が床に模様を映しているのではなく、床に直接ステンドグラスが設置されている光景は、神峰が今まで生きてきた中でも目にした事は無かった。
次に目に入って来たのが、猫車を押す、猫耳を生やした少女だ(よく見ると普通の耳もある)
猫耳の少女は神峰達に気付くと、気さくに話しかけてきた

お燐「おや、いらっしゃい! アンタがここに来るなんて珍しい事もあったもんだ! ……そこのお兄さんは人間かい? 生きた人間を持って来られてもアタイは嬉しくないよ?」

パル「貴女のために連れて来たんじゃないわよ。貴女の主人に面倒をみてもらいたいのよ。面白いわよ? コイツ、心が見えるんですって」

お燐「!? それはまた、こいし様が喜びそうなペットになりそうだね!」



10: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:15:18.96 ID:IZelMK+BO

パルスィの話を聞いて少女は目を見開き、またすぐに笑顔に戻って会話を続ける。しかし神峰も、二人の話を聞いて黙っていられないようだ

神峰「ちょ……ちょっと待ってくれ!? ペット!?」

パル「ええ。だから言ってるじゃない、"あなたの面倒をみてくれそうな人"って。あなた、落ち込んでた時まるで仔犬みたいだったわよ?」

パル「それにあなたはもうココしか頼る場所は無いわよ? ……上手くやれば、地上に出して貰えるかもね……。頑張って」

神峰の反論など聞く耳持たずといった感じに、無責任な捨て台詞を吐いてそそくさと地霊殿を後にするパルスィ。
まるで私の仕事はもう終わったと言わんばかりの清々しさすら感じるその後ろ姿を、バタンと扉が閉まるまで猫耳の少女と二人で見送る。
その間、神峰はあまりの出来事に何も喋る事が出来なかった



11: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:16:34.17 ID:IZelMK+BO

神峰「……!?」

お燐「おやおや、一方的に言われて置いて行かれちゃったねお兄さん。どうするんだい?」

お燐「ウチはこいし様が色んなコを拾ってきて、ペットがペットの世話をしてる状態だから、全く問題無いよ!」

扉が閉まった直後、天使が通り過ぎる間を与えず猫耳少女が話しかけて来た。どうやら歓迎ムードではあるらしい。
──と、ほぼ同じタイミングで、神峰よりも年下に見える少女がロビーの中央階段から降りて来た

さとり「お燐、お客さんが来てたの?」

神峰「?」

お燐「あ!さとり様!」

神峰(さとり様……?)

見た目だけならお燐と呼ばれた猫耳少女よりも幼いかもしれない。しかしお燐からさとり様と呼ばれるということは……
そのような神峰の疑問にまるで答えるかのように、さとりは神峰を一瞥した後、自己紹介を始める



12: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:17:29.84 ID:IZelMK+BO

さとり「初めまして。ここ地霊殿の主をしてます古明地さとりです」

神峰「あ……初めまして……。あの──」

さとり「ペットの件ですか?構いませんよ。ああ、すみませんね。何せ人間がここに来るのは稀なので、どう対応して良いのか……」

さとり「しかしここに滞在するのなら、どうしてもペットという扱いになってしまいますし……客人扱いですか?」

さとり「今の貴方は私にとって客人たり得るのでしょうか?」

神峰(!? この人……!この心……、俺への感心なんて殆ど向けてないのに……全て見透かしているような……しかも実際見透かされた!!)

さとり(……!)

動揺する神峰からさらに心を読み取る事で、さとりも神峰の能力に気付き──

神峰(もしかしてこの人も俺と同じ──!)

さとり「いえ、似てはいますが私の能力は心を読むことです。貴方の見る能力よりも正確に人の心が分かります」

神峰「!?」



13: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:18:38.19 ID:IZelMK+BO

さとり「貴方も随分とその能力で苦労してきたのですね……。──わかりました。貴方を客として、ここ地霊殿に滞在する事を許可します」

神峰「? あ、ありがとうございます……?」

神峰(なんだ……? ついさっき客として扱えないって言ったばかりなのに……?)

さとり(まさかこの人に同情してしまうなんて……。でもそれ以上に、この人にこいしを重ねてしまった……!)

さとり(この人もいずれは心を閉ざすか壊れるか……、自ら目を潰したいと思うほどの苦しみを体験している……この人を助けることで、私にこいしの心を開かせる何かを得られるなら!)

──神峰を、地霊殿の客人として招き入れた。

お燐「良かったねお兄さん! ウチに宿泊客だなんて初めてなんじゃないかな!?」

さとり「ついて来て下さい。貴方の部屋を用意します。それと……今はどこかへ行っていますが、貴方には私の妹に会って欲しいのですが……」

神峰「? それくらいなら……」



14: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:19:24.06 ID:IZelMK+BO

その後、部屋をあてがわれた神峰は、そのままさとりに広間へと案内され、地霊殿の住人(ペット)達に挨拶をする事となった


神峰「神峰翔太です……しばらくここでお世話になります……。よろしくお願いします」

動物ばかりとはいえ、大勢の前に出て緊張気味の神峰

さとり「彼は私の客人なので失礼のないように。間違っても殺してはいけませんよ」

神峰(本当に動物ばっかりだ……)

ペット達を見渡しながら、お燐の言っていた事を思い出し実感していると、いきなり一羽のペットが飛んできた(比喩的な意味で。実際に飛んではいない)

お空「あなたさとり様のお客さんなの!?」

神峰「!?」ビクッ

神峰(羽が生えてる!)

突然目の前にズイッと現れ、おまけに至近距離に来たせいで、視界のほとんどを占める広さの黒い翼とマント──背面からは白だが、神峰の側からは宇宙の模様が見える──により、神峰の視線は嫌でも目の前の羽の生えた少女に釘付けになる。
傍目にはまるでエリマキトカゲに威嚇された小動物のように見える。



15: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:20:09.46 ID:IZelMK+BO

お空「ココにお客さんなんて稀なの! ねぇ、あなたのこと教えてよ!」

そんな事など露知らず、無邪気に話しかける少女。

神峰(このコの心スゲェな……初対面だってのに全く警戒してない……何て言うか、フワフワして地に着いてないし裏表も無ェ。……太陽みてェな心だ)

さとり「彼は先ほど幻想郷に来て大変な目に遭っているので、程々にして下さいね。……それと、翔太さん。貴方は心が胸の中に見えるのですね」

質問攻めに遭う事を見越したさとりがフォローに入る……が、話題を逸らすために質問したさとりの表情は、神峰を非難するようにジトッとしたものだった。

神峰「? はい、そうスけど」

さとり「女性の心を見る時は気を付けて下さいね」

神峰「……? わかりました……?」

さとり(解っていませんね)

心の中で溜息を吐くさとり
その後、簡単に自己紹介をしたあと解散となった



16: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:21:01.50 ID:IZelMK+BO

【神峰の部屋】

神峰「疲れた……」

ぐったりとベッドに仰向けに倒れ、頭の中の整理を始める

神峰「今日一日で色々あり過ぎ……理解が追いつかねェ」

未だに信じられない事が多く、この先に不安を覚える。
しかしその思考は、コンコンと、ノックの音で中断される

神峰「! はい!」

さとり「私です。妹が帰って来たので、すみませんが会ってもらえますか」

神峰「ウス」

ドアを開けてさとりが入って来て、妹が帰って来たと伝えられる。
神峰は促されるまま、さとりの妹に会いに行く事となった。

───





17: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 04:22:01.44 ID:IZelMK+BO

神峰「初めまして……神峰翔太です……」

こいし「あなたがお姉ちゃんのお客さんね?」

目の前に居たのはさとりとよく似た少女(姉妹なのだから当たり前だが)
違う所は帽子を被っている事、髪の色、そしてさとりから聞いた、曰く"第三の目"が閉じている所だ。

──とまあ、それが外見の違いだ。しかし神峰にはもっと異様なモノが見えていた。恐らく今までの人生でも目にした事が無いであろう……

神峰(!? この人の心! 真っ白だ! 何も描かれてねェキャンバスみてェだ!!)

真っ白な心を"視"て心臓が跳ねる。

さとり「私の妹のこいしは、私と同じ心を読む能力を持っていました。しかし心を読むことで嫌われる事に耐えられなくなったこいしは、自らの心を能力と共に閉ざしてしまったのです」

神峰「!?」

さとりの説明で、さらに大きく跳ねる。

神峰(それって──)

さとり「はい。こいしは貴方の末路と言ってもいい」

神峰「……!」

鼓動が速くなり、汗が噴き出す。
そして再びこいしの心に目を向けて、気付く。

神峰(! よく見たらこの子の心……キャンバスなんかじゃねェ……!! 閉ざした扉の上から……コンクリートで固められてる!! こんな心が開くなんて出来るのか!?)

さとり(……)



23: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:18:07.72 ID:SE69QFocO

さとり「翔太さんは私には読めないこいしの心を、見ることが出来るのですね」

確認せずとも、神峰の心を読んでいるので何を視たかは理解できる。
しかし、自分に読めないモノを神峰には見る事が出来るという事に、少しだけ切なさを感じるさとり

神峰「ああ、心が無いヤツ以外の心なら……。そんな人には会ったことねェけど……」

神峰は、こいしの心に釘付けになり、そんなさとりのわずかな心境の変化に気付かない。
そこへ、目の前の少女が話しかけて来た。

こいし「あなた心が見えるんだ!? お姉ちゃんとお揃いね!」

神峰「あ、ああ……そうだな……」

神峰(! どうして心を閉ざしているのにそんなにグイグイ来れるんだ!? 普通心が閉じてたら、誰とも関わろうとしねェのに……。分からねェ……正直、気持ち悪い……)

こいしの変わらない心とコロコロ変わる表情のギャップに、分からない(理解出来ない)というストレスが神峰に溜まり、気持ち悪さを感じさせる。
そんな神峰の様子を読み、すかさずさとりが、こいしについての詳しい説明を始める。



24: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:21:26.13 ID:RvXWcZz3O

さとり「こいしは心を閉ざし、能力を閉ざした事で、代わりに無意識を操る能力を得ました。今のこいしは無意識の中で動いています」

さとり「気をつけて下さいね? こいしがこの場から居なくなると、こいしを見つける事は大変困難ですから。もっとも、ここから居なくなったら、こいしを覚えていられるのか分かりませんけれど」

神峰「……」

無意識──。恐らく神峰も見落としかねない心の動きである。しかし神峰には、心の癖として無意識の心の動きを視てきた前例があった。
さとりの話を聞きながら、自分ならば、他人よりもこいしを見つけやすいかも知れない……そんな事を考えていた。


こいしとの顔合わせも終わり、神峰に用意された部屋へと戻る廊下をさとりと二人で歩く。
そして部屋の前に到着し、別れようとしたタイミングでさとりが話を切り出した。

さとり「翔太さん。貴方がここに居る間は、せめてこいしの心と逃げずに向き合って欲しい……。きっと貴方には……こいしにも、心と向き合う強さが必要なのだと思います」

神峰「!」

さとり「心が読めない相手の行動の不一致に気持ち悪さを感じるでしょうが、それが私達以外の人には普通なんです。……本当の所私達は、自分の嫌う能力に依存しているのでしょうね」



25: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:22:29.58 ID:RvXWcZz3O

神峰「──!言われてみれば確かにそうだ……!あの気持ち悪さも、心が見えるせいで本心が分かっちまうから……心が見えない相手の行動に対して感じたんだよな……」

言われて、ハッと気付く。
当たり前だが、『自分』は『あなた』ではないのだ。自分でも自覚していたはずだ、自分は他人とは違う景色を見ている、と。
そのため誰からも理解を得られなかった。信じてもらえなかった。上手くいかなかった。……誰も目を合わせてくれなくなった。
向き合う事を、放棄した。
……だから、でも、せめて自分と似ている、しかし違う相手(こいし)とは向き合ってみようと──

さとり「……ありがとうございます。ちゃんとこいしと向き合ってあげて下さいね」

その思考を読んで、即座に返事をするさとり。

神峰「あの……心読んで先に話進めるの、控えてもらっていいッスか……?」

さとり「こういう性分なので。では約束ですよ? お休みなさい」

神峰「お休みッス」



26: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:23:25.08 ID:RvXWcZz3O

さとりと別れ部屋に入りドアを閉めると、ベッドに腰掛けた。

神峰「はぁー……、今度こそまとめよ」

深く息を吐いて、今日起こった事を思い返す。

神峰「本当に色々あった……。幻想郷、妖怪、地底、……忘れ去られたモノが行き着く楽園なんて謳ってるのに、ここには嫌われ者しかいないんだな……」

神峰「空飛んだり出来るのが珍しくない場所なのに……、いろんな超能力や魔法があるってのに、心を読む能力はここでも嫌われるってことか……」

神峰(やっぱ怖ェよ……。ここでも俺は受け入れられないってことなのか?うまくやって行けるのか?)

神峰「……疲れたし、寝よ」

先の事を考えると不安しか出て来なかったが、それでも今日一日で溜まった疲れが、神峰を眠りに誘う。



27: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:25:13.71 ID:RvXWcZz3O

神峰「ふー」

バサリと毛布を捲り、布団に寝転がり毛布を被る。そしてゆっくりと一息ついて眠りに──







こいし「ねぇ翔太、もっとお話ししましょう!」




神峰「!?」ドッキーン!!

就けなかった。
自分の布団……というか隣には既にこいしが居て、寝そべった姿勢のまま話しかけられてようやく、こいしの存在に気付いて心臓が跳ねる。

神峰「なんで布団の中に居るんスか!!? 何時の間に入ったんスか!?」ガバァ

慌てて飛び起きる神峰。こいしの方はしてやったりといった感じで、どこか満足気だった

こいし「驚いた?お姉ちゃんから聞いてたでしょ、私のこと」ウフフ

こいし「私は誰にも気付かれることはないの。道に落ちてる小石と同じ、誰も気に留めない。本当はあなたが落下してる所からずっと見てたのよ?」



28: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:26:18.42 ID:RvXWcZz3O

こいし「あなたが死んだら私の部屋に飾ろうと思って!」

神峰「!?」

こいしの口から衝撃的な告白が飛び出る。心が視えていても、こいしが相手では本心が分からず、緊張し思わず身構える。
そんな神峰の様子を見て、こいしは言葉を続ける。

こいし「別にあなたの命を狙ってはいないわ、お客さんだしね。でも死んじゃったらお部屋に飾らせてね?」

神峰(本心が分からねェのもあるけど……スゲェリアクションに困る! ……これが……、妖怪と人間の倫理観のギャップ……!!)ヒー

地底に落ちて初めて妖怪がどのような存在なのかを実感した。
思えば、地霊殿までは神峰は守られて来たため、実際に妖怪に襲われる人間を見ていない──そもそも地底には人間が居ない上、幻想郷に来てから人間に会った事すら無いのだが───
襲われたら攫われるか食べられるかされるのだろうと漠然と思っていたが、まさか死体となって部屋に飾られるとは想像もしてなかった。

こいし「聞いてる?半分は冗談よ。翔太ったらさっきはお姉ちゃんとばっかり話してたから!」



29: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:27:19.54 ID:RvXWcZz3O

神峰「ああ……悪い。さっきのはさすがにリアクションに困って……」

神峰(やっぱりあの心を見ながらこの子と会話するのは辛ェ……正直、早く寝たい……けど! さとりと約束しちまった! だから、この子が満足するまでは俺は逃げずに付き合ってやらねェと……!)

妖怪の恐ろしさの片鱗を味わった上、どこまで本気なのか分からないこいしを前にして、逃げ出そうとする心を抑え込んで、ついさっきしたばかりのさとりとの約束を思い出し踏ん張った。

こいし「あなたも私と同じなのよね?」

神峰「?」

こいし「人の心を見るの、嫌なんでしょ?」

神峰「! ……ああ、スゲェ辛ェよ……。今朝までこの目を潰して欲しいって思ってた」

こいし「やっぱり同じなんだ!……私はもう閉じちゃったから分からなくなったけど」

こいし「翔太もその目と心を閉ざすと、無意識に何か出来るようになるのかな!?」

無邪気に目を輝かせて期待を膨らますこいし。



30: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:28:20.49 ID:RvXWcZz3O

神峰「いや……俺は人間だし、そんなふうにホイホイ能力なんて付かないんじゃないか?……それに、ここに居る間は心と向き合うってさとりと約束したから……」

心を閉ざすつもりはない、閉ざしたくない。
そんな想いを知ってか知らずか、こいしはつまらなそうに返事をする。

こいし「……ふーん、そうなんだ。頑張ってね」

こいしとの会話で、神峰の幻想郷初日の夜が更けていく───



31: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:29:24.30 ID:RvXWcZz3O

~翌朝~


神峰「おざス……」

フラフラとした足取りで、出会ったさとりに挨拶をする。その顔は明らかに昨日見た時よりも元気が無い。

さとり「おはようございます」

さとり「……徹夜したんですね。こいしが迷惑をかけてしまって、すみません」

神峰「いえ……」フラフラ

さとり「律儀なんですね。私との約束を守ってくれるなんて。……眠って構いませんよ?お昼にペットに起こさせますので」

神峰の疎らな思考を拾い、昨晩何があったのかを理解すると、少し呆れたように、そして少し嬉しそうに睡眠を勧める。

神峰「すんません……そうさせて貰うわ……」フラフラ

さとり「お休みなさい」



こうして、これから地霊殿での神峰の生活が幕を開けるのであった───



32: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:32:16.54 ID:RvXWcZz3O

寝息が聞こえる神峰の部屋に、一匹の猫が侵入する。
その猫はベッドへジャンプし、眠っている神峰の腹部へボスンと飛び乗る。

神峰「うぐっ…」

神峰「何だ……? ……猫?」

身体に何かが乗っかる圧迫感に小さく呻き、自分に何が乗っかったのかを身体を起こして確認すると、そこには尻尾が二又に分かれた黒猫がいた。
その黒猫は神峰が目を覚ましたのを確認してからベッドから降りた。

神峰「あ……、もう昼か……。日が刺さないからあんまり実感ねェな……。これにも慣れなきゃな」フア~...

お燐「おはようお兄さん!よく眠れた?」

神峰「!? 猫が人になった!?」ドキッ!

黒猫が突如ヒトに化けて挨拶をする。その正体はお燐であったが、神峰はその事よりも猫がヒトに化けるという、物語の中の妖怪変化を実際に目の当たりにした事に驚いた。
そして驚く神峰に更なるショックが襲う。



33: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:33:15.42 ID:RvXWcZz3O

こいし「おはよー」

神峰「何で同じ布団に寝てるんスか!!?」ドッキーン!!

モソモソと起き上がり、眠そうに神峰に挨拶をするこいしを見て、お燐を見た以上に心臓が跳ねる。神峰が鼓動を落ち着けようとしていると、こいしが神峰のツッコミのような質問に答えた。

こいし「私が寝てる所に入ってきたのは翔太の方よ?今日は眠くてこの布団で寝ちゃったの」

お燐「どうやら目は覚めたようだね!もうすぐお昼ご飯の用意が出来るよ」

神峰(すっげえ目ェ覚めた……心臓に悪ィ……)ドックンドックン

このあと、お燐に案内されてこいしと2人で昼食を摂った後、気付くとこいしは何時の間にかどこかへ行ってしまっていた。



34: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:35:30.67 ID:RvXWcZz3O

さとり「先ほどはお楽しみでしたね」

神峰「カンベンしてくれ……」

丁度食器を片付けた直後に、さとりが冗談混じりに神峰に話しかけてきた。
そして神峰のこれからの話が始まる。

さとり「……さて、早速ですが翔太さん。貴方にはここで生活するにあたって、何かしらの仕事をして頂きたいのですが──さすがに何もせずにここに居られるワケにもいきませんので」

神峰「ああ、世話になる以上、出来ることなら何でもやるよ」

さとり「とは言っても、さすがに怨霊の管理や核融合炉の管理なんて任せられませんから……ペット達の世話でもしてもらいましょうか」

神峰「核融合───!?」

そういえば仕事らしい仕事はほとんどペットがやってましたね、と適当な仕事を神峰に割り当てたさとりの言葉に、思わず反応する。
そんな神峰の心を読み、すかさず簡単な説明をする。

さとり「何故忘れられたモノの行き着くこの地に、確立されていない技術が存在しているのかというと、簡単に言えばそういう能力を持った神様の力を手に入れたからです」

神峰「……説明どうも……」



35: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:36:30.74 ID:RvXWcZz3O

さとり「いえ。では、お願いします。暇が出来たら自由にしても構いませんよ。地底の住人なら、私の客だと言えば手は出して来ないでしょう。え?旧都に行くのはまだ怖いですか……」

神峰「……」

心を読んで会話を先回りされる遣る瀬無さと、さとりのどこか試すような物言い、そして何かしらの期待をされていることを「視」た神峰は、黙って頷くしかなかった。

───



神峰「ペットの世話とは言っても……ほとんど放し飼いだな。俺のやる事なんてあるのか?」

神峰「散歩も適当にやるだろうし、餌をやるくらいしかなさそうだ……。そう言えば他のペットもペットの世話してんだよな……。仕事少なくないか?」

己の仕事を全うしようと、地霊殿を歩き周ってペットを探す神峰。しかし、どの動物も神峰が思った以上に自立的であった。

神峰「もしかして……引きこもらずに旧都って所に繰り出せって事か……? さとりのあの、俺を試しているような心ってそういう事なのか?」

神峰「……でも一人であの連中が居る所に行くのは怖ェし……、しばらくはここのペットと向き合って練習しよう……!」



36: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:37:49.70 ID:RvXWcZz3O

ちょっと格好悪ィけど……、と思いながらも前へ進む覚悟を決める。
そんな神峰を自室の窓から眺める人影があった。

さとり(彼に人と、その心に関わる勇気を与える……。こいしが心を閉ざす以前にしてあげられなかった事を彼に実行することで……!あの時をやり直すことで!私も何かを得られるはず……!)

さとり(すみませんね、翔太さん。私の為にも、貴方の為にも、まだまだ課題を乗り越えてもらいますよ?)

───





37: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:39:21.18 ID:RvXWcZz3O

~一ヶ月後~

神峰(こいつらも大分俺に懐いてきたな……。なんか、こういうのっていいな……、癒される……。こいつらの世話してると何かカタルシス感じて……、何て言うか、動物っていいな)

そこには、動物達と触れ合う神峰の姿が!
ちなみに、未だ神峰は地霊殿から外へ出ていない。
にへら、と笑顔を作り和んでいる神峰のもとへ、さとりが歩み寄ってきた。

さとり「人に嫌われるからといって、動物に手を出してはいけませんよ?」

神峰「? いや、懐いてる相手に暴力は振るわねェけど……」

さとり(この鈍感さは治せないのでしょうか?ボケ殺しもいい所ですね)

この一ヶ月で、さとりも神峰という人間を理解していた。
この男は心が視えるというのに鈍感なのだ。気付いたのはお燐がそういった話を神峰に持ち掛けた時だ。
お燐達はわざとはぐらかしているのだろうと言っていたが、心を読めるさとりだけは、こいつはマジだ、と神峰の鈍感さに絶句した。恐らく自己評価の低さから来ているのだろう。
そのせいで、さとりの希少な冗談も何処へと流れて行ってしまう。



38: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:40:54.08 ID:RvXWcZz3O

さとり「お茶にしましょう。来てください」

神峰「あざす!」


……………

さとり「翔太さんがここに来てから一ヶ月ほど経ちましたが」

カチャリとティーカップを置いて話を切り出すさとり。

神峰「?」

さとり「元の世界に帰りたいなんて全く考えませんでしたね」

神峰「!? 帰る方法があるのか!?」

ここに来ていきなり元の世界へ帰るという──帰る方法の可能性が浮上してきた。
そもそも帰れると思っていなかったし、何よりそんな事なんて考えていなかった神峰は驚き立ち上がった。
しかし……

さとり「地上に住んでる巫女を頼れば、元の世界へ帰る事が出来ます。しかし、私はまだ貴方を地上へ向かわせる気がありません。貴方はまだ旧都にすら踏み出していませんから。なのでしばらくはここで暮らしていて下さいね?」

神峰「なっ……」

ハッキリと帰さないと言い放つさとりに神峰は言葉を失う。
そして更にさとりは続ける。



39: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:41:59.83 ID:RvXWcZz3O

さとり「それに……帰りたいと思わないということは、未だ人との関わり合いを恐怖しているということ……。そんな貴方を帰した所で、貴方はここへ来る以前と変わらないまま。放ってはおけません」

神峰「……そう……だな……」

図星を当てられ、反論出来ずにシュンと力無く椅子に座る神峰。
激昂するだろうと思っていたさとりも意外に思い、その心理を推理する。

さとり(自分の本音を突き付けられたというのに、怒らずに受け止めた……)

さとり(彼が心の状態をバラして他人を怒らせた経験から、自分の心を暴かれても嫌悪感は抱かないようにしようという気遣いですね……)

さとり「翔太さんは良い人ですね……」

神峰「えっ……?」

勝手に心を暴いた謝罪よりも先に、賞賛に近い言葉がさとりの口から出て来た。
前後の文脈から理解できないその言葉に、神峰が聞き返そうとした時、ドンドンと屋敷の門が叩かれる音が聞こえ、誰かの声が聞こえて来る

??「誰か居るかい?」

さとり「お客さんですね。ちょっと出て来ます」



40: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:43:24.19 ID:RvXWcZz3O

??「さとり!アンタなら居るだろ!?」

地底の住人はさとりが地霊殿からほとんど出て来ないのを知っている。その確信があって声の主は館の主を急かす。

さとり「お待たせしました。……何の用ですか?」

扉を開け、訪問者を確認し、その目的を「読んだ」後にさとりが目の前の訪問者に質問する。

勇儀「何しらばくれてるんだい?アンタなら分かってんだろ?」

勇儀「ヤマメとパルスィから聞いたよ。ココに客人が居るそうじゃないか! しばらく待っても私の所に挨拶にも来やしないないもんだから、こうやって出向いてやったんだよ」

その訪問者──額に一本の角を有し、手には盃を持っている──は、地霊殿の客人、つまり神峰が挨拶に来ないので自ら出向いたと言う。

さとり「すみませんね。彼は今リハビリ中ですので。どうぞ、案内しますのでついて来てください」

神峰を会わせなかった事に謝罪をし、害意が無いのを確認して訪問者を館の中へ案内する。



41: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:44:20.77 ID:RvXWcZz3O

勇儀「リハビリだ?穴に落ちて足でも折ったのかい?パルスィが助けたと聞いたよ?」

さとり「いえ、社会進出のためのリハビリです」

勇儀「アッハハハハ!心が読めるヤツらってのは難義なヤツが多いねぇ!」

軽口を言いながら神峰のもとへ向かう二人。程無くして目的の人物が見えてくる。
そして来客の対応で待たせた神峰にか、ここまで案内した訪問者にか、あるいは両方に向かって

さとり「お待たせしました」

神峰「!」

神峰(この人……あの角……まさか……)

戻って来たさとりの隣に居た人物の特徴的な角を見て、小さな頃に読んだ物語で、何度も出てきた妖怪の名前が口から出てくる。

神峰「アンタ……、鬼……なのか?」

勇儀「ん? そうさ。まさか我々鬼の存在を覚えているヤツがいるなんてね」

自分の事を鬼だと当てられて少し声に喜色が混じる。



42: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:45:27.44 ID:RvXWcZz3O

さとり「神峰さん、彼女に挨拶をお願いします。わざわざお越し頂いていますので」

神峰「あ、どうもすみません。俺、神峰翔太です。ここでしばらくお世話になってます……」

勇儀「あたしは星熊勇儀。見ての通り鬼だよ。挨拶に来なかった事は……人間だから大目に見てやるか、今回だけね」

神峰(この人……スゲェ真っ直ぐな心してるな。自信に溢れてる)

勇儀「さて、目的も果たしたし、帰るとするか。まさかさとりが男を匿うとはね!面白いモン見れたよ!」

勇儀「アンタも、旧都に来たなら歓迎してやるよ! じゃあね!」

そう言って勇儀は踵を返し、来た道を辿って行く。
間髪入れずにその背中に向かってさとりが叫ぶ。

さとり「彼はそういうのではありません! 分かって言ってますね!?」



43: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/30(水) 12:46:30.21 ID:RvXWcZz3O

神峰「え? は???」

もちろん勇儀は分かって言っていたが、この男は理解していないようだ。さとりの言葉の意味が分からずクエスチョンが頭の上を飛んでいる。

さとり「……行ってしまいましたか。彼女ら鬼という種族は、約束を違える事を嫌いますので注意して下さいね」

神峰「ああ……」

さとり(しかし、きっと彼女らと関わる事で、翔太さんの精神は成長出来るはずです。……ぶつけるタイミングが重要ですね)

神峰に注意を促しながらも、さとりは思惑を組み立てて行く。
計画通りに事が進むかは分からないが、今よりも良くなる事を信じて───



49: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:31:29.35 ID:BycWLE00O

外へと通じる扉の前に、いよいよ腹を括った顔の神峰が立つ。その後ろには神峰を見届けるために、見送るために集まったさとりとペット達がいた。

神峰「……よし、行くか」ドキドキ

外出の目的は神峰の衣類の調達である。

さとり「行ってらっしゃい」

扉に手を掛けてしばらく硬直した神峰は、凄くバツの悪そうな顔をして振り向き

神峰「……あの、やっぱ誰か付いて来てくれね? あの連中怖え……」ビクビク

何と情けないと思いながら助けを乞う。しかし助けを求めるのも勇気である。
今まで引きこもりに近い状態だったのに、一人で妖怪の街へと繰り出すのはさすがに無理があったのだろうと見越していたさとりは、ペットを一匹お供に付ける事にした。



50: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:32:28.89 ID:BycWLE00O

さとり「……とは言っても……。仕方ありませんね。お燐」

お燐「はい」

さとり「翔太さんのお供として付いて行ってあげて」

お燐「分かりました! お兄さんもペットの世話をして助かってるから、お安い御用だよ!」

笑顔で二つ返事をするお燐。
きっとさとりに言われなくても、神峰から頼まれたら快諾していたであろうと思えるくらいに淀み無い返事だった。

神峰「悪りィな……助かる」

神峰(お燐……この子は地霊殿に来た時からフレンドリーに接してくれるな。というかここのペットは、さとりで慣れてるせいか、心が見える事を知っても俺を嫌わない)

さとり「この子達は言葉が話せませんから、言いたい事が分かる私に懐くのですよ。恐らく翔太さんにも、同じような理由で懐いたのでしょう」

神峰「へぇー」

神峰(そしてさとりとの、この独特の会話にも慣れてしまった……)

さとり「それは翔太さんが、自分の本心を認め、受け入れる強さを手に入れたという事です」

さとり(というか、この人意外とストレートな性格なんですよね。思った事を口にしちゃうから、本心も表層意識に表れ易い)



51: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:33:47.02 ID:BycWLE00O

神峰「とにかく、初外出だな。言葉にするとスゲェ情けねェ……」ドキドキ

さとり「人間は貴方しかいませんけど、私の関係者だとは伝わっているでしょうから危険な目には遭わないと思います。が……気をつけて」

緊張する神峰に気休め程度の言葉を投げかけるさとり。
しかしその心にはどこか懸念があるようで、そんなさとりの心を視た神峰は疑問に思いながらも外へ歩み始めた。

神峰(? 何をそんなに心配してんだ……?確かに怖えけど……)

お燐「行ってきまーす!」


………………

………



52: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:34:56.77 ID:BycWLE00O

【旧都】

神峰「こんなに人が多い所に来るのも久しぶりだな」

街の喧騒を懐かしむように歩く神峰と燐。神峰はテレビでしか見たことのない街並みに新鮮味を覚えてキョロキョロと周りを見渡しながら歩いている。

神峰「見渡す限り妖怪ばっかりだ……。なんか、漫画の世界に来たみてェだ……」

お燐「お兄さんは外の世界から来たから、あながち間違ってはいないと思うけどねぇ」

お燐「しかし───」

ザワザワヒソヒソ...

お燐「見事に伝わってるね!さすがに二ヶ月近く居れば噂になるか!」

噂になるのは仕方ないとは思う。正直、周りの視線は浴びたくなかったが、神峰はその視線に違和感を感じる。
これは好奇心からくる視線とは違う、何かを忌避するような……

神峰「……。なぁ、お燐。珍しいモン見て噂されるのは分かるけどさ、……どうして皆、俺に関わろうとして来ないんだ?」

神峰「地底の連中は物騒なのが多いって聞いた気がするんだけど」

お燐「忘れたのかい?心を読む能力は嫌われてるんだよ。地底の連中でさえもさとり様と関わろうとはしないんだ。だからさとり様は地霊殿に引き籠ったんだよ」

神峰「!」

お燐「それにこの辺なら、さとり様の関係者だと言えばみんな大人しくなるからね」



53: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:35:59.03 ID:BycWLE00O

神峰「だから……皆の心は俺達から目を逸らしてんのか」

心を読む能力は嫌われる。その言葉を聞いた瞬間、自分の能力も知れ渡っていて避けられているのかと神峰は思ったが、どうやら違うらしい。
根本的にさとりの関係者である事が、さとりという存在が、この地底では忌避されるモノであると燐は言っているのだ。

神峰(さとりの心配ってコレの事か! 皆から避けられるって事が分かってたんだ!確かに関わる気の無い人に関わって行くのは……辛い)

神峰「……とりあえず今日は、用事を済ませたら帰るか。服屋は……もうすぐだな」カサ

今の自分では出来る事は何も無い。気持ちだけじゃ何も救えない。神峰自身が今までに経験して辿り着いた答えである。
遣る瀬無い気持ちを抑えながら、さとりから貰った地図を確認し服屋を目指す。

───





54: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:37:05.27 ID:BycWLE00O

神峰「こんなモンかな?どうだ?似合ってる?」ヒラヒラ

帰り道、和服に身を包んだ神峰が両手を広げて感想を求める。

お燐「似合ってるよ!やっぱり場に馴染むならこっちの服も持っておかないとねぇ。というかアレ(制服)でよく今までもったね……」

神峰「一応地霊殿にも何着かあったから借りてたんだけどな」

と、ここで何かを思い出したかのように燐に尋ねる。

神峰「───あ。そうだ。お燐」

お燐「なんだい?」

神峰「星熊勇儀って人の所に行きてェんだけど、いいか?」

お燐「あの鬼に用があるのかい?お兄さんも物好きだねぇ」

神峰「いや、あの人、挨拶が無いからってこないだ地霊殿まで来たんだよ……。だから今日、外出してるのみんなに見られてるし、それが分かったら何か思われるんじゃねぇかと思って……」

神峰(それに次は無ェって言われた気がするし……)ブルブル

今回だけ、という言葉が何故か心に刺さって抜けなかった。本能的に危機を感じ取っていたのだろう。

お燐「ふーん、分かったよ。勇儀の家はこっちだよ!案内してあげる!」

神峰「助かる!」


………………

……



55: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:38:59.67 ID:BycWLE00O

神峰達は今、座っている勇儀に立ったまま向かい合っている。
勇儀の家を訪ねたはいいが、留守だったために勇儀の行きそうな場合へ行ったり、(主に燐が)聞き込みをして探した結果、勇儀は居酒屋に居た。

神峰(まさか居酒屋に居るなんて思わなかった……しかも今昼間だぞ!?)

勇儀「アンタ確か、古明地のトコの……翔太っつったね?こんな時間にこんな所で何の用だい?」

神峰「それはこっちのセリフッスよ! 何で昼から酒飲んでんスか!?」

思わず突っ込む神峰。自分の常識が通用しないという事は幻想入り初日に体感したはずだが、突っ込まずにはいられなかったようだ。
そんな神峰を見て勇儀はニィと笑う。

勇儀「元気イイね、アンタ。さとりのリハビリは効果があったってワケだ!」

勇儀「それで、私に何の用だい?」

神峰「リハビリ……?」

勇儀の言葉を拾い、復唱する神峰の横で、燐が質問に答える。



56: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:40:16.96 ID:BycWLE00O

お燐「お兄さんは初めての旧都進出だからって、わざわざあんたに挨拶に来たんだよ!」

勇儀「へえ。ちゃんと筋は通せる人間ってワケだ……。気に入った!約束通り歓迎してやるよ!」

勇儀「さぁ座りな!おごってやるから好きなの頼みなよ!お燐もいいよ!」

神峰「あ……あざす!」

お燐「やったね!ラッキー!」

神峰(この人……他の人とは違ってグイグイ俺達に絡んでくる!言動が一貫してて、ここじゃかなりありがてェな……。絶対敵にしちゃいけねェ)

潔く豪快。第一印象ではどこか怖そうな人というイメージだったが、勇儀のこの第二印象でそのイメージも薄れて来た。

勇儀「んじゃ、料理が来るまで……はい、はい」コト、コト

神峰が勇儀への印象を改めていると、二人の前に透明の液体が入った透明のコップが置かれた。



57: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:41:13.39 ID:BycWLE00O

神峰「……え? コレ……」

お燐「どうしたの? せっかくのおごりなんだから、遠慮したら損だよ?」

勇儀「そうだよ翔太。ほら、乾杯するからコップ持ちな」

神峰「いやでも、コレ……お酒ッスよね?」

勇儀「居酒屋なんだから酒飲むのは当たり前だろ? それとも私の出した酒が飲めないってのかい?」

神峰「それパワハラッスよ!?っていうか俺未成年ッス!」ヒーー

勇儀「あん? そんな事気にしてんのかい? 大丈夫だよ、幻想郷の住人はアンタくらいの年なら皆酒飲んでるから」

お燐「そうだよ! お兄さんより年下っぽい娘もお酒飲んでるんだから大丈夫だって! 万が一の時はあたいが送ってあげるから!」

万が一というのが、未成年飲酒がバレた時の心配ではない。

神峰(……断るのは無理っぽいな……しかも本当の事っぽい……。でも確かに、好意を無駄にするのも悪いし……腹括るか……)



58: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:43:17.36 ID:BycWLE00O

二人の言ってる事に偽りが無いという事を、心を視て理解する。そして観念したように差し出されたコップに手を伸ばし

神峰「……わかりました。では」スッ

三人「乾杯!」カキーン

三度目のカルチャーギャップを目の当たりにして、神峰は思う。
───この幻想郷では、常識に囚われてはいけないのですね───
それは、まるで天啓のように頭の中に谺した。

───



勇儀の歓迎が終わり、帰り道を歩く神峰。その足取りはフラフラで、いかにも酔っ払いのようだ。おまけに燐を背負っている。

神峰「……う、……頭痛ェ……気持ち悪りィ……」

お燐「」

神峰(お燐が勇儀さんとの飲み比べを代わってくれたからこれくらいで済んだけど……鬼ってスゲェ……)ゲンナリ

鬼があんなにウワバミだとは聞いてない。そもそもあんなに飲む者に出会った事が無いのだ。神峰は、自分が如何に狭い世界に閉じ籠っていたのかを知る。

神峰(お燐には今度お礼しなきゃな……)

神峰「ほら、大丈夫か?もうすぐ地霊殿に着くぞ」ユサユサ

お燐「揺らさないで……」

神峰「あ、悪い……」



59: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:44:11.85 ID:BycWLE00O

【地霊殿】

神峰「ただいまー……」フラフラ

神峰(ただいまだなんて、久しぶりに言ったな……。俺、本格的に引きこもりだったんだな……)

さとり「おかえりなさい。お昼は済ませたみたいですね。勇儀さんに捕まるとは……災難でしたね。ああ、お燐を運んで下さってありがとうございます。適当な部屋に寝かせておいて結構ですよ」

さとり「翔太さんも、今日は早めに休んだ方が良いと思います」

神峰「ああ、悪いけどそうするよ……」

今回ほどさとりの読心能力を有難いと思った事は無いだろう。
こういう時に説明をする必要が無いので話が早い。
神峰はさとりの言葉に甘える事にして、自分の部屋へと向かった。

………………



60: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:45:52.25 ID:BycWLE00O

神峰(───とは言ったけど、せめてお燐の介抱くらいしてやらねェと。俺の身代わりになってくれたし……)

神峰(とりあえず俺のベッドに寝かせて、お燐が起きれるまで回復したら俺も寝よう……)

燐をベッドに寝かせて、自分も椅子をベッドの側に置いて腰掛けた時、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

神峰「はい」

さとり「お水を持って来ました……」ガチャ

さとり「って……お燐の介抱をしていたんですか……。わかりました、もっと多めにお水を持って来ます」

さとりが水を持って部屋に入り、状況を一目で理解する。
そして燐と神峰のメンタルから要求を的確に見抜き(読んだだけだが)、再び部屋を後にした。

………………

……



61: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:47:04.39 ID:BycWLE00O

さとり「どうぞ」コト

神峰「サンキュー……」

お燐「すみませんさとり様……ありがとうございます……」

さとりが氷と水をそれぞれ別の容器に入れてお盆に乗せて持ってくると、二人は弱々しく礼を言う。
そして神峰はコップに水を注ぎ始める。

さとり「いえ。では私は戻ります。翔太さんも早く休んで下さいね?」

神峰「ああ……助かるよ」ゴクゴク

水を飲みながらさとりを見送っていると、さとりは何かを思い出したかのように立ち止まった。

さとり「そういえば」

さとり「言い忘れていましたね」

そして振り返り、

神峰「?」

さとり「服、似合っていますよ。では」



62: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:48:18.33 ID:BycWLE00O

一言だけ言って、踵を返した。
神峰の隣ではそれを聞いた燐が目を見開き、口をニヤけさせる

お燐「<●><●>」パカーーン!

神峰「ああ、ありがとう──ってお燐!?」

さとり「何をしてるんですか……。やらなきゃいけない気がした? 意味が分かりませんよ……」バタン

呆れた顔をして部屋から出て行くさとり。
空元気を出したせいで顔を真っ青にして口元を抑える燐。
そんな燐を見て慌てふためく神峰。

神峰「せっ、洗面器だ!! 頼む!! 洗面器を!! 持って来てくれ!!」ウワアアアア


なんとか用意された洗面器には、毛玉は出てこなかった。

───





63: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:49:36.89 ID:BycWLE00O

神峰「よし」ドキドキ

神峰「今日こそは、一人で行ってくる!」ドキドキ

お燐「頑張ってね!」フリフリ

さとり「行ってらっしゃい」

神峰「ただのお使いなのにこの有様……スゲェ情けねェ……」

さとり「さすがに状況が特殊ですからね」


結局、神峰が一人で旧都へ行くのには一週間ほどの時間を要し、今日こそ一人で行く決心がついた。
それまではお燐と共に、旧都の雰囲気に馴染むために、散歩や日用品を調達するための外出を繰り返していた。
旧都の住人はさとりの言った通り、神峰に対して積極的に接して来る事は無いが、勇儀のお陰か、会話程度なら関わってくる連中らも出てきた。

神峰(勇儀さんに会うと必ず酒の席に連れ込まれて顔を覚えられるからだよな……多分)

さとり(間違いなくそのせいでしょうね)



64: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:50:59.88 ID:BycWLE00O

さとり(しかし……初日に言った「こいしの心とちゃんと向き合って欲しい」という約束が、翔太さんの中で「人の心とちゃんと向き合う」に変化したのは僥倖ですね)

さとり(翔太さんは約束はきちんと守る方なので、これから旧都でさらに鍛えられる事になるでしょう。せめて嫌な事から逃げずに踏ん張るくらいの強さを手に入れたら、地上に送ってあげてもいいかもしれませんね……)

さとりの腹の中では、計画が進んでゆく。

………………

【旧都】

この一週間で神峰も街の風景に大分馴染んできただろうか。しかし一人で歩いている姿はまだまだぎこちなさが見える。

神峰「一人で来るだけでこんなに緊張するモンなのか……? 元の世界なら人混みの中に居ても無視すりゃ余裕があったってのに……」

神峰「やっぱ相手が人間じゃねェって大きいな……」

ヤマメ「というか、ココに人間なんて翔太だけだよ?」

神峰「!?」ビクッ



65: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:52:53.05 ID:BycWLE00O

独り言を言っているといきなり背後から声がかかり身体が跳ねる。振り返るとそこにはヤマメがいた。

ヤマメ「今日はお燐と一緒じゃないんだね」

神峰「あ、ああ……今日こそは一人でお使いだ」

ヤマメ「あっはっはっは!ようやく一人前って訳かい!? あの時から随分時間がかかったね!」

ヤマメ「まぁ仕方ないか!ココじゃあ人間はさとりに守られていなけりゃ今頃は誰かの腹の中だしね!」

神峰「!!!」ゾクッ

神峰(そうだ……すっかり忘れてたけど、ここは妖怪の巣窟じゃねェか!いつまでもさとりに甘えて、守られてるワケにはいかねェよな……。地底に人間なんて場違い過ぎだ。いつかは地上に出なきゃならねェんだ……)

今まで何事もなかったためすっかり平和ボケして失念していたが、ヤマメに物騒な事を言われて思い出す。と同時に身体に悪寒が走り、人間である自分が地底の住人には不相応であると考える。
そんな事など気にせずにヤマメは続ける。

ヤマメ「でも、翔太もうまくやって行けてるようだね!」

ヤマメ「まさか地霊殿の客人になるなんて!ペットにされるかと思ってたのに」

神峰「それは俺にも良くわかんねェんだけど、なんか突然客でいいって言われたんだ」

ヤマメ「ふーん……。シンパシーでも感じたのかね?まぁいっか、お使い頑張りな!」バイバイ

神峰「ああ。またな」

手を振って別れを告げるヤマメに挨拶をして、神峰も自分のお使いをこなし、地霊殿へと戻る。その姿は、パルスィに案内された初日以来の慎重なものだった。

───





66: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:54:23.84 ID:BycWLE00O

【地霊殿】

神峰「ただいまー」

お空「あ、翔太だー!おかえりなさい!」

扉を開けると、空の特徴的な大きな羽に大きなマント、そして緑のリボンが目に入る。
そんな空も、扉を開けて入って来た神峰が目に入って来たらしい。

神峰「おっ、お空! 珍しいなこんな時間にこんな所で」

お空「ちょっと休憩よ!」

神峰(お空とのコミニュケーションってかなりレアなんだよな……初日に話して以来、あんまり会わないし、人間が入れない所で仕事してて、もう一つ別の施設で仕事してんだよな……。核融合出来るってスゲェよ)

お空「お燐から聞いたよ! 買い物行って来たんでしょ? 何かおみやげある!?」

期待する眼差しでパタパタと神峰に近づいてくる。

神峰「お使いだから残念ながら無駄金は使えねェんだ……悪ィ」

お空「ちぇー。でもさとり様がそう言うなら仕方ないね」

空が残念そうにしていると、そこに階段を降りてさとりが現れる。

さとり「別に買い食いくらいなら構いませんよ? 翔太さんは本当に律儀ですね」

神峰「!」

お空「さとり様!」



67: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:55:21.18 ID:BycWLE00O

さとり「おかえりなさい。どうやら一人でも大丈夫だったみたいですね」

神峰「ただいま。スゲェ怖かったけどな……。ヤマメと会ってここが妖怪の住む場所だって再認識したせいで……」

さとり「地上へ行くのはまだまだ許せませんので、しばらくは我慢してください」

神峰「分かってるよ……人って簡単には変われねェな……」

この一ヶ月で、神峰もさとりが何かを企んでいる事に勘付いている。そのせいか、まだ帰せないという言葉もすんなり受け入れる。
そもそも神峰自身、未だに帰ろうという気になれていないのだが……
そんな二人の会話など気にもせず、空は神峰の袖を引っ張る。

お空「ねぇ翔太!さとり様が良いって言ってくれたから、今度行った時はおみやげ買って来てよ!」グイグイ

神峰「分かった、分かったよ」

さとり(少なくとも初日よりは変わりましたよ、翔太さん。あのやさぐれた上に全て諦めていたあの頃よりは、前向きで活力がありますから)

さとり(まぁ、それはペット達との触れ合いのお陰でしょう。まるでアニマルセラピーですね。……人と関わる強さを身に付けたら、帰してあげますね)

───





68: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:56:21.17 ID:BycWLE00O

次の日。

神峰「……」

諦観。
そんな言葉がぴったり当てはまる表情、つまり死んだ目をした神峰がそこにいた。
周りはワイワイガヤガヤと賑わっている。

神峰(捕まってしまった)

そう。神峰は今、勇儀に何時も連れ込まれる居酒屋にいて、姿勢良く椅子に座っている。

勇儀「ほら翔太、飲みな!独り立ち記念だ!」

神峰「いただきます!!」ゴクッ

ややヤケクソ気味に差し出された酒を飲む。
旧都を一人で歩いていると勇儀と遭遇してしまったのだ。これで何度目になるだろうか。

勇儀「これでアンタを庇うヤツは居なくなったってワケだ……」

神峰「あの、もしかして……」

勇儀「分かってるなら話は早い。物分り良いじゃないか」

神峰「助けて!!!」



69: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:57:35.66 ID:BycWLE00O

神峰が騒いでいると、カウンター席に座る神峰の隣の勇儀のさらに隣に座る少女が顔を向けずに話しかけてきた。

パルスィ「諦めなさい。鬼と人間は古来より戦うさだめなのよ……」

勇儀「その通りさ!良い事言うじゃないか!」

神峰「!アンタ……俺を助けてくれた……」

その声を聞いて、勇儀越しにその姿を見て、直ぐに神峰も気付く。命の恩人である彼女の事を忘れた事は無い。

パルスィ「久しぶりね。どうやらペットは免れたみたいね……妬ましいわ」

ここでようやく神峰と顔を合わせるパルスィ。
しかし出てくる言葉は助けなければ良かった、と思わせるニュアンスを含んでいる。

神峰「あの時は本当にありがとうございました。何て言ったらいいかわかんないッスけど……人間の俺を助けてくれて、本当に感謝してるッス!」

パルスィ「いえ、礼は要らないわ。あの時の貴方は嫉妬する余地なんて無かったもの。ただの同情よ?」

パルスィ「だけど今は……、地霊殿で上手くやれてる様ね……妬ましい。聞けばペットにも懐かれたみたいね……妬ましいわ」フツフツ

神峰の目に、口を開く度に心に着いた火の勢いが強くなっていくのが視える。

神峰「!?」

神峰(なんだ……!?心が……沸騰してんのか!?火の勢いがどんどん増して行ってる!!)

パルスィ「まさかあんなに不幸に見えた貴方がここまでなるなんて、まるで悲劇のヒーローね……、助けた甲斐があったわ……妬ましい。こんなに私を嫉妬させるなんて、思っても見なかったわ。たまには気まぐれも起こしてみるものね」グツグツ

火力が上がると同時に心が沸騰し煮詰められ、ドロドロに変化していく。おまけに蒸気で湿度が高くなりジメジメしている様子を目の当たりにした。

神峰(この人……一体!?)

勇儀「ほら、お喋りはここまでにしてグラスを持ちな!地霊殿まで運んでやるから安心して飲んでイイよ!」

勇儀に酒を勧められても、神峰にはパルスィの心がずっと気になっていた。

───





70: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 12:58:51.64 ID:BycWLE00O

【地霊殿】

勇儀「お邪魔するよ」

神峰を担いだ勇儀がさとりを訪ねる。

さとり「こんな所に来るなんて珍しいですね……って……、翔太さんを潰さないで下さい。まだお酒を飲んで一週間しか経っていないんですよ?」

勇儀「これも一種の歓迎だよ。洗礼って言った方がいいかな?」

勇儀「アンタがいつまでこいつを匿うのか分からないからね、出来るだけ人間と戦いたいのさ。それとも一生側に置いとくのかい?」

それなら有難いんだけどね、とカラカラ笑う勇儀に、呆れたように答えるさとり。

さとり「……貴女の考えてる関係ではありませんし、そんな感情はありませんよ。……残念がらないで下さい」

面白い話が聞けずにつまらなそうにする勇儀だが、すぐに切り替えて神峰の部屋を尋ねた。

勇儀「……寝かしといてやるからこいつの部屋教えてくれない?」

神峰「」グッタリ


………………

……



71: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 13:00:01.28 ID:BycWLE00O

神峰「ん……」

神峰「……今何時だ……?頭痛ェな……」

ボンヤリと目を覚まし、酔いから来ているであろう頭痛を覚えながらも起きる事にする。
地底は日が刺さないため時間を予想する事が困難だ。

神峰「とりあえず起きるか……」ムク

神峰「時計時計……お、まだ5時か。確か昼に勇儀さんに捕まって、一時間くらいで潰れたと思うから……寝てたのは3、4時間か」

壁掛けの時計を確認し、そして部屋の机の上に目が止まる。

神峰「買い物袋も置いてある……勇儀さんが送ってくれたんだな。……仕舞いに行こう」ガチャ

荷物を仕舞うために部屋を出て台所へ向かう途中に、空と遭遇した。

お空「あ、翔太!おはよー!」

神峰「お空! 二日連続で会うなんて珍しいな。……そうだ! 約束通りちゃんとお土産買ってきたから、やるよ!」ガサガサ

お空「約束? 何だっけそれ? でもありがとう! あ……でもご飯の前に食べたら入らなくなるかも……」

約束通りお土産を渡すも、空との会話にどこかズレを感じる神峰。



72: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 13:01:33.08 ID:BycWLE00O

神峰「? 昨日お土産が欲しいって言ってたろ?」

お空「うにゅ? そうだっけ? 忘れちゃった♪ まぁいいか、冷めちゃってるけど」モグモグ

神峰(マジで心の底から忘れてるのかよ……何かショックだ……俺ってやっぱその程度の認識なのかな……?)ズーン

どうやら会話のズレは空が約束を忘れたかららしい。まぁいいか、とお土産を頬張る空の隣でその事にショックを受けていると、後ろから燐が現れた。

お燐「おはようお兄さん!時間は早いけど起きるのは随分遅かったね!」

お燐「あと、お空は相当な鳥頭だから、まともに憶えてるのはあたい達の顔と名前と、さとり様の命令くらいだから、そんなに落ち込むことないよ」

神峰「そ、そうなのか!知らなかった……」

燐のフォローに安堵するも、またもや違和感を覚える。

お燐「最初に言っておけば良かったかな。会話も大変だと思うけど頑張ってね」

お空「お燐、翔太!早く朝ごはん食べに行こ!」



73: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 13:02:52.02 ID:BycWLE00O

そして「朝ご飯」という単語を聞いて、違和感の正体に気付く。

神峰「……ん?」

お燐「どうしたのさ?」

神峰「そういえばさっき、起きるのは随分遅かったって言われたな……」

お燐「そうだね。なかなか起きないから心配したよ!」

神峰「って事は今は朝の5時って事か!?……イテテ……!」ズキン

お空「当たり前じゃない。変なのー!」

神峰「ヤベェ、15時間も寝てたのかよ……!」

お燐「そりゃあんだけ飲んでたら昏睡もするよ」

神峰「俺、先に行ってこの荷物仕舞ってくるわ!ついでに朝食も準備してくるから!」

二日酔いの頭痛を我慢して台所へダッシュする神峰。ペット達が何でも食べるという事で、自分の分と一緒に同じメニューを作っていたので、食事の準備もこの一ヶ月で大分覚えていた。

お燐「え?そう?じゃあよろしく!」

お空「行ってらっしゃーい」フリフリ



74: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 13:04:08.86 ID:BycWLE00O

……………


神峰「あー疲れた……。二日酔いなのにダッシュしてメシ用意して……」

神峰「地底は日が入らねェから時間の感覚狂うよな……。なのに何故か雪は降るんだよな」

神峰「よく考えたら酔い潰れて3、4時間で目を醒ますなんて無ェよな」

食事の準備が終わり、片付けも終了して一段落ついた所で、昨日の少女の心の事を考える。

神峰(しかし……あの時のあの人の心……。最初に会った時も思ったけど、ヤベェよ……)

神峰(アレは完全に俺の手に負えるモンじゃねェ……。あの火を消して湿気も吹き飛ばせる、強い風でも心に吹かねェと無理だよな)

さとり「それは不可能でしょうね」

神峰「!」

その思考も、突然割り込んで来たさとりによって中断される。
珍しく早起きな上に、自ら食堂に出向く事も珍しいが、それよりも不可能だと言われた事に反応してしまう。



75: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 13:06:24.09 ID:BycWLE00O

さとり「彼女は嫉妬の妖怪……。嫉妬と共に生きて嫉妬をするために生まれた、嫉妬無しでは生きられない……彼女自身が、嫉妬で出来ているような存在ですから」

さとり「彼女の嫉妬心を消すということは、彼女の存在を消すのと同義です。もちろん、彼女以外にも、妖怪というのはそれぞれ"在り方"……つまり存在の理由があります」

さとり「その在り方に関わるような事をするというのは、妖怪にとっては死を意味するのです」

神峰「!?」

死を意味する──。いきなりそんな事を言われ、神峰は困惑する。
オレはただ、あんな苦しそうな心を何とか出来ないか考えただけなのに……。
───オレが相手のためにと動いても、碌な事が起きない!
───人のために動く事が間違いだっていうのか!?
───全てオレの独り善がりだったのか!?
まさか自分がやろうとしている事でパルスィが消えてしまう事になるなど、常識外れにも程がある。
しかし、それが妖怪の理なのだ。妖怪にとっては常識なのだ。妖怪は、その精神性に強く依存して存在している。
だがこのことを、神峰はまだ知らない。



76: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 13:08:14.53 ID:BycWLE00O

さとり「心苦しいとは思いますが、明らかに間違っていても、それがその妖怪の存在理由ならば……存在を消したくないのなら、正す事は出来ません……」

さとり「……トラウマを刺激するような事を言ってすみません……。ですが、翔太さんは以前よりも強くはなっています。あの頃よりも無力ではありませんよ」

申し訳なさそうに話すさとりに、今にも心が折れそうな神峰は縋る。

神峰「な……んで……」

神峰「じゃあ……、俺がココで出来る事ってなんなんだ!?」

神峰「さとりの存在に守られて!俺は雑用しかやれてねェ!!俺は!……俺は!心と向き合うって決めたのに!なんとかしたいって、心を変えてやりたいって……まだ諦めてないのに……それも出来ないのかよ!?」

神峰「一体なんの為にさとりに守られてるんだよ……地底に居る意味あんのかよ……」

何の因果か分からないが外の世界から幻想郷へ来て、しかし生きる意味を失った神峰には、もはやさとりに縋るしか道が無かった。
さとりが神峰を利用して何かを企んでいるのは知っている。
しかしそれを言及しなかったのは、嫌な予感がしなかったからだ。
初日に会った時は、見向きもしようとしてなかった。地霊殿の客として迎えられた時は、どこか試しているようだった。最近になって外出する時は、本気で心配してくれていた。
しかし最初に会った日以外どの時も、見守るような、暖かさを感じる心をしていた。
そこに偽りは無いと確信出来る能力が神峰にはあったから。神峰の前では、心を偽る事は不可能だから。
だから、自分を利用しようとしているさとりに縋るしか、もはや自分の生きる意味を見出せなかった。
妖怪に利用されてどうなってしまうのか分からないが、それでも、行く先が闇でも、光を求めた。ただ、悪いようにはならないという確信だけはあった。



77: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 13:09:41.30 ID:BycWLE00O

さとり「……少なくとも、私のためには、まだ翔太さんを側に置いておく必要があります」

さとり「私は……貴方に勇気をもらうために……貴方が必要なんです」

そして、さとりから初めて語られるその目的は、神峰が全く予想していない事だった。

神峰「俺から……勇気を……?……やれるワケ無ェ……。このザマだぜ?」

さとり「いえ、少なくとも、翔太さんは私よりも一歩前を進んでいます」

神峰「?」

さとり「私"も"、こいしと……心と、向き合う覚悟を持ちたいのです」

───地底の妖怪でさえさとり様とは関わろうとはしないんだ。だからさとり様は地霊殿に引き篭もったんだよ───

神峰(!!)

さとりの言葉で、いつか燐に聞いた事を思い出す。

さとり「ですので、私に道を示して欲しい……!」

さとり「翔太さんが、私の影響で避けられていても他人に関わり続ける事で、それが私には希望になります!」

さとり「お願いですので、私の心を箱から出して下さい!」

神峰(……そんな事言われたら……、そんなに助けを求められたら……)

神峰「お前のために……頑張るしかないだろ……」

神峰は己の生きる意味を、さとりに見出そうと、依存しようとした。しかしさとりは、己のために神峰に自立して欲しいと願う。

神峰「はは……、出来過ぎた話だよな……。オレはさとりを頼ったのに、さとりはオレを頼っていたなんて。絶対共倒れしないようにしなくちゃな……」

神峰「だから……もう顔は伏せねェ……! 覚悟はもう出来たから……あとは突き進むだけだ! もう……躓かなねェ!」

さとり「私の我儘に付き合わせてしまって……すみません。これからよろしくお願いします」



78: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 13:10:52.49 ID:BycWLE00O

そんな二人を覗く影が二つ、出入り口の影から伺っていた。
一つは燐。燐はニヤニヤと目と口を開き口角を上げ、もう一方、空は純粋な瞳で、じぃとこちらを見ていた。

さとり「何を見ているのですか?」

神峰「いつの間に!?」ドキッ

二匹に気付いたさとりは、ジト目で訴えるように問う。

お燐「いやぁ、悪いなーとは思ったんですけど、どうしても気になって!」

さとり「全くこの子は……。お燐の考えているような感情はありませんよ……」

神峰「?」

お燐「とにかく! お兄さん、さとり様を(末永く)よろしくね!」

二人の会話について行けない神峰に話を振る燐に呆れ、話を切り上げる事にしたさとりは別の話題を持ち出す。

さとり「はぁ……。もういいですそれで。さて、久しぶりに早起きしましたから……翔太さん」

神峰「え?」

さとり「朝ご飯をよろしくお願いします。作ってくれたんですよね?」

神峰「ああ!わかった!」

二日酔いもすっかり引いた神峰は快く二つ返事をする。

お燐「<●><●>」パカーーン!!

お空「あはは!お燐何その変なカオー!」

そのやり取りでまたニヤけた顔をする燐。もはや何を言っても無駄かも知れない。ただ愉しんでいるだけなのだろう。

さとり(いつの間にこんなに俗になってしまったのかしら……)イラッ

神峰「だから一体何なんスかソレ!?」

お燐「いやいや気にしないで!まさかさとり様が……」

神峰「その顔戻してくれねェか!?なんでそんなにウキウキしてんだ!?」



79: ◆.ISTbLb.gQ:2014/07/31(木) 13:12:06.21 ID:BycWLE00O

さとり(地上に行くの控えさせた方がいいのかしら───)クルッ

燐と神峰と空が賑わっているのを他所に、さとりは適当な席へ移動するために三人に背を向けた───

こいし「<●><●>」パカーン

さとり「」ドキーーン!

───ら、振り向いた目の前に、燐と同じようなニヤけ顔をしたこいしがいた。

さとり「こいしまでそんな表情しないで!!」ドックンドックン

こんなに驚いたのは久しぶりだ。冷や汗が出て、物凄い速さで鼓動が鳴る。
まさか妖怪である自分が驚かされるなど──おまけに引き篭もりであるため───ここ数百年は考えてもなかっただろう。

さとり「というか何時帰って来たの!?」

こいし「今朝よ。お燐達がここを覗いてたから気になっちゃって」


神峰「! こいしがいる! スゲェ久しぶりに会ったけど……多分一ヶ月は会ってねェかも」

さとりの声を聞いて振り返った神峰も、こいしに気付く。

こいし「私も翔太の料理食べたい! 早く行きましょ!」

今日も地底での一日が始まる。

───





85: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:06:50.40 ID:+wc0Il4PO

神峰「よし!行ってくる!」

お燐「行ってらっしゃーい」フリフリ

さとり「行ってらっしゃい」

決意を胸に、真っ直ぐ進む神峰を見送るさとりと燐。
神峰にはもう、以前のような躊躇いは見られなかった。

さとり「今朝あんな事になったというのに、決意してすぐに行動ですか……」

お燐「いやー、行動力もあってお兄さん熱いですねー! 惚れました?」

さとり「まだ引きずるのね、それ……」

───





86: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:08:17.68 ID:+wc0Il4PO

【旧都】

神峰「勢いで飛び出しちまったけど……やる事は人と関わる事なんだよな……どうするか」

神峰「知らないヤツに話しかけるか、知り合いから人脈を広げるか……」

こいし「迷った時はいっそ大胆な行動をするのも解決の秘訣よ?」

神峰が一人悩んでいると、隣からこいしが話しかけて来た。何時の間にか着いて来たようだ。

神峰「わっ!? ビビった……ついて来たのか」

こいし「翔太が生き方を変える瞬間に立ち会ったんだもの。面白そうだから見学させてね?」

神峰「……まぁ構わねェけど」

こいし「ありがとう。なんだかデートみたいね! 翔太はデート初めて?」

神峰「デート!?」

からかう様に言うこいしに、神峰は顔を紅くさせ、すぐに自分の人間関係を思い出し凹む。

神峰(そういや……女の子とデートなんてしたことねェ……っていうか多感な時期に人と関わらねェように生きてきたから……、人と関係すんの諦めてたな……。あれ?)

そしてふと思い至る。最近こうして一緒に街へ出掛ける相手がいたではないか、と。



87: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:09:39.43 ID:+wc0Il4PO

神峰「そういやお燐とは一週間くらい、一緒に旧都に来てたな」

こいし「なーんだ、つまんない。もっと狼狽える所を見たかったのに」

神峰「デートと言うよりは付き添いだったけどな。……さて、どうしようか」

こいし「他人と関わるなら、それこそ地底の住民よりも地上の住民の方が適してると思うんだけど」

こいしの口から至極真っ当な意見が出てくる。

神峰「いや、ダメだ。避けられても関わっていかなきゃ意味が無ェ! ……地上に行く手段も無ェし……」

そう、勇気を与えるために、どんな状況でも他者と関われる強さを身に付ける必要があるのだ。
神峰とさとりとこいしはよく似ている。どうにもならない現実に喘いで、全然上手くいかなくて、他人に疎まれ避けられ……そして逃げた。
似ているからこそ、現状さとりに勇気を与えられるのは神峰だけなのだ。

こいし「ふーん……だったら、翔太が(多分)まだ会ってない子の所に行きましょ」

神峰「?」

そんな神峰の心中など興味が無いと言わんばかりに、こいしはマイペースに神峰を誘う。



88: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:10:32.71 ID:+wc0Il4PO

………………

神峰「会ったこと無いヤツなんてこの辺なら沢山いると思うんだけど、なんで穴の方に向かってんだ?」

こいし「翔太が落下してる時に会ってないんだもん。会えるのに会ってないのは勿体無いわ。それに最初は軽く済ませて次に繋げたいでしょ?」

どこか適当にもっともらしい事を言われてはぐらかしているように感じるが、こいしの心は相変わらず、真っ白に硬く閉ざされている。そこにあるのに何も伺えない。

神峰(心が変わんねェと何考えてるのか本心が分からねェな……)

二人が橋へと差し掛かる。この橋は神峰が地底に来た初日にも渡った記憶がある。
パルスィの後ろを着いて行ったっけ、と神峰が思い出していると、まさに今考えている少女から声をかけられる。



89: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:12:21.15 ID:+wc0Il4PO

パルスィ「待ちなさい」

神峰「!!」

パルスィ「あなた達……二人仲良く地上に行く気……?そんな駆け落ちみたいな事許さないわよ?」フツフツ

神峰(この人……何でもこじつけて嫉妬してるのか……。正直、見てて辛え……)

パルスィ「沈黙したって事は図星かしら? 貴方はさとりに気に入られてると思ったのだけど……まさか妹とくっつくなんてね」グツグツ

パルスィの瞳が緑色に光った気がした。

パルスィ「ああ、だからこれから地上へ逃避行という訳ね? 急がなきゃ嫉妬に狂った姉が追いかけて来るのかしら? そんな昼ドラみたいな展開が目の前にあるなんて───」ウフフフ

気のせいでは無いようだ。眼を緑色に光らせながらウフフと笑っている。もっとも、お嬢様の笑い方のような優雅な笑いではないが。
そしてパルスィの様子を伺っていた神峰もようやく反応する。

神峰「アンタ何言ってんだ!?スゲェ誤解されてる!!」

こいし「命懸けの逃避行も面白そうね! 翔太、私の物になる?」

神峰「お前も乗っかるな!!」

とんでもないこいしの発言に汗を流し突っ込む。そんな神峰を見て満足したのか、本題へ切り替えるこいし。

こいし「冗談よ。……私達はこの先に居るキスメに会いに行くだけよ。地上には行かないわ」

パルスィ「なんだ、つまらないわ。……もう行っていいわよ」

神峰「あ、ああ……。あざす」

まるで二人にいじられただけのような気分になり、無駄に疲れて力無く返事をし、橋を渡った。



90: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:13:12.64 ID:+wc0Il4PO

………………


神峰「着いたな……」

こいし「ここで待ってたら向こうから来ると思うわ」

神峰「……なぁ、そのキスメってどういう人なんだ? っていうか向こうから来るって何だ?」

.....ゥゥゥゥゥ
どこからか風を切るような音が鳴る。しかし神峰の耳ではまだ拾う事が出来ない。

こいし「キスメっていう釣瓶落としの妖怪がいるの」

...ゥゥゥゥゥウ
こいしの説明の間にもその音は大きく、近くなっていく。

こいし「その子がこの穴に居てね、翔太が初日に会わなかったのが珍しくて、どうしても会わせたいなって!」

...ウウウウウ
ようやく人間の耳にも聞こえる大きさになる。
風の通る音だろうと思い、質問を続ける神峰。

神峰「釣瓶落とし……?どんな妖怪なんだ?」

ヒュゥウウウ
ハッキリ何かの落下音だと気付いた時にはもう遅かった。

こいし「……それはね?」

キスメ スカーーーン!!

神峰「」ドゴァ!

こいし「こんな妖怪よ♪」



91: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:14:07.55 ID:+wc0Il4PO

神峰の頭に桶が落ちて来た。こいしと桶のコンビネーションを見る限り、こいしがタイミングを計ったのだろう。
神峰は頭から流血しながら前に倒れた。




こいし「驚いた? びっくりした!? さ、次に行きましょ?」キャッキャッ♪

神峰「待て!!っていうかこの子スルーすんのかよ!?俺にイタズラしたかっただけか!!」ドクドク

無邪気に笑うこいしに、顔だけ上げて抗議する。
その様子をキスメは、桶から顔の上半分だけだして見ている。

キスメ「……」ジーー

こいし「だってその子、人間にとっては危険よ? 不用意に近付いて桶の中を覗こうものなら、首刈られちゃうかも」

神峰「!?」

こいし「良かったね、地霊殿で暮らしてて! さすがに噂は届いてたね!」

神峰(さすがに分かってたから会わせたんだよな……?じゃなきゃ命がいくつあっても足りねェぞ……)ゾッ

神峰はこいしの無計画さに戦慄しつつ、気を取り直し本来の目的を果たそうと起き上がる。頭のダメージのせいかフラフラである。



92: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:15:20.91 ID:+wc0Il4PO

神峰「……でも、せっかく会いに来たんだから挨拶くらいしとかねェと!」

こいし「真面目だね」

神峰「……なぁ、ちゃんと顔を見せてくれねェか?」

神峰「俺、神峰翔太っていうんだ。多分知っての通り地霊殿で暮らしてんだけど、良かったら憶えておいてくれねェか?」

キスメ「……」

キスメ「……」ヒョイ

キスメ「私……キスメよ。釣瓶落としの妖怪……」

神峰の挨拶に今度は顔全体を出して応えるキスメ。

神峰「! ああ!よろしくな、キスメ」サッ

キスメ「───!」パシィィン!

その反応に嬉しさを覚えながら、次は握手を求めると、なんと伸ばした手を叩かれた。

神峰「!? 痛ェ!? ……握手拒否られるなんて……初めてだ……」ズーン

ヒリヒリ痛む手よりも心が痛んだ。拒まれた事で軽くトラウマが想起されたようだ。



93: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:16:33.88 ID:+wc0Il4PO

神峰(でも……この子、俺が嫌いっていうよりも、恥ずかしいから咄嗟に弾いたって感じだな。悪意は無ェし)

神峰「も、もう一回チャレンジだ……。よろしくな……?」

心を見て悪意がある訳ではないと覚ると、気を取り直してリベンジせんと手を伸ばす───

キスメ ドゴッ

神峰「グーパン!」ブハッ

───と、キスメの拳が顔面に突き刺さった。

こいし「大丈夫?鼻血出てるよ?頭も流血止まってないし」

神峰「これがこの子なりのコミュニケーションなのか……?くじけそうだ……体力が、無くなる……」

心配するこいしに、足を震わせながら尋ねる。既に立つのもやっとのようだ。

こいし「いや、ちゃんと喋ってコミュニケーションするよ」

神峰「……もう……帰ろう……。手当てもしてェし……」

こいし「えー?もう帰るのー?いろいろ回りたかったのにー」

などと、神峰を歩けなくした張本人は供述しており……

神峰「正直、上手く歩ける自信ねェんだよ」フラフラ

言いながら、立つのがやっとという足取りで進み始める。



94: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:17:14.08 ID:+wc0Il4PO

神峰「とりあえず挨拶はしたし、この子は俺に嫌悪感持ってねェみてェだしな……(自己紹介はしてくれたし)」

こいし「はいはい、わかったわよ。朝の勢いからこの様で帰ってきたら何て思われるかしらね?」

仕方ない、といった様子で神峰の側により、よいしょ、と神峰を脇から支える。
助かる、と礼を言いながらもこいしの言葉でダメージを受ける神峰。

神峰「うぐっ……! あんまり考えたくねェけど……恰好悪過ぎるよな……」ハァ

こいし「明日から頑張ってよね?」

神峰「ああ、明日からは身の安全も考えて行動するわ……」

勢いだけで出て行ってはいけない、それが今日の出来事で教訓となった。



95: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:18:13.73 ID:+wc0Il4PO

【地霊殿】

こいし「───はい、手当て終わったよ」

神峰「サンキューこいし」

神峰「しかしどうするか……。今日はもう出歩けねェな。……頭のダメージのせいで」

手当てを終え、持て余した時間の使い方を考える。外出出来ないため地霊殿内しか動けないという制限が加わるので、選択肢は限られる。

こいし「ウチのコ達と交流を深めるって考えもあるよ? あんまり関われてないペットとか、お姉ちゃんとか!」

神峰「どちらかと言えばこいしとの方が交流が少ないんだけどな」

こいしの提案しかないか、と考えるが、ペット達とは世話をするために毎日会うし、さとりともほぼ毎日会っている。特に、外出した時は、神峰が何を体験したのかを読むために、帰りを出迎える程だ。
灼熱地獄と間欠泉地下センターの二つを行き来する空にも、週に数回は会う事ができる。
つまり、現在最も接する機会がないのは、知らない内に何処かへと消えてしまうこいしとなる。



96: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:19:25.83 ID:+wc0Il4PO

こいし「私とお話しするの? せっかくお空の仕事場に案内しようと思ったのに」

神峰「さっきから俺を危険な目に遭わせようとするのやめてくれねェか!?」

さとり「こいし、あんまり翔太さんに無茶な事をしないでね」ツカツカ

コントを繰り広げる二人にさとりが近付き、こいしに注意をした。

神峰「さとり! 」

さとり「おかえりなさい、二人とも」

こいし「だって翔太ったら反応が面白いんだもん、からかい甲斐があるわ! 」

さとりの注意など聞く耳持たずという風に、面白そうに話すこいし。

さとり「だからと言っても限度は考えて欲しいわ。客人を死なせてしまったともなれば、誰も地霊殿に寄り付かなくなってしまうじゃない」

神峰「ちょ……」

こいし「もともと誰も寄り付こうとしないじゃない?」

さとり「皮肉よ」

こいし「それに限度ならちゃんと弁えてるわよ? 翔太を殺す気は無いし、私はただ翔太を見ていたいだけよ」

するといつの間にか神峰を挟んで姉妹の言い争いに発展し、しかも自分の扱いが雑でやたらと物騒な単語が聞こえてくる。



97: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:20:19.32 ID:+wc0Il4PO

神峰「あの……」

さとり「翔太さんの反応を、でしょう?」ハァ

こいし「それに人間を驚かせるのが妖怪の本分でしょ?殺す気は無いし、怪我はさせちゃったけどケアはしたから問題無いでしょ?」

さとり「怪我をさせたのは問題でしょうに……。とにかく無茶はさせないように気を付けて」

こいし「はーい」

割り込むタイミングを失っていた神峰が、二人の言い争いが一段落した所で話に加わる。

神峰「あのさ……本人の前でそんな物騒な話すんの控えてもらえねェスか?」

さとり「あ、すみません」

こいし「あと、翔太の反応だけを見てるワケでもないよ? 他人と関わり続けて、翔太は翔太のままでいられるか、私になってしまうのか、それも楽しみだもん」

神峰「……!」

さとり「……」

どうやらこいしも思惑があって神峰を見ていたらしい。しかも自分と同じ道を辿るのか、違う道へ進むのかという……。
以前の神峰の末路であるこいしは、果たしてどちらを期待しているのだろう……

こいし「翔太も妖怪になれば、ずっとここに居られるのにね!」



98: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:21:18.44 ID:+wc0Il4PO

さらにまたこいしの口から出る言葉に驚かされる。

神峰「俺が妖怪!? なる気は無ェけど……なれるのか!?」

こいし「ウチのペットだって元はただの動物よ? 力を付ければ妖怪化出来るんじゃないの?」

神峰の質問に対してこいしも質問で返す。「できないの?」と訊かれても、妖怪になった事の無い神峰にはそんな事を言われても分かるワケが無い。
そこに見兼ねたさとりが答える。

さとり「前列が無い訳ではありませんけど……結論を言えばなれます。鬼なんかは有名な例ですね」

さとり「あとは……仙人や亡霊なんかも幻想郷には存在していますね。後者になるのはお勧めしませんけど」

神峰「さすがにまだ死にたくねェし、人間を辞める気も無ェから……」

さとり「ちなみにお空はウチでは例外ですね。元は灼熱地獄跡で働く、ただの地獄鴉だったものが、山の神に手懐けられた上に八咫烏を喰わされて急激に変化したので」

最近知ったのですけどね、と加えて空の例を説明する。
放し飼いのせいか、さとりも全てのペットを把握していないらしい。

神峰「ヘェー……」

こいし「みんな妖怪になればイイんだよ」

───





99: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:22:29.69 ID:+wc0Il4PO

~夕飯時~

お空「翔太怪我しちゃったんだ!? 頭大丈夫!?」

ペット達と食事をしていると、手当ての跡を見た空が心配そうに訊いて来た。

お燐「お空にだけは言われたくない一言だね……」

神峰「ああ、もう問題無ェよ。明日にはまた出歩けると思う」

お空「なんだ、良かったー!」

問題無い、と聞いた空は笑顔を作り腰を降ろす。
そんな空を見て、先ほどのこいしとの会話を思い出した神峰はふと気になって話を切り出す。

神峰「ところでさ、ここに居るみんなは力を付けて妖怪になったって聞いたんだけど……どんな感じだったんだ?」

お燐「質問が漠然としてて何を訊いてるのかはっきりしないね。……でもまぁ、狐や狸が妖怪になるのと同じかな?アタイは猫だから、猫又になるって言った方がいいかな? 実際には火車だけどね!」

神峰「ああ、悪ィ……。その、妖怪になった瞬間って言うか……妖怪になったって実感した時に……どう感じたのか気になって……」

自分でも上手く言えてなかったと思っていたので言い直した。



100: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:23:18.47 ID:+wc0Il4PO

お燐「そういう事なら、アタイは念願叶ったって感じかな? もっとさとり様のお役に立てる!って思ったよ。ここのペットはみんなそんなモンだと思うね!」

お燐「そうでなくても、動物が妖怪化するって事は本人の中では喜ばしい事がほとんどだと思うよ。何せ力が全ての世界で生きているからね」

神峰「そういうモンなのか……」

お空「私はねー、なんかこの核融合の力を手に入れてから、この姿になってからー、……何だっけ?その後の事はもう忘れちゃった!」

神峰「ああ……そう……?」

そんな二人のやり取りを見て、空も話に参加するが、どうやら覚えいないらしい。神峰は鳥頭は本当だったのか、と少しだけ安堵する。

お燐「お空は力を手に入れてすぐに、暴走して地上を火の海に変えようとしてたんだけどね」ボソ

神峰「」

燐の耳打ちに絶句し、神峰の安堵はどこかへ吹き飛んだ。
空の能力は直接見た事が無く、さとりや本人から聞いただけであったのでどのくらいの力があるのかは知らなかったが、どうやら地上を火の海にする程度の力があるらしい。



101: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:24:23.52 ID:+wc0Il4PO

お燐「いきなりそんな事聞いて……もしかして……お兄さん妖怪になりたいの? さとり様と添い遂げる為に!?」

いきなり変な事を訊いてきた神峰に疑問を持った燐は、目を輝かせながら神峰に聞き返す。

神峰「そんなんじゃねェよ!? ……ただ、人間が妖怪になれるって聞いて……、実際に妖怪になった人はどう思ったんだろう……って思ってさ……」

神峰「人間って集団で生きるじゃねェか? いや、人間に限った話じゃねェ。集団の中で逸脱したヤツってのは大体、周りのヤツらに疎まれて、否定されて孤立する。力が異常に強いヤツですら、弱者が集団になって否定すれば何も出来ずに弾かれる」

神峰「どっちの立場に居てもさ、人とは違っていたら……、妖怪になるなんて、人間を辞めちまったら間違い無く集団には居られなくなるじゃねェか。それってスゲェ……悲しかったと思うんだ」

自身が他者とは違うからこそ、他人と逸脱するという事が気になる神峰。



102: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:25:25.90 ID:+wc0Il4PO

お燐「人間の思考回路は複雑だからね。アタイら動物なら、力で服従させれば問題無いんだろうけど、人間って敵を作りたがっているみたいに他のコミュニティを攻撃するよね」

お燐「……まぁ、過去に妖怪化した人間ってのは、妖怪になったから居場所を亡くした連中よりも、居場所を失ってから妖怪化したヤツの方が圧倒的に多いと思うよ」

お燐「妖怪化する人間のほとんどが強い負の感情を持ってるからね。それこそ集団から弾かれて憎いだとか、鬼なんてまさに怒りの化身じゃない?」

神峰が気にしていた事と順序が逆の事例の方が多いだろうと推測する燐。さらに、言ってからとある可能性が浮かんだ。

お燐「そう考えると、お兄さんもあのまま深い絶望を持ち続けると、自分でも気付かずに妖怪になってたのかもね!」

お燐「"心を見る程度の能力"を持つ人間が妖怪になるんだから、これは覚り妖怪待った無しなんじゃないかな!?」

何故か嬉しそうに言う燐。その話を聞いて、神峰は自分の事について考える。

神峰(…………)

神峰(俺も……妖怪に、なりかけていた……のか……?)

神峰(だから……幻想郷に来た……?)



103: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:26:17.80 ID:+wc0Il4PO

さとり「それは無いと思いますよ」

しかしその考えも、さとりによって直ぐに打ち切られた。

神峰「!!」

さとりに気付いた神峰を気にせず、さらに話を続けるさとり。

さとり「翔太さんと初めてお会いした時、そのような兆候は見られませんでしたので」

さとり「幻想郷に来たのは恐らく、偶然出来た結界の歪みに飲み込まれたのか、またはスキマ妖怪が"食糧"として神隠しにしたか……もしかしたら翔太さんの観察をするために、娯楽として幻想郷……いえ、地霊殿に放り込んだか……」

さとり「スキマ妖怪が関わっているのなら考えるだけ無駄ですけどね」

溜息を吐き話を終えるさとり。しかしここに来て、スキマ妖怪という聴き覚えのない単語が出てきた。



104: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:27:32.83 ID:+wc0Il4PO

神峰「スキマ妖怪……ってのは?」

さとり「この幻想郷の創造に関わっている妖怪の賢者の事です。この幻想郷では彼女の名を知らない者が居ない程の有名人物で、それだけ永く生きている妖怪です」

さとり「彼女には深く関わってはいけませんよ? もし胡散臭い女性が話しかけて来たら適当に受け流して逃げて下さい。何も無い空間から誰かが現れたら確定です」

地底で一ヶ月過ごしてきて初めて知る存在。有名な妖怪だというのに、今まで一度もそんな話を聞いた事がなかった。
そもそも外出したのがここ最近であった事を思い出す神峰に、念を押すような一言が飛んでくる。

「というか女性に話しかけられたら、無視して私のもとまですぐに帰っ来て下さい」



105: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/01(金) 11:28:25.63 ID:+wc0Il4PO

神峰「あ、ああ……。気を付ける」

さとり「……お燐。私の声を真似して何を言っているのかしら?」

お燐「え?いやー、あはは……」

ジトリと睨むさとりに、笑って誤魔化そうとする燐。心が読めるさとりには全く意味が無い行為である。

神峰「最後のセリフお燐かよ!?声真似スゲェな!?」

さとり「ペットの躾けくらいやっておいた方が良かったのかしら……? 今からでも遅くはないわよね?」ガシッ

お燐「助けてー!! トラウマ抉られるー!!!」

燐の声真似に驚く神峰、ペットとの関わり方を考え直すさとり、さとりに首根っこを掴まれ引き摺られる燐。
そんな三人を見て、今日も楽しかったと思う空だった。

───





110: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:27:38.64 ID:yszz0di9O

地霊殿の自室にて、一人考える。

神峰「明日からどう関わって行こうかな……」

神峰「せめて旧都の住人と仲良くなれたらイイんだけどな……。けど、嫌がっているヤツにグイグイ押していっても余計に嫌われるだけだし」

神峰「つーか、下手に関わって絡まれると怖ェし……」ブルブル

紫「だったら、人と関わる仕事を見つけたら良いんじゃないかしら?」

発想がネガティブになった所で、知らぬ女性の声がかかる。
ネガティブになっていた神峰には良いアイデアだったため、思わず相槌を打つ。

神峰「仕事か! 確か、掲示板に求人があったな!」



111: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:29:02.18 ID:yszz0di9O

神峰「───ん?」

紫「初めまして」ニュッ

相槌を打ってから違和感に気付き、声の聞こえた方へ見やると、机の上に女性の生首が置いてあった(かの様に見えた)

神峰「」





神峰「ギャアアアアアア!!! 生首が喋ってるゥーーーー!!!?」ビクーーッ









お燐「どうしたのお兄さん!?生首ドコ!?」バタバタ

さとり「翔太さんどうかしましたか!?大きな声が聞こえたのですが……」バン!

燐は生首に反応し、さとりは神峰の叫び声に反応して神峰の部屋へと飛んできた。
すると、さとりは神峰の部屋にいた者を確認し、目を細める。



112: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:30:36.42 ID:yszz0di9O

さとり「───って、どうして貴女がここに居るのですか? 地上と地底は相互不干渉の取り決めがあった筈ですが?」ジト

紫「あら非道いわ……。私は、貴女達が私の噂をしていたから出てきただけだというのに」

さとりに邪見にされた女性はわざとらしく反応し、首だけを出したまま話をする。

神峰「噂……?」ドキドキ

紫「ええ。私がスキマを操る妖怪の賢者、八雲紫ですわ」

神峰「アンタが……! みんながスキマ妖怪って……呼んでる人か……!」

さとり「貴女が出てきたという事は、翔太さんが幻想郷に来たのは貴女の仕業と考えて良い……という事でしょうか?」

紫「そんな事、私の心を読めばすぐに分かるでしょう? でもまぁ、概ね正解ね」

神峰「!」



113: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:31:59.71 ID:yszz0di9O

あっさり自白された。自然に結界を越えて来たと思っていたものが、人為的に幻想入りしたのだと知って神峰の中で疑問が生まれる。

紫「別に観察するだけだったら、私が本人の目の前に出てくる必要は無いのだけど……、私の存在に辿り着いたからサービスよ」

さとり「貴女の存在なんて、幻想郷に居れば嫌でも知ることが出来るでしょう?」

サービスなど嘘で、いずれ機会を見て神峰の前に現れるつもりだったのだろうと確信するさとり。

紫「まさか地底でまで、私の噂をされるとは思わなかったんですもの」

お燐「相変わらずの地獄耳だね……」

紫「……でも、まさか貴女まで来るとは思わなかったわ。余計な事を知られる前に、私は退散させてもらいますわ」



114: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:34:14.04 ID:yszz0di9O

言いながら首をスキマの中へと引っ込める紫。
スキマが閉じ始めたのを見て、神峰は思わず叫んだ。

神峰「待ってくれ!どうして俺をここに───! 行っちまった……」

しかし再び彼女が出て来る事は無く、ピッタリと閉じられたその場所には何も残っていなかった。

さとり「彼女の思惑については深く考えない方が良いですよ。考えるだけ無駄ですから……。貴方も彼女の心を見たのなら、どれだけ底が知れないか分かったでしょう?」

神峰「ああ……確かにな……」

さとり「では、私達は戻ります。食糧として連れて来られた訳ではなくて良かったですね。お休みなさい」

お燐「おやすみー」

部屋を出て行くさとりに続いて、燐も部屋を出てドアを閉めた。


神峰「……」

二人を見送った後も呆然と立ち尽くしていた神峰は、ようやく先ほどのやり取りを思い返す。



115: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:35:10.38 ID:yszz0di9O

神峰「スッゲェ疲れた……。つーか観察するためって……俺下手したら初日に死んでるぞ……?」

紫「その時は私が手を貸す予定でしたわ」

神峰「!?」ビクッ

独り言にまたも返事が返って来た事に驚き振り返ると、そこには先ほどの八雲紫という女性が、今度は全身を出して神峰のベッドに腰掛けていた。
神峰と目が合うと、紫はニッコリと笑い、質問を投げかける。

紫「どうかしら、幻想郷は? 気に入ってもらえたかしら?」

神峰「……なぁ、なんでアンタは……俺をここに連れて来たんだ?」

しかし神峰には紫の質問に答える余裕は無く、先ほど生まれた疑問を口に出す。
今訊ける事を訊いておかなければ、もう訊く事が出来ないと思ったから……
そんな神峰の態度に何を思うでもなく、紫はにこやかに答える。



116: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:36:14.31 ID:yszz0di9O

紫「心を見る能力を持つ面白い人間だから、外の世界で腐らせてしまいたくなかったのよ」

紫「貴方が外の世界でもその能力に苦しめられる事が無かったのなら、幻想郷に招待することは無かったでしょうけど……」

紫「ここの住人は不思議な力を持つ子が多いでしょう? それが貴方に良い刺激となってくれたら、と思ったの。特にさとりね」

神峰「……確かに、以前よりは辛くはねェけど……。やっぱりさ、何も出来ねェのは悔しいよ」

思い出すのは、パルスィの心。そして、今まで関わって来た人達の心───

紫「その辺の成長に期待をして観察させて貰っているわ。頑張りなさい?」

神峰「!」

紫の言葉を聞いて、激を飛ばされたように感じ、神峰の表情が少し明るくなる。
そんな神峰の反応を見て、さて、と間を取ってから再び同じ質問を投げかける。

紫「もう質問はいいかしら? いいなら改めてこっちから質問するわよ」



117: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:37:07.60 ID:yszz0di9O

紫「ようこそ幻想郷へ。貴方は幻想郷を気に入ってくれたかしら?」

神峰「いや、ここの妖怪(住人)怖ェし、命の危険があるから未だに慣れねェよ……」

しかし神峰の応えは何とも情けないもので、紫は思わず苦笑する。

紫「うふふ……。それもそうねぇ」

そもそも人間には地底は住み辛いわよね、と思う紫に、神峰はさらに続ける。

神峰「でも……、この環境の変化で、俺も変わろうって思えたから、……そこはありがてェって思ってるッス!」

それを聞いて、紫の顔に喜色が出る。

紫「……! そう。気に入ってくれて嬉しいわ。歓迎するわよ、神峰翔太さん」

紫「一応教えておくけど、もしも貴方の世界に帰りたくなったなら、地上にある博麗神社を訪れなさい。……貴方には必要無い情報かもしれないけれどね」



118: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:38:24.10 ID:yszz0di9O

スキマを広げて帰って行く間際に、とても重要な情報を吐いて去って行った。
しかし神峰は大した反応をせずに見送る。

神峰「言うだけ言って帰っちまった……」

神峰「元の世界か……。今まで帰りたいなんて、考えもしなかったな……」

神峰「さとりに言われるまで、帰れるなんて思いもしなかったし……何より……」

神峰(人との関わりが限定的になって……希薄になって……)


ホッとしている……自分がいたんだ───





部屋の外に居て、紫と神峰のやり取りを聞いていたさとりが、ここで初めて、神峰が意識化していなかった本音に触れた。

さとり(……)

さとり(これが、今まで翔太さんが気付かせないように隠してきた本音……。その本音と向き合うということは……翔太さんが人生の岐路にぶつかったということ)

さとり(元の居場所へ帰るか、幻想郷に骨を埋めるか……。私のやる事は成長した翔太さんを地上へ送ることなので、この件には関わる必要はありませんね)

神峰がどのような答えを出そうと、それは自分のやるべき事の外の問題であると結論付けたさとりは、壁に預けていた体重を戻して自室へ歩いて行く。

───





119: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:39:48.08 ID:yszz0di9O

~翌日~

神峰「おざス」

さとり「おはようございます」

さとり「ずいぶんスッキリした顔をしていますね。……幻想郷で生きる事を決めたんですね」

挨拶を交わして早々、神峰の心境を読み取る。

神峰「ああ……。元の世界に戻って失敗していた人間関係をやり直さないなんて逃げだと思われるかもしれねェ」

神峰「だけど、俺がやりてェ事は人の心と向き合う事なんだ。人との関係を円滑にしてやりてェ。元の世界に戻っても……やり直すような人間関係はもうねェし……つーか人と関わらずに生きて来たし……」

神峰「だからこの幻想郷でやり直すんだ。俺が出来なかった事を、俺の人生を幻想郷でやり直す! 俺はいつかは地上に行くんだろ?そしたら新しい人間関係が生まれるだろ」

さとり「はい。貴方は必ず、責任を持って人里までお送りします。……ですが、その後の事は翔太さんの自由です。私は何も口出ししませんよ?」

さとりは必ず地上へと送ると約束した。初めてハッキリ約束してくれたかもしれない。
さらに片目を閉じて続ける。

さとり「要は貴方がやるかやらないか、です。……まぁ、元の世界に帰らない理由としては弱いと思いますけれど……」

神峰「ぐっ!痛ェ所突いてくるな……。まぁ……これはケジメって言うか……」



120: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:41:15.81 ID:yszz0di9O

さとりの指摘にたじろぎながらも、頬を掻いて幻想郷に留まる理由を言う。

さとり「?」

神峰「俺が変わるきっかけをくれた幻想郷で生きて行きたくなったんだ。そんで恩返しをしてェ。心と向き合うって決めたんだ。与えられたらちゃんとお返しをしてェんだ! 」

神峰「……だからまずは、さとり! アンタの期待に必ず答えて見せる!」

さとり「! ええ。楽しみにしていますよ?」

指を指し宣言する神峰に、笑顔を作り返事をするさとり。

すでに一ヶ月と一週間も幻想郷にいる。もう12月である。
神峰は知る由もない……神峰が消えたあの日から、最後の目撃情報である屋上へと続く階段が、鳴苑高校の学校の怪談になっている事を───

……………

……



121: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:42:37.81 ID:yszz0di9O

【旧都】

さとりと別れて、今日も旧都を一人歩く。

神峰「───と言ったは良いけど……、勢いよく何か言った日って碌な事出来てないよな俺……」ズーン

神峰「昨日も結局一人と挨拶しただけで体力的にキツくなったし……」

イマイチ格好がつかない事に気を落としながらも、目当てのモノを発見する。

神峰「おっ、あったあった!えーと……求人は……」

神峰「しかし日雇いが多いな。とりあえず人間の俺でも出来そうなのから当たってみるか!」

そう、昨晩紫に助言された通り、仕事をする事にしたのだ。


~三時間後~


そこには、掲示板に両手をつき地面を見る神峰の姿があった。

神峰「全滅……」ズーン

神峰(やっぱり皆が断る理由は……さとりか……)

神峰(俺が居るだけで客が来なくなるとか、隠してたみたいだけど間接的にもさとりと関わる事はしたくないみたいだな……)



122: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:45:33.68 ID:yszz0di9O

人と関わるために仕事をすればいい。しかし仕事をするにも採用されなければいけない。
ここにきて新たな壁にぶつかり、どうしたものかと悩んでいると、足音が一つ近付いて来た。

勇儀「翔太じゃないか。こんな所で何頭抱えてんだい?」

顔を上げると、そこには見慣れた顔を見付けた。そしてこの後の展開も経験的に分かっていた。

神峰「あ」

見つかった、と思ったがもう遅い。

勇儀「立ち話も何だし、いつもの所行こうか」ニッ

───



神峰が捕まり連れて来られる居酒屋は毎回ここだ。初めて旧都に出て勇儀を見付けたのもこの居酒屋だった。行きつけなのだろうか。
二人でカウンターに座り、すっかり慣れた店の中で神峰は勇儀に事情を話す。



123: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:47:33.14 ID:yszz0di9O

勇儀「へぇ、仕事をねェ」

神峰「あの……日雇いばっかりって事は、やっぱりどこも人が足りてるって事ッスよね?」

勇儀「いんや。ココの連中ってのはその日暮しをしてる輩ばかりだからね、今日生きるだけの金を得られれば十分なのさ。あたしもその中の一人さね」

神峰(スゲェ適当な理由だった……)

予想外の理由で脱力する神峰を見ながら、しみじみと勇儀は言葉を洩らす。

勇儀「しかしあの引きこもりだった翔太が仕事を探すまでに成長するなんてね……。案外さとりは更生させるの上手いじゃないか!」

神峰「地霊殿からは出ませんでしたけど引きこもっていたわけじゃないッスよ!?」

とは言うが、神峰が地霊殿でやっていたのは一般的には家事手伝いと呼ばれているものである。
もう一度ツッコまれたらフォローのしようがない。

勇儀「知ってるよ、リハビリしてたんだろ?」

神峰「あながち間違いじゃねェスけど、前も言ってましたよね、リハビリって」

神峰はツマミを頬張りながら訊くと、勇儀はコップを口元へ運びながら答えた。



124: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:48:15.24 ID:yszz0di9O

勇儀「ああ、アンタと初めて会った日にさとりからそう聞いたからね」

神峰「あの人そんな冗談も言うんスね!? もっと真面目かと思ったわ!!」

勇儀「地霊殿を社会復帰施設にするなんてどうだい? もっとも、地底の連中は癖が強いのばっかりだからそんなの必要無いけどね!」

そんな勇儀の何の気なしに言った一言に、神峰はふむ、と考える。

神峰「……確かに、求人が全滅した以上、自営するって手段も考えなくちゃな……こいしも、悩んだ時こそ大胆な行動をするのも解決の近道って言ってたし」

勇儀「いや、こいしの言う事をそんなに真面目に受け止めてもね……」

こいしの言う事を真剣に考えるとは、こりゃ切羽詰まってるね、と苦笑する勇儀。
二人の会話が止まったその時、神峰に思わぬ方向から助け舟が出た。



125: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:49:42.38 ID:yszz0di9O

店主「……だったら兄ちゃん、ウチで働くか?」



神峰「えっ!!?」

勇儀「どうしたんだよオヤジ。地霊殿の住人を雇ったら客が来なくなるかも知れないんだよ?」

ごもっともな勇儀の意見に対し、店主は完全に神峰を雇う気でいる。

店主「ウチの常連は勇儀のおかげで、神峰とは仲良くしてるし、神峰と顔見知りの客も多いから問題ねェよ」

神峰「マジで良いんスか……?」

店主「お燐から料理も出来ると聞いてるからな、問題ねェよ」

神峰「あざス!」

店主「じゃあ明日から来てくれ。時間は……昼でいいか」

神峰「はい!」

神峰(良かった……!旧都の数少ない人脈を……勇儀さんとの付き合いを大切にしてたおかげじゃねェかこれ!?)

仕事が見つかり安堵する神峰。同時に、自分が地底でやってきた事が思わぬ方向で実を結び、嬉しさがこみ上げる。

神峰(今度何かお礼しよう……。あ、そういえばお燐に身代わりのお礼してねェや。給料貰ったら何か買おう、地霊殿の皆にも!)

───





126: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:50:51.99 ID:yszz0di9O

~翌日~

常連s「オ? 神峰ェ、勇儀がいねぇのにここに居るなんて珍しいじゃねェか。一人酒か?」

神峰が店を訪れると、顔馴染みの常連客に話しかけられた。
そして神峰はノーと返す。

神峰「いえ、今日からココで働く事になったんス!」

常連s「は?……オイオイマジか!? 大丈夫かよオヤジィ、こいつあの古明寺ン所の人間だぜ!?客が減るぞ!!」ギャハハハ

勇儀と同じ様な反応に、店主は鬱陶しそうに応える。

店主「ウッセーな!!大丈夫だよイイんだよ!俺が誘ったんだよ!!」

常連s「間違えて神峰を料理にして客に出さねェように気をつけないとな!!ギャハハハ!!」

神峰(笑えねェ……)ヒキッ

若干顔を青くしながら、神峰の初仕事が始まった。

………………

……



127: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:52:07.01 ID:yszz0di9O

あの後も客は入って来たが、やはり噂になったのか、どうやら以前と比べると来た数は少ないらしい。中には神峰を見てUターンする者も少なくなかった……


神峰「見事に閑古鳥が鳴いてるッスね」

店主「この時間は基本的にどこも暇だ。晩飯時までな」

神峰「飲食業界はどこも変わらねェんだな……」

店主「だから晩飯までに仕込みをする。ところでよ、オメー外の世界から来たんだろ?何か向こうのツマミとか料理とか教えてくれよ」

期待の心を向けて神峰に頼む店主を見て、もしやと思い質問する。

神峰「もしかしてそれが目的で俺を雇ったんスか……?」

店主「それもある。つーかお前を雇うなんてデメリットの方が大きいんだからそれくらいイイだろ? 客が来ねぇなら新しい料理で釣るしかねェ!それでプラマイゼロだ」

この店主、適当な性格だけど打算的だった。
雇って貰った借りがあるのでノーと言えず、とりあえず自分の知る範囲で教える事にする。

神峰「うっ……分かりましたよ……。つっても、俺だって居酒屋に入るのココが初めてなんスから、どんな料理があるのか知らねェんだけど……」

店主「お前もう何回ココに来てんだよ。ココに無い料理でお前が酒に合いそうな料理教えてくれりゃイイんだよ。あと、味が濃いヤツとかな!」

神峰「……それじゃあ───」

神峰が言うのと同時に、店主がメモの準備をした。

……………

………



128: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:53:22.48 ID:yszz0di9O

神峰「───くらいスね」

この場で思いつく料理は全て出したと思う。自分も作れるものがいくつかあるし、試行錯誤しながら、とはならないだろう。

店主「よし。んじゃ、明日は店休みにしてこの料理作ってみるか。お前も朝から来いよ?」

神峰「ウス!」

店主「……そろそろ客が混む時間になる。準備しとけ」

……………

……

勇儀「よう、やってるね」

ヤマメ「へぇ、本当に働いてた!」

少々暇になった店内に、様子を見に来たであろう勇儀と、話を聞いて勇儀に付いて来たのであろうヤマメが来店する。

神峰「勇儀さん! ヤマメも! いらっしゃい」

ヤマメ「しかし……いつもより広く感じるね! 店員は一人増えたってのに!」

神峰「うぐ!」グサ

店内を見渡して放ったヤマメの一言が、神峰の胸に無慈悲に突き刺さる。

店主「うるせーな!いいから何か注文しろ!」

ヤマメ「はいはい。……お?メニュー増えた? 見覚え無い名前が載ってる」

席に着き、お品書きを見て直ぐに変化に気付く。

店主「神峰に教えて貰ったんだよ。んで、すぐに出せそうなのだけ先に載せといた。明後日からまた増える予定だ」



129: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:55:07.80 ID:yszz0di9O

勇儀「ずいぶん翔太に甘いと思ったら……そういう事か。ちゃっかりしてるねぇ」

勇儀「どうだい翔太? ちゃんとやれてるか?」

神峰「ええ、まぁ……。店主さん客にタメ口だし喧嘩するし、接客は厳しくねェスけど、それ以外だと怒られる事は多いスね」

ヤマメ「接客業がそれでいいのかい……?」

店主「俺のやりたいようにやる。地底の住人なんてそんなんばっかじゃねェか」



130: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/02(土) 12:55:50.94 ID:yszz0di9O

二人の料理を出し終えてしばらくした頃に、店内の様子を見てから閉店の準備を切り出される。

店主「───もう誰も来そうにねぇか。こいつら帰ったら仕込みして店閉めるぞ。お前先に仕込みやってろ!詳しい事は明日聞くから」

神峰「はい!」

勇儀「客を目の前でこいつら呼ばわりとはね」

店主「常連だろ、んな事気にするなよ。あと、明日は休みだからな」

この店主の感覚だと、常連客は粗末に扱って良いらしい。

ヤマメ「そういう事は外に貼り出しといてくれないかい? あたしらに言われても全員に伝わらないよ?」

勇儀「んで、明日は料理の勉強?真面目だねぇ」

店主「ちゃんと貼り出しとくわ!……人に出すなら食えるモン出さなきゃ文句言うだろ。そういう事だよ」

神峰の仕事初日は、なんとか平和に終わっていった。

───





136: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:39:39.34 ID:0WTv1ZwJO

地霊殿に帰り着いた神峰は、今日一日の仕事を振り返る。

神峰「初めての仕事……緊張したけど、上手くやれたよな。っていうか結構適当だったな……」

さとり「おかえりなさい。お仕事お疲れ様でしたね」

神峰「ようやくありつけた仕事だから、精一杯頑張ってみるよ」

さとり「……すみません。私の存在が翔太さんの障害になるなんて……」

神峰「いや、さとりにはスゲェ護って貰ってるから気にしないでくれ!……それに、疎まれても関わっていかなきゃ意味無ェしな」

神峰(つーか仕事を見つけるのが目標じゃなくて、他人に関わっていくのが目標だしな)

さとり「そうでした。人と関わるために仕事に就いたんでしたね。何だか、脱引きこもりをした息子を見ている気分になったので……」

どちらかといえば、困窮する中支え合う夫婦の会話である。

神峰「本当にそんな冗談言えたんだな!? っていうかさとりの容姿で息子は無理あるだろ! 倒錯しすぎ!!」

さとり「これでも翔太さんよりずっと年上ですけどね。そういう問題じゃない?ふふ、分かってますよ」



137: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:40:49.57 ID:0WTv1ZwJO

神峰(スゲェ意外な一面が見れた……ココに来てベスト10に入る驚きだな)

さとり本人から初めて冗談を聞いて、神峰はさとりも変化しているという事を実感する。
閉じ籠った心に神峰という窓が付けられた事で、心に光が射すようになったからだろう。

さとり「ちなみに一位は何ですか?」

神峰「気が付くと地面が無くて急降下してた事」

さとり「飛べない人間にとっては恐怖以外の何でもないですね」

そして、心を読めば分かる事も、本人の口から直接聞くようになってきたのも変化の一つだろう。

神峰「さてと、明日は朝からだからもう寝るよ。お休み」

さとり「お休みなさい」

───





138: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:41:57.85 ID:0WTv1ZwJO

~翌朝~

店主「来たな。……んじゃ作るか!細かいところは教えてくれ」

神峰「俺もレシピ知ってるだけなんで自信無ェスけど……」

店主「その辺はセンスでどんどん変えていく。自分らしさを全開にすりゃいい。その中で食える物、酒に合う物はお品書きに追加だ!」

神峰「了解付ッス!」


下味を付けて焼き……
ここで調味料……
スープを足して煮込むか……

さぁ……召し上がれ

……………

……


数時間後、テーブル席に並べられた多数の料理と、椅子の背もたれに体重を預けて天井を仰ぐ二人の男の姿があった。



139: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:42:45.33 ID:0WTv1ZwJO

店主「やっと終わった……」

神峰「もう食えねェッスよ……」

店主「誰かに試食に来て貰えば良かったな……。まだ余ってるぞ」

神峰「今からでも遅くないんで店開けて試食会でもしますか?」

店主「いや、メンドイからいい……。お前持って帰るか? いや、持って帰れ。地霊殿の連中の評価もらってこい。そして皿は洗って返せ」

神峰「マジスか? この量を……まぁ、ありがたくいただきますけど……」

店主「おう、気ィ付けて帰れよ」

神峰「お疲れッス」



140: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:43:57.42 ID:0WTv1ZwJO

地霊殿の食卓には、神峰が持ち帰って来た料理が並べられていた。
見慣れぬ料理に興味と関心を寄せる住人達。

お燐「これ全部お兄さんが作ったのかい?」

神峰「俺と店長が分担しながらな」

お燐「一度にこれだけメニュー増やすなんて冒険するなぁ……」

店をリニューアルした方がいいんじゃない? と呟く燐。

神峰「全部がメニューになるワケじゃねェけどな。それでもかなり増えるけど」

さとり「何にせよ、外の世界の最新の料理なんてここではなかなか食べられませんから、ご厚意に甘えて頂きましょう」

さとりの言葉を聞いて、待ってましたと空が身を乗り出す。

お空「もう食べていいの!?とっても美味しそう!」

神峰「ああ、皆食べてくれ。そんで感想を聞かせてくれ!」

───





141: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:45:25.31 ID:0WTv1ZwJO

~翌日~

店主「で、どうだった?」

神峰「はい、"全部とても美味しかったです"だそうです」

店主「そんなん参考になるかー!! チクショー!!!」

もっと参考になる意見が出てくることを期待していた店主は、思わず地団駄を踏む。

神峰「そんで"居酒屋で出すなら十分な味です"って言ってました」

店主「なんでそんなに上から目線なんだよ……さとりか」

神峰「とりあえず客に出しても問題なさそうッスね!」

神峰自身、味は文句無かったと思っているので前向きに考えているようだ。

店主「ああ……客が来ればな」



142: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:46:28.06 ID:0WTv1ZwJO

……………

……

ワイワイ

神峰「杞憂でしたね」

変わらない店内を見て神峰が言うと、店主が溜息を吐いた。

店主「アホか、よく見ろ。殆ど常連ばっかだろ! 大方、勇儀達から話を聞いて来たんだろうな」

店主「しばらくは新メニュー目当てで常連達が賑わうだろうが、お前の影響はまだ拭えねェぞ?」

神峰「そう……スね……」

自分の影響。たとえ避けられても関わって行こうと決めても、迷惑をかける相手から言われると申し訳なく感じる神峰に、とんでもない提案がなされる。

店主「だからお前、夕方から客引きやれ!」

神峰「はぁ!? 俺がッスか!? 客が来なくなるかも知れないんスよ!?」

店主「そんなモン店内に居ても同じだろ。いや、むしろ蓋を開けたらお前が居る分、店内に居る方がタチ悪ィよ」



143: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:47:55.36 ID:0WTv1ZwJO

神峰「そこまで言うスか……」ズーン

店主「だからあえて! 先にお前が居る事を知らせるためにお前が客引きをやるんだ!」

悩んだ時こそ大胆に行動する。店主の行動を見て、どこかで聞いたアドバイスを思い出す。

神峰(そうだな……どの道、避けられていても関わる事に変わりはねェんだ。これから始まるんだ。これから始めるんだ!)

神峰「わかりました……。やらせて、いただきます!!」



~夕方~


店の前に神峰が立つ。その表情には緊張が見え、汗を流している。


「おい、アイツ」

「ああ、地霊殿の……」

「古明寺ン所の人間だな」

「あの店で働き始めたらしいぞ」

神峰の姿を確認すると、街行く妖怪達はざわつき、ヒソヒソとこちらを伺っていた。



144: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:48:35.39 ID:0WTv1ZwJO

神峰(くっ……久しぶりに感じる……。皆が俺を避けて、遠目から見てる……。この人達に今から! 話しかけていくのか)ギリッ

神峰(けど!もう決めた事だ!!俺が選んだんだ!!だから……やる!!!)グッ

滝のように流れる汗を拭う事もせず、周りの視線を堪え、決意を固める。思わず拳にも力がこもった。

神峰「今日から新メニュー追加しました!! 良かったらウチで食って行きませんか!? 外の世界の料理ッス!!」

始めは我武者羅だった。目を閉じて大きく叫ぶ。
神峰の叫びを聞いて、妖怪達も神峰が客引きをやっているのだと気付く。

「外の世界の料理?」

「アイツが教えたんだろう」

「あいつ料理人だったの?ハズレは引きたくねぇんだけど」

神峰(やっぱり届かねェな……心、閉まったままだ……あんまりしつこいとこの店の評判も落としそうだ……)



145: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:50:13.06 ID:0WTv1ZwJO

心が視える神峰は、今の叫びがどれだけ届いたのかを確認する。
しかし成果は芳しくないようで、どうしたものかと悩む。
すると一人、悩んでいる神峰に近付く者が現れる。

勇儀「よお、翔太。なんで客引きなんてしてるのさ? ミスして追い出されたのか?」

神峰「勇儀さん! 違うッス! メニュー増えたから多くのお客の意見を聞きたいんスよ。あと、俺が客引きやれって店長に言われました。店内に居る方がタチ悪いとか言われて」

勇儀「ほお~…それで難しい顔しながら客引きに悪戦苦闘って訳か。ま、頑張りなよ。私は新しい料理に舌鼓だ」

神峰の事なぞどこ吹く風で、ケラケラ笑いながら勇儀は店内へと入って行った。

神峰「……」



146: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:51:03.42 ID:0WTv1ZwJO

呆然と勇儀の去った後を眺めていると、再び神峰に声がかかる。

ヤマメ「翔太も大変だね。でもここの店主はテキトーなヤツだし、気楽に自分勝手にやってりゃいいんじゃない?」

神峰「ヤマメ! パルスィ! キスメも!?」

パルスィ「勇儀に誘われて来たのよ。なのに、さっさとあんたに話しかけに行った上に一人で店に入って行って……鬼って本当に人を振り回すのが好きよね……」

神峰「あの人はなんつーか、他人を自分のペースに巻き込むからなぁ……迷惑とか考えてね───」

言いかけて、土地で何かに気付いたようにハッとする神峰。
そんな神峰を見て、ヤマメは眉を顰める

ヤマメ「どうしたの?」

神峰「いや……。勇儀さん、多分席とってるだろうからもう店に入ってくれねェか? 俺は客引きやんなきゃいけねェからさ」

何故か口元が笑っている神峰を怪しく思いながらも、三人は神峰と別れる。

パルスィ「言われなくてももう行くわよ。じゃあね」



147: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:51:48.31 ID:0WTv1ZwJO

神峰(そうだよ……俺が居る事がデメリットだって店長言ってたじゃねェか!)

──ここの店主はテキトーなヤツだし、自分勝手にやってりゃいいんじゃない?──

神峰(これ以上迷惑かかるとか、どの道客が来ねェなら店にはマイナスしかならないんだ!)

神峰(俺は勇儀さんみたいに、強引に自分のペースに他人を巻き込むなんて出来ねェ……けど!俺にだって出来る事はある!そう決めた事が、ある!!)


人の心と向き合うこと───


神峰(だから、俺は俺のやり方で!客を集めるんだ!)

光明が指すとはこのことだろう。思いついてしまった以上、この手段を採るしかないと思い、大きく息を吸って……



148: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:52:40.13 ID:0WTv1ZwJO

神峰「当店では本日より!! 地底では唯一の!! 他には無いメニューを出させていただいてます!! 幻想郷全体で探してもこのメニューを食える所はほとんど無いって断言出来るッス!!」

神峰「今まで食べて来た物が飽きたという方には良い刺激になると思いますので! 是非!! 寄って下さい!!」

神峰(まずは掴みだ!! 地上との関係を捨てた地底民に外の世界なんて言っても興味は引かねェんじゃねェか!? だから言い方を変える!!)

言い方を変え、二度目の叫びで興味を持った者を探す。

神峰(!! ドアの隙間からこっちを覗いてる心があるな! 興味を持ったか? ……よし、まずはあの人だ!!)

ターゲットを決めて、心が僅かに開いた相手に接近する。



149: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:53:35.83 ID:0WTv1ZwJO

神峰「あの、今晩ウチで飲んで行きませんか?今まで食べた事無い珍しい料理出しますよ?」

「えっ!?いや、どうしようか……」

神峰「あ、大丈夫ッスよ! 味もちゃんと保証するんで!! 地霊殿の皆にも食べて貰ったけど、みんな美味しいって言ってくれました!!」

「はぁ……あのさとりもか?」

どうやらあの地霊殿の主も褒めた、という事実にさらに興味を持ったようだ。

神峰(もう人押しだ!)

神峰「はいッス! さとりもちゃんと食べて、店に出せる味だって言ってたッス!! 絶対変なモノは食わせませんので是非!! お願いします!!」

「分かった分かった!じゃあ寄ってやるよ!」

神峰「あざス!! いらっしゃいませー!!」

思わず礼をする神峰。顔を上げると、その表情は明るい笑顔に変わっていた。

神峰(は……初めて客引きに成功した……! スゲェ……う、嬉しい……!!)パアァ

神峰(これだ! まずは相手の興味を引いて、心を開かせるんだ! その後どうする? さっきは強引に行って成功したけど……)

神峰(回り道しながら誘導するか!ストレートに突破するか! ……俺はただひたすらに!! 全力を出すだけだ!!)

それからの成長は早かった。自分のコンプレックスだった『目』を活用する術を手に入れて、まさに型にハマったと言える能力を発揮した。



150: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:55:04.68 ID:0WTv1ZwJO

……………

……

「おい、アイツ急に客引き上手くなってねェ?」

「皆珍しい物好きなんじゃねぇの?」

「客引きなんて下っ端のやる事だろ?……なのにあいつ」

「すごく楽しそうに客引きやってんな……」


神峰(ハハッ! スゲェ! 面白ェ! 今までの俺に足りなかったのは……これだ!! 心の問題の向き合い方も同じなんだ!!)

神峰(真っ直ぐありのままを伝えたんじゃ意味がねェんだ! それじゃあ車が正面衝突するのと同じだったんだ!!)

神峰(最初に動かすのは自分じゃねェ!! 相手からだったんだ! まずは相手に本音を気付かせる事が大事なんだ!! 本音を気付かせて認めさせて受け入れさせる!!)

神峰(それだけで……後は本人達が勝手に解決に向かっていくんだ……!! 俺が1から10まで解決する必要は無かった!!)

神峰(こんなに身近に解決があったなんて……気付けなかったなんて……、スゲェ、悔しい……)

気付いて、人生を振り返って、思わず目頭が熱くなる。
しかし涙は流さなかった。笑いながら、その顔に迷いはもう、無かった。



151: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:56:20.67 ID:0WTv1ZwJO

神峰(だけど!もう後悔しねェ!!これからはもう!!何も出来ねェなんて事はねェ!!)

神峰(ようやく手に入れた……! 絶対に離さなねェ! 忘れねェ!)

神峰(この目を持って生まれて……ようやく辿りついた……俺の、理想に)

自分の言葉が相手の心に届くのを『視た』時、異変に気付く。

神峰「!?」

神峰(なんだ!? この感覚……。なんか……俺の声が……言葉が……)

まるで、手みたいに相手の心を掴んでいる───!?

神峰(俺から手が出てるみたいだ……!)


この瞬間、神峰の視る世界が変わった気がした───



店主「オイ神峰ェ!!! テメェ呼び過ぎだ!!! 席の数くらい考えやがれ!!!」

神峰「スンマセンッ!!!」ビクッ

───と思っていたが、外に出て来た店主の怒鳴り声で、現実に引き戻される。

店主「もういいから中手伝え!!!殺す気かァ!!?」

神峰「はいッス!!」

───





152: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:57:01.72 ID:0WTv1ZwJO

店主「フーーー……ようやく終わった……。まさかお前にあんな才能があるとはな……。立派な詐欺師になれるぞ」

後片付けを終えて一息つくと、神峰の働きを褒める店主。

神峰「この力はそんな事には使わないッスよ」

店主「今まで見た中で一番良い顔してるじゃないか。まぁ、今までは勇儀に連れられて諦めた表情ばっかだったけどな! そんなに忙しいのが好きか?」

神峰「いえ、嬉しいのは……俺の能力の活かし方を手に入れたからッス」

自分の事を喋るのに慣れていない神峰は、嬉しそうに、はにかみながら言った。

店主「そうか。……明日は休むぞ。こんなに客が来るなんて想像出来なかったから買い出しだ。仕込みも要る。お前も手伝えよ、仕込みが終わったら帰っていい」

神峰「了解ッス」

店主「んじゃお疲れさん。気ィ付けて帰れ」

神峰「お疲れッス!」

───





153: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:57:59.24 ID:0WTv1ZwJO

~翌日~

店主「うし、仕込み完了! もう帰っていいぞ。お疲れっしたー」

仕込みが終わった途端に帰る準備を始めて、神峰に背を向けながら手をヒラヒラ振る。

神峰「何スかそのノリ……」

店主「珍しく昼に終わったからな、ゆっくりしたいんだよ。やっぱり二人居ると早ぇな」

神峰「昼つってももう3時回ってますけどね。……じゃあ、帰ります」

この適当さに清々しいものを感じるながら、神峰も帰り支度を始めた。

店主「おう、また明日なー」


……………

……



154: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:59:01.41 ID:0WTv1ZwJO

【地霊殿】

さとり「おかえりなさい」

神峰「ただいま」

さとり「とても良い顔になりましたね。求めていたモノが手に入りましたか」

心を読むまでもなく覚るさとり。

神峰「! ああ。ようやく手に入れたんだ。もう、無力じゃねェ!」

さとり「おめでとうございます……良かったですね。正直……翔太さんが羨ましいです」

望み通りの成果を出した神峰に寂しそうに笑う。

神峰「何言ってんだよ、羨む必要はねェさ。俺はもう手に入れたんだ、だったら次はあんたの番だ! 」

神峰「約束通り道は示したぞ! 俺に出来たならさとりにも出来るハズだ。俺達は似ているから……さとりも俺になれるんだ」

似ているからこそ同じではない。ただ似ている、それだけなのだ。
しかし神峰は同じ様になれると言う。
何より、神峰がこうなるのを望んだのはさとり自身である。
今の神峰を見て勇気が出せなければ、神峰の気持ちを、努力を踏みにじる事になってしまう。



155: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 11:59:58.69 ID:0WTv1ZwJO

さとり「───!」

さとり「私にも……出来るでしょうか……?」

しかし、長い間留まっていたさとりの足は、踏み出す事を恐れてしまう。

神峰「この二ヶ月……ずっと心と向き合う事を目標にしてきた……。その中で気付いた事がある」

さとり「?」

神峰「心と向き合う強さってのは、向き合うって"決意"しただけじゃ手に入らねェんだ。気持ちだけじゃ何も変わらねェ! 決意だけで満足してたんじゃ前に進む事が出来ねェから……」

神峰「だから気持ちだけじゃなく、向き合うために行動するって"覚悟"を持って動いていかなきゃならねェんだと思う……」

今まで自分を変えようと努力して来た神峰だからこそ、その成長をずっと見て来たさとりに、説得力を持たせて言う事が出来る。
きっと、勇気を与えるというのは、この瞬間にさとりを一歩前進させる事なのだろうと神峰は思った。今までの努力はこの瞬間のためにあるのだと……

神峰「さとりは俺に自分の心をハコから出して欲しいって言った。変わりたいと決意した。……だったら後は、ハコから出るために、どんなに辛い思いをしてもいいって覚悟を持つだけじゃねェか!」

神峰「覚悟を持てばそこで尻込みする必要はねェんだ。やるかやらないかだ! ……覚悟した時点で、あんたは一歩進めるんだ。自分のハコから一歩だけ出る事が出来るんだ」

神峰「だからさ、さとり……。そろそろ自分から動く番なんじゃねェか?」

さとり「………」



156: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 12:01:57.59 ID:0WTv1ZwJO

神峰(鍵は外してやった……その扉を開けるのは、あんた自身だ。楽勝だろ……? 道はすでに示されてんだ。俺にだって出来たんだ)

さとりは箱と言ったが、神峰から視れば、さとりの心は小さな屋敷だ。
外からの情報を遮って、ひたすら屋敷の中で何かを探し回っている。
それはきっと、こいしの心……
固く閉ざされたその部屋だけを探し続けているのだろう。
当然の事だが、こいしの心はさとりの中には無い。外へ探しに行かなければいけない。
その窓はすでに開けた。今度は、外へと続く扉の前に立つさとりのために、神峰の言葉(手)が扉の鍵だけを開ける。

さとり「……確かに、その通りでした。私は、勇気を貰うために貴方を見ていましたから……。もう十分に頂いてましたね」

さとりの口元が笑う。心に見えるさとりも、取っ手に手をかける。

さとり「これからは私の問題……。やるかやらないか、あんまり悩んでいると翔太さんにも申し訳ありませんからね」

さとり「貴方に出来たという事実だけで、迷う必要なんてありませんでしたね」

さとり「私も! 翔太さんのように、心と向き合う強さを持ちたい! そしてこいしをいつか……!」

その覚悟と同時に、扉を開け放った。
その心を視て、神峰は笑う。



157: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 12:02:59.73 ID:0WTv1ZwJO

神峰「だったら後は、行動するだけだ」ニィ

さとり「翔太さん……ありがとうございました。ここまで来れば、私は大丈夫です。そして貴方ももう……大丈夫」

さとり「なのでそろそろ、地上へ送る段取りを決めないといけませんね」

晴れやかに微笑み、神峰の地霊殿での生活の終わりを告げる。

神峰「!!!」

さとり「私も同行します。地霊殿から出るのが私達の第一歩のようですね」クスクス

口元に手を当てて笑うさとりに対して、突然地上へ送ると言われ動揺する神峰。

神峰「な……いいのか……?」

さとり「良いも何も、元々そういう約束でしたので。"翔太さんが心と向き合う強さを手に入れたら地上へ送る"と。私も得る物がありましたから、十二分な成果です」

神峰「その話……少し待ってくれねェか?」

しかし神峰には今日明日で直ぐに地上へ向かうワケにはいかない。
まだやるべき事があるのだ。
さとりはそんな提案をする神峰の心を読む。

さとり「どうしたんですか? せめて今月いっぱいは仕事をやる、ですか? いいですけど」

神峰「悪ィな……でも、ちゃんとやるべき事はやっとかねェといけないって思うんだ……」



158: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 12:04:44.59 ID:0WTv1ZwJO

さとり「では、地上へは新年に。三ヶ日は人里も大変でしょうから……1月5日に地上へ行きましょう」

具体的な日取りが決まった所で、二人の会話に乱入者が現れる。

こいし「えーーー!? 翔太、地上に行っちゃうの!?」

突然の大声にビクリと身体が跳ねる神峰とさとり。

神峰さとり「こいし!? 何時の間に!?」

こいし「翔太、地上に行っちゃうのね……。でもいっか! 私もしょっちゅう地上に行ってるから、また遊びましょ?」

残念そうにしながらも、ケロっと表情を変えて話す。どうやら地霊殿で見ない時は地上へ行っているらしい。

神峰「危険なのは勘弁して欲しいんだけど……」

さとり「間違えても翔太さんを拉致して来ないでね」

神峰「!?」

突然ぶっこまれるさとりの冗談は、冗談なのか本気なのか区別がつかない。この辺は姉妹でそっくりだなと、驚きながらも思う。



159: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 12:05:51.10 ID:0WTv1ZwJO

……………

……

その後、地上へ行く話は地霊殿のみんなに伝わった。


お燐「アタイもこいし様と同じように、地上へは何度も行くからね、向こうで会ったらみんなの様子を教えてあげるよ! 特にさとり様の!」

神峰「おお、それはありがてェ!よろしくな!」

さとり「なんで私を強調するのよ……いえ、分かっていますが」

お空「翔太行っちゃうんだね、寂しくなるね」

悲しそうな顔をして話す空を前にして、何故か罪悪感が生まれる。何故なのか。

神峰「元々地底に人間が居るのが場違いなんだよ。生きてる内にまた会えるといいな!忘れられたらスゲェショックだからな……」

お空「みんなの事は覚えてるからきっと大丈夫だよ!」

忘れないよ! と明るく言い切る空に、燐が茶々を入れる。

お燐「いつまで覚えていられるかねえ?」

神峰「そういう怖ェ事言うの止めろ!」

一通りツッコミが終わった後、ペット達の方を向く。みんなすっかり神峰に懐いた動物達だ。

神峰「……みんなも世話になったな。お前達のおかげで前に進む事が出来た……。あと二週間しかねェけど、それまでよろしくな!」

───





160: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/03(日) 12:07:38.03 ID:0WTv1ZwJO

~翌日~

店主「あ″?」

ドスを効かせて神峰を睨む店主がそこにいた。
退職を申し出た直後にコレである。

神峰「あの……だから……、今月いっぱいで辞めさせていただきたいと……」ダラダラ

汗をダラダラと流し、店主の迫力に圧倒され、しどろもどろに言葉を吐く神峰。

店主「雇われて四日目で辞める話か!! お前スゲェよ!!」

神峰「スミマセンッ!」ヒーーー!

店主「いや、日雇いばっかだし、新しい料理も覚えたからもうお前に用はねェんだけどよ」

神峰「スゲェ酷いなこの人!?いや俺も相当スけど!!」

怒鳴った直後にコロっと態度が変わる。そういえば地底では日雇いが基本なのだ。
適当な割に、楽するために非常に効率が良かったりと、この店主も相当意味が分からない。さっきの態度も外の世界の常識ではないか。この幻想郷では、常識に囚われてはいけないのです。

店主「んー……、んじゃ、宴会でもやるか? こういう時って宴会するモンだろ? 営業最終日にお前達のスペース取っといてやるよ。お前は仕事しながら混ざれ。人も適当に集めろ」

神峰「相変わらず投げやりだ……。つか、宴会なんてしたことねェス……どういう時にするモンなんでしょうね……?」ドヨーン

店主「……悪かった」

俯いていく神峰を見て何かを察した店主が思わず謝る。

神峰「いえ、でもありがとうございます!」

店主「気にすんな。俺からの餞別だ。……おし、仕事に集中するぞ!客連れて来い!」

神峰「はい!」

神峰の地上行きが決まっても、変わらず仕事が始まった。



174: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 12:58:43.00 ID:fA253Ah5O

──────

──


~そして宴会当日~

営業日今年最後という事で店の中は忘年会で賑わっている。その奥の座敷にて、神峰の送別会が行われていた。

勇儀「さとりはずっとアンタを置いとくつもりだったら面白かったんだけど、やっぱり地上に行っちまうんだね」

神峰「ええ、そういう約束だったんで……。勇儀さんにはかなりお世話になったんで、これ、受け取って下さい!」

エプロンを着けて、未だ仕事中という格好の神峰。店主に言われた通り、本当に仕事をしながら宴会を開催したのだ。
この日のためにと、神峰は準備していた包みを取り出し、勇儀に渡した。

勇儀「おっ? まさか祝う相手から贈り物を貰うなんてね、アンタ面白いね!」

パルスィ「本当に地上へ行けるようになったのね……。半分冗談で言ったのに、まさか実現させるなんて妬ましいわ……」

緑眼を光らせて親指の爪を噛むパルスィ。これが平常運転だと聞いた神峰は、せっかく忘年会も兼ねたこの宴で野暮なツッコミもするまいと、新たな包みを取り出してパルスィに差し出す。



175: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 12:59:23.30 ID:fA253Ah5O

神峰「理由はどうあれ、命を助けて貰った事は本当に感謝してるんス! パルスィもこれ、受け取ってくれねェか?」

パルスィ「あら? 私にもくれるのね? ふふ、命を助けてあげたんだものね……貰ってあげるわ」

意外そうに目を一瞬見開くと、ダークな笑顔を見せてお礼を受け取った。
この時パルスィ、意外にも素直。しかしこの人は明るい笑顔が作れないのだろうか。

ヤマメ「二人ともいいねぇ。で、次は私の番? 何くれるの?」

対照的にこちらは表情からすでに明るい。この流れから自分も何か貰えるのだろうという期待を持った心を見て、神峰は「あっ」という表情を作った。



176: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:00:07.82 ID:fA253Ah5O

神峰「あ……悪ィ……。世話になった人全員にやってたら給料足りなくなるから、恩がある人にしか渡してねェんだ……」

金銭的な問題もあり、そこまで気が回らずに申し訳なさそうにする神峰。

パルスィ「クスクス……貴女、こいつを見殺しにしようとしてたわよね。私みたいに気まぐれでも起こせば良かったのに……」

ヤマメ「」ガシャアアア ガクッ

パルスィの言葉が駄目押しとなり、ヤマメの心は銃弾に撃ち抜かれたような穴を空けて砕けた。そして呆然と膝を着く。

神峰「心が砕けるほどショックな事か!?それ!?」

突然の出来事に驚きを隠せない神峰。そんなメンタルでよくも妖怪をやってられたものだ。
……演出にしても凝りすぎじゃなかろうか。
そして最後に、正直あまり良い思い出がない少女を視遣る。

神峰「……キスメも、来てくれたんだな。サンキュ」

キスメ「皆に誘われたから……」

勇儀「神峰!地上には萃香って飲んだくれの鬼が居るからね、今の内に鍛えておくよ!」

神峰が全員との挨拶を終えるのを待っていたのだろう、勇儀が即座に声を上げる。



178: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:00:55.14 ID:fA253Ah5O

神峰「俺仕事しながらッスよ!? せめてもう少し待ってくれないスか!?」

勇儀「何言ってんのさ! そんなのオヤジに任せとけよ! 最後にアンタと飲み比べしたいんだよ!」

店主「聞こえてんぞコラァ!!」

さっぱりしている勇儀もやはり名残り惜しいのだろうか、そんな勇儀の声を聞いて店主が野次を飛ばす。

こいし「翔太頑張れー!」

神峰「こいし!? 何で居るんだ!?」

気付くとこいしも座敷に座り、宴会に混ざっていた。
神峰の疑問にも、当然でしょ? という態度で答える。

こいし「なんでって、決まってるじゃない!」

言うのと同時に、店の戸がガラッと開き、来客が訪れる。

店主「らっしゃーい」

店主の掛け声の後にざわめきが起こるが、こいしは気にせず続ける。



179: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:02:09.37 ID:fA253Ah5O

こいし「翔太の送別会やってるから来たのよ?」



すでに店内はシンと静まり、こいしの声だけがよく響いた。

神峰「? なんだ? 急に静かに……?」

突然店内が静かになった事を不思議に思う神峰の背後から、聞き慣れた声が届けられた。



さとり「宴会の席はここですね?」



神峰「さとり!?」

驚く神峰に遅れて、沈黙を破ったのはパルスィだった。

パルスィ「ちょっと、なんでコイツが居るのよ……?」

勇儀「これはこれは……珍しい事もあったモンだね」

パルスィを皮切りに勇儀も続き、店内の客も我に返りどよめきが起こる。



180: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:02:50.37 ID:fA253Ah5O

さとり「なんでって……翔太さんの送別会をやるのなら、私達が来ても何もおかしくないでしょう?」

パルスィ「もっと周りの事考えなさい。みんな貴女とは同じ空間に居たくないのよ?」

神峰「な───!?」

何て事を! 明らかに邪見するパルスィにそう言おうとしたが、さとりに制される。

さとり「翔太さん、分かりましたか?……これが私なんです。誰も私と目を合わせようとしていないでしょう?」

よく視ると、さとりの心も精一杯立ってる状態だ。自ら奮い立たせて地霊殿から出てきたのだろう。

さとり「ですが、翔太さんは気にする必要はありません。もう"覚悟"はありますから。どんなに辛くても、向き合って行こうと思います。どれだけ永い道のりになっても構いません」



181: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:03:33.51 ID:fA253Ah5O

その言葉を聞いて、面倒くさそうに溜息を吐く勇儀。

勇儀「はぁ~……、翔太の影響って訳か……分かったよ。翔太が呼んだんなら文句言無いよ。席につきな、宴会の続きだ!」

勇儀のこういう所は本当に有難いと思う。2秒で切り返し、仕切り直しがかかる。しかし店内を見渡すと、ほとんどの客が無言出て行こうとしていた。
そんな人波に逆らい、二匹の妖怪が来店する。

お空「わーい! 宴会だ宴会だ!」

お燐「あちゃー……やっぱりお客さん離れて行ってるね……」

神峰「お燐! お空!」

お燐「地霊殿でも送別会やろうとしてたんだけどね、どうもさとり様がお兄さんの心を読んで、こっちも行くって……」

神峰(さとりも前に進み始めたって事か……!)

恐らく、さとりが神峰の心を読む→さとり「私も行く」→四人で出かける→こいしが先駆け→さとり追い付く→お燐とお空追い付くという経緯だろう。



182: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:04:10.95 ID:fA253Ah5O

店主「おい神峰!……さとりが来たなら仕方ねェ……、けど! 客は連れ戻せよ! 全員じゃなくてもいいから説得してみせろ!!……それが終わったらさとりの相手してろ、同じ席の奴らが可哀想だ」

さとりの変化を感じて喜びを感じる神峰に、店主が、客を連れ戻してきたら自由にして良いと言う。

神峰「───!! 了解ッス!!」

神峰は店主が気を効かせてくれたのだと思っているが、実際には、さとりには神峰をあてがえば周りに被害が出ないだろうという打算があった。
何故なら、神峰はさとりの男である、という噂がすでに地底に伝播していたから───
神峰が妖怪達に絡まれなかったのも、実はこの理由が大きい。

……………

……



183: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:04:55.37 ID:fA253Ah5O

店主「そう上手くはいかねぇか」

数分後、神峰が戻って来てから店内を見渡すが、年末だというのに昼間を思わせる程の客しか取り戻せていない。

神峰「さとりの相手は俺がするって事で三割くらいは戻って来てくれたッスけど……」

さとり「いえ、こんなに助けて貰えれば十分です。これは私の問題ですから、私自身がなんとかして行かなくてはいけません」

さとり「……今は、これで十分です。さぁ、宴会しましょうか」

店主「お前も行け。こんだけ客が減りゃ一人で十分だ」

言われて、さとりと共に座敷へ移動する。

勇儀「来たね。この白けた空気、どうしてくれるんだい?」

さとり「貴女のご所望通り、翔太さんと飲み比べをしたら良いのではありませんか?」

鬼の機嫌をとるために、何をするのだろうと思っていると、神峰に白羽の矢が立った。
否、有り体に言えば、神峰はさとりに売られたのだ。

神峰「!?」



184: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:05:31.15 ID:fA253Ah5O

勇儀「それでイイんだね?遠慮しないよ?」

さとり「最後ですからね。貴女達も悔いの無いように翔太さんと付き合って下さい」

さとりのセリフにニィと笑う勇儀。神峰を独占する気は無いと言っているのを察したのだ。お互い悔いの無い別れをしようと。
そんな心中など知りもしない神峰が叫ぶ。

神峰「裏切り者ー!!マジで考えてるな!?」

勇儀「往生際が悪いね! こっち来な! アンタがくれた酒を開けてやるよ!!」

さとり「介抱してあげますので」

少し申し訳なく思いながら、神峰を死地へと送ろうとするさとりに、勇儀から声がかかる。

勇儀「何言ってんだい? アンタも飲むんだよ」

さとり「えっ?」



185: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:06:22.85 ID:fA253Ah5O

勇儀「だいたい、アンタは付き合い悪過ぎなんだよ。地霊殿の主のクセに酒の席にも現れないから、なかなかアンタと飲む機会も無いじゃないか」

三人分の酒を注ぎながら、勇儀が愚痴る。そして神峰とさとりの前に酒を差し出し、さとりの目を真っ直ぐ視ながら

勇儀「覚悟は決まってるんだろ?だったら、飲んでくれるよな?」

さとり「……言葉尻捕まえて都合好く解釈しないで下さい!!」

思わずイエスと応えてしまいそうになる程の真摯さに当てられるも、なんとか自分のペースを維持するさとり。
そんなさとりに、それじゃダメだ、と言わんばかりにキリッとした神峰が説得を試みる。



186: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:06:49.63 ID:fA253Ah5O

神峰「いや……さとり、勇儀さんの言う通りだ! 心と向き合うって事は辛い事に向き合って行く事なんだ。乗り越えなくちゃいけないんだ!」

さとり「道連れになって欲しい、ですか……恰好いい建前なのに本音が恰好悪過ぎですよ……」

即座に心を読み、ジト目で斬り捨てる。
しかし、確かに一理ある、と思い直す。

さとり(でも……これから向き合って行くのなら、こういう事も大切ですよね)

さとり「分かりました……。では、頂きましょう」

勇儀「そう来なくちゃね!!」

お空「さとり様! 翔太! ガンバレー!」

お燐「アタイ達が介抱しなくちゃいけないんだよね……」

さとりが飲み比べを承けた事に喜びを表す勇儀。
そして応援する空とこの後の事を心配する燐。

宴会が再開した。



187: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:07:39.21 ID:fA253Ah5O

……………

……

何時間経っただろうか。宴会はまだまだ終わる気配がうかがえない。
そして神峰の送別会をしている一角には、異様な光景が広がっていた。

さとり「分かっているのお燐!?あまりおいたが過ぎるなら、トラウマ想起れしゅよ!?」ヒック

お燐「はい……はい……。すみません……」

ベロンベロンに酔っ払ったさとりと、正座をして首を垂れる燐。
こいしと空は料理を頬張り、ヤマメは何時の間にか復活しており、勇儀とパルスィとキスメと共にこの光景を眺めている。
神峰は───机に突っ伏していた。

さとり「こいしも!ちょっとは私に心開いてもいいんじゃないの!?」ヒック

こいし「えー……でも私はもう閉じちゃったもん」

さとり「そう言ってられるのも今のうちれすよ……貴女の心は必ず開いてみせるんだから……!私としょーたさんが組めば、暴けない心なんて無いのよ?」ヒック

さとり「ねー?しょーたさーん?」ヒック

神峰「」

しかし神峰からの返事は無い。彼は既に……勇儀に潰されたのだから。



188: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:08:24.37 ID:fA253Ah5O

さとり「心が暗転してまふよー?もう潰れたんれすかー!?」ヒック

そんな事などお構い無しに、神峰の首に腕を回して絡みだす。
自主的に引き篭もっていたが、やはり他者と関わりたいという願望が抑圧されていたのだろうか?

勇儀「これは予想外……なんて言うか……さとりって酔っても面倒くさいね」

パルスィ「本当よ。なんとかしなさいよ……このままじゃさとりの暴露大会(ソロライブ)が始まりそうだわ……」

この惨状をなんとかしてくれと懇願するパルスィ。確かに今のさとりならやりかねないと思い、実力行使に出る。

勇儀「しょうがないね……。おいさとり! まだ勝負が付いてないなら続きと行こうか!」

さとり「! ……私を酔い潰す気でふね? いいでしょう、受けてたちましゅ!」ヒック

構って欲しくて仕方ない。売られた喧嘩は買うのが絡み酒の特徴である。

ヤマメ「お願いだから早く潰れて……っていうか潰してちょうだい……」

お空「外の世界って料理美味しいんだね!わたしも行ってみたいなー!」


幻想郷は年末も平和だ───。



189: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:09:27.93 ID:fA253Ah5O

そんなさとり達の宴会を、遠目に眺める常連達。

「さとりってあんな酔い方するんだな……」

「あんま乗り気じゃなかったけど、神峰の説得に応じて良かった。珍しいモン見れたわ」

この宴会が、地底の住人のさとりへの印象が少しだけ変わる出来事となった。

…………

……

勇儀「ふぅー……やっと潰れてくれたか」

さとり「」

勇儀「なかなか楽しかったよ。また飲もうじゃないか」

机に倒れて寝息をたてるさとりに、聞こえていないと知りながらも、ニィと笑う勇儀。

お燐「二人とも潰れちゃったね……じゃあアタイ達はこの辺でお暇させて貰おうかな?」

さとりが潰れたのを見届けてから、いそいそと仕度を始める燐に、勇儀が話しかけた。

勇儀「おい、お燐。地霊殿でも宴会やるんだろ? 私も行くよ!」

お燐「そう? だったらお正月に来なよ! 新年会と一緒にやるんだ!」

勇儀の申し出に二つ返事でOKする。
地霊殿は意外に来る者を拒まない。世話をする気など無くこいしが拾ってくるペットも、元の場所に戻される事無く地霊殿で世話をされて、さとりに懐く。
全くもって変なサイクルが出来上がっている。



190: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/04(月) 13:10:15.94 ID:fA253Ah5O

勇儀「ああ、次はちゃんと翔太に挨拶してやらないとね……。じゃあね!」

お燐「ほら、お空帰るよ!どっちか運んで!」

お空「はーい。またねー!」フリフリ

こいし「それじゃあ私も帰るね。バイバイ」

手を振り、神峰を担ぐ空。
二匹が帰るのをみて、こいしもその後に続いた。




勇儀「一気に減ったね……なかなか楽しかったよ。さて、飲み直しだ!」

パルスィ「よくそんなに飲めるわね……」

鬼のザルっぷりにほとほと呆れるパルスィ。

勇儀「珍しい相手と飲めたからね、最高に調子がいい。誰か飲み比べしようか?」

ヤマメ「鬼って本当ザルだよね……このまま私達も酔い潰す気じゃないよね?」

ヤレヤレと溜息を吐きながらヤマメが冗談半分で口に出す。
しかし返ってきた応えは、非情なものだった。




勇儀「愚問を、吐くなよ」








ヤマパルキスメ「えっ」





勇儀「ちゃんと送ってやるから心配するな。もう年末だ、今年の事は飲んで忘れるよ!」

この日、四人は店内で夜を明かした。

───





198: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:42:29.91 ID:V4MPaSt4O

【地霊殿】

さとり「ん……?」パチ

さとり「私の部屋……?」

目を醒ますと、見慣れた天井が目に映る。
どうして自分の部屋で寝てるのだろうと考え、昨晩の事を思い出そうとする。

さとり「ああ、そういえば居酒屋の宴会に参加したんでしたっけ……」モゾ

自ら宴会に参加した事を思い出すと、もう少しだけ微睡みの中に居ようと思い、横に寝返りをうつ───




神峰「」





さとり「~~~ッ!?!?!?」



199: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:43:17.43 ID:V4MPaSt4O

寝返りをうつと、隣には神峰が横たわっていた。もとい、眠っていた。
混乱しながらも、悲鳴をあげるのをグッと堪え───むしろ声が出せなかったと言った方が正しいが───、昨晩の宴会で何があったかを最初から順に思い出そうとする。

さとり(え!? 何!? どうして!? 何で翔太さんが一緒に寝てるの!!?)

さとり(確か昨日は勇儀さんと飲み比べをして……まさかそれから酔った勢いで……!? いや、服は着てますね。じゃあ───)

さとり「あ」

モゾモゾと布団の中で着衣の乱れが無いかを確認し安堵するも、とある記憶に行き当たり、記憶想起が途中で止まる。
そしてみるみる顔を紅く染めて、頭まで布団の中に隠れてしまった。



さとり「あああ……っ!私はっ……なんという醜態を……!」

さとり「お酒に酔って……皆さんに迷惑をかけてしまいました……」



200: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:43:52.44 ID:V4MPaSt4O

酔っ払いには二つのタイプがある。
酔った時の記憶が残らない者と、残る者だ。
さとりは昨晩の記憶がバッチリ残っていたらしく、今後の人付き合いを憂う。

さとり「ああ……恥ずかしい……。人前に出るのが億劫になりました……」カアァァ

さとり「うう……とりあえず起きましょう……。こんな事をするのは……お燐ね」

さとり「翔太さんはどうしましょうか……? ……ペットに運ばせましょう」

恥ずかしさのあまり涙目になりながらも、一先ずベッドから降りる。
そして神峰をどうするかを決めた所でついつい愚痴がこぼれる。

さとり「お燐にはお仕置きしておきましょう。最近のあの子ときたら、地上で変な影響を受けて来て困るわ……」

それがいけなかった。愚痴る暇があれば早急に行動するべきだったのだ。恥ずかしがる暇があったなら、もっと慎重になるべきだったのだ。



201: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:44:32.91 ID:V4MPaSt4O

神峰「ぅ……」

神峰「頭痛ェ……」

さとり「えっ」


神峰が目覚めた。
さとりよりも早くに潰れていたのだ、このタイミングで目覚めるのは何ら不自然ではない。
むしろさとりよりも遅く目覚めたのは偶然で、さとりはそのチャンスをモノに出来なかったのだ。

神峰「今何時だろ……? ……さとり? 何でここに居るんだ?」

神峰はまだ頭が覚めきっていない様子で、さとりが居る事に気付き、疑問を口にする。

さとり「い、いえ……、翔太さんの様子を見に来ただけですよ……?」

さとりはしどろもどろになりながらも咄嗟に誤魔化す。
何も後ろめたい事など無いのに。この状況を気付かれたくないがために。

神峰「そっか……悪いな。……何でそんなに動揺してんだ?」

しかし神峰には隠し事を隠し通せない。「何かを隠している」という事が分かるから。
心が見えるため動揺もばれてしまう。



202: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:45:09.54 ID:V4MPaSt4O

さとり(そうでしたぁぁぁ!! 心が見えるから咄嗟の嘘なんて意味無いじゃないですか!! 変な誤解が生まれる前に正直に言うべきでした! いえ、今からでも遅くはありません!!)

神峰「あれ? そういやココ、俺の部屋じゃねェな……?」

さとり(\(^o^)/)

正直に言えばまだ傷も浅く済むと考えるさとりの退路を無意識に塞ぐ神峰。だがさとりはまだ諦めない。
諦めかけたが諦めない。

さとり(いえ!まだ挽回出来るはず!!)

さとり「どうやらお燐達の仕業みたいで……、私もついさっき起きたので動揺して……」

神峰「そっか。……ん?"ついさっき起きた"?って事は……」

さとりに言われてようやく自分の状況を確認する。
自分はベッドに寝ていたが、その位置は中央よりも外側に位置している。むしろ半分のスペースしか使っていない。
そしてもう片方、不自然に空いたスペース(何故か温もりが残っている)
先ほどのさとりのセリフとこれが意味するモノは……

神峰(……まさか)

さとり「……」



203: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:46:07.92 ID:V4MPaSt4O

これだけ揃えば神峰も気付く。さとりも気まずそうに目を伏せた。

神峰「またこのパターンかよ!?寝起きドッキリか!?」

さとり「そういえばこいしとも一緒に寝ていましたね」

神峰「う……もう忘れてくれねェか……?」

思わずツッコミを入れる神峰に、さとりも思い出したようにコメントする。
恥かしいのか、あまり触れて欲しくない話題らしい。



204: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:46:41.30 ID:V4MPaSt4O

神峰「……なぁ、本当に俺は地上に行っていいのか?」

二人が落ち着いて一息してから、神峰が確認するように尋ねた。

神峰「こいしの心開きてェなら、俺も手伝った方がいいんじゃねェか?」

さとり「……翔太さんの気持ちは嬉しいですが……。確かに、翔太さんが協力してくれたなら、こいしの心を開かせるのも楽になるでしょうけど」

けど、と言いながら、さとりは己の決意を言語化するように言葉を紡ぐ。

さとり「ですがこれは私のわがまま……私の問題なんです。翔太さんの手を借りずに、私一人でやるべきだと思うんです」

さとり「こいしの心を私一人で開かせる事が出来たら、次はちゃんとこいしを守ってあげられるような気がするんです。……だから、良いんです。言ったでしょう?私は大丈夫です、と」

それを聞いた神峰の顔には、もう不安も心配も戸惑いの色も無かった。

神峰「そっか!分かったよ」ニッ

神峰「じゃあそろそろ行くか。みんな心配してるかも知れねェ!」

さとり「すっかり忘れてました……お燐達が余計な事をしたせいで」



205: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:47:54.78 ID:V4MPaSt4O

……………

……

お燐「あ!おはようございますさとり様!お兄さん!……昨晩はお楽しみでしたか?」

神峰とさとりが一緒に食堂に現れた事に気付いた燐が、二人に近寄り笑顔で迎える。

さとり「お燐。貴女ちょっと俗に染まり過ぎじゃないかしら……?あんまりおイタが過ぎるなら、私にも考えがあるわよ?」ガシッ

神峰(怒ってる……。初めて見たかも……)

燐が近寄って来るや否や、即座に燐の首根っこを捕まえ脅しをかけるさとり。否、脅しではなく本気でヤル気だ。
その迫力に気圧された燐は、何とか逃れようと弁明を試みる。

お燐「あの……お兄さんを寝かせたのはお空なんですけど……」

さとり「面白がってそのままにしたのは貴女でしょう?」ニコ

しかし こころを よまれて しまった !



206: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:48:27.93 ID:V4MPaSt4O

さとり「心と向き合う覚悟をしてから……私、ペットともちゃんと向き合っていくべきだと思ったの。飼い主が放し飼いなんて無責任でしょう?」

お燐「えーと……それは素晴らしいお考えで……」

優しく温かく語りかけるさとり。だが、燐にとってはそれが嵐の前の静けさに感じられた。

さとり「ふふ、ありがとう。……だから、まずは貴女を躾けてあげる。この前は手加減してあげたけど、今回はLunaticでいきましょう」

お燐「」サーーー...

どこまでも優しくにこやかに話すさとりだが、セリフが終わりに近づくにつれて無表情に変化して行く様を目の前で見せられ、言い知れぬ恐怖で燐の血の気が引く。

さとり「では、私は飼い猫の躾がありますので後ほど」ズルズル

最後には無表情に機械的に言葉を発し、首根っこを掴んだまま燐を引きずって部屋を後にした。

神峰(静かに怒る人って超コエー!!!)ビクビク

バタンと扉が閉まる。
さとりが出て行ったその扉を見ながら、神峰も密かに恐怖した。



207: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:49:00.05 ID:V4MPaSt4O

……………

……

しばらく待っていると食堂にこいしが現れた。さとりと燐はまだ戻って来ない。
こいしは神峰を見つけると神峰隣の席に着いて、顔を向ける。

こいし「結局、翔太は私にならなかったのね。私は翔太みたいに前向きにはなれないや」

神峰「そんな事はねェよ。こいしだって、心と向き合うための術を手に入れたら変われるさ」

神峰「……俺とお前は一緒なんだろ? 心に関わるのがスゲェ辛かったんだろ? ……だけど、変わろうと望めば変われるんだ。こいしが心を閉ざしたのだって、お前が望んだ結果だ」

神峰「俺は心と向き合おうって戦い続ける道を望んで、こいしは関わりたくねェって……逃げ続ける道を選んだんだよ……」

神峰だって幻想郷に来るまでは心から逃げていた。きっとさとりと関わらなかったら、今も逃げ続けていただろう。
それでも神峰は向き合う決意をした。
だからこそ、こいしも変われると言う。



208: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:49:39.94 ID:V4MPaSt4O

こいし「翔太のクセに生意気ね。心が読めるのと心が見えるのじゃ、全然違うじゃない。……私はもうどうやったら開くのかも分からないけど、無意識の中を泳ぐのも楽しいよ?」

神峰(こいし本人はそうかも知れねェ……けど、周りから見たら……それは楽な事に逃げ続けて、無感動に生きてるようにしか見えねェ……。俺やさとりから見たら、本当に"楽しい"って感じているのかすら分からねェ……)

さとりの決意を聞いた以上、神峰がこいしに対してしてやれる事は何も無い。それでもさとりは大丈夫だと言った。だから……

神峰「……今度はさとりが守ってくれるから、大丈夫さ」

こいし「心が開いたらの話でしょ?」

神峰「さとりがやるって決めたんだから……必ず開くよ」

こいし「ふーん……」



209: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:50:14.94 ID:V4MPaSt4O

───



お燐「光陰矢の如しだね!もう正月だよ!」

幻想郷にて迎える新年。
この日は地霊殿の全員が早起きして外の世界と同じように新年の訪れを祝っていた。
初日の出という事で、空が地底の天蓋から旧都を照らしたりもした。神峰はその太陽の様な輝きに懐かしさを覚えると同時に、空の能力を初めて目の当たりにしたのであった。

さとり「明けましておめでとうございます」ペコ

お燐「明けましておめでとうございます!」

お空「明けましておめでとうございまーす!」

神峰「あけおめッス!」

こいし「明けましておめでとう」

一通り新年の挨拶を終えると、空がしゅんとした顔で神峰に話しかけてきた。



210: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:50:56.55 ID:V4MPaSt4O

お空「翔太も、もうここに居るのも一週間も無いんだね……」

神峰「新年早々、そんなに悲しい顔しないでくれよ……。そうだ!お年玉とかじゃねェけど、皆には世話になったから渡してェ物があるんだ!」ゴソゴソ

空を元気付けるために、そして沈みかけている空気をなんとかしようと、置いてあった袋をあさり、後で渡すつもりだった包みを取り出す。

神峰「まずはお燐!」

神峰「お燐にはかなり世話になったからな。特に飲み比べの身代わりになってもらって……その時のお礼と一緒にしちまって悪ィけど……」ハイ

お燐「おお!ありがとう!でもこのタイミングで渡されるといよいよって感じだね!」

神峰「うっ……もしかして俺って空気読めてねェ……?」

お燐「……。まぁとにかくありがとうね!」

燐は笑顔のまま少しの間固まり、さっきと同じ調子で礼を言う。
これにはさすがの神峰も理解したようだ。

神峰「心が目ェ逸らしてるぞ!?空気読めてなくて悪かったな!!」

いつもの調子でツッコミを入れた後、気持ちを切り替えて空を向く。



211: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:51:35.37 ID:V4MPaSt4O

神峰「お空にも!あんまり接する機会はなかったけど、ありがとな!」

お空「だったら今度、私の仕事場に遊びに来てよ!」

冗談じゃない。

こいし「それなら私が連れてってあげるー!」

洒落にならない。

神峰「いや……さすがに生きて帰れねェ気がするんだけど……」

神峰と空とこいしで盛り上がっていると、さとりが宥めるように言葉を洩らす。

さとり「五体満足で地上に送ってあげたいのでほどほどに」

神峰「怖ェこと言わないでくれね!?」

再びツッコミで締めると、次はこいしの方を見る。

神峰「───次はこいしだ。さすがに俺の死体なんて無理だから……これで我慢してくれ」

こいし「ありがとう。翔太の死体は翔太が死んだ時に持って帰るわ。それまで元気でね!」

神峰「はは……冗談で言ったのに、その返しはリアクションに困るぞ……」

冗談のつもりだったのに死後の予約をされてしまい、苦笑する。
自分が死んだ後の死体の扱いが分かった事は幸運なのだろうか。妖怪に持って行かれるのは不運かもしれない。



212: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:52:06.48 ID:V4MPaSt4O

神峰「最後はさとりだな」

言いながら、さとりと向き合う。

さとり「ペットの皆にも渡してもらって……ありがとうございます」

受け取りながら改めて礼を言うさとり。

神峰「さとりには地霊殿に住ませてもらったり、成長させてくれて……スゲェ感謝してる。大恩人だ」

さとり「私も、翔太さんのおかげで大切なモノを手に入れましたから、お相子ですよ。……それに、もし駄目だった時は、恐らく妖怪の賢者が動いたでしょうから」

神峰「それでも、これは俺の恩返しだ。実際、さとりが動いてくれたじゃねェか……ありがとう」

さとり「ふふ……まるでお別れ間際のような雰囲気ですね。今夜は送別会もしますからね」

神峰「新年早々しんみりさせてスマン」

結局お別れムードになってしまい、神峰が改めて謝ると、空が口を尖らせた。

お空「翔太も人の事言えないじゃない」

神峰「悪かったよ……」

……………

……



213: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:52:43.94 ID:V4MPaSt4O

夜になり地霊殿にて新年会が行われると、何やら荷物を持って勇儀が訪れた。

勇儀「よォ。来たよ」

神峰「勇儀さん!?何でココに!?」

勇儀が来た事に驚く神峰を見て、伝わってなかったかい? と事情を話す。

勇儀「今日の宴会にも参加するってお燐に伝えてたんだけどねぇ」

神峰「そうだったんスか……。あ、あけおめッス!」

勇儀「明けましておめでとさん。ホラこれ、オヤジに作らせて持って来たよ。餞別だ、卓に並べといておくれよ」

新年の挨拶も軽く済ませて、持って来たモノを神峰に渡す。どうやら料理を持って来たらしく、作ってくれた店主に感動を───

神峰「あざす!店長……俺のために……」

勇儀「いんや、作らせたんだって。本人は結構渋ってたね」

神峰「………」

───しなかった。そういう性格なの、知ってた。と神峰の顔に書いてある。
二人が話していると、来客に気付いたさとりが寄って来る。



214: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:53:25.69 ID:V4MPaSt4O

さとり「お客ですか?こんな日に……あ」

勇儀「明けましておめでとさん、さとり」

客が勇儀だと気付いたさとりは見る見る顔を紅く染めて、モジモジしながらも挨拶をする。

さとり「ゆ、勇儀さん……えっと……、明けまして……おめでとう……ございます………」カアァ

神峰「何で赤くなるんだ!?何で恥ずかしがってんの!?」

勇儀「こいつこの前酔っ払ってね。その様子だと、どうやら覚えてるみたいだね」クスクス

さとり「お願いですので忘れてください……」プシュー

ついに俯いて頭から蒸気を上げてしまった。

神峰「酔っ払ったさとりか……俺はすぐに潰れちまったから……ちょっと興味あるかも……」

さとり「今日はそんなに飲みませんからね!」



215: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:53:57.91 ID:V4MPaSt4O

神峰のデリカシーの無い発言に思わず顔を上げて反論すると、珍しく勇儀も反対派に回る。

勇儀「あたしも遠慮しときたいね。やめといた方が良いよ、翔太。こいつ絡み酒でさ、面倒いったらないから」

さとり「もうこの話は終わりです! お料理ありがとうございます! こちらへどうぞ!」

勇儀「はいはい」

反対してくれるのはありがたいが、その流れで余計な事を喋られないようにヤケクソ気味に話しを打ち切って、さとりは勇儀を案内する。
勇儀も察したのか、ヒトのトラウマほじくるヤツが何言ってんだ、と思いながらも先行するさとりに着いて行く。

神峰「最近はさとりの新しい一面をよく見るな……」

そんな二人を見送りながら神峰が独り言をこぼすと、何時の間にか聞いていた燐が拾う。

お燐「それもさとり様の心を解してくれたお兄さんのおかげだね!」

神峰「解した?俺が見て来た限りじゃそういう影響は与えてねェはずだけど……。あ、ハコから出たからか!」

お燐「そういうこと!さとり様ったらこの前まで引きこもりっきりだったからね」

神峰「心のエネルギーが外に向かうと感情も豊かになるんだな……」ヘェー



216: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:54:37.95 ID:V4MPaSt4O

……………

……

勇儀の参加と、持って来た料理が並べ終わったのを確認して、さとりが場を仕切る。

さとり「───では、改めまして、新年明けましておめでとうございます。皆さん、今年もよろしくお願いします」

「「「明けましておめでとうございます」」」

さとり「翔太さんもいよいよ地上へ行きますので、お互い悔いの無いように。乾杯」

「「「乾杯!」」」カキーン

乾杯が終われば後は各々自由である。とは言え、地霊殿だけで行われる宴会のため、それほど人数が居るワケではない。どちらかと言えば立食パーティを思わせる雰囲気だ。
しかし地霊殿では宴会というイベントが殆ど無かったらしく、住人達も新鮮さを感じていた。

お空「地霊殿で宴会だなんていつぶりだろ?」

神峰「そんなにやってねェのか?」

お燐「さとり様が引きこもりだったし、誰も地霊殿には来ないからね。来客の準備があるのかすら怪しいくらいだよ」

神峰(そういや俺も部屋用意されただけで、特に何もなかったな……まぁ、俺の場合は突然だったし気にしねェけど)



217: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:55:30.67 ID:V4MPaSt4O

そこへ三人の会話を聞いたさとりが話に加わる。

さとり「さすがにお客をもてなす準備くらいはしていますよ。……棚の中に眠っていますけど……」

さとり「翔太さんのおもてなしについては……すぐに準備出来なかっただけです。すみませんでした」

神峰「あ!いや!気にしてねェよ!ここに住まわせて貰っただけでもスゲェ有り難かったし!」

いきなり頭を下げるさとりに神峰があたふたしながらもフォローをすると、勇儀が思い出したかのように疑問を口にする。

勇儀「そういや、翔太が客人として地霊殿に住むようになった詳しい経緯を聞いてなかったね。あのさとりが人間を招くなんて……一体何があったんだい?」

さとり「それについては私のわがままが理由なんですけど───」


さとり説明中……



218: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:56:12.18 ID:V4MPaSt4O

さとり「───という理由です」

神峰「あの時いきなり言ってる事が変わったのはそんな思惑があったからなんだな」ヘェ

さとり「翔太さんには以前話した理由ですね」

改めて当時の理由を聞き、納得する神峰。

勇儀「つまり使うだけ使って要らなくなったらポイって訳だ」

一方、勇儀は茶化すように要約した。
それを聞いたさとりも思わず声を大きくする。

さとり「人聞きの悪い事を言わないでください!! 確かに利用させてもらいましたけれど……」

お空「うわ……さとり様非道い……」

純粋に神峰に気遣う視線を送る空。

お燐「あんなに一生懸命尽くしたお兄さんの気持ちを袖にするんですね……?」

こっちは故意犯である。

さとり「そこも乗っからない!!」ビシッ

神峰(あのさとりがすっかりツッコミキャラだ……)



219: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:56:46.81 ID:V4MPaSt4O

指を指しながら突っ込むさとりを眺めながらさとりの変化を感じていると、勇儀が来てからいつの間にか消えていたこいしから声がかかった。

こいし「ねえ翔太。私もあなたに餞別をあげる!」

神峰「! こいし! 見ねェと思ったら……何くれるんだ?」

こいし「さっき地上で貰ってきたの。はい、あげる」

笑顔で差し出すこいしの手には一冊の書があった。
神峰は書を受け取ると、タイトルを確認したあと表紙を開き内容を読み始める。

神峰「本……?『幻想郷縁起』……?」

こいし「地上の妖怪のことは知ってた方が良いと思ったの」

神峰「へぇー……妖怪図鑑みたいなモンか……。お! さとりも載ってる!」パラパラ

妖怪図鑑という物に珍しさを感じながらパラパラとページをめくっていく神峰。

こいし「地上に行く前にそれで勉強しておけば、危ないコに会った時にすぐ逃げられるでしょ?」

神峰「サンキュー!助かるよ!」

こいしがまともに自分を気遣うとは珍しいと思いながら、本を閉じて礼を言う。
一方のさとりは、こいしの行動の別の部分に疑問を持つ。

さとり「今日は正月なので店は空いてないと思うのですが……まさか……?」



220: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/07(木) 00:57:31.48 ID:V4MPaSt4O

……………

……

宴会も終わり、出口まで勇儀を見送る神峰とさとり。
いつもの勇儀なら日が昇るまで居そうだが、あまり酒を飲んで悪ノリしてさとりに飲ませないようにしたのだろう。それでも結構な量を飲んでいたが。

勇儀「楽しい時間ってのはすぐに過ぎて行くね。翔太!もうちょっと地底に居るんだろ?それまでよろしくね!」

神峰「はい!よろしくッス!」

さとり「必要無い心配でしょうけど、気をつけて帰ってください」

勇儀「またね、さとり、翔太」


勇儀の背中を見送りながら、彼女との思い出を振り返る。地上に行く事が決定してから、他人との関わりを振り返る事が多くなった気がする。
嬉しさの反面、名残惜しく感じているのかもしれない。

神峰「……勇儀さんにはスゲェ助けて貰ったな……」

さとり「私も、今になって分かります。彼女のありがたさが……。私も、彼女を絶対に味方にしておかなければいけませんね」

神峰「……今のさとりなら大丈夫だろ」

さとり「ありがとうございます。……さて、片付けましょう。人任せではなく、自分からも動かないといけませんからね」

自分に言い聞かせるように、己の行動を言葉に出すさとり。
それは、これからのさとりの生き方を暗示しているように思えた。



神峰「……ああ!」

こうして、俺の激動の二ヶ月半が終わっていった───
これで少しは他人に受け入れて貰えるハズだ。地上でも上手くやっていけるハズだ───!


─────

──



226: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:31:13.77 ID:A2DD6JVtO

~一月五日・神峰が地上へ行く日~


地霊殿のロビーに、風呂敷を一つ持って神峰が現れた。
すでにさとりと空が待機しており、神峰に気付くと最終確認をする。

さとり「準備はよろしいですか?」

神峰「ああ。元々、荷物なんてほとんど無いからな。……着替えくらいしかねェよ」

風呂敷一つに納まる程度、それが神峰の全財産である。そのため、支度もすぐに終わった。

さとり「では、行きましょう」

お空「私が地上まで運んであげるからね!」

神峰「よろしくな!」

お燐「アタイが運んであげてもよかったのに」

さとりが出発を促すと、燐が口を尖らせてつぶやく。段取りは全てさとりが決めているようで、燐は留守番だ。

さとり「あなたの猫車は死体を運ぶ物でしょう……さすがに良い気分はしないわよ……」

神峰「悪ィけどさとりの言う通りだ……」

お燐「ちぇ」

お空「行ってきまーす!」

地霊殿に、空の元気な声が響いた。



227: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:32:06.03 ID:A2DD6JVtO

……………

……

歩いて移動し旧都を抜け、穴の手前にある橋に差し掛かると、一人の少女が待ち構える。
待ち構えると言っても、この橋は彼女のテリトリーなのだが。

パルスィ「来たわね」

さとり「こんにちは。話は聞いているのでしょう? ここを通してもらえますよね?」

パルスィ「ええ、通してあげるわ。さすがの私も……前々から言われていた事だし、承諾しちゃったから、今になって反対なんて意地悪い真似はしないわよ」

さとり「ありがとうございます。それでは───」

パルスィ「待ちなさい」

挨拶もそこそこに先を急ぐさとり達を、パルスィが呼び止める。

さとり「なんですか……」

パルスィ「一つ、答えて欲しいんだけど……貴女達、交際しているの? してないの?」

神峰「交際ィ!?」

さとり「この期に及んでどうしてその話題が出るんですか!?」

二人のやり取りを聞いていた神峰も思わず声を出す。

パルスィ「さとりが人間の男を匿ったって話が拡がってから、旧都じゃ皆、ずっとその事が気になっているの」



228: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:32:45.40 ID:A2DD6JVtO

そう、神峰はさとりの男であるという噂を忘れてはいけない。
地底の住人は皆、その噂がどこまで本当なのか気になっているのだ。
さとりは呆れてため息を吐く。

さとり「はぁ……。お燐や貴女ならまだしも、皆さんも物好きですね……」

パルスィ「だってずっと引きこもりだった地底の元締の貴女がよ? 皆隠してるけど、これ以上の話題は無いわ」

さとり「…………付き合っていませんよ……興味があるなら詳しくは勇儀さんから聞いてください。……もう行きますからね」

心労からだろうか、不貞腐れ気味にぼやくように返事をしてパルスィを通り越す。神峰と空もそんなさとりに続く。

パルスィ「面白い話ありがとう。お互いが無自覚の恋愛漫画みたいで妬ましいわ」

パルスィはそんなさとりの背中に向かってにっこりと礼と妬みを飛ばした。



229: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:33:36.62 ID:A2DD6JVtO

さとり「皆さん他人の恋愛話になると本当に興味津々ですね……いくら暇人が多いとはいえ、まさか私達なんかに火の手が来るなんて……」

神峰「恋愛なんてした事ねェ……つーか、恋バナだってしたことねェや……」ドヨーン

ぼやくさとりと凹む神峰。
しかしこの男は目の前であんな事を言われたのに、側にいるさとりを全く意識しないのだろうか。
もしそうなら、いくら妖怪と言えど女性としてのプライドが傷つく……いや、言わずとも分かっている。心を読めるさとりが誰よりも分かっている。神峰は女所帯に居ながらも、誰にも全く恋愛感情を持たなかった事を。
これはもう言っても仕方ない事なのだ。

さとり「これからきっと出来るようになりますよ。頑張って下さい」

神峰「そういう慰めが一番辛ェ……」

お空「着いた!!」

神峰「───!」

空が大声を発した事で、ハッと我に帰る神峰。
気付けば上へと向かう大きな洞穴の中だった。



230: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:34:13.54 ID:A2DD6JVtO

さとり「あとは、上へ上がるだけで地上ですね」

お空「じゃあ翔太、背中に乗って!」

さとり「お荷物は私がお持ちしますね」

神峰「ああ!頼んだ、お空!」

神峰はさとりに荷物を預けると、背負うために腰を低くしている空の背中に密着して、空の首へ腕を回す。

さとり「準備はよろしいですか?飛びますよ?」スッ

二人の準備が完了したのを確認したさとりは、人差し指を立てた手をスイと泳がせる。

お空「天にも届くように、飛べって事ですね?」コクッ

するとさとりの意図を察したのか、空が頷いた。

神峰「何今の!?」



231: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:34:54.24 ID:A2DD6JVtO

さとり「指の動きで指示を出しただけですよ」

驚く神峰に、基本です、といった感じて答えるさとり。
そしてさとりの足がふわりと地面から離れる。

さとり「離陸しますので舌を噛まないように気をつけて下さい。慣性が働きますのでお喋りはその後で」フワ...

神峰「飛行機───!?」グンッ

さとりが飛んだ直後に空も羽ばたき離陸する。そしてすぐにさとりを追い抜き先行する。

神峰(い……以外と早い!? マジで舌噛みそうだ!!)

さとり「この穴はかなり深いですから、それなりに速度を出さなければ日が暮れてしまいます。慣れるまで我慢して下さい」

神峰「…………スゲェ、地面がもうあんな所に……」

お空「丁寧に飛ぶけど、振り落とされないように気をつけてね。ちゃんと掴まってて」

神峰「落ちたら洒落にならねェもんな……気を付けるよ」



232: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:36:08.11 ID:A2DD6JVtO

さとり「万が一落ちた場合はフォローします。心が読めるおかげで助けるのも早いですからね」

神峰が落ちた時の事を考えて、さとりが神峰と空の後を追うように飛ぶ。
ここまで周到にされると、なんだか本当に落ちそうな気がして落ち込んでしまう。

神峰「……頼んだ……」

しばらく飛んでいると、またも見知った顔に出会した。

ヤマメ「おっ? 翔太に……さとりも一緒だ!? やっぱり二人って───」

さとり「もうその話は結構です!! 天丼ですか!?」

心が読めるからツッコミも早い。
ヤマメの言葉を乱暴にぶった斬って息を荒げるさとりを見て、若干たじろぎながらも意味が分からないと言うヤマメ。

ヤマメ「何の話だよ……?」

さとり「橋姫にも同じ話をしてきたところです。詳しくは勇儀さんから聞いてください」



233: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:36:46.95 ID:A2DD6JVtO

ヤマメ「パルスィに話したのに勇儀に聞けとはこれいかに」

さとり「……聞けば分かります」

もういい加減辟易ているという事がさとりの声からも表情からも見て取れる。態度がすでにどっか行けと言っている。
そんなさとりの態度を察したのか、好奇心が勝ったのか、ヤマメはコロっと態度を変えて地底へ向かい始めた。

ヤマメ「あっそ。じゃあ聞いて来るよ! 翔太! また地底に来たくなったら、次は底まで案内してあげるよ! その時は何か買ってね!じゃあね!」

神峰「意外と気にしてるのな!?……その時は頼んだ!じゃあな!」

ヤマメとも別れを済ませられた事に満足感を得る神峰と、もう地上まで誰にも会う事はないだろうと安堵するさとり。
三人はまだまだ上昇する。

……………

……



234: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:37:34.01 ID:A2DD6JVtO

神峰「! 光が見えてきた! もうすぐ地上か」

視界が明るくなって空の姿が良く見える事に気付いた神峰が上空を見上げると、上から小さく光が差していた。
地上が近くなった事で何かを思い出したのか、空が神峰に疑問を投げかける。

お空「そういえば! 翔太は人里行ってどうやって生活するの? お家持ってないよね?」

神峰「……0からのスタートになるな。なんとかやっていくさ。まずは部屋を借りて、仕事を探して、里の皆に認められていこうって思う」

住居も無い、仕事も無い、おまけに外来人のため見寄りも身分も無い。持っているのは風呂敷一つに納まる程度の着替えとわずかなお金のみ。
それでも地上で生きて行く覚悟はあった。0から始めてやるという意気込みがあった。
神峰が空に答えると、下からさとりが、やることが見つからなかったなら、と前置きして会話に入る。



235: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:38:39.55 ID:A2DD6JVtO

さとり「翔太さんの目標が幻想郷への恩返しなら……お勧めしませんけど、手っ取り早いのは八雲紫の役に立つ事ですね」

神峰「?どういう意味だ?」

さとり「彼女は幻想郷の創造に関わっていると言いましたよね?……つまりそれ程この幻想郷に愛着を持っています。幻想郷を守る為にならどんな働きもしますので、彼女の役に立つ事は幻想郷のためになる確率が高い、という事です」

神峰「なるほど……」

さとり「しかし、ここ最近は平和ですし、異変が起きても博麗の巫女が解決してしまいますから……八雲紫と関わっても、無理難題を押し付けられて彼女がほくそ笑むだけかもしれませんね」



236: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:39:38.15 ID:A2DD6JVtO

博麗の巫女と聞いて神峰がピンと来る。こいしに貰った本で読んだ覚えがあった。

神峰「博麗霊夢! 幻想郷縁起にも載ってたな!」

紫「まさかこんなに早く地上に来る事になるなんて思わなかったわ」

神峰「!?」ビクッ

自然に、しかし唐突に輪の中に入って来た紫に気付いて、空の背中でビクリと跳ねる神峰。乗車中はなるべく体を安定させてもらいたいものだ。

さとり「……出ましたね」

ジトリと睨むさとりに対して、紫はスキマから胸まで体を出してスキマの縁に肘を置き頬杖をついて喋りだした。

紫「貴女が私の話をしてくれたからね」

さとり「冬眠しているのではなかったのですか?」

紫「私の名前が聞こえたから起きてきてあげたのよ。……ところで神峰翔太さん? 私の役に立ちたいというなら、ちょうどこの前、親友に大合奏が聴きたいって───」

さとり「いきなり勧誘しないで下さい!!」

突然話す相手を変える紫に苛立ちを覚えながらも、一行は地上を目指す。

─────


──



237: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:41:14.95 ID:A2DD6JVtO

穴を抜けて地上へ出ると、全身に太陽の光を感じ、思わず目を細める。
先日見た空が発した輝きとはまた違ったその光に感動を覚えると、次に地上特有の空気や草の匂いが鼻を刺激する。
ついに地上へ出たのだ。

地上へ出ても空はそのまま上昇を続け、地上を見下ろしながら人里へ向かった。


【人里】

こいし「ようこそ人里へ!」

神峰「」ズルッ

お空「こいし様だー!」

さとり「先回りしていたのね……」

人里に到着すると、こいしが見覚えのある謎の──両手と片足を上げた──ポーズで出迎えた。
ついさっき別れを告げてここまで来たというのに(そういえばこいしには会っていない)、平然と目の前に現れたこいしを見てずっこける神峰。

こいし「うふふ……村人Aの私がいい情報をあげるね!」

神峰「いい情報……?」

こいし「もしもここで住む場所が見つからなかったら、お寺に行くと良いよ! とりあえずは面倒見てくれると思うから」



238: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:42:04.40 ID:A2DD6JVtO

神峰「寺か……まぁ、身寄りもねェし、出家には都合が良いのかも知れねぇけど……。ありがとな!困った時は頼ることにするよ」

神峰が村人Aの情報を選択肢の一つとして検討しながら礼を言うと、背後から紫の声がかかる。

紫「人里へ入る前に、霊夢と顔合わせしておいてくれるかしら?」

神峰「紫さん!? 着いて来てたんスか!?」

さとり「何故博麗の巫女と会う必要があるのですか?」

再び紫の姿を見て恨めしそうに言うさとり。あまり神峰を紫と関わらせたくないようだ。

紫「幻想郷の役に立ちたいなら、覚えておいて貰った方が良いでしょう? それに今このタイミングじゃないと、彼、神社に行けないでしょう?」

こいし「人里から神社までに妖怪が出るもんね」

さとり「……そういう事なら……腑に落ちませんが……」

さとりは渋々了承して、一行は博麗神社へ向かった。



239: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:43:20.82 ID:A2DD6JVtO

【博麗神社】

何故か妙に新しい神社に着くと、紫が本殿の縁側でお茶を飲む少女に話しかける。

紫「霊夢、居るかしら?」

霊夢「なによ……? アンタ眠ってんじゃなかったの?」

紫「貴女に会わせたい人がいたから連れて来たのよ」

紫と霊夢が話していると、隣にいた白黒の少女が口を挟んできた。

魔理沙「紫が冬眠から起きてまで会わせたいヤツなんて、面倒事の予感しかしないぜ」

紫「大丈夫よ。きっと貴女達の助けになるわ」ニコッ

霊夢魔理沙(怪しすぎる……)

ニコリと笑顔を作り大丈夫と言う紫を心底怪訝に思う二人を他所に、紫は振り向いて神峰達に合図をした。

紫「来て良いわよ」



240: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:44:09.06 ID:A2DD6JVtO

紫の合図で神峰とさとりと空が姿を表し、神社へと歩いて来る。

霊夢「!……誰かと思えば、地底の覚り妖怪ね」

魔理沙「……と、人間がいるな」

二人の少女のもとまで近づくと、神峰は緊張しながら自己紹介をする。

神峰「……初めまして。神峰翔太です」

自己紹介を聞いた後、しばらく間が空いてから霊夢が半目を開けて口を開く。

霊夢「……で、この人が何の役に立つっていうの? 普通の人間じゃない。悪いけど、私の役に立ちそうには無いわ」

紫「酷い言われ様ね……でも、貴女が困窮した時の経済的支援ならしてくれると思うわ」

神峰「!?」

その言葉を聞いて思わず紫の方へ振り返る神峰。
紫は気にも留めずに続ける。



241: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:44:58.61 ID:A2DD6JVtO

紫「それに……ただの人間でもないわ。彼は心を見る程度の能力を持っているから」

魔理沙「それでさとりと一緒という訳か。何だ、さとりの男自慢か」

魔理沙の一言にさとりも黙ってはいられない。

神峰「ちょっと待ってくれ! 俺にはまだ住む家も無ェんだけど!?」

さとり「どうして皆さんそういう解釈をするんですか!? 翔太さんは今日から人里で暮らしますから!」

霊夢「───なんて言ってるけど?」

紫「大丈夫よ。彼が働けばすぐに儲かるわ」

魔理沙「なるほど、心を見る能力で儲け放題ってことか」

その一言にすかさず反論する神峰。

神峰「悪ィスけど、この目をそういう使い方する気はねェッス」

魔理沙「うん?じゃあどうやって儲けるんだ?」

さとり「翔太さんは地底で成長しましたから、その時の技術を使えば接客に役立ちます。能力は自己申告なので、誤解されたくないのなら"心を掴む程度の能力"と言っておけば良いでしょう」

魔理沙「何だそりゃ? 深窓の令嬢を助けに来た大泥棒か?」

神峰「それは心を盗む能力……」

そんな周りのやり取りを眺めていた霊夢が、会話を遮って口を開く。

霊夢「───まぁいいわ。わざわざ挨拶に来てくれたんだし、世話になる事は無いでしょうけど、よろしくね。博麗霊夢よ」

魔理沙「お前が儲けたら世話になるぜ、よろしくな。私は霧雨魔理沙だ」

神峰「よろしくお願いします!」

さとり「結局挨拶だけでしたね……もう行きましょう。翔太さんの家を探す時間が減ってしまいます」

話が終わる気配を察して、茶菓子を頬張っていた空が確認をとる。

お空「もういいー?」



242: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/08(金) 14:46:29.99 ID:A2DD6JVtO

───



【人里】

お空「到着!」

再び人里の入り口へ降りる。ここから先は妖怪が入るのはあまり好ましくないため、ここでお別れである。

さとり「……グダついてしまいましたけど、私達の助けはここまでです。頑張って下さい」

神峰「ああ。さとりも、頑張れよ!」

さとり「はい。貴方が生きている間に必ず! こいしの心を開いて会いに行きますね」

神峰「楽しみにしてるよ。俺も、ここから再スタートだ!上手くやっていけるさ」





───と思っていたが、違った


ザワザワ

「おい、あいつさっきもいたよな?」

「妖怪に連れられて来たぞ?」

「また外来人か……」

人里の住人達がこちらを窺い警戒の色を見せている。

さとり「……どうやら、歓迎ムードではありませんね」

神峰「みたいだな……。でも、やってやるよ!地底でも出来たんだ」

さとり「人間の村社会というのは、結び付きが強い分、地底の方達のようにはいかないかも知れません」

神峰「それでも、真摯に心と向き合っていけば……受け入れてくれるさ」

お空「頑張ってね!」

さとり「お達者で」

神峰「お前達もな! こいしの心が開いた時にまた会おうぜ!」



そう言って、お互いに背を向けて行くべき場所へと歩き出した。



247: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:31:25.76 ID:vNJhnM+5O

さとり「あ」








神峰「?」

何かを思い出したかのようにさとりの口から声が洩れる。
その声が聞こえた神峰も気になり立ち止まって、後ろにいるさとりを振り向いた。
さとりも同じく振り返り、神峰のもとへ寄って来た。



248: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:31:57.67 ID:vNJhnM+5O

さとり「忘れてました。地底でも行われるのですけど、翔太さんは見た事ありませんでしたね」

神峰「何をだ?」

さとり「幻想郷ではスペルカードルールという決闘が存在します」



さとり説明中...



神峰「つまり花火が見えたら近寄らないように気を付けろって事だな?」

さとりの説明を要約して復唱すると、さとりはコクリと頷いた。

さとり「人里上空なら弾幕ごっこもしないとは思いますけど……念のため。地上では盛んに行われると思います」

神峰「わかった! ありがとな!」

さとり「それでは」

今度こそ本当に別れて神峰は人里へと踏み出して行った。

……………

……



249: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:32:42.68 ID:vNJhnM+5O

神峰「しかし……完全にアウェーだ……皆余所者を見る目じゃねェか」

少々怯えた様子で人里を歩く。
周りからの視線に萎縮してしまい、キョロキョロと人々の心を窺ってしまう。例え成長出来ても、人はそう簡単には変われないのだ。
そんな神峰の背後から、何者かから呼び止められる。

慧音「おい、お前。妖怪に連れらて来たな? 人間か? 何者だ? どういう関係だ? 何を企んでいる?」

振り返ると、頭に奇妙な帽子を乗せた長い白髪(前髪には青のメッシュが入っている)の女性が立っていた。

神峰「え?えっ?」

神峰(スゲェ警戒されてる……!当然と言えば当然か)

露骨に警戒され、おまけに質問攻めを喰らう神峰に、目の前の女性は返答を急かす。

慧音「質問に答えろ!」

神峰「いっぺんに言われても答えきれねェス!」

半分泣きながら訴えると、先程聞かれた質問を思い出しながら、自信無さ気に両手の人差し指を合わせて自分の事を説明する。



250: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:33:26.49 ID:vNJhnM+5O

神峰「とりあえず自己紹介しとくなら……神峰翔太です。外の世界から来た人間ス。二ヶ月ほど地霊殿で暮らしてました……能力は……"心を掴む程度の能力"……ス!」

慧音「地霊殿……旧地獄か! 人間、しかも外来人がよく地底で生きていけたな!?」

地底から出て来たと知って驚愕すると、神峰が補足するように説明する。

神峰「さとりに匿って貰ってたんで」

慧音「心を読む妖怪か……。よく地上まで出て来れたものだ。さとりがけしかけたのか?」

地底で妖怪と知り合って生き延びたと分かっても、彼女の疑念は尽きずに神峰に問い詰める。
しかし神峰は心外だといった態度で強く否定した。

神峰「違います!! さとりの願いを叶えたから……今日から人里で生きる事になったんス。そういう約束をしてたんで……」

その神峰の態度を見て、女性の肩から力が抜けると、表情が柔らかくなった。
警戒を解いてくれたようだ。



251: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:33:57.99 ID:vNJhnM+5O

慧音「そうか……嘘ではなさそうだな。警戒して悪かった。今まで大変だっただろう? 行くアテはあるのか? さとりが手配してるのか?」

神峰「いえ……その……今から探す事に……0からのスタートなんス。困ったら寺に行けって言われたから、いざという時は……」

心配してくれるのは有難いが、神峰は言い辛そうに答える。
その返答を聞いて、質問した本人も申し訳なくなった。

慧音「そっ、そうか……。だけど、外来人がいきなり住居をくれと言っても、貸してはもらえないだろう……」

神峰「そうッスよね……保証人もいねぇし」

しゅんとする神峰に見兼ねたのか、つい助け舟を出してしまう。

慧音「……もし万が一の事があったら、私を頼ってもいい。寺子屋をやっている。場所を教えておこう」

神峰「!! イイんスか!?」

慧音「人里で余所者が生活するのは大変だろうからな……馴染むまでは頼るといい」

神峰「あざす!」



252: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:34:33.42 ID:vNJhnM+5O

……言ってしまった。弱々しい神峰の態度を見ていると、何かが良心を刺激する。母性だろうか。
言ってしまったものは仕方ない。口から出た言葉は取り返せない──彼女にはその限りではないが──
困った時は助けてやるとしようと、彼女は密かに心に決めた。


神峰を自分の勤める寺子屋へ案内して、ついでに自己紹介もしたところで慧音と名乗った女性が訊ねる。

慧音「これからどうするんだ?」

神峰「まずは寺の確認をして、その後駄目元で部屋借りれねェか聞いてみます」

慧音「その意味もあるけど、どうやって生活していくんだ、と聞いているんだよ」

神峰「どっか求人募集してないスかね……?掲示板とかに貼り出してないスか?」

慧音「そりゃ人出が欲しい時は貼り出されるが……」

慧音が答えながら記憶を探るように目を泳がせると、何かに気付いたようにハッとして

慧音「いや、無いな」

神峰「!?」

無いと答えた。



253: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:35:23.22 ID:vNJhnM+5O

慧音「今、貼り出されているのはほとんど妖怪からの依頼だ。そんな仕事を外の人間が出来るか?」

神峰「内容によっては……」

慧音「……まぁ、寝る場所を確保してから仕事を考えるんだな。時間をとって悪かった」

一通り聞きたい事を聞いた慧音は、そのまま寺子屋へと戻って神峰と別れた。



なんとか何事も無く疑いを晴らせた事に安堵して一息吐いた所で、やるべき事を達成するために行動を起こす。

神峰「……よし、寺を探すか」

こいし「案内してあげるね」

神峰「おお、悪ィな───!?」

聞き慣れた声にいつもの調子で返事をしかけて違和感に気付く。

神峰「まだ居たのか!?」

こいし「私は翔太を見送りに来たんじゃないもん。地上に遊びに来たのよ?」

神峰「せっかくジョジョ三部の最終回みたいに別れたのに……余韻も台無しだ」

それも既にさとりが振り返ったおかげで台無しになっているが。

こいし「何言ってんの? こっちだよ」

神峰がよく分からない事を言ってるが、こいしは気にせず案内をする。



254: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:36:03.45 ID:vNJhnM+5O

【命蓮寺】

こいし「ここだよ」

神峰「命蓮寺……」

こいしの案内で目的地へ到着すると、神峰は目の前の大きな門に掛かっている看板を見上げて読み上げる。
そんな神峰に、門の前を掃いていた垂れ耳の少女が大声で挨拶をする。

響子「こんにちはー!」

神峰「!!」

響子「お客さんですか!?」

神峰(ぐわっ…うるせェ……!)

近くにいるにも関わらず大声で話す少女を前にして、耳の奥に痛みを感じる。
しかし話しかけられているのに耳を塞ぐのも失礼だと思い、我慢して垂れ耳の少女と会話する事にする。

神峰「ああ……ここの人に話があるんだけど、会わせて貰えねェスか?」

響子「どうぞどうぞー! いらっしゃいませー!」

神峰「お邪魔しまス」

神峰の話を聞くと、垂れ耳の少女は笑顔で快く門の中まで案内してくれた。



255: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:36:40.69 ID:vNJhnM+5O

星「おや、お客さんですか? こんにちは」

神峰「こ、こんにチワ!」

本堂まで近づくと、神峰に気付いたのか寺の者と思しき女性が迎えてくれて、神峰は緊張気味に挨拶を返した。

星「私は虎丸星といいます。本日はどのような用件でいらしたのですか?」

神峰「神峰翔太ッス。……あの、俺、今日から人里で暮らす事になったんスけど……まだ住む所が無くて……」

星と名乗った女性に優しく質問され、まずは自分も名を名乗り事情を話す。が、情け無さからか申し訳無さからか、神峰の声がどんどん小さくなっていく。

神峰「それで、もし今日住む場所が決まらなかったら……厚かましいと思うんスけど……泊めて欲しくて……」

自信無さ気に星と目を合わせて言い切ると、星はふむ、といった態度で再び質問する。

星「人間が今日から人里で暮らすという事は……あなたは外来人なんですね?」



256: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:37:20.24 ID:vNJhnM+5O

神峰「そうッス! こいしに寺を頼るといいって言われて……」

こいしの名を聞くと、今日来たばかりの外来人がなぜ命蓮寺を頼って来たのか(理由が無ければ来てはいけない訳ではないが)得心が行ったようで、なるほど、と手を叩いた。

星「こいしさん……最近寺に出入りするようになったあの子ですね! ……分かりました。上に掛け合ってみますので、少々お待ち下さい」

神峰「お願いします!」

神峰(そういや……いつの間にかこいしがいねェ)

星が奥へと引っ込んだ後周りを見渡すと、こいしの姿が消えていた。

……………

……



257: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:38:16.94 ID:vNJhnM+5O

しばらくすると星が、この寺の住職であろう女性と共に戻って来た。

聖「お待たせしました」

神峰「!」

聖「私がここ命蓮寺の住職、聖白蓮と申します」

聖を見た瞬間、聖の心を見た瞬間、その心に思わず見入ってしまう。

神峰(スゲェ……!なんて穏やかな心なんだ……。何でも受け入れくれそうな包容力を感じる……俺ももっと早くにこの人に会えていたら、なんて考えちまうくらいだ)

その神峰の様子を、聖は何も思う事無く話し始め、神峰も我に返り聖と目を合わせる。

聖「外来人なのだそうですね。我々も最近人里に来たので、苦労する事が多いであろう事は想像できます。里に馴染むまでは我々を頼るといいでしょう」

神峰「あ……あざす!」

あっさり了解を得られた事に安堵して、思わず声が大きくなる。
そんな神峰を見て、星も嬉しそうに話しかける。

星「良かったですね。これから住居を探しに?」

神峰「はい。家が見つからなくても明日には仕事も探していこうって考えてます」

星「そうですか。頑張って下さいね」

聖「困った時はいつでもいらしてください」

神峰「よろしくお願いします! ありがとうございました!」



258: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:39:03.39 ID:vNJhnM+5O

二人に深く頭を下げてから命蓮寺を後にする。
門を出ると垂れ耳の少女がいたので、彼女にも礼をすると、元気良く手を振って見送ってくれた。

響子「さよーならー!」

神峰「……よく考えたらあの子、妖怪だよな……? 今まで地底に居て違和感感じなかったけど、人里にも妖怪がいるのか……? 幻想郷縁起最後まで読んでみるか」

歩きながら垂れ耳の少女の事を考える。
彼女の頭にあるのは所謂犬耳ではないか。地底で妖怪としか接点がなかったので全く不思議に思わなかったが、ここは人間の住む場所だ。
そんな事を考えるが、答えは幻想郷縁起に載っているだろうと思考を切り替える。

神峰「その前に家だな!」

……………

……



259: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:39:42.49 ID:vNJhnM+5O

何とか見つけた大家を前にして、神峰は背筋をピンと伸ばして汗を滴らせて緊張した面持ちで椅子に座っていた。

「───お兄さん外来人だろ? ここのお金持ってんの? 仕事は? 誰が保証人になってくれるのさ?」

神峰「お金なら少しだけ持ってます……仕事はこれから探して……保証人は……いねェス…………何とかなりませんスか……?」

見るからに警戒し疑っている心を向けられても駄目元で交渉すると、大家はギロリと神峰を睨んで捲し立てる。

「アンタ舐めてんの? そんな人、ドコも住まわせてくれないよ? せめてまとまったお金くらいは持ってきてもらわないと!」

神峰「うっ……!やっぱ無理スか……」

「当たり前でしょ! アンタも駄目元かい!! ここは外来人には厳しいからね、仕事に就くのも簡単じゃないよ? 外の世界ほど便利じゃないけど、アンタちゃんとやっていけるの!?」

神峰「接客なら……客引きは得意ッス! ここの設備で料理もした事あります」

「あっそう。ウチは仕事は斡旋してないから、そういうのは他所で言いな」

訊かれたことに答える事は出来たが、部屋を借りるには全く意味を持たなかった。
大家はもう話をする気が無いようで、シッシッと神峰を追い出す仕草をする。

神峰「……」



260: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:40:34.05 ID:vNJhnM+5O

………




神峰「早速行き詰まっちまった……。仕方ねェ、仕事から見つけるしかねェか!」

住居を得る事ができずに落ち込みを見せる神峰だが、すぐに切り返して仕事を探す事にする。
伊達に地底で求人全滅を体験してはいない。

神峰「向こうに掲示板があるな。妖怪からの依頼がほとんどだって言われたけど……それはそれで興味あったり……」

怖いもの見たさだろう。妖怪の街で生活していたために、地上ではどんな依頼があるのか気になるのだ。
掲示板を見つけると足早に接近してチラシを見る。



261: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:41:24.32 ID:vNJhnM+5O

神峰「結構あるもんだな……。"治験の被験者募集……永遠亭まで"……確か薬師が居る所だよな。俺でも出来そうだし、他に無かったらここしかねェかも……」

神峰「献血の募集もしてるな……紅魔館? 霧の異変を起こした所だったハズだから……食用じゃねェか!!」

神峰「"盗っ人の情報提供お願いします。正月早々、本を一冊盗まれたので、心当たりのある方は稗田まで"……これには協力出来ねェや」

神峰「"新製品のモニター及び販売してくれる盟友いませんか?"おっ、これはイイかもな! 河童からの依頼か! 人間に交友的だったよな。よし、サインしとくか」カキカキ

目ぼしい依頼を見つけたので自分の名前をサインする。
販売ならば地底でやった事の応用で出来るだろうと考えての事だ。上手くいけば定職を得られるかも知れない。
そんな期待を膨らませ、他のチラシにも目を向ける。

神峰「あとは……"バンドメンバー募集"? 紫さんか……そういや地上に行く時に勧誘されたな……さとりの言ってた事も気になるし……前向きに検討しとこうかな……」

他には妙に可愛い命蓮寺の門徒募集のチラシが貼ってあったり、守矢神社が信者を募っていたり、宗派争いの片鱗が見え隠れしていた。



262: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:42:22.31 ID:vNJhnM+5O

神峰「明日の昼に河童と待ち合わせだな。どんな人が来るんだろう……?」ドキドキ

神峰「出来ることはやったハズだ……! もう日が暮れてる……スゲェ久しぶりに夕日見たな……。今日は命蓮寺に世話になるか」

久しぶりに見る夕日に目を奪われながら、ほんの少しの不安と僅かな期待を胸に、命蓮寺へと足を運ぶ。

…………

……

【命蓮寺】

神峰「今晩は~……」

ナズーリン「うん? 君は……こんな時間に何か御用かな?」

命蓮寺の門をくぐると、妖怪であろう丸い耳を持った少女と出会った。
口ぶりから考えると寺の者なのだろう。

神峰「いえ……こちらにお世話になりたくて……星さんと住職さんには話していたんスけど……」

ナズーリン「ああ、君が……。分かった、来るといい」

神峰が事情を話すと、どうやら話は伝わっていたらしく、神峰を本堂の中へと案内する。

神峰「お邪魔します」

………





263: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:42:58.14 ID:vNJhnM+5O

聖「結局、住む場所は見つかりませんでしたか……」

聖のもとへ通されると、聖は神峰を確認して察したのだろう、口を開いた。

神峰「はい……保証人はともかく、やっぱまとまったお金は必要みたいなんで……みっともねェスけど、お世話になります」

聖「そうですか。分かりました、住む家が見つかるまではここで暮らすといいでしょう」

神峰「イイんスか!? そんな迷惑かけちまって……!」

神峰は思わぬ申し出に困惑する。

聖「困った時は……、ですよ」

そんな神峰に、聖は人差し指を自分の口の前に立ててウィンクしながら言う。

神峰「ありがとうございます!」

聖「もうすぐ夕飯の時間なので、その時皆さんに紹介しますね」



264: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:43:39.61 ID:vNJhnM+5O

~夕飯時~

住み込みで暮らしているため、夕飯は母屋の食卓で行われる。
命蓮寺のメンバーが揃った所で、聖が神峰を皆に紹介する。

聖「こちらは神峰翔太さんです。今日から人里で暮らす事になった外の方なのですが、住む場所が見つかるまでは命蓮寺で生活するようになりました」

神峰「よろしくお願いします」ペコ

神峰が頭を下げると、歓迎するような元気な声が飛んできた。

響子「よろしくお願いしまーす!」

星「よろしくお願いしますね」

一輪「よろしくお願いします」

「「「よろしく」」」

神峰「……見た感じ、妖怪が多いスね」

食卓に座る面子をパッと見ると、羽や耳や尻尾を持つ者が多い。そんな神峰の言葉に星が補足するように応える。

星「ここ命蓮寺は人妖平等を謳ってますからね。戒律で人を襲う事を禁じているので安心して下さい」

神峰「ここでも守られるのか……」

妖怪に囲まれた空間で生活し、さらに上の存在によって守られているこの状況を知り、地霊殿に居た記憶が脳裏に浮かぶ。

聖「……では、軽く自己紹介してから頂きましょう」



265: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:44:55.14 ID:vNJhnM+5O

………




星「そうだ! 折角なので神峰さんの事を教えていただけますか?」

一通り紹介が終わり、いただきますの合図がかかった後に、星が思い付いたように提案した。

神峰「俺スか? どんなことを聞きたいんス?」

星「幻想郷に来る前の事など、身近な事をお願いします」

外来人という事で色々と興味があるのだろうと思い、何から話そうかと思案する神峰。
自分の事を話すにしても、暗い過去しか持たない上に、その理由を他者に言うのも憚られる。……さとりの事が脳裏に浮かぶが、思い切って言ってみる事にする。
嫌われるかも知れないが、そんな事は考えずに。
幻想郷では、常識に囚われてはいけない。地底に追われる事になっても、いい!(約束した手間カッコ悪いけど)

神峰「……俺の目、人の心を見る事が出来るんスよ」



266: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:45:33.12 ID:vNJhnM+5O

「!!」

神峰「その目のおかげで、人間関係が上手くいかなくて……絶望してたんス。そんな時に、紫さんが俺を幻想郷に招いた……らしいッス」

ナズーリン「まさか八雲紫の名前がでるとは……」

八雲紫の名を聞いてどよめきが起こる。しかし、神峰の次の一言でそんなものは吹き飛ぶ事になる。

神峰「それが約二ヶ月前の話ッスね」

村紗「はあ!? じゃあ二ヶ月前から幻想郷に居たっていうの!? 今までどうやって生きて来たの?」

神峰の口から出た衝撃の一言に思わず声をあげる村紗に、神峰は虚空を見上げながら思い出すように話し始める。

神峰「幻想郷に来た瞬間、大きな穴に落ちてました」

ぬえ「それ死ぬじゃん」モグモグ

神峰「何とか助けてもらって、二ヶ月ほど地霊殿って所にお世話になってました」

村紗ぬえ一輪「」ピタッ

地霊殿、と聞いて、三人の箸を伸ばした手が止まる。

星「なるほど、地底に居たのですね。よく生きて出られましたね?」

ごもっともな疑問だ。
そんな疑問にも、懐かしむようにはにかみながら神峰は答える。



267: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:46:11.43 ID:vNJhnM+5O

神峰「いろいろ助けてくれて、さとりには感謝してるッス。……で、今日晴れて地上に送って貰ったんス」

ぬえ「ふーん……あのさとりに匿って貰ってたのね? あのさとりがまさかねェ……」ニヤニヤ

ニヤニヤしながら復唱するぬえ。
さとりは地霊殿に引きこもり、排他的な生活をしていたから無理もないだろうと結論付ける神峰

神峰「知り合いなんスか!?」

村紗「私達も地底に封印されてた妖怪だからね」ニヤニヤ

一輪「と言っても私達三人ですがね」

神峰「そうだったんスね!」

何故かニヤついてる三人を、その理由など気にもしない神峰の横から、聖が声をかける。

聖「神峰翔太さん……よろしければ我々命蓮寺の一員になりませんか?」

神峰「いきなりどうしたんスか!?」



268: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:46:57.64 ID:vNJhnM+5O

明らかに他の命蓮寺メンバーとは温度差が感じられ、彼女の心に目を向ける。

神峰(あれ……? なんか……もしかして同情されてる!?)

聖「いつの世も力を持つ者は迫害されるものです……今まで辛かったでしょう……。我々は人妖平等に、力を持ち、迫害される者を受け入れています。神峰さんさえよろしければ、命蓮寺は歓迎しますよ」

優しく語りかける聖から後光が見えた気がした。いや、その心からは後光が差している。

神峰(優しさが眩しい……!なんか……スゲェ申し訳ねェ……でも……!)

思わずはいよろしくお願いしますと言いそうになるが、踏み留まる。

神峰「ありがてェスけど、お断りさせてもらいます……。確かにスゲェ辛かったスけど……さとりのおかげでもう平気ッス!」

村紗ぬえ一輪「何ソレ!? もっと詳しく!<●><●>」パカーーーン!

神峰「何なんスか!?」

地霊殿にて燐がしていたのと同じ表情をして詳細を求める三人の押しに負けて、神峰は説明を始めた。



269: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/10(日) 12:48:14.60 ID:vNJhnM+5O

神峰の説明が終わると、村紗は期待外れといった態度に一変する。

村紗「なーんだ、思ってたのと違うじゃない」

ぬえ「いや、さとりの方はまだわかんないよ?」

マミゾウ「……それで、仕事の方はどうなんじゃ? 何かアテはあるのかの?」

神峰の話が終わり、村紗、ぬえ、一輪が盛り上がるのを他所に、マミゾウが神峰に訊ねる。

神峰「一応、地底で接客を鍛えたんで、それを活かして行きてェスけど……今日掲示板で河童の依頼を受けて来ました!」

やれる事はやったので、あとは結果を出すのみだと意気込む神峰。

星「明日から探すと言っていたのに、行動が早いですね」

神峰「やれる事はやっとこうって思って」

マミゾウ「河童か……あやつらは確かに技術はあるが、妙な物ばかり作っておるぞ? 正直、あまり金にはならんと思うのじゃが」

どうやら河童がどのような物を作っているのか知っているらしい。
マミゾウが助言するも、神峰はすぐに稼ごうとは考えていないらしい。

神峰「まずは里の人達の信用を得る所から始めようって考えてるんスけど……」

聖「地道にコツコツと積み上げて行く。素晴らしいと思いますよ。我々もそうやって理解を得て来ましたから」

神峰「経験者がいると心強いッス! さとりもこんな気持ちだったのか……」

旧都へと繰り出したさとりの心境を自分の立場で考えて想像すると、現在の自分と同じ気持ちだったのかも知れない。
そんなことを考えながら夕飯の時間が終わっていった。

─────

──



276: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:39:57.76 ID:ExKpUwXvO

~翌昼~

神峰「そろそろ時間だよな……。どんな人が来るんだろう……」ドキドキ

神峰が緊張して掲示板の前で依頼主を待っていると、何者かの足音が近付いて来るのに気付き、足音がする方向へ顔を向けた。

にとり「やあ、君が神峰翔太?」

そう言って歩いて来たのは髪をツーサイドアップに結って帽子を被り、大きなリュックを背負った少女だった。

神峰「そういうアンタは河城にとり」

なんとか挨拶をしようとするが、緊張で全く違う事を口走る神峰。そんな神峰の第一声を聞いたにとりはキョトンとした表情になる。

にとり「は?」

神峰「あ!? いえ! ちょっと緊張しちまって!」

にとり「……まぁ、ついて来なよ。道中説明するからさ」

慌てて取り繕う神峰をさほど気にする素振りも無く、にとりは仕事の話をするために神峰を連れて掲示板から移動を始めた。




河童説明中...



277: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:40:55.73 ID:ExKpUwXvO

移動しながら話をしていると、気付けば人里からかなり離れて大きな山の麓まで来てしまった。
さらに歩を進めると沢へと辿り着く。

神峰「つまり自分の作った物を人間にも使って欲しいから、試運転と販売をやって欲しいんスね?」

にとり「そういう事だね。さぁ着いたよ、ようこそ、河童の住処へ」

……………


……


【河城家】

にとりの家に入ると、沢の雰囲気には似つかわしくないラボがあった。

にとり「これは私が使うために作った物なんだけど、飛べない人間も使ってくれないかと思って量産したんだけどね、なかなか評判が良くなくて……」ガシャ

そう言って棚から荷物を取り出し神峰に手渡す。

神峰「重た……! 何スか? リュック?」

にとり「よくぞ聞いてくれた!これは中にプロペラが入っていてね、スイッチ操作で自由に空を飛ぶ事が出来る装置なんだ!」

神峰「おお! それは便利そうスね!」



278: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:41:53.02 ID:ExKpUwXvO

自由に空を飛ぶ。それは外の世界でも憧れる夢である。
幻想郷には飛べる者もいるが、それでも普通の人間は飛ぶ事が出来ないのだ。それをこんなリュックで可能にするのは大した発明ではないだろうか。
神峰の反応に気を良くしたにとりは、自慢するように詳しい説明を始める。

にとり「そうだろうそうだろう。その上、オプションとしてマジックハンドとミサイルを搭載して、妖怪に襲われても撃退出来る優れ物なんだ!」

神峰「ちょっと待ってくれ」

にとり「どうしたんだ盟友?」

何か物騒な名詞が聞こえた気がして話を止めると、にとりは何か分からない事があったか? という感じの表情で聞き返す。

神峰「盟友って……。いや、ミサイルって何スか? マジックハンド? そんなの付けたから重いんスね。つーかそんなの物騒で持ちたくねェスよ……」

にとり「知らないのか、ミサイル? 私が持ってる物を量産しただけだからね、だから小型ジェットエンジンで高速飛行出来る装置もサービスだ!」

決してそんな事はない。ミサイルが分からないのではない。何故ミサイルが搭載されているのかが分からないのだ。ついでにマジックハンドも。

神峰「無駄にハイスペックだな!? 悪ィスけど……もっとシンプルで便利なヤツの方が人間にはウケると思うんスよ」



279: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:42:45.10 ID:ExKpUwXvO

それを聞いて、にとりは困った表情をしながら次の製品を取り出した。

にとり「うーん……じゃあこれはどうかな?」

神峰「笛?」

にとりが手に持っていたのは、掌に収まる位の円筒状の笛だった。

にとり「虫が嫌がる音波を出す笛だよ。夏や畑仕事で役立つだろう?」

神峰「おお! これは売れそうス!」

先ほどの製品とは違って実用的な物が出て来て、売れそうだと気分が高揚する神峰。

にとり「どうせならと思って鳥除け、獣除け機能も付けておいたんだ」

神峰「畑仕事には有難いスね!」

にとりの説明でさらにテンションが上がる。

にとり「幻想郷だからさらに強化して妖怪除けも足したんだけど……人間が音波に耐えられなくて、現在吹ける者が居ないんだ」

神峰「なんでそんなに無駄な機能ばっか付けてんスか!? だから売れないんスよ!!」

その上がったテンションそのままで、勢い良くにとりにツッコミを入れる。

にとり「無駄だと!? 失礼な!!」

すると神峰の言った事がカンに障ったのか、にとりも激昂し、ぎゃあぎゃあと取っ組み合いの言い合いに発展した。



280: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:43:22.09 ID:ExKpUwXvO

……………

……


神峰「うう……強え……」バタ

数分後、そこには仰向けに倒されて息も絶え絶えの神峰を見下ろすにとりがいた。

にとり「ふん!人間が私に相撲を挑むなんて100年早いね!」

にとりがキレ気味に他の製品を説明していると、いつの間にか相撲へと発展していたようだ。
神峰は倒れたまま視線をとある製品へと向ける。

神峰「結局……なんとか売れそうなのはこの包丁だけか……」

にとり「なんとかとはなんだ。この素晴らしさが分からないのか?」

再び、まるで自分が作った物が売れないかの様な神峰の物言いに、ムッとしながら説明を始めるにとり。



281: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:44:00.87 ID:ExKpUwXvO

にとり「動体センサー(妖術)を搭載して確実に狙った所へ刃を通す精密性、応用すれば飛んでるハエも捉え、投擲も出来る優れ物だ! トリガーを引けば超振動して、鍋やフライパン程度なら紙のように切断出来るんだぞ!?」

神峰「そんな恐ろしい包丁で何をさせる気なんスか!?」

にとり「料理に決まってるだろ!!」

絶対に料理だけでは済まない。
でなければ金属まで切断する必要は無い。投擲だってする必要は無い。

にとり「とにかく、ちゃんと売って来てくれないか? それ、かなり良い鉄使ってるんだよ。売り上げの二割あげるからさ」

神峰「売れる気しねェスけど……そういう契約スもんね……」

自分で売れそうだと言ってしまったので渋々承諾すると、にとりの表情がパッと笑顔に変わって在庫を押し付けてきた。

にとり「ありがとう! じゃあ、はい!」ドチャドチャ

神峰「こんなに量産してたんスね……」



282: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:44:34.98 ID:ExKpUwXvO

にとり「あと、これは前金!」

前金! と元気よく差し出されたのは、どこをどう見てもキュウリだった。
バトンタッチをするように持たれたそれをまじまじと見ながら、神峰は口を開く。

神峰「……河童の通貨はキュウリだったんスね」

にとり「現金は開発費で溶かしちゃって、今は手元に無いんだ……これで我慢してくれないか?」

神峰「包丁売れたらちゃんとくれるッスよね?」

にとり「もちろん! さぁ人里へ行こう!」


───





283: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:45:11.35 ID:ExKpUwXvO

【人里】

神峰「あの! 包丁要らないスか? これスゲェ便利なんスけど!」

「悪いね、間に合ってるよ。そんなに買い替える物でもないしね」

昼間なだけあって人通りも多い路上で、包丁を持って(もちろん危なくないように箱にしまってある)村人に声をかけるが、成果は芳しくない。
そもそも、包丁で、さらに外来人の神峰が、どうやって他人の興味を惹く事が出来るのかを考えていなかった。

神峰「やっぱ売れねェな……」

にとり「売り方が悪いんじゃないの?」

神峰「うーん……確かにもっと工夫しなきゃいけねぇんだけど、やっぱ昨日来たばっかの外来人には、皆心開いてくれねェな」

神峰「地底での客引きの時はもっと上手くいったのに……説明だけじゃ足りねェ……!」

にとり「えっ!? 君外来人だったの!?」

神峰「そうだ!! ちょっと待っててくれ!!」ダッ

にとりが反応するのと同時に、神峰はアイディアを思い付いたようで、どこかへ走って行ってしまった。



284: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:45:46.69 ID:ExKpUwXvO

【寺子屋】

神峰「先生! 居ますか!?」ドタドタドタドタ

慌しく足音を立てながら勢い良く寺子屋の戸を開ける神峰に、講義中だった慧音は驚いて振り向いた。同時に、生徒達の視線も集まる。

慧音「神峰!? 今授業中だぞ!!」

生徒s「誰ー?」

船を漕ぎかけていた生徒まで、何事かと神峰に注目する。

神峰「スンマセン! あの、机とまな板貸して貰えねェスか!?」

慧音「ああ……別に構わないけど……」

神峰「あざす!」バタバタバタバタ

礼を言うと、再びバタバタと駆けて行く。遠ざかる足音を聞きながら、神峰の勢いに呆気に取られた一同はしばらくポカンとしていたが直ぐに我に帰る。

慧音「なんだったんだ……」

「先生ー今の人誰ー?」

「知り合い?」

「恋人ですかー?」

慧音「ええい! 授業を再開するぞ!!」

子供の好奇心とは強いもので、神峰について知っているであろう慧音を質問攻めにする。が、慧音はそんな質問なぞ無視をして、授業を再開すると怒鳴りつけた。

……………

……



285: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:46:26.36 ID:ExKpUwXvO

神峰「待たせた!」ズリズリ

神峰がどこかへ行って数分、神峰はまな板を乗せた学習机を持って戻って来た。

にとり「なんだい机なんて持って来て。実演販売でもするのか?」

神峰「ああそうだ! 言葉で説明して伝わらねェなら、実際にスゴさを見て貰ったほうが早いだろ?……悪ィけど、これで魚や野菜買って来てくれ。それまではこのキュウリで凌ぐ!!」

にとりの言葉を肯定すると、懐から財布を取り出してにとりに突き出した。
にとりはなるほど、と納得した顔をして財布を受け取ると、直ぐに買い物をするために飛んで行った。

神峰「おし!」

にとりが飛んで行ったのを確認すると、気合いを入れてから
大きな音で二拍、手を叩く。

「!」ピリッ

拍手の音が聞こえた村人達は、音の方向、即ち神峰に目を向けた。

神峰(う……このプレッシャー……注目を引いたは良いけど、アウェーだからな……あの時と同じだ……。……やるか!)



286: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:46:56.57 ID:ExKpUwXvO

注目を集めるために手を叩いたのだが、一斉に視線が集まり気圧される。そんなプレッシャーを浴びながらも意を決して声を出す。

神峰「皆さんよろしければ見ていって下さい! 今からこの包丁の実演販売します! 欲しくなったら何時でも声かけて下さい!!」

「あいつ……まだやってたんだ」

「次は実演販売ねぇ……」

「面白そうだから見て行こうよ」

これだけ目立つ事をしているのに反応が薄い……。予想以上に余所者に厳しいようだ。
しかし神峰は構わず実演販売を始める。

神峰「この包丁、なんと河童が作った便利包丁で、このように転がってズレてしまうキュウリだって精確に捉えて斬ってくれるッス!」トントン

「それってお前の腕が良いからじゃねぇの?」

野次が飛んで来たが、片手で足りる程度でも見ている人がいる事に密かに安堵して、ギャラリーの対応も行う。



287: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:47:40.89 ID:ExKpUwXvO

神峰「確かに料理経験はあるスけど、俺、まだ16の男ッスよ?……さすがにこんな事は、出来ねェスよ……ね!?」ポイッ

言い終わるのとほぼ同じタイミングで、神峰はキュウリを宙へと放る。

「おい、何食べ物投げてんだよ!」

神峰「ほっ」スパパパン

そして落ちて来たキュウリが目の前を通り過ぎて、胸の高さまで来たところで包丁を持った手を動かしてカットしていく。

「おお! 曲芸みたいに着地する前にキュウリを斬っていく!」

「しかも大きさも均等だ!! すげえ!!」

その芸当を目にしたギャラリーから、歓声と拍手が巻き起こった。

神峰「どうすスか?この包丁のおかげで煮物も大きさを揃えて作れるんスよ? かなり危険スけど、子供に料理教える時はこれで動きを覚えさせるなんてどうでしょう?」



288: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:48:18.68 ID:ExKpUwXvO

自動アシスト(妖術)だけに関して言えば、我ながら上手い事を言ったと思う。この包丁にはもっと恐ろしい機能が備わっているというのに……
しかしもう後には引けないのだ。

「おお……確かにすごいな」

神峰「さらにこの包丁……こんなに雑に扱っても!!」ガンガンゴリゴリ

そう言いながら、包丁を、机を出来るだけ傷付けないように叩き付けたり、刃を削る様に擦り付け、再びキュウリを斬り始める。

神峰「良い鉄使ってるんで、刃こぼれ一つしねェでこんなに良く切れます」スパスパ

粗方キュウリを切ってしまったところで、にとりが食材を買って戻って来た。

にとり「ほら、買って来たよ!」

神峰「おお、サンキュー!」

神峰「良いタイミングで食材が増えたッスね。魚の面倒な鱗取りだって、この包丁の精密動作(妖術)で無駄無く素早く出来るッス!」ガリガリ

神峰「で、三枚下ろしもお手のもの」スパスパ

「おお! それはいいな! いくらだ!?」



289: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:48:50.18 ID:ExKpUwXvO

神峰「おっと、肝心の値段を言い忘れてた!……いくらなんだ?」

魚を楽に捌けるのが気に入ったようで、ギャラリーの一人が値段を訊ねてきた。
神峰も反射的に答えようとするが、そういえばいくらで売るのか聞いていなかったため、隣のにとりを見て値段を訊く。

にとり「そうだね……一万五千(現代の貨幣価値)の所を……これなら皆買ってくれそうだからね……一万(現代の貨幣価値)にしとこうか!!」

「よし、俺は買うぞ!」

「私も!」

にとりが景気良く値下げをしたのを聞いて、あちこちから購入希望者が表れる。
そんなギャラリーを前に、神峰はどうしても気になっている事をにとりに確認する。

神峰「……で、これは何だ?」

にとり「見て分からない? ギターだよ。ちょっと遠くに行って買って来た」



290: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:49:25.58 ID:ExKpUwXvO

一体何処に行ったらこんな物が売っているのだろうか。
見てみると全く手入れがされておらず、弦は錆びきっている。まるで投機物を拾って表面を拭いただけみたいな状態だ。……もう修理も出来ないだろう。

神峰「いや、見れば分かるけど……しかもエレキ……。何で買って来たんだよ……俺の財産が……」

にとり「まだアレを使ってないだろ?」

神峰「おいおい、お客さん引くぞ?」

にとり「いいから!やってよ!」

そんなに見せたいとは、余程自慢の機能なのだろう。売り上げよりも自分が造った物を他人に見せたいのだ。開発者気質も困ったものである。

神峰「どうなっても知らねェぞ……」ドンッ

頬に一筋の汗を垂らしながら、ギターを机の上に横たえた。



291: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:50:18.02 ID:ExKpUwXvO

「何だ?楽器なんて出して……」

神峰「えーと……実はもう一つ、この包丁に機能がありまして……」

物凄く言い辛そうな態度をしながら、それでも何とか言葉を選んでもう一つの機能の説明に入る。












神峰「この包丁、ギターも斬れます」











「「「は?」」」



292: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:52:39.33 ID:ExKpUwXvO

ギャラリーの殆どがポカンと口を開ける。無理も無い。誰もが耳を疑っただろう。
しかし神峰は、ギャラリーが自分の言った事を飲み込むのを待たずにギターのネックに包丁をあてがいトリガーを引いて……



ズ バ ン ッ !



「「「!!?」」」



ギターを切断した。




神峰「おい……やっぱりお客さん引いてんじゃ……みんなポカンとしてるぞ───」

どうするんだよと、にとりに言おうとすると、絶句していた客からわっと歓声が挙がった。

「マジで!?」

「スゲェ!!」

「何だソレ!!?」

「ヤベェ!! 何だソレ!? スゲェ欲しいな!!」

「つまり何かを加工する時にも使えるって事だな!?」コクッ

「俺も叩っ斬りてェ!!!」

神峰「アレ……? 以外とウケた……あ」

今度は逆に神峰が呆気に取られるが、 ギャラリーの心を見て理解した。



293: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:54:17.45 ID:ExKpUwXvO

神峰(皆、心掴まれてる……。マジかよ……あのパフォーマンスで……。もしかしてとんでもねェの売っちまったんじゃ……)

にとり「ありがとう盟友!! おかげで大盛況だ!! このままやれば完売出来るよ!!」

神峰「あ、ああ……」

喜ぶにとりとは対照的に、神峰は戸惑いながら生返事しか返せなかった。




一方寺子屋では、授業中に神峰が現れた後に外が騒がしくなるものだから、窓からその様子を窺っていた慧音がクスリと笑う。

慧音「心を掴む程度の能力か。確かに、みんなの心を掴んでいるな」

「何それー? 先生あの人に惚れたって言いたいのー?」

慧音「このマセガキども!」ガー

キャーキャー!

……………

……



294: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:57:12.95 ID:ExKpUwXvO

神峰とにとりが揉みくちゃになりながら包丁を売っていると、一人の客から声がかかる。

「ねえアンタ! 確か仕事探してんだったよね!? ウチの新商品売ってくれない!? 包丁買うからさ!」

神峰「!」

それを皮切りに、期を窺っていた者達も続々と神峰に殺到する。

「ちょっと待った! そいつは俺が目を付けたんだ! 俺、道具屋やってんだけどよ、どうだ? 給料弾むぜ!?」

「おいおい、お前達何勝手に話進めてんだ! ウチだってこいつが必要だ!!」

にとり「盟友!! 私と契約して、専属売り手になってよ!!!」

「んなコト許せるか!!」

心を掴んだ客から受け入れてもらえて、思わず顔が綻ぶ神峰。能力を示した途端にこれだから現金なものである。

神峰「あ、ありがとうございます! あの……! 俺、神峰翔太っていいます! 仕事の依頼なら受けますんで、今後ともどうかよろしくお願いします!!」


「「「「よろしく!」」」」



神峰の言葉に、全員ニッと笑って応えた





───





295: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:58:11.97 ID:ExKpUwXvO

一時間ほどしてようやく開放され、その場にポツンと残った神峰。にとりは売り上げを計算すると上機嫌で帰っていった。

神峰「にとりから給料貰ったし、机返さねェと」

呟いてから、机を持って寺子屋へ移動する。


【寺子屋】

神峰「お邪魔します……机、ありがとうございました!」

教室に入ると、慧音一人だけだった。生徒はもう帰ったのだろうか。
入って来たのが神峰だと分かるると、慧音が口を開く。

慧音「見てたよ、神峰。お前はすごい奴だよ。初対面なのに皆の心を掴んで……。自分の存在まで認めさせてしまった!」

神峰「以前の俺だったら、とてもこんな事はできねェ……。地底でやってきた事が、今に……次へと繋がってんだ! ……全部さとりのおかげだよ……!」

謙遜した言い方だがその顔は晴れやかで、そんな神峰の顔を見て慧音はフッと笑う。

慧音「そうか。……教師として、そのさとりに嫉妬を禁じ得ないな! 私も精進しないとな!」



296: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 00:59:18.49 ID:ExKpUwXvO

慧音が言い終わると、神峰がおずおずと別の話題に切り替える。

神峰「……あの、……スゲェ申し訳ねェんスけど……」

慧音「どうした?」

神峰「もうすぐまとまったお金が手に入る目処がついたんで……その時は……俺の保証人とか、頼めねェ……スか……?」

どんどん声に自信が無くなっていく。本来、会って一日の相手に保証人を頼むものではないが、神峰には頼れる人間がいない。
命蓮寺の誰かには、世話になっている以上、さらに頼むのは心苦しい。となれば、保証人を頼めるのは目の前にいる慧音しかいないのだ。その慧音も、さすがに少し難しい顔をする。

慧音「保証人か……少し考えさせてくれないか? お前がまとまった金を手に入れるまでには答えを出すから、それまで待っててくれ。答えが出たらお前を訪ねよう」

神峰「いきなりスミマセン」

慧音「気にするな。頼っていいと言ったのは私だからな。前向きに検討するよ」

神峰「あざす!」


───





297: ◆.ISTbLb.gQ:2014/08/14(木) 01:00:08.75 ID:ExKpUwXvO

【命蓮寺】

マミゾウ「見ておったぞ、神峰。見事な手際じゃったな! 今度はワシと路上販売でもするか?」

寺へ帰って来ると、何故かマミゾウに絶賛されて、軽口で一緒に商売をやろうとまで言われた。

星「話は聞きましたが、神峰さんにはそういう才能があったんですね!」

ナズーリン「寺の面子もあるから、あまり怪しい物は売らないでくれるかい?」

神峰「そりゃもちろん売らないようにしてるけど……」

アレを売ると決めるのにも相当揉めたのだ。しばらくは河童の依頼は請けないだろう。

聖「この調子ならば、住居もいずれ見つかるでしょうね」

神峰「はい!」


神峰(さとり……ありがとう……!! お前のおかげで、人里でも上手くやっていけそうだ! 成長を実感出来るよ。あとは住む家を手に入れれば、胸張って自立出来たって言える……)

神峰(俺も……お前の心配する必要は無いよな。俺が大丈夫だったんだから、お前だって大丈夫だよな!)

神峰(お前がこいしの心を開いて、俺に会いに来てくれるの、ずっと待ってるからな!!)



人里に来て二日で村人に受け入れてもらい、働き口まで確保出来たのだ。素晴らしい成果だろう。
神峰はどうにか村人に認めてもらえた事に安堵すると、まるでさとりに報告するように独白する。
そしてまた会える事を信じて、顔を上げて前へ前へと進もうと決めた。


神峰翔太が幻想入り【後半】



転載元
神峰翔太が幻想入り
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1406660638/
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