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比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」【その2】

関連記事:比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」【その1】





比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」【その2】






201 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 17:32:23.44 ID:NSPCnO+e0

【346プロ】アイドル部門総合スレッドPart31

12 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/27(水) 08:43,34 ID:rTgs56W3
にこにーのライブマジで良かった。喉からCD音源って本当なんだな

18 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/27(水) 09:25,98 ID:Hd4EagHk
  まあまだ水瀬伊織の下位互換感は否めないけどな。346はまだまだよ

21 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/27(水) 09:55,62 ID:GhR4GklR
>>18 こいつ水瀬伊織じゃね?

25 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/27(水) 10:42,11 ID:lrS34mok
  それにしてもバックのニュージェネレーションズもかなり良かったんじゃね??
  あの子らって雑誌とかラジオのゲストとか地方ローカルTVのゲストとかばっかりで
  まだ全然大きな仕事してないよね??きてるきてるきてるよこれは

33 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/27(水) 11:46,89 ID:KlFr98T5
素人だからわからんけどダンスも歌も良かったよね。やっぱり才能ある奴はちげーな
  4月デビューだしそんなに練習してないだろうにあれとかな。やっぱ才能はいいっすね~

38 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/27(水) 12:22,91 ID:Dkim54Ws
  来週の346チャンネルはニュージェネ特集に決まったらしいな。録画不可避
  なんにせよこれでニュージェネの人気高まったのは確定的に明らか。
  グラビアはよ。しまむーのケツ供給が足りてないぞ。

55 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/28(水) 02:14,07 ID:kLpo34Sd
  これで来月からのLIVEバトルの楽しみも増えるよね~! 8月から新人解禁っしょ?
  海未ちゃん推しだったけど最近アレだし渋谷凛に夢中になりそう。正統派美人だよな~
  対戦発表が近い。今から楽しみで禿げあがりそうだわ

58 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/06/28(水) 06:09,01 ID:KeDs4E2W
夏に備えよう。――いくぞアイドル板。金の貯蔵は十分か?




202 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 17:35:35.42 ID:NSPCnO+e0

<七月初頭、昼。クールプロダクション事務所>

八幡「暑い……クールビズとか焼け石に水だろってくらい暑い……」カタカタ

絵里「ダメよ……ウチはエアコンの温度は二六度って決まってるんだから……」カチッ、カチッ

八幡「金持ってんのにケチだなうちの会社は……」

絵里「ケチだからお金持ってるんじゃない?」

八幡「はぁ……。よし、一段落」ッターン

絵里「んーっ。私も」ノビー

八幡(あぁ薄着なのにそんなことしちゃ駄目! 目が! 目がダイソンしちゃう! すごく……ボッカチオです……)


絵里「……! ちょ、ちょっと! どこ見てるのよ!」

八幡「え、あ、その、さーせん」

絵里「ごめんで済んだら警察はいらないの!」

八幡「誠意を見せたら許してくれるってかーちゃんが言ってました」

絵里「その台詞のどこに誠意があるのかしら……?」

絵里「……はぁ、まあいいわ。油断してた私も悪いしね」

八幡「あのいや本当にすみません昼食奢るんで勘弁してください」

絵里「ふふふっ、よーし。じゃあ一休みのランチで許してあげる」

凛「こんにちはー……。あれ、プロデューサー、なんで机で土下座してるの?」

八幡「いやこれにはマリアナくらい深い理由があってだな」

絵里「ふーん? 実はさっきねー」

八幡「すいません! ほんとすいません! 渋谷にバレると絶対めんどくさいんでやめてください!」

絵里「えー。どうしよっかなー、うふふ」

凛「ちょっと。めんどくさいってどういうことなのっ」

八幡「そういうとこだよ……」



<数時間後、キュートプロダクション事務所>

凛「こんにちは、渋谷ですけど」

ちひろ「あっ、凛ちゃん! この間のライブ、とっても良かったですよ!」

凛「ありがとう。ちひろさんに褒められると嬉しいな」

ちひろ「雪乃ちゃんに会いにきたんでしょう? ちょっと待っててね、今少し出てるから」

凛「うん。発表があるんだけど、できたら企画主任の雪ノ下に直接聞いて来いってプロデューサーが」

ちひろ「ああ、そういえば今日は解禁日でしたね。わたしも楽しみになってきたな~!」

凛「? ボジョレーはまだだよ?」

ちひろ「……誰かにわたしが酒豪って言われました?」

凛「ううん。この前の歓迎会の時にそうなのかなって思っただけ。顔色全く変わってなかったしね」

ちひろ「鋭い。……凛ちゃんも、勝手に傷つくことがないといいね」

凛「?」

ちひろ「ふふっ、ごめんなさい。お茶を出しますから応接室にいてくださいね」





203 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 17:37:23.78 ID:NSPCnO+e0

凛(やっぱりここの紅茶は美味しいな。雪ノ下さん、どこで買ってるんだろう)

みく「プロデューサー? ここにいるのかにゃー?」ガチャッ

みく「……あ」

凛「前川さん。お邪魔してるよ」

みく「……渋谷、凛」

凛(……まただ。愛くるしい猫のイメージと全然似つかないこの目線)

みく「にゃっはは! いらっしゃい! 存分にくつろいでいくといいにゃ」

凛「あ、うん」

凛(自意識過剰なのかな。目から何かを感じるなんて。……でも、視線に見えない力があるのは嘘じゃないもんね。最近痛いほど実感してるし)

凛「そう言えば。猫耳、事務所でもつけてるんだね」

みく「そうだよー。可愛いしね! 凛チャンは猫、好き?」

凛「うん、嫌いじゃないよ。家では犬を飼ってるけどね」

みく「じゃあ、凛チャンは犬派なんだ?」

凛「そうかも。最近プロデューサーに犬っぽいとか言われたりもしたね」

みく「へぇ……」


みく「……この前のライブ、良かったにゃ」

凛「本当? ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」

みく「にこちゃんってやっぱり流石だにゃ。可愛いのに熱さが両立してるライブって言うのかな。みくもいつかああいうライブをしたい」

凛「そうだね。今度はバックじゃなくて、自分たちの名前で人を呼べるように……」

みく「ニュージェネレーションズで?」

凛「うん。一つの目標かな」

みく「みく、ライブのときずっと凛チャンたち見てたよ! 初舞台とは思えなかったにゃ!」

凛「ふふっ、ありがと」



みく「――でも、みんなに自分が劣ってるとも思わないにゃ」



凛「!」

みく「……負けない。誰にも負けないよ」




204 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 17:39:06.75 ID:NSPCnO+e0


雪乃「ごめんなさい渋谷さん。待たせてしまったわね」

凛「いえ。雪ノ下さん、仕事の時は雰囲気変わるね」

雪乃「そうかしら。特に姿勢などが悪いつもりはないのだけれど……」

凛「あ、違います。そういう意味じゃなくって、髪縛ってるし、眼鏡かけてるし」

雪乃「……比企谷くんには言わないでね」

凛「え、なんで?」

雪乃「内緒。それより前川さんを見なかったかしら? まったく、今日正式に通知すると言ったのに」

凛「さっきまでここにいたけど、レッスンに行っちゃった」

雪乃「そう、ありがとう。彼女には後から連絡ね。……渋谷さん、改めてライブお疲れ様。とても完成度の高い公演だったわ」

凛「うん……ありがとう、ございます……」

雪乃「? どうかした?」

凛「何も」

雪乃「そう? では話を続けるわね。初めてのライブはどうだった?」

凛「最高でした。何度でもやりたいって、そう思います」

雪乃「そう。ならば朗報と言うことになるのかしら」


雪乃「渋谷凛さん。あなたには八月のライブバトル新人戦に出てもらいます」

凛「! じゃあ、まさか相手って」

雪乃「……いい舞台を期待しているわ」



みく「渋谷凛。……相手にとって不足なし、にゃ」

みく(……勝負や、噛ませ犬)




205 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 17:40:41.77 ID:NSPCnO+e0

<翌日、パッションプロダクション事務所>

美嘉「イチ抜け~★」

莉嘉「わっ、お姉ちゃん早い!」

未央「さすがカリスマッ、一番最初から四枚とかズルだよー!」

海未「むむむ……」

戸塚「ふふ、多分園田さんがジョーカー持ってるよ」

海未「どうしてわかるんですかっ!?」

戸塚「今園田さんが教えてくれた~」

美嘉「海未さん、わかりやすすぎ……」

未央「さいちゃんも結構いじわるだよね。はい次莉嘉ちゃん!」

莉嘉「えいっ! ……やたっ! 次でアガリー☆」

戸塚「ありゃりゃ、やっぱり姉妹だね」

海未「さあ未央! 引くのですっ」

未央「これかな? これかなー? それとも?」

海未「……!」パアァアア!

未央「あ、これがダメなやつだ! ちゃんみおドロー! よーし、あと一枚!」

海未「なあぁあ!? どうしてみんな私の手札がわかるのですか!?」

戸塚「いやいや、みんな運がいいんだよっ」ニコニコ

海未「むむむ……!」

美嘉(最初止めに来たのに結局海未さんが一番ノリノリじゃん……)



美嘉「おっ、海未ちゃん二枚でプロデューサーが一枚だ!」

莉嘉「ケッセンだねー!」

未央「さいちゃんの雌雄決する!」

戸塚「えへへ、いくよー?」

海未「来なさいっ!!」

戸塚「こっちかな?」

海未「はぁ……!」パアアァアアア!

戸塚「こっちかなあ?」

海未「えっ……」ズウゥウウウン

莉嘉(あちゃー……)

未央(口で言うよりバレバレだよぉ……)



戸塚「……ふふっ、じゃあこっちにしとくよ」スッ

美嘉「!」

莉嘉「えー!?」

海未「やったっ! ふふふっ、いい気味ですっ!」

戸塚「ありゃりゃ、ジョーカーだったか」ニコニコ



美嘉「ちょっとちょっと、八百長じゃないのアレ」ヒソヒソ
莉嘉「バレバレだったのにねー。やさしさかなー」ヒソヒソ
未央「いや……多分違うと思う……」




206 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 17:42:37.23 ID:NSPCnO+e0

戸塚「はい、じゃあ選んでよ園田さん」

海未「勝たせてもらいますよっ。……こっちですか?」

戸塚「へえー」ニコニコ

海未「うっ……、こ、こっちでしょう?」

戸塚「かもねー」ニコニコ



未央「奴は遊ぶ気なんだよっ!」

美嘉「すごい、どっち持ってるか全然わかんない……」

莉嘉「ぽーかーふぇいす☆?」

未央「ババ抜きだけどねー」



海未「ううう……! わ、笑ってますけど実はこっちなんでしょう!?」

戸塚「あっ……」ピクッ

海未「! 力が入りました! こっちですっ!!」ピッ

戸塚「そっちはジョーカーだったのになー」ニコニコ

海未「うわああああああああ!?!?!?」

戸塚「ぼくの番~、こっちこっち」ピッ

海未「ああああああっ!?!?」

戸塚「あーがりっ、イエーイ」

莉嘉「いえーい!☆」パンッ!

海未「どうして……どうして勝てないのですかっ!?」バキッ

戸塚「よーし、お仕事しようっと」

海未「待ってください! もう一戦! もう一戦だけっ!」

戸塚「ええー? もう何回もやったじゃない」

海未「そこをなんとか! 収録までもう少しだけ時間はありますからっ!」

戸塚「頼み方に誠意を感じないよねー」ニコニコ

海未「ううぅ……! もう一戦だけお願い致しますこの通りですっ」

戸塚「はい、キュートプロの戸塚です。お疲れ様です、お世話になっております……」ピッ

海未「ちょっとー!?」



美嘉「意地悪だ……」

莉嘉「えー? でもさいちゃん、アタシたちにめっちゃ優しいじゃん☆」

未央「んんー? もしかしてそういうことなのかな?」

美嘉「? 何が?」

未央「……美嘉ねぇ、自称恋愛マスターなのに」

美嘉「自称って言わないでよ!?」




207 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 17:48:44.37 ID:NSPCnO+e0

<パッションプロ、移動中車内>

海未「どうして私がバラエティ番組に呼ばれるんでしょうか? 一応かっこいい寄りの曲を歌うことが多いはずですのに……」

戸塚「知らぬが仏って言うじゃない?」

海未「はあ……?」

戸塚「それより来月の対戦表出たよ。もう見たかな?」

海未「いえ、まだです」

戸塚「ぼくの鞄の青いファイルの一番上にあるから見ていいよ。毎年恒例、新人戦は346同士の個人戦だから」

海未「新人戦、ですか」ピラッ



会場:千葉マリーナスタジアム
エントリーするプロダクション:346各プロダクション、876プロダクション、スターライトプロモーション、大村事務所、ひろしエージェンシー
出場者及びユニット:対戦組み合わせ
    渋谷 凛―前川 みく
    島村 卯月―園田 海未
    本田 未央―高坂 穂乃果
    日高 愛―春日 未来
    双葉 杏―城ヶ崎 美嘉
    インディヴィジュアルズ―ニューウェーブ
    新幹少女―魔王エンジェル   次項に続く



海未「新人戦の相手に穂乃果が出るのですか!?」

戸塚「本人の要望なんだってさ。困ったなあ、今の未央ちゃんじゃ逆立ちしたって勝てないよ」

海未「……未央ちゃん?」

戸塚「あ、目敏い。この前から名前で呼んでーって言われちゃってそうしてるんだ」

海未「……そうですかっ」

戸塚「八幡のところは前川さんとかあ。今からすごく楽しみだな」

海未「後で映像にて拝見しましたが、ニュージェネレーションズは素晴らしいですね。少なくとも私がスクールアイドルを初めた時、あれほど練度の高いステージを創り上げることはできませんでした」

戸塚「そうだねー! ああいうのを見ると、この仕事できて本当に良かったなって感じるよ」

海未「……私の時でも、そう思ってくれますか?」

戸塚「当たり前じゃない。君が一番だよ」

海未「っ……またそんな心にもないことを言って!」

戸塚「ええー? ぼく、園田さんには嘘ついたことないよ?」

海未「こ、こっちを見ないでくださいっ! 安全運転!」

戸塚「あははっ、はいはい」ニコニコ

海未(気に入りません気に入りませんっ! こちらはいつも赤面してばかりなのにこの人ときたらっ)





208 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 17:51:00.30 ID:NSPCnO+e0

戸塚「さて。八月もよろしくね? 雪ノ下さんには悪いけど、容赦なく倒してしまおうよ」

海未「……はい。普段通り、やれることは尽くします」

戸塚「……終わったら、どこか一緒に行こうか。未央ちゃんだけは不公平だよね」

海未「えっ? いえ、そんな! 戸塚くんは忙しいのですから、私などに時間を費やさず休むべきです!」

戸塚「ぼくが行きたいんだ。だめかな?」ニコニコ

海未「うっ」

戸塚「おねがぁい!」

海未「……はぁ。わかりました。全く、戸塚くんはズルいです」

戸塚「わーい、ありがとう! じゃ、どこがいい?」

海未「そうですね。……テニス、ではどうでしょうか」


戸塚「……え? テニス?」

海未「比企谷くんとは行ったのでしょう? 私とは行けませんか?」

戸塚「……わかった、いいよ」

海未「あっ、なんですかその反応は。言っておきますが、私、結構スポーツは何でもできるんですよ? あれから少し練習もしました!」

戸塚「あはは、知ってるってば。……園田さんとは、久しぶりだね」

海未「リベンジです! 負けっぱなしは嫌なので!」

戸塚「ふふ、ババ抜きも練習した方がいいよ」

海未「余計なお世話ですっ。……あ、到着しましたね。それでは」

戸塚「待って。連盟の戦績表が更新されたから渡しておくよ」

海未「……いりません。捨てておいてください」バタン


戸塚「……ぼくだっていらないし、見たくないよ、こんなの……」




全日本アイドル連盟 識別番号3209
園田 海未(そのだ うみ) Rank:C
今年度LIVEバトル通算成績 7戦 0勝 7敗 0分





209 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 17:54:41.74 ID:NSPCnO+e0

<数日後、夜。クールプロダクション事務所>

凛「~♪」

絵里「上がるわね。お先に。あ、あと明日私は本社に行く用事があるから午後から来るわ」

八幡「了解っす。お疲れ様でした」カタカタ

アーニャ「あ、エリ。私も、いっしょしていいですか?」

絵里「勿論。それじゃね」バタン


八幡「……」カタカタカタ

凛「~♪」

八幡「……おい」

凛「~♪」

八幡「おいって」

凛「……ん? あ、何?」

八幡「お前、イヤホンしてる上にヘッドホンって意味わかんねぇことしながらベースしてんのな」

凛「あ、これ? この小さいプラグがアンプになってるからその音をイヤホンで流して、原曲をヘッドホンで聞いてるの」

八幡「器用なことしてんな。それよりいいのか、明日も学校だろ。こんなとこで遅くまでベース弾いてていいのか」

凛「明日から学校ないよ。テストも終わって、夏休み」

八幡「な、つやす…み……?」

凛「そ。三年生だから宿題もないしね」

八幡「……俺も夏休み取っていい?」

凛「ふふっ、絵里さんに聞いてみなよ」

八幡「言える訳ねぇだろ。大体俺ももうすぐ夏休みだしなんなら人生の夏休みなのになんで働いてるんだろうな。意味わかんねぇ」

凛「まあそう言わない。アイドルと過ごせる夏なんてなかなかないじゃん」

八幡「そう思い込んどくか……。にしても、ライブバトルね……」

凛「イマイチよくわからないんだけど、ライブバトルって普通のライブとどう違うの?」

八幡「やることは普通のライブと変わらんが、その名の通り勝ち負けが決まる。アイドルのパフォーマンスに対して審査員のポイント、観客のポイント、視聴者のポイントで得点を合算。数字の大きいほうが勝ちだ」

凛「視聴者?」

八幡「インターネットでな、月額数百円で加入者はライブの中継を家に居ながら見ることができる。今はクリック一つで投票できちまう時代だからな。こいつがアイドルのプロ野球版みたいな感じで爆発的な人気らしい」

凛「なるほどね」

八幡「対戦方法は様々だ。連盟が指示したその月の課題曲を対戦者同士が一回ずつやったりだとか、一番を一人が歌ってもう一人はバックでコーラスとダンス、二番になったら交代とかな。あとは選曲も完全自由で先攻後攻を分けるだけとかもある。この方式の時は審査に曲の有利不利ができるだけ響かねぇように、似た系統の曲で戦う不文律がある」

凛「へえ……。ライブをする曲はなんでもいいの?」

八幡「アイドル連盟に登録されてる曲だったらな。うちの会社の曲は全部登録されてるし、なんなら知名度があるからμ'sの曲だって全部入ってるぞ」

凛「そうなんだ! またいつかSTART:DASH!とかやりたいな」


八幡「ただ……暗黙のルール? みたいなもんがあるらしい」




210 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 17:59:40.13 ID:NSPCnO+e0

凛「? なにそれ」

八幡「765プロの曲を使わないこと、だとよ」

凛「……難しいから?」

八幡「違う。本家があまりにも上手すぎるんだ。やるからには相応の実力がないと、粗が目立ちすぎてポイントが得られない」

凛「うーん、でも逆に実力があればやっていいんじゃない? みんな知ってるからノリやすいだろうし」

八幡「……問題はそれだけじゃねぇんだよ。ライブバトルには二つルールがあってな」

八幡「ひとつ。自分、もしくは自分が所属するユニットの持ち曲をライブバトルでカバーされた場合、曲の持ち主はカバーされたアイドルに対戦を申し込む権利を得られる」

凛「うわ、それじゃ本物が出てくるかもしれないんだ。たしかにあそこが出てくると圧倒的に負けそうだね……。でも、対戦断ればいいんじゃない?」

八幡「そこでもう一つのルールだ。ライブバトルは基本、事務所がアイドルから対戦したい相手の希望を聞いて連盟に提出する。人気のあるアイドルなんかと共演したがるやつは多いから、ランクが上のアイドルは対戦を受けるかどうか自由に決められる。あ、新譜出すときとかは下からの願いでもランクがそんなに離れてなけりゃ絶対に希望が通るっていう例外ルールがあるがな。ビジネスだから。まぁ、ビジネスゆえに新譜で負けちゃったらマイナスプロモーショ
ンになるから、あんまりやる所は多くないんだが。……話が逸れた。これは覚えなくていい」


八幡「ところがだ。もし逆に、ランクが上のアイドルが下のアイドルに対戦を希望した場合、対戦を断ることはできねぇんだ」

凛「それじゃあ……」

八幡「そうだ。カバーしたら最後、765との正面衝突は逃れられない仕組みになってる」

八幡「俺は765のことをよく知らんから絵里さんからの受け売りになっちまうが、基本765は対戦権を得たら絶対に行使してくるらしい。それで相手をフルボッコだ」

凛「それ、ちょっと悪質じゃない?」

八幡「これも受け売りだが、彼女たちに悪意はないらしい。全員が全員、向上心の針が振り切れてるから向かってくる相手を心から歓迎するんだと。それに、一本でも多くライブをやりたいらしい」

八幡「強すぎるから、誰もライブバトルを彼女たちに申し込んでこない。逆に彼女たちがライブを申し込んでも、受け手は圧倒的に負けるのがわかっているから本気でやらない。怪我してますとか言うんだ。そうすれば負ける側に言い訳が立つからな」

凛「強すぎるが故の悩み……ってやつ? なんだか、少年漫画みたい」

八幡「獅子博兎を体現してる集団だからな。ある意味本気でタチが悪い」

凛「ふーん……。じゃあ、やっぱり現状のトップアイドルは765なんだ?」

八幡「そうだ。もし万が一、765プロにライブバトルで勝つアイドルがいたなら」

八幡「正真正銘、そいつがトップアイドルだな」

凛「……ふーん」

八幡「ま、お前はその前に目の前の相手に集中した方がいいぞ」

凛「あ、そうだ。この前ね、喧嘩売られたんだ。前川さんに」

八幡「やっぱお前ら仲悪いだろ……」

凛「私は嫌いじゃないよ? ただ、まだ自分の敵じゃないみたいなことを言われちゃった」

八幡「……そう言われてどんな気分だ?」

凛「そこまで本気になってくれるとアイドル冥利に尽きるかな」

凛「――ぜったい、負けない」




211 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:01:42.50 ID:NSPCnO+e0

<翌日、養成所レッスン室103>

八幡「準備できたか? 失礼のないようにな」

凛「うん。でも、たった二曲だけなのに作曲家さんに挨拶するんだね」

八幡「……ま、布石ってやつだ」

凛「?」

――こんこん。がちゃっ。

???「お待たせしちゃって申し訳ありません。ちょっと講義が長引いちゃって」



真姫「作曲家の、西木野真姫よ。よろしくね」



八幡「プロデューサーの比企谷八幡です」

凛「アイドルの渋谷凛です」

真姫「二人ともよく知ってるわ。比企谷さんは凛や絵里からよく話を聞くし、渋谷さんは生で見たしね。いいステージだったわ」

凛「え? 見てくれたんですか、ありがとうございます!」

八幡「と、いうことは西木野さんもあいつらの?」

真姫「ええ、μ'sの一員。ちなみにμ'sの作曲は全て私が担当しているわ」

凛「START:DASH、すごく好きです。歌わせてもらって本当にうれしかったです」

真姫「そう言ってもらえると嬉しいわ。……あ、でも、また私の曲でいいの?」

凛「はい。私を大きな舞台で助けてくれたのがにこさんだから、それを返せるような曲がやりたいんです」

凛「何より、私、西木野さんの曲、好きだから」

真姫「……そ。好きにするといいわ」プイッ



八幡「なんか態度悪くないか?」
凛「死んでもプロデューサーには言われたくないだろうしあれはただテレてるんだよ」
八幡「どうしてわかる」
凛「似たようなのを散々見てるから」



八幡「――よし、堅苦しいほうの話は終わったんであとはお願いします」

真姫「了解よ。ピアノを使ってもいいかしら」

八幡「はい。じゃ、外に出てるんで」

凛「? さっきから何を言って――あ、プロデューサー!」


――ばたん。




212 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:03:39.93 ID:NSPCnO+e0

真姫「さて、唐突だけどあなたの実力を試させてもらうわ。START:DASHはまだ歌える?」

凛「え、あ、はいっ、もちろん」

真姫「それじゃ、発声をしたら歌ってもらうわ。ピアノを弾いてあげるからそれに合わせてね」
真姫「いい? いくわよ――」



真姫「――うん。いいじゃない。あなたの音域はわかったわ。hiDあたりになると少し力が入るわね。難しいかもしれないけれど、高い音を出すときほど脱力を意識するといいわ」

凛「はいっ」

凛(西木野さん、ピアノだけじゃなくて歌がものすごく上手……。こんな上手な人、楓さんと如月千早以外で初めて見た)  

真姫「あなたの声は、いいわね。意志の強さを感じるわ」

凛「そんな。西木野さんに比べたら全然ですよ」

真姫「……敬語をやめてくれるかしら。苦手なの。真姫でいいわ」

凛「わかりま……わかった。真姫さん」

真姫「そう、それでいいの」クスッ

凛(あ、この人、こんな風に笑うんだ)


真姫「あなたはどんなアイドルになりたいの?」

凛「うーん。実は、誰かに憧れてこの世界に入ったわけじゃないから、誰みたいになりたいとかそういうのはないんだ。あ、でも海未さんみたいに黙々と出来る人にはなりたいかも」

真姫「そう。誰の背中も見てないというのはある意味長所になるし、いいんじゃないかしら」

凛「そうなんだ。でも、難しいことはわからないんだけど、この前のライブをして思ったんだ」

凛「ライブをもっとしたい。誰にも負けないくらいすごいライブをやりたい。来た人がドキドキして、熱を忘れられないようなライブをする、そんなアイドルになりたいな」

凛「私、今まで時間を無駄にしてたなって思うから。これから少しでも取り戻せたらいいなぁ……。何だか、ぐちゃぐちゃな答えになっちゃったね」

真姫「……そう。あなたが少しわかったわ」

凛(そう言うと真姫さんは薄く笑って、細い指を鍵盤の上に走らせた)

凛(聞いたことはないけれど、私好みで力強さを感じる音の旋律だった)

真姫「頑張んなさい。私の曲使うからには負けんじゃないわよ?」

凛「……うん!」




213 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:06:34.67 ID:NSPCnO+e0

<数日後、朝。キュートプロダクション事務所>
雪乃「ごめんなさい、ではここのNG企画の予算見積はお願いするわね」

八幡「わかった。今日は千葉テレビだったな?」

雪乃「ええ、時間が近いからもう行くわ。あなたは?」

八幡「アーニャのレッスンを見に行くつもりだが」

雪乃「そう。ならついでにあの国民義務の反逆者、一緒に連れていってくれないかしら」

杏「勤労も納税も教育も全部嫌だー!!」

八幡「……なんかお前ことあるごとにあいつの処理俺に任せてないか?」

雪乃「餅は餅屋と言うじゃない。似た者同士だからやりやすいでしょう?」

八幡「一緒にすんな。俺はこいつと違ってサボると決めたら誰が何言おうとサボる」

雪乃「あなたには飴どころか鞭をくれてやりたいわ……」



八幡「おら、行くぞ。俺は他人の仕事を増やすのは大好きだが増やされるのは嫌いなんだ」

杏「おい、デュエルしろよ」

八幡「出たよデュエル脳。言っとくがライフ減っても一歩ずつ下がっていったりはしないぞ」

杏「杏とデュエルして勝てたらレッスンに行ってやる! そのかわり杏が勝ったら今日は一日有給にしろっ!」



214 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:07:13.02 ID:NSPCnO+e0

八幡「ハア……。はいはい、で、何でやるんだよ」

杏「これだっ」

八幡「また懐かしいゲーム機を……V2の方か。2on2?」

杏「いや、手っ取り早く普通でいんじゃない?」

八幡「パーツの制限は?」

杏「特になしだよ」

八幡「了解」ピッ

杏「こいつっ、ためらうことなくベイオネットを……!」ピッ

八幡「お前こそベルにロウガセットとか付けてんじゃねぇよ! 悪魔か!」ピッ

杏「勝てばいいのさ、勝てば」カチャコロカチャコロ、バンッ

八幡「ま、その点じゃ同意だがな。……うわ、足」

杏「勝負は非情だよ、ひっきー」ドゴン! ドゴン!

八幡「この野郎……。おらっ」

杏「ちぃ。ステルスがうざい……!」

八幡「現世でもステルスの俺に死角はない」

杏「心まで痛いんだけど。ちょっ、痛い痛い!」

八幡「初代のマモルを完封した俺をなめんなよ。あぁ、ユリエ……」

杏「このシスコン! くっ、強い……っ」

八幡(……こいつ、対人慣れてねぇのか? ほとんどガンしか打ってこねぇな)

八幡「はい勝利。連行な」

杏「うぅう……そんなあ……」

八幡「約束守れよ。男らしくねぇぞ」

杏「ついてないよっ、杏は」

八幡「え、あ、おい、おま、言い方」

杏「ん? ……この動揺。ひっきーってまさか、スピッツ?」

八幡「…………愛してるの響きだけで人は強くなれねぇんだよ」

杏「……すまんことを聞いた」

八幡「うるせぇ立場的には魔法使いなんだからこれでいいんだよ」

杏「……ふーん。そっか。じゃ、プロデューサーと何もないってのは嘘じゃなかったんだね」

八幡「……ずっとそう言ってたろ。出るぞ。準備しろ」

杏「はいはい」




215 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:09:14.30 ID:NSPCnO+e0

<346タレント養成所:レッスン室201>
アーニャ「わあ、プロデューサー。見に来てくれた、ですか?」

八幡「いい加減少し仕事も覚えてちょっと余裕ができてきたからな。調子はどうだ?」

アーニャ「ダー……。Неплохо、まあまあ、です」

美嘉「雪乃ちゃんはー?」

八幡「仕事でテレビ局。悪かったな俺で」

美嘉「あはっ★ 比企谷くんもアタシは好きだよ?」

八幡「はいはい嬉しい嬉しい」

ルキトレ「そろそろ始めますよー?」

杏(……女慣れてるんじゃなくて勘違いしないように過度に自制してるのか。目と性格以外悪くないのにな。だからモテないのかな? いやこれひょっとして卵か鶏かって問題?)

ルキトレ「あ、杏ちゃーん?」

杏「はいはい、やるよやるよー。そういえば杏の相手って美嘉だっけー?」

美嘉「そうだよ! 杏には負けないよ。買ってあそこの夏の新作を買うんだー★」

杏「あれ? 雀の涙ほどじゃなかったっけ、賞金」

八幡「お前ら両方CDデビューしてるだろ。スポンサーついてるから今回勝てば結構金いいぞ」

杏「局所的に本気を出す必要があるようだね! へーいルキトレー!」

ルキトレ「うう、いつもこのぐらいやる気出してくださいよ~!」



杏「ふー、きゅうけい。外に出てるよー」

ルキトレ「あ、もう。杏ちゃんったら……」

美嘉「アタシらはもう少し個人練してていい?」

アーニャ「ダー。美嘉、ライブバトルの練習、付き合います」

美嘉「ホント!? ありがと!」


八幡「なんか、すいませんね。あいつが迷惑かけて」

ルキトレ「うーん、わたしのレッスンがもっと良くなれば杏ちゃんも聞いてくれるのかなあ」

八幡「あいつは多分誰がトレーナーやっても変わらないと思いますが……」

ルキトレ「本当にもったいないです。杏ちゃんは、嫉妬のしようもないくらいの天才なのに……」

八幡「あいつ、一回見ただけで大体覚えますよね」

ルキトレ「杏ちゃん、絶対音感も持ってるんですよ。だからかピッチは外さないですし、何より一切の動きにムダがないんです! 一番合理的な動きを最初から引き当てちゃうんですよ! もし杏ちゃんが毎日ちゃんと練習して磨きをかければ、765に勝つことだって!」

八幡「それ、ひょっとして面倒くさがりの究極形なのかもしれませんね」

ルキトレ「なのに杏ちゃんときたら一曲終わるごとに逃げてばっかりで。二曲続けてなんてやったことないしダンサブルな曲なんて初めからやってもくれません! うー!」

八幡「……連れてきますよ」




216 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:12:25.39 ID:NSPCnO+e0

<食堂>

花陽「あっ、比企谷さん」

杏「げげっ、もう追手が」

八幡「何してんだ?」

花陽「材料費とかの収支計算をしてたんですけど……」

杏「はい終わり。報酬はおにぎりでいーよー」

花陽「杏ちゃんがすごいんですっ! 桁が大きい計算なのにほぼペンが止まってませんでした!」

杏「こんぐらいインド人なら誰でもできるんじゃないの?」

八幡「おまえはインド人をなんだと思ってるんだ……」

花陽「杏ちゃん本当にありがとう! 今おにぎり作ってくるね!」タタタッ

八幡(……この桁数を一瞬で? 見た感じ足し引きだけじゃないんだが)

八幡(……税金のことも抜かりなく計算してあるな。……こいつ、あの立てこもりの時、ひょっとして……。考えすぎか?)

杏「どしたのひっきー。そんな心配しなくてもあってるよ」

八幡「……いや、俺は数学はさっぱりわからん。にしてもすげーな」

杏「そう? そんなにおかしい? だってひっきー7×8するときに一々考える? 数字聞いたらすぐ出るでしょ? そんなもんだよ」

八幡「理数系が得意なのか?」

杏「んー? あんまり勉強で苦労したことはないかなあ」

八幡(……スマホで適当に問題探して出してみるか。物理とかできなそうな顔してるし、こいつはどうだ?)スッ

八幡「スカイツリーの頂上からりんごを落としたら落下直前の速度はいくらになる? 重力加速度は9.8」

杏「スカイツリーって高さいくらなの?」

八幡「確か634mじゃなかったか?」

杏「じゃあ……秒速111.474mだね」

八幡「即答かよ……。待て、サイトには時速で載ってるから合ってるかわからん」

杏「時速だと401.306kmじゃない?」

八幡「……合ってる」


八幡(……634の開平方を一瞬でやるってどんな頭してんだ? ダンスも一瞬で記憶するし、こいつもしかしてマジもんの天才なのか?)

杏「なんだその目はっ。いかさましてないぞ!」

八幡「いや疑ってねぇよ。てかこんだけ何でもできるのになんでお前アイドルやってんだ? アイドルも、レッスンちゃんとやれば765越えだって出来るってルキトレさん言ってたぞ」

杏「んー? 杏がなんでもできる? 冗談でしょ」

八幡「やらないだけだろ、お前は」

杏「……二人して核心突いてくるねぇ。でも、杏がなんにもできないのは本当~」

杏「あのねひっきー。もしこう言われたら信じる?」

杏「あなたに三億円さしあげます。返さなくて結構です。好きに使ってください」

八幡「信じるわけねぇだろ。なんか裏があるに決まってる。世の中ウマい話はねぇ」

杏「そうそう、わかってるじゃん。そういうことだよ」

八幡「……? おい、どういう」


美希「あー!! この間の人たちなの!」



217 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:15:38.46 ID:NSPCnO+e0

杏「げっ」

八幡「うおっ、この前の。どうやって入って来たんだ?」

美希「えー? 守衛さんにサインあげたら入れてもらえたよ?」

八幡「はぁ? サイン? わけわかんねぇこと言ってねぇで外出てくれないか。一応一般人入れちゃダメってことになってるんだ。おにぎりならやるから」

美希「…………え? もしかして、この人、ミキのこと、知らないの……?」

杏「あー、この人あんまし普通じゃないから気にしない方がいいよ」

花陽「お待たせー…………!?!?!?!?」

花陽「ヴェエエエエェエェエエ!?!? 星井美希ィ!?!?!?!」

美希「そうだよね。大体こうなるの」

八幡「ん……? 星井美希ってたしか」

花陽「何言ってるんですか比企谷さん765プロの星井美希さんですよ! トップアイドル集団の765の中でも全てにおいて卓越した能力を持ちあの伝説の日高舞に比肩すると言われている現代最高のカリスマアイドルですよ去年なんて全日本フォトグラフ大賞女性が選ぶ女の敵タレント一位を同時受賞し写真集の売り上げは30万部を超え」

杏「花陽、落ち着いて」

花陽「はっ!? ……どどどどうして星井美希さんがここに!?」

八幡(こいつが765の星井美希、なのか)

美希「この前この人にもらったおにぎりがとっても美味しかったからまた食べに来たの!」

八幡「あー、この前の試作品な。こいつにやったんだ」

花陽「そうだったんですか!? 光栄です光栄です今持ってきた分を全て差し上げますぅ!」

美希「わあ、ほんと!? やったー!!」ムシャムシャ

杏「あっ、それ杏のやつなのに!」

美希「……!! やっぱり美味しすぎるのっ!? なんなのなの! なんなのなの!」

花陽「ありがとうございますっ!」



杏「……置いてかれちゃったね」

八幡「小泉ってあんなにキャラ変わんのな。知らなかった」

杏「あれ、そっち? それにしてもひっきーってトップアイドルが目の前に居ても動揺しないんだね。あんなモデル顔負けのド美人なのにさ」

八幡「知らねぇし二度目だしな。大体見た目の好みで言うならし……」

杏「ん?」

八幡「……なんでもねぇ」



美希「うん! それぐらいならいいよ!」

花陽「本当ですかっ!?」

美希「じゃ、いこ?」

花陽「えっ、今ですか?」

美希「善は急げなのー!」

八幡「お、おい。お前らどこ行こうとしてんだ?」

花陽「え、ええと」

花陽「星井美希さんが、今から少しパフォーマンスを見せてくれるって……」



218 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:16:59.38 ID:NSPCnO+e0

<レッスン室201>

美希「お邪魔しますなのー! あ、続けて続けて」

美嘉「……!? 星井美希さん!?」

アーニャ「……ничего себе」

ルキトレ「え、ええ!?」



美希「あ、この曲美希知ってるよ! TOKIMEKIエスカレートでしょ?」

美嘉「え、あ、はい!」

美希「城ヶ崎美嘉ちゃんだよね! この曲、可愛いから好きなの」

美嘉「本当ですか!?」

美希「ねね、一緒にやろうよ。アーニャちゃん、ちょっと変わってほしいの!」

アーニャ「ダ、ダー。構いません、です」

美希「ありがとなの!」


八幡「ゴーイングマイウェイすぎる」

杏「ま、せっかくだから見とく? 杏も練習しなくていいし」

ルキトレ「あ、あのあの。これは一体どういうことなんですか?」

花陽「楽しみですぅうう!! 動画撮りますー!!」



美希「アーニャちゃん、音源流してなの!」

美嘉「あの、美希さん。いきなり合わせて大丈夫なんですか?」

美希「うん、大丈夫なの!」


美希「何回もやったから」





219 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:19:07.37 ID:NSPCnO+e0

八幡(TOKIMEKIエスカレートは俺も知ってる。城ヶ崎のレッスンは何度か見ていた。あいつが多忙な日々の中、できるだけレッスンを入れるように心がけていたのも知ってる。この曲はそんな城ヶ崎美嘉の一つの結晶だ)

八幡(目の前で行われたことは、ともすればその結晶を踏み潰す蹂躙だったのかもしれない)

八幡(……同じ動き、同じ声を出しているんだぞ。それなのにどうしてこうも違う)

八幡(星井の動作の一つ一つに目を奪われる。爪先まで神経が通っているようなその動きに、残像さえも幻視しそうだ。視線が切れない。動きに重力がある)

八幡(伸び伸びとした声のビブラートが鏡面に乱反射して部屋を駆け巡る。心地良さを通り越して、放心してしまった。真っ白になった心にカラフルな声が染みてくる。……そうだ、目の前では一緒に城ヶ崎がパフォーマンスをしているんだ。そんな当たり前のことさえ、忘れていた)

八幡("喰われる"って、こういうことを言うのか)

八幡(知らず、固く握りしめてしまった己の拳に気付く。拳の微細の揺れの正体。――これは、畏れだ)

八幡(今までずっと渋谷たちを見てきた俺にはわかる。……遠い。あまりにも、遠い)

八幡(こいつが頂点。トップアイドルの高み)

八幡(糸の切れた人形のように立ち尽くす俺のそばで、双葉が何事かを呟いた。その言葉が脳髄に届くことはない。頭を占めるのは、これからの渋谷たちの道のりに落ちる大きな山の影のことだけだった)



杏「……これが一番上かぁ」

杏「あと四段階、ってところかなぁ」





220 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:22:56.68 ID:NSPCnO+e0

<翌日、346タレント養成所:レッスン室202>
星空凛「はい、今日は全体練習はここでおしまい!」

未央「え? 早くない?」

星空凛「ライブバトルの練習しなきゃダメでしょ? 一人ずつ見てあげるから順番ね!」

卯月「そうでした! 私っ、海未さんとなんですよ!」

凛「私は前川さん」

未央「私なんて穂乃果さんだよ! この仕打ちマジでどいひーだよ!!」

星空凛「……あはは、聞いたにゃ。やるからには、頑張らないとね」

卯月「はいっ! えへへ、私、海未さんと同じステージに立てるのが今から楽しみです!」

星空凛「……よーし! 海未ちゃんたちには悪いけど勝ちに行くにゃー!」


八幡「…………」

凛「? プロデューサー、どうしたの?」

八幡「いや、なんでもねえよ」

八幡(……比較なんて意味のないことだ。そもそも歯向かわなければいいだけの話だしな。こいつらは一歩一歩階段を上がってきゃいい)

八幡「ちっと煙草吸ってくる」


<タレント養成所:四階廊下>
凛「戻るの遅いな……。居るとしたらこの階なんだけど」

凛(それにしても、四階にもレッスン室ってあったんだ。……貸出室かぁ。私も家だけじゃなくてこういうところで詰めたほうがいいのかな?)

凛(喫煙所に向かって廊下を歩いて行くと、レッスン室の一つから音漏れが聞こえてきた。よく見ると引き戸が少し空いているみたい。少し好奇心が湧いて、その部屋を覗いてみた)


みく「はぁっ、はぁっ……!」

ベテトレ「なんだその程度か。高坂はお前と同じキャリアの時、終わった後笑っていたぞ」

みく「にゃ、にゃはは……。流石はμ'sのリーダーだにゃ……」

ベテトレ「これは持論だが。同じ土俵に立つ限り、相手を上に見る発言をするべきではない。自らに逃げ場を与えるな」

みく「……はい。よしっ、もう一回苦手な2番のBをお願いしますにゃ!」

ベテトレ「よし。先刻言ったことを意識しながらやれ。ルーチンワークを行うな。頭を使わない練習は時間をドブに捨てていると思え」

みく「はい! 頑張りますっ」

ベテトレ「言葉はいらん。結果で見せたまえ。私の休憩時間を使ってやるんだ、成果は返してもらおう」


凛(私と一緒に演る曲を前川さんは踊る。本番での私の位置にはベテトレさんがいた)

凛(扉の隙間から二人の練習を見つめる私は、知りたくもないことを知ってしまった)

凛(……前川さんは。前川みくは、現時点では私より一枚も二枚も上手だ。ダンスのキレも、声の滑らかさも、柔らかい表情も、全て)

凛(思わず足に力が入って、つま先が引き戸に当たり小さな音が鳴る)

みく「!」

凛(彼女だけがその音に気付いて、覗いている私と目が合う。そして次の瞬間、彼女は)

凛(口元を三日月に歪ませて、にやりと笑った)

凛(見られていると分かって、どこまでも不敵に。これが私だと言わんばかりに)

凛(私は居ても立ってもいられなくなって駆けだした)

凛(一秒でも早くレッスン室へ。……あんな視線を投げられて、穏やかでいられるほどできた女じゃない)

凛「今のままじゃ、ダメだ」


ベテトレ「? 今誰か居たか?」

みく「……好奇心って犬も殺すんかな。ふふ」



221 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:26:22.39 ID:NSPCnO+e0

<数日後、午前。浜松町ラジオ局>

凛「改めましてこんばんは。第34代目シンデレラジオパーソナリティの渋谷凛です」

アーニャ「ゲストの、アナスタシアです」

凛「というわけで私がさっきのコーナーで負けちゃったから罰ゲームなんだけど……やだなぁ……」

アーニャ「リン。やらないのは、シドーフカクゴ、です。ふふふ」

凛「その日本語どこで覚えたの? ……まあいいや、覚悟決めるよ。えーっと、それじゃあ罰ゲームボックスから引くね。ちなみにゲームの内容、今日はプロデューサーと放送作家さんが決めたみたい」

アーニャ「あ、じゃあ私がドラムロールやります! だらだらだらだらだらだら」

凛「……引きたくないなぁ」

アーニャ「だらだらだらだらだら……」


凛「えいっ」
アーニャ「だんっ!」


『アーニャにホッポウリョウドカエセと言う』


凛「ちょっ!! ここカット!! シャレになってないから!! この字プロデューサーでしょ!? 何考えてんの!?」

アーニャ「何て、書いてありました?」

凛「冗談抜きで生命に関わるから言えない……。引き直します、えいっ」

『キュートプロのアイドル、諸星きらりちゃんのものまね』

アーニャ「ワオ! これはいいカード、引きました!」

凛「き、きらりのものまね……? えぇぇ……!!」

アーニャ「Вкусный! おいしいです」

放送作家『はい行きまーす』

凛「ちょ、ちょっと待って!」

放送作家『3,2,1、キュー』


凛「……に…にょわぁー☆ りんちゃんだにぃ……? りんちゃんのきゅんきゅんぱわー? でハピハピさせるにぃ……☆」

八幡『あはははははは!! はっははははっ、げほっ、げほっ』

凛「……うわあああああああ!!!」

アーニャ「あっ、リン! シュウロクチュウ、逃げちゃダメ、です」

凛「帰る! 帰るぅー!!」


八幡「いやー、今回のオンエアは楽しみだな」

アーニャ「ダー。音源、ほしいです」

凛「……二人とも嫌い」

八幡「スタッフさんにも受けが良かったぞ。作家サイドが乗ってる番組は面白いはずだ」

凛「どうも人柱です」

八幡「拗ねんなよ。それより今から移動して千葉でローカルテレビ番組の収録だぞ。交通費支給するから電車だけど領収書忘れないようにしてくれ。収録後は直帰でいい」

凛「わかった。あ、プロデューサー」

八幡「? なんだ?」

凛「今日、凛さんって養成所にいるかな」

八幡「確か今日は夜までいたと思うが……何か用事か?」

凛「うん、ちょっとね」




222 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:28:25.43 ID:NSPCnO+e0

<夜、346タレント養成所講師室>

星空凛「お? しぶりん、こんな時間に珍しいね。どしたの?」

凛「収録が押してちょっと遅くなっちゃった。凛さんにお願いがあってきたんだ」

星空凛「お願い? ふふふ、ラーメンでも奢ってほしいのかにゃ?」

凛「……いつものレッスンとは別に、空いてる時間で個人的なレッスンをつけてほしいんだ」


星空凛「!」

凛「この前ね、ちょっと前川さんのレッスン見たんだ。……私より全然うまいと思う。このままじゃライブバトルで負けちゃう」

凛「ね、凛さん。私負けたくない。上手くなってね、またあんなライブをしたいんだ」

凛「お願いします。大変なのはわかってるけど、私に稽古つけてくれませんか」



星空凛「……君たち三人は本当にー!」

凛「……ダメ、ですか?」

星空凛「揃いも揃って! 大好きだにゃー!!」ギュッ

凛「わっ、凛さん! 苦しいよ!」


星空凛「よーし! よく言った! 考えてあげるから、一旦今日は帰るにゃ」




223 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:31:08.17 ID:NSPCnO+e0

<翌日、夜。都内某所の屋台>
花陽「へええ……そんなことがあったんだ」

真姫「この現代によくもまあそこまで真っ直ぐな娘たちがいるものね」

凛「だよねだよね! もう凛は嬉しくてねっ。おじさん、ビールもう一本!」

花陽「三人同時ですかぁ。ドラマだなー!」

凛「嬉しいなぁ。真っ先に凛のところに来てくれるってことは、信頼してくれてるんだよね!」

真姫「そうじゃない? 未央は凛は厳しいって愚痴ってたけどね」

凛「なぬ。あいつは一人だけメニュー倍にしてやるにゃ!」

花陽「ちくわぶください。……そっか、真姫ちゃんもみんなに会ったんだね」

真姫「個性派揃いで面白いわ。いい曲が書けそうね。特にあの娘、凛」

凛「はぁい!」

真姫「アンタじゃないわよ。渋谷凛。……いい眼よね、穂乃果を彷彿とさせるわ」

凛「にゃはは、性格は真逆だけどね」

花陽「凛ちゃんは凛ちゃん推しだよね! あれ、なんかこんがらがっちゃった」

真姫「推しと言えば……あの娘が気になるわ。前川みく」

凛「しぶりんの対戦相手だよ」

真姫「え、そうなの? 困ったわね、どっちを応援すればいいのかしら。両方クライアントなのに」

花陽「ライブバトルはいつも応援する人に困るけど、今回は特にだね」

凛「海未ちゃん、穂乃果ちゃんかぁ。手ごわいにもほどがあるにゃ」

真姫「味方につけるとこれほど頼もしい存在もないけどね」

凛「……いや! 今回は敵にゃ! 正々堂々、ぶつかるだけだよ。あ、だいこんください!」

花陽「……海未ちゃん、最近調子悪いよね。大丈夫かな」

真姫「いくら音楽は競争の世界じゃないって言っても、アイドルそのものが競争の世界であることは否定できないわ。そこで生き残るためには……自分で自分を立て直す力がいるんじゃないかしら」

凛「シビアだね」

真姫「そうね……。でも、本当にそうだから」

花陽「……」

真姫「……でも、遊ぶだけならタダよね。今度、私たちでどこかに連れていきましょう? きっと海未ちゃん、休みの日も休んでないに決まってるんだから」

花陽「……うふふ」

凛「あははっ」

真姫「な、何よ! 何かおかしいこと言った!?」

凛「んーん! 真姫ちゃんはやっぱり真姫ちゃんだなって!」

真姫「何よ! イミワカンナイ!」

花陽「あ、二人とも見て。大三角形だよ!」

真姫「本当……綺麗ね」

凛「もう、夏だね」

凛(満天の星空の裏側に浮かぶのは、楽しい夏の思い出ばかり。今までもこれからも、どれだけ歳をとっても、凛はきっとあの青春を思い出す)

凛(願わくばこの夏が、あの子たちにとってもかけがえのないものになればいい)

凛(夏場の涼しい風を浴びてそんなことを思いながら、凛は日本酒の入ったコップを仰いだ)




224 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:34:29.12 ID:NSPCnO+e0

<七月末、夜。クールプロダクション事務所>

絵里「……ハラショー……そんなのあり?」カタッ

八幡「……やばい聞きたくない」

絵里「手伝って……」

八幡「このパンドラの箱、希望入ってます?」

絵里「……今メール来て……来月の番組企画の予算、リジェクトだって……」

八幡「絶望しか入ってねぇ!! えっ……? 俺の方も二件? ……! やべぇ書式完全にミスってるしNGに関しては全却下!?」

凛「~♪」

絵里「なんでよー!! お金持ってるんじゃないの!? やだ! エリチカおうちかえる!!」

八幡「え、やばくないですかこれ期限七月中でしょ」

絵里「てれれれれ~ん、デスマ~チ~♪」

八幡「やっぱりのぶ代だよな。声変わりしてからもう十年以上経ってたの知ってます?」

絵里「え……うそ……でしょ……?」



星空凛「おっじゃまっしまーっす!!」バタン

八幡「本当に邪魔だわ帰れよ」カタカタ

絵里「遊びじゃないのよ」カタカタカタカタ

星空凛「え……? 何この扱い……」

凛「……あ、凛さん」

星空凛「おっ、しぶりんベース弾くんだ! かっこいいね!」

凛「ありがと。まだまだなんだけどね」

星空凛「今度真姫ちゃんに教わるといいよ!」

凛「え? 真姫さんってベースもできるの?」

星空凛「だってμ'sの曲ってドラムの打ち込み以外全部真姫ちゃんがレコーディングしたんだよ? あんなの演奏全部外注してたら高校生の凛たちじゃお金払えないよ!」

凛「……真姫さんって本当にナニモノ?」

八幡「星空、本当に何しに来たんだ? 暇ならこっちは猫の手でも借りたい状況なんだが」カタカタ

絵里「にゃーにゃー言ってるんだから貸してよ」カタカタカタカタ

星空凛「今日は二人とも怖いよ!? しぶりん、いこいこっ」

凛「うん、準備できてるよ。……今日から、お願いします」

星空凛「任せろにゃ!」

八幡「ん? お前らどっか行くのか?」

星空凛「そだよー!」


凛「今日から合宿、なんだ」




225 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:36:05.02 ID:NSPCnO+e0

<夜半、養成所レッスン室201>

星空凛「もう今日はこれまで! 初日から飛ばし過ぎたらもたないよ!」

未央「はぁーい! ね、ね、しまむー! しぶりん! お風呂入ろうよ!」

凛「え? お風呂あるの? シャワーじゃなくて?」

卯月「いえ、この近くに二時までやってる小さな銭湯があるんです♪」

星空凛「へぇー。もう夜遅いから気を付けてね! 四階の柔道場にお布団敷いて寝といてね。明日は八時に朝食九時から練習!」

未央「うわぁー! なんかホントに合宿っぽいねっ!」

星空凛「ちゃんみおは寝る前にもう一回自分の動画見とくこと。ひどかったにゃ」

未央「ぐさーっ」

凛「卯月、いこ? 汗が気持ち悪い」

卯月「はいっ」

未央「あっ、ちょっとー! 置いてかないでよぉ!?」


星空凛「……なんかちゃんみお見てると高校時代の自分を思い出すにゃ」


<深夜、帰り道>

凛「ふう。……夜風が気持ちいいね」

卯月「すっかり夏です!」

未央「あははっ、しまむー髪の毛すごいことになってるよ?」

卯月「気にしてるのに!? 癖っ毛なんですよー」

凛「可愛くていいじゃん。うちのハナコも水で洗うとそんな感じだよ」

卯月「犬の次元で評価されてる……」

未央「洗うと言えばー。洗ってるとき見たけどしぶりんって胸小さいよね」

凛「身長高めだから普通だよ普通。未央も喧嘩売ってくんの?」

未央「わっはっは! このナイスバディの未央ちゃんに憧れる気持ちはわかるけどさー!」

卯月「本当にいい体型してるから羨ましいなぁ……」

凛「大体、卯月だってちょっとずるい」

未央「あ、それわかる! 男の人が好きそうな感じって言うかさ」

卯月「え、ええ!? 私は普通ですよー」

凛「お前のような普通がこの世にいるかっ!」

卯月「きゃー!? 凛ちゃん、髪の毛はやめてー!!」




226 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:39:36.96 ID:NSPCnO+e0

<同時刻、クールプロダクション事務所>

絵里「ダメね……もう終電が来ちゃう」カタカタカタカタ

八幡「終電ってエモいですよね」カタカタ

絵里「語彙力が消えかかってるわよ……」

八幡「明後日まででしょう? キツイな……」

絵里「……こうなったら奥の手を使うしかないわね」

八幡「……まさか」

絵里「そのまさかよ。……残業手当はつくから安心して」

八幡「マジか……。はぁ、しゃあねえ。終わったら散財してやる……」

絵里「よし。それじゃあ今日はもう退散しましょう。明日は着替えを持ってきて」


絵里「――楽しい楽しい合宿の始まりよ」



<翌日昼、養成所レッスン室303>

ベテトレ「よし、いいだろう。短期間でよくここまでモノにした。おそらくだが、同世代でここまで出来るのは現時点でいないのではないか」

みく「は、初めて褒められたにゃ……」

ベテトレ「君は褒めるとつけあがるように見えて、そうではないとわかったからな。出し惜しみで伸びを阻害するのは非効率だろう?」

雪乃「猫を被っていますからね」

みく「なんのことかにゃ。ってかプロデューサーは猫好きでしょ!」

雪乃「被っている人を好きと言ったことはないのだけれど……」

みく「にゃはは、照れちゃって。じゃ、ルキトレさん。一昨日教わった基礎練のステップを見てほしいにゃ」

ベテトレ「なに? もういいだろう? 急がなくとも君には十分な力がついているよ」

みく「……十分じゃダメだにゃ。みく、才能ないから」

雪乃「卑下することはないわ」

みく「卑下じゃなくて、客観的な分析だにゃ。ねえベテトレさん。みくと凛チャン、同じこと教えて吸収率いいのって比べるまでもなく凛チャンだよね」

ベテトレ「それは……」

みく「うん、いいのいいの。それ、みくにもわかってるから。悔しいけどニュージェネレーションズはみんな凄いにゃ。特にあのライブの日から凛チャンの成長はおかしい。止まるとすぐに追い抜かれちゃう気がするにゃ」

雪乃「……」

みく「みく、凛チャンには負けたくないな。あの子より絶対凄いアイドルになりたい」

みく「見てくれた人ごとこの世界を変えるような、そんなライブがしたいの」

雪乃「!」

ベテトレ「……どうしてそこまで、彼女にこだわる?」

みく「にゃはは、どうしてだろうね? みくもわかんない。……ただ、凛チャンのあの目を見ると、期待しそうになっちゃうんだ」

みく「今度こそ、大丈夫なのかなって」




227 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:42:42.30 ID:NSPCnO+e0

<同時刻、レッスン室201>
星空凛「この曲、本番ではやらないけどモノにすると絶対役に立つよ! シャッフルビートの曲はスネアの連打が六連符になるから、それに合わせてダンスがつくからね。この曲は凛の得意技! タップダンスチックな振付も大盤振る舞いだにゃ!」

凛「む、難しすぎだよ。ていうか最後バク宙ってなんなの……?」

星空凛「え? だって凛はできるよ?」

凛「凛さん基準で考えないでよっ」

星空凛「こらっ、特訓中は師匠でしょ! だって凛の曲だもん。他の人がやることなんて考えてないもんねー」

凛「……これ、できるようになるのかな?」

星空凛「まあ、最後のバク宙はおいといて他の難しいところは頑張ればできる! どんな難しいダンスも全て基本の発展形にすぎないにゃ! ひとつも疎かにしてこなかったから大丈夫だよ」

凛「えーっと……はっじーまりたーくなるRing ring ring a bell♪」キュッ、ダンッ

星空凛「はいダメー。三連符が取れてない! まずは聞き込みから始めたほうがいいかな」

凛「うぃっす、師匠」

星空凛「よしよし! 三連符のクリックとか一度聞いとくといいにゃ!」


八幡「シャッフルってなんだ?」

未央「私もよくわかんない。なんかリズムがツッツターン、ツッツターンみたいなやつなんだってさ! あれ楽しそう! 私もやりたーい!」

卯月「わあ……あんな曲、私が踊ったら絶対こけちゃいます」

八幡「難しそうなことだけしかわかんねぇな」

八幡(にしてもこいつ、マジで上達早すぎじゃないか? なんつーか、レッスンを見に来る度に良くなってるような……)

凛「はっ、はっ、……はぁっ。ダメ、走ってるね。今日はこの曲やっても無理だと思う。課題曲に戻ってもいいかな?」

星空凛「うん、そうしよっか。じゃ、しまむーたちは動画撮る用意して!」

八幡(……こんだけやってりゃ当然、か。効率の見極めも早い。今までも真面目だったが、矢澤のライブが終わってからの渋谷の熱意は段違いだ。やっぱ、勝ちてぇんだよな)

未央「準備終わったよー!」

卯月「いつでもオッケーです!」

星空凛「よしっ。じゃあ、今日は凛がみくにゃんの代わりをやるね」

凛「え? 師匠が?」

星空凛「言っとくけどこれ凛たちの曲だからね。クオリティ低いとすぐ喰っちゃうぞ!」

凛「……望むところだよ」


八幡「仕事が押してる。星空、こいつらを頼むぞ」

星空凛「支払いは任せろーバリバリ! ひっきーもお仕事がんばれ! ……よし、いくよ?」

八幡(渋谷も薄く笑って胸のあたりで俺に手を振り終わると、一気に表情を切り替えて鏡に向き直った)

凛「うん、いつでも」

八幡(優しい表情は一気に戦う女のそれに切り替わる。不意に高鳴った俺の心音が悟られないように、少し急いで部屋から出た)


――♪「Summer Wing!」


八幡「……頑張れ。勝てよ」




228 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:46:22.81 ID:NSPCnO+e0

<同時刻、レッスン室103>
海未「お疲れ様です。次はドラマのオーディションでしたね。急いで準備します」

戸塚「いや、時間は余裕とってあるからゆっくり着替えるといいよ」

海未「そうですか? それではお言葉に甘えて、シャワーを浴びてきますね」


ベテトレ「悪くはない、ぞ」

戸塚「まだ何も言ってないよ?」

ベテトレ「顔に出てるよ。いつものポーカーフェイスはどうした?」

戸塚「……一緒にババ抜きしたからうつったのかもね」

ベテトレ「繰り返し言うが悪くはない」

ベテトレ「良くもない、がな」

戸塚「そっか。じゃあ、今回も危ないかもしれないね」

ベテトレ「おいおい。いくら急成長のニュージェネレーションズが相手でも、最近不調とはいえ彼女は園田海未だぞ。君の担当だ、信じてやらなくてどうする」

戸塚「担当だから……傍で見てるからわかることもあるよ。ぼくの勘だと、島村さんは今の園田さんにとって一番つらい相手かもしれない」

ベテトレ「……君の言うことは相変わらずわからん。少なくとも技量的な面で彼女が島村に劣ることはあり得ないと思うが」

戸塚「もしライブが技量だけで決まるなら、世界で一番素晴らしい音楽は世界で一番技術がある人間のものってことになるよ」

ベテトレ「……精神論は好かん」

戸塚「ぼくもだよ。でも、見てくれるのはやっぱり人なんだ」

ベテトレ「そう思うならすぐに手を講じたまえよ。笑って道化を演じるのが君の仕事か?」

戸塚「わかってる! ……でも、一歩ずつじゃなきゃダメなんだ」

ベテトレ「正当化して逃げてはいないか?」

戸塚「それだけは、ない」


海未「戸塚くん……? どうかしたのですか? 大きな声が聞こえましたが」

戸塚「おかえり、なんでもないよ。それより、いこっか!」


戸塚(心の距離は、一歩ずつ詰めなきゃダメなんだ。キツネは言ったんだ。飼い慣らさなきゃダメなんだって)

戸塚(ぼくがわかったようなことを言って、彼女は救われた気になって。……それで本当に終わり?)

戸塚(そうじゃない。そんなものはぼくが糸引くただの人形だ。アイドルじゃない。それは絶対、「本物」なんかじゃない)


海未「いつも、傍にいてくれてありがとうございます」

戸塚「あはは、居るだけしかできないけどね」

海未「いいえ。……心配をかけているのですよね」

海未「大丈夫です。私なら、大丈夫。次は絶対に勝ちますから! 頑張りますっ」

戸塚(……勝たなくてもいい。頑張らなくてもいい。そんな顔で笑わなくてもいいから)

戸塚(頼むから。大丈夫って言うの、やめてよ……)




229 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:48:29.11 ID:NSPCnO+e0

<夜半、クールプロダクション事務所>

絵里「終電は実家に帰られたわ。いよいよ後戻りはできないわね……」カタカタ

八幡「強制背水の陣っすね」カタカタ

絵里「進捗どう?」

八幡「ひゅんひゅんひゅんひゅん」

絵里「ブーメランなのはわかってるから……」

八幡「まぁ朝まで頑張れば間に合うんじゃないかって感じですかね……」

絵里「こういう職種だから急に忙しくなったり暇になったりというのはわかるんだけどね」

八幡「あいつらの為ってのがせめてもの救いだな」

絵里「……ふふっ」

八幡「……なんすか」

絵里「いーえ。なんでも」カタカタ

八幡「……ヤな先輩」

絵里「可愛い後輩」


――ぶーん。ぶーん。


八幡「こんな時間に電話……雪ノ下?」

絵里「……むー」

八幡「そんな顔しないでくださいよ、どーせ仕事の話に決まってるしサボりませんから」

絵里「手短に済ませなさいよねー」

八幡「ベランダ出ます。……はい、比企谷だが」カララッ、ピッ

雪乃『夜分にごめんなさい。起こしてしまったかしら……』

八幡「日付も変わってないしまだまだ寝ねぇよ。どうした?」

雪乃『用事がないと電話してはいけない?』

八幡「…………は?」

雪乃『な、何よ。冗句に決まっているでしょう』

八幡「いやすまん。あまりに言いそうになさすぎて固まってしまった」

雪乃『本当に失礼ね。動脈も固まってしまえばいいのに』

八幡「遠回しに死ねって言うのやめてくんない? ……誰の入れ知恵だ?」

雪乃『……本当に何でもわかってしまうのね』

八幡「いつものお前しか知らんだけだ。で、何だ?」

雪乃『先日収録したローカル番組の件で急な仕様変更があったのよ。私も家に着いてから連絡に気付いたから、こんな時間になってしまったの』

八幡「そうか。少し待て……いいぞ」

雪乃『そう。それでは伝えるわね』




230 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:50:50.82 ID:NSPCnO+e0

雪乃『報告は以上よ。何か質問はある?』

八幡「いや……特にはないが。放送は明後日だよな? もうすぐ明日になるが」

雪乃『そうよ。自分のアイドルの予定も忘れてしまった?』

八幡「いや、じゃあ連絡は明日の朝イチで良かったんじゃないか? 明日は打ち合わせもあるしわざわざ電話する必要なくねぇか」

雪乃『……やり残しがあるまま家にいたくなかっただけよ』

八幡「……まあな。その気持ちはわかるが」

――かちっ。しゅぼっ。

八幡「……ふぅ」

雪乃『……また煙草を吸っているのね。馬鹿』

八幡「なんだよ。動脈硬化になれって言ったのはお前だろ」

雪乃『固いこと言わなくていいのよ』

八幡「砕けたことも言うようになったなお前……」

雪乃『……渋谷さんの調子はどうかしら?』

八幡「良いと思うぞ。今も絶賛合宿中だ。星空がついてほぼマンツーで毎日やってるよ。夏休みだとはいえ、仕事もあるのに大した奴だ」

雪乃『そう……流石ね。でも、うちの前川さんだって負けてないわ』

八幡「お互い自分の娘は可愛くてたまらんか」

雪乃『あら。そんなことを思っていたのね』

八幡「失言だ。渋谷には絶対言うなよ、恥ずかしい」

雪乃『そんな不利になることするわけないでしょう。……一か月後ね』

八幡「そうだな。……熱い夏になりそうだ」

雪乃『私たちが、勝つわ』

八幡「お前が成績以外で俺に勝ったことあるか? 悪いがいつも通りだ」

雪乃『……ふふ』

八幡「はっ」

雪乃『ねえ。こんな風に笑える日がまた来るなんて、思ってもみなかったわ』

八幡「……悪かったのは俺だ。最後まで、俺は」

雪乃『言いっこなしでしょう。私だって、甘えていた』

八幡「…………」

雪乃『…………ねえ、比企谷くん』



絵里「ちょっとー! いつまで電話してる気!? 本当に終わらなくても知らないんだからね!」





231 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:53:30.45 ID:NSPCnO+e0

八幡「え、うわ。日付回ってる! すいません! ……悪いがもう切らせてもらうぞ」

雪乃『……絢瀬さん? ちょっと待ってあなた今どこにいるの?』

八幡「事務所だよ。八月までに仕上げなきゃいけない仕事が急なリジェクトやらでてんやわんやでな。今日は事務所に一泊だ」

雪乃『…………二人きりで?』

八幡「……じゃあな。マジで喋ってる場合じゃない」ピッ


絵里「随分楽しそうだったわね。余裕があったら私の分あげるわよ」カタカタ

八幡「勘弁してくださいよ。最初はちゃんと仕事の話だったんですよ」カタカタ、カチッ

絵里「途中から違ったんだ?」カタカタカタ

八幡「……返す言葉もない」カチッカチッ

絵里「あーあ、いいわよいいわよ。どうせ私は三番目の女よ」カタカタ

八幡「は? 三番目?」

絵里「一番は凛ちゃん、二番目は雪ノ下さん」

八幡「何言ってんすか。一番は小町です」

絵里「……ランク外かぁ」

八幡「え、いや、そういうことじゃなくて。なんすかその順位。勝手に決めないでくださいよ」

絵里「自分で決めたら上方修正してくれる?」

八幡「……どいつもこいつも。俺に好かれてなんだって言うんだよ」

絵里「……だって、嬉しいじゃない」

八幡「…………俺があなたを助けたのはたまたまです。特別な意味はないんだ」

絵里「だから気を遣わなくていい、って言うつもりなんでしょ?」

八幡「……」

絵里「あら、びっくりした顔してる。ふふ、その顔に免じて今の発言は許してあげようかな」

八幡「……なんで」

絵里「そんなの、当たり前じゃない。あなたがずっと凛ちゃんを見てきたように、私だって比企谷くんを見てきたのよ」

絵里「誰も自分を見てないなんてことはありえない。……少しは、自意識過剰になってもいいんじゃない?」

八幡「……昔。それで嫌というほど痛い目見たんです。もう今更、治すことなんてできない」

絵里「……困った人ねえ」

八幡「ずーっとそう言われてきましたよ」

絵里「でも、あなたはそれでいいのかもね」

八幡「……」

絵里「欠点って、裏返せば味わいだもの。私はあなたのそういうところ、嫌いじゃないわよ」




232 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:55:44.91 ID:NSPCnO+e0

八幡(包みこむような優しい声音で、彼女はそう言った。パソコンの向こうの彼女が今どんな顔をしているのか、俺にはわからない。ただ、見るのはやめておこうとそう思う)

八幡(……優しい女の子は、嫌いだ。今も昔も、俺だけにそうなんだと勘違いしてしまいそうになる。きっとみんなにもそうなのに。その優しさは俺だけのものだと、そう錯覚してしまう自分の浅ましさに腹が立つ)

八幡(真実なんてわかりたくない。箱なんて開かなくていい。未確定の猫のままで構わない。開けばきっと、希望の無いパンドラの箱なんだと気づいてしまうから)

八幡(俺のこの薄汚い本性を、優しいこの人には知られたくない。俺は勝手だ。他人が何を考えているか知りたい。なのに、自分の思考を差し出したくない。ただ一方的にわかりたいだけなのだ)

八幡(世界は等価交換だと何かで言ってた。だのにそんなの知るかと理を拒む、不変の悪性に笑みさえ浮かぶ)

八幡(ああ、人の優しさに触れるたびに実感する。俺の中にはあいつがいるんだ)


八幡(何も信じられぬと叫ぶ、邪知暴虐の王が――)



絵里「……比企谷くん?」

八幡「すいません、聞いてませんでした」

絵里「もう。私、近くの漫画喫茶にシャワーを浴びに行くけど、あなたも行く?」

八幡「……ええ。悪くないですね」

八幡(暑い夜だ。うんと冷たい水を浴びよう。いっそこんな汚い心も、洗い流せてしまえばいいのにな)




233 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:57:45.90 ID:NSPCnO+e0

<深夜一時頃、346タレント養成所:柔道場>

卯月「ふぅー。今日も疲れましたね……」

未央「エアコン付けちゃダメかなー?」

凛「喉に良くないからダメだよ。窓開けるね」

卯月「わぁ、星が綺麗……。都会でも見えるものなんだねー」

凛「そうだね。……すごいな」

未央「扇風機つけるねー!」

凛「ちゃんと首振りにしてよ?」

未央「なんでやろうとすることが秒でバレるんだろう……」


凛「…………」カチカチ

卯月「凛ちゃん、寝ないの?」

凛「あ、このメール打ち終わったら寝るから。ごめんね」

未央「こんな時間に? 誰に?」

凛「プロデューサー。今日ね、徹夜でお仕事なんだって」

卯月「うわわ……大変なんだね~」

未央「一人っきりで事務所で!? それは寂しいねぇ……らぶめーる注入してやんなよ!」

凛「一人じゃないよ。絵里さんもいるって」

卯月「……えっ、じゃあ夜通し事務所で二人っきり?」

凛「みたいだね。……ふぅ、おわり」ピッ、カチッ

未央「えー!! それってなんだか……なんだかだねっ! 急接近とかしちゃったりして!」

凛「何もないと思うよ。多分」

未央「あれれ、なんだか思ってた反応と違うぞ……?」

凛「あのね、短い間だけどずっと見てるんだよ。あの人ね、人との距離急に詰められる人じゃないよ」

卯月「用心深いのかな?」

凛「あれは用心深いとかじゃないと思うよ。……なんだろう。怖がってる、のかな」

未央「それどーいうこと?」

凛「うーん、私にもまだはっきりとはわからない。でも、急いでわかる必要はないかなって。きっとゆっくり、わかるようになるんだよ」

未央「……大人だねぇ」ナデナデ

凛「ちょっと、やめてよ。鬱陶しい」クスクス

未央「ひどい!?」




234 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 18:59:47.79 ID:NSPCnO+e0

卯月「……じゃあ雪乃さんは、ゆっくり比企谷さんと距離を埋めていったんだね」

凛「うん……そうなんだろうね。きっと昔、私たちの見えないところで……」

卯月「……」

凛「……」

未央「……ねぇ、しぶりん」

凛「……何?」

未央「ハチくんのこと、好きなの?」

凛「…………わかんない」

卯月「……そっかぁ」

凛「人、好きになったことないんだ。だからわかんない。……この気持ちが信頼なのか、それとも……」

未央「そっか。……そっかぁ」

凛「……私だけってズルいよ。未央は?」

未央「私ぃ? うーん、今はそういうのないかな。学校では特になにもないし、さいちゃんは優しいけどみんなの天使って感じだし」

卯月「そうなんだ」

未央「あとね、これは勘だけど、さいちゃんって海未ちゃんのこと好きなんじゃないかなって思うんだ」

凛「え、戸塚さんが? 私には全然わかんないな」

卯月「私もわからないなー。ずっとにこにこしてて」

未央「あはは、それはね、しぶりんの言うずっと見てたからってやつなんじゃないかな?」

卯月「……私はたぶん、雪乃さんが男の人だったらもう駄目になってたんだろうなぁ」

凛「あ、なんかそれわかる。すぐ落ちてそう」

未央「しまむーはちょろそうだよね!」

卯月「なんで私だけこの流れなんですか!? おかしくない!?」

卯月「……まぁ、憧れから入るタイプなのは、否定しないですけど……」

未央「おー? 今までのも吐け吐けー!!」

卯月「ちょっ、お尻触らないでよー!」


凛「……ふふっ。なんか、こういうの地味に憧れてたんだ」

未央「女子会って感じだねー」

卯月「酷い目にあった……もう寝ましょう……」

凛「ん、そだね。おやすみ」

未央「おやすみー」

卯月「おやすみなさい」


――りーりー。りーりーりー。


卯月「……虫の声。きれい」

未央「……だね」

凛「…………ね。勝とうね。絶対」

未央「うんっ」

卯月「三人そろえば、最強ですっ」




235 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:02:09.15 ID:NSPCnO+e0

<未明、クールプロダクション事務所>
絵里「……」カタカタ

八幡「……」カタッ、カチッ

絵里「……よし、終わり。これで明日詰めれば、なんとか間に合うわー。んーっ」ノビー

八幡「……流石です。俺なら終わらない」カタカタ

絵里「頑張れー。……あぁ、眠くなってきちゃった」

八幡「寝てていいですよ。寝袋、むこうに置いてたんで」カチッ、カチッ

絵里「悪いけど、そうさせてもらうわね。……こっちで寝ていい?」

八幡「え? いやカチャカチャうるさくないですか」

絵里「いいの。ダメ?」

八幡「……好きにすりゃいいんじゃないですか」カタカタッ、カタッ

絵里「ありがと。好きにさせてもらうわね」


絵里(……相変わらずねえ。意識してるのは私だけなのかしら? これでも結構どきどきしてるのにな。男の人と一泊なんて初めてなのに)

絵里(魅力ないかなぁ。一応、可愛い目の部屋着持ってきたんだけどな。……仕事でそれどころじゃないか。それも少し寂しいな……)


絵里「よーし。できる私は先に寝させてもらうわね」

八幡「……ほんとヤな先輩だ」

――ぴっ。かららっ。


絵里「あれ、エアコン切っちゃうの?」

八幡「……だってつけたまま寝ると、絵里さんの喉に悪いでしょ」

絵里「……ふふ。ありがと」

八幡「どういたしまして」カタカタッ

絵里(ああ、あなたときたら。本当に――)


――ぶぅぅん。……ぶぅうん。
――かたかた。かたっ、かたかたかたっ。


絵里(窓の外からは、時折通る車の音。それ以外は彼のタイプの音が心地良く響いていた)




236 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:05:59.84 ID:NSPCnO+e0


絵里「……あつい、わね」

八幡「……夏ですからね」カチッ、カチッ

絵里「色気のない夏でごめんね」

八幡「……μ'sのアイドルと一晩ですよ。これで色気がないって言ったら刺されますね」カタ

絵里「あら。意識してくれてるんだ?」

八幡「仕事がどっさり、ですけどね」

絵里「…………ごめんね」

八幡「……まぁ、なんですか」

八幡「こういう夏も、たまには悪くないでしょ。……たまににしてくれないと困るけど」

絵里「……ありがとう。おやすみ」


八幡「……おやすみ。絵里さん」


絵里(ディスプレイの光が写す彼の笑顔。きっと彼は油断していた。私に見えないと思ってた)

絵里(……そんな彼の顔を今見たのが、世界で私だけだという事実がたまらなくうれしい)

絵里(……そっか。そうなのね)


絵里(私、この人が好きなんだ)


絵里(白馬の王子さまのように助けてくれた彼だけど、実際はそんなに優雅じゃなくて。というかむしろ真逆で。普通の人間だから、最初からやっぱり仕事もできなくて。働きたくない働きたくないとか言って。……でも、愚痴を言いながら、きっちり仕上げて。そして私にちょっと優しい)

絵里(そんなこの人が、好きなんだわ。でも――)

八幡「……ん? メール入って……渋谷からか。……ふん、なんだよ。余計なお世話だっつーの。……頑張れ。頑張れよ」

絵里(ねえ、雪ノ下さん。気付いてる? この先どうなっても、誰かが傷付かずにはいられないこと。……彼は、気付いているのかな)

絵里(でも……仕方ないわよね。好きになっちゃったんだもの)

絵里(明日、どんな顔して話そうかしら。あ、朝から彼がいるのね。やばい。すっぴん見られるの恥ずかしいな。起きたらすぐ洗面台に行かなくちゃ。ああ、やだなぁ。きっと化粧のノリ悪いわよね……でも)

絵里(朝起きてすぐに会えるなら、それもいいかな、なんてね)

絵里(頬の熱さが夏のせいじゃないことが、その夜、少し嬉しかった)




237 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:09:57.00 ID:NSPCnO+e0

<数日後、夜。東京都大田区居酒屋「全兵衛」>
武内P「すいません、仕事が押して遅くなってしまいました……先輩」


赤羽根P「いや、仕方ないだろ! むしろ予想してたより早かったくらいだ」


武内P「生二つ。……こうして全兵衛で飲むのも久しぶりですね」

赤羽根P「本当にな! お前が346に入ったばかりの頃はよく行ってたんだけど。このっ、出世しやがってよー! 早く忙しくなくなれよ!」

武内P「先輩に言われると嫌味にしか感じませんね。いい加減負けてくださいよ。大体忙しくて予定が取れないのはそっちでしょう」

赤羽根P「あはは、まあな。嬉しい悲鳴ってやつだよ」

店員「はい、生二つになります!」

武内P「ありがとうございます。……それでは、お疲れ様です。乾杯」

赤羽根P「乾杯!」

――かんっ。



赤羽根P「もうすぐだな、新人戦。あの娘たちが出るんだろう? ニュージェネレーションズ」

武内P「ええ、そうです。きっと素晴らしいステージを見せてくれるでしょう」

赤羽根P「なんて言ったっけ。あの、クールの……」

武内P「渋谷凛さんですか?」

赤羽根P「違う。そのプロデューサーの……そうだ、比企谷くんだ! お前の後任」

武内P「ああ、彼ですか」

赤羽根P「そうそう、なんかまだ若いらしいじゃないか。前はどこにいたんだ?」

武内P「どこにもいませんよ。ただの一般人でした」

赤羽根P「えっ、そうなのか!?」

武内P「はい。……私が、スカウトしました」

赤羽根P「! へえ、『ティンと来た』のか?」

武内P「ええ。……似ているな、と思ったのですよ」

赤羽根P「誰に?」

武内P「昔の私に」

赤羽根P「ははは。そりゃ二つの意味でよく見とかないとな」

武内P「ええ。彼らの成長が心から楽しみです」

赤羽根P「ようやく先輩の気持ちがわかったか?」

武内P「悪くないものですね。背筋が伸びる」

赤羽根P「だろ。……お前らも早く、ここまで上がってこい」

武内P「言われるまでもない。老害には消えていただきますよ」

赤羽根P「ははっ、言うじゃないか。言っとくけどあいつらは手強いぞー?」

武内P「身を以って知ってますよ。……それでも、彼らなら越えてくれると信じています」

赤羽根P「……よし! 月末は俺も観に行くよ。お前がそこまで言う娘たちがどんなもんか、映像じゃなくて生で見たくなった」

武内P「本当ですか。関係者席を用意しますよ」

赤羽根P「いやいい。やっぱアイドルは客席から見なくちゃな!」

武内P「では、ご一緒しましょう」

赤羽根P「ははっ、いいな! 学生時代みたいだ!」

武内P「ええ。……楽しみです」




238 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:11:39.50 ID:NSPCnO+e0

<ライブ三日前、夕刻。346タレント養成所:貸出練習室401>
未央「あれ? みくにゃん! 遅くまでお疲れー!」

みく「にゃにゃ、未央チャン。お疲れ様だにゃ」

未央「精が出ますなぁ! ま、私もこれからダンスダンスなんだけどねっ」

みく「そっか、じゃあ頑張ってにゃ」

未央「うん、ばいばーい! ライブ頑張ろうね!」


みく「頑張ろうね、なぁ。ま、本来争うもんと違うしなー……っと」

みく「今日もありがとうございました! 鍵をお返しするにゃ」

ルキトレ「はいっ、お疲れ様です。じゃあみくちゃん、いつも通りここに名前書いてね」スッ

みく「わかったにゃ……あっ!」バサッ

ルキトレ「あっ、ごめんね! もう掴んだと思って手を放しちゃった。拾ってくれるかな?」

みく「はーい。あーあ、挟んでた紙がバラバラにゃ……」

みく(落としてしまった記入用紙を一枚一枚拾い集める。その中に、エクセルで作った表みたいな紙が数枚あった。拾い集める手を止めて、その表を読んでみる。それは練習室401から403までの利用記録をまとめたものだった)



利用記録 401-403 七月
7/27 前川みく 10:01-12:02(401) 渋谷凛 19:54-22:14(402)
7/28  園田海未 12:55-15:00(401) 渋谷凛 17:55-21:00(403)
7/29 渋谷凛  09:01-11:32(401) 前川みく 21:03-23:15(402)
7/30 島村卯月 06:55-07:56(403) 本田未央 19:55-20:30(403)
7/31  前川みく 11:00-13:00(401) 園田海未 17:00-19:34(402)

みく(……これは)


利用記録 401-403 八月
8/3 渋谷凛 09:00-12:00(401)  前川みく 13:04-16:01(401)
8/4 前川みく 11:00-12:31(401) 渋谷凛 19:01-22:00(402)
8/5 前川みく 09:00-11:29(401) 渋谷凛 12:00-13:00(401)

8/13 渋谷凛 17:55-20:00(401) 前川みく 18:00-20:30(403)
8/14 前川みく 11:00-13:00(401) 渋谷凛 19:00-21:01(402)
8/15 渋谷凛 10:00-12:00(401) 前川みく18:09-22:01(401)
8/16 渋谷凛 15:55-19:00(401) 前川みく19:31-22:00(402)
8/17 渋谷凛 16:01-17:00(402)




239 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:14:49.62 ID:NSPCnO+e0

ルキトレ「あっ、それ一応見たらダメなんですよ?」

みく「それはルキちゃんの過失じゃないかにゃ?」

ルキトレ「うっ……。な、ナイショですよ? でもみくちゃんは毎日本当にすごいね! 本当に杏ちゃんに爪の垢でも飲ませたいくらい……」

みく「渋谷凛も、いっぱいだ」

ルキトレ「あ、そうなんですよ! 凛ちゃんも毎日毎日……本当に頭が下がります。ここには書いてないけど、他のお部屋もニュージェネレーションズのみんなの名前でいっぱいなんですよ。この場所を作った甲斐もあるというものです!」

みく「……なんか、『耳をすませば』みたいだにゃ」

ルキトレ「あっ、貸出カードのシーン? ふふふ、確かに似てるかも」

みく「はい、拾ったよ。じゃ、みくは帰るね!」

ルキトレ「あっ、みくちゃん!」

みく「んー? なんだにゃ?」

ルキトレ「ライブ、見に行くからね。わたしはみんなの味方だよ?」

みく「……うん! ありがとう!」


みく(いつもは寮まで電車で帰るけど、今日は歩きたい気分だった)

みく(夏場のぬるい風が髪を揺らした。空を見上げれば一番星。みくもいつか、あの星のようになりたい。その願いは変わらず胸の中で輝いている)

みく(街頭が少ない細くて暗い道に入った。アイドルが危険に遭うなんてあってはいけないことだから普段は歩かないけど、今日だけは特別に許可を出すことにした。その方が、星が綺麗に見えるから)

みく(頭の中で考えるのは彼女のこと。一目見た時から気になっていた。あの眼の意志ある輝きが頭上の光とリンクする)

みく(――きっと、期待していいんだ。あの子に対しては、もう何も被らなくていいんだ)

みく(練習室の貸し出し記録を思い出して、くすりと笑う自分がいる。あの映画の男の子は、女の子のことが好きだからからかっていたんだっけ。そうやってちょっかいを出して、気にしてもらって)

みく(それで、良いとこ見せようって余裕綽々でバイオリンを弾くんだよね。……本当は、裏でたくさん練習してたに決まってるのに)

みく(そんな男の子の不格好さが、今の自分みたいで少し笑えた。彼もずっと、本気にしてもらいたかったんだ)

みく「なんか、一目惚れみたいやなぁ」

みく(またぬるい風が首に吹きつけて、思わず後ろを向く。歩いてきた距離が思いのほか長くて感心したあと、また歩き出した)

みく「――Country roads, take me home~♪」

みく(自分の部屋までもう少し。それまで星見てゆっくり帰ろう。ご機嫌に歌を歌いつつ、故郷から歩いてきた遠大な道のりに、ゆっくり思いを馳せて)

みく(澄ませた猫耳から、昔日の声が聞こえた)




240 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:18:38.34 ID:NSPCnO+e0

<前川みく、中学三年生。クリスマス>

――♪『CHANGIN' MY WORLD! 変わる世界 輝け
    CHANGIN' MY WORLD! 私の世界 私のモノ CHANGE!!』

みく(夢のような白雪が降った日だった)

みく(その日、みくの人生は変わった)

みく(きっかけは些細なことだった。どこにでもよくある話。友達がライブのチケットを買ったはいいけど、楽しみで熱を出して行けなくなってしまった)

みく(お金がムダになっちゃうからと譲ってくれたチケットで、アイドルのライブなんて初めてだからと興味本位で顔を出してみたのがきっかけ)


春香『一番後ろまで、見えてるよー!!』


みく「すごい……。すごい!!」

みく(765プロオールスターライブ。それがみくにとっての魔法使いの名前。あの日かかった魔法は、今も解けずにいる)


みく(その日からとにかくアイドルになりたかった。自分にも人ごとこの世界を変えられるような、あんな人たちのようになれたら。そんな一心で)

みく(ライブがあった日から、色々なオーディションに申し込んでみた。みくの有り余る情熱のおかげでオーディションには無事全て落選した。書類選考だけで落ちたことも多々あった。現実は厳しいということだった。大阪人はおいしいと思ったのに)

みく(そんなことを繰り返していたら、いつの間にか春が来て高校生になっていて、なんなら夏が迫っていた)


部長「1、2、3、4! 1、2、3、4!」

みく「……? みんなして何やってるん?」

部長「あ、前川さん。勉強終わったん? てか今回学年の順位一桁やったな! やっぱ眼鏡委員長は流石やな!」

みく「眼鏡関係ないやろ。……で、これ、何してるん?」

部長「部活!」

みく「部活? うちの高校、ダンス部なんかあったっけ?」

部長「あー、ちゃうちゃう! アイドル部!」

みく「はぁ? アイドル部? なんやそれ」

部長「最近同好会から部になってん! 今全国的にスクールアイドルの波が来てるんよ」

みく「……スクールアイドル? 何それ? 765プロとかと何か違うん?」

部長「あぁー面倒くさい! 家帰ってググれ! 練習やるよー」

みく「ちょっ、雑やなあ。……ええよもう、家帰って調べる」


みく(早速その日家に帰ってパソコンで調べ、スクールアイドルのこと色々を知った。いわゆるアマチュアのアイドル。高校生限定。ラブライブという全国大会。数年前の伝説こと『女神の世代』のこと。メディアの注目もあって、片田舎のみくたちの地域とは違って全国では市民権を得た部活であるということ。そして――)

みく「うわっ、この動画すごいなぁ。これが伝説のスノハレってやつか……。曲良すぎやん、プロが作ってるやろこれ。西木野真姫って誰? サムラゴーチ的なやつちゃう? ……ってかレベル高!? こんなん生で見たらみく絶対泣くわ……」

みく「……あれ? この人ら何人か見たことある。確か……」カチッ、カチッ

みく「……! やっぱり! 今注目されてる346の新人アイドルの!」


みく(スクールアイドルで活躍すれば、プロになることも夢じゃない、ということ)


<翌日、部室棟>
みく「あ、おった!」

部長「おっ、前川さん。どしたん?」

みく「あのな、お願いがあるんやけど……」

部長「ええよ! その代わり明日の三時間目の数Aのプリント写させてなー」


みく「――みくを、アイドル部に入れてほしい」



241 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:20:33.54 ID:NSPCnO+e0

みく(そのことはちょっとしたニュースになった。真面目で物静かな委員長の前川さんが、アイドル部とかいうミーハーそうな部に入ったらしい、と)

みく(でもそんな評判はどうでもよかった。好きなことが思いっきりやれる喜びに比べたら些細なことだった)

みく(その夏から、みくのスクールアイドルとしての日々が始まった)

みく(アイドルというものは本当に難しい。テレビで見るとあんなにも簡単に見えるのに)

みく(アイドル部と言っても形だけの顧問をつけての部活だったから専門家もいないし、部員たちに歌や踊りの経験者なんて一人もいなかった)

みく(自分で考えるしかなかった。今思えば時間の無駄でしかない練習だってたくさんやった)

みく(誰がやれって言ったわけでもないけど、自分がやりたいから自分のためにがんばった)



<夏休み中旬、昼。校舎裏庭>
みく「1、2、3、4! 1、2、3、4! ……あ、ズレてるよ」

部長「ひええ……。合わん、合わんなぁ」

部員「ちょっと休憩せん?」

みく「ええ? まだ始まったばっかりやで?」

部長「でもなあ。このまま続けてもバラバラやから絶対合わん気ぃする」

部員3「あ、じゃあちょっと個人練する時間にせえへん?」

部員2「ええな! それでいこ!」

みく「………………」


みく(アイドルというものは、難しい。だからこそ嫌になるほど反復練習しかない、というのがみくの持論)

みく(アイドル部の練習は週に二回。少ない、と思うかどうかは人による)

みく(プロのアイドルとは違って、スクールアイドルは絶対に団体競技だ。だから全体練習が欠かせない。でも、全体練習をする前に個人練習を完璧にしないともっと意味がない)

みく(……なのに)

みく「はい。じゃ、も一回やろー!」

部長「よし、やろかっ。じゃあ次はうちがカウントとる!」

部員「休みたいだけやろ?」

部長「はははっ、バレたか。まあええ、やろやろ!」

部員3「よっしゃー!」

みく(……いや。みんな一生懸命やってる。じゃなきゃ貴重な夏休みにこんなことするわけない)




242 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:22:31.87 ID:NSPCnO+e0

<その日、帰り道>

部長「あー、今日も疲れたなぁ。アイス買って帰る?」

みく「うーん、みくはやめとく。太りそう」

部長「そうか? じゃあコンビニ寄るからちょっと待ってて」


部長「ほい。パピコの半分」

みく「人がせっかくダイエットしてんのに!」

部長「そうか、いらんか」

みく「いらんとは言うてへん」

部長「現金なやっちゃ。……はー、しんどいなぁ。こんなんでライブとか体力もつかな」

みく「走り込み、走り込み」

部長「あんたって成績ええのに結構脳筋よな。……なあ、なんかライブでの憧れってある?」

みく「うーん……あっ! あれ! あれやりたい!」

部長「あれってどれよ」


みく「一番後ろまで見えてるぞー! ってやつ」


部長「あっはっは、ああ、あれな。てかあれ絶対嘘やろ! 見える訳ないし!」

みく「やっぱ嘘かなぁ。天海春香がやってたんやけど」

部長「確かにあの人は嘘つかなそう」

みく「……ま、ほんまかどうか、いつか確かめたるよ。……よし! 今日は走って帰る! ばいばい!」タタタッ

部長「……ほんまに、一生懸命なやつやなぁ」


みく(みくはひたすら練習を積んだ。走り込みもした。筋トレもした。女の子らしくなくなっちゃうかもしれないけど、ミスを減らせるならなんだって構わない)

みく(毎日、毎日。うだるような暑さの中、部活がある日もない日も一人の練習を欠かさなかった)

みく(そして夏休みが終わるころ、ある通知が全国のアイドル部に通達された)





243 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:24:32.42 ID:NSPCnO+e0

部長「ラブライブの予選開催日が決まったでー!」

みく「! いつ!?」

部員2「これは……クリスマスやな。うちらも一応申込みする?」

みく「一応!? 出るに決まってる!」

部長「ははは、みくもこう言ってるし、出よ出よ!」

部員2「でも曲はどうするん? オリジナルしかあかんのやろ?」

部長「うちの彼氏、曲作んの好きやから頼んでみよか?」

部員4「出た出た、さりげない惚気」

部長「はっはっは、他人の僻みがうちの酸素!」

みく「ほんまに!? お願い! みく、どうしてもやりたい!」

部長「よし、じゃあそういう方向で行こう」

みく(その日から、ラブライブに向けての練習が始まった。みくはあの時、本当に楽しくて仕方なかった)

みく(初めてのオリジナル曲。初めての振り付け。テンションが上がることばかりだった。今思えばあの振付はない。名曲からのコピペでしかなかった)

みく(夏が終わり、二学期が来てもみくは可能な限り自分のトレーニングを積んだ。元々手段としてしか見てなかったスクールアイドルだけど、気が付けば生きがいになっていた)

みく(ラブライブに出たい。なんとしても出たい。あの日見たライブみたいに、人ごとこの世界を変えてしまえるようなライブをしたい!)

みく(練習、練習、練習。みんなもきっと陰で頑張ってるに違いない。みくも負けるわけにはいかない)

みく(自分に才能がないことはわかってた。なら他人より数倍時間をかけるしかない。努力で越えられる壁なら、何日かかっても積み上げて越えてやる!)

みく(一心不乱に舞っては歌う。陽が昇っては月が沈む。ずっとずっと繰り返した)

みく(そして、ついにライブ当日のクリスマスがやってきた。……思えば、自分がアイドルを志したあの日もクリスマスだった)

みく(運命が味方するなら、今日しかないと思っていた)

みく(みくは、全てを出し切った)

みく(自分たちと相手のパフォーマンスが終わって、電光掲示板に釘付けになる。自分たちの数字が出るはずの左側から目が離れない。心臓が飛び出そうだった。早回しになる鼓動。そしてついに、真っ黒な掲示板に審判の鉄槌が振り下ろされた。その瞬間目に焼き付いた光景を、みくは生涯忘れないだろう)




244 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:25:54.21 ID:NSPCnO+e0






                   『234    VS    5766』










245 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:28:09.47 ID:NSPCnO+e0

部長「やー、しっかし相手のとこめっちゃ凄かったな」

部員「ほんまにな! てかプロに曲外注したらしいで! そら負けるなぁ」

部員3「はははっ、どこぞの誰かの彼氏が悪い」

部長「何ぃー? どこの口がそれ言うんよ? 最近そっちは上手くいってへんくせに!」

部員3「うっ、それ言われると辛いな」

部長「はははっ。よしっ、ファミレスでも寄って帰ろか?」

みく「………………何で」

部長「ん? どしたん? みく」


みく「何で笑ってんの!?」


部員4「うわっ、何よいきなり」

みく「あれだけ一生懸命やったのに、ボロボロで負けたんやぞ!! 悔しないんか!! 何で、何で笑ってんねん!! 何で笑えんねん!! ふざけんな!!」

部長「……」


みく(情けなくて、悔しくて、解せなくて、もう感情がごちゃごちゃになって何が何だかわからなかった。ただ涙が止まらなかった。目の前で笑っているこいつらは何だ。共に高みを目指す仲間じゃなかったのか。熱量を預けられるパートナーじゃなかったのか)

部員2「えー、いや。そんなこと言われてもなぁ」

部員4「いや、確かに一回戦で負けるのは不本意ではあるけど。でも流石に全国まで行けるとは最初から思ってへんしなー?」

みく「…………は」

部員3「まぁ、楽しかったしええやん。アイドルは楽しんでなんぼやろ!」

部長「それは確かにな。うちらが楽しまな見てる人もおもんないしな」

部員2「そうそう、そこまでガチガチにやってもな楽しくないから。みくちゃんもちょっと力抜いたら? 張りつめすぎやで」

みく「…………はは」

部長「……」

みく(……ああ。自分が間違っていたんだ。きっと自分が抱いているものを、みんなも抱いているに違いない。何も言わなくても理解してくれているに違いない。言葉にしなくても伝わるものがきっとあるに違いないと。そんな都合のいい夢を、一人で見ていた)

みく(冷えていく自分の頭の中に追い打ちをかけるように、鈍色の雲から落ちてきたものがあった)


みく「…………雪」


みく(どうしてだろう。一年前の雪は、あんなにも暖かく綺麗に思えたのに)

みく(今降り落ちてくるこれは。そんなものはただの空気のゴミなのだと、無情に突きつけてくるように冷たい――)

みく「…………わかるもんやとばっかり、思ってたんやな」

部員2「ん? どした?」

みく「……みく、帰るわ」

部長「あ、みく! ちょっと!」




246 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:31:05.76 ID:NSPCnO+e0

<夜、自室>

みく(電気も暖房も何もつけず、星明りすら入らない暗闇の中で一人、ベッドの上で膝を抱えていた。闇に浮かぶのは、あの日憧れた魔法の舞台。オーディションに応募しては落ち込んだ絶望の日々。天啓のように得た部活の情報。……飛ぶように早く過ぎていった、鍛錬の日々)

みく(本気で生きていけると、そう思っていたのに。自分だけだった。理想の光はマタタビのように心地良くて、誰もがその方向に歩いて行きたいのだと勘違いしていた)

みく(……他人になんて期待した、自分が馬鹿だった)

みく(暗闇の世界をポケットから洩れた光と振動が破った。……電話の通知は、部長からだ)


みく「…………はい」ピッ

部長「……うちや」

みく「……知ってる」

部長「………………」

みく「………………」

部長「……部活、やめるんか?」

みく「…………わからん。多分」

部長「……あの子らを責めんな」



みく「うるさい!!」



部長「誰もがあんたみたいに上手くなろう、強くあろうとしてるわけとちゃう。……楽しければそれでいいのも、真実や。正しいやろ」

部長「……自分が本気になるから、他人にもそうなれって言うのは傲慢や。違うか?」

みく「…………うるさいっ、うるさい……」

部長「うちかてそうや。アイドルは、楽しい。それだけじゃあかん?」

みく「楽しい云々の前に、ひっ、やらなあかんこと、ひっ、ある、やろ……。本気でやらな、楽しい、ひっ、わけないやん……。最低限、ひっ、仕上げな、見てる人が、ひっ、楽しいわけ、ない、やん……」

部長「……そうやな。それも正しいと思う」

みく「……みくは。みくはっ! 本気でやりたいんやっ! あんたらにとっては大事でも、みくはそんな表面だけの偽物なんか欲しくない!」


みく「みくは――本物が欲しい!」


部長「……そうか」

みく「……」

部長「……」

みく「…………みく、部活、辞めるな」

部長「……わかった。……なあ、みく」

みく「……何」

部長「部活、全部、下らんかったと思うか?」

みく「…………楽しかった。それだけは、嘘とちゃうよ」

部長「そうか。それだけ聞けて、よかったわ」

みく「…………じゃあ」

部長「……ああ。またな」




247 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:33:24.04 ID:NSPCnO+e0

みく(電話が終わって、何ともなしにテレビをつける。皮肉にも映ったのはアイドル番組だ)

にこ『にっこにっこにー! みんなのアイドル矢澤にこだよー!』

貴音『面妖な……』

穂乃果『あ、貴音さんは知らない? にこちゃんは高校の時からこういうキャラ付けでねー!』

にこ『ちょっと!! キャラって言うのやめなさいよ!!』


みく「キャラ……キャラか」

みく(今思えばオーディションでは熱意を伝えるばかりで、他の子たちと比べて何かフックがあるのかと言われればなかった。失うものはない身なのだから、こんなやり方だってありかもしれない)

みく(テレビの光しかない真っ暗な部屋に、どこからか飼い猫がするりとやってきて膝に乗った。……いつもは懐かないのに、にくい子だ)

みく(人差し指で首筋を撫でた。気持ちよさそうに目を細める猫の瞳は、比喩ではなく爛々と光っている。タぺタム。暗闇の中で光を見つめるための神秘)


みく「猫、か。……それもええな」


みく(他人に期待したって何もない。本物なんて持ってない。だったら人に寄りかかるなんて時間の無駄。帯びた熱意は秘めてしまおう。他人になんて、偽物で十分)

みく(だからみくは――猫を被ろう)

みく(たった一人で、本物を掴むために)




248 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:36:58.50 ID:NSPCnO+e0

<一か月後、自宅>

母「みく、あんたにお客さん」

みく「え? 誰も約束してへんよ?」

母「……346プロダクションの、雪ノ下さんって人」

みく「!!!」



雪乃「前川みくさんね。346プロ、キュートプロダクションプロデューサーの雪ノ下雪乃といいます。先日のオーディション、僭越ながら同席させてもらったわ」

みく「わ、わざわざ直接連絡いただけるなんて……!」

雪乃「……結論から言います。あなたをプロとしてスカウトすることはできません。先日の最終審査の様子を見て鑑みた結果、そう判断しました」

みく「え…………」

雪乃「プロとして、ということならね」

みく「……!? ど、どういうことですか!?」

雪乃「現時点でのあなたにはアイドルとしての見込みはない。しかし、未来のあなたには可能性があるかもしれないと私は判断しました」

雪乃「前川さんさえよければ、あなたを346プロダクションのアイドル候補生として迎え入れたいと思っています」

みく「なる!!! なります!!」

雪乃「は、話を最後まで聞きなさい?」

みく「あ、すいません……」

雪乃「アイドルになれるかもしれないと喜ぶ気持ちもわかるのだけれどね。忠告してあげるけれど、世の中に都合のいいだけの話なんて存在しないのよ?」

雪乃「あなたの目の前にいるプロデューサーは世間一般的にはアイドルを創り出す魔法使いなのかもしれないけれど、ひょっとしたら悪魔なのかもしれない」

みく「……どういうことですか?」

雪乃「まず一つ。346のアイドル養成所は大阪にはないわ。プロのアイドルのほとんどが東京で活動していることから自明だとは思うけれど、つまり、あなたは上京しなければならない」

みく「上京……」

雪乃「当然、学校だって転校しなければならないわ。あなたの年齢だったら辛いことかもしれないけれど、どうしても友人や両親と離れることになる」

みく「……」

雪乃「もう一つ。これが一番重要なことよ」

みく「……聞きます」

雪乃「アイドル候補生として上京する暁には、住む場所や食事は提供するし、レッスンする環境も提供するわ。でも、それも無限じゃない」

雪乃「タイムリミットは、二年。その間にあなたがアイドルとして芽が出なかった場合、契約は終了。そこからあなたがどうなろうと、私たちには知ったことではない」

みく「!」




249 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:40:18.06 ID:NSPCnO+e0

雪乃「こちらも企業だから。慈善事業ではないのよ。個人の夢に出資するのではなく、利益の為に出資するの。わかって?」

雪乃「私たちはあなたにチャンスを与える。でも、あなたが失敗しても責任は取らない」

雪乃「……この意味、よく考えて返事してくれると嬉しいわ。人生は一度しかないのだし、親御さんとよく相談して――」


みく(目の前で、悪になりきれない綺麗な魔女が歌っている。……いいのに。利用しても)

みく(それが泥舟であっても構わない。海に向かって漕ぎ出せるなら。前にすすめるのなら)

みく(猫を被ると決めたその時から、もう決めてしまったから)

みく(もう、何があっても自分を曲げない――)


みく「――やります。やらせてください。両親は、絶対に説得します」

雪乃「……脅すようなことを言ったのは私だけど、本当にいいの?」

みく「確かに、親元を離れるのも将来に何の保証もないのも凄く怖いです。……でもっ! アイドルになれないことのほうが、もっと怖いです!」

雪乃「……そう」

みく(何度酷い目に遭っても、ただ城に行きたいとみくは願った。でも現実は非情だった。王子さまや魔法使いなんて現れなかった。お前の役目はシンデレラなんかじゃないと、冷たい世界は言ってくる)

みく(そう諦めかけていたみくの前で、王の従者はガラスの靴を差し出した。この靴、お前に履けるかと。だから――)

みく(たとえ足の一部を削り取ってでも、この靴を履いて城まで行くと誓った)


雪乃「あなたの未来に期待するわ。前川みくさん――」




250 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:43:11.84 ID:NSPCnO+e0

<ライブ当日、昼。千葉マリーナスタジアム>

小町「お兄ちゃーん!」

八幡「おお、小町。……フェスフェスしい恰好してんな」

小町「せっかくだから楽しまないとね! 招待券、ありがと!」

八幡「せっかくの職権だから濫用しないとね!」

絵里「比企谷くん、お待たせ! 人が多くて……って、あら」

小町「あー!? 本物の絢瀬絵里さんだ!!」

絵里「あなたは小町さんね? 写真で見たし比企谷くんからよく聞いてるわ」


八幡「くそ、電波が繋がりづらい……。悪いがちょっと会場の外に出てくる。絵里さん、少しの間小町見といてください」

絵里「はいはい、わかったわー。……小町さん、良ければ連絡先紹介しない?」

小町「本当ですか! 願ってもないです!」

絵里「えーっと……はい、じゃあ読み込んでもらえるかしら?」

小町「はい! ……よしっ、できましたー」

絵里「ありがとう。これからよろしくね?」

小町「はい。……でも、小町はだーれもえこひいきしませんからね。外堀は埋められません!」

絵里「……やっぱり、わかっちゃうの?」

小町「あはっ、今絵里さんに教えてもらいました」

絵里「……小町さんはやっぱり比企谷くんの妹ね」

小町「うわぁ喜んでいいか微妙なラインだなー。まいっか。正直小町は皆さんに妬けますけどね。毎日疲れてて最近構ってくれないしっ」

絵里「ふふ、それは悪いことをしてるわね。人手不足なのに雇わないから、ウチ。こだわり派なんだって」

小町「そんなところにスカウトされるとは。兄も隅に置けませんなー」

絵里「隅に行きたがるんだけどね」クスクス

小町「あははっ、わかってるぅー」

絵里「……今日も暑いわね」

小町「そうですね! いい日になるといいなー!」



美希「ハーニィ! 見つけた!」

赤羽根P「げっ、美希!? なんでここに!?」

春香「私もいますよ、プロデューサーさん!」

赤羽根P「春香まで……!? ちょっと待て、まさか」

美希「千早さんと雪歩もいるの。関係者席で見るって言ってたけど」

赤羽根P「ハァ……。レッスン入ってるって言ってたから油断してた……」

春香「むっ、そんなに邪険にしなくたっていいじゃないですかー! きっちりノルマは終わらせてきたんですからね?」

赤羽根P「誰もお前たちが怠けてるなんて言ってないさ。ただ俺はプライベートで見に来たのになあ……」

美希「ミキはプライベートでハニーに会いたかったからいいの!」ギュッ

赤羽根P「ちょっ、離せ! 声も小さく! 変装もしっかり! お前なあ、毎回毎回誤解を生みそうな写真撮られる度に色々握りつぶす苦労知らないだろ!?」

美希「ミキ的にはそろそろスキャンダル出ても面白いと思うな! それでねらい目だと思ってライブを申し込んでくれるところが増えたら、退屈しなくて済むの」

春香「炎上マーケティング!? ダメだよ!?」

赤羽根P「ハァ……。お前たち、目立たないようにな。今日は周りがみんなアイドルファンなんだから特に。騒ぎが起こったら、他のアイドル達にも申し訳が立たない」

春香「わかってます! 武内Pさんに会うの、久しぶりですっ」

美希「ダンディだよね! 首に手を回す癖がカワイイの!」

赤羽根P「嗚呼……せっかく後輩と水入らずの予定が……」




251 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:45:54.15 ID:NSPCnO+e0

<関係者席>

花陽「あわわ……わたしのような者がこんな大仰な席にいていいんでしょうか……」

真姫「関係者でしょ。堂々としてなさいよ」

花陽「……そうだね。あれ? 凛ちゃんは?」

真姫「今日はみんなと会わないようにしたいんだって。……どうしても、会うと応援したくなっちゃうからって」

花陽「……そっかあ」

真姫「あっ、あそこにことりがいるわよ。話してるのは……」

花陽「……!! 如月千早と萩原雪歩!?」


千早「ことりさん、この前のライブ衣装ありがとう。とっても素敵だったわ」

ことり「ありがとー! 千早ちゃんが着てくれたから衣装も可愛くなったんだよ! 今日もね、何人か衣装提供したから見てほしいなっ」

雪歩「今度私の衣装もお願いしていいですかー?」

真姫「ことり。こっちよー」

ことり「あっ、真姫ちゃんと花陽ちゃん! ふふふ、ライブがあるとみんなと会えるから嬉しいなー」

千早「真姫……? もしかして、西木野真姫さんですか?」

真姫「あら。天下の如月千早に知ってもらえるなんてね」

千早「そんな、私なんて。私、西木野さんの曲が好きなんです。海未さんに曲を提供されていますよね! 私、海未さんの大ファンなんです!」

真姫「……まあ、海未ちゃんはどんなに難しくてもものにしてくれるしね。作曲家として燃える相手なのは確かよ。……ありがとう」

雪歩「あっ、元μ'sの小泉さんですかぁ?」

花陽「えええ!? 雪歩さんが私のような矮小なコメツキバッタにも劣る存在を認知してくれてるなんて!? 幸せですっ、昇天しますっ!?」

雪歩「あわわわわっ、落ち着いてください!? そうですよねすいません私なんかが声をかけても嬉しくないですよねすいません穴掘って埋まってますぅ!!」

ことり「……なんだか、奇跡の出会いって感じだねー?」




252 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:48:47.16 ID:NSPCnO+e0

八幡(うだるような暑さの中、夏のアイドルフェス――ライブバトル新人戦は幕を開けた)

八幡(ただでさえ音を上げてしまいそうな気温に加えて、人の熱気がたちこめる会場はさながら地獄だ)

八幡(熱気で歪んだ空気の向こうに、アイドル達の輝く舞台がある。彼女たちは、足りない、もっとだと客を煽る。それに呼応して、観衆は皆、鮮やかな光を振って酸素を燃やした。曲が終わると万雷の拍手を贈っていた。スコアボードに数字が現れるたび、どよめいていた。観客はきっと今、生を謳歌しているのだろう)

八幡(蜃気楼のように揺らめく空気に散らばるサイリウムの光のせいで、会場は浮世めいている。薄い酸素に息苦しさを感じる現世と遊離した会場にて、一番の熱源であるアイドルたちはそれでも満面の笑みを浮かべていた)

八幡(客の二酸化炭素が自分たちの酸素だなんて誰かが言ったらしいが、あながち嘘ではないのかもしれない。そんなことを思っていた)


星空凛「……ひっきー。もうちょっとで始まっちゃうね」

八幡「……星空。お前がこんな後ろにいるとはな」

星空凛「あはは、似合わないかにゃ?」

八幡「いや。むしろ見に来ないかと思ってたくらいだ」

星空凛「……まあね。あの娘たちの成果を見るのは楽しみだし、穂乃果ちゃんたちも一緒に見られるなんて夢みたい! ……なーんて思えたら楽だったんだけどなー」

八幡「お前の立場は複雑だよな、今回」

星空凛「そだねー。でも、凛は見届けるよ。順番がついちゃうのは辛いことだけど、でも、順番がつくから楽しいことだってきっとあるよね。凛、昔いっぱい競争したからそれもわかるんだ」

八幡「……そうなんだろうな。俺はお前と違ってあいつらに直接何か教えてやることもできないし、できることといったらこうやって見てやるぐらいだ」

星空凛「うん、でも、それでいいんだよ」

星空凛「アイドルって、見てくれる人がいないと成り立たないから。近くでも遠くでも、大人でも子供でも、一人でも多くの見てくれる人のために、アイドルはステージに立つんだよ」

星空凛「だから凛は最初から最後まで全部観るよ。ひっきーも一緒に見守ろう? それが凛たちにできる、唯一で一番のことだよ!」

八幡「……ああ。そうだな」

星空凛「とーこーろーで。しぶりんたちにはもう会った?」

八幡(……俺は、自分の右の掌に視線を落とした)




253 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:51:01.64 ID:NSPCnO+e0

八幡『……気分は?』

凛『うん。最高』

八幡『そうか』

凛『プロデューサー。右手出して。パーで』

八幡『こんな手でよけりゃ、いくらでも』

凛『じゃ、最後の仕上げ。気合をもらうよ』

八幡(俺と渋谷は、勢いよくタッチを交わした。弾ける音が真夏の花火みたいだった)

八幡『ずっと見てた。やれるだろ?』

凛『やれる。だから』

凛『ずっと、見ててね』



八幡「挨拶は済ませた。あれ以上はいらん」

八幡(掌の感触はまだ残っている。花火はまだ消えていない。その輝きを見るまでは)

八幡(耳をつんざくのは暴力的なまでの歓声。新しい、消えぬ魔法をかけてくれと彼らは祈る)

八幡(正面のモニターに祈りは届く。映し出されるのは、俺が誰よりも知ってる彼女の名前)

八幡(熱量の残る掌を、ありったけの力を込めて握りこんだ)

八幡「……頑張れっ!! 負けんなっ!!」


――♪『Summer Wing!』



雪乃(見事、と。それ以外に何が言えるのだろう。こんな気温の中なのに、私は鳥肌が立つのを抑えられないでいた)

雪乃(最初に前川さんを見たのは地方で行われた一般募集のオーディションだった。お世辞にもプロの基準に達しているとは言えない歌とダンス。作りこみが浅いキャラ。……でも、誰よりも負けない熱意)

雪乃(最終選考で落とされるはずだった彼女を候補生にしたのは、私のわがままだった)


面接官『じゃあ、あなたはどんなアイドルになりたいのですか?』

みく『っ! みくはっ、みくを見てくれた人ごとこの世界を変えてしまえるような! そんなアイドルになりたいです!』


雪乃(自分の理想。綺麗な中二病だねと姉に笑われたそんな夢想を、取ってつけたような猫も被れず彼女は熱く語って見せた)

雪乃(そんな彼女に強く惹かれた。人に笑われてしまいそうな己の理想を、輝いた瞳で語る彼女に賭けてみたくなった)

雪乃(あがいてみてほしい。私も抱くその理想が、どこまでこの暗く冷たい現実に通じるのか見せてほしい)

雪乃(あなたが。……あなたこそが。私に再び『期待』という言葉を取り戻させてくれた、たった一人のアイドルなのだから!)

雪乃(行け……行け! あなたの練習量やプロ意識や想いは、私が誰より知っている。ずっとずっと、あなたを見てきたんだから!)


雪乃「頑張れーっ!! 負けるなーっ!!」





254 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:56:19.62 ID:NSPCnO+e0

戸塚(出だしの透き通るようなハイトーンからもう心を持っていかれた。線対称のフォーメーションで踊り始める二人は、心からの笑顔で視線を交わす。互いの視線が雄弁に物語っている。勝負だ、と)

戸塚(一番の主旋律を歌うのは前川さんだ。会場の後ろを飛び越えて海の向こうまで飛んでいきそうなほど響く声が、美しくメロディラインをなぞる。これだけの声量をひねり出してなお、身体に一切のぐらつきはない。歩幅の一つ一つまで狂うことなく繰り出される正確精密なダンスに瞬きができない。一体何度動きをさらったのか、想像するだけで肌が粟立つ)

戸塚(バッキングを務めている渋谷さんの動きにも目を奪われる。彼女の挙動一つ一つには引力がある。カリスマ、と言うんだろうか。バッキングだからメインを喰うことはない動きだけど、なのに目が離せない。牙を納めながら忍び寄る獣のオーラを想起させる)

戸塚(Bメロに突入する。バックコーラスで複雑な譜割りのメロディを口ずさみながら踊らなければならない。――なのに、渋谷さんは余裕のその表情を崩さず、難なく歌い切って見せた。更に、自分にはこの程度じゃ足りないとばかりに、アドリブのダンシングフレーズを繰り出す。あれは……タップダンス!?)

戸塚(それに気付いても、前川さんは全く動揺しない。むしろ上等とばかりに更に笑った)

戸塚(サビのユニゾンが心地良い。何人ものお客さんがサイリウムを振ることを忘れて棒立ちになって聞き入っていた)

戸塚(間奏から二番に入る前の一瞬のブレイク。二人はまた視線を交わす。「どうだ、やってみろ!」「やるじゃん、ま、私の方が上手いけど」そんな会話が聞こえてくるようだ)

戸塚(二番に入った。主旋律を担う人物がスイッチする。前川さんのような声量はないけど、耳から足の爪先まで爽やかに通り過ぎていくような凛とした歌声が会場を駆け抜けていく。聴き入ってしまう。翠色の声が涙腺すら刺激するようだ)

戸塚(でも、渋谷さんをある意味際立たせているのが前川さんだ。バッキングは、基礎の集大成。その点において彼女は何者の追随を許さない。踊りが、コーラスが、楽曲にとっての不可欠な空気であるようにさえ感じる。前川みく無くしてこの楽曲は成り立たないのだと、誰もがそんな確信の中にいるようだった)

戸塚(彼女の笑顔が妖しく光る。なんと前川さんは、Bメロの複雑な動きを完璧にこなすだけでは飽き足らず、さっきの渋谷さんのアドリブフレーズを完全にコピーしてやり返した!)

戸塚(お客さんは湧きに沸いた。ぼくさえも、立場を忘れて一人の熱狂者になっていた)

戸塚(ギターソロに合わせて二人がシンメトリーに舞う。……ああ、なんて楽しそうなんだ!)

戸塚(この曲が終わらなければいい。永久に終わらないでほしい。ラスサビに突入した途端、途方もない寂寥に襲われた)

戸塚(陶酔感をもたらすユニゾンが終わっていく。後奏のコーラスの掛け合いには芸術品のように狂いがない。ああ、終わる。終わるんだ――)

戸塚(彼女たちの夏は、終わるんだ)

戸塚(演奏が終わって万雷の拍手に包まれる彼女たちの背中に、遠く明るい未来まで飛んで行ける夏色の翼が見える、そんな気がした)




255 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 19:57:30.71 ID:NSPCnO+e0


凛『ありがとう……ありがとうっ!!』

みく『みんな、ありがとーう!!』

司会『二人とも、ありがとうございました! 素晴らしいパフォーマンスでしたっ!! ご観覧の皆さま、是非投票をおねがいします!! 集計の結果発表は、二人の今から行うエキシビジョンの後に発表となります!』



凛『最後の曲になります。今から歌うこの曲はね、夏休みに実は二人で決めたんだ』

みく『にゃはは、そうなんだ! みく達はね、二人とも高校三年生なの。受験真っ盛りだね。なのに、夏休みにやることと言ったらレッスンやお仕事ばっかりだにゃ』

凛『本当にね、一応優秀な学生だったのに。どこで人生狂っちゃったんだろう。……おかげで今、楽しくて仕方ないよ!』


――わああああああああ!!!


凛『普通の高校生の青春とはちょっと違うし、苦しいことだっていっぱいある。でも、私たちはこんな今の生活が、青春が、大好きです!』

みく『きっといつになっても、おばあちゃんになっても、みくたちはこの青春を思い出すよ! みくたちのありったけをこめて歌うから、聞いてくださいっ!!』



『――きっと青春が聞こえる』





256 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 20:00:23.75 ID:NSPCnO+e0

<公演終了後、夜。千葉マリーナスタジアム一塁側観客席>
みく(あれだけたくさんいたお客さんも、大きな舞台も、さっきまで目の前にあったのに、今はもう何もない。吹き抜けの天井からは昼間の気温から想像できないほどの冷たい風が落ちてきて、夏の終わりを感じさせた)

みく「兵どもが夢のあと、か」

雪乃「今日の源平合戦はどうだった?」

みく「プロデューサー……」

雪乃「素晴らしかったわ。本当に」

みく「プロデューサーに言われれると素直に嬉しいな。嘘言わんから」

雪乃「そうね。虚言は吐かないの」

雪乃「だから、あなたに最初に会ったとき、期待していると言った言葉も嘘ではないのよ」

みく「……あの言葉、嬉しかった」

みく(舞台があった場所を見つめる。今でも思い出せる。何度だって思い出せる。生きてて一番気持ちいい瞬間だった。このまま時が止まればいいと、本気でそう思ったのは初めてだった。夏の幻が消えてしまった寂寥と舞台の余熱が、今も心で渦巻いている)


みく「みくな、他人にはもう期待せんって、あん時思ってた」


みく「――でも、それはもう終わりにする」

雪乃「……そう」クスクス

みく(ふと、舞台の前の一幕を思い出す)


凛『いよいよだね。あっという間だった』

みく『にゃっはっは! 悪いけど勝たせてもらうにゃ!』

凛『……いい加減そのキャラやめたら? 少なくとも私にはバレてるよ』

みく『……へぇ、よー見てるやん?』

凛『性格の悪さが挙動に滲み出てるんだよ。そりゃ猫被んないとアイドルできないよね』

みく『あんたは少し被った方がええんとちゃう? 愛想悪くて仕事入ってこんぞー』

凛『……ふふっ。言うじゃん』

みく『はははっ、あんたもな。しかしよーわかったな。同業者にはバレてないんやけど』

凛『ライバルを観察するのは当たり前でしょ』

みく『……ライバル』

みく(誰かに認められたいからアイドルをやってきたわけじゃないけど、その言葉はすとんと自分の中に落ちていった。……きっと、こういう認め合える相手を探していた)

みく『よし、じゃあこういうのでお決まりの握手とかやっとく?』

凛『いいよ。……あ、右手はやめてほしいかも』

みく『ん? なんで?』

凛『え、あ。……えーっと、そう。左手の握手は決闘だから』

みく『はははっ、しょーもないとこ拘るやつやなぁ。……ほら』グッ

凛『……うん』グッ

みく『……なぁ、渋谷』

凛『なに、前川』


みく『――お前に、期待しとく』


みく「さーて、ちょっと行ってくるかにゃ! しぶりんはどこか知ってる?」

雪乃「あれじゃないかしら。球場内でバックスクリーンの真下辺りに立ってる影。何しに行くの?」

みく「ちょっとした挨拶。プロデューサーも行くかにゃ?」

雪乃「仕事よ。連盟の人に呼ばれてるの」

みく「そっか。じゃ、おつかれさま!」

雪乃「ええ、お疲れ様。……本当に、おつかれさま。前川さん」



257 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 20:02:45.13 ID:NSPCnO+e0

<同刻、バックスクリーン下>

八幡「……風邪引くぞ。十度以上下がってる。上ぐらい着ろよ」

凛「うん。後でね」

八幡「……ったく。ほら」バサッ

凛「わっ。……ありがと」

八幡「身体が資本なんだろ。次から上ぐらい持って来いよな」

凛「うん、ありがと。……ふふ」

八幡(吹きつける風に、渋谷が肩にかけた俺の上着と後ろ髪が冷たく揺れた。俺はその後姿を立って見つめる。寒いのか、スクリーンを見上げる渋谷は上着ごと肩を抱きしめていた)


凛「なんだか、あっという間の夏だったね」

八幡「そうだな。目の前のことを片付けてたら、いつの間にかって感じだ」

凛「一日も勉強しなかったし遊びにも行かなかったな」

八幡「そういや、俺も事務所と養成所にいる以外の記憶がねぇな……」

凛「……でも、こんなに充実した夏は人生で初めてだった」

八幡「……そうか」

八幡(早く移り変わる雲の姿がしっかりと視認できる。月の光がいつもより明るいせいだろうか。雲に隠れているが、夜の灯りには十分だ)

凛「初めて聞く音楽で、初めての踊りをやって。毎日知らないことを師匠から習って。レッスンだけじゃなくて撮影したり、初めてのテレビ番組に出てみたり」

凛「代替わりだけど、初めて自分の冠のラジオ番組を持って。スタッフに無茶振りされたりしたね」

八幡「諸星は喜んでたぞ。あの回、録音して音楽器に入れてるんだとよ」

凛「人生で初めての合宿もしたね。朝早くから夜遅くまで、もう死んじゃうかと思うくらいレッスンしたんだ。ここだけの話いっぱい吐いたし泣いた」

八幡「星空は意外とサディスティックだからな」

凛「初めての友達とのお泊りだったんだ。日付が変わっても友達が一緒にいるってなんかへんてこで、楽しいんだね。一緒にお風呂入るのはちょっと恥ずかしかったな」

凛「三人で歩いた深夜の星空は綺麗だったなあ。寝転んだ柔道場の畳は気持ちよかったなぁ。次の日もつらいレッスンがあるのに、三人で初めてした深夜の女子トークはドキドキしてやめられなかったなぁ」

八幡「……あの日、深夜に来たメールは不覚にも嬉しかった」

凛「そっか。……なんでそんなに頑張るかって言うとね。負けたくないって思える相手ができたからなんだ。あんなにも自分に本気になってくれる相手がいるだなんて、震えたからなんだ」

凛「初めて、誰かのおまけじゃなくて、自分のことを目当てにみんなが見に来てくれるライブが決まったからなんだ」

八幡(渋谷は、ぎゅっと俺の上着を引っ張って被る。その背中は震えていた)

凛「ねえプロデューサー。……寒いね」

八幡「……そうだな」


凛「ねえ、夢みたいだね。さっきまであんなにたくさんのお客さんがいて、大きなステージがあって、……私たちはそこで踊ったんだよね。歌ったんだよね」

八幡「ああ」

凛「夢みたいだったね。もう楽しくて楽しくて、心臓がかぁっと熱くなって。今でもずっと熱が消えないんだ」

凛「最高だった。楽しくて、時間が止まればいいなって思ったよ。……でも。でもね、プロデューサー……」




258 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 20:03:55.76 ID:NSPCnO+e0





                 渋谷 凛    VS    前川 みく                  
     
           24,298 Points 25,702 Points






259 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 20:05:36.19 ID:NSPCnO+e0

凛「私っ……負けちゃったんだね……っ」

凛「夢じゃ……ないんだねっ……」

八幡(気まぐれな群雲が離れて、月はその姿を現す。悪戯で柔らかなその光が、等身大の彼女の眼から零れ出る、心の滴を照らした)

八幡(脳髄を甘噛みされたような痺れが、心を打った。甘く染みていく身体の震えでその場から動けない。ああ……こんなことを思う俺は不謹慎だろうか。彼女は今、俺の記憶のどんなものより尊いのだと)

八幡(なんて、美しく高貴な涙を流すのだろうと)


凛「ごめんっ……ごめ、んっ、ごめ、んなさいっ」

凛「わたしっ、かて、なかった……かてなかった、よっ……!」

八幡「いい。……いい。何も言うな」

凛「わたし……くやしいっ! くやしい、よっ……!」

八幡「そうか。……そうだよな」

凛「ごめんっ……いま……見ないで。あなたに、こんな顔、見せたくないの……」

八幡「……ああ。なあ、渋谷」

凛「……なに……」

八幡(俺は空を見上げながら前へと歩いて行き、渋谷の隣を追い抜かして、一歩前の辺りで止まった)

八幡「寒いな」

凛「……うん」

八幡「上着貸して、寒いんだ。……背中、暖めてくれないか」

凛「…………馬鹿っ……カッコつけっ……。似合わない、よ……」

八幡「……今日だけ、だからな」

凛「……ばか」ギュッ

八幡「……なあ、渋谷」

八幡「誰も、見てないぞ」

凛「――っ」


八幡(その言葉で、想いは溢れた。決壊させてやれた。背中の震えと熱に呼応して、冷めきったはずの俺の感情の一部に熱が移る。この感情の名を、何と言ったか)

八幡(だが、ひとまず考えるのはやめておこう。今は彼女の気持ちの発露をただただ受け止めてあげたい)

八幡(ともすれば自分も泣いてしまいそうなのを堪えながら、ただ空を見上げる)

八幡(月よ、今一度だけは隠れてくれよと、そう願いながら)




260 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 20:06:26.96 ID:NSPCnO+e0

みく(ただ一言、伝えるつもりだった。今日のステージは最高だった。また絶対にこんなライブをしよう。次だって自分が勝ってやると、照れ隠しを混ぜて)

みく(でも、彼女に近づいていくうちに、その頬に一筋流れる涙に気付いただけで胸がいっぱいになった)

みく(無粋なことはしたくないから、気付かれないよう猫足ですぐに引き返す)

みく(ほら、あいつに期待してよかった。ちゃんと応えてくれるから)

みく(もう本気で生きていいんだね。自分と同じく、本気で泣ける人間がこの世界にはいる。そのことのほうが勝ったことより何倍も嬉しかった)

みく(さあ、帰ってゆっくり寝て、明日もまた鍛錬に勤しもう。一歩でも大きくリードするために。あいつはきっと、泣いて終わるような女じゃない)


みく「おやすみ、ライバル」




八幡「もういいだろ。帰るぞ」

凛「…………もうちょっと」

八幡「そろそろ職員さんに怒られちゃうだろが。あといい匂いしてドキドキするからやめてくれ」

凛「え!? あ、汗臭かった!?」バッ

八幡「んなこと言ってねーよ、大音量で耳やられたか?」

凛「……あーあ、もったいないことしてるよ。女子高生アイドルに抱きつかれてたのにさ。もうこの先一生ないね」

八幡「この先頑張って偉くなって権力を有したら新人アイドルに仕事回す代わりにやってもらうか」

凛「冗談だってわかってるけどそれ絶っっっ対よそで言っちゃダメだからね!」

八幡「はいはい。それより帰るぞ。車で来てるから乗ってけ」

凛「……お言葉に甘える」




261 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 20:08:58.48 ID:NSPCnO+e0

<帰路、車内>
凛「今日は疲れたな」

八幡「俺もだ。応援ってのは心底疲れるもんだな。明日が休みで本当に良かった」

凛「……応援してくれたんだ?」

八幡「……一々揚げ足取んなよ。性格悪いぞ」

凛「うつったんだよ。だから負けちゃったのかな」

八幡「引っ張る奴だなお前は……。見てる限りでは内容に差はなかった。ただ敗因があるとすれば……」

凛「プロデューサーの差?」

八幡「責任転嫁って上手い言葉だよな。転ぶ嫁って書くんだから」

凛「冗談。雪ノ下さんにだって負けてないよ」

八幡「……今回に限っては、僅差を埋めたのは積み上げた歳月の違いだったんじゃないか」

凛「……そっか」

八幡「ただ、俺はこういう精神論は嫌いでな。次やる時は圧倒的に叩き潰してやれよ。歳月の違いなんて知るかってな」

凛「……うん。ねえ、プロデューサー」

八幡「なんだ?」

凛「私、トップアイドルになりたい」

凛「この前まで、何にも熱くなれなかったなんて嘘みたい。好き。私、アイドルが好きだよ。こんなに熱くなれるものがあるなんて知らなかった」

凛「私、もう負けない。負けたくない。なら、目指す場所は一つだよ」

凛「頂点に……最短経路で走っていきたい」

凛「そのために、私は靴を貰ったんだと思うから」

凛「だから私は、走るよ。自分の為にも、もちろんプロデューサーの為にもね」

八幡「……頼もしいな。そんなお前に朗報だよ」

凛「え? なに?」

八幡「CDデビューが決まった。前川と同時にな」

凛「……嘘」

八幡「今日のお前にそんな嘘つくやついたら人間じゃねぇよ。本当だ。……ただし、前川の方は今日の戦果が評価されてEランクに昇格のオマケ付きだがな」

凛「気に入らない……。ん、待って。もしかしてシングル出すってことはまたライブバトルある?」

八幡「察しが良いな。レコ発兼販促って感じで来月早速だ」

凛「……ふーん」

八幡「……悪い顔してんぞ。せっかく今日で顔売れたのにその顔じゃ地上波に乗せていけん」

凛「ライブバトルのルール」

八幡「? ……あ、おい、まさか」

凛「『新譜を出すときはランクが下のアイドルの対戦希望が絶対通る』んだったよね?」

八幡「……はいはい。もう対戦希望に名前書いといてやるよ」

凛「ふふっ、ありがと。……着いたね。じゃ、またね」

八幡「ゆっくり寝ろよ。おやすみ」

凛「おやすみ。あ、ねえ、プロデューサー」

八幡「なんだ」

凛「背中、大きいんだね。……ちょっと、どきどきしたよ」

八幡「……バカ。寝てろ」

――ばたん。ぶうぅーん。


凛「あははっ、照れてた。……本当、ちょっとは反撃しないと私ばっかで不公平だもん」




262 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 20:10:08.20 ID:NSPCnO+e0


八幡(熱くなった頬を冷ますために窓を開く。早速自分のやらかした行動を思い出して最高に死にたくなる。アクセルガン踏みでいきたい。あれは俺じゃない。俺じゃなかった)

八幡(また一つ黒歴史が増えてしまった……のかな。でも、あの時の俺はそうしたいと思ったんだから仕方がない)

八幡(何より彼女の涙は尊かった。月明かりを反射したあの滴は教えてくれるのだ。今、この時は決して間違えてなどいないと。「本物」を諦めるのはまだ早いと)

八幡(背中越しの彼女の体温がまた蘇る。熱くなる身体。……この熱さは多分、黒歴史をやらかした時に立ち上ってくる、あの掻痒を伴う熱じゃない)

八幡(……やめろ。考えるな。俺が抱いているのは幻想だ。そんなものが、本物であるはずがない。他人に期待するな。都合のいい幻想を強要するな。……勝手に期待して、勝手に失望する傲慢な自分に気付いて傷ついて――そんな過ちを何回繰り返せばいい?)

八幡(そして過ちの果てに気付くんだ。俺は、他人を愛することが出来ない壊れたロボットなのだと。他人の為に自分を傷つけることがただただ怖くて、手を差し伸べられない心なき人形なのだと)

八幡(ああ、俺は嫌になるほどたった一人を愛しているのだ)

八幡(この世で一番大切な、醜い自分を――)

八幡(そんな己のせいで壊れた彼女たちとの関係のことを、よもや忘れるはずもない)

八幡(……でも)


八幡「私は、走るよ……か」


八幡(あいつは言ったのだ。自分の為でもあるけれど、俺の為にも走ってくれると)

八幡(変わってみようかと思い始める自我に、邪知暴虐の王は怒号を放つ。人をまた信じようとして、無為に帰してしまう未来を思うと背筋が震える)

八幡(けれど、もし。人の為に走ると、そう誓う人間が現れるのなら。邪知暴虐の王も心を入れ替える、そんな未来もあるのかもしれない)

八幡「俺は……期待して、いいのかな」

八幡(虚空に問うた、生涯最大の設問に答える者は誰もいない。点滅する信号機を通過していく車は、けれど確かに答えが待つ未来の方角へと進んでいた)





276 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 23:37:12.87 ID:NSPCnO+e0

<九月初頭>

――♪『ずっと強く そう強く あの場所へ 走り出そう』

『私は――負けない』

『渋谷凛1stシングル、Never say never。Now On Sale』


みく「はい! お送りしたのは同期の渋谷凛チャンの曲で、Never say neverでした! みんなはもう買ったかにゃ? みくは発売前に渋谷から貰ったんだけどね。……にしても高い曲だにゃ。最後のラスサビのところ、その日までー♪の『の』のところとかね。ムズカシイことを言うと一気にhiDまで上がるにゃ。こーいう一気に上がったり下がったりの曲はとっても難しいの! ……流石渋谷って感じだにゃ。CMももう流れてる? 私は負けないってやつ……あ、もう流れてる。そっか! あ、でも」


みく「みくに最初負けたけどね! にゃははははははは!!」


みく「ま、渋谷のNever say neverもいいけど! みくのおねだり shall We~?も買ってね? お願いだよ? ……はい! 番組ではみんなの感想お便りをお待ちしてるにゃ! メールアドレスはーー」





――♪『仔猫じゃないのよ にゃお!』

『前川みく1stシングルっ! おねだりShall We~?』

『お願い、買って欲しいにゃ?♪』



凛「なーにが『買って欲しいにゃ?♪』 って感じだよねあの猫。ふふっ。オープニングでお送りしたのはキュートプロダクションの前川みくさんで『おねだり Shall We~?』でーす。みんなはもう買った? あの猫撫で声にフィッシュされて。……え? 当たりが強い? それはね、ちゃんと理由があるんだよ。ちょっとメール読むね。Rinkネーム釣られた魚さんからのお便りだよ」

凛「『凛ちゃん、こんばんは』……こんばんは。『いきなりですがタレコミます。みくにゃんがご自身の番組、週刊マタタビランドの最新回で凛ちゃんのシングルのことについて話してました! 難しい曲なのによく歌いこなしてて凄いって褒めてましたよ。でも最後、CMのセリフに突っ込んで、みくには負けたけどね! と元気よくdisってました。不謹慎ですが爆笑しました』……ちょっと作家さん、笑わないの。ふふっ。『……ぼくはお二人とものファンなので、もっと燃えろもっと燃えろと燃料投下させていただきます。早く三回目のみくにゃんとのバトルが見たいです! 個人的には早慶戦、阪神巨人戦みたいになっていけばいいなと思います。それでは、引き続きお二人を応援していまーす!』」

凛「そう、そうなの。こういうメールがもう山のように来てるんだよね。そりゃ触れないわけにはいかないじゃん? ……余計なお世話だよバカ猫! あ、先週のレコ発ライブバトル、見てくれた人本当にありがとう。おかげさまで前川相手に難なく勝つことができました。あと、なんと現時点で売り上げも1000枚くらい勝ってるそうです! やったね。ねえ聞いてる前川? 聞いてるよね多分。ねえ今どんな気持ち? ねえねえどんな気持ち? ……あははっ、うそうそ冗談。でも溜飲下げるくらいはね? 勝者としてはね? しときたいじゃん?」

凛「せっかくだからこのフリートークの時間はCDの話をしよっか。何から話そっかな。じゃあまずはレコーディングの話からするね。……レコーディングって初めてでさ、もうすっごく緊張した。周りの人がなんだか怖く見えちゃったりして。でも、真姫さんの顔見た時は安心したな。あ、真姫さんって言うのは作曲家さん。アイドルファンなら知ってる人も多いかな? そう、あの伝説のスクールアイドル、μ’sの西木野真姫さんだよ」

凛「でも結構練習したのに大分真姫さんにはダメ出しされたなぁ。一回歌うでしょ、そしたらブースの向こうで神妙な顔で真姫さんたちが協議するの。もうそれをブースで見てる胃の痛さったらなかったよね。……ま、でも苦労した分すごくいい歌になったと思うな」

凛「で、前川の話に戻るんだけど、お願いshall weの作曲も真姫さんなんだよ。真姫さんって現役医大生でしかも売れっ子だから、スケジュールを抑えるのが大変で……。そうです。なんとおねだりshall weとNever say neverは同じ日に同じスタジオで録りました!」

凛「私のレコーディングが終わってからおねだりの方が始まったんだけど、もう凄まじい以外の感想が浮かばないね。あの曲、ジャジーなピアノとベースが物凄くかっこいいじゃない? 普段どんな音楽聞いてたらこんなお洒落なフレーズ思いつくのかなってぐらい。……あれ、全部真姫さんが弾いてるんだよ。私が弾いた方が早いわねとか言ってさ。……あの人、本当にナニモノなんだろうね。業界の宝だよ宝」

凛「初回の放送で言ったと思うけど私もベース弾くから、前川とCDを交換した後早速耳コピしてやってみたんだ。むっずかしい。本当にむっずかしい。リズムも複雑でAメロとか入るタイミングどこって感じだしBメロもスローになるし。ちゃんと弾けるようになるまでまだ時間かかりそうです」

凛「あの曲の間奏のにゃーにゃー言ってるところのキメとかも凄く難しいよね。でも、あれを前川はライブで完璧にやっちゃうんだからやっぱり流石だね。……一体何回聴きこんで練習したんだろう」

凛「……あれ? 前川の宣伝になってるじゃん。ダメダメここカットね! 編集点! ……その顔はオンエアに使う顔だね。あーもういいよ。こんな感じだけど今回もラジオRink、始まりまーす」





277 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 23:39:49.61 ID:NSPCnO+e0

【346プロ】アイドル部門総合スレッドPart37


12 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/09/09(水) 08:33,34 ID:rTg7hgW3
 しぶりんとみくにゃんの百合営業じゃなくてガチで仲好さそうな感じ、すき


19 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/09/09(水) 09:24,99 ID:klDf32kl
 みくにゃんの方がタチだったらそれはそれで趣深い


21 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/09/09(水) 09:39,09 ID:KjhG54Df
 346の新人はほんとに実力派揃いで最高of最高って感じだ。
 それに来月は俺の穂乃果ちゃんと楓さんがついに765とやるんだろう?
 これはマジで346の時代来たな。


22 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/09/09(水) 10:03,55 ID:KlvbX5e3
 穂乃果ちゃんは俺のだけど346の時代来てるのは確か。新鋭では渋谷凛・前川みくを筆頭に
 ニュージェネレーションズの二人も凄い。俺ダンスやってたけど特に本田未央のそれは光る ものを感じるな。敗れはしたけど穂乃果ちゃん相手に健闘したと思う。
 地味にニートの杏ちゃんって今期無敗じゃね? いやそもそもあんまりバトルに出ないけど


30 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/09/09(水) 11:08,00 ID:Qwer5678
 しまむーさんマジで大金星おめでとう!!! 座布団ぶん投げたい気分だったぞ!!
 お祝いにケツで踏んでください!!!


32 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/09/09(水) 11:23,41 ID:Kmnh1245
 あの子何が上手いとか特にないけど応援したくなっちゃうんだよな。
 園田海未の方が断然うまいけどやっぱアイドルは笑顔でしょ。女神の世代もオワコン


34 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/09/09(水) 11:55,87 ID:ertYuiop
 オワコンとかいう言葉まだ使ってる奴いたの?(笑)
 えらいでちゅね~ 良い子は巣にかえりまちょうね~^^


35 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/09/09(水) 11:57,11 ID:kmnh1245
 出た出たwwwwwwwwμ's厨wwwwwww
 巣に帰るから君は土に還りましょうね~^^


38 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/09/09(水) 12:33,08 ID:kjtr54sd
 スルー耐性のないゴミばっかりかよ、半年ROMれ


40 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/09/09(水) 13:55,55 ID:Klop43Sd
 そういう反応もスルーできてないうちにはいるからな。
 いやーしかしアイドルたちはみんな彼氏も作らずオレらの為に日夜頑張ってくれてるんだ。
 そう考えると事務所も何も関係なく応援したくなるってもんよ


43 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/09/09(水) 15:43,11 ID:Mncx7890
 ま、ここは346の板だからね? とりあえず書くのは346のことに絞ろうぜ。
 新人と言えばまたnonnaで新しい子がクールに入ったって書いてたぜ。
 トライアドプリムスだっけ? 渋谷凛がリーダーやるらしい。
 ニュージェネはどうなるんだ?


44 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/09/09(水) 15:59,09 ID:fghswe87
 掛け持ちでやるんじゃね。渋谷凛、ライブ最高だから今月末の試合も楽しみだな。


46 名前:ファンクラブ会員番号774:20XX/09/09(水) 16:24,88 ID:LpIL9ghj
 喧嘩せずに俺たちのアイドルの今後を見守ろう? アイドルの秋、だね





278 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 23:42:15.87 ID:NSPCnO+e0

<放送日、夜。キュートプロダクション事務所>

ちひろ「いいなあ、良きライバルって感じですね!」

雪乃「切磋琢磨という言葉を体現した関係ね。いいことだわ」

穂乃果「ただいまー!。あっ、凛ちゃんのラジオだ!」

ちひろ「そうなんですよー。まだ数回なんですけど、すごく安定してますね。みくちゃんの方のラジオはスタッフさんにいじられて毎回笑っちゃう感じなんですけど」

穂乃果「穂乃果あの回いっぱい笑った! あの魚食べさせられる回」

ちひろ「ふふ、本当に泣いてたみたいですよ?」

雪乃「あ、高坂さん。そういえばさっき通知が来たのだけれど、先日受けた漫画原作のドラマのオーディション、受かってたわよ」

穂乃果「嘘っ!? あのクールで神秘的なメインヒロイン!?」

雪乃「の、全然似てない妹の役」

穂乃果「……つらい」

雪乃「聞くところによると、あなたに予告なしでその場でやってもらった妹役がハマってて、監督が即決したそうよ」

穂乃果「……うーん。そう言われると悪い気はしないなー! よしっ、せっかく決まったお仕事だからね! どんな役でも全力で頑張るよ!」

雪乃「ちなみにそのメインヒロインはクールプロのアナスタシアさんに決まったわ」

穂乃果「うぐっ……アーニャちゃんに出てこられるとそりゃ穂乃果は選ばれないわけだよ……」

雪乃「適材適所ということね。クランクインは割と近いから注意して。はい、台本よ」

穂乃果「ありがとっ! いやー、でもまさか穂乃果の家の本棚に置いてる漫画のドラマに出られるなんて! 穂乃果あのキャラが好きなんだ、主人公の幼馴染の! なんか海未ちゃんに似てるんだ!」

雪乃「……なら、この人選も当然だったのかもしれないわね」

穂乃果「え?」

雪乃「その役、女優は園田海未さんに決まったわ。……おめでとう、初共演ね」

穂乃果「ホント!? やった、やったーっ! じゃあしばらく海未ちゃんといっぱい会えるんだねっ! はやく撮影にならないかな!?」

雪乃「落ち着きなさい。ほら、パン。ほら」

穂乃果「……穂乃果は鳩じゃないんだよ?」

雪乃「抱きかかえたパンを離してから言いなさい……。はあ、こんな人がうちのトップ……」

穂乃果「そうだよ! だから次のライブバトルは響ちゃんにも負けないぞー!」

雪乃「勝敗の行方はともかく、あなたたち二人の舞台ならきっと興行的に大成功だろうから心配はしていないわよ」

穂乃果「そんなこと言わずにさっ、ゆきのんもたまには穂乃果の勝利を願ってよ!」

雪乃「は?」

穂乃果「穂乃果っ、頑張って……! あなたならできるわ! 雪乃っ、信じてる! みたいなさ!」

雪乃「ちひろさん、上がります。お先に失礼します」

ちひろ「はーい! お疲れ様です!」

穂乃果「くるっくー……」




279 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 23:44:01.93 ID:NSPCnO+e0

<翌日、朝。クールプロダクション事務所>

八幡「――報告は以上だ。何か質問はあるか?」

加蓮「アタシからは何もないや」

奈緒「が、頑張るっ!」

楓「ふふふっ、緊張しなくていいんですよ?」

アーニャ「精一杯、やります。比企谷さん、よろしくです」

凛「…………」

絵里「おーい、凛ちゃん? 聞いてる?」

凛「え、あ、うん」

八幡「よし。じゃあ神谷と北条は車に乗ってくれ。高垣さんとアーニャは時間に間に合うように向かってくれればいい。時間になったら俺も現地に向かう」

八幡「それじゃ絵里さん、後はお願いします」

絵里「わかったわ」

八幡「渋谷もオフに呼び出して悪かったな。帰ってゆっくりしてくれ」

凛「……うん」

絵里「よーし! 新体制、気合いれていくわよー!」

「おー!」



<移動中、車内>

加蓮「ねえ、プロデューサーも千葉県民なんでしょ? 奈緒もなんだよ」

八幡「身体はサイゼでできている。血潮はマックスコーヒーで心はららぽ。故に生涯に意味はなくその体はきっと千葉県で出来ていた」

奈緒「無限の県性じゃん……」

八幡「……お前、こっち寄りの人間なのな」

加蓮「こっち? どっち?」

八幡「わからなくていい」

奈緒「県民なのかー。高校とかどこだった?」

八幡「総武高」

奈緒「え!? OBだったのか!?」

八幡「……マジか、お前総武高なのか」

加蓮「じゃあプロデューサーも頭良かったんだ?」

八幡「なんでナチュラルに過去形なんですかね……。卒業して三年半くらいになるか?」

加蓮「へー! もうおっさんだね!」

八幡「やかましい。お前らももうじき卒業で賞味期限切れだからな。……なあ神谷」

奈緒「ん? なに?」

八幡「……奉仕部って、まだあるか?」



奈緒「――いや。何それ、部活? 聞いたことないな」

八幡「……だよなぁ」




280 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 23:45:32.76 ID:NSPCnO+e0

<346タレント養成所、レッスン室202>

星空凛「じゃ、片足立ち十分ねー☆」

奈緒「ええええ!?」

加蓮「いやいやいや! 無理無理無理!」

星空凛「あれー? 聞こえなかったのかにゃ? ……やれ」

加蓮「ひいい……!」


八幡「……なんか懐かしいな」


星空凛「ふー。またしごきがいのある子たちを連れてきたね!」

八幡「部長殿の悪癖でな。先日の新人戦の時にスカウトしたんだとよ……。全く、仕事が増える下の身にもなってくれって話だ……」

星空凛「ぶちょーさんは飲み会の席でしか見たことないけど、人を見る目は確かだね! またまた原石が転がってきてたのしいにゃ!」

八幡「例外はどこにでもあるんだけどな」

星空凛「ふふふ。そんなことなーいよ」

八幡「……悪いな、ニュージェネの担当から一旦外しちまって。楽しくなってきた頃だろうに」

星空凛「んーん! あの子たちならちょっとの間見なくても自分でやってくれるよ! 正直戦略的な面では正しいと思うにゃ。まあその分二人には地獄を見てもらうけどねー」

八幡「……『アンタがアタシをアイドルにしてくれるの?でもアタシ特訓とか練習とか下積みとか努力とか気合いとか根性とか、なんかそーゆーキャラじゃないんだよね。体力ないし。それでもいい?ダメぇ?』」

星空凛「あはははははは!! 似てる似てる!!」

八幡「正直言ってることには同意しかなかったんだがな。いきなり言うからぶったまげたわ」

星空凛「体力ないのは本当だったにゃ。……でも、それ以外は嘘だと思ったんでしょ?」

八幡「……双葉みたいなのもいるから北条もありだと思っただけだ」

星空凛「照ーれーなーいーの。このこのーっ!」

八幡「うっぜえ……。っと、もう行くわ」

星空凛「あ、ひっきー。最近ここで海未ちゃん見た?」

八幡「いや、俺は見てないな。どうせ園田さんならどこぞの練習室にいるんじゃないのか。毎日のように来てるって聞いたぞ」

星空凛「……練習室の貸し出しカード、知ってる?」

八幡「名前書くやつだろ。四階とか渋谷と前川だらけだ」

星空凛「……あのね。あんまり言わないでほしいんだけどね」


星空凛「ここ一週間、園田海未の名前がどこにもないにゃ……」




281 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 23:47:40.76 ID:NSPCnO+e0

<同日、都内某所弓道場>

海未(身体を張りつめると同時に、弓も張りつめる。背筋がぴんと伸びていないと、矢は真っ直ぐに飛んで行ってくれません)

海未(上手く行ったときのイメージを思い出して今の身体に重ねる。単純に考えれば、皆中出来た時の身体の動きをそっくりそのまま繰り返せば、全ての矢は的に当たるはずなのです)

海未(……上手くいったときのイメージ。最後に上手くできたのはいつでしょうか)

海未(震える矢の先。指を離す。力の入れどころを失って身体は弛緩)

海未(……放つ前から分かっていたのです。当たってくれないことなどは)

海未(武道には残心がつきものですけれど)

海未(最初から心が入っていなかったら、それは残心になるのでしょうか)


――ぶーん。ぶーん。


海未(後ろに置いていた、連絡以外に使わない古い折り畳み式の携帯電話が震えます。……表示された名前を見て、ほんの少しどきりとしてしまいました。他意はない、はずです)

海未「こほん。……はい、園田です」

戸塚『あ、園田さん? 連絡があるんだけど、今レッスン中かな?』

海未「……いいえ。今日はオフでしょう? ふふ、戸塚くんが組んだ予定ですよ」

戸塚『……うん、そうだね! じゃ、連絡するよ』


海未「――私が、ですか?」

戸塚『うん、おめでとう! 準主役級だよ! クランクイン近いから台本はすぐに渡すね!』

海未「……光栄です、ありがとうございます。私のような者を選んでいただけるなんて」

戸塚『もー。そういう言い方はなしだよ? 何度も言うけど自信を持ってよ。ぼくのアイドルなんだから』

海未「……ふふ。そうですね」

海未(いつもと同じ彼の軽口に違いないのですけれど、今日ばかりは素直に嬉しいです。世間一般では、カッコいい方のアイドルとして認識されている私ですけど。……私だって、女性なのです。男の人に褒められるのは嬉しいことなのでした)

海未(……何より、弱っているときに優しくされると)

海未「あの、戸塚くん。今日はオフでしたよね?」

戸塚「うん! 珍しく連休なんだー。家でゴロゴロしてるよ」

海未「……では、私がドラマで忙しくなる前に、今日」

海未「約束を果たしてはくれませんか?」


海未(私だって女の子なのです。……甘えたいと、そう思ってしまうのは罪ですか?)



<夕刻前、346本社内テニスコート>

戸塚「ふふ、いきなりでびっくりしちゃったなー」

海未「たまにはワガママもいけませんか?」

戸塚「それもそうだね! ……こうしてテニスするのは二度目かな?」

海未「あの時の私とは違いますっ! あれからたまにテニスも練習するようになったんです。戸塚くんはデスクワークで運動してませんし前と同じ結果になると思ったら大間違いです!」

戸塚「確かに、ぼくもあの時のぼくとは違うからなぁ」

海未「その澄まし顔が苦痛に歪む未来を思うと歓喜に踊る胸中を抑えきれません……」

戸塚「その前に準備運動だけはしっかりしようねー?」

海未「わかっています! ハリー、ハリーです!」

戸塚「あはは、元気だなぁ」




282 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 23:49:05.95 ID:NSPCnO+e0

戸塚(……相変わらず、空元気が下手だなぁ)

海未「準備はOKです、いつでも!」

戸塚「お手柔らかにね」

海未「初回で初対面のアイドル相手に完全試合をしたあなたが何を言うんですかっ!」

戸塚「あはは」

戸塚(……上手くできるかな。やれるところまでやるしかないね)


戸塚「やっ」パンッ

海未「……?」スパンッ

戸塚「うわっと」パンッ

海未「隙有りですっ!」スパーン!

戸塚「……すごいや、本当に練習したんだね。動けなかったよ」

海未「……嬉しくありません。あの鬼畜サーブはどうしたのです?」

戸塚「もう打てないんだよ、あはは」

海未「むむむ、余裕ですね。今に打たざるをえなくさせてみせますっ!」

戸塚「ぼくはいつも本気なんだけどなー」


戸塚(それからぼくは変わらず全力を出し続けた。久しぶりのテニスはやっぱり気持ちがいい。気が付けばステップを踏んでいるし、ラケットの打面の角度を見ると脊髄反射で身体が動いた。呼吸をするように敵がスペースを空けるよう誘導しているし、大人げなくボレーでボールを返したこともあった)

戸塚(一線を退いた今も、鍛えたことは身体が覚えてくれている。その事実はやはり嬉しい)

戸塚(それにしても園田さんは上手だな。ちょっと練習した程度じゃこうはならないね。……何をやらせても結局一流になったんだろうな。集中しているのか、ゲームの途中から園田さんは一言も言葉を発さなかった)

戸塚(だから、ぼくも礼儀として全力で相手をした)

戸塚(試合は、あと十五点で園田さんの勝ちというところに来た)


海未「……」スパンッ

戸塚「よっ」パンッ

戸塚(足元の返しにくい球をライジングショットで返す。球のコントロールまでは上手くできなかったから、園田さんが立っている正面に山なりでボールが返ってしまった。打ちごろの球を前に、舞のような悠遠さでラケットを振りかぶる。彼女はそれを、予備動作とは真反対の印象を受ける荒々しさで、やけっぱちみたいに球を打ち付けた。考えるより先に足が動いた)

戸塚(跳ね返る場所は予想通り。早さもきっと対応できる。右手を前に構えて空間を測り、左手はテイクバックを取る。そうして一気に振りぬいた)

戸塚(……振りぬく時にはわかっていた。何度誰とやっても違和感がぬぐえないままだから。例えばそれは、スプーンでうどんを食べているようなぎこちなさと、歯を磨かないまま布団に入るような気持ち悪さを足したような感触で)

戸塚(忘れていた時間を思い出させるオレンジの空に向かって、ボールは大きく飛んでいった)


戸塚「あーあ……またやっちゃった」

海未「…………」

戸塚「……本当に負けちゃったか。悔しいなぁ」

戸塚(……相変わらずぼくは、カッコよくなれないなあ)

海未「……かに…………ださい」

戸塚「え――」



海未「馬鹿にしないでください!!!」






283 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 23:51:10.24 ID:NSPCnO+e0

海未「手加減をしてくれなんて誰が言ったんですか……そんな風に優しくしてくれと誰が言いましたか!!」

海未「そんなに私が可哀想ですか!? あの移籍があった日からなにも上手くいかなくて、ついには出始めの新人にまで負けた私がそんなに情けないですかっ!!」

海未「せめてテニス位は勝たせてやろうとでも思ったのですか!? 馬鹿にするのもいい加減にしてください!!」

海未「あなたには……あなただけには! そんな目で見られたくなかったから!!」

海未「だから……だから、私は……こんなに苦しくてもっ……なのにっ…………」


戸塚(茜色に染まるテニスコートの上。彼女はその双眸を大粒の涙で濡らしていた。感情の爆発を前に、息をすることさえ忘れてしまいそうになる)


戸塚「ち、違う! ぼくはっ」

海未「何も聞きたくありませんっ……!」



戸塚(涙と一緒にその言葉をこぼして、彼女は走り去って行ってしまった)

戸塚「ああ……もう。ぼくは何をやってるんだ……」

戸塚(たった一人コートに立ち尽くして、ぼくは左手に握ったラケットを見つめた。長く暗い影が右腕に向かって伸びている)

戸塚(彼女のことになると、ぼくは何一つ上手くできないままだった。きっと冴えたやり方はいくらでもあるはずなのに、ぼくはこんなところで立ち尽くして、一体何をしているんだろう?)

戸塚(いや……彼女だけに限ったことじゃない、か。思えばこれまでに、誰かとこういう風に正面切ってぶつかったことがあったかな。……ない、よね)

戸塚(過去に思いを馳せると、思い出すのはやっぱり彼のこと。ぼくが思い出せる、青春で犯した一番の間違い)

戸塚(……八幡なら、どうするのかな。きっと彼なら上手くやれるのだと思う。でも、ぼくは彼じゃないから、どうしていいのかわからないんだ)

戸塚「くそっ」

戸塚(ぼくはまた間違いを犯そうとしているのだろうか。大事なものほど取り返しがつかないと、嫌というほど知っているのに)

戸塚(でも、今この瞬間は。再び間違えることに対する恐怖よりも)

戸塚(好きな女の子が泣いている前で何もできない自分が、ただ男として情けなかった)




284 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 23:52:20.92 ID:NSPCnO+e0

<翌日、昼。収録、音ノ木坂学院>
八幡「女子高に入ったぞ……。夢が広がりますね……」
絵里「携帯のボタンを四つ押せばいいのね?」
八幡「表現の自由くらいくださいよ……最高法規ですよ」
絵里「隣の若いお姉さんじゃ物足りないのかしら。OGなんだけどなー」
八幡「わかってない。女子高ってのは秘密の花園なんですよ」
絵里「……夏場なんて下敷きでスカートの下から」
八幡「やめて!! いや!! 現実聞きたくないの!!」
絵里「あなたって現実主義者なのに変なところで夢持ってるわよね。プチッと潰したくなる感じの」
八幡「絵里さんに心のドレッドヘアーが見える……」
絵里「……比企谷くん、さっきからどうしてそんなに職員室の前で躊躇してるの?」
八幡「…………心の準備が出来てなくて」
絵里「? 希と知り合いだったの? いいわ、私がやるから」コンコン
八幡「あ、ちょっ」
???「どうぞ」
希「入って入ってー!」

八幡「はあ……失礼します。可愛い教え子が会いに来ましたよ」
平塚「相変わらず口の減らん奴だ……。変わったのは着る服だけのようだな」
希「あれー? 静さん、知り合いなんですか?」
平塚「前にいた高校での教え子だ、こいつは。妹共々面倒を見たんだ」
八幡「比企谷八幡です、よろしく」
希「あっ、よろしく! ふふ、えりちからいっぱい話は聞いてるんよー?」
絵里「ちょ、ちょっと! 希!」
平塚「東條の部活の友人とは君のことか。……なおかつ比企谷の上司。世の中とは狭いな」
八幡「台詞がおばさんくさいっすよ。さすが三十超えてるだけはある」
平塚「そんなに数年越しの鉄拳が恋しいか~そうか~」
八幡「待て! 俺は今生徒じゃない! 問題になるぞ!!」
平塚「残念ながら君は死ぬまで私の教え子なんだ。嬉しいだろー?」
八幡「のろわれていて はずせない !」
平塚「情熱のォ――!」
八幡「空ってどうして空なんでしょうね?」


希「なんか、静さん生き生きしてるなー」
絵里「……彼も満更ではなさそうだし」
希「……ん? やっぱりえりち、そういうことなん!?」
絵里「仕事の話をしましょう。撮影期間に借りる場所のことなんだけど」
希「μ's全員召集とうちとサシ、どっちがええかな~? いいお酒のアテになりそうやん?」
絵里「……うう。サシでお願いします……」



285 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 23:54:10.69 ID:NSPCnO+e0

<同刻、中庭>

監督「はいカット! ……海未ちゃん、次回までに調整頼むよ!」

海未「……はい。申し訳、ありません」

監督「今日は彩加君いないのかな?」

海未「戸塚は、本日お休みを頂いております」

監督「そっかー。じゃあ次回でいっかな。はい、それじゃあお疲れ。次は天気崩れそうだからBスケの穂乃果ちゃんとアーニャちゃんの会話シーン行くよー。南さん、衣装の準備できてる?」

ことり「あ、はい! 今持ってきますねー!」

海未「……少し、風に当たってきます」


穂乃果「海未ちゃん、大丈夫かなぁ……」

アーニャ「集中、欠けてます」

穂乃果「海未ちゃんね、今日、穂乃果と一言もしゃべってくれなかったんだー」

アーニャ「熱、あるんでしょうか?」

穂乃果「はっ、そうかも。海未ちゃんって無茶するからなー。よしっ、早く終わらせて海未ちゃんのところに行こう!」

アーニャ「ダー。ふふ、頼りにしてます」

穂乃果「まっかせて! 12Pのシーンだよね!」

アーニャ「……21Pです」

穂乃果「あれー!?」

アーニャ「ふふふ、ホノカらしいです」



<夕刻、音ノ木坂学院屋上>

海未(鉛のように重く雲が立ち込めていました。冷たくなる風と共に、頬を大粒の水滴が打ち始めます。いつもならすぐに屋内に入るのに、そんな気分にすらなれません)

海未「……なんて、面倒な女なのでしょう。私は」

海未(心と身体が連動する悪癖はいつになっても治りません。今日もカットをたくさん出してしまった。……私の寿命も、これまででしょうか)

海未(柵の網に指を喰い込ませて、広がる街並みに目を見やる。景色の向こうに思い出すのは、この前のライブバトルのことでした)


卯月『精一杯頑張りますっ♪ よろしくお願いしますっ、海未さんっ!』


海未(あの子は穂乃果に似ています。天真爛漫なところも、誰に対しても壁がないところも、……アイドルが楽しくて楽しくて仕方がないといったところも)

海未(まるで太陽みたいで。……憧れてしまうのです)

穂乃果「海未ちゃん! やっぱりここにいた!」

海未「……穂乃果」

穂乃果「ほらっ、傘! 風邪ひいちゃうよ!?」

海未「……いりません。穂乃果が使ってください」

穂乃果「もうっ! じゃ、相合傘にしよ? お邪魔しまーす」

海未「……」

穂乃果「えへへっ」

海未「…………暖かいですね。穂乃果の、隣は」




286 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 23:56:21.51 ID:NSPCnO+e0

穂乃果「なんたって『太陽の娘』だからね! しかし、ここに来るといっぱい練習したこと思い出すねー」

海未「μ's、楽しかったですね」

穂乃果「うん!! 最っ高!」

海未「私は穂乃果に引っ張られて入って……でも、本当に楽しかったのです。あの時は。ずっとあの時間が続けばいいと思っていました」

穂乃果「……?」

海未「……ねえ、穂乃果」

海未「アイドル、楽しいですか?」


穂乃果「――え?」

海未「今の私は……もう、首を縦には……」

穂乃果「……海未ちゃん」

海未「私は、いつも穂乃果に引っ張られて。でも、私がいないと、穂乃果が心配ですから……だから…………渋々……そんなつもりだったのに」

海未「でも、そんなことはありませんでした。穂乃果は、私がいなくても、素敵で。カッコよくて。……輝いてて……」

穂乃果「海未ちゃん? 何言ってるの!? そんなことないよ!!」

海未「逆でした……全く逆だった……」

海未「何もできないのは私の方だった!! 大丈夫じゃないのは私だった! 頼られてることに依存していたのは私だった! 一人じゃ何もできないのは、私だったんですよっ!!」

穂乃果「……ねえ、海未ちゃん。落ち着こう? 穂乃果がいっぱいお話聞くから。こんな寒いところにいたら風邪ひいちゃう。ねえ、穂乃果のおうち、いこ?」

海未「寒いのは、ずっとです……」

海未「あれから何をやっても上手くいかない。気のせいだって押し込めて、一人で頑張ろうって。でもどれだけ無理しても駄目だった。負けたら、量を増やして、駄目なところを直して……それでも、駄目でした。みんなみんな、私の悪口ばかりで。園田海未は終わりだって。ファンなんてやめるって。新しい子たちも、入ってきて……」

海未「ねえ穂乃果。……アイドルの、何が楽しいんでしょうか」

穂乃果「…………だめ」

海未「私の代わりなんていくらでもいる。ちょっと調子が悪くなったら叩かれる。人間関係に自由なんてない。誰も私たちが裏でどれだけのものを積んでいるかなんて知ってくれない。いつ仕事がなくなるかなんてわからない。頑張ったって報われるって限らない! 昨日私に差し出されていた掌が、いつ返るかなんてわからない!」

穂乃果「だめだよ、海未ちゃん」

海未「アイドルになっていい事なんてなかった! アイドルなんてならなければよかったっ! 私、私は――」

穂乃果「ダメっ!!!」

海未「アイドル、辞めますっ!」


――ぱしいっ!!!


海未(頬に雷が落ちた、と思いました。そうして続くのは赤い傘がコンクリートに落ちる音。強くなった雨粒が、逆向きになった傘に向かって音を立てながら溜まっていく)

海未(ああ、そうか)

海未(私、穂乃果に、はたかれたんだ――)

穂乃果「っ……! ご、ごめ……」

海未「っ!!」ダッ

穂乃果「海未ちゃん!? 待って!!!」

海未(屋上扉に向かって一目散に駆けだす私。一刻も早くこの神聖な場所から汚れた自分を消し去りたかった。そんな想いが通じたのか、ひとりでに扉は開いた)

――ばたんっ。

ことり「海未ちゃんっ!」

海未(――神様、これ以上私をいじめなくても良いではありませんか)

海未(私は顔を伏せて、すぐにことりの横を抜き去って駆け抜けていきました)


ことり「……ほのかちゃん、大丈夫?」

穂乃果「……あの時と、逆になっちゃった」

穂乃果「海未ちゃんも……こんな気持ちだったのかな……」




287 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 23:57:24.73 ID:NSPCnO+e0

<翌日、夜>

凛「ラジオRink、今日もフリートークの時間だよ。今日は雨がすごいね。雨が降るとどうやって過ごすかって人によって違うから面白いよね。私は雨の日は家から出ないで、早めにお風呂に入って、ずーっとのんびり部屋で音楽聞いたりベース弾いたりするのが好きかな。私のプロデューサーは部屋でずっと本を読むのがいいって言ってたね。まああの人は雨が降ろうが降らまいが家にいるんだろうけどね」


凛「プロデューサーといえば最近うちの事務所に新しい子たちが入って来たじゃない? 加蓮と奈緒ね。私が言うのもなんだけど逸材だよ。で、その彼女たちを特訓するべくプロデューサーが今完全にそっちについちゃってて、今私の担当は臨時で絵里さんって人になってるんだ。最近事務所でも会ってないな、プロデューサー。元気にしてるのかな? ……完全に私事だったね。まあフリートークだからいっか」


凛「そういえば最近ツイッターを始めました。もうたくさんの人がフォローしてくれてるみたいで、本当にありがと。でもまだあんまり使い方がよくわからないから、だましだまし使っていこうかな。アイドルの人でもツイッターしてる人は多いよね。私、一番最初にフォローしたのがツイッターを教えてくれた未央。その次が卯月。で、その次はなんと千早さん。この前歌番組で一緒になったんだ。その時に友達になったの。歌のこと聞いたらとっても丁寧に教えてくれてね。やっぱり頂点にいる人って、性格も込みなんだなって思った」


凛「前川はツイート多いよね。一回ブロックしたら本当にヘコんでて笑った。すぐ戻したんだけどね? 逆に電子機器全然って人もいるね。楓さんはツイッターしてないし、パッションの海未さんなんてインターネット見もしないんだってさ。おうちが厳しくてあんまり子供のころから使ってこなくて、その名残って言ってたね。海未さんのおうち、すごいんだろうなあ。海未さんは歌もダンスも弓道も人格も何もかもできる人だから、ニュージェネレーションズでは密かなファンクラブができてるんだ。ふふっ」


凛「さて、お話があっちこっち散らばったところで、次の週のメールテーマを発表します。『雨の日の過ごし方、エピソード』雨が嫌いだったけどレインブーツを買ってもらってから外に出るのが楽しくなったとか、そういうのも大歓迎だからぜひぜひ送ってきてね。はい、じゃあフリートーク終わりっ」

凛「こんな雨の日、今、皆さんは何をしていますか? いい時間を過ごしてくれてると嬉しいな」


<同刻、新宿>

海未(秋の街角をさすらうと、どこにでも彼女たちの姿があることに気がついた)

海未(街を旅する音楽、ショッピングをする女の子の噂話、広告塔のてっぺん)

海未(765の、彼女らの輝く姿はどこにでもあるのでした。でも、最近は街を彩るのは彼女らの専売特許ではなくなりました。私は耳に聞き覚えのある声をキャッチして、ふと上を向く)

海未(大ガード近くの電気屋の大きなスクリーン。その中で、彼女は――穂乃果は、所狭しと弾けるような笑顔で駆け回っていました)

穂乃果『みんな! いっくよー!!』

海未(しとしとと降り注ぐ秋雨に行き交う色とりどりの傘の中、私は信号も渡らず立ち尽くし、ただ、じっとそれを見つめていました)

海未(あんなにも近かった穂乃果との距離は、画面の中と外のように途方もなく遠い)

海未(気付けば私はそのヴィジョンの中に、遠い過去の幻燈を映していました)




288 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/07(火) 23:59:20.69 ID:NSPCnO+e0

<四年前、クリスマス。羽田国際空港>

穂乃果「ことりちゃん! 元気でね! 身体に気を付けてね! メール送ってね!」

ことり「うんっ! 穂乃果ちゃんも元気でね! また二年後、絶対会おうねっ!」

海未「…………」

穂乃果「ほらっ、海未ちゃんも!」

海未「…………たっしゃで」

ことり「……もう。海未ちゃんが泣くなんて……ずるいよ……」

海未「だって……だって。寂しいではないですか……」

穂乃果「……ふふっ。えーい!」ギュッ

海未「わっ、ほ、穂乃果!?」

ことり「……えーい!」ギュッ

海未「ことりまで!? く、苦しいですっ」

ことり「もー。海未ちゃんはカッコいいのに可愛くてズルいぞー!」

穂乃果「そうだそうだー! こんなに可愛い親友は誰にもあげないぞー!」

海未「……親友」

ことり「そう! 親友!」

穂乃果「穂乃果たちはたとえ何歳になっても、どこに行っても、誰と結婚しても、ずーっとずーっと親友だよ!」

海未「……はい!」



<翌日、朝。音ノ木坂学院屋上>

穂乃果「ことりちゃん、行っちゃったね」

海未「……寂しくなりますね」

穂乃果「そうだねー。……よしっ。穂乃果は、ことりちゃんのいるパリに届くぐらいビッグになってみせる!」

海未「今度の相手は世界ですか。大学では何をするんですか?」

穂乃果「……うん。実はね、穂乃果、ずっとひとりで考えてたことがあるんだ」

海未「?」

穂乃果「それでね、昨日、ことりちゃんの姿を見て……決めたんだ。海未ちゃん、聞いてくれる?」



海未「大学に行かずにプロのアイドルになる……?」




289 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:00:57.06 ID:BqstzqO00

穂乃果「うん」

海未「本気……なのですか?」

穂乃果「親友に嘘つかないもん。穂乃果は、本気だよ?」

海未「……」

穂乃果「μ'sとしての活動が終わってから、いくつかプロのお話は来ててね。ずっと迷ってたんだけど、今日、決心がついたの」

穂乃果「……ことりちゃん、振り返らなかった。二年だけだけど、寂しいに決まってるのに。でも振り返らなかったんだ。あの背中を見てね、穂乃果も背中を押してもらったの」

穂乃果「穂乃果も……私も、やりたいことに向かって進むよ! もう振り返らない!」

海未「しかし、大学に通いながらでも良いのではありませんか?」

穂乃果「ううん。穂乃果ね、大学って勉強したいことがある人とか、自分のやりたいことを探したい人とかが行くところだと思うんだ」

穂乃果「穂乃果はもうやりたいことがある。プロのアイドルになりたい。寄り道せずに、一人でも多く、みんなの夢を叶えるようなアイドルになりたい!」

海未「本気……なのですね」

穂乃果「うん」

海未「……同じ進路を辿ったにこが、今どういう暮らしをしているか、知っていますね?」

穂乃果「……うん。家族のみんなのためにアルバイトしてる。アイドルだけでまだ生計を立てられない、Eランクアイドル」

海未「そうです。にこのような熱意を持った努力家でさえ、簡単には上に行けない世界です。そして時間が経てば必ず上に行けるかどうかもわからないのですよ」

穂乃果「うん。でもいいんだ。お父さんも言ってくれた」

穂乃果「『お前のやりたいようにやれ。だが、一度やると決めた以上、逃げて家業を継ぐのは許さねえ。いいな?』って」

穂乃果「ねぇ、海未ちゃんもお父さんも、優しいから厳しいんだね。穂乃果はそんな人たちに囲まれて、本当に幸せだよ」


穂乃果「人生にホケンが利かなくてもいいの。それでも穂乃果は、アイドルになるよ」


海未「……ふふ、そうですか。穂乃果の決めたことです、私は応援しますよ」

穂乃果「ほんと!? 海未ちゃん大好きっ!!」

海未「というか止めたって無駄なのでしょう? いつものことなんですから」

穂乃果「うん…………ねえ、海未ちゃんはどうするの?」

海未「私、ですか?」

穂乃果「……穂乃果ね、知ってるよ。海未ちゃんにもお話、来てるんでしょ?」

海未「! どうしてそれを」

穂乃果「同じ事務所からだったからだよ。346プロダクションだよね」

海未「……私は」

穂乃果「……みんなのハート、打ち抜くぞ~☆ バーン! ラブアロー☆シュート!」

海未「ぎゃーっ!?!?!?!? どうしてそれを知っているのですッ!?」

穂乃果「あははっ、海未ちゃんとは小さいころからの友達だもん。恥ずかしがりやさんだけどアイドルにずーっと憧れてること、知ってるんだよ?」

海未「……しかし、私は……」

穂乃果「……海未ちゃんの、本当にやりたいことはなに?」

海未「私の……やりたいこと」

穂乃果「それが何だって、穂乃果は応援するよ。たとえアイドルじゃなくたっても!」

海未「……穂乃果」

穂乃果「叶え、みんなの夢! だよ。えへへ」



290 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:03:04.98 ID:BqstzqO00

<同日夜、園田邸自室>

海未(恥ずかしがり屋で現実家の私は、いつも自分に素直になれないでいて。でも、そんな私をいつも引っ張ってくれたのが穂乃果でした)

海未(アイドルというものへの憧れと、これからの自分の未来を賭ける怖さの狭間で揺れ動くアンビバレントな自分がいました)

海未(その時、憧れに生きるか迷う自分に、穂乃果は背中を押してくれたような気がしたのです)

海未(その姿は、王子さまがガラスの靴を持ってきてくれたようでした)

海未(……もしこの靴が履ければ、自分は憧れのお城にいける。それに、何より)

海未(王子さまと。……穂乃果と、ずっと一緒にいられるのだと、そう思ったのです)


海未「……もしもし。穂乃果ですか?」

穂乃果『海未ちゃん! こんな夜中にどうしたの?』

海未「穂乃果は、アイドルになるんですよね?」

穂乃果『……うん! 絶対なる!』

海未「穂乃果を一人にするといつも大変なことになりますからねぇ」

穂乃果『むー! そんなことないよっ!』

海未「いいえ。そんなことあります。……そんな問題人物を一人にしておけません」

穂乃果『……え?』

海未「……私も、受けます。私だって、μ'sが、アイドルが好きなのです!」

穂乃果『そっか……そっか!』

海未「つきましては、監査料として両親の説得を手伝って頂きたいのですが……」

穂乃果『よーし! 穂乃果ちゃんにお任せだっ!!』

海未「助太刀をお願いします。お父様もお母様も、穂乃果には弱いですからね」

穂乃果『うんっ! ……海未ちゃん。トップアイドルになろうね!』

海未「ええ。……一緒に」

海未(こうして私は穂乃果と共に両親を説得し、四年生の大学できちんと活動と並行して学問を修めることを条件に、アイドル活動を許されたのでした)


海未(穂乃果と違って、自分に特別な才能がないことはわかっていました。ならば自分にできることは鍛錬あるのみでした。プロの指導を受けるのは初めてで、それはやはり厳しいものでしたが、慢心と縁を切れるのなら安いものです)

海未(一人で喋ることにも慣れてきました。どこでカメラを向けられるかもわかってきました。ライブの煽り方も学ぶことがたくさんありました。とにかく自分のできることは全力を傾けることでした)

海未(正直、苦しいことや嫌なことだってたくさんありました。人の前で笑うには泣かなければいけないことだってあるのだと痛感させられました。でも、それでも頑張れたのは、応援している人たちのおかげ。そして……何より、いつも傍で励ましてくれる穂乃果のお蔭でした)

海未(春が過ぎ、夏が来て、秋が訪れ、冬が終わって、また春が来る)

海未(アイドルと学業の両立は考えていた何倍も至難を極めましたが、充実していました)

海未(大学三年の春。ことりが帰ってきて、ブランドを立ち上げました。パリにいるころから数々の賞を受賞し、業界でその未来を待望されていたことりは、独立した途端瞬く間に売れっ子になりました。その夏、穂乃果は、歴代最短記録でBランクへの昇格を決めました)

海未(彼女たちの親友であることが誇らしかった。私は二人のような特別に秀でた何かはないけれど、二人に並び立つ者として恥ずかしくないような、そんな自分でありたいと思いました)

海未(そうすれば、ずっと三人で一緒にいられると思ったのです)




291 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:05:52.40 ID:BqstzqO00

海未「そうですか、明日からまた海外へ……」

ことり『うん。ごめんね~? ことりも海未ちゃんたちに祝ってもらいたかったなぁ……』

海未「仕方がありませんよ。仕事ですからね。……それに穂乃果も、今月は休みが一日しかないようです。事務所ですら会わない状態ですから……」

ことり『そうなんだ……。穂乃果ちゃん、すごいなー!』

海未「ええ、そうですね。……ことり、二十一歳の誕生日、おめでとうございます」

ことり『ありがとっ! 海未ちゃんもCランク昇格おめでとう! ……二十一歳も仕事が恋人だー!』

海未「Little Birdsの若社長が寂しいことを言うのですね。しかし、創業からそれほど時間も経ってないですし、恋愛などする暇はありませんよね……」

ことり『でもこの恋人、ずっと飽きないから幸せなんだ~。えへへ』

海未「……ふふっ」

ことり『ねぇー、海未ちゃんは浮いた話ないのー? アイドルなんてモテモテでしょ?』

海未「アイドルが恋愛するわけないでしょう! 破廉恥です!」

ことり『え? でも、この前ことりが衣装作った人……』

海未「……ことり。アイドルは、恋愛をしないんです。わかりますか?」

ことり『……海未ちゃんも大人になったんだねぇ』

海未「大体、どの現場で会う殿方も初対面の私を浮いた言葉でちやほやしてばかり……。私は殿方の地位を上げる装飾品ではありません! 蝶よ花よと扱われたいわけではないのです!」

ことり『……海未ちゃんってなんだか売れ残りそうだよねぇ』

海未「なっ!? ことりなんてμ'sの中で一番じめじめした恋愛しそうって言われてたくせに!」

ことり『そ、そんなことないもん!』

海未「……やめましょう。不毛です」

ことり『そうだね……。はぁ、海未ちゃん可愛いのになぁ』

海未「……可愛い」

ことり『うん、そうだよ!』

海未「可愛いで思い出しました。ことりは商売柄私たちの本社の人間に知り合いが多いですよね。その中に、346のテニスチームに入っている人はいませんか?」

ことり『え? ……どうかなぁ、いるかもしれないけど。どうして?』

海未「……半年前、アイドルが一か月特訓を受けて、番組側が用意したプロの選手と戦ったらどれだけ通用するのかって企画があったのです。控えめに言って産業廃棄物級につまらない企画だったと思いますが」

ことり『控えめでそれなんだ……』

海未「そのプロの選手に挑む前に、346本社が有するテニスチームの選手と練習試合をさせてもらったのです」

ことり『へー、どうだったの?』

海未「……完全試合です」

ことり『え?』

海未「だからっ、完全試合です! 信じられますか!? 女性の、しかもアイドル相手に本気ですよ!? 花を持たせるという概念はないのですかっ! 殿方の風上にも置けませんっ!」

ことり『……さっき、どう扱われたいって言ってたかおぼえてる? 海未ちゃん』

海未「それはそれ! これはこれですっ!」

ことり『海未ちゃんってやっぱり売れ残る気がする……』

海未「とにかく! 私はあの殿方に一矢報いたいとずっと想い続けているのです! この前の私のライブのチケットをチームの監督と一緒に手配したのですが、音沙汰は一切ありませんし。機会があればぜひとも再戦を申し込みたいのですが、あの方のことを何も知らなくて……」

ことり『うーん、名前とかわかる?』

海未「確か、王子、と呼ばれていました」

ことり『変わった名前だねー? 特徴は?』

海未「……それが、その」

海未「あの人は、私よりも、断然可愛いかったのです……」




292 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:07:11.46 ID:BqstzqO00

<現在、新宿>

海未(思えば、彼のことを初めて人に話したのはあの時だったのかもしれませんね)

海未(彼のことを思い出すと、昨日の別れが疼痛となって胸を打ちました)

海未「……面倒な女です。あんなの、ただの八つ当たりではありませんか……」

海未(……それでも、彼にだけは手加減されたくなかったのです。めんどくさい女だろうが売れ残り女だろうが何と言われてもいい。でも、彼だけは特別なのです)

海未(だって戸塚君は、この世界で初めて私を特別扱いしなかった人だから)

海未(……あの人に認められたい。八つ当たりするなんて間違っています。そんなの望んでいないのです。ああ、でも……)

海未「……喧嘩って、どうやって謝るんでしたっけ……」

海未(自分が悪いとわかっているのに、すぐに謝れないなんて)

海未「本当に、面倒な女」

海未(醜い自嘲は雨音に吸い込まれて誰にも聞かれることはありません。スクリーンから流れる穂乃果の無垢な笑顔と歌声に、まるで責め立てられているような気分でした)


<ライブ一週前、夜。765プロダクション事務所>

赤羽根P「そうか。いや、確かにそれがいいね。ここで無理をしても良い目が出ることはないだろうし」

戸塚「申し訳ありません。ぼくも、園田さんと四条さんの共演は本当に見たかったんですが」

赤羽根P「はは、そうだな。……ライバル的な目線で言うと、園田海未が復活するのは本当に怖いから塩は送りたくないんだが」

赤羽根P「でも、一人のアイドルファンとしては彼女の復調を心から願っているよ」

戸塚「ありがとうございます」

赤羽根P「戸塚くん。君ほど優秀なプロデューサーには釈迦に念仏かもしれない。でも、言っておくよ」

赤羽根P「今はそれでいいかもしれない。でも、ライブで失ったものは、結局ライブで取り戻すしかないぞ」

戸塚「……それは、敏腕プロデューサーの予知ですか?」

赤羽根P「経験だよ。この世に魔法はないんだぜ」

戸塚「あはは、嫌ってほど知ってます」

赤羽根P「うん。それじゃあ、彼女によろしく言っておいてください」

戸塚「はい。……赤羽根さん、来週、負けないでくださいね!」

赤羽根P「お、おいおい。そんな爽やかな顔でいきなり敵を応援するなよ。……ま、言われなくてもうちのアイドルは誰にも負けないさ」

戸塚「はい、それでいいんです」

戸塚「だって、最初にあなたたちを倒すのはぼくのアイドルだ」





293 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:09:11.32 ID:BqstzqO00

小鳥「プロデューサーさん、お先に失礼しますね」

赤羽根P「はい、お疲れ様です。響、音無さん帰るそうだぞ」

響「ほんと? じゃあ一緒にかえろ! ……あ、帰りにペットショップに寄ってもいいかな? あそこなら遅くまでやってると思うから。ハム蔵のエサ、そろそろ切れそうなんだー」

小鳥「はい、もちろん」

赤羽根P「響ー。今週はもう会えないと思うから言っとくな。……頑張れよ」

響「相変わらず忙しすぎだぞー……。うん、わかってる! 自分、完璧だからな!」

赤羽根P「うん。なんくるなるなる」

響「じゃーね! またライブでなっ!」


赤羽根P「……で、千早。お前は帰らなくていいのか?」

千早「……音源を聞いていました」

赤羽根P「『こいかぜ』か? いい曲だよな」

千早「はい。何度聞いたかわからない。荘厳な曲調に同居する切なさが素敵です。……乱高下するヴォーカルの複雑さは、歌い手への挑戦状みたい。普通の人じゃとても歌いこなせない。……でも、高垣さんはそれを完璧に歌いこなしている」

赤羽根P「……対戦は不安か?」

千早「いいえ。歌への想いは誰にも負けない自信があります。……だから、今の高垣さんには負ける気がしない」

赤羽根P「俺にはわからないけど、千早も先月の楓さんのエキシビジョンを見たんだよな?」

千早「はい、あの時思いました。……あの人は、誰に向かって歌っているのかなと」

赤羽根P「…………」

千早「……慢心ですね。忘れてください」

赤羽根P「いや。頼りにしてるよ」

千早「……プロデューサー、今日は戸塚さんが来てからずっと嬉しそうですね?」

赤羽根P「あはは、顔に出てたか」

千早「…………不潔です」

赤羽根P「ちょっ、そういう意味じゃないからな!? ……後輩の足音が聞こえてきて、嬉しくなったのさ」

千早「……戸塚さんがあんなことを言うなんて、意外でした」

赤羽根P「聞いてたのか。……彼もやっぱり、男の子だよなぁ」

千早「私には未だ信じられないですけど……」

赤羽根P「そうか? 『俺の女を舐めるな』なんて啖呵、実に男らしいじゃないか」

千早「男の子語だとそうなるんですか? よく、わかりません」

赤羽根P「はははっ、女の子にはわからないさ」

千早「……海未さん」

赤羽根P「千早は、彼女のファンだったな」

千早「はい。私も、人としてああいう姿勢で生きたい」

赤羽根P「…………大丈夫。あいつが見込んだアイドルだ」

千早「ええ、信じましょう。それに」

千早「逆境を跳ね返せるアイドルは、最強です」

赤羽根P「ははは、千早が言うと説得力しかないな」

千早「……じゃあ、ここはひとつ戸塚さんに貸しを作っておきましょうか」

赤羽根P「ああ、そうだな」




294 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:11:05.46 ID:BqstzqO00

<翌日夜、クールプロダクション事務所>

絵里「凛ちゃん、もう帰りなさい? 最近は仕事も増えてきて遅くなることも多いんだから、帰れる日はささっと帰った方がいいわよ」

凛「うん……もうちょっとだけ、ダメかな?」

絵里「うーん……じゃあ、あと三十分だけね」

凛「うん、ありがと」

~♪

絵里「……ベース、上手になったのね」

凛「うーん、そうかな。真姫さんが作るベースラインってすごくカッコよくて、それを真似してるだけなんだけど」

絵里「その曲、私と真姫と海未の曲なのよ。ソロが聞こえてきたから、懐かしくなっちゃった」

凛「そうだったんだ。私、一回生で聞きたいなぁ。絵里さん、またステージ上がらない?」

絵里「えぇー、嫌よ。もう体力が持たないわ。よっぽどのことがない限りステージに上がるつもりはないわね」

凛「金ならある」

絵里「おあいにくさま、お金じゃないのよ。というかあなた、最初の提案がお金ってもう完全に毒されてるわね……」

凛「あははっ、そうかな」

絵里「嬉しそうねぇ」

凛「……そうだね、嫌じゃないかな。あーあ、絵里さんがもう一度舞台に立ってくれれば会社に良し業界に良しファンに良しお前に良し俺に良しなのに」

絵里「ならディズニーの替え歌でも歌ってみる?」

凛「上に干されてモノリスになっちゃうよ……」

絵里「……あら、もうこんな時間。ほら、もうタイムオーバーよ。とっととベースしまう」

凛「タイムオーバーって実は和製英語らしいんだよね」

絵里「……時間稼いでも今日彼は来ないわよ。多分直帰」

凛「……バレてたか。あーあ、タイムアップだね」

絵里「何か用事だった?」

凛「……うん。でもまあ、よく考えたら次に会う時でいいかな。絵里さんももう帰る?」

絵里「私はもう少しキリのいいところまで仕事して帰るわ。気を付けてね」

凛「わかった。じゃ、またね」

――ばたん。


絵里「はあ……。まるで忠犬ね。ああも見せつけられてしまうとね……」

絵里「……あの子にはバレてない、わよね?」

八幡「何がです?」

絵里「きゃあっ!?!? ノノノノックぐらいしなさいよっ!!!」

八幡「すすすすいません。いや、この時間にいると思わなかったもんだから……」

絵里「私がもし脱いでたらどうするのよっ!!」

八幡「えっ、事務所で脱ぐんですか……?」

絵里「もののたとえよ! なんで私が引かれてるの!?」

八幡「矢吹の加護は受けてないんでありえないっすよ。そうなったら眼福ですが」

絵里「……へんたい」

八幡「この程度で変態呼ばわりされても困るんですが……」

絵里「えっ、更にディープなの……? 膝裏フェチとか……? 流石に対応できない……」

八幡「何で一番最初に出てくる候補が膝裏なんだよ……」




295 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:12:43.34 ID:BqstzqO00

絵里「帰ったんじゃなかったの?」

八幡「そのつもりだったんですが、外せない用事が出来まして。人を待つまで時間があるならその分仕事して……仕事……? 仕事したがっている……? 俺が……?」

絵里「もうあなたのデオキシリボ核酸にしみこんでしまったのね……」

八幡「……まあ量がシャレにならんのは確かですけどね。トライアドの二人が安定するまでは仕方ないか」カタカタ

絵里「楓さんの分も等分だものね」

八幡「本当あの大きい子供は忙しすぎて困る。当分はアーニャとあの人にかかりっきりだ」カチッ

絵里「レコード会社のお偉いさんとやりとりするときの怖さったらないわよね……」

八幡「あの人、滑舌悪いですよね」カタカタカタ

絵里「そう! そうなの! だから電話で聞き返せないのよね!」

八幡「絵里さんも被害者だったか……」カタカタッ、カチッ

絵里「ほんっと、勘弁してほしいわよねー」

八幡「渋谷も会ってねぇな。……元気かね、あいつ」

絵里「……そうね。今日も撮影から直帰だったし、会えなくても仕方ないわね」

八幡「なんか、いつも一緒にいた気がするから落ち着かねぇんだよな……」

絵里「事務のお姉さんよりも現役女子高生の方がそりゃいいですよねっ。えーえー」

八幡「…………さっきから手が動いてないですけど、終わったんなら帰っていいですよ?」

絵里「あ、逃げた。……じゃあ、あと三十分だけ」

八幡「……待っても一緒には帰れませんよ。言ったでしょ、約束あるんですよ」

絵里「え……もう遅いわよ? ……一泊? お、女の人?」

八幡「だったら、今頃メロメロなんですけどね。本当にY染色体持ってんのかなあいつ」

絵里「あ……戸塚くんか。な、なんだ」

八幡「否定できないですけどそんな露骨に安心した顔しないでもらえますかね……」

絵里「あ、あはは。同じ独り身としてちょっと安心したというか……」

八幡「……まぁこんな忙しいと絵里さんでもそんな暇はないか」

絵里「しかし戸塚くんが夜遊びなんて本当に珍しいわね。比企谷くんは半休だからいいかもしれないけれど……」

八幡「……園田さんのことなんじゃないか、と思ってますけどね」

絵里「……海未。大丈夫だといいのだけれど」

八幡「ライブバトルの欠場は初めてだそうですね。……いい機会だし、全部聞いとくかね」

絵里「む。海未に興味があるの?」

八幡「……他人のことは知っとけば知っとくほど安心ですから。いざという時、役に立つ」

絵里「……絢瀬絵里、十月二十一日生まれ、現在二十二歳。好きな食べ物はチョコレート、嫌いな食べ物は梅干。趣味はアクセサリー作りで、特技はロシア語とバレエ。世界一可愛い妹が一人いて、高校生の頃は生徒会長をしながらスクールアイドルをしていて、全国で優勝。好みのタイプは包容力のある人ですっ」

八幡「…………」

絵里「……どう? 興味を持ってくれる?」

八幡「……絵里さんも、渋谷も。どうしてそんなに無防備でいられるんですか?」

絵里「だって、一緒に積み上げてきたじゃない。信頼してるのよ」

絵里「あなたの身の回りの世界って、多分あなたが身構えるほど冷たくないと思う」

絵里「ひょっとしたら、他人の方が見えてるものってあるのかもね」




296 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:14:37.63 ID:BqstzqO00

<深夜、都内某所。Bar「月面闊歩」>

戸塚「今日はごめんね、八幡。手配をしていたらこんなに遅くになっちゃって……」

八幡「明日は休みだし構わんさ。戸塚があんな切羽詰ってすぐにって言ってんだ、断る方がおかしいだろ」

戸塚「……ありがとう。今日呼んだのは、頼み事があるからなんだ」

八幡「……ふ。懐かしいな。由比ヶ浜以外で初めてまともに奉仕部で依頼を受けたのが戸塚のテニスだったな」

戸塚「あれ? 材木座君は?」

八幡「ノーカン」

戸塚「あははっ、相変わらず手厳しいね。……でも、もう奉仕部はない」

八幡「……そうだな。なくなったのかもしれんし、あるいは……壊れたのかもな」

戸塚「あの時……ぼくは、何もできなかった」

八幡「おいおい、そりゃそうだろ。あれは奉仕部の問題なんだから、他所にいた戸塚が罪悪感を感じるのはおかしいだろ」

戸塚「うん。確かにね、ぼくはあの時、他人だった。……でもね。ずっと、ずーっと思っていたんだ」

戸塚「ぼくはね、八幡の親友になりたかった。あの時、何もできなかったとしても、友達としてただ傍に居ることはできたはずなんだ」

戸塚「君の話を聞きにいけばよかった。どうせ八幡は何も言ってくれないし、それで何が変わるわけじゃなかったとしても。……それが、ぼくの唯一の間違いだよ」

八幡「……正直なことを言うと、俺がお前にそこまで評価される理由がわからん。俺はお前をその……なんだ、可愛いからとちやほやしてきたが、特別何かをしたわけでもない」

戸塚「うーん……それは恥ずかしいから内緒かな」

八幡「……そうかい。見る目がねぇよな、目の付け所もシャープじゃない」

戸塚「……多分ね、面倒くさい人が好きなんだよ」

八幡「たしかに、園田さんは面倒くさそうだよな……」

戸塚「……八幡は自分以外に向けられる感情は良く気付くんだからさ」

八幡「当たろうが外れようがガッカリしないからな。自制しない分的中率が高い」

戸塚「ノーペインノーゲインって言うじゃない。だから彼女できないんだよ」

八幡「うるせ、ほっとけ。お前も今時好きな子はいじりたくなっちゃうとか流行らねぇぞ」

戸塚「……ふふっ。こういうの、初めてだね」

八幡「……そうだな。とりあえずモルツ頼むが、戸塚は?」

戸塚「同じがいいな」

八幡「はいよ。……さて、と」

八幡「部活は壊れちまってもう依頼は受けられないが、まぁ、なに。数少ない友人の相談くらいは乗るぞ」

戸塚「そうだね。あ、一緒に考えてほしいだけで、何かしてくれってわけじゃないから」

八幡「ん、そうなのか?」

戸塚「……男なら、好きな子は自分の手で助けたいものでしょ」

八幡「確かに、それはある」

戸塚「さてと、何から話せばいいのかなあ……」

八幡「思いつくまま、好きなように話せよ。……なんせ、夜は長い」

――かちっ。しゅぼっ。

八幡「……ふぅ」

戸塚「……そうだね。その前に、と」

八幡「ああ。何に乾杯? 海未の瞳?」

戸塚「あははっ。そうだね。……彼女の瞳に」

八幡「乾杯」

戸塚「完敗」

――かちんっ。




298 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:15:58.65 ID:BqstzqO00

渋谷凛@ライブ前日 @Rin_428
いよいよ明日だね。出演者の皆さん、見てくれるファンのみなさん、よろしくお願いします!
いつも忙しい人も明日だけは是非見に来て欲しいな。……見に来てくれるよね?


本田未央 @Chan_Mio_Chan
@Rin_428 頑張れー!( `ー´)ノ 明日は撮影だから現地行けないけどPC前でしぶりんペロペロするね!!


うづき @April_island
@Rin_428 @Chan_Mio_Chan じゃあわたしはくんかくんかする!!(*'▽')


渋谷凛@ライブ前日 @Rin_428
@Chan_Mio_Chan @April_island こわ……解散しよ……。トライアドプリムスに集中します


本田未央 @Chan_Mio_Chan
@Rin_428 @April_island ごめんっ!( ;∀;) はすはすにするね!!


渋谷凛@ライブ前日 @Rin_428
@Chan_Mio_Chan @April_island まるで成長していない……


矢澤にこ @Nico2co2
成長する方の矢澤を見にみんな明日は絶対来てね!!!(*^^)v


ふたばあんず @Never_Ever_Labor
便乗とは汚いなさすがにこにー汚い


西木野真姫@M3あ-02a @Maki_Pile
@ever_Ever_Labor あなたも明日出るんでしょう。宣伝くらいしなさいよ


ふたばあんず @Never_Ever_Labor
@Maki_Pile ピンチヒッターだからなー。……ま、海未の代わりに出といて負けるのは無いよね。おっと、あまり調子に乗ってると裏世界でひっそり幕を閉じることになるからこの辺で


前川みく @CatMaekawa
@Rin_428 にゃはは!☆ 明日は穂乃果さんの応援のついでに見てやらんこともないにゃー?


渋谷凛@ライブ前日 @Rin_428
ねえ、スパブロってどうやるの?




299 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:18:02.09 ID:BqstzqO00

みく『人をオチに使うなや!! ブロック解け!』

凛「なんでよ、いい流れだったじゃん」クスクス

みく『……まあおいしいのは認めるけど』

凛「明日は姉ヶ崎さんなんでしょ。杏に負けてから燃え方すごいよ」

みく『あいつは余計なことばっかり……。まぁ、でも上等やね』

凛「そういえば新しい子入ったんでしょ? 出ないの?」

みく『李衣菜ちゃん? んー、正直まだ前に出れるレベルではないかな。あと一年くらいかかると思うよ。めちゃくちゃしごきうけてるけど……』

凛「こっちも奈緒と加蓮は師匠にびしばしいじめられてるね。……その分、伸びもすごいかも。抜かされないように頑張んないと」

みく『そやねー。ま、プロデューサーもあの子に時間割いてるし、伸びてもらわんと困るかな』

凛「……あ。そっちもなんだ。……私、ここ一月顔見れてなくて……」

みく『ちひろさんもおるからええけど、正直オーバーワークやね。最近ずっと遅くまで仕事してるなぁ。アイドルまた増えたし、これはフリートレードもあるかも』

凛「フリートレード?」

みく『あれ、知らん? 346間でアイドルが移籍するやつ。移籍の狙いには人数調整とか、路線変更とか色々あるんやろうけど、上が決めて大抵は突然言い渡されるみたいよ』

みく『まあ、だから極端な話みくが明日パッションに移籍するかもしれんし』

みく『あんたがパッションの誰かとトレード、ってことが起きても不思議ちゃうなぁ』

凛「……え。それってさ、プロデューサーも変わったりするの?」

みく『? 何言うてるん? 当たり前やろ?』

凛「…………そっかぁ」

みく『あ、もうこんな時間か。今日は早めに寝るから切るな?』

凛「よっと」ピッ


前川みく @CatMaekawa
渋谷は一週間くらいミュート!!!!


凛「本当、おいしいよねぇ」クスクス

凛「……フリートレード、か」

凛(携帯を充電器に差し込んでパソコンを切る。前川のせいで冷めたホットミルクを下に降りてもう一度電子レンジで温めると、やりすぎたのかマグカップが熱くなってしまった)

凛(冷ましついでに自分の部屋からベランダに出る。秋の風は心地いいけれど、少し寂しいような感じがする)

凛「もしそんなことがあったら……もっと、会えなくなるのかな」

凛(思い出すのはレコーディングが終わって、奈緒と加蓮が初参加したあの朝礼だ)




300 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:19:40.73 ID:BqstzqO00

八幡『今月は臨時体制で行く。俺は渋谷の担当を外れ、今月は絵里さんが臨時プロデューサーだ』

凛『え……』

八幡『俺は主演が決まったアーニャをメインでサポートしつつ、新人二人の強化を重点的に行う。強化の仕方はこっちも変則的になるんだが、今ニュージェネを持ってる星空から二人は毎日特訓を受けてもらう。俺も出来る限りそっちに顔を出すつもりだ』

アーニャ『ダー……りょうかい、です』

加蓮『アタシ、そんな体力ないんだけど!?』

八幡『体力つくよ! やったねたえちゃん!』

奈緒『……ネタのチョイスから破滅の未来しか見えない……』

八幡『話を戻す。で、星空も実績を認められてちょっと忙しくなってるから、これもまた今月だけ例外的にニュージェネの担当を外れる。代わりはルキさんがやってくれるそうだ』

絵里『これにはニュージェネの三人なら、凛が見ていなくてもきっと仕上がってくれるだろうって期待が込められているわ。勝手が違って戸惑うだろうけれど、どんな状況下でも実力を発揮できるようになっていないとね』

凛『…………』

楓『あの。私のほうはどうなっていますか?』

八幡『高垣さんに関しては俺と絵里さんで半々です。渉外の担当は俺がやって、その他を絵里さんに任せるといった感じですね。……希望が通りました。対戦相手は、如月千早です』

楓『! ……ふふふっ、ようやくですね』

八幡『――報告は以上だ。何か質問はあるか?』

加蓮『アタシからは何もないや』

奈緒『が、頑張るっ!』

楓『ふふふっ、緊張しなくていいんですよ?』

アーニャ『精一杯、やります。比企谷さん、よろしくです』

凛『…………』

絵里『おーい、凛ちゃん? 聞いてる?』

凛『え、あ、うん』


凛「……はぁ」

凛(その時は面食らったけど、たった一月だけだし。事務所に居ればいつでも会えるからまあいいかなって思ってた)

凛(でも、そうならなかったな。考えてみれば体制を変えるほど普通じゃないってことなんだよね、今の忙しさって。……事務所のソファで私がベースを弾いてて、絵里さんとプロデューサーがカタカタやってて。私がたまに休憩代わりにあの人を見てると、こっちに気付いて、あの人が文句言いだして。それに絵里さんが困ったように、でも満更じゃなさそうに笑ってコーヒーをいれる。そんな光景が当たり前だと思ってた)

凛「アリアリで砂糖は三袋なんて、あの人、将来糖尿になっちゃうかも」

凛(独り言に応えるようにまた秋風が吹いた。感傷を引き連れたそれは、私の心を通り抜けていく)

凛「……さみしい、な」

凛(無意味に事務所に長居しても、時間帯が合わなくていないし。ニュージェネのレッスンはたまに戸塚さんが来るくらいで雪ノ下さんすら来ないし。……二人とも、仕事の打ち合わせとかで夜遅くまで一緒にいたりするのかな。あの人、雪ノ下さんといるときは油断してる顔するんだよね)

凛(不意に、胸にひびが入ったような痛みがずきりと走った)

凛「……私、妬いてる、のかな」

凛(前川は言ってた。いつ誰がどう移籍するかなんてわからないって。……いつ、プロデューサーと離れてお仕事することになるかわかんないって)

凛(……そうなっても、私はお仕事するんだろうな。だって、この仕事、好きだし。寂しくても、別れがあっても……続けたいな)

凛(いつ何があるかわかんないんだ。それって怖いな。……でも、今はまだあの人が傍にいる)

凛「……そうだよね。今だ。今なんだ」

凛(相変わらず、心に渦巻くものの正体が恋なのか信頼なのか何なのか判然としないままだ。でも、確かなことは、今、あの人とずっといたいってこと)

凛(それだけは、絶対に「本物」だと思った)

凛「……よし、寝よう」

凛(自分の為に、ファンの為に……あの人の為に。明日も今を全力で走るだけ)

凛(明日はきっと会えるといいなと思いつつ、私はまた冷めてしまったミルクをゆっくりと飲み干した)




301 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:22:42.72 ID:BqstzqO00

<ライブ当日>

凛『……ありがとう! 次はちょっと面白い曲をやります。私の師匠……ダンスとか歌とかを教えてくれる人ね。名前が一緒なんだ。凛って言うの。……そう、星空凛さん!』

凛『もう毎日ぼっこぼこにされてるんだけどね。……でも、私はあの人の足元にも及ばないって思ってます。恥ずかしいけど、尊敬してるんだ。……いずれ追い抜かすけどね!』

凛『じゃあ聴いてください! そんな師匠の曲です!』

凛『恋のシグナル Rin rin rin!』


赤羽根P「新幹少女がもう、足元にも及ばないのか……」

真美「兄ちゃん兄ちゃん、しぶりんってアイドルやって一年経ってないんだよねー?」

亜美「げげっ、そうなの? これは要注意ですなぁ」

あずさ「346プロ全体が流れに乗っているという印象を受けますね?」

赤羽根P「これでもし園田海未が万全な状態で戻ってきたらどうなるかな。……ははっ、楽しみだ!」

真「ちょっと! プロデューサーはどっちの味方なんですか!?」

赤羽根P「ははは、俺は全てのアイドルの味方さ」

美希「杏ちゃんもまた勝ったんだねー……。美嘉ちゃんだってこの前見た時より全然成長してたの。みくにゃんが負けるとは思わなかったなー」

春香「杏ちゃんって美希ちゃんに似てるよね!」

赤羽根P「そうだなぁ。確かに一昔前の美希にそっくりだ」

美希「むー! もう美希はレッスンサボってないの!!」

赤羽根P「わかってるって。……だから今のままでは危機を感じないなぁ」

あずさ「あ、次はいよいよ千早ちゃんの出番ですよ!」

赤羽根P「やっぱり新人の台頭ってのはいいもんだな。心が躍る。……けど、俺たち765プロはただの老害じゃないってことを、あいつにはわかってもらわないとな」

赤羽根P「……見てろ。これが頂点だ」




302 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:24:30.38 ID:BqstzqO00

<最終戦前、関係者席>

八幡「彩加、部長を見つけた。スタジアムの南側3番出口の喫煙所にいるらしい。連絡入れといたからしばらくは足止めできそうだ」

戸塚「本当っ? ……よし、行ってくるよ」

八幡「……こんなことを言うとアレだが、交渉は敵が弱ってるとこを狙うのがコツだ。ある意味、今はチャンスなのかもな」

戸塚「……そうだね。今はなりふり構ってられないや! じゃあ、そっちはよろしくね」ダッ

雪乃「二人でこそこそと、一体何を企んでいるの?」

八幡「……そうだな。よく考えたらお前を口説かないと始まらないんだった」

雪乃「く、口説っ」

八幡「お、おい何勘違いしてる、言葉の綾に決まってんだろ。いいか、実はな――」


雪乃「……今ただでさえ仕事が増えているのに? 正気? 瘴気がついに脳にまで回ったのかしら? 大体そんなもの年間計画には――」

八幡「頼む」

雪乃「!」

八幡「今回のことについては完全に俺たちの独断だ。なんならきつい仕事は全部彩加が引き受けると言ってる。……ただ、そうとはいえ、やはり二人では限界がある。頼む、力を貸してくれ」

雪乃「……昔、こんなことがあったわよね。私が一度断ったとき、あなたが由比ヶ浜さんに吐いた言葉を覚えている?」

八幡「……『自分のことは自分で。当たり前のこと』か」

雪乃「……あなたは、見つけたの?」

八幡「……まだわからん。一生探し続けるんだと思う」

雪乃「……あなた、変わったのね。うれしくて……寂しいわ」

八幡「……そうかね。自分ではわからん。……ただ、あの時と決定的に違ってるのは」

八幡「その……なんだ。友達が目の前で困ってる。だから、助けてやりたい」

雪乃「……はぁ。わかったわ、手伝えばいいのでしょう。……もう、本当に押しに弱いんだから。嫌になる……」

八幡「すまん。若干確信犯なところもある」

雪乃「……誤用よ、それ」

八幡「それも確信犯」

雪乃「馬鹿。……埋め合わせはしてもらうわよ」

八幡「好きにしてくれ」

雪乃「……それにしても、戸塚くんは少々一人のためにやりすぎではないかしら? いえ、救いたくなる気持ちも十二分に理解できるけれど、それにしたってやりすぎではない? ……何か、裏があるの?」

八幡「そうだな、あるよ」

雪乃「何を企んでいるの?」


戸塚『惚れた女の子は、男なら自分で助けたいもんじゃない?』


八幡「悪いが、そりゃ男同士の秘密だ」




303 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:26:17.98 ID:BqstzqO00

<終演後、選手控え室>

杏「あんまりこういうこと言いたくはないけど、まさにどうあがいても絶望、ってやつだったね。絶望ォォォだね」

美嘉「私はさすが穂乃果さんってカンジだったけど。あの空気の中、765に五千点差で抑えたんだから」

莉嘉「ねー!」

穂乃果「うー! でもやっぱり勝ちたかったなぁ。ゆきのんだって頑張ってくれたんだしそれに応えたかったな……。うがー! 次は勝つぞー!」

にこ「穂乃果、口調がうつってるわよ……」

みく「……ま、でも、山は高い方が登り甲斐があるってもんにゃ」

美嘉「みくにゃんはまずアタシに勝ってから言おうねー★」

みく「うにゃー!! ドームの音響のせいだもん! こんな天保山すぐに踏破してやるにゃ!!」

莉嘉「あのさー、楓さんは?」

杏「……見てない。そっとしておこうよ。ペルソナで言ってた」

にこ「……そうね。そういえば今日の346のMVPは? 相撲だったら確実に座布団が乱れ飛んでたわね、今日の内容は」

美嘉「いい加減凛の成長見てるとヘコむレベルになってきたよアタシ……」

莉嘉「凛ちゃんならさっき外でずっとキョロキョロしてたよー? 何か探してるのかな?」

杏「……なるほどね。……雪乃が男だったら杏にも理解できるもんかなぁ」

穂乃果「はえ? どういう意味?」

杏「飴食べる?」

穂乃果「食べるっ!」

――こんこん。

戸塚「お疲れ様。今入っても大丈夫かな?」

杏「にこが脱いでるけど別にいいよー」

戸塚「本当?」ガチャッ

にこ「ちょっとおおおおおおお!?!?!? 本当に脱いでたらどうするつもりだったのよ!!」

戸塚「ラッキーかな!」ニコニコ

美嘉「……さ、さいちゃん?」

穂乃果「何か吹っ切れたのかなー?」

みく「うんうん。男の顔にゃ」

にこ「うん……うん? 何か流されてない?」

杏「……で、どしたの?」

戸塚「うん。みんなにお願いがあるんだ。協力してほしい」




304 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:29:50.24 ID:BqstzqO00

<同刻、ドーム外>
凛「……いないなぁ。もう帰っちゃったかな? ……私も帰ろうかな」

凛「後楽園から飯田橋で降りて乗り換え、かな」

凛(……あ、でも。水道橋まで歩いてみようかな。……ひょっとしたら、会えるかな、なんて)


「よう。久しぶりだな」


凛「!」

八幡「……んだよ、その反応。一月会ってなくて顔忘れたか」

凛「……久しぶり。元気だった?」

八幡「この顔が元気に見えるか?」

凛「本当だ、目がひどいことになってる」

八幡「初期不良だ。……元気だったか?」

凛「うん……。今、元気になった」

八幡(っ……こいつ、こんな色っぽかったか!?)

凛「お仕事、今日はもう終わり?」

八幡「ああ。ライブ後は休みくれる法則だけは生きてて本当にありがたい」

凛「ね。……じゃあ、今日はご褒美ちょうだい?」


凛「わあ……。夜の神田川ってなんかいいね。静かで、泳ぎたくなっちゃう」

八幡「……いいのか? 夜の散歩なんかで」

凛「宝石でもねだればよかった?」

八幡「正直金は有り余ってるからそれでも良かったんだがな」

凛「そんなの私だってだよ。……だから、代えられないものがいい」

八幡「こんなんでよけりゃ、いつでも」

凛「それ、嘘だね。一か月会えなかったじゃん」

八幡「は、そんなに俺が恋しかったかよ」

凛「うん。すごく」

八幡「っ……そこはいつも気持ち悪いって返すとこだろうが」

凛「あははっ、照れてる。ねえ、写真とっていい?」カシャッ

八幡「事後承諾にも程があるだろ!」

凛(ああ、楽しいなぁ。可愛いなぁ。そうだった、こんな優しい声をする人だったね)

凛「……だって、プロデューサー相手にかっこつけても意味ないんだもん。……もう、カッコ悪いところ見られすぎてて」

凛「いっつも後ろで見てたもんね。……今月は見てくれなかったけど」

八幡「根に持つ奴だな……仕事だから仕方ねぇだろ。ま、でも、俺が見てないからってどうこうしたわけじゃなくて安心したわ。いいパフォーマンスだった。……頑張ったんじゃね」

凛「……え? 見てたのっ!?」

八幡「会場入りにはいなかったけど後からちゃんと来たぞ。星空と後ろの方で見てた。……いいステージだった」

凛「く、来るなら言ってよ! てか一声かけてよ!」

八幡「別に俺一人見ようが見まいが変わらんだろ……てか会ってないんだから言いようもねぇし」

凛「変わるよ! 色々と! もうちょっと自分の価値を自覚しようよ!」

八幡「……お前には時々、全部見られてたんじゃないかと思う時があるよ」

凛「え?」

八幡「……性分なんだ。これは。もう治しようがない。……自分を低く見積もっておけば、変に期待することもない。期待が裏切られることはない。……自分が、傷つかなくてすむ」

八幡「……俺は、自分が好きなんだ。他人のことなんかより、ずっと」

凛「……そっか」



305 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:31:25.72 ID:BqstzqO00

凛(この人に褒められると、口元が緩くなる。他の人が聞いたら呆れるような軽口さえ、心地良さを覚える。捻くれた考え方を見ても、仕方ないやって許したくなる。自分のためだと言い張る不器用な優しさに触れると、溶けそうになる。それから――)

凛(今みたいに、理性で固めた鎧の隙間から洩れる弱さを、抱きしめたくなる。慈しみたくなる。……愛しくなる)

凛(あなたに、ずっと囁いてあげたい)

凛「ねえ、プロデューサー。私は、あなたに見てもらえると嬉しいよ。頑張ったなって褒められると頬っぺた紅くなっちゃうよ。照れ隠しでも自分の為でもなんでも、優しさが私に向けられると心があったかくなるよ。……一人で頑張っていかなきゃいけないこの世界でも、一人じゃないんだって思えるよ」

凛「ねえ、私に期待して? 私は……」

凛「こわくない、よ」

凛(私がそう語り掛けると、あの人ははっと息を呑んで、その足を止めた。街灯がない夜の川沿いでは表情がきちんと見えない。けれど、見間違いじゃなければそのときの顔は、触れば薄皮一枚の膜がやぶけてしまいそうな、きっとそんな顔だったと思う)

八幡「…………どうしてそんなにまで……お前は…」

凛「私、愛想悪いし。……言葉にしないと伝わらないことってあると思うから。何も言わなくても伝わるものも、ひょっとしたらあるのかもしれないけど……それに甘えたくないのかもね」

凛「それに、いつ会えなくなるかわかんないじゃん。……私、自慢じゃないけど弱いから。言葉にできるうちにしておかないと、甘えられるうちに甘えないと、怖くて、寂しくて死んじゃいそうだから。……う、なんか恥ずかしいな」

八幡「……お前は、強いな」

凛「ど、どこが。迷うし泣くし拗ねるし、プロデューサーの前では弱いところばっかりで」

八幡「そうやって人に弱さをさらけ出せるところが、強い」

凛「……よくわかんない。でも、ありがと」

八幡「……ああ」

凛(それから私たちは夜の神田川沿いを歩き続けた。言葉は一つも交わさなかったけど、その沈黙が心地いいと感じる自分がいた)

凛(私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる彼の横顔をたまに見つめては、気づかれる前に川に視線を逃す。そんなことを何度も繰り返している自分が少し可笑しい。歩きながら、私は心の器としか言いようがないものに、暖かい何かが少しずつ貯まっていることに気付き始めていた)

凛(それはきっと急に貯まるものではなくて、この川のように穏やかに、長い時間をかけて少しずつ私の心の中に流れていったのだ)




306 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:32:35.21 ID:BqstzqO00

八幡「……あ、そうだ。言っとかねぇとな」

凛「何? どうしたの?」

八幡「……その。実は、頼みたいことがあるんだが」

凛「うん。いいよ」

八幡「まだ何も言ってねぇぞ」

凛「何だっていいよ。頼ってくれるなら」

八幡「……そうか、助かる」

凛「うん。……あ。駅、着いちゃったね」

八幡「これ以上遅くなるのもアレだし、詳細は明日伝えるわ。……また忙しくさせちまうと思う」

凛「何を今更。……うん、今なら言えそうだ」

八幡「?」

凛「……頑張るから、期待してていいよ」

八幡「……ああ。渋谷」

凛「なあに?」


八幡「……ありがとな」


凛(そう言って、彼は柔らかな笑みをこぼした。羽みたいにふかふかで、油断してる猫みたいな。見たこともない笑顔だった)

凛(……ああ。今、溢れた。器をつたう暖かなものが、身体中を巡ってこそばゆい)

凛(なんだ、こんなに簡単なことだったんだ。ずっとずっと、自分の中にあったんだね。知らなくてもわかることって、あるんだね)

凛(今すぐにでも口に出してしまいたいけど、今はやめておこう。……外に出しちゃうのがもったいないもの)


凛「……うん。ばいばい、おやすみ。プロデューサー」

八幡「ああ、おやすみ」

凛(お気に入りの音楽を聴いて、ゆっくり帰ろう。今日は入浴剤を使おうかな。……お風呂上がりはきっとマックスコーヒーがいい)

凛(寝るまでにたくさん特別なことをしよう。なんでもないこの一日を祝おう。そうして、ずっとこの日を忘れないように)

凛(秋の風はもう寂しくない。まんまるなお月様が浮かぶ、この肌触りのいい夜に)

凛(私は、鈴鳴りのような恋をした)




307 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:34:20.38 ID:BqstzqO00

<翌日朝、346プロダクション本社>

海未(……悩みに悩んで、ついに結論を出しました。覚悟は出来ています。意志は固いです。書くべきものも書いて、あとは口に出すだけです)

海未「パッションプロダクション所属の園田海未です。十時にアイドル部門部長の武内さんと会う約束をしているのですが」

受付「はい、園田さんですね。お伺いしております。入館証をお渡し致しますね」

海未「ありがとうございます。場所はわかりますので」

海未(きっとこの人と挨拶をすることも、もう最後なのでしょうね)

――こんこん。

海未「失礼します。……ライブ後の朝早くから申し訳ありません」

武内P「いえ、好きでやっていることですから。……お話しがあるのですよね?」

海未「はい。実は……アイドルを、引退したいと考えています」

武内P「はい、聞けません。お話は以上ですか?」

海未「勝手な事を言っているのは重々承知で――……え?」

武内P「ですから、聞けません。……なるほど、タイミングまで見越していたのですね。さすが敏腕……。ここまで言い当てるとなると、私も感心せざるを得ませんね」

海未「ちょ、ちょっと待ってください! 何故なんです!?」

武内P「あえて言葉を減らしたのですが、それで引き下がってくれそうにはありませんね……」

武内P「ふう……。つい昨日、企画が通りました。まずはこの話を聞いてください」

海未「企画……?」


武内P「――346プロダクション、単独ライブです」





308 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:36:01.31 ID:BqstzqO00

<同刻、都内某所。とある喫茶店>

真姫「――なるほど。話はわかったわ」

八幡「無茶な願いなのはわかってる。西木野も絵里さんも、多忙を極めてるのも重々わかってるつもりだ。……それでも、頼みたい」

絵里「…………」

真姫「ちょっと、絵里。いつまでむくれてるのよ」

絵里「……休みの朝に呼び出しだから……おめかししてきたのに……。来てみたら真姫がいるんだもんっ」

八幡「お願いできませんか。絵里さんの分の仕事は、期間中三人で分担するので」

絵里「そういう意味で拗ねてるんじゃないわよっ」

真姫「……いいわよ。私は、引き受ける」

絵里「真姫っ!?」

真姫「普段ならいつも通りふざけんなって蹴るところだけど。……でも、こういう事情なら話は別」

八幡「……自分から言っといてなんだが。いいのか、本当に」

真姫「あんたは会社のためにそこまで頭下げる人じゃないでしょ。……あの子のことで、私が、私たちが断るわけないじゃない」

八幡「……あの人が助かろうがなかろうが俺には関係ないがな。だが、上手くいくと俺の友人が喜ぶ。それで俺はいい事したって気分が良くなる。そんだけだ」

真姫「本当に捻くれてるわよね。そんなに一生独身がいい?」

八幡「一人は好きだが専業主夫も捨てがたいんだよな……」

真姫「呆れた……。ほら、絵里。いい加減機嫌直しなさい? もう心は決まってるんでしょう?」

絵里「むー……」

真姫「いいとこ見せるチャンスでしょ、受けなさいよ」ボソッ

絵里「……希ね?」

真姫「今あんたから教えてもらった」

絵里「このパターン何回目よぅ……。学習しなさいよ、私ぃ……」

真姫「で、どうするの?」

絵里「……わかったわよ。私だって海未が好きだもの」

八幡「……ありがとうございます。助かります」

真姫「私は講義があるから行くわね。依頼料はここの勘定ってことにしといてあげる」

八幡「え、いや、普通に後で正式に依頼料は――」

真姫「私は、いらない。……だから、絵里にはきっちり支払いなさい。それじゃね」

絵里「……ああいうカッコつけなところ、変わらないわねー」

八幡「実際カッコいいんだからいいんじゃないですか」

絵里「まあ、そうね。実はちょっと抜けてるところもあるんだけど」クスクス

八幡「じゃ、帰りますか。朝から申し訳なかったです」

絵里「……何言ってるの?」

八幡「え」

絵里「真姫も言ってたし、今日一日分、しーっかり身体で払ってもらうわよ?」

八幡「……荷物持ち?」

絵里「YES! YES! YES!」

八幡「もしかしなくてもオラオラじゃねーか。……はぁ」




309 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:40:01.88 ID:BqstzqO00

<午後、撮影。音ノ木坂学院裏庭>
穂乃果「やる! やる! やるったらやる! やらせてくださいっ!!」

ことり「ほ、ほんとにいいのかなぁ……」

戸塚「うん。責任は全部ぼくが負います。……やって、くれる?」

ことり「……うん! よーし、燃えてきたぞー!!」

戸塚「ありがとう! じゃあラインのグループに招待するから、入ってほしい」

ことり「ネットの方もやっておくね。……ふふっ、なんか大きなイタズラみたい」

穂乃果「あ、ことりちゃん! 穂乃果もやり方教えて貰っていい? ゆきのんにもお話しておかなくちゃ」

戸塚「大丈夫。そっちはもう通ってるから。……よし、あとは東條さんだね。行ってくるか。二人とも、撮影大変だけど頑張って! それじゃ!」タッ

穂乃果「ほえー……フットワーク軽いねぇ」

ことり「……はぁ。ことりも、ちょっと服だけじゃ寂しくなってきたなぁ……」


<撮影後、講堂>
戸塚「……やあ、園田さん。捕まえた」

海未「……と、戸塚くん」

戸塚「ここに来たら会えると思ったんだ。屋上と二択だったんだけどね」

海未「……撮影に来ないとは思わなかったんですか」

戸塚「信頼してるから。そんなことできる人じゃないでしょ」クスクス

海未「……それ、褒めてないでしょう」

戸塚「あはは、バレた?」

海未「……嫌味を言いにきたんですか?」

戸塚「ううん。謝りに。……この前は、ごめん」

海未(……どうして。どうしてあなたが謝るのです。……八つ当たりをしたのは私の方なのに)

海未「……また、完全試合でよかったのに。打ちのめされれば、打ちのめしてくれれば、……こんなみじめな気持ちで、去らなくても済んだのに」

戸塚「……じゃあ、手を抜いて良かったのかもね」

海未「っ! どういう意味ですかっ!」

戸塚「だって、打ちのめされてたら園田さんは綺麗さっぱりアイドル諦めてたんでしょ。……そんなの、嫌だからね」

海未「どうして……どうしてあなたはいつも私にいじわるするんです! もういいじゃないですか! 終わりですよ! 死に水くらい大人しく取ってくれればいいじゃないですか!」

戸塚「……何を言われてもいい。でも、ぼくは君に辞めてほしくない。まだ君は立てる。出来るんだ!! 後悔してほしくない!」

海未「勝手に決めつけないでください! あなたのそれは押しつけでしょう!!」

戸塚「そうだよ! 勝手だよ! 余計なお世話だよ! うっとおしいだろうさ! 好きなだけぼくを嫌うといいよ! ……でも、逃がさないからな!」

戸塚「君はこの地獄に踏み込んだんだ! 引き入れたんだ! 今更楽な方に逃げられると思うなよっ!」

戸塚「ぼくは……しつこいんだ!」

海未「……なんなのですか。なんなのですか、貴方は……。可愛いだなんて嘘ばっかり。……顔だけじゃないですか。……どうして私なんかに、そこまで……」

戸塚「……怒鳴ってごめん。君に伝えることがある」

戸塚「十月の末。……346プロダクション単独ライブが開かれることになった」

海未「……知っています。今日、部長殿に聞きました」

戸塚「……そっか。園田さんには、それに出演してもらいます」

海未「…………」

戸塚「それに出た後。……アイドルを辞めたければ、好きにしてくれていい。ぼくと部長さんは、そう決めた」

海未「……なるほど。最後に面子は持たせてくれる、ということですか」

戸塚「……ぼくは、それまでに君の気が変わる方に賭ける」

海未「……もう、決めたのです……」

戸塚「……ライブ、楽しみにしてるよ」




310 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:42:31.27 ID:BqstzqO00

海未(彼が去った講堂は私以外に誰もいなくて、自分の足音がこつんと遠く響きました)

海未(舞台に腰掛けて、誰もいない客席を見据えました。……何年も時間は流れているのに、あの時と寸分違わぬ景色がそこにありました。最初は誰もいなかった観客席。心が縄できつく締められたみたいに苦しかった)

海未(でも、あの時泣かずに頑張れたのは。……隣に二人がいてくれたからだった)

海未(あの時、空港でことりが旅立った日から、三人の別れは決定的なものになっていたのかもしれません)

海未(今でも思い出せる。初めて戸塚くんのことを話したことりの二十一歳の誕生日。それから彼女の多忙が更に加速して、ずっと会えなくなった日。……事務所を、移った日)


<一年前、ことりの誕生日>

ことり『へえ……そんな人いるんだねぇ』

海未「嘘のような話ですが……おっと、着信が入ってしまいました」

ことり『あ、じゃあ切っちゃうね。……海未ちゃん、ほんとにありがとね』

海未「いえ。言ったではないですか、ずっと親友だと」

ことり『……うん!』


海未「もしもし、雪ノ下さんですか? お疲れ様です。折り返しが遅くなって申し訳ありません。こんな遅くに珍しいですね。よほど火急の用でもあったのですか?」

海未「もしかして次のライブバトルのことでしょうか。……大丈夫です、次もキュートプロダクションの名に恥じぬパフォーマンスを……」

海未「――え?」

海未「…………フリー、トレード?」


雪乃「あまりにも電撃的で、その、……なんと言えばいいのか」

海未「どうして雪ノ下さんが謝るのです。……組織なのです、仕方のないことでしょう?」

雪乃「壮行会もすぐに行いたいのですが、……何分、こういう職業上、スケジュールが合わない上に、その……読めなくて」

海未「……ふふ、構いませんよ。この業界から去る訳でもありませんし、同じ傘下ではないですか。仕事をする機会も多いでしょう」

雪乃「……ええ」

海未「……その、にこと穂乃果は?」

雪乃「二人とも海外に旅番組のロケに行っていて、しばらくは帰りません」

海未「……ああ、そうでした。だから昨日も……どうして忘れていたのでしょう」

雪乃「………………寂しくなります」

海未「……ありがとうございます。もう、雪ノ下さんはちひろさんに負けない立派な戦力です。私は誇らしいですよ」

雪乃「入社したころからお世話になっていたのに、何も返せなくて……」

海未「……では、私の代わりに、新しく入ってくる子に良くしてあげてください。……諸星さん、という方だと聞いています」

雪乃「……はい。全力を尽くします」

海未「ええ。それがいい。期待していますよ」


海未「――私のことなら大丈夫。大丈夫ですから」




311 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:43:43.18 ID:BqstzqO00

海未(今もずっと口にするその言葉。思えば使うようになったのはあの時からだったのかもしれません。その言い聞かせるような文言は目の前の人間に向けたようで、その実誰に言い聞かせるためのものだったのか)

海未(九月も半ば。夏を冷酷に断ち切ったように涼しく悲しい秋のことでした。枯れ落ちた紅葉を踏みしめるその音が、頭の中で鳴りやみませんでした)

海未(事務所が変わっても仕事は来ました。それはとてもありがたいことで、私は変わらず目の前の仕事に全力を注ぎました。私は特別なアイドルではないから、そんなことしかできません)

海未(私のレッスンの方法は変わりません。プロの方の指導を受けて、自分の反省点を洗い出す。そうしてその日の内容をノートに書いて、自己反省も書き連ねる。そしてそれを意識しながら個人レッスン。その内容ももちろんノートに書く)

海未(私だって練習が嫌な時もあります。でも、武道では一日怠ると一週間の遅れが出ると言います。鍛錬を欠かすことはできません。……だから私は、鍛錬の初め、いつもμ'sの曲を踊るのです)

海未(どのようなプロの作曲家の提供を受けても、やはり私が一番好きな曲は真姫が書いたμ'sの曲であることは変わりません。この曲を踊ると、いつでも私はみんなと一緒にいたあの輝かしい瞬間に戻ることができるから。だから、私は今この瞬間もμ'sの曲は全て踊ることができるのです。……恥ずかしいから、誰にもナイショですけど)

海未(変わったプロデューサーはいい人でした。女性ですが業界も長く、処理能力も高い。申し分のない人でした。しかし、彼女は左指に光る婚約指輪を私に見せると、今年一杯なのよと申し訳なさそうに、けれど恥ずかしげながらも幸せそうに笑うのでした)

海未(学生という身分のこともあり、結婚などどこか他所の世界のことだと考えていた私には少し衝撃でした)

海未(……結婚ですか。というよりできるんでしょうか、アイドルが。……穂乃果も、ことりも、いつか結婚するんでしょうか。好いた殿方と。……この世で一番愛すべき相手と)

海未(その時、私は二人の傍にいられるんでしょうか。一番好きな人が出来たとしても、私の為の心の空室は残されているのでしょうか。今でさえ、二人は仕事の山で会えないというのに)

海未(カバンの中の携帯電話を見つめて、目を閉じる。……二人からの連絡は何もないままでした)



<一年前、十月末日。幕張ヘッセ控室>

『園田 海未 VS 高垣 楓』
 18,346Points 32,445Points


海未「お疲れ様です。……見事でした、高垣さん」

楓「あ、海未ちゃん……。ありがとう、ね」




312 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:45:18.58 ID:BqstzqO00

海未「Aランク、昇格おめでとうございます。……私も負けている場合ではありませんね」

楓「……海未ちゃんは強いんですね。おばさんなら負けた後なんて拗ねて居酒屋で日本酒ですよ?」

海未「高垣さんは勝っても負けてもお酒ではありませんか?」

楓「ふふふっ、バレちゃった? あんまり飲んでるのバレちゃうと、プロデューサーに怒られるから内緒よ?」

海未「良いことを聞きました。ジョーカーとして手札にしておきますね」

楓「海未ちゃんはジョーカーいつも残っちゃうんでしょう? うふふ」

海未「なっ、誰から聞いたのです!」

楓「なーいしょ。ふふふっ。……ねえ、海未ちゃん。この後予定は?」

海未「この後ですか? いえ、何もありませんが」

楓「じゃあじゃあっ、おばさんと居酒屋でババ抜きしましょう?」

海未「……まだおばさんって歳でもないでしょう。あと誘い方が下手すぎです」

楓「わたしがっ、おばさーんになーってもー♪ ……海未ちゃんは、お酒飲まなさそうだもんね」

海未「……ふふ。付き合いますよ」

楓「え。本当ですかっ?」

海未「なんですかその顔は。私だってお酒ぐらい飲めます! ……強くないですけど」

楓「わーいっ、やったやった! じゃあ私がお勧めのところに行きましょう! あそこはマスコミも嗅ぎ付けてなくて、とてもゆっくりできるんですよ。……あ、でも、本当にいいの?」

海未「アイドルだって、お酒が飲みたい夜もあるのです」

楓「……そうね。よし、行きましょう。プロデューサーに言ってくるからちょっと待っててくださいね? 帰っちゃダメですからね? ねっ?」

――ばたんっ。

海未「ふふっ。大きな子供なんですから。……穂乃果みたい」

海未「……お酒で嫌なことって、忘れられるんでしょうか」

海未(移籍して初のライブバトル。勝敗は負けでした。できることを全てつぎ込んだつもりだったのですが、高垣さんの方が何枚も上手だったのでしょう。……鍛錬が足りない、また見直さなければ。大丈夫。私は、大丈夫です)

海未(その日、私は久々にお酒を飲みました。高垣さんは化け物でした。沼でした)

海未(私は吐くほど飲みました。本当に、人生で初めてたくさん飲みました)

海未(吐くほどというのはものの例えです。だってアイドルは吐きません。トイレにも行かないのですから。……だから、トイレで吐くアイドルなんてそれはフィクションであり実際の人物や団体その他もろもろには影響しないのです)

海未(……とりあえずその日に学んだことは、お酒で何かを忘れることなんてできないどころか、忘れたいことが増える、ということでした)

海未「うう……海の藻屑となってしまいたい……」

楓「あっ、駄洒落ですか? そんな面白いことが言えるなら大丈夫ですね?」

海未「……バッド飲みニケーションですぅ…………」バタッ

楓「あっ、海未ちゃん? 海未ちゃーん?」

海未(あれ以来、高垣さんの誘いは断るようにしています)



314 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:47:41.06 ID:BqstzqO00

放送作家「……残念です。……局自体が、大改変を行いたいようでした」

海未「……終了。……そうですか」

放送作家「切り抜けられたのは三浦あずささんのラジオくらいです。あのラジオ上手の美嘉ちゃんや、なんなら萩原雪歩さんの番組でさえ年内に終了になったんです」

海未「城ヶ崎さんのラジオが……」

放送作家「園田さんのせいではありません! レーティング自体はとても良かったですし、特に年配の方からの支持率は日本一でした! これはアイドルのラジオではありえないことなんですよ! ……本当に、不運だったとしか。……申し訳ありません」

海未「……ふふ、お気遣いありがとうございます。なぜ作家さんが頭を下げるのですか」

放送作家「……こんな、移籍などで大変な時に……」

海未「その気持ちだけで十分に嬉しいですよ。仕方ありません、全ての事物には終わりがあるのですから。終わらないレギュラーなどありませんよ」

放送作家「…………」

海未「私なら大丈夫です。さあ、終了までの年末まで、私たちはやれることをやりましょう。……そして機会があれば、また一緒に仕事をしましょう?」

放送作家「……はい! そうですね! 私も、それまでにもっと腕を磨いて権力を手に入れますよ。全てのラジオに影響力を与えます。そしていつか、園田さんを救います。約束です」

海未「ふふ、何ですかそれ。……期待していますね」

海未(色んな事が、螺旋のように渦巻き合っていました。私はただそれに飲まれていただけのような気がします)

海未(十一月。二回行われたライブバトルは、全て敗北を喫してしまいました。……番組の終了に心を痛めていたことも、事務所の移籍で慣れぬ心労があったことも、原因の一つではあったのでしょう。……もっと強くならなければ。プロなのですから、いかなる状況でも結果を出し続けないといけないのに。どうにかしなければ)

海未(鏡の前で踊り続け、歌い続け、トレーナーさんに見てもらう。記録する。そして修正、また自身に問い直す。足りないものはなんだろう?)

海未(いつものようにμ'sの曲を舞う私の脳裏に、みんなのことが浮かびます)

海未(……駄目です。みんな、社会人として頑張っているのです。私などがその足を引っ張るのはあってはならないことだから)

海未(それに私はプロなんです。一人でも、……穂乃果たちが傍にいなくても。自分で自分を立て直さねば、話にならないのですから)

海未(ああ、それにしても……苦しい。毎日とは、これほどまでに息苦しいものだったでしょうか)

海未(……誰か、助けてくれないでしょうか。それこそ、そうだ。私の手を取ってくれるような、白馬の王子さまがいればいいのに――)

海未(鏡に映る弱々しい自分を見て、涙がこぼれそうになりました。けど、ぐっと堪えます)

海未(なんて弱いのでしょう、私は。栄えある美城に名を連ねる存在だというのに)

海未(そういえば、聞いたことがある。白馬の王子さまが自分を救って世界を変えてくれるのだと心の中で潜在的に待ち望む女性は、シンデレラシンドロームに罹患しているのだと)

海未(……哀れな灰被り姫。意地悪なおばさんなんていないのに。落窪の姫君は、今日も助けての一言が言えない)

海未(年度末。あの日は確かクリスマス。街に雪が降りゆく中、私に積もるものは黒星ばかり。私はいわゆる、どつぼというものに足を踏み入れてしまったのでしょう。……人の口に戸は立てられないもの。ネットというものに疎い私でも、時折耳にする心無い言葉の数々)


『園田海未はどうした。移籍後全然じゃね?』
『何言ってんだ。今はもう双葉杏ちゃんの時代だよ』
『園田海未はオワコン、ってな。ハハハ』

海未(言葉も雪も重責も、肩に積もってゆくばかり)

海未「ふりゆくものは、我が身なりけり……か」



315 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:49:25.80 ID:BqstzqO00


海未「……本当は。ほんとは平気じゃないんです。……大丈夫なんかじゃないんです……」


海未「…………誰か……」


海未「……だれか、たすけて…………」

海未(契約更新に来いと言われた事務所の入り口の前で、私は傘も差さずに雪と感情に身を任せていました)

海未(……すると、急に雪が止んだのです。いや、それは正しくない)


海未(――何者かが、私の頭上に傘を差しだしたのです)



「――うん。ちょっと、待ってて?」


海未「……え?」

戸塚「必ず助けるから、待ってて」

海未(その日は確かクリスマス。私が良い子だったかどうかはわかりません。サンタさんはいないことだって知っています。なのに、私が願ったからですか?)

海未(目の前に現れた彼が、あの日私には)

海未(――白い王子さまのように見えたのです)




316 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:50:44.42 ID:BqstzqO00

<現在、十月初頭>


みく『いつもだったらこのお時間はコーナーをするところなんだけどっ、楽しみにしてた人ごめんにゃさい! 今日はちょっとお伝えすることがあるにゃ。だからちょっとだけみくにお時間ちょうだいね? ……いや、別にコーナーがなくなってほっとしてるわけじゃないよ? ……にゃっ!? もうホース持ってこないでよ! カレーうどんは食べないからっ!!』


みく『ああっ、もう。話がそれちゃったにゃ。えっとね、まず告知! 十月の末、ライブバトルの前日だね。なんとその日に346プロダクション合同ライブが行われることになりました! 場所はパシファコ横浜! ……もう情報出てるから知ってる人は知ってるのかにゃ? えっとね、みくもそれに出ます。それとこのラジオでよく名前が出る渋谷も。……それから、パッションプロのみんなだって』


みく『本当に急に決まったライブなんだけど、みくはこのライブとっても楽しみにしてるにゃ! 渋谷と共演するのだって楽しみだし、楓さんも、穂乃果さんも、……それから海未さんも! みんな、みーんなこのライブに出るんだよ! あと、なんか噂によるとそれだけじゃないみたいだにゃ。これは広告戦略とかじゃなくて、本当にみくたちアイドルにも何も知らされてないの。続報あるのかにゃ? ……みくも知っときたいんだけどなぁ』


みく『でね、確かにすごく重要なライブなんだけど、どうしてわざわざラジオで時間取ってまでこのことを言ってるかというと、みんなに協力してほしいことがあるからなの! ……それは何かというと、言えません! ……はい、スタッフさんいいズッコケありがとう。本場でも通じるよそれ』


みく『いや、これ本当にボケとかじゃなくて、言えないにゃ。言霊じゃないけど、名前を呼んだらバレちゃうから。……ヴォルデモートちゃうわ! イクスペリアームズ! ああっ、また逸れた! もう、作家さんはちょっと黙ってろにゃ! ……でも、言えないだけだから、書くことはできるの。だから、今放送を聞きながら携帯やパソコンを触っているみんな! 今すぐ番組公式ホームページやみくのツイッターを見てほしいの!』


みく『みんなの力が必要です。本当によろしくお願いしますっ! ……よしっ、早めに切り上げるにゃ。バレちゃだめだからね。クールに去るにゃ。……それにしてもスピードワゴンって最近お笑いで見ないよね。家なき子になっちゃったかにゃ?』


みく『はい! ……あれ、時間余ってる。えっ!? コーナーやるの!? もう今日は良くない!? ……え? このコーナーだけメールが千通越えてる!? ちょっ、もう、ほんまにふざけんなや!! あっ、違う、ふざけるにゃー!!』




317 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:53:24.55 ID:BqstzqO00

<同日、346プロタレント養成所:レッスン室201>

星空凛「ほらどうしたにゃ! 立て! 立てよポッター! そんなんじゃ世界目指せないよ! 世界世界って言うけど世界甘く見んなよ! 熱くなれよ! お米たべろ!」

卯月「ルキさんが……ルキさんが恋しいです……」

未央「週一の査察なんていらないよう……!」

凛「ふふっ。やっぱりレッスンはこうじゃないとね」

未央「……しぶりんって、ドM気質?」

卯月「アスリート気質って言おうよ……」

――かららっ。

八幡「うす。おつかれさん」

未央「ハチくん助けてっ!! 凛さんがいじめるのっ!」

八幡「良かったな。そのうち快感になってくるだろ」

卯月「今日はずっといらっしゃるんですか?」

未央「スルー……。あれ、ちょっとクセになるかも……」

八幡「いや、すぐ出ないとダメでな。……星空」

星空凛「にゃ?」

八幡「ちょっと食堂まで顔かしてくれ」


八幡「――と、いうわけなんだが」

花陽「はわあ……」

星空凛「そ、そんなことして大丈夫なの?」

八幡「大丈夫だ。ちゃんと勝算もあるし予算も回収する。……あとは、お前ら次第だな」

花陽「やります! やろう、凛ちゃん」

星空凛「……かよちんなら、きっとそう言うと思ってたにゃ!」

星空凛「うん、やる! ……うーっ、テンション上がるにゃー!!」

八幡「……助かる。とりあえず、戸塚に話を通しておくから連絡をとるようにしてくれ」

星空凛「凛、場所のおさえとかならいつでもできるからそっちは任せて!」

花陽「わたしはお客さんで協力できそうな人がいたら、その人にお願いしますね。……美希ちゃんにもお願いしてみます!」

八幡「お前、餌付けに成功したのな……」

花陽「おにぎりは世界を救います!」

八幡「……いい部活だよ、ほんと」




318 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:54:33.99 ID:BqstzqO00

<同日夜、貸出レッスン室402>

海未「あの後思い切ってさぼってみたのに、もう自動的に足が向くなんて……」

海未(習慣とはなかなか抜けないものです。一日三時間はレッスンをしないと、歯を磨かずに寝るような気持ち悪さを覚えるのです)

海未「……これが最後なのです。なら、最後くらいは有終の美を……」

――ばたん!

星空凛「やーっはろー! 海未ちゃん、久しぶりーっ!」

海未「きゃあっ!? ……り、凛!?」

星空凛「人の顔見てなんで来たみたいな顔するの辞めてほしいにゃ。ニュージェネの子たちといい結構傷つくにゃ……」

海未「あ、いえ……。仕事はどうしたのです?」

星空凛「今日はもう終わり! トライアドの二人を今日も特訓してきたよ!」

海未「ああ、あの新人の……」

星空凛「だーかーら。今日は、海未ちゃんのレッスンを見に来たにゃ」

海未「え……?」

星空凛「むっ、何その顔! 昔ならまだしももう凛はプロなんだからね! どんどん頼りにしちゃってにゃ」

海未「……ふふっ。変な感覚ですね」

星空凛「……ふーん。レッスン後に笑えてるといいね!」


<数日後、早朝。パッションプロダクション事務所>

海未「おはようございます……あれ?」

戸塚「……あ、おはよう」

海未「は、早いですね?」

戸塚「うん。朝マックがしたくてねー。あの安いコーヒーが好きでさ」

海未「それにしては少し早すぎる気がしますが……?」

戸塚「久しぶりだから時間覚えてなくて。……今日のスケジュールは把握できてるかな?」

海未「あ、はい。一応は」

戸塚「そっか、じゃあよろしくね。話しておいた単独の演目表、机に置いておくね。ぼくは今から外回り行ってくるから。それじゃね」ガタッ

海未「……はい。ええっと、これですね」

海未「……ええっ!? こ、これ、大丈夫なんでしょうか。私は歓迎ですけど……」

海未「……ああ。最後くらい、好きにやらせてくれるということなんでしょうね……」

海未「……確認が終わったし私も行きましょうか。……あれ? 空き缶?」

海未「……うちの自販機にもんすたーなんてありましたっけ?」




319 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:57:12.66 ID:BqstzqO00

<同日、深夜。346プロタレント養成所レッスン室305>

絵里「い、息切れが……。もう、おばさんなのかしら……」

ことり「うう……身体が柔らかいの、じまんだったのにぃ……。痛いよぉ……」

希「…………無理……」

にこ「なぁに? まだ何もしてないじゃない。やーい! ドム!」

希「……終わったら……わしわし決定…………やからね……」

穂乃果「これはいきなり全体練習は無理っぽいねー?」

星空凛「習熟度別に分けたほうが良さそうだにゃ。はいっ、自主練用のメニュー!」

絵里「……めまいがしてきたわぁ」

――がちゃ。

真姫「ごめんなさい。遅くなってしまったわ」

凛「……うわぁ、すごい。本当にオールスターなんだね」

にこ「あれ、凛も来たの? ……その背中に背負ってるものはなに?」

凛「これ? ……ふふっ。秘密兵器だよ」

花陽「みなさーん! お夜食作ってきましたよー!」

希「食べるっ!!」

にこ「……朝青龍」ボソッ

希「……にこっちぃ。そんなに座布団みたいに空飛びたいー?」

絵里「の、希。抑えて抑えて」

ことり「……あ。今西武線全滅したよー?」

穂乃果「かえ~れない~♪ かえりたくないぃ~♪」

星空凛「ホテル柔道場はいつでもウェルカムにゃ!」

真姫「あぁぁ……誰よ深夜練やろうなんて言い出したバカは!」

にこ「時間合わないんだから仕方ないでしょ? ……そんなこと言ってきっちり来てるくせに」

真姫「……だって、海未ちゃんのためじゃない」

穂乃果「……ふぅーん」

真姫「ちょっとぉ!! 何よみんなしてニヤニヤして! イミワカンナイ! 早く練習始めるわよ!!」



320 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:57:56.89 ID:BqstzqO00

凛「……ふふっ」

絵里「凛ちゃん、どうかした?」

凛「こういうの、いいなぁって。……μ'sって、いいチームだね」

絵里「ええ。世界一ね」

凛「絵里さんって本当にダンス上手だよね。びっくりしちゃった」

絵里「そ、そう? まあ、子供のころからやってるし……」

凛「絵里さんがアイドルじゃなくて本当に良かった。ライバルはいない方がいいもんね」

絵里「……そういうの口に出すようになっちゃって。目が腐るわよ?」

凛「あははっ。……でも、アイドルにならない今も、結局ライバルになっちゃったね」

絵里「……そう、ね」

凛「……私ね。負けるの嫌いなんだ。だから、誰にも負けないよ」

絵里「μ'sは地上最強のアイドルよ? 誰にも負けないんだから」

凛「そうやって胸張るのやめてくれるかな。物理的に勝てないんだけど……」

絵里「……結構チラチラ見てくるのよね。すぐ逸らすけど。……ふふ、かわいい」

凛「量より質だから。質だからね。腰とか私の方が細いもん。うなじとか結構見てくるんだからね」

絵里「……会話の内容が結構病気よね、これ」

凛「治らなさそうだし。困ったなぁ……」

絵里「……ふふ。とりあえず、今だけは勝負は置いておきましょう?」

凛「うん。そうだね。……真姫さーん」

真姫「アップは終わったわ。いつでもどうぞ」

絵里「よーし。……アイドル辞めるぅ? 認められないわぁ」




321 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 00:59:38.48 ID:BqstzqO00

<数日後、朝。キュートプロダクション事務所>

卯月「それでは行ってきますね! 今日も頑張りますっ♪」

きらり「プロデューサーもぉ、今日もハピハピな一日になるといいにぃ☆」

雪乃「ええ。行ってらっしゃい。……ふぅ」

杏「幸せが逃げるぞー」

雪乃「諸星さんがその分はぴはぴしてくれるから大丈夫よ」

杏「その発言、大分疲れてるのわかってる?」

雪乃「……あなたはそのうさぎの椅子に座って寝て一日を事務所で過ごすのをやめなさい。昨日も夜遅くまでここにいたでしょう」

杏「寝て起きて寝る……それが私の生き様だっ!」

雪乃「……頭が痛いわ」

杏「……メイク、濃いよ。見る人が見たらばれちゃうと思うね」

雪乃「……相変わらず小癪ね」

杏「ヒマしてるからねー。人間観察くらいしかやることないもの」

雪乃「ヒマにしてるのはあなたでしょうに」

杏「……ねえ、どうしてそこまで頑張れるの? そんなに仕事できるんだからほどほどでいいじゃない。杏と一緒にダラダラしようよー。早死にしちゃうよー?」

雪乃「……私、最初は仕事なんてまるでできなかったでしょう?」

杏「……そういえば、そうだったねぇ」

雪乃「思い出すだけで寝台で頭を掻きむしりたくなるのだけれどね。だからたくさん人に迷惑をかけたわ。……たくさん人に、武内さんに、ちひろさんに、……海未さんに。助けてもらったの」

雪乃「私はあの人にまだ何も返せていない。……頂いたものをお返しするのは当然じゃない」

杏「……眩しいなぁ」

雪乃「え? 何か言った?」

杏「んーん。で、それが理由の八割なんだね。残りの二割がひっきーの頼みだからだ」

杏「惚れた弱みってやつー?」

雪乃「……な、なにを言って」

杏「みんなみんなわかりやすすぎだよね。プロデューサーは詰めも甘い。……隠したいならそのシュシュと眼鏡だけじゃなくて、携帯の待ち受けも隠さなきゃ。あとはおうちにあるスプラッシュマウンテンの写真。惚れてまーすって言ってるようなもんじゃん」

雪乃「……ひとつ、間違っているわ」

杏「えー?」

雪乃「……別に隠してはいないのよ。言わないし、言えないし、言えなかっただけで……」




322 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:01:47.71 ID:BqstzqO00

<同日、昼。テレビ局>

海未「お疲れ様でした。失礼しますね」

伊織「お疲れ様。やっぱり、海未さんに任せると安心ね。ゲストの方も安心してたみたいだったし」

海未「いえ、そんな」

やよい「そうですー! 私、海未さんみたいなお姉ちゃんが欲しかったなーって!」

伊織「やよいもこう言ってるんだし、素直に褒められておきなさい?」

海未「……はい。ありがとうございます」

伊織「次のライブバトルはいつ出るの? 海未さんが出なかった先月の千早と雪歩の落胆ぶりったらなかったわよ」

海未「あ。い、いや、その」

やよい「……もしかして、おからだの調子が良くないんですか?」

海未「い、いえ! そんなことありません! 身体は大丈夫ですから!」

やよい「ほんとですか……? おだいじにしてくださいね!」

やよい「私、ずーっと海未さんとアイドルしたいですからっ!」

海未「うう……! し、失礼しますっ!」ダッ


伊織「行っちゃったわね。……身体は大丈夫、か」

やよい「うー……心配です……」

伊織「あ、そうだ。ちゃんと報告しておかなくちゃね」

やよい「指示にアドリブ利かせちゃったんですけど、とりあえずあんな感じで大丈夫だったんでしょうかー?」

伊織「……ほんとこの子の純情まで利用するなんて、見た目からは想像もできないわ……」


<同日夜、346タレント養成所レッスン室102>

海未「ふう。今日は撮影も早めに終わりましたし、九時くらいまではできるでしょうか……」

――こんこん。

海未「? ……はい!」

花陽「海未ちゃん、こんばんは!」

海未「花陽……? どうしたのですか?」

花陽「うん、たまたま、海未ちゃんがレッスン室に入っていくの見えちゃったから。あのね、もう晩ご飯食べたかな?」

海未「あ、いえ。そういえば今日はトーク番組の収録から雑誌の撮影まで合間がなかったので、何も食べていませんね」

花陽「だよねだよね! だから、海未ちゃんの為におにぎり作ってきたんだよ。良かったら食べてくれませんか?」

海未「……だよね? あ、ありがとうございます。わあ、暖かいですね。作りたてですか?」

花陽「うんうんっ! ちゃんとタイマーした炊き立てのご飯ですっ! この時間が命なんですっ! 暖かいうちに! ぜひっ!」

海未「ありがとうございます。それでは少し休憩にさせていただきますね」


海未「……美味しい。花陽のごはんは本当においしいですね」

花陽「本当? そう言ってくれるとすごくうれしいです」

海未「油断すると太ってしまいそうですねぇ。……体重が増えると身体の感覚がおかしくなってしまうので、注意しませんと」

花陽「……海未ちゃん、すごいなあ」

海未「? 何がです?」

花陽「穂乃果ちゃんなんて好きなもの好きなだけバクバク食べてるのに、ストイックですごいなぁって」

海未「ふふ。穂乃果は特別ですからね。私は特別ではないので、こういうところで頑張るしかありません」

花陽「……あのね、海未ちゃん。わたしはね、アイドルが本当に好きなんです。みんなを笑顔にできるアイドルが本当に大好き」

海未「知っていますよ。常人など比ではないほどの熱量でしたからねぇ」


花陽「……そんな私が、どうしてアイドルにならなかったと思いますか?」



323 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:03:25.50 ID:BqstzqO00

海未「あ……」

花陽「色々な理由があるんです。わたしはアイドルが好きだけど、でも、わたしが思っているようなすごいアイドルにわたしがなれるのかなって思うと……怖かった。勇気が出なかった。それでご飯を食べていけるような人間になれる自信がなかったんです」

海未「……」

花陽「でね、わたしが今の仕事をしてる理由。……わたしはね、ごはんを作るのが好き。でも、もっと好きなのは、わたしのご飯を美味しいって食べてくれる人の顔」

花陽「その笑顔を見るとね、わたしは生きてて良かったーって思うんです。また明日も頑張って生きるぞーって思うんです」

海未「ええ……」

花陽「だから、わたしは考えたんです。わたしはわたしのできるやり方で、みんなを笑顔にして生きていこうって。……それからもし、わたしの作った料理をアイドルのみんなが食べてくれて、笑顔になってくれて、元気が出て、それでもっとたくさんの人たちを笑顔にしてくれたら、こんな幸せなことはないんじゃないかなって」

花陽「だからわたし、いーっぱい勉強して頑張って頑張って、それでようやく今のお仕事に就けたんです。……まだまだ半人前なんですけどね、えへへ」

海未「……花陽は、すごいですね」

花陽「ううん、こんなの全然凄いことじゃないんです。ただ、好きだからそうしてるだけで」

花陽「……ねえ、海未ちゃんもそうじゃないのかな? ……本当に、自分が特別じゃないからってだけで、それだけで頑張れるのかな?」


花陽「無条件に頑張れるのは、好きだからじゃないのかな?」

海未「……私、は…………」

花陽「……わたしは、このお仕事に誇りを持って生きてるんです。だから、わたしの料理を食べた人にはみーんな元気になってもらいたい。笑顔になってもらいたい。……そして、もっと多くの人を笑顔にしてほしい!」

花陽「そうして、一人でも多くのアイドルに長く強く輝いてもらいたい!」

海未「……!」

花陽「海未ちゃん、わたしのおにぎり食べましたよね? ……だったら、ずっとキラキラしてもらわなきゃ」

花陽「……海未ちゃん。アイドル、辞めないで?」

海未「…………花陽。どうして……それを…………」

――ばたんっ!

星空凛「感動的なシーンのところお邪魔するにゃ! 星空ハートマンの登場にゃー!」

海未「り、凛っ!? またあなたですかっ!?」

真姫「今日は凛だけじゃないわよー」

海未「……真姫!? し、仕事は!?」

真姫「あのねえ。華の女子大生が四六時中仕事ばっかしてるわけないでしょ」

花陽「もうっ。二人とも、遅いよ?」

星空凛「ご、ごめんにゃ。ライブに向けてニュージェネの子たちを見てたらつい熱くなっちゃって……」

海未「……あの。いったい三人は何の話をしているのです?」

星空凛「それはね! お前を食べるためさぁ!」

真姫「はいはい、馬鹿なこと言ってないで練習するわよ。ピアノ借りるわねー」

花陽「海未ちゃん。わたしたちはね、海未ちゃんのレッスンを手伝いにきたんだよ?」

海未「え……?」

真姫「当日は生演奏でしょ。練習もその方がいいに決まってるじゃない」

星空凛「今日も君が泣くまで練習をやめないにゃッ!」

海未(花陽は、その暖かな手を私に向かって差し出しました)

花陽「海未ちゃん、みんなでがんばろ?」



324 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:05:22.08 ID:BqstzqO00

<翌日早朝、パッションプロダクション事務所>

海未(撮影の台本を置き忘れるとは、なんたる不覚。プロ失格です……。こんな早くに事務所が空いているはずはありませんが、うう、どうか都合よく開いていてはくれないでしょうか)

――かちゃ。

海未(……あれ? 開いている?)

戸塚「…………」

海未(……戸塚くん? もしかしてこれ、眠っているのですか? なんと珍しい)

海未(……相変わらず、殿方とは思えない美しさですね。睫毛も長くて……本当、妬けてしまいます)

戸塚「……ん。あれ……。やばい……寝てたのかぁ…………」

海未「……あ。お、おはようございます」

戸塚「……ん。……はよー…………」

海未(それはなんとも彼らしくない様子でした。髪の毛はぼさぼさになっているし、目は半開き。女の子のようにあどけなく綺麗に通る声は、土に触れたように低く濁っていました)

戸塚「……どうしたの。……辞表、破く気になった……?」

海未「撮影に必要な台本を置き忘れてしまいまして。今週から新しい方に変わるのを忘れていました」

戸塚「……そっかぁ。今日もそっちには行けないや。……ごめんね」

海未「……あの、大丈夫ですか? 体調が悪そうに見えて心配なのですが」

戸塚「……いい機会だからやり返しておこうかな」

海未「え?」

戸塚「ぼくなら大丈夫。大丈夫だから。ぼくなんかに心配する時間があったら、他の人のことを心配してあげてよ」

海未「っ!」

戸塚「……ふふ。似てるでしょ。だって、ずーっと隣で見てきたからね」

戸塚「……どうかな。言われた方の気持ちは。……園田さんはいろんなことがわかるけれど、どうもそれだけはわからないようだったから」

戸塚「たまには、人の気持ちもちょっと考えてほしいかも。あはは」


<同日、夕刻。346タレント養成所レッスン室401>
海未(彼に言われた言葉が、一日中頭から離れませんでした。……もやもやする。こんな気持ちで、大事なテレビの収録に行きたくはありませんでした)

海未(幸い、夜まで時間はあります。こんな時は身体を動かすに限る。……雑念が消えてくれていい)

――こんこん。

海未(……ちょっと待ってください、またですか? 流石に、何かおかしくないですか?)

海未(……いいでしょう。とっちめてやります)

海未「またですか!? いったい何のつもりですか!?」


春香「え、えっ!? いやあのそのっ、ごめんなさいっ!」
美希「いきなり怒られて流石のミキもビックリなの……」
千早「アポなしだもの。確かに失礼よね」


海未(この後、驚きのあまりしばし放心します。綺麗な景色の映像を見てお待ちください)



325 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:08:03.63 ID:BqstzqO00

美希「……驚いたの。近くで見ると、こんなにすごいなんて……」

春香「うう。励ましに来たつもりが逆に凹まされてる気がする……」

千早「当然よ。彼女を誰だと思っているの? 園田海未さんよ?」

海未「……あの。あなたたちに言われても、嫌味にしか聞こえないのですが……」

春香「そんなことありませんっ! 海未さんは本当に本当にすごいですっ!」

美希「……投票ポイント、詐欺られてる気がしてきたの。黒井のおじさんが票買ったりしてるんじゃないの?」

千早「ここまで私を魅了しておきながら、引退なんてありえないです。海未さん」

海未「……前々からおかしいと思っていたんです。その情報、どこから得たんです?」

春香「か、風を伝って、私たちの心に……!」

美希「海未さん、答えは鏡の中にないの。ステージの上にあるの……!」

海未「……抽象的なことを言ってごまかそうとしていませんか?」

千早「海未さん、声の出し方ですが、歌詞の解釈によって身体のどこを使うかを意識するといいのかもしれません。例えばこの部分だと――」

海未「あ、ちょ、ちょっと待ってください! 今ノートを出しますから――」


春香「本当だったんだねぇ、噂のノート……」

美希「なの。ミキには地軸が横倒しになっても真似できないの……」

千早「……ああ、海未さん。私も頑張らなくては……」

美希「……千早さん、目がハートなの。やよいを見てるときとはまた違うヤバさなの」

春香「……最後のアレ、良かったのかなぁ」

千早「ねえ、事務所に戻る前に雑貨屋に寄ってもいいかしら? 額縁を買うわ!」キラキラ

春香「サインをもらう代わりに、情報の出どころのヒントを出すって……」


<ライブ三日前、夜。クールプロダクション事務所>
戸塚「……よぉし。これで、もう、明日リハしてリークするだけだね……」

八幡「ああ。例のアカウントの方は十分すぎるくらいだ」

戸塚「あっちの方も大丈夫。正直多すぎてバレそうだったからキュートプロダクションのほうに移動させたよ。……あとは、当日、みんなの頑張りに任せるだけ……」

八幡「……ああ。疲れたなぁ……」

戸塚「……本来年間計画にないライブだからね。……ああ、本当、二度とやるもんか」

八幡「スポンサー様様だよな。……お前……寝れてる……?」

戸塚「……人間って、二徹三徹しても動くものなんだねぇ。……ああ、眠いよ。今日は帰ってお風呂入って寝てやる……」

八幡「……ひでえ顔。目が腐ってるぞ」

戸塚「……いっつもこんな気持ちだったんだね。言わないようにするよ」

八幡「……今のお前は、……正直、かっこいいわ。本当に」

戸塚「……そっか。……そっかぁ。嬉しいなぁ……」

戸塚「君にその言葉を言われたくて、生きてきた気がするよ。……危ない発言かな、これ?」

八幡「……奇遇だな。俺も、お前の染色体が一個違えば、本格的に危なかったよ」

戸塚「ふふ……ごめん。……好きな人が、いるんだ」

八幡「そうかよ。……あーあ、振られちまった」

戸塚「……八幡は?」

八幡「…………まだ、怖い。でも……もう少しで、越えられる。……そう思ってる」

戸塚「……そっか。やっぱり、生きててよかったよ」



326 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:09:18.08 ID:BqstzqO00

――ぶーん。ぶーん。ぶーん。

八幡「電話か?」

戸塚「うん。……お姫様からだ」

八幡「ま、確かに多少派手に動きすぎたわな」

戸塚「そうだね。……でも、今日までもってくれてよかった。お蔭でカッコつけられる」

八幡「……出てやれよ。また当日にな」

戸塚「うん。ばいばい、八幡」

八幡「ああ、お休み。彩加」

――ぴっ。

戸塚「はい、戸塚です」

海未『……園田です』

戸塚「何か用事かな? ……ぼく、ねむいんだけど」

海未『……何か私に、言うことはありませんか?』

戸塚「ある。アイドル、辞めないでほしい。ずっとぼくとトップアイドルを目指そうよ」

海未『……最近、ずっとおかしいと思ってたことがあるんです』

戸塚「……へえ」

海未『行く先行く先で私がアイドルを辞めようとしていることがバレていました。放送作家さん、ディレクターさん、レコード会社の社員さん、カメラマンさん、同じ346のアイドルさん。μ'sの仲間。……あまつさえはなんと、あの765プロの皆さんにもです』

戸塚「……そっかぁ。どこから聞きつけたんだろうね」

海未『……それだけならまだ違和感はありません。おかしいのは個人レッスンの時です』

海未『私が個人レッスンに入ろうとすると、いつも凛が現れます。真姫が来る時も、花陽が来る時もありました。……撮影と収録の合間の時間でレッスンをしようとした時なんて、あの765プロの如月さんたちが私に会いに来たんです。……花陽なんて、私がレッスンに入る時間に合わせてタイマーでお米を炊いていました』

戸塚「…………」

海未『誰かが私の手札を見ている。……誰か、私のスケジュールを完全に把握している者が、指示を出して私を包囲しているのです』

海未『……ジョーカーは、あなたしかいないではありませんか』

戸塚「……ふふ、じゃあここはお決まりのセリフだね。『大した想像力だ、もしもアイドルを辞められたら小説家にでもなるといい』」

海未『……みんな。みんな私に言うのです。混じり気のない、澄んだ瞳で』

海未『「あなたを尊敬しています。辞めないでほしい」と……』

戸塚「……こんな搦め手は嫌だった?」

海未『……ふざけないでください。こんなっ……こんなことをされたら……わたしは……』


海未『……うれしいに、決まってるじゃないですか……』




327 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:10:26.14 ID:BqstzqO00

海未『……平気じゃなかった。大丈夫じゃなかった。……なのに、誰にも言えない自分がいた。努力を人に見せてはいけないと言いながら、誰かに褒められたいと思う私がいた! でも、一番の……願いは』

海未『そんな私を、誰かに見透かしてほしかった……』

戸塚「……」

海未『……ねえ。あなたは一体、なんなのですか……? どうして私にいじわるするのに、優しくしてくれるんですか……? ……私は、知りたいです』

戸塚「……その答えはね、電話じゃ言えないんだ」

海未『……どうしてです……』

戸塚「うーん。美学だから、かな? あはは」

海未『……またそうやって、私をからかう……』

戸塚「……ありがとう。知りたいって言ってくれて。嬉しいよ」

海未『……雪の日からのあなたは、いつもそう。大事なことほど優しい言葉ではぐらかして、裏側を見せてくれない。私を……女の子扱いする』

海未『……寂しいではありませんか。そんな時くらい、特別扱いしないでくださいよ』



海未『……もっと、いじめてよ……』




戸塚「……切るよ。どうにかなっちゃいそうだ」

海未『ま、待ってください。まだ何もあなたのことを聞いていません!』

戸塚「やだ、言わないよーだ。だって、自分のことをくどくど自分で話すなんて」

戸塚「そんなの、男らしくないじゃない?」




328 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:12:02.12 ID:BqstzqO00

<翌日夕刻、346プロタレント養成所:食堂>

ベテトレ「ふぅ……明日か。上手くいけばいいのだが」

ルキトレ「……あの、姉さん。お客さんです」

ベテトレ「ん?」

海未「失礼します。……その、今、よろしいですか?」


ベテトレ「君がレッスン以外で私に会いに来るなんて珍しい。大事な日なんだから明日に雨を降らせるのはやめてくれたまえよ?」

海未「そ、そこまで言わなくても……」

ベテトレ「それにしても君、リハはいいのかね? 明日は本番だろう?」

海未「逆リハだから私は最初の方に終わったんです。終わった後、体調管理を徹底しろと言われてすぐに帰されました。……なんだか珍しいことですが」

ベテトレ「ああ……なるほどな。納得だ」

海未「講師室に行ったらルキトレさんしかいなかったので、取り次いでもらいました。……今日は凛は休みなのですか? そういえば、花陽の姿も見えませんね」

ベテトレ「星空は有給を消化している。小泉さんと合わせてどこかに出かけているのではないかな?」

海未「ふふ。相変わらず仲がいいですね」

ベテトレ「……それで、何を聞きにきたのかな?」

海未「……ベテトレさんは、戸塚くんのテニスチーム時代からの知り合いだと聞きました」

ベテトレ「ああ、そうだよ。私も昔は未熟だったのでね、テニスチームの方にトレーナーとして赴いて、修行を積んだんだ」

海未「……その、彼はどんな人だったのですか?」

ベテトレ「はははっ! ようやく聞きに来たのか。君は案外というかやはり奥手なのだな。もっと早く聞かれるのかと思っていた」

海未「なっ、なななっ、違いますっ! 破廉恥な気持ちはありませんっ! ただ、彼に直接聞いても何も教えてくれないから……」

ベテトレ「あー……やっぱりな。あの男は変なところで頑固だからな」

海未「本当に面倒くさいったらありません!」

ベテトレ「そうだな。君にそっくりだ」

海未「うぐ……」

ベテトレ「……君は何というか、本当に加虐心をそそるね」

海未「な、何を言っているんですか。……教えてください、どんな人だったのです?」

ベテトレ「……そうだなぁ、外見からは想像できないほどストイックな選手だった」

ベテトレ「練習を行わない日などなかったからな。心配で、会った日には必ず施術を受けてもらっていた」

海未「その、強い選手だったのですか?」

ベテトレ「……君はひょっとして、テレビやインターネットを見ない人かね?」

海未「あ、はい。家が厳しかったもので。今も、アイドル番組以外は見なくても特に困らないので……」

ベテトレ「そうか。彼は一時期、有名だったんだ」

ベテトレ「……彼は高校三年生の頃、全日本選手権に出場した。選抜にも選ばれていたな。我々のテニスチームに入った際、今では世界の四強と謳われているファラデー選手をハンデ付きとはいえ一度だけタイブレークの末に破ったこともある」

海未「……え。ええ!?」



329 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:13:22.16 ID:BqstzqO00

ベテトレ「……彼はあの容姿だろう? 実力も相まって、局所的ではあるが一時期マスコミにアイドル的存在に祭り上げられようとしていた時期があってね。……『テニスの王子さま』なんて呼ばれていたものだ。懐かしいな。ふふ、一度言ってみるといい。苦虫をすりつぶした顔というものがリアルに見られるぞ」

海未「……あ。それ、心当たりがあるかもしれません」

ベテトレ「……実際は王子さまなんて優雅なものではなかったがね。自らに課す練習量は想像を絶するものだったし、試合内容なんて粘りに粘って最後に逆転する、なんてのがほとんどだった。対戦相手からはしつこい、しつこいと言われて嫌われていたよ」

ベテトレ「当時は性格の純粋さ故に頑張れるのだと思っていたがねぇ。近年の彼を見ていると、あれは私が作りだした偶像にすぎなかったのだなと思うよ」

海未「……でも。私、この前、テニスで彼に勝ちましたよ。辛勝でしたが」

ベテトレ「……ん? そんなはずはない。ありえないぞ」

海未「ですから、手を抜いていたんでしょう。初めに会ったときなど完全試合でしたから……」

ベテトレ「……いや、できなくもないか。それぐらい特別ということなのかな」

海未「どうしたのです?」

ベテトレ「質問するがね。彼は君とプレイするとき、どちらの腕を使っていた?」

海未「……え? そんなもの、右腕で……? あれ、右手を前に出していたから……?」

海未「……左腕、ですね」

ベテトレ「だろうな。彼の利き腕くらい知っているだろう?」

海未「……ますます落ち込みますね」

ベテトレ「……本気を出さないのではなく、出せないのだとしたらどうするね?」

海未「……え?」



ベテトレ「彼は右腕を使わないんじゃない。使えないんだ」

ベテトレ「――彼は、右肘を壊したんだよ。二度とテニスはできないと宣告されたらしい」

ベテトレ「それきり、二度とコートに立たなかった」




330 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:15:09.75 ID:BqstzqO00

戸塚(動機はいつも単純だった。テレビの中の輝く選手。血が燃えたぎるようなアニメのキャラクター)

戸塚(ラケットを握ったのは、そんなありふれたつまらない憧れからだったと思う)

戸塚(憧れだけじゃ簡単に上手くはなれなくて、けれどそのもどかしさも込みでだんだんテニスというものが好きになっていった)

戸塚(残念ながら自分の才能は特別なものではないらしく、めきめき頭角を現すなんてことはなかった。人並みにサボるし、好きだけど毎日そのことを考えるほどでもなかった)

戸塚(……代わりに、特別なものがあることにも気付いた。自分の容姿だ)

戸塚(高い声は変わらなかったし、顔も成長していくとはいえやっぱり幼さが目立った。中学を卒業して高校一年になってもそれは変わらなかった)

戸塚(自慢になってしまいそうだけど、告白というものもたくさんされた。……話したこともない女の子から。理由を聞くと、ぼくに憧れたからだという。ぼくはそれを聞くたび、自覚しつつある自分の笑顔でやんわりと断るのだった)

戸塚(……自分の容姿は、実はそれほど嫌いじゃない。女の子にモテてうれしくない男はいないよね。でも、そんな感情とは裏腹に、人間関係を儚む自分も育っていった)

戸塚(……君たちは、ぼくに憧れると言うけれど。それは一体どこを見て言っているんだい? 外見、だけなんじゃないの?)

戸塚(外見は中身の一番外側とは言うけれど。そればかりでは、やっぱり悲しいじゃない。ぼくは女の子の地位を上げる装飾品じゃないんだから。……そんな冷めて人を見つめる気持ちは、簡単な憧れで何かを始めた自分に対する裏返しだったのかもしれない)

戸塚(それでも、弱い自分はそんな気持ちをおくびにも出さず、ただ笑うことしかできなかった)


戸塚(――そんな時、彼に出会った)

戸塚(いつものように、最初は軽い気持ちだった。弱い自分のテニス部をなんとかしようと、体育の授業でフォームがとても綺麗な彼を誘った。残念ながら振られてしまったけれど、あれよあれよと話は転がって、彼らとテニスをすることになったりして)

戸塚(そうして、どんどん彼を知っていった。……ぼくはどんどん、彼に魅せられていった)

戸塚(憧れた。今までのどんなものよりも強く、彼に。今まで触れたことのないような、突飛で独特な考え方。仄暗い現実を遠くまで冷静に見通す氷の瞳。自分が変わっていても、受け入れられなくても、それでいいのだと言い切れる心の強さ。誰かの為に身体を張るのに、誰にも誇らず言い訳しないその姿)

戸塚(その全てがカッコよかった。なりたい自分がそこにいた。きっとぼくの目線には恋のようなフィルターがかかっていて、みんなにはそう見えないとわかっていても、彼みたいになりたいと願った)

戸塚(彼はいつもぼくに可愛いだとか結婚してくれだとか冗談で言ったけれど、あの時、それがもし本気だったらぼくは完全に道を間違っていた自信があるくらいだ)

戸塚(憧れの篝火は、どこまでもぼくを走らせた。ぼくがどれだけ彼に憧れても、彼になれないのはわかってはいる。……他人になりたいなんて、もっとも彼が嫌うことだろうし。それでも、たとえ届かないとしても、その隣に並び立ちたいと。……親友になりたいと思う自分がいた)

戸塚(なら、そのためにぼくができることはなんだろう。全力を費やして、何か一つ自分はこれだと言い切れるもの。それさえあれば、彼の隣に立っても恥ずかしくない気がする。ふと、右の拳を握りしめるとラケットがあった。……例えば、この手に握るもので、ぼくは一体どこまでいけるだろう?)

戸塚(それから、サボることはなくなった。全力を傾けた。毎日何時間も何時間も練習した。その姿を、誰にも見られないようにした。誰かに褒められたいから頑張ってる訳じゃない。見られると、人に言うと、きっと魔法は解けてしまう)

戸塚(来る日も来る日もラケットを振る。走る。怒られる。その果てに勝つ。でも更に強い人が来ると負ける。負けたら、どうして負けたのか考える。そうしてまたラケットを振る毎日の繰り返し。終わらない地獄みたいだ)

戸塚(どうしてそこまで頑張れるのか。きっと答えは一つだ。……欲しいものが、あったから)

戸塚(並び立つためのその「本物」が手に入るなら、他には何もいらないと一途に願った)

戸塚(気付けば全日本の舞台にも立っていたけど、まだ満足はできない。もっともっと上に行きたい。見た目だけで憧れられる、つまらない存在になりたくない)

戸塚(346からプロチームの誘いが来た。大学には行かず、社員として働くことが登録の条件だという。……迷った。だから、それを口実に、たまには彼と話したいと思った)

戸塚(……もっと迷っていたのは、彼の方だった)




331 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:18:03.65 ID:BqstzqO00

<四年前、十二月末>
戸塚「八幡っ。久しぶりだね」

八幡「……ああ。戸塚か」

戸塚「……元気ないね」

八幡「は。元気だと言われたことないんだが」

戸塚「あ、あはは。相変わらずだね……」

八幡「……そうだな。相変わらずすぎて……嫌になる」

戸塚「……何か、あったの?」

八幡「…………いいや? 何にもねぇよ。そういえば似非中国人のないアルってどっちなんだろうな。ないの? あるの? どっちなの?」

戸塚(……ああ、嘘をついている。ずっと彼を見ていたからわかる。こうやって茶化すのは、踏み込まれたくない時なんだ)

戸塚「それ、嘘でしょ? ……部活のこと?」

八幡「……すまん。俺たちの問題だ。……放っておいてくれないか」

戸塚「あ……」

戸塚(はっきりと見える拒絶の色。彼の得意な声なき言葉。まるで手負いの獣のような怖れを伴った獰猛さで、この先に踏み込めば容赦はしないと言っていた)

戸塚(だから、ぼくは――)

戸塚「……そうだね。ごめん」

戸塚(逃げて、しまった)

八幡「……いや、悪ぃな。本当に何もないんだ。……それより戸塚、選抜選出おめでとうな。なんか、手の届かない人間になっちまった気分だ」

戸塚「うぅん、そんなことないよ。全日本だって結局負けちゃったし。……まだまだ上があるってことなんだよね」

八幡「……果てがねぇな」

戸塚「そうだね。……もっと、頑張らないとね」

八幡「……たまには無理しないで休めよ。俺の胸で」

戸塚「ふふ、そうしようかなー?」

八幡「なっ、ちょっ、あれはその、それであれだ。あれだから」

戸塚「冗談だよ。……ぼくならまだまだ大丈夫だよ」

八幡「……俺もそうだ。しぶといことには定評がある」

戸塚「そっか」

八幡「ああ、そうだ。……戸塚、大学は受けるんだったか?」

戸塚「うん。一応ね」

八幡「そうか。そっちに進むにしても進まないにしても……頑張れよ。元気でな」

戸塚「……うん。八幡こそね」


戸塚(その時が、高校時代に彼と会った最後の日になった。薄明かりの街灯と煌びやかなイルミネーションの中、足を止めて曇り空を見上げる。額の上に冷たい何かが落ちてきた)

戸塚「雪……か」

戸塚「……あれ?」

戸塚(濡れているのは、きっと雪のせいだけじゃなかった。自然とこぼれ落ちたそれを拭ったとき、ようやく自覚した)

戸塚(自分はきっと、取り返しのつかない間違いを犯してしまったのだと。傷付けることを恐れずに、手を伸ばさなければいけなかったのだと)

戸塚(いくら悔いても、時間は戻らない。張り裂けるほどに思い知る。大事なものほど、取り返しがきかないようになっている)

戸塚「ぼくは…………何をしてるんだ……」

戸塚(傷付けるのが怖いから。嫌われるのが怖いから。だから踏み込むことを避けるなんて、それは彼が最も嫌う、欺瞞というものに他ならないのではなかったか)

戸塚「なんて……女々しい」

戸塚(これがぼくの、青春で犯した一番の間違いの話)




332 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:19:15.56 ID:BqstzqO00

戸塚(それからぼくは346に就職した。本社勤務の仕事は多忙を極めたけど、だからと言ってテニスの方の手も抜かなかった)

戸塚(毎日が飛ぶように過ぎていった。一心不乱に目の前の出来事に当たった)


戸塚(気付けば三年の時が流れていた)


<一年前、夏。346本社テニスコート>

監督「ははは。どうせ映すならテレビ映えする奴の方がいいでしょう。近頃ファラデーの活躍のお蔭で名前も売れてきていますし」

海未「はあ……?」

女子アナ「いいですね! 『王子』にお願いしましょう!」

監督「では呼んできましょう。少し待っていてください」


監督「戸塚、ちょっと来てくれ。テレビが来ている」

戸塚「……またですか? あのー、ぼく、取材はお断りしているはずですが……」

監督「ああ、そうじゃない。今日はな、アイドルが企画をやるみたいなんだ」

戸塚「……企画? どういうことですか?」

監督「――というわけなんだ。話によると大分編集するらしいから、打ち合うところちょっととるだけでいいらしいんだよ。二ゲーム一セットマッチでいいから頼めないか?」

戸塚「うーん、監督の頼みなら断れないですね。本当に適当に打ち合うだけでいいんですか? ぼく、アイドルのことなんて全然わかりませんよ?」

監督「お前、346の社員だろ? いい機会だからアイドルも知ってこい。うまくやってくれよ? じゃ、俺は他の奴らの練習見てくるから」

戸塚「……わかりました。上手くやります」

監督「戸塚。わかっているな?」

戸塚「はい?」

監督「きちんと俺の分のサインももらってきてくれよ?」


女子アナ「そういうわけで、王子っ! よろしくお願いしますっ!」

海未「園田海未と申します。本日はよろしくお願い致しますね」

戸塚「あ、はい。よろしくおねがいします」

海未「……あの、どうかされましたか? 苦虫をすりつぶされたような顔をされていますが?」

戸塚「……なんでもないです! 『王子』です。よろしくお願いしますね」ニコニコ

戸塚(……実を言うと、その時メディアというものに反感を抱いていた。ぼくよりも上手な選手はいくらでもいるのに、アイドルみたいに祭り上げられるのは正直うんざりだった。強引な取材に辟易していたせいもある)

戸塚(連鎖反応的にアイドルというものにもバイアスをかけていた。アイドルはみんなメディアに作られた偶像だと思っていて、正直、みんな同じ顔に見えた。……その翌日は大事な試合も控えていたから、練習を邪魔されて心中穏やかじゃなかったこともある)

戸塚(とにかく、早く終わらせたかったんだよね。……失礼だったなぁ、アレ)




333 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:21:47.82 ID:BqstzqO00

戸塚「サーブは園田さんからでいいですよー!」

海未「ありがとうございます。紳士なのですね。……それっ!」スパンッ

戸塚「……へえ。ファーストサーブ打てるんだ」ズバァンッ!

海未「……はい?」

戸塚「フィフティーラブ!」ニコニコ

戸塚(大人げないリターンエースを頂いちゃったと記憶している。全世界でアイドルにリターンエース決めたのってぼくくらいじゃないかな?)


海未「はぁ、はぁ……。や、やるじゃないですかっ……!」

戸塚「あ、あはは……」

戸塚(アイドルってそんな顔していいの? もう笑顔の欠片もないんだけど……。いや、ぼくが悪いんだけど。それにしてもこの人、園田さんだっけ。運動神経いいなぁ、素人なんだっけ。にしては身体の使い方やフォームがすごく綺麗だ。……八幡も、そうだったっけなぁ)

海未「まだ試合は終わっていませんからっ! 諦めない限り試合は続くのですっ!」

戸塚「逆安西先生……。いきまーす」

戸塚(あっ、そういえば映像使うんだっけ。まずいなぁ。……セカンドで打ってラリー何回か続けておけば、お望みの画は撮れるかな? ここから何点か取ってもらおう)

戸塚「よっと」ポーンッ

海未「……?」パンッ

戸塚「それっ」パーン

海未「……」パンッ

戸塚「わっとと」

戸塚(ぎりぎりラケットが届くタイミングに調節して、かろうじて拾えましたという形で園田さんの頭上にふわりと球を打ち上げる。……これなら決められるだろう)

海未「っ!」スパァンッ!

戸塚(やはり身体のバランス感覚がいい彼女は、打ちごろの好球を全身のばねを余すとこなく駆使してスマッシュを打ち付けた。……すごいなあ、スマッシュって実はけっこう打つの難しいのに)

戸塚(そんなことを他人事のように考えていると、スマッシュの球が自分の足元目がけて矢のように一直線で襲い掛かって来た。ぼくは何も考えていなかった。訓練した身体は最適化された動きをオートでなぞる。気が付けばボールは相手方のコートに目視できない速さで突き刺さっていた)

戸塚「……あ。ライジング、打っちゃった」

戸塚(打たれた園田さんはしばし何が起きたかわからないようで、ぽかーんとしていた。……この画、ぼくが編集者なら使うなぁ。そんなことを思っていると、はっと気を取り戻した園田さんがネット際に詰め寄って来た)

海未「な、なんですか! 今のは!」

戸塚「あ。えーっと、ライジングショットっていうんだけど」

海未「違いますっ! ショットのことを言っているのではありません!」

海未「なぜ手を抜いたのですか、と言っているんです! そんな偽物に勝って嬉しいわけがないでしょう! やるなら本気で来てくださいっ! 遠慮される側の気持ちも考えたらどうなのです!」

戸塚「――」

戸塚(言葉に平手打ちをくらった気分だった。家の鍵をどこかに置きっぱなしにしていて、どうしてこんなに大切なものを忘れてしまっていたたんだろう、というような)

戸塚「うん。ごめんなさいっ」

海未「……わかればいいのですっ、わかれば」

戸塚(腰に両腕を当てて、ふんっとドヤる彼女を見たとき、不覚にも可愛い、いじめたい、と思ったんだっけ)

戸塚(以来、意地を張りたいとき以外彼女には遠慮しないようにしている。……にしても、完全試合はちょっとやりすぎだったかな?)


海未「うぅ……!! 覚えていなさいっ!」ダッ

戸塚(ステレオタイプな悪役みたいな捨て台詞と共に走り去っていく彼女を見ると、また笑い出してしまう自分がいた。……可愛い人だなぁ。園田海未っていうのか。覚えておこう)

海未「……あ。監督にサイン、貰うの忘れちゃった……」



戸塚(それから少しした後のことだった。……右肘が使い物にならなくなったのは)

戸塚(不思議なもので、何か辛いことが起きた時の記憶ってはっきり覚えてないものらしい)

戸塚(ただ、ちぎれそうなくらい右肘が痛くて、お医者さんがお経のように何事かを唱えていたのだけは覚えている)



334 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:23:21.74 ID:BqstzqO00

<一年前、八月。346プロダクションタレント養成所:講師室>

戸塚「出世したんだってね。おめでとう」

ベテトレ「ああ、ありがとう。……忙しくなるし、私はこれからアイドルの指導に特化することになるだろう」

戸塚「そっか。寂しくなるね。君はけっこうチームのみんなに人気あったんだよ?」

ベテトレ「整体に出向いた時鬼だの悪魔だの散々なじっておいてよくそんなことが言える」

戸塚「みんななりの照れ隠しだったんじゃないのかなぁ。そんなに深入りしたことないから本当かどうかはわからないけどね」

ベテトレ「おや。人気者だったと聞いているが?」

戸塚「外から見て人気者が内から見てそうとも限らないでしょ?」

ベテトレ「……」

戸塚「実はぼく、昔から同性の友人って殆どいないんだ。……元気にしてるのかなぁ」

ベテトレ「……本当に、チームを辞めてしまうのか…………」

戸塚「綺麗な顔してるでしょ。選手的に死んでるんだぜ~」

ベテトレ「戸塚っ!」

戸塚「……無理だよ。治すのに何年もかかるし、治ったところで元通りにはならないからね。お金が動いているんだもん。役立たずを置いておく優しさは期待できないからさ。……それなら、綺麗なうちに去ってしまったほうがいい」

ベテトレ「……」

戸塚「そんな顔しないでよ。仕事の方は評価されてるから、ずっと会社には居させてもらえるみたい。武内さんが強く推したんだって。あ、765の赤羽根さんって知ってる? あの人にももし追い出されたらうちに来いよって言ってもらっちゃった。路頭に迷う心配はないね!」

ベテトレ「……なぜ、笑っていられるんだ……」

戸塚「……男の子だからね。コートの外でも泣かないんだよ」

ベテトレ「……」

戸塚「……確かにね、それなりに絶望したし、悲しくて泣いたよ。……でも、ちょっと肩の荷が下りたってのはあるんだ。テニスは確かに好きなんだけどね」

ベテトレ「……そうなのか?」

戸塚「なんだか今言うと言い訳がましくなってしまうけど、実はテニスよりも大事なものがあったんだよ。本当に」

戸塚「ちょっと間違えたせいで、いつしか目的と手段が裏返ってしまっていたのかなぁ……」

ベテトレ「……そうか」


戸塚(右手に握るものが失せ、憧れの炎も時を経て消えかかってしまっている。今の自分は、昔の自分がなりたかったものになれているだろうか。答えは誰が知っているだろう。……寒い。生きるのって、こんなに息苦しいことだったろうか。これから、どうしていけばいいのだろう)




335 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:24:53.07 ID:BqstzqO00

ベテトレ「昇進に伴ってな、上位アイドルの個人レッスンをつけることになったんだよ」

戸塚「アイドルに上位とか下位とかあるの?」

ベテトレ「君、本当に社員なのか……? では知らないかな。園田海未と言うんだが」

戸塚「え!? 本当っ!? ぼく、この前会ったよ!」

ベテトレ「なに? アイドルのことは何も知らないのではなかったのか?」

戸塚「この前とある企画でうちに練習試合に来たんだよ、テニスの。実はぼくが相手したんだ」

ベテトレ「ああ、アレか。この前テレビで見たよ。……でも君、映ってなかったが?」

戸塚「……あちゃー。やっちゃったかぁ……」

ベテトレ「……ん? どういうことだ?」

戸塚「いやぁー、ちょっと試合前で急いでたからね。あはは、完全試合しちゃった」

ベテトレ「……おい」

戸塚「いや、途中、手加減しようと思ったんだよ? ……そしたら、怒られちゃって」

ベテトレ「なるほど。彼女の言いそうなことだ。……さすれば、あの日の不機嫌は君が原因かな」

戸塚「え?」

ベテトレ「……レッスンなのに珍しく集中を欠いていてな。ぶつぶつ何か言っていたよ。『最低です。無神経。女の子の扱いを知らないのですか。馬鹿。次は勝ちます。馬鹿』だの云々」

戸塚「え、えぇ!? 彼女が手加減するなって言ったんだよ!?」

ベテトレ「私が知るものか。以来、何やらこそこそ嗅ぎまわっているようだぞ」

戸塚「……女の子って、本当面倒くさいね」

ベテトレ「女の私に向かって言うなよ……。ま、同意だがね。昨日など、テニスの方に顔を出していた事実を知ると私にコーチしてくれだの言ってくる。全く困ったことをしてくれた」

戸塚「あはは、いいじゃない。教えてあげなよ! やってたんでしょ? 正直、今の園田さんなら左手でやっても勝負にならないと思うからさ」

ベテトレ「簡単に言ってくれるなよ……疲れるのは私なんだぞ」

戸塚「今度暇だったら紹介してあげておいて。ぼくで良かったらコーチしてあげるよってね。暇になったからさ。あははっ」

ベテトレ「彼女が獅子身中の虫なんてやれる気質だと思うか?」

戸塚「あはは、確かに。まあでも、ぼくももう一度会ってみたいし、暇ができたらまた紹介してよ」

ベテトレ「ああ。……暇ができたら、な」

戸塚「うん、お願い! じゃ、ぼくお医者さんのほうに顔出すから。それじゃあねー」

――ばたん。


ベテトレ「……本当、女というものは心底面倒だよな。……戸塚」


戸塚(その話を聞いてから、ますますぼくは園田海未というアイドルに興味を持った。調べるば調べるほど、彼女に対して親しみが湧いた。彼女は高校時代、μ'sという半ば伝説と化したスクールアイドルグループの一員だったらしい。動画化されたラブライブ最終予選のスノーハレーションを初めて見たときは、感動して少し泣いた)

戸塚(そうして彼女のことを知るうちに、だんだんアイドルというものが好きになれていった。足音を聞いてそれがキツネだとわかるように。輝く星のどこかに空に消えた王子さまがいるのだと、優しい気持ちになれるように)

戸塚(また少し会ってみたくて、仕事にそれらしい理由をつけて養成所に出向いたりしてみた。出会えたのは、彼女の記録だった)

戸塚(膨大なまでの利用記録。あの華やかな彼女の裏側には、これほどまでに地味で、でも畏怖さえ覚えるひとつひとつの積み重ねがあったのだと知ると、誤解をしていた自分が恥ずかしくてたまらなかった)

戸塚(そのことを知ってから、彼女をメディアで見かけると不意に既視感に襲われることが多くなった。一体これはなんだろう?)

戸塚「うーん……直接会えたらわかるかな?」



336 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:26:57.57 ID:BqstzqO00

<一年前、九月初頭。レッスン室401>

ベテトレ「……君、最近たまに来るようになったな」

戸塚「偶然を起こしにかかってるんだ。そっちの方が運命的じゃない?」

ベテトレ「意図的に起こしたらそれは必然じゃないのか……」

戸塚「うーん、今回も無理だったか。じゃあ次は会えるといいな」

ベテトレ「……君は本当にしつこいなぁ」

戸塚「あはは、よく言われる。……ん? なにこのノート」

ベテトレ「あ、それは園田のものだな。彼女はよくこの部屋を使うからな。忘れていったのだろう」

――ぺらっ。

戸塚「……これは」

ベテトレ「あ、こら。出歯亀はやめろ」

戸塚「…………うん。これ以上、ぼくが見ていいものじゃないね。……神聖、だな」

ベテトレ「私が返しておくよ。……どうした?」

戸塚「……ぼくって本当に感化されやすいんだなって、実感してる」

ベテトレ「……」

戸塚「ねえ、ますますもう一度会ってみたくなっちゃった。どうすればいいかな?」

ベテトレ「……ハア。君には負けたよ」

戸塚(そう言うと彼女は、鞄の中から白い長方形の便箋みたいなものを取り出してぼくに差し出した)

戸塚「? これ、なに?」

ベテトレ「……今週末行われる園田海未のレコ発ライブ。その関係者席のチケットだ」

戸塚「!」

ベテトレ「ノートまで見てしまったんだ。観たいし、観てやりたいだろう?」

戸塚「うん……うん! 本当にいいの!? これ、大事なんじゃないの!?」

ベテトレ「元々それは君のだ。頼まれて手配した二枚のうちの一枚だよ」

戸塚「え……なんで?」

ベテトレ「意地があるから教えない。ただまあ、私は負けたということなんだろうな」

戸塚「……?」

ベテトレ「ま、細かいことは気にするな。とにかく行ってこい。君のそんな腑抜けた顔は見てられんよ」

ベテトレ「――行って、本物を見てこい」


海未『本日ここに立てたこと。そして、私がここまで歩いてきた道のり。支えてくれる皆さんの存在。……その全てに、心から感謝を述べたいと思います。本当にありがとうございます!』

――ありがとー!!
――海未ちゃーん!!

戸塚(輝かしい蒼い光の中、ぼくは一人立ち尽くす。この気持ちを知っている。……そうだ、これだ。これこそが、ぼくの生きる理由。憧れる「本物」を、きっとあの人は持っている)

戸塚(眩しいのはライトやサイリウムのせいじゃない。彼女という存在が、見つめる誰も彼もの光を集めているから。その風景は桃源郷のようだとさえ思う。立ち尽くすぼくの耳に、たくさんの声が吸い込まれる)




337 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:28:07.42 ID:BqstzqO00

千早「ああ……。なんて、美しいの……」
カメラマン「……やべ。震えて、定まんねぇ……」
雪歩「……格好いい。私も、ああなりたい……」
やよい「…………はわぁ……」
武内P「……素晴らしい」
赤羽根P「……勝てないな、これは。……凄い」


戸塚(ああ、憧れているのはぼくだけじゃない。ここにいる誰もが、彼女に包み込まれるように優しく膝を折っている)

戸塚(それは初めて海を見たときのような。蒼く雄大な命の母性に涙するような尊い気持ちで)

戸塚(思うように踏み込めず、間違えたまま生きても。半生とさえ言えるものを賭したこの腕が朽ちても。何もかも上手くいかないように思えるこの冷たい現実が、時折何より恨めしくても)

戸塚(それでも、世界は美しい。……彼女のステージを見ると、そう思えた)

戸塚「……砂漠が綺麗なのは、井戸を一つ隠しているからだ」

戸塚(ふと、昔演じた一節をそらんじる。きっとあそこに書かれていたことは真実だった)


海未『それでは、最後に。私の友人が書いてくれたあの歌を唄おうと思います。今日は来てくれて、観に来てくれてありがとう。みなさんが今ここにいてくれる。離れていても、きっとどこかにいてくれる。そんな暖かな事実が……私を何度でも奮い立たせてくれる、勇気の理由です!』

海未『また、私に会いに来てくださいね! 最後に――歌います!』


戸塚(ぼくはこの日を一生忘れない。……また、生きていく理由ができたから)


戸塚(それから彼女は落ちていく。きっと移籍したことが関係しているのだろうと予想が立った。何かしたい。何かしてやりたい。踏み込まずに失敗するなんて、もう嫌だ!)

戸塚(ぼくには八幡のように、後ろから見守る強さはない。雪ノ下さんのように、前から手を引く強さもない。ぼくが弱いのはわかりきっている)

戸塚(なら、ぼくは。――彼女の傍で、手を握ってやりたい)

戸塚(考えろ、考えろ、考えろ。そのためにぼくが出来ることは何だ。武器はあるか。ある。あるならそれは、何だ)

戸塚(ぼくだけが持っているもの。それは生きてきた経験と、この容姿。使えるものはなんでも使おう。見かけで騙せる者なら騙そう。自分が純粋な存在だと信じ込ませよう。親友なんて今はいらない。人当たりの良さで得たかりそめの絆を、人脈を駆使しよう。得た情報で、搦め手でもその位置を掴みろう)

戸塚(彼女の力になれるのなら、他人にどう思われたって構わない)

戸塚(目の前にそびえるは、クールプロダクション事務所。四月から栄転で武内さんが上の椅子に座ることは突き止めた。後任選出の権限を得ることも。連鎖的に浮かぶのは、目指す本丸の椅子。今そこに座る彼女の左手の薬指が光っていることも知っている)

戸塚(……ポケットに眠る携帯の中には、高垣楓と彼の関係を示す証拠たち)

戸塚(覚悟を決めた。――まちがえないために、まちがえる覚悟を)


戸塚「いくらだって汚れてやる……!」




338 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:29:45.24 ID:BqstzqO00

戸塚(全ての戦いが終わった時。……街には、雪が降っていた。あの日は確かクリスマス)

戸塚(この愚者に贈り物なんていらない。けれどせめて、賢者よりも尊いあの子に、心からの贈り物を)



海未「……本当は。ほんとは平気じゃないんです。……大丈夫なんかじゃないんです……」

海未「…………誰か……」

海未「……だれか、たすけて…………」


戸塚「――うん。ちょっと、待ってて?」

海未「……え?」

戸塚「必ず助けるから、待ってて」




340 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:31:29.27 ID:BqstzqO00

<346プロダクション単独ライブ当日、パシファコ横浜>

八幡(ライブに来るたび、よくもこんなに人がいるもんだと驚かずにはいられない。老若男女、まあだいたい男だが、それでも出自も立場も何もかも違う人間が決して安くはないお金を使って、今日という日にあいつらを見に来る)

八幡(すれ違う誰かともう会うことは二度とないのだろう。そう思うと、この空間というものは一種の奇跡のように思える。……奇跡か。そんなことを考えるようになった自分に、ふと笑みがこぼれた。俺はやはり変わったのだろう。けれどもう、そのことに対する怖れはない)

八幡(勇気の理由はなんなのか。それを考える前にただっぴろい会場からいきなり光が消える。特大スクリーンに向かって蒼い時計が映し出された。何万の光と歓声に押されて、オルゴールの音と共に時計の針が進んでいく)

八幡(考えるのは全てが終わってからでいい。今、時計の針は重なった)

八幡(響く鐘の音の中、壁に背中を預ける。仕掛けは効くだろうか。彩加は勝つだろうか)

八幡(……いや、きっと勝つ。ならば俺は、ただそれを後ろから見守ろう)


――♪『精一杯輝く 輝く星になれ
    運命のドア開けよう 今 未来だけ見上げて』


海未(落ち着かない私は、準備の時間にはまだ早いのに舞台袖にいました)

海未(ベースやドラムの低音が心地よく身体に響きます。打ち込みとは違う生のグルーヴが、奏者の呼吸さえ伝えるようでした。私の前で軽く体を動かしているのは、ニュージェネレーションズたち)

海未(……よくぞここまで短期間で練り上げたものです。震えすら覚える。観客はみな、舞台に立つアイドルが巻き起こす、甘い熱狂の中にいる)

海未(考えてみれば、きちんとお客さんの顔を見るのは久しぶりでした。ライブバトルの時はいつも、ずっとギリギリまで籠って音源を聞きながらノートを見返していた気がします)

海未(……輝いている。誰も彼もの顔もみな。きっとここに来たお客さんたちには、それぞれの理由があるのでしょう)

海未(例えばそれは私たちの誰かのファンだからであったり。友人の付き添いであったり。恋人とのデートであったり。仕事だからであったり。……何か、上手くいかないことがあったからだったり)

海未(舞台に立つ私たちには、その物語の一つ一つをわかってあげることはできません。けれど、それならせめて私には私のできることをしたいと思ったのです)

海未(思い出すのは昔のこと。音ノ木坂が廃校になると聞いて、ただ心を痛めるだけでしかなかった自分。けど、穂乃果は違った。そんな未来を変えてみせると憤然と立ち上がった。ことりはそんなあの子を、無条件に支えてあげると微笑んだ)

海未(――その姿に、ひどく憧れた。あの子たちが自分の友達であることが誇らしかった)

海未(二人に並び立ちたいと願った。そのためになんでもやろうと誓った)

海未(特別でないこの身にはそれはやっぱり厳しいことで、でも、それを帳消しにできて余りあるくらい、たどり着いた景色は美しかった)

海未(廃校の未来は変わりました。誰にも倒せないと言われた者たちに勝ちました。かけがえのない絆を得ました。……その果てに、たくさんの輝く表情に出会いました)

海未(奇跡は起きる。起こせる。私たちは、輝きを与えることができる)

海未(そんなことができるアイドルを、私は何よりも大好きになったから)

海未「だから、アイドルになったのです」


海未(未練など、あるに決まっています。辞めたくないに決まっていました。……けれど私は弱かった。一人でいても憧れの炎を燃やし続けられるほど、強くなんてないのです。夜の砂漠のように冷たいこの世界で、一人で生きていける訳がないじゃないですか)


海未「……誰か、助けて……」

海未(出番の前なのに、震えてしまう。口から零れるはどこかで吐いた悲痛な弱音。ああ、私はなんて女々しい――)


「――うん。ずっと、待たせたね」




341 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:33:28.35 ID:BqstzqO00

海未「……え?」

海未(そんなはずはない。そんなはずはないのです。彼が来ているのは黒いスーツ。ライトだけの室内には、天気などないはずなのに)

海未(私には彼がまた、白い王子さまに見えたのです)

戸塚「本当に、ずっと待たせたね」

海未「……戸塚、くん」

戸塚「ずっとずっとこの日を待ってた。遠回りして手練手管を弄して時間をかけて、周到に回り込んだ。けど、それでも上手くできなくて。何もかもダメになるんじゃないかと思った」

戸塚「でも、ぼくはしつこいから。君を助けにいく日をずっと待ってた」

戸塚「……ずっと待たせてごめん。今日、ここに全部持ってきたから」

戸塚「海未さん」


戸塚「――君がかけてきた魔法が、君を救うよ」

海未「……え?」


穂乃果「うーみちゃんっ!」
ことり「お待たせっ!」


海未「……こ、ことり!? その衣装は!?」

ことり「えへへっ。可愛いでしょー? 最初のライブのリメイクなんだよ!」

穂乃果「むー。穂乃果は無視?」

海未「は、あの、いえ、そういうわけでは!? ……と、戸塚くん! これは一体どういうことです!? それに今、う、海未って」

戸塚「はいはい、邪魔者は退散するね。後は親友同士に任せたよ」

穂乃果「うん! ……さいちゃん、ありがと」

ことり「かっこよかったですよ?」

戸塚「……何のことだか、わからないなあ? ふふっ」


穂乃果「さいちゃんってあーいうの似合わないよねぇ」

ことり「えー? だからいいんじゃない。ギャップってやつでしょー?」

海未「ことり、穂乃果っ。いい加減私に説明を!」

穂乃果「……海未ちゃん」

ことり「……あのね」


――「ごめんなさいっ!!」




342 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:34:50.75 ID:BqstzqO00

海未「……え?」

穂乃果「この前叩いちゃってごめんなさい! 海未ちゃんが事務所を移る時、会いに行けなくてごめんなさい! 楽しくなって、自分のことばっかり考えちゃってごめんなさい!」

ことり「海未ちゃんが辛いときに何もしてあげられなくてごめんなさい! 会社が忙しいからって、いろんなことをなおざりにしちゃってごめんなさい!」


――「海未ちゃんに甘えちゃって、ごめんなさいっ!」


海未「……ことり、穂乃果。何を言っているのですか。……そんなの、大人なのだから当たり前ではありませんか……」

ことり「大人の前に親友だよっ!」

海未「っ……! わ、わた、しは……」

穂乃果「海未ちゃんのバカ! うそつき! 意地っ張り! 頑固もの! ちっとも大丈夫じゃないくせに!」

海未「バ、バカとはなんです! 穂乃果の方が遥かにバカです!」

穂乃果「そんなの知ってるよバカ! でも海未ちゃんの方がバカだもん! もっと穂乃果たちに甘えてよ! 寂しいじゃん!」

海未「……黙っていたら好き勝手言って! ……あなたが、あなたたち構ってくれないから悪いんじゃないですかっ! 私がいなくてもそんなに楽しそうにして!! そんなあなたたちに、甘えられるわけないじゃないですか!! 迷惑かけられるわけないじゃないですか! ……だって、好きなんだもん!! 親友だって、言ったくせにっ!」

ことり「だったら、好きって言ってよ! 迷惑かけてよ! 怒ってよ! 言葉にしないとわからないよ! もっと構えって、言ってくれればいいじゃない! ……遠慮される側の気持ち、考えてよ!」

海未「だって、だって……嫌われるの、怖いんだもん! しっかりしてないと、見限られそうなんだもん! 私がめんどくさい女だってバレたら、ポイされちゃうんだもんっ……!」

穂乃果「ばかっ!! 海未ちゃんがめんどくさいのも実は甘えんぼさんなのも穂乃果たちにはとっくにバレバレだよ!! 今更そんなことで嫌いになったりするわけないでしょっ!」

ことり「親友だって言ったよ! 甘く見てたのは海未ちゃんのほうだっ! ことりたちはずーっとずーっと小さいころからの、一番最初の親友なのに! めんどくさいバカ女! 売れ残っちゃえ!」


ことり「売れ残って……ずーっとことりたちと一緒にいればいいんだっ!」


海未「っ……うぅ……!」

海未(二人は私を、四年前のように抱きしめました。懐かしい温度は、ひび割れた堤防をついに打ち壊してしまいした。洪水のように止まらない嗚咽と涙が、過去から持ってきた二人の衣装を暖かく濡らす)

穂乃果「吐き出しちゃえ! ぜんぶ!」

ことり「ほらっ、……甘えて?」



海未「……こわかった。……さみしかったよっ! へいきじゃなかったよっ……。でも……わ、たし……がんば、ったんだから……! ひとりで、がんばったんだからぁ! ……ほめてよっ……よしよししてよぉ……!」

海未「……だいすき、だよう…………!」


穂乃果「……うん」

ことり「……うんっ!」




343 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:36:13.18 ID:BqstzqO00

海未「……あのう。ことり、本当に何しにきたんです?」

ことり「動かないのー。メイクぐちゃぐちゃなんだから」

穂乃果「あははっ、泣き虫ー」

海未「……むぅっ! でも、本当になぜ? それに穂乃果だって、今日はもう終わりのはずでは……?」

穂乃果「何言ってるの? まだ三つもあるよ、穂乃果」

海未「……は? だ、だってほら! このセットリスト表には!」

ことり「……うわあ。こんなの渡してたんだ」

穂乃果「どれどれ、見せて? ……あはははっ! めっちゃ丁寧だ!」

海未「……え?」

穂乃果「海未ちゃん。これね、全部うそだから!」

海未「……はぁぁあああ!?」

ことり「海未ちゃん、舞台に注目だよ?」


未央『ぐ、ぐわあー!? 足が、足がー!!』

凛『み、未央!? いったいどうしたの!?』

未央『た、立てない……! ひざに矢を受けてしまったー!?』

――わははははは!!
――棒読みすぎだろー!!

卯月『凛ちゃん……これ、どうしよっか?』

凛『……これじゃニュージェネでは使い物になんないなぁ。売ろうか。千円から!』

――千五百!
――三千!

未央『その辺のキャバクラより安い!?!?』

凛『シャチョサン。ホンダミオ、カワナイ?』

卯月『どれどれ……触ってみてもいいかね?』

凛『オサワリオッケーヨー』

未央『いいんかい! そこ踊り子にはお触りNGって言うところじゃないの!?』

卯月『よし……膝からいきましょう! …………ぐわあーっ!?』

凛『卯月……卯月ィィィィ!!』

卯月『膝の関節が曲がってしまいましたー!?!?』


凛『や、やばい……。未央と卯月はこのあと海未さんの演目に参加するのに! どうしよう!』

凛『他のみんなは今楽屋だ……間に合わない! そ、そうだ。あのね、みんな知ってる? 今日ね、この会場のどこかに女神さまが来てるらしいんだ。……え、なんで女神さまがアイドルのライブに? どうしてだろうね。文芸を司るのにも飽きてきたんじゃない?』

凛『女神さまだったらきっとどうにかしてくれるよね。……それじゃ、みんなの力を借りてもいいかな? このままライブ失敗したら私たちみんなクビになっちゃう。……ありがとう!』

凛『よーし、じゃあ私がせーのって言うから、そしたらみんなは、「助けてμ's!」って言うんだよ?』


海未「こ、この流れはまさか……」

穂乃果「そのとーり! 海未ちゃんのパートナーは穂乃果たちだぜっ!」

ことり「実は密かに練習してきたのだっ♪」


――「たすけてー! μ's!」




344 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:38:33.31 ID:BqstzqO00

海未「あっ、えっ、行かなくていいんですか!?」

穂乃果「大丈夫、一回目はスルーって打ち合わせしてるから」

ことり「海未ちゃんの準備を整えるためなんだよー?」

海未「周到な……。……誰が仕組んだかわかりましたよ」


凛『あれ? 来ないね……』
未央『お前ら声が小さいぞー!』スクッ
卯月『お腹から! お腹からセイッ!』スクッ

――立ってんじゃねーか!
――わははははははは!!


凛『よーし! もう一回いくよ!』

卯月『恥ずかしがらずに!』


海未「……それにしてもこの出来の悪いヒーローショーみたいなのはどうにかならなかったんですか」

穂乃果「こ、ここの脚本、穂乃果なんだけどな……」

海未「……ふ。あははっ!」

ことり「いいじゃない。……だってここから、ヒーローショーなんだもん♪」


――助けて! μ's!


――♪『だって可能性感じたんだ そうだ 進め』


――わあああああああああああ!!!


八幡「……どうだよ、一番後ろから見る景色は」

戸塚「悪くないね。遠いけどさ。……最高だよ」

八幡「……正直、今まで不調でありがたかったな。ずっとこれをやられたら他の子が売れなくなる」

戸塚「バランスブレイカー?」

八幡「そうだな。トランプで言うとジョーカーだ」

戸塚「……ふふふっ」

八幡「? どうした?」

戸塚「いやあ。つくづくジョーカーに縁がある子だと思ってね」


ことり『みんなありがとー! えへへ、久しぶりだから膝が曲がらないかと思っちゃった』

海未『島村さんにわけてもらったらどうです?』

穂乃果『えー。今日はいいよいいよ。三人で水入らずしよっ?』

海未『あの、これ本当に打ち合わせしてないんですよ!? 私、さっき膝やられた二人とやることになってましたからね!?』

ことり『はいはーい。海未ちゃんはさっさと衣装変えてくるー! せっかくことりが作ったんだからね?』

――『そうそう。さっさと着替えてきなさいよね?』


にこ『にっこにっこにー! お待たせっ! 矢澤にこだよ!』
希『にこっち、そのネタまだやってるん……?』
花陽『み、みなさん、わたしのこと、知ってるのかな……?』
凛『もー! かよちんはもっと自信持つにゃ! ……あ、こんばんわ! μ'sだよっ! 突然だけどこのステージは凛たちが乗っ取ったにゃ!』


海未『……!? 希、花陽……凛!?』

希『ほらほら穂乃果ちゃん、ことりちゃん。海未ちゃん連れてってー?』

穂乃果『さー』

ことり『いえっさぁ!』




345 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:40:44.48 ID:BqstzqO00

<舞台脇、衣装室>
海未「次から次へと、脳が追いつきません。……夢でも見てるのでしょうか?」

絵里「残念ながら夢じゃないのよねー」
真姫「諦めなさい。嵌められたのよ」


海未「絵里!? 真姫!? その衣装は、私と同じ……」

絵里「昔から思ってたけど、海未って本当にリアクションがいいのよねー。ドッキリにもかけられるか、そりゃ」

真姫「同性から見てもいじりがいがあるものね。異性ならよっぽどよね」

海未「……全部全部、戸塚くんの仕業なのですね。……あの、馬鹿」

絵里「口元締めてから言いなさい? ……いいプロデューサーに恵まれたわね」

真姫「私はあんな回りくどい男、趣味じゃないけど」

海未「む。戸塚くんのことを悪く言うのはやめてください」

真姫「……あーハイハイ。ごちそうさま」

海未「しかし、こんな、ライブを私物化するような真似……許されるのでしょうか?」

絵里「……言うと思ったわ」

真姫「海未ちゃんもたまには後先考えずわがまま言いなさい?」

海未「し、しかし……」

真姫「……はぁ。あの歓声が聞こえない?」


――うわああああああああああ!! りんぱなああああああああ!!!
――希ちゃあああああああん! にこっちいいいいいいい μ's!!!


海未「……こんなに、私たちのファンがいたなんて」

絵里「わ、私も予想外なんだけどね? ちょ、ちょっと怖くなってきたかも……」

真姫「……あいつ、多分μ'sのファンクラブに情報リークしてたわよ。直前になって」

絵里「直前なんだ……」

真姫「直前だったらネット以外には広まらないと踏んだんでしょ。海未ちゃんが聞きつける可能性を考えて。……本当、周到よね。微笑みヤクザとか言われてるの、嘘だと思ってたけど」

海未「……むぅ。なんだか、やり込められすぎて悔しくなってきました……」

絵里「ま、それは私も思ってたところね。……ねえ、やり返さない? あのね――」


海未「今二人ってどこにいましたっけ?」

絵里「二階関係者席の後ろの方ね。さっき見てきた」

真姫「あ、そうか、絵里も……。はぁ、勝手になさい。私はやんないわよ」

海未「……乗りましょう! 負けっぱなしというものは嫌ですからね!」

――がちゃ。

凛「話は聞かせてもらったよ。人類は滅亡する」

真姫「あら。時間?」

絵里「き、緊張してきた……!」

凛「ノリ悪いなぁ……」

海未「し、渋谷さん? ……あの、なんでそんなもの背負っているんです?」

凛「それはね。お前を食べるためさ」

真姫「師弟って変なところまで似るのね……」

凛「ふふ、でも絵里さんを喰っちゃうのは本当ー」

絵里「!」

凛「悪いけど、私がアピールさせてもらうよ?」

絵里「……上等! 緊張なんて吹き飛んじゃったわ」




346 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:42:21.01 ID:BqstzqO00

星空凛『さてさて。次もμ'sが続くにゃ! ……えへへ、同窓会させてね』

星空凛『と言っても、今日の夜はみんなが知っての通り、海未ちゃんのためにあるんだけどね。……あ、まだ早いか。今のなし! なしにゃ! カットカット!』

星空凛『というわけで、次の曲のタイトルコールを――』

凛『――ちょっと、師匠。これさ、346の単独ライブなんだけど?』

星空凛『あっ、しぶりん。細かいこと気にしない! レッスン減らしてあげるから!』

凛『うぐ。それは魅力的だけど……でも私もライブしたい。曲やりたいな。ねえ?』

――そうだそうだー!
――凛ちゃーん!!


星空凛『ありがとー!』

凛『いや、今の私だからね?』

星空凛『いやいや、凛だよ! ……困ったなぁ、次の曲やる人はもう決まってるんだよ? ……真姫ちゃんとー』

――わああああああ!!

星空凛『海未ちゃんとー』

――わあああああああああああああああああああああ!!

星空凛『かしこいー?』
凛『かわいいー?』

――エリーチカァァァァアア!!!!!!!

星空凛『あはは、みんなノリいいねー! ありがと!』

凛『うーん……わかった。じゃあ歌うのは諦める』

星空凛『おっ、物わかりがいいね?』

凛『……その代わり、ベースなら弾いていいでしょ?』

星空凛『……よし。それなら認めよう! じゃ、凛はたいさーん!』


八幡「……は? あいつ、何言ってんの?」

八幡(観客席の全てがどよめき、驚き、……期待に震えていた)

八幡(だが観客席で一番ビビッてたのは間違いなく俺だったと思う)

八幡(渋谷は演奏陣のベーアンの後ろに隠れていたベースを取り出して肩から下げる。それは、あいつが初めて出た給料で買ったやつじゃなくて、確かいつかの撮影で使った高いベースだ)


――おい、あれサドウスキーじゃね?
――マジか。え? しぶりんってガチ勢?

八幡「……おい。聞いてないんだが?」

戸塚「言ってないからねー!」

八幡「……マジかぁ」

戸塚「敵を欺くには、まずは味方からっていうじゃない?」

八幡「……やけにスポンサーがいっぱい金出してくれるなと思った」

戸塚「ただ、上手くやってくれないと意味ないんだけどね」

八幡「ああ、それは大丈夫だ。あいつなら」

戸塚「……ふふっ。そっか」



347 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:44:09.78 ID:BqstzqO00

八幡(暗転していく場内。舞台の上は青く仄暗い。通常の演奏陣より二歩も三歩も前に出た渋谷は、サイリウムの光しかないこちら側を見据える)

八幡(きっと、よくある勘違いなのだと思う。第一こっちは暗い。人もたくさんいる。大スクリーン越しに誰もが思うことなのだ、きっと。だというのに心臓がうるさい。紅潮した頬が光に照らされていないか気になる。……絶対に勘違いに決まってる)

八幡(――あいつが俺の目を見て、笑ったなんて)


凛『ふふっ。虜にしてあげる』
凛『――Soldier Game』


八幡(スティックのフォーカウントが広い場内に乾いて響く。ピアノとパーカッションが緩やかな導入を織りなし、そしてドラムが音程の高い太鼓を二回、三連打してそのまま両の腕を頭上に振り上げる)

八幡(それを振り下ろしてシンバルを叩いた瞬間、爆発的なまでの音圧とスモークが舞台から発された。白煙はとりどりの色彩を帯びて、現れた三人を妖しくも神秘的なベールで包む)

八幡(割れんばかりの歓声は、しかし三人だけに向けられたものではない。シンセサイザーの波に乗るように身体を揺らして、渋谷は涼しくも情熱的にベースラインを紡いでいた。聴きやすく歌うような低音のそれは、観る者を音の快楽へと誘う)

八幡(誰もが瞠目せずにはいられない。アイドルがそんなことできるはずないとみんな決めつけていたからだ。だが、彼女のそれはどうだろう。目の前に立って指板を一顧だにせずリズムを刻む彼女の姿のどこにも、作られた偽物は存在しない)

八幡(渋谷に奪われた注目を、舞う三人はすぐに取り戻す。合わせるのが数年ぶりだなんて全くの嘘みたいに、計算し尽されたダンスとメロディのコンビネーションでこの場を調伏する)

八幡(潤んだ唇から爪先まで目が離せない。三人が放つのは綺麗な色気だと思った。きっと他のどのμ'sが組んだとしても、この化学反応は起こせない)

八幡(一番のサビが終わる。真ん中にいるのは園田さんだ。気のせいか、こちらを見ている気がする)


――♪『私は誰でしょ? 知りたくなったでしょう? ならば恋かも
    私の中には秘密があるとして それを 君はどうするの?
            It's soldier game!          』

海未『また会えた時……訊こうかな♪』

戸塚「っ……!」


八幡(きっとファンサービスに違いないが、彼女はサビ終わりに右手で銃を作り、片目を瞑りながら宙に向けて空砲を放った。それは、誰に向けてのものだったのか)

八幡(一度静かになった後始まる二番は、畳みかけるような渋谷のベースから再び浮上していく。そこから、俺の視線は徐々に絵里さんに吸い込まれていった)

八幡(高く遠く透き通っていく歌声。息を呑むような艶美な表情。身体が痺れてしまって動けない気分さえする、徹底的に鍛え上げられた舞踊。……こんな人が、いつも自分の近くにいた)

八幡(夢見心地でいると、あっという間にサビに辿り着く。今度の真ん中は絵里さんだった)


――♪『私と来るでしょ? 触れたくなったでしょう? すでに恋だよ
          私といつかは 戦うべき相手         』


絵里『それは、君の理性かも♪』

八幡「っ!」

八幡(心臓が口から出そうだ。自意識過剰じゃない。今、絶対こっち観て……! 投げキス……!)

真姫・海未『I'm soldier heart――』

八幡(動作そのままに、絵里さんは歌を二人に任せて渋谷の方に歩いていく。あいつもそれに気づいて絵里さんに歩み寄る。両者、不敵な笑みを携えて。そんな二人の表情を俺はどこかで見たことがある。ああ、あれは確か、渋谷と前川がライブをしたときの――)


絵里『――負けないからね?』

凛「……上等!」


八幡(問いかけるような彼女の歌に、渋谷の笑んだ唇が少し動いた気がした)

――『It's sodlier game!』

八幡(舞台のすべての光が渋谷に集められた。彼女の引き締めた双眸が、刃物なような鋭さを以って初めて手元に向けられる。立てた方膝に武器を乗せたとき、どこからも息を呑む音が聞こえた)

八幡(細い右腕は暴れるように弦を引いては叩く。左腕は目視できぬ速さで縦横無尽に指板の上を駆けまわる。躍動する五指が生き物みたいだった)

八幡(機関銃のような低音の奔流が、見る者全ての心を打ち抜いていく)


戸塚「……ベースソロ。完璧だ……」
八幡「……は。お前、いっつも弾いてたもんな、それ……」

八幡(観客の熱狂は最高潮に達した。今まで見たこともない偉業が目の前で行われたことに、誰もが我を失って喝采を送った)



348 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:46:23.27 ID:BqstzqO00

戸塚「……感動する。本当に何度でも思うんだ。……この仕事してて、良かったなって」

八幡「……ああ。もう、認める他ない」

戸塚「……感動してる?」

八幡「それもあるが。……違うものも大きい」

八幡「……暖かいな。ここは」

戸塚「うん」

八幡「そろそろ行けよ。せっかく働いたのが無駄になったらどうすんだ。俺はタダ働きなんか死んでもやらんぞ」

戸塚「あははっ。八幡はこんな時でも八幡らしいなぁ」

八幡「……変わることとらしくあることって、別物なんだな。ようやくわかった気がするわ」

戸塚「そっか。じゃあ後は三人に任せようかな」

八幡「は?」

戸塚「……逃げちゃダメだよ。自意識過剰なんて言わせない。見えすぎるくらい見えてるくせに」

八幡「……」

戸塚「傷付く覚悟をしなよ。解き直しができる時間は限られてるんだ」

八幡「……俺は」

戸塚「……でも、きっとそれも、傷付ける覚悟に比べたら……大したことないんだろうね」

八幡「!」

戸塚「ぼくの解き直しが届くかどうかはまだわからない。でも、答えはもう委ねた。委ねることができた」

戸塚「ぼくはようやく、憧れるだけじゃないぼくになれたよ」

八幡「……」

戸塚「何度だって問い直しなよ。変わった君でも答えは他人に求めないんでしょ? だったら答えはきっと自分の中にあるはずだよ。……間違えたら、何度だって問い直せばいい。間違いをそのままにしておくなんて、ぼくが憧れた八幡じゃない。比企谷八幡らしくない」

戸塚「変わることと、らしくあることって、違うんでしょ?」

八幡「……ふ。彩加も言うようになったもんだ。汚れちまって俺は悲しいな」

戸塚「ぼくは君のアイドルじゃありませーん。残念でしたー」

八幡「八幡的にポイント低い……」

八幡「……ぎりぎりになろうが、人に言われようが言われまいが、俺は好きにする。……きっと、自分好みの答えを出す。俺は俺だ。そこだけは、変わらない」

戸塚「……あははっ」

八幡「何笑ってんだよ」


戸塚「いいや。……それでこそ、ぼくが憧れた八幡だ」


海未(夢のような時間は飛ぶように過ぎていって。私は楽屋で一人、最後の衣装に着替えます。舞台では今、μ'sの面々と346のアイドルたちが共に歌っています。洗練された動き。一体、私に内緒でいつ、みなさんは練習をしていたのでしょう)

海未(着替え終えて、鏡を見つめます。……これだけのことがあってなお、弱々しく見える自分の姿がそこにありました)

海未(奇跡が起きている今夜ならいい。しばらくは頑張れるかもません。……でも、また折れてしまったら。私はそのたびにみんなに頼るのでしょうか。また魔法をかけてもらわないといけないのでしょうか。十二時の鐘に怯えながら、再びこの怖い世界を生きていかなければならないのでしょうか)

海未(……怖い。でも、続けたい。それでも、怖い。……勇気が出ない。理由が欲しい)

海未(この怖さを身に宿してなお、戦い続けられる勇気の理由が)


――こんこん。



349 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:49:41.07 ID:BqstzqO00

海未「! はい」

戸塚「……やあ」

海未「……戸塚くん」

海未(――ああ、またあなたは現れる。私が助けてと言うと、いつもあなたはすぐ傍に)

海未「……あなたには言いたいことがありすぎて、何から言えばいいのかわかりません」

戸塚「……ふふ」

海未(矛盾ばかり、わがままばかり、面倒をかけてばかりなのに、それでもこの人は私の前では笑ってばかり。ねえ、どうしてそこまで強くいられるんですか?)

海未(そんなことを考えていると、私は彼の笑顔の中で最も哀しそうだったものを不意に見つけたのです。……そうだ。これだけは、何よりも先に言わなくてはならない)

海未「何より先に、あなたに言わなければならないことがありました。……ごめんなさい」

戸塚「……へ?」

海未「あのテニスの時。……私は、あなたに言ってはならないことを言いました。手加減などしていなかったのに。……私は何も知らずに、あんな酷いことを……」

戸塚「……あー。ベテトレさんが喋ったんだね?」

海未「ごめんなさいっ!」

戸塚「いいよいいよ、そんなことぐらい」

海未「そんなこととは何ですかっ! 私は積み上げることの尊さを何よりも知っています! 神聖なものなんですっ! ……それを、それを私は……知らないというだけで、汚したのですよ?」

戸塚「その言葉だけで十分だよ。きみが思い遣りのある人でよかった」

海未「……あなたは、なぜ言わなかったんですか。最初から言えばよかったじゃないですか。そのことは何も恥ではないはずです。……言ってくれれば、あなたも私も、こんな遠回りするようなこと、なかったじゃないですか……」

海未(私がそう問いかけると、彼はどこか遠くを見るように、しかし照れたような笑顔を崩さず、言うのでした)


戸塚「……昔、憧れた人がいた。その人は、大事な時には決して言い訳しなかった。積み上げたものを誇らなかった。優しい人だった。……そんな姿を、カッコいいと思ったんだ」

戸塚「ぼくも言い訳しない。男の子だもん。……女の子の前では、カッコよくありたい」

海未「……馬鹿。なんですか、それ。……つまらない理由です」

戸塚「つまらないかな? ぼくにとっては大事なんだよ」

海未「……めんどくさい人」

戸塚「君に言われたくないなぁ」

海未「……大体、男の子なら一人で優雅にお姫様をさらいに来たらどうなんです。無理やり抱きしめてキスしたらどうなんです。甘言を弄すればよかったんです。……有無を言わさず、抱けば良かったんです。こんな弱くてチョロくて面倒な女」

海未「けれどあなたときたら、優雅さの欠片もないじゃないですか。事務所なんかで寝て。髪の毛ぼさぼさにして栄養剤なんか飲んで。甘い言葉どころか厳しい言葉ばかりしかありませんでした。無理矢理抱くどころか外堀から埋めて、逃げ場を潰して他人をけしかけて……」

海未「これでは、王子さまなんて落第です」

戸塚「あはは……そうだね。上手くいかないや。なりふり構ってる暇なんてなかったなぁ」

海未「先程かっこつけたいと言ったのに」

戸塚「君を逃がす方がダサいよ。いくらでも汚れてやるさ」

海未「……あなたという人は、心底」


海未「――格好いい殿方ですね」


戸塚「…………タイム。ふ、不意打ちはダメだって」

海未「……あなたの作戦の効果は抜群です。怖いのに、あんなに辛くてやめようと思ったのに。……今、心の中に、二人の自分がいるのです……」

戸塚「……」

海未「……ねえ。最後の勇気を、くれませんか?……」

戸塚「……わかった」




350 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:51:06.12 ID:BqstzqO00

海未(私は目を瞑ります。心臓は早鐘を打つけれど、こういう時は黙って待つのが淑女の作法だと聞きました。もう、言い逃れができません。……私は、彼に。戸塚彩加という殿方に、心底惚れてしまっているのでした)

海未(憧れたワンシーン。まるでお姫様のよう。……こんな夢が、今更叶うなんて)

海未(……あれ。ちょっと、遅くありませんか? ……焦らしている? この人ときたら、こんな時さえ――)

海未(そう思っていると、私の右腕はがしりと掴まれました。それは完膚なきまでに殿方の握力で、私は驚いて目を開いてしまいます)

戸塚「ほら、行くよ? 最初に言ったじゃない。全部、ここに持って来たって」

海未「――え?」


海未(彼に手を引かれて、たどり着いたのは舞台袖。そこから洩れる光が信じられなくて、私はただ立ち尽くす)

海未(広がっていたのは、おびただしいまでの海色の光。心のこもった横断幕。祈りの声)

――海未ちゃーん!! 辞めないでくれー!!
――お願い!!! 大好きなの!!!
――海未ちゃーん!!


海未「……こ、れは……?」

海未(私以外のキャストは既に舞台の上にいて、お客さんたちと同じ海色の光を両手に持っていました)

戸塚「ちょーっとスクリーン見ててくれる? すぐ戻るから」


穂乃果「指令でました! 上映お願い!」
美嘉「任せろー!★」
莉嘉「えいっ!☆」

海未(特大スクリーンに映し出されるのは、信じられない面々)




351 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:52:19.57 ID:BqstzqO00

美希『こんばんわー! みんな元気? ミキだよ!』

響『はいさーい! 我那覇響だぞ!』

春香『こ、こけちゃう! こけちゃうから!』

千早『亜美! 真美! 押さないで!』

真美『えー』

亜美『亜美たちも写りたーい!』

やよい『も、もうつながってるんですか?』

貴音『会場と交信ができるとは……面妖な……』

伊織『カメラもうちょっと低くしなさいよ! デコしか写ってないじゃない!?』

真『痛っ、伊織! ボクに当たるなよ!』

雪歩『待ってっ。おめかししなくちゃ……!』

あずさ『うふふ、元気ですね~』


穂乃果「響ちゃーん! 久しぶりー!」

響『あっ、穂乃果も見えるぞ! はいさーい!』

千早『穂乃果さん。海未さんは?』

穂乃果「袖で足止め中! 今多分映像見てるよ!」

雪歩『ここここんばんはっ! 海未さんっ、はじめましてっ!? 萩原雪歩ですぅ!?』

美希『雪歩ったらさっきからキンチョーしっぱなしなの……』

にこ「じゃあ、そろそろ発表してくれるかしら?」

春香『はいっ! じゃあ私が発表しますね!』

海未(彼女が原稿らしきものを取り出すと、ワイプでパソコンの画面が切り取られます。……映し出されているのは、確か……ついったー、というものだったでしょうか? 私は目を凝らしてみます)

春香『今日までに集まった、園田海未さんを応援してくれたフォロワー数は……』


春香『百五十万、八人ですっ!!』


海未「……え…………?」

戸塚「フォロワー数っていうのはね、園田さんを応援するためにインターネットから支えます、って決意表明してくれた人の数だよ」

八幡「おい、雪ノ下。体力なさすぎだろ。台車押すだけなんだからしっかりしろ」

雪乃「……無理よ。あと何往復すれば全部運びきれるの……?」

放送作家「ははは、まあいいじゃないですか」


海未「戸塚くん……その大量の箱は? それに、比企谷くんや雪ノ下さん……作家さんまで」

戸塚「これはね。……全部、君へのファンレターだよ?」

海未「っ!?」


八幡「よし次行くぞ」
雪乃「……次、台車の上に乗っていいかしら」
放送作家「ははは」



352 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:53:52.49 ID:BqstzqO00

千早『今から、リプライの中からいくつかを読み上げたいと思います』

美希『みんな、たくさんの気持ち……本当にありがとうなの!』


戸塚「見てみなよ。聞いてみなよ。……これが、君が今まで歩いてきた道だよ」

海未「……っ」

海未(私は大量の箱の中から何枚もその宝を掴みとり、一枚一枚慈しむように読んでいきます)


「ぼくは海未さんのファンです。海未さんのライブを見ると、自分も頑張んなきゃなって気持ちになります。アイドルでいてくれてありがとう。海未さんが大好きです!」


『わたしは海未さんが超超超好きです。カッコよくて憧れます! 将来、絶対アイドルになります! そのときわたしは海未さんに、海未さんに憧れてアイドルになったんですって言いにいきます! だから、その時までずっとアイドルでいてくださいね!』



『自分は今年から会社員です。慣れない仕事はしんどいし、辞めたいって思うことが何度もあります。でも、海未さんをテレビで見ると、また明日も頑張ろうって思えるんです。本当にありがとう。海未さん、自分より先に辞めるなんてナシですよ』



「当方、八十一歳の爺です。お恥ずかしながら、筆を執らせていただきました。孫に勧められて貴女を知ったのですが、今では妻と二人で年甲斐もなくてれびの前で正座しておる毎日です。らじおがまた始まる日を楽しみに、二人で長生きを誓っております。貴女のお声を再び電波で聴くまで死ねません。この老兵に生き甲斐を、どうか与え続けてはくれませんか」



「うみおねえちゃん。だいすき」



『ありがとう』



『だいすき!』



海未「っ……」
海未(視界が滲んで、もう何も読めませんでした)




353 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:55:45.55 ID:BqstzqO00

戸塚「放送作家さんが、本当に色んなラジオでこのことを宣伝したんだ。一番最初に乗ってくれたのがあの人だった。……伝言だよ。約束は守りました、だって」

海未「……ぅ……うう……!!」

戸塚「ねえ、園田さん。ぼくはね、確かに色んなことを企んだ。いろんな作戦を練った。自分の力だけじゃなくて、いろんな人の力を借りた」

戸塚「でもね、どんなにぼくが策を講じても、誰に呼びかけたとしても。それだけじゃ君を救えない」

戸塚「ねえ、このたくさんの光が見える? このたくさんの想いが読める? ……君に惹かれた、憧れた者たちの祈りが聞こえる?」


ことり『だいすきだよー!』

にこ『あんたがいないと765に引導渡せないでしょ?』

星空凛『今度こそレッスンでへばらせてやるにゃ!』

希『公務員に逃げてもいいことなんかないよー?』

絵里『事務員もね! しんどいんだからっ!』

花陽『やっぱり海未ちゃんは、アイドルじゃないと!』

真姫『海未ちゃんがいないと、曲の書き甲斐がないわ』

凛『海未さん、辞めたらニュージェネ一同家の前で泣くから』

未央『自慢じゃないけど泣き声はうるさいからねっ!』

卯月『わたしもっ!』

みく『一七歳女性が家の前でにゃーにゃー泣きにいくにゃ! いいのか!』

美嘉『住所は特定済みだぞー★』

莉嘉『だぞー☆』

楓『居酒屋でお説教、ですよ?』

アーニャ『Пожалуйста……おねがい、します』

杏『……めんどうなことになる前に大人しくした方がいいと思うよ?』

きらり『きらり、海未ちゃんいないと、嫌だにぃ……』

貴音『貴女との手合せがお預けのままです。お預けはまこと、嫌なものです……』

雪歩『海未さんっ!! 私と焼肉に!!』

美希『雪歩、ブレなさすぎなの……』

千早『……海未さん。あなたは、私の憧れです』


亜里沙「海未さーんっ!!」

――海未さん
――海未ちゃん
――うみちゃんっ!!!



穂乃果『海未ちゃん。……叶えて? みんなの夢!』





354 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:57:38.25 ID:BqstzqO00

海未「あぁ……ああぁ……」

戸塚「君は自分を特別じゃないって言う。何度言っても認めない。でも、見てみなよ。ここにあるものを」

戸塚「君が特別じゃなくても、君が積み上げてきたものは何より特別だ」

戸塚「君を救うのはぼくじゃない。君がかけてきた魔法だよ!」

海未「……うん。……うんっ……!」

海未(滂沱と流れる涙は暖かく、それはきっと心の温度でもあったのです。ああ、私は今まで何を見ていたんだろう。鏡ばかり見ていて。自分のことばかり見ていて。……振り返れば、こんなに暖かなものが世界に溢れていたというのに)

海未(大切なものは、見えなくてもそこにあったのです)


星空凛『よーし! それじゃあ、せーので「お願い、海未ちゃん」だよ!』
凛『いくよ! せーのっ!!』


――おねがい!! うみちゃーん!!!!


海未「ああ、いか、ないと……!」

戸塚「ふふ、忘れたの? 一回目はスルーだよ。ほら、衣装整えて?」

海未「……ばか。よういが、よすぎるんですから……」

戸塚「君に褒められると嬉しいなぁ」

海未「……こんなときまで、いじめて……」

戸塚「あははっ。君がいじめろって言ったんだよ」


真姫『あの子実はわがままだから。そんな声じゃ足りなかったんじゃない?』

杏『涙でも拭いてんじゃないの?』

絵里『ほーら、みんな。今声出さなかったら後悔するわよ? ファン失格!』


海未「……いつかの電話の続きを聞かせてください。どうして、私に優しくするんです?」

戸塚「……腕がダメになった時。どうしていいかわからなくなった。大したことないとみんなには言ったけど、そんなことなかった。曲がりなりにも人生のほとんどだった。……怖かった。昔日の憧れだけで生きていくには、この世界は寒すぎるから」

戸塚「でも、ある日。君を見た。恰好よかった。憧れた。また生きる勇気を貰ったんだ」

戸塚「君に背中を押してもらった。……だから、今度はぼくの番」

海未(そう言って、彼は私の背中を優しく押したのです)

戸塚「行っておいで。きみは、世界で一番のアイドルだよ」

海未「――はい!」


――おねがい!! 海未ちゃん!!

『ありがとう。……ありがとう、ございますっ……!』


――わあああああああああああああ!!



355 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 01:59:09.44 ID:BqstzqO00

『もう、二度とアイドルを辞めるなんて言いません。大好きです。アイドルが、大好きです』

『傍にいるみんなが。私を見に来てくれるみんなが。声を届けてくれるみんなが……私を何度も奮い立たせる、勇気の理由です』

『最後に……歌います。これから先何度だって、喉が枯れたって歌うから、きっと会いにきてください!』

『――勇気のReason!』

――わあああああああああ!!!



戸塚「……ああ。園田海未だ。ぼくが憧れたあの子が、ここにいるよ」

雪乃「……きっと、伝説になるでしょうね」

戸塚「全部、報われたよ」

八幡「……彩加。言ったのか?」

戸塚「……あ」

八幡「おいおい……」

雪乃「? 二人して何を言っているの?」

戸塚「なんでもないです……」

八幡「まあしかし、ちょっとやりすぎたかもしれんな」

雪乃「……そうね」


――アンコール!!
――アンコール!!


八幡「……346側に用意はないぞ」

雪乃「あのね、さっき高坂さんがもう一度μ'sでやらせてって言ってたわ」

戸塚「本当っ? ごめん正直園田さんのことばっかり考えててそこまで頭が……」

八幡「! 雪ノ下、行くぞ」

雪乃「……それぐらい私に気を遣えないものかしら」

戸塚「え、ちょっと?」


海未「――戸塚くん?」




356 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 02:00:09.51 ID:BqstzqO00

戸塚「……あ」

海未「……感動的な感じになって流しそうになりましたが、私は許しませんよ」

戸塚「え? なにが?」

海未「……目を瞑っていたのに。女の子に恥をかかせるなんて」

戸塚「……あー」

海未「……勇気。くれないのですか……?」

戸塚「……今しなきゃだめ?」

海未「こういうのは殿方からするものなんですっ! あと、するならちゃんと背伸びをさせ――!」

戸塚「……」

海未「……! んっ、な、なななっ! いきなりなんてっ!! 駄目です! 破廉恥です!」

戸塚「……やれって言ったり駄目だって言ったり、本当に君は面倒だなぁ」

海未「……面倒くさくない女の子など、いないのです」

戸塚「……あはは、確かにそうだね」


穂乃果「海未ちゃんっ、アンコールアンコール!」
ことり「ほら、一緒に行こっ?」


海未「ことり、穂乃果……」

戸塚「ほら。行ってきなよ」

海未「ええ。……彩加くん」


海未「――これから、一番可愛い私も見ていてくださいね?」
戸塚「……うん。どんなときも、ずっと」



――♪『たまにはゆっくり 君のペースで 
    やりたいことたち 見つめてごらん?
    その後 頑張れ! 全力でね』





357 : ◆I0QEgHZMnU 2015/07/08(水) 02:00:52.38 ID:BqstzqO00





――♪『どんなときだって 君を見つめてる』








比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」



転載元
比企谷八幡「雪と」 渋谷凛「賢者の」 絢瀬絵里「贈り物」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1436215120/
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