【艦これ】梅雨祥鳳【短編集】
艦これ短編集です。トップバッターはスレタイ通り祥鳳、>>2からスタートです。
以降は何人か思いついた艦娘でまったりと書いていきたいと思います。
今作と繋がりありませんが過去作が溜まってきたので紹介させて下さい。基本どれから読んでも大丈夫。
① 【艦これ】叢雲「私のバレンタイン・デイ」
② 【艦これ】天龍「オレと、提督の恋」
③ 【艦これ】神通「私と提督の、恋」
④ 【艦これ】球磨「お姉ちゃんの損な役回り」
⑤ 磯風「磯風水雷戦隊」陽炎「陽炎水雷戦隊」 磯風・陽炎「突撃する!」
⑥ 青葉「司令官をグデングデンに酔わせてインタビュー!」
⑦ 【艦これ】青葉「司令官を酔わせて取材しちゃいました!!」
【祥鳳】
しとしとと降り続ける雨は止む気配もなく。
提督と二人きりの執務室は静寂に包まれたまま、午後の時間が過ぎて行きます。
「それにしても、久しぶりだね」
「提督、何がですか?」
黙々と書き物をしていた提督が、ふと手をとめて呟きます。
私も書類を書く手を一先ずとめて、彼に向き直りました。
提督に声をかけられたという口実を得て、上目遣いに彼の顔を見つめるのです。
ああ、これは・・・彼特有の・・・。そして、私に向けられるのは久しぶりの・・・。
「服を着た祥鳳を見ることが、かな」
艦娘をからかう時の、いたずらっぽい顔です。
「もう、私はいつも服を着ています!」
「嘘だね、いつも脱いでるじゃないか」
「あれは、戦闘中だけです。分かってるのに意地悪するんだから!」
そう。ただの意地悪、冗談だと分かっているのに。
なのに、そうやって悪戯されるのが嬉しくって・・・。
ついつい、この人が喜びそうな反応をしてしまうのです。
「そうやって怒る顔も、久しぶり」
「秘書艦に呼んでくれないのが悪いんです」
私に割り当てられるのは出撃の方が多いので、こうして秘書艦をするのは本当に久しぶりです。
本当はもっと、この人の隣にいたいのだけれど。
・・・そんな事、恥ずかしくて言えるわけもありませんから。
だから、こうして拗ねてみるのが精一杯。
「出撃組はなあ・・・こうした時でないと」
「そうですね。こうやって仕事をしていないと、なまってしまいます」
雨の時期は、どうしたって出撃が取りやめになることが多いです。
そうした時提督は、出撃にあぶれた者から選抜して秘書艦を選ぶようにしています。
久々に私が秘書艦に選ばれたのも、それが理由。
明日の予報は晴れですから、いつも通り出撃。文字通り晴れて戦線に復帰です。
そう、だから・・・だから。
いえ、つまらない事を願いました。
出撃しない艦娘など本末転倒。
だから、私のこの願いなど胸に秘めて・・・決して表に出してはいけないのです。
「もう少し」
「え?」
降り続ける雨を眺めながら、ふいに提督が呟きます。
「もう少しだけ、この雨が続けばいいのに」
「あの、提督・・・?」
何故、そんな事を言うのですか。
何故、私と同じ願いを、口に出したのですか。
そんな簡単なことが、どうしても聞けません。
だって・・・だって。
もし、彼の今の言葉が・・・私と同じ思いで放たれたとしたら・・・?
トクン、と胸が跳ねます。
なんでしょう、この気持ちは。
なんでしょう、この切なくなるほどに苦しい感情は。
「・・・祥鳳?」
「つ、梅雨ですから!梅雨ですから・・・雨も続くかもしれませんね!」
「お、おう?」
急に声をかけられたせいで、慌てて突拍子のないことを叫びます。
ああ、大失敗。私の妙な反応のせいで、会話が途切れてしまいました。
そうしてお互い、書類仕事に戻って・・・どれくらい時間が経ったのでしょう?
今度はぽつりと、私の方から提督に話しかけます。
「梅雨・・・この季節は、私が・・・『祥鳳』が進水した季節でもあるんですよ」
「確か・・・君がここに来たのと同じ、6月のことだったかな?」
彼の返事にこくりと頷きます。
私の着任時期を覚えてくれていたことが、嬉しい。
私の・・・『祥鳳』のことを知っていてくれたのが、誇らしい。
「そして、同じくこの季節に『祥鳳』は・・・」
”それ”は今の私とは関係のないことのはずなのに。
何故だかいつも、その事実が私の心を締め付けるのです。
「『祥鳳』は、梅雨の季節に生まれ、梅雨の季節に沈んでいくの・・・」
降り続く雨のせいでしょうか、それとも隣に提督がいるからなのでしょうか。
今日の私は、いつもよりなんだかナーバスな気分です。
「それは違うな」
いつになく真剣な顔で、提督が言います。
「祥鳳は梅雨の季節に着任した。梅雨の季節に着任して来て・・・ただ、それだけさ」
祥鳳と『祥鳳』を取り違えているのはわざとでしょう。
でも、いまそれを指摘するのは野暮というもの。
はい、と短く返事をして。
その時の私は、会話はそれで終わりだと思っていました。
先ほどの提督の台詞に、こんな言葉が続くなんて・・・。
いったい誰が想像できるというのでしょう?
「だって、君は俺が沈ませない。だから、大丈夫」
ああ、もう駄目。
そうしてまた、この人は私を困らせる。
今度は冗談ではなく、至って真面目に、真剣な表情で。
ふざけても真面目にしていても・・・どっちだってこうして私を悩ませるんだから・・・。
「あなたって本当に、ずるい人」
意味が分からずに首を傾げたって、教えてあげません。
今度はあなたが困ればいいんだわ、なんて・・・そんな事を思いながら。
しとしと、しとしとと。
相も変わらず降り続く雨の中・・・私たちはまた、執務へと戻っていくのです。
祥鳳編 了
【川内】
「この季節、艤装が結構痛むのよね」
「なんだ、お前も梅雨が嫌いなのか?」
執務室で、二人きり。
私の独り言に提督が乗っかって来るのもいつものこと。
「ううん、夜戦には関係ないから私は別に?」
「まったく・・・お前はいつも夜戦夜戦か」
苦笑しながら答える提督に笑顔を返す。
みんな、梅雨って嫌がるものだけど・・・実は私、結構好きなのよね。
「へえ、なんで?」
「ふふーん、そ・れ・は・ねー」
夜戦の天敵太陽が夜を待たずに、あの雲の向こう側まで隠れてくれるから。
「呆れた」
今度こそ提督は相手にする価値なしとでも言うように仕事に戻ってしまった。
むう、何よう。それじゃまるで私が夜戦しか考えてないお馬鹿さんみたいじゃない。
でも、まあいいや。お昼の出撃は中止になったけれど、今日は夜の方で出番があるから。
そう考えるとこの退屈な秘書艦業務も、張り切りがいがあるっていうものよ!
「ああそうだ、夜の出撃も中止するから」
ドタバタドン。
横からさも当然、といった風に私の生きがい全てを封じ込める男。
上半身を机の上に盛大にずっこけながら、信じられないといった表情で叫んじゃった。
「あ、あんですって~!?」
「うっさいな、もう!」
そんな事今はどうでもいい。君はいま私の唯一の楽しみを奪ったのよ、分かってる!?
「大体なんで急に中止すんのよ信じらんなーい、ねえねえ、夜戦しようよぉ!」
「こんだけ雨降って海が荒れててなんで夜戦すると思った!?お前アホか!?」
ぶう。夜戦に天気なんて関係ないもん、なんて言ったら・・・。
即座に、あるに決まってるわ、と怒鳴られた。
夜戦がないとなると・・・今は午後3時。あと2、3時間で終わりと思ってた執務が・・・。
「えぇ、じゃあ私今日はずっと内勤?」
「終日秘書艦だ、バカモン」
うげ・・・なにそれ、つまんない。
そんな私の気持ちが露骨に顔に出たのか、提督がやれやれと肩をすくめる。
「お前なあ、仮にも女の子なんだから・・・もうちょっとこう、大人しくだなあ?」
「ふーん、だ。どうせ私はガサツな夜戦馬鹿ですよー、だ」
「何もそこまで拗ねないでも・・・」
面白くない。夜戦が出来ないって分かったさっきよりも断然、面白くない。
だって、普段の私をみたら到底、大人しくなんてしないのを分かってるくせに。
君のお気に入りの”誰と比べて”ガサツだと思われたのかなんて、簡単にわかっちゃうんだから。
「神通、何て言ってたの?」
「ん?」
「あの娘、昨日秘書艦だったよね。梅雨のこと、何て言ってたの」
「いつもと違って落ち着くから好き、ってさ」
答えを聞いて確信する。・・・やっぱりあの娘と比べてたんじゃない、バカ。
あんなに綺麗で可愛くって、物静かな妹と比べられたら・・・。
きっと、提督は私のことを女の子らしいって思ったことがないんだろうな。
「なんだよ、拗ねてんの?」
「拗ねてないわよ、ばーーーか」
「やっぱ拗ねてんじゃん・・・晴れたら夜戦出来るんだから、今日くらい我慢しなさい」
そうじゃないもん、ほんとばか。
よく見てるくせに、妙なところは鈍感なんだから。
私が拗ねてるのは夜戦が出来ないからだけじゃないんだよ、なんて・・・そんな事言えるわけがない。
言ったら絶対、きょとんとして”なんで?”って言うに決まってるんだから!
ああん、もう。
もどかしい気持ちを抑えながら、私は割り当てられた書類に目を通す。
こっちに回ってくるのは、比較的簡単で重要度の低いものが中心。
その中でも艦娘が立てた企画書なんていうものは・・・。
「あの娘、なにやってるのよ・・・」
大人しい方じゃない、もう一人の妹が出してきた企画書にため息。
「なに?」
「『雨の日限定ライブ!那珂ちゃんと一緒にズブ濡れになろー!』ですって」
「却下」
「うん」
我が妹ながら呆れてしまう。
・・・雨の日に外で暴れようなんて信じられない。いったい誰に似たのかしら?
そうやって慣れない書類の整理をしていくと、意外と時間は過ぎていく。
午後5時過ぎ。
いつもなら執務室の窓から太陽最後の輝きが見えて、夜戦を心待ちにする私のテンションが上がってくる時間帯に・・・。
「ふふ」
ふと、報告書を読んでいた提督が押し殺したような、でもこらえきれないといった感じで笑いだした。
丁度集中が切れてきた私は、ありがたく乗っかることにする。
「なになに、面白いこと?」
「いや、朝潮は本当に真面目だなあと思ってさ」
「・・・で、満潮の方はというと、文面が非常に素っ気ない」
「大潮は・・・うん、今度漢字を教えてやろう・・・ふふ」
個性が出るなあなんて言いながら読んでいるのを見ると、私も読みたくなっちゃう。
・・・第一、退屈すぎて息抜きがしたかったところなのだ。
朝潮型の報告書が続くのなら・・・荒潮は一体どんなことを書いたのだろう?
そう思うとなんだかガマンが出来なくなってきて。
座ったままくっと椅子を引いて、提督の方へと向きを変える。
うーん、ちょっと遠いや・・・そう思って、やはり座ったまま、よいしょと前へ移動。
「おいおい、近いぞ」
「えへへ~、私にも見せてよ!」
そう言って、私よりも背の高い提督を見上げてはたと気づく。
座ったまま椅子を持ち上げて移動する、なんて器用な真似をしたせいで、艤装のスカートの裾に折れ目が付いていた。
ああもう・・・あとでアイロンかけなきゃ、なんて思いながらスカートを撫でつける。
ついでに提督の目線を意識して、シャツの襟に出来た隙間と乱れた髪を整えて・・・。
さあ読むぞ!って、机の上の書類に顔を向けた瞬間・・・。
まじまじとこちらを見ていた提督と、目があった。
「へ?」
「川内、お前にもさ」
さっき椅子をガーって引いちゃったから、また馬鹿にされるのかな?
「な、何よ・・・?」
だから幾分身構えて、そう切り返したんだけど。
提督の反応は、私にとってまったく予想外のものだった。
「けっこう女の子らしいところ、あるんだな」
え・・・?
え・・・ええ!?い、今提督、何て言ったの!?
もしかして提督って・・・私のこと、女の子だと思ってる!?
え、嘘。・・・だって。さっきはあんなに呆れてたくせに。
女の子扱いされないって拗ねたくせに、そう扱われるとなると途端に恥ずかしくなってくる。
お、落ち着け・・・落ち着け私!
「まあそりゃ、そうだよな」
「そ、そうだよ。あったりまえじゃん!」
バシバシ、バシバシと、照れ隠しに後ろから提督の背中を叩く私。
「いたっ・・・痛い!なんで叩くんだ!?」
「い、いいから!さっさと報告書読も!」
「分かったから叩くのやめろ!お前女のくせに力強すぎ!」
背中が痛いくらいいいじゃんって・・・私は心の中だけで、そう思うことにした。
だって・・・だって。
ドキドキ、ドキドキって。
提督に聞こえてしまうんじゃないかって思うくらい心臓が高鳴って。
私の胸はいま、破裂しそうなくらい痛いって悲鳴をあげているんだから。
・・・鈍感なくせに、妙なところはよく見てるんだ、このひとは。
「うわっ、荒潮字きれい~!」
「ああもう、川内うるさい!」
恥ずかしさをかき消すために、一際大きな声を上げる。
さっきは好きだって言ったけれど。
やっぱり梅雨は嫌いだって、私は思い直すことにした。
「あ、もう!こっち向かないで。さっさと次のページめくってってば!」
「はいはい、分かりましたよ・・・」
雨さえ降っていなければ。雲が水平線に沈んでいく太陽さえ隠していなければ。
真っ赤になったこの顔を、夕焼けに染まったせいだって言えたのに。
あなたの背中に隠れずに、堂々と赤い顔で、向き合うことが出来たのに。
だからやっぱり、梅雨は嫌い。
川内編 了
【時雨】
雨が降る日は、図書室にお気に入りの本を持ち寄って読書する。
白露型の部屋で読むのもいいけれど、今日みたいな日は図書室で読むのがいい。
静かに、時の流れるままことばの奔流に身を任せるのが心地良いんだ。
本を読むのは、もともと好きだった。
でも・・・ここに来てから、もっと好きになった。
それは、なぜかと言うと・・・。
「おや、時雨も読書か?」
「うん、お揃い・・・だね」
提督も、本を読むのが好きだから。
特に、出撃任務が中止になるこんな雨の日は、提督もここへ来て本を読むことが多い。
・・・だからボクもここに来るんだ。静かに、二人きりで話せる機会はそうそうないから。
「心に残ることばって、あるよね」
本好きが集まると、自然と話は読書のことになる。
ましてや、読む本の趣味まで合うのなら当然だ。
「時雨は、どんなことばが心に残ったんだ?」
”―あたしたちは、恋だろうか。”
今、ボクが手にしている恋愛小説の一節を唱えると、提督は少し意外そうな顔をした。
なんだい、その顔は。・・・失礼な人だよ、まったく。
「ボクには恋愛小説が似合わないって言いたいみたいだね?」
「そんな事はないよ・・・少し、意外だっただけさ」
それが似合わないってことじゃないか。
むくれるボクの機嫌を察してか、ちょっと慌てた感じで提督が言う。
「もう少し理知的というか・・・論理的というか。そんな本が似合うと思ってたから」
なにさ、それ。勝手にどういうイメージを抱いていたんだろうと、ボクは短く笑う。
「でも、さっきのが分かったってことは、提督もあの小説を読んだってことだよね?」
「いやあ・・・それは・・・。あはは」
キミの方が、よっぽど似合わないじゃないかと言ってあげたら。
それもそうかと、はにかんだ笑いを見せた。
ねえ、ボクたちは―なんて言ったら。
目の前の彼はそれでも、はにかんだ笑いを浮かべてくれるのだろうか?
雨の音を背景にしながら、ボクたちはそれぞれの本に没頭していた。
丁度、章と章の間に差し掛かったところで、ふと顔を上げて聞いてみる。
「そういえばさっき、提督の好みを聞いてないや」
他にはどういう本が好きなんだろう、ちょっと・・・というか、大分気になる。
「俺か、俺はなあ・・・」
提督は手に持っていた赤い背表紙の本にチラリと目線をやって、考え出す。
接続詞から始まるタイトルのその本は、遠く金剛の留学先から世界を席巻して、今提督の手元にある。
多分、そういった本が好きなのだろう。そしてそれはボクと同じだ。
ああでもない、こうでもないなんて言って、悩む提督を見るのが楽しい。
好きな本はって聞かれて悩む気持ちは、これ以上ないくらいに分かるんだ。
「タイトルコールを上手く使う本、っていうのが好きだな」
おっと、ちょっと捻ってきた。
普通に挙げただけじゃ、面白くないって思ったんだろう。
でも、そういう試みはボクも嫌いじゃない。
「ふうん、例えば?」
ボクがくいついたことが嬉しくて、目を輝かせるのが可愛い。
そうして得意げに間をとって、一言。
「あい、すくりーむ」
「・・・それが言いたかっただけでしょ」
聞いたとたん、クスリと笑ってしまう。
良かったね、提督。ボクじゃなきゃ分からなかったよ?
「それじゃあ、ただの駄洒落じゃないか」
「そうさ、ただの下らない駄洒落」
ヒソヒソと、まるで子供が大事な宝物を隠した秘密の場所を教え合うみたいに。
顔を近づけて、内緒の話を続けるんだ。
「謎かけが遠まわりして、時間差で相手に届く・・・こんな面白いことがあるか!?」
「提督・・・ちょっと熱くなりすぎだよ。静かに」
たとえ二人しかいなくても、図書室は図書室。
ヒートアップした提督に、しーっ、と唇の前に指を立てて諌める。
それにしても・・・謎かけが遠まわりして、時間差で相手に届く。言い得て妙だ。
提督が今話題にした小説の1巻のストーリーを端的に表している。
でも・・・それなら1巻を持ってくるのに疑問が残るよ。だって。
「あのシリーズは2巻の方が面白くないかい?」
あれだって、相当に秀逸なタイトルだと思うけれど。
だってボク、あのタイトルの意味に気づくのに何周かかったか。
「俺は、一発で分かったからな」
「はいはい。いるよね、証明出来ないことに限って威張る人」
「あ、信じてないな?」
「別にー?」
こんな風に読書の話で提督と盛り上がれるのは、この鎮守府でボクだけ。
提督と、ボクだけ。そのことに、たまらないほどの優越感を覚える。
そうしてしばらくすると話題はまた、ボクが読んでいた本の話に戻っていく。
「そう言えば、時雨はその本の作者が好きなのか?」
「うん、一通りシリーズは読んでいるよ。提督は、どう?」
「今お前が持っているそれと、あと・・・」
この作者が書いた中で一番人気で有名な作品が上がる。
映画にも、アニメにもなったあの作品だ。
へえ・・・提督、あの作品も読んだことあるんだ・・・。
そう思った瞬間、ふっと・・・ボクの心にちょっとした悪戯心が湧いてくる。
じゃあ、ボクがあんな事をしたら・・・いったいどんな顔をするんだろう?
思い浮かんだそれは、あの作品でヒロインがされた・・・本好きが憧れる素敵な告白。
偶然にも、鍵となる”それ”は、今ボクの鞄の中に入っている。
ちょうど今日、読み返そうと思って持ってきていたんだ。
ドキ、ドキ、ドキ。
思いついてしまった悪戯は、途中で止めることなんて出来やしない。
そっと鞄の中を探って、“それ”の存在を探り当てる。
「ねえ、提督・・・」
「ん?」
「同じ作者が書いた本なんだけれど、これも読んでみたら?」
そう言って、鞄から出したその本を差し出す。
「この本、提督にあげるから・・・読んでみて」
貸すのではなくて贈るんだってことを強調してみる。
ねえ、提督なら・・・この意味が分かるよね?
「ほう・・・『レインツリーの国』か」
ああ、渡しちゃった・・・。
提督が、渡した本のタイトルを読み上げるのを聞いて。
今更自分が、とんでもないことをやらかしてしまったのではないかと思う。
だってそうだよね、あの作品を読んだ人にこれを贈るっていうのは。
もう、そういうことでしかありえないんだから。
提督はボクのこの悪戯を、どう思うだろうか?
うろたえるだろうか、迷惑に感じるだろうか・・・そうだとしたら、悲しい。
でも、でも・・・もしも・・・違った答えを出してくれるのなら・・・。
「ふむ・・・」
ゴクリと唾を飲み込もうとして・・・自分の口の中がカラカラに渇いていることに気づく。
やだな、ボクったら。自分で仕掛けたくせに、もう怖気づいている。
さて。
気になる、彼の返事は・・・?
「有難い・・・けど、大事な本だろう。返さなくても良いのか?」
「・・・へ?」
「持ち歩いてまで読み返すなんて、余程のお気に入りじゃなんだろう?」
「え、あ・・・うん。大好きな本だけど・・・」
肯定でも否定でもない、単なる疑問。
そんな・・・どういう事?
あの作品を読んでいるなら・・・こんな試みをされたら、提督なら真っ先に反応しそうなのに・・・?
「あ」
そうして、思いがけない事実に突き当たる。
「提督、もしかして」
同じ作者の、先ほど話題にした本の名前をもう一度あげて。
「何巻まで読んだの?」
「んー、ああ。実は1巻しか。何となく続きが手付かずなんだよなあ」
ああ、やっぱり・・・。
2巻で出てくるお話を真似たって、これじゃ伝わらないわけだ・・・。
「な、なんだ?」
「いや、何でもないよ・・・」
がっくりとこうべを垂れるボクを見て、提督が驚く。
「で、この本だが・・・」
「いいよ、あげるよ。読んでみてよ」
半ばやけっぱちになって言ってしまう。
気づいてもらえなかったことに拗ねる反面・・・。
実は、気づかれないでホっとしている自分がいる。
でも、話はまだ、これで終わりじゃなかった。
ああ、ボクは小心者だなあなんて思ったりして。
だから、これで良かったのかもしれないなんて納得していたら・・・。
「そうか、ありがとう・・・お返しに、今度俺のお気に入りを君に贈ろう」
期待していたよりもずっとずっと欲しい答えを、提督がくれたんだ。
「うん、ありがとう」
本好きが、自分たちの好きな本を一冊ずつ贈り合う。
ただ、それだけのことが・・・ひどく素敵なことに思えた。
「しかし、こうなると・・・」
僕が贈った『レインツリーの国』の表紙を指でなぞりながら、提督が言う。
「この作者の、あの作品も続きが気になってきたな・・・今度2巻も読むか」
「な、なっ・・・だっ、駄目――――!」
一段落付いたあとにそんな事を言うなんて、卑怯だ。
今更のように耐え難い恥ずかしさがボクを襲ってきて。
思わずそう叫んでしまったボクは、不本意にも提督に嗜められるのだった。
だって、そんな事をされたら・・・。
ボクが今日この本に込めた気持ちが、ボクの知らないところで届いてしまう。
「ぜったいに、読んじゃ駄目だからね・・・?」
ぜったいにぜったいにと念を押すと、提督は不思議そうに頷いた。
謎かけが遠まわりして、時間差で相手に届く。
こんな恥ずかしいことがあるだろうかと、ボクは先ほどの軽率を後悔するのだった。
時雨編 了
【叢雲】
しとしとと、雨が降り続く。
一人きりの執務室の中で、私は黙々と書類仕事を続けながらアイツの帰りを待つ。
なんていうと、ロマンチックに聞こえるかもしれないけれど。
「あんのバッカ・・・またサボリね!」
実態はまあ、こんなもの。
まったく、アイツは私が目を離すとすぐこれだ。
でももうすぐ3時・・・そろそろ帰って来る頃だろうか?
乾いたタオルがまだ残っていたはずだからと、箪笥の中を殴りながら・・・。
今度首に掛ける縄でも買ってこようかしら、なんてことを半ば本気で考えていると。
ガチャリ、と扉を開ける音がして、この部屋の主が入ってくる。
「遅い、サボリ、仕事!」
「中々的確なお叱りじゃないか」
ハハハと笑って、怒る私を一瞥する。まるで反省していない。
コイツのペースに乗っていると話が進まないので、無視して続ける。
「アンタ、どれだけ仕事が溜まっているか分かってるの?」
「今更山が一つ二つ増えただけで動じてちゃ、提督業なんて出来んさ」
コイツが提督業に慣れてきて、悟ったように言い切ったことがある。
必要なのは書類を片付ける覚悟じゃない、書類をほっぽらかす覚悟だなんて。
そう言い切った時は思わず酸素魚雷をぶちこんでやろうと思ったものだ。
まあ、でも。
「んで、急ぎはどれ」
「これとこれとこの山よ」
後回しにして良い案件は、ちゃんとより分けてある。
私が人差し指で示した山を遠巻きに見ながら、こんな事を言う。
「お前が秘書艦の時は、安心してサボれるな」
「ふざけんじゃないわよ!今度こそ魚雷が欲しいのかしら!?」
口ではそんな事を言いつつも、本当は心の中でプライドを擽られている。
雨の日は臨時で出撃組に秘書艦を割り当てることが多いから、慣れない彼女たちに任せきりでは必ず何処かでしわ寄せが来るのよね。
だから、どこかのタイミングでベテラン秘書艦が帳尻を合わせなければならない。
秘書艦に指名された回数を指折り数えて、他の艦娘と比べているなんて知れたらどう思われるだろうか?
・・・別に、コイツに選ばれたから嬉しい訳じゃない。
秘書艦としての能力が発揮されている実感が欲しいだけなのだ、私は。
「ふふ」
・・・なんて。ふと手元に視線をやって微笑をもらす。
こんなものをした後じゃあ、言い訳にもならないか。
それをことばにするかどうかは、全く別の問題だけれども。
「なんだ、急に笑い出して。気持ちわるいな」
「な!?全身ズブ濡れのアンタに言われたくないわよ!」
「はら、風邪引くからさっさと拭きなさい」
ありがとうと礼を言って、私の差し出したタオルを受け取る。
まったく、これじゃあ今日は甘やかしてなんていられないわね。
「なあ、叢雲」
「ほら、手を止めない」
雑談しようったって、そうはいかないのよ。
この雨で出撃が出来ない日が続く間に、少しでも溜まった仕事を減らさないと。
出撃組に秘書艦経験を積ませるためにローテーションを組んでいるのなら尚更。
コイツのサボりを止めて椅子に縛りつけられる艦娘は、そうはいない。
どの艦娘に出しても恥ずかしくないようにコイツを教育するのも、私の務めなのだ。
「用があるのなら、手を動かしながら話しなさい」
「そんな無茶な・・・」
口ではそう言いつつも、何でもない様に執務に没頭する提督を横目にふと思う。
コイツ、実は私に怒られるためにふざけてるんじゃないかしら、って。
自然と口元が綻ぶ。まったく、カンベンして欲しいわよね、まったく。
嫌々叱って、仕方なく世話をやいている私の身にもなってくれないかしら?
「で、何を話そうとしたの」
「ああ、実はな」
結局、水を向けてしまう私。
そうした私の甘やかしにのって、コイツが口を開いたことには・・・。
「余所の鎮守府の視察、ですって?」
「そうなんだ」
最近出来た鎮守府では、提督と艦娘のコミュニケーションが上手く取れなかったり、戦闘で上手く連携出来ない事案が出ているという。
「で、そういう問題を総合的に見直して指導する役目を仰せつかった」
「何日か、この鎮守府を空けて視察に出ることになるだろう」
「ハン、アンタがねぇ」
着任当初は兵装の開発すら出来なくて、初期艦の私に頼りきりだった男が良く言うものだ。
あの時期の事を知らない艦娘にとっては頼りになる提督でも、私にとっては違う。
その事が何だかとても特別な事のように思えて、私の口元はまたしてもだらしなく緩んでしまう。
「で、わざわざこの雨の中演習を見に行ったって訳ね」
「・・・まるで見てきたように言うんだな」
「なんで俺が演習を見に行ったと分かる?」
不思議そうにこちらを見てくる提督の顔は、なんだかとても間抜けだ。
あのねえ、私がどれだけアンタの秘書艦をやっていると思ってるのかしら?
アンタの考えなんて、わざわざ見ていなくても分かるんだから。
「余所様の鎮守府を見に行く前に、自分の所は大丈夫か確かめに行ったんでしょう」
「視察に出る間自分がいなくても大丈夫か不安になった、というのもあるかしら?」
私のことばを聞いて御見逸れいたしました、と頭を下げてくる。
それをわざわざ”サボり”と表現して不安を隠すなんて、ホント変わってない。
私に弱みを隠したままやり過ごそうなんて出来ると思っているのかしら?
「大丈夫よ」
苦笑して、ことばを続ける。
「アンタが鍛え上げたこの鎮守府の艦娘たちは、大丈夫。数日くらいアンタが抜けても私やみんながフォローして見せる」
どのみち、この雨じゃあ満足に出撃も出来ないのだから・・・演習と内務なら私が秘書艦として残れば十分まわしていける。
そんな様な事を言うと、キョトンとした顔を上げてこう宣言された。
「何言ってるんだ、叢雲。お前も付いてくるんだぞ?」
・・・・・・・・・へ?
留守番役を任されると思っていた私は、少し間の抜けた声を出すことになった。
頭の中ではベテランの秘書艦組たちと鎮守府をどう切り盛りするか算段を立てていたというのに。
「秘書艦のノウハウに詳しい者も連れてこいということだからな、お前に任せた」
今回行くのはあそこだ、と示されたその鎮守府の場所は・・・。
「結構遠いじゃない・・・」
ここと違って梅雨の影響が少ない地域だから、目的地まで言って雨に悩むことは少ないだろう。
ちょっとした小旅行気分だ。
だけどなんで私が?確かに秘書艦業務に一番詳しい私が適任かもしれないけれど。
でも、一番詳しいからこそここは留守を守る方が良いのではないだろうか?
コホン、と威厳の全く感じられない咳払いを一つして、提督が話を続ける。
「そう言えば、お前とここまで遠出するのは初めてだな」
「え、ああ、うん。そうね」
戸惑いながらも、突然のつぶやきにそう返事する私。
初めての、遠出。その言葉を意識しながらチラリと視界に入るのは、私の左手の薬指に嵌った銀色の指輪。
今の言葉と、この指輪と。その二つを合わせて考えると・・・。
何故私を選んだか?その疑問に自ずと答えが出てくる・・・様な気がする。
え、でもまさか。本当にそういうことなの!?
「ん、どうした叢雲。顔が赤いぞ?」
「な、何でもないわよ。いいからアンタはさっさと手を動かしなさい!」
動揺すると早口になる。提督を仕事に戻らせている間に頭を働かせないといけない。
・・・話には聞いたことがある。ケッコン、いえ、結婚した男女がその幸せな生活をスタートする前に行うセレモニー。
シンコンリョコウ。
かあ、っと顔が熱くなる。
そりゃあ、確かにコイツとはケッコンした。並み居る戦艦や空母たちを押しのけて私が一番最初に、した。
そこに特別な意味を感じなかったわけではないけれど・・・。
でもそれは本当の結婚とは違う、あくまでも軍務活動の延長線的な、強固な信頼関係を示すもののはずだ。
わざわざ駆逐艦の私と一番最初ケッコンした意味を考えなかった訳じゃない。
いや、気になって気になって仕方ないと言ってもいい。
だって、お互いにその想いを確かめた事はないし、そもそも私はコイツの事を恋愛的にどうと考えている訳でもないのだから。
・・・なんて、自分の心に嘘をついても今更遅いか。
だって、コイツとの遠出、余所の鎮守府に行くという任務に”それだけのこと”を仮託しているのだから。
他の娘じゃなくてわざわざ私を連れて行く意味。
任務にかこつけて”そういうこと”をしてしまおう・・・そんな風に捉えてしまってもいいのだろうか?
「ね、ねえ。それっていつ行くの?」
「急だが、明後日に」
「明後日!?」
素っ頓狂な声を上げてしまった。
それだけ向こうの鎮守府の問題を早く解決したいという上の意向なのだろう。
「こっちにも準備ってものがあるのよ」
「すまないが超特急でやろう。明日いつもの秘書艦組を集めて引継げばなんとかなるだろう」
ああ、ホント分かってないわね。
私が気にしている準備は”そっち”じゃないわよ、バカ。
私の心の準備をそれまでに済まさなければならないという意味よ。だって・・・。
今回の任務は、コイツと二人きりの日々が数日続くってこと。
それも執務室なんかの限られた空間、時間じゃなくって・・・。
新生鎮守府への指導さえ終われば誰も私たちのことを邪魔しない、隔絶された空間での二人きり。
さっきから、心臓が痛いくらいに高鳴っている。
うるさいわね、私の心臓なら少しくらい気を効かせて黙ってたらどうなの!?
そんな理不尽な想いを抱きながら、頭の中でありえない妄想ばかりが膨らんでいく。
・・・まさか寝室まで一緒ってことはないわよね。軍務な訳だし当然、別々よね。
でも、ちゃんと二つの部屋で別れて寝ているか調べられることもないわけで。
あれ、それに道中は?
目的の鎮守府に着くまで汽車を乗り継いで数日かかるはず。
道道の宿泊や乗り継ぎの待ち時間なんかは、一体どう過ごせばいいのだろう?
ああもう、そんな事ありえない。ありえないから!
・・・でもコイツは。提督は、この私と二人きりの任務をどう考えているのだろう?
他の艦娘でも良いのにわざわざ私を指名して。
私との仲を、どこまで考えているのだろう?
「あ、ああアンタ、どういうつもり・・・」
「新生鎮守府がどんな状態か気になるな。直す所は直して、見習うべき所があれば取り入れたい」
さっきまでサボることしか考えてなかったくせに、何で今に限って真面目なのよ!?
これじゃあ私一人だけが変な考えをしているみたいじゃない。
「と、とにかくっ。それなら少しでも溜まった仕事を片付けるわよ!」
「今からこの量をやっつけるのは無理なんじゃあ・・・」
「アンタ、これだけの量を留守組に押し付けて行くなんていい度胸じゃない」
「ハイ、やらせて頂きマス!!」
お人好しの翔鶴あたりは良いとしても、加賀や那智にはジロリと睨まれることになるだろう。
赤城はニッコリ笑って送り出すだろうし、そしてそれが一番こわい。
そんな未来を察してか、ヤツは真面目に提督業に戻っていった。
どんどん山を片付けていく提督を尻目に、肝心の私の方はさっぱり仕事に手がつかない。
頭の中はもうぐるぐると同じ悩みが繰り返し渦巻いているのだ。
コイツはどこまで私に求めてくるのだろうか。
二人で任務がてら小旅行して、時間が許せばちょっと寄り道でもして帰って来る・・・そんなささやかな求めならいい。
二つ返事で・・・とはいかないけれど、照れ隠しに渋りながら承諾することは出来る。
でも、それ以上を求められたら・・・?
いま、心の中でだって言葉に出来ないような親密なことを求められたとき・・・私はどうしたらいいのだろう?
いつも夢に思い描いている、コイツとの・・・いやいや、ないから。やっぱり今のなし!
「叢雲」
「ひゃい!」
「真面目にやろうな?」
突然声がかけられて、私は間の抜けた返事をすることになった。
さっき叱られたお返しとばかりに、ニヤついた嫌味な笑顔でそう言われて。
私は悔しいやら恥ずかしいやらで言葉もなかった。
雨の日は、物音がよく通る。カチ、コチ、コチと、執務室に置かれた置時計の呟きだけが執務室を支配していた。
お互いがお互いの執務に戻って、数十分。そういえば、コイツがさっき見に行った今日の演習の参加者は・・・。
「げっ、第六駆逐」
「はは、そろそろだな」
提督の言葉が終わらないうちに、さっきまで静かだった執務室の外が騒がしくなってきた。
何人かがドタバタと廊下を走る音、足音の主たちの言い争う声とともに・・・。
ガチャリと勢いよく扉が開く。
「雷が一番乗りよ!」
「ちょっと、何であなたが先頭なのよ!」
「はわわ、執務室では静かに、なのです!」
「電、私たちも走って来たのだから同罪だよ」
「アンタらねえ」
演習終わりにお風呂に入って、そのまま直行してきた・・・そんなところだろう。
演習や出撃が終わるとこの娘たちは決まって、競うように戦果を報告して褒めてもらいに来るのだ。
これがもう少しお姉さんになった漣や曙になると、途端に素直になれなくなるのだから面白い。
第六駆逐のお子様たちはそんな照れとは無縁に、口々に無邪気な報告を続けるのだった。
「でねでね、今日は雷さまの主砲が決まったの!」
「ちょっと、それを言うなら旗艦の私の指示が良かったからでしょう!?」
「・・・MVPを取ったのは私」
「響はいつもイイトコ取りしちゃうんだから、ずるいわ!」
「喧嘩はだめなのです、あと最初に敵をやっつけたのは電なのです」
電も謙虚に見えて中々やるわね・・・天然で火種を投下しているわ。
第六駆逐のみんなは鎮守府のかなり初期からいるから、実はこう見えてかなり練度が高い。
特に響はセンスの塊みたいなもので、これからの成長が楽しみだ。
「コホン。それでね司令官!」
「あ、ずっるーい!なんで暁が教えちゃうのよ!」
「ん、なんだなんだ。何かあったのか?」
「もう、少しは落ち着いて報告なさい」
ぎゃあぎゃあと、どちらが提督に報告するのか争う暁と雷。いつものことだ。
「司令官、今日の演習で私たち全員が練度70を超えた」
そうしている間に結局手柄をこの要領の良い次女に取られることも含めて、いつものこと。
今度は暁と雷が協力して口々に響がずるいとわめいている。
「あのあの、司令官さん・・・。それであの、電たちはお願いに来たのです」
「ん、お願いってなんだ?」
「あ、司令官ったら約束のこと忘れてるー、信じらんない!」
「も、もちろん覚えてるさ。ええと」
あ、この顔は覚えて無い顔ね。
まったく、この娘たち相手にどんな安請け合いをしたのかしら。
「ねえ、私は知らないから教えてちょうだい。コイツとどんな約束をしたの?」
なんだかこちらを拝んでくるヤツがいるけれど無視。
別に助け舟を出してやった訳じゃない、こうしないと話が進まないからよ。
それはねー、と雷が根拠もなく偉そうに胸を張る。
大人ぶりたいのは暁だけれど、お姉さんぶりたいのはこの娘なのよね。
「みんなが練度70になったら、司令官が何でもお願いを一つ聞いてくれるの!」
「あ、アンタねえ!?」
「どーしてそういう話しちゃったのかなー?俺不思議だなー?」
首をかしげるコイツのおとぼけ顔に拳を喰らわせてやりたい。
子供相手に・・・いや、子供だからこそ問題が無い約束なのだろうか?
この第六駆逐の娘たちにする約束としては無謀な約束だと思うけれどね、私は。
「あのね、あのね!」
暁や雷はともかくとして、大人しい響と電までも瞳を輝かせて迫る。
余程叶えて欲しい願いがあるのだろう。【間宮】の無料食べ放題券とかかしら?
「今度余所の鎮守府に行くんでしょ、暁たちも連れて行って欲しいの!」
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
へ?
なんですってという大声は、続く提督の言葉のおかげでかろうじて上げなくてすんだ。
「ふむ、その事は叢雲以外にはまだ話していなかったのだが」
そうだ。提督が他所の鎮守府に出向くというのは、秘書艦の私ですら今知らされたというのに。
この娘たちの情報の速さはいったい・・・ん、情報?
「お前たち、いったいどこからその話を聞いた?」
「青葉!」
四人が口を揃えて言う・・・あんのバカ!
今度キッチリとお調子者を絞めることを心に誓う私だった。
さて、今解決すべき問題はこの娘たちをどうするかよね。
別に余所の鎮守府に遊びに行く訳じゃない。そのことは窘めないといけない。
任務だからといって断るのが筋なのでしょうけれど。
でも、こういう機会でもないと普段忙しい艦娘たちが外の世界に出れる機会はない。
だから・・・この子達の期待に目を輝かせた様子を見ていると、あまり水をさせない自分もいるのだ。
「なあ叢雲、どうしようか?」
「ちょっ、顔近い!どうしようったって・・・仕方ないでしょ?」
「お前それでいいのか」
いいのかって、確かに二人きりになれないのは残念だけれど。
ヒソヒソと相談をする私と提督に、6駆の子たちは疑いのない眼差しを向けている。
「アンタ、あれを裏切れるの?」
「うっ、それは確かに」
「ねえ、司令官!」
「司令官お願いっ!」
「・・・まあ、いいだろう」
その答えに歓声をあげる駆逐たち。
もう持っていくお菓子の相談なんかをしながら、彼女たちは執務室を駆け足で出て行く。
「あっ、お前ら遊びに行く訳じゃないからな!」
「先輩として演習戦で向こうのルーキーに教えてやるんだぞ!」
まあそういう名目がないと連れていけないだろう。
はーい、という声はすでに廊下から。あれじゃあもう明日には覚えていまい。
鎮守府を出る前にもう一度、遊びではなく任務だということを教えないといけないわね。
開けっ放しで出て行かれた扉をパタンと閉めて、心の中でため息をついた。
あーあ。
これで二人きりの・・・その、”シンコン旅行”はお流れになっちゃったか。
だけど、仕方ない。あの娘たちにあんなキラキラした目をされたら断れないもの。
それに、みんなでワイワイ遠出する任務というのも楽しそうだ。
役目はキッチリこなして、そして楽しんで帰ってこよう。
そうやって気持ちの切り替えをしていると。
「叢雲、すまないな」
チビすけの相手にぐったりとしながら、提督が私に謝る。
何よ、似合わないわねなんて、何時になく殊勝な謝り方をするコイツの表情がなんだかおかしくって。
だから私はついついしゃべりすぎてしまったのだ。
「ま、いいんじゃない?」
「これから二人きりになるチャンスなんていくらでもあるし」
「は?」
だから、と煮え切らない提督に向かって言葉を続ける私。
「任務が終わって、チビすけたちを遊ばせている間なら・・・」
そう言ったところでハっと手で口を覆って発言を取りやめる。
殊勝で真剣な顔をした仮面を取り去って、いつもの表情をした提督が私を見ていたからだ。
「な、何よ・・・?」
「いや、ちょっと会話がかみ合わないなと思ったら」
これはいつも私を追い詰めるときにする、ニヤニヤとしたいやらしい表情だ。
さっきすまないなと言った意味はな、ともったいぶった前置きをして、俺はなと提督。
「六駆の娘たちの世話までさせてすまないなと言ったつもりだったんだ」
その答えを聞いて、あっと声を上げる。
確かに、誰も二人きりでいられなくてすまないなとは言っていない。
完全な、私の早とちり。
二人きりの小旅行というのが私の中で決まりきっていたための勘違い。
カアっと、またしても顔が赤くなる。
「お前も大概、素直じゃないよなあ?」
「な、何よ」
真綿で首を絞めるような追い詰め方に耐えかねて、よせばいいのに反応してしまう。
「まさかそんなに楽しみにしてくれてたなんてなあ。思いもしなかったよ」
「言ってくれれば俺、暁たちには悪いけれどちゃんと断ったんだぜ?」
「だ、だから何よ。意味がわからないわ」
ああ、そうやってトドメを刺されに行くんだから・・・馬鹿な私。
お前がさっきああ言ったのは、こう思っていたからだろうと続けて。
「俺と二人きりがいい、ってさ」
「バカ、アホ!アンタなんかもう知らないから!」
事実の指摘が、どんな盾をも貫く矛となって私の心を撃ち抜いた。
恥ずかしくって提督の顔を見られなくて、私は捨て台詞を残して机へと戻る。
もうすでに心の中がぐちゃぐちゃで・・・これじゃあ仕事なんて手につく訳が無いじゃない!
さっきから1ページたりとて進んでいない―そしてこれからも進む気配のない―報告書を手に取ってヤツの視線を誤魔化しながら。
これはほとんどの仕事を丸投げして発つことになりそうだわ、なんて。
そっぽを向きながら、高鳴る鼓動を必死で抑えるために・・・そんな事を考えるのだった。
叢雲編 了?
【時雨編】で出した本について
『塩の街』 有川浩デビュー作
”―あたしたちは、恋だろうか。” のフレーズがあまりに美しい。
『レインツリーの国』 有川浩作
聴覚に難を持つ女性との恋愛。読みやすい。
『図書館戦争②』 有川浩作
本好きのヒロインに『レインツリーの国』を渡すロマンチックな告白。
『そして誰もいなくなった』 アガサ・クリスティ作
タイトル、内容全てが完璧。ここで語るまでもない世界的作品。
『古典部シリーズ① 氷菓』 米澤穂信作
アニメからの方が分かりやすいかも。謎掛けと心理描写の組み合わせが最高。
『古典部シリーズ② 愚者のエンドロール』 米澤穂信作
氷菓と同じくタイトルが素晴らしい。もちろん中身も含めて是非おすすめしたい。
【叢雲アフター】
カチ、コチ、コチ。
室内に響くのは相も変わらず置時計の無機質な音ばかりで、私とアイツの途切れた会話を取り持つようなことはしてくれなかった。
私はというと、さっきからチラチラとこちらを探るように見てくるヤツの目に気づいてはいるけど、反応なんかしてやらない。
そんなむくれた私に根負けしたのか、向こうから恐る恐る声がかけられた。
「あのう、叢雲さん?」
「なに」
「・・・ナンデモナイデス」
やり過ぎたと思ったのだろうか、何時になく弱気な感じ。
だけど、それでも私は許してやらない。だって今、私は怒っているのだ。
「今日の【間宮】の定食はハンバーグみたいだぞ」
「ふうん」
なんで怒っているかって、そんなの決まってる。
二人きりが良かったって、私の心の内を知られてしまって。
そしてあろう事か、コイツはそれをからかったのだ!
乙女心を傷つけるやつなんかに、愛想の良い返事なんてしてやらない。
「なあ」
「・・・」
「叢雲~」
「フン」
ちゃんと謝るまで、許してやらない。
そう思ってたけれど・・・思考がとある所まで行き着いて、私の書類を書く手がピタリと止まる。
ちゃんと謝ってきて、しょうがないわねと許してあげて、それからどうなるのだろう?
だって、もう私が二人きりで過ごしたかったという気持ちは伝わってしまっているのよね?
コイツが謝ってきたのを許してあげて。
それで・・・それで私はどうしたらいいの!?
・・・第六駆逐の四人が付いて来てくれて本当に良かった。
最悪、こんな何をしていいか分からない状態で明後日が来ても、場を賑やかす存在には事欠かない。
さっきまでオマケ扱いしていた彼女たちに救われるとは、人生なにがあるか分からないものね、まったく。
「・・・雲」
「・・・」
そうやって一人、勝手に思い悩んでいたからかな。
「叢雲!」
「・・・へ?」
私の席のすぐ隣まで提督が来て、私に声をかけてきていたのに気がつかなかった。
「その、すまない・・・。そこまで怒るとは思っていなかったから」
どうやら私が提督の存在に気がつかなかったのを、わざと無視されたと勘違いしたらしい。
私に許してもらえるかどうかが、まるで世界の存亡に関わることのように真剣な顔でこちらを見つめている。
そんなコイツの顔を見ているのが無性に恥ずかしくなって、私はガタっと椅子を蹴って立ち上がった。
そのまま向き合うことはなく、フンと鼻を鳴らしてまたしてもそっぽを向いてやる。
そわそわと行き場のない腕を組んで、それでも決して後ろを振り向いてやらない。
そんな私の背中に、呟くように提督が一言。
「二人きりになれなくて、残念だったな」
なっ。
「この期に及んで、まだ私をからかう気なの!?」
「ち、違う、これはだな・・・」
もう、どんなに謝られたって許してやらない。
そんな私の決意は、早くも次の瞬間に破られることになる。
「お、俺の・・・本心でもあるからだ」
振り返ると、目があった。
気まずげにこちらを覗き込むような表情は、照れと不安でいっぱいで。
ドクン、ドクンと。
本日何度目になるか分からない、胸の高鳴りが私を襲ってくる。
身体が熱くって頭がぼうっとして、気づけばこんな事を言ってしまっていた。
「な、何よ。今更点数稼ぎなの?」
「ち、違う!」
ああもう。なんでそんな事言っちゃうのかしら、私。
そんな真剣な顔をされると、どうしていいのか分からなくて、結局私は何もせずに立ち尽くした。
そうやって顔を赤くして何も言わない私を見て、提督は何を思ったのかしら?
まだ私が怒っている・・・そう思ったからだろうか、慌てて更に言葉を続ける。
「俺も、お前と二人きりで出かけたかったんだ」
「だから秘書艦として、他の艦娘じゃなくお前を連れて行くことにしたんだ」
あ。
そっか・・・。元々最初に私を指名したのはコイツだったんだ。
その言葉を聞いて、でも。
嬉しさよりもまだ弄れた気持ちの方が、少しだけ強く私の中に渦巻いている。
「じゃあ何でさっきいじめたのよ」
「うっ・・・」
「それは、その。恥ずかしくってつい気になる女の子をいじめてしまうというアレというか」
何よ、それ。何なのよ、その子供みたいな理由は。
呆れて力が抜ける。許してやらないなんて頑張っていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。
ポフっと、上げていられなくなった頭を提督の胸に預けてもたれかかって、ぽつりと呟く。
「意地悪」
「ごめんなさい」
頭を預けた私に・・・それでもアイツは、何もしてこない。
どうせ何をしたらいいか分からないなんて思っているに違いない。
まったく、本当にコイツは・・・私がいないと駄目なのね。
「ん」
「え?」
グリグリと、預けた私の頭を提督の胸に押し付けてやる。
ああもう、何でまだ分からないのかしら、この鈍感は。
「な、撫でなさいよ!」
ほら、結局私から言う羽目になったじゃない。
まったく・・・もういいわ。アンタは言われた通り、私の頭を撫でてればいいのよ。
「あ」
提督の手が私の頭の上で弾むと同時に、私の心も揺れた。
ポンポンと2,3回弾んだあと着地したその手は、今度は優しく私の髪を撫で付け出す。
それはまるで壊れ物を扱うかのように優しく、上下に包み込むように。
な、何よ、これ。
自分で要求したもののはずなのに、予想外の幸せに戸惑っている私がいる。
だって・・・だって。こんなにドキドキするなんて、聞いてないんだもの。
駄目よ、これは駄目。
これ以上されたら私、おかしくなっちゃう。
気づいたら、頭だけではなくて身体の全てをコイツに預けてもたれかかっていた。
・・・も、もたれかかっているだけよ、これは。抱きついている訳じゃないもの。
さっきまで優しく私の頭を撫でていた提督の動きが止まる。
撫でていた方の手はそのままに、もう片方の手が私の身体を抱き寄せる―
―ことはなく、所在なさげにウロウロした後私の肩に置かれた。
・・・意気地なし。
でも今はこれで許してあげる。
だってそんな事されたらきっと、私のほうがもたないから。
「ふふ」
「な、なんだ、いきなり?」
「いいえ」
似た者同士ね、私たち、なんて言ったら。
意味がわからなかったのか、しきりに首を傾げていた。
「ほら、いつまで触ってるの。調子に乗らない」
「しっかりご機嫌を取っておかないとな」
私の機嫌が直ってホっとしたのかしら、次第にいつもの軽口をたたき出す。
そんな提督を見て・・・たまには、私の方から仕掛けてもいいような気がしてきた。
「ねえ」
「ん、何だ?」
今からコイツを困らせてやるんだと思うと、不思議と心がワクワクしてくる。
あらやだ。悪戯好きが伝染っちゃったのかしら?
「最初の計画では、私と二人きりで遠出しようとしていたのよね?」
「ああ、そうだ。こんな機会そうそうないと思ってな。もう許してくれよ」
”さっきまでの意味で”なら、もうとっくに許している。
でも、私がアンタを困らせるのはこれからよ?
ニヤつく口元を抑えながら、なるべく意地悪に見えるように目を見開いて告げる。
「ふーん、で。二人きりになった私と”どうなろうと”したのかしら?」
「なっ」
答えられないのは、答えられない事を考えていたという証拠。
今度はコイツがそっぽを向く番だ。ただし、拗ねではなくて恥ずかしさから。
へえ、ふーんと意地悪く、提督に聞こえる様に呟く。
たまにはこうやって、困らせる側にまわるのもいい。
何よりコイツのこんな顔を見れるなんて、慣れない事をやった甲斐があるというもの。
でも、慣れないことはほどほどにした方が良いものね。
もっとコイツを困らせたくて、余計なことまで言ってしまった。
「ふふ、いやらしい」
「ほう」
あっ。
言った瞬間、提督の目がギラリと光るのが分かった。
それで私は、私が失敗したことを悟る。
「何が”いやらしい”のか教えてくれないか、叢雲?」
「え、や・・・だって。アンタだって」
「俺は普通に、二人きりで静かな時間を過ごしたいと思っただけだが」
「どうやらお姫様のご希望は違うらしい」
やらかした。
コイツは私とどうしたいなんて、まだ言葉にしていない。
先回りしようとして、踏み外した。
「なんてな」
でも、来ると思っていた提督の追撃はそれ以上来なくって。
代わりにもう一度、ポンポンと頭を撫でられる。
「俺も、同じことを考えていたからな」
「え、ちょっと。それってどういう――」
目が合って、今度こそ二人とも固まる。
どちらともなく口を噤んで、ただただ相手を見つめていた。
私は今、いったいどんな顔をしているのだろうか。
コイツみたいに真剣に、強ばった表情で相手のことを見つめているのだろうか。
それとも、頬を染めて瞳を潤ませて。切なそうに背の高いコイツを見上げているのだろうか。
キスまでは、許してもいいのかもしれない。
どこまで許したらいいんだろう、という最初の問いに対する答えが、ふいに浮かんでくる。
やっ・・・駄目よ、今そんな答えが浮かんできちゃ。
それはあくまでも明後日以降・・・任務にちゃんと区切りをつけた後の話なんだから。
でも、こんなに近くで見つめ合って、こんなにも気分が高まってしまったら。
・・・答え合わせ、したくなっちゃう。
さっきは意気地なく止まったくせに、提督の手が今度は私の肩から背中まで伸びて来て。
ぐっと、私はそのまま強く抱き寄せられる。何よ、やれば出来るじゃない。
「叢雲」
「あ、アンタねえ」
口ではそう言うくせに、振りほどこうともしない私。
だってもう、私だってとっくにコイツと同じ気持ちになっているんだから。
キスしたい。
思ったのは、そんな単純な願い。
目は・・・閉じるんだっけ。でも、緊張で顔が強ばって中々思うようにいかない。
それに踵は上げなきゃ。私より頭一つ背の高いコイツに合わせるために。
でも、やっぱりこっちも緊張で膝がガクガク震えて動けないでいる。
女の子の、キスをする時の作法。
それが全然、出来ていない。
ああ、駄目。理想と全然違うのに、身体は止まってくれない。
それは目の前のコイツも一緒のようで、私の唇に向かって自分の顔を近づけてくる。
止めなきゃいけないのに・・・。
でももう、理性がそう訴えてもお互いの感情が溢れてしまって止まりそうもない。
ああ、もう駄目。コイツの唇がすぐ傍に・・・。
「司令官、あのね!」
ガチャリ、と再び執務室の扉が開く音がしたのはその時だった。
ドタバタドン!
物凄い音を出しながら、私と提督が自分の席に戻る。
い、痛い・・・。どうやら座るときに膝を打ってしまったみたい。
「だからもう、何で雷が先頭なのよ!」
「いーじゃない、別に。誰が先頭でも!」
「司令官さんと叢雲、何をしているのです?」
「ななな、何も!何もしていないわよ!?」
「そ、そうだぞ電。おかしな事を聞くなあ。ハハハ・・・」
”まだ”何もしてないから、セーフよね、セーフ。
あ、危なかったわ。見つかりそうだったこともそうだけれども、もう少しで・・・。
「叢雲、どうしたの?顔が赤いわよ?」
「暑い、今日は暑いからかしらね!」
「そ、それでどうしたんだみんな。急に戻ってきたりして」
こっちの反応は知らないフリをして、提督が話を逸らしていく。
良いわね、アンタ今日初めて仕事したじゃない。
「あのね司令官。暁たちは重大な事を聞き忘れていたの」
「ん、なんだ?」
「お菓子はいくらまで?」
「遊びじゃないって言ってるでしょ!」
適当にいくらいくらと設定して、ぎゃあぎゃあと騒ぐチビたちを追い出しにかかる。
まったく・・・まあ、思わぬ乱入で”おかしな事”をせずに助かったけれど。
「叢雲」
「何よ、お菓子のことならもう―」
「今度からは鍵のかかる部屋にした方がいい」
出て行くにボソリと言った響の言葉に、私はもう何も返せずに頭を抱えてしまった。
今度こそ完全にチビすけたちが帰ってこないのを確信して。
でももう、先ほどの燃え上がるような雰囲気は霧消していた。
・・・ある意味助かったかもしれない。
あのまま続けていたら、私たちは今頃どうなっていたか分からないもの。
「そ、その。お互い落ち着きましょ?」
「そ、そうだな。まだここは鎮守府だしな」
・・・どうなっていたか分からない?
キスするところまでは覚悟を決めておかなきゃ、なんて思っていたけれど。
ふいに、そんな疑問が頭の中で浮かぶ。
確かめたわけではないのだ、コイツに。
”私たちがするのはキスまでよね”なんて、そんな馬鹿なことを。
ありえない。私の中でありえない妄想がどんどん膨らんでいく。
もし・・・もし、それ以上のことを求められたとき。
私はいったい、どういう決断を下すのだろうか・・・?
だってそんな覚悟、まだ出来ているわけがないのだから。
「ね、ねえ」
「どうした、叢雲?」
「ど、どこまで・・・するつもりなの?」
つい言葉にしてしまって、すぐに後悔する。
「えっ!?」
「な、何でもない!忘れなさい!」
声が上ずる。
無理無理、やっぱり聞くことなんて出来やしないわ。
だからアンタもそう、こんな馬鹿な質問に答えることなんてしないで。
「お前がしたいと思っているところと、同じところまで」
「・・・忘れなさいって言ったでしょ」
何でこういう時だけ真面目に応えてくるのよ!
ああ、もう。
六駆のチビたちが一緒で、本当に良かったと思う。
こんな状態で道中二人きりだなんて、冗談じゃないわ。
気持ちを入れ替えるために、背もたれに体重を預けて大きく息を吸う。
ひとまず私は、明後日までに覚悟を決めないといけないらしい。
コイツに好き勝手されるのを止める覚悟じゃなくって。
コイツに好き勝手されるのを、許してあげる覚悟を。
【叢雲 アフター】 了
転載元
【艦これ】梅雨祥鳳【短編集】
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【艦これ】梅雨祥鳳【短編集】
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コメント一覧 (14)
-
- 2015年06月12日 01:54
- 人生かな?
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- 2015年06月12日 03:13
- アフターが消えた!?
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- 2015年06月12日 03:28
- 【艦これ】叢雲アフター【短編集】
がいつの間にか消えてるような気がするが気のせいだったぜ
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- 2015年06月12日 04:16
- 友達の結婚式かな?
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- 2015年06月12日 07:33
- 塩の街か、あれはラノベ版なら読んだぞ
結構好きだったな
愛唄を聴きながら読んでたから愛唄を聴くと塩の街を思い出して泣けてくる不具合が発生するようになったがな
-
- 2015年06月12日 07:54
- 素晴らしき叢雲
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- 2015年06月12日 09:14
- ④と⑤のリンク先同じやね
-
- 2015年06月12日 12:38
- やはり正妻は叢雲
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- 2015年06月12日 13:27
- 祥鳳さんと夜戦してぺちんぺちんしたいです(迫真)
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- 2015年06月12日 13:38
- 祥鳳さんと川内と仲良くのんびり暮らしたい
-
- 2015年06月12日 13:53
- 叢雲の印象しか残ってねーぞ
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- 2015年06月12日 17:36
- 川内と神通が可愛くてどちらとケッコンすればいいか決めれない
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- 2015年06月12日 22:12
- 時雨で血液が水あめとなり、叢雲で身体が砂糖化したんですが
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- 2015年06月14日 02:22
- どう考えてもタイトルが悪い
叢雲って入れておけばもっと見る人増えたぞ