ちひろ「No price」
私が今使っているボールペン、500円。
もう三年近く愛用している事務机、3万5千円。
「おはようございます、ちひろさん」
ドアを開いて、プロデューサーさんが挨拶をしてくる。
あなたが着ているスーツ、5万円。
社会人として恥ずかしくないように、と奮発したんでしたっけ。
まだまだ少し、服に着られてる感じはしますけど、似合っていますよ。
「おはようございます、プロデューサーさん。今日は休日じゃないんですか?」
この世の全てのものには値段がつけられる。
それを知ったのは、数年前の事。
突然だった。
朝起きた時、私は視認した物の値段がわかるようになっていた。
目で見る全てのものに、値札がついているように見えた。
それは、人間でも例外ではなく。
「久しぶりにスカウトに赴こうかと」
数十億の値札がついたあなたはそう言って笑った。
「そうですか。また、いい子に会えるといいですね」
また、蘭子ちゃんや凛ちゃんのように数億レベルを連れてきて欲しいものです。
この前は、数千万レベルの子達ばかりでしたから。
「今回は活動範囲を増やしてみようと思ってるんです。ちひろさん的にはどこがいいと思いますか?」
ばっ、と目の前に100円の日本地図を広げるプロデューサーさん。
47の値札が、私の前に並べられる。
「……そうですね。こことかどうでしょうか」
並べられた値札の中から、東京を除いて特に高いものの中で近場をチョイスしていく。
それは県自体の値段なので、決してそこに住んでいる人間の価値ではないものの、そうするのが一番無難だろうと。
こういう時、私の目は不便だ。住んでいる人間一人あたりの価値の平均を割り出したりはできない。
ちゃんとこの目で見た人間の価値しか、測れない。
逆に言えば、
この目があれば、価値が低い人間を炙り出せる。
プロデューサーさんがスカウトしてきた子達も、価値が一千万もいかないような子は切り捨ててきた。
「なるほど……参考になりました。是非行って見ます」
いくつかの県にマークをしたプロデューサーさんは、地図を片付けるとすぐに仕事に取り掛かった。
そういえば私にも、価値が測れないものはやっぱり存在する。
それは例えば、あまりにも広すぎる空。
それは例えば、量が多すぎる海。
それは例えば、芸術的な意味合いが高い絵画。
それは例えば―――あなたの、心。
値札の中で生きてきた私にとって、価値のわからないものほど不安や恐怖を感じるものはない。
だって値段がないという事は。
「いくら払えば、私のものになりますかね」
誰にも聞こえないよう、そっと自嘲気味に言う。
いくらお金を積んでも、手に入らないのだから。
こんな最低な私なら、尚更。
あのビルは5億円。
我がプロダクションは2億円。
やはりそろそろ、プロダクションを大きな場所に移転するべきだろうか。
外に出て物思いにふける。
プロデューサーさんがどうしてもと言うので、私もスカウト業務に付き合う事に。
女性がいた方が相手も話しやすいだろう―――なんて。
言い訳があっても、誘ってくれたのは嬉しいです。
ふと、窓ガラスに映った私を眺めてみる。
オーダーメイドの事務服、4万円。
こっそりオシャレしてみた髪留め、2千円。
だけど
「ふふっ」
笑ってしまいますね。
ぴょこんと一つだけ不自然に大きな値札。そこに書かれた一桁。
『\0』
どんなに綺麗なもので着飾っても、私の価値は誤魔化せないみたい。
「お待たせしました!」
プロダクションからプロデューサーさんが鞄を持って出てくる。
その1万5千円の鞄は……誰かがあなたにプレゼントしたんでしたっけ。
きっとあなたにとってはそれ以上の価値のある鞄。
私があげた万年筆も、同じくらい大事にしてくれているでしょうか。
「それじゃ、行きましょうか」
「はい。どこから回るんですか?」
そうですね―――と再び地図を広げるプロデューサーさん。
「日帰りだとこの辺りですかね」
「そうですね。それが妥当だと思います」
何となく、何となくだけれど。
これじゃあ旅行先を決める夫婦のようだと、笑ってしまう。
その関係は私が金庫のお金をひっくり返しても、手に入る事はないのに。
「それじゃあ、出発しましょうか!」
元気よく歩き出したプロデューサーさんの背中を追いかける。
そしてよもや追い抜こうかという時、ふらふらと空中を彷徨っていた彼の手を握る。
「ち、ちひろさん?」
「プロデューサーさんはどうも私がいる事を忘れて歩いてしまうみたいですから。首輪みたいなものです」
「く、首輪ですか……」
げんなりする彼と違って私は上機嫌。
これくらいは、役得ですよね。
価値のない私の、ほんの少し高い買い物。
「ちひろさん、お話があります」
あれから数日後。
今日も値札に囲まれた一日も終わろうとしている、二人きりの事務所で。
プロデューサーさんは、真剣な顔で告げた。
「何でしょうか。お金の話ですか?」
そんな顔にドキリとさせられたのを気付かれたくなくて、少し茶化すように言う。
「そんな冗談はいいんです。本当の本当に……未来に関わる、話ですから」
「未来……」
少し、想像してみる。
数年後の私は、何をしているんだろうか。
また、値札に囲まれた生活をしているのだろうか。
「ええとですね……その……」
歯切れ悪く、複雑な表情を浮かべて黙ってしまうプロデューサーさん。
これは何か、やましいことがある時の表情だ。
ただ、未来に関わるやましい話とはなんでしょう。やはりお金がらみじゃないのでしょうか?
「……俺と、付き合っていただけませんか!」
突然、ばっと目の前に小さい正方形の黒色の箱を差し出される。
40万円……?もしかして、この中に入ってるのって。
「開けてみても、いいですか?」
「は、はい」
ありえない。そんなワケがない。
でももしかしたら。
不安と希望が入り混じる心持ちで、箱をそっと開けてみる。
そこにあったのは、小さな小さなダイヤモンドがはめ込まれた指輪だった。
「……ふふっ」
「な、何か変でしたか?!」
笑いが止まらない。だって、中に入ってたものは私の予想通りのもので。
いくらお金を積んでも、手に入らないと思っていたもの。
私が全財産を払ってでも、喉から手が出るほど欲しかったもの。
「指輪って……結婚する時に送るものじゃないですか」
「あ、ええとですね、その、それくらいの覚悟でって……」
あたふたするプロデューサーさんをからかうように責め立てる。
そうしないと、泣いてしまいそうだったから。
「もし私に振られたら、この指輪どうするつもりだったんですか?」
「く、クーリングオフを……」
「流石にそれはもったいないです。せっかくの指輪なんですから」
お金以上に気を使って、慎重に、慎重にそっとリングを手に取る。
「こう、しないとですね」
そして手に取ったリングを、左手の薬指にはめた。
「あ……ち、ちひろさん……!」
相変わらず、40万円の値札はついているけれども。
それは世界にあるどんな指輪よりも、どんな物よりも、高いものに見えた。
「ありがとうございます。私も好きです。プロデューサー、さん」
窓越しに月明かりが事務所の中に差し込んでいる。
この風景に値札がついていなくてよかったと、心底ほっとする。
そんなムードのない告白は、いらない。
ふと、プロデューサーの後ろにあった鏡が目に入る。
馬鹿みたいに自己主張する、不自然に大きい値札に書かれている値段が、
変わっていたように見えたのは、私の気のせい、でしょうか。
おわり
転載元
ちひろ「No price」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1431173541/
ちひろ「No price」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1431173541/
「シンデレラガールズ」カテゴリのおすすめ
「ランダム」カテゴリのおすすめ
- ほむら「たった一つだけ、最後に残った償い」
- 三船美優「ひどい雨...」
- 美琴「『桃太郎電鉄~学園都市編~』・・・?」
- ナナリー「私にもギアスを使いますか?」ルルーシュ「な……」
- P「JUPITER反省会?」
- 鳴「クラスメイトの考えている事が分かる義眼」
- P「さすが小鳥さん!Photoshopの達人ですね!!」
- 遊星「またD-ホイールでオナニーしてしまった」
- 言峰「では次の人、悩みをどうぞ」士郎「みんなを幸せにしたいです」
- P「なにしてるんだ?」響「ん~?」
- 大阪「えっと…今日からお世話になります、春日歩です」
- P「アイドル全員がノロウイルスにかかって事務所が地獄絵図!?」
- お嬢様「私のア○ルが…しゃべっている?!」
- さやか「マミさんの前でイチャついてみよう!」なぎさ「意地悪してみるのです!」
- 七海「七海千秋でーす。超高校級の……」日向「知ってる」
コメント一覧 (61)
-
- 2015年05月09日 23:13
- なんかいいなこれ
-
- 2015年05月09日 23:15
- やち天
-
- 2015年05月09日 23:17
- 一番安いアイドルは誰なんですかねえ
-
- 2015年05月09日 23:18
- 変われたんですかね?
-
- 2015年05月09日 23:21
- ちひろがさも天使のような情報操作はNG
-
- 2015年05月09日 23:22
- どんなにいい話でも金とは露骨に縁が切れない黄緑の事務員
-
- 2015年05月09日 23:22
- 以下 「やち天」以外ノコメントヲ禁ズ
-
- 2015年05月09日 23:22
- ぼくの下半身
新品 包装済 ¥1000000
-
- 2015年05月09日 23:23
- やち天!やち天!
-
- 2015年05月09日 23:25
- 【悲報】数十億のプロデューサーの月給、13万3千円
-
- 2015年05月09日 23:25
- 何言ってんだ!ちひろは敵だろ⁉︎
-
- 2015年05月09日 23:27
- これ(ありす「線AB上を秒速3mの速さで動く点P」)の人だったのかwww
-
- 2015年05月09日 23:28
- モバPの心なんかSR確定ガチャチケット十枚もくれてやれば買えるんだよなぁ……
-
- 2015年05月09日 23:29
- ※10
い、いまはバブルが弾けたから三ヶ月分を基準とする風習廃れたし…
-
- 2015年05月09日 23:33
- 俺の捉え方がおかしいのかな
最後、価値が変わっていた的な所が
ちっひと付き合うことになってPの価値が変わったって読んじゃったんだけど、これ上がったのか下がったのか…って思って、変に捉えすぎかな
-
- 2015年05月09日 23:37
- ※8
マイナスを付け忘れてるぞ
-
- 2015年05月09日 23:37
- pの価値かちひろさんの価値かどっちだろうな
-
- 2015年05月09日 23:38
- なち敵
-
- 2015年05月09日 23:38
- ※15
変わったのはちひろの値段だろ?
-
- 2015年05月09日 23:45
- ちひろさんはかわいい
-
- 2015年05月09日 23:54
- 着想も文章も雰囲気もすごく良い
-
- 2015年05月09日 23:56
- ちひろ「転売余裕wwwww慰謝料もせしめればボロ儲けwwwww」
-
- 2015年05月10日 00:03
- 鏡見てんだからちひろの値段だろうな
-
- 2015年05月10日 00:07
- オバチャーン
\0のちっひ下さ~い!
-
- 2015年05月10日 00:09
- それぞれにつぎ込まれた金額をあらわしたメタっぽいものかと思ったら全然違った
Pはプレーヤーだから大金持ち
-
- 2015年05月10日 00:36
- イチゴパスタ プライスレス
-
- 2015年05月10日 00:39
- ※12
マジ?雰囲気も作風も文章も違い過ぎワロタ
そういや飼い方の人も多種多様なSS書いてて昔驚いた
-
- 2015年05月10日 00:43
- ※8
それは円じゃなくてジンバブエドルじゃん
-
- 2015年05月10日 00:53
- 声が付いたことでありすちゃんの価値が暴落したと聞いたんですが…
-
- 2015年05月10日 00:56
- ※29
お前にとって価値の上がる声ってなんだよ
-
- 2015年05月10日 01:01
- いいテンポの文章だ
-
- 2015年05月10日 01:34
- ※29
人気のあったキャラにあらかじめ声付けて選挙実施
↓
投票操作までして一位当選、即声優発表
↓
実は、元AKBの未成年飲酒の前科持ちだった
元とはいえリアルのアイドルがゲームのアイドルの声を担当するっていうユーモアを利かせたつもりだろうけど前科持ちっていうのがかなり荒れる要因になるとは、運営もポカやらかしたよな
-
- 2015年05月10日 02:11
- またモバPが1人、ちひろに心を売ったのか
-
- 2015年05月10日 02:16
- 全部「円」じゃなくて「ペリカ」の話だろ?
-
- 2015年05月10日 02:39
- ちひろは、俺たちがガチャに使う金額をみて、当選率を変えてるのか
-
- 2015年05月10日 05:03
- ※29※32
とっとと巣に帰れ
-
- 2015年05月10日 05:05
- Pを彼女持ちにしてしまいアイドルからの価値を下げる事務員ってオチの方が分かるんだが
-
- 2015年05月10日 05:32
- 自己評価は0だけど自分の認めたプロデューサーから価値を与えてもらったと
点Pといいこの人の作品は着眼点というか発想がいいな
-
- 2015年05月10日 06:39
- モバP自体の値段は課金するたびに下がるからいつちひろに捨てられるか怖すぎる
-
- 2015年05月10日 07:06
- 一見いい話っぽいけど、やっぱりちひろは鬼悪魔の類だった
※33
巣ってなんだよ(哲学)
重度のモバPの中にも、未だにもにょってる層がいることを忘れてはいけない
-
- 2015年05月10日 07:52
- このちひろは目にハイライトが無さそうだ…
-
- 2015年05月10日 08:00
- ※26
橘ァ!
毎日俺に味噌汁を作ってくれ!!
-
- 2015年05月10日 08:10
- いい話だった。
が、こんなのちっひじゃないwww
-
- 2015年05月10日 08:37
- やち天!やち天!
-
- 2015年05月10日 08:53
- この印象操作費用
¥20,000
-
- 2015年05月10日 09:42
- 米42
具はイチゴでいいですか。
-
- 2015年05月10日 10:56
- ※46
すみません勘弁してください
-
- 2015年05月10日 11:11
- もにょってたら全く関係のないSSのコメントで、人を不快にさせる以外ない愚痴を言っても構わないってか?
-
- 2015年05月10日 13:09
- ちひろさんはアニメで一番輝いていたわ…
やはりサトリナは天使
-
- 2015年05月10日 14:35
- ※38
なるほど!
-
- 2015年05月10日 18:12
- 性格は捻じ曲がってるけど即座に鑑定できる能力なんだから0円はないだろチッヒ……
-
- 2015年05月10日 20:02
- やち天!
-
- 2015年05月10日 21:47
- ちひろさんの手をにぎにぎしたい(血涙)
-
- 2015年05月10日 22:58
- 点pといい着眼点というか発想が面白いな
-
- 2015年05月11日 12:31
- 最後はPの生涯賃金の半分の価値になったって事じゃないのか?
-
- 2015年05月13日 12:48
- やはり
ちひろは
天敵
-
- 2015年05月14日 08:33
- ※51
自分の値段(価値)は自分じゃなくて他人が決めるものだからな
Pによって価値を見出すことができるようになったって事だろ
それにしても奮発して買ったスーツが5万て……
-
- 2015年05月17日 18:35
- 星新一とかの、小説にありそう。
-
- 2015年12月12日 01:18
- やち天!
-
- 2018年08月10日 13:23
- (婚約)指環=給料3ヶ月分=40万
ああ、これはブラックですね。間違いない。なんだこれは…たまげたなあ。
-
- 2018年08月19日 03:14
- 好き、点Pの作品といい全部好き
どれくらい好きかというと小指切り落としてもいいくらい好き