男「ここが君の、終の棲家でありますように」
男「では、意思確認だが」
女「はい」
男「本当に、いいのか?」
女「勿論です」
男「最後の通告だぞ。もう、戻れないんだぞ」
女「私は、決めたんです」
女「貴方と共に生きてみたい」
男「……」
女「貴方に寄り添い生きていたい、と」
男「……」
女「ふ、不束者ですが……どうぞよしなに」
男「こ、こちらこそ宜しくお願いします」
―1―
女「広いですね」
男「まぁな」
女「まるでお城のようです」
男「まるでも何も、お城そのものだが」
女「どこまでが領地なんですか?」
男「ここから見える範囲全て」
女「……広いですね」
男「まぁな」
女「迷子になりそうです」
男「昔から住んでいる俺もたまに迷うくらいだからな」
女「えっ?」
男「二週間ほど彷徨い歩いたときは、地味に焦ったもんだ」
女「……一緒に住める自信が早速無くなってきました」
―2―
女「生活用品はどこで買出しすればいいのですか?」
男「そういえば、そういうのを気にした事は無かったな」
女「えっ、じゃあ今までどうやって生活を?」
男「貢がれたり、側近に世話してもらったりしていた」
女「そう聞くとお坊ちゃまのようですね」
男「悪かったな、箱入りで」
女「ふふ、拗ねないでください」
男「……ふん」
男「……近くに」
女「?」
男「近くに、市場がある。いつも賑わっていて、活気があるところだ」
女「素晴らしいですね。そういう場所って、本で読んだ事しかありません」
男「お前が良ければ……の話だが」
男「一緒に行ってみるか?」
女「!」
男「あ、いや、嫌なら、いいんだ……」
女「……ふふ」
男「何故笑う?」
女「貴方にそういう臆病な所があるなんて、思いもしませんでした」
男「こういう事を言う機会なんて今まで無かったんだ。悪かったな」
女「是非連れて行ってください。嬉しいです。……凄く、嬉しいです」
男「それは何よりだ」
―3―
女「私はどこで眠ればいいんですか?」
男「空いている部屋を適当に使えばいい」
女「わ、分かりました」
男「俺の部屋は最上階の一室だから、何かあれば訪ねてくればいいさ」
女「は、はい!」
~深夜~
コンコン
男「……女か、入れ」
ガチャ
女「……失礼します」
男「どうした? 不便があったか?」
女「いえ、その、ですね」
男「よく見たらかなりの汗を掻いているな。肩で息をしている辺り、余程の事だと見受けるが?」
女「えと、あの、その……」
男「妙にそわそわしているが、落ち着かないか? やはり、お前は元の所に……」
女「あのですね!!」
男「は、はい!?」
女「……」
女「……」
女「このお城は……広すぎます……」
男「お、おぅ」
女「だから、分からないんです」
男「な、何がだ!?」
女「……お手洗いの場所」
―4―
男「そういえば」
女「どうされました?」
男「お前は今年で幾つになったんだ?」
女「女性に年齢を尋ねるのはデリカシーが無いですよ」
男「それは申し訳ない」
女「うむ、分かれば宜しい」
男「それで、干支は何周したんだ?」
女「……」
男「分かった。分かったから無言で微笑むのは止めてください」
女「もぅ、なんで急にそんな事を聞いてきたんですか?」
男「この前読んだ文献に書いてあったんだ」
女「?」
男「……君達は、親しい人の誕生を祝う習慣があると」
女「ああ、誕生日の事ですか」
男「誕生日か。生まれた事を祝福する、という意味合いでも良い響きだな。
こっちでも流行らせたいくらいだ」
女「でも、私は少し特殊ですから何とも言えないですね」
男「構わない。君がこうして生きてくれている事に意義がある」
女「……」
男「君の命を祝いたい。これから、ずっと。 だから、年齢と生まれた日付くらいは知っておきたいんだ」
女「……『今の』私で換算すると、今年で18歳です」
男「じゃあ18歳でいいな。俺も君達の時間で計算すると17歳だ」
女「今までを総計すると、私はもうおばあちゃんなんですけれどね」
男「それを言うなら俺だって曽祖父くらいだろうて」
女「じゃあ、今この場で私は18歳と豪語してもいいですよね」
男「そうだな。じゃあ俺も今この瞬間から年齢を17歳として換算していこう」
女「いぇーい。じゃあ私は貴方よりお姉さんですね!」
男「五月蝿いぞ婆さん」
女「…………」ウルウル
男「すいませんでした軽率でした二度と言いませんから泣かないでください」
―5―
女「そういえば、貴方は皆さんから何と呼ばれていたんですか?」
男「役職名だな」
女「それじゃあ、名前は?」
男「あるにはあるが……名を呼ばれる事なぞ殆ど無かったからな」
女「なんて言うんですか?」
男「花の名前」
女「それは?」
男「俺には似合わない名前だから、それ以上は言わない」
女「あら、似合うか似合わないかは聞いてみないと分からないですよ」
男「……」
男「―――」
女「ほら、やっぱり。 素敵な名前じゃないですか」
男「……母さん以外から言われたのは初めてだな」
女「でも、少し羨ましいです」
男「?」
女「皆から呼ばれる役職はあっても、私には名前そのものがありませんから」
男「……」
女「強いて言えば、生まれたときに付いたナンバリングは『2503』だったかな」
男「……」
男「――――」
女「えっ?」
男「君の、名前。 今度からそう呼んでいいか?」
女「私の、名前?」
男「俺にだけ名乗らせておいて、君に名乗る名が無いのは不公平だ。
公平性を期す為に俺は以後君をそう呼ぶことにする」
女「……」
女「……」ポロポロ
男「何故に泣く!? 泣くほど嫌だったか、すまん、その、俺にはネーミングセンスというのが無くて……」
女「いえ、その……グスッ、違うん、です、違うんです……」
女「分からない、分からないんです、胸が一杯になって、なんか、溢れてきちゃって……!」
―6―
女「もうすぐ夕飯の時間ですね」
男「もうそんな時間か」
女「何かリクエストはありますか?」
男「なんでもいいよ」
女「もう、そういうのが一番困る返答なんですよ」
男「すまん」
男「なんというか、だな」
女「?」
男「君が作るものなら、なんでも、美味い…気がするから」
女「……」
男「悪気はない。その、困らせてすまない」
女「突然素直になられるのも…困ります」
―7―
女「~~♪ ~~♪」
男「鼻歌を歌いながら掃除とは、何か良い事でもあったのか?」
女「良い事だらけですよ」
男「例えば?」
女「温かいベッドでゆっくり眠れて、気持ちよく朝を迎えることが出来ました」
男「ふむ」
女「素晴らしい食材で、美味しいご飯が作れました」
男「確かに美味い朝飯だった」
女「外に出ると快晴です」
男「うん、気持ちが良いな」
女「それに、傍に貴方が居ます」
男「……」
女「歌でも歌わないと、泣いてしまいそうなほど幸せなんです」
男「……良かったな」
女「はい!」
―8―
男「君がここに来て二週間か」
女「思えばあっという間でしたね」
男「どうだ、少しは慣れたか?」
女「お城の広さ以外は徐々に、といった感じですね」
男「そうか」
女「あとは……夜が少し怖いくらいでしょうか」
男「そうか?」
女「これだけ広い所に二人しかいないので、夜の不気味さといったらそれはもう」
男「俺は慣れたものだがな」
女「部屋も一つ一つ広くて、本当に使っていいのかと妙にソワソワしてしまうのも……」
男「まあ、徐々に慣れていけばいいさ」
女「そうですね」
男「それに、もし夜が怖いなら……いつでも来ればいい」
女「えっ?」
男「何でもない」
男「空気や水はどうだ?」
女「最初は少し戸惑いましたが、慣れてみればむしろ快適なくらいです」
男「それは何よりだ」
女「食べ物も思った以上にまともで安心しました」
男「まぁ、普通は良い印象を持たれる様な場所じゃないからなぁ」
女「住めば都。うん、良く言ったものです」
女「貴方はどうですか?」
男「俺か?」
女「私が居ると……お邪魔ではありませんか?」
男「君は本当に阿呆だな。邪魔と思う事なぞ全く無い」
女「本当ですか?」
男「神に誓って」
女「邪神ではなく?」
男「そういうなら、邪神にもついでに誓っておくか」
女「いやいや、そこに乗っかってくるとは予想外です」
男「まぁ、なんだ」
女「?」
男「君と一緒に居るのは不思議な感じだ」
男「今までの俺を一枚の紙切れと喩えるなら、君はペンだな」
女「ペン、ですか」
男「クレヨンでも何でもいいさ」
女「不思議な喩えですね」
男「今まで白紙だった人生に、ようやく文字や絵が映せるようになった。
今は何を書こうかと迷っている最中だな」
女「……そう捉えてくれるのは、嬉しくて、なんだかちょっぴり照れくさいです」
男「嘘がつけないロマンチストだからな、俺は」
女「それなら、貴方は私にとって消しゴムですね」
男「何故?」
女「ぐしゃぐしゃに書き殴られて、真っ黒になった私の画用紙を……真っ白にしてくれました」
男「大した事は何もしていないさ」
女「私の人生は色々な人に手を加えられちゃって、痕まみれで綺麗じゃないけれど。
それでも貴方が白紙にしてくれたんです。……真っ白に、してくれたんです」
男「それじゃあ…せいぜい、その画用紙には幸せな事ばかり描けばいいさ。俺はそれを見本に筆を取ろう」
―9―
男「暇だな」
女「今日は生憎の雨模様ですから、外にも出れませんね」
男「君は暇なとき、どうやって時間を潰していたんだ?」
女「歌を歌っていましたね」
男「歌か……そういう芸術的な事には一切縁が無かった」
女「そんな高尚なものではないですよ。何となく思った事を何となくメロディに乗せればいいだけですから」
男「いや、簡素に言い放ってはいるが、存外難しいぞそれ」
女「では、そうですね……貴方は本を読むのが好きでしたよね?」
男「まぁな」
女「何か文章を書いてみるのは如何ですか?」
男「文章、か……善処してみる」
男「有難う、おかげで良い暇潰しが見つかりそうだ」
女「どういたしまして♪」
男「さて、文章とは言うが何を書けばいいのやら」
男「『天気が悪くて暇だ』」
男「『退屈でつまらない』」
男「『夕飯が待ち遠しい』」
男「……実につまらない文章が出来上がってしまった」
男「……何か題材を決めた方が書き易いのやも知れん」
男「だが、肝心の題材はどうしたものか」
男「天気? 最近読んだ本? 夢の内容?」
男「どれもイマイチな気がする」
男「……」
男「……そうだな、これにしてみるか」
~~
女「~~♪ ~~♪」
男「おい」
女「あら、暇潰しは終わったのですか?」
男「ああ。つい夢中になってしまった」
女「何かに夢中になれるのは素敵ですね。それで、どんな文章を書かれたのですか?」
男「……読んでみてくれ」
女「……私に?」
君がこの世界に来て、早四ヶ月。
暦の上では随分と時が過ぎてはいるが、瞬きすればいつの間にか今だったという気持ちの方が大きい。
外に咲く雪色の花を見ると、君を見初めたあの頃を思い出す。
こうして君と共に過ごせる日が来るとは夢にも思わなかった。未だに夢に深く沈んでいるかのようだ。
私が朝目の覚めるたびに頬を軽く抓る習慣が出来てしまったのを君は知らないだろう。
(中略)
つい長々と書き綴ってしまったが、こうして文字に起こす度に、
言葉に出せない気持ちがこんなに募っているとは思わなかった。
不器用な身で申し訳ない。 大事にしますから、どうか悪く思わないでください。
男「たまには文章もいいものだな。勢いに任せて書いていると、ついつい時を忘れてしまう」
女「……」
男「どうした、そんなに頬を染めて?」
女「あのですね、これ、読み返してみました?」
男「いや、別に。勢いに任せていたからな。
長々と書いたので捨てるのも勿体無いから、ついでに添削してもらおうと思ったのだが」
女「これ、もらっていいですか?」
男「駄文に加えてミミズが走ったような下手な字だぞ。君は物好きだな」
女「いいです、いいんです。 大事にしますから。 絶対、絶対これ大事にしますから」
男「す、凄い気迫だな。分かった、そんなものでいいなら貰ってくれ」
女「!」
女「あのですね、提案があるんです」
男「ん?」
女「雨の日には、貴方はこうして文章を書いては如何でしょう?
私は貴方の書いた文章を読み、それを歌にしましょう」
男「ふむ、悪くない」
女「なんだか素敵ですね、雨が降る度に愛を囁かれるというのは……」
男「……ちょっと待ってくれ。俺は一体どういう文章を書いたのかもう一度見せてくれないか?」
女「拒否します。今後も絶対に添削や推敲はせずに私に見せてくださいね♪」
男「……もしかして、俺はとんでもなく恥ずかしい事を書いているのではなかろうか」
―10―
男「……」
女「~~♪ ~~♪」
男「……」
女「~~♪ ~~♪」
男「……なぁ」
女「どうされました?」
男「……大丈夫か?」
女「いたって健康ですよ、ご心配なく」
男「完全に紅くなっているな」
女「私の瞳ですね」
男「……いよいよ本格的にこちら側に染まってきたか」
女「そうですね」
男「綺麗な黒目だったのに、すまない……」
女「謝らないでください。私は、嬉しいんですから」
女「貴方に少しずつ、近づいている。 それが、嬉しいんです」
―11―
女「貴方は優しいですね」
男「突然どうした?」
女「いえ、何となく」
男「変な人だな、全く」
女「貴方は強いですね」
男「君よりは弱いさ」
女「魂の話ですよ」
男「それこそ、俺は君より弱い。君のような重みを背負わずに逃げたんだから」
女「いいえ、貴方は強いですよ」
男「俺は別に強くなくてもいいんだよ」
女「いつか貴方が自分の強さに気づけたらいいですね」
女「貴方は私をどう思いますか?」
男「悪くないと思っている」
女「私は貴方を愛しく思っていますよ」
男「……」
女「いつか貴方の口から聞いてみたいですね」
―12―
女「見てください、尻尾が生えてきました」
男「……本当だ」
女「可愛いですか?」
男「それは元からだな」
女「えっ、あ、ありがとうございます……」
男「やめて照れないでこっちに移るから」
男「しかして、思った以上に進行が早いな」
女「進行が早いのは嬉しい事じゃないんですか」
男「ああ、嬉しい事この上ない。君の命が延びていくからな」
女「それは何よりです」
男「だが、同時に哀しくもある」
女「それはどうして?」
男「君が人間として少し遠ざかる度に、本当にこれしか無かったのかと可能性を模索してしまう自分がいるんだ」
女「……」
男「君はあちら側で幸せな余生を送る事も出来た。
その芽を俺が摘み取ってしまったのではないかと不安でたまらない」
女「……はぁ。相変わらずあんぽんたんですね」
男「あんぽんたん!?」
女「いいですか。何度も言います、何度も言いますよ」
女「私は、決めたんです」
女「貴方と共に生きてみたい」
男「……」
女「貴方に寄り添い生きていたい、と」
男「……」
女「貴方が芽を摘み取ったと思うのなら、それは間違いです」
男「……」
女「私は、貴方の傍で咲く花になる道を自分で選んだのです」
男「……」
女「だから、お願い」
男「……」
女「泣かないで」
男「……すまない」
―LAST―
女「髪の毛もすっかり真っ黒になりました」
男「後は今宵の満月を迎えれば、晴れてこちら側の住人だ」
女「随分と年月が経ったように感じますが、どうなんでしょうね」
男「大体120年くらいか」
女「あらあら、すっかり私達も熟年夫婦ですね」
男「振り返ってみれば、挙式も何も挙げてなかったな」
女「いいんです。しっかり愛を頂いていますから」
男「まぁでも、こちら側へ迎え入れる前だ。何事もけじめが肝心だろう」
女「?」
男「いいか、これは稀代の人間を堕とす大罪人の懺悔でもあり。
我が久遠の生涯でも……一度しか言わない、お前の為の言葉を捧げる」
女「……はい」
男「ずっと傍にいてくれ、愛しの勇者」
女「ずっと傍にいますよ、我が魔王様」
男「ここが君の、終の棲家でありますように」
―とある国での、とある逸話―
その出来事を振り返るには文献が必要で。
しかし、『むかしむかし』で始まる語り草へ変わるには少し早い物語。
いつか語り継がれる御伽噺に備え、この物語の始まりは『むかしむかし』で封を切る。
むかしむかし、そのむかし。
にんげんとまものがてをつなげなかったころ。
てをつなぐ、ということをしらなかったころ。
さいてちるためにうまれたしょうじょと、もえつきるためにうまれたせいねんがであいました。
……そんなおはなし。
《人間を製造する》という禁忌に等しい人工生命の技術のみが発展し、
生活に関する事柄は全て魔法で賄っていた、とても極端な国がありました。
周りを見れば、どこかで見た誰かばかりが蔓延しており、
住む人は名前ではなく全て番号で呼ばれていた事から
その国は近隣諸国では『牧場』と皮肉を込めて呼ばれていました。
製造法は語られていませんが、同じクローンが1体ずつしか居ないことから
どうやら体のストックは1体が亡くなれば別の体に記憶などが引き継がれるようで。
自分の葬式に同じ顔をした全く同じ人物が弔辞を読む、という不気味な絵がこの国での当たり前なのです。
その『牧場』の片隅に、クローンを製造しない一族の当主が死んで、朽ち逝くだけの城が建っていました。
そこにある日、不穏な噂が流れます。
<強大な力を持った謎の魔物が住み着いたようだ>
どうせ平和に慣れた民衆の流言だろう、と王様はその噂を聞き流していました。
実際にその話は一時的に広まったあと、朽ちた城の近辺に立入禁止の立て札を置いてみれば
穏やかな波のようにサッと人々の記憶から引いていきました。
しかし、それから王様のクローンが4代ほど続いた後に異変が起こります。
家畜よりも力を持たない筈の魔物が徐々に『牧場』に幅を利かせるようになったのです。
最初は大きな草原へちらほらと散らばる姿が。そして森、山へと広がり、ついには小さな村へと侵入を始めます。
事態を非と見た王様は屈強な人間のクローンで迎え討とうとしますが、多種多様な形態を持つ魔物達に苦しめられ、
いよいよ王国の都心部まで攻め込まれてしまいます。
多くのクローンが失われ、いよいよ滅亡が色濃く目の前の現実として立ちはだかる前に、王様は最後の手段に出ました。
“爆砕用生体兵器”の投入です。
各国に諜報員を派遣させ、世界で最も魔翌力の高い素体を拉致し、それをクローンにする事で量産を図り、
魔物の群れで魔翌力を爆発させる事により機雷として機能させる、おおよそ人権を無視した非道の方法。
素体に選ばれたのは、どこにでもいるような女の子。
嬉しい事があれば喜び、悲しいことがあれば頬を濡らす、心の優しい普通の女の子でした。
更に魔翌力を高める為に数多の艱難辛苦を受けさせられ、死こそが美徳と脳に直接刻み込まれ、
全ての準備が整った後に女の子の首と胴は離れる事になりました。
残ったのものは、約2500体の人の形をした爆弾のみ。
何も知らない人々は、戦場で散る為に駆け出される彼女の姿をいつしか『勇者』と呼んでいました。
彼女が散るとき、遠くからでも一目で分かる大きな花火のようなものが空に咲き誇ることから
その花火のような轟音が聞こえる度に『牧場』は活気で賑わいます。
轟音が一つ鳴ると、各所でお祭りのような人々の笑い声。
その一方で、誰も知らないような鉄サビの臭いに塗れた研究所で一人の勇者がゆっくりと目を覚ます。
とても歪な『牧場』の姿がそこには在りました。
“爆砕用生体兵器”により少しずつ魔物を減らしていく事により、一つの事柄が判明します。
それは、件の廃城こそが魔物たちの発生している大元となっている事。
それが分かった頃には、既に勇者の数は元の1/3程度にまで減っていました。
もともと資源そのものが裕福ではなかった国な上に、オリジナルは既にこの世には居ない。
残った800体前後でどうしても決着をつけなければならないという背水の陣。
国の研究者が総動員して計算すると、どうにか残り200体までには廃城の主を討ち取れるだろうという結論が出ました。
当の勇者の心が壊れかけていて、800体分の記憶の引継ぎすら危うい事も知らずに。
勇者が廃城の門前で魔物と共に爆散する頃には、既に残り320体。
もう何も考えられず、魔物が視界に映った瞬間に自爆の準備を始めてしまう程まで機械的になった彼女の心。
いっそ次に目が覚めた瞬間に死んでしまおうか、そう考えながらも旅路を続けていた頃。
自分と同じくらいの外見年齢をした一人の魔物と出会いました。
その少年は深い紅を瞳に宿しながらも、勇者に何かを差し出します。
それは、ただの木の実でした。
「それ、やるよ。 お前、いつも頑張っているよな。 無理するなよ」
その言葉を聞いた瞬間、勇者はその少年に抱きついて大声で泣き始めました。
何百回と死の輪廻を超えて、ようやく年相応の少女として初めて涙を流せました。
少女はその魔物の少年と、少しの間だけ旅をしました。
短い時間ではあったけれど、それはとても楽しい旅路でした。
壊れかけた少女の心を完全に癒すには足りないけれど、生きる充足を思い出すには足り得る程に。
「また、どこかで。君の使命が終わる頃、会えるといいな」
そう言って少年は重い甲冑をカシャリと音立て、何処へと去って行きました。
もう一度だけ、あの少年に会うために。
私は何度でも爆散を続けよう。
勇者の心に仄かな明かりが灯った瞬間でした。
それから幾度となく生と死を繰り返し。
いよいよ最後のナンバリング、『2503』が戦場に赴きます。
表向きは、いつしか人間に“魔王”と呼ばれるようになった魔物を討伐する為に。
心の奥底では、あの少年に旅路のどこかでもう一度会う為に。
そして勇者は、がらんどうになった城へ潜入します。
城の到る所で、血生臭さと共に自分の破片と魔物の残骸が見られます。
城に住まうほぼ全ての魔物と刺し違えているので、目的地まで向かうのに何一つとして生きているものと会わないのも
それはそれで寂しい話だと勇者は思いました。
そして、ついに。
魔王の玉座に辿り着いたとき。
勇者は信じられないものを目にします。
「よぅ、遅かったな」
人々が魔王と呼んでいた強大な魔物の生首をワインテーブルに置いたまま、軽く頬をかいて。
あの時の少年が玉座に座って迎えてくれたのです。
~~
子「zzzz………zzzz……」
「眠ってしまったな」
《もう、今からが貴方の格好いい所なのに……》
「子供には少し長い物語だから仕方ないさ」
《むぅ、じゃあこの続きはまた次の晩にしましょう》
「それがいいだろう」
《でも、よくよく考えたら私達も中々の親馬鹿ですかね》
「それは何故だ?」
《私達の馴れ初めを御伽噺で語り聞かせる辺りがですよ》
「……確かにな」
《ねぇ、貴方様》
「どうした?」
《祈ってもいいですか?》
「何を?」
《ここが私達の、終の棲家でありますに……って》
「祈ればいいさ」
「俺はずっと前から祈っているからな」
―END―
転載元
男「ここが君の、終の棲家でありますように」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1360634589/
男「ここが君の、終の棲家でありますように」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1360634589/
「男女」カテゴリのおすすめ
「ランダム」カテゴリのおすすめ
コメント一覧 (12)
-
- 2015年04月07日 00:21
- なんか雰囲気がいいよな…
-
- 2015年04月07日 00:33
- 何これ素敵
短くまとまってていいね
-
- 2015年04月07日 01:24
- 綺麗にまとまってていいねぇ
-
- 2015年04月07日 03:02
- 凄く良かった
-
- 2015年04月07日 08:07
- ベースの設定が予想以上に搦め手だったなぁ…
-
- 2015年04月07日 08:56
- また懐かしいものを…
-
- 2015年04月07日 13:17
- こういうのがあるからssを読むのをやめられない
-
- 2015年04月08日 23:41
- 綺麗
-
- 2015年04月09日 01:59
- 良いね本当に良い
たまにでもこういう良作に出会えちゃうもんだからSS読むのやめられん
-
- 2017年12月13日 21:58
- この作者のSSはずれねぇなぁ
-
- 2017年12月15日 21:21
- 泣いてまうやろ
-
- 2017年12月15日 21:48
- 元奴隷まとめから
凄く良かった、雰囲気最高すぎる