輿水幸子「シンデレラ前夜」
非力なボクは、この現状を覆す術を持っていませんでした。
最初は小さな言葉の棘。ほんの少しの意地悪から。
そんな小さな言葉を気にしなければよかったのに、弱いボクは過剰に反応してしまいました。
そんな反応が連鎖して、また小さな意地悪が生まれます。
そして小さな意地悪は、他の意地悪を連れて、それが連なって、大きな意地悪になります。
「輿水のぶーす!」
それが一人ならまだしも、一人言い出せば二人になり、二人言えば四人に増え、
いつの間にかクラスの男子全員、ボクに言葉の暴力をぶつけてきます。
女子が味方になってくれるならまだしも、
女子は女子でボクを遠ざけるようにヒソヒソと噂話をしているありさま。
少し前まではそんなことも無かったのに。
言い出した男子が悪かったのかもしれません。
クラスで一番の人気者の男子の発言ですから、
小さいクラスであれば誰でも彼の発言を真似したくなるものです。
何も言い返さないわけでもありません。
ですが、言い返せば言い返すほど、面白がるように、
反響しあうように同じ言葉を浴びせられます。
言われても、言い返されても否定し続け、反論し続けていきました。
それでも状況は変わることなく、一日が過ぎ、一週間が過ぎ、一か月が過ぎ…。
徐々に口数は少なくなり、クラスで一人、ノートとにらめっこの日々が始まりました。
一人静かに…という訳にもいきません。ボクが黙っていたとしても、
悪口を言いたい人間は気にせず投げかけてくるのです。
誰一人味方はいません。男子も女子も、無視か悪口を投げつけてくるか、それだけです。
ボクが一体何をしたというのでしょうか。何もボクは悪くないのに、悪く…ないのに。
女子の噂話ももっと小さい声でしてくれればいいものを、
わざわざご丁寧にボクに聞こえるように話すから性質が悪い。
誰もボクと遊びたがらないから一人ぼっちで放課後を過ごします。
こんな時に誰かが手を握って側にいてくれたらなんて…そう考えるのも辛いから、
何も考えないで、一人ぶらんこをこいで、時間が過ぎていくことを祈ります。
きっと明日には良くなっている、そう考えるのは辛いけれど、
そう考えなければ明日も学校に行こうという気力すら湧きません。
きっと良くなっている、そう思って毎日を過ごしていますが、
結局何も変わらないまま、一日一日が過ぎていきます。
楽しそうに笑っているアイドルが眼に入ってきて、
今のボクには眩しすぎて、すぐにチャンネルを変えてしまいました。
ボクはあとどれだけ踏ん張ればいいんでしょうか。
一か月?一年?それともずーっとこのまま?
先の事を考えると、目の前が真っ暗になってしまいます。
だから心を無にして、ノートとにらめっこ。にらめっこ…。
何か言いたげな様子。ボクは咄嗟に心を閉じて、ノートに書かれている文字を見つめます。
結局彼は何も言わないまま、ボクの横を通り過ぎて行きました。
彼が何を言おうとしていたのか、ボクにはわかりません。
悪口が出なかっただけよかったとしましょう。
その日以降、女子からの陰口が酷くなりました。
聞こえているので、陰口とは言えないんでしょうが。
何かがあったのは明白です。でもボクにはわかりません。
わかったところで、何が出来るわけでもありません。
もうそんな状況が三か月以上続いているんですから。
男子の悪口は相変わらず、誰も遠慮なく。
ここでボクが大声を上げても、きっと笑われるだけでしょう。
もうクラスでボクはそんな扱いなのでしょう。見世物です。
変われないし、変わらない。絶望的です。
ボクに出来ることが何か一つでもあるなら、どうか…。
きーこーきーこー。
辛いなって、寂しいなって、ぶらんこの音が言っているみたいで、
目頭が熱くなって、声も出せずに俯いたまま、涙を流してしまいました。
誰にも伝わらない涙を流しても意味が無いのに、
ゆっくりと涙は頬を伝って、膝の上に落ちていきます。
限界…かなぁ。
隣のぶらんこが揺れる音。
袖で涙を拭いて、盗み見るように隣のぶらんこを確認。
恐怖に打ち震えます。
ぶらんこに入りきらない肩幅、窮屈そうに畳まれている両足、とてつもなく悪い目つき。
涙も一瞬で引っ込みました。えっと…あの…。
「…ハンカチ、いりますか?」
そしてとどめを刺すような低音。何か言わないと、ボクの身が危ない!
「い、いえ、けっきょうでひゅ!」
思いっきり噛みました。
借りれるわけがない。
「…」
「…何か、悩み事ですか」
悩み事、と言うほどのものではありません。よくあるいじめです。
「別に…」
「そうですか」
「はい…」
この人は…世間一般に言う不審者という人なんでしょうか。
「…」
「…」
動く気配もありません。
「…あの」
「はい、何でしょう」
「…いじめってどう思いますか」
何でこんなことを聞いてしまったのだろう。
我ながら馬鹿馬鹿しい質問です。
関係の無い大人にこんな事を聞いて、何になるというのでしょう。
「貴女がいじめられているんですか?」
「えっ」
「辛そうに泣いていたので、そうなのかな、と」
「…」
「…」
「…」
「ボクは何もしていないのに、ただ、悪口に反論しただけなのに、何で…」
「悪口ですか」
「…ブスだって」
「ブス…」
そう言うと彼はボクの顔をじっと見つめます。
「わかるような気がします」
「へっ?」
…酷い。
「…?」
「きっと、貴女が魅力的だから、接点がほしくてそんな言葉を言ったんじゃないかと」
「ボクが…魅力的?」
「はい」
じーっと見つめて、変わらない目でボクにそんな言葉を与えてくれる。
「で、でも女の子も同じようにボクをいじめるんですよ!?」
「それも貴女が魅力的だからかもしれません。
もしかしたら、意中の男性が貴女に夢中で、それを妬んでいるのかもしれません」
「…」
「貴女が暗い顔をしていれば、意中の男性が自分の方を向いてくれるかもしれない」
そんなことがあるのだろうか。そんな答えがあるのだろうか。
「…じっと見て」
「ニコッと笑ってみてください」
「…ニコッと?」
「はい。笑顔です」
「…笑顔」
「貴女は魅力的で、可愛い子です。きっとみんな妬ましかったり、
どうにか近づきたかったりしたいだけだと思います」
「ボクが…カワイイ」
「はい。自分を信じてください」
「…」
貴女が信じた自分自身の笑顔は、誰かに魔法をかけます」
「…魔法?」
「はい。私はそんなアイドルを探しているんです」
「アイドルですか?」
「もしいつか、貴女がアイドルを目指したいと思う時が来たら、この名刺にある住所を尋ねてみてください」
そう言って彼は小さな名刺をボクに渡してくれる。
「346プロダクション?」
「はい」
よく聞く名前です。大手の芸能プロダクションなはずです。
「私は今アイドル部門のプロデューサーをしています。是非考えてみてください。
本物の魔法がその世界にはあります。私はそう信じています」
…ボクはそんな大手の事務所のプロデューサーさんからカワイイと、カワイイと!
「あ、あの!」
「はい?」
「こ、こ、輿水幸子です!!」
「はい、輿水さん。よろしくお願いします」
そう言うと彼は背を向けて、夕日の中に消えていきました。
(ニコッと…笑顔)
たった一つの笑顔だけで、世界が変わることなんてあるのだろうか。
でも、あの人は言ってくれた。ボクはカワイイと。ボクの笑顔は人を魔法にかけると。
信じてみます。
信じぬいた先に魔法が待っているって、教えてもらったから。
ですが、そんな些細なことはもうどうでもいいような気がします。
変えられる、きっと変わる。ボクが知らなかった笑顔の魔法で。
「やーい輿水!」
こうやって声を掛けてくるのは、カワイイボクに気があるから…
そう考えるとなんだかとっても可愛らしい感じがしますね。
大人の余裕というやつでしょうか。ふふーん。
だからゆっくり顔を上げて、相手の眼をじーっと見つめて。
「はい?」ニコッ
でも、こんなにカワイイボクに見つめられたら、赤面してしまうのもしょうがありませんね。
なんせ、カワイイですから!ふふーん。
遠くからボクを見ていたり、前にもまして積極的に声を掛けてきたり、分かりやすいですね。
女子からは相変わらず、いえ、それ以上に冷たい目で見られているような気がします。
仕方ありません。あなた方の意中の男子を全員振り向かせてしまっているんですからね。ふふーん。
…きっとこの溝は埋まることは無いでしょう。ボクの魔法も万能ではないようです。
しょせんは小さな箱の中での、ほんの小さな優位性を示すものでしかないのです。
本物の魔法が使えれば、あるいはボクがもっと別次元にいれば、彼女たちは悩む必要もないのに…
………!!
これじゃあまるでカワイイボクは、
アイドルになることを運命づけてられているようじゃないですか!
アイドルになるために!…まずは親の説得からですかね…。
人間関係はもう修復できないでしょう。
今更彼女たちがボクに対していい印象を抱くことは無いでしょうし、男子は男子でこのままでしょう。
…いつか本当の魔法が使えるようになったら、彼女たちと同じように話せる時が来るのでしょうか。
その答えを探しに行きましょう!!
タッタッタ
「では、高垣さんは次のスタジオに向かってください」
「はい。あ、今晩一杯どうですか?いいお店を見つけたので、いっぱい飲みましょう」
「今日はだいじょ…
あの壁みたいな身長、がっちりした体形、横顔だけでもわかるあの鋭い目つき、
安心感のある低い声、間違えるわけがありません!!
ダキッ!!
「…?」
「…女の子?」
「…あの?」
(…あ、でも彼がボクの事を覚えていなかったらどうしましょう!ただの変態じゃないですか!)アワアワ
「えっ…」
(いえいえ、例え覚えていなかったとしても、こんなカワイイ子に抱き着かれたなら、天にも昇る気持ちでしょう)フフーン
(表情がコロコロ変わって可愛いって)フフッ
(えー!なんですかこの綺麗な人!いえ、ボクの方がカワイイですけどね!でも綺麗な人)ショボーン
「あの、大丈夫でしょうか?」
(あ、これは覚えていなさそうです…仕方ありません。あのころよりもカワイクなっていますしね)フフーン!!
「えーっと、輿水さん?」
「!!」
「以前、時間が無くて名刺だけ渡していたんですが、スカウトしたことがありまして」
「ふふーん、このカワイイボク自ら参上しましたよ!」フフーン
(可愛い)フフッ
「お久しぶりです、輿水さん」
「はい!」
「以前よりもいい顔をしています。あの時はないt」
「わー!!」ブンブン
「?」
「それでは私は次のスタジオに行きますね。また後程」
「はい。よろしくお願いします」
「来てくださってありがとうございます」
「全くです。こんなカワイイ子が自ら足を運んだんですから!」
「はい」
「えっと…今オーディションとかって受け付けてますか?」
「いえ、今は特に何も行っていません」
「…そうですよね」
勢いに任せて来るものではありませんね…
「はい!…って、えっ?オーディションとかは?」
「私がスカウトした人なので、特にオーディションなどは必要ありません」
「!」
「本物の魔法を、探しに行きましょう」
差し出された手は、暗いノートの中にいたボクを助けてくれた、大切な手。
「はい!!」
その暖かい手はどこまでもボクをどこまでも引っ張り上げてくれるみたいで…
バラバラバラバラバラバラバラ
そしていつかの空へ…
転載元
輿水幸子「シンデレラ前夜」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1421592413/
輿水幸子「シンデレラ前夜」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1421592413/
「Amazon」カテゴリのおすすめ
「シンデレラガールズ」カテゴリのおすすめ
コメント一覧 (50)
-
- 2015年01月19日 00:44
- すばらっ
-
- 2015年01月19日 00:45
- 悪くないかなって思ってたらオチw
-
- 2015年01月19日 00:50
-
そうか、インザスカられたのか……
-
- 2015年01月19日 00:53
- 走馬灯ですかいw
-
- 2015年01月19日 00:54
- 落ちる瞬間、ボクは聞いたのです。
「笑顔です」と。
-
- 2015年01月19日 00:57
- 幸子「プロデューサーさんはボクのどんなところが一番カワイイと思ったんですか?」
武内「…ネタ要員です」
幸子「笑顔ですらないっ!?」
-
- 2015年01月19日 00:58
- いいオチだw
-
- 2015年01月19日 01:02
- 幸子がかわいぃよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
-
- 2015年01月19日 01:05
- 「フフーン、アナタがボクのプロデューサー?まあ、悪くは無いですかねぇ?」
蒼「ギルティ」
-
- 2015年01月19日 01:07
- もうスカイダイビングネタは飽きたわ
-
- 2015年01月19日 01:09
- 幸子に「ジシンナクナール」を飲ませてみたい
-
- 2015年01月19日 01:09
- これは他称カワイイですわ
-
- 2015年01月19日 01:10
- バラバラバラバラ<フッフフーン、ボクハカワアアアァァァ
-
- 2015年01月19日 01:10
- ついさっき幸子のSR引いてプチ手に入れた自分にタイムリーなSS!
-
- 2015年01月19日 01:16
- ※13
まぁまぁ、笑顔をどうぞ
-
- 2015年01月19日 01:19
- シグナルバイクッ ハラパーン
ヒッサツフルスロットル ハラパーン
-
- 2015年01月19日 01:20
- 幸子ほど周囲に笑いを呼ぶドヤ顔が似合うキャラはいないよな
-
- 2015年01月19日 01:23
- 楓さんと同じ人だよね
今回も良かった!
落ちがwww不動の人気だなあ天使だもんなあ…
-
- 2015年01月19日 01:28
- 「笑顔です」が有効活用されてるのを初めて見たww
-
- 2015年01月19日 01:36
- 前に見たやよいの安価のやつがこんな感じだったな
-
- 2015年01月19日 01:45
- オチで深夜なのに吹き出したんだか。
-
- 2015年01月19日 02:06
- 346プロのイモトアヤコ、輿水幸子
-
- 2015年01月19日 03:36
- いい話だったのに!!素晴らしいSSだったのに!!オチが全てを持っていきやがったww
-
- 2015年01月19日 03:55
- 幸子がスカイダイビングされるのも全て私のせいだ。フフッ湊君全て私のせいだ!
-
- 2015年01月19日 05:18
- ユグドシル絶対に許さねぇ!!!
-
- 2015年01月19日 06:49
- 感動したと思ったらこれだよw
-
- 2015年01月19日 07:25
- やっぱCuPは畜生やね!
-
- 2015年01月19日 07:34
- 飛べ、幸子。
-
- 2015年01月19日 07:36
- 最後のは卑怯だぜ
-
- 2015年01月19日 07:50
- いい話だった。そして、いい『落ち』だった…
-
- 2015年01月19日 07:54
- 武内Pが幸子の「空から舞い降りる」を真に受けてインザスカイさせるのが目に浮かぶ
-
- 2015年01月19日 08:25
- 最後スカイダイビングか?w
幸子は可愛いなぁっ
-
- 2015年01月19日 09:03
- いじられすぎてて忘れるけどさっちゃんまだまだがきんちょなんだよなぁ……すまぬ…すまぬ…
と思ったらおい最後
-
- 2015年01月19日 09:03
- オチ含めて良い話だった、この人コレからも書いて欲しいな
-
- 2015年01月19日 09:05
- イイハナシダッタノニナーw
-
- 2015年01月19日 09:43
- いやオチ
-
- 2015年01月19日 09:50
- ラ ス ト で 台 無 し
-
- 2015年01月19日 09:59
- CuPは幸子に対して特にひどいよなw
-
- 2015年01月19日 10:25
- 良かった。
皆も言ってるが最後に全て持ってかれたな、正に一本取られたって感じ。
アニメは既にシンデレラになってるから、幸子の華麗な空からの降臨を見る事は出来ないんだろうな…見たかったのに。
-
- 2015年01月19日 11:07
- とーべ とーべ さーちこ♪
-
- 2015年01月19日 11:53
- 次はパッションだから茜ちゃんがいいな!
幸子はなんやかんや言うて皆から愛されてるとここのコメントで改めて実感
-
- 2015年01月19日 13:18
- 強がりの裏側に弱さを隠してた(いつもの態度)
逃げないよこれからは(悪口からも)
もう一度あの空へ(インザスカイ)
なんだ、あの曲って幸子テーマソングだったのか(錯乱)
-
- 2015年01月19日 16:01
- 最後で完全に台無しだよ!!
アニメでも空飛ぶ幸子見れないかなー
-
- 2015年01月19日 20:41
- アイドルに単独スカイダイビングさせる事務所なんて話が広まったら新人来なくなるんじゃね?アレは幸子だから可能だったわけで…
-
- 2015年01月19日 20:52
- オチが合ってないけど
この幸子はもうちょい良いオチにしてくれよ
-
- 2015年01月19日 21:41
- たけうちぃぃぃぃぃぃぃ!!GJ!
まあ、子供の頃に幸子みたいな子いたらいじめたくもなるさ、カワイイし
-
- 2015年01月20日 10:47
- 好きな娘ほど弄り、それが原因で恋が実らない。
男の愚かしくも悲しくも愛すべき性だ。
-
- 2015年01月21日 17:31
- ※15
メガネじゃない、だと……?!
※39
いやむしろ、どんな仕事をこなしたのか、みたいな感じで記録されている映像でそのシーン出るんじゃない?
仮にもシンデレラプロジェクトより先輩だから後輩に見せてアイドルとはこういうのもやる、という感じで改めて覚悟を決めさせるイベントがありそうな気がする。
-
- 2016年01月19日 09:26
- セリフだけいい感じに収めようとしてんのがまた腹立つなwwww
-
- 2017年01月27日 19:51
- 幸子カワイイ!