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垣根「初春飾利…かぁ…」【前半】

24:ではもし>>1が戻ってきたら中止して別スレでやりますよい:2010/11/01(月) 11:55:12.68 ID:p31x5YYo

                                 ※

遠くで声がした。

―――遠く? そうではない。……では、近く? ―――いいや、それも違う。

それは確かに手が届くような距離でありながら、同時に彼方から聞こえてくるサイレンのようでもある。
警報、警告、……だが注意報では、断じて無い。
背反した表現ではあるが、おそらく最も的確に例えるならばこうだ。

もっと言うのであれば、それは声だったのか。誰かの? ―――自分の? ……、……オマエの。




―――……gdlk……英wwfg;……、―――……、wwg雄das.;dsgk……




                 誰だ、お前は。




―――……spwa.g,……、aera/\rg,……、―――…、…、、、、、




                ここは、どこだ。




……、ab,.m@tkten―――……、dnagm……?



    ………、そうか、そうだったな。―――俺はテメェを知っている。よく覚えてるぜ。


         クソったれの……、

                      第1位の隣にいた……あのと……kinor./b,.v……、



25:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 12:14:34.30 ID:p31x5YYo

                                ※

「―――ッ?!」


次に目覚めるとそこは見知らぬ駅。
学園都市の第2位が駅のホームで目を覚ますという行為はどこか景色に馴染まず、油絵を水彩画に塗ったようなミスマッチを演出する。
彼自分にとっても、おそらく彼を知る知人にとっても。

胸の鼓動は一際激しい。脈拍に異常はないことを確かめてから、ふと彼は思った。


(……、……? クソが。戻ったと思ったらまたか?)


そうして垣根帝督はそれが現実世界でないことを瞬時に悟った。
沈黙が支配する夜の駅。彼でなくても感じるはずだ。
そこは明らかに不自然だ。異質だ。

なぜならそこには本来あるべきはずのものが一切合切何もない。
それは人が生活するうえで常に肌身離さず身につけているものだ。


(音がしねえ)


いくら人気がない夜の駅といっても、虫の音や風の音、その他大気や湿気、様々な要因でそれは生じる。
暗部組織で名を馳せていた彼にとって、こういった情報の欠如は警戒心を余計に高まらせてしまう。
彼はゆっくりと立ち上がると首をこき、こきと二回鳴らした。


(―――演算、はできるな。さてどうする)


垣根が脳内で式を展開した後、彼の背中からはシルクの洗濯物を叩いたような歯切れのいい音が響く。
『未元物質』。その能力はもちろんのこと、機動力としても有用な彼の力。そして、


(序列はレベル5第2位。……ふん。今更“飾りもん”だな)


皮肉を自分で言った気がして、彼は視線を右下に落とす。



26:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 12:36:37.73 ID:p31x5YYo

(どこからがシャバの景色だったか記憶が曖昧すぎる。腹も当てにならねぇな)

(かといってここに留まる理由もねぇけど)

(……やっぱり死んだ?)

(……、天国ってやつには、行けそうにねぇ。するとここがアレか、地獄ってやつかよ? やけに近代的だな。笑わせやがる)
 
(なんつーか、随分リアルなヴァーチャルを用意してくれたぜ、神様よ……)


そこで、止まった。


(待てよ、ヴァーチャル?)

(……電脳空間……、いや、ありえるな)


垣根が以前いた場所―――学園都市の技術を持ってすれば、ありとあらゆる方法で“個”を保存する術が存在する。

たとえば、クローン。
対峙してみたことなどあるはずもないが、彼と同じくレベル5の超電磁砲はその能力を買われ、自身のクローンを大量に製造されていた。
が、実際に製造された『妹達』の力はオリジナルの足元にも及ばなかったとか。

もしも―――。もしも自分があの時。あの戦いで脳に重大な損傷を負っているなら、その詳細がデータ化されていても不思議ではない。
失敗した生体クローンに成り代わり、今度は電子的なデータとして。イカれた科学者たちが考えそうなことではある。


(ち。死ななきゃいいってもんじゃねぇよなぁ。男は中身、なんてよ、都合のいい嘘だっつの)


そうは言ってもその考えにいたってからも特にあせった様子はない。
なぜならそれは自分にまだ利用価値があるということの裏づけになるからだ。
学園都市第2位の威厳は保てる。

そう、第2位の威厳は。


(―――クソったれの第1位が生きてやがるなら、尚更な……ッ!!!)


握り締めた拳から、ぎりぎりと、鈍くて深い音が響いた。



27:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 12:55:33.90 ID:p31x5YYo

二人の決着は一瞬でついてしまった。
それは『ピンセット』という物品をめぐる暗部組織の対決の終結を意味し、彼―――垣根帝督の終末をも意味する。


(殺す……ッ!! あぁ、そうさ。俺は負けた。認めてやる)

(それでもな、あのときの音、熱、臭い、感情、光景―――ッ! 五感に触るすべてがムカついて離れねぇ)

(だ・か・ら・な一方通行。……たとえ俺という存在がどれだけ小さいものになろうが……ッ!! どれだけ惨めな存在になろうが……ッ!! 



             テメェは……テメェだけは………この手で必ず殺すッ!!!!)



垣根帝督という男は本来、あくまでクールな二枚目を演じている少年だ。
それは時に器量の大きさを敵に見せるほどのものなのだが、ゆえにそれは脆い仮面でもある。

感情を顕にすることを特に気にする他人が存在しないこの状況で、彼の表情は誰が見ても醜くゆがんでいた。



(だがまずはここから出ねぇとな。あるはずだ。理論的には内部からアクセスできないなら俺のデータを扱うことも抽出することも不可能)

(問題はイカれたボケナスどもがどこまで俺の動きを読み、どこまで壁を張ってるかだが、―――ナメんなよ)




(俺の未元物質に常識は通用しねぇ…ッ!)




垣根は口元を吊り上げると、自慢の羽で空を舞った。
金髪に長身、すらっとした長い足。そして誰が見ても整った顔立ち。
そして、背中から生える羽。


天使に見えるだろう。いや、彼は天使だったのかもしれない。

             ルシフェル
仮に堕ちた際に彼が堕天使になるかどうかは、今この瞬間にはまだ誰にも予想できないはずである。



28:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 13:13:59.27 ID:p31x5YYo

                             
                            ※

場所はかわって、ここはとある現実世界。


「初春、お茶ですの」

「…………ふ、甘いですよ。私を誰だと思って……、そんなに壁は薄くないんですからね?」カチカチカチカチ

「……ういはる?」

「…………あはは、飛ぶんですか? へええー、すごい、それはすごい。でもですねぇ、こっちはとっておきの……」カチカチカチカチ

「スゥーーー………

      う!!! い!!!! は!!! るぅーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!」

「はふぁっ!?」


ジャッジメント、初春飾利はそんな素っ頓狂な声をあげてデスクから転げ落ちた。どたんばたん。
綺麗な放物線を描いて床に倒れこんだ後は、頭上に乗せている(?)丁寧に活けられた(?)花が甘い香りを放って揺れているだけである。
同じくジャッジメントの同僚、白井黒子はそれを見て一言。


「まったく。話も聞けないようでは交渉の余地はありませんのよ?」
「し、しらいさぁぁぁん! ひどいです! い、今いいところだったんですからぁっ!」


ぽかぽかと黒子の足元を叩きながら初春はそう言った。
彼女の声は飴玉の声を転がすような甘ったるい音を響かせる。白井黒子はそれを聴くとよりいっそう眉間にしわをよせて、


「……またやってたんですの?」

「あ」

「……やったんですのね?」

「は……はぅ……」

「おっしゃいなさいな。『私初春飾利は神聖なるジャッジメントの職場において、ネットゲームをしていました』と!!! さあ早く!!」

「………し、ししし、してないです…よ~?」

「ほおう。まだとぼけるつもりですの?」

「とっ……とぼけてなんか……だ、だってほら、画面に何もうつってないじゃないですかぁ? ね? ね?」



29:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 13:29:24.63 ID:p31x5YYo

「そんなチャチな誤魔化しかしても駄目ですの!! どうせ一瞬のスキをついて画面から消したんですのよね?」

「えへ。ばれちゃってましたか」

「初春」

「はい?」

「歯ァ食いしばれィッッ!!!」


ごんっ! と石を樹木に落とすような音を立てて、白井黒子の鉄拳が初春飾利の頭上にめりこんだ。

初春は一瞬何をされたのかわからないと言ったような表情を浮かべていたが、すぐに涙目になる。
両手は整えられた(?)お花の上。すりすりと脳天をなでながら、彼女は白井に言葉を返した。


「い、いだいでずよ……何もなぐらなくたっていいじゃないれすかぁ……」

「いくらなんでもここでネトゲはおやめなさいな! 恥ずかしくないんですの!? 職場でゲーム廃人ってどういうことですのよ!?」

「別にいいじゃないですかぁ。減るもんじゃないし。ぶー。仕事はちゃんとしてますしー!」


彼女がやっていたゲームは最新型のネットゲームで、オンラインのそれだ。
学園都市のゲームは大抵が“外”の技術より数段進んだものであるが、ことネットゲームに関しては特に顕著である。
そして今回初春がやっていたゲームはずばり、『撲殺天使☆ミクロちゃん』。
最新鋭のオンラインゲームであるこのミクロちゃんは、学園都市で最も巨大なオンラインサーバーを借りて運営されていて、今その手の人々に大人気なのだ。

ちなみにゲーム内容は街から脱出しようとする天使をひたすら撲殺するという、なんとも教育によろしくないものになっている。


「初春。別にわたくしはあなたがゲームをやっていたから怒っているわけではありませんの。ええ、確かに減りはしませんわ」

「え? じゃあ、なんで怒ってるんですか?」

「……怪我、ほんとにもう大丈夫なんですの?」

「………」



34:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 15:31:35.88 ID:p31x5YYo

怪我、というのは以前にとある事件に巻き込まれたときの傷である。
正確には脱臼。彼女の右肩はこの街で二番目に優秀な演算能力を誇る男に、その能力を使わせることなくはずされたのだ。
デスクの前に座りなおした初春は、一瞬だけ唇をかみしめ、


(………っ)


もちろん実際に痛みが走ったわけではない。ないが、思わず右肩をおさえてしまう。
初春飾利は基本的に非戦闘員だ。後衛、遠距離から情報を収集、発信するナビゲーターに近い才能を宿してはいるが、
実際の戦場に赴くことはほとんどない。

痛烈、かつ新鮮なあの痛みは、おそらく生涯忘れることはできないだろう。
確かな死のイメージ。あの日、初春はこの街の闇に触れていた。


「大丈夫です。だって脱臼ですよ? 白井さんだってよくしてますよね? これくらい」

「初春。痛みに慣れたら兵士は終わりですの。わたくしだっていつも痛いし怖いですのよ」


白井はそう言って、初春の右肩にそっと手をのせる。
それを見た初春が軽く、なでながら手の甲をにぎると、対する白井は何やら複雑な表情を示した。


「……そうですよね。でも、平気です。本当に。あとは時間が解決して―――」

「―――でも、初春?」

「?」

「人の痛みに慣れるようになったら、それは人間として終わりですの」

「…………」

「わたくしは兵士である前に、人間でありたいものですのよ」

「……はい。わたしも、です」



35:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 15:47:26.13 ID:p31x5YYo

ふと思う。

たとえばあの時、自分が相手に抱いた感情は何色だっただろうと。
暖かい色ではないことはわかる。見ていて気持ちのいいものではないだろう。
パステルカラーとしては採用不可。多分芸術的には価値のないものかもしれない。

それでも、思う。


(……黒くなるのは、やだな)


自分はジャッジメントであり、この街の治安を守る立場。
大げさかもしれないが、天秤を持ち得るもの。

自分が今までかかわった事件の中には、間接的であれ、許せないものもある。
いや、許し“きれない”もの。

でもそれは多分、傷ついたのが他人だからだ。白井が言ったように、兵士である前に自分は人間。
大切な人を傷つけた相手に対しては、上記のとおり濁った感情をぶつけたくなってしまう。それは仕方ないと思う。

しかしそこまで考えると、逆説的に初春が達する結論はひとつだった。


―――私は律する人でありたい。
たとえば人を傷つけることがあるかもしれない。傷つけられることもあるかもしれない。
裏切られたり、嘘をつかれたり、騙され、憎まれ、壊され。忘れられないくらい嫌な思いもするかもしれない。

それでも、自分は律する人でありたい。
誰かを許せる人でありたい。痛みを受け止められる人でありたい。裁いたその後を、見据えられる人でありたい。
理由は? 決まっている。私は痛みに対して耐性がないから。先頭に立つ人ではないから。

だからこそ、だ。


(人間があって、兵士がある。でも―――兵士である前に、私は……)


“ジャッジメント”でありたい。ここ最近はそんなことを感じていた。



36:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 15:58:25.79 ID:p31x5YYo

「初春は自分が思ってるよりもずっと大人ですのよ。このわたくしが保障しますの」

「ふぇ?」


まるで読心術でも心得ているかのように考えを見抜かれた気がして、思わずはっとする。
呆けた顔で白井を見ると、うっすらと笑っていた。
それを見て、初春もまた笑う。


「―――付き合い、長いですもんね」

「ええ。戦場の付き合いは10倍の早さで距離を近づけますの。わたくしはテレポーターですので、もっと早いかもしれませんの」

「ほんとはやいんですから。御坂さんに対してはもっと速そうですけどね」

「……、初春? 貴女いま、わたくしに啖呵をきれるご身分ですの?」

「うっ。……あ、私なんだか……急に右肩が…ッ…、あ、あたたた」


嘘つきは泥棒の始まりですの! と大声で怒鳴られた後、初春はしばらくの間、職場でのゲームを禁止されたのだった。


(………あの人)

(…………どうなったんだろ)

(………、だめだな私)

(でも……、だからってうらんだりは………してない、よね?)


そんな火種になる想いを、心に宿したまま。時間は無感動に、それでいてやさしく流れていた。



37:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 16:15:11.61 ID:p31x5YYo

――――――

そしてその日の深夜。
初春は自分の信念を疑うことになる。


(だぁーー、かっこいいこと言って結局ゲームしてる私ーーーっ)


天使をひたすら撲殺するチープなゲーム。が、転じてその中毒性は高い。これがこのゲームのキャッチコピーだった。
一応オンラインでチャット機能やメッセンジャーなどのオプションは完備してあるのだが、
初春はもっぱら内容重視のプレイである。


(ううっ……。なんだかすごく切ないことしてる気がする……。でも面白いしなぁ……)

(……チャットとかするのも面白そうだけど、きっかけないし)

(だ、だいたい、知らない人にいきなり声かけたりできないよっ! こわいよっ!)

(はぁ……、こんなのやってるから白井さんとか固法さんに白い目で見られるのかなぁ)


オンラインゲームの中毒性は内容もさることながら、行動を共にする同志に左右されることが多い。
そういう見方をするなら、初春の熱中の仕方はある意味異端な楽しみ方だといえる。

そもそも中学生が深夜にネトゲに熱中している姿はいくら初春のような童顔でも、異様に見えてしまうのだが。


(コミュニケーションツールになってるんだよね。ブログも、えと、なんとかいったー? とかもそうだけど)

(結局は誰かに発信したいとか、受信したいとか、そういう欲求に左右されるんだな、人間て)

(……う、ってことは私、もしかして……人間失格?)

(…………寝ようかな)


ふああ、とあくびをして、花柄のパジャマのすそのたるみを感じた、そのときだった。



38:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 16:26:07.90 ID:p31x5YYo

==========================

??>>gnnfaahpk...fdnls出。、・¥g外―――kんfg、

??>>jfns,..,m.,mm,..,..,.,m,,mmmmmmmmmmmmmmmmmmmmm

==========================


(えっ……)


ぽちゃっ、と水が落ちるような音がして、画面に見たこともないページが現れる。
おまけにそのページにはやっぱり見たこともない言語が羅列されている。

暗号?―――というかいたずらのように見えた。


(チャット……? って、また出会い系……!?)


初春は以前、別のオンラインゲームで出会い系の業者に目をつけられ、
訳のわからない段取りでデートをこぎつけられたことがある。

結局その場所には行かず、後で調べたところ悪質なサクラだったと報告があったのだが、
気が動転していた彼女は同僚の白井や、親友の佐天涙子にあわや騒動をかぎつけられそうになる騒ぎだった。

初春の本来のスキルを利用していればすぐに摘発できそうなものなのに、
突然のことに頭が茹で上がってしまった彼女は当時まともにPCの画面を見られなくなっていたのだ。

もちろんそれからこの手のメッセージに警戒するようになり、あれ以来いざこざは起きていない。


(………、も、もお騙されないもん。純粋な乙女の心を弄ぶなっ)

(でもおかしいな。他人からのメッセージはブロックしてるはずなのに)



39:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 16:38:30.76 ID:p31x5YYo

あれこれ考え、一指し指を口元にあてて、うーん? と唸っているうち、画面があわただしく動き始めた。


==========================

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??>>,.bvxbmbgd;wa@//

??>>.......................

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==========================


(わっわっわっ、な、なんだろ? もしかしてバグ? の、覗いてみちゃおっかな……)

      ゴールキーパー
学園都市の守護神として一部に有名な彼女の好奇心をくすぐる出来事だった。
こう見えても彼女のそっちの実力は都市伝説になるほど。
ウェブの世界でなら常盤台の能力者ハッカー(レベル5ツンデレ)とも痛み分けに持ち込める実績も持っている。


(うーん、でも攻めと守りじゃ勝手が違うし。……ここのサーバのランクはなんだったっけな?)


==========================

??>>nmabraoek/.,/z.xcvb,..................................................

??>>,.bvxbmbgd;wa@//

??>>.......................

??>>..........................................................NAME.

==========================


(え)



40:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 16:48:30.12 ID:p31x5YYo

(NAME………、……名前?)


===============================

??>>NAME?
.NamE nAMeNAMENAMENAMENAMENAMENAMENAMENA
MENAMENAMENAMENAMENAMENAMENAMENAMENAMENAMENAMEN
AMENAMENAMENAMENAMENAMENAMENAMENAMENAMENAMENAME
NAMENAMENamE NamE NnAMenAMenAMeamE NamE NamE NamE Nam
MENAMENAMENAMENAMENAMENAE NamE NamE NamE NamE NamEN
amE NamE NamE NamE NamE NamE NamE NamE NamE NamE NamENa
mE NamE NamE NamENamnAMenAMenAMeE NamE NamE NanAMenAMe
mE NamE NamE NanAMenAMenAMenAMemE NamE NamE NnAMenAMen
AMeamE NamE NamE NamE NamE NamMENAMENAMENAMENAMENAME
AE NamE NamE NamE NamE NamE NamE NamE NamE NamE NamE Nam

………

……



================================


(うわぁっ?!、ま、まずいかもこれ)


とっさにハッカーとしての第六感が働く。バグにしても性質が悪い。

アルファベット26文字の中から無作為に四文字を選んだ場合、英和辞典に載る単語になる確率はいくつだろう?
作為的なものかどうかを判断する材料にならないだろうか。
でも、NAME。NAMEは名前だ。


(明確な意志表示とも取れる……、って、そんなの机上の空論か)


不思議な感覚をその身に覚えつつも、初春飾利は一旦頭を冷やすことに勤めた。
そして、



41:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 17:01:42.83 ID:p31x5YYo

==========================

HANA>>KAZARI.

??>>NA<E,Nあme>>NNA<KR.NAME?

HANA>>My name is Kazari.

==========================


かちり。

一言そう打つと、すぐにパソコンをシャットダウンした。


名前を教えた理由付けはいくらか付随させることもできる。

ひとつは、情報を落としておくことで接点を設置しておく。
これによって相手が今後もコミュニケーションをとってきたら、これは作為である。

ひとつは、疑問符に返信したことで相手からの出方を見る。
これによって相手が今後もコミュニケーションをとってきたら、これもやはり作為である。

ひとつは、Nameという単語が無作為に抽出されたアルファベットから形成され、自分の目の前に現れる確立は“高くは”無い。
これによって相手が今後もコミュニケーションをとってきたらそれも……。


(……あれ!? 結局全部一緒だよ?! っていうか無作為の場合でもうんたらかんたら)

(私のばか。お前は寂しいだけかっ。あほちんっ)


急に恥ずかしくなった初春は、転げ落ちるようにデスクから離れて、ベッドに潜り込んだ。
大したことはない。ウイルスなら駆除できるし、バグだったらホストに報告すればいい。

ウェブなら多少は修正がきく。言い訳なのかなんなのかよくわからないが、言い聞かせるようにしてその日はねた。


(はー。まあでも、ネットの友達ほしかったし。どっちでもいっか……)


しばらくしてから、飴玉の転がるような寝息が彼女の部屋で小さく流れ始めた。つぶやくように。それでいて深く。



42:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 17:27:09.32 ID:p31x5YYo

                              ※

目が覚めると病室だった。
状況を理解しよう、と思うまでに20秒を費やし、そこからさらに状況を完全に把握するまでに57秒を費やした。


(……、なんとかなった、であってるか? 神様よ)


今度は音も聴こえる。
熱も感じる。五感が研ぎ澄まされているのがわかる。

―――生きているのが、わかる。実感としてこの胸にある。


電脳空間から抜け出すのは至難の業だった。
何せ明らかにこちらの能力が弱体化されている。
パーソナルリアリティは現実の中に妄想を現出させる異能だ。
ヴァーチャルに関してはどうやらその限りではなかったらしい。
もっぱら理解不能な出来事しか起こらなかった。


(とことんイカれてやがる、まったく。で、次のメニューはなんだ? フルコースにしちゃ前菜が重いぜ)


まぶたが重いのは麻酔のせいだろうか。
予測するにここは統括理事会直属の研究機関。
脳みそをいじくりまわすのが趣味というどっかの喰人鬼も真っ青になるこの街の底だろう。


(演算は組めねぇ。さすがに拘束されまくってんな。くそ、わけわかんねぇ管とおしやがって。俺は宇宙服かよ)


玄人はあせらない。
あせることが生む利益が皆無だと本能で理解しているからだ。

超能力者である垣根帝督も同様で、まずはその脳細胞をここから抜け出す方法の議論に注ぎ込んだ。



44:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 17:44:30.10 ID:p31x5YYo

(腹の虫はあてにならねぇな。時間が経ちすぎてる)

(ラボはあんまり顔出さねぇからちっとばかし手持ち無沙汰なのはいいとして……)

(―――、さて、どこから手札を切ろうかね)


キーワードはいくつかあった。

ドラゴン。レベル6。電脳空間。そして――――――、KAZARI。


(レスポンスがあったのはこのアホだけ。糸口になったのは助かるが、バカでかいサーバーの割りに目印がひとつしかつけられなかった)

(しかしアホみてえに広かったな。まるで迷路。ありゃなんだ? ツリーダイアグラムの雛形か?)

(―――仮に長期戦になるとしたらあの空間が拠点だな。体のほうは無理だ。まだ取り戻せそうにない)

(ま、死なせることはねぇはず。おたおたしてると脳みそ持ってかれちまうかもしれねーが)


ふう、と深呼吸をする。

そして、気づく。


(おいおい………スゲェな。ははっ、スゲェじゃねぇか)


乱れた呼吸をすると、同時に前方のセンサーが始動する。
どうやら垣根の体内の心拍数と連動していて、異常があった際には意識あるなしにかかわらず警報がなると予測できた。


(こんだけふんじばっても警戒されちまうってか。意識がなくても? 演算が組めなくてもか!?)


玄人は、―――あせらない。


(―――ははははははッ!)


(スゲェ。たまんねーなこりゃ。俺は恐竜かよ、統括理事会!! どうあってもこの俺を逃がさないって?)

(そうだよなぁ、俺はこの街の第2位だもんなぁ!? あは、はははははっ、ははハはハハハハッ!)



45:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 17:59:22.50 ID:p31x5YYo

(だけど、わりぃな)

(テメェらから逃げて電脳空間で生きてくA.I.になるってのも乙だけどよ。それじゃあ足りねぇんだよ)

(あのクソヤローに借りを返せてねぇ)

(神様だっけ? テメェはまだそこで俺を見てるんだろ。それとも天使か?)

(いいぜ、テメェはそこで指くわえて待ってろ。思い通りにはさせねぇ)

(俺は垣根帝督だ。第2位だ。伊達じゃねぇ、ガッチガチの本気だ)


(抗ってやる。ギャンブルタイム、コインを投げてやるよクソヤロー)





             ―――あぁわりぃ、裏表一体だけどな。



はき捨てるように唱えてから、垣根は静かに目を閉じた。
眠るのではない。

電子の海へともぐるため。
                                バーチャル
演算がリアルで組めないのなら、土俵が違うだけであちら側の組み立て方を会得すればいいだけのこと。
物理法則をゆがめる演算能力を持つ垣根にとって、新しい演繹体系を形成するのは十八番だ。



47:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 18:11:21.06 ID:p31x5YYo

(一方通行のクソは確かつれのチビの頭ん中に入ったんだったな)

(はは、言い方わりぃがそりゃ人権侵害だぜ? ロボトミー手術みてぇなもんだ)

(だが同時にその結果はある仮説を証明することになる)

(やべぇなくそったれ。AIMストーカーの豚女と出会っててよかったぜ)



そう。すなわちその方法とは。



(―――俺は俺をハッキングする……!!)



つまるところリモート操縦である。

たとえば―――、一方通行が手動演算によって打ち止めのウイルスを解除したように。

たとえば―――、滝壺理后が垣根の力をのっとろうとしたように。

ひとつだけ違うのは、残念ながら投げたコインは裏表一体ではなかった点だろうか。

だが―――


(関係ねぇな! できるに決まってやがる! 逆探知なんてチャチなもんじゃねぇ。いわば科学的自己催眠だ)

(あっちの世界で理論体系さえ組めれば、俺は俺をのっとれる。『未元物質』の力さえ手にすれば―――ッ!)

(フィフティなんてせこいことは言わせねぇ。100%だ。絶対的な未来をここに作り上げてやる)


ぴくりとも動かないからだとは裏腹に、垣根の心拍数は上がっていた。

警報が鳴り、廊下から足音が聞こえてくる。


(ち。今はひとまず逃げ腰で勘弁しろよ、アレイスター。―――たらふく肉くってから、また来るからよ)


ドアを開けたときには、垣根は深海の中だった。警報音は響く。やはり深く―――そして紅く。


物語はそして、ゆっくりと。ゆっくりと。その足を未来へと運び始めた。



50:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 19:16:08.04 ID:p31x5YYo

                            ※

佐天涙子という女性がいる。
初春飾利とは浅からぬ仲。というより親友である。

一般的に女性が親友を求める理由は二つあるといわれている。


第一に、彼もしくは彼女がレズピアンである場合。
―――そして第二に、彼もしくは彼女が、心の脆さを知り得た場合。


では彼女たちは?
答えは無論後者だった。


「うーいーはー………るるるるるるるっ!!!!」

「あひゃあ!? も、もおおお佐天さん!? またですか!? 学ばない人ですねほんとにもう!」

「あっはっはーごめんねー。もうなんかあれだわあたし、えっと……パフの犬!」

「勝手に卑猥にしないでください!? パブロフの犬です! 条件反射の!」

「いいよー、初春ー、今日も冴えてんじゃーん」

「まったく………」

「………、………、………ピンク。 かわいいぞぉ初春♪」

「!!!」


初春飾利の日課には、佐天からのスカートめくりが組み込まれていた。
こういった行為はなんというか、慣れてしまったときが問題なのだ。
慣れは恐ろしい、とあらためて初春は思った。

人間である前に、露出狂は嫌だ。


(へ、変態さんの仲間入りだけは無理ですよっほんとに……っ)


貞操観念だけはデリートしないように、と初春は毎回思っているのだが。



51:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 19:38:03.42 ID:p31x5YYo

二人が足を運ぶのは、馴染みのファミレス。
コーヒーを一杯といかないのが彼女たちの日常で、基本的にはやりたいようにやる。

その日佐天涙子はローライズのジーンズにヴィヴィットカラーのシャツを合わせ、初春飾利は白いワンピースを着ていた。
いずれもまだ夏服に属する。要するに軽装ということ。

残暑はどこまで居座るのか。たまに顔を出してひっこんだりする。
太陽さん、とうとうあなたもツンデレですか、と初春は時折憂鬱そうに空を見上げた。

今日の花は黄色。


「ねーねー、今度白井さんたち誘ってどっか行こうよ? 温泉とか」

「お金が問題ですよね。私さいきんちょっと出費が多くて」

「……ほう」

「違いますよ?」

「えーーー、つまんなぁい。初春ほんと春こないよねぇ」


ガールズトークにかまけていそうな初春であったが、頭の中は別のことで一杯だった。


例のバグについてだ。

一度会ったきり、で会わない人。この手のタイプは意外と忘れられる。
もう一度会いたいなぁ、などと考えるには世の中には人が多すぎるからだ。

はてさて初春はというと。



(あの返信から一向に言語は話さない。何回もうちのPCに張り付いてきてるけど、かといってハッキングをしているわけでもない)

(まるで一定の距離を保っているような。迂闊に近づかず、それでいて離れすぎず。時折見せる不審な動きは? 回線が重くなるのは?)

(……逆に考えてみよう。ホストサーバから来てるならあの中は広大な電脳空間になっているはず)

(―――、見ている? 私を。監視、している? 何のために。―――ううん)


「……手詰まりですぅ。もち札がたりないですよ~……」

「はぁ?」



52:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 19:50:01.94 ID:p31x5YYo

「だいたいなんでただのバグがこんなに気になるのやら……」

「何? ペット飼ったの初春?」

「もうつっこみませんから」


へいへーいと返事をしてから机に突っ伏す佐天。
初春はそんな彼女の横顔をまじまじと見つめた。……が、机の下から伸びてきた手を叩き、見るのをやめた。


(―――やっぱり順当に考えるなら、向こうがこっちを監視してると考えるのが一番納得できる)

(けど……、なんで? 悪いことしてないよね、私……)

(それにその線でいくなら例のメッセージ。NAMEが説明つかない)

(職務質問じゃあるまいし、嘘だらけのネットで名前を聞いた意味は何?)

(ん~~、でもそれを無視するなら、向こうからアプローチかけて、こっちを見張ってるって考えるのが妥当だし……)

(私ならどうする? ―――うん、やっぱり名前は聴かない。ブロックをかいくぐるスキルがあるくらいならその気になれば個人情報も回覧できるはず)

(それが無理にしても―――、なんだろう、あの聞き方は、)

(助けてには見えなかった。そう、知らないことを聞きたいとかそういうものはなんとなくしっくりこない)

(なんだろう。まるで―――、―――、……人に甘えるような)


(うあーむりだ! ひらめけ初春飾利っ)


「どっかーーーーんっ!!!」

「!?」



53:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 19:58:43.25 ID:p31x5YYo

声と共に佐天は立ち上がって初春の顔に自分の顔を近づけてきた。
次々と浮かぶ疑問符の前に、な、なにやっとるんですか佐天さん、と一声かけるのが精一杯だった。


「難しいよ、初春。何考えてるかわかんないけどさ。自問自答は夜やりなさいって。今は昼。人と会話する時間だろー?」

「そ、そうですよね………。ごめんなさい……」

「………心配だよ」

「え?」

「白井さんから言われてないの? あたし、初春の怪我めっちゃ心配してたんだからね」

「………」

「あーもう! こういう言い方しちゃうとさぁ、恩着せがましいっていうかなんかアレだけどさぁ」


初春が返した反応は、そんなことないです、と言ってうつむきがちにコーラをすする動作。
普段ならかわいいなぁこのヤローぱんつ見せろぉ? 
とでも言ってきそうな佐天も、今はじっとその様子を見つめている。


「あんま考えるなって。言葉に出しなよ。まったくウェブ関係の人間はためこみすぎなんだよー、色々」

「どこの営業マンですか佐天さん」

「あはは」


そうだ。

だってこれは、たまたまゲームをしていて、たまたまちょっと不思議なことが起きて、たまたまそれが気になっただけ。


時間は無感動に、それでいてやさしく流れる。
多分半年もたたないうちに今日の出来事や最近の一連の不可思議な事項の多くは忘れてしまうだろう。

初春はそれっきりにしようとした。もうおしまい。げーむおーばー。



54:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 20:07:51.05 ID:p31x5YYo

「ゲームオーバー。コンティニューしないなら、コインはこちらから入れていいかい」


不意うちだった。
窓際の席に座っていた二人。奥につめているつもりはなかったのだが、今日は来るなりドリンクバーでひたすら時間をつぶしていた。
すると必然的に店員に注文を頼む機会は減る。

と? 初春から見て右側、佐天から見て左側の人の流れが、心理的死角を形成する。
あまりに突然だったので、初春からは何の反応も返せなかった。


「はじめまして、ではない、な」

「先生」


先に口を開いたのは佐天涙子。以前この人物―――木山春生とは少々もめた。
知り合い、という響きには聊か親近感がありすぎるように思えるが、和解は成立しているので問題はない。


「どうしたんですか」

「野暮用でね」


目の下の隅はもうない。この人は救われたんだろうか。
野暮な用事。もしかして、例の事件の続きですか、と初春が聞こうとした瞬間、木山と目が合う。


「君に用がある。とある事件の重要参考人らしい」

「――――――え?」

「お友達も一緒にどうぞ。何、私はただの使いだ。知り合いだからつれてくるといっただけでね」


かちり。

クリック音が頭で響いたような気がした。



55:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 20:21:03.25 ID:p31x5YYo

――――――

こつん。
こつん。
こつん。

病院に響く足音は好きになれそうにないと思った。
先頭を歩いているのが木山春生。そして、隣にいるのはカエル顔の―――通称冥土帰し。
佐天涙子は最後まで一緒に来ると言い張ったが、必死の説得でなんとか押し戻した。

正解だったか不正解だったかはまだわからない。


「急だったね? 悪いことをしたね」

「あ、はい、まあ……」


腑に落ちない。重要参考人として呼ばれることにではなく、なぜ木山春生が同席する?

それにさっきから歩いている場所がどうもおかしい。
一般病棟からはどんどん遠ざかっていく。

まるで………、知られたくないものを遠ざけるような場所に、導かれているような。
振り向かない医者ほど怖いものはないと悟った。


「……重要参考人なんていうと仰々しく聞こえただろう? 要するに確認だよ」

「かく……にん?」

「一連の事件に君は巻き込まれた。そこで触れたもののうち、いくつかをこちらに教えてほしい」

「………」


やはり様子が変だ。そして胸騒ぎがする。
この先にいるのは誰だ? 仮に誰かがいるとして、なぜわたしがそこに行くのだろう。

初春の心拍数はみるみるうちに高まっていく。

どくん。どくん。どくん。



56:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 20:31:30.32 ID:p31x5YYo

「ここに、いる」


そこは病室ではなかった。見た目がどうこうの問題ではなく。

こんなところにいるのが病人のわけがない。間違っても自分はここに入りたくはない。
植物の幹が絡み合う姿にどこかグロテスクを感じるのと同じく。


絡み合ったチューブやコードはどこか有機的なものを感じさせた。

そこに、いる? いると表現されるのは、生き物だけだ。



「さ、君から入ってくれ。私と先生は後で入る」

                                             
なんだ。なんだこの状況は。     
自分はさっきまでどこにいた?    



                   
何を    何を
何を    を
たいてっ想
  い 何の話をしていた                  
 と  にからはじまっていた
ど   悩んで
まっ    め いた
 た   ばよ
        か
          った 




ガソリンのぬけた車のような、骨と骨とがずれるような。
それでいて痛みのない不協和音が頭首胴体足の先を貫いている。
重い。とにかく重い。



そして初春は見た。ベッドに横たわっていたのはもちろん、



57:大丈夫、ちゃんと後半いちゃいちゃします。:2010/11/01(月) 20:36:00.09 ID:p31x5YYo

      
                                ※


(おい、まだいるんだろ)


(わかってんだようぜぇヤローだ)




(……なぁ。またヒントくれよ? 結構つかえるんだぜ、俺)



(………なぁ?)



(ち)



―――kfjhj君lfanはfjadklgn少しばかり勝気が過ぎるからな。



(! は……これまでこれ一本でやってきたんだ。今更かえられるかコラ)



―――強要はしないよ。君が為せばそれgfhfmklでagahもいい。為さなくても構わん。


(いい加減名乗ったらどうだよ。


              『ドラゴン』?)



58:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 20:45:47.49 ID:p31x5YYo

『君たちは名前をつけるのが好きだな。最も、この程度の表現体系ではたかが知れているが』

「その言い方がムカついた。なんなんだテメェ? 天使とやらか? あのクソの隣にいたよな?」

『パラダイムという言葉の意味は?』

「……人の話を聞きやがれ」

『知ってるならば理解は易いだろう』

「はぁ?」

『君なりの形成方法でいいということだ。演繹体系をつくりたかったのだろ?』

「………」


「あぁ。でももういいや。あきらめた。出られねぇみたいだし」

「意味わかんねぇよ。公理決めて矛盾が最小限になるように編みこんだぜ? ところがどっこい、びくともしやがらねぇ」

『出るとは?』

「うぜぇ、きめぇ。テメェはなんだあれか? 哲学ヲタの集まりか? 見下してる臭いがプンプンしやがる。テメェみてぇなの一人知ってるぜ」

『ある意味では私は語りえないのだよ。そこにsdfasd優glala劣はない。気を悪くしないでくれ』



「あーはいはいわかりました。……要するに死ぬまでここにいるんだろ俺は」

『本当に理由がわからないのか?』

「あぁ?」



59:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 20:54:24.94 ID:p31x5YYo

『例え話は得意じゃないが、やってみせようか、何、君の知り合いもそれである程度理解していたとは思う』

「………」

『あくまでたとえ話だ。厳密には嘘になるがいいかね』

「構わねぇよ、それで俺が戻れるならな」



『君が生み出した新しい演繹体系をかりに電流Aとする』

「あぁ」

『そしてあちら側に流れる演繹体系、つまり演算処理に使うロジックを電流Bとする』

「……あぁ」

『電流Aはαの部屋で使われている。電流Bはβの部屋で使われている。君がいるのはβの部屋だ』

「なんだか眠たくなってきたぞコラ。クソ天使、俺に小学校からやり直せっていいてぇのかよ?」



『さて、ここでαの部屋にある水溶液を電気分解したい。水溶液には電極が設置されていて電気を流せばいつでも分解が始まる。
 ただし君が移動できるのはβの部屋のドアの前まで。目的をかなえるには何が必要だ』

「ドアを未元物質でぶちやぶる」

『残念。βの部屋のドアは同じく未元物質Xで構成されていて中からは壊せない』

「あぁ!? 禅問答か!? なんだそりゃ!」



60:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 21:05:30.30 ID:p31x5YYo

(ん? ―――電流? 電圧……?)



「……いや、待てよ」

『気づいただろう? 君の計画は最初から失敗している』

「―――俺一人では、な」


       トランスフォーマー
「必要なのは仲介人、だろ。要するにコンセント兼変圧器だ」



『たとえが合っているかどうかはさておいて―――だが』

「ははハ、なるほどな……。そりゃバカみてぇな話だ。つまり俺が探すべきは―――」



(―――俺がこの空間で生み出した演繹体系Bをあっちの演繹体系Aに変換できるヤツ!)




(考えてみりゃ当たり前の話だ。一方通行のクソの十八番はベクトル操作。使うのは同一ルールのロジックだったはず)

(この電脳空間のみ適用するスーパーボルトを、あっちの部屋にいる俺にぶち込むために―――)

(―――必要か。一人か二人。時間を考えるとできて一人だな。今から戻れるかどうか)



『さがしものは見つかりそうかね』


「さぁな。―――なぁ天使」



61:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 21:13:23.94 ID:p31x5YYo

「今俺とあのクソモヤシが闘りあったらどうなる」

『気になるか』

「当たり前だ。そのために戻るんだからな」

『知っても意味はないし、知らなくても意味はない』

「いい加減飽きてきたぞこのカマヤロー。あれだな、テメェら宗教家のやり口が読めてきた」


『―――話をしようか。君はヒーローたりえるかね?』

「藪から棒になんだ? テメェやっぱり馬鹿にしてんだろ?」

『―――彼らはなぜヒーローたりえる? 考えたことはないか。物語やフィクションの話ではない』

『彼らは現実にそこにいて、それを為した。君は為せるか?』



「興味ねぇな。クソ食らえだ」



『―――それもよかろう。ならば汝の欲する所を為せ。それが汝の法となakgらa;knhん』


「……説法かよ。つまなかったぜ、クソ天使。二度とツラ見せんじゃねぇよ」


『いずれ会う。また何処lkかのfag;haa;fhm;この場klfa;afh所でmkag:hf;』


(…………)



62:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 21:29:44.74 ID:p31x5YYo

――――――

垣根はαの部屋を覗くことにした。
覗くことしかできないというのは癪だ。


(まるで盗撮だな。趣味じゃねぇ。さらにいうなら統括理事会ってのが気にいらねぇ)

(だが目的はできた。なんとかして仲介人を探す)

(必要なのは異なる言語体系、ロジックを読み取り、“翻訳する”能力)

(暗部にツテはもうねぇ。もともとアナログな連中だしな)


(っておい………、あ……? なんだこりゃどうなってやがる)


「目覚めたね? 調子は? ……随分長い間お休みだったんだね?」


眼前に控えるのはカエル顔の医者。
そして見覚えのない顔が二つ。一人は遠い目で、一人は震えるようにこちらを見つめている。


(なんの冗談だこりゃ。また別のとこに出ちまった……いや)


前回目を覚ましたときは電気がついていなかったため、印象は変わってみえるが、間違いなく同じ部屋だった。
“天使”的にいうならαの部屋。仮初の自分の体に精神だけが宿っている。

「うん、血圧もだいぶよくなった。僥倖だね?」

ふざけんな―――と声を出そうとしたそのときだった。




「―――ッ! ……fuhmgiはbgなか、fdfln―――ッ!」



垣根はさきほどのたとえ話の本当の意味を理解した。



63:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 21:42:32.86 ID:p31x5YYo

               君が移動できるのはβの部屋のドアの前まで







(!? くそ……!! そういうことか……!!! あのヤロー、わざとぼかしやがったな……!!!!!)

同時に自分の服装に気づく。
今までなぜ気づかなかったのか。

垣根帝督はうす緑の、手術服を着ていた。
足には何もはいていない。まるで、ついさっきまでオペが行われていたかと思うくらい自然に、体に馴染んでいた。


「言語処理能力が著しく低下している。半身麻痺に失語症。や、この場合は若干例外だが」

「そっ、それじゃ、こ、この人は……もう」


(何を言ってやがる……、くそ、まるっきり部屋の外……、は、何が部屋βだイカサマヤロー……)


「うん? 具体的にはどのあたりが」

「意識はあるようだ。意志表示はできている。厳密な失語症は読む書く聞くのすべてができない」

「脳の障害とは別だと?」

「いや、もちろんそれもあるかもしれない。だが、それだけであれば私はここに呼ばれてないだろう?」

「そうだね。わかりやすい」


(手術服……、くそ脳をいじられた? だりぃ展開になってきやがった。仲介人を見つけても交渉できないなら意味がねぇ)

(この医者……見たことがある。確か……『冥土帰し』……!)



64:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 21:48:55.32 ID:p31x5YYo

玄人はあせらない。玄人はあせらない。玄人はあせらないあせらないあえらrんがあにえがんfbmdさなm、ds。fsbkぁ


気を抜くと頭の中まで言語処理が追いつかなくなりそうだった。
冷静になれと自分に命じるほど、呼吸は荒くなり、じっとりと粘り気のある汗が噴出してくる。


(ああああああ;あ;あああああッ!!! どうなってんだよ!!! 俺の俺のおれおおれおれおれおれおのおれのあたまあtmたrっまg、 )


吐き気を催した。だが、単語が頭をめぐってはすぐに消えていってしまう。

事実を知るのが怖い。
情報がこれ以上頭に入ってくることが怖い。

何ができなくなった。

何を失った。

たとえば1000個ある俺の力、持てるべき財のうち、これからひとつひとつをこの医者から告げられるのか。

俺は何個目まで耐えられるだろう。
どこまで普通の
頭でいられるだろう。

想像しただけでスイッチを切りたくなる。

だが、残酷な現実はそれでも許してくれない。






               君が移動できるのはβの部屋のドアの前まで





悪魔の笑い声が、垣根の脳内をいつまでも走り回っていた。



65:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 21:59:26.64 ID:p31x5YYo

                               ※

その光景を見たとき、初春飾利は即座に失神していた。

それから誰かに起こされて、今度は先生たちと一緒にそこに来た。
横になっていたのは、あの時の少年。

ひどくやせている。
何より、金色に輝いていた髪に栄養がまったく届いていない。

正直最初に見たときは死んでいるのではと思った。
が、これでもまだ生きているらしい。


(垣根……帝督………、学園都市の第2位、この人が……)


想像したとおりではあったが、実際に目の当たりした凄みまではイメージしきれていない。
あのとき右肩にのしかかった足は今は細く、初春が乗っただけで折れてしまいそうである。
それでも部屋に入るなり、ぎゅ、とおさえた右肩は、どうしてか震えがとまらなくなった。


「統括理事会からの置き土産、だね?」


後ろからそんなことを言われた。え? と返すと、


「第2位は用済みらしいね? なんでも彼の能力はすでに解析済みのようだ。
 裏で処理しないことはそれでも珍しいんだよ。大抵は秘密裏に消される」


この医者はどうしてそんなことに詳しいのだろうと疑問が浮かんだが、あえて聞かずにおいた。
それよりも今は目の前の光景にあっけにとられてそれどころではない。


「……、治るんですか、彼」

「厳しいね? 彼みたいなのが一度運ばれてきたことがあるんだが、あれはタイミングがよかった。それに」

「まだわかっていないことが多い。おそらく通常なら即死してもおかしくないほどの何かに―――」



66:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 22:03:49.89 ID:p31x5YYo

「治らないんですか」

「……冥土帰しの名にかけて、否定形は使わないよ」


それが最大限の譲歩であることに気づいたとき、初春飾利はなぜか泣いていた。
自分でもなぜ泣いているのかわからない。
とにかく涙があふれてきた。

疑問系の単語が湯水のようにあふれてくる。だがどれにも答えはない。

ひとつだけ確かなのは右肩の痛みが止まらないこと。


「泣かないで、ね? 君に来てもらったのは不幸自慢をするためじゃない」

「…………え?………」

「見覚えがないか」


木山晴生が指差した先には、液晶モニターがおいてある。
よく見るとそのしたにタッチパネル式のキーボードが設置してあり、つまりそれはデスクトップのPCだった。

やっぱりここはただの病室じゃないんだ。

初春はもう自分の顔がどうなってるかもわからず、その画面をじっと見つめた。



67:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 22:10:45.12 ID:p31x5YYo

===================

HANA>>KAZARI.
HANA>>KAZARI.HANA>>KAZARI.HANA>>KAZARI.
??>>NA<E,Nあme>>NNA<KR.NAME?
HANA>>KAZARI.HANA>>KAZARI.

……………

………



====================


かたかた。
かたかた。


そこにはいまだに文字が淡々と打ち込まれている。
初春は瞬時にすべてを察した。

あのバグはこの病院からはじまっていた。
NAME。やっぱりあれは、助けてだったのか。

  花    飾り
「HANA>>KAZARI。君のことだろう? すぐにピンときたよ」

「できれば間違いであってほしかったが、あの事件当時の資料は開示レベルが緩くてね。なんとか私でもいけた」


ぱらぱらとファイルのようなものを木山が振る。
おそらく当時の事後処理やら何やらのまとめだろう。


「で、わかった。君はあの日この男と接触している。診察記録もばっちり。……あぁ、プライバシーは保護されない。残念だが」

「さて」


木山は立ち上がると、初春の近くでひざを落とす。



68:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/11/01(月) 22:19:31.63 ID:p31x5YYo

「この意味不明の暗号の羅列はこの少年の脳波とリンクしている。学園都市屈指の大型サーバーを使ってな」

「ゲームは僕もよくやるからね? 超大型サーバー『ANGEL』。でもあれは元々うちの緊急用の装置なんだ。使いまわしってやつだよ」


よく見ると垣根の耳元から小さなコードのようなものが伸びていた。
するとこの文字は、彼から発信させられているのか。


「答えろ。あの日何があった。君はこの男に何をした」


木山春生の目は特に変わっていなかった。
怒った様子も、悲しんだ様子もない。特段攻める様子も無い。

ただ純粋に知りたいことを教えてほしい、それだけが伝わってきた。


「……すこし、一人にしてください」


ようやくなれた部屋の間取りに、初春飾利はその重たい口を開く。

木山は一瞬ためらったが、冥土帰しに目で合図を送ると部屋から出て行った。


沈黙。いや、音はそこにあった。




かたかた。


かたかた。


かたかた………



80: ◆le/tHonREI:2010/11/02(火) 22:09:58.61 ID:ULA5eM.o

――――――

初春はひとまず落ち着くために、部屋に常設されているコーヒーポッドに手を伸ばした。
この少年―――垣根帝督がコーヒーを飲めるとは思えないので、おそらく診察に来た医者や看護士、来客用だろう。

初春飾利は少年が座るベッドの脇から立ち上がると、まだ使い古されていなさそうなカップを手に取り、
丁寧にコーヒーを注ぎはじめた。


(半身麻痺に失語症―――、意識はあるのかな? ううん、もしあったらとっくに抜け出してるよね……。この人超能力者だし)


かくいう初春も一応能力者である。

能力名は定温保存(サーマルハンド) 。『持っているものの温度を一定に保つ』というレベル1の能力である。
一見するとなんの役にもたたなさそうな能力であるが、驚くことに何の役にもたたない。

……というのは言いすぎで、実際にはコンビニのお弁当を持って帰るときや応急処置(といっても本当に応急、でしかないが)に使い道があったりはする。

あるいは、こうしてコーヒーを暖かいままにしておくとか。
スプーン曲げ以上電子レンジ以下の、まあある意味雑草能力である。


(………どうせ才能ないもんねーだ)


たとえ自分には目の前にいる超能力者(レベル5)みたいな能力はなくたって、こうしてジャッジメントとして誰かの役に立つことはできる。
それはもしかしたらずるいことかもしれないし、微々たる才能かもしれない。
だが初春はそんな自分の技術を過小評価はしていないつもりだ。


(私には私にできることがある。大事なのは適所に適材、だよね)


それは以前白井黒子が言ったとおり、見かけ以上に大人な考え方かもしれなかった。



82: ◆le/tHonREI:2010/11/02(火) 22:27:04.59 ID:ULA5eM.o

木山が言った台詞を反芻していた。


―――あの日何があった。君はこの男に何をした。


そんなことを急に言われても、と思いかけたが、初春には鮮明に光景を思い浮かべることができる。
街を歩いていたら小さな小さな少女に出会った。それがあの日の始まり。
迷子を探す、と言い張る少女をつれて右往左往しているうちに、突然目の前にいる少年に絡まれ、そして―――


(………っ!)


ずきり。右肩が透明な痛みを放つ。

それは一瞬の出来事だったが、オープンカフェで少年に少女の行方を尋ねられた。
直感的に嘯いたが最後、こめかきに一撃、その後は述べたとおりだ。

それからの記憶は正直曖昧である。


(……実際、その後のことを私は知らない……)


気づけば自分は救急車で運ばれていて、次に目覚めたときは病室だった。
それ以来事件には巻き込まれていない。

その少女ともその後、結局は会わず終いだ。初春は日常に戻る。まるで何もなかったかのように。


(ジャッジメントとして調べては見たけど、私のIDで見られる場所からは何も出てこなかった)


機密度に応じて開示ランクを設定してくれるのはセキュリティ上助かるが、せめて自分が関わった事件くらいは調べさせてほしいと思う初春だった。



83: ◆le/tHonREI:2010/11/02(火) 22:40:15.46 ID:ULA5eM.o

(………)


目の前の少年は、すうすうと寝息を立てている。ぴっ、ぴっ、と心電図の音が室内に響く。
右肩の疼きが消えるのと同時に、初春は自分から恐怖心が消えていることに気づいた。

半身麻痺に失語症。何に巻き込まれてこうなってしまったかはわからないが、自分の脱臼と比べてこの少年が失ったものはあまりにも大きすぎる。
初春でなくとも同情の念は隠しえないはずだ。

あくまで予測だが、大方初春からは想像もできないような事情で垣根はこのような代償を払ったのだろう。


(何があったんだろう。やっぱりあの日あの後、なのかな? 一体この人は何をしてたの……?)


コーヒーの温度を保ちながら、じーっとその表情を見つめてみる。

垣根帝督は確かに凶悪な能力者だろうし、実際自分も傷つけられている。
そして現在その身体はやせ細っていて、髪もボサボサだ。

が―――思うのは、その整った顔。おそらく街を歩いていたらかなりの人数が振り返るくらいの顔立ち。
こういう男性が二枚目というのだろうか。

あの時はぜんぜん意識していなかったが、こうしてまじまじと見つめているとそれがよくわかる。

と。


(―――っ!? な、何かんがえてるんだろ私、こんなときにっ!)


自分の思考回路に罪悪感を感じた初春は、これじゃあいかんっ!と言わんばかりにベッドに背を向けた。
その後、なぜかどこかからバスドラムを打つ音が聴こえるな、と思ったがやがてそれが自分の体内の楽器だと気づいた。


(ええっ、な、なんでぇ? うはー、こんな考え方だからだめなんだよ私っ! 最低だ……)


うだーっと自責の念に苛まれる初春。かたかた、かたかた。パソコンの音はまだ響いている。



84: ◆le/tHonREI:2010/11/02(火) 22:52:33.09 ID:ULA5eM.o

―――どくん。

目を閉じて、胸を抑えて、静まれっ、静まれっ。初春は念じるように祈るように思った。
どれだけ飢えてるんだよ自分、などと思ったりもした。こんなとこ佐天に見られたらいい笑いものである。

振り返ってその感情が高まるのを恐れた彼女は、落ち着きを取り戻すためにその身をデスクトップの前に移す。
画面にはやはり文字の羅列。

かたかた。
かたかた。


(………ん?)


何かを思い立った初春は画面を凝視する。
聞きなれたファンの音、沈黙が支配する夜の病室、後ろには超能力者の少年。
その異様な状況が彼女に何をひらめかせたか。


(これって………?)


========================

??>>NA<E,Nあme>>NNA<KR.NAME?
HANA>>KAZARI.HANA>>KAZARI

―――dlkafg,fa―――akmgd,gkabmamdsjaaiji―――

―――ksnajg―――kkasg,aavri......jalkjgasdg?
......kamg!! kasm,vavkbnr,,,,,,,,,,,,,,,,

========================



85: ◆le/tHonREI:2010/11/02(火) 23:04:16.88 ID:ULA5eM.o

(―――もしかして………?)


初春の頭に色も形もない、パズルのピースのようなものが浮かび始めた。
それらはまるで自分の居場所を求めるようにくるくると動き始める。


(感嘆符と疑問符)


彼女がひっかかったのはその二つだ。
コンピュータ言語の表記方法はいろいろあるかもしれないが、一般的にプログラムの中で感嘆符や疑問符が使われる場合、そこには必ずといっていいほど存在すべきものがある。
それはすなわち、対になるレスポンサーである。対話者である。


(やっぱりこれは―――じゃあ、……つまり?)


そこからの行動は早かった。
何かが宿ったように彼女はキーボードを叩き始める。


かたかたかたかたかたかたかたかたかた―――


病院の端末とはいえ初春は一流のハッカー、プログラマーである。
ことウェブに関しては超能力者とも張るほどの腕を誇る彼女は、常人とは思えない速度で何かを“書き”はじめた。


かたかたかたかたかたかたかたかたかた―――


(やっぱりただの文字の羅列じゃない。この人は意志を持って、情報を発信してる)


かたかたかたかたかたかたかたかたかた―――

かたかたかたかたかたかたかたかたかた―――

………

……





88: ◆le/tHonREI:2010/11/02(火) 23:17:01.35 ID:ULA5eM.o

                                 ※

垣根帝督は電脳空間に居た。

あのまま狭い病室で狂ってしまうくらいなら、せめて気分だけでもましになる場所に身を寄せるというのが人間の心理だ。
耳をふさいでみたり、走ってみたり、仰向けになってみたりしたがどれも効果はなく、結局はある体勢に落ち着く。



(くそっ……!! くそくそくそ糞糞糞糞……ッ!!!)



電脳空間の垣根は自己のイメージを投影するらしく、装いは薄緑の手術服のままである。
真っ暗な闇の中に一筋に当てられるライト。
足には何もはいていない。ついこの間まで来ていたホストのようなえんじ色の学生服はどこかに消えていた。

頭を抱えたままうつぶせになって座る彼の姿は、広大な空間で一際目だって見える。


(どうなってんだ……ッ! 畜生っ…!! 意識はある……視界も開けている……!)
 
ヴァーチャル
(“こっち”側ならどんなことでもできるッ! 羽も生えるし空も飛べる!! 未知の物体なんて目じゃねぇっ!! なのになのになのに……!!)

  リアル
(“あっち”で演算ができねぇっ………!! これっぽっちも何も動かねぇ……ッ! 動いてくれねぇ…ッッ!!!)



ぼりぼりと頭を掻き毟る垣根。すると地震が起きた。

―――よく見てみると、自分の足が震えているだけだった。



89: ◆le/tHonREI:2010/11/02(火) 23:39:07.95 ID:ULA5eM.o

                                              トランスフォーマー
(確かにあのクソ天使が言うとおり、こっち側の俺があっち側の俺を動かすには仲介人が必要かもしれねぇ)

(そいつの力を借りて外から“電流”をぶちこんで動かないはずの俺を動かす。そして第一位をぶち殺す――――――はずだった)

(だがそれは“体が捕捉されている”という前提条件の元の計画だ)

(―――実際はどうだ? 俺の体は縛られてなんかいなかった!)

(…………半身麻痺だと? 失語症だと? ふざけんじゃねぇぞクソがぁッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!)


言葉と同時にぐおおっ、という音を立てて世界が歪む。
誰の反応もない、ただの八つ当たりだ。

何よりも彼を落胆させたのは、あの場所がおそらく統括理事会とは関係がなかったこと。

垣根帝督の強靭な精神を支えていたのは、彼が持つ能力の際限のない異質性。
てっきり自分は“回収”され、その圧倒的な力を利用することを望まれているのかと思っていた。
そのための設備。それこそ恐竜を封印するような、『未元物質』の力を押さえ込むための設備、と。


しかし現実は違う。
おそらく自分はすでに有用性をしぼりとられている。いわば果実の残りかすだ。
さらに体の自由は失われ、言葉さえまともに話すことができない。

それらの事実を予測した結果、学園都市で第2位の能力者を誇る彼のプライドはいとも簡単に崩れた。


               トランスフォーマー
(―――くそが―――仮に仲介人を見つけたとしても……一人でクソもできねぇってことかよ?
 …………畜生……畜生が、これが末路かよ………)



がたんっ!

当てられていたスポットライトが突然消える。無論それは彼の意志によるものだった。
永遠の闇。それは光が全くあたらない黒を越えた漆黒。垣根はここにきて、その思考を停止させることを望んだ。


(は、これが本当の“暗黒物質”ってか? ……笑えよ、くそやろう)



90: ◆le/tHonREI:2010/11/02(火) 23:59:18.87 ID:ULA5eM.o

(HANA、KAZARI……)


つぶやくように想った。はなかざりとは、つまり要するに花飾りのことだろうか?


(……あの天使、何がヒントだ。 確かに移動の目印にはなってるが、それだけで何もおきねぇ)


電脳空間でさまよっていたときに例の存在から投げられた言葉。
一定の間隔で頭をよぎったりはするが、だからといってどうなるものでもない。

自分に関係がある人物のことかと思ったりもしたが、そんな特徴のあるやつは知らない。
民謡にも出てきそうなキーワードだ、と垣根はその場でニヒルな笑みを浮かべた。


(……花、飾り………)



と。




かたかたかたかたかたかたかたかたかたかた―――ッ!



(あぁ!?)


目の前に巨大な文字が出現する。それらは自分を取り囲むように現れ、瞬時には状況を把握できなかった。


かたかたかたかたかた―――ッ!



91: ◆le/tHonREI:2010/11/03(水) 00:12:20.38 ID:keqhNDUo

「―――ッ!? なんだこりゃ!? おいクソ天使、どこにいやがる!? またテメェの仕業かコラ!!!」


反応はない。

代わりに、漆黒の闇に白い文字が次々と打ちつけられていく。
何を意味しているのかわからないアルファベットの羅列。



【lafjga;hna........algfdklbmkjka/.,fkgkf,v.akb:kba:...................ak;lb;l;va;】



(くそッ! まさかあの病室からこっちにハッキングかけてきてんのか!? ……ここまで追い詰めて、まだやるってのかよ!?)



【lakbmgf:lm,!!! mamga? ;kam;kma;,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,msakbmkm,m,m,amb;faogro.....】



(―――クソヤローが。上等だコラ。テメェらがそこまでやりてぇってんなら、誘い出して返り討ちにしてやる)


垣根は反応を待った。

おそらくこれから何かしらの攻撃が始まるはずである。
……問題ない、自分はこの空間でなら向こうと同じか、それ以上の力を発揮できる。
ふう、と一呼吸おいてから、彼はその力を解放した。

―――『未元物質』。
背中から生えた六枚の羽が、優雅に漆黒の闇を切り裂く。
こき、と首を鳴らすと、さっきまでの表情とは一点、垣根は暗部特有の狼のごとき視線を文字に向ける。


(きやがれ)


かたかたかたかた―――かたかた―――かた……… 


それらの文字はゆっくりと、速度を落としていった。くるか? 垣根は息を飲み込む。



94: ◆le/tHonREI:2010/11/03(水) 00:37:07.88 ID:keqhNDUo

かた………かたかた………



【knfflagl;b,………mla…………

            ……………END】




(………っ!)


握った拳には汗がにじんでいた。
実際には電脳空間であるはずなのに、明確に分かる。なるほど、自分は緊張している。
それをご丁寧に投影してくれたというわけか。
極限まで追い込まれてるんだ、無理もない。だが、負けてやる理屈もない。

そして覚悟を決めた垣根は演算をはじめた。

END、の文字が見える。

来るなら、次だ。精神を一点に集中する。


(こいよ。バラバラにしてやる)






【………………………………

 …………………        

 …………
 
 ……

 こここおこここんにちわっ!! わ、わたたたたたたししししししははは】





世界が、止まった。



95: ◆le/tHonREI:2010/11/03(水) 01:17:23.45 ID:keqhNDUo

(……あ?)

【あっ、……よかった。いきなり組んだからうまくいくか不安でした……】

(……なんの冗談だこりゃ)

【あっ、えっと。これはその、つまり―――貴方が発信する言語?の法則を解析して、元に即興でつくった翻訳プログラムで―――】


「おい、テメェ誰だ?」


………。反応はない。


(チッ。わけわかんねぇ。翻訳ソフト? 警戒して損したぜ。無駄使いさせるんじゃねぇよ)

【ごめんなさい、あっ、ま、まだ難しい単語は訳せないんですけど。急にやったんでアルゴリズムがまだ安定しないんです】

(!? こいつ……、プログラマーか?)

【え? あ、違います、えーと。私は……ただの学生で―――】

(!)


そこで気づいた。
このわけの分からない翻訳者は自分の思考をそのまま読み取って会話している。
そしてどんな手品を使ったかはわからないが、どうやらあちらの部屋にいながら自分と会話ができるようだ。


(俺の意識はまだこっちにある。ということはあの天使の例を使うと、こいつは部屋と部屋をつなぐ通訳の役割か)

(……スゲェな。一体どれだけの時間を割いて構築したってんだ? 並大抵の演算能力じゃできねぇぞ)


言いつつも、まだその対話者を信用できない。ここまでが罠の可能性もあるのだ。
垣根は手探りで情報をかき集めはじめた。



98: ◆le/tHonREI:2010/11/03(水) 01:45:12.03 ID:keqhNDUo

【?? ええと、ちょっと何いってるか……】

(気にするな。自覚はある。……それより“翻訳者”さん、名前は?)


思考をコントロールするのは慣れこそ必要かもしれないが、普段から演算を欠かさない彼にとってはお手の物。
それに念じたことにより会話ができるなら、それは念話能力(テレパス)と変わりはしない。


【え? あ、……えっと。…………】

(どうした? 答えられねぇのか? ならテメェは俺の敵だ。話すことはねぇよ)

【………………初春です】

(初春……聞いたことねぇな。テメェは今どこにいる。誰の指示で俺とコンタクトを取った?)

【いや、そういうのじゃなくて……、私は単純に、その……興味からこれを構築して……】

(寝言みてぇな言い訳は信用できねぇ。暗部の差し金か? それとも統括理事会か?)

【……………】


(―――いずれにせよテメェはこの俺にまだ姿も見せていない。信用しろってのが無理な話だな)


【……………ごめんなさい】

(はっ)



99: ◆le/tHonREI:2010/11/03(水) 01:58:15.53 ID:keqhNDUo

(馬鹿げてやがる)


垣根はため息をついた。

なんだこのデタラメな阿呆は。興味本位から俺にコンタクトをとってきただぁ?
何のために。利用価値でも見出したってのか。今の俺に?

―――深く考えようとして、やめた。
どうせ統括理事会は俺にもう用は無い。
暗部に戻ろうにも能力が使えない半身麻痺の障害者を受け入れてくれるほど、奴らも甘くは無いだろう。
一方通行に復讐するためにシャバに戻ろうにも、せいぜい車椅子から転げ落ちるのが関の山だ。
それ以前に、クソもメシも一人じゃこなせない。何もできない。本当に何も。

自分は無能力者。最低のゴミクズに成り下がったというわけだ。
一時は学園都市最強に啖呵をきっていた、この俺が。
能力が使えないなら生きている意味などない。このまま電子の世界で妄想に身をゆだねるのもいいかもしれない。
クソったれの無能力者。恥さらしだ。

笑えてくる。
情けなくて、笑えてくる。


【やめてください!!!!!】


(―――っ……あぁ?)



100: ◆le/tHonREI:2010/11/03(水) 02:05:51.85 ID:keqhNDUo

【ノイズが混じっていて全部は理解できないですけど……】


かたかた。かたかたかたかた。


【無能力者が恥さらしとか、生きている意味がないとか】


文字はゆっくりと垣根の前に列を生み出す。


【……そんな言い方、やめてください】


(…………)


【私の友達にもそうやって悩んでいた時期がありました。でも今は立派に生きてます。一生懸命生きてるんです。
 力が使えないからなんだっていうんですか? 能力が使えないから生きていちゃだめなんですか? 誰が決めたんですか?
 そんな借り物のものさしで人を測るのは、自分を蔑むのは―――やめてください】


(…………テメェに俺の何がわかる)


【貴方のことはわかりません。これっぽっちも。でも妄想に身をゆだねて、現実から目をそむけることが間違ってるのはわかります】


(…………)



101: ◆le/tHonREI:2010/11/03(水) 02:22:30.89 ID:keqhNDUo

(失せろ)

【え?】


垣根の生み出した演繹体系はその周囲に意識を投影する。
世界は音を立て、侵入者を拒絶し始めた。


(ここから消えろって言ったんだよ盗撮ヤロウ!!! 人の思考を読み取って楽しいか、あぁ!?
 お前に説教される筋合いなんざどこにもねぇんだよ!!
 借物のものさし? は、世の中はそうやって人をカテゴライズすることで成り立ってんだ。食うやつと食われる奴を片っ端から判別してな!!
 加えて俺は暗部のトップを張ってた男だ、眠たい偽善なんざ聞き飽きてらァ!!!!
 実力社会で生き抜くにはてめえの力量くらい測れなきゃ食っていけねぇんだよ!!! じゃあテメェは責任とれんのか!?
 ものさし捨てた俺を保護できるってのかよ!? できねぇだろうが!!! 俺にとっては能力がすべてだった!!
 そしてそれはこれからも同じなんだよ!!! ずっと続くんだよ!!!!!!!!
 たいした覚悟もねぇくせに日和ったことぬかしてんじゃねぇぞコラ!!!!)
 

………。

反応はそれっきりなくなった。
再び訪れる沈黙。スポットライトは相変わらずあたっていない。
静寂と漆黒を軸に、境目のない地平線がどこまでも続いている。


(くそが……)


いつの間にか背中から消えていた羽をもう一度生み出し、垣根はまたうつむきに座った。
頭を抱えたあと、六枚の羽は器用にその体を包む。


その様子は遠くから見ると小さな卵のように見えた。

まるで誰かに暖めてもらうのを待っているかのような、寂しげなシルエットだった。

………

……





102: ◆le/tHonREI:2010/11/03(水) 02:43:41.18 ID:keqhNDUo

                              ※

「何をしている」

「っふぁっ!?」


あまりにも熱中していたのか、病室に来訪者が来ていたこと、背後に人が立っていたこと、初春はそのどちらにも気づけなかった。
素っ頓狂な声をあげてしまう。あわてて画面を切り替えてから、瞬時にブラウザを閉じる。

最後に何か長文で発信されていたようだが、確認する前にリミットが来てしまったらしい。

背後に立っていた木山春生はその様子を、特に表情を変えずに見ている。
初春は「あはははー、ちょっと興味が……」とごまかしながら、おそるおそる後ろを振り向いた。


「……ん。そうか。君は確か、情報処理が得意だったね」


どうやら気づかれてはいないらしい。
ほっと一息ついてから、初春は手に取っていたコーヒーを木山に見せ、「飲みます?」と聞いてみた。


「うーむ、飲み物はカレーと決めているからな。……だが、うん、一口だけなら」

「保温しておいたので暖かいですよ」

「君の能力かい?……ああ、おいしい。それより、何かわかったことでも?」

「いやぁ……あは、ちょっと色々いじってはみたんですけど、難しくて」


舌を出しておどけてみせた。木山は一瞬首を傾けていたが、すぐに目を閉じると、「そうか」と一言だけ付け足して椅子に座った。
そういえば会ったときは気づかなかったが、この女性が白衣を着ているということは、今はこの病院で研究をしているのだろうか。



103: ◆le/tHonREI:2010/11/03(水) 03:08:13.95 ID:keqhNDUo

「で? どうだ、話してくれる気になったかい」


足を組み、椅子を左右に動かしながら木山は言った。
その視線は垣根に送られていて、時折目を細めたりしている。
観察するような瞳。それは研究者としての性だろうか。


「……どうしてこの人にこだわるんですか?」

「愚問だな。彼は多かれ少なかれ脳細胞を破壊されている。おそらくは言語中枢絡みの部位だろうが、それだけでは説明できない点があってね。
 たとえば彼の意識は健常者のそれと変わらず、認識能力はここに来てから一定を保っている。これは従来の患者のケースと一致しない」

「つまり、専門の研究者として―――彼を“診る”ってことですか?」

「好きなのか」

「は?」


突拍子もない質問に戸惑う初春。
気づけば木山の視線は自分に移ってきていた。


「この少年のことだ。君の恋人か何かか?」

「なっ、ななな何いってるんですか?!」

「? 彼、なんていい方するのはそういうことだろう?」

「ちちちちち、違いますよっ!!!!」


まったくもう、と最後に付け足してから、初春は荷物をまとめはじめた。
コーヒーはまだ飲みかけだったが、構うことはない。
木山の言い草を信用するならば、これから“彼”が何かをやらされるということはないだろう。
垣根が放った最後の長文は気になったが、これ以上ここで話すことはない。

それに―――、右肩の話をするのは、正直、つらい。



104: ◆le/tHonREI:2010/11/03(水) 03:22:31.27 ID:keqhNDUo

「かえるのか。―――まあいい。また気が向いたら来てくれ。私はしばらくここに滞在している」

「また隅つくらないようにしてくださいね」


どうかな、と木山は薄い笑みを浮かべる。
幻想御手(レベルアッパー) 事件のときは精神的にかなり病んでいる様子だった。
彼女があれほど熱意を注いで生み出したとあるシステムは、諸刃の剣ともいえる危険性を秘めていた上、凄惨な結果を招いた。

もっとも目的が果たされた今、再発の可能性はないだろうが。
初春は荷物をまとめて立ち上がる。


「ああ、すまない。最後に君の名前を確認したいんだが」

「え」

「来訪者の記録をつけないといけなくてね」

「あ、そうですよね。初春飾利です。ものごとの初め、の初。春は季節の春。飾るは装飾品の飾。利は利用の利」

「ありがとう」


まだ何かあるのかな、と思いかけて、初春は異変に気づいた。
椅子から立ち上がるとちょうど垣根のベッドのすぐ隣に位置する場所にポジションをとることになるのだが、
彼女が違和感に気づいて垣根を見たとき。


(えっ)


彼女のワンピースが垣根につかまれていたのだ。



105: ◆le/tHonREI:2010/11/03(水) 03:33:50.85 ID:keqhNDUo

「? どうした?」

「あ、いや……な、なんでもないですっっ、さ、さよなら」


木山から見ると死角になっていたようなので、その右手で静かにつかまれた部分にある、垣根の手をどけた後、逃げるようにしてその場から立ち去った。
どくん、とまた何か聴こえた気がしたがおそらく気のせいだろう。
そう言い聞かせて。


(こっこれは私が悪いんじゃないよね? だ、誰だってどきどきするよっ、そんなのっ!)


病院の廊下を走る。
看護士が何かを叫んでいたが、無視して出口までたどり着いた。
はぁ、はぁ、はぁ。

目を白黒させながら、なんとかたどり着いた室外の空気を吸い込む。

次にごくりと唾を飲み込み、周囲を確認した。
休日の人通りは、初春は知るいつもの学園都市だった。


(―――ばれなかったかな)


そして取り出すのは薄型の携帯電話。と、USBメモリ。


(暫定版のプログラムだけど、なんとかこっちに詰め込めた。木山先生に見せてもよかったかな……いや、でも)

(垣根、さん? はすごく警戒してたし。もうちょっと調整しないと実践的じゃないし。―――伝えるのはそれからでいいよね)

(………手、あったかかったな)

(…………って、はい!?)


えっ?! 最後の何っ!? と自分に自分でつっこみを入れながら、初春飾利は街を歩き出す。
時刻はすでに夕暮れ。彼女の頬が赤いのは、果たして夕日に照らされていたからか。
それとも―――

………

……





106: ◆le/tHonREI:2010/11/03(水) 03:49:41.94 ID:keqhNDUo

                            ※

かたかたかたかたかた。

木山春生はまだ病室にいた。
初春が残していったコービーをすすりながら一人、デスクトップのパソコンをいじる。


(―――やはりあの子は能力の才能こそないが、有する演算能力、情報処理能力には目を見張るものがあるな)


彼女が見ているのはパソコンの操作ログである。
初春のようにプログラムを生み出す力はなくても、木山もまた、学園都市が抱える優秀な研究者の一人。
打ち込まれたものを解析するくらいならば造作もない。


(あの様子だと私が出て行ってから戻るまでの数十分でこれを? 恐ろしいな。まるで都市伝説だ)

(―――だが、ふふ、今度からは飲み残しはしないようにしないとな。誰かにこうして啜られることもある)


ずず、と音をたててコーヒーを啜る木山。

かたかたかたかたかた。

パソコンは正直で、数十分の解析によって初春と垣根のログはほぼ把握できた。


(未完成の部分が多いが、基本的な言葉なら網羅されているか。一部ノイズが混じっているが)

(あの子はおそらくこれを抜き出して帰ったはずだ。さて、完成品になるまで何日かかるかね)

(―――しかし、……この中に気になる単語もある)

(統括理事会? ―――暗部? 絡んでいるのは大型の組織か?)

(加えてこの警戒心。まるで機密を知ったスパイだな。……少し泳がせて様子を見るか。解決の糸口が見えるかもしれない)


木山を動かしているのは純粋な気持ちだった。
かつて自分の研究が生み出した惨劇。眠り続けた子供たち。同じく眠り続ける垣根にそれを重ねているかはわからないが、ともかく彼女は心に決めていた。

これ以上、この街の犠牲者は出さない。
たとえ自分とは関係がないにしても、こと頭の中の話ならば、救い出してみせる。
それは彼女が一連の事件から学び、心に刻んだ信念だった。



107: ◆le/tHonREI:2010/11/03(水) 03:56:12.96 ID:keqhNDUo

一息いれるか、と彼女がその場を離れようとしたとき、閉じたはずのブラウザが再び起動しはじめた。

かたかたかたかたかた。


(…………?)


訴えかけるように流れる文字の波。
木山はそれを見逃さない。
コーヒーをモニターのすぐ横に置き、画面を凝視する。


かたかたかたかたかたかた。

翻訳ソフトは順調に起動していた。


【................初........春.....................................................................KAZA...RI........】

【............................初……………春Hあ季節n……春……】

【飾rU………装飾……kAZari…………】



かたかたかた――――――――――――












【初春飾利.............................かぁ..............................................】



………

……





125: ◆le/tHonREI:2010/11/05(金) 05:57:52.10 ID:HzRU3Kco

                               ※

「どうです? 企画としてはそこそこ面白いと思うんですよね」

「確かにここのところ息抜きはしていませんでしたの。ジャッジメントの仕事にかまけてお姉さまとも私生活では疎遠ですし……」

「でしょ? これから寒くなるし、温泉旅行、やっぱり当たりですよね! ……あー楽しみ♪ 初春はどぉ? お金平気?」

「…………」カタカタカタカタ

「おい? 初春? 初春飾利さーん?」

「………あっ」


慌てて開いていたノートパソコンを閉じる初春。
思考を取り戻してから耳に入ってくる喫茶店のBGMは、聞いたことのある歌だった。
人の個性を花に例えたヒット曲だ。花が好きな初春もお気に入りの一曲である。

頭を整理しながら、目をぱちぱちさせながら、眼球を動かして周囲を見渡すと、白井と佐天が不思議そうにこちらを見つめていた。
ん? なんの話題だったっけ? と手近にある飲み物を手にとってみたが、思い出せない。
また佐天の好きな都市伝説の話だろうか。


「こ、怖いですよねー、脱ぎ女! 私も思い出して眠れません、最近」

「はぁ? それはもう出没しなくなったって言ったじゃん! ていうか話題ちがうよ?」

「え? ……ご、ごめんなさい。ちょっと別のこと考えていて……」


頭を抑えながら舌を出す初春。佐天はため息を一息つくと、頭の後ろに手を組みながらソファに背中を寄せた。


「もー、これだからぁ。温泉旅行だよ、お・ん・せ・ん・りょ・こ・う! 前に話したでしょ?」

「へ? あ……、そ、そうですよね。いいと思います、私も楽しみです」

「え? 初春、お金ないんじゃないの?」

「……あ……そ、そうなんです、ここのところ出費が……」

「……妙ですわね」


言葉と同時に、隣に座っていた白井からは刺すような視線が飛んできた。
何か秘密がばれたような錯覚に陥り、ひっ……? と情けない声を出してしまう。



126: ◆le/tHonREI:2010/11/05(金) 06:16:38.54 ID:HzRU3Kco

「な、なにがですかぁ白井さ~ん……?」


肩を竦めながらジュースをすする初春。
保温が効いているだけあってまだ冷たい。初春の持つ飲み物の氷が溶けることは、彼女の能力をもってすればそうそうない。

……が、その手にある汗をかいたウーロン茶はまるで、彼女の心情を表しているかのように慌てふためいて見えた。
罰が悪いことこのうえない。たはは、と付け足してみたが効果はなさそうだ。

そんなバレバレの態度にいい加減見飽きていた白井は、目を細めてから呆れたように口を開く。


「初春、こんなところに来てまでお仕事ですの? 随分と仕事熱心ですこと」

「そ、そんな言い方はひどいですよ!! いいことじゃないですか、治安維持には大事なことです!」

「へえ? ならわたくしにも見せていただきたいものですわね? 初春の治安維持にたいする心意気とやらを」

「プ、プライバシーは保護されるんですっ! それが情報社会のルールなんですぅっ!」


まったく、と付け足す白井だったが、それ以上はつっこむことなく視線をそらす。
どうやらネットゲームをしていると思われたようだ。
ここは職場でないとはいえ、以前注意したばかりの白井にとってはいい気分がしないだろう。


「じゃあ、あたしが幹事で企画すすめますねー! えっと、今一番熱いところがですね………」


パンフレットをめくりだす佐天を尻目に、初春はこっそりとノートパソコンを開いた。
もちろん白井が横目でギロリとにらんできたが、別に悪いことをしているわけではない。
自分に言い聞かせてから、初春は作業を続ける。

―――翻訳ソフトのプログラム。


(やっぱり機械的に辞書をインストールしただけじゃダメか……。人間の言葉って複雑だなぁ。特に日本語は)


かたかたかたかた。
外に出ての作業はやはりはかどる。初春は生粋のプログラマー体質である。
一度書き始めたものを仕上げるとなると、それこそ寝食を忘れて打ち込む癖があった。



127: ◆le/tHonREI:2010/11/05(金) 06:33:51.98 ID:HzRU3Kco

―――そういえば。

ふと初春は疑問に思った。
佐天は呼び出しの件について触れてこないな、と。
垣根帝督に会うことになったあの日、初春はとっさに機転をきかせて、彼女には同行しないように言った。

もっと反抗されるかと思ったが、思いのほかすぐに納得されたのだ。


(―――、でも本当は心配してくれてるんだろうな)


白井と初春も浅からぬ仲だが、佐天と初春ももちろん浅からぬ仲である。
泣き顔を見たこともある。

その事件のとき―――、多分誰にもいえなかったことを打ち明けられたとき―――、初春は必死になった。必死で心配したし、行動した。
だからこそ、彼女は待っていてくれているのかもしれない。

初春が自分の口から話してくれることを。


(……、っていっても別にまだ何か起きたわけじゃないし)


対角線上に座る佐天に目をやると、楽しげに旅行についての計画を白井に説明していた。

かつて彼女にあった、無能力者に対するコンプレックス。そんな彼女も今はこうして、何もなかったかのように快活に振舞っている。

―――不意によぎったその言葉を頭の中心で停止させて、初春は考えた。


垣根帝督。あの人もまた佐天と同じように、無能力者に対してコンプレックスがあるように見えた。

どうしてそこまで。なぜ。もちろん手元にある情報だけでは推察することしかできない。
あのときの会話から判断すると、自分が無能力者であるということよりも、第2位から転落したことについて苦悩しているように見えた。
自分に価値が見出せない。生きている意味がわからない。もしくは、無意識にそれを探してしまう。数字でしか自分の価値を、測れない。

そうはいってももちろん、会話のほとんどはノイズまみれで読み取れなかったのだが。


(―――そんなの、寂しすぎるよ)


初春は気を取り直してから作業を続ける。
のどかな日だった。店内にいても鳥のさえずりが聞こえてきそうなくらいの、快晴。



128: ◆le/tHonREI:2010/11/05(金) 06:45:51.58 ID:HzRU3Kco

                   【初春?】



(……え)

不意にディスプレイに浮かんだ二つの文字。と疑問符。

初春はそれを見るなり慌ててしまい、机の下に膝をぶつけてしまった。
がたんっ! 予想外に大きな音を立ててグラスが揺れる。人気のない喫茶店だったので尚更だ。

佐天は大丈夫?とびっくりしてまばたきをする。
白井はいい加減になさいよ初春、と叱ってくる。

「すいません、なんでもないんです、あは、ちょ、ちょっとゲームの天使くんが……その……」

二人はその言葉を聞くなり、はぁ、とため息をついてから話を続けた。
一瞬場に流れた気まずいそれは、好き放題に空間を切り取ってからどこかへと消えていったようだ。
まったく気まぐれな空気である。


(え? こ、これって……垣根、さん?)

【そこにいるのか?―――初春、初春飾利? 返事をしてくれ】


やっぱりそうだ、とおもいなおしてキーボードを叩く。
プログラムは正常に起動している。
でも、こちらからは発信していない。

―――ということはこれは彼からの意思表示?
不思議なこともあるなぁと思いつつ、初春はレスポンスを返した。

【ごめんなさい、急だったのでびっくりしました。こ、ここにいますよ】

【そうか】


向こうから来たメッセージなのでもう少しフレンドリーなものを期待した初春だったが、それは変わらずのぶっきらぼうな返答だった。
少しだけがっかりする。



129: ◆le/tHonREI:2010/11/05(金) 06:56:56.10 ID:HzRU3Kco

【な、何か用事ですか? ……というか私名前いいましたっけ?】


初春は白井と佐天にばれないように、少しだけパソコンの向きを変えた。
角度的にはこれで死角になるはずである。

何か他人にばれないように密談をしているようで少しドキドキする。


【木山とかいう女と話してただろ。それを聞いてただけだ。装飾品の飾るに利用の利だろ。あってるよな?】


するとこの人にはあの時意識があったのか、と記憶を掘り返す。

―――そして思い出した。
あの時の手のひらの感触。温度。不意につかまれたワンピースの裾。


(―――っ!)


白井と佐天からはディスプレイ越しなのでわからないが、初春は頬を染めてぷるぷると震えていた。
中学生くらいの年頃ならば、異性の手を取るという行為は要するに、そういうことだ。


【おい、どうした? ノイズが混じってるか?】

【なんでもないです…、見えてますよ。ちゃんと、見えてます】


本当はあの時、どうして裾をつかんできたのかを聞きたかったが、その言葉はぐっと飲み込んだ。
そんなことを聞いたら、返答次第で初春の頭は噴火してしまうかもしれない。
それよりも今は、コンタクトをとってきた真意を聞くべきだと判断する。


【暇なんだ。病室に缶詰だろ。話す相手もいねぇしよ】


ようするに寂しいということだろうか。脳波を直接読み取っているのだから、もう少し可愛げがあってもいいのに。
初春はいつの間にか自分が相手に応答の仕方を求めていることに気づき、また赤面する。



130: ◆le/tHonREI:2010/11/05(金) 07:11:47.80 ID:HzRU3Kco

【でも……、そっちから発信されるなんて、びっくりです】

【俺もよくはわからねぇ。テメェは病室にはいねぇんだろ?】

【はい。今は喫茶店でお茶してます】

【優gagjl雅だな。こっちは半身麻anglkaskgkで管通されてんだぜ? 俺にもお茶くれよ、お茶】

【あはは………】


思ったより弁舌だな、と初春は思った。
あのときはかなり警戒していたみたいだったが、こうして話すと一般的な男性と変わらない。
木山との会話を聞いていたということは、その後の対応も見ていたのだろうか?
それとも?

様々な考えが回る。
そして、

―――発信できたのはなぜか。たとえば自分のパソコンは今、あのゲームサーバー―――


(ANGEL、って言ってたっけ)


その『ANGEL』と同期している状態にはあるが、基本的に端末は一方通行である。
こちらから扉を開くことはできるが、垣根の方からコンタクトは取れないはずだ。

アカウントは例の“HANA”というIDで接続しているので、理論的には初春を特定して見つけることはできると思うが、それにしたって手配がよすぎる。
そもそもそれができるならば病室にいる必要はなく、あのパソコンに脳波をリンクさせる必要はないのでは? とも思ったりする。


【悪かったな】


次に表示されたのはさらに予想外のメッセージだった。



131: ◆le/tHonREI:2010/11/05(金) 07:24:25.36 ID:HzRU3Kco

何のことだろう、と初春は思った。
いきなりメッセージを送ってきたこと? そういえば最初に来たのはNAME、などというぶっきらぼうなものだった。

そこで気づく。

ああそうか、最初からこの人は私に直接情報を発信してきている。
ネットワークを介してだが、同じ理屈でこっちのプログラムにも入り込めたのかな。
やや不自然なロジックだったが、なんとか自分の疑問を押さえ込んだ。


【この前、ひでぇこと、言ってよ。テメェにあたるようなことじゃなかった】


ひでぇこととは何だろう。
もしかして、あのときのことだろうか。初春が右肩に傷を負った、あの日の。

         ラストオーダー
―――テメェが最終信号と一緒にいた事は分かってんだよ、クソボケ―――


確かにあれは、びっくりした。びっくりしたし、怖かった。
でも今となってそのときのことを掘り返すほど、初春も野暮ではない。
このひとは多分、何か大きな間違いを犯したんだ。やってはいけないことをやっていたんだ。
その代償が、失語症、に半身麻痺。

もう十分すぎるだろう。これ以上責めるつもりはない。


【……平気ですよ。私は気にしてません。それより体調、大丈夫ですか?】

【わかんねぇ。動かないとこは動かfaggぇしな】


そうですか……、と初春は返す言葉に詰まる。

半身麻痺というのはどの程度動かないのだろう。
確か、合併症で失語症を患うのは右片麻痺?足りない脳内の資料をめくってみる。



132: ◆le/tHonREI:2010/11/05(金) 07:35:40.56 ID:HzRU3Kco

【どうもそれとは違うらしい。最gkg気づいたんだが、両kldgana手は動く】

【すると、上半身の神経には伝達されてるんでしょうか? 私は専門じゃないんでわからないですけど……】

【さぁな。不自由なクソっdagたrhの体になっちまったことに違いはねぇよ】


ノイズが入り混じっているが、なんとなく言いたいことは理解できた。
紛れもなく本心だろう。思考回路を見せ付けられているのだから。

―――やっぱり、演算能力を失ったことがショックなんだろうか。
思わずそれは違うよ、と言ってあげたかったが、やめた。
多分自分のような低能力者に何を言われても、彼は受け入れられないだろう。
御坂美琴のようなレベル5からの一言ならまだ違うかもしれないが、自分にできるのはこうして不器用な会話をしてあげることくらいだ。

あるいは―――、


【―――何か、したいことってあります?】

【あ?】


初春は数少ない可能性を頼りに、彼の望みを聞いてみることにした。
もしかしたら、何かできることがあるかもしれない。ケアしてあげられる部分があるかもしれない。

能力に関することは、さすがに手助けしてあげられそうにないが。


【今、垣根さんがしたいこと。私にできること。あ、でもなかったら無理にとはいいませんよ? なんていうか、ちょっとした興味で―――】

【―――外に出てみたい】


即答だった。



133: ◆le/tHonREI:2010/11/05(金) 07:52:24.99 ID:HzRU3Kco

【寝てもさめてもいるのは暗い病dag室と暗いamg部屋。嫌になる。シャda;gバにいたときは気づかなかったけどよ】

【日の光りがあたらねぇ生活をしてた。それでも平気だった。―――けどそれは求めていないって意味じゃねぇ】

【要するにka選;aga;択sgaできないって状況がつれぇのかもな。ないものねだりだ】


でって感じだけどな、という文字が最後に付け加えられる。

文面には皮肉がこめられているように感じた。
垣根帝督は学園都市の第2位。学生かどうかもわからない人。
以前、御坂美琴や白井黒子から聞いたことがある。能力者特有の悩み。

たぶん、力を持つことはそれ自体幸せにはつながらない。
この人も、もしかしたら、幸せとはいえないような環境に身をおいていたのかもしれない。
凍えるくらい、寂しい環境。誰かに暖めてもらうことを待っている鳥の卵。
とっさのイメージにしては明確に思い浮かべられた。


【―――いいですよ】

【あ?】


次には初春の目が、燃える。
保温能力というのはもしかしたら、彼女の性格を反映してるのかもしれない。


【私が、垣根さんを外に連れてってあげます。絶対。必ず】

【オイオイ……、無茶いうなよ。俺は何もできねぇんだぜ? 外なんか歩けるわけが……】

【だから! 私が連れてきます! なんとしてでも外の空気を吸わせてあげますっ! いいですか、私が行くまでいい子にしててくださいね!】

【あ? い、いい子って……、お、おい初】


ぱちん。
そこで接続を切った。



134: ◆le/tHonREI:2010/11/05(金) 08:03:11.31 ID:HzRU3Kco

隣にははちょうど話題の最高潮を迎えていた白井と佐天。初春が立ち上がる様子を見てうなづく。


「あはは! 初春もやっとその気になったかー!」

「ふふ、いいですわね初春、お姉さまとはわたくしが相部屋ですのよ?」


はっはっはー!と二人して大笑いする親友を見て、初春もやはり頷いた。

その眉毛は10時10分を指している。
今にも鼻から出る息が見えそうなくらい、今日の彼女は燃えていた。

時間は―――よし、まだお昼過ぎ。

服装は―――よし、今日はばっちりオシャレ。

花飾りは―――よし、季節の色にそろえてきてる!


バイタリティだ、私は今日燃えている!
初春は自分に言い聞かせてからもう一度頷くと、手に取ったパソコンを持って店から出た。


後ろから何か、「ど、どこにいくんですの!? お、お金は!?」と叫ぶ同僚の風紀委員の声が聞こえたような気がしたが、今はそれどころではない。
これから自分は心のケアをしてあげるのだ。そんな些細なことに気を取られている場合ではない。


(―――あれ、でも今日の下着は……)


なぜかよぎった不純な思考回路におもわず転びそうになる。

な、なんでそおなるのっ!? とまたつっこみを入れる初春。
言いつつも今日の子供っぽい下着が気になる初春。

誰がどうみたって恋する乙女だ。彼女自身はまだ、その気持ちを母性本能ということで片付けている。
―――が、どうにも心の部屋の片付けが苦手な彼女は、どこに何をしまったかなどすぐ忘れてしまうだろう。

走る街角には秋の風がふきつける。

垣根のいる病院は、すぐそこだ。

………

……





142: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 07:23:52.67 ID:0nUOcIco

                                  ※

患者としての生活は退屈そのものだ。

垣根帝督の食に関する欲求は別のものへと変化していた。
目覚めてからしばらくは融通がきかなかった体。
その頃は管を通して栄養素を摂取していたのだが、それは単に必要なものを体内に取り入れるという受動的な行為だ。

こと食に関してはしばしば哲学や文化論、はては宗教学その他の学問で議論されることがある。
うまいものはうまい。だが、腹に入れば何でもいいというのはうそだ。
哲学的な問いなど普段したこともないが、このような状況に陥ってからというもの、垣根は身を持って実感していた。


(クソったれな病院食も恋しくなるってもんだ。まぁ、摂取の仕方はぜんぜん能動的じゃねぇが)


垣根は暗部のリーダーを務めていた男だが、チームプレイで任務をこなすというよりは、単独で成果を収めるタイプの人間である。
サポートをしてもらうことはあったにしろ、誰かに何かをしてもらう、という行為にはなれていない。

上半身の自由をそれなりに(といっても両手を動かすくらいだが)とりもどしてからも、院内の看護士たちは自分の喉に食べ物をつめこんでくる。
何だかくすぐったいし、客観的に自分を見つめたら赤面モノの構図であったが、それこそ背に腹はかえられないといったところか。


(はぁーぁ、まるっきし植物人間ってわけじゃねぇけど、なんだかねぇ)


自暴自棄、まではいっていないような気がする。
だが、確実に精神状態はよろしくない。
そして、


(……、やっぱりあの天使)


何十回も繰り返した議論を再開する。

自問自答の毎日にはうんざりしていたとはいえ、それはある種の癖みたいな討論会だった。
司会、垣根帝督。論客、垣根帝督である。



143: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 07:53:03.88 ID:0nUOcIco

(こちらの体の自由は、少しずつ取り戻してる。が、一向に言葉は話せねぇ)

(―――たぶん俺の言語体系がこっちとはズレてんだ。演算体系も。……だがどこでズレた?)

(順当に考えるなら、俺の脳―――つまり“本体”があっち側にあるってことだ。根拠はあちら側での演算能力と自由度)

(目覚めた場所もあっちだった。するってぇと、俺の精神は電脳空間のみ適用する形式に変換されちまったって考えたほうがてっとり早いよな)

(それならあの天使の説明にも合点がいく)

(電子データとして、エンコードされた俺を元に戻す術……)

(は)


馬鹿か、と打ち込んだところで思考を停止させた。
どれだけのスーパーコンピュータが必要なんだ、と。

それに、仮に彼を補助できるだけのスペックをぶちこんだネットワークがそこにあったとしても、演算補助をするだけでは足りない。
それはミサカネットワークを介して能力を発動させる一方通行のものとは異なる理論だからである。

              リアル           バーチャル
あの能力はあくまでもこちら側にいる本体が、あちら側の力を借りる、といった理屈で構成される演算理論。
当然演繹体系はこちら側のルールに乗っ取って発信される。

だが垣根の場合は少し―――致命的でもあるが―――勝手が違う。
演算そのものをあちら側から発信するのだ。
彼や、彼が言うところの天使が想像したように、そもそも適用されない演繹体系をいくら組み込んだところで、何の変化も起こらない。


(……あー、気分悪い。もう少し寝るか)


あの対話者―――初春飾利に言ったとおり、寝てもおきても暗い部屋。
垣根は数十分前の会話についてほとんど忘れかけていた。

気分転換ができれば電子の世界はもう少し開けるのかもしれないが、
そもそも姿形もしらないUNKNOWNの人物を待つほど、期待はしていなかったということだ。



144: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 08:00:33.40 ID:0nUOcIco

が、こういうときばかり予想外の出来事は起こるものである。


「本当にいいんですか、先生。彼はまだ―――リハビリすらできる状態ではない」

「かまわないんだね。試作品はできあがっている、そして患者の意志を尊重するのも、医師の務めなんだね? それに―――」


ドアが開いたのと同時に声がする。あちらの世界へと戻ろうとしていた垣根にとっては、まさに寝耳に水の事態だ。
視界に入ってきたのは冥土帰しと呼ばれるカエル顔の医者、木山春生と名乗る脳科学者。
そして―――、


「―――こんな可愛いお客さんの申し出は、断れないんだね?」

「……えへへ」


(………は?)


あっけにとられる。
部屋に入ってきた三人は自分が目覚めていることに気づいたのか、そろえた表情をこちらにそのまま向けてきた。


「さあ垣根さん! ―――私と一緒に散歩しましょう」


……誰だ、この女。え、まさか。



145: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 08:08:28.69 ID:0nUOcIco

「え? あ。そっか。名前を教えてからは初めてでしたよね? 私、初春飾利です」


垣根はそのとき瞬時に、ネットの出会いとか、メール友達とか、そういった数多の電子上のやり取りが招く錯誤を理解した。

―――なんだよこいつは。まるで中学生じゃねぇか、ありえねぇ。
それにキャミソール? ない胸がもっとなく見える。色気もクソもねぇ。

やり取りから察するに年上か同年代だと思っていた。
蓋をあけてみたらどうだ、―――まぁ顔はそれなりに。


「ふぅん。……垣根さん。あの時もそういうこと考えてたんですね。ふぅん……」


そう言い放つ初春の瞳は細められ、垣根は味わったことのない汗を流していた。
たらり。あれ、なんだこの汗は。おい、なんだよおいおいおい、浮気がばれたみたいな効果音だしやがって。

それにあの時っていつだ? と考えそうになる前に、気づく。


―――そうだ、こいつは俺の思考回路をそのまま読み取れるんじゃねぇかよ……!


考えてみればそれは恐ろしい状況である。嘘はつけないし、やましいことも考えられない。
今は冷静だからコントロールできている思考回路も、これからどう転がるかわかったものではない。


「すごいんだね? それが―――翻訳プログラムかい?」

「ええ、まだぜんぜん改良の余地ありですけど。……、一応、携帯に入れられるくらいには」


なんてこった。
垣根は動かないからだの代わりに、頭の中で二度ずっこけた。



146: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 08:20:45.69 ID:0nUOcIco

「できればこちらも患者とのコミュニケーションのために、インストールさせてほしいんだが―――」

「かまいませんよ。USBにばっちりいれてきました」


次には木山春生とかいうバカ女が、初春の隣でとんでもないことを言い出す。
そんなことをされたらプライバシーもへったくれもあったものではない。
自分だって未成年の青少年(青いかどうかは謎だが)だ。

着ている手術服と肌の間を再び流れる汗の正体。垣根はそれを分析するのも忘れてあせっていた。
今初春が持っている携帯電話とPC―――どちらに何が表示されているのかわからないが、液晶に映る文字を想像するのが不安で仕方がない。

とにかく落ち着け、と自分に言い聞かせる。
俺は学園都市の第2位だ。未元物質だ。ええと、昨日の夕食は何を食べたっけ。
あ? そもそも俺、何がしたかったんだっけ。
ていうか何でこいつらがここにいるんだっけ。素粒子の存在確率の割り出し方は……。


「あれ、誤作動かな。なんか意味不明の単語が……」

「ふむ。改良の余地があるというのは本当らしいな。―――まだやめておくか」


測らずとも成功した目くらましに、心の中でガッツポーズをとる垣根。
でかしたぜクソ天使、やりゃあできるじゃねぇか、と珍しくあの存在を賛美してしまった。


「君ががんばってくれた間、僕たちも怠けていたわけじゃないんだね? ……これを」


話が切り替わったのか、最後に口を開いたのは冥土帰しだった。



147: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 08:43:13.79 ID:0nUOcIco

冥土帰しが差し出したのはちいさな黒い箱―――と、そこから伸びるイヤホンのようなもの。
形だけみれば、ライブやコンサートのときに裏方のスタッフが常備しているそれに似ている。


「……これは?」

「うん。診ていてわかったんだけどね、どうも彼の意識は体と遊離しているみたいだ」

「ゆう……り…?」

「正確に説明すると長くなってしまうんだね? 要は彼の脳からあの文字が発信されていたのではなく、
 脳自体があのサーバに移転していると思ってくれていいね」

「つまり、体は外付けのハードディスクのようなものって意味ですか?」

「……さすがだね? 
 当初の理解ではこちらにある意識があのネットワークを使って情報を発信していると思っていたんだが、それは逆だったんだね。
 ―――実際には彼の意識は電子的な何か、あるいはそれに準ずる別のデータに書き換えられていると思ってくれていい。
 運ばれてきてすぐにあれを使って彼の脳を分析しようとしたから、どちらに“彼”がいるのかには気づかなかった。
 そう考えれば言語障害や体の神経伝達の不具合も説明がつくんだね」

「……、それって」

「さて」


冥土帰しは初春が言いかけた言葉を遮るようにして説明をつないだ。
垣根の意識はそれを特に気にしなかったが、その場にいた彼以外の人物は気づく。

―――似たような症例が、以前あったような。


「幸いにも彼の意識ははっきりしている。そこで、この受信機の出番というわけだ」


いいながら軽くウインクをすると、受信機を垣根に渡してくる。
垣根は一瞬首をかしげたが、やがてイヤホンの部分を耳にとりつけた。



148: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 09:03:47.25 ID:0nUOcIco

何も、起きない。


「つまりは垣根くんの意識と体をつなぐ、ワイヤレスのレシーバだと思ってくれていいね?
 これで外に出ても、体を通してこの世界を見られるはずだよ」

「携帯やパソコンにはアクセスできても―――有機体の体にはアクセスできないからね」


その割にはチープなつくりである。
体に差し込まなくていいのか、と疑問が浮かんでしまう。


「心配はいらない。それに入っているのは音声ファイル。基準として出力されるのは君自身の脳波パターンだ。
 低周波だから音も何もしないはず。もっとも意識をつなぐだけしか、現段階ではできないが」


なぜか木山が口を挟む。物言いはどこか自信に満ちていた。
何かこのレシーバが応用された理論でも構築したことがあるのだろうか。
俺はラジコンかよ、と垣根はすかさずつっこみを入れた。


「そう、言い方は悪いが君の体はラジコンの車だと思ってほしいね。―――だからこそ、注意がいくつかある」

「まず地下には行かないこと。あくまで試作品だから、どこで意識が途切れるかわからない。途切れた後どうなるかもね?」

「次にバッテリーが続くのは最大で4時間。ああ、これは一般的な活動を行ったと仮定して、だね? 運動したり演算したりすると消耗は激しくなる。もっとも」

「今の君には―――、心配ないとおもうけどね」


空気が重くなる。

冥土帰しは基本的に患者の症状に関してはインフォームド・コンセントを怠らない。それは周囲の人間に対してもそうだ。
記憶がなくなろうが、脳細胞を破壊されようが、事実は裁量の範囲でしっかりと告げる。

そんな彼の発言を別の方向に受け取ったのか、初春は空気を裂くような声で、


「……じゃ、じゃあ垣根さん! いきましょうか!」


とはつらつしてみせた。
いくって、どこにだ。



149: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 09:14:51.32 ID:0nUOcIco

「そうですねぇ。あ! 病院食、そろそろ飽きてきたでしょ? おいしいもの食べにいきましょうか。大丈夫ですよね、先生」

「うん。胃に負担をかけるようなものでなければ平気だね?」

「私いいところ知ってるんですよ? ……じゃ、早速いきましょう」


初春はそう告げると、部屋の外から車椅子を運んできた。
垣根はそれを見てぎょっとする。

こんなもんに乗るのか? 俺が?


「文句言わないでください。……ほら、肩かして」


よっ、という掛け声を出してから、初春は垣根の腕を肩にかける。
……、なんだか照れくさい。
瞬間、彼女の花飾りがやわらかい匂いを放った。この花は何という名前だろう。

―――あ? 胸見えそう。まぁどうせ貧乳か。


「……垣根さん?」


はっと気づいて首を傾けると、ごごごご、という音がすぐ隣にある初春の顔から聞こえてきそうな気がした。
すぐに思考を別の方向へ飛ばす。

さて、宇宙に存在する素粒子の定義とは―――


「もお」


なんとか手伝ってもらって、車椅子に乗り込んだ。
これから外に出るのだ。

……外の空気。
久しぶりに吸うそれは、どんな印象を自分に与えるだろうか。



150: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 09:29:33.89 ID:0nUOcIco

――――――

昼過ぎの学園都市は相変わらず快晴だった。


【眩しい】

「お日様がでてるんだから眩しくて当然です」


初春は車椅子を押しながら、携帯電話をいじる。
どうやら初期設定をしながら様子を見ているようだ。
時折「うーん、なんか違うなぁ」などと言葉を挟み、細かい語尾を調整している。


【しかしテメェは色気ねぇな】

「……はい?」


私服を着るのは面倒だったようで、垣根は外に出ても手術服だった。
反抗的になった垣根の言動に、一瞬固まる初春。―――が、すぐにそれは彼が落ち着きを取り戻している証拠なのかもしれない、と脳内変換した。
ここはオーバーリアクションしておこうか。


「がーん!」

【……なんだそりゃ。コントか?】

「違いますよ! もお、せっかく人がノリのよさを見せてあげたというのに。……、あのですね、色気も何も私まだ中学生ですよ?」

【は、それこそ花も恥らう乙女ってか? 勘弁しろコラ】

「……私だって、もうちょっと時間が経てばですね」

【経てば?】

「いや、その……む、胸とか大きくなったり……足長くなったり……」

【残念だがその常識は通用しねぇだろうなぁ。モノポールが観測される方が先だろうなぁ】


ごんっ、と垣根の頭にチョップを入れる初春。普段ならこういったつっこみはされる側だが、なるほどやってみると気持ちがいい。
何しやがる!? と叫ぶ彼の文字は、携帯電話におさまるくらい小さかった。

単語の意味はわからないが、罵倒されたことは理解できる。初春はふくれっつらで信号待ちをしていた。



151: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 09:37:59.96 ID:0nUOcIco

「そういえば垣根さんの能力ってどんな力なんですか?」

【……未元物質】

「え? だーく……ま……?」

【未元物質だよ。この世に存在しない素粒子を生み出す能力だ】

「はわぁ………」


初春も学園都市の学生である以上、一応量子力学のイロハは頭にはいっている。
が、垣根が言うような能力はさすがに聞いたことがない。ゆえに、反応も曖昧になる。

そんな初春の心情をすくったのか、垣根は間髪いれずに説明を続けた。


【分類的には量子論の根幹に位置するタイプだな。観測不可能な事象……俺の場合は既存の物理法則を無視して演算を組む。
 テメェが想像したような“あるはずだけどない物質”を生み出すんじゃなくて、“存在しないはずのもの”を現出させる力だ】

「ふへぇ……」

【テメェ……理解してねぇだろ?】


あ、ばれました? と頭をかく初春。
なんでったって俺の対話者はこんなガキなんだ、と思いかけてやめた。
頭を叩かれるのはいい気分がしないからだ。


しかし。
―――そうか、なるほど。


「え?」

【だからこそあっちで融通がきいたのかもしれねぇな。電子データだろうがなんだろうが、俺の未元物質に常識は通用しねぇ】


肩をゆらしながら、携帯に出るのは【ふ、ふふふふ】という文字。
よくわからないが気分はいいらしい。初春は鼻歌を歌いながら信号を渡る。



152: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 09:52:41.70 ID:0nUOcIco

【じゃあ逆に聞くが、テメェは能力者か?】

「はい。レベルは1ですけど……」

【へえ。どんな能力だ、いってみろよ】

「うーんと」


初春は一瞬立ち止まって指で唇を押さえてから、


「こういう力ですね」


と言って―――垣根の無防備な右手を、両手で握った。
後ろから手をまわしていたので、ちょうど垣根の頭を抱えるような体勢になる。

……以前は赤面してしまった彼女のうぶな心境も、こうして看病してる分にはやましい方向に向かわないようである。


【おい】


触った瞬間、びくりと彼の体が動いた。
初春の能力は急激な変化を与えるものではないので、しばらく握ったままにしておく。


「? あれ、感じません? 今日は快晴だけど、風があるから体温は抜けていくと思うんですが……」

【……っ? ……あ?】

「あったかいでしょ? 保温能力なんです、私の」


にこりと笑いかける。携帯には何も表示されなかった。
あれ、うまく伝わらなかったかな、と首をかしげたすぐ後に、垣根に手を振り払われてしまった。


【いいから早く進めろ。おせぇんだよテメェ】


はいはい、と軽く返す。
もしかして照れてるのかな? などと思ったよりもうぶな垣根の態度に、思わず口元がゆるんでしまった。



153: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 10:03:06.30 ID:0nUOcIco

【……女に耐性がねぇわけじゃねぇだろが。メafngaハーsdgトのやつ見ても別になんもなかったし……】

(何の話してるんだろう)


そんなやり取りを交わしているうちに、たどり着いたのはとある飲食店。
季節の果物をふんだんに使った、絶品スイーツが売りの有名店である。
冥土返しは胃に悪くなければいいといっていたので、軽めのスイーツでも食べれば垣根の気分も晴れるだろうと踏んだのだ。

が、対する彼の反応は、初春の予想とは正反対だった。


【……オイ、まさかここに入るんじゃねぇだろうな】

「え? ここですよ? あ、果物嫌いですか?」

【いやそうじゃねぇだろ。この格好でさすがにここはねぇだろ! 俺を笑いものにする気かテメェ!?】

「? でもここ、おいしいんですよ? ……じゃあテイクアウトします?」

【そういう問題じゃねぇ、……あ、おい初h】


じゃあここでいい子にして待っててください、と言ってから初春は垣根を外においたまま、店内へと入ってしまった。

いい子。
この前もそんな言い方をしてた気がする。いや、その前に―――、


(こんなチャラチャラした場所に俺を置き去りにしてんじゃねぇよクソが……!!)


これはこれでまずい。
なんとかして身を隠そうと車椅子をこいでみるが、そこまで神経が伝達されていないようで、うまくこげない。
そうこうしているうち、店内から女性客が次々と出てくる。次々と。やたらと。

……見られている。すごく見られている。―――気がする。


(……なんの拷問だこりゃ)


垣根はため息をついて落胆した。



154: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 10:16:04.66 ID:0nUOcIco

――――――

しばらくしてから、初春が両手にカップを持って出てきた。
パフェのような形をしているその物体は、
およそ暗部に所属していた頃―――いやもしかしたら未来永劫―――自分が口にすることはないような未元物質Xだ。


「そこ、テラスになってるし座りましょう」

【もういい、好きにしろ】


半ば投げやりになって発信する。
初春はというと、今にも花畑に飛び立ちそうな表情で、ふんふん♪と鼻歌まじりに車椅子をおしていた。

―――頭の中までお花畑かよ。


「え? お花がどうしました?」

【なんでもねぇよバカ。……ってか思ったんだけど、その花飾り、IDとかけてんのか?】


適当に会話をつないだつもりの垣根だったが、直後、何やら不穏な空気を後ろから受信した。


「―――なんのことですか?」

【―――ッ!?】


……なんだこの空気は。

何か知らないがやばい。
聞いちゃいけないことを聞いたような、開けてはならないような箱をあけたような……!!
暗部の闇を彷彿させるような、それこそ身も凍えるような、冷たい空気。それは垣根を包むとすぐに収束した。

この圧倒的なプレッシャー、どこかで経験した覚えがある。
……!! そうか、第一位のヤローとやりあった時の……!


「はい、これ垣根さんのぶん」


気づいたときにはその空気は消えていた。
なんだ、気のせいか……。



155: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 10:26:22.24 ID:0nUOcIco

「じゃ、口開けてください」

【……は?】


座席を確保した直後、唐突に言われて固まる。


「あーん、してください。食べさせられないじゃないですか」

【なんだそりゃ? ガキあるまいし、そんなオプションいらねぇよバカ。自分で食える】

「だめです。外出してる時くらい甘えておかないと、後で寂しくなりますよ? はい、あーん」

【い、いらねぇって】


ばたばたと手をふる垣根を無視して、初春はカップに盛られていたクリームを口元に差し出した。
必死で首を振る垣根だったが、よくよく考えるとここで駄々をこねていたら逆に目立ちそうだ。

仕方なく、口を開ける。
もちろん、ピーナッツがかろうじて入るくらい、ほんの少しだけ。
するりと綺麗なカーブを描き、クリームは彼の口内へと滑り込んだ。


「おいしいですか?」

【しらん。わからん】

「あれ、そうですか? おかしいな、ここのクリームも絶品なはず」


味わってる暇なんかねぇよ、
と発信したつもりだったが、初春は携帯を確認せずに自分のぶんの未元物質Xを堪能していた。


「うん、やっぱりおいしい。―――あ」


垣根はこの後の初春の行動によって、さらにそのパーソナルリアリティを破壊されることになる。



156: ◆le/tHonREI:2010/11/06(土) 10:39:15.58 ID:0nUOcIco

「ご、ごめんなさい、クリームついちゃいましたね」

【あ?】


初春は垣根の口元に手を伸ばすと、人差し指でそれを拭い取った。
―――そして、


「はむ。……!! こっちのクリームもおいしいじゃないですか! ちゃんと味わってください!」

「;あmgrかgmbdぁ」

「え?」


―――何をやってるんだこの女は。わざとやってるのか? 天然なのかなんなんだふざけんな!?
俺は中学生に誘惑されてんのか? この俺が? ありえねぇ。 

……だいたいガキのくせにさっきから、こいつは節操がなさすぎる!
何が花も恥らう乙女だ! とんだ小悪魔じゃねぇかクソったれ!!

そんな試行錯誤もむなしく、垣根の口から発せられるのは意味不明の文字列。
隣に座る初春は携帯をほったらかして、「うーん、それでも口に合いませんでしたか?」などとほざいている。


【―――は、上等だくそったれ、そっちがその気なら俺も本気を出してやる。大人の魅力なめんなよガキ】


学園都市第2位にして元『スクール』のリーダー垣根帝督は、ついにその矛先を中学生に向けた。
―――逆算、終わるぞ。脳内では今まさに勝利の方程式が完成する直前だった。

……が。


「……あ!? わ、私、ごごごごめんなさい! そうだ、垣根さんは男の人でした! ……ち、ちちっちがうんです! そういうつもりじゃ……っ」


―――だからどっちなんだよテメェは。
彼の演算はくしくも花畑の住民に崩されるのだった。



180: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 15:12:05.49 ID:FBc85v6o

――――――

軽食を済ませた二人は飲食店を後にすると、秋の薫りが漂う町並みを歩き始めた。
学園都市は近未来的な佇まいをしているとはいえ、やはり季節の移り変わりにはそれ特有の色と匂いがある。


(―――なんか、いいな、こういうの)


初春飾利はその頭にある花飾りを季節ごとに変えているあたり、実はかなりのおしゃれさんだったりする。
彼女に自覚があるのかどうかは別として、車椅子を押しながらゆっくりと街を歩くという行為には、多少なりとも優雅なものを感じていた。


「ポカポカしていて気持ちいいですね。やっぱり季節の変わり目は好きです。春もこんなかんじですよね」

【秋も春もたいして変わらねぇだろ。寒いのか熱いのかよくわからねぇ。はっきりしろって感じだな】

「あれ、垣根さんは夏とか冬のほうが好きなんですか?」

【そういう意味じゃねぇよ。中途半端なのが嫌いなんだ。見ててイライラする】


そういう割に、時折手元から覗かせる垣根の表情は落ち着いている。
今の季節は療養にはもってこいの環境かもしれないし、彼なりにどこか心が休まっているのかもしれない、と初春は予測した。

―――実際のところは、普段触れていないものに目をやる機会があったので、新鮮さに圧倒されていたのだが。


「そうですね。たしかにどの季節が一番、とかはあんまり言わないほうがいいですよね。みんな違ってみんないいです」

【ちげぇよ。……だからぁ、テメェはなんでそうやって刺を抜くような発言をするんだよ?】

「だって、垣根さんの言い方はちょっと毒々しすぎてますから」

【……、そういう考え方が日和ってるって言ってんだ】

「――――――あ」


おい、聞いてるのかと発信したはずだが、振り向いた先の初春の視線は道端に向けられている。
……また厄介な食い物でも見つけたのか、と垣根がため息まじりに目をやったその先には、


「お花屋さん!」


やっぱり厄介なものがあった。



182: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 15:32:29.32 ID:FBc85v6o

通りに面していて、これまた垣根には似合わないようなイデタチをしている店。
同時に、この中学生が好きそうな店でもある。
視界に入るなり後ろから、「寄ってきます?」と目を輝かせて垣根を見てくる初春。

―――どう考えてもテメェが寄っていきたいだけだろうが……。
垣根は半ばあきれ気味に、だが今度は抵抗することなく店の前まで車を移動させた。
そろそろ抵抗するのにも疲れてきている。

どうやら単純な花屋ではなく、店内は花を観賞しながらお茶が飲めるカフェスタイルの店らしい。


「うわぁ、きれいです! ……この花は、えっと」

【リンドウ】


そう言って揺れる携帯を見るなり、初春は少し驚いた顔をする。―――同時に、なんだかがっかりしたような。


「……お花、詳しいんですか?」

【詳しくねぇよ。常識の範囲内だろ】

「……うう、せっかく私が説明したり、花言葉を教えたりしようとしていたのに」

【バーカ。中学生にレクチャーしてもらうほど落ちぶれちゃいねぇ】


両手を広げてやれやれ、といったジェスチャーをする垣根。
ここまでを見る限りこの中学生は世話好きで、人に何かをしてやるのを生き甲斐にしてそうなお人よしタイプだ。
たまに意地の悪いところを見せてきたりはするが、大方花で俺を癒すとか、そういうケチなことを考えていたに違いない。

初春は垣根が何やら文字にできないところで思考錯誤していることを察したのか、ふくれっつらのままリンドウを一輪だけ、手に取った。


「じゃあ知ってるんですか? リンドウの花言葉」

【ん? ……花言葉は………、えーと……だな……】



「―――悲しんでいるあなたを愛する」



初春はそう言って、一輪のまま、それでも咲き誇るリンドウの花を垣根に渡した。
―――クセがなくて甘い。
ほのかに薫る匂いは、それでいて何度も嗅ぎたくなるような中毒性を秘めていた。



184: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 15:47:29.37 ID:FBc85v6o

【……なんだってこんなチンケな花の花言葉がそれなんだ?】

「リンドウは群生しないんです。花をつけるときは必ず一本ずつ咲く」

「もっともこれは学園都市で品種改良されたものかもしれないですし、この花はどうかわかりませんが……」

【群れないってことか?】

「はい。だからこそ、花言葉がそれなんです。一人でふさぎこんでいるような、悲しみにくれる人に対する言葉ですね」


初春はそう言いながら、リンドウの花をもう一本手にとった。
座り込んで花を眺める女子の頭には、草の冠のような花飾り。
不思議な構図だ、と垣根はつぶやく。


「ほら、垣根さんも今一人で寂しいとか、つらいとか、色々あると思うんですけど……」

「こんなお花でも立派に咲いているんだし、―――あ、歌でもあるじゃないですか、ナンバーワンにならなくてもいい、オンリーワンが……」

【寝言だな】


初春の言葉は無言で遮られた。


【なんだよそりゃ。残念だが、ナンバーワンになれないやつはオンリーワンにもなれねぇよ。はい論破】

「またそういうこと言う~」


野暮な人ですねぇ、と言いたげに目を細める。垣根はというと、そんな初春を全く意に介さず、まるで演説するような態度を続けていた。


【それが真理だ。……何が、“ならなくてもいい”だよ。そんなの負け犬の言い訳じゃねえか】

「……そういう言い方はひどいと思います」

【そういうもんなんだよ。―――決まっt】


ぶち。

次には回線を引き抜く初春。
補助なしになった垣根は一瞬、電池のなくなったおもちゃのように車椅子に倒れこんだ。



185: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 16:00:57.28 ID:FBc85v6o

その後、ぷいっ、と視線をそらして、一定間隔おいてからワイヤレス受信機をはめてあげた。
“あちら側”から戻ってきた垣根は予想通り、烈火のごとく怒る。


【テ、テメェなにしやがる!? 死んだらどうすんだ!?】

「……垣根さんが風情を理解してくれないからですよっ。でも平気ですよ、本体はあっちにあるみたいだし」

【それにしたってやり方ってもんがあるだろーが!!! 下手したら人殺しだぞテメェコラ!!!】


はいはいわかってますよー、と軽くうなずいてから、初春は店内へと消えていく。
多分リンドウの花を買いに行ったんだろう。
説教臭い中学生はその他にもいくつかの花を選びながら、時折うーん、と頭をひねらせている様子がこちらからでも確認できた。


(最近の中学生は随分ワガママになっちまったもんだ。俺のときはあんなのいなかったぞオイ)

(……それにしたって、まぁ、……言いたい放題言いやがる)


―――ナンバーワン。
初春が放ったその言葉は垣根の心を別の角度から見つめていた。

ナンバーワンになれないやつはオンリーワンにもなれない。
おそらくそれは自分自身に言いたくなった。

あの日、あの瞬間まで、序列自体に対してのコンプレックスはなかった。多分。
目的はメインプランになることであって、そのための手段としてあの男に挑んだだけ。
ナンバーツーだろうがナンバーワンだろうが、他人がつけた序列なんざいつでもひっくり返せると確信していた。
だからこその執着のなさ。それゆえの余裕。プライド。反抗心。

……それが蓋を開けてみたらどうだ。
自分はあんな中学生の手を借りなければ散歩もできないし、相手にもしていなかった無能力者以下のクズに成り下がっている。
こんな自分を慰めてやることなどできるわけがない。
オンリーワンと言い張るだけの材料もない。覚悟も、決意も、―――情熱も。


(……まだ夢見てやがるのか? 馬鹿め、お前はとっくにチェス盤からはじかれてる)


自嘲するのも慣れてきたな、と垣根は無言で吐露していた。



186: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 16:22:46.56 ID:FBc85v6o

それからしばらくして店内から初春が出てくる。
今度はそんなに手間取らなかったようだ。小包を手に抱えて―――踊りだしそうな表情をひっさげて―――垣根の車椅子を押し始めた。

ニコニコと笑いかけてくる。垣根としてはどうやって返していいかわからないので、【さっさと行くぞバカ】とだけ文字で答えた。


「綺麗な花はいっぱいあったんですけど、だめですね、今見てたら時間とっちゃいそうです」

【別に待ってるだけなら平気だけど】

「でも、垣根さんがいい子にしてられるか心配ですから」

【……お前の中で俺はどんなキャラなんだよ】

「いたずらっ子です。……それにしても髪、のびましたね」


だから話を聞けよ、という前に初春が垣根の髪を触った。
なでられているようでくすぐったい。
やめろといってもどうせこのバカは聞いちゃいねぇだろうと考える一方で、「はいはい好き放題さわっていいですよー」、と発信するのも癪だったので、適当に会話をつないでおいた。


【そろそろまた、染めなおさねぇとな】

「あれ、これ地毛じゃないんですか」

【ちげぇよ。俺は純粋な日本人だバカ】

「じゃあ私、今度そめてあげますよ。染色剤もどこかで買ったらよかったなー」

【……テメェ、本当はわかってやってねぇか?】


自分のペースでどかどかと話を進める初春。どこかかみ合ってないような気もするが、これはこれでお互いのポジションが確立しているといえそうである。
一路は繁華街を越え、人通りの少ない道へと差し掛かっていた。

並木道ではあるが、ビルが影になっていて雰囲気は一変している。



187: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 16:37:54.38 ID:FBc85v6o

「こういう道もどうですか? にぎやかなのもいいですけど、これはこれで落ち着きますよね?」


落ち葉がひらひらと一定の間隔で落ちる。

そよ風や波の音の中には、人を和ませる効果のある周波が含まれているらしいが、たぶんそれはこの音にも存在しているのではないだろうか。
さっきは花を見て目を保養してもらったし、今度は耳を癒してもらおう。

初春の頭の中には、病院を出てから戻るまでの一連の散歩道が用意されていた。自慢げに歩きながら感想を垣根に聞く。
感想はどんなものでもかまわない。コミュニケーションが大事なのだ、と自分に言い聞かせて。

さきほど買った、進行の邪魔になりそうな花束は垣根の膝の上に置かれていて、これならば今までたまっていた分のストレスも解消されるだろう、と踏んだのである。


―――と。



【初春、鏡持ってねぇか】



「え?」

急に投げかけられて戸惑う。
鏡なんて何に使うのだろう。


【悪い、ちょっと顔の表情が気になってよ。ひさびさに人前に出たから。変じゃねぇかと思って】

「あ、なんだ、そういうことですか。……えっと、はいこれ」


このタイミングで鏡をねだられるのは想定外だったが、垣根もまだ少年といっていいくらいの年頃に見える。
男の人のことはよくわからないけど、案外女の子よりも外見を気にする節があるのかもしれない。


(今のままでも十分かっこいいけどなー)


と、初春が手鏡を差し出した後に思ったことはさすがに誰にも知られていないが。



188: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 16:49:20.17 ID:FBc85v6o

【やっぱりな】


鏡を見つめてからしばらくして、そんな文字が浮かび上がった。
もしかしてアレがばれたか、と思ったがそうではないらしい。


「ど、どうしました? 顔なら変じゃないですよ、ぜんぜん」

【初春。振り返らないでそのまま押せ。後ろは絶対見るな。あと―――ビルがあったらどこでもいいから入れ。歩調はそのままで】


急に饒舌になった垣根に戸惑う初春。
振り返らないっていうのはどういう意味だろう、と推察してすぐに、垣根が言いたいことに気づいた。

何を隠そう、彼女も一応、ジャッジメントである。


「……尾行?」

【多少雑だが、それなりに訓練されてるやつだな。素人相手じゃ気づかれねぇだろうよ】

【暗dagぶdgaの連中? いや、今更俺に用はないはず。それに統gdag事会は俺を捨てたといっていた。だとしたらどこから沸いてでた虫だ】


何やら意味深な単語が出ているようだが、まだカバーしていない単語らしい。
初春は心臓がぎゅっとなる、ピンチのときに特有な感覚を覚えた。
歩調をかえずに、それでいて慎重に道を進む。


「アンチスキルに連絡しますか……? もしくはジャッジメントに応援を」

【いらねぇよ。この程度なら簡単に巻ける。いいから言う通りにしろ。鏡、ありがとな】


そういって鏡を投げる垣根。
これで後ろを確認していたのか。あまりにも手馴れた動作に違和感を覚えた。
わかってはいたけど、この人は―――今まで一体どこにいたんだろう。



189: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 17:13:02.34 ID:FBc85v6o

初春はとりあえず目に入った建物の中で、自分たちが入っても平気そうなところを瞬時に選びとった。
決して焦らず、急いでいる素振りを見せないようにビルの正面から堂々と中に入る。

そのビルの下層は飲食店やブティック、上のほうは何かの研究施設になっていて、慌しく動く人々が目に映った。

垣根はさっきから一言もしゃべらない。
携帯電話には何の文字も浮かばず、それが逆に何か大事に巻き込まれるんじゃないかという、妙な想像力をかきたててしまう。

―――あのときみたいなことになるのかな。

右肩がまた、うずく。
今は自分にそれを経験させた張本人を介護している初春。
不思議な組み合わせに、彼女でなくとも危機感は隠しえない。


【いいとこ選んだな。……、あそこの角を曲がった先にエレベーターがある。入ったら奇数階のボタンをすべて押せ】

「えっ、ど、どこに降りるんですか? というかなんでそんなこと……」

【即席ですまねぇがフェイクだよ。表からだと死角になってるが、ここは5階から渡り廊下で反対側のビルにいける構造になってる】

【その前に誰か乗ってきたら、俺を言い訳にして同乗させるのはよせ。―――降りるときはドアの閉まり際に降りろ】


やっぱりやけに手馴れている。
まるで今までも何回かこうした状況を経験していたような。

―――そうだよね、こんな状態になるくらいの環境に、身をおいていた人だもんね。

反芻していると垣根に、【余計なことは考えるんじゃねぇ】といわれた。


【テメェは何も考えなくていい。黙って言われた通りにすりゃ愉快な散歩が再開できるからよ】

「……、愉快なのは私だけですか?」

【さぁな】


乗り込んだ先のエレベーターに同席する人物はいなかった。
尾行人も、見た限りでは視界に入らない。



190: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 17:32:04.15 ID:FBc85v6o

がたん、ごとん。

見かけのわりにエレベーターはかなり老朽化していた。
どうにも円滑さにかけた音が箱の中で響いている。

がたん、ごとん。


「……垣根さんって」

【俺の昔話が聞きてぇか? ま、テメェには借りがあるから別にいいけどよ】

「……別に、恩を売ってるわけじゃ……」

【恩かどうかは知らねぇが】


自分が今日こうして垣根をつれて、街を歩いたのは純粋な気持ちからだ。
あのときに肩をはずされて、そこに目をつけて、恩を売って、―――別に私はものが欲しいからこんなことをしているわけじゃない。

壁と向き合う垣根の表情は見えない。壁に鏡はついていなかった。

―――障害者用のエレベーターになってないってことは、やっぱり古いんだな、ここ。


【簡単にいうと、すっげぇ悪ぃことをしてた。多分テメェが知ったら卒倒もんだ】

「……それは……なんとなくわかります」

【人をぶっ殺したこともある。それも一人や二人じゃねぇ。どうだ、失望したか?】

「……!」

【は、ムカついたなら好きにしていいぜ。とっくに覚悟はできてる。なんならこのビルから突き落として―――】


パンッ! 

破裂音が狭い箱の中に響いた。
乾いている割に耳の奥まで届く、粘着力を伴った音である。



191: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 17:45:59.46 ID:FBc85v6o

垣根は頬を叩かれてからも特に変わった動作をする様子は見せなかった。
逆に叩いた初春のほうが、はっとなる。


「ご、ごめんなさい! ……痛かったですか?」

【別に】


文字を見るなり、初春は罪悪感に苛まれてしまう。
ただでさえ自由に動けない人に、なんで鞭を打つようなことをしてしまったんだろう。
私は一体何様のつもりなのだ。これ以上彼を追い込んでどうする。
―――でも。


「……正直、その……びっくりしましたけど………私はだからといって、垣根さんを……その……」

【無理すんな。言っただろ。俺は人殺しで無能力者で、つまるところ生きてる価値のねぇ最低のクズだ】

「……でも、たとえ垣根さんが今そう思ってるとしても、自分の命を軽んじていい理由にはなりません」

【なるね。俺みてぇなクズはぽっくり死んじまった方がいい。そもそも意識すらデータ化されて曖昧なんだ、今更死んだところで】

「なりません!!」


反響した声に答える文字はない。


「私が怒ったのはそういうとこなんですよ? 
 もし垣根さんが殺めてしまった人たちのこと、少しでも気にとめてるならそんな言い方はできないはずです。
 だからこそ、垣根さんは罰を受けたんじゃないですか? それをこれから償っていくんじゃないんですか? そのためにこうして―――」

【じゃあ俺は本当にくさってるんだな。償おうって気持ちよりも、さっさと楽になりてぇと思ってる。殺したやつの顔なんざいちいち覚えてねぇよ】

「…………」


ドア開いてるぞ、さっさと降りろ。初春はそれに答えることなくエレベーターから降りた。
重い空気はそこに残していきたいはずなのに、どうにも二人にまとわりついて離れない。



192: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 18:07:14.84 ID:FBc85v6o

――――――


【おい】


渡り廊下を通った先のビルから出た通り。
さっきまで歩いていたところよりも更に暗い場所だった。

こういう所のほうが自分には似合っている気がする。
垣根は無意識にそう感じたが、それは言語化されることはない。

初春飾利はエレベーターの中のやり取りから黙っていた。


【なんかしゃべれよ。間がもたねぇだろ】

「………、…………、…………、ナンカ」

【……、テメェはどこのクール気取ったスケだよ。ゲームの台詞でもいまどきねぇぞ、そんなの。すねてんのか、ガキのくせに】

「別に、そういうんじゃないです」

【めんどくせぇやつだな。テメェが聞きたいっていうから話したんだろ。俺に当たってんじゃねぇよ】

「だって、垣根さんの言い方ってなんか、冷たいんですもん。愛がないです、愛が」

【そういう言葉は俺以外のやつにとっとくんだな】


誰のせいで会話が続かないんですか、といいたい気持ちを抑えて、初春は車椅子を押し続けた。
さっきまではのどかに感じていた秋の風が、なんだか寂しげなものに変わっている。
街は夕闇を受け止める段階に入っていた。

秋の夕暮れがこういう形で心に響くのは、正直願い下げである。


(―――私が子供なわけじゃないよね、これは)


薄暗い路地のせいだ、と勝手に理由をつけて、初春は黙々と運転を続けていく。



193: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 18:20:32.24 ID:FBc85v6o

どうやら尾行していた人物はうまく巻けたらしい。
垣根が何も言わないところからしてそうだろう。


―――自分たちをつけていたのは誰なのか。


垣根のメッセージを解読することはできなかったが、察するに心当たりはなきにしもあらず、といったところか。

たとえば昔所属していた組織の誰かとか。
あるいは学園都市の研究員とか。
いやいや、もしかしたらアンチスキル? 
悪いことしてるっていってたし、前科がどうとかって……


【おい】


がたんっ!!


「きゃっ!?」


ぼーっとしていた初春はうまく前を見て進行することができていなかったようで、気づいたときには障害物か何かに衝突していた。
刹那、それは壁か電柱か、下手をしたら清掃ロボットかと推測する。

……が、どれも違う。

彼女が押した先にいたのは、


「いてえじゃねえかよ……」


見るからに人相の悪い、ああ、なるほどと言わしめる人々。
それは垣根のような存在とはまた違った悪臭を放つ生き物。
初春も仕事上何回か遭遇したことがあり、そのたびにいい想いはしていない。


この街ではそれらをまとめて―――スキルアウトと呼ぶ。


なんだってただの散歩をしているはずなのに、こうも悪い出来事ばかりに遭遇してしまうのか。
この不幸は自分のもの? それとも垣根のもの?

どっちかと考えようとして、やめた。
そんなことはどうでもいい。―――なんとかしなきゃ。



194: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 18:34:26.42 ID:FBc85v6o

「わ、私は、じゃ、ジャッジメントですっ! 手荒なまねをするなら……!」

「はぁ? 手荒なマネをしたのはそっちだろうが? けっ、こっちを見るなり悪党扱いはやめてくれよ、差別だぜ? なぁ?」


男が目配せをした先にはやはり似たような少年たちが数人。
おそらく仲間だろう。初春は車椅子の取ってを握りしめて、警戒する。
自分は前衛タイプではない。応援を呼ぶか、否か。

頭の中で展開を予測しているうちに、ゾロゾロと集まってくる少年たち。
初春が口を開く前に、激突した男が胸倉をつかんできた。


「う……ぐ、くるし……」

「あぁ悪い悪い、ジャッジメントってのは脆いんだな? 
 ……つかよ、ぶつかったらまず謝るのが筋じゃねえの? 風紀委員のくせに頭の下げ方しらねえのか?」

「う……」

「さっさと謝れよ」


謝ろうにも間接的に首が絞められていて、声が思ったように出せない。
初春はそれでもしぼりだすように、なんとか声を喉から発信しようとする。


「ご……ごめん…なさ…ぃ…………」

「あ? きこえねえな? はいもう一度おっきな声でぇー?」

「……う……げほ…ご………ごめんなさ……」


かすれた声で続ける初春だが、どんどん声は小さくなっていく。
ははは、こりゃ小心者のジャッジメントがいたもんだ、と大声で笑う少年たち。

そして、


「……あ?」


次には垣根帝督が男の腕をつかんでいた。



195: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 18:46:52.62 ID:FBc85v6o

「なんだお前? ふざけた格好しやがって、お散歩中でちゅかぁ?」


当人の垣根は無言で男を睨みつけ、それ以上は何もしない。
腕をつかんだまま、刺すような視線を保っていた。

興味が垣根に向いたのか、男は初春の胸倉から乱暴に手を離すと、今度は手術服の胸のあたりをつかみはじめた。


「おい。どうなんだよ」


返事はない。代わりに投げつけられるのは刺すような視線。
何が言いたいのかはわかるような、わからないような。

ただひとつ、反抗的だということははっきりとわかる。


「……! どうだって……聞いてんだよ!!!!」


男は垣根の胸倉をつかんだまま、その体を車椅子から放り投げた。
療養中だった垣根の体はやはり軽かったようで、簡単に2~3Mは遠くに投げつけられる。
抱えていた花束はその場に散らばってしまった。

近くにあったゴミ袋につっこむ垣根の様子を見て、男たちは大笑いをしている。


「垣根さん!!!! ……!! これ以上何かするつもりなら、一人残らず連行しますッ!!!」

「おー、こえーこえー。じゃ、めんどくさくなる前にとんずらこきますか」


引き際を察しているあたり、こういったことは常習らしい。
最後に一言、


「あ、それと謝られてないんで、これでチャラな」


と垣根を乗せていた車椅子を足で蹴り飛ばして、男たちは夕闇に消えていった。
後にはやはり、重たい空気が残る。
たちの悪い台風だ、と初春はとっさに連想した。



196: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 18:57:25.95 ID:FBc85v6o

「大丈夫ですか? 怪我とか……、受信機外れたりしてませんか?」


携帯電話を拾った後、駆け寄って垣根の体を支えようとする初春。
それとほぼ同時に手元の携帯が振動する。

映し出された文字は、【触るな】。見た瞬間に固まってしまう。

垣根はゆっくりと体を両手で支えながら起き上がり、車椅子の方向に這っていく。
あまりにも痛々しくて見ていられず、初春はメッセージを無視して肩を貸してあげた。
反抗する様子はない。


「……あの人たち、今度なにかあったら絶対許さないです」

【あいつらが悪いんじゃねぇ】

「え?」

【俺が無能力者のくそったれだから、悪いんだ】


いうにことかいて何を、またそういう言い方して、さっきあれほど。―――色々いいかけて、やめた。

なぜって。
なぜって言われたら。


【笑えてくるだろ?】

【情けなくて、―――笑えてくるんだよ】

「………、…………、……………、……………………うそつき」

【うそじゃねぇ】


「じゃあ、

   ―――なんで貴方は泣いてるんですか?」


垣根帝督の頬を伝ったそれは、夕日に照らされてきらきらと光っていた。
表情は崩れてはいない。淡々と流れる涙の雫。
初春はもらい泣きしそうになる感情をなんとかおさえて、車椅子まで彼を連れて行く。



197: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 19:16:03.54 ID:FBc85v6o

車椅子に座らせてから、体についた埃やゴミを払ってあげる。
垣根の瞳は焦点が定まっていなかったが、何を見ているかはなんとなくわかった。
多分それは昔見た光景か、今見た光景か、もしくは、つかむことのできない何か。


【俺は悪党だが、たいていの場合、小物は見逃してやることにしてたんだ】

「………」

【あいつらを見たか? ぶん投げただけで帰りやがった。興味がなさそうに。それこそ小物を見逃すように。この俺を】


座っている垣根の正面で、初春は涙をぬぐっていた。
おそらく垣根自身、泣いていることに気づいていなかったのだろう。
言わないほうがよかったのかもしれないが、たぶん感情はぶつけたほうがいい。
それは涙という形だけでぶつけるには、少し大きすぎる問題だから。


【さっきはあんな言い方したけどよ】

【……こんな体じゃオンリーワンにもナンバーワンにもなれねぇ。枯れた花だ、俺は】


初春はその言葉を聞くと、涙を拭く作業を中断してから、静かに垣根の手を取った。
あいにく彼の手は冷たくなっていて、保温効果は効き目がなさそうである。
代わりに初春自身の体温を伝えてあげることしかできない。
手をとられた垣根はその焦点を初春に合わせて、まっすぐに彼女の瞳を見つめている。


「大丈夫ですよ」


携帯には、何が大丈夫だっていうんだ、と文字が浮かんでいたかもしれない。が、どちらにせよ初春が言うべき言葉は彼女のなかで決定していた。


「だってその花はこんなにがんばって、

         ……―――光を吸収しようとしてるじゃないですか」


ぎゅっ、と手にこめる力が強くなる。
垣根は一瞬何の反応も示さなかったが、少し間をおいてから、同じように初春の手を握り返してきた。


「それでも無理なら、私が水をあげます。貴方に光をあてて、暖めてあげますから、―――だから、大丈夫です」


彼からのレスポンスはそれっきりだった。初春は散らばった花束を集めてから、元通り車椅子を押し始める。
病院への帰路は行きよりも少しだけ、長く感じた。



201: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 21:16:17.26 ID:FBc85v6o

――――――

初春はそれから病院につくまで、自分の仕事の話をしていた。
ジャッジメントという組織について。
自分がそこでしていることについて。
同僚の話、失敗談、嬉しかったことや楽しかったこと。

それに耳を傾ける垣根は、たまに一言二言返してくるだけだ。
なんとか言葉の切れ端を拾って、どうにかこうにか会話をつないで、やっとのことで病院にたどり着いた。

スキルアウトともめてからここまでは何事もなくやってこれたので、垣根の情緒も多少は安定しただろうか。

文字に浮かぶだけでは正直、人の思考のすべては判断できない。
垣根帝督という男は素直ではないので、尚更だ。


「はい、つきましたよー。お疲れさまでした」

【おう】

「お花、大事にしてくださいね」

【やっぱりこれ、俺が持って帰るのかよ】

「当たり前です。垣根さんのすさんだ心を癒してくれる素敵な仲間たちですよ♪」

【……、俺は花じゃねぇ】


初春はかまわず、出発したときと同様に、ふんふん♪と鼻歌まじりに病院の入り口へと椅子を進めた。
辺りはすっかり日も暮れてきていて、これ以上はバッテリーももちそうにない。
いい気分転換になったかな、と初春は垣根に感想を聞きたくなったが、それを聞いてしまうのは野暮というものだ。

だいいち、こういうものは見返りを求めていい類の行為ではない。
本人がいい想いをしてくれたならそれでいいのだ。
―――少なくとも、今は。


【なあ】


入り口に差し掛かる直前、垣根は頭をかきながらそんなことを発信してきた。



202: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 21:27:38.33 ID:FBc85v6o

しかし発信させられたのはそれだけで、それ以降何か情報を受信する様子はない。

―――ははん。

これまで彼に接したうちの経験則から、初春は垣根がおそらく考えているであろうことを先読みする。


「心配しなくても、また来ますよ」


垣根は言葉を聞くなり、また肩をびくっ、と反応させた。
図星をつかれたときの彼の癖だろうか。
初春はとっさにさっきまでの殺伐とした状況と今を対比してしまい、おもわずくすりとふきだしそうになった。


【……誰もそんなこといってねぇ】

「そんなことってなんですか?」

【は? いやだから、また散歩とか……】

「? 私が言ったのは病院に、って意味ですけど? ……あれ、ひょっとしてお散歩、楽しかったんですか?」


垣根はしまった、といわんばかりにこちらをゆっくりと振り返ってきた。
顔には呆れたような表情が浮かぶ。
初春、このやろう、と今にも言い出しそうなそぶりである。

                           
【………、テメェ、本当は俺の考えてること、“それ”なしでもわかってんじゃねぇか?】

「えへへ。そうだったらもっと垣根さんに意地悪できちゃいますね」


勘弁してくれ、いじられるのは柄じゃねぇ、と返されたが、初春は別のことを想っていた。

―――よかった、楽しんでくれてたのか。
途中色々あったし、気まずくなっちゃうこともあったけど、もう一度って考えるってことは楽しかったってことだよね。

そう考えると介護する側の冥利につきるというものだ。
垣根に意地悪をするのは嫌いではない。なんだかそれはそれでコミュニケーションが取れてるような気がするから。
初春は仕込んでおいた仕掛けを見て、にやりと笑ってしまう。


(……いつ気づくのかなー)


スロープになっている部分を渡りながら、初春は心の中でそっとつぶやいた。



204: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 21:37:45.44 ID:FBc85v6o

「初春っ!!」


不意に後ろから呼び止められる。
スロープを登りきって、これからようやく院内に入るところだった。


「あ。……し、白井さん……に、佐天さん……?」


今度は自分がピンチである。

そういえば喫茶店から抜け出した後、支払いは一切していなかった。
どこに行くかの連絡も。
携帯電話の方も、垣根の翻訳プログラムをつけっぱなしにしていたので、もしかしたら散々自分を探していたのかもしれない。

うう、と罰の悪そうな顔をして、白井と佐天を見つめる初春。


「まったく! わたくしたちを置いていったのもそうですが、こんな遅くまで連絡なしに何をしていらしたんですの!?」

「ういはるぅー! 一言くらい言っていけよなぁー。心配して白井さんと捜査網展開しちゃったよ」

「ああ、もう門限が……だから貴女は本当に……仕事中にゲームはするし……、先輩にも言いつけて……、先が思いやられますの……」


ガミガミと文句を垂れる白井だったが、今回はさすがに自分が悪い。
いつの間にか周りが見えなくなっていて、連絡するのも忘れていた。
白井が怒るのも無理はない。


「ご、ごめんなさぁい……」

「ごめんなさいで済んだらジャッジメントはいらないですのよ!! 本当に貴女っていう人は、いつまでも子供というかなんというか。
 ……ん? 初春、その殿方は?」


視線の先にいるのは、にやにやと笑っている垣根帝督。
どうやら自分が怒られている様子が楽しいらしい。


【ほら、俺はもういいから行けよ。パソコンは没収しとくぞ。ガ・キ・ん・ちょ】


言われてカァァ、と顔が赤くなるのを感じた。―――そして、佐天が横目でこちらをにやついた表情で見つめているのも。


「へえー。……ほほう」



205: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 21:54:52.55 ID:FBc85v6o

「ちっ、違いますよ!? 何ですかその、『女子中学生は見た!』といわんばかりのにやけ顔はっ!?」

「あたしまだ何も言ってないんですけどー? ……しかし初春があたしたちを振り切ってそう出るとはねぇ。うーん、お姉さんちょっと複雑かも」

「……ぬぁるほど、どうもおかしいと思っていましたの。
 そういえば喫茶店にいるときもなんだか様子が変でしたし。……初春はわたくしたちをほっぽりだして殿方と密会してたんですのね」

「み、密会ってなんですか!? ちゃんと堂々としてました!! 別にやましいことなんか……、ほ、ほら垣根さんも何か言ってくださいよっ!!」


話をふると、垣根は自分の喉下をおさえて口をパクパクさせていた。
携帯を確認したところ、表示されたのは文字列。


【そうしたいのはやまやまなんだが、いかんせん日本語が使えねぇもんでな^-^】



ご丁寧に顔文字までついている。



…………。

―――そ、そういうことばっかり自分の状態をうまいこと使って!!


「まあそれなら仕方ないっちゃ仕方ないかぁ。白井さーん、この様子だとあたしたちの話ぜんぜん聞いてなかったんじゃないですかー?」

「許すまじですの。まるでお姉さまがあのアウストラロピテクスに毒されている様子を生で見ているようですの……!! ふ、ふふふ、ふ」

「どうしてそうなるんですか!? わっ、私はですね、健全な気持ちでこの人の看護をですねぇ!! と、とにかくちょっと待っ……」

「初春? 今日はもう遅いから見逃してあげますけど、明日以降――――――ひどいですのよ」

「な、何で……何でですかぁー!!」


……なんだか話がごちゃごちゃしてきた。



207: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 22:04:00.66 ID:FBc85v6o

とりあえず収拾をつけねばと思い、車椅子を押そうとしたところ、

―――そこには秋の風がふくだけ。


(あれ?)


垣根帝督の姿はどこにもない。混乱した頭で携帯を開くと、





【パソコン、また今度取りに来い。

     ―――それまで“いい子”にしてろよ、中学生】





皮肉たっぷりのメッセージがそこにあった。
そうか、自分で押して中に入ったのか。もう少し話をしたかったが、こうなっては仕方がない。


(……先生にも色々言いたいことあったけど、また今度でいっか)

「何をシメに入ってますの? 帰り道、しっかりくっきりじっくりと、今日の詳細を聞かせてもらいますのよ?」


えっ、と焦る初春の両手は、二人の親友によってがっちりと捕まれていた。


「ほらほら、こういうホットな話題はみんなでシェアするべきだろー? 御坂さんにも連絡しなきゃ」


やめてくださいー! と叫ぶ初春の声は地球上のどこにも届かず、秋風に乗せられて流れていってしまう。
ゆっくりと流れた時間はこうして幕を閉じた。
その後、その馴れ初めから現在の状況まで、誤解を解くのに初春が必死になったことは言うまでもない。

依然、物語はまだ始まったばかりである。


………

……





208: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 22:19:47.99 ID:FBc85v6o

                                  ※

車椅子を押して院内に入った垣根帝督は、今日の出来事を思い返していた。
もちろん考えていたのは花屋のことでも、未元物質Xパフェのことでも、スキルアウトのことでもない。

―――尾行していた、『誰か』について。


(ゴロつきじゃねぇことは確かだろうな。あの様子じゃ俺が病院から出てすぐに張り付いてたのかもしれねぇ。
 初春のバカに気をとられて気づけなかったか)

(ま、あんなので振り切れるようじゃそもそも話にならねぇが。―――どこの馬鹿だ、スクラップに興味を示す産廃業者は)

(……、暗部のスジはなさそうだし、下手すると接触したことのねぇ第三者か?)

(どっかの物好きの研究者? 俺の情報が流れた先で再利用を考えるのはそこらへんしかねぇ。顔おがんで殺してやりてぇが―――無理だな)

(……それにしても張り付き方が気になる、中途半端なんだよな、色々と。初春がいなかったらもっと接近してきたのか?)

(あるいは―――、様子を見てただけ? 何のために? 今更回収ってわけでもないだろうに)

「あら」


病室へのエレベーターをあがろうとしたところで、見覚えのある顔に出会う。
といっても彼が見知った中で記憶にある女性は数えるほどもいない。

ましてや気軽に話しかけてくるような女は、こいつだけだ。


「生きてたのね。入院先はここなの?」

                                  メジャーハート
ドレスを身にまとう14歳くらいの少女のコードネームは『心理定規』。

旧友とまではいかない。
一時仕事を共有した相手。それだけの女。



212: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 22:38:48.68 ID:FBc85v6o

「それ、素敵なドレスね」


手術服をさして言ってきた。皮肉のつもりだろうか。
別に何とも思わないし、相手もそのつもりだろう。

それよりも、垣根は初春に端末をコピーさせてもらうべきだったと後悔した。
暗部組織にいて、かつあの抗争を切り抜けた人物はそうそういない。
もし会話ができたら、聞き出せそうなことは山ほどある。

そんな垣根をよそに、ドレスの少女は表情を少しも変える様子はなかった。
車椅子になった垣根を見ても、コメントは一言二言だけ。


「……不自由になったのは体だけじゃないのかしら? それでもまぁ、マシな方かもしれないけれど」


無言で頷いた後、口元にチャックをする動作をした。
心理定規はそれを見ると、かすかに微笑み、言葉を紡ぐ。


「それは大変。―――直接交渉権の話は、もうあきらめたほうがよさそうね」


両手を広げて肩をすくませる。
そういえばそんな話もあったな、といわんばかりに。


「すっかり時の人よ、貴方。そうだ、いいことを教えてあげましょうか。二つほど」


体をエレベーターの脇によせて、垣根は情報を受信する態度を示した。
心理定規の話し方は昔からこうだ。
どうにもこうにも食えない、わけのわからん世界の住人である。


「暗部の世界では貴方、もういなかったことになってるの。かくいう私も、これから再編成された新しいチームの一員よ」


それくらいはすぐ予想できる。
この女の能力は特殊で、駆使すればどこにいっても通用するだろう。
垣根は続けろ、といわんばかりにあごをしゃくった。



213: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 23:01:28.92 ID:FBc85v6o

「覚えてる? あのときやりあった、あの男。いたじゃない、私たちに勇敢に立ち向かってきた、王子さまみたいな無能力者」


―――いたっけ、そんなやつ。あまり記憶にないが、言われてみればそんな男がいたような気がする。


「相変わらず薄情ね。その人、あの第四位を追い詰めたのよ? 前に話したでしょ?
 あれと組むことになったの。貴方がボコボコにしたあの女の子、絹旗最愛も一緒よ」


ああ、そいつは覚えている。最後の最後で誇りを取った間抜けか。見逃しておいてよかったのか悪かったのか。
心理定規の転職先を考えると、結果的にはこの女のためにはなったようだが。


「そう。あの抗争を潜り抜けた残党を集めて、まぁようするに寄せ集めね。その新チームが今度発足するらしいわ。
 ……長続きはしないんじゃないかしら?
 先のことだからいまのところ、私たちの直接の上司になる女からは何もでていないんだけれどね。
 ―――どうやら学園都市の上層部は、彼―――浜面仕上を始末する方向で話が進んでいるらしいの。
 いっておくけれどこれは私が勝手に調べたことよ。ソースは聞かないでね、消されちゃうから」


聞こうにもしゃべれねぇよ、とジェスチャーで伝えたが、伝わったかどうかはわからない。


「何を持って始末しようとしてるのかはわからないし、正直あの男に何ができるのかも未知数。けど、それと平行してつかんだ情報があるの。
 ―――ねえ、貴方巷では冷蔵庫って言われてるのよ。ふふ、随分皮肉ったネーミングセンスよね。誰がつけたのかしら?」


冷蔵庫? ふざけんな。何を根拠にそんなことを言いやがる。馬鹿にするのも大概にしろ。おい言った奴出て来い。
俺のどこに冷蔵機能がついてるってんだ……と、脳内で文句をたれまくる垣根。―――まぁ、たしかに、意識自体はでっかい箱の中に閉じ込められてるが。


「何が言いたいかっていうとね。
   
  …………、貴方の体は学園都市のどこかに『回収』されている」


―――は?


「正確には、“回収されていることになっている”。
 脳みそは三つにわけられて、内臓をおぎなうために大きな装置を取り付けられた状態。
 想像できる? 私には無理だったけれど」


できるわけがない。なぜなら自分はここにいる。
―――そんなデマがなぜ流れる? 落ち着きを取り戻したはずの垣根の思考はぐらぐらと揺れはじめた。



214: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 23:17:37.29 ID:FBc85v6o

「この情報は浜面仕上の抹殺というプランに付随して出てきたもの。第四位ならともかく、なぜ貴方の名前がでてくるのかしら?」

「そしてなぜ貴方はここにいるの? 『回収』されたというデマが流れるのは? その目的は? 気にならない?」


ならないはずがない。
この女はわかっていて情報を流しているのだろう。
続きを、と視線を合わせたところで、ドレスの少女は顔をこれでもかというくらい垣根に近づけてきた。


「……動けない貴方も素敵。だけど、今日はここまでかしら。―――たぶん、私たちの接点も」


次には自分の唇に指をあててから、それを垣根の唇へと移す。


「私からのお見舞いはこれくらいしかできないわ」


それだけ言うとドレスの少女は振り返り、出口に向けて歩き出した。

情報は二つと言っていたが、残りは自分で探せということだろうか。
食えない女。隙がない。心の距離を操作することができるのは、彼女の性格が影響してる気がした。


「―――あ、ごめんなさい、もうひとつ忘れてたわ」


わざとらしく付け足してから、彼女はこちらをもう一度見た。そして、


「それ、似合ってるわよ? メルヘンな貴方の容姿に磨きがかかったんじゃないかしら」


くすくすと笑って手を振る心理定規。何のことだと思い直して、エレベーターに乗り込んだ。
そして気づいた。ここのエレベーターは鏡がついている。
……初春。初春飾利。次あったらとりあえず殴る。

垣根の髪の毛の頂上付近に、かわいらしい花柄のヘアピンがとめてあったのである。
ピンク色。何の花かは知らないし、知りたくもない。


……―――それにしても髪、のびましたね。


あのやろう。むしりとるようにそれをはずして床に叩きつけようとしたが、なぜかそれは垣根の手元に残ったままだった。



215: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 23:32:28.49 ID:FBc85v6o

――――――

病室に入ると、木山がパソコンをいじっていた。
垣根に気づくと首をかしげて、垣根が持つ花束と、彼の頭部を見つめてくる。


「……それは君の趣味か?」

【んなわけねぇだろボケ。殺すぞ】


パソコンに文字が表示される。
……、この女、結局見ていたんじゃねぇか。たちの悪い科学者だ。
そもそもこの町でまともな科学者なんか見たことはないが。


「なぜはずさないのかは置いておくが。どうだった、ひさしぶりに出てみた外は」

【初春に振り回されて終わった。あとは胸糞悪い馬鹿どもの相手をしただけだ。別に報告することはねぇ】

「あるだろう。尾行されていたんじゃないのか?」


しっかりと発信されていた情報は読み取っていたようで、木山は頬杖をつきながら垣根を凝視する。


【……、たいしたことじゃねぇよ。難なく振り切ったし】

「だが報告はしっかりしてもらわないと困るな。君は患者なんだ」

【テメェは医者じゃねぇだろ】


無視して車椅子からベッドへと体を移す。
どうにか木山の手は借りずにできそうだ。これからは多少なりとも自分のことは自分でこなしていきたい。


「―――他にもいろいろ、見知ったことはあるようだが」

【もったいつけねぇでさっさと話せ。どうせ俺の思考回路は筒抜けなんだろが。抵抗したりしねぇよ】


どかっ、とベッドに倒れこんで垣根は目を閉じた。



216: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 23:42:34.24 ID:FBc85v6o

「君から話してくれるのが一番助かるんだが……、そうだな。まず暗部とは何だ?」

【学園都市の裏にひそんでる組織の総称だ。俺が以前所属していた】

「今は?」

【商売あがったりだよ。見てわかるだろ。使い物にならなくなったおもちゃを集めるところじゃねぇ】



「……回収、というのは何だ」

【さぁな。どっかの馬鹿が流したデマだろ。俺は脳を三等分されて“冷蔵庫”になってるんだとよ】

「それはどこに保管されているんだ?」

【知らねぇし、実際そんなことありえねぇだろ。……、だが、俺の能力がやつらに利用されているかもしれねぇってのは、あんたでもわかるよな】

「………」

【んで、よくわかんねぇんだが、俺のデマはとある男の始末に関係してるんだとよ。ここの病院の患者じゃねぇのか、そいつ】

「名前は?」



【えーとなんだったかな。うま……うまづら? いや違う。はま……づらだっけ】




「調べてみよう」

【へいへい。もういいか?俺は寝るぜ。ガキの相手してて疲れてんだよ】

「かまわない。それなら私も出て行こう」


ノートパソコンを抱えて部屋から出る木山。
垣根は横目でそれを見ながらふと思った。それは初春のPCじゃないのか。
―――が、考えをまとめる前に睡魔が襲う。深い眠りが手招きをしているようだ。
騒々しい彼の一日は、こうして幕を閉じた。

………

……





217: ◆le/tHonREI:2010/11/10(水) 23:53:45.80 ID:FBc85v6o

                                 ※

木山は部屋の外でパソコンを抱えたまま、顎に手をあてて試行錯誤していた。


(―――以前の暴走実験と何か関係があるのか)

(彼の意識が電子上のデータになってしまった経緯も、そこに?)

(尾行していたのは彼が考えたとおり、物好きの科学者というセンが一番筋が通る)

(……だが、それでもどうも釈然としない。そもそも彼の情報はそこらの能無しには漏れていないはず)

(だめだな。私のIDでは手に入る情報に限りがある。かといってあの子や彼に危険なことをさせることはできない)

(―――先生なら)

(冥土帰しの異名を持つ彼なら、もっと深いところの情報を得られるはずだ。いや、もしかしたらすでにつかんでいてもおかしくはない)

(何よりパズルのピースが足りていなさすぎる。彼がああなってしまった経緯、周囲の動き、―――尾行者、科学者……)

(タイミングを見計らって先生に問いただしてみよう。それまではお預けだな)


(……、あの件についても、……今は下手に組み立てられない、か)


そこまで思考をめぐらせた後、木山は暗い廊下を歩き出した。

―――こつん、こつん。

事件というものはある種、頭の回転の速さを軸として、それに準ずるものを巻き込んでいく習性がある。
木山もまた、その大きな渦の中に身をおいている人物の一人だ。

暗闇にいる誰か。かつての教え子。一万人の脳。低周波を使った干渉装置。

キーワードはめぐりめぐって彼女を支配する。
そうしてまた、物語は真相へと近づいていく。深い深い、この街の沼の底へと。


………

……





235: ◆le/tHonREI:2010/11/15(月) 20:16:28.11 ID:JgR.IKwo

                                  ※

垣根との介護デート(?)から一夜明けた日、初春たち一向は再び集まっていた。
場所はもちろん例によって例の喫茶店である。

が、某日とは違い、一同の話題は温泉旅行から恋愛話へとシフトしていた。
今回の主役は初春飾利。

ゲストだけあって、さきほどから質問攻めにあっているところだ。

そもそも垣根との仲が恋愛関係とは一言も言っていないし、常識的に考えても病人を介護していたようにしか見えないはずなのだが、
思春期の乙女たちにその常識は通用しない。

彼女を囲む二人の耳は初春の言動を即座に脳内変換するだけのエンコーダと化していた。


「では、まず馴れ初めからですの。昨日は逃げられましたので」

「な、馴れ初めって……。だから垣根さんとはまだそういう関係じゃないって何度も言ったじゃないですか……!」

「初春ぅー? それはなんだぁ? 誘ってるのかぁ? つっこみどころ満載のリプライだぞー?」


佐天は元々こういうときのつっこみが非常にうまい。
初春がボロを出そうものなら、的確にその箇所をつっついてくる。
ボロを出させるためのきっかけ作りもうまい。もちろんそれは二人の間柄があってこそのものなのだが。

対する白井は白井で佐天がひろった言葉を広げて、瞬時に新しい質問をなげかけるのがうまい。
かわす手段は彼女の能力同様、瞬時に思考を切り替えても厳しいほどだ。
変なところで抜群のコンビネーションを発揮する、困った同僚たちである。


「するとあれですのね。初春の頭の中ではすでにあの殿方と合体するまでのプロセスが出来上がっていると。さすがですの」

「えぇー!? マジで初春?! ……はぁ、お姉さんが知らない間に初春は大人の階段を上ろうとしてたんだね……。ちょっとみくびってたわ」


だーかーらぁー! 
と半ば本気で抗議しにかかるが、二人は冗談でいってるのか本気でいっているのかわからない表情で、首を小刻みに振っている。

やれやれ、という文字が今にも見えてきそうな素振りだった。



236: ◆le/tHonREI:2010/11/15(月) 20:26:42.16 ID:JgR.IKwo

「……、垣根さんは病院に入院してるんです。ちょっと、その……体にハンデを持ってる人で……」

「そんなのやり取りを見ていたらすぐわかりますの。わたくしたちが聞きたいのは……」

「な・ん・で初春はあの人と知り合ったの? ってことだよ? ん? わかる?」


佐天が人差し指で額をつついてくる。
あうあうっと頭を後ろに揺らす初春。人間の頭は結構重いはずなのに、簡単に前後に揺れてしまった。


―――しかしそう言われてみると、きっかけはどこからなんだろう。


あの事件のとき?

木山先生に連れて行かれたとき?

メッセージがサーバーから届いたとき?

……それとも、あのアホ毛ちゃんと出会ったから?

答えは出ない。考えてみると不思議な連鎖だった。
面白いように糸がつながっているし、おかしいくらいに自分はその中心にいる。

―――あの人の中心にいるかどうかは、わからないけど。


「……あー。だめだわ白井さん。こいつあっちにトリップしてる」

「まったく。今日は仕事中もぼーっとしていましたの。わたくしなんて最近はお姉さまと……ぶつぶつ……」

「へ、変な言いがかりはやめてください! 私が危ない人みたいじゃないですか! まるでお花畑にいってるみたいな……」

「「いってるだろ」ますの」


総ツッコミされてしまった。



237: ◆le/tHonREI:2010/11/15(月) 20:38:15.11 ID:JgR.IKwo

「……えーとですね。ちょっと言いにくいんですけど」

「おっ。やっと口を開く気になった?」


身を乗り出してくる佐天&初春。期待に胸がドキドキ、いやドキがムネムネくらいの表情だ。

初春は迷った。彼についての情報、すべてを告げるべきか。

垣根帝督は学園都市、序列第2位の超能力者。
正確に経歴を聞いたわけではないが、とにかく悪いことをしていたらしい。
―――人も殺したことがあるとか。

そして何をしていたのは知らないが、以前白井が心配していた右肩の傷を負わせた張本人であり、面識は前からある。
その前後で失語症を患ってしまったらしいのだが、自分だけは彼の言語を理解することができる。というかそのシステムは自分が作った。

……素直じゃなくて、思考の上でも本音と建前を使い分けたりする。
意外とシャイ。意地悪。すぐひねくれたことを言う。
ナイーヴなところもある。髪の毛が綺麗、etc……。


(―――あれ、私……、こんな短い間に、なんで彼のことこんなに知ってるの?)


ふと浮かび上がる疑問は佐天と白井の視線に遮られる。
このまま話題をひっぱると余計面倒なことになりそうだったので、初春は一言で説明した。


「め………メル友………なんです」

「「はぁ!?」」


そんなにびっくりするほどのことか? と後に足したかったが土台無理な話だった。


「メ、メル友って……何それ、まだあるの!? そういう文化!?」

「ということは初春は相手が誰か知らずに交際をしていたということですの!?」


交際、という単語が若干気になったが、まああながち外れてはいないので頷いた。



238: ◆le/tHonREI:2010/11/15(月) 20:52:40.20 ID:JgR.IKwo

(……、佐天さんはともかく、白井さんはちょっと私の交友関係に厳しいところあるし……)


以前初春が懇意にしていた女の子のことで白井と喧嘩したことがある。
白井としても、そのときの行動は初春を心配してのものだったし、あの一件については周りが見えなくなっていたのは自分の方だ。

だからというわけではないが、そろそろ自分も一人でトラブルを解決できるようにはなりたい。
もし何かあったときは、真っ先に頼ってしまうかもしれないが……。今のところはそんな様子もない。

……尾行されていた、というのは気がかりではあるが。

それを加味したとしても、木山先生やあのお医者さんもいることだし、無理に情報を流す必要はないだろう。
それに今回は単純に病人を介護するという名目で彼と接点を持っている。
少なくとも、今のところは。

この言い方なら余計な心配をさせずにすむ。軽く流してさっさとあしらってしまおう。


―――そう考えた彼女が甘かった。


「初春。いっておきますけれど、そういった出会いはわたくし、あまり推奨できませんのよ」


隣を見ると、当の白井は目を細めて顔を近づけてきていた。
ため息が出る。別に自分がまだまだ甘いというのは分かっているが、こうもキッパリといわれると、特に。


(でも白井さん、今時ネットとかメールの出会いって普通ですよ?)

「これだから考えが古い人はもう。言われるかもって思ったけど、やっぱりかぁ……」


「本音と建前が逆ですの!! というかわざとですのね!? わざとやってるのでございましょ!?」


顎と両の頬を片手でおさえられた。そういう穿ったことをいうのはこの口かっ!この口かぁ!と言わんばかりの表情で。
一方の佐天は呆れ顔で頬杖をついている。



239: ◆le/tHonREI:2010/11/15(月) 21:09:10.74 ID:JgR.IKwo

「まぁまぁ。初春がいいっていうならいいんじゃないですかー? ……で、どうなの? うまくいってるの?」

「ふぇ? はにがでふか?」


目を光らせて顔をつかむ白井を放置したまま、初春は呂律が回らない気の抜けた声を出した。


「いやほら、会話とかさ……。メールとか毎日してるの? っていうか失語症なのにあれなんだ、意思疎通はできるんだね」

「えっと……はい……。い、一応、してます……」

「ならよろしいっ。がんばれ、初春」


フー!といきがる白井を抑えて佐天が言った。

口には出さないが、佐天は佐天でそういった出会いに抵抗があることはあるようである。
時の流れは怖いくらいに距離を近づけるもので、初春には実は誰よりも心配性な佐天の気持ちが手に取るようにわかった。


「あの、佐天さん」

「んー? ……あ、すいませーん!」


ばたつく白井を椅子になんとか座らせてから、佐天は追加のケーキを注文した。
モンブラン。初春の大好物である。


「へ、変ですかね、私。いやあの、本当に恋愛感情……とかじゃなくて、……なんだかほっとけないだけなんですけど」

「……」

「でも見ていてなんだか寂しそうだったり、つらそうだったり、……話を聞いてて、何かしてあげたいって思うんです。
 もちろん最初はメールから始まりました。いってしまえば他人だし、別に積極的に関わろうと思わなければいつだって……。
 それでもなんだか、ほっとけないんです。こういうのって、白井さんが言うみたいに……あ、あんまりいいことじゃないんでしょうか」

「べ、別にわたくしは初春が悪いことをしているとは……」

「わかってますよ」


申し訳なさそうにこちらを向く白井が愛らしい。以前のことを気にしているのは初春だけではなさそうだ。
初春は無言で白井の肩をつついてあげた。



240: ◆le/tHonREI:2010/11/15(月) 21:41:05.04 ID:JgR.IKwo

「前も言ったじゃん。あんまり考えすぎるなって。今は何時だー?」


言われて時計を見る。
午後4時。先日に同じようなことを言われたときは、お昼だったような。


「初春がしたいようにしなよ。あたしたちの価値観はヒントにはなるかもしれないけど、答えじゃないし」

「ヒント……」

「初春が好きな唄あるじゃん? えーとなんだっけ……名前忘れちゃったけど」


垣根にその歌詞について語ったときは全否定された。
今考えてみるとあれはすごく失礼な言い方だったのかもしれない。
一方的に初春の価値観を押し付けたとも取れる発言だ。

佐天はそのときと同じ唄を軽く口ずさんでから、


「要するに! どうしたらいいとかこうしたらいいってベストな事柄は、選択する前のことであってさー。結果に対して誇れる自分であるべきなのだ!」


言うなり、あれ、ちょっと今のあたし、いいこと言ってない?とおどけてみせた。

佐天涙子はもともと理屈っぽいことが嫌いな女の子である。

理屈がなければ説得力はないだろうし、科学を重んじるこの都市ではそういった思考回路の人間が重宝される傾向にあるが、
彼女の言葉はいつだって無条件に心に響く。初春はそんな彼女の言葉に抵抗はない。

そこには“なぜ”も“なんで”も何もない。すんなりと受け入れられるくらい、当たり前のことだから。


「誰が見たっていいことをしてるんだよ、初春は。―――もしそれを否定する人がいたら、あたしたちが傍にいて、守ってあげる」


ウインクをして、ちょうど届いたモンブランを初春に差し出してきた。

次には肩をつんっとさされる。隣の白井がそっぽを向きながらフォークを使って押してきたようだ。
そのままケーキ皿に静かにおくと、照れたように一瞬こちらを見た。

―――そうですよね。そうなんですよね。

初春は二人の親友の心遣いを余すことなく味わうことにしたのだった。



243: ◆le/tHonREI:2010/11/15(月) 22:31:25.85 ID:JgR.IKwo

そうこうしていると、不意に初春の携帯が震えた。
経験的に考えてこのもっともらしいタイミングでくるのは―――


「あー? もしかして、もしかしちゃう?」

「神様ってやっぱりいますのね」

「……いるとしたら、すごく意地悪です」


実は仕事の合間をぬってプログラムを改善していた初春。

垣根の思考を一方的に受信するのはさすがにどうかと思ったので、キーワードを抽出してそれに反応するようにした。
もちろんそれは垣根も了承済みである。
盗撮される趣味はねぇんだよ、と毒をはいていたことも付け足しておく。

語彙もだいぶ増やしたし、これで多少は専門的な会話もできるようになったはずである。
昨日は夜中までやり取りをしていてあまり寝ていないのは、秘密。

初春は今しがた口をつけたばかりのモンブランをそこに置き、静かに受信したメッセージを確認してみた。

するとそこに、




                        

                          【初春。会えるか?】





「おお」
「アツアツですの」

「さりげなく見ないでくれますっ!?」


ろくろ首のように首を伸ばして画面を覗く二人。
親友って何なんだろう、とさっきまで考えてたことを頭の片隅にしまいこんでしまった。



244: ◆le/tHonREI:2010/11/15(月) 22:44:37.13 ID:JgR.IKwo

慌てて画面を胸に近づけて、二人の死角に携帯を配置する。
多分佐天と白井はにやにやしながら、

「初々しいですのねー、初春だけに」とか、

「春だねー、初春だけに」とか、

初春の名前にかこつけて何かうまいことを言っているのだろうがとりあえず無視した。
この二人のペースに付き合っていたら自分だって錯覚してしまいそうだ。

―――恋愛とか、そういうのじゃないもん。


【パソコン】


そうして次に画面に浮かんだのは、およそさっきまでの話題とはかけ離れた無機的な単語だった。
……気持ちが沈むような気がする。気がするだけだが。誓ってそうだ。うん。


【置いてっただろ昨日。暇なら取りこいよ。学校終わった?】

【……、期待してないですけど、それはそれでなんだか……もお】

【は?】


なんでもないです、と打って視線を横に流す。

そういえば置きっぱなしだった。
昨日は昨日で夜中までメールをしていたので気づかなかったが、初春も家にやることを持ち帰ったりはする。
このまま置いておくわけにはいかない。

が―――。


(はぁ。いつでも取りにいけるってことは、いつでも会えるってことだと―――ってちがうちがう!)


そうして頭をゆする動作はやはり親友二人をあおるだけ。
「うらやましいよ、初春」だの、「じぇらしーですの、初春」だの、この二人にはもう何を言ってもだめだと思った。



245: ◆le/tHonREI:2010/11/15(月) 23:03:06.12 ID:JgR.IKwo

【わかりました。じゃあ今から取りにいきます】


完全下校時刻まではもう少し時間がある。
ここから病院までは近いし、取って帰るだけならすぐだろう。


【ん。……あー。あとさ】


垣根から情報を受信するとき、タイムラグは最小限に抑えられているはずだ。
だからこうやって彼が言葉につまるときは、大抵何かを隠しているときか、照れているときと相場は決まっている。
にやけそうになるのをこらえて、初春は返信を待った。


【……リンドウってどうやって育てるんだ? 花とか、その……よくわかんなくてよ】


意表をつかれた文字に絶句してしまう。
―――なんだかんだ、ちゃんと病室に飾ってくれてるのか。というか、やっぱりこの人シャイだ。それも変なところで。
初春に聞いてくるところもいじらしい。もしかして看護士や木山先生には聞けなかったとか。
お水とか日当たりとか、そういうのは他の人に任せてもいいはずなのに、律儀に自分でこなしたいということかもしれない。


【……変な妄想するんじゃねぇぞ】


刺すような文字が浮かび上がった。素直じゃないなーといいたい気持ちを抑えて、一言だけ返す。


【すぐ行きますよ。何か持ってきてほしいものありますか?】


初春飾利はこのとき、はっきり言って油断していた。
垣根帝督の精神年齢を測り間違えていたのである。だから次の返信でドキっとさせられるとは夢にも思わなかった。

後々考えればそれは彼なりの照れ隠し兼、初春をからかう旨のジョークだったのだろうが、それにしたってたちが悪い。神様って本当に意地悪だ。
赤面したのも含め、彼女に過失はない。念のため。


【―――また花言葉、持ってこれるか?】


………

……





246: ◆le/tHonREI:2010/11/15(月) 23:22:01.53 ID:JgR.IKwo

                                  ※


(―――、まただ―――。)


同日、ほぼ同時刻、とある電脳世界にて。

垣根帝督を囲む環境は、悪化していた。


(―――ッ!! また―――、見てやがる)


意識を投影する鏡の役割を果たしているその部屋。
反映される意識は深層に位置する類のものであるらしく、彼の意志でコントロールすることはできそうにない。

そこを“部屋”と表現した理由は、少し前までは広大な空間を誇っていたはずの世界が、
初春と外に出た後には急激に収縮していたからだ。

あるのはレンガ造りの壁、壁、壁。部屋は立方体を模していた。

閉所恐怖症の人間ならば発狂するほどの狭さ。
もちろん垣根は精神的な訓練も経験している(といっても実際に監禁されるようなヘマはしでかしたことはないが)。

それでも、彼の気持ちが落ち着かないのは、なぜか。



(―――見るな。俺を―――見るな)



その部屋のレンガはところどころ砕けていて、その隙間から垣根を見つめる無数の――――――眼。

数にして数十から数百はある。それらは垣根を見つめるだけで何もしない。
ただ、じっと彼を観察しているだけだ。部屋のどこに移動しても自分を見つめてくる。


―――追いかけるように。責めるように。哂うように。


もちろん病院のベッドに戻ればそれからは開放されるのだが、眠りかけのときや起きたとき、彼が真っ先に目にするのはこの光景なのだ。
おかしくならないほうがどうかしている。

それでも、なんとかして狂いそうになる自分を抑える。
抑えて、それから、静かに彼は思考した。



247: ◆le/tHonREI:2010/11/15(月) 23:34:08.70 ID:JgR.IKwo

(バランスってやつか。―――俺はよっぽど冷たいところにいたんだな)


理屈でなく、人間とは本能的に安定を求める生き物だ。
この場合の対義語は刺激ではない。死である。いや、正確にはそれすらも同義語かもしれないが。

死が安定をもたらすかどうかという議論はさておき―――心電図をイメージしてほしい。

大きな山のあとには、大きな谷が。
小さな山のあとには、小さな谷が。

主観的にそのバイオリズムを求めることで、人間は情緒の安定を図っているともいえるだろう。
そうでなければ偏ってしまう。偏ったリズムは、偏った価値観をもたらす。

上ったあとは下りたい。下ったあとは上りたい。ないものねだりのようなもの。

つまり山がなければ谷もない。この場合の安定は―――死、そのものだ。


(暗部にいた人間は夜行性。光に弱い、ってか)


ましてやついこの間まで自分はもっと深い闇を経験していた。
そこからあの中学生とのやり取り。

眩しすぎた。目がつぶれるくらい。
だから、見たくもない闇を見て、安定を図っている……?


あるいはこうだろうか。
この壁と眼は自分の意識下にあったもの。

レベル5から転落した自分を、無意識に自嘲せずにはいられない。
恥、卑屈、絶望、嫉妬、焦燥感。

単純にそういったものがここに生れている、とか。


(―――俺は何がしてぇんだ?)


苦悩する垣根に答える者はいなかった。



248:黒夢とか聴く人いるんですかね。 ◆le/tHonREI:2010/11/15(月) 23:53:11.80 ID:JgR.IKwo

自分はなぜあの中学生にすがるようなことをしているのだろう?

―――寂しいから?



なぜ受け取った花を捨てない?役に立たないものを、大切そうに。

―――わからねえ。



なぜ外に出たがる?世界は変わらず廻っていて、そこにお前の居場所はないのに。

―――抜け出したいんだ。



ではなぜ、外に出たがらない?矛盾している、育ちの悪い子供のような稚拙な論理だ。

―――人がみんな同じ顔で自分を哂っている。モラルと常識を糧にして、俺を哂っているから。



―――なぜ、俺は、こんな体に。


(誰も好きでこうなったんじゃねぇ。 こんなものを求めていたんじゃねぇ。俺は―――)



その薄暗い地下室には音がなかった。自分はこんなに弱かったのか。
昔誰かに説教したことがあった。甘言で塗り固められた理屈で、ご大層に悪党を語りやがった馬鹿に投げた言葉。

―――暗部に身を置いたのなら、徹底的に心を黒で染め上げろ。
それがここで生きるための覚悟。それが鉄則であり、唯一の救済法だと。


(俺は間違ってねぇ。間違ってねえはずなんだ―――!! なのに……ッ!)


ぎり、と歯と歯をかみ合わせたそのとき、地下室のドアが微かに開いた。
俺は多分そこから外に出るんだろう。枯れた花のくせに、光を求めて。



250: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 00:12:40.56 ID:GvwVNzQo

――――――


「初gdasはhgam;;l;lag;s―――ッ!!!!!!!!!」

「え……?」


飛び起きた先で、自分が取った行動を理解するまでに時間がかかった。
感覚に最初に飛び込んできたのは匂いだ。
そして柔らかな感触。次に声。

事態を把握した後、静かに目を開けた先にいたのは、初春―――初春飾利。


「かっ……かきかかかかかきかきねささささ」

「これは本当に見ているこっちが浮いてしまうレベルですのね」

「初春っ! そこでこっちからもぎゅーってするんだよ! ほらはやく!」


隣を見ると、昨日初春と仲良く話していた二人組も一緒だった。
一人は呆れ顔、もう一人はにやけ顔。

初春はというと―――顔を真っ赤にしていた。


「ど、どうしたんれすは!? わ、わたしはここにいまするのですの!?」

「初春、それはわたくしに対するあてつけですの?」


とんでもなく近い位置に顔がある。
両手は拳銃を突きつけられたときのように手持ち無沙汰にあげられていて、目は焦点を定めないまま回転していて。

自分はそんな彼女の胸のあたりに顔をうずめて、しがみついていた。


「ほら! そこで母性本能発揮だよ! 頭をやさしくなでてあげるのがセオリー!」

「コ、コウレスハ?」


ぎこちなく垣根の頭をなでる初春。なんで片言なんだよ、とはつっこまずに抱きついていた腕をほどいた。
隣にいた長髪の女はそれを見て、つまらなさそうに「ちぇ」とつぶやいている。



251: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 00:24:14.32 ID:GvwVNzQo

「いやーしかしあれだねー、昨日見たときも思ったけど、美形ですねー、垣根さん」

「初春がイチコロになるわけですの」


適当なことをぼやく二人。多分この二人も中学生だろう、と垣根は瞬時に判断した。
―――どこを見て判断したかはもちろんいえないが。


「……ちゃんと表示されてますけど?」


初春が横から見つめていた。今にも「この浮気者」とでも言いださんばかりの表情で。
そう視線で訴えられても不可抗力は防ぎようがない。

やっぱりそのプログラム、改良の余地ありだ、とごまかしてみたがうまく伝わったかどうかはわからなかった。


「えっと、夜にお話ししましたよね? こっちがジャッジメントの白井さん。こっちは親友の佐天さんです」

「……ほお、わたくしは親友ではないと」

「白井さんは揚げ足を取るのが趣味なんでふぉッ!?」


言うなりほっぺたを両手で摘まれていた。
仲がよさそうだ。もしかして紹介しに来たのかと思い、垣根も態度をそれに合わせる。
この流れなら自分に分があると踏んだのだ。

さきほどのジョークに続き、先日のデートの借りを返してやるつもりでこう発信した。


     ・・・
【いつもうちの初春が世話になってるみてえだな。こいつ、甘えたがりだろ?】


三人は携帯を見つめた後、思ったとおりの反応を示してくれた。
初春はすぐに端末を死角に放り込んでしまったが。

これはこれでいじり甲斐がある。



252: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 00:44:01.14 ID:GvwVNzQo

「初春、いいやつでしょ? 確かにちょおーっと幼いところあるんですけど、本当はすごく献身的なんですよー」


佐天と呼ばれた娘が言ってきた。言葉尻からは初春を持ち上げようとする意図が感じられる。
なかなかいいトスだ、と垣根は感心していた。交渉や取引のときにこの手の人材は有効だ、とも。

持ち上げられた当の初春は、「い、いまそういうことは言わなくていいんです!」とかなんとか。
恥ずかしそうに振舞っているが、まんざらでもなさそうだ。すると次には、


「だから大切にしてあげてくださいね!」

【……?】


今度はジョークではなさそうである。

―――おい、なんだ?

垣根はそこで思考を一旦停止させた。
……なんでこの女は俺の前でそういうことを言い出す?
さっきのは冗談にしても、こいつらの中ではどういう流れで話が進んでるんだ?

あれ。


【……俺らって付き合ってるのか?】


きょとんとした顔で初春を見つめた。
見つめられた初春は、また赤面してから一言、


「……え? え、え? え????」


と、宇宙人にでも出くわしたかのような素っ頓狂な声を発していた。
ゆっくりと視線を佐天に向けると、彼女はこちらに見えないように肩を震わせて笑っているようだ。

―――なんだ、そういうことか。



253: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 00:57:07.53 ID:GvwVNzQo

【――わかった、大切にする。このガキんちょは甘えたがりの寂しがりだからな。身分は病人と介護人だが、俺の包容力にその常識は通用s】

「う、嘘も大概にしてください!! 佐天さんも、いちいちからかわないでくださいよっ!!」


途中で携帯を閉じられてしまった。
どうやらそこまでガキではなさそうだ。残念。もうちょっとで顔から湯気を出せそうだったのに。

目配せして佐天に作戦失敗を告げる。受け取った後、彼女は片目をつぶってウインクしてきた。
こいつとは息が合いそうだ。垣根は静かに、だが確かに直感でそう感じた。


「……、自分だって…………甘えんぼのくせに」


ぼそりと、それでいて聞こえるように初春が言ったのを聞き逃さなかった。


―――あ、あまえんぼだぁ?
お前は誰に向かってものを言っているのだ。

見開いた目で初春をにらみつけるが、彼女は背中を向けると、持っていた花を病室に飾りながら一言、


「じゃーもうお散歩してあげませんよー?」


と案の定すねていた。
これだからガキは、といいたくなるが、その提案は卑怯というものである。
垣根は思いつくかぎりの反論をしてみるが、どれも相手にされない。


「いやー仲がよろしくて。初春ー、あたしたち先に帰ってるねー」

「え、もう行っちゃうんですか?」


何かを察したように佐天が言い出したのはそのすぐ後だった。



254: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 01:13:45.96 ID:GvwVNzQo

「やれやれ。もう秋だというのに、この病室は残暑が厳しいですこと。熱に絆される前に退散しますのよ」

「………ちゃんと帰るんだぞっ♪」


嬉しそうに佐天が言って、ドアの向こうへと消えていった。一瞬初春は「?」という顔をしていたが、すぐに真っ赤になる。
わかりやすすぎて面白いが、本人は疲れないのだろうか。

にぎやかだった病室が、話の切れ目を境に急に静かになった気がした。
だがあの地下室のような寒気のする静かさではない。
凪のような、おだやかなそれである。


【なんだ、また花買ってきたのか。……鉢まで】

「えへへ。このお花は水栽培できないですからね。窓際においておきます」

【そのうちここがお花畑になっちまうな】


それはそれで素敵じゃないですか、といいながら初春は鉢の位置を調整している。
お花畑の意味わかってるのかよ、とは言わないでおいたが。

それはあまり見かけない花だった。リンドウではない。


「あと、これ。こっちは暇なときに読む用です」


それは表紙にはカラフルな花がたくさん印刷されている、図鑑のような本だった。
渡されてから適当にページをめくると、季節ごとに植物がまとめられている。

―――花言葉も。

わざわざどこでこんなものを調達してきたのか、と思うや否や、初春がページをめくっている垣根のすぐ横に顔をよせてきた。


【お、おい】

「えーとどこでしたっけ。ルピナス、ルピナス……あった」


垣根の顔とは距離にして10センチもない。横を向いたら頬に唇が触れてしまいそうである。



261: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 12:22:58.20 ID:KqyG4u2o

「これですこれ。……こほん。ルピナスの花言葉はー、“母性愛“です! ふふ、垣根さんは甘えん坊さんですから?」


初春はページを指差してくすくすと笑っている。
自分は花言葉に詳しいほうではないが、どうやらひとつの花につき複数の言葉が設定されているらしい。

それはともかく、病人の自分に知識を披露するのがこいつはそんなに楽しいのだろうか。
垣根は慣れないやり取りにちょっと面食らっていた。

が、そこは年の功。
初春のペースに巻き込まれないように、すぐに頭を切り替えてこう切り出してみた。


【へえ。こっちの意味じゃねえの? 俺はてっきりこれかと】

「ん、どれですか?」


垣根が指差した花言葉は、『あなたは私の安らぎ』。


「えっ………」

【これでも俺、包容力はある方だと思うんだが。抱きしめてやろうか?】


初春は言われてから数秒間固まっていた。
意味が理解できないのか、あるいは―――。


「だっ、だからからかわないでくださいよっ!?」

【テメェはすぐ真に受けるからな】


声は出さないが、にやにやと笑っている。
窓辺から差し込む西日が、脱色された彼の金色の髪の透明感をさらに高めていた。

こうしてみると、元は茶色だったのかもしれない。
時間の経過で色落ちしたのか。

初春はやっぱり今度染め直してなげよう、とひそかに誓った。



262: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 12:41:24.27 ID:KqyG4u2o

「そ、それでですね」


距離感にようやく気づいたのか、初春は肩をびくっと揺らした後、ベッドから離れて何やら恥ずかしそうにもじもじし始めた。
まだ何かあるのか。

こういうときに言葉が使えたら便利だ。
携帯を使ってのコミュニケーションは、双方向に見えて実は一方的な側面の方が大きい。
初春が画面を閉じたらいつでも遮断できるように。
いくら垣根が彼女をいじって弄んだとしても、結局は彼女の方が優位な立場にあるのだ。

垣根にはなんとなくそれが気に入らない。


「……えっと。これからは、お水をあげにこようかと」

【は?】

「で、ですから、鉢にお水をですね……」


この中学生は何を言っているのだろう。
花壇に水くらい自分でやれる。もしかして一人では本当に何もできないと思っているのだろうか。

いや、その前にそもそも―――、


【あのな初春。俺は常識破りだが常識知らずじゃねぇぞ】

「へ?」


ため息をついて一呼吸おいてから、垣根はすっぱりと言い切った。


【お見舞いに花を持ってきてくれたのはいいけどよ。そのうち看護士やら医者やらに撤去されちまうぞ。
 テメェら中学生には常識はねえのかよ? 根付く花は病院じゃタブーだぜ。
 さっきの花畑っつーのはそういう意味だ。寝ついた俺に三途の川渡れってのか?】

「………ええと」


初春はその言葉に照れたわけでも申し訳なさそうな態度を返すわけでもなく、何か顎に手をあてて一考していた。
それは何かの言い方を考えているような素振りだ。
垣根にはその意図が分からず、【なんだよ】としか返せないが。



263: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 12:52:33.87 ID:KqyG4u2o

「白井さんにもそれ言われたんですけど、私はそうは思ってなくて」

【え?】

「……垣根さんの場合は、しっかりと地面に足をつけて歩いたほうがいいんです。ううん、歩けるようになれるはずなんです。
 それこそルピナスが地中に根を生やすように。垣根さんは枯れた花なんかじゃありません。この私が立派に育ててみせます」


窓際のルピナスは何も語らずにこちらを見つめている。
お前は俺についてこれるか? とでも言いたげに。
そのカラフルな花びらが、垣根に対して挑戦的な態度をとっているような錯覚を生んでいた。


【……ちょっと無理がねぇかそれ】

「い、いいんです! ちゃんと先生たちにもそう説明しましたしっ!」


そんな乙女チックな言い分でよく通用したものだ。
自分の未元物質だって良識は壊せないぞと垣根はあきれて返したが、初春は全く相手にしない。

代わりにまた、手を握ってきた。

―――いつも思うが、こいつは照れ症なくせに平気でこういうことをしてくる。
多分それは病人として接しているから平気、とかいうわけのわからん理屈なんだろうが、垣根にしてみればいい迷惑である。

本当に、“いい”迷惑だ。


「がんばりましょうね。私応援してますから」

【はっ、テメェは俺の主治医かよ】

「お世話係、って言ってください♪」


めんどくせぇ世話係だな、と答えて垣根も手を握り返した。
気づけばいくつかの花が自分の周りに咲き誇っている。

どの花が一番なのだろう。

どの花が唯一なのだろう。


などと、くだらないことを考えられるくらいには垣根の心は落ち着きを取り戻していた。
西日が眩しい。完全下校時刻はもうすぐだ。



266: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 13:22:10.28 ID:KqyG4u2o

                                     ※

荷物をまとめて病室から出ると、廊下に木山がいた。
腕を組んで、片手にはコーヒーを持っている。
カレー専門とか言ってたのは何だったのだろう。


「少しいいかい」


あまり時間はないが、おそらく垣根についてのことだろう。二つ返事で了承した。

そういえば彼女はまだ保釈中なのだろうか。
例の事件のときは借り出されて表に出てきていたようだが。


「私の話はいいだろう? 君に言っておきたいことがあってね」


首で合図を出して、廊下をゆっくりと歩き出す木山。
もったいつけた言い分は昔からだ。

初春と木山はそれなりに縁があって、何回か行動をともにしている。

最初は敵。次には―――仲間として。
難しい言葉を使ったり、奇怪な行動を取ったり、常識人の初春からしたら少し感覚がズレているタイプの天才だが、
行動の基準となる信念については一定の理解を示していた。


(それでもやっぱり……、簡単には許されないのかな)


罪に対する哲学について、特段の教養を有しているわけではない初春。
それでもなんとなくはがゆい感覚を覚えてしまう。

罪は許されるのか?という問いに答えるのは誰か。

それは垣根についても同様だった。



267: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 13:32:16.03 ID:KqyG4u2o

「彼を見ていて何か気づいたことはないか」

「え?」


廊下を歩きながら木山が言う。
単純に会話をつなぎたいのか、何かを掘り出そうとしているのかはわからなかった。


「……特には。何かよくない兆候でもあるんですか?」

「いや。これから君に説明することに差し支えがあっては困るんでね、確認みたいなものだ」


よく意味がわからない。
説明? 調べていて何かつかんだことでもあるのだろうか。


「その……、垣根さんは……、元通りになれるんでしょうか」

「私は研究者であって医者ではない。自分の領域ならばアドバイスしたり何かを作ったりはできるが……」


そう、ですよね、と気の抜けた声を出してうつむく初春。
絶対、という言葉は専門家である人ほど多用を避ける傾向がある。

冥土帰しですら、彼を完治させるという保障はしてくれなかった。
だからこそこうして死力を尽くして彼を診ているのだ。

子供っぽい自分の発想が少しだけ憎らしかった。


「ついたよ。中に入ってごらん」


立ち止まった先にあるのは、中庭へと通じるドアだった。
ドアはガラス張りになっていて、先には自然が詰まった開けた空間が広がっている。

―――庭園。初春にはすぐ、そこで車椅子をこぐ垣根が想像できた。



268: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 14:01:07.15 ID:KqyG4u2o

「そろそろリハビリを始めたらどうか、と先生と話していてね」

「リハビリ」


リフレインする。つまり垣根が正常な生活を送れるように訓練するということだろう。
そういえば、病院で最初に会ったときに比べて垣根はどこか人間らしさというか、生活感のあふれる表情をするようになった。気がする。

もっとも初春の記憶にあるのは彼が昏睡していたときと、昨日の記憶だけだが。
木山は少し間をとってから、ゆっくりと口を開いた。

どこから話し始めようか、と悩んでいる様子が伺える。


「……君は彼の意識が“向こう側”に存在しているというのは知っているね」

「はい」


電子の世界に存在する脳。

「これは仮説の域を出ないから断定表現はできないのだが―――。そもそも最初から彼のケースは非常に珍しかった。
 いや、珍しいを通り越して唯一のものかもしれない。医学の専門家である先生も頭を抱えるくらい、稀有な事例だ。
 意識ははっきりしているし、上半身の神経は問題なくつながっているのに、どういうわけか細部にまで命令が伝わっていない。
 それでいてこちらとコミュニケーションを取ることはできる。が、それも安定しない。
 私たちは彼の体が“端末”であり、サーバ内に存在する電子データが“本体”であるという予測をたてて彼を調べてみた。
 彼の脳は、あの巨大なネットワークの中に閉じ込められているのではないかと」


うんうん、と無言でうなづく初春。
木山はそこまで言ったところで、初春の顔をじっとみつめてきた。

何だろう、と戸惑っていると、


「―――何かに似ていると思わないか?」


すぐにピンときた。
昨日もそれは初春の頭を過ぎったことである。


「……、あのときの事件の……、佐天さんや……、先生の教え子たち」


木山は目をつぶり、続きを語る。



270: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 14:31:50.07 ID:KqyG4u2o

 レベルアッパー   
「あのときの症状と似ているだろう。何をきっかけにそうなってしまったかはわからないが、そう考えるのが一番自然だ。
 ちなみに彼のワイヤレス受信機の雛形はあれだよ。気づいていたかい?」

「えっ……! で、でもそれじゃ……っ」

「安心しなさい。あれは彼自身の脳波を受信する仕様になっている。改良を重ねたものだから昏睡する心配はないよ。
 君に怒られたらどうしようかと思ったがね。……それで、ここからが本当に仮説なのだが」


コーヒーは冷めているようだ。
木山は焦点をカップの中心にあわせた。小刻みに波をたたせている。


「……正直、リハビリといっても彼の意識化に直接干渉を与えるのは無理だ。君の考案したあの翻訳プログラムはツールとしては不完全。
 コミュニケーションというのは確かに情報の伝達ではあるが、そこには多分に意志や感情が入り込んでしまう。
 あれ以上改良してもおそらく同じだろう。だが、もしも“端末”である彼の体が、実は何かしらの情報を受信していたとしたら?」

「何かしらの……情報?」

「うん。例えが難しいが―――。君は情報処理が得意だから、それでたとえようか。
 音声ファイルの形式Aを再生するソフトがここにある。サポートしている形式はAのみで、他のタイプの拡張子は適応されない。
 が、君が再生したいのは形式Bの音声ファイルだ。さて、どうやって出力する?」


コーヒーをすする木山。初春は即座に自分の知識を脳内から掘り出した。

―――エンコード。ある形式のデータを一定の規則に基づいて別の形式のデータに変換すること。
基本中の基本だ。


「そう。仮説にたどり着くきっかけは君のプログラムだった。
 体も動かせているし、言語を自由に使うこともできている彼は、確実に本体から何かしらの情報を得ている。
 不完全だし、不安定なそれだがね。―――つまり彼の“本体”から発信されているはずの形式Bのファイルをこちらでエンコードしてあげれば、
 彼の体は元通りに動いてもいいはずなんだ。仮説が正しければ、だが」

「じゃ、じゃあ、エンコードするためのソフトさえ発明できれば、垣根さんは……!」

「ところがそうもいかない」


木山はきっぱりと言った。



271: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 15:02:09.95 ID:KqyG4u2o

                                     レベルアッパー
「仮説ばかりで申し訳ないのだが、彼の症状が私の開発した幻想御手と似たようなものであるならば、
 変換に使用するサーバー側の処理速度が圧倒的に足りない。シナプスという構造を知っているか? 
 人間の神経を自動で操るだけでも天文学的な数の命令を“変換”しなくてはいけないんだ、
 これに彼の演算能力を足したら、一体どれだけの数のスーパーコンピュータが必要だと思う?
 ―――さらに、あのサーバがもしも彼の脳をまるごと移植したものであるならば、すでにHDは彼の脳で埋め尽くされているに違いない。
 そこに追加した脳を外付けで足したらどうなる? またあのときと同じことの繰り返しだ。脳に取り込まれて、人が倒れる」


初春の脳裏にあの事件の顛末が浮かんだ。
『幻想御手』は音声ファイルを媒介に、共感覚性を利用して複数の人間の脳を繋げた「一つの巨大な脳」を生み出すシステム。
副作用として最終的にはシステムに意識が組み込まれてしまう。

垣根の演算能力や活動を支えるには、それ相応のスペックと容量を持つ何かが必要だということだろう。


「―――そんな危険なことはもうできない。場合によっては彼の脳がデリートされてしまうかもしれない。よってこの案は却下だ」

「じゃあ……、リハビリって? 何のためにするんですか?」

「仮説、といっただろう? 今話したことがすべて正しいとは私も思っていない。まだ調べることが山ほどあるからね。
 君に説明したのは何かつかんだことがあったら教えてほしいからだよ」


代案、といったところだろうか。
たしかに木山の言い分には一応の筋が通っているようには聞こえたが、垣根の意識がそもそも本当にあちらにあるのかどうかも断定するものはない。
ならば他の場合も想定して治療をする、多分そんなところだろう。


「これから毎日やっていくリハビリは簡単なものだ。歩行訓練をしたり、ゲームをしたり、音楽を聴いたり、―――花を見たりする。
 思ったことや感じたことを書き取ったり、足をつかんで動かしてみたり。なんでもいい。定期的にこちらから指示する」

「………」


ふと疑問に思った。リハビリの内容ももちろんそうだが、なぜ自分が?
院内にはリハビリのスペシャリストがいるだろうし、案について理解の深い木山や冥土帰しが行うのが一番なのではないだろうか。


「なんで私が、という顔をしているな」


木山は少しだけ微笑んでいた。



272: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 15:10:51.06 ID:KqyG4u2o

「簡単なことだよ。

  ―――君といるとき、彼は少しだけ饒舌になるから」


不意に言われて胸がきゅんとなる。
そうなのだろうか。自分としてはありのままに彼と向き合っているだけだし、見ている限り彼の態度は普段とあまり変わらないような。

―――と、その前に気づくことがあった。


「……、先生、あのプログラムを」

「ふう、ばれてしまったか。何、ちょっと覗いただけだよ。君がパソコンを忘れて帰るのがいけないだろう?」


どうやら垣根のプライバシーはどんどん保護されない方向に向かっているようだ。
気の毒だが仕方ない。
それよりもこれからのことが心配だ。うまくできるだろうか。彼を、救えるだろうか。


「大丈夫。こちらも全力でサポートする。君は平気なのか? 時間が取られてしまうぞ。年頃の娘には貴重な放課後じゃないのか」

「いえ。もう決めましたから」

「ほう」


初春は気づけば別の意味で脈を打っている胸をおさえて、目の前に広がる庭園を見た。
強い視線。誓うような瞳で。


「私は、彼に水をあげるって。約束したんです」


綺麗に咲くといいな、と隣で木山が言った。庭園には光と色が満ちている。

垣根の未来もこうだといいのに。初春はいつまでもそんなことを考えていた。

………

……





277: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 22:05:58.15 ID:KqyG4u2o

                                   ※

【初春、三日坊主って言葉知ってるか】

「はい?」


片手間で返事に答えるのは初春飾利。
その片足にはなぜか二人三脚の紐がくくりつけられている。
今しがた二人は30Mほどの距離を肩を組んで走り抜けたばかりだ。

ぱっと見た感じ、運動会の競技でもやっているように見えるこの風景は紛れもなくリハビリである。
……天才医師と天才科学者のお墨付きの。

その証拠にガラスの向こう側では何人かの医師が何やら手元の資料に書き込みをしている。
垣根にしてみればまるで曲芸をやらされているような感覚だった。


【……、これで三日目だぞ。そろそろつっこんでいいよな?】

「えーと、これが終わったらあっちで私と大富豪です。その後は神経衰弱」

【聞けよクソボケ。 ていうか二人でやるのかよ? どんな格差社会だよ。やってて楽しいかそんなもん】

「あ、カードゲームは嫌ですか? ……ううん、そしたらあっちでお花の鑑賞会ですね! 私あれが一番楽しいです」


ため息しか出ない。
そもそも展開からしておかしかったのだ。

病院で眠りこけていることにも飽き、あの地下室の雰囲気は吐き気がするほど味わった。
初春からもらった本など、一日でほぼすべてを記憶してしまった。

その合間に入ってきた朗報が、リハビリ。それもいきなり。突然にだ。


最初に聞いたときはどうでもいいと思っていた。今更何を、とも。
そもそもこの体はまともなリハビリなんざ受け付けるはずがない。
かといってあの天使から聞かされたシステムをこの馬鹿どもに話したところで、理解はされど応用力のある補助装置など生み出せるはずがない。

だから、退屈しのぎくらいに考えていた。それなのに―――


【―――この馬鹿がはりきりやがるから】

「馬鹿って誰のことですか? ほら、次いきますよー」



278: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 22:20:53.73 ID:KqyG4u2o

垣根と初春の様子を書き留める医者たちの表情は真剣そのものなのだが、
実際にそれをやっている身としては逆にそれがこっけいに感じてしまう。
一体あいつらはどんな内容を書いているんだろう。
まったく意味がわからない。何の目的でやっているのかもわからない。というか恥ずかしい。それはもう色んな意味で。

……もともと退屈しのぎだったんだから、運動するだけならまだいいとして。
垣根がもっとも意味不明なのは、それ以外の部分だ。
この中学生とカードゲームをしたり、音楽を聴いて感想を言い合ったり、花を見て感想を言い合うとかいう拷問。


「垣根さーん、この花どうです?」
【花だ】
「いや、もっと色々……」
【赤い】
「………そうじゃなくて」
【植物】


とかなんとか、この程度のやり取りを記録して何になるのか。
結果、これはあの木山とかいう女が自分の気休めに考案したカウンセリングのようなものだと考えるに至った。
それにしたって、内容が幼稚すぎて失笑ものだが。


【……あのな。まず今みてぇな運動が意味ねぇのはわかるよな? 今だってほとんどテメェが俺を引っ張ってたじゃねぇか】

「う……、そ、それはあれですよ、垣根さんが掛け声出さないから! いちにっ、いちにって言わないから!」

【んな小っ恥ずかしいことこの俺がやるわけねぇだろうが! なんだその昭和の根性論みてぇのは?!】

「あきらめちゃだめです! どんなことでも最初は小さいことの積み重ねからです! 塵も積もればなんとやらですよ、垣根さん!」


俺は積もった塵をあいつらに捨てられてるような気がするんだが、とげんなりして返した。
初春が張り切っているところがさらに痛々しい。
ガラスの向こう側をにらみつけると、木山春生が笑って手を振っていた。

……くそったれ。

そうはき捨てるも、なぜかリタイアを言い出さない垣根帝督であった。



279: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 22:50:20.34 ID:KqyG4u2o

「じゃあちょっと気分転換しましょうか。今からやるのはシンパシーってゲームです。知ってますか?」

【はぁ、しりませんねぇどうでもいいですねぇ】


車椅子の前で正座している初春が持っているのはトランプくらいの大きさのカード束。
ぱさぱさと手際よくシャッフルしながら、楽しそうに解説してくる。
ほとんど抜け殻のようになった垣根はとりあえずやりたいようにやらせてやることにした。

―――と。そのとき不意に妙な考えが頭を過ぎってしまった。
世間的にこれはどう見てもカップルが部屋で遊んでいるようにしか映らないのでは。
暗部組織の住民が。中学生と。部屋で。


【中学生……、かっぷる……】

「あ、そうですそんなかんじです! 連想ゲームみたいな!」


否定するのも面倒になって、言われるがままに紙とペンを手に持つ。
そういえば、能力開発のときこの手のゲームは色々やった。
当時、自分は何か人がやらないようなことをするのが好きだった。また、受身な行動よりも自分で生み出す方が得意だったような。
複雑な形のブロックを組み合わせて斬新な形の建物をつくったり、おもちゃを分解して新しいおもちゃを作ったり。

―――あの頃は純粋にゲームを楽しめていた気がする。
暗部に入ってもあの手この手を使って相手を出し抜いたり、びっくりさせたりするときは楽しかった。
発現する能力が性格に関係しているというのは、案外本当かもしれない。


「じゃあお題です。……秋、ですね。この言葉から垣根さんが連想するのは何ですか? 書いてください」

【いいけど。これってどうしたら勝ちなんだよ】

「えーと……、よくわからないですけど、どれが勝ちってことはないみたいです」

【はぁ?】

「と、とにかく私もやるので、がんばりましょう!」


何をだよ、とつっこむ気力も失せた垣根は、失いかけた子供心をなんとか呼び覚まそうと苦心するのだった。



282: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 23:23:05.50 ID:KqyG4u2o

――――――

そんな垣根と初春を見守るのは二人の天才。木山春生とカエル顔の医者、通称冥土帰しである。
同じ患者を癒すべくここにいる二人だが、その態度は対照的だった。
冥土帰しはくすくすと笑いながら終始楽しそうに様子を眺めているのに対して、木山は難しい表情を崩さない。


「こうして見ていると懐かしいものだね? 僕もあのゲームはよくやったよ」

「………」


木山の頭にあるのは“あの件”について。垣根帝督をつけていた何者か。正体不明の人物X。それに付随して彼を取り巻くバックグラウンド。
もちろんこれだけの情報で特定されるような存在などいるはずもないが、
垣根について詳しく知っている彼ならば心当たりくらいはあるかもしれないと。


(暗部、とかいう集団についても知っていておかしくはない)


そもそも木山が病院に呼ばれたのは特例である。
「脳科学およびAIM拡散力場の専門家がほしい」。伝達はこれだけだった。
“なぜ自分が呼ばれたのか”よりも“なぜ彼だけでは解決できないのか”の方が気になる。
冥土帰しはそんな質問に対して、


「単純に専門範囲の違いだね? 彼みたいなケースについては君の知恵もいるだろうから」


と称してうながしていたし、自分も最初はそんなものかと思っていた。

―――が、どうも臭い。あまりに手際がよすぎる。ワイヤレス受信機の開発はまるで予期していたかのように、すぐに形にしてくれた。
あの事件のときの様子からしても、彼に治せないものなどないのではと思わせるくらいの腕前なのだ。

それなのに自分を呼んだのはなぜ。
どこまでこの人は知っている?どこまでこの人は意図している?


「君は子供は好きかな?」

「あ……、……え?」


ぼーっとしていたところを話しかけられたので返事に戸惑う木山。



283: ◆le/tHonREI:2010/11/16(火) 23:41:55.48 ID:KqyG4u2o

「なぜそんなことを聞くんです? 先生なら知っているでしょう」

「おや、否定しなくなったんだね? 成長したのかもしれないね」


微笑を浮かべてこちらを振り向く冥土帰し。瞳は年齢相応の優しさと、達観した光がうつっている。


「……三歳までは天才的な絵を描く子供が、たった10年のうちにこの世の既成概念にとりこまれてしまう。
 本来ひとは自由な発想を持ちえる生き物なんだね。感性を守りぬけた人々はおそらくいつまでも若い。
 ゆえに、大人の目から見たらそれが時々、この上なく危うく見えたりもする。そしてしだいに過保護になる。
 ―――それが彼らの想像力を蝕んでいるとも知らずにね?」

「………」


冥土帰しが言っていることがどのポイントについてのことなのかはわからなかったが、そのセンテンスで木山は理解した。
―――やっぱり、この人はすべてを知っている。
おそらく木山を呼んだ理由も、垣根帝督の背景にあるものも、すべて。


「―――なぜ危険にさらすようなことを推奨するんですか。先生は彼らの背後にあるものを知っているでしょう」

「痛みを知って学ぶこともあるからだね。いや、痛みと癒し、その両方がないと人は成長できない」

「暴論です!!」


周りにいた医者が、声を荒げた木山の方を振り向いてきた。
はっとなってからうつむきがちになる木山を、今度は正面から見て冥土帰しは口を開く。


「君は少し責任感が強すぎる。ときにはいいことだけれどね」

「私は……、もう自分の前で、人が眠ったままになるのは……」

「ならなかった」

「………」


ぎり、と拳を握る。慰めに聞こえたわけではない。単純にあのときの光景を思い出してしまったから。



285: ◆le/tHonREI:2010/11/17(水) 00:01:49.43 ID:cGf0bPAo

「少し語ってもいいかな」


木山から少し離れた場所に椅子があった。
手招きしながらそこに座すと、顎の前で手を組み、冥土帰しは話し始める。


「元来、人の命は本来僕たちが手をつけていいものではないのかもしれないね。なぜなら僕たちは神様ではない。
 ないし、多分なってはいけないんだ。それでも僕は人を治す。それもなぜかって? 善悪の判断ができないからだね。
 いいことと悪いことの価値観は星の数ほどあるけれど、目の前で苦しんでいる人を治すという行為はおそらく正しい。
 これが僕の正義だ。そして、そこまでの正義なんだよ。そこから先は患者が決めることであって、僕が決めることではない。
 だから僕は患者が誰だろうと彼らを治す。たとえその先に地獄が待っていようとも、また戻ったこの地で、彼らを必ず救いだす。
 ―――冥土帰しの名にかけてね」

「戦地に人を送るくらいなら、私は―――」

「木山くん。君も僕の患者だよ?」


冥土帰しの声色は変わってはいなかった。語調も、表情も。
それでもその言葉には刺すような説得力がある。
木山は反論できない。なぜなら、彼が語っていることは、まぎれもない正義だから。


「君は立派に教え子たちを救い出した。それは誰にも否定しようのない事実なんだ。もう過去の自分を責めるのはやめなさい。
 そして、君の亡霊を彼女らに押し付けることもやってはだめだ。あの二人はきっと立派に歩き出すよ。多少は放っておいてもね」

「………」

「ああそれと―――、例のアレ、もうそろそろいいんじゃないかな? 暴走の心配はテストしなくても平気だろう。
 僕が調べたからね。若干期間が短いが、うん、まあなんとかなるだろう」

「……!? なぜそれを……」


冥土帰しは立ち上がる。ヘヴン・キャンセラー。その名に恥じぬ威厳と、信念を携えた男。


「―――僕を誰だと思っている?」


………

……





296: ◆le/tHonREI:2010/11/20(土) 22:19:18.06 ID:sQpQuhQo

                                      ※


「それじゃあ、最近は放課後ずっと病院に行っているんですの?」


時刻は昼と夕とがすれ違う時間帯。

白井黒子と初春飾利の両名はひさしぶりの支部の掃除に勤しんでいた。
とある先輩曰く、「白井サンの能力を使えば簡単でしょー?」と色々なことを無視した要求をのんだ結果である。

頼んだ当の本人はなぜか帰宅している。
白井は当初不満をもらしていたが、本来掃除というものは始めてからは手がとまらなくなるもの。
能力を使って部屋の整理をしながら、今では軽く会話をかわすくらいに作業ははかどっている。


「はい。リハビリですよ、リハビリ♪」


対する初春はなんだかいつも以上に飴玉の転がるような声を発して答える。
まるでその言葉が持つ響きに酔っているかのようだ。「末期ですわね……」と白井がつぶやくのも無理はない。


「何かいいましたか?」

「いえ、なんというか、傍から見たらわたくしもそんな感じに映っているかもしれませんの……」


「?」と首をかしげる初春はさておき、白井は掃除に専念することにした。
いくら拠点だからといっても汚い環境で仕事をするのは気分的にもいいものではないだろう。
ああ、こんなところまで埃が……、と独り言を言いながら作業をこなしていく。


「……、……白井さん」

「? どうしましたの? 恋の相談ならお断りですのよ、わたくし忙しいので」


こんな状態で惚気られたらたまったものではない。
そもそも二人はどこまで進んだ関係なのだろうか。初春はおそらくおくてだろうが、あの垣根とかいう殿方がどうかわからない。
―――もしかしたら、すでに公共の電波にのせては放送できないとこまでいっているのでは。


「……このッ!! このシミめッ!!! このシミめがァッ!!」

「あ、あの……、話していいですか……」


シミにあたっても仕方がない。



297: ◆le/tHonREI:2010/11/20(土) 22:36:32.93 ID:sQpQuhQo

「えっと……。の、惚気じゃないですよ? というかそもそも私と垣根さんはそういう関係じゃなくてですね……」

「ええいっ! 余計に腹が立ちますの!! さっさと仰りなさいな!」


持っていた雑巾をほっぽり出して椅子にどかっ!と腰掛ける白井。
初春はガラスを拭くのに使っていた新聞紙を片手に何やらもじもじと、誰が見ても惚気オーラ満々である。


「……お、男の人ってあれですかね、やっぱり手料理とか、そういうの食べてみたいって思うんですかね」

「いや惚気てるじゃないですの!? 何なんですのよ!?」


近場にあったモップに手を触れ、テレポートで初春の頭上より少し高い位置に移動させる。
「ああっ!?」と奇声を発して倒れてしまう初春。
衝撃自体はそれほどでもなかったのだが、急に頭を叩かれてびっくりしてしまう。ひどいですよーと付け足してももう遅い。
白井は呆れ顔で頬杖をついて言った。


「男性経験が希薄なわたくしに聞くという行為そのものがナメてやがりますの……。
 そんなもの、アレコレ考える前に行動に移してしまえばよろしいのに」

「でも……、ううん……、うまく作れないかも……」

「まだ続けるんですの!? 体内に直接送ってあげてもいいんですのよ!?!」


初春がそんな白井の台詞に構う様子はない。
ぼーっとした、思春期の乙女が放つ独特の表情を保ったまま宙を見つめている。
白井はあきらめて掃除に戻ることにした。くだらない。これ以上付き合いきれたものではないと。


(まったく……、まぁ本人が幸せそうならいいんでしょうけれど……)


初春や白井を取り巻く環境はそうでなくたってトラブルに巻き込まれやすい性質を備えている。
以前はそれで喧嘩というか、なんだか気まずい関係になったし、これでも割と気を遣って接しているのだ。

心配かどうかと聞かれたら、当然心配だが。


(どーせメル友とかいうのも嘘でしょう)


そんなに浅い仲ではない。が、静観できるほどには彼女も成長したということだろうか。



299: ◆le/tHonREI:2010/11/20(土) 22:58:29.35 ID:sQpQuhQo

「わたくしもお姉さまについて惚気たい気分ですのよ、まったく。……で? 今日もそのカキネサンのところに?」

「あ……、ええ、はい。えへ、ちょっと今日はですね、無理言って長くいられそうでですねー」

「はいはい。ではさっさと掃除、終わらせますのよ。遅刻しては迷惑がかかるのでしょう?」


雑巾を持って作業に戻る。
詳細を聞くのはもう少し期間を置いてからでもいいだろう。初春だって成長していないわけではない。
おそらく彼女なりのタイミングで打ち明けてくれるはずだ。
これ以上白井がアレコレ詮索するのは、それこそ野暮というものである。


(……はっ! この発想、どう考えても中学生のそれではないのでは……!?)


つっこんでくれる相手は当然いない。自分の達観しつつある姑思考に若干の不安を抱く白井だった。


――――――


帰り道。

もうあたりは夕闇がつつみはじめている。思ったよりも時間がかかってしまった。
この時期の夕暮れは肌寒い。白井も初春もこういう日には手袋くらいは持ってくるべきだった、と反省しながら帰路を急いだ。


「初春、時間は平気ですの? もしも都合が悪いようなら、わたくしが送ってさしあげても……」

「あーはい、多分大丈夫です。今日は遅くなるかもしれないって伝えておいたので」


ならいいのですけれど、といいつつ足取りは軽い。
白井なりに気を遣っているのだが、初春は気づいているだろうか。


「そんなに急がなくても平気ですよ」


気づいていた。それはそれで恥ずかしい。


「べ、べつにわたくしは応援してるわけではなくて、ですの」


初春は答えず、ニコニコと笑って返すだけ。はあ、とため息まじりに急ぐ秋の道の寒さはどこかへ行ってしまった。



300: ◆le/tHonREI:2010/11/20(土) 23:11:30.01 ID:sQpQuhQo

「―――白井さん」


初春がまた白井を呼んだ。
少し前を歩いていた白井は最初、「まーた惚気ですの? 続きは病院でやってくださいな」といいかけて、やめた。

なんだか声の雰囲気が違う。振り返ると初春は立ち止まっている。
口調的に、真剣な話らしい。何も今しなくても、といいかけてそれもまた、やめた。


「その……。色々と、話してないことがあるんです。秘密ってわけじゃないんですけど。
 別にここで全部白井さんに話したからってどうなるわけでもないし、……むしろ話すべきなのかもしれないです、けど」

「……、初春、話をするときは整理してからにするべきですのよ」


ごごごめんなさいと謝られるが、白井は相手にしない。
それよりも伝えるべきことがあると思ったからだ。気持ちを落ち着かせて、ゆっくりと初春に近づき、その口を開いた。


「貴女が誰とどこで何をしていようが、わたくしが取る立場はひとつに決まっていますの。貴女のパートナーとして、悪をくじく。
 初春が道から外れそうなら、それを正す。ときには協力して、ときには敵対しても、ですのよ。わかっているでしょう?」

「白井さん」


別に説教をするのが得意なわけではない。

でもなし崩し的に、信頼関係を甘んじられるのもどうかと思う。
核心が知りたいという気持ちはあるが、もっとそれは初春の中で整理されるときがあるはずだ。
そうなる前に自分のスタンスはしっかり伝えておきたい。そう思っただけのことである。


「だから、ええと、垣根さん……がどんな人でもわたくしは口出ししたりはしませんの。間違っていると思ったら間違っていると言う。
 危険にさらされたときは助ける。それだけのことですのよ。―――それだけ、わたくしは貴女を信頼していますの。
 初春はわかってくれていると思ったのですけれど」


言われて頷くところを見ると、自覚はしていたらしい。けれど確証がないといったところか。
初春らしいといえばらしいが、相変わらずこういう部分はセンチメンタルだなぁと思ってしまう。


(そこが初春のいいところでもあるんですけれどね)



301: ◆le/tHonREI:2010/11/20(土) 23:41:27.24 ID:sQpQuhQo

「ま、難しい話はまた今度でいいですの。………、それより初春、これ」

「はい?」


白井から手渡されたのはUSBメモリのようなもの。急に渡されたのできょとんとしてしまう。
それは本来初春から渡すことはあっても、白井から受け取るのは珍しい一品だ。


「こほん。まぁー……その、温泉旅行について佐天さんとですね、企画していましたのですが……。
 お姉さまはどうも都合が悪いらしくて一人欠員が出そうなんですの。
 わたくしは……そのぅ、病気のことはよくわかりませんが……ま、まぁリハビリというのもほら、あれですのよ、つまり」


―――今度は白井の方が混乱している。それも初春以上に。

要するに、垣根も誘ってみたらどうか、という意味だろうか。


「そこに一応パンフレットをインストールしておきましたの。あーで、ですがそのあれですのよ? 部屋は別室で、ふ、不純なことは……」

「白井さん……!」


次には飛びついていた。
離れなさいですの! 寒くなんかないですの! と叫ぶ白井を無視して、初春は受け取ったばかりのUSBを握り締める。


……垣根は旅行好きだろうか。

というかそもそも誘って乗り気になってくれるだろうか。

面倒くさそうに、【ありえねえ】とかなんとか、ぶっきらぼうに言われたりはしないだろうか。


(……、でもでも、お花の本は読んでくれてるみたいだし……)


平気だよね、と自分に言い聞かせる。

白井はもう歩き始めていた。
ぶつぶつと照れ隠しをしながら夕日の方向に進む優しい同僚。
自分の周りには素直じゃない人が多いなぁ、などと、寄せ付ける人種を思い返しながら初春は病院へと向かった。



302: ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 00:10:51.56 ID:BXb7uR.o

                                    ※

白井と別れて病院に入ると、木山が迎えてくれた。
この環境で、この科学者と会うという状況そのものが当たり前になっている。
いつもなら軽く談笑してから病室に向かうのだが、どうも様子が変だ。
なんだか険しい表情をしているし、髪の毛がいつもにも増してボサボサ。ため息を何回もついていたところが想像できた。


「な、なにかあったんですか?」

「まあ、入ればわかる」


初春は一瞬首を傾げたが、木山が口を開く素振りがないので案内されるがままに病室へと直行する。
いつもは病室で垣根に挨拶してからすぐにリハビリ場に向かうのだが、木山の言い方からして当人に何か異変があったようだ。

今日はしないのかな、リハビリ。初春は少しだけがっかりしたような気持ちを覚えた。


「当人があれではな……」


含みのある言い方が気になるが、とりあえずはついていくしかない。
口調的に垣根の容態が悪化したとかそういう類の事情ではなさそうだが、それにしたって気になる。
こつんこつんと、相変わらず音が響く廊下を歩いて病室にたどり着いたとき、木山がそっと耳元で言った。


「……まぁ、なんというか。頼むよ」


何のことだろう、とやっぱり首をかしげるが、木山は返答しない。
首で部屋を指すだけだ。ままよと思い立ち扉を開いたところ。


「………!」


びっくりするような光景がそこに広がっていた。



303: ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 00:26:39.57 ID:BXb7uR.o

「ど、どうしたんですか……これ……」


部屋は相当散らかっていた。
垣根の病室にはそもそも置いてある物品の種類が少ないとはいえ、
そこらじゅうにカップや茶碗、お盆や本などが乱雑にぶちまけられている。
強盗でも入ったかのような光景だ。ベッドの位置もおかしい。点滴や椅子の位置も。何もかも。

おそらくこうした本人だと予測できる垣根帝督は、何事もなかったかのように車椅子に座り、窓の外を眺めていた。


「……何か……、いやなことでもあったんですか?」


初春の質問に答える様子はない。携帯はさっきからぴくりとも動いていなかったからだ。
誰かが入ってきたことは気づいているようで、初春の二つ目の質問を聞いてようやく垣根は体をこちらに向けた。

虚ろな目、というわけではないがどこか濁った印象を覚える。
今まで見たことがない顔だ。

―――この表情を一番うまい言葉で例えるなら、なんだろう。次の言葉をどうやってつなごうか、
などと考えているうちに、手元の携帯が振動を始めた。

慌てて手に取り画面を見ると、




                                      【散歩】




とだけ表示されていた。
散歩……? 散歩をしたい、ということ?


「で、でも垣根さん、今日はリハビリしないと。早く回復してですね、そのうち外も歩けるようになって……、
 あ、そうそう、この前紹介した白井さんっていたでしょ? あの人が気を利かせて」

【散歩。散歩散歩散歩散歩散歩散歩散歩散歩散歩!!】


聞き分けのない子供のように次々と文字が打ち込まれる。
垣根を見ると車椅子の取っ手の部分を両手でガンガンと叩いていた。まるっきり聞き分けのない子供のような仕草だ。



304: ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 00:49:12.28 ID:BXb7uR.o

「……そういうわけだ。頼んでいいかい」


声をかけられたその先を見ると、木山がため息をつきながら壁に寄りかかり、こちらを見ていた。


「今朝からずっとあの調子だ。何を言っても聞かない。まったく、子供みたいだと思うだろう? 
 リハビリに飽きただの、初春はどこだ、だの、うるさくて適わない。検査もすっぽかしてこの様だ。
 よっぽど君に会いたかったようだな」

「…ぇ……」


言葉をつなぐのとほぼ同時に、垣根は近くに転がっていた雑誌を投げつけた。
すいと身を起こしてかわす木山。携帯には【余計なこと言ってんじゃねえ】とだけ。

―――そういうことか。

それにしても、やっぱり自分の周りの人間は素直じゃない。垣根は思考の中でも嘘をつく。
初春はプライバシー侵害を避けるために日中は通信を切っていたのだが、それが裏目に出たようである。


【……で、どうすんだよ】

「どうするもこうするも……、はぁ、仕方がない子ですね」


だから俺をガキ扱いするんじゃねえ、と続くのだが、最早初春は見向きもせずに木山にワイヤレス受信機を用意するように頼んでいた。
中学生の前で無視される学園都市第二位。
傍からみてもちょっと憐れな光景だった。


「今日はもう遅いから、ちょっとだけですよ? 明日からちゃんとリハビリ、がんばってくださいね」

【いいから早く】


せかす垣根は少しだけ恥ずかしそうだった。



305: ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 01:25:34.99 ID:BXb7uR.o

――――――

日が落ちるのは早いもので、辺りはすっかり暗くなっている。
初春の寮は門限に厳しいほうではないが、さすがに以前散歩したようなルートは辿れないだろう。


「はい、じゃあどこにいきますか? あんまり遠くにはいけないし、お店もそろそろ閉まっちゃいますけど」

【どこでもいい】

「……垣根さん、怒りますよ? 私だって神様じゃないんですから、どこが落ち着く場所かなんてそう毎回毎回……」

【本当にどこでもいいんだ】


垣根の発言には声色というものが存在しない。
だから彼の思考を読み取るとき、初春は表情を見てその意図を判断する必要がある。

今は後ろから車椅子をおしているだけなので、どういう意図でそれをいったのかは不明だが、
あの病室をみる限り精神的にかなり不安定になっているのかもしれない。

考えてみればそれは当たり前のことだ。

狭い病室で、治るかどうかもわからないリハビリに付き合わされ、不自由な体に悩まされる毎日。
話し相手は自分や木山やあの医者くらいなのだろう。垣根は人付き合いが得意そうには見えない。饒舌なのは認めるが。
電脳空間というものがどういった世界なのかはわからないけれど、こんな状況でストレスがたまらないほうがおかしい。

これ以上感情を逆なでするのはやめて、おとなしく言うとおりにしようとした。

目的もなく、とりあえず外の空気を吸うだけでも気分転換になるはず。
ゆっくりと。本当にゆっくりと道を進むことにした。

話題は何にしようかな、とどこかしら漂う妙な気まずさを感じながら初春が口を開こうとすると、


【初春。花の話をしてくれ】


唐突に話しかけられた。



306: ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 01:50:28.19 ID:BXb7uR.o

「えっ? 花ですか? ……花……、花の話っていわれても……」

【前にテメェが言ってた歌でもいい。あれはどういう歌詞だっけ】


なんでそんなことを聞くのだろう。以前はあれだけ否定していたのに。

ナンバーワンにならなくてもいい。そんなものは負け犬の言い訳。
ナンバーワンになれないものはオンリーワンにもなれない。

無粋な言い方だなあとは思ったが、正直それを否定する理屈を初春は持ち合わせていなかった。
心ではきっちり筋が通っているつもりなのに、頭の中でうまい言葉にできない。
だからこそ垣根に伝えたかったのに。

ごまかしてことなきを得たのはいいけれど、やっぱりそれは言い訳なのだろうか。


「でも、垣根さんが言うことも一理あると思いますよ。た、確かに、がんばらなくていいってことではないですよね!」

【がんばっても意味ねえやつもいるけどな。才能がねえのにひーこら言ったり。まるで茶番だ】


初春は携帯を見て胸が苦しくなる。

……それはあのリハビリのことを言っているのだろうか。
確かに、あれは正直リハビリといっても精神治療のようなものだ。

お前は子供をあやすような気持ちであれをやっていたのではないか、と聞かれたら言葉につまってしまう。

同情とか憐憫とか、それは多分聞かれて気持ちいいものではない。
しない善よりする偽善とはよくいったものだが、そこに感情が加わるとまた話は別だ。
垣根は本心では迷惑だと思っていたのかも、しれない。

とっさに気の利いた台詞を言おうとするも、初春の口から出てくるのは取り繕うような台詞ばかり。


「……、それはそうですけど……、リハビリだって、木山先生たちが頑張って考えてくれているんだし、効果なら……多少は、その」

【別にテメェとああいう茶番をするのが嫌なわけじゃねえよ。勘違いすんな】


え? と返してもそれ以上返事が返ってくることはなかった。
再び訪れる沈黙。

そよ風に垣根の金色の髪の毛がなびいていた。



307: ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 02:27:32.20 ID:BXb7uR.o

道なりに進んできて、折り返してもいいくらいの距離は歩いただろうか。
今度こそ本当に話すことがなくなった初春は、とりあえず花についての知識を一方的に語ることに時間を費やした。
垣根はたまにそれに頷いたり、一言二言感想を付け足したり。終始受け身の態度を崩さなかった。

つまらないのかな、と思ったりもしたが多分垣根は感傷的になっているだけな気がした。
なんとなく、だがほとんど確信して。


「そろそろ戻りますか? どうです、すっきりしましたか?」

【ああ。これ以上ないくらい、中学生の雑談に付き合ったからな】


憎まれ口を叩けるくらいなら上等だろう。
「その雑談に感心していたのは誰です?」とお決まりの返答を投げて、初春は車椅子の向きを変える。

この道を曲がれば、病院の入り口に別方向からアクセスできるはずだ。


(よく考えてみたらこれもリハビリの一環だよね。垣根さん落ち着いたみたいだし、今日もいい時間だったな)


にやけそうになる顔を両手で叩いてから、垣根の顔を覗き込み一言、


「では戻りますよー! 今日もいい子でしたね?」


憎まれ口にきっちり利子をつけてお返しをするのは二人特有のやり取りだった。
この二人の関係はどちらが優位なわけでもなく、お互いがお互いをからかうタイプのものなのだ。
多分じっとしていたらすぐにまた皮肉で返されてしまうだろう。
とりあえずは車椅子を進めて、何を言われてもはいはいとうながすつもりだった。


―――過去形なのは、絶妙のタイミングで彼女は言葉を失うことになったから。


【嘘ついた】

「え」


初春が声をあげたのは垣根の言葉を聞いたからではない。

理由は、

彼の冷たい手が、初春の頬に触れていたから。



309: ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 02:49:42.78 ID:BXb7uR.o

                    【すっきりなんかしてない。まだ帰りたくない】


それは初春が彼と接した中で、最も明確な意思表示だった。
そして同時に、その内面の中で最も無垢なものを見た気がした。
初春の頬をなでる手のひらは風にさらされて冷たい。けれども、多分それは末端に温度が伝わっただけだろう。

どこが冷たくなっているのか。どこが、凍えそうになっているのか。

彼がどこに帰りたくないかはすぐにわかる。でも、だからといって―――。


「―――でも、じゃあ……、ど、どこに行きたいんですか……?」

【いわせんなばか】


ぎゅっ、という音をたてて、垣根は初春の頬をつまむ。覗きこむ体勢になっていたので表情がまるわかりである。
闇に支配されているこの時間帯では、彼の頬の色までは把握できないが、このときの初春にはそれすらもわかった気がした。


【……初春の家、誰か他のやついるのかよ】


次には固まっていた。なぜ彼女が固まったのかというと、思い当たる理由は色々とある。

―――そもそもこれは本来、女の子が言う台詞じゃないのか? ほらよく、映画とかの別れ際とかに。
逆の立場だったら自分がいうべき台詞なんじゃ……?

―――そして彼はなぜこんな乙女な台詞を本心から言ったの?
こっちがにやけてしまうような台詞を? 嘘をつかずに、本音を吐露して……。

―――最後に、(若干順番がおかしいが) え、うちに来るってどういうこと?
え? なぜ下着のことが頭をよぎるの? ………!!!!


【嫌か?】


垣根帝督は遠慮もせずどしどしと、初春の心のある一室にあがりこんでくる。
気づいたときにはつねられた頬がまた、優しくなでられていた。
ずるい、と思った。本人は意識せずにやっているのだろうが、別に恋愛経験がなくても、これは―――。


「……いやじゃないです、けど……」


そう言って返すのが精一杯だ。



312:ごめんなさいコーヒーつくってました ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 03:36:37.36 ID:BXb7uR.o

【ならいいだろ。俺といるのは退屈か?】


なんだか今日の垣根はやけに積極的である。
でも、家に来るっていうことは、つまり、泊まっていくということだろうか。
さすがにそんな事態を想定してはいなかったし、来るなら来るで色々と準備がある。

もちろん主に心の方面の話だが。


「そういうんじゃなくてですね、先生たちがいいっていうかもわからないし、それに……」

【それに?】

「その………、」


少しは気にしてください、といおうかと思ったが、それではまるで自分だけ意識しているみたいなので飲み込んだ。

垣根と自分とはあくまで患者と世話係、の関係だ。
不純な気持ちで舞い上がっては、垣根もやりづらくなるに違いない。多分初春が考えるよりもずっと心は冷え込んでいるのだろう。
自分みたいな、それこそ中学生に哀願するなどいつもの彼なら考えられないことなのだから。


「……寮に男の人を入れてもいいかって、確認しなきゃいけないし……」

【介護っていえばなんとでもなるだろ。……頼むよ。一人になりたくねえんだ】


訴えるような瞳でこちらを見つめてくる垣根。
そんな表情をされたら母性本能を刺激されてしまう。

ただでさえ自分は垣根をケアしてあげたいという気持ちでいっぱいなのだ。
彼が望むことなら、できる限り何でもしてあげたい。それこそ何でも。

―――な……ん…………でも……?


「かっ、垣根さんのえっち!」

【は?】


覗き込む体勢に疲れたのと、今度はこっちが赤面してしまいそうだったので身を引いた。
初春飾利は―――乙女だ。



317: ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 04:03:24.45 ID:BXb7uR.o

「……じゃあ、一応先生にきいてみますけど、駄目だったらあきらめてくださいね」

【大丈夫だ。俺のわがままに常識は通用しねえ】

「自覚してるならこういうわがままは……、その、もうちょっと自重してください……、もお」

【心配するな自覚はしねえ。さあいくぞ初春。ようそろー】


急に元気になった垣根を尻目に、初春は今度こそ車椅子を進めだした。
頭の中ではすでに計算がなされている。まずは木山先生と冥土帰しに許可をもらって、それから寮に電話して―――。


(―――え、でもそしたら料理とか、色々……。あ、垣根さんお風呂とかちゃんとはいってるのかな? ……!)


きらーん。何かが頭でひらめくのを感じた。
垣根とは毎日会ってはいるし、リハビリも誠心誠意をこめて付き合っているつもりだが、まだまだ自分にはできることがある気がする。

そうだ、そう考えてみれば介護の真髄とは24時間体制のそれにあるのではないか。

お風呂やトイレ、料理、その他もろもろ……すべてをフォローしてあげてこそ、真の介護士たる資格を手に入れられるというものだ。


(な、なんか燃えてきたっ! それならそれで、がんばって元気になってもらお!)


手元では垣根から【お、おい初春ちょっとスピード出すぎてねえか】などと意味不明のメッセージが送られてきているが気にしない。
目的が増えた以上、こちらも本気でやる。初春飾利は燃えていた(二回目)。


(……、でも木山先生おとなだし、許してくれそうにないかなぁ)


ちょっぴり不安を感じてしまうあたり、やっぱりそちら方面の事柄から頭が離れないのだろう。
なんていったって、初春は乙女なのだから。


………

……





322: ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 04:38:48.21 ID:BXb7uR.o

                                  ※

「垣根さーん、お風呂わきましたよっ」

【あ?】


気づけば二人は初春の寮にいた。
ここにいたるまでに紆余曲折があったわけではない。思ったよりもずっとスムーズにことは進んだ。
病院に戻ってから木山に事情を話すと、一瞬何かを考えていたが、やがてこう切り出された。


「……年頃の男女とはいえ、垣根くんはこういう状態だしな。入ったの出ただの、面倒な問題も起こるまい」


とかなんとか、さらっととんでもないことを口にして許可をくれた。
彼女としては精神面の安定のほうを優先したいようだ。

ワイヤレス受信機のバッテリーまで用意してくれていて、まるでこうなるのを予測していたかのような手際のよさである。
本来木山は研究者として病院に来ているというのに、今や垣根の主治医の地位として紹介しても差し支えないくらいの敏腕っぷり。
「何かあったらすぐに連絡するように」とだけ言われて病院を出た。

それから寮に一応の許可(こちらは少々てこずったが)をもらい、介護という名目で垣根は部屋にあがっていた。
とはいっても初春の部屋は手すりやその他のバリアフリー的なものが備えられているわけではないので、部屋の真ん中で座っているだけだが。

ちなみに初春が帰りにもろもろの日用品を買い込みすぎていたのは言うまでもない。


「お風呂です。冷めないうちに入りましょう」

【熱いのは好きじゃねえ。………いや、つーか……、“はいりましょう”?】

「え? だって、一人じゃ入れないでしょ? 体、洗ってあげますよ」

【い、いいよいらねえよ、一人で入れる】


そう言って両手を使って立ち上がろうとする垣根。
が、うまく動けずにすぐに床にびたっ!と張り付いてしまう。見るにみかねて初春は肩を貸してあげた。



323: ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 05:00:20.92 ID:BXb7uR.o

【いいって。一人ではいれるって。……ってテメェ、何服脱がせようとしてんだよ、このエロ春!】

「あっ。……そ、そうですよね、ごめんなさい。タオル貸しますね。見たりしませんから、そこは大丈夫です」

【そこじゃねえよっ!!!】


無理矢理ふりはらってから床を這いつくばるが、すぐに初春につかまってしまう。
その様子はまるで子供に注射を強要する医者のようだった。

初春の装いは動きやすい短パンとTシャツに着替えられていて、どうやら濡れても平気な仕様になっているようだ。
対する垣根は相変わらずの手術衣。帰りに服も買っていこうとしたのだが、あいにくとお店はどこも閉まっていた。


「もお、言うことを聞いてください! ほら、お風呂も垣根さんが来たから特別仕様ですよ?」

【……おい】


半ば強引に垣根を連れ去って浴室の扉を開くと、そこには信じられない景色が広がっていた。


一面にちりばめられた花、花、花。


赤を基調とした派手な色で埋め尽くされている。
浴槽に入れられた入浴剤はラベンダーの香りを含んでいて、垣根は見るなり絶句して白目を剥きそうになった。


【テメェはどの方角に向かってるんだよ……?】

「これ、造花なんですよ? 綺麗ですよね! 私もはじめてやってみたんですけど、これならリラックスできること間違いなしです!」


初春としては純粋に垣根の精神面を心配しての行動なのだろう。
垣根はいくらメルヘンを自覚しているとはいえ、こんなファンシーな空間に溶け込むのは断固拒否したいところだ。


―――が、できそうにない。


【くそったれ……、それもこれもこの馬鹿げた体のせいで……】

「はい、タオルです。目つぶってますから、巻いてください」


がさがさと衣擦れの音が部屋に響いた。



324: ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 05:21:19.87 ID:BXb7uR.o

「いいですかー?じゃあゆっくり入りますよー?」

【ちげぇからな。こういうのを予期してたわけじゃねえからな。ほんとだからな】

「はいはい、わかりましたわかりました。あ、すべらないようにしっかり捕まってくださいね?」


テメェ今さらっと流しただろそうだろ! という文字が浮かぶ画面を初春の眼前に押し付けながら垣根は浴槽に入った。
よいしょ、と掛け声を出して湯船につけてあげる。こういうときにリハビリの効果はあったのかもしれない。
二人三脚やパントマイムの成果といったところか。

今は両手がふさがった初春に変わって今は垣根が携帯端末を持っている。
ワイヤレス受信機はぬれないようにビニールでぐるぐる巻きにしてあるのでなんとかなりそうだが、
やはり体の不自由な人を風呂に入れるだけでも一苦労だ。

逆にそれが初春の介護士としてのHeartに火をつけていたりも、するが。


「お湯あつくないですか? のぼせそうになったら引っ張ってくださいね」

【……ん。ちょうどいい】

「面倒だからこのまま髪と体、洗っちゃいましょうか」


返事をする前に初春はシャンプーを垣根の頭にぬっていた。耳元が濡れないように丁寧に泡立てていく。
くすぐったいような感覚。湯船にはいっているせいだろうが、頭がぽかぽかする。


「私が手を入れてたら冷めたりしないんですけど、ちょっと無理そうですね。あ、どこかかゆいところはありますかー?」


聞いてから携帯を見ようとすると、垣根は目にもとまらぬ速さで画面を閉じてしまった。
何か都合の悪いことでも聞いたのだろうか。

まあそもそも美容室でかゆいところを聞かれても、頭の箇所を説明するのにどう言っていいかわからなかったりするし、
単純に答えるのが面倒になっただけかもしれないが。

―――【こんなの見せられるか、クソボケ】とひそかに表示されていたのは、ここだけの秘密である。



325: ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 05:42:50.87 ID:BXb7uR.o

「いつもはどうやってお風呂はいってるんですか?」


背中を流しながら初春が聞いた。さめないように保温効果で体を温めながら、やっぱり丁寧に、それでいてごしごしと垢をとしてあげる。
垣根の背中は見た目通り綺麗な肌をしていた。


【一人で入ってるよ。さすがに素っ裸なんか見せられねえだろ。院内は設備も充実してるしな】

「なるほどー。でもたまにはいいでしょ? こうやって誰かに洗ってもらうのも」

【まあ否定はしねえ】


言いつつ素直に従っているところを見ると、どうやらそれなりに居心地がいいようだ。
初春もやりがいがあるというものである。

前も洗ってあげようとしたらさすがに怒られたので、そこは自重した。


【テメェな、もう少し節操っつーもんを考えたほうがいいぜ】

「え? でも患者さんに尽くすのが介護士でしょ?」


初春の頭の中にはネジの性質をかえる未元物質でもあるんじゃないか、
という懸念はさておき垣根は黙って身をまかせることにした。

鼻歌まじりにせっせと手を動かす初春。多分将来は面倒くさい主婦にでもなるんだろう。
結婚するやつは本当に哀れだな、と垣根はまたつぶやいた。


【つかいつも先に湯船に入ってんの? オッサンだなテメェ】

「ちっ、違いますよ!! 今日だけです! 出たり入ったり面倒でしょ? そもそも……、お湯を張るのもひさびさですし」

【初春はオッサンっつーことでいいんだなー】


話を聞いてください! と怒るが今度は反応を返さない。
しゃべれない、というのはこういうときに言葉をかわすための技術でもあるらしい。


まったく狡猾な第二位だった。



327: ◆le/tHonREI:2010/11/21(日) 06:44:32.93 ID:BXb7uR.o

――――――

部屋に戻って垣根にドライヤーをかけてから、初春はすぐにシャワーを浴びた。
相手は垣根なので「覗かないでくださいよ」とは言わなかったが、やはり部屋に男性を置いて浴びるシャワーはなんだか妙な気分になった。

手早くすませて部屋に戻ると、垣根は二段ベッドに背中をつけてパソコンをいじっている。
見ているのはニュース。世界情勢について調べているようだった。


「最近物騒ですよね。あちこちでデモがおこったりなんだり」

【……、別にどこで何が起ころうと今の俺には関係ねえけどよ】


失策だったと思った。これでは追い詰めるような発言になってしまう。

外とつながりたいという垣根の欲求は確かにそこにあるのだろうが、
初春としてはネガティブな事象よりも今はポジティブな事象について話してほしい。

何か話題はないかとタオルで髪をふきながら頭をひねっているところで、思い出した。


「あっ! そ、そうだ、垣根さん、温泉とか好きですか?」

【温泉?】


そうです温泉、といいながら机の上においてあったUSBメモリを手に取る。
多分ここには垣根の心を癒すような画像がてんこもりのはずだ。

旅行ということで話題にもことかかない。まさに白井黒子さまさまのネタである。


「私たちの仲間で温泉旅行に行こうという話があってですねー、一人欠員が出たらしいんです。
 それで垣根さんを誘ってみてはー、っていう話がありまして」

【テメェの仲間? あーそりゃいいな。ハーレムじゃねえか俺】

「……、ま、まぁ、でもあの二人は好きな人が、いま、したようないなかったような……」


佐天に恋仲の人物がいるかどうかは謎だが、なんとなく気に入らなかったのでそう返しておいた。


垣根「初春飾利…かぁ…」【後半】



転載元
垣根「初春飾利…かぁ…」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1294939904/
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