魔王「50年決戦」【前半】

1: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:07:18.62 ID:YbYXZQm/O

―王歴147年―

*「海の向こうで、魔物の王様が出たらしい」

*「おっかないことになっちゃったねえ…」

*「なに、大したことはないさ」

*「王様は軍隊を派遣したんだって」

*「臨時徴用だ! これで嫁とガキにうまいもん食わせてやれる!」

*「気をつけてね…」



*「――軍隊が、全滅した…?」




※勇者魔王もののssです。
※初めてなのでいたらないことがあるかも知れないです。あらかじめご容赦ください。



2: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:12:35.27 ID:ztZCvCDoO

―王歴149年―

神官「カァッ!」

国王「どうじゃ?」

神官「魔の王、眷属を統べて人の世を屠る者なり」

神官「聖なる証を宿し子の、輝く剣によりて魔の王は討たれん」

国王「ふむ…。聖なる証を宿し子、か…」

神官「その者が魔王を打ち倒す唯一の希望でありましょうぞ」

国王「聖なる証、というのは何だ?」

神官「検討がつきませぬが、恐らく体のどこかに聖痕が刻まれているかと…」

国王「よし、大臣よ、聖なる証を宿し子を探すのじゃ」

大臣「かしこまりました、陛下」



3: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:14:18.32 ID:ztZCvCDoO

―王歴150年―

大臣「陛下、聖なる証を宿した赤子が生まれました」

国王「まことか。して、その者の父母は?」

大臣「それが…」

国王「何じゃ?」

大臣「公爵家の、第二子です。生まれた時より胸にあざがあり、神官が洗礼でその証を確認いたしました」

国王「っ…何と…。公爵夫妻を玉座の間へ呼ぶのじゃ」



4: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:16:01.51 ID:nWDzlVwFO

公爵「――この子が、魔王を倒す?」

夫人「そんな、何かの間違いではありませんの? 父様」

国王「神官よ、その子の聖痕は確かなのであろう?」

神官「はい。この子こそが、女神様に遣わされし、魔王を討つ宿命を負っている者のはずです」

公爵「陛下、それでは…どうなさるのですか、この子を」

国王「調査の結果、海の向こう、地の果てに魔王は居城を構えていると言う」

国王「いずれはその子に、魔王を討つべく旅に出てもらわねばならん」

国王「厳しい道程になるであろう」

国王「だからこそ、その子には修羅の道を歩むだけの力を得てもらわねばならん」



5: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:17:07.80 ID:cZT/GBAPO

公爵「あなたの、孫です…。それでも、ですか…?」

夫人「お父様…どうにかなりませんの…?」

国王「このままでは、人類は魔物によって死に至るのじゃ」

国王「ならば、どれだけ可愛い孫であろうとも…わしは千尋の谷に突き落とすしか方法がないのじゃ」

国王「わしを恨んでくれ、2人とも」

国王「この、無力な老人を…」

公爵「陛下…」

夫人「せ、せめて、お父様…この子に、私達の子どもとして、あなたの孫として、称号をお与え下さい」

国王「うむ…。それでは、魔物に脅かされる人間の希望を背負い、全ての民に勇気を与える者として」

国王「勇者の称号を、この者に贈ろう」

 王歴150年。
 世界に初めての勇者が誕生した。



6: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:18:30.14 ID:Id333Xt4O

―王歴155年―

勇者「…だれ?」キョトン

*「…勇、者…?」

勇者「おじちゃん…僕のこと…しってるの?」

?「会いたかった…お前に…」

勇者「ぼくのことをしってるの?」

?「ああ…ああ…だが、もう行かないとならない…」ギュッ

勇者「ぐるし…おじちゃん、だれ?」

?「俺は…いや、もう――」

勇者「いっちゃうの? おじちゃん…」

?「ああ…さよなら、勇者」



7: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:19:11.85 ID:Id333Xt4O

 ガサッ

老女「勇者、こんなところにいたのかい?」

勇者「ばあちゃん…いま、いまね、へんなおじちゃんがいたの」

老女「変なおじちゃん? また、この子は…」

勇者「ほんとうだよ!」

老女「ここはわしの結界があるから誰も入れやしないよ」

勇者「でも…」

老女「さ、もう遊びの時間は終わり。お勉強をするよ、勇者」

勇者「…ほんとうにいたのに」



8: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:33:17.82 ID:s39v/bxvO

―王歴162年―

国王「あの赤子がこれほど立派に成長するとは、時間の経つのはいつも早いものじゃ…」

勇者「こ、ここ…国王陛下、ほ、本日はぁっ…」ガチガチ

国王「よいよい、ババに何ぞや言われていたやも知れぬが、お前の話しやすいようにしろ」

勇者「い、いいの…?」

国王「うむ」

勇者「きょ、今日は…えっと、大切な話があるからって…来たんですけど…」

国王「そうじゃの。何歳になった?」

勇者「12歳です…」

国王「もうそんなになるか…。勇者よ、お主には旅に出てもらわねばならん」

勇者「旅…?」

国王「そうじゃ。お主は女神様に遣わされた、魔王を討つ宿命を負っておる」

国王「もう、わしにはお主に頼る他、何も方法がないのじゃ…」

国王「厳しい旅になるやも知れぬが、頼まれてくれるかの?」

勇者「ま、魔王って…魔物の王様なんでしょ…。お、俺がそんなの…」

国王「悩む気持ちは分かる。明日の朝、改めて返事を聞こう」

国王「今夜は公爵家に泊まると良い。お主と年の近い子もおるぞ」ニッコリ



9: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:34:08.05 ID:s39v/bxvO

公爵「おお、勇者…よく来てくれたな」

夫人「ええ…本当に…」グスッ

勇者「うぇぇっ、な、何で泣くの…? あ、あの、俺…」オロオロ

?「母さんは涙腺が緩過ぎるんだ。何でもないことに泣いちゃう」

公爵「こら、剣士、そんなことを言うんじゃない」

剣士「はあい…勇者、だっけ? 俺、剣士。よろしくな」

勇者「よろしく…」

夫人「さあ、今日はご馳走をたくさん用意したから、皆でそろって食べましょう」



11: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:34:52.30 ID:bYyHPg7fO

公爵「良いものだな、皆で湯船に浸かるのも」

勇者「で、でも、親子水入らずを邪魔してるんじゃ…?」

剣士「…そうでもないよ。勇者、お前は遠慮のしすぎだぞ」

公爵「ふっ、剣士が言うようなことでもない。少しは勇者を見習ったらどうだ?」

勇者「そ、そんなこと…。剣士の方が立派だし…」

剣士「貴族たる者、器が大きくないといけない。勇者も、勇者なんていう無二の称号があるんだから、器を大きく持たないとな」

公爵「ふふ…お前がそれを語るには、少し早いな」

剣士「父さんはいつまでも俺を子ども扱いする…」



12: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:35:35.85 ID:bYyHPg7fO

夫人「おやすみなさい、勇者、剣士」

勇者「お、おやすみなさい…」

剣士「おやすみ、母さん」

 ガチャ
 バタム

剣士「…ちょっと狭いな」

勇者「ご、ごめん…。剣士のベッドなのに、俺が…」

剣士「いや…いいんだよ、これで」

勇者「剣士って…何歳?」

剣士「もう、すぐに15歳になる。その日になったら、修行の旅に出るんだ」

勇者「修行の、旅…」

剣士「お前も旅に出るんだろう?」

勇者「王様には言われたけど…不安だし、俺、魔王なんか倒せる自信ない…」



13: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:36:22.03 ID:bYyHPg7fO

剣士「ふうん…。じゃ、ずっとここにいればいいさ」

勇者「え?」

剣士「きっと、いつまででも父さんと母さんはお前を匿ってくれるはずだ」

勇者「何で、そこまで良くしてくれるの…?」

剣士「貴族たる者…ってね。さっきも言ったろ?」

勇者「そう、なんだ…」

剣士「勇者、お前が旅に出るなら、俺もついて行っていいか?」

勇者「え?」

剣士「公爵家に伝わりし、秘伝の剣技を教えてやるよ。それで、魔物をたくさん倒して、魔王をお前が殺す日まで見届ける」



14: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:36:59.50 ID:bYyHPg7fO

勇者「でも…」

剣士「嫌じゃないなら、さ。ほら、早く寝た方がいいよ」

剣士「なんなら、子守唄でも歌ってやろうか?」

勇者「い、いいよ、そんな子どもじゃないっ」

剣士「…そうだ、オルゴールがある。好きなんだ。流してもいい?」

勇者「別に…」

剣士「よし。…じゃあ、これを…こうして…」

 ~~♪
 ~~~♪

勇者「何だか、懐かしいメロディー…」

剣士「それは良かった。子守唄代わりなんだよ、うちではね」

勇者「だからっ、子どもみたいに…」

剣士「いいじゃないか。お前まだ、12歳だろ?」



15: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:49:45.33 ID:A336JqfZO

国王「――して、勇者よ。そなたの答えを聞かせてもらっていいだろうか?」

勇者「はい…。俺、俺なんかでいいなら、旅に出ます」

国王「そうか…」シュン

勇者「王様…?」

国王「いや、その勇気ある決断に、わしは嬉しく思うよ」フッ

勇者(その割に悲しそうな顔…。ばあちゃんが、俺を見送った時みたいな…)

国王「大臣よ、勇者にあれを」

大臣「はい」スッ

勇者「これは…」

国王「旅に必要なものを用意した。魔王征伐の成功を祈っておる」

勇者「はい」

国王「わしはな、臣民全てを我が子のように思うておる」

勇者「はい?」

国王「じゃが…特別、わしはお前のことがかわいいのじゃ。理由は聞かないでほしい」

国王「魔王を打ち倒すその日まで、戻るなとは言わん」

国王「たまに寄って、元気な顔を見せておくれ、勇者」

勇者「…はい」ニコッ



16: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:51:03.31 ID:syzo/sFCO

勇者「この時のために、ばあちゃんは色々と教えてくれたんだ…」

勇者「やれる。やらなきゃ。俺が魔王を倒すんだ」

 グッ

勇者「…けど、地図って苦手…。ええっと、魔王のお城は北の方だから…王城がここで…まず…」ウ-ン

剣士「――とりあえず、隣町を目指すとするか、勇者」

勇者「っ…け、剣士?」

剣士「旅は道連れ、世は情け。そんな言葉があるんだ」

勇者「へえ…」

剣士「だから、一緒に行こうぜ。俺も予定よりは早いけど、なに、父さんと母さんには手紙を残してきたからさ」

勇者「で、でもいいの? 手紙だけじゃ心配されちゃうんじゃ…」

剣士「いいんだよ。あと、俺とお前は兄弟だ。兄さん、って呼ぶことを許す」

勇者「何で急に…?」

剣士「うーん…弟が、欲しかったから…?」

勇者「そんな理由で…」

剣士「いいんだよ、理由なんか。ほらほら、行こうぜ、弟よ」ニッ

 王歴162年。
 勇者は旅のともに公爵家の嫡男を連れて旅に出た。



17: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:52:22.03 ID:syzo/sFCO

―王歴163年―

勇者「はぁっ…はぁっ…兄ちゃん、手…貸して…」

剣士「仕方ないな。ほら、よっ」グイッ

 ドサッ

勇者「ふぅっ…はぁ…山頂、だ…」

剣士「高いな、かなり」

勇者「魔物は出てくるけど、ボスらしいのは見ないね」

剣士「ああ。ここからなら、見晴らしがいいから何か見つかるかとも思ったが…見渡す限り、銀世界じゃあな」

勇者「ちょっと休憩しないと俺、死んじゃいそう…」

剣士「軟弱だな、勇者」

勇者「兄ちゃんが脳筋なだけじゃん…」

剣士「何だと?」

勇者「うわ、ごめんなさい!」



18: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:53:13.21 ID:syzo/sFCO

 オオ----ン

剣士「ん? 雄叫び…魔物の声だな」

勇者「あっ、あそこ! たくさん、オオカミ型の魔物が集まって遠吠えしてるよ!」

剣士「しっ…静かにして、身を伏せろ。ボスのお出ましのようだ…」

勇者「っ…大きい…ここから見て、あの大きさ…」

剣士「ザコの魔物が体長1.6くらいだったとしたら、その3倍くらいはありそうだから…5メートル弱か。一口で食われるな」

勇者「食べられる前にやる」

剣士「当たり前だろ。それか、大口開けたところにぶちかますか、だな」

勇者「…折角、地の利があるんだから、ここから仕掛けようよ」

剣士「それもいいな。だが、目測120メートル、届くか?」

勇者「届かせる。――中閃熱魔法!」

 勇者は閃熱魔法を唱えた!
 雪上を光線が勢いよく駆け、魔物の群れに直撃する!

剣士「おっ、気付いたな。そのままお前は魔法を撃ち続けろ。俺が前に出る!」ザッ

勇者「気をつけて!」

剣士「お前こそ、足滑らせて落ちるなよ!」



19: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:54:22.43 ID:syzo/sFCO

 勇者達に気付いた魔物の群れが一斉に向かってくる!
 剣士は勢いよく雪に覆われた斜面を滑り降りながら剣を閃かせる!
 雪にばら撒かれた赤い血は僅かな蒸気を発散させる!
 魔物は剣士を取り囲み、巨大な群れのボスが剣士に駆けてくる!

剣士「ザコで囲んでボスが狩るってか? 魔物のくせに多少の知恵はあるらしいな――」

剣士「さあ、来い!」チャキ

 剣士は剣を構え直して勇んだ!
 しかし、群れのボスは剣士を飛び越えていく!

剣士「素通り…あっ、勇者!?」クルッ

勇者「わ、わああああああっ!」

 ガブッ

 勇者は群れのボスに一飲みにされた!

剣士「」

 モシャモシャ



20: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:55:38.72 ID:syzo/sFCO

剣士「…嘘だろ、え…ええ…?」

 ドゴォッ

 突如として群れのボスの腹がくぐもった音と同時に一瞬だけ膨れ上がった!

勇者「んのっ、このっ…! もう1発、大火球魔法!」

 ドゴォッ

 勇者は群れのボスから吐き出された!

剣士「勇者!」

勇者「兄ちゃん、ボスはこっちでやるから!」

剣士「よ、よし、任せとけ! 邪魔はさせねえ!」

 剣士は群れに向かって勢いよく剣を振るう!
 無数の斬撃が群れに襲いかかった!



21: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 20:56:35.91 ID:syzo/sFCO

勇者「火球魔法を2発食らっても倒れないなんて…!」

 群れのボスは怒り狂いながら勇者に飛びかかる!
 勇者は慌てて横っ飛びになりながら回避するが、群れのボスは鋭い爪牙で連続攻撃を仕掛けてくる!

勇者「っぶな! 反撃だ…!」

 勇者は剣を腰だめに構えた!
 しかし、群れのボスがいきなり天高く遠吠えをする!

 オオ----ン

勇者「っ、耳、が…!?」

 勇者は硬直して動けない!
 群れのボスがよだれを口から垂らしながら勇者に迫る!

勇者「!?」

 ギィン

 しかし、剣士が勇者と群れのボスの間に割り込んだ!

剣士「お兄様登場、っと。やい、てめえの子分は全員倒したぜ。その雄叫びに何の意味もねえ」

勇者「兄ちゃん…!」

 グルルル…

剣士「さあ、勇者。こいつをぶっ倒して、今日はオオカミ鍋だ」

勇者「うん!」

 勇者と剣士は同時に群れのボスへ飛びかかった!



22: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 21:23:37.68 ID:jhzXtAA6O

*「どうもありがとうございます」

勇者「どういたしまして。ボスは倒したから、しばらく魔物の被害は減ると思うよ」

剣士「そうそう、毛皮とか持てるだけ持ってきたから、売っぱらうなり加工するなりして、家畜のやられた家の足しにしろよ」

*「おおっ、何から何まで…」

勇者「その代わり、ちょっとだけお願いが…」

*「何でしょう」

勇者「あったかい食べ物を欲しいなって…」

*「もちろんです! さあ、今夜は宴の準備がしてありますので!」

剣士「っしゃあ!」

勇者「やった!」



23: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 21:24:39.11 ID:bYyHPg7fO

*「本物の兄弟のようですな」

*「噂通りの素晴らしい方々だ」

*「だが、あの若さでこんな旅をしているとは…」

*「そもそも本当に魔王を倒せるのか?」

*「バカ、何てことを言うんだ!」


剣士「聞こえないふりしとけよ」モグモグ

勇者「…うん、分かってるよ」ズズ

剣士「あと汁物で音を立てない」

勇者「ばあちゃんは美味しく食べてあげればそれでいいって…」

剣士「お前、勇者だろ。称号持ちってことは貴族なんだよ。だから貴族流のマナーをだな…」

勇者「また始まった…。兄ちゃんって、俺のこと貴族にしたいの?」

剣士「っ…そうじゃないけどよ。マナーだ、マナー」

勇者「ふうん…。ところで、次はどうしよっか?」

剣士「寒いのはこりごりだが、今度はあの山の向こう側に降りなきゃな」



24: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 21:25:18.50 ID:bYyHPg7fO

勇者「何があるの?」

剣士「水の都。女神様を祀る大聖堂がある」

勇者「へえ…」

剣士「女神様が過去に降臨したって言い伝えもある。もしかしたら、お前がどうして勇者として選ばれたのかが分かるかもな」

勇者「…俺が、選ばれた…?」

剣士「星の数ほどいる人間で、何でお前だったのかってさ。まあいい、さっさと食って、寝よう」

勇者「うん…」

剣士「お偉方には俺から挨拶しておくから、暖かいようにして眠るんだぞ」



29: ◆3ZxXgUosIQ:2014/08/31(日) 23:58:32.23 ID:VHGZiLmx0

勇者「うわぁ…すごい、都中に水路が張り巡らされてるね」

剣士「水の都っていうくらいだからな。水路と、白を基調にした建物。いやあ、ここに来るの、楽しみにしてたんだぜ」

勇者「すっごく綺麗だもんね。城下町より、全然すごいかも」

剣士「ま、城下は良いも悪いもいっしょくたって感じだしな。ここはそれに比べて、清浄な場所で悪人なんかいやしない」

勇者「あの、高い塔は何だろう?」

剣士「あの大聖堂に女神様が降臨したんだと。行ってみようぜ」

勇者「うんっ」



30: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:00:21.93 ID:fDQ6WmnO0

 ~~~♪
 ~~~~♪

勇者「あれ? これって…」

剣士「賛美歌だ。ラッキーだな。静かにしろよ」

勇者「う、うん…」

 ~~♪

剣士「終わって、引き上げていくな…。よし、ちょっと見て回ろうぜ」

勇者「あの賛美歌って、剣士の部屋にあったオルゴールと同じ?」

剣士「ん、そうそう。俺、これでもそこそこ敬虔な女神様の信者だし」

勇者「そうだったの?」

剣士「お前はどうなんだ? 女神様に選ばれたってくらいなんだし」

勇者「俺はあんまり、何とも…。ばあちゃんには、女神様を信じる宗教があって、それぞれに考え方は違うから否定してはいけないよって…」



31: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:01:43.37 ID:fDQ6WmnO0

剣士「完全にただの宗教扱いだな。…ま、いいさ」

剣士「女神様の教えを簡単に言うとな、自分が幸せになるには周りの人から幸せにしなければならない、ってことなんだ」

勇者「周りの人?」

?「――隣人を愛し、隣人のために苦しみ、隣人と涙を流す。そして隣人が笑う時、あなたは幸福を感じるのです」

剣士「聖典の記述だな」

?「申し遅れました。私は僧侶と申します。旅の方ですか?」

勇者「うん」

剣士「女神様が降臨された場所ってことで、興味あってね。建築的にも素晴らしいけれど」

僧侶「良ければ、私がご一緒に回って案内をいたしましょう」

剣士「助かるな。いいよな、勇者」

勇者「うん」

僧侶「…勇、者? もしや、あなたが…聖なる証を宿したという…」

剣士「興味が湧くのは当たり前だと思うが、こいつの聖痕、服の下だからな。はれんちな格好になっちゃうぜ」

僧侶「っ、そ、そういうことではなくてですね…!///」

勇者「兄ちゃん、からかっちゃダメだよ」

剣士「ははっ、まあまあ、話は後で。今は案内してくれよ。これでもわくわくしてるんだ」



32: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:03:35.24 ID:fDQ6WmnO0

僧侶「では、まず…この大聖堂の成り立ちをお話しましょう」

勇者「女神様が降臨したんでしょ?」

剣士「だから、その経緯を丁寧に教えてくれるということだ」

僧侶「その通りです。王歴になるよりも、ずっと前のことでした」

僧侶「この街は数年に一度、大津波によって多数の死者が出てしまっていたんです。津波は街を丸ごと飲み込み、あらゆる物を破壊してしまうのです」

僧侶「そのような状態では誰もが飢えて、苦しんでしまいます」

僧侶「とある敬虔な子どもが、この地に来て、女神様にお願いをします」

僧侶「どうか、あの津波を鎮めてください。これ以上、人々が苦しむ様を見るのは心が痛みます――」

僧侶「すると、子どもの前に光が降り立ちました」

僧侶「光はやさしく子どもを包み込みます。すると、痩せ細っていた子どもはみるみる健康な体になりました」

僧侶「光が消え去ると、そこには一本の杖がありました」

僧侶「杖はひとりでに浮かび上がり、神々しい光を発しました。すると、街の中に水路がひとりでに引かれていき、街の中に海が引き込まれ、津波が来ても海水は水路を辿ることで街への被害がなくなったのです」

僧侶「子どもは大人になり、再びこの地に来ては女神様に感謝します」

僧侶「私と、私の家族を助けて下さり、ありがとうございました」

僧侶「すると、天からやさしい女性の声がします」

僧侶「あなたはあなたの出来ることをしなさい」

僧侶「女神様のお言葉に感銘を受け、その人はここに女神様の感謝の気持ちから、大聖堂を建てました」



33: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:04:54.99 ID:fDQ6WmnO0

剣士「随分と古そうな話だな。この大聖堂ができる前の話ってのを考えても…」

僧侶「この大聖堂は完成までにおよそ100年が経過しています」

勇者「100年…」ゴクッ

僧侶「そして、女神様が天より遣わせた杖は今でも大切に保管されています」

剣士「なかなか、すげえ杖なんだな…」

僧侶「女神様のお力によるものですから。ご覧になりますか?」

剣士「見る! な、勇者?」

勇者「俺はそんなに興味ない――」

剣士「さあ、行こう。早くしてくれ、早く!」

僧侶「ふふ…分かりました」



34: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:08:09.94 ID:fDQ6WmnO0

僧侶「こちらです」

剣士「ここが水の都の中心地…」

勇者「大きい水門…。そう言えば、この寒い時期なのに凍らないんだね」

僧侶「はい、水は絶えず、この都を循環していますから」

剣士「しっかし、こんなに水路が張り巡らされてると水難事故が多そうだな」

僧侶「問題ありませんよ。落ちないように高い柵がありますし、一定の間隔でメンテナンスなどに使う梯子もかかっていますから」

剣士「で、この水路に水を張ったって言うのが…」

僧侶「はい。水の都の中央広場に飾られている、あの循環の杖です」

剣士「ほおう…。確かに杖、だな。杖じゃあ剣とは違うしなあ…」

勇者「杖って言ってたのに、何でそんなこと…」

剣士「輝く剣ってのがないと、魔王は倒せないらしいからな」

勇者「輝く剣…?」

剣士「聖なる証を宿し子の、輝く剣によりて魔の王は討たれん――って神託。そんで、胸に聖痕刻んで生まれてきた、お前が勇者なんだろ」

勇者「そんな神託あったんだ…知らなかった…」

剣士「お前なあ…」

僧侶「…」



35: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:10:01.18 ID:fDQ6WmnO0

勇者「あ、その輝く剣っていうのを探すために、これ見に来たの?」

剣士「そんなとこ。女神様と縁があるものだしと思って…。ま、これじゃあ見間違っても光の剣にはなれねえか」

勇者「そうだね…。これ、取って行っちゃう人いないの?」

剣士「そう言えばそうだな…。立入禁止ってロープ張ってあるだけだしな」

僧侶「…この水の都に、そんな悪い方はいらっしゃいませんよ」

僧侶「それに、循環の杖は資格のない人間には触れられないと言われています」

僧侶「以前、悪い方が持ち出そうとしたのですが、杖を掴んだ瞬間に弾き飛ばされてしまったらしいです」

剣士「ほおう…。ただのくたびれた杖じゃないんだな」

僧侶「だいたい、水の都に関するお話はこれで終わりでしょうか」



36: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:13:09.67 ID:fDQ6WmnO0

剣士「いや、楽しかった。お礼にランチでも奢らせてくれよ」

 クイクイ

剣士「ん? 何だよ、勇者?」ヒソ

僧侶「…」

勇者「兄ちゃん…お金、これしかないんだけど…?」ヒソ

剣士「いいか、勇者。貴族たる者、器は大きく持たねばならん」ヒソ

勇者「器って言うか、見栄…?」

 ゴツッ

剣士「さて、どこか美味しいレストランでも…」

僧侶「あの…そ、それなら、私、良いお店を知っています。お言葉に甘えても、よろしいですか?」

剣士「ああっ、もちろんだ! さ、勇者、行くぞ。ん? 頭押さえてどうした?」

勇者「…何でも」ムスッ

僧侶「あ…そ、そうだ、用事があったのを思い出しました。少し、お待ちいただいてもよろしいですか?」

剣士「おう、待ってるぜ。早めに頼むな」

勇者「…」



37: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:33:47.72 ID:fDQ6WmnO0

剣士「いやあ、さすが、女神様のお膝元だよな。後で大聖堂でお祈りもしよう、うん」

勇者「…本当に兄ちゃん、信者だったんだね」

剣士「本当にって何だよ。俺は2歳の頃からずっとだ」

勇者「よく覚えてるね」

剣士「物覚えはいいんでな。敬ってもいいぜ、お兄様のことを」キランッ

勇者「それは置いといて」

剣士「てめっ」

勇者「どうして僕、勇者に生まれてきたんだろ。何か分かるかもってちょっとは期待してたけど、てんで検討外れだったね」



38: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:35:37.86 ID:fDQ6WmnO0

剣士「まあ…確かに、女神様に縁があっても、お前とは関係がなさそうだしな。やっぱ、勇者なんて称号は、嫌か?」

勇者「ちょっとはね…。ちっちゃい頃なんかは、何で山の中でばあちゃんと2人きりで暮らしてるんだろ、とかよく思った」

剣士「ばあちゃん? そう言えば、ちらほら出てくるな、お前の話に」

勇者「うん、赤ちゃんの頃から俺のこと育ててくれた人。ついでに修行もつけてくれて…小さい頃から、ずっと修行漬けだった」

剣士「…寂しかったか?」

勇者「ばあちゃんがいつも傍にいてくれたから、あんまり寂しくはなかったかな…。でも、王様に呼び出されて、魔王倒せって言われた時は…不安でいっぱいだったよ」

剣士「だが、お前は選んだんだろ。この旅に出ることを」

勇者「だって…断ってたら、俺がずっとばあちゃんと2人で暮らして、修行してた意味もなくなっちゃう気がして。何のために、苦しい修行したんだろうって…報われたいじゃない、そういうの」

勇者「でもさ! 勇者じゃなかったら兄ちゃんと、こうして旅もできなかったよ。兄ちゃんと旅するのは楽しいし、そこは感謝しなきゃ」

剣士「…そっか…」



39: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:37:18.73 ID:fDQ6WmnO0

勇者「急にしみじみしちゃって、どうしたの? あ、もしかして、僧侶さんいなくてちょっと気落ちしてる?」

剣士「はぁ? いきなり何言ってんだ。何を勘違いした?」

勇者「違うの? てっきり、そうかと思った。いつもよりにこにこしてたのに、今、何か寂しそうな顔しちゃって…」

剣士「ばーか、俺は敬虔な女神信者なの。それがメッカの水の都に来て、浮かれないはずないだろ」

勇者「浮かれたついでに、出会った僧侶さんと女神トークして、惚れちゃった…とか、って考えてたけど、本当に違うの?」

剣士「ない、ない。――おっ、僧侶が戻って来た! さあ、メシだ、メシ!」

僧侶「お待たせしました」

剣士「おうっ!」ニカッ

勇者(僧侶さん来た途端に、何かすごくいい笑顔になってない…?)



40: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:39:56.47 ID:fDQ6WmnO0

僧侶『――神父様、本当によろしいのですか…?』

神父『ええ。これは女神様の意志です』

僧侶『…し、しかし、女神様の神託を受けたと言われる勇者魔ですよ…?』

神父『女神様に疑いを持つのですか?』

僧侶『そうではありませんが…』

神父『ならば良いのです。僧侶よ、あなたはこの時のために、ここへ辿り着いたのですよ』

神父『――速やかに勇者を抹殺しなさい』



41: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:45:36.84 ID:fDQ6WmnO0

 カツカツカツ…

剣士「何か、随分と寂れたところだな…」

勇者「都の地下、なのかな…? 水も壁を流れ落ちてくだけだし…この下に水が溜まってるの?」

僧侶「はい。水葬、というものを知っていますか?」

勇者「お魚が泳いでる…」

剣士「それは水槽。水葬ってのは、あれだろ? 死んだ人間を水に流して弔うっていう…」

僧侶「そうです。ここは、水葬にされた方達が行き着くところです」

 カツッ…

勇者「それが何なの?」

剣士「ここが、一番下か? 店なんかどこにもねえし、そもそも死者を弔ってる場所なんかに店構えるようなバカいねえだろ…」

僧侶「…ここは、人目につきませんから」

勇者「僧侶さん?」

僧侶「申し訳ありませんが…あなた達にはここで、死んでいただきます」チャキッ

 僧侶は袖の下から取り出したナイフを握り、まっすぐ勇者に駆け出した!



42: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:47:00.78 ID:fDQ6WmnO0

剣士「っ!?」

 しかし、剣士が鞘に納めたままの剣で僧侶の攻撃を防ぐ!

勇者「そ、僧侶さん…?」

剣士「ちなみに、理由は聞いてもいいのか?」

 剣士と僧侶は組み合ったまま、力比べをするように押し合っている!

僧侶「あなた達を抹殺するよう、命令をされたからです――」スッ

剣士「っ!?」

剣士(重心をずらされて…!)

 僧侶はナイフを振るい、剣士の首の皮一枚を掠るように切り裂いた!



43: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:49:08.57 ID:fDQ6WmnO0

勇者「兄ちゃん!?」

剣士「平気だ! 掠っただ、け――」ヨロッ

 剣士は意思に反して膝から崩れ落ちる!

僧侶「私はあの教会に行きつくまで、平穏を得るまでに…たくさんの方の命を奪ってきました」

剣士「か、から…だ…しび…」

勇者「麻痺毒――?」

僧侶「ですから、この平穏を続けるためには、命令に従わねばならないのです」チャキッ

勇者「っ!?」

 僧侶が再び勇者に襲いかかる!
 勇者は剣を抜いて応戦する!

 ギィン
 ヒュッ
 スッ
 ガッ

勇者(何て、ナイフ捌き…!? 俺の剣じゃ、太刀打ち出来ない…!)バッ

勇者「中火球魔法!」

 勇者が火球魔法を唱える!
 成人の頭ほどもある火球が5発、僧侶へ向かって飛んでいく!



44: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:50:33.04 ID:fDQ6WmnO0

僧侶「光よ」ポゥ

 僧侶が祈りを捧げると、光の膜が僧侶を包み込んだ!
 火球は光にぶつかると溶けるようにして消滅する!

勇者「魔法が、かき消され――」

剣士「ずぁあああああっ!」

 剣士が裂帛の気合いとともに僧侶へ切りかかった!

僧侶「…」スッ

 しかし、僧侶は半歩、体をずらすだけで剣士の攻撃を回避する!

僧侶「自分を傷つけて、痺れを…」

剣士「平穏ってのを手に入れたんなら、あんたがこうして俺達を襲う必要ないんじゃないか?」

勇者「そ、そうだよ…確かに…」

僧侶「毎日、毎晩の仕事が…年に数回になっただけで、平穏です」



45: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:52:20.69 ID:fDQ6WmnO0

剣士「ダメだな、こりゃ…。勇者、殺さない程度に叩きのめすぞ!」

勇者「えっ?」

僧侶「行きます――」

 剣士と僧侶が同時に地面を蹴った!
 剣とナイフがぶつかり合って火花を散らす!

剣士「ためらうな! 殺されるぞ!」

 剣士は膂力に任せて切り払う!

僧侶「この方が、私としてもやりやすくて助かります」スッ

剣士「同じ手を、食らうかァ!」

 僧侶は再び重心をずらして剣士の攻撃を避け、ナイフを繰り出した!
 しかし、剣士は僧侶の攻撃を読んで強引に剣を振り回す!

剣士「今だ!」

勇者「で、でも…!」

僧侶「シッ!」ズンッ

 僧侶のナイフが剣士の腹部に深く突き刺さった!



46: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:54:18.97 ID:fDQ6WmnO0

剣士「がっ…」

勇者「兄ちゃん…!」

剣士「バカ、野郎…」

僧侶「今日は、本当に楽しかったです。さようなら――」スッ

勇者「ッ!」バッ

 僧侶は剣士にトドメを刺そうとナイフを引き抜いた!
 しかし、勇者が手の平に魔力を収束させて解き放つ!

僧侶「きゃっ…!」ドサッ

 勇者は体勢を崩した僧侶に向かって、剣を振り上げた!

勇者「この…!」

剣士「――やめろ!」

 勇者の剣が僧侶に当たる直前で止まる!



47: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:55:43.96 ID:fDQ6WmnO0

僧侶「っ…はぁっ…はっ…」

勇者「…もう、やめよう。ね、僧侶さん…」

僧侶「じゃあ、私はどうやって、幸せになればいいんですか!?」

僧侶「親兄弟もなく、野盗に育てられて…育ての親を、武官に殺され、暗殺者に仕立て上げられて…!」

僧侶「こうでもしないと、私は救われないんです…!」

勇者「っ…」グッ

剣士「バカ言うな…。女神様の教えはあんたも分かってんだろ」

僧侶「私がどれだけ人の幸福を祈っても…私は幸せになれません…」

僧侶「誰も、私のことを祈ってはくれないから…!」

剣士「それなら俺が祈ってやるよ!」

僧侶「な…」

勇者「兄ちゃん…やっぱり…?」



48: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:57:55.94 ID:fDQ6WmnO0

剣士「あんたの過去なんか知らねえし、興味ねえがな、あんたが俺達を案内してくれて、楽しかった」

剣士「あんたもそうだったんだろ? それが幸せだ。だから、俺と一緒にいろ。そうしたら、あんたのこと、ずっと幸せにしてやらァ!」

僧侶「そ…そんなこと…!///」

剣士「あんた、いくつだ?」

僧侶「え…? 16、ですけど…」

剣士「俺もだ。互いにもう、結婚の出来る年齢だ。さあ、籍を入れるぞ!」

勇者「ちょ、兄ちゃん…?」

僧侶「あ、あの…」



49: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 00:59:35.89 ID:fDQ6WmnO0

剣士「これでも由緒正しき、公爵家の嫡男!」

剣士「金も名誉も地位も、腕力、知力、魔力、全てにおいてパーフェクトなこの俺が、あんたを一生、幸せにしてやる! 文句あるかァ!?」ビシッ

勇者(こんなに色気のないプロポーズ、存在していいんだろうか…?)

勇者(でも兄ちゃん格好いい…)

僧侶「け、けど…私は…」

剣士「まどろっこしい話は、あんたに命令した野郎をぶっ飛ばしてからだ」

剣士「俺の嫁を泣かせやがったんだから、容赦しねえ」

勇者(一気に嫁宣言までした…)

僧侶「っ…神父さま、です…」

剣士「よし、なら早速…うっ、痛って…」ズキッ

僧侶「だ、大丈夫ですか…? い、今、治します…」パァァ

勇者「すごい、これって、回復魔法だよね?」

剣士「ふぅ…楽になった。さて、行こうぜ。教会だな?」



50: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:01:20.32 ID:fDQ6WmnO0

 バァン

神父「何事です、こんな時間に――」

剣士「よう、神父さんよ」

勇者「…お邪魔します」

僧侶「…」

神父「そういうこと、ですか…。やれやれ、これだからメスというものは…」

剣士「てめえが僧侶をけしかけたんだろ? 理由を言え」

神父「理由? そうですね…。強いて言うならば、魔王様にとって、邪魔な存在になりうる危険性があるからです」

 神父の体が肥大化し、脂肪の多い巨躯になった!



51: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:02:58.51 ID:fDQ6WmnO0

勇者「っ…気持ち悪い…体が…」

剣士「魔物だったのか、こいつ」

僧侶「そ、そんな…神父さまが…?」

元神父「フハハ、どうした、我が変化に思考が追いつかないか?」

剣士「けっ、ただ単にデクになっただけだろ?」

元神父「貴様のような人間如きに、我が姿が理解出来るはずもないか」

剣士「ああ、する気もねえさ。だがな、俺の嫁を泣かせた責任、てめえの命で取ってもらうぜ!」

 剣士は剣を下段に構えながら床を蹴って飛び出す!

勇者「こいつなら手加減しないでやれる! 大火球魔法!」

 勇者は火球魔法を唱えた!
 巨大な炎の塊が呼び出され、元神父に直撃すると盛大な火柱を上げる!

剣士「魔法と剣のコンビネーションだ、食らいな!」

 剣士は炎上する元神父を、その炎ごと一気に切り払う!



52: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:04:47.92 ID:fDQ6WmnO0

元神父「ふふ…ふはは…効かないな、効かぬぞ!」

 眩い光が元神父から発せられた!
 凄まじい爆発が生じて、剣士はとっさに飛びずさる!

剣士「っと、何だ、剣の感触が…!?」

勇者「魔法も直撃したはずなのに!」

僧侶「待って下さい、何か…ゆらめきのようなものが見えます」

元神父「そうさ、これは漏れ出た、我が魔力。この衣を剥がぬ限り、貴様の攻撃は効かない!」

 元神父は全身に赤黒い魔力の衣をまとっている!
 元神父は両手を掲げて魔力を集中させると、床に叩き込んだ!
 凄まじい衝撃が発散されて勇者達に襲いかかる!

勇者「ぐっ…!」

剣士「クソ、何て攻撃――」

元神父「もらったァ!」

僧侶「させません!」

 元神父は衝撃波に怯んだ勇者に襲いかかった!
 しかし、僧侶が立ちはだかる!

元神父「邪魔をするな、役立たずめが!」



53: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:05:58.77 ID:fDQ6WmnO0

剣士「人の嫁を、邪魔者呼ばわりすんじゃねえ!」

 剣士が剣を元神父の右肩に突き立てる!

剣士「てめえの衣だか、贅肉だか分からんが、かっ捌けばいいんだろ!?」

元神父「そんな程度で…!」

僧侶「私も加勢します!」ダッ

 僧侶が元神父の左膝にナイフを突き立ててしがみつく!

勇者「お、俺も――」

剣士「お前はいいから、隙を作ったら全力を叩き込め!」

元神父「離れろ、この、ウジ虫どもめが!」

 元神父は怒りながら衝撃波を発散させる!
 剣士と僧侶はその衝撃で吹き飛ばされた!



54: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:07:28.67 ID:fDQ6WmnO0

剣士「ちっくしょ…上手くいかねえな…」

僧侶「あのもやは、揺らめいていて、場所によって厚さが違います」

勇者「じゃ、薄いところを狙えばいいの?」

剣士「いや、揺らぎはそんなに一定じゃねえ」

元神父「何をこそこそと…!」

 元神父は衝撃波を発散させた!

 ドゴォオオオッ

勇者「っぐ…!」

剣士「何なんだ、あの技!?」

僧侶「い、一瞬だけ…あのもやが消えました。あのもやが、言っていた通りに漏れ出た魔力なら、攻撃の瞬間は消え去るのではないでしょうか?」

勇者「それだ!」

剣士「そうとなりゃ、俺が隙を作る! お前ら、そう何度も失敗すんなよ!」ダッ

 剣士は凄まじいスピードで元神父の周囲を駆け回り、攻撃しては距離を取る!



55: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:08:44.30 ID:fDQ6WmnO0

元神父「ちょこまかと!」

剣士「おらおら、お前の屁みたいな攻撃じゃ、いつまで経っても俺らは死なねえぞ!」

元神父「ならば、こうだ!」

 元神父は纏っている魔力の衣を無数のひだ状にして剣士を捉える!

剣士「うげ、触手!?」

勇者「魔力が、触手になって…気持ち悪い」

元神父「そして――」

 グググッ

 元神父の纏う魔力の衣が分厚くなっていく!

僧侶「もやが濃く…勇者くん」

勇者「うん、分かってる」

剣士「やれるもんならやってみやがれェ!」

 元神父はさらに強力な衝撃波を発散させた!

勇者「大爆裂魔法!」

 勇者は爆裂魔法を唱えた!
 眩い光が生じて、直後に巨大な爆発が引き起こされる!



56: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:10:47.05 ID:fDQ6WmnO0

元神父「甘い、甘いわ…」

 シュゥゥ…

 元神父は無傷で笑っている!

勇者「そんな…」

僧侶「あの瞬間、さらに魔力が吹き出していました…」

剣士「俺…ヤバいんだけど…」ボロッ

 剣士は衝撃波と爆裂魔法を受けて虫の息だ!

元神父「ふはは、どうした? 万策尽きたか?」

勇者「兄ちゃん、僧侶さん…1つ、提案あるんだけど」

剣士「何だよ、もう1回なんて言うなよ」

勇者「戦略的撤退を進言します」

剣士「乗った」

僧侶「即答、なんですね…」

勇者「じゃ、3つ数えたら」

勇者「3、2、1――」

 ダッ

 勇者は逃げ出した!
 僧侶は逃げ出した!
 剣士は元神父に切りかかった!



57: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:11:42.94 ID:fDQ6WmnO0

剣士「おらよぉ!」

勇者「兄ちゃん!?」

僧侶「剣士さん!?」

剣士「お前ら、さっさと戻ってこいよ!」

剣士「だぁらららららっ!」

 剣士は元神父の周囲を駆けながら、次々と攻撃を仕掛けていく!

元神父「小癪な、マネを!」

剣士「さっさとしろ!」

勇者「っ…僧侶さん、行こう!」

 ダダッ



58: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:22:03.32 ID:fDQ6WmnO0

勇者「はぁ…はぁ…都はいつも通り、だね…」

僧侶「剣士さんが心配です。早く戻らないと…」

勇者「心配だけど、このまま戻ったら兄ちゃんの頑張りをムダにしちゃうよ」

勇者「何か、対策を練らないと…」

僧侶「対策なんて言っても…。あの衣、でしたか。あれを、あの揺らぎをどうにかしないと…」

勇者「揺らぎ…もや…。でも、息を吹きかけて揺らぐようなものでもないし…」

勇者「あっ――あるかも、方法が」

僧侶「本当ですか?」

勇者「でも、多分その…悪い人間になっちゃう、のかな…?」

僧侶「は…?」



59: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:23:24.31 ID:fDQ6WmnO0

 ドサッ

剣士「…」グッタリ

元神父「弱いくせに随分ともった方だな」

剣士「へっ…弟と嫁を逃がせただけで…大金星さ…」

元神父「減らず口を…。それに、先ほどから、嫁と言うが、あのメスのことか?」

剣士「メスだと?」ギラッ

元神父「知らぬなら教えてやろう。あのメスは人間で言うところの暗殺者――殺し屋だったのだ」

元神父「何人もの人間を殺す。それは我ら、魔族と同じ行為であろう」

元神父「いや、人間の命令で人間を殺すのだから、我らよりも、人間からすれば悪辣なのであろう」

剣士「てめえ…知った風なことを…」

元神父「これは事実だ。毎夜、毎夜、懺悔を重ねていたのだからな」

剣士「だから何だ…。それでも幸せになりてえんなら、なる権利はあるんだよ」

元神父「ふんっ、そんなものを信じる生物は人間だけだ」

元神父「そうだ…。どうせ、後で勇者とあのメスが来るのだ」

元神父「それまでに、貴様の過去を覗いてやろう」ガシッ

剣士「っ、何、しやがる…」

元神父「さあ、貴様の過去を見せろ!」



60: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:39:33.68 ID:fDQ6WmnO0

―王歴150年―

 オギャア オギャア

産婆「元気な男の子ですよ、奥様」

夫人「ああ…赤ちゃん…無事に産まれてきてくれて、ありがとう…」

 バンッ

公爵「産まれたのか!」

夫人「ええ…ほら、この通り…。男の子よ」

公爵「そうか…。ほら、剣士、お前の弟だぞ、弟だ」

剣士「おとうと?」

夫人「ええ…かわいいでしょう? まだ赤ちゃんなの」

剣士「あかちゃん!」

公爵「お前の弟だ、大切に守ってやるんだぞ」ナデ

使用人「旦那様、神官様がご到着されました。洗礼はすぐにでも始められるそうです」

公爵「そうか。さあ、洗礼をしてもらおう」

夫人「ええ、お願いします」

公爵「まだまだ小さいな…。ん? 胸に、何かあざみたいなものがあるな――」



61: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:41:23.78 ID:fDQ6WmnO0

―王歴153年―

剣士「わあ、今日、ごちそうだ。ねえ何で?」

公爵「ああ…今日は勇者の誕生日だからね。一緒に過ごすことはできないが、それでも祝ってやりたいだろう」

剣士「ゆうしゃ?」

夫人「あなたの弟よ。魔王を倒す宿命を負って、生まれてきた子…」

剣士「すぐに行っちゃった、あの赤ちゃん?」

公爵「そうだ。もう3歳になる。そろそろ、厳しい修行が始まっているのかも知れない」

剣士「どうしてゆうしゃになったの?」

公爵「それは…きっと、女神様だけが知っていることだろう」

剣士「めがみさま…。じゃあ、ぼく、ゆうしゃのために、いっぱいお祈りする」

夫人「剣士…」

剣士「いっぱいゆうしゃのためにお祈りしたら、めがみさまが、ゆうしゃのことたすけてくれるんでしょ?」

公爵「ああ、そうだな。…あの子のために、祈ろう」



62: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:43:46.99 ID:fDQ6WmnO0

―王歴162年―

剣士「勇者が、うちに…?」

公爵「そうだ、陛下がそうはからって下さった」

公爵「家族が揃うのは、これで2度目…。そして、最後になるのかも知れない」

夫人「あの子には絶対に、私達が家族だと言ってはいけないのよ」

剣士「何で?」

夫人「余計に悲しませてしまうから…。家族から引き裂かれたと思ったら、あの子が悲しむでしょう?」

剣士「その方が、悲しむんじゃ…。家族がいるって分かった方が…」

公爵「それで変な里心が起きて、魔王を倒せなかったら…12年間の、あの子の修行の日々さえもムダになってしまう」

剣士「…」

使用人「旦那様、勇者坊ちゃんが、ご到着されました」

公爵「ああ、分かった。さあ、1晩だけだが…家族で過ごそう」



63: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:44:59.92 ID:fDQ6WmnO0

公爵「行ってらっしゃい、勇者」

夫人「元気でね…」

剣士「またな」

勇者「は、はい。ありがとうございました」

 バタム

公爵「…行ってしまったな」

夫人「これからも、元気ならいいんだけど…」

剣士「父さん、母さん。俺、今日から旅に出ていいかな?」

公爵「お前、まさか勇者について行くつもりじゃ…」

夫人「ダメ、ダメよ。あなたまでいなくなったら、私は…」

剣士「っ…思いつき、だよ。ほら、荷造りなんてしてないし」

公爵「変な気は起こさないようにしなさい。お前は跡取りなんだ」

剣士「分かってる…」

夫人「お願いだから、剣士、あなたはずっと傍にいてね…」

剣士「うん…」



64: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 01:46:27.02 ID:fDQ6WmnO0

 コソコソ

使用人「坊ちゃん、行かれるのですか?」

剣士「っ、あー驚いた…使用人か…。止めるか?」

使用人「いいえ…。私は何も知らなかったことにいたします」

剣士「そっか。それは良かった。手紙、書いたからさ」

剣士「頃合い見計らって、部屋にあった、って父さんと母さんに渡してくれるか?」

使用人「かしこまりました」

剣士「じゃ、行ってくる。バルコニーから旅立ちなんて、何か不良になった気分だ」

使用人「そうでございますね。坊ちゃん、お気をつけて」

剣士「ああ。じゃあな!」



65: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 02:04:36.63 ID:fDQ6WmnO0

―王歴163年―

元神父「本当の兄弟だったか…」

剣士「この、野郎…」

元神父「ならばこそ、かわいい弟のためにこれまで旅でも尽くしてきた、と」

剣士「悪いかよ…」

元神父「熱心な女神信者のようだな。祈りの内容は全て、弟か」

元神父「とんだ、ブラコンだな」

剣士「だから何だ…。俺は兄貴だからな…守ってやるんだ」

 バァン

勇者「兄ちゃん!」

元神父「ふっ…こうして見ると、滑稽だ」



66: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 02:06:26.41 ID:fDQ6WmnO0

剣士「てめえ…余計なこと喋ってみろ、その瞬間に――」

僧侶「剣士さん、無事ですか!?」

勇者「僧侶さん、手筈通りにね。いくよ!」

僧侶「はいっ!」

 ダッ

 僧侶はまっすぐ元神父に向かって走っていき、ナイフを構えた!

元神父「何も懲りずに向かってくるか。ならば、全力で捻り潰してくれ――」

 僧侶の攻撃!
 元神父は回避も防御もしなかった!
 しかし、ナイフは元神父の頬を掠めて血が噴き出す!

剣士「!」

元神父「何、だと…?」

僧侶「こちらに」ダッ

 僧侶は倒れていた剣士を抱えて勇者のそばまで引き下がる!

剣士「そ、僧侶…。一体、どうやって…」

勇者「循環の杖だよ」スッ

 勇者は循環の杖を握っている!



67: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 02:07:37.99 ID:fDQ6WmnO0

剣士「その杖、女神様の…水を入れたって言う…?」

勇者「うん。名前を聞いた時、ちょっとおかしいなって思ったんだ」

僧侶「水を司る杖ではなく、エネルギーの流れを操る杖だったんです」パァァ

剣士「そうか、それで…野郎の魔力を…。だけど、何で持てる?」

勇者「僧侶さんは触れなかったけど、ほら…俺、勇者だったから特別なのかな?」ニカッ

剣士「ははっ…頼もしい限りだぜ、さすが俺の弟だ!」バシッ

勇者「痛いっ…。て言うか、ちゃっかり僧侶さんに傷を治してもらってたんだね…」

剣士「こっからだぜ、クソ魔物」



68: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 02:08:56.63 ID:fDQ6WmnO0

元神父「貴様らぁ~…許しはせんぞっ!」

 元神父は衝撃波を発散させた!

勇者「させない、よ…!」ブンッ

 しかし、勇者が循環の杖を振るうと衝撃波は勇者達に到達せずに捩じ曲げられてあらぬ方向へ猛威を振るう!

元神父「くっ…狙いが…!」

剣士「たっぷりと痛めつけてくれた礼、してやるぜ!」

僧侶「許しません!」

 剣士と僧侶の攻撃!
 元神父は巨躯が災いして素早い2人の動きを捉えられない!

元神父「おのれ!」

勇者「させないよ!」ブンッ

 元神父は衝撃波に指向性を持たせて発散させる!
 しかし、勇者が循環の杖を振るうと衝撃波は捩じ曲げられて元神父に直撃する!

元神父「ぐぅ…!」

剣士「すげえな、爆発まで操ってぶつけやがった」

勇者「この杖、すごいよ!」



69: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 02:10:06.52 ID:fDQ6WmnO0

元神父「ならば、魔法に頼らなければいいだけのことだ!」

勇者「衣を引き剥がすよ!」

剣士「よし来た!」

僧侶「やれます!」

元神父「死ねぇい!」

 勇者が循環の杖を振るう!
 元神父の魔力の衣が引き剥がされた!
 剣士と僧侶が同時に飛びかかり、元神父の胸をそれぞれの獲物で突き刺す!

元神父「ぐ…く…」

剣士「初めての共同作業だ」

僧侶「っ///」

勇者「…お幸せに…」ハァ

 ドサァッ



70: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 02:14:35.18 ID:fDQ6WmnO0

僧侶「本物の神父さまの遺体が、教会の地下牢で発見されました。遺体の傷み具合から見る限り、恐らく、もうずっと前に…」

剣士「そっか…」

勇者「いつの間にか、魔物が取って代わってたんだね…」

僧侶「少し、私のことをお話してもよろしいですか?」

勇者「あ、えっと…俺、外そうか?」

剣士「いや、必要ない。話すな」

勇者「兄ちゃん!」

剣士「過去がどうかなんて、いいんだよ。大事なのはこれからだ」

僧侶「け、剣士さん…」ウットリ

剣士「剣士、でいいさ」フッ

勇者「やっぱり、外そうか…?」イヅライ



71: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 02:16:05.98 ID:fDQ6WmnO0

剣士「そうだ、折角、水の都なんだから、籍入れちまおうぜ」

僧侶「そ、そんな、でも…///」

剣士「あ、式も挙げるか。大聖堂で!」

勇者「気が早いって! 魔王を倒す旅してるんだから!」

剣士「お。いいこと言ったな。よし、じゃ、魔王を倒したら、ここで式を挙げよう」

僧侶「そんな…でも…///」

勇者「僧侶さん、さっきからそればっか…。顔真っ赤だし…」

剣士「そうと決まれば、実家に手紙でも出すか」

剣士「この手紙を出したら、旅に出発だ!」



72: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 02:17:18.75 ID:fDQ6WmnO0

勇者「僧侶さんはどうするの?」

剣士「ん? まあ…ちょっと遠いけど、実家で待ってるか?」

僧侶「い、いえ、私も同行します! これでも、戦うことは得意です」

勇者(俺、魔法がなかったら僧侶さんに勝てそうにないしなあ…)

剣士「けど危険だぜ?」

僧侶「その危険な旅に、あなただけ行かせたくないんです」

剣士「僧侶…」ジッ

僧侶「剣士…」ジッ

勇者「ごゆっくりどーぞ。俺は杖を返してくるから」

 バタム

剣士「あいつ、気遣いなんかしやがって…」

剣士「でも俺、魔王を倒すまでは、あいつのことを支えてやりたいんだ。だから、初夜は正式に式を挙げてからにしようぜ」

僧侶「しょ、初夜…は、はい///」

剣士「だから、キスまでな」



76: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:34:45.42 ID:Eo+JIe8YO

―王歴164年―

 チュンチュン

勇者「んんーっ、いい朝」ノビ-

勇者「今日も旅日和だ」チラッ

 ケンシ アサ デスヨ オキテ クダサイ
 アト ゴフン ダケ ネカセロ ソレカ オハヨウノ キスデ オコシテ クレ
 アッ アサカラ ナニヲ イッテ ルン デスカ ///
 ハッハッハッ ジョウダン ダッテノ
 モウッ シリマセンッ
 オオ ツンツン シテルノモ イイネエ サスガ オレノ ヨメサマ ダ

勇者「…」イラッ

勇者(ばあちゃん、兄ちゃんと僧侶さんのいちゃいちゃが、最近とっても…目障りです)



77: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:35:45.24 ID:Eo+JIe8YO

僧侶「勇者くん、おはようございます。朝ご飯の準備、しますね」ニッコリ

勇者「うん、ありがと。いつも」

僧侶「いいんですよ」

勇者(僧侶さん、最近は笑顔になることが増えたな…。水の都を出た直後は、よく物思いにふけってたのに)

勇者(これも、兄ちゃんのお陰…なのかな?)チラッ

剣士「ん? どした、勇者」

勇者「ううん、別に…」

勇者(僕なんかより、よっぽど兄ちゃんの方が――)



78: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:36:39.07 ID:Eo+JIe8YO

 ザ-------
 バシャバシャ

剣士「宿屋だ、やっと見つけた! 駆け込め!」ダッ

僧侶「急ぎましょう!」ダッ

勇者「2人とも、走るの速――」

 ズザァッ

勇者「…転んだ」ムクッ

剣士「あーあー、何してんだよ。ほら、掴まれ」

僧侶「泥まみれになっちゃいましたね…。幸い、宿屋さんはすぐそこですけど…どこか、ケガはしてないですか?」

勇者「大丈夫っ、行こ!」

 タッタッタッ

剣士「何だ、あいつ、強がっちゃって…」

僧侶「私たちも早く、行きましょう。風邪ひいちゃいます」

剣士「そうだな」



79: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:37:52.45 ID:Eo+JIe8YO

 カポ----ン

勇者「ふぅぅ~…あったかいお風呂っていいね…」

剣士「だな…」

勇者「体についた泥は落とせたけど、服は乾かしてから泥落とさないと…」

剣士「あとちょっとだってのに、慌てて足滑らせるからだぞ」

勇者「兄ちゃん達が速いから、焦っちゃったんじゃん」

剣士「人のせいにすんなっ」コツッ

勇者「痛っ…。あと、部屋割…僧侶さんと一緒じゃなくて良かったの?」

剣士「何言ってんだよ。俺らで一部屋、僧侶に一部屋、いつもそうだろ」

勇者「でも…兄ちゃんの婚約者でしょ?」

剣士「気ぃ遣ってんじゃねえ。お前を一人部屋にしたら、寂しがるだろ?」

勇者「むっ…寂しがったりなんかしない!」

剣士「うるせえ。長いものには巻かれろ、お兄様の言うことは聞け、だ」

勇者「…本当の兄弟でもないのに…」ボソッ

剣士「…」



80: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:39:11.15 ID:Eo+JIe8YO

 ザ------
 バタバタバタ…

剣士「屋内でもうっせえ雨だな…。明日にはやんでるといいが…」

勇者「そうだね…」

剣士「おい…干してる服、重なってるぞ。ちゃんと隙間あけて干せ。乾かないぞ」

勇者「分かってるよ、うるさいなあ」

剣士「うるさいとは何だ」

勇者「そのまま。兄ちゃん、いっつもうるさいよ。ああしろ、こうしろって。最近はいちゃいちゃしてるのも、一緒にいる俺まで恥ずかしいじゃん」

剣士「俺はだな、お前のことを考えて――」

勇者「俺は貴族でも何でもないよ! なのに、どうして、兄ちゃんにいちいち言われなきゃいけないの!? おかしいよ、そんなの!」

剣士「…」ハァ

剣士「分かった、悪かったな、うるさくして。…先、寝とけ」バタム



81: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:40:35.11 ID:Eo+JIe8YO

勇者「…」

 コンコン

勇者(隣の部屋…兄ちゃん、僧侶さんのとこでまたいちゃつくんだ…)

< オレダソウリョ チョット イイカ
< ドウゾ ドウ シタン デスカ ?
< アア イヤ ベツニ ヨウジッテ ワケ ジャ ナイガ…

勇者(寝よ…)



82: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:42:05.00 ID:Eo+JIe8YO

 ザ-------

勇者「…」ムクッ

 キョロキョロ

勇者「…兄ちゃん? …結局、帰ってこなかったのかな…?」

 ガチャ

剣士「おう、起きたのか。今日も雨だな…」

勇者「嫌になるね…」スッ

勇者(あっ…昨日、直さなかったから服がまだ湿ってる…)

勇者(…いいや、どうせ雨の中歩けば濡れるし…)

剣士「…朝飯、もうできてるみたいだ。下の食堂で待ってるぞ」

勇者「うん」



83: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:43:05.02 ID:Eo+JIe8YO

僧侶「おはようございます、勇者くん」

勇者「おはよう、僧侶さん」

僧侶「あれ? 服、もしかして生乾きじゃないですか?」

勇者「えっ…」

僧侶「いつもはちゃんとしてるのに、珍しいですね。替えの召し物はないんですか?」

剣士「荷物が増えちゃかなわねえから、一張羅だ。ダメになったら買い替え」

僧侶「その方が非効率的ですよ。せめて、もう1着くらい買っておいて、交換した方がいいです」

勇者「そう…?」

剣士「荷物増える方が、何かなあ…」

僧侶「買い物行きましょう、買い物! 雨ですし、先に進む前に一休みも兼ねて、この辺で装備の点検とか、色々やっちゃいましょう!」



84: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:43:52.43 ID:Eo+JIe8YO

僧侶「買い替えるもの、かなり多いですね…」

 ゴッチャリ

勇者「お金なくなっちゃうよ」

剣士「売れそうなもんは売り払って、資金増やすか。俺が高値で売りつけてくる」

僧侶「何であなた達はこんなに持ち物が使えなくなる寸前まで、新しいもの買わないんですか」

勇者「愛着わいちゃって…」

剣士「使えりゃいいんだよ、使えりゃあ」



85: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:45:01.51 ID:Eo+JIe8YO

僧侶「もう…似た者兄弟ですね、本当に」

勇者「あれ? 僧侶さんに、言ってなかったっけ。俺と兄ちゃんは、別に血の繋がりはないよ」

剣士「…」

僧侶「えっ? そうだったんですか?」

勇者「勝手に兄ちゃんがついて来て、俺のこと弟宣言して…」

剣士「あーはいはいはい、いいだろ、そんなの、どうだって。買い物するなら、手分けしてさっさと済ませようぜ」

僧侶「えっ、ちょ、さりげなく言ってますけど、私驚いてます!」

勇者「雨の中に出るの、やだなあ…」

剣士「さーて、買い物リスト作るか、面倒臭えな…」

僧侶「ちょっと!? 私の驚きは置いてけぼりなんですか!?」



86: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:48:12.68 ID:Eo+JIe8YO

 ザ-------

勇者「日用品は、だいたいこんなもん?」

僧侶「そうですね。どこかで、ちょっとお茶でもしますか?」

勇者「でも、お金が…」

僧侶「大丈夫です、それくらいは心配しないでください」ニコッ

勇者「?」

僧侶「あ、かわいいカフェ…。あそこにしましょうか」

 カラン カラン

僧侶「ふぅっ…どうしても濡れちゃいますね…」

勇者「うん。でも、お金…」

僧侶「乙女は必要な時に、さっとお金が出てくるものなんですよ。遠慮せずに、好きなものを飲み物でも食べ物でも、じゃんじゃん頼んでくださいね」

勇者「…ありがと」

僧侶(本当は剣士から、勇者くんに買い物がてら美味しいもの食べさせてやってくれって言われてるお金ですけど…)



87: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:49:28.44 ID:Eo+JIe8YO

 ラッシャ-セ- チュ-モン カガイッマ-ス
 エット ジャア カプチ-ノ デ
 ノンファットミルクチョコレ-トチップキャラメルフラペチ-ノウィズチョコレ-トソ-ス ヲ オネガイ シマス
 ナニ ソレ ナンテ ジュモン !?
 ウフフ ジュモン ジャ ナイ デスヨ オトメノ タシナミ デス

僧侶「うーん、雨がやみませんね…」

勇者「僧侶さん…本当は兄ちゃんと一緒に買い物の方が良かったんじゃないの?」

僧侶「そんなことないですよ」

勇者「でも…」

僧侶「剣士と一緒だと余計なものまで買っちゃいそうですし、あの人ってからかうの大好きじゃないですか。それだったら勇者くんとお買い物した方が楽ですから」

勇者「…そうなの?」

僧侶「そうなんです」



88: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:50:48.08 ID:Eo+JIe8YO

 オマタセ シャ-シタ- カプチ-ノ ト ノンファットミルクチョコレ-トチップキャラメルフラペチ-ノウィズチョコレ-トソ-ス ッス ゴユックリ ド-ゾ-

僧侶「それにしても、勇者くんと剣士が本当の兄弟じゃなかったなんて驚きです」

勇者「…そう?」

僧侶「とっても仲良しだし、物臭なところとか、嬉しいことがあると目を輝かせるところとか、一度ムキになるとそればっかりなところとか…たくさん」

勇者「…」

僧侶「あと、何か心に引っかかることがあると、黙っちゃうところも」

勇者「そっ、そんなことないよっ」

僧侶「悩みがあるなら、何でも言ってください。昨夜も剣士が私の部屋に来たんですけど、何も言わないで、ずっと黙り込んだままだったんです」

僧侶「喧嘩でもしましたか?」

勇者「喧嘩なんて、別に…」



89: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:52:31.94 ID:Eo+JIe8YO

僧侶「これでも私は神職に携わる身です。ちゃんと、私の胸の内に秘めておきますから、吐き出してみてはいかがですか?」

勇者「…」

僧侶「…」ズズズ

勇者「俺よりも…兄ちゃんの方が、よっぽど勇者に向いてると思うんだ…」

僧侶「剣士の方が…?」ズズズ

勇者「俺なんて、ちょっと魔法が得意なだけ…。兄ちゃんは剣の腕なら誰にも負けないし、そもそも俺、魔法使わなかったら僧侶さんにも3秒で負けちゃうくらいだし…」

勇者「どこに行っても兄ちゃんが対応してくれて、俺はくっついてるだけで、この旅だって…兄ちゃんがいなかったら、ここまで辿り着けなかったことばかり…」

勇者「人助けをするのも、兄ちゃんが先。魔物が出てきて、1番に切りかかっていくのも、何をするのも…」

勇者「俺じゃなくて、兄ちゃんが勇者に選ばれれば良かったんだ…」

僧侶「…」ズズズ



90: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:53:27.44 ID:Eo+JIe8YO

勇者「どうせ魔王だって、兄ちゃんがいれば…」

僧侶「…」ズズズ

勇者「…?」

僧侶「…」ズズズ

勇者「あの、聞いてる?」

僧侶「…」ズズズ

勇者「…」

僧侶「…」ズズズ

勇者「僧侶さん!」

僧侶「へっ!? な、そ、そうですよね。やっぱり雨だと気が滅入っちゃって、そう思っちゃうこともありますよね。でも天気のせいにばかりしちゃダメですよ?」

勇者(話聞いてないし…)

僧侶「ああ、おいしかった…幸せです」ホッコリ

勇者「安い幸せだね…」

僧侶「でも、勇者くんと剣士がくれた幸せですから」ニコッ



91: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:55:36.23 ID:Eo+JIe8YO

剣士「――もうちょっといい値段で買い取ってくれよ、おい」

商人「そう言われましても、こんなに使い古されたものでは…」

剣士「何だよ、まだ使えるだろ? 使えるんだぜ?」

商人「見た目の問題もありますし、売り物にはなかなか…」

剣士「おう、俺は聖王国の公爵家が嫡男だぞ。王位継承権三位だぜ? そんな俺様が使ってたんだぜ?」

商人「宝石の類であるならば、あなたの言うことが本当だったなら素晴らしい値がつくでしょうが…こんなぼろぼろのとるに足らない旅用品では…」

剣士「…それは勇者も愛用してたもんだぜ?」

商人「ゆ、勇者様?」

剣士「そーだ、未来の英雄、未来の救世主の、勇者だ」

商人「う、うーむ…確かに勇者様が使っていた品と言うならば…」

剣士「よーし、俺の言い値で売ってやる」

商人「そんなっ!?」

剣士「文句あんのか、商売できなくしてやんぞ? 公爵家の権力なめんなよ?」

商人「横暴だぁ…」シクシク



93: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:57:08.60 ID:Eo+JIe8YO

剣士「…冗談だ。…とりあえず、勉強してこのゴミを買い取ってくれ」

商人「自分でゴミって言っちゃってるよ、この人…」

剣士「いくらだ?」

商人「…全部まとめて、金貨1枚でいいですか? 勇者様と公爵様が使っていたという価値を込めても、これで限界なんですが…」

剣士「…仕方ねえ、それでいい」

商人「ふぅ…他に何かご用はありますか? あ、ちょいと煙草吸わせてもらってもよろしいですか。いやあ、こんな無理やりな商談の後じゃ、なんとも…」シュボッ

剣士「好きに吸えよ…。にしても金貨1枚、か…」ジッ

商人「これ以上はムリですよ?」スパ-

剣士「分かってるっての、そんくらい。…煙草って、うまいのか?」

商人「お買い求めになられますか? マッチ、サービスでつけちゃいますよ?」ニヤッ



94: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:58:16.77 ID:Eo+JIe8YO

 ザ-------

 シュボッ

剣士「ごほっ…」

剣士「うえっ、何じゃこりゃ、こんなの、げほっ…」

剣士「くっそー、何か悔しいから、むせなくなるまで吸ってや――げっほぉっ!」

 ザ-------



95: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 22:59:57.15 ID:Eo+JIe8YO

僧侶「剣士、帰りが遅いですね…。もうお昼になるのに」

勇者「雨も、やまないね…」

 バタンッ

剣士「ちっくしょ、雨なんざ、やみやがれってんだ」

僧侶「剣士! おかえりなさい、ずぶ濡れじゃないですか。早くお風呂入って、服も乾かさないと」

剣士「その前に、ほれ、売っぱらった不要品、金貨5枚だ」チャリンッ

勇者「こんなになったの?」

剣士「俺様の交渉術なめんなよ?」

僧侶「ん? 剣士…何か、煙草臭くないですか?」クンクン

剣士「商人の野郎が吸ってたんだよ。風呂入ってくる」



96: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:01:02.52 ID:Eo+JIe8YO

 ポロッ

剣士「風・呂、風・呂、お・風・呂~っと♪」

勇者「…」

僧侶「…思いっきり、煙草ですね、これ」

勇者「落としたの気づいてないし…」

僧侶「どうしましょう…煙草なんて、体に悪いの分かりきってるのに吸う必要…」

勇者「カッコつけだから、いいんじゃない? 好きにさせれば」

僧侶「でも、煙草って臭いもつきますし…」

勇者「僧侶さん、煙草嫌い?」

僧侶「だって、いい印象ありませんし…」

勇者「兄ちゃんの服にこっそり戻しとくよ」



97: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:04:51.26 ID:ZeJcOo/yO

剣士「あ、洗濯の前に、服の中出しとかねえと…」ゴソゴソ

剣士「ん? 煙草…あれ? どこいった…どっか落としたか…?」

剣士「…………まあ、別にそれならいいか」

剣士「風呂っ」

 ガララッ

 バタム

勇者「…風呂、入ってるよね…」ソ-

勇者「ポケットの…浅いところ入れておけばいっか」

 バタム

 アア イイ ユ ダ ニシテモ キンカ ヨンマイハ イタイナ
 セコセコ チョキン シテタ ノニ…
 シカタナイ カ アキラメテ マタ タメリャア イインダシ
 キゾク タル モノ ウツワヲ オオキク モタネエトナ ウン

 ガララッ

剣士「ふぅ…いい湯だった」

剣士「さて、と着替えたらメシか。でも、また外行くのに服替えるのも…いや、でも…濡れたままは気持ち悪いし、いっか」ポロッ

剣士「…あれ、煙草…」

剣士「さっきはなかったのに…どういうことだ?」



98: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:05:58.29 ID:ZeJcOo/yO

剣士「メシ行くぞ。――って、勇者はどうした?」

僧侶「勇者くん、1人がいいって行っちゃいました」

剣士「あんだと? ったく、仕方ねえな…。じゃ、2人でメシ食うか」

僧侶「…剣士、煙草なんて吸い始めたんですか?」

剣士「は?」

僧侶「さっき、落としましたよ」

剣士「…そうか。悪いかよ、いいだろ、別に」

僧侶「でも、体に悪いですし、体臭とかだって…」

剣士「いいんだよ、放っとけ。メシ行くぞ」

僧侶「…もう」



99: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:07:25.41 ID:ZeJcOo/yO

 ザ-------

勇者「…何してんだろ、俺」

 ポツン

勇者「もう、手持ちのお金ないのに、1人で出てきて…」ハァ

勇者「剣の練習でもしよ…」スラァン

 ブンッ
 ブンッ
 ブンッ

*『いやあ、よく来てくださいました、勇者様!』

剣士『俺じゃなくて、こっちが勇者だ』

*『えっ、こちらが勇者様…? す、すみません、いやあ、さすがは勇者様だ、精悍なお連れ様ですね! 能あるタカは爪を隠すと言いますが、勇者様はまさにその通りでございますね!』



100: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:08:33.92 ID:ZeJcOo/yO

 ブンッ
 ザッ
 ブゥンッ

*『あの魔物がやって来てから…もうこの村はめちゃくちゃで…』

*『腕の立つ傭兵にも依頼してみたものの、ことごとく全滅させられて、もう国からも見放されてしまって…』

剣士『そんなら、俺らで退治してやるよ。なっ、勇者』

 ダッ
 ヒュババッ

*『ねえねえ、お兄ちゃん』クイクイ

剣士『おっ、どうしたぁ、ガキんちょ?』グリグリ

*『しゃがんで』

剣士『ん?』

 チュッ

*『助けてくれてありがとっ。ケッコンしてあげても、いーよ?』ニコッ

剣士『20年後に出直してくれ』



101: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:09:30.79 ID:ZeJcOo/yO

 ブンッ
 バッ
 ズンッ

*『街を救ってくれた英雄達が帰ってきたぞ!』

*『一時はどうなるかと思ったが、街が無事で良かった。何と言っても、あの剣士様だ』

*『ああ、魔物をばったばったと切り倒して…何だか胸のすく思いだった』

 ブンッ
 ズルッ
 バタッ



102: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:10:30.52 ID:ZeJcOo/yO

勇者「…」

 ムクリ

勇者「何やってんだろ…また泥まみれになっちゃった…」ハァ

勇者「!」ヒョイッ

 イヤ シカシ ウマカッタ ア ソウリョト クエバ ナンデモ カクベツカ
 ソッ ソウ ヤッテ カラカウノ ヤメテ クダサイ ッテバ
 カラカッテ ネエヨ アイスル オンナト イッショニ イルンダゼ
 アウウ ケンシ…

勇者「…」

勇者「行った…。何で隠れたんだろ…」ハァ

勇者「ああ、もう、ムカつく。全部、この雨が悪いんだ。魔法で雨なんか干上がらせてやる…。街の外れで特訓しよう」



103: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:11:20.67 ID:ZeJcOo/yO

 テレレレッ
 シュボボボボボッ

勇者「火力が、これ以上は上がらない…。どうすればいいんだろう…」

勇者「魔力を余分に込めたってムダになっちゃうだけだし…」

勇者「いっそ、火球魔法と閃熱魔法を合わせてみちゃう…?」

勇者「いやでも、合わさるのかな? やるだけ、やってみようかな…」

 シュボボッ

勇者「火球魔法用意完了、このまま、閃熱魔法を…」

 バチッ

勇者「っ――な、何か、良くない予感…魔法が反発し合ってる…?」

勇者「でも、それって威力もきっと…うん、小火球と小閃熱なら、失敗したってちょっとした火傷で済むし…」

 バチィッ
 フッ
 パァァァァンッ

勇者「痛~~~~ったぁっ!?」



104: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:16:41.11 ID:aepvcktaO

勇者「何、これ、痛いよ!? 悔しい…成功するまでやってやる」

勇者「絶対にこれ制御して、雨雲なんか蹴散らしてやる…」ブツブツ

勇者「…お腹減った…」

 ブンブンッ

勇者「集中! 集中しなきゃ…」

 グゥゥ…

勇者「この魔法、完成したら何て名前にしよう…」

勇者「…リア充爆破魔法、とか?」

勇者「……ああもうっ、こんなこと考えてたら日が暮れちゃうよ」

勇者「その前に雨雲で太陽なんて出てないか…」

勇者「…」ボ-

勇者「ダメだ、ダメだ、集中しなきゃって気を引き締めたところなのに、こんな…」

勇者「今に見てろ、雨なんかぶっ飛ばしてやる…」ブツブツ



105: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:17:29.73 ID:aepvcktaO

 ザ-------

僧侶「今度は勇者くんが帰ってきませんね…」

剣士「あいつ、どこで道草食ってやがんだ…」

僧侶「もう晩ご飯の時間も過ぎちゃうのに…心配です…」

女将「まだ帰りませんか? そろそろ片づけたいんですけどねえ…」

剣士「あー…悪いな、おばちゃん。部屋で食っていいか? 明日の朝、食器返すから」

女将「そうしてもらえるとこっちも助かりますよ。でも、雨がまた一段と強くなってきて、心配になりますねえ…」

僧侶「そうですね…」

 ザ-------



106: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:18:08.18 ID:aepvcktaO

 ザ-------

勇者「できないっ…!」

 ドサッ

勇者「何でできないんだろ…」

勇者「…そこら中、穴だらけにしちゃった…」

勇者「まあいいや、どうせぬかるんでるし、勝手に戻るよね…」

勇者「お腹減ったぁ…もう晩ご飯、終わってるのかな…?」

勇者「一旦帰れば良かったかも…。でも、兄ちゃんと僧侶さんの邪魔したくないし、いちゃついてるの見てると無性にムカつくし…」

勇者「…」

勇者「もう1回、やってみよ」



107: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:19:01.26 ID:aepvcktaO

 ザ--------

 カランッ

僧侶「あ、剣士…勇者くん、見つかりました?」

剣士「いや、街中見て回ったが、どこにも。それより、もっとヤバいことになってる」

僧侶「ヤバいこと…?」

剣士「近くの川が、この大雨で氾濫しそうだ。街の連中とその対策してくるから、お前は先に寝てろ」

僧侶「私も行きます」

剣士「土嚢積むだけだ、お前はいい」

僧侶「いえ、雨の中の作業になりますし、簡易テント張って、温かいものを用意したり、ケガ人に備えたり、やれることがありますから」

剣士「…そうかよ。先に行く」

僧侶「はい。私は近くの教会に、お手伝いをお願いしてから参ります」



108: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:19:38.43 ID:aepvcktaO

 ザ--------

勇者「っ…! ここだ、火球魔法と閃熱魔法が融合しかかって、ここですごい反発がくる…!」

勇者「これを、力ずくで魔力で抑え込んで…!」ググッ

 パァァァンッ

勇者「はぁっ…はぁっ…また、失敗…」

勇者「もうちょっとのはずなのに…あれさえ制御出来れば…」グッ

勇者「もう、1回…!」

 ザ---------



109: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:20:44.73 ID:aepvcktaO

剣士「――ダメだ、決壊するぞ!」

 ドッバァァァッ

 ウワァ------
 ニゲロォ------

剣士「っ――避難が間に合わない…!」ダッ

*「おいっ、巨大な流木だ!」

剣士(何だ、あのサイズ…!? 鉄砲水に飲まれるだけならまだしも、あんなのにぶつかった人間なんか簡単に死ぬぞ!)

剣士(だけど、あの技なら…!)

剣士(頼む、成功してくれ! 俺の剣を信じろ! 大地を抉り、自らの覇道を唱える奥義――!)

剣士「覇道斬りィ――――ッ!」

 ブゥンッ
 ザッパァァッ

*「すげえっ、水が割れた…!?」

 ブワァァァッ



110: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:21:15.18 ID:aepvcktaO

剣士「ハッ…ハッ…」

*「あの剣士のあんちゃんを…水が避けた…」

*「いや、違う、流木が真っ二つになってる! 水ごと流木を切って、直撃を避けたんだ!」

剣士「その流木で塞き止めるんだ! 土嚢で支えて、固めろ!」

 オオ------

剣士「そっちに8人つけ! こっち側は、俺だけで、充分…!」

*「すげえ、本当に1人で片側持ち上げた…!」

*「感心する前に体を動かせ!」

剣士「せー、のっ!」



111: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:22:10.34 ID:aepvcktaO

僧侶「どうにか…なりましたね。どうぞ、あったかい飲み物です」

剣士「ああ…どうなるかと思ったが、これなら大丈夫だな。けど、農作物がどうなるか…」ズズ

僧侶「こればっかりは、どうにもなりませんしね…」

剣士「ああ…雨が上がっても、水はしばらく残っちまう」シュボッ

 スパ-

僧侶「…」

剣士「ふぅっ…」

僧侶「煙草、やっぱり吸うんですね。しかも、仕草がこなれてません?」

剣士「どうだっていいだろ…」スパ-

剣士(実はちょっとむせるのガマンしたけど…)

剣士「勇者、まだ帰ってねえのかな…?」

僧侶「どうでしょうね…。心配です」

剣士「…ああ」



112: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:22:51.93 ID:aepvcktaO

 ザ-------

勇者「もう、一、息…!」グググッ

 パァァァンッ

勇者「あー、もう! また失敗…」

勇者「でも、もうちょっとのはず…」

 ザ-------



113: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:24:15.78 ID:aepvcktaO

剣士「あいつ…! どこで、何してやがんだ! もう朝だってのに!」

僧侶「雨、やみましたね…」

剣士「探しに出てくる!」




 パァァァンッ

剣士「っ…何だ、この音…? こっちの方から…」

 イマノ タイミング ダト マダ ハヤイノ カモ…
 モウ チョット ギリギリ マデ ネバッテ カラ…

剣士「勇者…あいつ、泥まみれで、あんな地べたにまで座り込んで何を…」

 ポゥ
 ポゥ
 ググッ
 パァァァンッ

剣士「…」

 マダマダッ

剣士「…ったく」シュボッ



114: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:24:53.69 ID:aepvcktaO

僧侶「――あっ、剣士…勇者くん、見つかりましたか?」

剣士「ああ」

僧侶「本当ですか! あれ、でも一緒ではないんですか…?」

剣士「…しばらく、放っとくことにした。俺は水害の様子見てくる」

僧侶「あ、はい…」



115: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:26:24.37 ID:aepvcktaO

*「あなたのお陰で、どうにか街までの浸水は避けられました。しかし、畑の方は…」

剣士「これは、酷いな…。収穫できそうか?」

*「いえ…ダメでしょう…。備蓄分も少なく、国に納めたら我々はもう食べるものなんてありませんよ…」

剣士「分かった、俺がどうにかしてやる」

*「へ?」

剣士「備蓄分を納めなければ、冬は越せるか?」

*「い、いえ…それも難しいかと…」

剣士「そうか…。じゃ、それも考えねえといけないな。だが、飢え死になんてのが1人も出ないように――」

 ウッ ウワァァァァァッ

剣士「?」



116: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:26:52.72 ID:aepvcktaO

 マッ マモノガ キタゾォ-------

剣士「何…!?」

*「ひぃっ、魔物…!?」

剣士「あんた、宿に僧侶って俺の連れがいる、すぐにここへ呼んでくれ。あと、街の外れに――」

剣士「いや、僧侶だけだな。呼んできてくれるか。魔物は俺が食い止める」

*「は、はいぃっ…!」ダダッ

剣士(どれだけ何をしてたかは知らねえが、今の勇者じゃ魔力を使いすぎてる…魔物の相手なんか務まらねえ…)

剣士(ここは俺が、撃退する…!)



117: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:27:42.53 ID:aepvcktaO

 ザワザワ

勇者「はぁっ…はぁっ…。また失敗…。何か、騒がしいような…」

勇者「どうかしたのかな…?」

 イソイデ ヒナンヲ シロッ マモノガ キテ イルゾ
 ドウシテ コンナニ ワリィ コトガ カサナルンダ

勇者「魔物…!?」

勇者「ねえ、魔物って、どこ!?」



118: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:28:34.60 ID:aepvcktaO

魔物「―――んんん~? 手応えがねえなぁ~?」

剣士「っ…!」チャキ

僧侶「この魔物…皮膚が柔らかすぎて、攻撃が通じません…」

剣士「斬っても斬っても、刃こぼれするばっかだな、これじゃ…」ジリ

魔物「ハハハッ! 貧弱だなぁ~人間というのは」

剣士「それなら、これで…どうだ! 覇道斬り!」

 剣士は勢いよく短剣を振るった!
 繰り出された剣戟が大地を抉りながら進撃する!
 しかし、剣戟は魔物へ到達する前に勢いを失って消えた!

魔物「何をしたんだぁ~?」

剣士(クソ…昨日の疲れか…もしくは、あれがマグレだったか…)

魔物「こっちからの反撃だ! 食らえーい!」

 魔物が空高く飛び上がり、剣士に襲いかかる!

剣士「っ――高い!?」

僧侶「剣士、避けて!」

剣士「クソっ…!」ダッ

 ドッゴォォォッ

剣士「ぐあっ…!?」

僧侶「きゃっ…!?」



119: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:29:37.11 ID:aepvcktaO

魔物「ふっふーん、着地の際の衝撃波は爆裂魔法並みの範囲だ。そう簡単に逃げられると思ったら、大間違いだぞ~?」ニタニタ

剣士「くっそ…!」

僧侶「攻撃の手段が…せめて、勇者くんがいれば魔法で――」

魔物「なーにを言ってる、愚か者め。俺の体は軟弱な魔法など寄せつけんわっ!」

剣士「それでも、てめえをぶちのめす…!」ダンッ

 剣士が魔物に切りかかる!
 しかし、攻撃は魔物の柔肌に吸収されてしまう!

魔物「分からず屋め、ムダと言っておろうが!」

 魔物が剣士に強烈な頭突きを叩き込んだ!ズゴォッ

剣士「っ――」

僧侶「剣士…!」

魔物「ふっふーん、お前も仲間の心配をしてる場合ではないぞぉい!」

 魔物が僧侶に向かって猛突進し、両拳を叩きつける!
 僧侶は防壁を張ったが、無惨に砕け散った!

僧侶「きゃあっ…!」



120: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:31:21.82 ID:aepvcktaO

魔物「弱い弱い、人間というのは弱くていかんなぁ~?」

剣士「んの、体脂肪1000パーセントのクソデブめ…」

魔物「クソデブぅ~? それの何が悪い?」

僧侶「肥満はいけません! 生活習慣病のリスクが高いんです! 糖尿病にでもなったら好きなものも食べられなくなりますよ!」

魔物「そんなもの、我々、魔族には関係がなぁ~い! むしろぉ? 有り余る脂肪を全て引き締めることで得た、この無敵の防御力の前にお前らは何もできぬではないか!」

剣士「畜生め…」

僧侶「でも、実際どうしましょう? 打撃も斬撃も通じません。魔法は勇者くんしか使えないのに、いませんし…」

剣士「…いたところで、今のあいつは魔力なんてすっからかんだろうぜ」

僧侶「え?」

魔物「さぁーてぇ~? そろそろ貴様らに引導を渡してやろうではないか。地獄まで、叩き落としてくれるわぁ!」ピョ----ン

剣士「また、あの攻撃か! あの巨体でどうやって飛んでやがる!」

僧侶「言ってる場合じゃないです! さっきよりも高いですし、あんなの食らったらひとたまりも…!」

 ヒュゥゥゥ---------

剣士「落ちてきた…! 僧侶っ!」ダキッ

僧侶「け、剣士…そんなじゃ、あなたが…!」

魔物「死ねぇえええ――――いっ!」



121: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:32:39.87 ID:aepvcktaO

勇者「――極大凍結魔法!」

 ヒュオォォォッ
 ガッキィィィ--------ン

 ドゴッ
 ツルリンッ

魔物「ぬごぉぉっ…!?」

 ズザザザァッ
 ドテッ

僧侶「へ? …こけましたね…」

剣士「今のー―」

魔物「ぬぐぐ…やっと現れたか、勇者ぁ~…」

勇者「兄ちゃん、僧侶さん、大丈夫?」

剣士「お前っ――」

僧侶「ぼ、ぼろぼろじゃないですか、泥まみれだし…そんな…。何してたんですか、今まで」



122: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:33:54.68 ID:aepvcktaO

勇者「あ、ごめん、でも大丈夫だって」

剣士「大丈夫ってな、お前、魔力あんのか!」

勇者「え?」

魔物「許さん…許さん許さん許さん…ゆーるさん、ぞぉぉぉ~!」ドドドッ

 魔物が怒り狂って突進してくる!

僧侶「あの魔物、すごいパワーなんです!」

勇者「でも、頭良くないみたいだからどうにもなる! 中竜巻魔法!」

 ブワァァァッ

魔物「わっはっはっ、そんな軟弱な魔法でどうにかなると思って――おおっ? 体勢、がぁっ…!?」

 ツルリンッ
 ドサァッ

勇者「あんな大きな体してたら、風にあおられるし、足元が氷漬けなんだから滑るのは当然! 踏ん張り利かないなら尚更だよ」



123: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:35:21.35 ID:aepvcktaO

魔物「このぉ~コケにしおってェ…!」

勇者「こっちだ!」タタッ

魔物「待てぇいっ…!」ドドドッ

僧侶「すごいです、勇者くん…。私たちじゃ、全然太刀打ちできなかったのに…」

剣士「いや、すごいのはあいつの魔力だ…あんなにぼろぼろになるまで、魔法の練習してて、今だって極大凍結に、大竜巻…あいつの魔力、どうなってやがる…?」

 ドドドドドッ

魔物「ぬぅん、食らえ! 極大爆裂魔法~!」

勇者「こっちだって! 極大爆裂魔法!」

 カカッ
 ドッゴォォォォォッ

 カカッ
 ドッゴォォォォォッ



124: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:36:38.32 ID:aepvcktaO

魔物「同じ魔法で相殺するとは、生意気! だったら、これでどうだ!」

魔物「まずは、極大火球! さらにっ、極大凍結! ついでにっ、極大竜巻! そしてっ極大閃熱! おまけもだ、極大爆裂ぅ~っ!」

勇者「それくらい! 極大火球、極大閃熱――」ポゥゥ ポゥゥ

勇者(あっ、さっきまでのクセで2つやっちゃっ――)

 バチバチバチィッ

勇者(やっば!? 極大なんて…合わせたら、いやっ、やるしかない――!?)

魔物「死ねぇい、勇者ぁ~!」

 バチバチバチィッ
 フッ

勇者「あ――ここ?」バッ

 ブンッ

 勇者は迫り来る極大魔法のオンパレードに向かって、輝く光球を投げつけた!



125: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:37:41.62 ID:aepvcktaO

魔物「何だ、その奇天烈な魔法は? 頭が沸いたかぁ~? わっはーー」

 カッ
 ブワァァァァッ

 光球が中空で炸裂し、凄まじい熱線を周囲へばら撒いていく!

勇者「でき、た――」

魔物「ぬがぁぁ~!?」シュボボボ

魔物「火っ、火がぁっ…!? 消え、消えないっ…! 熱い、熱い゛、あぁぁぁ~~~っ!?」

 魔物は全身を焼き焦がされて倒れた!

勇者「…」キョトン

剣士「勇者!」

僧侶「勇者くん、今の光って…!?」

剣士「何だ、これ…? あんだけぬかるんでた地面が、ここら一帯だけ干上がってるみてえな…」

勇者「できちゃった…あはは…」フラッ

僧侶「勇者くん!?」

勇者「安心したら、気が抜けて…」ドサッ



126: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:40:48.99 ID:OfqWg/yoO

剣士「勇者っ…大丈夫だ、寝てる…」

僧侶「図太い、ですね…。終わってすぐ寝ちゃうなんて…」

剣士「…ああ、俺の自慢の弟だからな」

剣士「ところで、僧侶」

僧侶「何です?」

剣士「あいつ、脂肪1000パーセントとか、のたまってたよな?」

僧侶「そうですね。それがどうかしました?」

剣士「てことは、あれを解体したら…いい食料になるんじゃねえかと」

僧侶「えっ…ま、魔物を食べたら魔物になるって…」

剣士「ならねえよ。お前だって、知らない間に食ってんだろ」

僧侶「えっ」

剣士「魔物になってる自覚あるか?」

僧侶「ちょっ、えっ…? えぇええええ――――――っ!?」

剣士「驚くお前もかわいいな。愛してるぜ」



127: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:41:57.75 ID:OfqWg/yoO

 ムクリ

勇者「…お腹減った」

 ガツッ

勇者「痛って…」

剣士「説教の後にメシ食わせてやる。座れ」シュボッ

勇者「…」セイザ

剣士「一昨日の昼から、何も言わずに何してやがった」

勇者「…魔法の、特訓」

剣士「それならそうと一言くらい言っとけ! 心配するだろうが!」

勇者「だって、途中でムキになっちゃって…」

剣士「ムキになっただぁ? 雨の中をどれだけ捜しまわったと思ってる!?」

勇者「っ…ごめんってば…」

剣士「…文句あんなら、ちゃんと口で言え。黙ってちゃ、分からねえんだよ」



128: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:43:08.81 ID:OfqWg/yoO

勇者「兄ちゃん…」

剣士「あと、もう兄貴面してほしくねえなら、それでいい。兄弟ごっこなんて、どうせ俺の思いつきとわがままだしな…」

剣士「だが、そうなったら今度はもう対等な関係だぞ。それこそ、もう俺は何もお前の世話なんか焼かねえし――」

勇者「いいよ、兄ちゃんは兄ちゃんのままで」

剣士「はっ?」

勇者「…いいって言ったらいいよ」

剣士「いいのかよ? やかましいんだろ?」

勇者「うん…身に染みた、何だか。1人で色々やるの、大変だし…それに、生乾きの服じゃ気持ち悪かったから」

剣士「服?」

勇者「とにかく、いいよ! 兄ちゃんは、俺の兄ちゃんだから! 世話焼いて!」

剣士「お、おう…?」



129: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:44:31.79 ID:OfqWg/yoO

勇者「あとね、俺、すごい魔法覚えちゃったんだ。まさに、雨降って地固まる魔法だよ、すごいんだよ~?」

剣士「はあ? 俺なんか、濁流を真っ二つにできるんだぜ?」

勇者「何それ!?」

剣士「公爵家に伝わりし、秘伝の奥義だ」ニヤリ

勇者「うっ…じゃ、じゃあ、もっともっとすごい魔法覚えるし!」

剣士「秘伝の奥義はまだあるからな。そっちも、この調子ならすぐだぜ」

勇者「うぐっ…」

 ガチャ

僧侶「どうしたんですか? 2人の楽しそうな声、廊下まで漏れてますよ」

勇者「楽しくない! 聞いてよ、必死にすごい魔法覚えたのに、兄ちゃんが対抗してくるんだよ!」

剣士「対抗なんかしてねーよ」スパ-

勇者「普通さ、弟がいい気になってるんなら、兄ってそれを誉めてあげるもんじゃないの!?」

剣士「はぁ? 兄貴ってのはな、常に弟の先を行くもんだぜ? どんだけお前が高く天狗の鼻伸ばしたって、叩き折ってやるからな」

勇者「ぬぐぐ…」

剣士「これが兄貴としての貫禄だ」



130: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/01(月) 23:45:27.06 ID:OfqWg/yoO

僧侶「あ、書簡の用意、してきましたよ」

剣士「おう、ありがとな」

勇者「書簡?」

剣士「ただの定期報告。俺と僧侶のいちゃラブっぷりを父さんと母さんに伝えておかねえとな」

勇者「あっそ…。お風呂入ってくる」

 バタム

僧侶「…嘘は女神様がお嫌いですよ?」

剣士「いいや、他人を思っての嘘ならお許しになるね。…言えねえだろ、『水害の影響で今年の収穫は見込めないから作物の納税を免除してやってくれ』って、俺の特権で請願してるなんて」

僧侶「どうしてですか?」

剣士「あいつは勇者だ。魔王を倒すことだけ考えりゃあいい。勇者としてのイメージってのは、俺がこっそり作ってやりゃあいいのさ」

僧侶「別にこっそりしなくても…」

剣士「あれはバカだから、こんなことまで考え出したら、てんてこまいだぜ? 兄貴として、そんな負担させられねえよ」

僧侶「…やっぱり、剣士も勇者くんもそっくりですね。似た者同士で、いっつも相手のことを大切に想って…」

剣士「義理だろうが、そうじゃなかろうが、兄弟だからな!」ニカッ

剣士「それに、お前のことだって、俺は大切に想ってるぜ」

僧侶「そ、そろそろ…馴れてきましたから、うろたえませんよ?」ツン

剣士「かーわいいの、こいつ~」

僧侶「かわっ…!?///」

剣士「はっはっはっ」



134: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 01:45:42.39 ID:lQ8sViWe0

―王歴165年―

勇者「凍結魔法、爆裂魔法――爆裂氷弾!」

 勇者は凍結魔法と爆裂魔法を唱えた!
 荒れ狂う猛吹雪が魔物の群れを飲み込み凍結させる!
 瞬時に魔物の群れとともに凍結した爆裂魔法が炸裂した!
 大爆発があらゆるものを破砕していく!
 魔物の群れは木っ端みじんの霜となって消え去った!

勇者「兄ちゃん、僧侶さん、どうだった? 新魔法!」クルッ

剣士「おーおー、また派手にやらかしたな」スパ-

僧侶「最近、ますます勇者くんの魔法に磨きがかかってきましたね」

剣士「これで、もうちょい剣術がマシなら文句はねえんだがな」

勇者「うっ…兄ちゃんとはタイプが違うんだよ、タイプが」

僧侶「そうですよ。勇者くんは魔法に特化してるんですから。魔法なしじゃ、私相手でも10秒しか勝負にならないんですよ?」

勇者「それはそれでどうなんだろう…。てか、僧侶さんは普通に強い方の部類だからね…?」

剣士「ま、いいさ。…それよか、明日からはようやく魔王城へ突入だ。最終調整はこれくらいでいいな?」

勇者「うん」

僧侶「緊張します…」

剣士「よし、じゃあ景気づけにかるーく飲むか! 酒場に繰り出そうぜ!」



135: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 01:47:18.30 ID:lQ8sViWe0

 ワイワイ
 ガヤガヤ

剣士「旅に出てから3年、か…。意外と早かったな、ここに来るまで」

僧侶「王都から旅立ったんですよね、お2人は」

勇者「うん。兄ちゃんの家に一晩だけ泊まって、翌日には旅立って…。色々あったなあ」

剣士「そうだな。カジノで身ぐるみ剥がされたかと思ったら、お前はスロットで大当たりしてるし」

勇者「そのお金で立派な馬車を買おうとして、でも魔物に襲われた街の復興費にして…」

剣士「あの時に魔物さえ来なけりゃ、今ごろは優雅な旅だったのによぉ…」

僧侶「ふふ、お2人で旅をしていた頃も色々あったんですね」

剣士「お前が旅に加わってからが本番みたいなものだけどな」

勇者「戦闘も随分と楽になったし、各地の教会で安く宿泊する裏技も金銭的に助かってるし…」

剣士「お前はシケたこと考えてるなよ。金ってのは溜め込むんじゃダメなんだぞ?」

勇者「分かってるってば…。俺だってもう15なんだから、子ども扱いしないでよ」

僧侶「まだまだ、勇者くんは子どもですよ」

剣士「僧侶の言う通りだ」

勇者「そんなに年は違わないくせに…」ムッ



136: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 01:48:53.65 ID:lQ8sViWe0

僧侶「ここから魔王城まで、船で3日ほどでしたか…」

剣士「ああ。海賊どもがアッシー君になってくれるとはな。これも俺様の人徳だぜ」

勇者「人徳って言うか…」

僧侶「惚れられた弱味につけこむなんて最低ですよ…」

剣士「うるせっ。だがな、俺は永遠、お前一筋だ」

僧侶「け、剣士…///」

勇者「ああもう、すぐにそうやってのろけて…。俺、先に帰る?」

剣士「そう遠慮すんなって。お前の義姉さんになるんだぞ?」

勇者「義理の義理でね」

僧侶「ギリギリの関係ってやつですね」

勇者剣士「」

僧侶「何ですか、その顔はぁっ!?///」バンッ

勇者「いや…うん、そう、だね…って…」メセンソラシ-

剣士「オヤジギャグ滑らせて赤面してる僧侶もかわいいぜ、安心しろ」グッ

僧侶「ちょっとおどけただけじゃないですか…」ムスッ



137: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 01:50:29.55 ID:lQ8sViWe0

 ファ-ア

剣士「ん、何だ、勇者。もう眠いのか?」

勇者「早めに寝るよ。明日から、海賊船だし…。海の上じゃ安眠は難しいだろうし…。おやすみ」

剣士「おう、おやすみ」

僧侶「おやすみなさい」

 カラン

剣士「あと少しで、この旅も終わりか…」

僧侶「そうですね…」

 シュボッ
 スパ-

剣士「煙草買っとかねえと…」

僧侶「体に悪いですよ」

剣士「分かってるって。でも、吸ってみるとやめられねえんだよな…」

僧侶「もう…。悪いことばっかり覚えて…」

剣士「悪いことぉ? そりゃ、どーいうことだ?」

僧侶「別にぃ…」ムスッ



138: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 01:53:39.23 ID:lQ8sViWe0

剣士「…全然、今日は酔えねえや」

僧侶「決戦前なのに酔っ払ってたいんですか?」

剣士「ああ、酔っ払いたいね…。正直なこと言えば、酔ってねえと、やってらんねえくらい不安だ…」

僧侶「剣士…」

剣士「俺は正直…魔王との戦いで、生き残れるかどうか怪しく思ってる」

剣士「だが、何があってもお前と勇者は俺が守ってやる」

僧侶「剣士…」

剣士「未来のために、必ず勝とう」

僧侶「はい。でも、私も守られてばかりじゃいられません。一緒に生き残りましょうね」

剣士「当たり前だ。魔王を倒したら、念願叶って入籍だぜ?」



139: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 01:55:16.65 ID:lQ8sViWe0

勇者「――窓を開けても星があまり見えない…。曇ってるわけじゃないのに」

勇者「魔王城から発せられる瘴気の影響か…」

勇者「距離が離れててこれなら、魔王城のある島は…」

勇者「ううん、弱気になっちゃダメだ。魔王は倒さなきゃ」

勇者「魔王を倒して…」

勇者「魔王を倒したら、俺は一体…何をすればいいんだろう?」

 ブンブン

勇者「勇者の称号を返上して、一般人になるだけじゃん」

勇者「そうそう、それで…兄ちゃんと僧侶さんの結婚式に出て、それから…」

勇者「それから…」

 ポツン

勇者「…早く、寝よっと…」



140: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 01:58:17.02 ID:lQ8sViWe0

女海賊「――剣士の旦那~! きっと無事で帰って下さいよ~!」

剣士「おうよ、任せろ!」

僧侶「ここまで送って下さって、ありがとうございます」

女海賊「うちは妾でもいいんで! 待ってますよ、剣士の旦那~!」

僧侶「けっ、剣士は妾なんてとりませんからねーっ! あなたはあなたで、ちゃんと相手探して下さいよー!」

勇者「…兄ちゃん、モテモテだね」

剣士「ま、俺は僧侶一筋だがな」ダキッ

僧侶「えへへ…///」

勇者「決戦前最後のおのろけが済んだなら行こ」

勇者「魔王城は、もう見えてる」



141: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 01:59:31.66 ID:lQ8sViWe0

門番「よく来たな、勇者と、その仲間ども」

剣士「おうおう、門番のくせに立派なガタイしてんじゃねえか」

門番「我こそは魔王城の番人! 魔王城に入りたくば、この俺の屍を踏み越えろ!」

 ・
 ・
 ・

紅竜「ここまで辿り着いたか…」

剣士「魔王城ってのはどんだけ余剰人員がいやがるんだ…」

勇者「魔物の1体ずつも強いしね…」

僧侶「でも、まだまだいけます!」

紅竜「魔王城の守護者たる我を、貴様らは倒せるか?」

勇者「倒す!」ダッ



142: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 02:02:26.00 ID:lQ8sViWe0

 ギィイイイ…

勇者「ここが、魔王城の最奥部…」ハァハァ

剣士「うちの国の玉座の間の方がセンスいいぜ…」

僧侶「でも、このプレッシャーは今までの魔物とは桁違いです…」ゴクッ

魔王「――よく来たな、勇者」ニィッ

僧侶「一目で、分かりますね」

剣士「ああ…見た目は俺らとそう変わらねえが、あいつが全ての元凶だ」

勇者「覚悟しろ、魔王!」

魔王「さあ、始めるか。この俺を殺せるのならば、殺してみろ」

剣士「へっ、自意識過剰だな」

魔王「それは貴様ら人間の方であろう」

魔王「体力も、魔力も、到底、覆せぬほどの絶対的な差がありながら、この地上の支配者を気取るのだからな」

僧侶「私達は支配者を気取ってなどいません!」

魔王「ふっ…戯れ言を」

勇者「戯れ言かどうか、試してみろ!」



143: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 02:03:25.49 ID:lQ8sViWe0

剣士「行くぜ、勇者、僧侶!」ダッ

僧侶「はいっ!」

勇者「まずは小手調べだ。極大火球魔法…!」

 勇者は火球魔法を唱えた!
 巨大な炎の塊が魔王に直撃して火柱をあげる!

魔王「その程度か?」スッ

 しかし、魔王は無造作に手を振るうと炎をかき消した!
 突如として剣士が魔王に切りかかる!

剣士「小手調べだって、言っただろ!?」

魔王「魔法の影に隠れたか――」

 剣士はさらに魔王へ追撃をしかける!

剣士「へっ、どうだ!?」ヒュンッ

 しかし、魔王は素手で剣士の剣を受け止めた!



144: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 02:04:48.25 ID:lQ8sViWe0

魔王「だが、所詮はこの程度」

 魔王は軽く手をあげた!
 すると剣士が中空に持ち上げられる!

剣士「っ!?」

僧侶「剣士!?」

魔王「爆ぜろ」

 眩い光が発せられ、直後に大爆発が引き起こされる!
 しかし、寸前に剣士の体を柔らかな光の衣が包み込んだ!

僧侶「へ、平気ですか…?」

剣士「ああ…どうにか」

魔王「ほう、あれを防ぐか」

勇者「でやぁああああっ!」ブンッ

 勇者は魔王に切りかかった!

魔王「随分と稚拙な剣筋だな?」

 しかし、魔王はまたしても素手で受け止めると勇者に強烈な回し蹴りを見舞う!



145: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 02:14:28.59 ID:lQ8sViWe0

勇者「くっ…!」

剣士「なら、剣と魔法のコンビネーションだ!」ダッ

勇者「火球魔法、爆裂魔法――爆裂光弾!」

 勇者は火球魔法と爆裂魔法を唱えた!
 剣士は剣に魔力を宿して魔王に向かって走り出す!

僧侶「剣士、補助魔法をかけます!」バッ

 僧侶が祈りを捧げると、剣士は青い光の衣に包まれる!
 剣士が強化された身体能力で魔王に襲いかかる!

剣士「そら行くぜ!」

 剣士は勇者の放った紅蓮の炎を内包した無数の光球とともに魔王へ鋭い連続の突きを繰り出していく!



146: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 02:36:15.56 ID:lQ8sViWe0

魔王「無数の光弾と、連続の剣戟か…! 面白い!」

勇者「もう一丁、追加! 凍結魔法、爆裂魔法――爆裂氷弾!」

 勇者は凍結魔法と爆裂魔法を唱えた!
 荒れ狂う猛吹雪が魔王を飲み込み凍結させる!
 しかし、魔王は凍結されずに身体から魔力を放ち続ける!
 瞬時に魔物の群れとともに凍結した爆裂魔法が炸裂した!
 大爆発があらゆるものを破砕していく!

剣士「でりゃりゃりゃりゃ…!」

 剣士は激しい魔法の中で魔王に鋭い剣戟を放ち続ける!

僧侶「私だって!」

 僧侶は激しい魔法の中に飛び込んで魔王に鋭くナイフを突き放つ!

魔王「――だが、まだ足りんなァ!」

 魔王はその身体から激しく魔力を解き放った!
 勇者の放った魔法が手当り次第に炸裂、誘爆していく!
 剣士と僧侶は魔法に巻き込まれながら吹き飛ばされた!

勇者「っ!?」

剣士「ぐあっ!」

僧侶「きゃあっ!」



147: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 02:37:28.21 ID:lQ8sViWe0

魔王「所詮は人間だ。魔族の王たる俺との力量差は明確…」

魔王「人間の分際で、この俺を殺すなどと片腹痛いわァ!」

魔王「究極の魔法を見せてやる!」

魔王「塵となって消え去るが良い!」

魔王「極大闇魔法!」

 魔王は闇魔法を唱えた!
 地の底からどす黒い瘴気が液状化しながら滲み出す!

勇者「これは…!?」

剣士「何だ、床から闇が…!?」

僧侶「魔法障壁を蝕んできます!」

魔王「消え去れ、勇者よ!」

剣士「勇者ァ!?」

 剣士はとっさに勇者を庇った!

 液状化した黒い瘴気が膨れ上がり、無数の刃となって周囲を引き裂き荒れ狂う!

勇者「――っ」

僧侶「ぁ…ああ…」

 ドサッ



148: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 02:38:55.97 ID:lQ8sViWe0

勇者「兄、ちゃん…?」

剣士「…ぁぁ…ダメ…かも…こりゃ…」ゴボッ

僧侶「剣士…剣士…! ダメ、こんな、こんなの…!」パァァ

 僧侶は祈りを捧げた!
 剣士の傷が塞がっていく!
 しかし、剣士は虚ろな目をしている!

勇者「兄ちゃん…俺を庇って…」

魔王「ふははっ、人間と言うのは愚かだな!」

魔王「次はその女だ」

 魔王は僧侶めがけて襲いかかる!

勇者「っ――させない! 火球魔法、閃熱魔法――火輪乱舞!」

 勇者は火球魔法と閃熱魔法を唱えた!
 眩い輝きを放つ無数の光球が繰り出され、弾けるのと同時に周囲を凄まじい炎が蹂躙する!

魔王「ヌルい!」

 魔王は業火の中を疾駆して迫る!



149: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 02:40:12.79 ID:lQ8sViWe0

勇者「僧侶さん、兄ちゃんをお願い…!」

 ギィンッ

魔王「非力だな、勇者!」

 魔王は勇者の剣を無造作に薙ぎ払い、首根っこを掴んで地面へ叩き潰す!

勇者「ガッ…!?」

剣士「僧、侶っ…逃げ――」

僧侶「言ったはずです、剣士。私も、守られるばかりじゃいられないって」

 僧侶は魔王と対峙した!
 僧侶はナイフを両手に構えて魔王に切りかかる!
 しかし、魔王は素手でナイフの連撃を捌いていく!

魔王「ほう、人間の女にしては熟練した動きであるな?」

 シュババババッ
 ギャリッ ギギギッ

僧侶「はぁっ!」

 僧侶は魔王の心臓へナイフを繰り出した!

魔王「だが、脆弱だ」

 心臓へ繰り出されたナイフは過重によって折れた!



150: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 02:41:52.57 ID:lQ8sViWe0

僧侶「そん、な――」ゾクッ

魔王「そのようなもので、我が肉体に傷がつくと思ったか?」

 魔王は体に瘴気をまとわせて蹴りを放った!
 僧侶はとっさに腕で防ごうとするが、防いだ右腕ごと蹴り飛ばされる!

勇者「魔王ぉおおおお――――っ!」

 勇者は魔王の背後から切りかかる!

魔王「今は失せていろ、お前の順番は後だ」ギラッ

 魔王は勇者の顔面を片手で掴み、そのまま後頭部から床へ叩き伏せる!

僧侶「っ…勇者、くん…」ゼィゼィ

僧侶(回復…してあげないと…っ? 腕、私の腕が、折れ――)

魔王「どうした、もう俺に向かってこないのか?」

僧侶「ッ――!」ゾゾゾッ

 魔王は僧侶の前で仁王立ちして見下ろし、にやにやしている!

僧侶(怖い――怖い、怖い、怖い、殺される、レベルが、違いすぎる)

僧侶(死ぬ死んじゃう死んじゃう嫌だ女神様、助けてください誰でもいいから誰か――)

剣士「僧侶ォ――――ッ!」

僧侶「!」ハッ

 僧侶の瞳に、戦意が再燃した!



151: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 02:52:25.45 ID:lQ8sViWe0

僧侶(剣士――あんなに、ぼろぼろなのに、私を心配してる)

僧侶(口も態度も軽くって、それなのに私のことをいつも正面から見つめてくれる)

僧侶(負けず嫌いで、意地っ張りで、人一倍好奇心は旺盛で)

僧侶(いつも他の誰かの幸せを願ってやまない、大事な人)

僧侶(彼が私のために祈ってくれたから、私はささやかな幸福を感じられた)

僧侶(だから私は、彼のための幸せを祈ろうと決めた)

僧侶(私は彼とともにここまで歩み、そして、これからも歩んでいく)

僧侶(だから、相手が誰であろうとも、絶対に――)

僧侶「負けられ、ない…!」

 僧侶は折れていない右腕のみで魔王に切りかかる!
 しかし、魔王はそれを一歩も動くことなく回避する!



152: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 02:56:44.55 ID:lQ8sViWe0

魔王「持ち直した、か。存外、心とやらは丈夫な個体のようだな」

僧侶「私はッ! たくさんの幸せを、分けてもらったッ!」

 ヒュババッ

魔王(少しだけ、動きが速く――)

 ヒュオォッ
 グイッ

 魔王は僧侶の折れた左腕を掴み、ねじり上げた!

僧侶「あ゛! ぐぅっ…!?」

魔王「痛かろう? 早く楽になれば良いものを、片意地張ったところで、この俺にはムダな足掻きというものだぞ?」

 ギラッ

僧侶「それでも、勝ち取るんです…!」

 ブンッ
 ザシュッ

 僧侶の攻撃が、魔王の頬を掠める!
 魔王の鮮血が飛び散った!

魔王「!」

僧侶「今度は私がッ! 剣士と勇者くんに、幸せを与える番なんですッ!」

 僧侶は驚愕した魔王の、一瞬の隙に渾身の一突きを繰り出した!
 魔王は僧侶の攻撃を雑作もなく素手で受け止める!
 しかし、僧侶の渾身の一突きは魔王の手の平を突き破った!



153: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 02:58:36.13 ID:lQ8sViWe0

魔王「いいや、お前がヤツらにできることは、ただ1つ――」

 魔王は僧侶のナイフを持つ手を、握りつぶした!グシャァッ

僧侶「―――――――!」

魔王「極大闇魔法」

 魔王は闇魔法を唱えた!
 地の底からどす黒い瘴気が液状化しながら滲み出す!
 液状化した黒い瘴気が膨れ上がり、無数の刃となって周囲を引き裂き荒れ狂う!

 僧侶は肉体の内側から無数の黒い棘が突き出して絶命した!

魔王「――絶望を与えることのみよ」



154: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 03:02:18.85 ID:lQ8sViWe0

勇者「そ…僧侶さん…?」

剣士「僧侶…?」

僧侶「」

 勇者と剣士は僧侶を呼んだ!
 返事がない、屍のようだ!

勇者「嘘だ…そんなの、嘘に決まってる! 僧侶さん! 起きて、起きてよぉっ!」

勇者「俺もう、兄ちゃんといちゃついても、嫌な顔しないよ!」

勇者「乙女の秘密とか言って色々ごまかすことにも、何の疑問も持たないから!」

勇者「だからっ…だから、嫌だよ…」ポロポロッ

魔王「気分はどうだ、勇者よ。自分の無力さを思い知ったか?」

魔王「だがこれは、貴様の業ではない」

魔王「貴様を勇者として担ぎ上げ、ここへ送り込んだ者の罪科だ」

魔王「この俺に勝てる存在など、この世に存在しないのだからな!」

 ググッ…

剣士「魔、王…」

 剣士は目を血走らせながらゆっくりと起き上がる!



155: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 03:07:00.54 ID:lQ8sViWe0

勇者「兄ちゃん――動いちゃダメだ…! そんな体じゃ…僧侶さんみたいに…」

魔王「しぶといな。もう動けないと思っていたが…」

剣士「て、めぇ…おれの…嫁に…何して…くれやがった…」

魔王「嫁? 伴侶だったか。ならば、貴様もすぐ、あの世に送ってやろう」

剣士「うぉおおおおおっ!」ダッ

 剣士は駆け出し、裂帛の気合いとともに魔王へ剣を繰り出した!

 ギィィィンッ

 魔王は剣士の剣を受け止めた!

魔王「っ!? まだ、そんな力が――」

剣士「てめえだけは、死んでも殺す! 必ず、殺してやる!」

魔王「好きに喚くがいい、人間風情が!」

 剣士は魔王と組み合ったまま、重心をずらして剣を翻した!
 魔王は体勢が崩れてしまう!



156: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 03:08:19.17 ID:lQ8sViWe0

魔王「っ!?」

勇者「僧侶さんの、技だ――」

剣士「てめえの心臓、もらったぞォ!」

 ズンッ

 剣士は魔王の心臓に剣を突き立てた!

魔王「ぐぅっ…!? だが、まだこの程度っ――」

剣士「勇者ァ! 俺ごとやれェ!」

勇者「そんな!」

魔王「死に損ないの分際でェ…!」

 魔王は剣士の腕を掴んで剣ごと引き抜く!
 しかし剣士は剣を放り出しながら、魔王に組みついて動きを封じる!



157: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 03:10:17.43 ID:lQ8sViWe0

剣士「早く、しろォ!」

勇者「っ…火球魔法、凍結魔法――食らえ、消滅魔法!」

 勇者は消滅魔法を唱えた!
 右手に莫大な熱量の光、左手に全てを即時凍結させる光を収束し、手を合わせる!

魔王「何だ、その魔法は…!?」

 プラスとマイナスの莫大なエネルギーが矢を形成し、勇者の両腕を弓として解き放たれる!
 輝く一撃が魔王を貫いた!

剣士「ッ――」

魔王「ぐ、おぉおおお――――――っ!!」

勇者「魔力、全部だ! 持ってけぇえええ――――――っ!」

 勇者は全ての魔力を注ぎ込む!
 輝く矢がさらに勢いを増し、魔王と剣士を消し去った!



158: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 03:13:27.65 ID:lQ8sViWe0

勇者「っふ…はぁっ…」ゼィゼィ

 ガクッ

勇者「兄ちゃん…僧侶さん…」ポロポロ

勇者「っふ…ぇぐ…兄ちゃん…僧侶さん…っ…」

魔王「――俺を1度とは言え、殺すとはな」

勇者「っ!?」

 魔王が無傷で現れた!
 魔王は勇者を思い切り蹴り飛ばす!

 ドゴォッ

魔王「人間風情が、あんな魔法を扱うとは…」

魔王「それが勇者としての力なのか」

勇者「何で…何で生きてるんだよぉっ…!?」

魔王「ふは…ふはははっ! 絶望しろ!」

魔王「この俺は魔王、世界を統べる神となる者だ!」



159: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 03:16:33.70 ID:lQ8sViWe0

勇者「ふざけるなよ!? どうして生きてる!? 何で、俺じゃ倒せない――!」ハッ


  『魔の王、眷属を統べて人の世を屠る者なり』

  『聖なる証を宿し子の、輝く剣によりて魔の王は討たれん』


勇者(輝く、剣…?)

魔王「どうした、言葉さえ失ったか?」ニヤニヤ

勇者「剣…剣なら、ある…」

 勇者は剣士の消え去った場所を這って目指す!

魔王「這いつくばらんと動けんか…」

 ズル…
 グッ

魔王「忌々しい剣を手にしたな…。この俺を刺し貫いた剣とは…」

勇者「これは…兄ちゃんの剣だ…」

勇者「これに俺の…正真正銘、最後の魔力を、込めて――」

魔王「下らんな」バッ

 魔王は魔力の塊を放った!

勇者「ぐぁっ…!?」

 勇者は弾き飛ばされた!



160: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 03:18:11.28 ID:lQ8sViWe0

魔王「お前は何故、何度もなぶられながら立ち上がろうとする?」

勇者「俺は…勇者だ…」ググッ

魔王「所詮は人柱だろう」

勇者「それでも…俺は…皆に勇気を与えなきゃいけないんだ…」

 勇者はゆっくりと立ち上がった!

勇者「お前を倒さないと、俺は…生まれてきた意味がなくなる!」

 勇者は剣士の剣を両手で構え、魔王と対峙する!

魔王「自らの意味を他人に委ねるなど笑止千万!」

魔王「1度とは言え、この俺を殺したのならば、胸を張って堂々と死ね!」

勇者「っ――う、あぁあああっ!」

魔王「はぁあああああっ!」

 ズドォッ――――



161: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 03:21:19.36 ID:lQ8sViWe0

魔王「――所詮は人間、か。おい、側近」

 シャッ

側近「は、ここに…」

魔王「この男の心臓を食らい、また新たな心臓を造る」

側近「かしこまりました」

側近「魔王様、かろうじて息の残っている者もいるようですが、いかがされますか?」

魔王「…不要だ、そいつの忌々しい剣とともに、どこかへ捨ててこい」

側近「生かすのですか?」

魔王「この俺の恐怖を語り継がせるのみよ」

魔王「もしも、再び牙を剥こうと言うのなら、また相手をしてやればいいだけのこと」

魔王「怒りと憎しみで、心臓が熟すかも知れぬ」

側近「かしこまりました。全ては魔王様の、仰せのままに」



 王歴165年――。
 勇者は2人の仲間とともに魔王城へ辿り着き、死闘の末に敗れた。
 魔王を倒すことは出来ず、討伐に向かった3人の内、2名が死亡した。

 そして、世界はさらに回る。



166: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 18:52:33.69 ID:lQ8sViWe0

―王歴168年―

国王「剣士よ、お前がここへ来るのは3年ぶりじゃな…」

剣士「…」スッ

国王「顔を上げてくれ、剣士…」

剣士「…」

国王「先日、新たな勇者が発見されたとの報告が入った」

剣士「新たな、勇者ですか…?」

国王「うむ。胸に聖痕を刻んだ、女の子ということじゃ」

国王「彼女の母は娼婦で、父親は誰とも知れぬとのことじゃ」

国王「彼女こそが次なる勇者であると伝えると、その母は金銭を要求し、使者へ赤子を押しつけたそうじゃ」



167: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 18:53:46.37 ID:lQ8sViWe0

剣士「その新たな勇者と、俺を呼びつけたことに理由があるのですか?」

国王「大臣、彼女を…」

大臣「はい」

 ガラガラ

剣士「この赤ん坊が…勇者に…」

国王「かわいいじゃろう…。お主にはこの子を育ててもらいたい」

剣士「俺が…?」

大臣「お前は人間で唯一、魔王と対峙して生き残った男だ」

大臣「加えて、今や我が軍の独立遊撃隊の隊長。その剣技を彼女に教え込むのだ」

国王「頼まれてはくれまいか? 初代勇者を見事に育てあげた、国一番と謳われていた魔女はもう亡くなっておってな」

国王「よって、2代目の勇者となる、この娘を育てあげられる適任者はお主だけだと思っておる」



168: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 18:55:04.31 ID:lQ8sViWe0

剣士「1つだけ、約束をしていただけるのであれば」

国王「ふむ…とりあえず聞こう」

剣士「この子が旅に出る時、俺もともに行く」

大臣「何を言う! それでは国の守りがどうなるのだ!?」

剣士「この条件を飲めないのであれば、お受けすることはできません」

大臣「剣士! いくら陛下の孫だからと、そのような――」

国王「よかろう。大臣よ、そう目くじらを立てるな」

大臣「陛下っ…し、しかし――」

国王「言うでない。お前の気持ちはわしも分かっておる」

国王「しかし…それ以上に、剣士の気持ちを汲めてしまうのじゃ」

大臣「…かしこまりました」

国王「剣士よ、この子は次の希望じゃ。…今度こそ、魔王討伐を成功させてくれることを願う」

剣士「慎んで、拝命いたします」


 王歴168年――。
 2人目の勇者が生まれ、その師匠を初代勇者の実兄・剣士が務めた。

 そして、さらに時が流れる――。



169: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 18:57:14.92 ID:lQ8sViWe0

―王歴184年―

勇者「お師匠! 修練、完了です!」ビシッ

 スパ-

師匠「じゃ、あと6セットやれ」

勇者「6!? 6って、え、6セット!?」

師匠「嫌なら晩飯抜いてもいいんだぜ?」

勇者「嫌だーっ! やってきます!」ダダダッ

 クルッポ-

師匠「…ん、伝書鳩? そうか…もう、そんな時期か…」



170: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 18:58:17.06 ID:lQ8sViWe0

 バクバク
 モグモグ
 ゴクゴクゴク

勇者「師匠、おかわりーっ!」

師匠「お前は何で、こうも大食いになっちまったんだ?」スパ-

勇者「師匠のご飯が美味しいからじゃないですかー」

師匠「…そうかよ。明日、山を下りて城下へ向かうぞ」

勇者「じょーか?」

師匠「ああ。…陛下に謁見してから、正式に旅立ちだ」

勇者「旅立ち! じゃあ、こんな山暮らしはしなくていいの!?」

師匠「魔王を倒す旅に出るんだぞ」

勇者「でも師匠だって来てくれるんでしょ!? わあ、わくわくする!」



171: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 18:59:49.12 ID:lQ8sViWe0

師匠「お前な…不安とか、恐怖だとか、ねえのかよ?」

勇者「全然! それより、山を出ることの方が楽しみ!」

勇者「土地によって美味しいものは違うんでしょ!?」

勇者「それにそれに、私、旅で王子様と出会うって決めてるの!」

師匠「王子様ぁ…?」

勇者「うん! 運命の人!」

師匠「やめとけ、やめとけ。運命の相手なんざ…出会ったところで…」

勇者「ぶーぶー、師匠って本当にロマンの欠片も知らないんだね…」

師匠「うっせえ! 食ったらさっさと寝ろ! 明日の朝は早いぞ!」

勇者「ひえっ」



172: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:04:28.79 ID:lQ8sViWe0

夫人「――おかえりなさい、剣士。それに、よく来たわね…勇者ちゃん」

勇者「はじめまして! ここが師匠の実家…うわあ、こんなにすごいお屋敷だったなら、ここで修行すれば良かったのに」キョロキョロ

師匠「…明日には出る」

夫人「ええ、分かってるわ…。でも、ここへいる間は…くつろいでちょうだい。勇者ちゃんも、自分のお家だと思ってね」

勇者「ありがとうございます!」

師匠「父さんは?」

夫人「お部屋に」

勇者「そうか…。使用人、勇者を部屋に案内してやれ」

使用人「かしこまりました。さ、こちらへどうぞ、お嬢様」

勇者「お、お嬢様だなんて、そんなぁ…/// えへへ、照れちゃうな~」



173: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:05:16.11 ID:lQ8sViWe0

夫人「…元気な子ね」

師匠「ああ」

夫人「お父様にご挨拶を」

師匠「そうだな…」

 ガチャ

公爵「ん…剣士? そうか、もう、来る時間だったな」

師匠「お久しぶりです、父さん。変わりないですか」

公爵「ああ…。お前は…古傷が、随分と目立つな」

師匠「戦いは…まだ続いていますから」



174: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:07:40.88 ID:lQ8sViWe0

公爵「そうだな。…陛下が、もう10年は病を患っている。少しでも長生きをして欲しいものだが、いつになるか分からないというのが現状だ」

師匠「陛下が…。次の王は、誰が?」

公爵「順当に考えれば、現在、王国軍総帥を務めている、王子殿下のはずだ」

公爵「お前と比べれば剣の腕こそ劣るかも知れないが、それでも軍隊を統べて魔物の侵攻を幾度となく退けている」

公爵「単身で竜を討ったこともあるほどの武闘派だ」

師匠「叔父上は頭もキレる」

公爵「しかし、一抹の不安を私は感じているよ。王子は強く、野心もあるお方だ。それ故に…恐ろしくもある。現陛下が築いた、今の世を王子が変えてしまうのではないかと…」

師匠「だったら、父さんが次の王になればいい」

公爵「私は…そのような器じゃあない。むしろ、私としては次の王に相応しいのは――」

師匠「俺はもう、この家の人間じゃない」

公爵「…どうして、そこまで意固地になる」

師匠「早く、養子でももらってください。…大切なものほど、俺の手からはすり抜けていく。この家まで…失いたくはない」

 バタム

使用人「坊ちゃん――いえ、若、お茶でも飲みますか?」

師匠「勇者に出してやってくれ。俺は旅の支度をしなくちゃならない」



175: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:09:22.89 ID:lQ8sViWe0

国王「大きくなったのぅ、勇者や」

勇者「え、王様、あたしのこと知ってるの!?」

師匠「陛下、長患いをしていると耳にいたしましたが…お体の具合が良くないのですか?」

国王「なあに、まだ大丈夫じゃ…。こうして、若者の顔さえ見れれば元気を分けてもらえるというもの…」

師匠「ご自愛下さい、陛下。…どうか、長生きを」

国王「お前はやさしいのぅ…」

勇者「え、そうでもないよ、王様。師匠ってね、すっごくスパルタなんだよ」

勇者「毎日、毎日、訓練のメニュー増やすし、ダメだったらご飯抜きにしてくるの」

勇者「それでね、この間なんか…」

大臣「うぉっほん」チラチラ



176: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:10:12.79 ID:lQ8sViWe0

師匠「おい、勇者、ここに来た理由を忘れてるだろ?」

勇者「え? …何だっけ?」

師匠「陛下、お願いします」

国王「うむ…。それでは、勇者よ。どうじゃ…魔王を倒すための旅に出てはもらえるかの?」

勇者「もちろん! 絶対に魔王を倒して、王様に報告します!」ニコッ

師匠「…必ずや、今度こそ使命を果たします」

国王「うむ…。どうか、今度こそ無事に帰ってきてくれ…」


 王歴184年。
 2人目の勇者が、魔王征伐の旅に出た。



177: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:12:46.23 ID:lQ8sViWe0

―王歴185年―

師匠(あれから20年、か…)

師匠(僧侶…勇者…。俺は、今度こそあいつを守って、魔王を倒す)

師匠(お前らのところへ逝くのは、もうしばらくかかるから待っててくれ…)

勇者「師匠っ! 港です、港が見えます!」タタッ

師匠「見えてるっつーの。水夫が忙しく動き回ってんだから、お前はばたばたと甲板を走るな」

勇者「いえっさー!」ビシッ

師匠「あとお前…荷物、まとめてあるんだろうな?」

勇者「まとめてきまーす!」ダッ

師匠「…」シュボッ

師匠「全く…バカ弟子め」スパ-



178: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:15:24.10 ID:lQ8sViWe0

勇者「ふぅ~…食べた、食べた…。港町だけあって、新鮮な魚介料理ですね!」マンプク-

師匠「路銀が食費で消えてくな…」

勇者「そうそう、海渡ったら急に物価が高くなりましたね、師匠。それとも、このお店が高級店なんですか?」

師匠「どこも似たり寄ったりだろうな…。こっちの大陸の方が、瘴気が濃くて悪影響が出てるんだ」

師匠「農作物も育ちにくい、家畜はヘタをすれば魔物化、漁へ出たって海は魔物だらけ…」

師匠「必死になって集めた分だけ、それらの価値が高まり、卸した店も高値で提供するしかない」

師匠「あわよくば、海を越えるだけの金を手に入れたい、って魂胆でな」シュボッ

勇者「よく分からない…」ボソッ



179: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:16:21.61 ID:lQ8sViWe0

師匠「要するに、魔王を倒せばいいんだ」スパ-

勇者「それなら単純でいいね、師匠!」

勇者「あと師匠、煙草、やめたら?」ケムインダケド

師匠「…」ホゥッ

勇者「うわあ、輪っかだ! 師匠、すげー!」キャッキャッ

師匠「お前はいつまでバカでいるんだ…」ハァ

師匠「さっさと、今夜の宿を探すぞ」ガタッ

勇者「あ、待って、師匠! お会計してくるから! ちゃんと待っててよ!?」

 アザッシタ-
 カラン カラン

師匠「宿があるのはあっちの方だったか…」

 ドンッ



180: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:17:24.30 ID:lQ8sViWe0

?「すみません…」スッ

師匠「待て」

 ガシッ

師匠「財布を返せ」

?「な、何のことですか…?」タジ

師匠「ナチュラルに気配殺して人にぶつかって、手癖悪いことしてすっとぼけるのか? ああ?」

?「…」チッ

 ポイッ

師匠「次は憲兵に突き出すぞ」ギロ

?「…はいはい」

 タッタッ
 ドンッ
 スミマセン

師匠「…懲りねえ野郎だな」

 カランカラン

勇者「あれ? 師匠、どしたの?」

師匠「スリに気をつけろよ」

勇者「何でいきなり…?」

師匠「行くぞ」



181: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:18:35.37 ID:lQ8sViWe0

宿屋「申し訳ないんですが、ただいま、非常に込み合っておりまして、相部屋でしかご案内出来ませんが…」

勇者「ここもなの!? 何でぇ~…」

師匠「4軒目も、か…。仕方ないな。相部屋でもいい」

宿屋「申し訳ありません。その分、宿泊料金は値引いておきますので…」

宿屋「では、2階奥の3人部屋です。すでに相部屋になることを了承して下さっているお客様がいらっしゃいますので…」

勇者「ついてないね、師匠…」

師匠「そうだな…」

勇者「あ、ここの部屋だ」コンコン

勇者「失礼しまーす、相部屋なんで一晩よろしくお願いしますね」

?「ええ、こちらこそよろし――」

師匠「てめえ…」

勇者「あ、イケメン…」



182: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:19:11.20 ID:lQ8sViWe0

?「あなたですか…」ハァ

勇者「うん? 師匠、このイケメンさんとお知り合いなの?」

師匠「こいつはスリだ。盗まれんなよ。お前にも警告しておくが、何か盗まれたら真っ先にお前を疑うぞ、覚悟しておけ」

?「しませんよ、あなたみたいな人を出し抜こうなんて…」ヤレヤレ

勇者「まあいいや、よろしくね。私、勇者」

勇者「それで、こっちは師匠!」

?「ええ、どうぞよろしく…。僕は盗賊です」



183: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:20:28.46 ID:lQ8sViWe0

 グオ- グオ-

師匠「…」モゾ

盗賊「…」モゾ

 グオ- グオ-

師匠「…」イライラ

盗賊「…」カジカジ

 グオ- グオ-

師匠「うるせえ…」ボソ

盗賊「全くですね…」ボソ

 ムクリ

師匠「おい、お前。何かの縁だ、1杯つきあえ」

盗賊「…いいですよ。くすねてきた葡萄酒があるんで、出しましょう」



184: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:22:01.40 ID:lQ8sViWe0

盗賊「どうぞ、師匠さん」トポトポ

師匠「ああ…」

 クイッ
 ゴクゴク

師匠「この酒、やたらうまいな…」

盗賊「ええ。金貨9枚の値打ちがあります。金持ちの商人からくすねました」

師匠「お前、若いのに随分とキモが据わってるな。何歳だ?」

盗賊「17歳くらい、だと思ってます」

師匠「バカ弟子と同じか…。何で曖昧なんだ」

盗賊「覚えてないんですよ、誕生日」ゴクゴク

師匠「そうか…」シュボッ

盗賊「ついでに孤児なんで、お陰様で、まっとうには生きられず、日銭を稼いで暮らしてます」

師匠「…そうか」スパ-



185: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:23:07.25 ID:lQ8sViWe0

盗賊「てっきり、甘えだとか言うんじゃないかと思いましたが、意外と容認するタイプですか?」

師匠「喧嘩を売ってるつもりなら、言い値で買うぞ」

盗賊「ご冗談を。…僕はあなたの顔、知ってますよ。昼間、あの後に思い出したんです」

師匠「ほう?」

盗賊「敗北者――。魔王に敗れた、弱き人類の象徴」

師匠「…」ギラッ

盗賊「怖い、怖い…。そう睨まないで下さいよ。事実じゃないですか」クスッ

盗賊「初代勇者と、義兄弟だったとか。色々、巷では言われてるみたいですね。僕はそれを聞いただけしか知りませんので、悪しからず」



186: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:24:39.54 ID:lQ8sViWe0

師匠「お前、俺に恨みでもあんのか?」

盗賊「ない、とは言いません。実は僕の親――ああ、産みの親、ですが…」

盗賊「あなたが頑張って、魔物を殺しまくった報復で殺されたも同然らしいんですよ」

盗賊「張り切って、山に棲んでた魔物を一掃しましたよね? そのせいで、その近くにあった村が魔物に報復で滅ぼされまして、僕はそこで唯一、生き残ったようです」

盗賊「どうにか、ろくでなしとは言え育ての親に拾われたので、こうして生きていますが…どこかの誰かが、魔物を刺激しなければそもそもこうはならなかったでしょう」

盗賊「そんな理由で、嫌いですよ。…特に、魔物と表立って敵対しようとする人種が」ニコッ

師匠「だったら、魔物にこのまま負け続けて、人間が死んでいいのか?」

盗賊「どうせ、人類が滅亡するとしても僕が生きている間のことじゃないでしょうしね」

盗賊「ああ、そうそう、家族とか、恋人とかもいないんで、未練もないんですよ」

師匠「…はっ、その考え方はとんだ甘ったれだな」スパ-



187: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:25:25.68 ID:lQ8sViWe0

盗賊「そうですか。まあ、負け犬のあなたに言われたところで、どうとも思いませんが」ニッコリ

盗賊「魔王の哀れみで生かされて、新しい勇者を担ぎ上げて一緒にまた旅をして…何のつもりですか?」

盗賊「あなたの使命は、魔王の恐怖を人類に伝播させることでしょう」

盗賊「魔物を災害そのものと置き換えれば、人間は滅亡するまで平和に暮らせるんですよ」

盗賊「報復なんてことをしでかす相手に逆らうから、天寿を全う出来ずに死ぬ人間が出てくるんです」

盗賊「だったら、人類滅亡まで大人しく平穏無事に、毎日を過ごせばいいと思うんですが、違いますか?」

師匠「違う」

師匠「勇者の称号を負った者は、魔王を倒すためだけに生きている」

師匠「親や兄弟さえも知らず、魔王を殺すためだけに人生を捧げるんだ」

師匠「犠牲の対価は支払わなければならない」

師匠「魔王を殺し、魔物を全滅させて、その先の平和を取り戻さないと、意味がなくなる」



188: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:26:31.19 ID:lQ8sViWe0

盗賊「結局、僕らの意見は平行線ですね」

盗賊「神託だか、宿命だかを生まれた時から押しつけられた英雄様に肩入れをするなら、あなたの意見は正しいかも知れません」

盗賊「けれどそれ以外の者は、巻き込まれて死んでいくだけです」

盗賊「そうそう…初代勇者とともに旅をした女性がいたそうですが、彼女だって勇者などと出会わなければ死ぬこともなかっ――」

 ドゴッ

 師匠は突如として、盗賊を殴りつけた!
 盗賊は椅子から転げ落ち、その拍子に酒がこぼれてグラスが割れる!

師匠「てめえ…もういっぺん言ってみろ! ぶち殺すぞォ!」

盗賊「っ…ああ、あの噂、本当だったんですね…」ペッ

盗賊「初代勇者と旅した僧侶と、剣士――あなたは結婚を約束してたとか…」

盗賊「そっか、そりゃそうですね、あなたの意見」

盗賊「自分が弱いばっかりに女を殺されたなら、復讐の鬼にもなりますね。そうでもしないと、自分が惨めで仕方がないんでしょう?」

盗賊「結局、あなただって、自分のことしか考えない利己主義者だ」



189: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:28:16.77 ID:lQ8sViWe0

師匠「てめえ…!」

 ファ-ア

勇者「何してんの、2人とも…」ムニャムニャ

勇者「って、盗賊!? どしたの!? し、師匠が殴ったとか…?」

盗賊「ええ、そうですよ…。あなたの師匠は、とんだエゴイストでね、その上、横暴にも自分の過ちをほじくられたら手を出す最低な人間のようです」

師匠「言わせとけば…!」

 ガシッ

勇者「師匠! …本当なの?」

師匠「…」ギリッ

盗賊「沈黙は肯定の証明です。僕が勇者さんのようにおめでたい頭だったのなら、口八丁で言い包めるのでしょうが…よほど上手い言い訳じゃないと僕に指摘されちゃいますからね」

盗賊「上手く、言い訳が思いつかないから黙ったんでしょう?」クス



190: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:29:19.73 ID:lQ8sViWe0

勇者「師匠…何か、言ってよ。でなきゃ、私――」

師匠「ああ、そうさ。そうだよ。愛した女さえ、弟さえ、守ると誓ったのに守れなかった…情けない男だ」

盗賊「本当に情けない人ですね。そんな人間が、魔王を倒すための勇者を育てて、旅に同行ですか」

盗賊「それだって、その守れなかった誓いとやらを果たすための罪滅ぼしでしょう?」

盗賊「そこにいる、今の勇者は復讐のための道具としか見ていない」

勇者「そんなことない! 師匠は私のことを心配して…!」

盗賊「心配するなら、人らしい情があるのなら…こんな旅に連れ出すと?」



191: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:30:03.78 ID:lQ8sViWe0

盗賊「赤ん坊の頃から育てられたんですよね?」

盗賊「最初こそ、復讐にまみれながらも、人類のためという大義を抱えて育てたかも知れません」

盗賊「けど、情が芽生えれば、こんな危険な旅に送り出そうとはしませんよ」

盗賊「どんな罵りを受けようと、子のためならと耐え忍ぶのが親じゃないですか」

師匠「てめえは甘っちょろい上に、自分が絶対に正しいと思い込んでるクソ野郎だ」

盗賊「それはあなたでしょう」

勇者「止めてよ、2人とも!」

勇者「何でいがみ合うの!? 師匠、言ってたじゃん!」

勇者「世の中には色んな人がいて、考え方がそれぞれ違うんだって!」

盗賊「ええ、その通りですね。気分はどうですか、師匠さん」

盗賊「自分が教えた言葉の本当の意味を、教えられた気分は?」



192: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:30:53.13 ID:lQ8sViWe0

師匠「それなら、てめえは出来るのか?」

師匠「そこまで言うんなら、お前はこいつと旅をして魔王城に辿り着けるのか?」

盗賊「はあ? 何を言ってるんです? 僕にそんなことをする理由はないですよ」

師匠「逃げるんだな?」

 シュボッ
 スパ-

 カチン

盗賊「…上等です」

勇者「え? え…?」

師匠「勇者、今日からこいつと魔王城を目指せ」



193: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 19:32:16.15 ID:lQ8sViWe0

勇者「何言ってるの、師匠!?」

師匠「命令だ。まっすぐ、魔王城に行け。じゃあな」

 ガチャ
 バタン

勇者「師匠…」

盗賊「…経緯はどうあれ、魔王を倒せば僕も日陰者から脱却できますので、どうぞよろし――」

 バシッ

盗賊「…握手じゃなく、平手打ちですか」

勇者「師匠に、何を言ったの…?」

盗賊「…面倒臭い人達だ」ハァ



195: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:05:31.79 ID:lQ8sViWe0

盗賊「それで、今はどこへ向かっているんです?」

勇者「知らないよ…。師匠について行ったんだもん」ムスッ

盗賊「仕方ない人ですね。地図を見せて下さい」

盗賊「魔王城が最終目的地だとして、ここにいるのなら…」

盗賊「砂漠を渡りましょうか…。北に行くルートだと雪山を越えて、水の都に行かなければなりませんし…」

勇者「え? 水の都? そこ行きたい!」

盗賊「ダメです。あっちには何もありませんよ」

盗賊「砂漠のオアシスには古い遺跡がありますし、その先には世界樹の里があります」

盗賊「そっちの方が、お宝の臭いがします」キラン



196: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:09:37.12 ID:lQ8sViWe0

盗賊「砂漠だと言うのに、馬術がお上手ですね」

勇者「師匠に仕込まれたから」

盗賊「…そうですか。それだけ、あなたを魔王殺しのマシーンとして仕上げようとしていたんですね」

勇者「そんなことないよ! 盗賊くんは師匠を誤解してるんだってば!」

盗賊「そうであれば良いですね」

 バシャアッ

盗賊「!」

勇者「うわ、何この魔物! 砂の中から…!?」

 砂中から魔物があらわれた!



197: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:10:37.67 ID:lQ8sViWe0

盗賊「サバクオオサソリですね。砂中を泳ぐスピードはとても馬では逃げられませんから、遭遇すれば死を覚悟しなければならない魔物で――」

勇者「でやぁあああああっ!」ダッ

 勇者は果敢に魔物へ切りかかる!

勇者「盗賊くん、援護お願い!」

盗賊「肉体派ですね…」ハァ

 魔物は尻尾の針で勇者に狙いを定めて突き出す!
 しかし、勇者は凄まじい速さの攻撃を剣で受け流し、硬い外殻に剣を突き刺す!

盗賊(とんでもない反射神経と身体能力だ…)

盗賊(あの硬いサバクオオサソリに剣を突き立てられるなんて尋常じゃない)

盗賊(それに野生の勘とでも言うべき、察知能力)

盗賊(こんな風に育ててしまうなんて、あの人はとんだ復讐鬼じゃないか)

 勇者は魔物の頭に剣を突き刺し、そこから一気に切り裂いた!



198: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:11:25.67 ID:lQ8sViWe0

勇者「よっし! 勝った!」ガッツポ-ズ

盗賊「お見事です」

勇者「でも…師匠はこんなの、あっさり倒せちゃうしなあ…」

勇者「まだまだ、師匠には届かないや…」

盗賊(この勇者より、さらに強い…? 師であるならば、とも思えるが勇者は女神に選ばれた魔王を倒す存在のはずじゃ…魔王というのはどれだけの強さなんだ)

盗賊「さあ、行きますよ。あと、馬からいきなり飛び降りたら逃げられてしまいますから、次からは気をつけて下さい」

勇者「うん、ありがとう、盗賊くん。ちゃんと私の馬が逃げないようにしてくれてたんだね」



199: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:12:55.22 ID:lQ8sViWe0

勇者「砂漠に囲まれてるのに、こんな水があるなんてすごい…」

盗賊「オアシスですからね。さあ、早く宿屋に行きましょう。馬に水を飲ませてあげないと可哀相です」

勇者「あ、待ってよ、盗賊くん!」

盗賊「ここから南西に遺跡がありますから、明日はそこを探ってみましょう」

勇者「え、何で!?」

盗賊「僕は盗賊なんで、お宝を探してるんですよ」

勇者「でもそれって寄り道…」

盗賊「ダンジョンには魔物が多くいますから、修行にもなりますよ」

勇者「それなら…そっか」

 ワ-ワ-

勇者「何だろう、あっちの方、盛り上がってる。ちょっと見てくるね!」タタッ

盗賊「…何て奔放な…」ハァ



200: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:17:07.73 ID:lQ8sViWe0

 スタスタ

盗賊「いた。勇者さん」

勇者「…」

盗賊「ガラにもなく立ち尽くしちゃって、一体、何を――」

盗賊「これは…」

 ヤイ ヨワムシ ブグヤノ ムスコ
 クヤシカッタラ ヤリカエシテ ミロヨ

盗賊「子どもの虐め、ですか…。これだけ盛大にやっていて、大人は無関心…」

勇者「…」ギリッ

 勇者は虐められっ子の前に立ちはだかった!

勇者「何してるの!? 可哀相でしょ、やめなさい!」

 ナンダ コノ ネ-チャン

 ブンッ

 どこからか小石が投げられた!
 勇者は小石を額に受けるが、毅然としている!



201: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:18:20.39 ID:lQ8sViWe0

勇者「っ…」

勇者「この石、誰が投げたの…?」

 クスクス

勇者「こんなものを人に投げていいって誰かに言われたの!?」

盗賊「やめましょう。何を言ってもムダですよ。こういう悪ガキは世界中、どこにだっていますから」

盗賊「自分のやってることを理解させるのが1番、手っ取り早いんです――」

 再び小石が投げられる!
 盗賊はどこからともなくナイフを取り出して投擲した!
 ナイフが小石にぶつかって軌道が逸れる!
 ナイフはいじめっ子達の中に飛び込んだ!

 ウワァアアッ
 アイツ ナイフ ナゲタ
 ニゲロ-

盗賊「ほら、こうすれば――」

 パシッ

 勇者は盗賊に平手打ちを見舞った!



202: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:19:19.11 ID:lQ8sViWe0

勇者「同じ方法でやり返したら、同じところまで落ちていっちゃうんだよ」

盗賊「あなたは、平手打ちが大好きですね…」ヤレヤレ

勇者「キミ、大丈夫?」

子ども「うん…」グス

勇者「服も顔も砂まみれじゃない…」

勇者「はい、これで顔を拭いて。お家はどこ?」

子ども「…あっち」

勇者「じゃあ、お姉ちゃんとお兄ちゃんが送ってあげる」

盗賊「無意味な寄り道を…」

勇者「何か言った、盗賊くん?」ジロ

盗賊「いえ…」



203: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:20:41.07 ID:lQ8sViWe0

武具屋「す、すみません、うちの子が…」

武具屋「大したおもてなしも出来ませんが…」

勇者「ううん、いいの。それより…ここ、本当にお店?」

 ボロッ

武具屋「お恥ずかしながら…」

盗賊「粗悪品ばかりですね。誰もこんなところで買い物しようとは思わないでしょう」

勇者「盗賊くん!」

武具屋「いえ…いいんです、事実ですから…」

勇者「そんな…。じゃ、じゃあどうしていいものを仕入れないの?」

武具屋「それが、ある日…豪商がこのオアシスに来まして、それまではうちも職人が1つずつ手作りをしていたものをおろしていたんですが、全て売って欲しいと言われまして…売ったんです」

武具屋「家内がその時、みごもってまして…お金が必要だったんで」

武具屋「しかし、そのすぐ後にその豪商がよろず屋を開きまして、客足はそっちに向かって、契約していた職人がそちらのよろず屋と独占契約しまして…」

武具屋「家内は息子を産んですぐ、病で倒れて金も薬代で消え、すかんぴんになっちまいまして…」



204: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:21:37.51 ID:lQ8sViWe0

盗賊「それで仕方なしに安いばかりで実用性のないものを仕入れたんですか?」

盗賊「商才の乏しい方ですね」

武具屋「返す言葉もありません…」

子ども「父ちゃんをバカにするな! 父ちゃんはオアシスの英雄なんだぞ!?」

勇者「英、雄…?」

武具屋「こ、こら、お前、そんなことを言うんじゃ…」

勇者「英雄ってどういうことですか?」

武具屋「ただの、偶然なんです…。昔、サバクオオサソリが村の近くまで来たことがありまして」

武具屋「旅の方が退治して下さるということになったのですが、その方の剣が随分と古くなっていて、戦いの最中に折れてしまったんです」

武具屋「窮地に陥ってしまったところで、あっしがどうにか残していた剣を抱えてその方にお届けしたんです」



205: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:22:57.27 ID:lQ8sViWe0

武具屋「それでどうにかサバクオオサソリを退治出来まして…」

勇者「そっか…」

武具屋「お礼にと、その剣は譲ってしまったんです」

子ども「その旅の剣士様が、父ちゃんに『村を救ったのはあんただ』って言ったんだ!」

武具屋「どうやら、相当な身分の方だったらしく…紺綬をその場であっしなんかにくれまして」

盗賊「紺綬…公益のための資材寄付をした者に贈られる褒賞ですね」

勇者「あ、あそこに飾ってあるやつかな?」

武具屋「ええ、そうです…」

盗賊「褒章は売買を許可されていますよ。贈られた者の名前が刻まれますが、マニアの類がいますからそれなりの値がつくはずです」

武具屋「それも考えたんですが――」

子ども「絶対に、そんなのダメだ! 父ちゃんがもらったんだ、褒章は!」

武具屋「この調子でして…。はは、まあ、本当に生活が困窮すれば手放すかも知れませんが…」

子ども「ダメだよ、父ちゃん!」



206: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:24:12.19 ID:lQ8sViWe0

勇者「でも、さっきの子ども達は弱虫武具屋の息子って…」

武具屋「褒章はいただきましたが、このオアシスは豪商が町長に取り入ってまして、旅の方に剣を渡したことをやっかみがられたんです」

武具屋「それが村中に伝播しまして、店もこんなオアシスの外れにまで移動させられたんです…」

盗賊「見苦しい嫉妬ですね」

武具屋「何とも情けない…。しかし、息子を助けて下さり、ありがとうございます」

武具屋「大したもてなしは出来ませんが、良ければ今晩、うちに泊まっていかれませんか?」

勇者「いいんですか?」

武具屋「もちろんです」



207: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:25:36.91 ID:lQ8sViWe0

子ども「お姉ちゃん、寒くない?」

勇者「大丈夫だよ、これくらい。へっちゃら、へっちゃら」

勇者(足が布団から飛び出しちゃうけど、仕方ないか…)

勇者(こんなボロボロのお布団しか家にないなんて、よっぽど貧乏なんだろうなあ…)

子ども「お姉ちゃんは旅してるんだよね?」

勇者「うん、そうだよ」

子ども「いいなあ…。羨ましい。僕もこんな村、飛び出して旅に出てみたい」

勇者「旅は楽しいこともたくさんあるけど、つらいこともいっぱいだよ」

子ども「そうなの?」

勇者「うん。じゃあ、キミが寝るまで色んなお話してあげる」

子ども「ありがとう、お姉ちゃん」

勇者「じゃあ、最初は城下町のことをお話してあげようかな――」



208: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:26:37.84 ID:lQ8sViWe0

盗賊「本当に大したもてなしではありませんね…。野宿よりはマシ、というレベルですか…。穴空きとは言え、壁と屋根があるだけ」

武具屋「申し訳ありません…」

盗賊「いいんですよ、宿代が浮いたんですから。僕は口が悪いらしいんで、嫌味に聞こえるかも知れませんが…口が悪いだけなので悪しからず」

武具屋「ははは…」

盗賊「南西の遺跡に行こうと思っているんですが、何か伝説とか、お宝のことは聞いたことありますか?」

武具屋「南西の遺跡、ですか…。あそこには不死の秘宝があるという伝説があります」

盗賊「不死の、秘宝…? 詳しくお願いします」

武具屋「何でも、それを持っていると死なない人間になるんだとか」

武具屋「ただ、南西の遺跡は凶暴な魔物が多く棲んでいまして、とても危険な場所であると言われています」

盗賊「他に、何かありませんか?」

武具屋「いえ、知っているのはこれくらいのもので…」

盗賊「そうですか…。ありがとうございます」



209: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:27:27.73 ID:lQ8sViWe0

勇者「ここが南西の遺跡、かあ…。おっきいね」

盗賊「そうですね。凶暴な魔物がいるそうなので、警戒を怠らないで下さい」

勇者「うん、オーケー」

盗賊(不死の秘宝…。死なない人間、というのは一体――)

 ザッザッ

 グルルルル…

勇者「盗賊くん、早速みたい」チャキ

盗賊「ええ。ではやりましょうか」スッ

 ガァアアアッ
 ザンッ
 ズバァッ



210: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:29:49.25 ID:lQ8sViWe0

勇者「ふぅ…もう、そろそろ最奥部に着くかな?」

盗賊「そうですね。構造的にはそろそろだと思いますが…」

勇者「あ、この先、広くなってるよ!」タタッ

盗賊「そう無闇に走って、罠でもあったらどうするんです?」

勇者「大丈夫だって! 罠なんてここまでなかっ――」スポッ

 勇者はまんまと落とし穴に落ちた!

勇者「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

盗賊「だから言ったのに…」ヒョイ

盗賊「かなり深そうだ…。一応、この先を見てから降りて――」

 グルルルル…

盗賊「バカデカい獅子の魔物…。ここの守護者というわけですか」

 グオォォォッ

 魔物は盗賊に襲いかかった!
 盗賊は短剣で攻撃を防ぐが、払い飛ばされる!



211: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:30:33.24 ID:lQ8sViWe0

盗賊「っ――何てパワー…!」

盗賊「さすがに1人じゃ手に負えませんね」ダッ

 盗賊は逃げ出した!

盗賊「勇者を回収しないと…!」

 盗賊は落とし穴に自ら飛び込んで落ちていった!

 ガンッ

盗賊「っ…痛って…」

勇者「あ、盗賊くん! 見て見て、凄いよ、ここ!」

盗賊「何ですか、一体…」

勇者「骸骨がいっぱい!」

盗賊「」

勇者「ここってお墓だったのかな? あ、壁に何か書かれてる!」

壁『ダッシュツフカノウ』

勇者「だっしゅつふかのう…脱出…不可能…?」

盗賊「詰んだ…?」



212: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:32:50.07 ID:lQ8sViWe0

勇者「ちょっと調べたんだけどね、出入り口がないんだ。どうやって出ればいいんだろう?」

盗賊(落ちてきた穴の上…どうにか、あそこから這い上がって…。しかし、先ほどの魔物が這い出たところへ襲いかかってくるか…)

盗賊(ある程度、時間を置けば…とも考えられる。しかし…)

盗賊(そもそも、あの落とし穴をどう這い上がればいいんだ…?)

勇者「盗賊くん、見て見て! この骸骨さん、お腹に剣が刺さってるよ!」

盗賊(そして、何で勇者はこんな場所ではしゃいでいるんだ…?)

盗賊「恐らく、飢えて自害したのでしょうね」

勇者「飢えて、自害…?」

勇者「…それって、じゃあ…ここでお腹を空かせて…それを苦にしてってこと…?」

盗賊「確認をするまでもないでしょう、この場を見れば」

勇者「」

盗賊「あなたの脳みそはお花畑なんですか?」ヤレヤレ

勇者「どうしよう、盗賊くん!? ここから出る方法ないの!?」

盗賊「とにかく、脱出を試みましょう」



213: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:33:45.13 ID:lQ8sViWe0

盗賊「ロープの先端にかぎ爪をつけました」

勇者「これを壁に引っ掛けて上るんだね!」

盗賊「上手くいけばいいんですが…」

 ブンブン
 ポイッ
 カンッ

勇者「引っかかった! 凄い!」

盗賊「これをたぐり寄せて…」グイッ

 プツン

盗賊「」

勇者「切れた…」



214: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:35:16.25 ID:lQ8sViWe0

盗賊「つるはしとスコップを持ってきています」

勇者「壁を壊すんだね! じゃ、私が壁をつるはしで叩くよ!」

 カンッ
 カンッ
 カンッ
 カンッ
 ・
 ・
 ・

勇者「ねえ! ちょっとは壁、削れてる!?」

盗賊「この調子だと、餓死は確実ですね」



215: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:36:47.12 ID:lQ8sViWe0

盗賊「出来るだけ、骨太な遺体を集めて下さい」

勇者「完了!」

盗賊「切れたロープで骨と骨を組み合わせて…」

勇者「骨の梯子だね!」

盗賊「強度があれば良いのですが…。壁にかけて、そっと足をかけて――」ソ-

 グシャッ

盗賊「…どうやら、すっかり遺体が傷んでしまって耐久性に問題ありですね」

勇者「遺体がいたむ…」プッ

盗賊「意図していないオヤジギャグを笑わないで下さい」



216: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:38:29.70 ID:lQ8sViWe0

盗賊「――手詰まり、ですね。詰みました」

勇者「何を詰んだの?」

盗賊「バカに語ることはありません」

勇者「バカじゃないよ!」

盗賊「それなら証明して下さい。もっとも、数日後には死ぬんですがね」

勇者「むぅ…見返してやる」

盗賊(それにしても、こんなに簡単なトラップで死ぬことになるとは…)

盗賊(しょせん、僕なんかこの程度だったということか…)

  アレ コノ カベ チョット ヘン カモ

盗賊(良い人生だったとは言えないかも知れないな…)

盗賊(…かも知れない、じゃないか…)

盗賊(僕なんか…やっぱり、生きている必要がなかった…)

 エイッ ヤアッ トウッ

盗賊(お頭、ごめんなさい…僕は幸せになんかなれないよ――)



217: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:39:58.32 ID:lQ8sViWe0

―王歴175年―

お頭「おう、どうしたんだ、坊主?」

少年「…どうも…しない…」ボソ

お頭「ああ? 何て言った、お前、声ちっちぇえなぁ。孤児か?」

少年「…そう…」

お頭「そうか、そうか。そいじゃあ、俺がお前を拾ってやろう」

少年「…」ビクッ

お頭「ん? どうした、急に」スッ

少年「触らないで…やだ…やだ…来るな…」ビクビク

山賊「おーい、頭! やっぱ、この村ァ、しけてますぜ」

山賊「って、お頭、どうしたんすか、その坊主」

お頭「ああ、いやな、どうにも身寄りがなさそうなんで拾ってやろうかと思ったんだが、怯えちまってな」

山賊「そりゃ、お頭の図体じゃビビりますって!」ゲラゲラ

お頭「あんだと、この三下が!」



218: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:41:21.47 ID:lQ8sViWe0

山賊「つーか、この辺のこういうガキどもは、軒並み大人に慰みものにされてるって話っすよ」

山賊「その坊主もそういうことされたんじゃないすか?」

お頭「何ィ? おい、坊主、俺はそんな趣味ねえぞ! 心配すんじゃねえ、怯えんな!」

少年「…」ブルブル

山賊「だーめだ、こりゃ。お頭、さっさといきやしょう」

お頭「いーや、俺はガキをおかすような畜生だなんて思われたままでいられねえ!」

山賊「はぁ~?」

お頭「お前、何か食い物持ってこい! ガキの好きそうなもんだぞ!」

山賊「へ、へいっ」



219: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:42:17.35 ID:lQ8sViWe0

お頭「ほら食え。たんまり食え」

少年「…」

山賊「やたら反抗的な目ぇしてますから、プライド高いんじゃないすか? 意味ないっすよ、お頭」

お頭「黙ってろ、てめえは! 坊主、お前が食うまで、俺はここを離れねえぞ!」

少年「…」

お頭「…」

山賊「…」ハァ

 グギュルルル…

お頭「…」ニィ-

少年「…///」

山賊(あー…ヒマ)

 ギュルルル
 ギュゥゥゥ

お頭「…」ニヤニヤ

少年「…」ムッ



220: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:46:01.83 ID:lQ8sViWe0

山賊(あの雲、ダイナマイトボディーの女に見えるな…)ボケ-

少年「…」

 スッ
 パクッ

少年「…」モグモグ

 モグモグ
 ゴクン
 ポロッ
 モグモグ

少年「ぅ…ぁ…あぁぁ…」

お頭「そうかそうか、泣くほど美味いか」

お頭「そうだよなあ、腹が減ってるのにひとりぼっちじゃ、メシを食うみたいな当たり前のことさえとんでもねえ幸せに思える…」

山賊(そう言えば、前の街にいた娼婦…ガーターベルトが世界一似合う女だったな…)

 モグモグ
 ポロポロ

お頭「これからは、俺がお前に人並みの幸せをたくさん分けてやる」

お頭「だから一緒に来い。大丈夫だ、俺はお前に乱暴はしない」

お頭「俺のことは、尊敬の念を込めてこう呼べ――」



221: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:47:57.15 ID:lQ8sViWe0

―王歴185年―

盗賊「お頭…」

 ポロッ

勇者「あれ、盗賊くん、泣いてるの!?」

盗賊「ッ――な、泣いてなんかいません! 目にゴミが入っただけです」

勇者「そうなの? まあいいや、ねえ、あれ見て、あれ!」

盗賊「何ですか?」

勇者「じゃじゃーん、隠し通路!」

盗賊「これは…仕掛けがあったんですか…」

盗賊(よくよく考えれば、これを作った人間がいる以上…出口がないと作業者が死んでしまう…)

盗賊(遺体はどれも冒険者らしき格好のものばかり…)

盗賊(出口はあるはずだった――)

勇者「ほら、行こう! お宝、探すんでしょ?」

盗賊「…少し、あなたを見直しました」

勇者「本当に!? やった!」

盗賊(短絡的で、頭が弱くて、陽気で…)

盗賊「まるでお頭ですね…」

勇者「うん? お頭…?」

盗賊「…何でもありません」



222: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:50:18.77 ID:lQ8sViWe0

勇者「やった! 出れた! ここ、さっきも通ったところだね」

盗賊「そうですね。この通路を進めば、落とし穴のあったところです」

勇者「よーし、今度は罠にひっかからないよう、慎重に行かなきゃ」

盗賊「あの先には強力な魔物がいました。油断しないで下さい」

勇者「うん!」

盗賊「では行きましょう。お宝は、すぐそこのはずです」



223: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:51:28.66 ID:lQ8sViWe0

 グォオオオオオッ

勇者「トドメ、だ…!」

 勇者は魔物の吐き出した炎を弧を描きながら走って避けきる!
 盗賊は振り返った魔物の眼球にナイフを投擲した!
 魔物は耐え切れずに悲鳴をあげる!
 勇者はすかさず飛び上がり、魔物の首を切り落とした!

盗賊「はっ…はっ…やっと倒せた…」

勇者「強かったね、この魔物」

盗賊「そうですね。…戦闘中から気になっていたんですが、あそこに台座がありますね」

勇者「お宝かな?」

盗賊「恐らく」ニヤッ

 スタスタ

勇者「お宝、お宝、どんなかなー?」

盗賊「不死の秘宝、と呼ばれるものがあるという伝説を聞きました」

勇者「不死の秘宝? 何かすごそう!」ワクワク

盗賊「この階段を上がれば、台座に…」



224: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:52:54.94 ID:lQ8sViWe0

勇者「あれ…?」

盗賊「そんな…」

勇者「台座、何もないね…」

盗賊「何かが置かれていた痕跡はありますが…一体…」

?「我が配下を倒したことは誉めてつかわそう――」

 ザッ

勇者「誰!?」チャキ

?「魔王軍四天王が一角、獣系魔族の頂点、銀獣王」

盗賊「魔王軍、四天王…?」

銀獣王「不死の秘宝を狙ってきたのが勇者とはな、魔王様の秘密を知ったのであれば生かしてはおけぬ」

勇者「魔王の、秘密…!? 盗賊くん、知ってる!?」

盗賊「堂々とそういうことは言わないようにして下さい、バカだと思われますよ」



225: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:54:01.27 ID:lQ8sViWe0

盗賊(魔王の秘密なんて知らないが、この場所と何か関係があるのか?)

盗賊(四天王なんて初めて聞くが…恐らくは魔王の配下でも地位がある立場だろうな)

盗賊(ここには魔王の秘密が関連する何かがある…ということか)

銀獣王「魔王様には手出しを禁止されているが、秘密に触れし者を消すことこそ我が使命! 参る!」ダッ

 銀獣王は手にしている魔槍を勇者に突き出した!
 勇者は剣で魔槍を受け、返す刃で切りかかる!
 しかし銀縦横はものともせずに魔槍を振り回して防御した!

銀獣王「我が魔槍の塵と消えろ!」

 勇者は銀獣王と激しく切り結ぶ!

盗賊「こちらもお忘れなく…!」

 盗賊は銀獣王が勇者の攻撃を受け止めた隙を逃さずにナイフを投げた!

銀獣王「ヌルいわァ!」

 しかし、銀獣王は魔槍で勇者ごと押し返してナイフを弾く!



226: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:55:06.78 ID:lQ8sViWe0

勇者「盗賊くんの攻撃まで対応した…!?」

盗賊「どうやら、一筋縄ではいかない相手のようですね」

銀獣王「ん? 勇者の連れは、かつて魔王様に敗れた人間と聞いていたが…違うのか?」

勇者「師匠のこと…?」

盗賊「魔物のくせに余計なことを気にするのですね!」

 盗賊は短剣を抜いて銀獣王に切りかかる!

銀獣王「ふんっ、その程度の攻撃、ヌルいと何度言わせるのだ!」

 しかし、銀獣王は魔槍のリーチで盗賊を近づけさせない!
 銀獣王が盗賊の足元に魔槍を繰り出した!

盗賊「ぐっ…!」

銀獣王「あの人間とはまた手合わせをしたかったのだがな…」

勇者「師匠と面識があるの…?」

銀獣王「ああ、そうだ。我が支配下にあった山をたった1人で奪還したのだからな」

盗賊「山を、1人で奪還――?」ゾクッ



227: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:57:18.48 ID:lQ8sViWe0

銀獣王「人間を駆逐する侵略拠点となっていたのに、計画は頓挫だ」

銀獣王「その借りをいつか返そうと思っていたのにな…」

勇者「師匠はお前なんか、イチコロだ!」

盗賊「侵略拠点…頓挫…。あなたは、そのふもとにあった山をどうしましたか?」

銀獣王「ふもと? ああ…人間の巣か。腹いせに消してやったわ!」

銀獣王「あの男が駆けつけたのは巣が全焼した後だったな!」

盗賊「駆けつけ、た…?」

銀獣王「ヤツの本気を引き出すために、人間のガキを必死に守るツガイを目の前で殺してやった!」

銀獣王「激昂したあの人間はそれなりの強さだった」

銀獣王「いいことを思いついた…。貴様らを殺せば、またあの男は怒り狂い、俺に立ち向かってくるか?」

銀獣王「ならばこそ、この場で貴様らを冥府に送り届けよう!」ダッ

盗賊「貴様が、僕の両親をやったのかァ!?」ダンッ

 盗賊と銀獣王が互いの獲物で組み合った!



228: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:58:19.30 ID:lQ8sViWe0

銀獣王「ほう、少しはマシになったな!」

勇者「はぁああああっ!」

銀獣王「だが、我が魔槍は無敵!」

 勇者と盗賊は連携しながら銀獣王に打ち込んでいく!
 しかし、銀獣王は魔槍を巧みに操りながら両者の攻撃を捌いていく!

銀獣王「もっとだ、もっと強く打ち込んでこい!」

勇者「この…!」

盗賊「貴様だけはァ…!」

銀獣王「それが本気か、軟弱な人間どもめがァ…!」

 銀獣王が咆哮すると、魔槍から解き放たれた魔力が勇者と盗賊を吹き飛ばした!



229: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 20:59:30.23 ID:lQ8sViWe0

盗賊「ぐっ…」

勇者「盗賊くん…大丈、夫…?」

盗賊「ええ…。ですが、とんでもない実力ですね…」ギリッ

勇者「師匠は1人でこんなのと戦ったなんて…」

銀獣王「どうした、もうヘバッたのか!?」

 銀獣王は魔槍に魔力を込めながら大きく薙いだ!
 魔槍から解き放たれた魔力が斬撃となって襲いかかる!

勇者「くっ…!」

盗賊「この、魔物めがぁああああっ!」

 盗賊は捨て身で銀獣王に切りかかる!

銀獣王「ふっ」ニヤァ

勇者「ダメ、盗賊くん!」

 盗賊は銀獣王に短剣を振るい降ろす!
 しかし、銀獣王は短く持った魔槍で攻撃を弾くと、そのまま深く盗賊の体を刺し貫いた!



230: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 21:00:28.49 ID:lQ8sViWe0

盗賊「っ!?」フラッ

勇者「盗賊くん!」パァァ

 勇者は盗賊に祈りを捧げた!
 盗賊の傷が治癒していく!

銀獣王「ほう、今度の勇者は回復魔法を扱うか」

盗賊「っふ…あ…が…」ドクドク

勇者「血が…止まって、お願い…!」

銀獣王「まだ、貴様らは熟していないようだな」

勇者「…っ」キッ

銀獣王「もっと強くなれ。そうでなければつまらぬ」

銀獣王「今宵より、3度の新月の晩…世界樹を焼き尽くす」

銀獣王「それまでに強くなっていろ。今は見逃してやろう」バシュン



231: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 21:01:19.35 ID:lQ8sViWe0

盗賊「…ぅ…」パチ

盗賊(ここは…オアシスの、武具屋か…)

盗賊(負けた…両親の仇に…あいつが、僕の人生をめちゃくちゃにしたのに…)

勇者「あ、盗賊くん、起きた!?」

盗賊「…は、い…」

勇者「ダメ、体を起こさないでいいよ。楽にしてて」

盗賊「どれくらい…寝ていましたか…?」

勇者「3日だよ」

勇者「武具屋さんが手当てしてくれたの。さすがだよね、武器で出来た傷の手当てがお手の物なんだから」

盗賊「…そう、ですか…」



232: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 21:02:24.30 ID:lQ8sViWe0

勇者「盗賊くん…あの魔物――銀獣王と戦ってる時、怒ってたよね? 何かあったの…?」

盗賊「あいつ…は…両、親…の…仇でした…」

勇者「そんな…」

盗賊「しかも…話から察するに…あなたの、師匠は…僕を守って…くれていた…」

盗賊「それなのに…あの人に…僕は…何てこと、を…」

勇者「…大丈夫だよ、師匠は許してくれるって」

勇者「それにね、師匠は毎日、たくさんの人の幸せを女神様に祈ってるんだ」

勇者「誰にも想われない人のために、その人達も幸せになれますようにって」

勇者「だから…きっと、盗賊くんのことだって許してくれるよ」

勇者「ちゃんと謝ったら、ね」

盗賊「…」グス

勇者「意外と盗賊くんって泣き虫なんだね」

盗賊「泣いて、なんか…目に…ゴミが…」ポロポロ

勇者「…そっか」



233: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 21:05:38.25 ID:lQ8sViWe0

盗賊「お世話になりました、ありがとうございます」ペコリ

武具屋「いえいえ、そんな…無事に怪我が治って良かったです」

勇者「本当に助かったんです、ありがとうございます」

子ども「もう、行っちゃうの…?」

勇者「うん。世界樹が危ないかも知れないの。だから行かなきゃ」

武具屋「ああ、それと…あなたの剣、研ぎ終わりましたのでどうぞ」

勇者「あっ、ありがとう、武具屋さん!」スラァン

勇者「うわ、ピカピカ…」

武具屋「その剣をあなたが持っていたのは驚きました」

勇者「え?」

武具屋「それは前にお話した、旅の剣士様にお譲りしたものだったんです。何のご縁でしょうか…また、巡り会えるとは」

勇者「も、もしかして、その剣士って…こう、目つき悪くて、背がこんくらいで、煙草ばっかり吸ってる人だった?」

勇者「しかめっ面してて、気に食わないとすぐ舌打ちするか黙り込んで、何か威圧的で、感じ悪くって!」

勇者「でも、すぅ――――――っごく、たまに、やさしい顔をするの」

武具屋「ええ、ええ! そうです、そのような人でした!」

勇者「師匠だ…」



234: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 21:07:55.97 ID:lQ8sViWe0

武具屋「お知り合いでしたか? どうか、またお会いした時にはよろしくお伝え下さい」

武具屋「褒章をお金に換えて、この子と別の街で店を構えることにしました」

子ども「ダメだよ、父ちゃん!」

武具屋「これ、そんなことを言うんじゃない。もう、決めたんだ」

盗賊「…いえ、褒章は取っておいた方がいいでしょう。それがあればよそで店を開く時、あなたという人に信用がつきます」

武具屋「し、しかし、それではお金が…」

盗賊「これを、お礼に差し上げますのでお金にして下さい」

武具屋「これは…こ、こんな高価そうなもの…!」

盗賊「いいんですよ。僕には無用の長物です」

勇者「あっ、落とし穴の下で拾ったやつ?」



235: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 21:08:48.34 ID:lQ8sViWe0

子ども「なあに、これ?」

盗賊「大昔の金持ちが使っていた短剣です。武器としては三流ですが、この装飾品は僕の見立てならかなりの価値があるでしょう」

武具屋「あ、ありがとうございます」

盗賊「いえ…。あの褒章は大切にして下さい。立派なものですから」ニコッ

勇者「…何だか、師匠のこと見直してくれた?」ヒソ

盗賊「…ええ、少しは」ヒソ

子ども「ばいばい、お姉ちゃん達!」

武具屋「お気をつけて!」

勇者「ばいばーい!」ブンブン

盗賊「そんなに手を振らなくてもいいでしょう」

勇者「いいじゃない、一期一会だよ」

盗賊「…そうそう、少し、寄り道をしましょう」

勇者「どこに?」

盗賊「豪商とやらの、よろず屋です」



236: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 21:11:07.01 ID:lQ8sViWe0

豪商「おお、ようこそ、勇者様! 我が店の品揃えは他店には劣りま――」

盗賊「失礼」ドンッ

豪商「」

 盗賊は豪商に当て身を叩き込んだ!

 バタンッ

勇者「盗賊くん!?」

盗賊「平気です、気絶させただけですから。起きた時に少し、首筋が痛むとかその程度ですよ」

勇者「な、何でこんなこと…?」

盗賊「だって気に食わないでしょう、あんなに良い人を陥れるなんて」

盗賊「だから、少し懲らしめてやるだけですよ」ニヤァ

勇者(黒い笑顔をしてる…!)




豪商「――う、ううむ…何だか、勇者様が来たような気が…」ハッ

豪商「な、ない、ない!? 品物が1つもない!?」

 ペラッ

豪商「何だ、この紙は!?」

紙『武器の違法売買の証拠は押さえた。これを公然たる事実としてさらされたくなくば、オアシスを去り、二度と悪事を働くな』

豪商「そ、そん、な…」ガクッ



239: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:34:28.96 ID:lQ8sViWe0


勇者「世界樹の里、とーうちゃくっ!」

勇者「世界樹って、本当に大きい木だね」

盗賊「ええ。雲の上まで届いているそうです」

勇者「雲の上!? そんなに? どれくらいあるんだろう…」

盗賊「だから、雲の上ですってば」

盗賊「この世界樹の一番上にある新芽を使って、世界樹の雫と呼ばれるアイテムが作れるそうです」

勇者「世界樹の雫?」

盗賊「ええ、一口飲めば滋養強壮・魔力増強、患部に塗り込めば、たちどころに病巣だろうが、致命傷だろうが癒してしまうと言われています」

勇者「すごい! 魔王との戦いで役に立つかも!」

盗賊「ですが…この高さですからね、そもそも市場には出回りませんし、そもそも新芽を摘むことさえも難しいんです。幻のアイテムですよ」

勇者「そっかぁ…。それじゃあ難しいね」

盗賊「講釈はこの程度にして、宿をとりましょう」



240: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:35:42.23 ID:lQ8sViWe0

 コンコン

宿屋「お客様、失礼します。里長が勇者様のご到着を知り、お話をしたいと…」

勇者「里長…?」

盗賊「一応、会っておきましょう。銀獣王が世界樹を狙っているということも伝えなくてはなりません」

勇者「そうだね」

宿屋「階下の食堂に里長はいらっしゃいますので」


里長「おお、勇者様…」

勇者「はじめまして、勇者です。こっちは盗賊くんです」

盗賊「…どうも」

里長「いきなりお呼び立てして、申し訳ありません」

里長「実は最近、瘴気の影響がこの地方にまで濃く現れまして、世界樹が枯れようとしているのです」

里長「この事態をどう打開するかと頭を悩ませていたところへ、勇者がやって来られたと聞いたものですから…」



241: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:36:35.39 ID:lQ8sViWe0

勇者「世界樹が…枯れる…?」

盗賊「もしも、世界樹が枯れたらどうなるのです?」

里長「世界樹が果たす機能はご存知ですか?」

勇者「ううん、知らない」

里長「では、そこからお話しましょう」

里長「世界樹は瘴気を浄化し、清浄なものにするという性質を持っております」

里長「魔王がこの世に現れる以前から地上に瘴気は存在しております」

里長「世界樹はその瘴気を取り込んでは浄化し、地上を正常に保っているのです」

里長「しかし、魔王が現れてから地上の瘴気の量が増し、世界樹の瘴気の浄化が間に合わなくなっています」

里長「世界樹が瘴気を浄化する理由として、瘴気が世界樹にとって害悪なものであるからという説があります」

里長「防衛本能として瘴気を浄化している、ということになりましょう。ですが、最近は世界樹が弱り、このままでは枯れてしまいそうなのです」



242: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:37:33.83 ID:lQ8sViWe0

里長「ご存知かと思われますが、瘴気は様々なものに影響を及ぼします」

里長「作物の育ちは悪くなり、動物が魔物に変貌したり、あまりにも瘴気が濃いと人間が魔物になるということもあるようです」

里長「世界樹が枯れ、瘴気が少しも浄化されなくなってしまえば、地上はたちまち瘴気に満ちあふれてしまうでしょう」

里長「そうなれば人間は、とても生きてはいられなくなるでしょう」

里長「さらに瘴気が濃くなるほどに魔物もその力を増すはずです」

勇者「そんな…。じゃ、じゃあ、世界樹を枯らせないようにするにはどうすればいいの?」

里長「どうにかして世界樹の周囲だけでも瘴気を薄くするか、清浄な空気で満たすしかありません」

盗賊「難しいですね…。それに、あと2度の新月を迎えたら魔物が世界樹を焼き尽くすと言っていました」

里長「そんな…! で、では、その対策もしなければ…」

勇者「うん…。しかも、世界樹を狙ってくるのはすごく強い魔物なんです。私たちじゃ、敵わなかったほどに…」

里長「ううむ…」

盗賊「とにかく、まずは瘴気を薄くする方法を探しましょう。それと並行して里長さんはどうにかして魔物の襲撃に備える手段を講じていただくのが上策でしょう」

勇者「そうだね」

里長「そういたしましょう」



243: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:38:27.06 ID:lQ8sViWe0

勇者「――でもさあ、瘴気を薄くする方法なんてあるの?」

盗賊「それを探すんです」

勇者「そうだけど…手がかりなしってのもなあ」

盗賊「とにかく、瘴気について考えましょう。どこまで知っていますか?」

勇者「…悪いものだよね!」

盗賊「講釈から始めましょう。瘴気はもともと地上にはない汚染された空気のようなものです」

盗賊「瘴気は魔界からこの地上に流れてきているとも言われています」

盗賊「瘴気が地上でもっとも濃いのは魔王城と言われていますね。そこに停滞していた瘴気が、量を増して地上に少しずつ拡散されているんです」

盗賊「20年前の時点で、魔王城に最も近いと言われていた港町が瘴気に飲まれ始めていたそうです」

盗賊「晴れているはずなのに薄暗く、星の光が地上に届かなくなっていたと記録があります」

盗賊「そして、この20年でとうとう世界樹のある、この地にまで濃い瘴気が流れ着いてしまった」



244: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:39:34.22 ID:lQ8sViWe0

勇者「ふうって口から吐く息で吹き飛ばせたらいいのにね」

盗賊「そんなこと出来ませんよ…。巡り合わせの杖なら出来るかも知れませんが、あれも存在が疑わしいものですし」

勇者「巡り合わせの杖…?」

盗賊「ええ。不思議な力を持つ杖で、それを一度振るえば雲を払えるとも言われています」

盗賊「どうやら、世の中にある流れを操ってしまえるようなものですが、どうにも眉唾でどこにあるかも定かでは――」

勇者「そのお話、師匠に聞いたことがあるかも…」

盗賊「! 本当ですか?」

勇者「師匠が、初代勇者と旅をしていた時にね、魔力の衣をまとった敵がいたんだって」

勇者「でも、初代が杖を振って魔力の衣を引き剥がして勝てたって…」



245: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:40:14.19 ID:lQ8sViWe0

盗賊「それはどこで起きたことか、知っていますか?」

勇者「ううん、そこまでは教えてくれなかった」

勇者「師匠ってさ、踏み込んだら雷落とすか、黙り込むかっていう地雷が色々あるから、気軽に訊けないこともあるんだよね…。多分、この杖の話も地雷に関わってるんだと思う」

盗賊「地雷――」

盗賊「目星がつきました。早速、向かいましょう」

勇者「本当!? どこなの!?」

盗賊「水の都です。恐らく、あの人は先代勇者と旅をした、僧侶の話題は全くしなかったのではないですか?」

勇者「そう、かも知れない…」

盗賊「ならばビンゴですね。その僧侶と出会ったのが、水の都だったはずです」

盗賊「ここからなら、1度港に出て、そこから水の都への連絡船に乗った方が早いでしょう」



246: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:41:41.95 ID:lQ8sViWe0

情報屋「おや、公爵家の跡継ぎを放棄した、稀代の大剣士くんじゃあないか。いらっしゃい」

 シュボッ
 スパ-

師匠「あれはどうなった?」

情報屋「たんまりもらった前金のお陰で調査ははかどったよ」

情報屋「だが、どうにも持ち出すことが出来なくてね」

情報屋「それに、雲を掴むような話の依頼だから情報の精度について、保証が出来ない」

師匠「それなら自分で向かう。場所を教えろ」

情報屋「1箇所につき、金貨10枚もらおう。いいかな?」

師匠「…全部で何箇所ある?」

情報屋「その情報は金貨2枚」

 チッ
 チャリン

情報屋「確かに。調査した限り、3箇所にそれらしきものがあるという伝説や、噂を入手した」

情報屋「けれど、誰を送り込んでも帰ってくる者はいなかった」



247: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:42:42.27 ID:lQ8sViWe0

盗賊「3箇所か…。教えろ」

情報屋「砂漠のオアシス、南西の遺跡」

情報屋「氷雪の街、樹氷の神殿」

情報屋「最果ての村、終末時計塔」

情報屋「この3箇所だ」

師匠「どこも一癖、二癖はありそうだな…。それぞれ、教えてもらおうか」

情報屋「その前に、3箇所、金貨30枚だ」

師匠「…」

 スッ
 ドッチャリ

情報屋「確かに。余分にあるようだから、サービスもさせてもらうよ」

情報屋「南西の遺跡には不死の秘宝と呼ばれる宝があるそうだ」

情報屋「樹氷の神殿には刹那の刃と呼ばれる武器があるそうだ」

情報屋「終末時計塔には境涯の扉と呼ばれるものがあるそうだ」

師匠「不死の秘宝、刹那の刃、境涯の扉…」

師匠「分かった。じゃあな」



248: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:46:01.80 ID:lQ8sViWe0

情報屋「ちょっとはゆっくりしていきなよ。どうしてこんな情報を欲しがったんだい?」

情報屋「2代目勇者のお目付役、王国の大剣士であるキミが変な依頼をするもんでこっちは寝不足さ」

情報屋「今は2代目とは別行動みたいだけど」

師匠「余計な詮索をするな」

情報屋「怖い顔をしないでくれよ…。好奇心なんだから」

師匠「黙れ」

情報屋「やれやれ…。そうだ、今日のサービス情報を教えてあげよう」

情報屋「陛下が危篤だ。看取る気があるなら、早く行った方がいいよ」

師匠「陛下が?」

情報屋「残念だね。在位期間65年…。後の世にも語り継がれるであろう賢君も、病には勝てないんだから」

師匠「…もう行く」

情報屋「またおいで、剣士くん」



249: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:48:27.66 ID:lQ8sViWe0

師匠(陛下が亡くなったら、次の王は…叔父上)

師匠(単身で竜をも討った、武闘派の王国軍総帥…)

師匠(黒い噂の絶えない…野心家――)

師匠(いや…今は他にやるべきことがある)

師匠(王が誰だろうと関係ない)

師匠(ただ…少しでも長生きしてくれ、じいさま)



251: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:50:48.40 ID:lQ8sViWe0

勇者「あった! 循環の杖、だって…」

盗賊「なるほど…巡り合わせの杖と、循環の杖は同一のものだったのですね」

盗賊「それにしても、盗もうと思えば盗めるような場所へ堂々と飾るなんて…頭大丈夫ですかね。それともレプリカ…?」

勇者「あ、何か説明書きがあるね」

勇者「えーっと…女神様がこの杖を贈って、水の都の水路に水を引き入れたんだって。そ、い、でー…20年前に勇者がこの杖を白昼堂々持ち出してから、律儀に戻しに来たって書いてある」

勇者「勇者以外が触ると弾き飛ばされちゃうから、警備なんて必要ないんだってさ」

盗賊「勇者以外の者が杖に触れると弾き飛ばされる、ですか…」

盗賊「こういうのは試さないと気が済みませんね」ニヤッ

 ギュッ
 グォオオオオオッ
 ドサァッ

盗賊「痛っ…」



252: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:53:33.92 ID:lQ8sViWe0

勇者「大丈夫、盗賊くん? ドヤ顔で掴む魂胆だったのに恥ずかしかったでしょ?」

盗賊「あなたって人は…」イラッ

 クスクス
 アイツ ホントウニ ジュンカンノ ツエニ サワッタ ナ
 ヒサシブリニ ミタ ガ イツ ミテモ オモシロイ モンダ

勇者「ドヤ顔なんてしちゃったから、精神的ダメージの方が大きそう…」

盗賊「勇者、早くあれを回収して世界樹の里に戻りましょう…」ムス

勇者「でも勝手に持って行っていいのかな?」

盗賊「全て終わってから戻せばいいじゃないですか。また、どこで必要になるかも分かりませんし、勇者の称号は法に縛られませんよ」

勇者「でもぉ…」

盗賊「さっさとして下さい。後で美味しいものでも食べていいですから」

勇者「本当!? オッケー!」パシッ

勇者「本当に何もないんだね、私が触っても」

 ザワッ

勇者「よーし、じゃあランチに行こ!」



253: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:54:18.61 ID:lQ8sViWe0

盗賊「世界樹の里へ到着したら、そう日を置かずに銀獣王が来てしまいますね」

勇者「うん。どうにかして銀獣王に勝つ方法を考えないと」

勇者「師匠がいてくれたら心強いんだけどね…」

盗賊「…」

勇者「あ、ち、違うよ!? 別に盗賊くんを責めてるんじゃないからね!?」アセアセ

盗賊「分かっていますよ。銀獣王は恐らく、配下の魔物を引き連れてくるのでしょう」

盗賊「僕ら2人だけでは手が回りませんし、ザコの相手をしてくれる人員が必要になりそうですね」

勇者「里長がどんな対策をとったかにもよるよね…」

盗賊「ええ…。とにかく、世界樹の里に戻りながら良いアイデアがないか考えましょう」



254: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:55:24.16 ID:lQ8sViWe0

 ク-ク-

勇者「循環の杖、って…どこまで出来るんだろう?」

盗賊「どこまで、と言いますと?」

勇者「水の都に水を入れたとか、魔力の衣を剥いだとか聞いてるけどさ、実際にどのくらいのことまで出来るのかなって」

盗賊「試してみればいいじゃないですか。どうせ、今はすることのない船旅の最中です」

盗賊「循環の杖を試してみましょう」

勇者「そうだね」

 ウズシオガ ハッセイ シテ イルゾ
 カジヲ トレ

盗賊「おや、おあつらえ向きです。循環の杖で、あの渦潮を逆回転させて消してみてはどうです?」

勇者「よーし!」

 ブンッ

 勇者が循環の杖を振るった!
 遠くの海面が急に高くなり、高波となって向かってくる!



255: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:56:04.50 ID:lQ8sViWe0

 オオナミ ガ キタゾ- シガミツケ-

盗賊「な、何をしているんです!? 海が荒れましたよ!?」

勇者「コントロールが難しいんだよ! 今、今、戻すから!」

 ブンッ

 勇者は循環の杖を振るった!
 途端に空に雷雲がたちこめて、激しい雨を伴って稲光を発する!

 ピシャァッ
 ゴロゴロゴロ…

 アラシ ダゾ
 ナミガ サラニ タカク ナッタ
 ウズシオヲ ヨケロ-

勇者「わぁああああっ!?」アタフタ

盗賊「お、落ち着いて下さい! そっと、やさしくです!」

 ヒョイッ

 勇者は循環の杖をやさしく振るった!
 荒れていた波が穏やかになり、雷雲が消え去る!

 キュウニ ウミガ オダヤカニ ナッタゾ
 テンキモ カイフク シテ キタ

勇者盗賊「「ふぅ…」」

勇者「そう言えば、初代勇者は魔法がすっごく得意だったって聞いてる…」

盗賊「その点、あなたは魔法はオマケ程度の脳筋ですからね。とにかく、海上ではもう振らないようにして下さい」



256: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:57:08.75 ID:lQ8sViWe0

 ゾロゾロ
 ワイワイ

勇者「うわあ、何だか傭兵がたくさんだ…」

盗賊「里長が雇ったのかも知れません。とにかく、里長に会いに行きましょう」



里長「おお、勇者様、盗賊殿、よくぞご無事で」

勇者「循環の杖を持ってきたから、これで瘴気を散らして薄くするよ」

盗賊「あくまでも散らすだけなので応急処置ですが、枯れるよりはマシでしょう」

盗賊「世界樹に頼らず、瘴気を消す方法を模索し続ける必要があります」

里長「そうですか…。里の住民には世界樹の根元…地下にある洞窟に避難する準備をさせています」

里長「それと腕の立つ傭兵団に依頼し、魔物の襲撃に備えています」

盗賊「なるほど…。ところで、世界樹はどれくらい頑丈でしょう? 例えば、火をつけられたとして、すぐに燃え尽きてしまうのか、それとも何か不思議な力で無事なのか」

里長「世界樹は危機を迎えると、自らを守護する存在を送り出すと言われております」

勇者「自らを守護…?」

里長「ええ。世界樹の麓へ参りましょう」



257: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 22:59:51.34 ID:lQ8sViWe0

里長「この世界樹の根に飲み込まれかけていますが、この祠から、守護者は現れると言い伝えられています」

勇者「ちっちゃいね…」

盗賊「這いつくばらないと大人は出入り出来ませんね」

勇者「ここから守護者さんが出てくる時、大変そうだね。盗賊くんの細さならいけそうだけど、それじゃ守護者なんて言えるほど頼りがいなさそうだし」

盗賊「僕はムダな筋肉をつけていないだけです」ムッ

里長「」

盗賊「と、冗談はさておき、間近で見るとかなり高いですね」

里長「そ、そうでしょう…」

勇者「ねえねえ、世界樹の雫ってアイテムは里にあるの?」

里長「申し訳ございませんが、勇者様とは言え、世界樹の雫はとても貴重なものですので、ここにあるかどうかさえ、お教えすることはできないのです」

盗賊「ちなみに世界樹の新芽は摘めるのですか? これほど高くて」

里長「ええ、里に1人だけ…この世界樹の守人がいまして。守人が何日もかけて世界樹を上り、頂上から少しだけ新芽を摘んでくるのです」



258: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 23:00:39.72 ID:lQ8sViWe0

里長「守人はある日、急に現れましてな。不思議な魔法を使い、腕も立つのです」

里長「里の者の中には、彼こそが世界樹の守護者ではないかと言う者もありますよ」

勇者「へえ…」

里長「1ヶ月に2度か、3度しか地上には降りてこないで、ずっと世界樹とともに生きているのです」

里長「今も世界樹に上ったままでして、こちらの様子を知らんのです」

里長「あやつめがいれば心強いのですが…」

勇者「強いの?」

里長「里では誰よりも強い男です。いえ、勇者様とも互角に渡り合えるはず」

勇者「へえー! ねえねえ、盗賊」ウズウズ

盗賊「…無様に落ちて怪我などしないで下さいよ」

勇者「うん! それじゃ、里長、ちょっと会ってくるね!」

里長「なっ!?」

 ヒョイッ
 ヨジヨジヨジ…

勇者「木登り楽しいーっ!」ケラケラ

里長「」

盗賊「守人とやらに会えたら、すぐに降りてきますのでご心配なく。魔物の襲撃時に備えましょう。手伝いますよ」



259: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 23:02:10.30 ID:lQ8sViWe0

 ヨジヨジ

勇者「どれだけ高いんだろう、世界樹…」

勇者「て言うか、これだけ時間かけてるのに…まだ地表が見える…」

勇者「不思議な木だなあ…」

 ヨジヨジ

勇者「っ!?」

勇者「幹にドアが…ついてる…?」

勇者「…」

勇者「いい、よね…?」

 カチャ

勇者「うわあ、普通にお家みたい…。守人さんって、ここで生活してるのかな」

?「――誰だ!?」

勇者「っ!? わ、私、勇者って言って、あの…!」

?「勇者? どうして、勇者が世界樹を上っている?」



260: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 23:02:52.74 ID:lQ8sViWe0

勇者「あなた、守人さん?」

守人「そう、だが…?」

勇者「あのね、今、里が色々と大変なの! それで私、それをあなたに伝えにきたんだ!」

守人「教えてくれ」

 ・
 ・
 ・

守人「なるほど、これで辻褄があった」

勇者「辻褄…?」

守人「ああ。俺は毎日、この世界樹とともに暮らしているのだが、ここ最近は世界樹が怯え、弱っていたんだ」

勇者「そんなことが分かるの?」

守人「だてに世界樹の守人を名乗っているわけではないからな」

守人「とにかく、報せに来てくれて助かった。次の新月の晩だな。その時は俺も地上へ降りる」

勇者「本当? 助かるよ! 里長に聞いたけど、守人ってとっても強いんでしょ?」

守人「それほどでもないさ。俺はただの木登りのプロフェッショナルだからな」ニッ

勇者「あははっ、そうなの!?」ケラケラ



261: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 23:03:43.83 ID:lQ8sViWe0

 スルスル

勇者「とーうちゃくっ! やっぱり地面に足をつけるっていいなあ…」ジ-ン

盗賊「随分とかかりましたね、勇者」

勇者「盗賊くん! ただいま! 守人に会ったけどね、すごく面白い人だったよ!」

勇者「それに何か、雰囲気が普通の人と違うの! ザ・頼れる人って感じ!」

勇者「とうとう王子様に出会えたかも…」ムフフ

盗賊「…そうですか。循環の杖で世界樹周辺の瘴気を薄くしましょう」

勇者「オッケー! じゃ、早速――」

盗賊「いえ、危険なので杖を扱う練習をしましょう。そもそも、勇者のくせに魔法がおざなりすぎるんです、あなたは」

勇者「だって性に合わないんだもん…」

盗賊「言い訳をしないように。里の外れでやりましょうか」

勇者「練習って何するの?」

盗賊「杖だけを使って、攻撃を全て回避する練習ですよ」ニィ



262: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 23:04:42.79 ID:lQ8sViWe0

 盗賊はナイフを投擲した!
 木々の間に張り巡らされたロープの1本を切る!
 途端に無数のナイフが勇者目掛けて発射された!

勇者「わ、わっ、えいっ!」

 勇者は循環の杖を振るった!
 あらぬところでつむじ風が起きる!
 勇者はナイフの雨に見舞われた!

勇者「ぎゃああああっ!」

盗賊「ちゃんと周囲を把握して下さい。目の前の流れを操り、循環させるのが循環の杖ですから」

勇者「分かってるけど…て言うか、盗賊くん、意地悪すぎない!?」

盗賊「何を言ってるんです? 世界樹を守る、という大義のためですよ」ニヤニヤ

勇者「とか言いながら、満面の笑顔だよ。楽しんでるでしょ?」

盗賊「これは失敬。――次、やりますよ!」

 盗賊はナイフを投げた!
 木々の間に張り巡らされたロープの1本を切る!
 勇者の頭上から大量の小石が降ってくる!



263: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 23:05:44.60 ID:lQ8sViWe0

勇者「わ、わわっ…!」

 勇者は循環の杖を振るった!
 凄まじい突風が吹き荒れる!
 しかし、小石は勇者の頭に無惨に降り注いだ!

勇者「あうっ…」

盗賊「どうやら循環の杖はきちんと狙いを定めないといけないようですね。闇雲に振っても意味がないんで、ちゃんと頭を使って下さい」

勇者「盗賊くん、どれだけナイフ投げが上手いの?」

盗賊「お見せしている程度でしかありませんよ。しかし、今ので仕掛けた罠が最後でしたから…」

勇者「じゃあ明日、また――」

盗賊「今、仕掛け直しますから50秒だけ休憩して下さい」

勇者「1分未満なの!?」

盗賊「だってこんなに面白いことをそうそうやめられないでしょう?」

勇者「やっぱり面白がってるじゃん!」

盗賊「これは失敬」ニコッ



264: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 23:06:34.53 ID:lQ8sViWe0

 勇者は循環の杖を振るった!
 星を隠していた瘴気がどこかへ流れて消えていく!

里長「おお、瘴気が晴れて星が…」

勇者「どう、これが勇者の力なの!」エッヘン

盗賊「5日もかかりましたがね…。一瞬で使いこなした、先代勇者とは雲泥の差です」

勇者「盗賊くんってば意地悪だよねー」ジト

盗賊「そうですか? 自覚はないんですがね」ニコ

里長「魔物の襲撃は…予定では明日、ですか」

勇者「うん。里の人達の避難はどう?」

里長「避難所の食料の備蓄も済みまして、必要最低限の荷物を持たせて明日にはそこへ閉じこもるようにしております」

盗賊「そうですか」

勇者「絶対防衛圏だね、そこが」

盗賊「おや、小難しい言葉を使えるのですね」

勇者「盗賊くんって私を何だと思ってるの!?」ガ-ン

里長「さあ、今夜はゆっくりお休み下さい。明日はどうか、よろしくお願いします」

勇者「はい!」



265: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 23:09:42.32 ID:lQ8sViWe0

 師匠は百刃王のまとう刃の鎧の継ぎ目へ剣を突き立て、貫いた!

百刃王「ぐ、ふっ…」

師匠「これで魔王軍四天王の一角か」

百刃王「貴様っ…それで本当に人間か…?」

師匠「そうだ。20年前、お前らの親玉が見逃した、ただの人間だ」

 師匠は百刃王の首を切り落とした!

百刃王「」

師匠「…これが、刹那の刃か」

?『はじめまして、大いなる導き手の1人よ』

師匠「声? …誰だ?」キョロキョロ

?『私はあなたが手にした剣に宿る意志です』



266: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/02(火) 23:11:15.51 ID:lQ8sViWe0

師匠「話には聞いたことがあったが、意志のある剣…いや、剣の精か?」

剣精『そう認識していただいても構いません』

剣精『あなたの力を認め、私は力を貸しましょう』

師匠「力?」

剣精『刹那の時間だけ、あなたをどこへでも連れて行きましょう』

剣精『ただし、1度きりです。どこでどう使うのもあなたの自由』

剣精『それではあなたの大いなる旅路を、私は剣として支えましょう――』




師匠「ここも…外れだったか」

師匠「輝く剣…一体、どこにある…?」

 クルッポ-

師匠「伝書鳩…。黒い、リボン――」

師匠「…」ハァ

師匠「どうか、安らかにお眠りください」




270: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:14:53.57 ID:eTqy7O540

盗賊「まさか、こんな日に重なるとは…」

勇者「朝からどうしたの、盗賊。ご飯、冷めちゃうよ?」

盗賊「国王が、崩御されたようです」

勇者「王様が!?」

盗賊「1週間、喪に服すそうです。これで世界樹までどうにかなってしまったら…大変なことになりますね。地上は混迷を極めるでしょう」

勇者「王様が…」

盗賊「気持ちを切り替えてください。今は、やるべきことをやらなければなりません」

勇者「うん…」



271: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:15:35.62 ID:eTqy7O540

 ガチャ

守人「ここにいたか、勇者」

勇者「守人さんっ」

守人「キミは盗賊…だな。勇者から少しだけ話は聞いた」

盗賊「ええ、はじめまして」

守人「今夜、魔物の襲撃があるそうだな。微力ながら、キミ達に加勢させてもらいたい」

盗賊「こちらこそ、助かりますよ」

盗賊(守人…勇者が言っていた通り、不思議な感じの人だ)



272: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:16:25.34 ID:eTqy7O540

里長「――それでは勇者様、よろしくお願いいたします」

勇者「はい。任せてください。それじゃあ、閉めますね…」

 ギィィ
 バタン

守人「これで住民の避難は完了…。勇者、そこをどいてくれ。俺が仕上げをしよう」

 守人は手を組んで印を結ぶ!
 地面から伸びた蔓が入口のドアを覆い隠した!

勇者「蔓が伸びて、入口を…!」

守人「これで、ここに出入り口があるとは分からないでしょう」

盗賊「魔法ですか?」

守人「厳密には違う。が、似たようなものだな」

 ウオオオオオ----ッ

勇者「傭兵さん達の声!?」

守人「魔物が丁度来たか…」

盗賊「銀獣王、今度こそ僕が殺す…!」



273: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:17:04.83 ID:eTqy7O540

 銀獣王があらわれた!

銀獣王「逃げずにいたか、弱者どもよ」

盗賊「銀獣王…!」

勇者「今度こそ、倒す!」

守人「その辺の魔物とは格が違うようだ…」

銀獣王「ふむ、頭数が増えているようだが…弱き者がいくら集まろうとも無力!」

銀獣王「我が魔槍の前に散れ!」

 銀獣王は魔槍を振り回して盗賊に迫る!
 盗賊は短剣を抜き放ち、銀獣王とぶつかり合う!

盗賊「何度も負けませんよ…!」

 銀獣王は魔槍を薙いだ!
 盗賊は飛び退いた!
 その後ろから勇者が躍り出て銀獣王に切りつける!



274: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:17:47.88 ID:eTqy7O540

勇者「せいっ!」

銀獣王「ふっ…! 浅いが、1撃を入れて来られるようになったか」

勇者(盗賊くんとの訓練の成果だ!)

盗賊(これまでは師匠さんが全てをフォローしていたばかりに、勇者は周囲を見ることが出来ていなかった)

盗賊(循環の杖を使うための特訓で戦場の把握、空間認識にきちんと意識がいくようになったか)

勇者(ちゃんと銀獣王だけじゃなくて、盗賊くんが何をしようとするのかも分かる)

盗賊「勇者、たたみかけますよ!」

勇者「任せて!」

 勇者と盗賊が連携して銀獣王に切りかかる!

守人「サポートをする! 攻撃のみに専念しろ!」

 守人は手を組んで印を結ぶ!
 どこからともなく蔓が伸びてきて銀獣王の四肢を拘束した!



275: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:18:48.54 ID:eTqy7O540

銀獣王「何だ、これは!? 魔法!?」

 シュルルル…

勇者「はぁあああああっ!」

盗賊「食らえ…!」

 勇者は渾身の力で銀獣王に切りつけた!
 盗賊は短剣を銀獣王の腹に深く突き刺す!

銀獣王「ぐ…ぬぅ…!」

 銀獣王は蔓を引きちぎり、魔槍を振るった!
 しかし、勇者と盗賊はひらりと回避する!

勇者「そんな苦し紛れの攻撃、当たらないよ!」

銀獣王「いい…いいぞ…! これでこそ面白くなるというもの!」

勇者「すごい、プレッシャー…!」

盗賊「手加減していたのだとしても、もう負けませんよ」

銀獣王「さあ、我が血を吸え! 魔槍よ!」

守人「槍が禍々しい光を…!」

 守人が印を結ぶと、木々の根が銀獣王へ襲いかかる!



276: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:19:35.74 ID:eTqy7O540

銀獣王「行くぞォ!」

 銀獣王は滾る力で魔槍を振るう!
 無数の根が一瞬で細切れになった!
 勇者は魔槍を受け止めた!
 しかし、魔槍はぶれて無数の衝撃を生む!
 勇者は耐え切れずに飛び退いた!

勇者「攻撃力が段違いだよ!」

盗賊「持ちこたえて下さい!」

守人「凄まじいな」

銀獣王「この程度かァ!?」

 銀獣王は魔槍を連続で繰り出した!
 勇者は応戦するように剣を連続で振るう!

勇者「この、おぉおおおっ!」

 剣と魔槍が何度もぶつかり合う!
 時にかち合って拮抗するが、どちらからともなく獲物を引いて血と肉を求めて剣戟をぶつけ合う!



277: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:20:24.38 ID:eTqy7O540

銀獣王「ふははははははっ!」

盗賊「こっちをお忘れなく!」

銀獣王「何!?」

 盗賊はナイフを投げた!
 木々の間に張り巡らされたロープの1本を切る!
 無数のナイフが銀獣王目掛けて襲いかかる!

守人「追加だ!」

 守人は手を組んで印を結ぶ!
 世界樹の根が鳴動し、突撃槍の如く銀獣王の腹部を貫いた!

勇者「世界樹の根っこが、槍みたい…」

盗賊「あの守人という男、謎は多いですが戦力としては申し分ないですね」

銀獣王「ふっ…はぁっ…」ボタボタ

守人「タフですね、魔物というのは」

銀獣王「魔槍よ…我が血は充分に吸ったな?」ニィッ

勇者「ッ――魔力が、また高まった!?」

銀獣王「さあ、解放しろ!」

 魔槍が輝き、銀獣王に呼応して禍々しい魔力を解き放つ!
 凄まじい大爆発が生じて、周囲の全てをめちゃくちゃに破砕していく!



278: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:21:23.69 ID:eTqy7O540

勇者「っ…!」

盗賊「勇者、手を!」

 盗賊は吹き飛ばされた勇者の手を掴み、引き寄せた!

守人「…!」

 守人は蔓で自分を固定する!

銀獣王「はぁああああっ!」

 銀獣王は吹きすさぶ風の中で疾駆する!
 銀獣王は一陣の風となって勇者に迫り魔槍を振るった!

勇者「くっ…!」

 勇者はかろうじて銀獣王の一撃を受け止める!

盗賊「動きが、速過ぎる…!」



279: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:22:06.20 ID:eTqy7O540

銀獣王「その程度かァ!?」

 銀獣王が魔槍を繰り出すと、穂先が三つ又に別れて勇者を引き裂く!
 勇者と盗賊は後退したが、さらに銀獣王は魔槍を突き出した!

守人「はぁっ!」

 突如として、勇者と盗賊は蔓に捕まえられた!
 勇者と盗賊は守人のところまで引き寄せられると、木々の根や蔓が形成した結界の中に匿われる!

銀獣王「何だ、植物のドーム…!?」

守人「大丈夫か、勇者?」

勇者「守人…ありがとう、守ってくれて…」

盗賊「しかし、そういつまでもここに隠れていられません。痺れを切らして世界樹を攻撃する可能性もあります」

勇者「考えがあるんだ。盗賊くん、守人、協力してくれる?」



280: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:23:03.23 ID:eTqy7O540

盗賊「では作戦通りに!」

 盗賊が結界から飛び出るなり、短剣を銀獣王に振るった!

銀獣王「ふんっ!」

 しかし、銀獣王は地面に魔槍を突き立て、引きずり出した岩の塊によって攻撃を防ぐ!

盗賊「防がれましたか」

銀獣王「やっと出て来たな。さあ、もっと楽しませろ!」

 銀獣王は自ら作り出した土塊を破壊した!
 破砕された土塊が凄まじい勢いで盗賊に浴びせられる!
 さらに銀獣王は盗賊へ連撃を繰り出していく!

盗賊「そんな程度の、手数で!」

 盗賊は銀獣王の致命傷と成りうる攻撃を払いのけながら、その場で踏ん張り続ける!

守人「行け――」

 守人は印を結ぶ!
 周囲の木々から猛烈な勢いでツタが伸び、四方八方から銀獣王に襲いかかる!
 盗賊はナイフを投擲し、木々の間に張り巡らされたロープの1本を切った!
 夥しい数のナイフが銀獣王に降り注いでいく!

銀獣王「こんな包囲攻撃、避けるまでもない!」

勇者「じゃ、避けないでね!」ブンッ

 勇者は循環の杖を振るった!



281: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:24:24.01 ID:eTqy7O540

勇者『循環の杖で、2人の攻撃を1つにまとめてぶつけるの』

盗賊『そんなコントロールが出来るのですか?』

勇者『やるしかないから』

守人『いいだろう、その作戦に乗った』

盗賊『2度目は通用しません、勝負は1度きりですよ』

勇者『大丈夫、きっとやれるから!』



282: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:25:11.81 ID:eTqy7O540

勇者「いっけェ――――――ッ!」

 ツタが束ねられて突撃槍を形成する!
 夥しい量のナイフが寄り集まり、竜の如く銀獣王に襲いかかる!

銀獣王「ぐ、おぉおおおおおおっ!」

 ツタの突撃槍と、ナイフの竜が銀獣王を食らい潰す!

銀獣王「っ…く…あ…」

盗賊「両親の仇だ、死ね!」

 盗賊は膝をついた銀獣王の首に短剣を振り下ろした!

銀獣王「」

 ドサッ
 カランッ

勇者「倒した――やった、やったね、盗賊くん! ありがとう、守人!」

盗賊(当然だが、仇を殺しても人がよみがえるはずはない…)

盗賊(この胸にはいつまでも、忌々しい想いが渦巻く…)

盗賊(それにしても、この槍、禍々しい感じが消えないな)スッ

 盗賊は地面に落ちていた魔槍を手にした!



283: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:26:00.23 ID:eTqy7O540

勇者「守人のお陰だね! 盗賊くんと2人だけじゃ危なかった!」

守人「いや、俺は大したことはしていない」

勇者「そんなことないよ、助かったもん! 世界樹も無事だし、これで――」

 突如として、魔槍が世界樹の幹に突き刺さった!

勇者「!?」

 盗賊はニヤニヤと笑っている!

守人「盗賊!? 何をした、貴様!?」

 ゴゴゴ…

勇者「世界樹に、魔槍を突き立てるなんて…!」

盗賊?「我が意志は常に、魔槍とともにある――」

守人「まさか――死んでなかったのか!?」

勇者「で、でも、今、魔槍を投げたのに…!」

 ニィッ

銀獣王(盗賊)「魔槍を拾い上げたのが、この男の運の尽きだ。さあ、魔槍よ! 世界樹を、焼きつくせ!」

 シュボォッ

 世界樹に突き立てられた魔槍から、黒い炎が発せられる!



284: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:27:28.92 ID:eTqy7O540

守人「止めろ!」
 
 守人は印を結んだ!

銀獣王(盗賊)「邪魔をするなァ!」

 しかし、盗賊が守人に向かって3本のナイフを投げつける!

守人「ぐぅっ…やめろ! 世界樹が…!」

勇者「世界樹が…燃えてく…」

銀獣王(盗賊)「ハハハッ!」

勇者「…火を、消さなきゃ――」

 グッ

勇者「お願い、循環の杖、力を貸して!」

 勇者は循環の杖を振るった!
 黒い炎が世界樹から引き剥がされる!



285: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:28:14.86 ID:eTqy7O540

銀獣王(盗賊)「! その杖…! させるものか…!」

 盗賊は短剣を抜いて勇者に襲いかかる!

勇者「くっ…!」

 勇者は盗賊の攻撃を剣で受け止めていく!

銀獣王(盗賊)「どうした、反撃しないのか!?」

 盗賊は連続で短剣を繰り出す!
 勇者は圧倒的な手数に押されていく!

勇者(さっきほどじゃないけど、反撃したら盗賊くんが…!)

守人「拘束する、その隙にあの槍を直接破壊しろ!」

 守人は印を結んだ!
 盗賊は蔓に四肢を拘束される!

銀獣王(盗賊)「くっ…! この体、力が弱過ぎる…! この程度も引きちぎれぬなど…!」

勇者「ありがとう、守人! 世界樹を焼く炎を全部集めて――」

 勇者は循環の杖を振るった!
 黒い炎が勇者の頭上で巨大な塊となっていく!



286: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 16:29:25.44 ID:eTqy7O540

勇者「束ねて! こねて! ついでに私の魔力で強化して…!」

 勇者は循環の杖を介して黒い炎に魔力を注ぎ込んだ!
 炎の色が紅蓮に染め上げられていく!

銀獣王(盗賊)「止めろォ――――ッ!」

勇者「行っけぇええええ――――――――ッ!!」

 紅蓮の大火球が魔槍にぶつけられる!

 パリ----ン

勇者「壊れた――」

 ドサッ

勇者「盗賊くん…! 大丈夫…?」

盗賊「っ…勇者…平気です…。かろうじて…」

盗賊「銀獣王は今度こそ…倒せましたか…?」

勇者「きっと、大丈夫。あの槍も壊したし」

盗賊「世界樹は…?」

勇者「どうなんだろう…。ちょっと焼けちゃったけど、守人、どうかな…?」

守人「…このくらいなら、どうにか。…改めてありがとう、助かった」



290: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:43:41.41 ID:LBgbLvdvO

 ワイワイ
 ガヤガヤ

勇者「盗賊くん、体、大丈夫…?」

盗賊「ええ…。問題ないですよ、言ったでしょう?」

勇者「そっか、そうだよね…。それにしても、被害がそんなになくて良かったね」

盗賊「そうですね。傭兵団にも死者は出なかったようですし」

勇者「…食べ物、何か持って来ようか?」

盗賊「いいですよ、別に…。何だか、何を食べても、飲んでも味がしなくて…疲れちゃいました」

勇者「美味しいのに…。折角の宴会だしさ」

盗賊「あなたは物心ついた時から勇者として生きることを決めつけられ、それを使命として逃げることなく戦っている」

盗賊「どうして、そう強くいられるのですか?」

勇者「何だかいきなりだね…」

勇者「どうしてって言われても…それしか、生き方は知らないし」

盗賊「抗おうとは考えなかったのですか? 反発したり、逃げ出そうとしたり…」

勇者「ちっちゃい頃はしたよ。ずっと修行してた山から逃亡をはかったり、修行をサボったり…」

勇者「でも、師匠がいたからさ」



291: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:46:22.06 ID:LBgbLvdvO

―王歴175年―

師匠「おい、勇者、いつもなら終わってる頃だろ。何かあったのか――」

勇者「っ」ビクッ

師匠「お前、その背中の荷物…何だ?」

勇者「な、何でもないもん!」

師匠「今のお前には何も関係ないだろうが…この山、降りるまで5日かかるって知ってるか?」

師匠「あと、山の麓には人食いの魔物がいるんだが、こいつは蜘蛛みたいに八本の足があって、頭は牛、吐き出す糸は毒性があって触れたものを溶かすんだ」

師匠「こいつに襲われるとな、骨以外を溶かされて、溶けた部分をちゅーちゅー吸われるんだ」

勇者「」サ-

 ガクガク
 ブルブル

盗賊「別に逃げ出そうしてるわけじゃあないから関係ないだろうが…お前の荷物から、いい肉の臭いがするから麓まで出たらきっと嗅ぎつけてくるな」

盗賊「せいぜい、食われないよう気をつけろよ」ニヤァ

勇者「ご…ごめんなさーい!」



292: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:47:09.31 ID:LBgbLvdvO

―王歴185年―

勇者「――さんざん、脅されたの」

盗賊「それを鵜呑みにするとは…。魔物の勉強はしなかったんですか?」

勇者「むしろ教わってた身なんだよ!? 信じるしかないじゃん!」

勇者「他にも、ええっと…」


―王歴175年―

勇者「…」ツ-ン

師匠「何か喋れよ」

師匠「どうして、剣の型を1350回残してやめた?」

師匠「どうして、基礎魔法修練を中途半端に終わらせた?」

師匠「さぞや納得のいく説明を、そのちっせえ脳みそで考えてあるんだろ?」ゴゴゴ…



293: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:47:40.38 ID:LBgbLvdvO

勇者「ひっ…」

 ゴゴゴ…

師匠「おらおら、何か言ったらどうだ?」

勇者「…も、もう…修行、したくない…」

師匠「…はあ?」

勇者「修行はもうしたくないの!」

師匠「そうか…。じゃ、やめだな。やめ、やめ。ほら、メシにするぞ」

勇者「…え?」

師匠「何だよ、食わないのか? 今日はオオイノトリだぞ」

勇者「丸焼き!?」パァ

師匠「香草焼きって、知ってるか?」ニィ



294: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:48:23.69 ID:LBgbLvdvO

勇者「こうそうやき、美味しいーっ!」バタバタ

師匠「そりゃ良かったな」スパ-

勇者「今日からずっと、師匠とここで美味しいもの食べる! 修行ないもんね!」

師匠「修行がないから俺はもう、お前の傍にいてやれないな」

勇者「え?」

師匠「魔王にはな、俺の大切な人が2人もやられたんだ。だから倒す」

師匠「そのためにお前に修行をつけてた」

師匠「だが、その修行がないんじゃあ…仕方ないよな」

勇者「そんな…やだ!」

師匠「じゃあ、修行するか?」

勇者「それも…やだ…」シュン



295: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:49:08.42 ID:LBgbLvdvO

勇者「何で修行しなくちゃいけないの…?」

師匠「お前、ご飯を食べるの好きだろ?」

勇者「うん。師匠のご飯、美味しいから大好き」

師匠「他の人だって、皆そうだ。でもな、魔王を放っておくと…その内、一緒にご飯を食べる相手がいなくなっちまう」

師匠「それじゃあ悲しいだろ。だから、倒すんだ」

勇者「…分かった」ボソ

勇者「…私も師匠と美味しいもの、たくさん食べたい!」

勇者「だから、魔王をたおす!」

師匠「…よし。じゃ、――サボった分、今からやってきやがれ」ギロッ

勇者「え…」

師匠「いや、サボった罰だ。2倍やれ。終わるまで傍で見守っててやるよ」ニタァ



296: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:49:51.31 ID:LBgbLvdvO

―王歴185年―

盗賊「何て単純な…」

勇者「でもさ、師匠ってああいう話をする時、いっつも神妙な顔するんだ」

勇者「…直接はあんまり聞いたことないけど…師匠、前の旅で仲間を死なせちゃってるし」

勇者「師匠の性格的には…師匠だけが生き残っちゃったのが苦しいんだろうなって」

盗賊「けど、やっぱり、あなたが勇者であろうとする理由が弱いように思えます」

勇者「そんなに気負ってないだけだよ、きっと」

盗賊「気負ってない?」

勇者「うん。私はただ…出会った人達、みんなが幸せになってくれればいいなって思うの」

勇者「それだけだからさ、割と気楽に勇者やってる」

盗賊「なるほど、要するにバカなだけですね」

勇者「何でそんなこと言うの!?」ガ-ン

盗賊「けど、あなたらしいです。…そういうのも、その…いいと思いますよ」フッ



297: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:50:34.61 ID:LBgbLvdvO

勇者「あれ…」

盗賊「どうしました?」

勇者「盗賊くんが、自然に笑うの初めて見たかも!」

盗賊「っ…そ、それがどうしたんですか?///」プイッ

勇者「あれ~? 照れたの? 照れ照れですかぁ~?」ニヤニヤ

盗賊「別に照れてなんか…。僕だって笑いますよ。…たまには」

勇者「じゃあ、そういうことにしておこうかな」フフン

盗賊「あなたといると飽きなくていいですね」

勇者「あー、ちょっとバカにしたでしょ?」

盗賊「してませんよ」

 シテル ジャン
 シテ マセン ヨ



298: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:52:43.57 ID:pFRZTJCOO

里長「本当にどうもありがとうございました」

勇者「ううん、これくらいいいんです。こっちこそ、長く泊めてくれてありがとう」

守人「瘴気の件も礼を言う。助かった」

勇者「うんっ。ねえねえ、守人、良かったら魔王討伐の旅、一緒に来てくれない?」

盗賊「いきなり何を言ってるんです、あなたは」

守人「折角のお誘いだが、遠慮させてくれ。俺は世界樹を守らなければならない」

勇者「そっか。じゃ、仕方ないね!」

守人「そうだ、お守りをやろう。大切に持ち歩いてくれ」

勇者「お守り? ふうん、ありがと」

 勇者は守人のお守りを手に入れた!

盗賊「…それでは行きましょう。いよいよ、あと1回、海を渡って次の大陸に行けば魔王城は目と鼻の先です」

勇者「じゃあね、里長、守人。お元気で!」

里長「旅の無事をお祈りしています」

守人「道中、気をつけて」

勇者「ばいばーい!」



299: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:53:23.83 ID:pFRZTJCOO

盗賊「…随分とあっさり、守人を諦めましたね」

勇者「最初はくらっとはしたけど、やっぱりあれって顔だけだったのかなあ…って。それ差し引いて、頼りがいがあるから旅に同行してくれたらって思ったんだけどね」

盗賊「そうですか」

勇者「ま、イケメン要素は盗賊くんで足りてるし。別にもっとキュンキュンしちゃうような人を探す!」

盗賊「…キュンキュンねぇ」プッ

勇者「あー、笑った! 乙女の夢を笑うとかひどくない!?」

盗賊「失敬、しかし、ぷふっ…いやあ、あなたが乙女だなんて思ってくれる人がいればいいですね」クスクス

勇者「絶対に見返してやる!」



300: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:55:34.86 ID:Q56WwpZYO

公爵「――今、何と…?」

総帥「これより、聖王国は軍国主義に生まれ変わる。そのために、公爵家秘伝の剣技を我が軍に開示しろ」

公爵「それはならない」

総帥「これは次期国王元首である、俺の命令だ」ギロッ

公爵「それでもまだ、戴冠はしていないはずです」ジロッ

総帥「こんな男を、父上も姉上も、よくも認めていたものだ…」

公爵「何とでも言うといい。しかし、陛下が築こうとした聖王国の平和な未来は必ず守り通す」

総帥「守り通す? ふざけたことを言う。貴様らの一族は何も守れやしない。いや、貴様が当主である限り、か?」

総帥「剣士は無様にも、魔王に敗れておめおめと生き延びた。刃の欠けた剣とともにな」

総帥「初代勇者もまた、あれだけの期待を背負いながら犬死にした。そのお陰で、この地上には瘴気が蔓延している」

公爵「私の子ども達を侮辱しているのか?」



301: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:56:17.43 ID:Q56WwpZYO

総帥「愚かな父を持てば、当然か。貴様こそが元凶だ」

公爵「何――」

総帥「赤子であった初代勇者を、貴様は守れなかった。神官が取り上げたままに、手放してしまったものなあ?」

総帥「あの時点で、貴様も、貴様の一族も、何も守れやしなくなったのだ」

公爵「!」チャキッ

総帥「はぁっ!」ブンッ

 公爵が一瞬で剣を抜いて切りかかる!
 しかし、総帥は鞘に納めたままの剣で弾き返した!

総帥「いい機会だ、ベールに覆われている公爵家の剣技で殺しにかかってこい」

総帥「貴様が勝利すれば次期国王の座は渡してやる」

総帥「貴様程度の腕では秘技の全てを出し切ろうとも俺を殺せないだろうがな?」

公爵「良いだろう、決闘だ」

総帥「決闘などではない。貴様が無様に、散るのみだぞ――」



302: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:57:44.04 ID:zA71WKMfO

情報屋「いらっしゃい、剣士くん。また何か欲しいものがあるのかい?」

師匠「陛下の葬儀はいつだ」

情報屋「あれれ? てっきり、胡散臭いトレジャーハンティングに夢中でそんなものに参列なんてしないのかと思ってたけど」

師匠「うるせえ、さっさと教えろ。場所と、正確な時間もだ」

情報屋「ここからじゃ間に合わないね、どう足掻いたって」

師匠「いいから、言え。金が欲しけりゃくれてやる」

 ドンッ
 ザバァ

情報屋「おやま、こんなに積まれちゃ答えないわけにはいかない。葬儀は明日だ。場所はキミも馴染みの城下の聖堂」

師匠「明日…」グッ

情報屋「キミが腰にさげてる、それを使えば余裕で間に合うだろうけどね」

師匠「! お前…」

情報屋「刹那の刃はそういうもののはずだからね。この情報はサービスにしておこう」

師匠「…使えるはずがねえだろ、こいつを使う気はない」



303: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/03(水) 23:59:32.12 ID:Nc6bvGX4O

情報屋「それじゃあ、ここで一緒に陛下に献杯でもするかい?」

師匠「次の王は?」

情報屋「今ごろ、内議がされているはずだ。順当にいけば王国軍総帥閣下だろうね…。キミの父君はさすがに、一国の主という器じゃない」

師匠「総帥は、次の王にふさわしいのか?」

情報屋「さあ、うちは情報屋ではあるけど未来の情報ってのは扱ってないんでね。分からないよ、そんなこと」

情報屋「ただまあ…ね、こんだけ金を積まれたんだ、サービスしようじゃないか」

情報屋「総帥閣下殿は武闘派だ、おっそろしく傲慢で、野心に満ちあふれてるよ。加えて、その頭脳は魔物の軍勢を幾度となく退けられたほど冷徹でもある」

師匠「…」

情報屋「総帥閣下はきっと、国を作り替えるだろう。魔物の脅威が地上を覆い尽くさんとする、このご時世なんだ。相応の強い力がなければ生きてはいけない」

情報屋「…と、まあそんな建前でもって…好き勝手するんじゃないのかな?」

師匠「建前だと…?」



304: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:00:11.13 ID:DtVHguMbO

情報屋「そうさ。閣下はカリスマにも満ちあふれている。彼に心酔している兵士については…むしろキミの方が詳しいかもねえ」

情報屋「自他ともに認められる強い力と、カリスマ。そして、内に秘めた野心。こいつが行き着く先は…きっと、亡くなられた陛下の夢見た未来じゃない」

師匠「…」

情報屋「軍事力を最重視した、新生聖王国が産声をあげるだろうね」

情報屋「魔王が脅威となる今の時勢なら、それで確保される平和もあるかも知れない。けれど…もし、キミの活躍によって魔王が討たれたら、その後はどうなるんだろうね」

情報屋「ま、キミはどうにかこうにか魔王を倒してくれたまえ。何せ、それだけが今のキミの生き甲斐だろう?」

師匠「次の王が、正式に決まるのはいつだ?」

情報屋「葬儀が終わってからになるだろうね。1週間は喪に服すということだから、その後すぐに内議が執り行われる」

師匠「分かった。最後の用だ、20年前にタラコ唇のジョリーロジャーを掲げていた海賊船の船長を見つけて、この手紙を渡してくれ」スッ

情報屋「おいおい、ここは情報屋であって、郵便屋さんじゃないんだぞ?」

師匠「駄賃はもうやってんだろ。じゃあな」

情報屋「…またどうぞ」



305: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:01:31.04 ID:q8Y+v2n1O

師匠「――使用人、いるか!」

 バンッ

使用人「わ、若…? 急なお帰りですな」

師匠「父さんはどこにいる?」

使用人「旦那様は…」

夫人「ああ、剣士っ! 剣士…!」

師匠「母さ――どうした、こんなに取り乱して」

使用人「旦那様は、亡くなられました」

師匠「何…?」

夫人「あなたが戻ってきてくれて、本当に良かった…。もう、私は…」

使用人「奥様が落ち着かれてから、改めて若にお話を申し上げにいきましょう」



306: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:03:00.06 ID:jxKg05TEO

師匠「――叔父上と、父さんが…決闘…?」

使用人「はい。次の国王の座を賭けた、ということです。合意の書面もあります」

師匠「父さんが叔父上に勝てるはずがないのに…どうして、そんな無謀な勝負…」ギリッ

使用人「若は虫の知らせでもお受けしたのですか? このタイミングでお戻りになられるとは思ってもいませんでしたが」

師匠「そんなとこだ。…叔父上と、話をつけにいく」

使用人「若…」

師匠「そんな顔をするな、爺や。もう、バルコニーから出ていく不良少年じゃないんだ」

使用人「…そう、でしたね」

師匠「行ってくる。留守を頼むぞ」

使用人「行ってらっしゃいませ」



307: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:04:34.37 ID:jxKg05TEO

総帥「いたのか、剣士。勇者のお守りはしなくていいのか?」

師匠「父さんと、決闘をしたらしいな。何故、そんなことをした」

総帥「決闘――ああ、決闘か。そうだな、した」

師匠「理由を聞いている」

総帥「剣に生きる身でありながら、決闘で亡くした親を惜しんでいるのか?」

師匠「…」ギロッ

総帥「王座を俺に渡したくはない、と言ってきたのだ」

総帥「しかし、俺は第一位の継承権を持っていた。確かに、偉大なる聖王国の国王の座だ、継承権の上下に関わらず、適任者がその座につかねばならぬ」

総帥「そこで、互いの武によって王座を競っただけのことだ」

師匠「納得がいかないな。父さんは武人じゃない。その勝負を持ちかけたのは、あんただ」



308: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:06:09.97 ID:jxKg05TEO

総帥「だったら、何だと言う?」

師匠「どうして、父さんを殺した? 何が目的で、決闘なんかを持ちかけた?」

総帥「お前と競う気は毛頭ない」

師匠「それでも、父さんには用があった。継承権第二位の父さんには目的があり、俺にはない?」

師匠「俺だって、あんたの即位には反対だ。さあ、決闘を申し込め」

総帥「…そこまで食いつくならば、もうあしらうのも面倒だ。教えてやる」

総帥「俺はこれより、聖王国を史上最強の軍事大国にする。そのために、公爵家秘伝の剣技を軍に教授しろと命令した」

総帥「それを貴様の父は拒んだ。故に、決闘をしたまでのこと」

総帥「公爵家の奥義は、この目で見て、この身で受け、この剣で返してやった。お前は安心して、その命をもって魔王に挑め」



309: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:07:58.25 ID:jxKg05TEO

師匠「てめえ…!」

総帥「覇道斬り――」

 ズッバァァンッ

師匠「っ…」

総帥「俺はこの技を、上級の兵に伝授しなければならずに忙しい身なのだ。これ以上の邪魔をするな」

総帥「魔王征伐を果たした勇者に、安穏とした余生を過ごさせたいならばな」

師匠「…」ギリッ

総帥「もっとも、生きて帰れれば…の話ではあるがな」



310: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:09:05.77 ID:jxKg05TEO

使用人「お帰りなさいませ。いかがでしたか?」

師匠「母さんを、別の屋敷に移せ。この屋敷は放置する」

使用人「よろしいのですか?」

師匠「山の中だが、勇者の修行場でいい。あそこは魔王城から遠い分、瘴気もまだ来ないはずだ」

使用人「若はどうなされるのです?」

師匠「俺はまた、旅に戻る。使用人、公爵家の人間として…俺から、最後に1つだけ頼みたいことがある」

使用人「…何なりと、お申しつけください」

師匠「恩に着る。今から手紙を書く。これを、託したい」



311: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:09:59.97 ID:uTcrV8q+O

勇者「――そろそろ、ベッドが恋しいね。野宿続きで寝ても疲れがとれないよ」

盗賊「意外ですね。あなたなら野宿なんて屁のカッパかと思っていたのですが」

勇者「それどーいう意味?」

盗賊「とても体が頑丈で、うらやましいという意味ですよ。僕は野宿をすると毎朝、体が痛いんですよ」

勇者「盗賊くんって、ほんっとーに嫌味だよね」

盗賊「何を言いますか。僕はいつでも、誰にでも、丁寧かつ親切な対応をしているつもりですよ」

勇者「おやすみ!」

盗賊「ええ、おやすみなさい。適当に起こしますので、夜番を交替してくださいよ」

勇者「起きたらね」ベ-ッ

盗賊「おや、顔芸まで覚えるとはさすがですね」



312: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:10:53.95 ID:lfkUyicqO

 パチパチ…

盗賊「薪が…少ないですね…」

盗賊「…」チラッ

 グオ- グオ-

盗賊「…」ハァ

盗賊「僕が寝る時に寒いのはたまりませんし…仕方ないですか…」

 ゴソゴソ

盗賊(そう言えばこの辺りは…)

盗賊(東大陸へ渡るつもりでいたのに、そう言えば引き返してしまってるのか)

盗賊(どうせ彼らの活動範囲はたかが知れてますし、夜が明けてからすぐに出発すれば出会わずに済むでしょう…)



313: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:11:50.83 ID:lfkUyicqO

勇者「おっはよー、盗賊くん! もう朝だよ、しゃきっとして、ほら!」

盗賊「…あなたがなかなか交替してくれなかったから、まだ眠り足りないのですが」

勇者「何のことか知らないなー、顔芸の練習する夢見てたから」

盗賊「そうですか、愉快な夢見で羨ましいですね…」

勇者「盗賊くんだって、寝ながらへらへらしてたよ? どんな夢だったの?」

盗賊「えっ…」

勇者「嘘だよーん! 騙されちゃったね、心当たりがあるの?」ニヤニヤ

盗賊「あなたって人は…さっさと食事を済ませて行きますよ」

勇者「ううん。寄りたいところあるんだ」



314: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:12:40.71 ID:lfkUyicqO

盗賊「この辺りで…ですか?」

勇者「そ、何かね、温泉があるって聞いたんだ」ニヘラァッ

盗賊「だ、ダメです! 温泉だけは、断固として反対します!」

勇者「えー、何で? いいじゃん、疲れを癒して、また頑張ろうって気合い入れ直すんだよ?」

盗賊「いいえ、あの温泉だけは行くわけにはいきません!」

勇者「もしかして、場所知ってる?」

盗賊「し、知りませんけど、とにかくダメなものはダメです」

勇者「ふぅーん?」ジロジロ

盗賊「…」タジッ

勇者「盗賊くんって、偉そうな割にヘタレ属性持ってるよね」

盗賊「あなたに言われたくはないです!」



315: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:13:46.28 ID:lfkUyicqO

勇者「あーあー…温泉…入りたかったなぁ…」チラッ

勇者「おーんーせーんー…入りたかったなぁぁ~?」チラチラッ

勇者「はぁぁぁ~…お・ん・せ・ん、に入りたかったなぁぁぁ~?」チラチラチラッ

盗賊(うざい…)

勇者「おーんーせーんーにーはーいーり――」

盗賊「そんなに、入りたいんですか?」

勇者「入りたい!」

盗賊「なら、1人で行ってきてください。僕は麓の廃村で待ってます」

勇者「えー? 盗賊くん、行かないの?」

盗賊「ほら、そこの山道を行けばいいんです。僕はここを下へ行きます。そうしたら廃村がありますから、そこで待ってます」

勇者「…何でそんなに…?」

勇者「あ、もしかして男の子としての尊厳的な何やかんやで…?」

勇者「盗賊くん、指揃えた状態で手を見せて」

盗賊「言っときますが、バカはどんな温泉の効能でも改善されませんからね」



316: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:14:40.45 ID:lfkUyicqO

勇者「おおー、それっぽい建物がある」

勇者「ここってタダ…なのかな? でも、そこそこ立派な建物あるし…?」

?「あれ、客っすか? マジすか?」

勇者「あなたは…?」

?「あー、俺、山賊って言います! ここの温泉で商売してんすよ!」

勇者「山賊さん…?」

山賊「いやー、にしても女の一人旅っすか? いいっすねー、そういうの、いいっすよねー」シミジミ

山賊「あ、いっつもは入浴料もらってるんすけど、女の子大歓迎なんで、タダでいっすよー。入っちゃってくださーい」ゲヘヘ



317: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:15:57.38 ID:lfkUyicqO

勇者「ラッキー!」

山賊(いやー、ラッキーはこっちだって! 折角、覗きを円滑にするためだけに温泉にこんな小屋まで建てたのに、来るのはジジババばっかりだったんだから…)

山賊(くぅーっ! 苦節3年…とうとう、覗きたいと思える入浴客がやってきたぜぃっ!)

 スッゴ-イ コレガ ロテン ブロ ナンダ- ヘェ-
 ドレドレ ユカゲンノ ホウハ ット … イイ カンジッ

山賊(いざ、念願の覗き!)

 ゴスッ

山賊「痛ってえぇぇぇ――――っぐむ」

盗賊「騒いだらどうなるか…分かりますね?」ジロ

山賊「んんっ!?」

盗賊「さ、折角、休憩スペースがあるんですから、そこで腰を落ち着けといてください」ズルズル



318: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:16:50.27 ID:JvYhdJ5pO

勇者「あーっ、いいお湯だった! ありがとね!」

山賊「んぐーっ!」

勇者「えっ、何でこんなとこで椅子に縛りつけられてるの!? 猿ぐつわまで噛まされちゃって!」

勇者「よいしょ、よいしょ…とれた!」

山賊「ふぅっ…助かった…」

勇者「何でこんなことに?」

山賊「いやー、実はっすね――」

盗賊『彼女に、このことは内緒です。もしも言ったら、大好きなぱふぱふ通いができないようにちょん切っちゃいますから』ニコッ

山賊「…………趣味です」

勇者「えっ、趣味なの…?」ヒキッ

山賊「おおーん、俺はかわいそうなヤツなんだよー!」

勇者「うわっ、泣き出した…これが、マゾヒストっていうの…?」



319: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:17:52.68 ID:JvYhdJ5pO

山賊「聞いてくれよ、お姉ちゃんよぅ!」

勇者「な、何?」

山賊「年端もいかねえような小僧に脅されるような、情けないおっさんになっちまったんだよぅ…」グスグス

勇者「そ、そうなんだ…」

山賊「いつも上司には叱られて、弟分の小僧にはどやされて…俺、俺、もう自分が情けなくてよぅ…」

勇者「その結果…ああなっちゃったの?」

山賊「違うんだ、違うんだよ、でもそういうことにしといて!」

勇者(師匠、こんなにわけの分からない人がいるなんて思ってもみなかったです…)

?「おい、何泣いてやがんだ? うるせえぞ」

山賊「お頭ぁ…」

お頭「ん? ね、ねーちゃん…まさか、客か!? 温泉、入ったか?」

勇者「入った、けど…」

お頭「てめえっ、この三下が!」ゴツッ

山賊「覗いてませんってばぁ!」



320: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:18:31.78 ID:JvYhdJ5pO

お頭「じゃあ、何だ、そのロープは!? 折檻されたんじゃねえのか!?」

勇者「えっ、これ趣味ってこの人言ってたけど」

お頭「お、おおう…? そ、そうか…おめえ、ストレス溜まってたのか?」

山賊「違うんすよ、違うんす! でもそういうことにしといてください!」

お頭「相変わらず頭の悪いことしか言わねえな、この温泉じゃその頭の悪さは治らねえぞ?」

山賊「別に俺は頭悪くないっす!」

勇者「あのー、もう行っていいですか?」

お頭「うちのが迷惑かけたな! そうだ、泊まってけ! なに、こいつは無類の女好きだが、いかんせん頭がパーだから悪だくみなんて成功するはずもねえくらいだ」

山賊「お頭!」



321: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:19:25.87 ID:JvYhdJ5pO

勇者「でも、仲間が麓で待ってて…」

お頭「そしたら、それも連れてこい。温泉にもタダで入り放題だ、旅の疲れを癒していきな!」

勇者「それがね、絶対に温泉なんか来ないって頑固なの」

山賊「来てたくせに…」ボソッ

お頭「ん? 何か言ったか?」

山賊「なっ、何でもないですぜ! さ、さーて、俺は山道整備でもしてくるかな~」

お頭「待てや、こら。おめえ、何を隠してる?」

山賊「勘弁してくだせえ! と、盗賊はここに来てないことになってるんす!」

山賊「じゃないとぱふぱふが! ぱふぱふがぁぁ――――っ!」

勇者「盗賊くん?」

山賊「んん? あの小僧を知ってんのかい?」



322: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:20:47.12 ID:JvYhdJ5pO

盗賊「どれだけあの人は長湯してるんだ…」イライラ

盗賊「それとも、まさかあのバカがまさかの…? いや、ぱふぱふで脅せば動かないのは明白、それにしっかり緊縛しておいた…」

盗賊「となると、やっぱり長湯…?」

盗賊「…こんなとこに長居したくないのに…」チッ

勇者「盗賊くーん!」パタパタ

盗賊「やっと来ましたか。さ、早く行きますよ」

勇者「あ、そうだ。お土産もらったんだ」

盗賊「土産?」

勇者「うん。これ」スッ

盗賊「…何ですか、この小箱?」

勇者「開けてみて」

 パカッ

盗賊「…空っぽ?」

 バサッ

盗賊「!?」

 盗賊は背後から何者かに布を被せられた!



323: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:21:24.54 ID:JvYhdJ5pO

お頭「さあ担げ! 運べ!」

山賊「へい、お頭!」

勇者「へいへい、お頭!」

盗賊「なっ、これ、ちょっ!?」

山賊「水臭えじゃねえかよ、坊主。たまには顔くらい見せろってんだ」

盗賊「やっぱり、お頭…!? 降ろしてください! バカ兄貴、ちょん切りますよ!?」

山賊「お前の脅しよりもお頭の命令優先だぜぃ!」

お頭「ガッハハハッ! さあお前ら、運べ! 山を駆け上がれ!」



324: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:22:10.55 ID:JvYhdJ5pO

盗賊「…」ムスッ

勇者「へえ、じゃあお頭さんが盗賊くんの育ての親なんだ」

お頭「そうよ、豆粒みてーなころからこいつのワガママを逐一聞いてやってだなあ」

盗賊「ワガママを聞いてやったのは僕です」

お頭「そうだったか? まあ気にするな!」

勇者「豪快な人なんだね」

山賊「お頭はそれが唯一の取り柄なんだぜ!」

 ゴスッ

山賊「」フシュウウウ

お頭「お、もうメシができるか。おい、三下、メシの支度しやがれ!」

山賊「へい、お頭!」



325: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:22:39.28 ID:JvYhdJ5pO

勇者「山賊さんって…タフだね」

盗賊「彼はバカなだけです」

お頭「そうそう、あの野郎は脳みそなんて小指の爪ほども詰まっちゃいねえ」

盗賊「何言ってるんです、そんなにありませんよ」

勇者(盗賊くんがひねくれてる理由が何となく分かるような気がする…)

山賊「ゆーうーしゃちゃん♪」

勇者「何?」

山賊「温泉、入り放題だからいつでも入ってくれよ」ニヤニヤ

勇者「うん、ありがと!」

盗賊「覗く素振りを見せた瞬間にちょん切りますからね」ニッコリ

お頭「ついでにアレを握りつぶしてやろう」ガッハッハッ

山賊「」



326: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:24:12.65 ID:JvYhdJ5pO

勇者「はぁ…いいお湯だった…」

お頭「おう、ねえちゃん」

勇者「お頭さん!」

お頭「お頭って呼びな。…あの坊主、よくあんたと旅なんてしてるな?」

勇者「盗賊くん?」

お頭「ああ、あいつは実の親が魔物に殺されてる。その上、それが魔物退治をしちまった報復だってんだから、人一倍…お前さんみたいのを毛嫌いするたちだ」

勇者「うん、そうだったよ。でも…今は全然そんなことない。ここに来るまでの間に、魔物の被害で困ってる村を助けてあげたりしたし」

勇者「師匠のことも認めてくれてるみたいだし」

お頭「師匠?」

勇者「うん、えっとね…聖王国の大剣士って言った方が伝わるかな?」

お頭「!」

勇者「お頭も知ってる? やっぱり、師匠って有名人だなあ…」



327: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:25:23.69 ID:JvYhdJ5pO

お頭「そうか。あの男を、あの坊主が認めたのか…。ねえちゃんよ、麓の廃村を見たろ?」

勇者「うん。それが?」

お頭「あそこで俺は坊主と出会ったんだ。俺はこれでも賊をまとめてあちこち跳び回ってたが、あそこほど酷く荒らされた場所はなかった」

お頭「どこもかしこも、魔物の爪痕だらけ。大人も子どもも、男も女も、老いも若いも関係なく、死骸が転がって、気持ち悪い黒い炎がずっとくすぶってた」

お頭「ろくでもねえような連中がその内、自然と集まってきていやがった。身ぐるみ剥がされた哀れな旅人や、家族ぐるみで借金から逃げ出してきた家族、それにまっとうな生き方なんざ知らねえ悪党どもさ」

お頭「そんな地獄で、坊主はずっと膝を抱えてやがったんだ」

お頭「最初はてっきり、あんな場所へ流れ着いちまった可哀相なガキかとも思ったんだが…あいつはそこの生まれだった」

お頭「どこへなりとも逃げりゃあ良かっただろうと言ってやったらな、あいつは復讐してやるんだと真っ先に言い出した」

お頭「復讐心ってのはな、呪いと同じさ。こいつを抱えちまったら、もうどう転んだって幸せになりゃあしねえ」

勇者「…そう、なのかな」



328: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:26:37.14 ID:fDvUUEFxO

お頭「そうだ。復讐なんてものを果たしたところで、死人は生き返らねえし、それに費やした時間ってのも戻りゃあしねえ」

お頭「残るのは空っぽになっちまった生きる意欲だけさ。復讐のために生きて、復讐を遂げて何かが芽生えるんならいいが…そんなもんは生憎とねえんだ」

お頭「だから俺ぁ、あいつに復讐なんざ絶対に考えるんじゃねえって拳で教え込んだのよ。なかなか聞き入れやしなかったんだけどな」

勇者「そうなんだ…」

お頭「お前さん、幸せってのは何だと思う?」

勇者「私? うーん…大切な人と一緒においしいご飯を食べること、かな」

お頭「随分としっかりしてんなぁ、まだ若えってのに」

勇者「師匠にその辺はしっかり教わったもんで」

お頭「あの男がなあ…こりゃあ意外だ。あの男は魔王に敗れたって知れ渡った後も、1人で無茶して魔物を殺しまくってたんだぜ」

お頭「てっきり、哀れな野郎かとも思っちゃいたが…」



329: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:27:11.80 ID:fDvUUEFxO

勇者「そう言う人も、ちらほら会ったけど、やっぱり私はそうじゃないと思うんだ。厳しいし、鬼みたいに怖いけど…師匠はやさしいよ」

お頭「そうか。…俺ぁな、あの小僧に人並みの幸せをやるって約束しちまったんだ。だからよ、お前さんに頼みてえ」

お頭「あの坊主に、そういうもんを分けてやってくれねえか?」

勇者「うん、分かった」

お頭「ありがとうよ」

勇者「あ、そうだ。あのね、盗賊くんってすごく嫌味ったらしいでしょ? だから、何かこう、ゆすれるネタとかあったら教えてほしいんだけど、ないかな?」

お頭「おう、しこたまあるから片っ端から教えてやろう。だが、夜が明けちまうぞ?」

勇者「温泉入れば大丈夫だって!」

お頭「よぉし、よく言った!」



330: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:31:38.84 ID:T6AorQXrO

山賊「やいやい、お前はよくもこの俺をふん縛れるな?」

 山賊はロープで簀巻きにされている!

盗賊「あなたはいつまで、僕の手にかかるんですか?」

山賊「お前にナイフの使い方を教えてやったのは誰だと思ってる!?」

盗賊「その節はナイフの危ない使い方を身をもって教えてくださり、ありがとうございます」

山賊「お前にロープの使い方を――」

盗賊「実践的に学ばせてもらってありがとうございます。もうご教授することはなくなっているんですけど、それでも練習の機会を今になっても与えてもらえるなんて、お世話になりっぱなしですね、僕は」

山賊「か、解錠術を…」

盗賊「あれもなかなか実践の機会がないはずなのに、僕に教えるためだけに何度も牢屋へ入っていただいてありがとうございます」

山賊「お、お前に…あれだ、その…教えたろ…色々…?」

盗賊「教わったことが多すぎて思い出せませんね」

盗賊「酔っ払いの介抱の仕方ですか? いい年してウンコ漏らした大人の慰め方ですか? こんな大人になっちゃいけないという反面教師としての姿勢を見せてくれていたことですか?」

山賊「…」グスン

盗賊「それとも…長くて長くて、嫌になる夜を一緒に過ごしてくれたことですか?」

山賊「…と、盗賊ぅ…」

盗賊「じゃあ僕、寝ますんで」

山賊「その前にこのロープをほどけぇ!」

盗賊「相変わらず、いい声で叫んでくれますね…」



331: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:32:30.06 ID:T6AorQXrO

勇者「むふふ…。おはよう、盗賊くん」

盗賊「どうしました、そのにやけ面」

勇者「いいのかなー? そんなこと言っちゃってー?」

山賊「もう1回だけ、温泉入らねえか、ねーちゃん」

勇者「もう大丈夫! ありがと、気遣ってくれて!」

山賊「くそぅ…」

お頭「元気でやれや、お前ら。盗賊、魔王倒したらしこたま褒美をもらってこい! それを献上することを許す!」

盗賊「嫌ですよ、あなたはどれだけ金があっても一晩で使い切れるでしょう?」

勇者「それじゃ、お世話になりました!」



332: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 00:34:19.10 ID:T6AorQXrO

勇者「ねえ、盗賊くん」

盗賊「何ですか?」

勇者「むふふ…何か、喉乾いちゃったんだー。でも、私の水筒で水飲んだら、私の水がなくなっちゃうでしょ? 盗賊くんの分けてほしいなーって」

盗賊「寝言は寝ながら言うものですよ。それとも、夢と現実の区別がつかないんですか?」

勇者「盗賊くんって、猫が怖いんだっけ?」

盗賊「は、はぁ? 何を言ってるんです?」

勇者「あーれー? 猫ちゃんがいると挙動不審になって、そわそわするんじゃなかったけ?」

盗賊「だから、何を――」

勇者「あっ、かわいい! 盗賊くん、あそこに猫の親子がいるよ!?」

盗賊「!?」ビクッ

勇者「嘘でしたー。あれれー? 今の反応って何かなー?」

盗賊「な、あの、今の、それは…」

勇者「喉乾いちゃったなー」

盗賊「分かりましたよ、好きなだけ飲めばいいでしょう!」ブンッ

勇者「よっし、よっし!」ガッツポ-ズ

盗賊(お頭め…だから嫌だったんだ、会わせるのが)

勇者「楽しい旅になりそうだね」ニコッ

盗賊「本当に、愉快痛快で胃に穴が空きそうですよ」




333: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:31:32.17 ID:tgsBz9oYO

 ガチャンッ

勇者「ちょ、ちょっと!? どうしてこうなるの!?」

 勇者は投獄された!

村長「明日の朝にはその首を落としてくれる!」

勇者「おかしいって、こんなの!」

村長「ふんっ、命乞いなどを聞き入れる気は毛頭ない!」

勇者「そう言うのじゃなくて!」

村長「黙っていろ! 看守、絶対に逃がすんじゃないぞ!」

看守「ええ、分かってますよ」

勇者「…おかしいよ、こんなの」



334: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:32:22.97 ID:tgsBz9oYO

盗賊「っ…」ズキッ

盗賊「痛った…ここは…?」

?「よう、気づいたかい? あんちゃんよ」

盗賊「あなたは…?」

?「んん、そうだな…。隠居、とでも名乗っておくか。まあこれでも作家ってやつをしているつもりなんだが」

盗賊「僕は…確か、森で…」ズキッ

隠居「ああ、森ん中でぶっ倒れてたんでな、連れてきて手当てもしておいてやった。頭をぶっ叩かれたみたいだが、自分のことは分かるか?」

盗賊「…ええ、大丈夫です。ありがとうございます。僕の他に、女性がいませんでしたか?」

隠居「いや? お前さんだけだったが」

盗賊「そうですか。どうやら、連れとはぐれたようです。お世話になりました」



335: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:33:17.20 ID:tgsBz9oYO

隠居「待て、待て。お前さん、まだちゃんと動ける体じゃねえだろう。ちょっとはゆとりを持て」

盗賊「しかし、のんびりしていられない事情があるんです。急がないと、勇者が処刑される…」

隠居「処刑? 穏やかじゃねえな、どういうことだい? それに、勇者ってえと、あの勇者か?」

盗賊「ええ、僕は勇者と魔王城を目指して旅している最中なんです」

盗賊「立ち寄った村で、少しトラブルが起きてしまいまして…」

隠居「そりゃ、泉の村か?」

盗賊「そうです。ここは…どうやら、森の中らしいですが、ここまで泉の村まで、どれくらいでしょう?」

隠居「急いでも2時間って距離だな」

盗賊「そんなに…急がなくては――うっ…」ズキッ

隠居「ダメだ、お前さんにはまだ歩けるだけの体力がない。傷が開いたらどうする?」



336: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:34:19.95 ID:aytxm9YQO

盗賊「しかし…」

隠居「俺がちゃんと間に合うように送り届けてやる、だから今は休め」

盗賊「間に合うようにって、あなた…」

隠居「俺なら、5分で村へ辿り着ける。だから、1時間55分はゆっくりしていろ」

盗賊「…間に合わなかった時は、恨みます」

隠居「処刑ってんなら、明日の正午だ。どうせ、時間はあるだろ」

隠居「それよか、トラブルってのは何だ?」

盗賊「それが…どうにも、村特有の儀式があったのですが、僕らはそれを邪魔してしまい、怒り狂った村人に追いかけられました」

盗賊「その途中で、僕はやられてしまったようで…」

隠居「儀式――そうか、アレか」

盗賊「知っているのですか?」



337: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:35:31.51 ID:aytxm9YQO

隠居「ああ…ま、よそ者じゃあ何してるかも分からんだろうな」

隠居「泉の村の連中はな、ある特別な泉を守ってるんだそうだ。で、その泉にいるっていう神様とやらに捧げものをする」

盗賊「その捧げものが…幼い子どもというのですか?」

隠居「そうだ。樽へ詰めて、泉に沈める」

隠居「浮かんできたら、泉の神のお気に召さなかったことになって、その時点で殺される」

隠居「浮かんで来なけりゃ、そのまま死ぬのが道理だな…」

盗賊「僕らは最初、何をしているのか分からずに見物していたんです。しかし、浮かんできた樽の中から女の子が出てきたのを見たら…」

隠居「その子はどうなった?」

盗賊「匿っていますよ。隠者のローブという、特別なものを着せました」

隠居「隠者のローブってえと、それを被ると姿を消せるっていうやつか」

盗賊「ええ…僕の手に入れたお宝の1つですが、命には替えられませんから、その子に着せて隠れているようにと命じました」



338: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:36:09.87 ID:aytxm9YQO

隠居「で、村人の怒りを買っちまったわけか」

盗賊「ええ…そういうことです」

隠居「なるほどねえ…。人間ってのは難儀なもんだからな」

盗賊「難儀、ですか…。他人事のように仰りますね」

隠居「そら他人事よ、関係ないね、俺は。だからこそ面白いんだが…」

盗賊「?」

隠居「で、お前さんはどうするんだ? 村へ行っても、勇者と仲良く牢屋へぶち込まれちゃあ意味がねえだろう」

盗賊「僕はこれでも、多彩なんです。牢屋に忍び込んで、錠前を開けるなんて余裕ですから。見張りなんて、いても数人でしょうし、どうにでもなりますよ」

隠居「腕に覚えがあるんだな?」

盗賊「多少は」

隠居「そうか、ならいい。別に俺が手を貸してやる必要もねえだろう」

盗賊「そう言えば、本当に5分で村まで行けるのですか? どうやって?」

隠居「そりゃあ、まあ…俺はこれでも、多彩なんでな」ニッ

盗賊「…そうですか」

隠居「あの儀式が、どうして始まっちまったのか…教えてやろうか?」

盗賊「?」

隠居「追い詰められた人間ってのが、あさましくていけねえんだがな――」



339: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:36:41.31 ID:aytxm9YQO

勇者「盗賊くん…大丈夫かな…? もしかして、打ちどころ悪かったり…」

看守「ぶつぶつ言ってんじゃねえ! 黙ってろ!」ガシャンッ

勇者「…」

勇者(色々な考えの人はいる…。そりゃそうだけど、でも…あんな小さな子を…)

勇者(あんなの、見捨てられないよ…。師匠…どうすれば良かったの?)

勇者(あの子を助けられなかったら、絶対に後悔してた…。でも、この村の考え方を尊重したら…私、勇者だなんて名乗れなくなるよ…)

 カツカツ…
 カツカツカツ…

看守「?」



340: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:37:29.17 ID:aytxm9YQO

 ガチャ

盗賊「見張りは1名だけですか」

看守「お前…!」

勇者「盗賊くん…!」

看守「覚悟しろ!」ブンッ

盗賊「しませんよ、そんなもの」ヒョイッ

盗賊「あなたこそ、少し痛いのは覚悟してください」ガンッ

看守「ぐっ…」ドサッ

勇者「盗賊くん、良かった…。無事だったんだ。でも、頭に包帯…大丈夫?」

盗賊「問題ありません。今、牢を開けます」カチャカチャ

勇者「ねえ盗賊くん、これからどうする?」

盗賊「さっさと、あの子を回収して退散しましょう」

勇者「でもそうしたら…この村では、あの儀式がこれからも続けられるんだよね?」



341: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:38:00.60 ID:aytxm9YQO

盗賊「そうですね…。しかし、これはこの村の問題です。僕らがどうこうできることでは――」

勇者「ダメだよ、そんなの。知らないままだったならともかく、こんな儀式があるって知って、子ども達がまた死んで…そんなの、放っておけない」

 カチャンッ

盗賊「開きました、出てください。放っておくしかないでしょう、僕らに何ができるんです?」

勇者「一緒に考えて」

盗賊「…」

勇者「私だけじゃ、どうにもできないのは分かってる。だから盗賊くんも、一緒に考えて」

盗賊「あの子がお腹をすかせているかも知れません。急いで迎えにいきましょう」

盗賊「…そこで、作戦会議にしますか」

勇者「盗賊くん…うん!」



342: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:39:05.12 ID:aytxm9YQO

盗賊「仕入れた情報によると、あの儀式はここ20年の内に始まったそうです」

勇者「意外と最近なんだ…」

盗賊「ええ。そしてあの儀式はたった1度の偶然によって、その偶然を求めて行われ続けています」

勇者「偶然…?」

盗賊「現在の地上において、もっとも脅威となっているのは何です?」

勇者「魔王…」

盗賊「ニアピンです。…答えは瘴気ですよ」

勇者「瘴気とあの儀式に、関係があるの?」

盗賊「生贄というのは古来より、自然災害などの脅威に対して、それを鎮めてくれるようにと願って行われているものです。そこで、泉の村の民は神聖視している泉に生贄を捧げることを考えた」

盗賊「20年前より、瘴気というのは地上に広がっていますからね」

勇者「そこで、偶然が起きたの?」

盗賊「ええ。…瘴気が瞬間的に薄くなったそうです。それを生贄の効果だと思い、村人は子ども達を捧げ続けた…」チラ

 スゥスゥ

勇者「でも、たった1度だけなんでしょ?」

盗賊「その1度があったからこそ、また奇跡を願ってしまうのです。この子に食事をあげた時…どんな顔をしていたか、覚えていますか?」



343: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:40:28.57 ID:aytxm9YQO

勇者「嬉しそう…ってよりは、何か…感動してたみたいな、感じ?」

盗賊「ええ。村の中を見物していた時も、随分と寂れている印象がありましたし…もう、この辺りの土地では作物も育たないのでしょう」

盗賊「大人も子どもも、痩せこけています。飢餓というのは…人の心を蝕みます。荒み、負の感情をこんこんと溜め続けます」

盗賊「生贄で偶然にも瘴気が薄くなったことがあった。それを願い、生贄を捧げ続ける。その裏には…恐らく、口減らしの意図もあったでしょう」

勇者「そんな…」

盗賊「子どもは後からまた作ればいいと、大人の勝手な都合で子ども達は無意味な生贄にされているのでしょう」

勇者「…じゃ、じゃあ、循環の杖で瘴気を薄くすれば――」

盗賊「循環の杖は、そこにあるものを消すことはできません。ここの瘴気を薄くしたところで、別のところへ瘴気は溜まってしまいます」



344: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:41:43.42 ID:aytxm9YQO

盗賊「それに、瘴気で土壌が痩せ衰えているんです。飢餓の問題が解決しません」

盗賊「世界樹は自分である程度は瘴気を浄化できたために、瘴気を薄く散らせただけで急場凌ぎができたんです。ここでは意味がありません」

勇者「生贄をやめさせたら…口減らしもなくなって、もっと飢えちゃうんだよね…」

盗賊「そうなります。また、作物が育つ土地にならなければ意味がありません…」

盗賊「あなたは一緒に考えようと言いましたが、僕にはこの現状を…どうしても解決できそうには思えないんですよ」

勇者「偶然って、どうして何が原因だったのかな? 瘴気が1度だけ、薄くなったんでしょ?」

盗賊「さあ…それは分かりませんね」

勇者「瘴気って、魔王城から流れてきてるんでしょ? 何に流されてるのかな?」

勇者「風で流れるものじゃないのに、でも…流れていってる」

勇者「生贄以外の方法で、誰も犠牲にならない方法で瘴気を薄めることができれば…ひとまず、あの儀式はなくなるはずだよ」



345: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:43:04.63 ID:aytxm9YQO

盗賊「しかし、それでも口減らしが――」

勇者「口減らしなんて、逃げてるだけだよ。盗賊くん、言ってたよね?」

勇者「子のためなら親は耐え忍ぶものだって。私もそう思う。だからきっと、自分の子を生贄にして辛くない人なんていない」

勇者「でも…お腹が減って、くじけて、生贄にしちゃうんだ。生贄に意味がないって分かれば、きっと口減らしをしようなんて思わなくなる」

勇者「勇気がないから生贄なんてことをしちゃうんだ。私は…村の人に勇気を取り戻してほしい」

盗賊「…甘いんですよ、あなたは。確かに、子のためならばと…そう僕は思います。しかし、そうできない人間もいるんです」

盗賊「言いたくはありませんが…あなただって、実の親には捨てられているも同然なんでしょう?」

勇者「っ…!」

盗賊「そういうことなんです…。腹立たしいことに、この世の中というのは…」



346: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:43:36.03 ID:aytxm9YQO

勇者「…じゃあ、どうしたらいいの…?」

 ポロッ

盗賊「…」

勇者「…」

盗賊「守人のお守り…落ちましたよ」スッ

勇者「…」ギュッ

 勇者は守人のお守りを握り締めた!パァァ

盗賊「…?」

勇者「…」

盗賊「勇者、手を…お守りを見てください」

勇者「え?」

 守人のお守りが淡く光っている!



347: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:44:14.86 ID:aytxm9YQO

勇者「何だろう…?」ゴソ

盗賊「中に何か入っているようですね」

勇者「これは…種…? 何粒か、入ってる」

盗賊「種が光って…見せてもらっても?」

 ポロッ

勇者「あっ…落としちゃダメ――」

 ニョキッ

盗賊「!」

勇者「芽が出た…」

 ニョキニョキ…

盗賊「な、何て成長のスピード…この種は一体…?」

勇者「種の他に…紙…? 手紙みたい。守人から、かな…?」



348: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:45:18.66 ID:aytxm9YQO

手紙『このお守りを開封するためには清らかな者の持つ魔力が必要だ』

手紙『生命の種は清らかな魔力によって発芽する』

手紙『生命の樹は世界樹と同じく、瘴気を浄化する力を持つ』

手紙『しかし生命の樹は弱く、人々の負の感情を受けるとすぐに枯れてしまう』

手紙『キミならば、生命の種をしかるべき場所へ植え、しかるべき人々に希望を与えられると信じている』

勇者「守人…」

盗賊「瘴気を浄化…この種が?」

勇者「この樹を、守るんだよ。最初は苦しいかもしれないけど、それは今も同じだから」

勇者「勇気をもって、希望を信じて、この樹を大切に守れば…きっと、瘴気を浄化して、また元の生活に戻れる」

勇者「そういうことだよね、盗賊くん?」

盗賊「しかし、それを信じる強さ――勇気が必要になります」

勇者「うん。そのために、守人はこれを私にくれたんだ」

勇者「私が、勇気を与える者だから」



349: ◆3ZxXgUosIQ:2014/09/04(木) 02:46:50.47 ID:aytxm9YQO

隠居「――生命の種、か…」

隠居「あれがあるってことは、魔王はどうやらまだ世界樹を生かしたままってことだな…」

隠居「お前らが魔王を討たないと…その希望は潰えるぞ」

隠居「お前らが魔王に敗れれば、希望は絶望に転じて地上は一気に瘴気へ飲まれる」

隠居「2代目勇者――お前は、魔王に勝てるのか?」


魔王「50年決戦」【後半】



転載元
魔王「50年決戦」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1409483238/
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