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勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」【その1】

1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:07:57.32 ID:yFuxTM2h0

道具屋「あくまで噂だけどな。ウチにも聖水や満月草の注文が大量に入った。信憑性はある」

道具屋「兄ちゃんも、下手に旅なんかするよりは、兵士として雇ってもらったほうがいいかもな。はっはっは!」

道具屋「で、薬草と毒消し草だ。ほら」

勇者「ありがとうございます」

道具屋「このご時世に二人旅とは大変だな。しかも、随分と別嬪さんじゃないか」

狩人「……」

勇者「はは……」

狩人「勇者、いこ」

道具屋「ありがとうございー。またのお越しをー」

 勇者はともに旅をする狩人に引かれる形で道具屋を後にする。

 ここは鄙びた小村である。往来に人通りは多いが、誰しもみな力がない。
 それが魔王による長年の影響のせいであろうことは、想像に難くなかった。

 ふらふらとした一つの影と、足取りのしっかりとした一つの影。
 少し険のある、くたびれた印象の、剣を帯びた男――勇者。
 三白眼で褐色肌の、矢筒を担いだ女――狩人。



2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:09:13.44 ID:yFuxTM2h0

 二人は魔王討伐の旅のさなかであった。

勇者「疲れた……」ハァハァ

狩人「いつも思うけど、どうしてそんな遅いの」

勇者「お前が健脚すぎるんだよ、ったく」

狩人「けんきゃく……?」

勇者「足が速いってことだ」

狩人「勇者は物識り」

勇者「ルーン文字の一つでも覚えたほうが役に立つさ」

勇者「それより寝るところを確保しないと」

狩人「うん」

勇者「お、あったな。あれだ」

宿屋主人「よ、いらっしゃい」

勇者「二部屋あいてますか?」

宿屋「二部屋、二部屋かぁ。すまんね、旅人のみなさんに貸してて、一部屋しか残ってないんだわ」



3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:09:58.98 ID:yFuxTM2h0

勇者「だってさ。どうする?」

狩人「どうする、と言われても。ここ以外にないなら、ここしかない」

勇者「もっと嫌がるかと思ったけど」

狩人「野宿よりはましだし」

狩人「一年半も旅してれば、気にならない」

勇者「さいですか……」

勇者「あー、じゃ、それでいいです」

宿屋主人「まいどありー、80Gになりやすー」

 勇者は鍵を受け取って二階へと上がった。
 部屋には粗末なベッドとラグが数枚あるきりで、他に大したものは見当たらない。
 この程度の安普請は仕方がないな。勇者は息を吐き、振り返った。

勇者「ベッドが一つだけど、」

狩人「勇者が」
勇者「狩人が」

二人「「……」」



4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:10:42.64 ID:yFuxTM2h0

狩人「……」ジー

勇者「わかった、わかったよ。俺が寝るよ」

狩人「一緒に寝る?」

勇者「冗談だろ?」

狩人「……」ジー

勇者「そんなジト眼で見るなよ」

勇者「慕ってくれるのは嬉しいけど、やめといたほうがいい」

狩人「恩返しがしたいの」

勇者「一緒に旅してもらってるだけで十分だ」

勇者「大体、そのためにお前を助けたわけじゃない」

狩人「私がどう受け取るかの問題」

勇者「それに、未練があってもいやだろ」

狩人「未練?」

勇者「冒険者なんてやくざな稼業だ。明日の命もわからん」



5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:11:10.62 ID:yFuxTM2h0

狩人「怖いのか? 死ぬことが」

勇者「殺して、殺されて、なんぼだろ。理解はしてる。ただ、死ぬのは悲しいからな」

狩人「勇者」

勇者「ん?」

狩人「よしよし」ナデナデ

勇者「……」

狩人「落ち着くか?」

 「落ち着く」と素直に返すのはなんだか癪だった。
 顔の火照りを悟られないようにしつつ、勇者は立ち上がる。

勇者「俺は買い物に行ってくるから、休んでてくれ」

狩人「私も行く」

勇者「疲れてるだろ」

狩人「私も、行く」

勇者「……まぁ、いいけど」



6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:12:09.84 ID:yFuxTM2h0

狩人「だいたい勇者のほうがふらふらしてた。来るとき」

勇者「俺は回復が早いからな」

狩人「ベッドあるぞ。休まなくて平気か」

勇者「だいじょうぶだよ」

狩人「添い寝もするか――あうっ」

狩人「なぜ叩く」

勇者「行くぞ」ガチャ

狩人「本当につまらないやつだ」

狩人「たまには私の肉体に溺れればいいのに」

勇者「魔王倒したらな」

狩人「えっ」

勇者「うそだ」

狩人「ずるい」

勇者「ずるくないずるくない」



7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:13:21.22 ID:yFuxTM2h0

狩人「どこに行くの」

勇者「道具屋と、ギルドだな」

狩人「……」

勇者「どうした?」

狩人「え?」

勇者「ついてくるんだろ?」

狩人「(コクコクコク)」

勇者「じゃあ、来い。探すのはお前の仲間でもあるんだから」

 往来に出る。
 嘗ては馬も行き交っていたのかもしれないが、荷車を引くのは、今や人、人、人。
 馬は全て王国軍に軍馬として召し上げられているのであった。

 あながち道具屋の言っていたことも嘘ではないのかもしれないな、と勇者は思った。
 隣国とは不仲である。一触即発というほどではないにしろ、不穏な空気は常にあった。国境では小競り合いも何度かあったという。
 それでもなんとか天秤が保たれてきたのは、第三勢力として魔王軍が存在したからである。



8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:14:04.49 ID:yFuxTM2h0

 同類を殺すよりも人外を殺したほうが後腐れはない。それが両国の判断だった。どうせあちらは滅多に言葉すら解さないのだ。
 魔王軍はゆっくりと、だが着実に力を増してきている。隣国とも手を取り合って叩かねばならぬと、両国王がわかっていないとも思えない。

 だが、笑顔の裏には常に刃が隠されている。厚い厚い面の皮を破って、いつ刃が飛び出してくるか――誰もがびくびくしているのだ。

 輦轂の下にある道具屋のみならず、田舎にまで注文が来るということは、眉に唾をつける必要がない証左だ。
 そんなことをぼんやり考えながら勇者は歩を進める。



9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:15:55.22 ID:yFuxTM2h0

狩人「どこに行くの?」

勇者「ギルドだ。二人よりも三人、三人よりも四人」

狩人「そっか。うん。わかった」

勇者「含みがあるな」

狩人「二人きりでもいいけど」

勇者「旅行じゃないんだから……」

狩人「わかってる。言ってみただけ」

 ギルドは新しく、村の中でもわりあい大きかった。こんな大陸の外れまで争いの予感が届いているのだ。
 旅人で部屋が埋まっているといった宿屋の言葉もうなずける。



10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:16:42.47 ID:yFuxTM2h0

 勇者はギルドの扉を開いた。皮と、鉄と、汗のにおいが一気に流れてくる。
 五感の鋭い狩人がわずかに顔を顰めた。

 静かだが、それだけではない空間である。緊張が静電気となって二人の肌を焼く。
 こちらがあちらを値踏みするように、あちらもまたこちらを値踏みしている。

店主「いらっしゃい」
勇者「旅の仲間を探しているんですけど、二人ばかり」

 たむろしている男が、女が、勇者とマスターのやり取りに耳を傾けている。
 勇者はそれをあえて無視し、軽く店内を一瞥した。

店主「テーブルに、座っている奴らがいるだろう」

勇者「声をかければいいのか。誰でも?」

店主「あぁ。ただ、仲介料は取るよ。100Gだ」

勇者「……狩人?」

狩人「(ジー)」

勇者「何を見てるんだ……ばあさんと、ガキ?」

 店の奥、二階へ上る階段のそばで、老婆と少女が何かを飲んでいる。
 どちらもギルドにはおおよそ場違いな年齢で、勇者は思わず本音を漏らしてしまった。



11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:18:19.68 ID:yFuxTM2h0

狩人「そんな言い方はよくない」

勇者「事実だろ」

狩人「二人とも、手練れ。だいぶ強い」

 狩人の人を見る目は悪くない。また、彼女自身が相当の手練れでもある。
 そんな彼女をして手練れと言わせしめる老婆と少女は、少なからず勇者の興味を引いた。

勇者「お前が言うならそうなんだろうな。ちょっと声をかけてみるか」

少女「その必要はないよっ!」

 黄色い、少女特有のソプラノであった。
 気が付けば勇者の胸のあたりに少女の顔がある。
 年齢相応の、けれど意志の強そうな、凛々しい顔である。

少女「ちょっとちょっと、初対面に向かってババアだのガキだの、無礼な男ねっ!」

勇者「ババアとは言ってないけど」

少女「おんなじことでしょ! 武器の錆にするよっ!」



12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:19:19.23 ID:yFuxTM2h0

 ざわ、ざわ、ざわ。周りが騒ぎ出したのを察して、勇者は「厄介だな」と口元を隠す。
 着いてそうそう騒ぎを起こしては、この村に宿泊することも叶わなくなる。
 やたらに血気盛んな少女から視線を外さず、残った手で勇者は道具袋の煙玉をつかんだ。

 と、勇者の肩を叩く者があった。少女と一緒の席についていた老婆だ。

老婆「若いの、ちょっと場所を移さんか。ここは騒がしくていかん。年寄りには堪える」

勇者(いつの間に後ろに……?)

 煙玉が間に合うか。戦場では思考の時間が生死を隔てることもある。逡巡している暇はなかった。
 煙玉をつかんだ手を袋から抜出し、

狩人「わかった」スタスタ

 狩人が扉を開いて出ていく。勇者は煙玉を道具袋に戻し、自分でも素っ頓狂だとわかる声を発した。

勇者「か、狩人?」

老婆「じゃ、わしも行っとるぞ」

少女「待ってよおばあちゃんっ」

勇者「え?」



13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:20:36.00 ID:yFuxTM2h0

 聞き返したつもりではなかったが、少女は耳聡いらしい。剥き出しの敵意で勇者を睨め付ける。

少女「は? おばあちゃんよ。アタシの」

勇者「孫と一緒に旅してるのか?」

 親子で冒険、という組に出会ったことはあったが、孫と祖母という組み合わせは初めてだった。

少女「ちょっとちょっと、アタシのおばあちゃん馬鹿にしないでよねっ」

勇者「してない」

少女「いや、したっ」

勇者「わかったから。行くぞ」

少女「指図すんなっ、馬鹿!」

 少女に尻を蹴られながらも外に出ると、日光の下、狩人と老婆が立っている。

老婆「遅かったな」



14:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:21:47.74 ID:yFuxTM2h0

勇者「機嫌を損ねたなら謝る。悪かった」

老婆「そういうことではない。お前ら、魔王を倒すために旅をしてるんじゃろう?」

勇者「なんでそのことを?」

老婆「ひゃひゃひゃ……伊達に歳を食ってるわけじゃないぞ」

老婆「なに、旅に加えてもらおうと思ってな」

少女「おばあちゃんっ」

 少女が反射的に声を上げるが、老婆は慣れた様子でそれを諌める。

老婆「まぁ、慌てるんじゃない」

老婆「住んでいたのは北にある辺鄙な村でな。そのせいか、よく下級の魔物がやってくる」

老婆「わしの血脈はみな村を守るために戦っていた」

老婆「しかし、気が付いたんじゃよ。このままじゃ埒が明かないということに」

老婆「お前らも同じ、魔王を倒したいんじゃろう? 利害は一致しておる」



15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:22:37.14 ID:yFuxTM2h0

少女「でも、こんなやつらだめだよっ。絶対弱いよ!」

勇者「なんだって?」

狩人「勇者。大人げない」

少女「おばあちゃんがいいって言っても、アタシはよくないっ」

少女「魔王を倒せるくらい強くないと、意味ないもんねっ!」

勇者「って、言ってるけど」

狩人「うー……じゃあ、怪我しない程度に」」

少女「怪我で済めばいいけどねっ! ぺしゃんこになっても知らないよっ!」

勇者「安心しろ、すぐ終わらせる」



16:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:23:28.77 ID:yFuxTM2h0

 勇者はその時ようやく、目の前の少女が背負っているものに気が付いた。
 雲のような鈍色をした金属。柄の先端と殴打面には金色の幾何学模様が描かれている。

 金槌。それも、少女と同じくらいの長さのある。

 ベルトを二か所外し、明らかに重量のあるそれを、少女は綿でできているかのように片手で振りぬいた。
 きっかけこそ不意ではなかったが、速度は余りあるほどの不意であった。しかし、勇者はそれを見ながらただため息をつくだけで、

 ぶちっ

少女「え?」

 次の瞬間には勇者の潰れた頭部が転がっていた。

 これくらい軽く回避できると思っていたのだろう。もしかしたら単なる威嚇のつもりだったのかもしれない。
 少女はぽかんとした表情で、声すらあげず、目に涙を溜めるばかりである。



17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:24:23.59 ID:yFuxTM2h0

 砕かれた頭から、頸動脈から、血が噴出し往来を染め上げていく。

 遠くから聞こえる通行人の困惑と、叫び声。

エッ ヒト シンデナイ?
サツジン?
ウソデショ……

少女「ッ!?」

狩人「逃げます」

老婆「おやおや……転移魔法を使うかい?」

狩人「できれば」

老婆「ほれ、孫、行くよ」

老婆「んじゃ、ほい、と」ヒュンッ



18:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:27:35.22 ID:yFuxTM2h0

――――――――――――――――
 勇者は夢を見ていた。
 いつも、死んでいる最中は夢を見る。
 大抵は地獄のような、彼を苛む夢であるが、時たま生まれ故郷の夢を見ることもある。

 今回は後者であった。

 生まれたのは魔王城を頂く山の麓にある町だ。
 治安は決してよくないけれど、それゆえに守りも手厚く、目立った人死にが出ることもない。そんなところ。

 幼いころから、剣の素養も魔法の素養もあった。
 器用なのか器用貧乏なのか、それはともかく、支配領域を強めている魔王に対抗すべく出発するのは、まったく不自然ではなかった。

 誰しも口にこそしなかったが、彼の双肩には期待がかかっていたのだ。

 このままでは、町はいずれ迎えるであろう魔王城攻略の要衝となり、戦火は免れない。そのためだった。



19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:28:48.68 ID:yFuxTM2h0

 旅は熾烈を極めた。最寄のギルドに行くのすら、山を下りなければいけない。
 魔王を倒す仲間を集めることすら難しい。
 一週間もたたず殺された。どこにでもいるようなゴブリンが相手だった。

 意識が朦朧とする中、光に包まれた女性が目の前に立っているのを見た。
彼は、彼女に何者なのかを問うた。

『あなたの嘗ての先祖に、高名な冒険者がいました。彼は仲間とともに、魔王を打ち破ったのです』
『血に刻まれた加護が、魔王を倒す力をあなたに与えている』
『魔王を倒すまで、あなたにとって、死は休息であり終焉ではない』
『古の加護。自動蘇生。その名はコンティニュー』

 夕方、木の根元で目を覚ました。



20:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:29:44.18 ID:yFuxTM2h0

 とりあえず仲間を探すところから始めた。
 魔物を殺しながら経験を積み、山を下り、王都に向かった。
 煌びやかな装飾。聳え立つ煉瓦造りの教会。煙を吐き出す煙突。

 故郷と比べてはるかに偉大な土地を、ひっきりなしに兵士が動いていた。
 魔王の軍勢が各地で活動し、その対応に追われているのだと、武器屋の主が教えてくれた。

 最初に旅をしたのは、そこで見つけた三人の仲間とである。
 青い瞳の柔和な僧侶。
 故郷に錦を飾るのが夢の武闘家。
 国境警備軍を辞めてやってきた騎士。

 いい仲間だった。

 武闘家には酒を。騎士には戦術を。僧侶には女を。それぞれ教えてもらった。



21:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:31:28.58 ID:yFuxTM2h0

 そして、全員が死んだ。

 わずかな気の緩みが命取りだったのだ。
 魔物の隊長格との戦闘で、騎士が倒れ、武闘家が倒れ、僧侶もまた倒れた。
 相討ち覚悟で隊長格の首を薙ぎ払い、勇者もまた倒れた。

『コンティニュー』

 暗闇の中にその文字が浮かんだかと思えば、魔物の根城の前で倒れていた。
 根城の中には、三人の死体と、魔物の灰だけがあった。
 彼は勝ったのだ。方法と、犠牲はともかくとして。

 しかし、犠牲を顧みない勝利に、いったいどれだけの価値があるだろうか?



22:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:32:23.32 ID:yFuxTM2h0

――――――――――――

 勇者が目を覚ますと、鬱蒼と茂った木の葉が見えた。
 ところどころから木漏れ日が差し込んでくるが、それにしたって薄暗い。
 気温から察するに夕方のようだ。

勇者「……あー、復活したか」

 首と顔を確かめながら呟く。加護はいまだ健在のようだ。

狩人「おはよう」

勇者「どれくらい寝てた? ここは?」

狩人「おばあさんの転移魔法で、森の中。四時間くらいかな、復活までには」

勇者「そっか」

狩人「大変だったんだから」

勇者「いっつも迷惑をかけるな」

狩人「女の子は吐きまくってグロッキーだったし、宿屋には泊まれないし」



23:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:33:09.81 ID:yFuxTM2h0

勇者「埋め合わせは、必ず」

狩人「別に、いいけど」プイッ

勇者「あの、狩人さん?」

狩人「なに」

勇者「腕を抱きしめてるのは、なぜ」

狩人「……」ギュッ

勇者「……なんだよ」

狩人「辛そうな顔してたから」

勇者「夢を見てた」

狩人「いっつもだね」

勇者「うん」



24:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:33:40.64 ID:yFuxTM2h0

勇者「夢の中で、俺の冒険を俯瞰してるんだ。どんどん仲間を使い捨ててきたよ」

狩人「大丈夫だから」ギュッ

勇者「お前もいつか死ぬだろ?」

狩人「死なない。逃げる」

勇者「……」

勇者「ていうか、あのばあさんとガキは?」

狩人「薪を集めにいった。慣れてるみたい、野営」

勇者「すげぇばあさんとガキだな」

狩人「うん……」ギュッ

勇者(あったけぇ……勃ちそう)



25:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:35:23.86 ID:yFuxTM2h0

狩人「楽したでしょ」

勇者「え?」

狩人「女の子と戦ったとき。死んだほうが早いって」

勇者「あれはダメだ、勝てない。逆立ちしても無理。負けイベントだな」

狩人「やっぱりそうだったの?」

勇者「対峙してわかった。ありゃ化けもんだ。手練れってレベルじゃない」

狩人「あの後、大変だった」

勇者「あぁ、村の人たち騒がせちゃったな」

狩人「そうじゃなくて、女の子」

勇者「そっちか。驚かせて悪かったとは思うけど」

狩人「そうでもなくて」

勇者「?」



26:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:36:28.58 ID:yFuxTM2h0

狩人「あのあと――」

少女「本人のいないところでそういう話は感心しないなっ!」

 振り向けば、鎚を背中に背負った少女が立っている。手には大小の木の枝。
 恐らく焚火にするつもりなのだろう。

狩人「ごめん」

少女「いいですけど。……ふん、アンタは大した食わせもんだね。勇者っていったっけ」

勇者「だってお前強すぎるんだもん」

少女「ふんっ。そりゃそうだよ。だから魔王倒しに行けるんだし」

勇者「ていうか、バ……おばあさんは?」

老婆「ここにおるぞえ」サワリ

勇者「ギャーッ!」

 背後から節くれだった指が勇者の頬を撫でた。
 性的なにおいのする愛撫に、全身が鳥肌を立てて拒絶する。



27:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:37:07.70 ID:yFuxTM2h0

勇者「な、なにすんだ!」

老婆「ひゃひゃひゃ。たまには若い男に触らんと長生きできんのよ」

 老婆もまた枝葉を抱えていた。それをまるで重そうに狩人へと渡す。

狩人「ありがとうございます」

老婆「なに、そう大した手間でもない。若者も元気そうで何より」

老婆「で、若者。ひとつ聞きたいんじゃが……」

老婆「お前のその蘇生、一体全体、どういう理屈じゃ?」

 深い皺の刻まれた表情に一瞬だけ狂気の色があらわになる。
 老婆は目を剥いて、食い入るように勇者から視線を逸らさない。

老婆「蘇生魔法は遥か昔に失われておる。その加護、神代のにおいがするなぁ……?」

老婆「お前に目を付けたのはそれのためよ。なぁ、若者。実に興味深い」

勇者「あんまり顔を近づけないでくれ。加齢臭がやばい」

老婆「あまりつれないことを言うなよ」



28:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:37:57.70 ID:yFuxTM2h0

 指が勇者ののど元に突き付けられる。
 老婆の爪は、なぜかその一本、右手の人差し指だけが、やたらに長く鋭い。
 皮膚に爪が押し込まれる。血こそは出ないが、かなりの力だ。

 ぞわり、としたものを、勇者は背筋に感じた。

老婆「お前の腹を捌けばわかるかもねぇ?」

少女「おばあちゃん!」

 鋭い声。
 老婆が振り向くよりも早く、背中へと短刀の刃があてがわれる。
 狩人が持っていた木の枝が、ばらばらと音を立てて落ちた。

狩人「冗談だとしても笑えない」

 相も変わらずに朴訥な声で狩人は言った。底冷えのする眼光を伴って。
 少女はその時漸く、いけ好かないあの男と行動している女が、なるほど確かに狩人なのだと気が付かされた。



29:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:38:32.48 ID:yFuxTM2h0

 老婆は「ひゃひゃひゃ」と一転軽く笑って立ち上がる。
 そうして深々と下がる、彼女の頭。

老婆「いや、なに。すまなかった。悪ふざけが過ぎたようじゃ」

狩人「……そう」

 短刀を鞘に納めて狩人は息を吐く。それだけで幾分か空気が弛緩するようで。

少女「もうおばあちゃんなにやってんのっ!」

老婆「老い先短いババアの戯言だと思って、大目に見てくれ」

勇者「……とりあえず、ご飯食べない?」



30:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:40:10.75 ID:yFuxTM2h0

――――――――――――――――――
 日もとっぷり暮れ、月影すらも見えない曇天が、群青と薄灰に空を染める。

 木の陰ではそれぞれが眠りに落ちている。

 老婆の転移魔法で毛布の類が手に入ったのは僥倖だった。
 これまで野営といえば地べたに横になるだけで、疲れがまったくとれなかったのだ。

 勇者は石に腰おろしながら独り、火の番をしている。
 火勢が弱くなれば木の枝を放り込む。三回やれば交代だ。

 行先は勇者に一任された。女性三人はこぞって経路に興味がないためである。
 それでいいのかと思ったが、いいと言う。ならば仕方がない。

 さてどうしたものかと彼が考えていると、思考を邪魔するかのようにぱちんと火の粉が弾け飛んだ。

 食事などを通して、老婆や少女との仲はだいぶ近づいた気がする。
 とはいえ先の老婆との件を考えると空恐ろしいものもあったのだが……。

 と、不意に遠くのほうで人の声がした――気がした。
 昼間の村からそう離れていないとはいえ、ここは魔物の出る森の中。村人がおいそれと入ってくるはずはない。



31:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:40:36.39 ID:yFuxTM2h0

 炎を見つけて近寄ってきた旅人だろうか。
 それとも。

勇者「……」

 唇を舐めて湿らせる。
 木々の隙間から、影が見えた。

 飛び出す。

 木のあるところで長剣など振り回していられない。短剣を腰から抜いて、弧を描きながら接近。

 相手がこちらに気が付く――前に二、後ろに一……否、後方にもう一人いた。

??「誰だっ!?」

 野太い男の声だった。



32:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:41:20.05 ID:yFuxTM2h0

 無論答えるはずもなく、肉薄、前衛の脇をすり抜けて、中衛の喉笛へと刃を充てる。

勇者「それはこっちの台詞だ。夜盗か? 俺の前に姿を見せろ」

 人質はどうやら女のようである。質のいい鎧を身に着けているが、匂いと柔らかさが女のそれだ。
 鎧? 勇者は眉間にしわを寄せた。こんなものを拵えた夜盗などいるものか。
 しかも女は儀式杖を手にしている。これはもしかすると。

 暗がりから光源魔法が唱えられた。
 わずかにあたりが照らし出され、その場にいた人物の姿が浮かび上がる。

兵士1「そいつを離せ」

 屈強な兵士だった。鎧には王家の紋章が刻まれている。

兵士2「我々は王立軍の者だ。この紋章がその証」

勇者「知っている」

 嘗てともに旅をした騎士が持っていた武器防具にも、同じ紋章が刻まれていた。
 古い記憶だが忘れるはずもない。



33:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:41:58.05 ID:yFuxTM2h0

 誤解を招いても困る。勇者は女兵士の首からナイフを離し、解放してやる。

勇者「こちらはただの旅人だ。手荒な真似をしてすまなかった」

 非礼を詫び、短剣を鞘に戻す。

兵士1「いや、いいんだ」

勇者「王立軍がたった四人で夜の森を抜けるだなんて、何があった?」

兵士3「極秘事項だ。それを答えることは許可されていない」

勇者「じゃあ、代わりになんだが、この辺で魔物の噂を聞いたことはないか?」

兵士2「ないな」

女兵士「わたし、あります、ケド」ビクビク

女兵士「この森を西に抜けると、町があります。わたしの故郷、ですケド」ビクビク

女兵士「そのそばに小さな集落があって、洞窟があって、困ってる、みたいな」ビクビク

勇者「(完全に怯えてるな)……そうか、ありがとう」



34:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:42:30.51 ID:yFuxTM2h0

兵士3「では、我々はこれで失礼する。我々と会ったことはくれぐれも他言しないように」

 ざく、ざく、ざく。四人の兵士は土くれを巻き上げながら、夜の森を行進していく。

勇者「小さな集落、ねぇ」

少女「無茶するね」

 木にもたれかかる格好で少女が立っていた。肩に毛布を掛けている。
 右手に鎚を握っているところを見ると、もしや加勢に入ろうと思ったのだろうか。

少女「無礼を働いたってことで殺されたらどうするのよ」

勇者「生き返るからいいさ」

少女「もっと自分を大事にしたら? ひねないでさ」

勇者「そんなつもりはないんだけど」

 よもや五、六は離れている少女に言われるとは思わなかった。

少女「結構戦えるじゃんっ」

 少女は不満気味に、ぶっきらぼうにそう言った。
 そのしぐさがどうにも年相応だったので、笑いをこらえきれず、勇者は噴出してしまう。



35:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:43:13.21 ID:yFuxTM2h0

少女「ちょっとちょっと、なんなのよっ」

 胸ぐらを掴み掛らん勢いで少女が勇者に迫る。
 この男がなぜか気に食わなかった。魔王を倒そうと息巻く癖にどうもひねているというか、厭世的なところが、特に。

 それか、逆か。
 厭世的でひねているくせに、魔王を倒そうとしていることが理解できないからか。

 少女は「ふん」と鼻を鳴らして、鎚を突き付けた。

少女「結果的に一緒に行くことになっちゃったけど、勝負、あれ、認めないから」

少女「魔王倒す足手まといにだけはならないでよねっ」

 それだけ言うと、肩を怒らせながら木の向こうに消えていく。

勇者「そうだ、悪かったな」

少女「なにが」

勇者「あー、なんだ。俺を、殺させて」

 少女の顔が引き攣った。
 反射的に少女が口元に手をやるが、体は止まらない。

少女「――――ッ!」



36:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:44:00.56 ID:yFuxTM2h0

 びちゃびちゃと耳障りな音を立てて、指と指、手と口の隙間から、得体の知れない液体が零れ落ちる。
 鼻を突く酢酸の臭い。

 少女はえずきながら頽れる。その間にも隙間から吐瀉物が零れ落ちていくのだった。

勇者「な、おい! 大丈夫か!」

 そんなわけはないのである。あまりにもわかりきったことしか言えないおのれに、勇者は心底腹が立つ。

 吐瀉物に塗れるのも構わず、勇者は少女に駆け寄った。
 が、しかし。

少女「大丈夫よ」

 あくまで毅然に少女は言った。汚れた口元を袖で拭い、手のひらは地面へこすり付ける。
 目には涙こそ浮かべているが、その瞳の鋭さと言ったら!



37:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 18:45:47.32 ID:yFuxTM2h0

 
 大丈夫だなどと、そんなわけがあるか、と勇者は思った。けれど同時に、少女もまた心の底からそんなわけがあるのだ、と思ってもいた。

 少女は何よりも目の前の男に心配されるのが殊の外業腹だったのだ。
 命を粗末にする人間は嫌いだった。

少女「みっともないとこ、見せたわね」

 唾を二回吐き出して、少女はようやく立ち上がる。

少女「寝るから。ついてこないで。おやすみ」

勇者「嫌われてる、なぁ」

 答えなどが降って落ちてくるわけもなく、ただ夜は過ぎていく。



41:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 19:23:08.20 ID:yFuxTM2h0

――――――――――――――――

 どすん、と地面を鳴らし、魔物が倒れた。
 凶暴に変化した大猿だ。二人のときは苦戦した敵も、人数が倍になればその限りではない。
 というよりも、老婆と少女があまりにも拾いものであった。

老婆「もう少し数が出てくれば本気の出し甲斐があるってもんだけどねぇ」

少女「アタシまで吹き飛ばさないでよ、おばあちゃん」

勇者「信じらんねぇなぁ」

 少女は服に返り血がついてしまったと嘆き、老婆は仕方ないという風に時間遡行の魔法をかけている。
 日常と死線の境界はもはや曖昧だ。

 そしてもう一人、マイペースな人間が。

狩人「……」ザクザク

 狩人は黙々と猿の毛皮を剥ぎ、肉を手ごろな大きさに切り取っていた。
 赤味の部分を一口噛み千切り、

狩人「筋が多くてだめかも」



42:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 19:23:46.56 ID:yFuxTM2h0

勇者「今日中には村だ。保存食はいいよ」

狩人「燻製……」

少女「なんか生き生きしてるね、狩人さん」

勇者「狩猟採集民族の血が騒ぐんだろ」

勇者「っていうか、老婆、あんたの転移魔法で村までいけないのか?」

老婆「行ったことのある地点にしか行けないんじゃよ」

勇者「思ったより使えないんだな」

老婆「」ペロン

 老婆の舌が勇者の頬を這いずる。

勇者「――――!!!!!」

 ゆうしゃの わかさに 15の ダメージ !!



43:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 19:24:12.71 ID:yFuxTM2h0

老婆「そう、こんなことにしか使えないんじゃよ、うひゃひゃひゃひゃ」

勇者「老けた老けた俺今絶対老けた若さが! 童貞失った時より歳食った気分!」

狩人「何気に爆弾発言」

老婆「ほれ、立ち止まっていないでしゃきっと歩け」

勇者「誰のせいだよ、誰の……」

少女「でも、もうそろそろ着くころだよね、きっと」

狩人「たぶん。植生が変わってるから」

少女「植生? そんなのわかるんだ」

狩人「奥に行けばいくほど、葉っぱの大きい植物になるから」

老婆「この辺は手のひらサイズじゃし、ピクニックも終わりじゃな」

勇者「そんな気分だったのかよ」



44:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 19:25:09.15 ID:yFuxTM2h0

老婆「何よりも重要なのは精神じゃよ」

勇者「魔法使いの言うことはわかんねぇなぁ」

老婆「魔法使いじゃあなくて、賢者じゃ」

勇者「自分で賢者って名乗るのはどうなの?」

老婆「事実なんだからしょうがあるまい」

勇者「俺も魔法は使えるけど、重要なのは肉体じゃねぇの? 体は資本だし」

老婆「肉体など所詮精神の容器にすぎんよ」

勇者「健全な肉体にこそ健全な精神は宿るっていうぞ」

老婆「重要なのは何をするか、じゃ。健全な精神は健全な生を導く」

老婆「人生を左右するほどに心のありようというのは重要なのじゃよ」

勇者「わかったような、わからないような」

老婆「うひゃひゃ。いずれわかるときもくる」



45:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 19:25:39.43 ID:yFuxTM2h0

 戦闘を歩いていた狩人が突然立ち止まる。後ろを歩いていた勇者は、当然彼女の背中に追突した。

勇者「どうした?」

狩人「……?」

 勇者の声が聞こえていないのか、狩人は無言で中空に死線を彷徨わせている。
 数度鼻をヒクつかせると、あらぬ方向を狩人が向いた。

勇者「どうした」

 勇者が声をかけるが、彼女の顔はあさってを向き、依然虚空を睨みつけている。

 応えを出さず、駆け出した。

狩人「早く!」

 木と木の間を華麗にすり抜け、森の奥、光のほうへと消えていく。



46:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 19:27:00.53 ID:yFuxTM2h0

勇者「行くぞ」

 剣を鞘に戻しながら言った。

少女「ど、どうしたの?」

勇者「知るか。ただ、前にもこんなことがあった。――嫌な予感がする」

少女「おばあちゃんっ!」

老婆「はいはい、行きますよ」

 三人はすでに遠く離れた狩人を追う。
 姿こそ見えないけれど、下草を踏み倒した跡が彼女の行先を告げていた。

老婆「と、年寄りを、いた、わ、らんかぁ……」

勇者「自慢の魔法でなんとかしろ!」



47:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 19:28:06.79 ID:yFuxTM2h0

 光がだいぶ強くなってくる。
 視界のかなたには森の切れ目が見えた。

 そして、感じる異変。

勇者(なんだ、この臭いは?)

勇者(まるで何かが焼けるような……)

 光の中へと飛び出す。
 明るさに一瞬目が眩んだが――そこで三人は、明るさが昼間の太陽だけでないことを知った。

 町がひとつ、黒煙をたなびかせながら炎に包まれているのである。

勇者「ばあさん!」

老婆「わかってるよぉっ!」

老婆「一週間分の飲料水、全部ぶちまけてやるよっ!」

 人差し指を向けると町の上空に大きな亀裂が走り、そこから大量の水が降り注ぐ。



48:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 19:29:30.14 ID:yFuxTM2h0

 水の蒸発する音が一面に響き、けれど、火勢は一向に弱まる気配を見せない。
 十数メートルほど離れていても熱気が伝わってくる程度なのだ。

勇者「もう終わりか!?」

老婆「ババア扱いの悪いやつだねぇっ! ただの転移魔法にどれだけの効果があると思ってんだい!」

老婆「近くに湖でもあれば……」

 水源は探せばどこかにあるはずだが、そんな暇も土地勘も、今の三人にはない。

少女「なんで、なんでこんなっ……あっ! 狩人さん!」

 少女の視線をたどれば、確かに狩人がいた。
 一枚隔てて炎の燃ゆる塀のそばで、呆然と立ち尽くしている。

 いや、足元に誰かが倒れていた。



49:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 19:32:10.57 ID:yFuxTM2h0

勇者「これは……昨日の」

 倒れていたのは、昨晩勇者に人質に取られた女兵士であった。
 顔こそ見ていないが、紋章の付いた鎧と儀式杖は見間違えようもない。
 背後から大きく袈裟切りの傷。煙に巻かれて死んだわけではなさそうだ。

狩人「嫌なにおいがした。やっぱりだ」

 それは果たして、煙の臭いなのか、死の臭いなのか。

 勇者は少女を見た。それこそ漏らすのではとも思ったが、予想に反して、少女は眉根を寄せている。

勇者「ほかにだれかは?」

狩人「それは、どっちの?」

 その返しで勇者たちが愕然とするくらいには、不幸なことに彼らは理解力があった。
 彼女はつまりこう言いたいのだ。生きている者を指しているのか? 死んでいる者を指しているのか? と。

 すなわち、死体がこれだけでないことを暗に意味している。



50:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 19:32:47.74 ID:yFuxTM2h0

勇者「何人死んでた」

 直截的に尋ねる。彼女はこういうとき、はぐらかしたりしない。
 すぐに応えはあった。

狩人「町の周囲にはぐるっと八人。あと……十二匹? くらい」

 匹。
 勇者は改めて確認するように、ゆっくりと問う。

勇者「魔物、なのか?」

狩人「可能性は高い。魔物が襲ってきて、応戦して、こうなったのかも」

老婆「勇者よ、この近くには魔王軍の駐屯基地がある。そこからでは?」

勇者「かもしれないけど、わかんない。保留だ。とりあえず生存者を探す」

少女「……」



51:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 19:40:32.29 ID:yFuxTM2h0

 じっとこちらを見てくる少女に対し、勇者は怪訝な顔をした。

勇者「なんだ」

少女「いや……アンタ、こういうこと気にしなさそうなのにな、って。ごめん。忘れていいよ」

勇者「人が死ぬのは悲しいだろ」

 それは紛うことのない正論であった。少女は黙って炎を見つめる。



53:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 22:42:47.75 ID:yFuxTM2h0

―――――――――――――――――
 結局、生存者は見つからなかったが、狩人が見つけた以上の死者をみつけることもまたなかった。
 町の炎はその後半日燃え続け、水源を発見した老婆の転移魔法により、なんとか消化に成功した。だがそれだけである。

 火が消えたからと言って死者は生き返らない。
 何があっても、死者は死者のままだ。

 透き通った湖のほとりで、四人はひざを突き合わせながら今後のことを話し合っていた。

少女「アタシは一刻も早くこのことを伝えるべきだと思う」

勇者「伝えるってどこに?」

少女「それはいっぱいあるでしょ。それこそ王国軍とかさっ」

勇者「魔王はどうする?」

少女「どうせ魔王城は王都の延長線上でしょ。おばあちゃんの転移魔法もあるんだから」



54:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 22:43:36.77 ID:yFuxTM2h0

狩人「ここって、村の人も使ってたんだよね」

 唐突なことを言い出した狩人に、少女は軽く眉を顰める。

少女「そうじゃないのかな?」

狩人「野営も?」

勇者「え?」

狩人「少し入った森の中に、火を起こした跡があった。三つ。新しいの」

少女「どういうこと?」

老婆「町が燃えたのと関係がある。そういうことじゃないのかえ?」

狩人「……」コクコク

少女「……魔物は、野営しないでしょ」

狩人「あと、倒れてた女兵士。剣で切られたみたいだった」

狩人「魔物、剣、使うかな」

少女「そりゃ、知能による、でしょ。ゴブリンとかオークとか、鬼とか、人型なら、使うし……」



55:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 22:44:05.76 ID:yFuxTM2h0

 少女は自分の声が震えていることに気が付いた。
 だって、そういうことではないか。狩人が言っているのは、つまり、そういうことではないか。

 あぁ――吐き気が、する。

 死はとても冷たいものだ。それだのに、死は同時に、自分の中の激情を酷く揺さぶる。
 これは駄目だ、と少女は思った。獣を解き放つことは許されない。

 折角できた仲間が離れて行ってしまう。

 少女が自らの体を抱きしめるように力を込めたことに、勇者も狩人も気が付かない。
 ただ老婆だけが静かな視線を送り続けている。

 勇者も狩人も老婆も、あえて先を促すことはしなかった。それから先は自明で、口に出すことも憚られる内容で。
 しかし、言いたくなくても誰かがいつかは言わねばならない。
 それは関わってしまったものの責務であり、自らの命にもかかわってくる事柄なのだ。



56:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 22:45:40.58 ID:yFuxTM2h0

勇者「……焼き討ちか?」

狩人「可能性としては」

少女「そんな、なんで、バカじゃないのっ!」

 獣が檻を揺さぶる。原始的な雷に、檻はどこまで耐えられるのか。
 落ち着け、落ち着け。鞭でも飴でもなんでもいいから、早く、誰か、持ってきて。

 祖母とともに旅をして、人が死ぬところなど何回も見てきた。
 世の中には辛く悲しいことが充満していることもわかっている。

 だけれど、同胞殺しなど……。

 少女の前に老婆が手を出す。

老婆「まぁ、落ち着け。勇者、狩人よ、憶測で物事を喋るべきではない」



57:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 22:46:06.94 ID:yFuxTM2h0

狩人「わかってる。ごめん」

少女「おばあちゃん、いますぐ王都に連れてって。報告しないと」

 あくまで自然な言葉であった。真剣なまなざしで、老婆に向かっている。

 老婆は帽子を整えながら、「やれやれ」と笑みを浮かべた。

老婆「すまんが、二人とも。不肖の孫に付き合ってやってはくれんか」

 勇者と狩人は顔を見合わせ、頷く。二人とてこのままにしていいとは思っていない。

勇者「しょうがねぇなぁ、子供の相手をするのは大人の義務だ」

狩人「勇者にわたしは従うだけ」

老婆「よし、それじゃあ――」

??「おいお前ら、そこで何をしている!?」



58:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 22:47:46.35 ID:yFuxTM2h0

 下草をかき分け姿を現したのは、一人の兵士であった。紋章の刻まれた鎧を身に着けている。
 勇者はその声に聞き覚えがあった。昨晩出会った兵士だったからだ。

 兵士はすでに剣を抜いていた。
 空気にぴりりとしたものを感じながら、勇者は立ち上がる。

勇者「それより、近くの町が大変なことになってる。ありゃなんだ」

兵士「そうか……あれを、見たのか」

 ざく、ざく、ざく。周囲の木々を後ろから、同様の剣と鎧を身に着けた兵士が、ぞくぞくと姿を現す。
 その数はゆうに十人を超え、小隊規模を超えている。



59:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 22:48:46.29 ID:yFuxTM2h0

老婆「不穏な雰囲気じゃのう」

 あくまで楽しそうに老婆は言った。そんなところではないというのに。
 勇者はあえてそれを咎めない。精神のどこかが焼き切れたような人種は、確かに、ときたまいるものだ。

勇者「転移魔法は」

老婆「使ってもええが、顔を見られているのも始末が悪い」

勇者「じゃ、ま、正当防衛ってことで。……狩人」

狩人「うん」

勇者「皆殺しだな」

兵士「かかれぇえええええっ!」

 号令。兵士たちは鬨の声を上げ、一斉にこちらへと向かってくる。
 勇者は相手に滅多な隙がないことをその瞬間に悟った。

 相当に訓練された兵士が、なぜこんな森の中に? 彼は当然浮かんでくる疑問に対し、首を横に振る。
 今はそんなことを考えている場合ではない。



60:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 22:51:19.91 ID:yFuxTM2h0

 剣戟が降り注ぐ。上段からの一撃を短剣でいなし、片手の長剣で反撃を試みる。が、それも弾き返される。

 側面から向かってくる兵士の顔面に、鏃が深々突き刺さる。勇者が前衛、狩人が後衛。実地で慣らした連携は健在だ。
 狩人はそのまま矢を速射し、そのまま背後の木へと登っていく。

 正対する兵士は筋骨隆々ですらないが、引き絞られた肉体を持っている。これもまた実地で慣らされたものに違いない。
 突き。鎧の側面を大きく傷つけるも、大きく反らされた。上体が大きく開き、左手が遠い。
 陽光に光る兵士の長剣。

 どうせ生き返るのだ。勇者はあえて、目を瞑り、

 ぶぉん、と、音がして、

 勇者の隣では少女が兵士を鎧ごと打ち砕いていた。ミスリルのひしゃげる音とともに、骨がそうなる音もまた、響く。



61:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 22:54:09.86 ID:yFuxTM2h0

少女「あんたらが」

 少女は、確かに自分が酷い顔をしているのだと思った。

 檻はいったいどこへいってしまったのか。これでは二の舞ではないか。
 もう人間なんて殺したくないのに。

少女「あんたらが、あんたらがあんなことをしたのかっ!」

 怪力乱神であるかのように、少女は血眼になりながら、鎚をふるう。ふるう。ふるう。
 多大な遠心力を伴う一撃は、掠めるだけで兵士たちをぼろ雑巾に変えていく。

兵士「な、なんだあの小娘は、化け物かっ!」

少女「化け物はあんたらだっ! 人の面をかぶった怪物めっ!」



62:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 22:55:14.35 ID:yFuxTM2h0

 どうやら少女は兵士たちがあの惨状の主犯であると決めてかかっているようだった。
 それもやむなし、と勇者は思う。この状況は不自然に過ぎる。

 気を抜いた瞬間、金槌が勇者の髪の毛を掠めていった。
 勇者は少女に文句の一つでも言おうとするが、少女の荒れ狂う姿には、声をかける隙すら見つけることができない。

少女「ッ! ッ!」

勇者「……」

 力任せに鎚をふるうが、少女の怒りを逆に扱い易しと判断したのか、兵士たちは一定の距離を保って相手取る。
 少女一人に兵士が三人。勇者も加勢に向かいたいが、号令をかけていた兵士がそれをさせてくれない。



63:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 22:56:23.10 ID:yFuxTM2h0

兵士「せいっ! やあ!」

 裂帛の気合とともに繰り出された一閃が、勇者の剣を弾き飛ばす。

勇者「ちっ! (短剣を抜くか、魔法か、死ぬか)どうする……?」

兵士「ちぇえええええすとおおおおおおおおっ!」

 大上段から振りかぶった、唐竹割。
 反射的に雷魔法を唱える――しかし間に合わない。武勲が知れる速度と太刀筋のそれは、確かな殺意で勇者に襲い掛かる。

狩人「勇者!」

 振動が、鈍い音として勇者の体を震わせる。
 意思とは別に宙を舞う、右腕。

 無理な大勢で回避しようとしたため、そのまま地面に倒れこんだ。

 白兵戦からわずかに離れた樹上では、狩人が矢を番えて狙いを定めていた。



64:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 22:57:01.63 ID:yFuxTM2h0

狩人「寸分違わず、射る」

 軽やかに風切音。
 たった今勇者と対峙していた兵士は、肩に突き刺さった矢を抜き、剣を構える。

兵士「あんなところから!?」

 驚愕か、苛立ちか。叫んだ兵士の視線の揺らぎを勇者は見逃さない。
 起き上がりざまに雷魔法を兵士の腹に叩き込む。

兵士「――――――――ッ!」

 声にならない声。肉の焦げる臭い。
 彼の持っていた長剣を奪い、体重を預ける形で立ち上がる。

 激痛という棘が体内から皮膚を食い破り、それに伴って意識にまで穴が空く。

 視界の端では少女が依然として複数人を相手取っていた。
 その数、八人。



65:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 23:00:55.79 ID:yFuxTM2h0

狩人「させない」

 狩人が矢を放つが、巨漢の兵士が一人、手を広げて立ちふさがった。
 一本が肩、もう一本が腹の鎧を貫通して突き立つ。

 兵士の顔が苦痛に歪む。けれどその先に届くことはない。

狩人「届くまで射るだけ……!」

 鎧の隙間を狙う技術は一流であったが、対する兵士の仁王立ちもまた一流であった。
 倒れることなく矢を受ける背後では、少女が徐々に押されつつある。

兵士「怯むな! 距離を取って隙を突け! 紋章に賭けて戦い抜け!」

兵士「ウォオオオオッ!」

 掲げられた旗印に、その他の兵士は喊声で以て返す。

少女「人殺しのどこに大義がある!」

 鎚が地面を大きく抉る。土塊が舞い、落ちる。
 大きく見せたその間隙を、無論兵士は見逃さない。突き出された刃が微かに、だが確かに少女に傷を与えていく。



66:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 23:01:46.23 ID:yFuxTM2h0

 鎚が地面を大きく抉る。土塊が舞い、落ちる。
 大きく見せたその間隙を、無論兵士は見逃さない。突き出された刃が微かに、だが確かに少女に傷を与えていく。

 振り向きざまに大振りするが、その時点で兵士は射程距離外へと退避している。

少女(くそっ!)

 たまらないもどかしさがあった。自らの気持ちを斟酌する余裕すらない。
 涙と疲労で心がぐちゃぐちゃでは、自然と力任せにもなる。

 そしてその隙を狙われるのだ。

狩人「早く、早く倒れて……!」

 矢の一本が、兵士の眼球へと突き刺さった。それが最後の一押しとなったのだろう、兵士がようやく前のめりに倒れる。
 感慨もなく、追加の矢を番え、弦を引き絞る。速射でどれだけ殺せるか。

 見えてきたのは少女が片膝をつきながら、それでも鎚を振り回している姿であった。



67:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 23:04:04.91 ID:yFuxTM2h0

勇者「おい、この、クソガキッ! 頭冷やせ、一回引け!」

 体が動かない。なんだ、この体たらくは。また自分だけが生き返るのか。
 視界が歪む。出血のせいだ。涙などでは断じてない。

 あんな喧嘩腰の少女のために流す涙などない。

勇者「誰かあいつを助けろよぉっ!」

老婆「無論じゃ」

 老婆が、それまで諳んじ続けてきた詠唱を終える。途端にあふれ出る魔力の余波は、ヴェールとなって辺りを黄金色に染め上げた。
 恐ろしく鋭い爪を、兵士の集団に向ける。

 その場にいた誰もが、魔法の心得はなくとも、それが所謂危険なものであるとすぐに知れた。

 兵士が叫ぶ。

兵士「全員、防御姿勢を――!」

老婆「それくらいで防げるかよ!」



68:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 23:05:32.89 ID:yFuxTM2h0

 光が迸る。

 勇者がまず目にしたのは躑躅であった。立派な桃色と茶色が眼前に屹立していたのである。
 それだけではない。向日葵、紫陽花、桔梗、蓮華、柊、福寿草と、時系列を違えた草花が、辺り一面に、所狭しと咲き乱れている。

 躑躅が揺れて、倒れる。
 勇者はそこで、初めてそれが、躑躅の外骨格を纏った何かであることを知った。
 それだけではない。すべての植物は、兵士の衣としてそこにあるのだ。

 恐らく養分という形で。

勇者「――ッ!?」

 驚きは二重である。「何か」の正体もそうであったし、その瞬間に見てしまった自らの残った腕もまた、枯れた大地となっていたのだ。
 乾燥し、骨と皮だけになった、血の通っていない化石じみた腕。僅かな衝撃でも根元から折れそうな危うさを秘めている。

 腕の脆さとは裏腹に、そこに生えている数百もの薄は、まるで今が人生の春とでもいうかのように風にそよぐ。
 活力と勢力に満ち溢れた生命力の塊は、生に対しての貪欲さも同時に意味している。他の全てを奪い取ってでも自らの糧にしようという生存戦略。
 理解ができない。こんな魔法は見たことがない。



69:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 23:12:02.42 ID:yFuxTM2h0

 意識が暗転する。衝撃などは微塵もなかった。それだのに、まるで薄こそが勇者の生まれ変わりであるかのように揺れている。

 奥歯を噛みしめ踏みこらえる。が、骨も筋肉もまるごと漏出してしまったかのように手ごたえがない。

狩人「勇者!」

 遠くから一足飛びでやってくる狩人。彼女の太ももからも、僅かだが銀杏の新芽が顔をのぞかせていた。

勇者「……お前、もっと加減しろよ」

 口を出すだけで精いっぱいである。
 踏みとどまった衝撃で、腕が肘から折れて砕ける。

老婆「……」

 何も応えがないのが奇妙であった。老婆は足早に植物の群生地へと進んでいく。その先にいるのは少女である。

 少女の右ひじから先は、さながら樹海となっていた。



70:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 23:13:53.76 ID:yFuxTM2h0

 恐らく、老婆の魔法は爆心地を最大として、距離が遠ざかるにつれて効果が減衰するのであろう。爆心地にいなかった兵士たちでさえ植物に吸い尽くされたのだ、少女がその被害を受けないなどどうして思えるだろうか。
 いや、待て。樹海とはいえ、右ひじから先?

 どうやら気絶をしているらしい少女をもう一度よく見る。
 彼女は、そうだ、鎚を持っていたのであった。

老婆「……そんな、心配な顔を、するでない。考えなしにやるわけなかろう」

 勇者は自らの顔を触ろうとして、両の腕が失われていたことに、ようやく気が付く。
 そんな顔をしていただろうか。もししていたらならばそれはきっと生まれつきだ。

老婆「ミョルニル。生命力の塊。これが勝算じゃよ」

狩人「勇者、この人、まだ息がある」

 勇者と対峙していた兵士であった。昨晩言葉を交わした兵士でもある。
 彼は肩から止めどなく血を流しつつも、呻きをあげて虚空をつかむ動作を繰り返していた。
 植物は藤が下半身から発生し、大きくとぐろを巻いて拘束されていたが、直ちには命に別状はなさそうだ。



71:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/11(水) 23:15:26.12 ID:yFuxTM2h0

勇者「あー、それより悪い」

 勇者は自らの意識が薄れていくのを感じた。
 次に目を覚ましたとき、薄になっているのかもな、などと思いながら。

勇者「ちょっと一回死ぬわ」



73:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 09:06:57.46 ID:WnvzWUdt0

―――――――――――――――

 勇者が目を覚ましたのは夕方であった。場所は依然として湖のほとり。
 なるべく早い蘇生で助かった、というのが現実である。後手後手に回ると何が起こるか予想も知れない。
 右手を握り、開く。まだ人間の体は保てているようだ。内面こそ定かでないけれど。

 傍らでは少女が昏々と眠り続けている。ラグを重ねた上に横になり、呼吸も浅く、早い。

 疲れがたまっているのだろう、と老婆は言った。
 魔法的なものだから、心配しないでくれ、とも。

 魔法的なものとはいったいどういうことか。聞こうとして、やめる。
 老婆と少女はともに旅をする仲間であるが、それ以上に他人でもあった。明確な壁がそこには存在する。

 いずれ二人のことを知るときが来るだろう。意図してのものか、意図せざるものかという差はあれど。



74:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 09:07:36.84 ID:WnvzWUdt0

狩人「やっと起きた」

勇者「悪いな。で、どうだ、こいつは」

 勇者、狩人、老婆の前では、兵士が木にくくりつけられている。
 生命吸収を受けてなお呼吸はあり、目立つ外傷は肩の裂傷、手と足の骨折くらいだ。

狩人「おばあさんの魔法で眠ってる。勇者か少女か、どっちかは起きてたほうがいいかなって」

老婆「起こすかえ? なら呪文を解くが」

勇者「そうだな、頼む」

 老婆が短く詠唱すると、光がさっと兵士を包み、溶けていく。
 ややあって目を覚ました兵士は、けれど大きな反応を示さなかった。自らの状況を理解しているらしい。

勇者「お前、昨日会ったやつだな。なんで俺たちを襲った。あの町はお前らのせいか」



75:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 09:09:11.58 ID:WnvzWUdt0

兵士「それ、は……言えない……この紋章に――ッ!」

 僅かに血が舞った。
 兵士の右手の親指が、一本切り離されたのだ。

勇者「紋章と、指。どっちが大事だ?」

 兵士は目を見開いたが、嘲笑めいた笑みを浮かべ、そして自らの舌を噛み切った。
 血が噴き出し、息絶える。

勇者「国に殉じたか」

 少女は寝ていてよかったのかもしれなかった。

老婆「もうほかにすることもないじゃろ。王都へ行くか?」

勇者「そうだな……狩人は?」

狩人「勇者の言うとおりに」

老婆「ひゃひゃひゃ。それじゃ、行くぞえ」ヒュン



76:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 09:18:33.94 ID:WnvzWUdt0

――――――――――――――――

 少女は自分の体が揺れている感覚に目を覚ました。
 思いのほか体が軽い……というよりも、宙に浮いているかのような。

 頭。
 が、目に飛び込んできた。

勇者「起きたか」

 そこでようやく、自分が勇者に――あの斜に構えた腹の立つ男だ!――背負われていることに気が付く。

少女「なんであんたがアタシをおんぶしてんのよっ!」

勇者「ちょ、暴れるな!」

 なんとか少女を下ろして勇者は一息つく。どうやら彼女は、一人で立てる程度には回復したらしい。



77:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 09:19:10.24 ID:WnvzWUdt0

少女「なに、なに、なんなの。なんでっ!?」

勇者「お前が倒れた。ばあさんと狩人は情報収集。俺は先にお前を運んで宿屋に向かう」

少女 (イラッ)バシーン!

勇者「ぐえっ!」

 力いっぱいに勇者の背中を叩くと、潰れたヒキガエルのような声が漏れる。
 あの鎚を振り回す膂力で叩いたのだ、下手をすれば骨だって折れてもおかしくないだろうに。

勇者「なにすんだ!」

少女「勝手にアタシの言いたいことを理解するんじゃない!」

勇者「違ってたか?」

少女「うるさいっ!」

 違わないから腹が立つのだ。



78:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 09:20:17.35 ID:WnvzWUdt0

 実に理不尽であるとわかっていても、勇者はそれ以上何も言わなかった。

 彼女は決して素直になれないわけではない。寧ろ、素直でありすぎるくらいだった。勇者への嫌悪感を隠しきれないくらいには。
 ただし、勇者のつま先からてっぺんまで、全てを嫌悪しているわけではない。先の戦いでも彼は彼女のことを助けようとしてくれた。四人の中で一番弱い彼が、である。
 そのことは嬉しさを感じることこそあれ、嫌悪の対象ではない。

 乗りかかった船、不本意だがともに魔王を討伐する仲間なのだ、できうる限り仲良くしたいとは彼女もまた思っている。しかし、勇者の厭世観――世の中を斜に見て、命を蔑ろにする姿勢はどうしても好きになれない。

 わかっているのだ。自動蘇生の加護など聞こえはいいが、所詮運命の傀儡にすぎない。自らの命運を運命に翻弄され続けていては、あぁなるのも無理はなかろう。
 一体彼が何人の身近な存在の死を見てきたのか、彼女はそれを知らない。知りたいとも思わない。そして同じ状況におかれたとき、彼のようにならないとは、口が裂けても言えなかった。
 けれどそれは理屈である。理解である。納得とは程遠い。

 少女にだって泥のような感情の奔流が一つや二つはあった。それを無理やり押し込め、押し込めきれず、右往左往している。同族嫌悪に似たものなのかもしれない。



79:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 09:21:21.84 ID:WnvzWUdt0

 と、少女はそこでようやく、辺りを見回す余裕ができた。
 行交う人とモノ。珍しく馬車も通っている。

 煙突。赤煉瓦。風に乗って微かに小麦の焼けるにおいもする。
 なにより、目抜き通りの奥に見える城門と尖塔。あれは……。

少女「王城……」

勇者「あぁ。転移魔法で一っ跳び。お前のばあさんは凄いやつだよ」

 転移魔法だけでも相当なものなのに、植物魔法……でいいのだろうか、あれは。
 性格に難はあるが、えてして達人とはそういうものなのかもしれない。

勇者「これからここを拠点にして、休みを取る。あとは魔王城攻略に向けての調達だな」

勇者「水は全部ぶちまけちまったし、食べ物も、服も、あんまりない」

勇者「魔王城に辿り着く前に最後の洞窟や砦や四天王がいるらしいし。補給は最重要事項だ」

少女「で、手配書は回ってなかった?」



80:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 09:22:16.55 ID:WnvzWUdt0

勇者「え?」

少女「だから!」

 小声で叫ぶという妙技を披露する少女。

少女「あんなことしたんだから、手配書が回っててもおかしくないでしょっ!」

勇者「あぁ、今のところは大丈夫だそうだ。ただ、伝達には時間がかかる。明日明後日くらいに、もしかしたら」

少女「アタシはいやだからね、この年でお尋ね者だなんて」

勇者「お前」

 の、せいだろ。勇者は続きを何とか飲み込む。

勇者「……とりあえず、宿はそこだ。行くぞ」テクテク

少女「はいはい」テクテク



81:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 09:23:34.59 ID:WnvzWUdt0

二人「「……」」テクテク

イラッシャイ ヤスイヨ ヤスイヨ
イマナラ コノ ハガネノツルギガ タッタノ 480ゴールド!
ソノ ミルク モラオウカシラ

二人「「……」」テクテク

 不思議と無言であった。話す内容などたくさんあるはずなのに。

 勇者はふと、少女の素性を――老婆もであるが――ほとんど知らないことを思い出した。
 知っていることと言えば、故郷で護り手を務めていたということくらい。

少女「ねぇ」

 勇者が話しかけるより先に、少女から声が飛ぶ。

勇者「ん?」

少女「なんであの町は燃えなきゃいけなかったの?」



82:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 09:24:05.96 ID:WnvzWUdt0

 答えるべきか否か。わずかな間を開けて、勇者は返す。

勇者「そういうことは、関係ないことだ」

少女「関係なくないっ!」

 キンとした声が大通りに響く。
 人々はちらりとこちらを見るが、さほど興味もないのだろう、歩みを止めるものはいない。

少女「関係なくなんて、ないでしょ。悲しいと思わないの」

勇者「関係ないんだ」

少女「勇者ッ!」

勇者「俺たちの旅には関係ない。そうだろ。魔王を倒して世界が平和になればそれでいいんだ」

少女「あれは路傍の石だって?」

勇者「そうは言ってない。ただ、優先順位を間違えるなってことだ」



83:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 09:24:45.03 ID:WnvzWUdt0

勇者「それに、もう一つ」

勇者「関係あろうがなかろうが、悲しいものは悲しい」

勇者「『関係ある』かどうかは、関係ない」

少女「……なにそれ。全ッ然わかんない」

勇者「……そっか」

少女「アタシね、あんたのそういうところ、「あー、注目、ちゅうもーく!」

 二人ならず、周囲の人間が全員空を見た。
 声は上から降ってきていた。

 白い蓬髪に丸みのある顔。厳格そうな瞳と眉。紛うことない壮年男性。
 その顔が、浮かんでいる。

 勇者はその人物に見覚えがあった。いや、勇者だけでなく、少女も、その場にいた誰もが見たことのある人物だった。
 なにせこの国の国王である。



84:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 09:25:23.79 ID:WnvzWUdt0

国王「この像は魔法によって全領土に配信されている、安心して聞いてほしい」

国王「今は長い冬の時代じゃ。山の上、そして点々と領土を持つ魔王軍は、人類に脅威を与え続けている」

国王「今もどこかで誰かが犠牲になっている。先日もまた、森のそばの村が一つ襲撃され、……消えた」

少女「それって……もしかして」

国王「何の罪もない民草が、生命に曝され続ける。そんなことがあっていいのか?」

国王「否! 答えは無論、否! あのような悪鬼どもにはこの世界を渡すことはできない!」

国王「そこで私は考えた。最早打破しかない! 決起せよ! 立ち上がれ! そして我が国は、諸君の働きに大いなる期待をしている!」

国王「砦を築け! 兵を集めろ! 敵に人間という種の強さを見せつけてやるのだ!」

国王「王都はいつでも諸君らを受け入れる! 愛国心に富む者の積極的な参加を待つ!」



85:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 09:26:04.84 ID:WnvzWUdt0

 威厳のある声で、堂々とした態度で、国王は一気に捲し立てた。
 つまりはこういうことだ。「戦争をする」。

 少女はなんだか空恐ろしいものを感じて、小さくつばを飲み込んだ。

 周囲の人々はみな呆気にとられたような顔をしていたが、僅かに間を開けて――

「そうだよ、怯えてる必要なんてないんだ」
「やられたらやり返せばいいんだもんな……」
「女でも兵士って慣れるのかしら」
「さすが国王様だ」「よぅし、腕が鳴るぜ」「怖いわ」「え、どういうこと?」「なんていう」「俺が」「私も」「」「」「」「「「「」」」」「「「「「「「「「「「「「「「

 声のうねりは次第に大きくなっていく。
 波は高く、打ち寄せては砕け、そのたびに白い飛沫となって還元されるサイクル。

 誰がはじめたのか、上空に浮かぶ国王に対し、みなが手を突き出していた。



86:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 19:08:58.54 ID:WnvzWUdt0

狩人「勇者!」

 人込みをかき分けかき分け狩人がやってくる。褐色の肌に珠のような汗が浮かんでいる。
 後ろには老婆もちゃんといた。

老婆「は、は、走るんで、ない」

狩人「戦争だって」

勇者「みたいだな」

狩人「どうして、こんな急に?」

老婆「急じゃないとすれば」

狩人「?」

老婆「兆候はあった。先日のもそうじゃし、傭兵どもがピリピリしていたからのぅ」



87:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 19:09:41.45 ID:WnvzWUdt0

 二人と出会った村にて道具屋の主が言っていたことを思い出す。
 半年か、そうでなくとも一月は持つだろうと踏んでいたのだが、どうやら当てが外れたらしい。勇者は自然と自らの眉根が寄るのを感じた。

勇者「……どうする?」

老婆「リーダーはおぬしじゃろ。……まぁ、情報収集を続けるか。宿はここじゃな」

勇者「あぁ。まだ予約をしていないけど」

少女「長期でとっておいたほうがいいんじゃない? 王都に人が大挙して押し寄せる。宿も足りなくなるかも」

 民衆の昂ぶりを見ていると、あながち杞憂とも思えなかった。

老婆「いや、とりあえず一泊か、二泊。わしに考えがある」

勇者「あぁ、わかった」

 その後宿屋で二人部屋を二つとったのはよかったのだが――



88:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 19:10:18.49 ID:WnvzWUdt0

勇者「なんで俺がばあさんとなんだ?」

老婆「どのみち女3:男1なら男女相部屋よ。襲われる可能性がないほうがよかろ」

勇者「俺が襲われるわっ!」

狩人「じゃ、わたしと一緒に、なるか?」

少女「……アタシは死んでも嫌だからね」

 勇者は頭に手を当てた。老婆に襲われるのも嫌だが、狩人と相部屋だと、ともすると襲ってしまう可能性が出てくる。
 それは狩人の本意でこそあれ、勇者の本意ではない。

 とはいえ自らの理性で抑えられるだけ、老婆よりはましか。勇者は判断して、結局狩人と相部屋となる。

狩人「やった……」

老婆「じゃあ、二時間後にここで集合しよう。やることもあるしな」

勇者「あいよ」



89:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 19:11:05.32 ID:WnvzWUdt0

 部屋を開けると、いつぞやの宿屋よりは十二分に立派だ。さすが王都ということだろうか。

 装備を外し、ベッドに倒れこむ。久しぶりの柔らかさに一瞬で意識が飛びかける。

狩人「勇者」

勇者「大丈夫だよ、寝ないって」

狩人「二人なのも久しぶり」

勇者「ま、そうだな」

狩人「嬉しい」

勇者「そんなにか」

狩人「うんっ」

狩人「あ、あの二人が嫌だとかじゃなくて」

勇者「わかってるよ」

狩人「うん。……わかってくれてる。ふふ」

狩人「勇者」

勇者「ん」

狩人「好き」



90:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 19:11:38.59 ID:WnvzWUdt0

狩人「大好き」

勇者「……」

 狩人が勇者へと近づき、ベッドへと体重を乗せた。
 ぎし、と木の軋む音がする。品のいい音だ。

 三白眼がしっかりと勇者を射抜いていた。

狩人「私はずっと言ってるのに、勇者は気にしてない」

勇者「あのなぁ、お前のそれは、恩を勘違いしてるんだ」

勇者「命を助けてやったのは俺だろうさ、けどな」

狩人「違うの、勇者」

狩人「一族郎党皆殺しにあって、目の前でお父さんが死んで、私ももうだめだって思ったとき」

狩人「魔物を倒してくれた勇者が、凄く格好良かった。だから」

狩人「恩とかじゃない。自然なこと」



91:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 20:24:33.89 ID:WnvzWUdt0

勇者「あれは、お前を助けるつもりだったわけじゃない」

狩人「知ってる。勇者は魔王城への道すがらだった」

勇者「そうだ。あいつは砦の主で、俺はあいつが持ってる鍵が欲しかったんだ」

狩人「事実なんてどうだっていい」

 漂ってくる狩人の色香に、勇者は思わず眩暈がしそうになる。
 言語化できない感覚があった。それは一般的に予感、もしくは危機察知と呼ばれるものだ。

 これはやばいぞ、と。何が何だかわからないけれど、彼は思ったのだ。

 こちらを覗きこんでくる狩人の瞳は、大きく、つぶらで、肌と同じように茶色い。
 生命力に満ちた輝き。これが濁っていくところを、彼は何度も目にしていた。

 武闘家も。僧侶も。騎士も。戦士も。魔法使いも。賢者も。遊び人も。盗賊も。商人も。踊子も。羊飼いも。
 今まで出会った人間は、全て同じ輝きを持っていた。
 そうして最後には輝きを失うのだ。



92:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 20:25:10.82 ID:WnvzWUdt0

狩人「お母さんは言ってた。魔物ってのは、災害だって。誰にもどうにもできないものなんだって」

狩人「勇者はそれをどうにかしてくれた。それだけじゃなくて、悼んでくれた」

狩人「それは凄い。誰にだってできることじゃない。と、思う。私は」

勇者「違うんだ、違うんだよ、狩人」

狩人「?」

勇者「不幸な目にあった不特定多数を悼むのは簡単だ。誰にだってできる」

勇者「本当に難しいのは……」

 言葉が喉から出てこない。
 この世界は、横にも縦にも、不幸なことがありすぎる。
 つまり、空間と時間の両面で。

 けれど違うのだ。不幸な誰かの死は、不幸であるがゆえに悲しい。
 それが違うのだ。

 間違いではないにしろ。本質的ではない。

 それでは死を悼むとは言えない。



93:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 20:25:52.28 ID:WnvzWUdt0

狩人「勇者」

 意識を思考から切り替えれば、目の前には狩人の顔があった。

 唇が唇に押し付けられる。触れる、というほど軽くない。押し倒されるようにベッドに転がった。
 視界いっぱいに狩人。天井の板目も滲んで見える。

狩人「愛してる」

勇者「……知ってる」

狩人「知られてた」

勇者「まぁ、な」

狩人「んっ……」

 もう一度の口づけ。今度は先ほどよりも長く、貪るようで。

狩人「んっ、ふぅ……ゆうひゃ……」



94:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 20:48:04.56 ID:WnvzWUdt0

 彼女が勇者を好いているように、そして同程度には、彼も狩人のことを好いている。今こうしているさなかにも、下半身は熱を帯び、抑えきれないくらいなのだ。
 だからこそ彼は恐ろしいと感じる。愛する人の命が失われることが。そしてそれを何が何でも忌避したいと願う。

 けれど。
 自覚はあるのである。自分は少女より、老婆より、狩人より弱い。コンティニューという奇跡は彼に対しての護法であり、彼の愛する人に対しての護法ではない。

 この世の中、人を愛すためには、守る力が必要なのだ。
 そして彼には力がない。

 彼女の肩をつかみ、引きはがした。

狩人「ぷはっ……」

勇者「ごめん」

狩人「……」

狩人「勇者、違うんだよ」

 先ほど彼が彼女に言ったように、あくまで優しく、狩人は言った。



95:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 20:48:55.04 ID:WnvzWUdt0

狩人「わたしはわかってる。だから勇者は苦しんでる」

狩人「人が死ぬのは悲しいから」

勇者「そうだ……」

狩人「あのね」

勇者「もういい」

狩人「……」

勇者「もう、やめてくれ」

勇者「俺はただ、手の届く範囲だけを守りたかったんだ……」

勇者「それもできないなら、俺は高望みをするべきじゃない」

狩人「でも結局、勇者にできることって、一つしかない」

勇者「……?」

狩人「守ること。昔、勇者がわたしを守ってくれたみたいに」

狩人「もちろん私はもう守られるだけじゃない。勇者のことを守りたい」

狩人「だって、好きだもの」



96:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 20:49:45.17 ID:WnvzWUdt0

 口づけ。
 狩人はふうわりとした笑顔を勇者に向けた。乙女の、天使の、笑顔。

 選択を迫られているようであった。臆病風に吹かれて彼女を突き放すのか、失う恐怖を抑え込んで彼女を抱くのか。
 考えるまでもないのだ、本来は。しかし、心の奥に深く根を張った毒草は、厄介なことに、至極生命力が強い。

 狩人は困ったように眉根を寄せて、「まったく」とつぶやいた。
 そうして胸元に飛び込んでくる。

狩人「あー」

勇者「ん?」

狩人「落ち着く」

勇者「そうか」

狩人「心臓の音が、聞こえる」

勇者「このままがいいか?」

狩人「我慢できない」



97:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/12(木) 21:03:57.53 ID:WnvzWUdt0

 狩人の手がゆっくりと勇者の下腹部を這っていく。
 艶めかしい……意思を持った動きだ。

勇者「……待ち合わせがあるぞ」

狩人「こんなになっといて、私をこんなにしといて、何言ってる」

狩人「初めてだけど、がんばるから」

 陰部に触れた指先の刺激は、体中を電光石火で走り抜ける。
 忘れて久しい感覚。最初に出会った僧侶が教えてくれた快楽。
 彼女も死んだ。

 分水嶺であった。勇者は狩人の肩をつかんでいる手に、力を込める。
 引きはがすよりも先に狩人が退く。

狩人「――なんて、嘘。勇者の答え、待つから、大丈夫」

 困ったような笑顔の彼女に、勇者はかける言葉がない。

狩人「……ばーか」ボソッ



101:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/13(金) 15:18:30.84 ID:T4ozyPJw0

―――――――――――――――――――――――

 隣室。老婆と少女が滞在している。
 少女は元気だと主張していたが、老婆にはそれが虚勢だとすぐに知れたし、実際少女はベッドに寝転ぶや否や熟睡し始めた。
 少女の栗色の髪の毛を撫でながら、老婆は窓の外へと視線をやる。
 胸の透くような青空だ。
 実に腹立たしい。

 何もこんな天気の良い日に、あの王め、あんな発表をしなくてもいいものを。
 老婆はため息を一つ、大きくついた。

「――」

 隣室から聞こえてくる、微かなやりとり。狩人のものだと判断が付く。
 あの二人を同室にした時点でわかっていたことであったが……勇者にも、狩人にも、思うところはあるのだろう。これまでの旅路はどうであったのだろうか。ふと疑問がわいた。

老婆「まぁ若いということはいいことじゃ」

 自分も昔は――いや、やめておこう。益体のない考えをする時間はもうない。
 老婆はゆっくりと杖を手に取る。一振りすると亜空間の入り口が開き、中から一つの金属が落下してきた。

 繊細な金属細工である。これ一つ質に入れれば、それだけで半年は生活できるだろう。何しろ純銀で、それに精緻な意匠が施されているのだから。

 金属細工は王家の紋章を象っていた。



103:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 09:26:54.05 ID:W3EaA2D20

――――――――――――――
 太陽がわずかに傾き始めたころ、宿屋の入り口にて、四人は顔を突き合わせていた。

勇者「これからどうするか、だが」

狩人「私は勇者と一緒ならどうだっていい」

少女「アタシは魔王さえ倒せればいい。でも、王様が軍隊派遣するんでしょ?」

老婆「それについてなんじゃがな?」

 老婆は鋭く三人を伺い、言う。

老婆「王城へ向かう」

勇者「そりゃどういうことだ」

老婆「どうもこうも。そのままの意味じゃ」

 老婆はあっけらかんと言うが、勇者を含む三人は意味が分からない。そもそも王城は許可がなければ入れない。衛兵を打倒していくとでもいうのか。
 名声があれば別だが、単なる旅団である四人には、そんなものなど存在しない。



104:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 09:27:38.01 ID:W3EaA2D20

勇者「入れてくれるわけないだろ?」

少女「そうだよっ!? しかもあんな発表のすぐ後で……忙しいに決まってるよ!」

勇者「ついボケたか、ババア――ぐはっ!」

 咽頭に叩き込まれた水平チョップで勇者は悶絶する。
 激しく咳き込む勇者を横目に、老婆は杖の先で空間に一本線を描いた。
 本来何も生み出すことのない動作であるが、その時ばかりは違う。空中に僅かな亀裂が走ったかと思うと、急激に膨張し、丸い入り口となる。穴の向こうは暗闇だ。

狩人「なに、これ」

老婆「転移魔法じゃ。これで、王城へと入る」

少女「え、それって……大丈夫、なの?」

老婆「大丈夫じゃ、わしを信じろ」

 そう言われてはぐうの音も出ないのか、少女は小さく「うん」と頷いた。

勇者「本当に大丈夫なんだろうな。とっ捕まって不敬罪、なんて冗談じゃねぇぞ」

老婆「いちいち細かくうるさい男じゃのう、先にいっとれ」

 言うや否や老婆が勇者の背中を蹴り飛ばし、暗闇の中へと叩き込む。

老婆「ほれ、行くぞ」

 追って三人も暗闇へと飛び込んだ。



105:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 09:32:16.67 ID:W3EaA2D20

 時間にして一秒かそこらだろう。三人の足に衝撃が伝わる。柔らかい、絨毯のような感覚が足の裏にある。
 降り立った先は部屋であった。一般的と言えばあまりにも一般的なベッドが一つ、木机、そして書架。部屋の半分を埋め尽くす本は、棚に収まりきらず、地面に平積みされている。

勇者「いてて……」

 勇者が繊毛の上に倒れ伏している。どうやら着地に失敗したようだ。

少女「おばあちゃん、ここは……?」

 それは狩人と勇者の疑問でもあった。受けて老婆は口の端を歪める。

老婆「城内。儀仗兵長の部屋じゃ」

勇者「お偉いさんじゃねぇか。大丈夫なのかよ」

老婆「なに、どうということはない」

 勇者はふと違和感を覚えたが、その原因に至るより先に、背後から声。

??「あ、あなたたち、なにをやっているんですか!」

 慎ましやかな声が不釣り合いなほどに大きく響いた。
 女性である。法衣を身にまとい、小ぶりの儀式杖を右手に握っている。中年一歩手前といった風体だが、モノクルの奥の瞳はいまだ子供の輝きである。

 勇者は一瞬剣を抜こうとして――いや、そんなことをしてしまえば大ごとだ、慌てて剣の柄から手を離す。
 どうやってこの場を切り抜けるべきか。高速で回転する頭脳を停止させたのは、運転のきっかけである女性自身であった。

女性「って、えー!? なんであなたがここにいるんですか!」



106:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 09:39:35.62 ID:W3EaA2D20

 「あなた」が誰を示しているか、すぐに合点がいった。
 女性だけでなく、勇者も、狩人も、少女も、老婆を見る。

老婆「久しぶりじゃな、儀仗兵。いや、今は兵長か」

儀仗兵長「そんな軽く言わないで下さいよ! 許可は、って、あるわけないですよねっ?」

老婆「野暮用でな。少し話がしたい。時間を寄越せ」

儀仗兵長「……」

 どうやら女性――儀仗兵長は絶句しているようだった。それ無論勇者たちとて同様である。知り合いであるらしいが、それにしてもいきなり乗り込んで「時間を寄越せ」とは。
 儀仗兵長は僅かに困った顔をしていたが、すぐに諦観のそれへと変わる。大きくため息をついて、

兵長「わかりました、わかりましたよ、もう。人払いの護符張りますから」

 と、懐から一枚の札を取り出し、兵長は扉に張り付ける。

老婆「さて」

 老婆は椅子に腰かけながら言った。兵長はもう一つの椅子に座り、三人はベッドに腰を下ろしている。

老婆「話は単純でな。……わしらを、魔王討伐軍に入れてほしい」

少女・勇者「「え?」」



107:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 10:47:00.51 ID:W3EaA2D20

勇者「お前、いきなりだろそれは!」

老婆「なに、そちらのほうが早いじゃろう。使えるものは使わねば」

兵長「ちょっとちょっと、待ってください。まだ許可したわけじゃ」

老婆「損はさせんぞ?」

兵長「そんなのはわかってますけど!」

老婆「老い先短いババアの頼みじゃ、聞いてくれよ。わしだけじゃなくて、この三人も実力は相当なものじゃ。お前といい勝負ができるかもしれん程度に」

兵長「……どうせ言っても聞かないんでしょう? まぁ兵士を公募するのは既定路線です、ねじ込むことは難しくないでしょうが……」

老婆「すまんな」

勇者「何が何だかわからん」

少女「アタシもよ」

狩人「うん」

老婆「紹介が遅れたな。この三人は、わしと一緒に旅をしておる。これが孫で、勇者と狩人じゃ」

兵長「初めまして、私はこのお城で儀仗兵長を務めています。老婆さんとは……なんといったらいいのか」



108:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 10:47:28.67 ID:W3EaA2D20

老婆「知り合いでな。使わせてもらった」

兵長「まったくもう……変わらないんですから」

老婆「じゃあ行くぞ」

兵長「え? 老婆さんも来るんですか?」

老婆「そっちのほうが話が早い。年寄りだと馬鹿にする連中もいるじゃろう。実力を見せてやらねば」

老婆「ということじゃから、待っててくれ」

勇者「はぁ」

兵長「わかりました、わかりましたよ、もう。え? 今からですか?」

 ぶつくさ言いながら、兵長は扉を開けて廊下へと出る。老婆もそれに続いた。

兵長「済みませんが、ここで待っていてください。人払いの護符は残しておきます。くれぐれも廊下に出ないよう」

兵長「ちょっと、老婆さん、別にいいんですけど、王城ふっとばさないでくださいねっ?」

 蝶番の軋む音なく、静かに扉が閉まる。二人は廊下を歩いているのだろうが絨毯のためか足音は聞こえてこなかった。

 そして部屋には呆気にとられる三人が残された。



109:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 10:53:03.88 ID:W3EaA2D20

狩人「なんか、やばい言葉が最後に聞こえた」

少女「うん……」

 しばし呆然としている三人。
 昼からこっち、急といえばあまりにも急な展開に、正直なところついていけないのが実情であった。より遡れば村の火災から兵士の集団に襲われたところから。
 それらが全て独立した事象であるとは三人も思っていなかった。全てが絡み合っているのかは定かではないにしろ、不穏な空気が国を包んでいるのは理解できる。
 自分たちが知らないだけのミッシングリンクも数多く存在するのかもしれない。

 反面、老婆は少なくとも三人より何かを知っているようだった。年の功か、独自の情報網か。とりあえずは彼女についていけば間違いはないのだろう。

勇者「なんだったんだ、あれは」

少女「わかんないよ。アタシだって何が何だか」

狩人「たぶん」

 廊下へと続く扉から視線をずらさず、狩人は言う。

狩人「おばあさんは、ここに勤めていたことがある」



110:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 10:53:57.61 ID:W3EaA2D20

勇者「可能性は大だが、ここは王城だぞ? エリートっていうレベルじゃあない」

勇者「ガキ、お前はなんか知らないのか」

少女「ガキっていうな。……そうだね、アタシ、おばあちゃんが若いころ何してたかってのはわからないから、ありうると思う」

狩人「転移魔法でここに来たから」

少女「?」

勇者「あぁ。そういうことか」

少女「ちょっと、どういうことよ」

勇者「ばあさんの転移魔法は一度来たところにしか行けないんだろ。じゃあばあさんは一度はこの部屋に来たことがあるんだ」

少女「あぁ。……あー」

勇者「もしかしてお前のばあさん、結構要人だったりする?」

少女「わ、わかんないよそんなのっ。アタシが生まれたときからずっと村にいるって聞いてただけで……」

狩人「もしかしたら、以前になにか、あるのかもしれない」

勇者「しかし、戦争か。それが当然なんだよな。旅の一行が魔王を倒すのを待つよりも」

少女「隣国との情勢も安定してきたってことなんでしょ」

 水資源、鉱山資源をめぐる隣国との争いは、収まりつつあるとはいえ鎮火したとはいえない。安心して背中を向けられるところが存在しないのは、魔族との全面戦争に踏み切らなかった理由の一つでもあった。



111:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 10:55:08.21 ID:W3EaA2D20

勇者「恐らく志願者は多いだろう。映像魔法で戦争のことは人口に膾炙した。もしかするとほかの国からも人が来るかもな」

 魔王軍で割を食っているのはなにもこの国だけではないのだ。

狩人「世界が平和になるなら、過程はそんなに気にならないけど。でも、大丈夫なのかな」

少女「大丈夫かなって?」

狩人「それこそ、隣国が攻めてこないか、とか」

少女「その辺は講和を結んでるんじゃ? 政治には疎くて、どうもね」

 このような動きが起こるということは、隣国ともいくらか密約が交わされているのだろう。もしかしたら隣国も軍隊を編成しているのかもしれない。

 魔王軍に進軍を行う際の問題は、何より背後から刺されかねないことである。この場合は隣国が刃にあたる。
 そしてもう一つ、勝手に軍備を進めては、隣国に要らぬ不安を与えることにもなりかねない。摩擦は火種の原因だ。どんな動きをするにしろ、他国に情報を伝えなければいけない。

勇者「鍛錬と旅ばっかりしてるからな、しょうがない」

少女「平和になったらどうしよう。腕っぷしだけじゃ渡っていけないよねぇ」

狩人「それはみんな同じ。わたしも、勇者も」



112:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 10:55:40.78 ID:W3EaA2D20

少女「狩人さんはまだ生きてくスキルがあるからいいけどさ」

狩人「というか、勇者に養ってもらう」

少女「やしなっ……!? そ、それって、つまり……」

狩人「そういうこと」

少女「勇者! あんたねぇっ!」

勇者「そんなことを言われても困る……」

老婆「ただいま」

勇者「うおっ」

 老婆が唐突に勇者の背後へと姿を現す。お得意の転移魔法だろう。

勇者「いきなりだな。びっくりするじゃねぇか」

老婆「ちょっと詰所に来てほしい」

勇者「詰所って、兵士詰所か? なんで」

老婆「入隊試験じゃ」



114:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 19:43:54.55 ID:W3EaA2D20

―――――――――――――――

 部隊の編成や志願者の入隊を一手に引き受けている人事部曰く、志願してくれる分には一向に構わないが、元来は書類審査や身元の確認がある。それらを免除するには、それだけの力量が必要である、とのことだった。
 半ば自明のことである。老婆とて、三人の実力を信じているから連れてきたのであろう。

 一対一の真っ当な真っ向勝負。勇者も、狩人も、少女も、相手の兵士と一定の間隔をあけたまま得物を握りしめている。

 傍らには複数の兵士と、儀仗兵長、そして老婆。お前も戦えよ、とは勇者は言わなかった。十人が束になっても勝てるかどうか。

 それにしても唐突なことである。それだけ状況が逼迫しているということなのか、それとも単に老婆の隠された権力の賜物なのか。
 とはいえ、現時点でそれを考慮する必要性は薄い。思考を純粋な戦闘に切り替える。

兵士A「相手に『参った』と言わせたほうの負け。制限時間はなし。武器も、魔法も、好きなものを使っていい。準備はいいよね?」

勇者「あぁ」

兵士A「それじゃ……」

 勇者は脚に力を込め、剣の柄を握りしめる。

兵士A「いくよっ!」



115:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 19:44:23.66 ID:W3EaA2D20

 合図と同時に踏み込む。相手との距離はおおよそ三歩分。剣のリーチも鑑みれば一歩半から二歩といったところか。
 すなわち、相手も踏み込んできた場合、一瞬で攻撃圏内へと踏み込むことを意味する。

 頭上からの剣戟。勇者は体の軸を僅かにずらし、必死圏内から頭をずらす。
 と、カウンターで剣を横に振り抜いた。相手が体をひねり、刃は鎧の上を流れていく。
 一歩さらに踏み込もうとしたところで相手が一足飛びに後ろへと下がる。今度開いた距離は四歩。互いが同時に踏み込んだとして微妙なところだ。

 僅かに互いの呼吸を図る間が生まれ、瞬間的に兵士が勇者へと切迫する。
 屈んだ低い姿勢。腰に当てた長剣。捻じりを加えられて放たれた刃は、鞘の中ですでに十分な加速をしている。

勇者「くっ!」

 剣で受け流そうとして、できない。手から落としこそしないが体勢を崩されてしまった。返す刀で攻めてくるか――と思いきや、あちらも振り抜いた事後動作が大きい。
 助かったとばかりに今度は勇者のほうから距離を取る。

勇者(なかなか強いやつが当たったなぁ。実力を図るんだから当然か)

 頬を伝ってきた汗を舌先で掬い取り、精神を賦活させる。舌先に感じるぴりぴりとした感覚は、それが何であれいいものだ。

勇者(さすがにここで死ぬわけにゃいかない。ネタバラシには早すぎる)

 電撃魔法を詠唱する。長々と諳んじている暇などないので、簡潔に、属性付加程度の効果だ。殺すのが目的でない今回はそれで十分だともいえる。



116:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 19:44:59.40 ID:W3EaA2D20

 向こうはまっすぐにこちらを見てくるばかりで、さしたる動きは見られない。間合いを計っているのか、こちらの動きを待っているのか。
 握りを確かめて地を蹴る。

勇者「っ!?」

 失敗した。勇者の脳裏に後悔がよぎる。
 踏み込んだ脚が地を蹴り、靴の裏が床を跳ね上げるその僅かな瞬間、もはや行動の制御が効かないタイミングを狙われて、長剣が飛来する。
 先ほどまで兵士が握っていた長剣が。

勇者(剣を捨てるかよ、普通!?)

 勇者は一瞬理解できない。じっとしていたのはこの瞬間を待っていたのだということはわかったが、しかし、あえて長剣を投げつけるなど。
 仕方がなしに剣で長剣を弾く。速度こそ脅威ではないが、重量は厄介である。手が痺れ、剣先もぶれる。
 勇者の視界の先ではナイフの投擲が確認できた。

勇者(こいつ……剣士っていうか、狩人タイプか?)

 長剣はカモフラージュでこそないにしろ得意武器ではなかったのだ、恐らく。
 いや、今は思考の暇すらもったいない。無傷は不可能と判断し、顔、喉といった重要部位だけを守り、一気にナイフの中を突っ切る。

勇者「うぉああああああっ!」

 気合の雄叫びとともに刃を走らせる。ナイフによる痛みは走るが、握力と腕力を蝕むほどではない。
 兵士の懐に勇者は飛び込んでいる。この距離ならば外すことはない。



117:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 19:45:36.42 ID:W3EaA2D20

 金属と金属のぶつかる音が響く。
 なぜ、と尋ねる余裕はどこにもなかった。括目するまでもなく、勇者の剣は兵士の剣に阻まれていたからである。
 紫電が走る。刃に込められた電撃は兵士の剣へと注ぎ込まれ、そして、

兵士A「っ!」
勇者「っ!」

 存外軽い音が響いた。
 兵士の持っていた剣が内部からふくらみ、弾け、空気中に霧散し溶けていく。
 魔力で編まれた金属なのだ、恐らく。魔力で剣や防具を具現化する者には勇者もかつて出会ったことがあった。

 意識を驚愕から戦闘へと引き戻したのはほぼ同時であった。
 兵士の反対側に手に握られたナイフが勇者の背中を狙う。

 避けるか? 切るか? 鈍化した思考の中では寧ろ本能と経験だけが活きる。勇者はそれを短くない戦いの中から悟っていた。重要なことは全て肉体に刻まれている。

 白く霞がかる意識の中で、勇者は刃を振り抜いた。



118:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 19:47:02.84 ID:W3EaA2D20

 鮮血が飛び散る。大した量ではない。痛みは――ある。が、覚悟を要するほどでもない。
 対峙していた兵士が倒れていた。腹から血を流している。死にはしないだろうが、安静にしていたほうがよいだろう、程度の傷である。

 倒れて腹から血を流しながらも笑っていた。「参りましたよ」と困った風に言うその声で、勇者は初めてその兵士が女であることを知る。

 背中の痛みは引いていた。どうやら鮮血は兵士のものであって、勇者を狙った刃は鎧の隙間を撫でる程度に終わったらしい。

 それもそのはずかもしれない、と彼は一人で思う。鍛錬こそそこそこだが、代わりに幾度もの死を経験してきているのだ。どの程度の攻撃でどこを狙われたら絶命するのか十二分に知っている。
 それすらもアドバンテージとして捉える武芸者脳に辟易するが、旅人の宿命なのだろう。勇者は床に座り込んで大きく息を吐く。
 呼吸すらも忘れていた気がした。



119:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 19:51:41.51 ID:W3EaA2D20

―――――――――――

 どうやら無事に狩人と少女も勝利を収めたようだった。

勇者「あんまり派手にやらなかっただろうな」

少女「当然でしょっ。あんたも、ふん。死ななかったみたいね」

 それだけ言うと少女は足早に去り、老婆の下へと向かってしまう。

狩人「おつかれ」

勇者「おう、お前も、お疲れ様」

狩人「大丈夫だった?」

勇者「ま、な。ここで死んでられないわ」

狩人「うん。うん。そうだね、ふふ」



120:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 19:54:01.89 ID:W3EaA2D20

老婆「おい、二人とも」

 一段高いところから老婆が声をかける。そばには僅かに衣装の異なる鎧を身に着けた兵士が立っている。
 二メートルに届くかという巨躯に勇者は圧倒されそうになったが、気を取り直して軽々近づいていく。

老婆「こいつは指揮官。軍隊を掌握する権限を持っている。直属ではないにしろ、わしの我儘を聞いてくれたナイスガイじゃ」

 老婆が鎧を撫でる。気のせいか大男――指揮官が体を震わせたような気がした。

勇者(ま、気持ちはよくわかるけれども)

老婆「お前も後でしてやろうかえ」

勇者「思考を読むな」

指揮官「とりあえず、話を切りかえようか」

 見てくれ通りの野太い声であった。しかし粗野な雰囲気はしない。誠実そうな、武人のイメージが想起される。



121:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 19:55:04.03 ID:W3EaA2D20

指揮官「特例ではあるが、なるほど、確かに実力者のようだ。我々は君たちを歓迎しよう。詳しい話は追って伝える。とりあえず、おばあさんとともに部屋で待機してくれ。場所は儀仗兵長が教えてくれる」

 三人の背後には儀仗兵長が笑顔で立っていた。三人、そして老婆は、促されるままに儀仗兵長のあとをついていく。

儀仗兵長「みなさんお強いんですね。失礼かもしれませんが、わたし驚いてしまいました」

少女「別に、当然だしっ」

 にやけながら少女が言う。
 勇者はそれを聞いて、はて、どうだろうかと思った。少女がではなく、自分がである。
 コンティニューという名の奇跡は言うなれば外法だ。それがなければ自分はここに立っていなかっただろう。

 外法に頼り切った結果の強さを、少女や狩人と言った生え抜きの強さと比較してもいいものか、彼には判断が付きかねた。

 通されたのは客室であった。入隊試験に合格した以上、兵士の隊舎に入るのが常なのではと思ったが、とりあえずの処置なのだろう。追って連絡が来るはずだ。

儀仗兵長「それでは、また呼びに来ますので、ごゆっくりと」

 ゆっくりと扉がしまる。蝶番の軋む音がしないのは、さすがは王城と言ったところだろう。



122:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 19:56:55.86 ID:W3EaA2D20

勇者「で、だ」

少女「そうだよおばあちゃん、詳しい説明をしてよっ!」

狩人「こんなコネクションを、持ってたなんて」

老婆「まぁまぁ、三人ともそう慌てるな。長い話になってもあれじゃから、端的に説明すると……そうじゃな」

老婆「わしは昔、王城に勤めていた」

 さもありなん。その答えを予想していなかった三人ではない。

老婆「あれは昔……わしが紅顔の美少女だったころじゃ」

勇者(なに言ってんだこいt「――ごふっ!?」

老婆「人の悪口を言うでない」

勇者「なにさらっと人の心読んでんだ!」

老婆「わしは王城で魔法の研究や後輩の育成に力を注いでいた」

勇者「無視かよ」

老婆「あのころは特に隣国との関係が逼迫し、戦争は不可避と思われていた時代じゃ」

老婆「互いに利権を求めてな……そして結局、戦争は起きた」



123:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 19:57:36.95 ID:W3EaA2D20

 自然と喉が鳴る。それは恐らく三人が生まれていない時代の話だ。

老婆「ま、幸いにしてそれほど規模は大きくなかったがな」

老婆「わしも当然参加した。結果的には勝利したが、彼我ともに死傷者多数の惨事じゃ」

老婆「わしは勝利の功労者として表彰を受け、勲章を賜った」

 苦虫を噛み潰したような、吐き捨てるふうに老婆は言った。三人はそれを疑問に思う。胸を張ることでさえあっても、憎むようなことではないのでは、と。

老婆「しかし、王城勤めが嫌になったのもそのころじゃ。わしゃ、政治とは無関係な世界で生きていたかったんじゃよ」

老婆「田舎へ帰っても、一応交流は続けていたが、それがこうやって生きるとは思わなかった」

少女「初耳なんだけど」

老婆「いや、悪い悪い。タイミングがなくてな」

少女「お母さんたちは知ってるの?」

老婆「大体はな」

少女「なによ、もう……」



124:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 19:58:47.84 ID:W3EaA2D20

狩人「でも、どうして?」

老婆「なにがじゃ?」

狩人「どうして急に王城勤めになろうだなんて」

老婆「魔王を倒すという目的のためなら、こっちのほうが手っ取り早いじゃろ」

老婆「軍隊が組まれ、戦争が不可避になってしまった以上、強いものの尻馬に乗るほうが合理的じゃよ」

狩人「わたし、世情に疎いからわからないけど、なんか嫌な感じがする」

勇者「嫌な感じ?」

狩人「うん。言葉では説明できないんだけど」

老婆「ま、いざという時はわしがなんとかするから安心せい。ひょひょひょ」

勇者「……」

 老婆は声こそ笑っているが、目ははっきりと笑っていない。勇者はそれを感じ取った。
 また、狩人の言葉も気にかかる。彼女には類稀な直観が宿っている。先日の村の焼き討ちとも合わせて、自分たちの知らないところで、世界がどんどんと先に進んでいく気がした。



125:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 19:59:16.98 ID:W3EaA2D20

――――――――――――――

 一週間後。
 四人は王国軍の隊舎に移り住み、それぞれがそれぞれの訓練、教育などを受けていた。
 王国全土から兵を募るというのは嘘ではなかったようで、義憤に駆られたもの、一旗揚げようと思っているもの、様々な手合いが見える。
 勇者はその中で目立たないようにひっそりと暮らしていた。

兵士A「やあ」

 午前の訓練を終えて一息ついている勇者の下へ、一人の女兵士がやってきた。
 鎧の隙間から包帯が見える。そしてこの声には聴き覚えがあった。

勇者「入隊試験の時の」

兵士A「お。ボクのことを覚えていてくれたんだ、光栄だねぇ」

勇者「怪我は大丈夫か? 悪かったな」

兵士A「や。負けたほうが悪いのさ。そういう世界にボクたちは生きてるからね」

兵士A「それにしても、なんだい。全然訓練に手抜きしてるじゃないか」

勇者「そう見えたかな」

 そうであった。勇者は自らの実力を抑え、いわゆる「落ちこぼれ」扱いされている。
 理由は単純で、強い相手と組みあいたくないからである。何が原因で加護がばれてしまうかわかったものではない。



126:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 19:59:52.70 ID:W3EaA2D20

兵士A「ま。ボクはとやかく言わないけどね」

兵士A「見る人が見たらわかるんだから、往生際悪くならないように」

兵士A「ボクが化けの皮をはがしてやってもいいんだよ? いつかのリベンジで」

兵士A「今度は本気でお相手するよ」

勇者「そうならないように願ってるよ」

兵士A「はは、それじゃあね、ばいびー」

 兵士Aはあっけらかんと手を振り振り、扉の向こうに消えていく。そちらは上官の詰所がある。

兵士B「おいおい。あんちゃん、あの人と知り合いなのかよ」
兵士C「きゃわいいよなぁ。俺の田舎にゃあんな上玉いなかったぜ」
兵士D「なぁ俺たちに紹介してくれよ」

 傭兵上がりと思しき兵士たちが勇者へと近づいてくる。面倒くさいのにからまれたな、と思いながら、余所行きの顔で応対する。

勇者「入隊試験の時にお世話になりまして」

兵士B「うらやましいぜ。俺の時なんてきたならしいおっさんだったからな」

 あんたも汚らしいおっさんだろうとは言わず、曖昧に返事を返すばかりだ。

兵士C「それじゃあよろしくな、あんちゃん、はっはっは!」バシバシ

 粗野な声を上げて三人が去っていく。兵士Cに叩かれた背中が痛いけれど、仕方ないと飲み込むことにした。



127:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 20:00:22.48 ID:W3EaA2D20

兵士E「だ、大丈夫ですか?」

 声をかけてきたのは、当然というか、兵士である。ただし随分と若い。
 恐らく元服を過ぎたあたりだろう。おっかなびっくり勇者のことを見ている。

兵士E「あの人たち、その……ちょっと乱暴だから」

 声変わりも途中のようだ。声音に多少黄色い部分が垣間見える。
 勇者は彼のことを知っていた。彼は勇者と同じ「落ちこぼれ」である。剣の素養も体力も、明らかに劣っている。それゆえ同時期に入隊したほかの兵士から虐げられる存在だった。
 改めて少女が埒外であることを確認する。彼女ほど年齢と戦闘力に差がある存在もあるまい。

勇者「大したことじゃない」

兵士E「あ、そ、そうですか。すいません……」

勇者「……なんでそんなおどおどしてるんだ」

兵士E「え? あ、してますか、ごめんなさい」

兵士E「あの、俺、農家の五男で、家にいてもしょうがないし、頭もよくないし、だから」

兵士E「親が、『いい機会だから』って」

勇者「……そうか」

兵士E「あの、それじゃ、はい」

 そそくさと兵士Eは去っていく。



128:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 20:00:51.42 ID:W3EaA2D20

「いい機会」それは、この機会に鍛えなおしてこいという意味か。
 それとも、口減らしの口上として最適だったということか。

 いや、考えるべきではない。勇者は頭を振る。
 彼らの中で一体何人が生きていられるだろうか? それの保証がされないのであれば、深く接するべきではないのだ。

 と、鋭い声で伝令が城内へと駆け込んできた。

 伝令はすぐさま城門へ集合するようにと叫んだ。
 魔物の討伐に向かうのだ、と。



129:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 23:44:36.20 ID:W3EaA2D20

――――――――――――――――

 事情は単純であった。魔物がとある町を襲い、偶然にも駐留していた兵士団が撃退した。逃げていく魔物の後を追うと、今まで知られていなかった拠点を発見したというのだ。
 広場に勇者たちは集められ、壇上に立つ兵士Aの話を聞いている。
 初めての出撃に緊張している者もあれば、気炎を上げている者もあった。

 勇者は運よく――もしくは悪く――討伐隊に選出された。兵士Aをトップに据える一個小隊である。
 兵士BからEまでもいることを考えれば、あの場にいた新米兵士があらかた選ばれているのであろう。
 彼我の戦力差はわからないが、上層部は新米に経験させるつもりなのかもしれない。

 狩人や少女、老婆の姿は見当たらない。隊の組み分けの時点で離ればなれになった彼女らとは、もう三日ほども顔を見ていない。

勇者(狩人のやつ、寂しくしてねぇだろうか)

 うぬぼれとも取られかねないことを思ってみる。
 なんだかんだで狩人は強かだ。何とかやっていけているだろうが。



130:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/14(土) 23:45:17.09 ID:W3EaA2D20

兵士A「や。みんな、元気ィー?」
兵士たち「うぉおおおおおおおお!」

兵士A「いきなりで悪いんだけど、これから魔物の討伐に向かいます」

兵士たち「うぉおおおおおおおお!」

兵士A「規模がまだわからないから、斥候って感じね。新米の人たちは頑張ってEXPためてねー」

兵士たち「うぉおおおおおおおお!」

 冷静な兵士Aと、熱狂がうねる兵士たち。まるでアイドルのコンサートだ。
 もちろんただやる気がありすぎるだけなのだろうが……。

兵士A「元気があってよろしい。けど、気だけは抜かないでね」

兵士A「死ぬから」

 冷たくきっぱりと兵士Aが言い切る。その声音は兵士たちに冷や水を浴びせるには十分だったようで、先ほどまでの喊声は鳴りを潜め、どこからか喉を鳴らす音すら聞こえた。

兵士A「ん。みんなわかってくれたようだね。それじゃ、行こうか」



131:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/16(月) 23:48:09.72 ID:soZzpkCE0

―――――――――――――
 二日間の野営の末に辿り着いた町は比較的規模の大きいところであった。
 魔物もわかっているのだろう、彼らはあまり大都市を襲わない。襲われるのは大抵周辺地域の農村などが主だ。
 その点で今回の事例は珍しいものであると言えた。

 とはいえ、一回の兵士である勇者には、その辺りの事情はまったく気にならない。究極的には魔王を倒せればそれでよいのだ。

兵士A「宿できちんと寝た? 朝ご飯はたっぷりとった? 体は資本だからね」

兵士A「さ。これから本格的に拠点攻略に入るよ。第一隊から第三隊まで、各自小隊長が点呼、その後問題がなければ中天の時刻より第一隊から突入開始」

兵士A「今回は町が近くにあるということで、兵站を気にしなくてもいいと言うこと、駐屯が楽であるということから、深入りはしない」

兵士A「問題が起こる前に、目敏く発見し、各自ボクや小隊長に報告してちょうだい。以上」

 拠点は森の中にある洞穴であった。恐らく地下空間が広がっているのだろう。中から生温い、瘴気を纏った風が吹いてくる。
 勇者は第二隊だ。点呼が終了し、第一隊の突入を待つことになる。中には先ほどであった、あまり柄の良くない兵士Cがいた。BとDは別働隊のようだ。



132:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/16(月) 23:48:37.83 ID:soZzpkCE0

勇者「どれくらいの大きさなんだろうな」

 これまで様々な砦、洞窟を攻略してきたが、地下に広がる洞穴へは足を踏み入れたことはない。
 経験としては、余程の規模でなければ自分と狩人だけで十分だった。ただそれは何より死んでも生き返れるという反則技のおかげでもある。安全を期すならやはり数十人はいるべきなのか。

 配給された袋の中を漁る。水と、食糧……林檎や干し肉だ。得物が配給されないのは、各自が使い慣れたものを使えということだ。
 勇者は無造作に林檎にかじりつく。手放しでうまいと言える代物ではなかったが、無為を紛らわすには十分すぎる。

兵士A「ん。なに、心配なの?」

勇者「A……今は小隊長殿か」シャリシャリ

兵士A「呼称を気にしなくてもいいけど。勇者くんはこんなの慣れっこじゃ?」

勇者「まぁな。ただ、集団行動は勝手が違う」シャリシャリ ゴクン

兵士A「あ。だよね。それでもいざとなったら頼んだよ」

勇者「冗談だろ」

兵士A「こんなところで冗談なんか言わないよ」



133:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/16(月) 23:49:51.46 ID:soZzpkCE0

 兵士Aの瞳がまっすぐ勇者を覗き込む。

勇者「……」

兵士A「ね。ボクは、力がないのはしょうがないと思ってる。けど、力がないフリをするやつってのは、馬に蹴られて死ねばいいとも、思っているよ」

勇者「俺は弱い」

兵士A「え。勇者くんがそれを言っちゃうのってどうなの」

勇者「もっと強いやつはいっぱいいる」

兵士A「確かに老婆さんは超弩級だよねー。女の子も狩人さんも弩級って感じだし。あ、知ってる? 弩級の弩はドレッドノートの弩なんだけどね?」

勇者「……」

兵士A「ま、いいや。上を見てもきりがないし、下を見てもきりがないボクらとしては」

兵士A「今の立ち位置でできることをするしかないんだよ」

兵士A「あはっ。それじゃあね。約束守らないと殺すからね。ばいびー」

 さらりと恐ろしいことを言って、兵士Aは指揮系統の集団に戻っていく。

勇者「……」



134:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/16(月) 23:50:52.02 ID:soZzpkCE0

 今の立ち位置でできることをする。それは狩人も先日言っていたことである。
 勇者の強さは、それこそ中の上である。上にも下にもたくさんの他人がいる。
 だけれど彼は、誰かを救いたいのだ。

 この世界には縦にも横にも不幸が多すぎる。嘗てから彼が述懐しているその台詞は、彼の全ての苦悩を包含している。
 今こうしている間にも国内では貧困に苦しむ農民がいるだろう。エンクロージャーに苦しむ小作農がいるだろう。
 また、魔物に襲われている村々もあるかもしれない。実の両親からの虐待で殺されそうになっている少年少女がいるかもしれない。

 勇者は全てを救いたかった。そんなことできるはずないと知っていて尚、彼は諦めが悪かった。断念という言葉に対して狭量であった。

 彼は知っている。仮に自分が世界で最も強い人間であっても、人間である以上、彼の手の届く範囲は限られている。
 空間的にも、なおさら時間的にも、苦しんでいる人間すべてを救うためには、彼は人外にならなければいけない。神か妖精にでも。

 寧ろ強さなど関係がない、意味がないと断定してしまうのは単純である。どれほど強くなっても不幸を救えないなら、強さなどは無関係ではないか。
 違うと勇者は頭を振った。彼はすでに散々な死を散々見せつけられてしまっている。もう血の臭いも嗅ぐのも絶望にうなされ悪夢で目が覚めるのも嫌なのだ。そのために強くなりたいのだ。

 否。強く在らねばならないのだ。



136:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/17(火) 08:12:25.69 ID:qwJ/f0zF0

 なんだか無性に業腹だった。というよりも、思考の乱雑加減に苛立ちを覚えた。汚い部屋を見たときの苛立ちと同じようなものだった。
 憂さを晴らす術がない。狩人も少女も、あまりどうでもいいが老婆もいない。
 むしゃくしゃしてもう一度林檎を齧ろうと顔の高さまで持ち上げた瞬間、飛来したナイフが貫いた。
 鼻先一センチに突如現れた切っ先に驚かないわけがない。勇者は思わず座っていた切り株から転げ落ちる。

勇者「うわっ!」

兵士A「『配給された食料は各隊で小隊長の指示に応じてとること』……勇者くん、規律違反だよ」

勇者「……きっついねぇ」

――――――――――――――――



137:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/17(火) 13:11:14.08 ID:7cyJBucg0

――――――――――――――――
 ややあって、勇者はようやく洞穴の中へと足を踏み入れた。熟練の兵士が前後を抑え、前から二番目に小隊長、残りはその後ろに一列で続く。
 勇者は真ん中より前ほどについた。後ろには兵士Cもいて、緊張しているのかあたりをきょろきょろと見回している。

兵士C「な、なぁお前、こういうところもモンスターって出るのかな」

勇者「モンスターの住処なんだからでないほうがおかしいだろ」

兵士C「そ、そうだよな。そうだよなぁ」

兵士C「いやさ、俺、傭兵だなんて名乗ってるけど、実際は野生動物を対峙するくらいしかなかったんだ」

兵士C「BやDと同じ村でさ、農作物を荒らす猪とかを退治してさ」

兵士C「な、お前倒したことあるんだろ、魔物。どうなんだよ」

 あまりにもへっぴり腰の年上に、勇者は一体どうしたものかと思案する。が、故郷を発ったばかりの自分もこんなものだったと勇者は思いなおす。
 あのころは何より夜が怖かったと記憶している。

勇者「どう、って言われても。ピンキリですが」

兵士C「ここにいるのはどっちかなぁ……」



138:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/17(火) 13:11:51.88 ID:7cyJBucg0

勇者「お」

 途中までこそ一本道であったが、すぐに大きく開けた空間へと出る。

 先頭の兵士が光る粉を撒いている。これで迷わず帰ってこられるようにするのだ。先遣隊が撒いた粉も見受けられる。

小隊長「俺たちはこっちだな。行くぞ」

 大空洞を、松明を頼りに進んでいく。地盤が固いのか、存外崩落の危険性はないようだった。

勇者(圧死とか窒息死でも復活するんだろうか、俺)

儀仗兵「もし、小隊長殿」

小隊長「どうした」

儀仗兵「通信魔法で連絡が。第三隊も洞穴へ入ったようです」

小隊長「了解した。ご苦労」

 音が反響し、空洞いっぱいに響き渡る。石を蹴飛ばす音すらも拡大している。
 その時である。殿を務める兵士の足元が急激に膨らみ、土を巻き上げながら隆起していく。

兵士「くっ……敵襲、敵襲ぅううううっ!」

 隆起した土から転がりながら、兵士が叫ぶ。



139:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/17(火) 13:12:24.31 ID:7cyJBucg0

 現れたのは巨大な環形動物であった。粘液でぬらぬらとしたその全体、細かな牙の生えた口、明らかに異形のものだ。
 太さはおおよそ直径二メートル、体長は半分地面に埋まっているため定かでないが、十メートルほどはあるだろう。
 大ミミズだ。

小隊長「全体、得物を抜けっ!」

兵士「小隊長、前方からも、スライムの群体です!」

 兵士が叫んだ。待ち伏せ――いや、そんなはずはあるまい。この挟撃は単なる偶然だろう。
 小隊長は舌打ちをして応答する。

小隊長「なにっ? くそ……戦力を分散、片方を防ぎながら、まずは一方の撃破に勤めろ!」

兵士たち「「「「はっ!」」」」

 前衛と後衛に別れ、まずはミミズを叩く。スライムの溶解液よりも巨躯の突進のほうが命に係わる。
 兵士たちはそれぞれに剣や斧を振るった。当然その中には勇者や兵士Cの姿もある。見てくれ通り体は柔らかいらしく、存外簡単に切り込んでいくことができた。
 後方からは儀仗兵が放つ火球が大きく粘液を焦がす。火炎魔法は苦手なのか過剰に嫌がるそぶりを見せていた。効果は抜群のようだ。
 勇者は電撃魔法を左手に溜めつつ、剣を振るう。



140:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/17(火) 13:34:51.73 ID:7cyJBucg0

ミミズ「――――――!」

 ミミズは声にならない声を上げた。透き通った泥のような声であった。
 大口を開ける。その中に儀仗兵が火球を叩き込むが、それは相手を怒らせるにすぎない。
 体をくねらせてミミズが儀仗兵へと突っ込んでいく。

儀仗兵「っ!」

兵士「とぅおりゃあああああ!」

 剣がいくつも突き刺さるが、止まらない。
 歯牙が逃げようと背を向けた儀仗兵のローブに引っかかったとき、勇者は大きく左手をミミズの粘液に叩きこむ。

 大空洞が一瞬だけ昼間の明るさを取り戻す。松明のものではない、ケルビンの高い光が満ち、弾ける音とともにミミズの体が跳ねる。
 その隙を見逃すほど勇者は愚かではなかった。剣を固く握りしめ、ミミズの、恐らく人間であれば頸部に相当するであろう部位に、深々突き刺す。青緑色の臭い体液が飛び散る。

勇者「早く! 突き刺せ!」

 その声につられて兵士たちはみな剣を突き出す。
 一本、また一本と鋼が体に打ち込まれていくたびにミミズは大きくうねり、声を上げ、そうして息絶えた。
 ミミズが倒れると地面が大きく揺れた。新米兵士たちは肩で息をし、自らの人生で初めて魔物を倒した手ごたえに感激しているようであるが、そんな暇は実は無い。

 そう、まだ終わったわけではないのだ。勇者はすぐさま剣を引き抜き反転、電撃魔法を刃に付加し、スライムの群体を切り伏せていく。
 分離したスライムの破片はそれでも緩慢な動作を続けていたが、刀身から迸る電撃で根こそぎ蒸発させられる。彼の魔法は軟体系の魔物を倒すためのみに会得したといってもよかった。

 師である賢者はすでに死んでいる。魔物の大軍に囲まれ、自らの命を犠牲にして勇者たちを助けてくれたのだった。



141:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/17(火) 13:55:28.96 ID:7cyJBucg0

 周囲から、それこそ掛けなしの歓声が上がる。

勇者(いいから早く加勢しろよっ!)

 所詮ほとんどが兵士Cのような一般市民や農民である。兵士としての責務を果たせるようになるには、一週間では短すぎた。本や鍬を剣に置き換えたからと言って、それがそのまま仕事になるわけではないのだ。
 せめて気概でも見せれば別なのだが、それすらも周囲にはないようだった。

兵士「お、俺もっ!」

 なんとか克己心に駆られた者が何人か走る。勇者の記憶が正しければ、彼らは武勇を求めてやってきた者であったはずだ。しかし、魔法を覚えていない限りはスライムに決定打を与えることはできない。

儀仗兵「下がっていてください! 燃やします!」

 儀仗兵が前に出て詠唱を始めた。手と手の間に火球が生まれる。
 勇者の視界の端で破片が蠢動する。不覚にも殺しきれない一部が存在したのだ。舌打ちをするが、遅い。
 破片は先端が鋭く研ぎ澄まされ、一挙に伸びた。標的はもちろん――スライムと言えど生物としての生存本能、危機察知能力はあるのだろう――熱源である儀仗兵。
 勇者に逡巡が生まれる。身を挺して守るか、儀仗兵を犠牲にスライムを殺すか。前者であれば自らのある種平穏な生活は望めなくなるであろうし、後者であれば彼の心に毒草が一輪増えることとなる。どちらも地獄の苦しみである。

 けれど、あぁ、考える必要などはなかったのだ。彼には身に沁みついてしまった行動原理が存在する。それは今まで彼を人間として生かしてきたものだ。
 彼は誰かを助けたかった。



142:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/17(火) 13:59:25.44 ID:7cyJBucg0

 右手に雷魔法、左手を伸ばしてスライムの動線上に。
 衝撃。スライムの触手が深々と勇者の肩の付け根を抉る――と思われた。
 しかし。

兵士C「年下にいい格好ばっかりさせらんねぇんだよっ!」

 見るからに素人くさいへっぴり腰で、兵士Cがスライムの触手を切断する。切断された部分は宙を舞い、素敵になって辺りへと飛び散る。

勇者「っ!」

 閃光が迸り、今度こそ完膚なきまでにスライムを消滅させた。後に残るのは僅かな焦げ跡だけだ。

 終わってみれば、ものの数分で終了した討伐であった。

勇者「あ、ありがとう」

 素直に勇者は礼を言った。死ぬことはないにしろ、助けてもらったことには変わらない。寧ろ死んでいてはより面倒なことになったかもしれないのだ。
 兵士Cは冷や汗で光る顔をぎこちなく笑顔に歪めながら、親指を突き出した。

兵士C「はは、ははっ。なぁに、いいってことよ! お前が頑張ってるのにおっさんが頑張らなくてどうするよ」



143:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/17(火) 13:59:59.79 ID:7cyJBucg0

小隊長「いやぁ、お前強いんだなぁっ」

 満面の笑みで小隊長が近づいてくる。祭り上げられてはたまらない。勇者は軽く受け流す。

勇者「いえ、そんなでもないです」

小隊長「謙遜しなくてもいいって。こりゃ拾い物だぁ」

 満足そうに笑う小隊長。
 初めての戦闘に腰を抜かした兵士も幾人かいるようだが、それ以外は皆健全で、手入れののちにすぐ出発できそうであった。

勇者(しかし……奥から流れてくるこの感覚、なんだ?)

 そう、悪意の宿る気……瘴気が確かに、大空洞の奥から流れてきていた。
 魔物が住むところに瘴気がたまるのは当然であるが、従来それは龍脈によって浄化される。高い濃度は、つまり龍脈が機能していないか、処理能力を超える瘴気を発生する何かが存在するということである。
 後者は当然、前者もまた捨て置ける要素ではない。理由が自然発生的ならばまだしも魔物たちの工作による可能性もある。

 どうやら小隊の中には気づいた者もいるようで、険しい顔をして奥を睨みつけている。だが、大多数は額の汗を拭うばかりだ。

勇者(大物がいる、か? ……気を付けるに越したことはないな)

 一行はまた奥を目指して歩き始める。

――――――――――――――



145:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 10:04:46.21 ID:FvCAQEFi0

――――――――――――――
 土塊が弾け飛び、インプが倒れる。
 肩の肉を抉る肉食蝙蝠を魔法で撃ち落とす。
 ゴブリンの軍勢を薙ぎ払う。

 いったいどれだけ進んだのだろう。かなりの距離を歩行しているが、通路は広くなることこそあれ、一向に収斂する様子を見せない。
 この奥には何があるのか。兵士全員が、期待と恐怖の入り混じった表情で前を見据える。

勇者(おかしい。魔物は出てくるけど、全然強くないぞ……?)

 流れてくる瘴気は濃くなる一方だ。それだのに、魔物は旺盛でこそあれ、全く低次元のものばかりが出てくる。
 濃さと魔物の強さは比例するものだ。濃い瘴気は魔物を強くし、強い魔物は濃い瘴気を発する。そのサイクルが魔物たちの厄介なところだ。

勇者(わからん)

儀仗兵「小隊長殿! 帰還命令です!」

 通話魔法を受け取った儀仗兵が言う。どうやら他の小隊も大空洞の奥までたどり着けていないらしい。日を改めて、もしくは人員を増加して、というのも詮無き話であろう。
 反面勇者はもどかしさも感じていた。こんなとき、周囲が狩人や少女や老婆ならば、犠牲を気にせず――無論悪い意味ではなく――奥へと進んでいけるだろうに。

小隊長「だいぶ歩いてもこれだしな。よし、全体、帰還だ」

兵士「しょ、小隊長殿!」

小隊長「なんだ」

兵士「光の粉が消えかかっています!」



146:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 10:05:15.47 ID:FvCAQEFi0

小隊長「なにっ?」

 これまで撒いてきたはずの粉の発光が、だんだんと薄れていっていた。
 兵士たちの間に戦慄が走る。発光がなくなるとは、即ち出入口までの道しるべがなくなることを意味する。

小隊長「こ、これは……どういうことだっ!」

儀仗兵「わ、わかりません――え? ど、どうやら他の隊でも同様の現象が起きているらしくっ!」

小隊長「もういい! 全体、走るぞ! 消えてなくなる前にだ!」

兵士たち「「「「は、はいっ!」」」」

 がちゃがちゃと鎧を激しく軋ませ、兵士たちは一目散に今来た道を駆け戻る。

小隊長「くそ、冗談じゃない、なんでこんな――ぶっ」

 「ぶ」? 誰もが疑問を浮かべて小隊長のほうを振り向けば、

 ぐらり、と、彼の体が倒れる。
 頭のない体が。

兵士「ひ、ひひ、あああああぁ……」
兵士「なんだ、なんだよ、これ」
兵士「おぇえええぇっ!」

勇者「敵だっ!」

 そんなことは言わなくてもとうにわかっているというのに、勇者は言わずにはいられなかった。
 油断をしすぎたのだ。弱い魔物しか出ないからと、瘴気の強さを見くびって。

 視線の先には鬼神がいた。



147:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 10:05:53.45 ID:FvCAQEFi0

 背丈は三メートル近くあるだろう。見るからに硬質な筋肉に包まれた体と、右手には大剣を持ち、人間のパワーファイターもかくやと言わんばかりに仁王立ちしている。
 鬼神は空いた左手で、転がっていた小隊長の頭部をつかみ――口の中へと放り込む。
 形容しがたい骨の砕ける音。愕然とする一行とは対照的に、鬼神は満面の笑みを浮かべるばかりだ。

鬼神「おうおう人間ども、折角こっちが拵えた塒、荒らすんじゃあねぇぞぉ」

兵士「ひ、……逃げろォッ!」

 とある兵士の声がきっかけとなった。恐れに背中を押され、みなが一目散に駆け出す。
 震脚。洞穴を崩さんばかりに踏み込まれた一歩で、鬼神はたやすく先行していた誰よりも前に回る。
 大剣がわずかな光を反射してギラリと光る。

勇者「避け――」

鬼神「られるわけねぇだろ! クソが!」

 鬼神が大剣を薙ぐ。

 旋風が巻き起こり、前方にいた数人の体から血が飛び散った。粘っこい音とともに、欠片が地面に落ちていく。

 勇者は驚愕した。あれは剣技ではない。技量を全く伴わない、ただの筋力による暴力に過ぎない。
 彼は別段剣技をはじめとする武術に明るいわけではない。ただ、あれが獣の行いであることはわかった。そしてただ横に薙ぐという行為で数人もの命を絶てる鬼神の膂力も。

 まるで大型の少女を相手にしているようだった。醜悪な顔をしていないだけオリジナルのほうが万倍もましだ。



148:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 10:12:47.80 ID:FvCAQEFi0

兵士「く、くっそぉおおお!」

 果敢な兵士が突貫する。

 鬼神はそれを見、にやりと笑った。
 勇敢であると褒めたのか、無謀だと嘲ったのか。

 大上段に構えられた兵士の剣が、大きく鬼神に叩きつけられた――そう、叩きつけられたという表現が正しい。
 刃は皮膚を内側から盛り上げている筋肉の前に文字通り歯が立たず、大きく歪んでひしゃげた。鬼神の赤い肌には傷一ついていない。
 彼にとっては恐らく、今の一撃は、幼児が駄々をこねた程度にしか効いていないのだろう。

鬼神「じゃ、やり返すぞぅ――と!」

 鬼神が大上段に振りかぶる。
 兵士は顔を大きく歪めたが、それは鬼神にとってはスパイスにしかならない。ひしゃげた剣でなんとか身を守ろうとするが、頭上から振り下ろされた温度の無い刃は、剣のなりそこないなど意にも介すはずもなかった。

 大剣が大きく地面に突き刺さる。
 地獄絵図にも描かれないであろう「人であったモノ」が、両側に倒れる。

 まさに阿鼻叫喚であった。逃走も闘争も叶わないと知ったとき、人間という種はもはや泣きわめくこともできないらしい。兵士たちはみな尻もちをつき、震えながら鬼神を呆然と眺めている。

勇者「立てよ! 立って死ぬまで戦えよ!?」

 勇者は叫んだ。死んでも構わぬ自分の心が折れていないというのに、死にたくない彼らの心が折れているのはどういうことか。
 生きようとしなければ生きていけないだろうに。



149:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 10:13:25.69 ID:FvCAQEFi0

鬼神「お? お? やるか? やるんだな?」

 勇者は雷呪文を唱えつつ、片手で剣を握りしめる。もしかしたら戦っているうちに兵士たちが逃げ出してくれるという淡い期待も抱きつつ。

鬼神「来ないならこっちから行くぜっ!」

 震脚を駆使し、鬼神が一気に近づいてくる。一歩で大剣の圏内まで寄られた。

勇者(これは、やばいっ!)

 剣での受け流しが通用しないのは先ほどで証明済みだ。ならば回避しかないのだが、あの移動速度を相手にどこまでそれが成るか。
 反射的に地を蹴って後ろへ下がる。同時に左手から雷を乱射し、相手の怯みを期待する。

 数条の雷は確かに鬼神に命中するが、効果はそれほど見当たらない。僅かに皮膚を焼いただけだ。

鬼神「なんだなんだ、蚊トンボかぁっ!?」

 もう一度地面が震える。震脚によって更なる加速をした鬼神は、容易く勇者に追いついた。

勇者「速いっ」

 大剣が眼前に迫った。左手から残った雷を全開放、その威力でなんとか鬼神の攻撃を反らす。
 硬質であるはずの大空洞の壁に深々と傷。手荒く振り回しても壊れないということは、魔物独自の製鉄技術を用いられているのだろう。武器破壊は望めなさそうだ。



150:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 10:14:44.58 ID:FvCAQEFi0

 巨躯の懐に飛び込む。ここでは大剣も使いにくかろう。
 勇者は両手でしっかり柄を握り、切るのではなく突いた。まるで鋼のような体には剣先が微塵も入っていかないが、その代わり刃は滑り、脇腹に一陣の傷跡をつけることに成功する。
 そのまま脇を駆け抜ける。鬼神が右手の拳を握り締め、無造作に向けてきたが、それに反応できないほど勇者は鈍くはない。翻って今度は目を切り裂いた。

鬼神「ぐ、おぅううおおおおおっ!?」

 叫びをあげる鬼神。流石に鋼鉄の体を持つとはいえど、眼球の硬度には限界があるようだ。

 兵士たちを背に勇者は剣をもう一度握りしめる。

 鬼神は左目を抑え、残った右目でしばらく勇者のことを睨みつけていたが、不意に大きく笑った。

鬼神「ぐふ、ぐふはははは、はははっ! やるじゃねぇか小僧。人間が俺に傷を与えるだなんて上出来だ!」

鬼神「よし、お前は認めてやろう。お前はな」

 鬼神は左目から手を離した。眼光を中心として血に塗れているが、どうやら傷ついたのは眼球でなく瞼であるようだ。完全に失明したわけではないらしい。
 大剣を腰に当て、体をひねる。まるで居合のようなその構えに、勇者の警戒心が爆発的に膨らんでいく。

鬼神「死ねや!」

 剛腕と大剣が唸りを挙げた。
 遠心力によって十分に加速した大剣は、驚くべきことに、そのまま鬼神の手を離れる。
 すっぽ抜けたわけではない。自ら放ったのだ。

 最も驚愕したのは勇者その人であった。突如として向かってくる大剣をなんとか屈んで回避する。
 大剣はそのままはるか後方へと吹き飛び、鈍い音を立てて落下した。どこまで飛んで行ったのか見当もつかない。



151:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 10:15:14.07 ID:FvCAQEFi0

 眼前の鬼神に目を向けると、愉悦そうな笑みを浮かんでいた。野生的な下卑た笑みだ。

鬼神「大剣はいらねぇ。ここじゃ邪魔だ」

 するりと腰に帯びていた短刀を――それは縮尺上の問題であり、実際は兵士たちみなが持っている長剣程度の長さだが――二本、抜く。

鬼神「ギャラリーもいらねぇ。野次馬は邪魔だ」

鬼神「二刀で殺しあおうぜ、人間!」

 そこで勇者は、違和感を覚える。
 なぜだろう。

 なぜか、背後がやたらに静かなような――

勇者「……おい、鬼神」

鬼神「んー?」

勇者「お前、何をした」

鬼神「なにも。ただ、てめぇの後ろに大剣を投げただけだぁ」

鬼神「それを避けられるかどうかは、俺の知ったこっちゃねぇけどなぁ!」

勇者「……!」

 背後を振り返るのが恐ろしかった。背後の静寂が恐ろしかった。
 誰も喋らないのではなく、喋れないだけなのではないか。

 振り向くだけの動作が、まるで障碍者のように、彼にはできなかった。
 手足が震える。奥歯が割れるほど噛みしめてしまう。

 絞り出した言葉は、こうだった。

勇者「殺す」



152:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 10:17:58.47 ID:FvCAQEFi0

鬼神「来いよ!」

 いつか、誰かが言った。「『殺す』と言った時には、既に殺し終わっていなければならない」と。
 勇者はそれを違うとはっきり思えた。それは他人に向かっての言葉ではなく、自分に対しての戒めなのだ。
 殺すまでは殺し続ける、という。

 勇者が跳ねた。極大まで膨らませた雷魔法を刀身にまとわせ、下から上へと逆袈裟切り。
 がちん、と刃同士が噛み合う。勇者は両手、鬼神は片手のみだというのに、この拮抗である。肉体の基礎能力が大幅に異なることを思い知らされる。
 残った手に握られた短刀が勇者の脇腹を狙う。

勇者「ちっ!」

 雷を解放、短刀を軽く弾いて、脇腹に向かう短刀を受ける。
 追撃が来るより先に一歩後ろに下がった。

 ぬるり。足元が滑る感覚。水よりももっと粘液の高い、薄気味の悪い液体。
 大空洞が暗いのが幸いだっただろう。日の下であればどうなっていたか。

鬼神「逃げてんじゃ、ねぇよぅっ!」

 一歩で大きく踏み込んでくる。
 本来二刀流というものは使い難い。片手で剣を握るということは、どうしたって両手で握られた剣には力で負ける。生半な腕力では剣に振られてしまうということもある。
 鬼神の場合は話が違った。種として生まれ持った膂力は、まさに暴力というものを体現している。剣が石でも大した違いはない。



153:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 10:18:36.05 ID:FvCAQEFi0

 ゆえに勇者は攻め手を欠いていた。大きく踏み込み、大きく切り裂くことができるならば希望も見えるだろうが、難しい。
 逆にあちらの攻撃は大抵が一撃必殺だ。命を失うことが怖くないとはいえ、ただ挑んでただ負けるだけ等は許せなかった。石に齧りついてでも何らかの成果を得なければ、死んだ仲間に申し訳が立たないのだ。

 乱舞する短刀の刃。何とか紙一重のところで回避し続けるが、どこまで持つか。
 時折放つ雷撃も、鋼の肉体の前ではたかが知れている。あの肉体こそが最強の武器であり防具であるかのようだ。

 短刀の連撃を、剣で何とか反らす。大剣は重量の関係で受けきれなかったが、短刀ならばまだ受け流すことができる。勝機を見出すとすればこの一点しか存在しない。

鬼神「早く死ねよぉおおおっ!」

 大振りの一撃。速度はあるが、軌道が単純だ。勇者は交錯する二振りの刃をかいくぐり、太ももを切りつけて離脱した。
 目に見えたダメージは与えられていないが、精神的にはどうだろう。

鬼神「くそ、チョコマカと動きやがって!」

 優勢を保ち続けてはいるものの、鬼神は次第にこの戦いに飽いてきたらしかった。優勢なはずの自分が致命的な攻撃を与えられていないことに苛立っているのだろう。
 無論勇者は冷や汗をかきっぱなしである。五回攻撃を回避したからと言って、次の一回も回避できるとは限らないのだから。

鬼神「あーもう、イライラするぜぇ! いい加減殺されろよ!」

 一撃必殺は依然変わらないと言え、状況の微かな好転は感じていた。大振りは剣筋が読みやすい。これを続けていればいつか隙はできるだろう。

 所詮鬼神か。筋肉こそ一流でも、それを司る脳が立派でなければ意味がない。



154:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 10:19:18.38 ID:FvCAQEFi0

鬼神「チッ。最初の任務を遂行する前に、邪魔が入っちまったな!」

 吐き捨てるように鬼神が言う。その中に含まれている単語に勇者が反応しないわけがなかった。

勇者「任務……?」

鬼神「おっと言えねぇ、こればっかりは言えねぇなぁ、ぐひゃひゃひゃひゃ」

鬼神「なんたって俺が九尾に怒られっちまうからよぉ!」

 短刀が振りかぶられる――振り下ろされる。
 大地を憎しと錯覚するほどの威力は、まさしく斬鉄の勢いである。しかもそれが二回分だ。一度死ぬだけではまだ足りない。
 しかし、それともやはりというべきか、単調な線の攻撃は勇者にとって回避に難くない。鬼神の目に見える傲慢さは、己の足元に硝子を撒き散らしているのと同じだ。

 それより彼が気になったのは、先ほど鬼神の言った「九尾」という単語である。彼は前にも砦の主からその単語を聞いたことがあった。
 魔王軍の四天王、九尾の狐。

勇者「四天王ってやつか」

鬼神「それを知ってるって、てめぇ、普通じゃねぇなぁ?」



155:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 10:20:19.05 ID:FvCAQEFi0

 短刀をちらつかせながら鬼神が語る。隙あらばこちらを殺そうとしているのが見え見えだが、勇者はそれに乗ってみることにした。
 ある意味丁半博打である。情報は何よりも偉大だ。ここで鬼神を冷静にさせても、情報を得るべきだと感じたのだ。

勇者「普通じゃない自信はあるさ」

勇者「俺の剣はいずれ四天王にも届くからな」

鬼神「四天王! 四天王だぁ!? 言うねぇ、ぐへひゃひゃひゃ!」

 高笑いをした後、鬼神はふと真顔になる。柄を握る両手に力が入るのが遠目に見てもわかった。

鬼神「……ふん。けどよ、つまらんぜ、四天王もな」

鬼神「九尾は何考えてるのかわかんねぇ、アルプは部屋で寝てばっか、デュラハンは静観決め込んでるし、ウェパルについちゃ行方知れずと来たもんだ!」

鬼神「つまんねぇだろうそんなのよぉ! 魔物は人間殺してなんぼだろうがよぉ!」

鬼神「だから殺す! お前を殺す! 今殺す!」

 鬼神は踏み込んだ。人外の加速。煌めく刃が一閃、二閃、三閃と繰り返す。
 勇者はそれを何とか回避するけれど、回数を増すごとに刃と肌とが肉薄していく。僅かに金属の冷たさが感じられるほどなのだ。

勇者「そろそろ、潮時か……?」

鬼神「なにくっちゃべってんだよぉおおお! 死ね!」

 二刀が勇者へと吸い込まれていく。
 勇者はにやりと笑った。

勇者「おうともさ」
――――――――――



156:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 23:25:48.45 ID:OzJ5qNj10

――――――――――
 勇者が目を覚ましたのは洞穴の入口であった。固い剥き出しの地盤の上に横になっていたためか、非常に背中や肩が痛い。
 どれくらい時間が経ったかはわからないが、外がまだ明るいところを見ると、それほどでもないらしかった。

 勇者は助走をつけ、慌てたように飛び出す。

勇者「すいません!」

 その先にいたのは兵士Aをはじめとする首脳陣であった。他の隊の姿は見当たらない。

勇者(ということは……全滅、か)

勇者(だけど、他の二隊も……? 鬼神はまだ二人いるのか?

兵士A「勇者くん!? 大丈夫!? どうしたの、急に連絡取れなくなったから!」

勇者「それについて話があるんです」

 勇者はそうして洞穴の中であった一部始終を話した。もちろん、鬼神の言っていた四天王の話も交えて。

兵士A「……」



157:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 23:26:15.43 ID:OzJ5qNj10

儀仗兵「どうしましょうか。鬼神は、話が伝わっている限りでは、四天王に勝るとも劣らない武闘派だとか」

兵士A「……」

儀仗兵「隊長?」

兵士A「すぐに国に知らせて。そして、手練れを十人ほど」

儀仗兵「それだけでよろしいのですか?」

兵士A「洞穴の中じゃたくさん連れ込んでもしょうがないよ。それに、防御力も高そうだから、生半可な腕じゃ弾かれちゃうでしょ」

儀仗兵「わかりました。さっそくそう伝えます」

兵士A「勇者くんもお疲れ様。大変だったでしょ、ボクの命令で休んで」

勇者「あぁ……」

 先ほどまで寝ていたのだが、などとは口が裂けても言えない。

兵士A「宿は町にとってあるからさ」

―――――――――――――――



158:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 23:28:00.64 ID:OzJ5qNj10

―――――――――――――――
「なぜ、お前だけが」
「俺たちは苦しんでいるのに」
「痛い、痛い、痛いよぅ」
「勇者、助けて」
「もっと生きたかった……あぁ……」
「勇者」
「勇者」
「ゆうしゃ」
「ユウシャ」

「勇者くん」

勇者「うああああああああああっ!」

 飛び起きる。じっとりと嫌な汗が体中にまとわりついていた。
 コンティニューをした後はいつもこうだ。ひどく夢見が悪い。だるいだけではなく、頭も痛くなってくる。

 誰かが常に、そばで張り付いて自分を見ているのではないかという錯覚に彼は常に陥っている。それは当たらずとも遠からずだ。

兵士A「大丈夫?」

 枕元に兵士Aが立っていた。

勇者「なにをやっている」

兵士A「え。なにって、やだなぁ、起きてこないから部屋に入っただけですけど」



159:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 23:29:09.99 ID:OzJ5qNj10

兵士A「ボクとしては、勇者くんももうちょっと心を開いてほしいんですよね」

勇者「あんたと付き合い長いわけじゃないだろ」

兵士A「ま。そのとおりですけどね」

 そう言って兵士Aは後ろ手に扉を閉め、姿を消す。

兵士A「あ。そうそう、昼までには一団が来ますから」

勇者「昼まで? 随分と早いな。昨日の今日だろう」

兵士A「あー。老婆さんが来ますので」

 なるほど。

勇者「それまでは?」

兵士A「ボクたちは責任問題とか、引継ぎがあります。忙しいんですよ、これでも」

勇者「……そうか、外されるのか」

兵士A「そ。上はカンカンですよ。だから女に任せておけないんだーって」

勇者「大変だな」

兵士A「自分から好んでこの世界に来ましたから、しょうがないです」

兵士A「ま。でも、そろそろ終わりそうですけど」



160:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 23:30:21.24 ID:OzJ5qNj10

勇者「? よくわからんが、お疲れ様」

兵士A「お疲れ様です。勇者くんは待機しててください。呼びに来ますんで」

兵士A「ぐっばーい」

 扉越しに聞こえていた声すらも遠くなる。本当に行ってしまったようだ。
 勇者は一度ベッドに横になる。月並みな言葉だが、いろいろと大変である。

 予想外の事態になってしまったと、彼は一度脳内を整理する。状況の把握は重要だ。やってくる老婆に事情を説明するためにも。

 まず、あの鬼神。九尾の密命を受けていると思って間違いはないであろう。それがどのようなものなのかは、現時点では定かではない。
 四天王の登場。無論いつかは戦わねばならぬ相手とは思っていたが、勇者にとってもそれはもう少し後になるはずであった。これはいわばイレギュラーだ。

 四天王――傾国の妖狐・九尾の狐/首なしライダー・デュラハン/海の災難・ウェパル/夢魔・アルプ。
 音に聞こえた豪の者たち。

 鬼神は四天王クラスではないにしろ、比肩しうる強さを持っているのではないかと勇者は思った。魔法が使えなくともあの膂力は脅威である。ともすれば少女を上回る可能性だってありうる。

 彼とて単なる冒険者ではない。その戦歴はなかなかに輝かしいものがある。同じ年の人間で、いくつもの魔物の砦や棲家を叩いた人間がどれほどいるだろうか。
 そんな彼であるから、四天王については聞いたこともある。

 しかし、と勇者は思考を続ける。
 四天王はそもそも人間の侵略に興味がなかったのではなかったか?



161:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 23:31:41.12 ID:OzJ5qNj10

 これまで討伐してきた魔物は、全てどこかはぐれ者というか、魔物の中でも独立的に動いていた。だからこそ被害も小規模で、王国が重い腰を挙げなかったのだ。
 彼はそれまで魔王軍には命令系統が存在しないのだと思っていた。四天王のやる気がなく、ゆえに魔物たちはばらばらに動いているのだと。

 鬼神が喋ってくれたこともその裏付けになる。彼は現体制に不満を抱いているようだった。

『九尾は何考えてるのかわかんねぇ、アルプは部屋で寝てばっか、デュラハンは静観決め込んでるし、ウェパルについちゃ行方知れずと来たもんだ!』

 彼が九尾の指示を受けているのだとすれば、考えられる可能性はこうである。
 即ち四天王や魔王を頂点とする命令系統は、現在機能していない。少なくともベクトルが人間に対しては向いていない。
 だが、鬼神は四天王である九尾の密命を受け、町を襲ったという。それは、九尾が四天王の中で唯一人間に牙を剥こうとしている証左である。

 とはいえ、鬼神は九尾に対しても不満を抱いていた。彼も九尾の真意は読み取れていないためだ。所詮一回の手駒に過ぎない、そういうことであろう。

 そこまで考えたところで勇者はベッドから上体を起こす。

勇者「とりあえず鬼神の討伐と、四天王についての聞き出しだな」

勇者(それにしても重鎮の動きの鈍さが気になるけど、まぁ追ってわかるだろう)

 あくびを一つ。
 今度こそしっかり起きようとした時、唐突に勇者の腹部へ衝撃が走った。



162:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 23:32:21.66 ID:OzJ5qNj10

勇者「おうふっ!」

 悶絶である。見事に鳩尾へと叩き込まれ、一瞬で息が詰まる。

狩人「あ、その、ごめん。大丈夫?」

 狩人であった。勇者の上に乗っている。

勇者「……どうした」

狩人「選抜隊に選ばれたから。勇者に会いたくって」

勇者「一足先に?」

狩人「うん。おばあさんに送ってもらった」

勇者「はぁ」

狩人「浮気してなかった?」

狩人「あのボクっ娘に言い寄られてない?」

勇者「それは大丈夫だけど、むっ」

 口づけ。狩人は口を話すと満開の花のように笑う。

狩人「それならいいの」

 勇者は危うく襲ってしまいそうになるのを堪え、咳払いを一つ。



163:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 23:33:10.35 ID:OzJ5qNj10

勇者「ごほん。それで、それで、そうか、お前も選ばれたのか。元気か?」

狩人「うん。宮仕えって、そんな楽しくなかった」

狩人「わたしはやっぱり勇者と一緒がいい」

勇者「……お前は可愛いなぁ」

狩人「ふぇっ?」

勇者「あー、いや、なんでもない。忘れてくれ」

狩人「やだ。忘れない」

狩人「そういえば、おばあさんは後から来るけど、少女も来るよ」

勇者「あいつも? あー、また俺一人生き残ったっつったら、面倒くさくなるんだろうな」

狩人「そうそう、それが知りたかったの」

勇者「ん?」

狩人「全滅って……どういうこと?」

勇者「あぁ。普通の洞穴じゃなかった。中に鬼神がいて……俺のところが全滅した」

勇者「他の隊も全滅したってことは、似たようなのが他にもいるんだろうな」

村人「そう……」



164:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 23:34:07.11 ID:OzJ5qNj10

兵士A「もし、勇者くん。入るよ」コンコン ガチャ

兵士A「ん?」

狩人「どうも、です」

兵士A「こんなかわいい子を部屋に連れ込むなんて、隅におけないねぇ」

勇者「そういうんじゃないです」

兵士A「ん? あ、もしかして一緒のパーティの? 道理で見覚えがあるわけだ」

狩人「おばあさんの魔法で一足先に送ってもらいました。追加派遣組です」

兵士A「あ。なーる、なる。なるほどね。わかった」

兵士A「その追加派遣組ももうそろ全員そろうみたいだから、洞穴前に来てよ」

勇者「わかった」

兵士A「あ。勇者くん」

兵士A「避妊魔法はきちんと使わないとだめだよ?」

狩人「~~~~っ!?」

勇者「なに言ってるんだこいつ」

兵士A「ははは。じゃ、ボクは先にいってるよ」



165:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/18(水) 23:34:52.03 ID:OzJ5qNj10

狩人「……」

勇者「狩人?

狩人「はっ」

勇者「大丈夫か?」

狩人「すっ、するか!?」

勇者「しない」

狩人「そうか……」

勇者「とりあえず、行くぞ。こんな気が抜けた状態で戦いなんかできるか」

――――――――――――――――



168:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/19(木) 10:21:46.70 ID:Ou/VIvLY0

――――――――――――――――
 簡易的に組まれた陣地に向かうと、そこにはすでに追加派遣組が到着していた。
 十数人からなる追加派遣隊は、数こそ先遣隊より少ないが、確かに手練れで編成された雰囲気は見て取れた。誰も彼もが隙を見せない。
 その中には少女と老婆も確かにいた。屈強な男の中にいる二人は明らかに場違いに思える。それは単なる気のせいではないのだろうが。

 どうやって声をかけたものだろうか。そんな風に遠巻きから眺めていると、先に老婆がこちらへと目をやる。

老婆「やっと来たか」

勇者「悪いな。状況は」

老婆「すでに聞いておるよ。あと数刻もせずに中へ行くじゃろう」

勇者「オーケー、わかった」

少女「ちょっと、何の話よ」

勇者「大した話じゃないよ」

少女「ふーん。ま、いいけどねっ」

少女「ていうか、中のやつそんなに強いわけ?」

 中のやつとは鬼神のことを指しているのであろう。勇者は少女に、自分が出会った鬼神の話をする。

少女「脳筋タイプねぇ。いまどき流行んないよね、そんなの」

 魔法を使えない少女が言うとどうにもおかしかったが、勇者はそれを堪える。
 しかし、脳筋とは言いえて妙である。だからこそ九尾は選んだのだ。破壊衝動が強く、御しやすい、手の上で操りやすい手駒。
 何も知らぬ鬼神のことを考えると可哀そうにも思えたが、それは勇者たちとて同じこと。どのような事態が水面下で黙々と進行しているのかはわからないのだ。



169:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/19(木) 10:22:32.08 ID:Ou/VIvLY0

勇者「追加派遣組はどうだ。見るからに強そうだけど」

少女「強いわね。熟練、って感じ」

 少女は素直に彼らのことを評する。

少女「アタシもおばあちゃんも、結構体の内から改造されてるからね。そういう意味ではチートしてる。だからどっちかってーと、狩人さんみたいなもんなのかな。生きるための技術としての、っていう」

勇者「体一つでやってかなきゃいけないからな。俺らも、似たようなもんだけど」

 勇者も生まれ故郷を発ったころは野営の仕方もわからず、途方に暮れたものだ。
 常識や方法というものは世界の数だけある。戦闘力がコンテクストとなって他者を判断する世界も、当然ながら存在するのだ。

兵士A「みなさん、集まってください。新しい隊長からお話があります」

勇者「お前は降りたのか」

兵士A「上の者が来ましたからね、しょうがないです。ささ、早く」

 促されるままについていくと、陣地の中央で簡易な椅子に座っている男がいた。
 強面で、髭を蓄えた三十半ばの男性である。精力に満ち溢れた体と顔をもち、真剣な面持ちで周囲を見回している。



170:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/19(木) 10:23:10.33 ID:Ou/VIvLY0

 促されるままについていくと、陣地の中央で簡易な椅子に座っている男がいた。
 強面で、髭を蓄えた三十半ばの男性である。精力に満ち溢れた体と顔をもち、真剣な面持ちで周囲を見回している。

隊長「諸君、俺は兵士Aから任務を引き継いだ。洞穴の中には大空洞が広がっていて、瘴気が濃いという」

隊長「我々の目的は、同胞を冷たい躯に変えた鬼神を討伐することである」

隊長「情報では鬼神は一体しか確認されていないが、三隊全てが壊滅したということを考えると、少なくとも三対はいると考えてよいだろう」

隊長「今回は老婆殿のお力も借りることができた。このかたは転移魔法のスペシャリストだ」

隊長「このたび、特別にアイテムを作っていただいた。それを今から配布したいと思う」

 隊長が指示をすると、傍らに立っていた兵士たちが手に持っていたものを配り始める。
 それは……。

勇者「羽?」

隊長「これはキマイラの羽だ。老婆殿が転移魔法をかけてくださった。一回きりだが、使うと入り口まで転移することができる」

隊長「洞穴内だが、頭をぶつける心配はしなくてもよい」

 隊長がそういうと兵士の中から笑いが漏れる。隊長の顔を伺うと、どうもそのような意図があるわけではなさそうだったが。
 咳払いをするとその笑いも収まる。

隊長「では、半刻後より突入する。各自それまで武器の手入れ等を行っておくように」

―――――――――――――――



174:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:27:09.23 ID:YTX0ptQ10

―――――――――――――――

少女「よし、行くわよっ」

 洞穴の入り口を前にして少女が言う。右手には鎚――神器ミョルニルを握って、暗闇を睨みつけている。
 勇者たちは以前よりパーティを組んでいたということで、今回の探索でもパーティを組むことになった。それに兵士A、隊長を加えた六人が第三陣として突入する。

勇者「意気揚揚だな」

少女「だって宮仕えはつまらないったらないよっ!」

少女「手加減しなきゃならないのは、もう苦痛で苦痛で」

兵士A「ですって、隊長」

隊長「あれでまだ手加減してたのか……驚きだ」

 兵士Aと隊長は、そんな少女の姿を見ながら落胆するやら感嘆するやらで忙しい。
 もし自分が一般人であるならばそれもやむなしと勇者は思った。攻撃を受けることのできないほど腕力とは、理解の範疇を超えている。同時に人間の範疇をも。
 彼が己の護法を兵士たちに知られやしまいかと戦々恐々としているのに対して、少女はその埒外な力を隠そうとはしない。その差異は、恐らく先天的か後天的かの差異なのだろう。

 どうせなら子供らしく暗闇を怖がるくらいしてもいいのでは。勇者はそんな考えを「は」と笑い飛ばす。暗所恐怖症で旅人ができるか。
 しかし、少女は本当に待ちきれないようだ。このままでは一人勝手に進んでいくとも限らない。



175:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:28:04.25 ID:YTX0ptQ10

隊長「よし、そろそろ進むぞ」

 ちょうどいいタイミングで隊長が洞穴の中へと歩を進める。瘴気の漂う空気は相も変わらずで、僅かに腐臭すら混じっているように感じられる。
 先頭から隊長、少女、勇者、兵士A、狩人、老婆という並び。一行は辺りを気にしながら、かつ早足で奥を目指す。

 勇者は松明に火をつけた。ぼう、と辺りが照らされる。
 少女をはじめとする女衆の実力のほどはわかっていたが、さて隊長はどうなのだろうかと彼の動きを見ると、当然のように行軍慣れした足取りである。常に周囲に気を配り、一定のペースで黙々と歩き続ける彼の実力は、考えるまでもなかろう。
 まぁ派遣される隊長が弱くては話にならないのだが。勇者は松明の熱に汗が滲み出てくるのを堪えつつ、先を急ぐ。

狩人「臭う」

 狩人が足を動かしながらも言った。勇者には何も感じない。他の者も感じていないようだが、彼女にしか理解できないレベルの、微量なものなのだろう。

隊長「どこから、どのような?」

狩人「血と、……獣みたいな、臭い」

 嫌な想像しかもたらさない例え。隊長は顔を顰め、少女と勇者は顔を見合わせて頷いた。

狩人「距離は……この先まっすぐ、結構離れてるかも」

隊長「まっすぐってことは、このまま?」

狩人「うん、恐らく」

隊長「よし、わかった。先を急ごう」

兵士A「隊長、下です!」

 兵士Aが叫ぶ。確かに地面が微振動をしていた。
 地震のような機械的なものではなく、もっと生物的な。



176:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:28:33.77 ID:YTX0ptQ10

大ミミズ「イィ――――ッ!」

 けたたましい叫びをあげながら大ミミズが地面から姿を現す。
 ぬらぬらと光る粘液、細かく大量に生えた牙、勇者が昨日に遭遇したものとまったく同じものだ。

少女「うわキモッ」

狩人「不快」

勇者「そんなこと言ってる場合じゃねえだろう」

 そういう勇者も実はそれほど慌ててはいない。先遣隊ならばまだしも、このパーティでミミズ一体にてこずるとは到底思えなかった。
 勇者が剣を抜こうとした瞬間、ミミズに向かってナイフが投擲された。それらは見事に全てがミミズの顔面付近に突き刺さる。

兵士A「ランダムエンカウントに付き合ってる暇なんてないんですよねぇ、ボクら」

隊長「よく言った、ボクちゃん」

ミミズ「イィ――――ッ!」

 痛みに大ミミズは身をよじらせ、頭部を振り回して先頭にいた隊長を狙う。
 もたげた上体が思い切り叩きつけられる。体の深奥に響く振動音が洞穴を大きく揺らすが、隊長はすでにそこにはいない。
 粘液でねばつくミミズの上に立っていた。



177:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:29:18.82 ID:YTX0ptQ10

 一閃。

 直径二メートルはあろうかという胴体を、隊長は手にした得物で容易く切断した。
 しかしミミズの動きは止まらない。野生生物がゆえの生命力で、残った部分だけでもなんとか一矢報いようと、粘液や体液をしこたまに撒き散らしながら暴れ散らす。

 勇者が雷魔法を準備し、少女が鎚を構え、狩人が鏃を番え、老婆が詠唱を始める。

 そんな援護など必要ないとでも言うように、隊長は口の端を歪めて笑った。

隊長「威勢がいいな」

 隊長はミミズの体の上から飛び降り、合わせて刃でミミズの胴体を貫いて壁に磔にする。無論ミミズは暴れ続けるけれど、一体どれほどの力で強く打ちこんだのだろう、洞窟の壁に突き刺さった刃はそう簡単に抜けはしない。

 ややあって、ミミズもついに息絶える。体液の川が足をひたひたにしているものの、それくらいは我慢しなければならない。少女は露骨に嫌そうな顔をしているが。

少女「おじさんも全然強いんじゃない」

隊長「そうでもないな。お嬢ちゃんが俺くらいの年になったら、俺よりもずっと強くなってるさ」

 そういいながら隊長はミミズの死骸に足をかけ、柄に手をやり、力任せに引き抜く。
 体液に塗れた片刃の剣が姿を現した。

勇者「珍しいですね、片刃なんて」

 この国では両刃の剣が主流である。理由はわからないが、一説によると製鉄技術が乏しかった時代では刃がすぐなまくらになってしまうため、両刃のほうが都合がいいのだとか。
 今でこそ製鉄技術は十分に向上したが、昔からの名残でまだこの国は両刃の剣を使っている。

 体液をふき取っていた隊長はやおら機嫌がよくなり、「そうだろわかるか!」と笑顔になった。



178:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:43:41.04 ID:YTX0ptQ10

隊長「東の国からの輸入品の大業物だ。一年分の給料突っ込んでるからな」

兵士A「この人刀剣オタクなんですよ、困っちゃって」

隊長「趣味と実益を兼ねてるだけだ」

 そういう隊長の表情は誇らしげだ。
 勇者はちらりと片刃の刀剣に目をやった。一点の曇りもない彎刀である。柄巻は深紫で、楕円の鍔にもきっちりと意匠が凝らしてある。ずっしりと重そうだが、隊長は先ほど軽々と振るっていた。

 勇者とて男である。武器具の類に心動かされないはずはなかった。
 彼の剣は値こそそこそこ張るとはいえ、所詮武器屋で購入した量産品だ。つまりは使い捨てということである。
 それこそ彼の先祖にいたという高名な冒険者はワン・オーダーの一品を用いていたのだろう。それが彼の家に残存していないのは残念というほかない。

 とはいえ武器の希少度だけでいえば――それが本当かは別として――少女の持つミョルニルにかなうはずもないのだろうが。

 大空洞の先からは、依然濃い瘴気が流れ出ている。
 勇者は鼻をヒクつかせてみるが、臭いと言えば土の臭いと草木の臭い、そして饐えたカビの臭いくらいなものだ。血の臭いは感じられない。

勇者「狩人、さっき言ってた臭いは」

狩人「うん。移動はしてないね。あれ、でも、なんだろ。水のにおいがする」



179:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:44:27.16 ID:YTX0ptQ10

少女「水? 水ににおいなんてあるの?」

狩人「わたしにはわかる。けど、なんで?」

老婆「地底湖じゃろう。水源から染み出した地底湖は、結構どこにもあるものじゃ」

老婆「もしくは地下水の経由地なのかもわからん」

隊長「くさいな。勇者くんの言ってた鬼神が本当だとすると、塒はどうしても水の近くになる。いそうだぞ」

 心なしか全員の表情は硬い。勇者の話が確かならば、あちらには相当の強さを持った鬼神がいるということである。数的優位があったとしても楽に勝てる相手ではないだろう。
 四天王が関わっているかもしれないという点で、王国はこの件の危険度を引き上げた。隊長や老婆をはじめとする熟練勢がやってきたのはそれが理由だ。
 彼らの双肩には責任がのしかかっている。それは本件だけのものではなく、もっと未来的なものも含めて。

勇者「老婆」

老婆「なんじゃ?」

勇者「四天王について聞いたことは?」

老婆「そりゃああるぞ。九尾、デュラハン、ウェパル、アルプの四人じゃろ。魔王軍の最高幹部」

勇者「そこまで俺も知ってる。名前だけ、だけどな」

老婆「あぁ。わしも、能力までは知らんな」



180:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:49:02.07 ID:YTX0ptQ10

勇者「いや、それはいいんだ。けどな、俺にはどうもわからん事がある」

老婆「?」

勇者「魔王ってなんだ?」

 鬼神と会ってから疑問に思ったことを述べてみる。
 魔王。それは伝承の中の存在として伝わる、魔物を統べ、人間に牙を剥き、暴虐の限りを尽くす悪漢。出自や姿かたちなどが全て闇に包まれている。
 かつて魔王は勇者の子孫に倒されたのだという。それは眉に唾をつけて聞くとしても、魔王がいたというのは事実らしい。

老婆「魔王とは、魔物の長ではないのか。それ以上でも以下でもなく」

勇者「いや、そうかもしれないけど、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて」

勇者「俺は今まで魔王の話なんて聞いたことないぞ?」

 そう。断片的に、例えば王国軍に所属するきっかけとなった王の演説のように、又聞きという形で魔王のことは幾度も聞いた。もしくは御伽噺的な伝承で。けれど勇者は、これまで、魔物の口から魔王の存在を詳らかにされたことがない。

 もし仮に魔王というものが存在するなら、彼を頂点としたピラミッド型の組織が確立しているはずだ、と勇者は考える。そしてそのような統治構造にはなっているはずなのだ。
 なぜなら、四天王という幹部がいて、また各地には魔物の砦があり、主が住んでいるから。
 少なくとも魔物の社会にも上下関係はあるのだ。



181:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:50:55.61 ID:YTX0ptQ10

 だとすれば、魔王が、例えば人間社会の国王のように統治していないのはどういうことか。ただ息を顰め、下部構成員の裁量に任せているという推量は何を意味するのか。

 魔物はあくまで独自で行動をとっている。低級のものは本能に任せ、級の高いものは人間と同様に欲で動く。その営みのどこに魔王がいるのだろう。
 魔王を討伐する自分たちは、果たして魔王のことを知らないのだ。

老婆「そう言われてみれば、まっこと、不思議じゃな。隠れているのか、それとも」

少女「おばあちゃーん、先に進むよー。勇者も早くー」

 少女からの声がかかる。老婆と勇者は顔を見合わせ、話題を中断した。
 これ以上考えても時間を無為に消費するだけで、何らかの答えが出てくるわけでもあるまい。二人は洞窟の奥へと歩を進める。

少女「何の話をしてたの?」

老婆「あぁ、四天王と魔王について、ちょっとな」

隊長「どれも人の前に姿を見せなくなって随分立つからな」

狩人「そうなの?」

隊長「おう。昔は魔物を引き連れて悪さをしたり、逆に人間とも仲良くやってた時代もあるみたいだけど」

少女「うっそだ、信じられない」

隊長「いや、本当に昔だよ。ま、書いてあった本も御伽噺みたいなもんだから、眉唾だな」

兵士A「隊長もそんな本読むんですね」

隊長「ん? ガキが寝る前に本読んでくれって言うからな」

老婆「おぬし、結婚しているのか」

兵士A「そうなんですよ、すっごい可愛い奥さんで、ボクもう嫉妬しちゃいます」

 等々、雑談を続けつつ、一行は奥へと進む。雑談をしながらでも警戒は怠らない。とは言っても狩人が一人いれば不意打ちはだいぶ防げるだろうが。



182:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:52:09.78 ID:YTX0ptQ10

勇者「この戦争の終わりっていつなんだ?」

隊長「そりゃ魔王を倒したときだろう。魔王城にいるんだろうからな」

勇者「魔王を倒せば全てが終わるもんかな」

狩人「どういうこと?」

勇者「今まで俺たちは盲目的に魔王を倒せば全てがドミノ式にうまくいくと思ってたけど、本当にそうなのかな?」

隊長「あんまり小難しい考え話にしようぜ、少年。俺たちは王国の矛であり盾だ。そこに思考はいらねーのよ」

兵士A「魔王は隠れてますからね」

隊長「そうだな、探すのだって一苦労だ」

兵士A「はい。ほんと、どうしたものか」

 兵士Aはどこか遠く見て言う。
 彼女の憂いを気が付く者はいない。いたとしても理解できないだろうが……。

狩人「静かに」

 唐突に狩人が全員を制止させる。それが示す事実は単純だ。
 敵の襲来。もしくは索敵の成功。
 この場合は後者だった。

狩人「いる。前……大体百メートル。一人だけ。大分重い音がするから、勇者の言ってた鬼神かな」

狩人「獣の臭い。やっぱり鬼神? あと水のにおいと、音。大分反響してるから、広い空間がある。地底湖?」

狩人「……うん、そうだ。せせらぎがある。ビンゴだね」

隊長「……すげぇな」

老婆「どうする?」

少女「先手必勝でいいんじゃない?」

 勇者もその意見には賛成だった。小細工をしたところで、基本スペックが全ての鬼神相手では、それほど意味をなさないだろう。
 最大の攻撃であちらの防御を貫く。それが最も単純で最も効果的に思えた。



183:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:53:27.71 ID:YTX0ptQ10

少女「あんたと一緒でも嬉しくないねっ」

勇者「別にお前を喜ばせるためにここにいるわけじゃない」

少女「むー」

隊長「喧嘩をするな。相手は化け物だぞ。気を抜いて勝てると思うなよ」

隊長「前衛は俺とお嬢ちゃんが務める。中衛に勇者とA、光栄で狩人と老婆さん。これでいこうと思う」

隊長「作戦は……まぁいいか。新米ってわけじゃないんだ、慣れてるだろう。ガンガン行こうぜ、ってやつだな」

狩人「……」

勇者「どうした」

狩人「ごめん。やっぱり黙ってられない」

老婆「どうしたのじゃ」

狩人「血の臭いがする」

 全員が眉を寄せた。血の臭い。それは深く勘ぐらなければ、全滅した先遣隊のものに違いなかろう。
 九割がたそうであると思っていても、誰もが口にしなかったことであった。先遣隊はこの先に進み、鬼神に出会い、全滅した。勇者の経験を参照するに、逃げ出すことすら叶わなかったのだろう。
 狩人はそのことを随分と前から知っていたし、その上であえて無言を貫いていた。しかし、隠し通せればまた別だが、それもできそうにない。最早これまでとなるのも詮無きことである。



184:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:54:42.87 ID:YTX0ptQ10

 狩人には深い考えはなかった。ただ勇者にこれ以上精神をすり減らして欲しくないだけだった。
 彼の望みは限りなく遠大で、人の身には持て余す。彼のために彼女ができることは少ない。
 だからこそ、その数少ないできることくらいはしたかった。

 僅かな無言の間をおいて、隊長が小さく「行くぞ」と呟く。
 人間は生きている限りにおいて人間である。そして人間の時間は人間のためにのみ使われる。感傷に浸るのはタイミングが違う。

勇者「……」

狩人「……」

 緩やかに曲がる通路を歩いていくと、気圧の関係だろうか、瘴気を伴って生温い風が吹き込んできた。すでに勇者たちの嗅覚でも不快なにおいを感じ取れるほどの距離に来ている。
 最早目的地は目と鼻の先だ。

隊長「!」

 悪臭の原因がそこには満ち満ちていた。
 何人分であったのか判断がつかないほどに引き千切られ、撒き散らかされたそれらが、かつて人間の一部であったと誰が気付くだろうか。

少女「酷い……」

 勇者はある地点で屈んだ。人間の頬から顎にかけてが無造作に打ち付けられている。
 そこに落ちていたのは眼鏡だった。記憶が正しければ、田舎から出てきた兵士Eのかけていたものだ。
 彼は死に際に何を思ったのだろう。後悔か、絶望か。それとも田舎の家族に祈ったのか。
 決して栄光などではないはずだ。お国のために死ねた、万歳などと、聖人君子でさえも思えるはずはない。



185:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:55:38.38 ID:YTX0ptQ10

 ふつふつと勇者に湧き上がる感情があった。それは一見すると獰猛な獣の形をしており、どす黒く、プロミネンスを巻き上げている。
 ぐるる、と獣が唸りを挙げた。口の隙間から垂れた涎は強酸性で、理性の防波堤を溶かしにかかる。

狩人「――来る!」

 狩人が叫ぶのと、前方から猛烈な勢いで「何か」が突っ込んでくるのはほぼ同時だった。

 空気を切り裂き大剣が唸る。力加減というものを知らない大振りの一撃。
 触れたものを両断するだけでは済まないであろう攻撃を、驚くべきことに少女が鎚で食い止める。

 一際高い金属音が鼓膜を揺さぶる。鎚の柄は大剣をしっかりと受けとめ、刃毀れが起きることも、反対に柄に傷がつくこともない。全くの互角。
 火花が散って、大剣の持ち主――鬼神の姿を一瞬だけ明るく照らす。

隊長「うぉおおおおおっ!」

 限りなく低い体勢で隊長が詰め寄る。鞘に納めた刀に手をやり、そのまま体を捻って抜刀、遠心力を加算して一気に切り抜く。
 鬼神は容易く大剣を手放した。そうして右手に握った短刀で刀を受け止めようとするが、あまりの攻撃の鋭さに、短刀の中ほどまで亀裂が走る。

鬼神「ンだとぉっ!?」



186:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:56:10.99 ID:YTX0ptQ10

 鬼神が残った左手で短刀を抜こうとしたその時、爪の隙間に鏃が突き刺さった。眼球と同様に鍛えられない部位への激痛に、思わず鬼神は刃を取り落す。

 勇者が駆ける。ついで兵士Aも飛び出した。
 兵士Aの投擲。それらは鬼神の鋼鉄の皮膚の前には通用しないものの、意識を兵士Aにずらす程度の働きは持つ。そしてその隙に、雷を纏った勇者の剣が、鬼神の皮膚に大きく食い込む。

 肉の焦げる音と臭いが五感を不快に染め上げていく。けれど、不快であるその感覚を勇者は望んだ。その不快の先に勇者の求めるものがあるのだ。
 柄をさらに力強く握りしめ、地を蹴った。

 血飛沫が勇者の頭に降り注いでいく。どうであったかなどの確認をする暇はない。勇者はすぐさま踵を返し、傷口をさらに広げるために再度攻撃を試みる。

 しかし鬼神もやられてばかりではない。短刀などあるだけ無駄だと判断したのか、固く握った己の拳で勇者を叩きつける。

少女「させないっ!」

 鎚の一撃が鬼神の左肘から先をおかしな方向へとひん曲げる。同時に着弾する老婆からの火炎弾が、盛大に鬼神の顔面を焼いた。
 獣染みた鬼神の絶叫が鼓膜を破らんばかりに反響する。

鬼神「うごぉおおおっ! くそ、畜生、なんだよぉおおおっ、人間の分際でよぉおおおお!」

 残った右手を振り回して手探りの攻撃を行うが、無論勇者をはじめとするメンバーには、そんな攻撃など届くはずもない。勇者は余裕をもって背中を大きく横に切り付けた。
 合わせて兵士Aは魔法の剣を生成、右腕に深々と突き立てる。



187:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:56:40.84 ID:YTX0ptQ10

兵士A「隊長!」

隊長「おう」

 阿吽の呼吸で隊長が飛び上がり、大上段に刀を構えた。
 兵士Aが魔法剣を解除すると、剣は王城でもそうであったように、光の粒子となって洞窟の中に溶ける。そしてそこを目掛け、隊長が一思いに刀を振り下ろす。
 低く、鈍い音がした。一拍おいて地面に切り離された鬼神の腕が転がり落ちる。

鬼神「うおおおお、おお、あ、くっ、く、が、ぐぁあああっ!」

 激痛に身悶えし、のた打ち回る鬼神。純粋な戦闘種族とは言っても、桁外れの身体機能のせいでまともな痛みというものを受けたことがないのだろう、耐性は寧ろ一般人よりも低いとも思われた。
 鬼神はのたうつことこそ落ち着いたけれど、両腕が使い物にならないのは事実である。倒れた常態からでも殺意を向けているのはある種見事なものだったが。

鬼神「許さねぇ、許さねぇぞ、人間……」

 鬼神が呟いた。その恨み節にも苦痛の色は濃い。
 もともと自尊心の高い魔物である。魔物の中でも格が高いゆえに、他の者をどうしても見下しがちになる。それを人間ごときと馬鹿にしていた存在に怪我されたのだから、怒りは計り知れないのだろう。

鬼神「殺してやる……絶対だ、絶対だ!」

鬼神「俺は九尾の指令を受けて――!」

勇者「うるさい」



188:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:57:34.85 ID:YTX0ptQ10

 反射的に勇者は、辛うじて残っていた左腕も切り落とす。筋肉が弛緩しているためか、それとも自身の怒りのためか、切断は戦闘中より随分と容易かった。
 またも鬼神の絶叫が響く。

勇者「これでバランスが取れただろう」

隊長「おい、それくらいにしておけ」

勇者「あんた、悔しくないのか? 仲間が殺されたんだぞ。一人や二人じゃない。数十人単位でだ」

隊長「それとこれとは話が別だ」

勇者「は。流石大人は言うことが違いますねぇ」

少女「勇者!」

 鋭い声が飛ぶ。
 少女にはわからなかった。本当に彼が、かつて彼女にたいして「燃えた町のことは関係がない」と切って捨てた人物なのかどうか。
 彼は一体誰の死を悼み、誰の死を悲しんでいるのか。

 ただの冷徹ならば嫌いになることもできる。しかし、彼がそれだけの存在でないことは、少女も無論理解していた。彼にも彼なりの思いが、苦悩が、葛藤が、存在するのだ。自らがそうであるように。
 実質不死であるその性質が毒となって悪さをしているのだということはすでに知れた。どだい人間の心が耐えうるような代物ではないのだ。
 だが、勇者は何も言わない。それが少女の腹をより一層立たせる。

狩人「落ち着いて」

 少女を制して狩人が一歩前に踏み出す。彼女はまっすぐに勇者を見ている。



189:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/21(土) 12:58:11.86 ID:YTX0ptQ10

 さらに一歩。勇者との距離が縮まり、手を伸ばせば届く距離になった。
 狩人はおもむろに勇者の手を取る。血に濡れた、だが暖かい手だ。彼女の愛する、愛する者の手だ。

狩人「勇者」

勇者「……悪い。隊長さんも」

隊長「ん、いや、まぁ構わんさ」

老婆「青春じゃのぅ」

 にやにやと老婆は笑っている。
 なんだか恥ずかしくなって、勇者は明後日の方向を振り向いた。

 鬼神が立ち上がっていた。

鬼神「――――――」

 蹄鉄が舗装された道路と擦れあうような音が鬼神の口から洩れる。
 肉を引き裂く倚音が鬼神の体からしたかと思うと、肩の付け根から新たに右腕が生えようとしている。無論鬼神にそのような特性があるわけはないが、そうなっているのもまた事実である。
 鬼神は新たに生えた片腕で剣を抜く。狙いは最も近かった少女。

 最初に動いたのは勇者である。というよりも、余りにも咄嗟の出来事で、彼以外に動いている者は存在しない。
 一拍遅れてその他のメンバーも反応する。剣を抜き、弓を番え、呪文の詠唱を始めるが、それよりも鬼神の剣は早い。間に合わない。
 少女が鎚を手に取るが、その上を滑るように刃が向かい、そして。

「――――!」



195:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 08:47:54.80 ID:COvsRb4l0

 誰かの悲鳴が大空洞内を満たす。誰かのではなく、彼らの、であるかもしれない。

 勇者の鳩尾に深々と短刀が突き刺さっていた。
 虫ピンで昆虫を磔にするように、刃が勇者を貫き、庇われた少女ごと壁に縫い付けている。少女は勇者が突き飛ばしたおかげで軽傷のようだが、それでも肋骨の付近を刃が通った状況だ。布の服が鮮血を吸って徐々に色を変化させていく。

 勇者に重なる形で壁と挟まれた少女はすぐさま状況を理解する。動こうと意思を見せただけで全身を激痛が苛むものの、激痛程度で止まってはいられないのだ。
 こんなところで死んでいられないのだ。
 彼女の償いはまだ終わっていないのだから。

狩人「勇者っ!?」

老婆「そいつは捨て置け! それよりも今は敵じゃ、わけがわからん!」

 二人の声をBGMに少女が鎚を持って駆け出す。一歩踏み出すごとに染み出す血液が、激痛が、まだ生きていることを教えてくれる。

 老婆は詠唱を終えた。十からの火球が空中に生まれ、推進力を得て鬼神に叩き込まれる。
 赤を通り越して青白く燃える超高熱の炎は、燃やすという概念からは程遠い。正鵠を得た表現をするならば蒸発である。
 だが、結局はそれも命中せねば意味がない。



196:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 08:50:28.20 ID:COvsRb4l0

鬼神「――――!」

 実に耳障りな、ぬかるみの底のような雄叫びを挙げ、鬼神はおおよそ有り得ない動きで回避した。筋肉で動いているのではなく、重力に操られているかのような動きであった。
 制動が聞かずに鬼神はそのままの速度で壁に激突する。かなりの衝撃だろうに、鬼神は相も変わらず無表情でけたたましい声を上げているばかりだ。

 衝突の隙を狩人が狙い、矢を放つ。同時に兵士Aが魔法剣を精製、狩人の動線からずれながら、抜刀。
 鬼神は今度は攻撃を回避しなかった。魔法剣の刃が深々胸部に傷をつける。
 必中だと思われていた鏃はすんでのところで復活した右手に掴み取られるが、さらにその手を狙って追加された矢の雨は、防御する一瞬も与えない。突き刺さるくぐもった音が連続して大空洞に響く。

 兵士Aの腰につけている魔法受信機から、他の隊からの連絡が入る。別働隊両隊が鬼神の討伐に成功したという連絡である。
 そちらは、少なくとも死んだはずの鬼神が動き出したりはしていない。

少女「なんなの、これ。なんなのよっ!」

 少女が叫ぶ。あわせて隊長が刀を抜き、首を狙う。
 さらに少女が鎚を振るう波状攻撃。

鬼神「――――!」

 二人の気迫にたじろいだ鬼神は、またおおよそ生物らしくない動作で後ろへと逃げる。



197:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 08:54:50.20 ID:COvsRb4l0

少女「逃がすか!」

隊長「あ、おい、待てよ!」

 隊長も少女を追い、さらに兵士A、狩人、老婆と続く。
 鬼神を追って大空洞内を進んでいくと、唐突に広い空間に出た。しかも、地下だというのに明るいのだ。

狩人「これは……?」

 光源は壁そのものであった。大空洞内の壁が仄かに発光しているのだ。

 そして開けた空間の中心には、広く透き通った地底湖が鎮座ましましている。向こう岸があるのかないのか、見えない程度には大きな直径だ。
 老婆の言ったとおりだ、と隊長が呟いた。

老婆「この光……魔法的なものじゃな」

隊長「敵がここを基地化したってことか」

老婆「恐らくその理解で――」

少女「いた!」

 少女が指差した先には四つん這いになった鬼神が、気の違えた笑みを浮かべて壁に張り付いている。いや、左腕が失われているので三つん這いか。

鬼神「よくここまでやってきた、ご苦労だ諸君!」

 鬼神が唐突に喋り出す。流石にこの事態は誰も予想だにしていないようで、度肝を抜かれた五人は、まるきり口調の変わった鬼神を呆然と見つめている。
 問題は、鬼神の様子は依然として生命的でないということだ。瞳は濁り、血まみれで、焦点はあっていない。まともな精神状態を期待するほうがおかしいだろう。



198:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 08:56:35.21 ID:COvsRb4l0

鬼神?「そんなに驚いた顔をしないでいただきたい。別にサプライズのつもりはないのだ」

 忘我から脱した五人は、それぞれの得物を抜いて鬼神に向ける。実に洗練された動きである。

鬼神?「いい動きだ。それでこそ誘き寄せたという甲斐もある」

隊長「誰だ、てめぇ」

 凄む隊長。刀の切っ先を鬼神に向け、どのような動きにも対応できるようにしている。

鬼神?「ふむ。下賤の者に名乗る名は持ち合わせておらんのでな、すまんが通称で勘弁してもらおう」

鬼神?「否。寧ろ貴様らにはこちらのほうが通りがいいかもしれんな」

鬼神?「我が名は九尾。傾国の妖狐、魔王軍四天王、九尾の狐だ」

全員「っ!?」

 驚愕の表情。それはそうだろう、いきなり敵の幹部が、声だけとはいえ姿を――表現として正しいかどうかは定かではないが――現したのだ。
 一歩前に歩み出たのは老婆である。膨大な層の魔力のヴェールを身に纏い、合図さえあればすぐにでも魔力の奔流を叩きつけられる準備を備えている。見るものが見れば、それだけで魔力に卒倒してしまいそうなほどだ。
 老婆はいつもの飄々とした様子の一切を消して、急速に殺意を膨らませていく。

老婆「お前が九尾の狐であるかはこの際どうでもいい。何が目的じゃ」

九尾?「その鬼神から聞いていないか。今回の任務は九尾から直々の命令だ。不本意ながら、部下の失態は上司の責任だと聞き及んでいる」

老婆「何が目的じゃと聞いておるっ!」



199:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:00:36.97 ID:COvsRb4l0

九尾?「……別に答える義務はないんだが、そうだな……」

九尾?「この世界の安定のために」

九尾?「と、いうところか?」

少女「何言ってんのよ、ばっかじゃないのっ!?」

兵士A「……」

 すかさず少女の苛立ちが飛んだ。血の気が多い彼女は今にでも飛び出していきたそうだったが、老婆と狩人が前にいるため、なんとか踏みとどまっているようであった。
 彼らはここまでお茶を飲みにきたわけでも、それこそ地底湖探検ツアーに来たわけでもない。鬼神を殺し、洞穴を魔物の手から解放するために来たのだ。気が逸るのは仕方のないことでもある。

 しかし、九尾は慌てない。そもそも体はここにはないのだ。最早ボロも同然の鬼神がどうなろうと、関係はない。

九尾?「いずれわかる……。しかし、ここ以外の二か所でも、鬼神がやられてしまった。思ったより人間という種は手ごわいものだな」

九尾?「いや、手ごわいからこそ、か」

老婆「何を言っているのじゃ、さっきから」

 老婆のヴェールが急速に収束していく。光は渦を成し、杖の先端で大きな珠となる。

老婆「大体お主な、わしとキャラが微妙にかぶっとるんじゃよ」



200:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:01:33.20 ID:COvsRb4l0

 数条の光が先端から迸り、そのまま鬼神を貫いた。
 鬼神の体に十ほどの大小の穴が空く。一瞬で炭化したためか、血液すらこぼれてこない。ただぱらぱらと炭が落ち、次いでバランスを崩した鬼神が壁から地面に落下する。
 頭から先が潰れていた。それ以外にも様々な部分が消し炭になっている。

九尾?「おお怖い怖い。なんとも暴力的な婆だ」

 一体どこから見て、どこから声を出しているのか、五人にはわからないが、声は止まらない。地底湖内に不気味に反響する。

九尾?「このまま人間にやられっぱなしというのもアレだから、九尾も一応最後っ屁くらいは残していこうかな?」

九尾?「ま、所謂『お約束』というやつだ」

 そう言った途端、鬼神の体がおもむろに膨張しだす。膨らむのではない。中から何かが蠢き、胎動し、外に出ようと皮膚を盛り上げているのだ。
 筋肉と皮膚の裂ける音が聞こえる。中にいる「何か」はもがき、そしてついにその片鱗を見せる。

 その生物は。
 白い体毛を持っていた。
 白い鬣を持っていた。
 巨大な牙をもっていた。
 巨大な角を持っていた。
 手足は合計四つ。
 瞳は合計六つ。
 力強さの中に聖なる気配すらも感じる獣。

九尾?「白沢」

九尾?「適当にそいつらと遊んでやっといてくれ」



201:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:02:28.42 ID:COvsRb4l0

兵士A「九尾ィッ!」

 今までほとんど沈黙を守ってきた兵士Aが、この段になってようやく口を開く。

兵士A「こんな、こんなものを持ち出して、お前はっ……くっ!」

 兵士Aの激昂する姿を見て、声に思わず快楽の色が混じる。
 心底、心底楽しそうな声である。

九尾?「そいつは強いぞ。何せ九尾自信で招いた聖獣だ。逃げたかったら逃げてもいいが……」

九尾?「さて、近隣の町はどうなるか、見ものだな」

 それを最後に声が消える。それでも兵士Aはずっと虚空を睨みつけていた。

隊長「A、白沢ってのはなんだ」

兵士A「化け物です。聖獣と称される……強さは折り紙つきです」

 鬼神の死体がぼろきれのように引き裂かれ、中からついに白沢が姿を現す。
 白沢は四肢でしっかりと地面を踏みしめ、うぉおおおおん、と嘶いた。

 空気が振動となって鼓膜を揺らす。思わず目を閉じてしまう衝撃に、彼らは一歩踏みとどまる。
 空恐ろしいほどの存在感であった。鬼神も強かったが、それとは格が違う。決して歩み寄れない隔たりがそこには存在した。

 一般人なら思わず失禁するか、失神していたことだろう。老練の兵士であったとしても、尻尾を巻いて逃げだしていたかもしれない。
 彼らがそうしなかったのは、ひとえに使命を帯びていたからである。なまじ白沢の強さを肌で感じたからこそ、彼らは「ここで食い止めなければならない」という思いを強く抱くこととなった。



202:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:03:49.00 ID:COvsRb4l0

 白い獣が動いた。

 一瞬で姿が消え、背後をとられる。全員が事実に気が付いた時には、既に五人は高く宙を舞っていた。
 地面に叩きつけられる。地面は土ではなく岩盤で、固い。かなりの激痛だ。

 白沢の角に光が溜まっていく。超高密度の力場がそこに収斂する。
 危険度が高いことは誰しもが見て取れた。しかし、叩きつけられた衝撃で、動くことなどできない。

老婆「大木!」

 紫電が五人に向けられて発射されるすんでのところで、老婆が大木を壁に召喚するのが勝った。あまりの衝撃に大木は中途から根こそぎ消滅するが、威力そのものを食らうと考えれば背筋が凍る。

 しかし事態は何一つ好転していない。隊長が立ち上がって刀を向けるが、そもそも触れられるかどうか。
 殺気を察知したのか、聖獣が地を蹴る。残像が残りかねないほどの急加速に、なんとか隊長は反応する。

 真っ直ぐに突っ込んでくる白沢に刃を振るが、その間にすでに白沢の姿は消えていた。

少女「横!」

 同時に白沢が横から突進してくる。なんとか角だけは回避し、頭部が隊長の脇の部分にめり込む。
 肋骨の折れる鈍い音。勢いによって隊長は強く壁に叩きつけられる。

少女「くっそぉおおおおおおお!」

 少女が叫んだ。がっしりと白沢の体を掴み、動かないように踏ん張る。
 白沢も最初は地面を蹴っていたが、どうやら拮抗して埒が明かないと踏んだのか、角に力場を収斂させ始める。
 老婆が放った火球は、しかし白沢に届く前に撃ち落とされる。
 角に充填された光が限界を迎えた。

 落雷。
 少女は体をぴんと硬直させ、声にならない声を挙げながら地面に大きく倒れる。意識がすでにないのか受け身すらできず、頭から。



203:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:07:58.22 ID:COvsRb4l0

老婆「く! 大空におわす我らが天の神よ、いまこそ――」

 詠唱よりも白沢の縮地のほうが早い。老婆も隊長と同様に壁に吹き飛ばされた。
 と同時に、数ある目の一つに鏃が叩き込まれる。白沢は一瞬だけ声を発するが、それ以降には殺意が爆発的に膨らむばかりで、有効打を与えられたとは言い難い。
 白沢が地を蹴り、姿を消す。

勇者「させねぇよっ!」

 落雷が地底湖全土を襲う。縦横無尽に打ち出される電撃に、さしもの白沢も回避はならなかったのか、衝撃で弾き飛ばされた。
 地面に爪痕を残しながら白沢はバランスをとる。獲物を狩る邪魔をされたためか、瞳が怒りに細められる。

狩人「勇者!」

隊長「お、お前……死んで、なかったのか」

狩人「早いね」

勇者「あぁ。異常な早さだ。女神の加護も水ものだな」

 自らにまつわることを、勇者は異常と切って捨てた。

 白沢は新たな敵の登場に警戒しているのか、前足で地面を擦り続けている。



204:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:09:15.79 ID:COvsRb4l0

勇者「ありゃ、なんだ」

老婆「あ、あれは……白沢、じゃ」

少女「……あんた、来るのが遅いのよ……」

 鬼神を圧倒できていた五人がここまでやられるということは、勇者にとって驚愕の事態であった。白沢がそれほどの強さを持っていることは、実際に垣間見ればすぐにわかることでもある。

 そこで兵士Aが前に出た。

隊長「……どうした」

兵士A「さすがに、もう無理、か」

兵士A「ごめんね?」

 一体何に謝っているのか全員が首を傾げた時、ついに白沢が突っ込んでくる。巨大な角は槍以上の鋭さで体を貫きに来るだろう。そして高速の一撃を回避できる余力は、彼らにはもう残されていなかった。

 だから、兵士Aは、片手で白沢を吹き飛ばすしかなかった。

 ちょうどいい強さの抑えなど、白沢相手にできる気が知れなかったから。



205:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:11:24.47 ID:COvsRb4l0

 五人は何が起こったのか理解できなかった。目に見えない速度を誇る獣を、抑えても抑えきれない力を誇る獣を、片手で弾き飛ばすなど――それこそ人間業ではない。

九尾「おお!」

 喜色がこれまで以上に交じる。まるで子供のように無邪気な声が、笑いとなって自然とこぼれ出す。

九尾?「ついにお前も諦めたか! 諦めてくれたか! 長かった、長かったぞ、なぁ――」

九尾?「ウェパルよ!」

 兵士Aはあくまで何も言わず、白沢のほうを向いた。今はそれに集中したいとでも言うように。
 白沢は唸りを挙げ、口の端から涎を垂らし、角に光を溜める。

白沢「おおおおおおおおおお!」

 激しい雄叫びとともに、雷を乱射しながら白沢が突進してくる。
 その速度は神速。人間には目にもとらえられない速度。

 けれど兵士Aには、それに対応するなど造作もない。

 地底湖の水が渦を巻き、次の瞬間には鉄砲水となって白沢を押し流す。地面に勢いよく叩きつけられた白沢の前足はあらぬ方向に折れている。

兵士A?「……」

 彼女が軽く手を振ると、地底湖の上に船が現れた。無論そんなものが存在するはずはない。青く、薄く透けるそれは、魔力で編まれた武装船団である。
 大量の剣と砲弾が放たれる。

 戦いはそれだけで決した。



206:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:12:23.08 ID:COvsRb4l0

 数多の砲弾が撃ち込まれ、数多の剣が突き刺された白沢は、最早立ち上がることすら叶わない。時折呼吸で体が上下するだけだった。

兵士A?「……」

 近づいていく。不用心だと指摘する者はどこにもいない。

九尾?「流石じゃウェパル! さぁ、見せてくれ、お前の深奥を!」

 兵士Aの姿をした彼女は、唇をきゅっと噛みしめた。しかし何も言わず、白沢のそばまで寄り、手をかざす。
 傷口から白い何かが湧き出る。それを見ている者には、それが最初、膿か何かであると思った。もしくは体液の一種なのでは、と。
 当たらずとも遠からず。それは蛆である。

 マゴットセラピィというものがあるという。蛆療法と訳されるそれは、壊死した患部を蛆に食わせることにより、術後の回復が良くなるという療法である。
 しかしこの時ばかりは事情が別だ。蛆たちは壊死の有無にかかわらず、体組織が体組織であるという理由だけで食らいつく。何万から何億という爆発的増殖を繰り返し、蛆は白沢を瞬く間に覆い尽くした。

 覆い尽くした次は食らいつくすだけである。蛆に覆われた白沢のシルエットが段々とやせ細り、小さくなり、後には骨しか残らない。

兵士A?「……」

 そこでようやく、彼女が五人を振り返る。
 その瞳は暗く、暗く、どこまでも暗く、深い悲しみに覆われているように思われた。



207:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:13:36.56 ID:COvsRb4l0

 隊長が無言で刀を向ける。白沢を瞬殺できる実力を見てなお、己の傷を理解してなお、魔物は敵だというように。

兵士A?「騙すつもりはなかったんだ。こればっかりは信じてほしい。難しいと思うけど」

 その発言は、彼女についての九尾の発言が全て事実であることを、半ば肯定したようなものだった。
 いや、目の前であのような規格外の出来事を見せられては、今の発言は駄目押しにしかならない。
 五人は理解していた。彼女は確かに人間ではないのだと。

兵士A?「ボクはウェパル。海の災厄、ウェパル。魔王軍の四天王」

隊長「何が目的だ。王城の中に紛れ込んで、何をしようとしていた」

ウェパル「……」

隊長「答えろっ!」

ウェパル「ボクが言ったことを君たちは信じてくれるのかい?」

 兵士Aは――ウェパルは、あくまで柔和に言った。きみたちと刃を交えるつもりはないと言外に伝えている。
 兵士Aの中身が変容したわけではない。彼女は今まで兵士Aであり、かつウェパルでもあった。事実を知ったからと言って人が変わったように思えるのは、人間の傲慢というものだ。

 兜に隠れた短髪。くりくりとした瞳。どこか憂いを帯びた表情。
 彼女は常に彼女である。



208:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:14:40.82 ID:COvsRb4l0

隊長「……」

 隊長は口を噤んだ。無論、彼とて長年の部下を一刀のもとに切り捨てたくなどない。そもそも物理的にそれが可能であるかどうか。
 それでも彼は王国の兵士であった。騎士の名を賜るほど豊かな精神を持っているわけではないが、火種を放置していくわけにはいかない。

ウェパル「隊長はわかりやすいねぇ。ボクを信じたいけど、信じるのも職務的に、ねぇ?」

隊長「……魔物ってのは、心も読めるのか」

ウェパル「そんなわけないよ。ちょっと想像しただけ。心を読めるのは、それこそ九尾くらいのもんかな」

隊長「……」

ウェパル「説明するよ」

――そうしてウェパルは、自らの身に起こったこと、自らの心に起こったことを話し始めた。

 『人魚姫』という書物がある。一般的な童話だ。国の人間だけでなく、隣国の人間だって知っている、誰しも一度は読んだことがあるフェアリィテイル。
 物語では、陸に住む王子に恋をした人魚が人間として足をもらい、生活しに陸へと上がる。
 ウェパルもそうであった。

ウェパル「今でこそこんな姿だけど、ボクの本当の姿は人魚みたいなものなんだ」

 そう言って彼女は地底湖へと飛び込んだ。

隊長「おい!」

 逃げるのか――そう言いかけて、あるわけないと思いなおす。逃げるくらいなら皆殺しにしたほうが早い。それだけの魔力を彼女は有している。



209:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:15:35.45 ID:COvsRb4l0

 兵士Aの姿は湖面に消え、一拍置いて浮上する。いつの間にか鎧や兜は消え失せ、代わりに現れたのは一匹の――もしくは一人の――見目麗しい人魚の姿。
 木綿のシャツは体液で次第に腐食していく。臍の下から足の先までが緑青の鱗に覆われており、上半身の一部にもところどころ鱗がある。
 両の足は接合して一つの尾鰭を形成し、どこから見ても魚類のものだ。

 何より異質なのはその左腕。右腕はヒトの腕だったが、左腕は違う。刺胞生物のような、具体的に例えるならばヒドラのような、数多のうねる触手が枝分かれを繰り返している器官が付随していた。
 
 顔のつくりや髪の色、長さだけが、兵士Aのままである。
 ただ、僅かに瞳が黒く濁っているか……?

 いや、異なる部分が一つだけあった。胸から首、そして首から左の顔半分にかけて、赤紫色の大きな紋様が浮き出ているのだ。
 痣とも違う、完全に人為的な幾何学模様である。

ウェパル「ボクが海で生きる限り、この姿とこの紋様からは逃げられない。ボクは好きな人のそばにいたかっただけなんだ」

 だから、自らの魔法で足を生み出し、陸で生きようと決めた。もう二度と水辺には帰るまいと、そう思っていたはずなのに。
 童話のように泡になって消えたりはしない。また姿を人間に戻すことだってできる。けれど、情勢が情勢だ、もう二度と愛する人に近づくことはできないだろう。

 なぜなら、彼は王城で兵士に就いており、比較的高い地位にいたから。
 なにより、彼は職務に忠実だから。
 愛する妻と子供のために戦っているから。



210:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:16:21.76 ID:COvsRb4l0

 まさか九尾が白沢まで持ち出してくるとは思わなかった。本気を出せば瞬殺できるとはいえ、人外の力を見せることなどできない。そうすれば正体が知れてしまう。彼のそばにいられなくなってしまう。
 しかし白沢を殺さねば、それこそ彼が殺されてしまう。
 天秤にかけるまでもないのに、心は苦しい。大きな不幸か小さな不幸か。不幸とわかっている未来の紐を引くのは、決して笑顔ではできない。

 それでも自分は紐を引いた。引くことができたのだ。
 それについて、誇ることすらあっても後悔はない。

 理由がどうであれ、正体がばれてしまえば、愛する人は自分に刃を向けるだろう。魔物と人間が手を取り合う世界はとうに終わりを迎えている。初めから実らぬ恋だったのだ。

 そんな風に諦めればどんなに楽だったろうか!

 心は不思議だ。押し込めた分だけ反発して、蓋を激しく叩きつづける。ここから出してくれと。自分を解き放ってくれと。
 だからこそここまで饒舌に話すことができるのだ。積りに積もった思い、積年の情は土石流のように流れ出す。堰はどこにも見当たらない。あまりの水流にどこかへ流されていったのだろう。

 だから、ねぇ、隊長。

 ウェパルはそこまで訥々と語って、顔を抑えた。

 ウェパルはぼろぼろと真珠の涙を零す。顔を抑えても指の隙間から溢れ出てしまう液体は、生命が生まれた原初の海の味である。

ウェパル「早く、逃げてください」

ウェパル「ボクは――所詮、魔物なんです」

ウェパル「醜い腕と、恥さらしな呪印を押し付けられて」

ウェパル「魔族も、海も、全部捨てて陸に上がったっていうのに、結局ボクは幸せには成れなかった」



211:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:17:02.62 ID:COvsRb4l0

 ウェパルの口の端が次第に引き攣っていく。
 ひ、ひ、とウェパルは何とか笑いを堪えていた。鋭い牙をなんとか隠しながら、全身の筋肉を働かせ、謀反を押しとどめる。

 魔物の体は心すらも魔物にする。

 著名な作家は、その著書の中でフランケン・シュタインの怪物についてこのように論じた。「怪物は生まれたときから怪物の心を持っているのではなく、周囲が彼を怪物として扱うことによって、はじめて怪物になるのである」と。
 作家は「顔」にのみ注目していたが、要するに同じことである。真実は存在しない。ただ解釈だけが心を形作るのだ。

 ぞわり、ぞわりとした感覚が、勇者たちを包む。

 ウェパルから染み出しつつある膨大な魔力が、地底湖に徐々に武装船団を顕現させる。海の災厄と名のつく通り、彼女は水を操り、嵐を起こし、武装船団を召喚させ、傷を操作する能力を持っている。

ウェパル「だから、ねぇ、早く、早くっ!」

 武装船団は帆の天辺まで現れた。陸であった頃は剣の一本しか形作れなかった具現化能力。水の中に潜ってしまえば、武装船団など造作もない。
 二十の砲台と五の帆を備えた巨大船。砲台を先端に備えた小型船。大量の剣と矢と鉾。
 あるものは水に浮かび、またあるものは宙に浮き、圧倒的物量が狙いを定めている。

「早く逃げてぇっ!」

 手に入らないなら奪えばいい。
 心が手に入らないなら、体だけでも奪ってしまえ。

 水中に沈んだものは全て自分のものなのだから。



212:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/07/24(火) 09:17:44.27 ID:COvsRb4l0

 怪物という毒がウェパルの心を侵食していく。

ウェパル「このままじゃ、あなたたちを殺して、殺しちゃう、殺す、こ、ころ、殺し、」

ウェパル「殺したいよぉおおおおおおぉっ!」

 大仰な音を立てて、全砲門が一斉に五人を捉える。
 勇者は咄嗟に道具袋から、洞穴に入る前に支給されたものを取り出す。
 キマイラの翼。老婆が特注した、移動用道具。

勇者「飛べ!」

 魔力で形づくられた砲弾が、武器が、十と言わず五十と言わず、それこそ二桁違いの千の数、一斉に放たれた。

 洞窟全体を震わす爆発音。一部ではそれこそ崩落した音すらも聞こえる。

 煙の晴れた後には、五人の姿はない。

 跡形も残らないほど粉々になったのか――否。タッチの差で逃げられてしまったようだ。
 それを果たして「残念だった」というべきかどうかは定かではない。

九尾?「ご苦労様」

ウェパル「もとはと言えば、九尾が原因でしょ。殺すよ」

 虚空に対して大砲の口が向けられる。ウェパルは本気だ。

九尾?「命などいくらでも持って行け。ただ、全てが終わったらだ。それまで九尾は誰にも殺されるつもりはない」

九尾「九尾にはまだやることがある」

ウェパル「……お前は、何を考えている? ……ボクにはわからない」

 返事を聞こうともせずに、ウェパルは武装船団を消失させた。そうして地底湖に潜って消える。

―――――――――――――



218:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/01(水) 08:10:46.03 ID:HjpWLE040

―――――――――――――
 兵士Aは戦死した、という報告がなされた。

 王都、王城にある一室。兵士たちは鬼神討伐の功労を称えられ、いい酒、いい食事を前にした宴会が行われている。
 様子ははっきり言ってしまえば有頂天だ。強者たちは鬼神に苦戦しながらも、なんとか一人も欠けることなく倒し、帰ってきた。それでも激戦だったことには違いないようで、欠席者こそいないものの、いまだに包帯でぐるぐる巻きになっている者もいる。
 死線を潜り抜けたものの顔は晴れやかだ。どんなものが相手でも、もう二目見ることができないのだと思ってからでは、感動はひとしおである。

 なぜ、立地的にも戦略上の要衝となりえないあの洞穴に鬼神が住みついたのか。老婆含む上層部はその点について議論していたが、今ばかりは羽目を外している。
 話を聞く限り、明日の朝一でまた洞穴へと戻るらしい。魔術的な痕跡から敵の目論見がわからないか、と老婆は勇者に言っていたが、話の内容があまりにも術式的に高度で理解がおっつかないというのが正直なところだった。

 勇者は葡萄酒をちびちびとやりながら、ライ麦のパンを千切って口に運んだ。
 やはり王城の食べ物はうまい。もう一口、もう一口と食べ進める間に、パンは半分ほどになってしまう。
 まぁ誰に迷惑をかけるわけでもなし、勇者はさらにパンを千切る。

狩人「あーん」

勇者「……」

狩人「勇者?」

 狩人が口を開けていた。
 表情は普段と変わらないが、顔がかなり赤い。



219:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/01(水) 08:12:35.24 ID:HjpWLE040

狩人「あーん」

勇者「あ、あーん」

勇者(なんだこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい)

 勇者の気持ちなどどこ吹く風、狩人はパンの欠片を咀嚼し、にこりと笑う。

狩人「勇者、勇者」

狩人「好き」

 しなだれかかってくる狩人。眠っているのかと思えばそういうわけでもないらしい。表情を蕩けさせて、うへへ、と笑っている。
 勇者は辺りを見回した。なんだか周囲の、面識もない兵士たちが、こちらを見てにやにや笑っているように思えたためだ。

 所詮酔っ払いの嬌態だと、勇者は努めて冷静になるよう心掛ける。彼自身酒は回っているが、さすがにここまではならない。

狩人「ね、お酒飲も、お酒」

勇者「そろそろいい加減にしておけよ」

狩人「だって最近ずっと戦いっぱなしで、息抜きもできてないから」

勇者「だからってさ」

狩人「このままだと心病んじゃうよ?」

 はっとした。狩人はどこまで自分のことを見ているのだと彼は思った。

狩人「世界を平和にしてもさ、自分を犠牲にしちゃ意味ないじゃん」



220:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/01(水) 08:14:07.75 ID:HjpWLE040

勇者「狩人」

 返事はない。

勇者「……狩人?」

狩人「んー……勇者……好き……」

勇者(寝たのか)

 段々と彼女の顔が落ちてくるものだから、勇者は観念して自分の太腿に頭を誘導してやる。すやすや眠る彼女の顔は、いい夢でも見ているのだろうか、幸せそうだ。
 一年半前、彼女と旅を始めたころは、彼女に笑顔が戻るときが来るとは思っていなかった。あのころは……そうだ、賢者と盗賊を連れていたのだ。

 ゆっくりと頭を撫でてやる。狩人の髪質は細く、柔らかい。まるで子供のそれだ。
 指に絡みつき、持ち上げればするりと溶けていく感覚が、勇者は当然嫌いではなかった。彼女が覚醒しているときにやるといろいろ面倒なので自重しているだけだ。
 面倒というのは、主に理性とか、自制とかが。

勇者「?」

 部屋の隅が何やら騒がしかった。目を凝らせば老婆をはじめとする一団が随分と盛り上がっている様子である。年寄りの冷や水は寿命を短くするというのに大丈夫なのだろうか。

 勇者が葡萄酒を呷ると、ジョッキは空になった。葡萄酒だけではなく、蒸留酒も麦酒も控えている。どうせ自分らの金ではないのだから、飲めるだけ飲んでも罰は当たるまい。
 太腿に頭を乗せている狩人を起こさないように、そっと立ち上がる。
 足がふらついた。

勇者(おっと……久しく飲んでないから、弱くなったかな)

 一応麦酒を注ぐだけ注いで、廊下に出る。涼しい風が頬にあたった。

勇者(窓が開いているのか)

 夜風にあたろうとバルコニーへ向かう。記憶が正しければ今夜は下弦の月だ。



221:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/01(水) 08:15:47.37 ID:HjpWLE040

少女「よ」

 先客がいた。脇腹に包帯を巻いて、上から軽く着物をひっかけている。
 流石に飲み物は酒ではないらしい。普通の茶だろう。

勇者「風邪ひくぞ」

少女「そん時ゃそん時でしょ」

 少女は快活に笑って言った。

少女「今は夜風に当たりたい気分なのよ」

 奇遇だな俺もだ、とは言わなかった。勇者は無言で少女の隣に立ち、手すりに体を預ける。

少女「ありがとね、庇ってくれて」

勇者「あぁ。傷、大丈夫か?」

少女「掠っただけよ、大ごとじゃないわ。あんたのお蔭。……業腹だけど」

勇者「そりゃすまんね。ま、でも、盾になるのは俺が適任だ」

少女「そう。そうよね。うん」

少女「死ぬのは怖くないの?」

勇者「最初は怖かったけどな。今はもう慣れた。慣れは、つまり麻痺ってことだ。感覚を鈍化させる」



222:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/01(水) 08:20:31.63 ID:HjpWLE040

少女「でもさ、さっき生き返ったから、次も生き返るなんて保証はどこにもないわけじゃない。もしかしたら最後の一回だったかもしれない。回数制限があるのかもしれない」

少女「大体、あんたに能力を授けてくれた女神様? そいつだってそれ以降は全然姿を見せないんでしょ?」

少女「なんで不確定なものを信じられるの? 怖くないの?」

 質問攻めである。勇者は苦笑して月を見た。
 やはり、下弦の月だ。大分痩せている。

少女「アタシは、あんたのことがわからない」

勇者「知りたいのか」

少女「……狩人さんだって知ってるんでしょ。おばあちゃんも、なんとなくはわかってるみたいだし。癪なの、そういうの」

少女「アタシはあんたに死んでほしくない。例え生き返るんだとしても」

勇者「……」

少女「なによっ、悪いっ!?」

勇者「いや」

少女「もう! いいからあんたの話をしなさいよっ!」

勇者「……笑うなよ」

少女「笑わないよ」

 勇者は自分が何を言っているのかわからなかった。プライベートな、しかも心の内を吐露するなど、考えられなかったことだ。
 アルコールによる酩酊が悪さをしているのだろう。そう思うことにする。



223:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/01(水) 08:21:32.59 ID:HjpWLE040

勇者「……俺は、お前らがうらやましい」

少女「は?」

勇者「最後まで聞け。……お前らは強い。俺はお前らみたいな強さが欲しい」

勇者「目の前でどんどん人が死んでいくんだ。魔物を相手にしてれば当然だけどな。でも、五人、十人が死んで、俺はたまに思うんだ。俺は疫病神なんじゃないかって」

勇者「少なくとも、俺が強ければ仲間は死なないだろう。その程度の強さくらいは欲しいもんだ、そう思うもんだ」

勇者「誰かが目の前で死ぬのは見たくない。それが嫌だからって引きこもってても、俺はたぶん、世界のだれかがどこかで苦しんでいる事実に耐えられない」

勇者「みんなを救うなんてできるはずもないのにな」

勇者「だからせめて、俺の手の届く範囲のやつは救いたいんだけど、な。狩人とか、ばあさんとか……お前とか」

勇者「でも、お前らのほうが強いわけだ。なんていうか、大変だよ」

少女「ガキっぽいよね」

勇者「自覚はあるんだ」

少女「自覚はあるんだ?」

勇者「なきゃ、こんなに苦労はしないな」

少女「ま、そうか」



224:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/01(水) 08:22:39.74 ID:HjpWLE040

少女「でもね、勇者。誰かを救うってことは、助けるってことは、強くたって難しいよ」

少女「アタシは……過去に人を殺したことがある」

勇者「……」

少女「もうね、最悪。何度も夢に見た。フラッシュバックも終わらない」

少女「最初会ったとき、あんたにも苦しめられたし」

勇者「……悪い」

少女「もういいよ。よくないけど」

少女「人を殺したことが仕方ないとは思えない。思いたくない。もしかしたらもっと他にいい方法があったのかもしれない。でも、アタシが人を殺すことによって、結果として殺した数より多くを救えたのは事実。そしてそれがアタシの誇りなの」

少女「アタシはその誇りを杖に、今まで生きてきた」

少女「個人の絶対的価値は存在しないんだよ。事実はこの世にはない。ただ解釈があるだけ」

少女「何人救えなかったかじゃなくて、何人救えたかの物差しで測ればいいじゃん」

少女「少なくとも、狩人さんは救われてるんでしょ、アンタと出会って」

少女「アタシだって救われたわ」

少女「あんまりバカ言ってると、ぶっとばすよ」

勇者「……」



225:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/01(水) 08:24:14.55 ID:HjpWLE040

 勇者は少女の顔が直視できなかった。だから、彼女がどんな顔をしているのか、彼にはわからない。
 笑っているのか、悲しんでいるのか、真顔なのか。
 そのどれもが当てはまるような気がした。

少女「……ちょっと寒くなってきたね。アタシは部屋に戻るかな。お酒はどうにも飲めないし。アンタは?」

勇者「もう少し、いるよ」

少女「そ。……最後に、一つだけ」

少女「世界の裏側にいる人を助けたいって気持ちは立派だけど、どんな死もどんな苦しみも、たった一つのものだよ」

少女「世界の裏側のそれに気をとられて、すぐ隣のそれを蔑ろにするのは、どうなのかなって思う」

少女「不幸な死が悲しいんじゃない」

少女「死は普遍的に悲しいもんでしょ」

少女「地震や津波で死んだ人が、家族に看取られて死んだ人に比べて悲しむ必要があるっていうのは、やっぱり欺瞞だよ」

少女「わかってるとは思うけど、一応ね」

少女「それじゃ、おやすみ」

勇者「おやすみ」

 少女が廊下の向こうに消えていく。
 彼女の片鱗はたった一枚でも重厚だ。だが、重厚な片鱗を持たない存在が、果たしてこの世に存在するだろうか。



226:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/01(水) 08:25:24.79 ID:HjpWLE040

 目頭が熱くなって思わず勇者は空を仰ぐ。墨を垂らした宵闇に、尖ったもので引っ掻いたような傷跡として、月と星が点々と輝いている。

 彼は信念の虜囚だ。
 信念という目に見えないほど細く、そして頑丈な糸が、彼を縛り付けている。
 自縄自縛。もがけばもがくほど糸は絡まり出られない。

勇者「……寒いな」

 呟いて、引き返す。まだ先ほどの部屋ではどんちゃん騒ぎが繰り返されていた。
 酔いも覚めている。最後に一杯ひっかけてから帰ろうと、部屋に入って麦酒とビスケットをつまんだ。

 喉が鳴る。酒はいいものだ。憂き世の辛さを忘れさせてくれる。

 ジョッキから口を離し、辺りをぼんやり見まわせば、なんとまだ狩人が潰れて寝ていた。空いた樽に抱き着いている。

勇者「しょうがねぇやつだ」

勇者「おい、狩人。寝るなら寝るで、部屋で寝ろ」

狩人「んー……」

 一向に起きる気配を見せない狩人であった。顔は依然上気し、気持ちよさそうだ。全く緊張感のない。
 ぺちぺちと頬を叩くが、それも効果はない。

 勇者はため息を一つついて、なんとか上手に狩人を背負う。風邪でも引かれたら厄介だし、他の男に寝姿を曝させるのも、その、なんというか……心がざわつく。

狩人「ん……やめて……」

 背負われるのが嫌なのかと思ったが、どうやら夢のようだ。悲痛な、切迫した声。そういう夢を見ているのだろう。



227:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/01(水) 08:26:30.81 ID:HjpWLE040

 背負われるのが嫌なのかと思ったが、どうやら夢のようだ。悲痛な、切迫した声。そういう夢を見ているのだろう。

 大陸の中央に大きく聳える大森林、そこで狩人の一族は住んでいた。狩猟採集を主として生活する彼らは、文明とは縁遠い生活を送る、いわば未開人だ。その分食物加工技術や手工芸品の腕には優れ、周辺地域の人々の生活とは密接にかかわっていた。
 驚くべき弓の腕前も生活の中で培われたものだ。

 ある日、彼女の集落が襲われた。近隣の砦から魔物が群を成してやってきたのである。その進行の速度は迅雷で、波が砂の城を浚っていくように集落を飲み込んだ。
 
 彼女はそこであったことを勇者に伝えていない。よって彼が知ることは断片的である。

 必死に彼らは抵抗したが、鏃や短剣だけでは、抗うことはできても対峙することは難しいかったこと。
 ひとり、またひとりと狩人の親族や仲間が倒れていったこと。
 ついには敗走へと至ったこと。

 そして、勇者らがやってきたときには、唯一狩人が生き残りとして追い詰められている最中であった。

 勇者はそれを運命であるとは思っていない。結局は偶然で、狩人は運がよかっただけということになる。
 傷物にされて殺された女性がいる中、狩人がなんとか毒牙にかけられなかったというのもそうだろう。ほんのタッチの差で、恐らく狩人は死んでいたはずだ。

 勇者の服が強く掴まれる。
 夢は誰にだって苛烈だ。狩人にも、勇者にも、少女にも。それはある意味平等で、公平で、分け隔てなく優しい。



228:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/01(水) 08:27:25.12 ID:HjpWLE040

 部屋の前についた。鍵はかかっていない。
 一般兵は二人部屋で、狩人の場合は少女と同室だった。部屋に入って扉を閉めると、暗闇の中で少女と狩人の二人分の寝息が聞こえてくる。

勇者「ほら、狩人。ベッドで寝ろ。部屋だ」

狩人「……」

 狩人は深い眠りに入っているのか、呼んでも揺さぶっても一向に起きる気配を見せない。それでも夢に魘されるよりはいいのだろうが、おぶっている勇者としては複雑である。
 ベッドに腰掛け、手を離した。首に回されている狩人の手をそろりそろりと外し、なんとかベッドに寝かせることに成功する。

勇者(子供かこいつ……ん?)

 立ち上がろうとして、立ち上がれない。心霊現象の類ではない。単に狩人が服の袖を掴んでいるだけだ。
 寧ろ心霊現象よりもたちが悪い。

勇者(いやいや、離してくださいよ狩人さん)

 きつく服が握りしめられている。
 勇者はなんだか頭が混乱してきた。自分の身に起きた事態を理解できない。

 なぜなら、恐らく狩人は起きているから。

 寝ながらこんな握力を誇るはずがない。大体彼の背中から降りようとしなかったこと自体がおかしいのだ。
 それが指し示す事実は一つだけ。

 しかし、彼女が起きているのはわかっても、対処法がわからなかった。なまじっか狩人の気持ちと真意を理解しているだけに、無下にもできない。

勇者「……ばれてるから」



229:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/01(水) 08:28:28.11 ID:HjpWLE040

 少しの間をおいて、狩人はむくりと起き上がった。

狩人「ばれてた」

勇者「ばればれだよ」

狩人「二人の仲だし」

勇者「お前、まだ酒に酔ってるだろ」

狩人「うん。だって、えへへ、こんな楽しいのは久しぶりなんだもん」

狩人「勇者が無事で、一緒にいられてうれしい。えへ」

 いつの間にか狩人の手が勇者の手と重なっていた。
 溶け合っているかの如く感覚が定まらない。輪郭も定まらない。
 肌と肌の境界線が曖昧だ。酒と空気の相乗効果は、ここに至って恐ろしい。

 手を跳ね除けようと思えばできるだろう。そして狩人はすぐに引き下がるだろう。わかっているのだそんなことは。
 けれど、彼だってそんなことはしたくないのだ。

 二人の顔が近づく。
 艶っぽい、熱を持った唇。うっすらと濡れた瞳と睫毛。
 微かにアルコール臭のする吐息が勇者の鼻先をくすぐる。

狩人「ね、勇者。お願いがあるの」

勇者「……」

 緊張ゆえの無言を狩人は肯定と受け取ったようで、娼婦の笑顔でこう言った。

狩人「わたしがピンチになったら、絶対助けに来てね」

勇者「!」



230:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/01(水) 08:31:42.14 ID:HjpWLE040

 理性など最早無力だった。唇と唇が触れ合うほどの、限りなく零に近い二人の間の距離を零に至らしめたのは、勇者であった。
 貪るような口づけ。狩人から勇者に対してしたことは幾度かあれど、彼から積極的にしたことは、今までない。狩人の瞳が驚きに見開かれ、すぐに蕩けた顔になる。

狩人「積極的」

勇者「俺が悪いんじゃない」

狩人「そう、わたしが悪い。悪女。罪作りな女……ふふ」

 勝手に笑い始める狩人の肩を掴んで、正面から顔を見た。
 ただならぬ雰囲気を察して、狩人も真面目に勇者の瞳を覗き込む。

勇者「俺は、強く在ろうと思う」

狩人「……よかった」

 会話はそれだけでよかった。



234:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/07(火) 17:50:44.97 ID:vSRjzYLw0

 強く在ることは強くなることとは一線を画す。後者は未来に希望を託すことだが、前者は生き方を変えることだ。
 打ちのめされても折れない、強靭な生き方を彼は目指したかった。

 もう一度口づけを交わす。口唇だけではなく、舌も絡めて全てを舐め、吸い尽くす。唾液はやはりアルコールの香りで、しかしそれだけではない。狩人のにおいと混じって寧ろ官能的ですらあった。

 髪の毛をくしゃりと握りつぶす形で抱く。先ほども触った柔らかな、絹のような髪の毛。何日も満足に風呂に入れない時もあるというのに、ここまでの髪質を保てるのが不思議だ。
 次第に狩人の顔が下がってくる。唇から顎、顎から首、首から鎖骨。舌といわず唇といわず、形容できない感触が皮膚の上を這って行く。
 背筋を突き抜ける快感。勇者も負けじと首筋へ舌を這わせる。

狩人「ふ、やぁ……あっ! だめっ……」

勇者「今更何言ってんだ……」

狩人「だって、こ、こんなの、んっ、ぁう……こんなの、知らない……」

 髪の毛を撫でていた手がふと耳にあたる。小ぶりな耳は、当然のごとく耳たぶも小ぶりだ。勇者は思わず耳に舌をやった。

狩人「あぅっ!」

 一際大きい声が漏れた。



235:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/07(火) 17:51:17.84 ID:vSRjzYLw0

勇者(性感帯、ってやつか?)

 丁寧にそこに舌をやり、唇で優しく食んでもみる。外耳の窪みを舐め、耳の奥を軽く、音を立てて吸う。

狩人「ふぁ、や、んあぅ! ゆう、ゆうしゃ、なにこれぇ」

狩人「ふぁ……きもひよすぎて、怖いよぉ、ゆうひゃぁ……」

 狩人は勇者の体を啄むのすらやめ、子供のように必死で彼にしがみつくばかりだ。
 これは少しやりすぎたかなと、勇者は耳から口を離して抱きしめる。

勇者「ごめん、ごめんよ、調子に乗った」

狩人「……」

 上気した顔の狩人は、焦点がいまいちあっていない目で勇者のことを見つめている。
 
狩人「んっ!」

 勢いに任せた口づけ。思わず歯と歯がぶつかり、音が鳴る。
 狩人は勇者の首の後ろに手を回し、そのままベッドに引っ張り倒した。

狩人「あ。あたってる」

 勇者の足の付け根が狩人の太腿に押し付けられていた。当然の生理現象とはいえ、勇者はなんだか恥ずかしくなって、思わず体を離そうとする。
 が、狩人はそんな彼のことを離してくれなかった。

狩人「逃げるな」

 そう言って勇者の股間を、服の上から擦りはじめる。



236:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/07(火) 17:51:55.39 ID:vSRjzYLw0

狩人「おっきい……おっきくなってる……」

勇者「そ、そりゃ男だからな」

狩人「舐める」

勇者「う……おう」

 言うが早いか狩人が勇者のズボンを膝まで一気に降ろしにかかる。鎧も付けていない室内着なので、腰のところはゴム紐である。容易くズボンは降りた。
 押しこめられていたものが弾けた。反動で屹立が狩人の眼前へ飛び出す。

狩人「凄い……熱い……」

狩人「え、男のひとって、こんなに熱くて大丈夫なの?」

勇者「大丈夫じゃないかも」

 いろいろな意味で。

狩人「はむっ」

 溜めをつくってから狩人が勇者のそれを口に咥えた。むっとした男の臭いに思わず咽そうになるが、すぐさま狡猾館へと変異、次第に脳髄を満たしていく。
 唾液が出てくる。狩人は自然な動作で勇者のものに眩し、口内全体を使って擦りあげる。

狩人「んっ、ちゅ、ぐちゅ、ん、ひもひーい? ぷちゅ、ちゅっ」

 気持ちいいどころの話ではなかった。ともすれば腰砕けになってしまいそうな快感の波が、絶えず勇者に叩きつけられる。
狩人「じゅる、ちゅぷ、ちゅ、いっぱひ、ん、んっ、きもひよくなっへえ? くちゅ、じゅ、じゅるるっ」

 一心不乱に勇者のものを口内で扱く狩人。彼女の視点は勇者を見ておらず、ただ扱くことに夢中になっているようだった。

狩人「ぷはっ」

 口から一回離し、啄むようなキスを繰り返す。顔全体と舌で擦るように、裏筋まで舌を這わす。
 どこで学んだのか全く疑問になるほどの性技である。



237:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/07(火) 18:12:35.47 ID:/JlUVHnk0

狩人「ぐぷ、じゅるるるっ! ん、おいひーよ、ゆうひゃ……ちゅ、じゅる、んっ!」

 快感の高まりの終着点が見えた。勇者は狩人を撫でていた手に力を入れ、申し訳ないとは思いつつも、己のものに押し付ける。

勇者「ごめん、出るっ!」

狩人「――――っ!?」

 欲望の奔流が喉に向かって流し込まれる。
 長く、長い、射精。
 彼も一人でしたことがないわけではなかったが、それとは比べ物にならない量だった。二度、三度脈打っても、まだ止まらない。

 ようやく射精が止まり、彼は口からいまだ萎える気配のないそれを引き抜いた。

狩人「んっ」コクン

 間髪入れずに狩人が出されたものを嚥下する。そうして口の端に残ったものまで舌で掬い、飲んだ。

勇者「だ、大丈夫か」

狩人「うん。だって勇者のだもん」

狩人「ね。わたしにも、して欲しいな、って」

 狩人は自分の股間に手をやり、勇者に見せた。指先は何か液体で光っている。
 たまらず勇者は口づけをした。最早何が起こっても止められる気がしなかった。



238:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/07(火) 18:13:25.50 ID:/JlUVHnk0

 静まらないそれを、狩人に近づけていく。
 肌と肌が触れた。

狩人「熱い……」

勇者「お前だって、大概だ」

勇者「じゃ、行くぞ」

狩人「うん、うん」

 一気に狩人の奥へと入っていく。
 狩人の足が張り、肩に回されていた手が強く閉じられる。爪が肉に食い込んで多少の痛みはあったが、今彼女が感じている痛みはそんなものではないのだろう。
 半分ほどまで挿入し、そこで止めた。彼女の顔を見れば、痛みに耐えて笑顔をつくっている。

勇者「大丈夫か?」

狩人「大丈夫、だから。もっと……」

勇者「無理すんなよ」

 残り半分も狩人の中に埋めていく。

狩人「んっ!」

 狩人の中は火傷しそうなほど熱く、濡れ、勇者を閉じ込めてくる。抽送するたびに様々な部分に絡みつき、口内とは次元の違う快楽だった。
 どうやらそれは狩人も同じらしい。半開きの口からは涎が垂れている。痛みも残っているのかもしれないが、それより快楽のほうが勝っているのだろう。ぎゅっと勇者のことを抱きしめ続けている。

狩人「手、手ッ」

 狩人は朦朧としながらも手を開いた。勇者は合点がいって、そこに自分の手を合わせ、指が絡み合うように手を握る。
 その間も抽送は止めない。止められない。狩人のことを気にしていられるほど彼に余裕があるわけでもない。



239:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/07(火) 18:14:06.71 ID:/JlUVHnk0

狩人「勇者、ゆうひゃっ! 好き、好き、好きだからっ」

勇者「俺もだっ……」

 より強く手が握りしめられた。涙目、涙声になってくる狩人の姿を見て、彼女の限界が近いことを勇者は知る。そして、限界が近いのは彼もまた然り。本能に任せるかのように腰を打ち付けていく。
 染み出した愛液はすでにシーツを汚し、勇者の陰毛すらもべたべたにする。当然その感覚は不快ではない。

 勇者は己の限界を悟った。我慢できない射精感。

勇者「くっ……出るぞっ」

狩人「出して、出してえっ!」

 全身が脈動するほどの波が打ち寄せた。彼はもう一度、己の欲望を、今度は彼女の胎内へと流し込む。
 同時に狩人の全身がこわばった。口が開き、ピンク色の舌が見える。
 火照った頬。視線の定まらない瞳。
 たっぷり一秒ほど二人は絶頂を迎え、そして勇者は狩人に倒れこんだ。

狩人「ゆうしゃ……んっ、だめ、そこ」

 勇者が狩人の服を捲り上げ、胸に舌を這わせていた。褐色の肌とは異なる桜色のきれいな先端に舌を這わせ、時折優しく噛んでもみる。

狩人「んっ、だめ、またしたくなっちゃう……」

 二人の合わさる体を、窓から月が見ていた。
 そしてもう一人。

少女(ここでおっぱじめんじゃないわよっ! アタシのことすっかり忘れやがってぇっ!)

 夜は更けていく。
――――――――――――――



240:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/07(火) 18:15:34.34 ID:/JlUVHnk0

――――――――――――――
 翌朝。
 朝食は複数グループで順番にとっていくことになっていた。
 あくびをしながら廊下へ出た勇者は、ちょうど部屋から出てきた狩人と少女に出会う。
 三人は全員目の下にくまができていた。

勇者(腰が……)
狩人(痛い……)
少女(眠い……)

 ひょこひょこ歩く狩人を横目に、少女は苛立ちを誰にぶつければいいのか、困ったように憤慨している。
 結局太陽が空を照らし出すまで彼女は寝られなかったのだった。

少女「送り狼……」ボソ

勇者「?」

 食堂につく。長いテーブルに粗末な椅子。厨房に一声かければ、木製のプレートに乗った朝食が手渡される。
 今日の朝食はパンに野菜のスープ、ふかした芋だった。粗末と言えば粗末だが、野生動物を捕まえ焚火で炙って食べる生活と比べれば、どちらがより文明らしいかは一目瞭然だ。

 食堂にはおおよそ三十人が入る。三人が入った時点でそれなりに人の波は少なく、容易く席をとることができた。

少女「空いててラッキーだね」

勇者「そうだな、珍しいな。昨日の酒が残ってるやつもいるのかもしれん」

 いつもならば、満席とは言わないまでも、三人が揃って食事をとれるのは珍しいほどの混雑度を誇っているのだ。国王が義勇兵を募集したあの日以来兵士の数は徐々に膨れ上がり、誰かしら門を叩かない日はないという。それが一因でもあるのだろう。



241:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/07(火) 18:17:29.77 ID:/JlUVHnk0

 パンをかじる。ごく普通のライ麦パンだ。市販されているパンよりは酵母の風味が少なく、反対に麦の香りが強い。焼き立てでないのが残念だが、それは望みすぎというものだろう。
 冷めているとはいえ、噛めば噛むほど芳醇な香りが口に広がる。素朴な、田舎の風景が思い出される味だ。なんだかんだ言いつつも勇者はこの味が嫌いではなかった。

 ふかし芋もこれまたごく普通のふかし芋である。丸く、大きめで、でんぷん質の多い種類だ。芋と麦は合わせてこのあたりに一大農場群を形成している、立派なこの国の主要作物である。
 南下した国の外れでは稲も作っているようだが、勇者は今まで白米というものを食べたことがなかった。まだそれはこの国では奢侈品の類だ。

 ふかし芋をフォークで割ると、これはまだ熱が残っているのか、湯気が上った。きれいに四等分して口の中に放り込む。
 野性味の強い、だが僅かに甘みもある。二口目は塩を振って食べた。より甘みの引き立つ食べ方だ。

 芋の感触が残っていたので野菜スープで洗い落とす。滋味である。栄養が溶けだした琥珀色のスープは、体を心から健康にしてくれる気がした。
 中に入っている野菜の細切れは、大根、人参、セロリ、キャベツと言った具合。勇者はキュウリが食べられない。スープに入るような代物ではないのが救いだった。

 狩人と少女も、それぞれおいしそうに食べている。一汁一菜がほとんどの質素な食事ではあるが、しっかりと三食とれるのは大きい。
 三人揃ってごちそうさま。食器を配膳台に戻し、勇者は大きく伸びをした。



242:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/07(火) 21:27:48.84 ID:LbZ1XUOu0

勇者「今日はどんな感じ?」

少女「このあと朝の訓練があるわね。そのあと昼食、訓練、で作戦会議」

 鬼神討伐の功によって勇者たちは上位兵と同様の立場についていた。そのため、勇者や狩人、少女は訓練内容や一日の予定に差がない状態だった。

勇者「作戦会議?」

少女「あんた御触れ見てないの? 鬼神があんなところに出張るのはおかしいってんで、遠征早まったんでしょうが」

 そう、老婆たち上層部が会議を行った結果、三体の鬼神はいかにも怪しいという結論に至ったのである。魔王軍の目的はわからないが、水面下で黙々と侵攻されるくらいならばいっそこちらから、ということだ。
 無論いきなり全軍を引き連れて「さぁ魔王城へ!」とはいかない。四天王の件もあり、その他幹部が陣取る砦もある。ある程度は腰を落ち着けてじっくりと侵略してかなければ。

狩人「……」

 狩人は険しい顔をして立ち止まった。

勇者「どうした?」

狩人「静かすぎる」

 鋭い狩人の言葉。勇者も耳を澄ませば、確かに静かだ。静かすぎると言っていいくらいに。
 朝食後のこの時間は、本来ならば他部隊では点呼があり、もしくは訓練を注げる点鐘があり、そうでなければ兵士たちの雑談が聞こえてくるはずである。
 本を運ぶ儀仗兵の姿も、シーツを取り換えてあたふたする従者の姿もいない。
 明らかに異常事態だった。

 と、曲がり角から兵士がゆっくりとした足取りでやってきた。
 ぞろぞろと。

勇者「!?」



243:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/07(火) 21:30:00.77 ID:LbZ1XUOu0

 十人から二十人の兵士の集団が、抜身の剣を持って、うつむきがちに迫ってくる。その足取りは決して早くはないが、それゆえに圧迫感のある行進だ。

勇者「こ、これはっ!」

少女「操られてるよっ!」

 狩人が無言で腰の袋から鏃を取り出す。
 矢の先端だけを外したそれは、使い方によっては投擲武器にもなる。

勇者「殺すなよ」

狩人「がんばる。けど」

 鏃が放たれた。
 鋭く空気を切り裂く矢は、兵士の皮の鎧を貫通し、肩に深々と突き刺さる。しかし兵士は痛みを感じていないのか、その動きが止まることはない。

狩人「止まらない。痛みがないのかな」

少女「どーすんのよっ! アタシ、殺すなんてまっぴらだからねっ!」

勇者「俺だっていやだよ! ちっ、ひとまず逃げるぞ」

 三人は慌てて踵を返す。あちらの動きは遅い。撒くことは容易だろう。
 だが……。

勇者「くそ、こっちも!」

 数が段違いだった。行く先行く先で傀儡となった兵士たちの軍勢が行く手を阻む。一体どれだけの人数が操られているのか見当もつかない。
 もしかすると、それこそ三人以外の全員が、既に敵の術中に落ちているのかもしれない。

 術の範囲が王城だけならば、窓ガラスを破って外に出れば勝機はある。が、もしも城下町すらも術の範囲内であったら。

 勇者は己の予感が外れていないと確信していた。敵の戦力も正体も未知数だが、王城にも魔術的な障壁は恐幾重にも張り巡らされていたはずだ。それを突破できる程度の格を持った敵となれば、やはり城下町すらも掌握できると考えるのが安全である。
 ならば、敵は一体なんなのか。本命は魔物だが、隣国が騒乱の隙を狙った可能性も考えられる。



244:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/07(火) 21:53:03.92 ID:NP2bXgEL0

 どのみち一国の危機であることには違いない。指揮系統は完全に麻痺し、軍備が己に牙をも向きかねないのだ。今は三人だけを狙っているが、それもいつまで続くだろうか。

 三人はひとまず場内を走り続ける。無駄に広いことに悪態をつく毎日だったが、このたびばかりはそれに救われた。なんとか出会うたびに回避を続け、逃げ惑う。
 しかしそれにも限界があった。追い込まれてしまったのだ。

 背中にはひんやりとした壁。周囲には樽や木箱が積まれている。恐らくは食料の備蓄場所なのだ。

少女「追い込まれちゃったじゃないっ!」

狩人「鏃ならある」

勇者「……俺たちも応戦するぞ」

少女「殺すの!? いやだってば!」

勇者「そうしないと襲われるんだぞ!」

少女「って言っても、どうせ剣もミョルニルもないんだよっ、どうやって対応するのさ!」

 そうなのだ。ここは城内で、しかも食後である。朝食に剣や鎚を担いでいく必要はないため、二人は今手ぶらなのだった。
 武器と呼べる武器は、辛うじて狩人の鏃程度。それも数に限りがあるため、戦い続けるのは現実的でない。

 勇者は舌打ちをして、早口で詠唱を行う。文言を唱え終わると放電現象が起こり、勇者の両手が淡く光る。

勇者「しょうがない、俺は魔法でいく。少女は……ま、腕力で何とかなるだろ」



245:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/07(火) 21:53:32.82 ID:NP2bXgEL0

狩人「でも、ここから逃げてどうするの?」

 それは城下町もこのような状態の住民で埋め尽くされている、ということを指しているのではない。狩人の心配は、単純に逃走が事態の解決にならない事実を指摘している。
 どのような原理で人々が操られているのかはわからない。が、少なくとも術者を倒さない限り、この状況に終わりは見いだせないだろう。逃げるよりもまず術者を探し出す、炙り出すところから始めなければ。
 狩人は兵士の軍勢へ目をやりながらそのようなことを言った。

 そばまで寄ってきた兵士を、勇者が雷魔法で吹き飛ばす。兵士は後続の兵士を巻き込んで倒れるが、立ち上がり、何事もなかったかのようにこちらへ向かってくる。

勇者「確かに、埒があかないな」

少女「もう!」

 少女は力に任せて壁を叩いた。大きな音がして、壁に大穴が空く。

少女「非常事態だから許してもらうもんっ! 行くよ! 逃げながら今後の方針を考えないと!」

 穴に飛び込んでいく少女。隣は穀物蔵になっているようで、小麦やライ麦の入った袋が所狭しと並んでいた。
 扉には目をくれず、少女はさらに反対側の扉も叩き壊してずんずん進んでいく。
 廊下に出ないのは、出ればいつ傀儡と鉢合わせになるかわからないためだ。道なき道を進んでいけば出会うこともない。

 倉庫の並びを貫いていくと、部屋の趣が変わる。客間だ。
 客間は王城の中心から見て北西にある。食堂があるのは南西なので、北上していたらしい。



246:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/07(火) 21:54:15.58 ID:NP2bXgEL0

 壁に空けた穴から勇者と狩人が姿を現した。後ろを覗き込むが、兵士の姿は見えない。足音も聞こえない。狩人にはもしかすると聞こえているのかもしれなかったが。

少女「とりあえず、一安心かな?」

勇者「しかし、術者を叩くったって、範囲が広くちゃ話にならないぞ」

 城内にいるのか、それとも都市内にいるのか、それとももっと離れたところでほくそえんでいるのか。もし遠く離れたところにいるならば手の打ちようがない。お手上げだ。

 ベッドに腰を下ろしても、勇者は落ち着けなかった。追手が大した脅威ではないとはいえ、追われているという事実そのものが重圧だ。
 狩人と少女は考え込んでいるようだった。どうしたらよいか。目的を見つけなければ対処はできない。

狩人「ちょっと見てくる」

 狩人は壁に空いた穴に歩み寄る。彼女の耳に届く足音は次第に近づいてこそいるけれど、すぐさまの脅威であるとは言えないほど遠い。あと二、三分は体を休められるだろう。

狩人「……?」

 違和感があった。しかしその正体がわからない。
 そろそろ行こう、と彼女が二人に声をかけようと振り向くと、部屋には誰もいなかった。

――――――――――――――



251:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/09(木) 23:30:34.27 ID:s+mPglMj0

――――――――――――――

??「勇! いさむーっ! アンタいつまで寝てんのよ、起きなさいってば!」

 俺を呼ぶ声が聞こえる。きんきんと頭に響く金切声だ。正直勘弁してほしい。
 がしかし、なんだかんだ言っても幼馴染。邪険に扱うことはできない。起こしに来るのだって十割の善意からなのだし。

 俺の両親は現在地方巡業で家を空けている。二人そろって舞台人なのだ。

??「田中勇ッ! 早く起きなさい!」

 布団がはぎとられ、カーテンが開かれる。朝日が直接俺の顔にあたっている。たまらず目を覚ました。

勇「女川、少し静かにしてくれ」

 ツインテールで小柄な少女が、セーラー服を身に纏って眉根を寄せていた。
 女川祥子。俺の幼馴染兼、両親の不在の間の我が家を任された存在でもある。両親はこいつに「息子をよろしくね」と言いやがり、挙句の果てには丁寧に合鍵すらも渡して旅立った。まったくいい迷惑だ。

勇「あと五分だけ……」

 とりあえずテンプレから入る。するとこれもまたテンプレ通りに、女川のぶん投げたスクールバッグが俺の顔面へ飛んでくる。
 慣れた状況である。俺は枕でそれを受け止めた。

女川「アタシまであんたの遅刻に巻き込まないでほしいのっ」

勇「先に行け、先に」

女川「そんなことしたらご両親に顔向けできないでしょっ! ご飯はおにぎりだから、食べながら行くよっ!」



252:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/09(木) 23:31:34.79 ID:s+mPglMj0

 胸ぐらを掴んで一気に引き寄せてくる女川。準備をしていなかったものだから、勢い余って顔が近づきすぎてしまう。

女川「――っ!」

 顔を赤くして女川は飛び上がった。全く不思議な奴だ。騒ぐだけ騒いで勝手に静かになるだなんて。
 俺はのそのそと起き上がり、寝間着代わりのジャージを脱いだ。パンツ一丁になったのでまた女川がぎゃーぎゃー喚くが、なんのことはなかった。
 スラックスに足を通し、シャツに腕を通す。季節は夏なので学ランは羽織らず、そのまま居間へと歩いていく。

 なるほど、確かにおにぎりが小皿の上に置いてあった。二つ。恐らく中身は梅干しとチーズおかかだろう。なんだかんだで女川は俺の好みをわかってくれている。こいつの作る弁当には、俺の嫌いなものなど一つも入っていない。

 それを口に運び、一度部屋に戻った。かばんを忘れていたのだ。
 今度こそ準備を万端にして学校へと向かう。起きてからここまで五分である。

 顔は最悪学校で洗ったって怒られやしない。学校で寝ては怒られるから家で寝るのだ。これぞ合理的というものだろう。

 女川と話をしながら歩く。話と言ってもたわいもないものばかりだ。やれ天気がどうした、やれ昨日のアイドルがどうした、やれ授業がわからない、等々。学生の身分にとっては中身よりもコミュニケーションという手段が重要で、目的だ。
 手段の目的化が悪いことであるとは一概に言えない。悪いものは、初めから性悪な手段を用いているから性悪なのだ。



254:誤爆ではない:2012/08/09(木) 23:44:01.34 ID:mWpCjEH10

??「あ、勇くーん」

女川「げっ」

 合流する信号で手を振っているのは上春瑛先輩であった。俺と女川の一つ上で、俺の所属する冒険部の先輩でもある。一人称が「ボク」という、いまどき珍しい部類の女子である。

上春「や。おはようだね。ボクは眠くてたまんないよ」

勇「実は俺もなんですよ」

女川「上春先輩、早く行ったほうがいいですよ、遅刻しちゃいますから」イライラ

 馬鹿丁寧に女川が言う。
 俺は時計を見た。八時半……学校の正門は八時四十分に閉まる。ぎりぎり間に合わなさそうな時間だ。とは言っても少し気合を入れて走れば十分間に合う時間と距離だろう。

勇「速度と距離と時間を求める公式ってどうやって覚えたっけ」

女川「『はじき』でしょ。ってそんなことはどうでもよくてっ」

勇「避難訓練のは」

女川「『おかし』でしょ! もう!」

上春「ボクのところは『おさない・はしらない・しゃべらない』で『おはし』だったけどね」

女川「そんなことはもうどうだっていいんですよっ!」

 乗った癖に文句を言うのは理不尽ではないだろうか。



255:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/09(木) 23:57:02.19 ID:mWpCjEH10

 と、その時である。
 キーンコーンカーンコーン。前方で鐘が鳴った。登校時刻を過ぎた合図だ。これ以降は正門が閉まり、教師にねちねち言われながらの裏口登校となる。
 ……そこはかとなく犯罪くささを感じるのは気のせいだろうか。

上春「あはは。二人の漫才は面白いなぁ」

 冗談でも茶化しでもなく、単純に笑って上春先輩は言った。

二人「「漫才じゃありません」」

 上春先輩はそれを受けて、今度こそ大きな声で笑った。
 先輩の声は快活だ。聞くだけで元気になる類のエネルギーを持っている。声がでかいのは女川も同じだが……おっと、睨まれたのでくわばらくわばらと九字を切っておこう。

 学校へとついたが、当然のように正門は締まっている。生徒指導部の教師が適当に「おらー、遅刻したなら裏口だー」と生徒の移動を促す。無論俺たちもそれに従って歩くしかない。
 どうやら遅刻者は俺たち三人だけのようで、裏口は人の気配がしなかった。こっそりと上がり、正面玄関へと移動し、上履きを履いて教室を目指す。

 二年B組が俺と女川のクラスである。目立たないように教室の後ろから入るも、HR中だったようで、注目はやはり避けられなかった。女川が八つ当たり気味に俺を小突いてくるのを耐え、着席。

勇「ん?」

 おかしなものがあった。今まではなかったところに空席ができているのだ。
 これは、もしや。

勇「転校生?」



256:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/09(木) 23:58:55.00 ID:mWpCjEH10

??「らしいぞ」

 呟きに返したのは長部だった。おっさん臭い顔をしている、俺の隣席の気さくなやつだ。
 刀剣が趣味という変なところはあるが、それを補って余りある以上の真人間である。

長部「ほら、来た」

 長部が指で示した先には、教壇に今昇ろうとしている一人の少女がいた。そういえば先ほど廊下にいたような……。
 どよめきが上がる。それもやむなしと俺は思った。壇上の女子は、なるほど確かに魅力的だったからだ。

 異国の血が混じっているのか、それとも活発なだけか、割と浅黒い肌。大きな瞳は多少三白眼がちで、アンニュイなイメージをもたらす。
 体はすらりとしており、長身でこそないものの、とてもスタイルが良い。実に均整のとれた、端整な異性だった。
 俺は思わず面喰いながらも、それが周囲にばれないように気を巡らせる。

??「狩野真弓。よろしく」

 ぶっきらぼうに転校生は言った。気持ち低めのトーン。顔立ちとのギャップが著しい。新たな生活集団に馴染む気がないのか、それともなるようになるだろうと構えているのか。

教師「えー、狩野さんはお仕事の都合で、こんな時期だが転校してくることになった。みんな仲良く頼む。席はあの空いてるところだな」

 促されるままに彼女――狩野は席に着いた。
 俺の席の隣を通った時、仄かに甘い香りが漂ってくる。コロンや香水ではない。女子特有の香りだ。
 俺はどこかでこの香りを嗅いだことがあるような気がした。だが、それがいつ、どこでであったかはわからない。
 なんだかもやもやしていると、前の席に座っていた夢野がにんまりと笑って振り返った。

夢野「勇ちゃん、かわいー娘だねぇ」



257:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/09(木) 23:59:25.13 ID:mWpCjEH10

勇「そうだな。ってか、ちゃんづけはやめろよ」

夢野「転校生が来るかもとは聞いてたけど、あんなかわいー娘だとは思わなかったわぁ」

 聞いちゃいなかった。夢野はにやにや笑いのまま、視界の端で狩野を捉えている。
 燃えるような長髪にグラマラスなスタイル。夢野だって十二分に美形だと思うが、そんな意見は実際はクラスの誰からも上がってこない。飄々とした、人を喰ったような性格が一因だろう。

女川「どこにも美人はいるものなんだね」

夢野「あら、女川っち」

夢野「朝から勇ちゃんと一緒に遅刻とは、熟年の夫婦カポーですな」

 夫婦とカップルは同時に存在しないのじゃないか? カップルは所詮「つがい」という意味だから、別にかまわないのか?
 俺の疑問をよそに、女川は慌ててそれを否定にかかる。両手を胸の前でぶんぶんと振りながら、

女川「な! 夢野、あんた朝から頭に蛆がわいたこと言わないでよっ!」

 お前も、女の子が「頭に蛆がわいた」なんて言っちゃだめだと思うが。
 あ、夢野の背中が叩かれてる。それでも動じずに女川をからかい続ける夢野は、遊びに命を燃やしているというか、真面目に不真面目を貫いているというか。見上げた根性だ。

 遊びのために自らを貫ける人間は強いと思う。そこにはある種の恐ろしさもある。
 大抵人間の動機なんて経済的か宗教的か大別できる。そのどちらにも当てはまらない時、それは第三者から観測しえない事柄となり、それが恐ろしさを呼ぶのである。



258:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/10(金) 00:00:53.62 ID:FbrR8VTh0

 閑話休題。女川はぷんすかと長部に八つ当たりをし、夢野は転校生へ手を振っていた。
 転校生の席の周りには人の壁が出来上がっている。構成員は全員女子だ。あいつらはすぐに新しい人間をコミュニティに取り入れたがるが、俺にはそれがいまいち理解できない。友達すらもファッション感覚なのだろうか。
 男子はそんなことはしない。というか、男子という生き物は根性なしが大半を占めているので――特に美人には――畏れ多くて声などかけられないチキンなのだ。
 それゆえに、クラスの男子らは颯爽と登場した可愛い級友に視線と興味を向けることこそすれ、積極的に声をかけたりはしないのである。

 人と人の隙間から見える転校生は、どうにも興味がなさそうに見えた。応えはもちろん返しているのだろうが、鞄や机や教科書を確認するふりをして、あえて視線を合わそうとはしない感じが見て取れる。

夢野「気難しい感じなのかなぁ?」

女川「緊張ってのもあると思うけど。でも、ま、あんまり人付き合いの好きそうな自己紹介でもなかったしね」

 嫌がる猫を無理やり触れば嫌われるだけだ。そういう時は遠巻きに見ているしかできないし、それが一番利口なのだ。急がば回れとも言う。

 結局、狩野は授業の合間合間にも囲まれたが、一体どんな受け答えをしているのだろうか、一日のうちに次第に人は減っていった。昼休みには、それこそ根気強い、もしくはそっけなく扱われることの気に食わない女子のリーダー格が「わたしのグループに入れてあげる」的に近づいて行ったが、それも大した成果はあげなかったようである。
 となると、クラスの男子も危機察知能力を働かせる。狩野は可愛いが、手綱を握るのは難しそうだぞ、と。またクラスの女子を敵に回すことになりかねないぞ、と。

 俺はここにきて逆に狩野という転校生に俄然興味がわく。自分の初志を貫くことは難しく、彼女はそれができている。純然たる尊敬と、僅かに見世物小屋の興奮を覚えたのだ。
 とはいえ、俺も人並みの危機察知能力はある。気安く彼女に声をかけては誰からもいい印象を受けないだろう。ほとぼりが冷めるまで、数日、もしくは一週間程度待つ必要があった。

 そのはずだった。



259:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/10(金) 00:02:55.62 ID:FbrR8VTh0

 が、しかし。

 狩野が席を立つ。
 とことこと歩いて、やってくる。
 なぜか、俺のところへ。

 教室中の視線が俺に向けられているのがわかる。それは錯覚ではない。
 俺は唾を飲み込んで、ひたすら机の上に置かれた自分の手を見ていた。

狩野「田中勇くん、だよね」

 やはり、俺であった。ここまで来たら無視するほうが労力を使う。ここでようやく視線を挙げる。

勇「……なんだ」

 務めて無愛想に受け応えた。

狩野「学校を案内してもらいたくて」

 なんで俺が。なんで俺が。なんで俺が。

勇「……なんで俺が?」

狩野「その辺に理由はいる?」

勇「いるだろ」

 あってくれなければ困るのだ。いや、ないはずがない。こいつは今の状況を楽しんでこそいないが、義務感の雰囲気が漂う。彼女にとってこれは「なくてはならない」行動なのだ。
 けれど、その義務はどこまでも彼女の世界の内側にあるものだ。俺の世界に内側にまで侵入しては来ない。

 狩野は一瞬、本当に一瞬だけ、その瞳の奥が揺らぐ。そして俺はその一瞬を見逃さなかった。

勇「……」

狩野「なんていうか……まぁ、いろいろ。こっちにも色々事情があって」

 罰ゲームの類なのではないかと思える返答だった。そんなわけはありえないので、余計に頭を悩ませられる。
 有体に言えば、困った。



260:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/10(金) 00:04:48.38 ID:FbrR8VTh0

勇「今?」

 言ってから、しまったと思った。これでは校内の案内を前向きにとらえていると思われても仕方がないではないか。
 狩野は頷いた。コミュニケーションの成立。もう待ったはかけられない。
 ここまで来てしまえば理由をつけて断るほうが不興を買う原因となる。「周囲を気にしています」アピールは、周囲にアピールしていることを悟られてはいけないのだ。

 俺はあくまで平静を装って立ち上がった。学級内ヒエラルキー、もしくはスクールカーストは、今日この時を持って大幅な変動を果たした。主に悪い方向で。
 仕方がない。最早狩野真弓という存在を俺は被弾した。箇所は治療でどうにかなる部分で、銃創も大きくない。追撃さえきっちりと避けられれば、俺の楽しい生活をエンジョイする道は、まだ残されている。
 そしてそのための逆転の方法が俺には残されている。

勇「今からじゃ、悪いけど案内できないなぁ。部活なんだ」

 そう、部活である。本当は部活などはない。いや、ないというか、適当に部室に集まって適当に駄弁っているだけなので、あるなしの問題でもないのだ。
 が、狩野がそれを知ることはできない。理由としては完璧だ。

 歯医者、アルバイトと並んで、部活は学生の言い訳ベスト3であると個人的には思っている。許されないことでもなんとなく許されてしまう魔の言い訳。伝家の宝刀をまさかここで抜くことになろうとは。

狩野「わたしも行く」

 ……え?

狩野「冒険部でしょ。わたしも気になる」



261:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/10(金) 00:06:50.80 ID:FbrR8VTh0

 追撃を被弾した。しかもこれは、予想していなかった。腹に大穴が空いている。ホローポイント弾なんじゃないか?
 こいつ、どこまでついてくる気だ?

 可能性は二つある。まず一つ目は、そもそも冒険部に入りたくて俺に声をかけてきた場合。これは理由としては正当だ。そして俺も周囲に言い訳が聞くというものである。
 どこからその情報を仕入れたかは定かでないが、経路などいくらでもある。級友からでもいいし教師からだって教えてもらえるだろう。ただ冒険部に入りたいことを伝えれば、周りが教えてくれるのだから。
 二つ目は、これが厄介だ。狩野はなんとしても俺にまとわりつきたい、という可能性。自意識過剰と言われるのを恐れずに言えば、どうも裏があるようでならない。

 とはいえ、結局は周囲に言い訳が立てばどうだっていいのだ。俺は積極的に前者を支持する。

勇「お、そうなのか。ならついてこいよ、紹介するから」

 心にもない笑顔を塗布し、俺は教室を後にした。スクールバッグを持った狩野も小さい歩幅で後を追ってくる。
 てくてくと、とことこと。
 狩野が僅かに足を速める気配があれば、俺もそれだけ足を速め、決して一定以上の間隔が狭まらないように努める。数字にしておおよそ一メートル。それは心の距離に他ならない。

 結局のところ、俺は狩野真弓という人物がいまだ掴めていないのだ。何が目的で俺に近づいているのか。本当に他意はないのか、等。この距離を詰めるのか、それともさらに広げるのかは、今後の展開次第。

 旧校舎への渡り廊下は二階にある。二年生の教室は三階にある。そして部室は三階にあるため、三階、二階、三階という手間を踏まなければいけないのが面倒だった。

勇「……」
狩野「……」

 無言のまま扉を横にスライドさせた。



262:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/10(金) 00:07:42.10 ID:FbrR8VTh0

勇「おはようござーす……え?」

 上原先輩はともかくとして、夢野がいた。

夢野「遅かったねー」

 ひらひらと手を振る夢野。なんでこいつがここにいるのかわからないが、いるものはいるのだから仕方がない。
 俺の背後で狩野がごくりとつばを飲み込む音がした。鉄面皮を絵に描いたような女だが、緊張もするのか。

 冒険部は冒険とは名ばかりの弱小部であり、そのため部室を与えられるだけでも恩の字だろうと、僻地にある元物置をあてがわれている。長机と椅子の数個でいっぱいいっぱいの部屋に、三人以上がいるのを見るのは初めてだった。
 なんとか机と壁の隙間に体を押し込み、椅子に座る。

上春「今日はお客さんがたくさんくるね。いいことだ」

上春「で。勇くん、そっちの女の子は誰かな?」

勇「あー。今日来た転校生で」

狩野「狩野真弓です。冒険部に興味があったので」

 流石に自己紹介くらいはできるようだ。恭しく頭を下げた狩野は、けれど雰囲気を決して変えることがない。まるで自らのアイデンティティのように。

 俺、上春先輩、狩野、夢野。四人で、どうでもいい話を始めた。

 冒険部の活動の趣旨は、本来は冒険をすることである。どうやら話に聞く限り、かつての先輩方はそうしていたらしい。たとえば山に登るとか、たとえば森に行くとか、様々だ。
 しかし時代の流れは残酷である。教師たちも生徒を放任していては、保護者や教育委員会からの突き上げがある。自らの目の届いていないところで生徒に怪我や問題が起こっては、火の粉は全て彼らにかかる。
 それを恐れた結果が、冒険部の暗黙的な活動の自粛だ。校外活動許可証は、こと我が部に限っては、十割受理されないといってよい。



263:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/08/10(金) 00:09:12.65 ID:FbrR8VTh0

狩野「大変なんですね」

上春「ん。まぁでも、ボクたちは話してるだけで十分楽しいからねぇ。ね、勇くん」

勇「そうですねぇ」

上春「狩野さんは冒険に興味があるんだって?」

狩野「はい。いろいろ、ありまして」

 「いろいろ」を強調して狩野が言った。
 ……なぜ俺を見てくる? そしてなぜ夢野はくつくつと笑う?

 よくわからないひと時は、のんびりと流れていく。

* * *



272: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/11(土) 14:01:34.33 ID:WuXosgBm0

* * *

 空は朱色に染まっている。
 ビルの向こうに隠れて夕日は見えないけれど、その存在は確かに確信できる。他者の心というものも、恐らくはそんな類のものなのだろう。

 何やら自分でもくさすぎると自嘲。まったく、キャラではない。

 帰りには大抵書店に寄ることにしていた。めぼしいものがあるわけではない。ただ、なんとなくで帰路につくのはもったいないような気がしたのだ。
 自動ドアを開き、冷房のよく効いた店内へと足を踏み入れる。

 平日の夕方でも人はいるものだった。やはり学生が多い。セーラー服に学ランに、ブレザー。
 白いセーラー服と学ランは俺が通う県立高校、ブレザーは近所の有名私立高校のものである。校則が厳しいと噂のブレザーたちでも下校時の道草は許されているらしい。それともお忍びで来ているのだろうか。だとしたらご苦労なことだと思う。

 入口に入るあたりで、店に入るセーラー服と、出ていくブレザーがニアミスを起こす。スクールバッグ同士がぶつかり、お互いの中身が多少ばらまかれた。
 慌てて落ちたものを拾っていく二人。俺も手伝おうと小走りになるが、どうやらそこまでたくさんのものは落ちなかったようだ、そこへたどり着くまでには二人ともものを拾い終えている。

女子生徒「あ、すいませんでした」

 セーラー服が言うと、ブレザーも頭を下げ、歩いていく。そういえば鞄同士がすれ違う際、お互いのキーホルダーが絡まって云々という話を聞くけれど、今回のこともそういうことだったのだろうか。
 俺はいつの間に関わっていた店内の内装を見やりながら、ぼんやりと考える。

 店内にはポップや店員からのおすすめ紹介などがひしめいていて、実に自己主張の強い場となっていた。躍る惹句は「ゴールデンウィークに本を読もう! 春の読書フェア!」を筆頭に、五月の長期連休にちなんだものばかりだ。



273: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/11(土) 14:05:05.01 ID:WuXosgBm0

 残念ながら新刊は出ていなかった。前回来たのが三日か四日前だから、それも当然と言えば当然だ。
 まぁ、本を買うのが本懐ではない。店の中をもう一度見まわしながら、足の向くまま気の向くまま、散策する。

女川「あ、勇じゃん」

勇「女川か」

女川「なに、文句ある?」

勇「ねぇよ。絡むなよ」

女川「いーじゃん。幼馴染の仲でしょっ」

勇「はぁ……」

 相も変わらずよくわからない女だった。十数年の付き合いだが、時たま以上に理不尽である。
 だがしかし、あの転校生には負けるだろうが……。

 女川の眉根が寄った。

女川「あの転校生、可愛かったもんねっ!」

勇「……なんでわかった」

女川「ふん、デレデレしちゃってさっ」

 俺の質問に答えることなく女川は言った。そんなに顔に出やすいタイプではないと思っているのだが。

女川「あ、そうだ。あんた夜ヒマ?」

勇「まぁな」

 高校生に夜の予定などはいるはずもない。我が高校はよほどの理由がなければバイトも禁止されているのだし。



274: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/11(土) 14:08:09.18 ID:WuXosgBm0

 女川は「ま、そうでしょうね」と呆れたようにつぶやく。いや、お前だってヒマに違いないだろう。

女川「今日そっち行くから、待っててよ」

勇「なんかあるのか?」

女川「なんかっていうか、なんていうか」

勇「焦らすなよ。笑ったりしねぇよ」

女川「ちょっと、夢を見るんだけど、その話」

勇「夢?」

女川「その話は夜に言うから! 帰るよ!」

 帰るよ、と言われても、俺はたった今来たばかりなのだが。
 ……仕方がない。我を通すばかりがコミュニケーションではない。どうせ用事も別段存在はしないのだ。
 女川に促され、帰路についた。

* * *



275: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/11(土) 14:09:19.44 ID:WuXosgBm0

* * *

 夕食はカレーライスだった。月に一回は必ずカレーの日がある。そして一旦カレーが出ると、その後数日は出続けるのだ。これは我が家の特徴というよりは、全国どこでもそうなのではないだろうか。
 明日も明後日も食べられることを思うと、どうにもがっつく気にはならない。皿一杯だけを食べ、部屋に向かう。

 宿題は確かなかったはずだ。手持無沙汰を紛らわすために本棚から漫画を引き抜き、読み始める。
 久しぶりに読んだ本だったため、思ったよりも展開を忘れていた。知らず知らずのうちに夢中になって読み込んでしまう。
 スペースオペラはたまに理解できない部分があるけれども、他の読者はわかっているのだろうか。特にタイムリープや並行世界などが出てくるとお手上げだ。とはいえ、難解さも含めて魅力であるという論には俺も同意ではある。

 魔女とスペースオペラという素材の料理の仕方に妙味を感じつつ頁を繰っていると、俺の部屋の窓が叩かれた。
 窓である。扉ではない。

勇「鍵は開いてるぞ」

 女川が外に立っていた。
 こいつの家は我が家の隣である。お互いの部屋は二階にあって、しかも窓を面している。スチール製の梯子を渡せば、高さに目を瞑る限りにおいて、簡単に行き来ができるのだった。

女川「お邪魔」

勇「夕飯は」

女川「食べてきたよ。あんたもでしょっ」

勇「まぁな」



276: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/11(土) 14:13:07.17 ID:WuXosgBm0

勇「で、なんだっけ、夕方に言ってた……」

女川「夢」

勇「そう、それ。たかが夢だろ、って……言えたら、お前はそんな顔してねぇわな」

 俺の知っている女川祥子という人間は、小柄で、だけれど強気だ。不安になることもあるだろう。辛いことだってあるだろう。ただ、夢見が悪いといって俺に話をしに来るなんてのは尋常じゃない。
 夢の話は、本題の呼び水なのかとも思ったが、どうやらそうでもないようだった。

女川「あんた、夢は覚えてるほう?」

勇「……あんまり気にしたことはないな」

女川「アタシは覚えてるほうなの。でね、最近同じ夢を見る」

 夢に同じ場所や同じ人が繰り返し出てくるというのは珍しくない話だ。
 かくいう俺も、気にしたことはないとは言いつつも、夢を見ると決まって廃工場が舞台になる。人間の頭は実に不思議な構造をしている。

女川「ファンタジーの世界、なのかな。アタシは旅をしてる。魔王を倒すために。……RPGまんまな感じ」

女川「道路は土が剥き出しの未舗装で、森がぶわぁってあって、町も、なんていうか、スチームパンクみたいな世界」

勇「お前、その歳でそんな夢みたいなこと言うなよ」

女川「うっさいっ!」

 座布団が飛んでくる。
 顔目掛けて投げられたそれを軽く弾き、俺は女川の顔を見た。

 あ、これは駄目だ。実によくない。
 本気でどうしたらいいか困っている顔だ。



277: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/11(土) 14:15:41.60 ID:WuXosgBm0

女川「アタシだって真剣に考えるだけ馬鹿らしいとは思ってるけど……」

女川「でも、こんなばからしいこと相談できるの、あんたしかいないし……」

 どきりとした。平静を装いつつ、言葉を返す。

勇「……それで」

女川「出てくるの。あんたが。いや、あんたに似てる人が、なんだけど」

勇「知り合いが夢に出てくるなんて珍しくないだろ」

女川「そうなんだけど、そうじゃないの!」

 女川は語気を荒げた。普段から強い物言いをするやつだが、それとはニュアンスが違うように感じられる。わかってもらえない苛立ちがそうさせるのだ。

女川「そりゃ、あんたが出てくるだけなら単なる夢で済むと思う。けど、あんただけじゃなくて、長部も、上春先輩も出てきてて……」

女川「長部はともかく、上春先輩なんて、アタシ会ったこと一回か二回しかないよ。夢に出てくるもんかな」

勇「出てきたなら、しょうがないだろう」

女川「でもっ!」

 これから話すことが、話の核心なのだ――女川は言外にそうまとわせて、身を乗り出してきた。

女川「転校生――狩野真弓、あいつもアタシ、夢の中で見たことあったのっ!」

勇「まさ」

 「か」を何とか飲み込んだ。まさか、そんなことがあるはずはない。きっと偶然じゃあないのか? それを言うことは簡単だ。そう断定してしまうこともまた。
 だけれど、それがどう作用するというのだろう? 女川は自分が所謂現実的でないことを言っている事実を客観視できている。そして頭がおかしな女のレッテルを張られることを覚悟の上で、俺を頼っているのだ。



278: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/11(土) 14:17:53.00 ID:WuXosgBm0

 俺は慎重に言葉を探し、選び、言う。

勇「……本当に狩野なのか」

女川「うん。絶対」

 絶対、か。それほど自信があるのだろう。
 確かに狩野は特徴的だ。容姿や喋り方が。夢に出て、現実にも現れれば、「あ」と思う気持ちもわかる。
 だが、女川の不安はそれだけではないはずだ。狩野が夢の世界から抜け出してきたなどとは彼女も思っていない。でなければ、不安にする要素が他にもあるのだ。

女川「夢が、さ、すっごいリアルなの。どっちが現実なのかわからないくらい。夢ってそういうものなのかもしれないけど、最近なんか、わかんないんだ。アタシってのが」

勇、女川「「果たして本当にここは現実なんだろうか?」」

 言葉が重なる。
 胡蝶の夢だ。夢を見ているのは蝶か、人間か。

女川「……なんか、ごめんね」

勇「いや、別にかまわないけど?」

女川「うん、わかってるけど、ごめん」

女川「そろそろ戻るわ。今日のこと、覚えといても忘れても、どっちでもいいから。じゃあね」

勇「風邪ひくなよ」

女川「うん……」

 女川は窓から出て、梯子を伝って自室へと戻る。
 部屋に戻る前にこちらへと手を振ってきたので振りかえす。そうして窓ガラスが閉じられた。
 俺はベッドへと倒れこむ。

 女川には悪いが、真面目に聞く類の話ではなかった。が、あいつが何かを不安に思っているならば、それを取り除かなければならないと、俺はそう思う。
 そんなことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。

* * *



288: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/14(火) 09:46:39.94 ID:hgvusBa00

* * *

 醜悪な魔物が眼前にいた。
 剣で切って、倒す。

 醜悪な魔物は次々湧き出てくる。
 剣で切って、倒す。

 醜悪な魔物の出現は止まらない。
 剣で切って、倒す。

 「俺」は、剣と防具を身に着けていた。機動力を重視しているためか、分厚い鎧ではなく簡素な皮の鎧だ。鞣した皮のにおいは甘く、まだ新品なのだろうということは容易く想像できる。
 念じると体の内部に火が灯る感覚が走る。丹田から全身へ駆け巡る暖かい衝動。それをコントロールし、左手に集めると、手のひらから紫電が走った。

 不思議と痛みはない。体内のエネルギーとでも呼ぶしかないものが、徐々に、徐々に放出されている感覚はあるものの、「俺」が感じることのできるのはそれだけだ。

 「俺」は、勇者だ。

 ぞわり、とした感覚が、足元の泥濘から這い上がってくる。
 否、泥濘などはどこにもなかった。感覚器官が暴発しているだけで、地面は確かに濃密な土の匂いを醸している。
 暴発? 「俺」は考えた。それは一体どういうことだ。ならばこの黒い塊はなんなのだ。

 黒い、靄のような塊。それは酷く冷たく、類稀な悪意を包含し、じわりじわり「俺」の体を這いあがってくる。
 足から腰へ。
 腰から胸へ。

 黒い塊が、ついに「俺」の首へとかかる。
 それは手の形をしていた。

 頸動脈に指が押し込まれる。それだけでいともたやすく血流は止まり、俺は目の前が白くなっていくのを感じた。

??「勇者!」



289: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/14(火) 09:47:57.95 ID:hgvusBa00

 俺が目を覚ますと、目の前には少女がいた。狩人も老婆も、心配そうにこちらを覗き込んでいる。
 なんだ、何がどうなっているんだ。

狩人「急に倒れるから、どうしたかと思った」

老婆「日頃の不摂生の賜物じゃな、ひゃひゃひゃ」

 俺の体よりあんたの寿命を心配したらどうだ。

老婆「いざとなったらおぬしの体に乗り移らせてもらうから大丈夫じゃよ」

 こいつなら本当にやりかねない。俺は少し老婆との距離を置く。

狩人「大丈夫?」

 冷えた手が俺の額にあてられる。随分と気持ちの良い手だ。安心する。

 なに、疲れが溜まってるんだろうさ。もうちょっと頑張って、宿についたらしっかり休むよ。

狩人「……そう、それならいいんだけど」

 森の切れ目には、確か交易で栄えた町があるはずだった。鬱蒼とした大森林と切り立った尾根を避けながらうねる道々の交差点、俺の国にも隣国にも属さない、交易という唯一にした絶対のカードを握る町だ。
 俺たち四人は現在そこを目指しているのだ。

 夜な夜な亡霊が現れ、町の人間を襲うのだという。ギルドや酒場から依頼があったわけではないが、賞金もかけられており、財布の中身が心もとなくなってきた俺たちとしては、この機会を逃すつもりはなかった。



290: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/14(火) 09:48:48.05 ID:hgvusBa00

 と、不意に違和感を覚える。

 いや、それは違和感という次元ではない。普段と何かが違う、とか、そういうことではない。

 根本がおかしい。

 不意に気が付いてしまった事実に、俺は眩暈をせずにはいられない。頭を横殴りにされたような衝撃と驚愕。そして混乱。
 思わず足元が前後不覚になる。なんとか木に手をついて体を支えようとするが、力が入らないのは脚だけではなく全身だ。背中を木に預け、滑り落ちて尻もちをつく。

 ここはどこだ。
 こいつらは誰だ。

少女「ちょっと、あんた本当に大丈夫? ここは大森林のはずれでしょ?」

 かわいらしい姿の少女が、今の俺には化け物のように感じられた。俺のことを取って食おうとしているのではないか――そんな感覚が拭い去れない。
 というか、この少女、どことなく女川に雰囲気が似ているような……。

少女「は? 何言ってるの? ちょ、ちょっとおばあちゃん!」

 老婆――俺の担任に似ている人物は、今更気が付くが、時代錯誤のローブと杖を持っている。何のコスプレかと思うほどに。

狩人「ゆう、しゃ?」

 その少女は弓を背負い、肌こそより浅黒かったが、確かに狩野真弓その人であった。寡黙そうな雰囲気も、三白眼も、全て。

 三人が心配そうな顔をして俺に近づく。
 俺は喉から「ひっ」という引き攣った音が漏れ出るのを、自ら聞いた。

 圧倒的な恐怖。
 俺は世界から見放されている。

少女「ちょっといい、先に謝っとくけど、ごめんね?」

 少女は手を振りかぶって、そして――



291: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/14(火) 09:49:47.06 ID:hgvusBa00

 バチーン!

 と、俺の頬が鳴った。

女川「勇、勇!? 大丈夫?」

 瞳を開けば天井があった。空を遮る木の葉も、枝も、何もない。
 尻の下にはベッドがあって、腐葉土の痕跡など感じられない。しっかりとした自室の床。大地の質の差異は歴然としている。

 そして、視界いっぱいに移りこむように、女川祥子が俺を覗き込んでいた。

 涙を目に一杯溜めて。

女川「よかった、揺すっても叫んでも起きないから、どうしたのかって……」

 俺は、けれど暫し愕然としていた。今の夢は、即ち、女川が昨晩言っていたそれではないのか? 一笑に付すことこそしなかったが、内心女川の不安を俺は理解できなかった。それも今ならば理解できよう。
 酷く、気分が悪い。
 あのまま世界に連れていかれるのではないかという焦燥は、依然消えることなく全身を取り巻いている。

 夢なのだ。それは事実であるが、決して納得を俺にもたらさない。なぜなら俺はこの景色――ベッドと、出窓と、本棚と、机と、女川に対して、限りなく懐疑的になりつつあるからだ。
 もちろん無意味さを感じないわけではない。触れているものは存在しているし、見えているものは存在している。唯物論は主観において絶対的である。そのはずだ。

 そのはずなのに。



292: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/14(火) 09:52:20.39 ID:hgvusBa00

 頭の中に霞がかかっていく。桃色の霧が俺の耳から侵入して脳髄を握りしめた実感が確かにあった。力を籠めれば今すぐにもお前のことなど殺せるのだぞ、という警告だ。
 けれど同時に愉悦も感じられた。だけど、お前のことは絶対に殺さないぞ、という。その上でびくびくしながら生きればよいのだ、という。

 頭を振る。まるで脳内の霧を散らすかのように。

 そんな俺の様子をどう思ったのだろう、もう一度女川は俺の顔をじっと覗き込んだ。
 一点の曇りもないその瞳。白状せずにはいられなかった。

勇「昨日お前が言ってた夢な。たぶん俺も見た」

女川「!」

勇「ありゃ、駄目だ。引きずり込まれそうになる」

女川「それで、いた?」

勇「いた、って?」

女川「アタシに似た人。転校生とか、長部とか、先生とかに似た人」

勇「あぁ、見たよ。長部はいなかったけど、狩野もいたな」

勇「たぶんあの世界での俺は、俺に似てるんだろうな」

女川「単なる夢なのかな」

勇「……」

 当たり前だ、そりゃそうだろう。軽く言えればどれだけ楽か。
 荒唐無稽な話だとはわかっている。だが、今の俺たちは、あれがそんなたやすいものではないということを、肌でひしひしと感じていたのだ。

 あれは恐ろしいものだ。心から底冷えするほどの。

 母親の「遅刻するよ!」の声に促され、俺たちは家を出た。
 脳内のしこりがとれないまま。

* * *



293: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/14(火) 09:54:56.63 ID:hgvusBa00

 授業中に自然と狩野の背中へと視線をやってしまっていた。
 どうやらそれは女川も同様であるらしく、時たま彼女と視線が合うこともある。そのたびに気まずそうな顔をして俺たちは顔を反らすのだ。

 夢の原因が可能であるなどとは思ってはいない。だが、だとしたらあの夢はなんなのだろう。いったい何があの夢をもたらしているのだろう。
 当事者である俺たちにはわかる。あれはよくないものだ。決してこの世のとは相容れないものだ。
 陳腐な表現だが、心霊的怪奇現象。

 教室の前方では、我が学級の担任、夢に出てきた老婆に酷似している定年間際の女性教師が、国民年金について説明している。
 板書を書き取らなければいけないが、つい視線は狩野のほうへ。

勇「!」

 狩野が俺のことを見ていた。視線に気が付いたのだろうか。
 堂々としていればいいものを、つい視線をそらしてしまう。黒板へと視線を移すが文字など頭に入っては来ない。脳にそこまでのCPUはつまれてはいない。

 視線をそらす一瞬、俺は気が付いた。狩野が微笑んだのを。

 その微笑みが意味するところを理解できない。意味がないと断ずれないほどには、その微笑みはこれ見よがしだった。

 チャイムが鳴る。担任は中途半端なところで終わってしまったことにため息をつきながらも、教科書を閉じる。
 それを合図にして、教室の仲が徐々にざわめき始めた。いつものことだ。一時間目とはいえ、授業の終わった解放感は、いつだって誰にだって格別である。



294: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/14(火) 10:00:04.01 ID:hgvusBa00

 狩野が立ち上がった。こちらへ来るのかと思って身構えるが、何のことはない、そのまま教室の外へとぺたぺた歩いていく。

 ぺたぺた?

 狩野は上靴を履いていなかった。
 白い無地のソックスが、細すぎる足首に映えている。色の濃い肌とのコントラストもまた眩しい。
 転校してきたばかりだから指定の上靴がない? いやまさか、そんな。昨日は履いていたはずだろう。大体、それにしたって靴下のままやってくる必要もあるまい。

 熱くなっていく頭を冷ましたのは、背後から投げられた女川の言葉であった。

女川「あんた、ちょっと不自然すぎじゃないの」

勇「え? あ、女川か」

女川「気になるのはわかるけどね」

 小声で女川は言った。彼女もまた狩野が気になる一人なのだ。
 しかも女川の場合、狩野が転校する以前から夢で狩野に酷似した少女を見ていたのだから、それも仕方がないのかもしれない。

勇「そういや、狩野の奴上靴履いてないみたいだけど」

 何の気なしの指摘だったが、それは存外女川のクリティカルなポイントを突いたらしい。露骨に視線をそらし、頬へと手をやる。

女川「あー、それは、なんていうか」



295: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/14(火) 10:02:20.47 ID:hgvusBa00

 言葉を濁す女川を見て、ようやく俺も一つの答えに辿り着く。

勇「……マジかよ」

女川「マジもマジ、大マジよ。クラスの女子に昨日メール回ってきたっつーの」

 努めて小声で女川は言う。自らの立場を公言するのは得策ではないのだ。
 学生という身分は、つまり一介の兵士であると同時に首相でもある。時として、自らという領土を守るために銃を取り、指揮を執り、生存を勝ち取らなければならない。そのためには外交努力も当然手段として入ってくる。
 狩野側に回ることは敵対を意味する。せめて中立でいれば、戦火からは逃れられる。物資の提供をすることがあっても、戦争へ加担しているという罪悪感は軽い。

 俺は女川を叱責できなかった。叱責するのならば、今すぐ首謀者をひっぱたいてやらなければならないからだ。

 しかし、それにしても、転入してきたのは昨日だ。たった一日どれだけ不興を買ったというのか。狙いでもしなければできないことである。

夢野「どうしたの、二人でこそこそと」

 遠くからやっとこやってきたのは夢野だった。あっけらかんとした笑顔で、虐めなど自領域には存在しないかのように、距離を詰めてくる。

女川「ん、ま、ちょっとね」

夢野「えー、仲間はずれかよぅ」

女川「ちょっと、やめてよ。あんまり大声で喋ることじゃないんだから」

夢野「ってーと、あれ? 転校生のメンタルをボコそうってやつ?」

勇「ばっ」

 あまりにも普段の声量で夢野が言うものだから、俺は思わず叫び出しそうになる。
 この学級でいじめはないものなのだ。あるとしたらヒエラルキーであり、調教なのだ。
 俺たちは知らんぷりをしていなければいけない。それがいじめられもしない、いじめもしない中立派の、ただ一つのルール。

 そのルールを破ったものは、次に対象となってもおかしくはない。



296: ◆yufVJNsZ3s:2012/08/14(火) 10:04:52.18 ID:hgvusBa00

夢野「なに、そんな大声で。気にしなくていいじゃん。そんなのストレスフルになるだけだって」

勇「お前……!」

夢野「やだなぁ、勇ちゃん。面白けりゃいいんだって。娯楽だよ、娯楽」

 視界が赤熱する錯覚を覚えた。見て見ぬ振りする俺や女川が人間として上等だとは思わない。だが、五十歩百歩、どんぐりの背比べ、目くそ鼻くそを笑うだとしても、夢野の言いぐさはあまりにもあんまりではないか。
 俺のそんな雰囲気を察して、夢野は困ったような顔をした。そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ。感情を表すならばこうだろうか。

 肩をすくめて夢野は去っていく。俺はそれを追うことはなかった。俺に一体全体追う権利があるだろうか? 既にまったき加害者だというのに?

 酷く吐き気がした。重石を飲み込んでしまったと思える程度には、重力が辛い。

 わかっている。俺「も」悪いのだ。俺「すらも」悪いのだ。
 だけれど、平穏で安寧とした学校生活を送るために、全力で策を巡らせて何が悪い!?

女川「……勇」

 女川がばつの悪そうな顔をしている。こいつの性根は真面目で正義感が強い。例え同調圧力に負け、保身に走ってしまったとしても、根が腐っているわけではないのだ。
 それが欺瞞であるということは、恐らく彼女自身が最もわかっている。だから口にしない。口に出さないことで、何とか自らを罰しているのだ。
 自己満足であるとしても。

* * *


勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」【その2】



転載元
勇者「王様が魔王との戦争の準備をしている?」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1341997677/
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