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禁書「イギリスに帰ることにしたんだよ」 上条「おー、元気でなー」【その2】

関連記事:禁書「イギリスに帰ることにしたんだよ」 上条「おー、元気でなー」【その1】





禁書「イギリスに帰ることにしたんだよ」 上条「おー、元気でなー」【その2】






251: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 00:55:31.20 ID:1bvLAVEro

インデックスが来てから二日目の朝。
外は清々しいほどの青空が広がっており、太陽の光がカーテンから漏れ出ているのが分かる。
時刻は八時を回ったところだろうか、もう受験休みに入ったので慌てて起きる必要はない。

部屋にはまだスゥスゥというインデックスの小さな寝息が聞こえる。
だが寝息は一つだけだ。
それは上条が相当静かに寝ているというわけではなく、ただ単にもう既に起きているという事だ。

というかまともに寝ること自体出来なかったので、目の下には黒いクマが浮き上がっていたりする。

「……朝か」

爽やかとは程遠い声を漏らす上条。
休みの日の朝とは到底思えないほどに、どんよりとした様子だ。

背中にはまだ掴まれている感触がある。
本当に小さい子だったら「可愛いなー」程度にしか思わないのだろうが、相手は同年代の女の子だ。
さすがにそれで何も思わないほど上条は色々と悟っていたりはしない。

首だけ動かして、後ろの様子を見てみる。
そこには幸せそうに眠る彼女の姿があり、こうして見ているとまるで人形のような可愛らしさもある。
もちろん、こんな事を本人に言えるはずはないのだが。

(そろそろ朝飯でも作っとくか)

このままじっとしているのも何なので、体を起こそうとする。
しかしインデックスが背中を掴んだままなので、あまり派手に動くと起こしてしまう可能性もある。
とりあえず上条は気付かれないように、そっと彼女の手を離させた。

すると、彼女はもぞもぞと動き始める。



252: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 00:55:58.21 ID:1bvLAVEro

(やべっ、起こしちまった……?)

一瞬焦る上条だったが、彼女はそれから再び寝息をたて始める。
少しの間眠りが妨げられたのは確かなようだが、どうやら起きるまではいかないようだ。

上条はほっと一息ついて、念のため寝ていることを確認しておこうと、寝返りをうって彼女と向き合ってみる。

彼女は相変わらず幸せそうに眠っていた。
近くで見てみると、やはりその顔立ちはとても良く整っていて、美少女なんだなと改めて思う。
これを言うと本人は怒るかもしれないが、普段は相当活発で騒がしいくらいなので、こうして静かな様子はかなり新鮮だ。
同時に、こんな子と同じベッドで寝るなんていうのは、男としてかなり良い思いをしているのではないかとも今更ながらに感じる。

「……って、髪食ってんじゃねえか」

注意して見てみると、その綺麗な長い銀髪が何本か小さな口の中に入っていた。
上条は思わずクスリと笑うと、やれやれと溜息をつきながらそれを取ってやろうとする。

その時。

「んー、むにゃ……」

「いっ!!?」

インデックスが正面から抱きついてきた。

その瞬間、上条はビクッと全身を震わせた。まだ若干ぼーっとしていた頭は一気に覚醒し、同時に混乱し始める。
背中でもほとんど眠れないくらいにガチガチに緊張してしまうというのに、今度は正面ときたのだ。上条のこの反応もおかしくない。
しかも彼女は顔を上条の胸に埋めて頬ずりしているし、足も上条の足に絡めている。
突然女の子にこんな事をされたら、今まで恋人もできたことのない純情少年の心は尋常じゃなく揺れることになる。

(ど、どどどどうすんだよこれ!!!)

朝から処理限界に達しつつある頭を無理矢理働かせて、これからどうすればいいか考える上条。
その間にも体に密着している彼女の体の感触は消えてくれず、継続的に少年の頭をかき回し続ける。

ドクドクドクと、血液の流れの音が鮮明に聞こえる。

いよいよ本当に上条の頭がショートするかという所で、彼女の体がピクリと動いた。
それは元々眠りが浅くなてきていたという理由もあるとは思うが、それよりも抱きついている上条の体が相当震えているという事の方が大きいだろう。
誰だって、抱き枕が突然振動し始めたら驚くものだ。

そして、ゆっくりととその綺麗な碧眼が開かれた。

「……んん?」

「お、おはようインデックス」

「うん、おはよう…………っ!!?」

まだ寝ぼけ眼のままだったインデックスだが、今の自分の状態を確認してピタリと固まってしまった。
それも仕方ないだろう。
朝起きたら、男に正面から抱きついていて足まで絡めていたのだ。
昨夜はかなり後ろから抱きついたりしてかなり積極的だったインデックスだったが、これはまだハードルが高かったようだ。

上条は気まずそうに目を逸らすだけだ。
案の定、彼女は一瞬にして許容量を超えてしまったらしく、見る見るうちに真っ赤になったと思ったらバッと物凄い速さで離れる。



253: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 00:56:20.42 ID:1bvLAVEro

「わ、わた私何を……!!!」

「落ち着け落ち着け」

どうどうと、犬をなだめるかのようにする上条。
そんな上条自身も先程まではインデックスくらいにテンパっていたわけだが、今は何とか落ち着いてきていた。

しかし、こうして改めて見ると、同じベッドの上で微妙な距離をおいてお互い向い合って座っているという状況はどうなんだろうか?
これではまるで初々しい恋人か何かのようで、昨日の夜何かあったかのような――――。

(って何考えてんだよ俺!!!)

ボフンと毛布に顔を埋める上条。
シスターという反社会的な感じなのもいいなー、などと変態的な事を考えてはいない。上条は紳士だ。

ちなみにインデックスは依然として真っ赤なままなので、そんな様子の上条を気にかける余裕もないようだ。

上条は少しの間顔を埋めたまま止まっていたが、急にバッと顔を上げた。
そして何かを振り払うかのようにブンブンと頭を振ると、ベッドから降りる。

「よし、起きた起きた! いやー、いい天気だなー」

「……別にとうまは何とも思ってないんだね」

「んー、何が?」

「何でもない」

インデックスは不機嫌そうにプイとそっぽを向いてしまう。
そんな彼女に上条は首を傾げる。
もちろん、彼女が言ったことの意味が分からないというわけではない。
ほぼ確実に先程の抱きついていた事について言っていたのだろうが、それを蒸し返せばまた変な雰囲気になってしまう可能性があると思ったので、あえて誤魔化したのだ。

そしてそれは彼女にとっても望ましいと思ったのだが、何故か不機嫌になってしまったというわけだ。
何が悪かったのか少し考えてはみるが、やはり良く分からない。



254: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 00:56:51.75 ID:1bvLAVEro

まず朝起きてやることといえば洗顔だ。というわけで、二人は仲良く洗面台に向かう。
普段は上条は風呂場で眠っているので、朝はここで顔を合わせる事も少なくない。

「うぅ……冷たい水は目が覚めるけど、できればお湯でお願いしたいんだよ」

「別に水でいいじゃねえか。お湯になるのにもちょい時間かかるしさ」

「むー」

不満を言いながらも、インデックスはバシャバシャと顔を洗う。
本当に水だけであり、洗顔用の保湿効果のある石鹸だったり美容液なんかは付けない。
それでも彼女は常に水々しい肌を維持しており、御坂美鈴なんかが知れば嫉妬に震えることだろう。

そんな事を考えながら彼女の肌をじーっと見ていると、次第にその頬をプニプニしたい欲求にかられる。
というか、そう思った次の瞬間には既に手が伸びていた。

「きゃあ!!!」

「おおう、すげー」

「ちょ、ちょっととうま! いきなり何してるんだよ!!」

「なんかメッチャ柔らかそうだからさ」

「理由になってないかも!」

またもや赤くなるインデックスだが、上条はその頬の感触に夢中だ。
それは見た目通り弾力たっぷりであり、指を押し返してくる。
その感触が若干癖になりつつある上条は、プニプニプニとさらに指でつつきまくる。

少しの間されるがままだったインデックスは、さすがにもう我慢の限界だったのか、上条のその手を振り払う。

「も、もう!! 触りすぎなんだよ!!」

「いいじゃねえかよー、減るもんじゃないし」

「気になるの!」

プイッとそっぽを向いてしまったインデックスは、歯ブラシを手にとって磨き始める。
歯磨きも、上条はきちんと教えていたので、彼女の歯は白く綺麗なものだ。
それは結構な事なのだが、いい加減その歯で頭を噛むのは何とかしてほしいとも思う。



255: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 00:57:20.93 ID:1bvLAVEro

「ほら、ちゃんと鏡見て磨けっての」

「むー、とうま細かい」

「虫歯できて困るのはお前だぞー」

「それは分かってるけど……」

インデックスにとって、食事というのは人生の内でもかなり大きい割合を占める程の楽しみだ。
ゆえに虫歯なんかができて、痛みでまともに食べれなくなるのは彼女にとっては相当な苦痛である。
だからどんなに面倒でも歯磨きばかりはサボるわけにはいかない。

そういう事も良く分かってる上条は、文句を言いつつも素直に言う事を聞く彼女を微笑ましげに見ている。
そこでふと、とある面白いことを思いつく。

「そうだ、俺が磨いてやろうか?」

「……え?」

「だから俺がお前の歯を磨いてやるって」

「……ええええええ!?」

ビクッと、歯ブラシをくわえたまま後退るインデックス。
その表情は驚愕に染まっており、その碧眼を大きく見開いている。

「い、いいんだよ! それくらい一人で……」

「まぁまぁ、遠慮するなって。よっと」

「ふぇ!?」

上条は素早く彼女の背後に回ると、彼女の顔を上に向かせた。
必然的に、二人の視線が至近距離で交錯する。

途端に真っ赤になったのはインデックスの方だ。

「なななななな何するのかな!?」

「だから歯磨いてやるって。ほら、あーん」

「か、からかってるよね!?」

「いやいや、そんな事ねえって」

「ウソなんだよ!! 顔が笑ってるもん!!」

正直に言うと、上条は楽しんでいた。
そもそも、こんな事をしようと考えたきっかけは最近観たアニメによるものである。
そのアニメには確か、主人公が実の妹に歯磨きしてやった結果、随分と面白いことになっていた。
何でも歯磨きというのは人にやってもらうのは抵抗のあるもので、同時に快感もあるとか何とか。

つまりそれを実際にやってみたらどうなるのか、試してみたくなったのだ。



256: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 00:57:48.54 ID:1bvLAVEro

「ほら、観念しろって。あーん」

「むぅ……!!」

不満たらたらといった感じに口を開けるインデックス。
その瞬間、上条は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。その様子はどう見ても怪しすぎた。
おそらくこの状況を誰かに見られたら、上条は三度目の死を迎えることになっていただろう。社会的な意味で。

インデックスの口内で歯ブラシが踊る。
歯の表面だけではなく、裏側にもブラシを這わせて丁寧に磨く。
ときおり、毛先が歯茎や頬の粘膜を撫でる。

こうして誰かの歯を磨くというのは上条にとっても初めての経験だが、やってみると案外夢中になるものだ。

「あっ……ん!」

「……インデックスさん?」

ここで上条はインデックスの異変に気付く。
視線を口の中からずらしてみれば、彼女の顔はほんのりと紅潮していた。
しかも目はトロンとしており、少し息も荒い感じがする。口内では少量の涎が怪しく光り、どこか官能的にも見える。

その表情は、不覚にも上条を動揺させるには十分過ぎる程の威力をもっていた。
純粋な少年の心は、ドキドキドキとうるさいくらいに高鳴っている。

「ひょうま…………」

「ッ!!」

インデックスはトロンとした恍惚の表情で、真っ直ぐこちらを見てくる。
普段は彼女の事を良く子供扱いする上条だが、今はそんな風には思えない。
彼女はどこか女の顔というものになっており、こんな表情を上条は今まで一度も見たことがなかった。

上条はゴクリと生唾を飲む。
何だか良くわからないが、自分の中で様々な感情が渦巻く。
ドキドキドキドキと心臓の音がさらに早まった気がする。

これはとてつもなくマズイと、上条は直感した。

「い、インデックス! もう後は自分でできるだろ!」

「ふぇ?」

上条は慌てて歯ブラシを彼女に持たせると、そそくさと自分の歯を磨き始めた。
本人はできるだけ自然に怪しまれずにしているつもりなのだが、明らかに動揺していることが丸わかりだ。
完全に自業自得なわけなのだが。

とはいえ、あのまま続けるのは上条には不可能だった。
気軽に他の人の歯を磨くべからず、上条は今日この日にそれを学んだ。それが先程の行為を通じての唯一といっていい収穫だろう。
いや、インデックスのあんな表情を見れたというのも収穫の一つに入れるべきかもしれないが。

一方で、上条が一体何にここまで動揺しているのか分からないインデックスはキョトンと首を傾げる事しかできない。
最初は歯磨きをやってもらうというのは恥ずかしかったのだが、予想以上に気持ちいいという事も分かったので、少し不満そうでもある。

しかし上条はそれから彼女をまともに見ることが出来ず、そんな様子にも気付かなかった。



257: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 00:58:24.41 ID:1bvLAVEro

それから少しして、二人は目玉焼きに味噌汁にご飯という簡素な朝食をとっていた。
今回もインデックスは手伝うと申し出てくれ、仲良く二人で作ったのだが、上条はまだ歯磨きの件で彼女を意識してしまっていた。
そのせいで、今日は上条の方が色々とやらかしてしまい、インデックスには心配される始末だ。
具体的には、手と手が触れあっただけで飛び上がったりして、「中学生かっ!!」と自分に突っ込みたくなるほどだった。

上条は味噌汁をすすりながら、チラリと向かいに座る彼女を盗み見る。
彼女はニコニコと満面の笑みで、決して豪華とは言えない朝食をそれはおいしそうに食べていた。
こういったところを見れば、どこか妹や娘に近いような感覚を覚える。
しかし、それだけに歯磨きの時のあのような表情はギャップがあって動揺してしまうのだろう。
上条は強引にそう解釈する。

「でさ、今日はどうする? インデックスは何したいんだ?」

「んーと……」

今日は夕方から上条のクラスの打ち上げが予定されているのだが、それまで特にすることもない。

彼女がここで暮らしていたときは、一日中部屋でダラダラしていたときもあった。
だが、今回は彼女のストレスを何とか解消するという目的がある。
時間も一週間と限られているので、一日も無駄にはできない。

彼女は上条の問いかけに、顎に人差し指を当てて考える。
答えが返ってくるのは意外と早かった。

「とにかく遊びたいかも!!」

「……そ、そっか」

「うん、ほら前に行ったげーむせんたーとか!」

予想以上に単純な回答に少し拍子抜けしてしまう上条。
まぁそれも彼女らしいといったところか。
ただ遊ぶだけで彼女の気が少しでも晴れるというのなら、それで十分だろう。



258: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 00:58:56.44 ID:1bvLAVEro

彼女の表情はとても明るくワクワクしており、どこか遠足前の子供のような印象もうける。
彼女にとってはここはまだまだ良く知らないものばかりで、そういったものに対する興味は付かないのだろう。
よく最新鋭の新機能などを好む人がいるが、その原理は良く分からなくてもとにかく目新しいものに引かれる。それと同じようなことだ。

上条はそんな彼女を見て、微笑ましく思う。
新学期が始まった九月一日にゲーセンを初めて知ったインデックスだったが、どうやらかなり気に入ったようだ。
と、その時のことを思い出していた上条はある考えが浮かぶ。その日は他にもう一人、大切な友達がいたはずだ。

「そんじゃ、せっかくだし風斬とかも呼ぶか」

「うん!! あっ、でもひょうかの居場所とかって分かるの?」

「んー、たぶん色んな人に聞けばどっかで見たって人が居るんじゃねえか」

「ちょっと適当すぎるかも」

「つっても他に方法も思いつかねえからなー」

風斬氷華は人間ではない。
AIM拡散力場の集合体のようなものであり、それ故にその存在も不安定なものだ。
だから遊びに誘うといっても、メールや電話で気楽にというわけにはいかない。
まずは居場所を見つけるところから始めなければいけないのだ。

上条は頭をかきながらケータイを開く。
風斬の写真は、以前に撮ったプリクラがある。超機動少女カナミンの悪役ヒロインのコスプレをしているが、これなら十分判別はつくだろう。
その画像を添付ファイルとして付属させ、見つけたら知らせてほしいと書いて一斉送信。
まるで迷い人の捜索のようだが、こればかりは仕方ない。

「見つかればいいけど……」

「誰か一人くらいは見つけてくれるって」

上条は今まで様々なことに巻き込まれた影響で、知っている連絡先も随分と増えた。
これならば全く可能性がないという事はないはずだ。
とにかく、二人は友達の目撃情報が来るのを待つことにした。



259: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 00:59:48.74 ID:1bvLAVEro

御坂美琴は第七学区のとあるファミレスで、ゲコ太柄のケータイを片手にプルプルと震えていた。
隣ではそんな様子を不審げに見ている白井黒子も居る。
美琴は二人しかいないのだからと、白井には対面に座るようには言ったのだが、彼女がそれを大人しく聞き入れることもなかった。
常盤台も今日から休暇という事で、これから初春や佐天を交えてどこかで遊ぼうという計画だ。
このファミレスは四人のお馴染みの待ち合わせ場所であり、少し早く着いた美琴と白井は先にドリンクバーだけ頼んでくつろいでいるわけだ。

「お姉様? もしやあの類人猿からのメールですの?」

「ぶっ!! ちょ、何で分かんのよ!!」

「むしろ気付かない方が難しいですわよ」

白井は明らかに安っぽい紅茶を一口飲むと、視線を横に移して「うふふふふ」と怪しげに笑い始める。
同時にどす黒いオーラのようなものも撒き散らしているので、美琴も「うっ」と体をずらして少し離れる。

「それで、どのようなご用でしたの? 一応言っときますけど、デートなんていうのは却下ですわよ」

「何でアンタが却下すんのよ……ていうかそういうんじゃないし」

「あら、そうですの? わたくしはてっきり何か嬉しいことがあって、あの様に震えていたのだと思っておりましたけど」

これはとっさに美琴がついた嘘ではない。
確かに先程上条からメールが届いたときは、大いに期待した。
休みの日に意中の相手からメールが来るというのは、恋する乙女にとってはそれだけ大きな出来事だ。
それにインデックスの件もあって、この休暇は彼女にかかり切りなんだろうと半ば諦めていただけに、それは一気に彼女の心を舞い上がらせるのには十分だった。

だが、いざ震える指でメールを開いてみれば、そこには「この子を見つけたら教えてほしい」といった意味の素っ気ない文章。
しかも添付ファイルの画像には、何かのコスプレだと思わしき衣装に身を包んだ胸の大きい女の子が写っていた。
それを見た美琴は、今度は怒りで震え始めていた。

(ったく、結局胸かこんにゃろう。つかこの人どっかで見た気が……)

慎ましい胸に悩む少女にとっては、これほどの巨乳を見るだけで精神的ダメージを負ったりするのだが、どこか引っ掛かる部分があるので少し思い返してみる。
そうだ、確か一端覧祭の準備期間に上条からシャッターを開けたいとか何とかでイギリスから電話がかかってきた時の事だ。
その時美琴はファミレスに居たのだが、そこには巨乳少女が異様に多かった。そしてその中の一人にこの写真の少女が居たはずだ。
完全記憶能力でも持っていない限り、普通ならばすぐに忘れてしまうような事だが、美琴は学園都市第三位という優秀な頭を持っている。
まぁこの場合は相手が巨乳だというインパクトの大きさも影響しているのかもしれないが。

美琴はイライラとした様子でジュースを一口飲むが、

「…………あれ?」

「どうしましたの?」

「いや、あの人……」

何気なく目を向けたその先。
奥の方にある四人がけテーブルの一つにポツンと一人で座る女の子。

物凄く見覚えがある。
具体的には、つい先程まで彼女と思わしき写真を見ていた気がする。



260: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 01:00:18.44 ID:1bvLAVEro

「お知り合いですの? 制服を見る限り霧ヶ丘女学院の生徒のようですけど」

「知り合いっていうか何ていうか……」

「さすがお姉様ですわ! やはり常盤台のエースともなると、その名は他校まで轟くものですの!!」

「そういう事言うなっつの。恥ずかしいから」

そう言いながら、美琴は白井の頭をグリグリと押さえつける。
確かに美琴は彼女の事を知ってはいるが、彼女はおそらく自分の事は知らないはずなので、知り合いというわけではない。
とはいえ、一応上条が探しているようなので無視するわけにもいかないだろう。
例え女関係であってもこうやって協力する辺り、案外美琴は尽くすタイプなのかもしれない。

美琴はちょっと待っててと白井に伝えると、席を立ってその少女の元へ歩いていく。

「あのー、ちょっといいですか?」

「はい?」

美琴は丁寧な口調で風斬に話しかける。
普段はお嬢様らしからぬフランクな口調であり、時折乱暴な言葉も飛び出したりもするのだが、何も丁寧な言葉遣いができないというわけではない。
そういった基本的な礼儀作法は当然常盤台で習うことであり、美琴もきちんと身につけている。

常盤台の生徒は普段から丁寧な言葉遣いである者も多いが、美琴は本来お嬢様などという柄でもない。
普段はごく普通の中学生の言葉遣いであり、それは友人と共に居る時を見れば分かるだろう。

ようはTPOを考えるといった、ごく当たり前の事なのだ。

一方、美琴の言葉に反応して風斬はキョトンとした様子でこちらを向く。
なんとなく、こう言うのは悪いかもしれないが、どこか気弱そうな印象を受ける。
それもただ気弱であるというだけではなく、何か人と関わる事自体に苦手意識を持っているような感じだ。

霧ヶ丘の生徒なので、何か特別な能力などを持っているのかもしれないが、もしかしたらそれが影響しているのかもしれない。
能力を持つとその自信から傲慢になってしまうケースは多いが、逆にその自分の能力に悩むというケースも少なくない。
悩み多き無能力者からすれば、贅沢な悩みのように思われてしまいがちだが、これも本人でなければなかなか分からないものだ。

と、ここまで考えた美琴は溜息をついて頭を押さえる。

(――――って大きなお世話か。アイツの何でも首突っ込むクセが移ったかしら)

まだほとんど面識もない人に対して、自分の勝手な想像で色々心配するのは失礼にあたるだろう。
しかし、美琴も今まで様々な暗い事件に遭遇しており、こういった何気ない所にも隠れていることもある。
そういった事も関係して、とある少年のようなお節介になってしまっている可能性もあるのかもしれない。

とにかく、ここはさっさと用件を済ませてしまう事にする。が――――。

「えっと、あー…………」

「??」



261: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 01:01:23.00 ID:1bvLAVEro

ここで美琴は急に歯切れが悪くなる。
何を言うのか忘れたわけではない。さすがにそこまでの天然ではない。

何とも小さな問題のようだが、美琴は上条のことをどう呼べばいいのかで迷っていた。

彼女に上条のことを説明するには、どうしてもその名前を出さなければいけないだろう。
そして美琴は今まで一度だってその名を呼んだことはなかった。
別に意図して呼ばなかったわけではない。これは成り行きでとしか言うしかない。
だが気付いた時にはその状態のまま今日まで来てしまい、今更何と呼べばいいのかも分からないというわけだ。

仮にも年上というわけなので「上条さん」でいいとも思えるが、普段は「あのバカ」などと呼んでいる美琴に限っては違和感が凄まじい。
呼び捨てにするといっても、「上条」ではどこか距離を置きすぎている感もあるし、「当麻」では逆に近すぎる。
もちろん、心の奥底ではあのシスターのように名前を呼び捨てにしたいという気持ちもないわけではない。
しかし、それはまだまだ美琴にはハードルが高かった。

そうやって美琴は少しの間悩んでいたが、やがて息を大きく吸って心を落ち着けた。
これではまるで何か重大な事を告げるようだ。要は上条が探しているということを伝えるだけなのだが。

「か、上条当麻って奴は知ってますよね?」

「え、あっ、はい! あの人がどうかしたんですか?」

「……またかあんにゃろう」

「は、はい?」

「ごめんなさい、こっちの話」

とりあえずフルネームという無難な選択に落ち着いた美琴。
だがその名前を聞いた風斬の反応を見て、思わずムカッと不機嫌になる。
何も風斬の態度が気に入らなかったというわけではない。
上条の名前を聞いた瞬間、彼女の顔はかなり明るいものになった。
それを見て、美琴は上条がいつものフラグメイカーを彼女にも発揮したのではないかと疑ったのだ。

「それで、アイツがあなたの事探してるみたいなんですけど」

「私を?」

「ええ。アイツの連絡先は知らないんですよね? 私が連絡取りましょうか?」

「ありがとうございます、お願いします」

予想した通り、彼女は上条の連絡先は知らないようだ。
それもそうだろう、もし知っているのならわざわざメールで大勢の人間に聞くよりも直接本人に尋ねればいいのだ。
そして、自分は上条の連絡先を知っているというのは、彼女よりも先に進めている気がしてどこか優越感に似たようなものまで覚える。
我ながら意地悪いなと少し思うところもあるが。

美琴は緑のゲコ太柄のケータイを取り出すと、上条の連絡先を呼び出す。
これも苦労して手に入れたものだが、以前はなかなか連絡がつかないことも多かった。それもあの少年の普段からの不幸体質を考えれば仕方ないのかもしれない。

といっても今回は先程上条の方から連絡をとってきたばかりなので、この短時間に電話に出れないような状況にはなっていないはずだ。
そう考える美琴だが、あの少年に限ってはそれもありえるかもと嫌な予感も覚える。

だがとりあえずかけてみなければ始まらない。
美琴はケータイの画面のカーソルを上条の電話番号に合わせると、その中央のボタンを押し込んだ。



262: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 01:01:50.60 ID:1bvLAVEro

プルルルルルルルと、コール音が鳴る。
まさか本当に出ないんじゃないかと、少し不安になりながら待つ美琴だったが、次の瞬間には意表を突かれることになる。

なんとあの上条当麻に2コール目で繋がった。

『もしもし、御坂か? もしかしてさっきの子見つかったのか?』

「……アンタ、今日は随分と出るのが早いのね」

『へ? あー、そりゃ俺から聞いて回ってたからな。で、見つけたのか?』

「………………」

『あれ? もしもし、御坂さーん?』

とてつもなく面白くない。
自分の時は中々連絡がつかない事も多いくせに、他の女の事になるとこの反応の速さだ。
おそらく本人はそうやって差を付けているつもりはないのだろうが、だからといって納得できる美琴ではない。

『おーい、どうしたー? もしもーし』

「だああああ、うっさいわね!! 今からGPSコード送るからそこ来なさいよ!!」

『え、じゃあマジで見つけ』

プツッと切ってやった。
考えてみれば、今まで向こうから一方的に切られることはあっても、こちらからこうして切る事はなかったかもしれない。
普段は何かと攻撃的な態度をとってしまう美琴だが、案外そういうところはしっかりしていたりする。

しかし、今回は何だか無性にむしゃくしゃしていた。
以前までの自分だったら、何でこんなにも荒れてしまうのか不思議に思ったかもしれない。

それでも、今なら分かる。
きっと、というか確実に自分は嫉妬しているのだろう。
想いを寄せる相手が中々自分のことを見てくれず、他の女の子の方を向いていることが嫌なのだ。

一方、近くでそのやり取りを見ていた風斬は、美琴のイライラを感じ取ったのかさらにおどおどとしていた。

「あ、あの……?」

「あっ……ごめんなさい。アイツ、すぐ来ると思うんで」

美琴はすぐに気を取り直して笑顔を向ける。
もちろん彼女が悪いわけではなく、イライラを向けるべきではない。
これは全て鈍感上条が悪いのであり、今はあの少年が来たらどうしてくれようか考えるのが有意義だろう。

そんな上条にとってはたまったものじゃない結論を出したとき、


「み、御坂さん、落ち着いてください!!」



263: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 01:02:26.03 ID:1bvLAVEro

突然、視界に二人の女の子がバッと現れた。
いきなりどうしたのかと面食らう美琴だったが、その子達が誰なのか確認して少し落ち着く。
友人である佐天涙子と初春飾利だ。
ところが二人ともかなり慌てており、その表情も切羽詰まったものになっている。

美琴はキョトンと首をかしげた。
別にこの場に二人が居る事は別段不思議なことではない。元々美琴がここに居るのも彼女達との待ち合わせのためだ。
疑問なのはこの二人の様子であり、なぜこんなにも慌てているのだろうか。
落ち着くように言われたが、今は美琴は至って冷静であり(上条関係で多少荒れることはあったかもしれないが)、むしろ二人の方が落ち着く必要があるのではと思うくらいだ。

気付けば白井もやれやれといった表情で二人の後についてきていた。

「えっと、どうしたの?」

「なんでもお姉様がその方に難癖つけているように見えたらしいですの」

「え、えー……なんでそんな事になってるのかな」

「あれ、違うんですか?」

「あたしはてっきり御坂さんがまた巨乳に嫉妬したんだと……」

「ちょろっと佐天さーん? 私はいったいどんなイメージなのかなー?」

どうやら完全に誤解を受けていたらしい。
しかも巨乳には誰彼噛み付く人という扱いに、美琴はにっこりと笑いながらも、両拳をポキポキと鳴らして黒いオーラを纏う。
佐天は苦笑いしながらも、「す、すみませーん」と素直に謝った。
といっても、学芸都市では前代未聞のLカップという爆乳を見た美琴が半狂乱に陥った前例もあるのだが。

「それじゃあこの方は御坂さんのお友達ですか? 初めまして、私は初春飾利といいます」

「佐天涙子でーす! その制服って霧ヶ丘のですよね? やっぱり高位能力者だったりですか!?」

「コラコラ、いきなりそういう事聞かないの」

「あ、えっと、風斬氷華です。能力はなんていうか、影が薄いみたいな……」

「影が薄い……あー! もしかして視覚阻害(ダミーチェック)みたいな感じですか?」

「佐天さんの彼女さんの能力ですね」

「うーいーはーるー!?」

佐天は初春の頬を摘まんで伸ばしてギャーギャーと騒いでいる。
白井はそれを見て「はしたないですわよ」などと注意しているが、美琴は一人考え込んでいた。

風斬氷華。その名前に聞き覚えがあった。フルネームがというわけではない。
0930事件。
天使やら黒服の怪しい集団やらが暴れまわっていたあの事件。
いつもの事ながら、なぜかその中心に居た上条当麻。そしてそのすぐ側にいつも居る白いシスター。
彼女は確かに、あの事件で出現した天使を「ひょうか」と言っていたはずだ。

「天、使……?」

「えっ」

「お姉様……確かにこの方はお美しいですけど、それにしたって天使という表現は…………」

「あはは、御坂さんらしいじゃないですか! ファンシー好きって感じで」

「あ、いや、そうじゃなくてその……」



264: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 01:03:10.58 ID:1bvLAVEro

美琴は何か誤解を受けていることに気付き、とっさに弁解しようとする。
しかし、上手い言葉が出てこない。まさかあの事件の事を話すという気にはならない。
あの現象はどう見ても科学の範疇を越えていた。
つまり、オカルト。最近上条の影響で美琴が触れる機会も多くなってきたアレに関係があるのかもしれない。
その証拠に、というのはあれだが、美琴の「天使」という言葉に風斬の表情も変わっていた。

すぐにでもその辺りについて聞きたくなる美琴だが、ここで聞くのはさすがにまずい。
とりあえずどこかで二人になってから聞き出す、それが一番良いだろう。
そう考えると、美琴はすぐに行動に移そうと口を開く。

その時。


「お、風斬ー!!」

「ひょうかー!!」

声が聞こえてきた。振り向かなくても分かる、上条当麻とインデックスだ。
普段は上条の声を聞くだけで浮かび上がるような気持ちなる美琴だが、今回は溜息をついた。
確かにここに来るように言ったのは自分だが、それにしたってタイミングというものがあるだろう。

「あ、あれ? インデックス帰ってきてたの?」

「うん! 一緒に遊ぼ!」

「というわけで、いいか風斬?」

「はい、もちろん!」

にっこりと満面の笑みを浮かべる風斬。おそらく普段は遊ぶなんて事はしないのだろう。
そもそも、風斬は長い間この世界で形すら保つことができなかった。
そんな彼女がやっと姿を表せた時、初めて友達になったのがインデックスだった。
インデックスにとっても風斬は自分で作った初めての友達であり、二人の関係はそれだけ深いものだ。
その辺りの事情を知っている上条は、ただ微笑んでその二人の様子を眺めている。

一方で不機嫌なのは美琴だ。
ただでさえ、あの電話の件で不満がたまっていたというのに、今度は三人で遊ぶときた。
それに、以前美琴と上条二人で地下街を周った時と比べて断然楽しそうだ。

まぁあの時はあくまで「罰ゲーム」という名目だったので、上条が嫌々だったのには理由があるのだが。

「ほう、これから三人で遊びに、ね。両手に花でいいわねー」

「おっ、御坂。風斬見つけてくれてサンキューな! やっぱ頼りになるよ」

「えっ、あ、別にこれくらいいわよ……」

先程までの不機嫌はどこへやら。
美琴は頬を染めると、目を逸らしてもじもじし始める。
こうして少し上条に褒められたくらいで、たちまち機嫌が直ってしまうあたり、相当単純だとも思う。
ただ嬉しいものは嬉しいので仕方ない。

だが、それを面白くないと思う者もまた居る。



265: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 01:03:43.67 ID:1bvLAVEro

「むきー! お姉様、何ですのその表情は!!」

「な、何の事よ!」

「そのまさに恋する乙女のような表情の事ですの!」

「ぶっ、そんな大声で言うな!!」

「せめて否定してほしいですのぉぉ!!」

白井は美琴の事を慕っており、同時に大好きだ。
これだけならば可愛い後輩なのだが、問題はその「好き」というのが「like」ではなく「love」である点だ。
しかも、恋愛ではなかなか素直になれない美琴と違って、白井はそれを全面に押し出して表現してくる。主に変態行為などによって。
一応述べておくと、美琴の方にはその気はなく、彼女の恋が成就する可能性は極めて低い。

ちなみに上条と美琴がピンク空間を作るのは、インデックスにとっても嬉しくないことだが、彼女は今は風斬と話し込んでおり気付いていないようだ。

「おー、白井。どうしたんだ急に大声出して」

「……本当に鈍感でよかったですの」

「はい?」

「ちょ、黒子!」

普通ならば先程の美琴と黒子の会話で、全く事情の知らない者でも何となくは分かるだろう。
しかし、それは上条には通用しない。
今までの不幸体質で、自分に限ってそんな事はないと無意識に思い込んでいるのか、尋常では無いほどの鈍感なのだ。
端から見れば、もはやわざとやっているようにも見える。
上条と他の女の子の関係が誰一人として一向に進まないのは、この鈍感によるものも大きい。

「えーと、よく分かんねえけど、ちょっといいか?」

「な、なによ?」

これくらいでは自分の気持ちには気付かれない。
そうは分かっていても、ドキッとする。普通ならば気付かれてもおかしくないのだ。

だが上条は、そんな美琴の内心は露知らずに、

「そこのお二人さんは何でさっきから俺の事を見て唸ってるんだ?」

「へ?」

「ほら、そこの。お前の友達なんじゃねえの?」



266: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 01:04:16.61 ID:1bvLAVEro

首を傾げて、少し居心地の悪そうにそんな事を言う上条。
美琴がその視線の先を追ってみると、そこには初春と佐天が居た。
二人共確かに上条のことをじーっと見ており、何やら唸っている。

美琴の額がピクリと痙攣する。

「……アンタまさかこの子達にも手を出したわけ?」

「いやいやいや、その言い方はとてつもなく誤解を生みそうなので止めましょう御坂さん」

「どこが誤解よ! まったく、アンタはいつもいつも!!」

「どうしたの短髪?」

ここで会話に入ってくるインデックス。すぐ後ろでは風斬が何やら険悪な雰囲気におどおどとしている。

「どうしたもこうしたもないわよ。またコイツがいつも通り女の子に片っ端から手出してんのよ」

「……へー」

「だからちげえっての!! つかインデックスまでそんな冷たい目で見ないでください!!」

二人の美少女からこうして嫉妬されるのは男としては相当な勝ち組なのかもしれないが、本人にはまったくその自覚がないのでただ居心地が悪いだけだ。
一応風斬も「誤解なんじゃ……」などとフォローしてくれてはいるが、とても小さな声で今のこの二人には全く届いていない。
白井は白井で嫉妬する美琴を見て嘆いたり、上条を見つめる友人二人を見て怪訝な顔をしたりで忙しそうだ。

そんな周りの様子はお構いなしに、二人は依然として同じ状態で唸っている。

「うーん……」

「むー……」

「あー、どうした? もしかしてどっかで会ったとか?」

上条は記憶喪失だ。
もしかしたら以前にどこかで知り合っていた、という事も考えられなくはない。
そこら辺の事情を知るインデックスと美琴も、ハッとした表情で二人の方を見る。


「――――あ、思い出した!!!!! 御坂さんの彼氏さんですよね!?」


ここで突然大声を出したのは佐天だった。
その表情はどこかスッキリしたものになっており、上条に向けて満面の笑みを浮かべている。

時が止まった。

上条もインデックスも美琴も白井も、佐天のその言葉を聞いて思考が完全に停止していた。
そんな中続いて声を上げたのは花飾りの少女、初春だった。

「あ、そうですそうですよ!! 確か大覇星祭の時に見ました!!」

「……御坂、俺達って付き合ってたっけ?」

「ふにゃ!?」

呆然と、何が何だか分からないといった様子で美琴に話を振る上条。
元々美琴はこの二人の友達なので、誤解を解くのはこちらに任せようとしているようだ。
しかし美琴の方は当然というべきか、顔を真っ赤に染め上げまともに言葉も話せない状態であり、それは期待できなかった。



267: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 01:04:42.49 ID:1bvLAVEro

そんな美琴の様子にニヤニヤとし始める佐天と初春。
ウワサだけでは色々聞いていたが、こうして実際に上条と接触したのは初めてだ。まぁ本当はグラビトン事件の時に一度見ているはずなのだが、そこはもう覚えていないらしい。
とにかく、このチャンスを無駄にする訳にはいかない。初春と佐天はこれから二人を質問攻めにしようと考えているようだ。

そして意外なことにインデックスは静かだった。
表情は俯いていてよく見えないが、どうやら怒っている様子はなくプルプルと震えてもいない。
今までなら真っ先に噛み付いていただけに、この反応は珍しいものだ。

一番大変なことになっている者は他に居た。
その者の周りにはドス黒いオーラが溢れ、体は小刻みに振動してどこかから地鳴りの音が聞こえるようだ。
名前は白井黒子。

その殺気は真っ直ぐに上条へ向かっており、さすがの鈍感上条もそれには瞬間的に気付き、同時に嫌な汗がブワッと全身から吹き出る。

「……認めませんの」

「お、おい待て待て!! その子達何か勘違いしてるっての!!」

「まぁまぁ、素直に吐いちゃってくださいよ! どうせ御坂さんも、もう何度も彼氏さんの部屋には行ってるんでしょう!?」

「ま、まだ数えるくらいしか行ってないわよ!!!」

「おいいいいいいい!!!」

「ふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふ」

こういう時はどう足掻いても悪い方にしかいかないものだ。
もはや白井は中学生だとか女の子だとかというレベルではなく、人間としてかなり際どいレベルまで到達していた。
その威圧感は、おそらくか弱い動物なんかはストレスでどうかなってしまうのではないかという程だ。
そしてこの存在は決して幻なんかではなく、幻想殺しも通用しない。

そんなある意味天使以上に恐ろしい存在を前に、上条の取るべき道はただ一つ。

「じゃ、じゃあ俺はこれで!!!」

「……あっ、とうま!?」

「あっ、えっと、では私もこれで。声をかけてくださってありがとうございました」

まさに脱兎のごとく走りだす上条を、インデックスがワンテンポ遅れて追いかけ、風斬もそれに続く。
当然、それを見逃すつもりはない白井は、すぐさま能力を使って追跡を始めた。
どこか吹っ切れたような笑みを浮かべながら追いかけるその様子は、精神的にマズイ者特有の恐怖を感じさせた。
そして白井がテレポートした後には、何か黒いオーラが漂っているような、そんな錯覚をも覚えた。

上条達と白井が居なくなったことで、ファミレスには再び平和な時間が訪れていた。まるで嵐の過ぎ去った後のようだ。
といっても、佐天と初春の美琴への追撃は続いており、案の定真っ赤になっている。つまり彼女にとってはちっとも平和でもなかった。



268: ◆ES7MYZVXRs:2012/04/20(金) 01:05:23.14 ID:1bvLAVEro

先程まで上条達がギャーギャーと騒いでいた場所から少し離れたテーブル。
店の奥の一番隅で、店に置いてある観葉植物などで周りからは見えにくくなっている。

そこには若い男女が座っていた。少女の方は中学生くらい、少年の方は高校生くらいだ。
一見すれば、できるだけ二人だけの雰囲気を作りたいというカップルにも思えるかもしれない。
だが、この二人は違う。
その様子や話し方を見れば何となく分かるかもしれない。二人の間には信頼関係などはなく、互いが警戒しあっている。

少女はとても上品な仕草で、ティーカップの中の紅茶を口にする。

「ふふ、楽しそうねぇ。御坂さんなんか真っ赤になっててカワイイ☆」

「ちっ、面倒くせえな。力ずくで拉致でも何でもしちまえばいいだろ」

「それはそれで色々面倒な事になるのぉ。私のやり方じゃないしぃ」

「テメェのやり方なんざ知るか。それで向こうがギャーギャーわめくなら潰すだけだ」

「もぉ、いつの時代の人よぉ。現代社会はみんなが笑っていられるような、平和力たっぷりの素晴らしい世界を目指してるのよぉ?」

「テメェがそう言う程胡散臭いもんもねえな」

少年は小さく舌打ちをすると、荒々しく目の前のチキンにかぶりつく。
普通ならばただの食事なのだが、この少年の場合は捕食と言う方がしっくりくる。

「とにかく、今回は私達の社会力で平和的な解決を目指すわよぉ。お互いのためにねぇ」

「……テメェは何で今回の件に協力してんだ? テメェも誰かの言うことを素直に聞くタマじゃねえだろ」

「面白いから☆」

「は?」

「人生ってそういうものじゃなぁい? 結局は楽しんだもの勝ちよぉ。
 みんなの為って熱血力たっぷりで頑張ってる人も、結局は自己満足にすぎない。私はそんなの楽しいとは思わないけどねぇ」

「へー、そんなもんか」

まだ年端もいかない少女であるにも関わらず、その表情はもう何十年も生きて様々なことを体験してきたかのようだ。
そんな上手く表現できない部分が、彼女の言葉をただの中学生の妄想だと一蹴することを躊躇わせる。

一方で少年の方は、こちらから質問したにも関わらずただ軽く相槌を打つだけだった。
それは彼女の言葉が理解できないからなのか、それとも理解する必要性を見出だせないのか。

「つっても、そんなに面白い事かこれ?」

「んー、私ってね、近くでドミノ並べている人がいたら倒しちゃうし、トランプタワー作ってる人がいたら崩しちゃう人なのぉ」

「性格わりーな」

「でもぉ、完成したもの・しそうなものを壊すのが快感っていうのは良くある感覚じゃなぁい? 心理的には無意識に優越感を得ようとしているからとか色々言われてるけどねぇ」

「つまり、ただ暴れたいだけか?」

「違うわよぉ。私は体を動かすのは苦手なのぉ。でもでもぉ、力を使わなくても壊せるものってあるわよねぇ?」

少女は微笑んでいる。
小さい子供を可愛いと思うように、大好きなケーキを目の前にしたように、偶然道端で綺麗な花を見つけたように。
にこにこと、それは楽しそうに。


「――――固い絆を壊すって、とっても気持ちいいわよぉ」



279: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:30:25.85 ID:wWgjqDzvo

白井黒子を撒くことに成功した。
こうして結果だけを見てみると呆気ないものかもしれないが、実際はかなり困難なことである。
なにせ白井は空間移動能力者(テレポーター)だ。三次元の制約を飛び越えて移動する相手から逃げ切るのは困難を極める。
それこそ追跡封じ(ルートディスターブ)の異名を持つオリアナ=トムソンでさえ苦労するレベルだろう。
とてもじゃないが、奇妙な右手を持つだけの少年や、魔術を使えない魔神にできる芸当ではない。

しかし、こちらには風斬氷華がいた。
大天使ですら相手にできる彼女の能力はすさまじく、割と何でもありだ。
白井から逃げるときは、上条とインデックスを抱えて高速で移動したのだった。
それはまるで何かのアトラクションのようで子供なんかは面白がりそうなものだったが、上条の方は右手が風斬に触れないように神経を使いまくっていたのでそんな余裕はなかった。

三人は並んで地下街を歩いている。
まだ早い時間帯だが、休日ということもあって人通りは既に結構多い。
基本的に受験の日程というのは同じような時期に集中しており、受験期間休暇というのも始めの日が数日ずれるだけで大部分が他の学校と重なったりすることも多い。
それにここ第七学区は主に中学生と高校生が中心の学区なので、休みの日にこれ程賑わうのも珍しくはない。

上条は目を少し動かして隣を歩くインデックスを見る。
やはりどこかおかしい。
先程から時折思い詰めるような表情になっており、何かを言いたげにチラチラとこちらを見ていた。

「……インデックス?」

「えっ、な、何かな?」

「いや、何か言いたげな顔してるからさ。言ったろ? お前の願いなら何でも聞くから言えってさ」

「…………うん」

気付いていて放っておくのも気が引けるので、まっすぐ尋ねてみる。
しかし、言いにくいことなのか、彼女はただ俯いているだけだ。

彼女のそんな様子を見て、上条は余計に聞きたくなる。
かといって、無理に聞くというのも躊躇われる。

そうやって悩む上条だったが、ここでインデックスの口が開く。

「……とうまは短髪と付き合ってるの?」

「はい?」



280: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:31:18.77 ID:wWgjqDzvo

上条はキョトンと目を点にする。
あれだけシリアスに悩んでいたので、何事なのかと心配していただけに、この言葉は完全に予想外だった。
といっても、彼女にとってはそんな些細なことでもないらしく、真剣にこちらを見つめている。

上条は少し困った表情で風斬の方を向くと、こちらも真剣な表情でコクリと一度だけ頷いた。
これはふざけたりしないで真面目に答えてほしいという事なのだろうか。

「……もしかしてさっきの話を本気にしたとか?」

「違うの?」

「違う違う。誤解だっての」

何でもないように手をひらひらと振る上条だったが、インデックスはまだ真剣な顔を崩さない。

「短髪がとうまの部屋に来たんだよね? 今まではそんな事なかったと思うけど」

「あー、まぁ色々ありまして……」

「いろいろ?」

「お、おう、いろいろ、な」

「……私には言えないことなんだ」

「いや、そういう事じゃねえって!」

できれば不良とケンカして病院送りになった事などは黙っておきたい。
ただでさえ情けない話なのに、それがインデックスが居なくて寂しくてなどという理由もつくとなるとなおさらだ。

だがこのままでは誤解を解くことができない。
インデックスも悲しげな表情でこちらを見つめているので、何とかしたいところだ。
上条はウーンと頭を捻って、何とか説明しようと考えるがなかなか良い考えが思い浮かばない。
戦闘中ならば結構機転が効いたりもするのだが、こういう時はそれを発揮することができない事が多い。
アドレナリンとかそこら辺が関係しているのだろうか。

とにかく、まともな案が浮かばない上条は、苦し紛れというかヤケクソというか、そんな感じに口を開いた。

「だ、だいたい、俺はインデックス一筋なんだから、そんな事あるわけないだろー! あははははは」

「えっ!?」

ここでの上条の作戦は『てきとーな事言って誤魔化せ』だ。もはや作戦と呼べるかどうかも怪しい。



281: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:31:58.38 ID:wWgjqDzvo

インデックスのリアクションは予想外だった。

足は止まっており、顔はこれでもかというくらい赤く染まった状態でただこちらを見つめている。
一緒に居る風斬も、インデックス程ではないがほんのりと顔を染めてとても居心地が悪そうにしていた。

なんか妙なピンク空間が形成されている気がする。
男女が真っ直ぐ向き合っており、しかも女の子の方が頬を染めているのだからそれも当然な気がする。

上条としてはすごく居づらい。

「きゅ、急にそんな事言われても困るんだよ……わ、私は…………!!」

「えーと、冗談のつもりだったんだけど…………」

「…………冗談?」

明らかに選択を間違えた、上条はそう直感した。
先程まではあたふたとしていたインデックスだったが、上条の言葉にピタリと動きを止める。
それは何も冷静になったというわけではない。その証拠に全身が小刻みに震えているのを目で確認できる。
ギリギリギリと、地獄の底から聞こえるような歯ぎしりが響き渡る。

落ち込んでいたりするよりはマシだが、これはこれでこちらの身の危険的な意味で困る。

ここは風斬に助けてもらおうとそちらを向くが、彼女もただ呆れて溜息をつくことしかできない。
この瞬間、これから先の未来が予知能力にでも目覚めたかのようにはっきり頭の中にイメージされた。

「とうまとうま、私を焦らせてそんなに楽しいのかな?」

「いえ、滅相もございません」

「これはとうまも焦らないと不公平だよねぐるるるるる」

「あの、つかぬことをお聞きしますが、それはまさか死への焦りなんじゃ」

上条が言い終える前に、鋭い歯がガブッとツンツン頭に突き刺さった。



282: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:32:41.48 ID:wWgjqDzvo

「いててて。まだいてえぞインデックス…………ん?」

数分後、一通り噛まれてまだズキズキと痛む頭をさすりながら、上条は隣へ顔を向ける。
そこには誰も居なかった。

「……あれ、インデックス?」

キョロキョロと辺りを見渡す上条。次第に嫌な予感が頭を巡っていく。

これはインデックスが迷子になったのではないだろうか。

一応彼女には携帯も持たせてはいるのだが、上手く使いこなせていないことはよく知っている。
ただ電話に出るだけという事でも、彼女に限ってはできるかどうか危ういのだ。

「まいったな、いつの間に……」

「そんなに遠くまでは行ってないとおもいますけど……」

「つっても、この人の数の中から見つけるのは厳しいな」

「ちょっと飛んでみます」

「え?」

上条が風斬の方を向いた時には、もう既に彼女は地面から数十センチ程浮き上がっていた。
人混みの中で頭一つ抜けた風斬は、その状態でキョロキョロと辺りを見渡す。

周りの人はそこまで驚かない。
ここは能力者の街なので、炎や電気を自在に操る者なんかも大勢いる。だから少し浮いた程度では驚かないのだ。
まぁ本来風斬はロシアまで飛べる飛行能力があるのだが、さすがにそのレベルになると大騒ぎになるだろう。

やがて、風斬はある一点を見て表情をパッと明るくする。

「あ、居ましたよ!」

「でかした風斬! どこ?」

「えっと、あそこです」

その場所まで風斬に案内してもらったところ、インデックスは確かにそこに居た。
先程まで上条達が居たところからはさほど離れてはいなかったが、この人混みでは風斬の力がなければ見つけられなかっただろう。

インデックスはとある建物を見上げていた。
その表情はとても明るく、ワクワクとしているのがこちらまで伝わってくる。
急に居なくなったことに文句の一つでも言ってやろうと思っていた上条は、それを見て思い留まらざるを得なくなる。



283: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:33:23.34 ID:wWgjqDzvo

「……もしかしてここに入りたいのか?」

「あ、とうま! うん、遊んでみたいんだよ!!」

「プール、ですか?」

インデックスが見上げていた建物は、最近できたばかりの巨大屋内レジャープールだった。
元々そういったものは第三学区に多いのだが、やはり学生が集まる第七学区にも作って欲しいという強い要望によりできたものだ。
確か上条の聞いた話では、三十種類以上のプールを始めとする、様々なアトラクションがあるらしい。
クラスメイトも既に何人か行ったようだったが、飛ぶように時間が過ぎたとか何とかよく聞く。

だが上条は水着なんて用意していない。
当然、ここで借りるということもできるのだが、それなりに値段が張るのは容易に想像できる。しかも三人分だ。

「えっと、お前ゲーセンに行きたいとか言ってなかったっけ?」

「とうまとうま、それはもう過去の話で、私達は常に未来に向けて生きていかなきゃダメなんだよ」

「い、インデックスのくせに科学の方針みたいな事言いやがって……」

「……とうま、だめ?」

「うぐっ!!」

ウルウルとした小動物のようなインデックスの表情に、上条の中の天秤が激しく傾く。
レベル0である上条は奨学金も少なく、決して贅沢できるような状態ではない。

それでも、インデックスの頼みだ。
これが他の者だったら丁重にお断りするところだが、相手が他でもないインデックスだ。

上条は腹をくくることにする。

「……分かった」

「え、じゃあ……!」

「あぁ、せっかくだし、今日はここで遊ぶか」

「やったあ!!!」

ピョンピョン飛び跳ねて、それは嬉しそうにするインデックス。
上条はそんな彼女を見て満足気に微笑む。
ここまで喜んでくれるなら、多少の財布のダメージも痛くない、そう思える。
断じて強がりではない。強がりではない。

その時、ぽんぽんと遠慮がちに上条の方を叩いたのは風斬だ。

「あの、すみません。私、お金とか持ってなくて…………」

彼女は申し訳なさそうに言う。
当然、彼女がお金を持っていないことはよく分かっており、初めから三人分を払うつもりだった。

上条は明るい顔のまま、気にしなくていいと言おうとするが、そこでとあるものが目に付いた。


【入場料:4000円】


「…………」

「とうま? どうしたの?」

「……風斬、お金の事は心配しなくていいよ」

「え、でも……」

「大丈夫大丈夫……ふふ、ふふふふふふふふ」

まるで魂を抜かれたかのように無表情になっている上条を心配そうに見る二人。
しかし、なぜ急にこんな状態になってしまったのかイマイチ分からないので、何と声をかければいいのかもわからない。
やがてフラフラと上条が建物の中へ入っていったので、二人も慌ててその後を追いかけていった。



284: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:34:34.73 ID:wWgjqDzvo

レジャープールは外から見た通りかなり広い。
あの入場料の割には沢山の人で賑わっており、たぶんこの連休のためにお金を貯めていたという者も多いのだろう。
これは一日で全部のプールをまわるのも、かなり難しいだろう。
時期は2月と冬真っ盛りだが、屋内であるため肌寒さなんかは一切感じない。
今日は良く晴れているので、屋根は透明なガラスだ。曇りや雨の時は学園都市ならではの視覚効果ビジョンで青空を写し出すらしい。

とりあえず今視界にあるだけでも何種類ものプールが確認できる。
一般的な流れるプールを始め、途中で道が途切れるウォータースライダー、超巨大なプールの中央に本物そっくりの島が浮いてるもの。
ドカン! と大きな音がしたと思ったら海賊船同士で海戦をおっ始めており、そのすぐ近くを水面を走るスケートボートが猛スピードで通りすぎて行く。

もしも一般の人がここに来れば、しばらくは唖然としてしまうかもしれない。
だが学園都市の人間はこのくらいでいちいち驚いたりはしない。
あらゆるベクトルを操作したり、この世には存在しない未知の物質を作ったりする事と比べれば、このくらいはまだまだ現実的で常識的なものだ。

「とうま!」

どうやら着替えが終わったらしく、前方からインデックスがパタパタと走ってきた。
夏休みに海へ行ったときと同じようなワンピース型の水着であり、色は淡いピンクだ。
この水着のレンタル料もそれなりにするわけなのだが、そこら辺はあまり思い出さないようにする。

そういえば、こういう時は女の子の水着の感想を言うべきだと、青髪ピアスが熱心に語っていた気がする。
まぁそれもどうせ、ギャルゲーやらエロゲーやらの知識なんだろうが。
上条はざっとインデックスの全身を眺めて一言。

「……うん、インデックスらしいな」

「そこはかとなくバカにされた気がするんだよ」

どうやら上条の感想はお気に召さなかったようで、インデックスはむっと頬を膨らませる。
別に怒らせようとしたわけではなく、素直な感想を言っただけなのだが、そこで女の子の気持ちを考えて感想を言えるほど上条は気が使えるわけでもない。

上条は何とか挽回しようと、ウーンと唸りながら褒め言葉を考える。

「えっと、インデックスらしいってのは、つまり……そう、可愛いって事だって!」

「えっ!! か、可愛いって……」

どうやら次は正解だったらしい。
インデックスは顔を染めると、少し俯いてモジモジとし始める。その表情を見る限り嬉しそうなのは伺える。
もはや上条とまともに目を合わせることも出来ないらしく、チラチラとこちらを見ることしかできないようだ。

「ど、どうせ水着が可愛いとかだよね……?」

「インデックスが着てるから可愛いんだよ」

「とうま……そんな、ちょっと恥ずかしいんだよ…………」

「恥ずかしがることなんかねえって。いやー、父親が娘を可愛がる気持ちもこんなモンなのかねー」

「えっ……」

二人の間に広がっていたピンク空間にヒビが入る。
インデックスは相変わらず俯いたままだが、先程までとは明らかに雰囲気が違う。

上条はそんな彼女の急激な変化を見て焦り始めた。

「ど、どうした?」

「……とうまの言ってる可愛いっていうのは、子供が可愛いとか、そういう事なのかな?」

「そうそう! 娘を持ってる父親が親バカになるのも分かる――」

ガブッと、本日二回目の噛み砕き攻撃が炸裂した。

レジャープールにはあまり似つかわしくない、男の叫び声が辺りに響き渡る。
やはり一般の人には女の子が男の頭に噛み付いている光景は珍しいのか、見物人も集まってきた。



285: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:35:46.53 ID:wWgjqDzvo

「いってえええええええ!!! お、おい、どうしたんだよ!!!」

「やっぱりとうまはとうまで、とうまなんだね!!!」

「意味分かんねえよ!!!」

今ので先程の傷も開いたか、ズキズキズキと鋭い痛みが頭皮を襲う。
様々な怪我をしてきた上条でも、痛いものは痛いので涙目になって抗議する。本人は何も悪気はないのだ。

「子供扱いするとうまが悪いんだよ! 私だって気にしてるのに!!」

「へ? ……あー、その、世の中にはロリコンとかも居るし、需要はあると思」

「慰めにも何にもなってないかも!! どうせとうまは胸が大きい子が好きなくせに!!」

「ぶっ!! な、何言ってんだよ!!!」

「だって、かおりを見る時だって、とうまは胸ばかり見てるもん!」

「そんな事ねえっての!! つかお前それ本人に言うなよ!? あの人そういう冗談通じない人だから!!」

ふと気付けば、ざわざわと、周りが騒がしくなってきた。
傍から見れば二人のその会話は、痴話喧嘩そのものであり、ニヤニヤと見ている者も多い。
ここは学生の街というわけで、周りの人間も思春期真っ盛りの少年少女ばかりなので、こういった話には興味津々なのだろう。

だが、当人である上条からしてみればたまったものではない。
それは完全な誤解であり、挙句の果てには見ず知らずの女の子達には「サイテー」などとヒソヒソと呟かれている。

インデックスはインデックスで、自分達がそういう風に見られている事に気付いて顔を赤くして俯いてしまった。
これはこれで、あとは上条だけで何とかするしかなくなるので困る。

「……えーと、風斬はまだか?」

「あっ、う、うん! ひょうかも一緒に来てるよ…………あれ?」

何とか話題を逸らせようとする上条に、インデックスも慌てて乗っかる。
やや大袈裟過ぎるモーションで後ろを振り返ったインデックス。しかし、首を傾げて動きを止めてしまう。
上条も一緒になって首を傾げる。その様子から、ここまでは一緒に来たのだろうが、急に居なくなってしまったという事だろうか。
とりあえずインデックスと同じようにキョロキョロと辺りを見渡すと、

「……お、あそこに居るじゃねえか。なんであんな隠れるようにしてんだ?」

「あ、ホントだ! ひょうかー!」

ここから少し離れた自販機の影。そこに風斬氷華は隠れていた。
おどおどとした様子で、何かを怖がっているようだ。

もしかして、不良かなんかのナンパに捕まって逃げてきたんじゃないかと心配する。
風斬くらい可愛くてスタイルも良いとなると、男は放っておかないと考えるのが普通かもしれない。
そして彼女が某ビリビリ中学生のような性格ならば、そういう男は追い払って終わりなのだが、彼女はそういう事ができる性格ではない。
追い払うだけの能力自体に関しては申し分なしなのだが、精神的な部分で難しいのだ。

それならば早く行ってやらないと、と前を走るインデックスに離されないように速度を上げる。
すると、なぜか風斬が余計に引っ込んでしまった。



286: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:36:27.18 ID:wWgjqDzvo

「ひょうか? どうしたの?」

「あ、あの、私……!」

「……えーと」

風斬はどう見ても上条を見て怯えていた。
確かにこの右手は彼女にとってはかなり危険なものであることに間違いはない。
しかし、先程まではこんな事はなかったはずだ。何が急に彼女を変えたのだろうか。

「あー、この右手のことを心配してるなら、俺も気をつけるからさ」

「い、いえ、そういう事じゃないんです……」

「へ? じゃあなんで……」

「その、水着が……」

そう言ってゆっくりと自販機裏から出てきた風斬。
やっと出てきてくれたか、と上条はほっと一息つく。

しかし次の瞬間、上条の心臓が跳ね上がり、ビクッと全身を震わす。

理由としては風斬が身に着けている水着だ。
それは彼女のイメージからはかけ離れた、布面積が小さいキワドイものであり、白井黒子なんかが好むようなものだった。
なるほど、これでは風斬がここまで恥ずかしがるのも無理はない、そう上条は思わず納得してしまう。

「丁度いいサイズがなくて……こんな…………」

「……に、似合ってると思うけど」

「とうま、どこ見てるのかな」

さすがにここまで恥ずかしがっていると可哀想なので、何とかフォローを入れようとする上条。
そしたら今度はインデックスが不機嫌そうな顔でこちらを見てくる。
案の定、再び周りの少年少女達もヒソヒソと何かを話し始める。「二股」やら「浮気」なんていう凄く不名誉な単語も聞こえる。

そこにはとてつもなくやりにくく、居たたまれない雰囲気が漂っていた。
上条はいつも通り「不幸だ……」と呟くが、それを分かってくれる者は誰一人として居ないのだろう。



287: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:37:01.15 ID:wWgjqDzvo

その後、かなりの説得によって風斬を立ち直らせる事ができたので、さっそく三人で様々なプールを楽しんだ。
といっても、途中でインデックスが迷子になったり、スライダープールで上条が風斬の胸に突っ込んでしまい、それを見たインデックスに丸かじりにされるなど、トラブルは何度かあった。
とにかく、二人共楽しんでくれているようで、上条としてはそれだけで満足である。

現在は中央に島があるプールの砂浜で遊んでいた。
外側に行くほど水深が深くなるという珍しいプールであり、小さい子供なんかはボートなどを使ってここまで来ることになる。
上条達も、インデックスが居るためそのボートにはお世話になった。

インデックスは砂浜から少し離れたところで魚を捕まえようと遊んでいた。
プールに魚なんか放っていいのかと疑問に思うだろうが、そこは遺伝子組み換えとかなんとかで大丈夫らしい。
上条は既に2万人のクローンなんかを見ていたりするので、そういう事でいちいち驚いたりはしない。

上条と風斬は砂浜に座って、一生懸命に魚を追いかけるインデックスを微笑ましげに見ていた。
この構図は、まるで親子連れのようである。

「プールは初めて来ましたけど、とっても楽しいです」

「はは、そりゃ良かった。その水着もやっと慣れてきた?」

「~~~~!!!」

何気なく言った一言だったのだが、その瞬間風斬は顔を真っ赤にしてババッと両腕で体を隠してしまった。
改めて指摘されると、恥ずかしさが再燃してしまうらしい。

「ご、ごめんごめん! 落ち着くまであまりそっち向かないようにするから!」

「うぅ……やっぱり男の人って、女の人の胸とかに目が行くものなんですか…………?」

「そ、それは……えーと」

上条は悩む。
風斬の質問に正直に答えるならば、もちろんYESだ。それはもはや本能的なものだろう。
しかし、それをそのまま言っていいのだろうか?
もしかすると、それを言った瞬間、永遠に距離を置かれるなんていう事になったりしないだろうか?

普通ならあまり考えられない事であっても、まだまだ外での生活の経験が少ない風斬ならばありえるのだ。

「あー、ほら、珍しいものって自然と目が行くだろ?」

「はい……」

「それと同じ感じじゃねえのかな。男にはないものには目が惹かれるというか……」

「…………な、なるほど」

どうやらなかなか上手くいったようだ。
なるべくエロさを抑えて説明しようとした上条は、思わず安堵して溜息をつく。

「でも、それなら、女の人だったら誰でもいいという事ですか?」

「…………あー」

「何ていうか、それはそれで……その…………」

「も、もちろん、可愛い子とか気になる子の方がよく見ちゃったりするんじゃねえか!?」

まるで、自分の息子や娘に子供の作り方を聞かれた父親のように動揺しながら答える上条。
これでは何を言っても、また変な方向へ行ってしまうのではないかと心配になる。

風斬はわずかに俯いて、上条の言葉を吟味する。
こうして外の事を知っていくのは良い事なのだろうが、答える側としてはなかなか難しいものだ。

そのまま少しの間考え込んでいた風斬だったが、急にバッと顔を上げる。
誰かに後ろから驚かされたかのような勢いに、上条もビクッと驚いてしまう。
なんとその顔は真っ赤になっていた。



288: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:37:28.47 ID:wWgjqDzvo

「あ、あの!!」

「はい!」

「あ、あなたは……私の事を、その、か、可愛いとか、気になるって……思ってるんですか…………?」

「いっ!?」

そんな風斬の上目遣いに、純情少年は思いっきりたじろぐ。
確かに、風斬の事をじろじろ見ておいて、先程の発言はそういう風に取られてもおかしくないのかもしれない。

上条は頭をガシガシとかきながら、何とか当たり障りのない言葉を考えようとする。
ここまで色々考えながら話すのは初めてだ。

「ま、まぁ俺も健全な男子高校生ですから、女の子に興味がないというわけでは…………」

「そ、そうですか……。それが……えっと、普通……なんですよね?」

「そう、だと思うぞ」

「あっ、そういえばインデックスも『とうまは女の子を見ると仲良くならずにはいられないんだよ』って……」

「いや待て、それはおかしい」

すかさず突っ込む上条。
上条が女の子を助けて仲良くなる事が多いのは事実だが、これではまるでその為に助けているという風にしか聞こえない。
あくまで、助けた人がたまたま可愛い女の子だったというだけで、上条は例え相手が男だろうと変わらず助ける。
まぁ、例え人助けが女の子目当てだったとしても、あれだけ命を賭けているのならそれはそれで凄い事なのかもしれないが。

とはいえ、風斬も本気にはしてなかったらしく、穏やかに微笑んでこちらを見ていた。

「ふふ、でも女の子に興味があるなら、何だかんだ言ってインデックスの事も意識はしているんですよね?」

「いや、それは……」

「え、違うんですか?」

「……違う、と思う」

「そう、ですか……」

風斬は意外そうな表情でこちらを伺っている。
年頃の男女がいつも一緒に居る。それを見れば、いくら外の世界に疎い風斬でも、そういった感情があるのではないかと考えるのだろう。

しかし、上条の口から出てきたのは否定の言葉だった。

上条は少し首を傾げて考える。
何故か今、風斬の質問を聞いた瞬間、頭で考えるよりも先に言葉が出ていた気がする。
まだそういう気持ちについて、ほとんど知らないにもかかわらず、だ。

風斬はそんな上条を少しの間ただ見つめていたが、それから真剣な表情になって口を開く。



289: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:38:04.06 ID:wWgjqDzvo

「あの子の……インデックスの事、聞きました。今どんな状況に置かれてるのかを」

「……そっか」

二人の間を穏やかな風が通り抜ける。
こういった細かい所まで、まるで外であるかのように再現しているところはさすがだ。

上条は、風斬がこの事について知っている事に対してはそこまで驚かなかった。
彼女が学園都市の中心に近い所に居る事は知っている。だからそういう情報も入ってくるのだろう。

風斬は視線を上条から外し、インデックスを優しい目で見つめて言葉を続ける。

「私は、あの子がここに来て良かったと思っています」

「つっても、ストレスがどうのこうのって言われても、俺はこういう所に連れて行ってやることしかできないんだけどな」

「それで十分だと思います。だってあの子、とても楽しそうですから」

「……それならいいんだけどな」

インデックスの助けになりたいという気持ちはあるが、その具体的な手段がよく分からない。
そんな事を考えて本当にこれでいいのかと、上条は心のどこかで疑問に思っていたので、こういった風斬の言葉は嬉しい。

「たぶん、場所とかはそこまで関係ないんです。あなたと一緒に居る、それだけであの子は幸せなんだと思いますよ」

「俺だけじゃなく、風斬もな」

「ふふ、それなら嬉しいですけど」

「何言ってんだよ、風斬はインデックスの親友だろ?」

「……えぇ、そうですね」

風斬はにっこりと微笑む。
彼女もまた、その立場から様々な壁にぶつかったが、今はこうして笑うことができる。
それは簡単なことではないはずだ。だからこそ、上条は彼女はとても強い子だと思う。

インデックスにはこんな子も味方でいてくれる。それだけで心強かった。

そんな事をしみじみと考えていると、魚を追いかけるの諦めたのか、インデックスがこちらに戻ってきていた。

「とうま、ひょうか! 二人で楽しげに何話してるのかな?」

「ん、インデックスがここの魚全部食べ尽くしたりしないか心配してたんだよ」

「むっ、いくら私でも生でお魚を躍り食いする程飢えてないかも。せめて焼くんだよ」

「食べ尽くすって所は否定しないんだね……」

風斬は少し困ったように笑う。
いつもインデックスの食費に苦しめられていた上条は、彼女ならやりかねないと本気で思ったりする。

上条は耐水仕様の腕時計(無料貸し出し)を見る。

「それよりインデックス、そろそろビーチバレーの大会が始まるぞ?」

「え、あっ、もうそんな時間!?」

「うん。参加者はあっちで登録するらしいよ」

「早く行こっ!! お昼ごはんが私を呼んでいるんだよ!!」

「はいはい」

ここの砂浜では一日に一回、ビーチバレーの大会が開催され、優勝チームにはなんとここの食べ物関係のお店の値段が全てタダになる。
もしも本当に優勝してしまった場合、インデックスがここの飲食店を全て滅ぼすのではないかという不安もあるが、今は考えないことにした。

上条は自分の腕を引っ張って走るインデックスの後ろ姿を見て思う。
こうして一緒に居る事が彼女の幸せなら、彼女が望むだけ一緒に居てやりたい。
そして上条自身も、こうして彼女と一緒に居るのを幸せだと感じている事を自覚していた。

ちなみに大会は、通常の何倍もの耐久性をもったはずの学園都市製ビーチボールが、風斬の本気のスパイクによって爆散して失格になった。



290: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:38:35.65 ID:wWgjqDzvo

なんか腹減ったなー、なんて思えばもう昼食の時間帯だった。
残念ながらビーチバレー大会の商品であるタダ券は手に入らなかったので、全額自腹だ。
これも店側からすれば救われたのだろうが、上条の財布は先程からダメージを受けっぱなしだ。

ここは昼食をとる者達のためのスペースであり、中央の大量のテーブルを円形に囲うように店が隣接している。
インデックスは空腹のため動けなくなってしまったので、席取り係だ。もちろん一人では不安なので風斬も一緒に居る。

そういうわけで、一人ぼっちで店を物色する上条。
時折すれ違うカップルなんかを見ると、なんとも肩身の狭い思いだ。
周りからすれば、先程まで両手に花状態だったくせに何言ってんだ的な感じだろうが。

はぁ、と溜息をついて、上条は空を見上げる。
そこには雲一つない綺麗な青空がガラス越しに浮かんでおり、ちょっと惨めな気持ちになっていたのを浄化させてくれる。

「……と、さっさと何か買っちまうか。インデックスに関しては、とりあえず食べられれば何でもいいか」

インデックスに対するこの考えは、女の子からすればあまり良いものではないのかもしれない。
ただ、それは紛れも無い事実なので、本人が聞いても否定はできないだろう。

そんな事をぼんやりと思いながら、上条は近場の店へ向かって歩いて行く。
その時。

「一人で四人分買ってくるとか無理あんだろ……」

「ちっ、何で俺がこンな事……」

何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
上条がそちらへ顔を向けてみると、

「あ」

「おっ!」

「ン?」

白髪赤眼の学園都市第一位一方通行に、アイテムの構成員兼パシリな世紀末帝王浜面だった。
おそらく一方通行は打ち止め達、浜面はアイテムの面々と一緒に来たのだろう。
こんな所で偶然出会う辺り、何か腐れ縁的なものが構築されてきているような気もする。
どうやら二人共上条と同じく、昼食の買い出しに来たらしい。



291: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:39:07.09 ID:wWgjqDzvo

だが、そんな事はどうでも良くなった。

それよりも先に、突っ込みたいところがある。
どう考えてもこれはスルーできない。


「「ほっそ!!!」」


上条と浜面の声が重なり、一方通行は怪訝そうな顔をする。

二人が突っ込むのも無理はない。
目の前の学園都市最強の能力者の体はまるで、細い幹に細い枝が付いた木のようだ。
病的に色が白いというところも、その脆さを際立たせている。
それはいつもの怪物的な力を思う存分に使っているイメージからはかけ離れていた。

上条や浜面はレベル0だが、体付きはしっかりとしている。
浜面なんかは軽くアスリートレベルまで達しているだけに、目の前のモヤシっ子が心配でならない。

「お前ちゃんと飯食ってんのか!? まさかコーヒーを飯の代わりにしてねえよな!?」

「うるせェな。食ってンに決まってンだろォが」

「それでその体かよ! これちょっと触ったら折れるだろ!」

「触ったらオマエの手を折るぞ」

「ひぃ!!」

そうやってギャーギャーと騒ぐ三人。といっても、一方通行はただ不機嫌に返してるだけだが。

ちなみに、水着姿であっても一方通行の首にはチョーカー型の代理演算装置が付いている。
おそらくこれは、難聴者の補聴器なんかと同じような扱いで許可されるているのだと考えられる。
水に思いっきりつけても平気なのかという疑問もなくはないが、これを作ったのはあのカエル顔の医者だ。そこら辺の問題は簡単にクリアできたのだろう。

男三人が大騒ぎしているのが目立つのか、白髪赤眼の一方通行の風貌が目立つのかは分からないが、いつの間にか周りの人達がこちらに注目している気がする。
一方通行はそれを確認すると、チッと小さく舌打ちする。

「俺はもォ行くぞ。クソガキがうるせェからな」

「おっ、やっぱそこら辺と一緒なのか」

「俺が一人でこンなとこ来るわけねェだろォが」

一方通行は心底不機嫌そうにそう言うと、足早に行ってしまった。
道行く者達はその風貌に驚き、勝手に道が開かれていた。
ああやって、気持ち急いでいるのは打ち止めの為なのかと思うと、少し微笑ましくも思える。
そんな事を本人に言えば愉快なオブジェにされる可能性が高いが。



292: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:39:37.57 ID:wWgjqDzvo

残った浜面は何かを期待したような目でこちらを見てくる。

「で、大将はシスターさんとデート? 今帰ってきてるんだって?」

「そんなんじゃねえよ、だいたい二人じゃなくて三人だしな」

「……まさか女の子?」

「そうだけど……って何だよその顔は」

上条の言葉を聞くと、浜面は盛大に溜息をついてやれやれと呆れた表情をした。

「なぁ、俺も魔術についてはよく分かんねえけど、確かあのシスターさんはストレスがどうのこうのって事で帰ってきてるんだろ?」

「あぁ。だからこうやって気分転換を――」

「あのな、ストレスなんてもんは、アンタがちょーっとハグしてチューすれば一発だろ!
 まったくよー、そういう女の子引っ掛ける才能は羨ましいけど、それじゃあのシスターさんが可哀想だぜ」

「俺が言うのもなんだけど、お前って結構バカだよな」

「さらっとひでえ事言うな!?」

なぜか自信満々な浜面だったが、上条は適当に流すだけでまともに相手をしない。
もちろん、ハグやチューを実践する気もない。

「だいたい、俺がそんな事したら頭噛み砕かれるっての」

「んな事ねえって! あの子は顔真っ赤にしちまうって俺は予想するね!」

「怒りでか」

「ちげえよ!! あー、もう、アンタわざとやってんだろ! ホントはあの子の気持ち気付いてんじゃねえの?
 あの子はアンタのことが大好きなんだぞ? シー・ラブ・ユーだぜ?」

「三人称単数だからシー・ラブズ・ユーだろ。ビートルズの曲でもあんじゃん」

「そこはどこでもいいだろ!」

「いや、そういう所のミスがテストじゃ天国と地獄を分けんだよ……」

「話がズレてるっての!」

御坂美琴先生に学年末テスト勉強という事でしっかりとしごかれた上条。
まだそういった知識は頭に残っており、小萌なんかが見れば喜ぶことだろう。
元々、英語に関しては自分で少し勉強していたというのもあるのだが。



293: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:40:21.70 ID:wWgjqDzvo

一方で、浜面はそういう事を話したいというわけではないらしい。
上条は面倒くさそうに口を開く。

「あのな、インデックスが俺の事を好いてくれてるのは知ってるよ。直接言われたこともある」

「なっ、気付いてんのかよ! じゃあわざとそんな態度とってんのか!? アンタ、それはひでえだろ!」

「勘違いすんなって、インデックスのはLoveじゃなくてLikeなんだよ。そもそも、アイツはまだそういう感情自体あんま分かってねえんじゃねえの。
 そういう恋愛関係は男より女の子の方が成長が早いとか聞くけど、アイツの場合は惚気ってより食い気しかないからな」

「今のあの子に聞かれたらたぶん怒られてるぞアンタ……。つかあの子はどう見てもLoveの方だって!
 俺には滝壺のこともあるし、よく分かる! 信じろって!」

「さり気なくリア充アピールしたな」

「だからそこはどうでもいいだろ!! つかアンタがそれ言うと、刺されるぞ!?」

一応、今までのインデックスとの事を思い返してみても、そんな仕草は少しもなかったと思う上条。
そもそも、半年も一緒に居て何も進展していない時点でそういうのはないんじゃないかとも思う。

しかし浜面の方は確信があるらしく、引き下がるつもりはないらしい。

「……分かった、じゃあアンタはどうなんだよ。あのシスターさんの事好きなんじゃねえのか?
 第三次世界大戦だって、あの子を助けるためにアンタは動いてたんだろ? そこまでいったらもう惚れてるって事だろ!」

「んー、確かにインデックスは俺にとって大切で守りたい人だけどさ、それってインデックスだけじゃねえんだよ。
 アイツ以外にも大切な人はいる。御坂とか姫神とか御坂妹とか――――」

「待て待て! じゃ、じゃあそうだな…………もし俺があの子にハグしてチューとかしたらどう思う?」

「………………」

「ほら、嫌だろ? つまりそれが……ってどこ見てんの?」

自信たっぷりだった浜面だが、ふと上条の視線が自分の方に向いていないことに気付く。
しかも表情が堅い。何かとてつもなく居辛い様子がひしひしとこちらに伝わってくる。

浜面の頬を嫌な汗が伝う。
ゴクリと喉を鳴らし、恐る恐る振り返ってみると。


「――――はまづら、誰をハグしてチューするの?」



294: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:40:58.67 ID:wWgjqDzvo

上条は三人分の焼きそばを持って、インデックス達の待つテーブルへやって来た。
空腹のせいでテーブルに突っ伏していたインデックスだったが、上条が手に持つビニール袋から漂う美味しそうな香りにガバッと顔を上げる。
上条はすぐに右手を前に出して制止させる。このままでは三つとも食べられる可能性が極めて高いからだ。

風斬はそんなまるで犬の躾のような状態に苦笑いを浮かべていた。

「――――よし!」

「いただきます!!!」

「そ、そんな急いで食べると喉詰まらせちゃうよ?」

三人全員に焼きそばを配り終えたので上条が合図をすると、即座にインデックスはそれを口の中へかっ込み始める。
それでいて、それはそれは美味しそうに食べるので、作った人からすれば嬉しいものだろう。

上条はインデックスの様子をぼーっと眺める。
やはり彼女にあるのは食い気ばかりであり、浜面の言葉は見当はずれだったと考える。

「まっ、そりゃそうだよな」

「もごっ? むぎゅごきゅ?」

「分かんねえよ、とりあえず飲み込めって」

食べながら話そうとした結果、謎の解読不能の言語を扱っているかのようになっているインデックス。
その隣で風斬は困ったような笑みを浮かべながら、テーブルに備え付けてある紙で暴食シスターの口元を拭っている。
まるで親子のようだ。

インデックスはゴックンと口の中のものを全て飲み込むと、上条が一緒に買ってきたラムネを一口飲んだ。

「どうしたのかな? なんかとうま、私の事見てたよね? それもちょっとニヤニヤしながら」

「あぁ、実はさっき一方通行と浜面に会ってさ、浜面の奴が変なこと言ってきたんだよ」

「変なこと?」

インデックスは首を傾げて、再びラムネを一口飲みながら聞き返す。


「あぁ、何でもお前は俺の事が好きだとかなんとか」


直後。
ぶほっ!! とインデックスの口からラムネが発射された。
勢い良く飛び出したそれは、そのまま向かいに座っていた上条を直撃した。

あまりに急な事だったので、上条は声を上げることもできない。
ただ無言で頭からポタポタとラムネを滴らせている。



295: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:41:29.44 ID:wWgjqDzvo

インデックスは一瞬で顔を真っ赤に染め上げていた。

「きゅ、急に何言ってるのかな!? 凄くビックリしたかも!!」

「何もそこまで驚かなくてもいいだろ……。お、サンキュー風斬」

風斬がどこからかタオルを貰ってきてくれたらしく、受け取ってワシャワシャと髪を拭く上条。
だがやはりベタつきまではとれないので、結局はこの後シャワーを浴びた方が良さそうだ。

インデックスは相変わらず顔を真っ赤にしてプルプル震えている。

「そ、それで、とうまはどう思ってるのかな?」

「どうって、もちろんそんな事信じちゃいねえから安心しろって」

「………………」

「えーと、な、何でせう?」

上条としては、これでインデックスが落ち着いてくれると思っていた。
しかし、その予想と反してなんだか凄く複雑な顔で睨まれた。いや、別に睨んではいないのかもしれないが、上条にはそう見えた。
この様に、彼女の考えている事が良く分からないときはたまにあるが、考えても分かりそうにもない。

上条は風斬の方を向いて助けを求める。
女の子ならば、インデックスの気持ちも分かっているのではないかと思ったからだ。

風斬は困ったようにチラリとインデックスの方を見て、その後上条に視線を合わせた。

「あの、インデックスはたぶんあなたが――」

「ちょ、ちょっと待ってひょうか!」

何かを言いかけた風斬だったが、すぐにインデックスが遮った。
かなり慌てた様子であり、そんなに話されたらまずい事だったのかと、上条は首を傾げる。

それからはしばらく、インデックスと風斬の内緒話が続いた。
上条には絶対聞かれてはいけないらしく、テーブルから離れてなおかつお互いに顔を近づけてヒソヒソ声で何かを話している。
声は聞こえないので、ぼーっとその様子だけを観察してみると、顔を赤くしたインデックスが一方的に風斬に何かを言っているようだ。

上条からすればこの状態は仲間外れにされているわけで、妙な虚しさを感じる。
といっても今こっそり近づくなんて悪ふざけなんかすれば、本気で怒られそうな気もするので大人しく待っていることにした。

「――お待たせ! ごめんね、とうま」

「で、風斬は何言おうとしたんだ?」

「そ、それは」

「それより、お腹いっぱいになった事だし、さっそく遊ぶんだよ!」

「……あー、はいはい。聞かれたくねえなら聞かねえよ。
 でも食ったばかりで泳ぐと気持ち悪くなるぞ。もう少し休んでからにしようぜ」

明らかに無理のある話題転換だったが、そこまで無理に踏み込む必要もないだろうと深くは聞かない事にした。
全く気にならないと言えば嘘になるが、それで彼女にストレスを感じさせては元も子もない。
基本的に、今の上条は彼女のワガママは何でも聞いてやるスタンスでいなければいけない。要はお姫様待遇だ。



296: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:42:43.85 ID:wWgjqDzvo

そうやってまったりしてた三人だったが、ふいにここのスタッフだと思われる者がこちらに向かってきた。
まさか昼前のビーチボール爆散の件で弁償を食らうんじゃないかと、冷や汗をかく上条だったが、

「どうもー、お昼休憩ですか? 午後からも素敵なイベントが盛り沢山ですので、是非どうぞ!」

そう言われて渡されたのは一枚のチラシだった。
どうやら他の人達にも配っているらしく、ここ一帯の全てのテーブルの人達に渡しているようだ。
イベントの多さがここの売りの一つであることを思い出しながらざっと読んでみると、インデックスでも楽しめそうなものもいくつかある。
もちろん、そのほとんどに賞品が出るので、それを目当てに参加するというのもアリだろう。

いつの間にか、インデックスと風斬もすぐ隣に来ており、一緒になってチラシを覗き込んでいる。
上条自身がやりたいものというのも特にないので、どれに参加するかは二人に任せようと思う。

しばらく真剣に読んでいた二人だったが、インデックスのほうが声を上げた。

「あっ、これがいいかも!!」

「えーと、『ドーナツレース』ですか?」

「……おいおい、これ結構あぶねえぞ」

インデックスが指差したのは、ドーナツレースと呼ばれる水上レースだった。
支給されるイカダに近いようなものに乗って、円状の流れるプールを一周するものだ。
これだけならばいいのだが、問題なのは能力使用がアリという所である。
人への直接攻撃はさすがに禁止されているのだが、イカダへの攻撃は認められている。
プールの中へ落ちたら失格なので、イカダを沈めるというのも立派な戦術なのだ。

そんなレースというより海賊ごっこに近い競技にインデックスを参加させてもいいものかと悩む。
そもそもドーナツレース自体、某海賊マンガが元ネタだ。

とはいえ、インデックス本人はやりたがっているので、バッサリダメだと言うわけにもいかない。
どうしたものかと考えていると、風斬がコソコソと話しかけてきた。

「大丈夫です、私が守りますから」

「風斬……」

風斬がこういうと、説得力が感じられる。
実際に、神の右席との戦いの時に学園都市の人達を助けたからであるだろうか。

いや、おそらくそういう事ではないのだろう。

風斬にとって、インデックスは大切な友達だ。
人を守るためには力も必要だが、何より大切なのはその気持ちだと思う。



297: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:43:18.34 ID:wWgjqDzvo

「……分かった。けどインデックスも自分で少しは気を付けろよ。無茶はしないで、あぶねえと思ったら俺か風斬の後ろに隠れて――」

「とうまはちょっと過保護すぎるかも」

「お前はこのくらいで丁度いいだろ! 今まで何回ヤバイ目に合ってきたと思ってんだよ」

「とうまにだけは言われたくないかも! 私の倍くらいは危ない目に合ってるんだよ!」

「まぁまぁ、あなたの事を心配して言ってくれてるんだよ?」

「そ、それは分かってるけど……」

上条が自分を心配してくれること自体は嬉しいのか、もごもごと口ごもるインデックス。

「だいたい、お前も何でこんなレース選ぶんだ? 思いっきり暴れてストレス解消したいのか?」

「ううん、これが欲しいんだよ!!」

インデックスがビシッと指差したのは、レースの賞品一覧だった。スキー旅行招待券から携帯ストラップまで様々なものが揃っている。
成績上位順にこの中から優先的に選べるというシステムらしい。
その中でインデックスが狙うのは、高級街である第三学区のレストラン一日食べ放題券だった。

もしや魔術サイドとして学園都市を滅ぼそうとしてんじゃないかと、上条は思う。

「でも、これって人気あるんじゃないですか?」

「だろうな。他の賞品見る限り、最低でも3位には入らねえとキツいかもな」

「頑張ればきっと優勝できるんだよ!」

「あのな、能力者の中には水を操る奴らだって居るんだぞ? そんなの相手にどうしろってんだよ」

「そ、それは……」

インデックスはポジティブ思考だが、正直かなり難しいと上条は考えていた。
能力使用が認められているのだから、当然実用レベルにある者なんかは存分に使ってくる。
おそらく優勝候補は水流操作(ハイドロハンド)を持つ高位能力者だと、簡単に推測することもできる。

対してこちらは魔術が使えない魔神に、レベル0の幻想殺し、そして――――。

「「あっ!!」」

上条とインデックスが同時に声を上げる。
こちらにも、居た。
例えどんなに不利な状況でも何とかしてくれそうな切り札が、一人。

そんな暗闇の中で一筋の光を見つけたかのような二人の視線の先に居たのは、

「な、何ですか……?」

いわば学園都市の能力者達の集合体的な存在で、色々とぶっ飛んだスペックを持つ少女、風斬氷華だった。



298: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:43:59.25 ID:wWgjqDzvo

ここのレジャープールにはホテルも完備されている。
部屋にはゆったりとくつろげるウォーターベッド、学園都市内外加えて海外の番組まで観れるテレビ。床も心地よい感触を与えてくれるウォーターカーペットとかいうものが敷かれている。
他にも、疲労回復に効果があるというマッサージ機に、様々な高級食材を取り扱うルームサービスは選び放題だ。

そんなセレブ空間で、一方通行はベッドに寝転がっていた。室内であるにも関わらず、先程と同じ水着姿だ。
元々ここのホテル自体がそういう利用方法であり、夜に休む時なんかは部屋から出てボタン一つで勝手に清掃してくれる。
あくまでここのメインはレジャープールなので、基本的に格好は常に水着だ。

そうやって惰眠を貪る少年の元へ、一つの小さな塊が飛んでくる。

「なんでここに来てまであなたは寝ちゃうのー!! ってミサカはミサカはダイブしてみる!!」

「ぶごほっ!!! こ、のクソガキがァァああああああ!!!」

学園都市最強にボディプレスをきめたのは、ワンピース型の水色の水着を着た打ち止めだった。
こうしてのんびりしているのがとにかく退屈らしく、先程から落ち着きなくウロチョロしている。

まともに下敷きになった少年はそれなりのダメージを受けたらしく、苦しそうにもがいていた。
例え相手が小さな女の子であっても、思い切りジャンプしてボディプレスをやられれば、この細い体では十分効くものだ。

「あはは、まぁお前が悪いじゃん!」

それを見て愉快に笑うのは、マッサージ機に夢中な黄泉川愛穂だ。
大人な黒ビキニにそのプロポーションは、健全な男子なら大歓喜だろうが、一方通行はピクリとも反応しない。
そもそも一方通行を健全な男子だとするのは色々とおかしい。

「黄泉川ァァ……オマエ、このうるせェガキ連れてどっか行ってろよ」

「んん……私は今忙しいからダメじゃんよー」

「そのマッサージ機とやらをブチ壊せば暇になンのか?」

「それやったら連行するじゃん」

「クソッたれ」

一方通行はとりあえず上に乗っかっている打ち止めを放り投げて体を起こす。
寝ぼけ眼で頭をガシガシとかきながら、時計を見る。時間にして一時間も眠っていない。
こんな事なら、自分だけ帰ってマンションで寝ようかとも思う。

ちなみに、マンションには芳川桔梗が留守番している。
一緒に来なかったのは、何でも太陽の光を浴びると灰になってしまう体質だからとの事だ。



299: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:45:49.11 ID:wWgjqDzvo

「育児放棄は良くないぜ、親御さん♪」

ここでさらに鬱陶しい者が絡んでくる。
打ち止めをそのまま成長させて目付きを悪くした顔立ちの番外個体だ。
上はビキニタイプの水着だが、下はホットパンツに似たようなものを履いている。

悪意たっぷりの笑顔を見ると、やはりこうして一方通行をからかうのを生きがいにしているようだ。

「オマエの人生放棄させてやろォか?」

「んー、ミサカはまだ放棄したくなるほど生きてないんだけどねー。ていうか、もっと構ってやればいいじゃん。
 子供は思い切り遊びたがるもんだぜ」

「むっ、そういう子供扱いは心外だってミサカはミサカは抗議の声を上げてみる!」

「扱いも何も実際にガキじゃねェか」

「むきーっ!! ってミサカはミサカは地団駄を踏んでみたり!!!」

いよいよ本気でうるさくなってきたので、一方通行は耳を塞いでそっぽを向く。
好き放題に能力が使えるなら反射して終わりなのだが、さすがにこんな事でバッテリーを消費するのは馬鹿らしい。

打ち止めはそんな事にもお構いなしに、回り込んで向き合ってくる。
その手には部屋に置かれていたチラシが握られている。

「これ!! これに参加してみたいかも!! ってミサカはミサカは主張してみる!」

「あァ?」

「ドーナツレース? へぇ~、なかなか暴力的だね」

「くっだらねェ。勝手に出てろよ」

「三人一組なの! ってミサカはミサカはあなたの参加を求めてみる!」

「黄泉川ァァ!」

「それ子供限定じゃんよー」

黄泉川はマッサージによりウトウトきてるのか、珍しくはっきりとしない声だ。

一方通行の額にビキビキと青筋が浮き立つ。
その表情は、路地裏の不良なんかでも一目散に逃げ出すほどの凶悪さを醸し出している。
本当に馬鹿げてる。
自分が沢山の少年少女達に混じって、イカダのレースなんかに参加しているのを想像しただけで、何か大切な物が崩れ去っていくような感覚がする。

しかし、打ち止めは全く物怖じしない。
ただただじーっと、OKと言うまで諦めないという表情で見つめてきている。

一方通行は打ち止めから目を逸らす。
彼女は目を逸らさない。
ただただその状態で時が流れていく。
一方通行は心底鬱陶しそうに、チラリと彼女を見た。
変わらずこちらを見つめている。いや、良く見ればその目が少しウルウルしてきている。


ついに一方通行が深い深い溜息をつく。


「…………クソが。仕方ねェな」

「えっ、じゃあ!! ってミサカはミサカは期待の眼差しを向けてみる!!」

「あァ、行きゃいいンだろォクソがァァ!!! 一瞬で血の海に変えてやるから期待しやがれ!!!」

「やったぁぁ!!! でも、それやったら失格だからダメだよってミサカはミサカは一応注意してみる」

ピョンピョンと跳び跳ねて体全体で喜びを表す打ち止め。
一方通行にここまでワガママを押し通せるのも、地球上で彼女一人だろう。



300: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:48:11.40 ID:wWgjqDzvo

そんな様子を見て、番外個体はからかうチャンスだと、ニヤニヤしながら口を開きかける。
しかし、その途中で何かに気付いたのかピタリと動きを止めた。

「……あれ、なんかミサカも数に入れられてる?」

「もちろん! これは上位個体からの命令なのだ! ってミサカはミサカは権力を行使してみる!」

「ミサカとしては、はしゃいでる一方通行を外から撮ってyoutubeにでも流したいところなんだけど」

「それやったらオマエを沈めて流すからな」

「もう、せっかく決まりかけてたのに!! ってミサカはミサカはぶーたれてみる!!」

当然、番外個体も水上レースなんかには興味が無い。
そもそも彼女が興味あることといえば、一方通行にいかにして嫌がらせをするかという事だけだ。

「だいたい、何でそんなにこのレースに拘るわけ?」

「そ、それは……」

番外個体の質問に、答えにくそうに目を逸らす打ち止め。
その時に一瞬チラシの方に目が行ったのを、番外個体は見逃さない。

「ん、ははーん。要は賞品目当てってわけか。確かにお子様向けのものも沢山あるね」

「ぐっ、ミサカの狙うものはそんな子供っぽいものじゃない!! ってミサカはミサカは抗議してみる!!」

「ふーん、子供っぽいものじゃない、ねぇ。じゃあこの豊胸グッズとか?」

「なっ!!!」

次の瞬間、ビクッと全身を震わせる打ち止め。もはやそれで答えを言ったようなものである。
途端に、獲物を見つけた肉食動物のようにニヤニヤとし始める番外個体。

「分かりやっすいねぇ、司令塔サマ。
 ていうかおねーたまもそうだけど、必死過ぎない? 見てる分には滑稽でいいけどさ」

「うるさいうるさいうるさい!! 既に手に入れてる者にはこの苦しみが分からないんだ!!! ってミサカはミサカは憤慨してみる!!!」

「はいはい、まぁどうせこんなの使っても無駄だから諦めて……………ん?」

突然、番外個体の表情が変わった。
チラシの賞品一覧の豊胸グッズの説明欄。そこを真剣な顔で凝視している。

打ち止めは首を傾げる。
悔しいことに、自分より幼い目の前の個体は既に立派なものを持っている。
さらなる高みへ登ろうとしているという事も考えられるのだが、番外個体に限ってそんな事はありえない。

番外個体は目線を一方通行へ移す。
あわよくばこのままレースもうやむやにならないかと考えていた一方通行は、怪訝そうな顔で睨み返す。
すると、

「……分かった、ミサカも出るよ」

「あァ?」

「えっ、本当!? ってミサカはミサカは突然の心変わりに驚きながらも喜んでみたり!!」

「うん、ミサカも欲しくなってきちゃった。豊胸グッズ♪」

「………………」

打ち止めは喜んでいるが、腑に落ちない一方通行。
何かを企んでいるのかは確実だ。それも番外個体の事だ、おそらく一方通行にとってはろくな事ではない。
とりあえず、先程まで彼女が持っていたチラシを手にとって確認する。

番外個体が読んでいたのは豊胸グッズの説明欄だ。
何かあるとすればそこだろうと当たりを付けると、その内容を読んでみる。
そこに書かれていたのは。


『伝説の冥土返し(ヘブンキャンセラー)監修の信頼出来る一品! その効果は何と“男性にまで表れます!!”』


例えこれを手に入れたとしても、その瞬間破壊することに決めた。



301: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:48:46.46 ID:wWgjqDzvo

一方通行達と同じホテルのとある一室。
そこでは四人の『アイテム』のメンバーが休んでいた。

元々は浜面と滝壺、麦野と絹旗で部屋を二つ取ってあるのだが、何だかんだこうして集まってくる。
浜面としては、ちょっとは二人きりの時間もあってもいいんじゃないかなー、なんて思うわけだが、滝壺はそこまで気にしていない様なので口には出さないことにしていた。
おそらくそれを言ったところで、二人にからかわれて終わりだろう。

ちなみに、当然全員水着姿だ。

麦野は大人な雰囲気を放つ、ストラップを首に吊るしたホルターネックビキニというやつを着ている。
下にはパレオを巻いているが、これは足が太めなのを気にしているからという説がある。まぁ直接聞けば上下真っ二つにされかねないが。
絹旗はオーソドックスなビキニだが下はスカート型で、滝壺は無難なワンピースタイプだ。
彼氏としては、滝壺にはもう少しチャレンジしてほしいという気持ちもなくはないが、それで軽蔑されるのが怖かったりする。

そんな邪な事をぼんやりと考えていた浜面だったが、絹旗の言葉により現実に戻される。

「――というわけで超出ますよ! ドーナツレース!」

「私はパス。別に興味ないし」

「私は出てもいいけど。ね、はまづら」

「悪い、聞いてなかった。何の話?」

そんな浜面の言葉に、絹旗は盛大に溜息をつく。

「だーかーらー、このドーナツレースってやつの賞品に超レア物DVDがあるから即GETって話です」

「どうせB級映画だろ」

「そうです! もう何でDVD販売したのか分からないくらいどうしようもない程のB級なんです!」

「お前それ自分では褒めてるつもりでも、製作者側からすれば全然嬉しくないからな」

完全に呆れている浜面だったが、絹旗は相変わらず目をキラキラさせている。
どうやら分かる人には分かるお宝らしいが、浜面にはそこら辺の感覚は全くわからない。
というか、学園都市全体を探しても分かる人が居るかどうかは疑問だ。

「まっ、いいか。俺も出てやるよ。どうせ暇だしな」

「正直浜面は戦力にも何にもなりませんが、とりあえず人数合わせという事でいいでしょう。麦野は乗り気ではないらしいですし」

「そういう事はせめて俺が居ない所で言ってくんない!?」



302: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:51:22.43 ID:wWgjqDzvo

割と真面目に凹む浜面だったが、絹旗はそっちは完全無視で麦野の方に視線を移す。
絹旗の何か面白そうな事を考えてるようなその表情に、麦野は目を細めて不可解そうな顔をする。

「……なによ?」

「いえいえ、そのドーナツレースなんですけどね……」

「だから私は出ないって言ったでしょ」

「そういう事ではないですよ。実は、超厄介な人物がレースに申し込んでいまして。
 おそらく私では相手にならないでしょう」

「……誰よ?」

麦野は少し興味が出てきたらしい。
絹旗が相手にならないとなると、少なくともレベル4の中でも上位クラスの力があると見てもいい。
そして当然、レベル5であるという可能性もある。

麦野は自分の第四位という序列に納得していない。
チャンスがあれば、自分のほうが上だということを証明したい。そう思っている。

絹旗はニヤリと笑い、麦野の耳元へ口を寄せて何かを呟いた。

麦野に雰囲気が変わった。
言うならば、日常モードから仕事モードへ切り替わったといった感じか。
まるで絹旗の表情が移ったかのように、ニヤニヤとした笑みまで浮かんでいる。

「…………ほう」

「どうです? 超困ったものでしょう?」

「――ふん、アンタもこれが狙いなんでしょ。乗ってやるよ」

「ふふ、ありがとうございます」

上手く乗せられたということは気付いているようだが、何故か麦野は笑顔だ。それもかなり悪い感じの。
対する絹旗も同じように悪い笑みを浮かべているので、まるで「お主も悪よのう」的な感じの悪どい商売屋みたいな印象を受ける。
いや、実際やってる仕事も結構似てるかもしれないが。

浜面はそれを見て嫌な予感しかしないのだが、どうせ聞いても教えてくれないだろうと、何も聞かない事にする。
もしかしたら知らぬが仏、という事もあるかもしれない。

絹旗は満足そうに浜面の方を向く。

「というわけで、超足手まといな浜面は外れてください」

「……いや、別にいいけどさ、もっとこう言い方ってのを…………」

「超邪魔ですから外れてください」

「分かったよ、ちくしょう!!」

浜面は涙目になってどこかへ逃走したい衝動に駆られる。
そしてそれを実行したとしても、誰も追っかけてこないだろうというのがさらに寂しい。

しかし、その時。


「ダメ」



303: ◆ES7MYZVXRs:2012/05/17(木) 23:52:38.81 ID:wWgjqDzvo

滝壺の声がやたら大きく部屋に響いた。
滝壺がここまでハッキリと自分の意見を言うのは珍しいので、三人とも彼女に注目する。

そして浜面が驚きながらも口を開く。

「ど、どうしたんだ滝壺?」

「はまづらを一人にすると、どんな女に引っかかるか分かったものじゃない」

「ちょ、滝壺さん!? 俺はどんな評価なんですか!?」

「彼女以外の誰かをハグしてチューしようとする人」

「まだ怒ってらっしゃる!? だからそれは誤解なんだって!!」

「…………仕方ありませんね」

絹旗は溜息をつくと、手をヒラヒラと振る。
浜面が何か言い訳をしているようだが、それには全く興味が無い様だ。

「それでは私は応援する側に回ります。
 このレースには三人必要ですし、超野獣浜面を放し飼いにできないとなると、それしかないでしょう」

「ひでえ言われようだ……」

「一応これってアンタの目的のためなんだけど? まぁ私はアイツを負かせれば何でもいいけどさ」

「万が一賞品を逃すなんてことになったら、浜面はちぎります」

「俺だけ命がけ!?」





各々のお昼時は過ぎていく。
様々な思いが交錯する『ドーナツレース』まで後一時間。



320: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:36:18.54 ID:sGyT3cevo

施設の中央付近に位置する流れるプール。
コースの形は一般的な円状で、そのプールのコースで隔てられた中央の円状の広場には店もいくつか出ている。
そこへ行くためには、何も泳いで渡る必要はなく、プールをまたぐようにアーチ状の橋も四本ほどある。

このプールに関しては、ここでは珍しく何の仕掛けもなく、学園都市の外のプールと変わらない。
特殊なプールの中に平凡なものを混ぜることで、逆に他の珍しさを際立たせるという事なのだろうか。

プールの近くには、現在人がたくさん集まってきている。ドーナツレースの参加者達だ。
同じく参加者の一人、上条当麻は周りをキョロキョロ見渡す。

「すっげー人だな。これ全員入りきらねえだろ」

「えっと、仕掛けがあるみたいですよ、このプール」

「仕掛け?」

『プール拡張を行いますので、プールサイドのお客様は十分離れてください』

そんな放送が流れた後、プールサイドにビキビキという音が鳴り響いた。
何事かと見てみると、なんとプールの幅が広がってきている。
痛々しい音とは裏腹に、その動きはスムーズで、数秒後にはプールの幅は最初の3倍以上になった。

「……なんつーか、力押しだな」

「学園都市はだいたいこんな感じかも」

インデックスのその言葉には、学園都市の人間である上条と風斬も頷くしかない。

それから、参加者全員にレース用のイカダと漕ぐためのオールが配られる。
イカダは一辺3メートルほどの正方形で、厚さは50センチ程か。
材質は学園都市製の新しいもので、発泡スチロールのように軽いが、人を三人乗せても沈まない程度の浮力を持っている。
おそらくこのレース自体、そうした新材料の実験的な意味もあるのだろう。



321: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:36:44.44 ID:sGyT3cevo

プールにイカダが浮かべられる。
現在はプールの流れは止められており、レース開始と同時に流れ始めるらしい。
ちなみにプールサイドにも観衆が大勢いる。一応は能力者のレースなので、エンタメ的にも良いのだろう。
空中には大画面(エキシビジョン)も浮かんでおり、もっぱらトップ争いの模様を中継するようだ。

しかし、プールサイドに居るのは観衆だけではない。
このレースは基本的にルールに書かれていないことは何でもアリというものだ。
故に危険な状況に陥る可能性も多分にあり、そういった事のために救助係の者が大勢待機している。

参加者の方はと言うと、数は見た感じでは100組近くで、この中で三位以内というのはかなり厳しいと思われる。
だが、こちらには風斬氷華がいる。
逆に言うと希望はそれだけであり、上条やインデックスはただ漕ぐことしかできない。
上条の幻想殺しは、もしも相手が直接自分達を攻撃してくるのなら少しは役に立つかもしれない。
ところがルールとして能力で人を攻撃することは禁止されており、相手が狙ってくるとしたらイカダくらいだ。
右手一本では、3メートル四方の広範囲を守る事はできない。

インデックスはキョロキョロと周りを見渡しながら口を開く。

「これって、始まった瞬間に沈められちゃったりしないのかな?」

「あぁ、たぶんスタート同時に相当数リタイアするだろうな。
 けど、俺らは大丈夫だ。な、風斬?」

「はい、頑張ります」

おそらくレース開始と同時に、ここは能力の飛び交う戦場と化す。
対戦相手との距離が一番近いのはスタート時なので、潰すなら絶好の時だ。

そこでさっそく風斬の力を借りる。
巨大な光の翼でイカダ全体を覆ってしまえば、並大抵の能力では傷一つ付けられない絶対防御となる。

「さすがひょうか! ……あれ、でもそれならスタートダッシュで一気にここを抜けちゃった方が良くないかな?」

「いや、そこはちょっと作戦があってな。俺もさっき思い付いたばかりなんだけどさ――――」

上条はヒソヒソ声で、インデックスと風斬に作戦を話す。
二人の反応は、

「――それいいかも!」

「はい、さすがです!」

「だよな! よっし、じゃあこれで行くか!」

「とうまはやっぱりたまーに機転が利くんだよ。たまーに」

「そこ強調すんな!」

作戦も決まったので、後はただレース開始を待つだけだ。
心なしか、辺りの雰囲気もピリピリとしたものに変わっていく。
普通なら少しは緊張などを覚えるものなのかもしれないが、三人は割と平常心だ。
というのも、おそらく普段から命を賭けた場に居たりする事が多いからだろう。

正直何の自慢にもならなく、むしろ悲しくなってくるが。



322: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:37:11.59 ID:sGyT3cevo

一方通行達も準備はできており、イカダの上でスタートの時を待っていた。
打ち止めと番外個体は見るからにワクワクしているようだが、一方通行はそこまでモチベーションは高くない。
それどころか、この水の上をプカプカと揺れる感覚が気に入ったのか、ゴロンと横になってウトウトきていた。

それに気付いた打ち止めは、むーっと頬を膨らませる。

「もー!! なんであなたはこんな所でも寝てるのかな!! ってミサカはミサカはもはや呆れ混じりに怒ってみる!!」

「…………ンあ?」

「こういう時は顔洗うのが一番だよ☆」

ドンッと、番外個体が白髪の少年を思い切り押した。
その結果、ドッパーンと水柱を上げて少年はプールの中へと落下した。

「番外個体ォォおおおおおおおおお!!!!!」

「ぎゃははは! 起きた起きた」

「さすがにそれはやり過ぎかもってミサカはミサカは同情してみる。大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。なんたって第一位サマだし」

「オマエも今すぐ引きずり下ろしてやるから覚悟しやがれクソッたれ!!」

バキッと、一方通行の腕がイカダに突き刺さった。ただの八つ当たりだ。
一応耐久性はそれなりにあるらしいのだが、この少年からすれば発泡スチロールとなんら変わりない。

それを見て騒ぎ始めたのは打ち止めだ。

「ちょ、ちょっと! 何でスタート前にイカダ壊すのかな!! ってミサカはミサカは仰天してみる!!」

「おいおい物に八つ当たりかよー。意外とちっさいんだね、色々と」

「…………」

ビキビキビキと、一方通行の額に青筋が浮かび上がる。
しかしここで反応してしまうと、まさに番外個体の思い通りだ。
彼女はただ一方通行が不快だと思えばそれでいいわけで、今のこの状態でも十分に目的は達成できているのだ。
もうこれ以上、くだらない事に神経を使うこともない。

一方通行は無言でイカダに登ると、あぐらをかいて座った。
また寝ても良かったが、もう一度落とされたらさすがにブチンといってしまうと思ったからやめた。

「じゃ、じゃあこれから作戦会議ね! ってミサカはミサカは妙に刺々しい雰囲気を和ませようとしてみたり」

「ていうかここまで来て何にも考えてなかったわけ?」

「うぐ……とにかく作戦会議! ってミサカはミサカはゴリ押ししてみる!」

「ンなモン、俺が片っ端から他の奴等を沈めていけばいいだろォが」

「おっ、頼もしいねぇ。でもあなたの能力って、攻めるのにはいいと思うけど、守るのはダメじゃない?
 いくら自分だけ守れてもイカダ全体となると厳しいでしょ」

「やり様はいくらでもある。第三位じゃねェが、俺の能力も応用範囲は広い」

「あなた自身、さっき突き落とされた事に関しては?」

「オマエ、今度やったら外まで飛ばすからな」

実力だけで言えば優勝候補筆頭だが、色々と問題のあるこのチーム。
打ち止めは言い知れぬ不安を抱いていたが、レースが始まれば二人共協力してくれるだろうと、無理やり思い込むことにした。



323: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:38:10.56 ID:sGyT3cevo

上条や一方通行のチームと比べて、プールサイドに近い位置に浜面のチームは待機していた。
麦野と滝壺というスタイルの良い女の子に挟まれる形でいる浜面は、周りからの恨めしげな視線を感じている。
だが少女達はそれに気付いていないのか、それとも気付いていてもいちいち気にしていないのかは分からないが、無関心だ。

というか、滝壺にいたっては無関心というかぼけーっと魂が抜けたようになっている。
彼女に関してはこういう行動もそこまで珍しいものではないのだが、今はきちんとした理由がある。

麦野は髪をかき上げながら、そんな滝壺に話しかける。

「どう?」

「――きぬはたより強そうな人は四人。むぎのより強そうな人は三人」

「ふん、上々ね。少しは楽しめそうだ」

「ちょ、待て待て待て!!」

「何よ、うるさいわね」

慌てて話を遮る浜面に、麦野は不機嫌な顔を向ける。

滝壺が行なっていたのは周りの能力者のレベル把握だ。
AIM拡散力場を調べればある程度なら調べることができるらしく、以前に月詠小萌が上条に話していた「ヤツの戦闘力は53万だ」的なものだ。
以前まではこういった能力の使い方は体晶で能力を暴走させる必要があったのだが、今は何も使わないでも使えるようになっていた。
浜面としては、例の学園個人というものがさらに現実的になってきた気がして、素直に喜べないというのが本音なのだが。

ともあれ、今はそれよりも差し迫った問題が出てきた。

「お前より強い奴が三人もいんの!? 何でそんなに化物が集まってきてんだよ!?」

「何の問題があるのよ? むしろそいつらを叩き潰すチャンスだろ」

「しかも自分から狙っていく気かよ! なぁやめようぜ、わざわざそんな奴らに絡まなくてもいいだろ。
 あんなB級DVDなんて一位にならなくても取れるって!」

「私の目的は最初からそういう奴らを潰す事なんだけど」

「やっぱり聞く気なしかよ……滝壺からも何か言ってやってくれよ」

「むぎのは思い立ったら一直線」

「……そうだったな」

元々麦野を説得できるとは思ってなかったので、仕方なく諦める浜面。
確かに強者からすれば、自分と同じかそれ以上の相手と戦うのは面白いのかもしれない。
それでも、浜面みたいなただのチンピラからすれば、巻き込まれるという恐怖のほうが圧倒的に大きい。

ここは腹をくくるしかないか、と考える浜面……だったが。

「…………おい待て。俺、その麦野より強いって奴知ってるかもしんない」

「はぁ? 何でアンタがそんなの分かんのよ」

麦野は呆れ顔でそんな事を言ってきたが、浜面はそれに反応する余裕はなくなっていた。
滝壺も、キョトンと首を傾げながら自分の彼氏を見つめている。

浜面は冷汗をダラダラと流し、無意識の内に全身をブルブル震わせる。

――――昼に会った白髪赤眼の男は一体誰だっけ?



324: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:39:38.83 ID:sGyT3cevo

「む、麦野、無理だ! 俺、たぶんその麦野よりつえーって奴の一人に会ってる!!」

「うっさいわね。誰だってんのよ」

「第一位だよ! 昼飯買いに行った時に偶然会ったんだ!」

「ほう」

「何でそこでニヤリとしてんですか!?」

必死な浜面だが、麦野は嬉しそうに笑うだけだ。
考えてみれば、このプライドの高いお姉様はそういった自分よりも序列が高い人間を負かすのが目的である。
つまり、学園都市最強が来ているというのはプラスにしかならない。

一応は浜面も直接戦ったことがある相手だが、もう二度と相手にしたくない。

麦野はそうやってビビりまくっている浜面の事は放っておき、滝壺に話しかける。

「で、絹旗が言ってたアイツは本当に来てるわけ?」

「うん、居るよ。あの人のAIM拡散力場は前に観測したことがあるから分かる」

「ふふ、そうこなくっちゃね」

もはや浜面はその“アイツ”について聞こうとも思わない。
麦野がこんな顔をするということは、十中八九そいつも化物だからだ。
とにかく、いかに化物同士の戦いに滝壺や自分が巻き込まれないようにするか、浜面が考えるべき事はそれだけだった。

いつの間にか賞品のB級DVDの事も完全に忘れてしまっていた。



***



『レース開始一分前です』

宙に浮かべられた大画面(エキシビジョン)に係員の女性が映されている。
その放送に、上条はゴクリと喉を鳴らして手にあるオールを持つ力をギュッと強める。
これからここは能力の飛び交う無法地帯となる。それなりの心構えは必要だろう。

三人のフォーメーションは、正方形のイカダの進行方向から見て、右の一辺に上条、左にインデックス、後ろに風斬というものだ。

上条はチラリとインデックスや風斬の方に目を向ける。
二人共真剣で引き締まった表情をしていて、ここに来て冷静さを失うということもなさそうだ。

周りのチームも準備を整えていく。
中には既に片手をプールに付けている者もいて、おそらく水流操作の能力者なのだろう。
そしてその誰もがギラギラとした目をしている。賞品も良い物が多いのでこれも当然か。


『レース開始十秒前です』


いよいよ周りの雰囲気は痛いくらいに鋭くなる。
まさに一触即発の状態で、敵意のこもった視線が交差する。

上条は風斬に目を向ける。
レース開始直後にいきなり沈没しないでいれるかどうかは、全て彼女にかかっている。
風斬は上条の視線を真っ直ぐ受け止め、真剣な表情でただ一度だけ頷いた。

そして、


『五秒前です。四、三、二、一――――』


直後、レース開始を知らせる巨大な爆音が辺り一帯に鳴り響いた。



325: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:40:06.74 ID:sGyT3cevo

ビリビリと、大気を震わせる音に、上条とインデックスは完全に出鼻をくじかれ怯んでしまう。
その隙を狙ったかのように、四方八方から炎やら水やら電気やら、様々な能力がこのイカダを粉砕しようと飛んでくる。
それを確認した上条は大声で叫ぶ。

「風斬!!!」

「は、はい!!」

バサッと、光の翼が展開された。

言うまでもなく、風斬氷華の能力だ。
さすがに0930事件の時ほどではないが、それでもかなり巨大な翼であり、そのままイカダを包み込んだ。

ガギギギギギギ!! と鈍い音が連続する。いくつもの能力が光の翼にぶつかる音だ。
さすがの防御力であり、音から察するに10、20ではすまない程の攻撃を受けているはずだが、その一つも通さない。
しかし幻想殺しではないので、その衝撃までも完全に殺すことはできない。
その結果、いくつもの衝撃により生まれた波が荒れ狂い、イカダを大きく揺らす。

「う、うわわわわわ!?」

「インデックス、大丈夫か!? うおっ!!」

見ると、インデックスは風斬の翼に必死にしがみついているが、上条は右手の関係でそんな事はできない。
だから、ただ歯を食いしばり、体中の筋肉を総動員してバランスを取り、間違っても風斬の翼に触れないようにする。
この完璧に見える防御の最大の弱点が、防御の内側にあるというのもあまり笑えない話だ。

波はなかなか収まらない。
とにかく、今はひたすら耐える時である。



326: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:40:49.28 ID:sGyT3cevo

一方通行のチームは快適にレースを進めている。
スタートから一気に飛ばしたので、周りに他のチームもおらず、割と独走状態だ。

スピード自体はかなり出ているのにも関わらず、イカダは不自然なくらいにほとんど揺れず、穏やかな風が頬を撫でる。
一方通行は前方で退屈そうに座りながら右手を水の中に突っ込んでおり、その後ろで同じく退屈そうな番外個体があぐらをかいている。
そんな二人とは対照的に、打ち止めはイカダの上を歩きながら楽しげに周りをキョロキョロと見渡す。
おそらく、トラックの荷台の上に乗せてもらっているような、そんな楽しさがあるのだろう。

「あンまりウロチョロしてンじゃねェよ。落ちたらそのまま捨ててくぞ」

「ていうか、落ちたらルール的に放っとかなきゃいけないよね」

「大丈夫! ってミサカはミサカは自信たっぷりに答えてみたり!」

「その自信はどっからくンだよ」

面倒くさそうに舌打ちする一方通行だが、打ち止めが落ちないようにイカダを操作するのは簡単だ。
彼の能力は『ベクトル操作』だ。つまり、こうして水流を操作することくらい造作も無いことである。このスピードに対して不自然に穏やかな風も、同じように能力で調整している。
これでは本職の『水流操作』を持つ能力者が報われない気がするが、それがレベル5に達する能力というものなのだろう。
実際、第三位の『超電磁砲』でも、その衝撃からレベル4の『空力使い(エアロハンド)』が操るような大きさの突風を巻き起こす事ができる。

イカダは、全部で四つあるアーチ状の橋の一つの下をくぐる。
これでコースの四分の一程を消化したことになる。

番外個体は眠そうにあくびをした。

「なーんかさ、こんだけぶっち切りだとつまんなくない?」

「賞品が手に入ればいいンだろォが」

「それはそうなんだけどさー。激しい戦闘の中であなたがドボンっていうのも見てみたいんだよねー」

「どォやって俺だけ突き落とすンだよ。イカダを壊されたらオマエも一緒に落ちるだろォが」

「ふふふ……何も敵は外だけとは限らないぜ?」

「オイ、次は反射で吹き飛ばすから覚悟しろよ」

何かここまでくると、むしろ仲良さ気に見える二人。
もちろん、それを言えば愉快なオブジェにされるだろうが。


『おーっと!? なんと既にゴール前に居るチームがあります!!』



327: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:41:51.94 ID:sGyT3cevo

突如響き渡る放送。
プールサイドの観衆は一斉にざわざわし始める。

一方通行はガバッと顔を上げて、宙に浮かぶ大画面(エキシビジョン)を睨みつける。
普通に考えてありえない。
レースが始まってから、自分達より先へ行った者は居ないはずだ。
それとも目にも止まらない速さで抜かれたというのか。

大画面に映されていたチームは。


『ふふふ、これで「あすなろ園」のボランティア券ゲットよ!!』

『さすが結標ちゃんです! 自分から進んでボランティアなんて立派なのですよー』

『……所詮私は人数合わせ』


三人の内、二人を一方通行は知っていた。
一人はかつて同じ暗部組織で仕事をした経験のある結標淡希。
そしてもう一人は黄泉川の同僚らしい教師だ。世にも不思議な小学生の姿をした教師なんていうのは、レベル5の頭脳でなくてもそうそう忘れられない。
黒髪ロングの少女については見覚えがないが、何となく影が薄い印象も受けるのでただ忘れているだけだという可能性も否定出来ない。

とにかく、そんな女の子三人(一人は女の子といってもいいのか分からないが)のチームだった。
普通なら並み居る猛者達を引き離して、こんなぶっち切りでゴールしようとしているのは奇妙に感じるかもしれない。
しかし、ここは能力者の街だ。その実力は見た目だけでは計りきれない。

一方通行はそのチームを見た瞬間、どうしてここまでの独走を許しているかが分かった。

「……座標移動(ムーブポイント)か」

「なにそれ?」

「あの髪束ねてる女の能力……空間移動(テレポート)の一種だ」

「……あの胸がある女の人とはどんな関係? ってミサカはミサカは尋ねてみたり」

「あァ? ただ顔知ってる程度だ」

「ふーん」

打ち止めは面白くなさそうな顔でジトーと一方通行を見つめる。
それを見た番外個体は、それはそれは楽しそうにニヤニヤとし始めた。

「騙されちゃダメだよ。どうせ、もう何回もホテルとか行っちゃってるよ! あの胸に誘われてね♪」

「ほ、ホテルって……ね、ねぇ、そんな事ないよね? ってミサカはミサカは確認してみる!」

「番外個体ォォ……オマエそろそろ突き落としていいよなァ?」

一方通行はビキビキと額に青筋を浮かべながら、手をプールから引き抜く。
ベクトル操作を止めた影響で、イカダのスピードはどんどん落ちていく。
だがそんなものは今の一方通行には関係がない。ただこの目の前の悪意の塊を何とかする、ただそれだけだ。

対する番外個体は、そんな彼を見てもまだニヤニヤと笑みを浮かべたままだ。

「あれ、急がなくてもいいの? このままだとあのチームにゴールされちゃうじゃん」

「……それはねェよ」

「えっ、どうしてってミサカはミサカは」

打ち止めがそう言いかけた瞬間、


『はい、トップを独走する「あわきんチーム」ですが、残念ながら失格です!』



328: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:42:21.74 ID:sGyT3cevo

 
先程の係員の少女の放送が響き渡る。
これに一番反応したのは、当然当事者である結標達だった。


『はぁ!? 何でよ!?』

『「イカダのテレポートは禁ずる」というルールがあります』

『……え?』

『む、結標ちゃん、それはちょっと初歩的なミスなのですよー……』

『な、何よ! 小萌だって私の作戦に乗り気だったじゃない!』

『あれだけ自信満々だったから。小萌も私も信じてしまった』

『うっ……あすなろ園が…………ショタ達が…………』


冷静に考えてみれば、テレポートを制限するルールがないはずがない。
結標も決して頭が弱いというわけではないのだが、それだけ他の事で頭が一杯だったのだろうか。

一方通行は、アレが自分の元仕事仲間だという事を考えると、何とも残念な気分になる。

「あなたの知り合いってだけあって、なかなかの変人だね」

「オマエだけには言われたくねェだろォよ。つーか、覚悟できてンだろうなァ……?」

「もう、だからケンカはダメ! ってミサカはミサカは止めてみる!」

「そいつをここから突き落とせばケンカも無くなるだろォよ」

「キャー、怖い怖い」

どこまでも神経を逆なでする番外個体の声に、一方通行は手を開いたままパキパキと鳴らして戦闘準備に入る。
打ち止めはそんな二人を見て、遮るように慌てて話し始める。

「そ、そうだ! そういえばこのチームの名前は何かな? ってミサカはミサカは尋ねてみたり!」

「知らねェな。俺が登録したわけじゃねェしよ」

「あれ、じゃあ番外個体が登録してくれたの? ってミサカはミサカはあなたの意外な行動に驚いてみたり」

「うん、まぁたまにはね。で、チーム名だっけ? それはね――――」

番外個体はここで可愛らしくウインクする。
元々容姿自体は整っているので、それはそこらの男なら一発で虜にできそうな魅力があった。
そして、そのイタズラっぽい笑みを浮かべた口が開く。

「『セロリチーム』だよ☆」

ついにプッツンといってしまった一方通行が暴れだした。
すぐに打ち止めは代理演算を放棄する事で、無理矢理このマジギレ少年を抑える。
それにより、少年は文字通り電池が切れたようにパタンと倒れてしまった。

これでは少年は能力が使えない。
仕方ないので、彼が落ち着くまでしばらくは自力で漕ぐしかなくなってしまった。



329: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:42:59.42 ID:sGyT3cevo

麦野は自身の能力『原子崩し(メルトダウナー)』をふるい、周りのイカダを次々と沈没させていく。
しかしこの能力があれば、一方通行達のようにスタートダッシュをして一気に抜き去る事も可能だったはずだ。
それでもこうして乱戦の中にいる理由としては、麦野の目的がトップでゴールすることではなく、できるだけ多くの相手を潰すことにある。
加えて相手が高レベルならなお良い。

「ったく、張り合いないわね。準備運動にもならないわよこれ」

「おい麦野、もう十分だろ! いつまでこんなとこに居るんだよ!」

「滝壺、私より強いって奴等の位置は?」

「無視かよ」

「前に二人、後ろに一人」

「ふーん……」

麦野は腕を組んで少し考え込む。
とりあえず周りの敵はあらかた沈没させたので、この隙に狙われるという心配は少ない。

「よし、じゃあとりあえず一番前の奴から潰すか。その後は待ち伏せればいいだけだし」

「最初からそうしてろよ……」

「何か言ったかにゃーん?」

「何でもないですから、こっちに手向けないでください!!」

能力者にとって手を向けるというのは、銃口を向けるのと同じような感じだ。
麦野はつまらなそうに小さく舌打ちすると、その手を浜面からずらして、イカダの進行方向の逆へ向ける。

次の瞬間、ドッ!! という轟音と共に、極太の光線が発射された。

強力な推進力を得たイカダは猛スピードで突き進む。
だが一方通行とは違い、完全に力技であるので揺れなどは凄まじい。
浜面はすぐにグラグラと危なっかしい滝壺を支える。

それを横目でチラリと見た麦野は再び舌打ちをする。

「人が頑張ってんのに、イチャイチャしてんじゃないわよ」

「し、仕方ねえだろ! 滝壺が落ちちまったらどうすんだ」

「……私だって落ちるかもしれないだろ」

「いや、お前は大丈夫だろ」

「ああ!?」

癇に障ったのか、麦野はバシュッと光線を浜面へ撃ちこむ。
さすがに直接は狙わないでくれたらしく、それは頬のすぐ横を通り過ぎていったが、数センチ違えば死というのは精神衛生上大変よろしくない。
そういえば、相手チームの人間に直接能力を当てる事は禁止されているが、味方には特に制限がない。
つまり、別にこれで浜面の頭を消し飛ばしてもルール違反というわけではないのだ。まぁもっと大切な方のルールに引っかかる可能性が高いが。

浜面は全身からブワッと嫌な汗を出す。

「わ、悪かった! つか何でキレてんだよ!」

「うるさい黙れ」

「…………あれ、何だろう」

「ん?」

滝壺が指差した先。
そこにはプール上にプカプカと浮かぶ、ビーチボールくらいの大きさのカプセルがあった。



330: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:43:51.98 ID:sGyT3cevo

イカダがその脇を通り過ぎる時、浜面は手を伸ばして拾ってみる。

「『お助けアイテム』だってさ。たぶん運営側が用意した何かだろうな」

「どっかのチームが置いてった罠って可能性もあるんじゃないの。開けた瞬間ドカンとかさ」

「でも、それだと能力で直接私達を攻撃してる事になって失格になるんじゃないかな」

「一応注意しておくか」

浜面は二人から離れて距離を取る。
それから慎重に慎重に、開けてみた。

パカッと、警戒した割には何の問題もなくすんなりと開いたカプセル。
その中身は――――


「……なんかRPG-7が入ってるんですけど」

「はぁ?」


携帯対戦車擲弾発射器。グレネードランチャーだ。
そのあまりにもゴツすぎる一.品に、思わず麦野も後ろを振り返って確認する。

「……なるほどね、能力で直接攻撃はダメだが、そいつで吹き飛ばすのはありって事か」

「いやいやいや!! そりゃもうレースじゃなくて完全に殺し合いになっちまうだろ!」

「説明書入ってるよ」

冷静に指摘したのは滝壺だ。
こんなものを置いた運営の意図が全く分からない浜面は、すぐにそれを取って読んでみる。

「へ、水鉄砲?」

そこに書いてあったのは、あくまでこれは「オモチャ」であるという事だった。名前は「ウォーターランチャー」というらしい。
浜面はここでやっと肩の力を抜く。
考えてみれば、本気でRPGなんてものを無造作に浮かべるなんてありえない。

「はぁ……何だよ驚かせやがって」

「でも、良くできてるね」

「あぁ、無駄にこういう所凝ってるから、マジだと思っちまったよ」

「ふーん。まぁわざわざお助けアイテムとか書いてあんだから、そこそこ使えるんでしょ。
 浜面、試しにアレ撃ってみろよ」

そう言って麦野が指差した場所を見てみると。
十時の方向。そこにはイカダが空中を進んでいた。

あれなら、水流操作能力者などに干渉されずに進むことができる。

「おいおい、ありゃレベル4クラスの念動力(テレキネシス)か?」

「だろうな。といっても、頭は弱いらしい。あれじゃ良い的だ」

「けど、これってオモチャって書いてあるぞ? お前の能力で撃ち落とした方が確実じゃねえか?」

「私はこうやってジェットエンジンの代わりやってんだろ。別に同時にあっちを攻撃ってのもできるけど、面倒くさいでしょうが。私が」

「あー、はいはい……」

浜面はそう言うと、説明書を見ながら準備をすすめる。
といっても、ただ数秒水に浸すだけでいいらしく、小学生でもできそうなものだった。
こんなゴツいものを水に浸すというのは、普段重火器を使ったりする者からすると少し躊躇われたが。

準備ができたので、浜面はウォーターランチャーを肩に担いで、前方に浮かぶイカダへ照準を合わせる。
一応形だけはそうやっているが、正直これの性能にはそこまで期待していない。形こそアレだが、これはあくまでオモチャだ。
そもそもあそこまで届くのか? という疑問を持ちながら浜面は引き金を引く。


ボンッ!! という鈍い音が辺りに響き渡った。



331: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:44:52.11 ID:sGyT3cevo

ウォーターランチャーから飛び出したのは、巨大な水の槍のようなものだった。
それはかなりの速さで真っ直ぐ前方の浮遊イカダへ飛んでいき、見事直撃する。
ズガァァ!!! という、割と洒落にならない音が鳴り響き、浮遊イカダは勢い良く弾き飛ばされ、乗っている人間もろともプールの中へ墜落した。
ミッションコンプリートだ。

が、撃った方の浜面が予想以上の凄まじい反動で後ろに吹っ飛んでいた。
勢い的に、そのままプールへドボンだろう。
それに素早く反応したのは麦野だ。

「ちっ!」

麦野はすぐに手から出していた光線を止めると、体をずらして前から飛んできた浜面を受け止める。
だが体格のいい男が飛んできたのを真正面から受け止めたのだ。ドンッという音と共にかなりの衝撃が伝わり、そのまま自分も後ろへ飛びそうになる。
すかさず、麦野は再び後方へ向かって光線を放ち、その推進力によって前からの衝撃を相殺した。

「ごほっ……ったく、相変わらず使えないわねアンタは」

「さ、サンキュー、助かった…………んんっ!?」

「どうしたのよ?」

現在、浜面は麦野に背中で寄りかかっている状態だ。
その結果、何かムニュという柔らかい感触を感じる。

それが何か分かった瞬間。
浜面はガバッと勢い良く立ち上がり、麦野と距離を取る。

「……なに?」

「何でもない!! き、気にすんな!!」

もしも麦野に感づかれたらと思うと、想像するだけで恐ろしい。
とにかく浜面は何事もなかった、という事で済まそうとする。

すぐ後ろでは恋人の滝壺がジト目でそんな浜面を見ていたりもするのだが。

「でも、意外だな。お前が俺を助けるなんて」

「……別に。ただの気まぐれよ」

浜面とは目を合わせようとせず、プイッと後ろを向いてしまう麦野。
そんな彼女を見て、浜面は何かとてつもない違和感を覚える。
例えば、ライオンがシマウマと楽しげにじゃれ合っているような、そんな感覚だ。

浜面はブルブルと震える。
これはおそらく何かの天変地異の前触れに違いない。
なぜなら。

「麦野が……可愛いだと…………ッ!!」

直後、右アッパーが浜面の顎を捉えた。



332: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:45:38.63 ID:sGyT3cevo

一方通行達の元に一組の敵が現れた。
それもイカダが接近してきたというわけではない。

近づいてきたのは、水上バイクだった。

乗っている敵は二人。
一人は金髪グラサンの男で、もう一人は育ちの良さそうな茶髪の男だ。
どちらも一方通行の知り合いだったりする。

「よう、まさかここでお前に会うとは思ってなかったぜい、一方通行」

「ですが、あなたの能力をよく知る人間に出会ったのは不運でしたね。ここは自分達が勝たせてもらいます」

「へぇ~、意外と友達居るんじゃん」

「うん、ミサカはミサカはちょっと安心したかも!」

何か後ろの二人が言っている気がするが、無視することにする。
一方通行は、目の前の水上バイクを睨みながら口を開く。

「……そのバイクはどォした? 持ち込みは一切禁止だったはずだが」

「おっ、まだ一つも見つけてないのかにゃー? どうやらここにはお助けアイテムっつーもんがばら撒かれてるようだぜい」

「はっ、そンなモンまで落ちてンのかよ。笑えねェな」

ニヤッと笑う土御門に、一方通行は黙って対策を考える。
こちらの能力が知られている。それは能力者の戦いではかなり不利になる要因だ。
それは土御門達にも当てはまるのだが、向こうの二人は本来科学サイド側ではない。

まだまだ理解できない部分も多い魔術なんかを使われたら面倒だ。

「ちっ、だいたいよォ、土御門はともかく海原は学園都市に居ていいのか?
 今科学と魔術の線引きがどォのこォのって色々面倒な事になってンだろォが」

「まぁ、自分は今やどの組織からもあぶれた者ですからね。この変装の魔術のお陰もあってそうそうバレたりはしないんですよ」

「それより、今は自分達の心配をした方がいいんじゃないかにゃー?」

海原が右手を突き出す。
その瞬間、白い光が飛び出し、一直線にこちらのイカダへと向かってきた。

一方通行は顔をしかめる。

「くっ!!」

イカダが真横にスライドして光を避けた。
通常では到底ありえないそんな現象も、この能力があればいくらでも起こすことができる。

海原の放った光弾はプールの中にまで風穴を開けて進んでいった。

「相変わらず意味分かンねェ力使いやがって」

「褒め言葉と受け取っておきますよ」

海原の使った魔術は『月のウサギ』に関して記された暦石によるものだ。
立派な魔道書の原典なのだが、今は海原の体と一体化している。
その影響で、本来この魔術を発動するための『ウサギの骨』を必要としない。

といっても、一方通行はそういった事は全く理解できない。
とにかく、あれはビームを撃つ魔術、そういう事にして作戦を組み立てる。



333: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:46:52.72 ID:sGyT3cevo

「おい、番外個体。手を貸せ」

「んんー? ミサカに頼るなんて、結構切羽詰まってる感じですかい?」

「うるせェ。手を貸すのか貸さねェのか、どっちだ」

「はいはい、ミサカはあなたに従順なしもべですよー」

一方通行は番外個体に向かって、素早く何かを話した。
それを聞いた彼女は、面倒くさそうだが一応はコクコク頷いている。

その間にも海原からの攻撃は続いており、一方通行は上手くイカダを操り回避している。

番外個体とのやりとりを見ていた打ち止めは、イカダの揺れにフラフラとしながら一方通行の目の前にやってくる。

「ねぇねぇ、ミサカは何をすればいいのっ! ってミサカはミサカは力こぶを見せてみたり!」

「大人しくしてろ」

「イエーイ、全然戦力として計算されてないぜ! ってミサカはミサカはヤケクソ気味に言ってみたり」

一方通行は、イカダの周りをグルグルと回っている水上バイクの動きを目で追う。
時折飛んでくる光弾をかわしながら、タイミングを見計らう。

(――ここだ!)

水面から腕のようなものが何本も伸びた。
これも一方通行の能力によるもので、それはまるで水の蛇が敵に向かって突き進んでいるかのようだった。
もちろん、相手を直接は狙わない。あの水上バイクに当てて、転覆させるのが狙いだ。

ギュガッ!! と鈍い音が響いた。
水の腕が水上バイクに直撃した音ではない。
それはバイクが素早くターンをする音であり、次々と襲い掛かる水の腕を避けていく。
通常では水上でこんな動きができるわけがない。これも学園都市製というのが理由だろう。
それを扱いこなす土御門が優秀だという事もあるだろうが。

すかさず反撃の光弾を放つ海原。
一方通行は小さく舌打ちをしてイカダを動かして避ける。

土御門は相変わらずありえないハンドルさばきで、なおも迫りくる水の腕をかわしながらニヤニヤと笑う。

「残念だったにゃー!」

「す、凄い……ってミサカはミサカは敵ながら感心してみたり」

「どうするよ、第一位サマ?」

「……まだだ」

ガクッと、水上バイクの動きが鈍った。
一方通行はただ水の腕を振るうという単調な攻撃をしているわけではなかった。
バイクの近くを流れる水流。それを制御してしまえば、身動きを取れなくさせることも可能だ。
感覚で言えば、水流という網を張り巡らせていたといったところか。

すぐさま水の腕が突進していく。
海原は光弾の狙いをイカダからそちらへ移すが、二、三本吹き飛ばす程度で、その全てを止めることはできない。

「甘いぜい!」

「なに?」

ボシュ!! と、ガスが一気に抜けたかのような音が響き渡る。音源は水上バイクだ。
まるでバンカーからゴルフボールを出すように、水流の網に引っかかっていたバイクは力尽くで飛び出していた。
あまりの勢いに、水面から数センチほど飛び上がっている。

直後、先程までバイクがあった場所に何本もの水の腕が突き刺さるが、何の意味もない。

「ちっ、学園都市製は鬱陶しい……」

一瞬視界から外れたバイクを再び目で捉える一方通行。
そこでは既に海原が右手を構えてこちらへ向けていた。

すぐにこれから来る光弾を避けようと水流のベクトル操作に集中する。
だが、ここで一つ、妙な違和感を覚える。

――――土御門はどこに行った?



334: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:47:56.39 ID:sGyT3cevo

ドンッとイカダが不自然に揺れた。


「よう、お邪魔するぜい」


バッと振り返ってみると、イカダに招かれざる客が乗っていた。
一方通行はただ目の前の男を睨みつけることしかできず、打ち止めはただただ驚き、番外個体はニヤニヤと楽しそうだ。

直後、ズガンと別の振動がイカダを襲った。
海原の光弾がイカダに直撃し、その一部が吹き飛ばされたのだ。
一方通行がベクトル操作を怠った一瞬を突かれた。

誰もプールへ落ちなかったのはただ幸運だったとしか言えない。

「くっ……オマエ、最初からこれを狙って……」

「ふっふっふ、その通りですたい。さぁ、どうする?」

「あれれ、これって結構ヤバイんじゃね?」

「えっ、でもこの人を何とかここから落とせれば……ってミサカはミサカは提案してみる」

もちろん、打ち止めの言う通り、今すぐ土御門を突き落とせば良いのだろう。
だが、それは今の状況では極めて難しい。

まず、ルール上能力で直接人に干渉するのは禁止されている。
つまりこの男をここから突き落とすには、能力なしでやる必要がある。

この男の身体能力はかなりのものだ。それは一緒に仕事をしていた一方通行も良く分かっている。
だからこそ、今のこの状況がどれ程深刻なのかも理解できた。
能力で相手に干渉できないということは、一方通行の最強の鎧と言える反射も使えないのだ。

「さーて、どうするにゃー?」

「クソッたれ……」

「み、ミサカが守る! ってミサカはミサカは……」

「いいからオマエは大人しくしてろ」

「もう、何でこんな時までミサカを蚊帳の外にしようとするのかな!! ってミサカはミサカは憤慨してみたり!!」

打ち止めにはそう言ったが、一方通行は右手をプールの中に突っ込んだまま、ただ迫りくる土御門を見ていることしかできない。
水流のベクトル操作をやめるわけにはいかない。
今もなお光弾による攻撃は続いており、少しでも止まってしまえばたちまち餌食となる。

ニヤニヤと笑みを浮かべながら、まず一方通行を片付けようと歩いてくる土御門。
イカダは光弾を避けるためにかなり無茶な動きをしており、そんな中でもこうして平然と歩けるバランス感覚は凄まじい。


「おっと。悪いけど、そうはさせないよ」


土御門の前に番外個体が立ちふさがった。
一見すると、一応は仲間なのでそれ程驚くような光景でもないように思える。

だが、仲間だといっても番外個体だ。

彼女の生きがいは一方通行への嫌がらせであり、こうして直接彼を守るような行為は極めてイレギュラーなのだ。
側で見ていることしか出来ない打ち止めも、その行動に目を丸くして驚いている。
当然、番外個体のその行動の裏には理由がある。



335: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:49:07.15 ID:sGyT3cevo

「へぇ、何だかんだオリジナルと同じツンデレ気質なんだにゃー?」

「いやー、ぶっちゃけここで第一位が突き落とされるってのも面白そうで捨てがたいよ。
 でもさ、ミサカが直接突き落とすならともかく、他人が突き落とすのを見てるってのもなんかねー。それならミサカは豊胸グッズを選ぶよ」

「豊胸グッズ? あっはっはー、クローンって言ってもお年ごろだぜい」

「使うのはミサカじゃなくて第一位だけどね」

「ぶほっ!! ぜひ写メ撮ってくれにゃー!!」

何か好き勝手に話している二人に、一方通行は額をビキビキ鳴らす。
しかし、今は海原の光弾を避ける事に集中するしかないので、黙って聞いている事しかできない。

まさかの一方通行巨乳化計画にひとしきり笑った土御門は、気を取り直して番外個体と向きあう。
両手をポキポキと鳴らして、雰囲気も戦闘モードになっている。

「まっ、悪いけどここは俺らの目的を優先させてもらうぜい。そっちの目的もすっごく面白そうだけど。
 できればカミやんみたいに女の子ボコボコにするなんてのは遠慮したいところなんだけど、引いてくれるつもりはないかにゃー?」

「ないね。まぁ気にしなくていいよ。そこの第一位にも一度ボッコボコにされた上に腕までへし折られてるから」

「一方通行……」

「うるせェ、俺を見るな」

土御門は一方通行にとても残念そうな目を向けるが、一方通行は心底鬱陶しそうにするだけだ。
といっても、土御門もさほど問い詰めるつもりもなかったのか、すぐにその視線を番外個体へと戻す。

「……じゃ、そろそろいくぜい? のんびりしてる間に他のチームに抜かれるってのも嫌だしなぁ」

「オッケー。どっからでもかかっておいでよ」

「はっ、威勢のいいお嬢さんだ」

土御門の唇がニヤリと歪む。
一瞬の静寂。ただお互いを冷静に観察する二人。二人の距離は2メートルほどだ。
周りから来る海原の光弾を避けるためのイカダの派手な動きで、水しぶきも高く上がっている。
そんな水しぶきが二人の顔にもかかるが、少しも気に留めていない。それだけ集中している。

息の詰まるような状況に、打ち止めがゴクリと喉を鳴らす。
それが、合図となった。


ダンッ! という足音が鳴り響く。


先に動いたのは土御門だ。
一瞬で距離を詰め、思い切り足を踏み込む。
狙いは番外個体の足の指。
以前に上条にもやった戦法であり、ダメージを与えるよりも相手の動きを止めることを目的とした攻撃だ。

番外個体の反応は早かった。
まるで剣道経験者かのようなすり足で一瞬で後ろに下がって足への攻撃を避けると、すぐさま反撃の右フックを打ち込む。
狙いは確実に脳を揺さぶることができる顎だ。

ガッ! という音が響く。
それは番外個体の拳が土御門の顎を捉えた音ではない。
土御門は左手で相手の拳を止めていた。そして拳を掴んだまま、グイッと、自分から見て右側へ番外個体を引き倒すようにする。

番外個体の体がグラリと前のめりになる。
その隙を土御門は逃さない。彼女の拳を掴んでいる方とは逆の手、右手の手刀を、自分から見て左上から右下へ。彼女の首の後ろを狙って振り落とした。
まともに決まれば、即座に意識を落とせる一撃。よく映画なんかで見られるが、素人が見よう見まねではできない一撃が彼女へと向かう。

だが彼女にはまだ左手が空いている。
番外個体はその左手で土御門の手刀を受け止めると、足は大きく踏み出して前方へバランスを崩されていた体を支える。
これでお互いの両手は封じられた。土御門はそれでも少しも怯まずに、今度は相手の腹に膝を入れようと足を上げる。
腹では即座に戦闘不能にすることは難しいが、それでも一瞬動きを止めることくらいはできる。その隙にいくらでも強烈な一撃を叩き込めばいい。
そして次の瞬間、

バキッ!! と、番外個体の頭突きが土御門の顔面にまともに入った。



336: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:50:07.21 ID:sGyT3cevo

「ぐあ……ッ!!!」

彼女が使ったのは頭だった。人体の中でも屈指の硬度を持つ部位だ。
これにはさすがの土御門も、鼻血を出しながらグラリと後ろへよろける。
そこへ追い打ちをかけようと、番外個体は綺麗なフォームでハイキックを土御門の顎目がけて放つ。
まともにくらえば後遺症の心配さえある一撃だ。

しかし、そこまで思い通りにやらせてくれる程、土御門も甘くない。
彼は顎を正確に狙った蹴りを、素早く後ろへ身を引いて避ける。
そして、そのまま後ろへトントンッと軽快に跳んで、体勢を整えるために距離を取った。

土御門は手の甲で鼻血を拭いながらニヤリと笑う。

「驚いたな。ここまでできるか」

「学習装置(テスタメント)とミサカネットワークのお陰だけどね。
 にしても、あなたも気絶させた上でプールに落とそうとするなんて、なかなかイイ趣味してるね」

「いやいやいや、気絶させたらそのまま放っておくさ。その後は一方通行落としてサヨナラ」

「へぇ、さすがにウチの小さな司令塔サマには手が出せないってわけ?」

「そりゃもう、俺はロリの味方だぜい!」

「おいコラ、ちぎるぞ」

「おおう、親父さんがお怒りだにゃー」

「えっと、小さい子が好きなのは悪いことじゃないと思うけど……ってミサカはミサカは疑問に思ってみたり」

純粋な心でキョトンとする打ち止め。
だが一方通行はそれについて説明するつもりはない。
打ち止めには、そんな世界なんていうのは未来永劫知る必要はないと考えているからだ。

土御門は首をコキコキと鳴らす。
どうやらこの状況は想定していなかったらしく、何か考え込んでいるようだ。

「んー、まさかクローンがここまでやるとは計算違いだったな。どうしたもんかにゃー」

「諦めれば? 人間諦めも肝心だよ」

「残念ながらそれは聞けないぜい。俺達にはどうしても手に入れなければならないものがあるからな。
 ……まっ、考えても仕方ないか。とにかく、ここはお前を何とかするしかないようだ」

「おっ、また来る? ミサカ、負けないよ」

番外個体は手のひらを上に向けて、クイクイと相手を挑発する。
相変わらずニヤニヤとした表情は崩さない。

土御門は足をじりじりと前へ運ぶ。
今度はどんな方法で相手を戦闘不能にしようと考えているのか。

イカダが海原の光弾を避けるために、大きく動いた。

再び土御門が動き出す。
最もバランスが取りにくいタイミングであえて飛び込んでくるあたり、どこまでも相手の意表をつく事を考えているようだ。
といっても、対する番外個体は動揺などはしていない。冷静に相手の動きを良く見て、どんな事にも対処できるように態勢を整えている。

土御門は右手を握りしめ、大きく振りかぶった。
番外個体はそれを見て目を細める。
おそらく、これがどこかのツンツン頭のヒーローだったらそのまま右ストレートを振り抜くのだろう。
だがこの男の場合、そんなバカ正直に攻撃してくるとは思えない。これはフェイクであり、他に何かをしてくると考えるのが妥当だろう。

しかし、ここで番外個体は少し悩む。
もしかしたら、そうやって他の何かを警戒させることが狙いであり、そのまま右ストレートを放ってくる可能性はないのだろうか?
ジャンケンで言えば、最初にグーを出すぞーとか言われて、色々と考えてしまうパターンだ。
そもそも、こうやって色々なことを考えて悩んでいる時点で、相手の思う壺なのかもしれない。

(……関係ないね)

番外個体はモヤモヤを振り払うかのように、軽く頭を振る。
要はどちらも警戒すればいいのだ。右手はフェイクであると考えつつ、一応注意もしておく。
これだけ大袈裟なモーションだ。おそらくそれでも対処することは可能なはずだ。



337: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:50:43.36 ID:sGyT3cevo

土御門が目の前までやってきた。
右手はまだ後ろに振りかぶったままであり、動くとすればこれからだ。
番外個体はただじっと、その様子を観察する。

次の瞬間、土御門の左の裏拳が番外個体の腹めがけて放たれた。

やはり、右はフェイクだった。
射程距離内に踏み込んでいるにも関わらず、右手はまだ振りかぶったままだ。
番外個体は相手の裏拳を冷静に片腕でガードし、ニヤリと笑う。

「バレバレ♪」

「いや、これでいいんだ」

ガードされた左手を軸に、土御門は体をグルンと捻って横にスピンした。
アメフトでは相手に体をぶつけてからスピンして抜く技があるが、それに近い。
また合気道の基礎である、相手に片手を取らせた上で背後へ回るといった体の転換にもどこか似ている気がする。

「えっ……!!」

さすがにそこまでは予想していなかった番外個体は、初めて動揺する。
右手はもちろん、左手もフェイクだった。狙いは相手のガードを利用して、こちらの背後へ回りこむ事だった。
彼女はすぐに次の対処を考える。背後に回りこんでから相手がやってきそうなことは。

(――首に手刀!)

すぐに首筋をガードしようと、片手を上げる。
……が、不思議なことに手刀どころか、何もこない。

「あれ?」

こんなチャンスに何もしてこないのはおかしい。
番外個体は怪訝に思いながら、後ろを振り返った。

土御門は番外個体には目も向けず、そのまま一方通行の方へ走っていた。

やられた、と瞬間的に思う。
あの動作は本当にアメフトと同じような、相手を「抜き去る」事を目的としていたのだった。
土御門の目標は番外個体ではなく、一方通行だった。

ここで一方通行を行動不能にされたら、イカダを制御する手段がなくなり、海原の魔術によって粉砕されてしまう。

「悪いな、一方通行。恨むなよ」

「………………」

番外個体が追いかけるが、とても間に合わない。
もう既に土御門は一方通行の近くまで来ており、すぐに攻撃の射程圏内に入る。
まともにぶつかっても、能力で攻撃できない一方通行に勝ち目は薄い。
その上、今はイカダを操作しなければいけないので水面から手を出す訳にはいかない。

一方通行はギリッと歯を鳴らす。

「……面倒くせェ」

「ん?」

ドガッと、再びイカダに海原の光弾が命中した。
それによってさらに面積は削り取られ、バランスが崩れた影響でグラリと危なく揺れる。

だが土御門の表情は険しい。

静かな異変を感じる。
ゴゴゴ……と、地震の前の地響きのようなものが鳴っている。
イカダも、プールの水も、ビリビリと振動している。


「面倒くせェっつったンだよ、クソッたれがァァ!!!!!」


ドバン!! と、プールの水が上空目がけて一気に吹き上がった。



338: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:51:25.37 ID:sGyT3cevo

まるで真下で海底火山の噴火でも起きたかのように、水が空へ立ち昇り、イカダも上空へ跳ね飛ばされる。
当然、その付近の水面も凄まじいことになっており、様々な水流がぶつかり合っている。
これではもはや流れるプールでも何でもなく、ただの嵐の再現だ。

何の能力もない者は、様々な作戦を利用して強者を追い詰める。
それならば、強者はその絶対的な力を使って、作戦ごと全てを吹き飛ばしてしまえばいい。

先程まで光弾でイカダを狙っていた海原は、水上バイクのハンドルを握りしめて歯を食いしばる。
いかに学園都市製といえども、これほどの環境にも適応できるほどの性能は持っていないらしい。
そもそも、海原は土御門と比べると運転能力自体も落ちる。
とにかく今は転覆しないようにするだけで精一杯だ。

「くっ……相変わらず無茶苦茶やってくれますね…………!!」

海原は恨めしげに上空を見上げる。
先程までイカダの上にいた四人は当然上空へ放り投げられている。
今ならイカダの方も無防備なのだが、こんな状況ではまともに狙いが定まるわけがない。

一方、上空へ投げ出された者達もまともな状況ではない。
打ち止めは勢い良く上空へ飛ばされながら、あまりに急な展開に驚きまくっている。

「きゃあああああああ!!! ってミサカはミサカは」

「うっせェ、静かにしてろ」

ガシッと、一方通行が打ち止めを抱えた。
背中には竜巻のようなものがついており、空中でも自由に動く事ができる。
水上ではあれだけ苦戦させられたが、ここならば断然にこちらの方が有利だ。

すると、そう遠くない所から番外個体の声も聞こえてきた。
こちらも同じように空中に放り出されているのだが、その表情は随分と余裕だ。

「ミサカも助けてー! こっちこっち」

「………………」

激しく気の進まない表情の一方通行。
だが、小さく舌打ちすると、打ち止めを抱えてる腕とは反対の腕で番外個体を抱える。

「さっすが第一位! ミサカを抱っこすれば乳の感触も味わえるね!」

「オマエ、もう一度ふざけた事言ったら下に投げ込むからな」

彼女の言う通り、ムギュというふくよかな感触が伝わるが、それには一切反応しない。
それを見て打ち止めが頬を膨らませるが、そっちも無視だ。

土御門はというと、そんな両手に花ならぬ両手にミサカ状態な一方通行を恨めしげに見ながら落下している。
といっても、このままではプールへドボンでゲームオーバーだ。
あいにく土御門には、一方通行のような飛行能力はない。

「海原、何とかしてくれにゃー!!」

「と言われましても……」

もっと高度が低かったら、落ちてくるのを水上バイクで受け止めるというのもありだったかもしれない。
しかし、実際は建物三階以上の高さであり、これをバイクで受け止めたらどうなるかなんていうのは小学生でも分かる。
そもそも海原の方は、荒れ狂う流れの中でバイクが引っくり返らないようにするだけで精一杯なのだ。

その時。



339: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:52:07.81 ID:sGyT3cevo

「番外個体!!!」

「分かってるって」

突如響く大声に、海原はそちらを振り向く。
そう遠くない上空に、一方通行が少女二人を抱えて飛んでいる。
そして少年の腕の中で、目付きの悪い方の少女がこちらに手をかざしていた。

海原は顔をしかめる。
おそらく、番外個体は電撃でバイクを破壊するつもりだ。
避けようにも、こんな荒れ狂った波の中で動けばすぐに転覆してしまう。

(魔術で迎撃するしかなさそうですね……!)

当たる可能性は高くないかもしれないが、とにかくやってみるしかない。
幸い、距離はさほどないので、かすりもしないという事はないはずだ。それで軌道が逸れてくれればいい。
海原は手をかざし、グラグラとバランスが悪い中で攻撃に備える。


バキッ! という音が鳴った。


音源は水上バイク。
海原がギョッとして見てみると、バキバキと何か小さなものがバイクから飛び出していく。
それはクギやら電気回路といった部品だ。

バイクが、“分解”されていく。

「なっ……!!」

皮肉にも自身の持つ魔術、「トラウィスカルパンテクウトリの槍」で攻撃したかのように、バイクの形が崩れ始める。
外側を繋ぎ止めるだけの部品から、中枢部分の重要なものまで、大小関係なしに次々とバイクから部品が剥がされていく。

番外個体は電撃を放つつもりなどなかった。
使ったのは磁力。
鉄釘を音速以上で飛ばす程の力を使えば、機械一つを分解するのも難しくはない。
あの手をかざした時には、もう既に攻撃が始まっていたのだ。

海原は必死に対策を考える。
しかし、相手は磁力だ。
何か物体がある攻撃で外側から攻撃されているわけではないので、そう簡単に防ぐことはできない。
もはやまともに動けないという時点で、完全に詰んでいた。

海原は苦々しく口を開く。

「初めからこれを狙っていたわけですか」

「さァな。とにかく、その忌々しいバイクを止められれば何でも良かったンだよ」

「……自分達の負け、ですね」



340: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:52:40.43 ID:sGyT3cevo

ついに海原は静かに目を閉じて諦めたようだ。
歯を食いしばり、プルプルと震えてひたすら耐えているその姿を見ていると、無念さが痛いくらいに伝わってくる。

「ちょっと可哀想かも……ってミサカはミサカは同情してみたり」

「………………」

一方通行はそんな海原の様子を見て少し考えこむ。
海原も土御門も、それだけこのレースで手に入れたい何かがあった。
闇に生きてきた彼らが、こうした光の世界でそれだけ欲しているものがある。

極めて珍しいことに、一方通行の中にも同情に似た感情が芽生える。

後数秒で水面に叩きつけられる土御門は叫ぶ。
その無念を、悲しみを、力いっぱいに声に出して、叫ぶ。


「あすなろ園が!!! 大勢のロリ達があああああああああ!!!!!」


ドッパーン! と。
海原と土御門がプールに落ちるのはほぼ同時だった。


勝利した……はずだ。
しかし、この場には何とも言えない微妙な空気が流れており、一方通行も二人を抱えたまま何も言わずにただ宙に浮いていた。
ドボン! という音と共に、自分達のイカダが水面に落ちていた。あれだけの落下をしたにも関わらず、ほとんど破損はないようだ。

打ち止めは不思議そうに一方通行を見上げる。
二人を抱えた状態で飛んでいるよりは、イカダに戻った方が彼にとっても楽だと思ったからだ。
だが、一方通行はとても残念な目で、土御門達が放心状態でプールに浮いているのをただ見ているだけだ。

水上バイクを分解し終えた番外個体もまた、打ち止めと同じように自分を抱えている一方通行を見上げる。
その表情は、哀れみというか同情というか、とにかく何か心配しているようである。
これは彼女が一方通行を見る表情としてはとても珍しい。

「……あなたの友達って、本当にああいうのしかいないの?」

一方通行は何も言い返すことができなかった。



341: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:53:35.23 ID:sGyT3cevo

***


「おい止めよう。無理だって。あれは人間じゃねえ」

「今更何言ってんのよ」

浜面達のチームは、麦野のジェットエンジンのお陰もあって、一方通行達のすぐ後ろまで来ていた。そろそろその姿を確認できる頃だ。
レースはもう四分の三以上消化しているのだが、まだまだ逆転できない距離ではない。

先程の一方通行達の戦いは、空中に浮かぶ大画面(エキシビジョン)に映されていた。
それを見た周りのライバル達は、すぐにトップを取ることを諦めたようだ。
もうすぐレースが終わるというのに、速度を落とし始めて絶対にあのチームとは関わらないようにしている。

そして浜面もそういった者達と同意見だった。
あんな怪獣大戦争的な戦いに突っ込むほど、デンジャラスな人生は望んでいない。

「じゃああのイカダ吹っ飛ばすやつやられたらどうすんだよ!
 俺はともかく、滝壺にあんな高い所からプールに飛び込ませるような真似させたらあぶねえだろ!」

「大丈夫。はまづらは知らないかもしれないけど、私飛び込みには自信がある」

「嘘だよね!? そういう『ちょっとやってみよっかなー』みたいなノリでいける高さじゃないからね!?」

「うっさいわねー。アレはどうせやってこないわよ」

「何でそう言い切れるんだよ」

「じゃあ何で第一位は最初からあの大技使って水上バイクごと吹き飛ばさなかったんでしょう? はい、浜面君」

「……思い付かなかったから?」

「絹旗じゃないけど、やっぱり浜面はいつまで経っても超浜面ね」

やれやれと溜息をつきながら首を振る麦野。
アイテムに入りたての頃はこういった扱いにもいちいちムカッとしていたのだが、今ではもう慣れてしまっている。
それはそれで何だか虚しくなってくるのだが。

「まず、あの大技は出が遅い。いくらムチャクチャな能力があっても、あれだけの事をするには少し時間がかかるみたいね」

「けどそんなもん全部吹っ飛ばしちまえば関係ねえだろ」

「大アリよ。アンタさっきの戦い見てなかったわけ? あの技を出す時、アイツはイカダの制御ができないのよ。
 その証拠に、直前に相手の攻撃を食らってる。たぶん周りの水流をメチャクチャに操ってるから、イカダ自体もまともに動かせなくなるんでしょ」

「……マジか」

「こっちにはむぎのが居るから、そういう隙があればすぐに沈められるよね。どっちにしろ、一回見せちゃったんだし、もうやらないと思う」

「というわけで、行くわよ」

明らかにワクワクといった感じで拳をポキポキと鳴らす麦野。
その表情を見た瞬間、浜面は説得するのは無理だと判断する。
元々、本気で止められるとは思っていなかったが、ここまで完全にスイッチが入ってしまった麦野はただ突っ走るだけだ。



342: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:54:15.62 ID:sGyT3cevo

***


一方通行達は相変わらずトップを進んでいる。
打ち止めは優勝を確信してソワソワとしているが、一方通行はどこか疲れているようだ。
理由としては、今までずっと能力を使いっぱなしな上に、先程の戦いで派手に暴れたからというのもあるだろう。
だが一番は、打ち止めや番外個体によって精神的に疲れさせられているというのが大きい。

番外個体は暇そうに後ろを振り返る。

「もうすぐゴール? さっきのバトルで後ろとの差は結構縮まったと思ったけどねぇ」

「ふっふっふ、それだけぶっち切りだったのだよ! ってミサカはミサカは胸を張ってみたり!」

「なンでオマエが威張ってンだよ」

「ミサカはマスコットキャラとして重要な役割を果たしてるの! ってミサカはミサカは反論してみる!」

「確かにロリがいないと第一位はやる気でないからね」

「今すぐオマエが落ちればもっとやる気が出るンだけどな」

一方通行はこうして何かで頂点に立つことに対して、特別な感情は抱かない。
というのも少年は幼い頃から高い能力と頭脳を持っていて、学園都市の頂点にいた。
だから今さら他の何かで一番になっても感動も何もないのだ。
成功者は常に向上心を持っていると言うが、少年のように本当に才能に恵まれた者には当てはまらない場合もあるのだろう。
そもそも、一方通行を「成功者」と呼べるのかはかなり疑問だが。

一方通行にとって、頂点を取るというのは大した意味を持たない。
だが、それで打ち止めが喜ぶのなら少年にとっては価値がある。
今まで誰かを苦しめることしかできなかったこんな力で、誰かを幸せにする事ができるのなら、それは今まで決して手に入らなかったものだ。

「速報、第一位がすごく気持ちの悪い顔をしてる」

「今からオマエを気持ちの悪いオブジェにしてやろォか?」

「もう、なんで最後まで喧嘩ばかりなのかなってミサカはミサカは呆れてみる」

「そりゃ、いかに一方通行に嫌がらせするのかってのがミサカの本質だし」

少しも悪びれるようすもなくそう言い放つ番外個体に、一方通行はうんざりして溜息をつく。
そもそも根っこにあるのが悪意である彼女には、何を言っても仕方がない。
そんな番外個体なのだが、例のカエル顔の医者によると、他の妹達と同じように少しずつ人間らしい変化が見えるらしい。
といっても、一方通行には何一つ変わっていないようにしか見えない。

打ち止めはそんな二人を見て一言。

「……もしかして番外個体は、好きな人に嫌がらせしたくなっちゃうっていう感じなのかな?」

グラリとイカダが不規則に揺れた。
それは一方通行の演算が乱れた結果で、まるで心の中を表しているかのようだ。
少年は急に背筋が寒くなり、全身をブルっと震わせる。
それだけ先程の打ち止めの言葉は気味の悪いものだった。

番外個体は最初は打ち止めのその言葉に、ただ意味が分からないといった表情をしていたが、一方通行の反応を見て態度を変える。
その様子は獲物を見つけた肉食動物そのものだ。決して餌を見つけた子犬のような無邪気なものではない。

だがそんな表情もすぐ引っ込める。
そして次の瞬間。
彼女は上目遣いにウルウルとした瞳という、最高に似合わない暴挙に出た。

「あのね、ミサカ、ずっと前からあなたの事が…………」

「それ以上言ったら突き落とす。その顔もやめろ今すぐ」



343: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:54:54.37 ID:sGyT3cevo

顔も向けずにそう言い放つ一方通行。
それだけ番外個体のその言葉は聞きたくないものであり、それを聞いてしまえばどれだけ全身に悪寒が走るか想像もつかない。

そんな頑なな少年の態度に、番外個体も表情を戻してつまらなそうに息をつく。
もちろん、これは一方通行に嫌な思いをさせるための手段であり、かなり効果的だという自信もあった。
だがこの分では、例え話しても音を反射されてしまうだろう。

女の子的には一方通行の行動にはショックを受けるのが普通なのかもしれない。
例えば、オリジナルである第三位が上条当麻にこんな反応をされたらどうするのかなんていうのは、想像するだけで恐ろしい。
しかし番外個体はそんな感情など到底持ち合わせていない。
どんなに一方通行から嫌われようと憎まれようと特に何も思わない。

といっても、完全に相手にされないというのは、少し嫌だと思ったりする。
この頃“好意”の反対が“無関心”だという言葉に少し同意できるようになってきた番外個体だ。

「ちぇー、こんな美少女に迫られて無反応とかどうよ? もしかしてそっち系?
 あー、そっか、第一位は筋金入りのロリコンだっけ。ミサカくらいのサイズになると対象外ってわけだ」

「よし、もォ限界だ。オマエは捨てる――」

「はいはい、ここで代理演算放棄ってミサカはミサカは呆れてみたり」

額に青筋をピキピキと浮き立たせながら、イカダの操作そっちのけで番外個体を黙らせようとした一方通行。
しかし、数歩も歩かない内に、急に電池が切れたかのようにパタリと倒れてしまう。
原因はもちろん、再び打ち止めが代理演算を放棄したためだ。
一応少年にはまだ黒い翼という奥の手が隠されていたりもするのだが、あれはまだコントロールできる域にはなっていない。

打ち止めはその容姿に似合わず、深い深い溜息をつく。
彼女も本当ならばこんな事などしたくない。
そもそも一方通行が代理演算を必要とする様になってしまったのは、打ち止めを助けるためだ。
彼女は一方通行にはいつも元気でいてほしいと思っており、その為の代理演算は喜んで受け入れる。

だが、少々元気すぎるというのも考えものだ。

「もう、それに番外個体もあまりこの人をからかわないで! ってミサカはミサカは怒ってみたり!」

「んー、そりゃミサカの存在否定に繋がるわけで簡単には聞けないね」

「妹なら姉の言うことは聞くものなのだ! ってミサカはミサカはお姉さんらしく叱ってみる!
 ていうか、もうすぐゴールなのに、何でこんな事で止まらなきゃいけないのかな! もっと協力して――」

「高位能力者ってのは、それだけ自分だけの現実(パーソナルリアリティ)が強いんだから、扱いにくいのは当然なんじゃない。
 特にレベル5なんていうのは人格破綻者の集まりって言われてるしね~」

「自分の事棚上げにした上に、一方通行だけじゃなくてお姉様までディスるのはどうかと思うってミサカはミサカは説教してみたり」

といった感じに言い合いながら相変わらず無駄なことで時間を使ってしまうセロリチーム。
スペック的な面で見れば何といっても、第一位が居るので他とは一線を画していると言える。
しかし、だからぶっち切りで優勝できるというのはゲームの話であり、現実は単純なものではないらしい。

そんなわけで、一方通行の頭が冷えるまで自力で漕ぐ二人。
打ち止めは小さい体でそれはそれは一生懸命に漕いでいるのだが、番外個体の方は明らかに手抜き感が見え見えだ。
すぐにそれに対して文句を言おうと口を開く打ち止め……だったが、途中でその動きを止める。
ドドドド……という、低い振動音が聞こえてくる。



344: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:55:49.77 ID:sGyT3cevo

「……も、もしかして」

「おっ、いいねいいねー。なんか猛追撃食らってる感じ?」

「や、やばい!! ってミサカはミサカはすぐにこの人の代理演算を回復してみる!」

「ンぐァ!? やっと戻しやがったなクソガキ!!!」

「それより大変なのっ! ってミサカはミサカは後ろを指差してみる!!」

「あァ?」

のそっと起き上がった一方通行は、首をポキポキ鳴らしながら言われた方向を見てみる。

一つのイカダが猛スピードで迫ってきていた。
浜面仕上に滝壺理后。そして第四位の超能力者(レベル5)、麦野沈利。

麦野は手は後ろへ向けて光線を放っているのだが、体はこちらに向いていた。
とても、とても嬉しそうだ。
といっても、その表情は乙女が恋人に会うときのような微笑ましいものではない。
言うならば、ドラクエで「メタルスライム」やら「はぐれメタル」に遭遇した時のものに近い。
本人は嬉しいのだろうが、相手から見れば恐ろしい事この上ない。

一方通行は背後から迫るイカダを見て少し考える。
どうやって倒すか、ではない。
まず戦うべきか否か、についてだ。

これは邪魔なものは全て叩き潰す主義の少年からすれば珍しい。
しかし、それ相応の理由がある。
具体的に言えば、迫る戦闘狂レベル5を見て、打ち止めが恐怖で激しく震えているから、とかだ。
一方通行もなかなかぶっ飛んだところがあるので、彼女もそういうのには免疫はありそうなものだが、アレはアレでまた別らしい。

だがこのまま逃げ切るというのもリスクが大きい。
逃げに徹すると、予想外の攻撃を受けたときの対処に遅れる。
それでも一方通行ならばいくらでも対応できるのが普通なのだが、今の相手はその一瞬の遅れが命取りになる可能性が高い。

「……ちっ、何をゴチャゴチャ考えてンだか」

一方通行は小さく舌打ちをすると、ゆっくりとイカダの後方へ歩いていく。
水流の操作を止めた影響で、相変わらずスピードは落ちているのだが気にしていない。

後方の麦野達のイカダがどんどん迫ってくる。
それに対して、番外個体はただ楽しげに見ているだけだが、打ち止めはやはりかなり心配らしく、一方通行をチラチラと見る。
一方通行は打ち止めの側を通る際に、ポンッと一度彼女の頭に手を置いた。

今まで数えきれない程の人間を殺めてきたその手は。
こんな純粋な少女に対して、以前は触れることさえ躊躇われたその手は。
少女にとって、とても暖かいものだった。

一方通行はイカダの後部に立って、追ってくる麦野達と向き合う。
その距離はどんどん縮まってきている。

「覚悟しろよ、第一位ィィ!!!」

麦野達は、もう声が聞こえるくらいの距離まで来ていた。
かなりの大声で叫んだから聞こえるというのもあるだろうが。

一方通行はその言葉には特に返事もせず、ただ黙って片足をプールへ突っ込んだ。

直後、グンッとイカダのスピードが上がる。
水流操作が復活したのだ。

一方通行は触れたもののベクトルを操る。
それは何も手である必要はない。
体のどこかがその対象と接していれば、問題なく能力を使うことができる。

少年は空いている両手を広げて薄く笑う。
あくまでも学園都市最強らしい、余裕の表情で。
側に居る少女が安心できるように。

「来いよ。追い付けたら相手してやる」

「上等だ。おい、浜面!!」

「分かった分かった」

「ガキを狙えよ」

「それは断る」



345: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:56:18.05 ID:sGyT3cevo

見るからに関わりたくないという表情な浜面だが、大人しく麦野の指示に従う。
途中で拾ったお助けアイテム、トンデモ水鉄砲ウォーターランチャー。
浜面はそれを肩に担いで、真っ直ぐ前方を進むイカダを狙う。
正確にはイカダの上の人間。
ルール上、能力による人への直接攻撃は認められていないが、それ以外であれば問題ない。

浜面は足に力を込め、衝撃に備える。
一発目は完全に油断していたために反動で吹っ飛んでしまったが、しっかりと構えていればそんな事にはならない。
元々、アスリート並に鍛えてあるので、筋力自体に問題はないのだ。


ドンッ!! と鈍い音が響き渡った。


ウォーターランチャーから飛び出した水の槍は前方のイカダへ真っ直ぐ進んでいく。
その軌道上には、学園都市最強の能力者がいた。
槍は寸分違わずその眉間に直撃する。

「……ふざけてンのか」

バシュッと、槍が真上に逸れた。
一方通行はピクリとも動かない。
これが全てのベクトルを操作するという、最強の能力。

普段はわざわざ上に弾くなんて事をせずにそのまま反射する。
今回それをしなかったのは、能力で相手に攻撃するというルールに抵触すると思ったのだ。

しかし。
完全に攻撃をいなしたはずの一方通行の顔が歪む。

痛みが襲ったわけではない。
ベクトルの壁を越えてくる攻撃なんていうものはそうそうあるものでもない。

視線の先から相手のイカダが消えていた。

忽然と、光学操作かなんかで消えたわけではない。
理由は至って単純。
ついに相手が追い付き、隣に並んだからだ。

一方通行は目だけを動かしてそちらを見る。
番外個体はヒューと口笛を吹き、打ち止めはビクッと震える。

麦野はニヤリと笑う。

「油断したわね、第一位」

「さっきまでのが全速力じゃなかったのか。セコい真似しやがって」

「それもある。だがそれだけじゃない」

「俺がお前に向けて一発撃ったろ? アレは何もお前を仕留めるためじゃない。
 最初からあんなものが効くとは思ってないからな」

「…………演算妨害、か。クソッたれ」

一方通行は違和感を覚えるべきだった。
浜面は頭が悪そうに見えて、戦闘中は機転と思い切りの良さを見せる。
そうでもしないと、無能力者が戦いの中で生きていくのは難しい。
そこら辺のチンピラと同じに考えてはいけない。

一方通行は八月の末に銃で頭を撃たれた。
魔術や幻想殺し(イマジンブレイカー)などのイレギュラーでなくても、反射を破る手段はある。

能力を使うときは、演算を行わなければならない。
頭を撃たれたときは、打ち止めの頭の中のウイルスを消すことにほぼ全ての演算能力を使っていたので、反射に使う分まで残っていなかったからだ。
もちろん、一方通行は演算能力も学園都市最高である。
どんなに無茶な能力の使い方をしても、メモリ不足なんてことはそうそう起こったりはしない。

しかし、メモリ不足にまではならずとも、精度は落ちる。
例えば、右手で2の倍数、左手で3の倍数を次々と書いていくとする。
当然、右手だけで2の倍数だけを書いていくのと比べれば、ミスの可能性は高くなる。

水流操作の方の演算にミスが起きれば、その速度に影響する。
水の槍に対するベクトル操作の演算にミスが起きれば、その軌道に影響する。
この場合、どちらに集中すべきかは言うまでもない。

ミスといっても、ほんの小さなものだ。
だが、レベル5同士の戦いではそれが命取りとなる。



346: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:56:47.96 ID:sGyT3cevo

「はまづらは、意外と頭が回る時もある」

「い、意外とって……」

「ちっ……」

「反射が使えなかったのも、ちょっと痛かったんじゃないかにゃーん?
 ただベクトルを逆にするだけだから演算が楽だろうし」

「関係ねェな。ここでオマエらを沈めれば済む話だ」

「はっ、舐められたもんね。つーか、第一位もこんな慣れない事してどうしちゃったのかしらん?
 アンタの能力ってこんなお遊戯に使うもんじゃないだろ」

「そのお遊戯に夢中になってんのはどこのどいつだよ……」

「うっさい、沈めるわよ浜面」

「まーでも、ミサカもそこのオバサンと同意見かな。やっぱ似合ってないって」

「おいそこのクローン、レース終わったら消し飛ばしてやるから覚悟しとけよ」

「……一方通行? どうしたのかなってミサカはミサカは心配してみる」

白髪のレベル5は、少しの間考え込んでいた。
麦野の言うことはもっともであり、こんな遊びに全力で能力を使うなんて事は、今までの自分では考えられないことだ。

「…………柄じゃねェのは分かってンだよ」

「あ?」

一方通行は表情を変えない。
確かに今までこの能力は、大抵人殺しにしか使っていなかった。

しかし。
だからといって。

これからもずっとそうあり続けなければいけない理由などはない。

「これは俺の能力だ。これからどう使うかは俺が決める。
 正しい使い方なンざ知るか。俺が決めた使い方が正しいンだ」

それが一方通行の出した結論だった。
これから進むべき道は自分で決める。
どうあるべきかなんて関係ない、自分がどうありたいか、それが全てだ。

そして少年は、打ち止めと一緒に居たいと思っている。
それには様々な困難が待ち構えているだろうが、それでも曲げるつもりはない。

「…………あの第一位が随分と丸くなったものね」

「オマエも人の事言えねェだろォが」

「ふふ、確かにそうだね」

滝壺が小さく笑うと、麦野は顔を逸らして舌打ちをする。
何も言い返せない辺り、彼女自身もそれは良く分かっているのだろう。
まぁもしも笑ったのが浜面の方だったら問答無用にぶっ放していただろうが。

麦野は調子を取り戻すように頭を振る。
彼女自身、一方通行の言っていることは分からないでもないようだ。
だがそれはそれだ。ここで見逃す理由などにはならない。

麦野は鋭い眼光を学園都市最強へと向ける。

「おい、とにかく私はアンタが気に入らないのよ。
 どんだけお涙頂戴な台詞吐いても、これからやることは変わんないわよ」

「だろォな。なら早く来いよ格下。違いを見せてやる」

「上等だ!! ぶち殺してやんよおおおおおお!!!」

「殺すのはダメだっつの」

浜面の突っ込みも虚しく、爆音が響き渡る。
怪物同士の戦いが始まった。



347: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:57:42.93 ID:sGyT3cevo

***


時は少し遡る。
御坂美琴は、イカダの前方に腕を組んで立っていた。
明らかに不機嫌そうにしかめっ面をしている彼女だが、その格好が花柄の可愛いフリル付きのビキニという事もあってか、どこか微笑ましい。
絹旗が見かけた「自分では敵わない相手」として挙げたのは彼女の事だ。
実はいつもの仲良し四人組は、あの後このプールで遊ぼうという話になったのだった。

そしていざ来てみると知り合いも多く、婚后湾内泡浮といったいつもの三人組にも出会い、そのまま一緒に遊ぶことに。
まぁ、このレースに参加することになったのは、他でもない美琴の願いからなのだが。

スピードは上々。女の子だけのチームなのだが、まるでムキムキの男達が集まって漕いでいるかのような速さだ。
理由としては、このチームにレベル4の空力使い(エアロハンド)が居ることが挙げられる。
ただ風を起こすだけではイカダの速さはそこまで変わらないが、途中で折り畳み式のマストセットなるものを拾ったので、今は帆が風を受けている。

順位も悪くない。トップからそう遠くない場所まで来ている。
といっても、もうゴールまで距離がない。今更大逆転というのは難しい。

前方に立つ少女は目を凝らしてトップが見えないか頑張っていたが、やがて諦めたのか溜息をついて後ろを振り返る。

「まったく、アンタがバカな事やってるから、もう追い付けないじゃないの。
 相手チームを沈めるのに夢中になりすぎて、肝心のレースそっちのけとか……」

「そ、それは確かに申し訳ありませんの。でもこの婚后光子が沈めたチームの数を競おうと!」

「何を仰いますの! 元はと言えば、白井さんから言い出したのでしょう!
そうやって何でも対抗心を燃やして、ほーんと幼稚ですこと」

「どの口がそれを言いやがりますの!!」

「あーはいはい、止めなさい」

布面積が極端に小さい水着を身に付けた白井黒子と、レオタードタイプのセクシーな水着の婚后光子は顔を付き合わせて言い合っている。
元々連携の面で不安があったのは確かだが、一度は共闘した間柄でもあるので何とかなると踏んでいたのが、どうやら間違っていたようだ。
しかし二人とも、美琴の方とは連携も良かったりする。

美琴は仕方なしに肩をすくめる。

「まぁ勝負事に負けるってのは気にくわないけど、とりあえず目的のものさえ手に入ればそれでいいわ」

「それなら心配ありませんの。カエルのストラップくらい、例え最下位でもまだ残っていそうですの」

「カエルじゃなくてゲコ太!」

美琴の目的は案の定ゲコ太だった。
彼女を崇拝する白井だが、この趣味だけはどうしても理解できそうもない。
そしてそこに関しては婚后も同じで、珍しく二人の意見が合っていた。
それでも協力してくれる辺り、二人とも美琴にとって良い友人だと言える。

常盤台のお嬢様三人でストラップを狙うというのは何ともシュールな感じがする。
現に、佐天なんかは「このチームならもっと良いもの狙えるのに! 温泉旅行とか!」などと言っていた。
しかし考えてみれば、お嬢様だからこそお金では買えないものを求めるのかもしれない。

「……でも、二人ともありがとね。こんな危ないレースに付き合ってくれて」

「ふふ、このくらい友人として当然ですわ! それにわたくしに関して心配は無用ですのよ。
 この婚后光子、そうそう他の方に遅れを取るなどということはありませんわ!」

「婚后さん……後で何かお礼するわ。黒子もね」

「ぐへへ……では、ストラップを手にした暁には、お姉様から熱いベーゼを…………」

「調子に乗んな!!」

相変わらずブレない白井に美琴のゲンコツが炸裂した。

婚后はそれを見ても特に何か反応したりはしない。
初春や佐天と同じく、もうこの光景には慣れてしまったのだ。

呆れ顔の婚后は、ふと何かを思い出したように口を開く。
視線は上空に浮かぶ大画面(エキシビジョン)を捉えている。



348: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:58:10.38 ID:sGyT3cevo

「そういえば、御坂さんのご姉妹の方のチームはまだトップですわね。
 さすが、ご姉妹だけあって素晴らしい能力を有しているのですね」

「はっ、そうですのお姉様! お姉様にあのような麗しいご姉妹がいらっしゃるなど、黒子は知りませんでしたわ!
 この機会にぜひともお近づきに……」

「えーと……あの子達って結構人見知りだったりするのよね……」

「えっ、その割には一緒に居た殿方は恐ろしい風貌でしたが……」

トップの様子は大画面(エキシビジョン)によって中継される。つまり一方通行達のことは美琴達にも伝わっていた。
そして当然、美琴の小学生バージョンと高校生バージョンの様な容姿をした少女達を見て、二人が何も反応しないわけがなかった。
白井はそれを知って冷静でいられるはずがない。
婚后の方は美琴に妹がいることは知っていたのだが、まさかもっと小さい妹や姉まで居るとは思わなかったようだ。

美琴は面倒くさそうにガシガシと頭をかく。

(だー、まったく! 何考えてんのよ一方通行のやつ! ごまかす私の身にも……)

そんな事を思いながら忌々しそうに画面を見る美琴。
そこに映る番外個体や打ち止めはとても楽しそうだ。番外個体の方は相変わらず何か悪い事を考えている表情だが。

美琴は少しの間、呆気にとられたようにただそれを見つめる。
一時期、打ち止めが一方通行になついているのが信じられなかった。
いくら考えを改め妹達(シスターズ)を守っていく道を選んだのだとしても、あれだけの事をしたのだ。そう簡単に許せるような事ではないはずだ。

しかし彼女達の笑顔を見ていると、そんな事はどうでも良くなってしまった。
確かにまだ自分は一方通行を許すことなんてできない。
だがそれを、あんな笑顔を浮かべている妹達にまで強要する必要はないだろう。

(――――まぁ、私も一応姉だし、妹が楽しそうならそれでいっか)

美琴の口元には小さな笑みが浮かんでいた。
視線を画面から外し、とりあえず自分達の事に集中しようとする、が。


「……あら?」


白井のキョトンとした声と同じタイミングで、プールサイドで画面を見ていた者達がざわざわとし始める。
一位のチームに何か動きが起きたようだ。

美琴はすぐに画面へと視線を戻した。
一方通行の実力は悔しいが認めざるを得ない。妹達が怪我をするようなことはないはずだ。
それでも、心配なものは仕方ない。それが家族というものだろう。

程なくして、爆音が鳴り響いた。
音源は、今まさに眺めている大画面からだった。



349: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/19(火) 23:58:52.87 ID:sGyT3cevo

***


学生のケンカと言うと、どんな想像をするだろうか。
大抵は素手での殴り合い、不良なんかだと鉄パイプやナイフのような武器も加わるかもしれない。
学園都市の能力者同士のケンカも、形式上は学生のケンカといっても問題はない。
例え炎や電気が飛び交うようなものでも、その中心に立つ当人達が学生であれば、そこに間違いはないはずだ。

外の人間は首をひねる。
進みすぎた科学というのは、その外にいる人間からすると、もはや魔法のようなファンタジーなものにも見える。
だが、そこはただ一言。「学園都市だから仕方ない」で済ませてしまう。
これは自分達が遅れているだけであり、あれが「未来の学生のケンカ」なのだと。

学園都市の能力者の中には、超能力者(レベル5)という最高位の能力者が七人いる。
彼らのケンカは、時折地表を抉って地図を書き換え、軍隊一つをまるごと叩き潰して戦況をひっくり返す。

外の人間は再び首をひねる。
あれも「学園都市だから仕方ない」のかもしれない。「未来の学生のケンカ」の一つなのかもしれない。
そうやって今度も納得と言う名の思考停止を行おうとする者は、ふと思う。


そもそもあれは「人間」と呼んで良いのだろうか?


水面が激しくうねり、波が高く上がる。
別にリヴァイアサンやらポセイドンやらが大暴れしているわけではない。

二人の超能力者(レベル5)。それぞれの能力のぶつかり合いの余波にすぎない。

飛び交うは純白の光線に何本もの水の腕、水の槍。
お互いのイカダは通常では考えられない様な速さで小刻みな動きを繰り返し、必要最低限の動作でそれぞれの攻撃をかわす。
といっても、やはりお互いに違いは出てくる。
水流を操っている一方通行と比べて、原子崩し(メルトダウナー)の推進力を利用した力技の麦野の方が精度的な面で若干劣る。
それでも、光線の威力と量を調整して無駄な動きを最小限に抑えている辺り、流石と言うべきだろう。

怪物同士の戦いのど真ん中に放り込まれたレベル0の浜面仕上は座り込み、恋人である滝壺理后を支えていた。

「くっそ……おい麦野! もうちょい穏やかに動かせないのかよ!
 向こうはあんな小さな子でも平気そうな顔して立ってるじゃねえか」

「うっさいわね。私がそういう細かい調整が苦手だっての知ってんでしょうが。
 どうせあっちは、風の流れとかも操作してバランス取ってんでしょ」

「はまづら、そこまで心配しなくても私は大丈夫だよ」

「んな事言われても……」

「おいイチャつくなバカップル」

麦野は忌々しげに舌打ちをする。
心なしか、光線の威力も上がっているような気もする。

当然、そんな状態の彼女は何をやらかすか分かったものではないので、浜面が弁解のために口を開こうとする、が。


「……あれ? あの目付き悪い子はどこ行った?」



350: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/20(水) 00:00:03.83 ID:LaYNhccFo

 
相手のイカダから、番外個体が忽然と消えていた。
今まで気が付かなかったのは、攻撃の応酬によって水しぶきが凄まじく、相手の事も良く見えない状態だからだ。

麦野は怪訝そうな表情を浮かべる。

「……落ちたか? いや、ガキが立っていられるのに、それはおかしいわね」

「後ろに居る」

「ッ!?」

浜面が慌てて振り向く前に、ドンッとイカダが不規則に揺れる。
番外個体が、こちらのイカダに乗り込んでいた。
しかも本人だけではなく、土御門たちが使っていた水上バイクもセットだった。

「ハロー☆」

「なっ……!」

「あー、これ? 分解した順番とか覚えてれば直せるもんだぜ。ミサカ、結構ハイスペックでしょ?
 それともここまで来れた理由が聞きたいとか? まぁただ水しぶきとかに紛れて後ろからこっそり近づいただけなんだけどさ」

「滝壺、下がってろ!」

浜面は慎重にバランスを取りながら立ち上がる。
滝壺は戦わせられない。麦野は一方通行の攻撃をかわすので精一杯だ。
自分が戦うしかない事は分かっていた。

浜面はウォーターランチャーを捨てる。
ガゴン! と重々しい音を立てて、それはイカダの上を転がる。

「おー、女守ってカッコイイねー。ミサカ、惚れちゃいそうだよ世紀末帝王」

「そりゃどうも。けど、そういう事言うと滝壺が怖いことになるからやめてくれ」

ジリジリと、間合いを取る浜面。
喉がカラカラに乾き、ゴクリと生唾を飲み込む。

番外個体と金髪グラサンの男の戦い方はモニターで見ていた。
だから、分かる。

まともな肉弾戦では、まず勝てない。

浜面も、能力者に対抗するためにアスリート並に鍛えている。
しかし彼女の前では、そんなものは少しかじった程度でプロに挑むのと等しい。
それだけの差を感じた。

現に、浜面は知らないが番外個体にはミサカネットワークを通じて、第一位との一万通り以上の戦闘の「経験」がある。
浜面がどう足掻いても、そんな差を埋める事はできない。

だが、引くわけにはいかない。
後ろには大切な恋人、そして仲間がいるのだから。

(ちくしょう!! やってやるよ!!!)

ダンッと、一気に目の前の相手へ向かって進んでいく浜面。
ところが運の悪いことに、それは麦野が一方通行の水の腕をかわしたタイミングとピッタリ合ってしまった。

急激なイカダの動きに、浜面はたまらずよろめく。
水しぶきがまるで雨のように降ってくる。

番外個体はその隙を見逃さなかった。
ニヤリと悪そうに笑うと、今度は自分から浜面の方へ突っ込んでいく。
拳は固く握られている。

バキッ!! と、番外個体の右ストレートが浜面の顎を捉えた。

「がっ……!!」



351: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/20(水) 00:00:38.59 ID:LaYNhccFo

浜面は脳を揺さぶられるような感覚によろけながらも、反撃の一撃を放つ。
しかし、当たらない。
どんなに腕を振り回しても、どんなに足を振り回しても。
その一つも彼女に当たることはない。

妹達(シスターズ)の相手は、触れられただけで即死させられるような者だった。
そんな相手と比べれば、人間的な制約の元でしか動けない者の攻撃などは攻撃と呼ぶにも値しない。

「う、ウソだろ……ッ!!」

「遅い遅い☆ 本気でミサカに攻撃を当てたいなら、その三倍くらい速くないと」

浜面の攻撃は届かない代わりに、番外個体の攻撃は容赦なく浜面を捉える。
拳や肘、足や膝が体の至る所にめり込み、骨や臓器が悲鳴を上げる。
文字通り、フルボッコだった。

「ごふっ……がぁぁ!!!」

「はまづら!」

「ぐっ、来るな滝壺!!」

「くっくっくっ!! さぁどうするお嬢さん。
 もし、その身をプールへ投げ込むのならば、この男は見逃してやらないでもないよん」

「ノリノリかお前!! つか滝壺も真面目に考えてんじゃねえ!!」

もちろん、一方通行の無茶な水流操作によってプールの流れはメチャクチャになっており、こんな所に飛び込むのはまさに自殺行為に等しい。
一応はプールサイドに救助係は待機しているのだが、この状況にも対処できるかどうかは保障できない。


「下がれ浜面!!!」


突然、麦野が大声をあげた。
反射的に、浜面は後ろへ飛ぶ。

原子崩し(メルトダウナー)が炸裂する。

次の瞬間、浜面と番外個体を分けるように、イカダが割れた。

「いっ!?」

何のためらいもなかった。
ただ招かれざる客を分断するためだけに、命綱とも言えるイカダの一部を犠牲にする。
こういった時の思い切りの良さは、さすが麦野といった所か。

グラリと、イカダのバランスが崩れ、これまでで一番の揺れが起きる。
浜面は片膝をついて、なんとか耐える。
それよりも、滝壺だ。
浜面はすぐに後ろを振り向き、恋人の安否を確認する。

滝壺のことは麦野が抱えていた。
この状況で人一人抱えながらバランスを取り、かつ第一位からの攻撃に対処している辺り、やはり人間離れしている。



352: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/20(水) 00:01:33.16 ID:LaYNhccFo

「おいおい、自分のイカダなのに豪快にやるね」

さすが学園都市製というべきか、小さく切り離されたにも関わらず、イカダは番外個体を乗せていても沈むことはなかった。
しかし、いつまでもそんなものに乗っているリスクを負う必要はない。
彼女はすぐに水上バイクに乗り込むと、再び相手のイカダに飛び乗ろうと近づいてくる。

浜面はすぐにそこら辺に転がっていたウォーターランチャーを手に取る。
水の装填は十分だ。

「食らいやがれ!!!」

ドンッ!! という鈍い音と共に巨大な水の槍が射出された。
今までの経験のおかげか、浜面の狙撃はなかなかの命中精度を持っており、それは猛スピードで水上バイクへ向かっていく。
番外個体が驚いて目を見開くが、もう遅い。

ズガン!! と、水上バイクはバラバラに吹き飛ばされた。

もちろん、乗っていた番外個体も無事で済むわけはない。
そのまま跳ね飛ばされるように、空中へ投げ出される。

だが、番外個体はレベル4だ。

「なっ!?」

彼女は落ちない。いや、浮いていた。
そして次の瞬間、ビュン! と風を切って一方通行のイカダへと飛んでいく。
浜面は最初、何が起きているのか理解できなかった。
だが少し考えて、気付く。

磁力だ。
バラバラになった水上バイクと自分との反発力、斥力を使って、空中を飛んでいる。
それによって、水上バイクはどんどん水中深くへ沈んでいくが、それでも人一人を飛ばせるほどの磁力を彼女は操れる。

「くそっ!」

今の番外個体はいい的なのだが、ウォーターランチャーは一発ずつしか撃てない。
そして今から装填しても間に合いそうにもない。

そうこうしている内に、番外個体は一方通行のイカダへと着地した。

「あっぶなー。ミサカ、ちょーっとだけヒヤッとしちゃったよ」

「別に落ちても構わなかったけどな」

「うわー、さすが第一位。助ける気も微塵もなかったしねぇ。ロリじゃないからか」

「ふふん、一方通行はミサカのことは一生懸命守ってくれるもんね! ってミサカはミサカは微笑みかけてみたり」

ビキビキと青筋を立てまくっている一方通行だが、今集中を切らす訳にはいかない。相手はレベル5だ。
そして今回ばかりは番外個体も深く突っ込んでこないで、他の事に集中していた。
これは彼女に関しては極めて珍しいが、やはりその先にあるのは「一方通行に豊胸器具を使う」という目的だ。



353: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/20(水) 00:02:28.31 ID:LaYNhccFo

番外個体は腕を軽く横へ振った。

浜面は目を細める。
高位能力者の行動は、どんな小さなものでも絶大な変化を生み出すこともありえる。

「下から何か来る!」

声を上げたのは滝壺だった。
それを受けた麦野は急いで光線を放ち、イカダをスライドさせる。

次の瞬間、無数の小さな塊が水中から上空目がけて連続的に発射された。

元々はこのイカダを真下から撃ち抜くつもりだったのだろう。
直前の滝壺の反応があったので、最悪の事態にはならなかったが、それでもイカダにはいくつか風穴が開いてしまった。
飛んでいったものを良く見てみると、それはどうやら先程の水上バイクの部品のようだ。
おそらく番外個体の磁力で打ち出されたのだろう。今は上空にフワフワと浮いている。

「おい、やばいぞ麦野!!!」

「分かってる!!」

ドドドドド!!! と、部品が雨のように降り注いだ。
その一発一発が明らかに人体をも撃ちぬく威力であり、まともに受ければイカダも木っ端微塵になるだろう。

麦野は手を上にかざす。

出てきたのは白く発光する巨大なシールド。
いつものビームを、そのまま守りに回したイメージだ。

バシュッ!! と、降り注いできた部品全てがシールドに直撃し、消滅した。

「やっと隙見せやがったな第四位」

「ッ!!」

声の主は一方通行。
これまで、彼の攻撃は全て麦野がかわしていた。
しかし、今この瞬間は集中を番外個体の攻撃の方に移す必要があった。
結果。

ガクン、と突然イカダが全く動かなくなった。

一方通行が張り巡らせた水流の網に引っかかったのだ。
そして当然これで終わるわけはない。
水面から無数に伸びる水の腕がイカダを破壊しようと伸びてくる。

「ナメんな第一位ィィいいいいいい!!!!!」

ゴッ!!! と何本もの白い光線が水の腕を迎撃する。
光線に貫かれた腕は、即座に弾けていく。
だが、こちらの動きが封じられているのは変わらないので、不利であることは変わらない。
相手にとっては、この隙に距離を開けて先にゴールしてしまうというのも勝利方法の一つなのだ。
攻撃に対処するだけでは足りない。

「能力『一方通行(アクセラレータ)』のAIM拡散力場を補足」

「滝壺?」

滝壺理后はプールの水に手を突っ込んでいた。
こんな状況では危なすぎるので、浜面はすぐに止めようとする。
しかし、その前に変化が起きた。

「……あ?」

今度は一方通行達のイカダのほうが行動不能になった。

一方通行は怪訝な声を出す。
これには打ち止めだけではなく、番外個体も驚いて一方通行の方を見ていた。

全身を襲う気味の悪い感覚によって、原因は割とすぐに分かった。

(あの女……AIM系統の能力者、しかも俺の能力に干渉できるレベルか)

張り巡らせた水流の網からAIM拡散力場を掌握、そのまま糸を辿るように一方通行の能力を乗っ取る。
おそらく理論上は、わざわざ水を通さなくても、辺り一帯に撒き散らされているAIM拡散力場から能力を乗っ取るということも可能なのだろう。
だが、それにはかなりの時間を要する。第一位相手ならばなおさらだ。
だから能力を伝わせている『媒体』を通して、相手にリンクすることで、速効性の高い乗っ取りを実現させる。
とはいえ、いくらAIM系統の能力者だと言えども、第一位の能力を乗っ取るなんて言う芸当ができるのは滝壺くらいだろう。



354: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/20(水) 00:03:25.85 ID:LaYNhccFo

ガクッと、イカダの自由が奪われる。
それは先程の麦野達の状況と不気味なくらいに似通っていた。
おそらく同じ方式で水流を操っている影響か。

対処法はすぐに思いついた。
とりあえず水への能力干渉をやめれば、滝壺とのリンクが切れて、この水流による拘束は解かれるはずだ。

しかし、その前に。

滝壺のお陰で麦野達は自由になっていた。
麦野は凶悪な笑みを浮かべる。

「オラ、いくぞ第一位!!!」

カッと、いくつもの光が瞬く。
原子崩し(メルトダウナー)の連射が襲いかかってきた。

まずい、と一方通行は小さく舌打ちをする。
即座にプールに突っ込んでいた足を出して、水への能力干渉を切る。
イカダの自由が戻ってきた。

だが、遅い。
光線はもうすぐそこにまで迫ってきており、今から再びイカダを操縦しても間に合わない。
それに一方通行の能力は、自分以外の何かを守る事に対しては良くできているとは言えない。

(クソッたれ……!!)


ズガガガガガ!! と、一方通行達のイカダが次々に撃ち抜かれた。


ところが、木っ端微塵という惨事にはならない。
撃ち抜かれたのは、どれもイカダの外周部付近。
中心部はほとんど無傷であり、結果的に見ればただ面積が小さくなっただけだった。

「お、おい麦野! あれじゃ沈まねえだろ!」

「私が狙いをミスったわけじゃないわよ。そういや、アイツって第三位のクローンだったか」

「へ?」

「やーい、オバサン。あんなもん、当たらなきゃ意味ないよねぇ」

番外個体がニヤリと笑う。
麦野の原子崩し(メルトダウナー)は逸れたのではない、逸らされたのだ。

麦野の能力も、根っこは電子の操作、つまり電撃使い(エレクトロマスター)と似たところにある。
実際、美琴と対峙した際も、彼女には光線を逸らされている。
つまり、彼女のクローンも同じことができる可能性は大いにある。

といっても、オリジナルとクローンではそのスペックに大きな開きがある。
普通の個体ならば、そんな芸当はできないはずだ。

しかし、番外個体はレベル4だ。
出力も二億ボルトほどあり、オリジナルほどではないが、強力であることには変わりない。
光線の軌道を逸らして、完全にイカダを守ることは出来ないまでも、致命傷になりうる中心部への被弾を避ける事くらいはできる。

「……にしても、案外使えないねえ第一位」

「うるせェ黙れ」

「まぁミサカの妹なんだし、これくらいできて当然だね! ってミサカはミサカは評価してみたり!」

「戦闘パートになると完全に空気になる上位個体ってどうなの? 存在価値あるの?」

「うるさいうるさいうるさーい!! ってミサカはミサカはジタバタしてみる!! ってきゃああああ!!!」

打ち止めの言葉が途中から悲鳴に変わったのは、白い光線がすぐ近くの水面に着弾し、イカダが大きく揺れたからだ。
一度防がれたからといって、麦野は手を緩める素振りも見せず、なおも何発も攻撃を放つ。

「大人しくしてろクソガキ!」

「ねぇ、一方通行。一瞬でいいからさ、ビュン! ってスピード上げられる?」

「あ? オマエ何考えてやがる」

「いいからいいから♪」



355: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/20(水) 00:04:03.19 ID:LaYNhccFo

何やらニヤニヤと悪そうなことを考えている番外個体に、一方通行はただ舌打ちだけする。
彼女がこういった表情をしているのを見ると、嫌な予感しかしない。
だが、今は番外個体もレース優勝を目指している。
もしかしたら、この微妙な状況を打開できる一手を思いついた、というのもありえる。

一方、麦野達は麦野達の方で何かを企んでいるようだ。

「滝壺、まだ? もうすぐゴールも見えてくるわよ」

「もうすぐ……たぶんゴール前には間に合う」

「何やってるんだ?」

「第一位の能力の乗っ取り。今度はAIM拡散力場そのものからね。
 これならもう逃げられないわよ」

「そんな事できんのか!?」

「時間をかければ、ね。そもそも、準備はアイツらに近づいてからずっと進めてんのよ。
 だから、あまり滝壺に話しかけ過ぎないように」

「えっ、俺全然知らなかったぞ!」

「そりゃ、アンタに言うと、どっかで向こうにバレたりするかもしれないじゃない。アンタバカだし」

「ひ、ひでえ言われようだ……」

能力の乗っ取りに成功すれば、戦況は浜面達へと大きく傾く。
つまり、このまま膠着状態でいれば、一見リードしている一方通行達にとって有利だと思われるのだが、実際は全くの逆だったりもする。
だが麦野は警戒を怠らない。
相手は第一位だ。どこで何をやってくるかは全く予想できない。

最後のアーチ状の橋が近づいてきた。
あれの下をくぐれば、あとはゴールまでわずかだ。

その時。

「今だよ第一位!」

番外個体のそんな声とともに、一方通行達のイカダが急激に速度を上げた。
それは相手からの攻撃に対する警戒、及び自分達の安全を無視したものだ。
イカダに乗っている者達も、番外個体は珍しくしゃがみ込んでバランスを取っており、一方通行は打ち止めを抱えている。

(このタイミングで何を……)

麦野はすぐさま光線を放つ。
狙いはイカダではない、その近くの水面だ。

今相手は、水流操作を全て前への速度に当てている。
その為、外からの急激な変化には極端に弱いはずであり、上手くいけばバランスを崩してそのまま転覆してくれる事も見込める。
だが、麦野は目を細めて腑に落ちない表情を浮かべる。

ここでリスクを負う必要はあるのだろうか。
確かにこうやってピッタリとくっつかれたままゴールまでいくのは良い気分はしないはずだが、それでも勝っていることに変わりはない。
滝壺の能力の乗っ取りに気付いたという可能性もあるが、それでもこんな短絡的な行動を起こすだろうか。

麦野の放った白い光線は、狙い通りにイカダのすぐ近くの水面に着弾し、大きな波を生み出す。
しかし、それが一方通行達の事を脅かすことはなかった。
その時には既に相手のイカダは元の速さに戻っており、制御面での精度も上がっていたからだ。

「一体何がした――」

麦野がそう言いかけた時。
ゴゴゴゴゴ!! と不吉な地鳴りに似たような音が聞こえる。
だが、音源は上だ。

橋が、崩壊していた。



356: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/20(水) 00:04:33.31 ID:LaYNhccFo

一方通行達は先程の加速で、すでに橋の下をくぐって向こう側にいる。
しかし、麦野達はまだその前にいた。
浜面は目を見開く。

「お、おいおいおいおいおいいいいいいいい!!!!!」

ドバァァァァァァ!!!!! と、麦野達のイカダの前方で橋が落ち、水面が激しくうねる。
イカダなんていうのはすぐに転覆してしまいそうだが、そこは麦野が何とかバランスをとっている。
それでも凄まじい揺れである事には変わりなく、さすがの麦野も膝をついており、浜面も滝壺を抱えている。
能力によってこの荒波を起こしているのならば滝壺が何とかできたかもしれないが、これはあくまで二次的な被害にすぎない。

橋を崩したのは番外個体だ。
磁力によって重要な留め具などを全て外し、崩壊させたのだ。

一方通行達はゴールへと突き進む。
崩れゆく橋を背に、前方にはもうそれが見えていた。
麦野達はもう追ってくることはできない。というよりも、あの惨状ではもう誰も追ってくることはできない。

番外個体は両手を横へ広げ、天に向かって笑う。

「あははははは!! ミサカの勝ちー!!!」

「むっ、ミサカ”達”の間違いだよ! ってミサカはミサカは訂正してみたり」

「最後までうるせェなオマエら――」

その時だった。

ビュン! という風切り音と共に、一つのイカダが自分達を追い抜いていった。

一瞬、一方通行の視界の端に映ったのは光の翼だった。
しかも水面にいるわけではない。それは約一メートル程の上空を飛んでいた。
あれならば、後ろの大波の影響も受けないだろう。

一方通行にはあの翼に見覚えがあった。
ロシアの雪原、そこで成り行きで共闘することになった女の能力ではないのか。

そして、イカダの上に乗っている男。
黒いツンツン頭のあの少年は。

「うげっ!! ちょ、ここに来て抜かれるとか!! 何やってんだよ第一位!!」

「速く速く速くー!!! ってミサカはミサカはあなたの頭を掴んでみる!!」

「何しやがるクソガキ!! 言われなくても分かってンだよ!!!」

水面から何本もの水の腕が伸び、一斉に前方を飛んでいるイカダに襲いかかる。
だが、それらは光の翼、そして得体のしれない右手によって全てかき消されてしまう。

相手は何も反撃をしてこない。
もうゴールは目の前なのだ、ここで相手を潰すことを優先する事はしないだろう。

(いや、そもそも――)

一方通行は何かを考え、舌打ちをする。
ゴールはもう目の前だ。これではいくら学園都市最強の能力を持っていても、どうやっても間に合わない。



357: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/20(水) 00:05:23.65 ID:LaYNhccFo

***


上条達の作戦は、とにかく無駄に戦わない事だった。
前で戦闘が起きているのなら、その後ろでひたすら隙を伺う。
そして、極力気付かれないように、その両者を後ろから抜き去る。
もちろんいつも気付かれないなんてことはなく、抜かれたと認識できた者もいたはずだ。
しかし、彼らにとっては今まさに目の前で戦っている相手が最優先であるので、そこまで執拗な追撃はしてこない。

狙われた時は、とにかく逃げに徹する。
水面を激しく攻撃して目くらましなどを利用して姿をくらましたりもした。

風斬氷華の能力は凄まじい。
だが、あくまでそれは風斬一人だけだ。
上条もインデックスも、実際は殆ど戦力にならないので、持久戦になると圧倒的にこちらが不利なのだ。

あまり目立ってしまうと、他のチームから集中攻撃を食らう。
高位能力者なんかは、風斬の力への対策も練ってくる。

だから、目立つわけにはいかなかった。
ギリギリまで大人しく隠れており、ここぞという場面で全力を出す。
そういう作戦だった。

「やった! 一位なんだよとうま!」

「おう、作戦通りだな! これも風斬のお陰だよ!」

「い、いえ、私はそんな……」

ゴールはもうすぐそこだ。
さすがにここまで来れば、一方通行達でもどうしようもない。
高級レストラン一日食べ放題券は自分達のものだ。

これでインデックスを喜ばせることができる。
おそらくレストラン側からすれば、これまでにない巨大なダメージを受けることになるだろうが、そこは合掌してやるしかない。

だが、ここでふと疑問に思う。
わたくしこと上条当麻は不幸な人間だ。
特売品を手に入れたと思えば何かの拍子にダメにしてしまい、商店街のくじ引きなんかは、まず券をどこかへ無くしてしまう。
こんなにも全てが上手くいき、望みのものを手に入れるのは出来過ぎではないか?

その答えはすぐに出た。


「ちょろーっといいかしら」



358: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/20(水) 00:05:52.53 ID:LaYNhccFo

背筋が凍った。
その声は確かに聞き覚えがある。
しかも、なんかバチバチという音まで聞こえる。

恐る恐る振り向いてみると、やはり――――。

「み、御坂さん……」

「ハロー、偶然ね。ほんと偶然」

「短髪! どうやってここまで……」

「わたくしがテレポートしましたの」

美琴は上条達のイカダの上に堂々と立って居た。
顔は一応は笑っているのだが、バチバチいってる所を見ると、どう考えてもキレている。
そして美琴の隣に居るのはレベル4の空間移動能力者(テレポーター)、白井黒子。
彼女を見た瞬間から、上条はどうせそんな所だろう、と予想はしていた。

風斬氷華も、突然現れた美琴に目を丸くして驚いていた。

「あっ、さっきの……」

「こんにちは、数時間ぶりですね。ごめんなさい、このバカが色々ふざけたことやって」

「い、いやいやいや! 何もやってねえじゃねえか!」

「どうせアンタの事だし、何かの拍子にこの子の胸触ったりとかしてんでしょ。
 そりゃアンタだしねー。ないわけがないわよねー。アンタ巨乳好きだしねー」

「何ですかその不名誉な評価は……つか、テレポートは禁止なんじゃねえのか?」

「禁止されているのはイカダのテレポートなんだよ。人のテレポートは認められてる。
 まぁ、『能力で人を攻撃してはいけない』っていうルールがあるから、相手には使えないけど」

インデックスが言うのならそうなんだろうな、と上条は納得する。
彼女はレースの前にルールブックを一通り読んでいるので、完全記憶能力から間違いはない。

「ていうか、女の子二人連れてプールとか……良いご身分ねホント」

「あわよくば何かを起こそうなどと思っていませんこと? ジャッジメントとして、それは見過ごせないですわよ?」

「んなわけあるか!! つか何でそんなに突っかかってくんだよ……」

「うん! 私達がどこで遊ぼうと、短髪には関係ないかも!!」

ビキリと、美琴の額に青筋が浮き立つ。
それに恐怖した上条は、思わず「ひぃ!」と数歩後ろに下がる。

「……えぇ、そうですとも。べ・つ・に!! アンタが!!! どこの誰とプールに行っても文句はないけど!!!!!」

「お姉様、それは文句のない者の顔ではないですの……」

「でもさ、今はレース中よね? 別にここで私がアンタ達の優勝を阻むために、何をしたっていいわけよねぇ……?」

「待て、そのバチバチはまずい。ほら御坂さん、ルールに『能力で人を攻撃してはいけない』ってありますし」

「えー、おかしいなー、何だか抑え切れないわ。この場合仕方ないわよねぇ?」

「仕方なくねえよ!! ちょ、本気ですか!?」

「お、お姉様? さすがにそれは……」

上条の言葉を待たずに。
白井の制止を受けずに。


イカダの上で、激しい放電がぶちまけられた。



359: ◆ES7MYZVXRs:2012/06/20(水) 00:06:24.75 ID:LaYNhccFo

***


『ゴール!!!!! 優勝は「セロリチーム」です!!!』

数秒後、一方通行達は無事トップでゴールに辿り着いた。
打ち止めはもちろん大喜びであり、番外個体も珍しく満足気だ。

周りの観客もありったけの歓声を送っている。
まぁあれだけの派手な戦いを見れたのだ、端から見てる者からすれば最高のエンターテイメントになっただろう。

少し遅れて麦野達もゴールした。
浜面や滝壺は見るからに疲れており、ぐったりとしている。まぁ滝壺はいつもそんな感じだが。
それでも麦野は元気いっぱいに、何やら一方通行に喧嘩腰で話しかけてきたが、レースが終わってまで余計な体力を使いたくないので聞き流した。

その後も様々なチームがゴールする。
やはり潰し合いでかなりの数が脱落しており、まともにゴールできたのは全体の一割にも満たないようだ。
これは作戦的には、早くゴールするよりも安全に行ったほうがいいのかもしれない。

「……にしても」

一方通行は後ろを振り返る。

ゴール前数メートル。
最後の最後で自分達を追い抜いたイカダは見事に粉々になっており、バチバチと青白い光を放っているレベル5が水の中で暴れている。
ロシアで会った気弱そうなメガネの少女は、いつもの銀髪シスターを抱えて避難している。初めて見るツインテールの少女は、黒焦げになって水面にプカプカ浮いていた。
そんな惨状に、このイベントのスタッフもすっかり困り果てているようだった。いくら運営側でも、レベル5が大暴れしているとなると、簡単に収拾をつける事などできないのだろう。

そして黒髪ツンツン頭の少年はというと、「不幸だああああああああ!!!」などと叫びながら、必死に第三位の少女から泳いで逃げていた。

「何やってンだ、アイツら」

一方通行の言葉は、ただ虚しく空中に漂った。



365: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:25:46.71 ID:3SWAkkcoo

「賞品はいかがなさいますか?」

「一番たけェのを」

「ちょ、ちょーっと待ったああああああ!! ってミサカはミサカは制止してみたり!!」

「何勝手に一人で決めてんのさ!!!」

優勝した一方通行のチームは、一番先に商品を選ぶ権利を持っている。
つまり、今ならどんなものでも手に入るのだが、何やら揉めているようだ。

「あァ?」

「ミサカは豊胸器具が欲しいの! ってミサカはミサカは地団駄を踏んでみたり!!」

「そうだよ! っていうか、MVPはミサカじゃね? つまりミサカに全部選ぶ権利があるはず!!」

「おい打ち止め」

何やら真面目な様子の一方通行。
こうして打ち止めの名前をまともに呼ぶのも実は結構珍しく、彼女も何事かと首を傾げる。

「……ガキの頃からそォいうの使ってると成長しねェンだぞ?」

「えっ!?」

「本当のことだ。まァ、それでもいいってンなら俺は止めねェがなァ」

「み、ミサカはミサカは……!!」

衝撃の事実に、打ち止めは顔を真っ青にする。
といっても、一方通行が少女の胸の成長について知っているわけがない。
てきとーにそれっぽい事を言っているだけなのだが、どうやら彼女はすっかり信じこんでしまったようだ。

番外個体は、何やら雲行きが怪しくなっているのを感じ、慌てて口を開く。

「待った待った! この人がそんな事知ってるわけないじゃん!」

「打ち止め、こいつの言うことを信じると痛い目見るぞ」

「はぁ!? 何言って……」

「……むぅ」

打ち止めは番外個体に疑惑の目を向けている。
一方通行も番外個体も、決して打ち止めに対してウソを言えないとは決して言えないような相手だ。
しかし、総合的に見ればからかってくることが多いのは番外個体の方で、信用もない。

「分かった、ってミサカはミサカはあなたを信じてみる」

「利口だな。そンじゃ、多数決で決まりだなァ?」

「ぐぬぬ……」

そんなわけで、一番高価な賞品、温泉旅行の招待券を受け取る一方通行。
まぁこんなものはレベル5の財力を持ってすれば簡単に手に入るのだが、他に特に欲しい物もないので大人しく一番得なものを手に入れておく。
もしコーヒー1年分とかがあれば、おそらくそれを選ぼうとして、また打ち止め達ともめることになっただろう。

「ていうか、それ団体様用じゃん。友達居ないあなたには必要ないと思うけど」

「残念だったな、これでもそこそこ知り合いは居る方だ」

「どうせろくでもない奴等ばっかでしょ」

「オマエも含めてな」

といっても、今日の惨状を見てもグループの元仕事仲間は誘う気になれない。
そもそも、打ち止めを連れて行くのが前提条件なので、できれば彼女も知っているような人間である必要がある。

いざとなったら、学園都市の妹達(シスターズ)と一緒に行ってもらうか。そんな事を考える一方通行だった。



366: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:26:53.15 ID:3SWAkkcoo

***



時刻は午後4時を過ぎた辺りだろうか。
結局高級レストランの食事券はもう少しの所で逃してしまったのだが、インデックスは思いの外凹んではいなかった。
なんでも、レース自体が楽しかったから別にそれでいい、とのことだ。
てっきり、美琴に文句でも言いまくるのではないかと思っていたので、これは予想外だった。

まぁ彼女自身、もしも上条が他の女の子とプールに来ているのを見たら、自分も怒って噛み付くだろうという美琴への理解があったわけだ。

プールを出た上条達は、ゲーセンで遊んでいた。
正直、色々と散々な事があったので、上条はどっと疲れていたのだが、インデックスのお願いとあれば断ることはできない。

「とうまとうま! 次はあれをやってみたいんだよ!」

「はいはい……つか元気だなー。一日プールで遊べば疲れるはずなんだけどな」

「ふふ、彼女らしいじゃないですか」

「風斬も平気か? あんま無理して付き合ってくれなくてもいいぜ?
 例のレースでかなり能力使わせちまったし、疲れたろ」

「いえ、大丈夫ですよ。私も楽しいですし」

「とうま、ひょうか、早くー!!」

「分かった分かった」

その後も、音ゲーやら格ゲーやらに片っ端から挑戦していくインデックス。
しかし、その成績は芳しく無く、基本的にこういったものは苦手なようだ。
まぁそれでも楽しめている辺り、問題はないのだろう。

対照的に風斬はどのゲームも上手かった。
まるで毎日通っているような腕前なのだが、実際はそんな事はないのだろう。
極めつけはガンアクションゲームで、一緒にやっていたインデックスは最初のステージでゲームオーバーになったにも関わらず、彼女一人で全てのステージをクリアしてしまった。
気弱そうな表情を浮かべながら、迫りくるゾンビの頭を的確に吹き飛ばすその画は何ともシュールなものだった。

それから、三人はとあるパンチングマシーンの前に来ていた。
どうやらレベル5にも対応してるほどの頑丈な代物らしく、高レベル大歓迎の文字が書かれている。
見た感じでは特に目立った補強は施されていないようだが、これで一方通行のベクトルパンチなんかを受け止められるのかと言われるとかなり微妙である。

「むぅ、魔術が使えればこの三倍の点数は出せたはずなんだよ。例えば北欧神話の巨人の力を使うとか」

「そんな事すれば店ごと吹き飛びそうだから止めなさい」

最初に挑戦したのはインデックスで、点数は女の子らしいものだった。
それを受けた本人の言葉は、端から見れば可愛らしい負け惜しみに聞こえるだろう。
しかし事情を知っている者は、彼女はただ物騒な事実を言っているのだという事が分かる。



367: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:28:19.88 ID:3SWAkkcoo

次に挑戦するのは上条だ。
実は結構自信がある。これまでも今までこの右手一本で戦ってきたからだ。
神の右席のトップも殴り飛ばしたこのパンチならば、かなりの高得点間違いなしだ。

上条は助走を取る。
軽く腕を振って、その調子を確認する。
そして。

ドゴォォ!!! と、手応え十分な音が店内に響き渡った。

「……は?」

画面に映し出される文字。
それは。

【上手く認識されませんでした。もう一度挑戦してください】

その注意を受けて、再度魂心の一撃を放つ。
だが、それもまた同じ文字が表示され、やり直しになる。
それが二回、三回、四回…………。

「あ、あの……大丈夫ですか?」

「こ、んの……!! いい加減反応しやがれポンコツ!!!」

結局、まともに計測できたのは十回を過ぎてからだった。
そしてその頃には上条も疲れきっており、インデックスにも劣るフニャフニャパンチとなっていた。

さすがに気の毒そうに見るインデックスと風斬。
上条はもはやこういった不幸をどうこうするのは完全に諦めているので、ただ暗く笑うだけだ。
プールの疲れも相まって、怒る気力もないというのが正しいのかもしれないが。

最後は風斬だ。

「風斬、思いっきりやれ。ぶっ壊すつもりで」

「え、えっ!? でも、それは……」

「いや、このポンコツは一度痛い目を見るべきだ」

「とうまの動機はちょっと不純だけど、こういう時は思い切りやってストレス解消するんだよ!」

「は、はい!」

風斬は大きく腕を振りかぶる。
こういった大人しそうな子がパンチングマシーンをやるのは珍しいのか、それとも霧ケ丘の制服が目立つのか、いつの間にかギャラリーまでできている。
そんな状況に、さらにおどおどし始める風斬だったが、覚悟を決めたのかギュッと目を瞑り、思い切り目の前の的を殴りつける。

「えいっ!!!」


爆弾でも起爆したかのような音が店内に鳴り響いた。



368: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:28:46.97 ID:3SWAkkcoo

***



三人はゲームセンターを出て、地下街をのんびりと歩く。

あの後は酷い有様だった。
パンチングマシーンの打撃ミット部分は見事に吹き飛び、店中に警告音が鳴り響く。
ギャラリーは即座に大パニックを起こし、悲鳴が飛び交った。

だが元々高レベル歓迎を謳っていたマシンだったので、こんな騒ぎになってしまった事に対しては何のお咎めもなしだった。
むしろ、耐久性が足りなかったと店側が謝ってきたくらいだ。
しかし。

「うぅ……」

「あー、気にすんなよ風斬。こういう時もあるって!」

「ウソですよ……ゲーム機破壊する人なんていませんよぉ……」

「そんな事ないんだよ! 私もお風呂とか壊すし!」

「そうだそうだ! おまけにこいつはケータイもいつまでたっても使えねえし、完全記憶能力のくせにすぐに道に迷うし、掃除ロボットにマジビビリする。
 シスターのくせに良く食うわキレるわワガママばかりだわで、もうホント風斬と比べたら……」

「がるるるるるるるるる!!!」

「ひぃ!?」

案の定頭を丸かじりにされる上条。
あくまで風斬を慰めるためだったのだが、代わりにインデックスの機嫌を完全に損ねてしまった。

周りの人達は何やら笑っているようだ。
確かに、本人たちはいたって大真面目なのだが、周りから見ればただの面白い光景にすぎない。

そんな二人に、初めはあたふたと狼狽えていた風斬も――。

「……ふふ」

「「え?」」

「あっ、ごめんなさい。でも……ふふ、おかしくて」

何やらおかしそうに笑っている風斬に、上条とインデックスはふと周りを見渡してみる。
そこでやっと、二人は周りの人達に笑われている事に気付く。

「む、むぅ……とうまのせいで笑われちゃってるんだよ」

「いやいやいや! 噛み付いてきたのはインデックスさんですからね!?」

「それはとうまがあんな事言うのが悪いんだよ!」

「あんな事も何も、事実だろ!」

「うがあああああああああ!!!」

「ほらまた噛み付くううううううう!!!」

再び上条の悲鳴が辺りに響き渡る。
風斬はそんな二人を見て、それはそれは楽しそうに笑っていた。



369: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:29:23.09 ID:3SWAkkcoo

再び数分後。
一通りギャーギャーし終えた二人は、少しぐったりとしていた。
思い切り噛み付かれた上条はもちろんのこと、噛み付く側のインデックスもそれなりに疲れたらしい。

風斬は笑顔だ。
どうやら先程の馬鹿騒ぎのお陰か、ゲームセンターの一件の事は忘れてくれたようだ。
それと引き換えに上条の頭皮が犠牲になったわけだが。

「ふふ、本当に仲がいいんだね」

「えっ、そ、そう見えるかな?」

「うん。とっても楽しそうだよ」

「ギャグっぽく見えても、俺は普通に痛いんだけどな……」

インデックスは風斬の言葉に頬を赤く染めるが、上条は未だぐったりとした表情を崩さない。
プールやらなんやらの疲労が一気に背中にのしかかってきているような感覚がする。
これは、今日は布団に入った瞬間に眠りに落ちそうだ。

上条はケータイで時間を確認する。
地下街というものは辺りの景色も変わらないので、時間の感覚が鈍ってしまいがちだ。
今日は夜からクラスの打ち上げがあるので、こうして時間はこまめに確認しなければいけない。

「おっ、もうそろそろ打ち上げの店に行った方がいいな」

「もうそんな時間? なんだか早い気がするかも」

「楽しい時間っていうのはあっという間に過ぎるからね。私もとっても早く感じた」

「じゃあひょうかも今日は楽しかったんだね!」

「うん、もちろん。私、こうして一日遊ぶ事なんてほとんどないから……」

「これからも沢山遊ぶんだよ! 今度遊ぶ時は……」

ここで、インデックスの言葉が途切れる。
彼女の方を見てみると、先程とは打って変わってどこか曇った表情になっていた。

今回、インデックスは一時的に学園都市に来ているにすぎない。
期間が過ぎれば彼女はイギリスに戻り、必要悪の教会(ネセサリウス)として仕事をこなしていく。
科学サイドと魔術サイドの問題から、次にいつここに来られるかもわからない。

上条はポンッと、彼女の頭に手を置く。

「今度は遊園地とかにでも行ってみっか? 第六学区に結構有名なのがあるらしいぞ」

「えっ、でも、私は……」

「ん、なんだよ、もう学園都市には来ないつもりなのか?」

上条はただ穏やかに笑っていた。
インデックスはキョトンと、その顔を見つめ返す事しかできない。

続いて、風斬も笑顔で口を開く。

「いつになってもいいよ。それまで私はずっと楽しみにしてるから」

「ひょうか……」

「そんな顔すんなって! あんまり長いこと来れなさそうなら、土御門のやつに文句言って何とかしてもらうさ。
 お前はただ、次にここに来た時にどんな事して遊ぶか考えてればいい」

「……うん。ありがとう」

インデックスの笑顔を見るだけで、上条の心は満たされる。
もしもイギリス清教がインデックスの笑顔を奪うようなことがあるなら、上条は単身でもイギリスに乗り込む。
彼女にはああ言ったが、おそらくそんな時は土御門を頼るという事を考える余裕があるかも分からない。



370: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:30:09.04 ID:3SWAkkcoo

「それに、風斬は俺とならいつでも遊べるし、そこまで心配いらねえって!」

「……とうまがひょうかと二人で遊ぶの?」

「ん、そうだな。まぁ他の奴らとも仲良くなれればいいけど、最初の内はそうした方がいいんじゃねえか。なっ、風斬?」

「あ……う……。で、でも、それって、デ……」

「デ?」

上条は首を傾げる。
何やら風斬は顔を赤くして俯いてしまっていた。
その様子から、もしかして自分が何か恥ずかしいことを言ってしまったのではないかとも思ったが、それも思い当たらない。

しかも、インデックスも何やらジト目でこちらを見てくる。

「ねぇ、とうま」

「な、なんだよ」

「男の子と女の子が二人で遊ぶ事はね、デートっていうんだよ」

「……あ」

確かにそうかもしれない、と上条は妙に納得する。
もちろん自分としてはそんなつもりはなかったのだが、周りから見ればデートだろう。

「わ、わるい! 俺、そういう事まで考えてなくてさ!」

「い、いえ……私はその、嫌というわけではないんです。でも……」

「でも?」

「インデックスに、悪いかなって」

「ふぇっ!? ちょ、いきなり何言ってるんだよひょうか!」

急にインデックスが顔を赤くする。
ここのところ、彼女はこうして赤面することが多いが、原因は良く分からない。
別に風邪っぽいというわけでもないだろうし、上条もそこまで深く考えたりはしないのだが。

「でも、私が上条さんとデートするのは嫌でしょ?」

「それは……えっと……。と、とにかく、とうまの前でそういう事言わないでほしいんだよ!」

「あはは、ごめんごめん」

「うぅ……絶対からかってるんだよ……」

風斬にしては珍しく、イタズラっぽい笑みを浮べている。
上条は、風斬のこういった表情を見ると安心する。
立場上、風斬は上条に負けず劣らず、色々な事に巻き込まれる可能性が高い。
そしてその中で、自分が人間ではないということが突きつけられる。

だが、そんな事は関係ないと上条は断言できる。
こうして一日遊んで、沢山の人間らしい表情を見せる彼女にとって、そんなのは些細な事にすぎない。

「……あっ、おい。そろそろ行かないと、打ち上げに間に合わねえ」

「うん、分かったんだよ! そうだ、ひょうかも一緒に来ない?」

「えっ、私?」

「そうだな、小萌先生も風斬の事情は知ってるし、来ても問題ないと思うぞ」

「……ごめんなさい、行きたいのは山々なんですけど、私もそろそろ時間みたいです」

風斬がそう言うと、その姿が一瞬ブレる。
どうやらまだまだ安定した状態とはいえないらしく、もうそろそろ姿を留めておくことができなくなるようだ。



371: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:30:54.75 ID:3SWAkkcoo

「ひょうか……」

「ふふ、大丈夫。またすぐにひょっこり出てくるから」

「……そっか」

風斬は何でもないように笑顔で言う。
こういった所を見ると、彼女は本当に強くなったと思う。
おそらくそれを言っても、彼女はただ否定するだろうが。

「今日は本当に楽しかったよ。また遊ぼうね」

「うん、約束なんだよ!」

「あはは、そんな一生な別れみたいな顔やめてよ。大丈夫、すぐに会えるから。
 あと上条さん。インデックスのこと、よろしくお願いします」

「あぁ、任せとけ。俺じゃちょっと頼りねえかもしんねえけど」

「そんな事ないですよ。今日の二人を見て、インデックスは本当に上条さんの事が大好きなんだなって思いました。
 きっと、上条さんなら……」

「ひょうかー!!!」

「あはは、インデックスもあまり照れてばかりじゃダメだよ? じゃあね」

風斬は言いたいことを言ってしまうと、人混みの中へ消えてしまった。
それはただ人混みに紛れたのか、それとも本当に消えてしまったのかは分からない。

残された二人の間には何とも言えない微妙な空気が流れていた。

「え、えっとね、とうま。ひょうかが言ってたことは、その……」

「わ、分かってるって! まったく、風斬も紛らわしい言い方するよなー、あはははは。
 それよりほら、もう行こうぜ。遅れちまうと肉とか食べられちまうかもしんねえし」

「そ、そうだね! 行こう行こう!」

とにかく何とも居たたまれない雰囲気を振り払うと、二人はクラスの打ち上げを行う店へと向かう。
それでも、その後はしばらくぎこちない会話が続いて、さらに疲労を溜める二人だった。



***



打ち上げに利用するすき焼き屋は、以前行った時と同じ場所だった。
第七学区の地下街の一角。あまり人通りの少なく、ボロさが際立つ店だ。
以前来た時も思ったのだが、良くこれで経営できているものだ。もしかしたらもう潰れてしまったとも思っていた。

しかし、予想に反して店はまだまだ健在であり、今回も団体様のご来店にご満悦な様子だ。

「土御門ちゃーん? 先程お店の方が、『今日はアルコール封印かい?』みたいな事言ってましたけどー?」

「いっ!? そ、そうかにゃー。聞き間違いじゃないかにゃー」

「土御門ちゃん? 土御門ちゃーん?」

また似たようなやりとりをする小萌先生と土御門。
もはやどう考えても、土御門は普段からここでアルコールの世話をしているのは明白なのだが、いかんせん証拠がない。

店内は賑やかだ。
以前と同じく、いくつかのテーブルにクラスの者が別れて、それぞれ楽しげに話している。
店内はかなりの熱気に包まれている。もちろん暖房も付いているのだろうが、それ以上にこれ程の高校生が集まれば当然だろう。

上条は土御門と吹寄の間に座る。
ここにはインデックスと一緒に来たのだが、彼女は大人しく座っていることができなく、そこら辺をうろうろとしている。
そうしながらクラスメイトの大半と楽しく話しているあたり、彼女のコミュ力というものに少し感心する。



372: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:32:17.45 ID:3SWAkkcoo

「カミやーん。そんなにインデックスをじろじろ見てどうしたにゃー? やっぱ寂しい?」

「んなわけあるか!!」

「まぁまぁ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいですたい。昨夜はお楽しみだったにゃー?」

「昨夜……? あっ、お前まさか聞いてやがったのか!?」

昨夜といえば、こっ恥ずかしい事を言いながら、インデックスと仲良く一緒のベッドで眠ったわけで。
それらを全部聞かれていたとなると、消えてなくなってしまいたいと思うほどの羞恥心が襲ってくる。

もしも、それをここでバラすようなら実力行使も致し方ないと、いつでも土御門に殴りかかれるように身構える。
しかし、対する土御門の反応は意外なもので、目を丸くして驚いているようだ。

「……ん? あ、いや、ちょっとカマかけてみただけなんだけど……えっ、マジ?」

「…………」

「か、上条、貴様……」

「えっ、うっそぉ!? カミやん、やっちゃったんか? 神聖にして侵すべからずなシスターさんをやってもうたのかあああああ!?」

「声がでけえ!!!」

いつの間にか対面に座っていた青髪ピアスまでもが身を乗り出して驚いている。
そのあまりの大声に、誤解を解く前にとにかく静止させようとする上条。

だが、それも意味がなかった。
先程の青髪ピアスの声は店中に響き渡り、先程までざわざわしていたのが、一気にシーンと静まり返る。

視線がこちらに集中する。
マズイ。非常にマズイ。
そして、冷汗が上条の頬を伝ったその時。

ドッと、一気に騒ぎが起きた。

「上条お前マジかあああああああああ!!!!!」

「あの上条が!! フラグは立てるだけ立てて放置する上条が!?」

「う、うわぁ……な、なんていうか、やる事はやるんだね、上条くんも」

「うん……やっぱり男の子なんだ……」

なんか好き放題言われている。
こちらに向けられている視線もほとんどが好奇のものであり、それも高校生なら仕方がないのだろう。

しかし、当人にしたらたまったものではない。
上条は顔を引きつらせて、インデックスは真っ赤になりながら否定する。
だがそんなもので周りの興奮は収まらない。

そんな中、小萌先生がわざわざこちらのテーブルまで歩いてきて、上条の対面に座った。

「上条ちゃん。先生からは、男女の交際について口やかましく言うつもりはないのです。
 でも、その、学生らしい節度を持った交際をしてほしいというのが、先生の気持ちなのです」

「……え」

「高校生というのはそういうお年頃だという事は良く分かります。先生のこんな考えは古いのかもしれません。
 ですが、避妊というのも確実じゃないのです。もしも万が一の事があったらと考えると……」

「ま、待った待った待ってください!!! そんな事してませんから!!!」

「へっ、か、上条ちゃん!! ひ、避妊していないのですか!?」

「そっちじゃねえええええええええええ!!!!!」

「こもえ、誤解かも! 確かに一緒には寝たけど、やましい事なんかしてないんだよ!!」

「そう……なのですか? あれ、でも、一緒に寝た……?」

「だあああああああ!!! 聞き間違いですよ聞き間違い!! あは、あはははははははははは」



373: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:33:45.62 ID:3SWAkkcoo

***



数分後、いよいよ鍋がやってきた。
店員さんが運ぶ黒い鍋はぐつぐつとよく煮えており、とても良い香りが店中に広がっていく。
食べ盛りの高校生たちはその香りに歓声をあげ、箸を持って一刻も早く食べようと待ち構える。

そんな中で、上条だけはテンションが上がらず、ただぐてーっとテーブルに突っ伏していた。

「…………」

「ほら上条、鍋来たわよ。まだ卵も割ってないじゃないのよ」

「あっはっはー! そない寝てると、カミやんのぶんまで食べてまうでー?」

「…………」

「ありゃ? どうしたんだにゃー、カミやん」

「疲れたんだよ……」

上条は疲れきっていた。
元々、一日プールで遊んでいた上に先程の騒ぎで、いくら普通の学生より体力はある上条も、もう限界だった。
一方で同じ条件のインデックスは、元気に鍋を漁っている辺り感心さえもする。

あれから懸命の弁解のお陰もあって、何とか誤解は解くことができたようだ。
そもそも上条にそんな度胸があるはずない、と思っていた者も多かったらしい。
それはそれでヘタレだと思われているというわけで、あまり良い気もしないのだが。

「ったく、仕方ないわね。卵はあたしがやってあげるわよ。
 とにかく、せっかく来たんだし少しは食べなさい。あたし達だけで食べてるのも気が引けるし」

「吹寄……サンキュ」

「そうやで~。カミやんが食べないと、ボクらも食べづらいやないか」

「そういうセリフは、その取り皿一杯の肉を隠してから言おうかこの野郎」

「にしても、そうしてると吹寄はカミやんのねーちゃんみたいだにゃー」

「ふざけたこと言ってるとぶっ飛ばすわよ土御門」

そんな事を言い合いながらも、吹寄はテキパキと卵を溶いてくれる。
なんだかんだ、彼女はこうやって面倒を見るのが嫌いではないのだろう。

上条も、とりあえず顔を上げて鍋を突くことにする。
すると、その視界の端に、何やらこちらを冷ややかな目で見つめるインデックスの姿があった。

「……? おーい、どうしたインデックス?」

「……ふん。とうまは一人で卵も溶けないんだね。私のこと言えないかも」

「な、何で怒ってんだよ。ほら、肉もいっぱいあるぞー?」

「むぐっ!! そうやって食べ物でどうにかできる程、私は子供じゃないんだよ!」

「いや、バクバク肉にかぶりつきながらだと説得力に欠けるぞ」

「ほら上条! できたわよ」

「おっ、サンキューな。じゃあ俺も肉を……」

「肉ばっか取るんじゃないわよ。野菜食べなさい野菜」

「ちょ、ちょっと吹寄さん! なぜに上条さんの取り皿に野菜をポンポンと投入するんですか!!」

「どうせ放っておいたらお肉しか食べないでしょ。こうやってバランス取ってあげてるんだから、感謝してほしいわね」

吹寄は吹寄で、上条のことを考えてくれているのかもしれないが、男子高校生からすればすき焼きの野菜など視界に入らないのが普通だ。
土御門と青髪ピアスは、そんな上条達のやりとりを見て、何やらニヤニヤし始める。



374: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:34:32.45 ID:3SWAkkcoo

「そうだぜい! 野菜はおいしいにゃー、ほいっ!」

「カミやん、野菜好きやもんねー、そりゃ!」

「ぐおっ!! おい、何勝手に俺の取り皿に野菜入れてやがる!! 結局テメェらが肉食いてえだけだろ!!」

「まぁまぁ、遠慮しないでいいんやでー? ほりゃ!!」

「おい待て、俺はベジタリアンか!! これじゃ肉入れるスペース無くなっちまうだろうが!!」

「とりあえず食べちゃいなさいよ」

「ぐっ……」

上条は仕方なく取り皿の中の春菊や白ネギを口に放り込む。
さすが店で出てるものだけあって、汁が染みていて旨い。
だが、すき焼きといえばやはりメインは肉だ。

上条はとにかくそのメインターゲットの獲得に挑む。

「――って、無くなってるじゃねえか!!!」

「ん? 何言ってるにゃー。ほら、しらたきがまだ残ってるぜい」

「肉がねえって言ってんだよ!! つか何だお前らのその取り皿から溢れんばかりの肉は!!!」

「まぁまぁ、ほら、しらたきとってあげるで」

「く、そ……こうなったら!! おりゃあああ!!!」

「おわっ、な、何でボクの取り皿から肉取るんや!!! ルール違反やでカミやん!!」

「ふははははは、そんなの知ったことか!! すき焼きにルールなんてもんがあると思ってんなら、そんな幻想はぶち殺してやるぜ!!」

「くぅー!! なら反撃や!!」

「あっ!!! この、返しやがれ!!」

「返すも何も、元々ボクのものや! って、またボクの取り皿から肉が消えとる!!!」

「……ふふ、敵はカミやんだけだと油断したかにゃー?」

「こら貴様ら、箸渡しはやめなさいよ!!!」

「渡してねえよ、奪い合ってんだ!!」

「何でもいいから止めなさい!!」

案の定、クラスの三バカ(デルタフォース)でぎゃーぎゃーと乱闘が始まる。
そして、それを暴力を持って止める吹寄。

教室でもすき焼き屋でも、やってることはあまり変わらなかった。



***



高校生が鍋を漁れば、ものの数分で無くなることになる。
そんなわけで、今は追加注文を待っているところだ。

相変わらず店内はぎゃーぎゃーと騒がしい。
まぁこれだけ大人数ならば、それが普通なのだろう。
逆にシーンとしてただ食べているだけというのは、クラスとして色々とマズイ気がする。

インデックスは追加注文が待ちきれないのか、上条のテーブルまでやってくる。

「とうま、とうま! まだお肉は来ないのかな?」

「もうすぐ来るんじゃねえか。つかやっぱお前はまだ全然いけそうだな」

「うん! まだまだ足りないんだよ!」

「あ、このしらたきでも食べる? まだ残ってたんや」

「食べるー!!」



375: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:35:50.73 ID:3SWAkkcoo

肉じゃなくても食べられれば何でもいいのか、インデックスは満面の笑みで答える。
それを受けた青髪ピアスは、自分の取り皿の中のしらたきを箸でつかむ。

「ほな、あーん」

「あーん」

「お、おい!」

「「え?」」

上条の声に、青髪ピアスはまさにインデックスに食べさせる所で固まってこちらを見る。
インデックスの方も、口を開けて何とも間抜けな表情でキョトンとしている。
二人だけではなく、近くに居る土御門と吹寄も同じようにどうしたのかという表情だ。

上条は首を傾げる。
何で二人を止めたのだろうか。
別に青髪ピアスはインデックスに何か変なことをしようとしたわけではない。
ただ、彼女にしらたきを食べさせてやろうとしただけだ。

「どうしたん、カミやん?」

「……あ、いや、悪い。なんでもねえ」

「いや待て青髪。あたし、ちょっと分かったかもしれない。今の上条の行動のワケ」

「分かった?」

「ふっふっふ。俺も何となく検討付いたにゃー」

「な、何だよその顔は」

吹寄も土御門も、何やら怪しげな笑みを浮べている。
嫌な予感がする。

「上条、貴様妬いたんでしょ」

「……はい?」

「だーかーらー、インデックスが他の男に『あーん』されるのが嫌だったんだにゃー!!」

「ぶっ!!!」

「ふぇ!?」

予想外の答えに、思わず声を上げる上条とインデックス。
青髪ピアスの方は納得したらしく、ポンッと手を打っていた。

「ごめんなー、カミやん。そこまで気が回らんかったわー」

「ちょ、ちょっと待て! なんでそういう事になるんだよ!」

「だって、それが一番自然じゃない?」

「と、とうま……?」

インデックスまでもが、耳まで真っ赤になりながらもウルウルとした瞳でこちらを見つめてくる。
その表情に不覚にもドキッとした上条は、すぐに頭を振って気を取り直す。

「だからそんなんじゃねえって! いいから、青ピもインデックスに食べさせてやればいいだろ!」

「いやいや、それを分かってて無視するほどボクも薄情じゃないで。この役はカミやんのものや。ほら、これ持って」

「は??」

「シスターはん? 悪いんやけど、しらたきはカミやんに食べさせてもろーてな」

「え、ええ!?」

そんなわけで、成り行きでインデックスに「あーん」するはめになった上条。
たぶん、自然な流れの中でだったのなら、それほど注目もされずにスルーされたはずだ。
だが、こうして色々と前置きをした後でのこの行動は何とも気恥ずかしい。

いつの間にか周りのクラスメイト達もこちらに注目しており、上条達は見事に晒し者になっていた。



376: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:36:23.45 ID:3SWAkkcoo

「……どうしてこうなった」

「と、とうま。その、あんまり長引かせると、余計やりづらくなるんだよ。だからすぐに済ませてしまったほうがいいかも」

「お、おう、そうだな……」

上条はできるだけ何でもないように装いながら、箸でしらたきを掴むと、インデックスの口の前へ持っていく。
それに対し、インデックスも小さな口を開いて近づける。

しかし。

「はい、カットだにゃー!」

「はぁ!?」

「カミやん、『あーん』がないですたい」

「ふ、ふざけんな!! 何でわざわざそんな事言わなきゃなんねえんだよ!!」

「そっちの方が雰囲気出るじゃん。みんなもそう思うだろー!?」

「「おおー!!!」」

妙な所で一致団結するクラス。
上条は「ぐぬぬ」と歯ぎしりするが、どうもこの状況を抜け出すには言われた通りにやるしかないようだ。
しかもインデックスも潤んだ瞳でこちらをじっと見つめているので、ギャグっぽくすることもできない。

仕方ないので、上条はとにかく平常心を装いながら口を開く。

「ほらインデックス。あ、あーん」

「あ、あーん」

周りから「おお!!」という声が上がる。
上条はそれを聞かなかったことにして、インデックスの口の中にしらたきを入れた。
彼女はすぐに口を閉じて、モグモグと咀嚼する。

「……う、うん。おいしい」

「そ、そっか。そりゃ良かったな!」

気恥ずかしさで、お互いまともに顔を見合わせることもできない。
そんな二人の様子を、周りのクラスメイト達はニヤニヤと見ている。
担任である小萌先生までも、ニコニコとしているくらいだ。

なんだろうこの公開処刑は。

その後、あまりの気恥ずかしさからか、インデックスは他のテーブルへと行ってしまった。
そして吹寄も興味がなくなったのか、「能力レベルを伸ばす100のコツ」とかいう本を開いて読み始める。

これで妙なことを言われることもなくなると思った上条だが、まだまだ追求の声は留まることを知らない。

「んで、んで? 実際のところ、あのシスターはんとはどこまで進んでるん?」

「あーもう、いい加減そっから離れやがれこのエロゲ脳!!」

「半年も一緒に住んでて、本当に何もないんかにゃー? 」

「だからねえって何度も言ってんだろうが!!」

土御門と青髪ピアスの追求を受け流しながらも、そんなにも自分とインデックスはそんな関係に見えるのか、と思う上条。
だが考えてみると、半年も同居していればそう思われるのも当然かもしれない。



377: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:37:06.71 ID:3SWAkkcoo

「あ、そういえば、インデックスってイギリスで修道服以外の服を買ったんじゃなかったかにゃー?
今日は着てないみたいだけど」

「ええ、ほんまか!? うわー、見てみたいわー!」

「あぁ、やっぱいつもの服が落ち着くとかなんとかで……って、何で土御門が知ってんだ?」

「ふふふ、俺は世界を敵に回す多重スパイだぜい? これくらいの情報収集なら朝飯前ですたい」

「なんやなんや、厨二病かいな」

青髪ピアスは呆れているようだが、上条の方は納得する。
確かに普通の人なら土御門の話を聞いても信じられないだろうが、上条はそれが妄言ではない事を知っている。

「なんでも、ステイルに選んでもらったとかなんとか。まぁねーちんのセンスはちょいと特殊だからにゃー」

「えっ……?」

「おっ、あのシスターちゃんにも男の影が!? カミやん、他の子にうつつを抜かしてる場合やないでー」

「…………」

「……カミやん?」

おそらく土御門も青髪ピアスも、いつも通りに「何言ってんだ」という反応を予想していたのだろう。
だが、上条はどこかぼーっとしており、その言葉さえ聞こえていない。

原因不明のモヤモヤが上条の中でうごめく。
そのモヤモヤは胸を圧迫し、ズキズキという鈍い痛みも感じる。

そんな上条の反応に、土御門と青髪ピアスは顔を見合わせて首を傾げる。

「…………」

「カミや~ん? どないしたん?」

「ん、あ、あぁ! 悪い悪い! まぁそうだよな、神裂のあの格好見れば、確かにステイルに選んでもらった方がいいよな!
 ……あー、なんかぼーっとしてきたし、ちょっと外の空気でも吸ってくるわ!」

何かおかしい。もしかしたら病気かもしれない。
この熱気が悪いのかもしれないと判断した上条は、立ち上がって店を出る。

それを見ていた青髪ピアスは、若干気まずそうにする。

「なぁ、もしかしてカミやんってほんまに……」

「あぁ……確かにあの反応は……。吹寄はどう思うにゃー?」

「何であたしに振るのよ」

「こういうのは女の子の方が分かるってゆーやん!」

吹寄はずっと本を読んでいたが、話は聞こえていたのだろう。
そして手に持っている本を閉じると、少し呆れた様子で口を開く。

「別に、何でもないんじゃない?」

「「へ??」」

吹寄の言葉に、土御門と青髪ピアスは間抜けな声を出す。
二人から見れば、上条の態度はインデックスの事が好きだとしか思えなかった。



378: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:38:08.48 ID:3SWAkkcoo

「で、でも、あれは明らかにインデックスを意識してたで!」

「はっ、そうか。まさか吹寄もカミやんの事を!! だから、わざとそう言って……!」

「それ以上言うとはっ倒すわよ」

「すみません」

吹寄がギロリと睨むと、土御門は即座に謝る。

「あの様子見る限り、上条は自分で自分の気持ちが分からないんでしょ。
 それなら、あたし達がとやかく言っても仕方ないわよ。結局、本人がその気持ちをどう捉えるかだろうし」

「……んー、そないなもんなのかねぇ」

「そういうもんなの」

そういう事はきちんと自分と向き合い、自分で答えを出すべきだというのが吹寄の考えだった。
どんなに周りから見て明らかだったとしても、その答えを決定付けてはいけない。
周りがいくつかの道を示すことはしても、選ぶのはあくまで本人の役割だ。

暗部に生きる土御門も、そういった事に関してはまだまだ分からないのか、腕を組んで首を傾げている。
そして、吹寄に向かって一言。


「でも、偉そうなこと言ってても吹寄だって恋愛経験は皆無だにゃー」


直後、渾身のボディーブローが炸裂した。



***



上条は夜の地下街で、一休みしていた。
地下街はまだ明るい所も多いが、この辺りは人気も少なく、時間通りの暗さがでている。
道路の端にある手すりに寄りかかってみると、下の道路にはまだ多くの学生が楽しそうに話しながら歩いていた。
そういえば、0930事件の後もこうやってここで土御門と話したっけ、とふと思い出す。

気温は調整されており、冬の夜にも関わらず、肌寒さこそ感じるが震えるほどではない。
すき焼き屋はかなりの熱気で満ちていたので、今の上条にとってはちょうどいいくらいだ。

店を出てから、胸のモヤモヤは次第に消えていた。
しかし、それは店を出た影響なのか、それともただ単に時間の問題なのかは分からない。
このように、自分で自分が分からないのは何とも気持ちが悪い気がする。

(……青髪ピアスはあんな奴だけど、悪い奴じゃねえってのは分かってる。
 それにステイルだって、安心してインデックスを任せられる数少ない奴だ。なのに、何であんな気持ちになってんだよ、俺)

分からない。
こうして落ち着いて一人で考えても答えが出てこないとなると、いよいよどうしようもなくなる。
しかも、その事を思い出すと、モヤモヤが再び広がるような感覚さえ覚える。

「どうしろってんだよ……」

上条は口を開く。
もしかしたら何か声を出すことで、このモヤモヤも一緒に出ていってくれるのではないかというのを期待して。
すると。


「何かお悩み事ですかぁ?」


返事が返ってきた。
上条がそちらへ顔を向けてみると、そこには一人の少女が立っていた。
背は高く上条と同じくらいだろうか、暗闇ではよく映える綺麗な金髪、そして常盤台中学の冬服。

上条は以前にこの少女に会ったことがある。
確か大覇星祭の時だったはずだが、今まで覚えていたのは変わった子だと思ったからか。
それとも、その中学生とは思えないほどの見事なプロポーションがそれほど衝撃的だったのか。

「えっと……食蜂操祈……だっけ?」

「あっ、覚えていてくれたんですねぇ。嬉しい♪」

食蜂は満面の笑みでそう言うと、自分の腕を上条の腕に絡ませた。
腕から伝わるムニュという柔らかな感触が、心臓の鼓動を跳ね上げる。



379: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:38:40.90 ID:3SWAkkcoo

「ど、どうしたんだ、こんな夜中に? 常盤台生で夜中にうろつくなんて、御坂くらいだと思ってたけど」

「ふふ、夜のお散歩って素敵じゃないですかぁ」

「お嬢様は結構危ないんじゃねえか? ほら、学園都市だって治安が良いとは言えねえし……」

「大丈夫ですよぉ。私、こう見えて能力には自信あるんですよ?」

「あー、まぁ確かに常盤台つったら、レベル3以上の集まりだもんな。
 けど、スキルアウトとかもナメねえほうがいいぞ? いくら無能力者でも束になってかかって来られるとあぶねえからな」

「はぁーい。気をつけまーす」

食蜂は元気よく返事をする。腕は依然として上条の腕に絡めたままだ。

「でもでもぉ、私は上条さんの事も心配だなぁ」

「へ……俺?」

「えぇ。なんか苦悩力が滲み出ていましたよぉ? 悩み事ですかぁ?」

「……まぁな」

ここで食蜂の目がかすかに細くなったのに、上条は気付かない。
食蜂はここでようやく腕を離すと、少し真面目な表情で向き合う。

「良かったら、聞きますよ?」

「え……いや、でもな…………」

「私、そういう心理学的なものは結構詳しいんですよぉ?
 それに、上条さんの悩みって、あまりお友達には相談しにくい事なんですよねぇ?」

「そう、だな」

「それなら、意外と私なら話しやすいんじゃないですかぁ? ほら、私と上条さんって、まだ少し距離があるっていうかぁ……。
 まぁ私としてはこれからもっと縮めていきたいと思っているんですケド♪」

上条は少し考える。
感覚的には、食蜂の言う通りだった。

上条には小萌先生を始めとして、相談できる人は沢山いる。
しかし、これは上条にも理由が良く分からないのだが、今悩んでいることに関してはそういった人達に相談するのはどこか抵抗があった。

そして不思議な事に、少し距離のある食蜂には幾分言いやすい気がした。

「……分かった。じゃあ、聞いてくれるか?」

「もちろん☆」

上条は、とにかく話してみることにする。
ちょうど、一人で悩んでいても仕方ないとも考えていたところだ。

口を開いて言葉を紡ぐ。
話し出す時は少し抵抗があったが、一度声に出すと自分でも驚くくらいに次々と言葉が出てきた。
まるで溜まっていたものを吐き出すかのように、上条は話し続ける。

食蜂は口を挟まず、ただ黙って聞いていた。
先程までの笑顔は消えていて、ただただ真剣に聞いていた。

「――――ってわけなんだ。はは、意味不明だろ」

「…………」

全部話し終えた上条は自嘲気味に笑うが、食蜂は何か考え込んでいるようで反応しない。
上条も女の子にただじっと見つめられるのは慣れていなく、少しそわそわする。
だが、嫌というわけではない。
彼女はそれだけ上条の言ったことを真剣に考えてくれているのだろうし、それに対しては感謝しなければいけない。

その一方で、上条は彼女に関して一つ気になることがあった。
自分を見つめるその瞳。
そこにはどこか寂しい光が宿っている。そんな気がした。



380: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:39:16.67 ID:3SWAkkcoo

「……食蜂?」

「えっ、あっ、ごめんなさぁい! 私、ちょっと考え事に夢中になっちゃっててぇ。私って集中力高すぎ?」

「もしかして、お前にも何か悩みがあるのか?」

「え?」

「いや、何かそんな感じがしたからさ。気のせいならそれでいいんだ」

「ふふ、私は大丈夫ですってぇ。これでも精神力は結構すごいんですよぉ。
 あっ、別に上条さんの心が弱いとかって意味じゃないですよ!」

「……はは、分かってるよ」

やはりと言うべきか、はぐらかされてしまった。
もちろん、本当に上条の思い過ごしという可能性もあるだろう。
しかし、上条はなぜか確信を持って、食蜂が何かを抱えていると言える。
これは理屈ではなく、感覚的なものだ。

といっても、それを問いただすような事はしない。
言いたい時に言ってくれればいい。彼女とはそんな関係だと思った。

「それよりも、今は上条さんのお悩みですよぉ。でもでもぉ、そこまで難しいことではないと思いますけどね」

「本当か……?」

「えぇ。上条さんは、その子の事をとても大切に思っている。その気持ちが強すぎて、他の人には渡したくないんですよぉ。
 ほら、父親が娘の彼氏の事をよく思わなかったりっていうのは結構あるでしょー?」

「父親……娘…………」

「独占欲ってやつですねぇ。それだけ大切な人がいるっていうのは、とっても良い事だと思いますよぉ。
 でもぉ、上条さん。子供は、いつまでも子供のままじゃないんですよぉ?」

「………………」

インデックスはイギリスから帰ってきて、変わった。
家の手伝いを進んでやってくれるようになっただけではない。
その立ち振る舞いや雰囲気が以前とは違っていた。

それは必要悪の教会(ネセサリウス)の一員として仕事をするようになったからなのか。
それとも何か他の理由があるのか、上条には分からない。

だが、食蜂の言う通り、彼女は確実に精神的に成長したと思う。
それならば、上条の方も以前までとは接し方を変えなければいけないのか。

「人からそれだけ大切に思われるのは幸せなことです。でも、それも行き過ぎると、彼女にとって枷になってしまうんじゃないですかぁ?」

「枷……」

「えぇ。彼女もあなたに気を使って、自分の道を選べなくなってしまう。そんなのって良くないですよねぇ」

一ヶ月前のインデックスとの別れの時。
確かに彼女は上条に引き止められるのを恐れて、何も言わずにイギリスへ渡った。
つまりそれは、上条によって自分の道を決められてしまうのが嫌だったのではないか。

彼女は上条が居なくて寂しかったと言ってくれた。
それに嘘はないと思いたい。自分にとって彼女が大切であるのと同じように、彼女にとっても自分は大切な存在でありたいと思う。
しかし、彼女はイギリスで自分の力を役立たせる道を選んだ。
そういった選択をした彼女を引き止めてはいけない。彼女もそれを恐れている。

彼女がここに居るのは、イギリスでの仕事を満足にできるようにするためだ。
上条に会う、というのはあくまでその目的を達成する手段にすぎない。

勘違いをしてはいけない。
自分はインデックスの道を開いてやる手伝いをするだけだ。
間違っても、彼女の道を遮るような真似をしてはいけない。



381: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:39:45.66 ID:3SWAkkcoo

「――――って、ごめんなさぁい。なんだか説教臭くなっちゃいましたねぇ」

「いや、サンキューな。お陰でなんつーか、ちょっと分かったよ」

「そぉですかぁ? ふふ、それなら良かったです♪」

「さすが、心理関係に詳しいってだけあるよな。やっぱ能力がそっち関係なのか?」

「どうでしょう? 女の子はそういうのに対して関心力が高いじゃないですかぁ。ほら、心理テストとか」

「はは、確かにな」

いたずらっぽくウインクする食蜂に、上条は苦笑いを浮かべる。
洗脳系の能力を持っている人間は、他人の感情表現に対して何の価値も見出だせなくなるらしい。
なんでも、それらは自分達で思うままに作り出せるものだからだとか何とか。

だから、目の前のこの少女は精神系の能力だったとしても、おそらくそういう洗脳とかではないだろうと上条は思う。
それに、もし洗脳系の能力の持ち主だっとしても、こうして普通の子と変わらないというのはそれだけしっかりとした心を持っているという事にもなるはずだ。

「……それじゃ、話聞いてくれてサンキューな。俺はそろそろ店に戻るよ。一人で帰れるか?」

「帰れなぁい。って言ったら送ってくれますかぁ?」

「えっ、あー、御坂達と同じ寮なのか?」

「私の寮は学舎の園にある方なんです☆」

「いやいや、それじゃ無理だって! こんな夜中に男があんなとこに入ったらどうなるか……」

「えー、でもぉ、それはそれでスリリングで面白そうじゃないですかぁ? ほら、潜入ミッションみたいで!」

「そりゃ他人事なら面白そうだろうな……」

生憎だが、上条には人生を賭けた潜入ゲームをするつもりはない。
そのまんまの意味で何度も死にかけた上条だが、社会的に死ぬというのは勘弁してもらいたい。

「ちぇー、『こちらスネーク、学舎の園に潜入した』みたいにやってほしかったのにぃ~」

「ヘタしたらそれと同じくらいの危険はあるかもな」

「もう、どんな所想像してるんですかぁ」

冗談のように聞こえるかもしれないが、実は結構有り得る話なのではないかとも思う。
それだけ高レベルの能力者の価値は高く、厳重な警備が敷かれているという噂も数多くある。

「はぁ、まぁいいですよぉ。では、学舎の園潜入は次の機会っていう事で」

「永遠にないけどな。んじゃなー」


「……意外に近いうちにあるかもしれませんよぉ。では、私はこれで♪」


「えっ?」

上条がそんな声を出すが、食蜂は構わずクルリと後ろを向いて行ってしまった。

「……近いうちに?」

少し考えてみるが、これから学舎の園に入る予定なんてないはずだ。
そもそも、常盤台のお嬢様とごく普通の高校生では接点があまりにも少なすぎる。
強いて言えば、上条の寮が学舎の園の近くだが、それだけでは男の上条がそこに入るなんて事にはならない。
警備も厳重なので、うっかり入ってしまったという事もないはずだ。

そういえば、インデックスもうっかりここ学園都市に入ってきたとか言ってたような気がする。
もしかしたらこの不幸体質があれば、何かの拍子にうっかり学舎の園に入ってしまうなんてことがあるのではないか。

そこまで考えて、顔を青ざめる上条。
警備員に捕まれば社会的立場は地に落ち、ヘタすれば動揺したお嬢様からの攻撃なんていう事もあるかもしれない。
脳裏に、例のビリビリ中学生の雷撃の槍が浮かぶ。

その直後、ブンブンと頭を大きく振った。もうこれ以上考えるのはやめることにする。
まぁそれほど意味があって言ったんじゃないだろうな、と上条は思い込むと、店へ歩いて行く。

店に戻っても、もうインデックスの事でおかしな事にはならないはずだ。

不思議と、気分はスッキリしていた。



382: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:40:37.34 ID:3SWAkkcoo

***



それから打ち上げではしばらく騒いだ。
途中、青髪ピアスのテンションが最大値を振り切って、突然脱ぎだした挙句に吹寄にぶっ飛ばされたり。
土御門と店員がアルコール関係の話をしているのを見た小萌先生が、小さな体をバタバタと振って怒ったり。

もちろん、今回の主役であるインデックスも大人気で、クラスメイトと仲良く話したり写真を撮ったりしていた。
やはり日本語が話せるイギリスのシスターさんというのは、話す内容も尽きない。
イギリスのことだったりシスターさんとしての仕事の事だったり、ここの学生からすれば興味津々だ。
まぁ、インデックスは魔術のことをうっかり話さないように苦労していたようだが。

そんなこんなで、時間はあっという間に過ぎ、みんなそれぞれの寮へと帰っていった。


上条とインデックスは既に家に着いており、風呂も済ませていた。
晩御飯はあのすき焼き屋で済ませたので、もう寝るだけである。
さすがに疲れてきたのか、インデックスはウトウトきているようだ。
午前中からプールで遊び、夜はこうしてみんなで騒げば仕方ないだろう。

「……とうま、寝よ」

インデックスは目を擦りながらベッドに向かう。
もう上条も一緒に寝ることは当然のことらしく、ちょいちょいと可愛らしく手招きをしている。

「……インデックスさんは一人で寝れなくなってしまったんでせう? もしかして、寮でも神裂とかと一緒に…………」

「そ、そういうわけじゃないかも!」

「んじゃ、なんで……」

「もう、いいから! ほら早く早く!」

インデックスはあまり追求されたくないのか、上条の声を遮って、グイグイと手を引く。

結局昨日と同じくベッドで横になる二人。
しかも、今日はいきなりインデックスが抱きついてきている。
女の子特有の柔らかさは、やはりなかなか慣れない。
この年でもう女の子に慣れているというのも、それはそれで何だかアレだが。

「俺は抱き枕かよ」

「似たようなものかも。とうまも欲しくないの、抱き枕」

「んー、そんなに興味はねえかな。青ピなんかは女の子がプリントされてるようなモン使ってるらしいけど」

「聞いたことあるかも。それで夢の中でいかがわしい事をしようっていう事なんだよね」

「い、いや、それは分かんねえけど……」

「……はっ! それじゃあとうまは、こうしている事で夢の中で私といかがわしい事を!」

「抱き枕にしてんのはお前だからな。この場合、夢でいかがわしい事をすんのはお前だ。
 シスター的にいいのかそれ? どっかのAVじゃあるまいし」

「わ、私はそんな事しないんだよ!! 夢でも決して!!」

「分かった分かった! 夜中にそんな騒ぐなって!」

この予想通りの反応はなかなか面白いが、時間も時間なのでこの辺にしておく。

上条は溜息をつくと、静かに目を閉じる。今日はとても疲れた。
今まで様々な戦いをしてきた少年だが、基本的には普段は普通の男子高校生だ。
一日中遊べば疲れるし、寝る時も常に警戒するなんていう、それこそ戦闘のプロみたいな真似はできない。

案の定すぐに睡魔は迫ってきて、ウトウトし始めてくる。

「ねぇ、とうま」

「……ん、何だよ寝れないのか?」

「そういうわけじゃないんだけど……」



383: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:41:52.55 ID:3SWAkkcoo

どうもインデックスは歯切れが悪い。
疑問に思った上条は、体勢を変えてインデックスと向き合う形になる。

「わわっ!! きゅ、急にこっち見ないでほしいんだよ!」

「いや、どっか調子悪いんじゃないかって思って」

「そういうわけじゃないんだけど……ていうかとうま、何かあった?」

「へっ? なんで?」

「えっと、うまくは言えないんだけど、何か雰囲気が違う感じがするんだよ。すき焼き屋さん辺りからかな?」

インデックスのそんな言葉に素直に感心する上条。
この少女は、こんなにも自分を見てくれているのか。

「……別に。なんでもねえよ」

上条は口元を緩めると、彼女の頭をなでた。
心地良いサラサラとした感触が手に伝わる。

「とうま?」

「ほら、さすがに疲れたろ。そろそろ寝ようぜ」

「う、うん」

インデックスはまだ何か言いたげだったが、上条はゴロンと彼女とは反対の方向に向き直る。

とても落ち着いた気持ちだ。
昨日はあれだけ緊張して、今日は何だか変な気持ちにばかりなって。
そんな事が嘘みたいだった。

とにかく、彼女の望む道へ進むための手伝いをする。
余計なことは考えなくていい。
ただそれだけを、その事だけを考えているのはとても楽だ。

食蜂操祈は良いカウンセラーか何かになれるかもしれない。
そんな事を考え始めた時、上条の意識は睡魔の中へと落ちていった。



***



三日目の朝がやってきた。
昨日とは打って変わって、今日は素晴らしい目覚めだった。
やはり子供は子供らしく、日中は思い切り遊んで夜にぐっすり眠るのがいいようだ。

まぁこんな事を考えている時点で、普通の子供とはどこかズレているような気もするが。

天気は昨日に引き続いてとても良好だ。
まだ日も昇りきっていない時間だが、それでも日差しがカーテンから漏れている。

ちなみに今日はインデックスに抱きつかれて起き上がれないなんていう事態にはならなかった。

「うんうん、やっぱり朝はお味噌汁だよね!」

「お前、朝はパン派じゃなかったか? パンと味噌汁って組み合わせは普通にあるんだろうけど、良く考えてみるとちょい違和感ねえか?」

「細かいことは気にしないんだよ! おかわり貰うねー」

インデックスはそう言うと、台所の方へと歩いて行く。見るからに機嫌の良さそうな足取りだ。
以前まではこういった事も上条に頼りっきりで、ただ「おかわり!」と茶碗を差し出すだけだったのだが、今ではできる限り自分でやろうとしているようだ。

今日の朝食もインデックスは手伝っており、イギリスに帰ったらこの素晴らしい味噌スープを披露するとか何とか意気込んでいた。



384: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:42:29.19 ID:3SWAkkcoo

「んで、今日は何する? こんな天気もいいし、外でなんかスポーツでもすっか?」

「うん、いいかも! それなら、二人でできるテニスとかどうかな!」

「へぇ~、お前テニス好きなのか?」

「ううん、やったことない。でも、寮のテレビとかでやってて面白そうだったんだよ!」

「あー、確かにイギリスじゃあな。まっ、俺もほとんどやったことないし、お互い初心者でいいか」

「ふふふ、初心者だと思って油断してると大変な目に遭うんだよ。私の完全記憶能力があれば、最適なフォームをマスターするのは難しくないかも。
 それに、この十万三千冊の魔道書から、未知なる究極の技を……」

「なんかお前のそういうセリフって、ただの厨二病じゃないってのが厄介だよな」

上条は適当に受け答えながら、ケータイを開いてどこかテニスができる所を探す。
もちろん、学園都市にそういった施設がないわけではない。
しかし、上条としてはお財布事情とも相談しなければいけないわけで、できるだけ安い所を探す必要がある。

セレブ御用達の第三学区の施設なんていうのは、テニス以外にも色んなサービスが付いてとんでもない出費になるので論外だ。

インデックスは上条が構ってくれなくなったので、つまらなそうにテレビに目を向ける。
そこには向こう一週間の天気予報が表示されていた。

「あれ、とうまとうま。雪だるまの絵が映ってるんだよ」

「えっ、雪?」

「うん、ほら。私がここに居る最終日」

上条も同じようにテレビに目を向けてみると、確かにその日は雪マークがついていた。

「学園都市じゃ珍しいんじゃないかな?」

「んー、まぁそりゃ新潟とかと比べりゃ降らないけど、別にそこまで珍しいことでもねえよ。二月だしな」

上条はそう言うと、ご飯を食べ始める。今日遊ぶ場所は、もうあらかたケータイで調べ終えた。

それにしても、インデックスの学園都市滞在の最終日に雪とは、何か嫌な予感がする。
上条のことだ、記録的な大雪でまともに遊べないなんていう事にもなりかねない。
だから、それまでにインデックスに心の問題に関しては何とかしないとなぁ、などと漠然と考える。

ちなみに、インデックスの遠隔制御魔術の調子はイギリス清教側ですぐ分かる。
土御門から話を聞く限り、どうやらインデックスの調子は少しずつ良くなってきているらしい。
それでも、このペースだと最終日までに完全にストレスを解消できるか、というと難しいらしいが。

「ていうか、その雪が降る日って他にも何かあったような…………」

「もしかしてバレンタインのこと? とうまとうま、いくら毎年全然チョコが貰えないからって、日付をド忘れするのはちょっと痛々しいかも」

「ちげえよ! てか俺がどんだけチョコ貰ってたのかなんてお前には分かんねえだろ!」

「とうまも分かんないじゃん」

「……確かに」

上条当麻は記憶喪失だ。
つまり、去年のバレンタインに自分がどれだけの戦果をあげたのかは分からない。
というか、そもそも去年は受験だったはずで、おそらく死ぬ気で勉強しててそれどころではなかった可能性も高い。
それは記憶喪失直後から夏休みにもかかわらず補習に行くはめになっていた事からも伺える。

インデックスはわざとらしくコホンと咳をする。

「ま、まぁ、いくらとうまでもチョコ0個っていうのは可哀想だと思うし、イギリスから送ってあげないこともないかも」

「おー、じゃあオルソラにも頼んでくれよ! なんかすっげーチョコ作ってくれそうだし!」

「……とうまとうま、オルソラはちょーっと抜けてる所あるから、“ついうっかり”何か変なものが入ってても別におかしくないよね?」

「いやすみません、勘弁してください」



385: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:43:26.75 ID:3SWAkkcoo

インデックスの脅しに数秒で屈する上条。
さらに彼女はニヤリと笑うと、こちらの皿をビシッと指差した。

「じゃあ、そのウインナーで手を打ってあげるんだよ!」

「………………」

「とうま?」

なんだか卑猥な発言だなー、なんて思った。

「い、いや、何でもねえよ。ほらよ」

「ありがとう! あーん…………あ」

嬉しそうに大口を開けるインデックスだったが、途中でピタリと動きを止める。
食べものを前に彼女が動きを止めるのはとても珍しい。

上条が首を傾げていると、ちょっと頬を染めたインデックスの口が開かれた。

「な、何だか昨日のすき焼き屋さんでの事思い出しちゃったんだよ」

「すき焼き屋? あー……」

このシチュエーションですき焼き屋と言えば、あの「あーん」してからかわれた事だろう。
確かにあの時は、上条も顔から火が出るんじゃないかと思うくらいに恥ずかしかった。

しかし、なぜだろう。
今思い返してみれば、たったそれだけで何であそこまで動揺していたのかが良く分からない。
ただそういった恋愛関係の事が大好きで興味津々な高校生のからかいだろう。そこまで真面目に受け止める必要もないはずだ。
あの場所の雰囲気とかの影響なのだろうか。

とにかく、今は全然気にならなくなっていた。

「別に気にしなくていいだろ。アイツらはいつもあんな感じだ」

「……え?」

「だから、いちいち気にしてたらこっちが保たないぞ。人間、時にはスルースキルというのも大切なのですよ。
 ネットとかやってると凄く分かると思うけどな」

まぁインデックスはネットなんてやんないだろうけどなー、などと笑う上条。

インデックスは、少し驚いたように上条を見ていた。
そして、これは見間違いなのかもしれないが。

少し、寂しそうだった。

「というわけで、いちいち『あーん』ごときで動揺してたらまだまだですよインデックスさん。
 あの変態青髪ピアスなんかは平気で放送禁止用語とか使ってくるからな」

「え、えっと……うん、分かった」

「それじゃあ上条さんのウインナーをありがたく頂くが良い! …………いや、やっぱなんかアレだな。このセリフ」

「?」

上条の言っていることが理解できないのか、キョトンと首を傾げるインデックス。
これだけ純粋な反応をされてしまうと、それだけ自分が汚れているんだと突き付けられているかのようだ。

ともあれ、目の前に食べものを差し出されて、いつまでも黙っているインデックスではない。
その大きな口を開くと、思い切りパクリといこうとする。

その時。

「ん?」

「むがっ!」

上条が不意に手を動かしたせいで、ウインナーは彼女の口の中ではなく頬にぶつかった。
インデックスはあまり女の子らしくない声を上げる。ぐちゅ、と油が頬につき、彼女は明らかに嫌そうな目でこちらを見る。

上条の視線の先には自分のケータイがあった。

「わりっ、着信みてえだ」



386: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:44:38.85 ID:3SWAkkcoo

食事中に電話をするのも躊躇われるので、とりあえずベランダに出る上条。
まだ朝方という事もあって、外はかなり寒い。

そして電話の方はというと、どうやら相手は御坂美琴のようだ。

「もしもし? なんだよこんな朝っぱらから」

『ん? 目覚まし代わりにかけたつもりなんだけど、アンタもしかしてもう起きてた?』

「起きてるよ。つか目覚まし代わりってなんだ! 学校もないのに嫌がらせかよ!!」

『規則正しい生活は日頃から心がけたほうがいいわよー?』

「お前、カエルのストラップ返す時に深夜に電話して俺を叩き起こしただろ」

『カエルじゃなくてゲコ太! ていうかいいじゃない、遅寝早起き。やっぱ人間ってできるだけ長く活動するべきだと思うわよ私は』

「とてつもなく体に負担かかってるだろうけどな、それ」

そんな感じにほとんど内容のない会話をする二人。
こういうのは、どこか学校での土御門とか青髪ピアスとの会話と似ているような気がする。

『……ってそうだった、私は何もそんなくだらない事を話すためにわざわざ電話したわけじゃないわよ』

「そのくだらない事ってのにはゲコ太の事も入ってるのか?」

『んなわけないでしょうが! ぶっ飛ばすわよアンタ!!』

なんだか凄く怒られた。
これだけ熱中できる何かがあるっていうのは良い事なのかもしれない。
それがゲコ太という事に関しては、あまり羨ましくはないが。

『って、また話がズレてる! なに、もしかしてアンタ意図的にやってる!?』

「生憎上条さんにそんなスキルはないです」

『じゃあ素か。ホント質悪いわね』

「知ってるか御坂、会話ってのは二人居ないと成り立たないんだぜ」

『つまり、会話がズレるのは私にも責任があるって言いたいのね?』

「まぁ、別にズレてもいいんじゃねえの。その様子じゃそこまで大事な用じゃないだろ?
 気楽にくだらない事話すってのも、それなりに楽しいと思うけどな」

『……わ、私も別に嫌いじゃないわよ。でも、とりあえず要件を先に聞きなさい』

「へいへい、了解」

美琴の声が少し柔らかくなった気がする。
最近の彼女はこうしてコロコロと機嫌が変わる。

『え、えっとね……昨日の事、なんだけどさ…………』

「昨日?」

『ほら、プールで! 私その、色々やっちゃったじゃない?』

「……そういやルール完全無視で能力全開なレベル5のお嬢様が居た気がするな」

『うっ……だから、えっと…………悪かったわよ』

「はい?」

『つまりね……その、謝りたかったわけ。ご、ごめんなさい』

「………………」

上条は硬直する。
今電話の向こうの主はなんと言った?



387: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:45:12.73 ID:3SWAkkcoo

「悪い、俺の聞き間違いかもしんねえけど、お前今『ごめんなさい』って言ったか?」

『う、うん』

「…………御坂」

『なによ』

「お前疲れてんだよ。今日は一日大人しくしとけ。なっ?」

『いきなり何よ!』

「だってお前が素直に謝るなんてどう考えてもおかしいだろ!
 はっ、もしかして誰かが御坂のふりをしてんのか!? おいお前、御坂をどうした!!!」

『私は正真正銘御坂美琴だああああああああああ!!!』

あまりの大声に、耳がキーンとする上条。
どうやら向こうは完全にブチギレてしまったようだ。

しかし上条の反応も仕方ないだろう。
美琴が素直に謝るなんていうのは、上条は今まで一度も見た事も聞いた事もなかった。
それだけに、先程の美琴の謝罪の言葉は違和感ありまくりで、もはや気味が悪いとさえ思った。

『なによ、そんなにおかしい!? ただ謝っただけで偽物認定とか、アンタの中で私は一体どうなってんのよ!!!』

「おお……そのキレ方は御坂か。なんだ脅かすなよ」

『私だって、昨日は悪い事したってちょっと真剣に考えてこうして電話したっていうのに、この扱いは何よ!!
 つーか、なんかこんな状態が私の正常だって思ってるみたいだけど、それも全然違うからそこんとこ覚えとけやコラァァ!!!』

「分かった分かった。いつものお前で安心したよ。じゃあな」

『ちょ、ちょい待ち!』

テンション上がりまくってる美琴を放置して電話を切ろうとする上条だったが、すかさず止められた。

「なんだよ、早くしてくれねえと朝飯冷めちまうんだけど」

『あー、えっと、ほらあのシスターはどうなのよ? 解決できそう?』

「インデックスか……。いや、まだダメだ。ちょっとずつ良くはなってるらしいけど」

『そう……。あのさ、私にできることは言いなさいよ。協力したげるから』

「……お前ってアイツとは仲悪かったよな? どうしてそこまでしてくれんだ?」

『……あ、アンタが』

「俺?」

『何でもない!! 別にただの気まぐれよ!! じゃあね!!』

結局向こうから一方的に切られてしまった。
やはり彼女は何を考えているのかいまいちよく分からない。

まぁ、根は良い奴という事は分かっているので、案外ただ放っておけないとかそういった理由なのだろう。



388: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:45:49.92 ID:3SWAkkcoo

上条は居間へ戻ってきた。
もしかしたら自分が居ない隙にインデックスが朝食を食べ尽くしてしまっているんじゃないかとも心配したが、意外と無事だった。

「お、俺の飯が少しも減らずに残っている……ッ!!」

「そこまで驚かれるとちょっと心外かも」

インデックスはぷくーっと頬を膨らませる。

「それで、こんな朝から何の電話だったの? もしかして、こもえから補習のお知らせとか?」

「違う違う。なんか御坂が昨日のビリビリの事を謝ってきてな。珍しいこともあるもんだ」

「……ふーん」

途端に不機嫌になるインデックス。
やはり基本的に仲は悪いらしく、こうして少しでも話題にあがると機嫌を損ねてしまうことが多い。
いったい何がそんなに気に入らないのかと不思議だが、そういう馬が合う合わないがあるのだろう。

「それに、お前の事も気にかけてるみたいだったぜ」

「短髪が?」

「あぁ、何だかんだ良い奴だからなアイツも。文句言いながらも俺の宿題手伝ってくれたり、ハワイまで来てくれたりするしな」

「………………」

インデックスは少し俯く。

上条はあれ? と疑問を抱く。
素直になれずに素っ気ない事を言いながらも、どこか嬉しそうといった反応を予想していたのだが。

「インデックス?」

「私も、短髪が結構良い人ってのは何となく分かるんだよ。それに可愛いし、物知りだし……」

「そりゃあの常盤台のお嬢様だからなー。あの学校、優秀じゃないと王女様とかでも平気で落とすらしいぜ」

「……とうまはさ」

ここでインデックスは一息つく。
いつの間にか、何やらシリアスな雰囲気になっている。
先程までは楽しく今日の予定を決めていたはずなのだが、今はどこか重苦しい空気で満ちている。

彼女は次の言葉を言うかどうか躊躇っているようだ。
そんなに言い難いことなのか、と上条は少し気になってくる。
ここで結局何も言われないというのも、それはそれで後味が悪い気がする。

すると、彼女は意を決したようで、真剣な表情でこちらを真っ直ぐ見てくる。
その小さな口が、ゆっくりと開く。


「とうまは、短髪のこと好き?」
 




389: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:47:05.37 ID:3SWAkkcoo

唖然としてしまった。
ここまで真剣なインデックスはあまり見ないので、それだけ重大な話だと思ってた。
しかし、いざ聞いてみれば女の子が大好きな恋バナだったというオチだ。

上条はかなりの肩透かし感を覚えて溜息をつく。
味噌汁を一口飲んでみると、随分と冷めてしまっている。

「……まぁ嫌いじゃねえよ」

「じゃあ好きなの?」

「いや、別にそういうわけじゃ……」

もう受け答えも適当になってる上条だったが、インデックスはまだ真剣な表情のままだ。
そんな二人の温度差が、何かチグハグな空気を生み出していく。

「でもとうま、短髪の事話す時とっても楽しそうなんだよ」

「そうか? 土御門とか青ピの事話す時も同じようなもんだろ」

「……本当にそうなのかな。他に何か思うところがあるんじゃんないかな」

「ねえって。ちょっとしつこいぞお前」

イライラしてきた。
彼女の言葉でここまで頭にくるのは初めてかもしれない。
いつもはどれだけ彼女がワガママを言っても、まったく気にならないのに。

まただ。
また、自分の感情がコントロールできなくなっている気がする。

「つーか、そういうお前の方だってどうなんだよ」

「えっ?」

「なんかステイルと良い感じみてえじゃねえか。もしかしてお前の方が進んでんじゃねえの」

「な、なんでステイルが出てくるんだよ!」

インデックスはガタッと立ち上がる。
予想以上に大きなリアクションで、案外当たってるのだろうとぼんやりと推測する。

上条はフンと鼻で笑う。

「動揺しすぎ。まっ、別にいいんじゃねえの。結構お似合いじゃねえか。
 そっか、いきなりそういう話してきたってのも、自分はもう誰かとくっついてる余裕からってわけか」

「勝手に何言ってるのかな! 別にステイルとは何もないんだよ!」

「じゃあお前も勝手に色々想像して言ってんじゃねえよ。大体、俺が誰を好きでもお前には何の関係もねえだろうが」

「関係なくない!」



390: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:47:32.58 ID:3SWAkkcoo

インデックスは自分を落ち着かせるように深呼吸する。

上条はただ黙っていた。
これから彼女がどんな事を言うのか、それが気になった。

「……とうまに好きな人がいるのなら、私はここに居るべきじゃないんだよ。とうまにとっても、その相手の人にとっても良くない」

「お前が気にすることじゃねえだろ。俺はお前の問題を解決するのに協力したいと思ってるんだ」

「とうまの幸せを邪魔しているのに、気にしないなんて無理なんだよ!
 私がここに同居してたら、相手の子も絶対何か勘違いする! とうまはそれでいいの!? 」

「だからそんな相手はいねえって言ってんだろうが!!!」

いつの間にか上条も叫んでいた。
胸がズキズキと鈍く痛む。
そしてそんな痛みを感じている事自体にも嫌気が差し、目を逸らしたくなる。

叫んでも痛みは消えてくれない。
むしろ、悪化している気さえする。

「だからお前はそういう事気にしなくていいんだよ!! 俺がやりたいからやってんだ!!
 お前がここに居るのは、手段であっても目的じゃねえ。お前はイギリス清教で仕事する道を選んだんだろ!」

「……ッ!」

「それならいつまでもここの事を引きずってんじゃねえよ!
 お前はイギリスで新しい仲間と一緒に暮らすんだ。恋人でも何でも、そっちで勝手に――――」

バタン! と。
上条の言葉が終わる前に、インデックスは外へ飛び出て行ってしまった。
かなり早い動作だったので、その表情は良く見えなかった、が。
小刻みに震えて、それに鼻をすする音も聞こえたので、おそらく泣いていたのだろう。

上条はただ黙って立っていた。
いつ立ち上がったのかもあまりよく覚えていなく、それだけ頭に血が上っていたのだろう。

昨日は吹っ切れた気がしたのに。
これからは余計な事を考えずに、彼女の道の障害を取り除く手伝いだけをしようと思えたのに。
何か裏目に出てしまっているような気がしてならない。

ニャー、と三毛猫が心配そうにこちらを見てくる。
上条はその鳴き声を合図にするように、力なく床に座り込んだ。
何も、やる気が起きない。
何も、考えたくない。

日は徐々に昇っていき、部屋も次第に明るくなっていく。
しかし、この部屋の空気はどこか重く冷たい。
ただひたすら、部屋を静寂が包む。

インデックスは、帰ってこない。
 




391: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:48:38.64 ID:3SWAkkcoo

***



カチカチ……と、時計の音だけが部屋に響く。

どれだけ時間が経ったのだろうか。
上条は身じろぎ一つせずにいた。
テーブルの上にはすっかり冷めてしまった朝食がそのまま残っている。

インデックスはどこへ行ったのだろうか。
ちゃんとここまで戻って来られるのだろうか。
運良く知り合いに出会えば何とかなるかもしれないが、彼女一人だとおそらく厳しいだろう。

気付けば彼女の事ばかりを考えている。

当たり前だ。
上条にとって彼女はかけがえのない大切な存在であり、心配しないわけがない。

どうしてこうなってしまったのだろうか。
ここ最近、自分の心が良く分からない。
どうでもいい事で嫌な気持ちになってしまう。
そしてそんな自分自身にも嫌気がさすという無限ループだ。

ふいに、手にザラザラとした生暖かい感触が加わる。
目だけを動かしてみると、三毛猫のスフィンクスが上条の手を舐めていた。
飼い主が居なくなって寂しくなったのか。

「……分かってる。俺が悪かった」

スフィンクスに言っても仕方ないのは分かっているが、そう言わずにはいられなかった。

何であんな事を言ってしまったのだろうか、と後悔する。
インデックスにとって、ここ学園都市での思い出は大切なものであり、例えイギリスへ行っても胸に残していたいものだろう。
上条はそれを軽視するような言葉を投げつけてしまった。

もしかしたら、心のどこかでインデックスがここから居なくなるのを恐れているのかもしれない。
一ヶ月前、彼女がイギリスへ帰ってしまった後、上条はどうしようもない空虚感に襲われた。それも自暴自棄気味になるほどだ。
またあのような事になるのは怖い。

しかし、だからといって自分勝手な理由で彼女を引き止める訳にはいかない。
そんな板挟みの状況の焦りから、あんな事を言ってしまったのだろうか。
八つ当たりもいいところである。

スフィンクスがニャーと鳴く。

「――――あぁ、謝らないとな」

上条は重い腰を上げた。
ずっと同じ体勢でいたせいか、少し捻ってみるとボキボキという音が鳴る。

とにかく謝って、インデックスと仲直りをしなければいけない。
その後、次は冷静に、きちんと話したい。
彼女は自分にとって大切な存在で、彼女の力になりたいと思っている。
そして彼女自身のためというのもそうだが、自分にとっても彼女と共に居る空間は心地よいもので、残り僅かな時間でも大切にしたいという事。

時計を見てみると、10時過ぎだった。
お昼になったらお腹を空かせて帰ってきたりしないかな、などと考えるが、自分から探すに越したことはないだろう。その時間になったら一度家に帰って来てみればいいのだ。
天気が良いのも幸いしている。これで雨やら雪だったら、外でどれだけ彼女が辛い思いをしているか分からない。精神的な面では、十分辛い思いをしているのだろうが。

上条がケータイに手を伸ばすと、どうやら電源が切れているようだった。
それから起動しようとしてもうんともすんとも言わないのを見ると、どうやら充電切れのようだ。
そういえば昨日は疲れてすぐに寝てしまったので充電してなかった。

上条はすぐに充電器にケータイを繋いだまま電源をつける。
充電しながら使うのはバッテリーに良くないらしいが、今は気にしている場合ではない。

「ん、土御門から着信?」



392: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:49:51.15 ID:3SWAkkcoo

待受画面が表示されると、着信が数回来ているのが分かる。
どれも隣人である土御門からだった。
時間はおそらくインデックスが出て行ってから少し経った頃だろうか。

とにかく、折り返しかけてみる事にする。
だが、出ない。
結局電話はお留守番サービスに切り替わってしまい、とりあえず何の用かと残しておく。

そこで上条はとある事に気付く。
何やらこちらにも留守電メッセージが残っている。
普段あまり使わないので気付かなかった。

『もしもし、何で電話出れないんだカミやん? まーたいつもの不幸ってやつかにゃー?
 まぁカミやんの事だから、ケータイを踏んづけたり水没させたりしてるかもだけど』

そんな感じに切り出したのは案の定土御門だった。
いつもの軽い調子で淡々と話していく。
しかし、厄介事について話す時もこんな感じなので、ただの無駄話だと決め付けるわけにもいかない。

そして、案の定。

『俺が電話したのはインデックスについてだにゃー。俺もさっき知らされたばっかなんだけど…………なんか悪化してるみたいだぜい?』

上条の目が大きく開かれる。
心のどこかで心配していた事が当たってしまった。

『少しずつだけどこっちに来てから良くなってたらしいのに、一体どうしたにゃー? 向こうの連中もちょい慌ててるぜい?
 あっ、でもまだ心配はいらないさ。別に今すぐイギリスに連れ戻せなんていう命令は出ていない』

頭の中でドクンドクンという音が鳴り響く。
喉がカラカラだ。
冷汗が頬を伝う。

『けど、こうしてる今もインデックスの状態は悪化してる。このままいくと、術式の不具合が増大して彼女の身体に影響が出てくる。
 それに、術式が不安定なせいなのかどうかは分からないが、位置の補足もできないらしい。
 ぶっちゃけ、のんびりしてる暇はないぜい。とりあえず今からカミやんの部屋まで行くから、どっか行ってるなら一旦戻って来てくれ。じゃあな』

ここまでで、伝言は終わった。
話の流れから、どうやら土御門は隣の部屋にいないらしく、こっちに向かって来ているところらしい。
伝言が残されてから少し経つので、もうすぐ来るはずだ。

上条はすぐにケータイを操作し始める。
様々な後悔や自分への怒りが頭を巡るが、今はそれに気を取られている場合ではない。

警備員(アンチスキル)に連絡しようかとも考えたが、彼女は魔術サイドの人間であるので、色々と問題がでてくる。
おそらくきちんと保護してくれるとは思うが、その後どうするかは分からない。イギリスへ送り返される可能性だってある。
そもそも、イギリス清教側も術式のことを学園都市に細かく説明しているとも言い切れないので、まだ異変に気付かれていないかもしれない。

「知り合いに頼んでみるか」

昨日風斬を探したのと同じ方法で、とにかくインデックスを知っている者全員にメールを送信する。
まさか昨日のように上手くはいかないかもしれないが、やれることはやっておきたい。

メールを送り終えた直後、部屋にインターホンの音が鳴り響いた。土御門が来たみたいだ。

上条はすぐに立ち上がると、玄関へ足早に向かう。
扉を開けると、そこには少し息を切らせた土御門が居た。どうやら走ってきたらしい。

玄関先で立ち話というのもあれなので、土御門を家に入れる。
走ってきて少し疲れている様子なので、麦茶をテーブルに置いてやる。
いくら時間がないとはいえ、焦るわけにはいかない。
焦りは判断力を鈍らせる。

「……ふぅ、生き返るぜい。そんでカミやん、インデックスの居場所は?」

「分かんねえ。ていうかお前、何で電話出なかったんだ? まぁ俺も出れなかったんだけどさ……」

「電話……あぁ、電話ね…………」

「……土御門?」

何か考え込むようにしている土御門に、上条は首を傾げる。
どこにそこまで考える要素があるのだろうか。



393: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:50:43.92 ID:3SWAkkcoo

「いや、悪い悪い。こっちもちょい忙しくてな。
 それで、インデックスが行きそうな場所に心当たりはないか? 何でもいい」

「心当たり……あるとしたら小萌先生のアパートとかかな。
 でもアイツはどこかに行こうと思ってちゃんとそこに着ける奴じゃないし、可能性は低いと思う」

「道に迷っているってパターンか。厄介だな」

「そっちの連中の位置を補足する系統の術式も使えないんだっけか? どうにかして使えるようにはならねえのか?」

「……あ、あぁ、そうだな。頑張ってはいるらしい」

土御門にしては珍しく歯切れが悪い。
まぁ上条も魔術に詳しいというわけではないので、目の前の男の言葉を信じるしかないのだが。
インデックスはケータイを持っているはずで、もちろん既に連絡はしたのだが、案の定出なかった。

それは意図的に出ないのか、それとも単にケータイを使えていないのかはよく分からない。

「とりあえずインデックスを知ってる連中には見かけたら知らせてくれってメールはしといた。
 けどこっちも人数は少ないから、余程運が良くねえと偶然見かけるなんて事はねえだろうな」

「メール? 誰に?」

土御門がテーブルの対面から身を乗り出してきた。
予想以上の食い付いた反応に、上条はケータイを渡してメールを送った相手を確認させる。

「………………」

「な、何かまずかったか?」

あまりに深刻な表情をしている土御門に、上条は不安になってくる。
何がいけなかったのかと、メールを確認するために土御門の手の中の自分のケータイへと手を伸ばす。

すると、土御門は上条の伸ばした手を“避けた”。

「……え?」

上条はこの土御門の反応に見覚えがあった。
それは右手を本能的に“恐れている”動きだ。
以前もミーシャ=クロイツェフや風斬氷華などで見たことがある動きだ。

土御門が何かの術式を纏っていて、それを破壊されないようにした、という可能性も考えられる。
しかし、それならどうして何も言ってくれないのだろうか。

そして、なぜいつまで経ってもケータイを返してくれないのだろうか。


「……あーあ」


バキッと、上条のケータイが真っ二つに折られた。
そして驚く間もなく、上条の顔面を強烈な右フックが捉えた。

「がっ!!」

ガシャーン! と、様々なものを散らかしながら、上条はベランダの方へと吹っ飛ばされる。
口の中に鉄の味が広がり、吐き出すと血の塊が床に落ちる。

上条はフラフラと立ち上がると、目の前の男を凝視する。
いきなり脳を揺さぶられたせいで視界がクラクラと歪み、立っているのもやっとだ。

「お前は、誰だ」

「……はっ、偽物だと疑っているのか? 前にも言った事あると思うけど、俺は天邪鬼なんだぜい?」

「確かにアイツは嘘つきだ。いつも何考えてんのか良く分かんねえ。海の家ではボコボコにされたしな。
 それに面倒事は押し付けられるわ、学校では真のメイドについて意味分かんねえ事ばっか言ってるわで変な奴だ」


「――けど、アイツはそんな冷たい目はしないんだよ」
 




394: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:51:30.16 ID:3SWAkkcoo

目の前の男の表情が変わる。
先程までは余裕たっぷりといったニヤニヤとした笑みが浮かんでいたのだが、今ではそれも消えている。
代わりに恐ろしく冷たい、高校生に、いや人間にここまでの表情ができるのかというような表情が現れていた。

上条はそれを見て、背筋が寒くなるのを感じる。

「……冷たい? どこら辺が? 目で分かるのか? 具体的に言えるのか?」

「一体何を……」

「お前に何が分かる。人の心なんていうものは単純だ。そんなもので何かを判断するなんていうのは愚か者のすることだ。
 俺は、お前らが人の心を信じて希望を持つのを見ると虫酸が走る。そんなもので何かを変えることなんてできない」

昨日、食蜂操祈と会った時の事を思い出す。
優れた洗脳能力を持つ者にとって、周りの人間がどんなに笑顔でいてもそれに価値を見出すことはできない。
なぜなら彼らにとって、それらは指先一つで簡単に作り出せるものだからだ。

精神系の能力を持つが故に自身の精神にも変調をきしてしまうケースは少なくない。
それも、高レベルになっていく程、その反動は高まる。

上条は目を細める。
やっと視界も戻ってきた。
これなら、戦える。

「洗脳能力(マリオネッテ)か」

土御門は目を細める。

「……へぇ、やるな。だが分かったところでどうする? この男の身体能力なら、お前に負ける事はまずありえない。
 それが素人とプロの差だ。お前自身も分かっているのだろう?」

「あぁ、前にケンカした時も歯が立たなかったからな。だが、あの時とは状況がだいぶ違う」

「ほう?」

「お前は明らかに俺の右手を避けた。つまり、これが触れればその洗脳は解けるんじゃねえか?
 確かに殴り合いで勝つのは難しいかもしれないが、ただ触れるだけでいいなら俺にだってできるはずだ」

上条は少し腰を落として、相手の動きに注目する。
いつまでもここに居るわけにはいかない。
こうして何者かの介入が確認された以上、一刻も早くインデックスを見つける必要がある。

次の瞬間、二人は同時に動き出し、ぶつかった。
 
 




395: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:52:14.52 ID:3SWAkkcoo

***



とある建物の一室。
そこにはフカフカのカーペットに同じくフカフカのソファー、そして大きな薄型テレビというセレブ空間が広がっている。
部屋の中央にはお洒落なガラステーブルがあり、その上には紅茶の注がれたカップが置いてある。
現在ソファーの上で本を読んで、この空間を思う存分満喫している者は麦野沈利。

ここはアイテムの隠れ家だ。

だから、いくら端から見れば快適そうな空間であっても、使っている本人はそこまでくつろげるわけではない。
敵の襲撃があれば即座に捨てるような場所だ。
初めからそういった認識でいるために、どうしても居心地の良さを感じることなどできない。

麦野が紅茶を一口飲み手に持った本をめくった時、スタスタと足音が聞こえてくる。

「……ん、おはようむぎの」

「アンタは相変わらず良く寝るわね」

寝ぼけ眼を擦りながら歩いてきたのは滝壺理后だった。
彼女は割と早く寝るのに起きてくるのは遅い、つまり早寝遅起きというわけなのだが、これが健康的かどうかは微妙である。
普段もぼーっとしているかと思えば、少し目を離したら寝ていたりという自由奔放っぷりだ。

まぁ自由奔放というのは、アイテムのほとんどに当てはまることなのだが。
約二名に対しては自分勝手やら自己中心的といった方が適切か。

滝壺はまだ覚醒していない頭を少し動かして周りを見る。

「はまづらときぬはたは?」

「デート」

「は?」

麦野の言葉を聞いた瞬間、滝壺は地を這うような声を出す。無表情で。
その迫力は凄まじく、一気に部屋の雰囲気がドス黒くなったようだ。

もしも浜面本人がいたら縮み上がっているはずだが、麦野は特に気にした様子も見せずに、面倒くさそうに口を開く。

「冗談よ。浜面はなんか上条から電話かかってきたとか言って出て行ったわよ。
 何でもあのシスターがどっか行っちゃったとかなんとか。絹旗はいつものB級映画でも観に行ったんでしょ」

「そう……私もはまづらを手伝おうかな」

「浜面といい、相変わらずお人好しね。まぁ好きにしなさいよ」

麦野は明らかに興味無さそうにそう言うと、再び視線を本へと戻す。
滝壺は浜面と連絡を取ろうとしているのだろう、ケータイを操作している。

すると、その時。

「おーっす。滝壺起きてるかー?」

「超帰りましたー」

まるで子供の待つ家に帰ってきた夫婦であるかのように。
浜面と絹旗は仲良く二人で隠れ家に入ってきた。

滝壺は恐ろしい目で浜面を見る。

「ひ、ひぃ!? どうしたんだよ滝壺」

「……まるでデート帰りみたいだね、はまづら」

「ち、違う! 違うぞ滝壺! 絹旗とはたまたま入り口で会っただけで……」

「それも良くある言い訳ね」

「む、麦野まで煽ってんじゃねええ!!」



396: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:54:22.27 ID:3SWAkkcoo

必死に弁解する浜面だったが、滝壺の目はますます疑わしげなものになる。
一方絹旗はまるで自分は関係のないように、冷蔵庫からジュースを取り出すと一口飲む。

それから。
なぜか。
絹旗最愛は拳銃を取り出す。

「きぬはた?」

「ん、あぁ、これの調子が超悪くてですね。実に癪ですが浜面に見てもらおうかと思っていたんですよ」

「癪ってお前なぁ……まぁ見せてみろよ」

一応手先の器用さはそこそこ自信がある浜面。
絹旗が放り投げた拳銃を受け取ると、慣れた手つきで分解する。

「……んー、別におかしいところはねえと思うけどな」

「やっぱり超使えない浜面ですね」

「う、うっせえな。だってほら」

そう言って素早く分解した銃を元に戻して。
そして。


迷いなく麦野に向かって発砲した。


「ッ!!!」

バァン!!! と甲高い音が鳴り響き、先程まで麦野が座っていたソファーに穴が開く。
麦野は既に回避しており、鋭い目付きで浜面を睨みつける。

「テメェ……何のつもりだ浜面ァァ!!!」

「はま……づら?」

滝壺も目を見開いて驚いている。

しかし、浜面は何でもないように口を開く。
まるで、今撃ったのは練習用の的であるかのように。

「ほらな、ちゃんと撃てるじゃねえか絹旗」

「おかしいですね」

絹旗の声は麦野の真後ろから聞こえた。
麦野はバッと振り返るが――。

ドガァァァ!! と、爆弾でも爆発したかのような衝撃が広がった。

絹旗は、ただ麦野の脳天目がけて拳を振り下ろしただけ。
もしも彼女が何の力も持たない少女だったら、それはただの痛いゲンコツだったのだろう。

しかし、彼女には窒素装甲(オフェンスアーマー)という能力がある。
これにより、彼女は少女はおろか、通常人間が出せないような力を発揮する事ができる。
この力で本気で殴りつければ、人間の頭はトマトのようにグチャリと潰れる。



397: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:55:43.41 ID:3SWAkkcoo

「……おい、何のつもりだ」

麦野は生きている。
先程の衝撃で舞い上がったホコリの中で、頭から血を流して彼女は立っていた。
おそらく、あそこまでの至近距離では完全に回避することができなかったのだろう。

麦野の問いに、浜面と絹旗は答えない。
本当に言葉が聞こえているかどうかも怪しい。

その様子を見て、滝壺がハッとする。

「むぎの、たぶん精神系の能力者にやられてる」

「……なるほどね。滝壺、あんた何とかできない?」

「やってみる」

滝壺は集中のためか、目を閉じる。
その瞬間。

浜面が自分のこめかみに銃口を向けた。

「なっ、おい浜面!!!」

麦野の声に、滝壺は目を開ける。

「はまづら!!!」

滝壺が痛烈な悲鳴をあげた、その時。


カツカツと。
足音が聞こえてきた。
音源は、入り口のドア付近。
ドアの開く音なんて聞こえなかったにも関わらず。


「いい部屋ねぇ。セレブ力が感じられるわぁ」


ハイヒールに黒のドレス。
まるでどこかの舞踏会からそのまま来たかのような姿で。

食蜂操祈は不敵に笑っていた。

「第五位……テメェかァァ!!!!!」

麦野は即座に原子崩し(メルトダウナー)を発動する。
しかし、その光線が食蜂へと放たれる前に。

バァン!!! と、再び銃声が鳴り響いた。

音源は浜面仕上の手の中。
彼は自身の肩を銃で撃ち抜いていた。
そこからはかなりの量の血が噴き出る。

「はまづら!!!」

滝壺が叫ぶ。

麦野の動きが止まる。
以前までの彼女なら、構わずに食蜂へと光線を撃ち込んでいただろう。
だが、今は違う。彼女には、それができない。



398: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:57:01.10 ID:3SWAkkcoo

「貴方達の置かれている立場。少しは理解してくれたかしらぁ?」

「…………」

麦野は目の前の敵を睨みながら、今の状況を考える。
浜面と絹旗は外で洗脳にあった。
狙いは「アイテム」自体か。

(……いや、それならもっと楽なタイミングで仕掛けてくるはずだ)

例えば何らかの仕事が終わった直後など。
わざわざ隠れ家にまで乗り込んでくるのはあまり賢いとはいえない。
という事は、食蜂の目的は他にある。
このタイミングでなければいけなかった訳、それは。

「――――あのシスター関係か?」

麦野の言葉に、食蜂は目を丸くする。

「へぇ、思考力あるのねぇ」

純粋に感心しながら、食蜂はあっさりと肯定した。
それはこの状況をひっくり返すなんて事はできないという余裕からだろうか。

「でもぉ、正直第四位のお姉さんには用がないのぉ。問題はあなた」

そう言って細い指で指したその先には、滝壺理后がいた。

「私……?」

「えぇ。まぁどっちにしろそこのお姉さんが邪魔するだろうから、先に動けなくしようとしたんだけど。
 あなたはあまり傷付けるわけにもいかないからねぇ」

「何で、私なの?」

「あなたは私の能力への対抗策を持っている。まぁ、それはそこのお姉さんもそうかしらぁ。
 根っこは御坂さんの力と似ているみたいだしぃ」

麦野の能力も、元は電子を操る力だ。
故に美琴も麦野も、互いの能力に干渉できる程には似通っているものがある。

「でもでもぉ、御坂さんやそこのお姉さんはあくまで『自分の身を守る』程度しかできない。
 私にとって、それはそこまで問題じゃないのよぉ。でもあなたは違う」

食蜂はそこで言葉を切ると、滝壺を見つめる。
今度は、明らかに敵意を持った視線で。

「あなたはAIM拡散力場に干渉して、能力を解除してしまう。自分だけじゃなくて、他人にかけられたものもね。
 もしも対象に触れる必要がないのなら、それは上条さんの『幻想殺し(イマジンブレイカー)』よりも厄介だわぁ」

「……私をどうしたいの?」

「ふふ、安心してぇ。殺したりなんかはしないわぁ。ただぁ、ちょーっと言う事聞いてほしいなぁってぇ」

そう言いながら、食蜂は手に持つリモコンをクルクルとバトンのように回す。

滝壺はチラリと浜面を見る。
虚ろな目で、ただ呆然と銃口を自分のこめかみに突き付けているその姿に。
滝壺は、静かに目を閉じる。


「いい子ねぇ」


ピッ、と。
軽い電子音が聞こえた。

そんな軽い音で。
とてつもなく重いものも、変わってしまう。

次に滝壺が目を開けた時。
その目は、浜面と絹旗と同じく、虚ろなものになっていた。



399: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:58:06.74 ID:3SWAkkcoo

「じゃあ次は――――」

すると。
食蜂が満足気に何かを言おうとした次の瞬間。

ドガァァァァァァァァ!!! と。

部屋に巨大な爆発が巻き起こった。

「んっ……!」

食蜂は煩わしそうに手でホコリやら煙を振り払う。

視界が再び開けた時。
麦野沈利だけが、忽然と姿を消していた。

食蜂はただ無表情でそれを見つめた後、

「――まぁいいわぁ」

そう言って、まるで少しお茶に寄ったかのような軽い足取りでアイテムの隠れ家から出て行った。



***



第七学区のとあるマンション。
元々は黄泉川愛穂の使用する場所なのだが、今では4人もの居候が住み着いていたりする。

白髪赤眼の学園都市第一位の能力者、一方通行もその一人だ。

一方通行は缶コーヒーが大量に入ったコンビニのビニール袋を手からぶら下げ、マンションのエレベーターに乗り込む。
実際コンビニで買うよりもスーパーで買ったほうが安上がりなのだが、彼は絶対に自分からそんな所に行ったりはしない。
番外個体と共にお使いに出た時は、本当に疲れたのを覚えている。

そんな事を考えている内に、エレベーターは13階まで到達し、その階のとある一室の扉を開いた。

一方通行はすぐに部屋に上がらず、玄関先で首を傾げる。
玄関に靴が一つもない。

家主の黄泉川が留守、これはそこまで珍しいことではない。
彼女は警備員(アンチスキル)の仕事でよく家を空けている。

打ち止めに関してもそこまで珍しい事ではない。
あの落ち着きのない性格だ。ずっと家で大人しくしているなんていう事は到底できない。
まぁしかし、彼女を一人にするのは危険だというのは事実なので、これから探しに行くはめになりそうだが。

珍しいのは、芳川桔梗と番外個体までもが居ないという事だ。
どちらも外に出ることほとんどなく、芳川に至っては「太陽が苦手」などとバンパイアじみた事を言うほどのインドア派だ。
冬とはいえ、今日のようによく晴れた天気はキツイのではないだろうか。

……もしかしたら打ち止めと番外個体を連れて、どこかへ検査にでも行ったのか。
何となく、それが一番ありえそうに思える。

一方通行はとりあえず玄関に靴を脱ぎ捨て、部屋に上がる。
そして大量の缶コーヒーを冷蔵庫に入れようと、そこからキッチンへと向かう事にする。
以前に黄泉川が「冷蔵庫がコーヒーで埋め尽くされてるじゃん!!」などと言っていた事を少し気にして、コーヒーはいつもよりは少なめだ。

しかし、キッチンへ向かう途中に居間に入った時。
一方通行の足が止まる。

「……あら、お邪魔してるわよ」

結標淡希。
元グループのメンバーであり、レベル4の座標移動(ムーブポイント)を持つ少女。

その少女が、まるで自分の家であるかのように、ソファーでくつろいでいた。



400: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 11:59:12.48 ID:3SWAkkcoo

「何の用だ、変態ショタコン女」

「ぶっ、しょ、ショタ……ッ!? 貴方まだそんな事言ってるの!?
 だから、何度も言ってるけど、私はそんなんじゃ……」

「『あすなろ園』に行けなくて残念だったなァ?」

「ごぶっ!!! な、何でそれを!!!」

「これでもォ言い逃れはできねェなァ?」

「……わ、私はこれでも女よ! 子供が好きで何が悪いのよ!!!」

「開き直りやがったか……」

なぜか誇らしげに胸を張る結標に、一方通行は呆れて溜息をつく。

「つーか、ショタの写真見て『うぇっへっへ』とか気持ち悪い笑みを浮かべといて、ただの子供好きってのは無理があるンじゃねェの」

「何でそんな事まで知ってんのよ!!!!! まさか盗撮とかしてないでしょうね!?」

「……マジでやってンのかよ」

「はっ、か、カマかけ!? あっ、ちがっ、それは!!!」

明らかに動揺する結標に、一方通行は割と本気で引く。
一方通行を引かせるというのは、大したものだ。

「……もォいい。で、ショタコン。何の用だ」

「そ、その呼び方止めなさいよ!! えっと、用っていうのは、実は私個人として用があるってわけじゃないのよ」

「あ?」

結標の言葉に怪訝な表情をする一方通行。
その時。


「用があるのは私よぉ」


一方通行は首筋にある電極チョーカーの電源を入れながら、すぐに振り返る。
そこに居たのは、黒いドレスを着た食蜂操祈だった。

「第五位か。いいのか、常盤台のお嬢様が不法侵入なンてよォ」

「バレなきゃ犯罪じゃないのよぉ。私の隠蔽力にかかれば平気よぉ」

「……何の用だ」

一方通行は注意深く食蜂を観察する。
ここに芳川や打ち止めが居ないのは好都合だ。
何も気にせずに存分に暴れる事ができる。

「ふふっ。あなた、私の忠実なナイトになってみなぁい?」

「ふざけてンのか?」

「大真面目よぉ。それに、あなたに拒否権はないしぃ」

そう言って、食蜂はリモコンを真っ直ぐ一方通行に突きつける。
それでも、一方通行の表情は少しも変わらない。

「ンなモン効くと思ってンのか? おめでたい頭してやがンな」

「……ふふ」



401: ◆ES7MYZVXRs:2012/07/18(水) 12:01:10.00 ID:3SWAkkcoo

その食蜂の笑みを見て。
一方通行はここで初めて、微かに焦りを見せる。

もし、本当に操るつもりだったのなら、なぜ能力オフモードの時に狙って来なかった?
なぜ、わざわざ能力を使わせた状態で、こんな真正面から挑んできた?

その解が出る前に。


一方通行の身体の力が抜け落ちた。


学園都市最強の少年は、為す術もなく、バタッと床に倒れモゾモゾと動く事しかできない。
声も出ない。周りの状況が理解できない考えられない。
これは。


「大丈夫? ってミサカはミサカは心配してみたり」


いつの間にか、打ち止めが部屋に居た。
その目は、虚ろな光を宿していた。

食蜂は笑う。
それは楽しそうに、クスクスと。

もちろん、一方通行が能力を使っていない時に狙うというのが一番簡単な方法だったはずだ。
だが、たまにはこうして真正面から崩すのも楽しい。
それは、ただの趣味。

女王の、娯楽。

食蜂は口元に笑みを浮かべながら、改めて床に倒れる一方通行へとリモコンを向ける。
一方で、顔は打ち止めの方を向いていた。


「じゃあ、あなたのナイトさん、ちょっと借りるわねぇ」



***



御坂美琴は第七学区を疾走していた。
いや、正しくは疾空というべきか。
磁力の力を使って、次々と建物から建物へと飛び移っていくその姿は、端から見れば空を飛んでいるようにしか見えない。

白井黒子の様子がおかしい。初春飾利の様子がおかしい。
美琴はすぐに分かった。同じような事を大覇星祭の時にやられた事がある。

「食蜂……ッ!!」

美琴はギリッと奥歯を噛み締める。
初春が黙々と調べている内容を見て、大方の目的は分かった。
その後、彼女には眠ってもらう必要があったが。

美琴はとある公園に着地する。
そこのブランコで。
俯いて両足をブラブラさせている少女が一人。

美琴は黙ってその少女に歩み寄る。
すると少女はその気配に気付いたのか、顔を上げて驚きの表情を浮かべた。


「――――短髪?」
 

禁書「イギリスに帰ることにしたんだよ」 上条「おー、元気でなー」【その3】



転載元
禁書「イギリスに帰ることにしたんだよ」 上条「おー、元気でなー」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1322975513/
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