幽霊「うらめしや」
- 2014年02月18日 13:10
- SS、神話・民話・不思議な話
- 91 コメント
- Tweet
- 1:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 00:23:09.30 ID:JWx/CZb60
男「今までいろんな幽霊見てきたけどさ、そんなド直球に幽霊アピールされたのは初めてだよ」
幽霊「え、あ、え……なんかごめんなさい」
男「いや別にいいんだけどさ。茶目っ気があって好感持てるよ。でもいかんせん古いね。五十年くらいは前のセンスなんじゃない? 『うらめしや』ってさ」
幽霊「そうかな? わたしは、幽霊と言えばこれ、なんだけど」
男「若いのに。稀有な感性の持ち主だね。とりあえず上がってもいいかな? 自分の家とはいえ、玄関先に立たれると、ズカズカとは上がりづらい」
幽霊「あ、それは気づきませんで…………えっ? 自分の家?」
男「ああ、うん。今日からここに入居することになったんだ。よろしくね」
幽霊「うそ。そんないきなり」
男「キミにとってはいきなりかもしれないけど、でもま、いちいち先住の霊に確認取る大家もいないからね」
幽霊「それもそうだけど……」
男「まあ細かい話は中でしようよ。空っぽの部屋なんだろうけど、ここで立ち話よりはマシだよ」
幽霊「えと、それじゃあ、こちらへどうぞ……っていうのも変かな」
男「うん。今はもう僕の部屋だからね」
- 3:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 00:28:38.94 ID:JWx/CZb60
男「うわあ、めちゃくちゃ綺麗にされてるなあ」
幽霊「わたしもそう思う。仕方ないことなんだけど」
男「これ、フローリングまで張り替えてるんじゃない? 何、切腹でもしたの?」
幽霊「そんな。怖くてできない」
男「こんな子でも自殺しちゃうんだもんな……どういう死に方したの?」
幽霊「えとね、ヘリウム自殺」
男「じゃあ比較的綺麗な死に様だったろうにね。これは過剰反応だなあ。まあオーナーからしてみれば、人が死んだ部屋ってのは気持ち悪くて仕方がないんだろうけど」
幽霊「申し訳ないことをしました……」
男「事故物件が妙に気合い入れてリフォームされるのはままあることなんだけどね。いや、それでも、この部屋はちょっとやり過ぎだよ。キミが気にすることじゃない」
幽霊「ありがとう」
男「なんか、のんびりした子だなあ。いや、嫌いじゃないんだけどね。むしろタイプ」
幽霊「あ、え、あの」
男「ごめん困らせて」
- 5:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 00:33:23.90 ID:JWx/CZb60
男「霊ってのはさ、死んでから時間が経っていないやつの方が人慣れしてるんだ」
幽霊「逆じゃないんですか?」
男「うん。ほら、霊ってのは人にビビられたり気づかれなかったりすることで、霊っぽさを身に付けていくんだ。キミみたいに死んでから日が浅いやつは、死んだっていう実感が薄いからね」
幽霊「確かに。勉強になります」
男「いやこんな知識、普通の人生歩んでたら使うところもないんだけどね。まあキミは人生歩むのやめちゃった組ではあるけど」
幽霊「もしかして、あなたも幽霊?」
男「そう見える?」
幽霊「少し。普通にお話できるし、なんかいろいろと詳しいし」
男「残念ながら僕は生体だよ。こういうのに詳しいのは、仕事柄だね」
幽霊「お仕事? 霊媒師? 住職とか?」
男「いかにも霊を取り扱ってますって感じだね。いや、違うんだけど」
幽霊「じゃあなに?」
男「なに、と言われると答えづらいな。僕のやってる仕事は、世間一般には名前がついてないからね。そういう意味では仕事って言っていいのかも微妙なんだけど」
幽霊「どんなことしてるの?」
男「今まさに『仕事中』だよ。ここでこうしてることが僕の仕事」
- 6:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 00:40:05.20 ID:JWx/CZb60
幽霊「?」
男「ここはいわゆる『事故物件』ってやつだ。殺人事件があったり、自殺者が出たり」
幽霊「わたしのことだよね」
男「うん、そう。ここ202号室はまさに渦中の自殺現場。まともな神経をしてる人間なら、今後ここには絶対に住みたがらない」
幽霊「わたしでもいやだもん」
男「自殺者本人からその言葉を聞くのってなんかシュールだな。んでさ、知ってる? 『事故物件』には告知義務ってのが存在するんだ」
幽霊「あ、知ってる。ここで自殺あったんですよーってのを貸す前に言わなきゃいけないんだよね」
男「そうそう。賃貸人が賃借人に、事故物件を貸そうとする場合に必ず課される義務だ。違反するとひどい目に合う」
幽霊「どんな?」
男「まず行政処分を食らうね。仲介業者であれば、営業停止命令が出たりする。おまけに大体の場合、賠償責任まで負わされる」
幽霊「大変だあ」
男「そう、大変なんだ。事故物件となると借り手は激減するしね。それを言わずに置けないなんて、酷い制度だと思うよ……で、僕の仕事っていうのはそこに付け込む」
幽霊「つけこむの?」
男「かなり悪質にね」
幽霊「悪質かあ……」
- 7:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 00:46:51.05 ID:JWx/CZb60
男「こういう都市伝説を聞いたことはない? 『事故物件に一ヶ月だけ住むというアルバイトがある』ってやつ」
幽霊「聞いたことない」
男「そっか。つまりね、こういうこと。告知義務は『先代の人間が死んだ場合にのみ適用されるもの』であって、その後に誰かが住んでしまえば、
それより後に住む人間には事故物件告知をしなくても良いよって理論」
幽霊「……?」
男「ごめん、わかりにくかったかな。要するに、いわくつきの部屋に誰かを雇って住まわせて、そこの告知義務を消しちゃおうって話」
幽霊「あー、なるほど。そういうアルバイト、あるの?」
男「いや、ない」
幽霊「えっ。ないんだ」
男「ないね。面白い都市伝説だけど、いろいろと矛盾がある。告知義務を消すだけが目的ならば、わざわざ人を雇うのは非効率的だってのがまず一点」
幽霊「非効率的?」
男「住人を一代稼ぐだけなら、わざわざ部屋に住まわせる必要はないんだ。形ばかりの契約を結べばいい。仲介業者のスタッフとか、大家の知人とか相手にさ」
幽霊「家賃はどうなるの?」
男「実際に金銭を授受しなくてもどうとでもなるよ。必要なのはあくまで、契約事実とその書類だからね」
幽霊「わあ、なんか難しい」
男「キミかわいいなあ。散々かわいがった後にぼろ雑巾のように打ち捨てたい」
幽霊「えっ」
- 8:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 00:54:31.69 ID:JWx/CZb60
男「それはまあ冗談として」
幽霊「冗談きつい。っていうか冗談がきつい」
男「さっきの話に戻すね。件の都市伝説が現代において成立しない理由がもう一つあるんだ」
幽霊「なあに?」
男「一代ほど代替わりしたくらいじゃ、告知義務は免除されないんだ。そもそも」
幽霊「えっ、じゃあ何代ならいいの?」
男「当然の疑問だね。何代くらいだと思う?」
幽霊「にじゅうはち?」
男「多いな! 建物が老朽化しちゃうよそれ。正解は『明確な決まりはない』だよ」
幽霊「なにそれずるい」
男「ごめんごめん。ええと、告知義務の有無はケースバイケースになるってことなんだ。というか、トラブって初めてその有無を判断することになる」
幽霊「トラブルって? 裁判とか?」
男「そういうこと。実際ね、昔はあったんだ。告知義務を逃れるために、名義だけの契約を結んでたっていう話。その頃は認められてたんだよ。一代変わってしまえば
告知義務はなくなるって考え方がね」
幽霊「今はそうじゃないってこと?」
男「うん。あまりにそういう事例が横行しすぎたんだよね。で、よく揉めるようになった。判例はそういう小賢しい手法で告知義務を逃れることを良しとしなくなった」
- 9:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 01:00:59.14 ID:JWx/CZb60
男「前置きが長くなったね。要するに、そういう『住むだけのアルバイト』は存在しないってこと。そんなムシの良い求人はないんだ」
幽霊「世の中夢がないね」
男「だよね。でもさ、求人がないからって諦めるのはよくない」
幽霊「諦めるとかそういう問題じゃないんじゃ」
男「ここからが僕の仕事の話。告知義務に関して、仲介業者なんかは割と神経質でさ。しっかり調査と告知を徹底してる。こういうところに僕が入り込む隙間はない」
幽霊「隙間?」
男「ねらい目は、仲介業者を通さずに入居者を募ってる大家だね。できれば耄碌した爺さん婆さんあたりがいい。騙しやすいからね」
幽霊「騙しやすいって、あなた何してる人なの?」
男「僕はね、事故物件を抱える老人にこう言うんだ。『いくらかお金を貰えれば、告知義務のあるお部屋に僕が住みますよ』って。『そうすれば告知義務はなくなります』」
幽霊「え、それって嘘なんでしょ? なくならないんでしょ?」
男「なくならないとみなされることがほとんどだとは思う。でもほら、そこは物の言い方でなんとかね」
幽霊「なんとか……」
- 11:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 01:13:39.80 ID:JWx/CZb60
男「裁判ってのは極端な話、『そこにどういう意思があったのか』を判断するためのものなんだよ」
幽霊「なんか曖昧」
男「その通り。曖昧なんだ裁判ってやつは。悪意か善意か……つまり、知ってたか知らなかったか。殺意があったのかなかったのか。故意か過失か。
そういうものを判断する場だ。そういう場で筋の通る言い訳を用意してやる、ってのが僕のよく使う言い草かな。例えば
『件の物件に実際に住んだやつがいて、なにも問題はなかった』……って感じ。こういう場合なら、告知義務違反には当たりませんよ、と」
幽霊「当たらないの?」
男「いや、当たるだろうね」
幽霊「ダメじゃん」
男「ダメダメだよ。でも実際にどうかはこの場合関係ない。そもそも、霊の存在を感知できるやつが、たまたま僕の住んでた物件に住むようになる確率なんて
相当に低い。必然、幽霊騒動の後、裁判沙汰になる確率も低い。準天文学的数値だよ。要は、僕の言葉に大家さんが納得すればいいわけだ。
大家さんは少しの金で、今後も賃貸収入を安定して得るきっかけを買う。僕は一時の宿と生活費を得ることができる。どちらもハッピーって寸法さ」
幽霊「どちらもハッピーなら、まあいいのかな」
男「うわ、まさかそこまで素直に納得されるとは思ってなかったよ」
幽霊「ん?」
男「ねえ、キミが自殺した理由当ててあげようか」
幽霊「そんなことできるの?」
男「悪い男に騙されたんだね。それもこっぴどく」
- 12:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 01:21:23.53 ID:JWx/CZb60
幽霊「えっ。すごい! どうしてわかるの?」
男「いや……なんというか、めちゃくちゃ騙されやすそうな子だと思ったから。でもジャストで正解だとは」
幽霊「わたしこれでもしっかりしてるよ?」
男「そうは見えないけど」
幽霊「単三電池と単四電池を一瞬で見分けるよ」
男「超優秀だね」
幽霊「ふふん」
男「いや得意げな顔しないで」
幽霊「あとね、四角い電池舐めるとビリっとするんだよ」
男「いやもはやなんの話なの。電池大好きか」
幽霊「別にそんなに好きじゃない」
男「だろうね。僕もそうだよ」
- 14:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 01:32:23.43 ID:JWx/CZb60
男「大体僕の生業については理解してもらえた?」
幽霊「詐欺師なんだってことはわかった」
男「心外だなあ」
幽霊「霊感商法? ってやつ?」
男「別に霊感を使って脅してはないよ。むしろ逆」
幽霊「と言うと?」
男「いろんな事故物件を股にかけてるとさ、もうそれはそれはたくさんの幽霊を見るんだけどね。僕はそれを全部見なかったことにしなきゃいけない」
幽霊「裁判で言い訳が立たなくなるから?」
男「簡単に言えばそういうこと。裁判に限らず、揉め事全般で不利になるからね。僕の役目は、実際にその物件に住んで
『何事もなかったですよー』って報告を入れることだから」
幽霊「なんか大変そう」
男「そうでもないよ。半分趣味みたいなものだし」
幽霊「趣味なの? なにが趣味?」
男「幽霊に会うことがね」
幽霊「ふうん」
- 15:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 01:38:19.32 ID:JWx/CZb60
男「キミは下ネタとか大丈夫な人?」
幽霊「あんまり知識がなくて、よく馬鹿にされてた」
男「ああ、っぽいなあ。いかにもって感じだ。どんな風に馬鹿にされてたの?」
幽霊「んとね、処女膜って、ほんとに膜があるんだと思ってた」
男「結構エグい話してるね女の子って」
幽霊「あと、テレビに出てきたウミガメ見ながら『この亀頭すっごい丸い!』ってはしゃいでたらお母さんに叩かれた」
男「食卓が凍りついただろうね」
幽霊「そんな感じ」
男「わかった。知識ないなりに意外と耐性はありそうだ」
幽霊「なんの話?」
男「僕の趣味嗜好の話だよ。僕はさ、幽霊にしか興奮しないんだ」
幽霊「性的に?」
男「性的に」
幽霊「きもい」
男「真顔で言わないでよ。結構傷つくよ」
- 17:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 01:48:02.70 ID:JWx/CZb60
男「そもそも幽霊萌えってのは古来よりある由緒正しい性癖なんだよ」
幽霊「きもい」
男「うわあ一点張りだ。ねえ聞いてよ今すぐキミをどうこうしようってわけじゃないんだからさ」
幽霊「いつかはどうこうするの?」
男「仲が深まってきたら憑依して欲しい。そんで、なんというか、一人でするのを手伝って欲しい」
幽霊「やばい。気持ち悪い」
男「いやまあ冗談だよ。歌川国芳やら葛飾北斎の名前くらいは聞いたことあるだろ? ああいう人たちの書く幽霊画の幽霊って決まって美人なんだよね」
幽霊「見たことあるかも」
男「美術の授業なんかで目にしたんじゃないかな。とにかく昔から、幽霊と言えば女。そして美人。だったわけ」
幽霊「うん」
男「実際、人間の顔面がピンキリであるのと同じように、幽霊の美貌もピンキリなんだけどさ。でも、幽霊に性的興奮を覚えるって話は昔からよくある」
幽霊「えっと……なにが言いたいの?」
男「僕はそんなにきもくないよってこと」
幽霊「うん、わかった。きもい」
男「わかってもらえなかったかあ」
- 18:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 02:06:08.28 ID:JWx/CZb60
男「ま、いいよ。どうせこれから一ヶ月一緒に暮らすんだから、徐々に打ち解けていこうよ」
幽霊「性癖カミングアウトされた後で、そんな爽やかに打ち解けようとか言われても」
男「いや、黙っておくのってフェアじゃないじゃん」
幽霊「でも、でもわたし、当面そういうつもりないし」
男「幽霊のくせに『当面』ときたか……そろそろ、死んだっていう自覚持とうよ」
幽霊「と言われても」
男「妙に活気があるんだよね、キミ。ほんとに死んでんのか疑わしいくらいだよ」
幽霊「死んでるのは死んでるんだと思う」
男「ちょっと触ってみていい?」
幽霊「え、あ……はい」
男「うん、普通にすり抜けるね。実体ないね。半透明だしね」
幽霊「なんでわざわざ胸のとこ触ったの」
男「半透明なだけの普通な人間という可能性もあったけど」
幽霊「なんでわざわざ胸のとこ触ったの」
男「まあ半透明な人間とか、見たことないんだけどね。その時点で普通じゃないね」
幽霊「なんでわざわざ胸のとこ触ったの」
- 21:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 02:27:50.60 ID:JWx/CZb60
幽霊「もうお嫁にいけないよ」
男「そんな状態でどこに嫁にいくつもりなの」
幽霊「誰にも触らせたことなかったのに」
男「えっ、そうなの?」
幽霊「うん……」
男「そんなにかわいいのに」
幽霊「なんなの。かわいい人間は誰かにおっぱい触られてなきゃいけないの」
男「キミくらいかわいくて、キミくらいの歳の頃なら、誰かにおっぱい触られたことがあるっていうのは、この世界の常識だよ」
幽霊「そんなの初めて聞いた」
男「なんかテンション上がってきた。もう一回触っていい?」
幽霊「やだ。もう死んで」
男「死んだ子に言われると興奮するなあ」
幽霊「一刻も早く逃げたい」
男「地縛霊だからそれもかなわないね。いいじゃん、どうせすり抜けるだけなんだし」
幽霊「すり抜けてるだけなのに、妙に興奮したあなたを見るのが気持ち悪いからいや」
男「こう、なんか、内部まで入ってる感がいいよね」
幽霊「死んで」
- 22:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 02:42:34.27 ID:JWx/CZb60
男「でもさ、ちょっとひっかかったことがあるんだけど」
幽霊「なあに?」
男「さっきも言ったけどさ、キミが死を選んだ原因ってさ、男絡みなんでしょ?」
幽霊「うん、そうだよ」
男「それなのに、おっぱい触られたことないわけ?」
幽霊「う……それはまあ、なんというか」
男「あ、わかった。EDだ」
幽霊「彼のことをそんな風に言わないで。EDじゃないし」
男「彼は、キミとセックスしようとしなかったわけ?」
幽霊「随分と突っ込んだことを聞く人だなあ……」
男「いいじゃん。僕くらい霊と対話できる人ってなかなかいないよ。会話できるだけでも、キミにとってはかなりありがたいことなんだよ」
幽霊「なんか押しつけがましい」
男「キミは幽霊歴浅いから実感ないだろうけどね。幽霊ってのは、それはそれは孤独なもんだよ。リフォーム業者の人とか、来たでしょ?」
幽霊「来た。全然気づかれなかった」
男「普通の人は気づかないよ。1000人いたら、990人は気づかない。残った10人のうち、こうして普通に会話できる人種は2人くらいかな」
幽霊「そんなに珍しい人なの? あなた」
男「うん。だからキミはもっと喜んだ方がいいよ。退屈な死後の生活に、思いがけず現れた貴重な話し相手だよ」
幽霊「死後の生活て……」
- 23:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 02:51:04.71 ID:JWx/CZb60
幽霊「彼は、わたしと、その……したがってはいたよ」
男「だろうね。こんな彼女がいたら、もうめちゃくちゃにしたいだろうね」
幽霊「幽霊にしか興奮しないんじゃなかったの?」
男「一般論だよ。当の僕はと言うと、全然セックスには興味がない」
幽霊「あ、そうなんだ……えっと、わたしもそんな感じだったの」
男「へえ。性欲がなかったのかな」
幽霊「いや、そういうわけじゃ………普通にあったよ。でも、普通じゃないくらいに、なんか怖かったの」
男「ああ、まあ、初めては痛いっていうしね」
幽霊「裂けたらどうしよう、とか」
男「いやそういう心配はまずないと思うな……なんなの彼氏は黒人かなにかなの」
幽霊「でも彼はね、優しかったよ。『無理しなくていいんだよ』ってね、きらきらの笑顔でね」
男「胡散臭い野郎だ」
幽霊「そんなこと言わないで。それでね、わたしね、良い人だなあって思ってたの。男の子なんだから、ほんとはしたかったと思うの」
男「だろうね」
幽霊「大好きだったの。だからね、あの日はね、本当にびっくりした」
- 24:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 03:00:14.03 ID:JWx/CZb60
男「ああ、わかった。隠れて彼氏が浮気してたパターンだ」
幽霊「えっ」
男「『いきなり彼の家に行って驚かせちゃおう。るんるんるん』とか言って、いざ彼のアパートの部屋の前に立ってみたら
喘ぎ声が聞こえてきて、信じられない心持ちでそっとドアを開けて中を覗いてみると、彼の上にまたがって嬌声を上げる女が一人」
幽霊「ねっ、ネタバレはやめてよ」
男「もうそれだけでもショックなのに、女はこう言うわけだ。『ねえ、良いの? 可愛い彼女がいるんじゃないの?』
それに答える彼氏。『あいつは遊びだよ。ったく、ちょっと顔が良いからってお高く留まりやがって』『ふふ、ひどーい』
『それよりもう一回しようぜ。あいつ、やらせてくれねえから溜まってんだよ』『いいわよ、ふふふ』」
幽霊「ちょ、待って待ってストップストップ」
男「なんなの興が乗ってきたところだったのに」
幽霊「もうわたしの心ずたずただよ。やめてよ死ぬほどのトラウマなんだから」
男「大体合ってた?」
幽霊「大体合ってたよ……なんなの恐いよこの人」
男「いや、もう正直、鉄板のよくあるパターンだしさ」
幽霊「人の自殺の理由を鉄板パターンとか言わないで」
男「ごめんごめん」
- 25:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 03:15:41.31 ID:JWx/CZb60
男「でもこうしてキミが幽霊になったってことは、未だ未練はあるわけだね」
幽霊「そうなのかなあ」
男「そうだよ。幽霊になるってことは想い残しがあるってことだから。そんな鮮烈な浮気現場を見てなお、キミは彼に未練があるんだね」
幽霊「う……だって、大好きだったし」
男「羨ましいね、そいつ。まあそいつのおかげでキミが幽霊になったって言うんだから、多少は感謝しないと」
幽霊「感謝?」
男「ほら、僕、幽霊にしか興奮しないし」
幽霊「なんかもう、あなたはひどい男だね」
男「当面、僕はキミが成仏できるかどうかを見守ることになるなあ」
幽霊「えっ。わたし成仏できるの?」
男「件の彼への未練でこの世にいるわけだからね。それが解消されれば当然成仏するよ」
幽霊「そうなんだ……」
男「もしかして怖い?」
幽霊「怖いっていうか不安っていうか。成仏ってなんなのかもわからないし」
男「それは僕にもわからないからねえ」
幽霊「そうなんだ」
男「だって、僕、生きてるしね」
幽霊「それもそうだね」
- 29:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 03:48:48.30 ID:JWx/CZb60
幽霊「その大きな荷物はなに?」
男「なんだと思う?」
幽霊「死体」
男「キミは僕をなんだと思ってるの。日用生活品だよ」
幽霊「日用生活品って?」
男「着替えとか、寝袋とか。ちょっと手の込んだお泊りセットだと思ってくれればいいよ」
幽霊「そんなもの、いつも持ち歩いてるの?」
男「いろんな物件を短期間で渡り歩く生活だからね。いちいちベッドとか布団とかそろえるのは都合悪いし」
幽霊「ヒッピーみたいな生活してるんだね」
男「一応自分の家があるから、彼らとはまた違った生き方だけどね」
幽霊「ご飯とかは?」
男「大体コンビニ」
幽霊「男の子って感じだあ」
男「そう?」
- 30:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 04:04:44.30 ID:JWx/CZb60
男「さて」
幽霊「……寝袋? え、もう寝るの?」
男「今日は疲れててさ。新しい物件に入居する初日は、やらなきゃいけないことがいっぱいあって」
幽霊「ふうん。大変だね」
男「あれ? もしかして寂しい? 一緒に寝たい?」
幽霊「死んで」
男「この短い時間のうちに、随分辛辣になったよね」
幽霊「というか、眠たくはならないの」
男「知ってるよ。でも意識は停止するだろ?」
幽霊「停止?」
男「幽霊相手に意識って言い方は正しいかわかんないけどさ」
幽霊「どういうこと?」
男「えっとさ、死んでから、時間の感覚ってなくなったでしょ?」
幽霊「あ、わかる気がする」
男「それを僕は、意識の停止って呼んでるんだ。幽霊ってのはどうも、一秒も百年も大して区別してないらしい」
幽霊「言われてみれば。なんでだろう。三か月前にあったことも、さっきのことも、同じように思い出せる」
男「意識から、時間の概念がなくなってるからじゃないかな。停止して、進まなくなった時間軸に、出来事がずっと堆積していく。
ずっとずっと、同じ意識の上にね。僕はなんとなく、そう理解してる」
- 31:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 04:16:56.64 ID:JWx/CZb60
幽霊「なんか難しい」
男「ごめんね。僕も感覚として、どういうものなのか分かってないから。今まで会った幽霊たちの話を総合して、大体こんな感じじゃないかって
推測をつけただけだからさ。観念的で分かりにくい説明にしかならないや」
幽霊「うん、いいけどね。あんまり興味はないし」
男「気持ちいいくらい切って捨てるね、キミは」
幽霊「あなたはずっと家にいるの?」
男「いいや、むしろ明日からは、日中家を空けることのほうが多いだろうね」
幽霊「なにするの?」
男「情報収集かな。事故物件の」
幽霊「お仕事ね」
男「そうそう。どっかの部屋で死人は出ていないか。その部屋の賃借形態はどんな感じか。ってのを調べまわるわけだね」
幽霊「そう聞くと探偵みたいだね」
男「似たようなもんかもね。こういう情報は、迅速に収集するのが肝なんだ」
幽霊「どうして?」
男「人が死んですぐ……つまり、事故物件を抱えて間もないオーナーを探さなきゃいけないからね。もたもたしてると、オーナーのほうも
落ち着いてくる。『所有物件内で人が死んだ! やばいどうしよう!』っておろおろしてる状態の人間が、僕の標的だからさ」
幽霊「騙しやすいから?」
男「そういうこと」
幽霊「悪人だ」
男「なんとでもどうぞ。さ、今日は疲れたよ。おやすみ。愛しい人」
幽霊「愛しくもないし、人でもないよ」
男「違いないね」
一日目、終了
- 37:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 22:25:26.34 ID:JWx/CZb60
三日目 AM.
男「ただいま」
幽霊「…………」
男「おーい」
幽霊「………あっ、えっ」
男「ただいま」
幽霊「おか、おかえり」
男「あー、疲れたあ」
幽霊「…………」
男「どうしたの?」
幽霊「いや、あの、帰ってくるの早いなって」
男「そうでもないよ」
幽霊「え、でも、あなたが出てったのって朝くらいでしょ?」
男「九時くらいだったかな」
幽霊「時計ないからよくわかんないけど、明るさ的にまだ昼前くらいじゃ」
男「うん、まあそうなんだけどね」
幽霊「……?」
- 38:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 22:35:17.53 ID:JWx/CZb60
男「ええと、昨日僕は帰らなかったんだ」
幽霊「え」
男「昨日の朝に出て、そのまま丸一日が過ぎて、それで今帰ってきた」
幽霊「うそ。だってわたし、ちょっとぼんやりしてただけなのに」
男「それがいわゆる意識停止だね」
幽霊「停止……」
男「一昨日、いや、キミにとってはついさっきでもあるのかな。僕が話したことは覚えてる?」
幽霊「なんとなくは」
男「幽霊の意識には一般的な時間という概念がない。例えるなら、キミの記憶は日記帳のようなものだ」
幽霊「日記帳?」
男「2034年七月二日の日記の横に、平然と2040年一月十二日の日記が書かれてる感じ」
幽霊「随分と日付が離れてるね」
男「極端なたとえだけどね。この日記の持ち主は、2034年七月二日以降、実のある日々を過ごさなかった。
久しぶりに日記に書けるような出来事が起きたのは、2040年の一月十二日だ。その合間にあった期間は
取るに足らないものだったから、日記には書かれなかった。両者の記録は、六年の隔たりがあるにも関わらず、同じ見開きの上に記される」
幽霊「それが今のわたしの状態?」
男「そういうことだね。僕が越してきた初日の日記が記されたあと、一日置いて、今キミは新たに日記をつけ始めた」
- 39:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 22:46:37.04 ID:JWx/CZb60
男「キミの意識は、出来事、イベントを堆積させていくだけだ。時間で繋がった連続性のある記憶を持つことはない」
幽霊「イベントって、具体的にはなに?」
男「僕もいまいちよくわかってないんだけどね」
幽霊「それでもいいから、教えて」
男「観測者理論って知ってる?」
幽霊「…………えっと、あれでしょ、あの」
男「知らないんだね」
幽霊「うん」
男「自然科学の分野で言う観測者理論と人文科学の分野で言うそれは、微妙に意味合いが違うんだけどね。今回は哲学的な意味合いでの観測者理論の話なんだけど」
幽霊「待って頭破裂しそう」
男「頑張って。出来るだけわかりやすく説明するから」
幽霊「おねがい」
男「ええとね、こういう考え方があるんだ。『あるモノが存在するためには、それが何者かによって観測されている必要がある』」
幽霊「殺す気? わたしを殺す気なの?」
男「いやもう死んでるから」
- 40:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 22:58:29.00 ID:JWx/CZb60
男「ええと、乱暴に言ってしまえば『誰からも見られてないものなんて存在しないのと同じだ!』ってこと」
幽霊「わあ、乱暴」
男「僕が今まで見てきた霊ってさ、大体これに当てはまるんだよ」
幽霊「見られていない幽霊は存在しないってこと?」
男「見られる見られないってよりは、他者と関わってるか関わっていないかってことかな」
幽霊「え、でも、幽霊を見ることができる人間なんてほんの一握りだって」
男「霊を霊として知覚できるってことなら、ほんの一握りだよ。でも、霊を霊と知らずに観測することは、実はだれにでもできる」
幽霊「そうなの?」
男「たとえば悪寒、空気に感じる違和感、後ろから視線を感じる、線香の匂いがした、何もない所でつまづいた、耳鳴りがする、他にもいろいろ」
幽霊「なるほど。じゃあイベントっていうのは」
男「『他者に観測されること』だね、推測でしかないけど。幽霊ってのは観測されてるときにしか存在しない」
幽霊「なんか不公平だなあ」
男「不公平?」
幽霊「だって生きてる人は、誰にも見られてなくても存在できるんだもん。幽霊はそれ、だめなんでしょ?」
男「生きてる人間は、意識がないときを覗いて常に観測されてるよ」
幽霊「そうなの? 誰に?」
男「自分に。『われ思う。ゆえに、われ有り』ってやつ」
幽霊「あー、なるほど」
- 41:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 23:05:55.92 ID:JWx/CZb60
男「幽霊ってのは、自分を観測者に据えることってできないみたいだね。なぜか」
幽霊「死んでるからかなあ」
男「そういう機能が備わってないってことなのかもしれない」
幽霊「やっぱり不完全な存在なんだね」
男「そうだね。そういう意味では、意識停止という呼称は不適当かもしれない」
幽霊「えっと、つまり、記憶が存在しないのはその間の意識が停止してるってことじゃなくて」
男「うん。そもそもその期間にキミ自身が存在してない可能性がある」
幽霊「やだ。なんかこわいよ」
男「いや、あくまで仮説だから。意識停止説を支持するも不存在説を支持するもキミの自由だよ」
幽霊「絶対、意識停止のほう。ちょっとぼんやりしてるだけだもん」
男「二十四時間以上のぼんやりが、ちょっと?」
幽霊「…………意地悪」
男「ごめんごめん。からかっただけだよ。どっちにしろ、僕には確かめようがない」
幽霊「そうなの?」
男「不存在説のほうは、特にね。『観測していない間に存在しない』ことを証明するためには、観測が不可欠だ。パラドクスもいいところだよ」
幽霊「ちょっと、安心した」
男「ちょろいね」
幽霊「えっ」
- 43:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 23:16:39.78 ID:JWx/CZb60
男「とりあえず僕の『よくわからない解説』はこれでおしまい。徹夜で色々回ってたから、さすがに眠いよ。僕はちょっと寝るね」
幽霊「…………寝ちゃうの?」
男「お、どうしたの。寂しいの? 今日こそ一緒に寝る? 重なり合って折り重なって寝ちゃう?」
幽霊「ばか。そうじゃなくて」
男「そうじゃなくて?」
幽霊「えと………あなたが寝てる間って、わたしは誰にも『観測』されてないよね……?」
男「あー」
幽霊「わたしはその間、いないかもしれないんだよね?」
男「怖がるな、っていうほうが無理かもだけどさ」
幽霊「むり」
男「こう考えたらどうかな」
幽霊「?」
男「キミが意識あるうちは、絶対に誰かが傍にいる。そうじゃないときキミは寝てるだけ。ね、こんなに心強いことってそうないよ」
幽霊「でも、でも」
男「生きてる人間だって、それほどまでに誰かといることなんてないよ。キミはキミである瞬間に、いつも誰かと一緒にいるんだ」
幽霊「…………」
男「当面は、僕がずっと一緒だね。離れたくっても離れらんないよ?」
幽霊「…………うん」
男「元気でた?」
幽霊「………きもい」
男「うわひでえ」
- 44:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 23:26:35.86 ID:JWx/CZb60
三日目PM.
男「よく寝た……」
幽霊「おはよう」
男「おはようって時間じゃないけどね。うわ、日付変わりそう」
幽霊「不規則な生活だ」
男「ああ……腹減った……」
幽霊「食生活も不規則そう」
男「うん、不規則。カップめんでも食べる」
幽霊「お湯は?」
男「給湯器なかったっけ」
幽霊「カップめん作れるほど熱いの出たっけ」
男「いけるいける。夏だし」
幽霊「男の子だなあ」
男「ねえ女の子」
幽霊「なあに?」
男「ちゅーしてよ」
幽霊「え、なんで」
男「真顔で問い返されるとは思わなかったなあ」
- 45:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 23:36:02.65 ID:JWx/CZb60
幽霊「やだよちゅーとか」
男「おはようのやつだよ」
幽霊「やつだよ、と言われても。しないよ」
男「軽いやつでいいから」
幽霊「死んで」
男「そろそろ癖になりそうだよマジで」
幽霊「超きもい」
男「ついに超がついたかあ」
幽霊「早くお湯注いできなよ」
男「はいはい」
- 47:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 23:46:34.44 ID:JWx/CZb60
幽霊「おいしそう」
男「うん、うまいよ」
幽霊「ずるい」
男「いやそう言われても。キミ食事とか必要ないじゃん」
幽霊「目に毒な気がする。生前の感覚が蘇ってる気がする」
男「適当言ってるよね」
幽霊「うん」
男「じゃあさ、食べる真似してみれば?」
幽霊「ま、真似?」
男「うん、ほら。あーん」
幽霊「…………」
男「だめだめ。顔近づけてるだけじゃんそれ。ちゃんとすすって」
幽霊「そ、そんなこと言われても」
男「ほら、ずるずるずるーって言いながら。ほら」
幽霊「ず、ずるずるー」
男「ずずずずずるー」
幽霊「ずるー」
男「…………あー、超おもしろいこれ」
幽霊「なにこれ超死にたい」
男「死んでるから」
- 48:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 23:55:27.64 ID:JWx/CZb60
男「そう言えばキミってさ」
幽霊「うん」
男「浮かないの?」
幽霊「えっ」
男「幽霊なのに」
幽霊「言ってる意味がよくわかんない」
男「ああ、やっぱり知らないんだ」
幽霊「浮けるの? わたし浮けるの?」
男「せっかく霊体なんだからさ。そんなちまちま二足歩行してないで、ふわふわ浮かびなよ」
幽霊「えっ、でも、そんないきなり浮けって言われてもどうしたらいいか」
男「聞いた話によると、大事なのはやっぱり心もちらしいよ」
幽霊「心もち?」
男「なんていうか、こう、浮くぞ! みたいなね」
幽霊「浮くぞ! かあ」
男「浮け! っていう感じのね」
幽霊「難しそう」
男「ちょっとやってみなよ」
幽霊「う、うん」
- 49:名も無き被検体774号+:2013/06/15(土) 00:04:13.72 ID:IqQI204L0
幽霊「…………」
男「…………」
幽霊「…………」
男「がんばれー」
幽霊「うん……」
男「良い感じだよ。多分」
幽霊「そうかな……」
男「もっと気持ちを強く持ってー」
幽霊「…………」
男「…………」
幽霊「……………浮けっ」
男「!」
幽霊「浮けっ……浮けっ………」
男「………っ……!」
幽霊「…………今笑ったでしょ」
男「いや……ごめん………」
- 50:名も無き被検体774号+:2013/06/15(土) 00:13:06.59 ID:IqQI204L0
幽霊「その笑みを見て察したよ」
男「まさか鵜呑みにするとは思わなかったんだ」
幽霊「わたし馬鹿みたいじゃん」
男「いや、大丈夫。めっちゃかわいかったよ」
幽霊「浮けっ、とか言っちゃったじゃん」
男「最高にキュートだったよ」
幽霊「浮かないんだね?」
男「……まあ」
幽霊「ほんとは浮かないんだよね?」
男「ごめんなさい」
幽霊「呪い殺してやる」
男「ああ、それもいいな」
幽霊「価値観屈折しすぎ」
三日目、終了
- 68:名も無き被検体774号+:2013/06/16(日) 23:51:20.84 ID:QvxpaGKB0
六日目 P.M.
男「ごめんてば。からかい過ぎたのは謝るからさ」
幽霊「知らない」
男「うわあ。そういうセリフ言いながらそっぽ向かれるの、すごくいいね」
幽霊「…………」
男「あんまり見つめないでくれる?」
幽霊「にらんでるんだけど」
男「かわいいね」
幽霊「ああ、もう」
男「悪気はないんだけどね。でもさ、ここ数日出がけに見送ってくれるときのキミの顔って本当に最高なんだもん」
幽霊「まだ言う」
男「もうこの世の終わりを見たかのようなさ、そういう顔なんだよね。正直言って、かなり後ろ髪ひかれるよ。ちょっとからかいたくなっても無理はないと思わない?」
幽霊「別に、あなたが恋しくてそんな顔してるんじゃないもん。そんなのわかってるでしょ?」
男「そうは言ってもね。男としては、好きな子はいじめたくなるもんだからさ」
幽霊「あなたって、友達少ないでしょう?」
男「うわ、つら」
- 69:名も無き被検体774号+:2013/06/17(月) 00:00:04.65 ID:QvxpaGKB0
幽霊「わたしをからかってる暇があったら、さっさとご飯食べちゃいなよ。麺、伸びるよ」
男「気遣いありがとう。でも僕はね、伸びてでろでろになったぐらいのラーメンが好きなんだ。だから大丈夫だよ」
幽霊「ゲテモノ食い」
男「そこまでかな……というか、もうちょっとこっち来て座りなよ。遠巻きに見られてると、なんか物悲しいよ」
幽霊「むやみやたらに触らない?」
男「それは約束できないけど」
幽霊「約束してよ」
男「言いつつ寄って来てくれるあたり、キミはねこみたいだね」
幽霊「ねこすき」
男「僕のことは?」
幽霊「別に」
男「毅然とした態度だね」
幽霊「ねこね、昔飼ってたの」
男「へえ」
幽霊「だからすきなの」
男「じゃあもし、キミが昔飼ってたのがニューギニアヒメテングフルーツコウモリだったら、今のキミはニューギニアヒメテングフルーツコウモリをこよなく愛する女の子になってたわけだ」
幽霊「そんなコウモリいるんだね」
男「いるよ。主な生息地はニューギニア」
幽霊「さすがになんとなくわかるよ」
- 70:名も無き被検体774号+:2013/06/17(月) 00:09:14.35 ID:dfYaIbhv0
幽霊「こんな風になっちゃったから思い出すんだけど」
男「なに?」
幽霊「ねこって、ときどき、なにもない空間を目で追ってるんだよね。じっと。ずっと」
男「ああ、よく聞くね」
幽霊「あれってやっぱり幽霊が見えてるのかな」
男「いいや、そんなことはない」
幽霊「えっ、そうなの?」
男「ねこの視力ってのはそんなに良くない。というか悪いね。だけどそれゆえに、ねこの聴覚には飛び抜けたものがある」
幽霊「耳?」
男「そう。耳が良いんだ。犬もなかなか耳がいいんだけど、ねこのほうがずっといい。可聴音域も、人間より遥かに広い」
幽霊「超音波とかも聞こえるの?」
男「らしいね。ねこが何もない空間を追っているのは、見てるんじゃない。聞いてるんだ。人間には絶対に聞こえない音を聞いてるだけだよ」
幽霊「長年の疑問が今解けたよ」
男「ただね、その音が何に由来してるかまではわかんないからさ。もしかしたら、幽霊の声なのかもね」
幽霊「そういう考え方もできるのかあ」
- 71:名も無き被検体774号+:2013/06/17(月) 00:16:13.90 ID:dfYaIbhv0
男「でもあえてこれは言わせてもらうね」
幽霊「?」
男「自分を知覚できる存在が、実はたくさんいるのかも。なんて考えは捨てたほうがいい」
幽霊「………」
男「やっぱり、図星だった?」
幽霊「……うん」
男「僕が出かける直前に、キミが不安げな顔をする気持ちはわかる気がする」
幽霊「わかるの?」
男「わからない。わかる気がするだけだよ。僕は生きてるし、キミは死んでる。キミは生きてたこともある。キミのほうが経験豊富だ。だから僕には、キミの気持ちがわからない」
幽霊「こわい」
男「諦めて。どうしようもないから」
幽霊「わたしは、存在してるのかな。してないのかな。意識がないっていうのは、どういうことなのかな」
男「ごめんね。僕にはわからない」
- 72:名も無き被検体774号+:2013/06/17(月) 00:27:14.51 ID:dfYaIbhv0
幽霊「こんな風になるなら……」
男「死ななければよかった?」
幽霊「………わかんない」
男「キミが死に際になにを思ったのかとか、そんなこと詳細には知らないけどさ」
幽霊「……?」
男「いやあ、面白いよね。笑いが出るよね」
幽霊「全然、笑えないよ」
男「や、笑える。キミさ、なんで、当たり前のように、存在しようとしてるんだよ」
幽霊「………」
男「甘えてるというか、ふざけてるというか。自分で命を捨てといて、意識を消し去ろうとしておいて、それなのに今は、自分の存在が不安定なことにひどく怯えてる」
幽霊「……おこってる?」
男「ううん、全然。面白がってる。今こうしてキミが葛藤していることが、僕にはとても興味深いんだ」
幽霊「えっと………………ごめんなさい」
男「怒ってないってば。キミの命はキミの自由にしたらいい。それに、キミのようなことを言う幽霊は、初めてじゃない」
幽霊「そうなの?」
男「うん。でも、そのときはここまで興味をひかれなかったなあ」
幽霊「なんで?」
男「なんでだろ。多分、その幽霊が四十がらみのおっさんだったからじゃないかな」
幽霊「……それ、関係ある?」
男「そりゃあね。僕だって人間だし、自分の存在に不安を感じるおっさんよりは、自分の存在に不安を感じるかわいい女の子のほうに興味が沸く」
- 73:名も無き被検体774号+:2013/06/17(月) 00:40:11.66 ID:dfYaIbhv0
幽霊「聞かせてほしいな」
男「なにを?」
幽霊「あなたの、幽霊の話。いろんな幽霊に会ってきたんでしょ?」
男「ああ、まあいろいろいたね」
幽霊「どんな幽霊がいたのかって、ちょっと興味があるの」
男「ああ、それはいいけど、そうだなあ……面白い話をしようとなると、ちょっと下品な話になるかも」
幽霊「幽霊相手に?」
男「幽霊相手に。ま、いいか。下ネタはいけるクチだったもんねキミ。実は僕バイセクシャルなんだけど」
幽霊「えっ」
男「そんなに驚く?」
幽霊「だって、あなた、幽霊にしか興奮しないって」
男「それは嘘じゃないよ。幽霊であれば、男でも女でも関係ないって話。ああ、でも、どっちかっていうと女の子のほうが好きだけどね」
幽霊「そうなんだ……」
男「で、さっき出てきた四十がらみの男の話だ。この幽霊がね、同性愛者だったわけ」
幽霊「話がよからぬ方向に」
- 75:名も無き被検体774号+:2013/06/17(月) 00:51:15.04 ID:dfYaIbhv0
男「ある程度年配のゲイは、若い男が好きって人が多いんだ。ハッテン場っていったことある?」
幽霊「な、ないよ!」
男「まあそうだろうね。僕は一度だけ行ったことがある。あくまで興味本位でさ。黒い噂の絶えない、治安の悪いポルノ劇場でね。生身の人間には興味ないけど、
人が何人か死んでてもおかしくないような荒れ具合だって話だったから、強姦殺人にでも遭った幽霊がいないかなって思ったんだ」
幽霊「幽霊見つかった?」
男「いいや。とてもじゃないけど、それどころじゃなかったよ。場末のポルノ劇場なんて、ガラガラだろうとタカをくくってたんだ。とんでもないね。
座席数の五倍は人がいたんじゃないかな。まるで満員電車みたいだった。もぎりのおばさんが気だるそうに言うんだよ。「スリに気を付けてね」ってさ。
冗談じゃないと思ったね。スリなんか気にしてる余裕はなかったよ。劇場でひしめき合ってる男たちのなかで、明らかに僕は最年少だった。
ぐるりと見回した感じ、僕の次に若い人でも四十は絶対に下らない感じだったかな。入口から入ってきた僕に、劇場内の男どもが一斉に視線を向けるんだけどさ、
その視線のまがまがしいこと。僕の容姿偏差値なんてまったくもって関係ない。二十歳そこそこだってだけで、その場にいたほとんどの人間が僕を標的に定めたよ」
幽霊「や、やられちゃったの……?」
男「どう思う?」
幽霊「…………」
男「そんな顔しないで。さすがに恐れおののいて三分も経たないうちに逃げ出したよ。その間に身体をまさぐられた数は10じゃきかなかったけどね」
幽霊「よかったねえ……」
男「うん。あれはさすがに震えたね。幽霊にも物怖じしない僕が言うんだから相当だよ。スクリーンのなかのカメラ人間を見てちょっと安心したくらいだ」
幽霊「カメラ人間って?」
男「ほらあれだよ。『劇場内での撮影は犯罪です』ってやつ。頭がビデオカメラの人がダンス踊る映像があるだろ?」
幽霊「ああ、あれ。なんで安心?」
男「あまりに非日常的な空間と状況だったからさ。なんかあのカメラ人間見て『良かった知ってる人がいる』って思っちゃったんだよね」
幽霊「せっ、切羽つまりすぎ」
男「いや、笑ってるけどさ。それくらい恐怖してたんだよ僕」
- 78:名も無き被検体774号+:2013/06/17(月) 01:03:17.02 ID:dfYaIbhv0
男「話が若干逸れたね。戻そう」
幽霊「うん」
男「しばらく同居することになったそのおっさんがね、これまた性欲旺盛でさ。ここぞとばかりに僕に性的欲求をぶつけてくるんだ」
幽霊「幽霊が? 人間のあなたに?」
男「そうそう。もちろん、肉体的な接触はもてないからさ。その方法は限られてるんだけど……話して大丈夫?」
幽霊「………たぶん」
男「僕はさ、その、最初にキミに言ったけどさ、『憑依してもらってオナニーする』ってのが一般的な幽霊との性的交渉だと思ってたんだ」
幽霊「憑依って、そんな簡単にできるの?」
男「まあいろいろと条件はあるけど、できなくはないって感じかな」
幽霊「へえ」
男「それでまあ僕としては、いやいやだったけど、まあ一緒に生活していく上で関係は円滑にしておきたいとも思ってたからさ、憑依してもいいですよって言ってやったんだ。そのおっさんにね」
幽霊「いやいやなの? バイだから別にいいんじゃ」
男「マイナーな性的嗜好にだって、選択の意思はあるよ。少なくとも僕は、おっさんの相手はしたくないしおばさんも同様だよ」
幽霊「言われてみれば、そういうものなのかな」
男「そうだよ。だからまあ、やぶさかではあるけどおっさんの相手をしてやろうと思ってそう言ったのにさ。『そういうのはいい』って言うんだよ。おっさん」
幽霊「えっ。紳士的だ」
男「紳士的なもんか。おっさんは代わりにこんな要求をしてきたね。『キミが自分でしているところを近くで見ていたいんだ』って。『それが一番興奮する』とかでさ」
幽霊「うわあ」
男「ほんとうわあだよ。これがまあ、きついのなんのって。おっさんに至近距離で見つめながら自分のナニを擦るんだ。早いとこ終わらせたいってのに、どうしても
目の前におっさんがちらつくからなかなか射精できない。次第におっさんは興奮してきてはあはあ言い始めるしさ。正座でだよ? でもそれはまだマシなほうで、
最高にノッてくると、おっさん、僕の唇あたりをべろべろとなめまわし始めるんだ。もちろん匂いも感触もしないけど、でもそれって、もうそういう問題じゃないだろ?」
幽霊「かける言葉が見つからないよ」
男「ようやくイケたと思ったら、間髪入れずに『もうちょっと頼む』だからね。目の前が真っ暗になるよ、そういう瞬間って」
- 79:名も無き被検体774号+:2013/06/17(月) 01:15:21.39 ID:dfYaIbhv0
幽霊「あなたが、想像以上に壮絶な人生を歩んでてわたしは何も言えない」
男「いや、でもそのおっさんも、人柄はほんとに良い人だったんだ」
幽霊「今さらフォロー入っても説得力ない……」
男「マジでマジで。どっかでかい企業の、結構良い立場の人でさ。人事だったかな。『お前もこんな阿漕な生業やってないで、まともに就職したらどうだ』とか言ってくるんだよ」
幽霊「それには超同感できるけど」
男「ほんとに心配してくれてるのがひしひしと伝わってきてさ、もう苦笑いしかでなかったね。『今の人事部長の夢枕に立ってやるから、うちの会社を受けなさい』とかね。
できもしないってこっちはわかってるし、むこうもほとんど冗談なんだけどさ。いや、でも良い人だったよ」
幽霊「そっちの話から入ってくれれば、良い話として認識したんだけどね……」
男「そっか。そりゃ失敗したかも」
幽霊「あのさ」
男「ん?」
幽霊「その人って、今、どうしてるの?」
男「おっさん?」
幽霊「うん」
男「さあねえ」
幽霊「わかんないの?」
男「多分、元気に幽霊やってんじゃないかな。ふわふわ浮かんでさ」
幽霊「えっ、その人は浮けるの?」
男「いいや。嘘」
幽霊「……もう」
六日目、終了
- 88:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 00:37:36.49 ID:XT4uNyR70
七日目 P.M.
男「たらいまあ」
幽霊「おか……たらいま?」
男「ああ、家に待ってくれてる人がいるのっていいねえ」
幽霊「別に待ってないよ」
男「あー、そうかあ。あー……」
幽霊「?」
男「寂しかったでしょ。僕がいない間になにしっ、なにしてたあ?」
幽霊「わたしの感覚としては、あなたさっき出ていったばっかりだよ。知ってるでしょ」
男「ああ、そうだったそうだった……あははははは」
幽霊「顔赤い……酔ってる?」
男「かもねえ」
幽霊「酔ってる」
男「でもまだ飲むよ。発泡酒買ってきたあはははは」
幽霊「めんどくさそう……歩ける?」
男「大丈夫大丈夫う」
- 89:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 00:41:46.48 ID:XT4uNyR70
幽霊「外で飲んできたの? どれくらい飲んだの?」
男「駅前の立ち飲み屋で二杯ほど」
幽霊「二杯……ウィスキーでも飲んだ?」
男「やあ。ビールだけど」
幽霊「なるほど。弱いんだね」
男「キミは、お酒はすき?」
幽霊「すき」
男「かんぱーい」
幽霊「飲めないし」
男「ああ、不味いなあ」
幽霊「お酒嫌いなの?」
男「あんまり好きじゃない」
幽霊「だと思った。ココアでも飲むみたいに、ビール啜るんだもん」
男「でも飲まなきゃねえやってらんねー」
幽霊「友達になんか言われたの? まともに働け、とか?」
男「友達いないって言わなかったっけ」
幽霊「え、じゃあ外で飲んだのって、一人で?」
男「悪いか」
幽霊「悪くはないけど」
男「やあ、もう、今朝キミと別れて扉を閉めた後のことだよ」
幽霊「ん?」
- 90:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 00:42:59.70 ID:XT4uNyR70
男「ええとね……お隣さんにあったんだ」
幽霊「お隣さん? どんな人だっけ?」
男「なんかやけにチャラい髪の毛した優男だったよ。見た目に似合わず慇懃な話し方だったな」
幽霊「え。そんな人知らない。わたしが死んだ後に越してきたのかな」
男「じゃないかな。多分、通り沿いにある美容学校に通うために家を出て来たんじゃないかな。いかにも高校出たてですって感じのオシャレさだった」
幽霊「なにそれ」
男「垢抜け方がね、尋常じゃないんだよ。いかにも肩肘張ってるって感じ。こんな地方都市に出てくるくらいで大袈裟な」
幽霊「逆恨みっぽいなあ。普通にオシャレなひとなんじゃないの」
男「逆恨みもするさ。今朝方、僕と彼は家を出るタイミングがちょうど同じでさ。視線が合ったんだ。僕を見て、彼、なんて言ったと思う?」
幽霊「……いや、わかんないけど」
男「『どうも、おはようございます』って挨拶してきたんだ。ご丁寧に、腰を30度きっちり折り曲げながらさ」
幽霊「めちゃくちゃ普通だね。そしてめちゃくちゃ良い子だね」
男「ああ、それはもう爽やかだったよ。お隣さんといい関係でありたいっていうのが、顔に張り付いてた。大して興味もないだろうに、世間話なんか振ってくれちゃってさ」
幽霊「なんて?」
男「『見送ってくれる人がいるんですね。羨ましいです。彼女さんと住んでるんですか?』」
幽霊「…………?」
男「ああ、勘違いしないでね。別に彼はキミの姿を見とめてたわけじゃないみたいだ。玄関先でキミと話していた僕の声を聞いて、そう判断したらしい」
幽霊「独り言に聞こえなかったのかな。わたしの声は聞こえてないってことでしょう? それ」
男「所詮ドア越しに聞こえてた声だし、ずっと聞き耳を立ててたわけでもないだろうからね」
幽霊「ふうん。で、なんて応えたの?」
男「応えなかった」
幽霊「え」
- 91:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 00:44:35.08 ID:XT4uNyR70
男「いや、正確に言えば、上手く言葉が出なかった。ほら、僕ってコミュ症だからさあ。あはははは」
幽霊「とてもそういう風には見えないんだけど」
男「マジなんだよこれが。近年は特に拍車がかかってる。仕事以外で生身の人間と言葉を交わすことはほとんどないしね」
幽霊「よくそんなんで人を騙せるね……」
男「仕事のときは別だよ。それにほら、上手いこと騙せないと唯一の話し相手である幽霊に出会うこともできない」
幽霊「っていうか、お隣さんのこと、無視したの? 気まずいよねそれ」
男「二人並んで階段降りるときの空気は重かったね。ああ、もう、軽々しく話しかけてくんじゃねっつの」
幽霊「クダ巻いてるなあ。どう見ても悪いのはあなたでしょ」
男「いや、最終的にはがんばって僕も返事したよ。ぼそぼそとしか喋れなかったけど」
幽霊「あ、そうなんだ。なんて?」
男「一人暮らしなんです。って」
幽霊「…………うわあ」
男「もうね、あれなら、ずっと黙ってた方がましだったよ。くそ」
幽霊「一人暮らしなのに、あんなにはっきりと何かに向かって喋ってるんだもんね」
男「一瞬で向こうは心を決めたみたいだったね。あの男が『あ、この人とは関わらないほうがいいな』って察したのを、僕は察したね。間違っちゃないんだけどさ」
幽霊「もっとうまくごまかせばよかったのに」
男「無茶言わないでよ。生者と世間話をするってだけでもいっぱいいっぱいなんだ。テンパってて、脳みそのどの部分にも余裕はなかった」
- 92:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 00:45:29.53 ID:XT4uNyR70
幽霊「落ち込んでるのかな。ヤケ酒?」
男「励ましてくれる?」
幽霊「酔っ払いがうざいので、できることならそうしてあげたいけども」
男「ああ、それならさ。小さいころ、落ち込んだ時にやってもらってたおまじないをして欲しい」
幽霊「おまじない?」
男「そう。結構簡単なやつだから」
幽霊「どうすればいいの?」
男「おでことおでこをくっつけるんだ」
幽霊「ええ……」
男「だめ? おでこだけだよ」
幽霊「……おでこだけだよ?」
男「おでこだけだ」
幽霊「…………」
男「はい」
幽霊「すり抜けるから………難しい…………」
男「もうちょっと後ろかな……うん、そう」
幽霊「………ん」
男「…………」
幽霊「…………」
男「…………」
幽霊「…………!!」
- 93:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 00:46:23.44 ID:XT4uNyR70
男「……あははははは!!」
幽霊「キスしたあ!!」
男「ああ、うん、したね」
幽霊「おでこだけって言ったのに!!」
男「騙される方が……悪くないね。騙す方が悪い」
幽霊「ああもう!! うそつき!! うそばっか!!」
男「そんなにいやだった?」
幽霊「すっごく!!」
男「大丈夫。霊体だから。触れてないから」
幽霊「気持ちの問題なの!」
男「そっかそっか。ごめんね。酔ってるから。許してね」
幽霊「おまじないじゃなかったの?」
男「そんなの、嘘に決まってる」
幽霊「ああもう、ばか!」
- 94:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 00:49:07.32 ID:XT4uNyR70
男「知ってる? 幽霊も、赤面するんだよ」
幽霊「またうそ」
男「いいや。これは本当。貧血で顔面蒼白になることはないのに、恥ずかしくて顔が赤くなることはあるんだ」
幽霊「…………」
男「きみ、今、真っ赤だよ」
幽霊「そりゃあ、あんなのされたら誰だって」
男「不思議だよね。血なんて、通ってないはずなのにさ」
幽霊「ん……まあ、たしかに。というか、ほんとにわたし、赤いの?」
男「うん。顔が赤くなるのは、感情の問題だ。貧血は身体の問題。だからかな。顔が赤くなるのは、感情の象徴の一つなんだ、きっと。幽霊はフィジカルな存在じゃなくて、メンタルな存在だから」
幽霊「知らないよ。そんなの」
男「そうだね。うん、悪かったよ」
幽霊「あのさ」
男「ん?」
幽霊「どうして、友達いないの? どうして、幽霊にこだわるの?」
- 95:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 00:52:32.76 ID:XT4uNyR70
男「幽霊が見えるからね」
幽霊「霊が見える人はみんな、あなたみたいに、生きてる人と疎遠なの?」
男「痛い所をつくなあ。うん、実は、そういうわけでもない」
幽霊「あなただけが特殊なんだね」
男「特殊なんていうほどでもないけどね。ちょっと、生き方を間違えた」
幽霊「生き方?」
男「生まれ持って霊が見える人間てのは、そういう能力があるってだけで、別に性格に問題があったりするわけじゃあない」
幽霊「あなたは相当変なひとだけど」
男「強い霊感を持って生まれた人間はみんな、主に幼少期、多かれ少なかれ、不気味な子供だという扱いを受ける。通過儀礼みたいなもんだね」
幽霊「他の人には見えないものが見えるんだもんね」
男「そういうこと。生まれたときから当たり前に見えるものだからさ、最初は、他人がそれに気づかないというのが不思議でしょうがない。不思議というか、理解できない。
でも大抵の霊感持ち人間は、物心がつく頃気づく。『どうやら、僕たちに見えているコレについては、気づかないフリをして過ごしたほうが良さそうだぞ』ってね。
『そうしなければ、僕は周囲に溶け込むことができないばかりか、つまはじきものにされてしまう』」
幽霊「なんか、悲しいね」
男「しょうがない話ではあるけどね。ええと、それでさ、こういう背景があるから、霊感持ちの人間て言うのはむしろ、コミュニケーションに長けた人間が多いんだ。
幼い頃に、他人の顔色を窺うことを強制させられるからね。他人に同調してみせる力とか、空気を読む力は人一倍にある。僕のような人間とは、正反対のやつがほとんどだよ」
幽霊「それじゃあどうしてあなたは、そうならなかったの?」
男「そりゃもちろん、物心がつくころに、周囲との折り合いを上手くつけなかったからさ。僕は自分の見えているものを隠そうとしなかった。別に能力を誇示していたわけじゃないけどね」
幽霊「どうして隠さなかったの?」
男「隠せなかったんだ。ここからは、少し恥ずかしい話になる。僕の初恋の話だ」
幽霊「恥ずかしいの?」
男「当人としては、恋の話なんて、どうあっても恥ずかしい。箸が落ちても恥ずかしい。耳が疲れてはないかな? そろそろ日付も変わるけど」
幽霊「だいじょうぶだよ。幽霊だしね。むしろ、聞きたい」
男「それじゃあ酔いが廻った宵に相応しい、恋の話をしよう。僕がまだ小学校に上がる前の話だ」
七日目、終了
- 103:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 22:16:01.50 ID:XT4uNyR70
八日目 A.M.
幼児の言葉ってのは、得てして意味不明なものだ。大人たちはそれをよく分かっているから、子供たちの言葉に、真剣に耳を傾けることはない。
子供たちの視界内には、正義のヒーローがいて、悪い怪獣がいて、銀色の宇宙人がいて、足のない幽霊がいる。荒唐無稽な空想を大人に話しても、それが取り立てておかしなことだと思われることはない。
大人たちにとっての『ガキの言葉』というのは等しく『戯言』なのであって、それが真実であろうと妄想であろうと、取るに足らないものなんだ。
ただ、こういう非論理的な物言いをさらりと流してもらえるのは、せいぜい物心がつくまでだ。1や2を漢字で書けるころになってなお、中空を指さして「あそこに黒い服を着たおじいさんがいるよ」とか言っちゃうようなガキは、さすがに気味悪がられる。
「子供の言うことだから」と、今まで気にも留めずに流してきた言葉を、大人は気持ち悪がるようになる。
大多数の霊感少年少女は、このくらいから学び始めるね。明らかに幽霊にしか見えないようなのがいたら、しっかりと無視することを覚える。幽霊と目を合わせないように、少し視線を下げて歩くことを覚える。幽霊が見えたなんて他人に伝えるのは、もってのほかだ。
さて、僕の話だ。さっきも言ったように、僕はそういう『周囲への擬態』を行わずに育った。自らが奇異の目で見られていることに、気づかなかったわけじゃないよ。成績は悪かったけど、僕もそこまで馬鹿じゃないんだ。
「幽霊が見えること、隠さなきゃいけないな」って、そういう価値観はちゃんとあった。だけどね、僕にはそれよりも優先すべきことがあったんだ。絶対に譲れないことがあったんだよ。
なにかって?
男が言う『譲れないこと』なんてのは大抵、女がらみだと相場が決まってる。大抵の霊能少年が『擬態』を覚えるその年頃にね、僕は初恋をした。
察しの通り、相手は幽霊だった。僕が昔通っていた保育園の裏手にね、神社があったんだ。歴史もないし、由緒正しくもない、なにを祀ってるのかも良く分からない神社だったんだけど、なにせ田舎だったからさ。敷地だけは馬鹿みたいに広かった。
ヘリコプターの着地にでも使うのかって広さの境内からさ、雑木林に入れるんだ。僕が彼女を見つけたのは、その雑木林の中だ。
なんでそんなところに行ったのかなんて、覚えてないよ。ほら、田舎の子供にとって雑木林ってのは、自宅の裏庭とさして変わりないものなんだ。遊び場にするにも気安い。
14歳だって言ってたかな、その子。当時の僕と七歳差だって言ってた記憶があるから、間違いないと思う。
- 104:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 22:21:36.26 ID:XT4uNyR70
一目惚れだったね。いや、今思えば、その子はさしてかわいかったわけじゃないんだ。失礼だとは思うけど。
中学生の少女、っていうのが決定的だったんだと思う。身体的に、成体の基礎が出来上がって来る年齢だ。
小学生の女の子ってのはさ、如何にそれが端正であろうと、所詮水ものだ。一年で20センチ近く身長が伸びる子もいるくらいだしね。それに呼応するように、顔面だってぐにゃぐにゃと変化する。
鼻水がこびり付いてるときだってあるし、前歯が三本くらいないことだってある。かわいくはあっても、綺麗ではない。たとえ綺麗な瞬間があったとしても、それは失われることを確約されてる綺麗さだ。
もちろん、当時からこんなまどろっこしいことを考えた上で、14歳の彼女に魅力を感じていたわけではないよ。でも、あえて彼女に惹かれた理由をつけるとすればそんなところだ。
『成体』にほど近く、けれどそれでも、未だ自分と同じ『子供』だった彼女の姿は、異様に綺麗に見えたんだ。七歳の僕にはね。
彼女はよく僕にかまってくれたよ。いや、こういう言い方は間違ってるかな。だって彼女からしてみれば、自分がかまえる相手は僕しかいなかったわけだからね。
彼女の世界に、話し相手になってくれる人間は僕しかいなかった。そりゃまあ、邪険にはされないよね。そんな事情に思い当ることなく、僕は彼女と対等な関係にあると勘違いして、はしゃいでたんだ。
小学一年生の僕が、中学生と二人でお喋りできているという状況に、昂揚感を覚えてもいた。僕は夢中になって彼女とお喋りしたよ。毎日、毎日ね。
- 105:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 22:27:30.88 ID:XT4uNyR70
その通り。僕にとっての『譲れないこと』っていうのはつまり、彼女と過ごす時間のことだ。
雑木林のあちらこちらには、鬼ごっこやらかくれんぼをして遊んでいる僕の同級生たちがいた。僕はね、彼らの群れから外れて、彼女にべったりくっついていたんだよ。
「一緒に遊ばなくていいの?」なんて彼女は僕に聞いたけれど、そんな気には毛頭なれなかったね。きゃあきゃあ言って走り回る同級生たちを見ながらさ、「あんなのなにが面白いんだろう」って思ってた。
正直、ちょっと見下してたくらいだ。少なくとも当時の僕は、同級生の有象無象より、高尚な時間の使い方をしていると確信していたんだ。
だからこそ、彼女と会話するときも、堂々として声を張っていた。話の内容を聞かれようとお構いなしだった。いや、というよりは、聞かせてやりたいと思ってたんだろうな。あの頃の僕はさ。
僕は同級生たちを馬鹿にしていたけれど、さて、じゃあ同級生たちはそんな僕の姿を見てどう思っただろうね? 言う必要もないか。
僕はどんどんと人の和から浮いていった。浮いていったというのも違うかな。だって僕は自ら進んで、彼らの生きている世界から遠ざかったようなものだからね。
子供の世界の事情は、大人たちにも伝播する。僕の住んでいる区域内で、僕のことを知らない人はいなかったよ。だって僕のことを知らなきゃ、僕を避けることはできないからね。
よくフィクションの中で見るかわいそうな子いるでしょ? 「あの子とは、遊んじゃいけません」って言われるようなやつ。大体そういうのを想像してもらえばいい。
ただ、そういうかわいそうな子と僕には決定的な違いがあったけどね。僕は、それでもなお、最高に幸せだった――っていうのが、フィクション内の子供と僕との違いだ。
人格形成に重要な、五年か六年の時期を僕はそうやって過ごしたからね。気づいた時には、もう、笑っちゃうくらいにさ、生きた人間と喋るのが難しくなってたよ。
身体と身体が触れたときにさ、すり抜けないってのが、どうにも怖いんだ。目と目があったときにさ、相手の向こうの景色が見えないと、なんか不安になるんだ。
いつのまにか、そういう風になってしまってたんだ。
- 106:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 22:28:45.76 ID:XT4uNyR70
幽霊とするキスを教えてくれたのは、彼女なんだ。味も匂いもしないキス。僕が9歳の時だった。
幽霊とするセックスを考えてくれたのは、彼女なんだ。傍から見れば、自慰してるようにしか見えないセックス。僕が11歳の時だった。
ん? 彼女と僕が最終的にどうなったかって?
どうなったと思う?
いやいや、ごめん。別に、はぐらかすつもりはないよ。
おっさんのときははぐらかした? そんなつもりはないんだけどなあ。
彼女はね、ある日突然、消えてしまった。僕が12歳の時だった。
後に残ったのは、人間でも幽霊でもない、僕一人だった。
どうして消えたか? そんなの僕が知りたいくらいだよ。愛想が尽きたんじゃない? 幽霊相手に興奮して鼻の下伸ばしてる、エロガキにさ。
ほんと、なんで消えちゃったんだろうね。
ほんとだって。なにも隠してなんかないよ。僕とキミとの仲だろ?
あはは、ごめんごめん。
あはは。
ああ、
ああ。
- 107:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 22:30:09.34 ID:XT4uNyR70
幽霊「……ちょっと、飲み過ぎなんじゃない?」
男「うん……実は僕もそう思ってた。視界が明滅してる」
幽霊「大丈夫なの?」
男「こりゃ明日は一日中、二日酔いでダウンだろうなあ」
幽霊「うわ。しっかりしてよ。わたし、あなたを介抱したりできないんだからね」
男「寝袋に突っ込んで欲しいよ」
幽霊「できたらやってるよ」
男「意識が飛びそう」
幽霊「どれくらいやばい?」
男「自分の二言前が思い出せない」
幽霊「…………ねえ」
男「ん?」
幽霊「そんなに朦朧とした意識にもさ、わたしはしっかり観測されてるんだね」
男「あー……」
幽霊「ちょっと面白い指標かも。キミが潰れちゃったら、わたしは存在しなくなる」
男「確かに。酒に酩酊した状態で、こういう状況なのって初めてかもなあ」
幽霊「あーあー……ついにくずおれちゃった」
- 108:名も無き被検体774号+:2013/06/18(火) 22:33:01.62 ID:XT4uNyR70
男「…………」
幽霊「…………」
男「…………」
幽霊「…………」
男「………………ねえ、キミはそこにいる?」
幽霊「いるよ」
男「ああ」
幽霊「…………」
男「…………」
幽霊「…………」
男「………………ねえ、まだキミはそこにいる?」
幽霊「うん、いるよ。わたしは、ここにいるよ」
男「ああ……よかった」
八日目、終了
- 125:名も無き被検体774号+:2013/06/20(木) 23:22:53.38 ID:fjmNcgA50
十日目 A.M.
幽霊「雨だ」
男「雨だねえ」
幽霊「ニートだ」
男「ニートじゃないよ」
幽霊「今日は仕事いかないの?」
男「雨だからさ」
幽霊「雨だと休むんだ」
男「イナゴが降ってきても休むよ」
幽霊「欧米じゃないんだから」
男「長靴があればなあ」
幽霊「長靴の有無で仕事に行くかどうか決まるんだ」
- 126:名も無き被検体774号+:2013/06/20(木) 23:23:26.84 ID:fjmNcgA50
男「暇だなあ」
幽霊「仕事行けばいいのに」
男「またまた。僕が家にいて嬉しいなって思ってるくせに」
幽霊「仕事行けばいいのに」
男「めずらしく僕とたくさんお喋りできるから、何から話そうかもうてんやわんやなくせに」
幽霊「仕事に行ったまま帰ってこなければいいのに」
男「辛辣う」
幽霊「まあわたしは雨見てるの好きだし、そういう意味ではいてくれて助かるんだけど」
男「じゃあ僕は雨を見てるキミを見て一日を潰すことにする」
幽霊「なんか恥ずかしいからやめて」
- 127:名も無き被検体774号+:2013/06/20(木) 23:23:52.98 ID:fjmNcgA50
男「雨が好きって、変わってるね」
幽霊「あなたには言われたくないよ。見るのが好きなだけだもん」
男「てるてる坊主みたいな服着てるのに」
幽霊「バタフライスリーブって言って」
男「似合ってるけど」
幽霊「死んだときの服装になるんだね。幽霊って」
男「いや、そういうわけじゃないみたいだよ」
幽霊「え、そうなの?」
男「うん。特に法則性はないみたい。死んだときの姿だって霊も多いけど」
幽霊「わたしそれだ」
男「私と言えばこれだ! っていう服装をしてたり、お気に入りだった服装をしてる霊が多いみたい」
幽霊「生前の姿が反映されることが多いの?」
男「着たこともないような服を着てる幽霊もいたよ。願望らしいね。『こんな恰好してみたかった』って願望を、死後に叶えたって感じなのかな」
幽霊「あ、それいいな」
- 128:名も無き被検体774号+:2013/06/20(木) 23:26:17.51 ID:fjmNcgA50
男「キミの場合は、死んだときの姿っていうよりもさ」
幽霊「うん?」
男「『死んだときに、お気に入りの服を着てた』って感じなんじゃないの?」
幽霊「あ、すごい。どうしてわかるの?」
男「自殺した霊にはありがちなことなんだよ。気に入った服を着て、身だしなみを整えてから死ぬってのは、割とよくあることでしょ?」
幽霊「なるほど。たしかに」
男「生きることを選び取れない人間でも、自分の死に姿くらいは選べるってのが面白いよね」
幽霊「それをわたしに言われても」
男「キミにはいろんな服を着せてみたいなあ」
幽霊「できるの?」
男「できない」
幽霊「なあんだ」
男「残念だよね」
幽霊「でも、いいんだ。これ一番好きな服だし。かわいいでしょ」
男「うん。ちょっと」
幽霊「ちょっと?」
男「ちょっと、ダサい」
幽霊「えっ! うそっ? えっ」
- 129:名も無き被検体774号+:2013/06/20(木) 23:26:44.73 ID:fjmNcgA50
男「いや、ろくに人の世の中で生きてない男の意見だから気にしないでよ」
幽霊「それにしても、結構きたよ今の」
男「でも、ちょっとダサい子のほうがさ、いいじゃんなんか」
幽霊「フォローするならもっとうまくおねがい」
男「世界一かわいいよ」
幽霊「世界一なげやりなんですけど」
男「いや、ほらなんか、ほら、あれ、あの」
幽霊「がんばって」
男「雨だね」
幽霊「諦めないで」
男「世界一雨だね」
幽霊「混ぜないで」
- 130:名も無き被検体774号+:2013/06/20(木) 23:27:25.75 ID:fjmNcgA50
幽霊「前髪切りたいなあ」
男「あー」
幽霊「死んでから後悔してる」
男「死んでから後悔することが前髪の長さかあ」
幽霊「前髪切ってから死ねばよかった」
男「いいじゃん。ぱっつんとかより、僕は好きだよ」
幽霊「わたしは好きじゃないんだよ」
男「わがまま」
幽霊「前髪の長さは、死んだとき依存?」
男「さすがにそんなことは知らないよ」
- 131:名も無き被検体774号+:2013/06/20(木) 23:27:50.10 ID:fjmNcgA50
幽霊「そういえばさ、お仕事のほうは順調なの?」
男「ん、ああ、まあぼちぼちかな」
幽霊「いい物件見つかったの?」
男「僕の場合は、悪い物件を探してるわけだけど」
幽霊「それもそっか」
男「もしかしたら、このあたりで一件、良い感じのがあるかもしれない」
幽霊「そういうの、どうやって調べるの?」
男「地道に」
幽霊「地道にかあ」
男「かなり運がいいね。僕の探してる条件に当てはまる物件が、こんなに近くにあるとは思ってなかった」
幽霊「次はそこに住むの?」
男「まだ全然そんな段階じゃないよ。実際に建物を確かめたわけじゃないし、賃貸借契約をどういう風にしてるのかも知らないし。大家もどんな人か分からないし」
幽霊「この近くに、事故物件?」
男「うん。物騒な街だね」
幽霊「ふうん」
- 132:名も無き被検体774号+:2013/06/20(木) 23:28:18.89 ID:fjmNcgA50
幽霊「雨もずっと見てると、つまらなくなってくるね」
男「しりとりでもする?」
幽霊「なぜ」
男「二人でできるお手軽な遊びと言えば、ね」
幽霊「しりとりって永遠に続くよね」
男「じゃあ縛りを設けよう。動物の名前しりとりだ」
幽霊「うん、いいよ。動物すきだから、得意」
男「ストローオオコウモリ」
幽霊「リス」
男「スンダオオコウモリ」
幽霊「コウモリ好きだね。リュウグウノツカイ」
男「インドオオコウモリ」
幽霊「……リーフモンキー」
男「キャロラインハナフルーツコウモリ」
幽霊「ちょ、ちょっと待ってよ……えと、り、リャマ!」
男「マサラテングフルーツコウモリ」
幽霊「『り』ばっかり!」
十日目、終了
- 152:名も無き被検体774号+:2013/06/24(月) 22:30:58.50 ID:ta55/Hex0
十二日目 P.M.
男「ただまいー」
男「…………あれ?」
男「たまいだー」
男「ん? あれ、いるじゃん。ボケたらつっこんでよ」
男「なにそれ、パントマイム?」
男「意外な特技もあったもんだ」
男「違う?」
男「耳? あ、うん。え?」
男「うん。聞こえてないよ」
男「どうしたのそんな絶望的な表情してさ」
男「……もしかしてさ、普通に喋ってるつもりなの?」
男「そっかあ……」
男「いや、わかんない。どうしてだろう」
- 154:名も無き被検体774号+:2013/06/24(月) 22:32:22.23 ID:ta55/Hex0
男「ええと、落ち着いて」
男「つまりさ、キミの声、聞こえてないんだよ。僕には」
男「や、さすがにこんな冗談は言えないよ。そんな怒った顔しないで」
男「あ、泣きそうな顔はもっとやめてほしい」
男「大丈夫大丈夫! きっと一過性のものだよ。たまにあるんだ、こういうこと」
男「姿? 普通に見えるよ。うん。いつも通り。大丈夫」
男「こっちに手を伸ばしてくれる? うん。そう」
男「触れないね。これもいつも通りだ」
男「他に変わったところは……なさそうだね。キミの声が聞こえなくなったことだけかな」
男「僕の耳の問題じゃないと思うんだよね。換気扇の音は、いつも通り聞こえてる」
男「涙を引っ込めて……っていうのは無理そうだね」
男「怖いよね」
男「キスしてあげる」
男「あ、それは嫌なんだ。ノリでいけるかと思った」
男「あはは」
- 155:名も無き被検体774号+:2013/06/24(月) 22:33:17.29 ID:ta55/Hex0
男「涙も感情の象徴の一つだからね」
男「でもいくら泣いても頭が痛くなったりはしないと思うよ」
男「いや、実際のところは知らないけどね」
男「…………」
男「あ、ごめんね。涙にだったら触れないかと思って」
男「うん。無理だね」
男「言っとくけど、無理矢理キスしようとしたわけじゃないからね」
男「ほんとほんと」
男「……ああ、かわいい」
男「や、声に頼らず身振り手振りで伝えようとしてるのが、なんかおかしいやらかわいいやらで」
- 156:名も無き被検体774号+:2013/06/24(月) 22:34:14.61 ID:ta55/Hex0
幽霊「もう、ばか!!」
男「あ」
幽霊「ん?」
男「聞こえた」
幽霊「うそっ?」
男「ちょっとテストしてみよう。好きです、って言ってみて」
幽霊「……そんなのに騙されないもん」
男「うん。聞こえるね」
幽霊「…………」
男「?」
幽霊「う、う…………うううううううう」
男「うわ、マジ泣きだ」
- 157:名も無き被検体774号+:2013/06/24(月) 22:34:40.26 ID:ta55/Hex0
幽霊「こわ、こ………こわか、っ、た、う、ううう」
男「よしよし」
幽霊「も、もう、ず、ずっとね、ずっと、こ、このまま、なんじゃ、って、もう、もうね」
男「大丈夫って言ったでしょ。信じてくれていいんだよ」
幽霊「そ、そんな、だって、わ、わかっ、わかんないっ、じゃん、かあ」
男「また、キミの声が聞けてうれしい」
幽霊「っ……!」
男「おお」
幽霊「…………なに」
男「赤くなったな、って」
幽霊「うるっ、うるさい……なあ…………」
- 158:名も無き被検体774号+:2013/06/24(月) 22:35:44.35 ID:ta55/Hex0
男「僕は、多分さ」
幽霊「……ん?」
男「キミが思っているよりも遥かにさ、幽霊のことについて、なにも知らない」
幽霊「そんなこと」
男「いいや。これは本当なんだ。前にも似たようなことがあった」
幽霊「初恋の……人のとき?」
男「よくわかったね」
幽霊「なんとなく」
男「彼女の声も、ときたま、僕に届かなくなることがあった」
幽霊「そうなんだ」
男「なぜかはわからないんだよ」
幽霊「推測もできない?」
男「うん、まあ」
幽霊「なんか歯切れ悪いね」
男「そう?」
- 159:名も無き被検体774号+:2013/06/24(月) 22:36:18.30 ID:ta55/Hex0
男「こんなこと、僕が言うときっと不安にさせると思うんだけどさ」
幽霊「?」
男「次もし、こういうことがあっても、同じようにもとに戻れるかは、正直わからない」
幽霊「……うん」
男「ごめん」
幽霊「謝ること、ないよ」
男「ごめんね」
幽霊「あのさ」
男「ん」
幽霊「さっきの、一過性云々ってのは、でまかせだったってこと?」
男「ああ、いや…………恥ずかしながらさ」
幽霊「?」
男「ほとんど、自分に言い聞かせてるみたいなものだったんだ」
幽霊「…………あはは」
男「なに?」
幽霊「やっぱりなーって」
男「どういうこと?」
幽霊「さっきのあなた、ずっと、泣きそうな顔だったから」
男「…………気づいてたなら、もっと早く言って」
- 160:名も無き被検体774号+:2013/06/24(月) 22:36:48.07 ID:ta55/Hex0
男「じゃあもういっそ、恥をかき捨てて言うけど」
幽霊「なあに?」
男「僕はキミの声を聞くと、なんか嬉しくなる」
幽霊「うん。さっき、似たような言葉を聞いたよ」
男「だからこそ、僕は、キミの声が聞こえなくなってもなんとか我慢できると思うんだ」
幽霊「なに、それ」
男「なんだろうね」
幽霊「わかる気がするけど、わかる気がするだけ」
男「好きなのは、キミの声じゃないんだ」
幽霊「じゃあ、胸かな」
男「ああ、うん。間違いないね」
幽霊「あはは、最低だ」
男「最低だね」
十二日目、終了
- 175:名も無き被検体774号+:2013/06/26(水) 23:42:32.62 ID:9kX8HvSg0
十五日目 P.M.
幽霊「ねえ」
男「はいはい」
幽霊「いつもさあ、同じようなものばかりでさ、飽きないの?」
男「結構バリエーションあるよ。コンビニなめてるでしょ」
幽霊「一昨日なんだっけ」
男「麻婆豆腐丼」
幽霊「昨日は?」
男「担担麺」
幽霊「で、それなに?」
男「麻婆豆腐麺」
幽霊「同じじゃん!」
男「いやあ」
幽霊「なんでちょっと照れてるの」
男「言われてみれば、と思ってさ」
幽霊「照れる意味がまったくわからない」
- 176:名も無き被検体774号+:2013/06/26(水) 23:44:06.99 ID:9kX8HvSg0
幽霊「食事は生きる者の喜びだよ。そうでなくても、もっと健康に気を使わないと」
男「幽霊が言うからこその至言だなあ」
幽霊「自炊する気ない?」
男「な」
幽霊「自炊する気ない?」
男「せめて最後まで言わせてよ」
幽霊「最後まで言ってみて」
男「な」
幽霊「死ぬよ」
男「え、僕が?」
幽霊「『ない』なんて言わせない」
男「いやまだ『な』しか言ってないじゃん。もしかしたら『なくはない』とか言おうとしたのかもしれないよ」
幽霊「なんて言おうとしたの?」
男「中出し」
幽霊「死んで」
- 177:名も無き被検体774号+:2013/06/26(水) 23:47:02.55 ID:9kX8HvSg0
男「そもそも僕、料理できないんだよ」
幽霊「望むところだよ」
男「え、料理できないことが?」
幽霊「わたしが教えてあげるの。それくらいならきっとできるよね」
男「うわあ親切」
幽霊「でしょう? もう楽しみすぎるでしょう?」
男「でもさ、自炊って色々いるじゃん」
幽霊「包丁、お皿、ガスコンロ、お箸」
男「そうそう。旅する身だからさ、そういうのわざわざそろえるってのも」
幽霊「包丁は、ペティナイフでも買えばいいよ。お皿やコップは紙ので十分。最近はいろんなタイプのがあるし。お箸も使い捨て」
男「コンロは?」
幽霊「ミニコンロとか、カセットコンロとか」
男「……なんか、自炊しないほうが経済的なんじゃないかと思うんだけど」
幽霊「別に食費を抑えるのが目的じゃないもん。もっとちゃんとしたもの食べたほうが、あなたのためになるんじゃないかと思って」
男「なんなのキミ僕のお母さんなの」
幽霊「あなたといる時間を、ちょっとでも有効に活用しようと思っただけ」
- 178:名も無き被検体774号+:2013/06/26(水) 23:48:07.83 ID:9kX8HvSg0
幽霊「ねえ、いいでしょ? お料理教室しようよう。暇なんだからさあ」
男「ええ……」
幽霊「ガスも水道も通ってるのに、もったいないよ」
男「やっぱシャワーは浴びたいからなあ」
幽霊「だめ?」
男「………いや、やっぱりさ。僕ここ後二週間くらいで出ちゃうしさ」
幽霊「…………」
男「……うわ……………」
幽霊「………………」
男「わ、わかった……」
幽霊「……!」
男「明日、調理器具とか調達してくる」
幽霊「やったあ!!」
男「いや、なに、ほんと、ほんとマジだよもう」
幽霊「ん?」
男「なんだよ今の顔。あんな目されたらベンツだって買っちゃうよ」
幽霊「ふふふ」
男「今の今まで、あんな表情を隠し持ってるとか、卑怯だよ」
幽霊「あれはねえ、ベンツ買って欲しいとき用の顔だよ」
男「え。僕明日ベンツ買ってこなきゃいけないの? 必要?」
- 179:名も無き被検体774号+:2013/06/26(水) 23:49:18.71 ID:9kX8HvSg0
男「女ってずるい」
幽霊「まあまあ」
男「キミってさ、食に対する情熱、なかなかあるよね」
幽霊「料理とかすき」
男「だろうね。食欲旺盛?」
幽霊「今はないけどね」
男「睡眠欲と性欲」
幽霊「どっちも旺盛じゃないよ……」
男「そういえばさ、今まで見てきた幽霊はさ、軒並み食欲ない霊ばっかりだったんだけど」
幽霊「うん」
男「性欲がなくなった霊はあんまり見なかったなあ」
幽霊「睡眠欲は?」
男「意識がない期間を、眠ってると捉えれば、あると取れなくもないよね」
幽霊「そっか」
- 180:名も無き被検体774号+:2013/06/26(水) 23:51:54.10 ID:9kX8HvSg0
男「死ぬことと、三大欲求それぞれの相関性は一体どうなってるんだろうね」
幽霊「うーん」
男「ん、どした?」
幽霊「あ、いや、わたしね、三大欲求を『食欲、睡眠欲、性欲』と思ってないから」
男「へえ。じゃあどう思ってるの」
幽霊「え」
男「ん?」
幽霊「…………な、なんていうんだろ。小学校ときの先生の受け売りなんだけど」
男「うん」
幽霊「う、受け売りだからね!」
男「えっ。どうしたどうした」
幽霊「『人間には我慢できないことが三つある。食うこと、寝ること、あと一つ、なんだと思う?』って先生はそう言ったの」
男「なんだったの?」
幽霊「ひ、ひること」
男「……ひる?」
幽霊「あれ……伝わらない? もしかして方言?」
男「ちょっと待って。ググる」
幽霊「携帯とか持ってたんだ……」
男「友達の連絡先とかはないけどね」
幽霊「え、ええと……『糞をひる』とか言わない?」
男「……ああ、排泄するって意味かあ」
幽霊「そ、それ! それが言いたかったの!」
男「いやあ」
幽霊「?」
男「キミのかわいい口からそんな下品な言葉を聞くとは思わなかったなあ」
幽霊「忘れて。今すぐ忘れて」
- 181:名も無き被検体774号+:2013/06/26(水) 23:53:26.10 ID:9kX8HvSg0
幽霊「先生が『なんだと思う?』って聞いたとき、わたし心の中で思ってたの。『知ってる。食欲、睡眠欲、性欲ってやつでしょ。本で読んだことあるもん』」
男「三つ目言われたとき『あれっ?』ってなっただろうね」
幽霊「なったなった。でもね、先生の言葉はすうっと、わたしのなかの腑に落ちたの」
男「へえ」
幽霊「欲求と言うものを『我慢することができないもの』と定義するなら、性欲は明らかに他二つと性質を異にするものだよね」
男「ああ、確かになあ」
幽霊「個体生存のために、必要なものじゃないもん。性欲って。繁殖という面から見るなら必要かもしれないけどさ」
男「大丈夫? 難しい言葉使ってるキミ初めて見たんだけど。メロン食べる?」
幽霊「ば、馬鹿にしすぎっ………え。メロンってなに?」
男「具合でも悪いのかと」
幽霊「具合悪いとメロン食べるの?」
男「イメージ」
幽霊「微妙にブルジョワめいたイメージだなあ」
男「冗談だよ。続けて」
幽霊「ええと、だからね、『三大』欲求というならわたしは『食欲、睡眠欲、排泄欲』ってほうが相応しいと思うの」
男「性欲は入らないんだ?」
幽霊「うん。性欲は生きるためには必要ないから除外」
- 182:名も無き被検体774号+:2013/06/26(水) 23:54:43.19 ID:9kX8HvSg0
男「性欲に否定的ってこと?」
幽霊「そんなことないよ。むしろ、肯定的なの」
男「え、どういう理論?」
幽霊「前提として、『生きるために必要じゃないこと』って、素敵だなっていうのがあるの」
男「ああ。それはわかる気がする」
幽霊「本を読むこととか、綺麗な景色を見ることとか、ぼんやりととりとめのない考え事して過ごす時間とか」
男「あと、恋愛もだ」
幽霊「もちろん。『恋愛なんて、性欲を美化しただけのものでしょう』なんて、口汚く言う人がいるけどさ」
男「そもそも性欲が『生きるための絶対条件』でない以上、恋愛にも自由選択の意思と、それなりの高尚さが生まれるってことか」
幽霊「無理やりな言い草だと思う?」
男「ううん。いいんじゃないかな。屁理屈だけど、でも、とても素直だ」
幽霊「『生きるために必要じゃないこと』って、なんか、きらきらしてるな、って思うの」
男「だからかな。僕が、幽霊に惹かれるのって」
幽霊「幽霊は『生きる必要がない』からね」
男「素敵な言い草だ」
- 183:名も無き被検体774号+:2013/06/26(水) 23:55:45.53 ID:9kX8HvSg0
男「っていうかキミの先生はさ、なんでそんな話をしたの? 道徳の授業かなにか?」
幽霊「ううん。全校朝礼のときの話」
男「朝礼?」
幽霊「小学校に通ってる頃はさ、トイレに行くと、なんか馬鹿にされる空気なかった?」
男「ああ、あったあった。うんこに行ったのがバレたやつは、向こう一ヶ月あだ名がうんこマンだった」
幽霊「先生の話の流れは、こう。『人間には我慢できないことが三つあります。食うこと、寝ること、ひることです。だから、先生のお話の途中でトイレに行きたくなった人は、恥ずかしがらずに、遠慮なく、トイレに行きなさい』って感じ」
男「へえ、なるほどね。そういうふうに繋げるのか」
幽霊「うまいこと笑い話にしちゃってさ。でも、ちゃんと生徒が、恥ずかしがらずにトイレに行ける空気を作ってたよ。今思えば、良い先生だったよ。すごく怖い男の先生だったんだけどね」
男「いい思い出話が聞けたよ」
幽霊「? 落ち着きがないね」
男「あ、わかる?」
幽霊「どうしたの?」
男「あのさ、言いにくいんだけど」
幽霊「うん」
男「うんこしてきていい?」
幽霊「もっと早く言いなようんこマン」
十五日目、終了
- 188:名も無き被検体774号+:2013/06/27(木) 23:36:24.14 ID:xvTR8UCV0
十六日目 P.M.
幽霊「なんで大きいサイズのルー買ってきちゃったの?」
男「え。これってでかいサイズなの?」
幽霊「十皿分もカレー食べるの?」
男「ほら、カレーって一日目二日目三日目とあるイメージ」
幽霊「それにしたって十皿は多いよ。わたし言ったよね。ちゃんと食べられるだけの材料で買ってくるんだよって」
男「大丈夫大丈夫。一週間カレーでもいけるって」
幽霊「ばか。そもそもこんなちっちゃい鍋で十皿分のカレーなんて一気に作れるわけないでしょ」
男「マジか」
幽霊「マジだよ大マジだよ。買い物途中で気づいてよ」
男「そうだやばい箸しか買って来てない」
幽霊「なんなのやる気あるのあなたが言ったんでしょカレーが良いってさ!」
男「落ち着いて。なんなら手で食べる」
幽霊「最後の手段をはなから実行する気満々だね。それは最後の手段にしときなよ」
- 189:名も無き被検体774号+:2013/06/27(木) 23:37:19.19 ID:xvTR8UCV0
幽霊「わ。じゃがいも買ってきちゃったの」
男「ん。ああ、キミには言われなかったけど、じゃがいもは必須じゃない? カレーにはさ」
幽霊「うん、そうなんだけどねえ……」
男「どうしたじゃがいもマンに親でも殺されたか」
幽霊「誰だじゃがいもマン」
男「ああ、そうだ。ペティナイフってこれでいいの?」
幽霊「十徳ナイフ!!」
男「あれ? もしかして違った?」
幽霊「ペティナイフってのはちっちゃい万能ナイフのことだよ!」
男「じゃあこれでも良くない? ワイン抜きとかわさびおろしまでついてるし」
幽霊「万能の意味合いがちがう! それはわさびおろしじゃなくてやすりだ!! サバイバルとかする用のアレだよ!!」
男「マジ料理難しい」
幽霊「料理以前の問題だから!」
- 190:名も無き被検体774号+:2013/06/27(木) 23:38:08.42 ID:xvTR8UCV0
男「そういえばなに? じゃがいももまずかったの?」
幽霊「じゃがいも、ピーラーないと皮剥くの若干面倒なんだよね。新じゃがならまだマシだけど、あなたに、綺麗に出来るのかな」
男「ぴいらあ?」
幽霊「皮剥くやつね」
男「皮剥くくらい、手でやればよくない?」
幽霊「あなたはじゃがいもをみかんかなにかと勘違いしている」
男「俺のにんじんはもう大丈夫。剥けてる」
幽霊「じゃあそれ輪切りにしようか」
男「すいませんでした」
幽霊「材料多いなあ。明日もカレーかなこれじゃ」
男「作り置き?」
幽霊「鍋が小さいから無理だって。明日もちゃんと作るんだよ」
男「めんどくさい……」
幽霊「がんばろうよ」
- 191:名も無き被検体774号+:2013/06/27(木) 23:39:02.01 ID:xvTR8UCV0
男「このナイフ、刃が小さいよ。切れるんだろうか」
幽霊「十徳ナイフだからねえ」
男「まず何をすればいいの?」
幽霊「カレーなんて、簡単に作ろうと思えばもう、切って、煮て、ルウ入れて終わりだよ」
男「最初に材料を切ればいいんだね」
幽霊「うん」
男「よおし」
幽霊「待って」
男「ん?」
幽霊「ナイフの持ち方が違う」
男「そうなの?」
幽霊「それは誰かを背後から一突きするときの構えだから。普通は片手で持つものだから」
男「これは誰かを一突きするときの構えなのか。勉強になった」
幽霊「そこじゃないよ」
- 192:名も無き被検体774号+:2013/06/27(木) 23:39:38.98 ID:xvTR8UCV0
幽霊「わあ! もお! ひだり手! 危ないよ!」
男「え、え。そ、そう?」
幽霊「ねこの手だってば!」
男「いや僕人間だし」
幽霊「ひだり手はこう! まるめるの!」
男「おお……」
幽霊「感心してる場合じゃないよ」
男「その手をそのままさ、ちょっと胸の前に持っていってみて」
幽霊「え? ……こう?」
男「そうそうそんな感じ」
幽霊「なに?」
男「『にゃん』って言ってみて」
幽霊「にゃん」
男「かわいい」
幽霊「死んで。輪切りにされて」
- 193:名も無き被検体774号+:2013/06/27(木) 23:40:22.69 ID:xvTR8UCV0
幽霊「ほんとは玉ねぎ炒めまくってチャツネ作っていれるとおいしいんだけど」
男「炒めまくるのか」
幽霊「飴色になるまでね」
男「飴色って何色? 何飴?」
幽霊「何飴とかじゃないよ」
男「のど飴かな」
幽霊「絶対違う」
男「グレープ味さわやかのど飴かな」
幽霊「玉ねぎが大惨事だそれ」
男「切れた。これを煮ればいいの?」
幽霊「うん、そう。沸騰して灰汁が出たら取るの」
男「あくとは」
幽霊「見てればわかるよ」
男「了解」
- 194:名も無き被検体774号+:2013/06/27(木) 23:41:08.44 ID:xvTR8UCV0
男「できた!!」
幽霊「がんばったね。そういえば、ごはんはちゃんとコンビニでチンしてもらってきた?」
男「ばっちりだよ。でもちょっと冷めてる」
幽霊「大丈夫だよこれくらい。カレーがあったかいしね」
男「盛るね」
幽霊「……ん?」
男「おいしそう。キミのおかげだ」
幽霊「ちょ、ちょっと。なんで、なんで二つ盛ってるの?」
男「なんでって、キミの分だよ」
幽霊「わたしの……って」
男「一緒に作ったんだからさ、僕だけ食べてるのはおかしいだろ」
幽霊「あ……」
男「料理って大変なんだね」
幽霊「ありがとう……」
男「いえいえ。ほら、キミの」
幽霊「うん。なんか、お供え物って感じだね」
男「……確かに」
- 195:名も無き被検体774号+:2013/06/27(木) 23:42:07.41 ID:xvTR8UCV0
男「いただきます」
幽霊「いただきまあす」
男「…………」
幽霊「…………」
男「………うわ。うまい!」
幽霊「ほんと?」
男「うん。死にそう」
幽霊「死なないで」
男「冗談冗談」
幽霊「よかったあ」
男「料理って、なんかいいね」
幽霊「でしょう?」
男「嬉しくなる」
幽霊「わたしも」
男「気の利いたコメントできなくてごめんね」
幽霊「『おいしい』の一言が、一番うれしいんだよ」
男「そういうもんか」
幽霊「ま、作ったのわたしじゃないけど」
男「僕一人じゃ絶対に出来ないことだったんだから、これは、キミが作ったカレーだよ」
幽霊「……そうかな」
男「うん。そうだよ」
幽霊「ふふー……たくさん食べてね」
男「ああ、うん、そうするよ」
幽霊「死んでも……料理って出来るんだ」
男「みたいだね」
十六日目、終了
- 200:名も無き被検体774号+:2013/06/30(日) 05:03:33.91 ID:ZwTRiMB80
十七日目 P.M.
幽霊「あ、だめだめ。先に皮剥いてから切るの」
男「ほう」
幽霊「そうすると、包丁入れる回数が少なくて済むでしょ? 急がないと、食べ終わる頃には日付変わっちゃうよ」
男「それもそうだ。天才か」
幽霊「……不器用」
男「しょうがないよ。料理なんてほとんどしたことなかったんだから」
幽霊「お母さんの手伝いとかしなかったの?」
男「いい子じゃなかったんだ」
幽霊「だろうね」
男「両親にもあんまり好かれてなかったしね」
幽霊「うあ。なんかごめん」
男「ん? いや、いいよ別に。僕もあんまり好きじゃなかった」
幽霊「そうなの?」
男「うん。とかく、疎まれてたからね。関係良好なほうがおかしい」
幽霊「やっぱり、それって幽霊が見えるせいなの?」
男「結局はそこに帰結するね。あまり人の目に晒したくない子供だったろうなあ」
幽霊「そっかあ……って! て! 手! ねこの手!」
男「にゃん」
幽霊「にゃんじゃない!」
- 201:名も無き被検体774号+:2013/06/30(日) 05:04:36.44 ID:ZwTRiMB80
男「今日もおいしゅうございました」
幽霊「食器、洗おう」
男「めんどくさ……」
幽霊「がんばろうよ。箸とか鍋とかだけじゃん」
男「キミに言われたら頑張るけどさ」
幽霊「あのさ」
男「ん?」
幽霊「次に住む物件ってもう決まってるの?」
男「あー、前に話した物件のことかな」
幽霊「よくわかんないけど、引っ越しするなら準備とかいるのかなって」
男「いや、結局まだ決めかねてるんだ」
幽霊「そうなの? どうして?」
男「んー、特に理由はないけど」
幽霊「え。どうするの」
男「どうしよっかなあ」
幽霊「…………」
男「どうしたの?」
幽霊「? なにが?」
男「嬉しそうだったから」
幽霊「うえっ。うそ!?」
男「うん、嘘。うれしいんだ、へええ」
幽霊「…………う」
男「う?」
- 202:名も無き被検体774号+:2013/06/30(日) 05:05:12.07 ID:ZwTRiMB80
幽霊「うれしいっていうか、なんか、今更また一人になるのはあれっていうか」
男「あれって」
幽霊「あなたの居ないところでは、人の目のないところでは、存在してるかどうかわからないような存在だっていうのがさ」
男「不安か」
幽霊「不安っていうか、いや」
男「いやか」
幽霊「いやだよ。もちろん」
男「……キミは僕のことが好き?」
幽霊「好きじゃないもん」
男「そりゃ残念。ねえ、ちょっと雰囲気を壊す話になるんだけど」
幽霊「なあに」
男「キミが僕に好意を抱いても、それはしょうがないことだと思う」
幽霊「はあ」
男「うわ、気のない返事」
- 203:名も無き被検体774号+:2013/06/30(日) 05:06:25.49 ID:ZwTRiMB80
男「ええとさ、キミが僕に抱く感情のもろもろ、つまり僕がキミに抱かせる感情のもろもろは、いろんな意味でフェアじゃない」
幽霊「そうかな」
男「そうだよ。孵ったばかりのヒナに起こる刷り込み効果みたいなものさ。キミは、幽霊は、原則として、自発的に他者と関わることができない」
幽霊「……うん」
男「つまりさ、キミの孤独状況の進退は、何においても僕次第だ。とりあえず今のところはね」
幽霊「あなたがわたしと関わるのを辞めれば、わたしはもう二度と、覚めることすらないかもしれないってことだよね」
男「それを孤独というかどうかの議論は置いておくにしてもさ、少なくともキミは、それを嫌がっているわけだから」
幽霊「うん」
男「望む望まないに関わらず、僕はキミよりも相当強い立場にいる。こういう妄想はしたことあるかい?」
幽霊「どんなの?」
男「世界中の人間が、自分を置いて絶滅してしまうんだ。最上の孤独だ」
幽霊「スケールが大きいね」
男「それで絶望しているところにさ、もう一人生き残りが表れるんだ。同じように絶望していて、いっそ自分も消えてしまいたかったと運命を呪う、年の頃が同じ異性だ」
幽霊「…………」
男「そうして出会った二人はさ、どれだけ性格が合わなくとも、どれだけ互いに不細工でも、幾多の艱難辛苦が待ち受けていようともさ。最終的には、結ばれるのが道理だって思わない?」
幽霊「その二人は、互いに、互いが、この世界で関わることのできる唯一の他者だから……ってことかな」
男「そう。そして今のキミが置かれているのは、そういう状況だ。似たり寄ったりなんだ。キミにとって僕は、この世界で関わり合うことの出来る、最後の他者だ」
- 204:名も無き被検体774号+:2013/06/30(日) 05:07:08.66 ID:ZwTRiMB80
幽霊「どうして……急に、そんな話をしたの?」
男「なんかさ、キミにはわかってて欲しかったんだ」
幽霊「……?」
男「『か、勘違いしないでよね!』って感じかな」
幽霊「話が見えません」
男「勘違いしないでよね。キミが、僕のことを好きだと思っても、それは、勘違いでしかないんだからね」
幽霊「…………」
男「他に選択肢がないからなんだからね。追いつめられてるだけなんだからね。キミは、僕のことなんか、好きじゃないんだからね」
幽霊「そんなの」
男「ってこと」
幽霊「そんなの、そんなのわたし、自分で決めるもん」
男「そう?」
幽霊「そうだよ。余計なお世話過ぎるよ」
男「確かに。自意識過剰も甚だしい助言だった」
幽霊「ばか」
男「あはは」
幽霊「ばかが」
男「ばかがて」
- 205:名も無き被検体774号+:2013/06/30(日) 05:07:53.84 ID:ZwTRiMB80
男「まあ、こういう前置きをしないと言い出せなかったんだけどさ」
幽霊「?」
男「僕はキミのことが、好きみたいだ」
幽霊「うわ、でた」
男「うわ、て」
幽霊「あなたは幽霊なら誰でもいいんだ」
男「それは勘違いだよ。キミは、今、今のところ、僕の中では世界最高の幽霊だ」
幽霊「初恋の幽霊よりも?」
男「同じくらいかな」
幽霊「うわ、デリカシーない」
男「ギリギリでキミの方がかわいい」
幽霊「それもまたデリカシーないなあ」
男「いや、まあ許してよ。嘘は言ってないよ」
幽霊「ありがとう。悪い気はしない」
男「顔赤らめながら言うセリフじゃないなあ」
幽霊「わたしさ、でも、そういうの、言ってもらえるようなこじゃないよ」
男「知らないよ。そんなのは、僕が決めるからさ」
幽霊「でも」
男「僕はたとえ、キミが殺人犯でも、キミのことが好きだよ」
十七日目、終了
- 212:名も無き被検体774号+:2013/07/01(月) 00:07:19.70 ID:RjxcBhVd0
十八日目 A.M.
幽霊「殺人犯でも、ってのは言い過ぎなんじゃない?」
男「いいや、おおげさじゃないよ。本当に、それくらいの気持ちなんだ」
幽霊「殺したのが、一人だけじゃなくても?」
男「嫉妬に狂って、浮気相手もろとも背後から一突きしちゃうような女の子も、それはそれで素敵だと思うんだ」
幽霊「変わってるね」
男「今更だね。変わってるんだよ」
幽霊「まいったなあ」
男「人殺しの記憶はあるかい?」
幽霊「正直、夢だったのかと思うくらいにおぼろげでしかないの」
男「命の際に、記憶が混濁するケースは珍しくないからね。しょうがないね」
幽霊「記憶があやふやなのは置いといても、人殺しのことは、しょうがなくないよ」
男「そいつはそうだね。でも、正直、僕はキミが人を殺したってことに、大した興味はない。大した問題でもないと思ってる」
幽霊「……そっかあ」
男「うん」
幽霊「あれは……あれは、やっぱり、本当にあったことなんだ」
男「夢だとか、嘘だとか、偽の記憶じゃないよ」
幽霊「わたしは、あの人と、あの子を、殺しちゃってたんだね」
- 214:名も無き被検体774号+:2013/07/01(月) 00:09:04.15 ID:RjxcBhVd0
幽霊「どうしてあなたは、そんなことを知ってるの?」
男「もともと、ちょっとひっかかってたんだ」
幽霊「なにに?」
男「こんな近隣に、時期を同じくして、事故物件が並び立ってることにさ。偶然なのかどうなのか、ずっと気になってた」
幽霊「……そういえばあなたは、そういうのを調べるのがお仕事だったね」
男「飯食ってかなきゃいけないからねえ」
幽霊「探偵さん」
男「別に犯人捜しをするのが仕事じゃないよ。今回の件は、いつもの仕事のついでに犯人の目星がついちゃっただけ」
幽霊「事件に……なってるの?」
男「事件にはなってるさ。解決済みだけどね。だってキミさ、別に完全犯罪をやろうとしたわけじゃないだろう?」
幽霊「うん……」
男「痴情の縺れの末に起こった、血なまぐさいじゃれ合いってことでカタがついてる。刑事的にこれ以上追及されるべきことも他になし」
幽霊「そっか…………」
男「恐らくさ、キミが死ぬ間際に一番後悔していたことはさ」
幽霊「…………」
男「浮気されたことなんかじゃなくて、人を殺してしまったことだったんだね」
- 215:名も無き被検体774号+:2013/07/01(月) 00:10:13.85 ID:RjxcBhVd0
幽霊「…………」
男「言葉もでない?」
幽霊「…………」
男「そんなに気を病むことでもないと思うんだけどなあ」
幽霊「あなたは、変だよ」
男「変なんだよ」
幽霊「わたしは、わたしが、人を殺してたってことにショックを受けてる」
男「みたいだね」
幽霊「あなたは、なんで、そんなに平然としてられるの?」
男「生きてりゃ、そういうこともあるよ」
幽霊「そんなわけ、そんなわけない、よ」
男「つらいの?」
幽霊「つらいよ」
男「なにがつらいの?」
幽霊「わたしは、最低だ」
男「そう思うなら、まるで被害者みたいなその顔、やめなよ」
幽霊「…………」
男「キミは、キミの意思にのっとって、彼氏と浮気相手を殺したんだ。衝動だろうとなんだろうと、キミの意思だ」
幽霊「…………そうだよね」
男「うん。キミは、悪いことをした。反省に意味はない。だってキミはもう死んでるんだからさ」
- 216:名も無き被検体774号+:2013/07/01(月) 00:13:06.54 ID:RjxcBhVd0
男「なんてね」
幽霊「……?」
男「どうして僕が、こんな話を蒸し返したと思う?」
幽霊「どういうこと?」
男「キミが曖昧にしか覚えていない後ろ暗い事実を突きつけてさ、キミのテンションをダダ下げてさ。そんなことをするメリットが僕にはあるかな」
幽霊「ない…………と、思う」
男「その通り。ない。だから僕が本当にしたかった話は、これからだ。僕はキミに意地悪をしたかったわけじゃあない」
幽霊「……なあに?」
男「キミは、どういう人間が幽霊になると思う?」
幽霊「どういうって……未練が……」
男「そ、未練というあやふやな形而上的存在が人間を幽霊にする。もっとわかりやすく言い換えよう」
幽霊「わかりやすく?」
男「僕の経験上ね。幸せに死んだ人間は、幽霊にはならない」
幽霊「…………」
男「幸せに死ななかった人間がみんな、幽霊になるってわけじゃないだろうけどね。それでも、化けて出ないってことはつまり、その人間は自分の死に納得しているってことだ」
幽霊「あなたが言いたいのって、もしかして」
男「うん、そう。僕が最近調査していた件の事故物件には、何も憑いていなかった」
- 217:名も無き被検体774号+:2013/07/01(月) 00:14:58.71 ID:RjxcBhVd0
幽霊「………う、あ」
男「押しつけの親切心だけど、でも、この話を聞いて少しでもキミが、明るくなってくれればいいと思ったんだ」
幽霊「うう、ううう」
男「きっとキミは、ずっと、うろ覚えでも、心のどこかにとげとげしい不安を抱えてると思ったんだ」
幽霊「なん、なんで、どう、して」
男「言ったでしょ。僕はキミが好きだから」
幽霊「でも、でもっ、」
男「もうちょっと素直に笑えるようにならないかなって思ったんだ」
幽霊「……っ、っく、う、う」
男「キミが殺した二人はさ、別にキミのことを恨んでもなかったよ」
幽霊「う、うっ、あっ、う、うん」
男「『浮気してたしなー。殺されるのは嫌だけど、ま、しょうがねーかー』くらいだったんじゃないの。知らないけどさ」
幽霊「うっ、あっ、うああ」
男「人殺しに言うには無責任すぎるかな。ま、でもいいや。好きな子には笑ってて欲しいしね」
幽霊「うぁあぁああん……!」
男「あんまり、気にすんなよ」
十八日目、終了
- 225:名も無き被検体774号+:2013/07/02(火) 22:15:00.35 ID:IuYqJmh10
二十日目 P.M.
男「美味くて涙が出そうだ」
幽霊「惣菜のとんかつで作ったかつ丼だよ。大袈裟だよ」
男「調理の工程やその単純さなんて関係ないさ。これは僕が『食事』をするために作られたものだからね」
幽霊「食事……?」
男「そう。熱量を補うためだけの作業を食事とは呼ばない。どんなに簡単な料理でもさ、あったかいよ」
幽霊「あなた、どんな人生を歩んできたのほんと」
男「不幸自慢は好きじゃないけどさ、それなりに凄惨な人生だったよ。だから余計に今、幸せだ」
幽霊「凄惨かあ。単に幽霊が見えるってことが、それだけ辛いことになるんだよね」
男「僕の場合はそうだっただけなんだけどね。他者との関わりを断って生きるのは、なかなか心にくるものがある」
幽霊「ふうん」
男「不満そうだね」
幽霊「だって」
男「だって?」
幽霊「幽霊だって、こうして会話できるなら、立派な他者でしょう?」
男「ああ」
幽霊「あなたの言う他者との関わりに、幽霊は、わたしは、含まれてないの?」
男「そういうわけじゃないんだけどね」
幽霊「だったら」
- 226:名も無き被検体774号+:2013/07/02(火) 22:16:17.38 ID:IuYqJmh10
男「僕はこういう風に考えることがある」
幽霊「なあに」
男「これから話す考え方は、さらにキミの機嫌を損ねるかもしれないんだけど」
幽霊「……なに」
男「幽霊ってのは、本当に存在しているんだろうか」
幽霊「え?」
男「僕の経験上だけで話すならば、幽霊ってのは、僕の目の前にいるだけの存在だ」
幽霊「どういうこと?」
男「僕の見ていない場所では意識すらなく、僕以外の人間に見えることはなく、一緒にいるときに、都合よく、僕と会話してくれる存在だ」
幽霊「…………」
男「言いたいことは伝わったかい? 僕はこういう風に考えることがある。幽霊なんて存在しない……全部、僕の妄想の産物なんじゃないかって」
幽霊「そんな」
男「全て幻視と幻聴なんじゃないかって。色々なことを都合よく解釈しているだけなんじゃないかって」
幽霊「わたしは」
男「カレーの作り方も本当はもとから知っていてさ、でも、手際の悪さをキミに叱られたいがゆえに――誰かと関わっているって思いたいがゆえに、自分の妄想ですべてを自作自演しているだけなんじゃないかって、たまに、そう思うんだ」
幽霊「わたしは、ここにいるよ」
男「わかってる。わかってるんだ。馬鹿げた不安だってわかってるんだよ。実際そこに幽霊がいそうな裏を、つまり、殺人だとか自殺だとかがあったという事実を調べたりするのも、そういう不安から少しでも救われるためなんだ」
幽霊「お仕事だからでしょう」
男「仕事は、生きるためにすることだ。僕が生きるためには、幽霊がいてくれなくちゃならない」
- 227:名も無き被検体774号+:2013/07/02(火) 22:17:38.39 ID:IuYqJmh10
幽霊「幽霊はいる。わたしもいるんだもん」
男「ありがとう。キミは僕が言って欲しいことを言ってくれる。それは、キミが、僕の妄想の産物だからかな」
幽霊「…………」
男「……ごめん、意地悪を言った。本当はわかってるんだよ。本当だよ。でも、ときどき、不安でたまらなくなるんだ。
僕にしか見えなくて、僕にしか聞こえないものってさ、それってさ、存在してるって言えるのか? 知り合いに、霊能力者がもう一人いれば、キミを共通の話題として笑いあったりできるんだろうか」
幽霊「……わかんないよ、そんなの」
男「ねえ、例えば、自分の頭の中だけで考えた物語があったとしよう。そこに出てくる登場人物の名前も性格も、自分にしかわからないんだ。他人にその登場人物の話をすると『誰それ?』って言われる。そういう存在とさ、キミたちとさ、一体なにが違うっていうんだろう」
幽霊「わかんないよ……」
男「僕はさ、もしかしたら、ずっと、一人なんじゃないだろうか」
幽霊「やめてよ」
男「これからはもちろん、今までも、ずっと、一人だったんじゃないだろうか」
幽霊「やめてってば!」
男「……ごめん。怖くなるんだ。幽霊といて、幸せだなって思えば思うほど、怖くなるんだよ」
- 228:名も無き被検体774号+:2013/07/02(火) 22:18:28.59 ID:IuYqJmh10
幽霊「ああ」
男「キミは、そこにいるのかな」
幽霊「もう!」
男「本当にいるのかな」
幽霊「わかりました」
男「……?」
幽霊「わたしが証明してあげる」
男「証明?」
幽霊「わたしが、わたしであることの証明」
男「そんなの……」
幽霊「わたしはあなたの妄想の産物じゃない。恐怖に支配されちゃって、融通利かなくなったあなたのちっぽけな脳みそじゃ、絶対に思いつかない方法で、わたしはわたしであることを証明してあげる」
男「無理だよ」
幽霊「無理じゃない」
男「だって……って、え」
幽霊「えい」
- 229:名も無き被検体774号+:2013/07/02(火) 22:18:58.66 ID:IuYqJmh10
男「…………」
幽霊「…………」
男「…………」
幽霊「…………」
男「…………」
幽霊「……わたしは、なにをしましたか」
男「……ええと」
幽霊「わたしから、ちゅーしました」
男「うん……そうだね」
幽霊「今までのわたしなら、考えられなかったことです」
男「うん……」
幽霊「予想できましたか」
男「いや」
幽霊「わたしが、あなたの脳内から生まれた存在なら、こんなことにはなりません」
男「…………あはは」
幽霊「なにがおかしいの」
男「敬語だから。なぜか敬語だから」
幽霊「うるさいです」
- 230:名も無き被検体774号+:2013/07/02(火) 22:20:04.78 ID:IuYqJmh10
幽霊「わかったら、もう二度と、そんな、くだらない不安にとらわれないでね」
男「うん」
幽霊「よおし」
男「……あのさ」
幽霊「ん?」
男「できれば、そういうの、こっち見ながら言ってもらっていいかな」
幽霊「…………だめ」
男「えー。どうして。顔上げてよ」
幽霊「絶対やだ」
男「へえ。それなら、僕のほうから覗き込むよ」
幽霊「ばっ……」
男「ほらほら、嫌がることないって」
幽霊「やだやだやだやだやあだあ! ばかっもっ、むっ、むりっ」
男「あはははははは!!」
幽霊「やあめえてってばあ! もお!!」
二十日目、終了
- 239:名も無き被検体774号+:2013/07/03(水) 22:17:19.88 ID:LjIa841R0
二十二日目 P.M.
幽霊「おかえり。ねえ、買い物、し忘れちゃったの?」
男「買い物?」
幽霊「忘れちゃったの? 今日はうどんにするって張り切ってたのに」
男「ああ、うどん……うどんね。うん。買ってこなかった」
幽霊「それじゃあ、これから買い物に行くの? うどんなら時間かからないし、これから出ても夕食は遅くならないと思うけど」
男「うーん、必要ないや」
幽霊「…………必要ない? ご飯はちゃんと食べなきゃ」
男「それはそうなんだけどね。いや、そろそろやらないと決心が鈍りそうだからさ」
幽霊「何の話?」
男「ええと、そうだなあ。なにから話したものか」
幽霊「…………材料ないのに、ナイフ出してどうするの。お買いものしなきゃ。先に」
男「いや、それよりも先にやることがあるんだ」
幽霊「なあに」
男「死ぬことにしたよ」
- 240:名も無き被検体774号+:2013/07/03(水) 22:18:01.05 ID:LjIa841R0
幽霊「……それはそれは。六十年くらい後の話?」
男「まさかまさか。もちろん今日だよ。もう間もなくの話さ」
幽霊「今までで一番笑えない冗談だね。世迷言の域かも」
男「冗談だと笑えないけど、本気なら笑ってくれるかな。さすがに、冗談じゃこんなこと言わないよ」
幽霊「説明して」
男「そのつもりだよ。世界中の誰に何も言わずとも、キミにだけは話をしなきゃいけないと思って、今帰ってきた」
幽霊「……自殺するってことなの?」
男「ああ。そういうことだよ。今しかないんだ」
幽霊「どうして」
男「幸せだから」
幽霊「わかんない」
男「順を追って説明するね」
幽霊「そうして」
- 241:名も無き被検体774号+:2013/07/03(水) 22:19:02.25 ID:LjIa841R0
男「僕はずっと死に場所を探してた……言葉にするとひどく安っぽいな。なんだこれ」
幽霊「ずっと?」
男「そう、ずっと。なにも、一朝一夕の思いつきで今日死のうって考えたわけじゃない」
幽霊「今までずっと、死にたかったの?」
男「今までずっと死にたかったんだ。何年も前からだ」
幽霊「どうして、死にたかったの?」
男「それを今更聞くかい? 僕の人生の悲惨さについては、もう十二分に伝わっていると思っていたけど」
幽霊「知ってる。けど、そんなことで」
男「そんなことと言っちゃうか。ねえ、キミはさ、十二歳から二十歳になるまでに、何回『人』と会話したか覚えているかい?」
幽霊「…………」
男「普通は数えられないよね、そんなの。僕は数えられる。それくらいの回数しかない」
幽霊「正直、想像もできないよ」
男「それでいいんだ。そういう、想像もできない人生だったと思ってくれるかな。孤独が、死に至る病に至ったと思ってくれればいい」
幽霊「納得できない」
男「ここで納得されるような、想像可能な機微ならば、僕は今死のうなんて考えないよ」
幽霊「わたしだって、自殺したもん」
男「そういえばそうだったね。とても想像できないな。『そんな理由』で自殺しようなんてさ」
幽霊「わかった。わかりあえないね」
男「そういうこと。死ぬ理由くらい、テンプレートから外れたいよね。各々にしか理解できないような理由で、人は、死ぬべきなんだ」
- 242:名も無き被検体774号+:2013/07/03(水) 22:20:12.42 ID:LjIa841R0
幽霊「なんで今なの?」
男「幸せだから……というのはさっき言ったか。覚えてる? 『幸せに死んだ人間は幽霊にはならない』」
幽霊「覚えてる。わたしにとっては、それを言われたのだって、ついさっきみたいなものだもん」
男「そうだね。僕は、幽霊が好きなんだ」
幽霊「それも聞いた」
男「僕と隔てなく接してくれる幽霊を、僕はこの上なく愛したけどさ、自分が幽霊になるとすると、さあどうだろうね」
幽霊「いやなの?」
男「そりゃいやだよ。自分の自意識を、記憶を、全部シャットダウンしたくて自殺するんだ。失礼なことを言うよ。そして、酷いことを言う。僕は、キミたちのような存在にはなりたくない」
幽霊「それは、そうだろうね。わたしだって、こうなることがわかってたら」
男「自殺なんてしなかった、だろう? その通りだよ。そして僕には、わかってたんだ。わかるんだ。ただ自殺するだけじゃ、僕の報われない人生は、報われることはないってさ」
幽霊「あなたは、幽霊の存在をちゃんと知っていたからってことだよね」
男「うん。僕は、僕の人生を、不幸だと評価した。そのまま死んだって、僕の自意識は幽霊としてまだ続いていく。そんなのは嫌だ」
幽霊「だから……」
男「だから僕は、『幸せ』にならなくちゃいけなかったんだよ。幽霊になる余地なんてないくらいに、幸せにならなくちゃいけなかった」
幽霊「あのさ」
男「うん」
幽霊「死ぬために、幸せに生きようとしたってこと?」
男「そういうことだね。納得できる?」
幽霊「理屈はわかる」
男「理屈を理解してくれてるなら上々だ」
- 243:名も無き被検体774号+:2013/07/03(水) 22:21:14.89 ID:LjIa841R0
男「軽口に聞こえるかもしれないけど、キミには誠意を持って言う」
幽霊「なに」
男「悪いことをしたと思ってる。本当だよ。僕の人生の目的に、後味が悪い方法でキミを巻き込んだ」
幽霊「全然嬉しくない謝罪」
男「本当にごめん。それにありがとう。ここ十年くらいで、一番幸せな時間を過ごさせてもらった。キミはかわいい。すごくかわいい。本当に、初恋以上だった」
幽霊「そのわたしが、あなたにお願いするよ。死ぬなんてやめて」
男「ごめんね」
幽霊「そういうのいらない」
男「だれでもいいと思ってたんだ」
幽霊「ふうん」
男「僕を幸せにしてくれるなら、ほんと、だれでもよかった」
幽霊「ひどい言い草だ」
男「だれでもよかったんだ。だからこそ、だれでもよかったからこそさ」
幽霊「うん」
男「キミでよかった」
幽霊「…………いいね。惚れそう」
- 244:名も無き被検体774号+:2013/07/03(水) 22:22:38.39 ID:LjIa841R0
男「それじゃあさ」
幽霊「うん」
男「そろそろやるね」
幽霊「怖くないの?」
男「めちゃくちゃ手震えてるよ。わかるでしょ」
幽霊「やめればいいのに」
男「そういうわけにもね」
幽霊「ヘリウム楽だよ」
男「チューブとか純ヘリウム買いに行くのが手間でさ」
幽霊「どっちにしても、やらせないけどね」
男「笑わせるよね。僕にろくにキスもできないのにさ」
幽霊「触れられなくても、止めてみせるもん」
男「ありがとう。気持ちはすごく、嬉しい」
幽霊「幸せ?」
男「絶対に、幽霊になんてならないくらいにはね」
幽霊「上々だね」
男「上々だ」
幽霊「馬鹿野郎」
男「ありがとう。好きだよ。それでは、さようなら」
- 245:名も無き被検体774号+:2013/07/03(水) 22:35:19.93 ID:LjIa841R0
男「…………」
男「…………」
男「…………」
男「……あー」
男「びっくりした?」
男「正直、死ぬほどびっくりしたよ」
男「死ぬほどびっくりしたおかげで、死ななかったね」
男「まったく、まいったよ」
男「ふふふ」
男「いつから?」
男「なにが?」
男「いつからこんなことできるようになったのさ」
男「今、初めてやったよ」
男「へえ。誰かにやり方を教わったなんてことは……あるはずないよね」
男「なんか、必死になったらできたんだよ。火事場の馬鹿力だね」
男「そうそうできることじゃないんだよ。憑依なんてさ」
- 246:名も無き被検体774号+:2013/07/03(水) 22:35:54.08 ID:LjIa841R0
男「なんか、変な感じ?」
男「なにが?」
男「自分の声が、自分じゃない」
男「僕の身体を乗っ取って喋ってるんだから、そうなるさ」
男「独り言みたい。おもしろい」
男「あのさ、いい加減、腕を押さえつけるのやめてほしいんだけど。痛いんだけど」
男「だって、自由にしたらまた自殺しようとするでしょう」
男「もうしないよ」
男「ほんと?」
男「ほんとだよ」
男「ほんとにほんと?」
男「あのねえ。僕の一生分の勇気を無駄にしてくれちゃって」
男「ごめんねえ」
男「全然悪いと思ってないでしょ」
男「そりゃもう」
男「もう一回、自分に刃を向けるなんてさ、そんな怖い真似したくないよ。二度と」
男「もう一回しようとしても、こうやってわたしがとめるしね」
男「違いないね」
- 247:名も無き被検体774号+:2013/07/03(水) 22:38:54.97 ID:LjIa841R0
男「どうしよ。このナイフ窓の外に投げ捨てちゃおっかな」
男「僕信用ないな。大丈夫だってば」
男「わたし、怒ってるんだよ」
男「知ってるよ。でも、ナイフ投げるのは良くない。危ない」
男「それもそうだね」
男「それにさ」
男「それに?」
男「それがないと、明日からまた夕飯、作れないだろう」
男「…………うん」
男「わかったらさ、いい加減憑依を解いてくれ」
男「ええ、面白いのに」
男「無性にキミの顔が見たいんだ。声も聞きたい。我慢できない」
男「調子いいこと言って」
男「本心だよ」
男「ふうん」
男「緊張が解けたら急に、ってやつ」
男「はいはい」
- 248:名も無き被検体774号+:2013/07/03(水) 22:51:17.36 ID:LjIa841R0
男「ああ、もうさ」
幽霊「うん」
男「まさか失敗するとはなあ」
幽霊「へへえ」
男「笑わないでよ」
幽霊「あなたが妙に、嬉しそうだから」
男「……そんなことはない」
幽霊「ふうん。で、どうするの? 一生懸命生きるの?」
男「とりあえずそれについては保留だよ。でも、今は死なない」
幽霊「そ。それはよかったよ」
男「でも、保留に出来ない件があるんだ」
幽霊「なに?」
男「ここの賃貸契約、あと一週間ほどしかない」
幽霊「…………うん」
男「住む場所に困りそうだ」
幽霊「ごめんなさい」
男「キミには、責任を取ってもらわなくちゃ」
幽霊「責任?」
男「僕を無理矢理生かしたんだから、キミには、とことん付き合ってもらうことにした」
- 249:名も無き被検体774号+:2013/07/03(水) 22:52:16.54 ID:LjIa841R0
男「僕はここに住むことにした」
幽霊「えっ」
男「キミに、生きること、付き合ってもらうことにした」
幽霊「わたし死んでるんだけど」
男「だめかな」
幽霊「だめじゃ、ないよ。もちろん」
男「よかった。断られたら死のうと思ってたんだ」
幽霊「笑える冗談だね」
男「いや、冗談じゃないよ」
幽霊「そうなの?」
男「キミと、ずっと一緒に暮らしたい」
幽霊「…………あ、そう」
男「あそう、って」
幽霊「や、ごめん、なんか、なんて返したらいいのかわかんなかった」
男「まあ、いいけどさ」
幽霊「いきなりそんなこと言うんだもん」
男「いきなりはいつものことじゃん」
幽霊「それもそうだあ」
男「明日、契約変更してくるよ。大家と話してさ」
幽霊「お金とか、どうするの?」
男「インチキ商売は廃業だ。ずっとここに住む。まともに働いたことなんてないけどさ、コンビニでバイトでもなんでもして、食い扶持稼ぐさ」
幽霊「…………できるの?」
男「さあねえ。でも、やってみるよ。だめだったらその時、また考えるさ」
幽霊「……そっか」
男「付き合ってもらうよ」
幽霊「うん」
男「ずっとだよ」
幽霊「うん」
二十二日目、終了
- 265:名も無き被検体774号+:2013/07/04(木) 22:41:43.37 ID:PQNHyc620
二十三日目 P.M.
男「大家に掛け合ったらさ、二つ返事でOKもらったよ」
幽霊「行動はやい」
男「思い立ったが吉日」
幽霊「きちちちゅだね」
男「言えてないけど」
幽霊「言えてます」
男「き、ち、じ、つ」
幽霊「き、ち、じ、つ」
男「吉日」
幽霊「きちちちゅ」
男「言えてない」
幽霊「言えてる」
男「わかった。その話は置いておこうね」
幽霊「そうして」
- 266:名も無き被検体774号+:2013/07/04(木) 22:42:51.22 ID:PQNHyc620
男「まあ、そもそもが事故物件だからね。事情を知りつつもなお借りてくれる人がいるなら大家としてはありがたいんだろね」
幽霊「物好きと思われてるよ、きっと」
男「そりゃ間違ってないさ。頼んでもないのに、少しだけだけど、家賃も負けてくれたよ」
幽霊「わあ。いいひと」
男「ね。思わず世間話とか振っちゃったよ」
幽霊「…………あなたが?」
男「僕が、ね」
幽霊「なんて?」
男「いいお天気ですね、って」
幽霊「……今日、雨降ってなかったっけ? っていうかずっと降ってるよね多分」
男「失敗したよね」
幽霊「緊張しすぎだよ口を開けばいいってもんじゃないんだよ」
男「今回のことでそれは学んだ。いやさ、仕事以外の会話となるとほんとだめだ」
幽霊「でもね」
男「うん」
幽霊「社会復帰しようとしていることは、素直に褒めたげる」
男「嬉しいね」
幽霊「よくできました」
男「思わずにやけるよ」
幽霊「がんばれ」
男「おう」
- 267:名も無き被検体774号+:2013/07/04(木) 22:43:30.02 ID:PQNHyc620
男「っていうかさっきからいつ突っ込もうか迷ってたんだけどさ」
幽霊「なあに?」
男「かくれんぼでもしてるの?」
幽霊「………………?」
男「なにかの冗談?」
幽霊「なんのはなし?」
男「…………自覚なし」
幽霊「ええっと…………?」
男「キミの顔が見たいなあ」
幽霊「いくらでも見ればいいよ」
男「ありがとう。無理だ」
幽霊「どうしてよ」
男「出てきてくれ」
幽霊「…………ええ?」
男「キミの姿が、見えないんだ」
- 268:名も無き被検体774号+:2013/07/04(木) 22:44:30.48 ID:PQNHyc620
幽霊「あー」
男「悪い冗談であって欲しかったよ」
幽霊「わたしは、ここにいるつもりなんだけど」
男「ここって、どこだよ」
幽霊「……あれ?」
男「この部屋の、どこに、キミはいる?」
幽霊「どこだろう……」
男「わからないんだ?」
幽霊「わたしの、わたしは、どの辺にいるんだろう……なにこれ。『ここ』としか、言えないよ」
男「幽霊に実体なんてないけどさ、虚体と呼べるものすら、今、キミは持っていないってことだね」
幽霊「あはは……みたいだね」
男「怖くないの?」
幽霊「なんかもう、慣れちゃった」
男「慣れたなんて、そんな馬鹿な」
幽霊「前は、わたしの言葉が届かなくなった。今は、わたしの姿が届かない」
男「…………」
幽霊「すぐ戻るかな? 前みたいに」
男「……わからない」
幽霊「だよねえ」
- 269:名も無き被検体774号+:2013/07/04(木) 22:45:16.99 ID:PQNHyc620
幽霊「野暮なことを聞きましょう」
男「なに」
幽霊「キミは昔にも、こういう体験をしたことがあるのかな」
男「…………」
幽霊「うん、わかりました」
男「なんでそんなに落ち着いてられるんだよ、キミはさ」
幽霊「ええ。そんなこと言われてもなあ」
男「声が届かなくなったときは、あんなに怯えて、泣いてまでいただろう」
幽霊「成長した? かな? 幽霊の日常に慣れてきたのかも」
男「こんなの、日常であってたまるか」
幽霊「そんな顔しないで」
男「僕の顔は、見えてるんだね」
幽霊「よく見える。だから、笑ってみて」
男「笑えないよ。ごめん」
- 270:名も無き被検体774号+:2013/07/04(木) 22:46:09.75 ID:PQNHyc620
男「せっかく」
幽霊「ん?」
男「せっかく、キミに会えたのにさ」
幽霊「なになに、一体」
男「僕はキミの、腕も足も顔も、髪の毛も睫毛も爪も、胸も鼻もなにも、なにからなにまで全部大好きなんだ」
幽霊「照れる」
男「見たいよ、キミを、キミが」
幽霊「そんな絶望的に捉えないでよ。案外、すぐ、見えるようになるかもしれないでしょう」
男「怖いんだよ」
幽霊「うん」
男「怖いんだよ」
幽霊「ああ、あー。ふさぎ込んじゃった」
- 271:名も無き被検体774号+:2013/07/04(木) 22:46:47.69 ID:PQNHyc620
幽霊「そんな暗くなっても良いことないよ」
男「…………」
幽霊「声だけじゃだあめ?」
男「声も好きだ」
幽霊「ありがとう」
男「…………」
幽霊「顔あげてよ」
男「…………」
幽霊「ねえってば」
男「…………」
幽霊「もう」
男「…………」
幽霊「キスしてあげないよ?」
男「…………」
幽霊「うわ、素直。ていうか、現金」
- 272:名も無き被検体774号+:2013/07/04(木) 22:47:48.75 ID:PQNHyc620
男「………………いる」
幽霊「んー? そりゃ、いるよ。ずっといたし、ずっといるんだよ。わたし」
男「………………」
幽霊「もっと、喜びなよ。言ったでしょ? すぐに元通りになるかもだってー」
男「……………………うあ」
幽霊「あ」
男「あ、あ、う、ああ、うっ、ううっ」
幽霊「……泣いちゃった」
男「あああっ、うああっ、う、あああっ」
幽霊「男のくせにー」
男「ああ、ああっ! う、あ、ああああっ」
幽霊「マジ泣きじゃん。よしよし」
- 273:名も無き被検体774号+:2013/07/04(木) 22:48:40.43 ID:PQNHyc620
…………
………
……。
幽霊「いつもならさ」
男「……うん」
幽霊「とっくに寝てる時間だよね。あなた」
男「そだね……」
幽霊「いいの? 寝なくて」
男「今日は、あんまり疲れてないから」
幽霊「緊張の会話があったんじゃないの?」
男「…………」
幽霊「身体休めなくていいの?」
男「……眠くないんだ」
幽霊「ほんと?」
男「ほんとに」
幽霊「ふうん」
男「なんだよ」
幽霊「ううん。なんでもない」
男「今日はまだ、寝ない」
幽霊「わかった」
二十三日目、終了
- 286:名も無き被検体774号+:2013/07/06(土) 15:01:57.77 ID:Mf/164Go0
二十四日目 A.M.
幽霊「あなたはさ」
男「うん」
幽霊「わたしの声が好きだって言った」
男「言ったね」
幽霊「だからこそ、わたしの声が聞けなくなっても我慢できると思うって言った」
男「言った」
幽霊「できる?」
男「できると思う?」
幽霊「思う」
男「嘘だろう?」
幽霊「本心だよ」
男「できると思ってるなら、そういう質問をするっていう発想すらなさそうなもんだけど」
幽霊「あなたは、幸せに生きようとしているから」
男「うん」
幽霊「頑張ろうとしているから」
男「してる」
幽霊「きっと、できるよ」
- 287:名も無き被検体774号+:2013/07/06(土) 15:02:40.36 ID:Mf/164Go0
男「なるほど。わかった」
幽霊「わかったの?」
男「ああ。キミはさ、僕を、諭そうとしているんだろう?」
幽霊「御高説垂れようってわけじゃないよ。でもさ」
男「でも?」
幽霊「もうあなたが、あんな風に、あんな顔をするのを、見たくはないの」
男「そう言われてもね、無理なもんは無理だ」
幽霊「暗示をかけてあげる」
男「暗示?」
幽霊「あなたは強いから、もし次にわたしの姿が見えなくなっても、さっきほど取り乱すことはありません」
男「…………」
幽霊「あなたは強いから、もし次にわたしの声が聞こえなくなっても、我慢することができるでしょう」
男「…………」
幽霊「あなたは弱いから、ほっとけないから、もしわたしが、もし、もしも、消えてしまっても、きっとあなたを気にかけてくれる、良い人に出会えるでしょう」
男「……やめてくれよ、そういうの」
幽霊「****――***――――***」
男「ほら」
幽霊「**――*****」
男「言わんこっちゃない」
幽霊「*****――******」
男「またキミの声が、届かなくなった」
- 288:名も無き被検体774号+:2013/07/06(土) 15:03:58.32 ID:Mf/164Go0
男「ああ、もう、いやだなあ」
幽霊「…………あーあーあーあー」
男「あ」
幽霊「あら、聞こえた?」
男「うん」
幽霊「よかった。割と一瞬だったね」
男「その一瞬の間に、狂いそうになったよ」
幽霊「でも、我慢できたよね。えらい」
男「僕はもう、キミがわざとやってるんじゃないかって疑い始めてるくらいだ」
幽霊「まさか」
男「だよね。わざとやってるってほうが、はるかにマシなんだけどな」
幽霊「だいぶ、不安定になってきてるみたい」
男「…………」
幽霊「その顔やめ」
男「だってさ」
幽霊「まるでわたしが、本当に、今すぐ、消えちゃうみたいじゃない」
男「ずっと一緒にいるって言った」
幽霊「言ったよ。約束は守ろうと思ってるよ」
男「守れるの?」
幽霊「ええとね」
男「考え込まないでよ」
幽霊「ごめん。でも、なんとかなるんじゃないかな」
男「……根拠は?」
幽霊「わたしが、なんとかしようと思ってる。上々でしょ?」
男「……ああ、最上だね」
- 289:名も無き被検体774号+:2013/07/06(土) 15:04:48.25 ID:Mf/164Go0
二十四日目 P.M.
男「キミの話が聞きたい」
幽霊「わたしの話?」
男「思えばさ、僕は、キミのことについてほとんどなにも知らないんだ」
幽霊「あなたの話は、面白かったからね」
男「僕が話すばっかりだったからさ。キミの人生どころか、キミの名前すら、僕は知らないんだ」
幽霊「わたしの人生は、幸せな人生だったよ」
男「そっか。もっと具体的な自分語りのほうが好みかな」
幽霊「ええ。プレッシャーだなあ。わたしあんまり話し上手じゃないんだもん」
男「それでもいいよ」
幽霊「あなたほど、奇妙な面白い人生歩んでもないしさ」
男「それがいいんだよ」
幽霊「っとね……好きなものがたくさんあったの」
男「へえ」
幽霊「ぬいぐるみとか、ねことか、雑貨屋さんで売ってるような骨とか」
男「骨ねえ」
幽霊「お母さんからもらったマニキュアの容器とか、茶色い薬瓶とか」
男「小物、好きなんだね」
幽霊「淡い水色のワンピースとか、カエルのマークがついた靴下とか、耳のついたヘアバンドとか」
- 290:名も無き被検体774号+:2013/07/06(土) 15:05:35.83 ID:Mf/164Go0
幽霊「生きるために必要のなさそうな、そういう、ちょっとしたものが好きだったの」
男「生きるために必要ないものは素晴らしい、って話?」
幽霊「そう。無駄なものとか、寄り道とか、そういうの全部」
男「面白いね」
幽霊「つまらないでしょ」
男「そんなことないよ」
幽霊「そう?」
男「うん」
幽霊「わたしが好きなのは、例えば、冬にこたつにもぐって食べるアイス」
男「ああ」
幽霊「夏にクーラーの効いた部屋で食べる寄せ鍋」
男「なるほどなあ」
幽霊「そういうものは、いつまで経っても忘れないの」
- 291:名も無き被検体774号+:2013/07/06(土) 15:06:16.60 ID:Mf/164Go0
幽霊「わたしはよく、物を無くすこどもだったの」
男「想像できる」
幽霊「でしょう? だから、好きなものにはなんにでも、名前を書いてた」
男「かわいい」
幽霊「周りのみんなは『ダサいからいやだ』なんて言ってさ、持ち物に名前を書くのを渋ってたけどね、わたしは、先生に言われるまでもなく、なんにだって名前を書いちゃってたの」
男「名前を書くのが好きだったの?」
幽霊「そう。名前さえ書いておけば、それがどこに行っちゃっても、最後には自分のところへ帰ってきてくれるって思ってたから」
男「確率は上がるだろうね」
幽霊「黒いサインペンでさ、出来るだけ丁寧な字でさ……だからわたし、自分の名前だけはものすごく綺麗に書けるんだよ」
男「いいね。履歴書とかで好印象だ。そんなもの、書いたことないけどさ」
幽霊「これから書くことになるんだよ。お名前の、練習しなきゃ」
男「小学生からやり直しだなあ」
- 292:名も無き被検体774号+:2013/07/06(土) 15:08:22.68 ID:Mf/164Go0
男「他には?」
幽霊「ほか……」
男「好きなものだけじゃなくて、嫌いなものだってあっただろう?」
幽霊「あった、かも。でも、あんまりなかったかも」
男「…………かも?」
幽霊「おかしいなあ。きっと、ちょっと前までなら答えられた気がするんだけどね、その質問にさ」
男「ちょっと」
幽霊「『好き』ってすごいね。なかなか忘れないね。好みも嗜好も恋愛も、生きるためのものじゃないから、なのかな」
男「キミさ……」
幽霊「人を殺したことはおぼろげでもさ、死ぬ直前に、好きな服に着替えたことは覚えてるんだもん。おかしいよね。すごいよね」
男「もしかしてさ、まさか」
幽霊「名前を書くことは好きでも、自分の名前を特に好きだったわけじゃないんだなあ、わたし」
男「記憶が……」
幽霊「うん。好きじゃなかったもののこと、人のこと、もうあんまり覚えてないみたい」
男「…………」
幽霊「ごめんね。わたしの名前、もう、教えてあげられないや」
二十四日目、終了
- 299:名も無き被検体774号+:2013/07/07(日) 00:42:03.47 ID:Dzk8MeJm0
二十五日目 P.M.
幽霊「そろそろ限界なんじゃない?」
男「……そうでもないよ」
幽霊「実際、どれくらい経ったの?」
男「ん……ええと、まだ二日三日ってところだ」
幽霊「もうそんなに経ってるの!?」
男「ああ。キミにはよく、わからないかもしれないけどね」
幽霊「本当は、喋るのだって億劫になってきてるんじゃないの?」
男「まさか。キミとお喋りをするためにここでこうして、座ってるんだから」
幽霊「そん――***――――**が――***よ」
男「ごめん。なんて言ったのか、わからなかった」
幽霊「……それはさ、わたしがおかしいの?」
男「おそらくね」
幽霊「あなたの耳が疲れてるとかじゃなくて?」
男「どんなに疲れてたって、耳がそうそう聞こえなくなったりするもんか」
幽霊「そう、だよねえ……」
男「それにさ」
幽霊「ん」
男「もういちいち伝えるのも、アレかなと思ってたんだけど」
幽霊「なあに」
男「いくらか前から、姿形のほうも不安定になってきてる」
幽霊「あー」
男「消えたり、現れたりさ。見えてても、すごく淡い感じになってたり」
幽霊「そっか」
- 300:名も無き被検体774号+:2013/07/07(日) 00:42:42.52 ID:Dzk8MeJm0
幽霊「なにか、食べなくていいの?」
男「食欲はない」
幽霊「眠たくないの?」
男「睡眠欲もない」
幽霊「トイレにだって行ってない」
男「不思議だね。食べてなくたって、うんこは出るだろうにさ」
幽霊「元気も、ないよ」
男「そんなことはないよ」
幽霊「あるよ。元気ないよ。無理してる」
男「してない」
幽霊「生きるためにしなくちゃならないことを、やらなきゃ」
男「気が向かないなあ。生きるために必要のないことを、もっとしていたい」
幽霊「……わたしのことは、大丈夫だからさ」
男「よく……よく言うよ」
幽霊「ほんとに」
男「キミは、次に僕がキミの傍から離れたら、次に僕がキミの観測をやめてしまったときには、もうそのまま、消えてしまいそうだ」
幽霊「……大丈夫だよ」
男「大丈夫じゃない」
幽霊「だいじょうぶ」
男「だいじょばない」
- 301:名も無き被検体774号+:2013/07/07(日) 00:43:41.89 ID:Dzk8MeJm0
幽霊「バイトだって、探さなきゃいけないでしょー」
男「物件探し、辞めちゃったからねえ」
幽霊「ずっとここで暮らすんでしょう」
男「キミがいてくれるならね」
幽霊「がんばって、一生懸命、生きていかなきゃいけないでしょお……」
男「急に、できる気がしなくなってきたよ」
幽霊「……できるよお」
男「…………」
幽霊「できるからさあ……」
男「…………」
幽霊「お願いだからさあ…………」
男「…………ん」
幽霊「生きるためにさあ……」
男「…………うん」
幽霊「無理しないでよお……」
男「そんな顔を、させてしまうね」
幽霊「……ばかあ」
男「あと、もう少し」
幽霊「…………」
男「がんばるからさ、生きるつもりだからさ」
幽霊「…………うん」
男「もう少しだけ。もう少しだけさ」
幽霊「うん……」
男「こうして、こうしていさせて」
幽霊「……わたしも」
男「……ん」
幽霊「……こうしてたい」
男「ん」
二十五日目、終了
- 310:名も無き被検体774号+:2013/07/07(日) 21:19:05.41 ID:Dzk8MeJm0
二十六日目 P.M.
男「……しりとりでもしよっか」
幽霊「ねむたいんでしょ」
男「まさかね」
幽霊「意地っ張り……いじっぱりの『り』からね」
男「リニアモーターカー」
幽霊「……あら、コウモリじゃないんだ」
男「ちょっと今は思いつきそうにない」
幽霊「そっか。動物じゃなくていい?」
男「なんでもいいよ」
幽霊「カンガルー」
男「動物じゃないか」
幽霊「別に動物でもいいんでしょ?」
男「まあね。ルワンダ」
幽霊「ダッチワイフ」
男「もっと他になかったの」
幽霊「なぜか一番先に思い浮かんだ」
男「風車」
幽霊「やすり」
男「陸運局」
幽霊「くらげ」
男「動物好きだね」
幽霊「うん」
- 311:名も無き被検体774号+:2013/07/07(日) 21:19:50.14 ID:Dzk8MeJm0
『ゲシュタルト崩壊』
『異性間交流』
『うおのめ』
『メスメル』
『流浪』
『浮気』
『キス』
『好き』
『嫌い』
『意地悪』
『ルーマニア』
『阿呆』
『法勾配』
『異種交配』
『生霊』
『うそつき』
『期日』
- 312:名も無き被検体774号+:2013/07/07(日) 21:20:36.75 ID:Dzk8MeJm0
『爪が伸びない』
『いつまでも一緒』
『小学生の初恋』
『言っていないこと』
『止まる意識』
『消えないで』
『デモ』
『揉みたい』
『生きてればね』
『寝ちゃいそうだ』
『だから言ったのに』
『人間だから』
『楽になりなよ』
『夜が明ければ大丈夫』
『不躾』
『ケプラー』
『ランゴバルド王国』
- 313:名も無き被検体774号+:2013/07/07(日) 21:21:13.28 ID:Dzk8MeJm0
『クコの実』
『未練が消える』
『ルール』
『ルミカライト』
『永久』
『忘れていく』
『苦しさ』
『寂しい』
『椅子』
『スイス』
『素顔』
おやすみなさい
二十六日目、終了
- 314:名も無き被検体774号+:2013/07/07(日) 21:21:47.68 ID:Dzk8MeJm0
ほら、邪魔だよ。そんなところでうたたねしちゃってさ。
…………?
寝ぼけてる?
ああ……、ちょっと、寝ちゃってた。
見たらわかるよ。もうすぐご飯できるよ。
今日は何?
麻婆豆腐。あなた、好きでしょ。
キミは、最高のお嫁さんだね。
…………。
ん?
……どうしたの、急に。
どうしたのもなにも、別にこれくらい言ったっていいだろう?
変なの。怖い夢でも見た?
いいや。
ふうん。
幸せな夢なら、見てたけどね。
- 315:名も無き被検体774号+:2013/07/07(日) 21:22:26.38 ID:Dzk8MeJm0
へえ、どんな夢?
キミの夢だ。
わたし?
キミが、消えちゃいそうになるんだ。
なにそれ。わたしに消えて欲しいの?
まさか。
はあ、もう。相変わらずよくわかんないよ。あなたって。
ごめんごめん。
そろそろ時間かな。今日はあなた、行ってくれる?
どこへ?
どこへって、あの子のお迎え以外ないでしょう。
ああ。そういうことか。
- 317:名も無き被検体774号+:2013/07/07(日) 21:22:53.44 ID:Dzk8MeJm0
塾の送り迎えってのも、結構大変。大丈夫? 運転できる?
今さらなに言ってるのさ。それくらいできるよ。
事故らないでよ。お仕事で疲れてるのはわかるけどね。
大丈夫だって。これくらい、なんでもないよ。
あなたってたまに、ぼうっとしてるから。あの子にもしっかり遺伝してるよ。
それはキミの遺伝だろう? 僕は意外としっかりしてるよ。
はいはい。早くいかないと、ご飯できちゃうって。
ああ、行ってくるよ。
- 318:名も無き被検体774号+:2013/07/07(日) 21:24:12.12 ID:Dzk8MeJm0
…………ねえ。
ん?
忘れてるよ。
……あ。
もう。
名前を呼んでキスってのもさ、新婚みたいだよね。
いいじゃない別に。いつまでも新婚気分ならそれで。
まったくだ。行ってくるよ――
…………どうしたの?
…………名前。
名前が、どうかしたの?
いや、
大丈夫? 顔色悪いよ?
あのさ…………
休んでたほうがいいよ。やっぱりあの子の迎えにはわたしがいくから。
そうじゃないんだ。
名前。
名前は?
名前名前名前名前名前。
キミの、名前は?
??日目、終了
- 330:名も無き被検体774号+:2013/07/08(月) 22:59:53.16 ID:o5SZFrIC0
二十八日目 A.M.
目が開くよりも先に目が覚めた。
だから目を閉じたままで、黒に向かって「おはよう」と言ってみる。出来るだけ明るい声で、出来るだけ元気な声で。
案の定、返事はなかった。
瞼を上げても、真っ暗だった。月明かりだか街明かりだかわからない微かな光を頼りに携帯電話を探り当てて日付を確認すると、最後の記憶から丸一日以上が経っていた。
当然のように彼女の姿はなく、当然のように彼女の声はなく、当然のように僕は一人だった。
絶望より先に脱力感が来た。結局、僕は彼女を失ってしまったのだ。
ずっと一緒に居たくて、消えて欲しくなくて、三大欲求にも精一杯抗って、彼女をここに繋ぎとめようと抵抗した。
その抵抗も全て無駄になってしまったというわけだ。
なぜ、あんなに自分は必死になったのだろうと、今、思う。
長時間睡眠の気だるさを覗けば、たっぷりと眠った後の身体はやすらぎに満ちていて、腹も減ってきて、少しだけ、トイレにも行きたくなっていた。
我慢と抵抗をやめたことによって、僕は彼女を失ってしまったわけなのだが、
悲しみよりも
絶望よりも
寂しさよりも
孤独よりも
何よりも先に立って
もう、頑張らなくていいのだという安心感が、僕を支配していた。
幸せでいるから、それを守るために、頑張らなくてはならないのだと。
今、僕は、不幸に戻ってきたのだと。
僕一人だけしかいない、黒いワンルームがそう言っていた。
- 331:名も無き被検体774号+:2013/07/08(月) 23:01:25.75 ID:o5SZFrIC0
しばらくほど遅れて、一気に死にたくなった。
忘れたい夢ほどしっかりと覚えているもので、もうどうにもならなくなって、僕は頭を抱えた。
夢に見たある家庭のなんでもない日常は、僕が欲していたものそのままで、暖かく、緩やかで、気だるかった。
叫びだしたかった。ことによると、叫んでいたかもしれない。
アルミサッシの窓枠をぶち抜くようにして窓を割り、そこらにぽつぽつと見えるカーテン越しの明かりひとつひとつに向かって叫んでやりたかった。
お前らが、毎日毎日毎日毎日口を開けているだけで自然と享受しているその日常は、かけがえのないものなんだと言ってやりたかった。
仕事に疲れてうたたねしているところを、妻に口うるさく窘められることは、当然のことなんかじゃないと言ってやりたかった。
職場で同僚に向かって、妻が最近可愛くなくてねえ、なんて冗談めかして陰口を叩けることは、お前だけに許された権利なんだと言ってやりたかった。
塾に我が子を送迎するその面倒くささは、お前だけに許された幸せなんだと言ってやりたかった。
てめえらが糞も味噌も一緒くたにしているその日常を、こんなに欲している男がここにいるのだと教えてやりたかった。
今この瞬間、世界で一番不幸なのは自分なのだということを、明かりのもとで愛する誰かと軽口を叩いている一人一人の胸倉を掴んで、叫んでやりたかった。
どれ一つ実行に移す気になれなくて、一気に死にたくなった。
- 332:名も無き被検体774号+:2013/07/08(月) 23:02:50.44 ID:o5SZFrIC0
僕はいつもそうなのだ。
欲しいものは、最後には、僕の前から消え失せてしまうのだ。
そういう運命のもとにあるのだ。
僕の愛情は呪いのようなもので、僕に愛されたものはみんな、いつのまにか、ふらりとどこかへ消えてしまうのだ。
初恋の娘だってそうだった。いつだってそうだった。
今回は違うだなんて保証が、どこにあっただろうか。
世界は僕を嫌いだし、僕も世界が嫌いだ。
世界に嫌われるくらいなら、なんてことはない。
だけど、それでも、初恋のあの娘や、この部屋の前の持ち主に嫌われているとしたら、それは辛いことだった。
嫌われていないといいなあ。
僕のことが嫌いだから、僕とさほど一緒にいたいわけではないから、消えてしまったのではないと、そうだといいなあ。
空腹感も排泄欲もいつのまにやら消え失せて、僕は結局、ずっとそこに座っていた。
眠りたくて眠りたくてしょうがなかったのだが、いくら待っても眠気は訪れなかった。
そのうち、足が動かなくなって、腕が動かなくなって、指が動かなくなった。
ずっとそこに座っていた。
なにをしようという気にもなれないまま、眠りもせずに、眠っているのと大して変わらない一日を過ごした。
二十八日目、終了
- 347:名も無き被検体774号+:2013/07/09(火) 23:39:19.46 ID:F+aLgNIT0
二十九日目 P.M.
時間感覚のないままに夜を迎えた。
前夜と今夜が繋がっているかのような感覚に陥るほど、昼間自分がどう過ごしていたかの記憶が抜け落ちていた。
この段になってようやく、僕は身体を動かそうと決意をする。左のこめかみを蚊に食われていることに気づいたのだ。
左腕を持ち上げ、こめかみを掻こうとした。掻こうとした。
腕は動かなかった。
しばらくの間、運動神経を動作させようとしていなかったせいで気づかなかったのだ。
動かなかったのではない。僕の身体は、動かせなかったのだ。不使用ではなく、不可能だったのだ。
一体いつから? わからない。自意識と支配の境界線はどこかにあったのだろうか。あるいは、それはカビのような、徐々なる浸蝕であったのかもしれない。
原因に心当たりは、一つしかない。
支配。つまり僕の身体は、何者かに憑依されている。
何者かなんて、心当たりは、一人しかいない。
彼女はそのとき、僕と共にいた。
- 348:名も無き被検体774号+:2013/07/09(火) 23:40:31.70 ID:F+aLgNIT0
男「あーあーあーあー。聞こえますかーあ」
男「……なにやってんの?」
男「憑依、って言うんだっけ?」
男「そんな簡単にできることじゃないんだけどなあ、ほんと」
男「うん。今回は超大変だったよ。時間はわかんないけどね。もしかして、二年くらいかかっちゃった?」
男「二日くらいかな」
男「あら、まだそれだけしか経ってなかったんだ」
男「二日間僕が何してたか知ってる?」
男「なにしてたの?」
男「座ってた」
男「あはは。なにそれ。ギャグ?」
男「ギャグにしか聞こえないね」
男「でも、知ってるよ。見てたから」
男「ずっと、見えてたの?」
男「見えてたし、聞こえてたし、べたべた触ってもいたよ」
男「そうなんだ」
男「ずっとそばにいたよ」
男「うん」
男「ずっと、一緒にいたよ」
男「……うん」
- 349:名も無き被検体774号+:2013/07/09(火) 23:41:14.37 ID:F+aLgNIT0
男「わたしの姿、見えなかったんでしょ?」
男「そうだよ」
男「声も、聞こえなかったんでしょ?」
男「うん」
男「寂しかったんでしょ」
男「そんなことも考えられなかったよ」
男「なんとか、あなたとお喋りできないかと頑張ってみたんだけどね」
男「それで憑依、かあ」
男「二日もかかっちゃったみたいだけど。もうこうやってでしか、あなたとお話できないみたい」
男「嬉しいよ。キミの声じゃないけど、キミの言葉だ」
男「喜んでもらえてよかった。ちょっと無理してみた甲斐もあるよ」
男「いつまでこうしていられるの?」
男「さあ、ねえ。なんてったってわたしにとっては、一秒も百年も変わらないからさ」
男「そういえば、そうだったね」
男「泣きそうにならないでよ」
男「わかるの?」
男「身体一緒なんだから、わからないわけないでしょ」
男「それもそうだね」
- 351:名も無き被検体774号+:2013/07/09(火) 23:41:43.65 ID:F+aLgNIT0
男「……そんなに長くはないかな」
男「……そっか」
男「あなたには、言いたいことがたくさんあるの」
男「へえ。聞かせてよ」
男「たくさんあり過ぎてまとまらない」
男「こうしていられる間には、なんとかさ、頼むよ」
男「それじゃあさ、重要そうなやつから言うね」
男「わかった」
男「セックス、しようよ」
二十九日目、終了
- 358:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:32:30.20 ID:7P+kf9eK0
三十日目 A.M.
男「ええと……これを擦ればいいんだよね」
男「まあ、そうなんだけどさ……できるの?」
男「そういう知識はある」
男「にわかに不安になってきたよ」
男「なんかあれだね。全然カメじゃないね」
男「カメの頭のようなのがついてたら、それこそほんとおぞましい光景になってるよ」
男「なんかどきどきしてきた」
男「同じく」
男「…………ふわ」
男「ちょ…………ちょっ、ちょ」
男「なあに」
男「その、なんでも鑑定団みたいな手つきはやめて」
男「どして?」
男「くすぐったい」
男「セックスにおいては、くすぐったいは気持ちいいと同じだって聞いたことあるんだけど」
男「死にそう」
男「それは困るね」
男「あと、すっげー恥ずかしい」
男「それは我慢して」
- 359:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:33:04.47 ID:7P+kf9eK0
男「…………これでいいの?」
男「…………力加減、弱すぎ」
男「もっと強くしていいの?」
男「うん、まあ」
男「握りつぶしたらどうなる?」
男「掛け値なしに死ぬよ、そりゃ」
男「難しいなあ」
男「中庸の精神でお願い。極端に走らないでさ」
男「男の子は毎日にでも、こういうことするんだよね」
男「毎日するやつもいるし、そうじゃないやつもいるけど」
男「あなたはしてなかったよね。一ヶ月間くらい?」
男「いや…………」
男「え。ずっと一緒にいたよね?」
男「別に、家でしなくてもさ……」
男「…………どこで?」
男「ええと、ほら、公衆トイレとかさ」
男「…………うわあ」
- 360:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:33:44.30 ID:7P+kf9eK0
男「ひかないでよ。無理はないけどさ」
男「どこの公衆トイレ?」
男「主に、あの、近くの児童公園のなかにあるアレ」
男「あー、めちゃくちゃ近所。わたしもたまに使ってた」
男「言っとくけど、ちゃんと男子トイレのほうでしてたからね」
男「なにその注釈、必要ないよ」
男「まあ、そうかもだけど」
男「で、どういうことを考えながらそんなところでしてたの?」
男「……どういうこと?」
男「言う必要ある?」
男「そっちこそ、こっちこそ、言う必要ある……?」
男「聞きたい」
男「…………キミのことを考えてた」
男「へえ。ふうん…………そっかそっかあ」
男「なんなの」
男「わたし、慰み者にされちゃってたんだなあって」
男「なんか、ごめん」
男「え。謝らなくていいよ。なんか嬉しいし」
男「……変わってるね」
男「そうかなあ。女の子は結構、嬉しく思うものだと思うけど」
- 361:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:34:17.41 ID:7P+kf9eK0
男「きもちい?」
男「そこそこ。もどかしくはあるけど」
男「初心者だから我慢して」
男「キミが上級者だったら超いやだなあ」
男「もどかしさを楽しんで」
男「ところでさ」
男「ん」
男「言いたいこと、たくさんあるんじゃなかったっけ」
男「あー、なんだったかなあ」
男「気になるんだけど」
男「まとまりなくなっちゃうから、聞くに堪えないと思うけど、聞いてくれる?」
男「っていうかさ」
男「ん?」
男「もう記憶も思考も、ごちゃごちゃになってきちゃってるんでしょ?」
男「あたり」
男「いいよ。聞くよ。なにからでもいいよ。話してよ」
男「ありがとう」
- 362:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:35:01.72 ID:7P+kf9eK0
男「…………」
男「…………」
男「………ん?」
男「だからね、ありがとう」
男「ああ、今の、言いたいことの一つだったの」
男「うん。なんか、無性に、言いたくなっちゃって」
男「どういたしまして」
男「ええと、あなたに左手あげる」
男「もともと僕の左手なんだけど」
男「動くでしょ? 動かせる?」
男「ああ、うん。僕の腕だ」
男「抱きしめて」
男「……どうやって?」
男「どうやっても」
男「……自分の身体を抱きしめろってこと?」
男「自分の身体じゃなくて、わたしの身体」
男「…………はいはい」
- 363:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:35:56.14 ID:7P+kf9eK0
男「あ、そうだ。思い出した」
男「今度はなに?」
男「好きってすごいね」
男「すごい?」
男「うん。これは是非、教えてあげなくちゃと思って」
男「どういうことさ」
男「わたしは正しかったよ。生きるために必要のないことは、生きるために必要のない性欲は、生きるために必要のない恋愛は、生きるために必要ないからこそ、すべてを超越するよ」
男「どうしたのさ。いきなり宗教家みたいなこと言い出しちゃって」
男「好き、のなかでもさ……誰かを好きになるっていうのは、最上だね。極上だね。そして、幸せだね。それこそ、他の不幸せなんて全部包み込んじゃうくらいにさ」
男「…………ああ、なるほどなあ」
男「心残りもさ、未練もさ、恨みもさ、思い残しもさ、想い残しもさ、全部平らにならしちゃってさ、その上に『好き』のお城が立つの」
男「あはは。なに言ってるんだか」
男「だからね、わたしはね、もうね、こうやってね、あなたをね、わたしをね」
男「もう、いいよ。わかったよ。わかったからさあ……」
男「だめ。最後まで言うの。言わせて」
男「悲しくなるんだ」
男「それでも、ねえ、聞いて」
男「…………わかったよ」
- 364:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:36:52.18 ID:7P+kf9eK0
男「わたしは、幸せだよ」
男「……うん」
男「泣かないで」
男「そんなこと言ったって」
男「逃げないで」
男「…………」
男「酷いこと言ってるかな。わたし。っていうか、何言ってるのかな、わたし。もう、だんだんとよくわかんなくなってきたけど」
男「聞くよ」
男「うん、聞いて。全身で聞いて。一生を懸けて。ええと、なんだったかな。ああ、そう、あなたはさ、初恋の子が消えてしまった理由、知らないって言ったけど」
男「言った」
男「うそつき」
男「…………嘘じゃないよ」
男「そうなの? まあ、どっちでもいいよ。もう。あなたが知らないって言い張るなら、わたしはあなたにそれを教えてあげる」
男「知りたくなかったんだ」
男「知ってたくせに」
男「そう思いたくなかったんだ」
男「あんなにたくさん、わたしに好きって言ったくせに」
男「言ったけど」
男「言って」
男「好きだよ」
男「心を込めて」
男「好きだ」
男「ありがとう」
- 365:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:37:52.18 ID:7P+kf9eK0
男「わたしは、世間知らずで、ぬくぬくとぼんやりと生きて、そんな命も無駄遣いして、その上人まで殺してしまったどうしようもない女だけど」
男「そうだね」
男「それでもあなたに、好きって言ってもらえて、嬉しかったよ」
男「ああ」
男「あなたがこの先、生きていく上で、もう二度と、知らなかったでは済ませないように」
男「うん」
男「あなたが知らないフリしていることを、教えてあげる」
男「頑張って生きろ、という意味に受け取るよ」
男「不毛から、立ち直ってね」
男「できるかな」
男「できるって、わかってるんでしょう」
男「頑張りたくなかったんだよ」
男「だあめ。頑張ってね」
男「酷いなあ」
男「酷いでしょ。でも好き?」
男「もちろん」
男「うん。あなたの初恋の人が消えちゃったのは、わたしが、わたっ、わ、たしがね、こっ……これか、これからねっ、消えちゃ、消えてしまうのは、ね」
男「…………うん」
男「それ、は、わたし、わたしが、わたっ、わたしたち、が、ね、あなた、あな、あなたのこ、とをね」
男「…………」
男「す」
男「…………」
男「…………」
男「…………」
男「…………」
- 366:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:38:21.37 ID:7P+kf9eK0
男「………………」
男「………………」
男「………………」
男「………………」
男「………………」
男「…………ああ、もう」
男「キミはさあ……」
男「せめてさあ……」
男「せめて、さあ……」
男「消えちゃうんならさあ……」
男「最後まで、せめて最後までさあ……」
男「最後まで、言ってからにしてくれよ…………」
――最後まで、イってからにしてくれよ
- 367:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:40:29.07 ID:7P+kf9eK0
三十日目 P.M.
結局、幽霊と言う存在は反則以外の何者でもないのだと思う。
一人になった、今度こそ本当に一人になってしまったワンルームで、僕はそんなことを思う。
人生にロスタイムなどなく、延長試合などなく、生きている時間そのものが人生であるべきで、たまたまそれ以外の機会が与えられたとしても、そんなものを、奇跡だとか幸運だとか、ましてや不幸などとは呼ぶべきではないのだ。
そして当然、そんな存在ばかりを選り好んで接触するような輩も、当然、存在するべきではないのだ。
そんなやつの人生は本当に不毛でしかないのだ。
信じたくはなかった。幽霊は、未練の存在だ。
それを失ってしまうような、そういう機微があれば、当然、その存在は掻き消えてしまうのだ。
僕が幽霊を愛する限り、僕は、報われることはないのだ。
しばらく、動けなかった。
彼女にもらった左手以外は、動かなかった。その左手でこめかみを掻いた。
まだ、もしかしたら、僕の中に彼女がいるのかもしれないと思うと、左手以外を動かす気にはなれなかった。でもそれは、不可能ではなく、単なる不使用だ。
きっと、僕は今すぐ立ち上がることができるのだ。僕はもう憑依されてなどいないのだ。だから今すぐにでも、僕は立ち上がって、生きるために動くべきなのだった。
もう少し、もう少しこのまま休憩したら、ひとりぼっちの休憩が終わったら、動き出すことにしよう。
もうじき日が暮れる。たしか、近所に小さな文房具屋があったはずだ。その閉店に、間に合うまでには。
履歴書を、買いにいかなきゃ。
三十日目、終了
- 368:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:43:21.07 ID:7P+kf9eK0
以上三十日間が、僕にとってそこそこに印象深かった三十日間の思い出だ。
ん。一番なのかと思ったって? 僕だって当時はそう思っていたよ。これ以上の幸せな日々にも、めぐり合わないと思っていた。
高々二十年そこらしか生きていない人間が、なにを言っているんだろうね。今となっては、そう思うよ。
そりゃあ彼女が消えた直後は、再びの自殺願望を感じるくらいに辛かったさ。コンビニのバイトも、思っていたより甘くなかったしね。
笑っちゃうよね。最初は、「いらっしゃいませ」の一言も、喉に引っかかって言えなかった。僕ときたらほんと使えないやつでさ、使えないやつってのを、絵に描いたみたいなやつで
さ、年下の金髪に何度もどやされたもんだよ。情けないことにさ。
それでも食らいつくようにして、何年かその仕事を続けたよ。たかがコンビニバイトで大袈裟な、と思うだろう? でもその頃の僕はそれくらいの心境だった。食らいつく、という字
面を心に秘めて、意識していないと折れちゃいそうなくらいに弱かったんだ。
だいぶ仕事にも慣れてきてさ、夜勤で、一人でレジに立っていたことがあったんだ。入店してきたのは、何度か顔を見たことがある、土方の兄ちゃんだった。
僕は正直、彼に対してあまり良い印象を持っていなかった。いつみても汚い面してさ、髪なんかも茶髪なのか泥にまみれてるのか良く分からない色でさ。態度も横柄だったしさ。
そんな彼が、袋に詰めたブラックコーヒーをひったくるようにしてレジを離れるときにさ、言ったんだ。僕に向けてさ。
「おう。いつもサンキュ」
彼にとっちゃ、なんでもない一言だったんだろうけどね。僕にとったって、なんでもない一言だったんだけどね。
でもなんかさ、無性にうれしくなってさ、すぐバックヤードに引っ込まざるをえなかったくらいだよ。ぼろぼろと涙が溢れた。多分、金髪に一番ひどくどやされたときだって、あそこ
まで泣きはしなかったと思う。
話がそれたね。つまりさ、何十年か生きてりゃ、それなりに幸せなことだってあったんだよって、そういうことが言いたかったんだ。
うん。もちろん。君のように、最期を看取ってくれる親友にも出会えたことだしね。
僕がどんなふうにして、幸せな何十年を過ごすことができたのか、それについてはこの際省略させてもらうよ。
もうあまり時間もなさそうだしさ。語り出すと、止まらなくなっちゃいそうだしさ。
- 369:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:44:22.56 ID:7P+kf9eK0
同じように、幽霊が見える君にだからこそ、こんな質問をさせてもらうんだけどさ。
幽霊って、成仏したあとはどこに行くんだと思う?
あはは、まあ、わからないよね。聞いてみただけだよ。
もし仮にさ、天国だかニルヴァーナだか、そんな場所があったとしてさ、そこで、誰かと再会するなんてことはあるんだろうかね。
…………うん。期待していないなんて言ったら嘘になるよ。それくらいの再会を、奇跡の再会なんてのを、信じたって罰は当たらないだろう?
この数十年の人生さ、僕は本当によく頑張ったと思うんだ。頑張って、幸せに生きたと思うんだ。
僕の人生が演劇で、僕が観客だったら、間違いなくスタンディングオベーションだ。それくらい、僕は僕の人生を称えてやりたい。自画自賛が過ぎるかな? そんなことない?
ありがとう。君は優しいやつだね。
幸せな人生だった。でも、僕にとって最高の幸せは、きっとこの先に待ってる。
それじゃ、そろそろ行くよ。
ああ、そうだ、縁起でもないけどさ、君とは、死んでも仲良くしたいからさ。
涅槃で待ってる。もちろん、彼女も一緒にね。
また、死後に。
- 370:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:44:51.44 ID:7P+kf9eK0
――やあ、久しぶりだね
- 371:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:45:42.10 ID:7P+kf9eK0
わたしにとっては、あなたとお別れしたのだって、さっきみたいなものなんだけどね――
- 372:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 01:46:10.26 ID:7P+kf9eK0
幽霊「うらめしや」、終了
- 388:名も無き被検体774号+:2013/07/10(水) 08:45:29.62 ID:kJE0elRj0
お疲れ様です
また何処かで楽しませてください
転載元
幽霊「うらめしや」
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1371136989/
幽霊「うらめしや」
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1371136989/
「Amazon」カテゴリのおすすめ
「男女」カテゴリのおすすめ
コメント一覧 (91)
-
- 2014年02月18日 13:44
- 浦飯や
-
- 2014年02月18日 13:47
- 長い…
読んでないがどうせ皮肉系主人公が訳あり幽霊の事情を解決してお涙ちょうだいの恋物語な安い展開になるんだと予想
-
- 2014年02月18日 13:50
- いい話だった。
ちょっと悲しい結末だけど、こういうの好きだな。
-
- 2014年02月18日 14:15
- 表は蕎麦屋。手慣れているようで案外ヘタレたキャラって好きよ。
-
- 2014年02月18日 14:17
- 良いね。他人の価値観ってのは。ベスト何かはわからんけどスーパーグッドだよ。
予想よりずっと良かったね。うん。良いよ。
-
- 2014年02月18日 14:19
- 700円くらいの価値はある。
-
- 2014年02月18日 15:04
- 破っ!!
-
- 2014年02月18日 15:07
- いい
-
- 2014年02月18日 15:07
- よかった
-
- 2014年02月18日 15:32
- ※2 ちゃんと見てから書けよカス。
-
- 2014年02月18日 15:52
- こういう王道を外れたハッピーエンドもいいなぁ
実際に幽霊が居たとして、姿も声も聞こえてさらに恋までしたらどうなるんだろうねぇ・・・
-
- 2014年02月18日 16:21
- 下手な小説より面白かったよ
-
- 2014年02月18日 16:56
- 世界一雨だね、とかちょっとしたところが本当にもう。
-
- 2014年02月18日 16:59
- すごくよかった。
-
- 2014年02月18日 17:23
- 小説化してほしい。買うよ
-
- 2014年02月18日 17:38
- こんなエロゲほしい
-
- 2014年02月18日 18:00
- あー、うん、こういう後味わるいんだかいいんだかなの最近多くないか。
大好物だしないたけど、バランスとって死ぬほどハッピーエンドなものを読みたくなるな
-
- 2014年02月18日 18:00
- これは心に残る話だな
-
- 2014年02月18日 18:03
- これはいいなあ
-
- 2014年02月18日 18:10
- ※2 長いだけですぐ批評したがる気持ち悪い奴いるよな
-
- 2014年02月18日 18:17
- 無個性なスレタイとは裏腹にSSではなかなかお目にかかれないレベルの文章だなこれは。
ユーモアを介した日常パートは面白いし、幽霊論や人生論も興味深い。
特に女幽霊の未練がなくなってからの展開には為すすべもなく感情を揺さぶられ、しまいには涙で何も見えなくなってしまった。
掛け値なしに今まで読んだSSの中で一番の作品だ。
-
- 2014年02月18日 18:34
- 文句なしで最高
小説化はよ
-
- 2014年02月18日 18:37
- これは良いものを読ませてもらった
-
- 2014年02月18日 18:39
- さいこーですた
-
- 2014年02月18日 18:39
- 仕事探すか・・・
-
- 2014年02月18日 18:48
- 夏目っぽくてぽくない
-
- 2014年02月18日 19:51
- 誰かを愛するということは神様の御傍にいること
-
- 2014年02月18日 20:37
-
ああ^~いいっすね^~
-
- 2014年02月18日 20:48
- なんて言ったらいいか上手く言えないけど、これだけは言わせてくれ。
いい読み物をありがとう。
-
- 2014年02月18日 21:25
-
文がすとんと落ちてくる感じがして上手だと思いましたまる
-
- 2014年02月18日 22:20
- ギュッとくるなあ、よかた
-
- 2014年02月18日 22:29
- ※6
ちょうど文庫一冊分くらいか
-
- 2014年02月18日 22:40
- ※2
違う
久しぶりに泣いた
-
- 2014年02月18日 22:42
- 男が眠ろうとしない辺りでぼろぼろ泣いちゃったよ
俺の恋人1年前に事故で亡くなったんだけどさ
身近な人の死を経験してそれまで考えなかったことを色々考えるようになったんだ
だからなのかすごく胸の奥にくるものがあった
読んだ人の感情を揺さぶる文章を書けるって純粋にすごいことだと思う
乙でした
-
- 2014年02月18日 23:06
- ( ;∀;)イイハナシダナー
-
- 2014年02月18日 23:30
- こういうSSみると汚いコメントは目立つよな
しかも二つ目というね
-
- 2014年02月19日 00:03
- 深夜のテンションのせいかガチ泣きしそうになった
こらえるのに大変であんま覚えてないや
鏡が割れそうになるくらい気持ち悪い顔がより一層気持ち悪い
だれかこれ小説化か漫画化してくれない?
-
- 2014年02月19日 00:09
- 良い、すごく良い。
語彙が少ない自分にはこれくらいしか言えない
-
- 2014年02月19日 00:24
- 長いってだけで中身を欠片も読まずに批判する奴は総じて批判の内容が薄くて草生える
結構前に読んだ男と少女が車で旅して最終的に一緒に死ぬって言うSSと似たような雰囲気だなぁと思った
もしかしたら同じ人かもしれないけど、やっぱり何か透明感みたいなのがあって良いわ
-
- 2014年02月19日 00:34
- 同一作家のSS三連発か
確かにこの人のSSはどれも面白いけど、やっぱりこれが群を抜いて傑作だなぁ
-
- 2014年02月19日 00:51
- 男は死ぬまで好きで居続けたのか
カッコいいな
-
- 2014年02月19日 00:53
- 分かりづらいかもしんないけど
ラストが滲むような感じとか雰囲気が乙一に似てる
-
- 2014年02月19日 00:53
- よかった
色々なことを考えさせる作品だった
本気で書籍化してほしい
-
- 2014年02月19日 01:18
- 最後ぞわぞわーってきた
-
- 2014年02月19日 02:15
- なにか一捻りあるかと思ったら、ストレートに終わった
-
- 2014年02月19日 02:15
- 幸せな人生を送る為に頑張れたのは、彼女にまた会えるかもしれない希望が傍にあったからってのもあるんだろうな…。
日々何気なく享受してる幸せを、大切にしていきたいと思いました。(小並感)
塾じゃねーけど送り迎え…面倒がってちゃいかんよなぁ
-
- 2014年02月19日 02:23
- 大好きだオマエラ
やっぱり良SSのコメント欄には良コメントが書き込まれるんだな
-
- 2014年02月19日 03:51
- 生きてることに悩んで歩けずにいる自分ですが、非常や胸が締め付けられる話でした。生きる糧にしたい。
-
- 2014年02月19日 04:35
- げんふうけいっぽいなとちょっと思った
結構良かった
-
- 2014年02月19日 06:34
- 300円くらいなら喜んで出すような内容だったよ
読み終わったら少し寂しかったけど
-
- 2014年02月19日 07:20
- 文を、というより、物語を書き慣れている文章だな、と感じたな。
とても読みやすくて、すんなりと自分のなかに物語が入ってくるような、そんな上手な文章だと。
物語も起承転結がしっかりしてて、少なく、悪目立ちするような特徴があるわけではないが、しっかりとキャラ立ちしている人物達、そして、語彙が少ないから説明しにくいが、とても透明感の感じる作中の空気、というのかが感じられ、面白い作品だと思った。
-
- 2014年02月19日 07:23
- 泣いた
幸も不幸も、つらい
辛くないことなんて無いのかな
生まれてきたことに 本当に後悔
この人のサイトがあったら通いたい
-
- 2014年02月19日 07:34
- いま、会いに行きますみたい
-
- 2014年02月19日 08:30
- 買うよ。買わせてくれ。SSで泣いたのは初めてだ。
-
- 2014年02月19日 09:01
- ニコニコ動画とかの紙芝居動画を作ってみたいな~と思って勉強中なんですが、もしも、このSSで紙芝居動画を作りたいとするなら、許可とかどうやって取ればいいんですかね?
-
- 2014年02月19日 09:06
- ※55
ちゃんとしたサイトとかあるのかわからんが、この人「やすらぎ」って名前でツイッターやってるからとりあえずそれで聞いてみればいいんじゃね?
-
- 2014年02月19日 10:07
- ※56さん
※55です。早速の情報ありがとうございます!
そろそろツイッター登録するか…動画制作は実行に移せるかが微妙ですけど。
-
- 2014年02月19日 14:51
- 最終的に老衰で死んで再開したのかな?
アカン、アスペにはまだ早すぎたか・・・
-
- 2014年02月19日 17:11
- とてもよかった
-
- 2014年02月19日 17:56
- いい作品だ
-
- 2014年02月19日 18:01
- 南無阿弥陀仏。
-
- 2014年02月19日 20:56
- この作品はgoodじゃない!!
最高!!以上!!
-
- 2014年02月19日 22:54
- あぁ…なんか…
胸の中に空いた感じがある
-
- 2014年02月19日 23:05
- 最上で極上な話だった
-
- 2014年02月19日 23:54
- また素敵な話に出会えて
生きる喜びを実感できた。うん
-
- 2014年02月20日 10:42
- 普通に泣いた
悲しいのに嬉しいってすごい
読みはじめたとき
乙一の
幸せは子猫のかたち
みたいだと思った
読み終えたあとでも思ってるけどw
で、同じくらい好き
-
- 2014年02月20日 18:15
- この人、地の文のみで小説書けるんじゃねえか?
-
- 2014年02月20日 18:46
- ※55,57
ぜひ動画作ってくださいm(_ _)m
-
- 2014年02月20日 21:06
- 長いけど退屈しない話でした
こうゆう話好きです
-
- 2014年02月20日 23:58
- ただただ素晴らしかった
文章が実に読みやすかった
-
- 2014年02月21日 08:00
- バットエンドでもグッドエンドでもない
こーゆー感じ大好きだわ。
でも、この手の話を読んだ後は
何故かギャグ系のやつを読みたくなる
-
- 2014年02月22日 00:47
- ライ麦畑でつかまえてみたいだった
でもライ麦畑でつかまえてより面白かった、乙
-
- 2014年02月23日 03:12
- 切ない、切ないしか言えない・・・
-
- 2014年02月24日 09:59
- ※2はSSに何を求めてんのか判らんけど、二度とここ来なくて良い。ちゃんと楽しめるSSだったよ?
-
- 2014年02月24日 22:36
- 最高
-
- 2014年02月26日 17:28
- やばい、舐めてた 幽霊かわええ
-
- 2014年03月02日 12:01
- これが小説化したら即買っていつまでも読んでいたいくらいぐっときた。。
-
- 2014年03月09日 04:44
- 泣いた。最上なモノをありがとう。
-
- 2014年03月18日 15:00
- 主人公の言い回しが気持ち悪いけど最後の方は良かった
-
- 2014年03月26日 21:35
- 感動した 。・゜・(ノД`)・゜・。
あと 2 うざいよ
-
- 2014年03月30日 11:56
- これちゃんと小説化したら売れるんじゃないか?
-
- 2015年05月20日 18:16
- この作品の独特な切なさみたいなのはSSだからこそいいんだと思う。心に刺さったわ
-
- 2015年08月04日 00:22
- すげえよかった。
-
- 2015年08月21日 01:09
- 掛け合いがとても面白かったです。どこかはかなくて切なくて、私としては終わり方がかなり好きです
-
- 2015年09月06日 15:44
- これは泣ける
-
- 2015年09月08日 15:44
- 勘違いしないでよね 僕の事を好きだと思うのを勘違いしないでよね ←まさかこれが伏線だったとは
死んで幸せになるために幸せを探し、見付けた先が死んで幸せになれる奇跡を持つ為に幸せに生きて死ぬことか
これは名作だは
-
- 2016年01月05日 23:59
- 何度読んでも最上だね。
-
- 2016年03月22日 15:42
- 2がボコボコにされてて笑った
なんというか切なくて心に来るなぁ……これ。
-
- 2016年03月23日 00:46
- 正直長くて読む気が最初はしなかった
それがどうだ
読めば読むほどのめり込んでいく
最後には泣きそうになるほどだ
なんだか、すごく面白くて綺麗な映画を観賞している感覚だったよ
最高。文句無しの星5
感動をありがとう、作者さん
-
- 2016年03月27日 08:13
- ちょっと悲しいけどいい話でした
-
- 2016年05月13日 00:05
- これほどまで書けるようになりたいもんだ