ミカサ「まだ名前はない」
- 1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:27:28.64 ID:gu+QoQ2No
- 窓の外を見ると、空には抜けるような青空が広がっている。
遠くに見える深緑の山々の稜線は空の青に浮かび上がり、やけに立体的に見える。
時折強く吹く風がカーテンをなびかせ、差し込む陽射しを揺らめかせた。
先ほどまで教官の点呼を取る声が聞こえていたが、今では夏虫の声だけが響くにぎやかな静寂が部屋の中に満ちていた。
目を閉じてじっとしていると、森の木立の中に佇んでいるような錯覚を覚える。
これほどに気持ちが落ち着いているのはいつ以来だろうか。
もっとも――。
目を開けてベッドに横たわるエレンを見つめる。
――状況としては落ち着いていられるものではないのだが。 - 2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:27:57.40 ID:gu+QoQ2No
- 小さく嘆息していると、目を覚ましていたエレンが私を見ていた。
「ミカ……サ?」
「おはよう、エレン。気分はどう?」
答えようとしたエレンが途端に咳き込んだ。
額に乗せていたタオルがその拍子にずれ落ちる。
ちょうど空いた額に手を当てると、まだだいぶ熱があるようだ。
「今日の訓練は休むと伝えてある。ゆっくり休むと良い」
タオルを拾って水に濡らし、額に乗せ直した。 - 3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:28:28.07 ID:gu+QoQ2No
- 「……お前は?」
「何が?」
エレンが何を聞きたいのかはわかったが、あえてとぼけて問い返す。
それが伝わったのか、彼は苛立たし気に眼光を鋭くした。
「お前はなんでここにいるんだよ。訓練はどうした?」
「私も体調不良で休み」
「……じゃあ人の看病なんてしてないで休んでろよ」
「私は訓練ができるほどではないけれど、エレンより元気。だから看病をする」
私の言葉にエレンは何か言いたそうだったが、「そうかよ」とだけ言って、それきり黙ってしまった。
言っても無駄と諦めたのか、喉が痛くて喋りたくないのか。
おそらくはその両方だろう。 - 4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:28:56.06 ID:gu+QoQ2No
- 「夏風邪だって」
返事はない。
「エレンは毎年夏になると風邪を引く」
ぴくりと眉間に皺が寄ったのが見えた。
聞こえてはいるようだ。
「お母さんから聞いたことがある。夏風は馬鹿が引くんだって。毎年のように夏風邪を引き続けるエレンは、昔から変わりなく馬鹿」
「うるさいな! 去年は引いたかもしれないけど一昨年は夏風邪なんて引いてないぞ!」
堪りかねたエレンはそう叫んだ後、苦しそうに咳をしだした。
喉が痛いのに大声を上げるからだ。 - 5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:29:26.54 ID:gu+QoQ2No
- 「エレンは一昨年も夏風邪を引いた。エレンのことで私の記憶違いはない」
私が断言すると、エレンは憮然とした表情になった。
「今年は何が原因で風邪を引いたの?」
「……なんだっていいだろ」
突き放すように呟いた後、エレンはそっぽを向いてしまった。
これ以上は話さないという意思表示だろう。
小さく嘆息する。
川で水遊びをして、濡れたまま過ごしていたのが原因だということはアルミンから聞いて知っている。
だが、そのことをとやかく言えばエレンが完全にへそを曲げてしまいそうなのでやめておくことにした。 - 6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:29:53.36 ID:gu+QoQ2No
- 風があるとはいえ、暑いことには変わりなく、浮かんでいた汗が滴となり、頬に沿って流れた。
エレンはと見ると、彼もまたベッドの上で暑そうに眉をしかめている。
手近にあった薄手の教本を手に取り、扇いで風を送ってやると何か言いた気にこちらに視線を投げたが、結局は何も言わずに目を閉じた。
窓の外に目を向けると、先程まではなかった白い雲が山の向こうから顔を覗かせていた。
夏虫の声は少し小さくなった気がする。
彼らもこの暑さに参ってしまったのだろうか。
部屋にはいつの間にかエレンの寝息が響いていた。 - 7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:30:26.51 ID:gu+QoQ2No
- 寝苦しそうな寝息を立てるエレンを見る。
少しは大人っぽくなったが、昔と何も変わらないエレンだ。
以前、誰かにエレンとの関係を聞かれたことがあった。
私は迷うことなく、私とエレンは家族だと言った。
あるときは、エレンのことをどう思っているのかと聞かれたことがあった。
私は迷うことなく、エレンのことは家族だと思っていると言った。
誰に問われても、私はそう答える。
けれど、エレンに「お前は俺のことをどう思っているのか」そう問われたならば、私はなんと答えるだろうか。 - 8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:30:54.91 ID:gu+QoQ2No
- エレンと出会ってすぐの、彼の家に引き取られたばかりの私なら、迷うことなく家族だと答えただろう。
では、今は――。
エレンが大切なことには変わりはない。
エレンと一緒にいたい。
エレンと離れたくない。
家族だからそうなのだと思っていた。
強く吹いた風に目を閉じる。
まぶたの裏に浮かんだのは、ここに来てからのエレンだった。 - 9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:31:34.78 ID:gu+QoQ2No
- エレンがアニと対人格闘の訓練をしている。
気持ちが落ち着かない。 - 10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:32:03.99 ID:gu+QoQ2No
- エレンがクリスタと馬術について語っている。
胸が締め付けられるようだ。 - 11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:32:34.02 ID:gu+QoQ2No
- エレンがサシャと楽しそうにご飯を食べている。
心がざわつく。 - 12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:33:09.35 ID:gu+QoQ2No
- エレンがミーナと――。
エレンがユミルと――。
エレンが――。
エレンが――。 - 13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:33:42.26 ID:gu+QoQ2No
- 目を開けてエレンを見ると、熱で上気した頬は林檎の様に赤い。
タオルを手に取ると、すでに温くなっていたので、もう一度水で濡らして乗せ直す。
エレンは寝息を止め、少しだけ身じろぎをしたが、すぐにまた寝息を立て始めた。
彼は診察の結果、単なる夏風邪と診断された。
寝ていれば治る程度の、大したことのない状態だそうだ。
それでも私は不安だった。
私は二度家族を失った。
もう大切な人を失いたくない。
エレンに対して抱いているのはそんな気持ちが混じった親愛の情だ。 - 14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:34:10.23 ID:gu+QoQ2No
- けれど、それだけではない。
そのことはエレンと彼女らのことを思うときに波立つ心が教えてくれる。
その気持ちを何と呼ぶのかわからない。
それは親愛の情に似た、全然違う想いだ。
けれど、それにはまだ名前はなくて、私はその気持ちが、想いが、感情が、どういったものかわからないのだ。 - 15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:34:39.11 ID:gu+QoQ2No
- 布団から出ているエレンの手をそっと握る。
私の冷たい手に驚いてぴくりと一瞬だけ震えたが、やがて優しく握り返してくれた。
窓の外では、白く大きな入道雲が山から立ち昇り、晴天を塗りつぶそうとしていた。
夏虫の声はほとんど聞こえなくなっていた。
きっと雨が降るのだろう。
遠くの方から点呼の声が聞こえた。
午前の訓練は終わりのようだ。 - 16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:35:28.87 ID:gu+QoQ2No
- エレンに食事を持ってこようと、名残惜しくも手を離そうとしたが、思いのほかエレンは強く握っておりそれは叶わなかった。
「エレン、食事を持ってくる。手を離して」
その声にも反応せずエレンは手を握り続けていた。
――仕方ない、食事は誰かが戻ってきたらお願いしよう。
おそらくアルミンが心配してきてくれるはずだ。 - 17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:36:26.10 ID:gu+QoQ2No
- あと少しだけ続く二人の時間。
寝ているエレンを起こさぬよう、昔カルラお母さんが歌っていたのを思い出しながら、小さな声で歌う。
エレンを見ると、寝苦しそうな様子はなく和らいだ顔になっていた。
私は思わず笑みが零れた。
何となく思う。
今の私の微笑みは、カルラお母さんがエレンに向けていたものとそっくりなのではないか、と。
きっと今はそれでいいのだ。
私の、自分でもわからないこの気持ちに名前がついたなら、今とは違う微笑みをエレンに向けることができる。
いつか来るその時を思い、私は優しくエレンの手を握った。
終わり - 18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:36:55.40 ID:gu+QoQ2No
- エレンとミカサの話を書こうと思ったらこうなった。
皆も夏風邪には気をつけてください。 - 19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:37:43.83 ID:gu+QoQ2No
- ミカサはエレンに対して家族以上の好意を抱いてるけど無自覚なのだそうです。
とにもかくにもこれで十篇。
アルミン「襲い来るモノ」
ハンジ「あなたの言葉を胸に、私は生きていく」
ライナー「俺は、こんなことには負けない」
アニ「陽だまりを歩く」
エレン「お前らやる気出せよ!」
エレン「涼しき夏、暖かき冬」
ミカサ「残酷で美しく、淡々とした世界」
ジャン「ミカサと付き合うまでの十五日間」
クリスタ「秘密は言えなかった」
ミカサ「まだ名前はない」New - 20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/06/19(水) 01:46:04.30 ID:QE5C0qnJo
- ついに10作目か
これからも書いてくれると嬉しい
乙
転載元
ミカサ「まだ名前はない」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371572848/
ミカサ「まだ名前はない」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371572848/
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コメント一覧 (33)
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- 2013年06月19日 09:32
- ミカサはこれくらいが一番かわいい
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- 2013年06月19日 09:40
- 癒された
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- 2013年06月19日 09:41
- いい
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- 2013年06月19日 10:09
- 和む
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- 2013年06月19日 10:16
- これくらいの長さと
キャラ崩壊しない程のまったり感が(・∀・)イイ!!
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- 2013年06月19日 10:16
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この作者、ホモ団の人、風潮シリーズの人はホントに良い作品ばかり生み出す。
短かったけど、ミカサの心情が濃密な素敵なSSだった。
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- 2013年06月19日 10:26
- これくらいの心理描写が一番きゅんとくるなー!
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- 2013年06月19日 10:40
- 良いよ
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- 2013年06月19日 11:17
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まだまだ書いて欲しいな!
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- 2013年06月19日 11:22
- じつに良かった
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- 2013年06月19日 11:46
- とてもよかった!
ミカサはどうもガイキチにされがちなので
こういうのがあると安心する。
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- 2013年06月19日 12:03
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このくらいのトーンのミカサは新鮮で面白かった
完走お疲れ様でした
また気が向いて書いてくれたら嬉しいです
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- 2013年06月19日 12:06
- こんな雰囲気もいいね
けど無自覚であれだと自覚したらいったいどうなるんだw
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- 2013年06月19日 12:26
- これはいいな!
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- 2013年06月19日 12:31
- 距離感がイイネ!
確かな情報では無いけど作者曰、ミカサはエレンのことを「意外とちゃんと好き」らしい。
あ、個人的には【アルミン「襲い来るモノ」】が10作品中、一番好みでした
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- 2013年06月19日 13:18
- 「……………汗をかいたから、パンツを替えなければならない ここには私しかいない だから仕方ない 」 ハァハァ… みたいなミカサしか知らなかったので、凄く心が洗われた気分です…
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- 2013年06月19日 14:44
- この作者すき
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- 2013年06月19日 15:06
- 10作目おめでとう!
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- 2013年06月19日 15:39
- すごく良かった
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- 2013年06月19日 16:21
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キャラ崩壊してないせいか、ほっこりした。
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- 2013年06月19日 16:29
- これはいいミカサ
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- 2013年06月19日 16:36
- いいねいいね暴走天使ミカサなミカエレもいいけどこういうまだリアルな幼さ残るCP未満な二人も和む
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- 2013年06月19日 18:24
- ほっこりした
この人の書くSSはどれも読み易くて好きだわ
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- 2013年06月19日 20:15
- 読みやすいよなぁこの人の。
じゃあ目指そうか100(ゲス顔)
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- 2013年06月19日 20:55
- あえて不満を言うなら、10作でやめちゃうってとこかな
もっと1のssが読みたいからまた書いて欲しい
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- 2013年06月19日 22:29
- 素晴らしい
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- 2013年06月20日 00:33
- こんな話がずっと読みたかったから、うれしいです。ありがとうございます!
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- 2013年06月20日 02:13
- 本当に素晴らしい
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- 2013年06月20日 03:17
- これは綺麗なミカサ
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- 2013年06月20日 18:02
- 是非あと一作ぐらい書いて欲しい
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- 2013年06月20日 23:52
- ホッコリ
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- 2013年06月21日 07:00
- これですよこれ!!
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- 2014年03月17日 15:42
- 、