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「クァルケル=ガ=クェチカ」

1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/08(日) 16:17:49.40 ID:qh1FgEUD0

今年は、島の空全体が、薄ら黒い煙に覆われていた。

運の悪いことに、伝説の魔族、サハカーテンが島の真上を通ったのだ。


恒久的な暗さは記録的な寒さを呼び、これもまた記録的な不作を呼んだ。

我々カァチルは年齢性別職業に関係なく、仕方なしに寒い海原に出て、漁による食物の確保を余儀なくされたということだ。


私の想い鳥、麗しのルピィへの求婚はもうあと二月に迫るというのに、それでも食のためには船に乗らなくてはならない。

求婚のために必要な黄金の鎧。原材料の調達だけでも骨折りだというのに、漁にも時間を割かなくてはならない。


一人小舟に乗り込み、酷寒の海に出て、長銛でタコを突く、カァチルのもっとも簡単な漁だ。


しかし冷害は近海の生態系にも影響を与えたのか、いつものマチ場にタコの姿が見えない。

海の生き物たちは、どこへ行ったのか。もっと船を遠くへ出す必要があるということか。


そして私は慣れない遠征をはじめ、タコの影を探しているうちに。


悪魔のような巨大なサイクロンに出会い、体験した事もない引力に巻き込まれ、身体が浮き上がった数秒後には意識を手放した。



私の名前はクァルケル。

クァルケル=ガ=クェチカ。

しがない彫金師である。



2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/08(日) 16:26:06.40 ID:qh1FgEUD0

私は眩しい陽の光で目を覚ました。

脚は水に浸かり、身体はやわらかな砂の上にあった。


砂に半分埋もれた自慢の長いクチバシを抜き取り、顔の羽根毛についた砂を払い、辺りを見回して驚嘆した。


なんと綺麗な海岸なのだろう。

白い砂浜が広がっていた。向こうには、何やら緑色の針を湛えた焦げ茶色の柱が立ち並んでいる。あれは植物だろうか。

この島に、これほどまでに綺麗な場所があったとは。


自分の命が奇跡的に助かったことへの感謝も忘れ、しばらくの間は美しい景色に見惚れていた。

それも数秒の間で終わる。懸念があがる。


ここは島のどこなのだ?

最後に見たサイクロンの巨大な渦。あの大きさからして、カァチルの住む島とはまた別の群島にたどり着いてしまったのだろうか。


だとしたら非常にまずいことだ。

大急ぎでカァチルの島に戻り、ルピィへの婚約に間に合わせなくては。



3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/08(日) 16:33:38.43 ID:qh1FgEUD0

ゆっくりと起き上がる。

身体が重い。身体を腕の翼で掃うと、おびただしい量の砂が羽根の間から零れ落ちた。重い原因はこれだ。

私はしばらくの間、己の身体に纏わる不快な砂を払い続けていたが、そのうちに砂以上の深刻な問題に気付いた。



喉が渇いた。

そして、腹が減った。


3日の絶食どころではない。まるで10日も絶食していたかのような、痛みすら伴う空腹を感じた。

その衝撃に、思わず脚がふらつくほどだった。



『まずい……』


口の中から砂交じりの唾を吐きだす。

喉の異物が消え去り、改めて渇きと空腹を実感する。


このままでは飢え死にしてしまう。


そうだ、私はタコを探し求めていたのだ。その時から空腹だった。

あの巨大なサイクロンに巻き込まれ、どれほどの時間が経ったのだろう。

空腹の具合から量るに、まさに10日ほどか。まずい。


求婚の為の黄金の鎧はまだ完成していないというのに、無駄な10日ほどが過ぎてしまったとでもいうのだろうか。



6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/08(日) 23:48:41.32 ID:qh1FgEUD0

砂浜を歩く。とにかく、食べ物がなくてはならない。

見たところではカァチルの島では無い。つまり作物の畑などは無い。

しかし海の色を見るに、気持ち悪いくらい透き通っている。砂も白い。極め付けは、毒のように鮮やかすぎる空の青。

まるで意世界に来てしまったかのような不自然さだ。


この海にタコやカイが泳いでいたとして、果たしてその生き物を食べることはできるのだろうか?

無理だ。海には毒を持った生き物が多い。そんなものを食す勇気は、私にはない。


ならば、食べられそうな植物を探せばいい。

見渡したところ、ここには多くの植物がある。

葉が針のように尖っている理由は不明だが、色はさほど劇的ではない。

探せば、何か実を結んだものがあるかもしれない。


私は脚を確認して、陸へ向かって歩きはじめた。


数キロ先まで木々が生い茂っているが、大丈夫だろうか。

凶暴な、言葉の通じない現地魔族に出会わないことを祈る。



8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/08(日) 23:57:15.48 ID:qh1FgEUD0

密集する木の中を歩いている。

小さな鳥が、私の頭の高さのところで腕を休めていた。

こんなに小さな鳥と出会うとは思わなかった。

彼らがこの島の住人なのだろうか。



『カァチルの者だ、すまないが…』

「チチチチッ」


鳥は私の言葉を遮って舌打ちし、腕を使って飛び去っていった。


『…彼らは飛ぶのか』


話が通じなかった以上に、私は感動を覚えた。空を飛ぶ鳥がいるとは珍しい。

しかし、空を飛んで一体どうするのだろう。

高い建造物に彫り物をする際には使えそうではあるが…。



『ん?』


しばらく森を歩いていると、傾斜の向こうにうっすらと何かが見えた気がした。

やわらかいトゲの葉だらけの木に登り、首を突き出す。



『……小屋?』


およそ1キロ先に、この周辺の木材で建てたであろう小さな建造物が見えた。戸は閉まっているが、古くはなさそうだ。

現地魔族のものだろうか。あそこを訪ねてみよう。

食料だけでも恵んでくれるかもしれない。



9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/09(月) 00:06:33.14 ID:Bm6Pf+8o0

小屋は小さかった。

小さな扉だ。かなり屈まなければ中には入れそうにない。

彫金作業をする分には座るので問題はないだろうが、生活環境としては最悪の高さといえる。


薄い木の板を並べて張り合わせた外壁は、外見の良さというものを一切眼中に置いていない粗雑なもの。

港の近くは砂鉄が吹き荒れるのでこういったものも多いが、しかしここまで内陸にあるのであれば、もっと趣向を凝らした小屋にしてもいいのではないだろうか。



『…』


腰をかがめ、窓を覗く。

ランプに明りが灯っている。中には文明を持った生き物がいるようだ。不在ではないらしい。

我々の言語が通じればいいのだが、とりあえずは中の者に助けてもらおう。



小さな扉を4回ノックする。


『カァチルの島の者だ、助けてくれ』


声をあげると、小屋の中から物音がした。

家主が私に反応を示したようだ。良かった。



「カァカァうるさいわね、なにかしら…」


薄い扉を隔て、家主の声が聞こえる。知らない言葉をごちゃごちゃと言っていた。

そして小さな扉が開く。


「……え」

『カァチルのクァルケル=ガ=クェチカだ、助……』


扉の向こうにいた、扉よりも小さな。薄桃色の肌の生き物。


「…きゃぁああああ!!」


その魔族は、牙をむき出しにして、目を見開いて私を威嚇した。



10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/09(月) 00:14:16.95 ID:Bm6Pf+8o0

『や、やめてくれ、害意は無い』

「ま、魔族…!きゃああ!きゃぁああああッ!」


現地魔族は高い声で叫び、近くに置かれていた家財道具を私に投げつけてくる。

たまらず私は両腕で身体を保護する。

体格差はあるが、この現地魔族の手の器用さは我々カァチルと同じくらいはあるのかもしれない。

器用に物を掴み、こちらに投げつけてくる。


しかしどうか、木より硬いものをなげるのはやめてほしい。



『害意はない、略奪に来たわけではない、我々は確かに交易を断っているが……』

「パパ、パパぁー!」


扉が勢いよく閉まる。

鍵だろうか。何かが閉まる音もした。



『ああ、言葉が通じない…』


小屋から追い出された私は仕方なくうずくまった。

腕の羽根に顔をうずめる。


どうやら我々カァチルは、この島の生物に歓迎されていないらしい。

私はここで、ルピィへの想いを抱いたまま飢え死にするのだろうか。



11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/09(月) 00:24:12.59 ID:Bm6Pf+8o0

この島は暖かいが、空腹は寒さを伴う。

私の身体は悪寒を感じ始めていた。

海に投げ出され、かなりの時間が経ったのだ。当然だろう。



『……父さん、母さん』


貴重な私の羽を食してみようなどと、馬鹿な考えが頭をよぎる。

ついに私は、頭まで回らなくなってきたのだろうか。


『ルピィ…ああ、ルピィ…』



死ぬ前にまた、一目だけでも彼女を見たかった。

美しく揃った羽根。傷一つない、高潔な長く真っ直ぐなクチバシ。


何度、彼女の細い喉を遠目に長め、想いを巡らせただろう。

幼い時からの私の憧れ、ルピィ。

やはりルピィは、私にとっての高嶺の花であったのか。

決して届かない花に手を伸ばしてしまったがために、このような事になったのか…。



「……あの」


錆びた金属の番が控えめに鳴り、後ろから小さな声が聞こえた。

首だけを後ろに振り向かせると、そこには先程まで私を威嚇していた現地魔族がいた



「あなた…悪い魔族じゃ……ない?」

『…ああ、私を、歓迎してくれるのか』

「何を言っているのかわからないけど…私の事、食べない?悪い事、しない?」

『お願いだ、私を助けてほしい……どうか、どうか』


クチバシを両手で押さえ、額を地面につける。

私はツメもクチバシも使わない。だからどうか、私に力を貸してくれないか。



15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/09(月) 21:42:35.08 ID:Bm6Pf+8o0

小さな現地魔族に続き、おそるおそる小屋に入る。

頭をぶつけないように、慎重に入る。

間口は低かったが、中は辛うじて立っていられる高さが確保されていた。


外観と同じく、主に周辺の木材を利用した簡素な造りの小屋。

壁には何かしらの道具が、釘らしきもので沢山吊るされていた。何に使う道具かはわからない。



「……言葉、わかる?」

『む?』


現地魔族が声をかけてきた。こちらを見ている。


「言葉よ……こ、と、ば」

「…コ、…ト、バ」

「!すごい、真似は出来るのね!」


現地魔族は手を叩き合わせて跳びはねた。

私が文明の民であることを理解してもらえただろうか。


…それにしても、非常に発音の難しい言語だ。

喉からクチバシの先にかけて、普段は使わない部位を振るわせるような音が必要だ。



「人の言葉がわかるってことは、あなたきっと、悪い魔族じゃないのね」

『…すまない、何か、食べるものを……くれないか』

「? カァカァいっても、わからないわ…」

『……』


私は爪で自分のクチバシを叩いた。

クチバシを開き、内側も軽く叩く。どうか、摂食のメカニズムは一般的な相手であってほしい。



「えっと、え……あ!食べ物!食べ物がほしいの!?」


私の身体の動きで、思いは通じているのだろうか。



17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/10(火) 21:06:37.88 ID:9lF7rWIo0

どたばたと騒がしく小屋の奥へと走っていった。

彼らは足が丈夫な種族らしい。固そうな足ではないが、中が丈夫なのだろうか。


小さいながらも、力は侮れない。

現地魔族の後ろ姿を見ている間に、振り返って戻ってきた。



「ほ、ほら、食べて?ごめんなさい、何を食べたいのかよくわからなかったけど、お肉…」

『……』


現地魔族は肉を持ってきてくれた。

ピンク色で鮮やかな色の肉だ。何の肉かはわからないが、水生生物のものだろうか。

そうは思えないが、毒が無いことを祈るしかない。


私は現地魔族が差し出した金属の拙い器を受け取り、それを床に置いて、私もその前に座った。

現地魔族の彼も、向かい側に座った。こちらの様子を見ている。

私がこれを食うかどうか観察しているのだろう。

彼に何かのたくらみがあるのか?と勘繰ってしまうが、私には食べる以外の選択肢は無いのだった。


爪に力を込めて、金属の器の中の肉をつまむ。

肉はいとも簡単に裂け、断ち切ることができた。


「わあ……」


肉片をクチバシに運び、喉に流し込む。喉の奥歯で咀嚼する。


『…毒はなさそうだな』

「美味しい?美味しいのね?」


刺激的な雰囲気は無い。毒はないとみていいだろう。


彼にそのような害意があろうか、と一瞬でも疑ってしまった自分が恥ずかしい。



18:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/10(火) 21:14:35.16 ID:9lF7rWIo0

金属の器にあった肉を食べ終えた私は、爪を袖の羽根で拭いて、床の上で再び頭を下げた。

言葉は通じなくとも、きっと身ぶりは通じてくれるはずだ。


『ありがとう、現地魔族の方よ、私は救われた』

「あ、お礼?い、いいです、はい、えへへ」


顔を上げて、彼の目を見る。

深く青い目に、濃紺の毛髪。

この方は恩人だ。



『私は、クァルケルだ』

「えっと……」


反応が薄い。私は爪を自身の顔に向けて、もう一度言う。



『クァルケル』

「……名前?カルケル?」


私の名を認識してくれたらしい。だが発音が違う。


『クァ、ルケル』

「くあ、るける…?」

『そう、クァルケル』

「カルケル!あなた、カルケルっていうのね!」


カァチルの細かい発音にまで口を挟むつもりはないが、名前を間違えられるのはあまり心地の良いものではなかった。

だが仕方ない。彼らが呼びやすい名で良いだろう。



19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越):2012/04/10(火) 23:40:07.58 ID:IJ5o4b7AO

「私の名前は、シトリー」

「……シ、ト、リー」

「シトリー」

「シトリー」

「うん!私は、シトリー!」


指を指して呼ぶと彼は笑った。

目を細めて、手を叩いている。


これは、彼らの喜びの動作だろうか。

ならば、同じく喜びを感じた私も、同じ動作で分かち合いたい。


私が両手を広げ、手を叩こうとしたその時である。



非常に激しい、尋常ならざる腹痛が私を襲った。

私はこの刹那に、ほんの少しだけであるが、確かに目の前の現地魔族を恨んだ。

あの肉は食べるべきではなかったのだ、と。



「あっ、ああっ…」


しかし腹痛の原因は全く別に存在していた。

それは、私の腹から飛び出る細い刃が教えてくれた。



「シトリー!逃げなさいッ!」


背後で槍を構える現地魔族を見たのが、そこでの私の記憶の最後である。



22:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/11(水) 22:16:04.90 ID:Xc6OUb7/0

目を覚ました私は、とても冷たい場所に居た。

それは名工キケルルの作ったモザイクタイル床のように平坦で、酷寒の砂浜のように冷たい場所だった。


未だ残る腹部の痛みは、槍か銛によるものだった。が、止血はなされていた。

私は過酷な状態ではあるが、一命を取り留めたらしい。



『この石室は……』



私が眠っていた場所は、狭い石造りの部屋だった。

大きめに切られた重厚感ある石の部屋である。


窓と正面の空間には金属の棒が並列されているだけの、風通しの良い空間がつくられている。

等級としては、あまり良いものではないだろう。



『……私はここの者に助けられたのか?』



周囲に誰もいなかった。

冷たい石の部屋には私だけが存在していた。ひどく静かだった。

寂しい。


しかし空腹感はあまり感じていない。最初に訪れた小屋で、肉を食べたからだ。

刺された部位は痛むが、砂浜に打ち上げられた時よりはマシな状況であると言える。


私を別室に移した意図はわからないが…。



23:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/11(水) 22:26:20.14 ID:Xc6OUb7/0

装飾の無い部屋で夢想する。

不気味なほどに飾られない場所だからこそ、私の夢想はより強く働いた。


見知らぬ異島で孤独になったとしても、私はこの部屋では構想を練ってしまう。それは彫金師の性である。



この部屋に入れられた彫金師ならば、誰であれ、どんな状況であれ、考えてしまうはずだ。

“この部屋に何をどう彫るか”と。


広さは十分にある。石の厚みもなかなかのものだろう。

床を爪の背で叩いてみると、詰まった音が聞こえる。材質も申し分ない。壁も同じか。


並列する金属の丸棒とその扉だけは材質が悪かったが、これらには手を付ける必要はないだろう。



『いやしかし、私は工具を持ち合わせていない、金属も加工するべきなのだろうか』


私はおもむろに鉄の並列棒に腕を伸ばし、そのうちの一本を上下の根元から爪で切り取った。

手にとってある程度の質量を量ってみても、やはり低質な金属であることが把握できたのだが、石よりは硬いだろうし、この鉄棒を加工する事に決めた。



『この部屋の主の現地魔族が来るまでは、部屋に彫り物でもしておこう』


私の作業は、鉄棒を縦に4等分に裂くことから始まった。



26:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/12(木) 21:28:13.35 ID:HVPr+Huf0

石は頑丈なものだ。

石でつくられたものは、長きに渡ってその姿をそのままに残す。

錆びやすい金属よりも、その寿命は長く、激しい風雨に晒されていなければ、何百何千年と残り続ける。


金属は石よりも硬いものが多い。

石は長く変質することのないものだが、金属は変質しやすく保存に向かない種類が存在する。

その代わりに金属が得た特性は、石以上の硬さだ。


変質しやすい金属であろうとも、大抵は石以上の硬さを持つ。

刃物を強化してやれば、石を容易く切ることも可能なほどだ。



細かい部位を彫るためのハリ、細かく入り組んだ部分をえぐるカギ、曲面を作りだすハネ。

石を彫るために、私はまずそれらの道具を金属から作りだした。


金属を加工するためには何が必要か?

当然、私の爪である。



27:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/12(木) 21:38:07.73 ID:HVPr+Huf0

石の壁と向かい合う。


『不思議だ、今すぐにでもカァチルに戻りたい気持ちがあるのに、私の胸はもう片方では期待に躍っている』


全く無地の部屋。職人の創造性に全てをゆだねられた世界。

私がここにひとつ、カァチルの塔を彫り描いてしまえば、ここはもうカァチルの島になる。

針だらけの木を描けば、この島の海岸に変わる。


私がこの壁にひとつでも描けば、この壁は壁でなくなる。私の作品となるのだ。



『私はなんと贅沢なのだろう』


大きな無垢の壁に爪で大まかに傷をつける。

砂の上でしか描けなかった曲線が今、たいらな壁を鮮やかに区分けしてゆく。


脳裏に映るカァチルの土地。

彫金師の塔。

農耕地。

獲物を担ぐ漁師の後ろ姿。

品物を交換する奥方達。

コップを選ぶ子供。


カァチルの全容、小さな日常。

記憶の住人が見せる所作のうちで、最も躍動感ある動作を捉えて壁に刻む。


爪も、道具も、全てが石の上で踊っていた。



30:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/13(金) 20:53:17.10 ID:jqj/x2ET0

「新種の魔族を檻にだなんて、もっと丁重に扱うべきですよ」

「発見者から聞いた話では、知識ある魔族だそうです、緩い管理はできません」


現地魔族の声が近づいてくる。

コミュニケーションを取りたい気持ちもあったが、今はこの手が決まっている。

今手を休めれば、腱が絶妙な力の加減を忘れ、インスピレーションの繊細さもかき消える。


カァチルの長ですら、我々彫金師の作業途中を邪魔することはできない。

創る者は全てに優先されるのだ。



「え?これ……」

「な、なんだこれは!」


現地魔族の足音が背後で止まり、大きな声で会話をしている。

私に出ろとでも言っているのだろうか。


しかしそれはできない相談だ。今の私はカァチルの掟に保護されている。

誰も私のこの作品への情熱を絶やすことはできない。


「なんてすばらしいレリーフなの…」

「なんとこれは…言葉が出ない」


何を言われようとも、私はこの手を休めることはない。



31:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/13(金) 23:30:11.39 ID:jqj/x2ET0

「素晴らしいレリーフね…あら、柵が無い。失礼するわね」

「ちょっと博士!危険です、困ります!」


こつこつと石が鳴る。

一人が棒の隙間からここへ入ったようだ。


「…これは、やっぱり。鳥人族と聞いてまさかとは思っていたけれど」


私の隣にまで来て、そこに座り、私のレリーフを眺めはじめた。

彫金を習いたての子供にそっくりだ。


「えっと、あなたはカーチル族の方?」

『!』


聞き覚えのある単語に、私は一瞬身が固まった。

カァチル。危うい発音だが確かにそう聞こえたのだ。


作業の手も止まり、横に並ぶ現地魔族と向かう合う。


紺の髪、暗い月色の目。

薄汚い焦げ色の布を体に纏った者だった。



『そうだ、私はカァチルの者だ!カァチルを知っているのか!』

「え、ああああっと、ちょっと待って、…えーっと」


「あ~…『カーチルの昔の話を勉強しました』、かな?」

『!』


この者はわずかではあるが、我々の言葉を使えるようだ。ありがたい。

大きな恵みに巡りあえた。



34:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/16(月) 22:57:54.96 ID:RiAviqKM0

『私の言葉がわかるのだな!』

「ひゃ」


つい喜びのあまりに現地魔族の手を取ってしまう。

初めて触れるやわらかな皮膚。それは非常に脆そうに感じられた。


「え、えと、『我々はニンゲンという種族です』、よ?」

『ニンゲン!そうか、わかったぞニンゲン!君の言葉は私に伝わっている!』

「…んー…『殺すことはないです』」


このニンゲンは自分の種族の主張と、害意がないことを訴えたいようだ。

私と何らかの関係を築こうと試みている証だ。



『私も同意だ、カァチルは一切の交易を行わないが、今は例外…あくまで平和的に交友しよう』

「うふ、うふふっ、やだ嬉しくてつい笑っちゃうわ、ふふ」

『?』

「……『喜んで。カァチルの方』!」


彼はきっと、今、笑ったのだ。

笑ったに違いない。



36:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/18(水) 19:10:46.38 ID:udoHXQB10

石畳の建造物を出た私を待っていたのは、ななめ上に登る太陽だった。

そして、町と疑いようもない建造物、道。

多くのニンゲンの姿だ。



「魔族だ」

「例の小屋に入ったっていう…」

「本当に鳥だ」


私は彼らから注目されているらしい。

良い意味か、悪い意味かはわからない。きっと歓迎はされていないのだろう。

遠巻きに、静かに窺う所から良くわかる。遠巻きに接したいのは私の方なのだが。



「皆さん、安心してください、彼はカーチルという種族で、無害ですから」


私の隣のニンゲンが、大勢の彼らに言葉を放った。

言語はわからずとも、その絵図が何らかの説明を行っているものであることは容易にわかる。



『我々カァチルは敵を作らない種族、危害はもたらさない、安心して欲しい』


文明生物であることを主張したつもりで声をあげたのだが。


「カァカァ言ってるよ」

「やっぱり魔族なんだな」

「カーチルなんて聞いたことないよ」


辺りは騒然としただけであった。

彼らニンゲンの警戒心の強さは、我々カァチル以上なのかもしれない。

前例などないのだが、意思疎通の難しい相手だと実感する。



38:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/19(木) 19:52:42.29 ID:TW94epNp0

紺色の髪のニンゲンが群衆から私を守るように、短い腕を広げて立ちふさがった。

小さいながらも雄々しいその姿は、ニンゲンの群れの中でよく映える。


「カーチルは友好的ではないですけど、古い文献によれば知的で文明的な種族です、失礼ですよっ」


高く細い声は大勢を黙らせた。


「…ティナさんが言うなら、まあ」

「悪かったよ」

「わかっていただければいいんですけど」


紺髪のニンゲンが私の袖羽根を摘む。

やわらかな皮膚の指に、この羽根を毟る力はないだろう。



「さ、とりあえず…あ」

「えっと、『次にあなたの住居に行きます』…ね?」


言葉が拙いが、不慣れなのだろう。

逆に、交友の全くない我々の言語を、よくぞここまで使えるものだと感心した。



『ああ、連れて行ってくれ、ニンゲン』

「ふふっ…『ティナと呼んでください』ね?」

「……チ、ナ」

「ティ、ナ」

「ティナ」

「うん、上出来です」


ニンゲンの発音は、非常に難しい。



40:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/20(金) 20:11:50.72 ID:+d0P4cKf0

霧の多い石畳の街。

細工ではないが、文明的なオブジェがあちらこちらに立ち、煌々とした光を放っている。


路肩では商人と思しきニンゲンが皮の衣類であろうものを見せびらかしているが、私を見て顔を引っ込めた。

私がいるだけでそこにあった日常がなりをひそめる。


私という存在が彼らの生活を破壊しているのかと思うと、いたたまれない気持ちになる。

私は異郷者だ。



「えー『霧の向こうにある家が見えますか』?」


ティナが私の袖をつまみながら、向こうを指差し訊いた。

見えますか、と言われても、外に出てから気付いているのだが。

あれほど大きな建造物に気付かない生き物もいるまい。



『立派な石の建物だな』


カァチルの塔を思い出すが、装飾は少ない。

あくまで石を積んだ建物のようだ。彫金師の手の加わったものではない。


それだけに、手を加えたいものだ。

何故この島の住民たちは、身近な物に彫刻を施さないのか。



45:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/23(月) 20:28:44.38 ID:NLCqTPpu0

霧の深い道を歩き、大きな建物の前に着く頃には、私は全身が濡れていた。

袖の羽根は霧を吸い、足下の羽根は下草から露を拾っていたのだ。


おもむろに袖の露をクチバシで啜ってみたが、露はとても澄み、そのまま引用としても使えるほどであった。

我々カァチルが飲む蒸留水とは大きく異なっている。

気候も、少々暑い以外は文句の無い環境だ。



「…さ、入って」


ティナは建物の敷地へ入るように私を促した。

敷地はムラの無い石のタイルが規則的に並べられ、綺麗なものだった。

だがやはり、カァチルのものとは違い、装飾に乏しい景色ではある。

とはいえ、無垢のままの建物というのも、これはこれで趣がある。



『綺麗な石だ』


敷地は広く、肝心の建物にまでもまだ距離はあった。

それまでの空間は庭園なのだろうか。

左右対称に植物が、石の段差が、自然のものではないであろう緑の丘が配置されている。


木製の椅子はあちこちに置かれ、そこで脚を休めている人間が私を見る。

私が首と共に見返すと、彼らは目をそむけて席を立ってしまった。



「詳しい文献を…あ、『碑文を読みながらあなたのお話を聞きます』ね」

『どういうことだ?』

「えっと…えっと…うーん」


ティナは悩んだ末に、


「とにかく来て!」


私の袖を引いて、歩き始めた。

私はなされるがままに引っ張られることにした。



46:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/24(火) 21:06:33.84 ID:ee+aBcZ50

屋内は、簡素なりに精密に作られていた。

小さな石のタイルも、壁も、全ての石の位置が計算され尽くされている。



「ティナ先生、困ります…!」

「何よ文句ある?通達来たでしょ、将軍様からの許可もいただいてるの」


広場で何やら騒動が起きていたが、ティナの歩みは止まらない。



「ティナ先生おは、ようございます」

「おはよう!」


狭い廊下でも、彼女の足は止まらない。


今まですれ違う、多くのニンゲンの目が見開かれていた。

このティナというニンゲンが私に対して非常に緩い警戒心を持っているということは、当事者である私からもわかった。



「ふふ、やっぱりカァチルの鳥人族って、とても静かな紳士なのね」


先をゆくティナがこちらに振りかえり、何かを言った。

そして再び向き直り、先へと進んでゆく。


私は三歩のペース分呆気にとられたが、彼女の背中を、再び追った。



47:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/25(水) 20:38:59.39 ID:Ogr+Itwv0

無言で焦げ茶色のツヤのある扉を開けたティナは、手をぱたぱたと振って私に指示を出す。

この扉の中に入れ、ということだろう。

私は腰をかがめて、首を胸ほどまで下げて中に入る。


入ってすぐに、独特の古臭い匂いが私の嗅覚を刺激した。


カビ。でもあるし、単純に古い匂いでもある。埃っぽいものでもある。


招かれた室内は、我々カァチルが衣食住するのにも十分な程度の広さはある部屋であった。

天井が低い事にはもう何も言うつもりはないが、相変わらず広さの割に気になるところだ。



「うーん、やっぱり清々しすぎる外よりも、ビョウキになりそうな研究室に限る」


彼女は自分の言葉で何かをつぶやいた。


『静かで、良い室内だ』


私は彼女の呟いたことに関係ありげなことを呟いた。


「ん……『私の仕事場です』…ふふ」

『仕事場?ここが?』

「『はい、わかりますか?』…ふふふー」


私に、この部屋がどのような仕事場かを当てろ、と言っているらしい。

異文明に少なからず興味のあった私は、彼女の問いに答えるべく、部屋を見回すことにした。



49:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/26(木) 20:21:27.25 ID:6/xV+LzB0

部屋には棚があり、見事な透明の板ガラスにより埃や粉じんなどから防護されている。

私はおもむろに、その棚へ近づいてみた。


『…見覚えのない言語だ』


棚の中には本であろう類のものも多くあったが、石や金属の板もおかれていた。

それらには彫り物が施されており、技術は低いが丹念に刻まれた、何らかの文字であることが窺える。

ただし、カァチルのものではない。


『…』


そして様々な板を見比べるに、文字の描き方が一定していない。言語が違うのだろう。

材質も大きく異なることから、文化圏も違う。時代も違うのかもしれない。


この物々しい雰囲気、察するに。


『学者か?』

「『それ』です!」



親指を突き立て、肯定の意志を示された。

私からは特に何の返事の返しようもない。



52:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/27(金) 21:07:14.16 ID:vrfJwBQb0

なるほど、学者か。

つまり昔の文明、昔の種族を調べる学者ということだろうか。


我々カァチルでいうところの、彫金工学の学者のようなものだと納得しておこう。学者という概念は彼らも同じだろう。



「んっと、まず『あなたの名前は?』」

『私の名前はクァルケル、クァルケル=ガ=クェチカだ』

「あ!『“ガ”ということは、男性ですね?』!」

『ほう、異種族の雄雌の判別がつくのか、ティナは聡いな』

「あー……『でも、少しだけしかわかりません、今も難しいです』」

『む、すまない、わかりやすい言葉だけを使うべきか』


我々カァチルの文明を知る学者。ということは、どういった言葉を使えばいいのだろう。

古い言葉を使えば良いのだろうか。我々の古い言葉とは?


「ふふ、『無理しなくても、私が頑張りますよ』」

『すまない、手間をかける』

「いえいえ、『私も勉強になりますから』!」



54:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/04/29(日) 23:57:29.25 ID:YdSXdA9w0

柔らかな素材のチェアに腰を下ろす。今日は歩き過ぎた。腰に悪い。


『……』


幸運にも、カァチルの言語が通じる文化圏に漂着する事が出来た。

その幸運といえば、巨大な宮々ほどの透かしを彫ろうと、ハリを用いてアタリのキズを等間隔で付けていたら、終点の交わる所まで等間隔につけることができたくらいの幸運といえばいいだろうか。

筆舌しがたいということだ。


「えーっと、確かここにあったなぁ」


棚をまさぐるティナの後ろ姿を見て、そっと下まぶたを閉じる。

最初はこの島にやってきてどうなるものかと心配していたが、なんとかなりそうだ。



「カルケルさん、これです、これ……あれ?」

『……』

「……寝てるのかな?ふふ」



56:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/01(火) 19:42:17.75 ID:iqKfw5/80

故郷の夢を見た。


頭の中で思い描くだけでも芳しい、ルピィと初めて出会った時の夢である。


あれは白夜と極夜の中間が丁度迫ろうとしていた季節。

出不精の私の父、ボークィル=ガ=クェチカが、旧くからの友人であり床刻の名手として名高いキケルル=ガ=ワルワホークの誘いで珍しく家を出ている3日間の時の事であった。


私は未だ練習用の練り金で、金持ちの旧友(仲良くは無い)、ガルーガ=ボ=ルチルケと小物彫りの試作に励んでいた頃の話だ。

集中力を切らしやすいガルーガは小物彫りを切り上げると、「外に出て花彫りの壁を見にいかないか」と誘ったのだ。

男を花彫りの壁に誘うとは随分気持ちの悪い奴だな、と私はつんけんして言ってやったが、そこはガルーガも同意見であった。

奴は、花彫りの壁を見に来た女を見に行こうという事で、誘ったのだ。


その時、いつもならば私は、「行くならば一人で行け」と言っていたところを、厳しい父がいないことを良い事に「わかった」と下まぶたを閉じて答えた。


ルピィとの出会いはそれがきっかけといえるだろう。



毎日多くの花彫りが置かれてゆく壁の広場には、多くの女性が自慢の尾羽を男達に見せびらかすように歩いていた。

私はその様子を「けったいな」と眺めていたのだが、ガルーガはガルーガで、俗っぽくその光景を楽しんでいたのだ。


花彫りに興味がないわけではないが、いまいち得られるものの少ない広場で私は石の椅子で黄昏ていたのだが、その前を横切ったのが、あのルピィだった。


光のように白い羽根に、長く細い喉、決して飾らない慎ましい尾羽。

決して背景の花彫りに浮かされたのではないと断言できる。


私はあの時、ぼんやりと彼女が横切る姿を見ていた、それだけで、彼女に一目ぼれしてしまったのだ。


びくりと椅子からずれた私を、上品に口元を押さえて微笑んだ彼女のか細い可憐な鳴き声に、私はしばらく作業が手につかなかったものだ。



63:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/07(月) 20:41:37.11 ID:2+ol8XUh0

『む……』


まどろみからさめると、不可思議な匂いを感じた。

カビ臭く、古臭い匂い。


「あら、起きましたか?」


目を開けると、そこには見慣れない生き物の顔があった。

ニンゲンだ。

私は彼らの顔を見て、個を判別することが難しい。

そのかわり、彼らの身なりや髪で判別することは容易だ。


彼女はティナ。

最初は男性か女性かもわからなかったが、女性であることは解った。


『私は、寝ていたらしいな』

「ん、『ええ、ぐっすりと』」


身体には細く薄い布が掛けられていた。

私の体温を保とうとしてくれたのだろう。

親切な方だ。


『すまない、疲れが溜まっているのだろうか…つい、眠ってしまったよ』

「気にしないでくださいね、『大丈夫ですよ』」


見ず知らずの私にこうも親切にしてくれるとは、彼らニンゲンという種族は、実に高い交易の文明を備えているのだろう。

他文明の言語をよく理解できるものだ。


私はクチバシを腹につけ、下まぶたを閉じ、クチバシの根元を左腕の袖羽根で2回撫でた。

彼女、ティナは、“光栄です”と、身体の造りこそ違えど、同じような形式で返してくれた。



64:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/08(火) 19:35:15.68 ID:5lkL6quP0

椅子に座り、ティナと話した。

私がこの島にやってきた経緯についての一部始終である。


普段はあまり行わない漁、不運にもサイクロンに巻き込まれ、見知らぬ島まで飛ばされたということを。



「……カー……カァ、チルの島って、そんなに近い所でもないような……?いや、でも一番近いといえばここらなのかな、水だし」


ティナは現地語でぶつぶつと、何かを呟きはじめた。

私は彼女の独白を聞けないので、思い思いに気持ちを伝える。


『私がここへ打ち上げられてから何日が経過したのか見当もつかないが、あの日から二月後には、私の想い鳥に求婚する予定だったのだ』

「んー、……ん!?『求婚』!?」

『そう、求婚だ』

「えっ、『求婚とは、金の鎧を作るという』!?」

『物知りな方だな、ティナ、その通り』


関わりの無い文明の事を、よくここまで知っている。

話が思いの外に早く進んで、ありがたい。


『華美で、立派な純金の鎧を彫り、それを着飾って、慕う女性に愛を告げる…カァチルの男の技術、魅力を最大限に誇示する機会だ』


俯く。

華やかなその日の風景が目に浮かぶようで、私は落ち込む。


私はその日に、とても間に合わない。



70:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/09(水) 20:57:55.22 ID:2zDSswuW0

カァチル、求婚の鎧。

ポガ・ピルボ。黄金の鎧と言えばそれまでだが、この言葉のもつ意味は深い。


彫金師として名を馳せ、己の作品の価値から金を見出せた者のみが、カァチルの女性に求婚することができる、その証。


職人として皆に認められた証である多くの金、その実践である彫刻された鎧。

ポガ・ピルボは、彫金を極めた、カァチルの男全ての名誉であり、子を持つことが許される時なのだ。



「……ポガ・ピルボを作ることがゆるされるのはえーっと、かなり腕利きの職人くらいだから…『あなたは熟練した職人ですか』?」

『当然だ、私はボークィル=ガ=クェチカの子、クァルケル!私は誰よりも、己の時を彫刻に費やしてきた!』

「わっ」


私の声のせいか、ティナが転倒した。


『…すまない』

「いてて……『いえ、こちらこそ』……あだだ腰が」


そう。私の職人としての時間は長い。

父、ボークィルのもとに生まれてから、120度の白夜を仰いだ。

消えぬ月の時も、沈まぬ太陽の時も、私は常に狭い工場で、石や金物と向かい合ってきた。


幾度となく石柱を彫っては、粉になるまで削り倒し、金は何度も錬り直して細工の修行を積んだ。

自分の作品が認められるようになっても遊ばず、金羽を貯め続け、我らの誉である鎧のために努力を続けてきた。


それでも、あのろくに彫りもしない浮かれたガルーガは!

ガルーガ=ボ=ルチルケは、名工であった叔父からの資産を利用して、私よりも早く金の鎧に着手したのだ!


それも、よりによって、私の想い鳥である、ルピィ=ポ=クルワールへの鎧を!



71:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/10(木) 19:47:12.52 ID:HauxyI4q0

『……ガルーガは、たくさんの金を持っている……奴は、私がルピィに求婚する日を知っていて、抜け駆けをするつもりなのだ』


女の尾羽を追いかけてばかりでろくに仕事もしない奴がルピィに?想像しただけでもゾッとする!

ルピィはガルーガのような奴と付き合うべき女性ではない。私ですら畏れ多いというのに!



「カルケルさん、色々あるんだなぁ」


ティナはつぶやいて、白い石のカップで赤い飲み物を飲んだ。

湯気の立つそれから香る匂いは、ほのかな甘さを含むものだった。


「あ、『カルケルさん、飲みますか?』」

『…すまない、興味があってね…少しだけ、分けてもらえるだろうか』


翼を伸べて一番小さな爪のハラを差し出しと、ティナはそれが何を意味するのかしばらくわからなかったようであるが、少ししてからカップの中身を私の爪の隙間に落とした。


私はその赤く、思いの外熱い液体を、冷めぬうちに一口で飲みほした。


「……『どうですか』?」

『……不思議な味だ』


馴染みあるもののようで、違うような。薬草のようでもあり、他のもののようでもある。

だがこの赤い飲み物は、私の嫌いなものではなかった。



74:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/11(金) 19:39:52.67 ID:ui/cWIgH0

ティナから紅茶と呼ばれる飲み物をカップごと振る舞ってもらい、しばらく不思議な薬草の香りを楽しんでいると、入り口の扉が2度叩かれた。

その後に、扉が開いた。


「ちょっとティナ、話があ…る…」


首をくるりと回して斜め後方の扉を見やると、そこには今しがた大量の紙を落としたまま硬直する、紺髪のニンゲンがいた。

おそらく、私という異質な存在に驚いているのだろう。


黙ったままでは悪いので、私は声をかけた。



『この部屋にいるティナは、今自分の紅茶を持ってこようと……』

「……」

『……通じないか、すまないね、一応私の母国語で謝罪するのだが』

「……ごめんなさい、きっとその“カァカァ”は言葉なんでしょうけど、私には言っている意味が聞きとれないわ」


紺髪の女性は落とした紙をまとめ、拾い上げると、私の方を向いたまま、しかし私から距離を取って迂回するようにして部屋の奥へ移動した。

そして、深い皮色の机の上にそれらの紙を置くと、再び私を避けるようにして部屋を出ていこうとする。


そうしたところで、ティナは戻ってきた。



「あれ?ソフィー何してるの」

「察して」


私は紅茶を啜った。



76:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/14(月) 02:01:41.07 ID:NNoNJhqU0

私の座る柔らかな皮の椅子の向かいに、ティナともう一人のニンゲンが並んで座った。

ティナの髪が曇ったような青をしているのに対し、その隣の(おそらく女性)は純粋な紺色。

彼らも我々と同じで、体毛などに個性があるようだ。

この部屋へ来るまでにも、金や白、黒、濃皮、様々な色を見た。染色ではないだろう。

多種多様な人間がいるものだ。

異邦人である私としては、区別が容易でありがたい種族だ。

少なくとも、時折磁器を求めてやってくる常に外観の揺れた炎人よりかは見やすい。


「カーチル?」

「カー、か~……カァ、チル、そう、カァチル」

『発音については曖昧で構わない』

「あ、『本当ですか?ありがとうございます』…発音は気にしないって!」

「私にはわからないわよ」


彼ら…彼女らの言語を私がうまく扱えないように、我々の言語も彼女らに扱えるとは思えない。

むしろ、私の意思を拾い上げてもらえるだけ感謝しなければならない。


「……私はソフィー、理学者。あなたの名前は?」

「えー、『彼女はソフィー、』…んん、『魔力の先生です、あなたの名前は』?」

『よろしくソフィー、私はクァルケル=ガ=クェチカ、クァルケルで構わない』


クチバシの根元を擦る。



77:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/14(月) 19:32:46.96 ID:NNoNJhqU0

「サイクロンに巻き込まれて……か」


事情を聞いたソフィーは顎に手を当てて呟いた。

ティナは通訳を努めて遂行中だ。


『島の真上をサハカーテンが通った影響もあるのだろうか』

「サハカーテン?それもまた珍しい…」


ソフィーが先程取りこぼした紙の束をめくり、その中の一枚を私の前に差し出した。

そこに記された小さな文字は読みとれないが、描かれている絵は理解できた。


『これだ、島を通ったサハカーテンだ』


図は今年見た大騒動の現況を白黒にて克明に記していた。

巨大な頭骨、天を覆うように大きく広がる身体、永劫と尾を引き続け、そこに闇を残し続ける煙。


「なるほど、サハカーテンによる気温、気象の変動が起こしたサイクロンの線は色濃い」

『奴が原因か』

「何百年か前にも、この国の漁師たちがサハカーテンの通った年のサイクロンで行方不明になっている記録がある」


マメに記録を残すものだ。

しかし彼らがそこまで記録を残すほどの几帳面であるならば、我々カァチルの島の位置も把握できているのではないか。


「……」


ティナとソフィーは顔を見合わせた。



78:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/15(火) 19:31:45.46 ID:XdcxJ1oL0

二人が無言で差し出してきた地図を見て、私はその広さにまず驚く他なかったのであるが、我々カァチルの住む海域とこの島との位置関係には更に驚いた。


『……遠すぎる』


カァチルの島は描かれてはいなかった。

話によれば、ある一定の距離からはまだ未開拓地域なのであるとか。


「北の方はある程度調査が進められているけど、南は未知の世界よね」

「魔族の棲む群島があるという事は解っているけど」


今私のいる島が、地図の中央寄りの場所に位置する大きな島、その端に浮かぶ小さなものだ。

対してカァチルの島は、地図の端。


カァチルの島が果たしてこの地図上においてどれほどの大きさであるのか、想像もつかないが、きっととても小さいに違いない。


「カルケルさんを魔族の島に返すとなると、大変な労力が必要になりそうね」

「そうねぇ~…うーん」


言葉は通じずとも、詰まるような唸り声が難しさを表していた。


「ま、害性のある魔族ではないんだから、学び舎として保護できるでしょう!」


いや、ティナには自信があるのだろうか?

帰る手段があるならば、すぐにでも帰りたいところだ。



79:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/16(水) 19:18:08.63 ID:aHCv2zuz0

ティナの話を聞くによれば、私が故郷の島へ帰るためには大変な準備と費用が必要であるとのこと。

私は金で換算してどれくらいかを尋ねたが、具体的な費用はまだ不透明で、また相場がわからないからと結論を濁された。


『ルピィ……』


低い天井を見上げる。

ティナに通されたこの一室は、私が自由に使ってもいいとのことだ。

手狭な部屋の中は本棚に囲まれ、その前を遮るようにいくつもの木箱が詰まれている。

ここは彼女がよく利用する資料室という部屋らしい。

学者について詳しくは知らないが、これほどの量の文献を管理するのは大変だろうと思う。


『……どれ』


早く故郷に戻りたい。

だが、彼らニンゲンの文化に興味がないわけではない。


私はその文字を読めないとわかっていても、せめて図だけでもと、手近にある本を手に取って広げた。


『……』


均一な文字、黒の線だけで表現される、しかしわかりやすい図。

カァチルの細工の技術も負けてはいないだろうが、この膨大な量には負けるだろう。


島の学者がこの資料たちを見たら、どういった反応をするのだろうか。

教義に忠実な彼らはきっと、“我々は我々のままに”と無関心を決め込むだろうか。


『……』


柱の展示塔での出来事を思い出す。



82:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/17(木) 22:17:40.11 ID:cRaUoU7N0

柱の展示塔では、連結正方柱の作品がそこかしこに積まれ、その高さと統一性、美しさを家系毎に競い合っている。

もっとも高く、初代から美しい海洋彫りを重ねるホーチュキー家の塔が、現在72段72メートルで、他の塔を20段以上も離して高く聳えている。


一世代につき1つしか積むことの許されない柱の展示塔のような所では、ホーチュキー家のような古くからの家系がもてはやされる。

クェチカも由緒ある家ではあるが、ホーチュキーとは比べようもない。


そのように、歴史の浅い家からしてみればつまらない場所であり、何より移り変わりにも乏しい展示塔であるので、柱の展示塔はいつも出入りが少ない。

もちろん私にとっても、技術以上に高さ比べに陽の当たる塔はあまり好ましくない場所ではある。

幼い頃に来たきり立ち寄ることもなかったのだが、古い時代の柱のデザインを勉強するために、しぶしぶと立ち寄ったことがあった。



17段目の時代のエルワーガ=ボ=ホーチュキーの作品をなんとなく眺め、揺れるような海草の透かしの丁寧さに虚ろな感銘を覚えていた時の事だ。


『……!』


なんということか。

私はどうでもいい海草の彫り物の隙間の向こうに、強く胸を打つ姿を見たのだ。


『……』


螺旋階段の一段上の向こう側には、なんとあの、花彫りの壁で出会った白い羽根のルピィの姿があったのだ。



84:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/18(金) 20:49:10.70 ID:Y7d+0+ft0

薄く開いた目、純白の美しい羽根。細い喉。

何よりも気品に満ちたゆっくりとした歩き方に、私はしばらく17段目の前で呆けてしまった。


『?』


そしてじっと見つめ続けていた私の方に、ルピィが気付いてしまった。

私は咄嗟に柱へ隠れるわけにもいかず、クチバシの付け根を擦り、そのまま深く頭を下げた。

今にして思えば、何故見られただけでそんな挨拶を交わしてしまったのか、悔やまれる事であるのだが、同時に良くやったものだと、祝福もしたい。


あの大げさすぎる挨拶を見たルピィが、私のもとに歩み寄ってきたのだから。



『穏やかな風の日ですね』

『え、ええ』


美しい彼女は、声まで美しかった。

滑るような口調で、あかるく細い声。私は言葉に深く聞き入るばかりに、矛盾したことに空返事しか返せなかった。



『塔へは何をご覧に?こちらのホーチュキーのものですか?』

『! ええ、素晴らしい、ええ』


私からしてみれば絶賛するほどではなかったのだが、ルピィの前では私の言葉は意志を保てなかった。


『……海草、この、均一な絡み具合、素晴らしい』

『あら、本当に』


そっと屈み、下から柱を見るルピィの尾羽を見て、つい私はくらりと倒れそうになってしまった。

彼女とこうして話している間に、何度倒れそうになり、何度自分の頬を叩いた事だろう。


ルピィ=ポ=クルワール。

彼女こそ、私の初恋の相手であると疑う余地はなかった。



86:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/21(月) 22:22:54.99 ID:D1Aikygb0

そう。あれがルピィとの初めての出会い。

あれから私はより修練に励み、古今に至るあらゆる彫刻を研究してきた。


カァチルの島が広くとも、私の歳で私以上の技術を持った者はいるだろうか。そうはいまい。

私は、私自身の技術が抜きんでて上質なものであると自負している。

名を売るにはまだ早いが、認められる時はそう遠くは無い。


『……』


本を片手に、半分眠ってしまっていたようだ。

しかし夢の中でも彼女に出会えた事は、私にとって極上の幸せだった。


寂しさはより増すが、彼女を想えば異郷の困難にも耐えられる。私はそう確信している。


資料室の扉が金属を軋ませて開き、新鮮な空気が室内に流れ込んできた。


「カルケルさん!『ご飯ありますよ』!」


ティナの声だった。

私はゆっくり腰をあげ、ニンゲンのもとへ歩きだした。



88:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/22(火) 20:58:30.29 ID:oM4AAQd+0

案内された部屋に着くまで、木製の枠に縁取られた透明なガラスの向こう側の景色を見ていた。

外は暗く、夜だった。


この島の昼と夜の交代は早いようだ。

忙しい島だが、精密な時計がなくとも過ごせそうではある。



「んー、食堂…『食べる場所はあるのですが、そこではいけないので、』あー……」


ティナはこつこつと指で額を叩きながら考えている。


「あ、『学者の集まる部屋で一緒に食べましょう』、こうかな」

『なるほど、迷惑でなければ一緒にさせてもらうよ』


他種族の言葉を扱う苦労はいか程のものか、想像もつかない。

一般的な魔族言語を扱わない我々カァチル特有の考え方なのかもしれないが……。


「どうぞ」


ティナはそう言って扉を開けた。

私は首を屈めて中へ入った。


「……」

「……」


多くの見開いた目と沈黙は、概ね私の予想通りといえる。



90:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/23(水) 22:58:59.33 ID:jI2y2lE60

「彼が…カアチルという種族の魔族かね?」


低い声で、それゆえおそらく男性であろうその者は喋った。


「はい、メンシンさん、村で発見されて…そこから自警に引き渡されたんですけど、偶然話しを聞きつけたので」

「ティナ、君はまったく面倒なことをしてくれるよ」

「いやーどうもどうも」

「そういう所も、生徒の頃から変わらんね」


私に敵意を向けられているのか、いないのか。

未知の言語の会話から意味を掬い取ることはできなかったが、食事の手を止めているこの一室の人々を見るに、私の存在はただ事ではないようだ。

当然の事ではあるが、あまり厄介にはなりたくない。



『食事を摂らせてもらえるなら、私は別室で構わない』

「え!?『せっかくですからここで』……」


何がせっかくなのかは考えてみても解らなかったが、ティナは他者と比べて私への抵抗が少なすぎるように思う。

例えばティナが突然私の島へやってきても、島は驚き戸惑うばかりで、食事をふるまうなどはしないだろう。


『騒ぎになるのも良い事ではないだろう、資料室に戻っているよ』

「あっ」


ティナが止める前に、私は部屋を出た。

彼らの放つ異様な目線に耐えられない、というのもあったのだ。



92:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/28(月) 20:07:48.86 ID:apCJLQRj0

小さすぎる木椅子に、深く腰を降ろす。

足下は湾曲しており、前後にゆるやかに動く造りのようだ。


『面白いものを作る種族だ』


資料室にある本を一冊手に取り、はらりとページをめくる。

図だけを見て、想いを馳せる。


知らない図形。知らない様式。

それらは目新しい技術であったり、方法であったりする。

私の作品にとっても、決してマイナスにはならない……いや、プラスとなるものだろう。


彼らニンゲンの造るものは質素ではあるが、我々カァチルの生み出すそれとは別の美しさがあるように思えた。

私が故郷に戻り、その考えを取り入れた作品を作り上げれば…きっと、私の名声は更に高まることに間違いない。

作品のモチーフを彼らから拝借するだけでも、随分と革新的なものだと評価されるだろう。


だが不運である。

私は、今すぐにでも帰らなくてはならないのに。



「カルケルさん……」


扉が開き、ティナが顔を出した。

廊下に灯された明りは、彼女の表情を陰らせる。


「……『私は、カァチルの方々とニンゲンが共存できると信じています』…」


私は図の無い三ページを捲った。


『我々カァチルは他種族と大きな交易を望まない』

「……でし、たね」

『我々の島にあるものこそ、我々の及ぶ全てである……堅苦しい教義だが、その通りだとは、私も思っている』

「…『文化を互いに伝え広めることも、カァチルは排斥するのですか』?」


私は黙った。頷きはしなかった。

私は、教義に詳しくは無いのだ。



93:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/29(火) 19:57:48.62 ID:nt9xZ+aj0

我々の島にあるものこそ、我々の及ぶ全てである。

我々の手の届く範囲が世界であり、全てはそこでのみ完成し得る。

高い塔も、地下の空洞も。全ては我々の島の存在する全てでつくりだすことができるのだ。


外界と交流を持つ事で、貴重な金を大量に持ち込む事も、高価な魔金を持ちこむこともできる。だが極力としてそれは行われるべきではない。

継がず、足さず。

その閉じた努力こそが、我々彫金師の礎なのだから。


教義全てを熟知しているわけではないが、考え方には共感できる。

彫る事をやめ、継ぎ足すことの楽さに取りつかれた時、我々は努力をやめるのだ。


『……』


床に置かれた皿を手に取り、スープを爪で掬い、飲む。


濃厚で、特殊であるとしか言えない味が口の中で広がる。

日の浅い私の贔屓目かもしれないが、ニンゲンの生み出すものは目新しく、何よりも魅力的で、価値がある。


だがそれだけに私は、彼らニンゲンと交流を持つべきではないとも思った。

ニンゲンも、カァチルの島周辺の魔族と同じなのだ。



94:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/30(水) 20:39:17.74 ID:8//8ahH90

3冊目の分厚い本を読んでいる最中に、扉が開いた。

人間の男性であろうその者は、本棚の前で座る私をしげしげと眺め、言う。


「さっきも見たが、随分でかいな」

『……』


落ちついた低い声から感情は読みとれない。

ぎょろついた眼は驚きか、それとも平時のものか。私にはまだ区別はつかないが、彼の物腰を見るに、平時のそれだろう。



「握手はわかるかね、私の名はメンシンだ」

『……』


手を出された。

私は無意識的にその手に対して、同じ手で応えた。

挨拶であることはわかる。



『クァルケル=ガ=クェチカ』

「……カルケル、さん、とは聞いていたが」

『そうだ、私はクァルケルだ』

「く…ァ…ルケル」

『無理はしなくていい』

「ふー」


重ねて言うが彼らに発音は強いることはない。

彼も諦め、舌を扇ぎながら部屋の物色を始めた。



「世間の風当たりまではわからないが、ここにいる我々には、君を余裕を持って受け入れるだけの知識がある、安心するといい」

『……』

「興味に突き動かされたとはいえ、ティナ君の暴走についてはやりすぎだとは思うがね」


棚の本をがさがさと漁り、おそらくいらないであろう物は無造作に床に積み、彼は結局のところ2冊だけを手にとって、私に向き直った。


「ま、気にする事は無い、いつものことだ」


そして彼は部屋から出ていった。



95:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/05/31(木) 20:56:28.96 ID:5twmNKC90

がちゃりと取っ手が回り、新たな人物が入ってきた。

ティナよりも鮮やかな紺髪の女性、ソフィーだ。


「……こんばんは」


ソフィーは私に対して一瞬頭を下げ、その後は先程の男性のように本の物色を始めた。

彼女もまた、いらない本を床の上に積んでいる。

読まない本は棚に戻すのではない?彼らの習慣なのだろうか?疑問に思ったが、伝える技術はなかったので、私は図だけの読書に耽った。



「……」


私の視界は広い。隅で、一冊の本を抱えるソフィーが私を見ていた。


「読める?」


何かを尋ねられたか、それともひとりごとか。

私にはわかりかねるが、彼女の方に顔を向ける。


「……」


ソフィーは私が手にしている本を指差した。

私は本のページを彼女に向けて、図を爪で指し示す。

次のページも開き、図を指し示す。


「ああ……」


どこか納得したような声を上げて、ソフィーは部屋から出ていった。



96:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/01(金) 20:27:41.07 ID:XxsQs/uZ0

扉が開き、男性が入ってきた。

頭髪に銀を交えた紺髪。

片目にレンズ、おそらく度数の入ったものを付け、その金具をちゃりと鳴らして私を見る。



「…マイク?カーチル?」

『!』


男性は尋ねるようにその二つの単語を呟いた。私は驚きに眼を開いてしまった。

両方とも私の知る単語であったからだ。


『そうだ、私はカァチルだ!』

「おお、やはり。教授達の言っていたことは本当だったようだね」


男性は鼻の付け根に触れ、それをやめて唇の上を指でこすった。

私もそれに倣う。

ティナだけでなく、彼も我々の事を知っているようだ。


「……『聞きたい事はたくさんありますが、言葉にできません』」


かたことの言語に、私は頷いた。


「…ん、『非常に残念な事故でしたね』…正直、同情しますが」


最後は現地語であったが、私は頷いた。


『難しいようだが、私はそれでも、帰る算段を模索しなくては』

「……」


男性は本を取らずに部屋を出ていった。



98:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/04(月) 20:13:52.66 ID:zvC9e0ut0

今度は私が戸を開いた。

頭を下げ、天井に注意を払って入室する。


埃香る、ティナの研究室だ。


「あら?」


この夜に間食をしていたらしいティナは、物を口に運ぶ狭間でやってきた私を見て固まった。


『ティナ、聞きたいことがある』

「……はい」

『あの部屋は、使う人が多いのではないか』

「……あー」

『あそこに居れば邪魔になると思ったのだが、他に何かないだろうか』


ティナは紺髪をがしがしと掻いて、食事を皿の上にからりと放り、席を立った。


「んあぁあ、『ごめんなさい!あの部屋ダメでした!』」

『そっけない態度を取った私も悪かった、君は恩人だというのに……すまない、ティナ』



私は頭を下げた。きっとこれは、彼ら流の挨拶だから。


「ごめんなさい、寮は……んーダメだろうなぁ、でも私の研究室は散らかってるしあーーー」


ばたりばたりと机の物を右往左往移動させながら、彼女は何か考え事をしているようだ。


『座れるだけの空間があれば良い、提供してくれると嬉しいのだが…』


元来カァチルは、座したまま一日中動かないことが多い。

特にわがままは言っていないつもりだが、異種族を匿うという事はまた別問題としてあるのだろう。


「んー、ん?『…あ、あった!あの部屋なら!』…いけるかも?いやどうかな…」

『?』



100:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/05(火) 20:31:13.61 ID:YcvHoPCV0

訪れた一室は薄暗く、しかし中ははっきりと奥まで見える。

その中には、机に向かい合って座る、ソフィーの姿が窺えた。


「ソフィーいる?いないか…」

「いるわよ」

「え!?いたの!?」


すぐ部屋の向こう側に座っていたが…。


「暗い方が発光が見やすいもの、明りを点けるわ」


暗室の中のランプに火が灯ると、内装はよりはっきりと見えた。

変わったグラスの多い部屋だ。

石の破片、砂、密封された何か。それらの多くが何なのかは、私にはわからない。


「…あら、カルケルさんも」


私に気付いたか、ソフィーの半目が私に向く。私は直立する他ない。


「カルケルさんの部屋、どこか空いてる研究室あったわよね?」

「研究室は沢山あるけど、そっちで足りないの」

「人の出入りが多かったり、デリケートだったりねぇー…」


それにしても変わった臭気の漂う部屋だ。

カビの匂いとはまた別の、どこか不快になる匂い…言葉では良い表しきれない。

翼を洗う時に使う石鹸の匂いを猛烈に毒々しくさせれば、この匂いになるだろうか。


「顔料室がここ1、2年使ってない、そこなら」

「ありがとうソフィー!」

「許可は園長に」


私の知らぬところで、何やら話しは進んでいるようだ。



102:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/06(水) 20:38:17.79 ID:GLwwf9ta0

色々なことがあり、行き着いた先がその部屋だった。


「じゃん、教授達の部屋からは少し離れてるけど、ここなら……あ」


部屋に入り、見回す。

石の人物像。金属の、おそらく何かを保管する入れ物。広い部屋だが、その分物も多い。かといって散らかりすぎというわけではなく、整っている。


「えー……『私達の部屋から離れていますが、ここはカルケルさんの部屋として使って大丈夫』、です」

『本当か?ここは一体?』

「ん、ん?顔料……んー」


ティナは悩んだ。


「……『色を付けるための材料を保管する部屋』です、あと…『あとはその研究をする場所』、です、かな?」

『色……絵具か』

「そうそう、『絵具です』!」


確かに、そこらに置いてある石には独特の鮮やかな色がある。

これを用いれば、彼らの描く書も彩り豊かになるだろう。


我々にはあまり、絵を描く習慣はないが…。



103:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/06(水) 22:14:57.61 ID:GLwwf9ta0

『……』


壁の窓。外の夜は、暗い。

ティナはこれから寝るらしい。私もそれにあわせ、そろそろ寝ておこうと思う。


明日から、しばらく……いつまでになるかは想像もつかない。

私、クァルケル=ガ=クェチカは、ニンゲンという種族の世話になるだろう。


そう、いつまでになるかはわからない。

それは何十年も、何百年も先の話になるのかもしれない……。


ルピィへの求婚は、果たして叶うのだろうか。

とにかく今はまだ、待つしかない。

彼らの生活に合わせなくてはならない。

私は異郷人なのだから。



『……』


外へ向き、手近な椅子に座って、私は眠りに落ちた。

ニンゲンの住む地は、暖かい。



104:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/06(水) 22:22:51.90 ID:GLwwf9ta0

『……』


聞きなれた、ものを削るような作業の物音。

そっと目を開けると、そこには私に向き合う人間の姿があった。



「あ、動かないで」

『?』


机にもたれかかった身体を起こそうとした私を、目の前の人間は手で制した。



「今、描いてますんでね」


黄金色の短髪の彼は、腕に抱えた大きな紙を私に向けて見せた。

そこには、黒炭のみで描かれたとは思えないほど忠実に濃淡が再現された、私の絵画が。



『……見事だ』

「んー?まぁ、もうちょっとだけ待っててください、こんな機会滅多にないんで」


さらさらと、紙の上を黒炭が擦れる音が心地よい。

こういった作業音を聞くと落ちつくものだ。


「まったくパールを取りに来ただけなのに、噂の鳥人さんがいらっしゃるものだから驚いた、これは逃す手はないでしょう、とね…」

『……』


私がカァチルの者を相手に彫石することは何度かあったが、私がモデルとなるのは初めてのことだった。

それも絵画。貴重なものだ。



105:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/07(木) 00:04:15.15 ID:T96GaoCa0

「完成ー」

『おお、これは緻密な…』


再び翻された紙には、先程以上に濃淡がはっきりと付けられた白黒の絵画が。

だが白黒であると侮れない。それはまるで、実際にそこにあるもののように、陰影がまるで、そう、実際の物のように……。


「気に入っていただけたかな?いや、いいものを描かせてもらったよ、ありがとう」

『素晴らしい技術だ、黒炭でここまで繊細な表現ができるとは思っていなかった』


彼が手を伸べたので、私も爪に気をつけてそれに応えた。

ニンゲン。まったく侮れない種族もいたものだ。



「そろそろ朝食の時間だなぁ、あなたもどうです?やっぱ木の実とか、虫とかですかね」

『どこかへ?』


黄金色の髪の彼は廊下へ出ると、その先を指で示した。


「まぁ来てくださいよ、ティナさんか……あとはノディさんくらいかな、彼らがいなきゃ、話しもできませんしね」


先を行く彼についてゆくことにした。

良いものを見せられ、私は朝から上機嫌だった。


陽が昇るというのも、心地のいいものだ。



107:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/08(金) 20:15:41.53 ID:RfOtABzr0

「あ、『カルケルさん、おはようございます』!」


昨日の人の多い部屋にやってきた。

ティナは入り口から少々離れた机に大量の紙を広げ、そこに皿を置いて食事をしている。

おそらくこの島の文明でも、食事は固く平たい机の上でするものなのだろうが…。


「ちょいとちょいと、ティナちゃん、その書類とか大丈夫なんすか」

「平気ですよ、あ、平気じゃないのは一番上に出てないって意味ですけど」

「こらティナ君、食事くらい整頓されたデスクで摂りなさい」

「ちぇ、はーい」


複数の人物から言葉をかけられたティナが、自分の机の上を片づけ始めた。

やはり、あれには問題があったのだろう。


「んー、『カルケルさん、カァチルの方々は穀物を食べると、私は知識として持っているのですが』……」

『食事はスープを食べたからしばらくの間は必要ない』

「え?昨日のスープで?」


現地語で何らかを訊き返してきたティナに、部屋の何人かが振り向いた。

そして何事もなかったかのように、元の向きに戻る。


「……『昨日のスープで、大丈夫なのですか』?」

『この島の時間でいえば、夜まではもつだろう』

「うへぇ…」


ティナが口元から何かを食べこぼした。



109:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/11(月) 19:02:44.05 ID:oI3VdPPJ0

食事中にティナから話を聞いた。

よれば、ここはニンゲンの、いわば研究機関なのだそうだ。

カァチルではここまで大々的な施設としてではないが一応存在はしているので、なんとか意味は伝わった。


かなり限定された師弟関係が血脈に関係なく結ばれているらしく、技術を習得するために施設利用者は様々な師匠の部屋を訪れるそうだ。

ティナもこれから、そういった技術の啓蒙に向かうようだ。


ある分野の一定の技術を習得した者は、それを認められ施設から出てその技能を発揮できるらしい。

その中でも特に有能である者は、また施設に戻り、今度は師匠として活動する……。


合理的だ。しかし評価する者が師匠だけというのはいただけない。

評価は全ての者が行うべきだ。

と思ったが、口に出すべきではない。私は一介の彫金師に過ぎない。



そして重要な、私の帰還についてであるが、それはこの施設の有権者との話によってしばらく保留という形になった。

面倒な手続きがいくつもあるらしいのだ。


ティナとこの施設の長らしき人物はぶつぶつと不満げに呟いていたが、私には聞き取ることができなかった。


すぐに帰る目処は立たない。それを聞いた私はひどく落胆したが、こちらの気落ちを彼らも共有してくれたのだと思うと、そう表だって頭を下げる気にはなれなかった。

全く、何故私の方が気遣わなければならないのか。と一瞬でも思った自分を罰したい。おこがましい限りだ。



『…生きているだけ、良いものか』


そう思わずにはいられない。

何をするでもなく、私は教授と呼ばれる彼らの部屋の中で、静かに椅子に座っていた。



110:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/12(火) 19:40:13.63 ID:5zBGsWM10

『……』


ティナの机の上に置いてあった陶器製のカップが目についた。


暇を持て余していた私はおもむろにそれを両手に取り、前傾姿勢をつくり、いつものようにそっと、浅く爪を当てた。

砂に刺し込むように、強化された爪が陶器に切り込みを入れる。


材質は硬質。それでいて均一。素晴らしい品だ。


『薄さは気になるが、そういったものを作る分には素晴らしい出来だな……』


白い破片が粉となって床に落ちてゆく。

まずは葉。その上に花弁の輪郭を取り、後ろに隠れた葉、次に茎、葉、後ろの茎…。


白磁の艶めかしい光沢に、ルピィの羽根を思い出した。

花が控えめな蕾として形取られ、しかしそれを支える萼はしっかりと存在を主張する。

健康な葉は多方面に捲れ、周囲の光へ無邪気に向き返る。だが茎は一本のものとしてしっかりとそこに佇む。



「……綺麗」

『!』


後ろからの声に、思わず首を向けた。


「わ、そんなに曲がるの」


私の後ろに立っていた者は、ソフィーだった。


「驚かせたようならごめんなさい、続けて」

『……』

「どうぞ」


催促されているようだったので、私は作業を続けた。



111:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/14(木) 20:04:53.18 ID:fQYtCsPq0

青く控えめで、しかし存在感ある凛々しい花の筒籠が完成した。

袖の羽根で細かな粉を払い、ハリで粗を整える。そして再び掃く。



「……こんな短時間で、よくここまで」

『こういった品で金羽根を稼げれば良いのだが、ここでカァチルの技術や美学が通用するかどうか』


机の上に出来あがった品を置く。


下から上へ伸びる茎を軸に、葉が生え、花が咲き、上部の輪を支える。

三分咲きは珍しいだろうが、基本的な花彫りの筒籠だ。



「上手い、とても」

『ありがとう、ソフィー』


彼女は私を讃えてくれたような気がしたので、私は礼で返した。


『この施設の壁も、こうした作品で彩られていれば良いものなのだがね』


仕事もあれば島に帰る賃金を稼げるが……自力では遠い先の話だ。

彼らの惜しみのない協力は必要になるだろう。

それでも彫らずにはいられない。彫金師の誇るべき性だ。



113:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/18(月) 19:42:21.09 ID:mprgYDms0

「ふむ……『美しい細工ですね』?」


訛りは強いが、我々の言葉が聞こえた。

ソフィーの後ろから前へ出た男は、昨日の晩にも会った事のある、片目レンズの者だ。


今のところ、ティナの他に我々カァチルの言葉を話す事ができる唯一のニンゲンだろう。


「ノディも喋れるの」

「少しだがね、さすがにティナ君ほどではない」

「ええ、彼女はおかしい」


男性は私の仕上げた花彫りを持ちあげると、目の前に近づけて観察を始めた。

くるり、くるりと手の中で回し眺め、時折「ほお」と感嘆らしき息を零している。

その仕草はカァチルとも同じようなもので、どこかまたひとつ、彼らに親近感を見た。


「ん、『実に見事なものです、我々には真似できない』…」

『我々ならば十年もあればこの程度にはなれる』

「…はは、『我々の命は短いのです』、カルケルさん…」

『ふむ?』


ティナが戻って来る様子は、まだない。



114:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/20(水) 19:12:55.52 ID:BuiB7qti0

「……すごい、詳しい検査はしていないけど、かなり純度の高い、洗練された強化」


ソフィーと男性に連れられた先で、私は爪を見られていた。

謎の液体に漬かされたり、紙を巻かれたりと、落ちつかない行為が繰り返されるが、男性の話によれば“重要なこと”なのだという。


「魔の体質、理学の複合…先天的な特徴は……」

『ところで、さきほど我々の命は短い、と言っていたが』

「ああ…『寿命のことです』」


男性は純白の布の束を棚から取り出し、それをソフィーに渡しながら、言葉を続ける。


「……『我々ニンゲンの寿命は健康を貫き、およそ60年……保って80年が良い所』、でしょう」

『短い』


同じ知類であるのに、こうも違うのか。


「…『ちなみに、私は46歳』」

『…なんと』


私は愕然とした。彼は、あと十年ほどで死んでしまうのか。

彫金師で60歳など、とてもではないが考えられない。まだまだ道半ばだ。


これから輝くであろうその時を、彼らは知り得ないというのか。



115:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/22(金) 23:34:40.50 ID:3N+1HuYa0

「…ま、『一生のうち、60年も生きれば悔やむこともありませんよ』」

『何故?』

「……『絶え間なく、60年間を全力で生きることなど、難しいのです』」


そう言われると、私としても黙って頷く他はなかった。

だが君達は、仮に60年生きるところを30年しか生きられぬと言われた友人を持ったとして、果たして同情せずにいられるだろうか。

ガルーガのような奴がそうあってほしいとは、個人的な呪詛だ。



「素晴らしい強化、魔族ならではの結果が出た」


ソフィーが黒い紋様の描かれた紙を私に見せ、そう言った。

彼女の後ろから、男性は補足するように口を開く。


「…『彼女の研究の一環です、魔力を調べていたのですよ』」

『魔力を?調べようもない』

「はは、『そう思うでしょうが、調べる方法がいくつかあるのです』」

『彼女は私の魔力から、何を?』

「ふ、『私にもわかりません、彼女の分野は、彼女の分野ですからね』」


なるほど、専門が違うということか。

学問にも色々ある。



117:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/25(月) 20:52:40.61 ID:tkDm5WRo0

「ありがとう、カルケルさん」


廊下を歩く。ソフィーはありがとうと言った。

ありがとう、とは感謝の言葉だ。発音は難しいが、感じの悪い言葉ではない。


「人が魔族と同じ肉体の強化技術を身につけることができるならば、より魔力を身近に感じることもできるはず」


淡々と言葉は続く。


「闇の対極にあるはずの光のような、概念として存在する基礎的な魔術を体感できるようになるかもしれない」


喋りに熱がこもる。

確か、島でも彼女のように、話の途中でどんどん白熱する者がいたが…。


「あなたの魔力の性質や紋は、私の研究、いいえ、全ての理学にとって重要なサンプルとして活用されるわ、本当にありがとう」


そうだ、思いだした。

私の父、ボークィルも、自分の仕事について話し始めると止まらない者だった。



『まだ若いであろう君のようなニンゲンが、そこまで夢中になれるほど専門性を高められたのは、幸運であるのか、いいや、しかし、恵まれているということなのだろう』

「本当に、ありがとう」


私も精進せねば。



119:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/26(火) 19:38:52.51 ID:Zyidc4Ka0

「ちょっと!この白磁はジラフで作られた最初期のもので、当時の最新技術で…!」


学者達が沢山いる部屋に戻ると、まずティナが私に向かって叫んでいた。

その手には私が手掛けた花彫りの筒がある。


翻訳することも忘れて私に畳みかけるティナの様子を見るに、どうも怒っているようだ。

そして私は説教を受けているらしい。

更にいえば、こうして入り口で佇む私は、廊下で様子を窺う人間達数人の邪魔になっているのだろう。



「……ごほん!『気をつけてくださいね』!」


するべきことをやっと理解がその過程がわからない。どう返事をしたものだろう。

私は花彫りを眺め、そして考え、言葉に出した。



『次はもっと良質な作品に仕上げる』

「……」


無言で頭を真下にがくりと下げる動作。

何故私は挨拶をされているのか。


ティナに倣い、私も首を倒して敬った。



120:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/27(水) 18:59:12.21 ID:3izCZ2960

『ふむ、カァチルの紹介……?』


首を傾げる。


「ん、『はい、私が受け持ってる科の子たちに、カァチルの生き証人として』!」

『生き証人?』

「…あー、『私達の資料では、カーチルについて判明していることは少なく、実在のものかすら危ういのです』…」


なるほど、交流がないのだから存在すら疑われるのは納得だ。

だが、そのような文化の者を紹介することに意義があるのだろうか。

全くニンゲンの世界と関わりの無い私が、彼らに何の有意義を与えられるというのか。

教義通りに、不可侵でありたいものだが…。

不可抗力とはいえ、自ら侵した私が何を言っても矛盾か。


『私で良ければ協力しよう、ティナには世話になっている』

「わ!ありがとうございます!」

『こちらこそ……「アリガトウ、ゴザイマス」』

「わお」


こうして、どうやら私は、何やら学者のような真似をしなくてはならなくなったらしい。。



121:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/06/28(木) 20:28:04.78 ID:Q7A0yNH+0

「ほいほい、おはようみんなー、始めるよー」


ティナが朗々と歌うように室内へ踏みこむと、それまでかすかに聞こえていた室内の話し声は鳴り止んだ。

それが上級の学者であるティナの登場によるものか、私の登場によるものかは、私自身にはわからない。


私は彼女の隣に立ち、周囲を見回す。その一室も石造りではあるが、やわらかな材質のものを使用しているらしく、廊下ほどの圧迫感は無い。

一面黒い壁のこちらに向くようにして机は配置され、それは段を成し、後方の者でも見易い工夫が取られていた。

なるほど、彼らはよく考えるものだ。



「……教授、隣の、えっと、魔族は」

「彼はカルケルさん、結構前にやったから覚えている人がいるかわからないけど、カーチルの方です」


室内が大きくどよめいた。

彼らの様子が変化したのは、やはり私が原因か。


「噂は本当だったんですね、鳥人…」

「教授、カルケルさんとの意思疎通はできますか?」

「できるできる、彼は立派な紳士よー、メンシンさん以上に」


今度は室内が笑いに包まれた。

ティナがここの空気を作り出してる事は間違いない。


異郷であるとはいえ、私の影響によってここの者達が沈黙に耽る状況は好ましくない。カァチルの者も、こういった雰囲気を良く思うものだ。

和やかな空気であるうちに、私もその波に乗る事とした。



「……コンニチハ、ヨロシク」


現地語で挨拶をしたはずだったが、室内は再び奇妙な沈黙が訪れた。



123:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/02(月) 20:05:37.34 ID:9zM496R80

椅子の上に腰をかけて、講義らしきそれはつつがなく進む。

先程の私の挑戦が何を生んだか、今までとは違う、どこか柔和な目線に逆の違和感を感じつつも、私は彼らの顔をじっと観察した。


なるほど、ニンゲンの顔はわかりやすい。


体毛が無いのだ。そのくせ、鱗もない。固い皮膚という訳でもない。

そして感情や反応は、手足よりもすぐ顔に出る。

口角を上げる、目を細める、大きく息を吐く。


私は彼らの意味ありげな仕草を、それはおそらく我々にとってのこれであろうという物に当てはめ、多いに楽しんでいた。

言葉のわからない彼らの顔から読みとれる、わずかな心の動き。

心への理解は、私を孤独な現状から少しでも遠ざけてくれるような、とても温かなランプのようなものだった。



「さあ、ここまで説明をしてきました、せっかくなので、カルケルさんに何か質問をしてみてください」

「質問ですか?」

「うんうん、何でもいいですよー、ただし、良い内容だったら加点します!歴史を学ぶことで大事なことは着眼点ですっ!」


一斉に視線が私に集まった。

これはこれで、おそろしい。



127:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/04(水) 18:57:45.82 ID:KLCtTD490

「ええと」


考えながら発せられた声を先頭に、少年は言葉をつなげる。


「カアチルの島にいる種族は、カアチルだけなのでしょうか…?」

「いい質問ね!よし、+0!」


ティナは私に向き直り、考えずに口を開く。


「あー『カーチルの島に他の種族はいますか?魔族でお答えできれば』…」

『ふむ』


なんと答えたものか。居ないわけではないが、定住しているわけでもない。


『島に存在する知類はカァチルだけであり、他の種族は別の群島で住み分けている』


私は腕の翼を広げ、聞こえずとも伝えるために、身振りを交えた。


『中には群島の勢力が、自身の領土を広げようと他の群島を襲うこともあるらしいが、我々の歴史では襲撃された経験はない』


幸運なことだ。


『そもそも今では休戦状態であると聞く、それ以前も魔族王たちが群島を切り分け管理を行っていたし、いまどきに戦を起こすのは、もはや“知類”とは呼べまい』


『そういった脳無しの暴力者は、それ以上の暴力である“猫の王”に裁かれるだろう…見たことはないが、私の父がそう――』

「や、訳が……」

『?』


ティナが頭を抱えてうずくまっていた。



130:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/05(木) 18:57:13.07 ID:3NYGgxNS0

「ソフィー君、研究は進んでいるようだね」

「メンシンさん、ええ、とても、カルケルさんのおかげ」

「カルケル、ああ、彼か」

「彼の持つ“魔”の性質は、今までの複合の仮説を裏付けるものとなった…踏み込んだ領域に実験をシフトできる」

「ふむ?つまり?」

「機人すら世に不要となる時代が来るかも……」

「ふむふむ、それは素晴らしい、私の分野外だが興味をそそられる」


「しかしソフィー君、生徒たちに“教授はまだですか”と言伝を頼まれる僕の身にもなってほしいね」

「あっ」

「早く行きたまえよ、まったく」

「た、大変だ、うわ…!」


「まったく、どいつもこいつも、天才なんだか、おっちょこちょいなんだか」



133:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/09(月) 19:21:19.81 ID:RYGWwL010

「……で、つまりカーチルは南の魔族達とは全く違う営みを…」


鐘の音が響いた。

彼らの活動を制御する時報である。


「…とと、ま、急ぎ足だけどまとめられたね、100分間お疲れ様!」


室内に吐息の音が満たされる。

緊張から開放された彼らが、思い思いに体を弛緩させていた。

やはりどこか、われわれと似ているところが微笑ましいのだ。ニンゲンは。



「じゃあ皆さん、協力していただいたカルケルさんにお礼を!」

『?』


部屋中の者の目線がこちらに向く。

そして、彼らは鼻の付け根をなで始めるのだった。


『ふふ、実践が早いな』


私も嘴の付け根を撫で、勤勉な彼らに敬意を示す。

そして、一言私も返すのだ。



「アリ、ガトウ」



135:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/10(火) 20:15:23.15 ID:r313pVjX0

「ティナさん、どうでした?カルケルさんを交えた史学の授業は」

「有意義だったと思う!今の進行とはずれてる分野ではあるけど、みんな魔族の歴史にも興味をもってくれたみたい!」


コーヒーと呼ばれる飲料に強く咳き込み、首を窓の外に向ける。

幾何学模様を描いたカイトが空高く上がり、赤くない稲妻を発して焼け落ちる。


『…全く不思議な世界へ来てしまったものだ』


異郷者らしく、施されたものを飲む。有毒なものではないはずだ。

室内を見回せば、もう既に私を気にかけるニンゲンは居らず、それぞれ己の分野に没頭しているようだ。


ならば私も自らの本職に入るのがいいだろう。


『ティナ』

「ん、はい?」

『私は顔料室にいる、何かあれば呼んでほしい』

「ん、ん…『わかりました』~」


了承を得て、足元の椅子たちを慎重に避け、部屋を出る。

清浄な空気の石廊下を通り、人目をはばからずドアを開けば、そこには先客がいた。



137:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/12(木) 19:38:28.13 ID:F5UHtPqd0

「あ」


見知らぬ者だった。

そのニンゲンは一人だった。


私は彼との視線が交差するのを感じると、頭をかくりと下げ、部屋に入る。

言葉は通じないのだ。出て行けというわけにもいかない。

そも私は仕事紛いの真似をするためにここへ足を運んだのだ。

他者を意に介する必要はない。


机の上に骨材らしい破片を散らかした男とは一つ飛んだ机につく。

上に置かれていた廃材か何かであろう、皺だらけの木を手に取り、くるりと回しては睨む。


「……」


横に居る人間がちらちらとこちらを気にかけている様子だが、私は気にせず、爪に力をこめる。

まずは木材に、すっと一筋を。



138:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/13(金) 22:17:02.07 ID:eteYOAkN0

あのような、見晴らしの良い教室があれば、多くの弟子を養成することも叶おう。


椅子に腰を下ろした弟子達へ練り金を配り、まずは爪だけで柱を彫らせ、彼らが没頭する間に、師は塔の大柱建立の顛末を語る。

しばらく喉を乾かした後に、弟子達に作品を披露させる。壇上にあがり、作品を手の中で回し、自らにそれを解説させるのだ。


上手い者も下手な者も、まずは平等に基礎の技術を学ぶべきなのだ。



『……』


爪は木材を削る。

懐かしき、父から教わった基本のひとつ、柱。

基礎でいて極みでもある等幅の直線は、箱物の四柱には欠かせない要素だ。


「……」


ニンゲンの彼が隠すこともやめてこちらを見ている。

彼の作業の手も止まっていた。


私の作業で他人の作業を妨害しているというのは、さすがに気にかかる。私は手を止めて彼を見た。



「あっ」

『集中を欠いたなら済まない、君は君で、自分のものに没頭するといい』


伝わるなどとは思っていない。

だが私も一端の彫金師。伝わずとも、彼の仕事を促す言葉は吐かなければ済まなかった。



139:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/17(火) 21:17:58.66 ID:UzvlYXTq0

柱は大きく取らなければならない。


物にもよるが、まずは基本として四角、内側に明確なものであるとか、大きなものを彫うり込む場合は傾げ金剛につくる。

もちろん柱に装飾を施す場合は、さらに緻密なとり方が必要となるが、緻密さが必ずしも美しさに繋がるとは限らない。

四角または傾げ金剛で取るのが基本だ。


最も細い爪を横向きに倒し、刺す。抉る。取る。

切り子は机の上に爪を叩く事で払い落とす。

彫金師はそれを繰り返す。

その中にある正確さと意味の大きさを追求する。我々は我々の種の真髄としている。



140:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/18(水) 18:55:41.16 ID:vBdpquJu0

そこに彫りこむのはかつての師、我が父ボークィルの姿。

目は凶暴な魔獣のように鋭く、毛羽立つ体羽毛は姿を大きく見せるもので、それだけで威圧のある者だった。


だが人一倍に優しく、情に厚く、姿のままの厳しいばかりの者ではないことを、私は知っている。

背筋と肘の位置にうるさい父だった。



「……すごい」


木の中に入り込むのはカァチルの誇り。私クァルケルが最も尊敬する姿。

袖の羽根でくずを掃い、目線まで持ち上げ、回し見る。



『どうだろう、我が父の姿は』

「!」


終始私の作業を見ているばかりだった彼に、出来上がったそれを手渡す。

彼は隅々まで、やや顔を近づけすぎではあるが、見るべきところは見ていた。

わかっている者に見てもらうのは何であれ、こちらとしても気合の入ることだ。



「……この短時間で、線も引かず…すばらしい、としか」


彼の評価は如何ほどだったか。

高ければ私はうれしい。



141:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/19(木) 20:36:51.82 ID:G3wyB3gq0

「……そうか、ここからこう切り込めば、こう」

『そうだ、爪はこう当てる』

「なるほど…斬新だ…」


彼が疑問に思った箇所を指差して私に尋ねてきたらしかったので、その対応をしている。

彼らニンゲンは、知識にも技術にも貪欲で、実に教え甲斐がある。



『わかってくれるか、カギだ、カギ』

「く、くぉ……?何…」

『カギ!』


雑木の上に爪で描く。湾曲した金属の道具。


「ああ!ここで!」

『そうだ、ここで、こう……』


指導はしばらく続いた。



142:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/23(月) 20:12:52.40 ID:ZTtF6R700

からりと、戸が開かれる。


「……」


新たに入ってきた者(おそらく男性)は、一歩だけ部屋に踏み入れたまま固まった。


私は彼と目が合うことを確認すると、軽く頭を下げた。


「先生、こんにちは」

「どうも先生」

「先生、先生も彼の作業をご覧になられては!」


取り巻きが騒ぐ。

いつの間にか私の机の周りに集まった、十ほどのニンゲンたち。

机の上には既に4つの作品が出来上がり、それぞれお手本並みの特色を際立たせた造りとなっている。



「どういう事だいこれは……おいおい…。」


センセイと呼ばれた彼もこちらへ近づいてくる。



「おお…?おお…」


彼も多分に漏れず、周りの者と同じ反応を示した。



143:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/24(火) 18:56:33.19 ID:f7/bLCen0

完成した作品は7点。

出来上がったものは全て箱物。四柱。手本中の手本のような作品ばかりだ。


「ふむふむ、ほおぉ……」

「早いけど、拙さがあるわけではないですね」

「すばらしい技術という事だね」


いつの間にか、埃を払って顔を上げた頃には、机の周りには二十ものニンゲンが集まっていた。

彼らの目は金のように輝いている。


金…。そうだ、金。

彼らが私の作品に強い興味を持つのであれば、作品を金に換えることができるのではないだろうか?



「カルケルさん、ですよね?」

『?』


名前を呼ばれ、首を真後ろに向ける。


「あ、あの、いやぁ素晴らしい、彫金師とはティナさんから聞いていましたが、まさかこれほど熟練した技術を持っていらっしゃるとは」


彼は今朝に見た、スケッチの男性だった。



144:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/25(水) 18:45:48.76 ID:BlPC/bB30

「クルスさん、この時間はあなたの分野とは……」

「まあまあ、僕にもこういった物への関心はあります、カルケルさん」


手に取った我が父の彫り物を持ち上げ、私に差し出す。

その行動の意味するところは謎だ。


「非常に原始的な工芸品ではありますが、その技術は人類史の誰とも比べようも無いほどに素晴らしいでしょう」

「さすがに言いすぎでしょう、先人に失礼だ」

「いえいえ、そんなことはありません、ごらん下さいよ」


手の中で回る、我が父。


「我々は、数や価値の定められた金品で表せないものを前にして、それを推し量れといわれると、困惑してしまうものです」

「薄切りのマゴンと黒ブレポのヒダを食した時に、どちらが美味いかと聞かれるようなものです、どちらとも言えない」

「とはいえ、同じブレポのヒダでも茶と黒を比べれば、差は歴然でしょう?皆さんにもその差はわかるはず」


床に父の彫り物を落とされないかを見守りながら、私は席を立った。


「カルケルさんの作品の価値は……ああ、カルケルさん、どちらへ?」

『ティナと一緒でなくては、何も始まらないことが解ったよ』



147:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/26(木) 19:15:59.30 ID:TekFnmvf0

「えっ、何事?」


教員の部屋に戻ると、奥のティナが目を開いた。


『それをティナに聞きにきたんだ』


私の後ろには、子供のように顔料室のニンゲン達がついて来ていた。


「クルスさん、これどういうことです?」

「いやぁ、カルケルさんの彫刻の腕を見た皆、心酔してましてね」

「私が通訳に、ですか?」

「そういうことです、手間をかけますね」


一通り何らかの会話を繰り広げると、ティナは少し考えた後、嫌な顔もせずに、こちらに歩み寄ってきた。



148:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/30(月) 20:33:19.96 ID:hbw5TAXH0

「これは、えっと…カギ、と呼ばれる、より内部を細かく彫るための道具、らしいです」


「あ~…えー、『この柱の溝、の、』あ~~~、『植物の紐を削るものですか?』と……」


「あ、はい、そうだそうです」


「え?けど……はぁ、なるほど」


「いえ、カルケルさんは、ツルだけに限らず他の細かなものも……いや、詳しくは私自身がわからないので…」


「は?いやぁアイロギと言われましても」


「……『カルケルさん?え、え、何ですかそれ…いえ、その“ピクィクル”』っていう…」


「…はぁ、へぇ……いえ、これは通じてなくて……」


「……」


「学べ!みんな学びなさいっ!私の講座に出なさいっ!」



150:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/07/31(火) 22:23:59.27 ID:ZePEes6U0

またしても夜が来た。

ティナが私を含めた複数人を相手に、カァチルの言語に関する座学らしきものを開いたため、ここまでの時間になってしまったのだった。


生徒達(教師含む)は最初こそティナに抗議し訴えていたが、聴く耳を持たない者の教鞭は休み無く振るわれた。

その結果が、私が覚えたニンゲンの常用挨拶。

逆にニンゲンは、カァチルの基礎的な言葉を教わったようだ。

覚えていられるかは疑問が残るところだが、終始真面目な態度で聞いてはいたので、おそらく半分以上は覚えていることだろう。


ティナ無しでのコミュニケーションも、多少はできるようになるだろうか…。



「え?カルケルさんの作品を金で売りたい?」


本日最後の食事、白く粘度のあるスープを啜るティナが匙を落として訊いた。


「……『鎧を作るために、ですか』?」

『そうだ、私には時間が無いのだ』

「けど、帰るための手段はまだ…」

『…それでも、私は出来る時に作っておきたいのだ』


私は作ることしか知らないのだ。

その手を休めては、私としての価値が無い。



151:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/08/03(金) 21:52:40.20 ID:RcXUQH3e0

「……」


ティナが、今日私が仕上げた木彫りを眺めている。

難しそうな表情。瞼は動かず、手だけがゆっくりと台座を回す。


「……『売れない要素がないですね』」


ティナは一筋の汗を垂らしてそう言った。


『ありがとう、光栄だ。どのくらいで売れるのだろうか』


彫り物といっても、材料、材質、寸法、作品によって価値は変動する。

この程度の木彫りでは、六十作って羽根を1枚得られるかどうかのところだ。



152:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/08/06(月) 19:37:38.75 ID:A6tw7uwF0

「んー…『金で換算することは難しいです、私は芸術がよくわからないので』…」


凄いですけど と付け加えて、ティナは私の作品の刻みを指でなぞった。


『価値を良くわかる者に売りたい、過度にではなく、適正な範囲で』

「はぁ、『適正ですか』…?」

『過大評価は恥ずべきものだ』


過大評価される代物は、そのものの価値を的確に伝えることが出来ていない代物だ。

同時に、過大評価する者は、目の濁った者だ。

どちらにせよ、恥ずべきものだ。

彫金師の世界に、そのような恥の二物は必要ない。例え私がカァチルの故郷に帰れぬとしてもである。


「んー、あ…『では、マルタの競売にかけてみては如何でしょう?』」

『?』


ティナの自信が込められた言葉の中に、知らない単語が二つ現れた。


「ふふ、『ヒートアップするものではありますが、目利きが折り合いをつける場所ですからね』」



153:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/08/07(火) 18:58:14.40 ID:pvbyqZKH0

競売。売る側は品物の最低価格を示し、複数存在する買う側が、それに上乗せした値段を宣言してゆく。

最も高い値段を宣言した者との取引が成立するらしい。


他にも方法はあるらしいが、ティナ曰く、時間がかかっても一番良く稼げる方法を選べば良い、ということである。



『……読めない』


ティナに手渡された、一枚の文字と絵の描かれた紙。

一見整った風体でも、芸術作品の類ではないらしい。競売について書かれているのだとか。


開催される期間、参加方法など。

魔族向けのものではない事は、読めずとも唯一わかる。



「ふふ、『今年はマルタ競売の歴史に衝撃を与えそうですね』」

『どのような場所で行われるのかは知らないが、これで金が稼げるのだろうか……』

「『理総校が刻印を使って保障してもいいですよ?』」


とにかく、郷は違えども、これで私はクァルケル=ガ=クェチカらしい仕事が再開できるわけだ。

彼らニンゲンが魅力的に感じるような作品の製作に打ち込もう。



154:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/08/09(木) 21:32:32.44 ID:ACbr0wo10

彼らの文明に触れてわかることはいくつかある。

価値観に多少の違いはあれど、物を美しいと思う心は共通だということだ。

ニンゲン達の造るものに細やかな美しさは足りないが、実用性の美を追求している点では、カァチルに通ずる執念を感じる。


ところが、究極までこだわった緻密な細工に無関心というわけではないようなのだ。

廊下を歩けば時折見かける、壁にかけられた絵画。動きは大胆でいて、位置の繊細な線の発色には、通りかかるたびにいつも驚かされる。

今だってそうだ。



『不思議だ』



そこにあるのに、はるか彼方にまで広がる緑の田園。

この建物で見た自然だけでも、随分と様々な種類の絵画を見たものだ。


どれも美しい品々であったが、ひとつとして同じものはない。

テーマは同じであっても、タッチや構図、視点はそれぞれ違う。


彼らの技術は最高点に達していない。だが、それは問題ではないように感じるのだ。

表現される発想にこそ、彼らニンゲンの作るものに、重きを置いている。



『ただ緻密なものでは、彼らの支持を得ることは難しいのだろうか』


私は廊下を歩き、ランタンに頭を打ちつけながら、教員の部屋へ戻った。



158:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/08/18(土) 22:39:18.37 ID:GDvRgR3q0

「?」


ソフィーの座る後ろにて。

複雑な幾何学模様が刻まれた水色の衣を羽織った、ニンゲンの絵画が飾ってある。

大きなその絵画は、私の高い目線にも見易い。



「ああ、“それはミネオマルタ十五世ですね”」


私の隣に、灰色の服の男性がやってきた。

ティナと同じ、カァチルの言葉を扱うことができるニンゲンだ。


『ミネオマルタ十五世?』

「ええ……『かつての国王でしたが、彼が死に途絶えました』」

『王』


つまりは集落の長ということか。それが途絶えるということは、大きな事件でもあったのだろう。


「『逸話が多い人物です、尊敬されていますよ、特に魔道士からは』……」

『尊敬、か』


憧れる者を絵画にて飾る。

緻密な絵だ、描いた人物も相当に、この人物への思い入れがあったように思える。


私も尊敬する彫金師は何人もいるし、父は特に敬える存在だ。


敬い、尊ぶ。その心はカァチルにもニンゲンにも同じということだ。



160:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/08/20(月) 20:32:38.43 ID:u/jYlFx30

『ニンゲンは、尊敬できるものの彫像を欲しいと思うだろうか』


私は具体的なアドバイスが欲しかった。

作るにあたっては、具体的なビジョンを得たい。


「ふむ……『そうですね、誇らしいもの、尊敬に値するもの……うむ、やはり誇らしいものが良いでしょう』」


誇らしいもの。


『この、ミネオマルタという者は、皆にとって誇らしい?』

「もちろんです」


彼は頷いた。私の決心は固まった。


『彼に関する肖像や絵画、なんでもいい、私に貸していただけないだろうか』

「ほほう!『協力しますとも』」

『“アリガトウ”!』


頭をかくりと下げ、礼を示す。

男性は微笑んだらしく、同じような礼を返した。



164:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/08/21(火) 21:21:47.24 ID:unb/ZBLe0

資料は数人の教員が協力してくれたおかげで、かなり早く集まった。


古書らしき分厚い書物が最も多く、なんと30点。

肖像画のレプリカであろうものが6点。

そして、青銅像の恐ろしく緻密な模写が1点だ。


古書はそれ全てに肖像があるわけではないだろう、1つの頁にあるだけの資料だと思って良い。

だが古書によりそれぞれ、描かれているものは違うらしい。


その違いを思い出し、すぐに本を選び抜くことができる。そこは彼らの普段からの勤勉さからくるものだろう。

感服だ。



「カルケル先生、ミネオマルタ様に興味がおありで?」


顔料室の机の上に資料を並べていると、いつか私の作業を見ていた彼らのうちの何者かが話しかけてきた。


『これからミネオマルタの彫像を作る』

「材料はこの…ほほう、材質はよくわかりませんが良い石ですね、楽しみです」


言葉は通じないが、語らなくともわかるものはある。

作業に入れば、それは如実に現れてくるだろう。



『さて、まずは設計図からだな』


爪に力を込める。



167:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/08/22(水) 20:36:01.61 ID:jEhOSrRK0

特徴は外套。

木製の長い杖。

長く、後ろへ流れる針のような頭髪。

四角の帽子。

顔立ちは、特徴としては鼻や目にそれが出ているのだろうが、他の比べてどの程度かは、私にはわからない。


ともかく資料を参考に思い浮かべ、削り上げるまでだ。


爪を深く刺し、横へ流す。深い切り込みだ。

この空間は、私の思い描く“ミネオマルタ”には必要ない。


そもそも、この人物は線が細く、カァチルのように背が高くない。

翼があるわけでもなし、複雑な羽毛に覆われてもいなければ、鱗もない。

過剰な装飾品に飾られているわけでもなければ、作るのは容易かった。



「すごい……何も、線を引かずに削るなんて」


修練を積んだ私の爪は、硬い石材も容易に裂くことができた。とはいえこの程度までが限界だ。

これ以上は砕くの領域になり、上手く形成できず、丁寧な作業を必要とするために時間もかかる。

金属の道具を使う時はどうしても力が伝わり辛いために、やはり労する。


この石が、最も適した材料であると、私は考えている。


手元の石は粗く、人型にまで形成された。



169:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/08/23(木) 20:56:54.04 ID:dji38qMQ0

「なんて早さだ……」


ここからは爪の奥は使わず、やや細かめの削り出しを行う。

大きく広い部分を先に削り、細かくほそい部分を最後に削る。破損を少しでも防ぐためだ。


習い始めの彫金師は爪1本で削りを行う。が、修練を積んだ者であれば、2本で形成が可能だ。

3本を使う彫金師を見たこともあるが、腕は大したことの無い、早いだけの彫金師だったことを覚えている。

私は速さに執着をしないので、2本だ。


作業は辺りに広げた資料を見ながら進められる。

真横の古書の挿絵をちらりと覗き、二つ前の机の絵画を参考に質感を奇想する。


カァチルが纏うことはない、布だけの衣服。

古木、しかし一度握ってみたくなるような、洗練された形の杖。


削るうちに、私もこのミネオマルタに対する愛着が沸いてきたようだ。



174:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/08/27(月) 20:20:44.68 ID:MBggc25S0

「……」

『……』


ここからは爪は使えない。

ハリとカギバリのみで、細かい部分を削る。

それは頭髪、衣服の繊維、輪郭など。あらゆる細部をこの道具で削らなくてはならない。


袖の羽根にて、作品の表面を素早くはたく。


『ヒュッ』


嘴の先から吐息を噴き出し、溝に入り込んだ小さな粒も取り除く。

そうして見えてきた混じりけのない全体像を眺める。


「素晴らしい、これこそ僕が夢見たミネオマルタの姿だ……」


彫り、眺め、また彫る。

眺める時間はそうそう設けず、ここからは彫りと吐息を平行して行う。


私が父を尊敬するように、ニンゲンの多くが尊敬する彼も、完璧に仕上げなくては。


『もうすぐだ』


不思議な感覚だ。

カァチルではない、他の種族のための作品を彫るなど。未だかつて、カァチルの何者も味わったことのない感覚であろう。

悪くは無い。



176:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/08/28(火) 20:26:11.26 ID:bvhWtoFW0

表面を灰色の羽根が撫ぜる。

浮かび上がる、理性的な男性の表情。


魔力を司る王。ミネオマルタ十五世。ここに完成。


『…仕上げだ』


そして像をひっくり返し、台座の底に私の名を刻む。

いつでも同じ、何よりも慣れた工程である。


『クァルケル』

『ガ』

『……クェチカ』


この像がどれほどの価値を持つかはわからない。

だが、我が名よ。この島に轟け。

正しく評価され、正しき黄金を得て、名誉ある美しい鎧を作るのだ。


決して不当な金を得てはいけない。私が得る黄金は、研究への協力で得るものでも、史学への協力で得るものでもない。

作品で得た黄金こそが、ルピィへ贈ることが許される、正しき黄金なのだ。異郷者であろうとも、死ぬまで突き通さなくてはならぬクェチカの矜持なのだ。


あの純白のルピィを汚さぬように。


『……次に取り掛からねば』



178:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/08/29(水) 19:35:42.94 ID:CppyIENK0

顔料室にあるいくつかの石を並べ、見る。

表面に爪で傷をつけてみたり、ハリで引っかいてみたり。


作品の形と材質は重要だ。

作品を決めて材料を選ぶ。逆に、材料を見てから作るものを大まかに決めることもある。



『ふむ』


私は今、石でも木でもない材料をこの両手に持っている。

鮮やかな青、薄い部分は半透明で、牙や角のように硬質。


ソフィーが譲ってくれたこれは、青鼈甲という。

ある魔族の甲羅であるらしく、傷無しで柄などが整った美品は高く取引されるのだそうだ。


私が手にして眺めているこれは、美品であった。


『どうしたものか』

「こっちよマビヒョン!かっこいいミネオマルタ様だわ!」

「す、すごいです!本当だぁ!」

「おおこれがさっき食堂でウワサになっていた!おお!」


どうしたものか。うるさくて考えがまとまらない。



181:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/08/30(木) 19:30:26.18 ID:5fn8CPVv0

再びデザインを考えるため、顔料室を出た。

着想は普段の生活より得られるものだ。


が、今回に限っては急がなくてはならない。悠長に選り好みするわけにもいかないだろう。



「おっと、『カルケルさん』」

『?』


首を後ろに回すと、書類を抱えたノディが居た。

話が通じる人間と偶然出会えたのは、ありがたい。


「あー……『ミネオマルタ、見ましたよ』」

『どうだろうか』

「はっは、そりゃあもう、『素晴らしいの一言に尽きます』」

『“アリガトウ”』


ミネオマルタ像の話題は、既にこの学び舎では広がっているらしい。

競売の時までには、もっと多くの作品を作り上げたいものだ。


『ノディ、今私は半球状の青い素材を使って作品を作ろうとしているのだが、何かアイデアはないだろうか』

「はは、『私に聞きますか、学者にも不得手はあるものですよ』」

『ふむ、すまない』



182:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/01(土) 23:24:14.86 ID:+tiF/E5y0

半球状の薄材。というだけで、既に目標たるシルエットは決まりきっているのだが。

材料を活かすテーマがなくては無駄というものだろう。


私は青鼈甲と呼ばれるこの材料について一つも予備知識が無い。

なので私は、大急ぎでこれの“持ち主”の知識を仕入れることにした。



「えーと、『ブロンク、雪が多い地帯に生息する大きな亀です』」

『ふむ』


ティナに選んでもらった書物には、確かにこの甲羅と同じものが描かれている。


「ん、ん……『深い雪の下に生える草花を食す』」

『雪に潜る……か』


恐ろしく肌が硬質な生き物なのだろうか。

雪を潜るなど。上を走る事すら憚られるというのに。


「で、『背中には氷柱を乗せて行動しています』」

『馬鹿な』

「えっ?」


私はサハカーテンと双璧を成すほどの魔族の遺物を譲ってもらったというのか?



183:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/03(月) 20:09:42.12 ID:ECEBcieX0

「“キュート”」


その少女が手に持った木製の杖を振るうと、空中に大きな水の玉が現れた。

私の頭部ほどもある水は真上に上がり、少しだけ平たく潰れると、重力に倣って落下を始める。


「“キュアー”!」


再び少女が杖を伸ばすと、水の玉は奇妙な破壊音と共に白く濁った。

そうして、タイルに落下した。


辺りに吐き散らばるかと思われた水の玉は、時を止めたかのように、その形状を保っている



『おお、これは……』

「ふふ、ありがとうね、マビヒョンちゃん」

「えへ、お安い御用です」


地面に落ちた水を、奇妙にも手で持ち、拾い上げる。

それはまさに海のように冷たかった。


「……『それが氷ですよ、見ませんか?』」

『初めて見るものだ……これは、ほう……』


ニンゲンとカァチル。氷に対する認識に違いがあったらしい。

氷といえば、私のいた地域では漆黒であるが……ここでは、白濁を含んだ透明のようだ。


氷を掲げて、空の浮かぶ太陽を透かし見る。


『美しい』


巨大なこれを背負った生物。

粉状の氷の中を進み、その下に埋もれた草花を食む。


なんとも美しい生き物ではないか。



189:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/04(火) 19:30:35.85 ID:7JRac9RJ0

『ふむ、決めた』


この亀をモチーフに、幾何学模様を掘り込もう。

無数の細かい亀の象徴をつくり、配置する。

全体を亀で埋めるつもりはないが、素材の生き物そのものに美しさを感じた私には、それ以外の完成像が思い浮かばなかったのだ。


「ん、『何を作るんですか?』」

『亀、氷、色々見せてくれてありがとう、ティナ。私の中では素晴らしい作品が出来上がると革新しているよ』

「わあ!」


ティナは手を叩いて笑った。

傍にいた子供も笑って見せた。


私も下瞼を閉じ、こんなことはしないのだが、彼らの作る笑顔と同じ表情にしてみせる。


次の作品に取り掛かろうと思う。

完成はおそらく、ここの時間でいえば、明日か二日後となるだろう。



191:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/05(水) 19:46:01.58 ID:L9asSwjG0

未だ誰も見たことの無い、至高の彫像。

様々な尾ひれや背びれをつけたウワサは、一日で広まった。


ミトポワナから都市ミネオマルタへ。

ミネオマルタから川を下ってエクトリアへ。

ウワサは急ぎ足の商人の船にも便乗し、荷物よりも早く全ての街へ届けられた。


一晩で島を隔てたリリにまで届いたというのだから、情報とは電気がなくとも恐ろしい。



「魔族が彫刻を?……ふむ、実に、そそられる」


新しい物好きな知人から贈られたメッセージ便を見て、濃紺の口ひげを擦る名工、メリが工房で唸る。



「魔族の彫刻!」

「呪いかしら!祝福?結界?」

「魔王の封印像だったり!」

「きゃーっ!」


水路街の上では、箒に跨った“魔女会”の女達が、黄色い声ではしゃぎながら空を飛び。



「カァチルの彫像!おお、まるで夢のようだ!ああ欲しい、是非とも手元に据え、お目にかかりたいものであるな!」

「館長!ならばいい加減に購入予定リストの整理を!」


国立美術館の館長室ではその主が踊り。



「……」

『ほう』


路地の壁に筆記体でうねる麻糸を、誰かが横目に見た。


電波が無くとも、ウワサは瞬く間に広がる。



196:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/06(木) 19:54:48.98 ID:eqrO3G5l0

職員の部屋から借りた石灯のぼやけた光を手元に、甲羅を削ってゆく。


八画と六角を融合させたパターンが捩れるように連なる。

交差した2つのモチーフの隙間には亀の象徴が崩された形で、パターンの雰囲気を害さないタッチで刻まれる。

大まかな粗彫りだ。細かくやっていく作業には、一番時間を取られることだろう。


吐息で粉を吹き飛ばすと、こんこん、と扉が叩かれた。

彼らは夜、そこまで活動できてはないはずだが、誰だろうか。



『“ドウゾ”』


許可を出すと、扉は開いた。


「上手くいってますか?カルケルさん。『寝る前に来ましたよ』」


そこにいたのはティナだった。

手元には書類も本もなく、ただひとつの磁器のコップがあるのみだった。

私が刻みを施したものだ。


『この作品にはまだ、もう少しかかりそうだ。協力してくれる皆には、とても感謝しきれない』

「ふふ、『感謝なんて、きっとみんな、それ以上の楽しみを受け取っていると思いますよ』」


そうなのだろうか、と、私の微笑みが粉を吹き飛ばした。


『良くしてもらっている分、君たちのために仕事をしたい気持ちはあるのだがね』

「?」

『この島は居心地が良い、ずっと住んでいたい気持ちもあるのだ』

「……『歓迎しますよ?』」

『それでも、私はルピィに会いたいのだ』


甲羅を削る手を下ろす。

窓の外、この年の島の空のような、夜の闇を見つめる。


『今もこうして、自分でも驚くような新たな技術やテーマを吸収している、根っからの彫金師の自分は、確かにいる…』

『それでも、やはり私の魂の中のおよそ半分以上は、彼女のためにあろうとする意思に占められているのだ』



198:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/10(月) 19:40:00.84 ID:0dQ2usjR0

「……『素敵な方なのでしょうね、ルピィさんは』」


青いキリコをパキ、と指で潰し、ティナは微笑んだ。


「…『カルケルさんは、ルピィさんのどこに惹かれたのですか?』」

『ルピィの』


嘴を頭より高く上げる。

しばらくクチバシの重みに耐え、そのうちに考えは纏まった。


『ルピィ=ポ=クルワール……彼女の家、クルワール家は、名家だ』


派手さも突出した特長もないが、クルワール家の作る作品は慎ましく、その中で洗練されていた。

彫金の中ではそちらを目指す人気は少ないが、腕に覚えのある者ならば誰もが認める、それがクルワールだ。


ルピィはクルワールの一人娘で、先細りしつつあるクルワールを支えるカギとなっている、という話だ。

あくまでも、市の奥方の噂話なのだが……。


日の目を見ないクルワール家の作品だが、その資産を狙って、ルピィに目をつける者は多いだろう。

もはや我が旧友であるガルーガはそこまで考えているか疑問だが、奴もそうだ。

落ち目なクルワールに付け込んで、金の羽根を毟り取ろうという魂胆を抱く男は、これからも増えるはずだ。


……そのような輩に、ルピィを渡したくは無い。


『驕るようだが、私こそが、ルピィに相応しい……』



200:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/11(火) 20:31:31.33 ID:UI5kruNM0

「……ほんと、不思議です」

『?』


ティナは手の中で粉になった青鼈甲をいじり、笑う。

言葉の意味はわからない。


「私、もうすぐ結婚するんですよ」

『……』

「相手の人は親が決めたんです、同じ会にいる人で、信頼できるんだって」


ティナの瞳を見るが、彼女は見返さない。

ただ甲羅の破片をいじるばかりだ。唯一汲み取れる曖昧な表情は、私に口を閉ざしている。


「その人とは何度か食事の会ではあったし話もする、けど私、それだけで結婚できるほど、自分の気持ちに整理がついてない」

『……』

「その人がカルケルさんのように、本気で私と向き合ってくれるなら、決心もつくのにな」

『……』

「……『えへへ、ごめんなさい、ちょっと独り言です』」


その笑みは何を語るか。わかるはずもない。


『そうか、私で良ければ、その相手にもなるが』

「……大丈夫、ありがとうございます、カルケルさん」


ティナは私の肩に触れ、撫で、何かを告げて部屋から出ていった。


『……』


カァチルもニンゲンも同じだ。

何故かそう思った。



201:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/12(水) 20:15:28.08 ID:x+0EgCna0

「……」


ミネオマルタの像の前で、男が薄い髭を撫でる。

彼は誰もいない顔料室のここで、もう一時間近くそうしていたが、ふいに扉が開いた。


「おや、ノディさん、いらしてましたか」


入ってきたのは、主に地学を教えている者だった。

ぎょろりと出た双眸はどこか両生類のようで、高い鷲鼻と頬骨が不気味さに拍車を掛ける。

だが何事が起ころうとも冷静沈着、無表情で知性的。彼の名はメンシンという。


「現代に蘇ったミネオマルタだ」


ノディと呼ばれたモノクルの男は息を吐く。


「地学者としては、群島を荒らさない良き為政者であるという認識でしかないですな」

「魔導士にとっては大きな存在だ」


像に手を伸べ、しかし止まる。美しくも触れてはならない。

葛藤は何度目かのものだった。



203:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/13(木) 21:58:23.67 ID:qMuYSzMs0

「魔道士として、導師として、王として、学者として、何よりも人間として、彼は尊敬できる人物だ」

「そういう話はよく聞きますな」

「人物と相まって、この像の完成度……ミネオマルタの彫像は珍しくない、しかしこの出来の良さは、一体何だ?」


男の言う通りだった。

彫像は、石かと問われても首を傾げてしまうほどの緻密さで彫られており、細部に渡って妥協が一切無い。


指の一本一本を当然のように独立させ、爪の先にすら彫り目を入れる。

紙の房のひとつひとつは風に流れ、外套は膨らみ、杖は不動の力を示す。


魔族が作り出した彫像。


その言葉の意味を、思わず深読みさせるような出来だったのである。



「これが世に出るというのか、出てしまうというのか」

「何か、これに問題があるとでもいうのですかね」

「ああ、個人的な問題だが」


モノクルを外し、顔にじわりと浮かんだ汗を拭う。


「是非とも毎朝拝めるよう、理総校で保管したいところなのだがな」



204:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/14(金) 19:48:15.00 ID:UktcteMh0

「競売で手に入れればよろしいでしょうな」


メンシンはぽつりと、何の意味も意志も含めずにつぶやく。

ノディはその言葉が極上の閃きであるかのように、体をびくりと震わせた。


「そうか!競売で買えばいいのか!」


当然でしょうや、とでも言いたげにメンシンはカエルのような欠伸をした。


「カルケルさんは鎧のための金を集めるために、どうして売らなければならない事情がある……譲ってもらうわけにはいかん」

「金の鎧とはまた、果てない製作意欲ですな」

「故郷のカアチルの島へ戻った後に必要なものだ、それはいいのですよ、それよりも」


再びミネオマルタと向き合う。


「彼だ、競売で正式に買い取るとなれば何も文句はあるまい」

「やれやれ」



207:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/17(月) 15:02:53.20 ID:x6OtTufH0

花彫り。

ボークィル。

ミネオマルタ。

甲羅。

転倒の木。

ユニコーン。

海彫り。

セイラ。



作品が並んだ。

机の3つを占領するそれらに、妥協はない。

サイズの小さなものが多く、特定の場所に配置済みの材料ではなかったので、多角的な彫り方が可能であった。作業は早く進み、予定よりも多くの作品を手がけることができた。


顔料室の窓には板が嵌められ、日光を遮っている。

これは不法侵入者を防ぐためでもあるようだ。


数日前には箒に跨ったニンゲンが空を飛び、ここまで侵入しようとしてきたらしい。

彼らは追い払われ、去り際にごちながらも退散したのだが、再び同じような者がこちらへ来ない保証はない。

故の措置なのだそうだ。


密室の採光には、石灯や灼灯を用いている。

私としては日光よりも、こういった灯りでの作業の方が慣れているので、どことなく手も早く動いた。



『明日……』


明日は。競売に出品される作品達の下見が行われるのだそうだ。

参加も同じくそこで行われる。明日までに持っていけば、それらの作品は全て競売にかけられるとのこと。


つまり、今夜中に作品を1つ仕上げる事が、私の急務であった。

少しでも多くの作品で、金を得なければならない。

鎧を作るためには、並大抵の金では不可能なはずだ。



208:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/17(月) 15:14:54.63 ID:x6OtTufH0

『ティナ、ティナはいるか』

「あー、ティナ?ティナは今おらんですなぁ」


教員の部屋にて尋ねると、近くの席の老人は首を横に振った。

彼女はいないらしい。忙しいのだろう。


「イルノディでもいいかね?イルノディ!」


老人が部屋の奥に叫ぶと、その端から返事が返ってきた。

ノディの声だった。


「はい、はい……『私で構いませんか、カルケルさん』」

『おお、「アリガトウ」、ノディ、度々すまない、どうか私の手助けをしてくれないか』

「手助け?『手助けとは、私にできることであれば』……」

『是非とも聞いて欲しい』


私は要求を彼に打ち明けた。



209:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/17(月) 15:23:41.15 ID:x6OtTufH0

彼らの時間でいうところの一時間を経て、私とノディは馬車というものに乗り込む事となった。

興味がないわけでもなかったが、初めての彼らの世界での外出である。



「えー、『この扉を開けて、中に入り座ってください』…揺れますが、大丈夫ですか?」

『あの日の舟よりは揺れる事など無いのだろう』


この乗り物は、先頭に生き物を。後部には車輪と台を備えた構造となっている。

カァチルが扱うものは自力で引く台車であった。それと比べると、なるほど。自分よりも脚の強い生き物に引かせるとは。

彼らは頭がいい。


「クァアァ」

『……』


だが、この車を引く生き物が、私と似たような種であろう、巨大な鳥であることには、多少の複雑さを感じる。


「ははは……『彼らは知性こそ低いですが、我々と共生しているようなものです、ご安心を、奴隷などではありません』…」

『……そうか、安心だ』

「よし、出してくれ、場所は沿岸だそうだ、頼んだよ」


こうして、案外と揺れの少ない馬車は出発した。



210:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/17(月) 16:19:21.06 ID:x6OtTufH0

景色が等速で流れてゆく。

昔、坂道を台車に乗り、下ったことがある。

遮蔽物の無い曲がった坂を下りた私は、坂から落ちて怪我をしたものだ。


あの頃の私が懐かしい。


「どうですか、『そちらには、どのような移動手段が?』」

『徒歩だ、ニンゲンのように早くは歩かない』


こういった、時を急ぐ事情がなければ、の話だが。


『尾羽がほんのわずか、地に着かない程度を目安とした速さで歩く、それがカァチルだ』

「なるほど……」


景色は早く移る。だが、建物は多い。

どこまでも建造物は連なる。


『ニンゲンは地下室を作らないのか?』

「む、『地下室?民家などでは滅多に作らないかと』」

『そうか』


やがて、建造物もまばらとなり、林に入った。

見たような木々が並び始める。



212:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/17(月) 17:18:31.59 ID:x6OtTufH0

「ふむ……『馬車ではここまでのようです、降りて向かいましょう……場所は?』」

『なんとなくわかる』


近くの木に爪を刺し、体をぐい、と持ち上げる。

針のような葉をであろうものを生やす木の上に登ると、辺りが一望できた。


およそ10km先には、海岸が見える。

手前には、割と近くに木製の小屋が認められた。



「何かー、見えますかー」

『あれだ、間違いない』

「カルケルさん!『降りましょう、危ないですよ』!」

『すまない、わかった……お?』


足の爪がガリ、と勢いよく木を削り、すべる。


『あ』


翼の爪に力を入れたことも災いし、むなしく幹を切り裂いた。

何にも捕まれぬまま、私は尻から落下した。

大きな音だった。鈍い音だった。


「カルケルさん!」

『な、なんと情けない姿を……申し訳ない』


しかし目的の場所は見つけた。



213:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/17(月) 19:44:32.01 ID:x6OtTufH0

木の扉を、爪の背でノックする。

中からニンゲンの少女らしき声が聞こえてきたので、私は内心でほっと胸を撫で下ろし、扉を開ける。


「どちらさ……ま」


小屋の中では、少女と男が向かい合い、細い木を編んでいた。


『シトリー、覚えているか、私だ』

「カルケル……さん?」

「あんたは……」


軽く挨拶すると、二人は途中まで編んでいた小物を床に落としてしまった。

木が解ける。


「こんばんは、私は理総校の者です、彼は遥か南方の……カアチルという種族の魔族ですが、害はありません」


すかさずノディが現地語にて説明をする。

だが彼の次の言葉を待たずに、少女は私に飛びついてきた。



「ごめんなさい!」

『む』


小さな体が足元にぶつかる。私の体は少しだけよろけた。


「お父さんがいきなり銛で刺しちゃって、でもそれって勘違いだったの!お父さんは悪くないの!」

『む、む』


ゴメンナサイという謝罪の言葉は耳に届いた。それ以降はわからないため、うろたえてしまう。



214:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/17(月) 20:13:25.49 ID:x6OtTufH0

「すまない!数日後に衛兵から事情を聞いたんだ!私の勘違い……では済まないだろうがっ…!」


もう一人の男が、膝をついて私に頭を下げる。


「シトリーが襲われているかと!それで思わず、手を出してしまったんだ!」

「あー、カルケルさん……『銛であなたを突いたのは勘違いだった、深く反省してしまう、とのことです』」


ノディの通訳を受け、理解する。

彼らは、私へ行った攻撃を深く反省しているらしい。


腹部を貫かれていながら“怒っていない”ということはない。

ある種、理不尽な攻撃を受けたのだ。それに対して憤るところはある。

ただ、私の家の中で母とヤハエが一緒に居たとすれば、その時は私もきっと、彼と同じような行動に出るだろう。



『仕方が無い、不用意に入り込んだ私にも非があるのだ、驚かせてしまってすまない』


頭を下げ続ける彼らに対して、私も謝罪する。

ノディによって通訳されたであろう私の言葉を聞くと、男はまた“スマナイ”と言って、深く頭を下げた。


本当に、知性的な種族であると感心する。



『そうだな、忙しくなければ、君たちにお願いしたいことがあるのだ』

「は、お願い……?」

『そうだ、今日中にやらなくてはならない事が、ひとつだけある』


ノディは翻訳のした言葉を途切れ途切れに告げながら、学び舎から持ち出してきたそれを取り出す。


「これです」


大きな皮の鞄から現れたのは、ノディの両手に余る程度のサイズの石の塊だ。

小屋の二人の住人は石を見て、次に顔を合わせる。


『私が最初に訪れたこの小屋の、初めて出会ったニンゲン……シトリー、君を形にしてみたいのだ』

「……私?」



215:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/17(月) 20:36:40.69 ID:x6OtTufH0

――――――――――――


『カァチル、群島の端に存在する、僻地の中の僻地』

「しかし、その中では比較的安定した気候」

『その通り、不干渉の島、不干渉の種族として大昔から公言し続け、その立場はそれより守られ続けている』

「“猫”より前に」

『“猫”は若い、記録の上では更に遡り、“針”の時代にまで遡るだろうと言われている』

「ふむ」


『彼らの彫刻、彫金技術は、こと個人の生産においては、世界最大級の精密技術であると言ってもいい』

「人間よりも?」

『人間には不可能な芸当も、彼らは易々と、それも短時間で成し遂げてしまう』


『長い命、長い活動時間、良き目、物欲は無く名誉を求める独自の完成された思想……完成されている、それ故に不干渉、しかし理由は他にもある』

「そもそもの技術か」

『彼らの技術は芸術にのみ特化したものだ、しかし使い方を誤れば、それは兵器製造の技術として、性格を一変させる』

「……」

『カァチルと人間は最悪の組み合わせだ、彼の作品の緻密さを一目見れば、発明者への悪魔のささやきともなるに違いない』

「オークションにだけに留まるわけがない、ということか……静か過ぎる海ほど、恐ろしいものだな」

『手は早く打て』

「せざるを得まい、これ自体もまた、干渉ではあるがな」



――――――――――――



219:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/17(月) 20:56:03.21 ID:x6OtTufH0

仄かに明るい倉庫に、次々と荷物が運ばれてくる。

荷物を運搬する際に定められた“距離”がある。およそ5mである。


荷物同士の接触を避けること、それによるトラブルの回避が目的だ。

大忙しの運び入れの作業だが、焦らず慎重に進められてゆく。


ここへ運ばれる荷物は多くあるが、中には庶民の家を単位にしなければ取引できないほどの品々も存在する。

歴史的に貴重な資料、古代の魔具、滅びた王家が扱っていたであろう食器類。


出品されるものは古いものばかりだが、中には新作もある。

数十年近い時代に作られた、しかし見事な作品。

現在に生きていて、しかし後に伝説となるであろう。そう世間が認める者の作品がそうだ。


それらは時として、人々の期待から、過去の遺物以上の価値を見出すことがある。



「……話には聞いていたが、これほどまでとは」

「でしょう、僕も驚きましたよ、この世のものとは思えない」



厳重な箱を開けた作業者が、緩衝材の綿より取り出したる石像を手に、思わず冷や汗を流す。

一度にいくつも到着した作品達。


これらは明日と明後日に人々の目に触れ、三日後には売買が行われる。


その額は果たして?想像しただけで、作業者は震えた。



221:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/17(月) 21:27:22.05 ID:x6OtTufH0

昼。

倉庫に入ることが許されるのは、あらかじめ一定量の通貨を支払う必要があるのだという。


ただし出品者においてはそれが免除されるらしく、私と同行するティナは免除された。


「ちょ、ちょっと!?」

『?』

「ああ!すみません!彼は問題ありません!この証書を見てください!話は通っていますので!」


私はティナと、ノディと、証書の説明役としてのソフィーらと共に、この下見会を訪れていた。

馬車を利用しての移動は前日にも体験していた。

ティナから馬車について、「どうです?どうです?」と聞かれたものの、彼女の期待に沿える反応はできなかったらしい。

「車輪なのに」と不満そうに呟き続ける彼女を宥めたのはノディであった。ソフィーは終始、持ち込んだ書類と向き合っていた。


ともかく、到着した我々は何事も無く検問らしき場所を通過し、あわただしく応対するティナを尻目に会場への侵入を許された。


『ノディ、私が羽織っているこの布には、何と書いてあるのだろうか?』

「ああ、『無害』、ですな」

『……わかりやすいな、素晴らしい』


用意したのも、着せたのもティナだ。



231:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/18(火) 21:30:56.22 ID:BhuY7Cu/0

その巨大な空洞のような建築物は、強固な外周の柱によって、中央の柱無き空間を生み出すという、やや無茶な構造であった。

屋根は緩やかな推状に抉れている。


建造物の材質は、おそらく金属であろう。

入り口付近の柱に塗られた薄青色の塗装が、剥げ、中の金属が垣間見えている。



『!』


私が建築物に一歩踏み入れたとき、既にある程度の大人数を内包していた会場が、一斉に静まり返った。

いくつもの目が私を捉えて、動きを止める。



「魔族の彫刻師」

「あの魔族が」


口々に聞こえてくるのは、おそらく私への言葉ではない。

それぞれが私を見て、私を確認するための言葉だ。


こういった反応には学び舎で慣れていたが、人数が人数であった。

少々戸惑う。だがいつまでも足を竦ませているわけにもいかない。


「カルケルさん、大丈夫ですか……」

『ああ』


好奇の目は心地よくない。

私の、“彼らに認められないのではないか”という不安がそうさせるのだ。

しかし私は自信を持ち直す。


私がこの日までに仕上げてきた作品を、今までの我が道のりのほどを想うのだ。

何も恐れることはない。



232:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/20(木) 19:22:21.12 ID:ujIxtWI70

臆せず中へ進む。

視線などは知らぬとばかりに、辺りの作品達に目を向ける。


中には、作品と呼ぶには聊かの疑問が浮かぶ品もあった。


『ふむ』


未だ彼らとの美術的な感覚に溝があるのだろうか。

彫刻に傾倒する私には及びつかぬ境地か。


「おや、珍しい……『これはチャクショウ検査筒』ですな」


ノディが私の注目する品を示して補足した。しかし、何のことやら、私には彼の説明の端も掴めてはいない。


「ん、ん、ん」


ノディの逆側から、ティナも口を挟む。しかし言葉として出ていなかった。


「ふむ、着床……」

「あります?そんな言葉」

「……君が知らなければ、無さそうだな」


品物をじっと見つめていても、答えは出なかった。

まことに謎の筒である。



234:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/21(金) 19:24:22.71 ID:2V+SMA5W0

「しかし今年も、品物もさることならが……すごい面々ですねえ」


ティナが背骨を伸ばして、見回す。

ノディも目線を泳がせた。

ソフィーは筒を見ている。


「……『カルケルさんにも紹介しておきましょう、ここにいる方々を』」

『知り合いか?』


私も目を動かして辺りの人々を観察する。

広い建造物内で人はまばらであるが、それでも一瞥に収まりきるものではない。


「ん~、『知り合いというよりも、その道の有名人』……ですかね?」

「はっは、『今回はカルケルさんの作品への関心もあるようで、オークションは賑わいを見せているのですよ』」

『ほう……』


私の作品への関心とはいうが、どの程度までその関心とやらが広がったのだろう。

このオークションとやらの前例も知らない私には比べようも無い。


「例えば……そうですな、『あちらで腕を組む、体格の良い彼』」

『帽子の?』

「ええ、『彼は名工とも称される刀工、メリ…彼自身が作る刀剣もそうですが、彫金装飾を施されたナイフなどは有名です』」

「彼もだけどそうだなぁ、やっぱりあの人は外せませんよ、『白いスーツの彼をご覧ください』」


目を横に流すと、派手な装いの男が中腰で品物を凝視していた。

薄青色の頭髪も珍しく、この建造物内では目立っている。


「『彼はラムネス、わが国の国立美術館を取り仕切る、若き館長です』」



235:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/23(日) 16:03:35.96 ID:SpWRYVju0

私はカァチルだ。

特徴的なコスチュームや頭髪などで判断ができる程度には慣れたが、顔を見て違いいくつも挙げることができるほどには至らない。


『館長』


そんな私であるが、視界の中ほどにいる彼の姿は、やけに脳裏に焼きつく。

服や髪の白さではない。彼のもつ雰囲気がそうさせるのだ。



『不思議な魅力を持っている』

「ええ、でしょう」

『なるほど、ニンゲンにも様々だ』

「あとは……『他にもあちらに金属陶芸の達人、ケロイド……向こうには宝石師のジェシカ、あとは……』」


説明を聞くに、この場にいる者は皆指折りの職人達なのだとか。

人を指し示し、たまに近くにあった作品を併せて紹介される。それを作った人物であるということだ。


作った者と作られた物、2つを並べて見る事ができるのは面白い。


カァチルよりも遥かに身に纏う衣服を重要視する彼らだ。

作品と、その主たる者が身に着ける装飾。それらに関連性を見つけ出そうとしている訳ではないが、興味は惹かれる。


これを作るものは、こういう姿を望むのかと。



236:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/23(日) 16:16:31.66 ID:SpWRYVju0

見事な鉢を眺めていた時、騒がしい声は聞こえてきた。


「飛ぶな!」

「飛ばなきゃ魔女じゃないでしょばーーーか!」


それは空飛ぶ箒だった。

床を掃き、塵を集める箒だ。


それに跨る、空を飛ぶ人間だった。


「あっはぁ!到着!」

「すごい!沢山あるわ!わあ、見てよあれ、禍々しいわ!」

「きゃー、半日は見てられるわね!」


続々と、箒ニンゲンは現れる。合計で3人。この場に似合わず、特にうるさかった。


『ティナ』

「あー…『彼女達は無視で構いません、本当の本当に、無視して良いです』」

『そうなのか』


横目に他の人々を伺うと、皆眉間に皺を刻んでいる。


名工も、金属陶芸師も、宝石師も。

誰一人として、騒がしい箒ニンゲンたちを歓迎していないようだ。



238:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/23(日) 21:32:04.55 ID:SpWRYVju0

「おい、魔女共!入場チケットは確認したが、会場内は全て魔術の使用は禁止と言っただろう!」


彼女らの登場に遅れて、入り口から警備であろう者が声を上げて入ってきた。


依然として箒ニンゲンは宙に居る。

箒の羽根を下向きの垂直に立て、柄に掴まって静止している。


これもニンゲンの成す魔術だというのであれば、便利なものだ。空を飛ぶとは。



「魔術は生活の一部です~!」

「おっさん頭かたーい!」

「ばーか!」

「何だと魔女め!降りてこい!」


言葉はわからない。しかし、感じる事はある。

これは口喧嘩であり、私から見て下らないものだと。


「……『カルケルさん、騒がしい連中で申し訳ありません』」

『気にしない、ああいった手合いはどこにでもいるものだ』


展示場でのガルーガの浮かれを思い出す喧騒だ。

久々に怒りという感情をかみ締めた気がする。


私は騒がしくする俗物的な連中とは無縁だ。

私は作業の時には没頭し、鑑賞の時には見入る者だ。


ニンゲンの世界でもそれは変わらない。私は引き続き、作品を眺める事とした。


なにせここの品々には全て、値がつけられるのだ。

私の作品と同様に比べられ、幾らかは検討つかないが、買われることとなる。


言わば私の敵であり、友でもあるのだ。

しっかりと見ておく必要が……。



「あー!見つけた!あれよあれ!ウワサの魔族だわ!」


……。



239:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/23(日) 21:42:22.98 ID:SpWRYVju0

ゆっくり風を切る音と共に、黒い衣の連中は私を取り巻いた。


「ちょ、ちょっとアンタたち!彼はカアチルからの重要魔族よ!」


その中にティナが入り、私を背に立ちふさがるように抗議した。

だが意にも介さないような笑みを浮かべたままの3人は、我々のやや上から言葉を被せてくる。


「別にいいでしょおねーさん、攻撃しようってんじゃないんだし」

「私達は暴力は嫌いなんですー」

「そんな事よりカアチルの魔族さん!?お願いがあるの!!」

『……?』


箒ニンゲンが接近してくる。私は思わず一歩退いた。



「あなたのその灰色の羽で、羽根ペンを拵えたいの!」

「私は魔道書をに記すための羽箒を作りたいの!」

「私は夜もすやすやと眠れる羽毛布団が欲しいわ!」


ずい、ずい、と3人は詰め寄る。


『な、なんだ君たちは、あまり近づかないでくれないか』



240:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/23(日) 22:08:45.89 ID:SpWRYVju0

「ファンシーバースト」


か細い声が真横から聞こえた。

真横に目を向けると、何かが高速で飛んできた。


何故高速だと解ったのかといえば、小さい点が大きな塊になったからである。



『ぐあ!?』

「きゃ」

「いたっ」

「げふんっ」


私はその場で転倒した。

仰向けであったからこそ、私はその時に何が起こったのかを把握することができた。


巨大な星型の塊が、三人の箒ニンゲンに衝突し、そのまま会場の端まで吹き飛ばしたのである。


「うっわ……」

「なんとまぁ派手でうるさい連中だ」


ティナやノディと同じく右側へ目を向けると、そこにも箒を持ったニンゲンが居た。背の低い、四人目である。

片手に箒を、もう片手に先端に星型のパネルをつけたタクトを持っている。


「同伴者がとんだ無礼を、“魔女会”を代表してお詫び申し上げます」

「……静かにお願いしますよ」


3人とは違う落ち着いた物腰から、あの背の低い箒ニンゲンとは辛うじて話が通じる気がきた。

まあ、ティナの忠告通り、話すつもりはないのだが。



241:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/23(日) 22:47:50.23 ID:SpWRYVju0

「アリアネ先輩手荒すぎー!」

「暴力はんたーい!」

「死ね!」

「公共の場ではお静かに」


この会場内には、ある程度の金銭を支払い、身分を安全であると認められれば入ることが許されるのだという。

隅で未だうるさくやっている箒ニンゲン達も、トラブルを起こしているようで、そうでもないのだとか。


「んー、『魔女会は、魔術の扱いに神秘性を求めている同好会のようなものです』」

『神秘性?』

「はい、『魔術は戦うものではなく生活や人生を彩る偉大な手段、魔術に対する信仰に近いですね、面白可笑しい事件を起こして世間の目を集める事が、主な活動内容です』」

『ふむ……魔術、信仰か』


私は魔術というものを知らない。教義に詳しい学者の一部ならば会得しているだろうが、興味はない。

魔力は爪や道具に力を込めるだけのものであると、私は割り切っている。そう考えると、私は箒ニンゲン達とは相容れない存在なのかもしれない。


「……『きっと彼女達も、カルケルさんの作品を狙っているのではないでしょうか』」

『何?あの箒ニンゲンが?』


あの浮ついた連中が、私の作品の価値を理解できるのだろうか?

ティナは物思いにふけった表情で、足を止めた。


すぐ傍には、ガラスのケースで覆われたミネオマルタの像がある。


「はい…『彼女達は、カルケルさんの求める芸術性よりも、人間ではない魔族が作ったという神秘性に惹かれてるんだと思います』」

『……それは私が魔族であるという、それだけで?』

「そうだと思います……『それもまた価値なんですよ、彼女らなりの』」

『……』



242:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/23(日) 23:04:09.18 ID:SpWRYVju0

魔族が作った作品だから価値があるだと?

なんだそれは。

お前達は、「人間が作った作品だから価値がある」と私に思われ、そのような形で認められて納得できるのか?


私はできない。そんなものは価値ではないからだ。

たとえ羽が逆立つほどの値がついたとしても、それは正当なる価値ではない。決して認めない……。



ニンゲンそれぞれにある様々な価値観念を想いながら、今日の出品者・関係者のみの下見会は終了した。

明日と明後日には、一般への公開となり、厳重な警備の下で管理されるのだという。


そのときにはもうここには入れないそうだ。



『……彼らなりとはいえ、正しい美意識の下に値段をつけられたいものだ』

「あはは、『心配ですか?』」

『心配などというものではないさ、全く……』


最寄の宿泊所へ帰る暗い道で、私はティナに愚痴を漏らしていた。


『魔女会といったか、彼女らにだけは、買われたくないものだよ……』

「んー……『オークションですからね、最も高い値段をつけられては、そうもいかないでしょう』……」

『……』


宿を目指す私の気と足は重かった。



243:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/23(日) 23:08:24.97 ID:SpWRYVju0

20121127001


246:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/09/23(日) 23:37:12.08 ID:yjFtxsQs0

最後の不意打ちは卑怯だwwwwwwwwwwww



248:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越):2012/09/24(月) 06:51:23.44 ID:msrGTwZAO

俺の中の凛々しいカルケル先生かえせwww



249:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋):2012/09/24(月) 12:03:11.09 ID:ZjhI22tIo

カルケルwwww



250:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/24(月) 19:03:16.78 ID:q/nZCmpR0

一般への公開日。

出品される作品は、たいだい今日のうちに金額的優劣がつけられるのだという。


それらは8段階に分けられ、段階別に最も高い部類からオークションは行われる。

金額の大きな品物は処理が慎重に行われるのだそうだ。落札者としても、そういった進行の方が一番の目当てを狙う上では良いらしい。

私には関係の無いことだが。


と、考えていたのであるが。



「あの、『カルケルさんは落札しないのですか?』」

『私が?』


この宿で最も大きな椅子に腰を掛けて寛いでいた私に、書類を眺めていたティナが訊ねてきたのだ。


「はい、『出品者は特別に、出品カタログを無料でもらえるんですよ』」


真鍮のコップに入った紅茶を一口に飲み干し、ティナから差し出された書物に目を通す。

そこに書かれているのは品物のスケッチと、説明らしきものと、値段らしきものだ。


私にも“丸”が多ければ高い品物であるということはわかる。


『売りはしても、買う余裕は無いと思うのだが……』

「ふふ、『でも一応、考えてみては?お金が余るかもしれません』」

『ふむ……』


ニンゲン達の作品の購入か。

カァチルの島でさえ、あまり他者の作品を買おうと食指が動かなかった私だ。

興味をそそる品物があるだろうか……。

考えてやらなくも、ないのだが。



256:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/25(火) 20:04:43.70 ID:btvJDrJW0

ソファで書類にペンを走らせているソフィーの隣に腰を落とす。

彼女は一瞬だけ私を見たが、すぐに自分の作業に没頭し直した。


『……』


彼らの用いるペンは不思議だ。

金属、角、牙、硝子、実に様々な材料で、それらによって異なった形のペンを作っている。


紙に文字を湛え、知識を蓄える彼らの極意と言えるだろう。


「……何?」


ソフィーが細めた目をこちらに向けた。私の視線が邪魔になってしまったようだ。


『作業を止めて申し訳ない、そのペンを見せてはくれないか』

「?」


爪で指し示すと、ソフィーは特に躊躇もせずにペンを私の前に転がした。

それを爪で掬い取り、彼らの流儀なりに握ってみる。

……彼らの持ち方を真似するには、少々爪が長すぎるようだ。


『……ペンか、ペン程度ならば、買ってみるのも悪くはないか?』



257:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/26(水) 23:29:56.16 ID:ETtxPvYo0

ティナとソフィーは寝ているらしい。

私の部屋には、私のみ。ノディはどこかへ出かけたのであるという。


『……おお』


いつのまにか昇っていた太陽に目を剥き驚く。

今日が作品の下見の最終日だ。


明日にはオークションが行われ、私の作品も売買されるだろう。

そこで、どの程度の金が手に入るかが決まる。決定的な瞬間だ。その時には絶対に居合わせなければならないし、オークションというものを私自身、味わってみたい。


『とりあえず、目ぼしい物は決まったが……』


日が昇るまで紙をめくり、品定めをしていた。

ペンにのみ目標を絞り、興味が出たものをいくつかリストアップした。


スケッチのみで描かれた作品紹介には限度があったので、今日この日には、これらを直に見なくてはなるまい。

ペンを用いず作品を手がけてきた私だが、技術を後世に遺すためには、こういう道具も必要なのかもしれない。



258:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/27(木) 20:21:20.64 ID:xNllZymd0

ペンを見るだけだ。通訳は必要なかろう。

ティナもソフィーも遅くまで作業をしていたようだし、起こすのも悪い。

彼らの睡眠事情を掴みきれていないというのもある。


なので私は、単独で街を歩いた。



「あれって……」

「大丈夫なのかしらね」

「でけえ……し、なげえ……」


何に動じる必要も無い。

私はただ、尾羽を地に着けぬよう、一定の速さで歩くのみだ。


私はクァルケル=ガ=クェチカ。しがない彫金師だが、誇り高きカァチルの彫金師だ。



「あ……えっと……」


昨日も居た、警備担当らしき男の前に立つ。

ほぼ私が見下ろす形となるが、身長差だ。悪意はない。


『ついこの前の者だ、入っても構わないのだろう』


呆然と立ち塞がるだけの警備員の肩を、爪の背で軽く叩く。


「……いいのかな」


警備員はのろのろと退き、私は会場へと踏み入った。



260:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/09/28(金) 20:59:22.16 ID:bbEUxixu0

現物の番号と同じものを探す。

それは苦痛でもなんでもなかった。


まずは0の商品を探す。そこから順に見れば、ある程度の記号の大小はわかる。

それを参考に、帳面に記したペンの番号を探すだけだ。



『これか』


帳面の絵とそっくりの品物の前にたどり着いた。

ペン。5層のガラスに彩られた文様が調和し、美しい。

先端のねじりがインクを溜める機構として役立つのだという。


5層に色を蓄えるペンは、角度によって多くの表情を見せてくれる。

一見して子供だましのような細工ではあるが、完成度は高い。美しい品である。


そちらにずっと目を向けていても良いと思えたが、全て見回る必要がある。

幸いにして、ペン関連は一定の場所に置かれているものが多く、すぐ3つ隣にもう一品を見つけることができた。


古びた木材に七色に輝く石が埋め込まれた、不思議なペン。

七色の輝きの材質は不明である。



262:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/01(月) 19:44:16.47 ID:paqY8j4T0

私の足がふと止まったのは、1000番の作品の前だ。

それは見るからにペンではない。

買うつもりのない作品にクチバシを向けたまましばらく止まっていたが、ついに興味には勝てず、体をも向けてしまった。


『これは……』


異質なものがそこにあった。

見た目が異質というわけではない。そこに置かれている物は、ただの書物である。

ニンゲンが記すものであり、我々カァチルも、似たようなものを扱っている。別段、珍しいものでもない。


その珍しくもないものの、文字が何一つ書かれていない書物を前に、何故私は立ち止まってしまうのか。



『人間の世界を楽しんでいるようだな』

『!』


親しんだ言語の、懐かしくもある訛りのない言葉に、私の羽毛は逆立つようであった。

声の主を見なくてはならぬと、首を後ろへ向ける。


『なに、楽な格好で、素知らぬ風に聞くが良い、カァチルの者よ』


おぞましい想像の中での姿とは裏腹に、私の背後には、ニンゲンの女性らしき者がいた。

が、私はこのニンゲンから、到底ニンゲンとは思えない気配を悟っていた。


それは、この者の栗色の長い髪であるだとか、体に纏うヒト肌色のボロ布であるとかではなく。

私のみが悟れるのであろう、彼女らしき者の微細な魔力の波動から来るのだと、確信した。


『前を向くが良い』

『……』


私は言葉に従った。

この者が恐ろしかったのだ。


命令されることや、命令に背いた先にある不明瞭な結末にではない。

存在そのものに、私は自身でもつかめない恐怖を抱いていたのだ。



263:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/02(火) 21:00:38.93 ID:k/tWTwTW0

後ろの存在に目を向けず、そのままの姿勢で待機する。

誇り高かろうカァチルの彫金師も、なぜだろうか、ここでは単なる、言葉を待つだけの存在であった。


『正面に置かれている1000番の本の、表紙を見るのだ』

『表紙……?』


顔を傾げ、本を見る。

黒いカバーの、簡素なサークルの模様が描かれた本。

何の変哲もない、しかしどこか心に何か違和感を残す本。


『……!』


ぼんやりと眺めていると突然、本の上に鉄の塊が現れた。

瞬きをする一瞬の間に生まれたのか、運ばれたのか、ありえなくも最初からそこにあったのか。

ニンゲンが扱うであろうことは理解できる、角ばった鉄の塊である。



『それは幻、蜃気楼の書が生み出す幻影に過ぎない』

『幻影……これは一体』


私が目の前の鉄を幻影であると理解するや、それは宙に浮かび上がり、その要素の全てを見せるべく、ゆっくりと回転をはじめた。

見るに、L字。

ひとつの先端には穴が開いている。穴の中にはよく見れば、螺旋が刻まれている。


『これはカァチルの彫金師たるその目にどう映る?』

『……芸術品でないことはわかる、だが精密な物だ』

『これを作る事ができると?』

『……いくつかの部品で出来上がっているのであれば、それらを見なくてはなんとも……』


言うや、鉄の塊はかちゃりかちゃりと音を立て、それぞれの部品が抜け落ちるように崩壊し、継ぎ目のない多くの鉄となって宙に散らばった。


『これらを作ることはできると?』

『……我々からすれば、難しくはないだろう』


つらつらと成されるがままに答えている自分が不思議だった。

反面では疑問にも思わない、当然のように従う自分もいた。


そうだ、私はそれが恐ろしいのだ。



266:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/03(水) 20:46:05.67 ID:YtFYUpvQ0

『さすがはカァチルの技術者、この世界に未だ脅威を実現させる能力があるとは』

『……?』


私が鉄片たちに疑問を抱くと、それらは再び組み合うように結合し、一つの塊に戻った。

そしてそれはゆっくりと回転し、闇のような穴をこちらに向ける。


『……』


穴の奥は螺旋に続く。その向こう側に何があるのかはわからない。

ふいに、鉄が鳴る。


私は、無邪気に螺旋を眺めていた自分自身を恨んだ。


『!?』


螺旋が輝き、火花は私の額を貫いた。

一瞬の輝きと瞬間の死。私は自身の終わりを、その刹那に実感した。


そして不思議であるが、私は、私を殺した鉄の塊を“銃”であると認識することができた。




『――技術はかくも恐ろしい』

『……』


目の前の塊は、嘘のように無くなっていた。

夢のように動く腕で額に触れてみると、穴は開いていなかった。

呼吸ができることに気付くいた時、私はまだ生きていることに安堵することができた。



267:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/04(木) 21:20:03.16 ID:58/SMwvy0

『今のは……』

『幻影だ。先ほどの機具が実体か、そうでないかの違いではあるがな』

『あれも幻影……』


島で時折見た魔天の蜃気楼の幻影とは違う。

起こった出来事すら感覚に残す、恐ろしい幻だった。



『銃というあの道具は、殺すための道具なのか』

『人間の子供であっても、魔族や魔獣を一撃に斃すことのできる兵器だ』

『私は作らん!』


私は背後を向き叫んだ。

大きく開けた口で威嚇し、翼を広げる。


ニンゲンを象る異常の存在は、文様の瞳でこちらを見据えるのみ。

体格も、その種がもつであろう殺傷能力も、私が勝っているはずである。


しかしこの者はニンゲンではない。私の震えが止まらないのだ。

そうと解っていても、私は反発に出るのだ。


『教義の全てを肯定はしない!だが私も認めるその零項、“カァチルの全ては、梢の上の美の追求”それこそが我が世の真実だ!』

『貴様が何者かなど知らん!だが私の力を邪に利用する腹心算ならば、私はカァチルの誇りをもって、この命を省みることはない!』


ルピィも故郷も、何に会えなくとも、何に帰れなくとも構わない。

私を伝にカァチルの力を利用されるくらいならば、私はここで死んでみせる!


『ほう、素晴らしい覚悟だ』


冷笑。

私は、魂を揺るがす雹嵐のような声に負けじと、爪を剥き出しに睨む。


『貴様は何者だ!ニンゲンか!?他の魔族か!?どちらでもいい、中立のカァチルを利用する事がどういうことか、わかっているのか!』

『全てを解っているとも、だからこそ我はここに居るのだ、カァチルの者よ』

『なに』



270:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/09(火) 20:59:45.58 ID:AtRTMfbu0

『ニンゲンはもはや、この世の頂点にあると言っても過言ではない種族だ』

『……!』


その口ぶりから、その者がニンゲンでないことはわかった。


『かといって、ニンゲン如きの半端な知で、全てを害であると魔族全てが焼き払われることは好ましくない』


その言い様から、その者は魔族であることがわかった。


『我はニンゲンも、魔族も、全てを平穏の下に管理する。わかるか、カァチルの者』


ああ……この者は……私の目の前にいるこの者は……。

間違いない……。

“魔王”だ……。


生まれた時より定められた、“種族の壁”などという言葉でも画しきれない力の差……。

多種多様、無法者達さえ従える能力を持つ、絶対の“精霊”…。


通りで私の体が“生きろ”と反発するわけだ。

だが。

それでも私は、死の恐怖に従うつもりはない。



『そう恐れるな、我は暴力など、そのような野蛮で下劣な手段を使わない』


私の目に巨大に映る掌が、私のクチバシから出かかった言葉を制した。



272:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/10(水) 21:30:01.05 ID:LMc3ipvZ0

『我が望む平穏には、ニンゲンとカァチルの共存は有り得ない』

『……』

『そもそもカァチルと他種族との交易自体を私は危険視している…こちらの理想は、隔絶された世界で自立するカァチル、それのみだ』


この者の言いたいことが、なんとなく掴めてきた。


『私を殺し、ニンゲンたちとの接触を断つというのか』


カァチルの技術を封印し、徹底してニンゲンへの漏洩を防ぐというのならば。この者にとって、私は邪魔な存在だ。


『及ばぬ、来てしまったものは仕方が無いのだ、ゆえに』


ニンゲンの形をした魔王が、延べた手の先に幾本もの糸を繰り出した。

細い細い糸が8角形に交わり、幾重にも重なり合う不可思議な編みこみによって、そこには長方形の美しい紙が作り出された。


『故郷に帰るがよい、魔族の彫金師よ……あるべき場所へ』


手に収まる紙に紋様が浮かぶ。

薄く、しかし隙間ない紙。見知らぬ、しかしどこか恐怖心を煽る紋様。


『これは』

『その切符を破ることで、魔の使者は風の如く訪れるだろう……使者はすぐにでも、故郷へ帰す手はずを整えるはずだ』

『……!』


手元の紙を再びに見る。

小さな紙だ。しかし、私の本能はただの紙ではないと囁き、同時に私は違和感の中の確信を持てた。


故郷へ帰れるのだ。

夢にまで見て、ひと時は絶望すらした私が、故郷へと。


『何故私を……』

『結果として助けることとなっただけだ、気にすることは無い』


魔王は肌色の裾を翻し、出口へ歩いてゆく。


『……そうだ、故郷へ戻してはやるが、それにはひとつ条件がある』

『何でも聞く』

『素直で良い』


魔王は背で笑った。


『……我の存在、その切符、関わること全てを人間に、いいや、故郷の魔族にも隠してもらおう……平穏のためには、その程度の隠蔽は必要なのだ』

『恩に着る、必ず守ると誓おう、この爪に』


魔王はそれきり答えずに、出口へ歩き去っていった。

途中、背姿のままに手を振って別れを告げていた。


出口から差し込むまばゆい日の光に魔王の姿が霞むことを感じると、気付けば、そこには誰も居なかった。



274:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/11(木) 19:49:29.81 ID:YMby6OAK0

は、と正気を取り戻せば、そこは今まで私が立っていた場所であった。

オークションにかけられる予定の作品達に囲まれた通路。


しかし残り香のように私の頭に掠める違和感はなんだろうか。

まるで夢から覚めたような感覚だ。



『……』


しかしこの手の中に切符はある。

夢などではない。



「断然に“幌を被る猿”でしょう、15年ぶりに姿を現したのです、誰もが狙うかと」

「いやわかりませんぞ、“レルゲン像”も素晴らしい完成度ですからな」


ついさっきまで私が声を張り上げ、恐ろしい幻影が展開されていたというのに、周りの者達は何も異変など無かったかのように活動している。

ちらりと私のほうを見るニンゲンこそいたが、その視線には深い意味など無いことは解る。


『……』


作品が並ぶ机の上を見る。

1000番の札で示された書物は、先ほどまで見たものとは全く別の表紙に摩り替わっていた。


“晴れた蜃気楼”

その表紙に記された文字が示すものを、私は知らない。


私は袖の羽根の奥深くに、切符を大事に仕舞い込んだ。



276:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越):2012/10/13(土) 02:15:54.46 ID:2ObhPYpAO

ニンゲンに囲まれたこの状況に違和を思う。

先ほどまでの出来事は、あまりにも強烈に私の頭を揺さぶったのだ。

思考の揺れは、慌てた様子のティナが私を迎えに来るまで続いた。


地道に路銀を集めるしかないと、正攻法を諦めかけていた私に手を差し伸べた、謎の魔王。

舟も使わず、竜も使わず、ただ破るだけで故郷への道筋が立つという、謎の切符。

値段をつければいかほどになるかは知らない。誰に訊ねることもできない魔道具。価値は、不明だ。

私にとっては金塊と同等以上であることは確かだ



『ティナ』

「ん?『どうしました?』」

『……私が故郷に帰ったとしても、私がいた事を覚えていてくれるか』


それは、切符を懐に暖めた私が、不意に聞きたくなった、私らしからぬことだ。

気にしなければ、聞くこともなかった事だろうに。


「…『当然、忘れることなんてありませんよ』」


ティナは恐らく微笑んだ。


「『貴方に会った誰もが、きっと貴方を忘れないです』」



277:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/13(土) 21:51:41.34 ID:6yG/S4/T0

それはかなり後で気がついたことであるが、ティナは私の言葉を、オークションで得た金銭で島へ還る自信があってのものとした上で聞いていたらしい。

が、私は彼女の言葉から意図を汲み取ることはできず、ただ「ありがとう」と片言に呟いただけであった。


ちぐはぐな会話だったのだが、私は心のどこかで救われた。

どこで救われたのか、自分を探る気にはならなかった。探してしまえば私の中の不完全な何かが砕けてしまうと思ったためだ。



『ペンを持ち帰ろう』


私は決心した。

ただ故郷に帰るだけではならない。私はここで、多くの貴重な時間を費やしてしまったのだ。

サイクロンにさえ呑まれなければ、私は島で様々な工面を行い、金羽根を調達し鎧の製作に当たっていただろう。


が求婚期間近のこの時になっても未だ、私の金庫の中に金羽根は五十枚もない。

金の鎧、ピガ・ポルガを製作するには、少なくとも金羽根が三百枚は必要だ。

かつては金羽根百枚のみで鎧を作ったという彫金師もいるが、それでは自羽が透けて見え過ぎるため、格好がつかない。


金羽根を三百枚、この島で手に入れなくてはならない。

熔かし、鎧を作らなくてはならない。


私は切符を破る前に、まだやるべきことがあるのだ。故郷の地を踏むのはそれからだ。


私は明日の結果を夢想し、瞼を閉じ闇へ沈んだ。



278:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/13(土) 22:05:53.36 ID:6yG/S4/T0

―――――――――――――


壇上に並ぶ作品を囲んだ誰もが、口々に言った。

ティナの隣の茶色の椅子に腰をかけた私は、曖昧ながら眼の上らしき部分で、不思議とそれらの意味を正確に掴むことができた。



「誰が作ったともわからんのでは」

「ニンゲンではない者が作った品など」

「魔族にニンゲンの芸術などわかるまい」

「ここでは自分が何よりも優れていると驕っているのではないかね」

「金一枚も持たぬくせにな」

「よくこの程度の腕で求婚など」


思わず私は立ち上がり、壇上に近い者達へ声を張り上げる。


『何を!黙れ!勝手なことを!お前らに何がわかるというのだ!』


無数の目が私を刺す。


「何を?」

「黙れ?」

「勝手な?」

「全て我々の言いたいことだ、何を勘違いしているのだ」

「技のない彫金師とやらが何を喚いたかと思えば、評価者への暴言か」

「せめてあるべき品性もないとは、最悪だな」



「クェチカも、この馬鹿者の代でおしまいか」



―――――――――――――



279:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/13(土) 22:17:28.68 ID:6yG/S4/T0

叫ぶことも無く、私は静かに瞼を開いた。

6分割された窓から漏れる陽の光が、私の左肩を照らしている。


「カルケルさーん、起きてらっしゃいますかー」


ティナの声がここまで聞こえてくる。

ここは宿の中であった。


私は眠っていたのだ。

それを確認することができた私は、思わず咳き込んだ。


「カ、カルケルさん!?」


勢いよく開いた扉からティナが駆け込んでくる。

椅子から前に倒れた私の肩を支えようとするが、重さに負けて手が離れてしまった。


「カルケルさん!」

『……私は大丈夫だ、目覚めが悪かっただけだ』


膝と左手を支えに、なんとか立ち上がる。

脚は小さく震えたが、なんとか直立することはできた。



『オークションは、まだか』

「え?『はい、これからです、まだもう少し時間があるので、食事を取りましょう』……大丈夫ですか?」

『そうか、良かった……私は問題ない、すまない』


毛羽立った腕翼を爪で梳かし、抜けた羽根の一枚を胸に差し込んで一息をつく。


『食事を取ろう』

「はい、こちらですよ、もうできてます」



280:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/13(土) 22:48:19.17 ID:6yG/S4/T0

しばらくのうちに慣れた紅茶をくい、と一口に飲み、私は正面で肉のサンドを食むノディに訊ねようと口を開きかけた。

が、訊かないことにした。あのような夢で、弱気になっているのだけなのだと、信じなくてはならないからだ。


そのまま、時折ティナがソフィーに話しかけるだけで、食事は静かなるままに終わった。


私は昨日見たペンの番号を書類にて再確認し、思い出したように腕の翼の奥にある切符の存在を爪にて認めると、本日何度目かの安堵を得た。


「んし、『じゃあ会場へ向かいましょうか?』」

『ああ』

「そうですな、お偉い方の取り巻きで混む前に、早めに席へついてしまいましょう」


今日のオークションで、私が求婚の鎧を仕上げられるか否かが決まる。

作れたとしても、その品質がどう転ぶかも、未だ解らない。


評価の基準がわからないこの島においては、私の彫金がどういった結果を出すのか、全てが未知だ。

夢のような結果にだけは、ならないはずだ。

私は自身の力を、驕りではなく信じている。



281:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/14(日) 00:32:09.53 ID:gw3BpXeT0

私はオークションの会場というものを、昨日まで訪れていた巨大な倉庫と似たようなものだと考えていた。

が、本会場はさらに巨大で、まずは視界一面に広がる赤絨毯の均一な清潔感が、空間の用途が全く別物であることを語っている。


最奥に構えられた控えめな、しかし鉢状の場内のどこからでも見える壇上には、品物を載せるためらしい頑丈そうな脚の多い金属の台が置かれている。

あそこに私の作品が並べられるのだろう。


「ふふ、カルケルさん、『ここは本来、音楽を鑑賞するための場所なのです』」

『音楽?』

「はい、『ロイヤルリリアン楽団、アラゴ・ベル楽団……名高い奏者達が集まって、週に一度は名演を奏でます』」

『ほう……音楽か』


席につく満員の聴衆。

壇上に構える奏者。


この島の、ニンゲン達の音楽とは。

……気になるところだ。


『聴いてみたいものだ、一度でも』

「ふふ、『イベントの後には色々と準備もかかります、けどオークションの後、二週間後には聴けるかと』」

『……』


二週間とは、この島での14日。

つまり太陽が14度、昇る時だ。


鎧が完成するほどの金が集まったとなれば、その時までに私はいないだろう。



282:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/14(日) 17:32:24.52 ID:gw3BpXeT0

ぽつぽつと入場するのみだったホールの中は、いつからか堰を切ったように人が流れ込んだ。

座席の大半は埋まり、雑多な会話たちは広い会場でも大きく聞こえる。


「壇上に近すぎず、遠すぎず、良い席を取れましたな」

「挙がる手もある程度、見えますしね」


ノディとティナがソフィーを挟んで話している。

ソフィーは話に加わらず、書物を読んでいるようだった。


私の座席は会場のものではなく、特別に用意された別のものであるため、否応無く会場の端となってしまった。

私の体はニンゲンのそれとは違い、大きすぎるのだ。

大人数が着席できることを目的としたこのホールの椅子では、私の体は収まらなかった。


端の通路をやや圧迫する形となるが、作品を運び入れるところではないという事らしいので、問題は無い。

背中に感じる視線は、もはや仕方あるまい……。



『皆様、ようこそお越しいただきました』


男性のざらついた大きな声が、会場に響いた。



283:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/14(日) 22:25:20.94 ID:gw3BpXeT0

壇上の中央に陣取る者は、ニンゲンではなかった。

金属質らしい身体に、頭部には2つの黄色い眼光を灯した、見知らぬ魔族であった。

背丈も話し方もニンゲンのようではある。


誰も壇上の男を訝しむ素振りをしないところを見るに、長くからの共存関係にあるのだろう。



『これより始まりますは、第四十回の新・ミネオマルタ競売会、一年前の今日は車輪も空回りする曇天……』


司会の男がそこまで喋ると、壇の上の彼の足元に靴が投げ込まれた。

同時に男は閉口し、会場は淑やかな笑いに包まれた。


『……?』


司会への妨害と嘲笑。私は思わず首をかしげる。


「ふふっ、『伝統なのです、司会は何日もかけて渾身の時候を考えるんです』」


ティナは壇上の醜態を愉快そうに笑いながら言った。


「『そこですかさず、商人が靴を投げて開会を促す……カルケルさんの目に野蛮に映ったようでしたら申し訳ない、茶番のひとつなのです』」


端で静かに含み笑いするノディも、それに付け加えるように言う。


『ふむ』


司会は挨拶も無く、しかし恥じも何もなく、むしろ少し楽しそうな足取りで袖へと帰っていった。

替わるようにして何人かの男達が壇上へと現れる。

これから本番が始まることは、暖かな笑いから緩やかに沈黙しつつある会場が物語っていた。


「毎年、投げ込まれる靴が高級になってる」

「あはは……」


ソフィーが静かに何かを零すと、ついに会場は沈黙した。


袖から、光沢ある布に覆われた何かが登場する。



284:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/14(日) 22:42:55.54 ID:gw3BpXeT0

「ふむ、『始まりのようです』」


ノディが呟き、布は取り払われた。

商品の姿が顕になる。


『何、もう始まるのか?あまりにもいきなりではないか』

「はい、『格式の高い競売会なのです、進行の方式はカタログにもあります、実際の感じは慣れた者だけがわかります』」


ティナがあっけらかんと言う。が、随分な冷たさのある会だと私は思った。


「田舎者お断りの“水臭い”会」


ソフィーがどう思っているかは、表情からも言葉からも一切読み取れない。

それに対するティナの苦笑いを見てもわからなかった。




「紳士淑女の皆々様、札はお持ちのようで、はい確かに揃っておいでのようで、それでは早速一番の品からはじめさせていただきます」


会場が一瞬で、真の沈黙に包まれる。


「発句は11,000YEN、ではどうぞ!」


会場のあちらこちらから、一斉に札が上がった。



285:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/14(日) 22:54:13.66 ID:gw3BpXeT0

20121127002

今日はここまで。



287:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/10/14(日) 23:28:21.30 ID:Qjg5YscIO

知的なイメージがなくなってゆく…



290:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/15(月) 19:45:43.96 ID:3jgvQ1Xi0

「16,000YEN!七百二十二番の方!」

「21,000YEN!手前百十番の方!」

「22,000YEN、四百七十八番の方!他にございますか!22,000!」

「出ました22,500!手前三番の方!」


司会の口はよく回り、止まることが無い。

何らかの方法によって拡大された声はよく響き、会場内はそれを聞いて騒然とした話し声が飛び交う。


競売者は、値段と番号を喋っていた。この島に来て、数字の数え方だけでも教わったことに感謝である。

わかっているからこそ、数値の跳ね上がり方を直に感じることができた。



「ふむ、『まぁ毎年、大体このような雰囲気ですよ』、カルケルさん」


ノディもティナもソフィーも、膝の上に札を置いたまま微動だにしない。

会場の真後ろに首を振り向かせれば、いくつかに色分けされたパネルがはたはたと上がったり、逆に素早く下がったりしている。


挙げた者が買う意志を示し、色が値段の上げ方を指定しているのだという。

私もパネルをその手に持ってはいるが、挙げる機会はまだまだ先だろう。


ペンの競売はかなり後半にもつれこみそうだ。


『が、逆に……』


私の作品の落札はかなり早いようだ。

六十から連番での出品である。結果が早いのは実に助かる。



「手前四十二番の方、22,800YENにて落札!」


3度目のベルが響き、会場は大人しい拍手に包まれた。



292:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/16(火) 22:40:57.21 ID:WPko8kf70

売れた品物は掃け、代わる代わるに新たな品物が壇上に現れる。

売り手も買い手も慣れたもので、自分が狙う品番がくれば迷わずパネルを挙げ、多少の駆け引きはあれども早期に決着はつく。

誰もが、買う予定の品物に対する予算を決めているのだろう。

それはある意味で、既に芸術品に対する価値が、相場が定まっていることを示していた。


下見会で全ての品物に対する価値が決まったか、それともそれ以前からか……。



「手前一番の方!105,000YENにて落札!」


会場がどよめく。

全てが相場で決する訳もなかったらしい。



「ふむ……『ラムネス、館長です……彼は自分が欲しいと決めたものには、とことん執着する』」

『ラムネス……』


下見会に出ていた白いスーツの男だ。

会場の最前列の中央に座り、小さくパネルを掲げている姿が見えた。


「『彼はこのオークションで多くの品物を買う立場にありながら……同時に、館の品物を競売に出しています』」

『元締めか』

「ええ、『悪いことではありません、ただこの場で最も、流れを掴んでいる者と言えるでしょう』」

『先ほどから、かなりの品物を競り落としているようだからな』



299:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/18(木) 19:55:14.31 ID:y/1vT4Lp0

「あとは…『沈黙を守ってはいますが、手前に座るメリ、ザナク、…彼らは職人ですが、毎年よく買う』」

『ほう……職人でも』

「ええ、『珍しくはありません、ただ彼らは特に目利きだという話を聞きます』」


同じ職人であり、目利き……。

なるほど、そういった者も参加しているとは。

だとすれば是非、私は彼らに買ってもらいたいものだ。

目利きであれば私の作品の価値に気付いてくれるだろう。



『はい、続きましては出品番号四十四番の品を、発句820,000YENよりはじめさせていただきます』


一際高い値がつく品物が現れた会場の雰囲気も、それに合わせてどよめいた。

いくらかの表情も硬く、札を握る手に力が篭っているような動きも見られた。


「あ、四十四番かぁ……『カルケルさん、今回の44番は“砕かれぬ盾”という品で、かなりの目玉になってます』」


台車に乗せられ、品物はやってきた。ニンゲンほどの大きさもある盾であった。

中央に大きな穴が開き、らせん状にやや、盾が捩れたような跡がついている。


果たして穴が開き、深い傷のついた盾に実用性や芸術性はあるのか。

しばらく眺めても、私は理解することもできなかった。


『確かに砕けてはいないが……』

「あはは、『逸話があるのです……国立美術館より出品されたものです、大きな価値があるものですよ』」


ニンゲンの歴史が詰まった品であるということか。

我々でいうところの“錆びた鐘”と同じようなものだとすれば、それは私のような者には余る品物だろう。



300:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/20(土) 03:20:06.54 ID:RWwsZ8iU0

「822,000YEN!」

「823,000YEN!」


会場の雰囲気がおかしい。

どこか戸惑うような、何が起こっているのか伺うような。

それでいて、全く気を抜いてはいないのだ。


ニンゲンの誰もが辺りを伺いながら、自分の札を確認しながら、隣の者に耳打ちしながら、この盾の競売の成り行きを見ている。

ノディとティナも会場の不自然さに気付いたらしい。



「ん、おかしいな、勢いもないぞ」

「あの盾ってワイヤードの逸話ですよね」

「ああ、間違いないはずだが、何故値段がつかん?」


二人は神妙な顔つきで、現地語で話している。

ソフィーも視線の動きだけではあるが、一変した会場を探っているらしい。


椅子の上の誰もがそうだった。

誰もが周りを伺っているのだ。


そして間もないうちに、手で覆い隠す曇った話し声は大きくなり、より騒然とした会場からは、ぽつぽつと札が上がりはじめる。


「870,000YEN!」


先程までの動きの悪さが嘘のように、盾の値段は天上知らずに膨れてゆく。

落ち着き払う場内もヒートアップし、我先にと札を上げて購入の意思を示し出した。


「これは……」


ノディは興味深そうに呟いた。

その表情はどこか、面白くなさそうなものであった。



301:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/20(土) 21:12:51.84 ID:RWwsZ8iU0

盾の雰囲気は霧散し、いいや、それ以上の熱気が戻り、会場はこぞって札を上げるようになった。

特に価値の高いらしい品となれば、勢いは凄まじい。


互いに札を上げ合い下ろさぬ者からは、並々ならぬ気迫を感じた。

何としてでも品物を競り落とそうと諦めない意志。その作品を作った者は、幸せだ。



そして次第に六十番が巡ってくる。



「次は五十九番、“アスタの杖”、発句8,000YENからお願いします」


会場は静かであった。

静かな割に、進行は他のものと何ら変わらないものであった。


ただ会場だけが静かなのだ。

不気味に。水を打ったように。



「……やれやれ、参ったな」



ノディが零し、杖は平凡に競り落とされた。

そして会場が沈黙する。



302:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/22(月) 20:46:29.19 ID:TTgqoRf20

「……ソフィー、静かだね」

「うん」


袖から台に乗った私の作品が運ばれてくる。

私の手の中に納まるほどの、小さな正方形の花彫りだ。

中は透かしで、蔓と花の3段構造。

柱は良くある捻りもなにもない石積みだ。


ニンゲンが作った白磁の均等な質が、どこまでも緻密な葉や花の細工を可能とした。

カァチルではこういった素材で、ここまでのものは作れなかっただろう。



「わ、みんなオペラグラス……」


ティナが周囲を見回して驚いているから何事かと思えば、ニンゲン達は皆、目に奇妙なレンズを当てて私の作品を見ていた。

レンズのゆがみを見るに、遠視するためのものであろうことはすぐにわかった。


そう、彼らは目が悪いらしい。

どの程度のものかは、私には知る由もない。



「……えー、では、……六十番、“花彫り”……作者は、あー……皆様ご存知かもしれません、“カルケル=ガ=ケチカ”」


重ねて何度でも言おう。私は彼らの発音を気にはしないと。


「入札される方はくれぐれも持ち金にご注意を、払えない場合は悪質な妨害行為とみなされ、水国の法によって最大ではコケージで10年以下の投獄ともなります」


口上はやけに長かった。

これまでの競り合いの熱が冷めぬうちに、早くやってもらいたいものだが。



「では……えー……出品者の発句、まず“500YEN”から参ります」


会場がどよめいたい。


「ではどうぞ!」

『!』


会場のほぼ全ての席から、白い札が一斉に上がった。



303:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/22(月) 20:57:35.76 ID:TTgqoRf20

「500YEN、1000YEN、2000YEN、4000YEN、8000YEN……」


数字を習い、覚えたからこそ理解できる、並べられるように口から零れる数値の上昇。

私は驚いた。


「16,000YEN、320,000YEN、640,000YEN……」

『!?』


耳慣れる数値の高さに、私の頭脳は追いつこうとすることを半分諦めかけた。


「645,000YEN!一番の方!」


未だ会場から上がる札は、その半分が食い下がろうとしている。


「ああっ、……一番の方、650,000YEN!」


だがまだ。まだこの会場にいる一番の札を持つも者は、一人遥かに高く値段を釣り上げている。


「一番の方、650,000……他にいらっしゃいませんか!」


ここまでほぼ留まることなくつり上がった落札金額に、会場は騒然となっていた。

何故か、そんなもの当然だ、打ち合わせをしているのだ。

ゆっくり上がっていけば予算での相談もできようものを、突然、短時間に大きく跳ね上がったことにより、会議という手段を封じられたのである。

中にはハイペースに萎縮した者もいるだろう。難しい判断を迫られているに違いない。



「す、すごい……」

「いきなりこんな……」


ベルが3回鳴り、私の一つ目の作品は落札された。

巨大な落札に、会場からの拍手はなかった。参加者のざわめいた声だけが、未だ、ここを支配している。



305:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/23(火) 21:25:56.05 ID:abgv8H8X0

「六十一番、“ボークウィル”、作者は先程と同じ」

「……えー、“ボークウィル”とは作者の父であるということ、です」


我が父ボークィル=ガ=クェチカの像である。

木彫りではあるが、上質なものであったため、かなり精度の高い出来栄えとなっている。


父は羽根が毛羽立ち、様相が私以上に膨らんで見えるので、迫力はあるだろう。

同じカァチルに対して言うことではないが、鑑賞向きの者であった。


父であるが故に、モチーフとして何度も彫り続けてきた対象である。

作業に没頭する定姿勢のボークィルを、よく忙しく彫り続けたものだ。


と考えれば、こうして出来あがった父の像は、昔の姿なのかもしれない。




「……『カルケルさん』」

『む?』


声を抑えてティナが話しかける。


「『カルケルさんのお父さんは、どんな方でしたか』?」

『む』


このような場で聞かれるとは思ってもいなかった。が、聞かれたならば答えるのが私だ。


『そうだな、寡黙な父だったな……私以上に硬く、伝統を重んじていた』


ボークィルはその点で、歴史深いモチーフには強かった。私もその影響をうけてはいるが、彼ほどではない。


『もはや会う事も叶わないが、いや、それが良いのだろうな』

「え?『何故ですか?』」

『ふ、このように作品を売る私を見れば、煙を吹いて怒るだろうからさ』



309:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/24(水) 20:49:24.06 ID:0AcPNW3o0

「六十二番……同作者による彫刻“転倒の木”であります」


次に現れた品は転倒の木の彫刻である。

ゴム質の幹、波紋模様の樹皮、葉の無い枝。


表面に火を点ければ永久に燃え続け、全身は異臭を放ちながら炎に包まれるという。

しかしながら、この樹木が存在する場所には何故か“炎”は存在できないという。


砂嵐吹き荒れる海を挟み、遠目にそれを眺めたことがある。


多くの転倒の木が枝か根かもわからぬそれらを交互に地面へ下ろされ、回転するようにゆっくりと移動する。

謎多く、どこか恐ろしい光景であった。


地獄の木。私はあの時の景色を決して忘れることが無いだろう。



「魔族の木ね!」

「あの木で杖を作れば、最強の魔法使いになれるんじゃないかしら!?」

「きゃー!そんな木の彫刻だなんて!是非とも欲しいわね!」


私は……ニンゲンの言葉を全て把握できない。

あくまでいくつかの挨拶や、数字を聞き取ることができるだけだ。


そんな私でも、今遠く後方から聞こえてきた声には……嫌な予感ばかりを感じ取ってしまったこれは、間違いではなかろう。



「それでは発句は……飛ばしまして、100,000YENより始めさせていただきます」

「はいはい!倍よ!倍!」

「私はその倍よ!」

「私は……えっと、それより1,000YEN多く出せるわ!」


騒々しい競売が始まった。



312:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/25(木) 20:51:41.77 ID:Wlo9tvYx0

「三百九十三番の方、401,000YEN!」


またもこれほどの値段である。

入札する者は、転倒の木を見たことがあるのだろうか、疑問であるが、この場では気にしない事としよう。

あのうるさい連中に競り落とされても良しとしよう。

芸術とはそういうものだと、私はこの島においては、広い心で容赦しようと思う。



(魔女め、手間をかけさせるなよ)


魔女達によるいたずらとも取れる札上げ合戦に終局となるかと思われた転倒の木。

が、最前列の白スーツの男が札を挙げ、続行となる。



「一番の方、406,000YEN!」

「げっ!キザったらし館長!」

「うそっ!?」


ここでまたもや、館長による“買占め”が始まった。

彼が札を挙げた入札では、ほぼ確実に彼の番号で落札が決定する。



「おお、『またもや館長ですか……カルケルさん、彼の目に認められたようですね』」

『館長、か』

「そうです、『彼もまた芸術家であります、素晴らしい事ですよ』」

『ふむ……ん?』


壇上の司会が愕然と両目を見開いた。

一瞬硬直したかと思えば、すぐに動き出し、興奮気味に鈴を一度鳴らす。



「え……は、はい!三百九十番の方、812,000YEN出ました!」

『!?』

「え、なんで!?」


千単位で争ってきたというのに、ここに来て倍額だと?



315:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/27(土) 00:20:00.77 ID:b60XT3ma0

「アリアネ先輩!?何そんな札あげちゃってるんですか!?」

「捕まりますよ!?さすがにあたしたちもモロ犯罪者は嫌っすよ!?」


首を後ろに向けて少し上を向けば、会場の端の席に座っている黒装束の4人衆こそが、箒ニンゲンであった。

彼女らの端に座った、ニンゲンの子供……紺の髪とぼんやりとした黄色の目をもつ彼女が、この時、あまりに突拍子も無い札を挙げたのだ。


取り巻きの箒ニンゲンは今更ながら札を下ろすよう言っているが、小さい箒ニンゲンは聞く耳を持っていないようであった。



「ちょっと高い札を挙げてしまったようですね」

「倍額札です先輩!」

「ちょ、ちょっとトイレ!トイレ行きたい!アリアネ先輩だけ残ってください!」


会場が深刻な空気に包まれ、ざわついている。

人々は会場の高い席に座る子供をちらりちらりと眺め、あるいは睨んでいる。

額について心配する者もいれば、「妨害だ」と怒る者もいたのだろう。


しかし、それらはすぐに止んだ。


(魔女め、手間どころか本当のお邪魔だな)

「!! ……い、一番の方、813,000YEN!」


ざわつきは統制の取れた“驚き”の空気へと変貌を遂げたのだ。

それもそのはず、血迷ったかに思われた倍額に更に、小額ではあるが被せてきたのだから。


そしてそれは先ほどまで競売に参加していた館長だ。

彼の私の作品に対する執念を、今ここでひしひしと感じる。



「げっ」


司会が呻き声を上げる。


「三百九十番の方、814,000YEN……!」

「なるほど、これが小額札ですね」

「せんぱぁい!?」


今の今まで常に正面だけを向き続けてきた最前席の館長が、ついにこの時初めて振り向いた。

眉間にはわずかな皺が浮かんでいる。



(コケにするか、魔女…!)

「……」



317:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/29(月) 00:06:02.67 ID:taMRPz5Z0

「館長……!他にも“鳥人族”の品はあります、“ミネオマルタ”を狙うためにも、ここは…!」


美術館の館長に、隣から副館長が口利きする。

ほぼ白になった薄水色の髪に、土色の目。眉間に皺が寄り、こめかみを流れる額の汗は目じりを掠めて頬から落ちていった。


「愚か者、退くことなど有り得ん、ケチカ氏の作品は全て我が美術館が落札する」

「ですがこれ以上の予算はあまりにも……」

「ええい黙れ、あの神秘とも言える彫像の美しさを解らんというのか!」

「館長……」


若き館長は大胆ではあったが、冷静さに欠けるところがある。

そもそもの資金は無尽蔵にあるが、かといって何十万もする品に札を挙げ続けていられるほどではない。

無尽蔵にも限りはある。彼自身もそれをわかっていた。


(だが、欲しい……!どうしても手元に置きたい……!)


彼が欲するものは美術館の名誉であり、単に美しい物への支配欲でもある。

美しいものも、美しいと共感しやってくる人々も、彼は求めているのだ。




「アリアネ先輩、どうしてそんなにしつこく挙げるんですか……?」


魔女の一人が濃灰色三角帽を深く被り直し、会場端の少女に訊く。

成人して間もない程度の女性が小さな少女に対して丁寧な言葉で話す光景は、端から見れば不思議に映るのかもしれない。

が、今札を挙げている少女は紛れも無く、彼女ら三人の魔女達より何年も“先輩”なのである。


「“魔女会”の基本理念は何だったでしょうか?タバサさん」

「は、はあ……“世界の魔法に夢と希望を”、です、よね……?」

「その通りです、魔術という不可思議なものの可能性と、魔力という謎多きエネルギーが秘めたる未知……私達はそういった魔法の“夢”を、人々に与えなくてはなりません」


札で自分の三角帽を“くい”と持ち上げ、上がったつばの向こう側に開けたホールの虚空を見やる。


「謎の魔族の謎の彫刻……名も姿も見知らぬの木……子供達の想像を、いいえ、我々大人の想像をも掻き立てる、素晴らしい作品ではありませんか」

「アリアネ先輩……」


月色の視線が最前列の男に向けられる。


「そのような夢のかたまりが、国が管理する美術館の……まさかよりにもよって、血にまみれた英雄の杖の隣にでも飾られるのですか?」

「そ、それは!何か、嫌です!」

「そうよ、もっといい場所に置いたり、神秘的な雰囲気のハーブティーの喫茶店に飾ったり……もっとなんていうか!うん!言葉にできないけど!」

「だから私が買うのです、あの転倒の木を」


アリアネと呼ばれた少女は僅かに目を細めて、薄く微笑んだ。


「人々の夢とロマン、それが今、札を挙げてお金を払うだけで得られるのであれば、安いものでしょう」



319:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/31(水) 00:07:45.63 ID:NSJtf5+c0

「アリアネ先輩!私、今ものすっごく感動しました!」

「さすがです!伊達に人生の先輩やってませんね!」

「やっぱり先輩すごいっす!けどこの前書店でアリアネ先輩の自費出版ぽいコスプレ写真集見つ」


どこからともなく飛んできた硬質な星型ブロックが魔女娘の顔面を強打し、そのまま彼女はうなだれて動かなくなった。


「館長の思い通りにはさせません、全てを落札させないつもりです」


魔女の少女は三角帽を深く被り直して、最前列の白スーツの男を見る。

男は札を小さく掲げたらしく、会場は再びの熱気に包まれた。


「ですが、そうは思っていても、私も自分の予算以上の冒険はできません」

「やっぱり」

「館長はおそらく、まだ釣り上げてくるでしょう……そして私は何回かの応酬の後に折れてしまいます」

「……」


少女は次の札を挙げるか、挙げまいか、まだ手を膝の上に置いたまま壇上の様子を伺っている。

もうじき次の入札者がいないと判断し、壇上の男はベルを鳴らすかもしれない。

固唾を飲む時間であった。


気持ちを急かす一度目のベルが鳴る。


「……アリアネ先輩!私もちょっとなら、お金出せます!」


意を決して、一人の箒魔女が進言すると、


「そうですか、じゃあお言葉に甘えて」


少女は何の躊躇もなしに札を挙げた。



321:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/10/31(水) 22:19:00.07 ID:NSJtf5+c0

「三百九十番の方、817,000YENにて落札!」


ベルが鳴り、ついに落札が決定した。


『大きな数値だな』

「……はちじゅうまん……」


出来は良いが、モチーフはあくまで不可解な捩れ方をしているだけの樹木のようなものだ。

彫りは単調なもので、合間にアクセントとして大きな撚れや小さな撚れを作るだけで、随分とそれらしくなっているだけである。

私としては、こちらよりもボークィルの彫像に高値がついても良かったと思うのだが……。


『まぁいいか、彼らの美意識を否定はするまい……さて次の品は』

「六十三番、同作者による“海彫り”です、発句は100,000YENから、では、どうぞ」


海彫り。自分で言うのもあれではあるが、退屈なモチーフである。特に考えず、お手本どおりの海を彫ったものだ。

立方体の塊から削り出し、内部に様々な海の要素を表現していく、我々では花や蔓などといったように、同じくらいの一般的なものである。


『海彫りは“揺らぎ”こそが最も重要だ、私くらいの技量があれば波の動きによる海草の“揺らぎ”の再現も容易いが、素人は硬くなってしまう』

「はぁー……『揺らぎ、ですか』」

『揺らぎは動き、あのハコの中でどれだけ様々な要素を複雑に絡み合わせるか、そこに技量が問われるのだ』


技術が卓越した彫金師となれば、内部に大量の海草を配置し、ハコの中央部まで見ることもできないほどの作品にしてしまえるだろう。

私は細く長い岩などでごまかしているが、ここまでくれば十分であるとも言える。



「――で、落札!」


物思いに耽っている間に競り落とされたようだ。



323:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/04(日) 22:40:06.25 ID:iq90nbLh0

「また高額……グラホルツさん、今総計でいくらです」

「ううむ、途中から競売の勢いに見入ってしまってね、正確にはわからないが……」


次の作品はユニコーン。

角を生やした白馬。野生でも生息域が特定できず、とても珍しいのだという。


私の地域では全く見たことも無く、聞いたことも無い生物だ。

しかしそれはニンゲンにとってもほぼ同じらしいので、遠慮なく聞いたままを参考に、想像で彫った作品である。


光沢ある白い生地に長時間も目を凝らしていると、焼けるような痛みに襲われたものだ。

そうなったときは、目を休めるために転倒の木の方にちょっかいを出すのだ。

そんな慌しい二つの作業の同時進行さえ、ニンゲンの芸術家たちは熱心に見るのだから、面白い。


彼らの美術観を嘲っているのではない。単純に、その熱心さを褒め称えたいと思っているからこその言葉だ。



「こんばんは、魔族の方」

『む』


背中にかかる声を見ると、そこには4人の黒装束がいた。

三角帽子に背中の箒。

最初から最後まではた迷惑だった、箒ニンゲン達である。


「ちょっと魔女会!今は……」

「私は彼の作品を落札したのです、帰る前に一度、挨拶をと思いまして」

「む……」


ティナは眉を掻き、私の耳元に顔を寄せた。


「……『転倒の木を買った方たちです、帰る前の挨拶をしたいようです』」

『挨拶……わかった、すまないティナ』

「はい、『通訳はしますよ』……魔女さん、私が通訳となりますけど、手短にお願いしますね」

「お手数をお掛けします、ありがとうございます」



324:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/05(月) 23:22:00.39 ID:SQlL/RFa0

落札した者が手にできるという、証明切符を片手に、箒ニンゲンの一人は私に近づいた。

月の目と夜の髪をした子供が、しかし彼女らの中で最も毅然とした面持ちで会釈する。

私もクチバシを擦った。


「貴方は何故、彫刻の道を進むのですか?」

『?』


翻訳者であるティナの口から出された言葉に、早速の疑問を抱く。


『何故と?何故彫刻するのかと?それはまた、いや、我々にだけ当然のことで、他の種族に通ずることではないのだな』

「お聞かせ願いますか」


落札チケットをぼんやりと眺めた後に、私はクチバシを開いた。


『生きることとは、傾倒し、打ち込み続ける事なのだ』

『カァチルは彫刻にその全生命をかけ、生きた証とする』

『そこで作られるもの、そこで得られる名誉、それによって手にする生き様こそが、島に住む者の命それ全てなのだ』


私はこの生き方に疑問を持ったことなどは無い。

不満に思ったことも無い。


無限に腕を磨き続けることができ、最も正当に評価されるこの世界で、何の不満があるというのか。


「……そうですか、なるほど、カアチル、なるほど、わかりました」


子供は三角帽を取ると、それを胸に抱えて私に頭を下げた。


「貴方の生き様の一つ、確かに頂戴しました」

『……』


意外なものだ。

彼女らに私の作品の良さなど理解できないと思っていた私であった。だが、彼女らはこうも深い、根本の部分から私の作品、いいや、カァチルを理解しようと努めるとは。


『……“アリガトウ”』

「。」


私は手を伸べて、子供に人間の礼を求めた。

目をやや大きく開いた彼女は、口元をかすかに釣り上げて、私の爪を控えめに握った。


「てい」

『痛っ!』


そして羽根を1枚、むしられた。



329:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/06(火) 18:38:16.64 ID:vBhDDnnb0

礼儀正しいかと思いきや、羽根を毟るという予想外の暴挙をうけた私は、しばし唖然とする。

その間にもティナは烈火の如く怒り、箒ニンゲン達は一目散に逃げ帰っていった。


「何なのよあいつら!うがぁー!丁寧な口調にだまされたぁ!」

「まぁまぁティナ君、落ち着きなさい、大事な競売中だ、追いかけるわけにもいくまいよ」


ノディは半分立ち上がったティナをなだめたらしく、深呼吸により気分を落ち着けた彼女はそれでも納得がいかない様子で、やっと着席した。


「……『カルケルさん、大丈夫ですか?やはり、止めておくべきでした……』」

『いや……驚いただけだ……とはいえ、まだ古くもない羽根を抜かれるのは、頭に来るところはあるがね』


しかもよりにもよって、作業でよく使う大きく長い羽根を毟られた。

生え変わりはするが、しかし突然で驚いた。


『私の羽根を毟ってどうするつもりなのだ、彼女は』

「んー……『魔女の考えることはわかりません』」

「ははは、『羽ペンにでもするのでしょう』」

『羽ペン……』


……まぁ、構わないがね。

だがもし、次に彼女らに遭遇する機会があれば、私は最大限に警戒するだろう。


ニンゲンは我々以上に様々な思惑や、嗜好を持っている。時にそれが私の羽根を毟る。

油断できない種族だ。


そしていつの間にやら、またしてもベルが鳴った。



332:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/07(水) 21:35:32.90 ID:AFExRYG20

「かなり高値で売れ続けてる、あとは多分2つ」

「ありゃ、魔女のせいで見損なった」


ソフィーが壇上を控えめに指し示し言うと、ティナは無念そうに唸った。


『残る品は何だろうか』

「ええと、あとは……『ごめんなさい、見てみないとわからないです』」


なるほど、ならば真面目に行く末を見守るか、と身構えたとき、丁度良く次の品が入ってきた。


深い青の石から削り出した彫刻。

月とニンゲンの女性の上半身を融合させ、我々のような翼を生やした……そんな作品である。


セイラと呼ばれる神、なのだそうだ。

立ち位置としては我々でいうところの魔王に近いか。


長い矛を構え、微笑みながらあらゆる罪深き生物を突き刺す、という、恐ろしい神だ。

実在していれば、間違いなく魔王の仲間入りとなるだろう。



「一番の方、300,000YEN!」


ここでもやはりというべきか、一番の館長は札を挙げる。

転倒の木は箒ニンゲンに購入されたが、それ以降は快調のようだ。


際限なく値段を釣り上げて落とすわけではなく、箒ニンゲンとの競り合いのように妥協することもある。

早期にそのような競り方を見せられては、「際限なく値をつけるならば釣り上げるだけ釣り上げてやろう」と考える愚か者はいなくなる。


結果として、箒ニンゲンに譲ったということは、以降の落札を容易にさせているのかもしれない。



334:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/10(土) 02:40:05.25 ID:W/yi8QML0

「えー……では次は、七十番の品の登場です」


セイラの像も順当というべきか、またしても館長によって競り落とされ、次の品の競売へ。

そして会場は沈黙した。


「……」

『しかしニンゲンの考える神がニンゲンの姿を模しているとは、なるほど、我々と同じような……ティナ?』


沈黙は会場だけではない。私のすぐ隣に座る、ティナも黙っていた。

ノディも、ソフィーも口を開かない。ただ黙って、壇上を見守っている。



「気をつけて」

「ええ、では取り上げましょう」

「慎重に……」


二人がかりで布を取り払うと、ガラスに防護された作品が顕となった。

いつか彫った、ミネオマルタである。



『神の次は王か、順序は逆でも良かっただろうに』


私の言葉に応える者はおらず、ただただ、壇上の進行が見守られるばかりだった。



335:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/10(土) 13:08:43.22 ID:W/yi8QML0

会場の壁から壁までを眺める間に、黒札を構える者の姿を多く見た。

私に視線を向ける者も、大勢いた。意外なことに、神の彫像以上に参加者は多いらしい。


「……カルケル氏の作品であります、“ミネオマルタ”……十五世ですね、発句は…」


壇上で何人かの男らが集い、取り決めを行っている。

ちらりと会場を伺っては再び内々の話に顔を戻す。

今までのテンポの良さが見られない様相だ。


しかしそれも終わったらしく、壇上には一人を残して男達は解散し、所定の位置についた。

おそらくそれは咳払いであり、彼の持つベルは僅かに揺れて小さな音を鳴らした。


「発句は決定しました、200,000YENから、お願いします!」


200000。セイラの落札額よりも随分と安い値である。

とはいえこれが始まりの値段、これから釣り上がってゆくのだろう、そして……。



「……あー、大勢の方からいただきました、一番の方、400,000YEN!」

『……』


ミネオマルタの競売は静かに、そして会場を埋めるほどの黒札の掲揚によって始まった。



336:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/11(日) 22:13:42.58 ID:Yc/pE/7Q0

「発句400,000?はは、600,000からでも良かっただろうに」


黒札の挙手に、更に値段は倍となる。

それでも未だに多く残る黒札。


「……1番の方、1,600,000YEN!」


ここでようやく、黒札は下がった。

かわりに上げられるのは別の色の札たち。


色は変わっても、その数は変わっていないように思えた。



「うわあ、なんてでたらめな競売なの……」

「百を超えるとは驚きだ、予想はしていたがね」


ミネオマルタが彼らの憧れであるとは聞いていたが、これほどまでとは。

ポピュラーな彫り物や技術を現す題材が主流のカァチルの彫刻だが、ここまで数値に差が出ると、やはりモチーフは重要だと思わされる。

奇抜な作品ばかりを作る若き彫金師、コァ=ガ=ケルルの人気の高さの謎が今、解けた気がする。



339:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/12(月) 21:11:46.98 ID:rUtVEKgW0

「一番の方、1,625,000YEN!」


一番の館長はもとより、しかしそれを追う者は多い。

5000刻みの戦いは休まることがなく、同じ札を常に挙げたままの者も見られる。


その中には、帽子を被ったどこか見覚えのある男の姿もあった。


『あそこの彼は、職人の』

「ああ、『メリですね……彼もカルケルさんの作品を狙っていましたか』」

『彼の作るものは、たしか……?』

「メリ……メリ=ロウ……えっと、なんだっけなあ……」

「『彼は主に刀剣やその装飾ですね、リリにて、ナイフでは右に出る者はいないでしょう』」


ティナが頭を抑えて考えていると、横からノディが顔を助け舟を出した。


『……ふむ、そうか』


下見の際にも聞いていたが失念していた。


「『カルケルさんはナイフを作らないので?』」

『……ナイフは、作らんよ』


即席の工具を作る場合はある。だが、装飾を施したりだとか、同種族を切るための切れ味を求めるものだとかは……。

……切符を譲ってくれた、あの魔王のこともあって、気は進まなかった。



340:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/13(火) 22:46:51.28 ID:tT6S3cEI0

「九十二番の方、1,640,000YEN……!」


ついに二人の決戦となった。

職人メリと、館長ラムネスの値上げ合戦だ。

もはや追随する参加者はなく、心が折れるまでの対決へと突入した。


両者とも、隣に座る何者かと、おそらくは資金面の相談をしながら札を掲げている。

慎重になりつつも、可能な限りは買いたい。

そのために、相談役の苦い顔を押し切るような、そんな挙げ方だ。



「館長、もうこれ以上は……!」

「馬鹿者、私財を切ると……」


「師匠、不味いです、絶対不味いですって」

「黙れ」

「ですがもう、今年度の……」

「……」


メリの落ち着かない方の揺れが止まった。


「一番の方、1,641,000YEN!」

「……」


一定のリズムを刻んでいた会場の抑揚に変化が現れる。



342:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/14(水) 21:50:17.34 ID:82XwCJrh0

メリの札が一向に挙がらない。

異様に静かな間が訪れる。それは長い、空虚な時間だった。


高価な作品の競売だ、時間をかける価値はあろう。しかしいつまでも待つことはできない。

終わりは訪れなくてはならない。痺れを切らす時はやってくるのだ。


「他に、いませんか?」


二度目のベルが鳴る。

決着は三回目のベルだ。それが鳴り響いたとき、館長が私のミネオマルタを受け取ることになるのだろう。


『同じ職人として残念ではあるが……ここまでのようだな』

「うーん、『メリさん、頑張りましたね……けれど職人でここまでくっ付いたのは、凄いと思います』」

『そうなのか?』


しかし最高値を出したのは館長だ。彼がニンゲンで最も、私の作品の美しさを認めてくれたということ。

それは事実なのである。



「! に、二百九十一番の方、1,645,000YEN!」



壇上の司会の男がベルを鳴らし、叫んだ。

二百九十一番。まだ一度も札を挙げていない新手だ。


闖入者の登場に、会場は大きなどよめきに包まれた。


『!?』


そして、私は思わず硬直する。

この島にきて一番の驚きが、肌を大いにあわ立たせる驚愕に襲われる。


不意打ちでここまでの事をされれば仕方なかろう。

何せ、会場の誰もかれもが、一斉にこちらを振り向いたのだから。



「の、ノディさん!?」

「……!?」

「ふふん、買い取るぞ」



343:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/18(日) 20:11:07.34 ID:PprRaynY0

追随の札を挙げたのは、なんとノディであった。

なんでもないような顔でモノクルを二つ指でかけ直し、珍しく口角まで釣り上げている。


「ノディさ……」

「理総校で買う、問題ない、長にはしっかり許可を貰っているとも」


得意気に話すノディと、慌てる隣席をなだめる館長の姿が視界の中で対比する。

いいや、冷静に全体を見てみれば、慌てているのはノディ以外の全てだ。

父のように表情の揺るがなかったソフィーも、目を開いて抗議している。



「館長!一気に4000も上がった!これ以上はやめていただきます!」

「黙らないか!これは一発勝負に出た者の作戦だ!相手もこれ以上は……」

「なりません!なりませんぞ!もはやこの競売、これだけは!貴方だけに御しきれるものではない!」


最前列がもめ始めた。

札を掴み、腕を掴み、振り払い、また掴み、その醜態の繰り返し。


「……」


ホールの衆目が自分達二人に集まっている事に気付き、館長のその隣の老人は静かに席に着き直した。

口も噤み、もはや札も挙げなかった。



「……二百九十一番、落札!」


ノディは愉快そうに微笑んでいた。



346:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/19(月) 18:22:52.27 ID:/LTY95t40

ざわつく会場を見回すこともなく、ノディは札を降ろして満足そうに脚を組んでいた。

パニックの覚めやらぬティナとソフィーを適当になだめ、そそくさとやってきた黒い服の男から小さな紙を受け取り、「アリガトウ」と礼を言っていた。

詰め寄る彼女らにもいくらかの疑問があるようだが、当然のこと私にも疑問はある。なので、訊ねることにした。


『ノディ、何故私の作品を?』


“欲しかった”と言われればそれまでの質問であるとは承知しているが、彼ならば律儀に全て答えてくれるであろうと私は信じていた。


「何故、ですか……『我がリソウコウに置くに相応しいものであると思ったからです』」

『リソウコウ、学び舎か』

「『そうです、国立とはいえ美術館に置くには惜しいのですよ』」


最後の丸が潰れた紙を愛おしそうに撫で、「ミネオマルタは魔導士にとって、それほどの意味を持つのです」とも呟いた。


美術館よりも置く価値のある場所がある。

私はその言葉に少しだけ首を傾げながらも、しかしまったく一粒すら心当たりの無い感覚でもなかったので、「ふむ」と頷くことにした。



347:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/19(月) 18:50:44.55 ID:/LTY95t40

「うわー……そんな、うわー、心臓に悪いですよ……前もって言って下さいよ、そういうことは」

「いやぁ、申し訳ない、外に漏れないポーカーフェイスが大事でね、念を入れたのだ……サプライズだとでも思ってくれたまえ」


ノディはまだ、こちらへ厳しいまなざしを送り続けている館長に気づいていないようである。

壇上に新たな作品が運ばれてくると、そのような気がねも早々に消え、会場も館長も、そちらに興味を向けた。


「次は何」

「なんだろう?シトリーって書いてあるけど」


ソフィーが訊き、ティナは素早く答えた。

そこでノディははっと気付いたらしい。


「シトリーとは、あの少女では?」

「あの少女?」

「カルケルさんが初めて出会った人物だそうです」


司会がベルを鳴らす。



348:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/19(月) 19:02:30.62 ID:/LTY95t40

「次は七十一番の品……彫刻“シトリー”、作者は同じカルケル=ガ=ケチカ」


会場に再び緊張走る。

が、ミネオマルタの時ほどの異常に張り詰めた空気は無い。


ミネオマルタの像は、それほどまでに彼らの関心を引く、より意味のある品だったということだ。



「……作品についての補足が、理総校史学教授イルノディ=グラホルツさまより付け足されておりますので、読み上げます」

「補足?何か書いたのですか?」

「ええ、事実を少々」


司会は咳を一口吐いて、小さな紙を広げて読み始めた。


「……えー、彫刻のモデルである彼女シトリーは松葉小屋の娘であり……」

「作者である魔族、カルケル=ガ=ケチカの初めて出会った人間であります……」

「この作品は、長らく交わることのなかった鳥人族カアチルとニンゲンの友好と接触を証明する、歴史的な資料であります、故に……」

「……入札される方はその歴史的価値を踏まえた上で参加していただき……」

「丁重な管理の下、保管していただきたい……」

「……えー、紙に記されていた内容は以上です」

『?』


司会の男が長々と読み上げると、何やら会場は不穏な空気に包まれた。

ミネオマルタの時の殺伐とした空気が戻ってきたようである。


「ふっふ」

「ノディさん……セコいです」


ノディの含み笑いが気になるところではあるが、私にはこの競売を見守るほか何の手段も無いので、特に聞く事もしなかった。



349:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/19(月) 19:16:35.72 ID:/LTY95t40

「一番の方、1,800,000YEN!」


何が起こったのかは私にはわからない。

そして彼らの考える美意識も、より一層わからなくなってきた。


シトリーの外観が彼らニンゲンの美意識を刺激したのか、それとも私の最後の品であることが彼らの競売意欲を突き動かすのか……。


『やれやれ、異文化は辛いものだ』


結局のところ、私が落ちついた結論はそれだった。

ニンゲンにも我々に近い美意識はあるが、全てが当てはまるわけではなく、価値の見方も複雑らしい。


魔王にも釘は刺されているが、我々彫金師がこの島で身を立てるのは難しいだろう。

隣に座る老人のはげた頭を片手で抑えつけながら生き生きと札を上げる館長を見て、私はそう思うのであった。


館長の他にも札を上げるものは多い。

まだ何人ものニンゲンが、この作品の競売に参加している。


私だけをまさに隅に取り残し、会場の熱気は凄まじいくらいに沸き立っている。

1000刻みの価格競争は留まる事を知らない。


結局、勢いを取り戻した館長が落札するのだろうと、私や全ての者も踏んでいたに違いない。

だが結末としてはかなり意外で、私だけが納得できる形に、値が落ちついたのであった。



「え、……千十番の方、3,600,000YEN……!?」


誰もが閉口して二階の最高列を見る中、私だけがその姿に納得した。


会場の最も後ろに立ち、黒札を掲げていたのは。


ニンゲンの肌色をした緩やかな布に隙間なく身体を覆い、摩訶不思議な仮面に表情すら隠した者であった。


(魔王よ、構わないが……そこまで私の存在を隠したいのか)



351:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/19(月) 19:29:30.13 ID:/LTY95t40

私の出品した作品の落札が全てが終わり、最終的に巨万の富を手に入れたらしい私に、会場から拍手が降り注いだ。

それは落札者ではなく、端に腰掛ける私に対してのものであるらしい。


隣のティナが「立ち上がって手を振ってはどうですか?」と言うので、気は進まなかったがそうした。

すると会場は、私の行った彫刻とは分不相応の大きな喝采で返すのだ。


やや不機嫌気味な館長も、何度も頷くナイフ職人も、落札できなかった幾人でさえも。

誰もが私を讃えているらしいのだ。



『……』


私は冷めぬ熱気のためにもう一度だけ腕を振りながら考える。


私はカァチルの島では、しがない彫金師であった。

努力をし続けた自分の力を確かなものであるとは思っているが、特別天才と呼べるほどの、名のある彫金師ではない。

私の彫ってきた作品は故郷に数多くあるが、それでもこのニンゲンの土地で、今この時ほどの喝采を浴びたことなど、かつて一度たりともなかった。



(より努力を惜しまなければ、私はカァチルの島でも、この喝采を受けることができるのだろうか)


その夢想は、幼少の頃に何度か思い描いた蜃気楼であることには気付いている。

それでも私は正気だ。


もしも私が彫金師として、カァチルでこの喝采を浴びることができるのであれば。


そう本気で思ってしまう程に、腑に落ちぬ彼らの賛辞は、それでも心地よかったのだ。



352:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/19(月) 19:43:38.36 ID:/LTY95t40

その後、私は紅茶を爪5杯分だけ喉に流し、ペンを落札した。

木製のペンである。表面に七色の白磁をあしらった、それでも質素なペン。


黒い札を握っているだけで落札は容易であったが、それでも最終的に私の出品したものに遠く及ばぬ値段であったのには驚いた。


これは彼らの扱うただのペンなのか、と落ち込み疑いもしたが、このペンはこのペンで、私が独自の価値観でもって接すればいいのだろう。

彼らもそうしているのだから、私もそうすることにした。


深く考えすぎない事は重要である。



「『さて、途中で抜けてしまいましたけど、もう良いのですね?』」


向かい側の席のティナが訊く。私は頷いた。


『ニンゲンの作品をじっくりと観察したい気持ちはあるが、今は急いで鎧に着手したいのだ』


金があるのであれば、今すぐにでもここで彫金を始めたいくらいだ。

それほどまでに、求婚までは時間がない。


具体的な日時などは、慌ただしく浮き沈みする太陽に感覚を狂わされてしまっているが、私の身体の奥底に残したカァチルの焦りが疼くのだ。


「『しかしカルケルさん、帰る算段はまだ……』」

『それでも私は、早く鎧を作り上げたいのだ……せめて、鎧だけでも』


帰る手段は整っているが、それをティナ達に話すわけにはいかない。魔王の存在を隠す事は、彼との契約だ。


とて、今まで見ず知らずの私の為に手を貸してくれた、優しく親切な彼女らに隠し事をするのは気が引ける。


『……きっと、何かの拍子に帰れるであろうと、私は信じている』


今の私には、悟られない程度にほのめかす事しかできなかった。



353:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/19(月) 19:57:50.94 ID:/LTY95t40

ここはオークションが行われている会場内の裏方である。


我々が覗く部屋の中には、統一された制服を纏う者が大勢いた。

誰も彼も、私の姿に目配せする暇もなく休みなしに動いている。


その慌ただしく動くニンゲン達の中の一人が、何枚かの書類を持ってこちらにやってきた。


「カルケル=ガ=ケチカさんの作品個別の落札額、そしてこちらはその合計です」

「うわーお」


ティナが差し出された書面を見て感嘆の唸りをあげる。


「ええと、金塊でのお受け取りを希望でしたか」

「今日中に頼めますかな?」

「んー」


白い服の男がしばらく唸った。


「……大銀行をご利用ください、最寄りのミネオマルタ大銀行ですが……そこでならば即日に引き換えすることも可能です」

「他は……まぁ、難しいか」

「ええ、他の銀行の場合は保証しかねます」

「ミトポワナまでの危ない荷物にはなるが、まぁ、いいか?」

「何人かの護衛を雇えば良い」

「うんうん」



354:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/19(月) 20:08:42.46 ID:/LTY95t40

近くの銀行にて、金に引き換えてもらうらしい。

最も早く入手できる最善の選択であると私は思っていたのだが、どうにもノディやティナの顔は浮かない。


「んー……『やっぱり、さすがに金塊は物騒なんですよ』」

「『盗むことを生業とするトウゾクという輩も、この世界にはいるのですよ、カルケルさん』」


そう聞いて、金の価値を理解できる私は合点がいくと共に、少々悲しくもなった。

カアチルにはトウゾクなどいない。詐欺紛いの商売を行うエセ彫金師はいるが、力任せに作品を奪うなどは、さすがに聞いた事は無かった。


もしも発表中の私の作品があるべき場所から忽然と姿を消していたとしたら。

それが何者かの私利私欲のための悪意によるものだとしたら。


想像するだけでも、私は憤った。



『盗賊か、覚えておこう……出会ったならばそれはそれで良いだろう、私といえどこの爪、そいつらを刻むために用いることも躊躇わないぞ』

「う、うわ、『物騒なことを言うんですね、カルケルさん』」

『……強気になってみたまでだ、本気にはしないでくれ』

「……ふー、『ちょっと怖かったですよ』……」


憤りはある。

が、そこまでの度胸は無いであろうことは私自身がよくわかっていた。


……帰路、大人しく盗賊に遭遇しないことを願おう。



355:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/19(月) 21:57:20.04 ID:/LTY95t40

「やあどうも、理総校の皆さん」


銀行行きの馬車に乗り込もうと重い脚を上げたとき、後ろから声が聞こえた。

顔を横に向けると、そこには薄水色の髪の若い男が立っていた。


正面から至近距離で見据えるのは初めてだが、後姿や横顔は何度も目にしている。


館長。今回私が見ている間だけでも多くの品物を買っていったニンゲンだ。



「ラムネス館長!何故ここに」


彼の声に、馬車のノディが同じ地面に飛び降りた。

荷台からはティナとソフィーが顔だけを出してこちらを伺っている。


「今の美術品の競りは副館長に任せているんで、僕はここに居させてもらっています」

「落札は館長殿の重要な仕事なのでは?」

「はっは!仕事を鮮やかに掻っ攫っていった貴方がよく言うものですね、グラホルツ殿」

「……」


しばし二人が鋭い目で見つめあうのを、ティナとソフィーがそわそわと見守っていたが、館長はすぐに一転、破顔してみせた。


「はは、しかしやられました、完敗ですよ……まさかあのタイミングで札が上がるとはね」

「ふふ、いや、そうでもしなければミネオマルタは落とせそうになかったものですからな」

「理総校に展示するので?」

「ええ、大切に保管させていただきたいと思っています……後輩達のためにね」

「それもありでしょう……美術館としても、喉から手が出るほど欲しくはありますがね」



剣幕な雰囲気を漂わせていたようにも見えたが、気のせいであったらしい。


「やれやれ、ミネオマルタを手に入れるには水の国王にでもならなくてはなりませんかねえ」


館長の目が私に向けられた。



356:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/19(月) 22:14:51.77 ID:/LTY95t40

館長は私に対して何か話したかったのだろう。

彼は私の方へと一歩踏み出したし、半開きの口も見えた。


「……ふむ?駄目か」

『?』


しかし何かを横目に見て、すぐに片足を引っ込めてしまった。

それにどんな意味があるのか、私は深くも浅くも考えはしなかったし、結果として私に重要なことでもなかった。


「さて!外の空気で目当てを二連続で逃した憂さも晴れました、僕は会場に戻らせていただきますよ」

「それがよろしい、……あとできれば、副館長を労わってあげてください」

「はは!労わる、か、まぁそれもありですかね」


ノディと何回か言葉を交わすと、館長は小さく手を振り、会場の建物へ歩いていった。


彼はまた再び、会場で札を挙げ続けるのだろう。

その様子を見たいとも少しだけ考えたが、金の鎧にはかえられようもない。


これから私はこの島で、最期の作品を手がけることになる。

着手してしまえば手が休まることはない。


ニンゲンの様子を眺める時期はもうそろそろ、終わりだろう。

と考えるば、少し寂しい気分にもなった。


館長の白い後ろ姿を見送るノディは「労わるつもりはなさそうだな」と、私の言語で呟き、馬車に乗り込んだ。

私も続いて乗り込んだ。



357:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/19(月) 22:35:48.65 ID:/LTY95t40

揺れる馬車の中で故郷とニンゲンの島を思い浮かべ、哀愁に浸ろうと袖を弄った私であったが、袖の羽根の中に異物を発見した。


『……』

「あれ?『カルケルさん、なんですかそれ、星のステッキ……?』」


箒ニンゲンは馬車の中でまで私にちょっかいを出すらしい。

僅かな怒りやら戸惑いやら驚きやら、入り混じった感情が湧き出してしまい、これでは哀愁に浸りようもない。


そうこうしている間に馬車は銀行に到着してしまった。



『……うるさく騒がしいくらいが、ニンゲンなのかもしれないな』


気は散ったがそれゆえに得た答えに納得して、その適当な考え方もニンゲンから移ったかと少々心配になるも、毒されていないことを祈り、私はほんの少しの間だけ目を瞑った。

慣れないオークションに疲れてしまったようだ。


この手で金を受け取ろうとも思うのだが、眠いので、しばらくこのままでいようと思う。



359:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/20(火) 18:38:09.50 ID:dqBmLcrn0

――――――――――――――――


カァチルの衆目を受け、体全体の飾りを鳴らしながら進んでゆく。

透かし葉が刻まれた薄く広い鱗が無数に舞う中を、しゃり、しゃりと歩く。


尾羽は毛先だけが床を掠め、落ちた鱗を撫ぜる。


これより、私に妻ができるのだ。

儚げでも美しく、何よりも慈愛に満ちた優しい妻が。


それは私が彫金師として、他者を支えることをゆるされた証だ。

私の彫金が他者のために活かされる、その始まりだ。


その夢が最高の形で叶う。

これ以上の幸福が、この世にあろうか。


ありやしない。私が手にするのだ。この最高の幸福を。



『さあ行こう、ルピィ』


私は彼女の白い手を引いた。



――――――――――――――――



360:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/20(火) 18:56:53.99 ID:dqBmLcrn0

『……?』

「あの、『カルケルさん?』」


目を開けてふと気がつけば、私は座ったままティナの手を握っていた。


『すまない、夢を引きずってしまったらしい』

「あはは」


ルピィの手を握っていたかと思えば、異種族とはいえ別の女性。求婚前にこの間違いは許されるものではない。

慌てて手を離し、彼女に頭を下げる。ニンゲン式のこの所作も染み付いたものだ。



『む?』


下げた頭を上げてみれば、馬車の中にいくつかの木箱が置かれている事に気がついた。


「あ、『この箱ですか?』」

『銀行に着いた時までは起きていたのだが……』

「ふふ……『びっくりしないでくださいね、いえ、びっくりして欲しいんですけど』」


ティナは含んで笑いながら、近くの木箱の蓋を持ち上げた。



361:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/20(火) 20:23:45.73 ID:dqBmLcrn0

「じゃんっ」

『ふむ?』


何らかの材料だろうか。

学び舎で扱うものであろうか。

そう考えながら覗き込む。


『ふむむ?』


そして、目を凝らしてみても不明瞭であった中身を取り出して、よく睨む。

箱の中のものも、これも、どうやら何かのブロックであるらしいのだが、これは果たして何だろうか。


『……ふ……む?』


はて。これは……。

どこかで見た、材質、なのだが……。


「ほらほら、『銀行じゃ大っぴらに出すことはできなかったのですが、沢山あるんですよ』!」


どん、どん、どん、と重量感ある音を立てながら、箱の中身は荷台の床に並べられてゆく。

煌く金属質。

大きく、重く、そして大きな塊たち。


『ク……ク……』

「く?」

『クァアアアアァアアアッ!?』

「きゃあ!?」


私は叫び、発狂した。



362:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/20(火) 20:33:11.04 ID:dqBmLcrn0

20121127003


363:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越):2012/11/20(火) 20:37:34.58 ID:kaFx/LcAO

おいwwwwwwwwwwいい加減にしろwwwwwwwwww



365:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/20(火) 21:04:09.33 ID:dqBmLcrn0

『クアァーッ!』

「か、カルケルさん!どうしたんですか!?」

「ど、どうしたの彼」

『クァーッ!』

「ティナ君!彼をおさえて!馬車が壊れてしまう!」

「おさえてってどこをー!?」

『クァアアーッ!』

「羽根とか?」

「全部羽根ー!」

『クァアァアアアーッ!!』



366:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/20(火) 21:46:11.98 ID:dqBmLcrn0

『申し訳ない事をした』


頭を深く下げる。

荷台の布天井は八割方が破れ、雲混じりの青い空がよく見えた。


馬車内のあちこちに私の爪あとが刻まれ、木箱は倒れ、中身の金塊はそこらに乱雑に転がっている。

パニックに陥り暴れるたびにどんどん姿を現す金塊に、私の心はさらに乱された。


だがしかし、一体誰が私を責められようか。

これほどおびただしい量の金を、私は一度も目にしたことはない。


金羽根で換算して、一体どれほどになるのだろう?考えるだけでまたパニックになりそうだ。



「もう……『カルケルさん、私たちの通貨の価値、知らずにオークションを見ていたんですね』」

『私はてっきり、売り上げの合計は……』


近くの金塊を3つほど持ち上げて見せる。


『……これほどかと』

「ははは、いやぁ、『それではミネオマルタにも及びません』」

『そうなのか……』

「ふふ、『けれどカルケルさんの期待を上回ったということは、金の鎧も作れるということですね』?」

『……うむ』



金塊を持ち上げ、空の明かりに反射させる。

輝きに目が眩む。



『一式だけで、構わないのだがね……』

「ははは」



367:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/20(火) 22:10:38.86 ID:dqBmLcrn0

馬車が帰路を走る間、金塊を眺めながら考えるのだ。

我々カァチルは鎧を作る際、金羽根を丁寧に潰し、練ることで固まりを作る。

そしてそれを削ることで、鎧の部品を仕上げてゆくのだ。


それゆえ工程が多いために時間がかかるのだが、こういった大きな塊から削るならば早く済むというものだ。

いいや、作業が早いだけではない。複雑な形を作ることも可能だ。量も豊富だし、それを上手く扱うこともできよう。


より立体感のある、素晴らしい鎧を……。



「? カルケル……」

『……ああ、素晴らしい、カァチルの歴史に残るポガ・ピルボを仕上げてみせる』

「……」


金を見つめ、意識の海に漕ぎ出す。

冠は、肩は、羽飾りのモチーフは。テーマは決まっている、詳細を埋めていこう。

いいや、いっそのこと変えてしまうのもいいだろう、この量ならばそれも可能だ。

いつの日か有り得ないとわかっていながらも夢想した鎧を作れるかもしれん。



「……ふふっ、カルケルさん、夢中みたいね」

「そうね……」

「ソフィーと同じような気質なんだろうね」

「貴女に言われたくないわ?」

「え?そーお?」



368:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/20(火) 22:14:27.90 ID:dqBmLcrn0

「あれ?なんだろ、カルケルさんの翼から、何か飛び出てる……」

「?」

「……魔族文字が書いてある、切符みたい、これ……」

「ちょっと、ティナ……」


ソフィーの手が、袖に伸ばしたティナの腕を優しく掴んだ。


「彼の私物を勝手に触るものではないわ」

「あ、ごめん……気になっちゃって」

「悪い癖」

「ごめんなさい」



ぺこりと頭を下げながらも、ティナは飛び出した切符の一部を見つめていた。


(……“蜃気楼”…?)



369:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/20(火) 22:23:15.86 ID:dqBmLcrn0

学び舎の敷地に馬車が戻ってきた。

私は溜まらずに馬車から飛び降りる。


「わ!なな、なんですかこの、馬車の有様は!」


馬車の到着に気付いた関係者がうろたえていたが、今の私はそれどころではない。

頭の中に確固として浮かぶこのイメージを損なわないためにも、はやめに作業に着手しなければならないのだ。


荷台の木箱を掴み、脚に不慣れな力も込め、持ち上げる。



「カアチルの方、ご無事で何より!しかしこの様は一体……グラホルツさん!」

「気にしないでくれたまえ!盗賊には会わなかったさ!」


木箱の重量は凄まじく、脚もふらついた。

が、近いうちにこれを着込むことになることを考えれば、苦痛に喜んで挑むこともできるというものだ。


『ティナ!ノディ!ソフィー!そして御者!……走る同胞よ!私を導いてくれてありがとう!君たちがいなければ、この金を手にすることもできなかっただろう!』


脚は作業場へと急ぐが、それと平行して馬車に向かって叫ぶ。


『必ず素晴らしいポガ・ピルボを仕上げて見せる!楽しみにしていてくれ!』


返事を聞く前に、私は建物へと入っていった。



374:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/21(水) 22:22:52.12 ID:c+LRIvFE0

手を振る前に蟹股で去っていった鳥人を見て、ティナは吐息を漏らした。


「いっちゃった……」

「彼にはやる事があるんだ、当然さ」


厳重に包装された荷物を抱えたノディが荷台を飛び降りて、坊主刈りの芝に降りる。


「よし、じゃあ早速ミネオマルタを学長に見せびらかしてやることにするよ」

「本当に早速ですねえ」

「今後はレイアウトや管理方法を考えなくてはならないからね、何にせよ早いほうが良いだろう」

「良い場所に、頼みますねえ」


ノディは足早に去っていった。

ミネオマルタ像の設営がそこまで楽しみなのか、彼らしからぬ足早だった。


「ノディにしてはめずらしい」


他人に対して評価を零すことも珍しいソフィーがそういうほどに。

珍しいこと続けであったが、ティナの思考はやや別の方向に向いていた。


(ジック……召喚……遠隔……かぁ)


彼女が思うことは沢山あったが、行動に移すわけではない。

色々な興味や感想を、できる限り今日の自分の範囲内に押し込んで、そのまま眠ることにした。


この日のティナは建物内で静かに眠りについた。



376:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/22(木) 18:56:25.30 ID:FNfen2GV0

最初に使う道具は爪、ツチだ。

必要に応じて、まずは爪にて切り込みを入れる。


これほど大きな金を相手に作った経験などもないので、私も初めてではあるが、今まで得てきた経験と知識をもとにやれば大丈夫だろう。

柔らかな金の彫金は、練習用として何度も扱っている。基本的に容易い。できないということは、ないはずだ。


『……音は大丈夫だろうか』


いつもの作業場である顔料室だが、ここからは少々音の出る作業となってしまう。

教員の集まる部屋からは離れているが、それでも不安だ。


『……しかし、なりふり構ってもいられないか』


時間がない。音は注意をされなければ良しということにしよう。

今はただ、最高の鎧に仕上げることだけを考えなくては。


鉄の塊、ツチを握り締め、爪から金属へと力が伝わってゆく。

ツチで金を叩き、大まかな形成を行うのだ。

本来は金を練る時に行うものであるが、要領は同じ。


『ふんっ』


激しい音を立てながら、金がひしゃげてゆく。



377:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 12:22:29.37 ID:zvRM6BQ90

何日かの日が周り、顔料室前の廊下でティナが立ち止まる。


扉の小窓越しでは、クァルケルが黄金相手に彫金している姿が見えた。

扱う金属があまりにも高価であるために、顔料室には厳重な鍵と、警備の者が一人おかれている。



「おお、アルク殿、おはようございます」

「おはようニコフ、カルケルさんの様子はどうです?」

「黙々、ですな……わたしは休憩時間もここで軽い食事を取っておりますが、その間も削る音が止まることはありません」


凄まじい集中力です、と付け足して、小窓を覗き見る。


「婚儀のための鎧を作るのだとか?」

「ええ、カアチルの男性は皆、黄金の鎧で臨むんですよ」

「皆!それはまた、豪勢な風習ですな」

「けどその黄金を集めるために、彼らは自分自身の彫金技術で稼がなくてはならないのです」

「……あれほどの金を?作品を売って、稼がねばならないのですか」


窓越しに見えるだけでも、金は財宝とも呼べる量が散らかっている。

彼はそこにある一本のインゴットと自分の給金の額を照らし合わせて、はあぁと落ち込んですぐに思考をやめた。


「……彼らの結婚も、ままならぬものですな」


心当たりがあるのか、ニコフは苦笑いだった。


「人間だってカアチルだって、軽いものじゃないんですよ、やっぱり」


ティナは呟いて、廊下をあとにした。



378:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 12:36:42.82 ID:zvRM6BQ90

独術学科の血気盛んな生徒達の教室を横目に通り抜ける。


「……もう」


廊下の隅に転がっていたパイの包み紙をくしゃりと丸め、自分のローブのポケットにしまい込む。

そうして2、3個拾った後に、下り階段を一瞥するとまた更に2、3個残っていたので、彼女は更に気落ちした。


「競売の事後処理もやらなきゃいけないのになぁ」


それでもゴミを拾うのは、歴史ある校舎思いの彼女の性質だった。


「あら、ティナちゃんではないですか」

「!」


ゴミを相手にしゃがんでいると、階段の下から貴婦人がやってきた。

毎日の手入れを欠かさない、強い光沢を放つ褐色鼈甲の眼鏡フレームがけばけばしい、同じ史学系の教授だった。


「モーリスさん」

「会長のお孫さんと、決まったんですってね、おめでとう」

「ええ、まあ」


貴婦人に目を向けることなく、ゴミを握り潰してポケットにねじ込む。



379:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 12:47:57.06 ID:zvRM6BQ90

「ところで先月発刊された誌の“隠蔽兵器”の所、ティナちゃんも見たかしら?」

「いえ、まだ見てないです」

「あら、同じ会の人間なんだから、いつまでも子供じゃないのよ?駄目よお、翌日までには目を通さなきゃあ」


踊り場の角で靴跡のついた紙を見つけたので、同じ姿勢のままそれも回収する。


「ところでその“隠蔽兵器”の記事、あれは私の娘が書いたものなのだけどね」

「はあ」

「きっと、これから理総校史学での議論の的になるわ」

「“古代の用途不明の機械部品が不自然に破損している”という記事ですか」

「あら、ちゃんと読んでいるじゃない」


全てをゴミを拾い終えてしまい、ティナは仕方なく腰をあげて貴婦人に対面した。


「結構昔の会誌にも同じ記事がありましたよね」

「……」

「確か、何人か発表していましたよね、誰が書いたのかまではすみません、不勉強で……覚えていませんけど」


にこりと微笑むと、貴婦人も微笑んだ。



380:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 12:59:19.86 ID:zvRM6BQ90

「会誌といえば、ティナちゃんは最近何か記事を出していたかしら」

「いいえ、私はまだ出したことはないです」

「あら、そうだったわね、ごめんなさい」

「私は古代先進文明の方はあまり」

「でもちゃんと会の研究にも貢献しなくちゃ駄目よ、これからは会長のお孫さんともやっていくんだから……」

「はい、あ、ごめんなさいモーリスおばさん、私、これから競売の事後処理をしなくてはならないので、失礼しますね」


手元の薄い書類で口を隠し、目と眉で申し訳ない表情を作って見せる。

モーリスという女性は「そう、ごめんなさいね」笑顔で謝り、下へ続く階段をほんの少しだけ空けた。


「では、また」

「あ、そうだティナちゃん」


肥えた女性と壁との隙間を狭そうに通り抜け、しかし再び引き止められる。


「何でしょう?」

「鳥の研究では、何らかの進展はありまして?」

「研究ではありません」


ポケットのゴミを握り潰す手を書類で隠し、ティナは笑顔で貴婦人を振り切った。



381:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 13:09:21.44 ID:zvRM6BQ90

金のヘルムを被る。


『……よし』


動いても痛みはなく、大きなズレも生じない形に仕上げることはできた。

だがそのための微調整に、多くの金のキリコが生まれてしまった。

今までの私の考えからしてみればこのキリコは練ればまだまだ使える。のだが、今はその手間すら惜しい。


『練らずに、塊があるうちは塊から削りだそう』


父がこの場にいたら憤慨しているに違いない発想だ。いや、父ならば許してくれるはずだ。

私の求婚だぞ?そこは許してくれるに違いない。許してくれなければ父じゃあなかろう。


『……求婚目前だというのに、いつまでも気にしてしまう……やはり父は父だな』


金粉入りの紅茶を啜り、作業を再開する。



382:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 13:26:21.60 ID:zvRM6BQ90

また何日かが経過した。

理総校の属性術科の階にある大広場の中央に設置されたミネオマルタの像に人々の関心の九割が注がれる日々の中で、クァルケルは毎日彫金に勤しんでいる。

ティナは集中して作業を続ける彼の邪魔をするのも悪いので、しばらく言葉をかわしていなかった。


が、他にも理由はあった。彼女個人としても、興味のある調べ物があったのだ。


「ジック……」


資料室で分厚い魔学書を広げ、ティナが呟く。

頁を一枚一枚めくる度に埃を吹き払い、ついにたどり着いた目的の場所だった。


「お、ティナ君ではないか、勉強熱心だな」

「んあ、メンシンさん」


扉を開けて明るい光と共に入ってきたのは、ぎょろ目の男性、メンシンだった。

廊下の光に浮き彫りとなった部屋の埃を見て、彼はさらに目を開く。


「なんだなんだ、また随分と古い地層を掘り返しているねぇ、君たちは」

「はい、……あ、メンシンさん、いらない本でもちゃんと棚に戻してくださいね」

「もちろんだとも、私は常に整理整頓を心がけているよ」


仮にも地学者だからね、と言いつつ、彼は地層の如くいらない本を床に平積みにしてゆく。



383:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 13:40:34.64 ID:zvRM6BQ90

「ねえメンシンさん、質問があるんですけど」

「私は今非常に忙しい、簡潔に頼むよ」

「南極ってどんな大地なんですかね」


棚から本を取り出すメンシンの手が止まった。


「ティナ君、南極に歴史はないぞ?」

「いえ、気になったので、簡潔に……」

「君が器の埋まっていない地面に興味を示してくれるとは思わなんだ、喜んで教えよう」


取り出しかけた本を更に平積みにし、メンシンはティナのもとにやってきて胡坐をかいた。

ポケットの中の剥きだしの飴を口に放り入れ、話は始まる。


「南極、そこは、真面目な地学者は酷寒の氷の大地だと云うし」

「史学者はそんな場所などどうでもいいと言うし」

「夢見がちな魔学者は、魔王達が席を連ねる魔界の拠点とも抜かす」


飴をぼりぼりと噛み、話は続く。


「いろんなことが言われているが、全て正しい……まあ、様相を一番掴んでいるのは我々地学者だろうが、全て事実だ」

「どういうことです?」

「南極は寒い、海には巨大な氷の大地があるだろう……そこに人がいた歴史は見つかっていないから、まあどうでもいいという史学者の気持ちはわからんでもない」

「魔界の拠点というのは?」

「それもあながち嘘じゃあない、昔の惨劇軍だってそこから来た説は有力だもんなぁ」



385:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 13:56:37.22 ID:zvRM6BQ90

「それらからわかることは、危険な土地ってことだな」

「うん」

「海が凍るほど寒い、だがそこで生きる魔族がいる……そいつらはここまで攻め込んでもきた、とてもじゃあないが、南極が穏やかとは言えんな」

「……強靭な魔族だけが棲む土地」

「そこで何が起こっているのかは私にもわからん。あの鳥の人のように、独自の文明を築いている種族はいくつかあるだろうがな」


膝を叩いてメンシンは立ち上がった。


「まあ、しかしいくら強靭とはいえ、向こうの魔族がこちらへ来たり、こっちの人間が向こうに行くってのは、現時点じゃ両方とも難しいな」

「ですよねえ」

「怖いし寒いし何も無いしで、今後は誰も行きたがらんだろう」


じゃ、と手を振り、メンシンは一冊の本だけを持って資料室を出て行った。

見送るティナは、複雑な紋様を描く頁を閉じて、埃っぽい咳をする。


「旅行は無理そうですね、カルケルさん」


最後に見た頁に記されていたのは、今だ解明されていない描き掛けの召喚術の式。

そこから何らかのヒントを得ようとも思ったが、あまりにも専門外だったので諦めた。



386:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 14:18:12.88 ID:zvRM6BQ90

『……』


全身に金の鎧を纏う。

金は鋭く切れば、強い光沢と色を放つ。

その艶にこそ金の魅力があり、あまりに細かいレリーフを刻むことは無粋だ。


なので細かい装飾ではなく、全体の形にこそ力を入れる。それが金の鎧ポガ・ピルボを作る際の特徴である。

彫金師の間でも、ポガ・ピルボの得手不得手は様々だ。


単純に彫金師として名が通っている者でも、鎧は苦手だという者も多い。


私か。私は問題ない。

なぜならば、この日のために様々な鎧の形を考えてきたからだ。

全てはルピィのためである。誰に言うつもりもない、密かな努力である。



『よし』



体をねじれば、袖につけられた金の飾りが羽根のように揺れて、シャリ、と綺麗な金属音を鳴らす。

目の後ろに垂れる2本の長い柱飾りは、この学び舎でよく見かける無垢の柱をモチーフに刻んだものだ。


この金は元々、彼らニンゲンから買い取ったもの。彼らが協力してくれたからこそ得ることのできた金だ。

……彼らから学んだことも多い。

特に、過剰に細かく刻まないことによる“無垢”の美しさを再確認できたことは大きい。

それだけでも収穫といえば収穫である。


金と共にこの考え方を持ち帰ることができるのだ。

今一度、サイクロンとサハカーテンには感謝するべきかもしれん。



『完成だ』


ポガ・ピルボは仕上がった。

私の理想をはるかに上回る完成度は、豊富な金が叶えてくれたものだ。


『……重いな』


だが、想像よりも少々重い。ポガ・ピルボとはこんなに重いものだったか。

歩き慣れる必要がありそうだ。



387:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 14:33:14.52 ID:zvRM6BQ90

袖の中には切符がある。

これを千切れば、私は故郷へと帰れるらしい。

ルピィの誕生月の何日前か、私にはわからない。

悪夢ではあるが、ひょっとすれば何日か過ぎている可能性もある。


一日でも早く切符を千切り、早く故郷へ帰りたい。その気持ちは何よりも強い。


だが恩義ある人々に、最後に頭を下げなくてはならない。

これを欠かしては、私は彫金師としてカァチルの島に帰ることはできないし、間に合わず求婚できないとしても、ルピィに顔見せすることもできない。


「わぁ……」

「すごい……綺麗」


鎧を傷つけぬため、脚を痛めぬため、ゆっくりと廊下を歩いてゆく。

ささやかに揺れる金の飾りが小さく触れて鳴る音だけが、この階を支配しているかに思えた。

ヘルムの隙間から覗けるニンゲン達は皆動きを止め、私の歩く姿を見つめていた。


この光景が、ルピィと歩くことになる花道の予演であれと願う。



388:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 14:51:03.32 ID:zvRM6BQ90

「……」


固まったノディとすれ違った。

私は向き直り、ヘルムを擦り頭を下げる。


「……」


固まったソフィーとすれ違った。

私は向き直り、ヘルムを擦り頭を下げる。


そして、教員の部屋の扉を開く。



「……わ……」

『やあ、ティナ』


同じようにして、私は礼を送る。


全身を包むポガ・ピルボ、それによる最敬礼は大きな意味を持つ。

プライドの高いガルーガであれば、誰に対してもすることはないだろうが、これまでの彼らの厚意を考えれば、当然この礼で、そして頭を下げなくてはなるまい。



389:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 15:08:45.15 ID:zvRM6BQ90

「すごい……これが本物の金の鎧」

『出来上がったが、着けていてすぐに壊れ脱げてしまっては恥だからな、こうして試着して歩いているのだ』


今のところ、重い以外に難点はない。

揺れる飾りも、豊富な金でつなぎ目を強固に作ってある。

容易く折れることもないだろう。



「……ふふ、『ルピィさん、喜びます』」

『そ、そうかな』

「ええ、『もちろんですよ』!」


ティナも女性だ。女性にそう褒められれば、悪い気もしない。



393:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 21:39:59.12 ID:zvRM6BQ90

『ミネオマルタの外套から着想を得て、背の飾りを多めにあしらってみたのだ』

「あ、『本当だ、格好良いですねぇ』」


翻るごとに、背中の飾りが鳴る。

模様はミネオマルタの纏うそれを真似たものだ。鱗状に連なっており、金属ではあるが、布のような撓みをみせる。


最も時間をかけた部位がここであった。そのため、鎧のテーマにも迫る強いアクセントにもなっている。


『……外を歩いてみたい、外出しても良いだろうか』


外出。それは私からの最後の申し出となるのだろうか。


「外出ですね?『学外へですか?庭ですか?』」

『庭で良いよ、他者のいない、静かな場所を歩きたい』

「うん、『わかりました、行きましょうか』」


こうして私はティナを連れ、屋内を後にした。


『……』


去る間際に、もう一度ノディやソフィーたちに頭を下げた。



394:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 22:04:08.15 ID:zvRM6BQ90

リソウコウ。その庭は、いくつかに分かれている。

全てを見た回ったわけではないが、いくつかを目にしたことがある。

いずれも広く、休息するには適した場所だ。


しかし今日はそのどちらでもない、まさに人気のない、林のような庭へやってきた。

陽を隠す木々の合間のタイル道を、私とティナは歩いていた。


「んと……『カルケルさん、鎧はどうですか』?」

『ああ……問題ない、大丈夫のようだ』


求婚の鎧を纏い、ルピィ以外の女性と歩く。変な気分ではあった。

異種族とはいえ、せめて隣に並ばないようにしてはいる。


『丈夫に作ったからね、金を……金はほぼ全てを使って、外套に回したのだ』


金は評価の証。ならばその評価を全て使おうというのが、私の出した答えであった。

幸いにして外套ならば重さを分散できるし、金の純度も完璧なものではなかったようなので、過度な重さは感じない。


少々無理を押して婚儀に臨むには丁度良い鎧だ。



395:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/23(金) 22:32:51.86 ID:zvRM6BQ90

『ティナ、私は……鎧を完成させたのだが』

「……」

『手段があれば、私はすぐにでも帰りたいと思っている』


それとなく袖を見る。

中にはしっかりと、禍々しい異物感を感じ取ることができた。


「……『帰り方、見つかったんですね』」

『!』


袖に伸ばした手が慌て、切符を手放した。

木の葉のようにはらりと舞う切符を空で掴み。素早く仕舞い込む。


「『なんとなくわかってたんです』」


先を歩くティナは、その様子を見ていなかったらしい。



396:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 14:34:06.02 ID:yQOPUTyZ0

『……実は、帰る手段が見つかったんだ』

「……そうですか」


樹木の皮を爪で引っかく。脆い皮は容易く剥がれそうだ。


『何故、どうやって帰れるようになったのか、説明をしなくてはならないな』


詳しく話せば魔王の忠告に引っかかるだろう。

切符について触れないよう、注意深く話さなくてはならない。


『……とある協力者に出会ったのだ、その者が、すぐに戻してくれると』

「……」

『それで……ああ、何と言えばいいか、オークションの会場で、その者と出会ったのだ、何故会ったのかは……ええと』

「……『無理して話さなくても大丈夫ですよ』」


ティナの声は細く優しかった。


『……すまない、説明が難しいのだ』

「『はい』」

『言葉が通じ、伝えたい言葉があるというのに』



397:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 15:00:18.76 ID:yQOPUTyZ0

切符を千切ればすぐに帰ることができる。

だが、伝えたい言葉は、まだまだある。


この礼は、まだまだ返し足りないというのに。

言葉の礼だけで全てを清算できるとは思っていないが、少しでも伝えたかった。


『ティナ、私は君たちニンゲンに会えて良かったと思っている』


袖の中から、箒ニンゲンより押し付けられたステッキを取り出す。


『それは金だけではない、金は我々にとっての重要な宝物ではあるが、それと同じくらい大切な、価値あることを学ぶことができたよ』

「……えへへ、うん、私も」

『私はもう、きっと……この島へ戻ってくることはないだろう』


星の杖を土の上に刺し、立てる。


『だが私は、この島で出会えた君たちのことを忘れない』

「うん」

『種族は違えど、同じ美の意識を持った仲間は他にもいるのだ。競うべき友がいる、愛すべき友が』

「うん、いる」

『我々は閉鎖された種族だ、それが良さであるとも私は思っている、だが……心のどこかでは、君たちのような同類と出会うことも、望んでいたのだろうな』

「えへ、そうかも」

『散々な目にあった冷害やサイクロンだが……ふ、それも掛け替えのない思い出となったよ』


ティナの肩に手を置く。ニンゲンの背は小さく、肩も低い。

このような小さき種族が、そして優しき種族が、まさか世界の覇権を握ってしまうなどとは。俄かには信じがたい話だ。


『お別れだ、ティナ、そして……ノディ達にも、よろしく伝えてくれ』

「『はい、もちろん、絶対に』」


『……“サヨウナラ”』

「『さようなら』」


私はひとり、ティナを残して林の中を歩いた。



398:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 15:07:22.19 ID:yQOPUTyZ0

青い空。白い雲。

美しい天の景色は、カァチルの島では珍しい。


私はどちらの空も恋しい。

どちらの空も捨てがたい。

だが私には帰らなければならない故郷があり、故郷で育んだ生きる目的がある。



『ありがとう、ニンゲン達』


もしも私がたどり着いた島が、ほかの島であったなら。

ニンゲンではない、別の種族であったならば。


私はこうして、生きていることなど。

ましてや鎧をつけて歩くことなど、出来ていなかったに違いない。


勉強熱心で、積極的に他者との交流に臨んできた彼らだったからこそ、カァチルの私は助かったのだ。



『……』


切符を取り出す。

禍々しい魔力を帯びた、小さな券。


私は躊躇なく、その券を千切った。



399:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 15:33:01.99 ID:yQOPUTyZ0

『話には聞いている、すぐに出発しよう』

『!』


千切った直後、私の身には何事も起こらなかった。

だが私の背後には、当然のように一人のニンゲンが現れ、私に話しかけていたのだ。


声からして男性。その者は白髪で、木製の仮面を被り……。


『人目につくのだ、しなければならない契約もある、とにかく移動するぞ』

『あ、ああ』


まだ外見の観察も不十分なそのニンゲンが、手に持った木の葉付きの枝を私の金の袖に当てる。


『クァ……』


すると私の視界は唐突に、太陽を見上げたときのように眩い白に包まれた。


『ようこそ、君にとっての港へ』

『……?』


明るさに焼けた目が力を取り戻す頃には、既にそこは庭の小道ではなかった。


白壁に囲まれた狭い一室。

家具などはなく、床には数多の本が散らばり、窓はあるが、ガラスはない。

向こうの景色は、無数の星だけを映す夜の闇の世界。


『……私の故郷にこんな場所は……』

『わからない奴だな、ここは港であり中間地点だ、契約によって正規の召喚を行うための準備室でしかない』

『?』

『なんだその顔は、わざわざ召喚の契約をあそこ(学内)で行うつもりか?悪用されることも……ああ、そうか、魔術のない文化だったか、すまない』


仮面の者は早口で捲くし立てた後に謝った。



400:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 16:01:06.83 ID:yQOPUTyZ0

『今からお前を故郷の島に戻してやる、まずは私の右手を握れ』

『ああ……握ってどうするのだ?』

『とにかく話しを聞け』


相手方の横暴で急かす態度を不快に感じたが、早く帰りたいのは私の方だ。

大人しくクチバシを閉じ、その者の手を緩く掴む。


『これから私はお前にいくつかの問いかけを行う、その問い全てに対して、お前が心の奥底からの承諾の意志を示すのだ』

『……全てに?例えば』

『安心するといい、一方的に送りだすだけで一度きりの召喚契約だ、条件は緩い……まずは最初の問い』


木の枝が振られ、私と男の顔の狭間に掲げられる。


『“この召喚のためにいかなる時も、私の呼び声に対しては、17秒以内に応じる事”』

『……?』

『とにかくお前は全てを心の底から受け入れるんだ、そうすれば返してやれる』


枝葉が私の頬を打つ。


『わ、わかった……良いだろう、うむ、そうする』

『まだ怯えがあるぞ、足りん、私を信じて“快諾”しろ』

『そうは言われても……』

『そういうものだと思いこめ、これは儀式だ』


儀式。祭事。当然、カァチルにも様々な祭りがある。

この一連の怪しい流れも、我々の祭事と似たようなものなのかもしれない。


『……ああ、そうだ、儀式だな……』

『よし、一つ目は合意だ』


こうして私は、いくつかの問いかけに対して全てを快諾した。



401:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 16:53:51.13 ID:yQOPUTyZ0

『……ふう』


問いかけは11問。全てを答えるまでには、随分と時間がかかった。


『よし、これで契約は完了だ。……疲れたか』

『……心の奥底など、そう易々と変わるものか』


私が口で何と言おうとも、この男は“違う”という。

どうすればよいのだ、と何度思った事か。が、それも終わりだ。


『これで故郷に戻れるのだな』

『当然だ、すぐにでも送り返してやる、準備は良いな』

『そちらこそ、当然だとも』


枝は左右に振られ、葉が鈴のように鳴り響く。


『……求婚、とやらに臨むらしいな』


仮面の男は私に尋ねた。


『む、ああ、そうだ、すぐにでも戻らなくてはならない……こうして送り届けてくれることには、感謝しているよ』

『なに、我々の都合でもあるのだ、気にする事は無い』


枝が振り止み、私の眼前で止まると、私は受け入れるように目を瞑った。


『良い旅路を、カァチルの者……“秘仙・環”』


枝葉が私のクチバシを撫ぜる。



402:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 17:06:40.15 ID:yQOPUTyZ0

不思議な感覚だった。


身体全体が、引きちぎられているのではなく、引き延ばされている感覚。

今いる場所からより遠くへと、身体が薄く伸びていく感覚。


引き延ばされた身体は直線距離全てに存在している。その距離の始端から終端までの全てが私自身だった。

風を切っているわけでもなしに、突き抜ける風の音が聞こえてくる。

太陽がそこにあるのに、ゆっくり目に見える速さでずれてゆく。


私の身体は海へと延びた。

海へ、海へ、遥かその先へ。


途中にいくつもの島が見えた。が、それも明りの無い、静かな島だ。

それら全てに生き物がいるわけではないのだろう。


いたとしても、そこに棲む彼らはきっと、私と価値観を共有することのできない者達なのだ。



(……ここは)


海の上を駆け抜けると、私の体は黒い砂浜に降りていた。

いいや、まだ私はここだけにいるわけではない。薄く延びた私の身体は、あの小部屋からここまで、ずっと繋がっているのだ。


(ここは、間違いない……カァチルの……故郷の砂浜だ)


存在の薄い身体で浜を歩く。

久々に味わう黒い砂の感触も、金の鎧のおかげで味わうことなく済んでいた。


視界はぼやけ、輪郭がはっきりとしない。

身体も重く、鎧が思い通りに動かせない。


(あ、歩け、先へ進め……)


それでも私は、幽体を引っ張って歩む。

次々に私の身体へ巻き戻されてゆく“薄い意識”を連れて。



403:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 17:18:43.61 ID:yQOPUTyZ0

『はあ、はあ……』


浜を抜けわずかな林を過ぎ、徐々に明確になる視界に映ったのは、祭事の灯りが浮かぶ彫篝。

サハカーテンが空を横切ってから常に灯され続けている物とは少々違う、趣の深い篝だった。


『……求婚の式が始まっているのだ』


ということは、ルピィの誕生月の期間に入ったということだ。

同じくして誕生月を迎える女性はあともう一名いるが、彼女もルピィとほぼ同じ月。そう期間に違いはない。



『……間に合ったということか』


故郷にたどり着いた喜びに勝るのは、ルピィへの求婚に間に合ったという事実。

篝に灯った火のなんと美しいことか。


『すぐにでも行かねば、籠の塔へ……』


ルピィは期間中、そこで生活をしているはずだ。

籠の塔の豪華な部屋で暮らし、求婚に臨む彫金師達を待っているのだ。


私はしばらくの間は鎧の重ささえも忘れ、籠の塔へ向かって歩みだした。



404:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 17:26:11.65 ID:yQOPUTyZ0

『あれは誰だ?』

『なんという、豪勢な鎧だ』

『求婚者だ』

『おお、美しい……』

『誰だ?』

『誰への求婚だ?』


町ゆく人々は、求婚者に道を譲らなくてはならない。

彫金された黄金の鎧に触れてはならないのだ。

花嫁を迎えるその道を阻害する権利もない。


私は鳥達を掻き分けて、悠然と塔へ進んでゆく。


『おい、あの灰の尾羽の色、間違いない、クェチカのクァルケルじゃあないか!』


黄金の外套を静かに靡かせる。


『言われてみればそうだ!二月前に漁に出たきり消えた、クァルケルだ!』

『クェチカの彫金師クァルケルが、ポガ・ピルボを着て還ってきた!』


柱飾りを小さく揺らす。


私はここへ帰ってきた。

私がいるべきこの島へ。



405:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 17:33:22.05 ID:yQOPUTyZ0

『!』


私の脚が止まった。

あらゆる者から道を譲られるべき求婚者とはいえ、脚を止めてしまう時はある。



『おう?クァルケル!生きていたのか!』

『……ガルーガ』


同じポガ・ピルボを着た求婚者が、道の向こう側からやってきた時だ。

ガルーガ=ボ=ルチルケ。私と同じ、ルピィへの婚約を決めた男。



『まさか』


もう既に求婚の期間となっている。誰もがルピィに求婚する権利はある。

そして、このガルーガはポガ・ピルボを着て、籠の塔からこちらへ歩いてきた……。


『ガルーガ!お前、ルピィに求婚を!?』

『よく知ってるな、もちろんしてきたとも、で、お前はいつ戻ってきたんだ?』

『なに……!』


私の手は、ガルーガの鎧を掴んでいた。



406:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 17:40:59.68 ID:yQOPUTyZ0

『おいやめないか、怒るなよ、金が剥がれたらどうする』

『……』


襲ってきた無気力感に、私の手はすぐに離れた。

ガルーガは鎧を直し、「ふん」と不機嫌そうにクチバシを擦った。



『……遅かった……』


そんなふてぶてしい態度に、怒りが沸いてこない。何か言ってやる、気にもなれない。

私の身体はよろけ、近くの柱に片腕をぶつけてしまった。



『遅かったか、こんな……こんなわずかな差で』

『……ふん、お前が帰ってきた祝いだ、良い事を教えてやる』

『良い事……だと』


金の鎧がばかばかしく、そして重い。

それでもガルーガに顔を向けた。



『俺はルピィに求婚した、だがこっちからそれを取り下げることにしたのだ』

『……なに?』

『わからないかクァルケル、まあ、わからないだろうな、教えてやろう、俺とお前の仲だ、特別だぞ』


ガルーガは私に顔を寄せ、ヘルムに軽く頭突きした。



407:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 17:50:34.53 ID:yQOPUTyZ0

『大きな声では言えないがね……俺がルピィの前で跪き求婚した際、彼女は小声で言ったんだ』

『……なんと?』

『“私は子を産めません”とね』

『……』


ガルーガは私から顔を離し、腕を広げて愉快そうに笑って見せる。


『だが金の鎧は作ってしまった、そのまま道を引き返しては心象も悪いだろう?だから俺は、同じ誕生月のチェピケに跪いた』

『……』

『なあに塔を降りてよくよく顔を見てみればなかなか良い女じゃないか、健康的な羽色だしな』


もはや私は、彼に何を言う気にもなれなかった。


『しかしその彼女から断られてしまってはもう、俺は帰るしかないだろう?そういうことだ、クァルケル』

『……ガルーガ、一応は同じ修行をした仲だ、親切心で言ってやろう……あと5年以内には、その心を入れ替えるべきだぞ』

『ふざけるな、お前も父さんと同じ事を言うのか!ふん、今月の求婚はもうズタボロだ!お前も道を引き返して、家でゆっくり休んでおけよ!』


ガルーガは言うだけ言って、そのまま道を行ってしまった。


彼の黒い尾羽を眺め、思わずため息をついてしまう。


『……』


そして、クチバシから「ぁあ」と吐息が漏れる。


しばらく袖で顔を覆い、目を瞑っていたが、それも十秒と経たずにやめた。



『塔へ行こう』


ガルーガのことなどさっぱり忘れ去り、私は再び塔を目指した。



408:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 18:00:11.69 ID:yQOPUTyZ0

籠の塔は、柱と柵の彫刻によって作られる、由緒正しき古い塔だ。

七十歳以上の単身の女性は、誕生月の間、ここで生活することをゆるされる。


ここでは衣食住と困る事はなく、過去の彫金師達によって作られた美しい内装を見ながら日々を過ごすことができる。

女性達はここで、求婚に来る男性を待つのである。


飾りを鳴らし、階段を上る。

整った階段。作者は解らない。だが腕前は確かだ。


『おや、どうも、今晩は』

『ああ』


私を呼びとめたのは初老の男性。

カァチルでは珍しい、分厚い書物をめくっている。



『どなたの女性へお会いに?』

『ルピィ=ポ=クルワールに』


私は間髪入れずに答えた。

そのつもりだったが、男性は筆を止めて私を見る。


『いるのだろう?ルピィ=ポ=クルワールが』

『ええ……いらっしゃいます、彼女は月と花の階におります、そちらへどうぞ』

『ああ、わかった』


男性の受け答えに不安を感じたが、既に婚約が決まっているわけではないらしいので、安堵する。

月と花のレリーフを目印に、草模様のタイルを踏んで、再び歩きだす。


もうすぐ、ルピィに会える。



409:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 18:06:05.15 ID:yQOPUTyZ0

月と花の階。

モチーフの花はわかりやすいが、月のモチーフは曖昧だ。


神秘的な様相のこの階は、ルピィの美しさを表すには御誂え向きと言えるだろう。



金の靴でタイルを踏み、私はついに、その扉の前にたどり着いた。



『……』


鼓動が収まらない。

鎧の胸当てが邪魔なのではないか。そう思ってしまうほどに、心臓は高鳴っている。


『落ちつけ、落ちつけ……大丈夫だ、いつも通りに、そうだ、ティナと話すようにしていればいいのだ』

『……どなたか、いらっしゃるのですか?』

『!!』


扉越しに聞こえた声で、私の全身の飾りが激しく音を出した。


『いらっしゃるのですね、今、扉を開けましょう』

『え、あ、その……』


軽い音を立てて、月模様の扉が開かれた。



410:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 18:11:14.96 ID:yQOPUTyZ0

『……あら、あなたは』


そこにいたのは間違いなくルピィだった。

真っ白な羽根。細い喉。細い身体……。


『……ルピィ=ポ=クルワール、あなたに……』

『ああ、駄目よ、お待ちになって』

『……』


早速膝をついて求婚の言葉を述べようとしてしまった。

さすがに扉越しでは拙いだろうに。私はそれに気付けなかった。


『中へ入ってください……どうぞ、水をお出ししますから』

『あ、ああ』


ルピィが私の手を取り、弱い力で部屋の中へと導いてくれた。

いいや、どんなにか弱い力であろうとも、彼女の導きがあれば、私はどこへでも行くだろう。


『そこに腰掛けてください、どうぞ』

『ああ……』



411:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 18:33:45.69 ID:yQOPUTyZ0

ルピィと向かい合って座った経験は、ない。

話した事は何度もある。私がよく、ルピィの見る花彫りの壁に足を運んでいたからだ。


だが結局こうしてふたりの間に飲み物を置いて話す機会は、今の今まで一度もなかったのだ。



『クァルケルさん、お久しぶりですね』

『そ、そうだな、うむ……ちょっと、遠出をしていたのだ』

『遠出?……行方不明になっていたと聞きました、私、クァルケルさんが心配で』

『ああ、サイクロンで別の島に……』

『サイクロンで……?』

『ああ気にしないで、なんでもない、無事だったから、うむ』


水を一口飲む。

味はしない。当然である。ニンゲンの島では紅茶ばかり飲んでいたことに、今さら気付いた。


『……ルピィは、元気そうだ、良かった』

『……ふふ』


ルピィは淑やかに笑い、袖羽根で口もとを隠す。

それを見た私は、思わず水飲みの器に切れ込みを入れてしまった。



412:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 18:40:48.49 ID:yQOPUTyZ0

『私は……元気というわけでは、ないのです』

『え?』


俯くルピィは、静かに語り始める。


『……私は、生まれつき羽根が白く……そのためか、身体がとても弱いのです』

『……』


細身であるとは思っていたが、羽根の白さが患いのものだとは初めて知った。


『私のような白い羽根の者は、かつてもいたらしく……その誰もが、子を産めず、早くに亡くなっていると、聞きました』

『そうだったのか……』

『……ふふ、子を産めないのです、それを聞いて、皆さん、誰もがこの部屋を出ていってしまいます』


ルピィは彫り物の壁から透ける、向こう側の曇天を眺めた。


『次なる彫金師を……子を産めない者が、この籠の塔にいる権利など無いのに……おかしいですよね』

『……』

『……でもやっぱり、許されるこの歳になったから……夢を見たくなってしまったのかも、しれません』



414:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 19:27:14.89 ID:yQOPUTyZ0

ルピィは立ち上がり、尾羽を払って整え、先程までの儚げな笑顔も消した。

いつもの可憐な笑みを私に向けている。


『ごめんなさい、変な話を……クァルケルさんの鎧はとても美しいですね、きっと、クァルケルさんには素敵な……』

『私は、君ではなくてはだめなのだ!』

『え』


堪え切れずに、私は立ちあがった。

私よりも一回り背の低いルピィの前に立ち、片膝をつく。


『そ、そんな、いけません』

『ルピィ=ポ=クルワール、あなたにこの命を捧げたい』

『駄目です、そんな……』


ルピィのか弱い力で肩をゆすられるが、私は首を横に振り続けた。

その動きはルピィに伝わる事の無い、ニンゲン式の動作であったが、否定の意志は伝わっているようだった。



『クァルケルさん……私は、子も産む事はできないのです……それに、医師にも告げられたのです』

『医師の言葉など関係ない!』

『私のような白羽根の命は、保ったとしてもせいぜいあと60年で……』

『ルピィの余命が60年だというのであれば!』


肩を押すルピィの手を掴み、引き寄せる。

ルピィの軽い身体は私の鎧に傾き、凭れかかった。


『……クァルケルさん……』

『私の残りの命だって、六十年でいい』



415:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 19:31:47.13 ID:yQOPUTyZ0

『……私は先に逝ってしまいます』

『だとしても』

『子を、産むことができないのですよ』

『君の傍にいたい』

『……私、外を早く歩けません』

『一緒に隣を歩くとも』



『……本当ですか?』

『本当だ』

『私と?』

『君とだ』



私はルピィの身体を優しく抱きしめた。



416:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 19:32:59.97 ID:yQOPUTyZ0



『……こちらこそ、よろこんで。クァルケル=ガ=クェチカ』





418:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 19:40:12.86 ID:yQOPUTyZ0

カァチルの衆目を受け、体全体の飾りを鳴らしながら進んでゆく。

透かし葉が刻まれた薄く広い鱗が無数に舞う中を、しゃり、しゃりと歩く。


尾羽は毛先だけが床を掠め、落ちた鱗を撫ぜる。


『なんだか、恥ずかしいですね』

『大丈夫……私も緊張しているが、大事な一瞬だ、胸を張ろう』



儚げでも美しく、何よりも慈愛に満ちた優しい妻。


それは私が彫金師として、他者を支えることをゆるされた証だ。

私の彫金が他者のために活かされる、その唯一の者だ。


60年。それは我々にとっては短いようでも、他の者からしてみれば、一生分の時間であるという。


彼らにこの60年という無慈悲とも言える時間を受け入れることができて、私達に受け入れられぬはずがない。

ルピィには、そう思える一生を過ごしてほしい。


私はこれから、彼女の為に生きる。



『さあ行こう、ルピィ』

『はい、クァルケル』


私は彼女の白い手を引いた。



419:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/11/24(土) 19:43:39.99 ID:yQOPUTyZ0

20121127004


421:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/11/24(土) 19:55:59.42 ID:chieuT1IO

くっそふざけんなwwwwwwwwwwww乙



425:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/11/24(土) 20:47:42.40 ID:DlBpZPQSO

イイハナシダッタノニナー



427:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/11/24(土) 21:05:00.06 ID:GL02UI54o


余韻台無しワロタ



429:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/11/24(土) 23:04:23.35 ID:E7PYBDAZo

落とし所コレかよwww



転載元
「クァルケル=ガ=クェチカ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1333869459/
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         コメント一覧 (31)

          • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 14:31
          • 寒気がした
          • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 14:33
          • 古傷が疼くのでやめていただきたい
          • 3. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 14:58
          • ブリッヂしながら牛乳飲んだ後みたいだ
            意味わからん
          • 4. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 15:04
          • 無駄に長いwww
          • 5. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 15:07
          • クククッ…、パルスのファルシのルシがコクーンでパージしている様だな
          • 6. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 15:19
          • ケレセウェチェケヒル?
          • 7. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 15:40
          • クトゥルフかと思った
          • 8. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 16:02
          • 5 面白かった、紙で読みたいくらい
            地の文も読みにくくないし、世界観も個人的には超好みだ
            上橋菜穂子の風合いでラノベ書いた感じ
          • 9. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 16:33
          • 改行UZEEEEEEE
          • 10. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 17:14
          • ドミネ・クオ・ヴァディス
            お前は「磔刑」だーッ!
          • 11. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 17:23
          • めちゃくちゃ頭良さそうだな
            面白かった
          • 12. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 18:31
          • 固有名詞バリバリのss、私は結構好き
          • 13. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 19:31
          • 最後にちくしょうって叫んじまった
          • 14. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 19:42
          • 浅暮三文から知性を抜いてマイルドにした感じ
            嫌いじゃないけど好きでもない
            もう少し若い頃なら絶賛してたかも
          • 15. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 20:09
          • こういう派手じゃないファンタジーものは好きなんだけど
            最後のAAの為に書いただろコレw
          • 16. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 20:50
          • 読んでて作品の雰囲気が良かったし文章も読みやすかった

            でも最後、感動してたのにあのAAで台無しwwww
            ホントおもしろかった乙
          • 17. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 20:52
          • テルマエロマエ的な?
          • 18. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 22:00
          • この人…槍使い「ヤバイ…砲撃だ!伏せろ!」http://elephant.2chblog.jp/archives/51914458.html
            の人か?「惨劇軍」とか「キュート」「キュアー」って呪文もそれに出てる
            面白かった。すごい読み入ってた。
          • 19. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 22:12
          • 面白い 面白いんだけどAAやめれwwwwwww
          • 20. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 22:21
          • 変にバトル物に逃げてなくて良かった
            雰囲気あっておもしろかったよ


          • 21. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月27日 23:34
          • 適度にコミカルで柔らかい雰囲気がとても良かった


            欲を言えば文化の齟齬をもう少し詰めてほしかったかな
          • 22. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月28日 01:15
          • 5 話は良かったけどAAで台無しww
          • 23. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月28日 08:16
          • ぶwwwwwwwwwwww
          • 24. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月28日 16:44
          • 5 いいねえ、こういうの。大好きだよ!


            しかしAAwwwwwwwwやめれwwwwwwwwwwwwww
          • 25. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月28日 22:04

          • 久しぶりにいいファンタジーだった。下手なラノベなんかより余程面白いのにこういう才能はこういうところで惜しげもなく生成物を提供しちゃうんだよなあ。
          • 26. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月29日 23:15
          • コメント見て思ったけどやっぱりジェミニの人かな? 世界観が重なってるところも多少あったしまた続きが読みたい。


            とりあえずAAはやめようかwwwww
          • 27. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年11月30日 15:31
          • どうせ次のページでえんだーえんだー言ってんだろと思いながらページめくったら…
            これはひどいwwww

            ティナちゃんの結婚話も気になるのれす
          • 28. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年12月01日 00:48
          • 5 面白かった!面白かったけど!
          • 29. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2013年04月16日 17:40
          • 5 こういった素晴らしいものがあるから...
          • 30. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2013年10月12日 00:43
          • これはいいもの。たぶん、作者の頭の中にはひとつの星の歴史ができてるんだろうな

            ティナさんが幸せになれたのかだけ気になる
          • 31. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2013年12月30日 05:17
          • 5
            映像で見たい
            実写で、映画館で

            心乱される素晴らしい作品でした

        はじめに

        コメント、はてブなどなど
        ありがとうございます(`・ω・´)

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