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少女「それは儚く消える雪のように」 2【前編】

1:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 00:47:00.69 ID:WAbTKaZT0

オリジナルのロボット系小説です。

2スレ目になります。

前スレ:http://elephant.2chblog.jp/archives/51907589.html
http://elephant.2chblog.jp/archives/51907590.html

前Wiki:http://ss.vip2ch.com/jmp/1329739172

新規の方も大歓迎です。
4話の続きからとなりますので、1スレ目からお読み頂いた方が
お楽しみいただけるかもしれません。

これまでお世話になっていた方々も、引き続き
お付き合いいただければ幸いです。



2:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 00:52:28.67 ID:WAbTKaZT0

意識などしていなかった。

「笑ってなんかいないさ……」

絆は、聞こえるか聞こえないかの声でそう呟いた。

「本当、笑えない冗談だよ……」

こみ上げてくるものを押し殺し、
彼はまた料理にナイフとフォークを立てた。

カチャ、カチャと音を立てて食事を再開した絆に、
優が泣き顔を向ける。

「……戦闘で死んだの? 命……」

「ああ。俺を庇って、死星獣の攻撃を受けて死んだ」

絆の隣で、霧が完全に動きを止めた。



3:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 00:53:23.06 ID:WAbTKaZT0

彼女を貫かんばかりに睨みつけて、
優が引き絞るように言った。

「何してたの、あなた……」

「…………ごめんなさい」

「謝られたって分かんないよ。どうして絆が怪我をして、
命が死ななきゃならないの? あなた優秀なんでしょ? 
私達よりも強いんでしょ? どうして守れなかったの? 
何であなただけ無傷なの!」

優に怒鳴られて、ますます霧が萎縮する。

絆が、そこで静かに優に言った。

「霧はよくやった。俺のことを助けてくれたんだ。
こいつを責めることは許さない」

「でも……!」



4:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 00:56:11.58 ID:WAbTKaZT0

「命は役目を全うしたんだ。
立派なことじゃないか。褒めてやろうよ……な?」

やるせない気持ちになった。

絆の言葉が尻すぼみになって消えるのを聞いて、
優は口をつぐんだ。

彼女は俯いたまま小さく震えている霧を見て、
歯を噛むと乱暴にフォークとナイフをテーブルに置いた。

「……いらない。食べてる気分じゃない」

そこでやっと、文が顔を上げた。

そして彼女は涙でズルズルの顔で、
絆に向かって緩慢に手を動かした。

『雪ちゃんは……どうしたんですか?』



5:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 00:56:51.39 ID:WAbTKaZT0

「まだ安定しなくて、あと五日は病院を出れない。
でもまだ大丈夫だ。安心しろ」

『戦闘には出れなかったんですか? 
どうして命ちゃんが死ななきゃいけなかったんですか?』

……絆の方が、その答えを知りたかった。

どうして命が死ななきゃいけなかった。

どうして、俺は何も出来なかった?

ただコクピットの中で震えているだけで。

駈の言葉に、何を言い返すことも出来なかった。

ただ、俺は。

従っていただけだった。

「…………」



6:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 00:57:28.98 ID:WAbTKaZT0

しばらく沈黙してから、絆は手を止めて、
料理に視線を落としてから言った。

「さぁな…………俺もよく分からん」

正直な、絆の今の気持ちだった。

それを察してか、それとも別のことを考えてか、
文が動かしかけていた手を止める。

絆はナイフとフォークを置いて、
手を止めているバーリェ達を見回した。

そして手を上げてウェイターを呼ぶ。

「……帰ろうか。何だか俺も、もういいや」



7:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 00:58:22.16 ID:WAbTKaZT0



すっかりラボも広くなった気がする。

一番手がかかる雪は今、入院中でいない。

ラボの家事を担当していた命は死んだ。

騒がしかった愛も、もう相当前にいなくなっている。

霧はいまだに優、文とは馴染むことが出来ないようで、
絆の部屋で一人で眠っていた。

戦闘を終えて一人だけ無傷で帰ってきたことに対する、
優の反応が全てだ。

霧が悪いのではない。

……悪いのではないのだが、そのような「理屈」で
片付けられない感情論が存在していることも、
絆は理解していた。



8:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 00:59:55.13 ID:WAbTKaZT0

優と文は、帰ってから薬を飲み、
すぐに寝室に入っていってしまった。

泣いたことで、だいぶ体力を消耗したらしい。

そうでなくてもバーリェは、力がない。

精神的負担がモロに体に出る顕著な例だった。

霧にも薬を飲ませて、絆の部屋に連れて行く。

しかし霧は、ベッドに腰掛けたまま、
俯いてじっとしていた。

横になろうとしない。

……正確に言うと、バーリェの薬の中に
入っている睡眠誘発剤には即効性はない。

効くまでに若干のタイムラグがあるのだ。



9:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:00:54.26 ID:WAbTKaZT0

「どうした? 寝ないのか?」

絆に聞かれ、霧はしばらく言い淀んだ後、
意を決したように彼に言った。

「マスター……お話があります」

「ん? 何だ?」

椅子に腰掛けて、彼女と同じ目線になる。

霧は自分の胸を手でさして、続けた。

「私のことについてです。マスターが、おそらく
ご存知ないことを、お話しようと思うんです」

「……俺が知らないこと? お前が、死星獣と
雪のハーフだってことか?」

さらりと口に出すと、霧は途端に苦しそうな顔になった。



10:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:01:36.22 ID:WAbTKaZT0

絆から視線をそらして、彼女は呟くように言った。

「……それもあります。ご存知だったんですね……」

「戦闘でお前のエネルギーを発射したが、
あれにはブラックホール粒子が含まれていた。
本部は隠そうとしていることだ。
だが俺でもそれくらいは分かる」

「…………」

「……で、それがどうかしたのか?」

問いかけられて、霧は

「え……」

と言って顔を上げた。



11:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:02:30.25 ID:WAbTKaZT0

「お前の中に死星獣と同じ血……かどうかは
分からないが、それが流れているとして、
だからどうした? 
そんなことで、お前を俺が嫌いになると思うのか」

「マスター……でも、私はバーリェではありません。
正確には死星獣でもありません……全く別の個体です。
私は、化け物なんです」

そう言って霧は、唇を噛んでしばらく押し黙った。

そして息を吐いて、続ける。

「笑えますよね……自分の半分と同じモノを、
殺すために創られたなんて。
何が『優秀』だって、何が『効率的』だって、
そんな感じですよね……」

自嘲的に小さく笑い、霧は呟いた。

「蓋を開けてみれば、私はただの化け物でした……」



12:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:03:41.87 ID:WAbTKaZT0

「…………」

絆は少し沈黙した後、霧に向かって言った。

「霧、俺は思うんだ」

「…………」

「化け物っていうのは、そいつの『定義』で
決まるんじゃない。そいつの『力』で決まるんじゃない。
そいつが何をしたか、何を成したか、それによって
化け物かそうでないかが決まるんじゃないかって、そう思う」

「何を……したか?」

「ああ」

頷いて絆は続けた。



13:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:04:22.82 ID:WAbTKaZT0

「力を持っているからって化け物か
どうかが決まるんじゃないよ。問題なのは、
その力を何のために使ったかじゃないか? 
お前は、俺を守ってくれた。俺はお前に感謝してる。
少なくとも……この世界中の皆が、お前のことを化け物だと
言ったとしても、俺一人だけは、お前のことを化け物ではないと
言ってやることが出来る」

「…………」

「それじゃ、いけないのかな」

絆の声は、どこか寂しそうな、廃退的な響きを含んでいた。

霧は顔を上げて絆を見ると、小さな声で聞いた。

「マスターにとって、私は化け物ではないのですか?」

「ああ。他の子と同じだよ」

絆は、軽く微笑むと手を伸ばし、霧の頭を撫でた。



14:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:06:34.31 ID:WAbTKaZT0

「……言ったろ? 俺はお前のことは、
大好きだって。嘘はないよ。
俺が口に出すことに、嘘はない」

繰り返して、絆は続けた。

「だから安心して、お前は『生きて』いればいいんだ……」

「…………」

霧がしゃっくりを上げて涙を零す。

両手で顔を覆った彼女の頭を撫でてやりながら、
絆は息をついた。

しばらくして霧が泣き止み、彼女は、
薬が効いてきたのか目をとろんとさせながら、
緩慢にベッドに横になった。

そして絆が毛布をかけてやろうとした手をそっと止める。

「どうした?」



15:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:07:21.32 ID:WAbTKaZT0

「もう……一つだけ……」

霧は眠気と戦っているのか、
ゆっくりとした口調で続けた。

「AAD七○一型……陽月王は、危険です
……私以外を、使わない方がいいです……」

「危険? どういうことだ?」

「あ……れは…………ブラックボック
……ス…………ひ、と…………」

霧が目を閉じて首を垂れた。

眠りに落ちてしまたのだ。

言葉の途中で話を切られ、
絆は首を傾げながら霧に毛布をかけた。

……陽月王が、危険?



16:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:08:48.70 ID:WAbTKaZT0

確かにブラックボックスは多いが、
操縦しているのはバーリェと自分だ。

危険なのは、日に日に凶悪さを増している
死星獣の方ではないのか?

そう考えて、針のようになって飛んできた、
あの死星獣のコアを思い出す。

……怖気がした。

小さく震え出した手を無理矢理に
ズボンのポケットに突っ込んで、絆は立ち上がった。

そして霧が眠っていることを確認して、
部屋の扉を閉めて、松葉杖を鳴らしながら階段を降りる。

優と文が、同じベッドで抱き合うようにして
眠っていることを確認する。

次はこの子達の番だ。



17:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:09:45.11 ID:WAbTKaZT0

そしてその次は。

その更に次は。

俺は、いつまでこの子達を殺せばいい?

黙って今に入り、ソファーに腰を下ろす。

テレビのリモコンのスイッチを入れると、
今まさに、夜中だというのに軍が少し離れた
スラム地区に攻撃をかけているところだった。

『アルカンスト地方に対して、
軍の攻撃が展開された模様です。
現場から十キロ離れた首都バルカントにて
中継をお送りしています』

……おおっぴらな放送で、人殺しの現場を中継している。

気分が悪くなり、絆はすぐにテレビの電源を切った。



18:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:10:41.44 ID:WAbTKaZT0

リモコンを隣のソファーに放り投げ、
だらしなく横になる。

足が痛い。

奥歯が痛い。

それ以前に、心が痛かった。

……絃はこれに耐え切れなくなったのかもな。

いまや世界中の反逆者となった元同僚のことを、
何となく思う。

彼がとった行動に賛同はできないが、理解は出来た。

そして理解が出来てしまう自分の、
本能的な悪意に、同時に唖然としたりもする。

絃のように思い切ることが出来たら、どれだけ楽だろうか。



19:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:11:27.59 ID:WAbTKaZT0

いや……思い切っても。

ひょっとしたら、楽な未来なんて
どこにもないのかもしれない。

だとしたら……俺は。

俺は、どうすればいい。

何を考え、何を成して、
そして何とどう戦っていけばいい。

考えても、誰も答えてくれるわけではなかった。

そこで、突然テレビの電源が勝手についた。

衛星電波を高感度で受信するテレビだ。

――電波ジャック。



20:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:12:12.71 ID:WAbTKaZT0

そう考えるより先に、絆の目に記者会見のような
演説台に両肘を突いて、
組んだ指先を顔の前に持ってきている絃の姿が映った。

隣には、やはり不鮮明な映像だが桜の姿が映っている。

「絃……!」

思わず身を乗り出してテレビを凝視する。

絃と桜は、白と赤を基調にした軍服のようなものを着ていた。

彼の周りに、白い三角帽子のような覆面を被った同じ
軍服を着た人達が整列し、腕を組んで背筋を伸ばしている。

絃の後ろには、見たことがない国旗が掲げてあった。

白い背景に血飛沫のような紋様がついたものだ。



21:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:13:10.63 ID:WAbTKaZT0

『…………我らが新世界連合は、
愚かにも虐殺を始めた軍を、本日二十二○三十に、
第一の目標とすることに決めた。
闇雲にスラムを攻撃している軍。
貴様らの行動は愚の骨頂であり、侮蔑に値する。
貴様らのような蛆虫共は、我らの築く新世界には
不要な代物と判断する』

手元のプロジェクターを操作し、絃は壁に映像を投影した。



22:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:14:09.17 ID:WAbTKaZT0

『ついては、現在攻撃が行われている
アルカンスト地方に死星獣を送り込むことが決定された。
これは可決された事項であり、人間諸君、および愚かなる軍、
エフェッサー諸君が異議を唱えることが出来る範囲外のことである。
攻撃をしている者、攻撃を受けている者、生きている者、
死んでいる者、今生きようとしている者、死のうとしている者、
子供、老人、男、女、全てに関係なく、
アルカンスト地方の残存人類には塵になっていただく。
どうか、当該地区にいる人間諸君は、
速やかに死ぬ覚悟を決めていただきたく、
この声明を発表することを決めた所存である』

「何だと……?」

絆は、思わず耳を疑った。

そして目を疑った。



23:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:15:04.39 ID:WAbTKaZT0

絃が投影した映像には、格納庫のような場所で、
今まさに「立ち上がろう」としている、
三体のヒトガタ死星獣
―命が殺したモノと同じモノ―が映し出されていた。

そして、……三体が立ち上がった瞬間に、消えた。

陽炎のように揺らめき、その場からいなくなったのだ。

『繰り返すが、死星獣は我らの戦力であり、
保有している数は、先日お見せしたものに留まらない限りである。
そして軍諸君にもう一度告ぐ。愚かなる虐殺をすることは勝手だが、
諸君らの行動は愚の骨頂である。その証拠を今からお見せしよう』

絃はプロジェクターの電源を切って、また指を顔の前で組んだ。

『今回攻撃するのは、アルカンスト地方のみとする。
これは我々の諸君らに対する威嚇も含まれている。
無駄な抵抗と思索は速やかに最小限に留め、
静かに死の時を待つがいい。以上だ』



24:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:15:49.98 ID:WAbTKaZT0

ドン、と周囲の人間達が足を踏み鳴らし、
右手を天に向かって掲げた。

『我らの新世界のために』

絃が最後にそう言って、右手を同様に掲げる。

そこで、ブツリと音を立ててテレビの電源が消えた。

絆は慌ててテレビの電源をつけ直した。

途端、絶叫が耳をついた。

『死星獣です! 先日サナカンダに出現したものと
同一と思われる死星獣が、目で確認できます!』

アナウンサーの悲鳴のような声と、
スタッフの絶叫が響き渡る。

『こっちにくるぞ!』

『逃げろ……! 逃げ』



25:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:16:44.82 ID:WAbTKaZT0

カメラを向けられた死星獣が、
唾のようなものを吐いた。

それがカメラの方に飛んできて……。

爆炎が上がった、と思ったら、
テレビが砂画面になった。

急いで別のチャンネルに回すと、
遠目にアルカンスト地方を映していた。

『首都バルカンドが……死星獣の一斉攻撃を受けて
今、壊滅しました! こちらかでも確認が出来ます。
ぐ、軍が撤退を開始しています!』

上ずったアナウンサーの声を背景に、
三体のヒトガタ死星獣がのろりと体を持ち上げる。

一面、火の海だった。



26:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:17:29.69 ID:WAbTKaZT0

軍の戦車や戦闘機が、それと見て分かるほど
迅速に撤退を始めるのが見える。

しかし。

死星獣三体は、体を海老ぞりに曲げると、
空に向かって唾を同時に吹いた。

それらが空中で衝突して、凄まじい爆炎が空中に広がった。

映像にザザ……ッ、とノイズが走る。

炎は瞬く間に周囲に球形に広がると、
死星獣達をもろとも飲み込んで、
周囲半径二十キロほどの範囲を、綺麗に「消滅」させた。

絆も、テレビの前のアナウンサーでさえ
言葉を発することが出来なかった。

……玉砕した。

つまり、自爆。



27:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:18:07.18 ID:WAbTKaZT0

もくもくと土煙が晴れて、

真っ暗な「何もない」空間が映し出される。

すり鉢型に地面が抉れていることは分かるが、
月明かりに照らされたそこには、何もなかった。

明かりも、建物も。

逃げ始めていた軍でさえも。

絆はガクガクと震えながら、
テレビを消そうとして床にリモコンを取り落とした。

……怖い。

はっきりとそれを感じていた。

恐ろしかった。

死星獣が。



28:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:18:59.02 ID:WAbTKaZT0

そして……絃が。

あの男は敵だ。

……俺達。

いや…………俺の。

絆は、本能的な部分で、
それを自覚してしまったのだ。

汗が止まるところなく溢れ出す。

やがて絆は、阿鼻叫喚の声を上げ始めた
テレビの前で、自分の指を噛み千切るほどの
勢いで噛んだ。

そして痛みで無理矢理に自分を覚醒させ、
携帯電話を手に取る。

着信を示すバイブが振動していた。



29:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:19:55.31 ID:WAbTKaZT0

「……絆です」

ボタンを押して応答すると、
渚の上ずった声が飛び込んできた。

「絆特務官、出撃です。行動可能なバーリェはいますか?」

「残念ながら今は保有している全てのバーリェが行動不能です。
投薬を行っているため、ご了承願いたい」

押し殺した声でそう返す。

渚は一瞬押し黙った後、息を呑んでから言った。

「……分かりました。緊急事態です。
エマージェンシーコールレッドが解禁されました。
迎えが既に出発しています。
特務官は、急ぎ単独でエフェッサー本部に出頭してください」

「了解しました」

端的に言って、電話を切る。



30:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:20:29.34 ID:WAbTKaZT0

絆はそして、床に携帯電話も取り落とした。

震える手を握り、息を整える。

……あいつは敵だ。

俺の。

なら、やってやろうじゃないか。

戦ってやろうじゃないか。

たとえそれが言いなりで。



31:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/20(火) 01:21:23.79 ID:WAbTKaZT0

エフェッサーの思う通りだったとしても。

俺は、あいつと。

戦ってやろうじゃないか。

奥歯からまた血が滲み出してきていた。

絆は塩気のあるその吐き気を催す味を、
無理矢理に胸の奥に飲み込み、
そしてラボの屋上に着地するヘリの振動を感じ、
松葉杖を手に取った。



35:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/21(水) 19:56:17.93 ID:QFoFaNuA0



松葉杖を鳴らし、隣を渚に支えられながらエフェッサーの
オペレーティングルームに入った絆は、
周囲の視線が全て自分の方を向くのを感じた。

人形のような瞳。

感情を宿していない瞳。

唯一、トレーナー達に連れてこられたであろう
バーリェ達が狼狽したような顔をしている。

深夜帯のトレーナー達は、それぞれ自分の
管理しているバーリェを脇に連れていた。

深夜帯担当というものが存在していて、
彼らの管理するバーリェは昼夜逆転の生活をさせられ、
絆のような「日中帯」担当のバーリェが
行動不能の際に使用される。



36:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/21(水) 19:57:07.80 ID:QFoFaNuA0

駈は絆がよろめきながら椅子に
腰を下ろしたのを確認して、
手元の資料に視線を落とし、口を開いた。

「……既に全員知ってのことと思うが、
エフェッサーの中から『新世界連合』へと裏切り者が出た」

……絃のことだ。

それを聞いて歯噛みした絆を一瞥してから、
駈は静かに続けた。

「先ほど、絃『元』執行官と思われる人物により
二回目の電波ジャックが行われた。
それからの経過は、君達が知っての通りだ。
死星獣がアルカンスト地方に出現し、
バルカントを含め、首都一帯ごと玉砕した。
被害状況は確認中だが、
死者はおよそ三十万人に及ぶろうと推察される」

流石にトレーナー達も唾を飲み込んだ。



37:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/21(水) 19:59:07.08 ID:QFoFaNuA0

駈は全員の顔を見回して、そして言った。

「軍の詳しい決定はまだ通達されていないが、
エフェッサー、および元老院は一連の事態を鑑みて、
当該死星獣、タイプγ(ガンマ)と名付ける個体を、
新世界連合が『操作』しているという見解を強めた。
だとしたら由々しき事態だ。
それに至るまでの詳細は分からないが、
出現方法や生態が一切不明な死星獣が、
まだ複数体『保管』されているとなると、
人類の大きな脅威となる。
軍の管轄を逸脱しているという
見方をせざるを得ない状況に、陥ったとも言える」

つまり。

遠まわしに軍は役に立たないということを言っている。

エフェッサーとはそういう組織だ。



38:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/21(水) 20:00:19.14 ID:QFoFaNuA0

軍を捨て石にし、役に立たないと見ればすぐに切り捨てる。

それが、自分達なのだ。

「元老院はエフェッサーに対し、一連の事態を受け、
エマージェンシーコールレッドを解禁することとした。
君達には速やかに当該死星獣を全て発見、
破壊してもらうことになる。その際に及ぶであろう損害、
犠牲は一切厭わない。その意味を各人理解して欲しい」

絆は血が滲む奥歯を噛んだ。

……軍と同じようなことをやれというわけだ。

大量虐殺を。

バーリェを使って。

エマージェンシーコールレッドとは、
国家それ自体への脅威が出現した時に発令されるものだ。



39:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/21(水) 20:01:12.38 ID:QFoFaNuA0

バーリェはそれが発令された時、
守るべき「人間」の損害も見過ごすよう、
トレーナーから指示される。

無論、自分の命もだ。

「死星獣の反応はまだ感知できないのですか?」

隣に不安そうな顔をしたバーリェを携えた、
まだ若いトレーナーが手を挙げて口を開く。

駈はサングラスを指先で元の位置に戻し、それに答えた。

「死星獣はおそらく、ブラックホールを利用した
空間圧縮による転移……つまり、ワープのような現象を
利用して出現する。
それにより、死星獣の出現パターンから新世界連合の
拠点を割り出すことは出来ないが、軍の粛清攻撃により、
まだ攻撃されていない地区で有効と思われる場所を
いくつかピックアップした。速やかに、君達にはその
地区の掃討作戦に移ってもらいたい」



40:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/21(水) 20:01:47.74 ID:QFoFaNuA0

「それは……どこですか?」

女性のトレーナーが口を開く。

駈は静かに言った。

「イルルセン、バラングロー、フォロンクロンだ」

――フォロンクロン?

その名前を聞いて、絆は思わず顔を上げた。

地球の裏側に、フォロントンという
バイオ技術で管理された「最後の自然」が
残っている土地が存在している。

無論そこではない。

第一、姿を消した絃が数日で
移動できる距離にあるものではない。



41:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/21(水) 20:02:30.63 ID:QFoFaNuA0

フォロンクロンとは、
この地方が管理している自然区域の一つだった。

フォロントンにちなんだ名前をつけられている
ことから、類似した名称というわけだ。

全ての敷地面積は十平方キロメートルを越え、
そこにはバイオ技術で管理された、
絆のラボを覆うものと同種の「創られた」
ある程度の自然が存在していた。

しかし、そこは一部の政府関係者以外は
立ち入り禁止区域に指定されている筈だった。

それ以前に、フォロンクロンに人が
住んでいるなど、聞いたことがなかったのだ。

電気もない、水道もない、ガスもない。



42:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/21(水) 20:03:12.34 ID:QFoFaNuA0

そんな場所で人間が生活できるとは、
絆をはじめ他のトレーナーにも考えがたい
ことだったらしく、周囲にざわめきが広がった。

駈はまたサングラスの位置を直すと、
淡々とした口調で続けた。

「……その中でも最も有力視されているのが
フォロンクロンだ。早朝○七○○に一斉攻撃に移る」

「国立指定の立ち入り禁止区域を……攻撃するのですか?」

流石に戸惑いの色を隠せない様子の、
声を発したトレーナーを一瞥して、駈は静かに聞いた。

「不服かね?」

「い……いえ、決してそのようなことは……」

慌てて声を発したトレーナーが小さくなる。



43:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/21(水) 20:03:54.29 ID:QFoFaNuA0

そこで絆は手を挙げて、駈に向けて口を開いた。

「絃元執行官と、彼のバーリェの生体データの
残り香を追跡できる筈だ。
スラム街か自然区域か分からなくても、
方向くらいは定めることが出来るだろう。
フォロンクロンとイルルセンは、真逆の方角だ」

「…………」

駈は一瞬押し黙ると、絆の方を向いて言った。

「既にその検証は軍によって、数日前に行われている
。絃元執行官の生体データは感知できていないが、
彼のバーリェ、H36のデータは確認された。
その行き着く先が、今話した三つの地域だ」

「何……?」

意味が分からずに聞き返す。



44:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/21(水) 20:04:38.18 ID:QFoFaNuA0

絃はバーリェを一体、桜しか管理していない。

三つ、それぞれバラけた地域に
その反応が散らばっているとは
どういうことなのだろうか。

駈はその問いの意味を知ってのことか、
絆から視線を離して手元の資料に視線を落とした。

「君の疑問はもっともだ。
しかし、反応されたH36の
生体データの残り香は、三つ。
三方向に分かれて進んでいる。
これは事実であり、間違いないことだ」



45:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/21(水) 20:05:09.86 ID:QFoFaNuA0

「まさか……」

絆は押し殺した声で彼に聞いた。

「H36のクローンを創っていたと
言っていたな。それを盗まれたのか……!」

「…………」

駈はそれに答えずに、手元の資料から
視線を離し、全員の顔を見回した。

「大まかな話は以上だ……急を要するため、
これから引き続いて詳細の説明に移る」



51:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:12:58.55 ID:sON2xcHy0

こんばんは。

絆が所属している組織、エフェッサーは各地に支部があります。

その中でも絆と絃が規格外の優秀さを誇っているだけで、
本部だけでも数十人のトレーナーが常駐しています。

これからそのことについても少しずつ触れていきます。

それでは、続きが書けましたので投稿させていただきます。

お楽しみいただけましたら幸いです。



52:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:16:32.51 ID:sON2xcHy0



絆は、一番有力視されているという
フォロンクロンに派遣されることになった。

詳細な「粛清攻撃」のプロットを頭に
叩き込まれ、三十分ほどで解放される。

行動目的は簡単だ。

当該地区の破壊。

禍根も残さないほどの、完全破壊だ。

まずはミサイル群による空からの攻撃。

戦闘機型AADによる爆雷の投下。

そして廃墟となった場所を、陸戦型AADで叩く。

完結に言ってしまえばそれだけだ。



53:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:17:27.61 ID:sON2xcHy0

今回の作戦には、他の上級トレーナーが使用する
トップファイブAADの他に、
陽月王と同系機の人型AADが投入されていた。

デュアルコアシステムで、雪や霧のように
極端にエネルギーラインが高い個体以外でも、
二体組み合わせることで何とか
動かすことが可能になっている。

それゆえの投入策だった。

フォロンクロンに、陽月王の他に三体。

他の都市に二体ずつ。

今まで絃以外の複数のトレーナーと
協力して案件に当たったことがないため、
絆はそれを懸念してもいた。

バラバラと散っていくトレーナー達を尻目に、
椅子に座って腰を丸めたまま考え込む。



54:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:18:20.55 ID:sON2xcHy0

霧を、双子の優と文が拒絶しているのが
気になっていた。

デュアルコアシステムで乗せることが
出来るバーリェの数は二体。

普通に考えれば、エネルギーラインが
圧倒的に高い霧をコアにするべきなのだが、
おそらくそれでは陽月王は動かない。

バーリェの生体エネルギーは心の力だ。

双子を離してしまうことも生体エネルギーの
発散を阻害することに繋がるし、
何より拒絶している霧と共に戦うことは、
彼女たちは心の中で許容できないだろう。

その場合、不思議なことに相乗効果で、
霧のエネルギーまで圧倒的に下がってしまう。



55:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:18:59.16 ID:sON2xcHy0

こればかりはやってみなければ分からないが
……霧と組み合わせることは難しいだろう、
というのが絆の見解だった。

かといって優と文を陽月王のコアシステムと
して同時運用するのか? と考えれば、
それも疑問が残った。

あの二人は、まだ戦闘に出したことがない。

能力の確認が未知数だ。

それに……。

二人共、生き物が「死ぬ」瞬間を目撃した
ことが、まだない。

ゲームの中では化け物を腐るほど殺しているのだろうが、
それはあくまでバーチャルの世界の話だ。

生き物を……ましてや、「人間」を殺せるのか?



56:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:19:34.56 ID:sON2xcHy0

そして殺してしまったとして。

彼女達はそれに耐えられるのか?

疑問だった。

霧を動作担当にして、コアを他のトレーナーの
バーリェにするかとも考えたが、
エフェッサー自体がどうも信用できない。

協力を仰ぐ気にはならなかった。

――人殺しの道具に使うのか。

バーリェを。

ため息をついて、衛星からの中継映像を
流しているモニターに視線を移す。

フォロンクロンの自然区域には、
夜なので当然のことながら電気はついていない。



57:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:20:31.67 ID:sON2xcHy0

もし隠れているとすれば、地下。

あの規模の死星獣を数十体だ。

生半可な規模ではないだろう。

もしここに絃が隠れていたとして。

殺せるのか、俺に。

あいつが。

息を吐いて、手を握る。

そこで駈がブーツのかかとを鳴らしながら
こちらに歩いてきた。

「何をしている、絆特務官。君のバーリェは三体とも、
既に本部に搬送済みだ。覚醒次第、AAD七○一型を
動かすことになる。行動を開始しろ。
どのバーリェを乗せるつもりだ?」



58:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:22:18.94 ID:sON2xcHy0

静かに聞かれ、絆は息を殺して彼に言った。

「……俺のバーリェは、
人殺しをさせるために育てたんじゃない」

隣でそれを聞いていた渚が息を呑む。

駈は、しかし「何を言われているのか分からない」と
いう顔をしてそれに答えた。

「人殺しではない。これは『粛清』だ」

「同じことだ。『俺達』から見れば、粛清も、
人殺しも同じことなんだよ。
あんた達は、元老院は、沢山のスラムの人を殺して、
そのせいで都市一つ、何十万人って命を失ったって、
何も感じてないだろう。
それって、人殺しってことなんだよ。『俺達』の間じゃ」

数人のトレーナーが唾を飲み込む。



59:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:23:02.08 ID:sON2xcHy0

この事態に疑問を感じている
トレーナーも存在していたらしい。

駈はしかしそれを鼻で笑うと、
軽く肩をすくめて絆に聞いた。

「君達の常識を押し付けられても困るな。
それとも何だ? 君は、私や元老院が『人殺し』だからって、
報いを受けるべきだとそう言うのかね。
私達は、死星獣の脅威から全世界の『人間』を守るために
『善意』の行動をしているというのに」

「善意……?」

今度は絆がそれを鼻で笑った。

「とんだ善意もあったもんだよ」

「……無駄な問答をしている時間はない。
君のバーリェはまだ睡眠中だが、
急ぎ七○一号に搭載する。選びたまえ」



60:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:23:45.12 ID:sON2xcHy0

断固とした口調だった。

絆は少し迷った後、彼に言った。

「V277(優のこと)と、
V278(文のこと)を使う」

「……正気か?」

駈がそこで初めて眉をひそめた。

「S93(霧のこと)を使いたまえ。
新世界連合の戦力と鉢合わせをしたら、
死星獣と激しい戦闘が展開されることが予測される。
V系はまだ戦闘に出したことさえないではないか」

「それこそ『俺達のやり方』に口を出さないでもらおう。
戦闘の意思はある。
V277とV278をデュアルコアとして
陽月王に搭載してくれ」



61:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:24:43.89 ID:sON2xcHy0

「……分かった」

駈は頷くと、傍らの女性職員に一言二言指示をした。

足早にオペレーティングルームを出て行く
彼女を目で追ってから、駈は絆に視線を落とした。

「さて、今回も君は戦場に出向いてくれるんだろうな? 
七○一号のシートは三人乗りのまま改装してある。
ありがたく思いたまえ」

周囲の視線が全てこちらを向いていた。

人形のような視線。

それにほんの少しの「不安」が入り混じった、複雑な視線。

それを振り払うように、絆は松葉杖を掴んで立ち上がった。

「……勿論だ。陽月王の格納庫に案内してくれ」



62:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:25:18.83 ID:sON2xcHy0

……一瞬、霧が

――陽月王は、危険です

と言いかけたことを思い出す。

彼女は、何を言いたかったのだろうか。

自分以外のバーリェを乗せるなとも言っていた。

それは、陽月王の持つブラックボックスに
よるものなのだろうか。

だとしたら、俺は。

それを確かめなければいけない。

絆は手が白くなる程松葉杖を握り締め、
渚に先導されてオペレーティングルームを出た。



63:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:26:02.69 ID:sON2xcHy0

渚は、しばらくの間俯いて歩いていたが、
やがて長距離移動用のエスカレーターに乗ると、
絆の方を振り向いた。

泣いていた。

クランベの故郷はスラム街だ。

世界中でそれが攻撃されている。

おそらく、彼女の故郷は、もうない。

渚は袖で涙を拭うと、絆に向けて小さく、
呟くように言った。

「……バーリェ、H36型の複製クローンが、
二体盗まれました。絃執行官が、行方をくらます寸前
……本部に出頭した時に、持ち出されたと思われます。
絆特務官、あなたの仰る通りです」

絆は軽く鼻を鳴らすと、それに返した。



64:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:27:10.84 ID:sON2xcHy0

「どうしてそれを俺に言う? 
黙っていればいいじゃないか」

自嘲的なその問いに、渚は俯いて呟きを返した。

「……とめて欲しいんです。あなたに」

「何を?」

「エフェッサーを……軍を。全ての、虐殺を行う
人間達を……そして虐殺をさせられそうになっている、
バーリェ達を……」

言い淀んで、渚は服の裾を強く握り締めた。

「……とめて、欲しいんです……」

繰り返して、彼女は口をつぐんだ。

絆は松葉杖を鳴らして彼女に近づくと、言った。



65:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:27:56.62 ID:sON2xcHy0

「俺はそんなに器用じゃない。
虐殺をとめたいなら、自分で何とかするんだな」

「そんな……」

すがるような瞳で渚が言う。

「そんな、あんまりです……! 
あなたは特務官なんでしょう? 
トレーナーなんでしょう! 
バーリェが人殺しの道具にさせられて、
沢山のスラム街の人が殺されて、
何も感じていないんですか!」

絆がエフェッサーに対して言ったことと
同じことを口走って、渚は彼に詰め寄った。

「あなたはクランベじゃない。だから愛(あい)
なんて理解できないと思っていました。
だけど、今なら……今のあなたなら理解できるん
じゃないかと思ったのに……それなのに……!」



66:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:28:37.88 ID:sON2xcHy0

「いいか、よく聞けよ」

絆はしかし、しっかりした声でゆっくりと渚に言った。

「俺は……スラム街の人間も、
エフェッサーも、軍も、その他の人間達も、
そいつらを守る気なんてどこにもない」

「…………」

「俺は、俺のバーリェを守るために戦う。
俺のバーリェ達が、ほんの少しだけでも笑って
暮らせるために、ほんの少しだけでも、
幸せになれるためだけに、俺は戦う」

「……バーリェを殺すことになってもですか?」

渚の問いに、絆は頷いた。

「それが、トレーナーとしての俺のカルマだ」



67:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:29:16.58 ID:sON2xcHy0



フォロンクロンはエフェッサーの本部から、
高速エアラインで三時間ほどの場所にある。

陽月王のシートに職員の補助をもらって乗り込み、
体を固定してもらう。

事前に指定したとおり、コアに優、
副操作に文がセットアップされていた。

二人とも眠っているが、
体中に点滴やチューブ類が突き刺さっている。

起きたら驚くだろうな、と思って軽く心の中で笑うが、
同時に絆は大きな罪悪感を感じてもいた。

優も文も、まだ戦闘に出すには早い。

事前訓練も何も施していない。



68:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:29:50.47 ID:sON2xcHy0

いくらバーリェの本能に賭けるとはいっても、
不安が残るのは事実だし、何より彼女達を本人が
「望まない」まま、強制的にセットアップしてしまったのだ。

果たして、それは許されることなのだろうか。

……いや。

そんなことを今考えても仕方がない。

絃を見つける。

見つけ出して、殺す。

そう心に決める。

あいつは敵だ。

世界中の、そして俺の敵だ。



69:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:30:32.24 ID:sON2xcHy0

あいつを殺さなければ、
俺は……俺のバーリェ達は、笑って暮らせない。

そして死んでしまったバーリェも、浮かばれない。

だから、戦うんだ。

ガコン、と音がして陽月王が浮き上がり、
トレーラーボックスに詰め込まれる。

次いで空中に浮き上がる感覚があって、
絆は唾を飲み込んだ。

そしてシートからずり落ちそうになった
文の体を、隣のシートに支えて戻す。

……ずっとゲームをして過ごさせてやりたかった。



70:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:31:08.03 ID:sON2xcHy0

――愛(まな)とは、もっと一緒に遊んでやりたかった。

命の料理を、もっと食べてやりたかった。

雪は……もう一緒に
アイスクリームを食べることはないのだろうか。

霧には、もっと優しくしてやればよかった。

もう、あの子達の、
この子達の笑顔を見ることはないのだろうか。

…………違う。

血が出るほどに唇を噛み締めて、
絆は沸きあがって来た感情を無理矢理に飲み込んだ。

「俺達は、帰るんだ」

手を伸ばして、優と文の力がない手を握る。



71:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:31:37.60 ID:sON2xcHy0

「一緒に……」

呟いて、震えを押し殺す。

そう、帰るんだ。

俺達のラボに。

ささやかな幸せのために。

だから、戦うんだ。

二人の手を離して操縦桿を握る。

不思議なことに。

もう、震えは収まっていた。



72:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:32:19.23 ID:sON2xcHy0



フォロンクロンに到着してから、
○七○○時まで待機していた。

途中、一時間ほど前に優と文が目を覚まし、
きょとんとした顔を見合わせる。

絆は軽く笑って彼女達に向けて手を挙げた。

「よお、目が覚めたか」

「絆……?」

『絆さん?』

優が言葉で、文が手話で疑問符を口に出す。

絆は周囲のモニターを見回して、彼女たちに言った。

「見ろよ。お前達が見たがってた、自然があるよ」



73:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:32:48.09 ID:sON2xcHy0

朝の光に包まれた、広大な森が広がっていた。

さやさやと風が吹いていて、緑色の木々が揺らいでいる。

どれも青々としていて、生命力に満ち溢れていた。

バイオ技術で整備された土地。

これも人間の産物なのだが、優と文は、
口をポカンと開けて、自分達の置かれている状況を
確認するよりも先に、広がる森に見入った。

「フォロントンだ! 絆、ここフォロントンだよね!」

優が大声を上げる。

絆は軽く笑って首を振った。

「いや……良く似たところだけど、
フォロンクロンっていう自然区域だ」



74:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:33:29.88 ID:sON2xcHy0

『凄い……こんなに木が沢山……』

文が緩慢に手を動かしながらモニターを覗き込む。

彼女の動きに連動して、陽月王の首が動き、
カメラアイから周囲の状況が切り替わる。

「ていうか、これ何……? 
私達、どうしちゃったの?」

優が操縦桿を握ったり離したりを繰り返しながら、
不思議そうに言う。

――エネルギーラインは安定していた。

優と文の体から微量ずつエネルギーを抽出しながら、
最低ラインで機体を動かしている。

彼女達にも負担はあまりないようだ。

それを確認してから、絆は言った。



75:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:34:09.31 ID:sON2xcHy0

「お前達のしたがってた戦闘だ。
これが、前話したことがある人型AAD、
陽月王。ロボットの中だよ」

「本当?」

優と文が目を丸くして、互いの顔を見合わせる。

そして双子は同時に手を伸ばして、
パン、と手の平を叩き合った。

「どうした?」

不思議そうに聞いた絆に、文が手話を返した。

『ずっと戦闘に出たかったんです! 
それに、お姉ちゃんと一緒だなんて、
一緒に絆さんの役に立てるなんて、嬉しい!』

グン、と陽月王が動いて前傾姿勢から
いきなり立ち上がった。



76:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:34:43.46 ID:sON2xcHy0

「ま、待て文! 
まだ作戦は開始されてないんだ。座ってろ!」

慌てて絆が言うと、文は首を傾げて操縦桿を握った。

本能的に操縦感覚が分かるらしい。

またしゃがみこんだ陽月王の中で、
優がワクワクした顔を押し殺そうともせずに、絆に言った。

「で、どれ? どの死星獣を倒せばいいの?」

「…………」

「絆?」

『絆さん? どうしました?』

黙り込んだ絆に、双子が怪訝そうに聞く。

「今回のターゲットは、この森と人間だ」



77:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:35:16.77 ID:sON2xcHy0

絆は、二人から視線を離して操縦桿を握った。

「え……?」

優がきょとんとして絆にまた聞いた。

「どういうこと? 死星獣はいないの?」

「出てきたら迎撃する。
だが、まずはこの森を焼き払う。
そしてもし『人間』がいたら、片っ端から殺す」

「…………」

『…………』

「安心しろ。操作は俺がやる。
お前達は、死星獣が出てきたら
ゲームと同じように倒せばいい」

「嘘……だよね、絆」



78:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/22(木) 20:35:43.32 ID:sON2xcHy0

優が狼狽しているのか、ポツリポツリと言う。

「この森焼くの? どうして? 
こんなに綺麗なのに……」

『それに人って……敵は死星獣じゃないんですか?』

「エマージェンシーコールレッドだ。理解してくれ」

呟くように早口で言う。

その単語は、バーリェの脳の中に
刷り込まれた記憶を制御する「キーワード」だ。

途端に優と文が顔を見合わせ、頷いた。

「分かった。絆に任せるよ」

『分かりました。何をすればいいですか?』



86:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:21:18.71 ID:U/74IjXl0

「合図が出たら、索敵しながらゆっくり進む。
文、武装のロックを解除しろ。機関砲だけでいい」

頷いて文が集中する。

「頭部マシンガンノロックヲ解除シマシタ」

ガチャン、とカバーが開いて何かがせり出す音がして、
機械音声が流れる。

――これでいい。

これでいいんだ。

生きて、帰る。

この子達を守るために。

それがどんなに狂っていて、
どんなに間違ったことだとしても。



87:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:21:51.34 ID:U/74IjXl0

俺は、そのために戦いたいんだ。

それがたとえエゴだとしても。

そうするしか、ないんだ。

操縦桿を手の甲に骨が浮く程強く握り締める。

やがてポンという気の抜けた時報と共に、
渚の声が流れた。

『○七○○時になりました。ミサイル攻撃、
爆撃を開始します。特務官、衝撃に備えてください』

「了解」

優と文が不安そうに顔を見合わせる。

「大丈夫だ。俺の言う通りにしていれば、
すぐにラボに帰れる」



88:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:22:35.47 ID:U/74IjXl0

絆がそう言った途端、陽月王の少し後ろに
設置されていたミサイル砲台から、
数本のミサイルが空中に向かって発射された。

陽月王と同系機の人型AAD三機が、
同様に木の陰に前傾姿勢で待機している。

それらの頭の上を飛び越えて、ミサイルは
数百メートル離れた地面に次々に突き刺さると、
天まで届く火柱を吹き上げた。

ビリビリと地面が振動する。

その轟音と衝撃に、優と文は悲鳴を上げて硬直した。

「口を閉じろ、舌を噛むぞ!」

絆が怒鳴る。

次いで、高速で戦闘機型AADが
空中を飛び越え、バラバラと機雷を投下した。



89:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:23:09.01 ID:U/74IjXl0

一瞬後、また地面が揺れ、木々や土を
吹き飛ばしながらそれらが炸裂した。

機雷には誘炎剤が使われている。

離れた木々に爆炎が引火し、
たちまちに周囲が火の海になった。

「……き……絆……! 絆!」

優がそこで大声を上げた。

「絆、森が燃えてるよ! 森が……!」

ショックを受けたのか、ガクンと陽月王に
供給されるエネルギーラインが落ちた。

「グリーンラインニ安定サセマス。
活動臨界マデ、後千八百秒デス」

霧の時には表示されなかったタイマーが
モニターに表示される。



90:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:23:47.99 ID:U/74IjXl0

あと三十分。

グリーンラインで優と文を使い続けて、
彼女達の一時的な限界が訪れるまでのタイムリミットだ。

それまでに勝負を決めなければいけない。

いや、決める。

ここに絃がいるとは限らないが、
自分は与えられた役割を完璧にこなして、そしてラボに戻る。

笑って、雪を迎えてやるんだ。

『特務官、前進してください』

渚のオペレーティングが聞こえる。

絆は狼狽している優と文から視線を離し、
陽月王の操縦桿を握った。



91:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:24:25.07 ID:U/74IjXl0

絆の操縦により、陽月王が立ち上がり、
脚部のキャタピラを回転させる。

そして低速で進み始めた。

他の人型AADもゆっくりと前進を始めている。

「ちょっと待って絆、
エマージェンシーコールレッドでも、
いくら何でもおかしいよ! 森は何も悪くないよ!」

想像と現実は、えてして違う。

頭の中では「緊急事態」と認識していても、
目に入った現実に脳がついてこないのだろう。

優が怒鳴る。

絆は、同様に首を振った文と優を交互に見てから
静かに言った。

「……そうだな。お前の言う通りだ」



92:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:24:59.53 ID:U/74IjXl0

「……なら……!」

「でも、お前達が笑って暮らすためには、
この森が邪魔なんだ。ここに敵が隠れてる可能性が高い。
だから壊す。これは決定事項なんだ」

「そんなの……そんなのおかしいよ!」

優が、しかし絆の言葉を打ち消した。

思わず黙った絆に、優は燃え盛る周囲と、
少し離れた場所にまた爆雷が投下された現実を見て、
声を張り上げた。

「こんなことして笑って暮らせない! 
酷すぎるよ、おかしすぎるよ絆!」

「……俺に任せるんじゃなかったのか?」

「そういう問題じゃないよ、絆は何も感じないの? 
そんな訳ないよね、だって絆だもん……!」



93:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:25:33.14 ID:U/74IjXl0

すがるように優が言う。

隣を見ると、文も操縦桿から手を離して
絆を真っ直ぐ見ていた。

言葉に詰まった。

こんなことをして、笑って暮らすことは
出来ないと彼女達は言った。

なら。

――何が、正解なんだろう。

それが一瞬分からなくなったのだ。

しかし絆は、また爆雷が投下されて
優が悲鳴を上げたのにハッとして、
急いで文に指示をした。

「操縦するんだ、文! 
巻き込まれたら俺達も死ぬぞ!」



94:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:26:16.67 ID:U/74IjXl0

彼の切羽詰った声を受けて、
文が慌てて操縦桿を握り、意識を集中させる。

そして陽月王は、燃え盛る木に突撃しかけていたのを
すんでのところで回避し、横にスライドしながら前進を始めた。

「……駄目だ、やるんだ」

しかし絆は、少し考えてから押し殺した声でそう言った。

「どうして……!」

また怒鳴った優に、絆は静かに返した。

「終わらせるんだ、こんな戦い。終わらせなきゃならない。
だから俺達は、俺達が笑って暮らせるために、
小さな幸せを守るために、戦わなきゃいけない。
お前達も戦うんだ。
それが、バーリェとして生まれてきたお前達の宿命だ」



95:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:26:53.05 ID:U/74IjXl0

「…………」

『…………』

「そして同時に、それが俺のカルマなんだよ……」

また機雷が爆発した。

「言ってる意味が、よく分からないよ……」

優が呟く。

そこで渚が張り上げた声が、
スピーカーから飛び込んできた。

『重力子指数急激に増大! 
死星獣の反応です! 
特務官、迎撃体制をとってください!』

「死星獣だ……!」

数百メートル離れた前方の空間それ自体、
空中にまるで水面のように波紋が広がる。



96:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:27:24.88 ID:U/74IjXl0

そしてそこから蜃気楼のように、
白いヒトガタ死星獣が出現した。

一、二、三……。

合計。

十五体。

「え……?」

唖然として、情けない声を上げる。

ヒトガタ死星獣……タイプγ(ガンマ)達は、
陽月王をはじめとする人型AAD四機を
包囲するように次々に出現していた。

『た……多数のタイプγを感知! 
戦闘に移行してください!』

渚がモニターの奥で悲鳴のような声を上げる。



97:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:28:03.82 ID:U/74IjXl0

「何、これ……」

白い巨人に包囲されている状況を見て、
優がポカンとして静止する。

絆も言葉を失っていた。

先日倒した一体どころの話ではない。

十五体もの死星獣を、どうしたらいいのか。

一瞬、分からなくなった。

……もしかして。

嵌められたのか?

絃に。

「戦闘プログラムを起動! 
文、優、敵を倒せ、『命令』だ!」

しかし絆は、考える間もなく怒鳴っていた。



98:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:28:47.77 ID:U/74IjXl0

バルカントを消滅させたような
玉砕攻撃をかけられたら、ひとたまりもない。

『命令』というキーワードを聞いて、
二人が一気に緊張する。

文が操縦桿を握り、瞬時に陽月王の
戦闘プログラムを起動させた。

「戦闘システム、起動。全テノ設定ヲニュートラルヘ。
エネルギーゲイン、ブルーラインデ安定。迫撃刀、
『シィンケルハン』ヲ使用シマス」

機械音声が無機質にそう言い、
陽月王は文の本能的な操作によって、
背負っていた全長十メートルはあろうかという
長大な幅広のブレードを抜き放った。

優も意識を集中する。

ブレードにオレンジ色の光がまとわりついた。



99:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:29:27.16 ID:U/74IjXl0

二人とも、「兵器」の顔をしていた。

途端、陽月王は背部ブースターが点火させ、
凄まじい衝撃と共に横に吹き飛んだ。

「コアを狙え、胸部だ!」

絆が凄まじいGに耐えながら声を張り上げる。

文は、Gが全く気にならないのか機械的に操縦桿を動かした。

ゲームと同じ。

普段彼女達がやっていたのは、擬似的な戦闘プログラムだ。

操縦法は、あまり変わらない。

次の瞬間、正確に一体、タイプγが
胸から両断されて崩れ落ちた。

内部は空洞になっていて、
キューブ型のコアも半ばから二つに割れている。



100:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:30:10.21 ID:U/74IjXl0

遅れて、そのタイプγが大爆発を起こした。

それに煽られて、周囲の他のタイプγ達がよろめく。

「文、一気にやるよ!」

優が操縦桿を握って大声を張り上げる。

文は力強く頷いて、なんの躊躇いもなく
操縦桿を高速に動かし始めた。

ブラックホール粒子の四散と爆発に
巻き込まれそうになったところを、
キャタピラを高速回転させて避ける。

そして倒れこんだ別のタイプγの首をブレードで凪ぐ。

簡単に死星獣の首が宙に舞った。

そして文は、陽月王のブレードを首を
切り飛ばしたタイプγのコアに突き立てた。



101:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:30:39.25 ID:U/74IjXl0

音を立ててブレードを回転させ、
またキャタピラを動かしてその場を離脱する。

絆の認識が追いつかないほどの、機械的な動きだった。

「私達、やれる! こいつら全部殺せる!」

優が叫ぶ。

文が口の端を吊り上げて笑う。

「エネルギーライン上昇。活動臨界マデ、後六百秒デス」

度重なる「キーワード」の連発と、
恐怖による彼女たちの極度の興奮状態で、
エネルギーがダダ漏れになっている。

「落ち着け……! 周りと連携しろ!」

舌を噛みそうになりながら絆が大声を上げる。



102:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:31:17.01 ID:U/74IjXl0

あと十分で陽月王は停止するほどに、
エネルギーラインが上がっていた。

バーリェの生体エネルギー融合炉が、
真っ赤に発熱しているのが危険値として表示されている。

そこでやっと、他の人型AAD達が陽月王の
ものと同じ迫撃戦用ブレードを抜き放った。

タイプγとの戦闘データは、
命のもので既に対策が立てられている。

コアは胸部であることが判明している。

頭部から発射される高密度のブラックホール粒子爆弾さえ
どうにかしてしまえば、どうにかなる。

迫撃戦用の強力な武装で、短期決戦を狙うのが一番早いのだ。

しかし次の瞬間、近くのタイプγに斬りかかろうとした
人型AADが、別の個体に唾を吐きかけられ、
大爆発を起こした。



103:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:31:58.80 ID:U/74IjXl0

「あ……」

絆は思わず、呟いていた。

情けない声で。

吹き飛び四散する人型AADの一機が、
自分達と重なって見えて。

そこにも、同じようにバーリェが
乗っていたんだと気づいて。

呟いて、しまった。

次の瞬間、補助操作が止まった陽月王が
絆の制御を離れ、完全なる暴走状態に陥った。

「全テノ設定ヲパーンクテンション。
全武装ノロックヲ解除。
エネルギーラインを百三十五倍デオーバー。
武装チェック、レディ。
視界確保、レディ。
シィンケルハンドブレードノ、
エネルギーシステムヲ展開シマス」



104:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:32:35.24 ID:U/74IjXl0

陽月王のエネルギーコーティングが
炎のように吹き上がり、
同時にブレードが、バクンと音を立てて
上下左右に展開した。

その隙間から、オレンジ色の光
……優の生体エネルギーが滝のように吹き上がる。

「活動臨界マデ、後百五十秒デス」

「やめろ! 何をしてる、俺のナビを聞け!」

青くなって絆が怒鳴る。

「はは……あははははは!」

優が笑った。

壊れてしまった命のように。

楽しそうに。

面白そうに。



105:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:33:08.36 ID:U/74IjXl0

大きな声で彼女は笑うと、
操縦桿を力の限り握り締めた。

その目は、既に正気を失ってしまっていた。

「殺すよ! 全員殺す!」

怒鳴った優の激情を代弁するかのように、
文が陽月王を動かした。

腕を振り、オレンジ色の光を噴出させている
ブレードを凪ぐ。

既に三十メートル近く伸びているエネルギーの刃は、
タイプγを同時に四体、胸から斬り飛ばした。

絆が目を開くことも出来ない速度で陽月王が舞う。

地面を滑りながら鈍重な筈の機体が動き、
長いブレードで地面を、森を斬り飛ばしながら
手近なタイプγのことを頭から両断した。



106:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:33:39.80 ID:U/74IjXl0

そこで、もう一体の人型AADが
タイプγの唾を正面から受けて四散した。

その爆発を踏み超えて、
優と文が同時に雄たけびを上げた。

「全エネルギーヲ解放シマス」

一瞬で、エネルギーの刃が天を突く程、
数百メートルも伸びた。

「避けろ!」

かろうじて絆が、味方に向かって怒鳴る。

しかしそれさえも許さない速度で、
文は数百メートルの刃を横凪に振り回した。

射線上にいた味方のAADもろとも、
残りの、唾を同時発射して
玉砕しようとしていたタイプγ達を吹き飛ばす。



107:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:34:15.94 ID:U/74IjXl0

次いでエネルギーの塊が収束して、大爆発を起こした。

それに煽られる形で、陽月王が地面に転がる。

次の瞬間、優が凄まじい勢いで吐血した。

「え……」

ブルブルと震える血まみれの手を見つめ、
優はポカンと呟いた。

「エネルギーシステムノラインガ切断サレマシタ。
サイドシステムニ移行シマス」

「優!」

絆が我に返って、這いずるようにして優に近づこうとする。

そこで、前傾姿勢になっているコクピットの中、
優がぐんにゃりと体を曲げ、力なく絆の方に倒れこんだ。



108:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:34:54.89 ID:U/74IjXl0

「優、おい、しっかりしろ! 優!」

優はもう、呼吸をしていなかった。

半開きになった口元から、
血液が後から後からと垂れている。

事態に頭がついていかないのか、
文が呆然とそれを見つめていた。

絆は痛む足を庇うこともせずに、
優の体からチューブをむしりとると、
彼女の止まっている心臓の上に手を当てて、
何度も押し込み始めた。



109:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/23(金) 20:35:29.52 ID:U/74IjXl0

「おい! おい、返事しろ! 
…………帰るんだ! 一緒に帰るんだよ! 
違う! 俺は……俺はお前達にこんなことを
させたかったんじゃない! 
違うんだ、優! 違うんだ! 
目を開けろ! 優、優!」

必死に呼びかける。

絶叫する。

しかし、もう事切れたバーリェに反応はなかった。

マイクの奥で渚が絶句している。

しかししばらくの沈黙の後、
彼女は絆の声を掻き消すように大音量で声を張り上げた。

「新しい死星獣の反応です! 
未確認の個体です、迎撃してください!」



116:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:32:55.13 ID:s9qUNLnH0

「優が……優が……!」

渚に向かって絆は悲鳴を上げた。

「優が死んだ!」

『特務官、死星獣の撃破を!』

絆の声に被せて渚が大声を上げた。

『先ほどの爆発と死星獣の攻撃により、
エフェッサー側の残存戦力が五十パーセントを
切りました! 迎撃してください!』

絆達の少し前の空間がゆらめいて、
今度は、タイプγのように白くはなく、
「金色の」ヒトガタ死星獣が浮かび上がる。

それは、胸の前に手の平を上にして、
長い髪を垂らした女の子を乗せていた。



117:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:33:31.61 ID:s9qUNLnH0

女の子は白と赤を基調とした
軍服のようなものを着ていた。

金色の死星獣の顔面にあたる場所には
穴が開いておらず、完全なのっぺらぼうだ。

全長は少しサイズが小さく、十五メートル前後だろうか。

死星獣の体に触れても死なないということは。

体から生体エネルギーを発しているということに他ならず。

それは、つまり。

人間ではないということを指していた。

女の子は背を伸ばして両腕を胸の前で組んでいた。

ズンッ、と金色の死星獣が足を踏み出した。

それの体から発生られるブラックホール粒子が、
周囲の地面をすり鉢型に塵にして消滅させていく。



118:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:34:25.47 ID:s9qUNLnH0

そこで、モニターにザザッ、と音がして
聞き知った声が割り込んできた。

『お久しぶりです。絆様』

「さ……桜……?」

呆然として優の心臓マッサージをしていた
手を止め、絆はモニターを見つめた。

桜だった。

絃と共に消えた、彼のバーリェ。

半死半生の状態のはずの彼女が、
腕組みをして仁王立ちになり、こちらを睨みつけている。

文の無意識の操作で、カメラアイが収縮し、
死星獣の手の平の桜が拡大される。

彼女は口の端を歪めて小さく笑うと、
どこかからか通信素子で割り込みをかけているのか、
静かに服の胸元に取り付けられたマイクに向かって口を開いた。



119:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:35:04.52 ID:s9qUNLnH0

『乗っているのは雪ちゃんではありませんね? 
新しい複製体でもないようです。
……無茶をしましたね。死にましたか? 
大暴れをしてくれたものです
……これだけの被害を出すとは、正直思っていませんでした』

彼女らしくない淡々とした喋り方だった。

どこか達観したかのような、緩やかな口調だ。

顔色は悪い。

良く見ると、腕に携帯型の点滴が取り付けられていた。

心なしか、風に吹かれて仁王立ちの姿が
揺らめいているようにも見える。

そこで陽月王が立ち上がり、死星獣に近づいた。

絆が止める間もなく、文が陽月王のハッチを開いた。

絆と文の姿が、外気にさらされる。



120:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:35:48.90 ID:s9qUNLnH0

周囲に四散しているブラックホール粒子は、
文による陽月王のエネルギーコーティングの
フィールドで防がれてはいる。

しかし、絆は青くなってハッチを閉じようと
計器を操作した。

……動かない。

頑として文が操縦している陽月王は、動こうとしなかった。

「くそっ……何でだ……! 動け! くそ!」

ガチャガチャと操縦桿を動かしている絆を見ることもせずに、
文は大きな身振りで桜に手話を送った。

『桜ちゃん! 何? 何があったの? 
どうしてそっちにいるの!』

「…………」



121:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:36:35.27 ID:s9qUNLnH0

死星獣の手の上の桜は、しかしそれには答えなかった。

それ以前に、距離が遠くて手話が見えていないようだ。

声を発することが出来ない文が、
歯を強く噛んで腕を動かす。

『お姉ちゃんが……お姉ちゃんが死んじゃった! 
愛ちゃんも、命ちゃんも死んじゃったよ! 
雪ちゃんも死にそうなの! 
なのに……なのにどうしてそっちにいるの!』

文の声にならない叫びを受けて、
桜は鼻を鳴らしてそれを一蹴した。

『何だ……やっぱり雪ちゃんではないのですか』

スピーカーから淡々とした声が流れてくる。

死星獣が腕を動かし、胸の前に持っていく。

そして、桜はまるで水面のように揺らめいた
その胸部に、トプリと体を沈み込ませた。



122:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:37:26.15 ID:s9qUNLnH0

『その兵器を破壊します。
ブラックボックスシステムをいただいていきます。
絆様、文ちゃん。さようなら。速やかに死んでください』

死星獣の体が、次の瞬間、更に濃い金色に変色した。

『桜ちゃん!』

文が手を握り締めて、口を動かす。

そこで残存していたらしい、
残り一機の人型AADが、
金色の死星獣に向かって斬りかかってきた。

しかし桜を取り込んだ死星獣は、
タイプγのものとは比べ物にならない速度で
それを回避すると、地面を滑るように浮遊し始めた。

そして一瞬で人型AADの背後に回り、
それを羽交い絞めにする。

『まずは一つ』



123:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:38:25.73 ID:s9qUNLnH0

桜の呟きが、割り込んできた通信から流れる。

死星獣の背中から別の腕が競り出すように生えてきて、
人型AADのコクピットを貫通する。

それをハッチごと握りつぶして、
ドシャリと音を立てて地面に投げ捨てる。

『この機体とシステムは、流用させていただきます』

金色の死星獣は、次の瞬間アメーバのように
ドパァッ、と薄い膜状になって広がると、
コクピットを除いた人型AADに覆いかぶさった。

そしてたちまちのうちに全身を覆い隠し、
陽月王と寸分違わない姿になる。

違うといえば、表面が光沢を発していて、
全身金色に光り輝いていることくらいだ。

迫撃戦用ブレードを構える、金色の陽月王。



124:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:38:59.56 ID:s9qUNLnH0

そのブレードが、先程優がやったように展開し、
一瞬で全長五十メートルは超える
桜色のエネルギー波を発し始めた。

「ど……どういうことだ……?」

呆然と絆が呟く。

頭がついていかなかった。

そこで文が強く歯を噛み、操縦席に腰を下ろした。

絆の操縦を無視していた陽月王が、
コクピットハッチを空けたまま動き出す。

文が陽月王にも迫撃戦用ブレードを構えさせる。

「文、ハッチを締めろ!」

絆が声を張り上げるが、文はそれを無視した。

自分の両目で、金色の陽月王を睨みつけた
文の目から、一筋涙が垂れる。



125:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:39:41.73 ID:s9qUNLnH0

『シィンケルハンドブレード、ロック解除。
エネルギーシステムヲ展開シマス。
活動臨界マデ、後百二十秒デス』

次の瞬間、陽月王の背部ブースターが
全開に点火し、絆は叩きつける風に
目を開けることも出来ずに、
必死に優の亡骸を抱き寄せて、
シートの上に体を丸め、ベルトで固定した。

次の瞬間、薄いオレンジ色の文のエネルギーと、
ピンク色の桜のエネルギーが衝突して、
辺りに真っ赤な熱波を飛び散らせた。

『……文ちゃん、あなたの気持ちは分かります。
悲しいよね。苦しいよね』

金色の陽月王が陽月王と全く同じ動きをして、
何度も高速の斬撃を受け止める。

まるで鏡の中の自分と戦っているかのようだった。



126:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:40:37.32 ID:s9qUNLnH0

『でもね、それ以上にこの星は病んでるの。
私達の悲しみも、苦しみも、
元はといえばこの星が病んでいるせいなのよ』

淡々と桜が語る声が、金色の陽月王の中から聞こえる。

『そして星を病ませているのは、人間なの。
だから人間は殺さなきゃならない。
皆殺しにしなきゃならない。
でも……新世界連合は、生き残らなきゃいけないの』

同時に斬撃をかわして、
キャタピラを回して横にスライドする。

そしてやはり同時に、エネルギーブレードが長く伸び、
相手の左肩を吹き飛ばした。

陽月王の左肩が半ばから抉れて飛び散り、
破材が小規模な爆発を起こす。

文と金色の陽月王――桜は、ブレードを投げ捨てると、
残った右手でお互い相手の頭部を掴んだ。



127:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:41:14.64 ID:s9qUNLnH0

ギリギリと締め上げられて、
カメラアイからのモニター映像が次々と消えていく。

異常値を示すランプがところかしこで点滅した。

次の瞬間、二機の右腕の装甲が、
愛が死星獣を吹き飛ばした時のように開いた。

そしてお互いのエネルギーを噴出させ始める。

「やめろ文……! こいつはダミーシステムだ! 
お前の行動をなぞっているに過ぎない!」

絆がやっとの思いで怒鳴る。

しかし文は、絆の声が聞こえていないのか、
声が出ない口を大きく開き、
正気を失った目で声に出さずに絶叫した。

桜の声が、聞こえる。



128:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:42:05.70 ID:s9qUNLnH0

『だってそうでしょう? 
新世界連合までいなくなったら、
誰がこの世界の秩序を守るの? 
あなた達害獣を駆除した後、
誰がこの腐った世界を元に戻すの? 
だから私達は、あなた達が抱く戦力を全て
吸収した後に破壊することにしたわ。
残念ながら、今の死星獣に、マーキングがない
詳細なピンポイントワープを行う技術はない。
正確には……「その技術を解明できていない」
のだけれど……』

同時に陽月王と、桜の機体の頭部が爆発した。

優の亡骸を熱波から庇うように、
それに覆いかぶさった絆の背中を、火が舐める。

よろめいて頭部を失った相互が、
光り輝く右手を振りかぶった。

『だから元老院の居場所をみつけることもできない
……でも、情報はいただいていくわ。
このブラックボックスは、持ち帰らせてもらう!』



129:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:43:04.66 ID:s9qUNLnH0

桜が吼えた。

絆達を囲むように、
死星獣のタイプγが新たに五体出現する。

そして一体が、桜の機体の背中に手を突っ込んで、
一辺一メートル四方ほどの、
黒いキューブ体を取り出した。

それは。

――死星獣の核に、酷似していた。

それを持ってまた消えた死星獣を確認して、
絆は操縦桿を押した。

陽月王がブースターを点火して、
相手から跳びすさって離れる。

地面に転がっていた迫撃戦用ブレードを拾い上げ、
転がるようにして金色の陽月王に飛び掛る。

相手も同様にブレードを構えて突撃してきた。



130:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:43:41.07 ID:s9qUNLnH0

「離脱するぞ、文!」

絆は怒鳴って、新たに陽月王に搭載されていた、
緊急離脱用のシートポッドのボタンを、
ガラスを叩き割って露出させた。

愛が死んでから、陽月王に搭載させていた機能だ。

コクピットが小型の戦闘機型脱出用ポッドとなって、
緊急離脱することが出来る。

しかし、それを叩きつけるように押した途端。

絆は、文に突き飛ばされて、
競りあがってきたシャッターの中に、
優の亡骸を置いて押し込められた。

「文! 何やってんだお前!」

陽月王と桜の機体のブレードが衝突し、
また熱波が吹き荒れる。



131:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:44:13.94 ID:s9qUNLnH0

周囲を、残ったタイプγが囲み始めていた。

文は優の血まみれの亡骸を抱いていた。

そして絆に向けて、ゆっくりと手を振る。

『……さよなら絆さん。今までありがとう。
でも、私はお姉ちゃんの所に行きます。
お姉ちゃんには私がいて、私にはお姉ちゃんがいて、
そうじゃなきゃいけないから。
だから、ごめんなさい……本当に、ごめんなさい』

意味を理解して絆は青くなった。

この子は。

死ぬつもりだ。

「やめろ文! め」

「命令だ」と言おうとしたところで、
シャッターが閉まった。



132:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:45:01.48 ID:s9qUNLnH0

次いで、絆を乗せた脱出用ポッドが
ものすごい勢いで後ろに向けて射出される。

『あなた達を生かしてはおかない……! 
危険すぎる! そしてあの人は絶対に殺させない! 
私の、世界で一番大切な、
何にもまして大事な、大事な人……! 
絶対に殺させるものか! 
絶対に、あなた達をあの人に近づけない!』

桜が通信の外で声を張り上げる。

そこで、文が立ち上がったままの陽月王が
背部ブースターを点火させて、頭から桜の機体にぶつかった。

……文が、絆に向けて微笑んだ気がした。

『そのためだったら、私は死んでも構わない!』

桜の機体も頭からぶつかってくる。

『我らの新世界のために!』



133:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:45:34.67 ID:s9qUNLnH0

正面衝突した二つの機体は、同時に。

――桜の絶叫と共に、一瞬だけ膨らんだと思ったら。

まわりの死星獣を巻き込んで、大爆発を起こした。

自爆したのだ。

人型AAD二機が、同時に。

半球状のエネルギーの塊が吹き荒れ、
次の瞬間、天高く光の柱が吹き上がった。

それは光化学スモッグの雲を吹き飛ばし、
その上の「青空」を一瞬だけ投影した。

絆の脱出用ポッドが突風に煽られて地面に叩きつけられる。



134:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:46:04.99 ID:s9qUNLnH0

衝撃でハッチが開き、中途半端に
締めていたベルトが外れ、
絆は焼け野原になったフォロンクロンの
地面に投げ出され、叩きつけられた。

土と血まみれになりながら、
絆は綺麗なすり鉢型に消滅した、
数百メートル先の地面を見た。

タイプγも、金色の陽月王も。

他ならぬ、先ほどまで乗っていた陽月王でさえも。

そこには、何もなくなってしまっていた。



135:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:46:57.43 ID:s9qUNLnH0




数時間後、病院のベッドに絆は固定されていた。

その隣で、渚が俯いて座っている。

彼女は持っていたファイルを開いて、
ボンヤリと空中を見つめている絆に、重い口を開いた。

「フォロンクロン、他二拠点で多数の死星獣の
出現は感知されましたが、絃元執行官をはじめとした、
新世界連合の『人間』は確認されませんでした。
おそらく三拠点に攻撃する前に、拠点が移されたと
思われます。フォロンクロンの地下に、もぬけの殻に
なった拠点跡が発見されました。
攻撃で半壊していましたが、おそらく新世界連合が
使っていたものと考えられます。
他二拠点では、AADは全滅。
エフェッサーの戦力が残ったのは、
フォロンクロンだけでした」



136:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:47:37.06 ID:s9qUNLnH0

「…………」

絆は外を見た。

……絃に嵌められた、と考えるのが一番妥当なのだろう。

彼が、桜と、桜のクローンを連れ出した時から、
既に彼の策は始まっていたのだ。

おそらく狙いは元老院。

絆や、エフェッサーの本部役員でさえも
その所在を知らない、モニターの向こうの数百人の老人達。

彼らの情報を、新世界連合は欲しがっていたのだ。

そして同時に。

彼らは、エフェッサーの有するAADの
情報も欲しがっていた。



137:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:48:14.23 ID:s9qUNLnH0

――あの黒いコアを思い出す。

死星獣のコアに酷似していた。

もしかしたら……と思っていたが、
どうやら、間違いないようだった。

死星獣とバーリェは類似した存在なのだ。

だから雪の細胞と死星獣の細胞は、
融合して霧を創りだすことが出来た。

適合したのだ。

それが偶然とは思えない。

そして、AADに使われている技術も、
死星獣のデータを応用したものなのではないのか。

そう考えると、絃が他ならぬ桜を犠牲にしてまでも
逃げて、人型AADのブラックボックスを、
死星獣を使って回収させたことも納得がいく。



138:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:49:06.21 ID:s9qUNLnH0

AADのブラックボックスは、
死星獣にもそのまま応用できるのではないか。

……死星獣がAADを取り込んだ瞬間を目の当たりにした。

多少なりとも同一要素を含んでいることで、
あそこまで陽月王と同一な機体を作り上げることが
できたのではないのか。

桜は、その捨て石にされた。

――絃は、桜を守るために裏切ったのではない。

桜を使ってでも、本当に「人類を抹殺するため」だけに
裏切ったのだ。

おそらく絃は、新世界連合は、
桜達が三方向に分かれた時点で、既に拠点を移している。

そしてのうのうとエフェッサーが残り香を追跡してきた
ところを、大量のタイプγ死星獣で襲ってきたのだ。



139:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:49:46.75 ID:s9qUNLnH0

つまり。

「………………犬死にかよ」

小さな絆の呟きを聞いて、渚が口をつぐんだ。

優も、文も。

犬死にだ。

桜を道連れにしたとはいえ、
ブラックボックスも回収されている。

文の自爆で、全体の半分のAADが
残存したとはいえ、残りの半分を破壊したのは、
優と文のようなものだ。

一概に、彼女達の活躍だとは言えないのが事実だった。

最初から間違っていたのだ。

決められたことを、決められた通りに、
決められた分だけやれば幸せになれるなんて、
そんな楽な考えはなかったのだ。



140:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:50:38.25 ID:s9qUNLnH0

そうしようとして結局どうなった?

優はブラックボックスにエネルギーを
全て吸い取られて死んだ。

文はそれに絶望して、
本来バーリェがとるはずのない行動に出た。

自殺だ。

そう、自殺だった。

五大原則にもある意識に抗って
尚余りあるほど、彼女は絶望したのだ。

それは絆への愛を、インプットされた
好意感情を上まっていることであり。

いわば、文の優に対する「愛」だったとも言えた。

目を閉じて、息をつく。



141:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:51:12.53 ID:s9qUNLnH0

骨折五箇所。

肋骨には所々ひびが入っていて、
背中には広範囲で火傷が広がっている。

重症だ。

そして結果が。

これだ。

……絃が、桜を捨て石にしたことに
対する衝撃も大きかった。

あくまで彼は、「トレーナー」であると
心のどこかで勝手に定義づけていたのだ。

そう、思いたかっただけなのかもしれない。

「……元老院およびエフェッサーは、
あなたに新しいバーリェの支給を検討しています
……検討しているのですが……」



142:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:51:45.80 ID:s9qUNLnH0

言い淀んでから、渚は呟くように言った。

「……どう、されますか?」

絆は緩慢に彼女の方を向くと、自嘲気味に笑った。

「どうするも何も……受け取らざるを得ないんだろ。
状況は、切迫しているからな」

「私は、あなたの監査を担当しています。
結果だけを重視している本部の判断とは異なり、
あなたのことを客観的に、行動全てを見て判断することが
出来ます。私は、あなたはトレーナー職から遠ざかるべきだと
考えます。全てが通るとは限りませんが、
多少なりとも、発言の効果はあると思います」

渚が小さな声で言う。

「…………」

絆はしかし、渚から視線を離して、
掠れた声で関係のないことを呟いた。



143:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:52:36.14 ID:s9qUNLnH0

「……みんな死んだなぁ」

「…………」

「その前にも、沢山殺してるけど
……今回のはちょっときついな……
五人もいたのに、今は同期は雪だけだ。
雪だって、あと何日生きられるか分からない」

「…………」
「いい子達だったんだ。今回は、特に」

「……分かります」

「あんたに何が分かるって言うんだ」

絆は呟いた渚の言葉を鼻で笑った。

しかし渚は、俯いたまま続けた。



144:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:53:13.47 ID:s9qUNLnH0

「何となくですが……分かります。
あなたのバーリェ達は、みんなあなたを
守るために死にました。どの子も、自分が死ぬことに
対して躊躇がありませんでした。
あなたは、愛されていたんだなって私は思います」

「…………」

「その事実だけじゃ……いけないんでしょうか?」

絆は、ギプスが嵌められた腕で頭を抑えて、息をついた。

そしてだいぶ沈黙してから呟く。

「それじゃ、多分いけないんだな……」

「…………」

「愛されるだけじゃ、多分駄目なんだよな。
俺はそれに値する愛を、返してやれたのかって疑問なんだ」



145:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:53:39.28 ID:s9qUNLnH0

「…………」

「多分俺は、返せてない。
あいつらに、あいつらの与えてくれた愛を、
それに値する愛を返せていない。
だから……だからこんなに苦しいんだ。
だからこんなに……」

絆は顔を上げて、渚に言った。

「連れて行って欲しいところがある。
手続きをとって欲しい」



146:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:54:10.72 ID:s9qUNLnH0



絆が希望したのは、軍病院からさして
離れていない小さな自然公園だった。

渚に支えられながらタクシーを降りて、
松葉杖をついて歩き出す。

桜の花が、咲いていた。

花が咲いていた。

ピンク色の花びらが舞い散っていた。

バイオ技術で管理された自然の中、灰色の空の下。

その花は、ただひっそりと咲いていた。

排気ガス臭い空気がなびき、また花びらが散った。

それは整備されたコンクリートの地面に落ちると、
静かに横たわった。



147:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:54:40.32 ID:s9qUNLnH0

そしてひときわ強い風が吹いて、
どこかに消えていってしまった。

絆は、またひらひらと落ちてきた花びらを手で掴んだ。

手の中で僅かに震えるそれをくしゃりと握りつぶし、
風の中に放る。

――声が、聞こえた気がした。

幸せな声が。

楽しそうな声が。

しかし、振り返った先には何もなかった。

ただ漫然としたピンク色の花びらが
舞っているだけだった。



148:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:55:16.33 ID:s9qUNLnH0

過ぎ去った日。

過ぎ去ってしまった日。

もう戻らない日々。

もう返らない日々。

しかし、去年と、
その前と同じようにこの花だけは咲いた。

憔悴した目で、周りを見回す。

くすんだ視界に映るのは、何もない、
ただ花が咲き乱れる空間。

そして一本の樹の根元に、
ひっそりとたたずんでいる、一抱えほどの石だった。

バーリェの墓、と絃は呼んでいた。

バーリェ達は死んだら火葬されるでもなく、
大概は検体として分解された後、リサイクルに回される。



149:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:55:58.21 ID:s9qUNLnH0

優秀な個体であればあるほど、そうなる。

それに、今回のように自爆してしまった
優と文には、亡骸が存在しない。

その火葬されるわけでもない、
骨が埋まっているわけでもないバーリェ達の「墓」、
と絃は勝手に呼んで、死んだバーリェの名前を彫っていた。

いつしか、絆もその石に死んだバーリェの名前を
彫るようになっていた。

絃から話を聞いた、他の上級トレーナー達も、
時折訪れているらしい。

名前が、増えていた。

持ってきた彫刻刀を握り締めて、
ゆっくりとその石に近づく。

命が死んでから、ここには来ていない。



150:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:56:33.70 ID:s9qUNLnH0

彼女の名前も彫ってやらなければならなかった。

絆達人間も、死んだら大概は火葬されて
灰は埋め立て処分をされる。

墓、という概念がいまだによく分からなかったが
それが「弔い」の気持ちから来るものであるということは、
今の絆にはよく分かっていた。

体中の痛みで霞む視界を無理矢理定め、名前達を手でなぞる。

沢山、死んだなぁ。

そう思う。

ふと、その手が一番新しい場所で止まった。

桜の名前が、掘ってあった。

乱雑な字で。

しかし、深く。



151:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:57:14.86 ID:s9qUNLnH0

いつ掘られたものなのかは分からない。

絃が掘ったのだろう。

おそらく、桜を連れて本部に出頭した最後の日に。

――桜を安楽死させてやろうと思うんだ。

絃の言葉が脳裏に蘇る。

安楽死、と絃は言っていた。

もしかしたら。

桜は、それを拒んだのではないか。

自分の意思で、玉砕する事を選んだのではないか。

乱雑に彫られた字を指でなぞり、絆は沈黙したまま、
右手で命、優、文の名前を、愛の名前の隣に加えていった。



152:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:57:53.62 ID:s9qUNLnH0

――涙が流れた。

最後に文の名前を彫り終わって、
絆は彫刻刀を取り落とした。

何故泣いているのか、何が悲しいのか。

この期に及んでも絆はまだ、良く分からなかった。

分からなかったが。

悲しかった。

苦しかった。

手を伸ばして、樹から花がついた枝を一本折り取る。

そして絆は、そっと石の前にそれを置いた。

両手で頭を抱えて、泣きながら石の前に膝をつく。



153:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:58:23.26 ID:s9qUNLnH0

もう戻らない日々。

もう返らない日々。

ピンク色の花びらが舞っている。

風が吹いた。

絆の苦しみなどを知らないかのように、
風はただ吹いて。

そしてただ、漫然と花びらは舞っていた。



154:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:58:58.67 ID:s9qUNLnH0



雪の目が覚めたと聞いたのは、
それから二日経ってのことだった。

霧と一緒に、彼女に手を引かれながら絆は、
雪の病室を訪れた。

扉を開けると、ベッドの上に上半身を起こした
雪の姿が映った。

彼女は見えない目を二人に向けると、
嬉しそうに掠れた声を発した。

「絆、霧ちゃん……」

「お姉様!」

霧が駆け足で彼女に近づき、手を握る。

痩せていた。

やつれていた。



155:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 21:59:30.89 ID:s9qUNLnH0

窓が開いていて、排気ガス臭い空気が部屋に充満している。

絆は雪の頭を撫でて、それを締めようと窓に近づいた。

「あ……締めないで」

雪はそう言って、小さく付け加えた。

「花の匂いがするんだよ」

「花の?」

絆はそう言って、笑った。

「そうだな。花の匂いがするな」

「みんなは? 私が病気の間、みんなはどうしたの?」

雪がそう問いかけた。

霧が俯いて、唇を噛む。

絆は雪の隣の椅子に腰を下ろして、そして言った。



156:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 22:00:10.79 ID:s9qUNLnH0

「みんな、天国にいるよ」

雪は一瞬停止した後、絆にそっと、微かな笑顔を向けた。

「……そうなんだ」

「ああ」

「みんな、ちゃんと頑張った?」

「頑張ったよ。凄く頑張った」

絆はそう言って、雪の頭を抱き寄せた。

そして軽く撫でてやりながら、呟いた。

「また会ったら、伝えてやってくれ。
俺が、褒めてたって。
みんなに。絶対に、伝えてやってくれ……」

「うん、分かった。伝える」

雪が小さく頷く。



157:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 22:00:42.46 ID:s9qUNLnH0

彼女の白濁した瞳から一筋涙が流れて落ちる。

さやさやと、排気ガス臭い風が吹いていた。

作られた町。

作られて整備された人々。

その中で、変わらず花だけは今年も咲いた。

その匂いは正直よく分からなかった。

分からなかったが、花は咲いている。

その事実だけで、いいのではないだろうか。

何とはなく思う。



158:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 22:01:15.40 ID:s9qUNLnH0

俺は……負けない。

負けるものか。

折れそうな心の中で、一つだけそう思う。

何に負けないのか。

自分自身にだ。

ともすれば折れてしまいそうな
この心を折らないように、俺は前に進んでいくんだ。

トレーナーとして。

この子達が愛する対象として。

この子達を、愛してやれる存在として。

それが、俺のカルマであり。

俺の、存在の証明なんだ。



159:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/24(土) 22:01:56.56 ID:s9qUNLnH0

たとえどんなに世界が混乱していようと。

明日終わってしまうような
か細い世界だったとしても。

生きていこう。

この子達と一緒に、今を。

生きていこう。

明日に繋がる今を。

そして、戦うんだ。

自分に負けることなく、強い心で。

先に、先に進んでいくんだ。

絆は雪の頭をそっと離すと、
霧と彼女に向かって笑顔を向けた。

「さぁ、帰ろうか……俺達のラボに」



169:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:42:46.72 ID:H1W87tW/0

5.片翼の天使が飛ぶ

絆がその病室を訪れたのは、
桜との熾烈な戦闘から、
一週間ほどが経過した時だった。

出かける数時間前、絆は彼のラボの中にいた。

――体中が痛む。

折れた腕と足、ヒビが入ったあばら骨。

重度の火傷を負った背中。

満身創痍といった言葉が
丁度当てはまる状態だった。

ラボの中での生活にも苦労する体に
なってしまった絆をサポートするために、
渚が訪れていた。



170:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:43:35.71 ID:H1W87tW/0

最初は彼女を警戒していた雪だったが、
最近少しずつ、優しいクランベである
渚に心を開くようになっていた。

「これで、雪ちゃんの薬は全部ね」

雪の腕に点滴を刺しながら、渚が言う。

雪は小さく笑って

「ありがとう」

と言うと、ソファーに腰を下ろしている
絆の方に顔を向けた。

「大丈夫? 何だかつらそう」

問いかけられて、絆は軽く息を吐いてから
彼女に返した。

「ああ……気にするな。こんな傷、すぐに治る」



171:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:44:15.02 ID:H1W87tW/0

「…………」

心配そうに見えない目を向ける雪。

その顔から視線を離し、絆は言った。

「さて……俺は出かけるが、お前達は
渚さんと一緒にここに残っていてくれ」

「マスター……お出かけになるのですか?」

心配そうに、食器を洗っていた霧が口を開いた。

彼女は最近、進んでラボの中の家事の
手伝いをするようになっていた。

絆は頷いて霧を見た。

「ああ。少し用事があってな……」



172:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:44:55.30 ID:H1W87tW/0

「私も行きます」

「……私も」

霧と雪が同時に言う。

絆はしかし、渚と顔を見合わせてから首を振った。

「いや……俺一人で行くよ。
今日の夕方には帰ってくる」

「…………」

「ですが……」

黙り込んだ雪と対照的に、
手を止めて近づいてきて、
不満げに言った霧の頭を撫でる。

「帰りに好きなものを何か買ってきてやろう。
欲しいものを言え」



173:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:46:59.36 ID:H1W87tW/0

頭を撫でられた霧が僅かに顔を紅潮させる。

雪が、そこで絆に伺うように聞いた。

「大丈夫なの……? 出歩いて……」

バーリェに体調を心配されると言うのも、
不思議な感覚だ。

それが半分死んでいるかのような雪に
心配されているのだから、世話がない。

絆は笑ってそれに返した。

「何がだ? 俺はいつも通りだが」

「体の骨が沢山折れてるんでしょ? 
背中の火傷も治ってないって聞くし……」

渚の方に顔を向けて、雪は続けた。



174:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:47:42.76 ID:H1W87tW/0

「……じゃあ、私達は大丈夫だから
渚さんがついていってあげて」

「え……」

渚が一瞬戸惑いの表情を、顔に浮かべる。

そして彼女は息をついて、雪に返した。

「特務官は大丈夫です
……あなた達が心配することはないのよ?」

「嘘。だって、『人間』って、
私達みたいに壊れた部分を
取り替えることって出来ないんでしょ?」

雪が静かに渚の言葉を打ち消した。

いつになく強く止める雪の頭を、
絆は手を伸ばして、
先ほど霧にしてやったように撫でた。



175:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:48:25.46 ID:H1W87tW/0

「お前は今の医療技術を甘く見てるな。
痛み止めも打ってるし大丈夫だよ」

「…………」

「ですが、お一人で行かれるのは、
やはり不安です。
お姉様の代わりに、私がご一緒します」

霧が前に進み出て言った。

雪はそれに頷いて、絆に向けてそっと口を開いた。

「霧ちゃんを連れてって。
私は、ラボに残ってるから」

「…………分かった。
霧、じゃあついてこい。
雪にはコーラを買ってきてやろう」

少し考えて、絆はこれ以上彼女達と口論しても
何のためにもならないと思い直し、
霧に向けて手を伸ばした。



176:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:49:13.22 ID:H1W87tW/0

霧が笑顔になって絆の手を握る。

「霧ちゃん、絆をよろしくね」

雪がそう言うと、霧は元気に頷いた。

「はい!」

「……宜しいのですか、絆特務官」

渚に問いかけられて、
絆はただ、軽く肩をすくめてみせた。

渚が諦めたように息をつく。

「夕方には戻る」



177:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:49:42.71 ID:H1W87tW/0

「お気をつけください。
そうでなくても、最近は物騒ですから……」

渚はそう言って、雪の手を握った。

「一緒にゲームでもしていましょう」

「うん」

雪が頷き、絆の方に手を振る。

「気をつけてね」



178:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:50:14.10 ID:H1W87tW/0



ラボを出て、呼び出していた
タクシーに乗り込み、軍病院に向かう。

途中、霧がそわそわしながら絆に聞いた。

「何をされに行くのですか?」

「うん……まぁ、な」

煮え切らない返事でその場を濁して、
絆は霧の方を向いた。

「そういえば……
ずっとお前に聞こうと思っていたことがある」

「何ですか?」

キョトンとした顔で霧が返す。

絆はしばらく言い淀んだ後、静かに聞いた。



179:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:50:48.82 ID:H1W87tW/0

「少し前に、お前……
俺に『大事なこと』を言おうとしなかったか?」

「大事なこと……」

考え込んで、霧は首を傾げた。

……やはり時間が経ちすぎていたか。

絆は霧から視線を離して、息をついた。

「いや……覚えてないならいいんだ」

バーリェの睡眠誘発剤には、
記憶障害を引き起こすという副作用がある。

ごく軽度なもののはずだったのだが、
霧にはその影響が顕著に出ていた。

絆が聞きたかったのは、
一週間前に霧が自分に言おうとした
「陽月王のブラックボックス」に関する情報だった。



180:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:51:32.84 ID:H1W87tW/0

――陽月王には、自分以外を乗せない方がいい。

霧は、確かにそう言った。

途中で彼女は眠ってしまい、
ちゃんとした言葉を聞けなかったのが、
ずっと心に残っていたのだ。

一週間前の戦闘で、優は陽月王の
――名付けるとしたら「ブラックボックスシステム」を
起動させた。

その結果

――全エネルギーヲ解放シマス。

優は、一瞬で全ての生体エネルギーを
搾り取られ、ショック死した。

おそらく、あの時に使ったエネルギーシステムが、
ブラックボックス。

異常なシステムだ。



181:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:52:26.09 ID:H1W87tW/0

本来ならばストッパーがかかり、
バーリェがショック死するほど過剰に、
全てのエネルギーを搾り取られるなんてことはない。

それに……。

優も、文も。

陽月王に接続されて、
戦闘に入ってから様子がおかしかった。

妙に好戦的というか、
まるで戦闘が楽しくてしょうがないという風に。

命もそうだった。

精神が極度の恐怖でやられたのかとも思っていたが、
流石に三人連続で続いたとすれば、
絆でなくても考えるだろう。

文に至っては、絆の操縦システムを遮断するほど、
「目の前の戦闘」に集中していた。



182:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:53:16.15 ID:H1W87tW/0

その一連の理由を、霧が知っていると
思っていたのだが、本人がその話を
しようとしていたのを忘れていたのでは、
仕方がない。

無理に聞きだすことも出来るのだが、
それを、絆はしたくなかった。

覚えていなかった時は、
自分で話してくれるまで待つつもりだった。

「何ですか? 気になります」

食い下がってきた霧に視線を向けて、絆は言った。

「お前が、寝言で『恐竜が来ます、恐竜が……!』って
繰り返し言うもんだから気になってな」

「恐竜……?」

素っ頓狂な声を上げて、霧は耳元まで真っ赤になった。



183:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:53:50.00 ID:H1W87tW/0

「わ、私そんなことを言っていましたか?」

「頻繁にな」

「そんな……マスター、盗み聞きはいけないことです」

恐竜の何が怖いのかは分からなかったが、
霧が頻繁に寝言を言うのは本当のことだった。

寝言の中でも敬語なんだなと感心した覚えがある。

絆は軽く笑うと、運転手に向けて口を開いた。

「そこを左です。中につけてください」

タクシーが曲がり、軍病院内の駐車場に入り、
入り口にピタリと寄せる。



184:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:54:35.18 ID:H1W87tW/0

時間通りだ。

病院の入り口には、エフェッサー管轄の
バーリェ専門医達が待機していた。

絆は霧に扉を開けてもらい、
体を引きずるようにして外に出て、呼吸を整えた。

霧が医師達を見て、不安そうに絆の脇に隠れる。

「マスター……まさか……」

言い淀んだ霧に、絆は頷いてみせた。

「もう一人、バーリェを迎えに行く。お前の妹だ」



185:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:55:20.21 ID:H1W87tW/0



医師達に歩きながら説明を受ける。

専門用語が飛び交っていて、
霧には分からない分野だ。

絆はそれに機械的に返しながら、
松葉杖をつきつつエスカレーターに乗り込んだ。

「特例的に今回の生成に成功した個体を、
S678番と名付けることになりました」

「678……?」

絆は怪訝そうにそれに聞き返した。

「随分93番(霧のこと)と離れていますね」

「なにぶん、今回の試みは手探りの情報が多く、
私どもも元老院、及びエフェッサー本部の
ご要望に沿える個体を調整するまでに、
相当数を犠牲にしました」



186:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:56:11.21 ID:H1W87tW/0

医師の一人が、手元の資料に
視線を落としながら淡々と言う。

単純に考えても、678引く93。

つまり585体のバーリェが、
調整段階で廃棄されたということになる。

厳密に言うと、バーリェの型番は単なる記号であり
その限りではないのだが、感覚的にも、
今回は大量の犠牲の上、「霧の上位互換個体」が
生成されたのだということを察知できた。

おそらく、雪と死星獣の混合体を創り出したのが霧。

そしてその霧のクローンを、
更に調整して創り上げたのが、
今回の「S678番」なのだ。



187:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:56:57.33 ID:H1W87tW/0

クローンのクローン。

その更に複製体。

既にそれは、人間の踏み込んでいい
領域を完全に逸脱している。

しかし、元老院とエフェッサーは、
一連の霧、そして絆のバーリェ達の上げた戦果に、
大いに満足していて。

それが起因していることは、事実でもあった。

結果だけを見れば、だ。

冷静になって考えてみれば、
文が暴走してエネルギー量子波の爆発で、
死星獣もろとも爆発させた味方のAADは、
合計三十八機。

一種の戦略兵器並の損害だ。



188:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:57:38.14 ID:H1W87tW/0

しかしそれを補って余りある戦闘データと、
バーリェの生体データが存在していることが事実であり。

絆は、一切を不問として扱われていた。

医師達の淡々とした声に、
怯えたように霧が絆の服の裾を掴む。

「しかし……どうしても
クリアできなかった問題がありまして……」

言いにくそうに医師の一人が口を開く。

「問題……?」

絆は首を傾げた。

またどうせ「番外個体(不完全なクローン)」
なのだろうが、それをエフェッサー側から
口に出すということは、あまりないことだったからだ。



189:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:58:19.44 ID:H1W87tW/0

霧の場合は、何としてでも彼女を
戦闘に使おうとするエフェッサー側の意向により、
「精神的番外個体」である彼女の欠陥は、
いまだに認められていない状況であるくらいだ。

もっとも、霧自身の努力により、
彼女はある程度の思いやりと協調性を
持つことは出来るようになっていた。

そこに至るまでに、霧がどれだけ葛藤して、
どれだけ悩んだのかは分からない。

しかし、生半可な努力ではないことは確かだ。

「見た目が少々悪いのです。
少なくとも、『普通』ではありません」

医師の一人が断言する。

「…………」

絆は、それに答えを返さず、松葉杖に寄りかかった。



190:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:58:59.82 ID:H1W87tW/0

こいつらが、普通ではないと形容するくらいだ。

本当に、普通ではないのだろう。

最初から番外個体だと断っておいて
受け渡しを行うとは、やってくれる。

しかし、現在の人類が置かれている現状は
それだけ切迫しているというのも事実ではあった。

フォロンクロン等の一斉攻撃の後、
新世界連合の拠点を絞り込めていない
というのも大きかった。

一週間経つが、絃からの電波ジャックは
まだ行われていない。

相変わらずスラム街の大量虐殺は続いていたが、
新世界連合の人間を殺すことが
出来たという報はなかった。



191:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 19:59:43.34 ID:H1W87tW/0

それどころか、各地でスラム街の人間達が
暴動を起こし、一種の集団ヒステリーのようなものを
形作ってしまっているのが、今の世界の流れだった。

軍やエフェッサーは、その暴動を片っ端から「皆殺し」と
いう形で抑えてはいたが、既に世界中のスラム街の
人間の反発は、抑えることが難しいレベルにまで
達してしまっている。

人間は、死に面した時に一番本性が出ると言われている。

まさにそんな状況だ。

追い詰めすぎたのだ、スラムを。

中には新世界連合に賛同するスラム街の
人間も出始めていると聞く。

世界は、着実に最悪な方向に向かい始めている。



192:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 20:00:15.09 ID:H1W87tW/0

しかし、一週間の間に一度も死星獣は出ていない。

フォロンクロンでの戦闘が、出現の最後だ。

それ故に、エフェッサーは次に死星獣が現れた時に
本部が狙われる危険性が高いと判断していた。

今回製造されたバーリェ、
S678はそれゆえの急造のバーリェだ。

多少の不具には目を瞑るしかない……。

だが、そう思って病室の扉を開けた絆と、
ついてきた霧は、その中の様子を見て一瞬硬直した。

――多少、ではなかった。



193:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/26(月) 20:01:05.38 ID:H1W87tW/0

「え……」

霧がポカンとして病室の中、
ベッド脇の「車椅子」に腰掛けていたバーリェを見る。

両足が、太股からなかった。

右腕も、肘の部分から先がない。

整った顔立ちをしていたが、
眼帯で覆われた右半分の顔には醜いケロイドが
広がっており、
右目は完全に潰れていることが推測できた。

左手だけで電動車椅子を操作して、
首の後ろで二房に白髪をまとめた少女は、
物憂げな表情で絆を見た。

「こんにちは。あなたは……誰ですか?」

蚊の鳴くような声で、少女は呟くように言った。



198:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:41:47.68 ID:+6h/+PqS0

少なからず、絆は彼女の見た目にショックを受けていた。

そして次いで、ショックを受けてしまった
自分に呆然とする。

冷静になろうとして、
しかし言葉を出そうとして失敗する。

少女はそんな絆の様子を見て、
少し考えた後、バツが悪そうに顔を伏せた。

「……ごめんなさい。驚かせてしまいましたね……」

「い……いや……」

絆はそう言って気を取り直し、
周囲の医師達に目配せをした。

医師達が固まって病室を出て行く。

管理担当らしい主任医師が、絆にカルテを渡した。



199:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:42:57.75 ID:+6h/+PqS0

「ご覧の通りです。五大原則の確認はしています。
性能はS93(霧のこと)を遥かに凌ぎますが、
見た目と、性格に多少の問題があります」

「…………」

多少?

これが、多少?

右腕と足の丸まった切断点を、唯一無事な左腕で、
病院服を使い隠した少女を一瞥し。

絆はそれを口に出そうとして思い直し、
無理矢理に飲み込んだ。

「……性格?」

自分を凌ぐと目の前で言われ目の色を変えた霧を、
医師から庇うように立ち、彼に声を低くして問いかける。

「どういうことですか?」



200:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:44:03.05 ID:+6h/+PqS0

「このバーリェは、調整が完了した時から
自分を卑下しています。自殺願望がとても強い。
それを拭い去れなかった点では未調整とも言えます」

「五大原則を言えるのに、『自殺願望』があるのですか?」

「その矛盾については、現在調査中です。
今回は試験的にあなたにお渡しします。
なにぶん初めての試みなので……ご留意ください」

小さな声で返し、医師は頭を下げると部屋を出て行った。

しばらく、絆は車椅子の少女のことを見つめていた。

自殺願望……?

そう、医師は言った。

バーリェは意識下に刷り込まれた五大原則の一つにより
自分の意思で自分を殺せないように出来ている。



201:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:44:36.93 ID:+6h/+PqS0

しかし……。

他ならぬ「自殺」で、
絆は大事なバーリェを亡くした直後だった。

文だ。

彼女が姉の後を追ってとった
自爆という行為は、自殺に相当する。

何らかのトリガーが引かれ、
意識化の刷り込みが掻き消されたと考えられる。

そしてこの子だ。

どういう意味なのだろうか。

文のように、ストッパーが解除されて
意識の方も「番外個体」なのだろうか。

その意味を推し量りかねていたのだ。



202:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:45:20.99 ID:+6h/+PqS0

しかし沈黙を、自分の外見に引いていると
勘違いしたのか、車椅子のバーリェは俯いて、
左手でレバーを操作した。

絆達とは反対の、少し離れた部屋の隅に車椅子が移動する。

そこに体を丸めて小さくなり、
少女は小さな声で、呟くように言った。

「軍の方ですか……? 
私のことを、笑いに来たんですか?」

絆はそこで我に返り、慌てて少女に言った。

「笑ったりはしない。すまない、その……
あまりに仕様書と外見が違ったから、
驚いてしまった。気を悪くさせたのなら謝る」

本当のことだった。

仕様書で見せられたロールアウト前の
彼女は、綺麗に四肢があった。



203:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:46:09.13 ID:+6h/+PqS0

おそらくは絆に渡される前に、
何かがあったと思われる。

静かに言った絆を怯えたような目で見て、
彼女はそっと言った。

「どうして……謝るんですか? 
驚くのは当たり前だと思いますが……」

「…………」

絆は気まずい沈黙に突入しようとした空気に
無理矢理割って入り、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。

そしてまだ入り口で硬直している霧に向けて言う。

「霧、来いよ。何してるんだ」

椅子を引いてやると、霧は車椅子のバーリェから
視線を離せないらしく、口を半開きにしたまま
近づいてきて、椅子に腰を下ろした。



204:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:46:52.27 ID:+6h/+PqS0

その視線を浴びて、少女がますます小さくなる。

自殺願望というよりは、
何かに怯えているような……。

しかし本人を前に、おおっぴらに
霧を注意するのははばかられた。

絆は横に座った霧から視線を離し、
まだ近づいてこようとしない少女に言った。

「どうした? 俺はお前に何もしない。
これから一緒に暮らすんだ。
こっちに来て、一緒に喋ろう」

霧が弾かれたように絆を見た。

まさか、嘘ですよね? と言った顔をしている。



205:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:47:51.00 ID:+6h/+PqS0

――霧の反応は、当然だった。

今の時代、医療技術の進歩により、
先天的な障害を持って生まれる人間は、
殆どいないと言ってもいい。

だが、バーリェは原則「不完全な」人間のクローンと
言われているので、製造段階で誤差が生じる。

それゆえに番外個体が混じるが、
四肢のどれかが欠損している例は
今までにないと言えるだろう。

バーリェは体の臓器等をプラモデルの
パーツのように取り替えることが出来る。

腕が折れたら切除して新しい腕を、
ということも可能だ。

もっとも、雪の場合は適合するパーツが
ないという不具合が発生しているので、
決してその限りではない。



206:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:48:43.27 ID:+6h/+PqS0

以上のような理由で、あくまで通常に
「バーリェは普通は五体満足である」という概念が、
彼女達にはある。

それ以前に、事前の睡眠学習でこのような例が
この世に存在しているということは、
おそらく教えられていない。

霧にとっては生まれて始めて見る「異形」だったのだ。

しかし絆は霧の視線を無視して、少女に重ねて言った。

「ほら、来いよ」

「……それは『命令』ですか? 
それとも、あなたの個人的感情ですか?」

小さな声で少女が言う。

絆は少し考えてからそれに答えた。



207:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:50:17.43 ID:+6h/+PqS0

「個人的感情だ。
俺は、お前に安易に命令したりはしないよ」

「……では、お帰りください。
私は見た通りの体です。どこの誰かは存じませんが、
あなた方のお役に立つことは出来ません」

拒否された。

それもはっきりと。

というか、それ以前に絆を
トレーナーと認識してないようだ。

バーリェに拒否されるのは初めての
経験だったので、一瞬沈黙する。

そして絆は、松葉杖を引いて立ち上がると、
よろめきながら椅子を押し、彼女の前に運んだ。

すぐ近くまで歩み寄ってから腰を下ろす。



208:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:51:46.13 ID:+6h/+PqS0

「お帰りください……」

小さく震えながら少女が言う。

今にも泣き出しそうだ。

硬直したままの霧を置いて、
絆は手を伸ばして少女の頭にポン、と置いた。

ビクッ、と凄い勢いで少女が怯える。

しかし絆はそれを軽く笑い飛ばし、口を開いた。

「いいや帰らない。帰るときは『一緒』だ。
お前を迎えに来たんだ。俺はトレーナーだよ」

「トレーナー……? あなたは、トレーナーなのですか?」

「ああ、そうだ。お前をこれから育てることになる。
帰れだなんて悲しいことを言うな」

「…………」



209:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:54:09.99 ID:+6h/+PqS0

少女は「信じられない」と言った顔で
絆をポカンと見てから、しばらくしてまた俯いてしまった。

絆は彼女の頭から手を離し、続けた。

「お前のことはこれから『圭(けい)』と呼ぼう。
名前だ。分かるな?」

「圭……? 私の、名前?」

繰り返した彼女に、絆は頷いてみせた。

「そうだ、名前だ」

「私に名前なんてつけても、
無駄です……どうせ私はすぐ死にます」

しかし圭と名づけられたバーリェは、
絆の言葉を、聞こえるか聞こえないかの声で、
早口に打ち消した。

「……何だって?」



210:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:54:50.60 ID:+6h/+PqS0

思わず聞き返した絆と目を合わせないように
しながら、彼女は続けて言った。

「私は死ぬために創られました
……その時が来れば、あなたの命令で即座に死にます。
ですから、私に名前なんてくださっても、
それは無駄なことなんだとお伝えしたいまでです……」

小さく咳をしてから、圭は表情を落とした。

「それが、バーリェってものでしょう?」

問いかけられて、絆は言葉に詰まった。

確かにこの子の言う通りに、
バーリェは死ぬために創られるようなものだ。

しかし。

だからといって、最初からそれに
絶望している個体を見るのは、初めてのことだった。



211:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:55:34.59 ID:+6h/+PqS0

この子は……。

自分の境遇、いや、自分の「存在」
それ自体に絶望しているのか。

バーリェとして、不具な体として
生まれてしまった自分自身に心の底から
絶望してしまっているのかもしれない。

精神調整が十分なされていないことによる
副作用なのだろうが、正直絆は、この子の扱いに困った。

だが彼は、少し考えてから静かに圭に返した。

「……俺達人間だって、いつ死ぬか分からない。
ある日突然、交通事故に遭って死んでしまう人間だって
大勢いるし、孤独に息を引き取っている人だっている。
殺されてしまう人だっている。
いつ死ぬか分からないっていうのが生きてるってことだろ? 
何を悲しいことを言ってるんだ」

「……人間とバーリェは違います」

「同じだよ。何も変わらない」



212:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:56:12.47 ID:+6h/+PqS0

絆は、そこで圭の言葉を強く否定した。

圭は口をつぐんで唇を噛んだ。

押し黙ってしまった彼女の左手を握り、絆は言った。

「しっかりしろ。ロールアウト直後に死ぬことを
考えるなんて、どうかしてるぞ。別に深い意味はないんだ。
名前が気に入らなかったら、そう言ってくれればいい」

「…………」

圭は、しかし少し考えた後首を振った。

「……気に入らなくはないです。ありがとうございます」

「そうか、良かった」

軽く微笑んでから圭の手を離し、彼は霧の方を向いた。

「あっちが霧。お前の……お姉さんのようなものだよ」

「お姉さん……? 私に、姉がいたのですか?」



213:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:56:54.28 ID:+6h/+PqS0

意外そうに圭が言う。

手招きされて、
霧は顔を引きつらせながら近づいてきた。

「こ……こんにちは」

引きつった顔で手を差し出す霧。

それを冷めた目で見て、圭は口を開いた。

「無理はしない方が良いですよ。
私のことを気味が悪いって、
そう思っているんでしょう?」

「そ、そんなことは……」

霧の声が自信を失ったように尻すぼみになって消える。

「…………ないです!」

やっと声を絞り出し、霧は意を決したように
近づいてきて、無理矢理に圭の手を握った。



214:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:57:32.32 ID:+6h/+PqS0

そして上下に何度か振る。

「よろしくお願いします! 私は霧。
これから一緒に暮らすことになります。
楽しく過ごしましょう!」

早口で元気に言われて、しかし圭は霧から手を離すと、
怯えたように縮こまって視線をそらした。

「……それは命令ですか?」

絆に助けを求めるような視線を向ける圭。

絆は首を振った。

「いや……別に命令じゃないが、俺は他のトレーナーと
違って、バーリェの集団生活を基本方針としてる。
お前にも適応してもらうことになる」

「方針って……命令ってことですか?」

「まぁ、曲解して受け取ればそうなるかもしれないが……」



215:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:58:08.70 ID:+6h/+PqS0

「……命令なら、聞きますけど……」

繰り返して、圭は車椅子を操作して霧から距離をとった。

「あ……」

手を差し出した姿勢のまま、
霧が所在無さげにその場に立ち尽くす。

「嫌なのか?」

問いかけられて、圭は頷いた。

「はい……」

「どうして?」

「どうしてって……私はご覧の通りの体です。
満足に日常生活を送ることもできませんし……
ましてや他の子と共同生活なんて、
考えたこともありませんでした。
多分、無理だと思います……」



216:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:58:48.75 ID:+6h/+PqS0

絆は小さくため息をついて、彼女に言った。

「無理だ駄目だって言うのは、
やってみてからするもんだ。
生まれたばかりのお前に何が分かる?」

「ご覧になって分かりませんか?」

自嘲気味に小さく笑って、圭は言った。

「こんな体で……何をしろっていうんですか?」

「お前は、妙に自分を卑下するな。
その体が何だ。うちには目が見えなくたって
立派に生きてる子だっている。
お前は片方のようだが目も見える。
口も利けるし耳も聞こえる。
腕だって一本あるじゃないか」

「…………」



217:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:59:23.36 ID:+6h/+PqS0

「何をしろとは言わないよ。
ただ、頑張って『生きて』欲しい。
敢えて言うとすれば、それは俺からの、
お前に対する最初で最後の『命令』だ」

「…………」

しばらく絆の言葉の意味を推し量っていたのか、
圭は黙りこんで、やがて諦めたように息をついて頷いた。

「……命令なら、仕方ないです。一緒に行きます」

「……分かってもらえたならそれでいい。
とりあえず……霧。この子の車椅子を押してやってくれ」

「分かりました!」

頷いた霧から視線を離し、
圭は自分で電動車椅子のレバーを動かした。

「……自分で出来ます」



218:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 19:59:52.94 ID:+6h/+PqS0

スーッ、と滑るように彼女は絆達の脇を
横切って、部屋の出入り口の前に車椅子を止めた。

「そういえば……あなたの名前、
お聞きしていませんでした」

振り返って言った圭に、絆は微笑んでから答えた。

「絆だ」

「……変な名前」

小さく笑って、圭が自動扉をスライドさせて
開け、部屋を出て行ってしまった。



219:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/27(火) 20:00:51.20 ID:+6h/+PqS0

慌てて松葉杖を手に取り、立ち上がる。

その補助をして絆を支えながら、
霧が小さな声で言った。

「マスター……あの子は、一体『何』ですか?」

「どういう意味だ?」

問い返した絆に、霧は言いにくそうに
口をつぐんでから言った。

「……バーリェのにおいも
……死星獣のにおいもしませんよ……?」



227:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:02:05.22 ID:BweApVW10

病院側が用意した病人搬送用のワゴンタクシーに
圭の車椅子が入り、絆は、彼女が運転手に抱えられて、
座席に詰め込まれるのを見ていた。

雪ほどではないが、痩せている。

……この子が。

あの、仕様書に載っていた子だとは
到底思えなかった。

睡眠学習中の戦闘プログラム、
ダミートークンとの模擬戦、
千二百三十五戦中、千二百三十五戦勝。

全勝だ。

霧でさえ、九百五十回の模擬戦プログラムで、
百回以上は負けている。

数値のみを見てみれば、まさに規格外と言えた。



228:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:03:18.32 ID:BweApVW10

しかし……。

あの覇気がない表情と、
物憂げな喋り方が、妙に気になった。

無論、欠損している右腕、両足、
そして焼け爛れている右顔面が
気にならなかったと言えば嘘になる。

霧が先ほど口走った言葉も、
同時に心に引っかかっていた。

……バーリェのにおいも、死星獣のにおいもしない?

おそらく圭は霧のクローンだ。

どんな調整がされているのかは分からないが、
少なくともどちらかのにおいはしなければおかしい。



229:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:04:07.44 ID:BweApVW10

それとも……。

品種改良を繰り返したことにより。

バーリェとも、死星獣とも、
全く違う個体が創り上げられてしまったのか。

死星獣のにおいをさせている霧を見たときに、
何の反応もしめさなかったのも気になった。

同種ゆえのことかと思ったが、
他ならぬ霧がどちらのにおいも
させていないと言うのだ。

……つまり、圭にはバーリェの持つ
生体エネルギー感知能力が備わっていない
可能性もあった。

一体どれだけの不具合を抱えているのか分からない。

確かに、少なくとも「普通」ではないが……。



230:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:05:01.71 ID:BweApVW10

霧に支えられながらタクシーに乗り込み、
圭の隣に腰を下ろす。

絆の隣に座った霧が扉を閉め、伺うように圭を見た。

タクシーが静かに発進し、
圭は疲れたように小さなため息をついた。

「どうした? 疲れたなら寝てもいいんだぞ」

絆にそう言われ、圭はきょとんとして彼に返した。

「ねても……? 『ねても』とはどういうことですか?」

「何言ってるんだ? 寝るってことだ。
目を閉じて楽にしてもいいってことだよ」

絆に静かに返され、しかし彼女は首を傾げてみせた。

「目を閉じてどうするのですか? 暗くなるだけです」



231:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:05:46.39 ID:BweApVW10

「寝たことがないのか?」

「初めて聞く単語です。それは動詞ですか?」

「…………」

一瞬どう返したらいいのか分からずに、
奇妙なものを見るかのような目で彼女を見てしまった。

その視線を受けて、圭は縮こまって下を向いてしまった。

「……ごめんなさい……」

「……いや、謝らなくてもいい。
今日ロールアウトしたばかりなんだ、
考えてみれば何も知らないのは当たり前のことだ。
睡眠をとるということは、体や精神の疲れを取るために
必要なことだ。目を閉じて、意識を暗転させる。
説明が難しいが……」

「気絶するということですか?」



232:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:06:21.65 ID:BweApVW10

「いや、それとは少し違うな……」

絆は言い淀んで口をつぐんだ。

寝るという概念が、この子にはないのか?

……流石にそれはないだろう。

動物であれば殆どの種は睡眠をとる。

魚でさえも、泳ぎながら寝るくらいだ。

彼女が初期段階の混乱に陥っていると
自己完結して、絆は言った。

「まぁ……自然に分かるよ。
別に理解しなくてもいい」

「はぁ、そうなんですか」

圭が気の抜けたような声を出して、
シートに体を沈み込ませた。



233:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:07:04.69 ID:BweApVW10

それをポカンと見ていた霧が、
何呼吸か置いて、とってつけたような高い声を発した。

「あ……あの、圭ちゃんは、
ゲームは好き? 何が得意なの?」

「ゲーム……?」

首を傾げて、圭は「この子は何を言っているのだろう」と
いう目で霧を見た。

彼女の目を見て、霧は慌てて付け加えた。

「私は、モノポリーが得意。バックギャモンも、
カードゲームも好きです。
一緒にラボに行ったら遊びましょう」

「ごめんなさい……
姉さんが何を言っているのかがよく分かりません」

申し訳なさそうに顔を歪めて、圭は頭を下げた。



234:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:07:46.41 ID:BweApVW10

霧が気勢を削がれたように

「そ……そうなんだ……」

と言って口をつぐむ。

霧は睡眠学習中に、沢山の思考ゲームを
させられてロールアウトしてきた。

しかし、もしかしたら圭は、そのような
シュミレーションを一切せずに
送り出された固体なのではないだろうか。

「教えてやればいい。得意なんだろ、霧」

そっと口を出すと、霧は顔を輝かせて

「はい!」

と頷いた。

圭はそれを興味がなさそうに見ていたが、
霧がまた口を開こうとしたのにかぶせて言葉を発した。



235:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:08:28.37 ID:BweApVW10

「私が得意なことは……ありません。
好きなことも、特にありません
……ご期待に沿うことは、多分出来ないと思います」

霧が発しかけていた言葉を無理矢理に飲み込んで、
助けを求めるように絆を見た。

……極端なマイナス思考。

通常のバーリェでは、ありえない。

なまじ状況認識がちゃんと出来ているが
ゆえのことなのかもしれない。

「好きなことがないのなら、これから作ればいい。
何、生きてれば自然に身につくし、思いつくさ」

圭のマイナス思考を吹き飛ばそうと、わざと明るく言う。

しかし彼女は、また一つ息をついて絆から視線を離し、
窓の外に目を向けてしまった。



236:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:09:15.73 ID:BweApVW10

どうしても霧と比べてしまう。

この子は逆に消極的だ。

異常なほど積極的で我が強かった
霧とは正反対だ。

同じクローンでも、ここまで
違うものかと心の中で驚愕もしていた。

絆も一つ息をついて、
倒した松葉杖に寄りかかる。

すぐにでもこの子を戦闘で使うことになるかもしれない。

その時に、自分はまた躊躇なく使うことができるのか。

また、ブラックボックスを起動させる
羽目になりはしないか。

その不安は、常に付きまとってはいた。



237:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:10:37.21 ID:BweApVW10

考えても、分からないことだった。

こればかりは、実際に使ってみなければ分からない。

――戦闘訓練。

その単語を頭の中で反芻する。

今までは、無駄にバーリェの寿命を縮めるだけなので
敬遠していたが、陽月王を動かすための訓練を、
この子達にちゃんと施す必要があるのではないか。

新型である霧と圭ならば、
訓練を二、三回行ったとしても生活に支障はない筈だった。

大至急用意をさせる必要がある。

そう思って絆は、諦めたように圭から
視線を離し、シートに寄りかかった霧を見た。

「霧、もう一回陽月王に乗りたいか?」

静かに問いかけると、霧は一瞬ポカンとした後、
顔を引きつらせて俯いた。



238:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:11:22.74 ID:BweApVW10

「陽月王に……?」

「また死星獣が出たら、
お前達に出てもらうことになると思う。
その時に備えて、訓練をしようと思うんだ」

霧は服の裾を手で掴んで、少しの間考え込んでいた。

その額に汗が浮いている。

命が消滅した時。

霧は、その目の前にいた。

座るシートが違ったら、
犠牲になっていたのは自分かもしれない。

その事実は、絆だけではない、
本人もよく分かっていたことなのだ。

陽月王に乗るということは、
いくら性能が高くても、常に死と隣り合わせだ。



239:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:11:54.21 ID:BweApVW10

霧は一回の戦闘でそれを経験しすぎていた。

言葉を発しようとして失敗した霧の頭に手を置いて、
撫でてやりながら絆は言った。

「……分かった。お前はしばらく乗らなくていい」

「で……でも……」

「少し頭を整理するんだ。さっきの話は忘れてくれ」

――戦闘訓練をこの子に施すのは無理だ。

それを本能的な部分で察知する。

無理矢理にコクピットに乗せたら、
初期の雪のように戦闘恐怖症や閉所恐怖症を
発症してしまう恐れがあった。

いたずらにトラウマを刺激するのはいいことではない。

しかし……圭の性能だけは把握しておきたかった。



240:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:12:26.94 ID:BweApVW10

黙り込んだ霧から視線を離し、
窓の外を見ている圭に呼びかける。

「お前はどうだ? 乗りたいか?」

「乗りたく……ありません」

掠れた声でそう返され、絆は思わず

「え……」

と呟いてしまった。

はっきりとした拒否の言葉だった。

「……どうして?」

バーリェなら、恐怖症にかかっていない
限り自分を使ってもらいたいという傾向にある筈だ。

「どうしてって……私は最初に申し上げた筈です。
お役には立てないと思いますって」



241:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:13:11.15 ID:BweApVW10

「俺をからかってるのか? 
じゃあ、お前は何のためにロールアウトされたんだ?」

探るように聞いてみると、
圭は物憂げに息をついて答えた。

「私の方が、知りたいです。
どうして私なんかが選ばれたんですか? 不思議です」

「自分の性能に自信を持て。
お前の力は、医者達も太鼓判を押してた。
だから引き取ったんだぞ」

「私の力が欲しいのですか?」

さらりと口走ってしまったことを
聞きとがめられ、絆は口をつぐんだ。

失敗した。

そういう意味で言ったのではないが、
言葉を選ばないと圭の心を傷つけてしまうことになりかねない。



242:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:13:51.52 ID:BweApVW10

「いや……すまない。言葉が過ぎた」

絆は言葉を選んだ末、素直に謝ることにした。

この子は、少なくとも馬鹿ではない。

霧の情報を継いでいるのかは分からないが、
聡い方に属する子だ。

かえって言いつくろって土壺に嵌るよりも、
認めてしまったほうがいいと判断したのだ。

圭は戸惑ったように視線を宙に彷徨わせ、
また小さくため息をついた。

「謝られても困ります……私の力が欲しいのでしたら、
そう言ってくださればいいのに。
『命令』してくださればいいのに。
そうしたら、私は何でも言うことを聞きます。
ご期待に沿えるかは、分かりませんが」



243:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:14:28.87 ID:BweApVW10

「俺はお前にもう『命令』はしない。
指示を待つだけの人形になるな。
自分の頭で考えて、行動するんだ。
それが生きていくっていうことだ。
言われるのをただ待つだけなら、
そんなことオウムにだって出来る」

絆の言葉を受けて、圭は何かを言おうとして
失敗し、唇を噛んで黙り込んだ。

そこでガコン、と車が揺れて止まった。

「ラボについたな……
とりあえず、もう一人を紹介するよ」

絆はそう言って、圭の頭をポン、と叩いた。



244:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:15:25.37 ID:BweApVW10



「………………」

呆然として、雪は停止していた。

霧を最初に見たときよりも、
顕著に現れている戸惑いと恐怖の視線だった。

隣に立っていた渚が、
思わず彼女の顔を覗き込んだほどだった。

口をあんぐりと開けて、
廊下の片隅で静止している雪に、
車椅子に乗った圭を手でさして口を開く。

「言うのが遅れたが、
今日から世話をすることになった。圭だ。新しい……」

雪がそこで、絆の言葉に被せるようにして口を開いた。

「絆、誰その……『人』? ……軍の人?」



245:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:16:16.02 ID:BweApVW10

「軍の……?」

――人?

そう雪は形容した。

バーリェでも、死星獣でもない。

そう霧が言ったことを思い出す。

目が見えないゆえに生体エネルギーを
深く感じることが出来る雪の、第一声がこれだ。

絆は、圭がバーリェと死星獣の
融合体から「進化した」新しい個体である
という見方を強めていた。

今までに見たことがないエネルギーを
目撃したため、雪は静止したのだ。

結果、彼女は絆の隣にいる圭を、
バーリェでも、死星獣でもなく、
「人間」であると誤認した。



246:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:17:03.26 ID:BweApVW10

「バーリェだよ。何混乱してるんだ?」

しかし努めて明るく、絆は雪にそう言った。

そこで、圭の欠損具合に衝撃を受けていたらしい
渚が我に返り、口を開いた。

「……あのね、雪ちゃんを驚かせようと思って黙ってたの。
新しい子がラボに増えたの。寂しくなってきてたから、
私から絆特務官に言ったのよ……」

渚の言葉が尻すぼみになってだんだん小さくなり消える。

彼女は、腕と足が「ない」圭をもう一度見てから、
慌てて視線をそらした。

その目を受けて、圭は冷めた視線を渚に向け、
絆の方を向いた。

「……誰ですか?」

声を聞いて、雪はピンと来たらしかった。



247:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:17:33.22 ID:BweApVW10

人間ではない。

しかしバーリェのにおいも、
死星獣のにおいもしない。

混乱している風の雪を一瞥してから、
絆は圭に言った。

「あっちが雪。さっき話した、
目が見えない子だ。バーリェだよ」

「そちらの人もバーリェですか?」

「何?」

「え?」

渚の方を向いて口走った圭に対して、
絆と渚は同時に息を呑んだ。



248:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:18:11.74 ID:BweApVW10

やはり。

生体エネルギーを感知する
第六感のようなものが備わっていない。

渚のこともバーリェであると誤認している。

「……そっちは渚さんだ。エフェッサーの職員だよ。
俺が怪我をしているから、
住み込みで手伝いをしてくれている」

「はぁ、そうなんですか……」

少し考えて言った絆の言葉を聞き、
圭はさして興味もなさそうに答え、
車椅子のレバーを左手で弄んだ。



249:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/28(水) 20:18:50.24 ID:BweApVW10

「よろしくね。圭……ちゃん」

渚が近づいてきて、手を伸ばして圭の無事な方の左手を握る。

「疲れたでしょう? 
寝たいんならベッドを用意するわ」

しかし、戸惑いがちにそう言われた圭は、
絆の方を向いてうんざりしたように、小さな声で言った。

「ですから……『ねる』とは何ですか? 
ご説明を要求します」



254:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:03:12.20 ID:qPbJwa1+0

その驚愕の事実に気付いたのは、
次の日になってからのことだった。

首を振って眠気を無理矢理払いながら、
絆はエフェッサーの本部に電話をしていた。

圭が言っていたことは、嘘ではなかった。

「眠る」という概念自体が、この子にはなかった。

――寝ない動物。

最初は本当にそんな動物がいるのかとも思ったが、
あながち嘘でもなさそうだったのだ。

数時間前には、強制的に眠りに落とす睡眠剤を
大量に投与したばかりなのだが、
当の圭は申し訳なさそうに縮みこむだけで、
全く眠る気配はない。

既に、眠らせるためのありとあらゆる
手段は尽くしていた。



255:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:05:09.61 ID:qPbJwa1+0

薬は投与しつくし、これ以上は生命活動に
悪影響を与えるかもしれないというレベルだ。

本部はこの事実を知っているのか……。

既にロールアウトされてから十七時間は経過している。

バーリェの、一日の平均活動時間は約十二時間。

きっかり二十四時間の半分だ。

一説的には、それを超過すると身体活動、
および精神面で悪影響が及ぼされると言われている。

だから絆は、必ずバーリェは十二時間程度は
寝かせるようにしていた。

何かがあって短くなっても、
少なくとも十時間の睡眠は必ず守らせている。



256:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:05:44.80 ID:qPbJwa1+0

圭がいつから起きていたのかは分からないが、
一日の平均活動時間を大幅に
オーバーしていることは事実だった。

バーリェは、基本的に体が弱い。

だからどんな個体でも、睡眠は求めるし、
何より眠っている時こそが、彼女達が現実から
解放されて自由になれる唯一の時間なのだ。

本部は、元老院は、それさえも許さないのか。

コール音を聞きながら唇を噛む。

懸念はしていた。

絆は日中帯のトレーナーだ。

もし深夜帯に死星獣が現れたり、
新世界連合の攻撃が開始されてしまったら
対応が出来ない。



257:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:06:18.22 ID:qPbJwa1+0

現段階で、絆ほど人型AAD操縦で
戦果を上げているトレーナーはいない。

もう一人別に、特別なバーリェを使役するトレーナーを
確立するものだとばかり思ってはいたが、
元老院、本部の対応はその予想の斜め上を行っていた。

バーリェが眠ることが弊害ならば。

眠らせなければいい。

……まさに鬼畜の所業だ。

その発想に、他ならぬ自分の組織が行き着いたのかも
しれないという事実に戦慄する。

圭がもし、このまま一生眠らないとしたら。

彼女は、一体どんな人生を歩むことになるのだろうか。

空恐ろしくなった。



258:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:06:51.35 ID:qPbJwa1+0

絆の部屋には、今は誰もいなかった。

霧と雪は寝室で眠っている。

外では太陽が昇り始めていた。

圭は、渚が面倒を見ている。

また何回かコール音がして、
本部の女性職員が応答した。

『おはようございます、絆特務官。
どうかされましたか?』

静かに問いかけられて、
絆は押し殺した声でそれを返した。

「昨日ロールアウトしたS678番についてです。
重要な話です。即担当医に繋いでください」

『かしこまりました』



259:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:07:32.42 ID:qPbJwa1+0

保留音が流れ、しばらく経って
男性医師の声が聞こえた。

『何かありましたか?』

淡々と呼びかけられ、
絆は語気を荒くしてそれに返した。

「何もないとは言えないな。よくロールアウトしたもんだ。
あなた達の判断には怖気がしますよ」

低い声で言った絆の言葉を理解できなかったのか、医師は

『……は?』

と気の抜けた返事を返して、少し考えてから続けた。

『不具合ならば報告書を通してご連絡ください。
番外個体ですということは、先にお伝えしている筈です』

「あの子は番外個体じゃない。
『特異個体』だ。あなた達は、
一体何を創り出したか分かってるのか!」



260:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:08:11.37 ID:qPbJwa1+0

思わず携帯電話の向こう側に怒鳴る。

怒鳴られた医師は、また少し考えた後静かに返した。

『……仰られている意味がよく分かりません。
状況確認をさせていただいてもいいですか?』

苛立たしげに舌打ちをして、絆は

「分かりました」

と返し、一連の圭の様子を医師に伝え始めた。

徐々に携帯電話の向こう側が息を呑むのが分かった。

医師はしかし、しばらく考えてから
小さく笑い、絆に返した。

『「眠らない」バーリェ? 確かにその研究は
なされていますが、成功した例はありません。
初期混乱なのではないですか?』



261:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:09:00.63 ID:qPbJwa1+0

「あなた達はS93(霧のこと)の時も、
同じことを俺に言いましたね。
分かっているんですよ。
あの子は、死星獣とバーリェのハーフだってことは!」

『…………』

「それを更に改良して、キメラ(合成体)を
創り出したな? もはや自分達でも、あの子が
何なのか分からないんだろう。
だからあんな姿のまま俺に預けた。違うか!」

言葉が強くなり、絆は押し殺した声で怒鳴った。

「あの子の右腕と両足、右目だけじゃなくて、
睡眠まで奪ってあんた達は、
そこまでして生き延びたいのか! 
おかしいよ……おかしいだろ、そんなの!」

『絆特務官、あなたが何を仰っているのかが
よく分かりませんが……』



262:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:09:43.65 ID:qPbJwa1+0

医師は、おそらく正直に言ったので
あろう言葉を淡々と返すと、静かに続けた。

『眠らないのならば、かえって効率的ではないのですか?』

「……何?」

問い返した絆に、医師は何の疑問も抱いていない声で言った。

『二十四時間、敵の脅威に対応することが可能です。
無論、どうしてそのような弊害が生じたのかは
詳しく調査をさせていただきます。
しかし、元々バーリェとは戦闘に使うために生み出された
弾丸生命体です。四肢のどこが欠損していようと、
眠らなかろうと、結果的に戦果を発揮できれば
それでいいのではないでしょうか』

「…………」

絶句して絆は息を呑んだ。



263:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:10:18.77 ID:qPbJwa1+0

こいつらは……。

こいつらは、悪魔だ。

人間はいつからこんなにおぞましくなった?

いつからこんなに、邪悪になってしまったのだ。

『違いますか?』

医師に畳み掛けられ、絆は唾を飲み込んでから言った。

「…………分かりました。この件に関しては、
本部を通して正式に抗議をさせていただきます。
とぼけるのならばとぼけ続ければいい。
だが、いつまでもそんな厚顔無恥が通ると思うなよ……!」

『……かしこまりました。では』

ブツリ、と電話が切られた。



264:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:11:03.32 ID:qPbJwa1+0

絆は携帯電話をしばらくの間見つめていたが、
それをベッドに叩きつけて荒く息をつき椅子に腰掛けた。

しばらく呼吸を整えてから、松葉杖をついて、
やっとのことで階段を降りる。

居間の扉を開けると、電気をあかあかとつけて、
圭はソファーに腰掛けてボーッとテレビを見ていた。

ニュース番組だ。

また、スラムの虐殺について報道が成されているが、
最近では民間人に新世界連合の意思に賛同する者が
出てきたため、報道がある程度は
自粛される流れになってきていた。

以前のように無修正の虐殺動画が
流されるようなことはめっきりなくなった。

むしろそのせいで、テレビの向こうの出来事が
嘘の世界のことのように思えてしまうのだから、
不思議なものだ。



265:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:11:40.81 ID:qPbJwa1+0

一瞬圭が眠っているものだと勘違いし、
絆は隣に腰掛けていた渚に視線をやったが、
彼女は顔を上げて絆を見て、首を振った。

ため息をついて近づいてきた絆の方を振り向いて、
圭は口を開いた。

「……本当に申し訳ありません。
まだ、ご説明いただいたように『眠たく』はなりません。
何だかご心配をおかけしてしまったようで、心苦しいです……」

「謝ることはない
……ただ、その事実には少し驚いてるけど……」

絆は開けっ放しになっていた薬棚に近づいて、
器具と薬をしまって扉を閉めた。

睡眠剤が効かないのならば仕方がない。

処置の仕様がない。



266:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:12:13.03 ID:qPbJwa1+0

「特務官、少し休まれてください。
圭ちゃんは、私が見ています」

渚が、疲れと体の痛みに顔をしかめた絆を見てそう言う。

絆は頷いてから渚に返した。

「……そうさせてもらうとする。
圭、渚さんと一緒に、しばらくテレビでも観ててくれ。
朝食は七時からだ。霧が作ってくれる」

夕食は問題なく圭は食べていた。

無論無事な方の左手だけしか使えないので、
スプーンでたどたどしくシチューを口に運んでいたが、
特に食事に対する抵抗はないようだった。

……感想もなかったが。



267:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:12:46.67 ID:qPbJwa1+0

一生懸命練習したらしい霧が、

「どうですか?」

と勢い込んで聞いたところ、圭は

「何がですか?」

と不思議そうに問い返して、
食事を終えてしまったのだ。

しょんぼりした霧と雪を風呂に追いやり、
圭に投薬を開始して、
彼女が眠らないことに気がついてから今に至る。

雪達の後、渚に風呂介助をされて
さっぱりした風の圭だったが、
それに対する感想もなかった。

まるで、本当に「何も感じていない」かのようだ。



268:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:13:22.71 ID:qPbJwa1+0

食事を作ってもらった、
風呂に入れてもらった、
人の手を借りたということは、
分かっているらしい。

迷惑をかけたということも分かっているようだ。

しかし、それに対する感謝の気持ちがないようだった。

当初の霧もそうだったが、
彼女の場合は我が強すぎたために、
そのような気持ちが隠されてしまっていただけだ。

それとはまた違うタイプの話だ。

無論、すまなそうな顔をしたり、謝ったりはしている。

しかしまるで空気を押しているかのような
……話していてそんな印象を受けるのだ。

圭は、しかしそんなことを考えながら
背中を向けた絆に、慌てて声をかけた。



269:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:13:56.92 ID:qPbJwa1+0

「特務官様」

「……何だ?」

そんな風に呼ばれるのは初めてのことだったので、
少し沈黙してから振り返る。

圭は、少し言い淀んでいたが、
やがて息を吸って小さな声で言った。

「戦闘訓練、してみようと思います……」

「……本当か? どうして?」

「ずっと考えていました。
私、もしお役に立てるのでしたら、
どちらかというとお役に立ちたいです。
勿論無理かもしれません。
出来なかった時は、怒らないでいただけるのでしたら
……訓練を受けます」



270:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/29(木) 18:15:17.31 ID:qPbJwa1+0

「AADに乗るのは、嫌じゃないのか?」

「大丈夫だと思います。よく分かりませんが……」

自信がなさそうにもごもごと呟いて、
圭は下を向いた。

絆は頷いて渚に目配せをした。

「分かった。昼に、どっちにせよお前を連れて、
もう一回軍病院に行く。
大丈夫なようなら、戦闘訓練を考えてもいい」

「ありがとうございます」

そこで初めて、安心したかのように圭が微かに笑った。

「何だ……ちゃんと笑えるじゃないか」

絆は少しだけ安心して、
圭に近づくと、優しくその頭を撫でてやった。

圭のその顔を見て、少しだけ安心出来たような
気がしたのだった。



277:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:23:49.89 ID:FSFT7ye80



少し眠ってから圭を連れて軍病院に
行った時には、既に太陽は中天に届く頃だった。

渚にも休息をとってもらわなければならないので、
本部に連絡して臨時担当のバーリェ専門保護師を呼んでおく。

その女性に霧と雪の管理を任せ、出てきて今に至る。

軍病院に来たのは、いまだ全く眠くならないらしい
圭の現状について、担当医と直接会って話をしたい
ということもあったのだが、絆自身の怪我の治療もあった。

まだ、折った骨は繋がっていない。

金具が入っている場所もある。

雪と霧には心配させないよう、強がって言っては
いたが、体は悲鳴を上げていた。

何しろ、本部で一目絆を見た渚が、
住み込みで手伝いたいと申し出たほどだ。



278:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:28:13.21 ID:FSFT7ye80

それほど満身創痍の姿をしているらしかった。

タクシーの座席に寄りかかりながら息をついた
絆を見て、圭が口を開いた。

「執行官様、戦闘訓練に行くのですか?」

問いかけられ、絆は顔を上げ、
僅かに憔悴した顔を圭に向けた。

「いや……その前に、俺の怪我を治したいから、
そっちの病院に行ってもいいか?」

圭は不思議そうに絆を見た。

「怪我……?」

「ああ、見て分からないか?」

「そういうお体だと思っていました」

左手しかない体を僅かに動かして位置を
調整してから、圭は絆から視線を離して窓の外を見た。



279:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:29:06.16 ID:FSFT7ye80

「……そのようなわけでは、ないのですね」

どこか寂しそうな言葉を聞いて、
絆は口をつぐんだ。

そしてしばらく押し黙ってから言う。

「残念ながら、俺に障害はない。
だけど、しばらくはこのままだ」

ギプスがはめられた手を伸ばして、圭の頭を撫でる。

「お前と一緒だな」

「一緒……?」

怪訝そうにそう問いかけ、彼女は少し考えた後呟いた。

「……そう、ですね……」

「…………」



280:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:29:48.66 ID:FSFT7ye80

正直な話、絆にさえも障害をもつ
人間の気持ちは分からなかった。

絆は、遺伝管理をされて生まれてきたいわば
「優性種」にあたる人間だ。

クランベなどには障害者が多いとは聞くが、
それも伝聞だけで、本当のことかどうかまでは
良く分からない。

その不確定な知識だけだったが、
絆は雪がそうであるように、
障害を持つ子はその分他の子よりも
繊細な面を持つことを知っていた。

圭も、あまり表情や態度には出ないが同様に繊細な筈だ。

むしろ絆は、彼女の物憂げな態度が
その裏返しであると考えていた。

……まずは、自分に慣れさせなければならない。



281:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:30:30.36 ID:FSFT7ye80

それこそ、触れて壊れる綿菓子のように
繊細に扱わなければ、おそらく慣れてはくれない。

焦らず、時間をかけてやるべきだ。

看護士の女性に付き添われて圭が待つ廊下に出てきた時、
しかし絆は、当初の元気はどこかに行ってしまい、
有体に言えばヘロヘロの状態になっていた。

車椅子の隣のソファーにどかりと腰を降ろして息をつく。

金具を入れられた場所を随分と弄られた。

ギプスが取り替えられて新しいものになっているが、
まだ麻酔が効いていて足の一部に感覚がない。

疲れた風の絆を見て、圭は首を傾げて口を開いた。

「どうかされたのですか?」

「いや……少し疲れただけだ。心配するな」



282:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:31:06.85 ID:FSFT7ye80

「別に心配はしていませんが、何だか凄く
切羽詰まっている風にお見受けしましたので……」

……切羽詰まっている?

そう見えるのか。

息をついて、背もたれによりかかる。

まぁ、その通りかもしれない。

エフェッサーも、軍も切羽詰まっている。

他ならぬ自分も、少なからず追い詰められてはいる。

何に、ではない。

状況にだ。

「そうかもしれないな……
それよりお前、どうして待合室で待ってないんだ?」



283:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:32:24.54 ID:FSFT7ye80

そういえば圭は、
バーリェ用の待合室においてきた筈だった。

ここまで追いかけてきたらしい。

圭は小さくはにかんだような、
困ったような顔をしてから小さく言った。

「……いえ、他の子が入ってきましたので……」

「…………」

「驚かせては何だと思って、ここで待っていました」

「お前な……」

呆れた声で絆は続けた。

「驚く奴には驚かせておけばいい。
お前は何も悪くないんだ。
もっと胸を張れよ。下を見るな。上を見ろ」

「上を……?」



284:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:33:12.41 ID:FSFT7ye80

「ああ。俺も小さい頃教わったことがある。
下を見てばかりいると、碌なことがない、
際限がない。だから上を見るんだ」

「お話が抽象的過ぎてよく分かりません」

「簡単に言うと、理想を持て。俺達は、
『なりたい自分』になる自由を持つことが出来る。
自分の意思で、変わることが出来る。
変えることが出来る。お前にもそれは言えることなんだ」

「なりたい自分……? 仰られている意味が……」

戸惑った顔をした圭にまた言葉を続けようとした
絆の耳に、こちらに足早に近づいてくる
ヒールの音が聞こえた。

背の高い女性だった。

室内だというのにサングラスをかけ、
ピッシリとしたスーツを着ている。



285:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:33:53.80 ID:FSFT7ye80

彼女は後ろに、黒髪のバーリェを従えていた。

「桜……?」

思わず絆はそれを見て腰を浮かせた。

しかし痛みで唸ってからソファーに座り込む。

それ程、近づいてきた女性のバーリェは桜に似ていた。

「……流石ね。H36(桜のこと)の
クローンであることはすぐ気付いたようで、安心したわ」

女性は絆の前に立つと、
胸をそらして腕組みをし、こちらを見下ろしてきた。

そしてサングラスを外し、
胸ポケットに入れてから続ける。

「絆特務官とお見受けしますわ。
よろしく。私は椿(つばき)。
先日H36の上位互換個体を授与された、
上位トレーナーよ」



286:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:34:54.83 ID:FSFT7ye80

「あ? ああ……そうか」

いきなり自己紹介をされて、気の抜けた返事を返す。

そして彼は、気を取り直してギプスが
嵌められた腕を彼女に伸ばした。

「よろしく。俺のことは知っているようだな」

その手を握り、遠慮なく上下に振ってから椿と
名乗った女性は、痛みに顔をしかめた絆を
気にすることもなく続けた。

「あなたのことを知らない人はいませんわ。
『有名な』スプーキー(変わり者)ですもの」

皮肉たっぷりにそう言われ、
絆は軽く笑ってから肩をすくめてみせた。

スプーキーと言われるのは慣れていた。



287:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:35:40.57 ID:FSFT7ye80

面と向かって言われるのは初めてのことだが、
絆は他のトレーナー
――かつての絃を除いて――と違って、
バーリェと共に戦場に行くことから、
自分がそう呼ばれていることは知っていた。

いつの頃からかそれが形骸化していた。

バーリェは消耗品だ。

それと一緒に戦うなど、愚の骨頂。

そう思っているトレーナーも多いことは、
周知のことだった。

だから目の前で馬鹿にされても、
特に何を思うこともなかったし、
第一絆はエフェッサーが、
他のトレーナーでさえも信用できなくなっていた。

傍らで、五体満足の椿のバーリェを見て
表情を曇らせ、下を向いた圭の肩にポン、と手を置く。



288:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:36:26.76 ID:FSFT7ye80

そして撫でてやりながら、絆は口を開いた。

「で、何か用か?」

椿が、それと見て分かるほど端正な顔を歪ませた。

そして彼女は、吐き捨てるように絆に言った。

「成る程ね。ハイコアを授与されたと聞いたから
見に来たけど、他の雑多なことには見向きもしないって訳。
いいご身分だわ」

「ハイコア?」

「知らないとは言わせないわ。
あなたの隣にいる『出来損ない』のことよ」

頭ごなしに出来損ないと言われた圭が
目を見開いて萎縮する。

絆は、しかし激昂することなく静かに彼女に返した。



289:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:37:06.96 ID:FSFT7ye80

「感情的だな。若いだろう。
いつからトレーナーをやってる?」

「……まだ一年よ。でも勲十五等授与者。
勲章は持ってるわ」

胸に誇らしげにつけた勲章を指で指して、
彼女は絆の様子を見て鼻で笑った。

「あなたは捨てたのかしら?」

「ああ。捨てた」

あっさりとそれを肯定した絆の答えの
意味が分からなかったらしく、
椿は一瞬静止して彼に言った。

「捨てたって……勲一等を?」

「俺には必要ないからな。近く返上する予定だ。
勲章が欲しいのなら、いくらでもくれてやるよ」

「正気……? 勲一等授与者の言葉とは思えないわね……」



290:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:37:44.64 ID:FSFT7ye80

「少なくとも見ず知らずの他人に正気を疑われるほど
『常識』が欠落しているとは思わないが」

絆はそう言って息をついた。

「……そして訂正してもらおう。
この子は出来損ないではない。
性能は、言っては何だが君の育てたバーリェを
遥かに凌いでいるだろう。
情報をきちんと入手しているのか? 
感情論で非難されるいわれはない」

「何を……!」

声を荒げかけた椿だったが、
思いとどまって口をつぐんだ。

そして彼女は口の端を吊り上げて笑ってみせ、
絆に言った。

「……あんなものは当てにならないわ。
所詮睡眠学習中の概算データよ」



291:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:38:38.64 ID:FSFT7ye80

「随分と断言するが、君のバーリェは
思うとおりに育っているのか?」

話をさらりと変えた絆に、
彼女は隣のバーリェを乱暴に引き寄せてから言った。

「ええ。ご心配には及びませんわ。
『実戦』成功率が十割を維持しています」

隣で、どこか生気のない目で桜に似たバーリェが下を向く。

彼女の様子に異変を感じたのか、
圭が怯えたような目で絆を見た。

……これは。

まずいかもしれない。

絆はこみ上げてきた不快感を押し殺して、
椿に向けて口を開いた。

「……虐殺記録だろう。それこそ当てにならない」



292:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:39:16.06 ID:FSFT7ye80

言い返そうとして失敗し、椿が息を呑む。

そして彼女は唇を噛んで、物凄い目で圭を睨んだ。

それに威圧され、圭が傍らの絆の影に
隠れようと身を縮みこませる。

バーリェの生気をなくした瞳。

威圧感に反応しない鈍った感覚。

おぼつかない足取り。

定着しない緩んだ表情。

このトレーナーは、おそらく過剰に
バーリェに投薬を行っている。

無論問題ではない。

バーリェは備品であり、生き物とはカウントされない。



293:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:39:56.35 ID:FSFT7ye80

それを使って戦果を上げられるなら、
どんどん使うべきだというのが本部の意向だ。

むしろ、過剰な投薬を行わない
絆の方針こそが異様だとも言える。

しかし、絆は経験則で知っていた。

過剰投薬を行うトレーナーは、
例外は殆どなく、トレーナー自身の人格に問題がある。

もしくは、若すぎて経験を積んでいないかだ。

この場合は両方に当てはまりそうだった。

トレーナーの我が強い場合だと、
バーリェが抵抗できずに萎縮し、
意思疎通が取れない状況に陥ってしまうことがよくある。

その場合、大抵の若いトレーナーは
投薬を行い「言うことを聞くように」する。

赤子と同じような思考回路にしてしまうのだ。



294:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:40:40.55 ID:FSFT7ye80

脳のシナプスの伝達回路を緩める薬なのだが、
それにはバーリェの寿命を縮めるという副作用があった。

だから、絆はその薬を使ったことは殆どなかった。

……この桜の上位互換体だという子には、
おそらくそれが使用されている。

「……薬は感心できないな。効率化を目指すなら、
トレーナーではなく開発職に回った方がいい」

静かにそう言うと、意気込んで椿は言い返してきた。

「あなたの育成方針こそ異質なのでは? 
当初は参考にさせていただこうとしましたが、
何一つとして学べるところはなかったですわ。
よくトレーナーを名乗っていられるものだと
感心したものです」

「何かを学べるか学べないかというのは、
個々の主観であって事実じゃない。
それこそ君のようなトレーナーが嫌いそうな
感情論で物事を言うものじゃないと思うが。あと……」



295:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:41:19.12 ID:FSFT7ye80

絆は無理矢理体を動かして椿の方を向いた。

「納得が出来ないのなら証明してもいい。
この子の性能をな」

ポン、と頭に手を置かれた圭がビクッと
痙攣したように、自信がなさそうに萎縮する。

「成る程……勝負というわけですか」

鼻を鳴らした椿に、絆はため息をついて言った。

「トレーナー同士で争ってどうするんだ
……こちらに交戦の意思はない」

「あなた程のトレーナーとなると、
『交戦意思はない』のに、味方を後ろから
討つことも許されますからね」

皮肉たっぷりに言われた言葉を受け、
絆は一瞬静止した。



296:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:41:54.33 ID:FSFT7ye80

……先日の文の暴走により。

沢山の味方のバーリェが攻撃に巻き込まれ、
AADごと破壊されて死んだ。

もしかしたら、この女性のバーリェも
その中に混じっていたのではないか。

そう考えれば、一連の椿の言動も納得がいく。

絆はしかし、体中の痛みに呼吸を荒くしながら続けた。

「そうだな。その通りだ」

「…………」

沈黙した椿に、彼は言った。

「それがまかり通るこの社会に、俺は毎日戦慄してるよ」

「どういう意味か分かりませんが……」



297:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:42:30.88 ID:FSFT7ye80

椿は脇のバーリェの手を掴んで
無理矢理体の前に突き出し、絆に言った。

「勝負しませんこと? あなたの『出来損ない』と、
私の育てているバーリェ。
どちらが優秀か、比較しませんか? 
あなたが勝てば、無論前言は撤回させていただきます」

「その利点が見当たらないが」

「戦闘の訓練をしに来たのではないですか? 
そちらのバーリェはまだ起動実験さえも行っていない
と聞きます。丁度いい戦闘相手になると思われますことよ」

暗い笑みを発して、椿は続けた。

「性能を見たいんではなくて?」

「…………」

絆は沈黙してから圭を見た。



298:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:43:06.21 ID:FSFT7ye80

彼女は、絆と目が合うと

「む……無理です……」

と小さな声で呟いて、ふるふると首を振った。

しかし絆はまた圭の頭を撫でてやってから、
椿に向き直った。

「分かった。いいだろう」

「特務官様……!」

圭が左手で絆の袖を引っ張る。

それを無視し、絆は続けた。

「丁度俺も、この子の性能を見たかったところなんだ。
バーリェが相手になってくれるというなら有り難い」

軽く笑ってから付け加える。

「まぁ、勝負になればいいがな」



299:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:43:56.28 ID:FSFT7ye80



結論から言うと、バーチャルの
仮想シュミレーターで行った戦闘訓練は、圧勝だった。

正確に言うと「絆の」だ。

巨大なゲームの筐体のようなシュミレーターから
出てきて、彼は傍らの女性職員に支えられ、息をついた。

少し離れた場所では、椿が口を半開きにして呆然としている。

プシュ、と音がして彼女の隣の
シュミレーターハッチが開いた。

そして中から、桜のクローン
……おそらく霧と同じように、死星獣とバーリェのハーフの子が
よろめきながら出てくる。

近づいてきた彼女を苛立たしげに突き放し、
椿はヒールを鳴らしながら近づいてきた。

そして絆のネクタイを掴み上げる。



300:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:44:31.52 ID:FSFT7ye80

丁度車椅子に乗せられようとしていた圭が、
それを見て息を呑んだ。

しかし絆は、女性にスーツのネクタイを
捻り上げられながら軽く笑って見せた。

「どうした? 俺の言った通りに圧勝だっただろう」

「私は『バーリェ同士の』戦闘をさせようと言ったのよ! 
どうしてトレーナーが
……バーリェの操縦技能を上回ることが出来るの!」

絆はギプスを嵌められた手で軽く椿の手を払うと、
ネクタイの位置を直して椅子に座り込んだ。

結果的に今回、圭はシュミレーターを操縦しなかった。

途中で、彼女を使うまでもないという結論に至ったのだ。

もっとも、エネルギー抽出や武装のロック解除、
制御や視界制御などは全て彼女にやらせている。



301:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:45:11.10 ID:FSFT7ye80

圭の性能は、事前に言われていた通り霧を凌ぐものだった。

戦闘操縦自体はさせていないが、
とてつもないエネルギー含有量だ。

最大ラインでエネルギーを抽出し続けたとしても、
およそ三時間半の稼動が可能だ。

にわかには信じがたい性能だった。

霧のようにエネルギーにブラックホール粒子が
混じっているということはないが、
単純に考えても彼女の三倍近いエネルギー総量を持っている。

通常のバーリェの、およそ百倍近い。

脳波の流れも実に正常で、スムーズに視界などが切り替わる。

しかし、圭に操縦をさせようとしたところ、
彼女が土壇場になって「拒否」をしたのだった。



302:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:45:48.79 ID:FSFT7ye80

――出来ません……お願いします。私出来ません……。

蚊の鳴くような声で、震えながら圭が言ったのだった。

そのまま無理矢理やらせて戦闘恐怖症にでもなったら
後のフォローが大変だ。

急遽予定を変更して絆が擬似操縦をした。

データシュミレーションの結果。

絆側が無傷で、六分二十五秒で相手側機体が大破。

まぁ、当然と言えば当然だ。

常にフルスロットルで動いているような状態だ。

機動性も索敵性も、通常の状態と段違いだ。

それに絆には、何度も戦闘に出ているという
アドバンテージがあった。



303:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:46:38.87 ID:FSFT7ye80

「トレーナーが操縦できてもおかしくはないだろう。
君の方こそおかしいんじゃないか? 
勉強不足だ。俺の頭の中には、バーリェの戦闘データと
分析が全て入ってる。対処できて当然だ」

「…………」

「S678を使うまでもなかったな」

歯噛みして、椿は足取り荒く
シュミレータールームを出て行ってしまった。

慌てて桜に似たバーリェが、
足元おぼつかない様子でそれを追う。

目で彼女達を見送り、絆は女性職員が
差し出したコーヒーカップを手に取り、中身を口につけた。

同じようにココアを受け取った圭を見て、絆は口を開いた。

「怖くなったか? まぁ、初めて乗ったんだ。
緊張するのは当たり前だ。気にするな」



304:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:47:20.71 ID:FSFT7ye80

「…………」

圭は俯いて唇を噛んだ。

しばらくして彼女が小さく言う。

「……分からないんです」

「何が?」

「操縦方法、分からないです……」

一瞬その意味が分からずに、
絆はコーヒーを口につけたまま静止した。

そしてその熱さで我に返って、慌てて聞く。

「分からないって……
お前、頭の中に操縦プログラムが
インストールされてないのか?」

「……はい。そうだと思います」



305:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/03/31(土) 22:48:06.00 ID:FSFT7ye80

そんな馬鹿な、と言いかけて
それを無理矢理飲み込む。

口に出すのははばかられたが、
圭が嘘をついている可能性が高かったからだ。

彼女が睡眠学習中に行った戦闘プログラムでは
千二百回を超える連勝記録がある。

分からない筈がない。

絆は、しかしそれ以上言及せずに、
息を吸ってから返した。

「まぁ……おいおい思い出すだろう。
お前は、立派にやってたよ。頑張ったな」

頭を撫でられ、圭が僅かに頬を紅潮させた。

そこでカルテを持った医師の集団が、
部屋の中に入ってきた。

その中に圭の担当医の姿があることに気付き、
絆は傍らの女性職員にコーヒーカップを渡して、
松葉杖をついて立ち上がった。



312:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:37:52.26 ID:6Wpsnxgd0

絆を見て担当医が足を止める。

医師達は、絆と圭を囲むように立った。

何かしら不穏な空気を感じたのだろう。

圭が手を伸ばして絆の袖を掴む。

その手を握り返し、絆は担当医に向かって口を開いた。

「お疲れ様です。随分と大所帯ですね」

二十人以上いる医師団を見て、エフェッサーの
女性職員達も怪訝そうな顔をしている。

圭を守るように立った絆を無表情で見てから、
担当医は手元の資料に視線を落とし、言った。

「S678番を回収させていただきます。
あなたの仰るとおり、その個体は特異体であることが、
議会の正式決定で受理されました。
検体として提供をいただきたい」



313:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:42:29.48 ID:6Wpsnxgd0

おそらく医師議会の決定印であろう書面を見せて、
担当医は問答無用といった具合で、回りに目配せをした。

医師の一人が圭の腕を無造作に掴もうとする。

絆は反射的にその手を、ギプスが嵌められた
手で掴んで捻り上げた。

腕を極められた医師が小さく悲鳴を上げてカルテを取り落とす。

「何をする?」

鉄のような声で絆はそう言った。

折れるのではないかというくらいに、医師の腕が曲がった。

周囲を取り囲んでいる医師団の表情が変わる。

絆は

「医者風情が揃いも揃って、
女の子一人とっ捕まえに来るとは笑わせる」

と呟いて、手を離した。



314:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:43:15.98 ID:6Wpsnxgd0

腕を押さえて、医師の一人が床に崩れ落ちる。

「議会の承認が見えませんでしたか? 
冷静にご覧ください」

担当医が表情を変えずに口を開く。

絆は、しかしそれを一瞥もせずに返した。

「君達の行動は拘束規定事項第七条の三十二項に
違反している。医師団決議会でも、軍および元老院の
エマージェンシーコールレッドを上回ることはない。
俺は、この子を緊急非常事態用の戦闘個体として
ロールアウトを受けた。
そんな書面を見せられても、
今更『はいそうですか』と返すわけにはいかない」

それを聞いた担当医が歯噛みしたように表情を歪める。

医師団としては精一杯の強気の姿勢だったのだろうが、
いつも軍の連中からバーリェを守っている絆にとっては、
笑わせるにも程があるレベルのことだった。



315:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:44:01.30 ID:6Wpsnxgd0

構わない、無理矢理連れて行けと言いたそうな
顔をしている担当医に、絆は畳みかけるように言った。

「元老院の承認を取り付けてきたんなら考えよう。
もっとも、医師団にそこまでの力があるとは思えないが。
君達研究員にな」

侮蔑を込めて吐き捨てる。

おそらく。

医師団は、圭の記録を照会しているうちに、
彼女が数々の不明点を有している事実に気付いたのだろう。

眠らない弊害も、研究して余りある素材だ。

元老院の承認の元絆に圭をロールアウトしたはいいが、
一日経って惜しくなったとみえる。

「分かったら通してもらおう。
訓練後だ。休ませてもらいたい」



316:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:44:40.20 ID:6Wpsnxgd0

松葉杖をついて、もう片方の手で圭の肩を押す。

圭は戸惑いながら、車椅子を操作しようとして、
しかし立ちふさがった担当医の視線に射抜かれて静止した。

「お通しするわけにはいきません。
その個体を戦闘に使っていただくわけにはいかないのです」

「何故? 先ほども戦闘訓練を行いましたが、
この子は正常に動作をしていた。何の問題もない」

医師達の滅多にみせない強気な……
いや、むしろ必死な姿勢に、怪訝そうに絆は返した。

絆を見て担当医は続けた。

「それはS678番に操縦させなかったからです。
その個体には、重大な不具合があります。
あなたの生死にも関わることです」

そう言われ、絆は口をつぐんだ。



317:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:45:14.27 ID:6Wpsnxgd0

――俺の生死に関わる?

一瞬、どういう意味か推し量りかねたのだった。

「仰られている意味が、よく分かりませんが」

押し殺した声でそう返すと、
医師達が包囲網を狭めてきた。

担当医が周囲に目配せをしてから言う。

「戦闘を行うことがバーリェの存在意義です。
戦闘を行えない個体、もしくは正常に戦闘を行えない
個体をロールアウトしたとなっては、
医師会の名誉に関わります」

「戦闘を行えない?」

「はい。詳しくご説明いたします。
つきましては、S678番をこちらにお渡しください」



318:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:45:54.32 ID:6Wpsnxgd0

――操縦方法、分からないです……。

先ほど圭が口走った言葉が脳裏に浮かぶ。

しかし絆は、それを無理矢理押し殺してから
圭を自分の方に引き寄せた。

「お断りする。それ以上近づくのならば、
軍法第三十二条により君達は
処分されることになるが、いいのか?」

静かな絆の脅し文句を聞いて、医師達が動きを止めた。

怯えた様子の圭が、ぎゅっ、と目を閉じて、
左手だけで絆にしがみつく。

「絆特務官、どうかお聞き届けを……」

担当医が汗を流しながらそう言う。

そこで、ブーツのかかとを鳴らした足音が近づいてきて、
シュミレーションルームのドアが開いた。



319:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:48:47.31 ID:6Wpsnxgd0

本部局長の駈が、女性職員を伴って歩いてきた。

彼は趣味の悪いサングラスの位置を指先で直すと、
医師達を見回して、それを軽く鼻で笑った。

「研究員がこんなところで何をしている。戻りたまえ」

低い声を聞いて、担当医が強く歯を噛む。

彼はまだ数秒迷っていたが、やがて諦めたのか、
肩を落として周囲に指示をし、
足早に部屋を出て行った。

絆は気が抜けたように松葉杖に寄りかかり、
まだ目を閉じている圭の頭を撫でた。

「おい、医者は帰ったよ。手を離せ」

しかし圭は手を離さなかった。

自分の服の裾をつかんでいる彼女の手を
握り返してやりながら、絆は駈を見た。



320:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:49:25.92 ID:6Wpsnxgd0

「……あなたこそ、何をしに? 
助けを呼んだ覚えはないが」

「先ほどの戦闘訓練の様子は、
オペレーションルームで全て見させてもらった。
そのバーリェの性能は素晴らしい。
手放すには惜しいと思ってな」

駈は絆と目を合わせずにそう言って、
隣の自動販売機に近づいた。

女性職員が駆け寄って、カードを差込み、
少し待ってからコーヒーを取り出す。

それを受け取り、口につけてから駈は壁に寄りかかった。

そして嘗め回すように圭のことを見る。

「ふむ……」

小さく呟いて、彼は言った。



321:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:50:06.90 ID:6Wpsnxgd0

「眠らない個体か。興味深い。
それに、その他にも様々な障害を抱えていそうだ。
だが、それを補って余りある性能だ」

「話が済んだのなら、ラボに戻らせてもらう。
俺も暇ではないので」

足を踏み出そうとした絆に、しかし駈は静かに声をかけた。

「まぁ、そんなに急ぐこともないだろう。
少し話を聞いていきたまえ」

「……何ですか?」

あからさまに嫌そうな顔をして絆が立ち止まる。

彼に女性職員が近づいてコーヒーを渡そうとする。

それをやんわりと断った絆に、駈は続けた。



322:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:50:51.27 ID:6Wpsnxgd0

「君の操縦技能がバーリェを、それも新型を上回るとは
私も思ってはいなかった。
椿君のバーリェも決して不良品ではないのだが、
よくやるものだ」

「…………」

「しかし眠らない個体か……本当に、実に興味深いよ」

「何を言いたい?」

押し殺した声で問いかけられ、
駈は軽く口の端を吊り上げて笑ってから言った。

「果たして『それ』は、生き物と言えるのかね。
ふとそんなことを思ってね」

圭が、閉じていた目を見開いた。



323:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:51:54.84 ID:6Wpsnxgd0

「意識調整されてセッティングされた人格、
欠損しているといえプログラムによりつくられた体。
動物として当たり前の睡眠もとらずに、
稼動し続けることができるそれは、
果たして『我々と同じ生き物』と言えるのかね? 
『スプーキー』の絆特務官はどうお考えなのかと、
いささか疑問でな」

「…………」

「いや何、嫌味ではない。純粋に『それ』と
触れ合うことが出来る君が、凄いと賞賛しているのだよ。
私にはできない」

「……この子はバーリェだ。俺達と同じ生き物だ。
だから俺は、この子を守る。
あんたみたいな『犬』の手からな……!」

低い声で絆はそう言って、圭の手を強く握った。

「あんたには、到底分からないことだろうよ」



324:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:52:29.85 ID:6Wpsnxgd0

駈はしばらくニヤニヤしながら絆を見ていたが、
やがてコーヒーを飲みきると、
カップをクシャリと潰してダストシュートに投げ入れた。

「そうそう、君に伝えなければいけないことがある」

「…………」

「先日大破した人型AAD七○一型、
コードネーム陽月王だが、新しい機体が製造された」

「何?」

思わず顔を上げた絆に、
駈はサングラスの位置を直してから続けた。

「今度の機体は、そのS678番の性能に
十分ついてくると思われる。
いや……それでも『足りない』かもしれないな」

「…………」

陽月王の後継機ということになるのだろうか。



325:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:54:05.40 ID:6Wpsnxgd0

駈はしばらくニヤニヤしながら絆を見ていたが、
やがてコーヒーを飲みきると、
カップをクシャリと潰してダストシュートに投げ入れた。

「そうそう、君に伝えなければいけないことがある」

「…………」

「先日大破した人型AAD七○一型、
コードネーム陽月王だが、新しい機体が製造された」

「何?」

思わず顔を上げた絆に、
駈はサングラスの位置を直してから続けた。

「今度の機体は、そのS678番の性能に
十分ついてくると思われる。
いや……それでも『足りない』かもしれないな」

「…………」

陽月王の後継機ということになるのだろうか。



326:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:54:46.40 ID:6Wpsnxgd0

更にスペックアップされた機体が、
既にロールアウトされたというのか。

唾を飲み込んだ絆を見て、
駈は抑揚のない声音で言った。

「人型AAD八○一型。コードネーム
『大恒王(だいこうおう)』
……トリプルコアシステムを使っている」

「トリプルコア……!」

思わず絆は素っ頓狂な声を上げていた。

トリプルコア?

バーリェを『三体』?

それを面白そうに見て、駈はクックと喉を鳴らした。



327:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:55:25.62 ID:6Wpsnxgd0

「今度の兵器は凄いぞ。人型AADでありながら、
フライトシステムを組み込んである。
空を飛ぶ機械人形だ。
君の操縦技能も、どこまで通用するか見物だな」

絆は松葉杖を床に叩きつけ、
倒れこむように駈の胸倉を掴み上げた。

そして脂汗を顔に浮かべながら、彼に押し殺した声で言う。

「凄い……? 現場にも行かないあんたが、
どの面下げて、玩具みたいに……!」

「だから私は、『君は凄い』と絶賛しているのだよ」

駈は掴み上げられながら表情を変えずに続けた。

「バーリェなんて玩具みたいなものだろう。
我々大人の玩具だ。使い捨てられて消えてゆく消耗品だ。
私から言わせれば、『君こそ異常』なのだがね」



328:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:55:55.39 ID:6Wpsnxgd0

「…………」

絆は、手を離してよろめいた。

慌てて周りの女性職員が、彼のことを支える。

スーツの乱れを直して、駈は言った。

「時間をとらせたな。帰宅したまえ」

「言われなくても……!」

絆は彼を睨んで、松葉杖を女性職員から
受け取って、圭を見た。

「…………帰るぞ、圭」

「……はい」

俯いて圭が車椅子を進める。

彼女の目は、自分を嘗め回すように見ている
駈に明らかに恐怖の色を発していた。



329:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:56:44.72 ID:6Wpsnxgd0



結論から言うと、駈と話した時から
五日間、圭は一睡もしていない。

絆と渚が後退で見るようにしていたが、
徐々に圭から、元々なかった
元気が更になくなってきていた。

目の周りにはクマが浮き、心なしか
ロールアウトされてきた日よりも
やつれているような気がする。

最近目が乾くという訴えがあったので、
絆がかなり高級品の目薬を買ってやったところ、
圭は初めて少しだけ嬉しそうな顔をした。

ずっと、それを左手で握っている。



330:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:57:26.71 ID:6Wpsnxgd0

彼女の疲労は、当然のことだった。

睡眠は動物が体と精神を休めるのに必要なことだ。

いわば『必須』の昨日だといえる。

圭は、絆が眠っている時は彼の隣のベッドで
横になるように習慣づけをしたが、
それで体の疲労は取れても、
蓄積された精神の疲労までは取れない。

疲れたようにため息をついた圭に、
熱心にモノポリーのルール説明をしていた
霧が口を止め、彼女を見た。

「どうかしましたか? 疲れましたか?」

伺うように問いかけられ、圭は物憂げに
息を吐いてから言った。

「いえ……特には……」



331:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:58:06.13 ID:6Wpsnxgd0

「そ、そうですか……じゃあ、ご飯にしますか?
 圭ちゃんの好きなものを作ります!」
 
霧がそう言って立ち上がる。

雪が

「私も……」

と言って傍らの点滴台に掴まって立ち上がった。

「お姉様はお休みになっていてください。私が作ります」

「でも……最近霧ちゃんにばっかり
家事をやらせてるから……」

雪が口ごもる。

霧は軽く笑って、無理矢理に雪を元の位置に座らせた。

「じゃあ圭ちゃんとゲームしててください。
それがお姉様のお仕事です」



332:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:58:34.20 ID:6Wpsnxgd0

「…………」

雪が戸惑ったように圭の方を向く。

当の圭は、興味がないのか左手で
モノポリーの駒を弄んでいた。

絆が口を開きかけ、そこで寝巻き姿で
降りてきた渚と目が合った。

「おはようございます、絆特務官」

「おはよう」

渚は、ここ数日殆ど寝ていない。

最近圭の様子が安定してきたので、
十分に休んでもらった。

心なしか気が抜けているように思えるのはそのせいだ。



333:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:59:07.05 ID:6Wpsnxgd0

ボサボサの髪の毛で、渚はキッチンに入っていった霧に

「私も手伝うわ、霧ちゃん」

と言って後を追っていった。

バーリェの管理が、睡眠時間のサイクルが
乱れるだけでこんなに大変な仕事になるとは、
絆自身も思っていなかった。

もはや渚が手伝ってくれなければ、管理が追いつかない。

――トリプルコア。

数日前に駈が言っていたことを思い出す。

その後に兵器の仕様書が送られてきたのだが、
絆はそれを見て背筋が寒くなっていた。

バーリェを操縦、管制、エネルギーラインで
三分割し、更にエネルギー効率を上げている。



334:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 19:59:42.65 ID:6Wpsnxgd0

それだけならいいのだが、その兵器が「通常」ラインで
運用されるためには、普通のバーリェの命が、
三十分間で二十五体必要になる。

雪、霧、そして圭の三人がいて初めて動作が許される。

そんな「存在してはならない」禁断の
領域に踏み込んでいる兵器だった。

そして同時に、絆はその仕様書を見て、
雪を管制担当にして、エネルギー抽出ラインを
少しでも安定させよう、
と考えてしまっている自分自身に戦慄してもいた。

考えてはいけないことを、自分は考えている。

適応してしまっている。

おかしい。

手の中のコピー用紙に力を入れて握りつぶす。



335:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 20:00:20.96 ID:6Wpsnxgd0

それをゴミ箱に叩きつけ、
絆は立ち上がろうと松葉杖に手をかけた。

そこで、突然ニュース番組が切り替わった。

電波ジャック。

その言葉が頭をよぎる前に、
絃の重苦しい言葉が耳に飛び込んできた。

『新世界連合の総括者である立場から、
愚かなる人間諸君に対して、三度目の警告を行う』

その場の空気が、圭以外一瞬で緊張した。

絃は顔の前で指を組んで、テーブルに肘を乗せた姿勢で続けた。

やはり、白と赤の軍服を着ている。

こころなしか周囲の、白い三角帽を被った人間達が
増えているような気がした。



336:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 20:01:01.62 ID:6Wpsnxgd0

『我々はいかなる賛同者も、協力者も求めない。
この度の沈黙は、死星獣の技術解明のためであり、
決して人類諸君に対して情を施したわけではないことを、
事前に釈明させていただく』

「絃さん……!」

渚が駆け寄ってきて、絆の隣にしゃがみこむ。

絃は数秒置いてから言った。

『新世界連合に協賛するスラム街の人間達も出ていると聞く。
まことに遺憾だ。この場を借りてしっかりと
宣言させていただこう。
スラム街の人間であれ、上層市民の人間であれ、
人間は人間であることに代わりはない。
全ての人類は、我らの敵である。
速やかに、同一に均等に、
無情に死んでいただくことになる。そして……』

絃は手元のプロジェクターを操作し、映像を壁に投影した。



337:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 20:01:49.90 ID:6Wpsnxgd0

『我らの防衛拠点が完成した。
この度の沈黙を破り、ここを拠点に、
我々はもう逃げも隠れもせず、
諸君らを攻撃することになる』

壁には、どこまでも広がる緑色の自然が映し出されていた。

その所々に、ドーム状の建築物が見て取れる。

「まさか……」

呟いた絆の声に被せるように、弦は言った。

『我らが、この星最期の希望として選んだ防衛拠点は、
最後の自然が眠る場所、フォロントンである。
軍諸君、エフェッサー諸君。
どうぞ大挙して押し寄せるがいい。
無論、我々は君達の攻撃を待つことなく、
新たに得た知識と技術により、更に進化した死星獣、
および「兵器」の攻撃を、ここを拠点に行わせていただく』



338:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 20:02:43.11 ID:6Wpsnxgd0

絃はプロジェクターの電気を消し、
暗い笑みを発した。

『ついては、本日十五○三十に、
エフェッサーの本部拠点に一斉攻撃をかけ、
壊滅させようという議案が先ほど可決された。
我々はエフェッサー諸君に対し、フォロントンを拠点に、
以前とは違い逃げも隠れもせず、全面戦争を宣言する。
この放送を聞いている者は、
我らの圧倒的兵力の前に崩れ落ちるエフェッサーの姿を
目の当たりにすることだろう』

「…………」

言葉をなくした絆を前に、モニター前の絃は
右手を天に向かって突き出した。

『亡き魂と、これから亡くなるであろう魂達の
鎮魂を祈り、放送を以上とする。我らの新世界のために』

ブツリ、と放送が消えた。



339:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 20:03:30.37 ID:6Wpsnxgd0

――エフェッサー本部に対して、
フォロントンを拠点に一斉攻撃?

今絆達がいるラボも、攻撃対象の
区画に入るってことか……?

その「宣言された」事柄に、
絆は分かっていたことながら心の底から震え上がった。

この沈黙を破り、彼らが更に兵力を上げて攻撃を
宣言してくることは、予想されていたことだった。

そうだったのだが、改めて聞かされると、
それは怖気以外の何をも発することはなかった。

自然地域フォロントンに基地までつくりあげて。

自分達の守りを死星獣で鉄壁にして。

それで、エフェッサーの本部をまず壊滅させるつもりなのか。



340:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/02(月) 20:03:58.93 ID:6Wpsnxgd0

「……くそっ!」

ギプスを嵌められた腕で、太ももを強く叩く。

「何が新世界のためだ……!」

「絆……」

絃が裏切ったことは既に聴かされている雪が、
しかし不安そうな声を発する。

「ここも、なくなっちゃうの……?」

絆は強く歯を噛んだ。

命が死んだ時に折った奥歯から、血が滲む。

「そんなことはさせるか……」

小さく呟いて、絆は渚に支えられながら立ち上がった。

「全員準備をしろ。戦闘だ!」



350:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:46:56.42 ID:QhpzOyn50

エフェッサー本部に絆が出頭した頃には、
既に本部のトレーナー達は
オペレーティングルームに集められていた。

松葉杖を鳴らしながら、渚に支えられて入ってきた
絆を見て、最前列に座っていた椿が鼻を鳴らす。

絆は一番後ろの席に腰を下ろした。

そこで、駈が全体を見回して口を開いた。

「皆も知っての通りだ。新世界連合が、
本部に対しての直接的な攻撃意思を示してきた。
早急に迎撃体制をとる必要がある」

絆はそこで手を挙げ、口を止めた駈に
向かって押し殺した声を発した。

「どうしてフォロントンに基地を作られるまで
放っておいた? 
今迄のスラムの虐殺は一体何だったんだ?」



351:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:47:49.80 ID:QhpzOyn50

責められた駈は一瞬口をつぐみ、そして
手元の小型プロジェクターを操作し、壁に映像を映し出した。

「……現在フォロントンは、
世界連合が定めた自然特区として、
半径三百キロ四方が巨大な『壁』に囲まれている」

映像が切り替わり、自然が生い茂る空間と、
その外の閑散としたスラム街の空間を分ける、
全長二十メートルを超える長大な鉄の壁が投影された。

「俗にこの壁は『自然の壁』と言われ、
二百年ほど前から存在している。人類文明を遮断するため、
このサークル内では、
外部からの電波通信などが行えないようになっている」

「しかし今回、新世界連合は電波通信を行ってきた
ではないですか。どこかに抜け道がある筈だ」

別のトレーナーがそう言うと、駈は頷いた。

「その可能性もある。または、『自然の壁』を
超えるテクノロジーをあちら側が有しているのかもしれない」



352:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:48:32.49 ID:QhpzOyn50

「そんなことは理由にならない。
ならどうして自然の壁を壊さない。
敵が中にいるのなら、
フォロンクロンをやったときのように、
いくらでもやりようがある」

絆がまた口を挟むと、駈は少しの間押し黙ってから、
静かにそれに返した。

「君はこんな話を聞いたことはないか? 
自然の壁は壊せない。
フォロントンは、バイオ技術ではなく、
完全に自然に任せて放置されている区画だと」

「……何を言ってる? フォロントンだって、
バイオ技術で管理されなきゃ自然が成り立つわけがないだろう。
それに、自然の壁が壊せないって
……確かに壊れたという記録は見たことがないが……」

口ごもった絆から目を離し、駈は続けた。



353:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:49:17.91 ID:QhpzOyn50

「既に現地のエフェッサー、軍によって
自然の壁に対する攻撃は行われている。
しかし、どれも壁を突破することは出来なかった
という結果しか、私は聞いていない。
空路で壁を越えて、衛星映像から新世界連合拠点が
あると思われる場所に向かい、
内部に入った隊もいたそうだが、
既に三時間以上通信がないそうだ」

黙り込んだトレーナー達の中で、絆は爪を噛んだ。

……自然の壁。

実際見たことはないが、知識としては知っている。

二百年以上前に、フォロントンを外界から隔離した、
特殊合金で出来た壁だ。

誰が作ったのかは、判然としていない。

その地区を管轄しているのがスラム街で
あることもあったのだが、正確な記録が残っていないのだ。



354:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:50:03.44 ID:QhpzOyn50

いつの間にかあった、
という表現が一番近いかもしれない。

そう、死星獣が突然現れたように。

絆が生まれる前から自然の壁は存在していたし、
それにフォロントンが隔離されていると
いう事実は確かだった。

無論空路から入ることは誰だって出来る。

だが、自然の壁それ自体が電波などを遮断して
しまうため、通信は出来ない。

中に入り込まれたら厄介ではある。

「フォロントンはバイオ技術で管理された区画ではない。
本当に『放置』された、人類の手が
ついていない手付かずの自然だ。
その環境ゆえに、調査や攻撃を行うための判断が遅れてしまい、
結局は新世界連合が拠点を築くだけの時間を与えてしまった。
無論、あの組織が単独でそれを行えるとは思えない。
何らかの後ろ盾があるものと考える」



355:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:50:39.34 ID:QhpzOyn50

駈はそう続けて息をついた。

「……問題は、だ。あと二時間十五分で、
ワープが可能な死星獣を使い、
新世界連合がここに攻撃を仕掛けてくるであろう事実だ。
敵がどれだけの戦力を持っていて、
どのような攻撃をしてくるのか。
そして我々はどう対処すればいいのか、
正直本部側も対策を立てあぐねている状況だ」

おそらくそれが、新世界連合が沈黙していた真の狙いだ。

いたずらに破壊行動を行わず、
敵である軍やエフェッサーに対策を立てさせない。

そして自分達は万全な状態を整え、始めて襲ってくる。

小規模な集団戦闘の常識だ。



356:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:51:47.99 ID:QhpzOyn50

「こちら側が有する戦力は、
トレーナー五十二人に、バーリェ六十五体。
トップファイブ以上のAADを戦力と
カウントするとして、砲台型AADが二十一機。
戦闘機型が十八機。七百番台人型が五機。
そして、新たにロールアウトされた
『絆特務官専用機』、人型AAD八○一型、
大恒王(だいこうおう)が……これだ」

またプロジェクターを操作して、
駈は壁に人型AADを映し出した。

格納庫に前傾姿勢で収納されている。

……巨大だ。

陽月王の一倍半ほどはあるだろうか。

四肢が異様に細く、背中にはジェット機の
主翼のような羽が四枚ついていた。



357:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:52:33.59 ID:QhpzOyn50

ブースターの大きさが、体の大きさとほぼ同じだ。

――動くのか、これは。

絆は初っ端それを見て、そう思った。

周囲のトレーナーがざわめいて顔を見合わせる。

椿は真っ直ぐに絆のことを睨んでいた。

「全高十八メートル。重量百九十トン。
通常のバーリェの五百倍以上の燃焼エンジンを有している」

ざわめきが広がった。

絆は押しつぶされそうに鼓動している心臓を、
服の上から押さえつけた。

駈が絆の方を見て続ける。

「絆特務官には、生き残っている全てのバーリェを使用し、
この機体を動かしていただくことになる。
大恒王は、戦術級二等クラスの兵力とカウントされる」



358:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:53:22.03 ID:QhpzOyn50

戦術級二等。

小型の水爆一つとほぼ威力は変わらない
被害規模を算出できる数値だ。

「我々の現在立てられうる策は、全ての兵力を展開し、
八○一型大恒王の起動時間を稼ぐことだ。
起動実験を行っている時間はない。
フォロントンへの攻撃も、新世界連合の撃滅もその後だ。
大恒王さえ動けば、敵がどんな兵力で吶喊してきても
何とかなる。それは私が保証しよう」

遠まわしに、全ての本部トレーナーのバーリェ達は
大恒王の起動のために死ねと言っているようなものだ。

それ以前に。

……何とかなる?

例えば先日のように十数体の死星獣タイプγが、
今度は百数規模で群れを成して
襲ってきたらどうするつもりなのだろうか。



359:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:54:06.38 ID:QhpzOyn50

何とか、なるわけがないだろう。

口を開きかけた絆の目に、
しかしそこで背筋を伸ばして
手を挙げた椿の姿が目に入った。

「何だ?」

駈が問いかけると、立ち上がって椿は言葉を発した。

「八○一型に、私のバーリェを乗せていただきたいのです」

トレーナー達の間にまたざわめきが広がる。

駈は手元の資料をめくってから、静かに返した。

「どうして?」



360:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:55:02.79 ID:QhpzOyn50

「絆特務官のバーリェは、不安定です。
安定した性能を発揮できるとは思えません。
動作にも若干の不安が残ります。
私の育てた新型のバーリェは、現在で三体います。
少なくとも、起動するかしないかに賭けるよりは、
確実に起動するラインを選択するべきだと思います」

一気にそう言って、椿は見下すように絆を睨んだ。

駈は、しかし興味がなさそうに
資料を閉じてから周りを見回した。

「八○一型は、絆特務官の専用機だ。
君にその代わりを勤めることは出来ない」

「どうしてですか!」

勢い込んで椿が声を張り上げる。

「現場にも行かない君に、あの機体を任せることは出来んよ」



361:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:55:39.36 ID:QhpzOyn50

駈は彼女を一瞥してから、資料を脇の女性職員に渡した。

「話は以上だ。各員大至急配置についてくれ。武運を祈る」

呆然と立ち尽くす椿を他所に、
バラバラとトレーナー達が散っていく。

絆は脇の渚に支えられて、やっとの思いで立ち上がった。

椿はそれを見て、ヒールのかかとを鳴らしながら近づいてきた。

そして絆の頬に唇をつけんばかりに近づいて、そっと囁く。

「私はあなたを認めない
……精々後ろから討たれないように、気をつけることね」

「…………」

この状況で何を言っている、と声を荒げようとしたが、
椿はツカツカと靴の音を立てて
オペレーティングルームを出て行ってしまった。



362:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:56:41.40 ID:QhpzOyn50

「絆特務官、大丈夫ですか……?」

渚に心配そうに問いかけられ、
絆は頷いて松葉杖を握り締めた。

「大恒王を起動させる。まずは、話はそれからだ」

「分かりました。今回は、
私も計器操作のために同乗させていただきます」

「え……?」

慌てて絆は疑問符を発した。

「君も乗るのか?」



363:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:57:11.04 ID:QhpzOyn50

「元老院からの指令です。それに……
ブラックホール粒子が充満していると、
本部からの通信が途絶されてしまうこともありますし……」

言いにくそうに、渚は一つ付け加えた。

「本部が消えたら、どっち道帰るところはなくなります」

「…………」

その寂しそうな呟きに、絆は答えを返すことが出来なかった。



364:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:58:01.26 ID:QhpzOyn50



渚に支えられながら、大恒王のコクピットに
乗り込んだ絆は、その広さに驚愕していた。

胸部全体がコクピットになっている。

クリア素材で周囲が覆われ
――塗装をする時間がなかったのだろう――
真っ白な機体に繋がっている。

既に三座席に接続されている雪、霧、圭が
それぞれ不安そうな表情を絆に向けた。

絆は、彼女たちより一段高いところにシートがある。

それと背中合わせに渚が座り、モニター類を操作していた。



365:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:58:44.77 ID:QhpzOyn50

「急なことになったが、緊急事態だ。
メインエネルギー抽出回路を圭に接続。
武装、管制の制御は雪、主操縦は霧が担当しろ。
落ち着いてやれば出来る。
何があってもパニクるな。俺が後ろにいる」

「……うん」

「分かりました!」

「はい……」

三人がそれぞれ頷いて、目を閉じて意識を集中させる。

途端にコクピット内に明かりがつき、
機械音声が流れ出した。

「全テノ設定ヲニュートラルヘ。
メインシステムヲ起動シマス。エネルギー抽出開始。
稼動ノ最低ラインマデ、残リ三十五分デス」



366:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 17:59:24.15 ID:QhpzOyn50

「何……?」

思わず絆はそう呟いていた。

メインは圭だが、雪と霧からも
エネルギーを抽出している。

陽月王ならフルスロットルで即稼動が可能な程だ。

……三十五分……?

絃が指定した時間まで、残り十五分を切っていた。

二十分間、自分達なしで戦えるのか、エフェッサーは。

もしかしたら、ここで動けないまま
殺されてしまうことになるのではないか。

生唾を飲み込む。

「カウントダウンを開始します。
エネルギー抽出ラインを確保しました。
生体エネルギー融合炉心が起動します」



367:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 18:00:02.00 ID:QhpzOyn50

絆の後ろで、渚がそう言う。

次いで絆の前面モニターに
残り時間の数値が表示された。

そこでアラームが鳴り、駈の顔が表示された。

『絆特務官、状況はどうだ?』

「……良くはない。フルでエネルギーを抽出すれば、
バーリェがショック死する。
今出来うる最大速度で抽出したとして、
この兵器の起動ラインまで、あと三十四分二十秒だ」

駈が歯噛みして表情を歪める。

『分かった。バーリェの精神安定に努めるんだ。
起動までの時間は、必ず稼ぐ』

「了解」

短く答えて通信を切る。



368:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/03(火) 18:00:43.42 ID:QhpzOyn50

そこで雪が、見えない目を絆に向けて口を開いた。

「絆……絃さんを、殺すの?」

その問いを受けて、絆は一瞬沈黙した。

そして息を整えてから口を開く。

「……分からない。だが俺は、
絃にもう一度会わなきゃいけない」

「…………」

不安げにこちらを見た圭と霧を
見てから、絆は続けた。

「話はこの状況を切り抜けてからだ。
集中しろ……!」



375:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:30:20.61 ID:jX4+wWw10

十五○三十を示すアラームが鳴る。

その音にポカンとした三人のバーリェを
見回した絆の耳に、渚の叫ぶような声が飛び込んできた。

「死星獣の反応です! 
このエリアに次々にワープしてきます! 
十……二十……す、凄い数です!」

「落ち着いてモニターを見るんだ。
雪、霧、圭。騒がず、静かに集中しろ。大丈夫だ」

絆が落ち着いた声で渚達に指示をする。

渚が上ずった声で

「す……すみません」

と言って、戸惑った風に続けた。



376:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:31:11.46 ID:jX4+wWw10

「タイプγではありません……! 
先日フォロンクロンに現れた金色の個体です! 
数値確認完了しました。
エフェッサーの本部が……
に、二百五十三体の死星獣に囲まれています!」

絆は歯を噛んで、発しかけた疑問符を無理矢理飲み込んだ。

……二百五十三体?

しかも、タイプγではない。

あっさりと人型AADを破壊する、あの金色の個体だ。

息を吸ってからモニターをエフェッサーの
本部からの外部カメラに切り替える。

そして絆は、思わず息を呑んだ。

ゴキブリの群れのように、綺麗に整列した
金色の死星獣が放射状に広がっていた。



377:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:31:48.44 ID:jX4+wWw10

どれもが頭を垂らして、背中を曲げている。

見ただけでは数え切れない数だ。

本部を囲むように配置されていた
エフェッサーのAAD各機は、
その現状にただ驚くだけで動こうとしない。

「攻撃しろ!」

絆は一拍置いて我に返り、
マイクを全回線ONにして怒鳴り声を上げた。

そこで、また本部前の空中が歪み、
陽月王を一回り大きくしたような金色の機体が出現した。

それはフワリと地面に降りると、
何の力を使っているのか、ゆっくりと空中を漂い始めた。

機械人形が。

腕組みをして見下すようにこっちを見ている。



378:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:32:22.11 ID:jX4+wWw10

その視線に射抜かれたように、絆はハッとした。

「……絃か……?」

弾かれたように雪と渚が絆を見る。

金色のAAD型死星獣は、
地上三メートルほどのところを漂った
……と思った瞬間に消えた。

次の瞬間、近くにいた砲台型AADが
凄まじい爆炎を上げて大爆発を起こした。

一瞬で移動した金色のAAD型死星獣が、
少し前に優と文が使ったような
……いや、それよりも十数メートルは長い、
長大な迫撃戦用ブレードを構えている。

反応しようとした人型AADに対し、
それは、右手を伸ばした。



379:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:32:56.78 ID:jX4+wWw10

右手の装甲がバクン、と音を立てて開き、
金色のエネルギーを噴出させる。

それに胸部コクピットを握りつぶされ、
七百番台の人型AADは力なくその場に崩れ落ちた。

一瞬で味方の重要戦力の一部がやられたのを受け、
駈が全回線をオープンにして怒鳴った。

『全軍展開! 敵を駆逐しろ!』

次の瞬間。

全ての死星獣がわらわらと動き出した。

空中を浮遊して、自由自在に飛び回り始める。

まるで蝿の群れのように、他の人型AADに
金色の個体が群れて大爆発を起こす。

「活動開始マデ、後十七分デス」

「くそっ!」



380:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:33:29.38 ID:jX4+wWw10

絆は折れている手を操縦桿に叩き付けた。

体中に痛みが走るが、気にしている時間はない。

このままでは、本部の戦力は十七分ももたない。

そこで、モニターの一つ、
衛星チャンネルが切り替わった。

どこから映しているのか、
攻撃されているエフェッサー本部の様子が中継されている。

全世界に流されているというのか。

この殲滅戦が。

操縦桿を握り、絆はサポートAIに向かって声を張り上げた。

「エネルギー抽出を寸断する! 
現在の稼動レベルで大恒王の全システムを起動させろ!」



381:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:34:05.32 ID:jX4+wWw10

「拒否イタシマス。
エマージェンシーコールレッドノ事由ニヨリ、
アナタノ発言ハ元老院ノ指示ヲ上回ルコトハアリマセン」

「ここに乗っているのは俺だ、やれ!」

「拒否イタシマス。エネルギー抽出ヲ続行。
残リ時間ハ、後十六分デス」

無常なAIの声があたりに響く。

歯噛みした絆の目に、陽月王によく似た味方の機体が、
凄まじい運動性で近くの金色の死星獣に近づくのが見えた。

迫撃戦用のブレードと、遠距離戦用のランチャーを積んでいる。

死星獣を薙ぎ倒し、飛び退りながらそれは、
砲口から黒いエネルギーを発した。

……霧のものと同じ、ブラックホール粒子を含むものだ。

数体の死星獣がそれに巻き込まれて綺麗に消滅する。



382:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:34:44.26 ID:jX4+wWw10

通信のコール音がして、
そこで薄ら笑いを浮かべた椿の顔が表示された。

『女の子のように焦って、格好悪いですよ。特務官様』

本部のオペレーティングルームで操縦しているらしい。

手元の操縦桿を動かしながら、彼女は言った。

『あなたが出てくる前に、全てを消滅させてみせるわ! 
私にはそれが出来る!』

「早まるな! 相手の戦力も分からない状態で……」

慌てて絆が言う。

しかし椿のAADは、およそバーリェが乗っているとは
思えないほど無茶な中転を何度か繰り返し、
華麗に舞いながら周囲の死星獣を駆逐し始めた。

中のバーリェが、あれでは「壊れて」しまう。



383:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:35:28.63 ID:jX4+wWw10

当然ながら、現場で動いているバーリェ達には
無茶なGや落下の衝撃がかかる。

――何て向こう見ずな戦い方をするトレーナーだ……!

思わず唇を噛んだ絆の目に、椿のAADを
取り囲んだ金色の死星獣が、一斉に背中を丸めて、
力を込めるかのような動作をしたのが見えた。

そこからそれぞれ、全長とほぼ同じに近い
大きさの金色の羽が競り出して、
まるで天使のように周囲に伸びる。

背中から伸びた羽をはためかせ、死星獣達が宙を舞った。

『くっ……飛行形態に進化するなんて……!』

椿の狼狽したような声が聞こえる。

最初に現れた、陽月王と同じ外見の
金色の死星獣も、背中を丸めた。



384:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:36:05.90 ID:jX4+wWw10

そこから、他の死星獣とは違い六つ、
三対の羽が競りあがる。

まるで大天使のように手を広げながら、
それが空中に浮かび上がる。

周囲を金色の光が包んだ。

よく見ると、浮かび上がった死星獣達も、
同じような手を前に広げた姿勢をとっている。

「罠だ、下がれ!」

絆は青くなって怒鳴った。

『空が飛べるくらいで……!』

椿が押し殺した声を張り上げ、操縦桿を捻る。

彼女のAADが地面を蹴って、
実に十数メートルも宙に跳んだ。



385:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:36:41.98 ID:jX4+wWw10

黒いエネルギーを刃にまとわりつかせながら
ブレードを振り上げた
……と思った次の瞬間だった。

翼を持ち、浮かび上がった
死星獣達の手の平がそれぞれ光った。

まず、飛びかかっていた椿のAAD、
そのブレードが複数の銃撃を浴びたかのように
跳ね、爆発した。

次いで二十体ほどの翼を翻した死星獣達が、
空中で姿勢を歪めた人型AADを包囲するように移動した。

それらの体が強い金色に光り、太陽のように輝く。

包囲されている円形の空間が、真っ赤に染まった。

次いで、水蒸気爆発でも起きたかのように、
辺りに凄まじい爆炎が上がった。



386:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:37:17.76 ID:jX4+wWw10

円形にエネルギーが収束し、
天に向かって吹き上がる。

グラグラと地面が揺れ、
雪が悲鳴を上げて操縦桿にしがみついた。

唖然とした絆の目に、黒い消し炭のようになって
ガシャン……と地面に落下したAADの破片が映る。

包囲していた死星獣達は、しばらくの間真っ赤に
発熱していたが、やがて金色に戻って、
悠々と動き始めた。

『そ、そんな……』

椿が唖然として呟く。

「活動開始マデ、後十二分デス」

椿の、霧レベルのバーリェを使っても
四分間の足止めにしかならなかった。



387:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:37:56.13 ID:jX4+wWw10

――万事休すか……!

そう思った絆の目に、
そこで信じられない光景が飛び込んできた。

今まで出撃していなかった、
トップファイブの戦闘機型AADが、
次々とテイクオフを始めたのだ。

それに戦慄したのではない。

それぞれが積んでいた、
機体の大きさに相当する「爆弾」に戦慄したのだ。

あれは特攻兵装。

一度搭載すれば取り外しは不可能な、
バーリェの生体エネルギーを使った、
超高威力の、小型エネルギー爆弾だった。

バーリェを。

吶喊させるつもりだ。



388:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/04(水) 19:38:24.65 ID:jX4+wWw10

「やめろ……!」

唸るように呟き、モニターを睨みつける。

駈が歪んだ暗い笑みを浮かべ、静かに言った。

『やれ』

バーリェ達が、次々と死星獣に向かって落下していく。

合計十八機の特攻隊が、放物線を描いて落下していく。

爆弾の重さに、機体が耐え切れないのだ。

――やめろ。

やめろよ。

こんなことのために育てたんじゃないだろう。

こんな風に命を散らせるために、育てたんじゃないだろう!

怒鳴ろうとして、すんでのところで自制する。



394:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:22:37.25 ID:XF4r8r6f0

一瞬後、何拍か置いて凄まじい爆発が
周囲を揺るがした。

バーリェ三人が悲鳴を上げてシートにしがみつく。

――くそっ!

心の中で叫ぶ。

玉砕した。

敵と同じことを、しやがった!

もうもうと上がる煙の中、爆発に巻き込まれた
死星獣達が、ボロボロと塵になって消えていく。

エフェッサー本部の周囲は、完全に
数時間前の様相とは変わってしまっていた。

一面広がる、灰色の砂漠の山だった。



395:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:23:16.02 ID:XF4r8r6f0

ガレキが更に死星獣のブラックホール粒子で
塵になり、それがどこまでも広がる砂原を作り上げている。

「て……敵の戦力がおよそ半減! 
包囲網が引いていきます!」

渚が叫ぶように言う。

半減……?

あれだけの数のバーリェが吶喊して
散って、それでやっと半分?

つまり百体以上の死星獣がまだ
現存しているということになる。

モニターを見ると、翼が生えた個体は
殆どが上空に浮かんで、爆発を逃れていた。

その中心に、腕組みをしてのけぞった
姿勢の、AAD型死星獣がいる。



396:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:24:15.94 ID:XF4r8r6f0

カメラアイを光らせながら、
それは六枚の翼を翻して下がり始めた。

……間違いない。

直感で絃と思ったが、あの死星獣の中には、
人間かバーリェが乗り込んでいる。

おそらく、バーリェの吶喊と味方の被害を見て、
第二陣があることを警戒したのだろう。

本部を取り囲んでいる飛行型死星獣達が、
数歩後ろに下がる。

「システムノ全起動マデ、後三百秒デス。
カウントダウンヲ開始シマス」

遂に、五分を切った。

これは……。

もしかしたら、間に合うかもしれない。



397:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:25:00.48 ID:XF4r8r6f0

しかし、間に合ってどうするというのだろう。

飛行している新型の死星獣百数体を相手に、
これだけの戦力で戦えるのだろうか。

本当に、大恒王一機がそこまでの力を
持っているのだろうか。

絆は歯を噛んで、カウントダウンが
開始されているコクピットの中、渚に言った。

「衛星電波を、三十五タイプの回線全てジャックしてくれ。
新世界連合と同じことをする……! 出来るはずだ!」

「特務官……? で、ですがどうして……」

「あの敵の死星獣、一体だけ動きが違う。
司令塔の人間が乗っている可能性が高い」

それを聞いて渚が息を呑む。



398:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:25:46.98 ID:XF4r8r6f0

『構わない。時間を少しでも稼ぎたい。やりたまえ』

絆の通信を聞いていた駈が口を挟んだ。

渚は少しの間迷っていたが、

「分かりました……!」

と言って計器を操作し始めた。

少しして衛星電波の映像に、絆の顔が映し出された。

コクピット内から出力された映像を、
電波をジャックして割り込ませている。

絆は息を吸ってから、押し殺した声で言った。

「……愚かなる新世界連合の人間達に告ぐ。
こちらはエフェッサー、本部トレーナーだ」

浮かんでいるAAD型死星獣が、動きを止めた。



399:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:26:21.49 ID:XF4r8r6f0

聞こえている。

その事実に唾を飲んで、絆は鉄のような声で言った。

「諸君らの行動で、沢山の命が亡くなった。
そしてこれからも、亡くなろうとしている。
諸君らは大事なことを忘れていると、私は思う」

『…………』

ザザ……と映像にノイズが混じり、
別の衛星回線に、一人の男の顔が映し出された。

白と赤を基調とした軍服を着ている、壮年の男性。

絃だった。

彼は操縦桿を握りながら、
全世界にオープンになっている回線で、口を開いた。

『こちら新世界連合の統括だ。
エフェッサー本部からの交信に対して応答を行う』



400:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:27:12.01 ID:XF4r8r6f0

……やはり絃は出てきている。

まず間違いなく、あれに乗っているのが、彼だ。

直感でそう感じたが、彼が操縦桿を
握っていることでその確信を深める。

総括者が自ら出てきていることが
疑問に思えたが、絆は続けた。

「……応答に感謝する。
即刻戦闘行動を中断し、話し合いの場を設けたい」

絃は口の端を吊り上げて、
小さく喉を鳴らしてそれを笑った。

『これだけやっておいて……今更話し合いとは笑わせる。
もはや我々は話し合う段階を通り越して余りある状況にいる。
あるのはどちらかの全滅か、共倒れかだ。
我々は諸君らと分かりあうつもりはない。
諸君らと話し合うつもりもない。
あえて要求を伝えるとすれば
「速やかに死んでいただきたい」ということだけだ』



401:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:27:48.27 ID:XF4r8r6f0

「……どうしてだ! 何があんたをそこまで変えた!」

絆が声を張り上げる。

絃は一瞬押し黙ったが、やがて静かな声でそれに返した。

『バーリェは存在してはいけないロストテクノロジーだ。
諸君らはそれを使って、ここまでの抵抗を行っている。
バーリェはこの星を駄目にする決定的な要素だ。
全てを駆逐する必要がある』

彼の言葉を聴いて、雪、霧、圭が息を呑む。

絆は唇を噛んでから言った。

「ロストテクノロジー……?」

『考えたことはないのか? バーリェが「何」から作られ、
どうやって培養されて、そしてロールアウトされるのか。
元老院だけがその事実を知っている。
この世界を腐らせている原因の元老院がな!』

絃は突然怒鳴ると、腕を操縦桿に叩き付けた。



402:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:30:21.73 ID:XF4r8r6f0

『既に犀は投げられている! 
生き残るか、もしくは「死」か、目は二つしかない。
覚悟を決めよ! 立ち向かって来い! 
最後の抵抗はどうした? 命乞いはどうした? 
泣きながら乞う惨めな姿を映せ、愚者共よ!』

――狂っている。

激情に任せてか、AAD型死星獣が
金色に強く発色し始める。

『このAADエンジンを取り込んだ死星獣、
「戦劫王(せんごうおう)」と、新たな死星獣との兵力で、
我らは諸君らを壊滅せし、新たなる新世界への狼煙とする!』

発色しているAAD型死星獣
――戦劫王の胸の前に、黒い玉のようなものが浮かび上がった。

それを両手で抱えるようにした戦劫王の前で、
玉は徐々に大きさを増すと、
凄まじい速度で周囲の「空間」を吸い込み始めた。



403:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:31:04.97 ID:XF4r8r6f0

「強力な重力子指数です! 
磁場拡大! 通信が遮断されます!」

渚が叫ぶ。

ブラックホールの玉……。

おそらくは、死星獣が発散している
ブラックホール粒子を集めて空間に固着させている。

凄まじい重量のはずだ。

衛星電波が乱れている中、絆は小さく呟いた。

「……変わったな。俺も、あんたも……」

『…………』

「変わっちまったよ……」

絆は操縦桿を握り締め、搾り出すように言った。



404:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:31:46.29 ID:XF4r8r6f0

「みんな死んでいくよ。
大切だと思っていたものが全部なくなっていくよ。
目の前で……! 俺の、この目の前で! 
何もかもが全部崩れていく! 
それは他でもない、あんたの、あんた達のせいだ!」

絆は声を張り上げた。

「だから俺は! あんた達を認めない、
許さない! あんたは、俺の敵だ!」

「エネルギー抽出完了。全テノ設定ヲニュートラルヘ。
メインシステム、戦闘モードヲ起動シマス。
バーリェ認証完了、全武装ノロックヲ解除。
視界確保、レディ。大恒王、全テノプログラムヲ起動シマス」

「霧、飛べ!」

機械音声が流れるとほぼ同時に、絆は叫んでいた。

反射的に意識を集中した霧の操縦で、
大恒王の背部ブースターが点火した。



405:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:32:21.65 ID:XF4r8r6f0

スペースシャトルの発射を思わせる動きで、
鈍重な機械人形が宙に浮く。

次の瞬間、格納庫の屋根を突き破って、
大恒王の巨大な姿が空を舞った。

「大恒王の戦闘システムが起動しました! 
攻撃を開始できます! 策敵回路確保、行けます!」

ブツリと音を立てて衛星電波が消える。

「全員、迎撃しろ!」

絆が怒鳴る。

三人のバーリェが同時に目を見開いた。

空中にウィングを展開して浮遊している大恒王に向けて、
戦劫王が、まるでボールのようになった
ブラックホールの塊を振りかぶって投げつける。



406:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:33:01.83 ID:XF4r8r6f0

霧の操縦で、大恒王が右腕を突き出した。

腕の装甲が何段階かに分かれて次々に開き、
灰色のエネルギーを噴出させ始める。

「武装、『エンドゥラハン砲』ヲ使用シマス」

AIの声が流れた次の瞬間。

腕から滝のように噴出していたエネルギーが、
腕の周りで渦を作り、
吹き飛んでくるブラックホールの
塊に向けて「発射」された。

凄まじい発射衝撃がコクピットを襲う。



407:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/05(木) 19:33:43.32 ID:XF4r8r6f0

渚が悲鳴を上げてシートにしがみつく。

そうでなくても不気味な浮遊感が
体を襲っているのだ。

しかし絆は、ガチガチと揺れる操縦桿を
強く握り締め、そのエネルギーの奔流を、
無理矢理調整して戦劫王に向けた。

薙ぎ払われたブラックホールの塊が、
ドッパァンッ! と水風船が破裂したかの
ような音を立てて砕け散る。

周囲に雨あられとブラックホールの破片が降り注ぐ。

そして、全長二百メートルほどに伸びた
エネルギー波は、数十体の死星獣を巻き込んで
紙風船のように炸裂させ、戦劫王に突き刺さった。



416:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:31:13.82 ID:tCTVvjTx0

しかしエネルギーの奔流は、
戦劫王に当たる直前で何かのエネルギーに
歪められたかのように割れ、二つに分かれた。

そのまま海を割る人のように、
戦劫王もこちらに手を伸ばして広げる。

「ナビをするんだ!」

渚に向かって声を張り上げる。

そこで渚がハッと我に返り、モニター類の操作を始めた。

「局所的な重力子フィールドです! 
中和できない空間位相により、
エネルギーの流れが歪められています!」

「中和できない……?」

バーリェの生体エネルギーは、
死星獣の持つブラックホール粒子を中和して打ち消すはずだ。



417:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:33:18.23 ID:tCTVvjTx0

こちら側の攻撃がおかしいのか。

もしくは、相手の持つ技術がそれを克服したのか。

一瞬分からなくなったが、
絆は操縦桿を握って霧に言った。

「砲撃を止めろ! 無駄にエネルギーを使うな!」

「は、はい!」

頷いて慌てて霧が意識を集中する。

「エンドゥラハン砲ノ射撃ヲ中止シテイマス」

「早くしろ!」

悠長に中断プロセスを言ったAIに怒鳴る。

そして絆は渚に言った。

「武装は? 他には何が?」



418:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:34:01.79 ID:tCTVvjTx0

「ロックが解除されている武装の数は、十五です。
現在は、続けてエネルギーミサイルの使用が可能です!」

ヒュゥゥ……とエネルギーの渦が回転して掻き消える。

威力は高いが、隙が大きすぎる。

それにエネルギー攻撃は相手に歪められて
受け流される可能性が高い。

なら、肉弾戦でいくしかない。

……しかしその前に、他の死星獣を
どうにかする必要があった。

エンドゥラハン砲を一発撃っただけで、
二十四体の死星獣が破裂した。

――駆逐できる。

この機体パワーなら、それが可能だ。



419:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:36:36.84 ID:tCTVvjTx0

そう思った絆の耳に、
霧が悲鳴のような声を上げたのが聞こえた。

「マスター! 囲まれます!」

翼を持つ死星獣達が、金色に発色しながら
両手を広げゆっくりとこちらを包囲してくる。

その体が真っ赤に発熱を始めた。

囲まれている大恒王を中心とした空間が、
球形に真っ赤に輝く。

「外部温度急速に四千度を突破、
水蒸気爆発を起こします! 
衝撃に備えてください!」

「熱波攻撃ヲ感知。
スティグマスフィールドヲ展開シマス」

上ずった声を上げた渚とは対照的に、淡々とAIが言う。



420:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:37:16.37 ID:tCTVvjTx0

何だそれは、と言おうとした瞬間、
周囲を全方位から揺るがす大地震が起こった。

高熱が空気中の水分を一気に膨張させ、
巨大な水蒸気爆発を起こしたのだ。

耳を塞いで悲鳴を上げた雪を、慌てて霧が支える。

グラグラと大恒王が揺れた。

絆自身も訳が分からなくなり、
操縦桿を必死に握り締める。

雪の管制を離れ、大恒王の背部ブースターが
いきなり全開に展開し、
鈍重な機体は空中に高速で飛び上がった。

「雪、しっかりしろ! 霧、操縦桿から手を離すな!」

「は……はい!」

震えている雪をシートに座らせ、慌てて霧が操縦桿を握る。



421:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:38:06.39 ID:tCTVvjTx0

絆の後ろで渚が唾を飲んで口を開いた。

「大恒王……展開されたエネルギー防御膜により、
熱波を遮断、相殺しました。
損害率ゼロパーセント、無傷です!」

雪と霧の操縦が元に戻り、大恒王が雲の上で静止する。

そして重力に引かれ、物凄い勢いで落下を始めた。

「全てのミサイルをロックします!」

霧が叫ぶ。

大恒王の背部ブースターの側面が開き、
一発一発が巨大なミサイルが、
数十個一気に競り上がった。

「エネルギー注入完了。
八十六体ノ敵熱源ヲ全テロックシマシタ」

「撃て!」



422:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:38:59.23 ID:tCTVvjTx0

絆の声に合わせて、霧が操縦桿のトリガーを引く。

機体がグラグラと揺れる程の勢いで、
全てのミサイルがエンジンを点火させ、
高速で射出された。

落下しながら発射されたミサイルは、
一度放物線を描いて空中に飛び上がると、
一気にそれぞれ一体ずつ、死星獣に向かって落下した。

次の瞬間、視界が灰色に染まった。

ミサイルが着弾した場所が、
高さ三百メートル近い爆発煙を噴き上げたのだった。

それが至るところで吹き上がり、砂漠の砂を舞い上げる。

「雪、機体のバランサーを安定させろ!」

絆の声を受けて、雪が急いで操縦桿を握る。



423:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:40:03.49 ID:tCTVvjTx0

大恒王は地面に衝突する寸前、
体の各部から補助ブースターを点火させて体勢を安定させ、
また空中に飛び上がった。

遊園地のアトラクションとは
比べ物にならない程のGが体にかかる。

舌を噛んだのか、渚が口元を手で抑えた。

絆も飛び出しそうな目と心臓を無理矢理押しとどめ、
モニターを見る。

「エネルギーミサイル、全弾命中ヲ確認シマシタ」

AIの声が聞こえる。

しかしそこで、渚がくぐもった声を発した。

「まだです! 重力子指数、急激に増大しました、
死星獣の反応は消えていません!」



424:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:40:56.71 ID:tCTVvjTx0

ミサイルの一斉射撃を受けて、
死星獣の体がバラバラに飛び散っていた。

コアもだ。

それらが強い金色に輝き、アメーバのように蠢きながら、
ゲル状とは思えないほどの俊敏な動きで集まっていく。

上空には、ブレードを構えた戦劫王の姿があった。

ミサイルを切り飛ばしたらしい。

ブレードの刃が、爆発の衝撃を受けたのか
ボロボロになっている。

蠢きながら一つに集まった八十六体の死星獣は、
小山のように盛り上がった。

そしてニュル、と形を変えて立ち上がる。

……全長百メートルを超える、巨人だった。



425:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:42:09.47 ID:tCTVvjTx0

金色ののっぺらぼうの巨人が、
手の平に戦劫王を乗せて体を奮わせる。

周囲にブラックホール粒子が、
見て分かるほど大量に吹き荒れた。

先ほどの攻撃では、エフェッサー本部を避けるように
ミサイルをロック操作したつもりだったのだが、
本部はいまや半壊状態に陥っていた。

しかし、基地があるのは地下だ。

まだ全員生きている筈だ。

百メートルを超える巨人は、唖然としている
霧と雪の目の前で、真っ赤に発熱を始めた。

「飛べないのは自重に耐え切れないからか……! 
全員本部を守るぞ! あの化け物を倒す!」

絆の声に反応し、雪と霧が頷く。



426:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:42:55.00 ID:tCTVvjTx0

圭は、しかし反応がなかった。

苦しそうに胸を押さえて、荒く息をついている。

「圭、大丈夫か!」

絆が言葉を投げかけると、圭は彼の方を向いて首を振った。

「大丈夫じゃ……ありません。苦しい、息が出来ない……!」

その言葉に、絆はハッとした。

大恒王を今動かしているメイン動力は圭だ。

彼女に負担をかけすぎている。

しかし絆は操縦桿を握り締め、
真っ直ぐに巨大な死星獣を睨みつけた。

……こいつを。

こいつをどうにかしなければ、どの道自分たちはお仕舞いだ。



427:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:43:39.33 ID:tCTVvjTx0

倒すしかない。

この化け物と、絃を。

「フィールドを全開で展開しろ! 爆発から本部を守る!」

考える間もなく叫んだ絆の目に、巨大死星獣の体が白く、
フラッシュのように光るのが見えた。

「熱波攻撃ヲ感知。スティグマスフィールドヲ再展開シマス」

「展開状態を維持! 迫撃戦に移行する!」

大恒王を揺るがす勢いで、また水蒸気爆発が起こった。

僅かに残っていたエフェッサーの
地上基地が衝撃で吹き飛んだ。

「了解。ハイ・シィンケルハンドブレードヲ展開シマス」

AIが絆の声に反応し、大恒王の肩部装甲を開く。



428:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:44:37.48 ID:tCTVvjTx0

エネルギーフィールドで、二回、三回と続けて起こる
大規模な爆発を耐えながら、
大恒王は背部ブースターを点火させた。

肩部装甲から、何段階かに分かれて長大な、
刀のようなブレードが競りあがる。

それを抜き放ち、二刀を両手で構えて
大恒王は爆発の中を飛んだ。

二刀のブレードに、灰色のエネルギー粒子がまとわりつく。

霧が、訳の分からない声を上げて操縦桿を握りこんだ。

その目の色が変わる。

比喩ではなく、
本当にワインレッドのような色に瞳が染まった。

「うわああああ!」

悲鳴のような絶叫を上げながら、霧が高速で操縦桿を動かす。



429:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:45:22.20 ID:tCTVvjTx0

大恒王は、また爆発を引き起こそうと発光した
巨大死星獣の首を、
突撃の勢いそのままに二刀のブレードで凪いだ。

……衝突の瞬間、ブレードが三倍ほどの長さに伸びた。

圭がビクンと体を痙攣させる。

切り離された死星獣の首が、大爆発を起こす。

次いで、胴体だけになった死星獣がクルリとこちらを向いた。

通り過ぎた大恒王に向かって、胸の皮がベロリとめくれ……。

そこに敷き詰められるように積み重なっていた
四角形のキューブ体、八十六個のコアが、
一斉にハリネズミの針のように形を変化させた。

「他に武装はないのか!」

絆の声に、渚が一拍押し黙った後言った。

「あります! 局地的極威力破壊兵器が使えます!」



430:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:46:07.15 ID:tCTVvjTx0

――局地的極威力破壊兵器?

その意味を一瞬推し量ることが出来ずに、
思わず渚を見る。

しかし絆は、次の瞬間、
命を塵に変えた針が無数に
発射されたのを見て叫んでいた。

「やれ!」

「了解。『ブルフェン』ヲ使用シマス」

AIがそう言った途端、大恒王が空中で動きを止めた。

そして死星獣の針に向き直る。

「全テノシステムヲパーンクテンション。
視界確保、レディ。残存エネルギー指数、レディ。
武装チェック、レディ。全エネルギーヲ解放シマス」

腕を交差させ、大恒王が空中で仁王立ちになる。



431:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:46:54.85 ID:tCTVvjTx0

その肩と足の装甲が開き、
中のキューブ状の物体が四つ、高速で回転を始めた。

「いや……いやああああ!」

しかしそこで、飛来する針の山を見て霧が突然叫んだ。

命の死に様が脳裏に蘇ったのだろう、
恐慌を起こした彼女が操縦桿から手を離す。

途端に落下を始めた大恒王の
四つのキューブ体が真っ白に輝き……。

次の瞬間。

大恒王を中心とした、
半径千メートルほどの空間に、
リング状の衝撃波が広がった。

それは死星獣のコアを巻き込むと、
ジュッ、と音を立てて消滅させ、なお吹き荒れた。



432:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:47:37.73 ID:tCTVvjTx0

一拍後、リング状の衝撃波が走った空間が、
次々に「歪ん」だ。

そして半径一キロほどの空間が
ぐんにゃりとゼリーのように揺れ。

掻き消えた。

音もなく。

爆発もなく。

雪がバランサーを起動させて、地面に大恒王が膝をつく。

そして雪は、体からケーブルが抜けるのも構わず、
頭を抑えて首を振っている霧に抱きついた。

「霧ちゃん、しっかりして! 霧ちゃん! 
お姉ちゃんがここにいるよ、大丈夫だよ!」

霧が雪にしがみついて大声で泣き声を上げる。



433:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:48:13.69 ID:tCTVvjTx0

大恒王が及ぼした静かな大破壊に、
絆と渚は唖然としていた。

ただ、唖然とするしかなかった。

何が起きたのか分からなかったのだ。

「全エネルギーヲ放出シマシタ。
大恒王ハ活動ヲ停止イタシマス」

ブゥン、と音がして大恒王のコクピット内の明かりが消える。

非常用の赤いランプが点滅し、圭が力なく首を垂れた。

「圭!」

意識を失った彼女を、死んだと勘違いした絆が、
青くなってシートを駆け下りた。

そして圭の脈拍を確認し、泣きじゃくっている霧と、
圭の頭を抱き寄せる。



434:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:49:02.36 ID:tCTVvjTx0

「分かった。よく頑張ったな
……帰ろう。俺達のラボに帰ろう」

雪がそれに対して口を開きかけた途端だった。

大恒王がすさまじい衝撃とともに、
空中に持ち上げられた。

そのまま鈍重な機体が引きずられるように
前から押され、カチ上げられる。

空中に逃げていたらしい戦劫王が急降下して、
大恒王の首を掴んで引き上げたのだった。

そのまま両手でコクピットを掴み、
ギリギリと戦劫王が締め上げ始める。

明らかに危ない音がして、
コクピットハッチに無数のヒビが走った。

「くそ……っ! 逃げてたのか……!」



435:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/06(金) 19:50:38.02 ID:tCTVvjTx0

Gに耐えながら絆が吐き捨てる。

「脱出システム、ホールドされています! 
脱出できません!」

渚の悲鳴を受けて、絆は歯を強く噛み締めた。

……ここまでか。

そう、思った時だった。

不意に絆が抱きかかえていた圭が、
ゆっくりと目を開いた。

彼女は絆の手を振り解いて、
何かに取り付かれたかのように、
左手だけで操縦桿を握った。

途端に大恒王のコクピット内電源が点灯する。

「不明ナデバイスガ接続サレマシタ。
大恒王ハ全テノシステムヲ再起動イタシマス」

AIの淡々とした声が響いた。



442:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 19:58:09.84 ID:sVh0F2PK0

「システムブレクション。
四千七百三十九ノエラーヲ検出シマシタ。
緊急規定事項第三条二十二項ニヨリ、
自己修復プログラムヲ起動シマス」

「何だ……何が行われてる……?」

呆然と呟いた絆の手を、慌てて駆け下りてきた
渚が掴んで、無理矢理にシートに引っ張り上げた。

「特務官、座ってください!」

ハッとして、急いでシートベルトを固定する。

「雪、そのままでいい。ベルトを締めろ!」

渚も、Gに耐えながらシートに座り込んだ。

「成層圏に突入します!」

渚の声と共に、周囲の視界が真っ白な空間から、
雲ひとつない青空へと映り変わった。



443:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 19:59:36.52 ID:sVh0F2PK0

雪が、霧を抱いて自分を
何とかシートベルトで固定する。

「システムヲ再開シマス。全テノ設定ヲニュートラルヘ。
エネルギー循環経路、許容量ヲ三百十五倍デオーバー。
ハイコアの接続ヲ感知。
拘束規定事項をエマージェンシーコールレッドガ上回リマシタ。
殲滅(ジェノサイド)システムヲ起動シマス」

圭が、口の端を吊り上げて笑った。

その顔は、異常なほどに生気を感じさせないものだった。

機械的に左手を動かす圭。

大恒王のカメラアイが、フラッシュのように一瞬光った。

そして、エネルギーを切らせて力を失っている筈の
機械兵器は、いきなり勢い良く両腕を振り上げた。

「全装甲ヲ、『パージ』シマス」



444:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:00:21.63 ID:sVh0F2PK0

AIの声と共に、大恒王の装甲に亀裂が入り、
凄まじい勢いで、
散弾のように周囲にそれが飛び散った。

戦劫王がその直撃を受けて、大恒王から手を離し、
空中でよろめく。

腕の装甲。

足の装甲。

全てが弾け飛び、大恒王は一瞬後、
駆動系やエンジンがむき出しの状態で、空中を飛んだ。

「活動臨界マデ、残リ百五十秒デス。
カウントダウンヲ開始シマス」

機械人形の全体から、灰色のエネルギーが噴出した。

四方八方からエネルギーを噴き出しながら、
大恒王は先ほどとは比べ物にならないほどの
機動性で背部ブースターを点火すると、
一瞬で、空中の戦劫王に肉薄した。



445:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:00:59.72 ID:sVh0F2PK0

「ベルベットバンカーヲ使用シマス」

AIのナビが、Gに悲鳴を上げた
雪達の声を掻き消すように響く。

目も開けられない速度だった。

ガタガタと機体が揺れ、所々のパーツから
爆発の煙を上げながら、
大恒王は振り上げた両手を、戦劫王に叩き付けた。

凄まじい衝撃がコクピットを襲う。

圭はその中で、表情一つ変えずに
トリガーを手前に引き込んだ。

そしてコクピット前部から競りあがってきた
銃のような発射装置にかじりつき、
歯で撃鉄を起こし、コッキングする。

両腕を叩き付けたインパクトの瞬間の出来事だった。



446:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:01:42.98 ID:sVh0F2PK0

戦劫王の腕から、音を立てて
円柱のような物体がいくつも飛び出した。

それが、圭が操縦桿から手を離し、
銃座型発射装置の引き金を引いた瞬間、
一斉に内側に対して押し込まれた。

押し込まれた圧縮空気が、
手の平から一斉に噴出される。

その勢いは、先ほどのエンドゥラハン砲を
更に凌ぐものであり。

戦劫王はその攻撃により、
抵抗も出来ずに弾丸のように下に向かって噴き飛んだ。

絆の目には、流星のような速度で一直線の光が、
一面広がる砂漠に
突き刺さったようにしか見えなかった。

圭が腕を動かし、大恒王を急旋回させた。



447:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:02:31.75 ID:sVh0F2PK0

戦劫王が突き刺さり、池に全力で
石を投げつけたかのように、砂が噴き上がる。

右足が砕け散った戦劫王に対して、
大恒王も一筋の光となると、
急速落下をしながら戦劫王に接近した。

時間にしてゼロコンマ五秒程の瞬く間、
戦劫王が胸部から発射した微細なブラックホール粒子の
弾丸群を、ひらりひらりと圭の操縦で大恒王が避けた。

それはもはや人間でも、バーリェでも、
生き物が到達できる操縦技術を大きく上回っており。

圭は、まるで「機械」のような無表情で、
操縦桿を小さく動かした。

「脚部損壊率六十五パーセント。
腕部損壊率五十三パーセント。
活動臨界マデ、後百二十秒デス」

大恒王のむき出しになった足が、
両方とも機体の飛行速度についていくことが出来ずに、
千切れて空中で爆散する。



448:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:03:13.83 ID:sVh0F2PK0

右腕も同様だった。

まるで現実世界の圭のように、
左腕だけが残った機体が、
その残った腕を振りかぶってから開く。

「マイクロホワイトホール粒子ノ生成ヲ開始シマス」

――マイクロホワイトホールだって……?

操縦桿を握って大恒王を止めようとしたが、
Gが強すぎて握っていられない。

左肩のキューブ体が高速回転を始める。

大恒王の振りかぶった左手の上に、
キュル、と音を立てて全長五メートルほどの
灰色の球状物質が出現した。

それはパチパチと、
周囲の空間に当たると音を立てて帯電した。



449:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:03:55.21 ID:sVh0F2PK0

AIの声が淡々と響いた。

「生成完了シマシタ。広範囲極破壊兵器、
『メルレダンデ』、撃テマス。最終認証ヲ願イマス」

ひく、と鼻を引きつらせて急速落下している大恒王の中、
圭は目を見開いて笑った。

「ははははははははは!」

人が変わったように嬌声を上げ、圭は操縦桿を捻りこんだ。

「撃つ! 撃つよ! 
全力で撃ちなさいよ! 殺せ……殺せええ!」

「了解。最終認証ト判断シマス」

「殺せえええええええええ!」

圭が絶叫した。

大恒王が落下のスピードに合わせて体を回転させ、
球状の物体を、眼下の戦劫王に向かって投げつける。



450:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:04:33.68 ID:sVh0F2PK0

眼下が、真っ白に光った。

大恒王が翼を翻して、今度は上に急上昇する。

絆の喉に、胃の中身が逆流した。

鼻から、どこかの毛細血管が切れたのか、
凄まじい勢いで鼻血が流れ出す。

止めなければ。

背後の渚も咳き込んでいる。

止めなければと思うが、体全体を襲うGに、
口を開くことも出来ない。

上昇した大恒王を追いかけるように、
戦劫王を中心とした空間が球状の物体に覆われ、
そして急速に広がった。

何度か光が瞬き、一瞬後、キュル、と
中心部に全てが吸い込まれる。



451:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:05:18.16 ID:sVh0F2PK0

砂も、空気も、空間も。

全てが半径十キロ四方ほどの空間が、
中心部に向けて圧縮される。

住宅街も。

建物も、車も。

逃げ遅れていた人も。

エフェッサーの本部があった場所も。

何もかもが全て中心部に向かって凄まじい勢いで
吸い込まれ、そして数秒後、
気の抜けるような音を立てて消えた。

「二撃目ノ発射準備ニ入リマス」

空中で動きを止めた大恒王の左手に、
更に白い球体が浮かび上がる。



452:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:05:57.80 ID:sVh0F2PK0

絆は鼻血で真っ赤になった手でベルトを外すと、
骨が浮くほどの力で操縦桿を
握り締めている圭に飛びついた。

「やめろ! 圭、やめるんだ!」

無理矢理に操縦桿から彼女の手をむしりとり、
掴み上げる。

「離せ! 離せええええ!」

と喚きながら圭が、両足右腕がない体とは
思えないほどの力で、絆の手を引く。

「認証を取り消してください! 早く!」

渚が、絆と同様に鼻から血を垂らしながら
AIに向けて叫ぶ。

「了解。『メルレダンデ』ノ
発射プロセスヲ停止シテイマス」



453:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:06:31.52 ID:sVh0F2PK0

「うう……ううう!」

そこで圭が、いきなり苦しそうな顔になり体を丸めた。

彼女の操縦を離れた大恒王が、急速に落下を始める。

「くそ……駄目だ! また、またあの役立たずに……」

悔しそうに呟いた圭の目から徐々に光がなくなっていき、
彼女はガクリと首を垂れた。

「エネルギーノラインガ切断サレマシタ。
大恒王ハ、全システムを停止イタシマス」

「霧、雪! 補助システムを起動させろ、不時着するぞ!」

絆が震えている霧と雪に怒鳴る。

二人は一緒の操縦桿を握り、
大恒王のバランサーを安定させた。



454:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:07:06.36 ID:sVh0F2PK0

彼女達のエネルギーにより補助電源が働き、
大恒王が補助ブースターを点火させながら、
凄まじい勢いで、腰から砂地に着地した。

その左手に浮かび上がっていた灰色の球体が、
ボヒュン、と音を立てて消える。

絆は、気絶したらしい圭の体を抱きかかえながら、
赤い補助ランプが点灯している大恒王の中で、
ハッチを開く緊急ボタンを押した。

砂臭い煙が、鼻に飛び込んできた。

ハッチが競り上がり、
コクピットの防護壁がゆっくりと開く。

どこまでも広がる砂漠だった。

すり鉢型に抉れていて、徐々に炸裂の
中心部に向かって砂が移動している。



455:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:07:47.60 ID:sVh0F2PK0

その惨状に唖然とした絆から、
数百メートル離れた空間が揺らめいた。

体中各部から火を吹き上げて、
右足と両腕がなくなり、
コクピットがむき出しになっている状態の
戦劫王が姿を現した。

翼も、六枚のうち五枚がボロボロに
こげてなくなっている。

浮遊することも困難な状態のようで、
それはゆらゆらと空中を漂った。

数百メートルの距離を隔てて、絆と絃が睨みあった。

そこで絆はハッとした。

戦劫王に乗っているのは一人ではない。

他にも二人、乗っている。



456:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:08:31.24 ID:sVh0F2PK0

バーリェだ。

絃自身が否定し、
「存在してはならないロストテクノロジー」だと
言ったバーリェが乗っている。

その意味を推し量ることが出来ずに、
絆はその場に硬直した。

やがて絃は、絆が向かってこないことを確認すると、
戦劫王を操縦して彼に背を向けた。

その姿が蜃気楼のように歪んで消える。

ベルトを外し、ドッ、と膝をついて、
絆はその場に崩れ落ちた。



457:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:09:03.46 ID:sVh0F2PK0

背後でブツリと通信が回復する音がして、
そこから駈の声が流れ出した。

『絆特務官、応答せよ。
こちら地下の第二避難室だ。
そちらの状況を教えてもらいたい。応答せよ』

渚も意識を失ったのか、力なくシートに崩れ落ちている。

薄れゆく意識の中で、絆は視界の端で、
雪が必死に通信マイクを、手探りで持ち上げるのを見た。



458:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:09:49.54 ID:sVh0F2PK0



気がついた時、絆は薄暗い病室の中にいた。

「……半径十二キロ圏内は、地下百メートル地点まで
全て量子分解された。これが、現在の本部周辺の状態だ」

目を覚ましてから数分後、
彼は待機していた駈に現状を聞かされていた。

今絆達がいるのは、三十キロ離れた別の街の軍施設だった。

エフェッサーの本部は、結論から言うと「壊滅」だった。

戦闘中は、地下二百メートル地点にある
避難室に全員逃れていたらしい。

無論、絆の有しているバーリェの他の戦力は、
一切残っていない。



459:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/07(土) 20:10:24.29 ID:sVh0F2PK0

出撃していないバーリェが残っていることには
残っていたが、とても戦えるような
状況ではないことは明白だった。

戦闘後、意識を失ってしまった絆達を、
雪のナビで他のトレーナーが発見、保護したらしい。

プロジェクターで壁に投影された衛星写真を見て、
絆は掠れた声で呟いた。

「これを……俺達がやったと言うのか?」

巨大なクレーターが出来ていた。

まるで、本当に小型水爆が落下したかのように、
直径二十四キロの範囲が円形に「消滅」していた。

駈は頷いてプロジェクターの電源を切り、絆に言った。

「君達の戦闘によるものだ。それは間違いない」



468:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:10:55.95 ID:KsGx2YfE0

「嘘だ……! こんなの……こんなの、
俺達が出来るわけがないだろう!」

絆は点滴台を蹴立ててベッドから飛び降りると、
ギプスが嵌められた足を引きずりながら
椅子に座っている駈に詰め寄った。

「仮にこれが俺達がやったことだとして
……今までどうしてあれだけの破壊兵器を使わなかった! 
異常な性能だ!」

「…………」

駈は顔を近づけんばかりに怒りを向けた絆を
冷たい目で見て、サングラスを指先で上げた。

「……エフェッサーは、
人間を守るヒーローであらなければいけない」

「は……?」

突然意味不明な事を言い出した駈に、
絆は気の抜けた声を発した。



469:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:11:59.37 ID:KsGx2YfE0

「意味が……分からないが?」

「そのままの意味だよ。
君も単語くらいは知っているだろう、
『ヒーロー』だ。希望の星であらねばならない。
だからだよ」

駈は慌てて駆け寄ってきた医師達に
押さえつけられた絆に、淡々と続けた。

「誰が直径二十四キロもの『大破壊』を
単機で行うことが出来るヒーローを望むかね。
それこそ、原爆でも落とせばカタがつく問題に」

駈は目をむいた絆を鼻で笑い、椅子から立ち上がった。

「まぁ……事態はそれほど楽観的でもない。
例えばフォロントンに原爆を投下することも『できる』が、
それでは、精密さに欠ける。
それに、敵側はワープの技術を持っている。
正確に着弾するかも分からない」



470:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:12:35.84 ID:KsGx2YfE0

「ヒーロー……どういう意味だ……?」

駈の言葉に答えずに、絆はベッドに
無理矢理に寝かされながら大声を上げた。

「答えろ! 今までにあれだけの戦力を
投下することが出来たのか!」

「……できなかった。だからこそ、
今回の君達の働きに、我々はただ、
ひたすらに驚いている」

「…………」

「君の言いたいことは分かるよ。
無意味にバーリェを死なせたと言いたいんだろう。
もっと早くに大恒王をロールアウトしていれば、
犠牲を払うこともなかったといいたいんだろう?」

「…………」



471:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:13:18.19 ID:KsGx2YfE0

「だが結果的にそれは『できなかった』と言える。
今回の起動も、ギリギリのラインでの奇跡的な成功だ。
大衆はその奇跡を求めてもいるが、
同時に求めているのは『身の安全』、
それ一つだ。自分達の身の安全を脅かすものは、
たとえ味方であっても世論は支持しない」

黙り込んだ絆に、駈はポケットに手を入れて、
壁に背をついて続けた。

「今回の大恒王の戦闘記録を照会して、
世界連盟が百九十八カ国の賛成を得た上で、
あの兵器の凍結を求めてきた。
近く大恒王は凍結される」

「そ…………そんな…………」

ベッドに崩れ落ちた絆に、駈は淡々と言った。



472:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:14:14.69 ID:KsGx2YfE0

「やりすぎたのだよ。それこそが新世界連合の
狙いだったのかもしれんがね。
強い力にはより強い力で対抗しなければならなかったのだが、
君達はいささかやりすぎた。
私は、君こそがそのストッパーになってくれると
願っていたのだが……残念だよ」

「じゃあ次に、あの数の死星獣が現れたら
……俺達はどうすればいいんだよ!」

「分からん。現在は元老院の返答を待っている。
本当は君の身柄も拘束される予定だった。
それを先にこちらが確保、拒否した。
それ故に君はここで、悠長に
私の話を聞いていられるというわけだ」

それを聞いて、絆は弾かれたように顔を上げた。

「俺のバーリェは……
それと渚さんはどうなった……? 他の人は……?」

「…………」



473:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:14:47.95 ID:KsGx2YfE0

一瞬押し黙って、駈は口を開いた。

「本部のトレーナーや職員達の大半は、
避難していたため無事だ……渚管制官も無論だ。
現在別の病室で治療を受けている。
君のバーリェ、D77(雪のこと)と、
S93(霧のこと)も無事だ。
D77は少々体調を崩しているが、
数日でまた戦闘に出せるようになる」

「…………」

絆は、こみ上げてきた苦い感覚を
無理矢理に飲み込んで、小さな声で聞いた。

「……S678(圭のこと)は?」

「君達の身柄をこちらで拘束する代償は、
S678を研究素材として、
世界医師連盟に提供することだった。
持っていかれたな……既に」

「何……だって……?」



474:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:15:32.25 ID:KsGx2YfE0

絆は、唾を飲み込むことも出来ずに
ただ呆然と口を開いた。

その体が小さくわななく。

歯を鳴らして頭を抱えた絆を見て、
駈は小さく息をついてから言った。

「あれはバーリェではない。
人間でも死星獣でもない。
眠りもしない。もはや、『生き物』ではないと
私は思う……割り切りたまえ」

「あの子は……あの子には『意思』があった! 
自分で考えて、自分で行動して、
俺達と同じように泣いて笑って恐怖して、
それでも尚あの子は生きてた! 
研究素材じゃない、研究素材なんかじゃないぞ! 
断じて違う!」

絆は周囲を医師に取り囲まれ、
押さえつけられながらベッドの上でもがいた。



475:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:16:07.84 ID:KsGx2YfE0

「何をしている?」

駈に聞かれ、絆は叫ぶように言った。

「圭を助けに行く! 
まだ間に合うはずだ! 離せ!」

「……一つ言い忘れていた。
今日は、君達が戦闘を終了してから七十二時間後。
つまり、三日後だ」

動きを止めた絆に、静かに駈は続けた。

「もう死んだよ。君が『圭』と呼ぶ個体は」

傍らの女性から資料を受け取り、
駈は絆のベッドにそれを放った。

「解剖結果だ。やはり人間とも、
バーリェとも違かったらしい。
ニュータイプ、つまり『ハイ・バーリェ』とも
言える代物だったそうだ」



476:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:16:42.14 ID:KsGx2YfE0

「え……」

絆はわななく手で、目の前の資料を手に取った。

「解剖…………結果…………?」

「嘆くことは何もない。元老院は君に、
S678番の技術を応用させた
新しいハイ・バーリェの授与を検討している」

ツカツカと歩いてきて、駈は絆の肩に手を置いた。

「当然まだ、戦ってくれるな?」

「ちょっと待てよ……」

ハハ……と乾いた声で笑って、絆は駈の腕を掴んだ。



477:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:17:22.45 ID:KsGx2YfE0

「解剖結果……? 意味が分からない。
だって、圭はさっきまで、
俺の前にいたんだぞ……いくら眠らなくたって、
気遣いが出来なくったって……これからだったんだぞ? 
俺の前で、叫んでたんだぞ……これから生きて、
楽しいことも、苦しいことも沢山あるはずだったんだよ
……何してんだよ……? 何してくれてるんだよ……? 
あんた……あんたは!」

力の入らない手で駈のことを握り締め、絆は怒鳴った。

「それでもまだ何も感じないっていうのかよ!」

しばらくの間絆と駈がにらみ合う。

駈はサングラスの奥の瞳を鈍く光らせながら、
絆の手を払った。

そしてポケットから小さな袋に入ったものを取り出す。

絆が圭に買い与えてやった目薬だった。



478:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:18:00.54 ID:KsGx2YfE0

「解剖の時、最後までずっとこれを
握っていたそうだ。
医師が指を切除するまで、離さなかったそうだよ」

「…………」

目薬を受け取って、絆は力なくその場に崩れ落ちた。

「私は、純粋に君を『尊敬』している。
一週間程しか触れ合っていないただの生体弾丸と、
ここまで『心』を通わせることが出来るのだからな。
それが恐ろしくもある」

「…………」

「君は異能者だ。もしかしたら、
この世界にはいてはならない人間なのかもしれない。
だが……だからこそ、我々には君が必要なのだよ。
それを理解して欲しい」

駈は絆に背を向けて、そして続けた。



479:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:18:32.15 ID:KsGx2YfE0

「先日、バロンのエフェッサー支部が、
同様な一斉攻撃を受けて壊滅した。
元老院の承認を待っているが、
近くエフェッサーはフォロントンへ
一斉攻撃をかけることになる」

「…………」

「元老院がどのような判断を下すのかは
分からないが、我々も困ったものだよ」

口の端を吊り上げて、駈は自嘲気味に笑った。

「我々でさえも『正体を知らない組織』の
決定を待っているなんて、歯がゆいものだ。
そんな自分に、君達の言葉で言うと
『イラつく』よ……本当に」



480:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:19:18.79 ID:KsGx2YfE0



アバラを折ったらしく、体に大きな
コルセットを巻いた渚が、
俯き加減で病室に入ってくる。

絆は、渚の後ろにうかがうようについてきた霧と、
よろめきながら、足を引きずって入ってきた雪を見て、
先ほどからずっと見つめていた目薬を、
反射的にポケットに隠した。

「絆……大丈夫?」

雪が開口一番心配そうに口を開く。

絆は小さく笑うと、彼女達に向けて言った。

「こんな怪我何ともない。こっちに来い。
お前達は大丈夫なのか?」

「……雪ちゃんは、いくつか臓器の交換を
行いました。霧ちゃんは殆ど外傷も内傷もありません」



481:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:19:49.13 ID:KsGx2YfE0

渚が顔を伏せたまま言う。

霧が、雪を椅子に座らせてから絆に駆け寄った。

「マスター! 酷いお怪我です!」

「こら……」

目の見えない雪にもそれと分かるほど、
絆は体中にキプスや固定金具を取り付けていた。

万全の体調だった渚でさえもアバラを折っているのだ。

絆も無論のこと、加えて折れていた腕が片方、
複雑骨折をしていた。

指先をピクリとも動かすことが出来ない。

首から腕を吊った状態で、絆は息をついた。

「まぁ……正直今回はちょっとへこたれた。疲れたな」



482:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:20:24.08 ID:KsGx2YfE0

「絆……圭ちゃんは、どこに行ったの?」

雪にそう聞かれ、絆はずっと
「こう答えよう」と思っていた言葉を口に出した。

「別の地区に飛ばされた。
俺はこの通りの有様だ。少なくともあと数日は、
安静にしていなきゃいけない。戦えないからな」

「…………そう」

雪が小さく呟いて目を伏せる。

霧は、両指を胸の前で組んで素直に笑った。

「良かった! 死んじゃったのかと思いました! 
ずっと心配してたんです。
あの子は、私よりも優秀ですもの。
きっと大活躍してますよ!」

「…………」



483:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:21:04.29 ID:KsGx2YfE0

絆の胸が、傷のせいではなく、
その時確かに、押し込むように「ズキリ」と痛んだ。

「…………そうだな」

しかし絆は笑って、無事な方の
手を伸ばして霧の頭を撫でた。

「霧、カードを渡すから、
渚さんとジュースでも買って来い」

「はい!」

霧が頷いて、絆のカードを受け取る。

渚は、少しよろめきながら心配げな瞳を
絆に向け、霧に手を引かれて歩き出した。

二人が病室を出て行ったのを聞いて、
雪が小さく息をつく。



484:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:21:44.62 ID:KsGx2YfE0

「…………これで五人かぁ」

小さな彼女の呟きに、
ビクッ、として絆は顔を上げた。

雪は、困ったように笑うと、絆に言った。

「次は、私かな?」

「お前……」

「絆、お願いがあるの」

雪はそう言って、絆の顔に見えない目を向けた。

「霧ちゃんは助けてあげて。
もう、あの子を使わないで」

「どうして……?」

掠れた声で問い返した絆に、雪は小さな声で続けた。



485:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:22:29.20 ID:KsGx2YfE0

「沢山死んだね……私達だけじゃない。
他の子も、沢山死んだよ。
私、分かるんだ。目が見えないからかな
……聞こえるの。沢山の声。
みんな言うよ。『どうして?』って」

「…………」

「死ぬと暗いんだって。冷たいんだって。
苦しいんだって、みんな言うよ。
私達が人工羊水の中にいた頃に戻るんだって
……そんなの、悲しいよ。悲しすぎるって私は思うよ。
だから……もう、苦しい思いをするのは、
私だけで十分だよ。
霧ちゃんは私の妹だから
……だから、幸せになって欲しいの。この世界で」

愕然としている絆に、雪は続けた。

「絃さんを殺したら、霧ちゃんと、
渚さんと一緒にラボに帰ってね。
私は、遠くでそれを見てる」



486:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:23:01.52 ID:KsGx2YfE0

――雪。

もうラボは、どこにもないんだよ。

そう言いかけて、すんでのところで口をつぐむ。

絆はしばらく押し黙った後、掠れた声を発した。

「駄目だ」

「…………」

押し黙った雪に笑いかけ、絆は言った。

「お前も一緒に帰るんだ。
何自分が死ぬようなことを言ってるんだ。
大丈夫だ、お前は強いんだ。
まだまだ頑張れる。一緒に頑張ろう。雪、負けるな」

「…………」



487:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:23:34.45 ID:KsGx2YfE0

「じゃないと……みんなが。
みんなが……可哀相すぎるじゃないか……?」

声は笑っていた。

しかし絆の目からは、
涙が次から次へと溢れ出してきていた。

雪は黙って見えない目で絆を見つめ。

そして、そっと笑った。

「…………そうだね」

小さな呟きは、乾いた空調の音に紛れて消えた。



488:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/09(月) 17:26:32.53 ID:KsGx2YfE0

お疲れ様でした。

これで、第五話「片翼の天使が飛ぶ」はお仕舞いになります。

次回、第六話に続かせていただきます。

スレやツイッターなどで沢山のご感想など、ありがとうございます!

励みになります。

引き続きどんどんいただければ嬉しいです。

それでは、まだ続きますがお付き合いいただけましたら幸いです。

今回はこれで、失礼させていただきます。



492:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/04/09(月) 20:43:47.92 ID:K71okg93o

国って形が残ってるんだね
絆が所属してるのは国ってよりは企業って感じか
お疲れ様



493:三毛猫 ◆E9ISW1p5PY:2012/04/11(水) 18:17:54.05 ID:MxHNRHcq0

こんばんは。

一応形だけですが、国という概念は残っています。

そうですね、企業に近いかもしれません。
エフェッサーは、特殊防衛企業のようなものとお考えください。
軍とはまた別のものです。

それでは、第六話をはじめさせていただきます。

お楽しみいただけますと幸いです。

少女「それは儚く消える雪のように」 2【後編】



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         コメント一覧 (3)

          • 1. あ
          • 2012年05月11日 22:45
          • 感動した
          • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年05月12日 12:29
          • 桂ちゃんの退場早すぎるじゃないの
          • 3. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年05月20日 02:55
          • 雪ちゃんが使えない子になりすぎてるね

        はじめに

        コメント、はてブなどなど
        ありがとうございます(`・ω・´)

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