魔王の娘「今日も平和でご飯がおいしい」

管理人コメント:このSSは魔王「今日も平和だ飯がうまい」の続編となります。しかし書かれた場所は暇Pさんところの掲示板(ry 暇Pさん、おつかいさん、転載許可ありがとうございます。

おつかい 2009/08/26(水) 00:50:52

この世界には、魔王がいました。
侵略や虐殺を繰返す魔王に、人間達は遥か昔から苦しめられていました。
ある時どこかの国の王様が、遂に魔王を封じることに成功します。
これで人々には、平和が約束され……──たかに思われました。

その後少しの時を経て、魔王の封印が解かれてしまったのです。
再び世に現れた魔王は自身を封じた国を滅ぼし、魔王城へと戻っていきました。
こうして振り出し。こうして元の木阿弥です。

ですが少しだけ、以前と異なる点がありました。


魔王の部屋─

魔王「………またか」
娘「………」
魔王「自分の部屋で寝ろと言うのに……年頃の娘が全く…(ブツブツ)」
娘「むー……にゃふ」
魔王「こら、起きろ」
娘「ふぁあ……おとーさんだ」
魔王「ああ父だ。お早う」
娘「おはよー」


魔王に、娘ができていました。




以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/26(水) 00:53:24

魔王「お前、いい加減にしろよ」
娘「えー……」
魔王「えー、ではない。いつまで私と寝所を共にする気だ」
娘「半永久的?」
魔王「…改める気が全くないという事が理解できた」
娘「いいじゃない、減るもんじゃなし」
魔王「お前の何かが着実に磨耗されているのだが」


娘「お父さんは良い人でもいるの?」
魔王「いいや」
娘「そして、私にもそんな人はいません!」
魔王「ふっ…そんな者、存在を確認した次点で消炭だ」
娘(…自分も大概だって、自覚ないんだろうなー)



以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/26(水) 00:59:07

娘「ま、まあ。こういう次第で何も問題はないのです!以上!」
魔王「……腑に落ちん」
娘「ほら、早く食べないと朝ご飯が冷めちゃうよ」
魔王「…ああ」
娘「おいしいねー」
魔王「そうだな、美味いな」


ギイッ

側近「よーっす」
魔王「側近か」
娘「側近おはよー」
側近「今朝も娘ちゃんは魔王と一緒か。物好きだねー」
娘「競争相手が少なくていいもんだよ!」
側近「なるほど」
魔王「待て、お前達」



以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/26(水) 01:05:11

側近「さて、気を取り直して……今日こそ仕事をしてもらうぞ、魔王」
魔王「む……本日は体調が優r」
側近「うるせえ!お前はいつになったら調子が良くなるんだ!復活してもう何月経った?!!」
娘「気が向いたら元気になるんだよねー」
魔王「そうだな。気が向けばな」
側近「うっぜえええ…」


側近「ったく…娘ちゃんは毎日自分の分片してから、お前と遊んでるっつーのに…」
魔王「うむ。よく出来た、自慢の娘だ」
娘「えへへ…」
側近「娘ちゃんが出来る分、お前のダメさが目立つんだがなあ……」
娘「お、お父さんは駄目じゃないよ!」



以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/26(水) 01:07:48

娘「そりゃ…お父さんはちょっと魔王っぽくないし、ニートだし、取り得といえば園芸くらいだけど…」
娘「それでも、私の自慢のお父さんなの!」
魔王「………ありがとう、娘よ」
娘「……お父さん」
側近「帰りてえ」


側近「駄目かどうかはもういい…とりあえず、今日こそ仕事しやがれ」
魔王「ふっ………愚かな。この机の山に挑むと言うのか」
側近「山を作ったのはてめえだろうが。今日だけと言わず終わるまで監禁して」
娘「あ、それなら全部私が終わらせておいたよ?」
側近・魔王「何、………だと?」



以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/27(木) 02:06:15

娘「昨日、夜ご飯の後暇だったから…つい」
魔王「………どうだ」
側近「(パラパラ)……完璧。相変わらず憎たらしいほどチートだねえ」
娘「今日の分も、私がついでにやっておいたの!これで今日も一日遊べるよ!」
魔王「……すまんな、お前に頼ってばかりで」
娘「そんな…っ!いいんだよお父さん!」


娘「お父さんと一緒にいれるなら、私は何だって頑張るんだから!」
魔王「娘……それほどまでに私を…」
娘「だって……親子でしょ?」
魔王「ああ…ありがとうな(ナデナデ)」
娘「えへへー…」
側近「………」



以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/27(木) 02:08:08

夜─

コンコン

娘「はーい」
側近「…俺だけど、ちょっといいかな?」
娘「もしかして夜這い?」
側近「んな死に直結するような真似誰がする?!入るぞ!」
娘「はいはーい」


娘の部屋─

娘「すぐお父さんの部屋に行くから、手短にね」
側近「すぐ済む。ちょっと魔王のことで話があるんだ」
娘「お父さん?お父さんがどうかしたの?!」
側近「……どうにか、なるかもしれないと言うか…」
娘「?」



以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/27(木) 02:09:32

側近「あいつが不在の間、形式的に魔王は娘ちゃんだっただろ?」
娘「う、うん。側近や城の皆のお陰で、魔王ができたんだよ」
側近「いいや、娘ちゃんが頑張ったからだろ。俺達はちょっと背中を押しただけさ」
娘「…ありがと」


娘「……でも、お父さんが戻ってきた今、私の身分はただのお付き。側近と大して変わらないよ」
側近「ああ…でもそれが問題なんだ」
娘「……私、何かやっちゃった?」
側近「とんでもない。娘ちゃんは完璧だ」



10 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/27(木) 02:11:38

側近「ただ、完璧すぎる」
娘「完璧、すぎる……?」
側近「あいつは…魔王は元々仕事が出来るというよりも…その人柄で、それなりにまあまあの支持を得ていた」
娘「先代様がやり手な魔王だったから、逆にお父さんが魔物の皆に受けたんだっけ」
側近「ああ……先代様は魔物に対しても無慈悲なお方だった…だから皆、疲れてしまった」


側近「だが、魔王の支持が今後揺らいで来るかもしれない」
娘「……私が、出しゃばるから? やっぱり元々が人間だと…皆嫌なのかな……」
側近「城の魔物は皆娘ちゃんの味方だ。誰も文句は言わんし、応援してるよ」
娘「な、なら別に……」
側近「世界中に、魔物は数多く存在している。城にいる魔物なんざ、ごく僅かだ」
娘「あ…」



11 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/27(木) 02:12:40

側近「率直に言おう。大半の魔物たちは未だ、娘ちゃんのことを快く思ってはいないんだ」
娘「………」
側近「最近噂になってるんだよ。魔王が復活したのに、偽の魔王が実権を握ったままだ…って」
娘「偽……か。私はまだ、本物にはなれないのかな…」
側近「無責任な話だよ。あんまり気にすんな」


側近「しかし、このまま娘ちゃんが活躍して、魔王がニートのままだと……城にいる奴等は娘ちゃん、それ以外は魔王を立てるだろう」
娘「対立の火種になるかもしれない……か」
側近「ああ。どれくらい大きくなるかも分かんねえし、あくまで可能性の話だがな」
娘「ごめんなさい…私、何も考えてなかった……」
側近「いや…娘ちゃんが謝ることはねえよ。十割方あいつが悪いんだし」



12 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/27(木) 02:14:59

娘「……どうすればいいのかな」
側近「娘ちゃんには少しの間休んでもらって…あいつにみっちり仕事をさせようと思う」
娘「そ、それは……どっちも無理だよ」
側近「おお。言い切ったか」
娘「だって…私がやった方が確実で正確だと思うと……ついつい手が」
側近「だからそれが駄目なんだって」


娘「うん、分かった。心を鬼にして…お父さんを頑張らせる」
側近「難しく考えなくても、娘ちゃんが言えばあいつはやる気を出すと思うぞ」
娘「ふふ……そうだったね。あの頃はお父さん、私が見てるからって、一生懸命お仕事してたなあ」
側近「大体娘ちゃんは働きすぎだ。たまには気分転換でもしたらどうだ?」
娘「うーん…それも難しいよ…」



13 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/27(木) 02:18:09

娘「私、ずっと魔王だったから……お休みって、何をやればいいのか分からないよ…」
側近「好きなことをして時間を潰せば…ああ、駄目だな……」
娘「私の趣味は仕事とお父さんだからね!」
側近「まあ…その辺は明日考えようか…じゃあ、お休み」
娘「うん。お休みなさい」



14 みんなの暇つぶし 2009/08/27(木) 02:19:03

魔王の部屋─

娘「……」
魔王「全く、また今夜もか…………どうした」
娘「え」
魔王「顔色が優れぬ。何かあったのか」
娘「何でもないよ!この通り、ピンピンしてるよ!」
魔王「…そうか」


魔王「まあいい。ほら、こちらに来い」
娘「……うん」
魔王「お前が言いたくなるまで、私は何も聞かんよ。さあ、眠れ」
娘「お父さん…」
魔王「何だ?」



15 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/27(木) 02:21:31

娘「私ね、お父さんを守るの」
魔王「ほお…」
娘「昔お父さんが私を攫って守ってくれたみたいに…今度は私が守ってあげるの」
魔王「………私も、お前を守って…共に生きたい」
娘「同じだね」
魔王「ああ。同じだな」


魔王「心配はいらん。私はもう、どこにも行かない」
娘「うん……ねえ、お父さん」
魔王「何だ?」
娘「私ね、魔王やってる、お父さんが見たいなあ…」
魔王「……分かった。お休み、娘」
娘「お休みなさい、お父さん」



16 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/27(木) 02:25:27

娘(……お父さんは仕事…なら、私は何をすべきなんだろ)

娘(私は私で…魔物の信頼を築かなきゃいけない……)

娘(元人間の私が、そう簡単に受け入れてもらえるとは思わないけど…何とかしなきゃ)

娘(あ…)

娘(そうだ。あれ…あの仕事、私が片付けちゃお……)



17 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/27(木) 02:32:43

次の日─

魔王「お早う……今朝は、早いんだな」
娘「おはよ。ちょっと準備があるから、早起きしたんだ」
魔王「準備?」
娘「うん。ちょっとの間、出張します」
魔王「な……………………?!」


魔王「側近!側近!!」
側近「朝からうるせえよ…」
魔王「一体どういうことだ?!!」
側近「何がだよ」
魔王「娘が出張すると言い出した!!」
側近「……あ、ああ…なるほどね」



18 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/27(木) 02:33:16

娘「報告書によると……この地域に住む魔物が、最近暴れてるみたいなの」
側近「最近、近くの人間を食い散らかしてるようだ…ってあれか。討伐隊が出るって噂もあるみたいだな」
魔王「そんな所に何をしに行くと言うのだ?!」
娘「報告の事実確認と、今後の対策を練るために現地調査をしに行くの」
魔王「だ、だが別にお前が行かずとも…」
娘「ううん。私が行くよ」


娘「私、ずっと城の中でばかりお仕事してたから…たまには外の仕事もいいかな、って」
魔王「しかし、外は危険だ!お前にもしものことがあれば…私は……私は!」
側近「国一つ余裕で滅ぼす魔王後継者に、何を言ってんだお前は」
娘「そうそう。私のことなら、心配いらないよ!」
魔王「くっ………!!」



19 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/27(木) 02:34:43

魔王「側近!」
側近「何だよ」
魔王「魔王直々に命ずる!お前が代わりに行け!!」
側近「あー、それ却下」
魔王「何故だ?!!!!!」


側近「娘ちゃんは仕事がもう他に無い。俺とお前にはある」
魔王「何を言うか私も無いぞ!昨日娘が片付けてくれたからな!」
娘「お父さん、威張れることじゃないよ」
側近「残念。今日の分がほれ、この通り山と」
魔王「な、ん………だと?」



20 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/08/27(木) 02:35:41

魔王「この量は、私一人分………か?」
側近「勿論、留守中の娘ちゃんの分も入れてっから。ま、死ぬ気でやればいつか終わるんじゃね?」
娘「私も頑張るから、お父さんも頑張ってね♪」
魔王「く……っ!何だお前達その満面の笑みは!」
娘・側近「別にー」
魔王「実の娘と側近にハブられる、だと…?!」



22 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/02(水) 22:06:03

魔王「……娘」
娘「じゃあ、行ってくるね!」
魔王「待て。忘れ物は無いか?」
娘「大丈夫だよ。それじゃ」
魔王「待て、顔色が冴えぬぞ。熱があるのではないか?やはり出張は取り止め」
側近「はいはい。そこまで」
魔王「む………」


娘「大丈夫だよ。そりゃ、私もちょっとは不安だけど…未来の魔王として、色んなことに挑戦して、経験を積まないとね!」
魔王「娘…」
娘「だから、お父さんは私がいない間、ちゃんと現役魔王らしく仕事すること!」
魔王「……分かった。お前がそう言うなら…努力しよう」



23 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/02(水) 22:07:32

娘「約束だよ?」
魔王「ああ。お前も、くれぐれも無茶はするなよ」
娘「約束します!」
魔王「……良いだろう。行け」
娘「…ありがと」
魔王「お前は一度言い出したら、他の言葉など聞かんからな」


側近「娘ちゃん、娘ちゃん」
娘「何?」
側近(…気ぃ使わせちまって、悪かったな)ヒソヒソ
娘(いいよ。お父さんのことよろしくね)ヒソヒソ
側近(ああ……みっちり仕事漬けにしてやんよ)ヒソヒソ
娘(ふふ…これで仕事する習慣がつけばいいね)ヒソヒソ
魔王「あからさまな内緒話をするな。気になるだろうが」



24 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/02(水) 22:08:37

側近「じゃあま…気をつけてな」
娘「うん!」
魔王「本当に共はいらんのだな…?」
娘「私一人の方が人の町に潜り込みやすいしね。そんなに大きな仕事じゃないし、平気だよ」
魔王「そうか……分かった」


魔王「では……行って来い」
側近「行ってらっしゃい」
娘「ありがと!行ってきます!!」

娘はワープの呪文を唱えた!

魔王「本当に、気をつけてなーーー!!!」


魔王「……はあ」
側近「早々に溜め息か。長くても五日で帰ってくるんだから、ちっとは我慢しろよ」
魔王「いや。昔は泣いてばかりいたというのに…大きくなりおったな…と」
側近「………そうだよな。お前にとっちゃ、ついこないだまで娘ちゃんはちっちゃくて…」
魔王「よし、私も負けてはおれんな。リハビリがてら、仕事でもするか」
側近「おおうツッコミ待ちか?」



25 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/02(水) 22:25:33

某国某街─

娘「わあ……(キョロキョロ)」
娘(報告書にもあったけど…本当に大きな街…)
娘(どこを見ても人間ばっかり…当たり前だけど)
娘(人も一杯だけど……お店も一杯…)
娘(平和そうだけど…本当にこの近くで、魔物が暴れているのかなあ……)


娘「……?」
娘「……」
娘「……(パク)」
娘「……♪」



26 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/02(水) 22:27:41

娘「はっ………?!」
娘(違う!何で私観光しちゃってるの?!何で買い食いしちゃってるの?!)
娘(こんな庶民派な魔王は……駄目だよね、そうだよね……)
娘(うう…魔物に認めてもらうため、まず手近な所からポイントを稼ごうっていう緻密な計画が……)
娘(こんなところ誰かに見られたら…もう消すしか)


店主「なあ。お嬢ちゃん」
娘「ふぶっ?!」
店主「何だい、そんなに驚くこたねえだろ…」
娘「ご、ごめんなさい……何かご用でしょうか…?」
店主「いやなに。ちょっと気になったもんだから」
娘「?」



27 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/02(水) 22:29:30

店主「お嬢ちゃんはこの街の人間ってわけでもなさそうだし…ひょっとして一人旅かい?」
娘「はい、そうです…けど」
店主「じゃあ……ここから南の方角に、山脈があるだろ?」
娘「あ、はい…」
店主「あの山脈の奥には、凶暴な竜が住んでいるんだ」


店主「最近、その竜が山を下りて人を襲うようになってね……山近くの街道で出くわすことがあるらしい」
娘「それは…本当なんですか?」
店主「昨日も犠牲者が出たところだ。だから南には行かないほうがいい」
娘「……ご忠告、ありがとうございます」
店主「何、お嬢ちゃんみたいなべっぴんさんを、危ない目に会わせらんねえからな」



28 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/02(水) 22:31:00

店主「しかし物騒な世の中になってきたもんだねえ」
娘「……半年ほど前に滅んだ隣国、ですか?」
店主「王都に残った国王も兵も、一人残らず皆殺しだろ…本当、世も末だよ」
娘「そ、そうですね……」
店主「その上、魔王の封印が解けたとあっちゃ……次に狙われるのは、この国かもしれん」
娘「今のところ、そんな予定は…」
店主「え?」
娘「い、いえ!なんでもありません!」


店主「まあ何にせよ…あの山にだけは近付かん方がいい。命が惜しいならな」
娘「分かりました。そんなに恐ろしい場所があるだなんて、私ちっとも知りませんでした…」
店主「最近の話だしなあ。ま、国王様から直々に討伐隊が派遣されるって噂だし、もう少しの辛抱さ」
娘「……そうですか。貴重なお話、どうもありがとうございました」
店主「いやいや。まあ、気をつけてな」
娘「はい」


娘(………報告書通り)
娘(嘘をついているようには見えなかったし、そんなことをしてもメリットが無い)
娘(討伐隊の話は噂でも…魔物は本当に騒ぎになっている様子……)
娘(これは……やっぱり直接確かめるのが一番か……な)



29 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/02(水) 22:38:36

山─

娘「うっわあ……」
娘「どうやら…人はあんまり来ないみたいだね…手付かずの大自然か…」
娘「はあ…暗いしジメジメするし進みにくいし…」
娘「木とか切り倒しながら進んじゃ駄目……だよねー…」
娘「うう……独り言が多くなる虚しさ…」


娘「……はあ」
娘「……」
娘「………」
娘「……………」



30 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/02(水) 22:39:12

洞窟・入り口─

娘「……この奥、か」
娘「大丈夫。きっと、いい人…いや、いい魔物だよ…」
娘「別に戦いに来たわけでもないんだし……でも城の外に住む魔物に会うのは初めてだし…」
娘「うう…………よし!」
娘「行くか」


洞窟・奥─

娘「………」
竜「………」
娘「お前がここの主か?」
竜「………」
娘「答えろ」



31 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/02(水) 22:45:42

竜「貴様は……人、か?」
娘「違う。もう、人ではない」
竜「…そうか、ならば貴様が…あの偽の王か」
娘「……」
竜「ふん」


竜「陛下が消え……側近殿が救出の算段を立てていると聞いてはいたが……」
娘「………」
竜「真相を知り驚いたよ。人間が魔王を騙るとはな」
娘「………私はもう、魔王ではない。その名は父上にお返しした」
竜「父、か…陛下もお戯れが過ぎたようだ」
娘「その言葉……父上への侮辱と取るが、構わぬな?」
竜「くっくっく………若い。若いな偽の王よ」



32 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/02(水) 22:47:47

竜「与太話はここまでだ。わざわざ訪ねて来るとは、何用だ」
娘「お前が人間を襲っているという話を耳にした」
竜「……ふん」
娘「何故、今頃になって人間を煽るような真似をする?これまで、お前は縄張りである山を出ることは無かったと聞くが…」
竜「言えぬな……」


竜「…貴様には、言わぬ」
娘「………そうか」
竜「どうする、偽の王。従わぬ我を殺めるか?」
娘「そのような無粋な真似は好まぬ。喋りたくなるまで私は待つよ」
竜「…………」
娘「それに、今日は顔を見せに来ただけだ。また明日来る」
竜「……勝手にしろ」



33 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/02(水) 22:48:32

洞窟・入り口─

娘「……ふう」
娘「き、緊張した…」
娘(気難しそうだけど……別に訳ありって感じはしなかったな…)
娘(気長に頑張ろう………きっと、分かってくれるはずだから)


娘「『偽の王』、か……」
娘「私はいつまで経っても…偽物のままなのかな」
娘「………ううん」
娘「こんなこと言っちゃ、お父さんが悲しむよね」
娘「私は私の本物」
娘「それで……いいんだよね」



35 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/03(木) 23:31:38

街─

娘「さてと。宿を探さないと……ん?」
娘「あっちの方が騒がしいな…」
娘「まさか…また人間が襲われたとか」
娘「時間もあるし、見に行ってみよう」


ザワザワ…

騎士「皆の者、長旅ご苦労だった。今夜はゆっくり体を休めてくれ」
騎士「明日からはこの周辺の巡回と、遺族への聞き込みを行う」
騎士「気を引き締めて、任務に臨んでくれ」
兵達「はっ!!」



36 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/03(木) 23:32:20

娘「これは…」
店主「おお、さっきのお嬢ちゃん!見ろよ!すげえ事になったぞ!」
娘「…本当に来ちゃったんですね……兵が」
店主「ああ!国王様も仕事が早いぜ!これでひとまずは安心だな!」
娘「ええ……」


娘(確かにあの鎧に刻まれた紋章は王家のもの……つまり本物)
娘(数は二十ほど。装備を見る限り、今回の目的は討伐ではなく視察)
娘(しかし、事態が悪化したことに変わりはない)
娘(下手をすると……本当に厄介なことになる…!)
娘(とりあえず私は目立たないようにしないと……)



37 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/03(木) 23:32:56

店主「お嬢ちゃんどうした、顔色が悪いようだが…」
娘「あ……すみません。ちょっと考え事をして…大丈夫です」
店主「そうかい?ああそうだお嬢ちゃん、今夜の宿はもう決めてあるのかい?」
娘「い、いえ。まだですけど」
店主「俺は宿屋もやってるんだ。お嬢ちゃんは何やら訳ありみたいだし特別に安くしとくよ、どうだい?」
娘「では……よろしくお願いします」
店主「おう!」


騎士「……?!」
兵「どうしました、隊長殿」
騎士「あの女性は……」
兵「おお…すっげー美人ですね。隊長殿はああいうのが好みで……って聞いてますか隊長殿」
騎士「まさか…いや、そんなはずは……」
兵「もしもーし」



38 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/03(木) 23:33:39

翌日─

娘「ふああ……むう」
娘「一人で寝たのは久々だー」
娘「そしてやっぱり…未だに一人じゃ起きられない私……」
娘「もうお昼か…これじゃ、お父さんのこと馬鹿にできないなぁ…」


娘「お昼ご飯を食べたら、また主の所に行こーっと」
娘「兵に見つからないようにしないとなあ…絶対止められちゃうもの」
娘「とにかく、今日からはなるべく目立たないようにして…」
娘「目を合わせないで、姿を見かけたらすぐ逃げて……って」
娘「私…犯罪者みたいだなあ……まあ、悪いことは色々したけどさ…」



39 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/03(木) 23:34:25

娘「おは……ううん。今日は、おじさん」
店主「お、やっと起きたかお嬢ちゃん」
娘「ははは…お部屋が良くって、ぐっすり眠れましたよ」
店主「そりゃあ嬉しいね。…って、そうだ、お嬢ちゃんにお客さんが来たんだよ」
娘「へ?私にですか?」


娘(お父さんか、側近かな。全くもう心配性なんだから…)
娘「どんな人ですか?」
店主「聞いて驚くなよ…?昨日見た、あの兵達を率いていた騎士様だ」
娘「え……ええええええええええ?!」



40 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/03(木) 23:35:45

娘「な、何でですか?!」
店主「俺に聞かれてもなあ。朝早くにやって来て、お嬢ちゃんに会いたいと言ってきてね」
娘「それでその人は?!!」
店主「お嬢ちゃんが起きて来ないから、また昼過ぎに来るって一旦帰ったよ」
娘「あ…あわわわ」
店主「どうしたお嬢ちゃん、昨日に増して顔面蒼白だぞ」


娘「す!すみません!私今すぐ宿を出」
騎士「今日は…あ」
娘「……………?!」
店主「おお、騎士さん。お嬢ちゃんが起きたぞ」
騎士「…………」
娘「あ……あの、その」


店主「そこいらの怪しい奴ならお嬢ちゃんに近付けねえんだけど、騎士様なら安心だろう」
娘「あ、あの…おじさんちょっと」
店主「おっと失礼。後は若いもんに任せねえとな」
娘「え、ちょ?!違」
店主「まあまあ、表の喫茶店でも行って来いって。な?」
娘「う、うあ……は、はい」
騎士「………」



41 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/03(木) 23:38:26

喫茶店─

娘「………」
騎士「………」
娘「………」
騎士「………」
娘「………」
騎士「………」


娘(う、うう……もう半時間も黙ったまんま)
娘(思わずサクっと殺っちゃいそうだよ……街中だし、我慢我慢…)
娘(正体がバレてるわけではないみたいだけど…この人の目的が分からない……)
娘(私に何の用なんだろう……)
娘(…………あれ)
娘(この人……どこかで…?)



42 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/03(木) 23:39:36

娘「あ、あの」
騎士「私の名は騎士と言います」
娘「え……は、はあ」
騎士「君の名前を……教えてくれますか」
娘「えっと……娘です」
騎士「娘さん、か。ありがとう」
娘「……はい」
騎士「ああ、すみません」


騎士「昨日古い知り合いに似ている貴女を見かけて……それで気になったんです」
娘「知り合い……ですか」
騎士「ええ。ですが、どうも私の勘違いだったようです」
娘「はあ」
騎士「お詫びに、今日はお昼をご馳走させてください。お願いします」
娘「はあ……(よかった…ナンパか……)」



43 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/03(木) 23:40:16

一時間後─

騎士「女性の一人旅とは……さぞかし苦労していることでしょう」
娘「い、いえ。私は少しその……魔術の心得がありまして」
騎士「しかし貴女はか弱い女性です。強い魔物に襲われでもしたら、どうするのです」
娘(知り合いなら談笑で済むんだけどなあ……あ)
娘「すみません、私用事がありまして……この辺で失礼します」
騎士「そうですか、残念です。もしよろしければ、送らせて頂いても……」
娘「け、結構です!失礼します!!」
騎士「あ!!」


騎士「行ってしまった……」
騎士「そうだよな」
騎士「そんなわけが無い」
騎士「あの人は違う……」
騎士「姫は……ずっと昔に亡くなったのだから」



44 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/08(火) 19:42:08

娘「疲れた……」
娘「目立っちゃいけないのに……どうしてこんなことに……」
娘「まあ……」
娘「お昼ご馳走してもらったのはいいんだけどね!」
娘「……はあ」


洞窟─

竜「……また来たのか偽の王」
娘「その呼び名はやめてくれ。もう私は王ではない」
竜「では、偽の姫」
娘「あまり変わらんな……」
竜「貴様はどちらつかずの紛い物。そう呼ぶ他、ないだろう」
娘「……まあいい。好きにしろ」
竜「ふん」



45 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/08(火) 19:43:00

竜「しかし偽の姫よ。貴様、人の臭いが染み付いているな」
娘「ああ。麓の街で寝泊りしているからだろう」
竜「不愉快だ。今直ぐ頭から齧ってやりたくなるくらいには、不愉快だ」
娘「気難しい奴だな……。今更人間の臭いなど、気にするものでもあるまいに」
竜「言っておけ」


娘「ところで、だ。お前がむやみやたらと暴れるものだから、国から調査の人間がやって来たぞ」
竜「知らぬ。邪魔になれば、そやつらを食ろうて仕舞いよ」
娘「やめておけ。本格的に人間を敵に回す気か」
竜「ふん。偽の姫は今も人を捨てきれずにいると見た」
娘「そうではない。支援するこちらの身になれと言っている」
竜「先の戦いで、軍が疲弊でもしているのか?」
娘「いや。また新たに一つ国を落とす労力を考えろ」
竜「……くっくっく」



46 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/08(火) 19:44:07

竜「随分と血の気が多いな、偽の姫よ」
娘「一度衝突が起これば、いずれそうなるのは必至だろう。何せ私は手加減などできぬからな」
竜「聞けば……先の戦いで、貴様は配下の魔物を中々戦いに出さなかったと聞くが」
娘「ああ。皆が傷つく様など見たくもなかったからな」
竜「ふん。人のくせをして」
娘「もう人ではない。魔物だ」


娘「父上をお助けするには人間でいなければならなかった……もうその必要も無くなったからな」
竜「人から魔物への転変の術か。そのようなものが実在するとはな」
娘「だから私は魔物だよ。お前の同胞だ」
竜「ふん。心の底では人間を捨てきれていないとも限らんだろう」
娘「……平行線だな」
竜「分かったのならば早く消えろ」



47 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/08(火) 19:45:00

竜「私は貴様と違い、忙しい身だ。もう一度だけ言う。消えろ」
娘「……分かった。先ほども言ったが、人を襲うのはなるべくやめておけよ」
竜「……貴様に指図を受ける謂れはない」
娘「また明日来る」
竜「…………」


娘「…………」
娘「はあ……」
娘「がんばろ」



48 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/08(火) 19:47:34

娘「さーてと」
娘(おじさんには悪いけど、宿を変えないとね)
娘(あの若い騎士さんとこれ以上会わないためにも……)
娘(とりあえず、裏通り辺りで古くて安くてダメそうな宿でも探すかな)
娘(犯罪者が潜伏していそうな、ね!)
娘(…………強く、生きるもん)


宿─

娘「い、いえ、ですから……」
店主「金のことなら負けてやるって。何ならタダでもいいくらいだ!」
娘「あ……えっとそのでも悪いですし」
店主「気にすんなって!」
娘「いやあのその……うう」



49 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/08(火) 19:53:01

騎士「こんにちは」
娘「う?!」
店主「おお、どうした騎士さん。またお嬢ちゃんに用かい?」
騎士「ええ。今日の任務が終わったので、夕飯もご一緒できないかと思いまして」
娘(しつこいよこの人!!)
店主「いやあ、実はね」


店主「お嬢ちゃん、金がなくなってきたからもっと安い宿に移るって言うんだよ」
騎士「それはそれは……」
店主「ウチより安いとこなんて、治安も質も悪いとこばっかだ。だからもっと安くしてやるからって止めてた所なんだよ」
娘「いや……やっぱりそれは悪いですし」
騎士「……分かりました」
娘「え」
騎士「私が宿代を立て替えておきましょう」
娘「えええ?!」



50 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/08(火) 19:54:07

娘「そ、そんな!悪いです!今日会ったばかりの方にそこまでして頂いては……!」
騎士「貴方のような女性が困っている時に力になれなかったとあらば、一生の恥となります。お気になさらず」
娘(爽やかにいい人しないでお願い!!)
娘「でも何もお返しできるものがありませんし……」
騎士「では、お願いがあります」


騎士「夕食もお付き合い願いませんか?勿論私がご馳走します」
娘「え、えええ?!」
店主「あはは。騎士さんもすみに置けないねえ」
騎士「如何でしょう?」
娘「あ……えっと、その」



51 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/08(火) 19:56:07

夜─

娘「ご馳走様でした……」
騎士「お気になさらず。私が誘ったのですから」
娘「はい……あ、あの」
騎士「はい」
娘「あ、ありがとうございます」
騎士「どういたしまして」


娘(結局宿代も立て替えてもらったし、ご飯もまたご馳走になって……)
娘(こういうの、良くないよね……)
娘(私はもう人間じゃない)
娘(人と関わりを持ってはいけない)
娘(……はずなのに)



52 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/08(火) 19:58:43

騎士「娘さん」
娘「は、はい」
騎士「先ほどから黙ったままですが、どうかしましたか?」
娘「え、えっと……あ、あの一つ聞いてもいいですか?」
騎士「ええ、何でもどうぞ」
娘「私に似ている古い知り合いって、どんな方なんですか?」
騎士「…………」


娘「少し気になって。だから、私に親切にして下さるんですよね」
騎士「……恥ずかしながら」
娘「あ、別に言い辛ければ無理にお聞きするつもりはありませんから」
騎士「いえ……構いません。貴女になら、話してもいいかもしれません」



53 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/08(火) 20:01:35

騎士「まず、私の身分を明かしておきましょう」
娘「騎士様ではないんですか?」
騎士「私は……この国の王位継承権を持つものです」
娘「?! じゃ、じゃあ」
騎士「はい。恥ずかしながら、王子と呼ばれることの方が多いですね」


娘「そんな方がどうしてこんな所に」
騎士「一度王となってしまえば、自由が効かなくなりますから。今の内に我が国を見て回りたいと思いましてね」
娘「それは……ご立派ですね」
騎士「いえいえ。危険な任務など貰えないため、申し訳程度に遊んでいるような放蕩者ですよ」
娘「は、はあ」
娘(……私も似たようなものか)



54 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/08(火) 20:09:18

騎士「そして、貴女は」
娘「は、はい」
騎士「私の許婚によく似ているのですよ」
娘「…………え」
騎士「まあ、今となっては元許婚ですが」


騎士「親の決めた許婚で、子供の頃に何度かお会いしただけですが……」
騎士「優しく、笑顔の似合う、とても可愛い女の子でした」
騎士「許婚の意味すら分かっていなかった私でしたが、彼女と会えるのを、いつも楽しみにしていました」
騎士「ご存知ありませんか?その昔魔王に殺められた……隣国の姫君のことを」
娘「あ……あ」



55 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/08(火) 20:11:00

騎士「最後にお会いした時、なぜか彼女はとても辛そうだった」
騎士「私が言葉をかける度に俯いて、終いには涙を流してこう言いました」
騎士「『ごめんなさい』と。何度も何度も」
騎士「あの時、彼女が何を謝っていたのか、私には分からぬままです」
騎士「その少し後に、彼女は魔王に攫われましたから」」
騎士「折角、次に会った時は喜んでもらえるようにと、子供ながらに色々と策を練っていたのに」
娘「…………」


騎士「生きていたら……彼女はきっと、貴女のように素敵な女性になっていたと思います」
娘「……」
騎士「あはは、勿体無いことです。私はこんな美人と結婚できたかもしれないのに」
娘「魔王を」
騎士「はい?」
娘「恨んでいますか」
騎士「そうですね」



56 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/08(火) 20:29:16

騎士「当然、憎んでいます」
娘「……はい」
騎士「確かに、親の決めた相手でした」
騎士「会ったのもほんの数回。私は彼女の好きな花、好きな言葉、何一つ知らない。今も知らないままだ」
騎士「それでも……大事な、初恋の人でした。今から思えば、ですがね」


騎士「魔王は姫を殺めただけでなく、国さえも滅ぼした」
騎士「そのせいで民は国と王を失い、何もかも奪われました」
騎士「私の国が彼らを受け入れるのにも限度があります。食料も住居も、何もかもが足りません」
騎士「我が国の民にも不安が広まっています。大きな混乱が起こる可能性だって、十分にある」
騎士「その全ての元凶は魔王です。魔王さえいなければ、誰も不幸にならなかったはずなんです」
騎士「だから私は……絶対に魔王を許さない」
娘「……」



58 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/19(土) 01:02:21

宿─

娘「ふう」
娘「……だから、か」
娘「だから見覚えあったんだなあ」
娘「ふふ……あんな昔に一度だけ会った人のことなんか、よく覚えてたもんだよ」
娘「本当に。人間の、ことなんか……」


騎士『私は……絶対に魔王を許さない』
娘『許さない、と言うのであれば』
騎士『……』
娘『貴方は魔王を討つ気でいるのですか』
騎士『ええ』
娘『無謀以外の何物でもありませんよ』
騎士『そうでしょうね』



59 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/19(土) 01:03:45

騎士『私個人に出来る事など、たかが知れています』
騎士『ですが、私は特別な人間だ』
娘『……王として、魔王に挑むと言うのですか』
騎士『はい。時代は確実に、人と魔王との戦争へと流れています』
騎士『このままでは人が滅ぶかもしれない』
騎士『我が国もそうですが、他の国々も皆一様にそのような危惧を抱いています』
騎士『ここだけの話。近々この近辺の国王同士で話し合いが設けられる予定なのです』
騎士『そこで、魔王への対抗策などを話し合うことになっています』


娘「困ったなあ……」


騎士『私が父上から王位を授かる頃には、きっと争いが眼に見える程近くにあることでしょう』
娘『……』
騎士『ですが私は恐れない』
騎士『人の未来のため、守れなかった彼女のためにも』
騎士『王として最後まで民を守り、戦い抜くと誓います』
娘『……』



60 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/19(土) 01:04:50

騎士『ああ、すみません。突然こんな話をしてしまって……』
娘『いえ……ですが、良かったのですか? そんな話を、私のような素性の分からぬ者にしてしまって』
騎士『貴女だからですよ。貴女なら、むやみやたらに吹聴して回ったりしないと思いまして』
娘『もう。一国の王子様がそんなに口が軽くていいんですか?』
騎士『美人の前では、私はただの騎士ですからね』
娘『ふふ、お上手ですね』


娘「戦争か。戦争になったら……」
娘「私の仕事が増えちゃうじゃない」
娘「……」



61 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/19(土) 01:07:22

───………

『正気ですか王!!』
『仕方があるまい……この縁談を白紙にするのはあまりに惜しい』
『だからといって! 死んだ娘の代わりなど……おぞましいことです!!』
『もう、決めたことだ』
『王! 何故ですか! 何故、何故私達の娘は死に』

『あのような下賤な産まれの子供を、娘と偽り育てなければならないのですか?!』


『王妃も死んでしまうとはな……』
『しかし、私はこの血を次に繋げる義務がある』
『お前はその時間を稼げ』
『隣国に嫁ぎ、我が国のために生きろ』
『分かったな』


『どうしたの?』
『ぼくだよ。いっしょに遊ぼうよ』
『泣いてるの?』
『どうして?』
『どうしたの? 姫さま』


『姫だな?』
『わりぃんだけど、ちょっと攫わせてもらうわ』
『うちの王様がお前をご所望なんでね』
『ん? 俺は魔物で、俺らの王様は魔王様だ』
『まー多分殺しはしないと思うから、せいぜい大人しくしてくれよな』


『……?』

『お前』

『姫か?』



62 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/19(土) 01:08:27

偽姫「…………」
偽姫「…………」
偽姫「…………」
偽姫「…………」


偽姫「…………」
偽姫(しんじゃうの、かな)
偽姫(あのおんなのひとがいっていた)
偽姫(『おまえは、なんでしなないのか』って)
偽姫(たぶんそうなる)
偽姫(しんじゃうのか)



63 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/19(土) 01:09:33

偽姫(こわくない)
偽姫(ずっと、しんでいたから)
偽姫(いっしょ)
偽姫(いっしょのこと)
偽姫(こわくなんか、ない)
偽姫(しぬのって……いたいのかな)
偽姫(やだな)


偽姫(まもののひとはこわいし)
偽姫(まおうのひとは、もっとこわい……)
偽姫(ひとりぼっちでしぬのかな)
偽姫(こわいな)
偽姫(やだな)
偽姫(…………)
偽姫(……う)
偽姫「……うぐ」



64 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/19(土) 01:10:32

ギィッ……

偽姫「ひっぐ……えう」
魔王「?!!」
偽姫「う…えぐ、あ、う」
魔王「お前…全く食事に手をつけていないではないか!」
偽姫「ひっ………!」
魔王「あ、ああすまん。そんなに怯えるな、寿命を縮めてしまうだろう」
偽姫「ひっ…………う」


魔王「…ほら、食え。口を開けろ」
偽姫「……(フルフル)」
魔王「くそ……どうすれば」
偽姫「………」
偽姫(あ)
偽姫(おこっちゃったかな……)
偽姫(ころされちゃうのかな……)
魔王「そうだ!」
姫「……?」



65 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/19(土) 01:11:33

魔王「ほら、これならどうだ」
姫「…え」
魔王「わざわざ持ってきてやったのだ。ケーキなら、食えるだろう?」
姫「……」
偽姫(いちごのけーきだあ……)
魔王「食わんのか?子どもなら、甘いものが好きなはずだろう」


魔王「食ってくれ。お前に食ってもらわねば、私が困る」
姫「………」
魔王「ほれ」
姫「……(パク)」
魔王「よしよし、もっとあるぞ。沢山食え」
姫「……(パク)」
偽姫(あまい……おいしい)


魔王「平らげてしまったな。これなら、普通の食事も食えるだろう」
姫「あ、あの」
魔王「何だ」
姫「あ……ううん」
魔王「変な奴だな」
姫「……」
偽姫(まおうさん……か)



66 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/19(土) 01:12:51

夜─

偽姫(あの、まおうさん)
偽姫(まおうさんはこわくない)
偽姫(ひどいことしないし、いやなこともいわないから)
偽姫(おっきくて、こわくって、まっくろだけど)
偽姫(あのひとたちより……いやじゃない)


偽姫「あしたも」
偽姫「……」
偽姫「けーき、くれるかな」



67 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/19(土) 01:14:55

───………

朝─

娘「……ふぁあ」
娘「懐かしい夢……」
娘「お父さん、どうしてるかな」
娘「……今日はもう、今から主の所に行こう」
娘「あの人に会っちゃ駄目だから……」


洞窟─

娘「お早う」
竜「む……」
娘「今日は朝から来てやったぞ」
竜「誰も頼んでなどいないはずだが」
娘「こちらにも事情というものがあるのだ」
竜「身勝手な奴め」



68 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/23(水) 21:44:37

竜「……人間の臭いが日増しに強くなっている」
娘「仕方ないだろう。私だって出来る事なら早く城に帰りたいんだ」
竜「帰ればいいだろう」
娘「この一件に片がつけば、そうさせてもらう」
竜「……ふん」


竜「全く……陛下のことは昔から存じ上げているが、何故このような人間を飼う気になったのやら」
娘「……え」
竜「む」
娘「ごほん……お、お前父上とは古い知り合いなのか」
竜「ああ。あの方が即位なさる前からな」
娘「う…………うむ」



69 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/23(水) 21:45:41

娘「主よ……一つ頼みがある」
竜「ふん、嫌だと言ったら?」
娘「頭を下げる。この通り……」
竜「……何だ。聞くだけ、聞いてやる」
娘「父上の話を……聞かせて欲しい」
竜「む……」


娘「私が父上と過ごせた時間は……今この時を合わせてなお、一年にも満たない」
娘「だから、私は父上のことをもっと知りたいんだ。私を拾い、側に置いてくれたあの人のことを」
竜「……ふん」
娘「だから、色んな者から見た父上の姿を知りたい」
竜「陛下の話が……聞きたいのか」
娘「頼む」
竜「ふん。満足したら、帰るがいい」
娘「わ、ありがとう!」
竜「む」
娘「ご、ごほん。頼む」



70 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/23(水) 21:46:42

竜「……」
娘「……」
竜「……」
娘「……!」
竜「……」
娘「!!」


竜「……こんなものか」
娘「……お父さんって、本当に魔王なの? 全然魔王らしい逸話が出てこないんだけど」
竜「我に聞くでない」
娘「でも、主はお父さんのこと認めているんだよね」
竜「当然だ。あの方ほど、我等魔物を慮って下さる王はいない」
娘「引き篭もりでも?」
竜「…………ふん」



71 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/23(水) 21:47:29

娘「今日はありがとう。でも、長々と喋らせちゃってごめんなさい」
竜「偽の姫よ」
娘「なあに?」
竜「言葉は、それでいいのか?」
娘「え…………あ」
竜「ふん」
娘「い、いつから私……ちゃんと喋ってなかった?」
竜「さあな」
娘「う、うう……やっちゃった」


竜「偽の姫よ、何故自身を偽る必要がある」
娘「だって、私はこんな外見だし……せめて威厳が出るように、って思って」
竜「…………」
娘「あと……あの喋り方をするとね、元気が出てきたの」
娘「お父さんが側にいる気がして……ちっちゃい頃から真似してたんだ」
娘「だから……」
竜「やめろ」



72 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/23(水) 21:48:39

娘「え」
竜「もういい。やめろと言った」
娘「……」
竜「貴様の生い立ちになど興味はない」
娘「……ごめんなさい」
竜「ふん」


竜「……貴様は」
娘「な、何?」
竜「それほどまでに、陛下を慕っているのか」
娘「うん! たった一人のお父さんだからね」
竜「『父』……か」



73 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/23(水) 21:50:39

竜「貴様は、陛下のお父上。先代様のことは、存じ上げているのか」
娘「あ、うん。人間に……倒されちゃったんだよね」
竜「…………」
娘「それでもお父さんは、私を娘だって言ってくれたの。親を殺した人間なんか、憎いはずなのにね」
竜「……そう、か」


竜「陛下はきっとあの時の事を、墓にすら持ち込む気は無いのだろうな」
娘「え、何?」
竜「お前には関係の無いことだ」
娘「そ、そう」
竜「……」



74 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/23(水) 21:52:20

娘「そろそろ日も暮れてきたし、私はもう行くね」
竜「ああ」
娘「じゃあ、また明日来るから」
竜「偽の姫」


竜「……いや、何もない」
娘「そ、そう」
竜「…………」
娘「じゃあね」
竜「また、明日」
娘「え」
竜「ふん」
娘「あ、うん! また明日ね!!」



75 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/27(日) 00:05:10

娘「……」
娘「えへへ……」
娘「うん。仲良くなれそう」
娘「これならきっと、魔物の世界で生きていけるはず」
娘「大丈夫。私が生きるのはあっちの世界」


娘「でも……」
娘「いい人も、いない訳じゃないんだよね」
娘「あの王子様も、宿のおじさんも、いい人だし」
娘「あの人達を……私は躊躇いなくこの手に掛けることが、出来るのかな」
娘「『出来る』」
娘「……口ではどうとでも言えるけど」



76 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/27(日) 00:06:02

娘「ああもう。もやもやする」
娘「こんな気持ち久しぶりだな。昔は悩む暇なんて無かったからかな」
娘「悩むことも、余裕がある証拠かな」
娘「そう思っておこう」


娘「もうこれだけのことをしてきたんだもの。今更何人誰を殺めようと変わりはない」
娘「あの日、私は決意したんだから」
娘「人を辞めて、お父さんのために生きるんだって……」
娘「……お父さん」
娘「今何してるんだろ」



77 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/27(日) 00:06:59

─城

魔王「はあ……」
側近「手を休めるな」
魔王「…………娘は、今何をしているのだろうか」
側近「お前、十分おきくらいにそれ言ってて飽きねえの?」
魔王「気になるものは気になるんだ。仕方が無いだろう」
側近「過保護なのか、子離れできてねえだけなのか」


魔王「そういえば、あいつはどこに行ったのだ」
側近「あれ、知らなかったっけお前。ここだよ、ほれ」
魔王「ん?」
側近「どうかしたか?」
魔王「お前、ここに住んでいる魔物といえば……」



78 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/27(日) 00:07:49

娘「はーあ……早く帰って親孝行しよ」
娘「お土産も何買って帰ろうかなー」
娘「こんなの初めてだし、迷うな。でもそれが楽しいのかも」
娘「旅の醍醐味ってやつだね」
娘「……独り言が増えるのも、醍醐味なのかな」
娘「はぁ……」


男「待て」
娘「え」
男「お前、そこのお前だ」
娘「は、はあ」
娘(こんな山の中に人か。いやまあ、私も人のことは言えないけどね)



79 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/27(日) 00:08:54

男「この山には人を食う魔物が住み着いているんだぜ。女が一人うろついていいような場所じゃあない」
娘「そ、そうなんですか? 私余所者なので、全く知りませんでした……ご親切にありがとうございます」
男「いやいや、いいんだよ。さ、俺が安全な場所まで送ってやるよ。ついて来い」
娘「私一人でも大丈夫ですよ?」
男「遠慮するなって、な」
娘「え……でも」


男2「あ…………がっ」

バタン……!



80 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/09/27(日) 00:10:24

男「な……」
娘「女性の背後を狙うような方々、信用なりませんし……」
男「てめえ! 一体何をしやがった?!」
娘「見て分かりませんか? ちょっとした魔法を使ったんです」
男「ま、まさか……魔女?!」
娘「えーっと、ちょっと違うけど……まあいいです」
男「く、くっそおおお!」
娘「わわ……もう、いきなりナイフなんか投げちゃ危ない……って」


娘「逃げられちゃった」


娘「うーん……」
娘「そこに転がっているお仲間はひとまず放置するとして」
娘「追うべき? 放っておくべき?」
娘「うーん……そろそろご飯時だし……」
娘「あれ」
娘「まさか……」



96 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/11(日) 02:33:18

街─

騎士「……それで、お怪我はありませんでしたか?」
娘「ええ……何とか」
騎士「本当に良かった。賊に襲われたという知らせを聞いて、気が気じゃありませんでしたよ」
娘「……ご心配をお掛けして、申し訳ありませんでした」
騎士「お気になさらず。それにしても本当にお強いのですね、大の男を昏倒させるとは」
娘「そ、そんな! たまたま魔法がうまく当たっただけですよ!」
娘(殺さない程度にね)


娘「でも、本当にすみません。倒したのはいいのですけど……やっぱり運ぶのはどうも難しくって」
騎士「無理をなさらないで下さい。その男の確保に、部下を今向かわせていますから」
娘「……よろしいのですか? 調査とは無関係の余計な仕事をしてしまって」
騎士「余計ではありませんよ。それに、この街の駐屯兵には私達の調査の一環だから、任せてくれと断りを入れていますから好きに出来ます」
娘「では……やはり」
騎士「ええ。これで、近頃の魔物の悪事は全てその、盗賊の偽装だった可能性が出てきました」



97 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/11(日) 02:34:15

騎士「調査の結果、魔物に襲われたとされた三十四の遺体には、どれも同じような傷が残っていたと言います」
騎士「どれも一様に、鋭利な刃物……例えば魔物の爪などで切り裂かれたような傷だったと」
騎士「そして、一部は腕などが欠落した状態で発見されました」
騎士「魔物に食われたのだという話でしたが……」
騎士「それにしてもおかしな話ですよね」
娘「はい」


娘「あの山に住むのは……小さな家くらいなら、余裕で踏み潰してしまえるほどの巨大な竜です」
騎士「あれ、よくご存知ですね」
娘「あ……えっと、噂で聞いただけで、正しいかどうかは」
騎士「正解みたいですよ。実際、これまでに何度か目撃されていますしね」
娘「じゃあ」



98 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/11(日) 02:36:00

騎士「そのくらい大きな魔物なら、人間など一飲みのはずです」
娘「ええ……腕の一本や二本じゃ、彼のお腹は膨れません」
騎士「ははは……中々怖い冗談を」
娘「あ、ふ、不謹慎でしたね?! すみません!」
騎士「ま、まあ……そんな所です。これだけ死者が出ているのに、一人たりとも満足に食われていないのは、おかしい」


娘「人間を……食わず嫌いしているとかは」
騎士「それはないはずです。以前は年に一度あるかないかで、山に入った物が被害に合う例が報告されていますから」
娘「え、えっとその例は」
騎士「勿論、原型を留めていなかったり、血まみれの遺留品が残っていたりと」
娘「はあ……」
娘(そういや、『食ってやろうか』ってこの前言われたっけ……)



99 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/11(日) 02:37:29

騎士「あ……ああ、すみません。女性にこんな話をしてしまって……」
娘「い、いえ、お互い様です。それより」
騎士「ええ。全く、拍子抜けしましたね」
娘「……魔物ではなく、人間の仕業だと気付いていたのですか?」
騎士「調査を進める内に、ですがね」


騎士「てっきり、これまでの被害が単に増えただけだろうとばかり」
娘「私も……です」
騎士「上に立つ者として、あらゆる可能性を考慮する必要がありますね。勉強になりましたよ」
娘「ええ…………本当に」
騎士「当面は貴女が出会ったという、もう一人の男について捜索を進めます」
娘「……お願いします」



100 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/11(日) 02:40:22

騎士「……やはり顔色が悪いですね。宜しければ宿までお送りしますよ? もう日も暮れかかっていますし」
娘「いえ、結構です。寄る所がありますから」
騎士「そうですか? では、また何か分かりましたらお知らせします」
娘「ありがとう……ございます」
騎士「礼など。騎士として、当然のことをしているだけですよ」
娘「……失礼します」


娘(そうだよ)
娘(主は一度も、近頃頻繁に『人間を襲っている』とは言わなかった)
娘(私には何も言わない、何も知らないって……)
娘(本当に、何も言うべき事が無かったから……?)
娘(確かめないと……)
娘(もう一度、主の所に……!)



106 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/12(月) 00:45:18

洞窟─

竜「む」
娘「……」
竜「帰ったのではなかったのか。何の用だ」
娘「……仕事」
竜「そうか」


娘「貴方じゃ……なかったの?」
竜「何がだ」
娘「この報告書の、内容」
竜「ああ」
娘「どうなの?」
竜「私ではない」



107 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/12(月) 00:47:08

竜「私はここ一年以上、この洞窟から出ていないし、人間など見てもいない」
娘「じゃあ……この近くの街道にも、行っていないのね?」
竜「ああ」
娘「そっか……」
竜「仕事は終わりか? ならば早く去れ」
娘「ごめんなさい」


娘「ごめんなさい……私……私は、貴方に何も聞かずに」
竜「私を疑うのは至極当然だろう。お前でなくとも、な」
娘「でも……決め付けて掛かったのは……私」
竜「興味が無いな」
娘「私が……もっと、ちゃんと調べて、貴方の声を引き出せていたなら……」
竜「偽の姫よ」



108 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/12(月) 00:48:39

竜「私は何も感じない。お前が気に病む必要はない」
娘「ありがとう……でも、そんなわけにはいかないよ」
竜「お前は陛下に似ず、頭が固いな」
娘「駄目……かな? やっぱり、私は魔王には程遠いのかな……」
竜「さあな。ただ、偽の姫よ」


竜「陛下が“魔王”に相応しいかと聞かれれば、私は首を横に振らざるを得ない」
娘「え? だって、主はお父さんのこと、認めてるって」
竜「真の“魔王”とは、先代様のような方のことを指すのだろうよ」
娘「じゃあお父さんは何なの?」
竜「我らの“王”だ」
娘「王……」



109 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/12(月) 00:50:57

竜「とは言え、陛下も生来から王として在った訳ではない」
娘「い、今もそうは見えないけどなあ……」
竜「陛下はある時、王になられた。それ以降、我らの王はあの方しかいない」
娘「……そっか」
竜「あのお方は王だよ……我らの、唯一の王だ」


竜「だから、お前も今は駄目かも知れんが、いつか……まともになるのではないか?」
娘「え」
竜「その……疑われる私にも、非があったと言うか」
娘「そ、そんなことないよ! 私が全部悪くて」
竜「いや。私が」
娘「私が!!」



110 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/12(月) 00:52:35

竜「……」
娘「……ごめんなさい」
竜「いや……」
娘「あ、あの。本当に、これだけは言っておくね」
竜「何だ」


娘「貴方のこと信じてあげられなくて、ごめんなさい」
竜「止せ。上に立つ者が、軽々しく頭を下げるな」
娘「仲間に上とか下とか関係ないよ」
竜「……全く、そのような所だけ陛下に似おって」
娘「え、似てる? 私、お父さんに似てる?」
竜「ああ」
娘「え……えへへ」



111 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/12(月) 00:53:41

竜「しかし、だ。私が嘘を付いていた場合などは考慮しないのか?」
娘「仲間の言葉は、信じるよ」
竜「そうか」
娘「今の私が言っても……あんまり説得力無いけどね」
竜「己を卑下して、良いことなど一つもありはしない」
娘「卑下じゃないよ。反省だよ」
竜「違いが分からんな」


竜「これで仕事は済んだな。もう帰るのか?」
娘「ううん、まだ終わってないよ。貴方に迷惑を掛けた人間を、どうにかしてやらなきゃ気が済まない」
竜「難儀なことだな」
娘「自己満足だって分かってる。でも、出来る事をしてみたいの」
竜「そうか。ならば、何も言うまい」



112 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/12(月) 00:54:44

竜「また明日来るがいい」
娘「ごめんね、そしてありがとう。またね」
竜「さらばだ、姫」
娘「うん…………え」
竜「……」
娘「あ、あの今」
竜「何だ、姫」
娘「う、ううん! 何でもない! ありがとう! また明日来るね!!」


竜「全く。騒がしい奴だ」
竜「しかし」
竜「陛下は良き子を持ったのだな」
竜「……陛下」
竜「貴方はようやく、救われたのですね……」



114 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/12(月) 22:47:02

娘「はあ……」
娘「主はああ言ってくれたけど」
娘「こんな調子で、よくお父さんの代わりが出来たものだよ」
娘「側近がいたからかな」
娘「私は一人じゃ、何の力にもならないのかな……」


娘「そりゃ、頭使うより、暴れる方が好きだけど」
娘「お父さんよりはデスクワークが出来る方だと思うんだけど」
娘「何だろうなー……」
娘「“王”か」
娘「私は王になれるのかな」
娘「なれなくてもいいけど……王のお父さんを支えることは出来るのかな」
娘「分かんないなあ……」



115 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/12(月) 22:48:49

娘「人か魔物か」
娘「勿論、私は魔物の世界で生きていきたい」
娘「でも……このままで、本当に大丈夫かな」
娘「私が主を迷わず疑ったのは、人間の心が残っているから?」
娘「私は肝心な部分を棄てきれていない?」
娘「私は……魔物として、生きていけるの?」


娘「これまで沢山の人間を殺めてきた」
娘「私と彼らは別の種族なのだから、気に留める必要は無い」
娘「そう思って……排除してきた」
娘「でも本当に、そう思い切れている?」
娘「私には魔物の自覚が、ちゃんと備わっているのかな」



116 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/12(月) 22:49:56

娘「私は人間と変わらない姿をしているし、人間に紛れて動かなきゃならない場面がまたいつか、きっとある」
娘「その度魔物と人間の間で揺れて」
娘「人の優しさに触れて……」
娘「こんな風に悩むつもり?」
娘「不毛だなあ」


娘「不毛すぎる」
娘「我武者羅になれる目標がないと、私は駄目なのかもね」
娘「お父さんがまたいなくなるのは困るけど……」
娘「『全ての魔物に認めてもらえるように頑張る』っていうのも、なんかこー、曖昧だしなあ」
娘「……はあ」
娘「とりあえず、この仕事を終わらせてから考えよ……」



122 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/19(月) 01:34:20 ID:7q2CWRQU

街─

娘「さすがにもう暗くなっちゃったなあ……」
娘「灯りがついてるのは酒場くらいか」
娘「今から宿に戻るのも、ちょっと寄り道して戻るのも、きっと変わらないよね」
娘「確かあっちの方だったかな」
娘「……あの人が泊まっている、駐屯所は」


娘「ここか」
娘「偉い人なんだから、自分だけ良い所に泊まったっていいはずなのに、真面目なんだなあ」
娘「……さて」
娘「結構リークして貰ってるけど、まだまだ機密情報とかがあるかもしれないし」
娘「早速、裏に回って侵入ルートの確保といきますか」



123 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/19(月) 01:35:14 ID:7q2CWRQU

娘「っとと……危ない危ない」
娘(声……)
娘(男が二人)
娘(見張りか)
娘(何の話を?)
娘(…………)

「計画……思った以上に」
「女が…………」
「仕方ない……明日……決行……王子……」
「手筈は…………」
「……紛れ……始末……」

娘「あらまー」



124 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/19(月) 01:36:03 ID:7q2CWRQU

娘「つまりまとめると魔物の被害を訴え、標的を連れ出し」
姫「人目につかない森などで殺害」
姫「魔物のせいにすれば完璧……と」
姫「世間知らずで希望まみれの王子様なら、食い付くネタと踏んだのかな?」


姫「そして被害者の数字を出すために、街の人間を無差別に殺していった……と」
娘「同胞の利益のために他の同胞を平気でその手に掛ける」
娘「どんな物でも利用する。それが弱者であればより気軽に、使い棄てる」
姫「これだから人間は」



125 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/19(月) 01:37:19 ID:7q2CWRQU

姫「……さて困った」
娘「おいしいかもしれない情報は、真偽を問わないなら手に入ったけれど」
娘「私には使い道の無いシロモノだなあ……」
娘「魔物の私には、彼の命を救う理由が無い」
娘「人間の私であっても……そんな理由、あるはず無い」
娘「……お腹減ったし帰ろ。用は済んだし」


娘「ご飯食べれるとこないかなー……とりあえず、うろうろ探して」
騎士「あれ、娘さん? 用事はお済みになったんですね」
娘「……あはは今晩はー」
娘(セーフ! 何かもう色々セーフ!)
騎士「まさか……わざわざ駐屯所までいらしてくれたんですか?」
娘「え、えっと……はあ、そんなところです……はい」



126 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/19(月) 01:38:22 ID:7q2CWRQU

騎士「それは嬉しいですが……女性がこんな夜中に出歩くなど、感心しませんよ」
娘「えっと……兵の方々が近くにいますし、この辺なら安全だと思いますよ」
騎士「よ、余計に駄目です! 部下達が貴女を紹介しろとうるさくて」
娘「え、どうしてですか?」
騎士「い……いえ、何でもありません」
娘「はあ」


騎士「ごほん……そ、それで何かご用でしょうか」
娘「あ、あの……そうですね、あの男の人、どうなりましたか?」
騎士「ああ、部下達が着いた時には殺されていたようです」
娘「……そうですか」
騎士「仲間が戻ってきて口封じをしたのか、それとも別の何かなのか……経緯は不明ですがね」
娘(その『部下達』ってのを疑わないのね)



127 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/19(月) 01:39:47 ID:7q2CWRQU

騎士「とりあえず明日、街道沿いに調査に向かうつもりです」
娘「……そうですか」
騎士「これでまあ、一段落ですよ。問題は山積みですがね」
娘「ええ……これで山の魔物も安心して暮らせますね」
騎士「え?」
娘「え……?」


娘「えっと、私何か変なことを言いましたか……?」
騎士「いえ……娘さんはその……お優しい方ですね」
娘「な、何故ですか?」
騎士「魔物などに同情を寄せるなど……普通の人間では、考えられないことですからね」
娘「……そうです、よね。普通じゃ、ないですよね」
騎士「あ、いえ! 娘さんがおかしいというわけではなくて……その」
娘「いいんですよ。ちょっと変わってるのは、自覚していますから」
騎士「……すみません」



128 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/19(月) 01:41:04 ID:7q2CWRQU

騎士「山の魔物の件ですが……このまま放置というわけにはいきません」
娘「今回の一連の出来事が、全て人間のせいだったとしてもですか?」
騎士「はい。魔物が住んでいるという事実が不味いのです」
娘「……被害は年に一度くらいだと」
騎士「それでもです。今回のことで、魔物に対する恐怖心が人々の心に深く刻まれてしまった」


騎士「魔物は存在するだけで、人々の生活に悪影響を及ぼしますからね」
娘「……隣国が滅んだせいで敏感ですものね、そういう話には」
騎士「ええ。まだ調査が始まったばかりだというのに、街には魔物討伐が近いという噂まで流れていて、ほとほと参っていますよ」
娘「討伐……するんですか?」
騎士「これはまあ、極秘なんですが……いずれはそのつもりでいます」
娘「……そうですか」
騎士「出来ればの話ですよ。正直、魔物の力量も分かない今では何とも言えません」



129 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/19(月) 01:42:15 ID:7q2CWRQU

娘「魔物は……この世界で生きていてはいけないのでしょうか?」
騎士「え」
娘「どう思いますか?」
騎士「そうですね……人間の立場から言わせて貰えば、身を引いて貰いたいな、と。我が身と同胞が可愛いですから」
娘「……ええ、その通りだと思いますよ」


娘「夜分遅くに失礼しました。私、そろそろ帰りますね」
騎士「では、お送りしましょう。こんな時間ですし、断らないでくださいね」
娘「ありがとう御座います。では、お言葉に甘えます」
騎士「光栄ですね。さ、参りましょうか」
娘「はい」



130 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/19(月) 01:43:47 ID:7q2CWRQU

娘(同胞が可愛い?)
娘(同胞だった私を棄てたのは……人間だろう)
娘(私は絶対に同胞を裏切らない。裏切られたとしても、だ)
娘(賢く生きるくらいなら馬鹿を通して、高潔な魔物として死んでやる)
娘(……なら、この人を助ける必要なんてないか)


騎士「どうかなさいましたか? 娘さん」
娘「いえ、今のうちにその……お別れを言っておこうかと思いまして」
騎士「え?!」
娘「私、明日にはこの街を発とうと思います」
騎士「そ……そうですか」



131 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/19(月) 01:44:38 ID:7q2CWRQU

騎士「いつ頃ですか? 出来ましたらその……見送りたいな……と」
娘「そうですね……恐らく夕方になると思います」
騎士「……私が仕事を終えて戻ってくるまで、待って頂くことは」
娘「構いませんよ。是非、お願いしますね」
騎士「は、はい!」

娘(…………)
娘(これで、いい)



132 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/19(月) 01:45:41 ID:7q2CWRQU

───………

魔王「ほら、薬だ。飲め」
偽姫「……おいしくない」
魔王「我慢しろ。風邪が治ったら、何でもうまいものを食わせてやろう」
偽姫「あ、あ。じゃあね、じゃあね、けーきがいい」
魔王「分かった」
偽姫「いっぱいたべてもいい?」
魔王「腹を壊すから、二切れまでだ」
偽姫「ぷう」
魔王「拗ねても駄目だ」


魔王「さて……少し出てくるが、大人しくしていろよ」
偽姫「どこいくの?」
魔王「お前の食事を作らせてくる。すぐ戻る」
偽姫「……ほんと?」
魔王「ああ。だから離せ、な」
偽姫「……はやくかえってね」
魔王「分かった」



133 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/19(月) 01:46:40 ID:7q2CWRQU

偽姫「まだかな」
偽姫「……まだかなー」
偽姫「『ちゃんとねておけと、いっただろう』」
偽姫「……おこられちゃうかなー」
偽姫「ごめんなさいしたら、ゆるしてくれるもん」


偽姫「だって、まおうさんはやさしいもん」
偽姫「こわくないもん」
偽姫「まっくろで、こわいかもしれないけど……」
偽姫「わたしは……すき」
偽姫「えへへ……」



134 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/19(月) 01:47:45 ID:7q2CWRQU

偽姫「て……」
偽姫「あったかかったなあ……」
偽姫「あしたも……」
偽姫「ううん、ずっと……」
偽姫「いっしょにいれるかな」
偽姫「いれたら、いまよりもっとすきになるのかな」


偽姫「すき」
偽姫「まおうさんは、わたしのことすきかな」
偽姫「すきだったら、うれしいな」
偽姫「わたしはまおうさんがすきで、まおうさんはわたしがすき」
偽姫「いっしょで、おそろい」
偽姫「おそろいは、うれしいな」



138 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/25(日) 01:25:56 ID:5wApOi/I

魔王「む……」
偽姫「おかえりなさい」
魔王「ちゃんと寝ておけと、言っただろう」
偽姫「ごめんなさい」
魔王「仕方の無い奴だな。ほら、飯を持って来てやったぞ。食わせてやる」
偽姫「はあい」
魔王「うむ、良い返事だ」


魔王「うまいか?」
偽姫「うん。おいしい」
魔王「そうか。良かったな」
偽姫「わ……」
魔王「ん……ああ、すまん」



139 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/25(日) 01:27:54 ID:5wApOi/I

魔王「頭を触られるのは、嫌か」
偽姫「い、いやじゃない」
魔王「そうか。なら、もっと撫でてやろう」
偽姫「……えへへー」
魔王「ペットの世話をしている気分だ」
偽姫「わたし、ぺっと?」
魔王「いや、何か違うな。お前は私の、何だろうな」
偽姫「なにかなあ」


魔王「ああ、そうだ。姫ではないということを、他の者に言いふらすなよ。しばらくは私達だけの秘密にしておこう」
偽姫「う、うん。わかった!」
魔王「よし。お前は聞き分けが良いな。偉いぞ」
偽姫「わたし、えらい?」
魔王「ああ」
偽姫「じゃ、じゃあね……わがまま、いってもいい?」
魔王「何だ?」
偽姫「あ、あのね」



140 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/25(日) 01:29:29 ID:5wApOi/I

夜――

偽姫(……)
偽姫(えへへ……)
偽姫(きょうは、いっしょ)
偽姫(いっしょにねんね)
偽姫(いいこにしてる、ごほうびだって)
偽姫(あったかいな……)
偽姫(こんなにあったかいのは……はじめて)
偽姫(やさしいのも、はじめて)
偽姫(まおうさんはひとじゃないけど……)


偽姫「ね、ね」
魔王「何だ?」
偽姫「わたしね、まおうさんのことすき」
魔王「……そうか」
偽姫「おやすみなさい」
魔王「お休み。私も、お前が嫌いではないな」
偽姫「……うん」



141 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/25(日) 01:31:41 ID:5wApOi/I

次の日─

魔王「すっかり元気になったな」
偽姫「うん!」
魔王「では、今日は久々に散歩でも」

バァンッ!!

側近「大変だ魔王!!」
魔王「何だ騒がしい」
側近「あの国の奴等……姫を見捨てやがった!!」
魔王「……何?」
偽姫「え………」


夜─

偽姫「ふあ……」
偽姫「…………あ」
偽姫「そっか……ねちゃったんだ」
偽姫「ないちゃったな……いっぱい」
偽姫「まおうさん……どこいったのかな……」
偽姫「……ぅ」



142 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/25(日) 01:34:29 ID:5wApOi/I

偽姫「……うぐ」
偽姫「ひっ……ぅ……あう」

偽姫(わたしはにせもの)
偽姫(にせものだから、すてられた)
偽姫(にせものは……やっぱりいらなくなる)
偽姫(まおうさんもいらなくなるのかな)
偽姫(わたしのこと、すてちゃうのかな)

偽姫「ひっく……う、ぇ……っく」
偽姫「どうして……ど……して」
偽姫「わたしは…………ど、して」
偽姫「にんげんなんかに……うまれたの……」
偽姫「う、う……うぇえ……ひ、ぐ」



143 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/25(日) 01:36:09 ID:5wApOi/I

次の日─

魔王「起きたか」
偽姫「うん……」
魔王「それでは、お前の処遇についてだが……」
偽姫「………ぅぐ」
魔王「聞く前に泣くな」


魔王「悪い話ではない。まあ、聞け」
偽姫「う、うん」
魔王「ここにいたいと、昨夜言ったな」
偽姫「……うん」
魔王「ならば、お前…魔王になる気はないか」
偽姫「……え」



144 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/25(日) 01:43:08 ID:5wApOi/I

魔王「私には後継者…つまり、子供がいない」
偽姫「……」
魔王「お前さえ良ければ……私の跡継ぎとして、城に迎えてやろう。どうだ?」
偽姫「そ、それ…って」
魔王「魔王の父親は、嫌か?」
偽姫「う………ううん、すき」
魔王「決まりだ。よろしく、娘」
偽姫「よ、よろしく!」


魔王「今日からお前は魔王の娘だ」
偽姫「むすめ……」
魔王「つまり、本物の姫君だ」
偽姫「ほん……もの?」
魔王「ああ」
偽姫「…………ない?」



145 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/25(日) 01:44:10 ID:5wApOi/I

魔王「何だ」
偽姫「わたしのこと……すてたり、しない?」
魔王「……私はお前の何だ?」
偽姫「え……あ、あの、おこらない?」
魔王「ああ」
偽姫「おと……さん……?」
魔王「……ああ」


魔王「お前が偽物なのではない」
魔王「その、国王とやらが偽物の父親だったのだ」
姫「あ」
魔王「そう考えれば良いだけの話」
姫「う、うん」
魔王「お前は本物だよ。本物の、私の子だ。そして私は子を、捨てん」
姫「うん。うん」



146 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/25(日) 01:45:56 ID:5wApOi/I

魔王「まあ、今は難しいことを考えるな」
偽姫「うん」
魔王「お前は私……いや、私達が守ってやる」
魔王「そして、お前が己のために生きられるよう、この世界を変えてやる」
魔王「私はお前のために、魔王であろうと誓う」
魔王「だから……もう、泣かなくていい」
偽姫「う、うん。ごめんなさい……ごめ、なさい」


魔王「泣くな、と言っているわけではない。謝るな」
偽姫「うん。うん」
魔王「…………全く。仕方のない奴だよ、お前は」
偽姫「…………てね」
魔王「何だ?」
偽姫「ずっと、いっしょに、いてね」
魔王「勿論だとも」



147 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/25(日) 01:47:40 ID:5wApOi/I

───………

朝─

娘「……ああ」
娘「お父さん……」
娘「そうだね、難しく考えることはないのかもね」
娘「私が、私として生きるために」
娘「彼を救いに行きますか」


店主「そうかい……もう行くのか」
娘「お世話になりました。これ……少ないですけど」
店主「ああ、宿代……な?! こ、こんな大金貰えないよ!」
娘「いえいえ、良くして頂いた分ちょっと色を付けただけですよ」



148 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/25(日) 01:49:07 ID:5wApOi/I

店主「しかし、これじゃあ正規の値の倍以上だ……それにお嬢ちゃん、金に困っているって」
娘「都合がついて、もう安心なんです。ですからどうかお納め下さい。お願いします」
店主「……分かった。ありがとう」
娘「こちらこそ、色々良くして下さって本当に感謝しています」
店主「そんな大袈裟な。しかしお嬢ちゃん、随分すっきりした顔だが、何かいいことでもあったのかい?」
娘「ふふふ、分かります?」


娘「色々吹っ切れたんです。ここに来て良かったと思います」
店主「そうかい、何か知らんが良かったなあ」
娘「はい! あ、お土産をこの辺で買って行こうかと思うんですけど、お勧めがあれば教えて頂けますか?
店主「おう、お安いご用さ。誰にあげるんだい?」
娘「家で待つ、父と兄に」
店主「家族想いなんだねえ」
娘「えへへ……なんたって、自慢の家族ですから」



149 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/10/25(日) 01:55:15 ID:5wApOi/I

娘「それでは、本当にお世話になりました」
店主「おう。またこっちに来ることがありゃ、是非ご贔屓に頼むよ」
娘「ふふ……また近い内に来るかも知れません」
店主「お、もしかしてあの騎士様絡みじゃあ……」
娘「んー、ご想像にお任せします。ありがとうございました!」
店主「ああ! またいつでも来てくれよ!」


娘「ふう……お土産も買ったことだし、そろそろ行くかな」
娘「これでこの街ともお別れか。いたのは数日だったけど、何だか名残惜しいな……」
娘「ま、どうせまた来るんだけどね」
娘「そう……また来るよ。来なくっちゃいけないものね」
娘「さて、まずは主の所に行かなきゃ」



166 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/07(土) 02:13:08 ID:4DUhGw/g

洞窟―

娘「おは」
竜「む」
魔王「娘!!」
娘「……へ?」


魔王「ああ!夢にまで見た娘だ!本物だ!うちの娘だ!!」
娘「な、何でお父さんがいるの」
魔王「見ろ主!こいつが言っていた、私の娘だ!可愛いだろう?そのくせ凛々しいだろう?」
竜「落ち着け陛下。何度も顔を合わせているのだから、知っている」
魔王「何しろ国を一つ落とした実績があるのだからな。流石は私の娘。よく出来た子だ」
竜「私の話に耳を傾けてはくれぬのだな、陛下」
娘「何なの、これは」



167 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/07(土) 02:14:02 ID:4DUhGw/g

竜「先程やって来られてな。それからずっと、お前の話を聞かされている」
娘「それはその……父がご迷惑をお掛けして、すみません……」
竜「構わん」
魔王「……久々の再会だと言うのに、冷たいな。私はお前の顔が見れて、嬉しいぞ」
娘「え……その……私もう、嬉しいけど」
魔王「うんうん。そうだろうとも」


娘「でも本当に、何しに来たの?」
魔王「お前を迎えに来た。帰るぞ」
娘「唐突に?!何かあったの?!」
魔王「何を言う。それもこれも、お前達が勝手に動くから悪い」
娘「……私、何かやっちゃった?」
魔王「いや、少し抜けていただけだ」
娘「?」



168 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/07(土) 02:16:17 ID:4DUhGw/g

魔王「こいつが今の時期、人間を襲うわけがないだろう」
娘「あ、それはもう分かって……うん?」
竜「……」
魔王「お前がいつ来ても、こいつはこの洞窟にいたはずだ」
娘「そうだけど……何で知ってるの?」
魔王「それはお前、卵を守るため動けないからに決まっているだろう」
娘「え」


娘「……え?もう一回」
魔王「だから、数十年に一度卵を産み、孵化まで付きっ切りで見守るという」
娘「卵?!どこに?!」
魔王「何だ、やはり知らなかったのか」
竜「姫からは、私が邪魔で見えてはおらなんだろうな」
娘「え……えええ……」



169 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/07(土) 02:18:10 ID:4DUhGw/g

魔王「と、言うことだ。こいつが外をうろつくはずがない」
娘「じゃ、じゃあ最初から無駄足だったってこと?」
魔王「ああ」
娘「何よそれー……」
竜「…………うむ」


竜「我が子を狙う者が、極稀にやって来るため……なるべく卵のことは他に伏せておきたくてな。すまん」
娘「あ、いいよ気にしないで。子供が大事なのは当然だもの」
竜「……ああ」
魔王「しかし、今の時期は気が立っているはずだろう。見知らぬ者が来て、よく牙を剥かなかったな」
竜「仮にも陛下の子を名乗る者だ。そのようなこと、出来るはずが無い」
魔王「……相変わらずだな、お前は」



170 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/07(土) 02:20:01 ID:4DUhGw/g

娘「でもお父さんが主と知り合いだって知ってたら、無駄足にならずに済んだのにー……」
魔王「私に言わぬ、お前と側近が悪いのだ。何かあったらこれからはまず、私に言え」
娘「今回は知り合いだったけどさ……引き篭りのお父さんに、実際知り合いってそんなにいないよね?」
魔王「何を言うか。私はこの世に生きる魔物の生態等、ありとあらゆる情報を把握しているのだぞ」
娘「……はい?」


娘「ぜ、全部?何百種類じゃ済まないくらいいるのに全部?」
魔王「魔王としては当然のことだろう」
娘「側近はそんなこと一言も」
魔王「いや何、この知識をあいつの前で披露する機会が今まで皆無だったのでな。知らんのも無理は無い」
娘「何よそれー……」
魔王「どうした娘、いきなりへたり込んで」
主「くっくっく……陛下も相変わらずのようだな」
魔王「……どういう意味だ」



175 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/09(月) 00:23:57 ID:edA0enbg

街道─

騎士「はあ……まだ何の手がかりも見つからないとはな」
兵1「隊長」
騎士「何だ。にやにやして」
兵1「知ってますよー。隊長は早く仕事を終わらせて、イイ人に会いたいんですよね」
騎士「な、な、な?!」


騎士「何を言い出すんだお前は?!」
兵1「何って……あれだけあからさまに追っかけといて今更ですよ。他の皆もその噂で持ちきりですし」
騎士「くっ……」
兵1「まあいいじゃないっすか。家柄とか身分とか、障害があるほど燃えるって言うじゃないですか」
騎士「一応言っておくが……彼女とは、お前達が思うような関係ではないからな」
兵1「あー、まだいいお友達止まりなんすね。頑張って下さい隊長殿!」
騎士「……」
兵1「何ですか隊長ー。無視は酷いですよー」



176 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/09(月) 00:26:01 ID:edA0enbg

騎士(ああ……)
騎士(確かに最初は姫の面影を見ていた)
騎士(だが……今になっては、本当に、彼女のことを……)
騎士(もう会えなくなるなんて……嫌に決まっている)
騎士(しかし引き止めるわけにもいかない……彼女には何か悩みを抱えているようだし……)
騎士(また、私は思い人について、何一つ知らないままなのか)


騎士「……いや。何とか、してみるさ」
兵1「何をですか?」
騎士「こちらの話だ」
兵1「つれないですねー、そんなんじゃあ愛しの彼女に嫌われて」
兵2「隊長!あちらから煙が上がっています!」
騎士「?!今行く!」



177 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/09(月) 00:28:34 ID:edA0enbg

洞窟─

娘「ま……まあいいや。ちょっと荷物預かっててね、すぐ戻るから」
魔王「仕事は終わりだぞ、どこに行く?」
娘「ちょっと野暮用がね。あ、お父さんいい物持ってるじゃない」
魔王「ああ、一応持って行けと側近がな」
娘「貸してくれるよね」
魔王「構わんが。剣など何に使うつもりだ?」
娘「後で説明するよ」


魔王「何かは知らんが、危ない事はするなよ。急ぐと転ぶぞ、気を付けてな。それから……」
娘「えへへ、ありがと。じゃあ行って来るね」
竜「……待て」
娘「どうしたの?」
竜「何処からか微かに、人間の血の臭いがする。それも複数」
娘「……始まったか」
魔王「む?」
竜「やはりか。首を突っ込んで、何になると言うのだ姫よ」



178 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/09(月) 00:29:53 ID:edA0enbg

竜「人間の争いなど、我ら魔物には何の関係も無いはずだ」
娘「……」
竜「何をするつもりだ、姫」
娘「とある人間を、助けるつもり」
竜「何」
魔王「ほう」


竜「まさかとは思うが……人間に情が移ったか?」
娘「……説明している暇は無い。行くね」
魔王「ああ、行ってこい」
竜「陛下?!」
娘「じゃあ二人とも待っててね!行って来ます!」



179 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/09(月) 00:32:56 ID:edA0enbg

竜「……陛下」
魔王「何。子を信じて送り出すのも、親の責務だろう。あいつなら心配いらんよ」
竜「……」
魔王「納得出来んか?ならば私の代わりに、あいつの野暮用とやらを見届けて来るが良い」
竜「な」
魔王「卵なら私が見ていてやろう。どうだ?」
竜「……」


娘「さあて」
娘「ふんふん……あっちか」
娘「血の臭いと悲鳴と怒号」
娘「どうか間に合って」
娘「私達のために……!」



180 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/09(月) 00:36:14 ID:edA0enbg

街道外れ─

娘「……おっと」


キィンッ…!
「大人しく降伏しろ!そうすれば、命までは取らない!!」
「クソ!こんな大人数が来るなんざ聞いてねえぞ……?!」
「一人たりとも逃がすな!追え!!」


娘「随分と荒っぽい捕り物だなあ……やれやれ」
娘「あの人は……ああ」
娘「怪我した部下を庇いながら剣を振るうだなんて。全く騎士の鏡だね」
娘「とりあえず生きていたか。良かった」



181 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/09(月) 01:00:09 ID:edA0enbg

ガギッ!!
騎士「くっ……!」
賊「おらおらどうした?!早くくたばっちまえ!」
騎士「くそ!!」
ザシュッッ!!
賊「ぎあぁあっ?!」
騎士「生憎……まだ、やるべき事があるんでね」


兵1「……た、隊長」
騎士「さあ、傷を見せてみろ。この程度なら、応急処置で何とかなるだろう」
兵1「……隊長」
騎士「どうした、早く手当てを」
兵1「すみません」
騎士「な」



188 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/15(日) 03:10:31 ID:V5yqxoxE

キイン!!!!

娘「……残念」
兵1「なっ?!」
騎士「……な、何故」
娘「ごめんなさい。でもね」
兵1「ひ……や、やめ」
娘「ちょっと黙ってて」


ガギィイイイッ──ン!!

騎士「ま、待って下さい!!」
娘「……何をするんですか。貴方の命を狙った輩を、何故庇うのですか」
騎士「助けて頂いたことは感謝します!しかし、部下を守るのも私の使命だ!」
娘「全く……もう。貴方のせいで逃げられたじゃないですか。ああ、違うか。逃がしたのでしょうか?」
騎士「……そう取って頂いても、構いません」
娘「ふふ……愚直ですね。私はそういうの、大好きですよ」
騎士「……」



189 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/15(日) 03:12:31 ID:V5yqxoxE

騎士「本当に何故、貴女がここに」
娘「嫌な噂を耳にしましてね。貴方が命を狙われているとか、何とか」
騎士「……彼がその手先だったと」
娘「その様子じゃあ、慣れているみたいですね。話が早くて助かりますよ。あ、どこに行くんですか」
騎士「少し離れていますが、聞こえるでしょう……私の部下が、まだ戦っています」
娘「そうですね」


騎士「私は、行かねばなりません」
娘「まだ部下の中に裏切り者がいないと限らないのに?そうそう都合よく、助けが入る保障はありませんよ?」
騎士「それでも私は部下を……民を見捨てることなど出来ません」
娘「ふふ……」
騎士「?」
娘「良かった」



190 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/15(日) 03:15:45 ID:V5yqxoxE

騎士「何が……でしょうか?」
娘「お気になさらず。私もご一緒しますよ」
騎士「い、いけません!娘さんはここにいて下さい!」
娘「あら、先程実力はお見せしたと思いますよ。私にも、何か出来ることがあるはずです」
騎士「……どうあってもついて来るおつもりですね」
娘「よくお分かりで」


騎士「分かりました……私の側を離れないようにして下さいね」
娘「ありがとうございます」
騎士「貴女のことが、ますます分からなくなってきましたよ……一体、何が目的なんですか?」
娘「ふふ。でしたら道すがら、私の話を聞いて下さいませんか。手短に済ませますから」
騎士「……はい」



191 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/15(日) 03:38:37 ID:V5yqxoxE

娘「どこから話せばいいのやら……私は小さい頃、とあるお方に拾われたんです」
娘「とても立派な身分あるお方でしたけど……ちょっと怖くて、最初はあまり好きになれませんでした」
娘「でも何の気紛れか、そのお方は私をとても可愛がってくれました」
娘「美味しいものを食べさせてくれたり、綺麗なお花を見せてくれたり」
娘「風邪を引いた時なんか、一晩中手を握っていてくれたんですよ」
娘「あの時は本当に、暖かくて、嬉しかったな……ふふ」


娘「気付けば私はそのお方のことが、大好きになっていました」
娘「気付けば大好きなそのお方は、私の父になっていました」
娘「優しい父は約束してくれました。私を守ってくれると。そしてずっと、私と一緒にいてくれると」
娘「やむを得ない事情があって、二つ目は最近まで破られていましたけど……」
娘「それでも今は私のことを、ちゃんと側で守ってくれているんですよ」



192 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/11/15(日) 03:44:01 ID:V5yqxoxE

娘「守られていると感じることは、それだけでとても幸せなことです」
娘「でも私はもう、守られるだけの子供じゃありません」
娘「まだまだ半人前ですけど……自分で考え戦うことが出来る」
娘「だから私は決めました。父が私のために生きると誓ったように、私も父のために生きると」
娘「父がいつまでも側にいて、私に微笑みかけてくれるような……そんな平和な世界を作るんだって……誓ったんです」
娘「守る幸せも、欲張りな私は味わってみたいんです」


娘「そのためには、貴方が必要なの」
騎士「……娘さん」
娘「私の平和な世界のためには……」
騎士「娘さん、わ、私は」

ザン……ッ

娘「貴方のような、愚かな人間が必要なの」
騎士「……?!」



206 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 21:41:04 ID:u.sOYEjs

騎士「くっ……ぁ」
娘「急所は外してあるから、死にはしないでしょう。動けないとも思うけど」
騎士「ま、まさか……貴女も、私の命を」
娘「貴方を殺したって、私に利益はない。むしろ生きててもらわなきゃ」
騎士「なら……ば一体……、っがは」


騎士「ぅ……あぁ」
娘「無駄口はそこまで。続きは後にしましょう」
騎士「ま、まて」
娘「すぐ戻るわ。そこで黙って待っていてね」
騎士「なに……を」
娘「ふふ。下準備、かな?」



207 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 21:41:58 ID:u.sOYEjs

兵2「そこまでだ!!」
賊2「ち、畜生……あ?」
娘「……」
兵2「何故こんな所に人が……!危険だ!下がれ!」
賊2「よ、よし!そこの女!この剣が見えるな?!大人しく一緒に来てもら――――ぅぁがっ?!」
兵2「?!」
娘「……ふ」


兵2「つ……強いな、あんた」
娘「まあね」
兵2「しかし、ここは危険だ。非難しろ」
娘「いいえ、それは出来ません」
兵2「見て分からないのか?!ここは戦場」
娘「いいえ」



208 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 21:43:51 ID:u.sOYEjs

娘「ここが戦いの場所?」
娘「そんな大それたものではないわ」
娘「ちょっとした遊び場、と言った方が正しいんじゃないかな」
娘「ねえ、貴方はどう思う?」
娘「何だ……もう動かないなんて拍子抜け」


騎士「な……な、なぜ」


娘「別に期待していたわけじゃあないんだけどね……」
娘「弱いなあ、本当弱い。っと、また一人」
娘「二人、三人……はい、これで六人目」
娘「所謂悪者側が何人で、自己申告の善人側が何人だか数える気も無いけれど」
娘「どの道、もう少し斬り応えのある得物じゃなきゃ……」
娘「折角の剣が泣くじゃない」


騎士「何故……っ!何故だ?!」



209 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 21:45:28 ID:u.sOYEjs

兵13「た、隊長?!しっかりして下さい隊長!」
騎士「あ、あ……生きて、いたか」
兵13「あの女にやられたんですか?!何なんですかあの女!突然現れて!!」
騎士「に……逃げろ」
兵13「隊長を放って逃げられる訳が――――ぁ、」
騎士「あ、あ……」
娘「これで最後かな?」


娘「はい、終わり?」
騎士「……く」
娘「その顔は終わりみたいね。さっきで全部。本当静かになったもんだね」
騎士「くそ……くそ……クソっっ!!」
娘「この場所でもある程度見えるように、悲鳴が届くように、工夫してあげたんだからね。感謝してよ」
騎士「お前は……い、いった……ぐ」
娘「あ、まずい死んじゃう」



210 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 21:46:42 ID:u.sOYEjs

娘「はいはい仕方ないな。治癒魔法掛けてあげるからさ」
騎士「……な」
娘「ちょっとはマシになったでしょ? あ、でも動かないでね。手元が狂うと本当に殺しちゃうから」
騎士「何故、私を生かす?!何故他の者たちと同じように殺さない?!」
娘「さっき言ったじゃない。貴方が必要なんだってば」
騎士「必要……だと?」


娘「そう。貴方がいないと困るの。まあ別に……貴方でなくてもいいことはいいんだけど」
騎士「……」
娘「その辺は私個人の裁量と言うかー……うん、まあ、適当に決めちゃったの」
騎士「お前は、一体……何者なんだ」
娘「私?」



211 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 21:48:27 ID:u.sOYEjs

娘「ふふ……聞きたい?聞きたいわよね?」
娘「貴方が昔思いを寄せていた、姫様の面影を宿した女」
娘「さぞかし気になったことでしょうね」
娘「興味以上の感情も、抱いてしまっていたかもしれないけれど」
娘「ごめんなさい。貴方、私のタイプじゃないの」
騎士「そんなことは聞いていない!!」
娘「もう……大きな声を出さないでよ。分かったわよ」


娘「まずは出て来てもらいましょうか」
騎士「何の話だ……?」
娘「いるんでしょ、主」

ズンッ!
騎士「な?!」
竜「よく分かったな。この辺りは見通しが悪いと言うのに」
娘「匂いで分かるよ」
騎士「な、な、あ……」



212 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 21:51:08 ID:u.sOYEjs

娘「紹介するわね。この近辺の主よ」
竜「ふん」
騎士「な、何故」
娘「何故ばかりね。少しは自分で考えて御覧なさい」
竜「……私は何をすべきなんだ。食えと?」
娘「いてくれるだけでいいよ。あと、食べちゃダメ。こんなの絶対マズイから」


騎士「な、何故魔物が、平気なんだ」
娘「……」
騎士「答えろ!!」
娘「……私は亡き姫の姿をやつして世を歩く、高貴な魔物」
騎士「?!」
娘「そして……魔王の娘よ」
騎士「魔王?!」



213 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 21:56:33 ID:u.sOYEjs

娘「ええそうよ。そしてあの国を滅ぼし、父を再び解き放ったのは私」
騎士「あ……あああ!!!」
娘「これでようやく、ご理解できたかしら?」
騎士「嘘だ……!ウソだ!!!」
娘「この期に及んで尚その言葉が出るとはね」
騎士「出鱈目を言うな!そんな話、聞いたことがない!!」
娘「だからよ。だから、貴方を生かすんじゃない!」


娘「私の存在は、人間に知られていない」
娘「だってそうよね。この前の一件では、あの場にいた人間は皆殺しにしちゃったから」
娘「だから人間達は知らないのよ。魔物達を率い、あの国を落としたのが一体誰なのか」
娘「別に今まではそれで良かった。私はお父さんを取り戻せただけで、満足だった」
娘「でもね、今回色々あって心を入れ替えたの。私はこれから、立派な魔王の娘として生きることにしたわ」



214 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 21:58:31 ID:u.sOYEjs

娘「私ね、近々あの街を潰すつもりなの。人間も、皆殺し一歩手前にするわ」
騎士「な、何だって?!」
娘「今日はその予告。これはその予告がはったりじゃないっていう、証拠よ」
騎士「何故だ!何故街を襲う?!」
娘「決まってるでしょ。主が、安心して暮らせるように、よ」
竜「……姫」


娘「ね。いいわよね、主」
竜「私としては喧しい人間が減れば嬉しいが……陛下にお伺いは立てたのか?」
娘「ううん。これは私の独断で、一人でやるつもりだったから」
竜「そうか。まあ、陛下なら僻地の街一つなど、問題になさらぬだろうよ」
娘「ふふ……だよね」
騎士「な、な」



215 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:00:32 ID:u.sOYEjs

騎士「ふざけるな!人の命を、何だと思っているんだ?!」
娘「何とも?だって私、人間じゃないもの」
騎士「く、く……」
娘「貴方達だってそうでしょ。魔物の命なんて、何とも思っていないんでしょ?」
騎士「それは……」
娘「第一、私は今まで何人もの人間を斬り捨ててきたわ。今更思うところなんて無い」


娘「そしてもう一つ予告。この国も、貰うわ」
騎士「?!」
娘「この顔と名を広めるため、せいぜい派手に盗らせてもらうわ。期待しててね」
騎士「……ない!やらせない!貴様に我が国を好きにはさせない!!」
娘「そう!その意気込みよ!」



216 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:03:04 ID:u.sOYEjs

娘「貴方みたいな希望と夢しか知らないような人間が、私は欲しいのよ」
娘「私の悪行を声高に弾劾し、私の悪名を心地よい悲鳴で叫んでくれるような、貴方みたいな人間が!」
娘「絶望まみれの世界なんかもういらない!私が欲しいのは平和な世界!」
娘「愛する人が側にいて、美味しいご飯を食べられる……そんな平和な世界が欲しい!!」
娘「そこに邪魔者はいらないの。人間という、邪魔者なんか!!」


娘「だから、これは宣戦布告のほんのご挨拶。せいぜいこれから、よろしくね」
騎士「……一つ、聞かせて欲しい」
娘「何かしら」
騎士「姫は……あの国の、姫は」
娘「『私が殺した』。これでいい?」
騎士「っっ貴様あああああ!!!」



217 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:05:29 ID:u.sOYEjs

ザンッ…ドサ。

娘「あーあ」
騎士「あ、う……うで、が……」
娘「余計な事をするからよ。利き腕じゃないだけ、マシと思ってくれないと」
騎士「ひ、がぁ……く」
娘「まあ、これで余計に因縁は増えたかしらね。思わぬ展開も、良い方向に転ぶものだね」


娘「……ちょっと、聞いてるの?」
竜「加減を間違えたようだな。死んではおらぬようだが、すっかり気を失っておるわ」
娘「うわー……ちょっとやりすぎたかも」
竜「して、どうするのだ。この人間の処遇は」
娘「街の外れまで運ぶわ。ここに放置して、死なれると困るもの」
竜「これに、姫の存在を広めさせるのだったな」
娘「ええそうよ」



218 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:10:19 ID:u.sOYEjs

娘「これで、人間の方にも私の名前が広まるわ。魔物の姫としてね」
竜「その上また国を一つ落としたともなれば、他の魔物にも聞こえが良いものな」
娘「魔王陛下の娘は魔物のためならば、人間なんか根絶やしにする。その実力と覚悟がある、ってね」
竜「……滅茶苦茶だな。後も先も、考えてはいない」
娘「先なんか考えてちゃ、魔王の娘なんかやってらんないよ」
竜「そうだな。そうかもしれんな」


娘「さてと……行ってくるね」
竜「私も行こう」
娘「あ、じゃあちょっと目立っちゃおうか」
竜「何をするつもりだ」
娘「この人返すついでに、先にちょっと暴れておこうかと。入口付近で何人か、ね」
竜「……本当に、良いのか。仮にもお前は元来」
娘「違うわ。私は違う」



219 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:12:58 ID:u.sOYEjs

娘「私は魔物で、あの人の娘だから」
娘「あの人と過ごした時間……それが私の全てだから」
娘「魔王の娘になったあの日に、人だった私は死んだのよ」
娘「私が生きていける場所は、お父さんの側だから」
娘「人との繋がりなんて願い下げ」
竜「……そう、か」


娘(そう)
娘(……これでようやく、人を捨てられる)
娘(だから……嬉しいはずなのに)
娘(この人のこと、何とも思っていないはずなのに)
娘(どうして……胸が苦しいの)
娘(変なの)


竜「……なあ、姫よ」
娘「何?」
竜「私も、お前の世界に居ても良いのか?」
娘「もちろん!」
竜「ふっ……ありがとう」
娘「こちらこそ、ありがとう!」



220 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:15:02 ID:u.sOYEjs

兵1「く、くそ……あの女、本当に強いとは」
兵1「失敗が都に伝わる前に……次の手を打たないと……」
兵1「妹……待っててくれ。これが終われば……お前とまた、暮らせるんだ」
兵1「人質なんて、もう終わりにしてやるからな……」
兵1「……ひとまずここに隠れるか」


洞窟─

魔王「遅い……」
魔王「遅いな……」
魔王「あいつらは一体、どこまで行って、何をしているのだか」
魔王「なあ卵よ。お前の母はまだ帰らんぞ」
魔王「……遅いな」



221 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:17:39 ID:u.sOYEjs

兵1「?!」
魔王「お」
兵1「ま、ま、魔物?!」
魔王「人間か……まさかこの卵を狙ってか?」
兵1「何だってこんなところに魔物がいるんだ?!」
魔王「違うようだな。しかし、ならば何故こんな場所に」
兵1「う、う、う、うわあああああああああ!!!」
魔王「む」


ガキィッン──!!!!

兵1「あ、あ……!!」
魔王「いきなり斬りかかるとは、不躾な奴だな。折角の剣を無駄にするな」
兵1「く、来るな!来るな化け物!!」
魔王「あれこれと注文の多い奴だな。少し、喧しいぞ」
兵1「ひ、ひぃ!」



222 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:19:26 ID:u.sOYEjs

兵1「た、た」
魔王「た?」
兵1「助けてくれ!この通りだ!!」
魔王「ほう」
兵1「何でもするから、い、命だけは!!」
魔王「……そうだな」
兵1「た、頼む!助けてくれ助け」


パチン

兵1「っっっああああああああっ!!!」
魔王「悪いな、人間よ」
兵1「あ、ぐ、だ、すけ……」
魔王「別段お前を殺すことに、意味などないのだ」
兵1「い……いもう、と」
魔王「ただ、私は昔決めてしまってな。これだけはどうしても破れんのだ」
兵1「…………」
魔王「私が救う人間は、あいつが最後でいい。とな」



223 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:21:08 ID:u.sOYEjs

魔王「そうだろう、娘よ」
娘「そうだね、お父さん」
魔王「何をして来たんだ、あちこち血で汚しおって。お前の血ではないようだが」
娘「ちょっと運動。ねー、主」
竜「ああ」
魔王「全く……」


娘「ねえねえ、お父さん。ちょっと聞いて欲しいことがあるの」
魔王「何だ?」
娘「私ね、これからもいっぱい頑張るよ。お父さんの、娘として!」
魔王「そうか。頑張れよ」
娘「だからね、ずっと側で……見ていてね」
魔王「勿論だとも」
娘「うん!」


娘「主も一緒に頑張ろうね!」
竜「ああ」
魔王「ふっ……一体何を始めるつもりだ?」
娘「平和のために、努力するの!」
魔王「平和か。良い言葉だな」
竜「全くだ」
娘「ふふ……いいよねー」



224 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:23:35 ID:u.sOYEjs

──……


魔王城─

娘「んー。今日もいい天気だねー」
魔王「そうだな」
娘「平和だねー。いいことだねー」
魔王「全くだらけおって……もう少し、しゃんとしろ」
娘「だって……今日は久々のお休みなんだもの。いいじゃない」
魔王「まあ、確かにそうだな……ゆっくりするか」
娘「うん。えへへー……」


バァンッ!

側近「お前は仕事だ馬鹿野郎!!」
魔王「……はあ」
娘「あ、大丈夫。片付けておいたよー」
側近「ああああ?!」
魔王「……ふう」



225 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:25:24 ID:u.sOYEjs

娘「お父さんと一緒にまったりしたいの!」
魔王「よしよし。よく出来た子だ。褒美に撫でてやろう」
娘「わーい」
側近「……頼むから、これに仕事させてくんね?外聞があるから」
娘「もう構わないじゃない。その分私が頑張るって決めたんだから」
側近「いやまあ……そうなんだけど、釈然としねえ……」
魔王「我が儘な」
側近「うるせえ。お前はこの件に関して口を開くな」


側近「ったく……調子はどうだ?」
娘「もう絶好調だよ」
側近「そうだろうなあ」
魔王「これでもう、あの国の三割を手中に収めたのだったな」
娘「うん。これからもじっくり追いつめていくつもり」
側近「ま、あまり無理はするなよ?」
娘「えへへ。ありがと」



226 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:27:20 ID:u.sOYEjs

側近「ああ、娘ちゃんにいくつか報告。あそこの主の卵、最近孵ったってさ」
娘「わあ!じゃあ早速、明日にでもお祝いに行かなきゃね!」
魔王「では、一緒に行くか」
娘「うん!」
側近「そしてもう一つ……」


側近「言ってた、隻腕の王族さん?そいつが主体になって、他国と同盟結んでうちに対抗するそうだ」
娘「……ふうん」
側近「如何なされますかな?我らが姫様は」
娘「当然、一網打尽よ」
側近「ふはは……だろうな。頼もしいよ、ほんと」



227 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:30:28 ID:u.sOYEjs

娘「この戦いが終われば、魔物の勢力は一体どれだけ増すんだろうね」
側近「さあね。ま、好きにやってみろよ。また、俺らがしっかりフォローするからさ」
娘「うん。よろしくね」
魔王「娘。無理はするなよ?」
娘「大丈夫!」


娘「私にはお父さんと、側近と、魔物達がいるんだもの。何だって平気よ」
魔王「そうか……良かったよ」
側近「嬉しいこと言うなあ。褒めてやるよ、よーしよし」
娘「わーい」
魔王「おい、私の許可なくそいつに触るな」
側近「堅いこと言うんじゃねえよ。お前がいない間、誰が面倒見てたと思ってるんだ」
魔王「む……」
娘「あはは」



228 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:32:18 ID:u.sOYEjs

娘「ねえ。私、頑張るね」
魔王「ああ」
娘「もっともっと平和な、世界のために!」
魔王「頑張ろうな……娘」
側近「嫌というほど協力してやるよ」
娘「うん!」


その昔、人を捨てた娘がいた。

それは理を断ち切る悪しき選択だった。
交わってはいけない縁だった。
取ってはいけない手だった。
愛してはいけないはずだった。

彼女はただ、一つを願っただけだった。
愛する者達が側にいて、共に歩んでいける当たり前の世界。
それは果たして悪なのか。善なのか。きっと誰にも分からない。

ただ一つ言えるのは……。



229 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:34:27 ID:u.sOYEjs

娘「さーて、まずはご飯にしましょ。お腹減ったよ」
魔王「そうだな、昼にするか」
側近「じゃあ俺もご一緒させて頂こうかね」
魔王「親子の団欒を邪魔する気か」
側近「当たり前だろ。なんか腹立つんだよ」
魔王「くっ……魔王に向かって、何だその言い草は」
娘「あーもう、二人とも喧嘩しないの!」



彼女は平和をこの上なく、愛していた。
それだけだった。


魔王の娘「今日も平和でご飯がおいしい」
【終】



231 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:41:29 ID:RYk95WWQ

乙!



232 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:43:48 ID:YC5RorF2

大作お疲れ様でした!
この展開は予想外で…なんだろこの読後感……ビタースイートとでも言うんだろうか



233 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/01(火) 22:47:19 ID:HH8NGbAI

乙です!



234 おつかい ◆5G.VrtfN/g 2009/12/01(火) 22:47:25 ID:u.sOYEjs

終わった!粗が目立つけど終わった!!

こういう、勢いに任せた微妙なものが書きたかったという話です。
前作を読んでいない人でも読めるようなものが目標でしたが…早々と諦めました。難しい。
人により好き嫌い別れるオチかもしれませんが、個人的にはとても楽しめたので満足です。
しかし三ヶ月もかかるとは…。並行して色々書きすぎか。猛省。

場所を提供して下さった暇Pさん、支援下さった方、読んで下さった方。本当にありがとうございました!
幾分かでも、暇潰しになれば幸いです。またお会いできましたら、よろしくお願いします。



237 ななし 2009/12/02(水) 03:31:06 ID:gE8az9xI

ご飯が美味しい。素晴らしい事だよね。



239 以下、SS宝庫にかわりましてエレ速がお送りします 2009/12/02(水) 17:22:40 ID:abv9SEgs

少し悲しい部分もあったけど,面白かったです.


前作:魔王「今日も平和だ飯がうまい」



◆Special Thanks
おつかいさん&ヒマッピーさん




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         コメント一覧 (34)

          • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年11月07日 12:42
          • いいじゃない
          • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年11月07日 13:00
          • これ魔王のシリアスな過去話もあっただろ
            それも面白かった
          • 3. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年11月07日 13:35
          • 久しぶりに読んだけどやっぱりいいな

            ※2
            昨日も昼に更新されたし明日の昼にでも更新されるんじゃね
          • 4.  
          • 2011年11月07日 13:44
          • 母親は誰だァー
          • 5. す
          • 2011年11月07日 17:39
          • 面白かった~
          • 6. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年11月07日 18:41
          • ※4
            人間の時の両親は深く書かれていない

            魔王の娘になった時のことの場合
            お前に配偶者(妻)がいるか?
            つまりそういうことだよ
          • 7.  
          • 2011年11月07日 18:48
          • こういうのって何エンドって言うの?
          • 8. 名無し
          • 2011年11月07日 20:42
          • わざわざ全面戦争の道を選んで平和がいいとか、なんか腑に落ちない
          • 9. なら
          • 2011年11月08日 00:07
          • 兵士1の妹って言う台詞はなんだったの?
            なんかの伏線?
            教えてー
          • 10. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年11月08日 01:52
          • ※8
            種の生存競争なんて得てしてそんなもんだろう。
            娘視点だと人間側めっさ悪だし。
          • 11. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年11月08日 06:14
          • 悪くない
            だが俺の好きな某作家ならこうはならなかったな
            奇をてらったのかもしれんが、娘の決断にいたる過程に説得力が足りんよ

            騎士をああいう人物にしたなら、もっと対話させるべきだった
            あの流れじゃ騎士に意味がない
          • 12. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年11月09日 00:26
          • おもしろかったー 満足だわ
          • 13. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年11月15日 04:22
          • 王道を覆すいい作品でした。
            レールに乗る事が正しい訳じゃないと、現実にも当て嵌めれる面白いテーマだったよ。
          • 14. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年11月20日 19:17
          • 面白いな!

            ぜひ、この魔王親娘には悲惨な末路を歩んでもらいたいものだね!人間としてはね
          • 15. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年04月12日 00:53
          • 5 久々にすがすがしいSS
            娘さんの理がドリフターズの黒王様過ぎるな
          • 16. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年05月06日 02:59
          • 戦の予感しかしねー。
          • 17. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年09月26日 04:45
          • 是非とも勇者に頑張ってほしくなるな。
            娘の過去はそんな悲惨でもないし
          • 18. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2013年02月27日 02:24
          • 面白かった〜
            満足、満足
          • 19. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2013年06月25日 22:57
          • 人間と協定結んでも、いつ裏切られるか分かったもんじゃないだろ
            人間は魔物が怖くて、居るだけで迷惑とか言っちゃってんだから

            それに魔王の娘として争いの火種にならない為には、人間と敵対する意思を示さなきゃじゃん

            そもそも娘は人間に絶望してるし、信じないって結論の方が納得っちゃ納得
          • 20. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2013年08月11日 00:28
          • 娘にとっての平和は「父(魔王)と兄(側近)がずっとそばにいて、魔族のみんなと楽しく過ごせる世界」
            そしてそこにはみんなを危険に晒す邪魔者である人間の入る余地は無い

            こうして文面にすると、いたって普通の事じゃないか
          • 21. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2013年09月29日 00:48
          • 124の娘表記が面白いことになってる
          • 22. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2014年02月23日 19:45
          • 面白かったよ

            この後勇者が産まれて、王になった元隻腕騎士に討伐に送り込まれるんだな

            それで人間側としてはメシウマだな
            娘にはちょっと失望したからな
          • 23. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2014年03月29日 05:24
          • 娘と本当の両親と出会ってしまった話しとか面白そう

            両親を自らの手で殺めて両親だとその後で気付いちゃうエンドとか
          • 24. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2015年05月29日 02:38
          • 共存に持っていくように見せかけて決別…鬱で悲しいけど見事でした。

            ※9
            兵1の裏切り?も、妹のためという事情があったという事により、善悪で割り切れない話である事を強調する事に加えて、兵1への感情移入を誘う事で、魔王が人間に対して冷酷に目覚めた事を読者へ印象付けるためとか、そんな感じ?
          • 25. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2016年04月02日 11:00
          • 娘が勇者として生まれていたのでは?そして、勇者が魔王の側についた?
          • 26. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2016年12月04日 21:36
          • 素晴らしい展開だった。
            そうだよ。平和のためには根絶やしにするしかない。
            なんでそんなこともわからないんだろうみんな。
            我が国の周りにも根絶やしにしたいやつがわんかさいて困る
          • 27. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2016年12月29日 01:32
          • 全面戦争に突入しておいて、平和で飯がうまいってのはどうなんでしょう…。
            娘の心はあれだけ揺れていたのに、こんなに簡単に割り切れるものなのでしょうか?
            それほどまでに世界が狂っているということなのでしょうか…。
          • 28. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2017年02月01日 12:02
          • 後味の悪い話は苦手なんだ・・・
          • 29. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年01月14日 03:34
          • 5 夢中で読んでしまい気付いたら終わってしまった
          • 30. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2018年11月14日 01:32
          • 良い物語だった
            娘は「血を吐き続ける悲しいマラソン」の道を選んでしまったね。もう二度と、本当の意味での平穏を得る事は出来なくなってしまったね
            でも、本人がそれに気付かぬまま、これからを過ごしていくのなら…虚しくも、一応はハッピーエンドなのかな
          • 31. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2020年08月01日 03:10
          • いや>>11の好きな作家なんぞ知らねーよ
          • 32. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2021年08月25日 08:50
          • お父さん(魔王)は大事なことを教え忘れちゃったんだよ。自分がされて嫌なことは他人にしちゃ駄目だって。
          • 33. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2021年08月31日 18:43
          • 魔物のために戦争って言ってるけどそれは建前で、本音は自分の気持ちから逃げたいだよねコレ。
            結局人間の身勝手さは捨てられないと解釈すべきなのか、それとも魔王らしいと取るべきか。
            ……まあ身勝手なのは変わらないか。
          • 34. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2023年07月04日 17:38
          • 5 乙です!
            レス見てると平和じゃねえとか言ってる奴いるけど、それって己の価値観を人に押し付けてるだけなんだよな。
            娘は魔王と一緒に楽しく暮らせることが平和って思ってるみたいだから、そのための行動ってことなのではないかな。

        はじめに

        コメント、はてブなどなど
        ありがとうございます(`・ω・´)

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