キョン「かまいたちの夜?」

haruhi106
1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 00:25:19.96 ID:sDHzCwEM0

「って何だ?」

「ホラーゲームだよ。一言で言えばね」

「あー、バイオハザードとか、そんな感じの?」

「いや、ああいうアクション系とはまた別種のホラー。好みが激しく分かれるゲームなんだけどね。キョンは小説とかあんまり読まないんだっけ?」

「自ら好んでは手を出さないな。ああ、つまり、そういうゲームなのか」

「そう。基本的には小説と変わらない。プレイヤーは物語を読み進めるだけさ。ただ、時々選択肢が出て、主人公の行動を決めることが出来る。それによって物語の結末は大きく様変わりしていく」

「いわゆるADV(アドベンチャー)ゲームってジャンルになるわけか」

「サウンドノベルっていうらしいけどね。中々面白かったから今度貸してあげるよ。小説、嫌いってわけじゃないんだろ?」

「まあな。お前が薦めるってんなら、そりゃプレイしてみるのもやぶさかじゃないが、ところでそれ、どんな話なんだ?」

「『吹雪によって閉じ込められたペンションで起きる連続殺人。果たして主人公とヒロインは無事生還することが出来るのか』、とまあこんな感じ」

「殺人事件か。それはホラーというか、ミステリー小説みたいだな」

「立派なホラーだよ。選択を誤ればバンバン人が死ぬ」

「そりゃあ成程、ホラーだな」



2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 00:29:54.92 ID:sDHzCwEM0

 国木田と交わしたそんな会話を思い出す。
 俺の手元にはその国木田から借り受けた「かまいたちの夜」というタイトルのゲームがある。

 まさかこれが国木田の形見になるとは思いもしなかった。

 つい一週間前のことである。
 交通事故だった。
 信号無視してきたトラックにはねられたのだという。
 その知らせを受けた時は我ながら取り乱したものだ。
 それこそ、長門有希に、あの寡黙なヒューマノイドインターフェースに何とかしてくれとすがりつく程に。
 そんな醜態を晒す俺を諫めたのは古泉だった。
 曰く、長門さんだって神様ではない。
 人の死だけは、どうにもならないのだと。
 あの常に胡散臭い笑みを絶やさぬ男がとても真剣に。
 俺に語って聞かせたのだ。
 俺はすまないと謝った。
 いえいえ、と古泉は笑った。



4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 00:32:38.45 ID:sDHzCwEM0

 それが、一週間前。

 ようやく心の整理もついた俺は、ふと思い出して国木田から借りたまま放置していたそのゲームを引っ張り出したわけなのだが……

「借りた以上は、一度はプレイしておくべきなんだよな……」

 感想を聞かせてくれ、と国木田は言っていた。
 俺はパッケージからソフトを取り出し、ゲーム機にセットする。
 遅くなってしまったが、遅くなりすぎてしまったが。
 それでも、感想を報告させてもらうことにしよう。
 約束はきちんと守らなくてはならない。
 それが故人とのものならば、なおさら。
 そして俺はゲーム機のスイッチに手を触れ、スイッチをONに切り替えた。

 ――瞬間。

 俺の意識は断絶した。



5: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:34:54.78 ID:sDHzCwEM0

 涼宮ハルヒの憂鬱×PS or SFCソフト「かまいたちの夜」  クロスSS



70:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 02:56:25.80 ID:tSTSNACYO

>>5が色々と酷過ぎる



7: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:36:19.43 ID:sDHzCwEM0

 気付けば、俺は真っ白な下り坂を猛烈なスピードで滑り落ちていた。

「は!? あ!? うおお!?」

 訳も分からぬままバランスを崩し、俺は盛大に転倒する。
 そして雪面にしたたか頭を打ちつけた。
 雪面。
 雪。雪だ。
 そして俺はスキー板を履いていた。
 待て。
 待て待て。
 状況を整理しよう。
 一体全体何がどうなって俺はこんな目に――ダメだ、頭がくわんくわんして回らない。
 そんな俺の目の前で、雪を蹴立てて鮮やかに止まる人影。

「全く情けないわねぇ、キョン」

 呆れたように声をかけてくる。
 その声に俺は、

「うるせえよ、ハルヒ」

 と、ぞんざいに答えたのだった。



10: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:39:54.34 ID:sDHzCwEM0

 ようやく痛みも引いて頭が回転してきた。
 何をボケていたんだ俺は。
 そうだ、俺は今――ハルヒとスキー場に来ているのだ。

「どうせ俺は滑るより転がる方が似合ってるよ」

「何言ってんのよ。アンタね、ただでさえ滑りっぱなし転がりっぱなしの人生送ってんだから、せめてスキーの時くらいしゃんと立ちなさいよ」

「お前ね…ちょっとは『大丈夫?』とかそういう労わりってものを……」

「ほらほら、さっさと立つ! もう一回滑るわよ!!」

 ハルヒは快活にそう言った。
 が、ちょっと待ってくれハルヒ。
 俺はもう朝からのお前のスパルタ特訓のせいで、立っているのがやっとという状態なのだ。

「もう、男の癖に情けないわね! 私を見習いなさいよ! 今から富士山登頂をやってみせろと言われたって私はやり遂げてみせるわよ!?」

 やかましい規格外。
 どこどこまでも常識から外れているお前と、平々凡々極まる俺を一緒にするんじゃない。

「もう帰ろうぜ。見ろよ、雲行きだって怪しくなってきた」



13: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:42:48.02 ID:sDHzCwEM0

 俺は半ば適当にそう言ったのだが、事実、先程までちらほら見えていた太陽はもうすっかり雲に隠れてしまっていた。
 というより、空全体が黒く重い雲に覆われてしまっている。

「あら、ホントね。今夜は吹雪くかも」

 ハルヒは空を見上げてそう言った。

「ついてるじゃない!! 吹雪の中のサバイバルなんて、滅多に出来る経験じゃないわよ!!」

「出来るなら一度もしたくない経験だそれは!! そもそも吹雪けばリフトが止まるわ!!」

 とんでもない女だった。とんでもない馬鹿だった。
 まあ、知っていたけどさ。
 俺はハルヒのスキーウェアの後ろ首を引っ掴み、ハルヒを無理やり引きずる形で、スキー場を後にした。



15: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:46:26.52 ID:sDHzCwEM0

 ハルヒの叔父から借りた4WDのワゴン車に乗り込み、ペンションまでの道のりを走らせる。
 涼宮ハルヒ。
 傍若無人、自由奔放、天上天下唯我独尊なこの女と知り合ったのは――
 あれ? いつだっけ?
 ああ、そうだ。今年の四月だ。

 今年の四月に、俺とハルヒは大学で知り合ったのだ。

 ……なんでこんな簡単な記憶が曖昧になってしまっているんだろう。
 ゲレンデで何回も盛大に後頭部を強打したことがまだ尾を引いているのかもしれない。ぞっとする話だ。
 しかし、実際コイツとはもっと昔から知り合いだったような気もしてるんだよな。もちろんそれは気のせいでしかないわけだが。
 ま、とにかく。
 珍妙奇天烈摩訶不思議、奇想天外四捨五入、出前迅速落書無用なこの女と出会って、何となく気があって、一緒に飯を食いに行ったり何回か一緒に飲んだりもして。
 そこそこ仲良くやれてきたんではないかと思う今日この頃。
 この冬。
 ハルヒから一緒にスキーに行かないかと誘われた。
 ハルヒの叔父がペンションを経営していて、格安で泊まれるから――ということらしい。
 もちろん、有意義なキャンパスライフを送らんと努力を怠らぬ暇な大学生である俺にとって、その誘いを断る理由は無く、俺は二つ返事でOKした。
 そういうわけで俺たちは昨日、つまり12月21日、ここ信州へとやって来たのだった。



17: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:49:48.78 ID:sDHzCwEM0

 ペンションに帰り着く頃にはもう日はとっぷりと暮れ、雪が降り始めていた。
 ハルヒの叔父が経営するペンション『シュプール』は、外観はログキャビン風で、内装は白を基調にしたおしゃれな造りだった。
 料理のメニューも多彩で、味も文句のつけようがないレベル。
 シーズンだということもあり、けっこう繁盛していて、親族という事で割安で泊めてもらえることにちょっと罪悪感を感じるほどだった。
 正面玄関のドアを開ける。
 からんからん、とドアについた鈴の音が鳴った。
 俺とハルヒの部屋は別々にとってある。
 当然だ。ハルヒの叔父が経営しているんだからな。
 いや、例えそうじゃなくても、俺もハルヒももう立派な大人である以上、その辺の線引きはキッチリしないといけないだろう。
 ……俺は一体誰に言い訳しているんだろうね。
 ふむ、夕食までけっこう時間があるな。
 どうするか……。

1.一旦部屋に戻って着替え、玄関脇の談話室で落ち合う

2.一旦部屋に戻って着替え、夕食までどちらかの部屋で話でもする。

3.疲れがひどいので、夕食まで仮眠をとる。



18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 00:51:46.33 ID:J4WyHnPC0

めっちゃ3選びたい



19:選択肢は出るけど安価とかはない めんご:2010/10/03(日) 00:53:11.68 ID:sDHzCwEM0

 俺たちは一旦部屋に戻って着替えてから、夕食まで俺の部屋で話をすることにした。
 俺は服を着替えた後、何となくそわそわしながらハルヒを待つ。
 しかしまあ、今更ながら、ハルヒは俺を全く男として意識してないんだろうなあ、とつくづく思う。
 そうじゃなきゃ、二人きりで泊りがけの旅行になんて誘ってこないだろうけどさ。
 男としてそこはかとなく切なくなったりもするが、まあそっちの方が気楽でいい。
 俺もハルヒを女として見たことなどほとんど無いしな。
 こんこん、とノックの音がした。

「開いてるよ」

 軽く返事を返すと、がちゃりとドアが開いてハルヒが入ってきた。

「ふうん、私の部屋と変わんないのね」

「当たり前だ」

「壁が回転して隣の部屋と繋がってるとか期待したのに」

「観光地のペンションに何を求めてるんだお前は」



21: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 00:56:38.66 ID:sDHzCwEM0

 ハルヒは相変わらずなことを言いながらベッドに腰を下ろす。
 ペンション『シュプール』の客室は全てツインルームになっているらしく、俺が一人で使っているこの部屋にもベッドは二つある。
 俺はもうひとつのベッドに腰を下ろした。
 途端、足腰の疲れを自覚する。

「さすがに疲れたな。足腰ががたがただ」

「あの程度で? なっさけないわねえ。私は全然疲れてないわよ」

 だろうな。同意を求めた俺が馬鹿だったよ。

「マッサージしてあげようか?」

「あん?」

「ほらほら、ちょっとうつ伏せになって」

「お、おい」

「いいから」

 全く強引なやつである。
 まあ逆らう理由も無いので俺は素直にベッドに横になった。



22: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:00:30.59 ID:sDHzCwEM0

 ハルヒが俺のふくらはぎの辺りを両手で揉みほぐし始める。
 お、おお…これは……。

「き、きもちいい……」

「私、こういうの得意なのよね~。意外と」

 ほう、自分で『意外と』と口にするか。どうやら自分のキャラを少しは把握しているようだな。
 なんて感心していると、ハルヒのしなやかな手がふくらはぎから太ももへと昇ってきた。
 待て待ておいおい。
 止めなければどこまででも上に昇ってきそうな様子だぞ。
 どうする?

1.「わあ! もういいよ!」
   俺は慌てて起き上がった。

2.「もっと……もっと上まで……おういぇー…」
   俺は何も言わずにハルヒの手の感触を楽しんだ。



23: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:04:00.13 ID:sDHzCwEM0

「よーしもうオーケイだ!! すっかり疲れが取れたよサンキュー!!」

 もちろん俺の性格で2番を選択するなど有り得ないのである。

「なによ、もういいの?」

 若干不満げなハルヒ。
 その表情を前に、あれ? もしや勿体無いことをしたかなと後悔しなくも無いが、事実疲れはどこかへ吹っ飛んでしまっていたのであった。

「そ、そろそろ下に降りようぜ」

 狼狽してしまった自分を誤魔化す様に提案する俺。
 少し口をへの字に曲げて頷くハルヒ。
 まるでもう少し俺と二人っきりで話したかったと言いたげな表情だった。
 なんて。
 んなわけあるか。あほらしい。
 一瞬でもそんな勘違いをした自分を恥じながら俺は階下の談話室へと足を向けた。



24: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:08:24.49 ID:sDHzCwEM0

 階段を下りた所にあるリビングルームが、ペンション『シュプール』の談話室だ。
 談話室には大きな茶色のテーブルを囲んでソファが置かれていて、俺たちは夕食が始まるまでの間そこに腰掛けて待つことにした。
 ちょうど俺たちが腰をかけた時、二階からがやがやと女の子の声がした。
 目を向けると、三人の女の子達が喋りながら階段を下りてくる所だった。
 何となくの見た目で判断すれば、多分俺たちと同じか、ひとつふたつ上の年齢だろう。

「こんなにゲレンデから遠いなんて思わなかったっさ!」

 そう言ったのは緑がかった髪を伸ばした明朗快活な女の子。
 何だか独特な喋り方をしているが、それが気にならないくらいかなり魅力的な容貌をしている。

「でもでも、お料理がおいしいって、ここにほら、書いてありますし……」

 弁解するように丸めて持った情報誌を指差す女の子。髪は亜麻色で、これまた長い。
 服の上からでもわかるほど胸がでかい。
 少し気弱そうなのがまた高ポイントだ。
 全くの私見だが彼女にはメイド服が非常によく似合うはずだ。
 何故か確信できる。
 ほんとに何でだろう?



26: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:12:29.16 ID:sDHzCwEM0

「いやいや、みくるを責めてるわけじゃないんだよ!」

 申し訳なさそうにしていたおっぱいがすごい女の子に、快活そうな女の子が慌てたようにフォローを入れる。

「そうね。それにこのペンションの雰囲気、私は好きだな。サービスも今の所凄くいいし……」

 会話に入ってきた三人目の女の子。
 伸ばした髪は一見すると黒だが、光に照らされた部分は少し蒼く輝いている。
 今時の女の子には珍しい太眉は、しかし彼女にとてもよく似合っていた。
 文句なしに美人だ。ランクをつけるなんて下世話な真似をさせてもらえば、AAランクは間違いないだろう。
 しかし、なんだろう。
 彼女を見た瞬間芽生えたこの思いは。
 心臓の高鳴りを感じる。
 もしやこれが一目惚れというやつか?
 しかしこれはそんな甘酸っぱいものではなく、もっとおぞましい、もやもやとした、得体の知れない……不安というか。
 よくわからんな。



27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 01:14:11.56 ID:J4WyHnPC0

おっぱいがすごい女の子wwww



29: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:15:08.26 ID:sDHzCwEM0

「こぉら。なにジロジロ見てんのよ。ああいう女が好みなわけ?」

 ハルヒに耳を引っ張られた。いてえ。
 ハルヒはそのままジト目で俺を睨みつけている。
 ぬう。一刻も早くこの耳を離してもらうためには、さて、どうしたものか。

1.「何言ってんだ。そんなんじゃねえよ」
   俺はクールにそう答えた。

2.「馬鹿言うな。俺の好みはベイベー、君だけさ」
   俺はチッチッチッと指を振った。

3.「待ってろ。じっくり吟味するから」
   質問には誠実に答えねばならない。俺は三人に舐めるような視線を向けた。



33: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:19:45.33 ID:sDHzCwEM0

「待ってろ。じっくり吟味するから」

 どうせ無難な1番だろ、とでも思ったか?
 甘いな。俺はやる時はやる男なんだぜ。
 やる時を激しく間違っているような気がしないでもないが。
 まあいい。質問に対し誠実に答えるのは常識である。俺は常識が大好きなのだ。

「ふむ」

 俺は三人を上から下まで舐めるように観察する。

「うーん……」

 なかなか決まらない。
 ホンマに三人とも別嬪さんやでえ。
 しかしその中でもやはりおっぱいの大きな女の子には特に目を引かれる。
 ホントにメイド服着てお茶とか差し出してくれないかなあ。
 つまんだままだった耳を思いっきり引っ張られた。

「いってえ!!」

「ふんッ!」

 そっぽを向くハルヒ。
 くそう、俺はお前の質問に誠実に答えようとしただけじゃないか……。
 この理不尽大王め。



36: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:23:16.72 ID:sDHzCwEM0

「すいません、シャッター押してもらえますか?」

 三人組の一人、眉毛の女の子がカメラを差し出しながら俺たちに話しかけてきた。
 視線を見るに、どうやらハルヒではなく俺に頼んでいるらしい。

「ええ、いいですよ」

 俺は軽く引き受けた。

「じゃあ、いきますよ~」

 俺がカメラを構えると、三人は寄り添って笑みを浮かべる。
 さてさて、笑顔を作るための定番の掛け声をかけさせて頂こう。

「1+1+1は~?」

「……さん?」

 パシャア!!
 俺は問答無用でシャッターを切った。
 うむ、見事にみんな素の顔である。
 まさしく飾らない顔というやつだ。
 自らの仕事に惚れ惚れである。
 ハルヒに蹴り飛ばされた。



39: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:26:32.79 ID:sDHzCwEM0

 その後、ハルヒが写真を撮りなおし、カメラを女の子たちに返す。
 そのままの流れで自己紹介が始まった。

 緑がかった髪の、明朗快活な女の子が鶴屋さん。

 おっぱい大盛りな女の子が朝比奈みくるさん。

 眉毛が朝倉涼子。

 というらしい。
 ん? いかんな、何故か朝倉さんだけごくナチュラルに呼び捨てにしてしまったぞ?

「別にいいわよ。どうやら年も一緒みたいだし」

 朝倉さん、いや朝倉はそう言って許してくれた。寛大なことだ。
 ちなみに俺と年齢が一緒なのは朝倉だけで、鶴屋さんと朝比奈さんはひとつ上らしい。
 三人ともOLをやっているそうだ。



43: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:30:23.76 ID:sDHzCwEM0

「私たちはさっき着いたばっかりなんだけど、ゲレンデの様子はどんな感じだい?」

 鶴屋さんが気さくに聞いてくる。
 といってもスキー初心者たる俺にゲレンデの良し悪しがわかるわけもない。
 わかるのは痛かったってことぐらいだ。

「結構いい感じよ。リフトもそんなに混んでなかったし」

 代わりにハルヒが答えた。
 しかしコイツは一旦気安くなるとほんとに年上だろうがなんだろうが敬語を使わんな。
 鶴屋さんは特に気を悪くした風もなく、ハルヒと雪について話を続けている。
 どうやらこの二人、けっこう気が合うようだ。

 ブゥーン……

 その時、エンジン音が近づいてきて、ペンションの表で止まった。
 誰か新しい客が到着したらしい。
 しばらくすると、玄関ドアに取り付けられたベルがからんからんと音を立てた。

「WAWAWA! やっと着いたか!! 死ぬかと思ったぜ~!!」

 新しい客は、入ってくるなり随分と騒々しかった。



46: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:34:23.92 ID:sDHzCwEM0

 新しい客は二人連れだった。
 一人は髪の毛をオールバック風に纏めた騒々しい男。
 もう一人は見るからに大人しそうな女の子。
 女の子の方は小型犬を猫っ可愛がりしているようなイメージだ。
 これまた見た目は俺たちと同年代に見える。

「ああ谷口さん、いらっしゃい。遅かったですね。心配しましたよ」

 ハルヒの叔父である新川さんが奥から出てきて二人を迎える。
 ちなみに新川さんは白髪のよく似合うダンディな御方だ。
 年を取ったらこうなりたいと思わざるをえない。

「いきなりすげえ吹雪き始めたから、迷う所だったぜ」

 谷口と呼ばれた男が新川さんに答える。
 窓の外に目を向けると、確かに雪の勢いが随分と増していた。
 ぽっぽ、ぽっぽ、ぽっぽ、ぽっぽ……
 突然鳩の鳴き声が聞こえて、俺は壁に目を向ける。
 古臭い鳩時計が七時を告げたところだった。
 俺は反射的に自分の腕時計に目を向ける。
 その表示は18:55となっている。
 遅れてしまったのだろうか?



47: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:37:55.94 ID:sDHzCwEM0

「食事の用意が出来ましたので、食堂の方へどうぞ」

 食堂からアルバイトの喜緑江美里さんが出て来た。

「では、荷物と上着は運んでおきますから、谷口さん達も食堂へ」

 フロントでは新川さんが記帳を済ませた二人に食事をすすめている。
 何となくそちらを見ていたら、大人しそうな女の子と目が合った。
 女の子はにこりと微笑むと軽く頭を下げた。
 俺も慌ててそれにならう。
 気付くと、ハルヒも彼女を見ていた。
 やばい、と思って咄嗟に耳をかばったが、ハルヒはそんな俺に頓着せず呟いた。

「大人しそうで、可愛い子ね」

 私と違って。
 ぼそりと。小さな声でハルヒがそう付け足した気がした。

「まあな」

 俺は特に何も考えず肯定する。



49: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:42:39.06 ID:sDHzCwEM0

「やっぱり男ってああいう女の子女の子したような子が好きなわけ?」

「確かにそういう奴も多いだろうな」

「あんたは?」

「俺か? どうだろうな。やっぱり一緒にいて楽しいってのが一番大事だと思うけどな」

「ふーん」

「ま、そんなもんどうでもいいじゃねーか。楽しい旅行を続けようぜ。ハルヒ」

 そう言って俺はソファーから立ち上がる。
 まずはおいしいと評判の夕食だ。温かいうちに、十分に堪能させていただこう。

「……? おい、ハルヒ。早く行こうぜ。折角の料理が冷めちまう」

 こういう旅行は最大限楽しむ努力をするのが俺のモットーだ。
 俺は心なしか少し赤い顔をしているハルヒを急かすのだった。



50: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:46:40.36 ID:sDHzCwEM0

 食堂のテーブルにはすでにナイフやフォークがセットされていた。
 女の子三人組やさっき着いた二人組も、もう先に椅子に座っている。
 俺達も指定されたテーブルに着いた。
 テーブルの真ん中には、クリスマスツリーの形をしたキャンドルが立っている。
 その揺らめく小さな炎が、窓の外を見つめるハルヒの横顔を、ほの赤く照らしている。
 こうして黙っているとこいつもそれなりに可愛いんだけどな。

「何見てんのよ」

「別に」

「エッチなこと考えてるんじゃないでしょうね」

「ねーよ」

「勘違いしないでよね。こんなお手軽な旅行で雰囲気に流されて処女を捧げてしまうほど安い女じゃないわよ私は」

「黙れ。死ね」

 黙ってないとホントにダメだこいつは。
 ってか処女かよ。
 びっくりだよ。
 素面でそんなカミングアウトしてんじゃないよお前。



51: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:50:27.92 ID:sDHzCwEM0

 そんな下品な会話をしていると料理がやってきた。
 料理を運んできたのはメイドだった。
 バイトの喜緑さんではない。喜緑さんは普通にエプロンをつけているだけである。

「ごゆっくりどうぞ」

 メイドさんはたおやかな笑みを浮かべ、去っていく。

「何アレ」

「森さん。説明しなかったっけ? 新川さんの、うーん、何ていうか、押しかけ女房というか」

 ちなみにハルヒの叔父さん、新川さんはどう見たって六十歳近く、森さんはどう見ても三十歳に届いてはいない。
 えー、何それ。新川さん超勝ち組じゃねえ?

「森さんは籍を入れるのを強く望んでるらしいんだけど、新川さんが受け入れないのよ。他にいい人がいるだろうってずっと説得してるらしくって」

 それでも俺は新川さんが憎い。
 男子たるもの一生で一度は自分にベタ惚れのメイドを侍らせてみたいと夢見るものだ。
 彼はそれを叶えたというのか。
 素直に妬ましいものである。



52: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:54:07.59 ID:sDHzCwEM0

 花のような笑顔で配膳を続ける森さんをつい目で追ってしまう。

「あれ?」

 そこで気付いた。
 泊り客は、俺たち、三人娘、遅れてきた二人組……だけかと思っていたが違った。

 もう一人、こんなペンションには似つかわしくない客がいた。

 食堂の隅、壁に溶け込むようにして座っているコートの男。
 食事中だというのに上着も帽子も脱がず、あまつさえ黒いサングラスをかけている。
 スキー客にはもちろん、仕事で来ている営業マンにすら見えない。
 ……ヤクザ?
 それが俺の第一印象だった。

1.「しかしヤクザがこんな所に…?」
   俺は思わず口にしていた。

2.「あの人ヤクザかな?」
   俺はハルヒに聞いてみた。

3.「あなた、ヤクザですか?」
   本人に尋ねてみた。



53: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 01:58:27.92 ID:sDHzCwEM0

 3番なんざありえるかぼけーい。

「あの人ヤクザっぽいよな」

 俺はハルヒに意見を求めてみた。

「そんなわけないでしょ。ヤクザがこんな所に一人で来て何しようってのよ」

「ま、そりゃ確かにな」

「気になるなら私が直接聞いてきてあげようか」

「毛ほども微塵もこれっぽっちも気になってないから座ってろ」

 なぜお前はそんなにあっさりと3番を選択してしまえるのだ。恐ろしいやつめ。
 改めて男を横目で見る。
 大人しくスープをすすっているその様子を見ていると、見かけと違って気のいい人なんじゃないかとも思えてきた。
 サングラスを外さないのも、単に眼病を患っているのかもしれないし、恥ずかしがっているんだと考えれば萌えるではないか。
 彼のことは意識から追いやって、俺たちも運ばれてきたスープに口をつける。



54: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:03:06.55 ID:sDHzCwEM0

「うお…!」

 思わず声を漏らしてしまった。
 おいしい。なんだこれは。
 スープだけではなく、その後次々に運ばれてきた料理はどれも素晴らしく、俺は感嘆の念を禁じえなかった。
 てっきり料理は森さんの作品かと思ったら、ハルヒ曰く、新川さんが作っているらしい。
 なんだちくしょうと唸る俺。
 どこまでパーフェクトなんだ新川さん。
 男として完全敗北してしまった気分である。
 食事を終えた人々が、三々五々、食堂を出て行く。
 俺の腕時計は19:55を示していた。

「さて、じゃあナイターに行きましょ」

 ハルヒは信じられないことを言って立ち上がる。

「ば、馬鹿いうな。どう考えても腹いっぱいになってまったりモードだろここは」

「何言ってんのよ。折角スキー場に来てんのよ? 滑りたおさなきゃ損じゃないの」

「待て待てハルヒ、時に落ち着け。こんな吹雪じゃそもそもナイター自体やってないだろう」

 とにかく行きたくない俺だった。

「ほら! さっさと立つ!!」

 とにかく聞き分けないハルヒだった。



55: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:07:00.26 ID:sDHzCwEM0

「天気予報を聞くかぎりじゃ、ナイターどころじゃなさそうですよ」

 エプロン姿の喜緑さんが横から口を挟んできた。

「当分ここから出ない方が安全みたい」

 アルバイトの喜緑さんはちょっと年齢がよくわからない。
 ぱっと見は年下のようにも見えるし、ふとした時にとても大人びて見えたりもする。
 どこかふわふわした、つかみ所の無い女の人だ。

「そんなに激しいんですか?」

 俺はほっとした反面、喜緑さんの言葉に不安を感じる。

「予報じゃあ近年にない大雪になるかもしれないなんて言ってるぜ」

 今度はもう一人のアルバイト、生徒会長がやってきた。
 ……うん、彼の名に疑問を抱かれた方は多いと思う。
 キャラ名生徒会長て。
 しかし彼、何度名前を聞いてもそうとしか答えないのだ。
 ならばこちらもそう呼ぶしかないだろう。



57: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:10:46.44 ID:sDHzCwEM0

 生徒会長(高校の時にでもそんな役職をやってたんだろうか?)はその名の示す通りの風体をしていた。
 さすがに学生服でこそないが、仕事中は常にパリッとしたカッターシャツに身を包み、いかにも秀才ですと言わんばかりの眼鏡をかけている。
 またそれがニヒルな雰囲気によく似合うのだ。
 まるでわざと『生徒会長』という、いかにもなキャラを演出しているのではないかと疑ってしまうほどに。
 身長も高く、運動にも長けているのは疑いない。
 男としては間違いなく格好いい部類に入るだろう。
 なんとなくハルヒを見る。
 ハルヒは敵意を込めた眼差しで会長を睨みつけていた。
 ああ、うん、お前はこういうタイプとは相性悪いだろうなあ。

「閉じ込められて飢え死に、なんてことにならないでしょうね?」

 早速ハルヒが噛み付いた。

「ふん、ずいぶん幼稚な発想をするな。オーナーの姪とは思えん」

 こっちもはなっから喧嘩腰だ。なんでだよ。
 喜緑さんは笑ってる。他人事かよ。



58:>>56 わお、びっくり まあとりあえず最後まで見てみてくれ:2010/10/03(日) 02:15:37.78 ID:sDHzCwEM0

「仮にお前の言うとおりになったとしても十分な備えはある。この人数なら三週間はもつだろうさ」

「雇い主の姪に向かって『お前』とは随分ね」

「こいつは失礼しましたオジョウサマ」

 そう言って口をゆがめて笑う会長。

「まあ三週間は大げさだか、一日二日は滞在が延びることになるかもしれんな」

「ふうん、ま、それくらいは仕方ないか。ね、キョン」

 なに? それは困る。明後日にはバイトが入ってるのだ。
 が、ここでそんなことを言うほど俺はKYではないので、ここは言うべきことだけを言うことにする。

1.「ああ、もちろん。かまわないさ」
   俺は笑顔を返した。

2.「もちろん宿泊代はタダなんだろうな?」
   俺は念を押した。



59: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:18:53.95 ID:sDHzCwEM0

「もちろん宿泊代はタダなんだろうな?」

 俺は念を押した。
 お金に関することはきっちりしておかなくては、後々トラブルの種になってしまう。
 ただでさえ割安で泊めてもらっているくせに言うことは立派な俺だった。
 誰も言葉を返してこない。
 ハルヒは顔を赤くしている。
 会長は俺を蔑んだ目で見下している。
 喜緑さんの顔から笑みが消えた。
 え、なにこの空気。

1.「もちろん、今のは冗談だ」
   俺は慌てて取り繕った。

2.「どうなんだ!」
   俺は畳み掛けた。



60: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:22:10.89 ID:sDHzCwEM0

「どうなんですか会長!」

 俺は畳み掛けた。
 俺は間違っていないはずだ。
 俺はKYなんかじゃないぞ。

「…まあ、オーナーの姪とその連れだからな。融通はきかせてくれるだろうよ」

「よし! 言質とった!!」

 ガッツポーズの俺。
 俺のすねを蹴り飛ばすハルヒ。
 悶絶する俺。
 さっさと席を立つハルヒ。
 片足けんけんで追いかける俺。
 くっ、お金に厳しいしっかりした男を演出したかっただけのはずが、なぜこんな結果に。
 とりあえず食堂を出るまでの短い時間でハルヒに十回以上謝った俺だった。



61: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:24:47.20 ID:sDHzCwEM0

 食堂を出た所で、何だか雰囲気がざわついているのに気が付いた。
 フロントのあたりで、三人の女の子たちが新川さんに向かって何かを喚いている。

「落ち着いて話してください。一体何があったんです?」

 女の子たちを落ち着かせるように、ゆっくりと言葉をかける新川さん。

「だから! 今部屋に戻ったら、床にこんな……こんな物が……!」

 女の子達が震えながら、新川さんに小さな紙切れを差し出した。
 俺は横からその紙切れを覗き込む。
 赤いマジックのような物で、字が書きなぐってある。



62: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:25:46.18 ID:sDHzCwEM0

 こんや、12じ、だれかが 



63: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:26:35.92 ID:sDHzCwEM0

             しぬ



64: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:30:32.77 ID:sDHzCwEM0

「今夜、12時、誰かが……死ぬ!?」

 俺が読み上げると、皆一様に息を呑んだ。
 数秒たって、新川さんがようやく口を開く。

「誰かのいたずらでしょう」

「……悪趣味ね」

 ハルヒが眉をひそめる。
 確かに、悪趣味ないたずらだった。
 それが、本当にいたずらであったならば。

「でも、それにしたって誰かが私達の部屋に入ってこれを置いていったってことにならないかい? 気持ち悪くてあそこじゃ眠れないっさ」

 鶴屋さんが横で涙目になっている朝比奈さんを見やりながら言う。
 その様子から見るに、眠れないのは鶴屋さんではなく朝比奈さんなのだろう。

「床に落ちていたのなら、ドアの隙間から差し込んだのではないでしょうか。鍵はかけていらしたのでしょう?」

 新川さんがそう言うと、女の子達はぽかんとした表情を浮かべた。

「そっかー。中に入らなくてもいいんだ」

 どうやらそんなことにも気付いていなかったらしい。



65: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:35:21.45 ID:sDHzCwEM0

「……でもやっぱり気持ち悪いです」

 朝比奈さんはそれでも不満を示す。

「何ならお部屋を替えましょうか? 幸い空き部屋もありますから」

「その部屋にはテレビついてます?」

 朝倉の問いに、新川さんは申し訳なさそうに首を振った。

「申し訳ありません。うちは客室には基本的にテレビは置いていないんです。ふた部屋だけ置いてある部屋があるんですが、それが今お泊りの部屋なんですよ」

「もうひと部屋は?」

「あいにくふさがっております。ですから、テレビを御覧になるのでしたら、今のお部屋で我慢していただくしか……」

「どうする?」

「やっぱり怖いです~」

「テレビは我慢しよっか?」

「でも、見たいテレビがあるのよね」

「ん~、テレビくらい我慢できないかい?」

「『101匹猫ちゃんにゃんにゃん大行進』があるのよね~…」

 何だかとてつもなく癒されそうな番組名を口にする朝倉だった。



66: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:39:14.80 ID:sDHzCwEM0

 結局、つまらないいたずらだし、部屋を替えることにもあまり意味がなさそうだということで、三人は引き下がって部屋に戻っていった。

「でも、誰がこんな悪趣味ないたずらするのかしらね。子供は泊まってないし」

 ハルヒが俺をいたずらっぽい目で見つめる。

「アンタがやったんじゃないの? こういうの好きそうだもんね、アンタ」

「OKハルヒ。今の俺の正直な気持ちを伝えよう」

「なによ」

「お前が言うな」

 ジリリリリン! ジリリリリン! と、フロントの電話が鳴り始めた。

「はい、『シュプール』です」

 新川さんが電話に出るのを聞くともなしに聞きながら、俺たちは誰もいない談話室のソファに腰掛けた。
 新川さんの低く通った声は、俺たちの座った所までよく聞こえてくる。



67: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:43:44.63 ID:sDHzCwEM0

「ああ、古泉様でございますか。夕食はあいにく終わってしまいましたが、お部屋は取ってございます。……はい……はい……駅の辺りですか。そこからですと、車で3、40分はかかると思いますが」

 どうやら今頃来る客がいるらしい。
 雪はもう相当強くなっている。
 迷って遭難、なんてことにならなければいいが。

「……かしこまりました。では、お待ちしております」

 がちゃん、と新川さんが受話器を置いたところで、二階からあの騒がしい男と大人しそうな女の子が階段を降りてきた。

「テレビつけていいか?」

 馴れ馴れしく声をかけてくる。
 恐らくは同年代なんだろうが、初対面の人間にいきなりタメ口とは感心できることではない。

「ええ、どうぞ」

 とはいえ、進んで波風を立てることもあるまい。
 俺が頷くと男はテーブルの上のリモコンを操作し、テレビをつけた。
 そのまま次々とチャンネルを変えていく。



68: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:48:39.74 ID:sDHzCwEM0

「駄目だ。どこもやってねえや。もうちょっと待たなきゃしょうがねえか」

 男は苛立たしげにリモコンをテーブルに置くと、俺達の方を向く。

「なあ、今日の終わり値知らねえ?」

「は? おわりね?」

「株価だよ株価。ここど田舎だからな、夕刊がねえんだよ。ああ、ちくしょう、まさかケータイが圏外になるとは思わなかったなぁ」

「お忙しそうですね谷口さん。しかし、こういう時くらい仕事のことは忘れてはいかがです?」

 新川さんが男に声をかけてきた。

「ああ、悪い悪い。別に仕事って訳じゃなくてさ、毎日見てるもんだから、見ないと気持ち悪いってだけなんだよ」

「全く、今日は恋人さんとの初めての旅行なんでしょう? 忙しくて中々彼女と会えなくて、ようやく時間が取れたんだと仰ってたじゃないですか」

 そこまで喋って、新川さんは俺たちが見ていることに気付いて言葉を切った。

「ああ、一応紹介しておきましょうか。谷口さん、この子は私の姪で、ハルヒといいます。こっちは義理の甥になるかもしれないキョン君」

 何てこった。新川さん、あなたも俺をその名で呼ぶのか。
 義理の甥なんていう囃し立てに何にも感じないくらいショックだ。

「ちょ、ちょっと! 勝手に決めないでよ!! だ、誰がこんなやつ!!」

「全くです。俺にも選ぶ権利という物があります」

 ハルヒに蹴り飛ばされた。いてえ。



69: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:53:39.66 ID:sDHzCwEM0

「へえー、新川さんの姪か。可愛いじゃん」

 そう言って、いやらしい目つきでハルヒを舐めるように観察する谷口とやら。
 いや、そう感じるのは俺の思い過ごしか?
 しかしこの男はそういう下世話な目で女の子を見ることに躊躇をしないタイプのような気がする。
 いや、これはもう確信だ。
 初対面の人間にかなり失礼な評価を下す俺。
 うーむ、俺はこんなに決め付けるタイプの男では無かったはずなのだが。

「谷口さんは私がペンションを始める前にお世話になった方の息子さんでね。若くして会社を継いで経営なさっている、大変立派なお方なのですよ」

 なに、そんな凄い奴なのか。
 こいつが?
 キャラ設定を間違ってるんじゃないのか?

「そんなわけだけど、なに、敬語とか使わなくていいからな。そういう堅苦しいのは苦手だからよ。どうやら同年代みたいだし」

 言われるまでもねえ。
 お前に敬語を使うなど、俺の魂がNOと言っている。



71: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 02:57:14.28 ID:sDHzCwEM0

「しかしあれだな。新川さんは大したもんだ。脱サラして店始めて、こんなにしっかりやれてる奴なんてそうはいないもんだぜ。お前らはまだ学生なのか?」

「まあな」

 よくしゃべる奴だなと思いつつ、俺は頷く。

「新川さんは見習うべき人だぜ。この人は立派な人だよ」

 言われるまでも無い。
 俺はもう心の中で新川さんを師と仰がせていただいているのだ。勝手に。

「ところでお前、もう就職は決まったか?」

「まだだけど……」

「まだか。まだだったらウチに来ねえか? ウチはいいぞー、実力主義だからな、二年目の人間が十年目の人間より給料高いなんて平気でやってる」

「はぁ…」

 なんかいきなり勧誘が始まってしまった。
 初対面の人間をいきなり自社に雇おうとするとは、何ともリスキーな野郎である。

「そのかわり力のない奴はいつまで経っても給料は上がらねえ……お前はなんか見所がある。どうだ。ウチに来ねえか?」

1.「遠慮しとくよ」

2.「願ってもない話だ。是非お願いするよ」



73: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:01:05.55 ID:sDHzCwEM0

「遠慮しとくよ」

 就職先は自分でしっかり考えて決めたい俺は、谷口の誘いを丁寧に断った。

「今不況だ不況だ言って騒いでるけどな、ウチにはそんなもん関係ねえ。実力のある奴しか雇ってないからだ。ウチは実力主義だからな。どうだ? ウチ来ねえか」

 自分が話すことに夢中で俺の答えを聞いていなかったらしく、話をやめようとしない谷口。
 こんなんで本当に商談とか纏められるのかよ、と疑問を抱かなくもない。
 しょうがないので俺は……

1.「謹んで辞退させてもらおう」

2.「その熱意に負けたよ。これから世話になるぜ」



74: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:04:45.16 ID:sDHzCwEM0

「謹んで辞退させてもらう」

 と、重ねて辞意を示した。

「そもそもウチの会社がなんで不況に強いか、それはだな」

「聞けよ!!」

 新川さんの恩人の息子の若社長の頭を躊躇なく叩く俺。
 いやでもさ、今のはさ、俺悪くなくね?

 くすくすくす、と笑い声が聞こえた。

 振り向くと、谷口の恋人らしい、あの可愛らしい女の子が階段の下に立っている。

「あなた、とっても面白いのね」

 声を聞いてみると、どこかおっとりとした、いわゆるお嬢様という印象をうけた。



75: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:09:01.44 ID:sDHzCwEM0

「谷口くんにそんな風に接してる人を見るのは初めてなのね」

「恋人の阪中だ」

 谷口が彼女、阪中さんを紹介する。
 いや、同年代らしいからここは気さくに阪中と呼ばせてもらうことにしよう。

「阪中。こっちは新川さんの姪の涼宮ハルヒ、そのフィアンセのキョンだ」

「勝手に」

「決めるな!」

 声を揃えて文句を言う俺とハルヒに、阪中はまたくすくすと笑った。
 阪中はそのまま谷口の隣りに腰掛けた。

「おいしいお食事だったのね」

「ありがとうございます」

 恭しく頭を下げる新川さん。
 そういった仕草が本当に様になるオジサマだ。

「本当に素敵なお料理でした」

「阪中さんにそう言っていただけると、自信がつきます」

 にこりと笑う阪中に微笑みを返す新川さん。
 何だか穏やかな、心地よい雰囲気が場を満たし始める。



76: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:12:24.49 ID:sDHzCwEM0

「なんか喉渇いちまったぜ! ビールもらえるかな!」

 馬鹿が空気をぶち壊した。

「ええ、すぐにお持ちします。君たちはどうする?」

 新川さんが俺とハルヒに目を向ける。

「いただくわ」

 ハルヒはそう答えた。
 俺は……。

1.「そうですね、いただきます」
   遠慮なくいただくことにした。

2.「いや、俺はウーロン茶で」
   アルコールは控えておくことにした。

3.「タダですか?」
   念を押した。



78: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:15:27.27 ID:sDHzCwEM0

「タダでうぐぅッ!?」

 ハルヒに足を踏んづけられた。
 超いってえ。

「キョンにもビールね」

 勝手に決められてしまった。
 新川さんは微笑みながら頷いて、食堂へと向かっていく。



79: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:20:25.04 ID:sDHzCwEM0

 どさどさッ! と、突然窓の外で何か重たい物が落ちる音がした。

「うおっ。何か…落ちたぞ」

 俺がびくりと体を震わせると、ハルヒは呆れたようにため息をついた。

「屋根の雪が落ちただけよ」

「なんだ雪かよ」

 拍子抜けした。
 しかし本当に雪だったのか?
 疑いながら窓の外の闇を見つめていると、遠くでぼんやりと明かりがちらつくのに気付いた。
 車のヘッドライトだ。
 急速に近づいてきて、エンジン音も聞き取れるようになる。
 この辺りには他に家もないし、おそらく遅れてきた客だろう。
 案の定、エンジン音はペンションの裏手に回り、そこで消えた。
 からんからん、と玄関の鈴の音が響く。

「すいません! 古泉ですが! どなたかいらっしゃいますか!」

 よく通る声がこちらまで響いてくる。

「古泉さんですね? ようこそいらっしゃいました」

 新川さんが食堂から姿を現した。



80: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:24:00.53 ID:sDHzCwEM0

 古泉と名乗った新しい客が靴を脱いで上がってきた。
 新川さんはビールを談話室のテーブルに置くと、急いでフロントへと向かう。

「いやあ、一時はどうなることかと思いました。ワイパーはまるで役に立たないし、車はスタックするし……」

 フロントで記帳しながら喋り続けるそいつは、これまた俺たちと同年代のようだった。
 爽やかなイケメンという感じで、常に笑みを絶やさない。
 しかし、何故か俺はその笑顔に胡散臭さを感じた。

「夕食は終わってしまったのですが、おにぎり程度のものならばご用意できます。お作りしましょうか?」

「いえ、途中で色々食べてきましたので、お腹は空いていません。何か温かい飲み物をいただけるとうれしいのですが……」

「コーヒーや紅茶のような物がよろしいでしょうか? スープもご用意できますが」

「それじゃあ、紅茶をお願いします」

「お部屋にお持ちしましょうか。それともそこの談話室で…?」

「そうですね…そこで結構です」

 古泉さんとやらはちらりとこちらを見て頷いた。



81: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:28:06.53 ID:sDHzCwEM0

「かしこまりました。ではこちらが鍵になります。荷物を置いたらまた降りてきてください」

 新川さんから鍵を受け取り、古泉さんとやらは荷物を担いで二階へと昇っていった。
 ぽっぽ、と鳩時計が一回だけなる。
 八時半だ。

「ああ、申し訳ありません。どうぞ、お召し上がりになっていてください」

 俺たちにそう声をかけて、新川さんはまた食堂に戻っていった。

「んじゃ、お言葉に甘えて」

 俺とハルヒと谷口はビール、阪中はオレンジジュースの入ったグラスを手に取った。

「乾杯!」

 軽くグラスを合わせてから口をつける。

「ぷはー!」

「いやあ、こういう寒い時に部屋ん中を暖かくして、冷たいビールを飲むってのは最高の贅沢だよなぁ」

 谷口はニコニコしている。

1.「そうだな」
   俺はあいづちを打った。

2.「そうは思わんな」
   俺は逆らった。



82: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:31:39.80 ID:sDHzCwEM0

「そうは思わんな」

 俺は逆らった。

「最高の贅沢ってのはやっぱりなんといっても、真夏にクーラーをがんがんにかけて鍋を食べることだよ」

「違うぜキョン。そんなん言うなら南極でストーブ思いっきり焚いて、ガリガリ君を食うことこそ至高の贅沢というもんだ」

「戯けた事を。いいか。究極の贅沢というのは赤道直下で冷凍庫に入ってその中で」

「黙んなさい」

 ハルヒに怒られた。

「何をさっきから低次元な言い争いしてんのよ」

「なにおう。ならばハルヒ、お前の考える最高の贅沢ってのを言ってみろ」

「地球最後の日に一人宇宙へ脱出する私。宇宙船の中で優雅にグラスを傾けながら、大爆発する地球を見て私はこう言うの。た~まや~」

「こ、この悪魔め!!」

 その時はせめて俺だけでも連れていけ。



83: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 03:35:30.74 ID:sDHzCwEM0

「どうもこんばんは」

 そんな馬鹿なことを言っていたら、古泉さんが降りてきた。

「はは、皆さんはビールですか。参りましたね。ここに凍えかけた人間がいるというのに」

 随分親しげに話しかけてきて、そのままハルヒの隣りに腰掛ける。

「えーと、古泉さん…でよかったですよね?」

「呼び捨てにしてもらって構いませんよ。どうやら年もそう離れてないようですし」

 俺の問いに気さくに答える古泉さん。
 試しに年齢を聞いてみたらずばり同じ年だった。
 ならば気兼ねなく古泉と呼ばせてもらおう。

「ああ古泉さん。もう降りてこられたのですか。紅茶は今入れていますから……」

 新川さんが追加のビールを持って戻ってきた。
 その言葉通り、直後にメイド姿の森さんと喜緑さんがティーポットとカップをのせたお盆を持ってやってきた。



86: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:06:07.02 ID:sDHzCwEM0

「ああ、これは生き返りますね……」

 古泉は熱々の紅茶をありがたそうに口に運ぶ。
 ティーカップのよく似合う男だ。

「泊まり客はこれで全員ですか?」

 一息ついた古泉が俺たちを見回して聞く。

「いえ、あと四名いらっしゃいます」

 新川さんが答えた。

「そうだ。喜緑さん。あの女の子達にも声をかけてみてくれませんか? お茶を欲しがっているかもしれません」

「はい」

 新川さんの言葉を受けて、喜緑さんはパタパタとフロントに向かった。

「あの男の方はどうします? ちょっと怖い感じの……」

 怖い感じ……あのコートにサングラスの、ヤクザの様な男のことだろう。



87: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:11:04.06 ID:sDHzCwEM0

「ああ…彼はいいでしょう。あまり人付き合いを好まれる方ではないようでしたし」

「わかりました」

 頷いて、喜緑さんは内線電話を手に取った。

「オーナー。彼女たち、降りてくるそうです」

「じゃあ私はもう三人分用意してきますね」

 森さんがお盆を持って立ち上がる。

「森さん、くれぐれも砂糖と塩を間違えないようにお願いします」

「もう、新川さんったら馬鹿にして」

 ぷくっ、と頬を膨らませて森さんは台所に消えていった。
 なんだ今のやり取り。
 あまずっぺえ。

「くれぐれも…お願いしますよ森さん……」

 なんて思ってたら新川さんはマジだった。
 マジなのか……。
 森さん、砂糖と塩を間違えるのか……。
 萌える、かなあ?



88: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:15:09.19 ID:sDHzCwEM0

 三人組はすぐに降りてきた。

「こんばんはー!」

「わあ~、紅茶のいい香り。どんな葉っぱ使ってるんでしょう?」

「まだテレビ見たかったのに…猫ちゃん……」

「まあまあ、いずれシリーズまとめてDVDで出るっさ!」

 あっという間に談話室が騒がしくなる。
 人が増えてきたので俺たちはソファを立ち、階段に腰掛けることにした。
 それでもソファはぎゅうぎゅうだ。
 森さんが飲み物を持ってやってきた。
 砂糖と塩は間違えずにすんだのだろうか。

「会長くんにも声をかけたんですけどね。テレビを見てるらしくて今はいらないそうです」

「いただきまーす」

 女の子達は声を揃えて飲み物に口をつけた。



89: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:21:56.64 ID:sDHzCwEM0

 鳩時計が鳴る。
 皆が一斉にそちらを見た。
 鳴き声は、9回。
 9時だ。
 鳩が鳴きやむと、吹きすさぶ風の音がそれまで以上に大きく聞こえた。
 窓枠ががたがた音を立て、分厚いガラスが割れそうに思える。

「雪崩なんか、起きないわよね」

 心配そうに朝倉は言う。

「縁起でもないこと言わないでくださいよぅ。それでなくてもあんなことがあって気持ち悪いのに……」

 朝比奈さんは言いかけて、はっとしたように口を押さえた。

「あんなこと? 何かあったんですか?」

 古泉がのんびりと尋ねてくる。
 まずいな。
 今夜誰かが死ぬなんて書かれた紙切れのことなんて、伝えても気分が悪くなるだけだろう。
 誤魔化すか。

「いやな。大雪で閉じ込められて飢え死にするんじゃないか、なんて話があったんだよ」



92: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:27:55.92 ID:sDHzCwEM0

「はは、まさか。それは大袈裟でしょう」

 古泉は笑って言った。

「ペンションの方ですか?」

 すかさず鶴屋さんが古泉に質問を重ねる。

「僕は泊まり客ですよ。古泉一樹と申します」

 うまく誤魔化せたようだ。
 古泉はそのまま自己紹介を続けた。

「フリーのカメラマンをやってます。風景写真を主に細々とやらせてもらってますが、要望があれば女性のヌードなどもお撮りしますよ」

 冗談のつもりか、そう言ってにやりと笑ってみせる。

「ぬ、ヌードですかぁ?」

 朝比奈さんが真っ赤になった。

「恥ずかしがることはありませんよ。確かに今は皆さん、肌に張りがあってお綺麗でいらっしゃいます。
 ですが、いずれお年を召した時に、あの時の写真を撮っておけばよかったと、きっと思うことになりますよ」

 それにここにいる皆さんは全員素晴らしい体をしていらっしゃるようですし、とセクハラすれすれの発言をかます古泉カメラマン。
 こういう発言が許されるのは、やっぱりイケメンゆえなんだろう。
 いや、僻みや妬みで言ってるんじゃないんだ。
 もしそのセリフを谷口が言ったとしたら、全員から袋叩きに会う画が鮮明に頭に浮かぶ。



94: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:31:48.32 ID:sDHzCwEM0

「みくる、撮ってもらえばー?」

「ひえぇ! む、無理です無理です! 無理ですよぅ!」

「あらあら、男に見せるためとしか思えないえっちな体してるくせに」

「や、やめてくださぁい! そ、それに、えっちっていうなら朝倉さんだってすっごくえっちじゃないですかぁ!」

「やめてよ。そんな言い方されたらなんだか私、とっても淫乱な女の子みたいじゃないの」

「あ、朝倉さんはえっちですぅ! えっちじゃなきゃあんな水着は着れませぇん!」

「や、やめてよ! 私淫乱じゃないわよ!!」

「二人とも全く私に触れてくれないから自分で言っちゃうけど、私もプロポーションにはちょぉっと自信があるっさ!!」

 きゃいきゃいはしゃぐ三人娘。
 神よ。何故だ。何故今回の舞台を海に設定してくれなかった……!

「お前はいらないのか? ヌード写真」

 ハルヒに話を振ってみた。

「いらないわ」

「何故だ」

「私はこのプロポーションを還暦まで保つもの」

 マジか。おい結婚してくれ。



95: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:35:49.36 ID:sDHzCwEM0

 ガシャン!! と、何か大きな音が響いた。

「……何だ、今の。何かガラスが割れたみたいな音だったけど」

 音に大きく反応した谷口は訝しげに二階を見上げている。

「少し見てきます」

 新川さんはすぐに立ち上がると、廊下の奥に消えていった。
 さっきまでの楽しげな雰囲気は雲散霧消してしまった。
 新川さんが戻ってくる。隣に会長を引き連れていた。

「一階には異常は見当たりませんでした。申し訳ありませんが皆さん、ご自分の部屋を確認していただけないでしょうか。放っておいたら冷凍庫になってしまいますので」

 そりゃ大変、と俺たちは慌てて二階へと上がった。



96: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:42:00.10 ID:sDHzCwEM0

 がちゃり、とドアを開けて自分の部屋をチェックする。
 一見して何も異常が無いのはわかる。
 念のため窓に歩み寄り、ガタガタと揺らしてみたりしたが問題なし。
 ふむ、と一息ついて俺は廊下に出た。
 ハルヒ、谷口、阪中、古泉、鶴屋さん、朝比奈さん、朝倉。全員が廊下に出てきている。
 その様子を見れば、何も無かったことは読心術の心得が無くたってわかる。
 やがて空き部屋を調べていたらしい新川さんも廊下に出てきた。

「皆さん、異常はありませんでしたか?」

 頷く俺たち。

「……なら、あとは一部屋しかありませんね」

 そう言って新川さんはある扉を見つめる。
 あの、ヤクザのような男の部屋なのだろう。
 俺たちは自然と新川さんを取り巻くようにして立っていた。

「そういえば、あの脅迫状、もしかしたらあの人が書いたのかもね」

 ハルヒがぽつりと口にする。

「どういう意味だ?」

「誰かをその部屋で殺したのかも」

 物騒なことを言い出しやがった。



98: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:45:49.39 ID:sDHzCwEM0

「馬鹿言うなよ。それに、まだ9時過ぎだぜ? あの脅迫状が真実だとしても、予告の時間は12時だったろうが」

「そうだけど。だいたい犯行予告なんてのは、捜査陣を惑わすために出すものでしょ?」

「まあ、確かにそうかもしれんが」

 新川さんが扉をノックした。

「お客様! 田中様!」

 そうか、あの客は田中というのか。
 新川さんはノックしてしばらく待つが、田中さんから返事はない。
 耳をすましていると、中から何かが風であおられているような音がする。

「お客様!」

 ドン、ドン、と強く扉を叩く新川さん。
 が、やはり返事は無い。
 ドアノブを捻るも、鍵がかかっていて開かない。
 新川さんは少しだけためらったが、持っていた鍵を鍵穴にさし込んだ。
 かちり、とロックの外れる音がする。

「失礼いたします」

 新川さんはそう言ってドアを開いた。



99: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 04:50:08.99 ID:sDHzCwEM0

 新川さんがドアを開けた瞬間、その部屋がおかしいことはわかった。
 ドアの隙間からひどい冷気と共に一陣の風が俺たちの間を吹きぬけたのだ。
 室内からは、ばたばたとカーテンが揺れる音と、がたんがたんと何かが叩きつけられるような音が聞こえてくる。

「お客様!」

 新川さんが手を離すと、ドアは風に吹かれて勢いよく開き、壁にぶち当たった。
 部屋の中が見える。
 俺の部屋と同じツインの部屋だ。
 開け放たれた窓から吹き込む雪が、狂ったように乱舞していた。
 重いカーテンが、カーテンレールから引きちぎられそうなほどばたついている。
 窓側のベッドに雪とガラスの破片が少し散らばっているだけで、人の姿はなかった。

「お客様! 田中様!」

 新川さんは叫びながら、入り口脇にあるバスルームの扉を開ける。
 がたん、と窓のほうから音がした。
 見ると、ほとんど枠だけになった窓が外側の壁に叩きつけられている。
 おかしい。
 田中さんはどこに消えたんだ?
 窓から出て行ったのか?
 まさか。この吹雪の中外に出て一体何をしようってんだ。



101: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:01:47.17 ID:sDHzCwEM0

 新川さんはバスルームの扉を閉じると、部屋の奥へと歩を進める。
 俺とハルヒもそのあとについて部屋の中に入り、残りの皆は廊下から部屋を覗き込んでいた。
 吹き込む雪と風から顔を守るように右手をかざし、新川さんは窓に辿り着いた。
 てっきり窓の外を覗き込むのかと思ったが、新川さんはそこでぎょっとしたように立ちすくんだ。

「……何だこれは」

 何気なく近寄って、俺は彼の視線の先を辿った。
 窓とベッドの間は数十センチあいている。
 その床の上に、マネキン人形の部品のようなものが落ちていた。
 黒い布から突き出た手首。
 その上に無造作に置かれた土気色をした足首。
 そして青黒い顔の近くにはサングラスが落ちている。
 バラバラになった人間の体が、無造作に積まれていた。

「なんてことだ…これは……死体だ。人間の、死体だ……!」

 新川さんは声を震わせる。
 ハルヒは呆然として雪の積もり始めたその死体の山を見ながら立ち尽くしている。
 そして俺は。
 俺は。
 俺は。




「国木田――――――?」

 俺は、絶対に知るはずの無いその死体の名を、呼んでいた。



102: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:03:58.13 ID:sDHzCwEM0

「『吹雪によって閉じ込められたペンションで起きる連続殺人。果たして主人公とヒロインは無事生還することが出来るのか』、とまあこんな感じ」


「殺人事件か。それはホラーというか、ミステリー小説みたいだな」


「立派なホラーだよ。選択を誤ればバンバン人が死ぬ」


「そりゃあ成程、ホラーだな」



104: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:08:16.86 ID:sDHzCwEM0

「どうされました? あなたの番ですよ?」

 古泉のその声で、俺は我に返った。

「は? へ?」

 くるりと部屋の中を見渡す。
 そこはSOS団の部室だった。
 えーと。あれ?
 バラバラ死体はどうなった?
 今の季節はいつだっけ?

「おや、このセミの大合唱が聞こえませんか? 今はもう夏休みに突入していて、僕等は進学校らしく夏課外ということで学校に登校し、放課後をこうしてSOS団で過ごしているところですよ」

 オセロ盤を挟んで対面に座っている古泉が、指でオセロの駒を弄びながら言う。
 夢…だったのか?



105: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:12:51.72 ID:sDHzCwEM0

 改めてゆっくりと部屋の中を観察する。
 SOS団団長であるところの涼宮ハルヒは何だかボケッとしながらパソコンの画面を見つめていて。
 部屋の隅では長門有希がいつもどおり本を読んでいて。
 そして俺が熱望するまでもなく、朝比奈さんはメイド服に身を包み、俺に熱いお茶を差し出してくれる。
 それはまるっきり日常の風景。
 古泉はフリーのカメラマンではなく、朝比奈さんはOLではなく、俺とハルヒは大学生なんかではなく、皆仲良く高校生をやっている。
 つまり、どう考えても、あれは夢だったという結論にしか辿り着かない。

「あー…俺疲れてんのかな」

「かもしれませんね。色々ありましたし」

 古泉が頷く。
 俺がこういう弱音を吐けば、いつもなら、ハルヒが鬼の首を取ったかのごとく突っ込んでくるのだが今日は大人しい。
 ……国木田のことがあるからだろう。
 さすがのハルヒも、国木田が亡くなってから、なんというか、俺に色々気を使うようになった。
 相当凹んでたしな、俺。
 まあその凹みは、まだ完全に修繕されたとはとても言えないんだが、な。
 国木田。
 国木田、ね。



107: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:16:30.89 ID:sDHzCwEM0

「なあ古泉」

「なんでしょう?」

 国木田は。
 トラックに正面衝突したあいつは。

「……なんでもない」

 まったく、一体何を聞こうとしているんだか。
 寝ぼけていたとしても最悪だ。
 国木田は、どんな風に死んだのか―――なんて。
 もしかして、死体はバラバラになってしまったりしていなかったかなんて。
 どうかしてるぜ。
 俺は苦笑しながらオセロ盤に駒を置く。
 古泉の白はもう盤面に数えるほどしか残っていない。

「参りました」

「お前…オセロで参ったはないだろう」

「潔いのだけが取り柄でして」

 そう言って微笑む古泉。
 まあいい。ちょうどよかった。
 やっぱりどうも調子が悪いんで、今日のところはこれで退散させてもらうとしよう。
 ハルヒはやっぱり俺に何も言ってこなかった。



108: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:20:53.86 ID:sDHzCwEM0

 そして。俺は帰宅して。
 そして。俺は自分の部屋に辿り着き。

 俺は思い出す。
 俺は思い至る。

 夢なんかではない、悪夢のような、現実に。

 俺の目の前で、ゲーム機が勝手に動き出す。
 俺はゲーム機に一切触れてなどいないのに。

 ペンション『シュプール』へようこそ。
 お客様のお名前は キョン 様。
 おつれ様は ハルヒ 様ですね。

 そして。
 俺の意識は、闇の底へ落ちる。



 ―――それでは、どうぞごゆっくりかまいたちの夜の世界をお楽しみください。



109: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 05:25:27.40 ID:sDHzCwEM0

ちょっと休憩
原作知らない人でもわかるようにと思ってかなり原作なぞってるけど
やっぱ原作知ってる人からしたら冗長だよなあ
それに原作知らねえ人はそもそもこれ読まねえか?
まあいいや 
しばらくはまた原作の流れ辿っていくけど
原作知ってる人は懐かしいなあとかちょっとしたセリフの違いとかを生ぬるく楽しんでくれたらありがたいっす



110:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 05:26:57.63 ID:8l2McM/h0

>>109

おつかれ。
結構楽しんでるよ。



111:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 05:29:02.77 ID:LfW9Jc9u0

最後にプレイしたのいつだろう
超懐かしい



115: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 06:50:59.31 ID:sDHzCwEM0

「キョン? キョンってば」

「……あ?」

「なんかぼけっとしてたけど……大丈夫?」

「あ、ああ。すまん。大丈夫だ」

 心配そうにこちらを覗きこんでいたハルヒに答え、俺は頭を振った。
 ……うん、ようやく頭がシャッキリしてきた。
 ここはペンション『シュプール』一階の談話室だ。
 泊まり客とスタッフは全員ここに集まっている。
 正確には、あの死体となった客を除いて全員と言うことになるが。
 死体。
 バラバラ死体。
 死体を見たのは俺とハルヒ、それと新川さんだけだ。
 残りの皆は死体を目にする前に新川さんによって部屋から追い出されていた。
 俺たちは見たものを皆に説明できるだけの余裕もなく、ただ震えながら紅茶をすすっている。

「ねえ、いい加減何があったのか教えてよ」

 じれた様な口調で朝倉が言った。
 俺は新川さんをちらりと見たが、朝倉の言葉が耳に入っている様子は無い。
 俺が……言わなくてはならないのか。



117: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 06:55:23.70 ID:sDHzCwEM0

「死んでたんだ。あそこで、バラバラになって……死んでいた」

 ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえる。

「バラバラって…それどういうこと?」

 朝倉は悪い冗談だと思ったのか、口元を苦笑いの形に歪めながら聞き返してくる。

「どういうこともなにも……」

 知らず知らず、俺の声は上ずり、甲高く叫ぶような調子になっていた。

「バラバラだったんだよ! 首も、手も、足も! みんな切り離されてあそこに落ちてたんだ!」

「いやぁ!」

 女の子の誰かがそう叫んで泣き出した。
 朝比奈さんだ。



118: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:01:22.64 ID:sDHzCwEM0

「……田中さん、とかいう人なんですか?」

 喜緑さんが小声で聞いてきた。

「そう……だと思います。顔色が全然違うからよくわからなかったけど、あの人だったと思います」

「よく出来た人形だった、ということはなかったですか? それもあの脅迫状と一緒で、いたずらなのかも」

「人形と人間を間違えたりしませんよ」

「でも、最近の特殊技術ってすごいでしょう? 映画なんかでも、本当にリアルな死体とかよく見るじゃないですか」

 ……それでも、だ。
 俺が、国木田の顔を見間違えたりするものか。
 ……まただ。俺は何を言っている。
 国木田なんて人物、俺は知らないのに。

「……あれは人間だった。間違いない」

 新川さんも俺に同意した。
 朝比奈さんが「ひいぃ…!」とさらにくぐもった悲鳴を上げる。

「そういえば……聞いたことがありますよ。『かまいたち』のこと」

 古泉が口を開いた。

「かまいたち?」

 俺は聞き返した。



119: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:06:49.02 ID:sDHzCwEM0

「ええ、知っているでしょう? このような風の強い地域では昔から、何も無い所で突然服が切り裂かれたり、怪我をしたりする現象がまま起こる。
 土地の人たちは、鎌を持ったイタチのような生き物のしわざだと考えて、それらを『かまいたち』と呼びました」

「そのかまいたちのせいで田中さんがバラバラになったってのか? 馬鹿らしい」

 俺は古泉の話を鼻で笑う。

「それに、かまいたちって自然現象なんでしょ? 真空状態が発生してナントカ…って聞いたことあるけど」

 ハルヒも口を挟んだ。
 しかし古泉は動じない。

「一応そういう説明はなされています。しかしここで重要な所は、理屈はどうあれ、そういう現象は事実として起こっている、ということなのです」

「だがそれもちょっとの切り傷が出来る程度のもんだろう。いくらなんでもそれで人間がバラバラになるなんてことは」

「妖怪の仕業だとしたらどんなことでも考えられますよ」

 真顔で一体何を言ってんだこいつは。
 いくらイケメンが言ってもひくものはひくんだぞ。



120: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:11:58.95 ID:sDHzCwEM0

「そんな顔をしないでくださいよ。僕も妖怪なんて信じているわけではありません。では自然現象だと考えてみましょう。
 ……この風の音が聞こえませんか? これほどの激しい風なら滅多に出来ないような恐ろしい真空が出来ても不思議ではないと思いませんか?」

 確かに、外はもう随分前から完全な吹雪になっていて、聞こえてくる風の音はものすごいものがある。
 だがしかし、窓ガラスを割り、窓辺に立つ人間を一瞬にしてバラバラにするような風が吹いたのだと考えるのは、やはり荒唐無稽すぎる。

「そういう考察を発展させるのは自由だと思うけど、忘れてないかな? 脅迫状。あれがあるってことは、あれを書いた『人間』がいるってことだよ」

 鶴屋さんが俺と古泉を冷めた目で見つめている。
 そうだ、脅迫状の件があったんだった。

「脅迫状…とは?」

 だが俺と違って、指摘を受けた古泉はきょとんとしている。
 ああそうだ。そういえば脅迫状の件はさっき誤魔化したんだった。

「そうだぜ。さっきからちょこちょこ出てるけど、脅迫状ってなんのことなんだよ」

 谷口が唇を尖らせる。
 ここまできたら説明しなくてはならないだろう。

「実は……」



121: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:16:21.45 ID:sDHzCwEM0

 脅迫状の一件について説明を終える。
 聞き終わったあとしばらく、全員が絶句していた。

「そんなことが……あったんですか」

 古泉が呟く。

「おいおい、そういうことはちゃんと言っといてくれよなあ……」

 谷口はため息まじりでぼやいた。

「……まあ、今更そんなこと言ってもしょうがねえか。とにかく早く警察に連絡しなきゃな」

 あ、そうだ……。
 そうだよな。それが一番先にするべきことだった。
 そんな常識的なことを谷口から指摘されるとは。
 新川さんもはっとしたように振り向いて、電話に向かった。
 受話器を取り上げ、耳に当てる。
 だが。

「駄目だ……何も音がしない。電話が、通じていない…!」



122: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:20:22.03 ID:sDHzCwEM0

「な、なんだと!?」

 谷口は立ち上がって叫んだ。

「おそらくどこかで電話線が切れてしまったんでしょう」

 新川さんは音のしない受話器を憎々しげに見つめている。
 電話が通じない。
 なんてことだ。
 これで少なくとも明日になり、吹雪が止まないかぎり警察に連絡する手段が無い。
 ……だけでなく、ここから降りる手段も断たれたということだ。
 谷口は突然笑い出した。

「ああ、いやいや。そんなに焦ることも無いか。今の世の中、ケータイっていう便利なもんが……って圏外だったじゃねーか!」

 まったく、一人で騒がしいやつだ。
 一応俺もポケットから携帯電話を取り出して確認する。
 やはり、圏外だ。皆の様子を見るに、電波が届いた人はいないらしい。

「じゃ、じゃあどうすんだよ! 人殺しがこの辺をうろついてんだぞ!?」



123: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:24:48.81 ID:sDHzCwEM0

 人殺し。
 認めたくなかったことを、何とかして誤魔化したかったことを、谷口はあっさりと言い放った。
 そう、俺たちは、少なくとも俺は、その可能性についてわざと考えないようにしていた。
 現実から目をそむけて、かまいたちだなんだと絶無の可能性を囃し立てていた。
 認めたくなかった。
 認めるのが怖すぎた。
 だが、あれが事故や自殺であろうはずがない。
 殺人だと考えるのが一番自然だ。
 誰かが田中さんを殺し、その死体をバラバラにしていったのだ。
 そして谷口の言うとおり、この天候を考えると犯人はまだこのあたりにいる可能性が高い。

「この天気で山を降りることは可能ですか?」

 俺が尋ねると新川さんと会長がほとんど同時に首を振った。

「無理だろ」

 答えたのは会長だった。

「さっき古泉…さんが辿り着いたのだって奇跡みたいなもんだぜ。歩いて降りたらもちろん凍死。車だったら運がよくても立ち往生。運が悪かったら沢に転落だな」

「じゃあ犯人は、このペンションの中に隠れようとするんじゃないですか? 生き延びるためには、それしかないでしょう?」

 ……全員が、息を呑んだ。
 泣いていた朝比奈さんさえ、一瞬泣き止んで恐怖の表情を浮かべた。



124: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:30:16.59 ID:sDHzCwEM0

 会長が舌を鳴らす。

「つまり…俺たちは死体をバラバラに切り刻んだような奴とこれから一晩過ごさなきゃならんってことか? 冗談じゃない」

「同感だな。そんなもんはゴメンだ。何とかしなきゃな」

 谷口も大きく頷いた。

「ですが…具体的にはどうするのです? まさか、僕達で犯人を捕まえるというのですか?」

「それしかないだろ」

 古泉の疑問に当然だとばかりに頷く谷口。

「……それはあまりに危険でしょう。相手は死体をバラバラにするような凶悪な殺人鬼です。下手に手を出すより、ここで皆でじっとしていた方がいいと思います」

「じゃあここでこのままずっと起きとくってのかよ。うっかり全員寝ちまったらその間に皆殺しだぞ?」

 この馬鹿は言いづらいことを本当にずけずけと……。
 見ろ。朝比奈さんがもう真っ青じゃねえか。
 くそう。見てられない。

「いや、どんなにひどいやつでもそこまではしないだろ。まあ、戸締りだけはしっかりしなきゃならんだろうが……」

「戸締りっつってもよ、キョン。もう中に入り込んでたら意味ねえじゃねえか」

 谷口の言葉に朝比奈さんは「ひゃわぁ!」と叫んでそこかしこを凝視し始めた。
 俺のフォローが台無しだちくしょうめ。



126: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:36:34.25 ID:sDHzCwEM0

「まさか。一体、いつ、どこから入ってきたというのです?」

 新川さんは谷口の言葉を否定する。

「それはわかんねえよ。でも実際に人ひとり殺してるんだ。俺らが気付かないうちに入ってきたってことだろ」

「いえ、ですが……」

「そうだ、窓を割って入ってきたんじゃねえか? 裏手にはあんまり除雪してない所もあるだろ? だったら二階から入るのもそんなに難しくはないんじゃないか?」

「だとしたら、犯人はまた窓から逃げたってことになる。あの時、田中さんのドアは鍵がかかったままだったんだから」

「何言ってんだよキョン。ここのドアは押しボタン式の鍵だぜ? 出る時にノブのボタン押しときゃドア閉めた時に勝手に鍵はかかるよ」

 確かに谷口の言うとおりだった。
 『シュプール』のドアの鍵は全てそのタイプになっている。
 だからドアの鍵がかかっている=ドアから出ていないということにはならない。
 俺たちの目を盗んで部屋を出て、空き部屋に隠れたりすることも不可能ではないだろう。
 不可能ではないというだけで、俺たち全員の目に止まらずに、というのは中々考えづらいところではあるが。



127: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:41:15.35 ID:sDHzCwEM0

「なんにしても、みんな何か武器になるようなものを持ったほうがいいんじゃないかしら」

 黙り込んでいたハルヒが口を開いた。
 その顔色は青ざめて――いる。
 非日常的なことを何より好むコイツだけれど、だからといって人の死を楽しめるような奴ではないのだ。
 それでも、無残な人の死に青ざめていても、武器を持つべきだと思考出来るその心の強さには素直に感心する。

「そうだな」

 俺は頷く。みんなもすぐにその意見に賛成した。
 といっても、こんなスキーリゾートのためのペンションに碌な武器などあるわけもなく。
 皆が手にしたのはスキーのストック、果物ナイフ、そしてモップの柄くらいの物だった。
 包丁なんかはかえって危ないということでこんなものになってしまったが、頼りないことこの上ない。

「何人かでチームを組んでしらみつぶしに調べよう。ベッドの下、クローゼットの中、バスタブ……相手はどこに隠れてるかわからないからな」

 いつのまにか谷口がリーダーシップを取っていた。
 さすがは若社長、といったところだろうか。



128: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:45:59.88 ID:sDHzCwEM0

 結局、男性陣総出でペンションを調べまわることになった。
 男は俺、谷口、古泉、会長そして新川さんの全部で五人。

「さて、どこから手をつけますか…」

 新川さんが誰にともなく尋ねた。

「二階から調べましょう」

 俺はそう提案した。
 もし仮に犯人が窓の割れる音がしたその時に侵入したのだとすれば、それから皆の目を盗んで一階に降りたとは考えづらい。
 隠れているとしたら二階にいる可能性の方が高いはずだ。

「よっしゃ。先鋒は任せたぜ」

 言いだしっぺの癖に、谷口は俺と古泉を先に行かせようとする。
 この野郎……。
 結局俺と古泉が先に立ち、俺はストックを、古泉はモップの柄を握り締め、二階への階段を昇った。
 天国への階段にならなきゃいいがな。



129: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:01:46.04 ID:sDHzCwEM0

 新川さんが鍵を開け、俺と古泉が武器を構える。

「よろしいですか。開けますよ」

 俺と古泉が頷くと同時に新川さんはドアを開いてその陰に隠れる。
 そして俺たちはストックとモップを突き出しながら中へと入っていく。
 そうやって一つ一つの部屋を、ベッドの下まで捜索していった。
 全員が部屋に入ってはその間に逃げられる可能性があるということで中に入るのは俺と古泉だけ。
 最初はびくびくものだったが、同じことを繰り返すうちにだんだん緊張も解けてきた。

「どんな奴が出てきても五人もいれば大丈夫…だよな?」

「そう信じたいものですね」

 とうとう全ての客室を調べ終わったが、人の気配は無い。

「新川さん、あのドアはなんだ?」

 谷口が、廊下の突き当たりの扉を指差した。

「あれは掃除用具なんかを入れてある物置です。人間は……隠れられないこともないですが……」

 新川さんがそう説明したのと同時。
 がたん、と物置から音がした。



130: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:09:04.02 ID:sDHzCwEM0

 全員がぎくりとして足を止める。
 古泉と目が合った。

『聞こえましたか?』

 古泉の目はそう言っていた。
 俺はごくりと唾を飲み込みながら大きく頷く。
 ストックを握り締める手に汗が滲む。
 ノブに手をかけた新川さんが皆の顔を見回した。
 俺、古泉、会長、そして少し離れた所に谷口。
 俺たちは一斉に頷いた。

 がちゃり、とドアが開く。

 中にあったのは、掃除用具の入ったバケツや、ほうきやちりとり、ゴムのスリッパなどの洗面所用具。
 明かりが無いのでそういったものの影しか見えない。

「だ、誰かいますか?」

 古泉が暗闇に向かって話しかける。
 返事は無い。
 俺はほっと息を吐いた。

「やっぱり犯人は窓から逃げたんだな。これだけ人がいる所に逃げ込もうとは思わない……」

 そこまで言った時だった。

 突然、ガタガタっと音がして、ほうきがこちらに倒れ掛かってきた。



131: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:14:54.09 ID:sDHzCwEM0

「う、うわああ!」

 古泉ががむしゃらにモップの柄を振り回す。
 物置から飛び出した影は俺たちの間をすり抜け、廊下を駆け出し。

 にゃ~お、と鳴いた。

「……猫だ」

「ありゃあシャミセンだ。こんなところにいやがったのか」

 会長が言った。

「シャミセン?」

「ここで飼ってる猫だよ。見かけないからどこに行ったのかと思っていたが、まさかこんなところにいたとはな」

 呆れたように言う会長。
 ……なんだかどっと力が抜けてしまった。

「さあ」

 新川さんがそんな俺たちを促した。

「次は一階です」



132: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:18:48.68 ID:sDHzCwEM0

 みんな、犯人が入り込んだ可能性はほとんどないと思い始めたのだろう。
 さっきまでと違い、リラックスしきって一階へと降りていく。

「俺はこう見えても高校の時は柔道をやっててな、もし犯人が出てきたら一本背負いから押さえ込んで、ぐうの音も出ないようにしてやるぜ」

 谷口は今になってからそんなことを言い出した。
 いらっとしたので俺は……

1.無視した。

2.「それならお前が先に行け」



133: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:24:01.54 ID:sDHzCwEM0

「それならお前が先に行け」

 俺がそう言うと谷口は途端に慌てだした。

「……そうしたいのはやまやまなんだけどな。俺今腰の調子が悪いから。あいた、あいたたた……くそ、この腰さえよかったら…!」

「もういいしゃべるな」

 出来れば呼吸もとめてくれ。
 一階ではハルヒたちが心配そうな顔で待っていた。

「どうだった?」

 尋ねるハルヒに俺はただ首を横に振った。
 俺たちを驚かせた三毛猫は、今は喜緑さんの足元でがつがつと餌を食っている。
 まったく、猫は気楽でいいもんだ。



134: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:28:28.05 ID:sDHzCwEM0

 一階には談話室を除くと……。
 食堂とキッチン。
 喜緑さん、生徒会長達のスタッフルーム。
 新川さん、森さんの部屋。
 乾燥室、なんかがある。
 それらをざっと見て回るが、人が隠れているとは考えられなかった。

「もう他に部屋はないんですか?」

 談話室に戻りつつ、俺は新川さんに聞いた。

「あとはワイン蔵だけですが、あそこは鍵がかかってますからね」

 新川さんはちょっと考えてから答えた。

「なんだ、結局いなかったってことか。残念だな。せっかく俺の地獄車をおみまいしてやろうと思ってたのに」

 くやしそうな谷口。
 てめえ腰はどうした。



135: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:33:22.78 ID:sDHzCwEM0

 談話室に戻ると、森さんがコーヒーを入れてくれていた。

「誰もいなかったのね」

 ハルヒが俺たちの表情を読み取って言う。

「結局、外に逃げたっていうことなのかしら」

「だろうな」

 会長が答えた。
 みんな、ほっとしたような、それでいて不安げな、複雑な表情を浮かべている。
 そりゃそうだろう。
 とりあえず危険なことはなかったものの、本当に誰も隠れていないとはまだ確信できない。
 それに、今いなくても、夜中に入ってくるかもしれない。
 いくら戸締りをきちんとしたところで、窓を割れば簡単に入ることが出来るのだ。

 ……待てよ。

 俺はふと疑問に思った。
 俺たちは始めから、犯人は窓を割って入ってきたのだと決め付けていた。
 だが、本当にそうなのだろうか?

1.犯人はもっと前からペンションの中に入り込んでいたのではないだろうか。

2.俺たちの中にただ一人アリバイの無い人間がいることに気付いた。



136: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:37:17.08 ID:sDHzCwEM0

 俺たちの中にただ一人アリバイの無い人間がいることに気付いた。
 窓の割れる音がしたとき、ただ一人談話室にいなかった人間。
 となりで熱いコーヒーをおいしそうに飲んでいる男……。
 生徒会長。
 この人になら、田中さんを殺すことが出来た。
 俺はその顔をそっと覗き見た。

「ん? なんだ?」

 会長がこちらを見返した。

「いや、その」

「ああ、砂糖か。ほらよ」

 会長はシュガーポットをこちらへ回してくれた。

「ど、どうも」

 仕方なくそれを受け取り、自分のコーヒーに砂糖を入れる。
 どうやら俺の視線の意味を誤解したらしい。
 性格は悪そうに見えても、やはり根はいい人なのだ。



137: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:42:02.68 ID:sDHzCwEM0

 違う。
 どんな事情があったにせよ、この人が人を殺し、その体をバラバラに切り刻むなんて出来るわけが無い。
 犯人はやっぱり外へ逃げたのだ。
 ここにいる人間とは何の関係もない、根っからの犯罪者に違いない。
 きっと殺された田中さんもやっぱりヤクザか何かで、別のヤクザに殺された。
 そう考えれば、あの異様な殺され方にも納得がいくというものだ。
 突然新川さんが立ち上がった。

「ちょっと外を見てきます」

「どうして?」

 俺の問いに新川さんは苦笑いを浮かべた。

「……いてもたってもいられなくて。外を調べれば、何か手がかりが見つかるかもしれない。もっともこの雪じゃ、期待は薄いですが」

「俺も行きます」

 俺は立ち上がった。
 いてもたってもいられないのは、俺も同じだ。



140: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:03:54.13 ID:sDHzCwEM0

 さっきと同じように男全員で、となるかと思ったら谷口が辞退した。

「おい」

「ん?」

「犯人に出くわしたら地獄車をおみまいしてくれるんじゃなかったのか」

「いや、その、俺な、寒いのホントに駄目なの。体動かなくなるの。犯人が出たら中に追い込んでくれ。その時こそ俺の燕返しをおみまいしてやる」

 おい柔道どこいった。
 もういい。貴様には何も期待せん。
 俺、新川さん、会長、古泉の四人は一度部屋に戻って着替え、玄関で落ち合った。
 時間は10時ジャストだ。
 靴を履き、武器(スキーストック)を携えて外へ。
 ドアを開けた途端、カミソリのような風が雪と共に襲ってくる。
 俺は慌ててフードを被り、紐をきつく引いて固定した。

「右と左からぐるっと一回りしましょう!」

 新川さんが風の音に負けないように声を張り上げる。

「キョン君と私で時計回り。会長君と古泉さんで反対回り。それでどうですか?」

 皆が頷き、玄関ポーチから足を踏み出した。



141: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:07:32.65 ID:sDHzCwEM0

 き、きつい…! なんだこれは……!
 雪はどんどん降り積もっていて、俺と新川さんは脛まで埋まりながら行軍する。
 顔を上げて思いきって目を見開いても、荒れ狂う雪に阻まれて1メートル先も見通せない。
 白い闇。真っ白な地獄。
 分厚い手袋をしているのに、もう指先は凍え始めている。
 俺は足元を確認していた視線を前に戻す。
 ぞっとした。新川さんがいなくなっている。

「新川さん! 新川さん!」

 俺は半ばパニックになって叫ぶ。
 待て待て、落ち着け。
 そうだ、俺と新川さんはペンションの壁を伝って時計回りに進んでいたはず。
 つまり右手を壁につけながら前に進めば迷うことなどありえない。
 オーケイ、クールに、クールにだ。
 俺は右手を壁に向かって伸ばす。
 どれだけ手を伸ばしても全然壁に触れない。
 おかしい。どういうことだ。
 俺は今どこにいる。ペンションはどっちだ。

「新川さん! 新川さーーん!!」

 俺はパニックになって雪の中をがむしゃらに進んだ。



 ガツン―――と。

 頭を殴られたような衝撃が走った。



142: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:14:03.42 ID:sDHzCwEM0

「う…ぐ…!」

 痛む頭を押さえ、何とか踏みとどまる。
 違う。殴られたんじゃない。
 ぶつけたんだ。
 俺の目の前にはペンションの壁があった。
 どうやらパニックになった俺は目の前に迫った壁に気付かず、盛大に頭を打ちつけてしまったらしい。
 なんてみっともない―――が、これで方向の見当はついた。
 早く新川さんに追いつかなくては。

「……ン君!」

 新川さんらしき声が聞こえた。
 俺は急いで雪を掻き分け、先へ進む。
 深い雪の中を歩くのはそれだけで重労働だ。
 手足はしびれるほど寒いのに、もう背中に汗をかき始め、息が上がっている。
 ようやく建物の角に辿り着き、回り込んだ所で新川さんの背中が見えた。

「新川さん!」

 声をかけながら近寄る。
 新川さんの足元で、古泉が倒れていた。



144: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:19:52.48 ID:sDHzCwEM0

「……え?」

 倒れた古泉を会長が抱き起こそうとしている。

「手伝ってくれ」

「い、一体何が…?」

 状況がわからない。
 古泉のこめかみから赤い筋が流れているのが目に入る。
 血…だ。

「誰かに殴られたらしい。早く中に運んで手当てしないと」

 会長が言った。
 殴られた? 一体誰に?
 なんて、馬鹿か俺は。
 そんなもん、犯人に決まってるだろうが。

「俺が遅れなければ捕まえてやれたのに…」

 会長は悔しそうだ。

「どうして離れたんです?」

 新川さんが会長に問うが、その声に責めている感じはない。
 この視界ならはぐれても仕方ないことだ。
 実際俺と新川さんもはぐれたんだしな。



145: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:25:52.28 ID:sDHzCwEM0

 俺は風を手で遮りながら目をこらした。
 古泉が倒れている辺りは格闘があったらしく雪が乱れている。
 しかし、足跡があるかまではわからない。
 それどころか、降りしきる雪は俺たちの足跡さえも急速に覆い隠そうとしていた。

「くそ、犬でもいれば……」

 会長は唇をかんで白い闇の彼方を睨む。
 しかし、正気の人間がこの吹雪の中へ逃げようとするだろうか。
 そう思った瞬間俺はぞっとした。

 ここには俺たち以外誰もいなかったんじゃないか?

 古泉を殴ったのは、会長じゃないのか?

 遅れたと嘘をつき、後ろから古泉をモップの柄で殴ったんじゃ……。

「とにかく、運ぼう」

 新川さんが武器をまとめて持ち、俺と会長で古泉を抱える。
 深い雪の中を人間一人抱えて進むのは苦行以外の何物でもなかった。
 それほど離れていない所に裏口があったのが幸いだった。
 新川さんが裏口のベルを鳴らす。
 早く…早く誰か開けてくれ……。
 焦れて待っていると、ようやくドアが開いた。
 俺たちは雪だるまみたいになって中へ転がり込んだ。



147: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:30:37.84 ID:sDHzCwEM0

 中では森さんが口に手を当てて立ちすくんでいた。

「早く…早く手当てを……」

 新川さんはそれだけ言うのが精一杯だった。
 だが森さんはそれだけで全てを察したらしく、一度奥に行って喜緑さんを連れてくる。
 そして新川さん、森さん、喜緑さんの三人で古泉を引きずるように奥へ運んでいった。
 会長が裏口のドアを閉める。
 俺は立ち上がる気力もなく、床に座り込んだままだ。

「しかし…なんであいつ襲われたんだろうな」

 会長がそんな俺に話しかけてくる。

「さ、さあ……犯人と出くわしたんじゃないですか?」

 アンタがやったんじゃないのか、という言葉をぐっと飲み込む。

「でもさっきのところ、ちょうど死体のあった部屋の真下だぜ? 犯人が窓から逃げたとしても、それからずっとあそこにいたってのか?」

 氷の彫刻になっちまうぜ、と会長。
 それは確かにその通りだ。
 だが、もう俺にはこの人の言葉を素直に聞くことは出来ない。



149: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:35:51.73 ID:sDHzCwEM0

「たまたま何か理由があって戻ってきたところだったのかもしれませんね。犯人は現場に戻るって言いますし」

 俺はその場の思いつきで適当に返事する。

「なるほど。それはあるかもしれんな。ならば、犯人は何故戻ってきたのか、という話になる。案外重要な証拠が残っていたのかもしれん」

 しかし、そんな俺の言葉に反応し、深く考察を始める会長。
 ……この人はどういうつもりでこんなことを言うのだろう?
 この人は犯人ではないのか?
 犯人はやはり外にいるのか?
 それとも会長以外の誰かが?
 新川さん?
 確かに新川さんにも古泉を襲う機会はあった。
 俺とわざとはぐれ、出くわした古泉を殴る。
 しかし新川さんは古泉を殴れても、田中さんを殺せない。
 事件があったとき、新川さんは俺たちと一緒に談話室にいたのだから。
 やはり犯人が会長でないとしたら、外に逃げたと考えるしかないのだが……。

 なんにせよ、今は古泉の回復待ちだ。
 古泉が意識を取り戻せば、何らかの手がかりを得ることが出来るだろう。

「部屋に戻るか」

 会長は部屋に戻っていった。
 俺は彼が自分の部屋に戻るのを見届けてから、談話室の方へ向かう。
 何となく、今彼に背中を見せる気にはならなかった。



150: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:39:59.09 ID:sDHzCwEM0

 談話室に戻るとそこには阪中とハルヒしかいなかった。

「他の人たちは?」

「谷口はキョン達が出て行ったあと、二階に上がっていったわ。もう一回携帯電話を試してみるって言って」

「ふーん」

「鶴屋さんたちはトイレに行きたいって」

「三人一緒に?」

「ええ。あと喜緑さんと森さんは、叔父さんと一緒に古泉君を部屋へ連れて行ったわ」

「ああ、それは知ってる」

 とりあえずの現状把握は出来た。
 とにかく部屋に戻ってこのびしょぬれの服をなんとかすることにしよう。
 俺は談話室を後にし、二階へと上がった。



151: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:43:43.89 ID:sDHzCwEM0

「お、谷口」

 着替えて廊下に出ると、ちょうど谷口と出くわした。

「よう、キョン。ごくろうさんだったな」

「電話どうだった?」

「電話? ああケータイか。駄目だ。どこに持って行っても通じねえわ」

「だろうな。この山全体がカバーされてないんだろうよ」

 談話室に戻る。
 談話室にいたのは相変わらずハルヒと阪中の二人だけだった。谷口は阪中の隣りに座り、俺は階段に腰掛ける。

「それで…外の様子はどうだったんだ? 何か手がかりはあったのか?」

 どうやら谷口はずっと二階にいたせいで事態をまるで把握していないらしい。

「それどころじゃなかったんだよ」

 俺は状況をかいつまんで説明した。ハルヒと阪中も不安げに耳を傾けている。

「古泉が殴られた…だと? 誰に?」

「犯人しかいないだろう」

「見たのか?」

「見ていない……誰も。殴られた古泉以外には」



153: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:48:01.65 ID:sDHzCwEM0

「それで怪我はひどいのか……それとも、もう」

 死んだのか、という言葉を飲み込んだようだった。

「それは分からない……今、新川さんたちが手当てをしてくれているところだ」

「まさか俺たちを一人ずつ順番に殺していこうってわけじゃないだろうな」

 コイツはまたとんでもないことを言い出した。
 ハルヒや阪中も一瞬ぎくりとした表情を見せた。

「馬鹿言うなよ! 何でそんなこと…!」

 ここに朝比奈さんたちがいなかったからよかったものの、どうしてお前はそう不安を煽る様なことばっかり言うんだよ。

「だけどよ、全員殺しておけば吹雪がやむのをこの中でゆっくり待てるじゃんか」

 全然黙りやがらねえコイツ。

「おまけに警察に通報するやつもいなくなるから逃げる方法もゆっくり考えられる」

 ハルヒと阪中が青ざめる。
 俺は谷口を睨みつけた。



154: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:01:43.84 ID:sDHzCwEM0

「な、なんだよ。正論だろ?」

 ああ、確かに正論さ。谷口。
 確かにこの吹雪の中を逃げるのはどう考えても自殺行為だ。
 むしろ、とりあえずどこかに身を隠し、誰かが外に出てくるのを待つ、という方がまだしも現実的だ。
 古泉にしても、別に確たる理由があって襲われたんじゃないのかもしれない。
 犯人からしてみれば、たまたま最初に目に付いた。
 だから、襲った。
 それだけのことなのかもしれないさ。
 そんなことくらい、俺にだって想像はつく。

 だけどよ。それをハルヒと阪中に教えて何になる。

 見ろよ。
 怯えてんじゃねえか。
 震えてんじゃねえか。
 お前も男だろ? しかも若社長なんて立派なことやってんだろ?
 なら、女の子を安心させてやれよ。
 そのためなら俺は、気休めに過ぎないとわかっていても、こう言うさ。

「そうだと決まったわけじゃないし、例えそうだとしても、俺たちが外へ出なければいいだけの話だろ。なるべく皆で一緒にいて、一人にならないようにすれば大丈夫だ」

「そんなこと言ったって、電話通じないのよ? 外に出ないでどうやって助けを呼ぶのよ」

 ハルヒに反論された。うそーん。



155: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:06:56.66 ID:sDHzCwEM0

「と、とにかく、朝まで持ちこたえれば大丈夫だ。あの寒さの中、朝まで生きていられるわけがない」

「なら、なおさら死に物狂いで襲ってくるんじゃないの?」

「そ、それは……」

 な、なんだ? なんで俺こんな、なんか怒られてるみたいな感じになってんの?
 えー? 俺が悪いの? うそーん。
 そうこうしているうちに、新川さんと森さんが二階から降りてきた。

「あ、新川さん。どうですか、古泉の具合は」

「一応意識は戻りました。ですが……」

 表情が暗い。
 重体なのか?

「何も見てないそうです。いきなりガツンとやられたそうで」

 ああ、表情が暗かったのは何の手がかりも得られなかったからか。



156: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:12:15.54 ID:sDHzCwEM0

「それで、もう大丈夫なんですか?」

「……どうでしょう。めまいがすると仰ってましたから、脳震盪を起こしている可能性もあるでしょうが……」

 そう言って新川さんは首を振る。

「それ以上のことは私には判断しかねます。少なくとも頭蓋骨が割れたり、なんてことはなさそうですが……」

「頭のどの辺を殴られてたの?」

 ハルヒが妙な質問をする。

「右のこめかみあたりですが」

 ハルヒは考え考え、話し始めた。

「右のこめかみを後ろから殴られたわけね。ということは犯人は右利きね」

「待てよ。後ろからとは限らないだろ」

 後ろからだとしたら、いよいよ会長が怪しくなってくるじゃないか。



157: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:17:27.25 ID:sDHzCwEM0

「なによ。だって犯人を見てないんでしょ? なら後ろからしかないじゃないの」

「お前は外の吹雪のすごさを知らないからそんなことを言うのさ。一歩先だって見通せないんだぜ?」

「それにしたって前に立ってたら殴られる前に気付くわよ。やっぱり後ろからなんじゃない?」

 そんな話をしていたら会長が談話室にやってきた。
 まずい。
 俺は慌てて言った。

「前じゃなくても横からかもしれないし、上からかもしれないだろ」

 ……上?

 自分でもいい加減に言った言葉だったが、何か引っかかる物を感じた。



158: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:22:56.52 ID:sDHzCwEM0

 そんな俺たちの会話に気がつかなかったのか、会長は何食わぬ顔でソファに座った。

「オーナー、彼の容態は?」

「素人目には大したことはなさそうですけどね。脳内出血でもしていたら翌朝ぽっくり、なんてことにもなりかねませんから、安心は出来ません」

「……それで、犯人の顔は?」

「見ていないそうです」

 会長がほっとしたように見えた……のは俺の気のせいなのだろうか?

「そうか…しかしこれから犯人はどんな行動に出るか分かったもんじゃない。皆出来るだけ固まっていた方が……ん?」

 会長は一旦言葉を止めると、周りを見渡した。

「あの女達はどうした? 喜緑もいないみたいだが」

「喜緑くんは先に降りてきているはずなんですが」

 新川さんが答える。

「……あの女の子達もトイレに行っただけにしては遅すぎますね。三人もいれば滅多なことはないと思いますが……」



161: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:28:08.62 ID:sDHzCwEM0

「喜緑さんは降りてきてないわよ。まだ上にいるんじゃないの?」

 ハルヒが新川さんの言葉を訂正する。確かに、俺も喜緑さんが降りてくる姿は見ていない。

「まだ降りてきていない…? まさか、死体のある部屋にいったんじゃあ……」

 新川さんが顔を曇らせる。

「死体のある部屋? どうしてそんなところへ……」

「何か気になることがあると言ってたんですよ。見るようなものではないからやめておきなさいと言っておいたのですが……」

「俺が呼んできますよ」

 会長が立ち上がる。
 顔には出さなかったが俺は内心、慌てた。
 犯人かもしれない彼を一人で二階に行かせていいものだろうか。
 どうする? 俺もついていくべきか?

「私が行くわ。彼女たち、寝てるのかもしれないし」

 俺が迷っていたら、ハルヒが腰を上げた。
 いや、それもどうなんだ?
 もし、犯人が外部にいたとして、古泉に顔を見られたかもしれないと思い込んで、とどめを刺しに戻ってきたら。
 そして、ハルヒと鉢合わせたら!
 駄目だ! そんな危険な真似をハルヒにさせられるものか!

「ハルヒ! ってもういねーし!!」

 ほんと行動はえーなアイツは!!



163: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:34:43.52 ID:sDHzCwEM0

 様子を見にいこうか迷っていたらハルヒはさっさと降りてきた。

「あのね…」

「どうした」

「それがね……彼女たち…その……三人だけでいるほうがいいって言うのよ。……他の人は誰も信用できないって」

「どういう意味です? 信用できないというのは」

 新川さんが驚いて聞き返すと、ハルヒは言いにくそうに答えた。

「つまり……私達の誰かが人殺しかもしれない、そう思ってるらしいの」

 これを聞いて驚いた様子を見せたのは新川さん、森さん、阪中の三人だけだった。
 多分、他の皆はその可能性を少しは考えていたのだろう。

「馬鹿な! 何故見ず知らずの人間を殺す必要がある!」

 新川さんが、珍しく強い語調でそう言った。



164: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:40:15.93 ID:sDHzCwEM0

「見ず知らずかどうか、どうしてわかる?」

 谷口が反論する。

「谷口さん…あなたまさか……」

「違う違う。俺がやったんじゃねえよ。でも新川さんにしろ、俺にしろ、他の奴等にしたって、あの田中って客と知り合いじゃなかったなんて証拠はないだろ?」

「そんな…」

「もしかしたら俺たちの中の誰かは、あの男のことをよく知ってたのかもしれねえ」

 新川さんは追い詰められたように皆の顔を見回した。

「君達も…君達もそんな風に考えていたんですか? 犯人は外に逃げたんじゃなくて、私達の中にいるんじゃないかと…考えて、いたんですか?」

 俺は会長の顔を見ないようにしながら頷いた。
 それは新川さんにとって、どうしても受け入れがたい考えのようだった。



165: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:47:41.55 ID:sDHzCwEM0

「しかし…しかしそんなことはあり得ない! 一体私達の中の誰に、あんなことをする機会があったんです? 人を殺し、あんなふうにバラバラにするのに一体どれほどの時間がかかりますか」

「……30分もあれば、なんとかなるんじゃないですか?」

 俺は少し考えて言った。
 あまり長く考えたくも無かった。

「手際がよければ、それで可能かもしれません」

 新川さんは頷いた。

「夕食後、そんな暇のあった人がいますか? 私や森さん、会長くんや喜緑くんは当然、片付けなどの作業をしていたし、君たちの殆どはここにいたはずです。外部の人間の仕業だと考えるのが一番自然でしょう」

 ガラスが割れた時姿が見えなかった。
 俺は今までそのことだけで会長を疑っていたが……。
 が、確かに考えてみれば、人をバラバラにする時間はなさそうだった。



167: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:52:56.81 ID:sDHzCwEM0

 整理してみよう。
 夕食の終わったのが8時頃。
 食堂を出ると鶴屋さんたちが脅迫状の件で騒いでいた。
 その後、谷口・阪中が降りてきて、新川さん・森さん、女の子三人組が一緒になる。
 そして古泉が遅れて到着したのが八時半ごろ。
 これ以降、事件発生まで会長以外の全員が談話室にいたことになる。
 ……やはり、会長にはぎりぎり犯行の機会があったように思える。
 が、あえて口にするのはやめた。

 ん…!?

 突然俺は皆が重要な点を見落としていることに気がついた。

「ちょっと待ってください。新川さんは今、中にいる人間には死体をバラバラにするような時間はなかったと言いましたよね?
 じゃあ犯人は一体いつ犯行を行ったというんです? 犯人は一体いつこのペンションの中に入り、いつ田中さんを殺したというんです?」

「いつと言われても…」

 新川さんは困惑した様子で答えた。

「じゃあ時間は別として、どこから入ったというんです? 窓なんかはちゃんと閉まっていた。正規の入り口から入ってくれば誰かの目に留まったでしょう」

「二階の窓を割って入ったんじゃないの?」

 森さんが驚いて聞く。
 そう、そこだ。
 そこを皆見落としている。



168: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:02:32.34 ID:sDHzCwEM0

「ガラスの割れる音が聞こえたのは死体を発見する直前ですよ? 俺たちがあの部屋に踏み込むまでせいぜい15分くらいしかかかっていない。
 いくらなんでもその間に死体をバラバラにするなんて出来るはずが無い」

「確かにそうね……じゃあ、入る時は割らずに入ったのかも」

 森さんがよく分からないことを言い出した。

「あの人が窓を開けて中に入れたのかもしれないわ。田中さんが」

 突拍子も無い考えだと思ったが、それも確かにありえないことではない。

「それならいつ入ってきていたとしてもおかしくはない、か。夕食を終えて戻ってきた田中さんとやらを殺してバラバラにする時間は十分にある」

 会長の口調にはどこかほっとしたようなところがあった。
 自分が疑われていたことに感づいていたのかもしれない。

「そういえば…」

 会長が急に何かを思い出したようにきょろきょろとまわりを見渡した。

「喜緑は? 喜緑はどうしたんだ?」

「あ」

 ハルヒが口を押さえた。



169: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:08:09.71 ID:sDHzCwEM0

「言い忘れてたけど、喜緑さん、見当たらないの。あの…死体の部屋にはちょっと入る気がしなくて、呼んではみたんだけど、返事が無いの」

 全員、顔を見合わせた。
 犯人が二階の窓から入ったんだとしたら、また同じようにする可能性はある。ガラスはもう割れているのだ。
 俺がそう言うと新川さんは絶句した。

「まさか……」

「そりゃちゃんと探さねえと。早くしねえとバラバラにされちゃうかもしれないぜ」

 てめえ谷口いい加減にしろこの野郎。

「縁起でもないことを言わないで下さい!」

 さすがに新川さんも声を荒げた。

「だが、早く見つけて一緒になるにこしたことはないだろう。あの三人もな」

 会長が言った。俺もその意見には賛成だ。

「皆で探しに行きましょう。離れ離れにならないようにして」

「そうですね。では谷口さん、阪中さん、一緒に二階へいらしていただけますか」

 俺たちはまた念のために武器を手にして、一丸となって二階へと上がった。
 新川さんを中心に囲むようにして、全員、田中さんの部屋の前に立つ。
 新川さんはドアを開けようとして、一瞬ためらった。死体に近づくことに抵抗があるんだろう。
 新川さんはひとつ、大きく息をつくと、ゆっくりとノブを回した。



170: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:13:19.93 ID:sDHzCwEM0

 冷気が部屋から流れ出す。

「喜緑くん? いますか?」

 返ってくるのは風の唸りだけだ。
 新川さんはストックを持ってバスルームを覗く。
 俺たちは入り口でそれを見守っていた。
 新川さんは恐る恐る死体のある辺りを見ると、すぐに戻ってきた。

「やはり、ここにはいないようですね」

「オーナー! ちょっと!」

 会長が廊下から新川さんを呼んだ。

「なんです?」

「シャミセンが……」

 にゃおーん。と猫の鳴き声。
 会長が廊下の突き当たりを指差す。
 さっき調べた物置だ。
 その前で、三毛猫のシャミセンがにゃあにゃあ鳴いている。



171: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:18:27.24 ID:sDHzCwEM0

 新川さんは黙って歩き出した。
 シャミセンが俺たちに気がつく。
 にゃあにゃあ、にゃあにゃあといっそう激しく鳴きだした。
 新川さんは物置のドアノブに手をかけたが、なぜかためらっている。

「なんだよ、猫が鳴いてるだけじゃんか。そこはさっき……」

 谷口がぶつぶつ文句を言う。
 しかし誰も聞いていない。
 新川さんはドアを開けた。











 喜緑さんは、そこにいた。



172: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:24:13.33 ID:sDHzCwEM0

 喜緑さんは、まるで人形か何かをしまっておくみたいに、体を折り畳まれ、無造作に押し込められていた。
 目は大きく見開き、俺たちを見ておどろいているみたいに見える。

 でも、その瞳はぴくりとも動かなかった。

「喜緑……」

 会長の呟く声が聞こえた。
 新川さんが喜緑さんの手をとり、脈をみる。
 ……新川さんは何も言わずに首を振った。

「おいおい…なにしてんだよ……何死んでんだよおい……」

 会長が喜緑さんの前に跪く。
 血が絡んだ髪の毛に指を通す。
 会長の口は、笑みの形に歪んでいた。

「しち面倒くさい生徒会の業務を俺に押し付ける気か? お前が仕事を全部担うっていったろう。俺はお飾りでいいっていったろう。
 だから俺は……ふざけるなよ。起きろ。起きろよ。起きろ。起きろ。起きろぉ!!」

 会長が床を殴りつける。
 俺は、ただ呆然とその姿を見つめていた。

 喜緑さんは、殴り殺されていた。



174: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:29:28.94 ID:sDHzCwEM0

 ―――蝉の声が聞こえる。
 暑い。
 風通しのいい半袖のシャツを着ていても、溢れる汗は止まらない。
 夏。
 夏だ。
 肌を切り裂く雪も、指先を凍らせる風もあり得ない。
 照りつける太陽がじりじりとアスファルトを焼いている。
 そんな街の中を、俺は歩いていた。

「……あれ? 俺、今まで何してたんだっけ?」

 自分が何をしていたのかが把握できない。
 携帯電話を取り出す。当然圏外ではない。
 予定表を確認する。
 SOS団の活動予定も今日は入っていない。
 とすると、俺は本当にただの散歩をしていた、というだけらしい。
 あー、まずいな。
 自分が直前まで何をしていたか思い出せないなんて、相当まずいだろう。
 俺はそんなに暑さにやられてしまったのだろうか。
 これはいかん。早急に冷たい飲み物でも摂取して、脳みそをクールダウンする必要がある。
 喫茶店にでも行くか。
 喫茶店といえば、確か喜緑さんがバイトしていた店があったはずだ。



176: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:34:37.66 ID:sDHzCwEM0

 喫茶店に喜緑さんはいなかった。
 俺に注文を取りに来た店員さんに尋ねてみる。
 今日は喜緑さんはお休みなんですか?

「それがあの子、今日無断欠勤してるのよ。今までそんなことしたことないのに。あなたあの子の知り合い? 何か知ってることないかな?」

 知ってることなんてあるはずないじゃないですか。
 俺はエスパーじゃないんですから。
 うん、冷たい飲み物を取って頭もシャッキリしてきたぞ。
 もう少し、散歩を続けてみることにしよう。
 久しぶりに、川原なんかを歩いてみるのも、うん、いいかもしれない。



177: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:39:19.60 ID:sDHzCwEM0

 川原で喜緑さんが死んでいた。
 鉄橋の真下の影に、喜緑さんはその身を横たえていた。
 左のこめかみの辺りがぐずぐずに潰れてしまっている。
 その目はまるでびっくりしたように俺のほうを見ていて、だけど、その瞳はぴくりとも動こうとはしない。

 は。

 なんだこれ?

 俺は苦笑いを浮かべながら辺りを見回す。
 雑草が足首まで生い茂ったその川原には俺のほかに人影はない。

 はっはっは。

 これは一体どんなドッキリなんだ?
 まったくタチが悪いぜ。
 主催は誰だ?
 出て来いよ。
 ぶん殴ってやるから。



178: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:46:32.22 ID:sDHzCwEM0

 誰も来ない。
 時間だけが経過する。
 喜緑さんの顔をアリが這っていく。
 汗が止まらない。
 どくんどくんと心臓が鳴りすぎて痛い。
 喜緑さんを見る。

 同じだ。

 同じだ、ちくしょう。

 あのペンションでの死に様と、おんなじだ。

「うああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
 そういうことか?
 そういうことなのか?


 今俺が巻き込まれているのは、そういうことなのか!?



180: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:55:41.49 ID:sDHzCwEM0

「は、ぐ、ふ……!」

 うまく呼吸が出来ない。
 俺のちっぽけな脳みそは既に混乱の極みに達している。
 それでも、たったひとつの、非常にシンプルな結論だけは理解してしまう。

 あのペンションで死んだ人間は、現実でも死ぬ。

 虚構の死が、現実に反映されている。

「ぐ、ぐうううううううう!!!!」

 怖い。
 いやだ。
 もうあのペンションには戻りたくない。
 だってあそこには、朝比奈さんがいる。古泉がいる。鶴屋さんがいる。谷口がいる。阪中がいる。生徒会長が、新川さんが、森さんがいる。

 ―――ハルヒが、いる!

 死なせたくない。これ以上事件を進行させたくない。
 あそこにいる連中をこれ以上誰一人死なすわけには―――!

 ……いや、待て。

 あそこにいる連中を、これ以上、誰一人として?
 違う、俺はあと一人の登場人物を忘れている。



181: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:00:07.35 ID:sDHzCwEM0

 思い出してみれば簡単な話だった。
 混乱していた頭はあっという間に冷えた。

 朝倉涼子。

 なぜお前がそこにいる。

 かつて俺の命を何度も危ぶませたヒューマノイド・インターフェース。
 殺人という言葉とあっさりイメージが結びついてしまう女。
 そうだ。アイツがあそこにいる以上、答えはひとつしかない。
 携帯電話を取り出す。
 かける。
 コールは2回。
 出た。
 だが、向こうは無言だ。名乗ろうともしない。
 かまうものか。
 俺は電話の向こうのそいつに向かって呼びかける。

「助けてくれ――――――――――――――長門」



182: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:04:19.75 ID:sDHzCwEM0

 電話を切ってから、長門はあっという間に現れた。
 本当にあっという間だった。
 電話を切って、ポケットにしまって、振り向いたら目の前に長門がどん、と降りてきた。
 長門の足首は地面に埋まっていて、その足を中心に大地に亀裂が走っている。

「長門、つかぬことを聞くが」

 長門は足を地面から引き抜きながら、俺のほうを見る。

「お前、今どうやってここに来た?」

「飛んできた」

 俺の問いに、首を傾げながら答える長門。

「それは、舞空術的な意味で?」

 俺の問いに、首を小さく横に振る長門。

「跳躍」

 ああ、そう。つまり大ジャンプ的な意味で、飛んできたんだ。
 長門のマンションから、ここまで?
 直線距離にして10kmは優に有ると思うぞう?
 まったく、相も変わらず頼もしい奴よ。
 不安もどっか飛んでっちまうぜ。



183: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:08:41.63 ID:sDHzCwEM0

 どうやら俺の声にただならぬものを感じた長門は俺のところまで(文字通り)飛んできてくれたらしい。
 その手段には唖然とさせられたが、その心には素直に感じ入るばかりである。
 長門が俺の背後に目を向ける。
 そこには、変わり果てた喜緑さんの姿があった。

「……あなたが?」

「ば、馬鹿いうな!」

「そう」

 長門は俺のそばを通り過ぎ、喜緑さんの体の側に立ち、そのままじっと喜緑さんを見下ろす。

「状況の説明を」

 長門に促され、俺は頷く。
 そして、ことのあらましを出来るだけ詳しく、細部に至るまで説明した。



184: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:14:16.51 ID:sDHzCwEM0

「そう」

 俺の説明を聞き終えた長門はただ一言、そう呟いた。

「そして、お前に確認したいことがあるんだ、長門。あの世界には朝倉がいた。ってことはつまり、これはアイツの仕業なのか?」

「情報統合思念体の急進派が事を仕掛けている可能性はある」

「やっぱりそうか。というかこの状況、それしか考えられないもんな」

「しかし、断定は出来ない。もう少し情報を集める必要がある」

 長門は喜緑さんのそばにしゃがみ込むと、その手を喜緑さんの目の前にかざした。
 長門の口が高速で動く。喜緑さんの体が、光の粒になって消失していく。

「お、おいおい! 長門!?」

「このまま放置しておけば騒ぎになる」

「しかし、その、現場の保存とか、そういうの、大丈夫なのか」

「元々ここには彼女を殺害した物的痕跡は存在しない。……『向こう』の世界ではわからないけれど」

「そ、そうか」

「それより」

 長門は立ち上がり、俺の側まで歩み寄ると、俺の手を取った。その柔らかな感触に、それどころじゃないのにちょっとドギマギしてしまう。

「まずはあなたを守ることが先決。私の部屋に来て欲しい」



185: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:17:42.35 ID:sDHzCwEM0

 長門曰く、今後俺があちらの世界に引き込まれないよう部屋に結界を張るらしい。
 もちろんそれを断るようなことはしないが、少しだけ気になることがある。
 一体俺はどれくらい長門の部屋に留まる事になるのだろう。
 三日くらいなら友達の家に泊まるとか何とか言って家族を誤魔化すことは可能だろうが、それ以上となると許可はでるまい。
 よしんば三日で済んだとしても、長門の部屋で俺は三日を過ごすことになるわけだ。
 長門の部屋で、である。
 つまり長門と二人きりである。
 そして俺は若いオトコノコなのである。
 これは何かとまずいんではなかろうか。
 ああ、そうか。いつかの七夕みたいに解決まで俺は寝ておけばいいみたいな話か。

「違う。私の部屋から出ない限りにおいて、あなたの行動を束縛する理由は無い。好きに振舞ってくれてかまわない」

「す、好きにしてだと……?」

 俺の耳は妙な誤変換を起こしていた。

「ちなみに長門。事態の解決にはどれくらいかかりそうだ?」

「おそらく明日には問題は解決に向かうと思われる」

 なんだ……一日で済んじゃうのか……。
 は! が、がっかりなんてしてないぞ!

「……そう」

「こ、心を読むんじゃない長門!!」

 そんなこんなで、長門宅に到着である。



186: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:21:20.05 ID:sDHzCwEM0

 もう何度も足を運んでいる長門の部屋に到着する。
 長門はドアを開けるとさっさと中に入っていった。
 一応おじゃまします、と声をかけてから靴を脱ぐ。
 短めの廊下を抜けると、そこは見覚えのあるあの殺風景なリビングルームになっていて……。

 あれ?

 何だこの違和感?

 俺は部屋を見回した。
 カーテンもついていないガラス張りの窓。
 部屋の真ん中に置かれたこたつ机。
 壁際に鎮座するテレビ。

 テレビ。

 テレビ?

 違和感の正体はコレだ。
 おかしいじゃないか。
 そんなものが長門の部屋にあるなんて。
 そして。

 そしてそしてそしてそしてそして。

 その前に置かれたゲーム機。


 電源は、既に入っている。



187: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:25:24.96 ID:sDHzCwEM0

「長門……?」

 長門はテレビの方を向いたまま俺のほうを振り向かない。
 音楽と共に画面に文字が躍り始める。

 ペンション『シュプール』へようこそ。
 お客様のお名前は キョン 様。
 おつれ様は ハルヒ 様ですね。

「長門!」

 長門は振り向かない。
 俺は長門の肩に手を伸ばす。
 だが、その手が届く前に、俺の視界が暗転していく。

 嘘だ。

 長門。

 嘘だと言ってくれ。

 暗転していく視界の中で、長門はようやく振り向いた。
 その顔はもうよく見えない。

「大丈夫」

 最後の最後、意識が途切れる瞬間、長門のそんな声が聞こえた気がした。



189: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:28:35.07 ID:sDHzCwEM0

「キョン、大丈夫?」

 ハルヒの声で俺は我に返った。
 ここはペンション『シュプール』の談話室。
 俺は、そこでしばし茫然自失してしまっていたらしい。
 ……あんな喜緑さんの姿を見ては無理もあるまい。
 その喜緑さんは、今、会長が自室であるスタッフルームへと運んでいる。
 誰もそれを手伝おうとはしなかった。
 いや、鬼気迫る会長の雰囲気に、手伝うことが出来なかったのだ。

「ああ…すまん、ぼうっとしてた。大丈夫だ」

 ハルヒに返事してから俺は周りを見渡す。
 会長が戻ってきた。その顔にはある種の決意のような物が浮かんでいる。

「これで……全員がこの談話室に集まったことになるわけか」

 俺は全員の顔を見回して言った。
 フロントの前に佇んでいるのは新川さん、森さん、会長。
 ソファに腰掛けているのが谷口、阪中、鶴屋さん、朝比奈さん、朝倉、古泉。
 古泉は鎮静剤で眠っていた所を無理やり集合してもらった。
 そして階段に座る俺の右隣にハルヒ。
 これで全員。

 くい、くい、と左側の袖を引っ張られた。
 ん? 左側?


 俺の左隣に高校の制服姿で無表情でショートヘアの女の子がいた。



191: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:32:23.43 ID:sDHzCwEM0

「だれだあああああああああ!!!!!!」

 俺の叫び声に全員がぎょっとしてこっちを見た。
 当の女の子は無表情のまま、表情ひとつ変えずこちらを見つめている。

 おいおいおいおい!
 ここに来てまさかの新キャラ登場かよ!!
 犯人は結局隠れていた部外者でしたってオチかぁ!?

「ちょっとキョン、何言ってるの? 有希は最初からいたじゃない」

「ええ!? うそ!?」

「長門さんはミステリー小説家希望の高校生で、インスピレーションを求めてここに一人で泊まりに来てるって言ってたじゃないですかぁ~」

「そうなの!?」

 ハルヒと朝比奈さんが少女の存在を肯定した。
 そうなのか。間違ってるのは俺なのか。
 そうだ、言われてみれば彼女、長門有希さんは最初からこのペンションにいた気がしてきたぜ。
 立て続けに事件が起こったことで、俺は思いのほか混乱していたらしい。

「しかし、何て犯人にうってつけな設定だ……」

「あなたに」

「うん?」

 袖をつまんだままの長門さんが俺に話しかけてきた。



193: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:36:07.19 ID:sDHzCwEM0

「あなたに説明しなくてはならないことがある」

「なんて奇遇なんだ。俺も君から説明されなきゃならないことがある気がしていたぜ」

「『あちら』の世界で私の部屋にあのツールが存在していたこと。あれは私の意思ではない」

「……ほう」

「あなたが私に対し、『こちら』の世界に関する何らかのアクションを起こすこと。おそらくはそれがスイッチになっていた」

「………………ほう」

「携帯電話による接触を終えた直後、私の部屋であのツールの構成が始まっていたはず。即座にあなたの元へ向かったことで私はそのことに気付けなかった。……迂闊」

「………………………………………………」

「この件に関して、あなたから誤解を受けることを私という個体は望んでいない。……信じて」


 ぎゃ。

 ぎゃあああああ。


 電波ちゃんだ! この子電波ちゃんだああああああ!!!!!!



197: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 13:00:38.71 ID:sDHzCwEM0

 『あちらの世界』って言った!
 『こちらの世界』とも言ってた!
 何それ! 何それ!?
 あれか?
 前世的な何かか!?
 俺が王子でお前が姫か!?
 あ! でも携帯電話って言ってたな!
 近いな俺の前世!

「誤解しないで」

 もう一度言葉を重ねる長門さん。
 ああ言われなくても大丈夫だ!
 誤解なんてとんでもない! 俺は長門さんをしっかり理解したぜ!

「その呼称も止めてほしい。『あちら』の世界では、あなたは私をそんな風には呼んでいなかった」

「わかったよ姫」

「違う」

 違った。
 正解は呼び捨てだった。普通だな前世の俺。



198: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 13:03:48.38 ID:sDHzCwEM0

「私は」

 おっと、長門の話はまだ終わっていなかったらしい。
 正直もうおなかいっぱいだが、彼女を無碍にして刺激するのも怖いのでちゃんと聞く。

「私はこちらの世界に介入するために能力の大半を行使してしまっているため、このままではシステムの解体に膨大な時間を要する。
 それでは、間に合わない。
 だから、このシステムを停止させるのは、あなた。あなたが、このシナリオをエンディングまで導かなければならない」

「……すまない。もう少しわかるように説明してくれ」

「この事件を解決するのは、あなた」

 つまり、俺に名探偵役をやれってことか。
 ミステリー小説家志望らしい発想だな。
 無理難題だ。分不相応だ。俺なんかじゃ役不足だ。
 おっと、役不足じゃ意味が違うんだったな。
 言い直すぜ。力不足だ。


 ―――努力はするけどよ。これ以上、誰も死なせたくないからな。



199: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 13:08:33.87 ID:sDHzCwEM0

 俺はひとつ大きく息を吸うと、全員の顔を見渡した。

「これで、この談話室にはこのペンションにいる人間が全て集まったことになります」

 俺の言葉に皆が頷く。

「……これから以後、絶対に一人だけで行動するようなことがないようにしてください。トイレはもちろん、どうしても二階の部屋に戻らなければならない事情が出来た時も、必ず二人以上で戻るようにしてください」

「……あの、一体何があったんですかぁ…?」

 俺のただならぬ様子に、朝比奈さんがおずおずと尋ねてきた。
 鶴屋さんと朝倉は気まずそうにそんな朝比奈さんを見遣っている。どうやらまだ何も説明していないようだ。

「喜緑さんが……ついさっき誰かに殴られて……」

 最後まで言う必要はなかった。
 朝比奈さんの顔が蒼白に染まる。その瞳からぽろぽろと涙がこぼれ出した。
 鶴屋さんがそんな朝比奈さんの肩を抱き寄せる。
 古泉が呆然としながら口を開いた。

「一体どうして…? まさか一人で外に出たんですか?」

 先程意識を取り戻したばかりだからだろう。
 古泉はまだ事態の変化に頭がついていっていない様子だった。

「いや、中にいた……でも……」

「……やっぱり、私たちは部屋に戻らせてもらうわ」

 朝倉が周りの人間を疑わしげに見つめながら言った。



200: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 13:12:37.95 ID:sDHzCwEM0

「駄目だ」

「どうして? 私たちは何も関係ないわ!」

 にべもなく却下した俺に朝倉が食って掛かる。
 ……こういうことは言いたくなかったのだが、しょうがない。

「そういうわけにはいかないんだよ、朝倉……さっき喜緑さんが殺されたと思われる時間、二階にいたのは古泉とお前たちだけだったんだ」

「何が…言いたいんだい?」

 鶴屋さんが俺を睨みつけてくる。
 その眼光にたじろぎながらも、俺は続きを口にした。

「つまり……あなた達が喜緑さんを殺した可能性もある、ということです」

 俺の言葉に驚いた顔をみせたのは、鶴屋さんたちや古泉だけではなかった。

「何言ってんのキョン! 鶴屋さんたちに喜緑さんを殺すなんてこと、出来るわけないでしょ!」

 ハルヒの責めるような口調が胸に刺さる。だが俺は続けた。

「……一人でだと難しいかもしれない。他の二人に気付かれる心配もあるしな。だが、三人一緒なら……」

 全員がぎょっとした顔で鶴屋さんたちを見た。



202: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 13:16:30.65 ID:sDHzCwEM0

「ち、違う! 違います! どうして私たちがそんな…! キョン君、なんで…! ひどい!」

 朝比奈さんが傷ついた様子で俺を非難する。いかん、弁明しなくては。

「彼は正論を言ったにすぎない」

 絶妙なタイミングで長門が口を挟む。
 違う。違うんだ長門。今そんなフォローはいらないんだ。

「私たちが犯人だというのが正論、ね……」

 ほら、鶴屋さんが凄い目で俺を睨んできたじゃんか。んも~。
 俺は慌てて鶴屋さんたちに弁明した。

「ちょっと待ってください。そういう可能性もあると言っているだけです。可能性だけの話で言えば、古泉にだって喜緑さん殺害の機会はあった」

 俺の指摘に古泉は疲れたような表情をみせる。

「僕はあなたに起こされるまで鎮静剤で眠っていたんですよ? 正直な所、今も頭痛でろくに頭も回ってくれませんし、歩くのすらままならない状態なんです」

「それは全部演技なのかもしれない。……反論はしないでくれ。俺が言いたいのは、これ以上犠牲者を出さないためには全員一緒にいることが、あらゆる意味でも、必要だということだけなんだ。
 俺たちの中に犯人がいるのかもしれない。ペンションのどこかに隠れているのかもしれない。吹雪の中でこちらの様子を伺っているのかもしれない……いずれにしても、俺たちが全員一緒にいれば、犯人は手出し出来ない」

 俺はあり得る可能性を思いつくままにまくしたててから、

「少なくとも、手を出しにくいはずだ」

 そう締めくくった。



204: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 13:20:41.09 ID:sDHzCwEM0

 みんな黙り込み、お互いがお互いを探るような視線で見合っている。
 ……俺は、間違ったことは言っていないつもりだった。
 だが、俺の言葉が、今のお互いを疑わせる結果を生んでしまっている。
 俺は余計なことをしてしまったのだろうか。
 古泉や女の子三人組が喜緑さんを殺したなどということが、実際問題としてありうるのだろうか。
 可能性は、ゼロではない。
 ガラスの割れる音がした時にはみんな談話室にいたから、古泉にも女の子三人組にも田中さんを殺す機会はなかった。
 それに、機会のあるなしを別にしても、とても人をバラバラにするような時間はなかったはずだ。
 だから、古泉や女の子三人組には田中さんを殺せなかった。が、田中さんを殺さなかったからといって喜緑さんを殺さなかったということにはならない。
 しかし常識的に考えて、見ず知らずの古泉たちが、喜緑さんを殺す理由など考えられない。
 考えられることは……

「あ」

 俺は新川さんの言葉を思い出した。

「新川さん、喜緑さんは田中さんの部屋を見たいと言ってたんですよね? 正確になんと言ってたか、思い出せますか?」

 突然話しかけられて、新川さんは目をぱちくりさせてから、

「ああ、確か…『少し気になることがあるから』……いえ、違いますね。正確には、『ちょっと思いついたことがあるから田中さんの部屋を調べたいんです』と、そう言っていました」

 と、教えてくれた。
 『思いついたこと』。
 それは一体なんだろう?
 田中さんの部屋を調べる……そういうからには当然事件に関係のあることのはずだ。
 そこで彼女は何かに気付き、犯人の正体を知ったんじゃないだろうか?
 そして犯人を問い詰めたか、調べている所を見つかったかして、犯人に殺されてしまった。
 そう考えるのが一番自然な気がする。



206: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 13:25:41.94 ID:sDHzCwEM0

 俺たちの中で田中さんを殺せたのは会長だけだ。
 だが会長には喜緑さんを殺す機会はなかった。
 喜緑さんを殺せたのは古泉と女の子三人組だけだ。
 しかし古泉たちには田中さんを殺せない。

「さっきから何ぶつぶつ言ってるの?」

 ハルヒが怪訝そうに声をかけてきた。

「いや、事件を整理していたんだが……うおっ」

 俺の左隣にいる長門有希がぐりんとこちらに顔を向けた。
 そのまま無言で俺の顔をじっと見つめ続けている。

「そんな期待するような目で見つめられてもな……成果なしだよ。余計に頭が混乱してきた」

「そう」

「余計なことばっかり考えてるからよ。探偵でもあるまいし、事件を変に考えたりしないで、私達は自分の身を守ることだけ考えてればいいのよ」

 と、怒ったようにハルヒ。
 いつものキャラなら自らが名探偵を名乗って事件の解決に乗り出しそうなものだが、こいつは身近な人間の危険が絡むと途端にその積極性を失くす。
 自身の常識を総動員して、周りの皆を守ることを最優先に動くのだ。

「そうなのね」

 珍しく阪中が口を開いた。



207: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 13:29:23.35 ID:sDHzCwEM0

「お互いを疑いあったって、何にもいいことなんてないのね。今はみんなが信じあわなくちゃいけない時だと思うの」

「いーや、阪中。お前は甘いよ」

 そんな阪中を諫めるように言ったのは谷口だった。

「キョンの言う通りさ。どんなに嫌な可能性でも考えて、対応策を用意しとくに越したこたあねえ。
 それをなあなあの、お涙頂戴の、人情ごっこで怠って、それで命を失ったら目も当てれねえよ」

「で、でも谷口くん……」

「でもじゃねえよ。こういう時は女は黙って男に任せてればいいんだ」

 谷口はいつもこうやって阪中を黙らせているんだろうか。
 それとも人前で亭主関白を気取っているだけか?
 ……なんとなく後者のような気がした。

「さっき、あんなことを言っておいて、なんだが……俺だってここにいる皆を人殺しだなんて思いたくはない」

 何となく場に満ちた気まずさを打ち破るように、俺は口を開く。

「でも、このペンションは人の目が全く届かない死角が出来てしまうような巨大なホテルじゃない。加えて戸締りだってしっかりしていた。
 そんな所に、たとえプロの泥棒みたいな人間がいたとしても、誰にも気付かれずに自由に出入りできるなんて考えにくい。
 ……正直言って、俺にはどちらを信じたらいいかわからない。神出鬼没の殺人鬼がペンションのどこかにいるのか。
 それとも一見虫も殺さないように見える人が、実は人殺しなのか。俺には……わからない」

 俺はそう言って首を振った。



208: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 13:32:56.36 ID:sDHzCwEM0

「ククク……」

 心底人を馬鹿にしたような含み笑い。

「まるで自分だけは関係ない、って口ぶりだなKY野郎」

 会長が吐き捨てるように言った。

「……どういう意味です?」

「その通りの意味さ。お前だって容疑者の一人なんだぜ? 偉そうに物を語るのは控えろよ。虫唾が走る」

 会長のあまりの言い様に、俺は少しカチンときた。

「でも俺は夕食後に一度も二階に上がっていないんですよ? 田中さんを殺せるわけが無い! 喜緑さんにしてもそうだ!」

「そんなもの、お前が勝手に言ってるだけかもしれんだろうが。ああ、オーナーの姪が証言したって駄目だぞ? ガールフレンドの証言なんてなんの当てにもなりはしないからな」

「それなら俺も言わせてもらいますがね、会長」

 いいよ、あんたがそんなつもりなら俺だって容赦はしない。

「古泉を襲ったのはあんたじゃないんですか? 古泉は犯人を見ていない。つまり古泉の後ろにいたあんたが一番怪しいんじゃないか?」



212: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 13:35:53.13 ID:sDHzCwEM0

 俺の言葉に会長はせせら笑う。

「そんなわけがあるか。倒れている古泉の所に辿り着いたのはオーナーの方が先だったんだぜ? ですよね、オーナー」

「え? あ、ああ、うん。そうだったかな」

 新川さんは曖昧な返事をした。
 何? そうなのか?
 古泉と一緒に歩いていたのは会長だ。
 当然、会長の方が古泉を襲う機会は多かったと思っていたが……そうなると、新川さんの方こそ怪しいのか?
 当の古泉は探るような視線を会長と新川さんの両方に送っている。

「やめて……もうやめて!」

 叫んだのは、森さんだった。

「これ以上、そんな風にお互いを貶めあうのはもうやめて…! 見てられない…醜いわ、あなた達…!」

 森さんは唇を噛み締め、痛いくらい拳を握り締めている。気丈なはずのその瞳に涙が浮かんでいた。
 新川さんと会長の顔に後悔の色が浮かぶ。きっと俺の顔にも同じものが浮かんでいるだろう。
 ハルヒからむけられる軽蔑の眼差しが耐えがたい。

 ぽっぽ。

 場違いな鳩時計の音が一回。いつのまにか十一時半になっていた。
 外の吹雪は依然として収まる気配も無い。

「テレビ」

 唐突に長門が口を開いた。



218: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 14:04:14.08 ID:sDHzCwEM0

「なんだ長門。テレビが見たいのか?」

 俺が確認すると長門はこくりと頷いた。

「お前、こんな時に何も……いや、そうか。天気予報とか見れるしな」

 それに、今の険悪な空気を変えるのにもいいかもしれない。
 俺は長門の意見を採用し、テーブルの上にあったリモコンを取ってテレビをつける。
 チャンネルを次々と変えていくと、ちょうどニュースのヘッドラインをやっていた。

『全国的に降り続いている大雪で、各地で交通事故、雪崩などの被害が続出していますが、今の所死者は出ていない模様です』

 死者は出ていない。その言葉に、俺たちは自然、二階を見上げる。

『次にお届けするのは銀行強盗のニュースです。昨日、白昼堂々、三友銀行新宿支店を襲い、現金約二億円を強奪した犯人の行方は依然つかめておりません。
 目撃者の証言によれば、犯人は身長165cm前後、痩せ型の男だということです。
 逃走用に使ったと思われる黒のクーペを、警察は、各所に検問を設けて、捜索を続けています』

「そんなもん、一日も経ってたら検問したって意味ねえだろ。今頃は東南アジアかどっかに高飛びしてるんじゃねえか?」

 谷口が鼻を鳴らしながら言った。俺たちの気持ちをほぐそうとして、わざとそんな話をしているのかもしれない。
 俺もその話に乗ることにした。

「現金二億を持って飛行機には乗らないだろう。荷物のチェックの時に一発でばれるだろうし」

「そんなもん、なんとでもなるだろうよ」

「でも」

 ハルヒも乗ってきた。



220: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 14:08:05.40 ID:sDHzCwEM0

「そもそも、日本に居続けようと思うからお金がいるんじゃないの? 外国に行くなら、物価の安い国なんていくらでもあるじゃない」

「まあ確かに、それはそうかもな」

「犯人はどこか田舎町に身を隠してるんじゃないかしら」

「浅い考えだな」

 会長も話に加わってきた。何か会話をしていたほうが気が紛れるのかもしれない。

「田舎町は人の出入りがすぐにわかる。日本に居続けるなら都会にいたほうがいい」

「でも、犯行現場の近くにいたくないのは人情ってもんでしょう」

「そこを堪えられないからみんなあっさり捕まるのさ」

 会長はふん、と鼻を鳴らしながら言った。

「都会でなくとも、人間が大勢出入りする場所はある」

 ぽつりと呟いたのは、長門だ。

「ふうん。それはどんな場所だ? 長門」

「観光地」

「ああ、なるほど。それはあるかもな。例えば……シーズン中の、スキー場…と…か……」

 言いながら、俺はぎくりとした。周りを見る。何人かは俺と似たような表情をしている。
 俺と同じ事を考えたのが、気配でわかった。



221: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 14:12:21.92 ID:sDHzCwEM0

「なんだキョン。どうした?」

 谷口が俺を見遣って言ってくる。

「いや…もしかしたら……ってな。俺の考え過ぎだとは思うが」

 俺は言いよどんだ。
 あまりに突飛な発想だったので、口に出すのが憚られたのだ。

「なんだよおい、言えって」

「笑うなよ? ……あの殺された田中さんって人、逃走中の銀行強盗だったりして」

 誰も笑わなかった。俺は意を強くして新川さんに尋ねた。

「田中さんの身長、どれくらいでした?」

「結構高かったように思います。175cm以上はあったでしょう」

 新川さんはちょっと考えてから、そう答えた。
 175cm……違うか。ニュースでは165cmくらいと言っていた。

「だが確かに、まともじゃない雰囲気はあったな。でかいスキー用のバッグは持っていたが、どう見てもスキーをしに来たという感じではなかった」

 会長がメガネを上げつつそう言った。

「ちょっと待って」

 ハルヒが口を開く。



222: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 14:19:39.77 ID:sDHzCwEM0

「普通、銀行強盗するときって、最低でも運転手は必要じゃない? 田中はきっと運転手の方だったのよ。そして仲間割れして、共犯者に殺された」

「それならあり得るな。ってことは犯人は、165cmくらいで痩せ型の男ってことになる」

 言って、俺はつい皆の体を見回していた。だが、俺たちの中にその体格に合致する人物は見当たらない。
 一番条件に近いのは俺か谷口だが、俺も谷口もギリギリで170cmは超えている。古泉や会長は背が高すぎるし、新川さんも条件には合致しない。
 まあ、元々が短絡的な思い付きだ。俺だってまさか本気でそうだと思っていたわけじゃない。
 しかしハルヒはなおも言った。

「でも、考える方向性はあってたと思うわ」

「方向性?」

「あの田中さんって人、どう見てもスキーをしに来たって感じじゃなかったわ。明らかに人目を避けてたし、何かヤバイ事情はあったのよ」

 銀行強盗じゃないにしろね、と締めくくるハルヒ。それはあの死体を発見した時から俺も考えていたことだ。
 あれは、あんな殺され方は、異常だ。
 あんな光景は、俺たちのような凡人の日常とかけ離れた世界での出来事に決まっていると、俺は信じたかったのだ。
 実際、正気の人間があんな風に死体をバラバラに切り刻もうと考えるか?
 少なくとも俺には無理だ。いくら金を積まれたってお断りだ。たとえ、どんな理由があったとしても……。
 ……ん!?
 俺はふと考え込んでしまった。
 犯人には、田中さんの死体をバラバラにしなければならない理由が、何かあったのだろうか?
 あるとすればそれは……。

1.身元を隠すため?

2.どこかへ運ぶため?

3.恨み?



224: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 14:23:11.67 ID:sDHzCwEM0

 どこかへ運ぶため?
 普通はこれが一番の理由だろう。
 だが今回、田中さんは自分の泊まっている部屋で殺され、死体はそのまま放置されている。
 この理由は当てはまらない。
 ……しかし、何か気になる。
 いくつもの疑問が頭の中で渦巻き、得体の知れない形を取り始めていた。
 つかみとれそうでつかめず、もどかしさで頭がむずむずする。

「スキーなんか来るんじゃなかった……」

 朝比奈さんはまた泣き出している。
 その肩を抱く鶴屋さんの目にも涙が浮かんでいるようだった。

「帰りたい…私、なんにも悪いことしてないのに……帰りたい……」

 泣き声も、もはやすすり泣きにしかならない。
 森さんがふらふらと歩き出した。

「森さん、どこへ?」

 新川さんが驚いて聞く。

「……何か落ち着くようなものでも……ココアか何かを準備しようと思って」

「いやよ! 人殺しかもしれない人がいれた物なんて飲めるわけないじゃない!」

 声を荒げたのは朝倉だった。気丈に耐えているように見えていたが、やはり彼女も相当追い詰められているらしい。



225: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 14:26:25.52 ID:sDHzCwEM0

 森さんは傷ついた様子を見せなかった。

「森さんが犯人なわけないじゃないか。それに、俺たちは今まで散々彼女が作ってくれたものを口にしてるんだぜ?
 森さんが俺たちを殺す気だって言うなら、俺たちとっくに死んでなきゃおかしいだろ」

 俺は朝倉たちを落ち着かせるよう、できるだけ静かな声で言った。

「そうだ、キョンの言うことは筋が通ってる」

 谷口が俺の言葉に頷いてくれた。
 お前、そういう気遣いが出来るならもっと早くから……いや、何も言うまい。

「……すいません、取り乱しました」

 朝倉は渋々ではあったが、森さんに頭を下げた。

「じゃあ私が手伝うわ」

 ハルヒが立ち上がる。
 森さんを一人にしないためには確かに誰かがついていく必要があるのだが……少々不安だ。
 俺がそんな風にハルヒを見上げていると、ハルヒは笑顔を向けてきた。



227: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 14:30:02.02 ID:sDHzCwEM0

「心配要らないわよ。もし犯人が出たら私がふんじばってやるわ」

「何かあったら大声で呼べよ」

「あら、助けに来てくれるの?」

「ああ。白い馬に乗って行ってやるよ」

「ばか。似合わないこと言ってるんじゃないわよ。でも……待ってる」

「おう。期待しとけ」

「未来で、待ってる」

「オチをつけるな」

 貴様、俺に時をかけろというのか。
 ハルヒと森さんがキッチンへ行ってしまうと、しばらく不気味な沈黙が訪れた。

「……これから、朝までこうしているしかないのか」

 会長がぽつりと呟く。俺は頷いた。

「それが一番でしょう。もし犯人が俺たち以外に誰かいるとしたら、マジシャンみたいに神出鬼没な奴です。
 部屋に鍵をかけて閉じこもったって、そんな奴がいるんじゃあとても安心して眠るなんて出来っこない」

「確かに安心など出来ないさ。だが、考えてみろよ。もし犯人が誰にしろ、俺たち全員を殺すつもりだったら、こんなまどろっこしい方法を取ると思うか?
 もしそのつもりなら、まだこんな風に警戒されていないうちにもっとたくさん殺しておくだろう」

「それは……確かに」



229: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 14:36:06.41 ID:sDHzCwEM0

「こういうことも考えられるんじゃないでしょうか……」

 古泉が痛むらしい頭を押さえながら口を開いた。

「残った人間に恐怖を味わわせるのが目的…だと」

「恐怖を味わわせるのが目的?」

「ええ。つまり犯人は僕たち全員、あるいはこの中の誰かに、相当な恨みを抱いていた。
 ただ殺すだけでは飽き足らない。だから、周りの人間から始末していって、散々怯えさせた末に殺す。……そういうつもりでいるのではないかと」

 怯えさせた後で殺す。
 それが本当だとしたら、それは一体どれほどの恨みなのだろう。
 この中に、そんな恨みを買うような人間がいるのだろうか。
 あるいは。
 恨みではなく何か理由があるのか。
 目的の人物を最後に殺さざるを得ないような理由が。

「そんな…それじゃ、私たちみんな……?」

 朝比奈さんがもう見ていられないほど恐怖に顔を歪めている。

「ああ、いえ……どうでしょう」

 古泉は慌てたように言った。

「僕は頭を殴られたわけですが、不思議と殺意のようなものは感じなかったように思います。
 もちろん、他の人が来たからとどめをさせなかったというだけの話かもしれませんが……。
 もしかしたら、無関係な人間を殺すつもりはないのかもしれません」



230: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 14:43:08.26 ID:sDHzCwEM0

「ふざけたことをぬかすな。喜緑は既に殺されている。無関係な人間を殺すつもりはない? 貴様の記憶力は猿以下か」

 会長が古泉に食ってかかった。その声には明らかに怒りが滲んでいる。
 対する古泉は、静かな物だった。

「無関係かどうか、あなたに何故わかるんです?」

「なにぃ…?」

 会長が一歩前に歩み出る。俺は慌てて会長の前に立ち塞がった。

「落ち着いてください会長! 古泉! お前もそんなに刺激するようなことを言うな!」

「……申し訳ありませんでした」

 古泉は素直に頭を下げる。

「別に彼女のことを蔑ろにするわけではないのです。ですが、色々考え合わせると、犯人はどうしても殺さざるを得ない時だけ殺しているような気がしたものですから……」

「殺されなきゃならない理由? 喜緑に、殺されなきゃならないどんな理由があったというんだ」

 それは、自分に言い聞かせるような、呟くような声だった。
 極めて冷静沈着な人物に見える生徒会長。その彼が、喜緑さんが殺されてから、かなり感情的な、攻撃的な物言いになっている。
 会長は、喜緑さんに対して、何か特別な感情を持っていたのだろうか。
 二人をよく知らない俺にはわかりようもないことだった。
 ……そう、これらは全て、演技なのかもしれないのだ。
 彼は喜緑さんを殺しておきながら、疑いをそらすためにこんな態度をとっているのかもしれない。
 冷静沈着な、彼のキャラクターらしく。



231: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 14:47:02.09 ID:sDHzCwEM0

 くそ。最低だな、俺は。
 そんな風に考えた自分に心底嫌気がさした。
 だが全ては犯人の正体が分からないせいだ。
 俺たちの知らない誰かなのか。それとも俺たちの中の誰かなのか。
 それだけでもはっきりしないことには身動きがとれない。
 そういえば、さっきの古泉の言葉の中に気にかかる部分があった。

『犯人はどうしても殺さざるを得ない時だけ殺しているような気がしたものですから』

 どうしても殺さざるを得なかったから喜緑さんを殺した。
 さっきも一度は考えたことだ。
 喜緑さんは何故殺されたのか?
 何かを見たのか? たまたま犯人と出会ってしまったのか?
 俺は真っ先にしなければならないことに思い当たった。
 田中さんの部屋をくまなく調べることだ。
 喜緑さんはあの部屋に行くと言い、そして殺された。
 手がかりはあの部屋の中にあるはずだ。
 出来れば一人でじっくり調べてみたい。しかし、誰も一人にしてはいけないと言った手前、今更そうもいかないだろう。
 もちろん一人になるのが危険だということも分かっている。だが、犯人かもしれない人間を連れて入るのはもっと危険だ。
 では誰と?
 答えはすぐにでた。ハルヒだ。ハルヒとなら、安心して調べることが出来る。
 そのハルヒが森さんとともにたくさんのカップを乗せたお盆を持って戻ってきた。

「お待ちどおさま!」

 ハルヒは精一杯明るい声を出している。
 ついさっきは、同じ事を喜緑さんがしていたのだと思うと不思議な感じだった。
 熱々のココアが全員に配られる。
 朝比奈さんたちは、他の人が口をつけるのを見届けてから飲み始めた。
 暖かくて甘いココアは、ひどく心を落ち着かせる作用があるようだ。心の疲れも、体の疲れも何もかも溶けて流れていくようだった。



233: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 15:02:14.52 ID:sDHzCwEM0

 そうして一息つき、みんな多少落ち着いたらしいのを見届けると、俺はハルヒに言った。

「今からちょっと俺についてきてくれないか?」

「どこ行くの?」

「田中さんの部屋を調べてみようと思うんだ」

 全員が、はっとこちらを向いた。

「何のために調べるんです?」

 新川さんが俺に尋ねる。

「喜緑さんは殺される前、あの部屋に行こうとしていた。そうですね?」

「ええ」

「彼女は多分、何か事件の真相について調べようとしたに違いありません。そして余りに真相に近づきすぎたために殺された。
 だったら俺たちがするべきことはあの部屋を徹底的に調べることだと思うんです」

「それを、お前が?」

 会長が目を細める。

「お前が犯人で、証拠を隠滅しないという保証がどこにある」

「だから、ハルヒを連れて行くんです」

「ガールフレンドが共犯じゃない、という保証もないだろうが」



234: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 15:07:39.81 ID:sDHzCwEM0

「……なら、もう一人連れて三人で行きます。それなら文句はないでしょう」

 俺はそう言って、皆の顔を見回す。さて、誰を連れて行くべきか。
 つんつん、と左袖を引っ張られる感覚。

「……」

 長門がこちらをじっと見つめていた。

「お前が一緒に行くっていうのか?」

 こくりと頷く長門。
 俺は少し迷ったが、結局了解することにした。
 長門有希は、世界がどーだとか言い出す電波な女の子だけど、不思議と信頼できる気がしたのだ。
 俺たち三人が行くことに対して、特に異論は出なかった。

「行くか」

 俺はココアを飲み干して立ち上がった。

「警察の捜査の邪魔になるようなことは控えろよ」

 会長が釘を刺してくる。
 もちろん、なるべくならそうしたい。だが、何を探すかもわかっていない以上、確約は出来ない。
 とりあえず頷いておいて、俺、ハルヒ、長門の三人は二階へと上がった。
 田中さんの部屋の前に立つと、それだけで足元がひんやりしてくる。

「一体何を調べるつもりなの?」

「さあな」



235: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 15:11:34.43 ID:sDHzCwEM0

 ハルヒの問いに曖昧に答えて、俺はドアを開けた。
 風が吹き込む音と、カーテンがばたつく音で部屋の中は騒々しい。
 窓際は相変わらず雪が乱舞していて、部屋の温度はさながら冷凍庫のようだった。

「寒い! こんな格好じゃあと5分といられないわ!」

 ハルヒが震えながら叫ぶ。
 避難するように、まず俺たちはバスルームへ入った。三人は入れないので、バスルームのドアは開けたままだ。
 少し広めのユニットバス。一見しておかしな所はない。
 まずは備え付けてあった石鹸を手にとってみる。石鹸はまだほとんど新品だった。
 洗面台は濡れている。どうやら石鹸は手を洗うのに使ったようだ。
 バスタオルは乾いたままで、使った様子は無い。バスタブにも濡れたあとは無く、使った痕跡は全く無かった。
 洗面台の下、洋式便器の中まで覗くが怪しい物は何も見当たらない。
 天井を見上げると四角い切れ目があった。天井裏があるのだ。
 当然、そこまで調べる必要があるのだろうが……さて、どうするか。
 迷っているとまた服の袖をつんつんと引っ張られた。
 長門有希がじっと俺の顔を見て、それから天井裏への入り口に目を移す。

「……お前が覗くっていうのか」

 こくりと頷く長門。

「……まさか、俺にお前を肩車しろと?」

 こくりと頷く長門。

「よし、じゃあ……」

 そう言って屈んだ所でハルヒに背中を蹴り飛ばされた。
 バスタブに顔面が直撃する。悶絶いてえ。



236: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 15:17:59.17 ID:sDHzCwEM0

「な、ななな、なにばかなことやってんのよ!」

 何故か声を荒げて俺を罵倒するハルヒ。
 どうでもいいがお前ちょっとは加減しろ。
 俺鼻血出てきちゃっただろ。

「なんだよ、何でお前怒ってるんだ」

 俺はシャワーでバスタブについた血を洗い流しながらハルヒに問う。

「アンタ本気で言ってんの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「むう、俺は馬鹿ではないし死ぬつもりも無いぞ」

「じゃあ、目が腐ってるのね。有希の格好をよく見なさいよ!」

 言われて気付いた。
 どこぞの高校の制服姿の長門有希。
 ばっちりスカートである。
 肩車なんてしたらとんでもないことになるのは間違いない。

「仕方ない。ならハルヒ、お前が覗いてくれるか?」

「私の太ももの感触を楽しもうってのね!? なんてマニアックな変態なのかしら!」

 どないせえっちゅーんじゃ。



237: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 15:23:48.75 ID:sDHzCwEM0

 長門がふるふると首を振った。

「あなたよりも私の方が体重は軽い。彼への負担はなるべく軽減するべき」

「なっ!? 何言うのよ! 私そんなに重くはないわよ!」

「私とあなたの生体重では4kgもの差が生じている。ちなみに私の体重は」

「うわぁ~!! ストップストップ!! ちょっと有希黙んなさい!!」

 狭いバスルームで押し合いへし合いする俺たち。

「だ、大体有希はスカートなんだから、駄目よ! 肩車なんてしたら、キョンの首元に生パンを押し付けることになっちゃうわよ!」

「私はかまわない」

「え、えっち! 有希ってえっちな女の子だわ!!」

「おい、どうでもいいから早くしようぜ」

「なによ! ならアンタがどっちにするか選びなさいよ!」

 マジか。マジだ。マジっぽい。
 ハルヒと長門がじっと俺を見つめてくる。
 どうする…?

1.ハルヒを肩車する。

2.長門を肩車する。



238: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 15:29:03.85 ID:sDHzCwEM0

 あくまで常識ある人間でいたい俺はハルヒを選ばざるをえなかった。
 俺がしゃがむと、ハルヒが俺にまたがった。
 ハルヒのほどよくむっちりした太ももの感触がジーンズ越しに伝わってくる。

「え、えっちなこと考えたら承知しないからね!」

「考えてない考えてない」

「ぼ、ぼっきしたら蹴り潰してやるから!」

「俺の股間の確認はいいから早く天井裏を確認しろ」

 ハルヒは頭上の四角い板を外して、天井裏に首を突き出した。

「何かあるか?」

「……なんにもない。なーんにも」

 これだけ苦労しておいて徒労に終わったわけだが、バスルームに何も無いことはわかった。
 俺はハルヒを下ろし、ずっと俺のそばで待機していた長門を伴い、バスルームを出る。
 次はクローゼットの中を調べることにする。
 人が隠れていないのは既に調査済みだが、荷物や服までは検分していない。
 カーテンを開け放ち、三人で中を覗き込んだ。
 ハンガーには、グレーのコートがかけられているだけだ。その下に、スキー用の大きなキャスター付きのバッグが置いてある。
 俺はしゃがんで手を伸ばし、バッグを引き寄せて中身を確認する。
 何も入っていない。脇のポケットなども調べるが、紙切れ一枚出てこない。

「犯人が盗んだのね」

「だろうな」



239: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 15:33:28.55 ID:sDHzCwEM0

 俺はハルヒの言葉に同意する。

「しかし何を盗んだんだろうな」

「二億円……かしら?」

 どうやらハルヒはさっきの銀行強盗の話がまだ頭に残っているようだ。

「着替えが無い」

 長門が口を開く。
 言われてみれば確かに、着替えが無いのはおかしい気がする。いくらスキーする気が無かったとしても、着替えくらいは持ってきそうなものだ。

「用意する暇も無かったんじゃない? よっぽど急いで逃亡したのね、きっと」

 ハルヒは言いながらつるされたコートのポケットを探っていた。

「財布なんかもないわ。それも盗っていったのかしら」

「身元がわからないようにしたのかもしれないな」

 次は部屋の中を調べてまわるが、特に異常は見つからない。ベッドの下まで覗き込んだが何も目新しい物は見当たらなかった。
 あとは、死体のある窓際だけだ。
 俺は目を閉じて、一度深呼吸してから窓際に向かう。
 窓際は降り込む雪がすっかり積もってしまっていた。バラバラ死体は雪に埋もれて見えなくなっている。
 ぐ……ここまで来た以上、死体を確認しないわけにもいくまい。
 俺はごくりと唾を飲み込んでから、恐る恐る雪を払いにかかる。
 死体に触るなんて絶対にごめんこうむりたかったが、思いっきり指先に凍りついた髪の毛が触れてしまった。
 ぐあ、と思わず声を漏らしてから、そこからさらに慎重に雪を払い落としていく。
 バラバラの死体が次第にその全容を現してきた。



242: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 15:37:17.35 ID:sDHzCwEM0

「ぐっ…!」

 俺は込み上げてくる吐き気を押さえ、バラバラ死体を観察する。
 何故かどこかで見たことがあるような気がする、その死体を。
 窓から降り込む雪が、少しずつ少しずつ死体に降り積もっていく。
 あれ、待てよ?
 俺はふと思う。
 あれだけ雪が積もっていたということは、喜緑さんはこの死体には手を触れてはいないってことにならないか?

「何かわかりましたか?」

 かけられた男の声に、俺はおや、と思いながら振り返る。
 部屋の入り口に、いつの間に上がってきたのだろう、古泉が立っていた。

「なんだ、お前も来たのか古泉」

「なんだとは随分な言いようですね……僕に同行するよう求めたのはあなたでしょう?」

 古泉はよくわからないことを言う。

「あれ?」

 俺は部屋を見回し、ハルヒに尋ねた。

「長門はどこ行った?」



243: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 15:41:14.48 ID:sDHzCwEM0

 ハルヒは困惑したような顔で俺を見る。

「キョン、何言ってるの?」

「おいおい、そりゃ俺のセリフだろう。長門だよ長門。さっきまでここにいたろ」

 「トイレか?」とハルヒの頭越しにバスルームに目を向ける俺。
 そんな俺をハルヒは困惑を通り越して怯えすら顔に浮かべて凝視している。

「な、なんだよ。どうしたんだよハルヒ」

 さすがに俺もそんなハルヒの様子にただならぬものを感じ始めた。

「ねえ、キョン……」

 ハルヒは恐る恐る、といった様子で口を開く。


「長門……って誰よ?」



244: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 15:43:49.57 ID:sDHzCwEM0

 ――瞬間、俺の中で時間が止まった。

 頭の中で、何かが弾けた。

 駆け出す。入り口にいた古泉を押しのけ、廊下に飛び出す。

 たったひとつだけあった、誰も泊まっていないはずの空き部屋。

 何故か俺の足は吸い込まれるようにそこへ向かい―――

 ドアを開ける。








 そこで、長門有希が床に転がっていた。



248: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 16:01:14.71 ID:sDHzCwEM0

「長門ぉ!!」

 俺は長門のそばに駆け寄って、その体を抱き起こす。
 長門の顔は、その左側がぐしゃぐしゃに潰れていた。
 まるで、何度も何度も執拗にその部分を殴られたかのように。
 赤く染まった口から、ひゅうひゅうとか細い呼吸音が聞こえてくる。

「長門! 大丈夫か、長門!!」

 長門のかろうじて無事な右目がうっすらと開く。
 長門は俺の顔を見ながら、ぱくぱくと口を開いた。
 何も聞こえない。違う。もう声が出ていないんだ。

「喋るな長門! 今新川さんたちを呼んでくるから……!」

 俺が止めても、長門は口を動かすのをやめようとはしない。
 長門がだらりと下がっていた腕をゆっくりと持ち上げた。
 息も絶え絶えに。
 おそらくは全身全霊を振り絞って。
 そして、その震える指先が俺の頬に触れ―――



 バチン、と電流を流されたように、俺の体が震えた。



250: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 16:02:53.02 ID:sDHzCwEM0

 頭の中で、全てが繋がった。



 何もかもを思い出した。



 何が有意義なキャンパスライフを送る大学生だ。





 ――――俺は、SOS団の、団員その1だ。



251: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 16:07:45.28 ID:sDHzCwEM0

 全てを思い出した俺は、全てを思い出したが故に、目の前の光景を認められずにいた。

「長門……」

 呆然と名を呼ぶことしか出来ない。
 そんな俺に、長門がほんの少しだけ微笑みかけたような気がした。
 それが、最後。
 俺の頬に触れていた長門の手がとさりと床に落ちる。
 それから長門はもう二度と目を開かなかった。

「長門……!」

 ぼろぼろと、俺の目から涙が零れ落ちる。

「うあ」

 胸に込み上げる激情を、抑えることが出来ない。

「うあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 叫んでいた。
 俺は形振り構わず声を上げていた。



256: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 16:16:54.64 ID:sDHzCwEM0

「ごめん…ごめんな…長門……!」

 口をついて出るのはただひたすらに謝罪の言葉。
 長門は俺を助けるために、この世界に介入してきてくれたのだ。
 そのために能力のほとんどを制限されて、ただの女の子になってまで、俺のところに駆けつけてきてくれた。
 それを、俺は、電波だなんだと馬鹿にして、ちっとも長門の言葉を信用しようともしないで。
 結果が、これだ。
 俺は、最低だ。
 長門の体が輝きだす。
 元の世界で長門が喜緑さんにそうしたように、長門の体が光の粒子となって消えていこうとしている。

「駄目だ。待て、長門。行くな。消えるな」

 足掻くように懇願してみても、何の能力も持たないただの一般人である俺にはどうすることもできない。
 光を留めようと手を伸ばしても、光の粒子は指の間をすり抜けていくばかり。
 ほどなくして、長門の体は完全に宙に溶けて消え失せた。

「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 ガツン、と床に思いっきり拳を叩きつける。
 拳に血が滲むが、知ったこっちゃない。
 沸騰した頭を静めようともせず俺は立ち上がり、部屋を飛び出した。



257: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 16:23:38.28 ID:sDHzCwEM0

 廊下にはハルヒと古泉も出てきていた。

「キョン……」

 心配そうに俺を覗きこんでくるハルヒに目もくれず、俺はさっさと階下に向かう。
 階段を駆け下りてくる俺を、何事かと談話室にいた皆が注視する。
 その中で、『ソイツ』も目を丸くして俺を見ていた。
 それが、ますます俺の脳みそに血を上らせる。
 そ知らぬ顔をしやがって。白々しいんだよこの野郎。

「朝倉ぁぁああああああああああ!!!!!!」

 俺は、怒りに任せ、朝倉の胸倉を思い切り掴み上げた。

「あう…!」

「今すぐ俺たちをこのくそったれなゲームから解放しろ!!」

 うめき声を上げる朝倉に構わず、俺はその目を強く睨みつけた。



259: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 16:30:40.55 ID:sDHzCwEM0

「は、はなして…! いたい……!」

「痛い? 笑わすなよ……長門をあんな風にしといてよぉ!!」

 カッとなった俺は思わず右手を振りかぶる。
 ―――瞬間、俺の右腕は後ろ手にねじ上げられていた。

「あぐ…!」

 痛みに思わず声を漏らしながら、俺は肩越しに背後を確認する。

「何のつもりだい?」

 鶴屋さんだった。
 かつて、ハルヒが消失したあの冬の日。
 朝比奈さんに迫った俺を撃退したあの時と同じ目で、鶴屋さんは俺を睨みつけていた。
 ついでに言うなら朝比奈さんもあの時と同じ、怯えきった目で俺を見つめている。

「りょーこちんから手を離すっさ」

「ぐっ…!」

 さらに強く右手をねじ上げられ、俺は左手で掴み上げていた朝倉を解放する。

「けほっ、けほっ……! ひどいわ……いきなり何するの、キョン君……」

 どすんとソファに尻餅をついた朝倉は目に涙を浮かべ、喉元を押さえながらそんなことをほざいた。
 その態度が、俺の理性を完全に吹っ飛ばした。



261: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 16:36:49.98 ID:sDHzCwEM0

「ふざけんなッ!! 白々しいんだよッ!! お前だろうが! 全部、全部、お前がやったんだろうがぁ!!」

 俺の言葉に全員が息を呑んで朝倉に目を向ける。
 全員の視線を受けた朝倉は目を見開き、絶句していた。

「そ、そんなはずありません! 朝倉さんは、朝倉さんはずっと私たちと一緒にいました! ちゃんとアリバイがあります!」

 朝比奈さんが顔を蒼白にして反論してきた。

「それに、それに、朝倉さんはそんな、人を殺したりできるような人間じゃありません!」

「そりゃあそうさ! 何しろコイツはマジで人間じゃないんだからな!!」

「え…?」

「なあ、そうだろう朝倉涼子。情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース!
 アリバイだなんだとくだらない。お前なら、どうにでも出来るもんなぁそんな些細なこと!!」

 朝比奈さんは、いや、この場にいる全員が言葉を失った。
 皆、完全に俺を狂ってしまった人間を見る目で見ている。
 構わない。構うものか。
 長門をあんな目にあわせてのうのうとしやがって。
 許さない。
 許せるわけが、ないだろう―――――!!

「おああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 鶴屋さんの拘束から逃れようと全力で身をよじる。

 パアン――! と頬に衝撃が走った。



263: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 16:42:34.45 ID:sDHzCwEM0

「あ…?」

 ハルヒが俺と朝倉の間に割って入ってきていた。
 頬を張られた衝撃が、段々とヒリヒリした痛みに変わっていく。

「ハルヒ……? うおっ」

 呆然としていた俺の頭を、ハルヒがその胸にかき抱く。
 ハルヒの体は震えていた。

「しっかりしてよ……」

 その声は、涙交じりの声だった。

「あんたまでそんなになっちゃったら、私は誰を信じたらいいのよ……」

 ハルヒが、あのハルヒが、こんなにも弱々しい、懇願するような声を上げている。その事実が、沸騰していた俺の頭を急速に冷めさせた。
 ……何をやっているんだ俺は。
 白馬で迎えにいくなんて王子様を気取っておいて、この体たらくか。
 馬鹿が。冷静になれ。こんな力ずくで事態が解決していたんなら、長門がとっくにやっていただろう。
 そうだ。この世界から脱出するためにはちゃんとした手順が存在する。
 長門の言葉を思い出せ。

『このシステムを停止させるのは、あなた。あなたが、このシナリオをエンディングまで導かなければならない』

『この事件を解決するのは、あなた』

 そうさ。そのために、長門は最後の力を振り絞って俺を元の世界と繋げてくれたんじゃないか。
 それを無駄にするわけにはいかない。ああ、やってやる。やってやるとも。
 俺は、やる時はやる男なんだ。



264: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 16:48:30.78 ID:sDHzCwEM0

 そうして、ハルヒに抱きしめられたまま俺は決意を固めたわけなのだが……。
 冷静になると、この体勢、どうしても意識してしまうものがあった。
 俺は今、ハルヒの柔らかいおっぱいの感触を、顔全体で余す所なく味わってしまっているわけだ。
 それどころではないと知りつつも、生物としての生理的反応でよからぬことを考えてしまったりなんかしちゃったりして……。

 バガァン!! と顔面を床に叩きつけられた。

「今ちょっとえっちなこと考えてたでしょ! ばか! すけべ! エロキョン!!」

 俺の頭部を床に叩きつけ、あまつさえごりごりと押さえつけるハルヒ。
 突然荒っぽい真似をするんじゃないこんにゃろう。
 鶴屋さんの拘束が緩んでいたからよかったものの、下手すれば腕が折れていたぞこんにゃろう。
 というか、なんかこの世界のお前は貞操観念が強すぎないか?
 元の世界じゃ男子の前で平然と着替えを始めるような女だった癖に。
 こっちの設定じゃお前(俺もか)大学生だったな。それまでの数年でお前に一体何が起こったんだ。

「みんな、ごめんね。この平伏に免じて、さっきのコイツの奇行は許してやってくれないかしら」

 俺の頭をぐりぐりと床にこすり付けつつハルヒはそんなことを言う。
 俺はハルヒの手を振り払い、立ち上がった。
 皆の顔を見回す。やはり奇異の目で見られることは避けられない。
 俺はもう一度、今度は自分の意思で頭を下げた。

「すまなかった。あまりに凄惨な死体を目の当たりにして、パニックを起こしてしまったんだ」

「そんな脆弱な精神でよく部屋を調べに行くなんて言えたものだな」

「返す言葉もありません」

 吐き捨てられた会長の言葉にも、俺は素直に頷く。



266: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 16:54:26.25 ID:sDHzCwEM0

「もうこんな真似はしないと誓う。本当に迷惑をかけた」

 俺は再度皆に向かって頭を下げる。
 それで、ようやく皆は俺が冷静になったと認めてくれたようだった。
 ただ、俺は一度も朝倉の方を見ようとはしなかった。
 本来もっとも謝罪すべき対象であるはずの朝倉に頭を下げることを、俺は拒絶した。
 確信があったからだ。
 ペンションで起こった出来事が現実世界にフィードバックするこのくそったれなシステム。
 その管理者は間違いなく朝倉涼子、お前なんだ。
 長門はこの世界に介入し、同時に最初から『長門有希』という高校生がいたのだと全員の認識を改竄した。
 そしてこの世界から長門を退場させた『何者か』は、喜緑さんや国木田の時とは異なり、『長門有希』という存在そのものを消去した。
 それは言わば『世界そのものの改竄』にほかならない。
 そんな真似が出来る『何者か』なんて、このメンツの中ではお前しかいないんだ。
 見ていろ、くそったれ。
 お前が何の目的でこんなシステムを立ち上げたのかは知らないが、俺がお前の目論見を台無しにしてやる。
 長門の――いや、長門だけじゃない。喜緑さんと、そして国木田の仇は、俺が必ずとって――――

 ―――待てよ?

 そこで俺は、奇妙な引っかかりのようなものを感じた。
 なにか、なにかおかしくないか?
 何だこの―――違和感は。
 何かがおかしい。この事件には、どうしようもない矛盾が存在している。
 おかしいのは……一体何だ?

1.国木田の死

2.喜緑の死

3.長門の死



269: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 17:00:57.72 ID:sDHzCwEM0

 おかしいのは、国木田の死だ。

 ―――そうか。

 違和感の正体にはっきり気付いた時、俺にはこの殺人事件の真相が全てわかった。
 だが、これはとても推理なんて呼べたシロモノじゃない。
 これは長門によって元の世界と繋げられた俺だからわかったこと。
 全ての登場人物が俺の知り合いだったということが推理の土台になってるっていうんだから、これはとんでもない裏技だ。
 恐らく、本来の「かまいたちの夜」の主人公(確か透君だったか)はきちんとしたロジックの積み重ねの末にこの結論に至るのだろう。
 それを思うと若干後ろめたい気持ちにならなくもないが……いや、ならないか。
 この世界から脱出するのに、手段なんて選んでいる余裕はない。

「どうしたの?」

 ハルヒが俺の顔を覗き込んでくる。

「いや……」

 俺はハルヒに曖昧な笑みを返した。

「何よ。何かあったならはっきり言いなさいよ」

 ハルヒの顔がにわかに曇る。
 さっきの俺の暴走を思い出しているんだろう。



271: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 17:05:17.37 ID:sDHzCwEM0

「大丈夫だ。俺は平静だよ」

 俺は努めて声を押さえ、言った。

「そう? でも、そうは見えないわ」

「まあ、正直に言えば少し戸惑ってはいる」

「戸惑う? どうして?」

「……わかったんだよ。全ての事件の真相が」

 ぎょっ、と全員の目が再び俺に集中した。
 そんな中で、ハルヒが疑わしげに口を開く。

「ほんとに? じゃあ、田中さんを殺した犯人もわかったっていうの?」

「田中さん……田中さん、ね」

 俺はハルヒの問いには答えず、皆の顔をぐるりと見回した。
 犯人である可能性がある人物は……ただ一人。
 俺は言った。

1.「犯人は俺だ」

2.「犯人は……お前だよ、ハルヒ」

3.「犯人は当然俺でもなければハルヒでもなく……」



272: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 17:07:54.82 ID:sDHzCwEM0

「……お前が、犯人だったんだな」

 俺にそう言われたソイツは、しばらく自分のことを言われているとは思わなかったようだった。

「……もしや、僕のことを言っているのですか?」

 たっぷり3秒ほどの沈黙の後にソイツは――――









 古泉一樹は、ようやく口を開いた。



274: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 17:12:59.07 ID:sDHzCwEM0

「ああ、そうだ。一連の事件の犯人はお前だよ、古泉」

 俺はもう一度、はっきりと宣言する。

「冗談で言っているわけではないようですね」

「俺は全く持って真剣さ。加えて言っておくが頭は全くの正常だぜ」

「正常というわりにはあまりにひどい物言いじゃありませんか? 僕は被害者なんですよ?」

「ああ、頭の怪我のことか。そりゃ自分でやったんだろ?」

「これはこれは。随分と身も蓋もないことを言いますね」

「そう考えるのが一番自然なんだよ。死体をバラバラにするほどの手間をかける犯人だぜ?
 自分が疑われるかもしれない状況で、中途半端に殴るような真似をすると思うか?
 まあ、お前が必死で抵抗したって言うんならまだわかるが、お前は犯人を見ていない。つまり不意打ちされたって言ってたよな」

 はっきり言ってしまえば古泉が生きていることそれ自体が理に合わないのだ。
 犯人は、喜緑さんを悲鳴ひとつ上げさせずに殴り殺すほどの力を持っているというのに。
 古泉は笑みを浮かべた。

「それだけはっきりと断言する以上、明確な根拠があると思っていいのでしょうか?」

「もちろんだ」

 俺は頷いた。



275: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 17:19:21.09 ID:sDHzCwEM0

「ならば聞かせていただきましょう。ペンションに到着して以降、ずっとあなた達と行動を共にしていた僕がどうやって田中さんという人を殺害したのか。
 僕はいかにしてそんな不可能犯罪を成し遂げたというのか。実に興味深いですね。ああ、先に言っておきますが」

 古泉は笑みを浮かべたまま、俺を見据えて言った。

「僕に離れた人間を殺せるようなトンデモ超能力なんて備わってはいませんよ」

 ああ、もちろんそんなことは言わないさ。さあ、解決編を始めよう。

「順序良くいこうか。まずは俺たちの知らない第三者が犯人だという線を消しておこう。
 二階のバラバラ死体が発見された後、俺たちはペンションの中を隅から隅までチェックして、犯人が侵入していないことを確認している。
 にもかかわらず、喜緑さんは二階で殺されてしまった。つまり犯人は何かしらの方法でこのペンションの中に再び舞い戻ったということになる。
 もし犯人が俺たちの知らない第三者だとしたら、そいつはどうやってまたこのペンションへ入ってきたんだろうか?」

「そんなもの、二階の割れた窓からに決まってるだろう」

 そう答える生徒会長の顔は、何を馬鹿なことを言っているんだと言わんばかりだ。

「その通りですよ会長。しかし見てください。ご存知の通り、俺はついさっき田中さんの部屋に入ってきた。
 わかります? 足が濡れてるんですよ。窓際は随分雪が積もっていましたからね。
 水滴が床に染みを作ってしまっているのがわかるでしょう? この染みは、暖房が特に効いたこの談話室でも未だ乾いてはいない。
 少し部屋に入っただけの俺でさえこうなんだ。外から舞い戻った犯人が廊下に出れば、もっと分かりやすい足跡が残ったろう。誰か、喜緑さんが殺された前後で、こんな染みを二階で見かけた人がいますか?」

 少し間をおいて返事を待つが、誰も何も答えようとはしない。

「つまり、犯人が二階の窓から出入りしているなんてことはありえない。第三者の出入り口が二階の窓に限られる以上、これで犯人が俺たち以外の誰かだという線は消える」

「ちょっと待てよ。じゃああのガラスが割れた音はなんだったんだ? 犯人はあの時に中に入ってきたんじゃねえのかよ」

 谷口が疑問を口にする。



276: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 17:24:55.48 ID:sDHzCwEM0

「そう思わせることがまさしく犯人の狙いだったわけだ。その目論見は、喜緑さんを殺してしまったことでこうしてご破算になっちまったがな。
 まあしかし、そもそも考えてみれば、あの時に犯人が侵入してきたっていうのも考えづらいことなんだ。
 ガラスの割れる音が聞こえてから、俺たちが田中さんの部屋に入るまで15分程度しかかかっていない。
 そんな短時間で田中さんを殺し、バラバラにすることなんて出来っこないだろう?」

「そういえば、そんな話もしたな」

 谷口の言葉に俺は頷く。

「犯人は中に入るためにガラスを割ったんじゃない。かといって外に出る時にガラスを割る必要はないだろう? だから、ガラスは犯人が意図的に割ったとしか思えないんだ。
 それがつまり、俺たちに『あの時犯人はペンションに入ってきたんだ』と思い込ませることで、実際の犯行時刻を誤認させてアリバイを作るためだったわけだ」

 言いながら、俺は古泉の様子を確認する。
 古泉はやれやれ、と肩をすくめた。

「話がちっとも前に進みませんね。実際の犯行時刻がいつだろうが、僕には関係ありません。
 15分程度では人を殺し、あまつさえバラバラにすることなどできない。あなた自身が今言ったことです。
 僕がペンションに到着してから、荷物を置きに二階に上がったのはほんの数分のことですよ?
 それに、音が聞こえたときに談話室にいた僕が、どうやって二階のガラスを割ることが出来たというんです?」

「そうだな。どう考えても、お前に田中さんは殺せないよ」

 俺はあっさりと古泉の言葉を肯定した。

「おいおい」

 会長が鼻白む。俺はそれを無視して続けた。

「俺は死体を発見したときと、さっき部屋を調べに行ったときと二回田中さんの部屋に入っている。
 窓ガラスが割れていることと、窓際に死体があること以外、俺たちの部屋とそう変わらない部屋だ。でも、それっておかしくないか?」



277: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 17:29:46.69 ID:sDHzCwEM0

「何がよ?」

 ハルヒが首を傾げた。

「血の跡が無さ過ぎるんだよ。人一人バラバラにしてるんだぜ? 綺麗に拭い去ろうったって床にはカーペットが敷き詰めてあるんだ。
 いくら犯人が染み抜きの達人だっていっても、もっとわかりやすい跡が残るはずだろうさ」

「それは……確かにそうね」

「だから俺は、犯人はバスルームで死体を切断して窓際に運んだのだと思っていた。
 だが、バスルームは血液どころか水滴さえついていなかった。犯人はバスルームで切断したんじゃなかったんだ」

「なら……一体どこでやったというんだい?」

 鶴屋さんが顎に手を当て、ふうむとうなりながら聞いてきた。
 あんな醜態を晒した俺の言葉を皆がどれだけ真剣に聞いてくれるかが気がかりだったが、どうやらそれは杞憂ですんだらしい。

「わかったわ!」

 ハルヒが声を上げた。

「外で殺したのね? 外で殺して切断した後、窓の外から死体を放り込んだのよ!」

「……いや、割れたガラスはほとんど中に落ちていなかったから、それはないだろう」

 俺は少し考えてから、その可能性を否定した。

「バスルームでもなければ外でもない。じゃあ犯人はどこで死体をバラバラに出来たというんだ」

 会長がいらいらしたように言う。



278: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 17:34:35.71 ID:sDHzCwEM0

「出来なかった、と言ってるんです」

「なに…?」

 俺の言葉に会長を始め、皆ぽかんと口を開けた。
 まさに鳩が豆鉄砲を食らったような、という顔だった。

「バスルームじゃない。部屋の中でも外でもない。つまり、田中さんをバラバラに出来た場所など存在しない。
 その事実は、俺たちの中の誰も田中さんを殺してないし、死体をバラバラにもできなかったということを意味している」

 しばらく沈黙が続いた。
 やがて谷口がはん、と鼻を鳴らす。

「おいおい……まさかキョン。お前結局『かまいたち』みたいなのが田中さんを殺したんだとか言い出すんじゃないだろうな」

「もちろん違う。俺が言いたいのは、田中という人物は殺されもしなかったしバラバラにもされなかったということさ」

 そこまで言って、俺は再び古泉に目を向ける。


「なあ、そうだろう? ―――――『田中さん』よ」



279: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 17:39:38.47 ID:sDHzCwEM0

 全員が絶句して古泉を見る。

「どうやら……本当に真実にたどり着いているようですね」

「あまり褒められたやり方じゃなかったがな」

 古泉はふっ、とその顔に笑みを浮かべた。
 そんな古泉に、俺も笑みを返してみせる。

「こいつが田中だと…? なら、上で死んでいるのは誰なんだ」

 会長が口にする当然の疑問。
 『上で死んでるのは俺のクラスメイトの国木田というんですよ』なんて答えるわけにはもちろんいかない。
 それはこの世界の俺には知りえるはずのないことなのだから。


 ――――田中さんの身長、どれくらいでした?

 ――――結構高かったように思います。175cm以上はあったでしょう。


 反則過ぎるよな。
 バラバラになった被害者のことをよく知っていた、なんて。
 ありえないんだよ。
 国木田が『田中さん』だ、なんてことは。
 国木田の身長は、170cmにやっと届くくらいの俺や谷口よりさらに低いんだぜ?



280: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 17:43:58.17 ID:sDHzCwEM0

 国木田が『田中さん』なんてことはありえない。
 ならば『田中さん』は誰なのか。
 消去法。
 古泉以外の人間は『田中さん』がいた時からこのペンションにいた。
 しかし古泉が来てから『田中さん』は一度も確認されていない。
 身長も―――合致する。

 論理(ロジック)の積み重ねで答えに至るのではなく、答えありきで論理(ロジック)を積み重ねる。
 は。
 まったく、邪道極まりないぜ。

「誰かは知りませんが、田中さんでないことは確かです」

 俺は会長にぬけぬけとそう答える。

「あの死体は田中さん、つまり古泉が殺してバラバラにしたんですよ。思えば、死体のそばにサングラスが落ちていたことなんて、いかにもわざとらしい」

「田中だと思わせるためにわざと置いたってことか」

 谷口がなるほどというように頷く。

「でも、その殺された人は一体いつペンションの中に入ってきたのよ。誰も侵入しなかったってさっき言ったばかりじゃない」

 ハルヒが重要な点をついた。



282: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 18:01:03.17 ID:sDHzCwEM0

「もちろん、正面玄関からさ。きちんと戸締りがされていた以上、そこしかない」

 そう答えた俺に、新川さんは首を横に振る。

「それはありえません。正面玄関から入れば絶対に誰かに、少なくとも私たち従業員の誰かにわかるようになっています」

「誰かと一緒に入れば別でしょう? バラバラにされた国……彼は、『田中』に扮していた古泉と一緒に入ってきたんです」

「いえ、田中さんが来たとき、彼は間違いなく一人でしたよ」

 新川さんは断言する。俺は言った。

「スキーバッグの中は調べましたか? ……被害者はそこにいたんですよ。既に殺され、バラバラにされた姿でね」

 ごくり、と誰かが息を呑む音が聞こえた。

「そう。『田中』のバッグが空になっていたのは盗まれたからじゃない。そこに入っていたのはもう既にバラバラになったあの死体だったんだ。そもそも死体をバラバラにしたのは、運びやすくするためだったのさ」

「窓は? 窓が割れた音がしたとき、古泉君は私たちと一緒に談話室にいたわ。彼は一体どうやって二階の窓を割ることが出来たの?」

 ハルヒが最後の謎に触れた。

「それに答える前に、少し古泉の行動を整理しておこう。『田中』に扮していた古泉は、夕食後、自分の部屋に戻ってから死体を窓際に置き、ある仕掛けをした後窓から外へ飛び降りた。
 そして、離れたところ隠しておいた車に乗って少し走り、駅にいると偽ってどこかの公衆電話から電話をかけた」

「ある仕掛け?」

「それが、さっきの疑問の答え……窓ガラスが自動的に割れるような仕掛けさ」



286: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 18:07:28.98 ID:sDHzCwEM0

「そんなこと……出来るの?」

 顎に指を当て、首を傾げるハルヒ。

「あるものを使えばわりと簡単に出来ると思う」

「あるものって?」

「古泉は雪を使ったのさ」

 どさり、と屋根から雪が滑り落ちる音を思い出しながら俺は言う。

「雪? 雪をどうやって使うのよ」

「正確にはわからんが、おそらくこういうことだったんじゃないかと思う。
 『シュプール』の客室の窓は外開きするタイプの物だ。犯人はその窓の片側から出るとする。
 そして、もう片側は風で煽られても動かない程度に固定しておく。それからその取っ手に1mか2mくらいのロープを軽く引っ掛ける。
 そのロープの、取っ手に引っ掛けた方の反対側には何か平べったい板のような物……バッグの底板のようなものをつないでおくんだ」

「窓と板をロープでつなぐわけ? それをどうするの?」

「外へ飛び降りる前に、その板は屋根に積もった雪の中に突っ込んでおくのさ。
 そうすれば、ある程度時間が経った段階で雪は滑り落ち、当然一緒に板も落ちる。
 窓は勢いよく引っ張られ、外壁に叩きつけられて……ガシャン、というわけだ。
 板とロープは窓から外れて雪の下に埋もれてしまう。
 その時間を古泉は12時頃と予想していたんだろうな。だから脅迫状にはあんな風に書いていた。
 結果的に時間はズレてしまったが、アリバイを作るのには間に合ったんでそれは大した問題にはならなかった。
 外で襲われたふりをしてみせたのは、あの部屋の下あたりをあまり調べてほしくなかったんでやむをえずやったってところだろう。
 ガラスが割れたときにアリバイが無かった会長を犯人に仕立て上げるつもりもあったかもしれないが」



289: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 18:14:32.78 ID:sDHzCwEM0

 古泉はしばらくじっと俺を見据えていたが、やがて降参したように両手を上げた。

「参りました。概ねあなたの言うとおりですよ」

 遂に古泉は自らの犯行を認めた。
 「ひっ」と声を漏らす朝比奈さんをはじめ、全員がソファに座る古泉から距離を取った。

「確かに僕は最初、田中を名乗ってチェックインしました。それから死体をあの場所に置き、古泉一樹として再びこのペンションに舞い戻った」

「どうしてそんな回りくどい真似をする必要があったの?」

 眉をひそめるハルヒに対し、古泉はくすくすと笑った。

「もちろん、その問いに僕から答えてあげても良いのですが……もしかすると、あなたの白馬の王子様はそこまで見抜いてらっしゃるかもしれませんよ?」

 ハルヒが驚いて俺を見る。
 いくらなんでもそこまでは……。きっとここにいる全員がそう思っていることだろう。
 俺はふん、と鼻をならした。

「ニュースに出ていた銀行強盗。あの犯人がお前なんだろ?」

「ご名答です。いやはや、半分冗談だったのですが、まさか本当に把握してらっしゃったとは」

「当たりかよ。半分冗談だったんだけどな」

 もちろん半分は本気だった。
 あの時テレビを見たいと言い出したのは他の誰でもない、長門有希だ。
 あいつが無意味なことを俺にやらせるはずがない。
 あいつの行動には、一挙手一投足に意味がある。



290: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 18:20:27.60 ID:sDHzCwEM0

「上でバラバラになっているのは仕事の相方で、国木田さんと言いましてね。事件の時目撃されていたのは彼なんですよ。
 僕が計画を練る役で、彼が実行役ですね。ご存知の通り仕事は上手くいったのですが、分け前のことで彼と揉めてしまいまして。
 それで、まあ、その、殺してしまったわけなんですが、死体をどう処理したものかと頭を悩ませましてね。
 ここはひとつ、隠すのをやめてしまおうと、今回の殺人事件騒動を演じることを思いつきまして」

 警察はバラバラになった銀行強盗犯を見て、仲間割れをして殺されたのだと判断するだろう。
 その仲間はまだ近くにいるはずだということで、警察は躍起になって捜査を進めるに違いない。
 ここら一帯の山狩りまでやるなんてことも十分考えられる。
 だが、警察は果たしてペンションに泊まっていた俺たちにまでその疑いを向けるだろうか?
 喜緑さんの死さえ無ければ、皆口を揃えて古泉のアリバイを証言していたはずだ。
 あえて死体を隠さないことで、その死体を処理してしまう。
 そのために古泉はこんな大掛かりな真似をしでかした。
 それが、この殺人劇のシナリオ。

「だが、お前のそんな目論見は喜緑さんを殺してしまったことで台無しになってしまった。喜緑さんを殺したのは彼女に正体を見抜かれてしまったからか?」

「まさしくその通りです。廊下で会った時にはっきりと『あなたが田中さんですね』と言われてしまいまして。
 反射的にガツン、とやってしまいました。全く、こんな辺境のペンションに名探偵が二人もいるなんて反則ですよ」

 古泉は「やってられません」とでも言うように肩をすくめた。

「何をぬけぬけと余裕綽々にくっちゃべっている。貴様、自分が無事で済むとでも思っているのか?」

 生徒会長が鋭い目で古泉を睨む。
 睨むだけで人を殺せそうな目つきだった。
 いつ古泉に飛び掛っていってもおかしくない。
 俄かにその場の雰囲気が緊張していく。



291: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 18:26:02.97 ID:sDHzCwEM0

「正直ね、決めかねているんですよ」

 古泉はふう、と息をつくと背中の方に手を回した。

「これからどう振舞ったらいいものか」

 前に戻したその手には、オートマチック式の拳銃が握られていた。

「なっ…!?」

 ドン! と耳をつんざくような破裂音。
 会長の足元に焼け焦げた穴が空いていた。
 ぶわ、と背中に汗が噴き出るのを感じる。
 拳銃。
 トリックの入る余地など無い、ミステリーにあるまじき、身も蓋も無い殺人道具。
 お前、ちょっとそれは、反則過ぎやしないか?

「こういうものが僕の手にある以上、いくらでもこの状況から逆転することは可能なんですよね」

 言いながら、古泉は俺たちの間で銃口をふらふらと動かしている。

「どうしましょうかねえ? 全員を身動きが取れないように縛り上げてしまうのが理想的なんですが」

 誰も動くことが出来ない。
 古泉がかちゃかちゃと拳銃を手の上で弄び始めた。

「もう一人くらい見せしめに死んでいただいた方が物事はスムーズに進むのでしょうか」



292: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 18:31:21.25 ID:sDHzCwEM0

 あっさりと、何でもないことのように、背筋が凍りつくようなことを口にする古泉。
 くそ。どうする?
 どうすれば、この状況を打破できる?
 周りを見回し、俺がめまぐるしく頭を回転させていると―――

「なんてね」

 どさり、と音をたて、古泉の手のひらに弾倉が落ちた。

「……え?」

 虚をつかれた皆が固まる中で、弾倉が抜け、空になった拳銃を、古泉は俺に放り投げてきた。

「お、わ…!」

 おっかなびっくり俺はそれをキャッチする。
 その鉄の塊はずっしりと重かった。

「そんな醜い悪あがきはしませんよ」

 古泉は取り出した弾丸を、まるでオセロの駒を扱うようにいじりながら微笑んだ。

「潔いのだけが取り柄でして」

 両手を上げて降参のポーズをとる古泉。
 それから古泉はまるで抵抗する素振りを見せなかった。
 その不気味な態度に、俺たちは皆唖然としてしばらく動けずにいた。


 その時、ふと、俺はオートマチック拳銃についてのおぼろげな知識を思い出していた。



294: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 18:36:26.74 ID:sDHzCwEM0

 古泉はさっき会長の足元に向けて一発撃った。
 つまり弾倉からはまた新たな弾が『本体』の中に送り込まれているはずなのだ。
 その弾は、撃つか、遊底と呼ばれる部分をスライドさせない限り『本体』の中に残ったままだ。
 つまり―――!

「ええ。お察しの通り、その銃にはもう一発弾丸が残っています」

 声に、顔を上げる。

 古泉が、人差し指で己の額の真ん中をトントンと叩いていた。

 さっきまでとはうって変わって、その目は真剣そのもので。
 撃て――と。
 罪を裁け――と。
 まるで、俺にそう語りかけているかのようだった。

「ばーか」

 そう口にしながら、俺は銃を構える。
 違うだろ、古泉。
 お前はあくまで『犯人役』であって犯人じゃあない。
 犯人と呼ばれるべき黒幕は他にいる。

「なあ――そうだろう?」

 俺は引き金に指をかける。
 俺が銃口を向けた先にいた人物はもちろん―――

「犯人は罪を自白した。物語はもう転回しない。……結びの時間だぜ、朝倉涼子」



295: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 18:41:01.51 ID:sDHzCwEM0

 ざわ…! と俄かに場の雰囲気が一変する。
 俺に銃口を向けられた朝倉は、微動だにせずじっと俺を見据えている。

「キョン、あんたまた……!」

 ハルヒが泣きそうな顔で俺を見ている。
 その後ろで、鶴屋さんも動き出そうとしていた。

「全員動くなぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!」

 腹の底から声を振り絞る。

「俺を変に刺激してくれるなよ! かっこつけて構えちゃいるが、正直足はガクガクで、指先はプルプルだ! 何がきっかけで暴発しちまうかわからんぜ!」

 俺に駆け寄ろうとしていたハルヒも、おそらくは俺の背後に回ろうとしていた鶴屋さんも、びくりとその動きを止めた。
 そして、悲しみと怯えと哀れみがない交ぜになったような目を俺に向ける。
 まるで、狂ってしまった人間を見るような。
 二人だけじゃない、皆がそんな目で俺を見ている。
 くそ、何度経験しても慣れないな。正直堪えるぜ。
 だが、耐えろ。いいじゃないか。
 皆がこれで助かるのなら―――主人公発狂END、大いに結構だ!



296: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 18:44:12.54 ID:sDHzCwEM0

「5秒だけ待ってやる。ことここに及んで余計な問答をするつもりはない。俺たちをさっさと解放しろ!」

 朝倉は何も答えない。
 ただじっと俺を見つめている。
 どうせ撃てやしないとたかをくくっているのか?
 ―――舐めやがって!
 お前は国木田を、喜緑さんを、長門を死に追いやった。
 容赦など、一切するつもりはない!

「5、4、3、2、1―――――!」

 誰かが俺の名を叫んだ。
 誰かが俺の体に手を伸ばした。

 カウント、ゼロ。

 俺は引き金にかけた指先に力を込め―――瞬間、白い閃光が俺の視界を覆った。



297: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 18:49:43.34 ID:sDHzCwEM0

 ツクツクボーシ――……… ツクツクボーシ――………
 みんみんとやかましかったアブラゼミの大合唱も鳴りを潜め、ツクツクボウシの声が目立つようになった。
 いつの間にか、夏も終わりか。
 しかし太陽は一向にその威力を衰えさせる気配を見せず、今年は残暑の厳しい秋になることを予感させた。
 ……そんな陽射しの中、こんなハイキングコースとしか思えないような通学路をエッチラオッチラ登らなきゃならんとは、もはや修行を通り越して苦行ですらある。

「あっづう……」

 あとからあとから噴き出す汗を、首にかけたタオルで拭う。
 くそ、着替えを持ってくるべきだった。
 黒塗りのタクシーが俺の横をスウ――と通り抜ける。
 運転席から新川さんが、助手席から森さんが軽く会釈してきた。
 森さんの花のような笑顔に涼やかな気持ちになったのもつかの間、後部座席まで目を通してその気持ちは180度反転した。

「くそ…ずりいぞ……。後でオセロでコテンパンにしてやっからな」

 道理であの野郎は朝から汗ひとつかかない爽やかイケメンを気取ってられるはずだぜ、ちくしょうめ。



299: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 19:00:24.37 ID:sDHzCwEM0

 教室に入ると谷口と阪中が何やら顔を合わせて話していた。

「よっす」

「うぃ~す。今日もだるそうな顔してるなキョン」

「おはようなのね、キョン君」

 何の変哲も無い挨拶を交わしてから、俺は自分の席につく。
 盗み聞きするつもりなど毛頭なかったが、二人の会話が自然と耳に入ってきた。
 話の内容は進路のことだったり、教師への愚痴だったり、この時期の高校生としては実に一般的なものだった。
 ふ~ん、それにしても……
 こいつらって、こうして二人で話したりすることあるんだな。
 しかも結構気が合ってるみたいで、正直意外だ。

「なあお前ら、付き合ってみたらどうだ?」

 阪中と谷口は同時にこちらをぐりんと振り向き、

「バ、バカ言「 冗 談 じ ゃ な い の ね ! ! ! !」

 阪中、顔真っ赤で大否定。びっくりした。
 阪中さんけっこう大声出せる人だったんですね。
 あと、谷口。
 なんかゴメン。



300: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 19:03:36.96 ID:sDHzCwEM0

「やっほーキョン君!」

 三年生の校舎に足を伸ばしたら、廊下で鶴屋さんに会った。
 思わずびくりと身構えてしまう俺。
 俺の不審な態度に首を傾げる鶴屋さん。

「どしたんだい?」

「いえ、迂闊に近づけば右腕を極められてしまう気がして」

 鶴屋さんはにはは、と屈託なく笑う。

「鶴屋流護身術は敵にしか使わないよ!」

「敵ですか」

「そう、敵! エネミー! もちろんキョン君は味方だよ! ラヴァー!」

「ラヴァーは違います」

 味方は英語でなんて言うんだろう? フレンド?

「にゃはは! ならそれでいいにょろ! そんじゃ、またねキョン君!」

 俺の背中をバンバン叩いて鶴屋さんは去っていく。
 途中、ふと何かに気付いたように足を止め、こちらを振り返った。



302: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 19:05:46.33 ID:sDHzCwEM0

「ん? 私キョン君の前で護身術使ったことあったっけ?」

「ええ、俺の夢の中で二回ほど」

 夢ってか、本当は二回とも異世界なんだけど。

「にょろ?」

 当然、意味が通じるわけもなく、鶴屋さんはしばらく首を傾げていたが、

「まいっか!」

 最後にはいつものように快活に笑って、今度こそ足音高く歩き去っていった。



303: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 19:09:28.61 ID:sDHzCwEM0

 生徒会室の前を横切る。
 キィ、とドアの開く音が聞こえた。
 足を止めて振り返る。

「ん? お前は……」

 相も変わらずの仏頂面を引っさげて、生徒会長が姿を現し、

「お久しぶりです」

 その隣りで、喜緑さんが微笑んでいた。

「あんまり久しぶりって感じはしないんですがね、俺としては」

「あら、奇遇ですね。実は私もそうなんです」

「お元気ですか?」

「ええ、とっても」

「それはよかった」

 本当に―――よかった。



305: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 19:13:34.16 ID:sDHzCwEM0

「貴様、何をこんな所でウロチョロしている。貴様の学年は現在夏課外の真っ最中のはずだろう」

 会長が、いかにも生徒会長らしいことを言ってくる。
 おかしいな。この人は元々嫌々生徒会長をやっていたのだと思っていたが、中々どうして板についている。
 環境は人を変えるとよく言うが、あれは案外マジなのかもしれない。

「まったくお気楽でうらやましいことだ。こっちは貴様等のトコの馬鹿女のためにいらぬ気苦労を背負っているというのに。
 あの女の手綱を握るべき肝心の貴様がそんなことではたまったものではないぞ」

「すいません」

 白々しく頭を下げる俺。

「会長も喜緑さんの手綱をしっかり握っておくことをオススメします。意外とあの人、あっさりとどこかに消えてしまうかもしれませんよ?」

「なっ!?」

「失ってからじゃ、遅いんです」

 顔を紅潮させて口をパクパクさせる会長。
 少し離れた所で喜緑さんがきょとんとこちらを振り返っている。

「き、貴様……!」

「深い意味はないですよ。それじゃ」

 会長の怒りが爆発する前にさっさと退散することにしよう。
 他人の恋路を邪魔する奴は云々というのはよく聞く話だし。
 俺は馬に蹴られて死ぬ気は無いんでな。



306: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 19:17:55.40 ID:sDHzCwEM0

 バチン、と暑さを振り払うかのように盤面に駒を叩きつける。
 8×8のマスで構成される盤上は、既に俺の黒が圧倒的な勢力を築き上げていた。

「今日は何だかいつにも増して容赦がなくないですか?」

 若干引きつった笑顔を浮かべる古泉。いやいやそんなことはないぞとそ知らぬ顔でゲームを続ける俺。
 勝負は俺が4つの角を独占し、盤面の半分以上が隙間なく俺の黒になった所で古泉が駒を投げ出して終わった。

「おつかれさまでしたぁ」

 朝比奈さんがメイド姿で熱いお茶を差し出してくれる。
 ズズズ…とすすって…うん、うまい。

「私、変な夢を見たのよね」

 パソコンを覗き込んでいたハルヒが突然そんなことを言い出した。

「ほう、どんな夢だ」

「よくは覚えていないんだけど、何だか金田一少年だとか、名探偵コナンの世界に迷い込んじゃったような気分だったわ」

「もう一度見たいか?」

 探るような俺の問いに、ハルヒは苦虫を噛み潰したような顔をして、

「冗談じゃないわ。二度とごめんよ」

 と、吐き捨てた。

「知り合いが死ぬのなんか……一度で十分」



308: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 19:21:38.89 ID:sDHzCwEM0

 パタン、と本を閉じる音がする。
 いつものように窓辺で本を読んでいた長門が出した、活動終了の合図だった。

「あら、もうそんな時間?」

 皆がいそいそと帰り支度を始める中で、じっとイスに座ったままの長門。
 長門有希。
 俺は長門の顔をマジマジと観察する。
 傷ひとつない、綺麗な顔だ。
 思わず右手を伸ばし、その左ほほをそっと撫でる。
 まるで透き通るように美しいその肌は、すべすべと心地よい感触をしていた。

「あ、あ、あんた、なな、なにしてんのよ」

「これはこれは」

「はわわ~~」

 声に振り返ると、ハルヒは顔を引きつらせていて、古泉は肩をすくめていて、朝比奈さんは顔を真っ赤にしていた。
 何だ? 変な奴等だな。
 俺は首をかしげて前を向き直る。
 目の前に長門の顔。その距離わずかに5ミリ。

「ち、近ッ! 長門ちっか!!」

 我に返った。あぶねえ。俺はいつの間にかこんなに長門に近づいていたのか。



310: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 19:25:16.63 ID:sDHzCwEM0

「有希から離れなさいこのエロガッパ!」

 慌てて飛びのいた俺の背中にハルヒのドロップキックが炸裂した。
 こ、この大馬鹿野郎が。
 当然長門に覆いかぶさるように吹っ飛ぶ俺。いかん。このままでは長門を巻き込んで転倒してしまう。
 俺は必死で体を動かし、長門が怪我をせぬよう最善を尽くす。どしーん、と受身も取れず盛大に転倒した。
 自分の体をクッションにした結果、胸の上辺りに長門の頭が来る格好になる。
 その体勢は俺が長門を下から優しく抱きしめているように見えなくもない。ここがキングサイズのダブルベッドであったならば、さぞやムーディスティックな体勢であることだろう。

「あああんたたたたななななにしてててて」

「これはこれはこれはこれは」

「ひゃわわわわわわわわわわ」

 やかましい外野は放っておいて、俺は俺の胸あたりに頭を預ける格好になっている長門に目を落とす。
 目が合った。

「ありがとな」

 小さな声で、呟くように俺は礼を言う。

「かまわない」

 それはいつも通りの、無感情で平坦な声だった。


「かまうわよぉーーーーーーーー!!!!」

 長門の言葉をどう解釈したのか、ハルヒが絶叫した。



311: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 19:28:12.20 ID:sDHzCwEM0

「なによ、帰んないの?」

 揃って正面玄関へ向かう途中、廊下を折れ、方向を変えた俺にハルヒは怪訝な顔をする。

「ちょっと野暮用でな」

 向かう先は二年校舎、というか俺の教室だ。
 俺のズボンのポケットの中では、一枚のメモ用紙がくしゃくしゃになっている。
 それは、朝、俺の下駄箱に入っていた物で、どこかで見たような字で、

『放課後、あなたの教室で』

 と、書かれていた。
 教室のドアを開ける。
 夕日で赤く染まった教室の中で、いつかのようにソイツは佇んでいた。

「何しに来たんだ?」

「もちろん、今回の件のネタばらしに」

 そう言って、朝倉涼子は笑った。



312: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 19:32:07.23 ID:sDHzCwEM0

「ネタばらしも何も、どうせ例のごとくハルヒを観察するためなんだろうが」

「あのね、誤解してほしくないんだけど」

 疲れたように言う俺に、朝倉は困ったような顔を見せた。

「キョン君は私のことを黒幕だとか、諸悪の根源みたいに言っていたけど、今回の件は別に私が仕組んだってわけじゃないのよね」

「じゃあ誰が仕組んだっていうんだよ」

「誰がって言われると返答に困っちゃうな。ほら、情報統合思念体ってそういう風に個人に特定できる存在じゃないからさ」

 つまり私はただの使いっ走りに過ぎないのよね、と嘆息する朝倉。

「私は涼宮ハルヒを観察するためのゲームプログラム、『かまいたちの夜』を正常に運行するための管理人に過ぎない。
 イレギュラーを排除するためにのみある程度の情報操作が認められていただけで、それ以外は普通のOLとしてあの場に存在していた。
 だから最後、キョン君が私に銃を向けたときは本当に焦ったのよ。銃弾を止める力なんて、あの時の私には無かったんだから」

「でも、それで俺たちはあの世界から脱出することが出来たじゃないか」

「違うのよ。あの時キョン君が何も行動を起こさなかったとしても、ゲームから脱出は出来ていたの。
 ゲームの脱出条件は『探偵役が犯人を確信し、犯人役がそれを認めること』。
 だから、古泉君が自白した時点でプログラムの終了は始まっていたのよ。もう少し終わるのが遅かったら、私普通に死んじゃってたわ」

 せっかく復活したのに、と朝倉は頬を膨らませる。
 何かわいこぶってんだ、と腹が立ったがナイフを取り出されたらたまらんので黙っておく。



318: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 20:12:17.42 ID:sDHzCwEM0

「それとね、もうひとつ」

「まだ言いたいことがあんのか?」

「うん、こっちが本題」

 朝倉はあるひとつの机に目を落とす。
 それは、この夏休みから持ち主を失ってしまった机だった。

「国木田くんの死は、私たちが仕組んだことではないわ」

 あのペンションで死んだ人間は現実の世界でも死んでしまう。
 それがあの世界のルールであるというならば。
 確かに、おかしいとは思っていた。
 国木田は全くの逆だ。現実で先に死を迎え、ペンションで死体となって登場した。
 ルールに則っていない。つまり。
 国木田の死は、『かまいたちの夜』とはまったくの無関係であるということになる……らしい。

「プログラムを発動させるために国木田くんが死んだのではなく、国木田くんが偶然に亡くなったことがプログラム発動のきっかけになったのね。
 ……一応重ねて言っておくけど、プログラムの発動のために私たちが国木田くんを故意に殺したってわけじゃないからね。
 そもそも、国木田くんの死があって初めて情報統合思念体はこの『かまいたちの夜』に興味を持ったんだから」

「そうかい」

 ま、どっちでもいいよ。
 どちらにせよ――長門や喜緑さんとは違い――国木田が帰ってこないことに変わりはない。
 人の死だけはどうにもならないのだ。ヒューマノイド・インターフェースとは違ってな。



320: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 20:17:04.94 ID:sDHzCwEM0

「話はこれでおしまい……なんだけど、ねえキョン君」

 朝倉は微笑み、俺との距離を詰めてきた。

「私、こうやって復活したことだし、明日からまたクラスメイトをやらせてもらうから、よろしくね。
 もうキョン君の命を狙ったりすることはない普通の女の子だから、仲良くしてほしいな。
 今日こうやって誤解を解きたかったのは、実はそのためってこともあるんだよね」

「何かわいこぶってんだ」

 げ。言っちゃった。
 しかし朝倉はむ、と一瞬眉をしかめたものの、ナイフを取り出したりすることはなかった。
 普通の女の子になったってのはマジなのだろうか。
 朝倉は、それこそ普通の女の子のように悪戯っぽく笑って言った。

「それじゃあキョン君、一緒に帰ろっか」

「いいぞ」

「え?」

 俺の予想外の答えに朝倉は目をぱちくりさせている。

「て、てっきり断られると思ってたんだけど」

「か、勘違いするなよ」

 ツンデレのテンプレのようなセリフを吐きながら、俺は朝倉の手を取った。

「国木田の墓に連れてってやる。仮想世界とはいえ、国木田の死体を弄んだこと、土下座させてやっからな」



321: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 20:18:41.40 ID:sDHzCwEM0

 こうして俺たちは悪夢のような、悪夢そのものであった冬のペンションを脱出した。


 そして俺たちがいつもの日常に帰ってから、三日の時が経ち―――――





















 古泉一樹が自殺した。


  <終> 



322:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 20:19:23.05 ID:p40kwHp8P

おい









おい



323:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 20:19:45.11 ID:VyJb5doS0

な・・・えっ?



324: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 20:20:22.51 ID:sDHzCwEM0

   return to >>266



325: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 20:21:07.82 ID:sDHzCwEM0

 ―――待てよ?

 そこで俺は、奇妙な引っかかりのようなものを感じた。
 なにか、なにかおかしくないか?
 何だこの―――違和感は。
 何かがおかしい。この事件には、どうしようもない矛盾が存在している。
 おかしいのは……一体何だ?

1.国木田の死

2.喜緑の死

3.長門の死



328:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 20:22:01.70 ID:axpZyYoG0

完じゃなくて終か



330:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 20:22:29.53 ID:awOF1Ot00

なんと
true end ではなかったということか



338: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 20:27:25.57 ID:sDHzCwEM0

 おかしいのは長門の死だ。
 何故長門はわざわざ殴り殺されていたんだ?
 俺の脳裏をよぎる過去の記憶。
 夕日に赤く染まった教室。俺に凶刃を振るった朝倉涼子。
 もし朝倉が長門をゲームに邪魔な存在として排除したというのならば、あの時みたいに『情報連結の解除』だかなんだかやればよかったじゃないか。
 犯人は朝倉じゃないのか?
 あるいは……朝倉が元凶なのは間違いないとしても、殺人の実行犯は別に存在している?
 ならば……。
 バラバラにされて殺された国木田。
 外で殴られた古泉。
 二階で殴り殺された喜緑さん。
 長門の件は例外としていいだろう(この時は完全に皆の記憶に情報操作が為されたと断言できるからだ。アリバイなど当てにならない)。
 先に述べた三つの事件。
 不可能かと思われていたそれらの事件も、犯人がただの人間の身に過ぎないとしたら、そこには必ずカラクリが存在している。
 それさえわかれば……。

 どさり! と重たい物が落ちる音。
 俺は反射的に身を竦ませる。
 すぐに雪が落ちた音だったと思い出した。

「またびっくりしてる」

 ハルヒが茶化してきた。

「そりゃ驚くだろ。あんな音がしたら誰だって……」

 ……音?
 その時、俺の脳裏にある考えが浮かんだ。



339:もうちっとだけ続くんじゃ:2010/10/03(日) 20:35:12.18 ID:sDHzCwEM0

「どうしたの?」

「すまん、少し黙ってくれ」

 俺の顔を覗き込んでくるハルヒを手で制して、俺は浮かんだアイデアを頭の中で慎重に吟味する。
 ……不可能ではない。
 この方法を使えば、何人かの人間には田中(国木田)の殺害が可能になるはずだ。
 かつ、外で古泉を殴り、二階で喜緑さんを殺すことが出来た人物となると……当てはまるのは、一人しかいない。

「犯人が分かった」

 全員がぎょっとして俺を見た。

「本当に…?」

 不安そうに問いかけてくるハルヒに俺は頷いてみせる。

「俺は今までガラスが割れたときにアリバイが無いという理由で会長が犯人じゃないかと疑っていた。
 でも、トリックさえ使えば、あの時談話室にいた人間にも犯行は可能だったと気がついたんだ」

「トリック?」

 会長が難しい顔で聞いてくる。

「時間差のトリック……とでも言えばいいのかな。ガラスが割れた音を聞いて、俺たちは二階へと駆けつけた。
 だが、本当にあの時に窓が割れたのかどうかなんてわからないんだ」

「しかし……実際に窓は割れていたではありませんか」

 新川さんは理解できないといった面持ちで首を傾げる。



341: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 20:40:25.90 ID:sDHzCwEM0

「それが時間差だと言っているんです。窓は確かに割れていました。
 だがそれは、俺たちが音を聞いたその時に割れたものだとは限らない。そうでしょう?」

「音ね? 音だけを後から出せばいいんだわ」

 顎に手を当てながらハルヒは言う。
 さすがに察しのいい奴だ。
 俺は頷いた。

「……犯人は夕食後、『田中』の部屋を訪れ、殺害し、死体をバラバラにした。そして音を立てないように窓を割った」

「どうやって?」

「いくらでもやりようはあるさ。有名なものじゃ、ガムテープを貼り付けてから割るとかな」

 他にも専用のカッターを使ったり、バーナーか何かで熱してから冷却スプレーで一気に冷やしたりとあるらしいが、一番簡単かつ現実的なのはやはりガムテープ法だろう。

「音を立てないでガラスを割ったのはわかったわ。でも、音は? 肝心の音を、犯人はどうやって準備したの?」

「それはな……」

 ハルヒの問いに曖昧に答えて、俺はポケットに手を突っ込んだ。
 ポケットの中にある『ソレ』を操作する。


 突然、救急車のサイレンが辺りに鳴り響いた。



343: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 20:47:11.97 ID:sDHzCwEM0

 皆驚いた顔をして部屋中を見回している。

「何この音…!? キョンがやってるの!?」

「ああ」

 俺はポケットから手品のタネを取り出した。

「携帯電話…?」

 目を丸くするハルヒに俺は頷いてみせた。

「最近のケータイってのは中々の優れもので、その音質の良さは今皆が体感した通りだ。
 今俺が鳴らしたのは昔、『色々な効果音』っていうインターネットサイトで戯れにダウンロードした音だ。
 そこには他にも色々な音があった。雪を踏みしめる音、車の走り去る音……ガラスの割れる音、とかな」

「しかし…ここは圏外だったはずだろう」

 会長は納得がいかないといった様子だ。

「前もってダウンロードしておいただけでしょう。死体をバラバラにまでしてるんだ。犯行が計画的だったのは疑いが無い」

 俺は皆の顔を見渡した。

「今時俺たちくらいの年齢になってケータイを持っていない人間ってのは考えづらい。実際この中にケータイを持っていない人はいますか」

 誰も手を挙げない。俺は意を強くしていった。

「つまりここにいる誰もが『偽の音』による時間差トリックを行えたことになる。
 だが、その中でも二階に行かなかったり、時間的に犯行を行うのは無理な人たちが存在する。その人たちを消去していこう」



344: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 20:52:44.25 ID:sDHzCwEM0

「まず、俺とハルヒは夕食後も最後まで食堂にいて、結局二階にも戻っていない。それを裏付けてくれる人間は何人もいると思う」

「次に新川さんは、夕食後もフロントにいて、その後も俺たちと一緒にいた。森さんはしばらく見かけなかったが、当然キッチンで夕食の後片付けをしていたんだろう」

「古泉がここに到着したのは夕食が終わって大分経ってからだった。二階へ上がった時間もほんのちょっとで、犯行を行うのは不可能だっただろう」

「鶴屋さん、朝比奈さん、朝倉の三人は夕食後、脅迫状の一件があって一旦部屋に戻ったものの、すぐに一階へ降りてきている。やはり時間が足りない」


 そこまで言って、俺は黙った。

「……それで?」

 谷口が、引きつった顔で聞いてくる。

「……以上だ。谷口と阪中、そして会長の三人を除いて全員を消去した。犯人が俺たちの中にいるのなら、三人の内の誰かということになる」

 俺ははっきりと断言した。



347: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 21:04:57.90 ID:sDHzCwEM0

「ば、馬鹿なこと言うなよ! 俺たちだってアリバイはちゃんとある! 俺と阪中は二人でずっと一緒にいたんだ! なあ阪中!」

「う、うん……」

 声を荒げて反論する谷口に、阪中は呆然としながらも頷いた。
 取り乱す二人の様子に胸が痛む。が、ここでやめるわけにはいかない。

「……次に古泉が殴られた件について考えてみよう。古泉が襲われた時、外にいたのは新川さん、会長、そして俺だ。
 他の人は皆談話室で待っているはずだった。ただ一人を除いては」

 全員の視線が谷口に集中する。

「お、俺か? 俺だってここにいたじゃないか」

「いいや。お前はずっとこの談話室にいたわけじゃない。後でハルヒに聞いた話だ。お前はケータイを試すために二階に上がっていた」

「い、いや、それは……でも、そうだとしても、二階にいる俺がどうやって外にいる古泉を殴ったりできるんだよ」

「古泉が襲われたのは『田中さん』の部屋の真下だ。そして『田中さん』の部屋のすぐ前に、廊下をはさんで谷口の部屋がある。
 誰にも見られずにその間を行き来することはそんなに難しいことじゃない」

 ハルヒがはっと息を呑んだ。

「じゃ、じゃあ谷口は田中さんの部屋から下にいた古泉君を……?」



351: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 21:10:57.11 ID:sDHzCwEM0

「おそらくな。やり方は簡単だ。何かロープのようなものを用意して、その先に何か硬くて重い石か何かを結びつける。
 後は下に犠牲者が来るのを待って、投げ落とすなり振り子のように振り回してぶつけるなりすればいい」

 俺は腕を軽く振ってみせた。

「だからこそ、すぐ前後にいたはずの会長や新川さんが犯人を目撃していなかったんだ。何しろ、犯人は現場にいなかったんだからな」

 なるほど、と何人か頷いた。

「もちろん、会長が単純に後ろから古泉を殴ったという可能性もある。だが、喜緑さんが殺された三つ目の事件……会長は二階に上がってはいない」

 犯人は……たった一人に絞られる。

「ま、待てよ!」

 谷口はほとんど泣きそうな顔で携帯電話を取り出した。

「チェックしてみてくれよ! ガラスの割れる音なんて入ってねえんだ!」

「……データなんてトリックが終わった後にいつでも消せる」

「そんな……違う…俺は……俺は殺してなんか……!」

 瞬間、ぞくりと不穏な空気を感じた。
 俺の隣に立つ会長が、今にも谷口に襲い掛からんとしていたのだ。



355: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 21:19:56.42 ID:sDHzCwEM0

「会長!」

 俺は慌てて会長を後ろから羽交い絞めにした。

「離せ! 何故かばう!? こいつは、こいつは殺人犯なんだぞ!」

「駄目だ! 谷口を傷つけさせるわけにはいかない!」

「は、な、せぇぇぇええええ!!!!」

 ガツン、という嫌な音と共に、鼻の辺りに激痛が走る。
 会長がでたらめに振り回した肘が俺の顔に直撃したのだ。
 溢れた鼻血がぽたぽたと床に落ちる。

「あ……」

 会長はそれで少し冷静になったらしく、暴れるのをやめてくれた。

「ぐ…!」

 痛みを堪え、呻く俺を、谷口は訳が分からないといった顔で見つめていた。

「なんだよ…なんなんだよ……キョン、お前は俺をどうしたいんだよ……」

「どうしたいかなんて、決まってるだろうが」

 ただ―――助けたいだけだ。
 このくそったれた世界から―――みんなを。



358: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 21:26:02.59 ID:sDHzCwEM0

 結局、古泉の発案で谷口は地下にあるワイン倉に閉じ込めておくことになった。
 ワイン倉はこの建物の中で唯一外から鍵をかけられるようになっていて、谷口を入れた後はその鍵を新川さんに持っていてもらう。

「これでよかったのか?」

 俺は朝倉にそう声をかけた。
 朝倉は、何故自分にそんなことを聞くのかわからない、といった様子で、

「そんなこと私にはわからないわ。私達は今、キョン君の推理にすがるしかないの」

 そう言って朝比奈さん、鶴屋さんと共にさっさと部屋に戻っていった。
 結局最後まで呆然と成り行きを見守っていたままだった阪中も、ふらふらと階段を上がっていく。
 それを見届けてから、俺も部屋に戻ろうと階段に足をかけた。
 くい、と袖をつままれる感覚。
 ハルヒだ。

「ねえ……キョンの部屋に行っていい?」

 断る理由は無かった。



359: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 21:29:22.40 ID:sDHzCwEM0

 ハルヒを俺の部屋に招きいれ、俺たちは二つあるベッドに向かい合わせで腰掛ける。
 俺は黙って手を伸ばし、ハルヒの手をそっと握った。

「キョン……私、怖い……」

 ハルヒがぽつりぽつりと、呟くように口を開いた。

「私ね、世の中はなんてつまらないんだろうってずっと思ってた。もっと刺激的なことが起こることをずっと望んでた。
 だけど……だけど……これは違う。こんなのはイヤ。こんなの……私は望んでない……」

 ハルヒの体は震えていた。
 俺はハルヒの隣りに移動し、その震える肩をそっと抱き寄せた。

「大丈夫だ。これ以上、事件を進行させはしない。これ以上……誰も殺させはしない」

「キョン……」

 ハルヒが潤んだ瞳で俺の顔を見上げてくる。
 唇を重ねるのに、抵抗は無かった。



361: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 21:34:46.45 ID:sDHzCwEM0

 そっと唇を離して、ハルヒの頭をぽんぽんと叩く。

「少し寝ろ。俺が起きて見張っててやるから」

「うん……ありがと」

 ハルヒはベッドに身を横たえ、目を瞑った。
 程なくして、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてくる。
 異常な状況の中で、ずっと緊張していたんだろう。相当疲れが溜まっていた様子だった。
 俺はハルヒを起こさないようそっとベッドから腰を浮かせ、空いているもうひとつのベッドに移動する。
 くそ。
 ぎり…と奥歯を強く噛み締める。

 ……終わらないのか。

 正直言って、さっきのハルヒとのキスには浅ましい打算があった。
 いつかの閉鎖空間のように、キスが脱出の鍵になっているのではないかと期待したのだ。
 だが、一向にこの世界から解放される兆しが見えてこない。
 事件の犯人は暴き出したはずだ。
 なぜシナリオは終わりを見せない?
 俺は間違っていたのか?
 底知れない不安が俺の胸を締め付ける。
 しかし、今はただ、このまま無事に夜が明けることを願うことしか出来ない。
 窓の外に耳を澄ます。吹雪は一向に弱まる気配を見せない。
 ふと、急激な眠気が襲ってきた。

「なんだ…?」

 しばらく俺はその眠気に抗っていたが……耐え難いまどろみの中、俺の意識は次第に闇の底に沈んでいった。



363: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 21:41:07.21 ID:sDHzCwEM0

 気付いた時には、俺はベッドに倒れこんでしまっていた。
 慌てて身を起こす。
 ぞくりと背中に嫌な感覚が走った。

 ハルヒがいない。

「ハルヒ?」

 名を呼ぶがやはり返事が無い。
 バスルームの中にもハルヒはいなかった。
 時計を確認する。
 午前3時50分。くそ、随分長い間眠りこけてしまったらしい。
 俺はドアに近寄った。

「……嘘だろ?」

 ドアは開いていた。
 何故だ?
 ハルヒが何かしらの理由で出て行って、鍵を閉め忘れたのか?
 それとも、俺たちが眠っている隙に誰かが中に入ってきて……。
 頭の中に芽生えた嫌な想像を振り払う。
 とにかく、ハルヒは今どこかで一人でいるはずだ。
 早く迎えに行ってやらなくては。
 廊下に出る。
 廊下は不気味なほど静まり返っていた。
 まるで、この世界に俺以外誰もいなくなってしまったかのようだった。
 俺は、まずはハルヒの部屋に向かおうと足を踏み出す。


 その時だった―――階下から、ハルヒの悲鳴が聞こえてきたのは。



366: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 21:45:06.53 ID:sDHzCwEM0

「ハルヒ!」

 弾ける様に駆け出して、俺は階段へ向かう。
 階段を中ほどまで駆け下りて、俺の足は止まった。
 止まらざるを得なかった。
 階段の上からは談話室が見下ろせるようになっている。
 談話室のソファに、誰かが座っていた。

「そんな……」

 呆然と呟いて、ふらふらと階段を下りる。
 談話室に辿り着いた。
 ソファに腰掛けた誰かは俺に何の反応も示そうとしない。
 脳みそをしっちゃかめっちゃかにかき回されたような感覚。
 俺の頭は混乱の極みに達していた。









 ソファに腰掛けたままの姿勢で。

 朝倉涼子が死んでいた。



371: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 21:51:23.56 ID:sDHzCwEM0

 朝倉の目は驚愕に見開かれていた。
 絶対に起こるはずのないことが起こってしまったというような。
 有り得ない事態に直面したような顔。
 朝倉の着ていた服は、胸の辺りから真っ赤に染まっていた。
 あの辺りをナイフか何かで刺されたのだろうか。
 しかしその割にソファやカーペットには血痕が無い。
 ヒューマノイド・インターフェースには人の血があまり流れていないんだろうか、と馬鹿なことを考えた。

「キョン……」

 振り返ると、ハルヒが泣きそうな顔で立っていた。

「キョン!」

 ハルヒは俺の懐に飛び込んできた。
 俺はしっかりとハルヒを抱きとめる。
 ハルヒは俺の胸に顔を埋めたまま、声を震わせて言った。

「新川さんが……新川さんと森さんが………!」




 もう、何がなんだかわからなかった。



372: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 21:57:04.53 ID:sDHzCwEM0

 新川さんと森さんも殺されたのか?
 いったいどうして? いったい誰に?
 そんなもの決まってるじゃないか。
 全ての元凶は朝倉だ。朝倉が殺したに決まってる。
 ああ、でも、その朝倉はすぐそこで死んでいるんだぜ?
 わけがわからない。何で殺人が続くんだ。
 犯人は俺が暴いたじゃないか。それでこのお話はエンディングのはずだろう。

 犯人?
 そうだ。
 谷口はどうなったんだ?

 俺は胸元からハルヒを引き離し、その手を取ってワイン倉へと足を向けた。

「キョン……どこに行くの?」

「谷口の様子を確かめる」

 ワイン倉の入り口に辿り着き、俺は戦慄した。
 入り口のドアが開いていたのだ。



373: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:01:03.17 ID:sDHzCwEM0

 やはり谷口が新川さんたちと朝倉を殺したのか?
 しかし、ワイン倉の入り口は外から鍵をかけるタイプのものだ。
 いったいどうやって鍵を開けたんだ?

「谷口…?」

 地下に位置するワイン倉は、入り口を開けるとすぐ下に続く階段になっていて、中は薄暗くて見通せない。
 恐る恐る声をかけてみたが返事は無かった。
 ゆっくりと足を下ろし、一歩ずつ階段を下りていく。
 ぎしぎしと、嫌な軋みが鳴り響く。
 後ろに回した手はハルヒの手をしっかりと握ったままだ。
 階段を下りきる。
 裸電球が、冷え冷えとしたワイン倉の唯一の明かりだ。









 その明かりの下、谷口はうつぶせに倒れていた。



375:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 22:05:56.79 ID:BqjhmcW+O

あわわわわ…



376: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:07:00.19 ID:sDHzCwEM0

 顔は真横を向いていて、目はかっと見開かれている。
 その顔を中心として半径1メートルほどのどす黒い血だまりが出来ていた。
 殺された。
 谷口まで殺された。

「ふは」

 唇が変な形に歪む。
 もう、正常な思考が出来る状態じゃなくなっていた。
 推理だなんだと名探偵ぶっていた自分が滑稽で仕方が無かった。
 そもそも長門ですら歯が立たなかった時点で、俺の手におえる範囲を大きく逸脱していたのはわかりきっていたことじゃないか。
 ただの一般人にしか過ぎないくせに。
 皆を救おうなどと、おこがましい。
 俺にできる事なんて……自分が殺されないように、みっともなく立ち回ることぐらいじゃないか。
 心は折れた。
 誰かに頼りたかった。
 誰かにすがり付きたかった。
 長門はもういない。
 脳裏には一人しか思い浮かばなかった。

「古泉…!」

 俺はハルヒを引きずるようにして階段を昇り、古泉の部屋を目指した。



384: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:12:02.48 ID:sDHzCwEM0

「古泉! 起きろ! 古泉!!」

 ドンドンと乱暴にドアを叩く。
 返事は無い。
 嫌な想像が頭をよぎる。
 馬鹿な。そんなはずはない。
 心臓が早鐘のように鳴っている。
 俺はドアノブに手をかけた。
 かちゃり、と拍子抜けするほどにあっさりドアは開いた。
 古泉は部屋にいた。
 ベッドに潜り、傍目にはただ眠っているように見える。


 でも、そのベッドは血で真っ赤に染まっていた。

「そんな…そんな……!」

 俺の後ろでハルヒがイヤイヤと首を振る。
 俺は覚束ない足取りで古泉の寝ているベッドに歩み寄る。
 掛け布団から血まみれの右腕が剥きだしになっていた。
 恐る恐るその右腕に触れる。

「ひっ」

 思わず手を引いてしまった。
 氷のように冷たくなっている。
 それはおよそ生きている人間の体温ではなかった。
 手首の辺りに手を添え、脈を確認する。当然のように脈は無かった。



386: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:16:19.58 ID:sDHzCwEM0

「は、はは……」

 乾いた笑いが口から漏れた。
 古泉も死んでいる。
 何だこれは。いったいこれから俺は何をどうしたらいいんだ。
 まだ自分の精神がもっていることが不思議だった。
 人間らしい理性を保てているのは奇跡だった。
 手の中に感じる温もり。
 ハルヒの存在だけが、俺の崩壊をギリギリで踏みとどまらせていた。

「生きている人間を……探すんだ」

 俺は自分に言い聞かせるように口にする。
 まだこのペンションには朝比奈さんを始めとして鶴屋さんや阪中、生徒会長が残っている。
 出来る限りの人間を助けなくては。
 俺は廊下に出て、まずは朝比奈さん達の部屋に向かった。



388: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:22:06.76 ID:sDHzCwEM0

「朝比奈さん! 鶴屋さん! 開けてください!!」

 俺はドアを叩くようにノックを繰り返す。
 しかし、またしても反応が返ってこない。
 まさかと思いドアノブに手をかけると、しっかりと鍵はかかっていた。
 部屋にいないのか?
 いや、鍵をかけて部屋に閉じこもっている可能性もある。

「もしそこにいるのなら聞いてください。新川さんも、森さんも、谷口も、朝倉も、古泉も殺されてしまいました……!
 残った人間で団結しなければ、全員殺されてしまうんだ! 開けてください!」

 しばらく待つがドアが開く気配はない。
 ドアに耳を押し付けてみたら、誰かのすすり泣く声が聞こえた。
 ……生きている!
 だが、ドアを開けてくれないのはどういうわけだろう。
 そうか。もしかすると俺を犯人だと疑っているのかもしれない。

「……わかりました。開けてくれないというのであれば仕方ありません。ですが、いいですか?
 もし俺以外の誰かが部屋を訪ねてきても絶対にドアを開けないで下さい。そのまま、部屋から絶対に出ないこと。いいですね?」

 返事は無かったが大丈夫だろう。
 この分だと俺がいちいち言わなくても最初から誰かを中に入れるという気はなさそうだった。
 その場を後にしようとドアに背を向けたところでギィ…と音がした。
 朝比奈さん達の部屋ではない。
 見ると、廊下の向こうで、谷口の部屋から阪中が顔を出していた。



391: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:26:23.60 ID:sDHzCwEM0

「阪中! 生きていたのか!!」

 よかった。本当に良かった。
 俺は心の底から安堵した。
 阪中は廊下に出ると、ふらふらとこちらに歩み寄ってきた。
 その顔はひどくやつれていて、まるで幽霊のような雰囲気を醸し出していた。

「キョン君……今の話、ホント?」

「え?」

「谷口君……死んじゃったの?」

 俺の声が聞こえていたらしい。
 俺は沈痛な面持ちで頷いた。

「そう…なのね。それで、谷口君はどこで……?」

「地下のワイン倉で……ってオイ、阪中。待て」

 阪中は俺の制止も聞かず階段を降りていく。
 しまった。谷口の居場所を教えるべきではなかったか。
 阪中を一人にするのはまずい。犯人はどこに潜んでいるのかわからないのだ。
 と、そこで俺はとんでもないことに気が付いた。
 今生き残っているのは俺とハルヒ、鶴屋さんと朝比奈さん、そして阪中と―――生徒会長だけだ。
 ならば、もう犯人は……生徒会長しかいないじゃないか。



393: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:30:26.18 ID:sDHzCwEM0

 ぞくりと背筋に怖気が走る。
 早く――早く阪中を追わなくては。
 だが、どこに会長が潜んでいるのかわからないペンションをうろちょろするのはあまりに危険だ。
 俺はともかく、ハルヒを連れて行くわけには絶対にいかない。

「ハルヒ、俺の部屋に戻れ」

「え…? あ、あんたはどうするの?」

「阪中を連れてくる。すぐに戻るから。いいか、誰が来ても絶対にドアを開けるんじゃないぞ」

「わ、私も一緒に……!」

「駄目だ。頼む…言うことを聞いてくれ」

 有無を言わせぬ俺の様子に、ハルヒは渋々であったが頷いてくれた。
 まずは一緒に部屋に戻り、安全を確認する。
 誰かが忍び込んでいたり…といったことはなさそうだった。
 そして俺はハルヒを部屋に残し、階下へと向かった。



396: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:34:14.32 ID:sDHzCwEM0

 物置からモップの柄を拝借し、慎重に階段を降りる。
 どこに会長が潜んでいるか分からないので、物陰をひとつひとつ確認しながら足を進めていく。
 朝倉の死体は変わらずソファに腰掛けたままだった。
 ワイン倉に辿り着いた。

「阪中?」

 入り口のところから中に声をかける。
 やがて、奥から阪中が階段を上がって姿を現した。
 その顔色は先ほどよりもなお白い。

「大丈夫か?」

 俺が声をかけると、阪中は弱々しく頷いた。

「部屋に戻ろう。天気が回復して、警察に連絡がつくまで部屋に閉じこもるんだ」

 足取りの覚束ない阪中に手を貸そうとして、俺はぎょっとした。






 今……人影が見えなかったか?



400: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:37:47.42 ID:sDHzCwEM0

 廊下の向こう……新川さんと森さんの部屋や、会長や喜緑さんのスタッフルームがある方向で、何か人影のようなものが動いた気がしたのだ。
 俺はごくりと唾を飲む。
 心臓がバクンバクンと鳴り出した。
 モップを握る手はもう汗でぬるぬるだ。

「阪中……俺の部屋の場所はわかるな?」

「う、うん……」

「先に行っててくれ。ハルヒがいるはずだから、二人で部屋に閉じこもるんだ」

「え、え?」

「俺もすぐに行く。さあ……」

 阪中は少し混乱していたようだが大人しく階段の方に向かってくれた。
 阪中が二階に辿り着き、俺の部屋の方に向かっていくのを確認して、俺は新川さん達の部屋がある方へ向かった。
 食堂の前を通り過ぎ、角を曲がると新川さん達の部屋、喜緑さんの部屋、会長の部屋、一番奥が裏口と続く。
 ……さっきの人影は、やはり会長だったのだろうか。
 こっそりと俺たちの隙を窺っていたのだろうか。
 もちろん、ただの俺の勘違いということもある。
 むしろそうであって欲しいくらいだ。
 俺は息を殺しながら、そっと新川さん達の部屋の扉を開けた。



401: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:41:27.08 ID:sDHzCwEM0

 新川さんは床に座り込むようにして死んでいた。
 腹に包丁が突き刺さっている。
 新川さんは自分でその包丁を抜こうとしたのか、包丁の柄を両手で握り締めていて、さながら切腹でも行ったかのような有様だった。
 バスルームの扉が開いたままになっていて中の様子が見える。
 バスルームの中は血まみれだった。
 まるで出鱈目に絵の具を塗りたくったかのように、バスタブも、壁も、天井に至るまで血の跡がべったりとついていた。
 血の出所は森さんだった。
 森さんは全裸のままバスルームで仰向けに転がっていた。
 喉がぱっくりと一文字に切り裂かれている。
 虚ろな目が、まるで俺をじっと見つめているようだった。

 ハルヒは、この惨状を見て悲鳴を上げたのか。

 無理もない。これは、この光景は……むごすぎる。
 特に今のハルヒにとっては、この二人は他人ではなく、仲の良かった親戚なのだ。
 もし現実に俺の叔父叔母がこんなにもむごたらしく殺されているのを目の当たりにしたとしたら……俺は正気を保っていられる自信はない。

 部屋の中に会長が潜んでいる様子はなかった。



403: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:45:41.59 ID:sDHzCwEM0

 喜緑さんの部屋、会長の部屋と見て回るが誰も居ない。
 やはりさっき人影を見た気がしたのは気のせいだったかと胸を撫で下ろしたが、今度は別の不安が頭をよぎった。
 ならば、会長は今どこにいるんだ?
 会長の部屋には居なかった。喜緑さんの部屋にも居なかった。
 まさか会長はこのペンションのどこかに身を隠し、今も虎視眈々と俺たちの命を狙っているのだろうか。
 俄かにハルヒ達のことが心配になる。
 俺はすぐに戻ろうと踵を返したが、そこでおかしなものが目に付いた。
 廊下の一番奥にある裏口のドア。
 そのドアノブに赤いものが付着している。
 近くに寄って見てその正体はあっさり判明した。
 既に見慣れてしまったソレは血の跡だった。
 何故こんな所に血痕が? 俺は首を傾げた。
 これはたまたま返り血か何かが付着したとかそんなレベルのものではない。
 血まみれの手でドアノブを掴んだりか何かしなければ、こうまでべったり血の跡は付かないだろう。
 しかし、ドアには鍵がかかっている。
 誰かがここから出たというのなら、鍵は開いていなければおかしいのだが……。
 それとも、一度出てから戻ってきて鍵を閉めたのだろうか。
 そうならばこれ以上ここで考えていても意味は無い。

1.ハルヒ達が心配だ。戻ろう。

2.何か気になる。きちんと調べよう。



404: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:49:55.74 ID:sDHzCwEM0

 何か気になる。きちんと調べよう。
 俺は鍵を開け、ドアノブを回す。
 ドアを開けると猛烈な風と雪が吹き込んできた。
 俺は咄嗟に顔を庇い、闇の中に目を凝らす。

 血だ。
 この裏口から外に向かって、ずっと雪に血痕が続いている。

 俺は意を決して外に踏み出した。
 スリッパのままなので、一歩進むたびに足が凍る思いがする。
 血痕はペンションの壁伝いにずっと続いているようだ。
 恐る恐る足を進めていく。
 体が震えるのは寒さによるものか、それとも恐怖によるものなのか判別はつかなかった。

 闇の中を必死で目を凝らしながら進んでいると―――雪の中に潜むように、ぎょろりと二つの目が輝いていた。

「なっ!?」

「おおぉぉぉォォオオオオオオオ!!!!!!」

 気付いたときには遅かった。
 まるで獣のような唸り声を上げて襲い掛かってきた何者かに俺は押し倒されていた。



407: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:54:07.89 ID:sDHzCwEM0

 俺の上に圧し掛かってきた何者かは、そのまま俺の首を絞めにかかる。
 物凄い力だ。あっという間に気が遠くなる。

「だ、誰だ……!」

 俺は喉を押し潰されたまま、必死で声を振り絞った。
 瞬間――俺の首を絞めていた猛烈な力がふっ、と消失した。

「なんだ……貴様か……」

 そんな声が聞こえて、俺の上に圧し掛かっていた何者かはどさりと横に崩れ落ちた。
 ごほごほと咳き込みながら俺は身を起こし、その倒れた『誰か』に目を向ける。

「な…!」

 俺は絶句した。
 俺の横に転がっていたのは―――顔を血で真っ赤に濡らした生徒会長だった。



411: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 22:57:48.46 ID:sDHzCwEM0

 会長は頭からだらだらと血を流していた。
 ぐちゃぐちゃになった傷口に、思わず顔をしかめてしまう。

「会長! どうしたんです!? 一体何があったんですか!?」

 息も絶え絶えな会長に、俺は狼狽してしまう。
 今回の連続殺人の犯人であるはずの会長。
 その会長が、なぜ今こんな事になってしまっているのか。

「アイツだ……犯人はやっぱりアイツだったんだよ……」

 会長がぼそぼそと口を開いた。

「オーナーの部屋から妙な物音がして…俺はオーナーの部屋を覗き込んだ……その時に頭を殴られた……。
 アイツが……ドアの影に隠れてやがったんだ……くそ、この俺としたことが……まんまと……」

「あいつ…? あいつって誰なんだ!? 会長!!」

「俺は…俺は……」

 会長は俺の言葉が聞こえているのかいないのか、虚ろな目のまま続ける。

「俺は……初めて会った時からずっとアイツは何か得体が知れないと思っていた……その瞳の奥に……どろどろしたどす黒いものが隠れているような……そんな気がしていたんだ……」

「会長…?」



416: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:01:20.66 ID:sDHzCwEM0

「本当であればあんな奴に関わり合いにはなりたくなかった…でも、立場上そういうわけにもいかなかった。
 俺は、俺の人生を有利に進めるために面倒くさい役割も引き受けていたというのに……この様だ……高い代償を払っちまった」

 俺は会長の物言いに違和感を覚えた。
 思い起こせば、喜緑さんが殺されたときもそうだったのだ。
 もしかして、もしかするとこの人は……!

「会長……あなたは……『繋がっている』のか?」

 俺の言葉がようやく届いたのか、会長はにやりと笑った。

「この期に及んで訳のわからんことを……とことん……KY野郎だな…貴様は……」

 嘘をついているようでも、誤魔化そうとしている風でもない。
 違う。この人は俺のように現実の世界と繋がっているわけではない。
 ただ、夢現のような状態で、向こうとこちらの記憶が混濁しているのだ。

「ふん…精々…気をつけろ……アイツは……恐らく全員を……」

 会長の体からはもう力が感じられない。
 さっき俺に襲い掛かってきたのが、正真正銘最後の力だったんだろう。

「会長! アイツって誰なんだ! 教えてくれ!!」

 もう、俺のそんな言葉も届いていないのか。
 会長はふっ、と微笑むと、ゆっくりと目を閉じた。

「……………………………………寒いな……」

 それが彼の最後の言葉だった。



418:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/03(日) 23:03:03.47 ID:Ksl9iZda0

名前言えよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお



422: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:05:25.54 ID:sDHzCwEM0

 俺は会長の体を抱え、裏口からペンションに戻った。
 廊下に横たえた会長の体、その胸に耳を当てる。
 ……心臓の音はまったく聞こえなかった。
 会長が死んだ。
 俺はすっかり会長が犯人なんだと思い込んでいた。
 だが、その会長も『アイツ』に殺されたという。
 くそ。またわけがわからなくなってしまった。
 アイツってのは一体誰なんだ。
 もう残っているのは俺とハルヒを除けば鶴屋さんと朝比奈さん、そして阪中だけじゃないか。
 この中に犯人がいるっていうのか?
 でも、残った3人の中で全ての犯行を行うことが出来た人間はいなかったはずだ。
 いや、待て。
 途中までは共犯だったとしたらどうだ?
 谷口と阪中が共犯で、これまでの事件を起こし、最後に仲間割れして阪中が谷口を殺した。
 それならば理屈が通る。
 もしそうであるならば最悪だった。
 ハルヒは今、犯人と二人きりでいることになる。
 俺は最悪の判断ミスをしてしまったということなのか――?
 認めたくはないがもう考えられる可能性はそれしかない。

 まさか、死体が動き出して生者を襲っているわけでもあるまいに――――

 ふと、俺の脳裏にもうひとつの可能性が浮かぶ。



 そういえば俺は。
 朝倉の死を、きちんと確認してはいない。



425: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:09:41.55 ID:sDHzCwEM0

 精一杯の注意を払いながら、俺は談話室に戻る。
 朝倉の死体は変わらずソファに座っていた。
 俺はゆっくりと近づいて、朝倉の体をモップの柄でつつく。
 反応はない。
 さらに歩み寄る。
 朝倉は動かない。
 俺は恐る恐る朝倉の手を取った。
 体温は生きている人間のソレではない。
 手首に指を当てる。脈拍は―――無し。
 だが、朝倉は人間ではない。コイツは有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスとやらなのだ。
 脈拍がないからといって、本当に死んでいるとは限らない。
 俺は朝倉の服を捲り上げた。

「うっ…!」

 思わず声が漏れた。
 黒いブラジャーに支えられた大き目の乳房。
 朝倉はその胸を……ズタズタに切り裂かれていた。
 何度も何度もナイフで突き刺されたのだろう。
 流石にこの状態で生きているとは考えにくかった。
 朝倉は、どうやら本当に死んでいると判断してよさそうだった。

 と、その時。

 背後に気配を感じたときにはもう遅かった。



426: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:13:12.35 ID:sDHzCwEM0

 右手を後ろ手に取られ、足を払われる。
 俺は一瞬で地面にうつ伏せに倒れ付してしまっていた。
 右腕に激痛が走る。
 長い髪が、俺の頬を撫でている。
 肩越しに背後を見上げた。

 鶴屋さんだった。

 鶴屋さんが、鬼のような形相で俺の背中を右腕ごと押さえつけている。
 よほど完璧に極められているのだろう、少しでも体を動かそうとしただけで右腕はぎしりと悲鳴を上げた。
 俺は驚きで声を上げることもできなかった。
 まさか―――鶴屋さんが犯人だというのか?

「やっぱり……キミがりょーこちんを殺したんだね」

 鶴屋さんはよくわからないことを言い出した。



431: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:17:58.31 ID:sDHzCwEM0

「な、何を…」

「私はずっとキミを見張ってたのさ」

 鶴屋さんはぞっとするほど冷たい目で俺を見下ろしている。

「私たちは今日、ずっと部屋で起きておこうとしてた。けど、途中で不可思議な眠気に襲われて……起きたら、りょーこちんが消えていた。
 私はみくるに『私が戻るまで絶対にドアを開けるな』って強く言い聞かせてから様子を見に一階に降りてきた。
 そうしたら……こうやって、りょーこちんが死んでいた」

 鶴屋さんの声に悲しみの色が混じる。

「私はあの眠気は人為的なものだと考えた。昨夜飲んだココアに妙なものを入れられていたんだと。
 私はオーナーとメイドさんの部屋を覗き込んだ。そしたら……もちろん知ってるよね……二人とも死んでいた。
 どういうことなんだろうと固まってたら、足音が聞こえて、咄嗟に身を隠したんだ。
 部屋に来たのはハルにゃんだった。ハルにゃんは悲鳴を上げてすぐに出て行ったよ。
 それから、私は出て行くタイミングを失って……ずっと、キミ達の様子を観察していた」

 そうか……ならば、あの時見かけた人影は鶴屋さんだったのか。

「はっきり言うよ。キョン君、キミの行動はおかしい。あやしいんじゃなくて、おかしいんだ。
 どこに犯人が潜んでいるかもわからないペンションの中をうろちょろうろちょろ……
 ハルにゃんと一緒に助かりたいというのであれば、ハルにゃんと二人で部屋に閉じこもっていればいいじゃないか」

 違う。俺は、俺はハルヒだけでなく、皆を助けたかったから。



436: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:21:46.88 ID:sDHzCwEM0

「私にはもう、キョン君が犯人だとしか思えない。犯人だからこそ、こんな状況の中を平気で一人でうろちょろ出来るのさ」

「違う! 俺は…!」

「確かにキョン君は田中さんや喜緑さんが殺された時にアリバイはあるのかもしれない。でも、その犯人と皆を殺した犯人が別だとしたら?
 可能性の話だよ。二つの事件が起きて、『恐怖でおかしくなってしまった誰かが、次々と怪しい人物を殺しにかかったとしたら』?
 ねえ、キョン君。私実はさっきまでキョン君を見失っていたんだけど、その血は何? その洋服にべったりついた血は誰のものなのかな?」

 言われて俺は自分の体を見下ろす。
 会長に馬乗りになられた時のものだろう、赤い血がべっとり俺の洋服を汚していた。

「こ、これは違う! 違うんだ!」

「犯人はみんなそう言うのさ。さあ、立って」

 ぎり、と右腕を捻られる。
 逆らえば一瞬で腕をへし折られるだろう。
 俺は言われるままに立ち上がらざるをえなかった。

「さあ、そのまま歩くんだ」

 鶴屋さんは冷たい声で俺の背中を押してくる。
 くそ……俺をどうするつもりなんだ。



439: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:26:01.36 ID:sDHzCwEM0

「お願いだ鶴屋さん。俺の話を聞いてくれ」

「私は」

 俺の懇願を振り払うように鶴屋さんは口を開く。

「私は、みくるだけは助けてみせる。絶対にみくるだけは死なせない。
 そのためにはたとえ1%の可能性だって見逃すわけにはいかないのさ…さあ、入って」

 鶴屋さんに連れてこられた先はワイン倉だった。
 俺が逡巡していると鶴屋さんは俺の背中を腕ごと勢い良く押した。
 俺は階段を転げ落ちないように必死で体勢を立て直す。
 そうしている間に、バタンと入り口のドアは閉じられてしまった。

「鶴屋さん!!」

 慌ててドアノブを握る。
 しかし間に合わなかった。がちゃん、と無情な音が響き、ドアは鍵をかけられてしまった。

 閉じ込められた――!



442: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:30:19.83 ID:sDHzCwEM0

「……最悪だ」

 俺はダン!とドアを強く殴りつけた。
 もちろんその程度ではドアはびくともしない。
 ドアに両手をつけたまま、うな垂れる。
 くそ。俺は犯人なんかじゃないのに。
 こうしている間にも真犯人は皆を狙って―――いや。

 待て。

 待て待て待て。


 おかしい。

 おかしいぞ。


 鶴屋さん。






 何故あなたがワイン倉の鍵を持っているんだ?



445: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:35:48.42 ID:sDHzCwEM0

「あああああああ!!!! 開けろ!! 開けろ開けろ開けろぉ!!!!」

 俺は狂ったようにドアを殴りつける。
 拳の皮がむけて出血するのもまったく気にならない。
 鶴屋さんがワイン倉の鍵を持っていたという事実からは、二つの可能性が考えられる。

 ひとつはそのままシンプルに、鶴屋さんが犯人だという可能性。

 そしてもうひとつ。もし鶴屋さんが犯人じゃなかったとしたら?

 それは最悪な可能性だった。
 犯人はワイン倉に閉じ込められていた谷口を殺している。
 そのためには、どうしたってワイン倉の鍵が必要だ。
 でも、その鍵は鶴屋さんが持っている。
 じゃあ犯人はどうやってワイン倉の鍵を開けたのか。


 示唆されるのは―――マスターキーの存在だ。


 もしも犯人がそんなものを手にしているとしたら。
 鍵をかけて部屋に閉じこもるなんて、まったく意味を為さない――!



450: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:40:20.22 ID:sDHzCwEM0

「があああああああああああああああああ!!!!!!!」

 駄目だ。ワイン倉の扉はびくともしない。
 俺は階段を駆け下りた。
 裸電球の下で、谷口が横たわっている。
 心なしか血だまりがさっきより広がっているような気がした。
 しかし、今はそんなことに気を取られている暇はない。
 俺は何か、ドアをぶち破れるものがないかと辺りを見渡す。

 ……くそ! 駄目だ! 何も見当たらない!

 諦めるわけにはいかない。
 俺は谷口がなにか持っていないかとその死体に手を伸ばした。
 頭に血が上っていて、死体に触れる気味悪さなどまったく気にならない。
 谷口の体はひんやりと冷たかった。
 ずっと暖房の効かないワイン倉にいたせいだろう。
 その体はすっかりと冷え切ってしまっていた。


 …………え?


 その瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃が俺の体中を走りぬけた。




 犯人が、わかった。



455: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:42:24.76 ID:sDHzCwEM0

 ガチャリ、とドアの鍵が開く音がする。



 ギシギシと階段を軋ませて、誰かが降りてきた。



 冷え冷えとした裸電球の下、俺の前に現れたのは―――



464: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:46:34.58 ID:sDHzCwEM0

 ツクツクボーシ――……… ツクツクボーシ――………
 みんみんとやかましかったアブラゼミの大合唱も鳴りを潜め、ツクツクボウシの声が目立つようになった。
 いつの間にか、夏も終わりか。
 いや、夏どころか、この世の全てが終わってしまったような気さえする。
 何もかもが狂ってしまったような。
 何もかもがくるくると捻じ曲がってしまったような。
 そんな世界の中で、俺はハイキングコースとしか思えない通学路をエッチラオッチラ登る。
 校門の前に、黒塗りのタクシーが止まっていた。
 俺は何となく中を覗きこむ。
 運転席で新川さんが死んでいて。
 助手席で森さんが死んでいた。
 新川さんは腹に包丁を刺していて。
 森さんは喉をぱっくりと切り裂かれている。


 俺は校門を通り抜け、自分の教室へと向かった。



466: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:48:42.39 ID:sDHzCwEM0

 教室では、谷口と阪中がそれぞれの机で突っ伏して死んでいた。
 谷口は腹の辺りを刺されたのだろうか、腹部から零れる血が1mほどの水溜りをつくっていて。
 阪中は突っ伏した机の上からぽたぽたと血が零れている。
 近寄ってよく見ると、成程、頭を殴られているようだった。


 俺は鞄を自分の机の上に置くと、さっさと教室を後にする。



469: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:50:50.05 ID:sDHzCwEM0

 三年校舎に足を伸ばしたら、廊下で鶴屋さんが死んでいた。
 左目の上辺りがべっこりとへこんでいて、端正な顔立ちが台無しになっている。
 だけでなく、腹の辺りからも血がこぽこぽと噴き出していた。


 一体どっちが致命傷だったんだろうな、とどうでもいいことを考えた。



472: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:52:55.78 ID:sDHzCwEM0

 生徒会室のドアをノックもせずに開ける。
 生徒会長用の立派な椅子に腰掛けたままで、会長が死んでいた。
 死んでなお偉そうにふんぞり返るその姿勢には頭が下がる。
 喜緑さんがいない。
 ああ、そうか。彼女は長門に死体ごと消去されていたんだった。


 いかんいかん、とこつりと頭を叩き、生徒会室を後にした。



477: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:55:09.94 ID:sDHzCwEM0

 SOS団の部室に行くと、メイド服の朝比奈さんがお茶を淹れる姿勢のままで死んでいた。
 死してなおお茶汲みの姿勢を崩さないとは、朝比奈さんはメイドとしていよいよ完成されたのかもしれない。
 ただ、メイドに一番求められる花のような笑顔は、今の彼女には望むべくもなかった。
 朝比奈さんの顔は恐怖に醜く歪み、そしてその切り裂かれた喉からはどばどばと血が流れ続けている。
 朝比奈さんの前に置かれた湯呑みに、零れた血液が溜まっていた。


 これがほんとの紅茶ってな。くだらないことを呟いて俺は部室を出た。



484: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 23:59:09.80 ID:sDHzCwEM0

 俺は何となく食堂の屋外テーブルを訪れ、適当に腰掛ける。
 なんというか、あいつと話をするには、この場所が一番ふさわしい気がしたのだ。
 ことり、と目の前のテーブルに紙コップが置かれた。
 コップの中には、夏ももう終わりとはいえまだまだ暑さ厳しいこの時分に、熱々のホットコーヒーが満たされていた。
 一体何の嫌がらせだと憤慨しかけたが、一応はおごられている身分なので強くは言えない。
 ……おごりなんだよな?

「ええ、もちろんです」

 そう言って俺の対面に座った古泉は笑った。

「やっぱりお前が犯人だったんだな」

「ええ。僕が皆さんを殺しました」

 古泉はいつもの笑みを崩さないままそう言った。



490: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:04:35.85 ID:sDHzCwEM0

「今の答えで確信できたよ」

 俺はコーヒーに口を付け、軽く唇を湿らせた。

「お前は『繋がって』いたんだな?」

「はい、その通りです」

 古泉は頷いた。

「長門を殺したときからか?」

「はい」

 やはりそうか。
 俺はある時ふと思ったのだ。
 長門は何故生きていたんだろうって。
 いや、もちろん長門は結局死んでしまったんだけど、それでも死ぬ間際に俺に会うことが出来て、結果俺を現実とリンクさせることも出来た。
 これって、このゲームを仕掛けた『何者か』にとっては大失敗だよな。
 そういうイレギュラーな事態を防ぐためにさっさと長門を排除することにしたんだろうに。
 何故実行犯は長門にとどめを刺さず、あんなにも中途半端なことをしたんだろうってのがひとつ。



492: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:08:07.15 ID:qy72oAV60

 根拠はもうひとつある。
 長門はどうして俺を現実とリンクさせたんだろう。
 そんなもんわかりきってるよな。事件を解決するためだ。
 でもさ、実際はもっともっと簡単な方法があるだろう?
 あそこにいたメンバーは皆俺たちの仲間だったんだ。
 じゃあ話は簡単じゃないか。
 『犯人を現実とリンクさせて、犯行を自白させてしまえばいい』。
 それで事件はあっさり解決だ。探偵役の俺なんかをリンクさせるよりよっぽど手っ取り早いし、確実だ。
 そんな手段を、長門が取らなかったわけがないと思うんだよ。
 俺を繋げたのは、万が一の保険のようなもので、それがメインじゃなかったと思うんだ。
 直接体に触れるのが条件であったとしても、襲われたときにその機会はいくらでもあっただろうし。

 だから何となく、漠然と、俺は『犯人役』も現実とリンクしてるんじゃないかって思ってた。

 けれど、そんな考えは状況が一変してからはどこかへ吹き飛んでいたんだよ。
 だってそうだろう?
 もし犯人が現実とリンクしていたとしたら、さらに殺人が連続するはずなんてないじゃないか。

「答えろ古泉……お前はどうして……!」

「そうですね。ことここに至って隠し立てをするつもりはありません。全てお話ししましょう。ですがその前に僕からもひとつ」

「なんだよ」

「国木田さんを亡くされた時は、悲しかったですか?」



494: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:11:46.60 ID:qy72oAV60

 当たり前だろうが。
 お前も知ってるはずだろう。俺があの時どれだけみっともなく取り乱したか。
 そんな俺を諌めてくれたのが他ならぬお前だったじゃないか

「ええ、そうですね。そうでした。その通りです。いえいえ、どうしてこんなことを言い出したかというとですね。
 その気持ちを思い出して頂けたほうが僕の心情の理解もスムーズにいくかと思いまして。
 実はですね。僕も友達を亡くしたんですよ。国木田さんが亡くなる少し前のことだったんですが。
 閉鎖空間でずっと共に神人と戦ってきた相棒のようなものだったんですが、ある日、神人に潰されて、アッサリとね」

 俺は思い出していた。
 人の死だけはどうにもならないのだと、俺にとても真剣に語って聞かせた古泉。
 古泉はどうして長門でも死者を生き返らせることが出来ないことを知っていたのか。

「それからですね。恥ずかしながら僕は誓いを立てまして。まあ、それはその、これ以上仲間を絶対に死なせないぞと。
 僕の仲間は僕が絶対に守ってみせるといったまあ陳腐なものだったんですが、それなりに真剣にそんなことを考えていたんですよ。
 そしたらまあ、いきなりこれですよ。もう笑っちゃいますよね」

 古泉はどんな気持ちだっただろう。
 全てを思い出したその瞬間、長門を、他ならぬSOS団の仲間を殴りつけていた古泉は、果たして。



496: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:16:24.89 ID:qy72oAV60

「新川さんの料理はおいしかったですよね」

 突然の古泉の質問に俺は曖昧に頷く。

「今でも鮮明に思い出せるでしょう? あの熱々のスープの喉越し。メインディッシュの肉の噛み応え。全て素晴らしいものでした」

 俺は古泉の言いたいことに察しがつき、ごくりと息を呑んだ。

「……今でも鮮明に思い出すんですよ。喜緑さんを……長門さんを殴り殺した感触を」

 古泉は自分の手を見つめながら笑った。
 いつもの笑みとは少し感じの違うそれは、どうやら自嘲の笑みらしかった。

「それで、本当なら全部思い出した瞬間即座に名乗り出て事件は終わっていたんでしょうが、なんというかまあ、僕も相当頭に血が上ってまして。
 俗っぽい言葉で言うなら、キレてたんですよ。いえ、もうその時には狂っていたのかもしれません。
 とにかく、全てを思い出した僕の怒りはあなたと同様、朝倉さんへと向かいました。よくも、長門さんを殺させやがって――ってね。
 それで谷口さんを犯人とするあなたの推理が一段落した頃、僕は朝倉さんに一枚のメモを渡しました。
 内容は『犯人役より、管理人へ。話がある。後で部屋に来て欲しい』とまあこんな感じですね。
 しばらく時間をおいて、彼女は僕の部屋を訪れました。同室のお二方をどうやって誤魔化したのか尋ねたら、眠らせたとのことでした。
 聞くところによると朝比奈さんや鶴屋さんだけでなく、ペンションにいた全員を眠らせたらしいですね、彼女」

 そうか。
 あの時襲ってきた耐え難い眠気。
 あれは朝倉の仕業だったのだ。



500: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:20:34.20 ID:qy72oAV60

「部屋に招き入れてからはいきなり刺しました」

 まるで何でもないことのように古泉は言う。

「情報操作ですか? ああいった人外の能力を使われては厄介でしたからね。有無を言わさず、滅多刺しにしました。
 何回刺したかは数えませんでしたね。気付いたら彼女の体はぐったりと力を失っていました。
 結構刺し違える覚悟で臨んでいたんですが、正直拍子抜けしましたね。
 それでまあ、しばらくぼけーっとしていたんですが、我に返って、これはおかしいなと。
 システムの管理人である朝倉さんが死んだのに、一向にシステムが崩壊する気配がない。いや、焦りましたよ」

 皆も解放されて、僕も復讐が果たせて、一石二鳥の手だと思っていたんですと古泉。

「どうしたものかと思ったんですが、この世界が進行していく以上、まずはとにもかくにもこの状況を誤魔化さなくてはと考えました。
 いえね、朝倉さんの血でベッドがえらいことになっていたんですよ。
 でもまあ、それはどうしようもなかったんで、とりあえず朝倉さんの死体を談話室に移動させました」

 古泉の話を聞きながら、俺は一人で納得する。
 古泉のベッドを赤く染めていたのは、朝倉の血だったのか。
 談話室にあまり血痕が無かったのも、これで合点がいった。

「朝倉さんの体をソファに置いて……これからどうしようかと、泣きそうな気持ちでした。
 途方にくれるってああいう気持ちを言うんでしょうね。とにかく、部屋に戻ろうかと階段を上がったら……心臓が止まるかと思いましたよ。
 涼宮さんが廊下に出てきたんです」



502: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:24:31.80 ID:qy72oAV60

「『どういうことだ! 眠らせたんじゃねえのかよ!』と心の中で朝倉さんを罵倒しながら、僕はとりあえず階段に身を伏せました。
 僕は信じられない思いで涼宮さんを見つめていました。いえ、涼宮さんが眠っていなかったのがそれほど衝撃的だったわけではなくですね。

 彼女ね、笑っていたんですよ。あんな状況の中で。頬を染めて、嬉しそうに微笑んでいたんです。

 僕は混乱しましたよ。でもすぐに答えはわかりました。彼女が出てきたの、あなたの部屋だったんですよね。
 ああ、なるほどと。そうですかと。僕がこんな気持ちになっている間にあんた達はよろしくやってたんですかと。
 あの時の僕の気持ちを包み隠さず言えばこんな感じでしたね。そんな顔しないで下さいよ。だってしょうがないじゃないですか。
 ……しばらく僕はそのまま階段に腰掛けて色々考えてました。本当に、色々……どうして僕はいつもこうなんだろうなあって。
 本当に選んで欲しい人には選んでもらえないのに、神人狩りの超能力者とか、冬の山荘の殺人鬼とか、そんなものにばっかり選ばれて。

 ふざけんなよ。ふざけんなよ。ふざけんなよ。
 僕だって。僕だって。俺だって。

 ずーっとぶつぶつ呟いてました。その時に、本格的に頭のタガが外れてしまったのかもしれません。
 そういえば新川さん達は今の彼女にとっては親戚だったっけ、とかなんとか思いまして、ふらふらと彼らの部屋に向かいました。
 新川さん達が殺されてるのを見たら、涼宮さんはどんな顔をするんだろう。あの笑顔はどうやって歪むのだろう。
 こうやって振り返ってみますと、つくづく下種な発想ですねえ。そりゃあ選ばれないはずですよ」



504: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:29:35.97 ID:qy72oAV60

「それで、ずっと死体のフリをして俺たちの目をごまかして、犯行を重ねたのか」

「そうです。ああ、そういえばどうして僕が死んでないことがわかったんです?」

「体温だよ。寒いワイン倉に放置されていた谷口の死体より、お前の体は冷たくなっていた。まるで、氷か何かで無理やり冷やしたみたいにな」

「なるほど。少し冷やしすぎましたか」

「考えてみればお粗末な死体のフリだよな。もし俺が傷の確認までしてたらどうするつもりだったんだ?」

「別に。まあ、ばれたらばれたで構わないと思っていましたからね」

 何でもないことのように古泉は言う。

「ハルヒの悲しむ顔が見たいから、お前は皆を殺したといったな?」

「そう言葉にしてしまうと実に陳腐な動機ですが、まあ概ねそんな感じですよ」

「谷口を殺したのは何故だ? こういっちゃなんだが、ハルヒは谷口のことをあまり気にしちゃいない。
 お前の動機が本当にお前の言うとおりなら、谷口まで殺すことは無かったはずだ」

 同じ理由で会長も殺す理由はないはずだが、彼の場合は古泉の犯行現場に首を突っ込んでしまっている。谷口とは少し事情が違う。

「やれやれ、存外あなたも察しが悪い。今までの僕の言動で気づきませんか?」

 古泉は呆れたようにため息をついた。


「僕はね……あなたのことも嫌いなんですよ」



505: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:32:57.66 ID:qy72oAV60

 ぐにゃり、と突然視界が歪む。
 歪んだ視界の中で、古泉が歪に笑っている。

「本当にあなたのお人好し加減には辟易しますね。まさか、僕から差し出された飲み物に何の疑いもなく口を付けるとは」

 歪んだ視界が、今度は周りから黒く塗りつぶされていく。

「さようなら」

 古泉が、最後にそんなことを呟くのが聞こえた。



508: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:36:31.91 ID:qy72oAV60

 目を覚ます。
 がばっと、すぐに体を起こし、辺りを確認した。
 変わっていない。食堂の野外テーブルに俺はいた。
 古泉の姿が消えている。
 時計を確認する。まだそれ程時間は経っていない。
 俺は立ち上がり、何となくSOS団の部室がある校舎を目指す。
 渡り廊下を渡り、部室のある旧館に向かっていたところで、俺は足を止めた。
 中庭に一本の木が生えている。
 去年の文化祭のあと、あそこの木陰でハルヒは不貞腐れて横になっていたっけ。





 その木で、古泉が首を吊って死んでいた。



 ―――潔いのだけが取り柄でして

 いつかのオセロの時の古泉の言葉を思い出す。
 鬱血し、醜く歪んだその顔は、しかし俺には穏やかな寝顔のようにも見えた。



512: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:40:10.72 ID:qy72oAV60

「バッカ野郎……」

 俺はその場に立ち尽くしていた。
 拳を血が出るほど握り締める。
 自分の無力さに心底嫌気が差した。
 だが、そこで俺は一つの希望を掴み取る。
 その無力感に、俺はひどい既視感(デジャビュ)を感じていたのだ。
 この頭が朦朧とするほどの既視感には覚えがある。
 エンドレスエイト。繰り返されていた夏休み。

 そう、古泉が崩壊してしまった理由が、本当にハルヒが俺の部屋から出てきたことにあるのなら。
 きっと古泉にハルヒは殺せない。
 そしてハルヒが生きているのなら。
 あいつが、こんな夏の終わりを認めるわけがない。

「待っていろ古泉。そしてみんな……」

 俺は目の前で揺れる古泉の死体をしっかりと睨みつける。
 この光景を胸に刻み付けるために。
 この後悔を決して忘れてしまわぬように。




「絶対に俺がハッピーエンドまで連れて行ってやる。そのためなら、たとえ15498回だろうが喜んで繰り返してやるさ」



   <終>



514:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/04(月) 00:42:04.53 ID:TuCDTXTw0

希望がありそうで何より



516: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:43:42.50 ID:qy72oAV60

 夏が終わり、窓から吹き込む涼やかな風が俺の肌を心地よく通り過ぎていく。
 何回目のチャレンジの末かはわからないが、俺たちはあの冬のペンションを何とか無事に脱出した。
 いや、無事に、というと語弊があるか。
 実は俺、右腕にでっかいギブスを付けて病院に入院しているのである。
 どういう経緯を経てこんなことになってしまったかは冗長になるので説明しない。
 ここは『かまいたちの夜』の原作を知っている人だけにニヤリとしていただきたい。

「はい、あーん」

 俺の口元にウサギ型にカットされたりんごがずずい、と押し出されてくる。

「いや、だからよ……」

 俺は少し辟易しながら言った。

「左手でもフォークは使えるんだからさ、お前は皿のほう持っててくれたらそれでいいんだよハルヒ」

「なによ、アンタ何様? この私をただのテーブル扱いしようって訳?」

 俺の言葉に、見舞いに来てくれたハルヒはいたくご立腹のようだった。



521: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:47:28.01 ID:qy72oAV60

「いやお前、だったらこの今のこの扱いには満足だっていうのかよ?」

 いわばお前は今全自動りんご食べさせ機と化してしまっているんだぜ?
 テーブル扱いの方がなんぼかマシだろうと思うんだが。

「は、はぁ…? ま、満足なんて……」

 ハルヒの顔が真っ赤になった。
 なんだ? 心なしか頭から湯気まで立ち昇っている気がする。

「ちょ、調子に乗るな! バカキョン!!」

「ぐああ!」

 ハルヒは突然激昂すると持っていたりんごをフォークごと投げつけてきた。
 くそ。そんなに腹を立てるならやらなきゃいいだろ。

「まあ『はい、あーん』なんて完全に恋人さん扱いですもんねぇ」

「み・く・る・ちゃん!!」

「ひゃわぁ~! ご、ごめんなさぁ~い!」

 ん? 良く聞こえなかったが朝比奈さんがハルヒの逆鱗に触れてしまったらしい。

「おい、古泉。ハルヒを止めろ」

「なーに。あれはただの照れ隠しです。じきに収まりますよ」

 そう言って古泉は微笑ましげにハルヒと朝比奈さんのやりとりを見つめていた。



524: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:50:49.62 ID:qy72oAV60

 もちろん、ハルヒが一人で俺の見舞いになんて来るわけも無く、今日はSOS団総出で俺の病室を訪れてくれた次第である。
 喋りこそしないが、長門もちゃんといる。
 窓辺にパイプ椅子を置いて、じっと本を読んでいるのだ。
 まあ、ほら、来てくれただけでありがたいってことでさ。別に寂しくなんかないぞ?

「やっほー! キョン君元気ー?」

 鶴屋さんが片手を揚々と上げながら入室してきた。

「ええ、調子いいですよ」

「あは! そりゃ良かったにょろ!」

「ふん、調子はどうだ?」

「お見舞いに来ました」

 鶴屋さんの直後になんと生徒会長と喜緑さんまでやってきた。
 なんとも珍しいことだが、素直に嬉しいものである。

「な! なんでアンタがくるのよ!」

「同校の生徒の見舞いに生徒会長が来ることに、何の問題がある」

 早速ハルヒと会長がやりあい始めた。
 喜緑さんのほうを見ると、思ったとおり、ニコニコしてそのやり取りを見つめていた。



526: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:54:26.35 ID:qy72oAV60

「どうもこんにちは」

「あらあら、すごい人だかりですね」

 新川さんと森さんまで現れた。
 なんだなんだ? たかが骨折のお見舞いなのに、随分と大げさなことになってないか?
 まあ、嬉しいからいいんだけども。
 新川さんと森さんが俺のほうに歩み寄ってくる。
 森さんが目配せすると、新川さんが恭しくメロンを差し出してきた。

「いやいや! こんな高級オーラ滲み出るメロンなんてもらえませんよ!」

「ご心配なく。職場の経費で落としてますから」

 そっか! ならいっか! いや、いいのか!?

「ようキョン! 調子はどう――ってなんじゃこの人数は!!」

「すごーい。キョン君人気者なのねー」

 谷口と阪中までやってきて、もう病室はしっちゃかめっちゃかだ。
 古泉の計らいで個室にしてもらっといてよかったよホントにもう。



527: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:58:08.44 ID:qy72oAV60

 ハルヒがパイプ椅子の上に飛び乗り、仁王立ちを始めた。

「ふん! よくもまあ我がSOS団の雑用係のためにここまで雁首揃えたものだわ!
 ここで集まった皆に歓待のひとつも出来ないようじゃSOS団の名折れ! みんな! 宴会を始めるわよー!!」

「お前はここが病院だとわかってるのかバカタレ!!」

皆「「「おおー!!!!」」」

「ええ嘘ぉ!? 何で皆乗り気なの!?」

 もういい、止めるのは諦めた。
 ハルヒの隣に鶴屋さんが立ち、森さんや新川さん達『機関』が完全にサポートに回るとすれば、俺なんぞがその進軍を止めるなど土台無理な話である。

「まあ、たまにはこういうのもいいじゃないですか」

 やれやれと肩を竦める俺に、古泉が声をかけてきた。



528: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 00:59:54.70 ID:qy72oAV60

「たまにならな。あの馬鹿といるとこんなのがしょっちゅうだ」

「はは。それは確かにそうですが」

「なあ古泉。お前の家ってどの辺にあんの?」

「……どうしたんです? 突然」

「いや、今度お前の家に泊まりにでも行こうかなーって思って」

「……え? えぇ? いや、どうしてまたそんなことを」

「どうしてってお前、そんなもん」



 ―――友達だからに、決まってるだろ。



 いつものおすまし面を崩して、あたふたとなる古泉。
 本気で狼狽する古泉の様子がおかしくて、俺は腹を抱えて笑った。



530: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 01:03:25.87 ID:qy72oAV60

「よ、国木田」

 『国木田家之墓』と刻み込まれた墓石に俺は声をかける。
 あれからしばらくの時が経ち、ようやく病院から退院した俺は、国木田の墓参りに来ていた。

「遅くなっちまったけどな。感想を伝えに来たぜ」

 俺は国木田に見せ付けるように、『かまいたちの夜』とパッケージに書かれたゲームソフトを手に持った。
 長門曰く、あのペンションでの出来事は、俺以外誰も覚えていないらしい。
 それでいいと俺は思う。
 惨劇を乗り越えて、これからも俺たちは変わらず日々を過ごしていく。
 いや、少しは変わっていくのかもしれないな。
 変わったことの筆頭として、朝倉も戻ってきちゃったし。
 ま、それもいいさ。
 変わっていくことも受け入れて、俺たちは生きていこう。
 あとは約束を果たしてこの物語はお仕舞だ。
 俺が国木田にどんな感想を伝えるのか、そこは皆様のご想像にお任せするぜ。


 なぁに―――俺の抱いた感想は、こんなクソ長い俺の独白に付き合ってくれた皆が今抱いている気持ちと、きっとそうは変わらんさ。


「国木田」


「                                 」


             <完>



531:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/04(月) 01:04:28.57 ID:zKRRIhVL0

・・・終わった?
終わったのか?



533:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/04(月) 01:05:11.60 ID:2Ma7Y9680



やっぱハッピーエンドは清清しいな



535:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/04(月) 01:05:40.57 ID:0XbKp9sz0



かまいたちやったことないが楽しめた



538: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 01:07:05.78 ID:qy72oAV60

終わったーー!!!!

まさか丸々24時間かかるとは思わんかったぜ

最後のキョンの感想は皆様のご想像にお任せします

流石に眠いので寝る ぐっない



539:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/04(月) 01:08:05.65 ID:YtnfEIZ+0

>>538
乙と言わざるをえない



541:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/04(月) 01:08:59.52 ID:OPgyHOXc0

乙乙
すごく楽しめた!



542:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/04(月) 01:09:07.19 ID:Bw2SwhOQ0


かまいたち知らない俺でも楽しめた



544:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/04(月) 01:10:44.74 ID:j/unv2BOO

乙! >>542禿同



566:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/04(月) 03:23:53.37 ID:LJtggodX0

リセットボタンセレクトボタンが見つからない…
くそ…あるんだろ…>>1



611: ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/04(月) 19:13:32.51 ID:qcrIa5YC0

おおびっくりまだのこってたのか
じゃあ折角だし、かまいたちの夜知らない人のためにハッピーエンドの流れをちょっと解説

・ハッピーエンドの条件は最初のバラバラ死体以外犠牲者を出さないこと(喜緑さんが殺される前に犯人を特定する)
・驚異的な推理力で犯人を古泉だと特定したキョン 不用意に古泉に近づく
・キョン、古泉に右腕を極められる
・古泉「こいつの右腕を折られたくなかったら大人しくしてな」
・キョン「みんな!俺にかまうな!やっちまえ!」
・ボキッ
・アッー!
・その後みんなで古泉ふるぼっこ
・ハッピーエンド


大体こんな感じ
>>566 しくった それ仕組めばよかったな……くやしす

こんなクソ長ぇ話読んでくれてありがとな~



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         コメント一覧 (20)

          • 1. 名無し
          • 2011年02月10日 20:18
          • 長かったのう・・・
          • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年02月10日 22:51
          • 名作ktkr
            2とか3バージョンも書いてほしいな
          • 3. 名無し
          • 2011年02月11日 01:50
          • 長いぶん楽しめたぜ
          • 4. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2011年02月11日 04:49
          • 面白かったです
          • 5. 名無し
          • 2011年02月11日 15:15
          • 4 中身は文句無しに面白かったが、さすがに長すぎる…ルート別に記事を分けても良かったのでは
          • 6.  
          • 2011年02月11日 18:30
          • いやー、すげぇおもしろかった!
            元ネタ知らなかったけど楽しめた。
            >>464からのくだりで泣きそうになったのは秘密;;
          • 7. 名無し
          • 2011年02月12日 01:10
          • 5 これは良作
          • 8.  
          • 2011年02月12日 02:04
          • 59ページw
          • 9. は
          • 2011年02月12日 04:27
          • これはすごい
          • 10. か
          • 2011年02月13日 00:12
          • 元ネタ知らんけど楽しめた
          • 11. ピャー
          • 2011年05月07日 14:27
          • 5 2やってから見たけど1面白そうだな

            乙。楽しかった

            国木田カワイソス(´・ω・`)
          • 12.
          • 2011年08月05日 08:45
          • いつハルヒにスキーストックで刺し殺されるか、と待ち構えてたんだが、出てこなくて残念

            元のゲームでいうところのトゥルーエンド迎えないと駄目だったって事かな
            まあ、トリックが分かってればすぐなんだけどね
          • 13. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2012年12月17日 00:07
          • クロスオーバーなんて、と思ってたがかなり良作だった
          • 14. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2013年04月13日 03:24
          • 時代を感じる。当時携帯持ってる人も珍しかったしな。












            すんませんSFCの頃の話です。
          • 15. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2014年06月09日 20:43
          • 5 懐かしかったー
            やっぱサウンドノベルとしてはかまいたち1最高だったな
            ハルヒとかまいたちの登場人物の互換もしっくりくるチョイスで違和感なく楽しめた!
          • 16. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2020年08月10日 22:14
          • ヘルスウインド vs アトム
          • 17. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2020年08月10日 22:17
          • ゴブリン vs 七瀬美雪
          • 18. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2020年08月10日 22:18
          •  ゴブリン vs 鈴木園子
          • 19. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2020年08月10日 22:20
          • ゴブリン vs 旭川ピリカ
          • 20. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
          • 2020年08月10日 22:20
          • ヘルスウインド vs 仮面ライダーゼロワン

        はじめに

        コメント、はてブなどなど
        ありがとうございます(`・ω・´)

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